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ポケロリ なかよしの章
竹井10日
program
朝のホームルーム ひな祭り
1時間目 大運動会のしおり
2時間目 大同窓会
3時間目 大運動会初日 午前の部
4時間目 大運動会初日 夜の部
5時間目 大運動会最終日 午前の部
6時間目 大運動会最終日 午後の部
帰りのホームルーム フォークダンスは全員参加です
あとがき
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朝のホームルーム
ひな祭り
赤い緊急灯《きんきゅう》だけが周囲を照らす薄暗《うすぐら》い研究所の中、少女達の怒号《どごう》と喧噪《けんそう》が飛び交っていた。
「急げ!! 全|戦闘《せんとう》用ユニットの凍結《とうけつ》を解除しろ!!」
「第2大隊、第8大隊、第13大隊と連絡《れんらく》が取れません!!」
「目標『ジェンマ駆動《くどう》式生体兵器』試験体1号、本陣《ほんじん》に接近!!」
「軍事バランスを崩壊《ほうかい》させる新兵器……NE」
「間もなく、この本陣も崩壊しますな、師団長」
スクール水着を着た13歳ぐらいの少女、セーラー服姿の10歳ぐらいの少女、ドラゴンの頭型の帽子《ぼうし》を被《かぶ》った5歳ぐらいの幼女がそれぞれ、走ってくる仲間や、遠距離《えんきょり》通信用の水晶玉《すいしょうだま》に向かって叫び、毒づく。
彼女達の他《ほか》にも、ナース服、サンタ服、猫《ねこ》の着ぐるみ、浴衣《ゆかた》、ウェディングドレス、包帯グルグル巻き、野球ユニフォームと思い思いの恰好《かっこう》をした無数の少女が右往左往している。
「こんな時に騎士団《きしだん》長は不在だなんTE……」
ここは惑星《わくせい》レモネードにおいて、最強を誇《ほこ》る超《ちょう》国家的治安組織、こども騎士団の軍事開発研究所である。
騎士団の証《あかし》とも言える騎士団バッジがどの娘《むすめ》の胸にも輝《かがや》いていた。
その中でも師団長の腕章《わんしょう》をつけたドラゴン帽子のポケロリの前に、野球ユニフォームの少女がバット片手にネクストバッターズサークルに控《ひか》えるように片膝《かたひざ》をついて、伺《うかが》いをたてる。
「目標のカラット数は既《すで》にこの地区のポケロリ全《すべ》てのカラット数を超《こ》えています。全軍を一旦《いったん》後退させますか、師団長?」
「駄目《だめ》よ! ここを退《ひ》いては市街に被害《ひがい》が及《およ》ぶ。騎士団長に申し訳が立たないWA」
「……しかし、第5大隊までやられたとなると、目標|到達《とうたつ》までもってあと2分。打者1人分というところです」
「逃《に》げちゃいたいね」
真面目《まじめ》な顔でそう言うドラゴンポケロリ師団長からは、まだ闘気《とうき》が失われていなかったので、野球ユニフォームポケロリ参謀《さんぼう》長も真面目な顔で返す。
「9回裏、0−0でノーアウト満塁《まんるい》。2ストライク3ボールのフルカウントですから、逃げたら押し出しで負けです」
「……参謀長」
「はい」
「何度も何度も何度も何度も言ってるでしょっ!? アタシ、野球わかんないのYOぅっ!! ホームランとかストライクとか最初に言い出したのは誰《だれ》なのかしらっ!?」
「審判《しんぱん》です」
「うそつけっ!!……そもそも何なNO!? 9回!? 満塁!? 何それ!? 意味わかんないっ!!」
ドラゴンポケロリはブチ切れたが、参謀長たる野球ポケロリは冷静だった。
「……大ピンチって事です」
「……。見たら分かるよ……」
ぐっと息を呑《の》んでから、ドラゴンポケロリが呑み込んだ息を吐《は》き出しながらボソリと言った。
そう。彼女の眼前には近所に出来た3階建てのハンバーガー屋の建物に匹敵《ひってき》する巨大《きょだい》なポケロリが階下からの階段を踊り場から一歩で上りきって、そびえ立っていた。
よりにもよって、そのハンバーガー屋の店員の恰好、しかも、ビッグバーガーにして160個分、ハンバーガーにして240個分、ドジっ子店員10人分に匹敵するその巨躯《きょく》を誇るポケロリを見た時、彼女は思ったのだ。
『こんな事なら期間限定バーガー食べておけばよかったっ!』
そのかないそうもない叫びを呑み込み、覚悟《かくご》を決めて、ドラゴンポケロリが後ろに控える野球ポケロリを振《ふ》り返る。
「参謀長……あいつの今のカラット数は……?」
いよいよとなれば、自分と参謀長が相打ち覚悟で特攻《とっこう》する必要があるだろう。
が、野球ポケロリは、カラット数の計測器に魅入《みい》られたように凝視《ぎょうし》したまま、返事を返さない。
「……参謀長?」
「……。1000……です」
ようやくと言った感じに出した野球ユニフォームポケロリの声は、震《ふる》えていた。
その数字を聞いたドラゴンポケロリが、それの意味する所を理解するまでに数秒を要し、更《さら》に次の言葉を口にするまで数秒かかる。
「1000!? 1000カラットだというのっ!?」
ドラゴンポケロリは深い絶望感にかられた。
最高クラスといわれるポケロリでも500を少し超える程度だと聞く……まして自分では……。
「……参謀長、全軍に撤退《てったい》命令を。それと……今すぐ本部に行って、基地の自爆《じばく》ボタンを押してきて頂戴《ちょうだい》」
自分の20倍もあるカラット数のジェンマ力を持つ相手に、震えそうになる四肢《しし》を叱咤《しった》して、竜《りゅう》の拳《こぶし》に力を込める。
「師団長っ!」
「行きなさい! 早く! そして、生きて騎士団長に伝えなさい! あなたの忠実な部下は……無能にも生きて帰れない事を詫《わ》びていたと」
野球ポケロリは涙《なみだ》と泣き声が出そうになるのを何とか堪《こら》えた。
それを見て、ドラゴンポケロリが野球ユニフォームポケロリに背中を向ける。
「バイバイ。あんたの野球話は嫌いだったけど、野球の話をしてる時のあんたのキラキラしたひとみ瞳は嫌いじゃなかったわYO」
「……お互《たが》い生きて帰れたら、河川敷《かせんじき》でキャッチボールでもしましょう」
「いーわ。その代わり、あたしはバッターね」
「……はいっ」
それはもうキャッチボールとは呼べない代物《しろもの》だろうが、それでも、きっと楽しいに違《ちが》いなかった。
そして、帽子を取って一礼すると、踵《きびす》を返して野球ポケロリは走った。
「必殺ドラゴンファングっ!!」
ドラゴンポケロリの必死の叫《さけ》びを背中|越《ご》しに聞いて野球ポケロリは思った。
ファングは牙だと何度も言ってるのに、あの子は最後まで殴りながらそう叫んでいたなと。
が、野球ポケロリはそれ以上感傷に浸《ひた》る事は出来なかった。
「ソースはバーベキューとマスタードどちらになさいますかーっ!!」
巨大ハンバーガー屋のウェイトレスポケロリが巨体《きょたい》に似つかわしい大音量で耳をつんざくそのシャウトと共に、口からバーベキューソースとマスタードソースが滝《たき》のように放射したからである。
「っきゃあああああっ!!」
そしてドラゴンポケロリがミックスされたソースに押し出されて、野球ポケロリと激突《げきとつ》する。
「うきゃっ!?……あたた……いったぁ。クロスプレーで1点てところですね……」
ソースまみれの身体《からだ》を起こそうとして、ドラゴンポケロリの脇腹《わきばら》に激痛が走る。
「っ……!!く……あばら2、3本持っていかれてるわNE……」
『危険球で退場ですね』と言いかけた野球ユニフォームポケロリは、巨大なトレイを振り下ろそうとしているハンバーガー屋制服ポケロリに圧倒《あっとう》され、その言葉を発する事が出来なかった。
「くっ!!」
気圧《けお》される野球ポケロリを、ドラゴンポケロリが痛むあばら骨を堪えて、巨大トレイの届く範囲《はんい》から突《つ》き飛ばす。
「師団長おおおっ!!」
そこで我に返った野球ポケロリが、巨大トレイに呑み込まれゆくドラゴンポケロリに叫ぶ。
黒い影《かげ》に覆《おお》われていく上官を前にして、野球ポケロリは逆転|満塁《まんるい》ホームランを打たれたリリーフピッチャーの気分だった。
……だが。
巨大ポケロリよりも更に巨大な物体が、巨大トレイごとハンバーガー屋制服ポケロリを目一《めいっ》ぱい弾《はじ》き飛ばす。
ぺしゃんこになる事を覚悟したドラゴンポケロリは、自分の頭上に乗っかるドラゴン帽子同様にぽかーんと口を開けて、自分を救ったその巨大物体を見て呟《つぶや》いた。
「……ひな、あられ?」
その威容《いよう》に目を奪《うば》われつつも、ソースまみれの床《ゆか》を走ってくる野球ポケロリの足音に振《ふ》り向いたドラゴンポケロリは、彼女の後ろに一組の人影《ひとかげ》がある事に気付いた。
一人は少年。
一人は少女。
一人はポケロリだった。
その胸に騎士団《きしだん》、バッジがない事を認めて、脇腹の痛みに顔をしかめながら、ドラゴンポケロリは言った。
「一般人《いっぱんじん》は下がっていなさいっ。ここは危険だわっ!」
少年は、不敵《ふてき》にニッと笑うと、階段の奥から再び昇《のぼ》ってくる巨大ポケロリに目をやった。
「怪我人《けがにん》はすっこんでろ」
そして、背後に控《ひか》える背の高い赤毛の少女に視線を向けないままに声をかける。
「おい、ポンコツ、ポケロリ使いの研修とはいえ、この俺が手本を見せてやるんだ。よおく見とくんだな」
「う、うん、分かったよぉぅ、みっちゃん。……で、でもでも、無理はしないでね」
赤毛の少女が怖《お》ず怖《お》ずと言うと、みっちゃんと呼ばれた少年は、不敵にニヤリと笑う。
「誰《だれ》に物を言ってやがる、このポンコツが。……行くぞ、雛祭《ひなまつり》」
「承知、お内裏《だいり》様」
頭を下げるポケロリは和服姿も艶《あで》やかな気品ある所作を見せた。
「雛祭……? 雛祭財団?」
雛祭財団は、雛祭食品グループの100%株主であり、会長、社長を始めとする重要職を独占《どくせん》する組織である。
そして、その雛祭財団の会長は、代々、財団の名を冠《かん》するポケロリが務めるのだ。
ずば抜《ぬ》けた力を持つと言われている希少種、お雛様ポケロリの華麗《かれい》な着物に一瞬《いしゅん》見取れかけたドラゴンポケロリが、そこでハッとなる。
「駄目《だめ》よっ、あいつのカラット数は1000もあるわ!」
カラット数……ポケロリの額の宝石が持つ力の大きさを数値化したものだ。
「1000……だと……?」
その言葉に少年の動きがピタッと停止した。
「み、みっちゃん……危ないよぉぅ、帰ろうよぉぅ、そんな凄《すご》い宝石力の子が相手じゃ……」
少年は心配そうに声を震《ふる》わせる少女の頭に安心させるようにそっと手を置いたかと思うと、そのまま額の方にずらして……。
「あうっ!!」
デコピンをした。
「こ、これはあんまりだよぉぅ、みっちゃ……ん」
涙目《なみだめ》で少年を見た少女は、少年の手がふるふると震えている事に気付いた。
そして、少年の顔が苦渋《くじゅう》に歪《ゆが》む。
怒《いか》り……自分の無力さに対する怒りだろうか?
それを察した相棒の雛祭がふいっと少年を見上げた。
「たった……たった1000? ふざけるなよ、この俺を引っ張り出しておいて、たったの1000か?……くだらん」
頭がおかしくなってしまったのだろうか、それとも桁《けた》を一つ間違《まちが》えているのだろうか、大導師《だいどうし》の称号を持つ2人のポケロリ使いですら、扱《あつ》えるカラット数は1000を少し超える程度なのに。
「……やるぞ、雛祭」
雛祭が無言で頷《うなず》く。
「リング」
少年が宣言するようにそう呟くと、キイィィィィィィィンと、高周波の耳鳴りのような音が辺りを包んでいく。
[#挿絵(img/th221_026_s.jpg)]
そして、その音が物体となって結実するがごとく、雛祭の薬指に指輪が現れた。
「バースト!」
野球ユニフォームポケロリがドラゴンポケロリを抱《だ》き起こしながら、思わず叫《さけ》ぶ。
バースト。
それは、ポケロリのジェンマ力を一時的に倍加する秘術《カバラ》である。
これはポケロリ自身の能力ではなく、それを使役するポケロリ使いの技術であるため、マスターと契約《けいやく》をしたポケロリでしか基本的には使えない。
例外として、ナチュラルバーストと呼ばれる先天的あるいは後天的に、マスターなしでもジェンマが常にバースト状態になるポケロリも存在するが、これは10万人に1人程度の確率でしか誕生しないと言われている。
「チョーカー……アームバンド……ピアス……」
少年は、リングがポケロリの指に出現したのを見届けると、ゆっくりと、だが、次々に呪文《じゅもん》を詠唱《えいしょう》するように、詩を口ずさむように、呟く。
そして、少年の言葉に従って、チョーカーが、アームバンドが、ピアスが、雛祭の身体《からだ》に魔法《まほう》の光にも似た輝《かがや》きと共に装着される。
バーストには段階があり、理論上では13段階までバーストする事が出来る。
少年が発動させた第4バーストによって身につけた雛祭の能力はこの時点で5倍。
「……アンクレット……ブローチ」
第5バーストである、10倍のアンクレットバースト。
第6バーストである、15倍のブローチバースト。
そして……。
「エンゲージ」
前人未到《ぜんじんみとう》と言われる、第7のバースト、エンゲージリングバーストでは元のカラット数は30倍にもなる。
「な……!? 第7バーストまで!?」
ドラゴンポケロリと野球ポケロリは、震撼《しんかん》した。
今となっては巨大《きょだい》なハンバーガー屋ウェイトレスポケロリに感じた恐怖《きょうふ》は、まるで紛《まがい》い物に思えた。
「凄い……みっちゃん……」
素人《しろうと》に毛の生えた程度のポケロリ使い見習い少女にも、そのジェンマの力は目に見えぬ圧力として、ひしひしと伝わってきていた。
それ程《ほど》、エンゲージリングバースト状態にある雛祭は圧倒《あっとう》的だった。
……しかし。
そこで、雛祭が、かくんと膝《ひざ》から崩《くず》れ落ちかける。
「っ!」
力は格段に上がっていた……が、雛祭の膝は笑い始めていた。
バーストは、ポケロリとポケロリ使いに相当の負担を強《し》いるため、あまり奨励《しょうれい》されない秘術ではあり、持ちこたえられて3分程度とされている。
特にポケロリ使いにはバースト時のカラット数は、平静時の同カラット数よりも多大な負荷がかかるのだ。
……が、信じがたい事に、目の前の少年にはとても第7バーストを支えているとは思えない余裕《よゆう》があった。
とても人間|業《わざ》ではない。
「ふん……上位種たるお雛《ひな》様ポケロリといえど、このあたりまでが限界か。一気にブレスレットあたりまでは試《ため》してみたかったが」
ちゃら……と、少年は、自分の首に付いた首輪と、それから延びる鎖《くさり》を軽く弾《はじ》く。
バースト時には、ポケロリとの共鳴が強くなるためか、バーストを発現させた術者にも変化が訪《おとず》れる。
ただしポケロリ使いが身に帯びるのは、鋲《びょう》の打たれた首輪であり、バーストさせたジェンマと同じ宝石がその首輪にあしらわれ、1つバースト段階を上げる度《たび》に1つ首輪から延びる鎖が長くなる。
最終バーストまで行った時、その鎖はポケロリと繋《つな》がれ、精神がポケロリのジェンマに食いつ尽くされると言われているが、その境地まで達する事の出来たポケロリとポケロリ使いは歴史を繙《ひもと》いても存在していない。
余談ではあるが、バースト時のアクセサリーに最も愛着を持つためか、ポケロリは本能的にアクセサリー好きでありながら、あまり自ら身につける事は好まないとされる。
「参謀長《さんぼう》……あの子のカラット数は……いくつなNO……?」
呆然《ぼうぜん》としていたドラゴンポケロリが、やっとという感じで自分を支える野球ユニフォームポケロリに尋《たず》ねた。
「……っ!!」
「……参謀長?」
「……に、2700……です」
「にせん……!?」
馬鹿《ばか》なと思った。
この世界でそんな飛び抜《ぬ》けたカラット数のポケロリを使役しきる人間など……と思いかけて、ドラゴンポケロリは一つの名前に思い至った。
先日、孤高《ここう》の天使ポケロリを射止めたという天才少年がいたはずだ……尋常《じんじょう》ではない使役《しえき》カラット数値をマークしたと聞くが、確か、名前は……。
少年に、雛祭が声をかげる。
「参りますよ、お内裏様」
「ああ……ふん、まあいい。安いもんだ、この程度の敵を倒《たお》すだけで、雛祭財団のトップと契約《けいやく》出来、雛祭食品の株券の30%を譲渡《じょうと》されるのだからな」
ポケロリとの契約……。
精神力の高い人間は、ポケロリ使いとして、ポケロリと契約をする事が出来る。
ポケロリは、契約をする事によって、眠《ねむ》っている力を引き出す事が出来、ポケロリ使いが行使する様々な秘術によって、更《さら》なる力を得られるのだ。
お互《たが》いの血とジェンマにかけて、信頼《しんらい》や友誼《ゆうぎ》や忠誠を誓《ちか》う儀式《ぎしき》……それが入学式と呼ばれる神聖な儀式である。(年少組と年長組は入園式)
「ここでこども騎士団《きしだん》に恩を高く売りつければ、騎士団の食堂管理、仕出し弁当納入の査定……ライバル社のビストログループに一気に水を空けられます。こども騎士団10万の兵士の食卓《しょくたく》は雛祭食品にとってこの上ない売り上げの場になるでしょう」
「俺が受け取る持ち株の価値も上がるというものだ」
2人は一歩一歩、巨大ポケロリに近づいていく。
その凜々《りり》しく雄々《おお》しい姿を見守る赤毛の少女、ファリアの潤《うる》んだ瞳は、恋する乙女《おとめ》のそれだった。
少年の瞳は自信と野心に満ちていた。
そして、この戦いに勝利する事により、少年は一躍《いちやく》、その名を天下に知らしめ、天才王子の二つ名と共に世界最強の3大導師の称号《しょうごう》を得る。
少年の名は、巴御剱《ともえみつるぎ》。
即《すなわ》ち、改名し山風忍《やまかぜしのぶ》を名乗る男の幼き日の姿……天使のポケロリと出会って5ヶ月後の事であった。
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1時間目
大運動会のしおり
ドンドン!
「マスター? マスター? もうお昼前ですよっ、いつまでもダラダラ寝《ね》てないで下さいっ」
懐《なつ》かしい……もう12年も前の出来事を夢に見た翌朝……けたたましいノックと怒声《どせい》に、僕は爽《さわ》やかとは程《ほど》遠い目覚めを迎《むか》えた。
「入りますよっ、マスター!」
僕の返事を待たずして、部屋の中に入ってくる長いツインテールのスクール水着姿の少女。
青い左の瞳と緑の右の瞳……そして、額にルビーの宝石を持つ、僕のポケロリ、瞳亜《とうあ》だ。
この宝石は人工的に埋め込まれたのではなく、生《う》まれながらに持つ彼女らの特徴《とくちょう》。
ジェンマと呼ばれる超常的《ちょうじょうてき》な能力を秘《ひ》めた、この惑星《わくせい》レモネードに生息する人に似て人とは異なる生命体、ポケロリの最たる特徴である。
ポケロリ。
その全《すべ》てが人間の年齢《ねんれい》で言う5歳から15歳程度の少女の姿をしており、卵から生まれた時の姿によって、様々な種族……セーラー、ブルマ、メイドさん、ウェイトレス、浴衣《ゆかた》、白衣など、無数に分類される。
そして、種族の持つ特別な技《わざ》や、ジェンマに秘められた力を駆使《くし》し、ある者は炎《ほのお》を吐《は》き、またある者はゲロを吐き、メイドさん属はいそいそとその後始末をする。
まあ、このように、不可思議な能力で人間の良き友人として、その生活を支えてくれる存在なのだ。
一様に少女の姿をした彼女らは、擬態《ぎたい》として小さな縫《ぬ》いぐるみの姿になって、ポケットに収まる事も出来る。
縫いぐるみといっても、いわゆる手に装着出来るパペットなので、楽々収納だ。
その間、本来の身体《からだ》は異次元空間に一時的に移送している事により、質量保存の法則もクリアしているのだ。
人間サイズからパペットになる時、またはパペットから人間サイズに戻《もど》る時に、次元移送時の余波でボムッとか音を立てる。
とにかく、ポケットサイズにもなる少女達、というところの略から、彼女らは……。
ポケロリと呼ばれていた。
ちなみに、年少組、年長組、1年生、2年生と始まり、新入生、在校生、卒業生の各クラスで終わる外見年齢でランク分けされるポケロリの中で、瞳亜は上から2番目の在校生クラスに当たる。
スクール水着を着ているのは別に僕の趣味《しゅみ》ではなく、そういう種族だからであり、あと僕は恰好にひかれて契約をした訳ではない。
「もう〜、目的を果たしたからって、毎日毎日ぐーたらぐーたら……しっかりして下さいよ」
ため息混じりに、夢うつつの僕の毛布を瞳亜がはぎ取る。
「……う!!」
と、バッと毛布をはいだ姿勢のまま、変に唸《うな》って瞳亜が固まった。
眠《ねむ》い目をこすりながら身体を起こして、瞳亜がひくついた顔で見下ろしている僕のベッドを見渡す。
毛布は取られたから、今、ベッドにあるものといえば、シーツ、枕《まくら》、僕……あと、セシル。
「……あー」
合点のいった僕を、瞳亜が泣きそうに見下ろしていた。
「これは朝だからで、別にお前の水着姿に欲情したとかそういうんじゃないから」
「そっちはどうでもいいっ!!」
余ったシーツで股間《こかん》を隠す僕を、瞳亜がビート板で殴《なぐ》りつけた。
「何で、セシルさんがマスターのベッドで寝てるんですかっ!? なんでなんでっ!? なんでえっ!?」
ぽこぽこ殴りながら尋《たず》ねる瞳亜に、僕自身も首をひねる。
「はて……? 昨夜寝る時は一人だったんだが……おい、セシル」
[#挿絵(img/th221_038_s.jpg)]
殴られっぱなしというのも脳によろしくないので、僕の傍《かたわ》らに眠るセシルを揺《ゆ》り起こす。
天使ポケロリ、セシル。僕は一度彼女を失い、再び取り戻すため6年も世界のあちこちを旅した。
そして、苦難の末、ようやく、つい数週間前に彼女を捜《さが》し当てたのだ。
「セシルー?」
背中に生えたセシルの翼《つばさ》をくいくい引っ張ってやる。
「ん……んん……。……ふぁ……あ……、おはようございます、マスター」
「呑気《のんき》に欠伸《あくび》なんぞを……。……ところで、何で、お前、僕のベッドで寝てるの?」
「あ、はい。それはですねえ。日の出直前に目を覚ましたわたしは、朝焼けの空をマスターと一緒《いっしょ》に見ようと思った訳です。それで、マスターのお部屋にやってきたのですけど、マスターの寝顔《ねがお》があまりに可愛《かわい》かったので、起こすのがもったいないな〜と思いまして。しばらく、ベッドにかぶりつきでじーっと見ていたんですが、段々眠たくなってきたので、ちょっとだけ添《そ》い寝してみたんです」
「日の出前からって……もう、昼前だぞ、セシル……」
「てへ」
こつんと自分の頭を叩《たた》くセシル。まあ、可愛い。
「……ところで、瞳亜さんはどうしてマスターの頭を叩き続けているんですか?」
「育毛法」
「ちがーうっ!! セシルさんっ、ポケロリと言っても女の子なんですから、無闇《むやみ》に男の人の寝床《ねどこ》に入り込むなんて良くないんじゃないですかっ!?」
ふーっ、ふーっと獣《けもの》のような荒《あら》い鼻息で瞳亜が激怒《げきど》する。
セシルはまだ寝ぼけているのか、血管切れそうな瞳亜をぽへーっと眺《なが》めていたが、『あ』と短く声を上げてから小首を傾《かし》げて言った。
「勝負パンツじゃないのを怒《おこ》ってるんですか?」
「意味が分からんわっ!!」
火に油だった。
「つーか、お前、パンツ穿《は》かないじゃん?」
「天使ですからねえ」
そういう習慣がないらしい、天使という種族には。
初めて目の前でセシルがふわふわワンピースで空から飛んで下りて来た時、丁度牛乳を飲んでいた僕は元気なテッポウウオと化した。
「マっ……マスターの……」
ブルブル震《ふる》える瞳亜の顔を下から覗《のぞ》く。
「……?」
「……ぶぁかぁっ!!」
と、怒声《どせい》と共にスクール水着ポケロリの能力によって取り出したプールの監視台《かんしだい》で目一杯《めいっぱい》僕を殴りつけて、腕《うで》で目を覆《おお》いながら瞳亜は部屋から走って出ていってしまった。
衝撃《しょうげき》に気を失った僕が目を覚ました時、既《すで》にポケロリ達が3時のおやつを食っている時間になっていたのだった……。
ところで、今。
僕達はセシルと再会した村の西にある旧都の近く、雛壇《ひなだん》市にやってきていた。
この街は古くから、とある企業《きぎょう》……まだこの地方に都があった頃《ころ》は卸問屋《おろしどんや》と呼ばれていたが、その産業がもたらす利益によって潤《うるお》ってきた。
よって、街にある様々な施設《しせつ》もその企業と何らかの繋《つな》がりのある物が多い。
僕達が今、宿泊《しゅくはく》しているこのホテルも、無論|一般客《いっぱんきゃく》も泊《と》まるのだが、その企業の保養施設として建てられた物だと言う。
本来ならば、目の飛び出る値段を請求《せいきゅう》される高級ホテルだが、ちょっとしたコネがあるお陰《かげ》で格安で宿泊出来る。
で、その高級感を満喫《まんきつ》するがごとく、サービスで出されるお菓子《かし》とお茶をティールームで楽しんでいるであろうポケロリ達の様子を見に、僕は部屋から出て階段を下りていった。
ふかふかでありながら、滑《すべ》る事も足を取られる事もない高級感|溢《あふ》れる絨毯《じゅうたん》の感触《かんしょく》を少しだけ楽しみつつ、ティールームへ行くと、案の定、そこは僕のポケロリ達による独占《どくせん》談話場になっていた。
プリンセスポケロリ、アレッシア5年生。
6年生のメイドポケロリ、エリカ。
弓道着ポケロリ、Q、3年生。
関西弁のセーラー服ポケロリ、セリカ4年生。
体操服ブルマポケロリのリリカ2年生。
卒業生クラス、裸《はだか》エプロンポケロリ、横乳《よこちー》。
3年生、死神ポケロリのしーぽん。
ドッペルゲンガーポケロリのどぺ子、年長組。
これに、さっきの瞳亜とセシルを加えた計10名が僕の支配下にあるポケロリという事になる。
「はぁ……」
優雅《ゆうが》なお茶会のはずが、瞳亜がため息混じりに頬杖《ほおづえ》をついた。
「どうしたのじゃ、瞳亜?」
瞳亜とは一番付き合いが長いアレッシアがティーカップを口に運ぶのを止《や》めて尋《たず》ねる。
「マスターとセシルさんなんだけどさ。ひょっとして、あたし達って、お邪魔なのかなぁ?」
「ひょっとしなくてもそうでしょうね……」
黙々《もくもく》とプレッツェルを齧《かじ》るエリカが、あっさりと瞳亜に答えた。
「……マスターとセシルさんを2人きりにしてあげた方がいいって事ですキューか?」
「それも一つの選択《せんたく》という事でしょうね」
「……」
Qとエリカのやりとりに、瞳亜が暗い顔で沈《しず》み込む。
そこまで聞いて、何だか部屋の入り口前で立ち聞きしているのが非常に後ろめたくなったので、僕はその場を離《はな》れた。
……まあ、出ていって『そんな事気にすんな』と言ってやれる事も出来る訳だが……それは結局、あいつら自身が決める事で、僕には決定する権利は……いや、権利とその決定に対する拘束力《こうそく》があるからこそ、僕が決めてはいけないのだと思うのだ。
あいつらの人生をあいつら自身に決めさせてやりたいから……。
そう思いながら、僕は空きっ腹を抱えて、食堂に向かう事にした。
で、空きっ腹を満たして、部屋に戻《もど》ろうとした所、フロント係のタキシードポケロリに呼び止められる。
タキシードポケロリは種族的に慇懃《いんぎん》な性分《しょうぶん》なので、こういった仕事に向く。
「山風様、フロントにお客様がいらしていますが」
「客……?」
ここに僕が泊まっている事を知っている人間はいないはずだが……。
「雛祭食品、会長室長と名乗っておいででした」
「……ああ」
なるほどと頷《うなず》いて、タキシードポケロリにチップを渡《わた》し、フロントに向かう。
言ってみれば系列施設な訳で、あそこには僕が泊まっている情報が流れていく訳だ。
しかし……今頃《いまごろ》、何の用だ? 会長サマとはあの事件以来、もう12年も会ってないというのに。
思案に暮れながら廊下《ろうか》を進むと、フロント前のロビーにレスリングスタイルポケロリと甘ロリポケロリが立っていた……何か名前|被《かぶ》ってる? ひょっとして?
ともあれ、それはどうでもよく……しかし、凄《すご》い取り合わせだな……ホントに食品会社かあそこは?
「ご無沙汰《ぶさた》してますぅ、御剱さまぁ」
「やあ、御剱お兄さん、元気かなっ? こーんにーちはー! あれあれ? お兄さんの返事がないぞ〜っ?」
甘ったるい声でへにゃへにゃした甘ロリポケロリと、子供相手のショーの司会のようなレスリングスタイルポケロリが、それぞれ挨拶《あいさつ》をしてくる。
ちなみに、甘ロリというのは、黒を織り交ぜた衣装《いしょう》のゴスロリと似ているが、こちらはピンクとかを基調としていて、ちょっと違《ちが》う感じであり、ロリータファッションポケロリの派生|亜種《あしゅ》だ。
「僕は、もう巴御劔じゃないそ。山風忍だ」
「そうかっ、だから、返事をしなかったんだね、忍お兄さん! お姉さんもビックリさっ」
「レスリングスタイルぅ、あんまりオーバーアクションすると、乳首ポロリするから気を付けてぇ」
「……で、何をしにきた?」
細い肩紐《かたひも》を直すレスリングスタイルポケロリを横目で見ながら、ロビーのソファーに腰掛《こしか》ける。
「忍さま、冷たいですぅ。雛祭会長も寂《さび》しがっておいででしたよぉ?」
「あいつがそんなタマか?……打算もなく動くような奴《やつ》じゃねーだろ?」
「うんっ、とってもいい質問だねっ。それじゃあ、お姉さんと一緒《いっしょ》に雛祭会長の用事を調べてみようっ」
甘ロリポケロリが一通の手紙を取り出す。
と、そこヘヒマを持てあましていたのだろう、僕と契約《けいやく》する10人のポケロリがわらわらとロビーへやってくるのが見えた。
「あれ? マスター、どうかなさったんですか?」
「うん、見ての通り、温泉を掘《ほ》っていた」
「見ても分からんっ!!」
ツッコミを入れる瞳亜とは裏腹に、生真面目《きまじめ》に地面をジッと見るセシル。
「忍様が契約していらっしゃるポケロリですかぁ? 初めましてぇ、雛祭食品、会長室副長ですぅ。このレスリングスタイルが会長室長ですぅ」
「……あ、はあ……はじめまして? ……何で、そんな所の人が?」
「……これが、雛祭会長からのお手紙さっ。忍お兄さんに読んで欲しいんだねっ!」
無言で手紙を受け取り、封《ふう》を切ろうとすると、ひゅっと風切り音がして、封書《ふうしょ》の端《はし》が落ちた。
「……礼には及《およ》ばん」
自慢《じまん》げに鎌《かま》を振《ふ》るった死神しーぽんがふっと笑う。
隙《すき》を見せると僕の首でも落としかねん。
「まさか……ラブレターですか?」
「ラブレターに親展とか書くか」
瞳亜に苦笑《くしょう》を返し、がさがさと便せんを開く。
「……なになに?『拝啓《はいけい》 新秋のみぎり、貴兄、益々|御健勝《ごけんしょう》の段、慶賀《けいが》の至りに存じます。また、日頃《ひごろ》は何かとお世話になり、厚く御礼《おんれい》申し上げます。その後久しく御無沙汰|致《いた》しました事、心苦しく、また……』挨拶文なげーよっ!!」
「雛祭会長はビジネスライクに生きてるからねっ!」
途中《とちゅう》をすぱっと飛ばす。
「あー……『今般《こんばん》、4年に1度|開催《かいさい》される運動会にて、不肖《ふしょう》、小生運動会実行委員長に選出された段、まずは御報告を致します。これも貴兄の御《ご》指導御|鞭撻《べんたつ》の賜《たまもの》と存じますれば、遠方におられる貴兄の御温情|溢《あふ》れる支えがあったればこそ……』」
「なー、何言ってるか、分からへん」
セリカがもっともな事を言う。
「ちなみにこちらが会長秘書が要件をまとめた文章ですぅ」
「最初からそれを出さんかいっ!」
甘ロリポケロリから1枚のペラ紙を奪《うば》い取る。
「一つ、雛祭会長が運動会実行委員長になった。
一つ、その実行について山風忍|殿《どの》に手を貸して欲しい。
一つ、使いを出すので社の方に来て欲しい。
補足、ご足労頂ける場合、お手持ちのポケロリご一同様に、是非《ぜひ》運動会への出場を……』」
「運動会っ!?」
僕の言葉を遮《さえぎ》って、体操服ブルマのリリカが素《す》っ頓狂《とんきょう》な声を上げた。
ポケロリ運動会。
ポケロリ文化祭、ポケロリ武闘会《ぶとうかい》と並んでポケロリ3大大会と言われる世界規模の超巨大《ちょうきょだい》大会だ。
特に体育会系ポケロリにとっては、運動会というのは格別の思い入れのある大会……というか全《すべ》てのポケロリの憧《あこが》れの的だと言っても過言ではないだろう。
世界規模の予選を半年かけて行い、20万人近いポケロリの中から、100人の選ばれしポケロリが集《つど》う夢の祭典だ。
予選に出ないでも出られるものなのかな……?
「出たいぜっ!! 運動会っ!!」
「非常に名誉《めいよ》な事ですキュー」
「本当に出られるんですか?」
わらわらうるさい……。
「……とにかく、一度、お姉さんと一緒《いっしょ》に社の方に来るだけでも来てみてはどうかなっ、忍お兄さん?」
微妙《びみょう》に気は進まなかったが、ポケロリにあまりにキラキラした目をされては拒否《きょひ》する事も出来ず、結局、ポケロリを引き連れて出かける事にしたのだった。
雛祭食品株式会社は、その前身である中京あられ(株)から数えると創業250年の老舗《しにせ》である。
本社|塔《とう》は3年程前に落成した新社屋であり、経済新聞にこども騎士団《きしだん》特需《とくじゅ》による富で建造されたと書いてあるのを見た。
実際そうだろうとは思うが……しかし、改めて、見上げると……。
「でっっっっっかいなあ……」
首がへし折れそうな感じで、みんなして上を見る。
「さっ、お姉さんに続いて奥へ入ろうねっ」
正面|玄関《げんかん》を通って、受付フロアを歩くと、古い社員の何人かが僕の事を覚えているらしく、『いらっしゃいませ!』と深々頭を下げてくる。
「やー、やっぱり会長室長ともなると、周りが頭を下げるんですキューねえ」
「頭を下げられるのは気分がよいのじゃ」
事情を知らないQやアレッシア達を見て、僕の頭上をぱたぱた飛ぶセシルが含《ふく》み笑いをする。
だだ長い螺旋《らせん》階段をてくてくてくてく歩き、最上階、会長室フロアに辿《たど》り着く。
「お連れの方は控《ひか》え室《しつ》でお待ち下さぁい。美味《おい》しいお茶とお菓子《かし》をご用意しますぅ」
一歩歩きかけて、ぞろっと揃《そろ》って僕の方を見る。
一応は、マスターが誰《だれ》かを認識《にんしき》はしているらしい。
「いただいて来い」
僕の許可を聞いてポケロリ達が微笑《ほほえ》みながら控え室へ下がっていくのを見届けてから、レスリングスタイルポケロリに通されて会長室の前へ。
重厚な扉《とびら》をノックすると、中から誰何《すいか》の声がした。
「レスリングスタイルだよっ! 忍お兄さんをお連れしたんだねっ!」
「お通しなさい」
ドアが開かれ、奥のでかいデスクが見えた。
高そうな椅子《いす》に深々と腰掛《こしか》けるその姿は7年前と変わらず、凛《りん》とした和服の少女が座っている。
「御無沙汰《ごぶさた》しております、ご立派になられましたね、お内裏《だいり》様」
「元気そうで何よりだ、相変わらず可愛《かわい》いな、雛祭」
12年前、まだ少年と呼ぶべき未熟な僕は、入学式を済ませる前から既《すで》に名前の決まっていたこのポケロリと出会った。
僕にとって2人目のポケロリ……今にしてみれば感慨《かんがい》も深い。
挨拶《あいさつ》を交《か》わした僕らを見て、レスリングスタイルが重い扉を閉める。
「……戦闘《せんとう》が出来なくなったポケロリにお内裏様が優《やさ》しいお声をかけて下さるとは……丸くなったものですね」
言葉の中には嫌味《いやみ》が含まれているが、声は随分《ずいぶん》優しい。
「バーストのかけすぎで、カラット数が1割程度まで落ち込んだ事を恨《うら》んでいるのか?」
「……いえ、どのみち会長職に就《つ》いてしまえは、あんな風に最前線でジェンマを使う事はないでしょうから……私のような超攻撃《ちょうこうげき》特化型のジェンマを持っているようなポケロリは」
「……」
雛祭の言葉を額面通りに受け取るのならば、むしろ、気にしているのは僕の方なのだろうな。
「それよりも私は……使い物にならなくなって捨てられた事の方を切なく覚えています」
そんなセンチメンタリストでもあるまいとも思ったが、そう言われると流石《さすが》に罪悪感も湧《わ》く。
「でも、私は……お内裏様のそういう冷然となさった態度は嫌《きら》いではありませんでした。……だからこそ、お内裏様と契約《けいやく》をしたのですけれど。少しは認めて頂きたくて、この数年、会社の株価を上げる事に邁進《まいしん》して参りましたが……」
「単純にお前の活躍《かつやく》を喜んでたよ、損得|抜《ぬ》きに」
「まあ、ご冗談《じょうだん》を」
ふふふと笑う雛祭に合わせて、僕も乾《かわ》いた笑いを返す。
商魂《しょうこん》の塊《かたまり》みたいなこいつが認めて頂きたいだのと……額面通りに話をするとロクな事にならんだろうな。
「で、わざわざ僕を呼んだのは思い出話や、運動会実行委員長になった報告をするためじゃあるまい?」
「それも半分ですが……実は、少しばかり、その運動会のお手伝いをして頂きたいのです」
にっこりと雛祭が笑う。
そら来た。
ビジネスの最先端《さいせんたん》でこういう屈託《くつたく》のない笑《え》みを浮《う》かべる奴は要注意だ。
「……ああ、こういう申し上げ方はお気に召《め》さないんでしたね。分かりました……これはビジネスです。お手伝い頂けたら、精鋭《せいえい》のポケロリ10名を補充《ほじゅう》して差し上げます。お内裏様の覇業《はぎょう》には必要でしょう?」
「いやー……僕、今、そういうの興味なくてさあ……」
「お戯《たわむ》れを」
「マジで」
というか、この上10人もポケロリが増えたら、僕は過労で死ぬ。
「……。人が変わられたとはこういう事を言うのでしょうね……。あの冷徹《れいてつ》で上に登り詰《つ》める事しか考えておられなかった少年が、よくこうまで……いえ、それはそれで良い事なのでしょうね……。分かりました。では、こうしましょう。助力頂けたら、お内裏様がお連れのあの子達が運動会に出場出来るよう、推薦《すいせん》状を書きましょう。……本来は予選を勝ち抜かねば出場出来ませんが、例年、特別|推薦枠《すいせんわく》がありますから」
「……解《げ》せんな。何でそこまでして、僕を引き込みたがる?」
「そうすれば、少なくとも運動会の期間中は、マスターは私と一緒《いっしょ》にいて下さるでしょう?」
「……」
「ポケロリがマスターと一緒にいたがる……。当たり前ですが、美しいお話では?」
そんな愛らしい性格でもあるまいに……。
が、まあ、一応、聞いておくとして、だ。
「……僕に得があるのか?」
「ふふ、損得|勘定《かんじょう》は御健在でいらっしゃるんですね。安心しました」
雛祭はそう言って人差し指を唇《くちびる》に当てて窓の外を少し眺《なが》めてから、僕の方を見た。
「あの子達、運動会に出られると聞いて、随分、はしゃいでいたでしょうね。それが出られないと分かったら、さぞかし落胆《らくたん》するでしょう……優しい忍お兄さん≠ヘあの子達の消沈《しょうちん》する様子を正視できますか?」
「……やな交渉《こうしょう》術だな」
「お内裏様直伝ですから」
そう言って、雛祭はふふふと笑う。
「……大体、努力もせずに運動会なんかに出てもだなあ」
「悲しむでしょうねえ……」
雛祭が芝居《しばい》がかった涙《なみだ》混じりの言葉で僕の言葉を遮《さえぎ》った。
「……やな奴《やつ》だな、お前」
「ポケロリはマスターに似ると申しますから」
にっと笑う雛祭を見て、どうも交渉しても勝てない気がしてきた。
12年前のあの事件の時、僕はこいつを過剰《かじょう》バーストで潰《つぶ》しかけている負い目があるし……それに何より、こいつにもマスターらしい事をしてやりたい気持ちが少なからずあるからだ。
「……いいだろう。で、僕は何をすればいいって?」
「運動会の優勝者に最高の栄誉《えいよ》を与《あた》えて頂きたいのです」
「栄誉? 最高の……?」
運動会の栄誉というと……。
「トロフィーと金メダルの授与《じゅよ》だろ? それを僕にやれってか?」
「それは私のお仕事ですから、お内裏様には別の事をやっていただきます。それは……」
悪戯《いたずら》っぽい光を瞳《ひとみ》に浮かべて、もったいぶった口調で雛祭が言葉を続ける。
「……副賞、最高のポケロリ使いとの入学式です」
最高のポケロリ使いと言われれは、誉《ほ》められたようにも思えるが、実質、僕が賞品……という事になる。
こいつの言う『精鋭10人のポケロリ』というのは、つまり、運動会で優勝したチームの10人に与えられる副賞……というのと同義なのだ。
「ああ……なるほど。ふん、それで読めたぞ。その副賞とやらは既《すで》に確約済みの事として、進行しているな?」
「……。ご明察です。最強クラスのポケロリ使いの庇護《ひご》の下《もと》に入れるというのは、ポケロリにとっては何よりも心強い事ですから」
どっちが庇護されるんだか、分かったもんではないがな。
「それで、どうしても僕を引き入れたいと?」
「ご自分の可愛《かわい》いポケロリが頼《たよ》っているのですし、聞き入れて下さっても罰《ばち》は当たらないかと」
どーもな……良いように利用されてる観があるのが気になる。
せめて、表向きぐらいには、納得《なっとく》出来る理由があればな。
「僕にとってメリットのない事だよなあ……」
「契約《けいやく》を望まないポケロリもいるでしょうから、もう一つの副賞を用意してます。お内裏様のポケロリがお勝ちになったら、実質上、お内裏様の物になりますが」
「もう一つの副賞……?」
「南の島です。……まあ、無人島ですけれど。別荘《べっそう》も建ててありますから、リゾートにはよいかと」
「ポケロリは喜びそうだが……しかし、あいにく、僕自身は不動産には興味がなくてな」
そもそも無人島なんぞもらったって、二束三文だろ。
「……。……では、これでいかがですか?」
色好い返事を出さない僕に、雛祭は机の引き出しから一冊の分厚い本を取り出す。
「なんだ……これ?」
手に取った薄汚《うすよご》れたボロボロの本……革《かわ》の表紙のどこにもタイトルは書かれていない。
「さるお方が提供して下さった物ですが……」
「さるお方?」
「次期導師連盟盟主、ファリア・ファス様」
……ほ……う。
「あの泣き虫のお嬢様《じょうさま》が……随《ずいぶん》分とお偉《えら》くなられたようですね」
「奴の話はしたくねーな」
今にも唾棄《だき》しそうな僕の様子に、雛祭は少し苦笑《くしょう》を返した。
「これは失礼を。で、こちらの品物ですが……」
そこで言葉を一旦《いったん》切り、そっと机の上の本に紅葉《もみじ》のように小さな手をやった雛祭が、ナイフの切っ先のように鋭《するど》い視線を僕に向けて、一段低い声で言葉の続きを紡《つむ》ぐ。
「超《ちょう》古代文明の遺産、軌道《きどう》衛星・グリモワールの一つ『ラジエルの書』……その1500万巻に及《およ》ぶデータ写本の1冊」
「なっ……!?」
秘術《カバラ》の結晶《けっしょう》を手にしているかと思うと、手に震《ふる》えが来た。
「……だと言われている物です」
「なんだよ……確定情報じゃねーのか」
「天使にも解読が不可能と言われている書物ですから。誰《だれ》にも読めないんですよ」
なるほど……しかし、であれは、なおの事、本物である可能性は高いという事か。
「知的探求心がくすぐられませんか?」
「分かり切った事を聞く……」
「商談成立ですね」
食えない奴《やつ》だとも思ったが、あのお嬢《じょう》さんお嬢さんした雛祭が、短期間とは言え、僕が叩《たた》き込んだ交渉《こうしょう》術をきちんと磨《みが》いていたという事の方が嬉《うれ》しくて、結局OKしてしまった。
……で、一旦《いったん》、ホテルに引き上げて、運動会の会場となる街への旅路に就《つ》くべく支度《したく》を調《ととの》えているのだが。
「それにしても……本当に良いんですキュ? 私達が運動会に出て……?」
「わらわが優秀《ゆうしゅう》であるがゆえじゃな」
「それにしても、マスターが運動会の実行委員長と友達だったとはツイてるぜ?」
「わらわが優秀じゃからじゃと申すに」
遠慮《えんりょ》がちでありながらも嬉しさを隠《かく》さないQと、満面の笑みのリリカと、満更《まんざら》でもないアレッシアを見ていると……。
『こんなんがあと10人も増えるのか……?』
無性《むしょう》に後悔《こうかい》の念が湧《わ》き上がってこなくもない。
「ねっ、それより聞きまして!? 大会の優勝者にはあのっ!! あのっ!! 巴御剱様が入学式をして下さるんですって!!」
大興奮状態でエプロンをばふばふさせる横乳を、周りは冷たい目で……。
「そうですよねっ!! あああああっ、御剱さまぁっ! もっ、もっ、もうお会いできるだけで私……私……!!」
普段《ふだん》クールに僕の後ろに突《つ》っ立ってるエリカが天に向かって祈《いの》り始めた。
「エリカやん、めっちゃ御劔様ファンやからなあ……」
「そういうセリカだって、ファンのくせにですキュ」
「名うての大導師じゃ。姫《ひめ》であるわらわを見初《みそ》めるやもしれぬな、うむ」
「しーぽんなんか、色紙買ってましたわ」
「いっ、いいだろうっ、別にサインぐらいっ!!」
冷たい目で見るどころか、凄《すご》い盛り上がっていた……。
「しかも、優勝なんかしちゃったりして、無人島に御劔さまをご招待したりして……『僕らだけの海だよ、エリカ』とか言われちゃったりしたら、もうっ、もうっ!!」
「うむ! 目指せ、大導師と南の島でアバンチュールじゃっ!!」
「プライベートビーチで一杯《いっぱい》のジュースにストロー2本|挿《さ》して、ちゅーちゅー吸ったりするんだぜ?」
「やらしいなあ」
つーか……こいつら、こんなにミーハーだったんだな。ちょっとビックリだ……。
と、その輪から離《はな》れている2人のうちの1人、瞳亜がぼそりと呟《つぶや》く。
「ばっかみたい。どうせ、あんた達、入学式済ませてるんだから、別の人と契約《けいやく》なんか出来る訳ないじゃない……」
「いいんですキュ。お会い出来るだけで嬉しいんですキュ。でっ、でもっ、もし、握手《あくしゅ》なんかされたら……」
ぽおーっと夢見る少女の瞳《ひとみ》になるQを置いて、横乳《よこちー》が訝《いぶか》しげに尋《たず》ねる。
「……瞳亜さんは御剱様お好きではないんですの?」
「あたし、嫌《きら》いだなぁ。冷たい人だって話でしょ? しかも、凄い偉そうで自信|過剰《かじょう》な人だって言うじゃない? そんな称号《しょうごう》をちょっともらっただけで有名人気取りの人なんかより、マスターの方がずっと素敵《すてき》だもん!」
全《すべ》てを知っているセシルと目を合わせて思わず苦笑する僕。
「セシルさんだって、そうでしょ?」
「えっ?」
急に瞳亜に話を振られて、セシルが僕を見て言葉を探す。
「そ……そうですねえ……あー、でも、あんまり、こう……悪口を言わない方がいいかなーとも思いますよっ?」
「……まさか、セシルさんも巴御剱のファンなの?」
「ファンというのとは違《ちが》うのですけど。あ、でも……えーと……困りましたねえ……あはは……」
僕と瞳亜を交互《こうご》に見て、セシルは妥協《だきょう》点を模索《もさく》する。
そんな圧倒《あっとう》的多数の御剱派と、孤軍奮闘《ぐんふんとう》の反御剱派による、ハイテンションな一行を引き連れ、僕はポケロリ運動会が開催《かいさい》されるギリ志摩《しま》へと向かうのだった……。
[#改ページ]
2時間目
大同窓会
ポケロリ運動会は、4年に1度、ここギリ志摩の街で開催される。
伝説のポケロリの1人の名前を冠《かん》したさくら洋の海を望むこの街は、今、運動会の前夜祭で空前の盛り上がりを見せていた。
「絶対、御剱様の方が素敵《すてき》ですってば!」
「そうですわ。瞳亜さん、男を見る目がないんじゃありませんの?」
「マスター! 何とか言ってやって下さいよっ、この裏切り者達にっ!」
「お前ら、よく飽《あ》きないなぁ……」
道中ずっとこんな感じだった。
「我が主は平和ボケしているからな。その点、巴御剱は戦意に富むと聞く」
「きっと凜々しい男であろうのう」
そもそも、しーぽん&アレッシアが誰《だれ》かを誉《ほ》めるという時点でかなり希有《けう》なので、これはこれで面白《おもしろ》く、放置してあるのだが。
まあ、そんなこんなで運動会前夜祭のコンベンションに招待された僕達は、各々正装して……というか、ポケロリはいつもの服が正装なのでそのままだが、僕だけ着慣れないタキシードを着て、コンベンショナルホールの入り口をくぐった。
ホールは本来、王侯《おうこう》貴族が舞踏会《ぶとうかい》をするのに使用されている場所で、運動会の時にだけ開放されているため、それだけでも随分《ずいぶん》と豪奢《ごうしゃ》な造りにはなっている。
「わぁ……!」
それまで言い合いをしていた瞳亜達が言葉を忘れて、見取れるのも無理はない。
華美《かび》な飾《かざ》り付けに彩《いろど》られたホール内は、さながら、ポケロリの見本市のようになっていた。
各種族でも特に優秀《ゆうしゅう》なポケロリ達が一堂に会するイベントだからだ。
普段《ふだん》はお目にかかれない珍《めずら》しいポケロリ、そして、それを引き連れているポケロリ使いがあちこちに見受けられる。
「すごーい!」
ポケロリ達に着いていく僕は、さながら動物園に遠足に来た子供の引率のようだ。いや、実質そんなようなもんなんだろうけど。
「凄《すご》いですわね〜……あ! わたくし、あの方、存じてますわっ!」
ホールの中央で沢山《たくさん》の人間とポケロリに囲まれている老人を、横乳《よこちー》が指さす。
ローブを羽織った好々爺《こうこうや》然としたその老体は……。
「大長老、マインデイク・SS・ゼッターロッシュだぜ!」
「あら、ご存じでしたの」
「知らぬ者はおるまい。この世で一番の有名人だ」
マインデイク・SS・ゼッターロッシュ老は、この世に3人しかいない大導師の一人で、誰もが知るポケロリ界の第一人者だ。
その人格と能力の高さから、大長老の二つ名を持つ世界で最も偉大《いだい》なポケロリ使いだ。
他《ほか》にもあっちこっちに有名ポケロリ&超《ちょう》有名ポケロリ使いがうようよしていたため、僕のポケロリはテンションが上がりっぱなしだ。
が、その中で一人、群衆の中に因縁《いんねん》のある人物を見つけた瞳亜だけは、沈《しず》んだ声を出す。
「……カオスブレイカー騎士団《きしだん》長」
瞳亜が呟《つぶや》きを放たないではいられなかったその男は、背の高い赤毛の女と談笑《だんしょう》していた。
レドルピー・カオスブレイカー。
デューク・レッド『赤の公爵』の二つ名で知られる、こども騎士団の騎士団長である。
「……んで、その騎士団長閣下と楽しくお話しをしている赤毛の美人が、次期導師連盟盟主の呼び声も高い『美しき女神《めがみ》』ファリア・ファス嬢《じょう》、25歳独身だ」
気障《きざ》な口調でそんな説明を口にし、皮肉めいた口元を見せながら、白髪《はくはつ》でサングラスをかけた長身の男が僕らの方へ歩いてくる。
そして、白い長髪《ちょうはつ》の男は、僕の肩《かた》に手を回した。
「恋人《こいびと》が取られないか心配だろ? どーだ、妬《や》けるか、BOY?」
「誰がボーイだよ。このキザ野郎《やろう》が」
笑いながら、軽くボディブローを白髪の男に入れる。
と、セシルがふわっと浮《う》いて、白髪男の周りをぐるんっと飛ぶ。
「フロストさんっ」
「よおー……よーよーよー! セシルちゃんか!? 行方《ゆくえ》不明だったそうだが……そうかっ! 見つかったかっ!! なんだよ、言えよ、そういう事はもっと早くよっ!!」
馴れ馴れしく僕とセシルの肩を抱いてくる白髪の男を見て、エリカがボーっとなる。
「フロストさま……? 白銀の貴公子、璃貴《りき》・フロストさま?」
こいつもサマ付けか……相当ミーハーだな……エリカ。
「おっ、こっちのメイドちゃん達は初めましてだな? しばらく見ない間に、まー、大所帯になっちまって……」
璃貴・フロスト……僕とは幼馴染《おさななじ》みというか、学生時代のクラスメートで腐《くさ》れ縁《えん》の友達だ。
ポケロリ使いとしては、氷のポケロリを使う美形青年てな事で、白銀の貴公子などという大層な二つ名を持つ。
「ご、ご主人様と……お、お知り合いで……?」
声の震《ふる》えるエリカに、サングラスを少しずらしてウィングしながら、フロストが答える。
「知り合いも知り合い。大親友さっ、なあ?」
「まだそんな嘘《うそ》を信じているのか」
「嘘とかゆーなよっ!!」
自称《じしょう》・大親友とやらが激怒《げきど》している。
が、そんなやりとりとは関係なく、エリカが色紙を持ってふるふると割って入ってくる。
「あっ、あの……さ、サイン頂いてもいいでしょうか?」
「うっ、うちもっ、サインっ!」
「わたくしもよろしいかしら!?」
「俺サマのサイン? いーよいーよっ。なんだ、良い子だなあ、お前のポケロリ達は? うちのゆっこと来たらさぁ……」
ゆっこというのは、こいつが使っている雪女ポケロリの雪子さんの事だ。『雪子さん』まで名前で、いかにこいつが尻《しり》に敷《しか》かれているかがよく分かる。
本人の前では『さん』付けで頭が上がらないくせに、まあ、このプレイボーイは……。
「僕にもサインをくれ」
「借用書の保証人|欄《らん》じゃねーかよっ!? しかも、なんだっ、この異常な利率はっ!?」
ちっ、気付かれた。親友のクセに度量の狭《せま》い奴《やつ》だと思う。
コンベンションホールで知人と顔を合わせてつまらない社交辞令を言わせられるのが嫌《いや》で、あれからすぐ、僕はポケロリとフロストと一緒《いっしょ》に早々にホールを引き上げ、ホールの近くの宿屋の中にある狭い酒場に逃げ込む。
酒場とは言え、この期間中、この街はポケロリのために色々な事がカスタマイズされるため、終日酒は一切《いっさい》出ず、僕もオレンジジュースで我慢《がまん》な訳だが。
ジュースで喉《のど》を潤《うるお》す僕の隣《となリ》で、ニヤニヤしながら物言いたげに、フロストが見てくる。
「なんだよ?」
「いんやぁ〜、あの、調和と平和と柔和《にゅうわ》から最も遠い所にいたお前がねえ……。子沢山《こだくさん》になると、人間丸くなるもんかね?」
しみじみと言われると多少腹立たしい。
「昔のマスターってそんなに人当たりの悪い人だったんですか?」
僕の昔話に余程《よほど》興味があるらしく、瞳亜が身を乗り出して嬉々《きき》として聞いてくる。
「いっやぁ、キミの想像以上だと思うね、俺は。1日|誰《だれ》とも口をきかないなんざ、ザラだわ、笑った顔を見た事ないわ、彼女は毎日泣かしてるわ……」
「かっ、かっ、かっ、彼女っ!?」
「ああ。この無愛想で嫌な野郎を相手して、にこにこ笑って付いてきてくれる上に、美人でスタイルも良い才媛《さいえん》と来てる。もおちょっと大事にしても。バチは当たらんだろ?」
「馬鹿《ばか》。トロいわ、へらへら笑って人をイラつかせる天才だわ……。ガキの頃《ころ》から一緒にいるんじゃなきゃ、誰があんなポンコツ女の相手なんかするか」
「でも、お付き合いしてたんですよね……?」
瞳亜が凄《すご》いジト目で僕を睨《にら》んでくる。
「泣いて土下座して足にしがみついて頼《たの》むから、嫌々仕方なくだ。しかも、元恋人だ。つきあった瞬間《しゅんかん》に別れたわ、あんな女」
「不憫《ふびん》な……」
「フロストはファリアの事、好きだったからな。ファリア寄りの意見もやむなしだが」
「親友の女に横恋慕《よこれんぼ》するほど、俺サマ、落ちてないぞ」
「はいはい」
頬杖《ほおづえ》をついて、明後日《あさって》の方向を向く僕。
「うわっ、ムカックヤローだな!?」
友人と小突《こづ》き合いをする僕が珍《めずら》しいのだろう、アレッシア達がほへーという顔で見てくる。
「忍にも屈折《くっせつ》した子供時代があったのじゃのう」
「そこかよ……感心するトコは?」
そんな具合に他愛のない昔話やらに花を咲《さ》かせていたのだが……。
不意に宿屋のドアが開いて、赤毛のサラサラヘアーの背の高い女性がひょこんと顔を出す。
「……すみません。あの、あの……こちらに巴……あ、いえ、山風忍という方が宿泊《しゅくはく》してませんか?」
「げ、ファリア」
思わず声に出してから、しまったと思った。
ぴょこんっと、イヌミミでも出て来そうな感じで、僕の声を聞きつけて、そのやけにデカい女がパァっと表情を輝かせ、でっかく口を開けた。
「みっちゃん!! 捜《さが》してたんだよぉぅ、みっちゃんっ!!」
「誰?」
小首を傾《かし》げる僕。
「みっちゃん、今、わたしの名前、呼んだよぉぅっ! ファリア・ファス! ファリア・ファスをお忘れなくっ!! もう20年近く前から一緒にいるんだよぉぅっ!?」
「そのうち6年ぐらいは一緒にいない訳だが」
旅に出てたからな……。
「……それにしたって、15年ぐらいは一緒だったよぉぅ、みっちゃあんっ!」
「誰がみっちゃんだよ……」
僕の不機嫌《ふきげん》極《きわ》まりない台詞《せりふ》を察することもなく、とてとてっと走ってくる。
どてっ!
「ひゃっ!!」
そして、こけた。
「てヘへえ……」
自分で自分の頭をこつんとやりながら、ファリアが立ち上がる。
ファリア・ファス……フロスト同様、僕の幼年学校時代からの友人だ。向こうが友人と思っているだけで、僕は全然そんな事思ってないのだが。
もう、何しろ昔っから鈍《どん》くさい女で、見ているだけでイライラさせられてきた。
散々いぢめていぢめていぢめ抜《ぬ》いてきたのに、何故《なぜ》か僕につきまとう変な女だ。多分、ストーカーなんだと思う。友人からストーカーを出すなんて、悲しい事だよな。僕は友人だとは思ってないけど。
「何がてヘへだ。お前、ドジっ子で可愛《かわい》いとか思ってんじゃねーだろーな? むかつくっ! 無性《むしょう》にむかつくっ! 今度僕の目の前でこれ見よがしにコケやがったら、背中|踏《ふ》んでやる! 踏みまくってやるっ!」
「そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
「なぁにが『だよぉぅ』だ。可愛いと思ってんじゃねー。25にもなって、年考えろ、ばーか、ばーか」
[#挿絵(img/th221_072_s.jpg)]
「ぅ……みっちゃんのいぢめっこぉぅ……」
唇《くちびる》を尖《とが》らせながら、ファリアが恨《うら》めしげに僕を見上げた。
「ったく、お前は昔っから僕の手を患《わずら》わせる天才だな」
ため息混じりに手を伸《の》ばして、ファリアの手を取り、引っ張り上げる。
「痛い痛いっ! みっちゃん、わたしの背中踏んでるよぉぅっ!」
「悪い、わざとなんだ」
「非道《ひど》すぎだよぉぅ、みっちゃぁんっ!」
泣きべそをかく情けない幼馴染《おさななじ》みを改めて持ち上げた。
「ったく、お前は、何で顔からこけるかね……? 重心が上過ぎっからか?」
相変わらず、無駄《むだ》に、本当に無駄極まりなく背がデカい。
僕とて175pぐらいはあるが、この女は僕より10p近く高い。そこもまた腹立つ。
何でこんなトロくさい女に見下ろされねばならんのか。
「ケッ、顔面ズルむけ女が」
ポケロリ用に持っていた絆創膏《ばんそうこう》をファリアの赤くなった鼻にべたんと貼《は》り付ける僕。
と、さっきまで泣きそうだったポンコツ女の顔が一瞬にして、ぱぁっと笑顔《えがお》になった。
「みっちゃあんっ! えっへへぇ……やっぱり、みっちゃんは非道い人なんかじゃないよね。みっちゃん優《やさ》しいな、みっちゃん優しいなっ」
自分の後ろ腰《こし》で両手を組んで、踊《おど》るように右へ左へと身体《からだ》を揺《ゆ》らし、俺の顔を覗《のぞ》き込んでくるファリアがむかつく。
「呪《のろ》いの絆創膏だ。呪われてしまえ」
「えへへ……みっちゃん、子供の頃《ころ》にもそう言って、私に絆創膏貼ってくれた事、あったよね。私、嬉《うれ》しかったなぁ嬉しかったなぁ」
しかし、えへえへだらしなく笑うファリアには効果がないようだった。
「なんじゃのう……忍の普段《ふだん》見れん面を今日はやたらと見せつけられるのう」
「そうですわね。忍様は、いつも女の子には優しいですのにね」
アレッシアやら横乳《よこちー》やらが、やや面くらい気味にこそこそ話をしているのが耳に入る。
「……みっちゃん、元気だった? ワタシ、ずっとね、心配してたんだよぉぅ?」
「お前|如《ごと》きに心配される程《ほど》落ちぶれとらんわ、ばーかばーか」
「……ぅ。み、みっちゃんがね……いつ帰って来てもいいようにって、お家のお部屋、おばさまにお願いして時々お掃除《そう》させてもらってるんだよぉぅ?」
「うわ、キモっ」
「そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
「何があんまりだ。人の部屋に勝手に入りやがって。説教してやるから、そこに座れ」
「う、うん……」
「あっ、こらっ! まだ座んなっ。コケて汚《よご》れたまんまだろっ、椅子《いす》が汚染《おせん》されるっ!」
スカートに付いた汚れをぱんぱん払《はら》って、ひざに付いた汚れをハンカチで拭《ふ》いてやる。
「あ……ありがとう、みっちゃん」
「お前の為《ため》じゃねえ。椅子が汚れると言っとるんだ。ガキの頃みたいに、お前のグズで俺まで連帯責任を取らされてはたまらん」
「うん……でも、みっちゃんはやっぱり心の奥では優しいよね」
「うっさい、黙《だま》れ、ハゲ」
「は、ハゲてないよぅ……」
僕とファリアとのやりとりを、やれやれという目で見ていたフロストがボソリと言う。
「どーして、素直《すなお》に久しぶりに会って話をしたいから、一緒《いっしょ》のテーブルにどうぞ……って言えないかねえ?」
「文句があるんなら、お前は床《ゆか》に座れっ!」
「わ、ワタシ、何にも言ってないよぉぅ……」
ファリアが席に座りつつ、テーブルに座る多数のポケロリに目をやる。
「……ね、この子達、ひょっとして、みんな、みっちゃんのポケロリ?」
「お前には教えたくない」
「どうしてよぉぅ……みっちゃん、いぢわるすぎだよぉぅ……くすん」
「何が『くすん』だっ!」
振《ふ》りかぶった勢いを含《ふく》めて、ファリアにデコピンをかます。
「あううっ! ……えヘへえ、みっちゃんのデコピン、久しぶりだよぉぅ」
こいっ、多分、マゾ。
「……あんまり、虐《いじ》めてやんなよ?」
いぢめまくってやる。
デコピンで痛むデコをそっとさすさすして、でも、何とか立ち直るファリアが僕のポケロリ達をぐるっと見て遠慮《えんりょ》がちに微笑《ほほえ》む。
「……あ、あのあの、こんにちは。ワタシ、ファリア・ファスって言います。みっちゃんとは幼馴染みで彼女なんだよぉぅ。よろしくね?」
「元だっ!」
フレンドリーに挨拶《あいさつ》をするファリアであったが、笑顔を向ける相手が悪かった。
元彼女と聞いて警戒《けいかい》感バリバリの瞳亜は、握手《あくしゅ》に差し出された手をちらっと見ただけで、ふんっと無言でそっぽを向いてしまう。ナイス、瞳亜。
「……ぁぅ。わ、ワタシ何か気に障《さわ》る事したかなぁぅ?」
「存在が気に障る」
「そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……。……でも、みっちゃん、昔より、何だか、優しい顔になったね。何か良い事あったのかなぁ……ぅ?」
ファリアの視線がセシルの所で止まる。
「セシルちゃん!? 見つかったの!? 凄《すご》いよぉぅ!! 良かったよぉぅ!!」
「はいっ。お久しぶりです、ファリスさん」
「わ、ワタシの名前はファリアです……そろそろ覚えて欲しいよぉぅ……」
「あっ! ごめんなさいっ、ファリスさん」
「ぁぅ……。で、でも、そっかぁ……。セシルちゃんと再会出来たんだぁぅ。よかったね、おめでとう、みっちゃん」
「うん……ありがとな、ファリア。今日はお前のおごりだ。みんなもどんどん飲め」
「ええぅっ!?」
慌《あわ》てて財布の中身の手持ちを確認《かくにん》するファリア。
半泣きのファリアを見ていると、とても微笑ましい気持ちになれる。
とはいえ……笑ってるファリアも……そう、悪くはない、ような気もしないではない、と言っても良いような悪いような噂《うわさ》もあるのだが。
……とまあ、そんな感じで僕と幼馴染《おさななじ》み達の話を、とても珍《めずら》しい物を見るようにしているポケロリ達と一緒に過ごすうちに、日は沈《しず》み夜が更《ふ》けていった。
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3時間目
大運動会初日 午前の部
結局、あれから深夜近くまで昔話や近況《きんきょう》報告をして、解散したのだが、勿論《もちろん》、ポケロリ達は途中《とちゅう》でぼろぼろリタイアして、その度《たび》に僕が部屋まで運んで寝《ね》かせるはめになった。
で、翌朝。
生あくびをしながら、部屋にファリアを一人残して、宿屋の階段を1階の酒場……今日は食堂と化しているフロアへ下りていく。
と、その途中の踊《おど》り場で窓の外を物憂《ものう》げに見るセシルと出会う。
「よお」
「……おはようございます、マスター。よく眠《ねむ》れましたか?」
「ああ……どした?」
普段《ふだ》も元気いっぱいというよりは、穏《おだ》やかな感じの奴《やつ》ではあるが、今日は特にちょっと静かな様子に思える。
付き合いの浅い奴なら分からないかもしれないが、ちょっとした変化が僕には分かった。
「ちょっと……。……昨夜のマスターを見ていて思ったんです。いえ……マスターが私を封印《ふういん》から解き放って下さった時から、思っていたんですけれど。マスターの側《そば》にはアレッシアさんがいて、瞳亜さんがいて……。マスターが帰って来られる場所は、私だけだと少し自惚《うぬぼ》れていたんですけれど……もう、そうでもないのかもしれないな……って」
馬鹿《ばか》な事を言うなと、僕にとってお前は特別だと、そう言おうとした僕の肩《かた》にふわりと浮《う》いたセシルが指を這《は》わせる。
「……」
そして、僕の黒く短い髪《かみ》でも、セシルの金色の長い髪でもない、赤く長い一筋の髪をセシルはすくい上げて捨てた。
「……出かける用意をして来ますね、マスター」
「セシ……」
引き留めるべき言葉が僕にはなかったから……呼びかけた名前を途中でやめてしまった。
昔は何も迷う事はなかった。
欲しい物は手に入れ、必要のない物は踏《ふ》みにじってきた。
何が欲しくて、何が必要ないかも分かっていた。
人が人として生きるという事は、こんな風に迷う事なのだろうか?
「……」
そんな事を考えながら、階段を下りきって廊下《ろうか》を曲がると、俯《うつむ》き加減に立っていた瞳亜とばったり会う。
「……聞いてたのか?」
「え? な、なにがですか?」
「……。いや。おはよ、瞳亜」
「おはようございますっ、マスター。……あの、あたし、アレッシア達を起こしてきますね」
無理をした微笑《ほほえ》みを向けて階段を上っていく瞳亜を、僕は見送る。
……ポケロリに気を遣《つか》われるとは、無様な事だな。朝っぱらからすっきりしない気持ちを引きずって、食堂代わりの酒場に足を踏み入れると、フロストがくわえていたパンから口を放して、読んでいた新聞から目を離《はな》す。
「よおっ、色男。昨夜はお楽しみでしたか?」
いやらしい笑い方に、ため息をつきながらフロストの正面の席に着く。
「お前は良いな。脳天気で」
「どーゆー意味よ、それ? つーかさあ、見たまえよ、これを」
フロストが手にした新聞をテーブルの上に載《の》せる。
「こんなゴシップ紙……。僕は経済新聞しか読まないんでな」
「自分が一面に載っててもか?」
「ああ、昨夜、火事現場から僕が妊婦《にんぷ》を救ったのが記事になってるのか……」
「そんな事いつしたよっ!?」
「あれは確か午前1時23分45秒|頃《ころ》……」
「うそつけっ!! いーから、見ろっつーに!」
強引《ごういん》に新聞を押し当てられる。
「……んー、なになに? 『速報! 本紙|独占《どくせん》スクープ! 天才王子と美しき女神《めがみ》ファリア、深夜の密会!?』……? 『ポケロリ運動会前夜、同じ部屋に消えていくのを本紙記者が電撃《でんげき》スクープ』……『2人はかねてよりの恋仲《こいなか》で結婚《けっこん》も間近という噂《うわさ》も』……『浮いた噂が立つ度に全面否定する美しき女神ことファリア・ファス女史(25)だが、こと巴御劔氏(25)との関係に関しては否定を一切《いっさい》しない事から』……『ポケロリ使い界のビッグカップルの動向に今後も目が離せたい』」
途中、すぱすぱ飛ばしながら読んだが……しかし……これは……。
「おー、震《ふる》えとる震えとる」
「何じゃい、これはっ!!」
「俺につかみかかっても、しょーがねーでしょっ?」
僕の剣幕《けんまく》にちょっとビビりながら、フロストが反論した。
「天才王子ともあろう者が間抜《まぬ》けにも部屋にしけ込む所を新聞記者ポケロリに見られて気づかないとはなあ……。美しき女神の方はお前の事となると周りが見えなくなるからしゃーねーだろうけどな……」
「僕も時々、あいつが僕の周りから見えなくなったらいいなあと思うぞ?」
「そりゃ、全然意味が違《ちげ》ぇよっ」
しかし、見れば見るほどに腹立たしい記事だ。
「ゴシップ紙に取り上げられるのはこの際いい!! 根も葉もない噂でも構わん!! だがっ!! なぁぁぁぁぁぁぁんで、よりにもよってあのポンコツ女との話題なんだよっ!? 納得《なっとく》いかんっ!!」
「いやぁ、何でっつったって、本当の事だからっしょ? んな、俺を睨《にら》むなよっ! ……現にお前ら昨夜、同じ部屋に泊《と》まったんじゃないのか、スィートラヴァーズ?」
「ぐっ!」
「あ、みっちゃぁん」
血管切れそうな僕と血管切られそうなフロストの所へ、ぽてぽてと近づいて来る奴《やつ》。
「非道《ひど》いな非道いな。起きたらみっちゃん、ベッドの隣《となり》にいないんだもん……。みっちゃん、いつもお寝坊《ねぼう》さんなのに、運動会だとワクワクしちゃうのかな? えヘへ、子供かポケロリみたいだね。あ、でもでも、ワタシ、みっちゃんの可《か》ぁ愛《わい》い寝顔久しぶりに見たかったなぁぅ……あ、みっちゃんの腕枕《うでまくら》で目と目が合って『おはよう、マイハニー』とか言われちゃうのもいいかもっ……なぁんてなぁんて、えヘへ。……あぁぅぅぅっ!!」
僕の凄《すご》いデコピンを食《く》らって、ファリアは額を押さえてしゃがみ込んだ。
「ぁうぅ……今朝のみっちゃん、昨夜と一緒《いっしょ》で容赦《ようしゃ》ないよぉぅ……なんで……あ。ああぅっ!? ワタシとみっちゃんが新聞に載ってるっ!!」
ちっ、気付きやがったか……。
「ついに僕がお前にストーカー殺人されたという痛ましい記事だ」
「冤罪《えんざい》だし、みっちゃん、生きてるよっ!?」
いっそ、その方がなんぼも清々《すがすが》しいなあ。
そんな僕の思いとは裏腹に、ファリアはにやけまくった顔でくだらんゴシップ紙を食い入るように見つめていた。
「うわぁうわぁ……け、『結婚も間近か?』だってっ! だ、大事に取っておこっ、この新聞……あ、観賞用と展示用と保存用と布教用にありったけ買い占《し》めよぉぅっ!!」
「やめんかっ! 燃やしてやるっ! そんな嘘《うそ》新聞っ!!」
「だっ、駄目《だめ》だよぉぅっ!」
僕とファリアがそんな感じに新聞を奪《うば》い合っていると……。
ベシャッ!! と離れた所から投擲《とうてき》された何かが、ファリアの顔面にヒットして、ひっくり返る。
「なんだ……雪玉……?」
「げ! ……って事は……まさか?」
死体となったファリアの顔にくっついた白い物体を吟味《ぎんみ》した僕の台詞《せりふ》に、フロストが激しく反応する。
そして、雪玉が飛んできた先に恐る恐る目をやるフロストにつられて、僕もそちらを見ると、一人のポケロリが恨《うら》みがましそうに立っていた。
「『げ』とはご挨拶《あいさつ》き!! それが一人で帰りを待っていた健気《けなげ》なポケロリに対する言葉き!?」
手に沸《わ》いてくる雪玉をばすばすとフロストに投げつけながら、ずんずんとそのポケロリが歩いてくる。
「冷たいっ、冷たいって、雪子さんっ!!」
「朝帰りどころか、朝になっても帰ってこないなんてきぃぃぃっ!!」
「ひっ、久しぶりに御剱に会ったから、帰りにくかったんだよっ!」
「はっ!? み、御剱お兄さま、はしたない所をお見せしましたき……。ご無沙汰《ぶさた》しておりますき」
「よう、雪子」
フロストのポケロリ……白い着流しの和服に赤い帯、草履《ぞうり》に、水色の長髪《ちょうはつ》が印象的な雪女ポケロリの『雪子さん』だ。
この雪子は、どういう訳だか、フロストよりも僕になついている。
深々と頭を下げる雪子さんのひんやりした髪《かみ》を撫《な》で撫でしてやると、雪子はにへえと笑った。
「なんでえ……俺には頭一つ下げやしねえクセによお。……いえ、何でもありません」
キッと雪子に睨まれて、フロストがあっさり引き下がる。
それと入れ替《か》わりにしぶとく生きていたファリアが身体《からだ》を起こした。
「う、うう……ひ、ひどいよぉぅ、雪子ちゃん、いきなり雪玉を投げつけるなんて……」
「親愛なる御剱お兄さまに近づくからそういう目に遭《あ》うき」
「ぁぅ……。……みっちゃん……雪子ちゃんがいじめるよぉぅ」
ファリアが泣き言を言いながら、俺の陰《かげ》に隠《かく》れる。
「氷玉を寄こせ、雪子。僕が自らぶつけてこのポンコツの息の根を止めてやる」
「あうぅっ……」
「そもそも、ファリアと御劔お兄さま、全然お似合いじゃないのき。大体、ファリアは……。……?……???」
更《さら》に嫌《いや》みを言おうとした雪子が、何かに気づいてハッとなって言葉を止め、くんくんとファリアの身体の匂《にお》いを嗅《か》ぐ。
「な、なにかな、なにかな?」
「2回言うな、殺すぞ」
という僕のツッコミはともかく。
ちょっと引きながら、尋《たず》ねたファリア……しかし、尋ねられた雪子の方は、ファリアの比ではない程《ほど》にドン引きだ。
「……。くさい? ファリア、あなた、せいえき臭《くさ》いですき……」
「な……っ!?」
ファリアが一瞬《いっしゅん》にして耳まで真っ赤になって涙目《なみだ》になってワタワタする。
「そっ、それはっ、ちっ、ちっちっちっちがちが違《ちが》うんだよぉぅっ!!」
汚《けが》らわしい軽蔑《けいべつ》した瞳《ひとみ》の雪子が、自分の鼻と口を押さえてつつつ……と後ずさっていく。
「御剱お兄さま。こんな誰彼《だれかれ》かまわないようなふしだらな女とは縁《えん》を切った方がいいですき」
「だっ誰彼かまうよぉぅっ! だって……この匂いだって……みっちゃんので……昨夜ワタシは服を脱《ぬ》いでからって言ったのに……のに……」
顔から火が噴《ふ》き出さんばかりのファリアが段々小さくなる涙声で俯《うつむ》きっぱなしの状態で言った。
「御剱お兄さまは、純潔ですき! ファリアとえちーな事なんかしないですき!!」
「すげー買いかぶられてるぞ、御剱?」
肩身《かたみ》が狭《せま》かったフロストが辛《かろ》うじて僕に耳打ちする。
「スカートの右の方の染《し》みがそうなんだ」
「わざわざ求められてもおらん説明すんなっ!! 生々しくて引くわっ!!」
ポンコツがポンコツらしく紅茶をこぼした染みの解説をしたら怒《おこ》られた。
「ていうか、お前ら、あんまり虐めてやんなよ……」
フロストの控えめな提案は却下する事にした。
……と、そこで、外でパァンパパァン! と花火の上がる音が聞こえてくる。運動会の会場で上げられているのだ。
「おっ、そろそろ、会場に行く支度《したく》してこねえとな」
「あっ、ワタシもだよぉぅ!」
「おう、さっさと行け。そして、ファリアは二度と帰ってくるな」
「そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
「さて、たんまりの勝利の美酒と共に、禁断の知恵《ちえ》の実を頂きに行くとするかな」
フロストと雪子と、あと誰《だれ》かもう一人いた変な奴《やつ》と別れて、朝飯の天むすを齧《かじ》りつつ、ポケロリ達が泊《と》まっている部屋へ入ると、さすがにポケロリ達は気合い入りまくりで既《すで》にビシッと着替えて待機していた。
「あら、ご主人様、気合い入ってますわね」
「今し方『知恵の実を頂きに』とか申しおったな、忍? どういう事じゃ?」
「僕用の賞品。行くと貰《もら》える」
「参加もせえへんのに賞品もらえるん……?」
「大人って汚《きた》ねぇ」
ポケロリ達から羨望《せんぼう》の眼差《まなざ》しを受けつつ、運動会の会場である競技場へ向かった。
セシルはずっと緩《ゆる》く微笑《ほほ》んでいたが、元気……という単語とは程遠く見える。
そして、そんなセシルを見る僕に、瞳亜が複雑な視線を送っているのも知っていた。
『どのみち、参加する程のテンションは今の僕にはないわな……』
自分のナーバスさ加減にちょっと笑える。
いや、笑うぐらいしか出来ないといった所か……。
……気分を変えて、周りを見回してみる。
と、競技場までの道のりには、ポケロリ使いに手を引かれるポケロリや、同じ種族で連れ立って向かうポケロリ達の姿が目立つ。
戦いの場となるその場所に近づくにつれ、人とポケロリの数がどんどん増えていった。
程なくして、競技場に辿《たど》り着くと、その大きさにポケロリ達があんぐりと口を開けて見上げる。
と、そんな一団に、腹から上が無闇《むやみ》やたらと露出度《ろしゅつど》の高いポケロリが元気良くぽろぽろ乳首をこぼれさせながら、声をかけてきた。
「お待ちしてたんだねっ、忍お兄さん!」
「よお、レスリングスタイルか」
「選手のポケロリ達は、ここのゲートから入るんだねっ。スペシャルゲストの忍お兄さんはお姉さんについておいでー!」
「じゃ、ガンバレよ、お前ら」
わしわしと矢継《やつぎ》ぎ早に10人の頭をぐしゃぐしゃっとまとめて撫《な》でる。
「はーいっ!」
えへうふあはと笑うポケロリ達の元気のいい返事を聞き、手を振って別れる。
で、一人ほいほい行ってしまおうとするレスリングスタイルを追いかけようとして、ちょっとストップ。
「あ、そうだ」
僕の声に、10人のポケロリが揃《そろ》って振り返る。
「怪我《けが》するぐらいなら、頑張《がんば》らなくていいからな」
「……はいっ」
いい返事といい笑顔《えがお》だ、と思いながら、ポケロリ達に背を向ける。
絶好の運動会|日和《びより》の青空を眺《なが》めつつ、レスリングスタイルのむき出し同然の尻《しり》にくっついて競技場のメインスタンド上段の特等席まで連れて行かれる。
「おはようございます、お内裏様」
主賓席《しゅひんせき》に偉《えら》そうに腰掛《こしか》ける雛祭が、僕を見て立ち上がって一礼する。
……しかし、あんまり機嫌《きげん》がよさそうじゃねーな、なんか。
「うす、美人が台無しだぞ、雛祭」
「……副賞の株価が下がるようなスキャンダラスな真似《まね》は謹《つつし》んで下さいましね」
僕の言葉にやれやれといった風に、雛祭はバサッとミニテーブルに例の新聞を載《の》っけた。
「記者ポケロリの嗅覚《きゅうかく》は随分《ずいぶん》鋭《するどい》いと見えるが……。しかし、それより、お前がこんな品のない三流新聞を読むとはちょっと意外だったな」
「雛祭会長は、忍お兄さん関係の記事は必ず目を通してスクラップしてるんだねっ」
「レスリングスタイルっ! おしゃべりが過ぎますよっ!」
マスターが世間でどんな評価をされてるかは、雛祭のようなポケロリでも気になるか。
自分の株価にも繋《つな》がる訳だから、無理なからぬ所かな。
ともあれ、叱責《しっせき》されて慌《あわ》てて、レスリングスタイルがその場を去ろうとする。
「そっ、それじゃあ、お姉さんはそろそろ出場者行進集合の入場門に行って来るんだねっ!」
「あれ? お前も出るのか?」
「お姉さんと甘ロリも、ちゃんと予選を通過したんだねっ。忍お兄さんもお姉さんの活躍《かつやく》、よーっく見ようねっ」
「あ、ああ」
バイバーイと手を振ってもと来た道を戻《もど》っていくレスリングスタイルを見送って、僕も『賞品席』と書かれた席に座る。
「……あの子達、お内裏様のポケロリになるんだって張り切っていたのですよ」
「なっても別に良い事ないのになあ」
「……」
それに関して、今現在、僕のポケロリである所の雛祭は微妙《びみょう》な微笑みを浮《う》かべるだけでコメントはしなかった。
さて……。
運動会について、少し補足しておこう。
このポケロリ運動会が他《ほか》のポケロリ大会と異なる点は、ポケロリそのものの能力が問われる、という事だ。
文化祭にしろ、武闘会《ぶとうかい》にしろ、ポケロリ使いとポケロリによる相乗効果的なコンビネーションが重要視されるが、運動会というのは、ポケロリが自分の力だけで能力の限界に挑戦《ちょうせん》する、そういう大会なのである。
ただ、形式的にというか、多分、観客に対するサービスの意味が大きいのだと思うが、各チームには、応援《おうえん》団長として有名なスターポケロリ使いが充《あ》てられるのが慣習だ。
僕が呼ぼれた時も、恐《おそ》らくこれに駆《か》り出されるのだろうと思っていたのだが。
また、紫《むらさき》青オレンジ白黒|抹茶《まっちゃ》小豆《あずき》コーヒー柚子《ゆず》さくらの色別全10チームによるチーム戦で行われ、優勝が争われる。
この優勝チーム10人(一応、補欠も入れて1チーム12人まで可能ではあるが)が、僕が副賞を与《あた》えなければならないポケロリ……つまり、僕が入学式をやるポケロリ、という事になる。
「……既《すで》に誰《だれ》かと入学式なり入園式なりを済ませているポケロリが優勝した場合どうするんだ?」
運動会に出るような奴《やつ》の中で入学入園前の未契約《みけいやく》ポケロリは多分、半分ぐらいだろうと思い、ふと、隣《となり》に座る雛祭に尋《たず》ねた。
「その場合は、入学式の代わりに、キスが贈《おく》られます」
「……いいけどさ、純朴《じゅんぼく》な少年でもねーから、それぐらい。……けど、向こうが嫌《いや》がるって事もあるだろ? あと、よくよく考えれば、僕に入学式をやって欲しい奴が優勝者になるとは限らなくないか?」
「……ご自分の価値が分かってらっしゃらないようですね、お内裏様」
そんな勿体《もったい》ない事する訳がないとばかりに、雛祭は鼻で笑い飛ばず。
「ともあれ、入園入学式は辞退する権利があるでしょう。何しろ、一生を左右する事ですから」
その口振《くちぶ》りだとキスは無理にでもしろって感じだな……人ごとだと思って、無責任なもんだ。
「あ、それから、優勝チームとは別に個人成績MVP1名も、優勝者と同等の権利が与えられます」
その調子で、どんどん副賞を与える相手が増えていかないといいんだがな……。
「……さ、そろそろ下の準備も出来た頃《ころ》でしょうから、参りましょうか、お内裏様」
「え、僕も?」
「副賞の紹介《しょうかい》が必要でしょう? 私が呼んだら壇上《だんじょう》へ上がって来て下さい」
「……」
うわ、晒《さら》し者だ……。
いやいや雛祭について競技場の下まで行く。
10色の帽子《ぼうし》を被《かぶ》って(帽子を被れない種族の奴は、腕章《わんしょう》とかタスキをしている)ずらっと並ぶポケロリを高い場所から見るのは、なかなかに壮観《そうかん》ではあるが。
「私の挨拶《あいさつ》が終わったら、出番ですから」
そう言って、拡声能力を持つジェンマ、ソニック結晶《けっしょう》を額に持つポケロリの耳に雛祭が口元を寄せ、先に壇上へ上がる。
「おはようございますきぃぃいぃぃん!」
ソニック結晶ジェンマの力により、ポケロリの耳に耳打ちされた雛祭の声が、デカいボリュームでポケロリの口から発せられる。……のだが、デカすぎて、ハウリングを起こした。
「運動会実行委員長、雛祭です。本日は絶好の運動会|日和《びより》に恵《めぐ》まれました。怪我《けが》のないよう、ベストを尽《つ》くして1日|頑張《がんば》って下さい!」
挨拶を終えて、雛祭が一礼すると、盛大な拍手《はくしゅ》が起こる。
「では、続いて、副賞の授与《じゅよ》をして下さる、大導師、巴御劔様にご挨拶をいた……」
変な所で止まったように聞こえたのは、そこで割れんばかりの熱狂的《ねっきょうてき》な大声援《だいせいえん》が場内から巻き起こりまくって、雛祭の声がかき消されたからだ。
居並ぶポケロリが皆《みな》口々に『御剱さまー!!』『天才王子ー!!』と叫《さけ》んでいて、ほとんど暴動に近い気がした。
やがて、無秩序《むちつじょ》な絶叫《ぜっきょう》が一つに統一され出す。
「お・う・じっ!! お・う・じっ!!」
よりにもよって、王子コールかよ……。
しかも、最前列では瞳亜とセシルを除く僕のポケロリが、いつ仕入れたんだか謎《なぞ》だが、『天才王子』と書かれた団扇《うちわ》や法被《はっぴ》で完全武装なのが、恐ろしく恥《は》ずかしい。
何にせよ、このまま王子コールを続けさせても埒《らち》があかんので、壇《だん》の上へ上がる。
「お・う・じっ!! お・う……う?」
壇上に上がってきた僕を見て、最前列にいたアレッシア達の動きが止まる。
「な……え……あれ?」
浮《う》いてきた金魚のように口をパクパクさせているポケロリ達がすぐ目の前に見えた。
「王子……? じゃなくて……あれ……マスター……?」
「え……なんで……?」
「しの……ぶ?」
目の前で起きている事が理解出来ないという風に、目を白黒させたり、白青させたり、白赤させたりしているアレッシアやらしーぽんやら達。
「ご紹介しましょう。今回の副賞、入学式をして下さる天才王子、巴御剱様です」
雛祭が咳払《せきばら》いを一つして、僕の方へ手を差し出した瞬間《しゅんかん》、茫然《ぼうぜん》自失の全員が揃《そろ》ってそのセシルをバッと見た。
セシルは苦笑《くしょう》しながら、頬《ほお》に手を当てて小首を傾《かし》げた。
「すみません、何だか言い出しにくくて……」
「……じゃあ……まさか……ホントに?」
それでも、いつものごとく、なんちゃってオチを期待する複数の目がセシルに救いを求める。
「本物の巴御剱さんですよ」
声にならない悲鳴が上がって、高周波に反応する犬ポケロリだけがそっちを振《ふ》り返った。
僕のポケロリ達は揃って顎《がく》関節が外れたかのようにあんぐりと口を開け、力無く僕を指さしたままの恰好で凝固《ぎょうこ》している。
かと思うと、ショックのあまり徘徊《はいかい》を始める奴《やつ》(エリカ)やら、悪夢から覚めたいらしくおたが互いのほっぺたをむにむに引っ張り始める奴(セリカとリリカ)やらもいる。
何だかまるで今まで驕《だま》していたような罪悪感に囚《とら》われ、何か声をかけるべきかなあと思っていると……。
「みっちゃん、かっこいーっ!!」
静寂《せいじゃく》に包まれた競技場の中を、脳天に抜けていくような、か細いクセに妙《みょう》に通る声が僕の鼓膜《こまく》と鼓室小骨に到達《とうたつ》し、瞬時に聴《ちょう》神経を逆撫《さかな》でした。
「うるせえっ、ぽんこつっ!!」
「あうぅっ!!」
目一杯《めいっぱい》足を振り抜き、僕は履《は》いていた靴《くつ》を(比較《ひかく》的前列にいた)ファリアのデコに直撃《ちょくげき》させて、倒《たお》した。
溜飲《りゅういん》が下がったので、一息ついて、自分を演説する気分に持っていく。
「えー……失礼をした。私が巴御劔だ。ここにいる選ばれしポケロリの諸君と見《まみ》える事が出来、光栄に思う。諸君らがここで魅《み》せる日頃《ひごろ》の研鑽《けんさん》の成果を、私は永久にこの魂《たましい》に刻もう。そして、永劫《えいごう》に語り継ごう。諸君らこそ、真の精鋭であると。そして、私は、諸君らに栄誉の一端《いったん》を与《あた》えられる我が身を誇《ほこ》らしく思っている。最後になるが、私の魂はいつでも競技している諸君らと共にある。以上だ」
左|肩《かた》に右手を当て、一礼をすると、競技場を割れんばかりの拍手喝采《はくしゅかっさい》が包んだ。
涙ぐんでいるポケロリもいる。
「相変わらず、ポケロリの心をつかむのはお上手なんですね」
傍《かたわ》らで拍手をしながら、雛祭が賞賛とも嫌味《いやみ》とも取れる口調で言う。
「……誉《ほ》め言葉と受け取っておこう」
「お・う・じ!! お・う・じ!!」
再び王子コールが巻き起こり、適当に応《こた》えながら、場を後に……。
「みっちゃあんっ! みっちゃん、素敵《すてき》だよぉぅっ!!」
「うるせえっつってんだろがっ!!」
「あうぅっ!!」
残った片方の靴を。バイシクルシュートで飛ばして、ファリアのデコに直撃させた。
背中から着地し痛めながらも身体《からだ》を起こすと、はいっと靴が差し出される。
「はい、みっちゃん、靴だよぉぅ」
「ちゃんと懐《ふところ》で暖めてきたんだろうな?」
「わ、ワタシのハートで暖めてきたよぉぅ?」
「綺麗《きれい》にまとめてんじゃねーっ!!」
「あうっ! あうあうぅっ!!」
デコには微妙《びみょう》に靴の土が残っていて汚《きたな》いので、喉《のど》に地獄突《じごくづ》きをかます。
「突き指しそうだ、この辺で勘弁《かんべん》してやろう」
いくら突かれてもファリアが決して下に落とさなかった靴を履いて、立ち上がる。
「ったく、いちいちカンに障《さわ》る奴」
着地した時についた自分の砂を払《はら》い、ついでにファリアのデコの土も落とす。
「あ、ありがとう……。じゃあ、また後でね、みっちゃん」
頬を紅潮させたファリアに背を向けて少し歩くと、挙動|不審《ふしん》なポケロリの一団に行く手を阻《はば》まれた。
勿論《もちろん》、その一団とは僕のポケロリ達な訳だが……。
[#挿絵(img/th221_099-100_s.jpg)]
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あの……その……」
わなわな震《ふる》える瞳亜は声まで震えきっている。
そして、それ以外の連中は僕をチラ見しながら、お互いの陰《かげ》に隠《かく》れようとチョロチョロ動き回っていた。
「……お前ら、落ち着けよ」
「はいっ、落ち着きますっ!!」
全員がビシッと声を揃えて、直立不動になった。
そして、直立不動のまま僕をジッと見つめるため、今度は僕が落ち着かない。
「まあ、その、黙《だま》ってたのは悪かったよ。しかし、わざわざ言う事でもないかなとか思ってな……」
「はっ、とんでもありませんっ!!」
死神しーぽんが気味悪いぐらい礼儀《れいぎ》正しい。
「じゃが、水臭《みずくさ》いじゃろう。い、いや、責めておるのではないのじゃぞ?」
アレッシアは前代未聞な程《ほど》控《ひか》えめだ。
「……ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、本当なんですね? マスターが……巴御劔……様だなんて」
「うん、まあ」
がちがちと噛み合わない歯で喋《しゃべ》る瞳亜に、むしろこっちがビビりつつ頷《うなず》く。
と、瞳亜は絶望的な顔になって、声にならない声を上げながらボロボロ泣き始めた。
「お、おい……瞳亜……」
「ご、ご、ご、ごめ……ごめんだざい……あだじ……バズダーでぃばびぞぶぼぶぱふべぷ……」
途中《とちゅう》から嗚咽《おえつ》の占《し》める割合が格段に大きくなった為《ため》、何を言ってるのかさっぱり分からん。
「あ、あかん……もうあかん……うちら、巴御剱様に失礼な事ばっかり言ってたから、もう口もきいてもらわれへん……」
「そ、そんな事を言ったら、死神の鎌《かま》で斬《き》りつけて半殺しにした者の立場はキュー……」
「……死のう」
「うわあっ、しーぽん、早まるなっ!! 首に鎌を当てるなっ!!」
パニック現象が伝染しまくっていた。
こんな時に助けになるのは……やっぱ、セシルだ。
と、救いの視線を向けたのだが、セシルは僕と目が合うと、瞳《ひとみ》を伏《ふ》せて沈《しず》んだ表情を見せる。
『マスターが帰って来られる場所は、私だけだと少し自惚《うぬぼ》れていたんですけれど……もう、そうでもないのかもしれないな……って』
その形容しがたい悲しげな顔を目《ま》の当たりにして、朝のやりとりを思い出す。
アレッシア達と相対する方がまだマシだ……こんなに重い気持ちになるのなら。
そんな風に考えていると……。
「選手の皆《みな》さんは点呼を取りますので、選手席の方に集合して下さい。繰《く》り返します、選手の皆さんは……』
「……ほら、お前ら、集合だぞ。行ってこい」
助かったとばかりにそう言って、ガクブルしたり号泣しているポケロリ達を選手席の方へ押し出す。
そして、返す刀で、僕も半ば逃《に》げるように主賓席《しゅひせき》の方へ戻《もど》る。
「……」
主賓席への階段を上りながら、僕はセシルの言った言葉を何度も思い返していた。
あいつと2人だった頃《ころ》、僕は自分に帰れる場所があるなんて、これっぽっちも思わなかった。
血と憎《にく》しみで築かれた征服《せいふく》の城の玉座だけが、僕に相応《ふさわ》しい安らぐ寝床《ねどこ》なのだと、それだけを考えて、ただ進んだ頃。
「……戻りたくはないと思う程に、僕も弛《たる》んだか」
だが、その言葉に反するように、自嘲《じちょう》的な笑《え》みは僕の口元に浮《う》かんで消えない。
この辺りが、それを安寧《あんねい》として受け入れる程にも弛みきってはいない証拠《しょうこ》なのだろう。
「……あら、お内裏様、遅《おそ》かったのですね」
席に戻ると、既《すで》に競技がスタートしていて、観客席や応援《おうえん》席は早くも盛り上がりまくっていた。
ミニテーブルに置いてあるドリンクのストローをくわえ、グラウンドに目をやる。
『現在行われている競技はスカート種族限定・逆立ち短距離《たんきょり》走です。みなさん、応援よろしくお願いします』
「ぶ――――っ!!」
「なんですかっ、お行儀《ぎょうぎ》の悪いっ!!」
目の前の光景と場内アナウンスに思わず吹《ふ》き出した僕を、雛祭が叱責《しっせき》した。
「いや、お前、これ、セクハラ競技だろ!?」
「あら……お内裏様がお気に召《め》すかと思いまして、プログラムに組み込んだのですよ?……あ、ブルマ着用ですから、一応」
「……」
スタートの号砲《ごうほう》と共に、ブルマ丸出しの幼女と少女が凄《すご》い勢いでグラウンドを駆《か》けていく。
……シュールな光景だなあ。
紺《こん》、深緑、臙脂《えんじ》、黒、水色、ピングと色とりどりのブルマがゆらゆら揺《ゆ》れながら……。
「……」
「どうなさいました?」
「いや……なんかこう、突然《とつぜん》、異様なやるせなさに襲《おそ》われてな」
何かもう、こういう光景を見ていると、僕が時折|悩《なや》む事って何なんだろうとか思うよな……。
まあいい。
ちっちゃいケツをアピールしながら、ポケロリ達は競技を続けている訳だ。
「あ、はみパンしとる」
「お内裏様は、悩みがなくて本当によろしいですね……」
「……。……つーか、お前さ。自分が競技に出ないと思って、好き放題なプログラム作っただろ?」
「そんな事はありません」
……ひょっとして、自分のジェンマのカラット数が落ちた事で、こういう大会で好成績を収められないコンレックスとかあるのかな?
「……何か?」
僕の微妙《びみょう》な視線を鋭《するど》く察した雛祭がこちらを向く。
「見ろ、あいつ、パンツだ」
「白ブルマではありませんか?」
「いやあ、パンツだろ?」
「まあ……種族的に穿《は》けない子もいますから、そうかもしれませんが」
パンツだのブルマだの尻《しリ》だのと、品のない人生だなあと我ながら思った。
「……つーか、ありゃ、セリカだ。ウチのポケロリだぞ」
「まぁ……では、やはり白ブルマとしておいた方が精神衛生上、よろしいのでは?」
「いや、アイツはどうせ色物担当だから、きっとパンツ」
そんなアホな会話を繰《く》り広《ひろ》げているうちに、目に毒な競技が終了《しゅうりょう》する。
『選手達が退場します。大きな拍手《はくしゅ》でお送り下さい。……。続いて、世界一周わらしべ借り物競走の選手が入場します。盛大な拍手でお迎《むか》え下さい』
色物競技が続くなあ……最後までこんな感じだったら、どうしよう……?
と一瞬《いっしゅん》心配しかけたが、よくよく考えると、この世界一周わらしべ借り物競走ってのは、昔から毎回行われている定番競技なんだよな。
スタートして、目的の借り物とスタート時に持って行く物が書いてある紙を取ったら、その最初の物を持って、世界中の都市を巡《めぐ》って目的の借り物を探して帰ってくるという競技だ。
確か、目的の物を取って来れた奴《やつ》は、第1回大会に1人出ただけで、あとは全く取ってこれないというただ単に1回の偶然《ぐうぜん》があった為《ため》に延々|開催《かいさい》されている儀式《ぎしき》的競技だとか。
「……さ、お内裏様、声援《せいえん》を送って差し上げて下さい」
こいつの笑顔がちょっと怖《こわ》い。
「白勝てー! 黒勝てー! ……ところでうちの連中は何色組なんだかな?」
「小豆《あずき》組でしたかと」
「小豆勝てー!!」
「お内裏様がおっしゃると、小豆相場の応援《おうえん》のようですね」
そんなにもマネーゲームどっぷりに思われているのか、僕は。
などと言っている間に、小豆組の帽子《ぼうし》を被《かぶ》ったどぺ子が世界一周の旅に出ていった。
……ちゃんと帰って来れるのかな、あいつ?
「既《すで》にご存じかと思っておりましたが……卜トカルチョをなさっておいででは?」
「卜トカルチョ……? アホか、お前は? あんな不確定要素の塊《かたまり》である所のギャンブルなどというもんに手を出す奴は金をドブに捨てているようなもんだ」
そんなもんに使う金があったら、株を買うわ、僕は。
力説する僕に、雛祭は納得《なつとく》したように頷《うなず》いて、グラウンドの方へ視線を戻《もど》した。
「賭《か》けにのるかどうかは別として、トトカルチョ用のチラシには下馬評などが書かれてますから、ガイドとしては悪くないかもしれませんよ?」
視線は前を向いたまま、雛祭が薄《うす》っぺらい小冊子のような物を差し出す。
受け取って中を見てみると……んー、どれどれ?
1番人気は特別招待ポケロリ使い、北方の新興国・生徒会|連邦《れんぽう》の最高指導者『連邦生徒会長・滅殺寺《めっさつじ》クリスティーナ』率いる……さくら組、『桃山《ももやま》少女過激団』チーム……?
「なあ、桃山少女過激団てのは、過激派組織か何かか?」
「ご存じないのですか? 5年|程《ほど》前から、急激に頭角を現してきたエース級ポケロリの登竜門《とうりゅうもん》と言われている養成所です」
「養成所……ねえ。……どこかの息のかかった組織なのかな?」
「……っ。それは……考えもしませんでしたが……。……お気になるようでしたら、調べさせますか?」
「そうだな。いや……勘《かん》ぐりが過ぎると笑われるか」
ここ数年、ポケロリ達を取り巻く環境《かんきょう》で起きている事……というのを、どうも何かと関連づけて考えてしまいそうになるのは、あるいは被害妄想《ひがいもうそう》なのだろうけれどな。
「いえ……私も資金の出所などを不思議に思った事もありますから……ただ、競合部門ではなかったので頭の片隅《かたすみ》に追いやってしまったのですが」
雛祭が苦笑《くしょう》を見せつつ、しかし、ふっと笑《え》みを消して言葉を継《つ》ぐ。
「児童|福祉《ふくし》機構が動いているとお考えなのですか?」
「大陸間レベルの戦争なら、まだいいんだがな」
東の大陸にある児童福祉機構なる独立都市統治組織……導師連盟も上の方は相当|胡散臭《うさんくさ》い組織ではあったが、児童福祉機構はその比ではない。
その活動は極秘裏《ごくひり》に行われ、幹部も謎《なぞ》に満ちている。
児童福祉機構理事長……『純白の姫君《ひめぎみ》』アリス・レモン、生まれながらに名を持つ伝説のポケロリの一人であり……同じく伝説のポケロリたる『青蒼《せいそう》の姫御前《ひめごぜん》』若紫《わかむらさき》・レモン、『漆黒《しっこく》の美姫《びき》』ロリータ・レモンと並んで、原初のポケロリとも言われ、この星の誕生と共にあったとさえ伝えられるまさに謎に包まれた伝説級のポケロリだ。
「そのおっしゃりようは、頼《たの》もしいですね」
笑みを戻す雛祭が、後ろで控《ひか》えていた秘書を呼んで、早速《さっそく》調べさせるように指示を出す。
「……雛祭」
「はい……?」
改まった僕の声に、秘書を下がらせた雛祭が真《ま》っ直《す》ぐな視線を向けてきた。
「……前にお前はジェンマのカラット数がどうのと言っていた事があったがな。僕はそんな事と関係なく、お前ほどに頭の切れるポケロリは本当は側《そば》に置いておきたいと常々思っていたよ」
「では……会社をクビになったら、お内裏様のお側で第2の人生を全《まっと》うさせていただきます」
台詞《せりふ》こそ冗談《じょうだん》めいたものだった添、雛祭は僕がこれまで見た中で、一番の微笑《ほほえ》みを見せていた。
「お前を首にするようでは雛祭食品も先は長くないだろうけどな」
雛祭に苦笑を返しつつ、他《ほか》にはどんな連中が出場してるのかなと、再び冊子に目を落とす。
お、うちの連中の事が載《の》っとるぞ。
小豆組、特別招待選手|枠《わく》を使って出場は、天才王子のポケロリ達……彼女らをまとめるのは、
美しき女神《めがみ》、ファリア……ファス……?
「……」
「……お内裏様? 震《ふる》えてらっしゃいますが、寒いですか?」
「応援団長人事を指示したのはお前か?」
「いえ? 何か問題が?……どうして、そんなに爽《さわ》やかに笑ってらっしゃるんですか? あっ、どちらへ!?」
席を立つ僕に雛祭が問いかける。
「ちょっとな」
そう言い残し、ひょひょいと競技者席に下りて、白い長髪《ちょうはつ》の男の所へ行って声をかける。
「おい、フロスト」
「御剱?……何だ、お前? 飛び入りか?」
「あの、小豆《あずき》色の帽子《ぼうし》を被ったデカい女を知っているな?」
少し離《はな》れた所で団旗を持っているポンコツ女が、こっちを見て、旗を振《ふ》ってきた。
「すげえ知ってるよ。お前も知ってんだろが」
「僕は知らんが」
「……」
変な顔でフロストが僕を凝視《ぎょうし》する。変な顔。
「この機に乗じて亡《な》き者に出来ないか?」
「出来ねーよっ」
「ちっ……役に立たん奴《やつ》……」
こうなったら、しーぽんあたりをけしかけて亡き者にするか……。
と、『どーしょーもねーな』などとうそぶきながらフロストがその場を離れるのを、待っていたという感じで、らんらんとした瞳《ひとみ》で僕の方を見ていたさくら色の帽子のポケロリの一団が、だだだっと走り寄ってきた。
そして、よく訓練されたポケロリという感じで、びしいっと整列すると、キラキラした瞳で右の方から順番に大きく口を開く。
「こんにちは!」
「はじめまして!」
「王子様!」
「お目にかかれて!」
「光栄です!」
「王子様の!」
「ポケロリになるため!」
「一生|懸命《けんめい》頑張《がんば》ります!」
「わたしたち!」
「せーの……」
「「「「「「「「「「桃山少女過激団ですっ!!」」」」」」」」」」
ステレオサラウンドでお送りしております。
「よし、どこに爆弾《ばくだん》を仕掛《しか》けたか教えろ」
「過激派じゃないわですのっ!!」
うむ、この集団にもツッコミエースになれそうな奴がいる。
……勇気と情熱を司《つかさど》るルビーのジェンマ。
瞳亜と同じジェンマではあるが、あいつは情熱過多で……このツッコミエースのジェンマの輝《かがや》き方は、それとは違《ちが》う、どちらかというと勇気過多な感じの輝きだ。
このように、ジェンマ一つとっても、ポケロリによって結構、違っていたりするのだ。
人間の心に個性があるように、ポケロリのジェンマにも個性がある。
素人《しろうと》には分かるまいが、熟達したポケロリ使いなら分かるのだ。例えば、あのポンコツ女には分からないに違いないが、僕なら分かりまくる感じ。
「王子様、ひょっとして、私たちの事、ご存じないのかですの?」
「いや、噂《うわさ》ぐらいは聞いてる」
「聞いて下さってるって。良かったネ、お姉ちゃん」
「うん、良かったナ、お姉ちゃん」
2人一組の……会話から察すると姉妹? のチアガールポケロリが鏡合わせのように、仲睦《なかむつ》まじく頷《うなず》き合う。
衣装《いしょう》が一緒《いっしょ》なのは同一地域の同一種族間ではしばしばあるが、顔つきまで一緒というのは……。
「……お前ら、双子《ふたご》か?」
「そうだネ、お姉ちゃん」
「そうだナ、お姉ちゃん」
「……どっちが姉だ?」
ポケロリは単性|生殖《せいしょく》の卵生生物である。
一度の出産で幾つも卵を産む種族もあるが、この場合、同じ時に産まれた卵であっても、双子とか三つ子とかとは呼ばない。
1つの卵から2人、3人と一緒に産まれるポケロリが、双子、三つ子と呼称《こしょう》されるのだ。
しかし、双子というのは非常に珍《めずら》しい現象で、なかなかお目にかかれるもんじゃない。
僕自身も、この目で見るのは初めてだ。
「本当は私がお姉ちゃんネ」
「嘘《うそ》です私がお姉ちゃんナ」
どっちでも良くなってきた。
「お退《ど》きなさい、双子」
「「はーい、リーダー」」
リーダー……年少組に見えるが……こいつが。
「……ウォーロック……いや、賢者《セージ》か?」
「さすがの慧眼《けいがん》ね、王子。私《わたくし》がマスターとするに相応《ふさわ》しいわ。待っていなさい、こんな大会すぐに片づけて、貴方と契約《けいやく》してあげるわ」
そして、賢者《セージ》ポケロリがパチンと指を鳴らすと、再びずらっと一列に桃山少女過激団が並ぶ。
賢者殿《けんじゃどの》はこいつらの司令塔《しれいとう》という所だな。
「せーの……」
「「「「「「「「「「絶対勝ちますから、マスターになってくださいっ!!」」」」」」」」」」
一礼して頭を上げると、野球の整列を終えた選手のように、それぞれが選手席に散っていった。
そして、最後に残った賢者ポケロリが肩越《かたご》しに僕に微笑《びしょう》を投げかける。
「……ではね。王子」
年少組に率いられたポケロリ集団か……。
しかし、あれだけクセがあると、応援《おうえん》団長のポケロリ使いも一苦労だろうな。
ま、もっとも、運動会の応援団長なんざ、引率の先生並かそれ以下といった存在感だから、苦労しかしないんだろうけど。
それにしても、ある意味、相当|今更《いまさら》感|漂《ただよ》う感じではあるが、天才王子って呼び名はホントに何とかならんもんか。
「……」
しかし、奴《やつ》らが優勝しMVPになると、その苦労は他人事《ひとごと》ではなくなるんだと思い至って、ため息が出た。
ため息が出るような好プレーが連発される競技や、ため息を出さざるを得ないようた奇っ怪な競技が続く運動会。
例えは、超攻撃《ちょうこうげき》的|綱引《つなひ》き。
綱を引き合いながら、何人かを攻撃要員に割《さ》いてお互《たが》いの引き手を撃滅《げきめつ》していく競技だ。
攻撃要員と引き手の数の割合をどうするかで勝敗が大きく分かれる、力だけではない戦術性が重要視されるものなのである。
例えば、100%引き手で一気に引っ張って勝負を決めるとか、100%攻撃要員に回して、瞬間《しゅんかん》的に敵を撃滅してその後ゆっくり綱を引くとか。
……てな競技を、主賓席《しゅひんせき》に戻《もど》ると競技者まで遠い為《ため》、選手席でかぶりつきで見る。
本来は選手と応援団長以外は入っては駄目《だめ》だが、実行委員が遠慮《えんりょ》して注意しないのを良い事に余り気にしない。
『これより、1回戦、小豆《あずき》組VS黒組が始まります。皆《みな》さん、大きな声で応援しましょう』
パチパチと拍手《はくしゅ》をして、すぐ目の前の小豆組に手を振《ふ》ってやる。
何故《なぜ》か全員最敬礼で応《こた》えるのだが……何か、ガチガチじゃねーか、ありゃ?
「さて、相手の黒組……っつーと」
「三大導師の一人、大長老マインデイク・SS・ゼッターロッシュ様とそのポケロリ12人から成る通称《つうしょう》……『円卓騎士団《えんたくきしだん》』のチームだよぉぅ、みっちゃん」
乳をふるふる揺《ゆ》らしながら、僕に誉めて欲しげに解説をするファリア・ファス25歳は大人げない。
「単独ポケロリ使いのポケロリチームとしては、最強の誉《ほま》れも高い戦闘《せんとう》集団、円卓騎士団か……」
個々の戦闘能力もさる事ながら、徹底《てってい》されたチーム戦術が高く評価されている。
攻撃班に回るのは……騎士団の2大エース、聖騎士ポケロリ・エクスカリバーと、竜《りゅう》騎士ポケロリ・グンニグル、そして、Qと同じ弓道着ポケロリの与一《よいち》か。
残り7人が綱引き班で、その中には、円卓騎士団の中でも、攻《せ》めの要であるエクスカリバーと共に双壁《そうへき》と謳《うた》われる守りの要、重騎士ポケロリ・イージスがいる。
「……強そうやなあ」
「強そうではありませんわ。……強いんですわ」
「じゃが、天才王子が見ておるのじゃ。無様な戦いをするでないぞ」
弱気になるセリカや横乳《よこちー》を、アレッシアが叱咤《しった》する。
「無様な戦いをしたら……」
「死あるのみですわ。特にセシルさんとマスターを生き別れにさせた方」
「……死のう」
「うわあっ、早まるなっ、しーぽんっ!!」
……うーん、相手の迫力《はくりょく》というかネームバリューに飲まれてるというか……いや、違《ちが》うか、僕のネームバリューに飲まれてるんだな、ありゃ。
「力抜いていけー。いつもの調子でやりゃいいんだ」
僕が声をかけると、再び最敬礼で応える一同。
そして、瞳亜は僕と目が合うと、再び声にならない声をあげてボロボロ泣き始めた。
「※[#「う」に濁点、unicode3094]わあああああああ……バズダーに嫌わでぢゃっだぱでべぶぼぶぱべえええ……」
マジで何を言ってるのか分からんので慰めようもない。
「……みっちゃん、下手に声かけない方が良《い》いんじゃないかなぁ?」
「うっさい、レズ。死なすぞ」
「お、おレズじゃないよぉぅ」
と、そこで競技開始の空砲《くうほう》がパーンと鳴らされた。
「あ」
もはや、戦闘態勢の整いようもない小豆組は、よーいどんで飛び出してきた黒組戦闘班の3人の攻撃――エクスカリバーの一撃、グンニグルの一閃《いつせん》、与一の乱れ撃《う》ち――をセシル、しーぽんが持ち前の反射神経で受け止め、弾《はじ》き返したものの、綱の引き手達は総崩《そうくず》れで、あっという間に黒組に綱を持っていかれる。
「ぶ、無様じゃ……」
為《な》す術《すべ》もなく敗北した小豆組のアレッシアが呆然《ぼうぜん》と呟《つぶ》いた。
『ただいまの競技は、黒組が勝ちました。皆さん、大きな拍手を送りましょう』
とぼとぼと帰ってくる小豆組一同と、拍手に応える貫禄《かんろく》の黒組一同。
と、隣《となり》の選手席で、孫を見るような目で協議を見ていた老人がすっと立ち上がった。
ローブを羽織った好々爺《こうこうや》然としたその老体は……。
「ゼッターロッシュ老……」
3大導師の一人、マインデイク・SS・ゼッターロッシュ……かつては、大勇者と言われた鋭気《えいき》に富んだ人物だったらしいが、今は……少なくとも表面上はただの隠居爺《いんきょじい》さんだ。
「ふおふお、やりおるのお。敗れたりとは言え、ウチのエースの出端《でばな》を挫《くじ》くとは……。流石《さすが》は天才王子のポケロリ、というところじゃな」
「恐縮《きょうしゅく》です。ゼッターロッシュ老。……腰《こし》がお悪いと聞き及んでましたが、大丈夫《だいじょうぶ》ですか、運動会などに出て?」
「ふおふおふお……エクスカリバーにも同じ事を言われたわい。孫の運動会を見に来る気分でな。ジジイの冥土《めいど》の土産話《みやげばなし》じゃよ」
そう言って愉快《ゆかい》そうに笑う大長老。
「まだゼッターロッシュ様には未熟な我々を導いていただかなくては困ります」
「天下に名だたる天才王子と美しき女神《めがみ》に教えられる事なぞ、この老いぼれにはもう残っとらんよ、ふおふおふお」
笑いながらポケロリ達を迎《むか》える姿を見ていると、ただの孫を可愛《かわい》がる爺なんだけどな。
……さて、一方、ビクビクしながら僕の様子を窺《うかが》いつつ戻ってくる小豆組達。
「いや―――――――!! 愛想を尽《つ》かされる―――――っ!!」
「ご、ごべんだざいぃぃぃぃぃ!!」
「……死のう」
声をかけようとした瞬間《しゅんかん》にパニック状態に陥《おちい》るので、もはやフォローのしようもない。
「つ、次|頑張《がんば》れ。な?」
自分で笑顔《えがお》が引きつっているのが分かる。
「お、怒《おこ》っておらぬのか、忍?」
「ないない。ほら、泣く事あないぞ。挽回《ばんかい》のチャンスはまだまだあるんだからな」
「流石、王子は寛大《かんだい》ですわ」
「ご主人様のメイドとして恥《は》ずかしくない成績を残してみせます」
言いつつ背伸《せの》びして瞳《ひとみ》をうるうるさせる横乳《よこちー》とエリカ……の頭を、僕は撫《な》でるようにして、異様に接近密着するのを押さえる。
「瞳亜もな」
「※[#「う」に濁点、unicode3094]※[#「あ」に濁点]※[#「あ」に濁点]※[#「あ」に濁点]※[#「あ」に濁点]※[#「あ」に濁点]……っ!!」
瞳亜はもはや、目が合うだけで瞬時に号泣する、過敏症《かびんしょう》の様相を呈《てい》していた。
「んで、次の競技はなにかな?」
「超《ちょう》スプーンリレーじゃ」
超、好きだな。
超スプーンリレーとは、スプーンで地面を掘《ほ》って、最初に温泉を掘り当てた者が勝ちとなる。
選手が疲《つか》れると、スプーンをバトン代わりにして、次の選手がまた地面を掘っていく。
大体において、温泉が掘り当てられた事はなく、タイムアウトで終了《しゅうりょう》となる、意味があるんだかないんだか謎《なぞ》な競技である。
「頑張りますわ、マスター」
「うん……まあ……頑張れ」
頑張っても温泉は出ないと思うけど。
『続いての競技は超スプーンリレーです。選手が入場します。拍手《はくしゅ》で迎えましょう』
相当のプレッシャーの中、アレッシア達が入場していく。
10色の帽子《ぼうし》を被ったポケロリ達がグラウンド中央部に集まったところで、それぞれの集団にスプーンが渡《わた》された。
そして、パァンッと空砲が鳴らされると同時に、凄《すさ》まじい勢いで地面が掘られていく。
「しかし……この競技はやってる方は必死だが、見てる分には地味だよなあ」
「そうでもないよぉぅ、みっちゃん。ほら、あれ」
ファリアが指さす先には、10チーム中群を抜《ぬ》いた速さで地下へ掘り進んでいく連中がいる。
抹茶《まっちゃ》色の帽子を被った一団……。
「抹茶組は……」
「ウチの子ね」
いつの間にか僕の背後に立ってそう呟《つぶや》いたのは、ゼッターロッシュ老と共に3大導師に数えられる、この星の名を冠《かん》する事を許された唯一《ゆいいつ》無二の人間、『レモネードの守り手』南条夢乃《なんじようゆめの》。
星の名を与《あた》えられると言う事は、この世界においては、最高級の栄誉《えいよ》であり、彼女に並ぶ事の出来るのは、伝説のポケロリと言われる7体の失われたポケロリだけだ。
その実力はゼッターロッシュ老をも凌《しの》ぐと言われる南条女史は、モンスター系ポケロリのエキスパートだ。
「珍《めずら》しいじゃないか。隠遁《いんとん》生活の南条夢乃が運動会に出張ってくるなんざ?」
黒髪《くろかみ》で喪服《もふく》のような真っ黒な服を着た、僕より年下にも年上にも見える不思議な印象の女性が、不敵な笑みを浮かべる。
「ゼッターロッシュのご老体が出てくるというのに、若者が引きこもっているというのも礼を失するでしょう、天才王子? それに……」
南条は長く伸びた指を僕の顎《あご》に沿わして、妖艶《ようえん》に笑って言葉を続けた。
「貴方《あなた》が出てくると聞いたから。私のような世捨て人にも、戦う気持ちを甦《よみがえ》らせてくれる何かがあるのよ、貴方の魂《たましい》には」
「恐縮だな」
南条夢乃は、僕を大導師に推薦《すいせん》した一人で、そういう意味では恩があると言えなくもないが、どうもな……流石《さすが》、大導師の位まで上り詰《つ》めるだけあって、腹に抱《かか》えてる物が一つや二つでは済まなさそうなので、こういう妙《みょう》に含《ふく》みのあるやりとりにならざるを得ない。
が、そんな思惑《おもわく》とは無関係に、僕達の視線の先では凄まじい流れ作業によって、ポケロリ達が大地に大穴を空けていた。
スプーンを持つのは物を溶《と》かさせたら右に出る物はいない、スライムポケロリのハイジが地面を溶かしながら掘り進んでいく。
掘った土をミミックポケロリのフローネが宝箱に、ヴァンパイアポケロリのセーラが棺桶《かんおけ》にそれぞれ詰めていき、その宝箱と棺桶をドラゴンポケロリのパトラッシュが穴の外に飛んで運び出す。
このように南条夢乃のモンスターポケロリ軍団では、完全な分業体制が確立されており、非常に効率的に穴が掘られていた。
一方の僕のポケロリ達はしーぽんが凄《すご》い速さでスプーンを使い、そして、自分の掘った土で穴が埋《う》まっていった。
「これって、生き埋めっていうんじゃ……?」
側《そば》にいたQがもっともな事を口にする。
「愉快《ゆかい》な子達ね」
「おもしろかろ?」
面白《おもしろ》集団としては、なかなか良《い》い線行ってると自分でも思う。
少女達を見守るやや陰《かげ》のあるお姉さんという体《てい》を成していた南条が、そこで不意に陰全開で纏《まと》う空気が重い物になった。
「……ところで……そう、今回の運動会」
南条は周囲を気にするように声のトーンを落とす。
「安藤幼《あんどうおさな》が来ていると言う話だけど、貴方見たかしら?」
「『幼心《おさなごごろ》の君《きみ》』が……? いや……」
安藤幼……世界最強のポケロリ使いの1人と目される通称《つうしょう》『幼心の君』は、鉄の4姉妹の異名を取る安藤4姉妹の末妹だ。
彼女達4姉妹は人間でもポケロリでもない、むしろ、神や悪魔《あくま》に近い存在ではないかと言われている。
何しろ、2000年近く生きていて、しかも、当時から少女の姿のまま今も変わらないという口伝のある……長生きのポケロリでもそこまではいかないような化け物じみた存在だからだ。
一説には、神をも凌ぐ超越者《ちょうえつしゃ》と呼ばれるモノだとも聞くが、ポケロリの原生|亜種《あしゅ》と記す古文書もあって、諸説|紛々《ふんぷん》、本人は勿論《もちろん》それに言及《げんきゅう》する事はなく……何にせよ、この世界の7不思議の1つには違《ちが》いない。
「そう……おとぎ話の少女と久しぶりに話が出来るかと思って楽しみにしていたのに」
「恐《おそ》れ知らずだな……僕は出来ればお近づきになりたくないものだが」
僕がそう答えると、南条は破顔一笑《はがんいっしょう》した。
「向こうはそうでもないみたいよ? ご自慢《じまん》の天舞騎士団《てんぶきしだん》に貴方をご所望《しょもう》だったもの」
「冗談《じょうだん》だろ……」
導師クラスのポケロリ使いとエース級のポケロリによる集団、規模こそ少数だが実力的にはこども騎士団に匹敵《ひってき》するとまで評される天舞騎士団は、安藤幼の誇《ほこ》る近衛《このえ》兵団だ。
この南条はそこの元騎士だという噂《うわさ》もあるが……真実はどうだか分からない。
「ふふ……気を付ける事ね。……。ところで……」
そこで再び南条の声のトーンが少し高めになる。
「何か出たみたいよ?」
ちょうど南条モンスターポケロリ軍団の穴からばしゅーっと噴《ふ》き出しているそれは……。
「油……?」
『温泉ではなく油田が採掘《さいくつ》されました。グラウンド整備のため、本日の競技はこれで中止とさせていただきます。以降の競技は明日、改めて行います。手の空いている運動会実行委員の人は、グラウンド整備を行いますので、大至急本部に集合してください』
見上げると、油柱のてっぺんで、死神しーぽんが噴き上げられて宙を舞《ま》っていた。
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4時間目
大運動会初日 夜の部
僕より長生きしている可能性も充分《じゅうぶん》あるが、一応、保護者たる僕が選手席にポケロリ達を迎《むか》えに行くと、皆《みな》、しょんぼりした様子で佇《たたず》んでいた。
「……申し訳ありません、ご主人様」
まずエリカが深々と頭を下げる。
しかも、ぷるぷる震《ふる》えて緊張《きんちょう》しっぱなし状態だ。
改めて向き合うと、他《ほか》のポケロリ達も緊張のあまり声も出ないといった様子で立ちすくんでいた。
「ま、取りあえず宿に帰るか」
……で、宿に帰って小一時間が経過した……が、僕の周りを行き場のない足取りで犬ポケロリのように、グルグル回るアレッシアを始めとするポケロリ達が……。
「……お前ら、落ち着けよ」
「はいっ、落ち着きますっ!!」
全員がビシッと声を揃えて、直立不動になった。
そして、直立不動のまま僕をジッと見つめるため、今度は僕が落ち着かない。
「失礼しますっ!!」
「うわ、びっくりしたっ!」
どうしたものかと思案に暮れていた所、耳元でいきなりエリカに大声を出されて仰天《ぎょうてん》する。
「おつまみをお持ちしましたっ!!」
「あ……ああ、そう……悪いな」
「いえっ!! メイドとして当然の事でありますっ!!」
言葉遣《ことばづか》いまでおかしくなり始めた。
ていうか……何か肩《かた》がこるんですが……。
「わらわが揉《も》んでやろうか!?」
肩をぐきっと鳴らすと、猫《ねこ》が爪《つめ》をひっかくポーズでアレッシアが僕ににじり寄ってくる。
とそれに運動して、他のポケロリも両手をワキワキさせながら、ジリジリと間を詰《つ》めてきた。
僕、殺されそう。
死因は絞殺《こうさつ》。複数の両手のようなもので首を絞《し》められていた所を知人が発見して117番通報しました。ただいまから、午後7時40分ちょうどをお知らせします。ぽーん。
「お前ら、とりあえず、落ち着け」
「はいっ、落ち着きますっ!!」
全員がビシッと声を揃えて、直立不動になった。
ループしとる。
「あ、あの……」
その中でおずおずと一歩進み出るQ。
「さ、サインして欲しいですキュ」
「……僕の?」
「はいっ」
……何で自分のポケロリにサイン色紙を書き与《あた》えてるんだか、さっぱり分からん。
「Q、ズルイっ!」
「わ、私もお願いしますっ!」
「……いいけどさ……お前ら、言ってみりゃあ、親姉妹のサイン貰《もら》ってるようなもんだぞ? 分かってるか?」
「よいから、早く書いてたもれ。あ、アレッシアちゃんへと書くのじゃぞ?」
「……」
6年も連れ添《そ》ったポケロリにサインをせがまれる……しかも、自分で付けた名前を書かされるポケロリ使いは歴史上、僕ぐらいなもんだろう。
「あのっ、あのあのっ、運動会の賞品の南の島をゲットしたら、い、一緒《いっしょ》に行って貰えますか!?」
「水泳を教えさせてやってもよいぞっ!」
「あと、スイカ割りとかっ!」
「ビーチバレーとかっ!」
「一つのジュースを2本のストローでちゅーちゅーとかっ!」
「スクーバとかっ!」
「潮干狩《しおひがり》りとかっ!」
僕もハイテンションに負けてられん。
「産卵とかな!」
「ウミガメポケロリと一緒にすなっ!!」
その素晴《すば》らしい反射神経故にツッコミを入れた死神しーぽんだったが、その直後にしまったという顔になる。
「あっ! いえっ、口答えとかではなくっ!!」
そして、そう付け加えて、ガタブルしだした。
「あーあ、失態だぜ」
「しーぽん、もうあかんわ……」
ヒソヒソとセリリリコンビが聞こえよがしに言う。
「……死のう」
「いやいやいやっ、そこまでせんでもいいっ」
鎌《かま》を自分の喉《のど》に当てるしーぽんを慌《あわ》てて止めた。
……と、周りを囲むポケロリから少し離《はな》れて、瞳亜がこちらを見ているのに気付く。
「瞳亜」
僕が名前を呼ぶと、瞳亜はびくうっ! と心臓を掴《つか》まれたように震《ふる》え上がってポロポロ泣き始めた。
「ご、ごめ……す、捨でないで……」
「捨てねえって……お前、そんな叱《しか》られた子犬みたいな目でじーっとこっち見てないで、こっち来い」
「……は、はい」
僕が呼ぶと、瞳亜はひくひく泣きつつ、とぼとぼ歩いてきた。
「す、すて、すてる……許し……うっ、ぐすっ……。やっ、やですぅ……」
……会話が成り立たん。
その後、まともに話が出来るようになるまで、なだめすかすのに数分間を要した。
「あたし……マスターが天才王子だって知らなくて罵詈雑言《ばりぞうごん》を色々と……本当にごめんなさい……」
僕は普段《ふだん》、あの程度の悪口以上の扱《あつか》いを受けているような気がするけどな。
「んなもん、気にするような浅い付き合いでもねーだろ?」
「で、でも……」
「それぐらいで壊《こわ》れる信頼《しんらい》を築いてきた覚えはないぞ、相棒」
ちょっと微笑《ほほえ》んで髪《かみ》をくしゃっと撫《な》でてやると、瞳亜はまた、ぼろぼろっと大粒《おおつぶ》の涙《なみだ》をこぼし始めて……。
「うわあああああんっ、マスターっ!」
僕の胸にがばっと飛び込んできた。
「サバ折りっ!!」
「きゃあああああっ!! ナニするんですかっ!?」
飛び込んできた瞳亜の背骨を折りにかかったら、すげえ怒《おこ》られてはたかれた。
「いや、緊張感《きんちょうかん》に耐《た》えきれなくて……」
「感動が台無しじゃないですかっ! もうっ!!」
「あー……うん、ま、調子出て来ただろ。その方がいい。しおらしいのが似合う性分《しょうぶん》でもないからな」
「ぁ……」
笑って言う僕の言葉に、瞳亜が短く声を上げて微笑み、それにつられるようにアレッシアが間に入ってきてニコニコと笑う。
「急に忍が遠い人に思えて、寂《さび》しかったんじゃろう、きっと。のう、瞳亜?」
無言で頷《うなず》く瞳亜。
その瞳亜から視線を転じて、アレッシア達をぐるりと見回す。
「お前らもだなあ、急にしゃちほこばったりすんなよ。……どーせ、お前らのこったから、おぎようぎ行儀がいいのも、そう長続きするとも思えんが」
「なんじゃと!?」
「そもそも、マスターがだらしないから、この子達が似てくるのですわ!」
「人ごとみたいに言うたらあかん」
「そうですね……メイドとしていつも礼儀《れいぎ》正しい私ならともかく……」
「自分が見えないって怖《こわ》いですキュー」
うむ……こうあるべきだ、僕のポケロリは。
それらのやりとりを聞き、若干《じゃっかん》安心したせいか、催《もよお》して来たので御不浄《ごふじよう》へ赴《おもむ》く。
……と、その帰りにセシルにばったり会った。
さっきから姿が見えないとは思っていたが……ほかほかした感じからすると風呂《ふろ》上がりかな。
大浴場が広くて綺麗《きれい》だとかで、風呂好きなセシルはちょくちょく入りに行ってるようだ。
「よう」
「こんばんは」
いつものセシルの挨拶《あいさつ》も、今朝のやりとりがあったせいか、妙《みょう》に余所余所《よそよそ》しく感じる。
「……皆《みな》さん、見失っていた自分を。何が大切かを……思い出したようですね」
廊下《ろうか》から、ちらりと酒場の方へ続く入り口を覗《のぞ》いて、セシルがくすっと笑った。
その微笑みは、表面上はいつもと同じような柔《やわ》らかさを持つように見える。
けれど、その奥底にあるもの……恐《おそ》らく僕にだけ分かる寂しそうなエッセンスを、僕は感じ取って、逡巡しながら口を開いた。
「お前は……。……いや、湯冷めすんなよ」
が、結局、躊躇《ためら》いの方が勝《まさ》って、そう結んでしまった。
お前は見失っている自分を見つけられそうかと……見失わせた自分の事を顧《かえり》みたら、そんな事、言えるはずもないのだから……。
「……はい」
口籠《くちご》もった僕に少し落胆《らくたん》したように頷いて部屋に戻《もど》るセシルの……その後ろ姿を見送りながら、大きなため息をつく。
「……とっとと出てこい、ファリア」
「あはは……いたの、バレてたんだ」
デカイ図体《ずうたい》で曲がり角の陰《かげ》からちらちら見てりゃ、誰《だれ》だって分かる。
「ふん……見物料だ。今日もたっぷり奢《おご》らせてやるから、一緒《いっしょ》に来い」
「う、うん……」
ちょっとしょんぼりしつつも、ファリアが僕の後ろをてぺてぺついてきた。
そして、僅《わず》かに躊躇《ためら》いを見せたが、ファリアは歩きながら視線を落として少しトーンを落とした声を出す。
「……みっちゃんは」
「あん?」
「やっぱり、セシルちゃんが側《そば》にいる方が優《やさ》しい顔をするね」
「……」
結局。
先生であろうと、こいつであろうと、他《ほか》の誰であろうと、僕の思いは、結局、同じような思いをしてきたセシルとしか分かち合えない、という事なんだろう。
婉曲《えんきょく》的ではあるけれど、ファリアの言葉はつまり、そういう事だ。
いずれにせよ、僕はセシルと会う前よりも、恐らくは……。
「甘くなった……か」
その呟《つぶや》きはファリアには聞こえなかったようで黙《だま》って後ろをついてくる。
「6年前」
僕が立ち止まり、そう口に出すと、ファリアも歩を止め顔を上げた。
「……?」
「僕にも失うものがあるのだと知った」
「……」
「あの6年前の出来事を機に僕は、少年の僕が許せなかったものを許そうとし始めていた。……その脆弱《ぜいじゃく》さを、少年の僕は許さないだろう」
僕は、地獄のような絶望の底から這い上がる以外の希望を見つけ始めている。
あんなにも憎悪《ぞうお》した対象そのものに僕自身がなろうとしているように思えた。
「……」
僕がどういう思いであるか、ファリアには分かるまい。
それはたとえ苦悩《くのう》であり、懊悩《おうのう》であっても、他人には渡《わた》せない僕のアイデンティティだ。
けれど、ファリアは一生|懸命《けんめい》、僕の少ない言葉から自分なりに何かを考えて、口を開いた。
「みっちゃんはみっちゃんなんじゃないかなぁぅ?」
「使い古された陳腐《ちんぷ》なフレーズだな」
「『ポケロリの額に宝石があるように、人間の心にも宝石はある。だが、彼女達のように我々人間の宝石は生まれながらにして輝《ががや》いている訳ではない。原石なのだ。原石を磨《みが》く事こそが人生である』……剣王、巴泰然《ともえたいぜん》……みっちゃんのお祖父《じい》さんの言葉だよね?」
僕の祖父とやらが書き残した本は、それなりに読まれているらしい。
剣王の二つ名を持つポケロリ使い、巴泰然。
僕にとっては、いかな金言を残そうと、見知らぬ老人でしかない。
「ワタシは、原石のみっちゃんも好きだし、宝石のみっちゃんも好きだよ?」
「お前は節操がねえな」
「そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
その言葉を否定しながら、悪くもない気持ちがどこかにある。
「……ファリアは、さ。いつも、その時その時に僕が欲しい言葉をくれるんだよな」
「みっちゃん……」
「だから、僕はお前が嫌《きら》いなんだ。……その言葉に甘んじたくなるからな。向上心を失って無様に大地に堕《お》ちるつもりはない」
そして、僕が再び歩き始めると、セルリアンブルーの瞳《ひとみ》いっぱいに涙《なみだ》を溜《た》めて、今にも泣きそうに両|腕《うで》で抱《かか》えるように僕の腕をつかんで声を震《ふる》わせてきた。
「ご、こめ……ごめんね、みっちゃん……ワタシ、もう余計な事言わないからっ」
「……。……酒場に戻るだけだ」
一つ、小さくため息をついて、僕はちょっとだけ笑う。
「なファリア。宝石のお前は嫌いだけどな。原石のお前は嫌いじゃない……事もなくはない」
「……みっちゃん」
ほわぁっと安堵《あんど》の気持ちと共にファリアが微笑んだ。
「……? あ、あれ? でも、それって、ワタシ、人間の磨き方が間違《まちが》ってるって事だよぉぅ?」
「間違ってないと思ってたのか……」
こいつが決定的に間違えたとすれば、僕に執着《しゅうちゃく》した点だろう。
しかし、ま……その辺がこいつらしいっちゃあ、らしいか……。
で、ファリアを連れて酒場のポケロリ達の所へ戻《もど》ると、目ざとく瞳亜がデカイ声を出してこっちを指さしてくる。
「あああああ―――――っ!! マスターに振《ふ》られたクセにしつこくつきまとう元彼女っ!!」
「も、元じゃないよぉぅ……」
「何しに来たんですかっ! マスターは迷惑《めいわく》してるんですよっ!?」
「み、みっちゃんに呼ばれて来たんだよぉぅ……」
瞳亜の剣幕《けんまく》にビビりまくって僕の陰《かげ》に隠《かく》れるファリアが情けない……っつーか、ポケロリ使いとして嘆《なげ》かわしい。
「今晩もこのお姉さんがお前らに奢《おご》ってくれるそうだ。盛大に飲み食いするように」
「あっ、あぅ〜っ」
昨夜と同じく半泣きで財布の中の残金を確かめるファリア。
「のう、忍」
「ん?」
アレッシアが瞳亜とファリアの争いから救い出すように僕の腕を引っ張って耳を貸させる。
「今日は恥《は》ずかしい所ばかり見せてしもうたが、明日は胸を張れるように頑張《がんば》るのじゃ」
「……そっか、そりゃ期待してる」
「あたしもですっ! 頑張りますっ!」
ファリアと何やら言い合っているかと思いきや、しっかりアレッシアとの会話を聞いていたらしき瞳亜が、手を挙げて僕に迫《せま》ってくる。
「うん、頑張れ」
「はいっ! ……でも、もっと……もっともっと恩返し出来る事があるのなら……どんな事でもするんですけど」
「別に恩を売ってやった覚えもないんだけどな」
「あたしにとっては……マスターにあたしを見つけて貰《もら》ったその事が、とてもとても大きな恩なんです」
むしろ、この健気《けなげ》さに救われているのは僕の方なのになと……。
そんな優《やさ》しい気持ちでいる間だけは……僕はセシルとの事を忘れられていた……。
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5時間目
大運動会最終日 午前の部
2度|寝《ね》して起きた……というか、正確に言うと花火の音で起こされたのだが。
で、昨日の失点を挽回《ばんかい》すべく張り切るポケロリ達と共に意気|揚々《ようよう》と競技場へ。
とは言え、頑張るのは僕ではないので、僕自身は競技場に着くなり主賓席《しゅひんせき》でのんびり菓子《かし》を食らう。
運動会実行委員による徹夜《てつや》のグラウンド整備も無事終わり、早速《さっそく》昨日の競技の続きである50m徒競走が始まっていた。
……のだが徒競走だというのに、走るというより宙を舞う走者が走路を次々に滑空《かっくう》していた。
ジェンマの力だの、種族の力だのを使うため、タイムが……。
『ただいまのレースでコースレコードが出ました。世界新に0.03秒|及《および》ばない0.52でした。皆《みな》さん、盛大な拍手《はくしゅ》をお願いします』
50メートル、0.5秒て。
もう、肉眼で確認《かくにん》出来ないんで、見てても楽しいのかどうか微妙《びみょう》な競技だ。
特に悪魔《あくま》ポケロリは、惑星《わくせい》666万個分の広さがあるという地獄《じごく》の端《はし》から端までを、6.66秒で移動するという速さ。
その悪魔ポケロリである、ペルゼブブ……『失楽園の魔人《まじん》』の異名をとるポケロリ使い、エデン・リ・プライのポケロリが、アレッシアと並んでスタートラインに立つ。
「プリンセスポケロリ……」
ベルゼブブが隣《となり》でアキレス腱《けん》を伸《の》ばすアレッシアに怪訝《けげん》な瞳《ひとみ》を向げた。どうやら、何か話しているらしい。
「我《わ》が輩《はい》は……貴女《あなた》を……」
ここ主賓席からでは流石《さすが》に聞き取れないが、何か……。
「何か話してますね、お内裏様?」
「ふむ……面識はないはずなんだがな……」
そもそも、僕とエデンの接点自体がほとんどない。
エデン・リ・プライは、大導師への推薦《すいせんけ》を鼻で笑って蹴《け》ったと言われる剛《ごう》の者で、実力的には3大導師に匹敵《ひってき》すると言われている。
無口で無愛想で人を見下した態度から、あまり周囲に人が寄りつかないようで……まあ、それは僕とて同類だった訳で、そういう2人が仲良くなるきっかけなんぞあろうはずもない。
何度か話した事があるっちゃああるが、それはそれは友好的な雰囲気《ふんいき》での会話とは程《ほど》遠いものだった記憶《きおく》がある。
そんな次第《しだい》だから、自分が使役《しえき》する魔族系ポケロリよりも、エデン本人の方が悪魔っぽい、きっと。
さて、悪魔ポケロリ、1年生クラスのべルゼブブは、上背のあるアレッシアを見上げ、記憶の奥底を探《さぐ》るような表情を向けていた。
まあ……アレッシアが僕と出会う以前に何をしていたかは、実は良く知らないので、或《ある》いはどこかで知己《ちき》を得ているのかもしれないが……。
僕が遠目で彼女らを見ていると、そこで、お馴染《なじ》みの空砲《くうほう》が鳴らされる。
アレッシアや他《ほか》のポケロリは、その合図でスタートラインから飛び出したが、アレッシアに意識が行っていたベルゼブブは完全に出遅れた。
「あら、致命《ちめい》的な遅《おく》れですね……」
「いや……あいつは、だって……」
悪魔ポケロリ・ベルゼブブは、文字通り悪魔のような速さで走路を瞬間《しゅんかん》的に移動し……。
『ただいまの最終レースでバッケンレコードが塗《ぬ》り替《か》えられました。世界新です。0.34秒。皆さん、盛大な拍手をお願いします』
もう、アナウンスを聞くのも、馬鹿馬鹿《ばかばか》しくなるようなタイムだよなあ……。
『徒競走の選手が退場します。皆さん、拍手で送り出しましょう。……続いての競技は超《ちょう》高々度玉入れです。チームカラーのお手玉を地上200メートルの高さにある籠《かご》にみんなで投げ入れます。チームのポケロリ使いの方も参加されますので、応援《おうえん》してあげて下さい』
「……とは言っても、ポールの上にある籠が見えんのでは、人間の力では届かねーだろ」
籠は点のようになって、見えなくもない気はするが(つーか、何で肉眼で確認出来ない競技が多いんだよ……)そもそもそういう問題ですらないような気もする。
現に、この競技の主戦力は飛行可能な鳩《はと》ポケロリやグリフォンポケロリ、精霊《せいれい》系ポケロリであり、補助戦力として、ジャンプ能力の高いバスケユニフォームポケロリ、協力して仲間を飛び上がらせられるチアガールポケロリ、あとせいぜいが遠投が出来る野球ユニフォームポケロリという所だ。
が、一人、元気にポケロリに混ざってビュンビュンお手玉を投げるデカくて目立つ奴《やつ》がいた。
「お内裏様がおっしゃっていたポンコツ女さんはそんな事も分からないのでしょうか?」
「……」
少し呆《あき》れ気味な雛祭の言う通り、どんなにぴょんぴょん飛んでもあの細腕《ほそうで》では届く訳が……。
……いや、結構飛ぶな、流石は何とか骨法とかいう技《わざ》の達人……流石に籠までは無理だが。
人間|離《ばな》れしとる。
「確かに馬鹿だが……。……あれはあれでいーんだよ」
「は……?」
「……だって、ほれ、あいつの周りのポケロリ、楽しそーじゃねーか」
「……ファリアさん自身も、ですか?」
「あいつは、まあ、笑ってるか泣いてるか、だからな、いつも」
「……優《やさ》しいお顔だこと」
雛祭はスゲエ小さい声でボソッと呟《つぶや》いたので、何て言ったのか分からなかった。
「ん? なに? 何か言ったか?」
「いーえっ。何にも」
「……へぶっ!!」
今、変な声を出した主は僕で、その理由は顔面に小豆《あずき》色のお手玉が当たったからだ。続いて、聞き慣れた声が聞こえた。
「あっ、あのあのっ、ごっ、ごめんなさぁい、みっちゃぁんっ!! 手元が狂《くる》っちゃってっ!!」
……。
「……みっちゃん?」
「ふふふふふ……」
「あう……みっちゃんが壊《こわ》れたよぉぅ」
「テメエもぶっ壊してやらあっ!!」
さっき僕の顔面をとらえたお手玉を拾って、ファリアめがけて遠投する。
「ひゃあっ!!」
避《よ》けた。
生意気にも避けた。
「……あっ、お内裏様、どちらへ?」
雛祭の言葉が発せられた時には、僕はグラウンドまで一気に駆け下りてお手玉を拾っていた。
「あ……あのあの……みっちゃん、落ち着いて? ね?」
「死ねやぁっ!!」
「あっ、あぅっ!!」
『飛び入りで巴御剱さんが参加されました。皆《みな》さん、拍手《はくしゅ》で迎《むか》えましょう』
何か知らんが、ファリアにお手玉をぶつけまくる僕に賞賛の拍手が送られる。
「こらっ、逃げんなっ!! カッとなって殺してやるっ!!」
「あうう〜っ! みっちゃんの目、滅茶苦茶《めちゃくちゃ》冷静だよぉぅっ!」
「鈍器《どんき》のような物を投げてやるっ!!」
「あうっ、痛い痛いっ! そっ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……あうっ!!」
頭を抱《かか》えてしゃがみ込んだファリアに、上からバシバシお手玉をぶつけていく。
「ど、どうしたら、許してくれるのぉぅ?」
「頭を丸めろっ!」
「そっ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
「じゃあ、下の毛を全部|剃《そ》れっ!!」
「そっ、それは……昨夜……あのあの……みっちゃんが……もう……」
何が『もう』か。
「あうあうっ! 痛いよぉぅっ!」
「……いつまでやっておるのじゃ、忍?」
冷静なアレッシアの声に振《ふ》り返ると、既《すで》に玉入れの選手団ははけていて、フィールドにはお手玉|攻撃《こうげき》を続ける僕と、しゃがみ込んで半泣きのファリアがいるだけだった。
「……あれ?」
状況《じょうきょう》を把握《はあく》しかねた僕をよそに、身体《からだ》が頑丈《がんじょう》なのぐらいしか取り柄《え》のないファリアは、案の定やられたフリをしていただけで、割とすぐすっくと立ち上がった。
「い、行こ、みっちゃん? お詫《わ》びにおやつの氷砂糖あげるから……」
「子供か僕はっ!?」
バツが悪そうに僕の手を引いて、ファリアが退場門の方へ小走りに駆ける。
『小豆組のファリアさんと飛び入りの巴御剱サマが退場します。皆さん拍手でお送り下さい』
拍手好きやな。
で、選手席まで辿《たど》り着いた時、ファリアに手を握《にぎ》られっ放しな事に気付き、バッと振り払《はら》う。
「あ……ぅ」
その払われ方に傷ついたのか、予想以上にしょんぼりとするファリア。
「ごめん……手の水虫が伝染《うつ》ると思ってさ」
「みっちゃんのなら伝染されても、ワタシ、いいよ?」
「何で僕が水虫なんだよっ!? お前のだっ、このポンコツがっ!」
「わっ、ワタシ、水虫なんかないよぉぅっ!」
「っ!? ご、ごめん……僕、医者から本人には告知しないようにと言われていたのに……!」
手で口を押さえて、ガタガタブルブルしながら僕は後ずさった。
「何でみっちゃんには告げられてるのぉぅっ!」
「お前にだけ告げられてないんだ」
「あぅぅぅ……」
何を言ってもより悪い方向にもっていかれると悟《さと》ったのか、ファリアは凹《へこ》んであうあう言うだけになった。
そして、ハンカチでも探しているのか、ごそごそとオシャレげなバッグを漁る。
「……はい、みっちゃん、氷砂糖」
「いらんっ!!」
んな物探しとったのか。
「ほらほら、みっちゃん、あーん」
「病院送りにしたろか」
「さ、産婦人科なら……」
「何を頬《ほお》を染めとるんだ、キモい奴《やつ》。想像|妊娠《にんしん》のクセに」
「えええええっ!?」
ファリアが半泣きでガリガリ氷砂糖を齧り始めた。
近づくと俺の頭もガリガリ齧《かじ》られるので、出来るだけ距離《きょり》を取ろう。
……てな事をやっていると、例の拡声能力を持つソニック結晶《けっしょう》のジェンマポケロリの力を使って、ボリュームが増幅《ぞうふく》されたアナウンスが流れて来た。
『二人三脚《ににんさんきゃく》自由形に出場される選手は、入場門に集まって下さい。繰《く》り返します。二人三脚自由形に……』
自由……? どーゆー競技だ……?
僕が疑問に思っているのがモロに顔に出ていたのだろう。横乳《よこちー》が自慢《じまん》げに語り出す。
「選手が誰《だれ》でも良《い》いからもう一人選んで、3脚で走りさえすれば、どういうスタイルで走ろうが自由な競技なのですわ」
そう言いつつ横乳《よこちー》がちらりとセシルを見たのにつられて、目をやった時、その天使ポケロリの手に足を繋《つな》ぐためのハチマキが握られているのが見えた。
……誰でもいいから、か。
「セシル」
「……はい」
「一緒《いっしょ》に出ないか?」
僕が微笑《ほほえ》みかけると、セシルは一瞬《いっしゅん》だけ喜色を瞳《ひとみ》に宿したが、すぐに真顔に戻《もど》ると、目を伏《ふ》せるようにして、少し戸惑《とまど》うように呟《つぶや》く。
「……。ご命令、でしたら」
「……。命令ではないよ」
お互いがお互いの瞳から逃げるように、僕らはそう言った。
その間にたゆたう微妙《びみょう》な温度の空気に、ポケロリ達が不思議な顔をする。
「喧嘩《けんか》でもしおったか?」
アレッシアが眉《まゆ》をひそめて、そう尋《たず》ねた。
「いいや」「いいえ」
ほぼ同時に答えた僕らは、でも、それが喧嘩にもならない程《ほど》に、お互いの距離が開いてしまったという事なのではないかと、そういう疑念を抱《いだ》いていた。
天使は黒い感情を持たない……嫉妬《しっと》や憎悪《ぞうお》ではなく、セシルが僕に抱いているのは落胆《らくたん》や失意だろう。自分はもう特別ではないのだという自らへの失望。
それでも、セシルを特別だと言ってしまう事は、即《すなわ》ち、彼女の心のもやを払う事を代価に、別の重荷を彼女に背負わせる事に……。
つまり、人がポケロリに向けてはならない、禁断の愛情に、セシルを縛《しば》り付ける事になる。
ぬるま湯のような、ただのポケロリ使いと、ただのポケロリでいるには、僕とセシルは、お互いの心に深く入り込みすぎた。
「マスター。……他《ほか》の子と走ってあげて下さい。わたしは、いいですから」
セシルの苦悩《くのう》はまた別の所にあって……それは彼女自身が僕にその苦悩に気付いて欲しいという気持ちと、気付かないでいて欲しいという二律背反《アンビヴァレンツ》な思いを抱《かか》えていたために、いつも真《ま》っ直《す》ぐな心根のセシルであるのに、この時だけはそれをそのまま表す事は出来なかった。
ただ、その事を気付かせるヒントはもう僕には与《あた》えられていたのだけれど、僕が彼女の意図する答えとは違《ちが》う方を向いていたせいで、僕はセシルの抱えている物に気付かなかった。
……それに関する出来事はまた後日、別の形をとって姿を現すのだが、今はひとまず置くとしよう。
「あっ、あのあのっ! みっちゃん、ワタシとっ! ワタシと走って下さいっ!!」
ポケロリ達がセシルと僕の間の空気に鼻白んで、手を挙げるきっかけを失う中、空気を読まない奴が手を挙げた。
そして、ハチマキを僕に手渡《てわた》してくる。
[#挿絵(img/th221_152_s.jpg)]
「……お前、ポケロリじゃねーのに何で参加すんだよ?」
「応援《おうえん》団長もいくつかは、何かの競技に出るんだよぉぅ」
うれ嬉しそうなファリアの手からハチマキを受け取り、足に巻き付ける。
「……これで、よし、と。歩いていいぞ」
「うんっ。……あっ、あうぅっ!? みっちゃんっ、ワタシの右足とワタシの左足がハチマキによって固結びで結合してるよっ!? 凄《すご》く誤った競技になってるよっ!?」
べそべそ泣きかけのファリアと僕の間に割って入るようにして、瞳亜がハチマキを手に垂らして上目づかいに僕を見てくる。
「マスター……あの」
「おう、走るか、瞳亜?」
「え……あ……」
瞳亜の左右で色の違う瞳が僅《わず》かに揺《ゆ》れていた。
「なんだよ、嫌《いや》か?」
「あ……いえっ、がっ、頑張《がんば》りますっ!」
抱いてみると意外と小さな瞳亜の肩《かた》を抱き寄せて、いちに、いちにと呼吸を合わせて歩く。
「お、結構合うもんだな」
「マスターの呼吸は、もう、身体《からだ》に染《し》みついてますから」
瞳亜の微笑みにつられて、僕も頬《ほお》が弛《ゆる》んでしまう。
「あ、でも、マスター? 確か、賞品だから公平な立場でとか言われてませんでしたか……競技に参加したりするとマズイのでは……?」
「んなもん、バレなきゃいーんだよ、バレなきゃ」
「いや、バレますよっ!」
「そうかな……?」
「……昨日の朝、メチャメチャ大々的に挨拶《あいさつ》してたじゃないですか……何でバレないと思えるんです?」
「ふむ……僕ならそんな挨拶ロクに聞いてないが、確かに、どこで誰が見てるか分かったもんじゃないからな」
「いや、みんなメチャメチャ見てましたよっ!?」
しょーがねえなあ……こんな事もあろうかと持って来ておいたレザーマスクで顔を覆《おお》って……と。
「ふ……これでどうだ?」
「うわっ、怪《あや》しっ!! 犯罪者と変態の狭間《はざま》を生きている人みたいですよ……」
「よし、これで走りに行くとしよう」
「いやああああああっ、同類に思われる―――――っ!!」
瞳亜の悲鳴を棚引《たなび》かせつつ出場者が順番を待つ入場門まで行くと、実行委員のポケロリがてけてけっと寄ってくる。
「あの、御剱様ですよね?」
「違います」
「メチャメチャ見破られてるじゃないですかっ!!」
うーむ……顔面|露出度《ろしゅつど》が高かったかな……?
しかし、ここまで来たら押し切らねば負けだ。
「あの、困ります、御剱様」
「違うとゆーに。分からんやっちゃなあ」
「でも……」
「僕の名は……そう、謎《なぞ》のマスクサイボーグ、ゲッターロリ1号」
3号は股間《こかん》にマスクが被《かぶ》せてあるため、もはやお見せ出来ない事になっている。なお、3つのマスクが1つになると、100万パワーが出て滅《ほろ》ぶと言われている。(自分自身が)
「私、気付かなかった事にしますから、出来るだけ顔を下げて見つからないように走って下さいね」
実行委員のポケロリは僕に関《かか》わるのが面倒《めんどう》くさくなってきたらしい。
去っていくそのポケロリを冷や汗《あせ》混じりに見送った瞳亜が、脱力《だつりょく》して数名の前走者の後ろについて体育座りをした。
……まあ、そんな事があったせいか、瞳亜は力無く座っていたのだが、少し経《た》っても、その横顔にはいつものような芯《しん》の元気さが戻《もど》って来ない様子なのを見ていると、さすがに声をかげざるを得ない。
「どうした……というか、まあ、セシルの事か」
この顔で真面目《まじめ》な話も何だから、取りあえず、マスクを外す。
「そうですね……」
「……悪いな、いらん気を遣《つか》わせて」
「いえ……」
一度、言葉を濁《にご》してから、瞳亜は、揺れる瞳《ひとみ》のままで僕を見る。
いつ見ても、それは宝石のようで綺麗《きれい》だと僕は思った。
「駄目《だめ》ですね。……あたし、本当はさっきハチマキを渡《わた》して『セシルさんと走ってあげなきゃ駄目ですよ』って言おうとしてたんですよ、マスター。でも……でも……」
涙声《なみだごえ》になりかけていた瞳亜の頭をぎゅっと抱《だ》いてやる。
「お前はいいな……いつも真《ま》っ直《す》ぐで」
「マスター……」
僕にも真っ直ぐな頃《ころ》はあった。
とても破壊《はかい》的で、破滅《はめつ》的な真っ直ぐさではあったが……。
「お前のお陰《かげ》で、僕は自分が今どこに立っていて、どこに行くべきなのかがよく分かる」
「……なんですか、それ?」
「鏡を見たがらない僕に己《おのれ》を気付かせてくれるんだな」
僕は僕を好きでいられない人間だから、自発的に自分を見たいとはあまり思わないからな……。
「……?」
疑問符《ぎもんふ》を浮《う》かべて、僕を見上げる瞳亜。
「瞳亜がいてくれて良かったって事さ」
「ポケロリに対する最高の讃辞《さんじ》ですね」
僕の胸の中で頬を染める瞳亜が、決意に満ちた瞳をしている事に僕は気付かなかった。
後になって、僕は切ない記憶《きおく》と共に思い知るのだ。
自分の浅はかさと瞳亜の僕への思いの強さに。
けれど、この時は……。
「あの〜……いちゃいちゃな所すみませんが、後ろの選手がつかえているので、そろそろスタートラインまで行っていただけませんか……?」
「えっ!? あっ!? ごめんなさいっ!!」
運動会実行委員にそう言われて慌《あわ》てて僕の胸から顔を上げ、照れ笑いを浮かべる瞳亜にいつもの明るさを見て、瞳亜の変わった様子に愚《おろ》かにも気付く事すら出来なかったのだ。
「マスター、行きましょっ?」
慌ててレザーマスクを被り直して頷《うなず》く。
「おう。……あ、そうだ」
「?」
「転んだ時に僕がうっかりお前の肩《かた》ストラップを引っ張って、ずるんと水着が脱《ぬ》げたらゴメンな」
「そんなあり得ないサービスシーンの心配はせんでいいっ!」
それはどうかな。
「何で笑っとんのか、意味が分からんわっ! やる気でしょっ!? 絶対わざとやる気でしょっ、マスター!? やったら、ズボン燃やしますよっ!?」
「ズボン燃やしていいから、やっていい?」
「駄目ですっ!!」
結局、駄目なんじゃねーかよ……。
けど、瞳亜にいつもの怒《おこ》り顔と……そして、笑顔《えがお》が戻ったのは、良かったと素直《すなお》に思えた。
……てな事を言いながらも、スタート位置について、よーいどんの声がかかれば、お互《たが》い真剣《しんけん》な顔つきになって、共にゴールを目指す。
自然に……極々《ごくごく》自然に、かけ声もなしに、お互いの気配というか呼吸を読みとって、息を合わせて一緒《いっしょ》に走った。
瞳亜と一緒に過ごしてぎた年月が、僕らを一つにしてくれていた。
「ほっほっ……瞳亜?」
「はっはっ……何ですか、マスター?」
「ほっほっ……お前の肩に回してる僕の手を握《にぎ》り潰《つぶ》さないで下さい」
「変な隙《すき》を窺《うかが》っているからですっ!!」
しかし、一体化しすぎると信頼《しんらい》関係が逆に揺《ゆ》らいだりするから、注意が必要だ。
お互いに妙《みょう》な注意というか牽制《けんせい》をしつつ走った為《ため》、順位自体は10人中7位という特に面白《おもしろ》みもない結果だった。よって、詳細《しょうさい》は割愛する。
程《ほど》なくしてゴールに着いて、ハチマキを解《ほど》いて戻《もど》ってくると、脳内で僕と信頼関係があるとさえ思い込んでいる、非道《ひど》く寂《さび》しそうにがっくり肩を落として座っていたファリアの姿が目に入った。
さっき僕が結んだハチマキはようやく解けたようだが、そのハチマキを持って今にも泣きそうに情けない面《つら》をしている。
「……。……おい、ポンコツ。僕はひとっ走りして疲《つか》れてるからな。一緒に走ってどんケツで恥《はじ》をかかせてやるから、さっさとハチマキ結べ」
「みっちゃん……」
片方の足を出す僕を、ぽかーんと見つめる。
「……やる気ねーならいい」
「あっ! あっあっ! いっ、今結ぶからっ」
恐竜《きょうりゅう》並に、脳に言語が到達《とうたつ》するまで時間がかかって、ポンコツ女が慌てて自分の足首と僕の足首をくっつける。
「0.1秒で結べよ」
「そっ、それは無理だよぉぅ、みっちゃん……」
台詞《せりふ》は弱っていたが、声は明るく笑っていた。
……ちっ、僕ともあろう者がサービスが過ぎたな。
心の中で毒づきながら、再びマスクを被る。
「はいっ、結んだよぉぅっ!」
必然的に僕の真横でにゅっとデカい背丈《せたけ》の奴《やつ》が並ぶ。
「おい」
「んぅ? なぁに、みっちゃん?」
クソ生意気にもご機嫌《きげん》な声で僕の名前を呼びやがる身の程知らずのファリア。
「でけぇんだよ、お前は」
「そ、そんな事言われても……」
「何で僕がポンコツ女を見上げなきゃならんのだっ!? しゃがめっ! 這《は》いつくばれっ!」
僕の目の位置から、ファリアの目の位置まで、10p近くある。
「は、走れないよぉぅ……それじゃ……」
「見くだされてるみたいで、酷《ひど》く気分が悪いんだよっ!! 昔から貴様という女は……っ!」
「……そうかな? ワタシ、ずっと昔から……ずっとずっと昔からみっちゃんを見上げてた気がするよ……みっちゃんは、いつだってワタシの前を走っていて、ワタシの前を昇《のぼ》り続けてたもん……。……ワタシね。ずっと、そんなみっちゃんが大好……」
「顔を必要以上に近づけるなっ! ひげ剃《そ》り痕《あと》がアップになってキモいわっ!」
「わっ、ワタシ女の子だから、ヒゲなんて生えないよぉぅっ!!」
「25にもなって、何が女の子か」
「……そ、それは否定しないけど……あんまりだよぉぅ、みっちゃん」
童顔だから許されると思ってやがるあたりがムカック。
まあ、程良く凹《へこ》ませたので、これはこれで満足しておく。
「よし、ぼちぼち走りに行くか」
「う、うん。いい、みっちゃん? いちに、いちにのリズムだよぉぅ? 1で結んでない方の足、2で結んである方の足だからね?」
「おう」
「じゃあ、行くよぉぅ……せーの……いち、ぅっきゃうっ!?」
ズデーンと盛大に巨体《きょだい》が倒《たお》れ伏《ふ》していた。
「絶対やるような気がしてたよぉぅ……みっちゃん……」
「なんだと!? 貴様、僕を信用してなかったのかっ!?」
「だって、みっちゃん、明らかに1で結んでる方の足を、しかも、後ろに引いたよ……あり得ないよ、そんなのぉぅ……」
「お前が僕を信用しすぎるのが悪いんだっ!!」
「あう……ワタシ、何で怒《おこ》られてるのぉぅ……?」
半泣きになりながらも、ファリアが年のせいであちこちガタが来ている身体《からだ》を起こす。
「……みっちゃん……お願いだから、今度はちゃんとやってね?」
「はははっ、任せろよっ」
「その爽《さわ》やかな笑いが何よりも怖《こわ》いよぉぅ、みっちゃん……」
失礼な女だ。
「じゃあ、いくからね……せーの……いち、に、いち、に……そうそう、その調子。ばっちりだよぉぅ。えへへ……やっぱり、ワタシ達、相性《あいしょう》が良《い》いんだね」
「死にたくなるような事を言うなよ……」
「そ、その台詞を聞いたワタシの方が死にたくなるよぉぅ、みっちゃん……」
「よし、今死ね」
「み、みっちゃんのお嫁《よめ》さんになるまでは、死ねない……」
「よし、心ならずも偽装結婚《ぎそうけっこん》してやるから、すぐ死ね」
「そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
「お前はあんまり教の教祖か」
そんな感じで、空想上の妖精《ようせい》さんと会話しているらしいファリアに心|優《やさ》しくつき合ってやりながら、入場門へ行くと、既《すで》に最後の組になっていて、そのまま、係のポケロリにスタートラインまで引っ張っていかれる。
「あ、また王子様出てきたわ」
「あのマスクなんなんだろ……?」
「しっ! 折角、王子様が出た方が盛り上がるからって、実行委員が見ないふりをしてるのにっ」
そして、観客席から口々にそんな言葉が発せられる。
「違《ちが》います。僕はそういう者じゃないです」
「あのー……それ、バレてないと思ってるの、みっちゃんだけだと思うよ? あうっ!!」
「どわっ!?」
ファリアにデコピンを見舞《みま》ったところ、蹌踉《よろ》けやがったせいで、僕まで足が引っ張られて転びそうになった。
んで、いつまでもポンコツ女とくっついて肩《かた》を抱《だ》かれているのも精神衛生上、劣悪《れつあく》な環境《かんきょう》そうなので、さっさと走ってさっさと選手席に戻《もど》って来た。
ところで、二人三脚《ににんさんきゃく》自由形は、いくら自由形とはいえ、もぐらポケロリ2体で地中を掘《ほ》り進んでくるのはあまりにも自由|奔放《ほんぽう》すぎて、もはや競技が違うんではないかと思う。
「ハチマキを解け。一刻も早く解け」
「う、うん……あ、あのあの……でも、もう少しだけこうしてたら駄目《だめ》カナ駄目カナ?」
「2回言うな、燃やすぞ」
ちょっと泣きそうになりながら、渋々《しぶしぶ》しゃがんでハチマキを解きにかかるファリア。
……。
「おい、まだか、ファリア?」
「あ、あう……固結びにしちゃったから、解けないよぉぅ、みっちゃん……」
「あほかっ! だから、お前はポンコツだと言うんだっ!! 貸してみろっ!」
ファリアがもぞもぞやっている足下に手をやって、ハチマキの結び目を引っ張る。
「うわ、お前、これ、無茶苦茶固く結びやがったな……」
「う、うん……みっちゃんとワタシの運命の赤い糸、みたいな気がして、つい強めに……」
「道理で時々、ファリアが赤い糸で首を吊《つ》ってる夢を見る訳だよなあ……」
「そっ、それはあんまりにもあんまり過ぎるよっ、みっちゃんっ!!」
「いつ正夢になるのかな?」
「ならないよぉぅっ! どーして、そんなににこやかに聞くのっ!? それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
この足グルグル巻き状態から逃避《とうひ》するにも、限度があるような気がしてきた。
「もーいい。ハチマキ切っちまえばいーんだよ。誰《だれ》かっ、ハサミ持ってこいっ!」
「どうぞ」
エリカがメイドスカートの中から、おもむろにハサミを取り出して手渡《てわた》してくれた。
「……メイドのスカートは秘密がいっぱいですから」
そして、丁寧《ていねい》に僕の疑問にも答えてくれる。
「よし、動脈を出せ、ファリア。切ってやる。一刻も早く」
「そんなの出せないよぉぅ……」
ぶつぶつ言いながら、ハチマキに当てて、ハサミを入れる。
ガキっ!
「……切れん」
「貸してみて、みっちゃん……。……。……駄目だわ。ハサミ入らない」
「あ、それ、ポケロリの種族能力やジェンマフルパワー時でも耐えられるように、超《ちょう》合金|繊維《せんい》で出来てるからちょっとやそっとでは切れませんよ?」
通りすがりの運動会実行委員が親切に教えてくれた……のはいいのだが。
「切れない物はないと言われる死神の鎌《かま》だ!」
僕は叫《さけ》びざま、少し離《はな》れた所で体育座りをしていたしーぽんをバッと振《ふ》り返る。
「……そんな事は言われた事がないのだが、確かに切れなかった物はないな」
余裕《よゆう》の笑《え》みを浮《う》かべて、すっくと立ち上がったしーぽんが、鎌を構える(ダジャレ)。
「動くと命の保証はないからそう思え」
「よし、動き回れ、ファリア」
「そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
ファリアが文句を言った瞬間《しゅんかん》に空気が裁断された風が吹《ふ》いて、ガキンッという鈍《にぶ》い音がした。そして、ハチマキは切れてない。
「……刃《は》こぼれが」
「燃やして切りますか?」
瞳亜がルビーのジェンマの力で、ビー玉大の炎《ほのお》を指の先に出した。
「超合金が燃える頃《ころ》には、僕らが消し炭になってるだろうな……」
「ちゅーか、ジェンマフルパワーでも切れへんの違うん?」
セリカが不吉《ふきつ》な事を言いやがる。
「……」
「黙《だま》るなよ、お前ら」
一様にどよーんとした空気を醸《かも》しだし始めた僕のポケロリ達が更《さら》に不安を煽る。
「……そーだ、あいつを呼んでこい。エクスカリバー。ゼッターロッシュのジーサンの所の」
最強の剣《けん》を持つとも言われる聖騎士《せいきし》ポケロリならば何とかなるかもしれん。
……。
んで、程《ほど》なくして輝《かがや》く刀身をその身に帯びたポケロリがやってくる。
さすがは聖騎士ポケロリとしてその名も高いエクスカリバー、気品と風格が違《ちが》う。
「事情は聞きました。お困りとあらば、助太刀《すけだち》いたしましょう」
そして、なにより義侠心《ぎきょうしん》に富んでいる。
「すげー困ってる。この世の終わりのように」
「わ、ワタシはこのままでもいいんだけどなぁぅ……」
馬鹿《ばか》は馬鹿な事をほざいた。
「では、いざ……聖騎士《パラディン》13奥義《おうぎ》が一つ! ブレード・チャージッ!!」
短く揃《そろ》えられた髪《かみ》が一瞬、ふわっと浮いて……。がきんっ!! という音がした。
「……刃こぼれが」
情けない顔で自分の長剣《ちょうけん》を見るエクスカリバー……なかなか見られる物ではないが、自分の身の自由がかかっていると思うと、そうそう物見高い気持ちにもなれん。
「修練が足りず、申し訳ない……。……が、そうだ、あの者ならば、或《ある》いは切れるやもしれない。しばしお待ちを……」
そう言って、エクスカリバーは半透明《はんとうめい》のゼリーで胸とか股間《こかん》を隠《かく》したポケロリ……スライムポケロリを連れて戻《もど》ってきた。
「困っているのはこちらの方かすら?……って、王子様かすらっ?」
『かすら』と言いつつ、『かしら』に発音が近いこいつは……確か、南条んトコのハイジだ。
何故《なぜ》か頬《ほお》を染めるスライムポケロリ、ハイジ。
「こいつが役に立つのか……?」
「王子様の為《ため》なら、たとえ水の中、酸の中かすら」
「それはあなたの得意なフィールドでしょう、ハイジ。ともあれ、正攻法《せいこうほう》で駄目《だめ》なら、からめ手で。ハイジの強酸ならば、何物をも溶《と》かすでしょう」
なるほど、その手があったか。
3大導師の古株ポケロリ同士で、仲がいいんだな、この2人のポケロリは。
「では、失礼して、溶かすかすら」
……ハイジがしゃがみ込んで僕らの足首付近に手をやると、そこから緑色の半透明ゼリーがわき出して、じゅうーっという音がする。
とほぼ同時に繊維の焦《こ》げる嫌《いや》な臭いがしてきた。
「お、こいつは期待出来そうだな」
……。
……数分後。
「表面が焦げただけじゃったのう」
単なる観衆と化しているアレッシアが呑気《のんき》に紅茶をすすりながら、結果報告。
そして、ここにいる誰《だれ》よりも、半ば意地になってきたっぽいエクスカリバーがぎりりと表情を引き締《し》めて言う。
「次の手を考えましょう」
明るい未来が見えなくなってきた。
……。
10分経過。
運動会実行委員、登場。
「……あのー。ファリアさんが出る乙女《おとめ》ハードル走がそろそろ始まるんですが」
「あぅ……い、今は無理です……」
「えーと……では失格という事でよろしいですか?」
「は、はいぃ……」
……。
20分経過。運動会実行委員、再登場。
「……あのー。ファリアさんが出る乙女大玉転がしがそろそろ始まるんですが」
「あぅ……い、今は無理です……」
「えーと……では失格という事でよろしいですか?」
「は、はいぃ……」
……。
30分経過。運動会実行委員、再々登場。
「……あのー、ファリアさんが出る乙女ムカデ競走がそろそろ始まるんですが」
「あぅ……い、今は無理です……」
「えーと……では失格という事でよろしいですか?」
「は、はぃ……」
「ちょっと待てえいっ!! 何でお前、そんた乙女《おとめ》ちっく競技にばっか登録してやがるんだよっ!? 乙女っつー歳《とし》かっ!」
イライラに油を注ぐ再三再四の出来事に我慢《がまん》がならなくなった。
「ちゅーか、ファリア姉ちゃんが失格しまくったせいで、総合順位落ちまくりやで?」
「このポンコツっ、このポンコツっ、このポンコツぅっ!!」
べしべしべしっとデコビンをかまし続ける。
「あうっあうっあうううううっ!! そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃぁん……」
多少|溜飲《りゅういん》が下がった。
……んで、ぽんこつファリアは無駄《むだ》に時間を過ごしたが、僕らはそうではない。
だが、それが必ずしも報《むく》われる訳ではない訳で……。
「この手も駄目か……」
延べ15人がハチマキ切断に挑戦《ちょうせん》して、全員|玉砕《ぎょくさい》だった。
「飽《あ》きたのじゃ」
「飽きたとか飽きねーとかそういう問題じゃねーんだよっ!」
呑気にお茶会の出し物気分で見ているアレッシアが、お姫《ひめ》様の身勝手さを炸裂《さくれつ》させる。
そして、さっきから、妙《みょう》にファリアがおとなしい。
「みっちゃん、どうしよう……?」
「なにがだよ、このポンコツが」
この状況《じょうきょう》に、段々気が立ってきて、普段《ふだん》は温厚な僕もついうっかり暴言を吐《は》いてしまう。
「……ワタシ。……。お花|摘《つ》みに……行きたくなっちゃったよ……」
「うわっ、てめえ、僕の隣《となり》で漏《も》らしたら、2秒で殺すぞっ!!」
「そ、それはあんまりだよぉぅ、みっちゃん……」
「あほかっ! 隣で汚物《おぶつ》をぶちまけられておとなしくしてる奴《やつ》がいるかっ!?」
「だ、だって、みっちゃん、いつもは……べ、ベッドでしろって……」
「お前にはここがベッドに見えるのかっ、ポンコツ女っ!」
「う、うあああぅぁぅ……」
巨大《きょだい》なポンコツが徐々《じょじょ》に内股《うちまた》になって、ぶるぶる震え始めた。
「うわあああっ! ファリア・ファスが脱糞《だっぷん》するっ!!」
「そ、それはしないよぉぅ、みっちゃん……。あと、ここぞとばかりにフルネームで周りに聞こえるように言うのはやめてよぉぅ。あでも……もう、駄目《だめ》、かも」
「ひぎぃぃぃぃぃぃ」
僕の方が壊《こわ》れそう。
「足ごと切り落とすか、主《あるじ》?」
「アホかっ!」
鎌《かま》を構えるしーぽんに入れる、僕のツッコミもかなり切迫《せっぱく》した感じだ。
「足ごと溶《と》かしますかすら?」
「どこが違《ちが》うんだよっ!?」
もはや、こいつらつるんで僕に嫌《いや》がらせをしているんではないかと思えてくる。
「みっぢゃあああん……」
「ええいっ、情けない声を出すなっ。便所連れてってやるからっ!」
「※[#「お」に濁点]、※[#「お」に濁点]花摘みだもん……」
余裕《よゆう》あんじゃねーか、ファリア。
結局、二人三脚《ににんさんきゃく》でトイレ行って戻《もど》ってきた。
……で。
帰ってくると、ポケロリ達の前に、シルクハットに燕尾服《えんびふく》&マントという出《い》で立ちのポケロリが立っていた。
「……誰《だれ》?」
「通りがかりの手品師ポケロリです」
「手品……?」
ファリアと二人して、顔を見合わせる。
「さあ、不思議で楽しいマジックの時間です、オーディエンスの皆様《みなさま》! どなたか、500月謝|硬貨《こうか》をお持ちですか?」
というか、明らかに僕を見ているので、仕方なくポケットから500月謝玉を手品師ポケロリに手渡《てわた》す。
「はいっ、種も仕掛《しか》けもないこの500月謝硬貨を……どうやっても切れなかったハチマキの上にの載せます。そして……この種も仕掛けもないハンカチ……」
そう言って、手品師ポケロリは、懐《ふところ》から取り出したハンカチをヒラヒラと表裏、観客と化しているポケロリ達に見せる。
「500月謝硬貨の載ったハチマキの上に、ハンカチを被《かぶ》せます。はいっ、ここで、手品パゥアーを送り込み……1、2、3!! はいっ!!」
「おお―――――っ!!」
その場にいた一同から、歓声《かんせい》と拍手《はくしゅ》が沸《わ》き上がる。
ハンカチを取り去った後には、ほどけたハチマキと、さっきまでくっついていた僕とファリアの足があったからだ。
切断は不可能だが、解く事は可能だった。……当たり前だが。
「それでは、わたくしめはこれにて……」
一礼して去ろうとする手品師ポケロリ。
その背中に惜《お》しみない拍手が送られる。
そして、僕は……。
ゆうぜん悠然と去りゆく彼女を見ながらこう思ったのだ……。
『500月謝返せ』
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6時間目
大運動会最終日 午後の部
『午前中の競技は全て終了《しゅうりょう》しました。お弁当を食べて、午後の競技も元気に頑張《がんば》りましょう』
アナウンスが流れる中、昼飯をどうするか考えつつ放浪《ほうろう》する僕の姿があった。
本当は食品会社の会長サマのラソチとやらをたかってやろうと思っていたのだが、ファリアの間抜けにつき合って二人三脚なんぞやったばっかりに、席に戻って来た時には置いてけぼりを食らっていたのである。
「くそう……食い物業界のトップが食うようなメシだから、さぞかし美味《おいし》かろうと思ったのになあ」
こんな事なら、僕もエリカ達に弁当作ってもらえばよかった。
……仕方ないか……適当に何か食いに行くか、それとも、アレッシア達を捜《さが》して、弁当をたかるか。
取りあえず、また競技者席に戻りつつ……って、僕、今日、主賓席《しゅひんせき》と競技者席を一体何往復してるんだろうな……?
と、通路の途中《とちゅう》にあるオープンカフェ状態の休憩席《きゅうけいせき》の辺《あた》りで、返り血で真っ赤な髪《かみ》になったファリアとばったり会う。
「あっ、みっちゃん、いたよぉぅっ! もお、待っててって言ったのに……あ、あのあの、お弁当っ。みっちゃんの分も作ってきたから……良かったら一緒《いっしょ》に食べないかなぁぅって……」
「……」
ピンク色の柄物《がらもの》ナプキンに包まれた弁当箱を持って立っている女の子が頬《ほお》を赤らめている光景にドキドキしない男はいないだろうと思う。
味見して一喜一憂《いっきいちゆう》しながら一生|懸命《けんめい》作っている彼女の様子や……。
愛情を一心に込《こ》めた真心でぎゅうぎゅうの弁当箱を大事に抱《かか》えてここまで走ってくる時の彼女の気持ちや……。
そして、今、精一杯《せいいっぱい》の勇気で、精一杯の言葉で、精一杯の笑顔《えがお》で微笑《ほほえ》む彼女の想《おも》いが……。
全《すべ》て僕に伝わってくる。
だから……この時の僕も、柄《がら》にもなくドキドキして、相当言葉を選んだ。
「弁当は食べてやるから、迷わず成仏《じょうぶつ》してくれ」
「心霊《しんれい》現象じゃないよぉぅっ! ちゃんと生きてるよぉぅっ!!」
人間の幽霊に会うのは初めてなので、かなり怖くてドキドキした。
幽霊ポケロリには昔、会った事があるけど。
「弁当か……」
「うん、みっちゃんの大好物の甘くない玉子焼きも入ってるよぉぅ?」
「子供か、僕は……。つーか、そんな知らない奴《やつ》が作った弁当なんて、何が入ってるか分かんないから、気持ち悪くて食えねえよ」
「凄《すご》い知ってる入だよぉぅっ、ワタシっ!! 子供の頃《ころ》からぁっ!」
どうやら、彼女の脳内で僕は幼馴染《おさななじ》みのような存在になっているらしい。
「……まーいーや。それ、食わせろ、腹減った」
「えヘへ、そう言ってくれると思ってたよぉぅ。みっちゃん、昔から来る者は拒《こば》まず去る者は追わずだもんね」
「……お前、拒まれてないと思ってたのか……前々からちょっと万人とは違《ちが》う所があるとは感じていたが、凄い女だな」
僕の話を聞いてるんだか、聞いてないんだか、ファリアがいそいそと休憩席のテーブルの上で弁当箱を包むナプキンを解いていく。
椅子《いす》に座り不機嫌《ふきげん》に頬杖《ほおづえ》をつく僕と、うっれしそうに鼻歌混じりで弁当を広げるファリア、
そして、そんな僕らの横を好奇心《こうきしん》に満ち満ちた瞳《ひとみ》でポケロリ達がそれはもうジロジロ見まくって通り過ぎる。
中には指さすポケロリまでいる。
「ぱんちゃん、大人のカップルだ!」
「違うよ、あれは何かヤラシい感じがするから、アベックだよ」
そういう使い分けなのか、それ。
「凄いね、ぱんちゃん! ラブラブだ! お弁当であーんとかするんだ!」
「するね、あれはする顔だよ」
「しねーよ」
ポケロリって、マセてるよな……基本的に。
「うわ、ぽんちゃん、アベックが喋《しゃべ》った! 略してあべった!」
「略さんでいいっ」
「うわ、ぱんちゃん、アベッグが怒《おこ》った! 略してあべった…」
「一緒だっ!」
「……いいなー、大人のアベックいいなー。大人の関係だね? 大人な事をするんだね?」
僕が通りすがりのポケロリの相手をしているのを、何が嬉《うれ》しいのかファリアがにこにこして見ている。
「まあ……そうだな。痴情《ちじょう》のもつれで今からこいつが死ぬしな」
「もつれてないよぉぅっ!!」
ファリアが話に割り込んできた。
「うわ、ぱんちゃん、いきなり痴情がもつれた! ……って、あれ、ぱんちゃんがいない?」
「置いてくわよー、ガルガンチュアお姉ちゃ〜ん! 大人がラブラブしてる時は見て見ぬフリをしなさいって、マスターが言ってたでしょ〜?」
「そうだね、ぱんちゃん! じゃあね、もつれたアベックの大人の人!」
「とっとと行ってしまえっ!!」
僕が怒鳴《どな》るまでもなく、ポケロリ2人組はてってけてーと走っていって見えなくなった。
「あはは……かわういね」
「クソガキだ」
毒づきつつテーブルに目を戻《もど》すと、既《すで》に弁当がスタンバイOK状態になっていた。
「はい、どうぞっ、お箸《はし》っ! フォークの方がいい? どっちもあるよぉぅ? えへへえ、こうしてると、幼年学校の頃の遠足を思い出すねぇ?」
「ああ……まだファリアがいた頃だな……」
「まだ凄い勢いでここにいるよぉぅっ!? どうしてそんな切な過ぎる顔をしてるのっ!?」
切ないからだ。
「……ね、覚えてる? みっちゃん、遠足の時、崖《がけ》から落ちそうになったワタシを助けてくれたんだよね?」
「お前、いい加減、前世の話ばっかりしてると、気味悪がられるからやめろよな?」
「メチャメチャ現世の話だよぉぅっ!!」
とうとうファリアは、前世と現世の区別がつかなくなり始めて、とても気の毒です。
「あ……みっちゃん、ひょっとして、照れているのカナ、照れているのカナ?」
2回言ったので近日中に殺して燃やす。
「くす……ワタシ、あの時、ああ……この人を好きになって良かったぁぅって思ったんだよぉぅ?」
「僕はあの時、ああ……こいつと関《かか》わるんじゃなかったって思ったよ……。そもそも、僕はお前が弁当を持っていたから助けたんであって……いやいや、そもそも、助けたのですらなく、お前が僕を引っ張ったせいで巻き添《ぞ》えを食《く》らったにすぎんのだ。それをさも美談のようにだなあ……テメエ、何笑ってやがるっ!?」
「あうっ! ほっぺた引っ張ららいれよぉぅ、ひっふゃん……」
みょーんとほっぺを引っ張って、ぱちんと戻してやる。
「……でなければ、あの頃《ころ》の僕が人助けなんかするか」
「……でも、みっちゃん、あの頃……世界の全《すべ》てを手に握《にぎ》ったら、ワタシの事、子分にしてくれるって言ったよぉぅ? だから、助けてくれたんでしょ?」
「お前みたいなポンコツを誰《だれ》が部下になんか置くか。せいぜい靴磨《くつみが》き係|補佐《ほさ》代理心得だ」
「一生|懸命《けんめい》磨《みが》くよぉぅ、ワタシ?」
……。
屈折《くっせつ》した子供だった僕は。
こいつの真《ま》っ直《す》ぐさに惹《ひ》かれながら、それ故に、こいつの存在を許す事は出来なかった。
それは、こいつが恵《めぐ》まれた人生を、日なたの温かい愛情を一身に受け続けて育ってきた結果で……。
即《すなわ》ち、僕の憎《にく》しみの象徴《しょうちょう》のような奴《やつ》だったからだ。
虐《しいた》げられ、蔑《さげす》まれ、生きる事の全てを否定され続け、勘当《かんどう》というよりは廃棄《はいき》されて寄宿幼年学校に送られた子供に、這《は》い上がる以外の希望を持てという楽観的な奴がいたら、僕は僕が受けた苦痛の全てをそいつに味わわせてから、もう一度同じ事を聞くだろう。
……幸いにも、ファリアは、僕の生き方や僕の考え方を否定する事だけはしなかった。
僕を憐《あわ》れむ事もせず、僕を賛美して、全|肯定《こうてい》出来る奴は、多分こいつだけだろう。
それだけが……或《ある》いは、僕がこいつを側《そば》に置き続け得た理由なのかもしれない。要するに……。
「お前はポンコツだな」
そうでなければ、契約《けいやく》のあるポケロリでもあるまいし、僕なんかにここまでくっついては来ないだろうからな。
自嘲《じちょう》気味の笑《え》みが口元に浮《う》かんだ。
「ぁぅ……」
凹《へこ》みながら、玉子焼きをフォークで口に運ぶファリアに、自嘲とはまた違う笑みが漏れる。
「……ま、取りあえず、パシリからだな。正午ティー(正式|名称《めいしょう》・正午の紅茶)買ってこい」
「う、うん」
で、一人で弁当をつつきながら、ファリアの帰りを待つ。
「……」
待つ。
「……」
待……。
「……どこの大陸まで買い出しに行ってやがるんだっ、あのポンコツはっ!?」
待ちきれなくなってきた。
ぐずぐずしてると昼休み終わってしまうではないか……奴の弁当もまだ結構残ってるのによう。
……いや、別にあいつがメシを食いっぱくれようがどうでもいいのだが。
とにかく遅《おそ》いため、戻ってきたら泣かす。
「うっ、ぐすっ……ひくっ……」
「泣くの早っ!」
僕が泣かすまでもなく、ファリアが泣きながら戻ってきた。
「どうした、犯《おか》されたか!?」
「ち、違うよぉぅ……」
……まあ、こいつはアホみたいに喧嘩《けんか》強いからな……そう簡単に押し倒《たお》されたりしないか。
「何だよ? 泣いてないで話せよ?」
「……う、うううううん……ぐす」
「ほれ、泣くなっつーのに……」
ファリアの頭を抱《かか》えるようにして、僕の肩口《かたぐち》に押しつけてやる。
ぐずりつつ、甘えるように僕に身体《からだ》を預けてくるファリア。
……そのまま、頭蓋骨《ずがいこつ》をへし折ってやろうかと思ったが、あまりに無防備に縋《すが》ってくる様子に、思わず僕はふかふかの赤毛を撫《な》でていた。
「僕以外の奴に泣かされてんなよ」
「う、うん……でも……みっちゃんのポケロリ達が……」
しゃくりあげつつ、ファリアがそう口にする。
「ポケロリに泣かされてんなよ、お前……恥《は》ずかしい奴っちゃなあ」
「ち、違うの……実は……」
まだ少しぐずっていたが、泣いていた訳をファリアが途切《とぎ》れ途切れに話し出し始める。
「ぐずぐずしていたら、泣かされちゃうもんね。急いでみっちゃんに飲み物買っていかないと……」
ファリアがブツブツと独り言を言いながら、外の売店が出ている所へ急ぐ。
角を曲がれば競技場の外……と、飛び出した先の少し離《はな》れた場所に、ポケロリの一団がいた。
その集団の中に見知った顔を見て反射的に<tァリアは再び角の手前の壁《かべ》に身を隠《かく》すようにべたっと張り付いた。
「……あれ? ワタシ、何で隠れてるんだろ……?」
自問自答してもう一度角の向こう側を覗《のぞ》く。
ポケロリの中に、両|瞳《ひとみ》の色が異なるスクール水着ポケロリを見て、納得《なっとく》した。
「ぁぅ……あの子苦手……」
セシルにも、まあ、さほど好かれていないように思っていたか、天使の特性故か、物腰《ものごし》自体は柔《やわ》らかいし、彼女のマスターたる人物にベタベタさえしなければ普通《ふつう》なのだ。
以前、セシルがファリアを評してこう言った事がある。
『お姉《ねえ》さんにはなって欲しいタイプですけれど、お義姉さんには全くなって欲しくないタイプですね』
タイプが原因であるとは一概《いちがい》に言えない面もなくはないだろうが、しかし、それにしても、それなりには友好的でいてあげてもいいという感触《かんしょく》はある。
だが、瞳亜というポケロリはとりつく島もなく、超攻撃《ちょうこうげき》的な姿勢で何かと突《つ》っかかりまくってくるのだ。
「みっちゃんのポケロリとは仲良くしたいんだけどな……」
まさにその動機こそが、瞳亜がファリアに敵意をむき出しにする理由なのであり、それ自体はファリア自身もよく分かってはいるのだが。
「みっちゃんの事、よっぽど好きなんだろうなぁ……」
昔っからファリアの想《おも》い人は、尋常《じんじょう》ではないとっつきの悪さから人間にはいたく評判がよろしくなく人間の恋《こい》の好敵手《ライバル》は皆無《かいむ》と言って良かったが、何故《なぜ》だかポケロリにはとにかく人気が高かった。
同じ種族である人間として側《そば》にいられるファリアは、やたらと羨望《せんぼう》と嫉妬《しっと》の眼差《まなざ》しで見られたものである。
「……とはいえ、嫌《きら》われっぱなしっていうのも……何か良くないし……うん、仲良くなるためには対話が不可欠だよね」
自分に言い聞かせるようにして呟《つぶや》くと、うんっと頷《うなず》いて、ファリアが一歩を踏《ふ》み出しかける。
が。
「マスターと別れよう……という事ですか?」
メイドのポケロリ、エリカが神妙《しんみょう》な表情で瞳亜にそう尋《たず》ねるのを聞いて、ファリアはぴたっと動きを止めてまた壁の一部になった。
「ちょ、ちょっと、もう一度、順番に話をして欲しいですキュー……」
混乱して目がグルグルしているQに、縁石《えんせき》に腰掛《こしか》けるしーぽんが顔を上げる。
「アイオーン・セシルと我らが主《あるじ》の関係に亀裂《きれつ》が生じつつある、というのだな?」
「うん……」
瞳亜が頷く。
そういえば、彼女らが話している場には、話題の主であるセシルはいない事にファリアはようやく気付いた。鈍感《どんかん》にも。
「それは……そうかもしれませんね。再会当初こそ熱烈《ねつれつ》でしたが、段々お互《たが》いにわだかまりがあるような一面が垣間《かいま》見えたりしてましたから……」
「さすがにメイドは目ざといものじゃな」
「仕事ですから」
おはようからおやすみまで仕える主人の行動を監視《かんし》するのは仕事とは言わない。
「……あたし……聞いちゃったんだ……マスターとセシルさんがそういう話をしてるのを何度か」
「それはさっき聞いたでキューけど……」
「マスターは本当に心の底からセシルさんを想って、ずっとずっと長い時を旅して来たのに……。マスター……可哀想《かわいそう》」
「じゃから、昔のように2人きりにしてやりたい、と申すか?」
「うん……」
「……本当によいのか、瞳亜?」
「うん。あたし、マスターにはいっぱい思い出をもらったから。こども騎士団《きしだん》にいた頃、誰《だれ》かを殺《ころ》す事しか知らなかったあたしに、マスターは沢山《たくさん》の事を教えてくれたから。だから、マスターには恩返しをしたいの。これまでは、一緒《いっしょ》にいる事が恩返しだって思っていたけど、今は多分違うの。マスターとセシルさんを2人きりで、穏やかに暮らさせてあげる事が、恩返しだと思うから」
瞳亜の独白のような言葉にアレッシアは伏《ふ》し目がちに言葉を探した。
「……。わらわには……分からぬわ」
「……」
「じゃが、お主がそうしたいのなら、少しばかりお主につきあってやってもよいぞよ。忍もわらわがおらぬと、一歩も動けなんだ小僧《こぞう》じゃったが……その庇護《ひご》ももう必要ないのやもしれぬからのう」
「アレッシア……」
「いずれまた忍がわらわ達を必要に思うまで、あの2人をそっとしておいてやるのもよいじゃろう……。それだけの苦難を歩んだ2人じゃからの」
6年の重みと、山風忍という人間がどういう思いを経て今に至っているかを知っているアレッシアと瞳亜の言葉に、他《ほか》のポケロリ達もしばらく言葉を絶って考えてから口を開いた。
「マスターに一番近いおふたりがそうおっしゃるのなら……それが本当の恩返しになるのなら……そうするのがベストなのでしょうキュー」
アレッシアの言葉に、Qもエリカもリリカ、セリカも頷く。
「それに正直、『天才王子』のお側でお仕えするのは、嬉《うれ》しいですが、少々荷が勝ち過ぎると思っていた所です」
「せ、せやなあ。うちら、めっちゃ場違いやん?」
「セシルみたいな特別なポケロリとは違うからな、あたいら」
苦笑《くしょう》を浮《う》かべるエリカに追従するように、セリカとリリカが無理に笑顔《えがお》を作った。
「みんな……ありがとう」
5人のポケロリをまとめて、瞳亜がぎゅっと抱《だ》き寄せる。
が、横乳《よこちー》は、眉《まゆ》をひそめて、首を振《ふ》った。
「わたくし達はそれには従えませんわ。マスターには恩はありませんし、これからやってもらわなければならない事もありますもの」
「そうだな」
厳しい顔でしーぽんが腕《うで》を組む。
「……でも、こんな名前を付けるようなセンスのないマスターには、これ以上ついていけませんわ。ね、しーぽん?」
ふんと鼻を鳴らして、横乳《よこちー》が言った。
「……そうだな」
苦笑を浮かべながら、しーぽんは頷《うなず》いて、言葉を続ける。
「天才王子は偉大《いだい》なポケロリ使いだ。いつか、我ら黒きジェンマの民《たみ》の悲願を果たしてくれる時も来るだろう。だが、一番の腹心が休息の時も必要だと言うのなら……それに従おう」
「なんですの、それ!? わたしくの言う事に全然賛同してないじゃありませんのっ」
「貴様の言う事はいつも短絡《たんらく》的すぎる。我が責任ではないそ、横乳《よこちー》」
「なんですって!?」
つかみ合いの喧嘩《けんか》を始めるしーぽんと横乳《よこちー》に嘆息《たんそく》しつつ、アレッシアがもう一度、瞳亜の蒼《あお》と碧《みどり》の瞳《ひとみ》を気遣《きづか》わしげに見上げた。
「……本当に良いのじゃな、瞳亜?」
「うん」
瞳亜は少し瞳の端《はし》に涙《なみだ》を浮かべながら、言った。
「肩《かた》を抱いて、呼吸を合わせて……一緒に走ってもらっちゃったもの……。心の宝箱に入れる最後の思い出には、最高すぎるわ……」
「だが、そのためには……」
横乳《よこちー》と髪《かみ》をつかんでほっぺたの引っ張り合いを続けながら、しーぽんが瞳亜の感傷的な言葉を断《た》ち切るように厳しい声を出す。
「新しいポケロリを我らが主と契約《けいやく》させない、というのも必要な条件になる」
「優勝、ですわね」
お互《たが》いの耳をつかんだまま、しーぽんと横乳《よこちー》が頷き合った。
「……でも、トップのさくら組とはかなり差が開いてますキュー」
「確かに……ここから巻き返すのは相当厳しいですね」
Qの台詞《せりふ》にエリカが応じる。
暗い空気が一同に漂《ただよ》い始めた。
しかし。
「じゃが……」
アレッシアが不敵に笑う。
「勝てぬ差ではあるまい? 何故《なぜ》なら、わらわ達は……」
「山風忍のポケロリだから、だな?」
「そうじゃ」
不敵さなら負けないとばかりに、横乳《よこちー》から手を離《はな》して、しーぽんが立ち上がってニッと笑った。
「根拠《こんきょ》のあるようなないような自信やなあ」
「でも、不思議だぜ。姫《ひめ》さん達がそうやって笑っててくれるうちは、負ける気がしないぜ」
「特殊《とくしゅ》能力『不敵な笑み』精神|支援《しえん》効果+3といった所か」
本当にそんな能力があるのかどうかは謎《なぞ》だが、それまで黙《もく》していたしーぽんが口だけは微笑《ほほえ》を見せてそう言う。
「よしっ、じゃあ、マスターとセシルさんのために!」
瞳亜が右手を広げて、へその前の辺りに突き出す。
「おふたりの幸せのために」
瞳亜の手の甲《こう》にQが手の平と共に真《ま》っ直《す》ぐな思いを重ねる。
「天使と王子の平穏《へいおん》な日々のために」
更《さら》にエリカが気配りの心を乗せてそっと手を差し伸《の》べる。
「優勝を目指して」
「勝ちにいくで〜」
元気さをもたらすリリカと、ムードメーカーのセリカの手が加わる。
[#挿絵(img/th221_194_s.jpg)]
「健気《けなげ》なポケロリの優《やさ》しさが報《むく》われますように」
横乳《よこちー》が勢いを。
「そう。この日この時で終わろうとも、このメンバーで戦った事は忘れぬ」
しーぽんが知性ととびきりの戦闘《せんとう》能力を、小さな手達共々、それぞれプラスしていく。
「そして、いずれまた会おうぞよ。天才王子、山風忍の旗印の下《もと》に、わらわ達の力が必要になったその時に」
全《すべ》ての力を一つに束ねるアレッシアの手が、最後に7つの手の平の上に重ねられた。
手を差し出し合ううち円陣《えんじん》となった8人のポケロリが頷き合う。
共通の目的を果たす決意と、何より頼《たの》もしい仲間を得た心強さに8人は笑った。
たとえ、最後だとしても、自らがジェンマを託《たく》したポケロリ使いのために戦える高揚《こうよう》感に、彼女達の魂は喜びに震《ふる》えていた。
その純粋《じゅんすい》さこそは、人間が彼女らを越《こ》えられない最大の力だった。
ずっと彼女達のやりとりを見ていたファリア・ファスはその事を改めて思い知ったのだった……。
「……という訳で思い知ったんだよぉぅ……ぐすっ、うえええっ」
ファリアが多分に主観が混じっているであろう状態で盗《ぬす》み見盗み聞きしてきた一部始終を僕に涙《なみだ》ながらに語った。
「ワタシ、もう、見てられなかったよぉぅ……ぐすっ、うえっ……」
「その割には最後まで見てきたんだな」
「だ、だってぇ……みっちゃんに教えてあげないとって……大事な事だからぁぅ……」
多少|脚色《きゃくしょく》されているにしても……だ。
大筋ファリアの見てきた事が本当だとすれば……。
「いらん気を回す奴《やつ》らだな……」
そう言いながらも、僕の事で……僕とセシルの事で一生|懸命《けんめい》でいてくれるあいつらの姿を思うと、嬉《うれ》しさで口元が綻《ほころ》ぶ。
「みんな、小さいのにエライねえ……みっちゃん思いだねぇ……」
「お前はもういい年なんだから、ベソベソ泣くなみっともない……」
乱暴かつ適当にぐりぐり目玉をえぐり出さんぼかりにファリアの涙を拭ってやると、汚らわしくもその僕の手をファリアが握りしめてきた。
「ね、みっちゃん! あの子達が頑張《がんばり》りたいっていう気持ちは分かるけど、ワタシ、辛《つら》い思いをして仲の良い相手と別れ別れになろうとしてるのなんて見過ごせないよ……だから……瞳亜ちゃん達には悪いけど……」
「……余計な事はするな」
柔《やわ》らかくて暖かくて優しい手を振《ふ》り解《ほど》き、僕はそう言い放った。
「だって! このままじゃ、みっちゃん、あの子達と離れ離れになっちゃうんだよ!?」
「……あいつらが勝てればな」
「それは……確かに、午前中の調子でいけば、確率は低いけど……。でも、ああいう強い瞳《ひとみ》をしたポケロリ達のジェンマは奇跡《きせき》を呼ぶ事が……」
「その思いの強さを凌《しの》ぐ覇気《はき》。それを持たない奴に、あいつらの邪魔《じゃま》をする権利はないさ」
「……いいの? みっちゃんはそれでいいの?」
「ポケロリ使いって奴は……」
「……?」
「入学式をやった時に、ポケロリが自分のものになったと思いがちだが……本当はそうじゃない。……。こう考えた事はないか? 僕ら人間は所詮《しょせん》、あいつらの力を効率的かつ利便性高く引き出すパーツに過ぎないと。本当に使われているのはポケロリではなく、人間の方だと」
人類の歴史を繙《ひもと》いた時、その中の事件や出来事が最終的にポケロリを利する出来事に帰結している事にしばしば行きあたる。
それは、或《ある》いは神の見えざる手が人ではなくポケロリという種のために存在しているためではないかという錯覚《さつかく》にとらわれるのだ。
グローバルな視点に立ってそう捉《とら》えると、史上何度かあった大戦や大規模な事件はそういう説明がつけられるのではないか……僕はかつて、一度だけ南条夢乃にこの話をした事がある。
「どういう事……みっちゃん……?」
こいつはポンコツではあるが、それなりに頭が良く勘《かん》の良い女だ。
「……あいつらがいらないというのなら、人間なんて必要のない生物ではないか、とそういう事さ」
「……だから、あの子達がみっちゃんの側《そば》を離《はな》れたいと言うなら、それに従うっていうの?」
だが、僕の答えはファリアの解釈《かいしゃく》を肯定《こうてい》するもので……しかし、それ故に、ファリアはその話を強引《ごういん》に最初の話題に引き戻《もど》す。
僕は少し迷ったが、結局、ファリアの用意したレールに乗ってやる事にした。
「そんな大層なものでもないのかもな。ただ単に僕は、マスターの意志とは異なる所で、あいつらが自分達で考え、決めた事が嬉しいだけなのかもしれない」
「みっちゃんの……理想の関係だもんね。ポケロリ使いと、ポケロリの」
「はん……分かったような事を」
鼻で笑ってやる。
「分かるよ。一番大好きな人の事だもん」
ファリアは優しく笑った。
「お前の脳内|恋愛《れんあい》も堂に入りすぎて、笑えなくなって来たな……怖《こわ》いぞ、マジで?」
「脳内じゃないよぉぅっ!! それはあんまりだよぉぅ……みっちゃん……」
「ま、そんな事はどうでもいいとして、だ。とにかく、あいつらの好きにさせてやれ」
「……うん」
「ただ……」
シュンとなるファリアの下がりがちな頭にもう一つ言葉を投げる。
「……お前が自分で考えて決める事までも……やめろとも言わんよ、僕は」
「みっちゃん……! うんっ、そうさせてもらうよぉぅっ!」
パァッと明るい顔になってファリアは大きく頷《うなず》いた。
「でも、僕と知り合いみたいな感じで話すのはやめてくれと言いたい。僕とお前は知らない人同士なのに」
「恋人《こいびと》同士だよぉぅっ、ワタシとみっちゃんはっ!!」
恋人である証拠《しょうこ》をファリアが列挙するのを聞き流す僕であった。
『こんな物やこんな物もあります』と雛祭が茶菓子《ちゃがし》を列挙する。
弁当休みが終わり、午後の競技が始まるというので、観戦席の中段部、主賓席《しゅひんせき》に戻ってきた僕が、雛祭に食後のデザートっぽい物を要求したからだが。
ちなみに、その列挙した茶菓子というのは……。
「雛《ひな》あられとか菱餅《ひしもち》とかいらんちゅーねん。しかも、飲み物が甘酒しかないとゆーのはどーゆー事か?」
「うちの主力商品ですよ?」
「もーいい」
これなら、ポンコツが買ってくる冷めたコーヒーの方がなんぼもマシだ。
それにどうやら……。
「呑気《のんき》に菓子《かし》を食《く》らってる場合でもなさそうだしな」
午後の競技最初の種目、パン食い組み体操競走が始まろうとしていた。
5人1組の組み体操をしながらパン食い競走をする勝ち抜《ぬ》き戦方式の競技で、誰《だれ》がこんな頭の悪いものを考えたのか謎《なぞ》だが、意外や意外、人気のある花形種目だ。
その第1回戦。小豆《あずき》組と柚子《ゆず》組の人間ピラミッドのレースは既《すで》に始まっていた。
スタートで出遅《でおく》れた柚子組、柚子色の帽子《ぼうし》を被《かぶ》った煌《きら》びやかな衣装《いしょう》のポケロリによる人間ピラミッドが、遅《おく》れをハンデと思えるほどの凄《すさ》まじい加速で追ってくる。
「速いな」
「……はい、でも、何だか……何かが聞こえてくるような」
「何か……?」
「……う、た? 歌、でしょう、か?」
「っ! マジックソングかっ!?」
僕の声が聞こえた訳ではなかろうが、小豆組を抜いてトップに躍《おど》り出た速力増加のマジックソングを歌うポケロリが歌の調子を変える。
「♪私は私は、パンタグリュエルぅ〜。魔法《まほう》の歌を自在に操《あやつ》る双子《ふたご》のアイドルポケロリの妹なの〜っ」
そして、ミュージカル調に高らかに歌い上げ始めた。
「♪マースターは、マスターはぁ〜……スーパーアイドル吟遊《ぎんゆう》詩人導師『絶世の歌姫《うたひめ》』リナリオン・ガードナー16歳〜っ!!」
それと同期して、選手席にいる柚子組の美少女|応援《おうえん》団長――恐《おそ》らくはリナリオンとやらが椅子《いす》の上に立ち上がって手を振《ふ》ると、観客席からおおーっという歓声《かんせい》が上がる。
お義理っぼくはあるが、一応|拍手《はくしゅ》を送る雛祭が揶揄《やゆ》したように笑った。
「たいしたエンタテイナーですね」
「うん、だが……」
鷹揚《おうよう》に雛祭に頷きつつ、疑問の言葉を続ける。
「歌を変えたせいで、速力増加の魔法効果が消えたけどいいのかな?」
パンタグリュエルの乗る人間ピラミッドは見る見るうちに全チームに抜かれてドンジリのままゴールした。
……一応、トップは辛《から》くも小豆組だった。
「凄《すご》いのか間抜けなのか分からん奴《やつ》……ん、待てよ?」
騎馬《きば》に乗るポケロリを改めて見る。
あいつ……昼休みにあった、躾《しつけ》の悪いマスターのマセたポケロリだ。
なるほど、アイドルなんぞという浮世離《うきよばな》れした奴のポケロリだから、あんなだったのか。
僕がひとりこちて、一人|納得《なっとく》している間に、第2回戦が行われようとしていた。
我らが小豆組の相手は……タワーブリッジの組み体操の頂上で、今回はスタートダッシュをかけるべく早くも速力増加の魔法の歌を吟《ぎん》じている。
のだが……。
「……おい、ありゃ、さっき負けた柚子組じゃねーのか?」
「各組、ABの2チームありますから、あれは双子の姉……ガルガンチュアの方のAチームのようですね」
「あー……」
そうか、より一層躾がなってない方のポケロリか。
などと言っている間に、空砲《くうほう》と共にスタートをし、柚子組のポケロリは不安定なタワーブリッジの組み体操でありながら、尋常《じんじょう》ならざる速度でトラックを疾走《しっそう》する。
「マセてはいるが、実力は確かだな。あのマジックソングの効力」
だが……。
「♪私は私は、ガルガンチュアあ〜。魔法の歌を自在に操る双子のアイドルポケロリの姉なの〜っ」
観客席から一番よく見えるコースの中|程《ほど》まで来た所で、ガルガンチュアがミュージカル調に高らかに歌い上げ始めた。
「♪マースターは、マスターはぁ〜……スーパーアイドル吟遊詩人導師『絶世の歌姫』リナリオン・ガードナー16歳〜っ!!」
それと同期して、選手席にいる柚子組の美少女応援団長――恐らくはリナリオンとやら――が椅子の上に立ち上がって手を振ると、観客席からおおーっという歓声が上がる。
「……」
「……」
僕と雛祭が無言で拍手をする中、柚子組を抜いた小豆組がトップでゴールした。
「いよいよもって、凄いのか間抜けなのか分からん奴……」
……と、そんな具合で、勝ち抜《ぬ》き戦第1回戦、第2回戦と進む様子を見ていると、どうにかという様子で小豆《あずき》組、うちのポケロリたちが勝ち残っていく。
が、そんなギリギリドキドキなチームと異なり、余裕《よゆう》でトップ勝ち抜きを果たすチームがいた。
「……随分《ずいぶん》と速い奴らがいるな」
「さくら組……例の桃山少女過激団ですね」
一人ごちた僕の言葉を隣《となり》に座る雛祭が拾う。
芸術点を見込んで相当練習を積んでいる……だけではなく、レースの組み立てがきっちり出来ている。
指示を出している賢者《セージ》ポケロリの戦術だろうな。
「羊の群を率いる賢《かしこ》い羊といった所かな?」
「お内裏様、どちらへ? もうすぐ決勝ですよ?」
僕が席を立ったのを不審《ふしん》に思った雛祭がいぶかしげに尋《たず》ねた。
「賢い羊に獅子《しし》の戦術というものを見せてやろうと思ってな」
あいつらが頑張《がんば》りたいというのなら、それに手を貸してやるのがマスターたる者の役目だ。
「……お内裏様は賞品なのですから、公正な立場でいて下さらなければ困ります」
「分かってる」
ヒラヒラ手を振《ふ》りながら、主賓席《しゅひんせき》から下へ降りようとする僕に、雛祭から厳しい声が飛ぶ。
「お内裏様っ!」
「……分かってるって」
「あまり目立たないように、ほどほどになさいませ」
「承知しましたよ、お雛様《ひなさま》」
とはいえ、あれだけのチームに勝つのはなかなか至難の業《わざ》だ。
からめ手を使って策士策に溺《おぼ》れるというのも間抜けな話だからな……やはり、戦術の基本に忠実に行くか。
敵のペースを乱し、自分達の間合いに持ち込む。
2つ、3つ、作戦を考え、相手にとって最悪のものを選択《せんたく》する。
一休みして気が緩《ゆる》んでいるとも思えないし、ここは後半戦、午後の部の出端《でばな》を挫《くじ》いて、その後の競技にも尾《お》を引かせるぐらいの打撃《だげき》を加えておくべきだろう。
脳細胞《のうさいぼう》をフル回転させて、作戦を組み立てきった所で、ちょうど競技者席に着いた。
「横乳《よこちー》」
「……マスター?」
ここにいるはずのない僕が不意に声をかけたので、横乳《よこちー》がきょとんとした顔で、エプロンをはたはたさせながら歩いてくる。
「何かご用ですの?」
「どーだ、勝てそうか?」
軽く笑って尋ねる。
「山風忍のポケロリがこんな所で負けてはいられませんわ。……とはいえ、正直厳しいですわね」
それでも、多少なりと強がって見せる所がこいつらしいと言えばこいつらしい。
「ふーん……。……僕と戦った時らしからぬしおらしさだな。なりふり構わなくなった時のお前は随分《ずいぶん》怖《こわ》かったのに。いっちょ、見せてやったらどうだ? 闇《やみ》の台所系ポケロリの真骨頂というやつを」
漆黒《しっこく》のダイヤのジェンマを持つ裸《はだか》エプロンポケロリならではの技《わざ》は、ある意味、対ポケロリ戦において、最強クラスかもしれない。
「……良いんですの?」
「いいんじゃねーの?」
遠慮《えんりょ》がちな横乳《よこちー》に、悪戯《いたずら》っぼく微笑《ほほえ》んでやる。
「勝ちに行くんならな」
「……。……そう、ですわね。そう。そうですわ。わたくしとした事が、入学式を済ませて、おとなしいポケロリに落ちついてしまってましたわね。わたくしはわたくしの流儀《りゅうぎ》でやらせていただきますわ」
言葉を紡《つむ》いでいる間に、覚醒《かくせい》するように横乳《よこちー》が不敵な笑《え》みと根拠《こんきょ》のない自信を満面にたたえていく。
うん。
僕のポケロリに悲壮感《ひそう》は似合わない。
やばい時ほど、人を食ったような不敵さで笑うべきだ。
そして、二段構え、三段構えの奥の手を繰り出していく。
それが、山風忍の、かつて巴御剱と呼ばれた男の戦い方だからだ。
「うや? みっちゃんだ」
不気味な笑みを浮《う》かべて、他《ほか》のポケロリ達とファイナリストの群れに歩いていった横乳《よこちー》と入れ違《ちが》いでファリアがやってくる。
「よお、ポンコツ」
「どうしたの? 横乳《よこちー》ちゃんと話してたみたいだけど……」
「特別サービスだ。お前にも見せてやろう、天才王子の勝ち方ってやつをな」
「う……みっちゃん、何か企《たくら》んでる時の顔だよぉぅ……」
僕らが見守る視線の先で、5人で組み体操をしながらパンを食いに走る、パン食い組み体操競走……その決勝戦の火蓋《ひぶた》が切って落とされる。
最初のリードを奪《うば》うのは、さくら組・桃山少女過激団。
組んだ上の方の一見特徴のないポケロリに、走行の揺れがほとんどない程《ほど》安定した走りだ。
カーブを曲がり、パンのぶら下がったゾーンに突入《とつにゅう》する。
最上段の無特徴ポケロリが中央のあんパンに大きな口を開けて、がぶりと噛《か》みつきかけて……。
「今だ」
「今ですわ!」
僕が呟《つぶや》くのと、走行中の小豆《あずき》組ポケロリの組み体操最上段で横乳《よこちー》が叫《さけ》び、額の黒いダイヤのジェンマが輝《かがや》くのがほぼ同時だった。
[#挿絵(img/th221_210_s.jpg)]
そして……。
「ごっ、ごっ……ごごごごこごご……!!」
ごきぶり。大量のゴキブリが、パンのつり下げられていた棒と糸を伝って、ぞぞぞぞぞっとパンからコースに落ちる。
「っきゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!」
絹をつんざく桃山少女過激団の無特徴ポケロリの悲鳴が上がり、大暴れしてそれまで絶妙《ぜつみょう》なバランスを保っていた組み体操が一気に崩壊《ほうかい》する。
「はい、失格」
「え……何が起こったのぉぅ、みっちゃん?……っ!?」
唖然《あぜん》として僕に間うファリアが、だが、次の瞬間《しゅんかん》にコース上で展開された光景に真っ青になって僕の腕《うで》にしがみつく。
「ほほほほほっ、しーぽん、エリカっ! 目をつぶって駆《か》け抜《ぬ》けあそばせっ!! おほほほほほほほほほほっ!!」
事態を把握《はあく》したあちこちから悲鳴が上がり、パニック状態の中、横乳《よこちー》がこの上なく愉快《ゆかい》げな笑い声を振《ふ》りまきながら、1つだけゴキブリがたかっていないパンを齧《かじ》り取って、ゴールまで一気に疾駆《しっく》していった。
『ただいまの1着は小豆組。その他のチームは組み体操が崩《くず》れたため、失格とさせていただきます。なお、コースの清掃《せいそう》を行いますので、次の競技まで、しばらくお待ち下さい』
異様などよめきの中、アナウンスが流れて、1等のメダルを手に横乳《よこちー》達が戻《もど》ってくる。
「どうですの?」
「上出来だ。……が、この一戦は布石。午後の部は接触《せっしょく》競技が多い。一度刷り込まれた恐怖《きょうふ》感はいつまでも尾《お》を引くぞ。果たして、どこまで立て直して来れるかな?」
「みっちゃん……そこまで考えて……」
そして、芽生えた恐怖《きょうふ》を利用しない手はない。
『お待たせしました。清掃が終わりました。障害ポケロリ競走に出場する選手の方は入場門に集合して下さい』
程なくして流れるアナウンスに、Qとエリカ、リリカ、セリカの4人が立ち上がる。
1チームの中で、妨害《ぼうがい》手となる障害ポケロリ班(オフェンス)とゴールを目指す走者ポケロリ班(ランナー)に分かれて争う競技だ。
障害ポケロリ班はコースアウトさせた敵ランナーが多い程スコアが上がり、走者ポケロリ班は1秒でも速くゴールするとそれに応じた点がもらえる。
基本的には戦闘《せんとう》能力の高いポケロリと、回避《かいひ》能力とスピードに長《た》けたポケロリが有利な種目ではあるが……。
各メンバーがまんべんなく競技に出るように、一人あたりの規定種目数以上は出られないルールがあるから、エースばかりを出す訳にもいかんからな。
「種族とジェンマを見ても……この4人だと、せいぜいが障害ポケロリ班にQちゃんを入れて期待出来るかなあぅ、ぐらいだよね、みっちゃん?」
「……Q、エリカ、リリカ、セリカ!」
ファリアの言葉を口の端《はし》だけで笑って聞き流し、4人のポケロリを呼ぶ。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
「うん。オフェンスはリリカとセリカ。ランナーはエリカとQだ」
「え……でも、それでは……」
僕の指示に、ポケロリ達とファリアが不可解な顔をする。
「いいか? リリカとセリカは……」
円陣《えんじん》を組ませ、その輪の中に僕も入り、ぼそぼそとポケロリ4人組に指示を伝える。
「「「「……」」」」
4人組は黙《だま》って聞いていたが、僕が話し終えると、苦笑《くしょう》を禁じ得ないという様子で顔を上げた。
「えげつない事考えるぜ……」
「他《ほか》のチームの方にはお気の毒様ですキュー……」
一人、蚊帳《かや》の外にいたファリアが不安顔で見守る中、4人組が入場門の方へ消えていく。
「みっちゃん……今度はどんな入れ知恵《ちえ》をしたのぉぅ……?」
「策略を巡《めぐ》らせたと言わんか。格調高くな」
「……でも、いいの? だって、小豆組が優勝しちゃったら……」
「お前が邪魔《じゃま》してくれるんだろ?」
小馬鹿《こばか》にした口調で僕が言うと、それでもファリアは気分を害する事もなく、神妙《しんみょう》に頷《うなず》いて『うん、分かった』とちょっと情けない顔で言葉を返した。
そして、グラウンドで選手達が展開するのを僕が見ている間、隣《となり》でずっと考え込んでいたファリアが、競技開始の合図の空砲《くうほう》ピストルの音でふっと顔を上げる。
「駄目《だめ》だよ、みっちゃん。ワタシ、悪い事思いつけないよぉぅ……」
「善人ぶってんじゃねーっ!」
「ああうっ!!」
僕にジャンピングデコピンをかまされて、ファリアが吹っ飛んだ。
「デコピンの際に突《つ》き指《ゆび》したわっ、どあほっ!!」
「わ、ワタシが悪いのぉぅ……?」
女の子座りで半分崩れ落ちかけるようにへたるファリアが半泣きの上目遣《うわめづか》いで僕を見る。
「僕が悪いのかよ?」
「あう……ワタシが悪いです……ごめんなさい、みっちゃん……」
僕が睨《にら》むと、ファリアはおでこを押さえてしょぼんと俯《うつむ》く。
僕の周囲で起こる悪い出来事の原因の全《すべ》てはファリアにあるため、それも仕方ない事と言えよう。
「分かれぽいいんだ。あんまり僕に迷惑《めいわく》かけるなよ?」
ニコニコと頭を撫《な》でてやると、ファリアは一転して、にぱぁっと太陽のような微笑《ほほえ》みを見せた。
「うんっ、ごめんね、みっちゃん」
「騙《だま》されきっておるのじゃ」
僕らのやりとりを見て、アレッシアが変な顔をしていた。
と、そこでグラウンドから『わあっ!!』という黄色い声のどよめきとも悲鳴ともつかない叫《さけ》びが轟《とどろ》いてくる。
そちらに目を向けた僕とファリアは、次々にコースアウトしていく走者ポケロリ班と、ウォーターメロンと重晶石《パライト》のジェンマが発動している事を示す輝《かがや》きを額に宿したセリカとQがお互《たが》いの腕《うで》を絡《から》めて、その走者達の方向に手の平を突き出す光景を見る。
そして、コース上を右往左往する黒い物体。
「……ま、まさか……また?」
僕の脚《あし》をひしとつかんで、ファリアが怯《おび》えの表情を強く見せる。
「よく見ろ、ポンコツ」
「うう……あんまり見たくない……。……え、あれ?」
コースを駆《か》ける黒くて小さいその物体にファリアが目を凝《こ》らし、ようやく気づいた。
「西瓜《すいか》の種だよぉぅっ、みっちゃん!」
そう、ジェンマ・ウォーターメロンによって生み出された西瓜の種の幾《いく》つかを、パライトのジェンマの力で発生させた引力のコアに引き寄せさせて、黒くてテカテカした小石大の物体を作り、夜の帝王《ていおう》の動きに似せて操《あやつ》っているのだ。
2人を除いて全員が悲嶋を上げながらコースアウトしていく中、その2人であるところのリリカとエリカが余裕《よゆう》でゴールテープを切った。
「……!?」
計算通りに事が進んだ事に満足している所へ、妙《みょう》な気配を感じると同時に、僕の目の前で小さな竜巻《たつまき》が起こって砂埃《すなぼこり》が不自然にうねうねと胎動《たいどう》し出す。
明らかに人為《じんい》的な手を加えられた不自然な動きをした砂埃は、やがて、人の像を形作った。
「賢者《セージ》ポケロリか」
その砂埃はディフォルメされた彫像《ちょうぞう》のように、桃山少女過激団のリーダー格のポケロリの姿になっていた。
「僕に何か用かな?」
「おいたが過ぎてよ、王子」
砂埃がしゃべる。
賢者ともなると、こんな魔法《まほう》も使えるもんなんだな。
「余興が足らんと観客が退屈《たいくつ》するだろう?」
「少しケレンが強すぎるのではなくて?」
「賢者殿《けんじゃどの》にはお気に召《め》さなかったかな?」
「……ふ……いいわ。この程度の試練を越《こ》えられない者は天才王子のポケロリに相応《ふさわ》しくないと言う訳ね、王子」
そういうつもりはまるでないんだけどな……。
僕の心中は別として、賢者《セージ》ポケロリのディフォルメ砂埃像は、自分の導き出した結論に不敵に笑った。
その笑《え》みはむしろ、僕や僕のポケロリに近いものだ。
「猪口才《ちょこざい》だこと。……でも、それぐらいの賢《さか》しさは嫌《きら》いではないわね。パン食い組み体操競走の戦術を次の競技の戦術に組み込む知略といい、貴方《あなた》をますます物にしたくなったわ」
「恐縮《きょうしゅく》だね」
「次はこの私自ら出るわ。これまでと同じように行くとは思わない事ね、王子」
最後にローブのフードを深く下ろして、砂埃の像はぶわっと空中に飛散した。
で、僕の足|下《もと》で座り込んだままだったファリアの顔の前を直撃《ちょくげき》して、ポンコツ女がげほげほやっている。
「ご丁寧《ていねい》に宣戦布告と来た。なかなか作法というものをわきまえてるじゃないか、桃山少女過激団とやらは?」
「げほげほ……み、みっちゃん好みの演出だねぇぅ……」
「だが、手の内を明かすのは良策とは言い難いな。フェイクだと言うなら、多少は誉《ほ》めてやってもいいが」
知恵《ちえ》は回るかもしれんが根は善良で素直《すなお》な感じだから、恐《おそ》らく、言った通り、賢者殿は次の競技に出てくるだろう。
だとすると……。
「次の競技はノールール騎馬戦《きばせん》だったな」
「うん。小豆《あずき》組はね、アレッシアちゃん、セリカちゃん、しーぽんちゃん、瞳亜ちゃん」
ノールール騎馬戦とは文字通り、ノールールで騎馬を倒《たお》すなり騎手からハチマキを奪《うば》うなりする超戦闘《ちょうせんとう》的競技だ。
種族能力もジェンマもフリーで使えるため、ポケロリらしさが前面に出る。
アレッシア5年生、セリカ4年生、しーぽん3年生、瞳亜在校生……となると、背丈《せたけ》のバランスが重要な馬は、前に瞳亜、後ろにセリカとしーぽん、騎手はアレッシアがスタンダードな組み方ではあるが。
「……?」
ちらちらと切なげな瞳《ひとみ》を向けてきていた瞳亜が、僕の手招きに気づいてアレッシア、しーぽん、セリカ共々小走りにやって来る。
「何じゃ、こんな離《はな》れた所におらずとも、もっと選手席の前面に来ればよいではないのかの?」
「いや……公正な立場なんだから慎《つつし》めとか釘《くぎ》を刺されてるんでな」
「左様かえ」
昼休みの事があるからだろう。僕と接するアレッシアの態度がいつもより優《やさ》しい。
そして、瞳亜は今にも泣きそうなのをぐっと堪《こら》えて口を真一文字に結んでただ僕を見ていた。
多分、口を開くと泣いてしまいそうだからなのだろう。
……そんなに嫌《いや》なのならやめてしまえばいいのに。
いや……或《ある》いは意固地になって意地悪いのは僕の方かもしれない。
誰《だれ》よりも一緒《いっしょ》にいたい相手がいるのなら、魂《たましい》をかけてでも欲しいものがあるのなら、どんな障害であろうと押しのけて手にすればいい……少なくとも少年の僕はそうして生きてきた。
優しさや思いやりを理由に言い訳をして逃げる者を、僕は心の底で認めたくないのに違《ちが》いない。
どんなポケロリ思いの口実を装《よそお》ったとて、結局、僕自身もそういうエゴで動いているのだとすれば、あまり人の事は言えないか……。
「どうした、忍?」
少し黙《だま》り込んだ僕をアレッシアが覗《のぞ》き込む。
「ん……。……どうだ、勝ちたいか?」
「え……」
僕が真《ま》っ直《す》ぐに目を向けると、瞳亜はくすんだ声を出した。
「優勝したいか?」
「……」
信念と、エゴと、2つが瞳亜の中で戦っているように見える。
でも、それは、どちらも僕への思いから生まれるもので、どちらも同じだけの強さを持っているはずだった。
「……。……はい。はい、マスター。あたし、勝ちたいです」
なるほど……自分の気持ちではなく自分の中の僕の気持ちを取ったか……誰かの悲しみの上に自分の幸せを築く事は出来ない、そういう訳だ。
瞳亜らしいな。
「いいだろう。では、お前らを勝たせてやる」
僕が言うと、3人はちらりと瞳亜を見たが、すぐに話を続ける僕に意識を戻《もど》す。
「まず、騎手はしーぽん。馬の先頭はセリカ、右翼《うよく》と左翼にアレッシアと……瞳亜だ」
「攻撃的《こうげきてき》布陣《ふじん》なのはいいが、その馬の後部バランスでは長期戦は辛《つら》いし、何より僅差《きんさ》の戦いになった時、踏《ふ》ん張《ば》りがきくまい?」
「ふん……要は騎手さえ落ちなきゃいーんだろ。ノールールってのは、ルールがないって意味なんだぞ、知ってるか?」
含《ふく》み笑いでしーぽんにそう答え、4人分の耳を寄せさせる。
そして、策の全《すべ》てを授《さず》け終えると、アレッシア達はさっきのエリカ達と全く同じ反応を示して苦笑《くしょう》しながら、入場門の方へ歩いていった。
ただ、瞳亜だけは……最後まで俯《うつむ》き加減の暗い表情を崩《くず》す事はなかった。
「……みっちゃん……瞳亜ちゃんに何か言ってあげなくていいの?」
「……黙って見てろ」
「でも……」
「なんだよ?」
「……みっちゃんの方が辛そうなんだもん」
自分も負けず劣《おと》らず辛そうにファリアが言った。
「ホント、つまんねー事にばっか気の回る奴《やつ》だな」
ポケロリにしてやるように、ファリアの頭をぐしぐしっと撫《な》でてやって、僕は入場門から次々にグラウンドに出ていくポケ目リの騎馬達へ視線を転じる。
その中に混じって、馬上の賢者《セージ》ポケロリが僕を見つめていた。
「……お前が戦う相手は僕じゃないぞ。そこを間違っている時点で、お前に勝ちはないな」
僕の独り言と同時に入場が終わり、スターター係のポケロリがパァンと空砲《くうほう》を鳴らした。
と、騎馬《きば》がわあっと組み合いになろうとする瞬間《しゅんかん》に、最後方にいたしーぽんがセリカとアレッシアとをぶら下げて空に大きく跳躍《ちょうやく》する。
「騎馬を自分でばらしちゃったよ、みっちゃん!?」
「要は騎手が地面に落ちなきゃいいんだろ」
「それはそうだけど……」
僕らが見守るグラウンドでは、騎馬の中で一人地上に残った瞳亜がルビーのジェンマを輝《かがや》かせて叫《さけ》ぶ。
「流れる温水プールっ!!」
叫声《どせい》が発せられた刹那《せつな》、怒濤《どとう》のような勢いで空中から沸《わ》き出した温水が津波《つなみ》となって、グラウンド上にいた騎馬の全てを呑《の》み込み、一気に押し流し潰《つぶ》した。
流れる温水プール。
それは流れるプールの上級技であり、温水である分、通常の流れるプールよりも水分子の運動が激しく(分子運動はその温度が高い方が活発となる)更《さら》なる勢いで技を食《く》らった者を呑《の》み込んで雪崩《なだ》れさせる。
炎《ほのお》のジェンマであるルビーを、本来性質が相反する水のポケロリであるスクール水着が持っているという、特殊《とくしゅ》なポケロリである瞳亜ならではの技といえよう。
威力《いりょく》も並の技とは格が違《ちが》った。
予期せぬ横殴《よこなぐ》りの凄《すさ》まじい津波に、ポケロリ達が悲鳴を上げて、退場門方面に流されていく。
辛《かろ》うじて、踏みとどまった数機の騎馬と、しーぽん同様、空を飛んだ騎手だけは難を逃《のが》れたが、……。
「プリンセスビーム!」
「鎌《かま》いたち!」
ぬかるんだグラウンドに足を取られる騎馬や、急上昇《きゅうじょうしょう》時の視野|狭窄《きょうさく》に苛《さいな》まれる騎手が、アレッシアとしーぽんの遠隔射撃《えんかくしやげき》によって上空から狙《ねら》い撃《う》ちされていく。
浮遊《ふゆう》魔法《まほう》によって宙に浮《う》いた賢者《セージ》ポケロリも、マジックバリアでよく凌《しの》いではいるものの。
「「鎌いたちビームっ!」」
「っ!?」
ビームと鎌いたちの複合攻撃に、あえなく落下していった。
「〜〜〜っ! 覚えてらっしゃい、王子っ!!」
元気そうな所を見ると、無事は無事のようだな。
「賢者は己《おのれ》の賢《かしこ》さゆえに、固定観念を脱《だつ》しきれず敗れたか」
僕が言い終わると同時に、地上と空中に分離《ぶんり》した小豆《あずき》組の騎馬が合身した。
「いきなり騎馬が飛んで津波が来るなんて、誰《だれ》も思わないよ……ていうか、もはやあれは騎馬戦じゃないよぉぅ、みっちゃん……」
ポンコツ女の情けない声にかぶるようにして、アナウンスが流れ出す。
『ノールール騎馬戦の優勝は小豆組です。なお、グラウンド整備のため、しばらく次の競技の開始が遅《おく》れます』
「……やたらとグラウンド整備の多い大会だな、おい?」
ファリアを軽く見上げて苦笑を向ける僕。
「誰のせいですかっ」
……を更に見上げて、不機嫌《ふきげん》な声を投げかける奴がいた。
「よお……雛祭」
「『よお』ではありませんっ。ほどほどになさいませと申し上げたでしょう、お内裏様っ!? 整備班から物凄《ものすご》いクレームが私の所にバンバン来てますよ!?」
どうやら、僕の所行に腹を立てて主賓席《しゅひんせき》から降りてきたらしい。
「大分、ほどほどにしたんだけどな……」
「どこがですかっ。もう、おとなしく上で観戦だけをなさいっ!」
高い段の上にひょいっと登って、僕の耳をぐいぐい引っ張って行く。
「痛い痛いっ! 分かったから、耳を離《はな》さんかっ」
悲痛な叫びも虚《むな》しく、そのまま主賓席まで連行されていく僕であった。
「悲痛な叫びが聞こえてくるようです、整備班達の」
「悪かったっちゅーに……」
主賓席に戻《もど》ってから、延々、雛祭の嫌味《いやみ》を聞かされる。
「大体、お内裏様は、昔から……」
『グラウンド整備が終わりました。これより競技を再開します』
「ほれほれ、競技が再開されるってよ? ちゃんと応援《おうえん》しねーとなっ」
アナウンスに救われたとばかりに笑う僕に、雛祭が不機嫌を隠《かく》さない様子でため息を吹《ふ》きかげた。
「息が乳|臭《くさ》いな、お前」
ガンッ!! と菱餅《ひしもち》を乗っける台で顎《あご》を強打された。
「いてっ!!」
「あと競技2つだけなんですから……おとなしく見てて下さい」
「へいへい……。んで、ここまでの得点|状況《じょうきょう》は?」
僕が真顔に戻って間うと、手元の得点表を見つつぱちぱちソロバンを弾《はじ》く雛祭が『乳臭くないもん』とかブツブツ呟《つぶや》きまくってから、答える。
「……1位と2位の一騎《いっき》打ちですね。1位は小豆組で290点、2位は215点の……さくら組。。小豆組は、午後の部の追い上げで一気に得点を重ねての首位|奪取《だっしゅ》です」
「もう少し突《つ》き放しておきたかったかな」
とはいえ、僕が入れ知恵《ぢえ》したどの競技も完全勝利だったから、あれ以上点を入れようもないのだが。
「充分《じゅうぶん》でしょう。次の競技、着替《きが》え徒競走で総合得点5位以内に入れは、もう他の組の逆転は不可能ですから」
着替え徒競走か……基本はトラック1周徒競走だが、中間地点付近に設けられた試着室のような四角いブース『着替えBOX』で指定の服を着て、コースの残りを走るという種目だな。
とはいえ、ポケロリは基本的に自分の種族と違う服を着るのを嫌《いや》がる習性のある生物だから、種族系統が同じポケロリの服に着替える事になる。
例えば、セーラー服ポケロリは変形セーラーや水兵服に着替えたり、うさぎポケロリはバニーガールスーツに着替えたりするのだ。
「……ま、目の保養も兼《か》ねて、のんびり見物させてもらうとしよう」
と余裕《よゆう》の表情で見ていた訳である……が。
〈事例その1〉
スタート後、着替えBOXの中へ走り込んだアレッシアが出てこないまま、数分が経過した。
「……天《あま》の岩戸《いわと》状態だな」
「お姫《ひめ》様が1人で着替えをする……という状況では無理なからぬかと」
『第3コース、小豆《あずき》組のアレッシア選手はタイムアウトで失格です』
「なんじゃとーっ!?」
着替えブースの中からアレッシアの激怒《げきど》する声が聞こえた。
〈事例その2〉
「なんだ、この露出度《ろしゅつど》のやたら高い服はっ! こんなもの死神が着るかーっ!」
『第2コース、小豆組のしーぽん選手、着替え拒否《きょひ》で失格です』
ほとんどヒモみたいな鎖《くさり》じゃらじゃらのレザー着にしーぽんが何かキレていた。
〈事例その3〉
「……弓道着とアーチェリー服は方向性的に一緒《いっしょ》かどうか微妙《びみょう》でキュが、まあそれはさておくとしまキュー」
着替えBOXから出てきて、口の端っこをヒクヒクさせながら、Qが走る。
「腰巻きがアーチェリー服のミニスカからはみ出しまくっている状態というのは、何だか犯罪くさいエロさがあるな」
「やりすぎですね」
しかも、裾《すそ》を気にしまくるせいで、どん尻《じり》もいい所だった。
……とまあ、このような有様は枚挙に暇《いとま》がないのではあったが。
「おい、ハンデにしてはちょっとあんまりじゃないか?」
「そういうつもりは毛頭ないのですが……競技内容と種族の特性が合わなさすぎるのでしょうね」
こうまで先頭でテープを切る光景がまるで見れないとなあ……。
一方のライバルさくら組はといえば……。
スタートと同時に例の双子《ふたご》チアリーダーポケロリの片割れがポンポンを振《ふ》り回して、突っ走《ぱし》っていき……。着替えBOXに入ったと同時に、チャイナ服を着てほぼタイムラグ0で出てきた。
「速っ!!」
瞬間《しゅんかん》的に着替えたと言っても過言ではないスピードはもはや神がかっていた。
「ジェンマの力……か?」
「いえ……あれば……」
チャイナ服を着たチアリーダーポケロリがゴールテープを切る方に観衆の視線が行っている最中《さなか》、雛祭につられて着替えBOXの方を見ると……。
とチアリーダー服を着た双子ポケロリがこそこそと出てきていた。
「……? ……??? ……あ―――――っ! あっ、あいつらっ、双子の片割れを最初っから着替えBOXに忍《しの》び込ませておいて、すり替《か》えたのか!?」
「インチキですね」
「なんちゅう汚《きたな》い手をっ! あいつかっ、賢者《セージ》ポケロリの策かっ!?」
「……本部に言ってペナルティを与《あた》えてきましょう」
立ち上がりかけた雛祭を制する。
「いや、捨て置け」
「ですが……」
「ああいう人を食ったような策を仕掛《しか》けてくる奴《やつ》、僕あ、嫌《きら》いじゃないね。むしろ、天晴《あっぱ》れだ」
僕に似たところがある……と思えた。
だからこそ、苦笑《くしょう》混じりではあったが、笑って看過する気になれたのだろう。
が、しかし、それとは別に身内の状況《じょうきょう》が気にかかる。
「現在の小豆組の得点順位は?」
「着替《きが》え徒競走のですか……? 6位です」
「ろく……」
5位なら優勝確定だが、6位ならまだこの後の最終種目まで引っ張るんだろ?
僕が退《しりぞ》いた途端《とたん》に、この体《てい》たらくか。
応援《おうえん》団長たるファリアもポンコツなりに頑張《がんば》ってくれてるのにな……と心にもない事さえ考えてしまう。
「最終走者の瞳亜さんが1位になれば、ギリギリ5位通過ですが」
「そうか。あいつ、水中ポケロリのくせに、脚《あし》もはえーんだ」
「子供みたいにお笑いになって……。ご自慢《じまん》のポケロリなのですね」
「お前と一緒でな」
今見せている明るさが空元気である事がバレはしないかと内心少し思った。
「……口がお上手だこと」
雛祭の言葉はとがっていたが、表情は柔《やわ》らかかった。
その噂《うわさ》の最終走者、瞳亜が屈伸《くっしん》やアキレス腱《けん》伸《の》ばしを終えて、スタートに着く。
「隣《となり》のコースは例の桃山少女過激団の何ポケロリだか分からん奴か……」
「他《ほか》の組はエース級を出してますね。さすがにこのレースを制さないと優勝できませんから」
瞳亜の勝負強さは折り紙付きだ。
あいつは恐《おそ》らくここで勝負を決めてくるだろう。
「僕も覚悟《かくご》を決めろって事か……」
「え? 何です?」
「いや……」
そう言葉を濁《にご》した時、僕の心の曇《くも》りを強引《ごういん》に撃《う》ち払《はら》うかのような、スタートを知らせる空砲《くうほう》が高らかに鳴った。
「確かに速い!」
「いや……あんなもんじゃねーんだけどな……」
集中してねえな、瞳亜の奴。
とはいえ、2、3歩分のリードを奪《うば》って、そのまま着替《きが》え箱に入る。
が、必ずしもそれが決定的ではない。
この競技の最重要課題は、この着替えタイムのスピードによるからだ。
よって、通常徒競走のようなジェンマとポケロリ能力を使った超人《ちょうじん》的|脚力《きゃくりょく》よりも、早着替えに焦点《しょうてん》を絞《しぼ》ったエースが出てくるのである。
まあ、勿論《もちろん》、早着替え終了《しゅうりょう》をフライングして、ポロリしたり、ズルリしたり、デロンチョしたり、何かもう正視に耐えない状態になっちゃったりする場合もあるのだが。
「きゃーっ!!」
言ってる側《そば》から、瞳亜の後に着替えボックスに入って瞳亜より先に出てきたパドガールポケロリがハイネKガールポケロリになりそこなって、すとーんと服が落ちそうになっていた。
「……衣装《いしょう》一緒《いっしょ》に見えるんだけどな、模様以外」
「やはり普段《ふだん》と調子が違《ちが》うと、脱《ぬ》げやすくなるのでしょう」
「芸術点|狙《ねら》いかと思った」
「……。そうかも」
ポケロリってやつは奥が深いな。
「瞳亜さん出てきます」
「……ほう」
いつものスクール水着もなかなか可愛《かわい》いと思うが、今出てきた、ビキニに長いパレオをまとってグラウンドを疾駆《しっく》する瞳亜は、その内に秘《ひ》めた憂《うれ》いのせいか、とても美しく見えた。
と、飛び出す瞳亜の背後、隣の着替えボックスにポケロリが入った直後に、カーテンの隙間から凄《すさ》まじい閃光《せんこう》が放たれる。
「なんだ!?」
「さくら組のコースですね」
例の無特徴|謎《なぞ》ポケロリの着替えボックスだった。
一瞬《いっしゅん》の青い閃光と共に、コースに躍《おど》り出たその姿。
それまでのごく普通《ふつう》の人間の少女と変わりない街娘《まちむすめ》のような服装が一変する。
かっちりとプラスチックコーティングされた純白のフレアスカート。
リボンとフリルに彩《いろど》られたプラチナに煌《きら》めく硬質《こうしつ》のボディスーツ。
そして、ジェンマと同じ宝石を刀剣《とうけん》の柄《つか》にあしらった胸に輝《かが》くトレードマーク。
「ジュエルセイバーだつ!!」
「じゅえる……? なんですか?」
「ジュエルセイバーだよっ!! 知らないのか、お前!! ガキの頃《ころ》、メチャメチャ流行《はや》っただろっ、スーパーヒロインポケロリだよっ!!」
スーパーヒロインポケロリ、ジュエルセイバー。
メンコとか、ベーゴマになって、大流行したキャラクターだ。
当然、実在のポケロリであるが、たまたま、スーパーヒロインポケロリ種族の中から目立ちたがりな奴《やつ》が世間で大暴れしてブームになったのだろう。
しかし、ブームの頂点で、子供のポケロリを事故から救って自分は死んでしまうという悲劇的《ひげきてき》最期《さいご》を遂《と》げたと聞く。
同じ変身をするポケロリは基本的には直系の一族だけのはずだから、あいつは、あのジュエルセイバーの……年代的に言うと娘とか、だろうか?
「しかし、あんなの今まで温存してやがったのか……さくら組の奴あ」
正確に言うなら、賢者《セージ》ポケロリの奴が、だが。
「戦略的には切り札は最後まで取っておくべきでしょう。お内裏様流に定石では?」
「そりゃそうだ」
最終戦前に見せる札としては、確かに強烈《きょうれつ》ではある。
観客席の雰囲気《ふんいき》が一瞬にして変わっちまった。
が、いかんせん遅《おそ》すぎたな……瞳亜のリードは微妙にゴールまで保《も》ちそうだ。
このまま逃げ切りという形で決着か……。
ずっと浮《う》いていた背もたれにどさっと体重をかけて、ため息をつき、まぶたを閉じた瞬間《しゅんかん》、となり隣で短い声があがる。
「あっ!!」
それが呼び水となったかのように、観客席から大きな悲鳴混じりの歓声《かんせい》が沸《わ》いた。
「なんだ……?」
閉じたまぶたを再び開いた僕の目に、今、まさに転倒《てんとう》した瞳亜の姿が映った。
「……変化した雰囲気にのまれたか?」
「かもしれませんが。慣れないパレオがほどけて脚《あし》に絡《から》まったんです……」
「やはり集中力をどこか欠いていたせいかもな……」
「運動会には魔物《まもの》がいると言いますから」
僕らがそんな会話をする間にも、地面にしたたかに打ち付けられた瞳亜の横を、スーパーヒロインポケリが弾丸《だんがん》よりも速くひとっ飛びにぶち抜《ぬ》いていった。
スーパーヒロインポケロリだけではない、新体操ポケロリも手品師ポケロリも、パドガールポケロリでさえ、瞳亜を抜いてゴールしていく。
「……? 何故《なぜ》、立たない?」
「妙な脚の捻《ひね》り方をしましたから……どこか痛めたのでは?」
沈痛《ちんつう》な面《おも》もちで見守る僕の視線の先で、ようやく立ち上がった瞳亜が右足を引きずりながら、既《すで》に誰《だれ》も残っていないコース上を歩くよりも遅いスピードでゴールラインまで進んでいった。
「……」
「救護班がいますから、平気ですよ」
「……ただ、最終種目の10人リレーには出られまいな」
自分の思いに自分で片を付けられない無念は慮《おもんぱか》られる。
「現在、グラウンドにいる小豆組《あずき》は10人。補欠はいないから、瞳亜が欠場すると……」
「不戦敗せざるを得ないでしょうね……」
となると、あいつの性格からして……。
「無理してでも出るだろうな」
深くため息をつく片方の気持ちは、だが、そんな状況《じょうきょう》で出ても勝てはしないだろうという微妙な安堵《あんど》もある。
瞳亜達を突《つ》き放す手助けをしておきながら、随分《ずいぶん》矛盾《ずいぶん》した話だ。
……だが。
だが、数分後、10人リレーの選手がグラウンドに入場する姿を見て、思わず目を疑った。
『最後の競技、10人リレーの走者が入場します。みなさん、盛大な拍手でお迎《むか》え下さい』
アナウンスに促《うなが》され小走りに入場する瞳亜は、怪我《けが》の影響《えいきょう》をまるで感じさせない。
「瞳亜さん、普通に入場してますね……」
「救護班がよほど優秀《ゆうしゅう》か?」
「いえ……さすがにあの怪我を治すまでは……」
だとすると、無理をしているか、さもなくば。
「まさか……」
少し主賓席《しゅひんせき》から身を乗り出すようにして選手席を見下ろすと、額に濡《ぬ》れタオルを載《の》せられてへばっているファリアがいた。
「……あのポンコツ……やりやがったな」
「え?」
「あいつはナチュラルボーンヒーラーなんだ」
「ああ……噂《うわさ》に名高い女神《めがみ》の癒《いや》しですね」
秘術《カバラ》・ジェンマ治癒《ちゆ》術。
相当熟達したポケロリ使いでもマスターする事は難しい超《ちょう》々高難度の秘術に属する、ポケロリを癒す術だ。
治癒を施《ほど》すポケロリのジェンマの力を使って、傷を治す事が出来る……よって当然人間相手には何の役にも立たない技術だが、ファリアは生まれながらの才能としてこの技《わざ》が使える。
だが、自分が入学式を行ってないポケロリ相手や、自分に心を開いていないポケロリ相手では、その効力は著しく薄《うす》れ、術者への負担もかなりのものになるはずだ。
瞳亜がファリアに心開いているとも思えないが……あの治り具合を見るに、瞳亜も精神的|妥協《だきょう》をし、なおかつファリアが結構な無理をしたな。
「僕の邪魔《じゃま》すんじゃなかったのかよ……ポンコツが余計な事を……」
「は?」
「……何でもない」
あの良い子ちゃんの事だから、情にほだされて治癒術を使ったんだろう。
クソ生意気な……僕でも使えないような術を使いやがって……いつか泣かす。
まあ、顔を合わせたら大体泣かせている訳だが。うむ、有言実行。
「でも、瞳亜さんが万全《ばんぜん》となると、勝負の行方《ゆくえ》はまた分からなくなってきましたね」
「……そうだな」
「?……お内裏様、不機嫌《ふきげん》ですか?」
「いや」
声の具合から何かを感じたか、雛祭が僕を少しだけ気遣《きづか》わしげに見てきたが、すぐにリレーの選手名が呼び上げられ、意識がそちらへ行く。
第10コース、小豆組は僕のポケロリ(と何か赤い髪《かみ》のデカイ人)がずらりと並ぶ。
得点上はさくら組と小豆組……言い換《かえ》えれば、桃山少女過激団と山風忍ポケロリ隊の一騎打《いっきうち》ちで、この競技で上位になった方が総合優勝の権利を得る訳だ。
ともあれ……アナウンスも終わり、全第一走者がスタートラインに着く。
一瞬《いっしゅん》の静寂《せいじゃく》の後。
ピストルの音と観衆の割れんばかりの歓声《かんせい》。
第1走者は、さくら組・スーパーヒロインポケロリVS小豆組・リリカ。
スタートダッシュからリードを奪《うば》うリリカと、それを追走する普通《ふつう》のカットソーにブラウスを羽織り、ギャザースカートという極《ごく》々人間的な出《い》で立ちのポケロリ……というか、変身前のスーパーヒロインポケロリだ。
「さすがにリリカ、本業の体操服ブルマポケロリは本気を出すと速いな」
「はい……ですが、何故《なぜ》スーパーヒロインポケロリは変身をしないのでしょう?」
「さあな……。……いや、待てよ。あいつらの種族は1度変身をするとしばらく変身不能に陥《おちい》ると聞いた事がある」
「なるほど……では、着替《きが》え徒競走で変身をしなければならなくたったのは、さくら組……いえ、桃山少女過激団からすれば、計算外だったかもしれませんね」
しかし、さくら組はあそこで勝ちを拾ったお陰《かげ》で、最終戦のリレーまで勝負を持ち越《こ》す事が出来たと考えれば……。
さくら組……いや、賢者《セージ》ポケロリにしてみれば、着替え徒競走で変身してもしなくても勝ちが拾いに行ける作戦だったという訳か。賢者としては本当は変身をしない手を使いたかったろうが。
次はどんな手を打ってくるか……と、意識をグラウンドに戻《もど》す。
リリカがそこそこのリードを奪った所で第2走者、さくら組・チアガールポケロリ姉……いや妹か? と小豆《あずき》組・セリカに……続いて第3走者、さくら組・チアガールポケロリ妹だか姉と小豆組エリカにバトンが渡《わた》った。
さすがに双子《ふたご》ポケロリは息がピッタリでバトンが絶妙《ぜつみょう》なタイミングで渡る。
そのせいで、リリカが稼《かせ》いだ僅《わず》かなリードの貯金を使い果たし、逆にリードを許した。
第4走者の小豆組・Q……を応戦するのは、さくら組・騎士《きし》ポケロリだ。
賢者《セージ》ポケロリ達と共にいたのは知っていたが、しかし、ひっそりと後ろに控《ひか》えていて、目立たない奴《やつ》だった。
「騎士ポケロリ……か。それにしても、あのポケロリ……似ているな」
「……お気づきになられましたか。流石《さすが》ですね、お内裏様」
似ているのだ。
「ゼッターロッシュ老のポケロリ、エクスカリバーに」
「娘《むすめ》だそうですよ、エクスカリバーさんの」
……。
「なにいっ!? あいつ、子持ちなのかっ!?」
いや、まあ、言われてみれば、子供がいてもおかしくないぐらい生きてはいる訳だが……見た目、幼女だから、やっぱ、いつ聞いてもこういうのは抵抗《ていこう》がある。
「……ひー……エクスカリバーの娘なあ」
て事は、ただの騎士ポケロリではなく、聖騎士ポケロリか。
僕が仰天《ぎょうてん》している間に、その聖騎士ポケロリはバトンを剣《けん》の柄《つか》に挿《さ》し、その大剣を両|拳《こぶし》で持ち肩口《かたぐち》の辺りまで上げる八相の構えから切っ先を正面に向け、黙想《もくそう》を始めた。
「あの構えは……なるほど。母親の技《わざ》を使えるって事か……!」
Qが僅かなアドバンテージを奪ったところで、聖騎士ポケロリがカッと目を見開き、叫《さけ》ぶ。
「聖騎士《パラデイン》13奥義《おうぎ》が一つ! ブレード・チャージッ!!」
聖騎士の発する聖気が推進力となり、猛《もう》スピードでその構えのままに足も動かさず突進《とっしん》して行く。
本来は攻撃《こうげき》用の突撃《とつげき》技だが、こういう使い方をしてくるとは……流石《さすが》エース級ポケロリの娘。血筋は争えんな。
感心しているうちに、大幅《おおはば》なリードを奪った聖騎士ポケロリがバトンを第5走者のレスリングスタイルに渡す。
満を持して走り出すレスリングスタイル……が、いきなりつるんと滑《すべ》って後頭部を強打した。
「〜〜〜〜〜っ」
声にならない声をあげながら、ゴロゴロ転がるレスリングスタイル。
何故……? とばかりに、雛祭が僕を見る。
「聖騎士のブレードチャージで、ポケロリ1人を運ぶ聖気は、そのエネルギー量により……」
「簡潔に」
「……。ジェンマ力の余波で、地面が結晶化《けっしょうか》して大変|滑《すべ》りやすくなってる」
「なるほど……」
部下の無様な有り様に蔑《さげす》んだ視線を向ける雛察であった。
一方の小豆組第5走者|横乳《よこちー》は、横目でレスリングスタイルが再び立ち上がろうとしてもっかかいこける様子を見ながら女の子走りで駆けていく。
結局、三度復活したレスリングスタイルは、力|業《わざ》で固まったロースを叩《たた》き割りながら進んでいった。
が、当然その手間の分、スピードは落ち、逆に横乳《よこちー》の方が大幅なリードを奪い返す。
そのまま小豆組は第6走者、死神しーぽんにバトンが手渡され、レスリングスタイルをほとんど周回遅れに追い込《こ》んだ。
「決まったかな」
「……どうでしょう? 勝負は最後の最後まで分かりませんよ?」
雛祭が自分の部下の肩《かた》を持つのは分かるが、その差を挽回《ばんかい》するのは難しそうだ。
現に、しーぽんの目前にはバトンゾーンにようやく到達《とうたつ》の周回遅れ、レスリングスタイルがいた。
ましてや、次の第6走者はお世辞にも速いとは思えない甘ロリだし。
……と思っていたのだが。
「速っ!?」
レスリングスタイルが第6走者甘ロリにバトンを渡すのと、甘ロリが額の深緑のジェンマを輝《かがや》かせるのと、その甘ロリがほとんど1周リードしていたしーぽんを抜《ぬ》くのと、僕が叫ぶのとがほとんど同時だった。
「なんで……?」
僕が呆然《ぼうぜん》とグラウンドを指さしているのを見て、雛祭が自慢《じまん》げに微笑《ほほえ》む。
「疾走《しっそう》を司《つかさど》るジェンマ……」
「デマントイド・ガーネットかっ!?」
強烈《きょうれつ》に冴《さ》えた輝きを持つ美しいクロムグリーンのジェンマ、それが司るものは疾走……まさに噂《うわさ》に違《たが》わぬ、いやそれ以上のスピードだ。
その驚異《きょうい》的な速度によって、再逆転したさくら組の甘ロリが第7走者にバトンを渡す。
目の前で展開された信じられない一瞬《いっしゅん》の光景に、だが、しーぽんは持ち前のクールさで動揺《どうよう》する事なく、小豆組7番手、応援《おうえん》団長ファリアにバトンを託《たく》した。
しかし、それにしても……。
「みっちゃあああああんっ! 私っ、みっちゃんの為《ため》に走ってるよぉぉぉぅっ!!」
「あいつは黙《だま》って走れんのか」
ファリアの馬鹿《ばか》声にこめかみを押さえつつ僕が言うと、隣《となり》の雛祭が苦笑で返してくる。
「でも、速いですよ……胸おっきいのに。しかも、無駄《むだ》に良いフォーム……」
[#挿絵(img/th221_244_s.jpg)]
第7走者勝負、そのファリアに対するは、ほぼ同時にスタートを切った野球のユニフォームに身を包んだポケロリだ。
「……あいつも……どっかで見た事のあるようなポケロリだな」
「あら、覚えてらっしゃいませんか?」
「……?」
「私と一緒《いっしょ》に、こども騎士団《きしだん》の研究所に行った事がございましたでしょう?」
……。
「……あ! あの実験兵器戦の時かっ!!」
言われてみれば、確かに師団長だったかとその参謀長《さんぼうちょう》だったかが、戦闘《せんとう》区域に残っていたか。
僕の声が聞こえた訳ではなかろうが、野球ポケロリは、自らの能力を使い、虚空《こくう》からヘルメットを取り出した。
そのヘルメットを被《かぶ》りざま、野球ポケロリが叫《さけ》ぶ。
「こども騎士団|謹製《きんせい》っ! ジェンマヘルメット・巨大化《きょだいか》!!」
目映《まばゆ》い光と共に、野球ポケロリは巨大化した!
……全長15m程《ほど》に。
「デカっ!!」
「……何かを思い出しますね」
僕と雛祭同様、観客席の人々は目を丸くして、あんぐり口を開けきっている。
「……こども騎士団の巨大ポケロリ計画か」
ストライドでファリアに完全に負けていた野球ポケロリだったが、その間題は段違《だんちが》いのスケールで一気に解消した。
一歩が兎《と》に角《かく》長い。役立たずのポンコツ女のリードは一瞬で無に帰し、逆にリードを奪《うば》われる始末だ。
ていうか、ファリアが踏《ふ》まれそう。いっそ、踏んでしまって下さい。
そう、あの12年前の出来事を、まさかこんな形で思い出す事になろうとは。
しかも、それがあの時、あの場にいた野球ユニフォームポケロリの手によって。
そして、あれの生き証人は、野球ユニフォームポケロリだけではなく……。
「師団長、リリーフお願いしますっ!!」
「何それリリーフ!? 意味分からないわYO!! あと、師団長じゃないっつーのっ、あんたも私もとっくの昔に退役したWA!!」
まさに今、バトンを渡されたドラゴンポケロリもそうだった。
「そうか……あいつも、あの時の……」
「お内裏様は私との思い出なんて、お忘れなんでしょうね……」
「雛祭の勇姿ばかり覚えてて、それ以外はあんまり覚えてないんだ」
「まあ。口がお上手ですこと」
嫌味《いやみ》っぽい口調だが、例によって表情はまんざらでもない様子の雛祭だ。
相変わらず語尾《ごび》がファンキーなドラゴンポケロリは5、6歩走ると、バトンと一緒に受け取ったヘルメットを被る。
「またかっ! あれをそうそうやられたら……」
勝てる可能性はほとんどなくなる。
「っ!! 大きいです、お内裏様!!」
「あ、ああ……」
僕はごくりと生唾《なまつば》を飲んだ。
何故《なぜ》なら……。
「頭だけデカイ!!」
1.5等身ぐらいになっていた。
「師団長っ、ちゃんとヘルメット被らないと、部分的に変に大きくなりますっ」
「分かってるけど、アタシの頭のふかふかドラゴン帽子《ぼうし》の口の部分が前に張り出してて、メットかぶれな、あっ!」
あ、こけた。
「重心が高くなり過ぎですね」
「ええいっ、もうこんなもん、いらんWAっ!!」
叫びざま、メットを殴り捨て、ドラゴンポケロリは、その勢いのまま空を飛ぶ……いや、高度的に宙を舞《ま》って低空度|滑空《かっくう》するという表現の方が良《い》いだろう。
ドラゴンの中でも飛竜《ひりゅう》ポケロリの部類となれは、天空の覇者《はしゃ》の呼び名に相応《ふさわ》しいスピードを誇《ほこ》るはずだ。
だが、ファリアから遅《おく》れてバトンを受け取った小豆《あずき》組のセシルも負けてはいない。
走行速度より遥《はる》かに速い飛行速度で、ドラゴンポケロリを追走する。
「竜対天使。神話の時代の戦いのようですね」
その言葉通り、竜族のまとう荒々《あらあら》しいドラゴニック・フィールドと、天使を覆《おお》う神々《こうごう》しいばかりのエンジェリック・オーラがお互《たが》いを弾《はじ》きあって、バチバチッと火花を散らす。
一定の周囲空間におけるマナソースを恒久《こうきゅう》的に食い尽《つ》くすフィールドディストラクション効果を持つ竜の戦闘《せんとう》形態時発気であるドラゴニック・フィールド。
アストラル世界から魔力《まりょく》を無限連関作用によって捻出《ねんしゅつ》し続ける事で力場を生み出す加速型魔力|励起《れいき》システム、エンジェリック・オーラ。
博士号を持つ魔導師ポケロリ、バルザック(年少組)がこども暦《れき》3世紀|頃《ころ》に提唱した魔力|誘導《ゆうどう》理論序説によれば、この2つはいわば相反する性質を持ち、対|消滅《しょうめつ》を行うため、お互いの場が重なる部分は空間がこの上なく不安定になる。
が、どちらも譲《ゆず》る事なく、スパークをさせ続けコースに炎《ほのお》の筋を残したまま、コーナーを曲がった。
「余裕《よゆう》見せてんなよ、セシル」
という僕の声が聞こえた訳でもなかろうが、それに反応するかのごとく、ジェンマを煌《きら》めかせババッと強い閃光《せんこう》と共にフィールドごとドラゴンポケロリを後方に押し飛ばして一気に次の走者の下《もと》へすっ飛んで行った。
「瞳亜さんっ!!」
「はいっ!!」
セシルから。バトンを受け取った小豆組・第9走者の瞳亜がセシルのオーラに後押しされるようにスタートダッシュを決める。
「やっぱり速い、瞳亜さん!!」
うちの4大エースの1人とも言うべきポテンシャルを持つ瞳亜が、僕のポケロリとして或《ある》いは最後の戦いになるやもしれない覚悟《かくご》を決め、コースを疾駆《しっく》していく。
その瞳亜を見て、僕の隣《となり》で雛祭が思わず叫《さけ》んだ。
……のではあるが。
「……いや……あれは」
本調子の走りではない。
脚《あし》が完治していないのだ。
微妙《びみょう》に怪我《けが》をした方の脚をかばって走っているのが、僕には見て取れた。
いつも瞳亜の後ろで、瞳亜の隣で、瞳亜をずっと見てきた僕にしか分からない違《ちが》いだろう。
しかし、その微《かす》かな歪《ゆが》みは、1歩、1ストローグの度《たび》に少しずつ、だが確実に走りに狂《くる》いを生じさせていっていた。
「いかんな……」
僕が苦々しくそう呟《つぶや》いた時には、瞳亜は着替《きが》え徒競走の時ほどではないにしろ、走るというよりは前につんのめる感じで、いびつな走行を強《し》いられていた。
更《さら》に追い打ちをかけるように、背後から忍《しの》び寄る黒い影《かげ》。
さくら組・第9走者は……。
「くのいちポケロリかっ!?」
こいつが最後の伏兵《ふくへい》という訳か。
どこまでも奥の手を隠《かく》してやがる、桃山少女過激団というやつは。
超人《じょうじん》的身体能力を有するくのいち……忍術《にんじゅつ》、符術《ふじゅつ》、格闘術《かくとうじゅつ》などオールラウンドな戦闘技術と潜入《せんにゅう》、暗殺、諜報《ちょうほう》などの隠密《おんみつ》行動に長《た》けたスパイ活動のスペシャリストであるいわゆる忍者ポケロリの事を指す。
更に加えて、卒業生クラスであろう身の丈《たけ》が生み出す大幅《おおはば》なストライドが瞳亜のリードを見る見る奪《うば》っていき、そして、ついには……。
「っ!!」
オーバーテイクを許してしまった。
それで緊張《きんちょう》の糸が切れたか、悪化した脚をかばいながらも走っていたバランスを大きく崩《くず》す。
ここで再び転倒《てんとう》、となれば……。
「終わりましたね……」
雛祭の諦《あきら》めの言葉を跳《は》ね返すように、僕は思わず、名を呼んでいた。
「瞳亜っ!」
ここからの押し殺した叫びが瞳亜の耳には届かないが、瞳亜ははっきりと言って、転びそうになる脚を苦痛に顔を歪めながらも踏《ふ》み止《とど》まらせた。
「マスターっ!!」
そう……はっきりと口の形を作ったのが見えたのだ。
聴覚《ちょうかく》ではない、もっと深い繋《つな》がりで、ポケロリ使いとポケロリは繋がっているというのがこういう時に実感される。
雛祭もそれに思い至ったようで、瞳亜から一旦《いったん》意識を外して僕をちらりと見てきて言う。
「さすがにセシルさんはマスターとのリンク率が高いために、お内裏様の言葉にジェンマが反応したようでしたが……」
そこで雛祭が僕から瞳亜に視線を戻《もど》す。
「……あの瞳亜さんというポケロリは、或いはそれ以上のリンク率かもしれませんね。魂《たましい》と肉体が完全にマスターの支配下にありましたよ。あの転倒を辛《かろ》うじて免《まぬか》れたあの瞬間《しゅんかん》は」
そうだとしても、お互いが思う、お互いへの気持ちまでも同じだとしても、それを体現した時にまるで違う方向を向いてしまう事もある。
今の僕らがまさにそうだ。
「あいつの思いが……強いからだよ」
僕も色々なポケロリとポケロリ使いを見てはきたが、あいつほどマスターに対して強い思いを持つポケロリはそうはいない。
そして、それを現すように瞳亜は引き離《はな》され、何人もに抜《ぬ》かれながらも、くのいちポケロリと致命《ちめい》的な差が開くのを防ぎつつ……。
最後は倒《たお》れながらも、アレッシアにバトンを手渡《てわた》した。
「お願いっ、アレッシアっ!!」
「ようやったっ、瞳亜!! 臣下の思い、無駄《むだ》にはせぬのじゃっ!!」
アレッシアのレインボーダイヤモンドのジェンマが輝《かが》いていた。
バトンに込《こ》められたランナー達の思いが、ジェンマに力を与《あた》えている。
思いの強さが、アレッシアに力を与えていた。
思いを束ねる王女の力と、束《たば》ねた思いを力に変えるレインボーダイヤモンドのジェンマ。
その2つの大きな歯車がガッチリと噛《か》み合って、アレッシアを前へ先へと走らせていた。
その力強い視線の先、賢者《セージ》ポケロリとの差……くのいちポケロリが稼《かせ》いだリードは、アレッシアの思いの強さの前には、皆無《かいむ》に等しいように思えた。
1人、2人、ごぼう抜きに抜いていく。
「あと、2人……1人!!」
叫ぶ間にももう1人抜いて、ついにトップランナー、賢者《セージ》ポケロリに肉薄《にくはく》する。
ほぼ真横、斜《なな》め後方にちらりと目をやって、賢者はバトンの逆の手に持つワンドを高く掲《かか》げ、呪文《じゅもん》を唱え始めた。
「※※※※※※※《我が脚に宿りしは地を駆ける翼》……」
呪文の発動と共にジェンマのように輝きを増す、宝石のついたワンドに僕の目が留まる。
「……あれは」
人工ジェンマを使っている魔法《まほう》のワンド。
この星の名を冠《かん》する伝説の7人のポケロリの1人、万能《ばんのう》魔導師、一香《ひとか》・レモンが作った8本のワンドの一つと言われる物か……?
僕が知識の海に沈《しず》みかけている間に、賢者の呪文が完成しようとしていた。
「※※※※※※《翼よ。我に速さを授けたまえ》」
その詠唱《えいしょう》が完成すると、賢者の足に天使のような真っ白い翼がぱぁっと生え、アレッシアを引き離しにかかる。
が、思いの力も負けてはいない。
ワンドの人工ジェンマの光を凌駕《りょうが》するレインボーダイヤの輝きが更《さら》に増す。しかし、ゴールテープは目の前。もう届かないかと思われた。けれど……。
「「「「「「「「「いけ――――――――――――――っっっっっ!!」」」」」」」」」
最後の最後、アレッシアにバトンを託《たく》した9人の声援《せいえん》が届く。同時に、その声は更にアレッシアのジェンマに力を与え……。指に小さく輝くレインボーダイヤモンドの指輪が出現した。
「ナチュラルバーストかっ!?」
ポケロリの仲間への思いが頂点に達した時、マスターの意志とは関係なく、ポケロリはバースト現象を引き起こす事がある。
ナチュラルバーストと呼ばれるそれは……。
ポケロリの純粋《じゅんすい》さが生み出す、1つの奇跡《きせき》だ。
仲間がくれた結晶《けっしょう》とも言うべき指輪は、その小さな背中を押すように、トップスビードと思われたアレッシアを更に加速させた。
そして……。
「っ……!!」
僕と同様、会場中が言葉を失う中。
『ゴール!! 土壇場でナチュラルバーストに目覚めたっ、胸の差でアレッシア選手の優勝かと思いきやっ!! 最後の最後っ! グリーン・グロシュラライト・ガーネットのジェンマを発動させた賢者《セージ》ポケロリの逆転勝利っ!!』
「グリーン・グロシュラライト・ガーネット……」
……あれが司《つかさど》るのは『Lucky for gole』……まさにこの為《ため》にあるようなジェンマだ。
「……」
逆に言うと、こういう事でもなければ、ほとんど何の役にも立たないジェンマなのだが。
『総合優勝はさくらっ! さくら組ですっ!!」
アナウンスがそう告げて、歓声《かんせい》が巻き起こる。
「負けた……」
瞳亜の呟《つぶや》きがここまで聞こえてくるようだった。
がっくりと膝《ひざ》を突《つ》く9人のポケロリと1人の人間からなる小豆《あずき》組リレーチーム。
死力を尽《つ》くしながら、結局敗北を喫《きっ》し、悔《くや》しさに涙《なみだ》を浮《う》かべている者もいた。
ナチュラルバーストの威力《いりょく》は確かに凄《すさ》まじいが、いかんせんゴールまでの距離《きょり》が短すぎたか。
……。
しかし。
Lucky for goleの幸運を凌ぐ、アレッシアのレインボーダイヤモンドのジェンマ、真の奇跡は……。
「……ただいま……戻《もど》りました」
このどぺ子の一声によって、その本領を発揮した。
「「「「「「「「「……」」」」」」」」」
競技場の出入り口からへロヘロになりながら入ってきたどべ子を、ポケロリ達が揃《そろ》って『あれ?』という目で小首を捻《ひね》りながら凝視《ぎょうし》する。
「「「「「「「「「……あああああああ――――――――――――っ!!」」」」」」」」」
そう、どぺ子が今までどこに行っていたのか、僕も含《ふく》めて、一斉に思い出したのを、9人の小豆組、そしてグラウンド上|全《すべ》てのポケロリ達の叫《さけ》びが表していた。
「……な……なんです……か?」
異様な反応にビビりまくるどぺ子。
『失礼しましたっ!! 世界一周わらしべ借り物競走の走者が今、帰って参りました』
競技場を包む変な雰囲気を感じて、いつも以上にオドオドしつつ、どぺ子が本部に借りてきた物を渡《わた》す。
それを後ろから覗《のぞ》き込む横乳《よこちー》が尋《たず》ねた。
「で、何を借りてきたんですの?」
「あ……昔、天才王子と共に……街を救った……こども騎士団《きしだん》の第3師団長の腕章《わんしょう》……です」
耳ざとく聞きつけた野球ポケロリも本部前に駆《か》けてくる。
「あっ! 師団長の背番号が書いてありますね!」
「そりゃアンタが書いたのYO!! しかも背番号なんかないわっ! 師団番号でしょっ!?」
それを聞きながら、ジェンマ、タイガー・アイ・クォーッ……透察《とうさつ》を司るその能力で、どぺ子が持ってきたそれを本物かどうか鑑定《かんてい》していた運動会実行委員のポケロリが、顔を上げる。
「『3』……永久欠番の師団番号ですね。はい、OK、本物でーす。小豆組、世界一周わらしべ借り物競走、1位!」
その宣言がなされると、リレーのゴール後を上回る歓声が競技場全体を包んだ。
『なんとーっ!? 土壇場も土壇場、私たち実行委員会ですら忘れかけ……あ、いえ、タイムアウト失格を思い描《えが》いておりましたが、ここで借り物競走の1位が小豆組に確定しますと……』
本部で得点計算がなされ、スコアボードの数字が手動でめくられ変わる。
『優勝確定っ!! これで優勝確定ですっ!! 勝ったのは……小豆組ぃぃぃぃぃぃぃ――――――――――――――――――――――っ!!』
「やったぁああっ!! どぺ子っ!! 偉《えら》いっ!!」
「お手柄《てがら》ですわっ!」
「胴上《どうあ》げするのよーっ!!」
「えっ……? えっ……? な な なんですか〜?」
精根尽《せいこんつ》き果てた様子で、絶え絶えにゴール付近にへたり込んでいた小豆組のポケロリ達が凄《すご》勢いで駆け込んで来て、どぺ子を中心に雪崩《なだ》れ込むように抱き合って喜びを分かち合う。
「きゃ――――――――っ!?」
「よっし、どぺ子の次は、アレッシアよっ!!」
「わっ、わらわはよいっ!!」
容赦《ようしゃ》なく恐《おそ》ろしい高さまで飛ばされたどぺ子を見て、アレッシアが怯《ひる》む。
「リレーで2位を堅守《けんしゅ》したんだから、遠慮《えんりょ》しないですキューっ!」
「これいっ、引っ張るでないわっ!」
文句を言いながらも笑うアレッシア。
瞳亜を背中に乗せて飛んできたセシルも加わり、涙を流して握手《あくしゅ》を交わし、代《か》わる代わる宙に舞う僕のポケロリ達。
しかし……それは喜びだけが生み出す涙ではないに違《ちが》いない。
この勝利は、彼女らにとっては僕との別れを意味するものなのだから……。
「……」
けれど。
胴上げで宙に舞う瞳亜やアレッシアを遠く見下ろしながら、僕の気持ちはもう決まっていた。
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帰りのホームルーム
フォークダンスは全員参加です
競技の興奮が冷めやらぬ中、健闘《けんとう》を讃《たた》え合って、ユニフォーム交換ならぬ帽子|交換《こうかん》などが行われる。
それらが終わる頃《ころ》には、陽《ひ》もとっぷりと暮れて赤々と燃えるキャンプファイアーが藍《あい》色の空を焦《こが》がしていた。
「これでお別れ……かぁ」
「……長いようで短い6年であったのう」
声を掛けかけて、瞳亜とアレッシアの言葉が耳に入り、思わず口をつぐむ。
「忍に別れを告げんで良いのかえ?」
「……やめよ? 別れ、辛《つら》くなっちゃうから……」
「勝手に決めてんなよ」
背後からポケロリ達の頭の上に手を載《の》っけて、僕が少し呆《あき》れ気味にそう言うと、瞳亜達は思わずあっとなって後背を振《ふ》り返った。
「マスター……あ、あの……今のは……その……」
「ばかたれ。お前らの考えなんぞ、お見通しだ。言ったろ。勝手に決めんな。勝手に……どっか行くな」
ぐいと瞳亜の肩《かた》を引き寄せる。
「マス……ター……」
そして、こくんと……僕の胸の中で瞳亜は頷《うなず》いた。ふっと表情を弛《ゆる》ませるアレッシアやエリカ達、他《ほか》のポケロリに囲まれて。
「ほれ、忍、すっきりせん気持ちでおるのはわらわ達だけではあるまい?」
アレッシアが肘《ひじ》で僕の脇腹《わきばら》をちょちょいとつつく。
「セシルさんでしたら、正面スタンド前にいらっしゃいましたわよ」
横乳《よこちー》の台詞《せりふ》に、一瞬《いっしゅん》顔を強張《こわば》らせた瞳亜だったが、すぐに頬《ほお》を弛ませた。
「セシルさん。待ってますよ。マスター」
「……ああ、うん。けど……」
「待ってますから。あたし。……だから……だから、あとで、フォークダンス。踊《おど》って下さいねっ」
「瞳亜……。……。……ん、分かった」
駆《か》け出す僕の背中に、ポケロリ達が親指を立てたりVサインを見せたりして送り出してくれる。
だから僕は……。
彼女達の中の真意に愚《おろ》かにも気付けなかった……。
昼間の残滓《ざんし》が漂《ただ》うキャンプファイヤーを囲む、ポケロリ達の中を縫《ぬ》うようにして歩く。
子供の頃から祭りの中にいる事の少なかった僕は、祭りの最中《さなか》よりもこういうしんみりした祭りの後の空気の方が好きだ。
多分、その気持ちを一番分かち合える相手は、僕の瞳《ひとみ》の先でキャンプファイアーの輪を石段にちょこんと腰掛《こしか》けて遠巻きに見ている少女だろう。
フォーグダンスの音楽に合わせて踊ってるんだか暴れてるんだか分からないような炎《ほのお》の前のポケロリ達を、でも、そこから離《はな》れて、寂《さび》しい訳ではなく楽しく眺めている様子は……きっと合わせ鏡に映った僕自身の姿でもあるのだ。
黄金色の髪《かみ》を遠い赤い炎の色で輝《かが》かせている後ろ姿に声をかける。
「セシル」
「マスター……踊りに行かれないんですか?」
振り向きつつそう言うセシルの横に僕も腰掛けた。
「ちょっと浸《ひた》ってた」
「わたしもです」
今朝の言葉の交《か》わし辛い雰囲気《ふんいき》を少し忘れるように苦笑《くしょう》して言う僕に、セシルも含《ふく》み笑《わら》いで応《こた》える。
それから……しばらく無言で炎の揺《ゆ》れる様を2人並んで見ていた。
ずっとそうしていたい気持ちもあったが、ふと自分でも意識しない言葉が出る。
「踊りに行くか」
「……。……はい、あ、でも」
少し嬉《うれ》しそうに頷いてから、セシルは何か胸中によぎるものがあったのだろう、すぐにその言葉をうち消した。
「他の子と……踊ってあげて下さい」
セシルは二人三脚《ににんさんきゃく》の時と同じように言って、微笑《ほほえ》んだまま立ち上がって歩き出す。
けれど。
僅《わず》かに落とした肩に。
寂しそうな横顔に。
「セシル……っ」
僕は去ろうとする背中をぎゅっと抱《だ》きしめた。
頑《かたく》ななまでのセシルを見ていて、一つ思った事がある。
何で僕ともあろうものが、セシルや瞳亜につき合って、そんな禁欲的に実直に生きねばならないのか。
どうやら、いい人が骨の髄《ずい》まで染《し》みかけていたようだが、僕はそんなものとは無縁《むえん》の生き方をする人間だったはずだ。
だから……欲しいものは全部手に入れればいい。
優《やさ》しさ故に不器用な生き方しか出来ない奴《やつ》を、少々|強引《ごういん》にであろうと策謀《さくぼう》を巡らして悪知恵《わるぢえ》の限りを尽《つ》くそうと、力ずくで幸せにしてやるっつーぐらいが僕の流儀《りゅうぎ》だ。
それに気づいた。
「お前と踊りたいんだよ、セシル」
「マスター……」
「お前、自分はもう僕にとって特別じゃないかもなんて言ったけどな。そんな事、あり得ない。ずっとずっと特別なんだ。だから……もっと自惚《うぬぼ》れてろ」
「わたしがマスターに抱《いだ》いている思いが……他の子よりも少し……邪《よこしま》でも、自惚れる事を許して下さいますか?」
それはむしろ、僕が責められるべき事なのに……。
いや、あるいはセシルは僕の荷を軽くするためにそう言ってくれたのかもしれなかった。
だとしたら、随分《ずいぶん》とポケロリに苦労をさせるマスターだ、僕は。
「……うんと邪でも、だ」
「……そのお言葉が聞きたかった。ずっと……ずっと」
瞳の端《はし》に涙《なみだ》を浮《う》かべ、僕の胸に顔を埋《うず》めるセシルのさらさらの髪をそっと撫でる。
次に顔を上げて僕を見上げたセシルは、笑顔《えがお》だった。
「踊《おど》りましょう、マスターっ」
「ああ」
輝く翼《つばさ》をはためかせ、僕の手を取って宙を舞《ま》うセシルと微笑み合いながら、キャンプファイアーの輪の中に2人入っていく。
フォークダンスなんてロクに踊った事のない僕の周りをふわふわ飛び踊るセシルはとても楽しそうに笑っていた。
その……楽しそうに笑う僕らを、さっきまでの僕とセシルがしていたように輪の外……炎の灯《あか》りがほとんど届かぬ場所から遠巻きに見る影《かげ》達があった。
ただ一つ違《ちが》うのは、僕らの時とは異なり、彼女らの表情には寂寥《せきりょう》感ばかりが浮かんでいた事だ。
彼女ら……瞳亜達の表情には。
エリカがぽつりと呟《つぶ》いた。
とても。
とても寂《さび》しそうに。
「そうですキューね……」
「忍には、ああ申したが……良いのか、瞳亜? 嘘《うそ》をつく事になるのじゃぞ?」
「……もう決めたんだもの。マスターとセシルさんに幸せになって欲しいって」
そして。
憧《あこが》れた王子様と天使が光の中踊る光景を最後に。
心の奥に焼き付けるようにして、彼女達は瞳《ひとみ》を閉じた。
「……んじゃ、あたいらは行くぜ」
「ほな、また会おな?」
元気が信条のリリカと、ムードメーカーのセリカは、泣きそうになりながらそれでも、短くはあったけれど一緒《いっしょ》にいたポケロリ達の間での役割を忘れないでいたい気持ちで、微笑んで去っていった。
「わたくしも行きますわ。湿《しめ》っぽいのは御免《ごめん》ですから」
寂しがり屋のくせに、強がりを言って横乳《よこちー》もエプロンを翻《ひるがえ》してキャンプファイアーに背を向けた。
「……元気でな。と、我が言うのも変か」
自嘲気味に笑って、しーぽんが軽く手を振《ふ》る。
残ったポケロリに頭を下げ、その背中にどぺ子がてててててっと寄っていった。
「何だ、ついてくるのか?……まあ、それもいいだろう」
Qは終始べそべそ泣いていたが、エリカがすっと身を引くと、顔を上げた。
「プラナー公爵《こうしゃく》の所へ行くんですキュー?」
「ええ、Qは故郷へ帰るんでしたね。いつかまた、寄って下さい。レイル様の墓前にも」
最後に握手《あくしゅ》をして、2人も炎《ほのお》の光が届かない場所へと消えていく。
遠くの炎《ゆ》に揺れる影。
残ったのは、アレッシアと瞳亜だけになった。
「思えば、お主とも長かったの」
「そうね……」
「どうじゃ、わらわと共に来ぬか?」
「……ありがと。でも、いい。アレッシアといると、思い出しちゃうから」
「……そうじゃな」
2人、示し合わせたようにもう1度だけ幸せな王子と幸せな天使を見て……。
「「さようなら」」
姉妹のように声を重ねて、幸せな2人に背を向け、別々の道を歩み出した。
振り返る事は。
もうなかった。
振り返ったのは僕の方だった。
「マスター?」
「ん、何でもないよ」
呼ばれた訳でもないのに不意に首を明後日《あさって》の方向に向げた僕にセシルが小首を傾《かし》げる。
「……あ、やっぱり瞳亜さん達とも踊りたいのでしょう?」
「ん……。後でな」
「わたしが特別だから、トップバッターに選んで下さったんですか?」
「そうだぞ」
「……でもマスター?」
「?」
「瞳亜さんは瞳亜さんなりに、アレッシアさんはアレッシアさんなりに、それぞれ特別なのでしょう?」
「…… 。……まあ……そう……かなぁ」
「浮気者《うわきもの》ですね」
セシルは、でも、悪意なくしょーがないなぁと笑った。
僕も笑った。
ずっと笑っていられると。
僕もセシルも思っていた。
けれど……。
「みっちゃあああああああんっ!!」
重心が高いせいか何度も何度もこけそうになりながら、僕の名を叫《さけ》んで走ってくるポンコツ女のために、雰囲気《ふんいき》が台無しになる。
「みっちゃん……みっちゃあああんっ!!」
「……何だよ?」
「い、いないんだよぉぅ……」
「いない?」
「瞳亜ちゃん達が……い、いなくなってて……!!」
冷水を浴びせられた感じがした。
あいつら……僕の言う事聞かねえで……っ!
「……いないって、どういう事なんですか、マスター?」
「……。それは……」
顔色を失っている僕を気遣《きづか》うようにファリアが言葉を濁《にご》した。
「あ……でも……でもね、みっちゃん、ワタシ……」
ファリアが何かを言いかけたその時。
きぃぃぃぃぃん、とハウリングの音が辺りに鳴り響《ひび》いた。
『先|程《ほど》行われた最終種目の前に、怪我《けが》治療《ちりょう》のため、ファリア・ファス応援《おうえん》団長が秘術癒《いや》しの法術≠使われました。これは大会規定21条のポケロリ使い能力使用の禁止条項≠ノ違反するため、小豆《あずき》組は減点となります。結果、優勝チームは繰《く》り上がりでさくら組となります。これより、表彰式《ひょうしょうしき》を行い直しますので、各選手、関係者の方は……もう、面倒くさいからキャンプファイアー前まで集合して下さい』
アナウンスが終了《しゅりょう》する。
「……」
「……」
僕とセシルの各々で異なる何とも言えない複雑な視線がファリアに集中した。
ファリアは誤魔《ごまか》化し笑いでその沈黙《ちんもく》を受けて、可愛《かわい》い子ぶったポーズで首をにゃっと傾《かし》げる。
「……あれ?」
「……何が『あれ?』だ。大会規則《レギュレーション》知ってて使ったな、お前?」
「え、えへへ……」
こういう事か、ファリア。自分なりに邪魔《じゃま》をするってのは。
「なにやってんですか――――――――――――――っ!!」
スパーン!! と小気味良い音を立てて、波に乗って横っ飛びにすっ飛んできた瞳亜が、ビート板でファリアの頭に目一杯《めいっぱい》ツッコミを入れた。
アナウンスを聞きつけて、マッハの速度で戻《もど》ってきたっぽい。
「あたし達|頑張《がんば》ったの、全然意味なくなったじゃないですかっ!!」
瞳亜に襟首《えりくび》をつかまれて、がっくんがっくん揺《ゆ》すられるファリア。
「で、でも……これで新しいポケロリも入るし、みんながいなくなる必要もなくなって、みっちゃんと一緒《いっしょ》にいられるんだよぉぅ……」
「っ! ……ファリア……さん」
ファリアの言葉に、自分達の事を思ってファリアが故意に力を使った事を瞳亜が悟《さと》る。
「余計な……ことして……っ!?」
文句を言いかけた瞳亜が、僕の腕《うで》の中に抱《だ》かれて沈黙した。
「余計な事はお前らだ……っ! 僕は勝手にいなくなるなと言っただろがっ!?」
僕が潰《つぶ》れる程に抱きしめた瞳亜は負けないぐらいに強く僕の背中を抱き返す。
「……マスター」
「こんなの……2度と許さないからな」
「マスター……は、はい」
言葉に少し詰《つ》まったのはその苦しさだけではなかったに違《ちが》いない。
「……?……???……????」
状況がさっぱりつかめないセシルは、仲睦《なかむつ》まじい僕と瞳亜にニコニコ天使の微笑《ほほえ》みを向けて感動の再会っぽい光景に拍手《はくしゅ》を送りながら、頭の上に疑問符《ぎもんふ》をこれでもかとばかりに浮《う》かべまくっていた。
「うっ、うううっ……良かった……良かったよぉぅ……」
ポンコツ女もベソベソ泣きながら拍手をする。
そんな一種異様な空間にぞろぞろとアレッシアやしーぽんが戻って来た。疲《つか》れた顔で。
「なんじゃったのじゃ……結局……?」
「大山鳴動して鼠《ねずみ》一|匹《ぴき》だな」
「その言いぐさ、わたくし達がネズミみたいですわ」
「心外ですね。横乳《よこちー》さんはゴキブリとお友達のようですから、お似合いですけれど」
「上手い事言うぜ」
「エリカやん毒舌やなあ」
暴れそうになる横乳《よこちー》をQとどぺ子が必死に止める。
と、どたばたする僕らのすぐ近くの所で、キャンプファイアー用の薪《まき》で台座を組み上げて、実行委員の腕章《わんしょう》をしたポケロリが例の拡声機能ジェンマのポケロリを連れてその台に上がった。
『あー、あー。……えー……それでは、改めて、優勝の副賞っ、南の島と……ごほん。天才王子との契約権《けいやくけん》をその手に出来る優勝選手と、MVP選手の発表です!』
『南の島』の所ではほぼ無反応だったが、『天才王子との契約』の所でこの上ない黄色い羨《うらや》ましがる悲鳴が会場中から一声に上がった。
『優勝選手!! さくら組! 賢者《セージ》、スーパーヒロイン、チアガール姉、チアガール妹、くのいち、聖騎士《せいきし》(以上、桃山少女過激団所属)! レスリングスタイル、甘ロリ(以上、雛祭食品所属)! ドラゴン、野球ユニフォーム(以上、元こども騎士団所属)! 以上、10名が優勝選手っ! そして、個人成績MVPは……白組、雪女ポケロリ・雪子さんを選出します!! 優勝には貢献《こうけん》出来なかったものの、個人で叩《たた》ぎ出した得点は最多っ!! 地味に良い仕事をしました、白の貴公子のポケロリの面目躍如《めんもくやくじょ》っ! みなさん、盛大な拍手で健闘《けんとう》をたたえましょう!!』
もはやぐちゃぐちゃな状態でフォーグダンスを踊《おど》っていたポケロリ達から、わあ――――っと拍手が起こるが、もはや厳粛《げんしゅく》な表彰式がどうのという感じではなくなっていた。
その有様を見ていたらしき雛祭がてけてっと台に上がって、実行委員と代わる。
『運動会実行委員長・雛祭です。表彰式《ひょうしょうしき》、及び副賞|授与《じゅよ》――入学式ですが――は、明日の後夜祭で行いたいと思います』
キャンプファイアーも佳境《かきょう》に入り、ぐちゃぐちゃな状態で盛り上がっていて、どう見ても無理《むり》なぐらい混沌とした現状を考えず、ポケロリ達からえ―――っという非難の声があがった。
が、そこはさすが代表|取締《とりしまり》役会長、アメとムチをわきまえていた。
『……ただ、折角盛り上がっている事ですし、入学式を既に済ませているMVPへの副賞授与……あつ〜〜〜いベーゼは今、熱い炎《ほのお》の前で情熱的にやっちゃってしまおうと思います』
この大会1番とも言えそうな黄色い悲鳴がきゃ―――――っと轟《とどろ》く。
『副賞の巴御剱さま、及び当該《とうがい》MVPの雪子さんは壇上《だんじょう》へどうぞ』
……。
「……あ、僕か」
さっきまで僕の周りでじゃれていた瞳亜達は、一転して軽蔑《けいべつ》の眼差《まなざ》しで僕を見ていた。
「……いや……仕方ないだろ……そんな睨《にら》まれても」
ちょっとたじろぐ僕と、すけべーというニュアンスをたっぷり含んだ視線を投げかけるポケロリ達の間に、『はいはい、借りていきますねー』と実行委員の腕章を付けたポケロリ達がわらわら割って入って来て、流れのままに僕が連れて行かれる。
「ちょっ、まっ……ちょっと待て、お前らっ!」
僕の抵抗《ていこう》も虚《むな》しく、数の勢いで押し流されて台の上に登らされた。
一際《ひときわ》盛大な拍手が鳴り響《ひび》き、既に台の上に押し上げられていた雪子と向かい合うと、あちこちから、キスコールが起こる。
『キ―――スっ、キ―――スっ!!』
……子供みたいだ。いや、子供か。
「こらぁっ、ゆっこおっ! 俺というマスターがいながら、浮気《うわき》すんのかぁっ!?」
白い長髪《ちょうはつ》の男が大人げない言動をしています。
「浮気じゃありませんき、失礼なっ。……本気ですき」
もはや、きゃ―――っというよりは、きあ―――っという感じになった観衆の声が僕の耳をつんざく。
「やーっ、やだーっ! みっちゃん、他《ほか》の女の子とキスしたりしたら、やだ―――っ!!」
もう1人大人げない赤い髪《かみ》の巨大《きょだい》な女がいます。
その後数分にわたって、キスコールとちゅーコールが続いたり、盛り上がりまくった挙げ句、おでこにキスして壇上から降りる。
さらし者もいい所だが……ま、今日は気分がいいから、よしとした。
だがしかし、雪子を抱《だ》いて台から降りた気分のいい僕とは違って、僕の幼馴染《おさななじ》み2人組は涙《なみだ》を腕《うで》で拭《ぬぐ》って僕らを出迎《でむか》える。
「ううっ……ゆっこの馬鹿《ばか》……」
「うううっ……みっちゃんのばかぁぅ……」
「誰《だれ》がバカだっ!? このバカっ!!」
「あうっ! 痛い痛いっ! アイアンはだめーっ!!」
こめかみを握《にぎ》り潰《つぶ》してやると、ファリアはアイアンクローを愛称《あいしょう》で呼ぶぐらいの余裕《よゆう》を見せた。
余裕があるっぽいので、握力《あくりょく》増強。
「あうーっあうあう―――――っ!!」
と、そんなとてもとても楽しい遊技をエンジョイしまくっている僕の所へ、目の端《はし》に涙を溜《た》めたセシルがアレッシアやら瞳亜やらを腕いっぱいに抱いてぶわっと飛んできた。
「マスター! わたしっわたしっ!」
「何だ、落ち着け。お前が腕にぶら下げてる奴《やつ》らが死にそうだ」
「マスターのポケロリになってよかったと改めて思いましたっ!! 瞳亜さん達がマスターのポケロリで良かったと思いましたっ!!」
ああ……瞳亜達が一生|懸命《けんめい》優勝しようとしていた理由を聞き出したのか。
「……そうか、良かったな」
くしゃっくしゃっとまとめて頭を撫《な》でてやると、似たような表情でくすぐったそうにポケロリ達は笑った。
「マスターっ!?」
「うん?」
こんなハイテンションなセシルはそうそう見れるものではない。
「わたしの時がそうだったように、瞳亜さん達がいなくなったら、マスターはきっと世界中旅をして見つけに行きますよね? ねっ、マスター?」
「……」
一つ、軽くため息をついて、僕は笑った。
「当たり前だ」
その言葉に、瞳亜がぴょーんと飛びついてきた。
「マスター、大好きっ!!」
瞳亜を皮切りにぴょんぴょん飛びついてくるポケロリ達に首がへし折れそうになる。
が、最後にドサグサ紛れに首に絡みついてきたデカい女だけは本気で首が痛めつけられて我慢《がまん》がならなかった。
「首がいてーわっ、このポンコツがぁぁぁぁぁっ!!」
「あう―――――っ!!」
鯖《さば》折りをされるファリアの、でも密着スキンシップが出来てこの上なく幸せそうな嬉《うれ》しげな悲鳴が、運動会の終わった会場に響き渡《わた》ったのだった。
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あとがき
スニーカーぶんにちわー、竹井10日です。
りぼんの章とはまたがらりと違《ちが》うなかよしの章はいかがでしたでしょうか?
りぼんの章を書き終えた時、次の巻は全く違《ちが》うアプローチで行こうと思っていました。始めに話ありき的なりぼんの章と違い、このなかよしの章は兎《と》に角《かく》細かい所は全く決めずに勢いありきで書いています。
その勢いの象徴《しょうちょう》が、今回初登場のファリア・ファスです。(何せ、プロットにはファリアのファの字もありません。初稿《しょこう》でいきなりあんな状態で出てきて、編集さんもさぞかしビビったでしょう。だって、書いた僕が原稿《げんこう》見直してビビりましたもん)
もはや、リードオフマン兼《けん》ゲームメイカーというか、4番でエースな感じです。代打、俺。勢いだけで生きています。良きバイプレイヤーとして誕生するはずのキャラクターだったんですが……うーん……しまったやりすぎた。
ですが、こう、味のある良いキャラクターになったなと自画自賛を。愛されるキャラクターになると良いなあと思います。
今回もイラストの池上茜さんには、ホント頑張《がんば》っていただいて、キャラクターに魂《たましい》を吹き込んで貰《もら》っています。
さて、『山風忍の100人兵団編』エピソードVである、このなかよしの章ですが、その陣容《じんよう》もじよじよ徐々に厚くなって参りました。さあ、どのポケロリが最後の100人になった時まで生き残っているんでしょうね!?
いずれ、短編集を出して収録したいなと思っているザ・スニーカー12月号|掲載《けいさい》のエピソードT『りぼんびっくり大増刊の章』も入れると、ポケロリも本作で3作目となります。色々な事に慣れてきたのじゃないかなあと思います。(僕が)
2005年はポケロリの年、という感じでした。(表向きは)2006年はポケロリと新作ゲームの年! になる予定です。目指せ、夢のメディアミックス!!
それでは、次巻か新作ゲームでまたお会いしましょう!
[#地付き]竹井10日