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竹内久美子
そんなバカな! 遺伝子と神について
目 次
プロローグ
第一章  すべては遺伝子から始まった
二人のキョウダイか八人のイトコ/J・B・S・ホールデン
働きバチはなぜ子を産まないのか?/W・D・ハミルトン
完全無欠のスーパースター/R・ドーキンス
自由な魂の遍歴/F・クリック
第二章  我々は|乗り物《ヴイークル》である
遺伝子が行動を支配する/「衛生的」なミツバチ
意地悪も実力のうち/忙しいアオアズマヤドリ
黒幕は誰だ!?/土と唾液の建築家・シロアリ
ミームという名の曲者/ニホンザルのイモ洗い文化
個体の幸福は遺伝子の不幸/妊娠をめぐる戦い
第三章  利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の陰謀を暴く
子どもは恐い/ゼンソクで操作する
ゲームの理論/タカ派とハト派
自分の姿に気がつかない/鬼の嫁姑戦争
男の分類学/繁殖戦略としての離婚
誰のためのしつけ≠ゥ/親とても|乗り物《ヴイークル》
出生率は低下しない/福祉のおとし穴
第四章  利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》のさらなる陰謀
アリの戦争と平和/ミツツボアリの竹馬歩行
チンパンジーの仁義なき戦い/タンザニアのヤマグチ組
遺伝子が神をつくった/血縁を越えたリーダー
知らないあいだに武闘訓練/「鬼畜」のミーム
エピローグ
あとがき
美人論──文庫版「そんなバカな!」おまけ
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プロローグ
一八六〇年、六月三十日、イギリスはオックスフォードの博物館は、時ならぬ喧噪《けんそう》に包まれていた。この日集まってきた紳士淑女はざっと数えて七百人。彼らの大半は一般人で、しかも熱心なキリスト教の信者であった。
一八六〇年と言えば、あのチャールズ・ダーウィンの『種の起原』が刊行された翌年である。この本は出版後間もなく大反響を呼び、特に宗教界からは痛烈な批判を浴びた。ダーウィンは当然その事態を見越しており、用心を重ねていた。本の巻頭にはW・ヒューエルとF・ベーコンの言葉を引用し、自然現象は神の設定した法則によるものであるという見解を強調した。もちろん全体にも隈《くま》なく注意を払った。こうして自然神学の体裁をとるよう最大限の工夫を凝らしたのである。ところが、恐るべきは宗教関係者たちの嗅覚である。彼らはこの本に対し、警察犬より鋭く、フンバエよりも迅速に邪教≠フ匂いをかぎつけていた。
この日の会合は主催者がイギリス科学振興協会であったにも拘《かかわ》らず、異常なまでの人気を呼んだ。何しろ国教会の大物でソーピー(おべっか使いの)・サムことサミュエル・ウィルバーフォース主教が登場するのである。人々は、今日こそは主教が憎き進化論者を一撃のもとに論破してくれるだろうとの期待を高めていた。だが、ダーウィン陣営も負けてはいなかった。後にダーウィンのブルドッグ≠ニ呼ばれることになる論客、トマス・ヘンリー・ハックスリーを立てていたのである(ダーウィンはこの日病欠。彼はビーグル号による航海の直後から、おそらくノイローゼと思われる神経の病に罹《かか》り、ほぼ一生にわたって半療養生活を送った人である。この間、公衆の面前には一切姿を現わさず、ハックスリーら数人の友人たちが彼と外界との連絡役をつとめていた)。
さてまず、ウィルバーフォース主教が演壇に立ち、宗教家らしい人心を掴《つか》んだ語り口で約三十分間、『種の起原』を批判する演説をした。ときに非科学的な部分もなきにしもあらずだったが、それは多くの聴衆にとっては何の関係もないことだった。人々は大いに満足した。そして主教は最後に、ハックスリーに向かってこう付け加えたのである。
「あなたのご先祖はサルだということですが、それはおじいさんの側ですか、それともおばあさんの側ですか」
会場に爆笑が起こった。今の時代なら当然このトンチンカンな質問を発した人物に向けられるはずの嘲笑《ちようしよう》だが、この時はむろんハックスリーの方に向けられていた。
ハックスリーは動じなかった。会場が静まるのを待ち、頃合いを見計らってゆっくりと立ち上がった。鋭い目つきで場内を時間をかけて見渡した。そして進化論の正当性について、とうとうと説明を始めたのである。
ハックスリーという人もダーウィンと同じく、若い頃は軍艦に乗って航海し、様々な動物の研究をした人である。帰国後も研究を続けていたが、そんな折、ダーウィンを知った。彼は『種の起原』を読み、大きな衝撃を受けた。内容はもちろんのことだが、それまでの本にはない科学的精神に惚《ほ》れ込んだのである。読後急いでダーウィンに宛《あ》てた手紙にはこう記されている。
「悪口と誤解があなたを待ち受けていると思いますが、そんなことを気にかけないで下さい。ほえかかる犬に対して、あなたに代わって立ち向かおうとしている、けんか好きの友人がいることをおぼえておいて下さい。私は、爪《つめ》と牙《きば》を研いで待ち構えています」
爪と牙を研いでいたけんか好きの友人は、演説の最後に当然一発お見舞いをした。
「私はサルが先祖だからと言って恥ずかしいとは思いません。それよりも豊かな能力を駆使して詭弁《きべん》をふるう人物を先祖にもつ方がよほど恥ずかしいと思います」
さあ、大変。偉大なるサミュエル主教が愚弄《ぐろう》されてしまった。宗教が科学にパンチを喰《く》らわされたのだ。人々の感情は爆発し、会場には怒号と悲鳴が渦を巻いた。そしてとうとう、この時代のお話のオチとしてよくあるように一人の婦人が失神する……。
これは進化論史上に名高い「オックスフォードの論争」である。多くの本によれば、この論争がきっかけとなって進化論が急速に広まっていったという。もちろんその最大の功労者はハックスリーである。彼はこの論争で初陣を飾り、その後も連勝に次ぐ連勝。進化論はこういう強い味方を得ることで宗教界に対抗することができたというわけである。
もっとも、そういう科学対宗教の対立の図式に疑問を投げかける人もいないわけではない。そもそもこの論争について公式の記録は残っていない。ウィルバーフォースは実は自然科学に精通した主教で、論争自体ももっと冷静なものだったという説もある。ある科学史家によると、こういう進化論普及物語≠フかなりの部分はダーウィンを取り巻く人々の創作であるという。ダーウィンの死後、彼の三男フランシスは『チャールズ・ダーウィンの生涯と書簡』という本を編集したが、この中でフランシスはたぶんに話を脚色してしまった。また、その後ダーウィン関係の本が出るたびに話に尾ヒレが付いていったということのようだ。
しかし、この際、事の真偽は問わないことにしよう。少なくとも言えるのは、科学が宗教の一分野であった時代は確実に終わろうとしていたということだ。初期の頃は様々な論議があったものの、進化論が徐々に世間に受け入れられていったことは事実である。
時代は移り、ライト兄弟は飛行機を発明した。フォン・ブラウンはロケットを打ち上げた。核兵器が発明され、ミサイルはどんどん性能を増していった。家庭には電気製品があふれ、冷蔵庫はおしゃべりをするまでに成長した。そんな現代、今度はアメリカ合衆国で時代に逆行する奇妙な現象が起きている。一九七九年に行なわれたギャラップ世論調査が、アメリカ国民の約半数は、人類は神がおつくりになったと信じているとの数値をはじき出してしまったのである。これではまた「創造説」に逆戻りである。
創造説は十九世紀までの西欧社会を支配していた考え方で、進化論の行く手を阻もうとした説である。旧約聖書の創世記には、神は六日間かけてあらゆるものをおつくりになったとある。一日目には光を、二日目には天《そら》を、三日目には水を海に集めて乾いた土地をつくられた。四日目には太陽と月と星を、五日目には水の生物と鳥を、六日目についに獣と人間をおつくりになったという。創造説はこの記述に基づいて考えられた理論で、これによると生物の種はある共通の祖先から分岐してできるのではなく、神様が初めから一つ一つおつくりになったということになる。
今やアメリカ合衆国で一大勢力を誇るものにファンダメンタリストたちがいる。彼らはその名が示す通り(ファンダメンタリストは根本主義者の意)、聖書の教えに忠実に従おうとする人々である。当然、創世記の記述にも忠実に従っている。即ち、人類は神がおつくりになった、となるわけである。
それにしても、彼らはどこまで本気なのだろう。彼らは信仰上のたてまえから、単にそう信ずるというふりをしているのだろうか? いや、どうもそういうことでもないらしい。
まず、彼らには博士号をもつ、れっきとした科学者がブレインとして何人もついている。その科学者たちもファンダメンタリストで、自然現象がなぜもっとよく聖書の記述に一致しないのかと日々苦悩しているという。世間の批判に一切動じないこれらの人々は、何とも不思議な論理によって聖書を正当化してしまうのである。
地球の古さについて──地球の年齢は放射性同位元素を使って測定されているようだが、そんなものを当てにしてはいけない。なぜなら、ノアの洪水のような天変地異の際にすべては狂ってしまったからだ。
ノアの洪水の際の恐竜について──ある人が恐竜のような大きいものははたして箱舟に積めたのだろうかと意地悪く質問すると、ファンダメンタリスト曰《いわ》く、
「神は赤ん坊の恐竜を一つがい遣《つか》わされたのだ」
ノアの箱舟については他にもいろいろと言い訳のマニュアルがあって、
「洪水だから、ノアは魚など泳げる動物を乗せる必要はなかった。人間と家畜、そしてハ虫類と天《そら》飛ぶ鳥など、地上にすむ種類だけでよかったのだ」
「神は昆虫のような種類の多いものについてもどれ一つとしてお忘れにならなかった。ノアはすべての昆虫をそれぞれ一つがいずつ、箱舟を仕切って収めた。だが、さすがにシロアリだけは中央の部屋に積むよう注意した……」
創世記の記述によると箱舟の長さは三百キュビット尺(約百四十メートル)、幅は五十キュビット尺(約二十三メートル)、高さは三十キュビット尺(約十四メートル)である。創造論者はこの数値から、箱舟は約二万四千トン級の船(もちろん木製)であったと推定し、議論を展開している。
限られたスペースしかない箱舟にすべての生物を積み込むという話は、聖書の記述に無理矢理諸事実をこじつけてしまおうとする彼らの論法そのもので面白い。
最初にお断わりしておかねばならないのだが、この本は「進化論の歴史」や「科学と宗教をめぐる問題」を扱うものではない。ましてやファンダメンタリストを批判する本でもない。私が関心をもっているのは、たとえば次のようなことである。
人間は時々頭に血が昇ってしまい、普段なら明らかに変だと思うようなことでも正しいと信じてしまうことがある。特に周囲が「そうだ、そうだ」と言っているとますますその気になってくる。やがて、そう信じる集団とそうは信じない集団(だからと言ってこちらが正しいとも限らない)との間に対立が生じ、ときには殴り合いのケンカや武力行使にまで発展する。そういうことに夢中になっている人々は皆異様に元気で、たとえば相手陣営が何か失策でもしでかそうものなら、笑いが止まらなくなってしまう。こんな幸福が他にあるだろうかと感ずるのである。
人間は賢いはずなのに、時々とんでもなくアホになってしまう。それはなぜか。これが今のところ明らかにできるこの本のテーマである。
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第一章 すべては遺伝子から始まった
二人のキョウダイか八人のイトコ/J・B・S・ホールデン
「二人のキョウダイか八人のイトコのためなら、私はいつでも命を投げ出す用意がある!」
これは集団遺伝学の研究で名高いJ・B・S・ホールデンが、かつてロンドンのパブで思わず絶叫した言葉である。ホールデンという人は、よく人を驚かすことでも知られるが、なるほどこの言葉は人の意表をつくには十分である。
なぜ、「二人のキョウダイか八人のイトコ」なのだろう。一人のキョウダイや七人のイトコでは命を投げ出すには足りないと言うのか。三人のキョウダイや九人のイトコでは多すぎるのか。それにそもそも、子や孫ではなくキョウダイとイトコであるところも意味深《イミシン》だ。ホールデンの言葉を理解するために、少し頭の中を整理することにしよう。
個体は本来、利己的である。が、ときには他を利するかのようにふるまうことがある。
なぜそういう行動をとるのかと言えば、いつかはそれが自分の利益としてはね返ってくるからだ。はね返ってくるのは明日のことかもしれないし、何年も後のことかもしれない。しかし、ともかく人間も含めて動物は割に合う″s動しかとりえない。真に割に合わない″s動をとるお人好しの個体は、長い歴史の間に既に淘汰《とうた》されているはずだからである。それゆえ個体は、「一見利他的であっても、実は利己的」なふるまいをすると言うことができるのである。
とは言うものの我々は、将来的に割に合わないどころか、どう考えてもまるきり割に合わない行動をとる場合がある。
高層ビル火災で、母親が子を抱えてダイブし、自分は絶命したが、子はかすり傷一つ負わなかったという事件。あるいは、森の中で危険な動物に遭遇し、自分のことはいいからおまえ逃げろと幼い弟に指示し、大ケガを負った兄の話。
もっとも、そんな一生に一度あるかないかの劇的な状況でなくても、我々は十分、計算ずくではない利他的な行動をとっている。兄弟姉妹は普段ケンカばかりしていても、弟や妹がピンチとあれば兄や姉は助け舟を出すし、兄や姉の子を弟や妹が引き取り、我が子同様に育てるということもよくある。世の親たちは自分の楽しみにかける費用を削ってでも子に投資しようとしている。
個体は利己的であるはずなのになぜだろう? しかし、それは当然の行為なのだ。既にお気づきと思うが、今挙げた例はすべて血がつながっている場合で、血縁が近ければ近いほど我々はウソではない利他的な行動をとれるのである。ところが、そんな当たり前のことを生物学的にきちんと説明しようとすると、なかなか難しい。これから紹介するJ・B・S・ホールデンは、初めてこの問題に真剣に取り組んだ人である。
ホールデンという人を一言で言い表わすなら超人──今日のほとんどあらゆる科学分野に影響を与えた人である。肩書きを数え上げるだけでも十指では足りない。まず生物学者で数学者。生化学者であり生理学者でもある。遺伝学者にして人類学者。政治活動家兼ジャーナリスト。古典研究もするし、随筆、詩も書く……。
しかし、古典研究や詩についてはともかく、どの紹介者も付け加えることを決して忘れない彼の最後の肩書き≠ヘ、奇人もしくは変人である。彼は行く先々でよくエピソードを残したが、たとえばアメリカのコロンビア大学のある有名な研究室を訪れた際などは、こうである。十三階にあるその研究室に息せき切って現われたホールデンは、「いま一階からここまで何秒フラットで駆け上がったところだ、エレベーターだと遅くなるから」とあえぎながら言ったという。また、ある黒板討論のときには、いろいろな遺伝学者の名の後に性別を表す記号♂、♀を書き、そのうちのいく人かには、♂♀両方の記号をつけたという。
彼のふるまいを面白がった人々がそそのかすわけだが、彼もまたそれに応じてしまう。こういうことが何回か繰り返されるうちに、彼自身が疲れ果てるか相手がうんざりするかのどちらかの結末に行き着くのである。
|J・B・S・ホールデン《ジョン・バードン・サンダーソン・ホールデン》は一八九二年、イギリスはオックスフォードの生まれである。父親も有名な科学者で|J・S・ホールデン《ジョン・スコット・ホールデン》と言う。二人は名前がよく似ているうえ、研究分野も一部重複するので、息子の方はよく「J・B・S」と呼ばれる。しかし、「J・B・S」では薬の名か放送局の名に聞こえてしまうので、ここではホールデンで通すことにする。
ホールデンの父もまた一風変わった人であった。彼はまだよちよち歩きの息子を実験助手兼被験者として一人前に扱った。息子の血液を採取しては研究材料に使ったし、地下鉄の空気汚染の調査の際にはロンドンへ同行させ、一緒に地下へもぐっている。
そんなわけで、たまたまおでこにケガをし流れ出る血を見たホールデンは、泣くより先にこう言ってしまう子になった。「これは酸化ヘモグロビンなの、炭酸ヘモグロビンなの?」これが四歳の誕生日を迎えるちょっと前のことだ。八歳の時には、父は息子をある講演会に連れて行った。「むずかしいが、おもしろい」とこの幾分おませな少年が評した講演会は、なんと再発見されたばかりのメンデルの法則についてのものだった。
こういう「英才教育児」というのは、十中八九は口先だけのろくでもない大人に育っていくものだが、ホールデンは違っていた。それは一つには、彼が学者としての遺伝的資質を十分に父親から受け継いでいたこと(ちなみに母方も提督や将軍、文人墨客を輩出する文武両道に秀でた家系であった)。もう一つの重要なことは、父親が息子の意志を無視してまで英才教育を施さなかったことである。つまり、彼は自分自身が好きなことを、「どうだ、おまえもひとつやってみるか」とまるでゴルフかマージャンへ誘うかのような調子で息子に勧めたし、息子も喜んでそれに従った。世の英才教育児の悲劇は、この二つの条件がなかなかうまく揃《そろ》わないところから生ずるようだ。
プレパラトリースクール(私立小学校)からパブリックスクールの名門イートン校へと進学したホールデンは、明晰《めいせき》な頭脳と持ち前の負けん気とで成績はいつも群を抜いていた。父から授けられた科学的知識や彼自身の旺盛な知識欲のおかげで、むしろ教師の方が彼に教えを請うくらいであった。しかし、それはまた「いじめ」の理由にもなった。彼は連日のように同級生に殴られ、父親との面会日には彼らに誘拐され、監禁されてしまったことさえある。
むろん、そのようなことでへこたれるホールデンではなかったが、そんなイートン時代に、なぜか彼のことをかばってくれる先輩がいた。彼がなぜだろうかと気にかけているとその先輩は、あるときそっとリンゴをくれた。これは重大な意味をもっていた。上級生が下級生にリンゴを渡すということは、この伝統ある学校では友愛のしるしなのである。その人物はおそらくホールデンとの間に何か共通する魂を感じていたのだろう。彼の名は、ジュリアン・ハックスリー……そう、あのダーウィンのブルドッグことトマス・ヘンリー・ハックスリーの孫である。二人は後年幾つかの関《かか》わりを持つことになるのだが、残念ながらこの本では省略する。
イートンからオックスフォード大へ進んだホールデンだが、専攻したのはなぜか古典文学である。しかし、それは単なる手続き上のことで、彼は多種多様な学科の授業に出席している。特に数学と動物学には熱心で、動物学の変人教授E・S・グッドリッチには(同じ変人として?)強く心|惹《ひ》かれた。
そして二十二歳のとき、第一次世界大戦が勃発《ぼつぱつ》する。血気盛んな青年ホールデンはすぐさま志願し、西部戦線に配属された。しかし、まもなく負傷。帰国し、傷の回復を待つが、矢も楯もたまらなくなり回復半ばで中東戦線へ出征し、トルコ軍と戦う。また負傷。今度はインドの病院へ送られた。退院後はインド陸軍に勤務し、終戦はアイルランドで迎えた。これが彼の第一次世界大戦中の戦歴である。
彼は大戦中ただひたすら戦いに明け暮れていたわけではない。前線にいるときでも科学論文を書いており、父親の要請で一時帰国すると共同でドイツ軍の毒ガスについての研究も行なっている。本国で傷の回復を待つ間には軍から手榴弾《てりゆうだん》学校の運営を任され、将校や下士官たちに殺人技術の指導をした。インドの病院ではベッドの上でウルドゥー語を学び、動けるようになるとありとあらゆる文化──建築、宗教、カースト制など──を寸暇を惜しんで研究した。このときのインド体験がよほど強烈なものであったことは、彼が晩年にかの地へ移住したことからも窺《うかが》える。
前線で彼は、極めて勇敢かつ無謀な将校だった。あるとき彼はオートバイに乗り、ドイツ軍の面前で塹壕《ざんごう》の溝をひとっ跳び。しかも、あっけにとられた彼らが銃の引き金を引く前に再び遮蔽物《しやへいぶつ》の陰に隠れるという離れ業をやってのけた。またあるときは、夜中に鉄条網をくぐって敵の陣営に忍び込んだが、聞き耳を立てていると彼らがイギリス兵の悪口を言ったのでさっそく手榴弾を一発お見舞いしてやったという。おかげで彼はちょっとした英雄であった。だが、戦争で人を殺すことの快楽も罪悪も知った彼は、塹壕の中でよく詩を書いたりもしていた。
大戦が終わると彼はオックスフォードで再び学究生活に入り、学生には生理学を教えた。しかし、平穏な研究生活を送るだけで満足できる彼であるはずもなく、またまた派手なことを始めてしまった。今度は過酷な自己人体実験である。
たとえば、父親の研究を援護する形で始めた一連の実験では、炭酸ソーダや塩化アンモニウムの水溶液を大量に飲み、その一方で自分の身体症状の変化を逐一メモしていった。「J・Hは呼吸困難を感じた」、「J・Hは息が切れた」、「J・Hは……(以下読み取れず)」という具合に。彼の肩書きにはもう一つ付け加えるべきものがあるかもしれない。即ち、危険愛好家=B
一九三〇年代から四〇年代にかけて、ホールデンはますますもって多忙な日々を送ることになった。世間ではナチスが台頭し、次なる大戦の暗雲がたなびき始めたし、彼個人としてはロンドン大学の遺伝学の教授となり、ライフワークとなった研究の数々に着手したからである。
彼はこの時期、まずあのオパーリン(『生命の起源』の著者)とは独立に生命の起源についての説を発表した。この説は原始の大気の組成について一部オパーリンのものと見解を異にするが、本質的には両説はほとんど同じものである。ところが現在、諸々の教科書にはオパーリンの名しか出てこない。オパーリンはこれ以外にはさしたる業績をあげていない学者なのだが。
続いて彼は今日の集団遺伝学の基礎となる研究を成し遂げた。ダーウィンの自然淘汰説とメンデルの遺伝の法則とを理論的に結びつけるというもので、思えばとてつもない大仕事である。彼とR・A・フィッシャー、シウォール・ライトは「集団遺伝学の三人男」と呼ばれ、互いの研究を補いあっている。
「三人男」の一人として、彼は主に突然変異について研究した。たとえば、ある集団の中の一個体に突然変異が生じたとき、それが集団の中でどのように増えていき、固定されていくか、あるいは淘汰されるかといった問題である。これは生物の進化を考えるうえで非常に大切なことで、現在の進化生物学の大きな論拠となっている。彼はまた少々悪ノリ気味の研究もしている。ヨーロッパ各王家の系図を丹念に調べ上げ、血友病が突然変異によって起こる病気であることを突き止めた、まではよい。その論文の一節にはこうある。
「ヴィクトリア女王はどうやら突然変異によって生じたらしい血友病遺伝子の持ち主である。おそらくそれは一八一八年に父君ケント公エドワードの睾丸《こうがん》の左右いずれかの中の細胞の核に起きた突然変異に由来する」
一方、独裁者に抵抗するには共産主義しかないと考えた彼は、自ら共産主義者であると名乗った。イギリス共産党の機関誌「デイリー・ワーカー」の編集に携わり、トラファルガー広場では聴衆を前にこぶしを挙げて熱弁をふるったこともある。集団遺伝学の研究で淘汰や変異の問題を扱う人間が、片や共産主義を唱えるというのはちょっとおかしいような気もするが、彼は彼なりに大変な苦心の末の選択をしていたようだ。事実、第二次世界大戦が終わるとさっさと党を離脱している。
ホールデンはその後も相変わらず精力的に仕事をこなしていたが、西欧社会や煩《わずら》わしい人間関係にすっかり疲れはててしまったようで、一九五七年にはインドへの移住を決意するに至った。
随分前置きが長くなってしまったが、動物行動学上の、いやこの本にとっての最も重要な彼のエピソードは、イギリスでの最後の生活の中にある。
一九五〇年代の、少なくとも彼がインドへ移住する前の話である。ロンドンの中心街には「オレンジ・ツリー」という名のパブがあり、ホールデンはよく学生を連れて飲みに行っていた。例によってながら人間≠フ彼は、その日も酒を飲む一方でせわしなく内職をしていた。封筒の裏か何かに計算をしている様子だった。これはまた何かあるぞと期待した学生もいただろうが、突如ペンの動きを止めた彼が発した言葉はこうである。
「二人のキョウダイか八人のイトコのためなら、私はいつでも命を投げ出す用意がある!」
冒頭で紹介した言葉である。我々は血のつながっている者のためなら、かなり自分を犠牲にしてもよいという気持ちをもっている。しかもそれは、血縁が近ければ近いほど強いという気がしている。しかし、なぜ血縁が近いと自己犠牲的になれるのかということは、説明できそうでいてなかなかできない。ホールデンはこう考えた。
自分とキョウダイとは、自分に特有の遺伝子について考えてみると、1/2の確率で共有しあっている。イトコとなら1/8である。これは単純に考えると自分の遺伝子のコピーが二人のキョウダイ、あるいは八人のイトコの中に分散されて宿っているということだ。逆に言えば、二人のキョウダイか八人のイトコを召集すれば(イトコの場合、父方、母方相方から集めねばならないが)、自分一個体分の遺伝子が揃う可能性があるということである。個体という枠を取り払い、遺伝子に着目すればこういう理屈になるのだ。個体は何も自分ばかりが自分≠ナはないと考えるべきだ。個体は血縁者の中に分散されている自分≠ノ対し、あたかも自分自身に対するが如《ごと》くふるまう場合があるのである。これが血縁が近いと自己犠牲的になれる理由である。自分が犠牲になったとしても、血縁者の中の自分≠ヘ損われないし、それどころかその方が血縁者の中の自分≠ノとって有利なこともあるのである。
しかしながら、我々は少し疑問を感じはしないだろうか。遺伝子に着目して物事を考えるなら、人はまず、「二人の子か四人の孫のためなら……」と叫ぶのが普通ではないだろうか。これには若干の説明が必要のようだ。
彼は生涯に二度結婚をし、いずれの場合にも子を熱望したが、ついに得られなかった。年齢的にもう子は無理だと悟った遺伝学者の胸中に去来したものは何だったのだろう。
自分は本当の意味で子を残せないのだろうか。自分の遺伝子ははたしてここで行き止まりなのだろうか……。いや違う。遺伝子の道には「キョウダイ」や「イトコ」のようなバイパスがあるのだ。しかも計算をしてみると、それは意外な大きさをもっている。
ホールデンの叫びの真価はむしろこちらの点にあるだろう。遺伝や動物行動を研究する者たちは、当然血縁、つまり遺伝子の共有の問題について考えていた。しかし、いかんせんそれは親─子─孫という直系のルートに注目した場合がほとんどで、自分では繁殖できない個体は失敗作か行き止まりのようなものに考えられていた。ところが、個体という枠を取り払い、遺伝子に注目してみると、子をもたない者も決してみじめな存在ではないのだ。実はこの観点が、その後の動物行動の見方を大きく変えることになったのである。
働きバチはなぜ子を産まないのか?/W・D・ハミルトン
動物の世界は広いが、社会性昆虫ほど厄介《やつかい》で、研究者泣かせの動物も珍しい。まず、その定義が難しい。社会性と言うからには何らかの集団を作っている昆虫のことかと思うと、さにあらず。オオカバマダラやサバクトビバッタは大集団を作って移動をするが、社会性昆虫ではない。ユスリカなどは交尾の際に群れて飛ぶが、これまた社会性昆虫とは呼ばれない。研究者が言うのは、アリや一部のハチ、そしてシロアリのような昆虫のことである。
彼らの社会には、産卵はするが労働は一切しないという女王がおり、その一方で産卵はせずに労働ばかりしているメス(ワーカー)がいる。シロアリにはオスのワーカーもいるが、少なくともハチやアリではオスは生殖のためだけにしか生きていない。「社会」という言葉は、生殖と労働の役割が分担され、階級《カースト》ができている、あるいはできつつあるという意味で使われているのである。
その行動と生態だが、これまた不思議なことばかりでなかなか簡単には言い表わせない。ここではミツバチを例にとることにしよう。
ミツバチの不思議の第一は、オスが極端に少なく、ほとんどの卵からメス(ワーカー)が生まれてくるということである。一つのコロニーの構成員はたいてい一万匹を越え、ときには四万〜五万匹にも達するが、そのうちの九割以上がメス(ワーカー)で、残りはオス、そして女王はただ一匹である。
不思議の第二は、その女王がオス、メスの産み分けをするということである(だからこそ性比に偏りが生ずるわけだが……)。女王が巣室に卵を産みつける様子を見ていると面白い。彼女は産む前に几帳面に巣室のチェックをするのである。まず、頭を突っ込み、しばらくもぞもぞと探索をする。頭を出すと、前進し、今度は腹を入れる。このとき産卵するのである。
旧西ドイツのN・ケーニガーは、産卵前のこういう探索行動を巣室測定≠ナはないかと考えた。実際、巣室には標準タイプのものに混じって、より間口が広く奥行きも深いというものが存在している。前者はメスバチ用で後者はオスバチ用だということもそれまでにわかっていた。そこで彼は、女王の両前脚をセロテープで固定する、あるいはいろいろと位置を変えて前脚を切断するなどの処置を施し、産卵をさせてみたのである。
はたして、女王は散々エラーを重ねた。予想されたことではあるが、それは前脚がより不自由なときほど多かった。エラーの大半はオスバチの卵を産むべきところにメスバチの卵を産むというものだ。どうやら彼女は、確信が持てないときにはメスを産むという方針でいるらしい。
それにしても、なぜ女王は瞬時にして産み分けができるのだろう。たとえば、オスになる受精卵とメスになる受精卵とが体内で別々に保管されているのだろうか。しかし、この考えは昆虫一般の常識からはずれている。昆虫の受精は交尾の際には起こらず、精子はいったん受精|嚢《のう》という袋に貯《たくわ》えられる(受精嚢は精子を受け取る袋の意。ここでは受精は起こらない)。その後、それぞれの卵に対して、精子が放出され、受精が起こる。産卵はその都度行なわれるのである。ならば、他の昆虫と同様、ミツバチでも産卵直前に受精が起こるが、その際女王はオス用の精子とメス用の精子をより分ける術でももっているというのだろうか。残念ながらこれも不正解だ。
女王が産み分けができるのは、ハチやアリが特殊な性決定のシステムを持っているからである。それは、受精卵はメスになり、未受精卵はオスになるという不思議なシステムである。女王はこの巣室はちょっと広いな(即ち、オス用)と感じたときには、受精嚢の出入口の括約筋をぐっと締めたまま産卵する。こうすれば卵は受精されない。この巣室は普通サイズ(即ち、メス用)だなと感じたときには、括約筋を緩め、卵を受精させてから産むのである。だから、産卵の様子をよく観察していれば、「ゆっくり産む」と「さっさと産む」の二種類のパターンが見出されるはずである。
これで女王がオス、メスの産み分けができる理由がわかった。しかし、まだ問題点は残っている。産み分けをすると言っても、それは女王本人の意志によってではないということだ。何しろ彼女は巣室のサイズをチェックし、それに従ってただ産み分けているだけなのである。彼女は何者かに操られているのだ。それは誰だろう。巣室のプランを立て、実際に建設に携《たずさ》わった者たち……つまりワーカーだ。
実を言えば、ミツバチの不思議のほとんどはこのようにワーカーに由来するものなのである。そもそもワーカーは自分では子を産まず、ひたすら弟や妹の世話に明け暮れているが、この行動自体、極めて不可解と言わねばなるまい。ワーカーがもっている「もっぱら弟や妹の世話をする」という性質が、ワーカー自身が子を産まないにも拘《かかわ》らず、なぜ次の世代によく伝えられるのだろうか。それにコロニーを守るためには自分の命さえ惜しまないという超利他的な行動。これも随分変わっている。これらのことは多くの人が疑問を抱き続け、まさにダーウィン以来の難問だった。事実、ダーウィンは『種の起原』の中でこう述べている。
「社会性昆虫の不妊のメスの問題は、はじめ私にはとても克服できないもので、実際に私の全学説にとって致命的と思われた」
しかし、この部分の表現からもわかるように、彼はこの難問に対し、若干解決の糸口を掴《つか》んでいたのである。同書の別の箇所には要約すると次のようなことが書かれている。
「選択は個体とともに家族にも作用しうる。家族のメンバーのうちに、ある特性を保持はしているが、表には出さない個体がいるかもしれない。他方それを表に出す別のメンバーがいて、先のメンバーの繁殖に貢献するならば、その特性自体は自然選択で広まりうるだろう」
これは、特別な用語こそ使われていないが、今日の考えと何ら変わらないものである。これから紹介するウィリアム・D・ハミルトンという人は、「遺伝」についてまだよくわからなかった時代にダーウィンが試みたこの若干舌足らずな説明を、約百年の後に明快に甦《よみがえ》らせた人である。彼は数学と集団遺伝学の成果を駆使してこの部分を成長させた。そして後に血縁|淘汰《とうた》≠ニ呼ばれることになる一大概念を作り上げたのである(「淘汰」と「選択」とはほとんど同じ意味と考えて下さい)。
J・B・S・ホールデンがインドへ去り、この世からも去ろうとしていた一九六四年、ロンドン大学のユニバーシティ・カレッジには、ある一風変わった学生が在籍していた。大変優秀なのはよいが、それと同程度に堅物。元々、動物の社会構造や利他的行動に興味を持っていた彼だが、この年、数年来の研究が実を結び、それを学位論文として大学に提出したのである。タイトルは「社会行動の遺伝的進化(The genetical evolution of social behaviour)」。内容は恐ろしく難解で、かつ長い。幾ページにもわたって数式が延々と続くその論文に、最初に目を通した指導教官が、「これでは学位に値しない」と思わず失言≠オてしまったほどである。その学生W・D・ハミルトンは論文の中で概《おおむ》ね次のようなことを述べている。
ハチやアリなどのコロニーは、普通一匹の女王が産んだ娘たち(ワーカー)が中心となった大変に血縁の近い者たちの集団である。だから、ワーカーがせっせと働くということや、仲間のために命を投げ出すということは、それほど不思議な現象ではない。問題なのは、なぜワーカーが自分では子を産まないかということだ。
そこで彼はワーカーと他のメンバーとの血縁度を計算してみた。血縁度というのは、ある個体が他人ならまずもっていないような珍しい遺伝子をもっていたとすると、それが血縁個体の中にも発見される確率のことを言う。が、これは最初はなかなか理解しにくいことなので、とりあえず血の濃さとでも考えることにしよう。血縁度は人間を始めとするたいていの動物では、親子で1/2、キョウダイで1/2(但《ただ》し、一卵生双生児で1、異父母キョウダイでは1/4)、祖父母と孫とでは1/4、イトコどうしで1/8>、などである。このとき、たとえば親から子を見ても、子から親を見ても1/2という値には変わりがなく、血縁度には普通対称性があると言える。
ところがミツバチは違っている。先にも言ったように、ハチやアリでは受精卵からはメスが、未受精卵からはオスが生まれるため(つまり、メスは通常の動物と同様、対になった染色体をもつが、オスは染色体についてその片われしかもっていない。前者を倍数体、後者を半数体と呼び、こういう性質は半倍数性と言われる)、一般的なケースが当てはまらないのである。計算は本来の血縁度の定義に従い、慎重に行なわれなければならない。
まず、女王とワーカーとの関係だが、どちらもメスだから倍数体で、ワーカーは女王がどこか他のコロニーのオスと交尾した結果生まれたわけである。だから、これは一般的なケースと同じである。女王からワーカーを見ても、またその逆でも血縁度は1/2である。
次に、女王とオスバチとの関係。オスバチは倍数体である女王が卵を未受精のまま産んだ結果だから、女王の遺伝子以外のものはもっていない。そこで、オスバチから女王を見るとすると、彼の遺伝子は必ず女王の中に発見されるので、血縁度は1。ところが、女王からオスバチを見ると、オスバチの遺伝子はすべて自分由来のものだが、量が半分しかないので、血縁度は1/2となる。
では、ワーカーとオスバチとではどうか。ここらあたりからが計算の正念場である。何しろ、倍数体のメスと半数体のオスのキョウダイだ。どう考えればよいのだろう。
ワーカーからオスバチを見ると、彼は半数体だから遺伝子の存在確率を最初から半分放棄している。だからその分についてはゼロ。残り半分の部分については、女王の対になった遺伝子の同じ側を受け継ぐかどうかの問題なので、1/2×1/2=1/4となる。血縁度はそれらの合計で、0+1/4=1/4である。
それでは、最も問題となりそうなワーカーどうし、言い換えればあるワーカーとその姉または妹、はどうだろう。まず、彼女たちは遺伝子の半分についてはどの個体も父親から丸々受け継いでいるわけだから、その分については共通で、1/2×1=1/2である。女王由来である残り半分については、どの遺伝子も五分五分の確率で受け継ぐので、1/2×1/2=1/4。そこで合計をする。ワーカーどうしの血縁度は、1/2+1/4=3/4。驚異的な値だ。これはオスのキョウダイに対する血縁度1/4はもとより、母である女王に対する血縁度1/2さえ凌《しの》いでいる。そして最も重要なことは、この値(3/4)が、もしワーカーが自分で娘を産んだとしても、その娘の血縁度(1/2)を上回るということだ。つまり、ワーカーにとっては、自分が産んだ娘が女王になるよりも、女王にメスを産ませ、その中から次期女王が出現した方が得なのである。その方が自分の遺伝子をより多く次代に残すことができるのである。
ワーカーが自分では子を産まず、せっせと働くのは何を隠そう、それが自分の遺伝子を最も効率良く残していく方法だからなのだ。また、子を産まないにも拘らず子を産まないという性質が受け継がれるのは、その性質がキョウダイというバイパスを通じて強力に伝えられてきたからである。これが血縁淘汰≠ナある。むろん、ワーカーはそんなこととはつゆ知らない。ただ、かつてミツバチのコロニーの中に、自分ではあまり子を産まず、むしろせっせと弟や妹の世話をする、しかも女王に弟よりも妹を多く産ませることができる(たとえば巣室のサイズを操作することによって)という遺伝的傾向をもったメスが現われたのだろう。そのメスは、倍数体の動物ならたぶんただちに淘汰されるだろうが、なにしろミツバチには半倍数性という特殊事情があり、母娘より姉妹の方が血縁が近い。そのためその方が自分の遺伝子のコピーをよく残すことができた。こうして彼女の「自分では子を産まず、弟や妹の世話をする、しかも女王に妹を多く産ませる」という遺伝的性質は、またたく間にミツバチ界に広がったというわけである。
ハミルトンの説はその後、「女王が一匹のオスとだけ交尾しているのならその計算でいいが、複数のオスと交尾しているとすると(事実、こういうケースの方が多い)、ワーカーどうしの血縁度はそれほど高くはなくなってしまう。それでもあのように利他的にふるまうのはなぜなのか」、「アリでは一つのコロニーに複数の女王が存在する種がある。その場合はいったいどう考えるのだ」などの手痛い批判を浴びた。反論しようと思えばいくらでも方法はあるのだが、彼はそれを後進の者たちに任せているようである。それは大変賢明なことだ。何しろ、彼はこのとき動物行動の本質に迫る重大なヒントを見つけたのである。つまり、動物の行動を根底において決めているものは何か、本当に利己的なものはいったい何なのかということについてのヒントである。
次の節ではいよいよ現代のスーパースター、リチャード・ドーキンスが登場する。彼の説は、もしそれだけを初めて聞いたとすると、「まさか、そんなバカなことがあるものか」とかなり反発を感じさせるようなものである。しかし、ここまで読んで来て下さった皆さんには、むしろ出るべくして出た当然の説として受け止められるはずである。
完全無欠のスーパースター/R・ドーキンス
リチャード・ドーキンスは、まったく憎たらしいほどに完璧《かんぺき》な理論家である。彼の理論に致命的な弱点を見つけることは、まず不可能と言っていいくらいだ。知識の幅が広く、本業の動物行動学はもとより、分子生物学、集団遺伝学、発生学などの周辺分野、古典文学や詩などの一般教養、諸々の社会現象に至るまで実によく物事を知っている。
たとえば私が彼の著作の中に、「はて、これはどうだろうか。ドーキンスも勇み足を踏むことがあるんだな」と感じる部分を見つけたとする。私はそのことで多少なりとも鬼の首を取ったような気持ちになるわけだが、それもわずかの間のことでしかない。数行先で彼は、愚か者の空手柄を指摘する。もしそうでない場合には、次の著作で詳しく、懇切丁寧に未熟者の疑問に答えるのである。
理論というものは、完璧を期そうとするととかく小さくまとまりがちだ。批判をかわすための弁明や釈明がうるさくまとわりついて、せっかくの面白い話がまるで台無しになっていることもよくある。だが、ドーキンスはそういう学問的拘束に対しても余裕の構えである。大胆で繊細な議論を無理なく展開する。スーパースター、ドーキンス。私はときどき、彼はひょっとして宇宙から来た人ではないかと思ったりする。
オックスフォード大学で学び、高名な動物行動学者のニコ・ティンバーゲンの弟子である彼は、早くから人の度胆《どぎも》を抜くようなアイディアを発表していた。たとえば、一九七一年の記憶のメカニズムに関する論文などはこんな具合である。
周知の通り、我々の脳の神経細胞《ニユーロン》は一日に十万個も死んでいく。これは普通は単なる老化とみなされているが、そうばかりでもあるまい。脳細胞には神経細胞《ニユーロン》とグリア細胞の二種類がある。圧倒的に数の多い後者は、前者を構造的に支えたり、栄養を与えたりしている。ところがグリア細胞はその一方で神経細胞《ニユーロン》の捕食者≠ネのである(実際、グリア細胞が神経細胞《ニユーロン》を飲み込む瞬間は光学顕微鏡でもとらえることができる)。そう考えると、この「食う者」と「食われる者」という二種の細胞の間には淘汰《とうた》の圧力が存在するのではなかろうか。
つまり彼は、脳細胞の間にも自然淘汰の考えを導入したというわけである。彼はこの説明のためにわざわざ『種の起原』を引用するという優雅なところを見せ、神経細胞《ニユーロン》の食われ方のパターンと記憶のメカニズムとの間に何か関係があるのではないかと示唆するのである。
論文を掲載した「ネイチャー」誌は、世界で最も権威のある科学雑誌だが、同時に優れた発想やアイディアの奇想天外さに何にも増して拍手|喝采《かつさい》を送る雑誌である。記憶のメカニズムについて、現在どういう見解が主流になっているのかは知らないが、ドーキンスの仮説がこの分野の専門家たちを大いに刺激したことは間違いないだろう。
さて、一九七六年、三十五歳の彼は、専門家、非専門家を問わず、それを読んだ者なら必ずや何らかの意見を言わずにはおられぬセンセーショナルな本を出版した。タイトルは『The Selfish Gene』(邦題『利己的な遺伝子』日高敏隆ら訳、紀伊國屋書店)。
何がセルフィッシュ(利己的)なのか──それはジーン(遺伝子)である。では、生物とはいったい何なのか──生物は遺伝子が自らのコピーを増やすために作った生存機械にすぎない。
我々は普通、「自分」とか「自我」というものが、実体はわからないもののとにかく大前提として存在すると思っている。遺伝子や遺伝的プログラムは「自分」が生きていくための情報を請け負っているだけで、それが主体であるはずはない。いや、本当にそうとしか思えない。我々が物を食べたいと思って食物を口に運ぶと、すぐさま唾液《だえき》が分泌されて、でんぷんはアミラーゼによって麦芽糖やブドウ糖に分解される。タンパク質や脂肪も、胃、十二指腸と下るに従い、やはりペプシンやリパーゼなどによって分解される。そしてアミノ酸や脂肪酸、グリセリンになる。こういう分解による産物は小腸などから吸収され、我々は生きていくうえで必要な栄養物を得ている。遺伝子や遺伝的プログラムは、我々が生きていくうえでの実に忠実な部下ではないか。
ところがドーキンスは、こういう考え方はひどく間違っていると指摘する。我々のこの体は、遺伝子が自らを乗せるために作り上げた|乗り物《ヴイークル》だと言うのである。遺伝子は、悠久の時間を旅するという自分自身の目的のために我々の体を利用している。個体は幾つもの遺伝子が今偶然にも乗り合わせているうたかたの存在で、個体の死が生命の終わりを意味するわけではない。主体は最初の最初から遺伝子の側にあったのである。
よく考えてみたまえ(以下、しばらくドーキンスの主張を代弁する)。生命の本質とは何だろうか。生命の本質とは、個体が物を取り込み、それを分解し、再合成する、あるいは排泄《はいせつ》するというような代謝や物質の変化に関係したことだろうか。それとも、この世に生まれ落ち、成長し、繁殖をし、老化し、やがては死を迎える(つまり、終わりがある)ということだろうか。その答えを探るため、我々は三十数億年前の生命誕生の時までタイム・マシーンで遡《さかのぼ》ってみることにしよう。
三十数億年の昔、地球の表面の所々は様々な有機分子が漂う、ドロドロとした原始のスープで満たされていた(これらの有機分子は電子顕微鏡を使ってもなかなか見えないものなのだが、我々はそれが見える携帯用電子顕微鏡≠もっていると仮定する)。しかし、まだ生命らしきものは現われてきていない。タイム・マシーンを少し未来の方へ進めてみよう。何万年か進んだ時、突如として我々は、奇妙なふるまいを示す分子の一団を見出すことになるだろう(この場合にも例の電顕が必要である)。それは長い二本の鎖が絡まり合うような構造をしており、驚いたことに鎖がほどけた部分では、元の鎖が鋳型となって鎖が再生されるという現象が起きている。
これだ。生命の本質とは、自分で自分のコピーを作ること、つまり自己複製をするということなのだ。
その「自己複製子」は最初はむき出しのままだった。また、様々なタイプの自己複製子が存在しており、それぞれが複製の速度や安定性(寿命)、あるいは複製の正確さなどについて競っていた。但《ただ》し、複製はあまりにも完璧には行なわれない方が良いようで、非常に稀《まれ》にコピーミスを犯すという性質が実は後々まで不可欠となるのである。
むき出しの自己複製子は、むろんそのままでは傷つく恐れがあるので、周囲に防護壁や防護壁と自分との間を埋める物質を作り始めた。いや、正確には、そういう物を作ることに成功した自己複製子のみが生き残ってきたと言うべきだろう。そういった一連のことを実現させるには、自己複製子が稀にコピーミスを犯すという性質(突然変異)が大きく関《かか》わっている。
こうして自己複製子は最初の|乗り物《ヴイークル》らしき物を作った。そして時間の旅をより快適、かつ安全なものにするために、今度は|乗り物《ヴイークル》の改良に取りかかったのである(ドーキンスは初期の自己複製子と現在の自己複製子、即ちDNAとは大分異なったものだと考えているようで、この段階以降の自己複製子に対しては、「遺伝子」や「利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》」という言葉を当てはめている。また、「遺伝子」は遺伝的淘汰の一単位という意味で、分子生物学で言う「遺伝子」とは違う、ずっと大雑把な概念である)。
やがて、利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の中には|乗り物《ヴイークル》が単細胞であっては心許《こころもと》なくなり、多細胞にしてみようではないかと試みるものも現われた。事実、この思い切った改革は成功している。また、生殖を司《つかさど》る細胞(生殖細胞)とそうでない細胞(体細胞)とを分化させて新しい|乗り物《ヴイークル》を作るという方針などもなかなかうまく行ったようである。
利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》はある時期、|乗り物《ヴイークル》を地表や海底に根をおろして定住≠ウせるか、それとも自由に動き回れるようにするかで悩んだこともあった。しかし、両方とも主義は違えどもそれぞれに優れた方法で、それは今日の両主義者たちの繁栄ぶりを見ても明らかである。後者の方では、本当につい最近になって、|乗り物《ヴイークル》に脊椎《せきつい》を作るか、それとも従来通りでいくかの選択を迫られたことがあった(こういう改革≠竍改良≠フ過程は、|乗り物《ヴイークル》に既に乗っている利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》どうしが、新参の利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》を乗せる、乗せないで協議をしているのだと喩《たと》えてもいいかもしれない)。結局、脊椎を「作る」方を選択しても利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は華々しく自分のコピーを増やすことができた。エラで呼吸し、水中をすいすいと泳ぐことのできる|乗り物《ヴイークル》、水陸両用の|乗り物《ヴイークル》、温度変化には弱いが気温の高いところでは活発に動き回る|乗り物《ヴイークル》、空を飛ぶことのできる|乗り物《ヴイークル》、そして新しい|乗り物《ヴイークル》を乳で育てるという丁寧な|乗り物《ヴイークル》……。色々なニューモデルの|乗り物《ヴイークル》が出現した。
この最後のグループの歴史はまだ浅いが、利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は本当に、つい最近になって大胆な作品を一つ作ってみた。それは、そのグループの常識に反し、局所的にしか毛が生えていない。またそれと製作年代の近い|乗り物《ヴイークル》のどれとも異なり、直立して二足歩行をし、何やら複雑な音声を発して|乗り物《ヴイークル》どうしがさかんにコミュニケーションをするという特性をもっている。特に最後の性質が重要な意味をもつようである。この|乗り物《ヴイークル》はまだまだ試作品の段階であるにも拘《かかわ》らず、この性質を得る過程で急速に脳なるものを発達させてしまったのだ。おかげで利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》はこの|乗り物《ヴイークル》をなかなか意のままに操ることができない。それに利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》にとって大変な衝撃となったのは、今から百年余り前、あるひときわ脳を発達させたこの種の|乗り物《ヴイークル》が、|乗り物《ヴイークル》一般についての見解を述べたということである。彼は|乗り物《ヴイークル》が時間をかけて少しずつモデルチェンジをしていることに気づいてしまったのである。彼の提出した考えは、その後彼と同種の他の|乗り物《ヴイークル》たちの脳を刺激し続けた。そして今日、とうとう利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の陰謀を見破り、それを書物という形で広めてしまう|乗り物《ヴイークル》さえ出現するに至ったという有り様である……。
もちろんこういう過程は、実際には遺伝子に起こる突然変異とそれにかかる自然淘汰とによって起きている。それらの気の遠くなるほどに長い時間をかけた試行錯誤の繰り返しと積み重ねのことを指している。しかし、時間をうんと短縮して考えてみると、それはあたかもはっきりとした目的をもって展開されてきたことのように思えてしまう。ドーキンスの考えは、遺伝子が利己的であると仮定すると物事の説明が非常にうまくつく、ここはひとつ遺伝子に人格≠与えてみようではないか、という提案なのである。
利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の考えを適用すると、たとえばこんなことがよく説明されると私は思う。我々はある程度の年齢になると、ふと、「子どもが欲しい……」とか「自分は今まで仕事一筋でやってきた。だが、今一つ満たされない気持ちだ。そうか、子どもか……」などと思ったりする。事実、子どもを持てば精神も落ち着き、新たな責任感も湧《わ》いてくるだろう。しかし、その代わりにまず間違いなく失うのは、独創性や冒険心、体制に従わない心などである。
当然である。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は自分の乗っている|乗り物《ヴイークル》がいつ命を落としてしまうか心配でならず、なんとか早めに新しくて生きのいい|乗り物《ヴイークル》に乗り移っておきたいのである。だからこそ大多数の人間は、子どもをもつことが人生最大の喜びであると感ずるようプログラムされている。それに、いったん乗り移りに成功した利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は、今度は古い|乗り物《ヴイークル》を操り、新しい|乗り物《ヴイークル》の生存のために最大限の努力を払わせようとする。世の親が、「我が子のためならどんな苦労も我慢できる」、「どんな貧困な状態にあろうとも子どもにだけは不自由をさせたくない」と思うのはこのためだし、多くの人が子をもつやいなや冒険心や独創性をすっかり失い、行動が俄然《がぜん》慎重になっていくのも同じ理由からだ。
親戚どうしは助け合わねばと、オジが甥《おい》の学費を援助すること、姑が息子の浮気には寛容なのに、嫁の不貞に対しては厳しいということなども利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》にとっては簡単な操作だ。
オジと甥は血縁度1/4の関係である。オジは我が子に対してほど熱心ではないが、その値に見合うよう甥に対して利他的にふるまう。そのように操作されている。
姑にとって息子とは自分の遺伝子を確実に1/2の確率で乗せている大切な存在で、彼の浮気は自分の遺伝子のコピーが増えるという結構な結末に至る可能性がある。しかし、嫁の不貞はいけない。嫁は自分にとっても息子にとってもアカの他人で、そのアカの他人がまた別のアカの他人との間に作った子を、何も知らない息子が養育させられてしまうなどという事態は断じて阻止せねばならない。ただ嫁は息子の遺伝子、ひいては自分の遺伝子のコピーを増やすための協力者であるから、その意味では尊重すべきだろう。ここらあたりの立場が微妙であるため、姑の顔はいつも引きつっているのである。誰も悪くはない。悪いのは利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》なのである。
利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の願いは、ひたすら自分のコピーを増やすということである。実のところ個体の行動を決める最大のカギは、種の繁栄でもなく、個体の利益でもなく、遺伝子のこの利己性にあるのである。
そのことを示す、少々極端な例を一つ挙げてみよう。イヌワシは一回の繁殖でたいてい二つの卵を産む。最初の卵から四〜五日たったところで二卵目を産むのである。ところがイヌワシは、二羽とも無事に育てあげることがまずできない。二卵目は最初のヒナがうまく育たなかった場合のスペアーというわけである。
しかし、ここで披露される利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の|乗り物《ヴイークル》操作術は見事というより他はない。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は、先に産まれたヒナがもう大丈夫というところまで育つと、彼(彼女)に弟(妹)殺しを実行させるのである。ある観察によると、上のヒナは絶えず下のヒナをつついたり追いかけまわしたりしており、ほぼ一カ月かけて衰弱させ、死に追いやったという。その間、親は見て見ぬふりをしている。
非情なようだが、これが利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の論理なのだ。もし、弟(妹)殺しが実行されなければ、結局は二羽とも命を落とすことになり、遺伝子のコピーは全く残らないだろう。弟(妹)にしてみれば、自分の死は確かに個体の死だが、それによって自分の遺伝子の半分が保障されることでもある。それゆえドーキンスは、このような兄(姉)の手による弟(妹)の死も、遺伝子という観点に立てば利己的なことであると結論する。死もまた利己的なり、というわけである。
自由な魂の遍歴/F・クリック
私が生物学を志した理由は簡単である。少々キザな言い方だが、高校の時に知ったワトソン&クリックのDNA二重らせんモデルがあまりにも美しかったからだ。
DNAは、四種類の塩基、即ちアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)がそれぞれ付いた糖、それとリン酸基とが交互につながった長い鎖である。塩基はAがTと、GがCと相補的に結合するので、絡み合う二本の鎖は互いに他方の鋳型をなしている。遺伝情報は四種の塩基の配列で決まり、その一単位はトリプレット(三文字暗号)である。トリプレットは各々《おのおの》二十種のアミノ酸のどれか、あるいは終止の意味に対応している。遺伝情報は一方向にしか流れず、それはDNA→RNA→タンパク質の順である(これは現在ではちょっと違っている)……。私はこれらのことを高校三年の時に知った。
それまで美しいと思っていたのは数学である。たとえば、楕円《だえん》の面積を求める公式を積分を使って出すとする。この場合、y=の式に√が生ずるので、三角関数を使った置換積分が必要となり、少々面倒である。しかし、慌てずにコツコツと計算を進めて行けば、問題は徐々に解決する。そして最後に現われる式は、πab──小学校以来慣れ親しんできた円の面積の公式πr2[#r二乗]の二つのrを楕円の長径の半分であるaと短径の半分のbに置き換えただけのものだ!(とは言うものの、円は楕円の特別な場合だから、本当はその逆なのである。単純な私はこういうことにいちいち感動していた)
それにしても、ワトソン&クリック≠フ衝撃は大きかった。生命の本質がこんなにシンプルで美しいものだったなんて……。私はさっさと宗旨変えをし、大学へ入ったら絶対分子生物学をやるのだと心に決めた。
当時、分子生物学徒にとっての必読の書は、ジム・ワトソンの『遺伝子の分子生物学』と、同じくワトソンの『二重らせん』だった。前者は大変に優れた教科書で、生物系大学院入試三種の神器≠フ一つに数えられているほどである(実は、私は大学院の最初の二年間を分子生物学徒として過ごしたが、再度宗旨変えをして動物行動学徒になったのである)。後者はあまりにも有名なベストセラーだ。
若き研究者、ワトソンとクリックがDNAの構造解明のために奮闘をする。モデルを作っては欠陥に気づき、作り直す。また難点に気づき、取り壊す。二人が知力と体力の限りを尽くし、激論をぶつけ合う。なぜこんな簡単なことに今まで気がつかなかったのかと後悔をする。たびたびの挫折。大御所ライナス・ポーリングとの先陣争いや身近なライバル、ロザリンド・フランクリンとの確執……。試行錯誤は二年近くにもわたって続いた。しかし、最後に現われた正解≠ヘこの世のものとは思えぬほどに美しかった。モデルを前にするとライバルの研究者たちもうっとりと見とれてしまい、何ら異論を唱えようとはしなかった。事実、それは完璧《かんぺき》だったのである。
この本の中でクリックは、「いつもドラ声でしゃべりまくっている男で、研究所内での彼の居所は別段人に聞かなくてもすぐわかる」というような描かれ方をされている。快活で雄弁なのはいいが、ややはた迷惑な人間という感じだ。私はつい最近まで、クリックとはそういう男であり、学者にありがちな猪突猛進型の一人かと思っていた。しかし、それは大変な間違いであったことを最近翻訳が出た彼の自伝(『What Mad Pursuit』、直訳すれば『何て狂気の沙汰の追究なんだろう』とでもなるだろうか。キーツの詩の一節に由来する。但《ただ》し、残念ながら邦題は『熱き探究の日々』中村桂子訳、TBSブリタニカ)を読んで知った。彼はJ・B・S・ホールデンと同様、本当は極めてシャイでナイーブ、夢を追い続ける謙遜《けんそん》と誠実の人だったのだ。
フランシス・クリックは、一九一六年、ロンドンから北西へ百キロメートルほどの田舎町、ノーサンプトンに生まれた。父親は靴の製造工場を営んでおり、一族は学問と特に深い関《かか》わりをもたない中流階級である。ただ、母親が普通とは少し違っている。
何でもかんでも疑問を持って質問する少年フランシスに、両親は『子供百科』を買い与えた。そこには宇宙のこと、原子のことなどが詳しく書かれており、彼は最初は満足していた。しかし、知れば知るほど彼は不安にかられるようになった。大人になるまでに森羅万象の謎が解き明かされてしまい、自分が発見することがなくなるのではないかと考えたのである。思い切って母親に打ち明けると彼女はこう言った。
「心配いりませんよ。あなたが発見するものはまだまだ沢山《たくさん》残っていますよ」
これが十歳の頃のことである。
日曜日の朝、熱心なプロテスタントの信者である両親は、二人の子ども(フランシスとその弟)を連れて必ず教会へ行った。ところがフランシスは、牧師の話と『子供百科』などで得た科学的知識とのギャップに悩み始め、ついに教会へは行かないと宣言する。これが十二歳の時の話。少年期に激しく教会に反抗した人物と言うと、私はすぐにジョン・レノンを思い浮かべてしまうが、西欧社会では「学校」が自由な代わりに「教会」が厳しい。「教会」は日本における「学校」と同様、自由な魂にとっては相当な苦行の場になっているようだ。
さて、十八歳。彼はロンドン大学ユニバーシティ・カレッジに入学し、物理学を専攻する。ロンドン大学はこの本によく登場する大学だが、クリックの学生時代はちょうどホールデンが生物学の教授をしていた時期に相当する。私はこの二大奇人が、もし何らかの形で接近遭遇していたならさぞかしドラマチックなことだろうと思い調べてみたが、残念ながらそのような事実は見つからなかった。
クリックはこの大学でいささか時代遅れの物理学しか学ぶことができず、学位取得後も退屈極まりない研究生活を送っている。教授が彼に与えたテーマは、「圧力を加えた時の水の粘性を摂氏百度から百五十度の間で測定する」というもの。敢《あ》えてクリックがやらなくてもいいような研究だ。
そうこうするうち、第二次世界大戦が勃発《ぼつぱつ》した。クリックは直ちに海軍本部へ配属され、軍事研究を委任される。ここでのテーマは機雷や地雷の研究。確かにそれは、「水の粘性測定」よりは楽しかったが、こうして彼は科学者として大切な二十代を軍事研究のために費やしてしまうことになった。
一九四五年、ようやく大戦は終わった。けれども彼は途方に暮れてしまう。海軍では十分な業績をあげたが、だからと言って、生涯を兵器の開発のために捧げるつもりはない。基礎科学がやりたい。しかし大戦によるブランクで三十過ぎても発表論文は皆無という有り様……。
彼はハンディを逆手にとることにした。科学者も三十過ぎればすっかり専門分野に凝り固まってしまい、新しい発見が生まれにくくなっているのが普通だ。ところが今の自分には、新しい分野に踏み出したいという新鮮な気持ちがあり余るほどにある。彼は自分が本当にやりたいことは何かと冷静に自問自答した。答えは二つ出た。一つは「生物と無生物との間」、もう一つは「脳」だ。いずれも神秘的なテーマだが、後者はあまりに時期尚早、自然と前者を選んだ。
とは言うものの、それはこちらが勝手に決めたテーマである。なかなかぴったりの話がやって来ない。彼は慎重に構えた。良い話があってもテーマに合わなければ断わるという勇気も持った。そして、とうとう基礎科学者のあこがれの的、ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所へ入るという幸運を得た。彼の遅まきながらの研究生活が始まったのである。そして数年後、さらに幸運なことに、J・ワトソンがアメリカから客員研究員としてやって来る。ワトソンはクリックより十二歳も年下だが、二人はたちまち意気投合した。後は例のサクセス・ストーリーである。
クリックの研究態度を見ていると、早々と専門家≠ノなってしまわないことがいかに大切かがわかる。専門分野には専門家の穴≠ニでも言うべき落とし穴が随所にあり、実際多くの人が落ち込んでいる。
若い研究者がこの穴のそばを通りかかると、穴は囁《ささや》くのである。
「ちょっと、そこのまだ業績があがっていないキミ。この中には手堅いテーマがたくさんあるよ」
そうかなと思って覗《のぞ》くと、確かにある。では、ちょっとだけ入って、論文が書けたらすぐ出ることにしようと思い、片足を入れる。論文が一つ出る。すると穴はグイと引っ張る。また一つ出る。引っ張られるごとに論文は出るわけだが、面白くないものばかり。そしてとうとう奈落の底へ……。ところがそこはなかなか居心地の良い場所なのである。年中気温は一定で、風は頭上をはるかに越えたところで吹いている。外界へ出て新しい分野を開拓しようなどという気は二度と起こらなくなる。これが専門家の穴≠ナある。
クリックはそういう穴の囁きに耳を貸さなかった人だ。大戦後の浪人時代もそうだし、キャベンディッシュ研究所での最初の数年間もそうである。そうして彼は金的を射止めたのである。彼は「二重らせん」の発見後も次々と偉業を成し遂げている。遺伝情報がトリプレットであることを実験的に証明したのも彼だし、メッセンジャーRNAを発見したメンバーの一人でもある。それどころか彼は、セントラルドグマ(遺伝情報がDNA→RNA→タンパク質の順で伝わること)の提唱にまで関与している。こうなるともう単なる運や実力の問題とは言えないだろう。彼は自分を活《い》かす道を見つける達人でもあるのだ。
一九七〇年代初め、すっかり大家であるはずの彼は、分子生物学者のレスリー・オーゲルと組み、生命の起源に関する新説を発表して世間を驚かせた。これは彼自身の命名により、「意図的パンスペルミア説」と呼ばれるものである。現在、我々は宇宙に向けてメッセージを送ったり、惑星探査機を飛ばしてみたりするが、そのことを裏返して考えたのがこの説だ。つまり、我々の祖先の生命は地球上で誕生したのではなく、そのような方法によって宇宙の彼方《かなた》から送られて来たのではないかというのである。当時既に今の我々と同じくらい、いやそれ以上に知的だった生命によって、意図的《ヽヽヽ》に……。ただ、この説はあまりにSF的なため(もっとも私はそうは思わないが)、多くの批判を浴び、相棒のオーゲルは非常に後悔している模様である。
一九八〇年代に入ると、彼はR・ドーキンスに触発され、「セルフィッシュDNA」なる論文を発表した。これもオーゲルと組んでである。こちらにはかなりの説得力がある。DNAの長い鎖の中には、さほど必要とも思われないのに何度も同じ暗号文が出て来たり、ジャンクDNAと呼ばれる、タンパク質に翻訳されず、まったくサボっているとしか思えない部分が大量に存在する。これは長い間、研究者たちの頭を悩ませてきた。が、これらの現象はDNAがタンパク質に翻訳されるために存在しているのではなく、それ自体の存在のために存在する、つまりDNAがセルフィッシュ(利己的)であると仮定すると何ら不思議なことではなくなるのである。
数々の栄光に輝いたフランシス・クリックだが、意外なことに管理職めいた地位には一度もついたことがない。科学をする心にとってそれが一番の障害となることをよく承知しているからだろう。彼は七十歳を過ぎた今も、カリフォルニア州ソーク生物学研究所の一所員。念願だった脳の研究を続けている。
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第二章 我々は|乗り物《ヴイークル》である
遺伝子が行動を支配する/「衛生的」なミツバチ
動物の行動はどのようにして決まるのだろう。少し前までの議論には、「この行動は遺伝だ」、「いや後天的なものだ」とどちらか一方に分類してしまおうとするものが多かった。その議論のために多くの時間と労力が費やされた。しかし、今やそういう議論自体がナンセンスであることがわかってきている。つまり、どんな行動でも必ず根本には遺伝がある。遺伝抜きでの行動などありえない。問題は、遺伝子がどのように、またどこまでお膳立てをしているかということなのだ。
たとえばハイイロガンのヒナがK・ローレンツに刷り込まれてしまい、彼を親だと思い、随《つ》いて歩いたという有名な話。これは刷り込みというあたかも全く遺伝によらない現象を説明しているかのようにとらえられがちだが、実はそうではない。この話は遺伝子のお膳立てがどのようになされているかを示す良い例なのである。
ハイイロガンは生まれながらに親の姿を知っているわけではない。こんな羽色で、形はこうで、こんな歩き方をするなどという細かい情報をいちいち遺伝子は請け負うわけにはいかない。その代わり遺伝子はこんなプログラムを考え出した。「孵化《ふか》後初めて見たもののうち、大きくて、しかも動くものをよく覚えよ。歩けるようになったら、いつでもどこでも随いて行くのだ」自然界でこの条件を満たすものは、酔狂な動物行動学者を除けばまず間違いなく自分の親である。遺伝子はそのあたりのことをよく承知しており、手を抜けばよい部分については徹底して手を抜くことにしているらしいのである。
ところで、動物行動学では「遺伝子」という言葉を、他の分野の人が聞いたらびっくりするような荒っぽい使い方をする。「交尾行動の遺伝子」、「育児行動の遺伝子」、ときには「人命救助の遺伝子」という言い方さえある。これは何も、この学問がいいかげんなものであることを意味するわけではないのである。
そもそも淘汰《とうた》が直接働くのは遺伝子ではなく表現型(生物体に実際に現われる性質)に対してである。だから遺伝子にいくら突然変異が起きても、その影響が表現型に出なければ、進化には関係がない。進化を論ずる際には、表現型に現われる遺伝子の効果が問題なのだ、と行動学者は理解しているのである。そのようなわけで動物行動学で定義される遺伝子とは次のようなものになる。
動物がある行動を実行するには、恐ろしく多くの遺伝情報が関《かか》わっている。遺伝情報はまず、脳や神経系、それらに従って収縮、弛緩《しかん》する筋肉、筋肉を支える骨格などを作るために必要である。またそれらを組み立てる過程にも、組み立てたものをどう動かすかの指令のためにも必要である。しかし、そのような遺伝情報の中には、ある特定の行動にのみ必要な部分も存在しているはずである。行動と遺伝子との対応を考えるにはまずその部分に着目してみるべきだろう。そこで行動学者は、その特定の部分を指し、「何々行動の遺伝子」と呼ぶことにしているのである。
「行動の遺伝子」について最も研究されているのはショウジョウバエである。今までに数多くの突然変異体《ミユータント》が見つかっている。オスの交尾行動一つとってみても、同性愛者になってしまい、オスの後ばかりを追いかけ回すオス、本来は二十分くらいかけて交尾するのに十分かそこらで切り上げてしまうオス、あるいはいつまでたっても交尾をやめないオスなど様々である。ただ、こういう研究では放射線や薬剤によって人為的に突然変異が引き起こされており、残念ながら自然界のショウジョウバエにこんな傑作な行動をとるものがいるわけではない。
実は、元々存在する動物の行動について遺伝子との対応がはっきりとついた例はまだほんのわずかしか見つかっていないのである。研究しようとしても、変数≠ェ多すぎて手がつけられない場合がほとんどなのだ。次に紹介するミツバチの話はそういう意味で大変貴重なだけでなく、行動学者が初めて遺伝子の実力を思い知ることになった研究である。
ミツバチの幼虫は、厳重に温度コントロールされた巣室にすんでいる。その中は外の条件に関係なく、常に三十五度C前後という高温である。むろんこれは幼虫の発育のために適した温度なのだが、もう一つ別の意味ももっている。ミツバチの幼虫は多くの伝染病に罹《かか》るが、その原因となるバクテリアやウイルスはたいていは高温に弱い。三十五度ともなるとほとんどが死滅するか、そうでないとしても増殖が抑えられる。巣室が高い温度に保たれているのは主として伝染病対策なのである。しかし、周辺部にある巣室はどうしても中心部にあるものより温度が下がってしまう。伝染病はそのような場所を拠点として広がっていくようである。
幼虫にとって特に恐ろしいのは、バチルス・ラービーというバクテリアである。このバクテリアに感染し、発病した幼虫はやがて死んで腐る(だからこの病気は腐蛆《ふそ》病と呼ばれる)。するとバチルス・ラービーは次の幼虫へ乗り移る。バクテリアはどんどん増殖をし、感染の範囲を広げていく。そうなるともうほとんど手の施しようがなくなってしまう。
ところが、ミツバチの系統の中にはこの恐ろしい伝染病を撲滅できる術をもったものがある。こういうコロニーでは、死んで腐った幼虫がいると、ワーカーが巣室のろうの蓋《ふた》をはずし、中の幼虫を引っ張り出して捨ててしまうのである。その見事な行動から、こういうミツバチの系統は「衛生的」系統と呼ばれるようになった(ミツバチの幼虫は孵化後五〜六日間はワーカーから給餌《きゆうじ》を受けるが、その後巣室の入口をろうの蓋で閉ざされてしまい、餌《えさ》はもらえなくなる。幼虫はこの状態のまま次第にサナギへと変身し、孵化後十七〜十八日くらいで羽化する。そのとき自分で蓋を破って出てくる)。
一方、この病気に対してなんらなす術《すべ》をもたない系統は「非衛生的」系統と呼ばれる。同じミツバチでもこんなに違うのである。
アメリカのW・C・ローゼンブーラーはこの現象に画期的解釈を与えた人である。彼は両系統の違いがかなり少数の遺伝子の違いにあると仮定し、メンデル実験の行動学版のような実験をやってのけた。
まず彼は、巣板(実験には養蜂業者が用いる板状の人工の巣が使われた)の中の幼虫に故意に腐蛆《ふそ》病を感染させ、その後ワーカーがどうふるまうかで両系統を見分けた。ワーカーが蓋をはずし、死んだ幼虫を引っ張り出して捨てるのなら衛生的系統、何もしないのなら非衛生的系統である。次に衛生的とわかった系統の女王(あるいはオスバチ)と非衛生的系統のオスバチ(あるいは女王)とをかけ合わせて雑種第一代(F1)を作る。雑種第一代(F1)は、注目している形質が優性か劣性かを見定めることができるので重要である。たとえばメンデルのエンドウの実験では、草丈の高い純系と低い純系とをかけ合わせると、すべて草丈が高いと出た。だから草丈が高いという形質に関する遺伝子は優性であるとみなされた。一方、この実験で同様のことをしてみると、衛生行動をとるワーカーはほとんど現われなかった。衛生行動の遺伝子は(この時点ではまだいくつの遺伝子が行動に関与しているのかわからないが)、一応劣性であると考えられる。
ローゼンブーラーはセオリーに従い、今度は雑種第一代(F1)と元の衛生系統との戻し交配≠試みた。戻し交配というのは、F1で見かけ上わからなくなってしまった遺伝子の型を表現型として再び登場させるための遺伝実験上のテクニックである。普通は雑種の個体と劣性と判定された方の親の系統の個体とがかけ合わされるが、ミツバチの場合には残念ながらそうはいかない。ミツバチは例の半倍数性という性質をもっているためオスは女王の分身でしかなく、雑種第一代と言えども少しも雑種になっていないのである。それにワーカーは不妊であるため、これも実験には使えない。そこで、この実験ではF1の女王の産んだ未受精卵から羽化してきたハチ、即ちF1の女王の分身であるオスバチ、と元の衛生系統の女王とを交配するという措置がとられた。
結果は不可解だった。この交配で得られた二十九個のコロニーのうち、六個(約1/4)は衛生的、十四個(約半分)は非衛生的、そして残りの九個ではなんとも奇妙な行動が見られたのである。ワーカーは巣室の蓋をはずすのだが、後は知らん顔をしている。何のために蓋をはずしたのかわからないという様子なのだ。
衛生行動がもしただ一つの遺伝子によっているのなら、こんな不思議な現象は起こらないだろう。ローゼンブーラーは、しばし考えを巡らせた。蓋をはずすが後がダメというタイプがあるのなら、蓋がはずせないだけで幼虫は引っ張り出せるというタイプがあってもいいはずだ。衛生行動はきっと二つの遺伝子から成っているのだ。一つは「蓋取り遺伝子」、もう一つは「幼虫捨て遺伝子」だ。非衛生的なコロニーは十四個もあるが、たぶんそのうちの半分が、蓋が取れないだけで幼虫は捨てられるというタイプに違いない……。彼はさっそく考えを実行に移した。腐蛆《ふそ》病にかかった幼虫がいる巣室の蓋を、彼自身が取り除いてやったのである。
結果は大成功だった。十四個のコロニーのうちの六個では、ワーカーが腐った幼虫を引っ張り出し、それをさっさと捨ててしまったのである。
こうしてミツバチの衛生行動の謎は一挙に解き明かされた。行動はかくもはっきりと遺伝子に支配されることがあるのである。ローゼンブーラーの論文は一九六四年に発表されたが、これは奇《く》しくもハミルトンが歴史に残る大論文を発表した年と同じ年である。行動学者はこの頃から遺伝を大変重要視するようになった。遺伝子の力が想像をはるかに超えて大きいことが実感できたのである。ドーキンスに代表されるような鋭い物の考え方は、こうした背景から生まれてきたようである。
意地悪も実力のうち/忙しいアオアズマヤドリ
アオアズマヤドリと言えば、今やすっかり動物アイドル界の定番、番組を制作すれば必ずそこそこの視聴率が期待できる鳥である。ニューギニアからオーストラリアの北部、東部にかけてすんでいるこの鳥だが、動物一般の例にもれず、メスの方はあまりパッとしていない。羽根は全体に地味な灰緑色だし、嘴《くちばし》も灰色、目こそトルコ石のような青さをもっているが、とにかくなるべく目立たないようにしているという感じだ。
一方、オスはなかなか派手である。幼鳥の頃、オスもメスと同様の地味な衣裳をまとっているが、性的に成熟してくると急にオシャレに変身する。衣裳は青い光沢のある黒。これが光線の当たり具合によってキラキラと輝くのである。もっとも、これくらいのことでは動物アイドル界で生き延びていくことはできない。彼らの人気の秘密はオスが示す奇妙な習性にある。
アオアズマヤドリのオスは、メスの気を引くために不思議なU字形の建造物を地面に作る。何百本もの細い枝を集めてきて、まるで籠《かご》でも編むかのようにびっしりと組み上げて行くのである。この建造物は幅は十センチくらいで奥行きは三十センチくらい、南北の方向を向いているのが特徴で、中はとても安心できそうな空間である。
ところが、残念ながらこれはディスプレイ専用である。彼らの本当の巣は樹上にあり、従ってこの建造物は庭園などに立てられた小粋《こいき》な小屋、即ち東屋《あずまや》に相当する。
東屋を訪れたメスは、まずその出来ばえを入念にチェックする。建物は歪《ゆが》んではいないか、素材は良いものを選んでいるか、まさか手抜き工事をしてはいないでしょうね、などと。その際、オスが披露してくれる横っ跳びダンスや東屋の前に展示された貝殻や羽根などの小物の数々も評価の対象になる。こうしてメスはオスの資質を何から何までじっくりと審査するのである。
しかし、非情なことにメスの答えの大半は「NO」である。仮に「OK」ということになっても、東屋の中で交尾を済ませたメスはさっさとどこかへ消えてしまう。彼女はオスの知らない場所にひっそりと巣を構え、ひとりでヒナを育て上げてしまうのである。
こういう一夫多妻のシステムでは、オスは子育ての労苦から解放される代わりに、メスをめぐる争いが激しくなっている。事実、アオアズマヤドリに関するある調査では、一繁殖シーズンに三十三回も交尾できたオスがいる一方で、一回も交尾できなかったオスもいたくらいである。当然オスはメスを引きつけるべく東屋の手入れや飾りつけに執念を燃やすことになる。
飾りつけに使う物は、他の鳥の青い羽根やカタツムリの抜け殻、黄色い葉っぱや小さな木の実、青や黄色の花びらなどである。彼らはとにかくこういうちまちまとした物が好きで、どこからともなく集めてきては展示する。その場所は南北に長い東屋のたいてい北の入口付近である。
彼らはまた、光る物を珍重しているようである。もし落ちているのなら、銀紙やプラスチック片のような人工物もコレクションの中に加えてしまうだろう(コレクションに対するこの執念が世の動物ファンたちを喜ばせているのである)。要するに彼らは、「青い」とか「輝く」という彼ら自身の魅力の断片を探し求めているらしいのだ。これは何でもないことのように思えるが、実は大きな意味をもっている。
そもそもアオアズマヤドリの属するニワシドリ科の鳥たちは、オスはなかなか優れた「庭師」である。彼らの作る建造物は、落葉を取り除いた地面に青葉を敷きつめただけという簡素なものから、自生している木を何本も柱として利用し、その周りに小枝をびっしりとからませてドームを作るという大掛りな物まで幾つかのステップがある。しかし、興味深いのはオスの衣裳と彼の作品との関係だ。その現象は、たとえばメイポール型と呼ばれる東屋を作る鳥たちによく現われている。
メイポール型は自生している若木を支柱として使うことが特徴だが、東屋作りの難易度と装飾度からさらに三段階に分けられる。
第一の段階は、一本の若木の周りに小枝を何本もからませてクリスマス・ツリー状にしたものである。周囲の地面は落葉などがきれいに取り払われて整地され、コケや地衣類などがあしらわれている。第二の段階もやはり一本の若木を中央に据《す》えるが、その根元近くを何本もの小枝が大きく楕円状に取り囲むというものだ。中は空洞だが、入口が一つあるので、ちょうどかまどのような構造である。「かまど」の入口から奥にかけては、まるで「こっちだよ、こっちだよ」と誘うかのように小花が鏤《ちりば》められている。第三の段階は、何本もの若木にわたり膨大な数の小枝がからめられ、ドームを形成するというものである。ドームの内外には所々に木の実がお供え物のように盛られているが、これもまた非常に誘惑的な感じがする。
三つの段階の東屋を作る鳥について、それぞれオスの衣裳を見てみよう。まず第一の段階のクリスマス・ツリー状の物を作るカンムリニワシドリだが、彼らはオレンジ色の大きな冠羽をもっていて非常に派手である。ところが第二段階のやや複雑な東屋を作るアカエボシニワシドリになると、オスの冠羽はやや貧弱なものとなる。そして第三段階の壮大で華麗な東屋を作るチャイロニワシドリともなると、冠羽の痕跡さえ見当たらないという状態である。つまり、オスの衣裳が派手な種ほど東屋は簡素で、豪華な東屋を作る種ほどオスの衣裳は地味だというわけである。
ニワシドリ科の鳥のオスは、昔は皆きれいな衣裳をまとっていたのだろう。ところがきれいな衣裳はメスを引き付けると同時に捕食者をも引き付けてしまう。事実、クジャクやゴクラクチョウ(ニワシドリ科に近縁)のオスなど超豪華衣裳組は、いずれもこの問題に頭を悩ませているようである。
ところがニワシドリ科の鳥はうまい解決策を見つけてしまった。メスが東屋の魅力に引かれだしたのをきっかけに、オスが衣裳の魅力を徐々に建造物や装飾物の魅力へと移し替え始めたのである。これなら捕食者に狙《ねら》われる心配もない。またこれは、遺伝子の表現型が本体を離れ、作品や建造物に現われるようになったという意味でも重大なことである。アオアズマヤドリはまさにこういう進化の中間段階にある鳥で、彼らはかつてはもっと青く、もっと輝いていただろうと想像されるのである。
このようにアオアズマヤドリの捕食者対策は今まさに解決の糸口を掴《つか》んだところだ。ところが、一難が去りかけると、なぜかまた別の一難が襲って来る。今度は同種間の問題だ。ライバルのオスが隙《すき》を窺《うかが》ってはやって来て、東屋を壊し、ついでに大事なコレクションを盗んでいったりするのである。
アメリカのG・ボージアは、アオアズマヤドリのこの犯罪行為≠ノついて詳しく調査した。調査の場所はオーストラリアの東部、ユーカリの木が繁るやや開けた森林である。彼は一九八〇年から八二年までの三年間、毎年十一月から十二月にかけての繁殖シーズンに水も漏らさぬ態勢で張り込んだ。約百メートルおきに散在する二十〜三十個の東屋のそれぞれに対し、赤外線センサー付きカメラをセットし、すべての出来事を記録したのである。
それによると、東屋壊しの犯人はたいてい最も近くにすんでいる者である。犯人≠ヘ主《あるじ》の留守を狙って抜き足差し足で近づいていく。あるいは近くの枝にじっと止まって主が出かけるのを待っている。全壊させることは稀《まれ》で、たいていは半壊か小枝を数本抜きとるだけである。ただ、貴重な青い羽根を盗んでいくことだけはどの犯人も忘れない。当然と言うべきか、よくできた東屋ほど被害に遭《あ》いやすいこともわかった。
しかも驚いたことに、この調査によるとオスのほとんどすべてが何らかの犯罪者であるという。東屋をめぐる犯罪模様は大混戦で、他人の東屋を壊しに行っている隙に自分の東屋が壊されてしまうとか、犯行の最中に主が帰ってきて大騒動になるというケースも珍しくない。オスはどうやら近所どうしで意地悪合戦をやっているらしいのだ。
一方、メスの態度は冷静である。彼女たちは単に東屋が立派かどうかだけを判断しているのではない。東屋壊しが頻発するにも拘《かかわ》らず、ちゃんと自分の東屋を維持できているかどうか、羽根泥棒が横行する中、自分の集めてきた羽根を守ることができるかどうかまで査定し、判断しているのである。そればかりではない。こういう犯罪多発社会≠ナは、犯罪能力も一つの立派な能力である。ボージアによれば、メスはこれらすべてのことについて十分見抜いた末にパートナーを選んでいるという。
利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》がコピーを増やすには、まず二つの方法がある。一つは乗っている|乗り物《ヴイークル》に繁殖を頑張らせること、もう一つは|乗り物《ヴイークル》に血縁|乗り物《ヴイークル》の繁殖の手助けをさせることだ。しかし、と同時に、このように非血縁|乗り物《ヴイークル》の繁殖を妨害するということも今一つの重要な手段である、とこの意地悪な鳥は教えてくれるのである。
黒幕は誰だ!?/土と唾液の建築家・シロアリ
地球上で最も大きな建造物を作る動物は、もちろん人間。しかし、次に大きなものを作る動物は何だろう。鳥の多くは巣を作るが、いずれもヒナと両親を収容できる程度である。オオワシのような大きな鳥でも巣はせいぜい直径二・五メートル程度。ニワシドリ科の鳥は例外的に立派な東屋《あずまや》を作るが、これは住居としては全く無能だし、建造物としての迫力も今一つである。
ビーバーはかなりいい線をいっている。平均的なビーバーのダムは、幅が二十〜三十メートルくらい(七百メートルという例もある)、高さは一〜三メートルである。ビーバーは川をせき止めて水位を上げ、生活の場を広げている。ただ、彼らは建築家というより、河川土木家と言った方がいいので除外しよう。
人間の次に立派な建造物を作るのは、シロアリである。と言っても、古い日本家屋をある日突然倒壊させてしまうあの恐ろしいイエシロアリではない。土と唾液《だえき》と排泄物《はいせつぶつ》を固めて塚を作り、その中ではキノコの栽培まで手がけている建設的≠ネシロアリのことである。
アフリカのサバンナや疎開林には、オオキノコシロアリやミハエルオオキノコシロアリ、それにエントツオオキノコシロアリなどが作った巨大な塚が点在している。オオキノコシロアリの塚は特別大きくて、高さは五メートルくらい、直径は十メートルに及ぶこともある。塚に隣接して現地の人々の草ぶきの家が建てられていたりするが、これは塚に比べると随分見劣りがする。まるで塚を守る警備員の詰所か何かのようである。ミハエルオオキノコシロアリの塚は高さが一〜三メートルくらい。オオキノコシロアリには及ばないが、代わりに地下の構造が見事である。塚を中心とする地下は、まるで凱旋門《がいせんもん》を中心とするパリの市街地のようで、狭い通路が縦横に走っている。至るところに三叉路《さんさろ》があるが、これは地中性のサスライアリの侵入を難しくするのだという。地上への出口は塚からはるか数十メートルも離れたところにようやく見出される。エントツオオキノコシロアリは、その名の通り塚にひょろ長い煙突を付けており、これは実際に換気の役目を果たしているという。
このような塚ができ上がるには相当な年月を必要とする。が、シロアリの職アリたちは不屈の精神の持ち主である。彼らは土と唾液と排泄物をこね合わせてだんごを作り、それを一つ一つレンガのように積み上げていく。この作業は何年にもわたって職アリから職アリへと引き継がれ、着工から百年も経た塚さえあるという。
職アリはミツバチで言えばワーカーに相当するが、ミツバチと違い、オス、メス両方存在するところが興味深い。またシロアリにはコロニーを防衛する兵アリがいるが、これは種によって事情が違うようで、オスだったり、メスだったり、あるいは両方だったりする。
さらに興味深いのは、シロアリには王と女王がいることだ。塚の基部の一番奥まった所には王室があり、彼らはここで時折交尾をしている。これは、結婚飛行のときだけ交尾し、交尾を済ませたオスがその場でショック死して墜落してしまうミツバチとは大違いである。シロアリも結婚飛行をするが、それはパートナーを見つけるための旅で、交尾は新居≠ノ移ってからこまめに行なわれる。
ミツバチもシロアリも高度の社会性を進化させている。その原因については前者では大かた決着がつきつつあるが(例の半倍数性である)、後者では依然白熱した議論が続いている。シロアリはオスもメスも倍数体であるにも拘《かかわ》らず、ミツバチに優《まさ》るとも劣らないくらい社会性が進化しているからである。実際、職アリや兵アリは普通自分では子を作らず、ひたすら任務に励んでいる。これをどう説明したらよいのだろう?
ともあれ、シロアリ塚の話を続けよう。王室のまわりには巣の本体をなす段ボール状の構造が何重にも囲んでいるが、キノコシロアリの場合、それをさらにキノコの菌園が取り囲んでいる。そのキノコはシロアリタケと言い、シロアリの塚でしか生きていけないキノコである。菌園と外壁との間には換気用のパイプが張り巡らされ、これが塚内の空調を完璧《かんぺき》なものにしている。外は乾期でも中はほぼ百パーセントの湿度、気温も常に三十度C前後に保たれている。
それにしても、この見事な建造物を設計したのは誰だろう。そしてまた、今誰がこの設計図を持っているのだろうか。こんなことを言うと、何を寝ボケているのだと叱《しか》られそうだ。シロアリの塚ならシロアリが(いや、シロアリという|乗り物《ヴイークル》に乗っている利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》が)、設計したに決まっている。設計図はシロアリのDNAの中に暗号文としてすべてきちんと収められているに違いないのだ。
だが、ここでちょっと観点を変えてみる必要がある。湿度が百パーセントで気温が三十度Cの環境条件がはたしてシロアリの望むものだろうかということだ。こういう環境はどう考えてもキノコが大喜びをしそうなものであるように私には思える。極端なことを言えば、キノコがシロアリを操ってそうさせているように思えるのだ。
植物や菌類は自分では動けない分をしばしば動物を操ることで補うということがある。ある種のアカシアはアリを操って葉を食べる幼虫を駆除するし、ランの花などが複雑極まりない構造をしているのは、蜜腺のありかを見つける問題≠フ程度を高くし、訪れる昆虫の種類を絞り込むためである。我々が日頃気がつかないだけで、植物や菌類は案外したたかな活動を続けているのである(思えばそれらだってDNAを持っているのだ!)。そういうわけで私は、シロアリタケに大変注目している。塚はシロアリが作っていると決めてかからないで、たとえばキノコとシロアリの協調の産物と考えてはどうだろう。
打ち明けて言うと、このかなり穿《うが》った考え方のヒントを私はR・ドーキンスから得ている。ドーキンスは出世作『利己的な遺伝子』の中で、生命現象を理解するためには個体に注目していたのではらちがあかない、個体の枠を取り払い、遺伝子の利己性に注目してこそ初めて真実がわかるのだということを主張した。その彼がさらに考えを押し進めて発表したアイディアが、二作目のタイトルにもなっている「延長された表現型」である。私はこの発想をさらに延長≠ウせてもらったのである。
「延長された表現型」とは何ぞや? 一言で言うとそれは、「遺伝子は本体から完全に離れた場所でも表現型効果を発揮させることができる」ということで、その結果、「ある個体が示す行動なり形態は、必ずしもその個体の遺伝子に由来するとは限らない」ということになるのである。
ドーキンスはこういう現象のめざましい例として、様々な寄生虫と寄主との関係を挙げている。たとえば、ある陸生のカタツムリには吸虫類が寄生する。寄生虫というものはしばしば寄主の外見などを醜く変形させるわけだが、この場合はカタツムリの殻を異様なまでにぶ厚く肥大させてしまう。この現象をどう解釈すればよいのか。
カタツムリにとっての最大の関心事は、まずは自らの生存、次に繁殖である。カタツムリは殻を厚くして武装し、生存の可能性を高めようとするが、あまり殻にばかり投資をしていると繁殖の方がなおざりになってしまう。そこでカタツムリは殻の厚さはほどほどでいいということにし、残りのエネルギーを繁殖へ回すようにしているのである。
ところが、である。吸虫にしてみればカタツムリの繁殖など知ったことではない。吸虫が望んでいるのは、自分が寄生しているカタツムリが一日でも長く無事に生き延びてくれることである。そこで吸虫はカタツムリの代謝系を操作し、炭酸カルシウムの分泌を促すのである。かくして殻はぶざまなほどに厚みを増し、戦車のように武装することになる。もちろん殻の厚みをめぐってはカタツムリの遺伝子と吸虫の遺伝子とが激しく争っているはずで、現実の厚みは、カタツムリが望むよりは厚いが、吸虫が望むほどには厚くなっていないと考えられるのである。
ドーキンスはさらに恐ろしい例を挙げている。これもカタツムリと吸虫の話だが、今述べたものとはどちらも種が違う。今度は吸虫がカタツムリの行動を操作するのである。
カタツムリは本来暗い所を好むが、この吸虫に寄生されるとすっかり好みが変わってしまい、しきりに明るくて開けた場所へ行きたがるようになる。そのうえそういうカタツムリは触角の形までおかしい。吸虫の幼生が触角の中にすっぽりとはまり込んでおり、触角は風船のようにパンパンに膨らんでいるのである。この幼生は緑の地に黄褐色の縞《しま》模様という派手なデザインだが、これが触角の皮を通してでもよく目立つ。カタツムリは芋虫か何かを二つ頭にくっつけているような外観である。さらにカタツムリは神経系も侵されるようで、この異常な触角を一分間に数十回の速さで、おいでおいでと打ち振ったりもするのである。その結果、何が起こるのか──。鳥がこの動く触角を昆虫の幼虫と見間違えてしまい、急降下の末に食いちぎって飛び去って行くのである。これはいったいどういうことなのだろう。
実は、この吸虫は元々鳥の消化管の中にすんでいたのである。しかし、寄生虫の通例に従い、生活史の途中で寄主を変える。その方法は、吸虫の卵が鳥の糞《ふん》に混じって空から落下するというものである。次の寄主であるカタツムリは川原や岸辺にすんでおり、何かの食べ物と一緒に吸虫の卵を飲み込んでしまう。卵はカタツムリの体内でかえり、幼生となるが、やがて鳥の消化管へ回帰するときがやってくる。しかし、これはなかなか難しいことだ。今度は糞にまみれて脱出するわけにもいかない。そこで吸虫の利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》が考え出したのが、今紹介した大変手の混んだやり方なのである。
ドーキンスはこのほかにも、再び水中へ回帰したいと願うハリガネムシに操作されて入水自殺を遂げてしまうミツバチ、最終寄主であるマガモに到達したいと願う鉤頭虫《こうとうちゆう》に操作され、水面近くを漂うよう好みが変わってしまうヨコエビなどの例を数限りなく挙げ、「寄生者の遺伝子による寄主の表現型の操作」という問題の重要性を力説している。ある動物が、どうも理解に苦しむとか、頭が狂っているとしか思えないような変な行動や形態を示しているとき、我々はその個体を操るその個体以外の利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の存在を疑ってみるべきなのである。
ドーキンスはまた、シロアリについても大変な卓見を述べている。但《ただ》し、キノコシロアリについてではなく、腸内にセルロースを分解できる微生物を共生させている普通のシロアリについてである。
「シロアリ塚からすべてのDNAを抽出することができれば、おそらくその四分の一ほどはシロアリの核に由来したものではないだろう。各シロアリ個体の体重のうち、およそそのくらいの割合は、セルロースを消化する腸内の共生微生物──鞭毛虫《べんもうちゆう》類やバクテリア──から成っているのがふつうなのだ。この共生者たちは完全にシロアリに依存し、シロアリもまた彼らに依存している。共生者遺伝子の基本的な表現型|産出力《パワー》は、共生者の細胞質内でタンパク質を合成することを通じて発揮される。しかし、ちょうどシロアリの遺伝子が、それらを封じ込めている細胞を越えてシロアリの体全体の発生を操り、したがってシロアリ塚の発達をも操っているように、共生者遺伝子がその周囲へ表現型産出力を発揮するよう淘汰《とうた》されてきたとしても、それはほとんど必然ではないだろうか? そして、これには、シロアリの細胞へ、したがってその体へ、シロアリの行動へ、さらにシロアリ塚へさえも及ぼされる表現型産出力は含まれないものだろうか?」(『延長された表現型』日高敏隆・遠藤彰・遠藤知二訳、紀伊國屋書店)
シロアリはセルロースを分解できない。だから腸内にそれを分解できる微生物を共生させている。ドーキンスはここに引用した部分で、微生物の表現型|産出力《パワー》が延長に延長を重ね、ついにはシロアリ塚にまで及びうることを述べている。シロアリとそのシロアリにのみ共生する微生物には、他のどの動物にも増して自然淘汰を共にした歴史がある。ならば遺伝子レベルで何の関《かか》わりももたないと考える方がむしろおかしいのではないか、と彼は主張しているのである。
では、この考え方をキノコシロアリに応用するとどうなるだろう。彼らは腸内にバクテリアをもっているが、鞭毛虫はもっていない。キノコシロアリでは、どうやらキノコが鞭毛虫のかわりをしているということのようだ。キノコシロアリは巣の外から刈り取ってきた枯草などセルロースに富む食物を多く食べるが、一方ではキノコの菌糸塊も食べている。菌糸塊はセルラーゼを大量に含んでいるから、これは食後に消化剤を飲んでいるようなものである。
ここで、あるときキノコのセルラーゼ遺伝子に酵素の活性を変えるような突然変異が起きたと考えてみよう。それはシロアリの食欲をすっかり減退させるものかもしれないし、逆にモリモリと食欲を湧《わ》き起こさせるものかもしれない。ただ、そのことは単にシロアリ自身の問題に留《とど》まらない。シロアリが土と唾液と排泄物を混ぜて作る塚は、当然このことで大きく影響を受け、工事は停滞してしまったり反対に飛躍的に進んだりするだろう。ときには塚の形自体が大きく変わってしまうかもしれない。同じような現象は、キノコの味を変える突然変異がキノコに起こったとしても、シロアリの味覚を変える突然変異がシロアリに起こったとしても生じうる。ともかく、キノコシロアリの塚という表現型一つをとってみても、キノコシロアリにだけ注目していたのでは少しも真実へ到達できないのである。
というわけで、動物の見方はますます難しいものになりつつある。ある動物が熱心に働いているからと言って、必ずしもそれは自分自身のためではないことがある。ましてやそれは種のためなんかではない。
ドーキンスはシロアリの社会進化の原因として、共生微生物操作説≠提出している。腸内の共生微生物がシロアリを操り続けた結果、とうとう社会構造にまで介入するに及んだと言うのである。彼の説はいつも人を驚かせるが、綿密な思考に基づいたものである。我々はすぐに個体や種に気をとられてしまうわけだが、それではいつまでたっても真実を知ることはできないだろう。
ミームという名の曲者/ニホンザルのイモ洗い文化
宮崎県串間市の石波海岸から沖へ二百メートルほどのところに一つの小さな島がある。周囲は三キロメートル、最高点の標高は百十四メートルである。亜熱帯性の植物に被《おお》われた美しい島なのだが、あまり人がすんでいるような気配はない。すんでいるのはニホンザルで、ここがあの有名な幸島である。
幸島の名が有名になった理由の一つは、この島が日本のサル学の発祥の地だということである。戦後間もない頃、京大の今西錦司氏は伊谷純一郎氏、川村俊蔵氏、河合雅雄氏ら多くの若手研究者を率いて未開拓の分野に乗り出した。サルの研究地は今では、北は下北半島から南は屋久島まで全国至るところに分散しているが、ここは一番早い時期から研究が行なわれている。サル研究のルーツの地である。
もう一つの理由は、かつてここで大変画期的な発見がなされたことである。
研究を始めるにあたり、当然のことながらサルの頭数が数えられた。ところが、どう数えてみてもわずか二十頭ほどしかいない。サルの群れと言えば五十〜六十頭はいるのが普通で、ときには百頭を越えることもある。おそらく島の食糧事情が良くないのだろう。それに研究を進めるためには、サルたちにもっと接近することが必要だ。そこで海岸などにサツマイモをまいて餌付《えづ》けが始まった。一九五一年のことである。
だが、これがなかなかうまくいかない。サルたちは極度に警戒しており、研究者が現われるとさっと森へ隠れてしまうのだ。サツマイモは手つかずのまま放置されることもしばしばだった。結局、こういう状態が半年以上も続き、餌付けが一応成功したと言えるようになったのは翌年の夏だった。
サルたちはこの予期せぬ贈り物にむろん文句のあろうはずはなかったが、それでもやや不満に思えることがあった。海岸の砂がイモの切り口にくっついてしまい、ジャリジャリとして食べにくいのである。手で払うとか腕の毛でブラッシングするという程度の工夫は誰しも思いつき実行したが、どうも今一つであった。
次の年(一九五三年)になっても、彼らは相変わらず砂つきのイモをかじっていた。ところが、ある秋の日、前の年に生まれた一歳半になるメスの子ザルがサルとしては異例の行動を開始した。彼女はイモを川へ持って行き、切り口を川の水で洗って食べたのである。それは片方の手でイモを持って水に浸し、もう一方の手でゴシゴシこするというやり方で、我々がイモを洗う動作と何ら変わりがない。ニホンザルで一歳半といえば、やっと離乳し、少しは固い物も食べられるようになったばかりの時期である。彼女は随分前にこのとっておきの方法を思いついており、それを実行に移す機会を狙《ねら》っていたのかもしれない。
ともかくこの噂《うわさ》は研究者やサル愛好家たちの間にたちまちのうちに広がった。彼女は「天才だ」、「神童だ」と騒がれることになった。が、ここでようやく彼女にまだ名前がないことに気がついた研究者たちは、彼女の偉業をたたえ、その才能に敬意を表して、「イモ」と名付けたのだった。
イモのイモ洗い行動も画期的だが、興味深いのはその文化の伝わり方である。彼女がイモを洗い始めた頃、他のメンバーたちはただけげんそうな顔をして眺めているだけだった。ところが、間もなくイモの母親であるエバとイモの遊び友だちのセムシ(♂、二〜二・五歳)がイモ洗いを真似《まね》するようになった。そして翌年(一九五四年)にはウニ(♂、一〜一・五歳)が、二年後にはエイ(イモの弟、一〜一・五歳)、ノミ(♂、二〜二・五歳)、コン(♂、三歳)の三者が、三年後にはササ(♀、一〜一・五歳)、ジュゴ(♂、二〜二・五歳)、サンゴ(イモの姉、五歳)、アオメ(♀、五歳)の四者がそれぞれイモ洗いをするようになったのである。この新文化を取り入れたのはほとんどがイモの同輩か年下の子ザルたちで、リーダーのカミナリを始めとする大人たちはいつまでたっても流儀を変えようとしなかった。結局、大人でイモ洗いをするようになったのは、イモの母親のエバとジュゴの母親のナミに留《とど》まった。イモ洗い文化はまず子ザルたちを中心に定着したのである。
この文化についてもう一つ興味深いのは、文化の伝播《でんぱ》の次なる展開である。イモ洗いをする子どもらが成長し、メスが子をもつようになると(ニホンザルのメスは五〜六歳で最初の出産を経験する)、今度は母から子へのルートで急速に伝わり始めたのである。人間でも子は母親のすることなら何でも真似をする。乱婚的で父親のはっきりしないニホンザル社会では、子はなおさら母親の影響を受けてしまう。こうしてイモによるイモ洗いの発明から十年が過ぎたとき、幸島にすむ二〜十一歳のサルの大半はイモ洗い派に転じていたという。
幸島のサルのイモ洗いは、今ではイモを海水につけて塩味を楽しむという食文化の変化の話として有名である。これは、川の水でイモを洗っていた誰かが、あるとき海の水でやってみたらおいしかった(目撃はされていないが、イモの可能性もある)、そこでそれをまた誰かが真似しはじめた、という経緯によるものらしい。しかし、イモ洗いは本来イモについた砂を落とすことが目的だったのである。また、天才イモは四歳のときにもう一つの大発明を成し遂げている。
「小麦選別法」と名付けられたその方法は、海岸にまかれた砂まみれの小麦を両手ですくい、海の浅いところへ持って行ってまくというものである。砂が沈んだ後、浮いている小麦をつまんで食べるのである。これもイモ洗いとほぼ同様の経過で伝播している。
さて、このようにニホンザルのような高等なサル類、類人猿、そしてもちろん人間には「文化」と呼べるものがある。ただし、動物行動学で言う「文化」とは、通常使われる意味とは少し違い、「遺伝」によらず伝達される行動や行動様式、技術などのことである。人間で言えば、言語や宗教、芸術に始まり、習慣やしきたり、家風、校風のようなもの、建築や輸送の技術、それに服装や歌などに見られる一時的な流行に至るまで、とにかくありとあらゆる無形の所産を指すのである。
「文化」は個体の脳から脳へ主に模倣によってコピーされて伝わり、ときにはコピーミスが起きる。これが新しい「文化」を産むこともある。役に立つ「文化」はよくコピーされるが、どうでもいい「文化」はあまりコピーされないので、「文化」の複製の頻度には差がある。だから「文化」は進化≠キると考えることもできる。
実際、文化は遺伝とのアナロジーが考えられており、遺伝的伝達の単位を遺伝子と呼ぶのに対し、文化的伝達の単位をどう呼ぼうかという論議がある。幾人かの人が様々な案を出しているようだが、この本ではR・ドーキンスの提出した「ミーム」を用いることにする。「ミーム」は模倣するという意味のギリシア語(mimeme)をベースに記憶(memory)などをひっかけて彼が作成した言葉である。
遺伝子と比較したミームの特徴は、伝達の速度が極めて速いこと(遺伝子ならどうしても一世代かかる)、伝達が非血縁者の間にも起こること(これはあまりにも当然)、それにコピーミスが大変頻繁に起こること(噂話の伝達を考えよ)などである。イモ洗い文化にしたところで、もしイモを洗うという行動が遺伝によってのみ伝達されるとしたら、集団内に広まり、定着するのに恐ろしく長い時間が必要だ。
ところが、一頭の子ザルの脳に生じたイモ洗いミーム≠ヘ次々と他者の脳にコピーされ、たった十年かそこらで血縁、非血縁を問わずに広まっていった(もっとも、血縁者の間の方がいろいろな意味で伝わりやすいが)。途中、イモを洗う水が川の水から海水に変化するという突然変異≠煖Nきた。遺伝子ではありえない子から母への逆流≠烽った。遺伝子はなかなか融通の利かない代物だが、ミームは変幻自在で素早い。してみるとミームは案外、曲者《くせもの》であるかもしれない。ミームは、特に人間において遺伝子と互角か、もしかするとそれ以上の力をもっている可能性があるのである。
この本ではここから先、人間は遺伝子とミームという二種類の自己複製子の|乗り物《ヴイークル》であるという観点を導入する。次節ではさっそく遺伝子とミームが既に相当|熾烈《しれつ》な争いを演じてきているということを示す例を紹介しよう。
個体の幸福は遺伝子の不幸/妊娠をめぐる戦い
「自分の排卵日がわかる?」という質問に、私の周囲の女たち(二十代後半〜三十代前半、未出産)は、まるで判で押したかのような言葉を返してきた。
「たぶんそうじゃないかと思う日はあるけど、確信は持てない」
排卵日というのは本当にわからない。基礎体温でも測っていればかなり正確にわかるのだろうが、何しろそれは面倒である。我々はせいぜい、排卵は月経と月経のちょうど中間あたりにあるという「保健体育」の知識、友人から仕入れた体験的知識、それに自分だけがかろうじて知ることのできる体調の変化などを手掛りにどうにか推測をしているにすぎない。
排卵のサインがないに等しいのに対し、月経のサインの方は強烈である。女は普通、月経が始まる四〜五日前から嫌というほど多くの不快なサインを受け取る。下腹部がジンジンとする独特の痛み、乳房が張って痛い感じ、頭痛、便秘、ふき出物、体のむくみや体重の増加、普段なら気にならないことに腹が立って腹が立ってどうにも我慢がならなくなること、不眠、妙な食欲、味覚の変化や喪失……。数えあげたらきりがない。もちろん月経中にもいろいろと変化が起きるのだが、ともかくこの時期、女の体の中には猛烈な嵐が吹き荒れているみたいだ。これと言って打つ手はなく、ただ嵐の通過を待つより他はないのである。
月経の前後にこんなにも体調が不安定なら、ホルモンのレベルなどはさぞかし激しく変化しているに違いないと思って調べてみると、これが全くの予想はずれなのである。ホルモンのレベルが本当に激しく変化するのは、実は月経の時期ではなく、排卵の前後なのだ。
黄体形成ホルモン(LH)と濾胞《ろほう》成熟ホルモン(FSH)は排卵の二日前くらいから急速に血中濃度が高まり始める。ピーク時にはLHで通常の約八倍、FSHは約二倍に達する。そして排卵は、その濃度がストンと落ちていく過程で起きている。女の体に本当に嵐が吹くのはむしろこの時期なのである。にも拘《かかわ》らず、女が全く自覚できないとはどうしたことだろう。
そもそも人間以外の霊長類では、メスは排卵の時期になると必ず発情し、しかもそれをオスに知らせる。チンパンジーのメスは三十数日の発情周期をもっているが、そのうちの約十日間が発情期間である。このときお尻の性皮は充血してパンパンに膨らみ、彼女が発情していることは誰の目にも明らかである。排卵は発情期間の最終日に起こり、その後性皮は急速にしぼんでしまう。
ゴリラのメスも排卵が近づくと生殖器の周辺が膨らむが、これはチンパンジーに比べればごくわずかである。さらにオランウータンのメスの場合は、外見上の変化は全く見られなくなる。しかしゴリラもオランウータンも、メスが自分の排卵を自覚していることは確かで、排卵が近づくとオスのところへ出向いて行って交尾を促すのである。排卵を知らせたり、それが自分でわかったりすることはメスにとってもオスにとっても適応的で、極めて自然なことなのである。
ところが人間の女は変である。チンパンジーの性皮に相当する乳房は膨らみっ放しだし、あろうことかそれは月経前の妊娠の可能性が一番少ない時期にまた少し膨張してしまうのである。このことには、排卵を隠し、男を攪乱《かくらん》するという意図が含まれているようである。人間の女はまず発情周期を失い、言わば発情しっ放しの状態となった。それに加えて排卵が隠され、それが本人にさえもわからなくなってしまっているのである。
実は、こういう「排卵の隠蔽《いんぺい》の進化」については今から十年余り前にちょっとした論争が起こり、相次いで三つの仮説が出されている。ここではそれを一つずつ検討してみることにしよう。
まず第一は、リチャード・D・アリグザンダー(この人は古くはコオロギの研究で知られ、最近では人間心理の進化の研究で名高い)とキャサリン・M・ヌーナン(いずれもアメリカ)の提出した説。
人間の子育てにはなるべくなら夫の協力というものが必要である。子は女手一つでも育たなくはないが、夫の協力が得られた場合よりも不利なことは明らかである。そこで女は一夫一妻を望むわけだが、男は大なり小なり一夫多妻を望んでいる。男にとってその方が繁殖のチャンスが高まるからである。
では、もし女が排卵のサインをはっきりと男に送っていたとしたらどういうことになるだろう。それはまさに男の思うツボで、男は嬉々《きき》として一夫多妻活動を始めるのである。排卵期にだけ彼女と交わり、その他の時期には別の、今まさに排卵を起こそうとしている女を探して回るのである。
一方、女が排卵のサインをはっきりと示さなければ、男はこういう行動をとりにくくなる。女がいつ排卵するのかわからないので、常に彼女をガードしていなければならない。卵の受精に成功するためには、何回となく彼女と交わらねばならない。結局のところ排卵がよくわからないと男は女のもとに長く留《とど》まらざるをえなくなり、女が本来望む一夫一妻の生活が実現するのである。これは複数の女を孕《はら》ませたいという男本来の望みの実現を難しくするが、一人の女に確実に自分の子を産ませることができるという意味をもっている。その点では男にもメリットがある。かくして排卵がわかりにくい女は、わかりやすい女よりも多くの子を残すことになり、女は排卵を隠す方へと進化してきた、と考えるのである。
また、排卵が女自身にさえよくわからなくなっている理由は、他人を騙《だま》すためにはまず自分を騙すべきだからである。ウソをつき通すことはなかなか難しい。自分だけが知っていて相手を騙そうとすると、どうしても言葉の端々や行動に無意識のサインが出てしまい、ウソがバレてしまう。排卵が他人にはわからなくても自分にだけわかっていると、往々にしてこういう事態になる。ところが、自分自身にさえわからなければ、それは心底本当にわからないということで、そのときウソは完璧《かんぺき》なものとなるのである。
なるほど、よく考えられた説だ。特に、他人を騙すために自己|欺瞞《ぎまん》の能力を発達させたという説明に私は大変心|惹《ひ》かれる。しかし、残念ながらこの説によると、我々の祖先の夫婦はテナガザルやゴリラのように四六時中行動をともにしていなければならず、夫が妻を残して狩りに出かけるという新生活にはいつまでたっても踏み切れなかったことになる。これは明らかにおかしい。夫が妻を残して出かけるようになったのは、テナガザルやゴリラとは違い、人間の女はそれほど厳しくガードする必要がなかったからではあるまいか。もしテナガザルやゴリラのオスがメスのガードをやめてしまえば、彼女たちはたちまち他のオス(たぶんまだ連れ合いを見つけていない若いオス)に連れ去られていってしまう。人間ではそういう間男がそれほど頻繁に出没しなかったからこそ男は狩りに出かけられたのだろう(もっとも、適度《ヽヽ》の浮気≠ェ行なわれたからこそ人間は人間になったのだと私は考えている。詳しくは拙著『浮気人類進化論』参照)。
さて、第二の仮説はこれとは大分観点を変えたものである。これを提出したのは、ガガンボモドキの研究で名高いアメリカのランディ・ソーンヒルと彼の同僚のリー・ベンシューフで、なるほどその説にはガガンボモドキの凄《すさ》まじい騙し合いの世界が反映されている(ガガンボモドキは繁殖のために様々な手練手管を使う。オスの中には、他のオスがもっているメスへのプレゼントをかっぱらったり、プレゼントを奪うためにわざわざメスのふりをしてオスに近づく者もある。メスの方もしたたかで、気に入らないオスに対してはプレゼントだけもらっておき受精はさせない)。
もし、人間の女にはっきりとした排卵のサインがあったとしよう。すると、これは男にとってある確信を抱かせることになる。ある女の排卵期に彼女と交わっていないのに彼女が妊娠してしまったとすると、その結果生まれて来た子は、絶対に自分の子ではないのである(但《ただ》し、排卵と妊娠との因果関係に男が気づいていたとしての話である)。その女が自分の妻であれば、男は彼女に堕胎を強制するか、ときには生まれてきた子を殺してしまうこともあるだろう。
ところが、女の排卵のサインがはっきりしていないと、男は彼女の身籠《みごも》った子が自分の子であるという確信ももてないが、そうでないという確信ももちにくい。生まれてきた子は疑惑の眼差《まなざ》しの中で成長するが、少なくとも殺されることは免れるのである(生まれたばかりの赤ん坊はどうも個性に乏しく、それがために赤ん坊取り違え事件も起こったりする。それはこのように他の男にこっそり自分の子を養育させようとする托卵戦略≠フゆえかもしれない、と私は思う)。
このように排卵がはっきりしていないと不貞≠フ結果の子の命が助かり、女にとって何かと有利なのである。かくして女は排卵を隠す方向へ進化したと考えられるわけである。また排卵がなぜ女自身にさえもわからなくなっているのかについては第一の仮説と同じで、「他人を騙すにはまず自分を騙すべき」だからである。
この説では不貞≠フ子が首尾よく生き延びるという現象がうまく説明され、その点でまたしても私は大変に魅力を感じる。しかし不貞≠ェ排卵の隠蔽を進化させるためには、よほど頻繁に不貞≠ェ行なわれなければならなかったはずだが、人間の場合はたしてそうであっただろうか。第一の説の場合と同じで、それほど不貞≠ェ頻繁なら、やはり男は女を残して狩りに出かけられなかっただろうと思われるからである。というわけで、私はこの説も支持しないことにする。ソーンヒルはガガンボモドキの影響を受けすぎているような気がするのである。
そこで第三の仮説である。これを提出したのはナンシー・バーリーという女の人で、排卵がなぜ女自身にさえわからないかという点に的を絞って議論している。彼女は元々アメリカのテキサス大学でハトの配偶者選びの研究をしていたが、カナダのマギル大学に移り、そこでここに紹介する『隠蔽された排卵の進化』と題する大論文を書いた。
彼女はまず幾つかの文化人類学的な研究を例にとり、ほとんどの未開社会で、女は夫や姑を始めとする周囲の圧力によって、自分が望む以上の数の子をしぶしぶ産まされていることを明らかにした。つまり、女は出産に伴う命の危険や産みの苦しみ、子育ての労苦などを考えると憂鬱《ゆううつ》で、周りが想像するほどに子を欲しいとは思っていないのである。これは昔も今も変わらない女の本音だろう。彼女の考えを要約するとこうなる。
女がまだ、他人にはわからないが自分自身にだけはわかるという程度の排卵のサインをもっていた頃を仮定する。そのとき女の中にあるひときわ優れた頭脳の持ち主が現われて、過去の経験から排卵と妊娠との因果関係についに気づいてしまったとしよう。彼女はどうふるまうだろうか。そういう女は夫にも姑にも知られないようにして密《ひそ》かに自分だけでバース・コントロールを始めるのではないだろうか。出産、子育てはもうたくさんだからである。彼女は自分だけが知っている排卵期にやんわりと夫の要求を断わったりするのである。この発見は先のイモ洗い文化のように母と娘などの血縁者間、あるいは仲の良い女どうしなどの間に極秘情報として伝わっていったかもしれない。そしてこの秘密のバース・コントロール術を知った女は、産みの苦しみや子育ての労苦などからわずかながらも解放され、自分の楽しみを追求することができたはずである。このようなことは幾つかの部族で同時多発的に起きたことだろう。
ところがこの新文化は利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》(バーリーは利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》という言葉を使って説明しているわけではないが)にとってはなはだ都合が悪いものである。何しろこれは、ひたすらコピーを増やしたいという利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の願いと真っ向から対立している。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》はさっそくこの有害なミームの駆除に取りかかったことだろう。
方法は二つ考えられる。一つは、女を排卵と妊娠の因果関係に気づけないほどの元のアホに戻してしまうことだ。しかし、人間の知能の発達はもはやどうにも押しとどめることができない勢いをもっていたに違いないから、これは実際には不可能だっただろう。
そしてもう一つの方法──それが、排卵を女自身にさえわからないものにするということだったのである。排卵の時期がわからなければ、いくら女の頭が良くなってもバース・コントロールは難しい。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は少なくとも避妊具が発明されるまではこの方法で対抗してきたのである。
むろんこういう過程も、実際には遺伝子に起こる突然変異とそれにかかる自然|淘汰《とうた》によって起きたものである。排卵がわかりにくい女は、よくわかる女に比べてバース・コントロールがうまくいかない。そのためはからずも遺伝子のコピーを多く残してしまう。従って排卵はよりわかりにくくなる方向へと進化したというわけである。ナンシー・バーリーの説は、排卵が全く自覚できないことを常々不思議に感じている私に、実に説得力をもって迫ってくるのである。
ところで、女は誰でも大なり小なり生理不順だ。どんなに周期が安定している人でも、年に一度や二度はなぜかガタガタッと狂ってしまうのである。これは案外重要なことかもしれない。もし月経周期がまるででたらめだとすると、現代の女は常に妊娠に気をつけるようになるだろう。逆に完全に規則的ならバース・コントロールは完璧にできる。ところが、排卵日が、「だいたいはわかるが、確信はもてない」、あるいは月経周期が、「だいたいは一定しているが、なぜか突然狂うことがある」など、適度にあいまいで、適度に不規則であると女はつい油断をしてしまうのである。現代社会には避妊の失敗による子がなんと多いことだろう。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》のしたたかな能力はまだまだ衰えていないようである。
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第三章 利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の陰謀を暴く
子どもは恐い/ゼンソクで操作する
今の動物行動学は全くもって私の体質にぴったりの学問だ。かつてこの分野は、ミツバチが蜜のありかをダンスによって仲間に教える話、イトヨのオスの赤い腹がリリーサー(引き金)となって交尾行動が開始される話、争いで分が悪くなったオオカミが急所である首筋を差し出すと相手が攻撃の手を緩めてくれるという話など、のどかでほほえましく、麗《うるわ》しくさえある話題に満ちていた。研究者もナチュラリスト出身の穏やかな人が多かった。だが、今は違う。今、この分野にいる人間に対し、「動物を愛する優しい人」、「人間の本性を悪とみなし、動物たちに学ぼうとしている人」などというイメージを持って接するのは、はなはだ危険である。あなたは肘鉄砲《ひじでつぽう》の一つや二つは覚悟しておかねばならないだろう(実を言えば、相も変わらぬ「動物神話」や「動物学者幻想」に研究者自身が疲れ果てているのです)。
この分野の人間の少なくとも八割は、「親子の愛情」を信じてはいない。少なくとも九割は「友情」が存在するとは到底信じがたく思っている。そして、おそらくすべての研究者が確信を抱いているのは、「人類が皆兄弟」などということは断じてありえないということである。
今や動物行動学では、「コミュニケーション」は正確な情報を伝える手段なんかではなく、相手を騙《だま》したり、自分の都合の良いように操作するための手段であると考えられている。ライオンのオスが、わずか二日半の間に百六十回もの交尾(だいたい二十分おきに、昼も夜も)をするのは、メスがオスの精子を消耗させ、それでも卵を受精させられるかどうかを試しているのだという説もある(ライオンを始めとするネコ科では、交尾によって排卵が誘発される)。また、大集団で繁殖をするユリカモメでは、親が孵化《ふか》直後のヒナのそばを離れようとしないが、それは羽が濡れているうちは隣のオバさんが喉《のど》につっかえずにつるりとヒナを飲み込んでしまうからである。それにまた、オオカミがライバルを徹底的に痛めつけないのは、そいつを殺してしまうより、生かしておいて別のライバルと戦わせた方が自分にとって有利かもしれないからである。この分野ではいつもこんな調子で物事が考えられている。
しかしながら、いかにひねくれ者|揃《ぞろ》いの動物行動学界とは言え、イスラエルのA・ザハヴィの右に出る者はまずいないだろう。彼の珍説、奇説提出能力は凄《すご》いを通り越して、もはや唖然《あぜん》の領域に達している。ライオンに追われるトムソンガゼルはわざわざスピードを落とし、ピョンピョンと高く跳びはねるが(ストッティング)、それを評して彼はこう言う。「あれは、『自分はこんなに元気なんですから、他の弱っている奴を狙《ねら》って下さいよ』とライオンにアピールしているのだ」。クジャクのオスの尾羽根は異常なくらいに長くて美しいが、それは、「これだけのものを維持していくのは大変なことなんです。栄養状態が悪ければ美しい羽色は出せませんし、それにそもそもこんなに目立っては捕食者の目から逃れるだけでも一苦労です。つまり、私はこれほどのハンディを背負いながらもちゃんと生き長らえている優れたオスのクジャクなんです」というメスに対するオスの誇示であると解釈する(ザハヴィの有名な「ハンディキャップ理論」)。そして、これぞザハヴィ流動物行動ひねくれ解釈の極《きわ》みと思われるのは、「キツネさん、キツネさん理論」である。
鳥のヒナが口を大きく開けてピーピーと鳴いている。普通の人ならこう読み取るだろう。
「お母さん、お母さん。お腹《なか》が空《す》いたよ。早くごはんをちょうだい」
しかし、ザハヴィはこう解釈する。
「キツネさん、キツネさん。ここに柔らかくておいしい鳥のヒナがいるよ。早く食べにおいでよ」
母親は子どもを黙らせようと必死でエサを運ぶだろう。キツネにやって来られたなら、ヒナの命はもちろんのこと、自分の命だってわかりはしない。ザハヴィによれば、鳥のヒナがピーピーと鳴くのは単にエサが欲しいからではなく、こうして親を脅迫するためだという。
もっとも、この考えには少しおかしいところがある。子どもが自分の命を危険にさらしてまで親にエサを運ばせる必要があるかということだ。親を脅迫するのなら、もっと別の手段があるだろうに。人間の子どもはデパートのおもちゃ売り場などで大声でわめいて親を脅迫するが、だからと言ってキツネさんはやって来ない。鳥のヒナもこういう安全な手段を考えればよいのである。
ところで、子どもと言えば人間の子どもほど親を脅迫し、操作する名手はいない。
「ヒロシ君ところはお正月はハワイだって」という夕食時における報告、あるいはわざわざお客さんのいる前で披露する「おばちゃん、ボクのパパは会社をクビになりそうなんだよ」などという暴露や密告。本当に子どもは恐い。しかし、こういう例はまだ質《たち》のいい方と思わねばなるまい。人間の子どもにおいて非常に厄介《やつかい》なのは、急な発熱やひきつけ、虚弱体質や小児ゼンソクなど、本人の自覚がないままに行なわれる親への脅迫である。特に小児ゼンソクは、私自身がややその傾向にあったし、私の知人の中にかつて本格的な小児ゼンソク児だった人がいるので詳しく取り上げてみたい。
その彼によると、物心ついたときには既に立派な小児ゼンソク児だったという。発作の起こるパターンはだいたい決まっていて、同年輩の男の子と広い庭を駆け回って楽しく遊んだ日の夕方、そろそろ気管のあたりが危うくなり始め、夜、就寝中に突然呼吸困難に陥るのだという。楽しく遊んだ後なのに、と彼は不思議がる。彼は小学校一年から三年までの間に発作を抑制する薬を定期的に注射しており、結局西洋医学の力によって病気を完治させることができたのだと考えている。また、病気自体は逆子《さかご》で難産だった自分に対し、両親が過度の保護を加えたために起きたのではないかと分析している。
小児ゼンソクについて私が怪しいと思うのは、この病気がまず死には至らないもので、ある年齢に達するとケロリと治ってしまうということだ。もちろん、発作の時の苦しみは、今度こそ死ぬんじゃないかと思うほどに強烈だし、発作を恐れるあまり睡眠が浅くなり、だんだんと体が衰弱していくのも事実だ。しかし、それでも決して死にはしないのである。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は少なくともこの病気によって個体を死に至らしめようとは考えていない。その代わり、あの強烈な症状を周囲に向かってアピールしようとしているようだ。
親は病気で苦しむ我が子を不憫《ふびん》に思い、他の子よりも布団を一枚余計に掛けるようになるだろう。今夜は発作が起きはしないだろうかと、その子の健康状態に常に注意を払うようにもなるだろう。そうすると結局のところその子は、ゼンソクなど起こさず、外で元気に遊び、「あの子なら心配いらない」と親が気を抜いている子よりも案外有利に生き延びて行くかもしれないのである。私が小児ゼンソクを脅迫≠竍操作≠セと思うのはこういう理由からである。
そもそも類人猿と比較して、人間の子どもには親を脅迫したり、操作せざるを得なくなるような要素が多分にある。類人猿は一産一子で、出産の間隔は四〜五年にも及んでいる。これは人間に直せば七〜八年の間隔に相当する。つまり、類人猿では子がほとんど親の保護を必要としなくなってから次の子が生まれてくるのである。だから上の子は親の保護をめぐって下の子と争うのではなく、むしろ弟(妹)の良きベビーシッターとなるだろう。
ところが人間の出産間隔は短い。子がまだ親の保護を必要としているうちに次の子が生まれてきてしまうのだ。勢いキョウダイ間の争いが激化する。子は親の気を引くために無意識のうちにあの手この手と策略をめぐらし始めるのである。発熱、ひきつけ、アレルギー……。
そう考えると件《くだん》の彼が難産であったことは、彼の親に対する最初の脅迫と言えるかもしれない。つまり、彼は生まれる瞬間に脅迫の第一弾をかまし、親の出方を見たのである。幸か不幸か、難産だった彼に親は大変優しくふるまった。そこで、すかさず彼の利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は、「うむ。この親はいける」との判定を下し、さらなる陰謀を企てた。それが小児ゼンソクだったというわけである。また、彼の病気が小学校三年で完治したのは、西洋医学のおかげなんかではなく、症状が起きて親に保護や世話をさせたとしても、もうほとんど意味のない年齢に達したからである。彼が、生き延びることの難しい幼年期をもはや乗り切ることができたからである。
小児ゼンソクの原因は、医学的にはダニやホコリ、花粉や化学物質などである。しかし、それらは利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》が|乗り物《ヴイークル》に症状を引き起こすため、たまたま用いているものにすぎない。小児ゼンソクの本当の原因は、子の脅迫に抗し切れない哀れな親心であると言うべきだろう。
ゲームの理論/タカ派とハト派
ジョン・メイナード=スミスは、ちょっと異色の動物行動学者である。一九二〇年生まれの彼は、まずケンブリッジ大学で工学を学び、第二次世界大戦中は航空機関係のエンジニアとして働いていた。しかし大戦後、何を思ったのか彼はロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの大学院へ入り直し、動物学を専攻する。彼の所属する研究室の教授はあのJ・B・S・ホールデンで、彼はホールデンがロンドンのパブで、「二人のキョウダイか八人のイトコのためなら……」と叫んだ歴史的瞬間に居合わすことができた幸運な人である。
こういう風に中途で専攻を変えたりする人の中には、なかなか優れた人物が多いわけだが、彼もその例外ではないらしい。学界屈指と思われるシャープな頭脳については誰もが認めるところだが、私はそれをあのR・ドーキンスを通じて確認することができた。
まず、欧米の大物理論家なら、必ず一度や二度はドーキンスの俎上《そじよう》に載せられているのに、メイナード=スミスはまだ一度もそういう被害に遭《あ》っていない。それどころか彼は、このひねくれた風雲児から全幅の信頼を寄せられているらしいのである。ドーキンスが自分では判断がつきかねる問題に直面したとき、「この難解な理論を間違っていると主張している理論家の中にはメイナード=スミスが含まれている。となると私としてもやはり間違っているのだろうという気持ちになってくる」というような言い方で切り抜ける記述を私は一カ所確認しているし、「これはメイナード=スミスに指摘されて初めて気がついたことなのだが……」と断わったうえでの書き出しを少なくとも二カ所見つけている。メイナード=スミスとはそういう人である。
エンジニア出身の彼が、なぜまた動物学を志したのかということについては定かではない。しかし、その結果開拓された分野は画期的なものだった。
動物行動の進化については、血縁という観点から説明されるのがまず基本である。たとえば親が子を保護する行動、キョウダイやイトコがときには助け合い、ときには裏切るという行動。そしてその際、行動を決める重要なカギは遺伝子をどれくらい共有しているか(血縁度)ということである。しかし、この理屈を押し進めて行くと、共有する遺伝子のないアカの他人どうしは相手のことなど顧みず、徹底して利己的にふるまうということになってしまう。メスをめぐってオスどうしは血みどろの争いをし、どちらも相手の息の根を止めるまでは攻撃の手を緩めないだろう。寝場所をめぐって争う二羽のメンドリは互いにガンとして譲らず、結局は夜が明けてしまうのかもしれない。もちろん現実にはそうはなっていない。アカの他人どうしも案外協力や協調の関係をよく結ぶ。そして、そういう態度や精神に対しては、「紳士的態度」とか「譲り合いの心」、「友情」などの言葉が当てはめられている。
なぜ、そのようなことが起こるのか? この問題も実はチャールズ・ダーウィンが当時既に提起しており、解決の糸口も若干|掴《つか》みかけていたのである。しかし、彼はまたしても生まれるのが早すぎたようだ。この問題の解決には、メイナード=スミスという元エンジニアの頭脳と一九六〇年代のコンピューターの飛躍的進歩とがどうしても必要だったのである。
メイナード=スミスが非血縁者間の争いに適用した考えは、「ゲームの理論」と呼ばれるものである。元々は国家や人間どうしの利害の衝突の解析のために、コンピューターの発明者であるジョン・フォン・ノイマンなどが考案している。メイナード=スミスはその考えを発展させ、何かをめぐって争っている動物(もちろん人間も含まれる)を一定のルールのもとで得点を競いあっているゲームのプレイヤーとみなした。そして、連綿と続く対戦の結果、どういう戦略をとるものが最終的に高得点を稼ぐのか、あるいはどういう戦略をとっていれば間違いが少ないかということなどを探ったのである。動物の種類は何であってもいいし、争いの対象は配偶者の所有権や営巣場所、寝場所やエサなどいろいろと考えられる。但《ただ》し、動物の行動の進化については今や個体ではなく(ましてや集団や種でもなく)、遺伝子に着目して考えるべきで、得点や失点も遺伝子のコピーの増減に対応させるのが本当なのだが、大まかには個体の利益で近似すればいいだろう。ゲームの理論のごくさわりの部分を紹介しよう。
同種の動物が何かをめぐって争う場合、二つの極端な戦略を考えてみる。一つはどんな相手とでも必ず戦い、よほどの大ケガを負わない限り退却しないという強気の戦略(タカ派戦略)、もう一つは威嚇《いかく》やにらみ合いくらいはするがあくまで直接の争いは回避しようとする穏やかな戦略(ハト派戦略)である。
まず、タカ派どうしがぶつかったとする。互いに戦おうとするから、少なくとも戦いのために浪費される時間とエネルギーに関しては相方とも等しく点を失う。勝者は食物なりメスとの交尾権なり、とにかく大きな得点を得るが、このように一方でかなりの失点も被《こうむ》っている。敗者は戦いに関する失点のうえ、ケガによる大打撃を受け、非常に多くの点を失う。
次に、タカ派とハト派が出会ったとする。タカ派は戦おうとするが、ハト派はすぐに退却してしまうので、タカ派は労せずして大きな得点を手に入れる。ハト派には得点はないが、すぐに退却するのでケガをすることはないし、時間やエネルギーの損失も少ない。従って若干の損をするだけである。
では、ハト派とハト派の場合はどうか。相方とも攻撃をしかけないので勝負は持久戦になるだろう。勝った方はむろん得点を得るが、威嚇やにらみ合いのために相当な時間とエネルギーを費やしており、その分についてある程度の点を失う。負けた方もそれと同じだけの点を失うが、これは戦って負傷した場合に比べればはるかに少ないものである。
こうしてみると、タカ派はハト派をいとも簡単にカモにしているわけである。何しろ相手は何の文句もなしに譲ってくれるのである。タカ派はハト派を踏み台にして得点を荒稼ぎし、その結果繁殖も有利になるので、急速に数を増していくだろう。ところが、タカ派が増えてくると今度はタカ派どうしの対戦が増える。彼らは互いに潰《つぶ》し合いを始めることになる。すると、その間隙《かんげき》を縫ってハト派という非暴力主義者たちが着々と得点を重ね、勢力を盛り返して来る。そうするとまたタカ派がハト派をカモにし……というサイクルが繰り返されるのである。タカ対ハトの比は最終的にはどちらの戦略をとろうが損得勘定は同じであるという点で釣り合い、事態は落ち着くのである(もっとも、実際の野生動物たちはこういう安定した状態にあることは稀《まれ》で、戦略の比は振り子のように揺れ動いていることの方が多い。それに、それぞれの個体が一生同じ戦略をとり続けるのではなく、あるときはタカ派としてふるまい、またあるときはハト派としてふるまうという方がより現実に近い。話はややそれるが、こういったことについて若干考えを押し進めてみると、個体が「紳士的態度」を取ったり、「譲り合いの心」を発揮したりすることが必ずしも立派なことではないということがわかる。そういう行為は、その場合の彼(彼女)にとって他の強引な戦略をとるよりもましだというだけである。戦略モデルについては今や百花|撩乱《りようらん》で、解析はコンピューターを駆使して進められている)。
ところで、ここで紹介した最も単純なタカ・ハトゲームの中には、我々がぜひとも注目しておいた方がいい教訓が含まれている。それは、得点、失点の設定の仕方によって安定状態におけるタカ・ハト比が簡単に変わってしまうということである。特に、負傷した場合の失点を大きく設定すると、平衡がハト派優勢の方にぐっと傾くということだ。これは強い殺傷能力をもった動物の方がむしろハト派的で、行動が紳士的であるというパラドックスを見事に説明している。こういう動物は自分が負傷した場合の大打撃を恐れ、互いに敢《あ》えて武器≠フ使用を控えているのである。
かつてK・ローレンツはオオカミの騎士道精神を賛美した。争いで分が悪くなった方が急所である首筋を差し出すと相手の攻撃行動が抑制されるというあの話だ。ローレンツは、これぞ種の繁栄、これぞ種の利益のための行動だと絶賛した。彼はオオカミの一頭一頭が種が滅んでしまうことを懸念して武器の使用を控えるのだと考えたのである。
しかし、ゲームの理論が示すところによれば、オオカミは自分が傷つくのを恐れて武器の使用を控えるということになる。儀式化された攻撃行動も、ひたすら自分が負傷したくないという、最初から最後まで利己的な理由によって引き起こされているのである(このことも追究すれば遺伝子の利己性に帰着するだろう)。
ニワトリなどはしょっちゅうもめごとを引き起こして激しいつつき合いを演じているが、そんなことができるのも彼らが大した武器をもっていないからだ。メイナード=スミスはある論文の中で、動物の殺傷能力の大小と争いの儀式化の程度との相関を論じているが、その際、人間における通常兵器と核兵器の問題に言及することを忘れていない。「核」による武装がかえって争いを回避させるという論には確かに一理あるのである。
自分の姿に気がつかない/鬼の嫁姑戦争
チンパンジーを鏡のある部屋に入れておくと、ほどなく彼は鏡の中の毛むくじゃらの動物に興味を示し始める。最初は戸惑った様子を見せているが、だんだん理屈が飲み込めてきて、ポーズを取ったりするようにもなる。大袈裟《おおげさ》に言えば、彼は自己を認識したのである。
しかし、はたしてどこまで認識しているのかわからない。ある人は鏡に慣れたチンパンジーをわざわざ麻酔で眠らせ、その間に彼の片方の眉の上とそれと反対側の耳に赤いマークをつけてみた。麻酔から醒《さ》めた彼は、さてどう反応したのだろう。彼は一瞬、「おや」という表情を見せたが、真っ先に触れようとしたのは鏡の中の変な奴なんかではなかった。彼は正確に自分の顔のマークに触れたのである(しかも、左右を間違えずに)。チンパンジーにはちゃんと自分の姿が見えている。それに彼らがいかに他人の視線を気にかけているかということも、次のエピソードから窺《うかが》い知ることができる。
オランダのアーネムの動物園ではチンパンジーが半野生状態で飼われている。その生活ぶりを克明に観察したフランス・ドゥ・ヴァールは、あるとき彼らの恐るべき能力を見せつけられることになった。
彼と友人の写真家は、チンパンジーの大好きなグレープフルーツを広い放飼場のあちこちに黄色い頭がちょっとだけ見えるようにして埋めた。この間チンパンジーたちはすべて檻《おり》に入れられており、二人の人間がグレープフルーツでいっぱいの箱を持って出かけたのに、それを空っぽにして戻ってきたという事実だけを目撃している。
さて、外へ出ることを許された彼らは、すぐさまグレープフルーツ探しに狂奔した。あちらの繁みにこちらの木の根もと、堀の近くも水飲み場の周囲も……。しかし、どういうわけかどのチンパンジーもただの一つとして発見することはできなかった。
その日の午後、昼寝の時間がやって来た。誰も彼も疲れて眠りについてしまったが、どうやら一頭だけは狸寝入りをしていたようである。彼は皆が寝静まったのを見計らうと、むっくりと起き上がり、ある場所へと直行した。実は彼は、先刻グレープフルーツを見つけていたのだが、わざと知らんぷりをしていたのである。彼が最初に見つけたとき、もしその場で掘り出していたのなら大変な騒ぎになっていたことだろう。大勢にたかられ、彼の口には一切れも入らなかったかもしれない。チンパンジーはそれくらいのことは十分予想して行動できるのである。写真家はそのチンパンジーの見事な騙《だま》しっぷりに恐れ入り、彼がグレープフルーツをむさぼり食うという大事な場面をつい撮り忘れてしまったという。
チンパンジーと人間を比較して、これだけは人間特有と言える能力は、もはやほとんどなくなってしまったようである。チンパンジーは「文化」をもっているし、優位のオスたちは「政治」をする。オスたちは共同で「狩り」をし、獲物を「分配」する(「狩り」は食糧調達のためというより、レジャーとして行なわれているという見方もある)。チンパンジーはインフルエンザや小児麻痺にも罹《かか》るが、その病原体のウイルスは人間と共通で、しばしば人間からうつされている。チンパンジーは各種の精神病や神経症を煩《わずら》う(彼らの複雑な精神世界からすればあまりにも当然。但《ただ》し、分裂病は見つかっていないということである)。「言語」は最後の砦《とりで》だとされてきたが、彼らに手話やキーボードによる言語学習の能力があることがわかり、これも風前の灯となってしまった。彼らは萌芽的な形でなら、人間のもっているものは何でももっているのである。
しかしながら、ひょっとすると、これだけは人間特有と言っていいかもしれないものが一つある。自分を騙すという能力である。アメリカの人類学者で劇作家でもあるロバート・アードレイはこんなことを言っている。
「たいていの動物の嘘《うそ》というのは、カムフラージュとか擬態とか、ニセの信号によってつく嘘だ。しかし人間だけは、なんとユニークなことであろうか、自分自身さえだましてしまうほど嘘のうまい唯一の動物なのだ」(『狩りをするサル』徳田喜三郎訳、河出書房新社)
アードレイはK・ローレンツの影響を色濃く受けた人で、しかも劇作家となれば、これはいささか人間批判の皮肉と受け取れなくはない。ただ、行動の進化を遺伝子のコピーがいかに多く残るかということではかる今の動物行動学から検討してみても、これはなかなか的を射た鋭い指摘である。
人間は高い知能をもつに至った動物である。その原因については「狩猟」と「戦争」による淘汰《とうた》を考えるのが普通だが、私はこれらに加え、婚姻をめぐる男女の葛藤《かつとう》が重要だったのではないかと考えている(詳しくは『浮気人類進化論』参照)。が、理由はともあれ、知能が高くなればなるほど人間には厄介《やつかい》な性質も同時に数多く獲得されてきたはずである。自分は他人にどう思われているだろうか、ひどく嫌われているのじゃないかと絶えず他人の視線を気にする性質、自分はあの人にあんな残酷なことを言ってしまったが許してもらえるだろうかなどとクヨクヨ悩む性質、相手の身になって物事を考える性質(もっとも、そのうえで自分に有利なようにふるまうのであれば、話は別である)などである。これらは遺伝子のコピーを残すうえでむしろ妨げとなる性質だろう。
ところが、うまくしたもので、人間はこれらの性質を巧みに帳消しにするような能力も一方では獲得してきている。他人の粗《あら》はよく見えるのに自分の欠点にはなかなか気づかない性質、自分の都合の良いことはよく覚えているのに、都合の悪いことはすぐに忘れてしまう性質、あるいは自分のことが本来とは随分違う姿に見えてしまう性質……。つまり物事を無意識のうちに誤解し、錯覚する能力だ。こうした「自己|欺瞞《ぎまん》」の能力こそが人間の危機を救ったものと思われるのである。賢いはずの人間が時々とんでもなく大アホであることの理由は、一つにはこういうところにあるような気がする。
我々は日頃他人からうんざりするほどの自己欺瞞の例を見せつけられているが(もちろん、そういう私も気がついていないだけで、十分自己欺瞞的なはずである)、まず筆頭に挙げてみたいのは、驚くほどのことでもないかもしれないが、嫁姑戦争≠ナある。嫁姑戦争ほど自己欺瞞の能力が要求され、しかもその結末が遺伝子の行く末を大きく左右する人間の行動も珍しいのではないだろうか。
こういう争いが起こる原因について世間の人々は既にあれこれと議論している。息子の気持ちが嫁に移ってしまったことに嫉妬《しつと》した姑が嫁をいじめ、それに負けじと嫁の方も意地悪のお返しをするからではないか、あるいは質素倹約などの家風に合わない派手好きの嫁を姑がなんとか教育しようとして対立が生じるのだ、などの説明である。
確かに嫉妬や対立は感情面でのきっかけとなりうるだろう。しかし、嫁姑戦争のたいていの結末は息子の心が戻ってくることでもないし、嫁が改心することでもない。たとえそうなったとしても、それは遺伝子のコピーが増えることには少しもつながらないのだ。姑による嫁いびり行動の真の意味を探るには、やはり利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の観点を導入しなければならない。姑が嫁をいびることが姑をとり巻く繁殖活動とどう関《かか》わっているのか、あるいはそのことでなぜ彼女の「嫁いびり遺伝子」が増えるのかと考えてみなければならない。また、「嫁いびり遺伝子」は母と息子という血縁|乗り物《ヴイークル》の両方に乗っている可能性が十分考えられ、この両者がどうふるまうのかを注意深く観察してみるのも一興である。本人たちは自覚していないかもしれないが、母と息子は、おそらくグルとしてふるまうことが多いはずである。
そもそも母親は息子の繁殖に多大な期待をかけている。閉経を迎え、自分では繁殖できなくなった女にとって、息子は無限の繁殖の可能性をもった宝である。嫁は一応社会的に認められた息子の繁殖の協力者というわけだが、母としてはできれば息子が別の女とも繁殖活動を行なうことを望んでいる。その方法はいくつかある。嫁の知らないどこかに妾を囲うこと、あるいは未婚、既婚を問わず女を騙して孕《はら》ませ、逃げる、托卵戦略=c…。しかし、そういう方法がとれるのは、その家が代々非常に裕福であるとか、息子によほどの甲斐性がある、あるいは女を騙して逃げおおせるだけの度胸があるというような場合である。そういう甲斐性も度胸もない息子をもった母親が、それでも息子にさらなる繁殖を望むという場合にはどうすればよいのか。私はそういうときこそ「嫁いびり」ではないかと思う。
二人がまだ婚約している間、たいていの姑は優しくふるまって嫁の信頼を得ようとする。嫁も、いいお姑さんでよかったとホッとする。しかし、新婚旅行から帰ってきてみると、姑の態度はなぜか急速に硬化してしまっている。彼女はもはや嫁の言動にいちいち腹が立ち、嫁の悪い面ばかりが目につくようになっている。こんなことならAさんに紹介してもらったB子の方を嫁にしておけばまだよかった、などと後悔しはじめている。B子でも同じことだったのに(断わっておくが、こういう過程はすべて利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》によって引き起こされるものであって、姑には少しも罪はない。彼女は利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の命ずるままに行動しているだけなのである。また、利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は周囲の状況を大雑把にしかとらえることができないので、若い女なら息子の嫁だと誤認してしまうことがよくある。その場合、本来嫁に向けられるべき意地悪な行動は、気の毒なことに彼女と無関係のその若い女に向けられてしまう。私は学生時代からスーパー、コインランドリー等でしばしばこういう被害に遭《あ》ってきた)。
そして、とうとう本格的な攻撃行動が開始される。おそらくこの攻撃は、「もうこんな家にはおられない」と嫁が我慢の限界に達するときまで緩められることはないだろう。嫁はさんざん苦悩し続けるが、結局実家へ帰ることを決意する。但し、子どもはまだ小さいので連れていく……。
さあ、ここが肝心な点である。姑にとっては嫁が子を連れて実家に戻るかどうかが運命の分かれ道なのである。子連れで戻ってくれれば、子の養育費が浮くばかりか、身軽になった息子に新しい嫁がやって来て、繁殖のやり直しができるではないか!(こういう繁殖のやり方を反復繁殖戦略≠ニ呼ぶことにする)従って、嫁が子を置いたまま実家に帰ってしまうとか息子が嫁の味方をするなどという事態は、戦略の失敗を意味するのである。
一方、嫁の実家も実は対抗戦略を用意している。「嫁いだら二度と実家の敷居をまたぐな」、「お姑さんの言う事には何でもハイハイと言って従いなさい」などのミームを小さいうちから娘にたたき込んでおくのである。「出戻り」なる言葉も女に離婚を思い留《とど》まらせる効果があり、鬼の姑に対抗するミームの一つと考えられる。
これらのミームの真意を人々がどれほど理解しているかはわからないが、ともかく娘がこういうミームに忠実に従っていると実家が鬼の姑戦略の被害に遭わずに済む。そうして娘の血縁者たちがより多くの遺伝子のコピーを残すことができるのである。また、そうであるからこそミームとして残っているのだ。そういうわけで最近の女が姑にいびられて簡単に離婚してしまう(それも子連れで)という傾向を私は大変憂えている。これでは鬼の姑の(正確には、「嫁いびり遺伝子」の)思うツボではないのか。鬼の姑は今後ますます増えることになると思われるのである。
姑が嫁をいびる際には特殊な能力が必要とされる。まず、自分がどれほど物凄《ものすご》い形相をして怒っているかとか、どれほど嫌らしい物の言い方をしているかということに気づいてしまってはいけない。自分が嫁だった頃を思い出し、姑にいびられるとどんな気持ちになるかなど、相手の身になって物を考えることも禁物である。嫁姑戦争に勝利するには自己欺瞞の能力が不可欠なのだ。もちろんこれは、鬼の姑の対抗戦略者であるところの鬼嫁についても言える。自分は世間で言う鬼の姑(鬼嫁)なんかではないと確信しつつ、実は紛れもない鬼の姑(鬼嫁)であることが重要なのである。
もっとも世の中には仏の姑や仏の嫁も少なからず存在する。その理由の一つは、鬼の姑と鬼嫁をタカ派戦略、仏の姑と仏の嫁をハト派戦略に当てはめたタカ・ハトゲームとして説明できるかもしれない。両戦略はゲームの理論的につり合っていると考えるのである。しかし、それ以上に重要で、実際の姑の行動を左右するのは、家庭外で繁殖できるかどうかという息子の資質、あるいはその家の経済状態だろう。財力のある夫に優しい姑、という女が夢みる家庭像は、残念ながら夫の家庭外繁殖を引き換えにしてこそ成り立つもののようである。
チンパンジー社会にはまず間違いなく鬼の姑は存在しない。理由の第一は、彼らの婚姻形態が父系制ではあるが乱婚的であること(従ってそもそも嫁姑の関係がはっきりしない)。第二は、メスが閉経しないことだ。チンパンジーのメスは生涯自分で繁殖することができるため、息子に多大な期待をかける必要がないというわけである。
男の分類学/繁殖戦略としての離婚
女の自己|欺瞞《ぎまん》について述べたので、今度は男の番である。以前私は、男の繁殖戦略には少なくとも二型あると考えた。文科系男と理科系男である(断わっておくが、これはあくまで便宜的なネーミングで、世間で言う文科系、理科系とは必ずしも一致しない。たとえば工学部出身のエンジニアの中にもれっきとした文科系男は存在するし、文学部出身の編集者の中にも典型的な理科系男がいる)。前者は口がうまく、常に女を口説くチャンスを窺《うかが》っている浮気な男である。結婚の前後には幾分殊勝な態度になるものの、遅かれ早かれ女の多角経営を試み始める。しかし、彼は妻のことが嫌になったというわけでもない。彼はひたすら重複繁殖≠実現させたいのである。一方、後者は口べたで女の扱いに慣れておらず、あまり積極的に女に声をかけたりしない男である。女から見れば少々退屈なタイプだが、家庭外では滅多に繁殖活動を行なわないところが長所と言えば長所である。こういう男は重複繁殖≠ノも、反復繁殖≠ノも縁が薄いが、持ち前の理科系の才能を発揮して狩りの道具や兵器を発明し、工夫し、血縁者の繁殖を助けてきたという歴史をもっている。狩猟や戦争を通じ、血縁|淘汰《とうた》のバイパスルートで遺伝子のコピーを残してきたというわけだ。だから彼自身は、繁殖活動に対してそれほど熱心ではない。
この二つのタイプの男は、いずれも才能や努力の人であること、そしてそれほどひどい自己欺瞞の症状が見られず、女が顔を見るのも嫌になってしまうというような男ではないことが特徴である。
文科系男は、自分がスケベエであることをよく承知しており、そのうえでスケベエ道を追求している。女を口説いたり、言いくるめたりすることと人を操作することとは本質的には同じなので、彼は人心掌握の術に長《た》け、自《おの》ずと社会の上層部に位置することになる。従って甲斐性も十分で、気前もよい。どうしようもなくスケベエな点にさえ目をつぶれば、彼はなかなかの好人物である。妻は嫉妬《しつと》の心さえ克服すれば、楽しくて変化に富んだ人生を送ることができるだろう。子煩悩で、我が子に好かれたり尊敬されたりする。娘に、「パパは理想の男性よ」などと言われたりするのはたいていこのタイプの男である。
理科系男は、たとえば自分の関心が妻よりも仕事の方に向いているということを実は大変気にかけており、その意味で自分を冷静に見つめることのできる男である。彼は家庭外で子を作るわけでもないし(しかし、万が一そういう事態になった場合、彼は自分を責め、ストレスに押し潰《つぶ》されて、心を病むか出家でもしてしまうことだろう)、ギャンブルなどの遊びをするにしても節制がある。ある日突然借金取りが猟犬のように押し寄せて来て、家のドアをぶち壊さんばかりにガンガンと叩《たた》くというような事態には至らない。平穏無事な生活を望む女にとってこれ以上の男はあるまい。彼は妻が贅沢《ぜいたく》をすることには不服だが、何しろ目をつむると今自分がどんないでたちをしているのかさえわからないほど服装に無頓着だし、家計のことに介入するのも面倒だと思っているので、妻は精神的に解放されている。彼女は少しずつヘソクリを貯め、時々ささやかなオシャレを楽しむことができるだろう。彼は元々子どもにはあまり関心がない方だが、子ができたと知るや否やメロメロになってしまい、子育てなどもよく手伝うようになる。知的で身持ちの堅い理科系男は、中流以上の階層に広く分布している。文科系男も理科系男も才能と努力の人で、共に学校教育の場ではかなり優秀な生徒であったはずである。
ところがここに、極めて自己欺瞞的で、時々女が顔も見たくないほど嫌いになってしまう男のタイプが二つある。ケチ男≠ニバクチ男≠セ(これで男の繁殖戦略は全部で四つになった。今後これ以上増やすかどうかはわかりません)。
ケチ男についてはあまり言うこともないだろう。この男の繁殖戦略はとにかくケチに徹することで、稼ぎも少ないが支出も少ない。ケチによってなんとかそこそこに繁殖しようというわけである。彼はケチで性格がねちっこいので元々女にモテず、家庭外で繁殖することは難しい。またそのための財力もない。彼は妻に最低限の生活費しか渡さず、家計の内容にも厳しい監視の目を光らせている。妻が新しい服などを身につけていようものなら目ざとく見つけ、「それ、なんぼしたんや」と横目で尋ねる。文科系男も女の服装に注意を払っているが、「よく似合ってるね」、「この間の黒のドレス。あれ、素敵だったよ」などと、常に褒《ほ》め言葉を発するところがケチ男と大きく異なる。
ケチ男は職場などでも付き合いの悪い人間として通っており、人におごるということもまずない。それに彼は金銭的にケチであるばかりか、物事に|ケチをつける《ヽヽヽヽヽヽ》という意味でもケチな人間である。人の仕事の良い部分は見えず、欠点ばかりが目についてしまう。こういう男を上司にもった人は本当に気の毒だ。もちろんケチ男は学問の世界にも数多く(実は非常に数多く!)存在し、人がどんなに素晴らしい発想を打ち出そうが無感動で、ひたすら粗《あら》探しと揚げ足取りに情熱を燃やしている。
ケチ男は、そうやって妻にも周囲の人間にもひどく嫌われているのだが、そのことになかなか気づく様子もなく、自分は結構人当たりがいい方だなどと思い込んでいる。彼は子どもに対しても当然ケチで、オモチャなども滅多に買ってやらない。かと言って一緒に遊んでやるというサービス精神ももち合わせていないので、子どもたちにとってもうっとうしい存在である。彼はしつけ≠ニ思い込んで、箸《はし》の上げ下げに布団のたたみ方、靴底を減らさない歩き方に最少量の水で顔を洗う方法、最少キロワット数の明かりで本を読む法などを子どもらに伝授するわけだが、こういうことはしつけ≠ナはなくて嫌がらせである。妻や子はそういう窮屈な生活から、できることなら逃げ出したいと思うようになるだろう……。
そうか! ケチ男戦略の本質は倹約して繁殖するというよりも、これでもかこれでもかとケチ精神を発揮して妻をいびり、子どもを支配し、彼らにすっかり愛想を尽かせるということなのかもしれない。これは鬼の姑戦略と相通ずるところがある。愛想を尽かした妻が子を連れて実家に帰ってしまえばしめたものだ。彼はチマチマと貯めた金で次の繁殖シリーズを再開するだろう。ケチ男は単なるケチ戦略者ではなく、紛れもない反復繁殖戦略者≠セったのだ(嫁と子を実家に戻し、実家の経済力で子を養育させることを目的とする「ケチ男」、「鬼の姑」の両戦略は父系制社会でこそ効果的な戦略である。文化人類学の本などを読んでいると、母系制社会には、どうも陰険な人やケチな人が少ないような印象を受けるが、それらの社会ではケチ男遺伝子や嫁いびり遺伝子が──母系制社会には姑が存在しない──コピーを増やす機会を奪われているからではあるまいか)。
ケチ男はケチ男戦略を成功させるための注意力、記憶力をかなり備えており、おかげで現在のようにそれらの能力が重要視される学校教育の場では、かなりの成績を修めることができるはずである。しかし、独創性や先見の明、優れた思考力などはこの戦略のむしろ妨げとなるので抑制されている。また、これが最も大切なことなのだが、本人が自己欺瞞に気づいてしまってはすべてがおしまいなので、彼は自分の本当の姿がよく見えないようにプログラムされている。そういうわけで彼は、研究者や作家など真の知的創造力が要求される職種においては大成しない。また手広く商売をすることや会社でどんどん出世するというようなことも不得意である。しかし、もしそうなってしまってはこの戦略の真価が発揮されないので、それでいいのである。母と息子の遺伝子はグルであることが多いが、この戦略は鬼の姑戦略と協力関係にある可能性が高いものと思われる。
次はバクチ男。新聞、テレビ等の人生相談コーナーで嫁姑戦争に次いで多いのは、このタイプの男に対する妻からの苦情である。
「夫が家に生活費を入れてくれません。お金は酒、ギャンブルに注《つ》ぎ込み、おまけに女までいるようです。主人は今までに何度も、もう酒はやめる、ギャンブルには手を出さないと誓ってくれたのですが、一晩寝るとケロッと忘れてしまうようです。お酒さえ入らなければいい人なんですが、酔うと急に怒りっぽくなってしまいまして、テーブルをひっくり返したり、私に暴力をふるったりするんです。何度も別れようと思いました。でも、まだ子どもが小さいので……」
それに対する回答。
「別れなさい。あなたにはもっと別の人生があるはず。ただ、お子さんはそんな男に任せておくわけにはいかないから、あなたが引き取ってしっかり育てることですね」
こらこら、そんなことを言ったらバクチ男の「バクチ男遺伝子」がまた増えてしまうじゃありませんか。もうおわかりと思うが、バクチ男は家庭を平和に存続させようとする戦略者ではない。彼はバクチ、酒、暴力、女などの組合せによって家計及び家庭を破綻《はたん》させ、反復繁殖を狙《ねら》っている戦略者なのである。
もっとも、バクチ男は酒さえ入らなければいい人間で、子どもにも結構優しかったりするので、ケチ男のように妻子から徹底的に嫌われることは少ない。離婚に際しても子どもが、「お父ちゃんと離れたくない」などと言って母親の決意をぐらつかせるかもしれない。しかし、あまりにも身持ちが悪く、情緒も不安定な彼だから、世間は妻に離婚を促すし、また間違っても子の養育を彼に任せたりはしない。かくしてバクチ男は身軽な独り身に戻るのである。ところがバクチ男は、金がないにも拘《かかわ》らず気前が良く、性格もアッケラカンとして明るいので女にモテる。彼は難なく後釜を見つけてしまう。こうしてまた人生相談コーナーに苦情が寄せられるというわけだ。
一見したところ文科系男とバクチ男はよく似ている。どちらも人当たりが良くて気前がいい。服装のセンスなども良くて、女の扱いもうまい。しかし、両繁殖戦略の本質は、重複繁殖≠ニ反復繁殖≠ニいう、ある意味では正反対のものである。これらの男を上手に見分けるにはどうしたらよいのだろう。そのポイントは彼らの言語能力ではないだろうか。
文科系男の話し方の特徴は、ややおかしな部分があったとしても、一応話の筋道が通っており、最後には、「なるほど、そうかもしれない」と不思議に納得させられてしまう点にある。ところがバクチ男は、「アホ」、「オレを信じておったらええのや」などの決まり文句が多く、論理性に欠けた感情的な話し方をする。声も大きい。自慢話やホラ話が好きである。会話の中に何億、何千万、あるいは高級外車の名など多額のお金に関する言葉がよく出てくる。これらの特徴はバクチにのめり込むという彼の性質と深い関《かか》わりがあるようだ。
そもそもバクチは絶対に胴元が儲《もう》かる仕組みになっている。今までの対戦成績を冷静に振り返り、分析することのできる思考力や記憶力、それに強い自制心の持ち主はバクチ耽溺《たんでき》者とはならないだろう。バクチにのめり込む男には、まず嫌なことはすぐに忘れ、楽しいことだけをいつまでも覚えているという不思議な記憶のメカニズムが必要だ。ストレスに強く、物事を常に楽観的に考えられる心の明るさも重要である。そしてまたこれらの性質は、学校教育においても、実社会においても、間違っても彼を成功者になんかさせて来なかっただろう。だが、これは非常に適応的なことである。バクチ男の戦略では家計が破綻することが重要なのだ。彼自身に多くの稼ぎがあったり、彼が親から多額の資産を受け継いでいたりするとこの戦略はうまく行かないのである。家計が破綻するまでに時間がかかり過ぎてしまうのだ。
ところで、話は変わるようだが、どんな社会にも大なり小なり貧富の差が存在する。それは大変良くないことのように言われ続けている。大多数の人は、貧富の差が縮まれば、皆が等しく幸福に暮らせると思っているようだ。しかし、ここで示したように、少なくとも利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》にとっては、それは大きな迷惑なのである。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は過去何千年かの人間の歴史の中で、貧富の程度と男の繁殖戦略との最適な組合せを追究してきている。たとえば文科系男遺伝子は|乗り物《ヴイークル》である男に財力があればあるほど真価を発揮する。男は豊富な経済力を生かしてあちらこちらに妾を囲い、ハレムを作り、どんどん遺伝子のコピーを増やしてくれる。理科系男遺伝子も男に財力があった方がいいだろう。|乗り物《ヴイークル》である理科系男は、元々血縁者の繁殖を助けるという性質をもっているので、たとえば幼くして親をなくしてしまった甥《おい》や姪《めい》などを経済的に援助して彼らを立派に成人させたりする。その血縁|乗り物《ヴイークル》には当然理科系男遺伝子がある確率で乗っているはずだから、理科系男遺伝子のコピーはこういう過程を通して増える。
一方、ケチ男はどうだろう。ケチ男は同時に多くの女を経営するわけでもないし、ケチだから血縁者の繁殖を助けることにも躊躇《ちゆうちよ》しがちである。つまり、彼には豊富な財力は猫に小判というわけだ。こういう男は世の移り変わりには無関係に中産階級に留《とど》まっていることが多いはずである。
そして、財力と繁殖戦略との関係が最も親密で微妙なのがバクチ男である。バクチ男遺伝子にとっては常に|乗り物《ヴイークル》がほぼ残高ゼロ《ときにはマイナス》のフラフラの低空飛行の状態である方が好ましいのである。従って、ひょんなことから大変富裕な階級に属する|乗り物《ヴイークル》に乗ってしまったバクチ男遺伝子は、|乗り物《ヴイークル》が金を湯水のように使うという現象を引き起こすことだろう。こういう現象を評して世間の人々は、「あの家にはとんだ穀潰《ごくつぶ》しの息子が生まれてきたもんだ」などと言う。だが、本当のところはその穀潰し本人も彼の利己的バクチ男遺伝子も、どちらもあまり幸福な状態にあるとは言えないのである。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は、家計がなかなか破綻せず、本来の目的を果たせないということに相当に苛立《いらだ》っているはずである。そのことは|乗り物《ヴイークル》であるその穀潰しの、毎晩芸者をあげてどんちゃん騒ぎをしようが、ドアボーイやウェイトレスに非常識とも思えるチップをはずんで最大級のもてなしを受けようが、一向に満たされることのない心の虚しさとなって現われてきているのかもしれない。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は長い時間をかけて貧富の差に応じた最も効率の良い繁殖戦略を考案してきている。急に皆が皆同じような暮らし向きになることには、今後益々抵抗していくだろうと思われるのである。
また、現代はこれとは別の意味で多くの男が本来の繁殖戦略を実行しにくくなっている時代である。ケチ男はせっかく妻と子を追い出して、さあ二回目の繁殖に取り組もうと思っているのに、法律が養育費の支払いを命じてくる。彼は元々稼ぎが少ないからおそらく反復繁殖はかなわないだろう。しかし、世の中からケチ男遺伝子が少なくなるのは結構なことなので、これには私は大賛成(もっとも最近の女は妙な自立心をもっているから、養育費を断わったりすることも多い。バカなことをしている)。
一方、バクチ男は今の時代にも非常にうまくやっている。離婚をしても彼には財産、扶養能力ともに無いに等しいので法律も追いかけてはこない。子は元の妻や彼女の実家の力、あるいは国家からの援助によって立派に育つことだろう。
理科系男は元々何事にも手堅いので、今の時代にも着実な人生を歩んでいる。しかし、お見合いのように周りの者の口添えで成立する婚姻の形が減ってきていることは、彼らにとって不幸な傾向と言わねばなるまい。
しかしながら、私が本当に気の毒だと思うのは文科系男である。この男は今の一夫一妻の法律の下では、どうしても結婚、離婚を繰り返さざるを得なくなり、ケチ男やバクチ男のような男たちと混同されてしまう可能性があるからだ。彼は本来、妻と離縁したいとは思っていない。彼はただひたすら重複繁殖を実現させたいのである。法律が一夫一妻を定め、男の繁殖戦略の多様性を認めないのは、文科系男のような才能ある男の遺伝子のコピーを減ずることにつながると思われ、残念でならないのである。
男の繁殖戦略について、私は、現実にはここに示したような極端な戦略者は滅多に存在しないと考えている。たいていは幾つかの戦略者の中間型や混合型である。個々の男はたぶん複数の戦略をもっており(その中に彼が最も得意とする戦略がある)、それらを状況に応じて使い分けたり、切り換えたりしていると言ったところだろうか。たとえば、ある男が文化系男戦略でうまいことやっていたのに、あるときそれが妻にバレたとする。そのことで妻が逆上して彼を追い詰めたとする。すると彼はたちまち反復繁殖戦略に切り換えてしまい(と言っても、これもまた利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》によって操作されてのことである)、態度が陰険になったり暴力的になったりして、結局離婚する。こうして二人とも過去を回顧するばかりのつまらない人生を送ることになってしまうのである。本当に、男も女も利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の陰謀に早く気づくべきなのである。
誰のためのしつけ≠ゥ/親とても|乗り物《ヴイークル》
アメリカの天才的理論家で、R・ドーキンスの親友でもあるロバート・L・トリヴァース──彼は親と子の葛藤《かつとう》について、初めて生物学的に納得のいく説明を与えた人である。
トリヴァースによると、そもそもの発端は親と子の立場に非対称が存在することにあるという。つまり、親にとって子はどの子も遺伝的に等価(血縁度1/2)だが、子にしてみれば自分と自分以外のキョウダイは等価ではない(自分は自分にとっていわば血縁度1だが、キョウダイは1/2、その場合父母どちらかが違えば1/4)。親はどの子にも均等に投資をしたいが、子はなるたけ多く自分に投資してもらいたい。そこでどうしても親子の間に食い違いが生じ、葛藤が生まれるというわけである。
たとえば哺乳類(一産一子の種とする)の離乳の時期をめぐる問題を考えてみよう。母親は子がある程度のところまで育ったなら、そろそろ離乳させて次の子を産みたいと思うようになる。しかし、子は何と言っても自分の生存と成長が第一なので、もうしばらくの間、乳をもらい、面倒を見ていて欲しいと思う。子は母に近づいて行って乳をねだるが、母は無視したり、攻撃を加えたりする。初めのうちこそ母は子に折れてしまうことが多いが、次第に毅然とした態度に変わっていく。子の要求はだんだん受け入れられなくなる。結局のところこの葛藤は、子がある状態に達するときまで続くことになる。子が母親の投資を独占しているよりも、次の子に譲った方が|自分にとっても《ヽヽヽヽヽヽヽ》有利だと判断するときまでである(もちろん実際に判断しているのは遺伝的プログラムで、その判断の基準は無論、「どうしたら自分の遺伝子のコピーが最大限に増えるか」である)。
トリヴァースはさらに、毎回パートナーを変えて出産する動物では、同じペアで出産する動物に比べ、離乳期の葛藤が長びく傾向があるはずだと述べている。つまり、こういう動物では母にとってはパートナーが違っても子の血縁度に変わりがないが、子にとっては大違いで、弟(妹)の血縁度は1/4にまで落ち込んでしまう。子としてはそんな血縁の遠い個体にそう易々と母を譲るわけにはいかないからである。
彼はまた、人間の親が子に対して行なう socialization(普通は「社会化」と訳されるようだが、ここでは「しつけ」と訳すことにする)について面白いことを言っている。
世間の親は子に対し、世渡りの術とかうまいウソのつき方、絶対に見つからない万引きの方法など、即役に立ちそうなことは教えないで(もっともそういうことは口で教えず、後ろ姿で教えているのかもしれない)、「人には優しく」、「ウソをついてはいけません」、「我儘《わがまま》はやめましょう」などときれい事ばかりを熱心に教えている。これはどうも怪しい。親が子に施す「きれい事教育」は度を越しており、しばしば子の反発を買うことさえあるからだ。本当に子のためを思ってのしつけ≠セろうか。
こういう教育の目的は、まずはそういう誠実な態度によって子が人から見返りを受けやすくするということだろう。「あの人は信頼できる」との評価が定まれば、そのことによって確実な利益が期待できる。だが、それだけではあるまい。ここでも親にとって子はどの子も遺伝的に等価だが、子にしてみればそうではないという問題が持ち上がってくるのである。親としてはどの子も等価なので、ある子が他人から利益を得たとすると、それはその子のひとり占めにされているよりも、他の子にも均等に分配された方が都合が良いだろう。また、彼(彼女)のイトコなどの近い血縁者に分配がなされることも親にとって意義深い。結局、親が「人には優しく」、「人にウソをついてはいけません」、「我儘《わがまま》はいけません」などと口を酸っぱくして言うことの裏には、「血縁者には優しく」、「血縁者にウソをついては……」という親自身も気がついていない意外な意味が隠されているのである。
そういうわけで親のしつけ≠ニいうのははなはだ胡散《うさん》臭い行動である。「おまえのためを思っているんだよ」と繰り返す言葉の裏には、このように自分に都合の良い利益分配を実現させるための操作の意味が隠されているのである。
私はこういう物の考え方に心が躍る。トリヴァースのこの考えを初めて知ったとき、私は感動のあまりもう少しで涙が出るところだった。親にしたところで所詮《しよせん》は利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の|乗り物《ヴイークル》で、無償の愛を注ぐ慈父や慈母などあるはずがないとする結論に、長年の疑惑が一気に氷解したような爽《さわ》やかな気持ちになった。
いわゆる親の愛について私は何年も疑問を持ち続けてきた。そういう人は少なくないと思う。ところが、世間はまるで同盟を結んだかのように「親の愛」を唱え続ける。新聞、テレビ、雑誌……。皆、「親の愛存在論」だ。たまに見かける「親の愛懐疑論」にしたところで、たいていは「でも、信じて生きていきましょうね」、「あると思わねば、人間生きていけないじゃありませんか」という当たりさわりのない結論に終わっている。無理もないことかもしれない。ほとんどの人は本当に利己的なものが何であるかを知らないのだから。しかし、世の中には「愛」など存在しないことを論理的に説明された方が、よほど魂が救われるという人も少なくないはずである。私としては、この本を読んだあなたが、今後「愛」について心を煩《わずら》わされずに済むようになることを祈るばかりである。
親による子のしつけ≠ノはまだまだ怪しい面が存在するような気がするのでもっと追究してみよう。私は特に、親がしつけ≠ニ称して滅茶苦茶に子を叱《しか》りつける行動に興味がある。
食事の前に手を洗わない子に、「手はちゃんと洗ったの! そうでないとご飯は食べさせないよ」左右をよく確認せずにフラフラと横断歩道に踏み出してしまい、危うく車と接触しそうになった子に、「あぶないッ! なにボヤッとしてんのよ、アンタは!」テストで悪い点を取って帰ってくると、「こういうことにならないように、いつも勉強しなさいって言ってるでしょ!」
もし本当に子のためを思うのなら、こういう叱り方はできないはずである。世の教育関係者たちが口を揃《そろ》えて言うように、子どもの能力を伸ばすには叱るのではなく褒《ほ》めるべきだし、どうしても叱らねばならないときには優しく論理的に諭せばよいのである。けれども、たいていの親はそうはしない。わかっていてもできないのである。彼らは荒々しくて、憤懣《ふんまん》やる方ないといった語調で叱りつけている。これは叱るという行為が、本来、子の成長やその子の将来の利益を目的としたものではないことの何よりの証拠だろう。
こんなことを言うと世の親の大半は、「子どもを思わない親なんていない。あんたは子をもったことがないからわからないのさ。昔から、子をもって初めてわかる親の愛と言ってな……(この後延々と説教が続く)」というような反応を示すに決まっている。確かにこういう人はウソをついているわけでもないだろう。しかし、自分を騙《だま》している可能性はある。
人間は頭のいい動物だ。他の多くの動物と違い、必ずしも遺伝的プログラムのままに行動するわけではない。人間は自分の行動にいつも関心を払っており、その行動の意図するところを考えている。すると、ときには行動の真の意味に気がついてしまい、そのことで自己を嫌悪し、その行動を実行しなくなってしまうかもしれない。これは利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》にとって困った事態である。しかし、幸いなことにそういう事態に陥らずに済むためにとっておきの手段がある。自己|欺瞞《ぎまん》である。自分は心から子を愛しているのだと確信し、これは愛のムチなのだと自分を説得しつつ、ひどく子を叱るのである。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は|乗り物《ヴイークル》に真の目的を気づかれてしまってはまずいと思われる行動に対しては、同時に自己欺瞞のプログラムも用意しているのである。
では、親が子を叱る行動の真の目的とは何だろう。私は、それは単に子に自分を嫌わせることではないかと思う。
子の立場に立って考えてみればすぐわかることなのだが、親にひどく叱られて嬉しい子どもなんていない。親によってはひどい叱り方をした後、優しい言葉などをかけて子の懐柔をはかる場合もあるが、そんなことは一時しのぎに過ぎない。物心ついた頃から親に叱りつけられて育った子が抱く感情はただ一つで、親を嫌だと思うことである。
そういう子は次第に家にいるのがつらくなってくる。そして思春期にさしかかり、多少は自分に自信がついてくると、しきりにある機会を窺《うかが》い始める。家出である。実のところ親が口うるさく子を叱るのは、まずそうすることで子が親を嫌いにならざるを得ない状況を作るためだ。次に子に家出をさせて予定よりも早く自立させる。そしてそのことによって節約できた資源を下の子に回すのである。これは一つのよくできた戦略なのである。そう考えれば、なぜ親が上の方の子に厳しく、末っ子に甘いかが理解できるだろう。末っ子に厳しくしてみたところで、もはや意味がないからである。
これがひねくれた考えに思える人は、離乳期のニホンザル母子間のすさまじい葛藤を見るがいい。専修大の長谷川真理子氏や名古屋文理短大の森梅代氏らの研究によると、ニホンザルの母親は子が生後三カ月くらいになり、そろそろ離乳期にさしかかると、あからさまな拒絶やせっかんを始めるという。まとわりつく赤ん坊に対し、噛《か》みついたり、噛むまねをしたり、威嚇《いかく》したり、手で押しのけたり、無視をしたり、時には頭をなぐったりもするのである。これは子の月齢が進むにつれてエスカレートし、離乳が完了するまで続くという。
しかし、ニホンザルの母親はダイレクトに子を攻撃するからまだいい。人間の場合は言葉によってジワジワと陰険に攻撃するのである。しかも、親本人がそれを攻撃であると自覚しておらず、「愛のムチ」だとか「心を鬼にしてしつけている」と思い込んでいるところがまた厄介《やつかい》だ。人間の子どもの精神がしばしば不安定になってしまうのは、一つにはこうして親が自己欺瞞のお芝居をしているからかもしれない、と私は思う。心底役になり切っている親と、鈍感な子の組合せなら問題は起きないが、たとえば親が自分の行動にしばしば疑問を感じていたり、子の方の感受性が鋭かったりすると利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》のシナリオ通りに事が進まない。そのようなときに主に子の方に神経症状などが出てしまうのかもしれない。
そして、人間においては一つ重大なことがある。それは、人間以外の動物では子の自立の時期にさほど個体差はないが、人間においては親の経済状態がこれを大きく左右するだろうということである。経済状態が悪ければ親にとって子を早く自立させることは適応的だ。しかし、人間の親は面と向かって、「うちは貧乏だから、早く出て行け」とは言わない。その代わり先に述べたように、しつけ≠ニ称して子どもを叱りつけるのである。
今では誰も食うに困らない日本だが、かつてはかなりの人々が食うや食わずの生活をしていた。そういう暮らしの中で、子を叱ることはこのように大変適応的なことだったのである。親が嫌でたまらない子は早々と家出し、仁侠《にんきよう》の世界に入ったり、遊女になったり、あるいは宿場で飯盛り女になっていたことだろう。そうして親も子も知らず知らずのうちに自分の遺伝子のコピーを増やすことに成功していたのである。昔はそれはそれでうまく行っていたのだ。だが、今やそういう戦略がそれほど有効ではない時代である。親が子に嫌われても意味のない時代がようやくやって来たのだ。子を叱りつけるのはそろそろやめてはどうだろうか。
出生率は低下しない/福祉のおとし穴
「出生率が二を割り続けている。このまま行くと約千年後には、日本人はたった数万人しかいなくなってしまう!」といった内容の論説を最近よく見かける。ここで出生率というのは「合計特殊出生率」のことで、女が生涯に平均何人の子を残すかを示す数である。
一九九〇年九月六日付の朝日新聞によると、出生率は一・五七で史上最低、平均初婚年齢は男二十八・五歳、女二十五・八歳で、これは史上最高だそうである。晩婚の上にあまり子を産まないのだから人口はみるみる減っていくだろうというわけである。
こういう傾向(特に少産の)は、いわゆる先進諸国に共通の現象である。日本、アメリカ、スウェーデン、イギリス、フランス、旧西ドイツ、イタリアはいずれも一九七〇年代に出生率が二を割り、その後もじわじわと値を下げてきている(但《ただ》しスウェーデンは最近若干盛り返した)。少し意外な気もするが、現在(一九八七年のデータだが)最も出生率が低いのはイタリアで、一・二八である。
出生率の低下を嘆く議論の主眼は、少数の若者が多数の老人を養わねばならなくなるという高齢化社会の深刻さを指摘する点にあり、あと何年したら日本人がいなくなってしまうというようなことでは、もちろんない。大袈裟《おおげさ》な表現は、事の重大さをアピールするためのものらしい。しかしそうだとしても、日本人の出生率はこの先本当に減り続けるのだろうか。私にはそうは思えない。私の予想は全く逆で、政府が特に対策を立てなくても出生率はあっと言う間に盛り返す。そして今度は増えすぎる若齢人口のために、国家は破産寸前にまで追い込まれるだろうということだ。なぜそんな正反対の結論が出るかと言えば、進化の観点を導入したからである。
出生率が二を割ったと言っても、それはあくまで平均の値である。女にもいろいろあって、子を欲しいとは全然思わない女もあれば、人並みには欲しいと思う女、いや世間の出生率がどうあれ体力の続く限り産む、という女までいる。進化論的に物事を考えるには、平均値よりこのばらつきこそが重要である。
たとえばここに五人の女がいたとする。四人は一人しか子を産みたくないという性質をもっているが、一人は四人産みたいという性質をもっているとする。また、実際にそれを実行するとする。今、この女たちが生涯に産む子の数の平均(出生率)を計算してみると、(4×1+1×4)÷5=1.6 で2を割っている。では、この女たちの第二世代はどうだろう。第二世代で子は一対一の性比で生まれてくるものとし、女たちは母親と全く同じ性質をもっていると仮定する。即ち、多産の母親から生まれてきた四人の子のうちの二人が娘で、その娘たちがそれぞれ四人子を産むのである。一方、少産の女四人からは合計四人の子が生まれるが、うち女は二人である。その二人の娘がそれぞれ一人しか子を産まない。従って第二世代の出生率は、(4×2+1×2)÷4=2.5 で2を上回るのである。同様の計算を第三世代について試みると、(4×4+1×1)÷5=3.4 である。この値は世代を重ねるごとに増えていき、この場合はだんだん4に近づくというわけである。
要するに、なるべく多く子を儲けたいと思う人は(特に女が重要なのだが)、現在はかなり少数派かもしれないが、次の世代には必ず増加する。なぜなら、それらの人々の、子を多く儲けたいという遺伝的性質を受け継いだ子どもらが繁殖年齢に達するからである。彼らも当然多くの子をもつだろうから、その次の世代になると、子だくさんを望む人々の勢力はさらに増す。こうして「子だくさんを望む」遺伝子が個体群の中に広がっていくのである(このことはミームレベルで考えても同様で、「子だくさんを望む」ミームが個体群の中に広がるのである。子だくさんを望む性質は、実際には遺伝、文化両方の産物だろう)。つまり、日本人の出生率はこの先しばらくは減少傾向にあるだろうが、その後必ず増加に転ずるときがくる。それ以降、人口は着々と増加し続ける。進化論的に導かれるのはこういう結論である。
しかし、それだけならまだ良いのだが、この話には随分、悲惨な結末が伴っている。増えすぎた「子だくさんを望む」遺伝子に対し、本来働くはずの自然の抑制作用が働かず、人口が爆発的に増加するのである。つまり、本来ならそういう遺伝子は家庭の貧困や飢餓によって早晩増加が抑制されるわけだが、今の国家には福祉というものがある。そのためそれらは少しも頭打ちにならないのである。新聞は、「このままではあと十年で福祉国家日本は破算してしまう。皆さん子ども嫌いになりましょう」などと書き立てるかもしれない。
こういう予想は、進化の観点をもっている者にとっては当然の帰結として導き出される。R・ドーキンスは『利己的な遺伝子』の中で、福祉の恐ろしさ(と言っては何だが)についてこう述べている。
「子をたくさん産みすぎる個体が不利をこうむるのは、個体群全体がそのために絶滅してしまうからではなく、端的に彼らの子のうち生き残れるものの数が少ないからなのである。過剰な数の子供を産ませるのにあずかる遺伝子群は、これらをかかえた子供たちがほとんど成熟しえないため、次代に多数伝達されることがないというわけである。しかし、現代の文明人の間では、家族の大きさが、個々の親たちが調達しうる限られた諸資源によってはもはや制限されないという事態が生じている。ある夫婦が自分たちで養い切れる以上の子供を作ったとすると、国家、つまりその個体群のうち当の夫婦以外の部分が断固介入して、過剰な分の子供たちを健康に生存させようとするのである。物質的資源を一切持たぬ夫婦が、多数の子を女性の生理的限界まで産み育てようとしても、実際のところこれを阻止する手段はないのだ。しかしそもそも福祉国家というものはきわめて不自然なしろものである。自然状態では、養い切れる数以上の子をかかえた親は孫をたくさん持つことができず、したがって彼らの遺伝子が将来の世代に引き継がれることはない。自然界には福祉国家など存在しないので、産子数に対して利他的な自制を加える必要《ヽヽ》などないのである。自制を知らぬ放縦をもたらす遺伝子は、すべてただちに罰を受ける。その遺伝子を内蔵した子供たちは飢えてしまうからである。われわれ人間は、過剰な人数をかかえた家族の子供らを餓死するにまかせるような昔の利己的な流儀にたち帰りたいとは望まない。だからこそわれわれは、家族を経済的な自給自足単位とすることを廃止して、その代わりに国家を経済単位にしたのである。しかし、子供に対する生活保障の特権は決して濫用されるべきものではないのである」
また、京大の蔵琢也氏は人口の爆発的増加(それも先進国の)について次のような警告を発している。
「この事は実に恐るべきことである。なぜならこれは人類の人口増加が階乗的であることを意味しているからである。マルサスはアメリカ大陸での人口増加率から、人口は二十五年ごとに二倍になって行くと結論しているが、この増加はしょせんは等比数列でしかない。人口が階乗的に増えて行く(筆者注・比率がだんだん増えながら増えるという意味。等比数列なら一定の比率で増えるだけである)とするならば我々の未来は一体どのようなものになるのであろうか!?」(蔵氏の未発表の原稿から本人の許可を得て引用しました)
こうしてみると、先進国が抱えている真に重大な問題とは、出生率の低下による人口減や高齢化社会という目先の問題ではないことがわかる。それは、その次に控えている人口の爆発的増加であり、子ども好きな人(女)はどんどん増え、子どもはあまり好きではないが仕事は大好きであるというような人(女)がどんどん減る結果、人間が一様になってしまうという傾向である。特に後者についてはシンガポールでもう既にその兆候が現われている。
シンガポールは周知の通り、マレー半島の先端に位置する貿易国であり、いわば超都会国家≠ナある。自給できる食料と言えば、豚肉と鶏、アヒルの卵と肉くらいのもので、あとは輸入に頼っている。GNPも高く、人材こそ宝であるこの国では、将来性のある子どもには英才教育が施される。当然学力のある女は高い教育を受ける。その女たちが様々な職種につくわけだが、結婚をしたがらず、結婚したとしてもちっとも子を産まないのである。一九八〇年に行なわれた国勢調査では、出生率は、教育を受けていない場合が三・五人、初等教育だけだと二・七人、中等教育までが二・〇人、大学卒は一・六五人であることが明らかになった。危機感を持ったリー・クワンユー首相は、一九八三年の建国記念集会の演説でこう述べた。
「結ばれよ。教育のある人々が結婚し、もっと子どもをもたねば、才能の貯蔵庫が二五年以内に枯渇する」
さらにシンガポール政府は知恵を絞って次のような打開策をうち立てた。
☆大学出の母親には子どもを希望する小学校に入学させる優先権を与える。また、教育のない母親が一人目あるいは二人目の子どもを産んだあと不妊手術を行なえば次位の優先権を与える。
☆結婚しないキャリア・ウーマンは不完全であり、むなしい人生を送るだけだということをわからすようなドラマを国営テレビで放映する。
☆優生学的に好ましい結婚を奨励するコンピューターサービスを設立する。
☆シンガポール国立大学の優秀だがシャイな学生に対し、求愛法を指南するための講座を開設する。
しかし、このあまりの直截《ちよくせつ》的、優生学重視の方策に、当然のことながら激しい反論が噴出した。シンガポールのマスコミは連日のようにこの問題を取り上げ、それは「大結婚論争」と呼ばれたほどである(詳しくはS・J・グールド著『フラミンゴの微笑』新妻昭夫訳、早川書房、参照。ちなみにグールドは、リー首相及びシンガポール政府に対し、激しい嫌悪の情を示している)。
私は論争について深く立ち入るつもりはない。ただ、シンガポールのようなことは既に多くの国々で起こりつつあり、もはや優生学どうこうと言っている場合ではないということだ。そこでもっと良い案はないものかと少し真剣に考えてみることにする。
これらの方策の中でまず気になるのは、才能を枯渇させないためにはなんとしても優秀な女本人に子を産ませなければならないと考えられている点だ。はたしてそうだろうか。それに女が高い教育を受けるとその結果として子を産みたがらなくなるとも考えられているようだが、これは違う。女は高い教育を受けると子を産みたくなくなるのではなく、チャンスさえ与えられれば高い教育を受けようとする女は、元々あまり子を産む傾向にないのである(長い就学期間や高学歴によって得た職が女の出産の機会を減らすことは認めないわけではないが)。言い換えれば、そういう女は本来彼女自身がそう子を産む必要がないからこそ、子を産みたがらない性質をもっているのではなかろうか。
既に血縁|淘汰《とうた》という考えを知っておられる皆さんにはおわかりだと思う。こういうタイプの女は、おそらく自分自身よりも、血縁者の繁殖によって遺伝子のコピーを残してきたのである。たとえば彼女の父や兄弟などの男の血縁者たちが非常に高い社会的地位についているとか財力がある、しかも家庭外の繁殖活動に対して極めて熱心であるというような、子を多く残すための条件や性質を備えているとすれば、彼女自身はそれほど繁殖する必要がなかったはずである。実際、高い教育を受けようとする女の男の血縁者たちはそういった傾向にあっても不思議はないだろう。世の中には、とびきりの知性と美貌を備えながら、「パパは理想の男性よ」などと言ってなかなか嫁に行かない女がいるものだが、そのパパをよく観察してみれば、必ずや彼は社会的地位が高かったり、財力があったりし、家庭外で活躍するタイプのはずである。彼女がなかなか嫁に行かない感情面での理由は、素敵すぎる父親に対するファーザーコンプレックスや思慕の情かもしれない。しかし、彼女も知らないその真の理由は、父親が既に家庭外で十分繁殖してくれていることにある。彼女は早々と嫁に行ってしまうより、父母間の調停役として家庭に留《とど》まる方が|自分にとって《ヽヽヽヽヽヽ》有利なのである(父の家庭外の子二人は、彼女自身の子一人に少なくとも遺伝的には相当している)。
また、学歴とは関係がないが、芸術や芸能など、特殊な才能が必要とされる分野で活躍する女についてもよく似た考え方を当てはめることができる。こういう形でのキャリア・ウーマンの歴史は古く、成功した女はたいてい稼いだお金を血縁者たちに分配してきた。彼女たちは自分ではあまり繁殖しないが、血縁者を通じて才能の遺伝子を増やしてきたのである。これらの女も、おそらく子を産みたくないという性質をもっているだろう。それは、彼女自身が子を産むよりも、彼女は仕事に専念し、その代わり血縁者の繁殖をバックアップするという方が|彼女自身にとっても《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》有利だからである。
そのようなわけで私は次のように提案する。
子を産みたくないと思っている女や仕事に生き甲斐を見出している女、あるいは特殊な才能をもっている女に無理に子を産ませてはいけない。その代わり、彼女の血縁者(特に男)にもっと繁殖の機会を与えるべきである!
とは言うものの、一夫一妻が法律化している今の時代にはこれはなかなか難しいことに違いない。ここは一つ、政府のお偉方に複婚(特に一夫多妻)の合法化を提案してもらうというのはどうだろう。彼らも大賛成のはずだ。そのとき同時に、福祉を子どもに適用することを控えるという法案も提出してもらえれば明るい未来が約束されるのだが、どうだろう。でも、これはたぶん無理。福祉≠ヘ今の政治の目玉なのだから。
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第四章 利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》のさらなる陰謀
アリの戦争と平和/ミツツボアリの竹馬歩行
人間は体は貧弱だが、高い知能を有し、文化を伝達する能力をもっている。ある個体の脳に生じたアイディアはその個体に留《とど》まっておらず、模倣という形で複製され、次々と他の個体へ伝えられていく。アイディアはその間に厳しい淘汰《とうた》を受ける。だから古くからの言い伝えやことわざ、生活習慣や風習、戒律、禁忌、さらには迷信といわれていることさえも、実は大変に選《よ》りすぐられたミームである。それらはたぶん、長年自然淘汰を受けてきた我々の体の見事さにも匹敵することだろう。我々は日頃ほとんど意識することはないが、もし我々に文化の伝達能力がなかったとしたら、今頃どんなことになっていたのやらわからないのである。
そういうわけで人間は脊椎《せきつい》動物界の王者となった。かつてライバルだったトラやライオン、オオカミなども今や恐れるに足らなくなった。火を使い、武器を作り、そして何より知恵を伝達するこの動物に対し、彼らの遅々とした遺伝的進化では到底|太刀打《たちう》ちできなかったのである。
しかしながら、他種との争いに勝利すると、今度は同種間の争いが増えるというのが動物界の常である。人間もその例外ではなかった。
人間の戦争の起源をはたしていつ頃にまで遡《さかのぼ》って考えることができるのか──。私には皆目見当がつかないが、とりあえずかなり古く見積もっておいた方がいいようには思える。実際、チンパンジーは死者が出るほどの激しい争いを集団間で行なう。我々はおそらく他種との争いに勝利した後、近縁の種との争いにも勝利し(たとえば、我々の直系の祖先であるクロマニヨン人はネアンデルタール人と争い、彼らを滅ぼしたという話もある)、ついには同種間で激しく戦争をするようになったのだろう。とすれば戦争は、他種を圧倒した動物にのみ課せられる試練というわけだ。無脊椎動物界の王者と言えるアリも、おそらくそういう意味で人間とよく似た歴史を歩んできたに違いない。
アリはたぶん一億年以上の昔、昆虫綱|膜翅目《まくしもく》のメンバーであるハチから進化したと言われる。しかし、どういうハチからであるかは意見が分かれている。祖先をツチバチとするもの、アリバチとするもの、コツチバチとするもの、のだいたい三説がある。アリはすべて真の社会性(コロニー内で生殖と労働の分業があり、階級《カースト》がある)をもっており、ハチが種ごとに社会性のレベルが違い、単独性から真の社会性に至る様々な中間段階を見せてくれるのとは対照的である。アリはそれだけ完成された昆虫と言えるかもしれない(実際、アリは高度に洗練されたハチと考えると何かと理解しやすい)。また、アリはハチと同様、染色体については半倍数性で、そのことが社会性を進化させたことは間違いない(と私は思う。この件については異論を唱えている人もいる)。
人間と同じようにアリの強さも他を圧倒しているようだ。アシナガバチやスズメバチが中空にぶら下がった巣を作るのは、もっぱらアリを避けるためだと言うし、シロアリに兵アリという特別な階級《カースト》が出現したのもアリ対策のゆえである。しかし、それでもアリはシロアリにとって最大の脅威のままである。
中南米のグンタイアリやアフリカのサスライアリのような放浪性のアリともなると、もはや向かうところ敵なしである。これらのアリは一つのコロニーの個体数が一千万匹のオーダーにも達するが、その大部分はワーカーと兵アリで、彼女らが通った道筋には小動物の骨格標本が点々と残されるほどである。これは繋《つな》がれた家畜、それに病気やケガで動けなくなっている人間についても言える。一九二九年の大恐慌の折、アマゾンのチョウの標本でひと儲《もう》けをたくらんだ男が、ジャングルの中で行方不明となり、数日《ヽヽ》後、早くも完全な人体骨格標本となって発見されたという話は、一部の人々の間では有名である。また、これらのアリのすむ地方の人々は常にアリ情報≠ノ注意を払っており、もしグンタイアリ(あるいはサスライアリ)の一団が我が家の方へ向かっていると聞きつけたなら、とにかく必要最小限の物だけを持って避難する。家の中の食料は残らず食べ尽くされてしまうが、同時にゴキブリ、ダニの類もきれいに片付けられるので一方では結構なことだと歓迎されている。一万種以上もいるアリと一種しかいない人間を比較するのは少々無謀だが、ともかく人間がアリにやられる話はよくあっても、人間がアリを完全にやり込めてしまったという話はあまり聞かないのである。
アリとアリとの争いになると、お互い手の内を知っているせいもあり、随分激烈なものとなる。特に、同種だがコロニーが違うという場合が最悪である。アメリカ野生生物局に長年勤務し、北アメリカの動植物に詳しいV・B・シェファーの戦場≠ゥらのレポートにしばし耳を傾けてみよう。
「かつてわたしは、昆虫軍の小ぜりあいに従軍記者として立ち合ったことがある。六月の暖かなとある一日、自宅の庭で二〇〇匹あまりのクロオオアリの働きアリが戦うのを目撃したのである。アリはたがいに向かいあい、触角を前に突きだしてあごを大きく開いていた。ときには細い首や脚をちょん切るほどの強さで相手に噛《か》みつきもした。そして殺した相手を引きずって運び去ると、また新しい相手に向かっていった。夕方遅くには、戦士たちの数はわずか一〇匹かそこらを数えるだけで、地面には引きちぎられた頭や脚などが散乱していた。翌日には、戦場はすでに閑散としていた。
この小ぜりあいは、同じ採食場所をもとめて競合する二つのアリの巣のあいだで起こったものである。各個体は同じ巣の仲間であることを確認し、別の巣の個体とは敵対させる匂い物質《フェロモン》を分泌していた。ただしわたしには、どちらも似たような酸っぱい匂いがしただけだった。」(『進化の博物学』渡辺政隆・榊原充隆訳、平河出版社)
クロオオアリに限らず、アリは普通、違うコロニーの者どうしが一緒にされると、すぐさま殺し合いを始めてしまう。個体の匂いはコロニーごとに決まっており、匂いが違う者に対しては、即殺しのプログラムが作動してしまうのである。従って、他のコロニーへ侵入し、大手柄をたてて帰還した英雄(ワーカーだからヒロインか)は、そうそう喜びに浸っているわけにもいかない。彼女にはそのコロニーの匂いがたっぷりと付着しており、侵入者と勘違いした仲間の手によって無残にも殺されるという事態も起こりかねないからである。
とは言うものの、アリのすべてがこういう一触即発的な出会いをしているわけではない。著名な社会性昆虫の研究者であるハーバード大学のB・ヘルドブラーは、アリゾナ州の乾燥地帯のミツツボアリでいくつかの興味深い観察をしている。
ミツツボアリは、その名の通り自らの体が生ける蜜壺と化してしまう階級《カースト》があることで有名である。この階級《カースト》はワーカーの一部から変化するのだが、それがどういう基準やしくみによって起こることなのかはまだよくわかっていない。蜜壺|階級《カースト》は仲間のワーカーが集めてきた蜜などを口移しで飲み込み、どんどん腹に蓄えていく。体長は五〜六ミリくらいしかないのに、満腹時の腹は直径一センチくらいの球(ヘルドブラーの言葉を借りればチェリーのサイズ)になってしまうのである。彼女らは地下の巣の天井にしがみつく以外の労働は一切しないが、おかげでコロニーの面々は餌《えさ》の不足する季節にもひもじい思いをせずに済むというわけである。
ミツツボアリの普通のワーカーは、もちろん自由に地上を徘徊《はいかい》できるが、その活動の仕方は間欠的で、まるで時計じかけのようである。巣穴の出入口から、あるときワーカーの一団がワァーと散開して行くが、やがてまた戻ってくる。そして数時間くらいおいてまたワァーと出て行く。これは偵察隊が餌探しをしているのである。だから、誰かが乾いた牛糞《ぎゆうふん》の下などにうごめくシロアリの集団を見つけようものなら大変である。発見者は腹部を地面に付け、フェロモンを点々と残しながら大急ぎで巣へ駆け戻り、仲間を動員する。仲間は匂いの道を逆に辿《たど》りながら餌のありかへと到達する。
ところが、時として発見した餌と巣との間に、まだその御馳走に気づいていない同種の別のコロニーが存在することがある。大勢のワーカーが激しく行き交っていれば、遅かれ早かれ事態はライバルの知るところとなるだろう。そこで彼女らは巧妙な作戦を立てる。一部のワーカーがライバルコロニーの巣口付近に陣取り、そのコロニーのワーカーが餌に近づくのを阻止し、その間に別のワーカーたちが餌を運ぶのである。
ライバルの巣と自分たちの巣との間にはあわただしく伝令が行き来し、たちまち二百匹を越えるワーカーが動員される。ここで普通のアリなら大乱闘が始まるところである。しかしミツツボアリは奇妙な行動を示すばかりである。二匹のアリが向かいあい、ともに脚を垂直にピンと伸ばし、頭と腹部を高く持ち上げて相撲の力士が仕切るような格好をする。ところが、この力士たちは仕切るばかりでちっともぶつかりあおうとはしない。一〜二秒仕切ってさっと離れてしまう場合もあれば、仕切りの後、互いに反対方向を向いて平行に並び、触角で相手の脇腹《わきばら》を激しく打ちあうこともある。これは十秒から三十秒間くらい続く。
ヘルドブラーの観察によってわかったことは、まず「仕切り」は互いに触角を近づけあい、匂いで相手の素姓を確かめているということである。仲間とわかれば何もしないが、ライバルとわかったときに触角で脇腹を打ち、力の誇示をするのである。これは数十秒以内にどちらかが引き下がることで決着がつく。彼女らは何度も何度も相手を変えては仕切り、儀式的な闘争を繰り返す。不思議なことに、この間どのワーカーも仕切りのときの体の高い状態を保っており、この不自然な姿勢でチョロチョロと歩き回ったりもする。ヘルドブラーはこれを竹馬歩行(stilt-walking)と呼んでいる。
結局、こういう総当たり戦は、餌を見つけたコロニーがあらかた餌を運び終えた頃に終結を迎えるようだ。死者も負傷者も出さない見事な争い方である。
ミツツボアリの争いが儀式化されたのは、ひとつには彼女らの腹が蜜の貯蔵のために元々柔らかくできているためだろうとヘルドブラーは言っている。もし大|顎《あご》などの武器≠フ使用が許されれば、腹は格好の攻撃目標となる。当然、双方から多数の死者が出る。ミツツボアリは、むろん種の保存のことなんか心配していないが、自分を守りたいとは思っている。直接の戦闘を避けるのは、やはりそういう利己的な理由からなのである。
もっともミツツボアリも所詮《しよせん》はアリであると思わせられる話も一方では存在する。
隣接する二つのコロニーの偵察隊が、たまたまある場所で出会ったようなときである。例によって双方から多数のワーカーが動員され、竹馬歩行と儀式的な闘争が繰り広げられるが、そうこうするうち互いに相手方の兵力のほどが読めてくる。兵力にさほど差がない場合にはいいのだが、問題は一方が他方を明らかに圧倒しているとわかったときである(創設期のコロニーなどは兵力が不十分である)。
その場合、優勢なコロニーのワーカーは劣勢コロニーの巣に侵入し、まず女王を殺すか追放する。こうしてコロニーを機能的に麻痺させるわけである。次に幼虫、蛹《さなぎ》、未成熟のワーカー、成熟したワーカー、それにこのような事態にもじっとして動かない蜜壺≠残らず自分のコロニーに運び入れる。つまり、奴隷狩りである(アリの奴隷狩りは普通異なる種に対して行なわれるが、同種内でのものはミツツボアリで初めて発見された)。
奴隷は初めは違った匂いをもっているが、先住のメンバーたちと体をなめ合っているうちに、次第にそのコロニーに特有な匂いを身につけていく。すると仲間として認められ、一緒に行動するようになる。遺伝的には血縁のない個体であっても、匂いを媒介としてまるで古くからの同胞のようにふるまい始めるのである。
アリに限らず、社会性昆虫は匂いというものを非常に重視している。あるいは匂いに翻弄《ほんろう》されているという感じである。同じコロニーのメンバー(普通、大変に血縁度が高い)は絶えず体をなめ合い、匂いの均一化をはかっているが、その匂いとは、同じものはこの世に二つと存在しないような代物らしい。幾つかのフェロモンの調合とそのコロニーがその時点で食べている食べ物の匂いとかがごちゃ混ぜになったようなもので、時間的にも少しずつ変化していく。
そこで、人為的にいろいろと変な現象を引き起こすことができる。たとえば、水で洗われた後、他のコロニーに入れられたシロアリは、そうでないシロアリに比べて攻撃を受けにくくなるし、逆に同じコロニーのメンバーでも数カ月間隔離した後一緒にすると、もはや匂いにずれが生じており、はっきりと敵対してしまうのである。またミツバチでも、コロニーの一部の個体に人為的に匂いがつけられると、その個体を排除しようとしてすぐに猛烈な争いが始まってしまうという。
社会性昆虫のワーカーたちはとにかく匂いにはうるさいのである。しかし、この匂いによる血縁認知のシステムからは思わぬ副次的効果も産み出されている。つまり、匂いさえ同じなら万事OKなので、本来はなかなか成立しない血縁を越えた団結や協力の関係が、逆に匂いを仲立ちとして簡単にでき上がってしまうということである。アリでは特にその現象が著しい。奴隷はご主人様の匂いに騙《だま》されてそのコロニーのために働き、かつ闘う。多くのアリでは、コロニー内にアリとは全く類縁の異なるシミやコオロギが居候しており、餌をどんどんかすめ取っていくのだが、彼らが巧妙な手段で匂いに紛れているため阻止することができない。いずれもアリの利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》がプログラムの弱点をつかれたわけである。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は匂いさえ厳重にチェックすれば、血縁の認知は万全であると高《たか》を括《くく》っていたらしい。
人間も血縁を越えた団結や協力の関係をつくる。その際、結束の力となっているのは匂いならぬ、ミームである。社会性昆虫にとっての「匂い」を人間における「ミーム」に置き換えてみると、何やら人間の社会活動がよく説明される気がしないでもない。
チンパンジーの仁義なき戦い/タンザニアのヤマグチ組
東アフリカ、タンザニアのタンガニイカ湖の東岸は、今ではすっかりチンパンジー研究のメッカとなっている。タンガニイカ湖はアフリカ大地溝帯に沿ってできた湖で、南北に非常に長い。周辺の山々からは幾つもの小さな川が流れ込んでおり、それらの河口付近には点々と集落が存在している。チンパンジーの調査は、そういう集落を基地として行なわれている。
最初に研究者を送り込んだのはイギリスだった。一九六〇年、湖の北端に近いゴンベ・ストリーム動物保護区内に、粗末ながらチンパンジー研究のためのキャンプが建てられた。しかし、そこでいそいそと研究を始めたのは意外なことにまだ二十代の、楚々《そそ》として美しい(彼女を紹介するには、この形容詞を避けて通るわけにはいかない)女の子だった。おそらく当初は、この子で本当に大丈夫なのかと周囲の者たちの気を揉《も》ませたことだろう。
実際彼女──ジェーン・グドール──は研究者としては異例の経歴を持っている。彼女は大学で動物学を専攻した、いわゆる専門家ではない。ごく普通の女の子と同様にハイスクールを卒業し、秘書の資格を取り、本当に秘書として働いていた人である。ただ、子どもの頃からアフリカや類人猿に対する興味は人一倍強く、いつかは夢を実現させようと虎視眈々《こしたんたん》とチャンスを狙《ねら》っていたようである。そんな折、彼女は高名な人類学者のL・S・B・リーキーに会う機会を得た。幸運なことに、リーキーは野生動物の研究には専門家よりも彼女のように熱意のある素人の方が適していると考えており、ちょうどその頃、「チンパンジーガール」を探しているところでもあった。しばらくリーキーの仕事の手伝いをした彼女だが、やはり予想通りの人材であることが認められ、やや困難な問題はあったものの(彼女が無資格で、あまりにも若い女の子であることがイギリス、タンザニア両国の関係機関の諸々の許可を遅らせた)、ついにゴンベへ到達することができたのである。
彼女がチンパンジーに抱いた第一印象は、非常に自由で平和、来る者は拒まず、誰とでもすぐに仲良しになってしまう陽気な連中というものだった。事実、餌場《えさば》に現われるチンパンジーなどは、いつも違った顔の組合せにも拘《かかわ》らず大変に仲がいい。出会ったときにはハ、ハ、ハという声をあげ、抱き合ったり、キスをしたりの大袈裟《おおげさ》な身ぶりで挨拶《あいさつ》をする。しかし、見知らぬ者どうしがすぐに仲良くなってしまうなどということは霊長類の常識からは考えにくい、と多くの専門家は思っていた。ある有名な学者は、グドールの見ているチンパンジーはどこかおかしいのではないかとさえ疑った。
結局、これがどういうことであるかを明らかにしたのは、グドールより五年遅れてアフリカ入りした西田利貞氏ら京大のグループである(もっとも一九六一年以来、今西錦司氏、伊谷純一郎氏らによる予備調査は行なわれていた)。西田氏らはゴンベより百五十キロメートルほど南へ下ったマハレ山塊のチンパンジーを調査した。
それによると、チンパンジーは一見誰とでも仲良くしているように感じられるが、決してそうではない。餌場に現われる顔ぶれを丹念に調べてみると、必ずあるメンバー内での組合せになっている。つまり、チンパンジーは総勢数十頭からなる集団(そのなかには順位がある)を形成するが、日常的には小さなグループに分かれて行動している。その小グループが刻々とメンバーチェンジをしている(離合集散している)ということなのである。だから、隣接する集団の者どうしは徹底して排他的で、遊動域の重なるところで出会おうものなら、厳しく対立し、どちらも決して譲ろうとはしない。グドールはこの小グループ(パーティとよばれる)の方に気をとられていたため、見方を誤ってしまったのである。
チンパンジーの社会がこのように予想外に厳しいものであり、メスが集団間を移籍する、つまり父系制の社会であるとわかりかけてきた一九七〇年代初頭、国立公園となったゴンベではグドールたちをそれまでになく震撼《しんかん》させる事件が起こりつつあった。
まず一九七一年、公園内のある集団に一つの分派ができてきた。この分派にはその集団で数年前までリーダーだったオスも含まれており、オス七頭とメス三頭(あとは子ども)が参加した。彼らがその集団からはっきりと決別しているということは、遊動域を全く独立に構えたことからもよくわかった。そこで両集団は、それぞれの遊動域を流れる川の名をとり、元の集団はカサケラ・グループ、分派はカハマ・グループと呼ばれるようになった。二つの集団は当然のことながら激しく対立した。
そして、一九七四年、カサケラ・グループのオスがある思い切った行動を開始するに及んだ。三〜五頭で徒党を組み、カハマ・グループの遊動域の奥深くへ侵入して行き、カハマのチンパンジーを一頭つかまえる。そしてその一頭に対し、殴る、蹴る、噛《か》む、突くなどの暴行を加えるのである。ある目撃談によると、一頭が腕を押え、もう一頭が脚を押えて犠牲者を仰向《あおむ》けに固定し、残る一頭がジャンプして何度も彼の胸にとび乗り、とうとう肋骨《ろつこつ》をへし折ってしまったという。こういうことはその後も執拗に繰り返され、一九七七年の終わりまでにカハマのオス七頭のうちの一頭の死亡が確認され、残りは行方不明となってしまった(行方不明組のうちの二頭は自然死したとみられるが、四頭は激しく攻撃を受ける場面が目撃されている)。また三頭のメスのうち、二頭は行方不明となり、残る一頭は激しく暴行を受けた五日後、彼女の子に見とられながら息を引き取った。カハマ・グループはこうして完全に崩壊してしまったのである。
不思議なもので、似たような事件は西田氏らの研究地マハレでもほぼ時を同じくして起きている。但《ただ》し、こちらの方は分派が生じたのではなく、元々あった集団が別の集団によって滅ぼされたという例である(もっとも、これらの集団も研究者が入る少し前に分裂していたという可能性もなくはない)。
マハレ山塊にはチンパンジーの集団が四つほど存在していたが、事件はそのうちの隣接集団、KグループとMグループとの間に起きた。一九七五年初め、Kグループには全部で五頭のオスがいたが、その後なぜか一頭ずつ姿を消していき、一九八三年になるとついにオトナのオスは一頭もいなくなってしまったのである。また、メスもオスの姿が消えるに従い、発情したことなどをきっかけに次々とMグループへ移籍している。つまり、Kグループは研究者たちが観察を続ける中で不気味に少しずつ集団の規模を縮小していき、ついには完全に消滅してしまったということになる。こんなことは普通では考えられない。メスは元々集団間を渡り歩く習性をもっているが、オスが揃《そろ》いも揃って集団を放棄するなどということはありえない。この時期、Mグループのオスが頻繁にKグループの遊動域に侵入する場面が目撃されており、Kグループのオスはゴンベの例と同様、やはり、リンチによって殺されたと考えられるのである。
チンパンジーのこのような残虐な事件に対し、様々な解釈がなされている。その中で最も問題にされているのは餌付《えづ》けによる影響である。自然状態と違い、餌付けはどうしても食物を限られた場所に集中させることになる。すると、チンパンジー間の順位の序列がよりはっきりと表われてきて、食える者と食えない者との格差が広がる。当然、下位の者たちの不満がつのってくる。ゴンベのカハマ・グループとは、こういう下位の不満分子であったのではないかということだ(もっとも、餌付けにより各人の栄養状態が良くなり、単に個体数が増えて分裂したのだという考えもある)。
一方、マハレの場合は、餌場がちょうどKグループとMグループの遊動域が重なる地点に設けられたことが原因かもしれない。そもそもMグループは総勢で百頭を越える大集団で、遊動域も広い。ところが、その遊動域の境界付近に突如としてすばらしい資源(餌場)が出現してしまった。これは大変な出来事である。何しろそこは元々大した資源がない場所だからこそ、隣の集団とも妥協し、共有もできていたのである。ところが、弱小集団であるはずのKグループが餌場を我が物顔で利用している。Mグループとしては心中さぞかし面白くないものがあったに違いない。
ここで人間なら、何だかんだと口実を作ってはKグループの餌場への接近を妨害するはずである。けれどもチンパンジーは口実《ヽヽ》を作れない。実力で阻止するより他に方法がないのである。Mグループの行為もなるほどと思われる。
ただ、ゴンベの事件についてはもう少し突っ込んだ考えが必要のようである。なぜなら、ゴンベの分派のオスは父系制であるチンパンジー社会から考えて、元の集団のオスと少なからず血縁関係がある。血縁のある者どうしが殺し合うというのは、動物の常識からすると非常に矛盾したことだからである。チンパンジーは、はたして餌という利権だけで、身内を追いかけて行き、殺すというまでに冷酷になれるものだろうか──。
私は、チンパンジー社会が血縁よりも誰を親分とするか、あるいは誰を崇拝するか、もう少し言えばイデオロギーによって成り立っていると仮定すれば、少しはこの事件も理解しやすくなるのではないかと思う。つまり、ゴンベの分派は、新しい親分を立てて分裂した反乱分子たちなのである。
数年前、私は日高敏隆氏に、「チンパンジーのヤマグチ組の話はいつ書くの?」と尋ねられたことがある。ここに紹介したゴンベのカサケラ・グループ(分派を壊滅させた方)がそのヤマグチ組である。この抜群の表現は、その後人間界でも起きた類似の事件をもとに日本の研究者たちが考えたものだが、案外チンパンジー社会の本質をついているのかもしれない、と密《ひそ》かに私は思っている。
遺伝子が神をつくった/血縁を越えたリーダー
大学と縁を切って言いたい放題言うという人は(どこかの誰かも含めて)多いが、デズモンド・モリスほど傑作な人物を私は他に知らない。一九二八年、イギリス生まれ。バーミンガム大学を卒業後、オックスフォード大学のN・ティンバーゲンのもとで研究生活を送った彼は、これまでこの本に登場した人物の、少なく見積もっても約半数と何か一つは関《かか》わりをもっている。
彼が大学院生だった一九五〇年代前半は、ちょうど動物行動学の黎明《れいめい》期に当たり、彼は師匠のティンバーゲンはもちろんのこと、K・ローレンツ、K・V・フリッシュなどの大物たちと直《じか》に接することができた。好奇心旺盛なモリスは、トゲウオ、キンカチョウに始まり、キジ、コウカンチョウ、シクリッドフィッシュ、エリマキバト、ブンチョウ、カラス、マンボウ、ソードテイルなど、実に様々な魚や鳥を飼育し、配偶行動を詳しく調べた。中でもトゲウオの同性愛行動の研究などは、あのJ・B・S・ホールデンから直々にお褒《ほ》めの言葉を賜《たま》わったそうである。
しかし、大学に残り、まっとうな学者となっていくことを嫌った彼はロンドン動物園に就職(ジュリアン・ハックスリーは元園長として彼と親しく交流した)、テレビの動物番組の制作も手がけるようになった(短期間ではあるが、J・グドールは彼のアシスタントを務めていたことがある)。その間にモリスの関心は魚類、鳥類から哺乳類へ、そして当然のことながら類人猿、人間へと移っていった。こうした過程で『裸のサル』(日高敏隆訳、河出書房新社。これは角川文庫にも収録されている)、『人間動物園』(矢島剛一訳、新潮選書。これは元々「プレイボーイ」誌に連載された)などの傑作が次々生み出されたのである。彼の評価はこれで決定的なものとなったと言えるだろう。即ち、学問でエンターテインメントをする男……。
けれども、モリスについて私が真に素晴らしいと思うのは、『裸のサル』に見られるように、人間という動物にズバリ行動学的アプローチを試みたことである。『裸のサル』は普通(特に日本では)、単なる面白い本としか思われていないが、この本の真価は別のところにある。それはキリスト教思想の根強い西洋にありながら、人間についてここまで暴いてしまったということである。
キリスト教という宗教は我々日本人の想像をはるかに越えて抑圧的である。西欧社会の人々の精神に今も暗鬱《あんうつ》としてのしかかっているという感じがする。たとえば、R・ドーキンスのようなシャープな理論家が、人間以外の動物についてウソ、ごまかし、浮気、裏切り、操作などの議論をさんざん展開しておきながら、いざ人間について話が及びそうになると急にピタリと口を閉ざしてしまうのである。ドーキンスに限らず、西洋の学者の多くは、本当は人間について思う存分議論したいはずである。しかし、そのことで当然学界に巻き起こるであろう批判の嵐のこと、あるいは自分自身の中に宿っており、もうどうすることもできなくなっているキリスト教思想、それに大学の教官という社会的立場、その他諸々がそういう軽挙≠抑制するのである。
モリスはそのような西欧社会の中で『裸のサル』を著した。これは彼本来のキャラクターに加え、大学とつながりをもっていないことや彼が学術的評価を期待していないことなど、様々な条件に支えられて実現した本なのである。この本の中で彼は、宗教についてこう言い切っている。
「宗教活動とは人間の大きな集団が集まってきて、ある優位な個体をなだめるために服従の誇示を何度も、しかも長々とおこなうことであると結論せざるをえない。この優位個体は文化が違えばさまざまな形をとるが、つねに無限の力をもつというのが共通する要素である。ある場合にはそれは他の種の動物の形態、あるいは架空の動物の形態をとる。ときにそれは、われわれの種の賢明な祖先として描かれる。また、ときにはより抽象化されたものとなり、単にある状態≠ネいしそのようなことばで示されることもある。こうしたものに対する服従反応は、目をつぶるとか、頭を下げる、施しを請う姿勢で両手の指を組合わす、ひざまずく、地面に口づける、さらには極端になってひれ伏す、といったことで構成されることが多く、しばしば悲しげなあるいは単調な発声がともなう。もしこれらの服従行動がうまくいけば、優位個体はなだめられる。けれど、この優位個体の力はきわめて強いので、その怒りがまたもえだしてくるのを防ぐには、このなだめの儀式を規則的な間隔でしばしばおこなう必要がある。この優位個体はいつもそうとはかぎらないが、ふつう『神』と呼ばれている。」
共通のリーダーに服従することで仲間と認め合うというシステムは、ニワトリ、イグアナ、サルなど一応社会と呼ばれるものを作る動物にはよく見られる。彼らはその原理によって無駄な争いを避けることができる。モリスによれば、これと同じ現象が人間においては宗教という形をとって現われているというわけである。
なるほど、考えてみれば、どの宗教の信者も礼拝(お祈り、読経)するときは、まるで優位のサルに対する劣位のサルの如《ごと》きふるまい方をする。頭を垂れたり、身をかがめたり、ひれ伏したり……。賛美歌やお経は確かに優位のサルに向けられたなだめの音声に似ている。しかし、サルの場合とはっきり違うのは、彼らがそのような行動を向けている対象は現実に存在するリーダーではなく、神という架空のスーパーリーダーだということだ。この点で人間は多くのサル類や類人猿と一線を画している。ドーキンス流に言えば、人間は神というミームを初めて乗せた|乗り物《ヴイークル》なのである。これは逆に、遺伝子は人間においてとうとう神という概念をつくるまでに至ったと言うことができるかもしれない。
モリスの見解は残念ながら、「利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》」や「利己的《セルフイツシユ》ミーム」という考えが出て来る以前のもので、行動や心理の説明のために進化論的アプローチがなされていない。そこで、ここから先は、及ばずながらこの私がこういう新しい手法にのっとり、彼の宗教についての考えを押し進めてみることにしよう。その際、戦争との関係についても触れてみることにする。
神は現実のリーダーとは違い、絶対的な権力をもっている。しかも不死身である。共通の神を崇拝する集団は、血縁や現実のリーダーによってのみ連合する集団よりも、はるかに強固で安定した関係を保つことができるだろう。もちろん集団の規模も数段大きくすることができる。死んだら神のもとで幸せに暮らせると教えられている兵士たちは、死を恐れない。だから、神のミームを乗せた|乗り物《ヴイークル》の集団とそうでない|乗り物《ヴイークル》の集団とが戦ったのなら、前者の方が勝つに決まっているのである。それに、負けた方の集団はその時点で往々にして神のミームに感染≠ウせられるから、そこでまた神のミームのコピーが増えるのである。
神のミームは、まず血縁を越えた非常に多数の人々の連合を可能にした。このミームは普通のミームとは少し違い、戦争という人間の生死に直結する淘汰《とうた》の場を通じてコピーを増やしてきた。だからこそ神のミームは、我々の心を捕える力、捕えたら離さない力が破格であり、乗せれば我々には大きな安堵《あんど》感が訪れる。我々は精神的に打ちのめされたときなど、思わず信仰の世界に救いを求めたりするわけだが、それは何のことはない、宗教によって安らかな気持ちになれるよう、利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》が既に我々の心をプログラムしているからである。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》にとって|乗り物《ヴイークル》が神のミームを乗せてくれることは願ってもないことだ。何しろその|乗り物《ヴイークル》の周囲の|乗り物《ヴイークル》は既に神のミームを乗せている確率が高く、さらに彼(彼女)が乗せるとなれば、その集団はますます戦争に勝ちやすくなる。となればそれは、その|乗り物《ヴイークル》自身はもちろんのこと、彼(彼女)の血縁|乗り物《ヴイークル》の生存確率をも高めるという形で返ってくるからである。
話はそれるが、我々は何かをするときに非常に心地よいと感じたり、何ともたまらぬ心のときめきを覚えたりすることがある。それも宗教の場合と同様、そのことが利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の利益と密接につながっていると考えればよい。|乗り物《ヴイークル》がこれからもそれを実行し続けるよう「快感」や「ときめき」という心の報酬が用意されているのである。子をもつ喜び、浮気のときめき、散財の快感、倹約の満足感、意地悪の愉快さ、他人の不幸の蜜の味……。子をもつことや意地悪をすること、他人の不幸は、ある個体の中のすべての利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の利益にかなっている。浮気は男にとっての重複繁殖遺伝子や托卵戦略遺伝子の、また女にとっての「他の男との間にできた子を何も知らぬ亭主に育てさせる」遺伝子の利益にかなっている。散財して気分がスーッとするのは、そのことがバクチ遺伝子に大いに歓迎されているからだろうし、倹約の結果たまったお金を勘定してウシシとほくそえみたくなるのはケチ遺伝子のゆえなのである。
それはともかく、神のミームはもはやほとんどすべての人間に何らかの形で乗り込んでしまっている。無神論者だと言う人にしたところで神のミームがおさまるべき所はちゃんともっている(これを神のミーム座と呼んでもいいかもしれない。遺伝子に遺伝子座があるように、ミームにはミーム座があると考えてもよいだろう)。それは今は空席になっているかもしれないが、いずれは神のミームが乗ることが期待されている、あるいは現在のところはロックスター、映画スターのような神の類似物《アナログ》によってふさがれているといったところだろうか。
かつて人間の祖先たちが、神のミームを乗せるかどうかの選択に迫られたとき、淘汰は「乗せる」を選んだ人々の方にほほえんだ。乗せている方がどうしても戦争に勝ってしまうからである。それらの人々は神の存在を信ずるだけでなく、「親子の愛」、「夫婦の愛」、「隣人愛」、「友情」など、やはりよく考えてみるとはたして本当に存在するのかどうか疑わしいものの存在を信じてしまうという傾向もあわせ持っていた。そういう性質も戦争において大いに役に立った。その結果、残念なことに人間はますます自己|欺瞞《ぎまん》的に、また賢いようでいてある部分においては極端にアホであるというように進化せざるをえなかったのである。自分の姿がよく見え、他人の立場に立って物事を考えることのできる真に知的な人間は(そういう人は戦争に向いていない)、本来ならもっとずっと多く存在していただろうと思われるのである。
もし、チンパンジーに、「イワシの頭を信心するか」と尋ねたなら、彼は、「何をバカなことを言っているのだ」と一笑に付すことだろう。彼は仲間のうちでひときわ立派な体格と人《ヽ》格を備えたオスを指さし(とは言え、樹上生活に適応したチンパンジーのその指は曲がったままだが……)、「私が信じているのは彼だ」と断言するに違いない。イワシの頭さえ信心してしまうことができるのが人間なのである。
知らないあいだに武闘訓練/「鬼畜」のミーム
防火訓練というのは、はたしてどれほどの効果があるのだろう。学校や会社で行なわれる防火訓練にはたいてい予告がなされている。
「明日、午前十時半より防火訓練を行ないます。皆さん気を引き締めて取り組んで下さい」
私にも覚えがあるが、こういう形の防火訓練には全然身が入らないのである。小学校の頃のことだ。いつ始まるか、いつ始まるかとドキドキしていると突然けたたましいサイレンの音が鳴り響く。すかさず先生が、「みんな、落ち着いて」と言う。先生の指示に従い、机の上の物をさっとしまってランドセルを背負うと、また先生が言う。「みんな、落ち着いて!」落ち着いてはいるのだが、みんな嬉しくてたまらないのである。こんな調子なものだから、どこをどう通って避難≠オたのかなんてほとんど覚えていないし、せっかく教えてもらった消火器の使い方も、いざ実際に火事が起こった場合に役立つのかどうかは疑問である。
では、抜き打ちで訓練するというのはどうだろう。本当に火事が発生したかのように発煙筒をたき、数名のサクラが「火事だ、火事だ」と知らせるのである。そのサクラが、「皆さん、落ち着いて」と避難誘導をする──。もっとも、この方法はそうたびたび使うわけにはいかないし、第一、本当の火事のときにオオカミ少年現象≠ェ起きてしまう危険がある。防火訓練を効果的にやるのは本当に難しい。
それもそのはずである。人間の基本的な行動や心理は、我々の祖先がまだ部族を単位として生活していた頃に形成されたと言われる。その頃人間は、どんな住居に暮らしていたのだろう。おそらく草|葺《ぶ》きか何かの屋根で、中の広さは差し渡しで数メートルかそこら。学校も会社もないから、大きな建て物は存在しない。そんな住宅事情の中でなら、火事に対する心構えはどうしても必要というわけではなかった。火事に気がついたなら、とにかくパッと外へ飛び出しさえすれば助かったのである。火事は、本来それほど大きな脅威ではなかったのである。
ところが人間には、そういう部族集団で暮らしていた頃から火事とはまるで比較にならないほどの大きな脅威が存在し続けている。そして、それに対抗するためには一日たりとて気を緩めたり、訓練を怠るわけにはいかなかった。何だろう? 近隣の好戦的な部族、小国家、異教徒などである。集団内では、絶えず団結の意志を固め、士気を高め、危機感をもって武闘訓練をする必要があっただろう。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》は、火事とは違い、この件については絶対に手ぬかりなく我々をプログラムしてきているはずである。
「神」のミームは、それを共有する者たちの団結を固めるために抜群の威力を発揮する。しかし、それだけでは士気を高めて武闘訓練を行なうまでには至らない。そういうことのためには、神の場合とは全く逆に、憎しみや憤り、軽蔑《けいべつ》や差別の対象となるようなものが必要だろう。ここではそれを、「鬼畜」のミームと呼ぶことにする。
「鬼畜」のミームには、元々は近隣の部族そのものが当てはめられることが多かっただろう。その場合、その部族の身体的特徴や言語のなまり、一風変わった習慣などが具体的な差別や軽蔑の項目となったはずである(それらの情報は実際よりかなり大袈裟《おおげさ》に、しかも悪い方へデフォルメされていただろう)。但《ただ》し、利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》はそういう細かい情報までプログラムすることができないし、またそうしない方が得策と思われるので(なぜなら、「鬼畜」の対象はいつ変化するかわからない)、していない。利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》が|乗り物《ヴイークル》にプログラムしているのは、たとえばこんな内容である。
「物心ついたとき、周囲の大人たちが罵《ののし》り、皆で寄ってたかって悪口を言い合っているものを覚えよ。それが鬼畜である。大人になったら鬼畜のミームを共有する者たちと共に戦うのだ!」
大人になったときに現われる現実の敵は、彼らが子ども時代に鬼畜であると認識したものとは違っているかもしれない。だが、それでもかまわない。とにかく鬼畜のミームを共有していることが重要なのである。彼らはそのことで士気が高まっており、知らず知らずのうちに武闘訓練を済ませてしまっているのである。
人間の集団が拡大し、大きな国家が形成されるようになった今でも、似たようなことは繰り返されている。新聞、雑誌、テレビ、口コミなどを通して鬼畜のミームの共有を感じとった人々が集結し、擬似部族≠形成するのである。原発反対運動、暴力団追放運動、宇宙船地球号を守る運動、差別をなくす運動、フェミニズム運動、皮肉なことだが、日本の軍国主義化を阻止する運動……。様々な部族≠ェ、それぞれに設定した鬼畜のもとで武闘訓練≠ノ励んでいるのだ。ターゲットになるものは何でもいいが、|乗り物《ヴイークル》が直接的被害を被《こうむ》る可能性があるものは、どうも避けられている。なぜなら、それらはあくまで訓練だからである。またそのターゲットは、日頃から物事を深く突っ込んで考えたり、分析したりする習慣のない、ごく普通の人々から見て、「絶対に悪い!」と思えるものであることも重要のようだ。そうであってこそ、より多くの|乗り物《ヴイークル》が賛同し、より大きな規模での武闘訓練が可能になるからである(擬似部族≠ヘもし他国との間に本当に戦争が起こったなら、たちまち憎しみの矛先を転じ、今度は互いに団結して戦うことになるだろう)。
こういう運動に熱心な人々を見てつくづく感ずるのは、どの人も実に生き生きとしており、毎晩ぐっすり眠れていそうで、ごはんがおいしくておいしくてたまらないといった様子をしていることである。それは何と言っても利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》の言いなりになっているにほかならないからである。人から聞いた話だが、市役所か県庁かの前に何かの住民運動をしている人々が盛んにシュプレヒコールを繰り返しながら集まっていた。そこを偶然自転車で通りかかった第三者が派手に転んでしまったところ、その人は彼らに思いっ切り嘲笑《ちようしよう》されたとのことである。「大丈夫ですか」と声をかけてくれたのは役所の守衛さんであった。彼らはそれほどまでに団結の喜びに舞い上がり、自分を見失っているというわけである(もちろん、武闘訓練≠ナはない本物の市民運動も存在する。それとこれとを見分けるには、参加者一人一人がどれだけ運動の内容を理解しているか、自分を見失っていないかどうか、運動のためにある程度の自己犠牲はやむをえないと考えているか、などをチェックすればいいだろう)。
今挙げた武闘訓練≠フ例は、老若男女を問わず、いつでも誰でも参加できるタイプのものである。その意味でそれらは、実際の武闘訓練≠ニいうよりも、銃後の守りのための訓練なのかもしれない(事実、市民運動に熱心なのは男よりも女、若者よりも中年以上の人々である)。では、現実の戦闘要員たちの、実戦さながらではあるが武器を使うわけではない武闘訓練≠ヘ、いつどのようにして行なわれるのだろう。
まず、スポーツがそれに相当するということは誰の目にも明らかである。スポーツにはチームワーク、監督の指示は絶対であること、先輩、後輩の厳しい序列、状勢判断、根性、精神力など戦いや軍隊生活に必要なほとんどすべての要素が含まれている。勝敗が存在すること、ヒーローの誕生などもまったく戦争そのものである。ところが、市民運動などに気味の悪さを感ずる人間が少なからず存在するのに対し、スポーツで汗を流す若者を見て不快感を催《もよお》す人間がまずいないというのも不思議である。そこがスポーツの危険なところでもある。誰の目にも良いと映ること、誰もが素晴らしいと感じ、正しいと信じて疑わないことこそが実は怪しいのである。そういうものは、もう疑問を感ずる余地がないほどに我々に深く浸透したミームかもしれないからである。
若者の武闘訓練≠ニしてはそのほかに、各種団体の青年部、全国大会で優勝を狙《ねら》うためヒステリックな指導者のもとで毎日血のにじむような練習を続けている合唱団や吹奏楽団などが考えられる。これらの活動に参加する青少年たちは、たとえ他に取《と》り柄《え》がなくても、青春を何かに打ち込んでいる好青年だと評価されるのが特徴である。また社会も彼らが好青年であることを強く期待している。
しかしながら、時にはこんな気の毒な例も存在する。これらの若者は世間一般の受けはよくないのだが、来たるべき戦争に備えて武闘訓練≠ノ励んでいるという点でスポーツ青少年や合唱団青少年と本質的には何ら変わることのない人々である。それは、週末の夜ともなるとあちらこちらの幹線道路を我が物顔でぶっ飛ばし、周辺住民から安眠と休息の時間を取り上げてしまう若者たちである。彼らは馬ならぬバイクにまたがり、戦場を駆け巡る夢に酔いしれている。彼らは平和時には単なる不良でしかないわけだが、いざ戦争ということになれば先陣を切って突撃し、大手柄を立てるか、あるいは華々しく散ってしまうか、いずれにしても戦場においては大変頼もしいタイプであることを忘れてはならない。
また、何だかんだと言っても学校は子どもにとっての最初の武闘訓練≠フ場であることは間違いない。宗教活動が今までに挙げたどの例にも優《まさ》る、万能の武闘訓練≠ナあることも、もちろん言うまでもない。
このようにしてみると、人間の人間たる最大の特徴は(少なくとも本書で議論した限りだが)、自分のやっていることの意味を、もし少しでも真剣に考えてみたのならすぐ気がつく能力をもっているのに、いつまでたっても気がつかない、あるいは自分の姿を無意識のうちに歪曲《わいきよく》した形でとらえてしまう、といった性質であると結論せざるを得ない。こういう自己|欺瞞《ぎまん》の性質は、明らかに遺伝子のコピーを増やすために役立っている。嫁姑戦争、ケチ男戦略、バクチ男戦略……。いずれも自己欺瞞なくしては成り立たない戦略である。また、戦場においても自己欺瞞は大変に重要な要素であることがわかる。兵士一人一人が自分がしていることの意味を深く考えていたのなら、戦争などできはしないだろう。戦場ではちょっとしたことにもカーッとなって、前後の見境なく突撃してしまう性質が大切である。敵の兵士や彼の家族のことを思いやる性質などは、我が身を滅ぼす元である。自己欺瞞は、もはや人間にとって欠くことのできない、大事な大事な性質なのである。
しかし、ここで問題になるのは、チンパンジーなどにはあまり見られないこの性質が、人間においていかにして獲得され、強化されるに至ったかである。私はいろいろと考えてみたのだが、その過程で最も重要だったのは、やはり人間の婚姻形態、とりわけ他の哺乳類には見られない人間の女の奇妙な生理現象にあるように思えるのである。
人間の女には閉経というものがある。これは、チンパンジーなどには見られない性質である。チンパンジーのメスは、初潮を迎えた後は周期的な発情と妊娠、出産を繰り返す。それは寿命の尽きる直前まで続くことである。
ところが、人間の女は違う。人間の女は四十代後半から五十代にかけて閉経を迎え、その後はいわば不妊のメスとして生涯を過ごすのである。社会性昆虫の不妊のメスであれば、ひたすら働き、オスと交尾するなどという無駄なことはしないわけだが、人間の女はこの点においても違う。人間の女は、自分に生殖能力がないことを知りつつも、また若い頃に比べて魅力が失われていることが歴然としていても(いや、そういうことは自覚できなくするようなプログラムがあるのかもしれない)、夫に交尾を促すことができるのである。これは、自分のしていることの意味がよくわかっていたとしたら、まずできないことである。これが第一の欺瞞。
ところが、男の方も不可解なのである。男は妻に生殖能力がなくなっていることを知っており、彼女が若い頃と比べてすっかり色あせていることも承知している。にも拘《かかわ》らず、彼女と楽しく(?)交わることができるのである。彼にはまだまだ生殖能力が残されているというのにである。これが第二の欺瞞。
こういうふるまいは、当然動物一般の常識からはひどくはずれている。もしチンパンジーに猿《ヽ》権擁護団体があったなら、「閉経した女を妻にもつ男を即刻解放し、その欺瞞的な婚姻形態を改めなさい」との文書を送りつけてくることだろう。
しかし、人間がそれを聞き入れるとは思えない。人間は矛盾した婚姻形態をとっているうえに、夫婦は一生添いとげるべしというミームでさらにそれを強化しているのである。おそらく人間においては、素直な婚姻形態で素直に繁殖するということの利益よりも、欺瞞的な婚姻形態をとり続けて自己欺瞞の能力を高めた場合の利益の方が終始上を行っていたのである。
人間の女の閉経は、まず定住生活を送るようになったことの副産物として生じたものと思われる。定住をしていれば、女は若い時に子をまとめて産んでまとめて育てることができる。それならば、ある時期からは生殖能力を失い、孫の世話に専念した方が何かと都合が良いわけである。しかし、きっかけはどうあれ、女の閉経は思ってもみない性質を人間にもたらしてしまった。それが良かったのかどうかは私にはわからない。
結婚に際し、たいていの文化は永遠の愛、永遠の契りを誓わせる。その主たる目的は、このような二、三十年後の女の大変身に先手を打つことである。キリスト教では男は、「汝、この女を一生愛すと誓いますか」とか何とか問いただされる。が、正しくは、「汝、この女は今でこそこんなに美しいわけだが、閉経し、冴《さ》えない中年女となった後にも、若い女に目移りなどせず、ちゃんとこの女と交わることができるのでしょうね」と念を押されているのである。
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エピローグ
一九七八年、二月、ワシントンで開かれた「科学の進歩のための全米協議会」の年次総会は、いつもとはかなり様子が違っていた。最終公開セッションの講演者としてハーバード大学教授、エドワード・O・ウィルソンが予定されていたからである。
ウィルソンと言えばアリ研究の第一人者で、学界ではその名を知らぬ者はない存在である。道しるべフェロモンの研究などは特に有名で、ストーリー性に富んだ見事な研究は、日本の小学校の国語の教材にもなったほどである。ただ、彼の関心は一カ所には留《とど》まっていなかった。彼はアリの次は広く生物社会全体の進化を説明する、何か統一理論のようなものを見つけようとしていたのである。また、できれば自分が自然科学と人文科学との間をつなぐ掛け橋となれたなら、とも考えていたようである。彼は、彼の長年の研究動物の習性そのままに膨大な資料をせっせと集め、それを長大な一冊の本としてまとめ上げていた。タイトルは、『Sociobiology: The New Synthesis』(『社会生物学』伊藤嘉昭監訳、思索社)。しかし、一九七五年に出版されたこの本が、残念ながら一部の研究者たちによって誤って理解され、彼に対する排斥の情を引き起こすきっかけを作ってしまったのである。ウィルソンはこの公開セッションでいくつかの行き違いを正そうと考えていた。
会場にウィルソンの名が告げられた。すると、間髪を入れず総勢で十五名余りの一団がドヤドヤと演壇に駆け上がり、ウィルソンをぐるりと取り囲んでしまったのである。彼らは口々にヤジや怒号を発し続けたが、しばらくするとそのうちの一人はとうとう興奮の極みに達したと見え、ウィルソンめがけて持っていたプラカードを投げつけてしまった。そこには次のように書かれていた。
"Racist and Fascist Scientist of the Year"(本年度最悪の人種差別主義者、ファシスト科学者)
しかし、それだけのことで彼らの興奮が収まるはずもなかった。今度は水差しをむんずとつかむと、中の水をウィルソンめがけてぶっかけるという輩《やから》まで現われたのである。聴衆はヤンヤの喝采《かつさい》を送り、会場は大混乱に陥った。
演壇に駆け上がった面々は、「人種差別に反対する国際委員会(ICAR)」という左翼的な団体に属する研究者たちだった。また、このとき演壇にこそ上がらなかったものの、会場に陣取り、盛んに気勢をあげていたのは、「人民のための科学(SftP)」というやはり左翼的な団体で、メンバーの多くはハーバード大学の教官たちである。彼らは既に二年以上も前からウィルソン批判に情熱を傾けていた。可哀相に、ウィルソンは同僚からも攻撃を受けていたのである。
それにしても、なぜこれほどの事態にまで発展してしまったのだろう。ウィルソンのどこがファシストで、どこが人種差別主義者なのだろうか。
「社会生物学」は、何もウィルソン一人が突如として作り上げてしまった学問ではない。実を言うと、私は第一章でそれに至る大きな流れについて説明したのだが(特にホールデン、ハミルトン、ドーキンスの部分)、ダーウィン以来の歴史の必然として登場してきた学問である。社会生物学は、遺伝子の論理を大前提とし、人間も含めた動物の行動、社会形成のメカニズムなどを進化論的に説明する試みである。ウィルソンはそれを集大成する役目を自ら買って出た人物である(Sociobiology は彼の命名による)。しかし、この大著の完成を目前にして気が緩んだのか、あるいは勢いがつきすぎていたのか、人間について扱った最終章で彼はつい学問的警戒を怠ってしまったのである。批判者たちが彼に怒号を浴びせかけたのは主にその部分についてであった(私は今まで敢《あ》えて社会生物学の名を出さず、どうしても必要な場合には、「最近の動物行動学」とか「今の動物行動学」というような表現で通してきた。それと言うのも、社会生物学という言葉にこのような不幸な生い立ちがあったためで、今でもあまり良くない響きをもっているからである。イギリスでは社会生物学とほぼ同じ意味で、行動生態学という言葉が使われることが多い)。
最も攻撃されたのは道徳の遺伝的基盤について述べている部分である。つまり、善悪の判断や正か邪かと感ずる心にも、ちゃんと遺伝的基盤があると言うのである。
これはちょっと聞いただけでは承服できかねることである。人間は生まれたときには純真|無垢《むく》で、良い悪いの判断などつかない状態にある(と思っている)。成長していく過程でいろいろな体験を積み、また人にも教えられて、初めて何が善で何が悪かがわかってくる(と思っている)。人間が生まれながらに道徳に対する遺伝的基盤をもっているなんておかしい。これは人間を差別する考えにつながるのではないのか……。
しかし、ウィルソンが言おうとしたのはこういうことである。
道徳や宗教のような人間の精神的な文化も遺伝子と全く無関係というわけではない。そのようなものの源を辿《たど》っていけば、やはり遺伝子(この場合は、それを受け入れやすいかどうかというような遺伝的性質)の問題に行きつくはずだ。その遺伝子は元々は本当にわずかな性質の違いにしか関与しないものだっただろうし、新参の遺伝子の常として、持っている者は少数派だったのかもしれない。しかし、たとえば、ある道徳がある遺伝子のコピーを増やすのに都合の良い性質をもっているとすると、その遺伝子はその道徳のおかげでもって増える。またその道徳もその遺伝子のコピーが増えるのに従って増える。そしてその間に、道徳の遺伝子≠ヘ突然変異を起こし、淘汰《とうた》の裁きを受け、その道徳にますますフィットした内容のものに変化していく。そういうことが長い時間をかけて繰り返されているとすると、その道徳はしっかりとした遺伝的基盤を持つに至るわけである。もちろん、その道徳が遺伝子のコピーの増加を妨げるようなものであれば、これと全く逆の現象が起こる。道徳自体も、またそれにフィットしていない遺伝子も共に淘汰されてなくなってしまうのである。
要するに、|乗り物《ヴイークル》がどういう文化をもつかによって、遺伝子はコピーの増減に関して多大な影響を受けるのである。同様に文化も遺伝子に強く依存している。遺伝子と文化とは、このように互いに作用を及ぼしながら共進化を遂げてきているのである。今日我々が持っている文化は、一見そうは見えなくてもなにがしか遺伝子のコピーを増やすことに関《かか》わる性質をもっているはずである。それらは既にかなりのところまで遺伝子のお膳立てが整っていると考えてもおかしくはないのである(ここまでがウィルソンの考えの要約)。
この遺伝子と文化が共進化するという考えだが、その後何人かの人が似たようなことを言い始め、今では広く認められるようになってきている。ウィルソンが人間行動の遺伝的基盤の問題を中心テーマとして書いた『人間の本性について』は一九七九年にピュリッツァー賞を受賞した。また、ドーキンスの「ミーム」も、文化の複製子を表わす用語として定着しつつある。
そこで話は少々遠回りするが、最近ある本を読んでいて、私がようやくそのからくりを知ることができた遺伝子と共進化した文化の例を一つ挙げてみようと思う。それはヒンドゥー教では聖なる動物として牛を非常に大切にするということである。
インドの人々は牛を殺して食べたりはしない。乳は多少おこぼれに与《あず》かるかもしれないが、少なくともそれで商売をしようなどとは考えていない。また、農耕に使うことなども滅多にないようである。彼らはただ牛を大切に飼っているだけなのである(インドにはこういう聖なる牛が約二億頭もいるという)。どうしてこのような文化が存在するのだろう。こんなことをしても一文の得にもならないし、第一牛の世話をする暇があったら、農作業や自分の子の世話をしていた方がよほど有益なことだろうに。
しかし、その答えはこうである。牛を飼うこと自体からは直接何のメリットも得られない。ただ、牛を大切に、しかも家族同様《ヽヽヽヽ》に飼っていると、蚊が人間よりも牛の方をよく刺してくれて、人間がマラリアに罹《かか》って死ぬ確率が低くなるのである。インドでは牛を聖なる動物と感じ、実際牛を大切に世話することのできる人は(あるいは、そういう文化を受け入れることのできる人は)、そういうことはアホらしくてできないという人よりも、少なくともマラリアで死ぬ確率が低かったわけである。
もちろん、そんな隠れた理由があろうとは誰も知らなかった。しかし、牛を大切にするという文化はマラリアという病気を介して遺伝子との共進化を遂げ、インドという暑い国の人々の間に定着したのである。インドの人々は、もしかすると遺伝子のレベルでも、牛やその他の動物(たぶん人間よりも大きな温血動物。そうでないと蚊がそちらに集まってくれない)に対し、「殺すとバチが当たる」、「可哀相で殺せない」といった感情を持っているのではないかと考えられるのである。これはほんの一例だが、遺伝子=文化共進化の例は探せばいくらでも見つかる。我々が理由はわからないが、とにかく昔から実行している生活習慣などは、ほとんどがそうだろうし、ある民族の人々が共通して持っているような美的感覚や食の好み、礼儀作法など、感覚や心理に関する事柄も同様に説明できるかもしれないのである。
閑話休題。ここは怒号渦巻く、「科学の進歩のための全米協議会」の年次総会の会場である。
ウィルソンの批判者たちの頭には元々血が昇っていたわけだが、会場の雰囲気がさらにそれを煽《あお》り、とても冷静な議論などできる状況ではなくなった。ウィルソンは、何でもかんでも遺伝によって決まると考える遺伝決定論者である。彼はすべての生命現象は適応であると考える適応万能論者である。おまけに、自らが命名した新しい学問分野を万能の科学と自負するとんでもない悪党だ……。どうやらこれが彼らが下した結論のようである。
もっとも、ウィルソンを援護しようとする人も当然それまでに現われてきている。まず先頭に立ったのは、R・L・トリヴァースである。彼は一九七七年、数百万部の発行部数を誇るアメリカの雑誌「タイム」に論説を発表し、その中で、「早晩、政治学や法学、経済学、心理学、精神医学、人類学は残らず社会生物学の下位分野になるだろう」と豪語してみせたのである。また、R・ドーキンスも強力な助っ人になった。彼は、『利己的な遺伝子』(一九七六年出版)に続く第二作、『延長された表現型』で、前著に対する批判とウィルソンに向けられた攻撃を一つ残らず取り上げ、それらの反駁《はんばく》のために異常なまでの執念を燃やした。おかげでこの本は、前置きが全体の約四分の三を占め、本論はまるで付録のような格好になってしまったくらいである。
それに対し、「人民のための科学」の論客、S・J・グールド(彼は日本では『ダーウィン以来』、『パンダの親指』などの一連の科学エッセイで知名度が高い)は、一九七八年、イギリスの大衆向け科学雑誌「ニュー・サイエンティスト」に論文を発表して応酬した。そのタイトルは、「社会生物学は話作りの技芸である」。つまり、彼が専門とする古生物学とは違い、社会生物学には確たる物的証拠がない。古生物学が化石や骨などの物的証拠をもとに進化を論ずるのに対し、社会生物学は現存する動物の行動や社会構造を手掛りに進化の道筋を類推する。彼としては、社会生物学の連中がほとんど理論だけを頼りに検証不可能な進化小話を次々作るのは非常にけしからんことで、その際、話がいくらでも面白くできるのをいいことに皆で面白小話合戦のようなことをやって遊んでいるのは尚けしからんというわけである。彼はまた、この論文の中で本文の内容とは何ら関係なく、ウィルソンの顔写真と、顕微鏡で拡大した結果、まるで怪物のような形相になってしまったウィルソンお気に入りのアカアリの顔写真とを対比させて並べ(並べてみると実はよく似ている)、ウィルソン及び社会生物学を盛んに揶揄《やゆ》した。
さて、こうなってしまうともはや泥仕合である。双方とも異常な興奮状態の中で感情的な議論の応酬が続いた。実際、「人民のための科学」の中でも特に感情的だったと言われる集団遺伝学者のリチャード・レウォンティンは、後年自らの行き過ぎを深く反省したほどである。なぜこんなことになってしまったのだろう。彼らはなぜ、日頃の学者としての冷静さを失ってしまったのだろうか。
この論争──実は、社会生物学論争と呼ばれる──の原因についてはいろいろなことが考えられると思う。まず、社会生物学という恐るべき新学問の登場に周辺分野の研究者たちが危機感をもったこと。トリヴァースが言うように、もしかしたら社会生物学は多くの学問を次々取り込んでいくかもしれない。しかし、もしそうでないとしても、それらの分野が根本から考え方を改めなくてはならない日が近づいていることだけは、確かである。自分が長年専門としてきた分野が、侵略≠ウれそうになったり、改革≠迫られたりしたら、どのような心境になるのか──私にも十分察しがつくことである。
原因の第二は、やはりキリスト教のミームだろう。ダーウィンの進化論が登場したときもそうだったが、西欧社会の人々は人間と人間以外の動物が同列に論じられることを極端に嫌い、反発する。それは優れた科学的才能をもつ人であったとしても、あまり変わることのない感情のようである。かつてドーキンスの門下には、大変に優秀ではあるのだが、悲しいかなファンダメンタリストであるために、どうしても動物の進化の研究を続けることのできない学生がいたそうである。信じられないような話だが、イワシの頭さえ信心してしまうのが人間なのだから、なかにはそういう人もいるわけである。
そして、原因の第二とも関係するのだが、私が最も注目して考えたい社会生物学論争の原因は、この学問が登場したタイミングである。一九七〇年代中盤は、アメリカ合衆国にとって特別な時期だった。一九七三年、米軍はベトナムから撤退した。一九七五年、サイゴンが陥落。そして一九七六年に南北ベトナムが統一された。泥沼のように続いたベトナム戦争が終結し、人々は一応の安堵《あんど》を得た。ベトナム反戦運動はもう用がなくなってしまったのである。しかし、そうして世の中が平穏になり、それまで攻撃や敵意の対象であったものが失われてしまうと人はどうふるまうのだろうか──そう、新たな攻撃目標の発見、そしてそれを敵に見立てた武闘訓練である。社会生物学は不幸にも、そういうターゲットの一つにされてしまったようだ。社会生物学は登場のタイミングといい、キリスト教徒にとっての鬼畜の匂いをムンムンと漂わせている点といい、代表者ウィルソンの、いじめても反撃してきそうにない誠実で柔和な人柄といい、武闘訓練のターゲットとしてピッタリだった。学問も時々こういうとばっちりを受けるということだろう。八〇年代に入るとあんなにも白熱した論争は下火となり、今ではほとんど自然消滅した形となっている。社会生物学を人間に適用することは、もはや罪深いこととは考えられなくなったのである。それどころか一部の心理学者や文化人類学者は大歓迎でこの観点を取り入れようとしているくらいである。
このところ世界はかなり騒然としている。しかし、平和な国日本では相変わらず|乗り物《ヴイークル》たちの武闘訓練が続けられている。ある|乗り物《ヴイークル》は核兵器廃絶のための署名集めに懸命となり、またある|乗り物《ヴイークル》は大気汚染と酸性雨の恐ろしさをアピールする。熱帯雨林の伐採を阻止しようと訴えるミュージシャン|乗り物《ヴイークル》がいるかと思えば、自然保護をテーマにした小説を書く作家|乗り物《ヴイークル》もいる(環境保護関係の事柄をターゲットにするのが、どうもこのごろの流行のようである)。そして、この時ぞとばかりに繰り広げられる湾岸戦争に反対する運動……。
そういう「行動」はむろん正しいことではある。ただ、「行動」が「運動」となり、「運動」が盛り上がりを見せれば見せるほど、なぜか本来の目的が忘れ去られ、武闘訓練を行なう喜びに置き換えられてしまう──我々はそうふるまうようにプログラムされているのである。そのことだけは知っておくべきなのである。
本書は動物の行動を、遺伝子という真の淘汰の単位から考えた本である。その結果、あなたは少なからず物の見え方が変わり、もしかしたら非常に救われたという気持ちになられたかもしれない。しかし、もしかするとお気の毒に、もうすっかり絶望の淵に追いやられてしまったとおっしゃるかもしれない。いずれにしても、人間たるもの所詮《しよせん》は利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》と利己的《セルフイツシユ》ミーム(両方合わせて利己的自己複製子《セルフイツシユレプリケーター》)の|乗り物《ヴイークル》なのである。そのことを知り、その事実からはどうあがいてみても逃れられないのだと知るのはまんざら悪いことではないだろう。
また、それとよく似た意味で次のことを知っておくのも悪くはないだろう。それは、利己的自己複製子《セルフイツシユレプリケーター》の成功と個体の成功とはほとんど無関係だということだ。利己的自己複製子《セルフイツシユレプリケーター》にとっての成功とは、ひたすらコピーを増やすことである。その際、手段については問うていない。金持ちであろうが貧乏人であろうが、聖人君子であろうが極悪非道の人でなしであろうが、人望のある人であろうが嫌われ者であろうが、天才であろうが凡人であろうが、大酒飲みのバクチ打ちであろうが真面目亭主であろうが、それらはあまりたいした問題ではない。利己的自己複製子《セルフイツシユレプリケーター》にとっては、それぞれがそれぞれに優れた|乗り物《ヴイークル》なのである(たとえ大酒飲みや犯罪者であってもである。そういう人間が跡を絶たないのは、そのこと自体が有効な繁殖戦略だからである)。私は、こういう観点を導入しない限り、人間の平等を論ずることはできないような気がするのである。
我々は何かの分野で成功を収めたり、世間から立派な人間であると賞賛されたり、あるいはその人なりに充実した人生を送るというような具合には必ずしも設計されていない。個々の人間は利己的自己複製子《セルフイツシユレプリケーター》の|乗り物《ヴイークル》として初めて平等である。遺伝子は|乗り物《ヴイークル》の上に|乗り物《ヴイークル》を作らないし、|乗り物《ヴイークル》の下にも|乗り物《ヴイークル》を作らないのである。
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あ と が き
「利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》について早く書きたい!」これは数年来の私の夢だった。念願が叶い、今はとても爽《さわ》やかな気持ちである。
利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》とは、既に本書を読了された皆さんにはおわかりの通り、必ずしも実在する遺伝子そのものを指す言葉ではない。むしろ遺伝子のもつ性質や論理、あるいは遺伝的進化の問題を考えやすくするための便利な約束事のことである。
生物の進化を論ずる際には、まず遺伝子に起こる突然変異、それにかかる淘汰圧《とうたあつ》を考える。次に遺伝子頻度の変化やそれがいかに表現型に反映されるか、さらには遺伝浮動のような確率論的問題、遺伝子どうしの非相加的な効果《エピスタシス》、等々までも考慮するのが本当である。しかし、そういう言葉を使っていると次第に問題がこじれてきて、専門家ですら本質を見失ってしまう。「利己的遺伝子《セルフイツシユジーン》」は素晴らしい発想であるだけでなく、そのような問題をクリアーするための武器としても優れているのではないだろうか。
ドーキンスがこの考えを提案したとき、一部の学界人は猛烈な反発を示したそうである。今では信じられない話だ。しかし、新しいアイディアに対してはいつもそういう反応が起こるのである。その場合、優れた学者ほど寛容な態度を示すというのも面白い現象だ。なぜそのようなことになるのかは、既に本文で解説したつもりである(第三章の「男の分類学」参照)。ともあれドーキンスの『利己的な遺伝子』をあわせて読んでいただければ幸いである。
本書の内容について少しお断わりをしておきたい。まず、論点をはっきりさせるため、敢《あ》えて詳しい説明を省いた部分がある。たとえば、ドーキンスは|乗り物《ヴイークル》という言葉の適用範囲を染色体や細胞のレベルから個体や個体の集まりのレベルまで考えているが、私は個体に限ることにした。我々にとって問題となるのは、とりも直さず我々の体だからである。また、ミツバチの衛生行動の話の際には、その後明らかになった事実(衛生系統と非衛生系統の違いは、「蓋取り遺伝子」と「幼虫捨て遺伝子」を持つか持たないかではなく、両系統とも実は二つの遺伝子を持っているのだが、それぞれに対する抑制遺伝子が働いているかどうかが違うということ)には触れなかった。ローゼンブーラーの発見の感動を、なるべく生のまま伝えたかったからである。文中、「戦略」という言葉がよく登場したが、厳密には「戦術」と言うべき場合についても「戦略」で統一した。その他、本書にとってあまり重要でないと思われる事柄については、とにかく思い切って省略する道を選択した。専門家の方々には、どうかそれらの点についてご理解いただきたいと思う次第である。
本書はすべて書下ろしだが、第一章の「完全無欠のスーパースター」と「自由な魂の遍歴」は、「小説新潮」一九九〇年十二月号と同じく三月臨時増刊号に、それぞれ編集部の求めに応じて掲載した。
本書の完成にあたり、多くの方々にお世話になりました。日高敏隆先生を始めとする京都大学理学部動物学教室の皆さんには、内容についていくつかのアドバイスをいただきました。久松ユリさんには文献収集の際に協力していただきました。京大動物学教室出身で、今は編集者として活躍しておられる平凡社の垂水雄二氏には、社会生物学論争についての資料を送っていただきました。本を書くチャンスを与えて下さった文藝春秋社の平尾隆弘氏は、遅筆の筆者に対し、一言の催促の言葉も発せられませんでした。「そんなバカな!」というタイトルは氏の本書を読んでの感想をもとにつけました。出版担当の飯窪成幸氏は、優れた編集者であるだけでなく、非常に熱心な読者で、自らもいくつかの珍仮説を提出されました。
いずれの方々にも厚くお礼申し上げます。
一九九一年二月二十日
[#地付き]竹内 久美子
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美人論──文庫版「そんなバカな!」おまけ
女の顔には二通りある。美形か普通の顔かだ。
ごく一般的に考えると、美形の女は大変得をしているように思われる。男にはチヤホヤされ、玉《たま》の輿《こし》に乗ることだって可能である。引く手あまたの彼女は男の選択に日々苦悩し、その中から最も優れた資質の男を選べばよいのである。婚姻や繁殖において、美形の女が普通の顔の女より相当有利な立場にあることは間違いないだろう。しかし、ならばなぜ、この世はいつまでたっても美形遺伝子≠ェ増えず、相変わらず普通の顔遺伝子≠ノ満ち満ちているのだろう。女が美形であることが本当に婚姻や繁殖に有利なら、美形遺伝子≠ヘもっとどんどん増えていってもいいはずである(断わっておくけれど、私はこの問題について誓って中立である。私は動物行動学を学んだ者として、人間の謎の一つに迫っているわけである)。
ところで、動物学的に見て、男と女では残す子の数について決定的な違いがある。一言で言うとそれは、「男は当たれば大きいが、はずれることも多い。女は当たりはずれが少ない」である。
男は妊娠や出産、家事労働から解放されている。財力や体力に恵まれた男は、少なくとも理論上はほとんど無限と言っていいくらいに子を作り続けることができる(実際、モロッコ皇帝ムーレイ・イスマイルは生涯に千人以上の子を残したと言われる)。逆にモテない男はさっぱりモテず、一人も子を残せないこともしばしばである。
一方、女はあぶれてしまうということなど本当はありえない。腐っても女。一人でも多く自分の子を残したいと願う男が、みすみす女を放っておくはずはないのである。しかし、と同時に、女はどんなに頑張ってみたところで高々《たかだか》十数人しか子を産むことができない。要するに女の場合、本人が美しかろうが普通であろうが、夫に経済力があろうがなかろうが、あるいは夫に愛されていようがいまいが、彼女自身が残す子の数にはあまり影響が出ないのである。女が美形かどうかで子孫の数に影響が出るとしたら、それは彼女自身においてではない。彼女の男の血縁者、とりわけ彼女の息子においてではないだろうか。
女の資質が息子の繁殖活動にどう影響を及ぼすのか……。考え方は二つある。一つは彼女の夫の遺伝的性質に注目した場合だ。
まず、美形の女を妻にしている男──彼は美形の女を妻にしているくらいだから、面食い遺伝子≠ネるものを持っている可能性が高い。その遺伝子は息子にある確率で受け継がれ、息子も面食いになりやすい。
普通の顔の女を妻にしている男──彼は面食い遺伝子≠持っている可能性が低い。従って息子も面食いではないだろう。
では、その面食いの息子と面食いではない息子とが繁殖競争をしたら(美しい子孫を残すかどうかではない。残す子の数が問題なのである)、はたしてどちらが勝利するであろうか。むろん面食いではない方である。
もう一つの考え方は刷り込みに注目したものだ。人間が最も強力に刷り込まれる顔は、なんと言っても母親の顔である。母親は乳を与え、おしめを取り換え、常に赤ん坊と向き合っている。
では、美形の母親に刷り込まれた男はどうふるまうのだろう──彼は世の中の女の顔がどうも不満に思えて仕方ない。彼にとって女の顔とは、母親と同程度かそれ以上のものでなくてはならないのだ。彼は、「あの女は不細工だ。この女も今一つ」などと文句ばかり言っており、なかなか行動を起こさない。
一方、普通の顔の母親に刷り込まれた男はどうか──彼は世の中の女がきれいに見えて仕方ない。
「あの娘《こ》もカワイイし、この娘も色っぽい。ああ、この世はなんて美しいものに満ちあふれているのだろう!」彼は暇さえあれば女の子に声をかけ、あらゆるチャンスを逃がさないだろう。
やはり、普通の顔の女を母にもつ男の方が繁殖競争に勝つのである。美形の母をもつ男は、女の許容範囲が広い、これらの男たちにどんどん女を奪われてしまうのだ。
女が普通の顔であると、彼女は息子を介して非常に多くの孫をもつことができる。これが美形遺伝子≠ェなかなか増えていかない理由である。
生物の世界は、必ずしも美しいものや立派なものが残るという原則では動いていない。そこにあるのは、増えるものが増えるということだけである。美形の女は若い時にはいろいろと楽しいことだろう。しかし、彼女には、息子が面食いになってしまうという悲劇が待ち受けているのだ。人間万事塞翁が馬とはよくぞ言ったものである。
(初出「文藝春秋」一九九一年四月号)
単行本 一九九一年三月文藝春秋刊
〈底 本〉文春文庫 平成六年三月十日刊