[#表紙(表紙.jpg)]
東海林さだお
キャベツの丸かじり
目 次
正月はもちろんモチ
ラーメンの名店
鍋焼きうどんに至る病
白菜のおしんこ≠ナいいのか
昆布だって現役だ
いま、フタは……
ハヤシライス再訪
タンメンの衰退
鍋と人生はむずかしい
「上中並」の思想
桜の下の幕の内
釜飯のひととき
マヨネーズの跋扈
竹の子かわいや
新キャ別
アジの開き讃
カツ丼、その魅力
追憶の「ワタナベのジュースの素」
簡単カレーでなぜわるい
宝の山のスパゲティ
懐かしののり弁
カップ麺の言い訳
行列付き親子丼
紅ショウガの哀れ
タクアンよ、いつまでも
駅弁の正しいあり方
いじけるなサバ族
オレだってしめサバだ!
おかずは鮭か納豆か
素朴な芋たち
ピチャピチャ男
焼き肉は忙しい
苦心惨憺、立食パーティー
おでんに苦言
暮れに打つウドン
[#改ページ]
正月はもちろんモチ
さて、正月が終わりました。
この正月、あなたは餅を、総計何個食べたでしょうか。
「エート、十個かな」
という人は食い過ぎである。反省しなさい。
ま、反省しなくてもいいが、最近は昔ほど正月に餅を食べなくなった。
昔の正月の朝は、餅を焼く係が、家族の一人ひとりに「何個?」と、注文をとってまわったものだった。
五人家族で、一升ますにびっしり詰めて山盛りになったくらいだから、相当の数を食べていたはずだ。
いまは、「正月を通じて三個」というのが一般的な数字ではないだろうか。
食生活全般が豊かになったせいもあるが、餅自体がおいしくなくなった。
昔の餅はよく伸びた。
コタツの両側で引っぱって、中央がたれさがってコタツ板にくっつく、というぐらいよく伸びた。
そして餅自体が、伸びることに熱心だった。いまの餅は伸びることに熱心でない。
「伸びろっていわれれば一応伸びますけど」
と、何となく江川的な|ノリ《ヽヽ》でしか伸びない。それにふくらまない。
昔の漫画には、餅が風船のようにプーッとふくれてどうのこうの、というのがよくあったが、いまのはどういうわけか皮がゴワゴワと硬いから、風船なんてとんでもない。
そんなこんなで、このところ餅の地位は下落する一方である。
いまは、いつでもどこでも餅が手に入るが、昔は正月にしかお目にかかれなかったから、みんなでチヤホヤした。
いまから考えると、チヤホヤし過ぎたような気がする。
いまの冷遇ぶりを考えると、顔が赤らむほど、蝶よ花よ、餅よ、と大切にした。
暮れになると、米屋の店先に「ちん餅承り※[#升記号、unicode303c]」などという貼り紙が出た。
暮れの二十八日ぐらいになって、米屋がつきたての餅を持ってくると、家族総出で「モチだ、モチだ」とお出迎えしたものだった。
米屋が帰ると、一同ワッとばかりに餅の周りに両手をついてすわりこむ総員取り囲みの儀≠ニいうのがあった。
指先で押して凹《へこ》ましてみる者が必ず一人はおり、この者は必ず母親に叱られた。
白く薄く柔らかく広がっているのし餅は、だれでもどうしても触ってみたくなる。
そういう魅力があった。
いまは米屋に頼んだちん餅が到着しても、だれもお出迎えに出ない。
「そのへんに置いてってよ」
なんて迷惑そうに言われるのがオチである。
餅はいつでもどこでも買えるから、米屋に頼んだ大量のちん餅には、なんとはなしの迷惑感がある。
特に鏡餅は迷惑である。
正月中は置き場所があるからいいが、そのあとが困る。
いまどき、鏡開きの日に鏡餅を割って食べる家などどこにもない。
戸棚の奥のほうにしまいこんで、「そのうちどうにかなったら捨てよう」と思っているのだが、真空パックの鏡餅はいつまでたってもどうにか≠ネらない。
到着した日のままの威厳に満ち、威儀を正して薄暗い戸棚の隅に、怨むふうもなく端坐しているのを発見してギョッとなった人も少なくないと思う。
昔の鏡餅には威厳があった。
威風堂々、正月の儀式を取りしきる風格があった。
たとえ小さなものでも、不思議な重量感が備わっていた。
大きなものの上に、同じ形の小さなものが安定感に満ちてのっかり、見る人をして思わず、「うん、よし、よし」と、つぶやかしめるものがあった。
白木の三方の上に黒い昆布、その上に白くて重いものが二枚、さらにその上に、緑の葉をつけた黄色い橙《だいだい》、と、デザイン的にも優れた構成であった。
最近のビニールとプラスチックと印刷物によるゴテゴテの厚化粧は、あれは一体何だ。
鏡餅のプラスチックの真空パックは、あれは一体何だ。
鏡餅は、真空パックになってから、かつての威光をすべて失った。
その光沢、食べ物でありながら陶器のような質感、透明でないのに感じられる透明感、思わずなでてみたくなるような魅力に満ちていた。いま、その面影はない。
テカテカ光るプラスチックの皮膜と、ギザギザのその合わせ目、ギザギザ周辺のシワ、どうみても幽閉≠ウれているとしか思えない。鏡餅はプラスチックで幽閉され、正月が終わったあとは、今度は戸棚の奥に幽閉されるのである。
鏡餅受難の時代、ということができる。
そんなわけで、正月、餅を食べる人は減ってきた。
元日の朝食べる雑煮、これもよくよくしみじみ眺めてみると、実にもう陰気な食べ物ですね。
色がついているような、ついてないような汁に、具として里芋、大根、しいたけ、小松菜、鶏肉に三つ葉、といったところが最近の傾向である。
貧相で地味。そして暗い。
一年を通じての最大のハレの日の、初日筆頭の食べ物としては華がなさ過ぎはしないか。それに、雑煮には毅然とした態度がない。「具はこれとこれこれ」と、はっきりした方針を示さない。
ラーメンには、「メンマと焼き豚とノリとナルト。以上」と毅然としたところがあるが、雑煮は実にもう何でもいいのである。
前述のもののほか、エビもOK、豆腐よし、ニンジンいいですよ、カマボコ結構、コンニャク大歓迎、ブリの切り身? どうぞどうぞ、と定見というものがない。
汁のほうも、鰹節だけでもいいし、昆布を入れてもいいし、鶏ガラスープでもいいし、三者混合でもいいという。
こうなったら、メンマと焼き豚と麺も入れて、餅には出て行ってもらって、いっそラーメンにしちゃってもいい、ということになりはしないか。
名前もよくない。
雑煮の雑がよくない。雑巾、雑菌、雑草、雑然……いい意味がひとつもない。
何だか目出度《めでた》かるべき新年早々、小言ばかりで暗くなってしまった。
しかし、雑煮は、こうした環境から身を起こし、ついに、一年で最も目出度いハレの日の筆頭の食べ物、という身分にまで上り詰めたのである。
雑の字仲間の出世頭、ということができる。
目出度い話ではないか。
[#改ページ]
ラーメンの名店
おせちなどの正月料理に飽きたとき、まっ先に食べたくなるものは何か。
「カレーライス!」
と勢いよく手を挙げる人は多いだろう。甘ったるいおせち料理が続いたあとのカレーライスは旨い。
正月の カレーライスの 旨さかな
という名句がある。(ぼくがつくったんだけどね)
「カツ丼!」
と叫ぶ人もいるだろう。
平べったく冷たい重箱料理ばかり相手にしていると、丼物の、熱く重く丸っこい手ざわりが懐かしく思えてくる。
「ラーメン!」
と、汁物を渇望する人も多い。
ぼくの場合もラーメンであった。
ラーメンというものはラーメン≠ニ、頭に浮かんでしまったら最後、もうどうにもならなくなる食べ物である。
油滴の浮いた熱いスープ、白っぽい脂肪をフチにつけた焼き豚、醤油色のシナチク、シコシコとちぢれてカン水の匂いの立った黄色い麺……。
矢も楯もたまらない、という気持ちになる。矢も楯ランク第一位≠ニいうくらい矢も楯指数≠フ高い食べ物である。ましておせち料理が続いたあとのラーメンであるから、体全体がラーメンを渇仰している。特に、ノドがお呼び≠ニいう状態になる。
こうなったらラーメン屋に行くよりほかはない。
目ざすはラーメンのメッカ荻窪である。メッカの中心「丸福」である。
「丸福」は、某食味評論家が、東京で一番、という折り紙をつけたラーメンの名店中の名店である。
荻窪はどういうふうにラーメンのメッカかというと、荻窪駅前青梅街道ぞいに、「丸福」「佐久信」「春木屋」と並び、その他「漢珍亭」「三ちゃん」「丸信」と、知る人ぞ知る名だたる名店が駅の周辺に目白押しなのだ。
「丸福」は名店ではあるが、難点は行列にある。行列に参加することなく、この店のラーメンを食べることは不可能である。一日中、行列がこの店を取りまいている。
もう一つの難点は、店内の緊張である。緊張なくしてこの店のラーメンを味わうことは不可能である。
名店というものは、どこでも多少の緊張を伴うものであるが、なかでも「丸福」の緊張度は高い。
「丸福」には五年前の夏に一度行ったことがあるのだが、あのときはまいった。
すっかりあがってしまったのである。
店内|寂《せき》として声なく、湯のたぎる音とラーメンをすする音だけが聞こえてくるという、まさに道場というにふさわしい雰囲気であった。
L字型のカウンターに客が九人、カウンターの中に三人、六畳一間ぐらいの狭い店内に合計十二人の人々がひしめいているのに、一切の私語は聞かれない。「私語を禁ず」という貼《は》り紙があるわけではないが、もし誰かが私語を発すれば「シーッ」という叱責が飛んできそうな、まるで名曲喫茶のようなラーメン屋なのである。
無言で腕組みして天井を睨《にら》む者、たぎる湯を思いつめたような目で見つめる者、瞑想して深くため息をつく者、いずれもその道を究《きわ》めた麺道七段、麺道八段といった猛者《もさ》ばかり、麺を待つ構えにスキなく、麺をすする姿勢に永年の修業のあとが見られる。
ラーメンなんてものは「ラーメンでも食うかぁ」という、「外食系、気楽|目《もく》、でも科、廉価属」に属する気楽な食い物だと思っていたぼくは、この店で、ラーメンに対する思いを大いに改めたのであった。
五年後、修業を積んだぼくは、ノドがお呼び≠フ人となって「丸福」に馳せ参じたのであった。あれから五年|経《た》っているから麺道五段ぐらいになっているかもしれない。
麺を待つ構えにも、スキがなくなっているにちがいない。「丸福」の行列に参列して、自分の順番を数えてみると前から十三番目である。
急に不安になった。
何か不幸なことが起こるのではないか。
しかし、寒風に吹きさらされてクシャミが一つ出た以外は、大した不幸は起こらず、行列は順調に消化されていった。
この店のシステムは、店から一人客が出ると行列から一人店内に入る、という簡にして要を得た方式である。
すなわち、二人出れば二人入る。ということは、例えば親子の二人づれが行列の先頭で待っていて、店から一人だけ出てきた場合、哀れ親子はチリヂリバラバラ、店の外と中とに生き別れ、というムゴイ仕打ちを受けることになる。
一月の、吹きさらしの行列は寒い。みんなマフラーにアゴをうずめ、足ぶみしてひたすら順番を待つ。
夕方の四時三十一分に並んで、十三番目のぼくが店内に入ったのは、二十三分後の四時五十四分であった。
この店は、ラーメンに煮卵を加えた「玉子そば」(四百七十円)が有名である。客の半数以上が玉子そばを注文するという。座席を確保して、「玉子そば」と注文する。五年前と同じく、店内は麺道|者《もの》≠ナあふれていた。
玉子そばばかりでなく、むろんラーメンもある。しかしこの店ではラーメンとはいわず「中華そば」というのである。貼り紙にそう書いてある。
新たに入ってきた客が、すわるなり「ラーメン」と注文した。この客は、麺道者にいっせいに、「このドシロートが!」という目で睨まれたことはいうまでもない。
玉子そばは、焼き豚二枚、細めのシナチク、モヤシ、煮卵、中細まっすぐ麺、スープ油滴多数、という構成になっている。
これに煮卵を煮た汁(ヒキ肉入り)をチョッピリかける。この煮卵汁に、ほんの少し中華系の香料の味がし、これがここのラーメンの(じゃなかった)中華そばの特色になっているようだ。
スープはどちらかというとやや濃厚系。
焼き豚が旨い。
東京一といわれるだけあって、むろんおいしいラーメンである。(じゃなかった)中華そばである。(どこが違うんだ)
しかし、ぼくにはこれが東京一かどうかはよくわからない。
ラーメンは、「おいしいラーメン」と「おいしくないラーメン」に大別すればそれで十分だと思う。「おいしいラーメン」のほうを、さらに細分化して評価することはできないような気がする。あとは各自の好みの問題になるのではないだろうか。
それにしても、この店にきて、「モヤシ入れないで」と注文をつける剛の者もいたし、スープをほとんど飲まない痴《し》れ者《もの》もいたし、おやじさんは「ありがとうございました」をいうようになったし、この五年間で、この店にも民主化の波は押しよせているようだ。
[#改ページ]
鍋焼きうどんに至る病
四、五人で昼めしを食べに店に入ったとき、決まって変わったものを注文する人っていますね。みんなと歩調を合わせない人。
こういう人は喫茶店でも同じ行動をとる。
みんながコーヒーを注文しているのに一人だけ「ミルクある?」なんて言って事態を紛糾させる。
「トマトジュースにタバスコふりかけて持ってきて」なんて言って座を白けさせる。別に得意がってるわけではなくて、彼のふだんの思考の様式が、そういう結論を導きだしてしまうらしい。
こういう人です、そば屋に入ったとき鍋焼きうどんを注文する人は。
みんなが、きつね、とか、たぬき、とか、ザル、とかの平穏なものを注文しているのに、一人メニューから目を離さずじっくりと考え、おもむろに「鍋焼きうどん」なんて言う。
さあ大変です。
店側も大変だが、連れ一同もこれから大変なことになる。
まず店側──。鍋焼きうどんは、そう滅多に出るものではない。
滅多に使わない土鍋を取り出し、ふだん使わない伊達巻きを探し出し、花麩《はなふ》なんてものも見つけ出し、やれホウレン草だ、カマボコだ、椎茸だ、エビ天だ、鶏肉だ、ネギだ、卵だ、と目まぐるしいことになる。ようやく作り終えて、「ほんとにもう、注文した奴はどいつだ」
なんて、店のオヤジが調理場からのぞいたりする。
連れ一同のほうはどうか──。鍋焼きうどんは手間と時間がかかる上に、熱く煮えたぎっているからお運びさんは運ぶのにも慎重を期さねばならない。
卓上に置くときにも慎重を期さねばならない。運ぶのにも、置くのにも、ザルそばの倍は時間がかかる。
連れ一同が、きつねやザルを、あらかた食べ終わったころ、鍋焼き男はようやく箸を割る。
箸を割って鍋のフタに手をやり、「アチチ。おーアチー」なんて言って手を耳たぶに持っていったりするから、ますます時間がかかる。
ようやくフタを取ると湯気もうもう。
この鍋焼き男が、メガネをかけていたりすると事態は更に悲惨なものになる。
メガネをはずして曇りを拭く。
しかも、ゆっくり拭く。
連れ一同が、最後のツユを飲み干しているのに、ゆっくりとメガネを拭いている。そういうことには頓着しない人なのだ。
また、そういう人だからこそ、あとさきのことを考えずに鍋焼きをたのむのだ。
鍋焼きうどんは、卓上に到着してもまだ煮えたぎっているから食べるのにも時間がかかる。ザルそばの、まあ五倍はかかる。
とっくに食べ終わった一同は、フーフーなんて、ゆっくりさましながら食べている鍋焼き男を、身もだえしながら見守ることになる。
この場合は、鍋焼き男がグループ行動としての選択を誤っただけであって、鍋焼きうどん自体には何の罪もない。
鍋焼きうどんはおいしいものである。
まず、うんと熱いのがいい。
それから、賑《にぎ》やかな具、これが嬉しい。
具の主役、エビ天の状態がいい。
エビ天の周辺の状況もいい。
エビ天のコロモが、周辺の熱いツユで溶けかかっている。この部分が旨い。
すでに溶けて、周辺の油ぎったツユの中に浮遊しているのもある。
これを太いうどんといっしょにすすりこむとこたえられない。
さっきの鍋焼き男は、大勢のなかで、たった一人鍋焼きうどんを注文したのがいけなかった。グループの歩調を乱した。
五人なら五人、全員が鍋焼きを注文すれば少しも問題はなかったのである。
ま、グループ自体としてはそれでいい。
しかし見た目≠ニいう観点からみるとどうだろう。
五人の男がテーブルを囲んで全員鍋焼きうどんを食べている図、というのを、ちょっと想像していただきたい。
何かこう、ふつうでない異常な集団≠ニ見られても仕方がないような気がする。
ということになると、鍋焼きうどんは結局一人で食べるよりほかはないということになる。
今度は、男が一人、そば屋の片隅で鍋焼きうどんを食べている図、というのを想像していただきたい。身なりもいい。恰幅《かつぷく》もいい。これで天ぷらそばでも食べていれば申し分ないのだが、鍋焼きうどん、というところが問題である。急に情けない感じになる。
「その身なりと恰幅で、何も鍋焼きうどん食うことないじゃないか」
という気になる。あんまり出世をしそうにない印象が、鍋の周辺からそこはかとなく漂ってくる。
こうなってくると、「それじゃ一体全体、鍋焼きうどんは、どこで、どういう状態で食べればいいんだ。エ? どうなんだ」という鍋焼きファンの怒りの声が湧きあがってくるにちがいない。
あります。
鍋焼きうどんが、これ以上はない、というぐらい似合う食べ方があります。
まず、風邪をひいてください。
風邪をひいて寝こんでください。
そうして夕食どき、出前で鍋焼きうどんを取ってもらいましょう。
自家製でもいいのだが、これだと雰囲気がいまひとつ盛りあがらない。
そば屋の、あの古ぼけてハゲかかったあずき色の四角い盆、あれがどうしても必要なのだ。あのお盆が、寝こんだ枕元にあって、その上で、鍋焼きの鍋が湯気をあげている、そういう状況が欲しい。
そうしてですね、もうひとつ贅沢をいわせてもらえば、上にかける布団は夜着であって欲しい。かいまきともいう、袖《そで》のある布団、あれに寝ていて欲しい。
これで条件はすべて整った。
では、熱のある体で布団の上に起きあがってもらいましょう。
布団の上にあぐらをかき、夜着を肩からかける。鍋焼きを、ハゲお盆のままヒザの前に引き寄せ、うんと背中を丸めて熱いのをズズズズとすすりこむ。
隣室から家族の夕げの楽しげな会話が聞こえてくるなかで、一人寂しく鍋焼きうどんをすする。
これが、鍋焼きうどんの最も似つかわしい食べ方なのである。
全部は食べきれずに、カマボコ一切れ、鶏肉小片1、うどん三十七本、ツユ三分目ほど残してやめにし、「アラ、けっこう食べたじゃないの」なんて声を聞きながら、力なく布団にもぐりこんで大汗をかく、というぐらい、ややこしい手順と形式を必要とするものなのですね、鍋焼きうどんは。
[#改ページ]
白菜のおしんこ≠ナいいのか
冬の朝、白菜のおしんこで食べる熱いゴハンほどおいしいものはない。
吐く息が白い寒い朝は特にうまい。
立ちのぼるゴハンの湯気を、白い息で吹きとばしながら、白菜の葉先のほうをゴハンに巻いてサクサクと食べる。
こたえられない。
寒さに少し緊張しながら食べるところに、白菜のおしんこのおいしさがあるのであって、夏の朝だと少しだらけて味が落ちる。
白菜のおいしさは、大別すると根元の肉厚の白いところと、葉先の緑色のところに分けられる。
根元のほうは、それだけをサクサク食べる。
ゴハンには葉先が合う。葉先のところを一、二枚まとめて取りあげ、お醤油を少しつけ、熱々のゴハンの上に丁寧にひろげ、お箸でもってその両端を押さえて沈みこませ、のり巻きのようにクルリと巻いて口に入れる。
最初冷たく、すぐに熱く、次にしょっぱく、やがて白菜とゴハンの甘味になる。
ナイフとフォークだとこうはいかない。
お箸民族に生まれてよかった、と実感する瞬間である。
「クルリと巻く」というところに意味があるのであって、巻かないでゴハンの上にのせただけで食べると全然味が違う。
のせただけで食べるぶんには何の苦労も要らないが、クルリと巻くには多少の苦労が要る。多少の技術も要る。「うまく巻けた」というような成功の歓びもある。そのぶんだけおいしさが増すようだ。
白菜は、一見、形が単純なのでどこもかしこも同じように見えるが、意外にも各部に分けることができる。
そして各部で味が異なる。
上半身、下半身、という分類をする人もいる。
白菜はその容姿が、何となくおばさん的≠ナあるせいかもしれない。
素朴で飾り気がなく、ボッテリとした容姿がそう思わせるのかもしれない。
腰まわりというか、ウエストラインというか、そのあたりの堂々とした豊かさも、何となくおばさん的である。
そして、そのあたりの緊張のなさもおばさんに似ている。
外郭部、中間部、核心部、という考え方をする人もいる。
輪切りにした場合の発想である。
肉厚部、肉薄部説をとなえる人もいる。
緑色部、白色部、黄色部、と色で分ける人もいる。
いずれにしても、同じ一つのボディーでありながら、味に意外な差異があるので、人は白菜を分類したがるらしい。
まず、「白色肉厚下部」。
ここは大味であるが、それなりの滋味がある。やや堅くて薄い皮膜の下に、細胞に包まれたヌルリとした粘液性の層があって、これらが一体となったサクサクした歯ざわりが、この部分の身上である。
この部分は、お醤油につけてそのままサクサクと味わう。
「中間部ウエストライン地帯」は、扱いがむずかしい。葉先のように、ゴハンをクルリと巻くという芸当はできないし、ゴハンのおかずという点ではどうしたって葉先に負ける。ここはひとつ、お茶のほうにまわってもらいましょう。
この地帯はお茶うけに向く。
「葉先緑色肉薄部」は、さっきも言ったようにゴハンでキマリである。
このあたりは、サクサクというよりシャキシャキという感じで、絡みあった葉脈を、醤油とゴハンといっしょに噛みくだくおいしさ、といったところだろうか。
そして白菜には、意外な宝物がその深奥の部分に隠されている。
芯である。やや黄色味を帯びた、甘くて堅くて、引きしまって、小またの切れあがった、というような味のする芯……。
野菜の茎の味の濃縮版≠ニいうような独特の風味がある。
この部分のおいしさは、誰もが知っていて誰もがここを狙っている。
ただし量が少ない。
あれだけの図体のおばさんから、ほんのちょっぴりしかとれない。
この芯の部分は、ゴハンよりお茶より酒に合う。
酒を飲んでいると、どうしてもおしんこが欲しくなる。
冬の日本酒には、どうしても白菜、ということになる。
三人ぐらいで酒を飲んでいて、白菜のおしんこをとったりすると、三人の心が芯のところにいく。
白菜のおしんこは、芯を下側にして、カマボコ形に盛られて出てくる。三人前だと、カマボコの山が五つというところだろうか。
この山の一つを、いきなり引っくり返して芯のところを食べてしまうというのは、人間のやることではない。
そこで人々は、上層部を食べ、中間地帯を食べ、というふうに食べ進んでいって次第に芯に近づいていく。
こうして食べているうちに、五つの山のうち「あの山はあの人の山だ」というような、所有権のようなものが生まれてくるものである。
あんまりおいしくない外側や中間地帯を、ガマンして食べることによって、その山に対する実績をつくっていくのである。
「あの人は、ああして辛《つら》い思いをしながら外側や中間を食べているのだ。つまりおしんこの『おしん時代』を過ごしているわけなのだ。それもこれも、やがてくる『栄光の芯時代』のためなのだ」
と、人をして思わしめなければならない。そしてまた、人というものは、そういうところを、見ぬふりしながらちゃんと見ているものなのである。
こうしたその山に対する実績、あるいは貢献度といったものが、やがてその人の所有権というかたちをとるようになり、「芯やむなし」の声が、人々の間から澎湃《ほうはい》として起こってくるということになるのである。
白菜のおしんこの、芯に至る道は遠くて厳しいのである。
と、ここまで書いてきて、ふと気づいたことがある。
白菜のおしんこ、白菜のおしんこ、と何べんも長たらしく書いてきたのであるが、白菜のおしんこにはタクアン≠フような固有の名詞がない。愛称がない。
これだけ親しまれているおしんこでありながら、白菜のおしんこ≠ネどと、冷たく突き放した言い方をしている。
他のおしんこには、奈良漬とかベッタラとか親しみのある言い方をしているではないか。
ついでに、もう一つ。
最近は、おしんこという言い方になってしまったが、ぼくは、おこうこのほうが好きだ。
ついでに、もう一つ。
味噌汁も、おみおつけ、に戻したい。
[#改ページ]
昆布だって現役だ
今回は地味な話で恐縮です。
昆布です。
「なーにー? 昆布ぅ? じゃあいい。このページとばして読むから」
という人もいるかもしれない。
「あっ、待って。面白くするから。いいコつけます。ビールも一本サービスでつけます。税サ込み三千円ポッキリ。ね、ポッキリ……」
なんてヘンなことになってしまったが、とにかく待ってください。
何とかしましょう。
と、引きとめはしたものの、あんまり自信ないなあ。
なにしろ選挙でいうところのタマ≠ェよくない。
実力はうんとあるのだが、本人が無骨で野暮で地味で暗いときている。
しかし、玄人筋には常に高く評価されていて、年末とか年始とか、日本の行事の、特に祝事のケジメにはいつもきちんと出席しているほどの実力者なのだ。メデタイ♀ヨ係の鯛とともに、ヨロコブ♀ヨ係のほうは、全部昆布が取りしきっているのだ。
ヨロコブ関係の総元締めなのである。
正月関連でいえば、しめ飾りにも入っているし、そなえ餅の下にも敷いてあるし、おせちの重箱にもきちんと出席している。
昆布がいなかったら、日本の行事は成り立たないのだ。
料理のほうでも隠然たる力を持っている。
日本料理は、根本的には昆布と鰹節で成り立っている。
昆布と鰹節は、日本料理の黒幕である。ドンといってもいい。
鰹節一家はイノシン酸系統を取りしきっており、昆布一家はグルタミン酸系統を手中に収めている。
ホーラ、ね。本人をアピールするのに、どうしても話が堅苦しくなってしまう。本人が地味だから、どうしてもこうなってしまう。
くだけた話が出てこない。
これではフダ≠ェ取れないのだ。
遠足の話をしましょう。
いまの小学校の遠足というと、持っていくものはスナック菓子が多いと思う。
昔の遠足には酢昆布=Aこれがけっこう幅を利かしていた。
酢昆布にキャラメル……。そうそう、ノシイカなんてのもあった。
ノシイカのない遠足なんて考えられなかった。
あとは英字ビスケットとか、お大尽の子(古いナァ)は佐久間のドロップの小缶を缶ごと持ってきて、一粒ずつみんなにくれたりした。
英字ビスケットは表面に妙な砂糖菓子が塗ってあるのとないのとがあって、字型が複雑なのが好まれた。RとかWは、中身がいっぱいだから好かれた。だから、Iなんてのは嫌われましたね。
キャラメルは森永、明治がメジャーで、マイナーなものとしては紅梅キャラメル、古谷キャラメル、カバヤキャラメルなんてのがありました。
と、くだけた話をしておいて昆布に戻りましょう。
酢昆布に限らず、昔はかなり昆布に親しむ生活をしていたように思う。
ワカメ、ヒジキ、昆布の佃煮、切り昆布……。
そういえば、このごろ切り昆布にあまりお目にかかりませんね。
油揚げなんかといっしょに甘辛く煮たやつ。四角くまとめあげて、周辺を紙で包んで上だけ出して、乾物屋などで売っていた……。これは非常に安かったせいか、わが家では毎日のように食卓に出た時期がありました。
とろろ昆布も、今は昔ほど食べないなあ。
値段が高くなったせいだろうか。
昔は味噌汁に入れたり、味噌汁から引きあげて味噌汁のたれるままゴハンの上にのせ、少し醤油をたらしてとろろ昆布ゴハンにして食べたものだった。これが実に旨かった。
昆布茶を飲む人も少なくなった。
会社なんかで、昆布茶が好きで机のひきだしに小缶をいつも入れているという人もたまにはいる。
お茶の時間になると、他の人がふつうのお茶を飲んでいるのに、自分一人、昆布茶を耳かきみたいな小サジですくって湯のみに入れて飲んでいるが、こういう人は、どちらかというと、いまでこそみんなと一緒の机に並んでいるが、いずれは単独で窓際のほうに行くことを保証されている人といえる。
いかん。昆布をアピールするはずなのにマイナス面を語ってしまった。
バッテラの表面をおおっている昆布、あれはおいしい。
あれがあるのとないのとでは、味に大きな開きができる。
味ばかりでなく、サバの表面のツヤを消さない働きもしている。
しかし、目立たない。
「エ? バッテラの表面に、そんなの貼ってあったっけ?」
なんて言う人がいるくらい目立たない。
目立たず、ひっそりと、しかし重責を果たしているのである。こういうところが、自己PRの時代、売り込みの時代に合わないのかもしれない。
昆布巻きというのも、何となく時代に合わなくなってきている。
真ん中に煮干しみたいなもの、周辺が昆布、そして干ぴょうで腰のところを縛ってある。ことごとく暗い連中である。
それに食べ方がよくわからない。
小さいのは一口でパクリと食べられるが、ニシンなんかを巻いてある長さ十センチほどのやつはどうやって食べるのか。
あれはやはり、とりあえず皿の上に優しく横たえ、腰の結び目を少しゆるめ、エリのほうを少しかきひろげ、次にスソのほうをはだけてニシンを少しむき出しにし、そうやって全部裸にしてから食べるのだろうか。
いまエリとかスソとか書いたが、昆布巻きはどっちが上でどっちが下なのだろうか。
いかん、またしてもマイナス面を強調してしまった。
ホカ弁などの片隅の、丸い銀紙などに入っているわずかな昆布の佃煮……。
これは嬉しく、頼もしい存在である。
これがあれば、いよいよおかずに困窮したとき大いに心強い。
(これでもう大丈夫)という気になって安心して弁当に取りかかれる。
そのぐらいの強力な存在でありながら、昆布の佃煮はタクアンなんかの陰に、ひっそりと押しやられている。
どこにいても控えめ、しりぞく姿勢がいじらしくてならない。
世が世であれば日本料理界の大御所。
隠居暮らしをしていてもいい境遇にありながら、こうしてホカ弁なんかの片隅で、現役で働いている姿を見ると涙がこぼれる。
[#改ページ]
いま、フタは……
かつて、容器とフタは明快な関係にあった。
互いの役割を尊重し、領分を侵さず、それぞれの威厳に満ちあふれていた。
容器は内容物の保持に専念し、フタはその密閉に全力をあげていた。
互いの役割分担が画然としていたのである。
いま、その関係に乱れが見られる。
筆者はこの風潮を憂える者である。
例をビールにとってみよう。
ビールビンと王冠の関係について考えてみよう。
ビンはビールの保持を担当し、王冠は流出防止及び品質維持を担当していた。
ガラスと金属という異質な物質ではあるが、ビールの保持保存という目的意識で固く一つに結ばれていたのである。
内容物取り出しのときは、ここに新たに栓抜きというものが参入してきて、三者一致協力のもと、めでたく開栓の儀がとり行われたのである。
いま、この状況はどのように変化しているだろうか。
ビールは、ビンの時代から缶の時代に移行しつつある。
缶における容器とフタの関係を見てみよう。
缶ビールのプルリングに、フタという概念はあてはまるだろうか。
あるいは栓といってもいいが、栓の概念はあてはまるだろうか。
あのプルリングに、栓の自覚があるだろうか。
むしろ、容器としての自覚のほうが強いのではないだろうか。
事実、プルリングは、容器の一部を形成している。プルリングがそう思うのは当然のことである。
容器の一員としての自信と誇りに満ちて暮らしていると、ある日突如、ポッカリと抜きとられ、ここで初めて自分は栓であったと気づくのである。
プルリングはだまされた≠ニ思うにちがいない。
それまで知らされなかった出生の秘密を知らされ、うちひしがれるにちがいない。
プルリングの出生の秘密はまだある。
容器だと思っていた自分が、実は栓であったと知って悲嘆にくれているところへ、更に追いうちをかけるように、
「実はおまえは栓抜きでもあるのだよ」
と、缶の叔母さんあたりが教えてしまうのである。
そうなのだ。プルリングは栓抜きでもあるのだ。
プルリングとしても、そう言われてみれば思いあたることがある。
自分の上に、ヘンなワッカが取りつけられていたことである。
(どうもおかしい。環境がヘンだ)と思っていたら、そうだったのか……。
自分はすっかり容器のつもりで、容器の血縁と思っていたのに、実は「よその子」だったのだ。
道ばたなどに捨てられているプルリングが、悲しみに満ち、疲れきっているように見えるのは、こうした悲しい運命のせいなのである。
裏切られ、絶望し、誇りを傷つけられ、疲れきって道ばたに身を投げたのである。
それにしても、ビールはビンから缶に変わってすべてがいじましくなった。
ビンの時代は豪快であった。
夏など、浴衣のスソをパッとまくりあげ、座卓の前にドッカとあぐらをかき、大ビンをドンと置き、柄の大きい栓抜きで王冠コンコンを行い、テコの原理でガッキと開け、ドカドカとコップに注ぎ、ゴクゴクとノドに放りこむ。
缶ビールの場合はどうか。
まず登場するのがツメですね。
人間の指の先に生えているツメ……。
このツメの先を、リングと缶のわずかなスキ間に差しこみ、ほんの少し持ちあげる。そうするとツメが痛いので大急ぎで指の先の肉の部分も押しこんでリングを起立させる。「おおイテ!」なんて言って少し不愉快になり、親指の先に息をフーフー吹きかけたりする。
ようやく缶に小さな穴が開いて、そこからカニみたいな泡が力なく噴き出てきたりする。
これを口にあてがっても、穴が小さいからコップのようにゴクゴクというわけにはいかない。ジルジルという感じになる。ノドに放りこむというより、缶の穴からビールを漏らしている≠謔、な気になる。
ビンビールの「王冠コンコン。大型栓抜きテコ応用のガッキ開け。ドカドカ注ぎのゴクゴク飲み」と比べてみると、そのいじましさがよくわかる。
第一、いまどきツメなんかに頼って開けるというのがいかにも情けないではないか。
缶ビールの場合は、それでも一応、容器とフタの関係がかろうじて保たれているといえる。
容器としての缶の一部ではあるが、フタ(栓)はフタとして、一応ラッキョウ型にフチどりされてその存在を明示している。「ここです」と区分されている。
問題は牛乳などの四角い紙パックである。あの容器をとくと見てもらいたい。
あれのフタはどこなのか。
ぼくはあえて問いたい。
どこからどこまでが容器で、どこからどこまでがフタなのかと。
エ? 一体どうなってるんだと。
しかもだ。これが開封にはいつも一苦労させられる。
「開け口」という矢印がついているほうを、両手の親指でもって押しひろげ、その先端のVの字の突端のところをツメでホジホジしなければならない。
またしてもツメに登場をお願いしなければならない。
ツメで突っつき、ほじり、ねじこみ、引っぱり、全面的にツメのお世話になってようやく開く。
ようやくでも開けばまだいいほうで、突っついたりほじったりしているうちにパックのフチがビリビリはがれて、とめどもなくヘンな方向に破れていき、エエイ、チキショウ、なんて腹を立てたとたん取り落とし、あたり一面牛乳の海、スリッパビタビタなんてこともよくある。
缶もののプルリング、牛乳の紙パックに限らず、最近の開栓≠ヘ、あまりにツメに頼りすぎてはいないだろうか。
ワンカップの、グルグル巻きとり方式の開栓も、ツメのお世話にならなければならない。
塩からのビン詰めなどのフタの上にかかっているプラスチックのミシン目入りカバー。あれも切りとり線の先端をツメで掘り起こさなければならない。
醤油などの一リットルビンなどは、まずミシン目入りカバーを掘り起こして破り、最初のフタを取り、次にリング状の中ブタをまたしてもツメで掘り起こして引き抜かなければならない。
もし人類にツメがなかったら、どうするつもりだったのだろう。
[#改ページ]
ハヤシライス再訪
ハヤシライスを食べに行った。
ハヤシライスを食べるのは何年ぶりだろう。
ハヤシライスとはどんなものだったか、もうすっかり忘れていた。
こげ茶色だった、ということ。
カレーに似ているが、辛くないということ。
甘めの肉汁に多少の肉片が混ざっていたということぐらいしか覚えていない。
極端に言うと、「カレーの辛くないやつ」という印象である。
かつては、カレーと同格に近い存在だった、という記憶もある。
「洋食屋の三大ライス」という言い方があるそうで、カレーライス、オムライス、ハヤシライスのことだという。
この三大ライスのうち、カレーだけが抜きんでて、オムライスもハヤシライスもこのところ低迷を極めている。
なぜそうなってしまったのだろう。
オムライスは、卵の商品価値の下落がからんでいるという説もあるが、ハヤシライスのほうはどうなのか。
数年前、ハヤシライスがブームになりかけたことがあった。
なりかけて、そのあと結局どうなったかというと、元の木阿弥、なんとなく立ち消えということになった。
「林クンも、あれでなかなか人望もあり、実力もあるようなので、ここらでひとつ、地方支社から引き揚げて本社の係長に」
という声があちこちからあがり、「林クン、係長まぢか」ということになっていたにもかかわらず、いつのまにかその噂は立ち消えとなり、林クンは今までどおりの地方勤務、ということになったようだ。
「本人に実力がなかった」という声もあるし、「本人の曖昧な性格が災いした」との噂もある。
曖昧な性格、というのは当たっていると思う。
今回、本人に直接会ってみて、つくづくそれを感じた。
努力型だし、研究熱心だし、家柄も人柄も申し分ないのだが、いまひとつ、本人に、訴えてくるものがない。
強い主張がない。
「わたしが言いたいのはこういうことです」というのが感じられない。
カレーには、「辛いです」という主張がある。
そこのところがたとえ嫌われても、「わたしはこれでやっていきます」という主張がある。
林クンには、残念ながらそれがない。
林クンが勤務している課は、洋食課である。
ここは非常に特殊で不思議な課である。
食べ物屋のガイドブックには、フランス料理、イタリア料理、中国料理、すし、天ぷら、そばなどに混ざって、洋食というコーナーが必ずある。
洋食とは何か。
この説明がむずかしい。いわくいいがたい。
西洋料理ではあるがライスが出る≠ニいうあたりが、他の西洋料理と一線を画すところであろう。
従って、お箸も出る=B
しかし、お新香と味噌汁は出ない=B
ゴハンとお箸が出て、お新香と味噌汁が出ないというあたりが、洋食屋のジレンマであり、しかし誇りでもある。コロッケ、メンチカツ、ハンバーグ、カキフライ、エビフライ、トンカツなどのフライものが主体である=B
こう、お惣菜屋ふうのものを続々と繰り出しておきながら、「お新香と味噌汁は出さないよ」という意地悪が、洋食屋のおやじの誇りにつながっていて、このあたりの心理もなかなか複雑なようだ。
そういうわけで「香味屋」というところへ行った。
いろんなガイドブックに、洋食の老舗《しにせ》と紹介されている。
山手線鶯谷駅から歩いて十分といったところだろうか。
ぼくは、洋食屋といえば、白いノレンのかかったトンカツ屋的店構えを予想していたのだが、どうしてどうして立派な高級レストランである。
蝶ネクタイのボーイもいる。テーブルには白いクロスがかけられ、白い壁面には油絵もかかっている。
地方支社とはいえ、林クンはなかなかいいところに勤務しているようだ。
ハヤシ(千六百円)は、ライスとは別に、カレーと同じような銀器に盛られて出てきた。ほとんど黒に近いこげ茶色で、表面に照《て》りがある。
玉ネギや、じゃが芋が入っているのもあるらしいが、ここのは肉のみで、それもかなり大量に混入している。嬉しくて思わず笑みがこぼれる。
薬味として、ピクルス、酢しょうが、福神漬けがつく。いずれも自家製らしい。
銀器から、スプーンですくってゴハンにかける。
かなりの粘り気があって、ゴハンの上にのっかっても沈んでいかない。
第一印象は、とにもかくにも甘い=B
ハヤシのソースにかける手間ヒマは大変なものだそうだ。
牛肉、豚マメ、豚バラ、玉ネギ、トマト、ケチャップ、ニンニク、小麦粉、スープなどを、煮こんだり炒めたり漉したり寝かせたり、起こしたりして、何日もかけてつくりあげるそうだ。
そうした苦労をしてつくりあげたブラウンソースの味は確かに秀逸なのだがやはり甘い。この甘さを、ゴハンに合うと感じるか、合わないと感じるかが、評価の分かれめとなるようだ。
「わたくしとしては、合う、と言うにはかなりの疑問がないでもないが、ノー、という立場をとる者でもない。こうご理解を願っておきたいと思うのであります」
と、竹下さんのような言いまわしになってしまうのだが、こういうことは言える。つまり、ハヤシライスを、このソースだけで食べ続けていくのは、いささか困難な状況に自分を置かざるをえない、と言わざるをえない。
どうしても、途中で福神漬けなどの助けを痛感する。
カレーの場合は、福神漬けがないならないなりに、何とかやっていける自信があるが、ハヤシの場合は彼らなしにやっていく自信がない。
そばにいてくれないと、どうしても困る。このあたりに、林クンがもう一歩伸び悩んでいる要因があるように思われる。
エビフライもとったがこれが絶品だった。エビが甘くジューシーで柔らかく、タルタルソースの味わいもよろしく、三本アッという間に食べてしまった。
つけあわせにスパゲティがついていたが、これを正式にフォークで巻いて食べるべきかどうか、迷うあたりも洋食屋の特色の一つといえる。
[#改ページ]
タンメンの衰退
(かつては、かなりしょっちゅう食べていたのに、そういえばこのところ全然食べてないなあ)
という食べ物がありませんか。
よく思い起こしてください。ホラホラたくさんあるでしょう、ここんとこすっかりごぶさた、という食べ物が。
ぼくの場合はタンメンなのです。
このところなぜか全然食べていない。このところもなにも、そう、かれこれ五、六年は食べていない。
なぜ食べなくなったのか、自分でもはっきりした理由が思い当たらない。
いろんな人に聞いてみても、
「そういえば、タンメン全然食べてないなあ」
と言う人が多い。
かつてはラーメンとタンメンはほとんど同格で、「エート、きょうはラーメンにしようかな、それともタンメンにしようかな」と必ず迷ったものだった。
いまはそういうことはまずない。
タンメンという発想すら湧いてこない。迷わずラーメンを注文している。
いわゆる中華そば屋の壁のメニューには、まず冒頭にラーメンがあり、その次には必ずタンメンが記されていたものだが、最近ではタンメンがはずされている店も多い。その代わりに、サッポロラーメン、塩ラーメン、コーンバターラーメンなどの文字が並んでいる。
かつては、ラーメンと共に中華麺界の二大勢力として君臨していたとは思えないほどの落莫ぶりである。一方のラーメンは、いっそうその人気が高まっているというのにこれはどうしたことだろう。
タンメンは、なぜ衰退したのだろうか。
何か悪いことをしたのだろうか。
人々のヒンシュクを買うようなことをしでかしたのだろうか。
そう思って、ぼくは久しぶりにタンメンを食べに行った。
タンメンは何ひとつ悪いことをしていなかった。
昔の姿そのままに、キャベツと白菜とモヤシと人参と木クラゲと、豚肉の小さなこま切れを麺の上にたっぷりのせ、静かに湯気をあげていた。
突然たずねて行ったぼくを、怨むでなく、なじるでなく、昔の姿のまま、たくさんの湯気と、たっぷりのスープと、ゴマ油の香りさえ漂わせてもてなしてくれたのである。
(野菜をとらにゃいけんよ)
と、優しい言葉までかけてくれたのである。
(わるかった)
ぼくは湯気にむせびながら、永い間の無沙汰をわびた。
タンメンの魅力は、たっぷりの野菜にある。
キャベツもモヤシも、的確に火は通っているのだが、歯ざわりがシャキッとしている。そうしてさっぱりしている。野菜もスープもさっぱりしている。
ここのところが、濃厚化の傾向にある時代の風潮に取り残された原因かもしれない。
丼のフチぎりぎりまで注がれた熱いスープ≠焜^ンメンの魅力である。
ちょっと傾けるとこぼれそうな丼をカウンター越しにうやうやしく受けとり、「アチチ」なんて言ってカウンターの上に置く。
もうもうと大量に立ちのぼる湯気≠ェ頼もしい。
湯気の量はラーメンの数倍である。湯気ではラーメンに勝っているのだ。
野菜の下の麺をほじくり出すと、湯気はいっそう立ちのぼり、ここのところでたいていの人はむせて咳きこむ。咳きこむところもタンメンの魅力である。
掘り出した麺は、タンメン特有のぬめりと、蒸れた感じがあり、口に入れるとラーメンとは違ったモチモチしたモチモチ感がある。
ラーメンと同じ麺、同じスープを使っているはずなのにここのところが不思議なところだ。
タンメンは身なりが貧しい。
見かけが貧相である。
上から見おろすと目につくのは野菜だけである。その野菜も、モヤシと白菜とキャベツという色感に乏しいものばかりだ。わずかに人参の赤が多少の彩りを添えているが、この身なりの貧しさも衰退の一因かもしれない。
そして主役がいない。
ラーメンのほうは、焼き豚、シナチク、ナルト、のりと、メリハリが効いているのだが、タンメンのほうはメリもハリもない。
だからタンメンは、食べ始めから終わりまでペースが少しも変わらない。
淡々と食べ始め、淡々と食べ進み、淡々と食べ終わってしまう。まさに淡麺≠ナある。
つまりヤマ場がないのだ。
ラーメンのように「このへんで焼き豚をひとかじりするか」とか「ではシナチク一本いきます」などの句読点、ヤマ場がいつまでたってもやってこない。
頭を下げたっきりにして、野菜を食べ麺をすすり、スープを飲み、また野菜を食べ、スープを飲み……と息つくヒマさえなく、いつ顔をあげたらいいのかさえわからず、首が次第に疲れてくるし、少し空しい気持ちもしてくる。
こうした事態を防ぐために、ぼくとしては、豚コマ遭遇時首あげ運動≠ニいうのを提唱したい。
タンメンには、豚肉の細片が入っているのだが、この脂身の多い小さな肉片が実においしいのだ。
タンメンを食べていてこの肉片が口の中に入るとぞくぞくするほどうれしい。
この喜びを祝福すると共に、首をあげて首すじに休息を与えるのである。
ラーメンは麺とスープが対等だが、タンメンのスープは明らかに麺より地位が低い。やや乳くさいようなタンメンのスープは、わるくはないのだがスープとして味わうには少し物足りない。
そこでほんの少し醤油をたらしてみよう。味が一変するはずだ。
ぼくはほんの少し醤油をたらした一帯≠ニいうのが好きだ。
醤油を少したらし、かきまわさず、他の地域に散っていかないうちに麺とスープをすする。実においしい。
その他にラー油をたらした一帯≠竍酢をたらした一帯≠時に応じてつくり、それぞれの味を楽しむ。
このたらした一帯運動≠ニいうのも大いに提唱したい。
いろんな運動を提唱して、衰退しつつあるタンメンに何とかしてカツを入れたいと思っているのである。
見た目を派手にするために焼き豚の導入ということも考えているのだが、これはラーメン配下の力を借りるということになり、そうなると、かつてのライバルに膝を屈することになる。タンメンにだって意地はあるはずだ。そのへんの面子《メンツ》をどう立ててやるか、目下考慮中である。
[#改ページ]
鍋と人生はむずかしい
不思議なもので、夏のうちは、鍋物のなの字も思い出さなかったのに、冬が近づいてくると鍋物が懐かしく思い出されてくる。
鍋から立ちのぼる湯気とか、くつくつと煮える音とか、顔をテラテラさせて「アフアフ」なんて言ってる人とか、そういった様子がありありと思い出されてくる。
鍋物は、それを囲む人たちの心を解きほぐしてくれる。
立ちのぼる湯気は、人の心をほのぼのとさせる。
談論風発、和気あいあい、互いに心を許しあい、顔テラテラ、「シラタキ煮えたよ」「おいきた」「肉そろそろいいよ」「ガス栓細くして」などの声も飛び交い、鍋物の周辺は温かい雰囲気に包まれる。
鍋物には顔テラテラの人≠ェ絶対に必要で、最低一人はいてもらわないと困る。顔テラテラの人≠ェいないと鍋の座は盛りあがらない。
だから鍋物をやるときは、幹事は、テラテラ要員を一人確保しておかなければならない。
テラテラの人を中心に、鍋物の座は盛りあがる。
鍋物の周辺は、どこも明るいのが普通だ。同じ囲むにしても、刺し身舟盛り大盛り盛り合わせなんかだとこうはいかない。
座がシンと静まりかえる。
みんな緊張して硬くなる。
第一、湯気が立ちのぼらない。
互いに心を許しあう、ということにならない。
全員の心がアワビとマグロ大トロのところに集中して、互いに疑心暗鬼となる。
食べ物を大勢で囲む場合、湯気というものがいかに大切か、湯気がいかに人の心をやわらげるか、これでおわかりいただけたと思う。
湯気があるからこそ顔テラテラの人≠ェ生まれる。
刺し身では、顔がテラテラにならないのである。
鍋物の効能は数えだしたらきりがない。
一つ鍋を突つきあうことによって親近感が生まれ、上下のへだてを取り払い、人間関係をスムーズにさせ、体を芯から温め、酒のまわりをよくし、栄養的にもバランスよく、春菊白菜はビタミンを補い、ネギは痰を切り、しいたけは脚気《かつけ》を防ぎ、ギンナンは精気をみなぎらせ、シラタキは便通を整え、値段安く量多く、最後にうどんでも入れればもうおなかがパンパン……いくら書いてもきりがない。
と、このように、鍋物はいいことずくめのように思えるが、物事には表と裏がある。光があれば影があるのだ。
鍋物のよさは、料理ともいえないようなその簡便な料理方法にもある。
汁を煮たてる。煮たったら材料を入れる。材料に火が通ったら食べる。基本的にはこれでいいわけだが、鍋には鍋なりの一応のルールがあることはある。
牛肉などは火が通ったらすぐ食べなきゃいけないし、シラタキ、しいたけはよく火を通さなければならない。
スキヤキでいえば「シラタキは肉からなるべく離して入れる」というのもある。シラタキに含まれる石灰分が、肉の味をどうとかこうとかするらしい。
「春菊はなるべくあとに入れる」というのもある。春菊の味が汁の味をなんたらかんたらするというのである。
鍋物の最後に、モチやうどんを入れるが、むろんこれは最後でなければならない。これを入れると粉で汁が濁る。
これらのルールがある程度守られ、ある程度破られるところに和気あいあいが生まれる余地があるのだが、このルールをあくまで厳格に押し通そうとする人が一人いると、和気あいあいはむずかしいものとなる。
いわゆる鍋奉行という人である。
この奉行は、どこの鍋にも自然発生的に生まれ、鍋物の進行に従って次第に権力を持つようになる。
最初のうちは、ささやかな提言のようなものを繰り返しているだけなのだが、人々がハッと気づいたときには、いつのまにか強大な権力を行使しているものである。
この人は、いつのまにか、「待て」と「早く」を連発するようになる。
早くもうどんを入れようとする人に「待て」と言い、椎茸を口に入れようとする人に「待て」と言う。
うどんは汁が濁るからであり、椎茸は生だと毒だからだと説明する。
肉に火が通ったから「早く食え」と言い、豆腐がひと揺れしたから「早く食え」と言う。肉は火が通りすぎると硬くなるからであり、豆腐は煮えばながおいしいからだと説明する。
言うことがいちいちもっともらしく、したり顔にアクをすくいとったり、火をやたらに細めたり強くしたりするから、こういうことに無知な人たちは次第に言うことをきくようになる。
無知が権力をのさばらせる典型的な例といえる。
鍋物を囲んでいる人たちは、すべてその鍋に重大な関心を持っているわけではない。
「なんか適当に煮えたものがあったら、適当にすくって適当に食べよう」という適当の人≠烽「る。
「オレ、うどんだけ関心がある」といううどんの人≠烽「る。
このうどんの人≠ヘ、一刻も早くうどんが食べたく、材料の盛られた大皿を遠くからわざわざ引きよせ、大箸ですくって鍋に投入しようとしたとたん、奉行から厳しく制止されるのである。
うどんの人≠ェ面白かろうはずがない。うどんの人≠ヘたちまち不貞《ふて》くされて、以後、鍋への参加をかたくなに拒否するようになる。
何の考えもなく、シラタキを肉の横に投入しようとした人も、奉行の厳しいおとがめを受け、そのワケを聞かされて「ウルセー」と不貞くされる。
座がだんだん白けてくる。
奉行の人も、権力を行使したくてそうしているわけではなく、ただひたすら「おいしい鍋にしよう。おいしくしてみんなに食べてもらおう」という善意の人であるだけに、ことはやっかいである。
座を白けさせず、うどんの人≠竍適当の人≠フ沽券や体面を損ねることなく、しかし「いい鍋にしたい」という情熱を失わず、奉行職をまっとうするのは至難のわざといえる。
鍋一つとってみても、人の心というものは常にバラバラなものである。バラバラな人の心を一つの方向にもっていくのはむずかしい。
鍋物は一人で食べてもおいしくない。
大勢で囲まないとおいしくないものである。しかし大勢だと、決しておいしい鍋にはならない。ここが鍋のむずかしいところだ。
[#改ページ]
「上中並」の思想
三、四人つれだってそば屋に昼めしを食べに入ることがある。
「ざるそば」「カレーライス」「天丼」などと、口々に注文していると、「じゃオレも天丼にしよう」と、必ず同調する人が出てくる。
(昼めし何にするか)の問題は、一見、簡単のように見えて、これでなかなかエネルギーを要するものである。
だから注文が済むと、何か大ごとを片づけたような気分になる。
全員ホッとし、ヤレヤレなんて言っておしぼりに手を出そうとする。
ところがここで問題が起きる。
問題はまだ全部片づいていないのだ。
注文をひととおり伝票に書きつけたそば屋のおねえさんは、ここで重大な問題を提起するのである。
「天丼には並と上がありますが」
そうなのであった。
おしぼりに手を出しかけていた天丼|者《もの》二名は、(しまった)という表情で手を引っこめる。そして二人とも急に不機嫌な表情になる。
なぜか。
二人とも(当然、並)のつもりだったのだ。
それに対し、おねえさんは、(はたして並でいいのか)という問題を改めて提起してきたのである。(そこんとこよろしく)と言ってきたのである。
虚を突かれた、という感じがある。
触れてほしくない問題に触れられた、という思いもある。
不機嫌になるのもやむをえない。
だいたい「並!」というのは言いにくいものである。
特に、「並と上とありますが」と言われたあとは言いにくい。
いっそ最初に、「天丼、並!」と堂々と言ってしまえば何の問題もなかったのだ。
天丼者二名は、天丼を注文した時点で≪天丼→並→エビ天2→イカ天、キス天それぞれ1→甘辛のツユのしみたコロモ→同じくツユのしみたゴハン→湯気→いたーきまーす≫という世界にすっかりひたりきって気分はもう並天丼≠ノなりきっていたのに、突然、触れてほしくない「上天丼問題」を持ちだされ、しっかり構築した世界と矢印がゴチャゴチャに崩壊してしまったのである。
不機嫌、当然と言える。
おねえさんは、伝票に目をおとしたまま、回答を待ちわびている。
気の弱い人は、ここで心ならずも、苦しまぎれに、「ぼくの天丼、上にして」と言ってしまう。
さあ、こうなるともう一人の天丼者はますます「並!」とは言いにくくなる。
しかし、きょうは並を貫きたい。諸般の事情がきょうは上を許さないのである。そこで、「オレ、並でいいや」と力なくつぶやくことになる。
並の人は必ずこういう言い方をする。「並|で《ヽ》」「|いい《ヽヽ》」という言い方をする。「オレは並だ!」と力強く言いきっている人をぼくはこれまで見たことがない。
並の人は、「並でいいや」と言ったあと、急に敗北感のようなものに襲われるらしく、力なくうなだれるものである。
うなだれてツメを噛み、涙ぐんだりする人もいる。(いないって)
貧しさに負けたー
イイエ、世間に負けたー
という古い歌を低くつぶやく人もいる。(いないって)「オレ、並でいいや」と言ったあと、急にうなだれて肩に手をやって揉むような仕草をする人はいる。
あれは脱力感に襲われた人である。
脱力感、無力感、倦怠感、不定愁訴、立ちくらみ、偏頭痛、肩こり、と、次から次へと症状があらわれ、思わず肩に手をやってしまったのである。
考えてみれば、「上中並」という仕組みにはかなり残酷なものがある。
たとえば、そば屋の二人用のテーブルに、一人のおばさんがすわって天丼の並を注文したとする。
おばさんというものは、わりに平気で「天丼、並ね」なんて言えるものなのである。
このおばさんは、着ているセーター、靴、バッグなどから判断して、ま、ごくふつう一般のおばさんである。
つまり、おばさんの並、ですね。
このおばさんの並が、天丼の並を注文してテーブルにすわっている。
(たまにゃ外でおいしいものでも食べましょ)なんて思ってやってきたおばさんなのである。
そこへ、年かっこうが同じぐらいの、もう一人のおばさんがやってきて相席ということになる。
こっちのおばさんは、その身なりから判断して、特上、とまではいかないが、上、という感じのおばさんである。
この、おばさんの上、が、天丼の上を注文する。
そば屋のテーブルをはさんで、おばさんの上と並と、天丼の上と並とが向かいあうということになってしまう。
これはかなり残酷な図式と言えるのではないだろうか。
おばさんの並は、天丼の並をうつむいて食べながら、つい、ちらちらと向こうの上天丼のほうに目がいってしまう。
こちらのエビは小さい。
向こうのエビは大きい。
あちらのエビは三本ある。
こちらのエビは二本だ。
おしんこも違う。
どんぶりの模様も違う。
並おばさんは、くやし涙でせっかくの天丼がにじんで見えてくる。
せっかく(たまにゃ外でおいしいものでも食べましょ)と、やってきたのに、そのおいしいものが、いまこうしておとしめられているのだ。
人間はどういうわけか、どんなものにもヒエラルキーを導入したがるようだ。
最も庶民的で、最も安直な食べ物である丼物にもこれを導入してしまう。
ここで話はコロッと変わってしまうのだが、つい先ごろの文化の日に、恒例の秋の叙勲というものがあった。
どのぐらいの種類の章があるのかと、ぼくは興味をもって調べてみたのだが、実にもう複雑多岐で、どの章がどのぐらい偉いのかがよくわからない。
一番偉いのは、この秋は、勲一等旭日大綬章だったが、勲二、三等あたりになると、旭日重光章とか瑞宝章とか旭日中綬章とか宝冠章とかいろいろあって、どっちがどのぐらい偉いのかさっぱりわからなくなる。
よくはわからないが、勲七等青色桐葉章あたりが一番下のほうらしく、もっと下になると、章なしで、銀盃一個、木杯一組というのもある。
叙勲は、その人が送ってきた人生に対し、その人の功績をたたえて贈るものである。
あなたの人生は「特上」でした、とか、「上」でした、とか「並」でした、とか言ってる……わけでは決してない……と思う。
[#改ページ]
桜の下の幕の内
満開の桜の下で食べる弁当は楽しい。
弁当の舞台装置として、これ以上のものは考えられない。
花びらひらひら、頭の上にひとひら、お弁当のゴハンの上にひとひら、それを見やりながら、ブリの照り焼きなんかをひと口。思わず隣の人に、
「おいしいね」
と言いたくなり、隣の人も、
「おいしいね」
と言い返してくれる。
こういう花の下の弁当は、何が一番似つかわしいだろうか。
にぎり飯は実用に過ぎ、うなぎ弁当むさくるしく、サンドイッチ軽すぎ、しゃけ弁哀れ、いなり寿司わびしく、ホカ弁は所帯のやつれさえ感じさせる。
せめて花見は多少華やかにいきたい。
ということになると、どうしたって幕の内弁当ということになる。
だれが考えたってそうなる。
幕の内弁当には、ホカ弁系の、透明プラスチック入りベコベコ弁というのがあるが、ああいうのはこの際やめたい。
やはりちゃんとした重箱入りでいきたい。
「『ちゃんとした』と言うけど、どのくらいちゃんとすればいいんだ。ハッキリさせてくれ」
という重箱側の言い分もあるだろうから、この際はっきりさせておくが、あくまで重箱風≠ニいう程度のちゃんとしたものであれば十分である。
すなわち、色は黒、重箱の一辺二十センチ以上、中仕切りあり、むろんフタ付き、プラスチック可、といったところだろうか。
特に幕の内弁当に限って、フタは重要である。これなくして幕弁は成り立たない。
フタをされた幕の内弁当は、黒く平たく、どちらかというと少し陰気なただの箱である。
しかし、ひとたびフタを取ると、突如そこに、目にも綾《あや》な、食の絢爛が目の前に展開する。
それは、緞帳のあがった歌舞伎の舞台に似ている。
この、芝居もどきの仕掛けも、花見の宴にふさわしいといえる。
開けたら手にとって、じっくりと見つめよう。
そこには、人々が期待するほとんどのものが、用意され展開されているはずだ。
チラと視線を走らせる、という程度ではなく、視線をゆっくり|歩かせ《ヽヽヽ》たい。
視線を散策させたい。
食の行楽地、食のヘルスセンター、食のディズニーランドを逍遙したい。
そうか、そうか、この弁当は中を田の字区切りにして、筍《たけのこ》の煮つけを左上にもってきたか。
それでもって、キヌサヤの緑をブリ照りの隣に配して、ニンジンの赤をしいたけのコゲ茶の下に置いたか。そうか、そうか。と、全面的にそうか的うなずき≠ナ応えてやりたい。
そうか、そうか。ゴハンは桜の型押しできたか、と、ゴハンにも気を配ってやりたい。
せっかくの、職人の苦心のレイアウト、ディスプレーを、チラとしか見ない人は多い。
それなら花でも見るかというとそれも見ない。人々のざわめきぶりを見るかというとそれも見ない。
こういう人は、この世のものを、なーんにも見てないのだ。
じゃあ何かを考えているのかというと、なーんにも考えてないのだ。
そういう人って、います。
フタを開けて「わあ、きれい」とでも言えばまだいいほう。たいていは無言でチラとほんの一秒、全体の概要しか見ない。
配色の妙や、盛りつけ、構成などにはまるで関心がない。
そのかわり各部には大いに関心がある。
エビフライの大きさ、ブリの切り身の厚さ、ゴハンの量、そういった損得の問題に大いに力を注ぐ。
幕の内弁当には、日本人的な考えがたくさん取り入れられている。
内部を田の字型や波型に区切るのは、旅館などの、杉の間、百合の間などの発想ではないだろうか。
各部屋は、個室主義ではなく、相部屋、もしくは同居、というカタチをとっている。
エビ、タコ、タイなどの海族の中に、ウシ、トリなどの陸族が同居している。
人間のほうは同居でよく揉めるが、彼らが同居で揉めたという話はあまり聞かない。
それから四民平等の思想。
幕の内弁当には主役がいない。
形も大きさもほぼ一定で、飛びぬけて大きなものとか、特に目立つというものはない。 それぞれが、一定の秩序をもって箱の中に平たくきちんとおさまりかえっている。「オレが村田だ」とか「オレが丹波だ」とか、一人だけでかいツラをしようとする奴はいない。
幕の内弁当は、どの弁当もおかずのほうにはそれほどの違いはない。
だいたい似たようなものが入っている。
そのかわりゴハンのほうに変化がある。
白飯《しろめし》のほかに、山菜やグリーンピースなどの炊きこみゴハンがある。
これらを、桜の花やモミジの葉型に型抜きしたのもある。
白飯は、平地型は少なく、俵型の型押しが多い。
型押しだから、切れ目のところが切りきれずにつながって、そこのところのゴハンがつぶれていたりする。この上に、ゴマや青のりがかけてある。
ぼくは味のついたゴハンは嫌いなので、平地型、ふりかけなし、というのがいい。平地のゴハンを、箸の先で掘り起こしているとき、人はしみじみとした幸せを感じるものである。
丼物が深さの魅力なら、幕の内は展開の魅力である。
展開されたものを、少しずつ突きくずしながら食べる。
揺るぎなく構築されたものを、こわしていくところが少し寂しい。
一度食べてしまったものには、二度とお目にかかれない。
アルバムのように、閉じたページを「まてよ」と言ってもう一度ひろげて見ることができない。そこが寂しい。
閉じたページをもう一度見る方法、食べてしまったブリの照り焼きを、「まてよ」と言ってもう一度見て、思い出にひたる方法はないか。
あります。
同じ幕の内弁当を二個用意するのです。
一個を食べながら、もう一個の思い出用≠眺める。思い出は常にかたわらにある。
どうです。すばらしいでしょう。こういうのを本当の贅沢というのです。
しかし、「これはいいことを聞いた」といって実行する人は、バカです。
[#改ページ]
釜飯のひととき
最近、釜飯を食べましたか。
大抵の人は、
「そういや、食ってねーなー」
と答えるにちがいない。
ぼくもそのくちだった。
「そういや、二十年ぐらい、食ってねーなー」
のくちだった。
女の人はどうか知らないが、男の人はめったなことでは釜飯は食べない。
釜飯は、なんだか照れくさい。
あの小さなお釜が、ままごとみたいで恥ずかしい。
自分でゴハンをよそうのが、きまりわるい。
カツ丼のどんぶりをしっかり抱え、ワシワシとメシをかっこんでいる男の隣で、小さなシャモジで小指なんか立てて小さな茶わんに釜飯をよそっている男というものは、どうもなんだか気色がわるい。旗色もわるい。
明らかに負け≠ナある。
名前もなんとなく言いづらい。
釜、というところに問題がある。
それにぼくは、ゴハンといえば白いゴハンが好きで、ああいう味や色のついたゴハンはあんまり好きではない。
なのにです。
食べてしまったのですねえ、釜飯を。
人間の運命なんて、わからないものです。
しかもです。
目覚めてしまったのです、釜飯に。
本当に、人間の運命なんてわからないものです。
街を歩いていてバッタリ知人に会った。
これが運命のはじまりです。
何か食べようということになった。
その知人は、「そこにしよう」と言って、すぐ近くにあった釜飯屋に迷わず入っていく。
もしかしたら、釜飯屋に向かう途中ぼくに出会った、ということなのかもしれない。
中年男が、二人つれだって釜飯屋に入っていったわけです。
なんだかどうもきまりがわるい。
その人は釜飯慣れした人で、おしぼりで手を拭くとメニューには目もくれず、「うな釜!」と一声。
ぼくはわけもなくドギマギして、大急ぎでメニューを見て、無難ふうの五目釜飯≠ニいうのを注文した。
(いつも歩いている街なのに、こんなところに釜飯屋があるなんて知らなかった)
と、店の中を見回す。
混んでいる。
午後一時半を過ぎているのに、店はほぼ満員。圧倒的におばさんが多いが男もかなりいる。若いのもいればトシとったのもいる。
釜飯ファンはけっこう多いらしいのだ。
十分ほど待ったろうか。
釜飯が湯気をあげて、しずしずと運ばれてきた。
カマドに見立てた木製のワクに、本物と同じ形の羽釜《はがま》がはめこまれ、昔懐かしい横二列のとってつき≠フ木のフタがのっかっている。
昔の土間の台所の一隅が運ばれてきたようなものだ。しかもきちんと湯気をあげて。
それを目にしたとたん、どういうわけか、
(ああ、このメシはおれのものだ)
という切迫した感情が激しくわきあがってきたのである。
所有欲というか、持ち主意識というか、そういう感情の強いやつである。
そして次に、
(このメシは、誰にもやらないんだかんな)
という、占有感というか秘匿感というか、そういう感情もわきあがってきた。
(たとえ『くれ』と言っても何一つやんないんだかんな)
という独占欲、それにともなう警戒心なんかもわきあがってきた。
あれは一体、何だったのだろう。
例えば、にぎり寿司なんかだったら、ああいう感情は起こらない。
(カッパ巻きなんかだったら、取られてもしかたないな)
と思うが、釜飯の場合は(何一つ)取られたくないのだ。
やはり釜のなせるわざ≠ニ考えるよりほかはないのではないだろうか。
釜が放ったゴハン光線に、元農耕民族がやられた≠ニ考えざるをえないのである。
そのことがあってから急に、釜飯とぼくはうちとけた関係になった。よそよそしさがとれてきたのである。
フタを開けてみる。
知人のほうのうな釜は、まん中にうなぎがあるだけだが、ぼくのほうの五目釜飯は、鶏肉、エビ、しいたけ、しめじ、筍、ギンナンと多彩である。
プンと、醤油とダシの匂いが立ちのぼる。
小さなシャモジで、小さな茶わんに、具ごと釜飯をよそう。
よそいつつ、
(この、よそうという行為は、これでなかなか楽しいものだな)
と思う。
よそっているうちに、なにかこう、人にもよそってあげたいような、人に尽くしてあげたいような、切ないような、そんなような不思議な気持ちになっていくのであった。
シャモジを持つ手の小指が、ごく自然に立ってくるのであった。
外食のメシは、どんぶりにしろ皿にしろ、盛りきり一杯がふつうだ。お代わりするということは、まずない。
釜飯のメシは意外に量があり、何回もお代わりできる。
「お釜」「シャモジ」「茶わん」「お代わり」「自分でよそう」という家庭的雰囲気の道具だての中にひたりきっていて、ふと気がつくと実は外食である、という倒錯した感情も、人をして妖しい気持ちにさせる原因の一つかもしれない。
と、思い直し、ぼくは急に冷静に戻った。冷静に戻ってみれば、やはり釜飯は男には似合わないようだ。特に中年男には似合わない。
だが、ただ一つだけ例外がある。
釜飯が似合う場合が一つだけある。
重役ふうの人である。
場所は高級釜飯店。
時間は、時間はずれの午後一時二十一分あたり。
人気のなくなった店の片隅の、笹竹の鉢植えの陰かなんかで、重役ふうが一人、ひっそりと釜飯を食べている。これなら似合う。
すなわち、釜飯が似合うためには、まず重役にならねばならず、昼めしは午後一時二十一分まで待たなければならず、店は笹竹の鉢植えのある店を探さなければならないということになる。
そうまでして釜飯を食うこともないか。
[#改ページ]
マヨネーズの跋扈《ばつこ》
最近、おとうさんたちがあぶない。
特に、家庭内においてあぶなくなってきている。よく聞く話に、「定年の日に妻から離婚を言い渡される夫」というのがある。会社人間のおとうさんが、こうした被害にあう。
おとうさんは、当然愕然となる。
岡田三越元社長のように、「ナゼダ?」と言ってももう遅い。妻の、決意に至る道は永く、そして固い。
おとうさんはこうして妻に見放され、子供たちにもうとんじられ、ふと気がつくと、老人マンションの一室に、一人寂しくすわっている、というようなことになる。老人マンションならまだいいほうで、ふと気がつくと、吹きさらしの地下街のダンボールの上にすわっている、ということだって考えられる。
おとうさんの何がいけなかったのか。
妻へのいたわりがなかった。
会社一筋であった。頑迷であった。時代の流れに気づかなかった。「亭主は関白が一番」と、思いこんでいた。
「なにィ? カルチャーセンター?」
と、妻への理解が足りなかった。
いま、徐々にではあるが、おとうさんたちは、これではいけないと気づき始めている。少しずつ改め始めている。
しかしおとうさんたちの弊害として、「気づきかたが遅い」ということがある。時代の変化に、常に一歩おくれる。
食生活においてもそれはいえる。
いま、子供たちの味覚は、少しずつ変化してきている。
おとうさんたちの味覚と、かなりへだたりが生じ始めている。
おとうさんたちは、
「ゴハンには、なんてったってアジの開きが一番」
と思いこんでいる。
「なにィ? ゴハンにマヨネーズ?」
とけわしい顔つきになる。
ホラホラ、それがいかんというのです。
いま「ゴハンにマヨネーズ」は、女房子供たちの間では当然のことになっているらしいのだ。
「なにィ? カルチャーセンター?」
と顔をしかめて離婚されたおとうさんの例を考えましょう。ここはひとつぐっとこらえましょう。そして、
「ホー。どれどれ。おとうさんにも一口」
と言いましょう。
ゴハンにマヨネーズは、まずおにぎりに定着した。コンビニエンス系のストアでは、「梅干し」や「シャケ」より「シーチキン・マヨネーズ」のほうが売れゆきがいいそうだ。
そう言われて買って食べてみて、
「ウン、慣れるとけっこうおいしいね」
なんて言っているおとうさんもいるようだが、ホラホラ、それがいけない。
「慣れると」と「けっこう」がいけない。素直に「おいしい」と言いなさい。
ぼくも最近ではすっかり慣れて、素直に「おいしい」と言えるようになってきたところである。
最近は、日本の伝統食、寿司にもマヨネーズが登場するようになった。
「ナ、ナーニィッ? 寿司にマヨネーズゥ?」
と、おとうさんはまたしても眉を逆立ててしまうだろうが、ホラホラ、それがいかんというのです。
それが、ダンボールに至る道、だというのです。
いまアメリカでは、スシバーというのが流行しているとか。その余波で、日本でもそういうスタイルの寿司屋が一時はやったことがあった。
いま、「スシバー」はほとんど消滅してしまったようだが、カリフォルニア巻きとかのスタイルは、何軒かの店に残って定着している。カリフォルニア巻き、メキシコ巻き、ボストン巻き、などというものを扱っている店もある。
カリフォルニア巻きというのは、もう大抵の人が知っていると思うが一応説明すると次のようなものだ。
芯にアボカド、キュウリ、サーモン(カニ・エビなどの場合あり)、レタスなどを入れ、マヨネーズをたらし込み、のりで巻いたいわゆるのり巻き寿司である。
「なーにがアボカドだ。なーにがマヨネーズだ。寿司はね、マグロッ。マグロに醤油ッ。こちとら江戸っ子でィ」
と、おとうさんは思わず叫ぶにちがいない。
しかし、このカリフォルニア巻きが意外にいけるのです。刺し身の寿司とはまた一味ちがった、しかし明らかに寿司としてのおいしさがある。(無理して言ってない)
ふつう、刺し身には醤油しか考えられないが、こういう固定観念は一度破られてしまうと実にあっけないところがある。
中華料理の海鮮料理では、鯛の刺し身にピーナツオイルをかけるし、マグロの刺し身をサラダ感覚で食べる人は、ワインビネガーで食べたりする。そしてこれはこれでまた別の味としておいしい。(無理して言ってない)
うどんにもマヨネーズは登場する。
うどんのマヨネーズ和《あ》えである。
「うどんは鰹節と醤油の香りがプーンと効いたツユで」と考えているおとうさんには、マヨネーズまみれのうどんは耐えがたいにちがいない。
しかし、ここはひとつ耐えましょう。ダンボール≠避けるためだ。ダンボールが避けられるなら、うどんのマヨネーズまぶしぐらい何だというのだ。
うどんにマヨネーズは、さすがに街中のふつうのそば屋には登場しない。
最近はやりの「ノボリを立てた街道筋のうどん専門チェーン店」で、サラダうどんとして出てくる。
ニンジン、大根の千切りとうどんを、マヨネーズで和えて食べる。
パンにもマヨネーズが合う。(無理して言ってない)
おとうさんは、パンといえばバター、マーガリンしか頭に浮かばないかもしれないが、最近は、マヨネーズを主体にしたサンドイッチ・スプレッド≠ネどというものが売られている。
おとうさんにはつらいことだが、最近は「ゴハンにバター」もあり≠ネのだ。熱いゴハンのまん中に穴をあけ、バターをひとかたまり。醤油もポタリ。その上にゴハンのフタをして少し待つ。バターと醤油がゴハンにしみて旨いそうだ。(これはまだためしていない)
これからの時代は、どんなことだってあり≠ネのだ。
「刺し身にジャム」は、ありえないことの代表だったが、これからはどうなるかわかったものではない。
おとうさんとしては、今後どんなに意外な組み合わせが登場しても、決して驚かず、けなさず、そのたびに、「ダンボール、ダンボール」ととなえ、
「どれどれ、おとうさんにも一口」
と、応じるのが賢い生き方といえよう。
[#改ページ]
竹の子かわいや
竹の子はかわいい。
いま、竹の子の出盛り期で、八百屋の店先には竹の子がゴロゴロ並んでいる。
掘られたまま、土をつけ、店先にころがされている連中を見ると、何となく心がなごむ。たのもしい感じもある。
とにかく掘って運んできただけ、というところがいいのかもしれない。
他の野菜たちのように、洗ったり、漂白したり、切りそろえたりの、人手がかかってないところがいいのかもしれない。
形もいい。
ずんぐりむっくりがかわいい。稚気がある。あの砲弾型には機能美を感じる。
同じ野菜界の重量級、カボチャ、スイカなどと比べると、その形のよさがよくわかる。何の工夫もなく、ただまん丸いだけのスイカ。ただやたらにゴツゴツと起伏をつけることにのみに専念したカボチャ。
彼らとちがって、竹の子には目的がある。竹になろうという目的がある。
その目的が、砲弾型という形をとらせたのだ。
なのに竹の子は切りとられてしまった。
竹の子は無念である。
竹の子を手にとってじっと見てみよう。竹の子の無念がヒシヒシと伝わってくるではないか。
八百屋の店頭の、彼らがころがされている一角は、他の野菜たちとはちがった雰囲気がある。荒々しく、物々しく、穏やかならぬ様相を呈している。
それもこれも、みんな竹の子の無念のせいなのだ。
世が世であればいまごろは、山里の竹林で立派な竹になりつつあったであろうに、こうしてむなしく都会の店頭にころがされている。
その無念は察するにあまりある。しかしぼくから見ると、竹の子のその無念さえ愛《いと》しい。その無念に愛嬌がある。
「ヨーシヨーシ。ワカッタワカッタ」
と、ほほえましく、頭をなでてやりたくなる。
竹の子って、そういうやつなんですよね。
そういうやつだから、じっと見ていると皮をむいてやりたくなる。
茹《ゆ》でてやりたくなる。
茹でて食べてやりたくなる。
竹の子は料理の方法が実に多い。
料理法の多さという点では、じゃがいもの次ぐらいではないだろうか。
煮たり焼いたり茹でたりはもちろん、おろしがねですりおろしてどうのこうの、という方法さえある。
それだけ、料理人に「何とかしてやりたい」という気持ちを起こさせる素材なのであろう。
旬《しゆん》には、あれだけゴロゴロと店頭に並ぶということは、それだけ買う人が多いということである。
ヌカを入れて一時間茹でる、という面倒な料理法にもかかわらず、主婦が買っていくということは、それだけ主婦に「何とかしてみたい」という気持ちを起こさせる何ものかがあるにちがいない。
竹の子を見ると、だれでも「何とかしてみたい」という気持ちになるものなのである。竹の子には、そういう不思議な魅力があるようだ。
料理法の筆頭は若竹煮≠ナあろう。
例の、薄口醤油でワカメといっしょに煮て山椒の芽を添えて深鉢で出てくるやつである。素材に色をつけないように薄口醤油で、味もうすく上品に煮あげる。
ぼくはああいう上品煮≠ヘあまり好きではない。
出盛りの竹の子は、大切り厚切りを茶色く味濃くさっと煮たのがおいしい。
こういうふうに煮たやつの、根元に近いあたりを、バリバリ、ザクザク食うと実に旨い。
茶色く煮あげた分厚い竹の子の一切れを箸ではさみ、整然とタテに並んで走っている繊維をじっと見ていると、
「よーし、噛んでやるぞ」
という意欲が盛りあがってくるから不思議だ。
噛んでみると、期待にたがわぬえもいわれぬ噛み心地。タテに走っている繊維をタテに押しつぶすことによって、タテに走っている繊維の一つ一つが次々に倒れ、次々に崩壊していくようすが、まるで見ているように感知できる。
竹の子独特のエグミと、旬のときだけにあるほんの少しの甘みと香ばしさ。それに、土くさい竹林の空気の味少々。
竹の子の節と節との間には、ついさっきまで、山里の竹林の空気が詰めこまれていたはずだ。
シーズンはずれの水煮の竹の子や、缶詰には、こうした味わいは一切ない。
だからいま、せっせと竹の子を食う。
八百屋の店頭の竹の子を見ると、どうしても買わずにはいられず、ふと気づくと「ああ、こうしてきょうも竹の子を茹でている」という状況になってしまう。
茹であがれば、味をつけてしまうことになる。味をつけてしまえば、食べることになってしまう。一切れ食べおえると、すぐにもう一切れに手が出てしまう。
竹の子は掘ってからの時間が勝負だという。掘りたてであればあるほど旨いそうだ。すなわち、掘った瞬間に食べるのが一番旨いということになる。
しかし世の中には「さらにその上はないか」と考える人がいるものなのだ。
つまり掘らないうちに食べる方法はないか、ということを考えてしまった人がいたのですね。そしてその方法がまた、あったのですね。
残酷焼き、というのがそれである。
すなわち、生えている竹の子のまわりを掘る。そこに、おこした炭火を並べる。哀れ竹の子は、何の罪もないのに生きたまま火あぶりの刑に処せられる。
その光景を頭に思い描くと、「竹の子熱いだろうな」と思わざるをえない。
かわいい竹の子に何ということをするのだ。しかし旨いだろうな。焼けたやつを切りとって、ワサビ醤油かなんかで食べたらこたえられないだろうな、と思う。
竹の子といえば、思い出すのは「竹皮に包んだ梅干しチューチュー」である。
そこでやってみました。
やってみると、意外にもさまざまな難関が待ちうけていた。
まず包み方がわからない。確かきっちり三角形に結んであって、持ち歩いてもこわれない包み方だったはずだが、それが思い出せない。
竹の皮が意外に厚い。
しゃぶっているうちに、竹の皮から梅干しの味が滲《にじ》み出てきたような記憶があるが、この厚みではそれは到底期待できない。仕方なく、皮に切れめを入れてすすってみた。確かに梅干しの味はしてきたが、それがどうというほどのものではない。どうしてあれがおいしかったのか。
「時代が変わったんだ」
そう思ってぼくは、竹皮を口から離した。
[#改ページ]
新キャ別
新緑の五月。
スタートの五月。
いま街に新人があふれている。
そして新ジャガも街にあふれている。
新キャベツもあふれている。
新玉ネギもあふれている。
新ゴボウもあふれているし、新ショウガもまもなくあふれるであろう。
五月は新《しん》もの≠フ季節だ。
人間も野菜も新しくなる。
野菜の新もの≠フ代表といえば、やはり新ジャガ、新キャベツ、新玉ネギということになろう。
新ジャガも新キャベツも新玉ネギも、食べてみるとそれほどおいしいものではない。
いずれも新鮮ではあるが水気が多く、野菜の味として未熟なところがある。
古ジャガ、古キャベ、古玉などの古手、ベテランの味には敵《かな》わない。
それはわかっていて、ただひたすら、「新」というところに惹かれるのである。
それも強く惹かれる。
新しいものはいい。
新しいというだけで魅力がある。
古いものは飽きる。
ここで例として引き出すのは、まことに適切でないかもしれないが、畳なんかも新しいのがいい。
もう一つ、新しいほうがいいものがあったような気がするが、いまなぜか思い出せない。
ここで急に言い訳するわけではないが、新もの≠ヘ、新しいということだけが取り柄である。
深み、奥行き、幅、したたかさ、日もち、いずれも古もののほうに軍配があがる。特に日もち≠ヘ太刀打ちできない。
ジャガイモ、キャベツ、玉ネギの三者は、いずれも日もちと料理の多彩さを誇る野菜である。
ところが、これらに新≠ェつくと、とたんにその料理法は限定される。
新ジャガなんかは、油を補ってやる料理法に限られる。
新玉ネギは、オニオン・スライスとかスープ煮ぐらいしか思い浮かばない。
そして新キャベツ……。新キャベツだけえこひいきするわけではないが、これはちょっと違う。これには隠し玉がある。
話は急に変わるが、つい先日、八百屋の店頭をのぞいていたら、新キャベツの値札に次のような文字が書かれてあった。
「キャ別・二百円」
これを見てぼくは思わず「ウーン」とうなってしまいましたね。
このキャベツは、ただのキャベツではない、「キャ」が「別」になっているキャベツだ、とこう店主は言いたいらしいのだ。なぜ「キャ」が「別」かというと、このキャ別は、これまで店頭に置いといた普通のキャベツではなく、そういうものと区別した特別の新キャベツだからキャ別だと、店主はきちんと区別したらしいのである。
こうなると、「キャ別」はこれだけですでに名コピーになりおおせているといわねばなるまい。
ぼくは思わず店主の顔を見たのだが、常田富士男によく似たおじさんで、とても名コピーライターという雰囲気ではなかったのである。
さて、新キャベツの隠し玉とは何か。
それは「新キャベツと油揚げの味噌汁」である。
これはおいしい。おいしいばかりでなく季節感がある。
古キャベツと油揚げの味噌汁もおいしいが、新キャベツはちょっと趣が違う。古キャベツのちょっと手強《てごわ》いシャキシャキ感とは違った、しんなりした水っぽいシャキシャキ感がいい。
いかにも新鮮で、ちょっとひ弱で、しかし柔和な味がいい。
その甘みにも素直でウブなところがある。
そうした未熟ともいえるところを、その方面のベテラン油揚げが、しっかりと補佐し、支え、励まし、「新キャベツと油揚げ」という分野と伝統を守り抜いている。
ルーキーとベテランの味、といってもいいかもしれない。
一茂と関根監督の組み合わせがかもし出す味、ということもできる。
この「新キャベツと油揚げの味噌汁」は、煮えばなもおいしいが、ちょっと煮こんで新キャベツがクタッとなったあたり、というのも旨い。
クタッとなった新キャベツは、油揚げとのなじみが一層よくなる。
甘みも少し増す。
その「クタッとなったあたり」もとっくに過ぎて、すっかり冷めてしまったあたり、というのもこれはこれでまた旨い。
新キャベツにも油揚げにも、味噌汁の味が十分しみこんで煮物然としてくる。
この実だけをすくって食べると旨い。
味噌汁は煮えばなの熱いうち≠ェ強調されるが、すっかり冷めてしまった味噌汁の味も捨てがたい。
いや、こっちのほうがはるかにおいしい、という場合さえある。
例えばジャガイモの味噌汁なんかは冷めたほうがおいしい。
味というものは、煮たっているときにはしみこまないそうだ。
温度が下がってきて冷め始めたころ、味はしみこみ始めるという。
すっかり冷めきったジャガイモには、味噌汁の味がしっかりしみこんでいる。
味噌の味と、味噌汁の味はちがってあたりまえだが、この味噌汁で味つけしたジャガイモが旨い。
そして、ここが大切なところなのだが、冷めきった味噌汁は、台所の立ち飲み≠ェ旨い。
マス酒は立ち飲みに限るが、冷めた味噌汁も立ち飲みに限る。
しかも、お玉のすくい飲み≠ェ旨い。
お椀によそったりすると、とたんにまずくなる。
すなわち、冷めた味噌汁は、台所の立ち飲みお玉すくいあげジカ飲み≠ニいうのが正しい飲み方ということになる。
子供のころはこれをよくやった。
学校から帰ってくると、まず台所に直行し、当時は冷蔵庫はなかったから、鍋の中の残りものを専門にあさる。
「ニギリ矢|印《じるし》」のアルマイト鍋のフタを取ると、新キャベツと油揚げの味噌汁の残りが鍋の底に少しある。
それを、ランドセルを背負ったまま、お玉ですくいあげてズルズルと飲みこむ。
もうすっかりクタクタになったキャベツの甘みと、油揚げの少しミルクっぽい甘みが重なって思わずノドが鳴る。ツユもおいしくてまたノドが鳴る。
あれはまさに、学校帰りの午後三時の悦楽≠ナあった。
ランドセルを背負ったままだと特においしいのであった。
こんど、それを実行してみようと思っている。
[#改ページ]
アジの開き讃
スーパーで、アジの開きを買ってきてなに気なく見ているうちに、ハラハラと涙がこぼれた。
アジが哀れでならなかった。
まん丸の、涼しい目を見張ったあのかわいいアジが、体を切りさかれ、押しひろげられ、全身どころかその内部までをも赤裸々に、あますところなく露出させられて、あお向けに寝かされているのである。
骨の構造、肉の配列、脂肪の片寄り、脊髄と血あいのからまりぐあい、内臓をこそげとったあとなど、その生理のからくり、秘密が隠しようもなく、ことごとく暴露されている。
機能も能力も、そして生きざまさえあからさまになってしまっているのだ。
アジにだって、ここだけは人に見せたくない、知られたくないというところがそれぞれにあるにちがいない。
そうした個々の願望を一切無視して、ただもう一方的に、一律に押しひろげさえすればいいという方針はいかがなものか。アジがどんなに恥ずかしい思いをしているか、一度でも考えたことがあるのだろうか。
(もしこれが自分だったら)
と、アジを押しひろげた人は考えなかったのだろうか。
しかも魚屋やスーパーなどでは、その押しひろげたところにわざわざ照明を当てたりして、その開きぐあいをより効果的に見せようとしている。
アジはこのように開かれた体を、恥ずかしいからといって自分で閉じることができない。
そこのところが一層哀れでならない。
しかもアジは、頭さえタテ半分に割られている。
同じ開き仲間でも、サンマやカマスなど、背開きのものは頭は割らずに体だけ開く。
アジに限って頭さえ開いてしまう。
それも、意味なく開く。
これはもう、ほとんど暴虐といってもいいくらいのむごい仕打ちではないのか。
「なにもこうまで……」
アジの開きをじっと見つめるぼくの目に、再び涙があふれるのであった。
なにもこうまで、事を荒立てることはなかったのではないか。もっと穏便に済ます方法はなかったのだろうか。
たとえば、丸干しという方法だってあったのだ。
丸干しは穏便である。
たがいに傷つかない方法といえる。
イワシの丸干し、サンマの丸干し、キスの丸干しなど、丸干しはたくさんある。ところが、アジに限って丸干しはない。
あるのかもしれないが、めったにお目にかかれない。
アジに限って丸干しを許さず、体を切りさき、押しひろげ、あまつさえ頭さえ割ってしまうのである。
この残虐はだれが行ったのか。
わが同胞が行ったのである。
同胞が加えたこの残虐を思うと、胸が痛む。
と同時に、食ってみたい、という欲求が胸をつきあげる。
アジの開きはおいしい。
開き仲間の白眉といえる。
わが同胞が、思わず頭まで立ち割って開きたくなる気持ちもわからないではない。そこのところに、思わず照明を当てたくなる気持ちも、ようくわかる。
よくぞ切り開いてくれた。
脂のよくのった長さ十五センチぐらいの、身の厚いマアジは特においしい。
小骨にからんだ小さな肉片さえ、しみじみと干物の味がする。
こうおいしいと、骨の構造、肉の配列、脂肪の片寄り、脊髄と血あいのからまりぐあい、内臓をこそげとったあと、生理のからくりなども知りたくなるものなのだ。
そうしたものを、目で確認しながら味わいたくなるものなのだ。
だからこそ、わが同胞は、アジの体を押しひろげてそれらを赤裸々に露呈させることにしたのだ。
わが同胞よくやった。
アジの開きは、背中側とおなか側に分けると、おなか側のほうが圧倒的においしい。脂ののりがちがう。
ただしおなか側は、肉が薄く、小骨もたくさんあり、肉をはがすのがかなり面倒だ。肉の小片しかとれない。
背中側は、いっぺんに大型肉をはがしとることができて、「とれた、とれた」というとれた感≠ヘうれしいが、味は大味である。
おなか側は、先端にいくほど旨い。
アジの開き一匹を、あらかた食べ終わるころ、「ではそろそろ」という感じで残務整理にとりかかる。
面倒なので放っておいた、胸のところの薄い肉片の採集にとりかかる。
胸骨を手で一本一本はずし、身をこそげとる。この部分は一番脂肪ののったところで、ビラビラしたおいしい皮もついている。
それからお皿の中に散らばっている小さなゴハン粒ほどの肉片も片寄せる。
中骨にしがみついている肉片も丁寧にはずして一カ所に集める。
こうすると、小さじ一杯ほどの肉屑状のものが採集できる。
ビン詰の「鮭茶漬」というものがありますね。鮭がフレーク状にほぐしてあって、お茶漬けにもなるし、そのまま食べると酒の肴にもなるというやつ。ちょうどああいったような状態のものが、小さじ一杯ほどできあがる。
「アジ開きほぐし茶漬け」といってもいいかもしれない。
これに醤油をほんのひとたらし。
これを熱いゴハンの上にのせて食べる。「アジの開きで食べるゴハン」のエピローグとして、これ以上のものはない。
最近は、おいしいアジの開きが少ない。
味も素っ気もない開きも多い。
その代表は、「和風旅館大広間一斉朝食のアジの開き」ではないだろうか。
アジともいえないような小さなアジが、大広間いっぱいに並べられている。
焼いてから時間が経《た》っているからカチカチに硬くなっている。
そいつを、多少憎しみをこめてハシで突つくと、憎しみを察知してか、反抗して飛びあがって畳の上に落ちたりする。
そいつを仕方なく拾いあげて、今度は両手で持ってへし折ると、ベキッという音がする。枯れた枝じゃないんだ、ゴハンを枯れ枝で食おうってわけじゃないんだ、なんて情けながりながら歯で食いちぎると、繊維状にビリビリとちぎれてくる。
こうなると、まるでクサヤだね。
なんて隣の人と言いあいながらも、それでもしぶとくあきらめず、食事が終わるころには、アジはけっこうハダカになっていたりするのです。
[#改ページ]
カツ丼、その魅力
「カツ丼」と聞いて興奮しない人はまずいまい。
数ある丼物の中でも、カツ丼の興奮度は高い。
「カツ丼」と聞いただけで興奮するのだから、目のあたりにしたときの興奮はその極に達する。
そば屋などでは、カツ丼のフタを取って、馬のように鼻息を荒くしている人を数多く見かける。
「ウーム、チクショウ。さあ殺せ」
と叫んでいる人もあちこちで見聞する。(しないか)
カツ丼という響きもいい。
カツドン。重厚にして篤実。豊潤にして剛直、実にその内容にマッチしたネーミングではないか。
最近はやりの、重箱入りの「カツ重」なんかとは格がちがう。
「ジュウ」などと、まるで火が消えるときのような音で、しまりがない。カツドンと、「ドン」でしめくくったところが、まことに勇壮で思いきりがいい。
カツ丼のフタを開けてみよう。
丼は、そば屋で出てくる、朱や金や青で彩った「錦手《にしきで》」という派手なやつがいい。志野焼入りなんてのもたまにあるが、あれは陰気でいけない。
派手な模様入りのフタを開ける。
そうすると、どうしたってまず目につくのが、茶色く揚がったトンカツである。
こいつに目がいかない奴はどうかしている。あっちいけ。(どうも興奮しているな)
茶色くトゲトゲに揚がったコロモが、濃いかけ汁を吸って、濡れてしとってふくらんで光っている。
その周辺および上部にかけまわした、黄色と白のまだら模様の卵。それらの間に見えかくれする細切りの玉ねぎ。褐色と黄色と白の一団の上に緑のグリンピースが三つ、四つ。おや、裾野のほうに転げ落ちたのがもう一粒。
かすかにのぞいて見えるカツの切断面。そこは白く厚く、まるでパンのようだ。その切断面にも、まだ幾分ドロリとしている卵が流れこんでいるが、これもやがてカツの余熱でほどよい硬さに固まるであろう。
各部がそれぞれに、すっかり応戦態勢を整えて、最初のひと箸を待ちうけているのである。
カツ丼の魅力は、これら褐色の一団の圧倒的なボリューム感にある。
立ちのぼる、醤油と砂糖と出し汁とみりんの入りまじった汁の匂い。
これから始まる、トンカツとそのコロモと卵と玉ねぎとかけ汁とゴハンの饗宴を思うと、めまいのようなものさえ覚える。こうなると、「もはやどうにもならぬ」あるいは「誰もとめてくれるな」という心境になって鼻息荒く箸を取りあげることになる。
まず最初のひと箸を、どのあたりに突入させようか。
丼の上部は、全域が褐色の一団におおわれていてゴハンが見えない。
ゴハンにも早く会いたい。
かけ汁にまみれたゴハンを早く見たい。
と、ここで大抵の人は、興奮のあまり前後の見境がつかなくなって、いきなりカツ本体に手をつけてしまいがちだが、早まってはいけない。
その前に丼の位置を正そう。
トンカツの形は長方形がふつうだ。
タテ位置に置くか、ヨコ位置に置くか、それを決めなければならない。
ぼくの場合はタテ位置である。
そうしておいて、一番手前の一切れを右横の空き地に移動させる。
最初のひと口は、カツを排除した部分のゴハンを、卵と玉ねぎだけで食べる。
まだ本体に手をつけてはならない。
ここで中央あたりの一片を取りあげ、その切り口をとくと観察する。
トンカツの切断面には、その店の技量、方針、魂胆、陰謀、のすべてがあらわれているものなのである。
ここを見れば、カツの肉質、揚がり具合、厚み、脂身の分布状況などがひと目でわかる。
これを見なければ、今後の戦略が立てられない。
ふた口めに、ようやくカツ本体に取りかかる。
さっき右側に移動させたとき、コロモがはがれるようなことがあれば、これをきちんと着せなおしてやる。
部分的にほころびたところがあれば、箸の先で繕《つくろ》ってやって、本体とコロモは必ずいっしょに食べるようにしなければならない。
カツ丼のコロモは非常においしいものである。コロモだけでも、十分ゴハンが食べられる。
本体抜きのコロモだけ丼≠ニいうものさえ考えられるくらいコロモはおいしい。
それに比べ、コロモをはがされたハダカのカツは哀れでおいしくない。
カツ丼の味は、実はコロモの味だといってもいいくらいだ。
コロモと、甘辛のうんと濃いかけ汁の味、これがカツ丼の実体である。
だから、カツ丼に限っては、まずくて食えないという店はあまりない。
そば屋のカツ丼も、ラーメン屋のカツ丼も、定食屋のカツ丼もそれぞれにおいしい。
かえって、トンカツ専門店のカツ丼のほうがおいしくない。
豚肉を吟味して上等の肉を使い、上等のサラダ油で揚げ、銘柄米のモッチリしたゴハンなんかだとかえっておいしくない。肉も油も米もほどほどがいい。
ヒレ肉を使ったヒレカツ丼などというものもあるが、あれは旨くない。ヒレカツは、カツ一枚、どこを食べても同じ味がする。トンカツの魅力は、脂身まじりの肉にある。
一枚のトンカツの片側のフチに、細い帯状に付着している脂身、これをどう按配しながら食べていくかがカツ丼の魅力なのである。
肉側七、脂身三、コロモ、卵、ゴハン、かけ汁、というひと口分の取り合わせは、目が細くなるほどおいしい。
ゴハンの部分の食べ方は、上部(カツおよびその一団)を食べた分だけ垂直に切りくずして食べ進んでいく、というのがよいようだ。すなわち、道路工事風垂直掘削方式である。これだと、上部とゴハンが同時進行なので最後まで安心して食べていける。
まん中あたりまで食べ進み、その断層をしみじみ眺めると、カツの重みでゴハンの中央あたりが、くぼんでしなっているのがよくわかる。
こういう光景をしみじみ眺めるひとときも、カツ丼の楽しみの一つである。
「そうかそうか。カツの重みでゴハンがしなったか」
と、思わず会心の笑みがこぼれる。
食べたあと、「ああ、食った、食った」という食った感=Aこれもカツ丼の魅力である。
[#改ページ]
追憶の「ワタナベのジュースの素」
さて、夏も近づく八十八夜。
もうすぐ夏がやってくる。
ぼくは夏はあまり好きではないが、夏近し≠フ頃の季節は好きだ。
桜が散って光まぶしく、新緑はその濃さを日一日と増してくる。
何かが始まる前の静けさのようなものが、この季節にはある。
夏は飲みものの季節。
飲みものが街中にあふれる。
飲みものといっても、オニオンスープとか、けんちん汁とか、豚汁とか、鍋焼きうどんのツユとか、そういった飲みものではなく、冷たいほうの飲みものである。
ぼくは冷たい飲みものが異常に好きで、冷たいということに特にこだわる。
ジュースでもコーラでも、キリキリに冷えてないといやだ。
そういうキリキリに冷えたやつを、ノドの奥のほうに一気に放りこんでゴクゴクッと飲むのを好む。
ノドが、ゴクゴクッと鳴るところが何ともいえずいい。
だから、喫茶店などで、オレンジジュースをストローかなんかでチュルチュルすすっては休み、すすっては休みしている人を見るとイライラする。身もだえして、「そんなことするくらいなら、頭からかぶっちゃいなさい」と言いたくなる。
人に歴史あり。
人に食べもの史あり、そして飲みもの史あり。
ぼくの飲みもの史の中で、欠かすことのできないものの一つに「ワタナベのジュースの素」がある。
ぼくの飲みもの史の中に、「ワタナベのジュースの素」はゆるぎない地位を占めているのだ。
「ワタナベのジュースの素」は、昭和の三十年代あたりに突如出現し、たちまちのうちに全国を席巻し、そしてあるとき突然、幻のように消えてしまった、まるで恐竜のような飲みものであった。いや粉末であった。
「ワタナベのジュースの素」は、ぼくの飲みもの史ではワタナベ以前≠ニワタナベ以後≠ノ分けられるほどの強力な存在となっている。
ワタナベ以前≠ヘ水であった。
水道、もしくはポンプ井戸の水であった。
むろん、三ツ矢サイダーとか、カルピスとか、バヤリースオレンジとかの飲みものはあったが、これらはいわゆる|ハレ《ヽヽ》に属する飲みものであって、日常的な飲みものはあくまで水であった。
つまり日常の飲みものは、金を出して買って飲むものではなかったのである。
そんなことは、とんでもないことであった。
「ワタナベのジュースの素」は、金を出して買って飲む、最初の日常飲料だったのである。
もう記憶もおぼろげなのだが、最初は小袋で登場したように思う。
一袋がコップ一杯分で、たしか五円だったと思う。
オレンジ色をした顆粒《かりゆう》状のもので、これをサラサラとコップにあけ、水道の水を勢いよく注ぐと、水圧と水流で簡単に溶けた。
最初小袋で登場し、次に医者がくれる薬袋ぐらいの徳用中袋となり、最後に粉ミルク缶ぐらいの徳用大缶が現れた。
次第に大型化していって絶滅したところも、恐竜によく似ている。
これと前後して、泡の出る粉末ソーダ≠ニいうものも売られていた。
たしか空色の粉末で、水を注ぐとシュワシュワと音がして、弱々しい「いちおう泡です」というような泡がヒョロヒョロと立ちのぼった。
「ワタナベのジュースの素」の大缶には、スプーンが添付されていて、これで何杯もすくって何杯もつくり、何杯もお代わりをした。
当時カルピスのほうは、その製作、飲用には必ず母親が立ち会い、その濃度、杯数についての規制がやかましかったが、「ワタナベ」のほうは子供の自由裁量にまかされていた。
当時の飲みもののランクづけは、水道の水→ワタナベ→三ツ矢サイダー→カルピス→バヤリースといったような順位だったと思う。
三ツ矢サイダー、リボンシトロンのたぐいは、来客の折のおすそ分け的飲み方が多かった。
サイダーは、コップにあけて飲むよりビンごとの寄り目飲み≠ェおいしい。ビンの中で逆まく泡と、ビン口に寄せては返す水流を、寄り目になって確かめながら飲むとおいしい。
当時のサイダーは、いまのより炭酸がきつかったようで、ゲップの度合いも激しかった。
そのころは、ゲップはエチケット違反ということを知るよしもなく、盛大にゲフゲフやりあっていたものだった。
バヤリースは特別の存在だった。
月刊の「文藝春秋」に、バヤリースオレンジの広告が毎号載っていて、これは大人のジュースなんだ、と思った記憶がある。
レストランなどの外食のときのジュースも、バヤリースだったような気がする。
当時のオレンジジュースというのは、オレンジ色をした飲料水≠ニいうことであって、果物のオレンジとは何の関係もないのが普通だった。
メロンジュースというのは、メロン色(緑色)をした飲料水であり、グレープジュースも同様だった。
いま思うと、牧歌的というか、無知というか、そういう時代だったのだ。
プラッシーという奇妙なジュースもあった。これは、
「ちょっとワケがあってそこらのジュースとは違うんだかんな。そのワケは言えないけど米屋でしか売らないんだかんな」
と多少威圧的に発売されて、健康|も《ヽ》考えるジュースのはしりとなった。
そして、「ジュースとは、実は果物と関係がある飲みものだったのだ」ということにみんなが気づき始め、果汁30%とか50%とかの表示がうるさくなる時代がやってくることになる。
コーラを初めて飲んだのは高校生のときである。
「ゴムみたいな味がする」というのが、そのときの印象だった。
コーラのはしりのころ、ミッションコーラとか、クラウンコーラとかの、ニセコーラ≠ェずいぶんあった。
コーラの味にようやく慣れたころ、ファンタが登場し、セブンアップ、サンキストレモン、チェリオ、ドクターペッパーなどが相次いだ。
そしていま、スポーツドリンクなどという人工の極致のようなものも現れ、突如急変してウーロン茶ということになった。
いま、ごく日常の飲みものに、金を出さない人はいない。
[#改ページ]
簡単カレーでなぜわるい
「料理ブームだそうなので、オレもひとつ料理をやってみっか」
と思っている人は多いと思う。
こういう人が、まず最初に取りくんでみるのがカレーである。
カレーには日ごろ慣れ親しんでいるし、作り方も簡単そうに思える。
「要するに、ジャガイモとニンジンと玉ネギと肉を煮こんでカレー粉を入れればいいんだろ」
と思っている。
そこでカレー料理の本など買ってきて勢いこんでひろげてみる。
大抵のカレーの本は、冒頭に「玉ネギをみじん切りにして三十分ほど炒める」と出ている。
ここで早くもかなりの脱落者が出る。
ガスコンロの前で、三十分間黙然と玉ネギを炒めている自分の姿を想像して、挑戦者の三割ほどがここで寂しく本を閉じる。
「玉ネギの三十分炒めと、カレー作りと一体どういう関係があるんだ」
と怒る人もいる。
残りの七割は、じっと耐えて次を読み進む。
最近のカレーの本は、凝りに凝った本格志向のカレーの作り方ばかり載せている。ご家庭向き簡単カレーの作り方などどこにも載っていない。
スープもきちんと別に作る。
「鶏ガラと牛スジ肉と、セロリやキャベツの芯も入れて四時間煮る」
とある。
「鶏ガラと牛スジ肉」のところで、残りの一割が本を閉じ、「四時間」のところであとの三割が本を放り投げる。
「四時間煮たスープを漉《こ》す」の「漉す」のところでもう一割が本を蹴りあげる。
読み進むに従って、スパイスの名前がやたらに出てくる。カルダモンだ、シナモンだ、コリアンダーだ、ナンダーカンダーと際限がなく、ガラムマサラがどうのこうのというあたりになると、
「話がちがうじゃないか」
と残りの一割も本をたたきつける。
辛抱強くおしまいのところまで読んだ最後の一割も、「これを一晩寝かす」のところでとうとう堪忍袋の緒が切れる。
最近のカレーの本は本当にうるさい。
リンゴだ、ヨーグルトだ、チャツネだ、ギーだ、生クリームだ、と複雑きわまりない。
さらに、肉は牛にするのか、豚にするのか、鶏かマトンかベジタブルか、と、うるさく迫る。
こうして出来上がったカレーは、色どす黒く、むせかえるような香辛料はザラザラと舌に残り、ねばり気のないサラサラの汁はゴハンをあっさり通過して皿の上にたまる。
そしてなぜか、ジャガイモもニンジンも入れない。
こうなってくると、かえって昔の単純なカレーが懐かしい。
表面がジャガイモやニンジンでゴツゴツと突出しており、色あくまでまっ黄色。小麦粉たっぷりでノリ状の汁は、ゴハンの上にしっかりと停留している。
勢いこんで食べると,ノリ状の汁が上アゴにくっついて思わずアヒアヒとなったあのカレー。ところどころダマがあって、それを押しつぶすと白い粉が出てきたあのカレー。あのまっ黄色が妙に懐かしい。
肉は豚と決まっていた。
いつから、牛だ、チキンだ、マトンだと騒ぐようになったのだろう。
その豚肉もコマ切れと決まっていた。
いつごろから、あの「カレー・シチュー用」と称する角切り肉を使うようになったのだろう。
ぼくはカレーの肉は、いまでも豚コマが一番合うと思っている。
カレーの肉が大きい角切りだと、「この肉はカレーと一緒に食べずに、とりあえず全部引きあげて別の食べ方をしたい」と思ってしまう。
あの肉は、カレー汁の一員という気がしない。汁と肉がうちとけていない。汁と肉の仲がうまくいってない、という感じがする。
その点、コマ切れは、汁とうちとけてなじんでいる。汁の一員になりきっているところがエライと思う。
オッと脱線。
どうもぼくは、カレーの肉のことになると力《りき》が入ってしまう傾向がある。
いかんいかん。
昔のカレーを懐かしがっていたのだった。まっ黄色カレーいまいずこ、という話だった。
まっ黄色カレーはどうやって作るのか。あれなら作り方が簡単だから、一人の脱落者も出さずにカレー作りに着手できるのではないか。
そう思って探していたらありました。
これ以上簡単な作り方はムリ、という簡単カレーの作り方が出ていたのである。
恐怖の三十分炒め≠焉A絶望のスープ漉し≠烽ネいカレーである。
「四季の味」(鎌倉書房)という季刊誌にそれは出ていた。それには、
「小さな角に切った豚肉と乱切りの野菜を大鍋でグツグツ煮て、仕上げにカレー粉と小麦粉の水溶きを加えてとろみをつけ、塩で調味するだけ。野菜はジャガイモ、玉ネギ、人参。塩味は薄目にしておき醤油をかけながら食べるのです。いま、即席漬けを合いの手に試食してみると、びっくりするほどのうまさ」
とある。
おまけに簡単すぎて、下宿住まいの学生が考えた作り方のように思えるかもしれないが、れっきとしたプロの仕事である。
日本橋・たいめいけんの、いまは亡き先代店主の考案したものなのである。これはむろん店で出すカレーではなく、こういう作り方もある、という見本らしい。
どうです。これならいますぐにでも作ってみようと思うでしょう。
そこで早速作ってみました。
結論を申しあげる。
おいしくない。
いくらなんでも、これではサッパリしすぎて味もそっ気もない。コクもうま味もない。
ただもう、福神漬けだけが頼りというカレーである。
というより、福神漬けをおかずに食べているゴハンにカレーもついている≠ニいったようなカレーである。
しかしです。これを一種のたたき台と考えればいい。
これにウスターソースを加え、醤油を加え、固型コンソメを入れなどしていけばだんだん本格的なカレーに近くなっていく。
つまり、こういうカレーも世の中にあるんだ、プロも認めているんだということが、料理のビギナーを勇気づけてくれるわけだ。そして、ひいては、日ごろ玉ネギ三十分炒め≠ネどの部分を省略した手ぬきカレーをうしろめたく作り、子供にコソコソと食べさせていたお母さんをも勇気づけてくれるにちがいない。
[#改ページ]
宝の山のスパゲティ
スパゲティは疲れる。
食べるのに疲れる。
自宅で食べるぶんには何の苦労も要らないが、外で食べるとなると苦労が重なる。さまざまな気苦労を要求される。
スパゲティの正式の食べ方は、いまではほとんどの人が知っている。
≪音をたてるな≫というやつである。
音をたてない食べ方もちゃんと知っている。
すすりこむから音が出るのであって、すすりこまないためには、スパゲティを一口大のカタマリにする必要がある。
カタマリにするには、フォークにスパゲティをグルグルと巻きつければよい。
ここまでは、だれでも知っている。
しかしです。
スパゲティというものは、フォークに巻きつけて、おとなしくじっとしていてくれるような連中ではない。
必ずや落下の気配をみせる。
巻きがユルユルとゆるんでほどけかかる。そうはさせじと大急ぎで口のところへ持っていき、「セーノ」の気合でパクリとやると、連中の二、三本が、必ずや口の端からダラリとたれさがる。
さあ、ここからが問題です。苦労の始まりです。
この連中をどうするか。
なにしろ日本人は、うどん、そばですすり慣れしているから、口の端からたれさがったこの連中をすすりこみたい。
麺、すなわちすする、という対応の仕方が骨の髄までしみこんでいる。だから本能的にすすりこもうとする。
しかしすすりこめば、必ず音が発生する。正式には≪かすかな音も許されない≫のだそうだ。
そこで泣く泣く、耐えがたきを耐え、正式のルールに従って、≪これらを前歯で噛みきって皿の上に落とす≫ことになる。これは日本人にとっては本能に逆らった行為ということになる。
当然、「無念!」という気持ちになる。
レストランなどで、口の端からたれさがったスパゲティを噛みきって落とし、「無念」という表情を浮かべているおじさんをよく見かけるでしょう。
大体おじさんとスパゲティは相性がよくない。似合わない。
注文したスパゲティがやってきて、やおらフォークで麺をグルグル巻き始める。この「グルグル」が、おじさんはテレくさい。恥ずかしい。
子供のころ、うどん、そば方式で、口一杯に頬ばって盛大にズルズルやっていたからなのだ。この歴史があまりに長い。「グルグル」は、ここへきて急にやり始めたことなのだ。だからテレくさい。
テレくさいのを我慢し、本能に逆らい、≪グルグル。セーノ。パクリ。プツン≫を、二回、三回と繰り返しながら食事を進行させているうち、そうですね、五回目あたりから、突如、
やっていられるかいっ
という粗暴な感情がわきあがってくる。
レストランなどで、スパゲティを食べているおじさんを観察していると、大体つぎのような次第になる。
最初のうちは気取って背すじなんかもきちんと伸ばし、小首をかしげる感じでフォークで≪グルグル≫をやり、≪セーノ≫≪パクリ≫≪プツン≫を誠実に行う。
そのうち≪グルグル≫がいいかげんになり、フォークから大量たれさがりのまま強引に口に押し込む、という状態になっていく、綱紀がゆるんでくるわけですね。
と思っているうちに、おじさんの顔は次第にテーブルにくっついていき、フォークでスパゲティを大量にかき寄せ、皿すれすれに口を近づけて大量に頬ばり、すっかりうどん方式になってズズズズッと派手に音をたて始める。
最後はもう、正式も何もあったものではなく、口の周りを赤いトマトソースだらけにして食べ終え、
文句あっか
と周囲をハッタと睨みつけたりする。
ハッタと睨みつけたあと、ああ、はしたなかった≠ニ反省したりする。
最初からルール無視のおじさんもいる。骨の髄までうどん方式がしみついているおじさんである。
こういうおじさんは、全面的にうどん方式を採用してスパゲティに対処する。
フォークを箸のようにあやつって皿のほうぼうから中央にスパゲティをかき集め、フォークに大量に引っかけて持ちあげ、ラーメンのときのように二回、三回、と高く上下させ、熱くもないのに、つい、フーフーと吹いてから、ズルズルと大きい音を立ててすすりこむ。
一人で店に入ったら、隣のテーブルの連中が、ルールも何もなく、ズルズル食べている、という場面に出くわすことがある。
こういうときは、突然、教師のような心境になる。
あのね、キミたち≠ニいう気持ちになる。あのね、キミたち。ダメなの、それは。笑われるの、外人に。スパゲティはね、こういうふうに食べるの≠ニ、お手本を見せたくなる。
上品にグルグルと巻き、パクリとやり、音をたてずに噛みきり、すっかり教師気分になっていい気持ちになっていると、隣の連中がドヤドヤと席を立って帰ってしまう。実にもうがっかりする。あとが続かなくなって、エーイ、もうどうでもいいや、と、自暴自棄になり、いつもより乱暴に食べて服にシミをつくったりする。
最初から最後まで、ルールに忠実に、寸分の破綻もなく、完璧にスパゲティを食べ終えることもある。
だれにもうしろ指はさされないはずだ。
しかし、これはこれで、また空しい。ちょっと気取りすぎたかな≠ニ面映《おもは》ゆく、周りの反感買ったかな≠ニ反省したりしてやはり疲れる。
空しい、といえば、スパゲティを丁寧に巻きとり、口に入れ、たれさがりを音もなく噛みきり、準備万端ととのって、いざモゾモゾと噛み始めるときの、あの空しい気持ち。
おいしくも何ともない。
そのかわり、自宅でだれはばかることなく、箸で大量にかき寄せ、口一杯に頬ばって力強くズルズルとすすりこむときのスパゲティは実にもうおいしい。
ラーメンにしろうどんにしろ、細長い麺状のものは、すすりこむときに口の周りでひとしきり暴れて抵抗する。口の周りをたたき、蹴り、撥《は》ねたり、適度の摩擦感を与えながら唇の間を通過していく。
この一連の感触は、一種の快感なのである。麺類を味わうことは、この快感をも味わっていることになるのだ。
なのにだ。スパゲティはこの快感を許さぬというのだ。宝の山に入りながら、みすみす見逃せというのだ。
けしからん話ではないか。
[#改ページ]
懐かしののり弁
「仕事の合間の息ぬきに」
なんて思って、料理の本を何となくめくっているうちに、まったく突然、という感じでのり弁当が食べたくなった。
「どうしてまた、急にそんなものを?」
と言われても困る。
なにしろ、突然なのだから本人としても責任がとれない。
どのページも、色とりどりの豪華な西洋料理ばかりだったので、黒一色の、素朴な味が懐かしくなったのかもしれない。
中・高校生のころの弁当には、こののり弁当がよく登場した。
家計が貧窮したらしいときには、しきりに登場した。
ゴハン・のり・ゴハンというふうに、二段重ね、あるいは三段重ねにして、醤油をかけ回しただけの通称のり弁。
フタを開けると、弁当の全域がのりでまっ黒ののり弁。
ときとして、のりの片側が縮んで、ゴハンが少し露出しているのり弁。
いまどきの、ウィンナも鶏の唐揚げもきぬさやもイチゴもといった、色とりどりの弁当と比較してみると、黒一色ののり弁は不気味である。
なにしろ、その内容といったら、「ゴハンとのりと醤油。以上! これ以外の申告漏れはいっさいありません」というくらいきっぱりとしたもので、その身辺はいさぎよい。
いさぎよくて、それがかえっておいしかった。醤油がしみこんで、しかも時間が経《た》ったゴハン。この時間の経過がのり弁には不可欠のものであるらしい。そしてこの二者の橋渡しをするのり。
のり弁はフタを開けたときの匂いがいい。のりと米と醤油という、ニッポンそのものの匂い。物悲しいような、貧困と欠乏の、しかし旺盛な食欲と健康の匂い。
そんなことを思い出していると、矢も楯もたまらずのり弁が食べたくなってきた。しかも、いますぐ食べたくなってきた。
しかし、大抵の弁当はホカ弁屋に行けば売っているが、のり弁だけはどこにも売っていない。
自分で作るよりほかはない。
作ってみようと思った。
作るからには、当時のものを、正確に再現してみようと思った。
まず弁当箱が必要である。
その弁当箱も、プラスチックのやつではなくアルマイト製でなければならぬ。
しかもブック型の薄いやつではなく、底の深いドカ弁型でなければならぬ。
ゴハンは麦飯でなければならぬ。
当時は箸箱というものを持っていったから箸箱も用意しなければならぬ。
その箸箱のフタは、近ごろはやりのかぶせる方式ではなく、引きぬくスライド方式でなければならぬ。
弁当包みは、布製のやつなんかではなく、新聞|紙《がみ》でなければならぬ。
その新聞紙は、弁当を開いたとき、醤油のシミがついてなければならぬ。
これだけのなければならぬ≠ェ重なったからには、これらのものを揃えねばならぬ。
そのためには買ってこなければならぬ。
仕事中の身の上でありながら、突然身辺があわただしくなってきた。
身支度を整えて近くの西友ストアへ出かけていった。小走りであった。
ドカ弁型弁当箱(千四百円)、スライド式箸箱(残念ながらプラスチック製、五百三十円)、箸(木製二百五十円)と、麦飯用押し麦一キロ(三百五十円)を購入すると、また小走りで戻ってきた。
なにしろ仕事中なのに、突然ヘンなことになってしまってあせっているのだ。
急いでゴハンを炊きあげて、いよいよのり弁の制作開始である。
弁当箱にゴハンを、約一・五センチの厚さに敷きつめていく。隅のほうは、シャモジの先で押してやって満遍なく敷きつめていく。この敷きつめていく≠ニいうのが楽しい。なんだか小さな道路工事をしているような気分だ。
ゴハンの上に、のりを半分に切ってのせる。のりがブカブカしているので手で押しつける。のりの下のゴハンがフワフワ柔らかく感じられて、これも楽しい。
のりの四辺を、箸で、ゴハンと弁当箱の間に押しこむ。こうしておかないと、あとでのりが縮む。
いよいよ醤油かけである。
蚊取り線香状にかけまわし、シャモジの先で醤油をちらす。
のりを醤油にひたしてからのせる、という方法もあるらしいが、のせてからかけたほうがはるかに楽しい。
二段目のゴハンを敷きつめる。またのりをのせる。
こんどは蚊取り方式ではなく、英国国旗方式で醤油をかけまわす。
そうして三段目……。
層が重なってくる。
このへんになると、さっきの道路工事の雰囲気は消え、むしろ宅地造成の気分になってくる。
こうして、希望が丘団地のり地区の宅地造成工事は完了した。
フタをして手に持ってみる。
ほどよい温《ぬく》もりと、手ざわりと重みが手に心地よく、なんだか可愛くいとしく思えてくる。
これをすぐ食べては元も子もない。
新聞紙で包んで四時間おかなくてはならない。四時間というのは、当時の時間を正確に再現するためである。
当時は、朝の八時ごろ作られた弁当を正午に食べていたはずである。
弁当を手さげ紙袋に入れ、手にさげてしばし部屋の中を歩き回る。当時の登校状況を正確に再現するためである。
この行為によって弁当の中身が片側に寄ってスキマができる。いわゆる弁当の|よさり《ヽヽヽ》現象を起こさせようというのだ。
しばらくそうしたのち、弁当を机のかたわらに置いて仕事に戻った。
四時間は待ちどおしい。仕事が手につかない。二時間目、ついに耐えきれずに弁当に手を出す。早弁《はやべん》である。
紙袋から弁当を取り出してみると、あるべきはずの醤油のシミが新聞紙についてない。
「それはそれとして」と、いそいそとフタを取る。
ああ懐かしいのり弁の匂い。
醤油をたっぷり吸ったのりの匂い。麦飯の匂い。そしてそれらが経過した時間の匂い。時間が匂いとなって一挙に立ちのぼってくる。
それにしても味がうすい。醤油の量が決定的に足りなかったようだ。
塩分過多、血圧などへの配慮が、つい醤油の量をけちらせたのだ。
だからシミが出なかったのだ。
人生後半の中年は、冷蔵庫からウニのビン詰を取り出してきて、青春ののり弁≠食べたのであった。
[#改ページ]
カップ麺の言い訳
カップ麺は言い訳ができない。
それがカップ麺のつらいところだ。
どこで言い訳ができないかというと、スーパーのレジのところで言い訳ができない。スーパーのレジのところでは、その人の食事の全貌があからさまになってしまう。ときには、家計のありようまで衆目にさらされてしまう。
カゴ一杯のカップ麺の人は、
「あの人って、そういう人なのね」
という片付けられかたをしてしまう。
そういう片付けられかたに対して、一言も言い訳ができないところがつらい。
同じインスタントラーメンでも、袋入りのほうは何とか言い訳がきく。
「これに野菜とか、卵とか、お肉とか入れて栄養のバランスをとるのよね。つまりこれは、たたき台なのよね」
という言い訳が成り立つ。
カップ麺も、タテ長タイプのヌードル路線≠フほうは、わずかではあるが言い逃れができる。
このタイプには、ワカメ入りシーフードヌードルなどのヘルシーもの≠ェあるので、そっちのほうで弁解できる。
問題は丼タイプのカップ麺である。
容器からしてすでに言い訳を許されない雰囲気がある。
ネーミングも、激めん、とか、九州よかと麺、ムジナのどん兵衛だとか、これまた許してもらえない。
ヘルシーを主張できず、たたき台の言い逃れも許されず、丼型カップ麺カゴ一杯の人は、レジのところでひたすらうなだれるばかりである。
しかも、カゴ一杯の丼型カップ麺が、一品種だけならまだいい。よかと麺だけ六個、というのは何とか許してもらえる。
しかし、一品一品、メーカーも品種もちがうカップ麺がカゴ一杯、ということになると、どうあがいてもダメである。
念の入った検討、吟味、取捨選択。永年にわたる知識と経験。その集積がいまここに! という見方をされ、カップ麺のプロ、と見なされてしまう。
それがヤングミセスとか、学生風とかならばまだ見逃してもらえるが、ぼくらのようなおじさんだと、世間の目はいっそう厳しいものとなる。
「いいトシこいて、まあ、何の因果かカゴ一杯に色とりどりのカップ麺!」
という見方をされてしまう。
しかしおじさん(ぼくのこと)はめげないぞ。
きょうだって、スーパーのカップ麺の棚のところで、検討、吟味、取捨選択を重ね、その結果の集積をカゴ一杯に詰めて、買って帰ってきたんだからな。
いま、テーブルの上に、山のように積みあげてあるんだからな。
その山の中から一つ取りあげ、「エート、きょうはどれにしようかなー」なんて迷っているひとときというのは、とっても楽しいなー。
ムジナのどん兵衛≠ヘあしたに回して、九州よかと麺、意地のコッテリとんこつスープ!! 焼き豚紅しょうが付き、熱湯三分≠ニいうのにしよう。
「意地の」というのがたまらないね。熱闘甲子園もわるくないが、熱湯三分も胸が躍るな、なんて言いながら、まずカップ麺のフィルムをはがす。
常々思っていることだが、このフィルムに問題がある。ミシン目とか、破り目とかがあれば破りやすいのだが、それがついてない。したがってなかなか破れない。ここで手間どる。三分で食べられるはずのものなのに、この部分で三十秒ほどかかる。一考をうながしたいところである。
手間どったあげく、包丁なんてものを持ち出してくることになる。
それから紙ブタをビリビリと、途中まではがす。中から、かやくとか粉末スープとか調味オイルとかの小袋を取り出す。
ここで「おいしい召しあがり方」というところを読む。
かやくと粉末スープは最初から入れておいてもいいが、調味オイルは「お召しあがりの直前に」とある。
(たかがインスタントのくせに、なーにが「直前に」だ。なーにが「お召しあがり」だ)
と思いつつも、作業はきちんと言いつけどおりにする。
かやくの小袋を破って麺の上にふりかける。粉末スープの小袋を破ってふりかける。最近のカップ麺は、こういう小袋が多すぎる。調味オイルのほかに香味スパイスなんてものさえある。
だからカップ麺をつくるときは、小袋をちぎっては入れ、ちぎっては入れ、ということを繰り返さなければならない。
調味オイルなどは特に扱いづらく、慎重にやらないと、手や衣服を汚すことになる。あれこれの小袋を、チマチマと爪の先で破ったり、ちぎったり、ふりかけたり、ひしぎ出したり、と、大の男がやる作業としては実に情けないことばかりだ。
だからこれらの作業をしおえた人は、作業開始前より、人間のスケールがひと回り小さくなっているはずだ。
もはや、ダム建設などの大事業には向かない人間になってしまっているにちがいない。
とにもかくにも、ちぎり入れ作業完了。ジョボジョボ、スカスカ、ジョボジョボ。(電気ポットからお湯を注ぐ音)
言いつけどおり、「お湯の線」きっかりまで熱湯を注ぐ。フタをする。そのへんにある本などを重しがわりにのせる。
いよいよ熱湯三分≠ナある。
カップの中では、これから三分間の、熱湯による熱闘が繰りひろげられるのだ。たった三分で、すべてのケリをつけなければならない。それは、熱と汗と誠実と精一杯の努力と渾身の三分間、ともいえるし、まやかしと欺瞞とだまくらかしとインチキと手抜き、の三分間ともいえる。
待つ身の三分は長い。
三分という時間は、何かをするには短すぎる。ただひたすら待つよりほかはない。現代の生活のなかで、これほど無垢で純粋な感情のひとときというのは、他に例がないのではないだろうか。
他の容喙《ようかい》を許さず、ただひたすら待つ℃O分間。カップ麺でしか味わうことのできない無垢の感情のひとときといえるのではなかろうか。
三分たったカップ麺に、調味オイルをふりかけ、上下満遍なくかきまぜる。待ちかねたように立ちのぼる大量の湯気。
ズルズルと麺をひと口。続いてスープをひと口。カップ麺は、急いで食べないとどんどん伸びる。
中に入っているおもちゃのようなナルトや焼き豚は、食べるものではない。ときどきいじったり、ゆり動かしたりして「しっかりしろ」と励ましてやるものである。ゴミクズみたいな彼らは、食べるに食べられず、何のためにこの世に生まれてきたのか哀れでならない。励ましてやらずにはいられない所以《ゆえん》である。
[#改ページ]
行列付き親子丼
昼めしどき、日本橋界隈を歩いていたら、時ならぬ行列に出会った。
人数にしておよそ二十名、長さにして十メートル。おばさん多数、サラリーマンおよびOL少々、という構成であった。
人は行列を見ると少なからず興奮するものである。「何事か」とまず興奮し、「何か得する行列か」と胸が騒ぐ。
行列は、明らかな時間の損失である。
にもかかわらず、人々が行列に並ぶのは、行列+参加=得、という公式がこの世にあることを知っているからである。
日本橋の行列を目にしたときも、ぼくの頭にこの公式がひらめき、本能的に行列のしっぽに並んだのだった。
並んで行列の先頭を見ると、そこには鳥料理の店「玉ひで」の玄関があった。
有名な店である。
この行列こそ、世にも有名な玉ひでの行列≠セったのだ。
「玉ひで」は鳥料理の店だが、特に昼めしどきだけやっている親子丼で名高い。
その親子丼めあてに並ぶ行列で名高い。行列で有名な玉ひで≠ニもいわれ、この行列は、日本橋の七不思議となっているのである。
昨今、ハーゲンダッツなどのアイスクリーム屋の行列が取り沙汰されたが、ここの行列はそういった新参の行列とは格がちがう。言ってみれば、行列界の名門≠ナもあるのだ。格式のある行列なのだ。
思わず本能的に並んでしまったのだが、ぼくの取った行動は正解だったのだ。突然ぼくは名門の人≠ノなったのだ。ぼくの後ろに、たちまち十メートルほどの行列ができた。
ついさっきまで、名門のしんがりで、先輩多数の後ろに新入りとして心細く並んでいたのに、アッというまにこうして後輩多数を従える身分になったのである。こうなると何とかして先輩風を吹かしたく、ときどき後ろを振り返っては「列、曲げるなよ」などの視線を申し送るのだが、不肖の後輩たちはだれも気づいてくれない。
前も後ろも、おばさんが多い。
おばさんの含有率が非常に高い。含有率七八%といったところだろうか。
道行く人は、この行列に別に驚きもせず、「あ、いつもの行列ね」と、すっかり認知した顔で通りすぎていく。
十分経っても行列はビクとも動かない。並んだのが十一時三十三分だった。
ヒマなので、店の壁に掲げられた立て札を読む。創業宝暦十年。先祖山田鉄右衛門が「御鷹匠仕事」をもって将軍家に仕え、御鷹匠仕事というのは、将軍の御前にて鶴を切る厳儀に由来する格式の高い包丁さばきで、その後ナンタラカンタラして今日に至った、とある。
その由来はなかなか複雑で、いっぺんには理解できないが、「御鷹匠仕事」と「将軍家」のところで、かなりの人々が顔を引きしめるようすであった。
軽はずみな気持ちで「親子丼でも食ってみっか」とやってきた人々は、思わず胸元をかきあわせたりするのだった。
十一時四十六分、ついに行列動く。
玄関からおばさんの六人グループが出ていき、先頭のおばさんたちがその分前進する。同四十七分、五人グループのおばさんが出ていき、周りのおばさんが騒ぎ、おばさんたちの動きが激しくなった。
同五十五分、我ついに玄関に突入せり。
うす暗い玄関には前後二列のベンチが並んでおり、突入した人は今度はベンチにすわって次の指令を待つという仕組みになっている。突入、即上陸、というわけにはいかないのである。
しかし、これまでの路傍の行列の人≠ゥら昇格して今はベンチの人≠ノなったのだ。親子丼に更に接近したことになる。(それにしてもなかなか親子丼が登場しないな)
前後二列のベンチは、前のはじから順番に埋まっていくというわけではない。
入ってきた人が、何となく空いたところにすわりこむから、順番が入り混じる。
ぼくは後ろのベンチの真ん中にすわってしまったのだが、前のベンチの二人空いたところに、突入してきた二人づれがすわってしまった。
一体ぼくの順番はどうなるのか。
指示係のおばさん(着物姿)が出てきて、「次は何名様?」と聞き、ベンチの人が手を挙げて「三人です」「二人です」と口々に叫び、「では三名様と二名様こちらへどうぞ」と玄関からの上陸を許されて座敷へ上がっていく。
「次は何名様?」の「次」が、自分なのか他の人なのかわからない。
いつ手を挙げていいのかわからない。
不安で胸がドキドキしてくる。「もう親子丼などどうでもいい」と立ちあがって逃げようかと思ったほどだった。
このまま手を挙げるきっかけを失い、このままうす暗い玄関の片隅で、発見されることなく夕方まで放置されることだってありえないことではない。
ぼくは勇猛をふるって手を挙げ「一人です」と叫んでみた。
ぼくのこの声はしっかりとおばさんの耳にとどいたらしく、おばさんは「お一人様こちらへ」と、ようやく上陸を許してくれたのだった。(親子丼もうすぐです)
十人がけのテーブルの片隅に取りつく。思えば長い道のりだった。
路傍の人≠ゥらベンチの人≠ヨと昇格し、いまようやくテーブルの人≠ニなったのだ。
「ご注文は」の声に「親子丼」としっかり答え、おばさんは力強くうなずき立ち去る。もうだいじょうぶだ。
ぼくのテーブルの人々は、おばさん6、サラリーマン2、OL1という構成である。ここでもおばさんの含有率は高い。
親子丼到着。(お待たせしました)
わりに浅めで広めのフタつき木地椀に入った親子丼と、古漬け風刻みキュウリ、鳥スープが付いて値段は六百円。
丼物は、かけ汁がかかった部分と、かかってない白い部分があるのがふつうだが、ここの親子丼は、かけ汁たっぷりで、ゴハンの全域が濡れている。
だからお箸ですくいあげるのがむずかしく、そのためスプーンが用意されている。丼物は、ハフハフとかっこむのがふつうだが、ここのはジルジルとすすることになる。
玉ネギなし、鶏肉と卵だけ、という親子水いらず≠フ親子丼で、味はかなり濃厚である。みりんと醤油とダシの味がはっきりわかる、わかりやすい味といえる。鶏肉は軍鶏《しやも》を使っているだけに、柔らかくておいしい。
ぼくが案内された部屋は八畳ほどの部屋で、ここに十人がひしめいて親子丼を食べているのだが、だれも声を発しない。
しんとして、親子丼をジルジルすする音だけが部屋の中にひびく。だれもが「御鷹匠仕事」と「将軍家」にやられている≠ケいらしい。全体的に、親子丼そのものより行列のほうに比重のかかった親子丼≠フせいかもしれない。
[#改ページ]
紅ショウガの哀れ
紅ショウガは哀れである。
ほか弁の「のり巻・稲荷ずしセット」(三百二十円)を食べながら、つくづくそう思った。
ほか弁の発泡スチロールの片隅に、それはあった。
包装ともいえぬビニールの切れっぱしに包まれて、「食うなり捨てるなりどうにでもしてくれ」というように、幸い薄く突っこんであった。
不憫であった。
数えてみるとその数十七本。
その身を偽りの紅で染め、薄く細く切り刻まれ、味といえばただひたすら酢っぱく、生まれながらに持っている生姜特有のあの香りも辛みも剥奪され、一片の愛情すらかけられずに、ただひたすら稲荷ずしにすがってひっそりと寄り添っているのである。
食品界の裏街に咲いた薄倖のあだ花……それが紅ショウガなのである。
紅ショウガというけばけばしい名前からして、すでに運命の子≠思わせるものがある。
怪盗紅はこべ、浅草紅団、ナントカ紅孔雀、紅屋の娘のいうことにゃ……などなど、紅という字にはどことなくまがまがしい響きがある。
紅ショウガは、生まれながらに、おどろおどろしい運命を方向づけられていたのである。
食品界を見まわしても、紅ショウガほどの鮮烈な赤はなかなか見つけにくい。
梅干しの赤とも違うし、朝鮮漬けの赤、カマボコの赤とも違う。
思いきったどぎつい赤。紅ショウガはこれゆえに成功したともいえるし、失敗したともいえるのである。
紅ショウガの行くところ、貧にして寒ならざるところなし。
まず最初に登場するのが牛丼屋のカウンターである。
貧寒とした何の風情もないプラスチックの容器に、愛情薄く詰めこまれている。
しかし牛丼には、紅ショウガが実によく合う。
カレーライスには福神漬けが合うが、福神漬けは牛丼にはまるで合わない。
牛丼の甘辛のツユには、酸味を帯びた紅ショウガでなければならない。
次に登場するのがヤキソバの周辺である。
ヤキソバといっても、ちゃんとしたヤキソバではなく、お祭りの夜店とか、屋台のヤキソバである。
安い油がまぶされた安いソバの上に、やけに緑色の濃い安いもみノリのかかっている安いヤキソバ。
こういう安いヤキソバじゃないと、紅ショウガにはお呼びがかからない。
しかしここでは、安いものばかりの組み合わせが、安いもの同士の連帯感を呼びおこし、結束させ、いうにいわれぬ味のハーモニーをかもし出しているのである。
ここにもし、上等のものが一つでも加わったら、屋台ヤキソバのあの味はなくなってしまう。
例えば、上質のゴマ油が加わったら、味の均衡は破れる。
バサバサの、ゴミなんかも少し混ざったノリの代わりに、ツヤツヤした上質の刻みノリが使われても同様である。
使い古し油、安もの麺、バサバサノリ、紅ショウガ、これら食品界の下位同士が寄り集まってこそ、力の均衡が生まれ、切磋琢磨《せつさたくま》が生まれるのである。
だから、ほんのちょっとましなヤキソバになると、もう紅ショウガは追放されてしまう。
「あっちいけ」といわれてしまう。
あっちいけ、といわれてしばし考えたのち、紅ショウガは今度はタコヤキ屋に現れる。
これも屋台のものである。
お好み焼き屋なんかにも現れる。
これも屋台的なものである。
紅ショウガは、どうしても上位には昇れないのである。
そのかわり、このように下位には強い。
下位には絶対の自信を持っている。
稲荷ずしのそばにいたときの紅ショウガは、いかにも頼りなげであったが、タコヤキと組むに至って、ようやく自信を取り戻したかのように見える。
ここでは本体に突入している。
タコヤキ本体の中では、紅ショウガはちょっとしたカオである。
タコと共に、タコヤキの屋台骨を支えているという意識が窺える。
だから、堂々としている。
タコヤキを楊子に刺してポイと口に入れる。最初、熱くて「アフアフ」なんていって、口の中をあちこち転がして舌および口中壁面との接触をはばみ、適温になったところで噛みしめるとまずタコが歯にあたり、次に紅ショウガが噛みしめられ、酸味のある汁が舌に感じられ、これがタコヤキの重要なアクセントになっている。歯ざわりもわるくない。
だから、紅ショウガのないタコヤキは考えられない。
紅ショウガが出没する場所は、和食関係では大体以上で尽きる。
あと、ちらし寿司などにも入っているようだが、安いほう≠セけのようだ。高級≠ノなると、やはり途端に追放される。
中華関係に目を転ずると、まず目につくのが冷やし中華である。
しかしこれは、「冷やし中華が、酢仲間として目をつけた」という程度のものであろう。冷やし中華本部としては、紅ショウガをそれほど重要視してないとみるのが妥当と思われる。
冷やし中華が高級になるにつれ、紅ショウガではなく、色なしショウガに移行していくという事実がそのことを物語っている。
それから突然、紅ショウガは何を思ったか、九州ラーメンの丼の中に身を投げる。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり、で、これはこれで成功して紅ショウガは九州ラーメンに拾われ、ここにも安住の地を得ることができた。
以上で紅ショウガの出場個所は尽きる。
牛丼、屋台ヤキソバ、お好み焼き、稲荷ずし、タコヤキ、冷やし中華、九州ラーメン……。
いいとこには一つも進出できなかった。
健闘してここまでの道を切り拓《ひら》いた、ともいえるし、ここまでで力尽きた、ともいえる。
実をいうと、紅ショウガには別の途《みち》もあったのである。
赤く染めない、という途である。
すなわち、寿司屋のガリ風路線である。
こちらは、上昇への途が大きく拓《ひら》かれている。
紅ショウガは「色をつける」という方式を選択したばかりに、進路と将来が限定された。この選択は正しかったのだろうか。
わたくしは今、突然、VHSとベータの戦いに思いを馳せてしまったのだが。
[#改ページ]
タクアンよ、いつまでも
ことしも敬老の日を前に、長寿番付が発表された。百歳以上のお年寄りが二千人を超した。
テレビで、これら百歳以上の人に長寿の秘訣を聞いてまわっていたが、だれもが一番に挙げるのが粗食。次に腹八分目。よく噛む。クヨクヨしない……と続く。
昔は食事のたびに、「よく噛め、よく噛め」と言われたものだが、最近はあまり言われなくなった。
だいぶ前の新聞記事に、江戸時代の人と現代人の一回の食事における噛む回数を比較していたのがあったが、たしか現代人は昔の人の半分近い回数だった。
そのぐらい噛む回数が減っているのである。
最近はハンバーグとかチキンナゲットとか、軟らかいものばかりだからそんなに噛む必要がない。昔は乾飯《ほしいい》とかカチグリとか、硬いものが多かったから当然噛む回数も多くなる。
最近の子供は硬いものを嫌うようだが、硬いものをバリリと噛み砕くのは一種の快感だと思う。
固焼きのセンベイ、タクアン、シオマメ、いずれも噛みしめて楽しい。歯応えが心地よい。
セロリなんかをパリッと噛みきるのは、見ていても痛快である。
しかし齢《とし》をとるにしたがって、だんだんこういうものが食べられなくなる。
それを思うと寂しい。
ぼくは今のところ、センベイ、タクアン、シオマメは安全ゾーンだが、スルメ、干した貝柱、くさや関係が少しずつ危険ゾーンに入ってきている。
特にスルメがいけない。
ウイスキーのつまみに、アタリメのマヨネーズまぶし≠ヘ好適だが、これが手強《てごわ》くなってきた。
幅二ミリに細く裂いたのを三本まで、というのが今のところの許容範囲である。四本目から歯がおかしくなる。
かつては、スルメの一枚や二枚、苦もなく平らげられた。だんだんアゴがくたびれてきてだるくなるという、あの感覚が懐かしい。
新幹線のワゴン販売では、ウイスキーと共に、貝柱の干したのを細い透明な袋に詰めたのを売りにくる。これも酒に合う。
これもなかなかの難敵になってきた。
最初は何の味もしなく、一体これからどうなるのだろう、と少し不安になるが、辛抱強く噛んでいるうちに少しずつバラバラになり、少しずつ湿潤してきてようやく貝柱本来の味になる。やがて口一杯に貝柱の味がひろがる。
(やっぱり貝柱はおいしいなあ)
と幸せにひたっていると、次なる不幸がヒタヒタと近寄ってきているのが少しずつ察知される。
はさまり問題である。
貝柱の繊維は、その軟らかさと細さが、中年の歯のすき間に実にぴったり合う。
きっちりと、そしてしっかりとはまりこむ。しかも一カ所でなく各所にはまりこむ。さあ、これからが一仕事である。
貝柱を入れてある細い袋には、必ず楊子が一本添えられている。
この一本の楊子は、幾多の同朋が貝柱の事後処理に苦しんでいる有り様をアリアリと思い浮かばせてくれる。
くさやも同様である。
食べている間は幸せだが、不幸はすぐに必ずやってくる。食べたあと、一仕事もふた仕事もしなければならなくなる。
センベイ、タクアン、シオマメのたぐいは、その音が味わいに大きなかかわりを持つ。味と音、合わせて一本である。
固焼きのセンベイなどは、音による興奮さえ伴う。
固焼きのセンベイを前歯でバリリとへし折り、ただちに後方に送りこむと、奥歯は待ってました、とこの難物の粉砕に取りかかる。
センベイの大型破片の尖ったところが舌や天井にゴツゴツ当たって痛く、しかし噛むのは止められず、耳のすぐそばではバリバリと大音響が発生するし、噛み砕きつつ何かこう(大変なことになった。これからどうなるのだろう)と自分ながらに不安になる。と同時に少し興奮もする。しかし事態はその後それほど大事には至らず、ゴツゴツした破片は細片となり、細片はやがて湿りを帯びる。
こうして事態は収束の方向に向かい、やがて穏やかな終焉の時を迎える。
こうしてせっかく、事態は収束したのに、またしても次なる一枚のセンベイは取りあげられ、噛み砕かれ、大音響はひびきわたり、不安と興奮のひとときが訪れてしまうのである。
シオマメを噛み砕くのも快感である。
丸く小さい硬い豆を、奥歯のしかるべきところへ収め、「では、いきます」という思い入れでカリリと噛みしめると、豆はかなりの抵抗を示したのち、あっけなく押しつぶされる。
シオマメはここまでが勝負で、ここからあとはあまり面白くない。煎った豆の香ばしさとか、油っぽいおいしさとかではピーナツに負ける。
センベイとシオマメが破砕の快感なら、タクアンは切断の快感である。干した大根の、からみあった硬い繊維を切断する快感である。
そのときに発生するポリポリという音は、センベイの暴力的な音と違って聞いて楽しいものである。自分ばかりでなく、人が発生させる音も楽しめる。
タクアン、ポリポリ、お茶づけサラサラ≠ヘ、お年寄りが憧れる食事だが、齢をとるとお茶づけサラサラ≠フほうは大丈夫だがタクアン、ポリポリ≠フほうがあやしくなる。食べるのはムリだが、せめて音だけでも聞いて楽しみたい、というお年寄りもいるかもしれない。
そういう人のためにタクアン、ポリポリテープ≠ニいうのはどうだろうか。ポリポリテープ≠フ伴奏で、お茶づけをサラサラとかっこむ。気分が盛りあがるのではないだろうか。
「きょうは気分を変えて、ハリハリ漬けなんかがいいねえ」
というお年寄りのためには、ハリハリテープ≠ェ必要になってくる。
「タクアンはタクアンでも、細かく刻んでゴマをふりかけたのもいいねえ」
というお年寄りのためには細切りタクアン、ゴマの音添え≠ニいうのも必要になってくる。
こうなってくると(どうなってくるんだ)、いっそのこと漬けもの総集編≠ニいうのにしたほうがいいかもしれない。このテープ一巻あれば、その日の気分で何でも選ぶことができる。
奈良漬け、味噌漬け、ぬか漬け……。
こうなると、お茶づけを食べながらもかなり忙しいことになるに違いない。
「瓜の奈良漬けに山ごぼうの味噌漬け」にしたい人は、お茶づけを食べながら、テープのスイッチをあちこち押したり、巻き戻したりしなければならなくなる。
[#改ページ]
駅弁の正しいあり方
いよいよ秋です。
秋はいいなあ。
空は高いし、赤トンボは飛ぶし、コスモスは風に揺れるし、柿は実るし、第一、秋風が吹く。
秋風というのは、風の中でも特別製のいい風で、風が渡っていくのが目に見えるような気がする。
「ホラホラ、そこんところをすうっと」
と指さしたくなる。
こうなってくると、どこかへ行きたくなる。
「ああ、どっかへ行きたいなあ」
と、しみじみ思うのはやはり秋である。
というわけで行楽のシーズン。
行楽のシーズンは弁当のシーズンでもある。行楽と弁当は、分かちがたく結びついている。
弁当にもいろいろあるが、「駅弁」と聞くと心がおどる。
急に旅情がわいてくる。
どこでもいいから出かけて行って、とにかく列車に乗って、とにかくヒザの上に駅弁を置いて、車窓を流れていく景色を見ながら、とにかく一口という気持ちになる。
車窓の景色は、できることなら森や林や田や畑といった自然にあふれたものであって欲しい。
団地、マンション、ゴミゴミと続く木造モルタルの向こうにイトーヨーカ堂とダイエー、といったものであって欲しくない。
駅弁というものは、一種のイメージ商品であるから、旅と切り離すと途端につまらないものになる。
家に持って帰ってつくづく見れば、たとえば横川の釜めしだって「何なんだッ、これは」ということになる。
「重くて困るじゃないかッ」ということになる。
イメージ商品であるから、舞台装置いかんで大いに味が変わってくる。
列車が止まっているときと、走っているときでは大いに味がちがう。
走っているときはおいしいが、駅で止まったりすると急に味が落ちる。
だから、駅弁を食べていて駅に止まったりすると、箸を置いて発車を待つ人もいる。
揺れ≠熨蛯「に関係がある。
ヒザに置いた弁当から、茹《う》でたウズラの卵を箸でつまみあげようとした途端、列車が揺れて取り落としたりすると大いに旅情が増す。
また、例の小さなひょうたん型のソース入れから、エビフライにソースをかけようとして、手元狂って隣のカマボコにソースをかけてしまったりしてもやはり旅情が増す。
駅弁は、買い方によっても味が変わってくる。
一番おいしく食べられる買い方は、車窓から売り子ジカ手渡し≠ニいう形である。
発車のベルが鳴り響いていたりすれば申し分ない。
お釣りが間に合うか間に合わないか、という状況であれば更に申し分ない。
ホームに降りて駅弁のワゴンから≠セと少し味が落ちる。
一番おいしくないのは、発車前にホームの売店で#モチたやつである。
この弁当には愛情が持てない。なんとなく他人行儀になる。もらいっ子という感じがする。
車窓から売り子ジカ手渡しで買うと、実の子、という気がする。愛情を降りそそいでやろうという気持ちになる。
容器も味に関係がある。
最近は、ペコペコしたプラスチックが多いが、あれだと旅情がそがれる。
やたらに柔軟性があり、持ち方によっては片側が重みでたれさがったりして情けない気持ちになる。
弁当がたれさがる、というのは本当に情けない。
駅弁はやはり、本物ではないながらも一応|経木《きようぎ》風であって欲しい。
手に持つと、ポッテリとやや温かく、少し湿った感じがする、というのが駅弁の本来の姿である。
外側厚紙製、間仕切りプラスチックというのもあるが、あれは安っぽい。なんとなくオモチャみたいな気がする。
お釜スタイルの陶器製は、変わっているという点ではたまにはいいが、ヒザのすわりがわるい。
「駅弁はヒザに置いて食べる」のが正しい食べ方であるから、すわりのわるいのは困る。
千円以上するもののなかには、二段重ねのものがあるが、あれはよくない。
ゴハンの部とおかずの部が別棟になっている。
駅弁に限らず、弁当というものはすべからく、平屋一戸建てでなければならない。ゴハンとおかずは地続きでなくてはならない。
ゴハンとおかずが別々だとよそよそしい感じがする。
ゴハンとおかずが仲たがいして別居した、という気もする。
いずれにしても何かこう、ひんやりしたものを感じさせる。
パッとひろげて全容が一目瞭然、一望のもとにすべてが見渡せる、というのが弁当のよさである。
ゴハンもおかずもデザートも、ゴマも梅干しもみんな一つ屋根の下に寄り集まっているのを見ると、
「そうかそうか、こうなっていたか。全員打ちそろってワーッとお出迎えしてくれたか。そうかそうか」
という気持ちになる。
人によってそれぞれだと思うが、ぼくは駅弁のゴハンは白いのがいい。
酢めしとか炊きこみなどの、味のついたのは好きではない。
従って幕の内風、ということになる。
ヒモを解く、というところから駅弁の儀式は始まる。
ヒモを解いて形を整えワキに置く。
次に包装紙をはがす。順序からいくと、包装紙をはがす→すぐにフタを取る、ということになるが、実際にはそうはならない。
包装紙はきちんとたたんでワキに置く。それからおもむろにフタを取るのである。そして眺める。
何からいくかが問題だが、ぼくだったらまず椎茸の煮たのあたりからいきたい。
半分だけかじりとって残りを元に戻し、二回ほど噛みしめ、口の中が少し塩っぽくなったところでゴハンを一口。ゴハンは必ず隅から食べる。
次が揚げもの関係。味のしみた揚げボールとかフライものとかを攻める。ないしはブリの照り焼きなどの魚関係。
いずれも全部一口で食べるということはせず、少しかじりとっては残す。
だから中盤にさしかかると、弁当の中はかじり残りの小片だらけでゴミ箱のごとき様相を呈してくる。
「エートこの小片は何の小片だっけ」
と、消しゴム屑ほどの塊を箸でつまみあげ、小首をかしげている人もいる。
[#改ページ]
いじけるなサバ族
秋はサバがおいしい。
これからますます脂がのってますますおいしくなる。味噌煮、塩焼き、しめサバ、開き、どれもおいしいが、特においしいのはしめサバだと思う。
身が厚く、脂の十分のったサバを、中心に赤い色が残るぐらいに浅くしめる。
魚の脂身のおいしさとは、まさにこれだ、という気がする。細胞の一つ一つに、魚の良質の脂肪がこまかくびっしりと詰まっていて、その一つ一つが舌の上で破れてじんわりとひろがる。
サバは缶詰もおいしい。
特に水煮がおいしい。水煮の皮のところはこたえられない。トロトロの皮のところだけを取り出し、これに少量の醤油をたらし、熱々のゴハンの上にのせ、サバ水煮腹皮缶丼≠ノして食べると目がうっとりと細くなる。
「いやいやサバ缶は味噌煮にとどめを刺します」
と言う人もいる。
「いやいや味噌煮だったら定食屋の味噌煮に限ります」
と言う人もいる。
「わたしは塩焼き。幅広い切り身にして、こう、包丁で切れ目なんか入れてね」
と言う人もいる。
サバファンというのは意外に多いのである。しかし、嫌いな人もまた多いという魚である。嫌う人は徹底的に嫌うようだ。
そしてサバは、世間一般的には、どういうわけか白眼視されているところがある。蔑視されているところもある。
鯛や鮎やヒラメやフグは高級魚といわれているが、サバやイワシやサンマは大衆魚といわれている。
下魚という言い方さえある。
海の中で一緒に泳いでいるときは同じ魚同士、身分の上下はないのだが、人間に釣りあげられたとたん、身分に上下関係が発生する。
大衆≠ネんていわれてしまう。下魚≠烽ミどいと思う。
同じ下魚でも、サンマのほうは高名な詩人によって詩に取りあげられ、多少のグレードアップがなされた。
サバやイワシとは別格扱いということになった。
サバだって、だれか高名な詩人に依頼して詩にしてもらえば、もう少しグレードが高くなると思うのだが、サバに限ってはどの詩人も取りあげてくれない。
もっとも、「サバの味噌煮の詩」ではあまりに陰々滅々としてしまって詩にはならないのかもしれない。
下魚仲間のイワシのほうは、なぜか通≠笳ソ理人に好まれるところがある。
料理人はイワシを見るとあれこれしたくなり、通はあれこれしたのを食べたくなる。だからイワシだけを食べさせるイワシ専門店というのがあちこちにある。
悲しいかなサバには専門店がない。
海の中でサンマやイワシたちと、
「オレたち大衆同士だよな」
なんて言い合ってうちとけていたら、片っぽうは有名人に可愛がられ、もう片っぽうは料理人や通にひいきにされ、
「大衆とはいってもちょっと違う大衆なんだかんな」
と言われてしまったようなものである。
結局サバは、定食屋とか缶詰界とか、そういった裏街道で生きていくことになった。
そうして低級魚としての、ゆるぎない確固とした地位を確保したのである。
だからサバは、定食屋ではかなり大きな顔をしている。
定食屋のメニューのなかでは、重鎮として扱われている。
サバ味噌煮、サバ煮つけ、サバ塩焼きは、定食屋のメニューには絶対に欠かすことができないものである。
会社でいえば重役の地位に相当する。
裏街道の主役であるゆえに、表街道ではあまり大きな顔はできない。
居酒屋あたりでも、鮎の塩焼きを注文する人の声は大きい。
大声で、きっぱりと、
「鮎の塩焼き!」
と注文する。
だがサバの味噌煮を注文する人の声は小さい。世間をはばかるために、小さくてあいまいになり、舌ももつれ、
「ジャバのミジョニ」
なんて言ってうつむいてしまう。
何だかわからなくて聞き返され、
「もういい」
なんて言って、真っ赤になって断ったりしている。
まわりの人も、
「サバの味噌煮で一杯やろうなんて、この人はよっぽどローンが厳しいらしいな」
という見方をする。
こういうとき、この騒ぎを(どんな騒ぎだ)店の片隅でじっと見つめている人が必ず一人はいる。
店の片隅から「ジャバのミジョニ」の人に慈愛のまなざしを送ってきているこの人こそ、サバ愛好の同士なのである。
サバ好きの人は、世の中から迫害されているゆえに、強固な連帯感で結ばれているのだ。
「ミジョニ」の人は、店の片隅から送られてきた視線に気づき、そのほうを見る。二人の視線が合う。片隅の人は黙って大きくうなずく。
(何も言うな。わかっている)
そう言ってうなずいているのだ。
ミジョニも大きくうなずく。二人はいま、強固な連帯の絆《きずな》で結ばれ、強大な共生感を味わっているところなのだ。サバで結ばれた男同士の絆は強い。
やがて二人は、目くばせしあって店を出ると、もう一ランク下の騒がしい居酒屋に入り、今度は心おきなく大声でサバのおいしさについて語り合うのだ。
「サバの味噌煮に、おたくは梅干しを入れますか」
「おっ。入れます入れます」
二人は肩をたたきあってしみじみとうなずき、秋の夜は静かに更けていく……ということになるのだ。
このように、サバのおいしさは、めったな所では語り合うことができない。
同好の士、と確認したうえでないとこの話題は持ち出さないほうがいい。
「鯛が好き」とか「フグが好き」という話題なら、いつでもどこでも大声で話せる。鯛好き、フグ好き、鮎好きという人は、人格高潔、味覚卓抜という印象を人に与える。
サバ好きは、この点まことに分《ぶ》がわるい。
サバ好きの人は、人格低級、味覚蒙昧、生いたち貧困、ローン逼迫、かあちゃんブス、といったように、とめどもなく悪いほうへとイメージがひろがってしまう。
「サバのおいしさについて心おきなく語り合う会」というのを結成したら、かなり大勢の人が集まると思う。
[#改ページ]
オレだってしめサバだ!
今回は他のテーマでいくつもりだったのだが、「週刊朝日」十一月二十日号の、イケベ記者の「しめサバ」の記事を読んだらそうはいかなくなった。
サバと聞くと、ぼくはいても立ってもいられなくなる。
冷静さを失う。
血が騒ぐ。
先祖がサバだったのかもしれない。
特にサバについて語っているのを見たり聞いたりすると、嫉妬で目がくらんで、すぐにも飛んで行って妨害したくなる。
恋人といちゃついている娘の父親のような心境になってしまうのである。
「そのサバ、オレのものだ。さわるな」
という心境になる。
イケベ記者がしめサバについて書いているのを読んでいても、嫉妬で体がブルブル震えたほどだ。サバについては一言も二言もいいたい。
特にしめサバについては三言も四言もいいたい。
興奮度からいうと、@しめサバA味噌煮B塩焼き、という順番で、しめサバは興奮度が最も高い。
その最も興奮度の高いとっておきのしめサバを、イケベ記者に先に書かれてしまったのである。くやしい。
こうなったらもう、オレだって書くんだ。今週書こうと思っていたテーマなんか、もうどうでもいい。
エー、このところ、急に寒くなってきて、サバが一段とおいしくなってまいりました。(口調、急に改まる)
さてそこで、おいしいしめサバ、塩も酢もきつくない、切り口の中心が赤くじっとり濡れたしめサバは、どうやったら作れるのでしょうか。(それを書かれちゃったんだよなあ)
魚屋やスーパーで売っている出来あいのしめサバは、保存のことを考えるせいか塩も酢もきつめである。
特に酢がきつめで、全体が白くなって噛むとゴムみたいに硬いのが多い。
ああいうのはしめサバとはいえない。
切り口の表面の細胞の一つ一つから、脂がじっとりと滲み出ているような、腹側の先端がコリコリしているような、そういうおいしいしめサバを食べようと思ったら自分で作るよりほかはないのである。こういうしめサバは、どうやったら作れるのだろうか。素人ではムリなのだろうか。
ムリではないのだ。
「カレーぐらいしか作ったことないけど」というおとうさんでも、ちゃんと作れることうけあいである。
この程度のおとうさんをモデルにして話を展開していこうと思う。るんるん。(サバについて語っているので楽しくてしょうがないのだ)るんるん。
おとうさんには、とりあえず魚屋に行ってもらいましょう。
魚屋に行ったら、丸ごと一匹のサバがあるかどうか、それをまず確かめよう。
切ってあるのはダメです。
丸ごとのサバがあったら、必ず、「しめサバにして食べていいかどうか」を聞かなくてはならない。煮魚用というのもあるから気をつけないといけない。
「いい」と言われたら、一番大きいのを買う。大きいほど脂がのっておいしい。
ことしはサバが高く、一番大きいのだと千三百円ぐらいする。一見高いように思えるが、これだけあれば一家四人で食べきれないほどのしめサバができる。
イケベ記者は自分でサバをおろすことを薦めていたが、はっきりいってこのおとうさんではムリである。
「腹骨をすきとる」というのが至難のわざだし、小骨を抜くための骨抜きもいる。ヘタに小骨を抜くと身がくずれる。
魚屋でやってもらうことをお薦めする。というより、サバを丸ごと一本買えば、魚屋の人が必ず「これどうします」と聞いてくれる。必ず聞いてくれる。
ここで初めておとうさんは重々しく口を開き、(重々しくなくてもいいが)「実はしめサバにしたいのだが」と心のうちをうちあけよう。
魚屋は「そうかそうか」と大きくうなずき、(うなずかないのもいる)たちまちのうちにさばいて二枚の切り身にして渡してくれる。このとき「小骨を抜いといてね」と小さい声で言おう。(大きい声でもかまわない)「皮もむいとてね」とつけ加えよう。
さあこれで、切り身に関してはあとは何もすることがなくなった。サバを買ったらどこへも寄らずに急いで家に帰ろう。(走らなくてもよい)
家に帰ったら、二枚の切り身を皿の上に置き、塩をバサバサとふる。
どのくらいふったらいいかがよく問題になるようだが、「サバの切り身が見えなくなるほど」でよい。裏表ビッシリふる。いとしいサバの切り身が塩で見えなくなり、寂しい思いをするが我慢しよう。
驚くほど大量の塩が要るので、ケチなおとうさんだと胸がドキドキしてくるがじっとこらえよう。
これを「皮側を下にして」ザルに並べる。ザルがなかったら何でもいい。
時間は千三百円の大サバで約三時間半。いまの季節なら冷蔵庫に入れなくていい、三時間半、サバから離れることになる。この三時間半の過ごし方については特にこれといった指定はない。何をやって過ごしてもよい。
三時間半たったらイソイソと台所に戻り、(ノソノソでもかまわない)水道の蛇口で勢いよく塩を洗いおとす。
洗いおとしたらフキンなどで水気をよく拭きとり、こんどは酢につける。このサバだと一時間半ぐらいだろうか。
水気をよく拭きとったサバをバットないしはフチのある皿に並べ、この上から酢をドバドバと注ぐ。サバの身が完全にかくれるまで注ぐ。驚くほど大量の酢が必要で、ケチなおとうさんは再び心臓がドキドキしてくるが、ここはひとつ、勇気を奮い起こして注ぎ続けよう。
二合強は要ることになろう。
勇気を奮い起こすために、「しめサバは心臓にわるいや」なんて冗談を言ってもいっこうにかまわない。
人にもよるが、ぼくはここで砂糖を大サジ二杯ほど入れる。
一時間半たったサバは表面が白くなっている。これを引きあげてザルなどに並べて酢切りをする。(こんどは洗わない)
これで全行程は終了した。
あとは切って食べるだけだ。
表面は白っぽくなっているが、切ると赤く濡れて脂で光った切り口が現れるはずだ。
イケベ記者がいうように、針ショウガも合うし、溶きガラシもまた合う。
しめサバの腹皮の先のコリコリしたところなど、マグロもヒラメもハダシで逃げだすはずだ。
バットには大量の酢が残り、おとうさんは「この酢どうする」と悲痛な声で迫るにちがいないが、捨てちゃってください。
[#改ページ]
おかずは鮭か納豆か
熱々ホカホカ、粒立ってツヤツヤのゴハンに一番合うおかずは何か。
新米が出まわり始めた今こそ、この問題はクローズアップされなければならない。人はそれぞれに自分ならこれ≠ニいうゴハンのおかずを持っている。
あなたなら何を第一位に推すか。
このテーマは、だれにとっても好ましい質問であるらしく、だれもが嬉々として、たちまち三つ四つのおかずを挙げてくれる。
「なんてったってイクラ」と言う人もいれば、「かんてったって辛子明太子」と言う人もいる。「めじマグロに醤油をたっぷりかけて本わさびで」と凝る人もいる。
しかし、どれか一つだけ、あなたにとってベストワンを、ということになるとだれもが迷い始める。
急に苦悩の色を見せはじめる。
「納豆も食べてみたいし、海苔の佃煮も間にちょっとはさみたい。あ、イカの塩からもはずしたくないな」ということになって表情はかなり深刻になる。
こうなるとキリがないので、条件を過酷にすることにしよう。
あなたは急に冒険旅行に出かける。時代は急にシンドバッドの時代だ。
あなたがどこかの国で王様の不興を買い、急に死刑を宣告される。(わがままな王様なのだ)死刑執行を前にして、何か食べたいものはないか、と王様はたずねる。日本人のあなたは、「白くて熱い炊きたてのゴハン」と答える。すると王様は(いいトシこいて幼稚な発想で申しわけない)、「おかずを一品だけ許す」と言ってくれる。
さあ、あなたならどうする。
なにしろ一品だけである。
ぼくについていうならば、その一品はすでに決めてある。そうした場合にそなえて早々と決めてあるのだ。
それは生卵である。
これがとにもかくにも第一位。
「特別にもう一品許可」ということになれば、うんと塩からい塩鮭のおなかのところ(皮つき)、「エーイ、もう一品おまけじゃ」と言われれば、(情け深い王様なのだ)納豆を挙げる。
「もう一品、言うだけ言うてみい」ということになると、このあたりから迷いが生じる。イカの塩からを挙げるか、メザシにするのか。明太子だって決してわるいわけではないし、イクラがいけないという理由もない。
イカの塩からが四位でメザシが五位であるという理由が特にあるわけでもない。迷いに迷い、秋の叙勲の勲何等とかを推挙する委員になったような心境になる。
こういう推挙には公正を期さなければならないが、メザシには日ごろ何かとお世話になっているので、塩からと差しかえてメザシを四位に、と考え、いやいやもしこのことが後日バレたら、塩からに何と申しひらきをするのか、と、心は千々に乱れる。
しかしよく考えてみれば、異国であすにも処刑される身の上であるから、秋の叙勲の選考どころではないはずだし、エート、しかし、王様に「もう一品、言うだけ言うてみい」と言われているわけだから早く結論を申しあげなければならないし、ま、この際、思いきってイカの塩からにはわるいがメザシを推挙することにしよう、というわけでようやくメザシ四位。
ここで一応整理すると、一位生卵、二位塩鮭、三位納豆、四位メザシということになる。
一位の生卵を意外に思う人は多いと思う。このことを人に言うと馬鹿にされるので、これまでひた隠しにしてきたのだが、この際、思いきって言ってしまうと、ぼくは世の中で一番おいしいものを一つだけ挙げろ≠ニ言われたら迷わず「生卵」と答える人間なのである。
この世で醤油を二、三滴たらした生卵∴ネ上においしいものはない。
ホーラ、馬鹿にしたでしょう。
生卵はあまりに身近で、あまりに安価なために、人々は生卵のおいしさに気づかないだけなのだ。
フォアグラもキャビアも、スッポンもフグも、生卵のおいしさにはかなわないのだ。ホーラ、また馬鹿にしたでしょう。
いいんだオレは。本当にそう思っているんだから。
生卵を食べるたびに、鶏はどうやって自分でこういう味付けをしたのか≠ニ不思議でならないほどおいしい。
黄身には蛋白質の極限ともいえるようなコク味があり、白身はそれほどの味はないが黄身のコク味を際立たせ、醤油の味を引き立たせる役割をしている。ゴハンにかける場合は醤油の量を増やす。熱々のゴハンのまん中にくぼみをつくり、とりあえず半分だけ注ぎこむ。
卵は早目に冷蔵庫から出しておき、室温にしておくと熱々のゴハンによくなじむ。ゴハンに黄身と白身と醤油がまとわりつき、少し熱がまわったかな、というところをハフハフとかきこむ。
塩鮭の二位は妥当なセンなのではないか。
塩鮭は皮がおいしい。特におなかのところの皮がおいしい。塩鮭を食べるとき、「ボク、皮だめなの」などと言って皮をグルリと剥《は》いで皿のわきに置いておくガキがいるが、こういうガキには鮭を食わすな。その皮こっちによこせ。
塩鮭の腹皮のところは脂と塩がよくなじんでおり、噛みしめるとジワッと塩と脂が滲み出てきて、「ああ、ここはもうどうあってもゴハン」ということになって熱々のゴハンをかっこむということになる。
三位の納豆も納得いただけると思う。
ただし、ぼくの場合は、納豆の豆よりもそれから発生したネバネバのほうに重きをおく。
納豆は、豆よりもあのネバネバを味わうものだと思う。
だからもし王様が、(また出てきた)「納豆全体というわけにはいかぬ。豆かネバネバか、いずれか一つにせい」と言うならば、(言わないって)迷わず「ハッ。ネバネバのほうを」と申しあげるつもりでいる。
ネバネバをたくさん発生させるためには、醤油を入れる前にかきまわさなければならない。醤油を入れてからだと、ネバネバはそれほど発生しない。醤油を入れずに一分以上かきまわす。
醤油はいっぺんに注ぎこまず、少し入れてはかきまわし、また少し入れてはかきまわすということを数回繰り返す。
こうすると泡さえ立って驚くほどの量のネバネバが発生する。
こうなってから初めてネギとカラシを入れる。カラシは大量。
こうしておいて一分以上たってから食べる。ネギと納豆の豆に醤油がほどよく浸透する時間を与えるわけだ。
納豆だって少し静養の時間をもらわないと、攪拌《かくはん》につぐ攪拌で目が回り、本来の力を発揮できないにちがいない。
[#改ページ]
素朴な芋たち
テーブルの上に、三種類の芋が並んで湯気をあげている。
じゃが芋、さつま芋、里芋である。
いずれも茹《ゆ》でたりふかしたりしただけで、味はついていない。
これからこの連中を食べようというのである。
このところ、急に、素朴な味≠ニいうものに目覚めてしまったのだ。
豆腐をそのまま、醤油もかけずに味わってみたりする。
手打ちのそばを、そばつゆをつけずに噛みしめたりしている。
そして今回は、お芋に挑戦というわけなのだ。
テーブルの上の、じゃが芋、さつま芋、里芋をしみじみと見る。
じゃが芋は、熱のために、皮のところどころが破れて少しめくれあがっている。
そしてその内側から、白い粉《こ》を吹いた本体が顔をのぞかせている。うまそうだ。
さつま芋は赤く細長く、まるで湯あがりのほてった体を冷ましているように身を横たえている。
里芋。シマシマ模様の衣《きぬ》かつぎの状態で、三人のなかでは一番地味に見える。
昔はこの三人がおやつの主役だった。
スナック菓子などというものが出現する前は、この連中がおやつの主役をつとめていたのである。
おやつの時間になると、竹のザルにのせられ、白いフキンをかぶせられ、
「おさつがふけたよ」
などの声と共に登場したものだった。
「おさつ」という言葉も、「ふけたよ」という言葉も、このところ久しく聞かない。
こうして三者を並べて眺めてみると、何と素朴な風情があることか。
とにかく何にもしてない。
加工というものが、どこにもほどこされていない。
土中から掘り出したままの姿だ。(洗ってはあるよ)
麦わら屋根。軒につるした干し柿。白くて格子の大きい障子。幅の広い廊下。午後の影の濃い陽ざし。遠くの山で鳴くカラス……。そういった光景が、連中から思いおこされる。
三人をじっと見つめていると、何かこう、自分が、山の分教場の先生になったような気がしてくる。
じゃが芋君と、さつま芋君と、里芋君の、たった三人の分教場。
そういう気分になる。
三人を並べてみると、エコヒイキは教育者としていけないことだと思いつつも、じゃが芋君はかわいい。
さつま芋君は、容姿のびのびと育って健康的でいい。
里芋君は何だか憎たらしい。
性格的にも暗いところがあり、少しいじけているような気もする。
だからといっていじめたりするわけではないが、あんまりかわいくない。
かわいいじゃが芋君から食べることにする。
皮をむいて熱々のところをひと齧《かじ》り。熱くて歯の先が少しジンとし、それをアフアフと口の中で転がして少し冷ましてから噛みしめる。ホクホクと柔らかい。
最初、でんぷん質の粉っぽい味がし、それからほんの少し経《た》って、口の中の天井の奥のほうがスースーするような味がする。これがじゃが芋の味だ。
この味を言葉で表現するのはむずかしいが、色でいうと、空色《そらいろ》の味≠ニいったところだろうか。
口の中のすき間に、突然空ができて、そこにほんの少し風が吹きわたったような、そんな味が一瞬する。
塩をつけたり、バターで食べたりすると、この味は味わえない。
じゃが芋は、土中で育ちながら、いつも空への憧れを持っているようなのだ。
それが空色の味≠ニなって、じゃが芋の中にしみこむらしいのである。
先生としては、そこのところがじゃが芋君のいいところだと思っている。
少年時代に夢を持つのはとてもいいことだ。
先生は、そんなことを思いながら、彼の成績表に、次のように記すのであった。
親近感=5 明朗性=5 空想力=5
先生は、次にさつま芋君の成績表を取りあげた。何と記そうか。
彼は人がいい。人がよく、大らかでこだわりがない。天真爛漫である。
土の中という、どちらかというと暗い環境にも少しもこだわらない。
キュウリやナスやトウモロコシを羨んだりしない。
土の中で甘く育つ。甘くホクホク育つ。
じゃが芋の、やや粉っぽいホクホク感とは少し違った、ねっとりしたホクホク感がある。
ホクホク性という点では、じゃが芋より優れているといえる。
さつま芋君は、ホクホク性が身上だ。
こういう生徒は進路指導が楽だ。
先生としては、「ホクホク性に針路をとれ」と指導していきたいと考えている。
さつま芋は、根元の熱いところを新聞紙などに包んで持ち、食べる分だけ少しずつ皮をむいて食べるとおいしい。
いっぺんに全部むいて、丸裸にしてしまうと、もうおいしくない。
むいてはホクホクと食べ、またむいてはホクホクと食べるところに趣がある。「ホクホク」と、声に出しながら食べるといっそうおいしい。
手に持った重さもたのもしい。
思わぬところがホロリとくずれて落下し、それを拾おうか拾うまいか、ホクホクしながら迷ったりするのも、さつま芋の楽しいところである。
そこで先生は、成績表に次のように記すことにした。
協調性=5 寛容の態度=5 執着心=3
問題は里芋君である。
彼にはいろいろと問題がある。
まず性格をなおしてもらいたい。
もっと広い心を持ってもらいたい。
彼の狭隘《きようあい》な心が、彼の進路を狭めている。じゃが芋君やさつま芋君の進路は広い。肉じゃが、コロッケ、ポテトチップ、フライドポテト、スープ、石焼き芋、大学芋、きんとん、芋せんべいと、彼らの進路は広いのに、里芋君の未来は煮っころがしぐらいしかない。素材としては決してわるくないと思う。
ねっとり感は芋の仲間うちでは一番で、噛みしめると、まぎれもない土の味≠ェする。土壌の中の養分を、持ち前のねばり強さで、丹念に、根気よく、執拗に吸いとった、という味がする。
湿ってよどんだ闇の空気が、里芋の中にしみこんでいる。
わるい意味で言っているのではない。蓮根などとはまたひと味違った、ゴボウなどとも通じる陰性の美味≠ェ里芋にはある。
忍耐力=5 執着心=5 親近感=2
[#改ページ]
ピチャピチャ男
つい先だって、わりにちゃんとした天ぷら屋で、天丼を食べていたときのことである。
天丼は八百五十円で、天ぷらは小づくりだが、しっとりと天つゆを吸って、丼のまん中に小ぢんまりと寄り集まっている。
大量にコロモをはりつけて、丼のフタからはみだしている派手づくりの天丼ではなく、地味好みの天丼なのである。
コロモはトゲトゲ風ではなく、フリッター風で、白っぽくなく、やや黄色っぽく揚げてある。
こういう天丼はうまい。
時刻は午後の一時半で、この時間帯の飲食店の雰囲気をぼくは好む。
戦争のような大忙しのひとときが終わって、店内はようやくひと息、客はあちらの隅に一人、こちらに一人、店の人も客も人間らしさを取り戻してホッとしている。
好きな時間帯に好ましそうな小ぶり天丼、「では、しあわせのひとときに取りかかるか」と、しあわせの黄色い天丼≠取りあげたそのとき、不意にピチャピチャという音が聞こえてきたのである。
物を食べる音である。
その音は、右やや後方のテーブルに、左側をこちらに見せてすわっている青年の口から発生していた。
三つ揃い、セールスマン風、長めの髪に整髪料ベッタリ、という細面の青年で、絶えまなくピチャピチャと音を立てながら、天ぷら定食(千二百円)を食べている。
どうやったらあんなに高く、明瞭なピチャピチャが出せるのか、と思うほどの音である。
しかも、そのピチャピチャの速度が速い。
左手をズボンのポケットに突っこんだまま、テーブルの上に四五度ぐらいにおおいかぶさり、天ぷらを口に運んではキョロキョロとあたりを窺うように見回し、ピチャピチャと食べ、しかもです、足はカタカタと貧乏ゆすりをしている。
単なるピチャピチャ男だと思っていたら、実は何を隠そうピチャカタ男だったのである。
ピチャピチャだけなら、何とか耐えしのぎながら天丼を食べていく自信もないではなかったが、カタカタが加わって急速にその自信も失われていった。
この時点で、ぼくのせっかくのしあわせの黄色い天丼≠ヘすっかり色あせ、定価八百五十円のところがアッというまに四百円ぐらいに下落してしまった。
四百五十円の大損害である。
ピチャカタ男は、すぐ近くにいる男に大損害を与えたことに少しも気づかず、悪びれる様子もなく、今度は吸い物に手を出し、これを音高くジルジルとすすりあげたのである。
ピチャピチャ男が、今度はジルジル男になったのである。
そのおそれは十分にあった。
ピチャピチャ男は、えてしてジルジル男になりがちなものなのである。
物をピチャピチャと食べる男は、飲み物も必ずジルジルと音を立てて飲む。
こういう男は、ビールでさえジルジルと飲む。しかもチョビっと飲む。ジルジルとチョビっと飲んで、すぐグラスをテーブルに置く。
「あのね……」
ぼくは、元ピチャピチャ、現ジルジル男のほうに向きなおって言ってやった。(心の中で)
「ビールはね、ノドの奥のほうに放りこんでゴクゴクって飲みなさい。ゴクゴクって」
ジルジル男はそんなことに少しも気づかず、再び天ぷらに取りかかってピチャピチャ男に戻っていた。
しかもさっきより、ピチャピチャの音が高く、しかも鮮烈になっている。
天ぷらの油が口の周辺にまわり、そのあたりの動きがなめらかになって、高くてとてもいい音が出せるようになったらしいのである。
油がまわって調子が出てきて、エンジン快調、フル回転、というようなことになってきたらしい。
「よかったじゃないか、キミ」
と、ぼくは再びそいつに言ってやった。(心の中で)
高くてとてもいい音が出るようになったお陰で、当方の天丼の価格は更に一層下落して二百円になった。
円高ドル安以上の被害を近隣に与えながら、ピチャピチャ男の食事は快調に進む。
ピチャピチャ、カタカタ、ジルジルと進む。
更に驚いたことには、注意深く耳をすますと、そのピチャカタジル男は、かすかに鼻歌さえ歌っていたのである。(なにも注意深く耳をすますこともなかったのだが)
食事をしながらであるから、前後のつながったきちんとした歌い方ではないが、断続的に、明らかにフシのついた鼻歌が、フンフン、フフンと聞こえてくるのである。
なんという男であろうか。
ピチャピチャ、カタカタ、ジルジルの合間に、フンフンさえ混ぜていたのである。
ただの男、と見たのが間違いだった。
ピチャカタジルフン男だったのである。
身辺の、音の出るものはすべて鳴らさずにはいられないという、鳴りもの男だったのである。
三冠王というのは、落合選手でもなかなかとれないものだが、この男は、すでにして四冠王である。
「偉い奴だ」
いまはすっかり尊敬のまなざしになって、ぼくはそいつを見た。
それにしてもこの男は、このトシになるまで、このピチャピチャを誰にも注意されることがなかったのだろうか。
周囲の者、例えば、家族の誰かが注意しなかったのだろうか。
あるいは、この男の家族は、家族全員が、ピチャピチャの大合唱で食事をするならわしなのだろうか。
四冠王男は、食事の合間にいろんな音を発生させるわりには食べ方が速く、アッというまに天ぷら定食を食べ終えた。
食べ終えると、素早く冷えたお茶に手を出し、ああ、やはりジルジルとすするのであった。
それから素早く楊子に手を出した。
楊子は袋に入っており、それを片手で取りあげ、注射器を扱うように持ち、親指で下から押しあげて先端を露出させ、そのまま口にくわえてサッと袋を引き抜くのであった。
実に手慣れた素早い一連の動作で、そいつにとってはかなり鍛えた技《わざ》≠ナあるらしかった。
楊子でせせったあと、大きくシーハ≠敢行して、チョチョッ≠熏ャぜ、ぼくはもう数えるのも面倒になったのだが、このあたりで、五冠王か六冠王にはなっているはずだ。
[#改ページ]
焼き肉は忙しい
焼き肉が好きなので、ときどき焼き肉屋に行く。
最近は、ヌーベル・キュイジーヌ風の、しゃれたコーリアン・レストランとでもいうような焼き肉屋も多いようだが、ぼくの行くのは、店先の換気扇から煙がモクモク出ている、その辺にいくらでもある焼き肉屋である。
テーブルや壁に油のしみあとあり、小上がりの畳席あり、テレビあり、閲覧施設あり(テーブルに積み上げた週刊誌)、テーブルはデコラという店である。
ぼくのオーダーは、大体つぎのようになる。
まずカルビ。いわゆるバラ肉のあたりだろうか。おなかがすいているときはロースも追加。それにユッケ。これはいわゆる肉刺しのたぐいで、それからナムルと称する、ゼンマイ、青菜、豆モヤシの野菜セット。白菜のキムチ、ゴハン、ビール。
以上を注文しおわると同時に、テーブルの真ん中のガスコンロに火がつけられる。待つことしばし。
卓上の週刊誌を取りあげてパラパラと見る。こういうところの蔵書は芸能週刊誌が多いから、五木ひろし婚約≠ネんてところを読む。その合間にテレビも見る。テレビは時代劇だ。
まずビールとキムチが到着する。
ビールは必ず大ビンで、必ず冷えすぎている。そいつをテーブルの上に、無愛想にドンと置く。
無愛想、ビール大ビン、冷えすぎが焼き肉屋の三大特徴で、またかえってこうでないとこっちの調子が狂う。
コップは、キリンビール≠ネどのメーカーの名前入り、洗いたてのしずく付き、というのも焼き肉屋の特徴である。
ビールをコップに注いでおいて、泡が静まる間を利用して大急ぎでキムチの茎のほうを二、三片口中に投じ、バリバリ食べ、口の中が辛さでヒリヒリしたところへ、うんと冷たいビールをドドドと流しこむ。こういう場合のビールは、冷えすぎぐらいがかえっていい。焼き肉屋のビールは冷えすぎで正解なのである。このときのビールが、もしなまぬるかったら、死んでも死にきれないではないか。
ビールが胃の腑にドシンと到着して、食欲方面の神経がその余震で目をさましたころ、カルビ、ロース、ナムルが到着し、続いてユッケも到着する。
全員、一挙集合である。これも焼き肉屋のいいところである。ダラダラと来ない。来るときは、いっぺんにきっぱり来る。
テーブルの上の全員≠目のあたりにすると、どうしても気分の昂《たか》まりを覚える。
「さーあ、食うぞォ」
という堅い決意というか、ほとばしる情熱というか、激情のようなものが体中を駆けめぐる。
焼き肉にはそういう力がある。
刺し身定食と比較するとよくわかるが、刺し身にはそういう力はない。
胸おどらせて、まずカルビを一片、二片と火の上に置き、「もう一片、置いちゃうか」なんてつぶやきながらもう一片追加して計三片。ロースも三片を火の上に置く。
さあ、これからが忙しいことになる。
食事というものは、時間がない場合以外は、ゆっくり落ちついて、気持ちもおだやかに食べるものなのだが、焼き肉に限ってはそうはいかない。
時間が十分ありすぎるほどあっても必ず忙しいことになる。
最初のうちこそ落ちついて、そろそろ焼けたかな、なんて、一、二片をひっくり返して調べてみたりしているが、これは、まあ、嵐の前の静けさといってよい。
同時に火の上に置いた六つの肉片は、あたりまえの話だが同時に焼きあがる。
焼き肉は焼すぎるととたんにまずくなるし、熱いうちがおいしい。
とりあえず一片を取りあげ、ジュウジュウいってるのを、タレにつけてアグリと一口。ウムウム、肉と脂とすっきりと甘辛いタレの味が、ウムウム、こう、香ばしくおいしく、しかしアチィな、ウン、はっきりアチィ、おーアチィ、ビール、ビール……とやってるうちにも、火の上の残りの五片は焼けていくから、そいつらを、あまり熱くない岸のほうへとりあえず緊急避難させる。
避難はさせても、肉に火は通っていくから早く食べなければならない。
急いで二片ほど取りあげ、これはゴハンで食べ、ゴハンを食べるとキムチも食べたくなってキムチも食べ、キムチは辛いから今度はビールが欲しくなりまたビールをゴクゴク。ゴクゴクやりながらも目は肉の上に注がれ、肉は早くも焦げ始め、しかし肉ばかりでなくこの辺でゼンマイも口に入れてみたい。そういえばユッケも食べなくちゃ、そうはいっても焦げ始めた肉が先、と、このようにして食事は加速度がつき始める。
時間はたっぷりあって急ぐ必要など少しもないのに、食事は次第にあわただしくなり、箸は忙しくテーブルの上をあちこち駆けめぐる。
一回の食事における箸の移動距離という点では、焼き肉にかなうものはないのではないだろうか。
例えば懐石弁当なんかだと、箸は重箱と口の間を往復しているだけである。
焼き肉の場合は、ひっきりなしにテーブルの上を駆けめぐっている。
肉片をつまみあげて火の上に置き、次にひっくり返し、焼けたかどうか持ちあげて調べ、焼けたら口に運び、残りの肉片を岸に避難させ、次の肉を火の上に補充する。
移動する速度も、懐石弁当などと比べものにならない。
箸も忙しいが、箸を持つ当人もけっこう忙しい。
忙しさの原因は「肉がどんどん焼けてしまう」ということにあるのだから、肉をどんどん補充しなければいいのだが、それがそうはいかない。
火の上に何もないひととき≠ニいうのが、焼き肉の場合は耐えられない。そこで、つい肉を火の上に置いてしまう。
置けば当然焼けてしまう。焼ければ食べなければならない。食べれば火の上が空《あ》く。空くからまた肉を置く。置けば焼けるということになって、何が何だかわけもわからず忙しくなってきて、そのうえ動作に加速度がついて、熱さと辛さで出てくる汗を拭かねばならず、立ちのぼる煙によって出てくる涙をぬぐわねばならず、そういえば五木ひろしの婚約はどうなったっけ、テレビの時代劇はあのあとどうなったのか、と、忙しくて忙しくて目さえかすんでくる。
ときどき、ふと手を休めて、何でこう忙しくなっちゃったんだろう、と呆然と考え、考えているうちにも肉は焦げ、煙は上がり、時代劇は進行し、こうしちゃいられぬ、と、またしても、目下の事業≠フ運営と継続に突入していくのである。
[#改ページ]
苦心惨憺、立食パーティー
人間、めしを食うときは、まあ、大体すわって食べる。椅子ないしは畳の上の座ぶとんなどにすわって食べる。
マクドナルドやケンタッキーなどでは、立ったままというのも多いが、突っ立ったままというわけではない。
テーブルに寄りかかったりして、立ち食いというより寄りかかり食い≠ナある。むろん、自分用の飲食物を置くスペースも目の前にある。食事をする条件としては、椅子や畳の場合に比べ、明らかに不利な状況にある。
ところが世の中には、そんなのメじゃない、もう話にも何にもなりゃしない、というようなひどい状況下でお食事をしなければならない場合もあるのだ。
いわゆる立食パーティー。ビュッフェスタイルといわれるパーティーである。
ここでは人々は、苦心惨憺、語るも涙、二本の手と、五本ずつの指を最大限にあやつって、立ったまま、テーブルなし、着席不可、という悪夢のような状況下で食事をしているのである。
このときばかりは、人間の手が二本もあり、指が十本もあることに、感謝しないわけにはいかない。
「だれそれを囲む会」とか、「だれそれを励ます会」とか、「だれそれを囲んで励ます会」とかのパーティーは、ほとんどがこの形式である。
会場はホテルの大ホール。
ホールの中央に食料供給センター≠ニでもいうべき食べ物を並べたテーブルがあり、人々はこの周りを回遊魚のごとく回遊しながら、人々のスキを見ては食べ物をかすめとり、何食わぬ顔をして食べては回遊を続ける。
回遊しつつもときどき立ちどまり、かすめとったものを食べるお食事のひととき≠ニいうものも持たねばならない。
このお食事が大難儀なのである。
考えてもみてください。
右手に水わりのグラスを持つ。左手に食べ物の皿を持つ。
これで両手は完全にふさがった。
このままの体勢で、どうやって食べ物を口に運ぶのか。
この形式のパーティーに不慣れな人は、両手にグラスと皿を持ったまま、「エト、エト、エート……」と呆然となる。
しかし人間、やろうと思えばできないことはないのだ。
このままの体勢をくずすことなく、これらすべてを保有したまま、皿に盛ったローストビーフをナイフで切り、フォークに持ちかえて口に運び、水わりを飲み、タバコを吸う人は更にこの上にタバコをポケットから取り出し、ライターも取り出して火をつけ、煙さえ吐き出す。
しかもこの期間中、この人の身辺から最初に保有していたもののすべてが、何ひとつとして離脱していないのである。
そんなことができるのかと、こういうパーティーを知らない人は思うかもしれない。会場の人々は、難なくこれをやっているのだ。
もっと達人になると、たった二本の手で、グラスと皿とタバコとライターとナイフとフォークをあやつり、更にその上に身辺の人々と談笑と交歓に励み、更にその上に遠くに知人を発見し、つま先立って伸びあがり「オーイ」と右手を高くかかげ、「こっち、こっち」と手招きし、しかし水滴ひとつ、タバコの灰ひとつこぼさぬという名人芸を披露するに至るのである。
同じパーティーでも、着席式の結婚披露宴などでは、名札で明示された自分の席がある。知人を見つけて出向いていっても、戻ってこられる場所がある。
ビュッフェ方式のパーティーでは、人々はすべて流浪の民≠ナある。帰るべき場所がどこにもない。だから人々の目はどこかウツロである。ウツロな目をして会場をさまよっている。いずこへともなくさまよい歩きつつ、食料供給センターにときどき立ち寄り、いくばくかの食料を確保すると、またいずこへともなく立ち去っていく。うしろ姿がどこか寂しい。
流浪の民の意識があるせいか、供給センターで食料を確保するとき、なんとなくうしろめたい気がするものである。
なんとなく気恥ずかしい。
皿を手にして、料理に近づいていくところからすでに恥ずかしい。
料理を見回して、まず無難なハムあたりを二枚、んで、フライドポテトあたりも無難だから三個と、ん? このテリーヌみたいなものは何だ、まあ、とにかくこれも一枚、オヤオヤ、こんなところにローストビーフが、じゃ、これを一枚、いやもう一枚いくか……というふうに盛りあわせていく。
いきなりローストビーフにいく人は少ない。無難からローストビーフへ≠ニいう公式をここではみんな守る。
料理を皿に取りわけながら、だれにともなくいちいち言い訳している自分に気づく。
ローストビーフのような、高そうなものを取りわけたときは動揺も激しく、急いでわざと安そうなフライ物なんかをたくさん取りわけ、「別に高いものばっか選んで取っているわけでないんだかんな」ということを周りの人に知らせようとする。
不思議なもので、フライドポテトのような安いものを取るときは冷静なのに、ローストビーフ、メロンに生ハムなんてことになると動揺する。動揺して取り落とす人も多い。気恥ずかしさが、他のものより倍増する。
考えてみれば、自分の食べ物を自分の皿に取りわける行為は、なんら恥ずべき行為ではない。恥ずべき点など一点もないはずである。
なのに、しかし恥ずかしい。
あれはどうしてなのだろうか。
人々は、食べ物を取りわけたあと急にコソコソした感じになって人ごみの中に隠れる。
立派な紳士といえども、エサを盗んだネズミのように逃げ帰るのである。
確かに、料理の前に立って、あれを少し、これをちょっと、あれも少しいってみるかな、と、あれこれ選んで取りわけている姿は、地下街などで段ボール小脇にゴミバコをあさっている巡回探食関係の方々の行為にあまりにもよく似ている。身なりと会場が違うだけである。
身分も、流浪の民という点では非常によく似かよっている。
ビュッフェ方式のパーティーでは、確かに自分の席はない。しかしおもしろいことに、会場に入っていって、何の理由もなく最初に立ちどまったところに、会場をひと回りした人は戻ってくるものなのである。何回回遊しても、きちんとそこへ戻ってくる。つまりそこが会場での本籍地ということになる。移動して行って誰かに出会って立ちどまったところが現住所である。現住所は刻々と変わる。
住所不定というところもよく似ている。
[#改ページ]
おでんに苦言
おでんは不思議な食べ物である。
おでんは一家団欒によく似合う。
クツクツと煮えたつ大鍋を囲んで、子供たちに両親におじいちゃんおばあちゃん、ハフハフ、ホフホフ、「ハンヘンガ、ヨフ、ニヘタネエ」(ハンペンがよく煮えたねえ)なんて言い合ってお互いの顔が湯気でよく見えない。ガラス戸が湯気で曇る。
このぐらい一家団欒に似合う食べ物は、ほかにないのではないか。
と思う一方、たった一人で、例えば木枯らし吹きこむ屋台などで、面白くないことがあった日に心をささくれだたせて食べるおでんも、これはこれでまたよく似合うのである。
ここはやはりおでんでなければならぬ。ヤキトリでは軽すぎて絵にならぬ。
酔余、目をウツロにさせ、左手で頬を支え、右手の箸で湯気の立つジャガイモなんかを邪険に突つき、突ついたあと食べるとおいしい。
おでんは、こうして相反する状況に実にピタリと似合ってしまう。
ここのところを、懐の深いすごい奴、と見るか、いいかげんで定見のない奴、と見るかで評価が大いに違ってくる。
目下の世論は、後者のほうに傾いているようだ。
「おでんいいかげん説」は、はっきりとした形はとってはいないが、人々の心の深層に色濃く根づいているのである。
おでんの歴史は古い。
その源を田楽にまでさかのぼれば、日本最古の酒の肴といってもさしつかえないと思う。なのにおでんには、定法が何一つとしてない。
おでんに比べてずっと歴史の浅い寿司でさえ、「まずコハダあたりから入っていってタイなどの白身を攻め、貝、煮物などに行きつき、カッパ巻きで締めると、ま、このあたりが定法でございやす」といった一応のシキタリがあるが、おでんにはこのあたりさえいまだに確立していない。「コンニャクあたりから入っていってガンモドキを攻め、フクロなんかも少しいじって昆布巻きで締めると、ま、このあたりが定法でごぜえますだ」でも何でもいい、誰かが何かを唱《とな》えるべきだったのだ。しかし、今となってはもう遅い。
料理としての地位も低い。
料理の「鍋特集」の本を見ても、寄せ鍋、水たき、石狩鍋など、他の鍋物は記述がいっぱいだが、おでんはどの本もほんの数行で処理されている。
「決して煮たたせない」と「カラシはぬるま湯で溶く」ぐらいの記述しかない。軽んじられているといわねばならない。
「おでんとツユ」の問題もいまだに解決されていない。
ぼくはおでんのツユが大好きなのだが、おでん屋のオヤジはなぜかあのツユをけちる。おでんのツユは実においしい。あれをたっぷり、ラーメンのツユのように飲んでみたい、といつも思っているのだが、オヤジはいつも少ししかツユをくれない。全然くれないオヤジもいる。
おでん屋で「つみれと大根」などと注文すると、底の浅いお皿につみれと大根を盛り、それからお玉でツユをほんの少し、いかにも惜しそうにすくっておでんの上にかけてくれる。
このツユは本当はあげなくてもいいんだけど、特別に分けてやんだかんな、という態度で、何かこう、愛蔵の盆栽に水をかけてやるような、ワザとらしい思い入れで重々しくかけてくれる。
こっちはつい、あ、すみません、大切なものを特別に分けていただいたりして、なんて恐縮してペコペコしたりするのだが、ここでひとつ、皆さんとくと考えてもらいたい。
あのツユは、実は正々堂々と要求できる筋合いのツユなのではないのか。
カレーライスを注文すると、当然|ついてくる《ヽヽヽヽヽ》福神漬のように、おでんを注文すると、当然|ついてくる《ヽヽヽヽヽ》べきものなのではないか。
「おでん一個につきツユ大サジ一杯」とか、値段の高い「フクロ関係は大サジ一杯半」とかのキマリを、全国おでん商協同組合あたりが、全国統一の刷り物にして、全国のおでん屋の店内に貼り出しておくべき問題ではなかったのか。
そこのところが曖昧であったばかりに、客のほうはつい、ペコペコするようになってしまったのである。いまこそこの問題を明白にすべきだと思うのだがどうだろう。
大体おでん屋の皿が浅いのがそもそもけしからん。浅いからツユがたくさん入らないのだ。
もう少し深めの皿にしてですよ、もう少しおツユをですね、お玉にいっぱいとは言わないがせめて八分目ぐらいはですよ、惜しそうな顔なんかしないでですね、少なくてすみません、そういう態度でですね、注いでくれたっていいじゃないですか、エ、そうでしょ、と、永年の恨みがあるからこっちの言い方だってくどくどと陰にこもった言い方にですね、なるじゃないですか。
ま、ツユのことはこのぐらいにしておこう。どうも話がいじましくていかん。
なぜこのように、おでん界は解決すべき諸問題を、まあまあいいじゃないの、と、曖昧なままに放置してきたのであろうか。その元凶は、すべておでん界の元老チクワにある。
チクワは、先祖がカラダのまん中に穴をあけといてくれたという、ただそれだけのアイデアのお蔭で、孫子の代まで一生遊んで暮らせる身分なのである。
まん中の穴、表面の焼けこげのマダラ模様、この二つを意匠登録しておいたために、チクワ一族は先々まで安泰である。チクワが、鍋の中でも、皿に盛られても、どことなく悠々とした落ちつきをみせているのはそのためなのである。
チクワ一族のこの特許のために、後発の同路線組、ゴボウ巻き、イカ巻き、ウィンナ巻きは、あけた穴に物を詰めこむ≠ニいう苦しい選択を迫られた。
片や穴だけ、もう片方はそこへ物を詰めこむ、このコストの差は大きい。
このコスト差解消のために、彼らはどれほど苦しんだか。
ゴボウ巻きやイカ巻きが、鍋の中でも皿の上でも、どことなくぐったりと疲れきって見えるのはそのせいなのである。
チクワには実力はない。
どのおでんの店でも、チクワの注文ランクは低い。ちなみにコンニャクや結び昆布のランクも低い。
しかしこの三つは、おでん界にはなくてはならない存在なのである。
お皿の上に、さつま揚げやゴボウ巻きや豆腐や大根やガンモドキをいくら盛りあげても、おでんらしくはならない。単なる煮物の山である。しかし一皿の上に、切り口ナナメのチクワと、三角切りのコンニャクと、黒い結び昆布の三つを盛ってみよう。皿の上は途端におでんとなる。
チクワがおでん界の元老といわれる所以《ゆえん》である。
[#改ページ]
暮れに打つウドン
久しぶりにウドンを打ってみた。
実に簡単、まことに美味、どなた様もぜひ一度打ってみることをお薦めする。
「あのね、いま年の暮れなの。ウドン打ってる場合じゃないの」
と言う人もいるかもしれない。
しかし、年の暮れのあわただしさのなかで、あえて一人落ちつき、静かにウドンを打つというのも、なかなか捨てがたいひとときとはいえないだろうか。
ウドンを打つという作業は、やってみるとわかるが、孤独で思索的で、心の中に沈潜してくる何ものかがある。
自分を取り戻すひとときを与えてくれる。そして楽しい。レクリエーションにもなるし、それにかなりの運動にもなる。少なくとも腰が痛くなることだけは保証する。年の暮れで運動が不足しているおとうさんに、ぜひお薦めしたい。
それより何より、手で打ったウドンはおいしい。
市販の生麺や乾麺の比ではない。
「そうか、そうか。練って固めた小麦粉のおいしさはこれだったのか」
と、しみじみ思うにちがいない。小麦粉を通して、穀物の小麦の味をたどることができる。
コシがあってモチモチと弾力があって、一本一本の角《かど》がはっきりと舌で感じとれるウドン……。
さあ、打ってみよう。
材料は何かというと、小麦粉と塩と水、これだけである。あと何にも要らない。粉は中力粉というのがよく、これはなかなか売っていないので強力粉と薄力粉を半々に混ぜる。
道具は大きめのボウルと麺棒だけ。
麺棒は何としても用意したい。長いほうが使いよく、六十センチぐらいのをスーパーで千円で売っている。
用意するものはこれだけである。
強力粉、薄力粉各五〇〇グラム、合計一キロで作ってみよう。
これで一家四人では食べきれないほどのウドンができる。(六〜七人前)
粉一キロに対し、水が四五〇cc。塩大さじ二杯半。
強力粉と薄力粉を、ドサドサとボウルにあける。フルイなど使わなくていい。
これを箸でよくかきまわす。
粉をしみじみと見てみよう。
粉ほど料理の材料の中で頼りないやつはいない。例えば、キンピラごぼうの材料のごぼうは、しっかりと握れる。握って頼むぞ、という気になる。
しかし、粉は握るに握れず、どこにどう頼んでいいのかわからない。
この粉の、どこのどのあたりが当人なのか判然としない。
交通法規などでいうところの≪当該車両≫の当該《ヽヽ》の部分がどこにも見当たらない。困ったやつだ。
困ったやつなので水をぶっかけよう。
おっと、その前に、水の中に塩大サジ二杯半を溶かしこんでおこう。塩は重要である。塩を忘れるとコシのないフニャフニャウドンになる。
水はチョビチョビと入れ、入れては箸でかきまわし、やがて全部投入。
投入したら今度は手でこねる。まとめては押しつけ、まとめては押しつける。
最初のうちはポロポロと粉がくずれ落ちてまとまらず、「これは水が足りないナ」という心境に陥る。必ず陥る。
ここで水を足してはならない。
人を信じて作業を続けよう。
見よ。あれほど崩落につぐ崩落の連続だった粉たちは、やがて己の立場を理解し、一つのカタマリとなってゆくではないか。人を信じることの大切さ、信念を貫くことの尊さを、粉が教えてくれたのである。
ここまで五分。一応まとまったら(多少粉っぽくてもかまわぬ)、次はこれを足で踏む。包むのは、スーパーのビニール手提げが出し入れに便利でよい。
これに包んで足で踏み、直径が足の幅ぐらいにひろがったら取り出して風呂敷を包むみたいに折りたたみ(茶巾ずし風)、また踏み、これを繰り返すこと十五分。
フニャフニャしたものを足で踏むのは、楽しいような、気持ちわるいような、へんな気分である。しばし童心にかえる。
十五分踏んだら丸くまとめ、濡れぶきんで包んで一時間ほどそのへんにころがしておく。金庫に大切に入れておいてもいっこうにかまわない。
一時間|経《た》ったカタマリは、押してみるとネットリと硬くなっている。
これを二つに割る。
ソフトボール大のものが二個できるはずだ。テーブルの上に粉をまぶし、ソフトボールにも粉をまぶし、最初はてのひらで押しひろげ、直径十五センチぐらいになったらいよいよ麺棒を使う。
中央から周辺へ、という方式で押しひろげていって、新聞片面ぐらいの面積になったとき、厚さが三ミリぐらいになっているはずだ。これにもう一度、裏表満遍なくたっぷり粉をまぶす。くっつかないためである。
これを屏風《びようぶ》方式でヘナヘナと折りたたむ。十センチぐらいの幅に折りたたむと切りやすい。屏風の間の粉は、折りたたんだとき、はみ出すぐらいの量が欲しい。
このぐらいないと、切ったときくっつく。切り始めてからは、くっつき≠ニの戦いである。
包丁で幅三ミリぐらいに切っていく。
ウドンの切断面同士がジカに触れあったら必ずくっつくと思って欲しい。
十回切るごとに粉をまぶし、両手で持ちあげて揺すって粉を切断面にゆきわたらせるようにする。くっついている部分は手で離しておく。
さあ、これを茹《ゆ》でよう。
お湯は大量、ウドンは少量が原則だ。
何回かに分けて茹でたほうがいい。
ウドンを両手で持って粉をよくふり落とし、ほぐしつつ熱湯の中に入れる。
茹でる時間は約八分。
一本とって食べてみて(このまま食べるには硬めかナ)というぐらいでいい。
お湯大量、粉をよく落とす。この二点が大切である。これを守らないと湯が濁り、ウドンの歯切れがわるくなる。
引きあげたら水を流しつつ、よくもみ洗いをする。
このあとキツネウドンにしようが何にしようが、この水洗いは必ずやる。これをやらないとウドンが締まらない。
水けをよく切り、ひとつかみずつ小分けをして容器に並べておく。ドサドサ山盛りにしておくと、自分の重みで下のほうのウドン同士がくっつく。
せっかくの手打ち手づくりウドンである。キツネやタヌキもいいが、ウドンすきという手もある。意外においしいのが、茹でたてのアツアツに醤油をふりかけて食べる醤油ウドン≠ナある。おろし生姜を少し加える。
アツアツを噛みしめつつ、「ヒハハヘ、ヒハハヘ」とつぶやくことになる。
「しあわせ、しあわせ」である。
初出誌 「週刊朝日」一九八七年九月二十五日号〜一九八八年五月二十七日号
(「あれも食いたいこれも食いたい」)
単行本 一九八九年一月 朝日新聞社刊
〈底 本〉文春文庫 平成六年十一月十日刊