[#表紙(表紙.jpg)]
池波正太郎
夜明けの星
目 次
夢  魔
豪  雨
若松屋お徳
玉 子 焼
土 蔵 の 中
若松屋お道
歳  月
雪 の 朝
橋 の 上
星 の 瞬 き
[#改ページ]
夢  魔
後になってのことだが……。
その瞬間の自分を、堀辰蔵《ほりたつぞう》は、
(おれではない。あのときのおれは、別の男だ……)
としかおもえなかった。
(何故、あのようなことになってしまったのか……)
わからぬ。
どうしても、わからぬ。
だが、まぎれもなく堀辰蔵は、あの男を斬《き》った。
ただ一太刀《ひとたち》、あびせただけだが、おそらく相手は息絶えてしまったろう。
(おれが斬ったのだ)
このことであった。
血飛沫《ちしぶき》をあげて倒れた相手を見て、
(し、しまった。とんでもないことをしてしまった……)
どこを、どのように逃げたのか、よくおぼえていない。
斬った男の家を走り出たとき、背後で女の叫び声がきこえたような気もする。
我にかえったとき、辰蔵は、葦《あし》の原の中で仰向《あおむ》けになっていたのだ。
夏の夜の闇《やみ》が重くたれこめてい、空に赤い月が浮いている。
このあたりは、
「十万坪」
と、よばれていて、深川の外れの埋立地である。
享保のころに、深川の商人たちが幕府へ願い出て許可を受け、十万坪築地の新田《しんでん》開発をしたもので、ゆえに、
「千田《せんだ》新田」
ともよばれているが、人家は、ほとんどなく、田畑も少ない。
いちめんの、荒涼とした葦の原に松林が点在するといった景観で、これが、江戸の材木商があつまっている深川の木場《きば》の、すぐ近くにあるとはおもえぬほどであった。
(なんということだ。おれは、父の敵《かたき》を討つ身でありながら、人の……人の敵になってしまった……)
のである。
このところ、食物らしい食物を口にしていなかったし、むろん、ふところには一文《いちもん》の銭《ぜに》すらなかった。
棲《す》む場所もなく、寺の本堂の縁の下で、寝たり、木場の材木置場で夜をあかすことも、辰蔵にはめずらしくない。
今日の夕暮れどきに、堀辰蔵は、深川の入舟《いりふね》のあたりを、ふらふらと歩いていた。
深川という土地には、掘割や運河が縦横にめぐっている。
江戸ではあっても、その都心とは大川(隅田川)をへだて、江戸湾の汐《しお》の香りに包まれた水郷といってよい。
むかしの江戸には、イタリアのベネチアのような町が存在していたのだ。
入舟町の、掘割を前にした小さな家で、煙管師《きせるし》が仕事をしているのを辰蔵は見た。
夏の夕暮れのことで、あたりはまだ薄明るい。
小道に面した戸を開け放った仕事場で、中年の煙管師が銀煙管《ぎんぎせる》に細工をしているのを見たとき、
(そうだ。この人に、父の形見を引き取ってもらおう。いくらでもいい。三日か四日、食いつなぐことができたら……)
父の形見も、銀煙管であった。
なんでも、父に目をかけていてくれた上役《うわやく》からもらったのだそうで、
「京の、後藤何とやらいう名工の作だそうな」
父は、この銀煙管を自慢にして、大切にあつかい、正月とか、盆まつりのときとかに出して煙草を吸うが、ふだんは戸棚《とだな》の奥へしまいこみ、別の安物の煙管をつかっていた。
小さな銀煙管だが、蜻蛉《とんぼ》が一つ、精妙に刻《ほ》り込まれて、辰蔵の目にも、
(みごとな……)
と、見てとれる。
いまの辰蔵が身につけているものといったら、汗と脂《あぶら》と埃《ほこり》に汚れつくした帷子《かたびら》と、これも父の形見の無銘の大刀|一振《ひとふり》のみで、差しぞえの脇差《わきざし》は、すでに売りはらってしまった。
「もし……もし……」
近寄って、辰蔵が声をかけても、煙管師は見向きもせぬ。
細工に打ち込んでいる職人の姿であった。
「もし……いささか、たのみが……」
「何の御用で?」
|ちらり《ヽヽヽ》と辰蔵を見たが、また細工台へ顔を押しつけるようにして、細くて小さな鏨《たがね》をつかいながら、
「いま、いそがしいので……」
「手間《てま》はとらせない。この……この煙管を引き取っていただけまいか?」
煙管師は、もう、辰蔵を見ようともせずに、
「私は、そんなことをしていませんのでね」
「たのむ」
「他へ行ってみておくんなさい」
「見てくれ、これだ。みごとな細工だとおもうが……」
だが、見てもくれなかった。
堀辰蔵が、煙管師との会話でおぼえていたのは、そのあたりまでだったろう。
おそらく煙管師も、熱中している仕事の邪魔をされたので、強《きつ》い口調になったのであろう。
悪いといえば、何から何まで、辰蔵が悪かったのだ。
しかし、それから二言三言《ふたことみこと》、煙管師と言葉をかわしていて、突然、堀辰蔵は逆上してしまった。
飢えて、疲れきって、狂い犬のようになる一歩手前のところで懸命に堪《こら》えていただけに、素《そ》っ気《け》ない煙管師の態度と言葉に我を忘れ、
「うぬ!!」
小道から仕事場へ飛びあがりざま、いきなり辰蔵が抜き打った。
身分の低い足軽《あしがる》の子に生まれた堀辰蔵だが、越後《えちご》・新発田《しばた》の城下に道場をかまえていた一刀流の津山作之介《つやまさくのすけ》の許《もと》で修行を積んだ辰蔵の一刀は、屈《かが》み込んで細工をしている煙管師の頸《くび》すじを深く切り割った。
「ぎゃあっ……」
煙管師の悲鳴と血飛沫だけは、耳と目におぼえている。
あとは、無我夢中で逃げた。
(もう、だめだ。みんな、だめになってしまった……)
父の敵を討つために故郷を出てから、もう十六年になる。
当時、二十三歳だった辰蔵は、間もなく四十になろうとしている。
今日、殺害してしまった煙管師は、辰蔵より三つ四つ年上であったろう。
辰蔵の父・堀|吉兵衛《きちべえ》は、越後・新発田五万石、溝口《みぞぐち》家の足軽であった。
足軽は、最下級の武士といってよい。
新発田城下の、土間と二部屋のみの足軽長屋で、辰蔵は育った。
母は、辰蔵が十八歳になった夏のころ、病死してしまい、その後も父は、再婚をしなかった。
父と二人だけの暮しが五年もつづいた。
この父子《おやこ》は、まことに仲がよかった。
父の吉兵衛は、
「そろそろ、お前に嫁をもらって、わしは隠居をしたいものだ」
などと、いい出すようになって間もなく、父は、同じ新発田藩の足軽・加藤甚作《かとうじんさく》に殺害された。
理由は、いまもって、よくわからぬ。
その少し前に、足軽たちの寄り合いがあったとき、酒に酔った加藤甚作を、堀吉兵衛がつかまえて、何やら強い口調で叱《しか》っているのを見た者は何人もいる。
いるが、しかし、それだけのことで、加藤甚作が吉兵衛を殺したともおもわれぬ。
甚作は当時、二十六歳で、酒は強いが、のめばのむほどに陰気になる酒で、平常も無口な男であった。
加藤甚作も幼時、母を亡くしていた。
だが、加藤の父の彦七《ひこしち》は後妻を迎え、二人の子をもうけている。
加藤彦七が病死した後、父の跡をついだ甚作は、義母と腹ちがいの妹二人と共に足軽長屋で暮していたのだ。
甚作は、辰蔵の父を殺すと、その足で新発田城下から脱走し、行方知れずとなった。
甚作の義母は、二人のむすめを連れて、新発田城下から四里ほどはなれた田貝村の実家へもどった。
女たちだけに、藩庁《はんちよう》の咎《とが》めもなかったのである。
藩庁では、脱走した加藤甚作の捜索をはじめたが、間もなく打ちきりになってしまった。
「身分の低い足軽どうしの喧嘩……」
ということで、この事件を、藩庁は重く見なかった。
辰蔵にとっては、いまだに、それがくやしくてならぬ。
こうなれば、辰蔵自身が加藤甚作を見つけ出して、父の敵を討たねばならなかった。
それでなくては、父の跡をついで藩の足軽になることもできなかった。
それが、武家社会の掟《おきて》である。
申すまでもなく、そのころは、徳川将軍の下《もと》に、諸大名がそれぞれの領国を統治していたわけだから、A国の殺人犯人が他国の領内へ逃げ込んでしまえば、これをA国の藩庁が追いかけるわけにもまいらぬ。
つまり、当時の日本には、無数の国境が存在していたのだ。
そこで、
「殺された者の肉親が犯人を追って行き、死者の敵を討つ」
ことが、不文律の制度としてみとめられた。
ゆえに、討たれた者の恨みをはらすことのほかに、殺人犯人へ制裁をあたえるという意味がふくまれている。
それにしても……。
堀辰蔵は、十六年も、父の敵を探しつづけてきた。
この間、手がかりもつかめなかった。
敵の加藤甚作も、四十二歳になっているはずだ。
(おれが殺した、あの煙管師にも、子がいたろうか……いや、いるにちがいない)
葦の原に身を横たえたまま、辰蔵は起きる気力も失《う》せていた。
喉《のど》が乾いて、灼《や》けつくように痛む。
それなのに、水をのむことさえ忘れて、辰蔵は泥沼へ引きずり込まれるような眠りの底へ落ち込んでいった。
煙管師の源助《げんすけ》には、まさに、子がいた。
ひとりむすめのお道《みち》で、このとき、十三歳であった。
お道は、堀辰蔵が自分の家の前へあらわれる少し前に、
「お父《とつ》つぁん。豆腐を買ってくる」
細工に熱中している父親の背中へ声を投げ、台所から裏手の細道へ出て行った。
お道の母親・お茂《しげ》は、一昨年の冬に風邪をこじらせたのがもとになって、呆気《あつけ》なく世を去っている。
そのとき、父親の源助は四十をこえたばかりだったので、
「後妻《のちぞえ》をもらったら……」
知り合いの人びとが、しきりにすすめたけれども、
「滅相《めつそう》もない。お道も十《とお》をこえました。子供といっても、そこは女です。女と女にぶつかられては、こっちの立つ瀬がありませんよ」
源助は、耳を貸そうともしなかった。
お道は、うれしかった。
父親が、あのときほど立派で、男らしく見えたことはない。
(お父つぁん。ありがとうね。ちがったおっ母《か》さんなんか、あたしいらない。そのかわり、死んだおっ母さんのかわりになって、いっしょけんめいに内《うち》のことをやるからね)
お道はお道なりに、非常の決心をしたつもりだ。
死んだ母親は、
「いまのうちからやっとかないと、お前が嫁に行くまでに間《ま》に合わないからね」
こういって、お道が八つになると、飯の炊《た》き方も教えたし、縫い物の手ほどきもしてくれた。
それが、間もなく役に立とうとは、おもいもかけぬことであった。
少女のお道がすることゆえ、気に入らぬこともあったろうが、
「旨《うめ》えよ。よくできた」
と、源助は、お道がこしらえるものを何でも食べてくれたし、
「まるで、おっ母さんが生き返ったようだ」
たのしげに、目を細めた。
そのとき、お道は細道から富岡八幡宮の門前町の一角へ出て、参道を突っきり、山本町の横道の豆腐屋で豆腐を買った。豆腐は、濡《ぬ》れ布巾《ぶきん》を敷いた笊《ざる》に入れてもらった。
家にある大鉢へ冷たい水をたっぷりと張って豆腐を入れ、父親が大好物の蜆汁《しじみじる》をこしらえるつもりだったのである。
夕闇が淡くただよう八幡宮の参道は、さすがに日中の雑沓《ざつとう》もなく、そのかわり、たちならぶ料理屋の二階には早くも灯《あかり》が入って、座敷女中のせわしげにうごくのが見えた。
「あっ……」
横町から走り出て来た女が、お道を見つけて叫び声をあげた。
この女は、となりの酒屋の女房で、
「あ……ああ、お道《み》っちゃん……」
いきなり、飛びつくようにしてお道を抱きしめ、
「おどろいちゃあいけない。いいかえ、おどろいちゃあいけないよ」
泣き声でいった。
「どうしたの、おばさん……」
「し、しっかりしとくれよ、いいかい」
「いったい、何なのさ?」
「となりで……お前さんのところで、妙な物音がきこえたものだから、気になって、台所から中へ入ってみると、お父つぁんが……お前のお父つぁんが……」
お道は、物もいわずに横町へ駆け込んで行った。
何が何だかわからなかったけれども、父親の身に異変が起ったらしいと直感した。
家の表にも裏にも、飛び出して来た近所の人たちがあつまり、あわただしくうごきまわっている。
「あっ、帰って来た、帰って来た」
だれかが、路地へあらわれたお道を見て叫んだ。
お道は、豆腐が入った笊を抱えたまま、台所から中へ飛び込んだ。
倒れている父親のまわりを囲んでいた近所の男たちが、何ともいえぬ目の色で、お道を迎えた。
息絶えた父親のまわりは、血の海であった。
立ちすくんだお道の手から笊が落ちた。
お道は、まるで火鉢の灰のような顔色《がんしよく》になり、わなわなと小さな躰《からだ》をふるわせている。
となりの酒屋のあるじが、うしろから、そっと、お道の肩を抱きかかえてくれた。
信じられなかった。
これが現実の光景だとは、到底、おもえなかった。
源助の死体の傍《そば》に、蜻蛉を刻り込んだ銀煙管が一つ落ちている。
それに、だれも気づかなかった。
煙管師の仕事場に、煙管があったところで、別に|ふしぎ《ヽヽヽ》ではないからであろう。
源助を殺して逃げた犯人への怒りの声が、近所の人たちの口から洩《も》れはじめた。
酒屋のあるじに抱かれている、お道の躰が、急に、ぐったりとなった。
「あ、いけない」
お道は、気を失ってしまった。
そのとき、表のほうで、
「黒江《くろえ》町の親分が見えなすった」
という声がした。
ここからも程近い黒江町に住む御用聞きの佐吉《さきち》が知らせを受けて駆けつけて来たのである。
お道《みち》は、間もなく気がついた。
しかし、茫然《ぼうぜん》としている。
御用聞きの佐吉《さきち》は、近くの黒江町に住んでいるだけに、殺された源助《げんすけ》から直接に煙管《きせる》を買ったこともあり、お道を見知っていた。
「だれも、中へ入れちゃあいけねえ」
手先の紋次《もんじ》へいいながら、佐吉は、ちらりとお道を見やり、眉《まゆ》をひそめた。
お道には、となりの酒屋の女房|おきね《ヽヽヽ》がつきそっていたが、
「ちょっと……」
と、佐吉がおきねを台所へさそって、
「おかみさん。お前のところで、お道をあずかっておくれ」
「ようござんすとも」
これから町奉行所の同心《どうしん》が出張《でば》って来て、源助の死体の検死がおこなわれる。
その間、お道がこの場所にいるのは、
(よくない……)
と、おもったからである。
二間きりの、小さな家であった。
源助は、道に面した仕事場で殺されてい、あとは六畳間が一つきりで、台所へつづく。
「お道っちゃん……」
おきねが、父親の遺体の前へ坐り、その死顔を泪《なみだ》ぐんで見つめているお道の傍《そば》へ行き、
「ね……」
何か、ささやいた。
お道はうなずき、おきねに抱えられて台所へやってきた。
その、か細い肩へ手を置いて、御用聞きの佐吉が、
「何か、食べさせておもらいよ」
やさしく、いった。
お道は、泪のたまった眼を佐吉へ向けたのみだ。
「さ、お道っちゃん……」
酒屋の女房が、お道を抱くようにして台所から裏手の路地へ出ると、そこに詰めかけていた近所の女房たちは、もらい泣きの声をあげた。
死体の傍へもどって来た佐吉へ、手先の紋次が、
「あの子は強《つえ》えや、親分。泣き声もあげませんでしたよ」
「ふむ……」
「それでも、泪をためていたっけ」
「当り前だ」
「ともかくも、しっかりしたもので」
「しっかりも何も、いまは、あまりにおもいがけねえことが起ったものだから、気が抜けているのだ」
「へえ……」
「あの子が正気《しようき》になったら尋ねるつもりだが、その前に、近所の人たちから、死んだ源助さんの身寄りの人がいるかどうかを尋《き》いてこい。いるなら、急いで知らせなくてはならねえ」
「さっき、ちょいと尋いてまわりましたが、あまり身寄りはなかったようですぜ」
「そうか。源助さんは、こしらえた煙管を何処《どこ》へ納めていたのだ?」
「そりゃあ、もうわかっています。銀座一丁目の煙管|問屋《どんや》・丹波屋儀兵衛《たんばやぎへえ》へ納めていたというので、すぐに勘七《かんしち》を走らせました」
「そうか……」
勘七というのは、これも佐吉の手先をつとめている若い男だ。
「それにしても、ひでえことをしやがる」
と、紋次が源助の死顔を見やって、
「いってえ、何のつもりで、こんなことをしやがったのか……畜生め。殺した奴は、きっと探してやる」
つぶやくのへ、佐吉が、
「おい、紋次」
「へ……?」
「そこに煙管が落ちている。こっちへ、よこしてみねえ」
「これですか……」
「うむ」
受け取った佐吉が、
「血が、少し、ついているな……」
押しころしたような声で、ひとり言《ごと》をいった。
「血が、ね……」
「ここだ」
「なるほど」
「源助が殺されるとき、細工をしていたのは別の煙管だ。それは、ほれ、あそこにある」
「へえ……」
「源助は煙管師だ。自分《おのれ》の手で煙管の細工をしているのだ。こんな古い銀煙管が此処《ここ》にあるのもおかしい」
「この煙管は、いい細工でござんすねえ、親分。蜻蛉《とんぼ》が一匹、とまっていやがる」
「源助の細工ではねえ。これだけは、たしかなことだ」
「ですが、親分。この煙管を、源助さんは自分の仕事に役立てていたのでは?」
「お前、となりの酒屋に、お道がいるから、この煙管を見せて尋いて来い」
「承知しました」
「まだ、正気でなかったら、後にするがいいぜ」
「へい」
紋次は、銀煙管を手に、裏から出て行った。
風も絶えた、蒸し暑い夜になった。
せまい家の中に、血の匂いがこもっている。
御用聞きの佐吉の顔も躰も、べっとりと汗に濡れていた。
「おい、だれか……」
と、佐吉が、表の道に顔をあつめている近所の人たちへ、
「だれか、蚊遣《かや》りを焚《た》いてくれねえか。こうひどくては、どうしようもねえ」
「へい、すぐに……」
と、だれかが、こたえた。
佐吉は、そこにあった団扇《うちわ》を取り、横たわっている源助の傍へ屈《かが》み込み、蚊を追いはらった。
土地《ところ》の人たちが、
「黒江町の親分」
と、よんでいる佐吉は、まだ、三十をこえたばかりだが、土地の信頼も厚いし、町奉行所での評判もよい。
佐吉の亡父・富五郎《とみごろう》も、深川に住む御用聞きであった。
御用聞きは、町奉行所の手先(刑事・探偵)となってはたらく。しかし、奉行所に属しているわけではない。
奉行所の与力《よりき》や同心《どうしん》たちの組屋敷が八丁堀《はつちようぼり》にあるので、俗に、これらの警察官を、
「八丁堀」
と、よぶわけだが、御用聞きは、どこまでも、この八丁堀の下部組織として自在の活動をする。
手当も出るには出るが、
「そんなものは、下女奉公の一年の給金にもおよばねえ」
とかで、ほとんど身銭《みぜに》を切って、お上《かみ》の御用にはたらくのが建て前である。
それだけに、十手《じつて》に物をいわせ、陰へまわって悪辣《あくらつ》な|まね《ヽヽ》をする御用聞きも少なくない。
けれども、黒江町の佐吉のような御用聞きもいないではない。
それは先ず、欲得なしに、
「世の中のために、はたらく」
という生甲斐《いきがい》があるからで、自分の手先の面倒を見て、はたらかせながら、捜査の費用も自分のふところから出すことが多い。
なればこそ、土地の信頼も大きいのであろう。
佐吉のような御用聞きは、かならず、別に職業をもっている。
たとえば佐吉の場合、女房の|おさわ《ヽヽヽ》に、富岡八幡宮・参道の、一ノ鳥居の南側で〔万常《まんつね》〕という料理屋を経営させている。
この料理屋も、先代ゆずりのものであった。
八幡宮のまわりには、江戸でも|それ《ヽヽ》と知られた料理屋が少なくない。
その中で〔万常〕は、店構えは小さくとも、先代のころから、腕のよい料理人が絶えず、小体《こてい》は小体なりに繁昌《はんじよう》をしている。
こうした背景があればこそ、佐吉は欲得ぬきで、はたらけるのであろう。
「親分……」
よびかけつつ、手先の紋次がもどって来た。
「どうした?」
「お道は、この煙管に見おぼえがねえそうです」
「そうか……」
「仕事場の掃除を毎日しているし、爪楊子《つまようじ》一つ落ちていたって目につくといってます」
「ふうむ……」
佐吉は、紋次から受け取った銀煙管を凝《じつ》と見つめた。
(もしやして……?)
この銀煙管は、源助を殺害した犯人が落していったものではあるまいか……。
熱くて、ひどく臭い液体を顔へ注《そそ》ぎかけられ、堀辰蔵《ほりたつぞう》は、
「あっ……」
おどろいて、目がさめた。
「わは、はは……」
「おどろきゃあがった。おどろきゃあがったよ、おい」
「まるで、小便漬《しようべんづ》けの狢《むじな》だ」
葦の原に寝ていた辰蔵のまわりを、四人の男が取り囲むようにして、そのうち二人が裾《すそ》をまくり、眠りこけている辰蔵の顔へ尿《ゆばり》をかけたのである。
三人が浪人ふうの男で、一人は、このあたりに住む漁師のような風体《ふうてい》で、この男は|つるつる《ヽヽヽヽ》に禿《は》げあがった頭へ手ぬぐいの捩《ねじ》り鉢巻《はちまき》をしている。
はね起きた堀辰蔵は、腰の刀に手をやって、
「あっ、おのれ……」
と、叫んだ。
辰蔵の大刀は、禿頭の漁師が奪い取り、これを抱えていた。
こうしておいて、いたずらをしかけたのである。
目がさめたときの辰蔵は、煙管師殺しの追手《おつて》がかかったのだとおもい、はね起きたのだ。
四人の男たちの尿をあびたことに気づいたのは、それからであった。
しかも、相手は追手でもないらしい。
「おのれ、よくも……」
辰蔵は怒った。
辰蔵も、武士の端《はし》くれだ。この屈辱を黙っているわけにはいかない。
しかし、相手を打ち倒すための得物《えもの》を奪われてしまっている。
またしても、四人が嘲笑した。
ほかには人の気配もない、深川十万坪の葦の原であった。
「刀を返せ!!」
「あは、はは……」
「返さぬか!!」
両腕を突き出して、禿頭の漁師へせまる辰蔵へ、
「ほれ、ほれ、こっちだ、こっちだ」
憎々しげに辰蔵をからかいながら、漁師が逃げる。
「卑怯《ひきよう》!!」
喚《わめ》いて、漁師へ走りかかる辰蔵の脚を、横合いから浪人のひとりが蹴《け》りつけた。
よろめき、倒れかかった辰蔵が身を転じ、その浪人へ掴《つか》みかかった。
「こいつ、生意気な」
浪人は、せせら笑いつつ、辰蔵を突き飛ばそうとした。
ところが、
「うわ……」
投げつけられたのは、浪人者のほうで、辰蔵は、その男へ飛びかかりざま、こやつの腰から脇差を引き抜いていた。
曲者どもは、一瞬、おどろいたようだ。
鞘《さや》も禿げかかった大刀一つを腰にしたまま、こんな場所で、死んだように眠りこけていた浪人が、これだけのはたらきを見せようとはおもわなかったにちがいない。
辰蔵に投げつけられた浪人が、あわてて飛び起きるのと同時に、別の一人が大刀を抜き、
「死ねい!!」
辰蔵の左側面から切りつけてきた。
|ぱっ《ヽヽ》と、辰蔵の体《たい》がひらき、曲者の一刀は闇を切り裂いたのみだ。
あやうく踏みとどまり、向き直って刀を構え直そうとした|そやつ《ヽヽヽ》へ、辰蔵が躍り込んだ。
「あっ……」
浪人は辰蔵の脇差に左袖を切り裂かれ、泳ぐようにして逃げた。逃げなければ、とても体勢を立て直すことができなかったろう。
「やめろ!!」
これまで、手を出さずに、凝《じつ》と堀辰蔵を見まもっていた別の浪人が大声をあげた。
この浪人だけが、袴《はかま》をつけている。
他の二人の浪人は着ながし姿であったが、いずれも、さっぱりとした単衣《ひとえ》を身につけ、帯も新しい。
「よせ。|むだ《ヽヽ》だ。おぬしたちが怪我《けが》するだけだ」
と、袴の浪人がいった。
辰蔵は、この中年の浪人へ、
「ゆるさぬ」
「何……」
「先ず、刀を返せ」
「よいとも」
浪人が、自分の背中に隠れるようにしている漁師へ、
「返してやれ」
「へ……」
「こっちへよこせ。よこせというのだ」
「へい、へい」
右手に提灯《ちようちん》を持っている浪人は、左手で漁師から受け取った大刀の柄《つか》のほうを辰蔵へ差し向け、
「さ、取れ。そのかわり、おぬしが手にしている脇差を返してやれ」
といった。
柄を辰蔵に向けて「取れ」といっているのだから、辰蔵が柄へ手をかけ、いきなり引き抜いて切りつけてくることも充分に考えられる。
それをわきまえていながら、このように落ちついている袴の浪人は、それだけ腕に自信をもっているらしい。
「さ、取らぬか」
うなずいた堀辰蔵は、浪人から大刀を左手に受け取ってから、右手の脇差を下へ置き、数歩|退《さが》り、大刀を腰にした。
闇の中から浪人が走り出て、自分の脇差を掴み、飛び退《の》いた。
「おい、ゆるせよ」
袴の浪人がいい、身を返して去ろうとした。
他の三人も、これにつきそって、辰蔵から離れようとしたとき、
「待て」
裾《すそ》をまくり、これを帯へ差し込みつつ、堀辰蔵が、
「それで、すむとおもうのか。尿をかけた無礼はゆるせぬ。四人とも斬って捨てる」
いうや、ゆっくりと大刀を抜きはらった。
四人が振り向いた。
袴の浪人が、こういった。
「おぬし、金が欲しいのか?」
人間というのは、まったく、奇妙な生きものだ。
堀辰蔵《ほりたつぞう》は、浪人たちへ、
「尿《ゆばり》をかけた無礼《ぶれい》はゆるさぬ」
といい、刀を抜いて闘う決意をしめした。
何が、無礼だ。そうしたことを口にするだけの資格が辰蔵にあるのか……。
古い煙管《きせる》を見ず知らずの男に買ってくれとたのみ、ことわられたというので、いきなり、相手を斬り殺して逃げた辰蔵なのである。
無礼といえば、これほどの無礼はあるまい。
いまの辰蔵は、それを忘れてしまい、相手の無礼に対し、一命をかけて闘おうとしている。
それほどならば、お上《かみ》へ自首して出て、煙管師殺しの罪をいさぎよく裁いてもらうべきであろう。
それが、理というものだ。
けれども、人間は、理屈にたよって自分の悪徳を当然化したり、忘れてしまったりするのが得意な生きものなのだ。
何も、堀辰蔵ひとりがそうなのではない。
「金が欲しいのか?」
と、辰蔵にいった袴《はかま》の浪人へ、
「先生。殺《や》っておしまいなせえ」
禿頭《はげあたま》の漁師が嗾《けしか》けた。
「黙っていろ」
「へ……」
「どうだ。金がほしいかと尋《き》いているのだ」
「欲しくない」
「ふうん……」
「そこの二人を出せ。おぬしに用はない」
「ほう」
「おれに尿をかけたのは、そこの二人だ。出て来い」
「この二人は、おぬしには、とてもかなわぬ」
「うるさい。出て来い」
辰蔵に尿をかけた二人の浪人は、尻《しり》ごみをしている。
大刀を手にした辰蔵へ、二人がかりで立ち向ったところで、
(とても、かなわぬ)
と、わかっているらしい。
「出ろ。出てこぬなら、こちらから行くぞ」
昨日の夜から何も食べていなかったし、喉《のど》の乾きで大声も出ぬほどであったが、愛刀を脇構えにして、じりじりとせまる堀辰蔵の気魄《きはく》は凄《すさ》まじい。
(ここで、斬死《きりじに》をしてもいい)
辰蔵の脳裡《のうり》のどこかに、このおもいがただよっている。
(これから先、このようにして生きたところで、どうなる……)
父の敵《かたき》を探し当てることについては、もう二、三年前から、辰蔵は絶望しかけていた。
亡父の新発田《しばた》藩における身分は軽かったし、藩の江戸屋敷へ顔を出したところで、助けてくれる人もいない。
故郷に親類もいないではないが、いずれも、その日暮しをしているようなもので、はじめのうちは、たとえ少しずつでも助力をしてくれたが、故郷を出てから十六年も過ぎたいまでは、ほとんど音信も絶えてしまっている。
二十三歳で故郷を出た辰蔵は、いま三十九歳になってしまったのだ。
辰蔵は背をまるめ、刀を正眼《せいがん》に構え直し、右手の浪人へせまった。
その浪人は袴の浪人の背後へ逃げた。
「ゆるしてやってくれぬか、どうだ」
袴の浪人が前へ出て来て、
「金が要《い》らぬというなら、酒でものもうではないか」
その言葉が終るか終らぬかのうちに、堀辰蔵は、袴の浪人へ斬りつけていた。
(斬った……)
と、おもった。
間合《まあい》といい、打ち込みといい、充分の自信があった。
だが、それも一瞬のことであった。
袴の浪人の手から提灯が飛んだ。
地に落ちた提灯が葦の原で、|めらめら《ヽヽヽヽ》と燃えあがったとき、堀辰蔵の躰《からだ》が崩れるように伏し倒れている。
辰蔵の打ち込みを躱《かわ》しざま、抜き打った浪人の一刀が辰蔵の胴を薙《な》いだのである。
しかも、峰打ちだ。
すばらしい早わざといわねばなるまい。
「うわ、やった」
「さすがは、三井《みつい》先生だね」
「ざまあ見ろ」
三井先生とよばれた浪人は、刀を鞘《さや》へおさめ、
「死んではいねえ」
「えっ……」
「峰打ちだ」
「何で、また……かまわねえから殺《や》っつけましょう」
辰蔵に投げ飛ばされた浪人が大刀を抜き、
「こんな虫けら。生きていてもはじまりませんよ」
と、倒れている辰蔵へ、とどめを刺そうとした。
「待て」
「どうしてです?」
「担いで、塒《ねぐら》へ連れて行こう」
「それから、どうします?」
「水をぶっかけて、小便の匂いを消してやろう」
「と、とんでもねえことだ」
「ま、いい。おれにまかせておけ。おぬしたちより腕は立つ。それはたしかなことよ。な、そうではないか」
二人の浪人は顔を見合わせて、沈黙した。
「おい、爺《とつ》つぁん」
三井浪人が、葦の原の暗闇へ歩み出しながら、禿頭の漁師へ、
「背負《しよ》ってやれ」
と、声を投げた。
堀辰蔵が気づいたのは、それから間もなくのことであった。
別に、水をかけられたわけではない。
袴の浪人が、活《かつ》を入れたのだ。
そこは、深川の外れにある石置場のうしろの一軒家で、以前は、このあたりの百姓か漁師が住んでいたのであろう。
土間と、二つの部屋と、外に物置小屋が一つ。それだけの小さな家で、かなり古びている。
だが、家の中は案外、小ぎれいにととのえられていた。
気づいた堀辰蔵が、はね起きて腰へ手をやったが、大刀はなかった。
「おのれ、刀を返せ」
と、辰蔵は叫んだ。
「ほれ……」
袴の浪人……いや、三井とよばれた浪人が傍《わき》にあった辰蔵の大刀を投げてよこした。
それを掴《つか》み取って、辰蔵が、
「ぶ、無礼な……」
「おい。もう、いいかげんにしろ」
「な、何……」
「おれたちの塒へ連れて来てやったのだ。今夜は泊って行け。いま、湯を沸かしているから行水《ぎようずい》でもつかうがいい」
「む……」
「怒るな。怒ったところではじまらぬよ。な、そうではないか」
物やわらかに、そういわれると、堀辰蔵は刀を抜く気力も失《う》せてしまい、
「か、勝手にしろ」
そこへ、仰向《あおむ》けになった。
「ふてくされていやあがる」
浪人のひとりが、いまいましげにいった。
「ま、いい。|そっ《ヽヽ》としておいてやれ」
と、三井浪人。
禿頭の漁師は、土間の竈《かまど》で、大釜《おおがま》に湯を沸かしているらしい。
辰蔵は、両眼を閉じた。
一度に、疲れと飢えが襲ってきて、此処《ここ》から出て行く気にもなれぬ。
二人の浪人は、向うの部屋で冷酒《ひやざけ》をのみはじめた。
開け放った縁側の向うから、汐の香をふくんだ風がながれ込んできた。
「おい、名前を聞かせぬか?」
三井浪人が、辰蔵の傍へ寄って来た。
(こやつは強い……)
と、辰蔵は肝《きも》に銘じている。
たとえ、自分の体力や気力が充実しているときでも、三井には勝てない。
三井浪人は辰蔵と同じように背丈が高く、骨張った躰つきなのだが、辰蔵が見ても、その筋肉は引きしまってい、剣の修行もなみなみでなかったことがわかる。
頬骨《ほおぼね》の張った顔には、辰蔵などには、
(察しきれぬ……)
過去が秘められているようだ。
細い両眼が張り出した額《ひたい》の下へ埋め込まれたようで、眼のうごきがほとんどわからない。
「おい、名前をいえ」
「………」
「強情な男だな。おれは、お前の味方になってやろうというのだ。それが、わからぬか」
辰蔵は、こたえぬ。
もう、口をきくのさえ面倒になってきていた。
「おぬし、今日、何処《どこ》かで人を斬ったのう」
この三井の声に、辰蔵が|はっ《ヽヽ》として、おもわず目を開けると、三井が、こちらをのぞき込んでいる。
三井の眼が針のように光っていた。
「おぬしの刀を見せてもらった。血くもりがしているし、それ、その身にまとっている着物にも返り血がこびりついている」
「う……」
「そんな恰好で、外を歩けるものかよ。そうではないか」
「かまわぬ」
「何……?」
「ど、どうなってもかまわぬ」
「ふうん……」
「死にたい。おれは死んでしまいたい」
突然、わけもなく、堀辰蔵の両眼から、熱いものがふきこぼれてきた。
三井は、凝《じつ》と見まもってから、
「死ぬ気になりゃあ、何でもできる」
と、辰蔵の肩を軽く叩《たた》いて、
「おれの名は、三井|覚兵衛《かくべえ》。まあ、おれにまかせておけ」
と、いった。
三井に名乗られては仕方もなく、
「堀、辰蔵……」
「そうか。よく名乗った。おぬしが、これまでにしてきたことは尋かぬ。おれも身性《みじよう》をはなさぬし、向うにいる二人もそうだ。だから安心をしろ。おれたちは昨日のことをおもい返したりはせぬし、明日の思案もない。今日いちにちがあるだけだ」
この男たちは、いったい何者なのだろう。
ただの浪人、漁師ともおもわれなかった。
湯を浴びた堀辰蔵へ、禿頭の漁師が握り飯を出してくれた。
腹は空《す》き切っていたが、さすがに心得があって、辰蔵は、ゆっくりと飯を噛《か》みしめた。
それを見やりつつ、三井覚兵衛が、
「死ぬ気になったおぬしゆえ、これよりは、死ぬつもりで生きることだ」
と、いう。
「死ぬつもりで……生きる……」
「うむ」
何となく、いまの辰蔵に、この三井の言葉は一つのちからをあたえたようだ。
「なればよ。何も怖いことはない。おれに身柄をあずけるがいい」
「あずけて、何をする?」
「善悪の境《さかい》は、紙|一重《ひとえ》ということだ」
「………?」
「ちがうか?」
なるほど、そんなものかも知れぬ。
三井浪人の言葉が辰蔵の胸へ滲《し》み透《とお》ってくるのが、ふしぎであった。
「堀さん。今夜は、ゆるりと眠るがいい」
三井覚兵衛は立ちあがり、三人の仲間へ、
「おい。たのむぞ」
と、辰蔵へ顎《あご》をしゃくって見せた。
「承知」
「心得ました」
二人の浪人がこたえる。
禿頭の漁師も、辰蔵への態度が、がらりと変って、
「あっしは、為吉《ためきち》と申しやす」
辰蔵へ名乗り、笑いかけてくるではないか。
三井覚兵衛は、
「明日、会おう」
辰蔵へ、こういって、三人に見送られ、この家から立ち去って行ったのである。
その後で、二人の浪人が、
「おれの名は、柳彦七《やなぎひこしち》」
「おれは、木村市太郎《きむらいちたろう》だ」
と、名乗り、
「いやあ、先刻はおどろいたよ」
「見すぼらしいおぬしが、あんなに強いとはおもわなかった。なあ、木村」
「さよう」
「その腕の強さに、これからは物をいわせることだな」
「そのとおり」
などと、これまた親しげにはなしかけてくる。
漁師の為吉は、薄い蒲団《ふとん》を敷きのべ、
「疲れていなさるようだ。さ、こっちへ来て、おやすみなせえ」
と、すすめる。
そうなると、もう欲も得もなかった。
「ごめん下され」
いうや、堀辰蔵が蒲団の上へ倒れ込むように寝た。
「あは、はは。よほど、疲れたとみえるわ」
「おもしろい男よ」
などと、浪人たちと為吉は別の部屋で、これからまた酒をのむつもりらしい。
(あの、三井覚兵衛という人《にん》は、別の場所に住んでいるらしい……)
おもううちにも瞼《まぶた》が重くなってきた。
いま、此処に寝ている自分が、
(まるで、おれではないかのような……)
おもいがしたのも一瞬のことで、たちまちに辰蔵は、深い眠りに引きずり込まれてしまった。
遠い夜空に、稲妻《いなずま》が疾《はし》った。
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豪  雨
お道《みち》は、台所で蹲《うずくま》り、息をころしていた。
急に、雲行きが怪しくなり、家の中は薄墨《うすずみ》をながしたようになっている。
台所の向うは四畳半の茶の間で、その向うが、お絹《きぬ》の寝間《ねま》であった。
その寝間で、お絹が喘《あえ》いでいる。
女の喘ぎにまじり、男の声が、しきりに猥《みだ》らな言葉を吐き散らしているのが、一間をへだてて台所にいる、お道の耳へも、はっきりときこえてきた。
お道は、両手で耳を塞《ふさ》いだ。
外へ逃げてしまうのは、わけもないことであったが、そんなことをしたら、男が承知をしない。
この前の前のとき、たまりかねて、お道が外へ出てしまったら、後になって男が、
「この家に奉公をしているのなら、私のいうことに逆《さか》らってはいけないといってあるはずだ」
いきなり火箸《ひばし》で、お道の腿《もも》のあたりを、|ぴしぴし《ヽヽヽヽ》と打ち据えた。
そのときについた痣《あざ》は、まだ消えていない。
男は、南八丁堀五丁目の薬種問屋《やくしゆどんや》の主人《あるじ》で、伊勢屋九兵衛《いせやくへえ》という。
お絹は、伊勢屋九兵衛の囲《かこ》い者で、この深川・大島町に小ぢんまりとした家を持たせてもらい、九兵衛は三日に一度ほど、ひそかに通って来る。
此処からも、さほどに遠くない入舟町の家で、お道の父親の煙管師《きせるし》・源助《げんすけ》が殺されてから、もう一年が過ぎた。
犯人は、まだ、見つからなかった。
お道が、この伊勢屋九兵衛の妾宅《しようたく》へ下女として雇われてから、三月《みつき》ほどになる。
九兵衛は四十がらみの、いかにも脂ぎった男で、
「あたしだってね、お道。あんな蟇蛙《がまがえる》みたいなやつに抱かれたくはないんだけれど、……こうなったのも、よんどころない事情《わけ》があってねえ」
と、いつだったか、お絹が洩らしたこともある。
九兵衛は、やって来ると、すぐさま寝間へ入り、お絹を全裸にしておいて、なぶりはじめる。
こうしたとき、下女などには小遣《こづか》いでもあたえて、外へ出しておくのが当り前のことなのだが、九兵衛はちがった。
お道に、
「出て行ったら、承知をしない」
恐ろしい顔をしていう。
そればかりか、お絹を抱きながら、
「お道。早く来ないか、お道……」
と、よぶのである。
そして、寝間の一隅で震《ふる》えているお道の前で、尚《なお》も、お絹をなぶりはじめる。
はじめのうちは、
「だ、旦那。そんなことを……」
お絹も顔色を変えて反対をしたのだが、九兵衛は聞きいれぬ。
そのうちに、お道に見られていることが一種の刺激にもなるのであろうか、しだいにお絹は夢中となって、よろこびの叫びをあげはじめる。
「ほんとうに、すまないねえ。でも、かんべんしておくれよ、お道。あたしを捨てて、何処かへ行っちゃあいやだよ」
九兵衛が帰ると、お絹は泪《なみだ》ぐんでいい、辞退するお道の手に小遣いをつかませてしまう。
小遣いが欲しくて辛抱をしているのではない。
お道は、お絹に好意をもっている。
だからこそ、いままで堪《こら》えてきたのであった。
お絹は、浅草の東本願寺《ひがしほんがんじ》・門前の水茶屋《みずぢやや》〔井村屋《いむらや》〕の茶汲女《ちやくみおんな》をしていた女だそうな。
深川へ囲われたとき、どうしても下女が必要なので、伊勢屋九兵衛が手をまわし、同じ深川の相川町で釣道具の店を出している清八《せいはち》の口ききで、お道が雇われることになった。
それまでのお道は、隣家の松次郎夫婦に引き取られ、酒屋の手つだいをしていたのだが、
(いつまでも、世話になっているわけにはいかない。何とか、はたらいて、女なりに身を立てないことには……)
と、おもいたったのである。
今年、十四歳になったお道は、早くから母親に死なれているだけに、気持ちだけは一人前の女といってよかった。
父親を殺した犯人への憎しみは、むろん、消えていない。
黒江町の御用聞き佐吉《さきち》も、あれから懸命になって犯人を探してくれたが、どうしても、
「手がかりがつかめない」
と、いう。
犯人が残していったらしい銀煙管だけがたよりであった。
しかし、現代《いま》とちがって科学捜査が発達していなかった、約二百年も前のことだから、煙管一つではどうにもならなかった。
釣道具屋の清八は、お絹のことを、
「気だてのよさそうな女《ひと》だから……」
と、いい、お道に奉公をすすめたのだ。死んだ父親の源助は、ほとんど、金を遺《のこ》してはいなかったが、源助が品物を納めていた銀座一丁目の煙管問屋・丹波屋儀兵衛《たんばやぎへえ》が、
「亡くなったお父《とつ》つぁんは、長らく、よい仕事をしてくれたから……」
こういって、金十両の香典を、お道へよこした。
十両といえば、一家族が一年を暮せるほどの金である。
お道は、これを、酒屋の松次郎夫婦へあずけてある。
丹波屋では、
「|うち《ヽヽ》へ奉公に来たら……」
しきりに、すすめてくれたけれど、大店《おおだな》の女中としてはたらくことが、お道には何となく不安であった。
父と二人きりの暮しをつづけてきて、少女ながら、死んだ母親のかわりをつとめ、よくはたらきもしたが、そのかわり何事も自分のおもうままに取り仕切ってきて、気が強くなっているし、やさしかった父親の源助にも、
「お父つぁん。そんなことをしちゃあいけないよ」
などと、叱りつける口調にもなるほどで、それをまた、父親がよろこんでいるのだから、われ知らず、お道は、わがままになっているところもないではなかった。
そうした、お道の気性が囲われ者のお絹には好ましい。七つも年下のお道を、たのもしいとさえおもっている。
少女ながら、三度の食事の世話から縫い物まで渋滞もなくやってのけるのだから、これほど便利なことはない。
それに、何よりも、まだ十四歳のお道だけに、お絹も気がおけないのである。
「ねえ、いいかい。いつまでも私の傍《そば》にいておくれよ、お道。行末《ゆくすえ》、きっと、わるいようにはしないからね」
これが、お絹の口ぐせになってしまっている。
お道もまた、居心地はわるくなかった。
ただし、伊勢屋九兵衛が姿を見せなければ……である。
その伊勢屋九兵衛が、狂人のように髪をふり乱し、
「もっと泣け。お絹、もっと、もっと泣け」
汗みどろになった全裸のお絹の上へ伸《の》しかかっている。
夏のことで、小庭《こにわ》に面した障子《しようじ》を閉《し》めきった部屋の中の蒸し暑さは、たまったものではない。
部屋の片隅で、お道は、しっかりと目を閉《と》じ、身を固くし、歯を喰《く》いしばっていた。
十四歳の少女の前で、わざと見せつける狂態なのだ。
九兵衛がお絹の躰から離れ、
「お道。なぜ、目をつぶっているのだ!!」
と、喚《わめ》いた。
「か、かんべんして下さいまし」
「目を開けろ。開けろというのだ」
「かんべんして……」
「こいつめ」
立ちあがった伊勢屋九兵衛も丸裸なのである。
とても、見られたものではない。
お道の躰も冷汗《ひやあせ》に濡れつくしていた。
「こいつめ、強情《ごうじよう》な……」
近寄って来た九兵衛が、いきなり、お道の顔を殴《なぐ》りつけた。
「あっ……」
お道が転げ倒れたとき、急に雨が叩きつけてきた。
少し前から稲妻《いなずま》が疾《はし》っていたようだし、雷鳴《らいめい》もきこえたはずだが、この家の中の三人は、それぞれに稲妻や雷鳴に気づかなかったのである。
「開けろ。目を開けろ」
仕方もなく、お道は薄目を開けた。
向うに、お絹の白い躰が、ぐったりと横たわっている。
また、九兵衛が何かいった。
その声を消してしまうほどに雷鳴がとどろいた。
雨音も、いよいよ激しい。
伊勢屋九兵衛が、まるで獣《けもの》が吼《ほ》えるような声をあげ、またも、お絹へ飛びついた。
そのときであった。
庭に面した障子が開き、男がひとり、ことわりもなく部屋へ入って来た。
庭の向うの植えこみの背後は、低い崖のようになってい、崖の上は土手道であった。
土手道の右側は松平下総守《まつだいらしもうさのかみ》の抱屋敷《かかえやしき》で、宏大な屋敷を囲む土塀《どべい》が、江戸湾の入海《いりうみ》ぎわまでつづいている。
その男は、土手道から崖をつたわって、庭へ入り込んだにちがいなかった。
雷鳴と雨音と、部屋の中は夜のように暗くなっていたので、お道も、男が入って来たのに気づかなかった。
まして、裸のまま絡《から》み合い、のた打ちまわっている伊勢屋九兵衛とお絹が気づくはずもない。
男は背丈の高い躰つきで、顔を布《ぬの》で被《おお》っていた。
入って来て、あたりを見まわしてから、男の右手が、するりとふところへ入り、短刀《あいくち》を引き抜いた。
引き抜いたかとおもうと、無言のまま、伊勢屋九兵衛へ走り寄って、背中へ短刀を突き入れた。
九兵衛が絶叫して振り向こうとする、その背中を足で踏みつけ、男は|ぐい《ヽヽ》と短刀を引き抜きざま、素早く飛びはなれた。
九兵衛の背中から、血がしぶいた。
男は、たくみに返り血を避《さ》け、半身を起したお絹の頸《くび》すじの急所を短刀で|はね《ヽヽ》切った。
何とも凄《すさ》まじい早わざである。
お絹が悲鳴をあげた。
九兵衛の絶叫も、お絹の悲鳴も、ほとんど雨と雷鳴に打ち消されてしまったが、お道は茫然《ぼうぜん》と、二人が殺されるのを見ていた。
何が何だか、さっぱりわからぬ。
現実のものとはおもわれぬ惨劇《さんげき》であった。
恐怖よりも、夢を見ているようで、ぽかんと口を開けたままでいるお道へ、男が短刀を掴み直し、近寄って来た。
男は、まったく口をきかなかった。
覆面《ふくめん》の間から両眼が白く光っている。
着ながしの裾《すそ》を端折《はしよ》った男は、雨でずぶ濡れになっていた。
そのとき、また、稲妻が光った。
お道の凍りついたような顔が稲妻に浮きあがったのを見て、男の足が|ぴたり《ヽヽヽ》と停《と》まった。
凝《じつ》と、見ている。
お道が白い眼をむき出し、仰向けに倒れた。
気を失ったのだ。
尚も、男は、お道を見ている。
こやつは、よほど、人を殺すことに慣れているらしい。
ただの一突きで、伊勢屋九兵衛は即死していたし、お絹は、ほんのわずかな間、躰を痙攣《けいれん》させていたが、いまは、それも熄《や》んだ。
男が微《かす》かに頸《くび》を振り、短刀をふところの鞘《さや》へおさめ、部屋を出て行きかけたが、もどって来て、倒れているお道の顔をのぞき込んだ。
また、男は頸を振った。
それから、身をひるがえし、障子を引き開けると豪雨の庭へ出て行ってしまった。
これまでに、男は二度ほど、お道の顔を見ている。
自分が殺した煙管師の娘だということも知っている。
しかし、その娘が、
(此処にいるとは……)
少しも知らなかった。
この男、ほかならぬ、堀辰蔵《ほりたつぞう》であった。
禿頭《はげあたま》の、漁師くずれの無頼者《ぶらいもの》の為吉《ためきち》が、その後、辰蔵の犯行現場を見に行って、
「あの煙管師を殺《や》ったのが旦那だとは、だれも気づいちゃいませんよ。大手を振って歩きなせえ。もう平気だ。大丈夫でござんす」
と、辰蔵に告げた。
それは、お道が、まだ隣家の酒屋へ引き取られていないころで、堀辰蔵は編笠に顔を隠し、煙管師の家の前を通りぬけたとき、仕事場の後かたづけをしているお道を見かけた。
亡父の形見の銀煙管を、あわてて、置き忘れたことをおもい出したが、さすがに、お道へ声をかけることはためらわれた。
そのようなことをしたら、いかに少女だとはいえ、こちらが、
(怪しまれるにきまっている……)
からである。
お道を見て、辰蔵の胸は痛んだ。
新しい年が来てから、また、辰蔵は煙管師の家の前を通った。
煙管師の家には、別の家族が住んでいたが、煙管師の娘らしい少女は、となりの酒屋にいて、客に酢を売っていた。
「お道《み》っちゃん、お父つぁんが死んだからって、気を落しちゃいけないよ」
酢を買いに来た近所の女房が、少女へはなしかけている声を、辰蔵は行き過ぎながら編笠の内に聞いた。
(お道という名なのか……)
(危《あやう》かった……危く、あの娘を殺してしまうところだった……)
土手道から掘割へ架けられた橋をわたり、洲崎《すさき》の弁天《べんてん》社の方へ小走りに急ぎつつ、堀辰蔵は、
(おれも、とうとう、こんな|まね《ヽヽ》をして暮すようになってしまったのか……)
土手道に脱いでおいた合羽《かつぱ》と笠に顔と躰を包み、雷雨の中を引きあげつつある。
悔いもない。宿命の為《な》すがままに身をゆだねるようになってから、辰蔵は、物を考えることをしなくなった。
金で請け負った殺人であるからには、たとえ少女であろうとも子供であろうとも、生かしてはおけぬのが悪の常法《じようほう》なのだ。
だが、さすがに、お道に手をかけることはできなかった。
(ああ、もう、深川で暮すのは嫌《いや》になった。三井さんにそういって、別のところへ移してもらおう)
おとろえぬ激しい雨の白い幕の中へ、堀辰蔵は消えて行った。
深川・大島町の家で、伊勢屋九兵衛と囲い者のお絹《きぬ》が殺害された事件は、半年が過ぎても、土地《ところ》の人びとの口から消えなかった。
「それにしても、お道《み》っちゃんは、ほんとうについていないねえ」
「可哀想《かわいそう》に……まだ少女《こども》だというのに、二度も、ひどい目に遇《あ》って……」
「今度も、難《なん》を逃れてよかったのだが、二人も殺されるとこを見せられたのでは、たまったものではない」
事件の直後、人びとは、お道をあわれみ、
「|うち《ヽヽ》へ引き取ってやってもいい」
と、いい出す者もいれば、
「そうしてやりたいのは山々だけれども……どうも、あの娘《こ》は、悪い運を背負《しよ》っているようだ」
などと、洩らす者もいたようである。
父親が殺された後、奉公に出た先で二人も殺害されるというのは徒事《ただごと》ではない。
これは、お道に、
「何かの祟《たたり》がついている……」
と、いうわけなのであろう。
あのとき……。
お道が息を吹き返したときも、まだ、雨足《あまあし》はおとろえていなかった。
その雨の中を、裏口から飛び出したお道は、酒屋の松次郎宅へ走って行った。
「な、なんだって……ほ、ほんとうなのかよ?」
松次郎は、びっくりして、
「よし、おれは、これから黒江町の親分のところへ知らせて来る。お道は此処にいて、うごいてはいけねえ。いいかえ」
松次郎の女房おきねに抱きしめられて、お道は無言でうなずいた。
「まあ、なんてことだろうねえ。いいかい、お道っちゃん、心配をおしでない。おじさんもおばさんもついているのだからね」
松次郎夫婦は、どこまでも、お道の心強い味方であった。
知らせを受けた黒江町の御用聞き佐吉《さきち》は、手先の紋次《もんじ》と勘七《かんしち》と共に、すぐさま現場へ駆けつけて来た。お絹と伊勢屋九兵衛の死体を一目見て、佐吉が、
「こいつは、物盗《ものと》りの仕わざではねえ」
きっぱりといった。
そのとおりで、家の中が荒された様子はないし、九兵衛の財布にも手がつけられていない。
八丁堀から、同心の早川伊之助《はやかわいのすけ》が出張《でば》って来るころには、すっかり雨もあがり、夜空は晴れあがっていた。
佐吉は、早川同心の下について、お上の御用をつとめている。
このときまで、酒屋の松次郎のところにいたお道が、現場へよび出された。
「さぞ、嫌《いや》なおもいをしたろうな」
と、早川伊之助が、お道にやさしくいった。
まだ三十そこそこの同心だが、人柄《ひとがら》が練れていて、佐吉も早川には心服《しんぷく》している。
「すまないが、悪い奴が入って来たときのことを、くわしく、はなしておくれ」
「はい」
もう、お道は落ちついていた。
部屋の中には、まだ、二人の死体がそのままになってい、戸を開け放っても、血の匂いが生臭《なまぐさ》くたちこめている。
お道は、おぼえているかぎりのことを、早川伊之助に告げた。
「なるほど、覆面《ふくめん》をしていたのか……それは手ぬぐいのようなものだったか?」
「いいえ……あの、黒っぽい布《きれ》で、出ているのは眼だけでした」
「ふうむ……それで、刀は二本差していたのか?」
「いいえ……」
「では、あの二人を殺したのは?」
「何か、ふところから出して……」
「そうか、なるほど」
早川は、|くび《ヽヽ》をかしげて、しきりに何か考えている。
「旦那。伊勢屋のほうへは、まだ、知らせていませんが、どういたしましょう」
と、佐吉がいった。
「あの男は、伊勢屋のあるじに間ちがいないのか?」
早川が、お道に尋ねた。
「はい。そういってました」
「殺した奴が、出て行くときは、気を失っていて、見ていなかったのだな?」
「はい」
「佐吉……」
と、早川が、
「伊勢屋の番頭を、此処へよんで来てくれ。だが、迂闊《うかつ》にはできねえから、ただ、お上《かみ》の御用だからといって連れて来るがいい。こいつは御苦労だが、お前に行ってもらおうか」
「承知いたしました」
「ついでに、この娘を酒屋へあずけておくがいい。去年の事といい、今度といい、年端《としは》もいかねえのに、とんだ目に遇ったものだ」
「さようで……」
「ま、いたわってやれ」
「はい」
佐吉は、お道を松次郎宅へ送る途中で、
「お道。今日の事は、みんな忘れてしまいねえ」
と、いった。
「はい」
うなずいたが、忘れられるものではない。
お道が帰って来たので、松次郎夫婦が何か食べさせようとしたが、
「あたし、食べられない」
と、お道はいった。
そこで、松次郎の女房が湯を沸かしてくれ、台所の土間で、お道に行水《ぎようずい》をつかわせてくれた。
着替えの物などは、前から松次郎のところへあずけてあったので、汗をながした躰に寝間着《ねまき》をつけ、お道は、松次郎夫婦の二人の子といっしょに、奥の部屋で床《とこ》についた。
松次郎の子は、上が庄太《しようた》といって十歳。下の女の子の|おしん《ヽヽヽ》は七歳であった。
お道が床へ入ったとき、二人とも、青い蚊帳《かや》の中でぐっすりと眠っていた。
お道は目を閉じたが、胸がたかぶってきて、とても眠れない。
可愛がってくれたお絹が殺されたのは悲しかったけれども、伊勢屋九兵衛については、
(いい気味……)
だとおもった。
(あんなやつ、死んじまったほうがいい)
しかし、お絹のことをおもうと、われ知らず、眼の中が熱くなってくる。
(伊勢屋の旦那の、巻きぞえにされた……)
としか、おもえない。
だが、それならば、
(なぜ、私を殺さなかったのだろう?)
短刀を片手に、あの男がゆっくりと近づいて来たときのことをおもい出すと、床の中で、おもわず、お道は微《かす》かな呻き声をあげた。
そのころ……。
殺人現場では、同心・早川伊之助が、南八丁堀の伊勢屋から番頭を連れてもどって来た佐吉へ、
「それにしても、お道は、よく助かったものだ。畜生めも、さすがに殺し切れなかったのだろうよ」
ささやいていた。
伊勢屋の番頭は、腰をぬかしたようになり、驚愕《きようがく》のために口もきけぬ。
これで、殺されたのは伊勢屋九兵衛と、はっきりわかった。
南八丁堀の薬種問屋・伊勢屋九兵衛は、なかなかの遣《や》り手だそうで、商売も繁昌《はんじよう》している。
九兵衛は四十歳のはたらきざかりで、殺されてしまったわけだが、
「九兵衛さんに恨みをもつ人は多いからねえ」
「それがさ、商《あきな》いのことだけではない。女出入りも絶えたことがなかったからね」
などと、同業者は噂をし合っているらしい。
町奉行所の探索もおこなわれ、同心の早川伊之助も佐吉と共に諸方へ聞き込みをしたが、手がかりはつかめなかった。
お道も何度か、よび出され、あらためて問い質《ただ》されたけれども、初回のときと同じようなこたえしか出てこない。
あの惨劇《さんげき》がおこなわれたのは七ツ(午後四時)ごろで、夏のことゆえ、まだ明るいのだが、折からの雷雨で家の中が暗くなってしまっていたし、お道もまた動顛《どうてん》してしまい、犯人の特徴などに目をつける余裕とてなかった。
引きあげて行く犯人を目撃した者も、あらわれなかった。
「お道の父親が殺《や》られたときは、となりの酒屋の女房が走って行く浪人者の後姿を見かけているのだが、それだけでは、どうにもならなかった。まして、今度は……」
いいさして、黒江町の佐吉は|ためいき《ヽヽヽヽ》をついた。
すでに、夏は去っている。
富岡八幡宮・一ノ鳥居傍の料理屋〔万常《まんつね》〕の奥の一間で、そこは佐吉夫婦の居間であり、茶の間であった。
秋ぐちになってから、客もよく入るし、いまも二階座敷で三味線や女たちの唄声がきこえている。
「なあ、|おさわ《ヽヽヽ》」
と、佐吉が女房に、
「ひょいとおもいついたのだが……」
「何を?」
「お道のことだがね」
「|うち《ヽヽ》へ引き取ろうとでも、おいいなさるのかえ?」
「のみこみが早えな」
「御用聞きの女房だもの」
と、おさわが笑った。
佐吉は、どちらかというと小柄なほうだが、女にしては背丈が高い女房の肉置《ししお》きも堂々たるもので、そのかわりに抜けるように肌が白く、顔だちが|きりり《ヽヽヽ》としていて、
「万常のおかみさんのような男顔《おとこがお》の女には、子が生まれない……」
などと、陰口をきく者もいる。
まさに、佐吉夫婦には子がなかった。
「だがな、おさわ。おれはお道を養女にしたいというのではねえのだ」
「あら、……なあんだ、ちがうんですか」
「それじゃあ、お道も窮屈だろうし、おれも、そんな気はねえ」
「じゃあ、どうしようといいなさるのだえ?」
「|うち《ヽヽ》で、はたらかせようとおもっている」
「まあ……」
「お道も、酒屋で居候をしている気はねえらしい。親切にされればされるほど、居にくいのだろう」
昨日、佐吉は、八幡宮の参道で、お道に出合った。
そのとき、お道は、
「親分さん。あたしがはたらくとこ、何処かにないでしょうか?」
と、いったのである。
「お道は、なかなかしっかりしているし、よく気がつく娘だ。うちで教え込んで、座敷女中にして、いろいろと面倒を見てやり、そのうちに、いいはなしでもありゃあ、おれたちが中へ入って嫁入りさせてもいい」
「まだ、子供だというのに、気が早いねえ、親分も……」
「いや、来年は、もう十五だ。いまでも何だぜ、武家方じゃあ、十五、十六の嫁入りはめずらしくも何ともねえ」
「男の子じゃない、女の子だからねえ」
「そのことよ」
「よござんすよ、私は」
「承知してくれるか……」
「私も、何とかしてやりたいと思案をしないでもなかったんですよ」
「はなしはきまった」
「ええ……」
翌日。佐吉が酒屋の松次郎方へ出向き、このはなしをすると、お道は、
「どうか親分、よろしく、おねがいを申します」
と、両手をついた。
その様子を見て、松次郎の女房が泪《なみだ》ぐみ、
「何だねえ、この娘は……そんなに、|うち《ヽヽ》へ気がねをしなくともいいじゃあないか」
「いえ、おばさん。そうじゃあないんです。あたし、はたらいてみたいんです。でも、万常さんへ行っても、実家《さと》は此処だとおもってます。かまいませんか?」
その、お道の言葉に、
「まあ、この娘は、すっかり大人びた口をきくようになって……」
と、女房が泣き出した。
翌々日。
お道は松次郎に連れられて、万常へ身を移した。
この日は、朝から雨であったが、お道を万常へ引きわたし、松次郎が家へもどるころから雨が激しくなった。
「こりゃあ、水が出るぜ」
と、運河や掘割が無数にある深川だけに、午後になると、男たちは外へ出て警戒しはじめた。その最中《さなか》に……。
深川の外れにある石置場のうしろの一軒家へ、何処からか使いの者がやって来て、
「堀辰蔵さんは、おいでなさいますかえ?」
と、尋《き》いた。
ちょうど、土間にいた漁師くずれの為吉が、
「どちらで?」
「本所の河半《かわはん》から参《めえ》りました」
「おや、そうですかえ」
がらりと態度が変った為吉が、
「堀の旦那。三井先生からのお使者らしいぜ」
と、声をかけた。
奥の間で、堀辰蔵は寝そべって冷酒《ひやざけ》をのんでいた。
前に、ここで共に暮していた二人の浪人のうち、中年の柳彦七は、この家に住み暮しているが、若いほうの木村市太郎は二月《ふたつき》ほど前に、
「三井さんから、|ひょん《ヽヽヽ》な仕事をいいつけられてな。半年ほどは江戸へ帰れないよ」
こういって、旅仕度をして出て行ったきりだ。
土間へ出て来た堀辰蔵へ、
「これを、ごらんなすって下せえまし」
と、本所の回向院《えこういん》の近くにある料理屋・河半からの使いの者が手紙をわたした。
「三井さんからか?」
「さようで」
辰蔵は、その場で手紙を読みはじめた。
小ざっぱりとした着物を身につけ、総髪《そうがみ》の手入れもよく、去年、三井覚兵衛に拾《ひろ》われたときの堀辰蔵とは、見ちがえるばかりになっている。
「わかった」
手紙を巻きおさめつつ、辰蔵が、
「為吉。おれは、河半へ行って来る」
「この、ひでえ雨の中をですかい?」
「すぐに来いと、三井さんがいっているのだ」
「へえ、それなら仕方もねえことだが……」
「ことによると、こっちへはもどらぬかも知れぬ」
こういって、堀辰蔵は土間の外で飛沫《しぶき》をあげている雨足を凝《じつ》と見つめた。
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若松屋お徳
「ま、親分も、よく御存知かとおもいますが、私は、ごらんのとおりの女で、しかも急に、こんなお願いをしに出て、さだめし、びっくりなすったろうし、また、若松屋《わかまつや》へ奉公をさせるということだけでも後込《しりご》みをしなさるかも知れません。ですが親分。私が、こんなお願いに出たのはこれがはじめてのこと。どうか一つ、承知をして下さいませんか」
こういって、深川・黒江町の御用聞き佐吉の前で、軽く頭を下げたのは、浅草|御門外《ごもんそと》の福井《ふくい》町三丁目に店を構える小間物問屋《こまものどんや》・若松屋|長兵衛《ちようべえ》の妻お徳《とく》である。
この日。
お徳が突然、万常を訪ねたのは、座敷女中の見習いとしてはたらいているお道に何故か目をつけ、
「ぜひとも、自分のところで奉公をさせたい」
と、万常へたのみに来たのだ。
お道が、富岡八幡宮一ノ鳥居傍の料理屋・万常ではたらくようになってから、早くも二年の歳月が過ぎ去ってしまった。
いま、お道は十六歳になっている。
若松屋は、袋物《ふくろもの》や革《かわ》製品、櫛《くし》や簪《かんざし》などのほかに、京都から仕入れてくる紙製の財布が有名で、江戸でも名の通った店であった。
当主の長兵衛は、むかし、若松屋の手代《てだい》だったそうな。
それを、先代が見込んで、ひとりむすめのお徳の聟《むこ》にしたのだ。
夫婦の間には、芳太郎《よしたろう》という一人息子がいて、三十になるというのに、妻も子もない。
いや、芳太郎はこれまでに三度も嫁をもらっているのだけれども、これを母のお徳が、
「三度とも、|いびり《ヽヽヽ》出してしまった」
という|うわさ《ヽヽヽ》も、黒江町の佐吉は耳にしていた。
お徳は、女ながら背丈が高く、細身の躰つきで、切長《きれなが》の眼の色も強《きつ》く、引きしまった唇といい、あまりにもととのいすぎた鼻すじといい、見た目には冷たい印象をあたえる。
「ああいうのを、男顔《おとこがお》というのだ」
いつであったか、佐吉が女房のおさわに、そう洩らしたこともある。
若松屋の菩提所《ぼだいしよ》は、深川・蛤《はまぐり》町の海福寺《かいふくじ》で、そうしたところから法事や墓参の折々に、万常へ立ち寄るようになった。
それはもう、六、七年も前からである。
「万常の料理は、しっかりしている」
と、お徳は気に入って、若松屋の商売の上の用談にも万常を使うようになっていた。
お徳が長兵衛の代理であらわれ、客をもてなすこともしばしばである。
万常の座敷女中などは、
「目をつぶって声だけ聞いていると、若松屋さんのお内儀《かみ》さんの口ぶりは、まるで、男のものとしかおもえない」
などと言い合っていた。
そうして、万常へ来るたびに、お徳は、お道に目をつけていたらしい。
見習いといっても、一年ほど前からのお道は、他の座敷女中と同じように髪もゆい、客座敷の下ばたらきをするようになっていた。
小さいときに不幸な目にあっただけに、十六といっても二つ三つは年上に見られたし、何事にも気がつき、それでいて出しゃばることもないので、お道は、女中たちにも客にも好感をもたれている。
だから、若松屋のお徳が、
「ぜひとも、自分についていてくれる女中に……」
と、のぞむ気持ちもわからぬではないのだが、
「とんでもない。若松屋さんなんかに、お道をやれるものですか」
佐吉の女房おさわは、|かぶり《ヽヽヽ》を振った。
佐吉が、
「ともかくも、当人の気持ちを聞いてみませんことには……」
こういって、お徳に帰ってもらった、その日の夜の茶の間で、
「お前は、どうおもう?」
切り出したところ、おさわは即座に反対をした。
「若松屋のお内儀さんの世話をする女中は、長つづきをしないそうですよ。あまりに口やかましい上、重箱の隅を楊子《ようじ》でほじくるような使い方をするものだから、たまりかねて暇をとるか、それでなけりゃあ、お内儀さんが追い出してしまうというじゃありませんか」
「ふうむ……」
「そりゃあ、親分だって知っていなさるはずだ」
「そうよなあ……」
佐吉は、お道の父親がつくった煙管《きせる》を手に取って、
「その、お内儀さんが、お道を見込んで、ぜひにもといってきた……」
「お道は蛙ですよ」
「え?」
「蛇に見こまれた蛙のようなものさ」
「だが、あの蛇は、ただの蛇じゃあねえ。今日、おれにも、はっきりといったよ」
「何といいましたえ?」
若松屋のお徳がいうには、なるほど、世間のうわさのとおり、私は息子の嫁も気に入らずに離縁をとりもしたし、女中にも、散々に嫌われてきたが、それは、
「何も、憎んでしたことではありませんよ」
なのだそうだ。
「嫁も女中も、何とか、一人前にしてやろうとおもえばこそ、してきたことで、それを、よけいなことだといわれてしまっては身も蓋《ふた》もない」
お徳は苦笑いを浮かべ、
「私が子供のころから、母親に仕つけられた、ごく、当り前のことをしているだけなのに、世の中がすっかり変った所為《せい》か、まるで私のことを、世間では鬼婆のようにいいますがね」
と、佐吉にいった。
「お道なら、きっと辛抱ができるとおもう。こう、いいなさるのだ」
「そんな、親分。勝手に、きめられてしまったんじゃあ、お道が迷惑ですよ」
「そうか、な……」
「そうですとも」
おさわは、熱《いき》り立っているように見えた。
子がないだけに、いまは、お道に情が移ってしまったらしい。
「ま、|うち《ヽヽ》へ置いて、あの娘《こ》の行末の面倒をみてやるのもいい。そりゃあ、何でもねえことだが……」
「だから、そうしたらいいじゃありませんか」
「おれはな、おさわ。お前とちがって男だから、若松屋のお内儀《ないぎ》を、ちょっと別の目で見ているのだ」
「どんな目なんですよ?」
「辛抱さえしてくれるなら、かならず、お道の身が立つようにする、と、そういいなすった若松屋のお内儀の顔つきは尋常のものではねえような気がした」
「わからないねえ」
「つまり、その……男と男が、|はなし合い《ヽヽヽヽヽ》をしているような気分だったということよ」
「だから、私ぁ、厭《いや》なんですよ」
おさわは顔を顰《しか》め、冷えた茶をのみくだした。
急に、雨が屋根を叩いてきた。
時雨《しぐれ》であった。
秋も深い。
お道の行末について、御用聞きの佐吉はいろいろに考えてみた。
自分とおさわが、お道の面倒をみることはなんでもないし、ことに女房のほうは、
(もう少し、お道の様子を見て、これで大丈夫となったら、私たちの養女にして、万常の跡を継《つ》がせても……)
うすうすは、おもいはじめているらしい。
佐吉は、自分たちの行末など、あまり考えぬほうだ。
万常が、自分たち夫婦の代で終ってしまってもかまわない。
子がないからといって、養子や養女を迎え入れても、
(却《かえ》って面倒だ)
と、おもっている。
ともかくも佐吉は、よけいなことに神経をつかいたくない。
そして、お上の御用へ心身を打ち込みたいのである。
その役目というのが、さまざまな刑事に関《かか》わって、ときには命がけではたらかなくてはならないのだから、その他のことには、なるべく関わりたくないのだ。
けれども、自分ひとりのことはそれでよいが、女房のおさわの身になってみれば、これはまた別の立場で、そろそろ行先《ゆくさき》のことも考えておかねばならぬのだろう。
「まあ、ともかくも、若松屋さんからのはなしは断っておくんなさい」
と、おさわが茶の間を出て行った後で、佐吉は長火鉢の引き出しから、鬱金《うこん》の布《きれ》に包んだ小さな物を取り出した。
それは、お道の父親・源助が殺害された現場に落ちていた銀煙管《ぎんぎせる》であった。
蜻蛉《とんぼ》が一つ、精妙に刻《ほ》り込まれている、この銀煙管は、
(源助を殺したやつが落していったものにちがいない)
と、いまも佐吉は信じている。いったんは奉行所へ差し出したのだが、
「何としても、源助を殺したやつを引っ括《くく》ってやりとうございます。この煙管を、しばらく私に預らせて下さいまし」
同心の早川伊之助にたのみ、手許《てもと》に置いてあるのだが、一向に手がかりはつかめない。
深川や本所一帯には、物騒な|まね《ヽヽ》をする浪人者や、種々雑多な破落戸《ごろつき》どもが、それこそ、
「掃いて捨てるほど……」
いるのだ。
この三年間に、黒江町の佐吉は、そうした男たちを何人も捕えていたし、事件があるたびに、源助殺しとの関係を探り出そうと努力をつづけていたが、
(どうも、糸口がほぐれねえ。ひょっとすると、源助を殺《や》ったやつは、もう、江戸にいねえのかも知れねえ)
半《なか》ば、あきらめかけていた。
お道は、亡父の命日に、かならず墓詣《はかまい》りに出かけている。
墓は同じ深川の、猿江《さるえ》の蓮光寺《れんこうじ》にあった。
父親が殺された悲しみは消えないし、墓詣りをするたびに、犯人を憎む心がよみがえってくるだろうが、そこは何といっても武家のむすめに生まれたわけではないし、もちろん、お道は男でもないのだ。
万常での明け暮れを、いそがしく過していれば、おもいつめて、父親の敵を討つという気になるわけのものでもない。
女という生きものには、
「過去も将来もない。ただ、いまの自分があるだけだ」
などと、いう人もいるが、お道は、どんな気持ちでいるのだろうか。
よく気がつくし、骨身を惜しまずにはたらき、だれにも好かれているお道だが、口数は少ない。
微笑は絶えず顔に見られるけれども、世辞をいうわけでもなし、客のはなし相手になるのは、不得手《ふえて》らしい。
黒ぐろと張った双眸《ひとみ》や、女にしては濃い眉、浅ぐろい肌……お道の顔だちは、このごろ、|きりり《ヽヽヽ》と引きしまっていた。
(しっかりものだが、料理屋を切りまわすには、どうも……?)
と、佐吉はおもっている。
料理屋の女あるじともなれば、おさわのように、しっかりものの上に、こぼれるような愛敬《あいきよう》も必要なのだ。
(おさわが、どうしても、お道を養女にするというのなら、この商売を切りまわせるような男を聟《むこ》にもらうより仕方がねえだろう)
このことであった。
翌日。
昼すぎに、おさわは外出《そとで》をした。
神田の三河町にある茶問屋・松屋|善兵衛《ぜんべえ》方へおもむいたのだ。
近いうちに、松屋が多勢客をするので、その打ち合わせに行ったのである。
「おい。ちょいと、お道をよんでおくれ」
朝から、ずっと茶の間にいた佐吉が女中にいった。
今日は、よく晴れた。
澄みわたった青空に、鶴の群れが渡っている。
お道があらわれるまでに、佐吉は板場へいいつけて、柿を剥《む》かせ、茶の間へ運ばせておいた。
やがて、
「およびでございますか」
めっきりと大人びた口調になって、お道が小廊下から声をかけてよこしたのへ、
「お道か。ま、入《へえ》んねえ」
「はい」
「おお、いい髪だ」
結《ゆ》いあげたばかりの、お道の髪を佐吉がほめると、お道の顔へ血の色がのぼった。
「さ、柿を食べるがいい。遠慮をするな」
と、先ず、佐吉が柿を手に取って、
「ちょいと、お前に|はなし《ヽヽヽ》があるのだ」
「何でございましょう?」
「実は、な……」
「お父《とつ》つぁんを殺したやつが、見つかったんでございますか」
と、お道の血相《けつそう》が変った。
ちょうど、このとき、
「少し、やすませてくれ」
こういって、万常へ入って来た二人連れの侍がいる。
何と、一人は三井覚兵衛。
別の一人は、堀辰蔵であった。
この日の三井覚兵衛は、月代《さかやき》をきれいに剃《そ》ってい、羽織・袴をつけ、どこぞの大名家に仕える侍といってもおかしくない。
そして堀辰蔵。
これも変った。
総髪《そうがみ》をきれいにととのえ、羽織・袴。
三年前には、何やら青ぐろく浮腫《むく》んでいた顔の肉を刮《こそ》げ落したような顔貌《がんぼう》になってしまった。
眼の色に表情がなく、引き結んだ唇《くち》は容易にひらこうともせぬように見える。
たとえ、三年前の堀辰蔵を知っている者が、この辰蔵を見ても、すぐには|それ《ヽヽ》とわかるまい。
辰蔵は四十二歳になっていた。
〔万常〕の、二階の奥座敷へ入った三井覚兵衛と堀辰蔵は、酒肴《しゆこう》が運ばれてくると、
「よぶまでは、来なくともよい」
三井が、座敷女中の|おきの《ヽヽヽ》へいった。
おきのが出て行くと、
「どうだな、堀。江戸へもどって来て、なつかしいか?」
この三井の問いかけに、堀辰蔵は微《かす》かに唇をゆがめた。笑ったつもりなのだろうが、笑顔にはなっていない。
「しばらくは、江戸にいてもらおう」
「ふむ……」
「いま、何処にいる?」
「昨日、江戸へ着き、とりあえず、本石町の槌《つち》屋という宿屋に……」
そして今日、辰蔵は三井覚兵衛の家を訪ねた。
三井は、本所の小梅《こうめ》の代地《だいち》に小ぢんまりとした家を建て、髪に白いものがまじりはじめている痩《や》せた女と暮している。
だれが見ても、女のほうが三井より年上に見えた。
女の名を、お吉《きち》という。
大坂にいた辰蔵は、三井から、
「すぐに、江戸へ来てくれ」
との手紙を受けとり、大坂を発《た》ったのである。
「大坂は、どうだ?」
「別に……」
「居心地はよかったか?」
「ふむ……」
「堀。すっかり、無口になってしまったのう」
「そうか、な……」
「上方で、何人、殺《や》った?」
「ふむ……」
「金の、つかい道に困ったろうな。おぬしのことゆえ……」
「別に……」
「江戸へ来てもらったのは、私と一緒に、少々、強《きつ》い仕事をしてもらいたくてな。どうだ、|ちから《ヽヽヽ》を貸してくれるか?」
辰蔵は、うなずいたのみで三井へのこたえとした。
そのとき……。
万常の階下の、奥の茶の間では、まだ、佐吉がお道へはなしている。
「つまりは、お前しだいだ。どうしても、お前が此処に居たいというのなら、少しもかまわねえし、実は、そのほうが、|うち《ヽヽ》の|おさわ《ヽヽヽ》もよろこぶわけだからね」
お道は、凝《じつ》と、語る佐吉の顔を見つめている。
本気になって、佐吉の胸の内を知ろうとしているらしい。
(親分のいうことは本当なのだろうか……それとも、私が邪魔になったのじゃないだろうか?)
このことである。
「だが、お道。物事には時期というものがある。若松屋のお内儀《かみ》さんが、どういう人か、それは見る人によってそれぞれにちがうだろうが……おれは、あの人を徒《ただ》の人ではねえとおもっている。それが、わざわざ、お前を見込み、仕込んでみたいといいなさるのだ」
「………」
「もっとも、自分の小間使《こまづかい》が、来るそばから辛抱しきれず、出て行ってしまうものだから、お内儀さんも困っていなさるのだろうがね」
苦笑した佐吉が、煙管《きせる》に煙草をつめながら、
「おれもおさわも、お前を邪魔にしているのじゃあねえ。いまもいったとおり、此処は料理屋だ。水商売の座敷女中としてなら仕込みもできようが、そうなりゃあ、お道。お前も、この稼業に染まってしまう。それが悪いというのではねえけれど、このさい、五年なり六年なり、みっちりと、若松屋で苦労をしてみるが、お前のためだと、おれはおもうのだ。お前が一人前より、もっと上の女になれるような気がするのだ。いいか、お道。これはどこまでも、お前の身になって考えたことだから、お前がどうしても厭なら、此処にいてくれていいのだぜ」
「はい……」
「また、いま一つ……」
「………?」
「若松屋で、つとめあげた後、また、おれたち夫婦の許《もと》へ帰りたいというのなら、よろこんでお前を引き取ろうじゃねえか」
|はっ《ヽヽ》と、お道が佐吉を見あげた。
(親分は、真底《しんそこ》から、私のことをおもっていて下すったのだ)
それが、はっきりと、
(腑に落ちた……)
ような気がした。
「親分……」
いいさして、お道は両手をついた。
「どうだ、わかってくれたか?」
「はい」
「それで?」
「親分の、おっしゃるとおりにします」
「|むり《ヽヽ》をしなくともいいのだよ」
「はい」
「そうかい」
佐吉が満足そうにうなずき、煙草盆の灰吹《はいふき》へ煙管を落し、
「悪いことはいわねえ、男も女も、若いときに苦労をしておくものだ、なぞと、えらそうな口をきけるようなおれではねえが……」
「親分。御親切に、いろいろと、ありがとう存じます」
「なあに、これからも、おれがところを実家《さと》だとおもうがいい。お道。お前は此処と、それから酒屋の松次郎さんのところと、実家が二つもある。どうだ、豪勢なものじゃあねえか」
「はい」
めったには泪《なみだ》を見せぬお道が、このときは、両眼に|熱いもの《ヽヽヽヽ》をたたえていた。
お道が茶の間から廊下へ出て来ると、女中の|おきの《ヽヽヽ》が、
「あ、すまないが、お道っちゃん。これを梅の間へ持って行っておくれでないか」
酒が乗った盆をわたして、
「おや、お前どうした?」
「いえ、別に……」
「眼が赤いよ」
「何でもないんです」
お道は、酒を梅の間へ運んで行った。
梅の間には、三井覚兵衛と堀辰蔵がいる。
「お待たせをいたしました」
こういって、お道が酒を置いたのを見て、堀辰蔵の|顳※[#「需+頁」、unicode986c]《こめかみ》が|ぴくり《ヽヽヽ》とうごいた。
三井覚兵衛は、窓際にいて、八幡宮の参道を見下している。
それで、お道が辰蔵へ、
「ほかに、御用はございませんでしょうか?」
と、尋《き》いた。
堀辰蔵は、わずかに、頸《くび》を振った。
「お酌を……」
「かまうな」
「はい」
お道は、
(このお人は、何処かの道場の剣術|遣《つか》いらしい)
と、看《み》た。
辰蔵のような、総髪の剣客で、万常のなじみの人がいたからであろう。
「御用がございましたら、および下さいまし」
こういって、お道は廊下へ出た。
まさかに、いま、自分が口をきいた相手に父親が殺されたとは夢にもおもってみない。
あのとき……。
伊勢屋九兵衛と、囲い者のお絹を短刀《あいくち》で、
「あっ……」
という間に刺し殺した男の姿を、お道は浪人者だとおもっていない。
あのときの堀辰蔵は袴もつけず、裾を端折《はしよ》って、刀を腰に帯びていなかった。
廊下を遠ざかって行く、お道の足音に、辰蔵は凝《じつ》と耳を澄ませている。
「おい……おい、堀……」
「む……」
「どうした?」
窓際から、三井覚兵衛がもどって来て、
「妙な顔をして、どうした?」
「別に……」
「何か、気にかかることでもあるのか?」
「いいや」
頸を振って辰蔵は、三井へ酌をした。
受けた三井が、
「では、いいな。これからは当分、本所の河半《かわはん》にいてもらおう」
「わかった」
「おれのところへ来てもらってもいいのだが、妙な婆さんもいることだし、かえって気づまりだろう」
「あの女《ひと》は、三井さんのお内儀《ないぎ》か?」
「内儀という|しろもの《ヽヽヽヽ》ではないが……腐れ縁というやつでな」
「ふうむ……」
「どうだ、上方にいて、好きな女でもできて、それをいま、おもい出しているのではないか?」
辰蔵は、薄く笑ったのみである。
「女を抱くのはいいが、こころを移さぬほうがいい。おれがところの婆さんのようなのは女ともいえぬが、いずれにせよ、おれたちにとって、女と子供は無用のものよ」
辰蔵は、無言で盃《さかずき》を口にふくんだ。
(あの小むすめ、大きくなったものだ)
その小むすめの父親は、ほかならぬ辰蔵に殺された。
それを、小むすめは知らぬ。
(父親に死なれて、ここへ、はたらきに出ていたのか……)
堀辰蔵は、父親を殺され、敵討ちの旅へ出てから十九年目になる。
父を討って逃げた加藤甚作は、四十五歳になっているはずだ。
(おれの運命《さだめ》も、父に死なれて狂ってしまった……)
三井覚兵衛にさそわれ、いまの辰蔵は、金で人殺しを請負《うけお》っている。
こうした暗殺の稼業を、暗黒の世界では、
「仕掛人《しかけにん》」
と、よんでいるそうな。
二人が、万常を出て行ったのは、それから間もなくのことであった。
いつの間にか、夕闇が淡くただよっている。
三井も辰蔵も、万常には、はじめての客であった。
女中の|おきの《ヽヽヽ》を呼び、三井が勘定をしている間に、辰蔵は手洗いに立った。
廊下へ出ると、別の間から酒を下げてあらわれたお道を見た。
「これ……」
「はい?」
「厠《かわや》は?」
「突き当りでございます」
「ちょっと、此処で待っていてくれ」
「は……?」
辰蔵は手洗いをすませ、すぐに廊下へもどって来た。
お道が、怪訝《けげん》そうに廊下で待っていた。
うなずいた堀辰蔵は、紙に包んだ|こころづけ《ヽヽヽヽヽ》を、
「取っておけ」
お道へわたした。
「私は、あの、いいんでございます」
「ま、いい」
いい捨てて、座敷へもどって行く辰蔵の背中に向って、
「ありがとう存じます」
お道は、頭を下げた。
堀辰蔵は万常を去るとき、|おきの《ヽヽヽ》と共に見送って出たお道に一顧《いつこ》もあたえなかった。
それから、お道は、辰蔵がよこした〔こころづけ〕を、おきのへわたした。
料理屋の座敷女中は、客の〔祝儀〕や〔こころづけ〕で生きている。
お道は、まだ見習いというかたちだったから、客からもらった〔こころづけ〕は、いちいち、上の座敷女中へ見せることになっている。
だからといって、それを取りあげられてしまうわけではない。
「あ、そうかい。お前さん、取っておおき」
いつものように|おきの《ヽヽヽ》がいうのへ、
「でも、あの……」
「どうしたえ?」
「ちょっと、これ……」
お道が紙をひらいて、中の金を見せると、
「あれ、まあ……」
|おきの《ヽヽヽ》が、びっくりした。
中に一両小判が一枚、入っていたからである。
一両といえば、一家族が一カ月は暮せる金高で、現代《いま》の感覚でいうなら十五万円にも相当するであろう。
「お道っちゃん。どっちのお客が下すったのだえ?」
「総髪のほうの、お客さんですけど……」
「知っている人?」
「いいえ」
「まあ、ずいぶんと気張《きば》ったものじゃあないか」
「お帳場へ、いいましょうか?」
「かまわないよ。仕舞《しま》っておおき。また今度、そのお客さんがお見えのときは、私から、よく、お礼をいっておこう」
「でも、こんなに……」
「お客のこころづけだ、遠慮をすることはありゃあしないよ」
堀辰蔵にしてみれば、一両どころか、十両でも二十両でも、お道へわたしたかったろうし、それほどの金は、ふところにあったのだ。
だが、一両にとどめたのは、却って怪しまれることをおそれたのであろう。
お道は、それから十日後に、小間物問屋・若松屋長兵衛方へ奉公にあがった。
江戸の商家の中でも、それと知られた若松屋なのだが、表通りに店舗を構えているわけではない。
浅草御門から、大川《おおかわ》(隅田川)沿いに北へ伸びている大通りをどこまでも行くと金竜山《きんりゆうざん》・浅草寺《せんそうじ》へ突き当る。
大通りの右側には、幕府の巨大な御米蔵もあるし、その人通りのはげしさ、賑《にぎわ》いは、富岡八幡宮・参道の比ではなかった。
大通りの両側には大小の商舗や料理屋・飲食店が軒をつらねていたけれども、若松屋は、瓦《かわら》町の角を西へ入った角地《かどち》にあった。
間口《まぐち》は六|間《けん》だが、奥行きが深く、土蔵が三つもある。
小間物といっても高級品ばかりをあつかっているので、通りがかりに入って来る客はほとんどない。
お道は、いきなり、〔奥〕の女中にされた。
女中といっても、台所ではたらく者もあれば、主人夫婦や家族が住み暮す奥向きの用事にはたらく者もいる。
内儀のお徳は、お道を連れて来た黒江町の佐吉夫婦が帰った後で、
「ま、こっちへお入り」
次の間で、身を硬くしているお道へ声をかけた。
「いいから、ここへおいで」
「はい」
そこは、お徳の居間であった。
せまいながらも風雅《ふうが》な奥庭に面していて、障子を開け放った縁先に、秋の日ざしが明るかった。
庭の垣根の向うに、土蔵の白壁が見える。
庭のどこかで、鶸《ひわ》が鳴いていた。
「万常のおかみさんは、どうも、お前を手ばなしたくはなかったらしいねえ」
お徳は、入って来て坐ったお道へ、
「お前に目をつけていたのは、私ばかりではなかったようだ」
笑いもせずに、女もちの銀煙管《ぎんぎせる》を手に取り、煙草をつめた。
(いい煙管……)
だと、お道はおもった。
少女ながら、腕のよい煙管師を父にもっていただけに、お道の目はたしかだった。
「お道……」
「はい?」
「お前の身の上は、先達《せんだ》っての夜、黒江町の親分が見えなすって、いろいろとはなしてくれた。ずいぶんと、ひどい目に遇《あ》ったらしい。親御《おやご》さんも気の毒なことだったね」
お徳は、まるで男のような口調で|きびきび《ヽヽヽヽ》という。
気の毒だといいながらも、そうした感情がまったく声にこもっていないようにおもえる。
お道は、急に、こころ細くなってきた。
佐吉のいうことを信じて奉公にあがったわけだが、女房の|おさわ《ヽヽヽ》は、昨夜、佐吉が帰って来ぬ間に、
「いいかい、お道。嫌《いや》になったら、いつでも万常へ帰っておいでよ」
そういってくれている。
(親分さんは、なんで、こんなところへ奉公をするがいいとすすめたのだろう……?)
お道が顔をあげると、お徳が睨《にら》むように見据えていた。
(ここの、お内儀さんは、笑うことを知らないのじゃないかしらん)
お道は顔を伏せた。
「私は、かなり口うるさいほうだから、そのつもりでいておくれ。いいかえ」
「………」
「だが、そのかわり、お前がしっかりとはたらいてくれるなら、行末《ゆくすえ》、決して悪いようにはしない。わかったね」
「………」
「これ、聞いているのか」
と、お徳が煙管で煙草盆の灰吹《はいふき》を叩き、
「聞いているなら、返事をするがいい」
早くも叱《しか》りつけてきた。
「き、聞いています」
「それじゃあ、わかったのだね?」
「はい」
お道は両手をつき、
「よろしく、おねがいを申します」
と、いった。
そういうよりほかに、いまは仕方がない。
(なんという女《ひと》なんだろう。こんなひと、見たこともない)
万常へ客としてあらわれるお徳を垣間見《かいまみ》たことはあるが、座敷へ出たことはなかった。
お徳についての評判は、耳にしたこともあるが、まさかに、これほどとはおもわなかった。
それにしても、
(ここの、お内儀さんは、いつ、私なんぞに目をつけていたのだろう)
お道は、ふしぎでならなかった。
こうして、お道の新しい暮しがはじまった。
若松屋の奉公人は、台所の飯炊《めした》きから下女までふくめると三十人ほどで、そのうちの中年の女中が一人、奥向きの用事をつとめてい、その下に二人の下ばたらきの女中がいた。
その女中は、|おうめ《ヽヽヽ》といい、主人の長兵衛と息子の芳太郎の世話をしている。
お徳の小間使いの女中が、一《ひと》月ほど前に暇《ひま》をとり、出て行ってしまったので、おうめも仕方なくお徳の世話もしていたわけだが、
「ああ、もう、お前さんが来てくれたので、ほんとうに助かったよ。どうか、たのむから、一年でも一月でも、長くいておくれよ」
新参《しんざん》のお道へ、何と、手を合わせたものである。
おうめは四十に近い年齢で、若いころ、若松屋に奉公をしていたそうな。
そして一度、世帯《しよたい》をもったが、子もないままに夫と死に別れてしまい、五年前に、また若松屋へもどったのだという。
それほど、若松屋と関わりの深い|おうめ《ヽヽヽ》に、内儀のお徳は、
「お前のように鈍《どん》な女には、いくらいってやっても|むだ《ヽヽ》だから、私も我慢をしているが、それにしてもおうめ、もう少し、|ここ《ヽヽ》が……」
と、頭を指さして、
「|ここ《ヽヽ》が、人並みにはたらかないものかねえ」
などと、やっつけられるのだから、たまったものではない。
おうめがはなしてくれたところによると、この五年間に、お徳附きの小間使が三人も替ったらしい。
そうしたわけで、お徳附きの女中が逃げてしまうと、つぎの女中が来るまではおうめが世話をしなければならぬ。
なるほど、お徳は、おうめが夫と息子の世話をしている女中だけに、手かげんをしているのだろうが、
「何といったって、お内儀さんの毒口《どくぐち》だけは、蓋《ふた》のしようがないんだから……」
いいさして、おうめが、
「あ、いけない、いけない。せっかく、お前さんが来てくれたというのに、こんなことをいって脅《おど》かしたりしたら、また逃げられちまう」
と、菓子をそっと出して、お道へわたし、
「さ、おあがり。困ったことがあったら、なんでもおいいよ。できるだけ助太刀をするからね」
「どうか、おねがい申します」
「いいとも」
おうめも、お道に逃げられたら大変とおもうから、万事に親切であった。
これで、お道も、
(なんとか、やってみよう)
おもい直すことができたのである。
若松屋の奥向きの女中たちは、店ではたらく奉公人たちとは別に、つまり、若松屋の家族が寝起きする〔奥〕の居住区の中の部屋で寝る。
そこは、店と奥の境《さかい》の廊下に面した八畳の間で、ここに、おうめを頭《かしら》にした四人の女中が寝起きをするわけであった。
年長で、しかも、若松屋の奉公人としての経歴も古い|おうめ《ヽヽヽ》が、お道を親切にするのだから、他の|おさん《ヽヽヽ》、|おみつ《ヽヽヽ》の女中たちも、
「辛抱《しんぼう》おしなさいよ」
「たのみますよ」
と、お道にいった。
この二人もまた、お道に逃げられると、おうめ同様に、お徳との接触が増えるわけなのだ。
「辛抱してくれ」という言葉に嘘はなかった。
お道は、夜更けてから八畳の女中部屋で三人の女中たちに囲まれ、しばらく語り合ってから床《とこ》へ入った。
(この人たちといっしょにはたらくのなら、なんとか、やれそうだ)
さらに、お道は元気が出てきたようだ。
この日は、お徳も、さすがに何の用事もいいつけなかった。
床へ身を横たえると、たちまちに、お道は深い眠りに引き込まれた。
そのころ……。
若松屋からも、さほどに遠くはない大川橋(吾妻《あずま》橋)の東詰から大川に沿った道を南へ歩む二人連れがある。
一人は、本所・石原町に住む御用聞きの喜三郎《きさぶろう》で、これに附いているのは喜三郎の手先をしている岩吉《いわきち》という者だ。
喜三郎と同様に、お上《かみ》の御用をつとめる黒江町の佐吉にいわせると、
「本所の喜三郎は、|だめ《ヽヽ》な男……」
なのだそうだが、本所|界隈《かいわい》での喜三郎の勢いは、
「大したもの……」
という評判である。
「喜三郎のようなやつが、十手《じつて》や御縄《おなわ》をあずかっていると、|ろく《ヽヽ》なことはねえ。ねえがしかし、ああした御用聞きのほうが江戸には多いのだから、どうしようもねえのだ」
と、佐吉が女房のおさわへ、こぼしたこともある。
「こんなことは、お前にしかいえねえのだが……」
そのとき佐吉は、酒を呷《あお》りながら、夜ふけの万常の茶の間で、たまりかねたように、
「今度の犯人《ほし》を追いつめたところ、その野郎は何と、石原の喜三郎のところへ逃げ込みやあがった」
「だって、親分。そんな……」
「いや、おれの目で見たわけじゃあねえが、逃げ込んだところを見た者がいるのだ」
「そんなら、すぐにも、しょっ引《ぴ》いてしまえばいいじゃありませんか」
「ところが、喜三郎は、そんな犯人《ほし》をおれが匿《かくま》うわけがねえと言い張るのだ」
「では、逃げ込んだのを見た人というのに、証人になってもらえばいいじゃありませんか」
「だめだ」
吐き捨てるようにいって、佐吉は、くやしげに盃を叩きつけた。
「|だめ《ヽヽ》って、親分……」
「殺《や》られちまったよ」
「何ですって……」
「殺《ころ》されちまったよ、先刻、大川へ死体があがったばかりだ」
「まあ……だれに殺されたんですよ?」
「それが、わかっていりゃあ、いまごろ、こんなに苦《にげ》え酒をのんでいやあしねえ」
石原の喜三郎が、
(手をまわして殺したにちがいない)
と、佐吉は、いまもおもっている。
だが、その証拠がない。
現代のように科学捜査が発達していない時代のことで、犯人の手がかりは、目撃者と証拠の品などをたよりに追いつめるよりほかに道はなかった。
殺人犯人を捕えるのが役目の喜三郎が、これをひそかに匿《かくま》っているばかりでなく、目撃者を暗殺し、手がかりを消してしまうなどということが、
(ほんとうにあるのだろうか?)
と、おさわはおもった。
それはもう四年も前のことで、それまでは、めったに佐吉が役目のことを洩らしていなかったので、おさわはびっくりした。
その後、佐吉は|ぴたり《ヽヽヽ》と口を閉じてしまったので、後の始末がどうなったか、おさわは知っていない。
けれども、おさわは、江戸市中の暗黒面の一端をのぞいたおもいがしている。
石原の喜三郎は、いまも大手を振って歩いているし、土地《ところ》の旗本・御家人《ごけにん》の屋敷や、商家へも出入りをし、羽振《はぶ》りも大きくなるばかりだというではないか。
その、石原の喜三郎が、ほろ酔いきげんで手先の岩吉へ冗談をいいながら、大川沿いの道を本所・石原町の方へ向っている。
大川は、喜三郎の右手に黒く横たわり、夜舟の舟行燈《ふなあんどん》が遠くに二つ三つ見える。
夜ふけのことで、人の足はまったく絶えていた。
「冷えてきやがったな」
と、喜三郎がつぶやいた。
二人は、番場町の外れを通りすぎた。
道は、二つにわかれた。
右は、大川沿いの道。
左は、喜三郎の家がある石原町へ通じている。
喜三郎と岩吉が左の道へ入ったとき、左側の旗本屋敷の門前に屈《かが》みこんでいた黒い影が、急に、立ちあがった。
親分の喜三郎の先へ立ち、提灯《ちようちん》で道を照らしながら歩いていた岩吉が、
(おや……?)
|はっ《ヽヽ》と立ちどまった。
瞬間、黒い影の腰から疾《はし》り出た刃《やいば》が岩吉の頸《くび》すじの急所を|はね《ヽヽ》切っていた。
「うわ……」
提灯をほうり出して岩吉がよろめき、おどろいた喜三郎が、
「な、何をしやあがる」
叫んだとき、黒い影は躍りあがるようにして喜三郎を斬った。
これまた、頸部《けいぶ》の急所を切り割られ、石原の喜三郎が悲鳴をあげたのを尻目に、黒い影は早くも闇の中へ消えてしまっている。
黒い影は、着ながしの、浪人姿の堀辰蔵であった。
旗本屋敷の門番が飛び出してきたときには、喜三郎も岩吉も息が絶えていた。
それから間もなく、堀辰蔵の姿を本所の回向院《えこういん》の塀外《へいそと》に見ることができる。
回向院は、国豊山《こくほうざん》・無縁寺《むえんじ》と号する。
すなわち、明暦三年の正月十八日。
江戸に大火が起り、十万七千余の焼死者を出した折に、幕府は、この地へ死体をあつめ、塚を築き、供養のための寺院を建てた。
これが回向院である。
ひろい境内の中には種々の堂宇《どうう》がたちならび、葭簀《よしず》張りの茶店も多い。
門前町も賑かで、道をへだてた西側の元町一帯も、さまざまな店舗が軒をつらねている。
両国橋は、目と鼻の先であった。
この元町の一角に〔河半《かわはん》〕という料理茶屋がある。
堀辰蔵を拾いあげて、
「血なまぐさい仕事……」
を与えた浪人・三井覚兵衛《みついかくべえ》が、以前、この料理茶屋に住み暮していたことは、すでにのべておいた。
〔河半〕からも程近い場所で、土地の御用聞き喜三郎と、その手先を暗殺した堀辰蔵は、いま〔河半〕の裏手の細道へ音もなく入って来た。
この時刻になれば、どの店も寝しずまってしまい、月もない夜の闇が垂れこめているばかりだ。
それにしても、凄まじい暗殺であった。
喜三郎も岩吉も、まるで、雷に打たれたようなもので、逃げることも助けをよぶこともできなかった。
堀辰蔵の早わざには、いよいよ磨きがかかってきたらしい。
二人の頸部《けいぶ》の急所を斬って、辰蔵は返り血もあびていない。
岩吉を斬って、その血飛沫を避けた姿勢が、そのまま、つぎの喜三郎へ飛びかかる構えになっていた。
躍りかかって、喜三郎を斬る。
喜三郎の頸部から噴出《ふんしゆつ》する血を素早く躱《かわ》した堀辰蔵の躰は、大きくよろめいた喜三郎の背後に抜け出てい、喜三郎が悲鳴を発して転倒したとき、辰蔵は闇の中へ消えてしまっていた。
大川沿いの道を少し走ってから、辰蔵は、大川へ飛び下りた。
身を投げたのではない。
川面《かわづら》に小舟が浮いていて、そこへ飛び下りたのである。
小舟の中には、男がひとりいて、辰蔵を待っていた。
小舟は大川へ漕ぎ出し、南へ下り、両国橋の少し先の舟着場《ふなつきば》で辰蔵を陸《おか》へあげておいて、また、大川の闇へ溶け込んでしまった。
そこから〔河半〕までは、わずかな距離であった。
河半の裏手の塀の一角が、通用口になっている。
堀辰蔵が、その前まで来ると、通用口の戸を叩きもせぬのに、内側から戸が開いた。
|すっ《ヽヽ》と、辰蔵が中へ入る。
入れかわりに男が一人あらわれ、裏手の細道を見わたした。
辰蔵が、だれかに尾行されていないか、どうかをたしかめたのであろう。
かなり長い間、男は通用口の前に屈み込み、あたりの気配をうかがっていたが、
(大丈夫……)
と看《み》たのだろう、中へもどり、戸を閉めた。
堀辰蔵は、奥庭の垣根の外の通路をまわり、離れ屋の前へ出た。
この離れ屋に、辰蔵は泊りつづけている。
離れ屋の戸口に、別の男が立っていて、
「お帰りなさいまし」
と、ささやく。
辰蔵は、うなずき、中へ入った。
小さな土間の向うに、二間つづきの部屋があり、灯《あか》りが入っている。
奥の間に、三井覚兵衛と、河半の主人《あるじ》の嘉兵衛《かへえ》が坐っていた。
覚兵衛が、入って来た辰蔵を凝《じつ》と見て、
「うまく、仕とめたようだな」
「うむ」
うなずいた辰蔵へ、嘉兵衛が笑いかけ、
「堀先生。|うち《ヽヽ》の者の手引きは!?」
「遺漏《いろう》はなかった」
「どこで殺《や》った?」
と、三井覚兵衛。
「外手町の、道が二つにわかれているところだ」
「そうか。喜三郎には手先がついていたそうだな」
「うむ」
「どうした?」
「斬った」
「それでよい」
嘉兵衛が、小判の入った袱紗《ふくさ》包みを堀辰蔵の前へ置き、
「半金《はんきん》の二十五両でござんす」
と、いった。
辰蔵はうなずき、袱紗の中をあらためようともせず、ふところへ仕舞《しま》った。
そこへ、酒肴《しゆこう》が運ばれてきた。
女中ではない。
いずれも三十前後の男たちがはたらいている。
〔河半〕のあるじの嘉兵衛は、
「羽沢《はねざわ》の嘉兵衛」
ともよばれてい、表向きは料理茶屋の主人だが、裏へまわると両国一帯の盛り場を縄張りにする香《や》具|師《し》の元締《もとじめ》なのだ。
盛り場で、種々雑多な商品を売る香具師の元締であるばかりでなく、見世物や芝居の興行、料理屋や茶店の利権にまで関係をもつ〔顔役〕であった。
両国の盛り場は、江戸屈指の賑いをもつ。
したがって、顔役としての羽沢の嘉兵衛の羽振りは非常に大きい。
嘉兵衛は、五十を二つ三つ越えていよう。
女房はなく、妾《めかけ》の|おもん《ヽヽヽ》が〔河半〕の経営を一手に取りしきっている。
こうしたわけで、今夜、堀辰蔵に暗殺された石原の喜三郎も、よく〔河半〕へあらわれるし、羽沢の嘉兵衛とも、
「顔なじみ……」
の間柄なのである。
その喜三郎を殺した堀辰蔵へ、嘉兵衛が半金の二十五両をわたした。
ということは、五十両で、嘉兵衛が、
「喜三郎を殺してもらいたい」
と、辰蔵にたのんだことになる。
五十両といえば、当時の庶民の一家族の生活が五年は維持できる大金であった。
「ま、よかった。よかった」
盃をあげた嘉兵衛が、
「堀さんのおかげで、嫌《いや》な野郎が一人消えましたよ。ねえ、三井先生」
「ふむ……」
三井覚兵衛が微《かす》かに笑い、辰蔵へ酌をしてやってから、
「堀。ここの居心地《いごこち》はどうだ?」
「別に……」
例によって、辰蔵の口数は、きわめて少ない。
「なあ、堀……」
「え……?」
「これからは、ちょいと、おぬしもおれもいそがしくなる。ここの元締は、金を惜しまぬそうだから、ひとつ、ちからになってやろうではないか。どうだ?」
堀辰蔵は、鬱陶《うつとう》しげにこうこたえた。
「好きなようになさるがいい」
羽沢の嘉兵衛は〔河半〕に住んでいるわけでもない。
堀辰蔵は、それを知らぬが(知ろうともおもわなかった)、何処か、別の場所に、香具師の元締としての本拠を構えているらしい。
今夜は、秘密の事で、嘉兵衛と三井覚兵衛が辰蔵の離れへあつまったので、嘉兵衛の手下の者も五人ほど〔河半〕へ来ているけれども、ふだんは、めったに姿を見せぬ。
羽沢の嘉兵衛の配下の者は上下合わせて、千をこえるといわれている。
江戸市中から郊外にかけて、大小の盛り場は数えきれぬほどだが、それぞれに香具師の縄張りがある。
したがって、これを束《たば》ねる元締たちが、隙あらば、少しでも他の縄張りを、
「わがものに……」
と、爪を研《と》ぎ合っているらしい。
その勢力争いの陰には、おそらく、闇から闇へほうむられた血なまぐさい事件が起っては消え、消えてはまた起っているにちがいない。
今夜、堀辰蔵が殺害した御用聞きの喜三郎について、
「石原の喜三郎も図に乗って、あんまり方々《ほうぼう》へ、くびを突っ込むから、こんなことになるのだ」
と、三井覚兵衛が辰蔵へ洩らした。
それに対して辰蔵は、
「それは、いったい、どうしたことなのだ?」
問いかけることもしない。
黙然《もくねん》として、酒をのみつづけているのみである。
すでに、羽沢の嘉兵衛は帰って行き、離れ屋には三井と辰蔵のみが残っている。
「堀。大分に金も溜ったろうな」
辰蔵は、こたえぬ。笑いもしなかった。
「手に入った金を、何につかっているのだ?」
「こたえなくてはいけないのか、三井さん」
「なあに、こたえたくなけりゃあ、それでもいい。ただ何となく、おぬしが一体、どのように金をつかっているのか、尋《き》いてみたくなっただけのことよ」
「安心なさい。尻尾《しつぽ》をつかまれるようなことはせぬ」
「それは、わかっている」
三井覚兵衛は仕方もなさそうに苦笑を浮かべ、
「どうだ。明日、おれがところへ来ぬか。釣りにでも行こう」
辰蔵は、|かぶり《ヽヽヽ》を振って、そのこたえとした。
「では、帰る」
三井は立ちあがり、土間まで送って出た辰蔵へ、
「女がほしくなったら、ここの|おかみさん《ヽヽヽヽヽ》へ遠慮なくいうことだ」
「ふむ……」
「二、三日したら、また、会おう」
辰蔵は、うなずく。
格子戸を開け、通路へ出た三井覚兵衛を、植込みの陰で待っていた羽沢一味の男で、半次《はんじ》というのが提灯《ちようちん》を三井へわたし、先へ立った。
この半次だけは、いつも、この料理茶屋に詰めてい、いまも着物の上に〔河半〕の印半纏《しるしばんてん》を羽織っている。
裏手の通用口から三井を送り出し、もどって来た半次が、離れの土間へ入り、
「先生……堀先生」
「何だ?」
「湯殿《ゆどの》の仕度ができております」
「そうか」
堀辰蔵は、大刀こそ手にしなかったが、脇差だけは入浴のときも手ばなさぬ。
その脇差を持ち、辰蔵は通路へ出て、河半の浴室へ向いながら、案内をする半次へ、
「取っておけ」
一両小判をわたす。
「いえ、こんな……」
「取れ」
「へ……」
受け取った半次へ、辰蔵が、
「湯殿はわかっている。それよりも寝床の仕度をしておいてくれ」
「承知いたしました」
翌日の昼近くなって、石原の喜三郎が暗殺されたとの知らせが、黒江町の佐吉の耳へもとどいた。
そのとき佐吉は、万常の茶の間にいて、手先の紋次からの知らせを受けたのである。
「よし、わかった。お前は帰っていいぜ」
「では、これで……」
「うむ。念にはおよぶまいが、喜三郎が殺《や》られたことについて、あまり、しゃべるのじゃあねえぜ」
「わかっておりますとも」
紋次が出て行くのを見送ってから、女房の|おさわ《ヽヽヽ》が、
「親分。これは、どうしたことなんです?」
「小汚《こぎたね》えやつどもがすることだ。おれには、さっぱりわからねえよ」
佐吉は、まるで他人事《ひとごと》のようにいった。
「だって、親分……」
「喜三郎に弱みをつかまれていた連中は、そっと赤の飯《おまんま》を炊いていることだろう」
「まあ……」
「喜三郎みてえなやつは、生きているより死んでもらったほうがいい。世の中のためということよ」
「そんなことを、大きな声で……」
廊下の方を気にするおさわへ、佐吉がいった。
「殺られたほうも、殺ったほうも、毒蛇のようなやつらだ。そんなやつらは、たがいに噛みつき合い、殺し合うのがいいのさ」
こんなことをいう夫を見たのは、これがはじめてのおさわであった。
「そんなつまらねえことよりも、おさわ。お道は、うまくやっているだろうかね」
急に|はなし《ヽヽヽ》が変ったので、おさわは何度も瞬《まばた》きをしながら、
「そりゃあ、あの子のことですから、少しは辛抱もしましょうが、長つづきはしませんよ」
「何だ、お前。お道が逃げて来るのを、いまから待っているような口ぶりじゃあねえか」
「だって、それにちがいない」
「いいかげんにしろ」
「親分こそ、いいかげんにして下さいよ」
「何だと……」
「どうして、あの子を若松屋の鬼婆のところへなんかやったんですよ」
「鬼婆とは何だ。若松屋さんは、|うち《ヽヽ》の……」
いいさして佐吉が立ちあがり、
「やれやれ、久しぶりで、お前と啀《いが》み合うところだった。おさわ。ちょいと出て来るぜ」
神棚《かみだな》から十手《じつて》を下し、ふところへ入れた佐吉が廊下へ出て行った。
また、新しい年が来た。
お道は、十七歳になった。
「よくまあ、つづくものだねえ、親分……」
と、万常の茶の間で、おさわが悔《くや》しそうにいった。
「何のことだ?」
「お道のことですよ」
「若松屋さんでの奉公が、つづいているということか?」
「きまっているじゃありませんか」
「結構なことじゃあねえか、何をいっているのだ」
「お道は、|うち《ヽヽ》にいるよりも若松屋にいるほうが良《い》いというんですかねえ」
おさわは、不満そうである。
この正月に、お道は三日の暇《ひま》をもらい、深川へ帰って来た。
そして、万常に一泊。酒屋の松次郎宅へ一泊した。
万常の佐吉夫婦はもとより、女中たちから板場の連中までが、お道を歓迎し、
「ちょいと見ねえ間に、すっかり女らしくなってしまったなあ」
「つらいことはないかえ?」
「これは、あたしたちからのお年玉だよ。ま、取っておいておくれ」
と、いう|あんばい《ヽヽヽヽ》だし、松次郎宅へ泊れば近辺の人たちが入れかわり立ちかわりあらわれて、年玉をくれたり、
「むかし、私がしめていたものなんだけれど、縫い直しといたから、つかっておくれ」
帯をくれたりする。
母親を早くに失い、父親も非業《ひごう》の最期《さいご》をとげ、親類もなく、孤独の少女となったお道への同情を、土地《ところ》の人びとは忘れてはいなかった。
酒屋の松次郎の子の正太は十三になってい、父親の手つだいをしているし、|おしん《ヽヽヽ》は十歳になっている。
この二人の子には、お道が年玉をやって、一間に三人が床をならべて眠ったわけだが、
(あたしには、こんな弟と妹がいる……)
そんな気分になってきて、お道は、わけもなく泪《なみだ》ぐんだものだ。
松次郎と|おきね《ヽヽヽ》の夫婦も、
「つらいことがあったら、何でも言っておくれよ」
しきりにいう。
お道は、
「どこへ行っても、同じですよ」
笑って、くわしいことを語らなかった。
「お道は、ああ言っているけれど、つらいにちがいない。きっと、つらい目をみているにちがいありませんよ」
と、万常のおさわは佐吉にいった。
「だって、ごらんなさい。あの子が大人びたことはたしかだが、すっかり痩《や》せてしまったじゃありませんか」
たしかに、お道は深川にいたときよりも痩せた。
「やっぱりねえ……」
「頬《ほつ》ぺたが、何だか痩《こ》けてしまったみたいだよ」
万常の女中たちも、お道が若松屋へもどって行った後で、
「何にしても可哀想《かわいそう》だねえ」
「私なんか、三十を越した今日《こんにち》までに、ずいぶんと可哀想な目に遇《あ》ってきたものだけれど……」
「冗談じゃありませんよ、おきのさん。男出入りは可哀想のうちに入りませんからね」
「ま、そりゃあそんなものだが……それにしても、小娘のころは両親《ふたおや》もそろっていたし、まあ、しあわせに暮していられたのだからねえ」
「まったくねえ……」
まさに、お道が、
「つらくない」
といったら、嘘になってしまったろう。
ともかくも、去年の秋に若松屋へ奉公にあがって以来、内儀《ないぎ》のお徳の笑顔を、お道は見たことがない。
「笑ったところで一文も損するわけじゃあないのにさ。どうしてまあ、あんなに愛敬《あいきよう》がないんだろう、|うち《ヽヽ》のお内儀《かみ》さんは……」
いつだったか奥の女中部屋で、つくづくと|おうめ《ヽヽヽ》がいったとき、女中のおみつが、
「でも、おうめさんは、ずっとむかしも此処で奉公をしていたんでしょう?」
「ああ……」
「そのときから、いままでに一度も?」
「まあ、笑ったところを、見たことはないねえ」
「へーえ……」
「そりゃあ、旦那の代りに外へ出て行って、お得意さまを相手になすっているときは、笑い顔の一つや二つ、見せることもあるだろうよ。だけど、私は見たことがない。先ず、ないねえ」
「まあ、おどろいた」
「だからさ、お道っちゃんも大変なんだよ。わかるだろう」
「わかりますともさ」
「あの娘《こ》に逃げられたら、また、私たちが、お内儀さんに|どやし《ヽヽヽ》つけられるのだからね。だから、私たちで、あの娘の面倒をよく見てやらなくてはいけないよ。それでないと、あの娘も辛抱しきれないからね」
「わかっていますよ」
奥の女中たちも、自分の損得《そんとく》を考えると、どうしても、お道を親切にあつかわざるをえないのだ。
もっとも、そうしたことがなくても、お道は他の女中たちに嫌われるようなことはなかったろう。
しかし、一日が終ると、お道は口をきくのも面倒なくらいに疲れ果ててしまう。
まだ、三月《みつき》そこそこだから、心身ともに若松屋での暮しに慣れていない所為《せい》もあったろう。
だが、何といっても一日中、内儀のお徳の側《そば》に附ききりでいるのだから、たまったものではない。
お徳は、無類の潔癖であった。
「私は、なみはずれの癇症《かんしよう》だから、そのつもりでいておくれ」
と、はじめに念を押されていたお道だが、なるほど、やかましい。
火鉢の縁《へり》に、うっすらと埃《ほこり》がついていても、
「お道。お前には眼の玉がついていないのか」
と、やられる。
何でも、このようにして叱りつけるのであった。
「埃がついている。ふいておくれ」
と、いえばよいではないか。
お道は、
(この、お内儀さん、素直じゃない)
そうおもった。
肌着は、日に二度替える。
「夏なんか、三度も四度もだよ。いまから覚悟しておおきよ」
と、おうめがいってくれた。
洗った肌着には、いちいち、火熨斗《ひのし》をかける。
「お道。これで洗ったつもりなのか。濯《すす》ぎの手間を惜しむから、こういうことになるのだ」
洗い直しをさせられることも、めずらしくなかった。
むろん、髪は毎朝ゆい直す。
近くの女髪ゆいが通ってくるのだが、ときには午後になって、お道に撫《な》でつけさせることもある。
お道は、そんなことをしたことがないから、はじめのうちは、
「お前の手には、指がついているのかえ」
とか、
「まんぞくに、髪ひとつ撫でつけられないのなら、女なんかやめておしまい」
などと、もう、実にひどいことをいう。
「女をやめろ」
といわれたって、どうしようもないではないか。
お徳の入浴は、朝である。
こんな商家の内儀を、
(見たことも、聞いたこともない)
お道であった。
主人の若松屋長兵衛や息子の芳太郎も、いうまでもなく、朝風呂なぞに入りはしない。
(ぜいたくな、お内儀さんだ。冥利《みようり》が悪いとおもわないのかしら……)
お道は、そっと眉をひそめた。
入浴のときは、附ききりで世話をする。お徳の背中もながす。そのながしかたがむずかしい。
「人の背中が、まんぞくに洗えないくらいなら、御飯を食べるのをやめておしまい」
と、いわれかねないのだ。
(旦那をさし置いて、朝湯に入るなんて……)
お道は、あきれている。
お徳が入浴する前には、風呂場をしらべて、みがきたてておかなくては気に入らない。
こうしたわけで、お徳の前には、夫の長兵衛も頭が上らなかった。
したがって奉公人一同、お徳の前では|ぴりぴり《ヽヽヽヽ》している。
お徳は、今年で五十二歳になるそうだが、裸になると意外に肉置《ししお》きもあって、小さいが、こんもりとした白い乳房など、とても五十をこえた女のものには見えなかった。
主人《あるじ》の長兵衛は、かつて、若松屋の手代《てだい》だったのだそうな。
それを、先代が見込んで、ひとりむすめのお徳の聟《むこ》にした。
つまり、養子ゆえ、妻に頭が上らぬというわけだろうが、それにしても度がすぎている。
小柄な若松屋長兵衛は温和な老主人で、ただもう一生懸命に商売へ打ち込んでいて、お徳の居間へ姿を見せることもない。
この夫婦は、寝間も別なのである。
「よくまあ、若旦那が生まれたものだと、つくづくそうおもうよ、あたしは……」
と、おうめが、お道ひとりだけにささやいたものだ。
そのとき、お道は面《おもて》を伏せ、くびすじを真赤《まつか》にして返事もできなかった。
若松屋長兵衛は、それでも月に一、二度、妻の居間へあらわれることがあった。
そのときは、商売の上の相談をもちかけるわけで、
「|これこれ《ヽヽヽヽ》にしたらよいとおもうが、どうでしょうな?」
口のききようも、まことに丁寧なものだ。
お道の目には、てきぱきと指図をするお徳が女主人で、
(旦那のほうが、番頭さんに見える……)
のであった。
(ああ、嫌だ。なんて女《ひと》なんだろう、ここのお内儀さんは……)
それでも尚《なお》、いままで辛抱してきたのは、一に、お道の女の意地が出てきたからであろう。
(こうなったら、お内儀さんが、いくら突っ込んできても負《ひ》けをとらないように、はたらいて見せてやる)
このことであって、われながら、お道は自分の底意地の強さを知ったおもいがした。
また一つには、おうめたち奥向きの女中たちのいたわりと親切があったからだ。
また、去年の暮れに、こんなことがあった。
ふだんは奥へ来ても、お道に口をきいたことがない主人の長兵衛が、
「あ、ちょっと……」
廊下を通りかかったお道を自分の居間へよんで、
「お小づかいにおし」
なんと小判で一両も紙へ包んで、お道へ手わたし、
「たのみましたよ。つらいだろうがね、どうか一つ、辛抱をしておくれ、いいかえ。たのみましたよ」
その声には嘘いつわりもない真情がこもっていた。
「こんなに、いただきましては困ります」
「いいのだよ。とっておきなさい。だれにもいわぬほうがいい」
「でも……」
「いいから、たのむから……」
こういって長兵衛は、そそくさと廊下へ出て行ってしまったので、お道も金を仕舞うよりほかに仕方もなかった。
正月になって、お徳が三日も休みをくれたのも意外だった。
それのみか、
「これは、万常の御夫婦に……これは酒屋の松次郎さん御夫婦に……」
こういって、それぞれ、立派な|みやげ《ヽヽヽ》の品をととのえ、お道にわたしたのである。
このときばかりは、お道も悪い気持ちではなかった。
お徳は、お道に、
「お年玉だよ」
と、金一分《きんいちぶ》をよこした。
一分の四倍が一両である。
けれども、
「御苦労さま」
の一言もなかった。
例によって、笑顔も見せぬ。
正月の休みを終えて帰ると、また、去年と同じような明け暮れとなり、お道は歯を喰いしばってはたらきはじめた。
躰もつかうが、神経もつかう。食欲はあっても、これでは肥《ふと》れなかったろう。
正月も終ろうとする或る夜の女中部屋で、おうめが、
「ちょいと、また、はじまったよ」
と、いい出した。
「何が、はじまったんですよ」
「お内儀さんのこと?」
おさんとおみつが膝《ひざ》を乗り出すのへ、
「よくまあ、飽《あ》きないねえ」
おうめがためいきを吐《つ》いた。
お道は隅の寝床へ入っていたが、まだ眠ってはいない。
「何が飽きないんですよ?」
「若旦那のことさ」
「あら……」
「まあ……」
おさんとおみつが、顔を見合わせた。
おうめは飴玉を口へほうり込んで、
「嫌になっちまうねえ」
身ぶるいをして見せた。
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玉 子 焼
若松屋長兵衛と、お徳の間に生まれた一人息子の芳太郎《よしたろう》は、今年、三十を一つ越えた。
当時、三十一にもなる男なら、妻があるのはいうまでもなく、二人や三人の子もちなのが当然といってよい。
ところが芳太郎は、いまだに独身《ひとりみ》なのである。
したがって、子もない。
長兵衛夫婦にしても、
「孫の顔を早く見たい」
という年齢に達しているわけなのだが、そうおもうのは主人の長兵衛だけらしい。
芳太郎について、
「若旦那は、もう三度も、お嫁さんをもらっているんだよ」
女中の|おうめ《ヽヽヽ》が、そっと、お道へ知らせてくれた。
「三度も……」
前にも、そうした|うわさ《ヽヽヽ》を聞いていないではなかったが、まさか、三度も……とはおもわなかっただけに、お道は目をみはって、
「ほんとうなんですか?」
「ああ、ほんとうだとも」
「どうして、あの、三度も……?」
「わからないかえ」
「ええ」
「お前さんにも、わからないはずがないだろう。|うち《ヽヽ》のお内儀《かみ》さんの気に入るような嫁が来るものか。どんな嫁が来たって、ひとたまりもありゃあしない」
なるほど、そういわれれば、そうかも知れない。
「でも、若旦那がそんなことを承知したのでしょうか?」
「したから、いまだに女房がいないんじゃないか」
「………」
「この|うち《ヽヽ》じゃあね、お内儀さんにはだれ一人、逆らえないのさ。お道っちゃんも大変だねえ。察しるよ。さ、おあがり。このお饅頭《まんじゆう》は田原町の三好屋《みよしや》のだから旨《うま》いんだよ。昼間《ひるま》、旦那のところへ来たお客が食べなかったもんだから、|そっ《ヽヽ》と袂《たもと》へ入れておいたのさ。お前さんに食べさせようとおもってね」
「すみません」
「さ、おあがり。お茶をいれてあげようね」
おうめは、まことに親切であった。
お道に逃げられてはという気持ちもあるだろうが、ちかごろは、そうした〔利害〕を|ぬき《ヽヽ》にして、おうめはお道に好意を抱きはじめているようだ。
「旨いかえ?」
「はい」
「それにしても、ほんとうに、よくやっているよ、お前さん」
「いいえ、気がきかないものですから……」
「たのむよ」
「え?」
「逃げないでおくれよ」
「ええ……」
うなずきはしたが、お道は、何だか若松屋ではたらくことに嫌気《いやけ》がさしてきた。
その夜。
寝床へ入って、おうめの鼾《いびき》を聴きながら、お道はなかなか寝つかれなかった。
(お内儀さんも、ひどいことをする……)
そういえば、痩《や》せた青白い顔つきの芳太郎が、母親のお徳に叱りつけられているときなど、|ちらり《ヽヽヽ》と上眼《うわめ》づかいに母親を見る、その眼つきに何か異様な光りが宿っていたのを、お道はおもい出した。
奉公人の前で、三十男の息子を叱りつけるようなことはせぬが、居間へ呼びつけて、きびしく商売上の注意をあたえるときなど、お道だけは見るともなく見てしまうことがある。
(あんなに、しなくてもいいのに……)
しかも、三度も嫁をもらっておいて、離縁にするとは、何ということであろう。
嫁のほうが、辛抱しきれずに逃げるのだろうか。
それとも、お徳が追い出してしまうのだろうか。
(居たたまれないようにするのだろう……)
それでも尚、四度目の嫁をもらうという。
いずれにせよ、主人の長兵衛が|それ《ヽヽ》をのぞんでいることは当然といってよい。
養子に入った身として、老舗《しにせ》の若松屋の将来をおもえば、一人息子に嫁を迎え、息子の次の時代の跡《あと》つぎをもうけておかなくてはなるまい。
(若旦那も若旦那だ。男のくせに、何故もっと、しっかりしないのだろう)
|ちぎり《ヽヽヽ》を結んだ新妻を、母親のいうなりに離縁してしまうなどとは、
(はなしにも何も、なりゃあしない)
寝床の中で、お道は腹が立ってきて、たまらなくなり、
(今度、お内儀さんが|そんなこと《ヽヽヽヽヽ》をしたら、私も出て行ってやる)
お道は、こころを決めた。
そうして、ようやく眠りにつくことができた。
この縁談は、急速にすすめられた。
若松屋長兵衛も、店の将来と息子のために必死となって、お徳を説きふせたらしい。
今度の芳太郎の相手にえらばれたのは、大伝馬町二丁目の、これも小間物問屋の加賀屋幸之助《かがやこうのすけ》のむすめ・お信《のぶ》であった。
お信は、初婚ではない。
一度、芝の田町九丁目の紙問屋・近江屋九兵衛《おうみやくへえ》方の次男の嫁となったが、夫が病死したので、三年前に実家の加賀屋へもどって来たのだそうな。
おうめは、
「|うち《ヽヽ》のお内儀さんの評判は、加賀屋さんでもよく知っていなさるだろうに、よくまあ、むすめを嫁に出す気になったものだ」
そういったが、しかし、加賀屋のお信は俗にいう「出もどり」だし、年齢《とし》も二十七歳になる。
当時は、そうした女の再婚は、なかなかにむずかしい。
あったとしても、妻に死なれた中年か老年の相手で、子が何人もいるというわけだから、若松屋の芳太郎ならば三十をこえたばかりだし、お信とも夫婦として年齢が釣り合っている。
三度も結婚をして、そのたびに妻と離婚をしている芳太郎だし、母親のお徳についても加賀屋はわきまえていた。
それに、お信は勝気な女で、これが実家へもどって来ると、加賀屋の跡つぎの楠太郎《くすたろう》の嫁と、たちまちに折《お》り合《あ》いが悪くなってしまった。
それやこれやで、加賀屋でも、お信を、
「もてあましていた……」
ようである。
それゆえ、
「気が強いお信ならば、若松屋へ嫁いでも、何とかうまくやって行くだろう」
と、加賀屋の主人夫婦は考えていた。
一方、芳太郎にしてみれば、三度の離婚が評判となってしまい、
「|うち《ヽヽ》のむすめを若松屋の嫁にするなぞとは、とんでもないこと……」
だというので、いまは縁談を持ち込まれることもない。
そこで、若松屋長兵衛が、同業の加賀屋のお信へ目をつけて、懸命に|はなし《ヽヽヽ》をすすめたものらしい。
芳太郎は、四度目の縁談に、ほとんど関心をしめしていない。
だからといって断りもせぬ。
(勝手にするがいい。どうせ、居ついてくれるわけでもなし……)
というところなのであろう。
お徳は、一人息子の嫁が、
「出もどりだろうと何だろうと、そんなことは、ちっとも気にしていませんよ」
と、夫の長兵衛へいったそうな。
「ねえ、お前さんに一つ、たのみがあるのですがね」
そのとき、長兵衛がお徳に、
「お前さんから見れば、今度の嫁も気に入るまいが、これで芳太郎も四度目ゆえ、まあ、目をつぶってやって下さいよ」
と、恐る恐るいうのへ、
「ええ」
お徳は苦笑をしてうなずいたので、さらに、
「芳太郎も可哀想《かわいそう》ですからね」
念を入れると、お徳が意外におだやかな口調で、
「わかっていますよ。それに、いつだって私は、芳太郎の嫁に出て行けといったことはありませんよ。|向うさま《ヽヽヽヽ》で、出て行ってしまうんですから……」
「そりゃ、まあ、そうだろうが……」
あわてて、長兵衛は店の方へ引き返し、大番頭の善助《ぜんすけ》へ、
「番頭さん。どうやら今度は、うまく行きそうですよ」
「それは、まあ、ようございました」
「お徳は利巧な人だから、店の事も考えてくれたらしい」
「そうでございましょうとも。ごもっともなことで」
「私も、これで一《ひと》安心というところだ」
縁談がまとまると、双方とも初婚ではないので、婚礼も簡略にすることになり、この年の秋の吉日をえらび、加賀屋のお信が若松屋へ嫁入って来た。
お信は、お徳の若いころをおもわせるような、細《ほ》っそりとした躰つきだったし、いささか険《けん》はあるが美しい顔だちで、|えりあし《ヽヽヽヽ》が抜けるように白かった。
芳太郎も、このお信を見て、それまでの無関心はどこへやら満面に血をのぼせ、そわそわしながら、婚礼の夜を迎えた。
その日は、午後から降りはじめた雨が夜に入って激しくなったけれども、
「雨降って地固まるというから、今度は、きっと、うまく行きますよ」
若松屋長兵衛は、上機嫌であった。
その日の夜ふけに……。
上野の山下《やました》から車坂の通りへ、堀辰蔵があらわれた。
上野山下から下谷広小路にかけては、天台宗の関東総本山であり、徳川将軍家の菩提所《ぼだいしよ》でもある東叡山《とうえいざん》・寛永寺《かんえいじ》の門前町といってもよい。
西に不忍池《しのばずのいけ》をひかえ、さまざまの商舗や料理屋、仮小屋の見世物、茶店などがたちならび、両国や浅草の盛り場に劣らぬ賑いを見せている。
だが、この時刻には商家の戸も閉ざされ、料理屋の灯も消えた。
雨は、まだ熄《や》まぬ。
堀辰蔵は雨合羽《あまがつぱ》に身を包み、饅頭笠《まんじゆうがさ》をかぶっていた。
日が暮れる前に、例の料理茶屋〔河半〕を出た辰蔵は、町駕籠《まちかご》に乗り、不忍池の南側の池之端仲町《いけのはたなかちよう》までやって来た。
道をへだてて不忍池をのぞむ町すじの細道を入ったところの、小ぎれいな家へ入り、そこで酒をのみ、腹ごしらえをすませ、二階の一間で一寝入りしていたのだ。
すべては、両国一帯の盛り場を束《たば》ねている香《や》具|師《し》の元締・羽沢の嘉兵衛《かへえ》の指図によるものであった。
そもそも、この仲町の家というのも、何やら得体《えたい》が知れぬ。
池之端仲町は、高級品を扱う商舗が多い。
それでいて、不忍池に面した側には料理茶屋や出合茶屋《であいぢやや》もあり、艶《なま》めいた匂いもする。
堀辰蔵が入った家は、その、どちらでもない。
細道に面した家の間口は二|間《けん》ほどで、格子戸を開けると石畳の通路になっていた。
これには、辰蔵もおどろいた。
こうした家の造《つく》りを、はじめて見たからである。
格子の内は家の中だとおもっていたのに通路になっている。つまり、家の玄関構えの造りが門の代りになっているようなものだ。
しかも、せまい。
通路の両側は、隣家の羽目《はめ》ということだ。
辰蔵には、いつも河半にいて、身のまわりの世話をしてくれる半次が附きそって来た。
通路の正面の戸を叩いて、半次が何かいうと、板戸が内側からひらき、白髪の老爺が顔を出し、辰蔵へ頭を下げた。
「先生。おあがり下せえまし」
こういって、半次が二階へ案内をしてくれ、酒だの料理だのが運ばれてきた。
老爺が運んで来るのを半次が受けて、器用に膳《ぜん》ごしらえをし、酒の燗《かん》をつける。
こうした仕度は、この家でしたのではあるまい。
近くの料理屋から届けられたものにちがいない。
今夜も辰蔵は無口であった。
黙然《もくねん》として、半次がすすめるままに酒をのみ、料理を口へ運ぶ。
それが終ると、奥の小間《こま》へ入り、身を横たえた。
夜ふけになり、だれかが戸を叩き、中へ入ってきて半次とささやき合っていたようだが、また外へ出て行った。
その後で、半次が二階へあがって来て、
「先生……堀先生……」
「うむ……」
「お目ざめでございますか?」
「うむ」
「お仕度を……」
起きあがった辰蔵が帯をしめ直し、裾を高々と端折《はしよ》って、大刀を腰にした。
半次は、これから辰蔵が出向く道すじをくわしく教え、
「一足《ひとあし》お先へめえります」
と、雨の中を飛び出して行った。
その後で、半次と同じような雨仕度をし、辰蔵が老爺に見送られて外へ出たのである。
山下から車坂へ、堀辰蔵は、ゆっくりと雨の夜の闇を掻きわけて歩む。
半次が「お急ぎにならねえように」と、念を入れてよこしたからだ。
上野山下から車坂へ出た堀辰蔵は、左側に上野の山、右に組屋敷がならぶ折れ曲った道を、坂本の通りへ出た。
この通りは、金杉から三ノ輪を経て千住大橋へつづく。
したがって奥州・水戸・日光街道の道すじにもあたるわけで、夜が更けても、酒や飯を売る店には灯《あか》りが消えず、人通りも絶えてはいない。
荷馬をひいた男が酒のにおいをさせて、辰蔵と擦《す》れちがって行った。
雨足《あまあし》は、いくらか、おとろえてきたようである。
先に出た半次の姿は、何処にも見えなかった。
半次は、
「ゆっくりと歩いて車坂から坂本、金杉のあたりまでおいで下せえまし」
と、いったのみだ。
辰蔵は、そのとおりに歩いている。
と……。
坂本三丁目と四丁目の境になっている細道から、ふわりと人影が浮いて出た。
辰蔵が雨合羽の袖で囲っていた提灯《ちようちん》をさしつけて見ると、
「先生。あっしです」
半次が近寄って来て、
「こっちでござんす」
と、先へ立った。
左へ切れ込み、いくつもの寺院に囲まれた細道をすすむうちに、もはや、灯火も見えなくなってきた。
このあたりは、根岸《ねぎし》の里《さと》になる。
むかしの本に、
「呉竹《くれたけ》の根岸の里は上野の山陰《やまかげ》にして幽婉《ゆうえん》なるところ。都下の遊人《ゆうじん》これを好む。この里に産する鶯《うぐいす》の声は、世に賞愛《しようあい》せられたり」
などとあって、風流人《ふうりゆうじん》の隠宅や、諸家の寮《りよう》(別荘)が少なくない。
(ここが、江戸の市中なのか?)
とおもうほどに、あたりの景観は、まったく田園のものといってよかった。
現代の根岸に、その面影《おもかげ》は消滅しているが、筆者が幼年のころ、一年ほど根岸に暮したときのことを振り返ってみると、そこはかとなく、江戸から明治初期にかけての根岸の匂いがただよっていたようだ。
さて……。
寺の塀に身をつけていた男が、半次へ近づいて来て何かいい、先へ立った。
半次は辰蔵へ、うなずいて見せる。
三人は、百姓地と木立がひろがっている闇の中の道をすすみ、小川に沿って左へ折れ、竹藪の中の細道へ入った。
「灯りを消して下せえまし」
半次が辰蔵へささやいたのは、このときである。
辰蔵は、提灯の火を吹き消し、半次へ手わたした。
竹藪の向うに、灯りが洩れている。
どこかの寮らしい。
灯りは、雨戸の透間《すきま》から洩れているのだ。
三人は、竹藪の中へ身を隠した。
「ちょっと、お待ちを……」
辰蔵と半次を案内してきた男が、辰蔵へそういって竹藪から出て行った。
どこへ行ったのか、わからぬ。
「あの家《いえ》か?」
と、辰蔵。
「さようで……」
「うむ」
うなずいた辰蔵は、しずかに雨合羽《あまがつぱ》をぬいだ。
半次が、これを受け取り、
「あっしは最後まで、此処をうごきません。ようございますね?」
念を入れてよこした。
「わかった」
そこへ、案内の男が、別の男と共にもどって来た。
別の男は、砂茶屋《すなぢやや》の平助《へいすけ》といい、これも羽沢の嘉兵衛の手下《てした》であり、嘉兵衛の信頼が厚いらしい。
年齢《とし》も五十に近く、顔いちめんに痘痕《あばた》が浮いているので、若い半次などは、
「痘痕のおやじさん」
と、よんでいる。
面と向ってそういわれても、砂茶屋の平助は、
「あいよ」
きげんよくこたえて、少しも怒らぬ。
これまでに堀辰蔵は、河半へあらわれた平助を数度見ている。
「先生。御苦労さまでございます」
と、傍へ寄って来た平助が頭を下げて、
「いつでも、ようございます」
「そうか」
「あの灯りが洩れている座敷に、男が三人おりますんで」
「ふむ……」
「その中の、小さな躰つきの年寄りだけが、目ざす相手なんでございます」
「年寄り……町人か?」
「はい」
「それを斬ればよいのだな?」
「さようで……ですが、先生。別の二人のうち、一人は三十がらみの浪人で、こいつがちょいと……」
「手強《てごわ》いというのか?」
「へえ」
「もう残る一人は?」
「これも、油断のならねえやつではございますが……」
「町人か?」
「姿だけは、ね」
「わかった」
立ちあがった辰蔵は笠をぬぎ、左手に持ち、受け取ろうとする半次へ、|かぶり《ヽヽヽ》を振って見せた。
「こう、おいでなせえまし」
砂茶屋の平助のみが先へ立ち、辰蔵の手を取って竹藪を出た。
「雨戸には桟《さん》が掛かっておりません」
平助が、ささやいた。
家の中のだれかが、こちらに内通していて桟の|さる《ヽヽ》を外《はず》しておいたらしい。
垣根を越えて、二人は灯りが洩れている雨戸へ近寄った。
また、雨が激しくなってきた。
その雨音は、忍び寄る二人の気配と足音を消してしまっている。
平助が、|にやり《ヽヽヽ》として、
「ようございますかえ?」
いいながら、腰に差し込んでいた小さな刃物を引き抜き、雨戸の透間へ差し込んだ。
うなずいた堀辰蔵が大刀を抜きはらった。
平助が見事な手ぎわで端の雨戸を引き開けるや、辰蔵が中へ躍り込んだ。
そこは縁側であった。
一気に走って、辰蔵が障子を引き開けた。
「だれだ!」
叫んだ浪人者が片膝《かたひざ》を立て、大刀をつかんだのへ、辰蔵は左手の笠を投げつけざま、床ノ間を背にしていた六十がらみの老人へ抜き打ちの一刀をあびせかけた。
「あっ……」
老人は腰を浮かせたままの姿勢で、一瞬のうちに、頸《くび》すじの急所を辰蔵に切り割られている。
「うぬ!!」
笠をはらいのけ、大刀を抜きかけた浪人へ振り向きざま、辰蔵が刃《やいば》を打ち込んだ。
血が、しぶいた。
残る一人は何か叫びつつ、泳ぐようにして次の間へ逃《のが》れた。
「むう……」
唸《うな》り声をあげ、刀の柄《つか》を握ったまま尻餅《しりもち》をついた浪人の顔が赤絵具で塗りつぶされたようになっている。
老人のほうは倒れ伏したまま、ぴくりともうごかなかった。
何とも凄《すさ》まじい早わざであった。
身をひるがえした堀辰蔵は、縁側へ走り出た。
家の中で、叫び声と足音が起りはじめた。
辰蔵は体当りに雨戸を外し、庭へ落ちる雨戸と共に転《ころ》げ出た。
砂茶屋の平助の姿は、もう何処にも見えぬ。
それも打ち合わせたとおりで、辰蔵は迷うことなく、垣根を飛び越えて竹藪の中へ走り込んだ。
「先生。こっちです」
と、半次の声がした。
二人は、竹藪をぬけ出し、闇の中の道を走りつづけた。
翌日の日暮れどきに……。
堀辰蔵は、玉子焼を肴《さかな》に酒をのんでいる。
小玉庵《こだまあん》という蕎麦《そば》屋の二階座敷であった。
小玉庵は不忍池《しのばずのいけ》の西側の茅《かや》町一丁目にあって、前夜、辰蔵が案内をされた池之端仲町の|ふしぎ《ヽヽヽ》な家からも近い。
あれから辰蔵は、半次が誘導するままに根岸の里から西へ逃げ、芋坂《いもざか》から谷中《やなか》の天王寺へ抜け、仲町の家へもどって来た。
辰蔵の着物についていた返り血は、雨が洗いながしてしまっていた。
湯をあびた辰蔵が着替えをすませたとき、砂茶屋の平助が顔を見せ、
「もう、大丈夫でございますよ。ゆっくりと、おやすみになって下さいまし」
と、いってから、
「それにしても堀先生。あまりに、あざやかなお手並《てなみ》に、おどろきましてございます」
辰蔵は、こたえず、半次が茶わんに汲んで出した冷酒を一息にのんだ。
このとき平助が、明日の夕暮れに茅町一丁目の小玉庵へ来てもらいたいとの、三井覚兵衛の伝言《でんごん》を辰蔵へつたえたのである。
小玉庵は、小体《こてい》な蕎麦屋だが、二階に客用の小座敷が一つあって、気のきいた酒の肴も出す。
辰蔵は玉子焼をたのみ、酒をのみはじめた。
昨夜の雨は、すでにあがっている。
間もなく姿を見せた三井覚兵衛が苦笑して、
「また、子供が食うようなものを……」
と、玉子焼を顎《あご》でしゃくって見せ、
「そんなものは、おぬしに似合わぬ」
辰蔵は、だまっている。
「昨夜は御苦労」
「………」
「羽沢の元締も満足している。よろしくとのことだ。残りの半金の二十五両と、それに羽沢の元締が餞別《せんべつ》として二十両よこした。さ、取っておくがいい」
「餞別……?」
「一年ほど、江戸から出て行ってもらいたいのだ」
「ふむ……」
この一年の間に、堀辰蔵は、御用聞きの喜三郎と、昨夜の老人とを暗殺し、合わせて百両の仕掛金《しかけがね》を手にしている。
百両といえば、なまなかの金ではない。
庶民の一家が十年を暮すことができるほどの大金であった。
そのほかに、羽沢の嘉兵衛が二十両もの餞別をよこし、
「しばらくの間、江戸から姿を消してくれ」
というのは、昨夜の暗殺が嘉兵衛たちにとって、よほど重大な事になるのであろう。
殺した老人は、
(大物《おおもの》らしい……)
と、辰蔵は看《み》た。
そうなると、相手方も必死になって犯人を探しまわるにちがいない。
そこで万一のことを考え、堀辰蔵を江戸から逃《のが》すことにきめたのであろう。
(香具師どもが縄張りを争っているのか。どうも、そうらしい)
だが、そんなことは、辰蔵に関《かか》わり合いのないことだ。
「どうだ、堀……」
「む?」
「また、大坂へもどってくれるか。大坂が嫌なら、別のところへ手をまわしてもよいが……」
「何処《どこ》でもよい」
「そうか。明日中に、旅立ちの仕度をととのえる。そのつもりでいてくれ」
うなずいた辰蔵が、盃を置いて、
「三井さん……」
「何だ。何でもいってくれ」
「いつであったか……私が江戸へもどって来たとき、深川の、八幡宮の参道にある料理屋へ立ち寄った……」
「うむ、うむ。あれは、万常といってな」
「あそこの酒も、料理もよかった」
「おぬし、口へ入れるものの味に関心があったのか、おどろいたな」
「明後日、江戸を発《た》つ前に、いま一度、行ってみたい。これから、つき合って下さらぬか?」
「ふうむ……」
大きく息を吸って、三井覚兵衛が辰蔵を凝《じつ》と見つめた。
辰蔵の肚《はら》の内を探《さぐ》っているかのような眼《まな》ざしであった。
それも一瞬のことで、
「実は、あの万常という料理屋なのだが、おれやおぬしが酒をのむ場所ではないらしい」
「………?」
「羽沢の元締に、おぬしと万常へ立ち寄ったことをはなしたら、とんでもないという顔つきになってな」
「ほう……」
「おれも、そのときまで知らなんだが……実は、あの万常というのは、深川でも|それ《ヽヽ》と知られた御用聞きなのだ」
堀辰蔵は、黙然と聞いている。
その表情には、例によって何のうごきも見られぬ。
「黒江町の佐吉という御用聞きで、こいつ、羽沢の元締なぞとは最も肌が合わぬというやつさ」
「ふうむ……」
「ま、近寄らぬがよい」
「わかった」
「此処がいい。ゆっくりと此処でのもう」
三井覚兵衛が手を打って、小女《こおんな》をよんだ。
窓の向うに、不忍池が血のような残照《ざんしよう》の色を水に映していた。
加賀屋から若松屋へ嫁《とつ》いで来て、お信《のぶ》は半年と保《も》たなかった。
芳太郎との夫婦仲が悪くなったのではない。
やはり、姑《しゆうとめ》のお徳との間が拗《こじ》れてしまったのである。
芳太郎は、お信を一目《ひとめ》見て、たちまちに上《のぼ》せあがってしまったほどだから、
(今度ばかりは、逃げられてなるものか……)
とばかり、人がちがったように四度目の妻を大事にした。
また、父親の若松屋長兵衛も、
(今度、逃げられたら世間の物笑いになる。いや、もう笑われているにちがいないが……何としても、今度で落ちつかせたい)
そうおもえばこそ、妻のお徳へ念を入れたわけだし、芳太郎にも、
「今度は、お徳も口やかましいことはいわないだろう」
と、告げておいた。
お道も、若松屋で新しい暮しに入ったお信を見て、
(あ、これなら、きっと、うまく行きなさるだろう)
と、感じた。
前に、紙問屋の近江屋へ嫁いでいただけに、やること為《な》すことに率《そつ》がない。
いかにも勝気な女らしく、めったに笑顔を見せず、|おうめ《ヽヽヽ》や|おさん《ヽヽヽ》などの奥の女中たちへも、気に入らぬことがあれば遠慮もなく叱りつけるというわけで、
「ふうん、こりゃあいい」
と、おうめが皮肉に、
「お内儀さんの二代目ができて、御家《おいえ》は御安泰《ごあんたい》だねえ」
そういったものだ。
お道は、お徳に附いているので、お信に叱られたことはない。
お徳も、あまり、お信とは口をきかなかった。いや、きかぬようにしているらしい。
口をきかぬために、なるべく顔をあわせぬようにしていたのだ。
芳太郎は、もう有頂天《うちようてん》になって、お信との新婚をたのしんでいるかのようであった。
長兵衛も、
(しっかりものの嫁……)
と看《み》て、満足げである。
しかし、ついにお徳との間が険悪となってしまった。
はじめのうちは、苦笑《にがわら》いにまぎらわせ、お徳はお徳なりに我慢をしていたのだろうが、やはり、お徳の目から見れば、お信のすべてを納得するわけにはまいらなかったのであろう。
(いずれは若松屋の内儀として、一切《いつさい》を取りしきらなくてはならないのだから、いまのうちに、仕込むことだけは仕込んでおかなくては……)
そのおもいもあったのだろうが、年の瀬が押しつまり、何処の商家も節季《せつき》の緊張に包まれ、いそがしい明け暮れになると、お徳は我慢をしかねたかして、お信へ、いろいろと注意をあたえるようになった。
お信はお信で、姑の叱責《しつせき》に堪《た》えていたのであろう。
ところが……。
年が明けて正月も終ろうとする或日のことであったが、お信は憤然《ふんぜん》として実家の加賀屋へ帰ってしまった。
そのとき、お道は何が起ったのか知らなかった。
お徳の使いに出ていたからだ。
お道は、十八歳の新年を迎えている。
お道が使いに出ている間に、お徳は嫁のお信を居間へ呼び寄せ、何か、きびしく叱りつけたらしい。
お徳が、お信を叱るのは、他にだれもいないときにかぎっている。芳太郎の嫁としての体面《たいめん》を考えてのことだ。
ゆえに、お道も、お信が叱られている場面を、わが目に見たことは一度もない。
「|うち《ヽヽ》のお内儀さんも、大分《だいぶん》変ったよ。前は、私たちがいようが構ったものじゃなかった。呼びつけて大声に叱りつけて、そりゃあ、ひどいものだったけれど……さすがに今度は、気をつかっていなさるようだ」
と、おうめが洩らしたこともあった。
だが、ついに決裂《けつれつ》してしまった。
前の嫁たちは、泣き泣き実家へ帰って行ったそうだが、今度のお信はちがう。
何と、叱りつける姑のお徳の頬《ほお》へ、いきなり平手打《ひらてう》ちをくわせ、
「加賀屋の信を、見そこなってもらいますまい」
という捨台詞《すてぜりふ》を残し、胸を張って堂々と実家へ帰って行った。
折しも廊下を通りかかった長兵衛が、おどろいて割って入ったが、お信は|さっさ《ヽヽヽ》と若松屋を飛び出してしまった。
そのとき、お徳は長兵衛にこういったそうな。
「お信に、もどる気があるなら、もどってくれ、私がそういっていたとつたえてやって下さい。お信は、これまでの嫁の中で、いちばん見どころがある」
長兵衛は、芳太郎を連れ、すぐに加賀屋へ駆けつけて行き、お徳の言葉をつたえたが、お信は、
「この上、若松屋さんにいたら、私は死んでしまいます」
頑《がん》として、承知をしなかった。
つまり、お徳の顔を見たり、声をきくだけで、食欲が消えてしまうし、鳥肌《とりはだ》がたつ。だから、いまに病気になってしまうというのだ。
これを聞いて、お徳はめずらしく声をたてて笑い出した。
「笑い事じゃありませんよ。ねえ、お前さんも、もう少し考えておくれでないか」
と、長兵衛が、うらめしげに妻を見やるのへ、お徳が、
「惜しい……」
「え?」
「いいえ、お信のことですよ」
「そんなに、いまになって惜しがるくらいなら、何故……」
「ですがねえ、お信は気が強いだけではなく、女の見栄《みえ》がありすぎるのですよ。それが、お信の倖《しあわ》せの邪魔をしている。ですから、そこを私が直してやろうとしただけなのですがねえ」
「そ、そんなことをいったって、お前さん……」
若松屋長兵衛は、困惑《こんわく》しきっていた。
芳太郎のほうは、
「泣くにも泣けないってありさまだよ。若旦那は部屋へこもって出てこない」
と、おうめがいったとおりだ。
長兵衛は、あきらめずに何度も加賀屋へ足を運んだが、どうにもならぬ。
こうなったら、お信は一歩もゆずろうとはせぬ。
加賀屋のほうでも、気の強いお信が帰って来ることを好まないのだし、しかも、理由は何であれ、姑《しゆうとめ》の顔を打ったというのは、お信に負《お》い目がある。
そこで一生懸命に、お信を説きふせようとしたが、やはり|だめ《ヽヽ》であった。
こうして、芳太郎とお信の離婚が、はっきりと決まったのは、二月の下旬であった。
いよいよ、お信がもどって来ないと知るや、芳太郎は自分の部屋へ引きこもったきり、店へも出て来なかった。
台所から酒を運ばせ、それを冷《ひや》のままでのみながら、一日中、蒲団《ふとん》をかぶっている。
「いまに、芳太郎に蛆《うじ》が涌《わ》くだろうよ」
などと、お徳は苦笑をした。
息子が、お信には夢中だったことを知っているだけに、
「まあ、いい。しばらくは好きにさせておいてやろう」
お徳は、何もいわなかった。
さすがに、気の毒だとおもったのであろう。
そうした或日の朝のことであった。
例によって、お徳は朝の入浴をすませてから、居間で朝餉《あさげ》の膳についた。
お徳の朝の膳には、三日に一度、玉子焼が出る。
先代(お徳の亡父)のころから若松屋に奉公をしている老女中のお吉《きち》が台所の采配《さいはい》を振っていて、お徳が食べる玉子焼は、お吉がつくる。
幼少のころからの、お徳の好物《こうぶつ》なのであろう。
玉子焼といっても、料理屋で出すようなものではない。二個の卵を薄焼《うすやき》にしたのを、くるくると巻くように折りたたみ、二つに切って皿に盛っただけのものだ。
そのほかには香ノ物と味噌汁だけで、お徳の食膳は意外に質素《しつそ》なものであったし、七十歳のお吉がととのえる食膳に、お徳は文句をいった|ためし《ヽヽヽ》がない。
お徳の食事の給仕は、いうまでもなく、お道がつとめる。
この日の朝とて、例外ではなかった。
奥庭の朝の日ざしもやわらかい。
一雨《ひとあめ》ごとに暖気が加わってきて、郁李《にわうめ》が淡い紅色の小さな花を咲かせている。
桜花の蕾《つぼみ》も、ほころびはじめたということだ。
お徳は箸《はし》をうごかしていたが、何とおもったか、二つに切った玉子焼の一つを小皿へ取って、
「おあがり」
お道の前へ置き、身をひねって、うしろの茶箪笥《ちやだんす》から菓子を取りわけるときにつかう箸を出し、お道へ、
「さあ……」
と、手わたした。
ぼんやりと、お道は箸を受け取ったが、まるで、夢を見ているような気持ちであった。
かつて、ないことではある。
お徳が、自分の食膳の物を給仕の女中へ「おあがり」といって、あたえたことを知ったなら、若松屋の奉公人のすべてが目を白黒させたにちがいない。
いや、主人の長兵衛だとて呆然《ぼうぜん》となったろう。
「おあがり」
「は、はい……」
「旨《うま》いから、おあがり。何をしているのだろうねえ、この子は……早く、おあがり」
笑いもせずに、お徳がいう。
お道は身を硬くし、ふるえる手に箸をとって、玉子焼を口へ入れた。
「旨いかえ?」
「はい」
こたえたが、正直のところ、味がわからなかった。
「暖かくなったねえ」
「はい」
「お茶をもらおうか」
「あ……申しわけございません」
「お道」
「はい?」
「今日は、いい日和《ひより》だから、深川へ遊びに行っておいで」
「………?」
これにも、おどろいた。
さらに目をみはったのは、お徳が二分金《にぶきん》を紙へ包み、
「お小づかいだよ」
お道の前へ置いたからである。
商家の奉公人の休日は盆と正月の二度に決まっている。
それゆえ、お徳は、
「私の使いに出たことにしておくから、だれにもいうのじゃない。日が暮れるまでに帰っておいで」
と、念を押したのだ。
「あの……」
「何だえ?」
「こんなにして、いただきましては……」
「うるさいねえ」
「は……?」
「いちいち、むずかしいことをいうのじゃない。さっさと深川へ行っておいで。お膳を下げたら、すぐに出て行っていいからね」
|にこり《ヽヽヽ》ともせずに、お徳がいうのである。
「出て行ったら、もう帰って来なくともいいよ」
そういわれたのではないかと、お道はおもった。
だが、たしかに、
(お内儀さんは、日暮れまでに帰っておいでと、おいいなすった……)
膳を下げてから、お道は、ぼんやりと外へ出た。
途中で、みやげを買い、深川へ行き、先ず〔万常〕へ顔を出すと、
「あれっ……」
内儀の|おさわ《ヽヽヽ》が、びっくりして、
「出て来たのかい」
「いえ、あの……」
「そうだろうとも。あんなところに、お前がいるのが、そもそも間ちがっているのだ。ああ、よく帰って来た、よく帰って来た」
「ちがうんですよ。遊びに行っておいでといわれたので……」
「若松屋の鬼婆が、そういったのかえ?」
「はい」
「正月に帰って来たばかりじゃあないか」
「でも……そうなんです」
「ふうん……」
と、おさわは気ぬけの態《てい》となった。
御用聞きの佐吉は、お上《かみ》の御用で相州の小田原まで出張《でば》っているそうな。
酒屋の松次郎宅へも行ったが、ここでも、みんなにおどろかれてしまった。
お道は、二分のうちの、みやげ代を引いた残りを、おさわへあずけてから、若松屋へ帰って行った。
日の暮れまでには、かなりの時間が残っていた。
そのころ。
堀辰蔵は、すでに江戸を去っている。
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土 蔵 の 中
夏が来た。
若松屋での、お道の生活は、どうやら軌道《きどう》に乗ったようだ。
それでも、
「よく辛抱をするものだねえ」
「私なら、疾《とつ》くに出て行っちまっているけれど……」
などと、|おうめ《ヽヽヽ》や|おさん《ヽヽヽ》が陰《かげ》でいうほどに、内儀お徳のきびしさは変っていない。
だが、お道は、
(もう、こうなったら仕方がない)
肚《はら》を決めていた。
こうなったら、お徳から一言《ひとこと》の文句も出ないまでに、
(はたらいてやろう)
という意地が出てきたのである。
お徳は依然として、
「こんなことができないほどなら、死んでしまったほうが増《ま》しだね」
とか、
「お前は此処へ来て二年にもなるというのに、まだ、掃除ひとつ満足にできない。それというのも、掃除を掃除だけのものとおもっているからだ。掃除が満足にできる女なら、女の天下《てんか》を取れる。それが、まだわからないのか。何という血のめぐりの悪い娘《こ》なのだろうね」
とか、お徳の毒舌《どくぜつ》は休む間もなく、お道へ襲いかかる。
この春先に、朝餉《あさげ》の膳の玉子焼を「おあがり」と、すすめられ、びっくりしたお道だが、あれから二度と、そうしたこともなく、
「深川へ遊びに行っておいで」
と、いわれたこともない。
その日、お徳は、
「留守《るす》の間に、|これこれ《ヽヽヽヽ》のことをしておおき」
と、お道に言いつけ、朝餉をすませるや、気に入りの台所の老女中お吉と手代《てだい》を一人つれて、雑司《ぞうし》ヶ谷の鬼子母神《きしもじん》へ参詣《さんけい》に出かけた。
雑司ヶ谷の鬼子母神は江戸市中の西郊にあたり、当時は豊島郡・野方領であった。
現代《いま》なら、浅草から電車なり自動車なり、わけもなく行けるわけだが、そのころは一日がかりの参詣となる。
お徳は、出入りの駕籠屋《かごや》から町駕籠をよび、これに乗るが、いうまでもなく、お吉と手代は徒歩で供《とも》をする。お吉は七十にもなっているので、お徳が、
「駕籠にお乗り」
いくらすすめても、承知をしない。
実に達者なもので、若い手代よりも足が速《はや》いのだそうな。
鬼子母神は、求児・安産・幼児保育の守護神《しゆごじん》だとかで、お徳が|これ《ヽヽ》を信仰するのは、一人息子の芳太郎が幼《おさな》かったころに病弱だったからだという。
その芳太郎が何とか成長をしたのも、
(鬼子母神さまのおかげ……)
だというので、いまも、お徳は月に一度の参詣を欠《か》かさぬ。
参詣をすませ、近くの料理屋で遅い昼餉をとってから、ゆっくりと帰って来るのだ。
その日の昼すぎに、お道は、奥庭の向うにある土蔵《どぞう》へ入って行った。
お徳に言いつけられた〔さがしもの〕をするためであった。
三つ並んだ土蔵の、右端の小さな土蔵は、いくらか後ろへ引き込んだ|かたち《ヽヽヽ》になってい、出入口も横手についている。
お徳からあずかった鍵《かぎ》で錠前を外し、汗をふきながら、お道は土蔵の中へ入った。
重い扉を開け放しにしておいたのは、真夏の温気《うんき》が土蔵の中に蒸《む》れこもっていたからだ。
土蔵は中二階になってい、お道は巾《はば》三|尺《じやく》の梯子段《はしごだん》をのぼった。
お徳にいわれたとおりの棚に、その箱が置かれてあった。
さがしものは、五代もつづいている若松屋の商品を細大もらさずに写した画帖であった。
その画帖が桐の箱の中に二十三冊もあるのに、お道は目をみはった。
お徳が、
「出しておいておくれ」
といったのは四冊目の画帖であったが、お道は美しく彩色された他の画帖に目をうばわれてしまい、しばらくは何冊かを見つづけていた。
櫛《くし》・笄《こうがい》・簪《かんざし》・紙入れ・煙草入れなど、おそらく町絵師に描かせたものであろうが、実に見事なものだ。
それに、くわしい記録が書き添えられている。
お道は、亡くなった父親に読み書きの手ほどきを受けていたし、去年の秋ごろから、お徳に命じられて、近くの平右衛門町で寺子屋《てらこや》をひらき、子供たちに読み書きを教えている浪人の小南六四郎《こみなみろくしろう》の許《もと》へ三日に一度は通い、教えを受けていた。
この寺子屋での時間が、いまのお道にとり、何物にも替えがたい充実をもっていた。
お徳が寺子屋へ通わしてくれる、このことだけは、
(ありがたいとおもわなくては……)
と、お道はおもった。
「お前が、読み書きできないのでは、私の手つだいもできないからね」
お徳は、笑いもせずに、そういったものである。
土蔵の裏手は、善慶寺《ぜんけいじ》という寺の境内で、そこの木立に蝉《せみ》が鳴きこめていた。
(あ、こんなことをしていては……)
お道は、われに返った。
お徳に言いつけられた四冊目の画帖を手にして、お道は梯子段を降《お》りた。
降りて、
(あ……)
|はっ《ヽヽ》となった。
いつの間にか、男がひとり、土蔵の扉口《とぐち》に立っていた。
芳太郎であった。
四度目の新妻お信に逃げられてからの芳太郎は、店にも出ず、自分の部屋へ引きこもったきりだったが、梅雨《つゆ》の明けるころから、父親の長兵衛に説得をされ、しぶしぶながら店へも出るようになっていた。
芳太郎が土蔵の中へ入って来たのは、何か、店の用事があってのことだとおもい、
「若旦那、何か……?」
いいさして、お道は声をのんだ。
芳太郎が凝《じつ》と、お道を見つめながら、土蔵の重い扉を閉《し》めたからである。
(あ……?)
芳太郎が何をしようとしているのか、とっさに、お道はわからなかった。
扉が閉まると、土蔵の中が薄暗《うすぐら》くなった。
小さな二つの明り窓から、わずかに光りがさし込んでいる。
「わ、若旦那……」
芳太郎は、こたえない。
芳太郎の眼が光っている。
「あの、急ぎますので……」
扉へ近寄ろうとした、お道の腕をつかみ、芳太郎が強く突き放した。
「あっ……」
よろめいて倒れかかったお道へ、芳太郎が物もいわずに飛びかかってきた。
いきなり押し倒されて、
「あれぇ……」
お道が叫び声をあげると、
「声を出すな」
呻《うめ》くようにいった芳太郎が、つづけざまに、お道の顔を殴《なぐ》りつけた。
何が何だか、わからなかった。
陰気《いんき》で、お道とも|ろく《ヽヽ》に口をきいたことがない芳太郎の意外な行動だ。
動顛《どうてん》しているお道を、抱きすくめた芳太郎が、
「畜生め、畜生め……」
と、うわごとのような声を洩らしつつ、お道の胸もとへ手をかけ、引き毟《むし》るようにした。
大きくはないが、ぷっくりと固《かた》く張った乳房が露出し、お道がまた何か叫びかけるのへ、
「黙れ」
芳太郎が、またも顔を殴りつけた。
「あ……」
「畜生、畜生……」
喘《あえ》ぎつつ、芳太郎は、お道の裾へ手を突き入れてきた。
お道は、半ば気をうしなっていたといってよい。
気の強い、お道ではあったが、このようなことは生まれてはじめての経験だけに、手も足も、おもうようにうごいてくれない。
重い男の躰を突き退《の》けようとしてはいるのだが、まったく、手足に|ちから《ヽヽヽ》が入らぬ。
芳太郎の躰のうごきが、激しくなった。
芳太郎は噛みつくように、お道の乳首を吸いながら、腰を押しつけてきた。
躰をつらぬく激痛に、お道の意識がもどった。
しかし、こうなってしまっては逃げようにも逃げられぬ。
のしかかっている芳太郎の顔から汗がしたたり、お道の喉もとや胸へ落ちてきた。
仕方もない。
お道は、芳太郎のするがままにまかせた。
後になり、そのときの自分の胸の内を振り返ってみて、
(逃げようとおもえば、逃げられた……)
とも、おもえた。
おもいもかけぬ芳太郎の激しい暴力に驚愕《きようがく》はしたけれども、叫び声だって出せぬはずはなかったのだ。
かねてから、お道が、
(若旦那は、可哀想《かわいそう》……)
だと、おもっていたことは事実である。
同情といってもよい。
実の母親のために、四度も新妻に逃げられてしまっているのだ。
可哀想だが、あまりにも、
(だらしがない若旦那……)
そうおもう一方では、
(でも、あのお内儀さんにあったら、どんな男だって、かなうものじゃあない)
だから、やはり、
(可哀想な若旦那……)
と、いうことになる。
けれども、それが芳太郎への好感に変っていたわけではない。
(可哀想だけれど、あまりにも気が弱い……)
その男に、自分の肌身をまかせるなどとは、それこそ夢にもおもわぬことであった。
また、それほどに気の弱い男が、猛然と自分へ飛びかかってきたので、お道は圧倒されたのかも知れぬ。
芳太郎が土蔵から出て行った後、ぐったりと横たわったお道の耳へ、蝉の声がよみがえってきた。
お道の両眼から、熱いものがふきこぼれてきたが、声はたてなかった。
しばらくして、お道は画帖を手に土蔵の外へ出た。
だれにも、土蔵の中の出来事は気づかれなかったらしい。
お道は、お徳の居間へ走り込み、動悸《どうき》をしずめた。
お徳の居間と、小廊下をへだてて湯殿がある。
湯殿へ、お道が入るのを見られても、咎《とが》められることはない。
お徳が日暮れに帰って来て、先ず湯浴みをすることはわかりきっているし、したがって、お道が湯殿の仕度をととのえておくのは当然であった。
(よかった、お内儀さんがいなくて……)
このことである。
何故、そうおもったのであろうか……。
悪いのは、芳太郎なのだ。
それとも、芳太郎から逃げきれなかった自分の、はずかしい姿を見知られたくなかったのであろうか。
芳太郎を庇《かば》う気持ちが、いくらかでも、はたらいていたのだろうか。
お道は、湯殿へ入った。
湯ぶねには、すでに水が汲みこまれている。
その水をつかって、お道は躰を拭《ふ》き清め、髪を直した。
それから外へ出て、自分がつかっただけの水を井戸から湯ぶねに汲み入れた。
庭の向うの廊下を、おうめが歩みながら、
「お道っちゃん。大変だねえ」
声をかけてよこした。
「ええ、ちょっと、水が足らなかったものですから……」
「暑いから、休み休みおやりよ」
「ええ」
われながら、お道の声は落ちついていた。
後で、お徳の居間へ行き、鏡で顔を映《うつ》して見た。
いくらか、顔が腫《は》れているけれども、殴りつけられたようには見えぬ。
してみると、芳太郎は、さほどに強いちからをこめて殴ったのではなかったのか。
お道は、お徳が帰るまでに女中部屋へ行き、着替えをすませておいた。
お徳に言いつけられたことは、すべて為終《しお》えていた。
薄暗い女中部屋の中に坐り、お道は身じろぎもしなくなった。
廊下の向うの大台所で物音が起りはじめている。
店のほうで、大番頭の善助の高声《たかごえ》がきこえた。
薄暗い女中部屋の空間《くうかん》に視線をとどめたまま、お道は凝《じつ》と坐っている。
しだいに、お道の両眼に光りが加わってきはじめた。
何を、考えているのか……。
それは、お道にもわからぬ。
だが、口に出してはいえぬが、何やら、わかったような気もしている。
わからぬようで、わかりはじめてきた。
それは、予感のようなものであったのだろうか。
その日の暮れがたに、雑司ヶ谷の鬼子母神の参詣からもどった若松屋のお徳は、
「今日は暑かったし、何だか、すっかり疲れてしまった。私も年なのかねえ」
めずらしく気の弱いことをいい、温《ぬる》い湯で、ざっと汗をながすと、
「お道、もう何も食べたくない。御膳《ごぜん》の仕度はいいからと、お吉へそういっておくれ。そのかわりに葛湯《くずゆ》をたのむよ」
こういって、臥床《ふしど》の仕度をさせ、横になってしまった。
それをきいて、夫の長兵衛が見舞いにあらわれたのへ、お徳は、
「すみませんねえ、お先へ寝てしまったりして……」
神妙《しんみよう》に、詫《わ》びた。
「そんなことよりも、お医者をよびましょうか?」
「いいえ、旦那。それにはおよびません。ちょいとした暑気《しよき》あたりなんですから」
お道が葛湯を持って行くと、
「おや……」
いぶかしげに、お徳が見やって、
「お前、どうかおしかえ?」
「いえ、別に……」
「顔が、腫《は》れているようだけれど……」
傍から長兵衛が、
「ほんとうだ。どうしたのだね?」
「さあ、別に……少し、あの、浮腫《むく》んでいるようでございますけれど……」
「暑い日がつづくので、お前も疲れたのだろう」
と、お徳が妙に優《やさ》しい声でいったものだから、長兵衛は、びっくりしたように、妻とお道の顔を交互に見やった。
このように優しい妻の声を、夫の自分はかけられたおぼえがないといってよい。
「もう用はないから、お前も、ゆっくりとおやすみ」
「はい」
お道は、素直に女中部屋へ引き取った。
下手《へた》に逆《さか》らっては、また叱りつけられる。
それよりも今夜だけは、一刻も早く、お徳の目を逃《のが》れたい気持ちであった。
おうめたちと夕餉をすませたとき、
「どうしたんだい?」
「顔が腫れているよ」
「いけないねえ。早く、おやすみ」
おさんが、すぐに女中部屋へ行き、寝床をとってくれた。
「すみません、こんなことをさせてしまって……」
「何をいっているのさ。お前さんに寝込まれたら、こっちへ火の粉が降りかかってくるのだもの」
「まあ……」
「ぐあいが悪いようなら、お医者をたのんであげるよ」
と、おさんがお道の額《ひたい》へ手をあててみて、
「熱は、ないようだねえ」
「大丈夫なんです。ちょっと疲れただけなんですから……」
「御飯《ごはん》も二ぜん、食べたしねえ」
「ええ」
ともかくも、女中たちは、いずれも親切にしてくれる。
夜ふけて、女中部屋へもどって来た|おうめ《ヽヽヽ》たちは、お道が寝入っているものとばかりおもって、
「お内儀さんが寝込んじまって、その上、お道っちゃんに寝込まれたら、大変だよ」
「あの、お内儀さんの看病をやらされたんじゃ、あたいなんか一日で泡《あわ》を吹いちまう」
「だからさ、お道っちゃんを寝込ましてはいけないよ」
「あの娘《こ》の洗濯物ぐらいは、あたいたちがしてやってもいい」
「そうともさ」
というぐあいで、お道は寝た|ふり《ヽヽ》をして聞いてしまったわけだ。
さすがに、この夜は寝つけなかった。
おうめの鼾声《いびきごえ》をききながら、お道は空が白《しら》むまで眠れなかった。
現代とちがって、そのころの娘が、はじめて男に肌身をゆるすということは、女の一大事といってよい。
しかも相手は、自分の夫になるべき男ではない。
また、自分が妻になれる相手でもない。
(とんでもないことになってしまった……)
そうおもう一方で、お道は、あわてふためいた様子もなかった。
それから三日ほどして……。
お徳は床ばらいをした。
「すぐにも起きられたのだが、大事をとったのだ」
元気になって、お徳は、お道にいった。
「ついでのことに、あと半月も寝ていてくれりゃあいいのにね。そうすれば、お前さんだって気が休まるというもんだ」
と、おうめがお道に、
「それにしても、めずらしいことがあるものだ。あんなに細くても、ついぞ寝たことがないお内儀さんなのに……」
「若いころのようにはいかないって、そう、いっておいでなさいましたよ」
「ふうん……」
それから五日ほどたって、お徳は、またも目黒不動へ参詣へ出かけた。
これも月に一度は参詣に行く|ならわし《ヽヽヽヽ》で、お道も数度、お徳の供をしている。
「お前は、ゆっくりとやすんでおいで」
お徳は、お道にいたわりの言葉をあたえ、お吉と手代を連れて目黒へ出て行った。
長兵衛も、お吉も、
「また、暑気あたりでもするといけませんよ」
しきりにとめたけれども、はい、そうですかと、いうことをきくようなお徳ではない。
昼下りに、お道が湯殿の仕度をして、小廊下へ出ると、そこに芳太郎が立っている。
「ごめんなさいまし」
目をそらして擦《す》り抜けようとする、お道の腕をつかんだ芳太郎が、
「この間の、土蔵で待っている」
ささやくや、手をはなし、さっさと廊下を遠ざかって行った。
また、お道は湯殿へ入った。
ながし場へ屈《かが》み込んで、凝《じつ》とうごかない。
夏の盛りで、今日も晴れわたっていたが、涼しい風が吹きわたり、しのぎやすい日であった。
何処かで、蝉が鳴いている。
屈み込んで、眼を閉《と》じたまま、お道はうごかない。
しばらくして……。
湯殿の戸が開き、お道が裏庭へあらわれた。
あたりへ、目をくばる。
お道は歩み出し、あのときの土蔵の中へ入って行った。
秋になって、最初に、お道の躰の異常に気づいたのは、お徳であった。
ずばりと、お徳がいった。
「お道。お前の、お腹《なか》の中の子の父親はだれなのだえ?」
お道は、うなだれた。
長火鉢の前で、細い煙管へ煙草をつめながら、お徳は鋭い視線を射《い》つけている。
「だれなのだと訊《き》いている。返事をおし」
うつむいたままで、お道がこたえた。
「若旦那でございます」
低いが、声は震えていなかった。
火鉢の火へ、もってゆきかけた煙管の手が止《と》まって、お徳は、わずかに口を開けたが、声は出ない。
さすがに、おどろいたらしい。
お道の、やや蒼《あお》ざめた額《ひたい》へ、ねっとりと脂汗《あぶらあせ》が滲《にじ》み出してきた。
居間の縁側の軒下に吊《つる》した風鈴《ふうりん》が、微《かす》かに鳴った。
ゆっくりと、火をつけた煙草のけむりをしずかに吐《は》いたとき、お徳は能面《のうめん》のように表情のない顔つきになってい、
「お道……」
「は、はい」
「今日は、これから、旦那の代《かわ》りに大久保様へ伺《うかが》わなくてはならない。仕度をしておくれ」
「はい……」
逃げるように、お道は次の間へ入った。
そこが、お徳の衣裳部屋《いしようべや》である。
意外なことだ。
お徳は、叱りもしなければ、あわてもしない。
いつもと同じように、落ちついた声で用事をいいつけた。
用事をいいつけたからには、
「何という、ふしだらなまねをするのだ。すぐに出てお行き」
というわけでもないらしい。
また、そのような気《け》ぶりは微塵《みじん》もなかった。
お道に手つだわせて、着替えをする間も、お徳の様子に変りはなかった。
|あれこれ《ヽヽヽヽ》と指図をする声も、いつものとおりなのだ。
若い番頭を供に、旗本の大久保家へ出かけて行き、日暮れ前にもどってからも、お徳の態度は変らなかった。
翌日も、そのつぎの日も、お道の妊娠《にんしん》については、いささかもふれようとはせぬ。
そのうちに、お道の躰の様子が、だれの目にもわかるようになった。
おうめも、びっくりして、
「お道っちゃん。ほ、ほんとうかえ?」
「………」
「若旦那が手をつけたっていうじゃないか、ほんとうなのかえ?」
お道は、うなずいた。隠しようもない。
芳太郎は真青《まつさお》になり、店へも出ずに部屋へ引きこもったきり、そうでないときは、外へ出たきり二日も三日も帰らぬこともあった。
若松屋長兵衛が、たまりかねて、お徳の居間へあらわれ、
「お前さんの耳へも、とどいていることとおもうが、芳太郎が、お道を、その……」
「ええ、聞いています」
「その|うわさ《ヽヽヽ》は、まさか、ほんとうなのではないのだろうね?」
「ほんとうですよ、旦那」
「げえっ……ま、まさか……」
「お道が、はっきりと申しましたよ」
「だ、だれにです?」
「私に」
「へえっ……」
長兵衛は、
(とても信じられぬ……)
という顔つきになり、|へなへな《ヽヽヽヽ》と其処《そこ》へ坐り込んだなり、口もきけない。
養子だけに、五代つづいた若松屋を末長く存続させるため、日夜、一生懸命にはたらきつづけている長兵衛は、跡《あと》つぎの芳太郎の身が固《かた》まり、一日も早く子が生まれることを祈っていた。
しかも、妻のお徳のために、芳太郎の嫁には四度も逃げられてしまっている。
それほど、やかましいお徳が、長兵衛が見たところ騒ぎ立てるでもなく、以前と同じように、お道を使っているではないか。
なればこそ、|うわさ《ヽヽヽ》が本当にできなかったのであろう。
「そ、そうか。そうですか、知っていなすったか」
「はい」
「そうか、ふうむ……」
お徳が出した茶をのみ、ふところの手ぬぐいを出して顔の汗をぬぐった長兵衛が、
「ま、仕方がない。お道ならば、お金で始末《しまつ》もつこう」
ひとりごとのように呟《つぶや》いたとき、お徳が、
「ねえ、旦那……」
「何です?」
「お道を芳太郎の嫁にしようじゃございませんか」
「げえっ……」
おどろきのあまり、のみかけた茶が喉《のど》につかえ、長兵衛は噎《む》せた。
お徳が、うしろへまわってきて、長兵衛の背中を摩《さす》りながら、
「いいじゃありませんか、旦那……」
「いいといって、お前さん……」
「お道を嫁にいたしましょう」
「そ、そんな……両親《ふたおや》も、|ろく《ヽヽ》に親類もいないお道を……」
「|うち《ヽヽ》とは、つり合いがとれないとでも?」
「そのとおり。そんなことは、お前さんが、よくよくわかっていなさるはずだ」
「そうですかねえ」
「え……?」
「いえ、芳太郎と、お道は、つり合いがとれているとおもいますけれどね」
「お前さん、正気《しようき》ですか?」
「はい」
「ふうむ……」
「手を出したのは、芳太郎のほうからでしょう」
「そりゃあ、まあ……」
「お道はね、旦那。芳太郎の女房になるつもりでいますよ」
「ええっ……」
「女というものは、そうしたものらしい……」
「何という、図々《ずうずう》しい……」
「図々しいのは芳太郎ですよ。後先《あとさき》の分別《ふんべつ》もなく、店の女に手を出すなんて、とんでもないことをしてくれました。若松屋の跡とり息子に、こんな|まね《ヽヽ》をされては、奉公人へ|しめし《ヽヽヽ》がつきません」
「むう……」
「旦那は、大丈夫でしょうね?」
と、めずらしく、お徳が冗談《じようだん》をいったのだが、
「と、と、とんでもないことを……」
このとき長兵衛は、養子となって以来、はじめて怒気《どき》を発し、
「お前さんは、何ということをいいなさる」
「あれ、冗談を……」
「冗談にも、程があります」
「まあ、旦那……」
笑い出しながら、お徳が、
「お気にさわったら、ごめんなさいまし」
と、いった。
長兵衛は、目を白黒させている。
後にも先にも、この|家つき《ヽヽヽ》の妻に「ごめんなさい」と、いわれたのは、このときが最初で、また最後でもあった。
お道は、落ちついていた。
(何事も、お内儀さんのいうとおりにすればいいのだ)
と、覚悟《かくご》がきまっていた。
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若松屋お道
お徳は、夫の長兵衛の承諾《しようだく》を得ると、すぐに芳太郎を居間へまねき、
「お前さんに、子ができたそうだね」
いきなり言われて、芳太郎の顔から血の気が引いた。
目を伏せた彼の、鬢《びん》の|ほつれ毛《ヽヽヽヽ》が震えている。
(いよいよ、来た……)
このことであった。
この恐ろしい母親は、自分とお道を、
(どうするつもりなのだろう?)
いま、芳太郎は、
(お道を連れて、何処かへ逃げてしまおう)
そう、おもいはじめていたところであった。
はじめに芳太郎が、お道を犯《おか》したのは、母親への反撥《はんぱつ》が、あのようなかたちをとってあらわれたといってもよいだろう。
来る嫁、来る嫁が、いずれも母親のために逃げ出してしまう。
(勝手にしろ)
芳太郎は、自暴自棄《じぼうじき》になってしまっていたのだが、四度目に来た加賀屋のお信を、すっかり気に入っていただけに、お信が出て行った後では、
(畜生。よくも……)
お徳への怒りと怨《うら》みが、胸へこみあげてきて、
(いっそのこと、おふくろを殺してやりたい)
と、おもった。
おもったが、気の弱い芳太郎に、そんな|まね《ヽヽ》ができるわけもない。
お道を犯しながら、われ知らず、
「畜生め、畜生め……」
と、口走ったのは、むろん、お道への憎悪からではない。
母親を殺すかわりに、母親が気に入りの女中を犯すことによって、鬱憤《うつぷん》をはらそうとしたのであろう。
二度目に、お道を誘《さそ》ったときも同様だったが、はじめてのときのように「畜生」よばわりはしなかった。
三度目ともなると、お道が自分の誘いを拒《こば》まぬので、いささか気味が悪くなってきた。
これまでに芳太郎は、四度も妻を迎えているし、遊里の女を知らぬわけでもなかった。
しかし、人の目をぬすみ、土蔵の奥で口もきかず、お道を凝《じつ》と抱きしめているうちに、
(お道は、どうして、私のいうがままになっているのだろう……もしやして、私を好《す》いているのではなかろうか?)
と、おもいはじめてきた。
お道にしても、
(なぜ、私は、若旦那のいうままになっているのだろう?)
そのことが、はっきりと腑《ふ》に落ちていたわけではない。
芳太郎が好きになってしまったかといわれて、
「はい。さようでございます」
と、返事をするわけにもいかなかったろう。
芳太郎が、お道を抱きながら、絶えず、母親のお徳の白く光る眼を脳裡《のうり》に浮かべていたように、お道もまた、芳太郎に抱かれながら、閉じた瞼《まぶた》の中に、お徳を見ていた。
そのときのお徳は、お道にとって、決して恐ろしいものではなかった。
そこが、芳太郎とはちがっていたのである。
この二年の間に、お徳に叱りつけられながら、絶えず附き添ってきて、そうした日常の積み重ねが、お徳とお道の間に|何か《ヽヽ》を通《かよ》い合わせていたのだともいえよう。
強《し》いていうならば、
(私が、若旦那と、こうなってしまったことを、お内儀さんは、ゆるしてくれるにちがいない)
と、いうことにもなるのだが、だからといって、
(若旦那を自分のものにして、五度目の女房になってやろう)
という野心があったわけでもない。
二度目に芳太郎から「土蔵で待っている」と、いわれたときの気持ちは、お道自身にも説明がつかぬ。
ただ、自分と芳太郎の間には、お徳が存在しており、お徳あればこそ、
(土蔵の中へ入って行けた……)
ともいえる。
後に、芳太郎が、
「あのときは、お前、ほんとうによく来てくれた。あの二度目のとき、お前が、もし来てくれなかったら、こうして、お前と夫婦になることはできなかったろうね。ねえ、お道。お前、あのとき、おっ母《か》さんが怖《こわ》くなかったのか?」
と、訊《き》いたときに、お道は、
「はい。怖くはありませんでした」
「どうしてだろう。そこが、私にはわからない」
「私にも、わかりませんけど……」
いいさして、ちょっと黙っていたが、ややあって、お道はこういった。
「女と女でございますから……」
「女と女……」
「ええ」
「おっ母さんと、お前のことかい?」
「そうです」
「ふうむ……あの、おっ母さんを、私は女だとはおもっていなかったけれど」
「でも、そうなんでございます。私も小娘でしたけれど、ただ、何となく……」
「何となく、どうなのだ?」
「口に出しては、うまくいえませんし、いってしまっては味気《あじけ》ないように思いますけれど……」
「わからない。私には、さっぱりわからない」
そうした芳太郎だっただけに、
「お前さんに、はじめての子ができるのだ。これからは、もっと、しっかりしなくちゃあいけない」
お徳に、そういわれたとき、
「………?」
しっかりしろとは、どういうことなのだろう。
芳太郎は、まだ、生きた心地《ここち》がしなかった。
「若松屋の跡取《あとと》りが処女《きむすめ》に手をつけたからには、おのが女房にするつもりでいたのだろう。それとも、ただ、なぐさみものにしただけなのかえ?」
「いえ、なぐさみものなぞと、そんな……」
「では、女房にするつもりだったのだろうね」
「あの、お道を……あの、女房にしても、よろしいのでございますか?」
「いいよ」
事もなげにいわれたときには芳太郎、のちにお道へ、
「私ぁ、まだ床《とこ》にいて、夢を見ているのじゃないかとおもったよ」
と、洩らした。
お道も、二度、三度と土蔵の中で抱かれているうち、はじめて男の肌身を知った自分の躰が、
(どうしようもなく……)
芳太郎の躰と一つになってしまったような気がしてきて、そこから、芳太郎への愛情が芽生《めば》えはじめた。
それもまた当然であったろう。
若松屋芳太郎と、お道の祝言《しゆうげん》は、翌年の寛政七年正月十八日におこなわれた。
お道は十九歳。
芳太郎は三十三歳。
若松屋長兵衛は五十八歳、お徳は五十四歳になっている。
婚礼は、いたって質素《しつそ》におこなわれたが、深川〔万常〕の佐吉・おさわの夫婦や、酒屋の松次郎夫婦も、お道の実家という意味をふくめて招《まね》かれた。
「ほんとうに、まあ、お道が、こんな玉の輿《こし》に乗ろうなんて、おもってもみませんでしたよ」
と、万常のおさわは、呆気《あつけ》にとられていたものだ。
「ざまあ、見ろ」
佐吉は、得意になって、
「おれがいったことは、嘘じゃあなかったろう、どうだ」
「お前さんだって、お道が若松屋さんへ嫁《とつ》ぐとはいいませんでしたよ」
「そうはいわねえが、若松屋のお内儀さんなら、きっと、お道の行末を悪いようにはしなさらねえといったはずだ。どうだ、ちがうか」
「え……そりゃあ、まあ……」
「見ねえ。おれがいったとおりになったじゃねえか」
「でもねえ……」
「何だと。まだ、不服《ふふく》があるのか?」
「ありますともさ。これで、もう、お道は私たちのところへ帰って来ない。ねえ、そうじゃありませんか」
おさわは、まだ、あきらめきれない様子であった。
お道は、これまで、若松屋お徳の厳《きび》しい躾《しつけ》に耐えてきて、お徳の気に入りの嫁となったわけだから、お徳と諍《いさか》いを起し、若松屋を飛び出して来ることは期待できない。
「ああ……」
ためいきを吐《つ》いて、おさわは、つくづくといった。
「あのとき、どんなことをしても若松屋へ奉公に出すのじゃなかった……」
さらに、おさわをびっくりさせたのは、婚礼前のお道が、すでに芳太郎の子を身籠《みごも》っていたことだ。
「あの、お道がねえ……」
「まったくなあ……」
御用聞きの佐吉も、そのことについては、いささか驚《おどろ》いたらしく、
「おれも親父の代から、お上の御用をつとめていて、女の科人《とがにん》も数え切れねえほど手にかけたが、女という生きものは、いまだにわからねえところがある」
「まあ、親分。何をいってなさるんだろうねえ」
「さいわい、若松屋のお内儀さんが気に入ってくれていたからよかったようなものの、まかり間ちがえば、危《あやう》く、お道は|ふしだら《ヽヽヽヽ》な女にされてしまうところだった」
「だって、先に手を出したのは若旦那のほうじゃありませんか」
「どうして、わかる?」
「そりゃあ、きまってますとも。まさかに親分、あのお道のほうから手を出すわけのものでもなし……」
「そりゃ、まあ、そうだろうが……」
一瞬、佐吉は何ともいえない眼つきになり、まじまじと女房の顔を見つめたものだから、おさわが、
「あれ、嫌《いや》な。何で、そんなに見なさるのさ」
「女という生きものは……」
「もう、およしなさいよ、生きものなんていいなさるのは……」
「いや、お前の、その肚《はら》の底にも、亭主のおれが到底《とうてい》わからぬ性根《しようね》が隠されているとおもうと、何だか空恐《そらおそ》ろしくなってきた」
「何をいってなさるんですよ。私の肚の底なんか、何もありゃあしない。|からっぽ《ヽヽヽヽ》にきまってますよ」
「そりゃ、いまのお前には何もあるまいが、いざとなったときの女という生き……」
「また生きものかえ、親分。いいかげんにしておくんなさいよ」
「だがなあ、おさわ」
「ええ、もう。今夜の親分は何て|しつっこい《ヽヽヽヽヽ》のだろうねえ」
ついには、おさわが癇癪《かんしやく》を立ててしまった。
酒屋の松次郎夫婦も、万常同様に、お道の実家として、若松屋から正式の申し入れを受けたときには、使者に立った大番頭の善助へ、
「冗談《じようだん》をいっちゃあ困りますよ、番頭さん」
はじめは、本気《ほんき》にしなかったほどである。
本当の事とわかるや、松次郎夫婦は、
「やっぱり、お道っちゃんだねえ」
「さすがの若松屋のお内儀さんも兜《かぶと》をぬいだというわけか」
素直に、よろこんでいたようだ。
さて……。
お道と、晴れて夫婦になった芳太郎は、
「人が違ったように……」
はたらきはじめた。
お道は、女中あがりの新妻だけに、万事につつましくしていたが、表《おもて》の奉公人たちも、
「おい、おい。お道を、これからは若いお内儀さんといわなくてはならないのかね」
「どうも、弱ったねえ」
とか、
「まあ、あの娘《こ》がねえ。若旦那を土蔵の中へ引っ張り込んだんだとさ」
「見かけによらないねえ」
などと、陰口《かげぐち》もきこえたようだが、依然として、お徳の身のまわりの世話をしつづけ、芳太郎の妻としても、遺憾《いかん》がなく、奉公人たちへも、これまで同様に、ねんごろな態度をくずさないので、一年、二年たつうちには、奉公人のいずれもが、お道へ心服《しんぷく》するようになってしまう。
奥の女中たちは、おうめ、おさん、おみつの三人とも、はじめからお道の味方になってくれた。
これは、お道にとって、どれほど心強いことであったろう。
「あ、これなら大丈夫。これで、お店《たな》も御安泰《ごあんたい》だよ」
と、おうめは言ったそうな。
そして、お道へ対する態度が、がらりと変り、ことばづかいもていねいになった。おうめは先ず、身をもって、かくあるべきことを奉公人たちへしめしたのである。
「どうだえ、芳太郎……」
と、お徳が、或日、廊下を通りかかった芳太郎を居間へまねき入れて、
「商売をおぼえるのが、おもしろくなったようだねえ」
「はい」
「よかったねえ、お道を嫁にして」
「おかげで……」
芳太郎は、あとで、
「おっ母さんに、あんな優《やさ》しいことをいわれたのは、生まれて、はじめてだよ」
お道に、そういった。
この年の夏が来て、お道は男の子を産んだ。
祖父の長兵衛が、幸太郎《こうたろう》と名づけた。
そのころ、堀辰蔵は、久しぶりで江戸へもどって来ている。
空に、赤い月が浮いていた。
戸障子《としようじ》を開け放して蚊《か》いぶしを焚《た》き、青い蚊帳《かや》を吊《つ》り、その中で男がふたり、酒を酌みかわしている。
一は、先ごろ、江戸へもどって来たばかりの堀辰蔵《ほりたつぞう》。
一は、三井覚兵衛《みついかくべえ》である。
場所は、以前に堀辰蔵が根岸の寮を襲撃したときに使われた池之端仲町《いけのはたなかちよう》の、あのふしぎな家であった。
堀辰蔵は、四十五歳になっている。
辰蔵の鬢《びん》のあたりには白いものがまじっているし、辰蔵より年上の三井覚兵衛も五十に近い年齢になっているだろう。いや、五十をこえているやも知れぬ。
二年前に江戸を去った辰蔵を、今度また、よびもどしたのは三井覚兵衛だ。
辰蔵は、覚兵衛が手紙に書いてよこしたとおり、この池之端仲町の家へ旅装を解《と》いた。
それが昨日のことで、この家に住みついている老爺が、すぐに覚兵衛へ知らせに行き、一夜明けた今日の夕暮れになり、覚兵衛があらわれた。
二階の部屋へ入って来た三井覚兵衛を見て、
「ほう……」
めったには顔の色を変えぬ堀辰蔵が、苦笑を洩らし、
「三井さん。変ったのう」
と、声を投げた。
三井覚兵衛が、町人の姿《いでたち》をしていたからである。
羽織も着物も帯も立派なもので、むろん、町人|髷《まげ》に結《ゆ》い、白足袋《しろたび》をはいている。
覚兵衛の前歴について、辰蔵は何も知らぬし、また、知ろうともおもっていない。
辰蔵にわかっていることは、三井覚兵衛が侍《さむらい》として、剣の修行を|みっちり《ヽヽヽヽ》と積んだ男だということだけだ。
そうした覚兵衛だけにこうして町人姿になると、ことさらに貫禄《かんろく》がついて見え、しかるべき大きな商家の主人《あるじ》といわれても、おかしくはない。
「おどろいたか、堀」
「別に……」
「わしもな、退《の》っ引《ぴき》ならなくなって、こんな姿になった」
「ふむ……」
「羽沢《はねざわ》の元締《もとじめ》が、どうしても、表立っての片腕になってくれというのでな。そうなると、二本差しでいるわけにもまいらぬ」
三井覚兵衛と関《かか》わり合いの深い、両国の香《や》具|師《し》の元締・羽沢の嘉兵衛《かへえ》の片腕というからには、覚兵衛も、その世界の〔顔役〕として、生きるつもりになったのであろうか。
よくは知らぬが二年前の根岸の寮で暗殺した老人も、羽沢の嘉兵衛と縄張りを争っていた、何処かの香具師の元締だろうと、辰蔵は看《み》ている。
だが、そうしたことを深く探ってみようともおもわぬ辰蔵なのだ。
「なあ、堀……」
「うむ?」
「今度、また、江戸へ来てもらったのは、な……」
「また、人を斬れというわけかね、三井さん」
「上方《かみがた》では仕掛けをしなかったそうだな?」
「よく知っていなさる」
「堀。少し肥《こ》えたな」
「ぶらぶらと、何も考えずに遊び暮していたので」
「そうか。それもよい」
そこへ、半次が来て、酒の仕度にかかった。
三井は、この家《や》の湯殿へ行き、汗をながし、浴衣に着替えてもどって来ると、
「半次。戸を開けはなして、蚊帳《かや》を吊れ」
と、命じた。
半次は、二年ぶりで会う辰蔵へ、なつかしげな眼ざしを向け、あたたかい微笑を送ってきた。
「お変りもござんせんで……」
と、半次は辰蔵へ挨拶をした。
「おぬしも変らぬ」
「そうでござんすかね。そう見えましょうか」
「うむ。外面《そとづら》は、な」
「これはどうも、恐れ入りました」
半次は階下へ行き、鮎《あゆ》を手ぎわよく焼いて運んできた。
しばらく、酒を酌みかわしてから、三井覚兵衛が半次へ、
「呼ぶまでは、あがって来ぬでもよい」
と、いい、半次は階下へ降りて行った。
「なあ、堀」
「遠慮はいらぬ。何なりと申しつけたらよい」
「そういわれると……いや、おぬしには、これまで、ずいぶんと手を貸してもらったが……」
「金《かね》で始末がつくことだ。そのほかには、私のすることもない。ちょうど、ふところもさびしくなっている」
「そうか……ふむ。そういってもらうと、おれもはなしやすい」
三井覚兵衛は、堀辰蔵の盃《さかずき》へ酌をしてやってから、
「堀は何歳になったのだ?」
「さて、忘れてしまった」
「四十……?」
「いくつでもいい」
「行先《ゆくさき》のことを考えたことはないのか?」
「ない」
辰蔵は、かつての自分が父の敵《かたき》を追いもとめる身だったことを、覚兵衛に洩らしてはいなかった。
敵の加藤甚作は、たしか四十八歳になっているはずだ。
加藤は加藤で、いまも尚《なお》、辰蔵の探索を恐れながら何処かに息をひそめ、暮しつづけているにちがいない。もし、生きていればのことだが……。
しかし、当の堀辰蔵は、その父の敵を追いもとめる情熱をも失ってしまった。
父の敵を憎い、とも、おもえなくなってしまっている。
大金を受け取って、暗殺を請負《うけお》うという暮しを、もう六年もつづけてきて、自分が手にかけた人びとの血に、
(おれの両手は、まみれつくしている……)
となれば、たとえ父の敵を討ったところで、故郷の越後・新発田《しばた》へ帰れるものではないのだ。
辰蔵を腕ききの暗殺者に仕立てあげたのは三井覚兵衛だが、|むり《ヽヽ》にそうしたわけではない。
覚兵衛の|さそい《ヽヽヽ》を断わることもできたのだが、むしろ、辰蔵は我から覚兵衛のさそいに乗って行ったのである。
(あのとき、深川で、煙管師を斬ってしまった日から、おれは別の男になった……)
このことであった。
(あの煙管師のむすめが、同じ深川の……たしか、万常という料理屋で女中をしていたが……)
その、むすめの顔の記憶も、いまは、ぼんやりとしてしまっている。
まだ、多分《たぶん》に少女のおもかげが残っていて、色の浅ぐろい細面《ほそおもて》の、細いがしっかりした躰つきのむすめであった。
「おい、堀。どうした?」
「いや、別に……」
「ま、取っておけ」
と、三井覚兵衛が袱紗《ふくさ》包みを出し、ひらいて見せた。
小判で二十五両。
「当座の小遣《こづか》いにしてくれ」
「小遣いにしては多すぎる」
「それだけのことはしてもらうつもりだ。当分は此処にいてくれ。念《ねん》にはおよばぬことだろうが、外出《そとで》の折には笠をかぶって行くがいい」
長男の幸太郎を産んでからのお道に対して、いまは姑《しゆうとめ》となったお徳の躾《しつけ》は、以前にも増してきびしくなった。
それは、女中に対してのきびしさではない。
いまや、お道は、若松屋の跡《あと》とり息子の嫁になったわけだから、今度は女中を使う身の上になったわけだ。
そこで、お道に附く女中になったのが、古参《こさん》のおうめである。
おうめが買って出てくれたのだ。
これは、お道にとって、まことに、
(ありがたい……)
ことだったと、いわねばなるまい。
おうめならば何も彼も心得ているし、はじめから自分に好意をもっていてくれたわけだから、万事、胸を打ち割っての相談もできる。
そのかわり、姑のお徳の身のまわりについては、これまでどおり、自分がやることにした。
お徳は、
「もう、そんなことをしなくともいい。別の女中にさせるから……させなくてはいけない」
と、いったが、別の女中のすることで、我慢ができるようなお徳ではない。
それにしても、おうめが手伝《てつだ》ってくれるようになったのだから、労働の上では、お道もかなり楽になったといえよう。
そのかわりに、
「旦那や私が死んだ後は、芳太郎とお前さんが、立派に若松屋の看板を背負って行かなくてはならないのだから……」
というわけで、商売上のことを仕込まれるようになった。
これが、実にきびしい。
以前から、近くの平右衛門町で寺子屋《てらこや》をひらいている小南六四郎《こみなみろくしろう》の許《もと》へ三日に一度は通い、読み書きを習っていたお道に、
「これからは、毎日、通いなさい」
と、お徳がいった。
ことに、習字についてはうるさい。
小南のところで習ってきた文字を、帰って来てから、お徳の前で、また書かされる。
「そんな字を書いていては、若松屋の女房がつとまるものじゃあない。いずれは武家方《ぶけがた》の御用人《ごようにん》にも、手紙をさしあげなくてはならないのだからね」
とか、
「ほれ、何という筆の持ち方をする。もっと背すじをのばさないから手指まで妙なことになるのだ」
とか、
「まあ、いつまでたっても、お前さんという人は……」
たまりかねたように、煙管で、筆を持つお道の手を叩いたりする。
だが、いまや、お道は少しも辛《つら》くなかった。
お徳の胸の内は、わきまえつくしている。
憎いから叱るのではない。
見込みがあるから、躾をしてくれるのだ。
それに、寺子屋の先生である小南六四郎は、
「上達《じようたつ》がいちじるしい」
と、ほめてくれる。
お徳は、きびしくはあっても、女中の前では、いつも、お道を「若い内儀」として立ててくれたし、よびつけにしたこともない。
かならず「お前さん」とか「お道さん」とか、よぶのであった。
芳太郎は依然として母のお徳を恐れ、なるべく寄りつかぬようにしている。
それよりも芳太郎は、また、お道に逃げられはしないかという不安に絶えずおびやかされているらしく、
「いつも、おっ母さんの御守《おもり》をさせて、すまないねえ。たのみますよ。私は、お前が|たより《ヽヽヽ》なのだからね。今日は疲れたろう。よし、私が肩をもんであげよう。何、いいのだ、いいのだ。もませておくれ、私がもみたいのだから……」
などと、夜ふけに二人きりになると、懸命に、お道の機嫌《きげん》をとる。
「では、すみません。お願い申します」
お道も甘《あま》えて、夫に肩をもんでもらう。
終ると、今度は、
「私が、おもみしましょうね」
「すまないねえ」
「さ、横になって下さいまし」
「こうかい。ああ、いい気持ちだ。お前、何だよ。疲れているだろうから、ほんの少し、もんでくれればいいからね」
先ず、こうしたわけだから、夫婦仲の悪かろうはずはない。
(お父《とつ》つぁん。お道は、こんなに倖《しあわ》せになりましたよ)
お道は寝床の中で、殺された父親の源助へ、胸の中で呼びかけることがあった。
父親を殺した男への憎しみは消えていないが、歳月がたつにつれて、そこは女のことゆえ、怨《うら》みも薄くなってしまう。
現実の生活と亡父とがむすびつくだけで、父親を殺した男のことを忘れかけている。
芳太郎の妻になってからの明け暮れは、以前にも増していそがしい。
姑の世話をやくのと同時に、夫と子供の世話もしなくてはならぬ。
疲れもするが、病気になることもないし、むしろ、躰の肉づきがよくなってきたようだ。
いそがしいので、毎月の父母の命日を忘れてしまうこともあって、そんなときには姑のお徳が、
「困るねえ、お前さんは……実の親たちの命日を、いくらいそがしくても忘れることがあるものか」
こういって、お道の部屋の仏壇《ぶつだん》の前へ共に坐り、二人ならんで線香をあげる。
そして、お徳は、お経《きよう》を読んでくれるのだ。
これだけは、ほんとうにありがたいとおもった。
そして、翌年の春。
お道は、またも身籠《みごも》った。
「今度は、女の子がほしいねえ」
と、芳太郎がいった。
寛政八年の年が明けて、お道は二十歳《はたち》になった。
その正月の六日に、お道は幸太郎を連れて、深川へ出かけた。
いまのお道は、若松屋の若主人の妻である。
古参女中の|おうめ《ヽヽヽ》と手代《てだい》の新次郎《しんじろう》が附きそい、万常の佐吉夫婦から使用人たち、それに酒屋の松次郎夫婦や庄太、おしんへも贈り物を携《たずさ》え、これを手代が背負《せお》い、おうめは乳母《うば》のかたちで幸太郎を抱いている。
この二人の|お供《ヽヽ》を従え、眉《まゆ》を青々《あおあお》と剃《そ》りあげ、歯に鉄漿《かね》をつけ、見ちがえるような若女房となったお道があらわれると、万常の板場の男や女中たちが、
「ふうむ。こうも変るものかねえ」
「お道っちゃんも、大変な出世をしたものだ」
「まあ、こんなに可愛い男の子を、お道っちゃんが、ほんとうに産んだのかしらねえ」
目をみはって、よろこんでくれた。
松次郎宅でも同様で、近所の人たちが入れかわり立ちかわりあらわれては、祝いの言葉をかけてくれる。
「それにしてもさ……」
と、松次郎の女房|おきね《ヽヽヽ》が、
「この姿を、亡くなったお父《とつ》つぁんが見たら、どんなに、よろこんだことかねえ」
おもわず泪《なみだ》ぐむのへ、むすめの|おしん《ヽヽヽ》が、
「ねえ……ねえ、おっ母さん、|あのこと《ヽヽヽヽ》を、たのんでみておくんなさいよう」
しきりに袖を引いているのを見て、お道が、
「おしんちゃん、いったい何なの?」
「いえね、おしんは、若松屋さんへ奉公にあがりたいというのだよ」
と、おきねがいう。
父親の酒屋を手つだっている庄太は十六歳になり、おしんも十三になった。
その年ごろになれば、暮しが困っていなくとも、しかるべきところへ奉公にあがり、一応は女の苦労をし、それから嫁に行くというわけで、酒屋の松次郎も、
「そろそろ、おしんを何処かへやっておかなくてはいけない。いつまでも家《うち》で甘《あま》やかしておいては、ためにならない」
こう言ったときに、おしんが、
「どうせ奉公に行くのなら、若松屋さんへ行き、お道さんに仕込んでもらいたい」
と、いい出たのだそうな。
「まあ、ねえ……」
お道が、びっくりしたような顔つきで、
「おしんちゃんが、もう、そんなことをいうようになったのねえ」
すると、|おきね《ヽヽヽ》が、
「お前さんが、ちょうど、いまの|おしん《ヽヽヽ》の年齢《とし》に……」
いいさして、口を噤《つぐ》んだ。
お道が十三歳の夏に、父親の源助は、
「まるで、通り魔のようなやつに……」
殺害されたのであった。
お道が父親と住み暮していた隣りの家には、指物師《さしものし》が入っている。
「まあ、私の一存《いちぞん》ではいかないけれど、店《たな》へ帰って相談をしてみましょうよ」
お道は、そういって、
「そのかわり、おしんちゃん。若松屋の奉公は辛《つら》いことも多いけれど、辛抱《しんぼう》してくれなくては私の顔が潰《つぶ》れますよ。わかっていますね?」
「ええ、大丈夫」
「そう。それならば、聞いてみてあげましょう」
言葉づかいといい、わが子の幸太郎を抱いた落ちついた物腰《ものごし》といい、あまりの変りように、
(これが、あの、お道っちゃんか……)
と、松次郎夫婦は顔を見合わせている。
日暮れどきが近づいて来たので、お道は松次郎宅から、ふたたび、万常へもどった。
先刻までは万常にいた御用聞きの佐吉の姿がない。
「急にね、八丁堀の旦那からお呼び出しがあって出かけたのだよ」
と女房の|おさわ《ヽヽヽ》が、
「何でも一昨日《おととい》の夜、菊川橋の辺《あた》りで人殺しがあったとかでね」
「まあ……」
「殺されたのは、両国の香《や》具|師《し》の元締《もとじめ》で、羽沢の嘉兵衛という人らしい。|うち《ヽヽ》の親分はね、大きな声じゃいえないけれど……あんなやつは、死んじまったほうが世のため、人のためになるなんて、そういっていなすった」
「親分が、そんなことを……」
「殺されたやつも悪いやつ。殺したやつも悪いやつ。どうせ、悪いやつらの縄張《なわば》り争いが昂《こう》じたのだろうと、親分はね、昨日、知らせがあったときも、腰をあげなかったのだよ」
その香具師の元締は町駕籠《まちかご》に乗り、これを三人もの配下が護《まも》って夜更けの菊川橋をわたったところを、飛び出して来た何者かが、逃げた駕籠|舁《か》きを除《のぞ》いた四人を、
「みんな、たった一太刀《ひとたち》で息の根をとめてしまったそうな。親分は、こいつは二人や三人の仕わざではねえと、いっていなすったけれど……」
「嫌《いや》ですねえ」
「ほんとうに、世の中が、だんだん物騒《ぶつそう》になるばかりだねえ」
お道は、眉《まゆ》を顰《ひそ》めた。
人殺しと聞くと、それは必ず、父親が殺されたときの暗いおもい出に結びついてしまうのだ。
間もなく、お道は万常を辞去《じきよ》した。
「近いうちに、また、寄せてもらうからね」
と、おさわがいった。
あれほど、若松屋のお徳が嫌いだった|おさわ《ヽヽヽ》だけれども、お道を訪ねて行くと、お徳がこころよくもてなしてくれる。
お徳のことゆえ、|にこにこ《ヽヽヽヽ》と愛敬《あいきよう》を振りまくというわけにはまいらぬが、それでも必ず顔を出して、
「まあ、万常さん。ゆっくりとしておいでなさい」
と、いってくれる。
それも、お道の顔を立ててのことだと、佐吉夫婦にはよくわかった。
お徳の、松次郎夫婦に対する|あつかい《ヽヽヽヽ》も同様であった。
さて、この日。
若松屋へ帰って、お道はすぐに、お徳の居間へ行き、挨拶をすませてから、酒屋の松次郎のむすめ・おしんが、
「|こちら《ヽヽヽ》へ御奉公にあがりたいと申しているのですけれど……」
「ああ、おぼえている。あの子かえ」
「いかがなものでございましょう?」
「お前さんは、どうおもいなさる?」
「はい。こちらでつとめあげれば、何処へ行っても間ちがいはないと存じます。私も小さいころ、世話になった家のむすめでございますし、よろしければ御奉公を……」
「お前さんがよければそれでいい。私に異存《いぞん》はありませんよ」
「さようでございますか、ありがとう存じます」
「お前さんが、おもうように仕込みなすったらいい」
きびしいことに変りはないが、お徳の、お道へ対する言葉づかいは、がらりと変ってしまっている。
それは、どこまでも、自分の息子の嫁に対する言葉づかいであった。
お道は早速《さつそく》、おうめを使いに出し、このことを松次郎夫婦へ知らせてやった。
おしんが若松屋へ奉公にあがったのは、二月のはじめである。
|おしん《ヽヽヽ》は、お道附きの女中となった。
おうめとおしんの二人が、自分に附くようになったので、さすがに、お道は一息つける情態《じようたい》となった。
おしんは気ばたらきもよく、それに、お徳から叱りつけられても、
「相すみません」
さっぱりと謝《あやま》ってしまうと、くよくよすることがない。
「若いお内儀《かみ》さんが|こちら《ヽヽヽ》へ来たときに、そっくりだよ」
おうめがそう洩らしたそうだが、お道にいわせると、
(私よりも、おしんのほうが、ずっと上だ)
と、いうことになる。
少女のころのお道は、陰気《いんき》ではなかったが、明るい笑い声をたてることもなかった。
何事にも凝《じつ》と耐《た》え、全力をつくしてはたらくという〔しっかり者〕の感じがした。
おしんのほうは、一生懸命にはたらいても、そのようには見えない。
疲れを知らぬ健康のもちぬしだし、躰つきも、少女のころのお道にくらべると一《ひと》まわり大きい。お道は細面《ほそおもて》の細い躰つきであったが、おしんは丸顔《まるがお》で血色がみなぎっている。
そうしたおしんを見ているうちに、
(あ……そうだ)
|ふっ《ヽヽ》と、お道の脳裡《のうり》を掠《かす》めたものがある。
それは、一つの|おもいつき《ヽヽヽヽヽ》といってよかった。
その、おもいつきが実現するしないはさておき、以後のお道は、そうした思案《しあん》のもとに、おしんを仕込んで行くようになる。
お道が身籠《みごも》ったことを知ると、お徳は、
「躰をうごかさないのもいけないが、ともかくも、万事に気をつけて下さいよ」
と、念を押した。
この前、幸太郎を身籠《みごも》ったときには聞いたことのない姑《しゆうとめ》の言葉であった。
いずれにせよ、この年に入ってからのお徳は何やら疲れ気味《ぎみ》のようで、
「私の代りに……」
何処何処《どこどこ》へ行って来ておくれと、芳太郎へいいつけるようになってきた。
お徳は、五十五歳になっている。
(どこか、躰のぐあいが、お悪いのではないか?)
そう思って、お道が芳太郎へ、
「お医者さまに診《み》ていただいたほうがいいのではありませんか?」
相談してみると、芳太郎は笑って、
「おっ母さんもお前、そりゃ、いつまでも若くはないよ。五十を五つも越えれば何につけ、おとろえてくるものさ。だがねえ、お道。このごろのおっ母さんは土蔵《くら》の中へ入って、いろいろはたらいていなさる。あれで結構、いそがしいのだよ」
そういわれれば、たしかに、そのとおりで、
「お道さん。いっしょにおいで」
お徳といっしょに土蔵へ入り、古い昔の帳面だの、店であつかっていた商品だのを見せられながら、何かと商売上の教えを受けることが多くなってきた。
「芳太郎は旦那が仕込みなさる。私は、若松屋の内儀として心得ておかなくてはならないことを、お前さんに伝《つた》えているのだから、そのつもりで聞いておくれ」
と、お徳はいった。
商売上のこともあるが、若松屋の親類たちとの交際についても、いちいち、噛《か》んでふくめるように、お徳は伝えてくれる。
また、奉公人たちへのあつかいについても、何代もつづいた老舗《しにせ》だけに、
(なるほど、こういうものか……)
お道が、おもってもみなかった深い斟酌《しんしやく》がなされていることに、おどろいたものである。
「ま、私がこういっても、世の中はいつの間にか変ってしまう。現に、私の親たちの代にくらべると、|うち《ヽヽ》の商売の仕様も、ずいぶんと変ってきている。その変り目変り目を、よほどにうまく切りぬけて行かないと、|うち《ヽヽ》のような流行品《はやりもの》をあつかっている商売は、たちまちに足許《あしもと》を掬《すく》われてしまうのだよ」
「はい」
「だから、お前さんたちの代になってからは、何も旦那や私のいうとおりにしなくともいい。ただ物事というものは、古い物から新しい物が生まれるの道理《どうり》をわきまえておいてもらいたいからこそ、こうして、古い物をいろいろとお前さんに見てもらっているのだ」
「ありがとう存じます」
いまになって、お道は姑《しゆうとめ》の行きとどいた心が、はっきりとわかったおもいがしている。
秋になると、お道の躰の変化は、いよいよ目立つようになったが、二度目だけに落ちついていられたし、
「安心をおし。今度も安産《あんざん》ですよ」
と、お徳が請け合ってくれた。
さすがに、前のような躰のうごきができなくなり、そうなると、おしんがいてくれて、
(ほんとうに助かる……)
おもいがした。
古参のおうめには、まだ何となく遠慮があるけれども、おしんならば何でもたのめるし、また、してもくれる。
おしんは、お徳の身のまわりの世話もするようになったが、ふしぎなことに、お徳は気味がわるいほど文句をいわぬ。
「だいぶ、気がお弱りなさいましたねえ」
と、おうめがいった。
それだけに、お道も気をつかい、お徳に代って、おしんを厳しく叱りつけるようになった。
まことに叱りやすい。
いくら叱っても、おしんが根《ね》にもたぬからだ。
(やはり、私のおもいつきは、間ちがいではなかった……)
お道は、そうおもった。
この年も押しつまった十二月二十七日の朝。
お道は、女の子を産《う》んだ。
芳太郎は、大よろこびで、
「お道。名を何とつけようね」
「そうでございますねえ……」
お道は、若松屋長兵衛とお徳に相談をした。
そして、この女の子は「お光《みつ》」と、命名されたのであった。
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歳  月
その夜は、いつものように酒をすごさなかった所為《せい》か、寝床《ねどこ》に身を横たえても堀辰蔵は、なかなかに寝つけなかった。
その日。
堀辰蔵は、江戸へ着いたばかりであった。
辰蔵が、三井覚兵衛にたのまれ、七十両の仕掛金《しかけがね》で香《や》具|師《し》の元締《もとじめ》・羽沢《はねざわ》の嘉兵衛を暗殺してから、五年の歳月がながれていた。
あのころは、江戸市中の香具師の元締たちが縄張りを争い、暗殺もおこなわれたし、大きな金もうごいた。
三井覚兵衛は、その機に乗じて、関係の深かった羽沢の嘉兵衛を密《ひそ》かにほうむり、その後釜《あとがま》に坐る決意をかため、堀辰蔵を江戸へ呼び寄せたのだった。
嘉兵衛が死ねば、元締の座へ坐れるだけの見込みもついていたのであろう。
だが、辰蔵は深い事情は何も知らぬ。
そして、覚兵衛のいうがままにうごいた。
辰蔵は、以前から、大坂にいるときは、これも大坂の諸方の盛り場を牛耳《ぎゆうじ》っている香具師の元締・白子屋菊右《しろこやきくえ》衛|門《もん》の許《もと》へ身を寄せている。
菊右衛門は、大坂の道頓堀《どうとんぼり》・相生《あいおい》橋の北詰に〔白子屋〕という大きな料理屋を経営している。そうしたところは羽沢の嘉兵衛と同じであった。
白子屋菊右衛門と三井覚兵衛の関係も、古く深い。
「三井さんを、|この道《ヽヽヽ》へ引き入れたのは、このわしじゃ」
と、いつであったか、菊右衛門が辰蔵に洩らしたことがある。
覚兵衛が江戸へ出て、羽沢の嘉兵衛のためにはたらくようになってからも、この二人は絶えず連絡《つなぎ》をつけ合っていて、なればこそ、堀辰蔵が江戸で暗殺をするたびに、大坂の白子屋の許へ逃げ込むことができたわけだ。
そのかわり辰蔵も、白子屋の依頼を受け、これまで数人を殺《あや》めている。
覚兵衛が羽沢の嘉兵衛を殺したのも、おそらく、白子屋菊右衛門の了解《りようかい》を得てのことだったにちがいない。
その後、白子屋の配下が何人も江戸へ送り込まれ、覚兵衛の下ではたらくようになった。
いまの辰蔵は、京都の東山の裾《すそ》に小さな家を設《もう》け、中年の女中と老爺の二人を住み込みで雇《やと》い入れて暮しているが、白子屋からの連絡があれば、すぐに大坂へ出向いて行く。
今度も白子屋に、
「三井さんが呼んでいるゆえ、ちょいと江戸へ行ってきなはれ」
といわれ、五年ぶりに江戸の土を踏《ふ》んだのだ。
これまでの殺人で、辰蔵は夢のような大金を手にしていた。
しかし、白子屋が、
「堀さん。女《おなご》でも囲《かこ》うてみたらどうじゃ?」
などとすすめても、まったく興味をしめさぬ。
遊里へ足を踏み入れぬわけでないし、そうしたときには、おもいきって金をつかう。遊里ならば三十両、五十両の金など、わけなくつかい切ることができるし、さして怪《あや》しまれることもないからだ。
そうでもしなくては、到底、つかいきれなかったろう。
辰蔵に、
「おれは生きている」
という実感がない。
生きながら、死んでいるのも同様だと、つくづくおもうときがある。
三井覚兵衛や白子屋菊右衛門のあやつるままに身をまかせ、むしろ茫然《ぼうぜん》と日を送ることに、堀辰蔵は慣《な》れきってしまったようだ。
いうまでもなく、危険に取り巻かれている辰蔵であった。
暗殺を引き受けるときもそうだが、いつなんどき、お上《かみ》の探索によって捕えられるやも知れぬし、そうなれば当然、死罪を受けねばならぬ。
また、あまりにも暗殺の秘密を知りすぎた者には、
「そろそろ、消えてもらわねば……」
というわけで、白子屋や三井覚兵衛が別の仕掛人を雇《やと》い、辰蔵を殺そうとするやも知れぬ。
(まさか、三井がおれを……)
と、おもってはいるが、現に、辰蔵は白子屋から、
「あの男、そろそろ消えてもらわぬと、こちらの身があぶない。ひとつ、たのみます」
と、そうした殺しを引き受けたことがある。
それは二年前のことで、相手も辰蔵のような浪人であった。
尋常に斬り合ったら、辰蔵のほうが危かったやも知れぬ。京都の島原の遊里から駕籠で帰る相手を待ち伏せ、先ず、手槍を駕籠へ突き入れ、深傷《ふかで》を負《お》わしておいたからよかったものの、相手は屈せずに駕籠から転げ出て、辰蔵へ立ち向って来たものだ。
このとき、辰蔵は右の太股《ふともも》を切られ、ひどい目にあったが、何とか相手を殪《たお》すことができたのである。
その太股の傷が寒くなると、まだ疼《うず》く。
この夜、寝つけぬままに、辰蔵は太股の傷痕《きずあと》を撫《な》でていた。
冷えこみの強《きつ》い夜であった。
寛政十三年が改元《かいげん》のことあって享和元年となった、この年の十一月下旬(現代の十二月下旬)の或る夜のことで、明日には辰蔵の江戸到着を知った三井覚兵衛から知らせがあるはずだ。
堀辰蔵は、五十一歳になっていた。
この家は、池之端仲町にある例の|ふしぎな《ヽヽヽヽ》家で、番をしている老爺も以前のままだ。
「半次《はんじ》はどうしている?」
旅装を解《と》きつつ、堀辰蔵が老爺に尋ねると、
「ああ……あの半次さんは、去年の夏に病気で死にましてございますよ」
「何、死んだ……」
「へえ。そう聞いておりますが、私は、くわしいことを知りませんのでね」
「ふうむ……」
何となく、
(割り切れぬ……)
気持ちであった。
江戸にいるときの自分を親身になって世話をしてくれた半次だけに、辰蔵は上方《かみがた》にいても、彼を忘れたことはない。
(五年前までは、とても病死するようには見えなかったが……)
明日、三井覚兵衛に会えば、くわしいこともわかるだろう。
けれども、あまりにも簡単に半次の死を告げられた所為《せい》もあって、辰蔵は酒をのむ気にもなれず、寝つけなかったことも事実である。
それでも、いつの間にか、眠りかけていたらしい。
まだ、眠りが浅かった。
そのため、冷たい初冬の夜の闇の底にうごめく物の怪しい気配が、堀辰蔵を眠りから引きもどしてくれたといってよい。
辰蔵は、寝たまま、大刀を引き寄せた。
堀辰蔵が寝ている二階の部屋へ躍り込んで来た刺客は二人であった。
刺客たちは襖《ふすま》の向うまで侵入して来て、しばらく中の気配をうかがった後に、辰蔵が眠り込んでいるものとおもい、一気に襖を引き開けて襲いかかった。
同時に、辰蔵も寝床から跳《は》ね起き、大刀を抜いて迎え撃《う》った。
六畳の、暗い部屋の中で、三人の男が刀で斬り合ったのだが、まるで組打ちのようなかたちとなった。
辰蔵自身、どうやって闘ったのか、よくおぼえてはいない。
左の腕に焼鏝《やきごて》を押しつけられたような激痛をおぼえ、右手の刀だけは放すまいとしながら、二人の刺客と押し合い、揉《も》み合った。
刺客は、二人とも浪人のようであった。
「早く、早く……」
とか、
「そっちから斬れ」
とか、二人は叫びかわした。
二人は室内で遣《つか》いやすいように脇差《わきざし》を手にしていた。
ぶつかり合い、斬り合って、そのうちに辰蔵は部屋から飛び出し、せまい階段を、ほとんど転《ころ》げ落ちるようにして階下へ逃げた。
その辰蔵のうしろから、
「むうん……」
唸《うな》り声をあげ、刺客の一人が階段を落ちて来た。
逃げる辰蔵の一刀に、腹を突き刺されたのである。
「畜生め!!」
もう一人の刺客が階段を駆け下り、通路へ逃げた辰蔵を追った。
この刺客は、辰蔵が、せまい通路を抜けて玄関構えのような門から外へ逃げようとしているとおもいこみ、一気に通路へ走り出た。
ところが辰蔵は、戸口の傍の壁へ吸いつくようにして、自分を追って来る刺客を待ち構えていたのである。
ゆえに、刺客は辰蔵に背を見せて通路から門へ走ろうとしたわけだ。
その背中へ、辰蔵が、
「たあっ!!」
はじめて気合声を発し、飛びかかって斬りつけた。
「うわ……」
背中を切られ、おどろいて振り向いた刺客の喉元《のどもと》を、辰蔵の刀が横なぐりに切りはらっている。
刺客は刀を落し、笛が鳴るように奇妙な悲鳴をあげ、両腕を夜空へ突きあげて、仰向けに通路の石畳へ倒れた。
(二人、斬った……)
だが、これからどうしたらよい。
この家に、とどまっているわけにはゆかぬ。
料理屋や出合茶屋《であいぢやや》がたちならぶ一角だし、斬り合いの凄《すさ》まじい物音が辺《あた》りへきこえぬはずはない。
おそらく、だれかが、近くの番所なり番屋なりへ知らせに行ったろう。
ようやく、二人の刺客を殪《たお》した堀辰蔵も数カ所に傷を受け、通路から、しばらくはうごけぬ。
荒い呼吸を懸命にしずめつつ、
「老爺《おやじ》……老爺……」
辰蔵は戸口へ這《は》い寄り、家の中へ声をかけた。
こたえはない。逃げてしまったのか……。
(これでは、仕方もない)
通路へ、へたりこんだまま、辰蔵は、
(いっそのこと、今夜、彼奴《きやつ》らに斬られて死んでしまえばよかった……)
切実に、そうおもった。
切られた左腕の出血がおびただしく、全身の|ちから《ヽヽヽ》が抜け落ちて、手も足も知覚がなくなっている。
(ど、どうにでもなれ。捕《つか》まってもかまわぬ)
だが、その前に水をのみたかった。
喉が|ひりついて《ヽヽヽヽヽ》痛み、どうしようもない。
(水……水だ)
辰蔵が戸口から中へ這い込もうとしたとき、門の屋根を乗り越え、通路へ飛び下りた人影が一つ。
振り向いた辰蔵が、
「だれだ?」
声をかけると、
「あっ、先生。堀先生……」
通路を走り寄って来た男を見て、辰蔵が目をみはった。
「おぬし、半次ではないか?」
「さようで」
「死んだのではなかったのか……」
ちょうど、そのころ……。
浅草御門外・福井町三丁目の小間物問屋〔若松屋長兵衛〕方でも、異変が起っていた。
そのとき、お道は奥の二階の寝間に芳太郎と眠っていた。
奥庭に面した階下は、主人の長兵衛お徳夫婦の二間つづきの居間、それに湯殿・便所などがあり、二階の三間が芳太郎お道夫婦のものであった。
若夫婦の寝間の次の間に、幸太郎(六歳)、お光(五歳)の年子《としご》が眠っていた。
お道は、二十五歳になってい、芳太郎は三十九歳。
ちかごろ、めっきりと躰がおとろえた父親の長兵衛に代り、芳太郎は立派に若主人の役目を果している。
お徳は六十歳になり、三年ほど前に大病をしたけれども、それが、さいわいに回復してからは、むしろ以前より健康となり、躰も肥《こ》えてきたようだ。
芳太郎もお道も、何事につけ、お徳の指図を受けているが、それにしても、むかしにくらべれば、お徳も物やわらかになり、
「年を老《と》ると、こんなにおもしろい遊び道具ができようとはおもわなかった」
こういって、二人の孫の相手をするのが何よりもたのしみらしい。
孫たちを叱《しか》ることもない。
お道が、
「もっと、叱って下さいまし」
そういうと、お徳は苦《にが》笑いを浮かべて、
「それは、お前さんたちのすることだ。祖母《ばあ》さんは孫を甘やかすのが役目ですよ」
取り合おうともせぬ。
「変れば変るものでございますねえ」
と、四十七歳になった|おうめ《ヽヽヽ》が、おもわず洩らしたこともある。
さて、その夜更けに……。
何やら、|ずしん《ヽヽヽ》という物音が階下から二階の寝間へ響いてきたので、お道は、|はっ《ヽヽ》と目ざめた。
夫の芳太郎は、よく寝入っている。
(何だろう?)
半身を起したとき、階下で、若松屋長兵衛の、うろたえた叫び声がきこえた。
「ありゃあ、何だ?」
芳太郎も目ざめて、立ちあがった。
夫の芳太郎より先に、お道は階下へ駆け降りて行った。
奥の小廊下に、お徳を抱き起した長兵衛がいて、女中部屋から走り出た|おうめ《ヽヽヽ》と|おしん《ヽヽヽ》へ、
「早く、お医者さまを……早く、早く……」
と、叫んでいた。
お徳は、目ざめて小用に立ち、用を足し、小廊下を寝間へもどろうとして、突然、転倒《てんとう》したのである。
心ノ臓の発作《ほつさ》が起ったのだ。
前に大病をしたときも、心ノ臓を患《わずら》ったのだが、回復してからは一度も発作を起していなかった。
それだけに、油断《ゆだん》もあったのだろう。
かかりつけの医者が駆けつけて来る前に……というより、妻が転倒する物音に飛び出して来た長兵衛が、
「これ、しっかりしなさい」
抱き起すと、お徳は長兵衛の胸へしがみつくようにして二《ふた》声、三《み》声、呻《うめ》いたかとおもうと、がっくりと息絶えてしまった。
夕餉《ゆうげ》をすまし、しばらくしてから、お道が幸太郎とお光を連れて、お徳の居間へおもむき、
「おやすみなさい」
と、二人の子に挨拶をさせたのが、姑《しゆうとめ》の元気な姿を見た最後であった。
そのときのお徳には、何の変りもなかった。
夫の長兵衛の躰《からだ》が、急に衰《おとろ》えはじめてからは、
「もしもの事があるといけない」
と、お徳は長兵衛の寝間で、共に眠るようになり、
「そんなに、気をつかってもらわなくても……」
長兵衛は、おどろきもし、よろこびもした。
養子として若松屋の主人になって以来、家つきの妻が、このような心情をしめしてくれたのは、これがはじめてといってよい。
若松屋の家族も、また奉公人たちも、お徳の死を悲しんだ。
これがもし、十年前のお徳だったら、
「大きな声じゃあいえないが、|ほっ《ヽヽ》としたね」
「まったくだ」
そんな陰口《かげぐち》もきかれたにちがいない。
お徳は、お道という自分の後継者を、
「ようやくに……」
見つけ出し、これを厳《きび》しく鍛《きた》えぬき、お道が息子の芳太郎を助けて、
(私が死んだ後にも、私が教え込んだとおりに、やってくれるにちがいない)
見きわめをつけたときから、がらりと人柄が変ったようにおもわれる。
お道は、ほんとうの母親に死なれたような悲しみをおぼえた。
実の母は、まだ幼いときに亡くなり、悲しくはあったが、それはどこまでも子供の悲しみであり、父親の源助が殺されたときは、悲しみよりも驚愕《きようがく》のほうが強く、無我夢中だったのである。
若松屋長兵衛は、だれよりも悲嘆《ひたん》が深く、衝撃も強かったらしい。
約一年の、自分へ対するお徳の優《やさ》しいあつかいが、まるで夢を見ているようにうれしく、長年にわたって、養家の暖簾《のれん》を、
(汚《けが》してはならぬ)
と、骨身《ほねみ》を削《けず》って、はたらいてきただけに、その疲労が心身に積《つ》もり、衰弱しはじめた自分を介抱《かいほう》してくれるお徳に、長兵衛は、たよりきっていた。
芳太郎は、長兵衛のことを、
「お道。気をつけておくれよ」
念を入れたし、お道も、できるかぎりは亡きお徳の寝間で眠るようにつとめた。
しかし、長兵衛は、
「ああ、もう……これで、もう、私の|つとめ《ヽヽヽ》は終りました。お前さんたちがしっかりとやってくれるので、おもい残すことは少しもない」
何かにつけて、芳太郎とお道へいうようになった。
そして、この年が終るころ、長兵衛は臥床《ふしど》から起きあがれぬようになってしまった。
若松屋長兵衛が亡くなったのは、翌享和二年の三月四日の夜である。
息絶えんとして長兵衛は枕頭《ちんとう》に詰めきっている芳太郎とお道、それに孫たちの顔をながめ、
「もう、安心だ……安心だ」
呟《つぶや》くようにいってから、両眼を閉《と》じた。
その長兵衛のおもいは、若松屋の親類たちや奉公人も同じであったろう。
同業の主人たちも、
「若松屋さんも、あの跡取《あとと》りなら大丈夫だ」
「何しろ、内儀がしっかりしていなさるからねえ」
「それもそうだが、あの息子が……いや、芳太郎さんが、これだけになるとはおもわなかった」
「まったく。こうなると何だねえ、亡くなった前の内儀が、えらかったということになりましょうかね」
「そりゃあ、まあ、そうなのだろうが、ひとりでえらがっていたって仕方もない。仕込みを受けた、いまの夫婦もえらいということだ」
などと、評判をしているらしい。
ここに芳太郎は、六代目の若松屋長兵衛を名乗ることになる。
で、これよりは芳太郎を、長兵衛の名をもってよぶことにしよう。
ときに芳太郎は……いえ、若松屋長兵衛は四十歳。
お道は、二十六歳。
この年の夏には、大番頭の善助が亡くなった。
「嫌《いや》だねえ、お道。どうしてこう、嫌なことばかりつづくのだろう」
と、長兵衛が眉《まゆ》をひそめた。
けれども、前世代の人びとが、この世から姿を消すときは、こうしたものなのである。
これからは、長兵衛とお道が、若松屋を我が子の幸太郎に引き継がせるまで、油断も隙もなくはたらきつづけねばならないのだ。
夫婦は気を引きしめた。
その緊張のうちに、二年、三年と歳月が過ぎ去って行く。
それは「あっ……」という間のことで、亡き両親も、
「私たちの年ごろには、あんなに呆気《あつけ》なく月日がたってしまったものかねえ」
と、長兵衛がいった。
「きっと、同じだったとおもいますよ」
「そうかねえ。私が、お前をほれ、土蔵の中へ引っ張り込んだころには、一年が、うんざりするほど長かった」
「あ、何を、いまになって……」
「お前。このごろ、大分に肥《ふと》ったようじゃないか」
「まあ、嫌《いや》な……」
「ねえ、お道」
「はい?」
「もう一人、子供がほしいね。そう、おもわないか?」
「そうでございますね」
「ま、こっちへおいで。おいでというに……」
だが、この後、どうしたことか、長兵衛夫婦には子が生まれなかった。
そのかわり、幸太郎もお光も病気一つすることなく、すくすくと育って行ったのである。
若松屋は、盛業《せいぎよう》をつづけた。
文化四年(西暦一八〇七年)の年が明けて、お道は三十一歳になった。
例年のように、幸太郎(十三歳)お光(十二歳)の二人の子を連れ、すでに五十の坂をこえた女中の|おうめ《ヽヽヽ》と手代《てだい》を従え、お道は深川へおもむいた。
先ず、万常へ行き、新年の挨拶をしたわけだが、ちょうど、そのとき、万常の常客の日野屋孫兵衛《ひのやまごべえ》が来ていて、
「旦那。このひとはむかし、旦那に可愛《かわい》がっていただきました女中でございます。おわかりになりましょうか?」
おさわが、お道を連れて日野屋の座敷へ挨拶に行き、こういうと、
「はて……だれだっけね?」
「その節は、ありがとう存じました」
と、頭を下げるお道を、日野屋孫兵衛が凝《じつ》と見て、
「さあ……どうも、わからない」
|くび《ヽヽ》をひねった。
お道が、万常で座敷女中の見習いとしてはたらいていたのは、十四から十六までの二年間であった。
その折、日野屋は、他の座敷女中からお道の身の上をきいて、
「そりゃあ、まことに気の毒な……」
と、何かにつけて親切にしてくれ、万常にあらわれるたびに、たとえ、お道が座敷へ出なくとも、
「これをね、あの可哀想《かわいそう》なお道へあげておくれ」
かならず、こころづけの金をわたしてよこしたものだし、
「これは、お前さんが着たら、ちょうどいいとおもってね」
帯や着物を買って来てくれたこともある。
日野屋孫兵衛は、日本橋通り三丁目の薬種問屋の主人で、いまは六十をこえているであろう。
「どうしても、おわかりになりませんか?」
と、おさわ。
「いや、こうして、じっくりと顔を見ているのだが、わからないねえ」
「お道でございますよ、旦那」
と、おさわが笑い出した。
「ええっ……」
日野屋は目をみはり、真底《しんそこ》からびっくりしたらしい。
「ま、まさか……?」
「お道でございます」
また、お道が頭を下げた。
「ほ、ほんとうかい。これが、あの……」
いいさした日野屋が、
「ふうむ……」
息を引いて、まじまじとお道を見やり、
「まるで、狐《きつね》に化《ば》かされたような……」
と、いったものだ。
少女のころのお道は、丈夫ではあったが痩《や》せていて、ことに父が殺された後、たった独りきりの身の上になってはたらきはじめ、緊張と不安の連続だったといってよい。
いかに丈夫でも、これでは肥るわけがない。
それから十五年後のいま、お道は胸も腰も、たっぷりとした肉置《ししお》きになってしまい、顔貌《がんぼう》もふくよかになって、わずかではあるが顎《あご》が二重になりはじめた。
だからといって、苦労が熄《や》んだというわけではない。
六代目若松屋長兵衛の妻として、夫の手助けをするばかりではなく、二人の子や大勢の奉公人の面倒を見なくてはならず、一日として気の休《やす》まることはない。
しかし、当時の女が三十をこえれば、その成熟度は、心の上にも躰の上にも、現代の女とは、
「くらべものにならない」
のである。
もともと健康な躰のもちぬしだけに、二人の子を産み、大店《おおだな》の内儀としての環境が|ぴたり《ヽヽヽ》と板についてくれば、当然、躰つきも変ってくる。
その上、髪は丸髷《まるまげ》、青々と眉《まゆ》を剃《そ》りあげ、歯には鉄漿《かね》をつけた人妻の姿なのだから、日野屋孫兵衛にしてみれば、
「一足飛《いつそくと》びに……」
お道の変貌へ向い合ったわけなのだから、
「こりゃあ、どう見てもわかろうはずがない」
と、ようやくに驚嘆《きようたん》の表情が消えた顔がほころび、
「ふうむ……なるほど。そういわれてみれば、たしかにお道っちゃんだねえ」
日野屋は、ようやくに納得《なつとく》をした。
「お前さんが、こんなに立派になったとは……いや、まことにめでたい」
お道が若松屋の人となったことは、ずっと前に耳へはさんでいた日野屋だが、何分にも十五年の歳月をへだててのことゆえ、日野屋の脳裡《のうり》には少女のころのお道のおもかげしか浮かんでこなかったのも|むり《ヽヽ》はない。
「いや、何だね。男なら、こうは変らぬものだよ。変るのは女だ。よきにつけ、悪《あ》しきにつけ、女は、いつも変っている。ひどいときには、たった一日で面相《めんそう》が変ってしまうからねえ」
と、これは、お道とおさわが引き下った後で、日野屋が座敷女中に洩らした言葉だそうな。
さて……。
この日、深川から帰って来たお道は臥床《ふしど》へ入ってからも、なかなかに寝つけなかった。
となりの床にいる長兵衛が、|それ《ヽヽ》に気づいたらしく、
「これ……これ、お道……」
「……はい」
「どうした。寝苦《ねぐる》しいのかえ?」
「いえ、別に……」
「どうも先刻から気にかかっていたのだが……お前、深川から帰って来てから気色《きしよく》がすぐれないようだけれど、躰のぐあいでも悪いのか?」
お道は、ためいきを吐いて、
「すみません。そう見えますかしら?」
「ああ、見える」
「申しわけございません」
「いったい、どうしなすった?」
「実は旦那。今日《ヽヽ》、万常さんへまいりましたところ、親分さんが正月早々、寝込んでいなさいましたので……」
「佐吉さんが……そりゃあいけない」
「ま、私には元気の様子を見せていなさいましたけれど、半年ほど、お目にかからぬうちに、すっかり痩《や》せおとろえてしまいまして……」
「いけないねえ」
「むかしから、お上《かみ》の御用|一筋《ひとすじ》に根《こん》をつめておいでなさいましたから……」
「そうだ。|うち《ヽヽ》の親父《おやじ》どのと同じことだよ」
「はあ……」
「そうだね。それでは、二、三日のうちに、私が行って様子を見て来《こ》よう。その上で、よい薬なり何なり、できるだけのことをしてさしあげようじゃないか」
「ありがとう存じます」
「なあに、これはお前さんの実家《さと》同様の人たちのことだ、黙ってはいられませんよ」
黒江町の佐吉は、この年の夏の盛りに病歿した。
享年五十歳であった。
女房の|おさわ《ヽヽヽ》はむろんのこと、若松屋長兵衛お道の夫婦も、およぶかぎり医薬《いやく》の手をつくしたが、やはり、いけなかった。
お道の予感が、的中《てきちゆう》したことになる。
佐吉の病気は、現代《いま》でいう癌《がん》のようなものだったのではないだろうか。
息を引きとる三日前に、お道が見舞いに行くと、
「今度は、すっかり厄介《やつかい》をかけてしまったねえ」
佐吉は病《や》みおとろえた白い紙のような顔色をしていながらも、落ちつきはらって半身を起し、お道へ微笑《ほほえ》みかけながら、
「ま、これをごらん」
懐紙《かいし》の上へ、銀煙管《ぎんぎせる》を乗せて、お道の前へ出した。
「おぼえているかえ?」
「はい」
忘れるものではない。父親の源助の死体の傍《そば》に残されていた、あの煙管であった。蜻蛉《とんぼ》が一つ、精妙な細工で刻《ほ》り込まれてある古びた銀煙管だ。
「あれから十何年もの間、この煙管を手がかりに、お前のお父《とつ》つぁんの敵《かたき》を討ってやろうと、ずいぶん探《さぐ》りまわったものだが……ま、かんべんをしておくれよ、お道。とうとう、見つからねえままに、|あの世《ヽヽヽ》へ旅立つことになってしまった……」
「そんなこと、親分さん……」
「お前は女だ。しかも、若松屋の内儀に出世したからには、憎い敵のことを忘れてしまうがいい」
「はい」
「この煙管を、始末してしまってもいいね?」
「あの、でも……」
「それとも、お前が持っているかえ?」
「親分さんさえ、よろしければ……」
「いいとも」
佐吉が懐紙に包んで手わたした煙管を、お道が押しいただくようにしたものだから、佐吉は不審の面《おも》もちで、
「お前、妙なことをするじゃあねえか。その煙管は、お前のお父つぁんを殺《あや》めたやつの……」
「いいえ、ちがうんです」
「何がちがう?」
「私は、十何年もの間の、親分さんの御恩《ごおん》を忘れまいとして、この煙管をいただいたのでございますよ」
「う……」
「死んだお父つぁんも、こんなに長い間、親分さんの心にかけていただいて、きっと、よろこんでおります」
佐吉は、目をみはったまま、しばらくは言葉もなかった。
ややあって、
「ありがとうよ、お道。よくいってくれた。かたじけねえ」
いうや、たちまちに佐吉の両眼が潤《うる》みかかって、
「たのむよ、おい」
「え……?」
「女房をたのむよ」
「はい」
こうなっては「大丈夫ですよ、きっと癒《なお》りますとも」などという御座《おざ》なりの言葉を口にのぼせぬお道である。
「御安心なさいまし」
きっぱりと、佐吉に請け合った。
「うむ、うむ」
大きくうなずいた御用聞きの佐吉が、
「これで、おれも百人力で、三途《さんず》の川が渡れようというものだ」
みずからを励《はげ》ますような声で、そういった。
こうして、佐吉が亡くなった後での、女房おさわの嘆きは一方《ひとかた》のものではなかった。
万常の座敷女中たちが、
「いいかい。みんなで、おかみさんから目を離さないようにしなくてはいけないよ」
「もしやすると、親分の後を追いなさるかも知れない」
「そのことだよ。男の人たちにも、念を押しておこう」
一時は、ひそかに打ち合わせ、おさわを見張っていたこともあったようだ。
佐吉の二七日《ふたなぬか》の忌日がすぎて間もなく、万常へあらわれたお道が、おさわに、
「おかみさん。どうか、しっかりして下さいましよ」
「もう、どうしていいのだか、わからなくなってしまった……」
「そんなことをいってはいけませんよ」
「だって、お道。お前さんでも、|うち《ヽヽ》にいてくれたら、万常の暖簾《のれん》を引き渡すという張り合いもあろうけれど……」
「いえ、私は若松屋にいても、此処が実家《さと》なんでございますから……」
「いくら、そういってもらっても……もう、私は店をやって行く張りが消えてしまった」
「いい跡つぎがございますよ」
「え……?」
「そのつもりで、それとなく私が仕込んだ人がいるんでございます」
「何だって……?」
「いえ、親分さんが亡くなる、亡くならないにかかわらず、此処のむすめ分《ぶん》として、お手助けができようかとおもいましてね」
「そりゃあ、お前、だれなんだえ?」
「おかみさんも、よく御存知の人でございますよ」
「だ、だれだろう。わからないねえ」
「|おしん《ヽヽヽ》でございます」
「まあ……」
「あの娘《こ》なら大丈夫でございます。私が、しっかりと見きわめました。かならずおかみさんのためになることと存じます」
かねてから、佐吉おさわの夫婦が年|老《お》いたときのことを考え、お道は、おしんをそのような目で見て、こころづもりをしながら身近《みぢか》において仕込んできた。
この年、二十四歳になった|おしん《ヽヽヽ》は、むろん、そのことを知らぬ。
もっとも、お道は自分ひとりで決め込んではならぬとおもい、これまでに何度も、おしんへ、
「そろそろ、お嫁に行かないといけないねえ」
もちかけてみても、おしんは、
「いいえ、私はお嫁になんか行きたくありません。いつまでも、お側《そば》において下さいまし」
いい張ってきかなかったのだ。
「ほんとうに、お前。おしんちゃんが|うち《ヽヽ》へ来てくれるのかえ?」
「説《と》きふせます」
「まあ、おもいがけないことになったねえ」
おどろきながらも、おさわは満更《まんざら》ではない。
おしんは、お道の使いやらお供やらで、何度も万常へ来ているし、気性《きしよう》が明るく、気ばたらきのよいおしんを、おさわも気に入っていた。
「いいかえ。お前さんは私の代りに万常へ行ってもらうのですよ。いわば私の実家の養女となるのだから、こうなれば、私とお前さんは姉妹同様ということになる。だから、たのみます。こうしてたのむから、万常へ行っておくれ」
手をついてたのむ、お道に対して、おしんもこれを断ることができぬ。
この年の秋。
おしんは万常の養女となり、三年後に、木挽《こびき》町六丁目の料理屋・石津屋《いしづや》の次男で一つ年下の平次郎《へいじろう》と夫婦になった。
万常は、この夫婦養子によって引き継がれて行き、おさわは亡くなるまで、お道のはからいを感謝していた。
それはさておき……。
御用聞きの佐吉が亡くなった年の十一月下旬に、こんな事件が起った。
それは、お道の関《かか》わり知らぬことではあったが……。
その夜。
川向うの寺嶋村《てらじまむら》(現東京都墨田区東向島)の、諏訪明神《すわみようじん》の社《やしろ》の横道を入ったところにある〔大村《おおむら》〕という料理茶屋で、三井覚兵衛《みついかくべえ》が客になっていた。
いまの覚兵衛は、二代目・羽沢《はねざわ》の嘉兵衛《かへえ》になりきっており、香《や》具|師《し》の元締としての羽振《はぶ》りも相当なものだ。
以前、いっしょに暮していたお吉《きち》は病死してしまい、覚兵衛は、先代の嘉兵衛が根城にしていた本所・元町の料理茶屋〔河半〕に住み暮している。
先代の妾《めかけ》だったおもんは、先代が殺された後で、三井覚兵衛のものになった。
覚兵衛が密《ひそ》かに手をまわし、堀辰蔵を使って先代を暗殺させたことを、おもんは知っていない。
いまの覚兵衛を、羽沢の嘉兵衛とよぶべきだろうが、まぎらわしくなるので、やはり、三井覚兵衛の名で通したい。
覚兵衛は、六十を一つ二つはこえていよう。
白髪を上品な町人|髷《まげ》にゆい、地味な羽織・着物、白足袋という姿を見ると、どこかの大店《おおだな》の主人《あるじ》としかおもえない。
覚兵衛を〔大村〕へ招いたのは、これこそ、正真正銘《しようしんしようめい》の大店の主人で、浅草並木町の蝋燭問屋《ろうそくどんや》・伊豆蔵屋七兵衛《いずくらやしちべえ》という。
〔大村〕は、こんもりとした木立と竹林に囲まれてい、風雅《ふうが》な茅《かや》屋根の離れ屋が庭にいくつかある。
この店は格式も高く、大身の旗本なども忍んであらわれるそうな。
覚兵衛と伊豆蔵屋七兵衛は、その離れ屋の一棟《ひとむね》で酒を酌《く》みかわしている。
それぞれの、供の男たちは別の場所で酒をのんでいるらしい。
先刻から、座敷女中も入れずに、二人きりで密談をかわしていたが、その途中で、伊豆蔵屋が出した重い金包みを、三井覚兵衛はふところへ仕舞《しま》い込んだ。
「さて……これで、はなしはすみましたな、伊豆蔵屋さん」
「はい。どうか元締。よろしく、お願いを申します」
「ようございますとも。ま、安心をしておいでなさるがいい」
と、立ちあがった覚兵衛が小用《こよう》のため、渡り廊下へ出て行った。
それを見送ってから、伊豆蔵屋が女中をよび、
「酒をたのみますよ。それから、そろそろ料理も出しておくれ」
「かしこまりましてございます」
一方、渡り廊下へ出た三井覚兵衛は、其処に控えていた手下《てした》の男へ、
「御苦労だのう。もう見張りはいらぬ。向うへ行って、みんなといっしょに飲んで来るがいい」
「へえ。では、そうさせていただきます」
「うむ」
うなずいて、覚兵衛は渡り廊下を歩み、突き当りの雪隠《せつちん》(便所)へ入って行った。
別の離れから、三味線、太鼓の音がきこえている。
雪隠には、香がたきこめられてい、覚兵衛は戸を開けて中へ入った。
その瞬間に……。
雪隠の天井《てんじよう》から人が降《ふ》ってきた。
天井へ吸いつくようにして、覚兵衛が入って来るのを待ちかまえていたのだ。
覚兵衛が、おどろいたときには、何かで頭を叩きつけられ、声もたてずに気を失った。
天井から降って来た男は、半次である。
半次は、気絶《きぜつ》をした覚兵衛を雪隠から、裏の竹藪《たけやぶ》へ引きずり込んだ。
そこに、もう一人の男が待っていた。
五十七歳になった堀辰蔵であった。
辰蔵は灰色の布《ぬの》で顔を包み、手に杖《つえ》をついている。
「旦那。うまくいきました」
「声を立てぬように、口を……」
「合点《がつてん》だ」
半次が用意の布で覚兵衛の口へ猿轡《さるぐつわ》をかませた。
「よし。立たせて、そこの木へ寄りかからせろ」
「へい」
半次が、覚兵衛をいわれたようにした。
杖を手放し、腰を落した堀辰蔵が大刀の柄《つか》へ手をかけ、
「よし、はなれろ」
と、声をかけた。
半次が、覚兵衛の躰をささえていた手をはなし、飛び退《の》いた。
三井覚兵衛が、半《なか》ば息を吹き返したらしく、よろりとなったのへ、
「む!!」
堀辰蔵が抜き打ちに斬りつけた。
一|閃《せん》、二|閃《せん》、覚兵衛へ刃《やいば》をあびせかけておいて、
「行くぞ」
辰蔵が竹藪の中を、足をひきつつ走り出した。
杖を拾《ひろ》った半次が、その後へつづき、二人とも深い夜の闇に呑《の》まれてしまった。
倒れた三井覚兵衛が凄《すさ》まじい唸《うな》り声を発し、のたうちまわっている。
猿轡を外《はず》そうとしても、それが不可能であった。
辰蔵の刃に、覚兵衛の両腕は肘《ひじ》の下から切り落されてしまっている。
いつまでたっても雪隠からもどらぬ三井覚兵衛に、伊豆蔵屋が渡り廊下へ出て来て、覚兵衛の唸り声をきいた。
それから大騒ぎとなったわけだが、手下の者が駆けつけたとき、覚兵衛は死んではいなかった。
そのころ。
堀辰蔵と半次は、大村から遠く離れた小道を歩いている。
「旦那。どうして殺《や》ってしまわなかったので?」
「なあに、おれが手にかけたことを、覚兵衛にわからせたかったのさ。死んでしまってはわかるまい」
「なるほど」
「腕二本、叩っ斬ってやったのだ。あいつも行先、長くはあるまいよ」
「ざまあ、見やがれ。旦那もあっしも、さんざ、こき使っておいて、てめえの悪事を知りすぎたから消してしまおうなんて……。三井覚兵衛は、もう少し増《ま》しなやつだとおもっていましたがね」
「仕返しをするのに、何年もかかったのう」
「覚兵衛も油断のねえやつでござんすからね」
「だが、今夜は油断をした」
「へっ。いい気味だ」
「半次……」
「何です?」
「この仕返しはおもしろかったのう。おかげで、この数年の間は退屈《たいくつ》をしなかったものな」
「まったくで。旦那も、あのとき、ずいぶん斬られなすったものねえ」
「お前が助けに来てくれなんだら、あのとき、死んでいたろうよ」
二人の目の前に小さな川があらわれた。
そこに小舟が、二人を待っていた。
[#改ページ]
雪 の 朝
「もし、お目ざめでございますか?……もし……」
寝間の外の小廊下で、女中の|おうめ《ヽヽヽ》の嗄《しわが》れた声がした。
「あ……おうめさんかえ」
「さようでございます」
「いま、行きますよ」
こういって、お道は臥床《ふしど》から半身を起した。
師走《しわす》(陰暦の十二月)の朝の寒気が、まだ薄暗い寝間に張りつめている。
となりの臥床では、五十二歳になった夫の若松屋長兵衛が寝息をたてている。
この年、文化十一年も暮れようとしていた。
お道は、三十八歳になり、女中のおうめは六十になった。
急いで寝間着《ねまき》の上から女用の半纏《はんてん》を着て、
(雪は熄《や》んだのかしら?……それにしても……)
それにしても、おうめが早朝の寝間へ声をかけるなどとは、めずらしい。
何か、急ぎの事が起ったのであろう。
かつて、姑《しゆうとめ》のお徳がつかっていた、この寝間には、長《なが》四畳の次の間がついている。そこを通って障子《しようじ》を開けたお道の前に、おうめが寒そうに屈《かが》み込んでいた。
廊下の雨戸は、まだ閉まっている。
「どうしました、おうめさん」
お道は、若松屋へはじめて奉公にあがった自分を親切にしてくれた|おうめ《ヽヽヽ》を呼び捨てにはしていない。
「あの、表に行き倒れがございまして……正どんが表の戸を開けましたら、向うの佐竹《さたけ》様の塀の裾に老人《としより》が倒れて……ともかくも、裏の土間へ引き入れておきましたが、どういたしましょう?」
「息は?」
「まだ、あるようでございますが……」
うなずいたお道は、おうめと共に大台所へ出て行った。
すでに起きて朝の仕度にかかっていた女中や小僧、手代たちが、土間に仰向《あおむ》けに倒れている老人を取り囲んでいた。
老人は、まだ息を吹き返していない。
小僧の正吉が見つけたときは、出羽の国久保田二十万五千八百石の城主・佐竹侯《さたけこう》の上屋敷の塀外に、二枚の莚《むしろ》を引きかぶり、倒れていたそうな。
その莚にも、雪が積もっている。
昨日の昼すぎから降り出した雪は、今朝になっても熄《や》んでいない。
正吉は、近寄って見て、すぐに行き倒れとわかったので、走りもどって手代に告げ、ともかくも大台所の土間へ運び込んだのである。
老人は洗いざらしの股引《ももひき》こそつけているが、垢《あか》じみた袷《あわせ》を痩《や》せおとろえた躰にまとい、右手に、しっかりと、竹の杖をつかんでいた。
薄くなった白髪を無造作《むぞうさ》に結び、
「まるで、火鉢の灰のような顔色……」
をして、口もとを固く喰いしばっている。
おそらく年齢は、
(七十をこえていよう)
だれもが、そうおもった。
「番屋へ知らせましょうか?」
と、手代の孝次郎が、お道へ尋《き》いた。
「まあ、その前に手当をしておあげ」
竈《かまど》の火の温《ぬく》もりと、ぬるま湯の介抱《かいほう》を受けて、老人は薄く両眼をひらいた。
枯《か》れ木のような躰であったが、肩幅がひろく、骨組もしっかりしている。
介抱を受けている老人の、骨が浮き出た腕に刀の傷痕《きずあと》があった。
刀はおろか、刃物一つ身につけていない老人であったが、
(このお人は、むかし、おさむらいだったにちがいない)
と、お道は看《み》て、腰を落し、
「もし、お気がつきましたか?」
老人へ声をかけた。
「ここは?」
「若松屋という店の台所でございます。あなたが、向うの佐竹様の塀外に倒れておいでだったもので……」
「助けて下された……」
「はい」
老人は、ほろ苦《にが》い笑いを浮かべ、
「死なぬうちに、朝が、来てしもうたか……」
「まあ、何をいいなさることか……」
「夜のうちに、死ねるかとおもうていたが……つまらぬことをしてくれましたな」
「では、死ぬおつもりだったので?」
「はい。物も食べておらぬし、あの雪の中を歩いていて、眠くなってきたので、これは|しめた《ヽヽヽ》と……」
「まあ……」
みんな、呆《あき》れ果てて老人をながめていた。
この老人、堀辰蔵《ほりたつぞう》であった。
人びとの目には、七十をこえて見えたが、この年で辰蔵は六十四歳になっている。
やがて……。
おうめがつくってくれた重湯《おもゆ》を啜《すす》り込んだとき、堀辰蔵は、つくづく、なさけなさそうな声で、こういった。
「ああ……死にたいとおもうている身が、われ知らず口をつけてしもうたわい。何とあさましいことじゃ」
お道も辰蔵も、たがいに|それ《ヽヽ》と気づかぬ。
深川〔万常《まんつね》〕で、お道は一度だけ、堀辰蔵を見ていたし、金一両という祝儀《しゆうぎ》をもらってびっくりしたこともあるが、それはもう二十何年も前のことだ。
客のひとりの贅沢《ぜいたく》な風采《ふうさい》の侍という印象だけだったし、むろん、あのときのことは忘れてしまっている。たとえ、おもい出したとしても、当時の辰蔵と、いま此処に行き倒れの老人となった辰蔵とは、到底、一つにはなるまい。
辰蔵は、いまも尚、自分の一方的な激昂《げつこう》によって殺害してしまった煙管師《きせるし》と、その娘のことを忘れてはいない。
辰蔵は、三井覚兵衛と万常へ行ったときをふくめて、少女のお道を二度、見ている。
その、お道の面影《おもかげ》は、いまも瞼《まぶた》を閉じると微《かす》かに浮かびあがってくるけれども、だからといって、三十八歳の大店の内儀となり、ふっくらとした顔だちになり、貫禄《かんろく》も充分な躰つきに変ったお道とは、これまた一つにはならなかった。
結局、堀辰蔵は若松屋で一間をあたえられ、手当を受けることになった。
「どこのだれとも知れない人を、いいのかねえ」
と、若松屋長兵衛がいった。
番頭たちも、
(妙な関《かか》わり合いになっては……)
と、おもっていたらしい。
だが、お道は、
「ともかくも、躰がよくなるまで……」
ということで、夫の了解を得た。
早くから両親を失ったお道は、老人に弱いところがある。
ことに、
(男の年寄りを見ると、まだ、恩返しもしてあげないうちに死なれてしまったお父《とつ》つぁんを想い出して……)
しまうのであった。
堀辰蔵について、お道は不安もおぼえず、心配もしていなかった。
想像もつかぬような苦労を重ねてきたらしく、いまは何の欲もなくなり、ただ、ひたすらに、
「うまいぐあいに死にたかった……」
という老人に、
「嘘はない」
見きわめをつけていたのである。
辰蔵は姓を名乗らず、
「吉蔵《きちぞう》と申します」
と、いった。
医者に診《み》せるまでもなく、常備の薬湯と食事だけで、十日もすると、辰蔵は起きあがれるようになった。
「お内儀さん。とんだ厄介《やつかい》をかけてしまいましたな。これで、どうやら歩けましょうよ」
と、いい出た辰蔵へ、お道が、
「何処へ行きなさる?」
「そうだのう……やはり、死場所をさがすことになりましょうよ。どうも、わしは意気地《いくじ》がないものだから、うまく死ねないのだ」
「また、そんなことを……」
「二年前までは、気の合った相棒《あいぼう》がいたのですがね。こやつが病死してしまった後は、なるべく金も持たぬようにして、行きあたりばったりで、だんだんに躰がおとろえてきて……ま、先日のように、雪の中で凍《こお》りついて死んでしまうのが、いちばんよかったのだが……」
淡々と、何の衒《てら》いもなくいう辰蔵に、お道は笑いをさそわれてしまう。
お道は老人に身寄りはないのか、などと尋ねることをしなかった。
老人の面倒を見る身寄りがいるなら、行き倒れになるはずもないからだ。
「先日は、もう少しで、うまく死ねるところだったのだが……」
「よけいなことをして、悪かったかしら」
「そういわれると、わしは返事の仕様がないなあ」
「ま、もう少し、此処にいてみたらどうですか?」
「わしはね、お内儀さん。むかしは悪い事ばかりして、いろいろと、その怪我《けが》をしたりしているものだから、躰も、うまくうごいてくれぬし……何の役にも立たぬ」
「まあ、気をつかわなくとも、ゆっくりしておいでなさい。そのうちに、死場所とやらが見つかるかも知れない」
その、お道の言葉が気に入ったらしく、
「ふむ、そうか……では、まあ、少々、世話になるかね」
「そうなさるがいい」
いまの堀辰蔵には、毒気《どくけ》も欲もない。
また、怖いものは何一つない。
老《お》いて、このような人柄になったのは、二年前に病死をした半次との数年にわたる生活によるものだったろうか……。
三井覚兵衛を殺してのち、辰蔵と半次は、一人も手にかけていなかった。
貧しくとも助け合いながら、旅から旅の暮しをつづけてきたといってよい。
その年月が、いまの堀辰蔵をつくりあげたというか……いや、亡父の敵《かたき》を追って、故郷の越後・新発田《しばた》を出る前の辰蔵にもどったといったほうがよいのか。
辰蔵は、大台所に近い屋根裏の一間をあたえられ、寝起きするようになった。
お道には、それでも重い口をひらく辰蔵だったが、若松屋の奉公人とは、ほとんど口をきかない。
年が明けて、文化十二年になると、辰蔵は、もっぱら、薪割《まきわ》りを受け持った。
その薪割りに、他の奉公人は目をみはった。
左腕が不自由らしく、右腕一つで鉈《なた》をふるい、山のように積んだ薪をつぎからつぎへ割りこなしてゆく。
息もはずませず、掛け声ひとつ起らなかった。
「やっぱり、もとは、おさむらいだね」
「まったく見事なものだねえ」
奉公人たちは陰で、うわさをしているが、こちらから辰蔵へはなしかけることもない。
おうめなどが時折、はなしかけても、辰蔵は返事をしなかった。
お道も、辰蔵の身の上について尋ねたりはせぬ。
辰蔵のほうから語り出すのならともかく、こちらから尋《き》くべきことではないからだ。
そうしたお道の配慮や、親しげに近寄って来る奉公人もいないので、それが気楽らしく、辰蔵は、春が来ても若松屋を出ようとしなかった。
黙々《もくもく》として、辰蔵は下男のすることにはたらきつづけた。
骨張った老体のうごきは鈍《にぶ》かったけれども、風雪にさらしつくされた石仏《いしぼとけ》のような、皺《しわ》の深い老顔には微笑ひとつ浮いてはこない。
なるべく、人目に立たぬようにして、辰蔵は裏手から外へ出たことはなかった。
「使い走りをさせてはいけない」
と、お道は、みんなに念を入れた。
躰も不自由のようだし、それにまた、
(|ふい《ヽヽ》と、何処かへ行ってしまうかも知れない……)
ような気がしたからである。
何処かへ行くつもりなら、いつでも行けるのだが、
(そこはそれ、|はずみ《ヽヽヽ》というものがあるから……)
と、お道は、考えたのだ。
物事の|はずみ《ヽヽヽ》というものは、実におそろしい。
父親が殺されたのもそうだし、また、夫の長兵衛が若いころ、女中だった自分を土蔵の中で抱きすくめたのも|それ《ヽヽ》であった。
そうした、お道の運命が、ひいては酒屋の松次郎のむすめの|おしん《ヽヽヽ》が〔万常〕の養女になったことへもむすびついている。
おしんは、いま夫の平次郎との間にお雪という女の子をもうけ、夫婦仲よく〔万常〕の経営に打ち込んでいる。
万常の|おさわ《ヽヽヽ》は、そろそろ六十に近くなったが、いまも元気で、客の座敷へ顔を出している。
酒屋の松次郎方では、夫婦ともに変りがない。
長男の庄太は三十五になり、女房のおすみとの間に梅太郎という子をもうけ、これもまた老いた父親にかわり、酒屋のあるじにおさまっている。
この年、お道は三十九歳になったわけだから、長男の幸太郎は二十歳になった。
「|うち《ヽヽ》にいて、甘《あま》やかしてはいけない」
と、若松屋長兵衛がいい、四年前から幸太郎は、同業の小間物問屋で南伝馬町一丁目に店舗がある尾村屋源治郎《おむらやげんじろう》方へ修業に出て、いまは手代をつとめている。
むすめのお光は十九歳になった。
お光は年ごろでもあるし、縫い物などの稽古《けいこ》にいそがしい。
また、母親のお道がきびしいので、家の中のこともよくやるようになった。
春が過ぎ、夏が来た。
〔吉蔵〕こと堀辰蔵の細い躰に、いくらか肉がついたようである。
そうした或日。
お光は、本所・松坂町二丁目の袋物問屋《ふくろものどんや》・菱屋忠右《ひしやちゆうえ》衛|門《もん》方へ、泊りがけで遊びに出かけた。
菱屋は、若松屋の親類にあたる。
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橋 の 上
菱屋忠右《ひしやちゆうえ》衛|門《もん》には、お光より一つ下の、お八重《やえ》というむすめがいる。
二人は仲がよくて、お八重が若松屋へ泊りがけで遊びに来ると、お光もまた菱屋へ泊りがけで遊びに行く。
お光は父親の長兵衛に似たかして、顔だちも姿も美しく、若松屋の界隈《かいわい》では、
「福井町|小町《こまち》」
などと、よぶものもいるそうな。
さて……。
お光は、菱屋に三日泊って帰ることになっていた。
送り迎えは、お崎《さき》という女中の役目であった。
お崎はしっかりした気性《きしよう》の三十女で、若松屋へ奉公にあがってから八年になる。
一度、嫁にいったが、どうしたわけか不縁《ふえん》となり、
「もう、人の女房になるのは懲《こ》り懲《ご》りでございます」
と、お道に洩《も》らしたことがあった。
お崎の叔母が、むかし若松屋へ奉公にあがっていた縁で、
「どうか、お願いを申しますでございます」
その叔母にたのまれ、お道はお崎を引き受けたのである。
その日の午後。
菱屋へ、お光を迎えに行くため、お崎が若松屋を出て間もなく、堀辰蔵《ほりたつぞう》の姿が消えた。
もっとも、若松屋の人びとが|それ《ヽヽ》に気づいたのは夕暮れになってからだ。
辰蔵は裏の木戸から、着のみ着のままで、杖《つえ》を手に|ふらり《ヽヽヽ》と出て行った。
そして、柳原の土手下の店で、莚《むしろ》と菅笠《すげがさ》を買った。
そして、歩み出した。
ゆっくり、ゆっくりと辰蔵は歩む。
夏の盛りのことで、今日も朝から暑かったが、風が立っていて心地《ここち》よい。
辰蔵は、この日に、若松屋のお光が帰って来ることなど知ってはいないし、したがって、お崎が迎えに出たことも知らない。
若松屋の人びととは、ほとんど口をきかぬ堀辰蔵であった。
ただ、この日の朝。
お道が廊下に出ると、辰蔵が庭の掃除《そうじ》をしていて、
「お早うございます。今日も暑くなりそうで……」
めずらしく、辰蔵のほうから声をかけてきた。
「吉蔵さん。精が出ますね」
お道が、そういうのへ、
「何の。|ろく《ヽヽ》なはたらきもできませぬよ」
そのとき、お道は店のほうに急な用事があったので、微笑《ほほえ》みながら二度ほどうなずいて見せ、廊下を立ち去ったが、後になって辰蔵の姿が見えないと聞いたとき、何となく、朝の辰蔵の様子が気にかかった。
廊下を立ち去るお道へ、辰蔵は、何かいいたげな面《おも》もちだったような気がしたからだ。
それは事実であって、辰蔵は、それとなく、お道へ別れの挨拶をしたかったのである。
しかし、はっきりと挨拶をしてしまうと、引きとめられるやも知れぬ。
(何と、いおうか……?)
おもい迷っているうちに、お道は立ち去ってしまった。
(ま、仕方もないわい)
行くあてもなく歩みつつ、堀辰蔵は胸の内で、
(ありがとうございました。おかげで束《つか》の間《ま》、人なみの暮しをさせてもらいましたよ)
お道へ、礼をのべている。
辰蔵は、また、死ぬことを考えはじめた。
若松屋にいることが嫌《いや》になったのではないが、いつまでも、とどまっていることは避《さ》けねばならぬ。
この江戸で、辰蔵は何人もの人を殺している。
たとえ、外へ出なくとも、いつ、どんなことから、以前の血なまぐさい自分の姿が見つけ出され、
(若松屋さんに、迷惑《めいわく》がかかってはならぬ……)
このことであった。
(やはり、物を食わずに歩きつづけて江戸を離れ、どこかの田舎道で行き倒れになって息絶えるのが、いちばんいいようじゃな)
川へ身を投げたり、刃物で自殺するのは、あまり好ましくなかった。
食を絶って死ぬのが、もっとも自然のようにおもわれる。ふところには二|分《ぶ》ほどの金を持っているが、これで何か旨《うま》いものでも食べ、それから後は断食《だんじき》のまま歩むつもりだ。
(今度は、人に助けられてはならぬ。何処か、人の目につかぬような場所を探そう)
若松屋の内儀に助けられて、いくらかは元気になったが、いまの自分の躰は、何処も彼処《かしこ》も、
「悪いところだらけ……」
のような気がする。
刺客に切りつけられた左腕の傷は深くて、おもうようにうごかぬし、他にも何箇処か傷を受けていて、季節の変り目などには躰中が痛む。
そればかりではなく、不気味《ぶきみ》な目眩《めまい》がするし、左胸のあたりが圧迫されるように痛むこともある。
若松屋の内儀は、一度、医者に躰を診《み》てもらうようにと、しきりにすすめてくれるが、そんなことをしたら、この傷だらけの躰を人の目にさらすことになる。
また、医者に診せても|むだ《ヽヽ》だし、食を断たなくとも、これから先、それほど長くは生きられそうもない、と辰蔵はおもっていた。
(半次。間もなく、お前のところへ行くぞ。待たせたのう)
胸の内によびかけつつ、堀辰蔵は、いつしか両国橋へさしかかっていた。
橋をわたったところの店で、最後に食べてみたいものがあった。
両国橋を東へわたりきった、本所・元町に〔原治《はらじ》〕という蕎麦《そば》屋がある。
元禄《げんろく》のころからの古い蕎麦屋だそうで、むかしは、いまの二倍も三倍も大きな店だったという。
かつて、同じ元町の料理茶屋・河半《かわはん》の離れ屋に住み暮していたころ、堀辰蔵は〔原治〕の蕎麦を好み、
「退屈しのぎに……」
よく、やって来たものだ。
ことに、寒いころに出す蒸切《むしきり》そばは、辰蔵の大好物なのだ。
これは、湯でさらした|そば《ヽヽ》を水で洗い、蒸籠《せいろう》に入れて熱く蒸しあげ、柚子《ゆず》の香りのする汁《つゆ》につけて食べる。
その風味は、越後の城下町で育った辰蔵にとって、
「何ともいえぬ……」
ものであった。
元町の〔河半〕は、すでに代《だい》が替っていた。
三井覚兵衛が暗殺されて後、両国の盛り場一帯を縄張りにする香具師の元締は、加納屋甚之助《かのうやじんのすけ》という男の手に移ったらしい。
そのときもまた、血なまぐさい事件が夜の闇の中で何度も起ったにちがいない。
だがそれは、もはや堀辰蔵の関知《かんち》するところではなかった。
〔河半〕は、三井覚兵衛の死後、一年ほど休業をしたのち、売りに出された。
いまは〔川口屋〕という店名に変り、香具師仲間とは関係がない。
去年の秋に、久しぶりで江戸へもどって来た堀辰蔵は、ぶらりと、このあたりへやって来て、原治で|そば《ヽヽ》を食べたついでに、河半の前を通り、店の名前が変ったことを知っていたが、その後の深い事情は知らぬ。
また、知ろうともおもわぬ。
もしも、むかしの自分を知っていた者がこのあたりにいて、
「殺《や》ってしまえ」
とばかり、飛びかかって来ても一向《いつこう》にかまわぬ。
「よく見つけてくれた」
と、いいたいところだ。
(やつらに、斬られて死ぬるもいい)
関係のない人びとに迷惑をかけぬならば、である。
両国橋をわたりきった堀辰蔵は、橋の東詰の広場を突切り、まっすぐに蕎麦屋の原治へ入って行った。
夕暮れには、少し間がある時刻で客も多くなかった。
辰蔵は笠をぬぎ、ひろい|入れ込み《ヽヽヽヽ》の一隅に坐って、
「酒をもらいましょうかな。それと、太打《ふとう》ちをたのむ」
と小女《こおんな》に注文をした。
原治の太打ち、これも遠い元禄のころを偲《しの》ばせる、この店の名物であった。
太く打った黒い蕎麦を、箸《はし》でちぎるようにして食べる。
辰蔵がなめるようにして酒をのみ、太打ちを口に運ぶうち、稲妻が光った。
いつの間にか、原治の店の中が薄墨《うすずみ》をながしたようになっている。
雷鳴《らいめい》が起り、雨が叩きつけてきた。
ちょうど、そのころ、原治からさして遠くはない松坂町の菱屋方では、お光が、迎えに来た女中のお崎と共に帰ろうとしていた。
「あ、これはいけない。もう少し、待つがいいよ」
菱屋のあるじにそういわれて、お光とお崎は、驟雨《しゆうう》が通りすぎるのを待つことにした。
「ひゃあ、この夕立《ゆうだち》にはたまらねえ」
「原治が目の前で、ちょうどよかった」
などと、いいかわしながら、雨を避けて飛び込んで来る客で、原治の入れ込みはたちまちに満員となった。
「へい、ごめんなさいよ」
と、堀辰蔵の前へも、職人らしい男が二人、坐り込み、注文した酒が来ると、
「ま、ひとつ……」
辰蔵の盃へ酌をしてくれた。
「すみませんのう」
と、辰蔵。
目を細めて盃を口へもってゆく辰蔵を、辰蔵に殺された三井覚兵衛が見たら、なんというだろう。
「堀、善人面《ぜんにんづら》をして、まだ、生きていたのか」
吐き捨てるように、いうやも知れぬ。
あるいは、
「うらやましい顔つきになったのう」
嘆息を、洩《も》らすやも知れぬ。
雷鳴《らいめい》と雨が、ひとしきり激しくなってから、しだいに遠退《とおの》きはじめた。
「もう、じきにあがるぜ」
原治の戸障子を開けて、空を仰いだ客が、連れの男にいうのがきこえた。
やがて、雨音が消えた。
夏の夕暮れの光りがさし込んできた。
「では、ごめんを……」
辰蔵は、前の職人たちへ挨拶をして立ちあがった。
「気をつけて行きなせえ」
「はい。ありがとう」
これより先、お光とお崎は、雨があがったので菱屋を出て、帰途についている。
原治を出た、堀辰蔵は、
(さて、どっちへ足を向けたらよいものか……)
ちょっと考えてから、
(そうじゃ、この世の名残りに鎌倉《かまくら》を見物しよう)
こころが決まった。
鎌倉は、源氏に関係の深い土地で、かの源頼朝《みなもとのよりとも》が幕府をひらいたところである。
辰蔵の耳へもきこえている有名な寺々が美しい山間《やまあい》にあって、名高い八幡宮の社《やしろ》も、
「そりゃあ、大したものでございますぜ」
と、死んだ半次から何度も聞かされていた。
海も近く、その海に浮かぶ江の島には、
「弁天《べんてん》さまを祀《まつ》ってありますよ。私は、江の島の近くの漁師のせがれでござんす」
半次は、そういった。
(そうじゃ、それがいい。海を見て、寺々をまわって、山の中の、だれにも見つからぬ場所へ、この身を横たえ、飢《う》えて死のう)
何だか、はればれとした気分になってきて、辰蔵は原治の軒下《のきした》をはなれた。
数年前から、父の敵《かたき》・加藤甚作のことも、辰蔵の脳裡《のうり》に浮かんではこなくなっていた。
加藤甚作が生きていれば、六十八になっていることになる。
とても、生きているとは考えられない。
加藤は、堀辰蔵が自分を|つけねらい《ヽヽヽヽヽ》、探しもとめているとおもい、夜も昼も怯《おび》えつつ諸国を逃げまわり、何処かで息絶えたにちがいない。
ところで、鎌倉へ行くとなれば、両国橋を西へ渡り返さねばならぬ。
橋のたもとの広場には、夕立が去るのを待っていた人びとが、いそがしそうに行き交《か》っていた。
西の空の夕焼けが雨の後だけにあざやかである。
菅笠をかぶり、莚を背負い、杖をついた堀辰蔵は両国橋をわたりはじめた。
そのとき……。
橋上の何処かで、人の叫び声と悲鳴があがった。
橋を渡る人たちが、こちらへ逃げるようにして駆けて来る。
(どうしたのだ?)
辰蔵は足を速め、橋の中程まで来て、
「あ……」
おもわず、笠の中で低く叫んだ。
何と、若松屋のむすめのお光が、垢臭《あかくさ》い浪人に抱きすくめられ、悲鳴をあげているではないか。
女中のお崎は、別の浪人二人に蹴倒《けたお》され、蹲《うずくま》っている。
また、だれかが叫んだ。
とめに入った通りがかりの町人が、もう一人の浪人に大川の中へ投げ込まれたのであった。
無頼《ぶらい》の浪人は合わせて四人であった。
「助けてえ……」
お光が、必死に叫んだ。
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星 の 瞬 き
近年は、江戸市中に、無頼《ぶらい》の浪人たちが増えるばかりとなって、幕府も奉行所も頭を悩ましている。
戦国の時代は、二百年も前に終っていて、いかに刀や槍を手にしていても、それだけでは生きて行けぬ。二百年もの間に、取り潰《つぶ》された大名たちの家来の数もおびただしく、それが浪人となって、巷《ちまた》にあふれ出てくる。
堀辰蔵《ほりたつぞう》にしてみれば、
(他人事《ひとごと》にはおもえぬ……)
と、いってよい。
辰蔵が辿《たど》って来た道を振り返ってみても、なまじ両刀を帯している浪人たちの生きる道は、ほとんどない。
いさぎよく武士を捨てて、手に職をおぼえるとか、町人と共にはたらくとか、それができる者は別として、彼らが自暴自棄となり、野良犬と化すのも、あわれといえばあわれなのだ。
このとき、辰蔵より一足先に両国橋を渡りはじめたお光とお崎の向うから、四人の無頼浪人がやって来て、美しいお光を見ると、高笑いをしながら卑猥《ひわい》な言葉をあびせかけた。
気丈《きじよう》なお崎は、お光を庇《かば》いつつ、軽蔑《けいべつ》の目を浪人たちへ向けながら行きすぎようとした。
「待て、女。その目つきはなんだ?」
怒鳴《どな》った浪人が、追いかけて来て、いきなり、お崎を殴《なぐ》りつけた。
四人の浪人は、ひどく酔ってい、夕立の中を傘《かさ》もささずに歩いて来たらしく、ずぶ濡《ぬ》れとなっていた。
「やい、むすめ。ちょいと来い」
背丈の高い中年の浪人が、逃げようとするお光へ飛びかかって抱きすくめた。
「何をするんですよ」
叫んで、走り寄ろうとしたお崎は、殴られて鼻血をふき出している。
「ええ、うるさい!!」
たちまちに、お崎は蹴倒され、頭や顔を殴りつけられ、半《なか》ば気を失いかけた。
抱きすくめた、お光の胸元へ浪人の手が伸びた。
「かまわぬ。裸に剥《む》いてしまえ」
「よおし」
お光が救いをもとめても、これを助けようとしたのは、川へ投げ込まれた町人ひとりであった。
見物は遠巻きにして、無頼浪人どもの無法な狼藉《ろうぜき》をながめているのみだ。見物の中に、救いをもとめるため、走って行った者もいたが、たとえ、だれかが駆けつけてくれたとしても、それまでにお光は裸にされてしまうにちがいなかった。
酔いどれの四人の浪人どもは、げらげら笑いながら、お光を嬲《なぶ》りものにしようとしている。ともかくも処女《むすめ》を裸にすることがおもしろいのだ。
堀辰蔵が菅笠をぬぎ、背負った莚を外《はず》し捨てて、浪人たちへ歩み寄ったのは、このときである。
「なんだ、老《お》いぼれ」
「そのむすめは、わしの知り合いじゃ。はなしてやってもらいたい」
「何だと!!」
横合いから、浪人のひとりが辰蔵の前へまわり、胸座《むなぐら》をつかんだ。
その瞬間、辰蔵の躰がわずかにうごいたかに見えたとき、
「ぎゃあっ……」
辰蔵の胸座から両手をはなし、顔を押えた浪人が、のけぞるようによろめいた。
辰蔵の右手の二本の指が、浪人の鼻すじをすべって二つの眼へ|ずぶり《ヽヽヽ》と入ったのである。
「おのれ……」
浪人の一人が大刀を引き抜いたとき、辰蔵は猛然と、まだお光を抱きすくめている浪人へ飛びかかった。
お光の肩ごしに突き出した辰蔵の拳《こぶし》で鼻を撃《う》たれた浪人が、
「うわ……」
お光を手ばなした。
「あっ、吉蔵さん……」
おどろいて叫ぶお光へ、
「お嬢さん、早くお逃げ」
しわがれた声をかけておいて辰蔵は鼻を撃たれて蹌踉《よろけ》た浪人へ組みついて行った。
その辰蔵の背へ、
「うぬ!!」
別の浪人が斬りつけた。
背中を浅く切られたが、辰蔵は振り向きもせず、組みついた浪人の下へ身を沈めた。
浪人の躰が宙に浮いた。
浮いたかとおもうと、見えなくなった。
橋の欄干《らんかん》を越え、浪人が大川へ投げ込まれたのだ。
「くそ!!」
「老いぼれめが!!」
二人の浪人は血相を変えて、辰蔵へ斬りかかった。
見物の中から、男たちが飛び出して来て、お光と、倒れているお崎を助けて行った。
浪人たちは、もう、お光とお崎に目もくれず、激昂《げつこう》して辰蔵を追いつめている。
「石だ、石を投げろ」
と、だれかが叫んだ。
辰蔵の指で両眼を突き刺された浪人は、苦痛の呻《うめ》きをあげながら、橋板の上を這《は》いずりまわっている。
「この畜生め!!」
男たちが、この浪人を叩き伏せ、蹴飛ばしはじめた。
「吉蔵さんを……あの、おじいさんを助けて」
見物の中から、お光の声がきこえたが、おそらく堀辰蔵の耳へは入らなかったろう。
橋の上を西詰の方へ浪人たちをさそいこみつつ、
「たあっ!!」
斬りつけて来る刃《やいば》を躱《かわ》しざま、辰蔵が、その浪人の股間《こかん》の急所を蹴りあげた。
同時に辰蔵は、後ろへまわり込んだ別の浪人の一刀を右肩に深く受け、のめるように橋板へ両手をついた。
「う、うう……」
急所を蹴りつけられた浪人は刀を落し、両手を股間にあてがい、白眼を剥《む》き出している。
「うぬ!!」
倒れかかった辰蔵へ、浪人が、また斬りつけた。
橋板に血が飛沫《しぶ》いた。
石塊《いしくれ》が飛んで来て、浪人の頭へ当ったのは、このときだ。
ようやくに橋のたもとから、人びとが石塊《いしくれ》を拾いあつめてきたのである。
石塊は、一人残った浪人へ八方から襲いかかった。
「あ、あっ……畜生」
浪人は大刀を振りまわし、懸命に逃げようとした。
その鼻柱へ、石塊の一つが命中した。
「むうん……」
浪人は刀を落し、崩れるように倒れ伏した。
「この野郎」
「打《ぶ》ちのめしてやれ!!」
男たちが、いっせいに浪人へ飛びかかった。
両眼を閉じて倒れている堀辰蔵へ、お光とお崎が目の色を変えて走り寄って来た。
灯火が明るい。
萩《はぎ》や、芒《すすき》、桔梗《ききよう》などの花々が莚《むしろ》の上にならべられ、その花を売る人の呼び声の中を、子供の辰蔵が母の手にひかれて歩んでいる。
堀辰蔵の故郷の、越後《えちご》・新発田《しばた》城下の花市《はないち》であった。
陰暦《いんれき》七月十一日の夜から翌朝にかけて、新発田城下の上・中・下の三町の通りへならぶ露店の花市で、近在の農家の女たちが売る花を買い、盆の寺|詣《まい》りにささげるのであった。
辰蔵が、母に甘えて何かいうと、
「よし、よし」
母が、辰蔵を抱きあげてくれた。
その母の顔が、若松屋の内儀・お道のものになっている。
(あ……)
おどろいて、辰蔵は夢からさめた。
まぎれもなく、お道の顔が辰蔵をのぞき込んでいた。
「ゆ、夢か……」
つぶやいた辰蔵へ、お道が、
「吉蔵さん。口をきいてはいけませんよ」
「なあに……」
ふしぎに、傷の痛みはなかった。
此処は、両国橋にも近い菱屋忠右衛門方の一間だ。
深傷《ふかで》に気を失い、此処へ担《かつ》ぎ込まれて来て、駆けつけた医者の手当を受けたとき、辰蔵は息を吹き返した。
そして、あまりの激痛に、またしても気を失ってしまい、いま、また気がついたのである。
「凝《じつ》としていらっしゃいよ。いま、お医者さまを……」
と、お道が腰を浮かしかけるのへ、
「やめて下され」
「え……?」
「|むだ《ヽヽ》じゃよ」
「何をいいなさる……」
「お嬢さんは、大丈夫だったろうね?」
「は、はい」
お光は、部屋の一隅で転寝《うたたね》をしている。それが目に入って、辰蔵は微《かす》かに笑い、
「よかった……」
「吉蔵さん。どのように、お礼のことばをいってよいのやら……」
気の強いお道の声が、このときばかりは震《ふる》えている。
先刻まで、駆けつけて来た若松屋長兵衛も、辰蔵の枕もとにいたのだが、夜明けも近くなったので、となりの部屋で、これも転寝をしてい、辰蔵につきそっているのは、お道ひとりであった。
「吉蔵さん。とんだ目にあわせてしまって……」
「此処は?」
「本所の親類のところですよ」
「ふうむ……」
痛まないのが、ふしぎであった。
躰中が宙に浮いているような感じなのだが、そのくせ、辰蔵の意識は妙にはっきりしている。
「お内儀……」
「口を、きいてはいけませんよ。しずかに……しずかにして下さいまし」
「わしは、悪いやつでのう」
「吉蔵さん……」
「わしは……わしはなあ、四十年ほど前には、越後のある大名家《だいみようけ》に仕《つか》えていてのう」
「まあ……さようでしたか」
「父がな、同役の者に殺され、敵討ちの旅へ出た……」
「………」
「国許《くにもと》の母も死んでいたし……親類たちにも、見はなされ、ついに、父の敵にも、めぐり逢《あ》えなんだ……」
お道は、息をつめて聞き入っていた。
「それで、わしはな……」
いいさして、辰蔵が、
「み、水を、くれませぬか……」
「水……でも、あの、お医者さまが……」
「のませては、いけぬと、いうた?」
「はい」
「かまわぬ」
「いけませぬ、吉蔵さん」
「いいから、いいから……」
「では……あの、口を濡らすだけにして下さいまし、お願いでございます」
「うむ」
素直に、うなずいた辰蔵だが、お道が茶わんに水を入れ、これを布《ぬの》にひたしているのを見るや、
「お内儀。たのむ」
「え……?」
「一口《ひとくち》でよい。水を、のませてくだされ。同じこと……同じことじゃ。のんでものまないでも、わしが、死ぬることに、変りはないのだから……」
お道は、ことわりきれなかった。
医者も先刻、こういっている。
「到底《とうてい》、助かりませぬ。おあきらめ下さるがよい」
堀辰蔵は、お道の手の茶わんの水を一口、二口とのみ、
「うまい……」
感嘆《かんたん》の声をあげるや、ぐったりと両眼を閉じた。
またも意識不明となったらしい。
しばらくして……。
辰蔵へ団扇《うちわ》で風を送りながら、凝《じつ》と見つめていたお道の唇《くち》が、わずかにひらいた。
団扇の手がとまり、その手から団扇が落ちた。
眠っている辰蔵の、生色が失せた辰蔵の頬《ほお》のあたりが、|ぶるぶる《ヽヽヽヽ》と痙攣《けいれん》を起しはじめたのである。
おどろいて、お道が、
「お光……お光……」
転寝をしているお光を呼び起した。
「ど、どうしました?」
飛び起きたお光へ、
「様子がおかしい。早く、お医者さまを……」
「はい」
お光が廊下へ走り出て行った。
「旦那様、吉蔵さんの様子が……」
となりの部屋に寝ている長兵衛へ声をかけながら、お道が辰蔵を見やり、
「あ……」
おもわず、低く叫んだ。
辰蔵の顔の痙攣が熄《や》んでいたからであった。
「ど、どうしたね?」
あらわれた若松屋長兵衛が、お道とならんで、辰蔵をのぞき込み、
「いけない」
「え……?」
「息が絶えている……」
まさに、辰蔵は、この世の人ではなくなっていた。
幽冥《ゆうめい》の世界へ去った辰蔵の顔が、何ともいえぬ平穏《へいおん》の色にみたされてゆくのを、お道は、はっきりと見た。
堀辰蔵は、こうして六十五年の生涯を終えたのであった。
近くに住む医者が駆けつけて来て、辰蔵の死を確認した。
菱屋の人たちも、女中のお崎も、堀辰蔵の遺体を取り囲んだ。
辰蔵の顔は白布に被《おお》われた。
「ねえ、お道。吉蔵さんの身寄りは、どこにもないそうな」
「はい」
「それならば、|うち《ヽヽ》の御寺へ、墓をつくりましょう。どうだね?」
「そうしていただければ……」
夫の長兵衛の言葉を、お道は、うれしく聞いた。
先刻、息絶える前に、吉蔵老人が「越後の、ある大名に仕えていた……」と洩らしたけれども、
(|むり《ヽヽ》に探し出すことはない)
と、お道はおもった。
たとえ探し出したところで、引き取る者もあるまい。
お道は、ひとり、廊下へ出た。
雨戸《あまど》を外《はず》すと、空はまだ暗く、あかつきの薄闇《うすやみ》の中に、庭の木々や石燈籠《いしどうろう》が、ほんのりと浮いて見える。
東の空に、遠く、明けの明星《みようじよう》が白く光っているのを、お道は見出した。
おもわず、こころをうばわれ、空の彼方へ目を凝《こ》らして佇《たたず》んだとき、星が瞬《またた》いた。
わけもなく、お道の両眼から熱いものがふきこぼれてきたのは、このときである。
お道の唇が、わずかにうごいた。
どうしてなのか、自分でもわからぬが、このとき、お道がつぶやいたのは、
「お父《とつ》つぁん……」
という一語であった。
本書は昭和五十八年十二月に刊行された文春文庫「夜明けの星」の新装版を底本としています。
〈底 本〉文春文庫 平成十九年二月十日刊