島田 満
ペレランディア!
[#表紙(img/perlandia_cover.jpg)]
目 次
1 そいつがすべてを決めた
2 走り出したら止まらない
3 ウォレスの秘密
4 「宇宙戦士同盟」出稼ぎにゆく
5 ついにエンジンテスト そして……
6 幻のRB57805
7 ウンガノボ、サイボーグになる
8 「宇宙戦士同盟」初の裁判
9 ウォレスの手紙
10 SOS! ペレランディア
あとがき その1
あとがき その2
プロフィール
奥付
[#地付き]表紙・挿絵イラスト 佐藤好春
[#地付き]デザイン      石岡友里
[#改ページ]
[#小見出し]  1 そいつがすべてを決めた[#「1 そいつがすべてを決めた」はゴシック体]
ぼくは宇宙へ行く。
誰が何てったって絶対!
ドノバンのヤロ(ぼくの担任―ジュニア・テクニカルクラスの直立カバだ)が、それ聞いて言ったもんだ。
「あと八年、君が二十歳になったら、国際航空宇宙局の宇宙飛行士資格テスト第一次審査(聞いてるだけでアタマこんがらかる!)に君を推薦してあげよう」
あと八年?
ジョーダンじゃない。
オトナになるまでなんて、待ってられっかってんだ!
ぼくはダーゼット。西暦二一六二年生まれ、先月、十三歳になったばかり。
この何週間かってもの、ぼくらはブッとんでる。ぼくらってのは、もちろん、ジュニア・テクニカルクラスの仲間、ビリー、サボイ、ロッカの四人のことだ。
聞いて驚くな。ぼくらは秘密基地で宇宙船を作ってるんだ!
「アホよ、アホ。あんたらみーんな、アホ」
フリル(ぼくのおさななじみだ)のやつがそう言った。
ところがどっこい。ぼくらはホントに飛ぶんだ、宇宙へ。
誰も、だあれも飛び出そうとしない、遠くの星へ。
そう、謎の惑星、ペレランディアまで!
そうだ。幻の惑星ペレランディアと、ぼくらのサイッコーの冒険談を始める前に、ひとつだけ話しとかなくちゃならないことがある。それは、ぼくの覚えてる、生まれていちばん最初の思い出だ。
たしか夏の終わりだった。
もんのすごくだだっぴろい、砂地みたいなところに、ぼくは立ってた。そんな広いとこは、生まれて初めてだったんだ。それでポカンと、ゲンコツつっこめるくらい口あけて、棒みたいにつっ立ってたらしい。隣には、父さんがいた。ぼくの目線が、ちょうど父さんのズボンのおしりのアナ(すごく気になってたからよく覚えてるんだ)のとこにぴったりだったから、相当なチビ……三つか四つ?……だったはず。
いきなり、ものすごい音がした。ちょうどそう、父さんがぼくに、買ってきたソフトクリームを渡してたときだった。
「ほら、あそこに見えるだろう。銀色の、とがったやつ……宇宙船っていうんだ。火星へ飛んでく宇宙船。いまね、発射するぞ。ドーン! って。しっかりもってろよォ(ソフトクリームのことだ)。びっくりしておっことしたりしたら……」
あとは聞こえなかった。地球ごとふっとんだみたいな音! ぼくも、父さんも、ポッカ〜ンと口あけて、下から上へ、おんなじ早さで首を動かしていた。
まっすぐまっすぐ、ごんごんまっすぐ、宇宙船は空へのぼっていった。街のタワービルみたいにでっかかったそいつは、みるみるうちに、鼻クソよりもちっちゃくなって、そしてついに、まっさおな空のなかへ、魔法みたいにフッとすいこまれていった。
ぼくにとって、こいつは大事件だった。どれくらい大事件だったかっていうと、その日一日、家に帰ってからも、ぼくが目ン玉と鼻のアナおっぴろげて、しゃちこばっちゃったまま、なんにもしゃべれなかったってことでわかる(それ見て母さんは、いちんちじゅうケタケタ笑い転げてたらしい)。
とにかく、その日から一ヵ月、ぼくは毎晩、宇宙船の夢を見た。
頭の中は発射台になって、夜通し、定期便のように宇宙船が飛び立った。ゴオン、ゴオン、と耳の奥で轟音が轟くたび、ぼくは勢いよく寝がえりをうって、ベッドから転げ落ちた。
これがぼくの、記念すべき最初の記憶。
そしてもうひとつ。それからしばらくあと、保育園に通ってる頃に、父さんが見せてくれた3Dフィルムの記憶。
ぼくがいつまでたっても宇宙船に夢中だから借りてきてくれたんだろう(なんせ、近所のオバサンに、お父さんとお母さん、どっちが好き? ってきかれて、宇宙船! て答えたくらいだ)。
「ほうら、ダーゼット。こっち見てごらん。おまえの大好きな……」
あとは聞こえなかった。画面を見たとたん、ぼくのアタマから、なにもかもが、フッとんでいた。
そこに映っていたのは、ウッソみたいにカッコいい冥王星基地だった。夜の歯みがきしていたぼくは、口じゅうのアワをごっくんとのみこんじゃったまま、いきなり画面にクギづけになっていた。
「マシュー! ターゼットはもう寝るとこなのよ!」
「いいじゃないか。だいたい君は……」
ぼくの後ろでは、いつもみたいに父さんと母さんのケンカが始まってたけど、ぼくはいつものようにそれをBGMにして、フィルムに夢中になった。
それは、ニュースの映像だった。
水晶みたいにキラキラしてる冥王星基地。空にむかってとがってる銀色のロケットたち。
そして、そのまわりには、たくさんの宇宙飛行士たちが、きびきびと、忙しそうに働いていた。そして、深く深く、無限にひろがる大宇宙!
カッコいい!
めっちゃくちゃ、カッコいい!
最高だ。
画面の中のレポーターまで、コーフンしてうわずっていた。
「地球上で平和なひとときをお過ごしのみなさん。みなさんの夢と期待を一身に浴び、キャプテン・ポードキン以下7名のアストロノーツが乗り込むALF80が、いま、謎の惑星、ペレランディアに向けて旅立とうとしています!」
謎の惑星ペレランディア!
電撃みたいに、その言葉がぼくの脳天をつっ走った。
謎の惑星!
口にだして、ぼくはつぶやいてみた。一度、それから二度。
なんてステキな響きなんだろう……謎の惑星、ペレランディア!
もしも、このとき、父さんが気まぐれでこのディスクを見せてくれてなかったら(ほんとに気まぐれだったらしいんだ)、ぼくはもっとまっとーなチビになってたかもしれない。
だけど、もうおそい。
謎の惑星ってコトバは、百万メガトンのエネルギーでぼくの体をかけまわりだしていた。
「ぼくも。ぼくも行く! 謎の惑星ペレランディアに!」
ソファの上を遊泳し、宇宙飛行士になりきっているぼくに、父さんは言った。
「だめなんだよ。ダーゼット。これはずっと昔、父さんがまだ子供だったころのニュースなんだ。いまはむかしみたいに、宇宙船は飛んでないんだよ」
「なんで? なんで飛んでないの?」
「それはね……おまえが小学校に行く頃にはわかるよ」
学校に行くまでなんて待ってられなかった。ぼくは翌日、保育園を脱走し、ワールドライブラリー(3Dディスクを貸し出してくれる図書館だ)から、宇宙関係のディスクを借りまくった。
どれを借りればペレランディアについて調べられるか、わからないから、それらしいディスクは、かたっぱしから借りた。
(話は飛ぶけど、その後、7年間で、宇宙関係のあらゆるディスクのメモリーバンク……誰に何回貸したか記録してあるバンクだ……には、RB57213て数字がうんざりするほど並ぶことになった。もちろん、RB57213は、ぼくの市民番号だ。
虫歯の多さと、このメモリーバンクにのってるRB57213の数の多さは、ぼくのご自慢になった。
ところが、アホなやつは他にもいた。ある日、メモリーバンクをながめて、RB57213の行列にうっとりなってたぼくは、もうひとつのナンバー、RB57805が、ぼくとおんなじくらい宇宙関係のディスクを借りまくってることに気がついた。ライバル登場! ぼくは誰だかわからないそのRB57805に負けるもんかと、なおさらシャカリキになってディスクを借りた。あっちもぼくに気がついたみたいに、借りる回数をふやしてきたように見えた。ようし、そっちがその気なら! ディスクにはふたつの市民番号が、ずら〜っと並ぶことになった。
ずっとあとになって、ぼくはそのRB57805とびっくりするような出会いをすることになるんだが……その話はまだ先のことだ)
とにかく、保育園最後の夏、ぼくはぼくの運命を変える一枚のディスクにめぐり会うことになったんだ。
そのタイトルは、
「幻の七隻とペレランディアの伝説」
このディスクは、とんでもないことをぼくに教えてくれることになった。
とても信じられない、いや、信じたくない事実を。
<失われた大航海時代>
二十二世紀初頭、人類は未知なる星々への探索に、大いなる野心を燃やした。MPMエンジン(モノポールマグネトロン、つまり磁気単極子エンジン)が主流になった頃から、人類は本格的に宇宙開発計画にとりくみ、新しい領土、新しい資源を求めて、次々と探索宇宙船が地球を発進した。
二一〇九年から二一二〇年にかけて、国際航空宇宙局は火星、冥王星に次々と宇宙基地を設立、宇宙開発計画はますます充実の時代に入っていった。
二一三七年、跳躍(ワープ)航法が開発されると、全世界はこれを喝采で迎え、宇宙開発に飛躍的進歩を確信した。
二一四一年から四三年にかけて、人類の夢と期待を集め、七隻の跳躍宇宙船(ALF74〜80号)が相次いで発射されることになったのである。
しかし、宇宙開発史上、これほど悲劇的な七隻は存在しなかった。
ALF75号は、超空間回路がブラックホール内部の超空間回路に直結していたため、瞬時にして永遠の闇に呑まれていった。また、ALF76号は、遥か想像を絶する空間に投げ出されたまま、二度と戻らなかった。七隻のうち元の時空間に帰還できた船は二隻、また時差八年で帰還した船が一隻、帰還はしたものの乗組員全員が死亡していた船が一隻、残る三隻は、消滅、行方不明という結果に終わったのである。
跳躍航法の挫折は、宇宙開発計画に暗い影を投げかけた。人々は改めて、未知なる宇宙の脅威におそれを抱いた。
おりしも二一四三年末、冥王星の領土区分をめぐって民族間の武力抗争が勃発。あやうく世界大戦の危機を逃れたものの、冥王星基地は致命的な打撃を被った。
また、同年、スペースコロニー・ルナ1とルナ2で、大事故が連続し、多数の人命が奪われた。スペース・コロニー計画は暗礁にのりあげ、人類は地球以外に生活圏を広げることの困難を思い知ったのである。
ここに至って、世界中に、宇宙開発無用論が沸騰するのを止めることはできなかった。
事故・紛争の頻発、ふくれあがる莫大な経費……。人類はしだいに宇宙への情熱を失っていった。
ついに二一四六年、冥王星基地は閉鎖。火星基地の規模は三分の一に縮小され、宇宙開発計画は事実上の崩壊を余儀なくされた。
こうして、大航海時代はその幕を閉じたのである。
<ペレランディアの伝説と、悲運の英雄キャプテン・ポードキン>
しかし、人類は、宇宙へ飛躍する機会を逃した代わりに、ひとつの伝説を得た。それはのちに幻の七隻と呼ばれるようになった、あの、七隻の跳躍宇宙船にまつわる伝説である。消息不明になった三隻の行方に関して、当時、人々はさまざまな憶測をめぐらせたのだが、なかでも第六船……ALF79号は、相当な話題を呼びおこしたのである。
というのも、ALF79号は、事故の直前に謎の通信を残していたのだ。
<青い惑星が見えます……。海! そう、海に違いありません! 青く輝いて……おお、まるでペレランディアの光……>
副航海士ハーマンの興奮に震える声は、そこでぷつりと途切れ、悲劇的な爆発音が響いた。
そして、二度と通信は再開されなかった。
ハーマンが、その目で見た惑星のイメージを、自分の故郷に伝えられる伝説の青い宝石……ペレランディアに重ねたことがわかり、人々は、謎の惑星をペレランディアと呼んだ。
海をもつ惑星発見!
ニュースは全世界をかけめぐった。
生命体存在の確率、地球との類似性、さまざまな話題が沸騰した。
翌二一四三年、全世界の期待をになって、ペレランディア発見をめざして、ALF80号が地球を旅立つこととなった。しかも、船長には、英雄J・F・ポードキンが選ばれ、人々の期待は、いやがおうにもふくれあがった。(J・F・ポードキン! ぼくの大好きな、サイッコーにカッコいい、あのポードキンだ!)。
J・F・ポードキン 二〇九五年、B2シティに生まれる。十五歳のとき、第一級宇宙飛行士に、異例の抜擢を受け、その後、四十二の宇宙計画に参加、数多くの冒険を重ねる。
二一二三年、二十八歳の時、モルディ−3号に乗り、初の太陽系外有人単独飛行に成功。また翌年から翌々年にかけて八百五十五日間、太陽系外探索飛行を続けるという前人未踏の離れ技をやってのけた。
そして二一三九年には、地球―火星間の貨物輸送船グリーンプラネット号の爆発事故において八十八名の人命を救助し(この八十八名の人命を救助し、ってとこが大好きで何回もリピートして聞いたもんだ)、アドルフォ・モントバーニ国際平和賞を受賞する。
翌二一四〇年、国際航空宇宙局を辞去し、宇宙飛行士養成のためIAL財団法人を設立。しかし、二一四三年、時の大統領ノーマン・ジェニングスの要請により、ペレランディア探索船ALF80のキャプテンとなる。しかし同年、ALF80とともに消息を断ち、現在に至る。
ポードキンは、ALF80号発進前夜、インタビュアーに「跳躍(ワープ)がこわくはありませんか」と聞かれてこう答えている。
「死への危機……それは今度の旅にかぎったことではない。死はいつでも宇宙飛行士の体にへばりついているのだ。船の銀色の壁の向こうには、いつでも死が待ちかまえている。宇宙の圧倒的な脅威の前では、船の鉄壁なんて、くしゃくしゃのアルミホイルよりも他愛ないことを、宇宙飛行士は五感のすべてで感じている。それは、科学がいくら発達しようとも全く変わらぬ事実なのだ。
だが、私たちは、暗黒のなかに投げだされた孤立無援の船のなかで、あらゆる技術と判断力を駆使し、自らの生命を守るすべに熟練している。もしも、生存への確率が一万分の一の情況が生じたとしたら、私は間違いなく、その一万分の一の手段を選択することができるだろう。生に向かって限りなく分かれた選択の枝を、寸分の違いもなく選びとり、わが故郷、地球に生きて帰ること……その英知と勇気、それが宇宙飛行士の誇りなのだ」
(英知と勇気! 誇り! この言葉は、ぼくの脳ミソにハンマーの強さでぶちこまれた! こんなカッコいい言葉が、ほかにあるだろうか?)
しかし、ALF80号は二一四三年、地球を旅立ち、跳躍飛行に移ってまもなく消息を断ったのである。
世界中の人々が、呆然と肩を落として、英雄の悲運を悲しんだ。そして、未知の宇宙へ進出することに、深い絶望感を味わったのである。
幻の七隻は、宇宙開発に決定的なダメージを与え、跳躍航法は二度と試されることはなかった。
そして全世界が、ワープシップに対して、否定的な反応をくだすと、ハーマンの残した最後の言葉の信憑性も疑われるようになった。
ペレランディアという言葉は、死を直前にした宇宙飛行士の妄想ではないかという論調が支配的になった。
年を経るにつれて、ペレランディアの名を口にするものは、ほとんどいなくなった。
青い惑星の伝説は、お伽話として、人々の間から忘れられていった……。
何が何だか、小さかったぼくにはよくわからなかった。
「つまりね、遠くまで飛んでくロケットは、もうなくなっちゃったってことよ。宇宙なんて危険なとこ行かなくたって、地球だけでたくさんだって、みんな思ったのね。だから、むかしは、たくさんの宇宙飛行士がいて、どんどん探険にでかけてたんだけど、今はお天気予報とか、合金の工場とか、そういう、地球の生活に役に立つために働いているわずかな宇宙飛行士さんしかいないの」
母さんは、てっとりばやくぼくに説明した(早く仕事に出かけなくちゃならなかったからだ)。
「ペレランディアへ行く船も?」
頭にきて、ぼくは叫んだ。なんで誰も行こうとしないんだ? 信じられないじゃないか。ぼくがこんなに行きたいってのに!
「あきらめちゃったのよ、みんな。しょうがないじゃえい? いけない! もうこんな時間」
イヤリングをつけながら、母さんはあわてて立ち上がった。いつもこうなんだ。話がオモロくなってくると仕事にでかける時間。父さんとただのお友達になっちゃってからは特にだ(ただのお友達ってリコンのこと? ってきいたら、アンタは気にしなくていーのと、頭をぺちっとぶたれた)。
「ねぇっ、ぼく、ポードキンみたいに飛びたいんだ! それでペレランディアに行くんだ、絶対行くんだ! いいでしょっ?」
母さんの背中に、ぼくはきいた。
「ポードキン? だれ?」
ふり向きざまに言って母さんはマーシア(六つ下の妹だ)に手をふった。
「じゃね、マーシア、いい子にしてるのよ」
夢中でままごと遊びしてたマーシアが、ぴょこっと顔をあげて、ニッコリ手をふる。
「バイバ〜イ、ママ!」
「ダーゼット、頼んだわよ!」
ニコッとウィンクして、母さんは仕事に出かけていった。
ぼくは待った。
待って待って、とことん待った。
誰かが、もう一度、宇宙へ飛び出す日を。ペレランディアを見つけに、たくさんの宇宙船が舞い上がる日を。
だって、そうだろう? 一度っきりの失敗で、みんながみな、あきらめちまうわけがない!
だけど、チクショウ! そんな日はやってくる気配もないじゃないか。
いいかげん、ぼくは待ちくたびれた。
待ちくたびれて、ガランと活気のない、例の発射基地(父さんと行ったとこ。とんと宇宙船の打ち上げはなくなっていた)につっ立ってたときだ。
突然! 突然、ビビッ、ときたんだ! どうして今まで思いつかなかったんだろう、こんなカンタンなこと! ぼくはいきなり夢中になっていた。
誰もペレランディアへ行こうとしないのなら、自分で行けばいい!
そう、ぼくが宇宙船を作って飛ばしてやる!
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[#小見出し]  2 走り出したら止まらない[#「2 走り出したら止まらない」はゴシック体]
二一七五年二月一日―ぼくらはこの日を「ペレランディア一日」と名づけた。
ぼくらの秘密組織、宇宙戦士同盟が結成された記念すべき日だからだ(もちろん、これから月日を、ペレランディア二日、ペレランディア三日とか数えていくわけだ)。
その日、授業が終わってすぐ、クラブハウスの裏に四人は集まった。
ビリー、ロッカ、サボイ、そしてぼく。どの顔も、これから始まる冒険を、一秒だって待ってられなかった。
「行くぜ、秘密基地へ!」
ビリーが叫んだ。
四人はもう、駆け出していた。
ぼく自身、信じられないくらいトントン拍子にコトは運んじゃったんだ。
一週間前……つまり一月二十五日、ぼくはまずビリーに話した。
「宇宙船つくるゥ? どこで? 決めてない? おし、まっかせな」
三日もたたないうちに、ビリー・キーンは、これ以上ないってくらいサイコーの秘密基地を捜し出してきた。なんせビリーは、学校一の悪党だ。警察やオトナが知らない場所にもぐりこむことにかけちゃあ、この街で右に出るヤツはいないはずだ。なにしろ、じっとしてないやつだかんなー。
それから、サボイ。
クラス一のメカおたく。六歳のとき、パソコンでゲームのプログラムを作っちゃったっていわくつきのやつだ。ドクター・サボイって呼んでやれば、何だって作ってくれる。メカだけじゃない。アイドルスター年鑑の暗記や、プラモの収集……やつは、なんでも凝りまくる。おたくって呼ばれるのが自慢らしい。もちろん、サボイはMPMエンジンの担当だ。
なんとなく、ロッカも仲間に入った。
ドノバンの授業中、ぼくが消しゴムに宇宙戦士同盟にはいらないか?≠チて投げたら、ロッカはすぐに頭の上に、OK!≠ニ大きなマルを作ってくれた。
いつだって、にこにこして、こいつなら、どんなことがあっても人を裏切らないってカンジがする。
ロッカはぼくの大好きなヤツだ。
メンバーはこの四人。
コードナンバーも決まった。ビリーがALF82(もち、幻の七隻にちなんでるんだ)、サボイがALF83、ロッカはALF84、そしてぼくは、一応、隊長ってことでALF81。このナンバーを敵にもらしたら、即、除隊!
クラブハウスからまっしぐら、五人はわれらが秘密基地に着いた。
「うひょー! なるほどねえ!」
サボイのすっとんきょうな声。
「考えたなあ! ここならめったにみつからないよな〜」
「へへへ、当然よ」
ビリーが見つけだしたのは、街はずれの廃物処理場。ごちゃごちゃと機材がとっちらかってるだけで、がらんと人がいない。ここの地下を、ぼくらの本部にするのだ!
「行くぜ」
わざと、ぼくは声をおとした。その方が、スゴイことが始まるってカンジがする。みんな、マジな顔でうなずいた。いよいよだ。きのう、ビリーと下見したとき、作っといた秘密の入口へ、そっとまわりこむ。金網にペンチで穴あけといたわけ。もちろん、ちゃんとドラムかんで穴は隠してある。
四人は、あたりに人がいないのを確かめると、一人ずつ、すばやく金網をくぐりぬけた。こんなスリル、ちょっとないぜ。なんだか、わくわくしてくるじゃないか。
ぼくらは草むらをぬって前進した。そっと、そーっと……。
なにしろ、見つかったらオジャンなんだ。オトナは止めるに決まってる。ぼくらだけで宇宙へ飛ぶなんて、もしバレたら……。
ぼくらは壊れた排気口から地下道へすべりこんだ。
まっくらだ。
ロッカが息をのみこんだのがわかった。ちょっと恐いぜ、誰だって。暗闇の中に、なんだかでっかいモノがゴロゴロころがってるのがわかるんだ。でも、目が慣れてくれば叫びたくなる。「やったぜっ!」って。
とにかく、いろんなマシンが放置されてるんだ。全く手入れされないで、十年はたってるってやつばかり。
「すっげえ……」
案の定、はじめてのサボイとロッカがアッケ!
「こっちだ! こっち来いよ」
ビリーのやつ、もう鉄骨の山のむこうだ。わさわさと三人が続く。
ビリーが、ぬいだ上着を幕みたいにヒラヒラさせる。
「さあさあ、目ン玉むいてご覧ください。ここにありますドデカイ船が、われら宇宙戦士同盟の宇宙船となります―」
サッ! とタイミングよく幕≠ェあく。
「ペレランディア号だ!」
仰天した。その船には一面、豆電球がついてるじゃないか! きのうはなかったんだ。
「ビリー……!」
ビリーを見ると、やつはケケケッと得意そうに笑ってスイッチを入れた。豆電球がともって、船が輝く。ったく、いつの間に……。
「えと、この船は確か、MPMエンジンの最旧型……最初の二年間しか作られなかったやつだな」
さすが、ドクター・サボイ。
「そのとおり! チェスター社の二一二十年型、FRVだよ」
ぼくは翼の上にとびのった。
「こいつをぼくらの船、ペレランディア号に改造するんだ!」
「イエ〜イ!」
拍手、拍手。
「よし、カンパイ、しようぜ!」
みんなの手に、コーラの缶が渡ったそのときだった。
「何するつもりだ、こんなとこで」
突然の……そう、突然の声だった。
ぼくらは息をのんで、振り向いた。
戸口があいていた。
暗がりに人影が立っていた。
オトナだ。
やべェ! 見つかった……
四人は声をのんでいた。
その男は、鋭い目でぼくらを見据えていた。栗色の髪。灰色の目。けわしい顔つきで、もう一度、今度はゆっくりと言った。
「何をしている」
「さあね」
ビリーはトボけて口笛を吹き始めた。
黙って、男はぼくに視線を移した。
不思議な目の色だった。
まっすぐで、堂々としてて……なんだか、いままで見たことがない顔だった。
ぼくの口から言葉が出ていた。
「宇宙船を、作ろうと思って。作って飛ばそうと思って」
ビリーが、ぶっ! とむせこんだ。
自分でもギョッとしていた。オトナには秘密のはずだったんだ。なぜか、ホントのことが口をついて出ていた。それはヤツの瞳のせいだった。ウソつくことなんかないと、そんな気にさせるような瞳の色……。
ヤツは、信じられないという顔をして、ちょっと黙った。そして、次には、爆発したみたいな大声で笑い転げていた。
今度はぼくらの方がポカンとなる番だった。
「宇宙船をつくるだァ!? そいつはいい、そいつはいいぞ!」
腹の底から愉快って声。
「よし、いいだろう。俺はここの管理人。ウォレスだ。宇宙計画が成功したら呼んでくれ」
そして、ニッコリ敬礼してみせた。
「グッドラック!」
あわててぼくらも敬礼を返した。
ウォレスが出ていくとぼくらは顔を見合わせた。
「なんだ? アイツ」
「ミョーなヤツ」
「わけわっかんねーけど」
「要するにうまくいったんじゃないの?」
「味方か?」
「ラッキー!」
ぼくらは笑顔に戻った。
「とにかく乾杯だ!」
「よおし! いくぞ!」
「ラッキーに乾杯しようぜ!」
四人は手にしていたコーラの缶をシェイクした。思いっきりだ。
「ほんとに、飛ぶかな」
とロッカ。
「飛ぶさ!」
ゴンゴン自信がわいてくる。だから体ごと、シェイク。
「おっどろくぞ! クラスのやつら!」
「英雄だぜっ!」
ビリーがはねる。
「よし、いくぜ、ワン・ツーの! カンパーイ!」
四つの栓がふっとんだ。
アワの噴水。
「ひゃっほ〜っ!」
ぼくらは死ぬほど、笑い転げた。
その翌日から、ぼくらはダンゼン、授業どころじゃなかった。
四人の頭はカンペキに、ペレランディアに跳躍しちゃってた。
指されてもシドロモドロ。
突然、ニマニマ思い出し笑い。
それに秘密連絡。これはなぜか、授業中にやんなきゃ、宇宙戦士同盟の誇りが許さなかった。
ドノバンのヤローのスキをつき、まず、一番前の席のビリーがサッとふり向く。ブロックサインだ。胸をさわり、右手の指で三、最後にウィンク(今日は二時三十五分に集合だぜって合図だ)。
サボイがOK! ってうなづき、今度はぼくをふり向く。胸をさわり、右手の指で三、最後にいっしょうけんめいパチパチ両目をとじる。あいつ、ウィンクができねんだ! 吹きだしたいのをこらえて、ふむふむとOKサイン。
最後はロッカだ。だけど、やつ、決まってポカーンと鼻クソほじってて、ぼくのサインに気がつかない!
ロッカ! ロッカ
ぼくがシャカリキになればなるほど、やつはあくびなんか始めるんだな、これが。
ロッカ!
たまんなくなって、ドノバンが黒板を向いてるスキに机の上に立ち上がったら……。
「先生!」
ミアイルが手をあげた。
ドノバンがふり向く。ぼくはフイをつかれて、そのまま机の上に直立していた。
ドノバンの顔が、カバの丸焼きみたいにふくれあがって……。
「ダーゼットっ!」
「はいっ!」
ぼくは敬礼した。
「そのまま、そこに立ってろ!」
「はいっ……」
ドノバンはわざとイヤミな声で言った。
「ミアイル、ダーゼットに、問四の答えを教えてやりなさい」
ミアイルは、フフンと、ぼくをふり向きながら立つと、スラスラと答えていった。
くっそ〜、わざと、手あげやがったんだ、ミアイルのやつ。
秀才ミアイル。クラス委員のイヤミなやつ! ヤツがどれだけイヤミかっていうと……
ぼくが追試をくらっていたとき、ミアイルは、名門大学の模擬試験に合格点を叩き出していた。ぼくが校長先生の植木鉢を割って廊下にたたされていたとき、ミアイルは、州のスピーチコンテストに優勝して、全校生徒の前で表彰されていた。
そういう、存在自体が、最悪のやつなんだ。
ちえっ、もう声がわりしてやがってよ。
てな失敗もしょっちゅうあったから、全員にサインが通じるまでに、いつも午後いっぱいかかった。
でも、授業が終わっちゃえば、サインなんか全然カンケーなし。ぼくらは何がなんでもまっしぐらに秘密基地へとんでったから、ほんとは集合時間なんて打ち合わせする必要もへったくれもなかったんだ。
とにかく。
秘密基地に集まれば、授業中の寝ぼけまなこはアッというまにフッとんだ。ぼくらは信じらんないくらいテキパキ、キビキビ動きまわったんだ。
まず、サボイとぼく。ペレランディア各部署の点検。これはペレランディアのメインコンピューターが一応正常に動いててくれたので、助かった。ふたりはさっそく貯金をはたいて(ビリーとロッカの二人は貯金ゼロだった)チェスター社の「オーバーホール整備管理パッケージ」っていうソフトウェアパッケージを買い、メインコンピューターにインプット。
こいつは船の整備や点検のしかたを対話形式で教えてくれるんだ。たとえば、
<まず、最初に、ブランチ・コンピューターのテストから始めましょう。スイッチRR2を二秒間押してください>
なんて女の人の声でコンピューターが話しかけてくるわけだ。このソフトウェアパッケージは最新型のだったから、ペレランディアみたいな古い船には合わないんじゃないかとハラハラしたけど、別になんにも困ったことはおきなかった。
「イェ〜イ、ついてるぜ〜」
ぼくとサボイはニヤリと顔を見合わせて、ブランチ・コンピューター(船の各部署についている小さなコンピューターのことだ)のテストを始めた。ブランチ・コンピューターは、船内に百以上もある。そいつをひとつひとつ点検、整備していくわけだ。負けそに根気がいる仕事だったけど、サボイは目をらんらんと光らせてポインティング・デバイスを操った。ホント、好きなんだよなー。こみいればこみいるほど生き甲斐を感じるタチらしい。
ビリーのヤローがまたスゴかった。サボイとぼくが必要な部品をリストアップするやいなや、セラミック・スペーサーやら、ファイバーケーブルやらをそろえてくるんだ。信じらんねーぜ。不法業者とか密売人とか、なんか、うさんくさいオトナの知り合いがいっぱいいて、いろんなコネがあるらしいんだよな。
「いったい、どーやって集めてんだよ!」
ぼくらがつめよっても、やつは知らんぷり。
「企業秘密だかんな。教えらんね」
そーとーヤバイことしてるなと、ぼくとサボイはにらんでる。
それからロッカ。やつは船体の掃除だ。掃除ったって、簡単にゃいかない。なんたって、長い間ほっぽっとかれたんで、船はかなり錆びていた。それをキレイにするには、ハイパー・エシド・フルードって液で洗わなくちゃならないんだ。これは酸性がすごく強い。かなり危険な作業なんだけど、ロッカはモンクひとつこぼさず、二週間かけて、船体の半分までテッカテカに磨きあげちまった。
「すげ〜!」ってみんなが目をまるくしたら、ロッカはニッカニカと笑ってやがった。
そう、ぎゅんぎゅんに腹がへって、もうガマンできないって時間まで、ぼくらは作業に熱中した。そして暗くなって、
「解散!」
って号令かけてから、まだ家に帰りたくないときは、みんなで管理人室のウォレスのところへ遊びに行った。
ウォレスの部屋には、信じらんないくらいたくさんの本があったり、珍発明って感じのガラクタが並んでたりして、見てるだけでも面白かったし、なんとなく、ウォレスの顔見ないと気がすまないっていう雰囲気がぼくらのなかにできてるみたいだった。
ウォレスは時間があると、ぼくたちに、聞いたこともないような面白い話をしてくれた。
ジャングルの奥で遺跡を発見した考古学者の話や、海で遭難した男が、三十年も無人島で生きのびた話だ。ウォレスの話は、何時間きいてたってあきなかった。そう、どっしりしてるし、気どってないし、頼れるアニキって感じなんだよな、ウン。
ってなわけで、毎日、ぼくらは大いに満足して、
「やっほ〜っ」
ってわめきながら、暗くなった道をとんで帰った。
ほんとに順調だった。
そう、順調だって、四人は信じてたんだ。とんでもないスパイが、それも二人も、ぼくらの秘密をかぎつけてたなんて、想像もしてなかった。
計画が始まって、二週間と二日、そう、「ペレランディア十六日」の出来事を、ぼくらは忘れない。っとに、くやしかったぜ、思いっきり!
あの日はそうそう、まず、第一のスパイから脅迫状が送られてきたんだ。
ちょうど日曜日だったから、ぼくはいい気持ちでねぼうしてた。
そこへ、かあさんがやってきて、ぼくをたたき起こした。
「ねえ、ダーゼット。なんなの、これ」
かあさんの携帯電話にメールが入っていた。
「ダーゼットへ。十二時きっかり、ストロベリーランドに来ること。アンタが最近、何やってるか知ってるXより。P・S 来なければ、秘密をバラす」
ぎょっとなった。あいつだ。
こんなメールを、それも、かあさん宛てに送ってくるやつなんか、一人っきゃいない。
かあさんは、ニヤニヤとぼくをこづいた。
「秘密っていったい、なんなのよ〜? 可愛い彼女でもできたわけ?」
ぼくは必死でかあさんの追跡をかわし、ストロベリーランドに向かった。
十二時きっかり、案の定、フリルのやつは、嬉しくってきゃぴきゃぴはねちゃうって顔で、ぼくを待っていた。
「はあ〜い、ダーゼット! 意外だったでしょ。アタシなのよ、Xって」
意外じゃねーよっ!
言ってやりたいけどやめた。またなんだかんだってウルサイからだ。
そーなんだ、こいつはちっちゃい時からいつだって、ぼくの目の上のタンコブ、はれあがったものもらいみたいなやつなんだ。
ぼくのかあさんとフリルのかあさんは学生時代からの親友で、ぼくとフリルは、赤ん坊の頃から一緒に遊ばされていた。
はいてたオムツのメーカーもいっしょ。
住んでるマンションも同じ。
幼稚園も同じだった。
昔っから、フリルは勝手にぼくをライバルと思いこんでるんだ。
まず、身長。どっちがおっきくたっていーじゃねーか! いちいちチビチビって騒ぐな。
それから、虫歯の数。そんなもの多くてどーすんだ。
ほかにも、手帳につけた友達の数。成績表のAの数。
だからなんなんだ。
ったく、こっちが相手にしてねーのに。
とにかく気まぐれで、何考えだすかわかんないやつだ。
今日も、ハミングなんかしやがって。
「あたし、フローズンヨーグルトがいいわ。あ、オバサン(ストロベリーランドのおなじみの店員さんだ)、代金はダーゼットからとってやってねー」
カンペキ、トサカきた。
「なんで、オマエにおごってやんなきゃなんねんだよ!」
「あら、そう。いいの? あんたたちの秘密、ドノバンにバラしても」
ジトーッと横目になり、ぼくのわき腹をグリグリこづく。クソッ、もうカンベンなんかするか。ぼくは一呼吸おいて言ってやった。そう、わざとゆっくりと。
「いいぜ、バラしてみろよ、サボテンパンツ」
見せてやりたかったぜ、この時のフリルの顔。冷蔵庫の中に、ユーレイを一ダース見つけたみたいな顔!
そう。サボテンパンツ。
それは、ぼく以外、誰も知らない必殺の秘密だった。
半年くらい前かな、夜、マーシアを連れて学校のそばを散歩してた時だ。暗がりの中を人影が走ってくるのが見えた。
「あ、フリルおねえちゃ……」
マーシアが叫びそうになった口を、とっさにガバッと押えた。なんとなく、声かけちゃヤバい雰囲気だったんだ。明らかにフリルはもよおしてた、ギリギリに!
きょろ、きょろと、あたりに人がいないのを確かめると、フリルはささっと草むらにしゃがみこんだ。
そしてしばらくたったあと……
「あっ」
と小さな声があがった。それからあわててモゾモゾする気配。そのとたん、白いおしりがつるんと見えた。
だ、出すなよなーっ、んなもん!
なんにも知らずに、フリルは立ち上がって校舎の方へ走ってった。たぶん、忘れ物をとりに行ったんだろう。
翌日、学校は大騒ぎだった。ハンサム・ナンバーワンのピータース先生が栽培してたサボテンの上に、パンツがひっかかってとれなくなっていたからだ。あんぐり目ン玉むいた、センセイのカオ。
そして、ピータース先生にきゃあきゃあとラブコールを送ってたフリルが、その日以来、ぱったりとなんにも言わなくなった。先生に声かけられると、モジモジ黙りこんだりして。
そう、ワケを知ってるのはぼくだけ。
ぼくは黙っててやることにした。
いつもあんだけ元気なヤツが、この件になるとふにゃっとしおらしくなっちまうもんだから、なんとなくかわいそうかなと思ったんだ。男の情けってもんだ。
だけど! 今度ばっかりはそうはいかない。 宇宙戦士同盟の秘密を守るためには、取引が必要なんだ。
「ど、どうして!? どうして知ってんの!?」
ようやく口をきけるようになったフリルを残して、ぼくは店をとびだした。
「これでおあいこだぜ。絶対言うなよ!」
「見てたのね、見てたんだわ! ドすけべ〜ッ!!」
フリルのやつが猛然とぼくを追った。
二十分後……。秘密基地の暗がりで、四つの顔が黙りこくっていた。ビリー、ロッカ、サボイ、ぼく。そして、もひとつ、嬉しさにはちきれそうなフリルの顔。
フリルのやつ、秘密基地までついてきて、とんでもないことを言い出したんだ。
「あたしも宇宙戦士同盟の仲間になるわ! いいでしょ?」
ぼくらの口が、ぽかんとあいた。
「役に立つわよ、あたし。頭いいし、顔も可愛いし。クッキーだって焼けるのよ」
男四人は、夏の浜辺でクリスマスツリーでも見てるみたいに、フリルの顔をながめたまんま、しばらくなんにも言えなくなった。
そして……。
まずビリーの口がとんがった。
「ジョーダンじゃねーよ。おめーなんか! 絶対しゃべるぜ、友達に! あんただけに教えたげる、ねえねえ、知ってるゥ〜? あのさ、あのさ」
ビリー、得意のモノマネだ。
だけどフリルも負けちゃいない。
「アマく見ないでもらいたいわね、ビリー。アタシを敵にまわしたら、エイミーだって黙っちゃいないわよ」
エイミー!
四人の顔がひきつった。
レスリング部のキャプテン。三年連続全国大会決勝進出の怪物オンナ! たぶん、体重は、ぼくら四人を足したのと、どっこいどっこいだ。
ニンマリ、フリルが笑った。
「言っとくけどあたしとエイミーは親友なの」
ビリーは絶句した。エイミーだけ、あいつだけは苦手なんだ、ビリーのやつ。
フリルは得意そうにすました。
バラすぞ、サボテンパンツ。ぼくは心の中で言った。だけど、やっぱり、それを言っちゃ、かわいそうだもんな……。そんな気持ちも知らないで、くそっ、女はずーずーしいよな。
「どうする、サボイ」
念のため、ぼくはきいた。
そしたらサボイのやつ、とんでもないこと言いだすじゃないか。
「いいんじゃない。女の子、ひとりくらいいた方が。へへ、楽しいじゃん」
そうだった。サボイは、フリルが大のお気に入りなんだった。
アタマにきたのはビリーだ。
「サボイ、おめ、ロリコンか?」
ビリーが立ちあがるより早く、フリルが腕まくりしてビリーに向かっていた。
「ガキには黙っててもらいたいわね。あたしだって、ウェスタンラリアートくらい、できんのよ!」
ファイティングポーズだ。
ビリーがいきりたった。
「あンだってェ? 受けてやろうじゃん」
ふたり、本気で向かい合った(フリルの方が大きいや)。
「いくわよっ」
そのときだ。
もの凄い音がした。
飛び散るガレキ、土砂、煙。
フリルとビリーが排気口からなだれこんだガレキを頭から浴びてへたりこんでいた。
何が起こったのか、とっさにはわからなかった。フリルも、ビリーも、口をぱくぱくさせて、ぺたんと座りこんだまま、口もきけなかった。
何が、どうしたんだ……?
うろたえるぼくらの耳に、発信音が聞こえてきた。
「これより成績発表をおこなう」
なんだ? なんなんだ?
どこから聞こえてくるんだ? この声は。
五人は息をのんで、おたがいを見た。
「そこだ、ロッカ!」
サボイがロッカの背中にとびついた。
「マイクロマイク!」
小指ほどのメカが、ロッカの背中にくっついてる。
「すごいな、これ、インターフォン改造したやつだよ。こんなちっちゃいやつ、どーやって……」
サボイがそいつをとろうとした時、マイクロマイクはとんでもないとをしゃべりだした。
「数学、ビリー二十三点、サボイ四十六点、ロッカ八点、ダーゼット二十九点!」
全員、ぐしゃっと顔が地崩れを起こしていた。
全部、こないだの実力テストの点数じゃないか。
「生物、ビリー四点、サボイ三十点、ロッカ……」
上だ。
すぐ上に、誰かいるんだ。
ぼくらは顔見合わせた。
そして四人同時に、排気口から外へ躍り上がった。
「ま、まってよっ」
フリルもあわてて続く。
ミアイル!
そう、ぼくらの前にはミアイルが立っていた。おべっか使いのおしゃべりモレンと、誰かもう一人が一緒だ。見たことない、色白でメガネの巨漢。二人とも、いかにもミアイルのとりまきだ。
色白メガネは、マイクに向かってレポートを読みあげていた。ぶっとばしてやりたいくらい、ニクたらしい顔で。
[#挿絵(img/perlandia_illust1.jpg)]
「ダーゼット・ホライマン……要注意生徒。活動的なあまりハメをはずすことが多く、素行に問題がある。成績も満足とはいえず、進級には大きな疑問がある」
やつらは、ガマンできないって感じでピクピクし、ついにはじけた。
ミアイルが笑い声をあげた。三人は腹をよじり、足ぶみして、爆笑してる。
そして、ミアイルが初めて口を開いた。
「言っとくが、これは俺たちが言ってるんじゃないぜ。ドノバンが校長先生に提出した成績表だ」
腹わたが、沸騰してた。沸騰しすぎて、言葉がひとつも出てこない。
ミアイルはやっと爆笑を終えた。
「やめとけよな、宇宙船だって? 笑っちまうぜ、何がペレランディアだ」
モレンがつけくわえた。
「バカはバカらしく、おうちでネションベンでもしてろよ」
抜けてる前歯からスカスカ息をもらして笑う。
マイクロマイクをいじくってたサボイが、すっとんきょうな悲鳴をあげた。
「あっ。これ、盗聴もできんだっ。すっげえ〜!」
ビリーがうんざり、ため息。
「サボイ、感心すんな」
「だって、これ、みんな改造してあんだぜ、ほらっ、これ!」
色白メガネが得意そうに鼻で笑った。
「ミアイルが作ったんだ、高性能は当然だよ。もちろん、おまえたちの成績表も、ミアイルが、学校のコンピュータにハッキングして手にいれたんだ。パスワードでロックされてたけど、もののみごとに破ったんだ。ミアイルは天才さ」
「黙れ、シロブタ!」
ビリーが一言。色白メガネは顔を歪めて、しきりにメガネをいじった。
「と……父さんだって言ってる。おまえたちみたいなタイプが同じ学校にいるかぎり、レベルが下がる一方だ。クラス分けで排除しないと、みんなにも悪い影響が……」
「シロブタ!」
今度はフリルがぴしゃり!
メガネのやつは絶句し、口もとを震わせて黙りこんだ。
「イエ〜イ!」
ビリーの拍手にフリルがガッツポーズだ。
「まかしといて」
色白メガネはひきつった。
ミアイルが鋭く言った。
「相手にすんなよ、ジェム」
フリルが調子にのって叫ぶ。
「なによ、ミアイル! カッコつけたって女子の間だって有名よ、あんたのイボジ!」
今度はぼくらが笑った。
「いいぞっ、フリル!」
ミアイルのイボジ伝説は、クラスの男たちの間では、秘宝のように大事に語り継がれていた。けど、女子まで知ってたとは。
ビリーが鼻の穴をおっぴろげた。
「恐怖のイボジ男〜!」
やんやの大喝采だ。
だけど、ミアイルは顔色ひとつ変えなかった。
「くだらねえことでいちいち喜ぶなよ」
ひややかに、ぼくらを見る。
「ガキなんだよ、おまえら」
おちつきはらった声。
声がわりが終わりかかってる、ふてぶてしいかすれ声。
ぼくらがピーピーわめくのを、腹の底から笑ってるんだぜって態度。
ちっくしょう……!
ぼくはこぶしを握った。なんか言ってやる、あの鼻っつらに!
だけどその前に、ゆっくりとミアイルがぼくらを見すえて言った。
「とにかく、オレはおまえらがやってるような、くっだらねえ遊びが気にくわないし、バカのくせに有頂天になってるおまえらが、哀れでしかたねえよ」
なんだって?
そりゃ、バカさ。俺達は! けど、おまえなんかに言われてたまるか。
ミアイルは続けて宣言した。
「ダーゼット。もし、これからも、この遊びを続けたいんなら、クラス委員をかわれ。俺の代わりにおまえがなるんだ。学校行事のミーティングなんか、たるくてやってられねんだよ。疲れてんだよ、オレたちは。おまえたちヒマなやつとは違うんだ」
つまり、おまえたちは家庭教師や、特別ゼミの勉強で、忙しいってわけか。
「断るっ!」
ぼくはほえた。
「おまえの命令なんか、誰が従うか!」
ふん、とミアイルは笑った。
「わかった。なら今日これから市警察とドノバンに、おまえらのことを通報してこよう。そうすれば、ここは閉鎖だ」
ミアイルは笑った。
「飛ぼうだって? 本気か? ばっかみてえによ。はっはっは!」
次の瞬間、ぼくは破裂していた。
無我夢中でミアイルに突進していた。
だが、ぼくのこぶしがミアイルの腹にえぐりこむ寸前、ぼくは転んでいた。
自分でガレキにつまづいて、額から倒れ込んでいたんだ。
気が遠くなるほどの激痛が額に走った。
頭が、ガンガンうなり声をあげた。ぼくは言葉を出すことができないまま、へたりこんでいた。
どうしようもなくカッコ悪かった。
ミアイルたちが笑った。これ以上ないってくらい気持ちよさそうに笑い転げた。
そのときだった。声が響いたのは。
「少し黙れ。読書のジャマだ」
ぼくは顔をあげた。
ミアイルたちが振り向いた。みんなの視線が、一ヶ所に集まった。
そこにはウォレスがいた。
ウォレスはゆったりと、体を起こした。ねそべっていたんだ。いつものように本を片手に。
いつからそこにいたんだろう?
「なんだ……」
ミアイルがバカにするような目でウォレスを見やった。たかが管理人……といわんばかりの目で……。
「さっきから子犬がじゃれあって、うるさいったらねえ……」
ウォレスはミアイルを見た。
「何をそんなに笑っていた?」
腹の底にずっしりとうち響くような声だった。
ニヤリとしているのに、迫力があった。しん、と風が止まったみたいに静かになった。
一瞬、ミアイルたちは黙った。
「あなたには関係ないよ……」
「そうか……」
ウォレスはゆったりとあくびした。
そして煙草に火をつけた。みんなが注目してるっていうのに、悠然と、いかにも美味いって感じで煙を吐き出した。
なぜかわからない、ほっとしたんだ、そのとき。何か大きなものが、ぼくらを包んでいくみたいな、そんな感じがした。
目を細めて一服、吸ったあと、ウォレスは、静かにミアイルを見た。
「警察に言う? 先生? おまえは、泣き虫のガキみてえにいいつけに行くのか……」
ミアイルが、はっと息をのむのがわかった。
ウォレスはニヤリとその顔を見ていた。
「学校の成績表に先生の評価か……。なるほど……。大人の力を借りなきゃ、こいつらに勝てないわけだ。おまえの誇りはどこにある。クソをたれたら、大人にケツでもふいてもらうのか?」
わっ! とビリーたちが笑った。
ミアイルは身動きもせず、真一文字に口を結んだまま、ウォレスをにらみつけていた。
「おまえにとって、大人に気に入られるようにふるまうのは、そうたいへんなことじゃない。たぶん、そんなところだろう。だが、おまえは自分に誇れるような生き方をしているのか? おまえ自身に、自信をもつような生き方を」
その声は余裕そのものだった。
「おまえはおまえの力で生きることだ」
ミアイルがぐびりと息をのんだ。
みんなも一瞬、言葉をのんだ。
そして……
「そのとおりだぜ! わかったか、イボジ野郎!」
フリルとビリーが声をはりあげた。
ミアイルは無言だった。無言で立っていた。
色白メガネのジェムと、おべっか使いのモレンがいきりたった。
「ミアイル! こんなとこの管理人なんて、三流の公務員だぜ! ぼくらが通報すりゃ、管理不行き届きで、イッパツでクビさ! ぼくらにもの言う資格なんかないんだ!」
けれど、ミアイルは一言も発さず、ぼくらに背を向け、すたすたと歩き出した。
拍子抜けしたのはぼくらだけじゃない。ジェムとモレンがあわててあとを追った。
「ミアイル、何考えてんだ?! だいたい子供が宇宙船作るなんて、誰が考えたってばかばかしいじゃないか!」
「悪いのはあっちだぞ、ミアイル!」
だが、ミアイルはふり向きもせず、歩いていった。
取り巻きたちも遠ざかっていった。
ビリーとロッカが飛び上がった。
「やったあ〜!」
「イボジ洗って出直しやがれ〜っ!!」
フリルも、思いっきりアカンベー。
「ざまあみろ〜っ!」
だけど、サボイだけは冷静だった。
「喜ぶのは早いんじゃない? あいつ、いいつけに行ったのかもよ」
「あっ、そうか」
一同、またまたシュン。
どう思う? って聞こうとして、ぼくはウォレスを見た。
ウォレスは、じっとミアイルたちの後ろ姿を見ていた。くすりと微笑んでいるようだった。
なんとなく、ぼくは言葉をのみこんだ。
何考えてるんだろう……。
ぼくにはわからなかった。
ミアイルたちが見えなくなると、ウォレスは、ぼくの頭をポン、とたたいて管理人室へ帰っていった。
誇り=c…か。
ぼくの胸には、さっきの言葉が強く残っていた。
そして、その言葉は、ウォレスにぴったりだという気がした。
ドアの向こうに背中が消えるまで、ぼくはウォレスをずっと見送っていた。
ぼくらはそのあと、すぐ、作戦会議を開き、当分の間戒厳令≠チていうのをしくことにした。戒厳令≠チてのは、サボイの提案で、厳戒態勢っていう意味らしい。ちょっとでもミアイルのやつに密告の動きがあったら、即攻撃ってわけだ。どんな目にあわせてやろーか。みんな、キョーボーな顔になっていくつも提案したけど、
「パンツにゴキブリ三十匹いれてやろーぜ」
とか、
「24時間、あいつの家にピンポンダッシュ攻撃をしてやるのよ!」
とか、しょーもないのばっかりで、さっぱり決まりってのがでなかった。
結局、一週間、ぼくらは交代でミアイルの見張りについたけど、密告の気配は全くなかった。
なぜだろう?
気になった。あいつがあのままひきさがるわけがない。だけど、他に何も対策のたてようがなかった。
とにかく、この事件のおかげで、みんなはいっそう団結した。そうそう、フリルのやつが宇宙戦士同盟に正式加入を認められたのも、この事件のせいだ。
「サイッテーよ! 先生のお気に入りだと思ってエバっちゃってさ。ミアイルなんかより、ビリーやロッカやサボイのがずーっとずーっと好き」
「あったりめーよ、オレらはイボジじゃねーもん! ヤツのケツなんかとは出来が違うのよ」
とかなんとか言って、フリルはすっかりビリーとうまくいっちゃったのだ。もちろん、サボイとロッカは異義なし。ま、しかたないか。
そこで、フリルはコードナンバーALF85に決定だ。
それにしても……。
この事件があってから、ぼくはますますウォレスが気に入っていた。不思議と、最初っからぼくの心をつかんでいたウォレス。ふつうのオトナから見たら、ただのみすぼらしいおっさんに見えるかもしれない。髪はボサボサ、ヒゲだってそったりそってなかったりだし、バーボンと煙草を離したことがないんだ、それと本も。
だけど、ぼくはピンと感じてる。
ウォレスは、他の誰とも違う。他のどんなオトナとも。なんて言ったらいいのかな、大きくて、強いんだ。ウォレスと一緒にいると、なんだかぼくまで男らしくなれるような気がするほど。
そんなオトナに、ぼくは今まで会ったことがなかった。
ぼくはウォレスが言った誇り≠ニいう言葉を、胸の中でくり返してみた。それは、ぼくのピーピー声なんかじゃだめで、ウォレスが、あの低い声で言う誇り≠チて響きじゃなきゃいけなかった。それは、腹の底から力がわいてくるような響きだった。落ち着いてて、力強くて、大人の響き。
自分も、そんな響きが似合うやつになりたいと、ぼくは思った。
ぼくはウォレスがどんなことを考えてるのか、どんな人間なのか、知りたいと思うようになった。だから、前よりも注意してウォレスを見た。
仕事してるときのウォレス。
バーベル・トレーニングしてるときのウォレス。
ひとりで本を読んでるときのウォレス。
そうすると、なんとなく、あれ? と思うようなときがあった。
たとえば、読みかけの本を胸の上において、腕枕しながら、ずーっとどこか遠くを見てたりするんだ。なんて言ったらいいのか、深く沈んでいくような、でも、強く、何かを考えているようなまなざしで……。そんなときのウォレスは、バーボンのびんをラッパのみして笑う時とか、ぼくをあっさり腕相撲で負かす時とは全然、別人みたいに見えた。
ぼくは思った。ウォレスには何かあるんじゃないかなあ。よくわからないけど、何かこう……何かを隠してるっていうか……。
そう、ビリーもこんなことを言ってたことがある。
「な、ウォレスさ、なんで、あんなとこの管理人やってんだろうな」
「なんで?」
ぼくが聞くと、
「なんか、あんなとこにいる感じじゃえじゃん。こう、もっとすげェことしてそうな」
「そうだね。先生よりもいろんなこと知ってるもんね」
マジメな顔してロッカがうなずく。
「すごいことって? 何してたと思うんだ? ビリー」
とぼく。
「なんつーの、こう、スケールがでかいっていうか……わっかんねーけど」
ビリーのカンはバカにならないぞ、とぼくは思った。こいつには競馬場のダフ屋とか、無免許の医者とかへンなオトナのダチがいっぱいいるから、時々、とんでもないことを知ってたりするんだ……。
「ウォレス、ここに来る前は何やってたんだろうな」
ぽつりとサボイが言った。
そうか。ここへ来る前か。ウン……いったい何やってたんだろう。
「科学者だったんじゃない?」
と フリル。
「だって科学のことなら、なんでも知ってるもん」
サボイが肩をすくめた。
「ウォレスは何でも詳しいよ。生物や歴史だって」
ビリーはしきりに首を傾げた。
「わっかんねえ。なみいるオトナの間を渡り歩いてきたこのビリー様も、ウォレスのことだけは、なぜか全然、わかんねえな……」
翌日、何げないふりしてちらっときいてみたけど、ウォレスはニヤッと笑っただけで、何も答えなかった。そうすると、ますます、ウォレスは昔、なんかすごいことやってたのかもしれないという想像が、ぼくのなかでふくらんでいった。そして、それは、絶対そうなんだっていう気持ちに変わった。
ウン、そうに決まってる。
きっと。
だけど、それは何だろう。すごく知りたいと、ぼくは思った。
そう思って管理人室からひきあげようとすると、ウォレスはぼくをひきとめた。
「おい、ダーゼット。今夜、大マゼラン雲をのぞいてみな。もってんだろ、これ」
天体望遠鏡をのぞくかっこうをしてみせた。
「もってる、もってる。なに?」
「十八万年前の光が見えるぜ」
「え……!?」
「超新星の爆発だ。トルメキウス」
なんで今まで気がつかなかったんだろう。ぼくはそのとき初めて、ウォレスも宇宙が好きなんだってことを知ったんだ。
その夜、ぼくは徹夜で宇宙をのぞいた。すばらしく晴れわたって、いつもの倍は星が見える夜だった。
ぼくは気が遠くなるくらい、十八万年前の光のパレードを見続けた。そして、頭の奥がしびれるような、不思議な感覚におそわれながら、こう考えてた。
ウォレスって、もしかしたら宇宙飛行士だったんじゃないのかな……?
ふと、そんな気がしたんだ。それとも、そうならいいなと思ったのかもしれない。きっと、あんまり宇宙を見つめすぎて、まぶたの裏までフワフワ、チカチカ、おかしくなってたせいだろう。どっちにしろ、ガチガチにこごえながらベッドにもぐりこむ頃には、そんなことはすっかり忘れていた。そう、それっきり忘れちまったはずだった……。
[#改ページ]
[#小見出し]  3 ウォレスの秘密[#「3 ウォレスの秘密」はゴシック体]
さて、あのスパイ事件からちょうど十日目、ぼくはまたまたクソおもしろくない思いをすることになった。
その日の三時限目は体育。得意のサッカーだったもんで、ぼくとビリーはすんごくはりきっていた。
「よーし、先にシュートをキメた方を勝ちにしようぜ。負けた方が、今日、秘密基地にメタライズト・セメント、運ぶんだ」
「メタライズド・セメント? ひとりでか?」
「当然」
話は決まった。
試合が始まると、他のヤツがアッケにとられてヤジとばす気もなくなるほど、ぼくら二人だけがシャカリキになった。なんたって、あんな重いモン、ひとりで運ぶなんて、まっぴらだ!
ぼくらは味方同士なのに、ふたりでドリブルをとりあってゴールポストに突撃した。
「まわせ、ビリー!」
「ジョーダン、ボケッ!」
キーパーがびびってひっこむ。
ビリーがヘディングをかけた。
阻止しようとぼくがつっこむ。
間一髪、ビリーがシュート!
そして、そのまま、ぼくはゴールポストに激突していた。
血だらけの足をひきずって、ぼくは保健室に行った。担当のシドニー先生がいないから、テキトーに消毒を始めようとしたときだ(もう慣れてんだよね、ケガの手当て)。ぼくの背中で、あの、世の中でいっちばん憎たらしい声がした。
「どけよ。見えねえんだよ」
ふり向くと、ぼくの後ろに、ミアイルがいた。いや、正確に言うと、ぼくの後ろに病人用のベッドがあって、ミアイルがそこで上半身を起こしてた。ひざにぶあつい本を広げて。どうも、窓からの光をぼくがさえぎって、本が暗くなるっていう意味らしかった。
こんなとこで勉強してやがったんだ。体育、サボリやがって。
「どけよ。見えねえんだよ」
ミアイルがまた言った。ぼくは、ちょっとずれてた体をあれこれ動かして、ぴったりぼくの影が本の上に落ちるようにして体を止めた。ザマーミロ!
ミアイルはぼくをにらんだ。負けるもんか! と思い、ぼくも思いっきりにらんだ。
しばらくはにらみあっていた。ミアイルの目には大人びた落ち着きがあった。正直言って、ぼくは負けそうだった。でもこっちから目を離すわけにいかない。タイミングが思いっきり難しくなった。そうだ、何か言ってやればいいんだと思い、ぼくはあわてて言葉を探した。
「おまえがちょいちょい体育休むのは、やっぱイボジにキレジを併発したせいかよ」
言っちまってから、なんてマヌケなことを言っちまったんだろうと思った。完璧に失敗だ。だけど、しまったなんて顔見せたら負けだ。こうなったら勢いだ。
「このイボジキレジ男!」」
しまった、もっと失敗か……?
だけどミアイルはマジな顔つきだった。
「イボジでもキレジでもねえよ。オレはやりたくないことはしない主義なんだよ。オレにはサッカーなんかより、やりたいことがあるんだ」
「けっ。勉強かよ」
「おまえに関係ないことよ」
ミアイルはひややかに言った。
ぼくはちょっと黙った。次に何言ってやろうか……。だけど、ミアイルが先に言った。
「この前のこと、あれで終わったと思うなよ。いい気になるなよ。卑怯だなんて言われちゃ不本意だからな、作戦を変えようと思っただけなんだ」
なんだって? ドキッとなった。
「おまえがアッと驚くようなことしてやるから、楽しみにしてろ」
「バラすつもりか! いつ?」
やっぱり、その気だったんだ!
「安心しろよ。オレひとりで、おまえらに勝ってやるからよ」
ひとりで? 何する気なんだ、いったい。
もう少しでやつに食ってかかろうとした時、ドアがあいた。シドニー先生だった。
「なんだよ、ダーゼット。またやったって? 今月、何度めだよ。今日は脳ミソも消毒してやっか?」
それでその場は引き分けになった。
包帯してグラウンドに戻りながら、ぼくの頭はミアイルの意味深な言葉でいっぱいだった。
いったいどうするつもりなんだ、ミアイルひとりで俺達に勝つって……。
それにしても。つくづく。とことん。死ぬほど。めっちゃんくちゃんに!
憎たらしいやつ。
ぼくはおんもいっきり宙を蹴った。蹴ったはずだったが……ぼくの足は、宙じゃなく、花壇の鉢植えに激突していた。
次々に十個の鉢植えがばちゃばちゃばちゃとグラウンドに落ちて、砕け散った。そして、もひとつ運の悪いことに、その鉢植えは校長先生が展覧会に出すために大事に育てた、蘭の鉢植えだった。
その日から一ヵ月、ぼくは早起きし、三十分早く学校へ行って、校長先生と蘭の世話に精を出すハメになった。
ミアイルの逆襲に備えて、ぼくらは秘密基地のあちこちにいろんなしかけをした。
もしかしたら、あいつ、ここへ忍びこんで、ペレランディアをぶっこわすつもりかもしれないからだ。
まず、落とし穴。地下道の入口のまわりにぐるっと、いくつも深い穴を掘った。ちょっと見たってわからないようにしたから、通り順を覚えてないやつはイッパツで落っこちる。だけど、こいつを作んのは、モウ、たいっへんだった。じょうぶすぎると人が乗ったって落ちないし、軽すぎると上に乗せたやつが風で飛んじゃう。三日かかって全部できた頃には、ぼくらはちょいとウルサイ、落とし穴のプロだった。
それから、吊りバケツ。地下道へ飛び降りた瞬間、踏んだ板がはねあがって、そいつがロープをひっぱり、天井に吊るしたバケツがひっくり返って水がぶっかかるっていうやつ。これも苦労した。ジャンケンで負けたやつが実験台になって地下道へ飛び降りるんだけど、何度も失敗して、バケツがひっくり返らない。最後に大成功し、頭から水をぶっかぶったのはサボイだった。
あとは監視カメラだ。これはちゃんと二十四時間体制で見張る。サボイんちのテレビと接続してあって、カメラに人間が映るとバイオセンサーが反応してアラームが鳴るようにセットした。つまり夜中に忍びこんでもわかるってこと。
アラームが鳴ってすぐにかけつければ、ミアイルが落とし穴やバケツに手間どってるうちに、ぼくらは防戦態勢につける。
カンペキだ。
ぼくらは顔見合わせて、ニンマリ笑った。
もちろん、他の場合も考えた。ミアイルがペレランディアのコンピューターに侵入して、データを消去したり、変更したりすることも考えられる(やつは、ハッキングの天才だっていう噂だった)。特に、知らないうちにデータを変えられたりしたら、大変だ。いくらがんばってもペレランディアは永久に飛べなくなるだろう。
ぼくらは何があってもペレランディアのコンピューターにやつを侵入させちゃいけない!
サボイとぼくは、めちゃくちゃ複雑なパスワードを作って、厳重にコンピューターをロックした。
とりあえず、こんなところだ。
ところで、このミアイル作戦にシャカリキになってる最中、ぼくをドキッとさせるようなことがあった。
シャベルが足りなくなって、ちょっと借りてこようと、管理人室へ行ったときのことだ。
ウォレスはいなくて、電話のベルが鳴っていた。ぼくはかまわず、シャベルを勝手に探してたんだけど、ベルは死ぬほど鳴り続けてる。
そうだ、イタズラしてやれ。
ぼくは受話器をとった。口でオナラのマネをやろうとしたときだ。
「……ポードキンに……会わせてくれ」
かすれた男の声が、とぎれとぎれにそう言った。
ぼくは思わず、叫んでいた。
「も、もしもしっ? もしもし?」
電話は、それで切れた。
まさか。ポードキン……? いま、確かにそう言ったよな。
伝説の英雄。消息不明の宇宙飛行士。キャプテン・ポードキン。
それとも聞き間違いか……?
かすれ声で、聞きとりにくかったし……。 早トチリかもしれない。ぼくの頭の中にはいつもポードキンのことがあるから。
でも……。
そのとき、ウォレスが部屋に入ってきた。
「おい、こら、ダーゼット。電話とったのか?」
「あっ、へへっ」
ぼくはあせった。
「オレ、何も言ってないよ!」
「誰から?」
「間違いみたい!」
ぼくはあわてて部屋を飛びだした。
きっと聞き間違いだ。無理矢理、そう納得していた。そう。あとになって、この電話が、大きな謎につながっていくなんて、そのときは想像もしなかったんだ……。
ミアイル対策のせいで、ペレランディアの作業は四、五日遅れた。
「けけっ、あとはまかせろっ」
ビリーは、しかけ作りがすっかりおもしろくなっちまって、もういいってのに、新しい落とし穴のアイデアを練りだした。ぼくとサボイは、すぐにブランチ・コンピューターの修理を再開だ。遅れた分、意地でもとりかえしてやらなきゃ気がすまないじゃないか。
サボイがB1からB10、ぼくがC1からC10の担当だ。
C1には異常がなかった。問題はC2だ。これは主に姿勢制御を行ってるコンピューターなんだけど、こいつは時々、気絶したり暴走したりすることがわかってきた。原因はさっぱりわからない。気絶してるときに損傷箇所をチェックしようとすると、ちゃんと動きだす。だけど動いたぜっ、とホクホクしてC3にとりかかると、またとんでもない暴走を始めるんだ。
ったく気まぐれなやつ。まるでフリルそっくりだ。
ぼくはこっそり、こいつにサボテンパンツ≠チてニックネームをつけてやった。
ぼくがうんざり、サボテンパンツ≠フおもりをしてるうちに、サボイはB4まで進んだ。そしてB5まで、しっかりチェックし終わったとき、すっとんきょうな声をあげた。
「そーか、磁気もれしてたんだ、磁気もれ!」
重力を発見したニュートンみたいに興奮した声。
「なになに?」
「磁気もれ?」
みんな、手を止めて、わいわいサボイのまわりに集まった。
「どーもおかしいと思ってたんだよねー。エンジンの励起室が磁気もれしてちゃ、パワー上がんないよなあ」
つまりB5が磁気もれを教えてくれたんだ。
「ねえねえ、何のことなの、それ」
フリルに聞かれて、サボイがちょっと得意そうに説明した。
「つまりね、長い間ほっぽってあったから、磁気密閉シールドが不完全になってたわけよ」
「わかんない」
フリルはしゃがみこんだ。
「とにかく……」
サボイは考え込んだ。
「モノポール・マグネトロン・センサーで、磁気もれの場所を探さなくちゃならないな……」
「モノポール・マグネトロン・センサー? 手に手に入るか? ビリー」
とぼく。
ビリーが眉をしかめた。
「ああ、エドガーじいさんに頼みゃ、なんとかくすねられたかもしれねえけどなあ……。じいさん、先週、あの世へ、くたばっちまったからなあ」
「くたばった?」
ロッカが目をまるくした。
「アーメン」
「買うしかないな」
とぼく。
「そんなお金、あんの」
フリルが絶望的な声をだした。
みんな、無言になった。
頭いてえなあ……。ぼくも実は全然、金がなかった。この前、オプト・エレクトロ・コンバーターを買うんで、臨時こづかいをねだったばっかりなんだ。またくれなんて言ったら……。
かあさんのガミガミ声が浮かぶ。
あーあ……。
「しゃーない、なんとかしようぜ。明日、あり金、全部かき集めてみよう」
ぼくの提案に、みんなシンコクな顔でうなずいた。
帰り道、ぼくの頭は、お金のことと磁気もれのことでいっぱいだった。
まずいよなあ……磁気もれは完璧になおさないと大変だぞ。大事故にだってつながるんだ。
ぼくは、グリーンプラネット号の爆発事故を思い出した。二一三九年、ポードキンが八十八名の人命を救助した、あの事故だ。あれも確か、エンジン励起室の磁気もれが原因だった。そういえば、あのときのことが、くわしく書いてある本があったはずだ。えーと、「MPMエンジン概説」っていったな。ぼくは急に、その本を調べたくなって、図書館の方へひき返した。
図書カウンターはすいていたから、ぼくはすぐに貸し出しスイッチを押した。すると、赤いランプがついた。
<貸し出し中>
ちぇっ。ついてねーのっ。
がっかりして帰ろうとして、ぼくはあることを思い出した。
こんな時はいつも……そうだ、今日ももしかしたら……。
ためしにメモリーバンクを呼び出してみる。すると、青いランプが、借りてるやつのナンバーを映し出した。
<RB57805>
やっぱり、あいつだ!
ぼくのライバル、RB57805。またやつが借りてるんだ。こういうことは、今までにも何度かあった。そう、こいつは、ぼくが小さかったときからいつだって、ぼくと同じ本、同じディスクを借りまくってる謎の人物なんだ。特に「幻の七隻とペレランディアの伝説」なんか二十五回も借りてるんだ(ぼくは三十回超えてるから、ぼくの方が勝ってるけどね)。
くそっ、またしてやられた。
ほんとに、誰なんだろーな、こいつ……。
家に帰ってからも、ぼくの頭は金策でいっぱいだった。いったいどうやったらモノポール・マグネトロン・センサーを買えるのか? けど、それを考えながら、ベッドで寝ていたぼくに、真夜中、おそろしいくらいのラッキーが襲いかかったんだ。
パーティーから帰ってきた母さんが、ドアをあけて、ぼくを襲撃したんだ。母さんは、自分が担当したブラニガン・デパートのディスプレイが賞をとったとかで上機嫌だった。(かあさんは広告の仕事をしてるんだ)
「ねえ、ダーゼット。ブラニガンさんが臨時ボーナスくれちゃったの。すてきでしょ?」
よっぱらった母さんは寝ていたぼくをわざわざ起こして、ぎゅっと抱きしめると、ブラニガンさんはいい人だとか、あの人と再婚してもいい? とか、きゃっきゃとしゃべりながら、百ポート札を三枚、ぼくの手にぐいぐい押しこんだ。
「いつもあんたに寂しい思いさせてごめんね」
酒くさい息、はーはーふっかけちゃってさ。
やった! 臨時こづかいだ!
ラッキー!
朝になって気が変わってるといけないので、ぼくは、母さんが起きる前に、ポケットに三百ポートねじこんで、急いで学校へ飛び出した。
そして、次の朝、日曜日、すぐにモノポール・マグネトロン・センサーを買うと、秘密基地に一番乗りした。
驚くぞ、みんな! マグネトロン・センサーが目の前にあるなんて!
ま新しい包みをかかえ、ぼくはサイコーの気分で地下道に飛びこんだ。
飛びこんだとたんだ。ぼくは立ちすくんでいた。
ペレランディアの入口があいてる。
誰かいる! 中に。
ゴクンとツバをのんだ。
こんな朝早く、まだ誰も来ていないはずだ。
誰かに見つかったのか……!?
ミアイルか……?
ぼくはそっと、ペレランディアに近づいた。そして静かに船内に入り、コクピットへ忍びよる……。
コンソールが規則的な音をたててるのが聞こえた。
誰かがペレランディアを動かしてる!
ぼくは一呼吸おいて、コクピットをのぞきこんだ。
何か、コンソールのはじにのっているのが、まず見えた。本だ。表紙に、宇宙船の絵が書いてある。タイトルは……、
「RETURN TO……」
そこまでしか見えない。
ぼくは少しずつ体をずらして、もっと先の方へ目を走らせた。
太い腕が見えた。それと栗色の髪。
なあ〜んだ。
あんまりほっとして、ぼくはへたりこみそうになっていた。
ウォレスだ。
なんだよォ、おどろかせないでよ、ウォレス……ぼくはそう言いかけて、言葉をのみこんだ。ウォレスは、今まで見たことないようなマジな顔つきで、コンソールを操作していた。鋭い、澄んだ目。強く、考えをこらしてるみたいな。そしてなめらかな指の動きに合わせて、ペレランディアはきびきびとした気持ちのいい音をたてていた。なんて言っていいか、それには迫力があった。ぼくらがいじるのとはケタはずれな何かがあるってことが、ひと目でわかるくらいに。
「エンジン励起室の磁気もれ箇所をチェックしてくれ。モニターに変換する」
ウォレスはテキパキとコンピューターに指示していた。
<ハイ。四十秒、お待ちください>
「ブランチ・コンピューターE2が律速段階になってる。ファイバーケーブルがショートしてるんだ。まずここを直さなければならない。それから」
えっ、そうだったの? ぼくがおたおたしてる間に、ウォレスは続けた。
「オリジナルエンジンのままじゃパワーが足りない。改造パーツをつけなければ、ペレランディアは飛べないだろう。電磁エネルギーを憎幅させるユニットだ。サボイに相談してみなくちゃ。な、ダーゼット」
ぎくっ、とぼくは飛び上がった。ウォレスはニタリとふり向いた。
「気がついてたの? ウォレス」
「おまえこそ、なぜ声、かけなかったんだ?」
ウォレスはシートの上に立て膝ついてぼくを見た。この目なんだよね、うん。ぼくなんか、へその裏まで見すかされてるってカンジの目。だけど、あったかで……。
なんて言おうか。ウォレスの前で、つまらない返事したくない。だけどそのとき、ウォレスの携帯に通信が入った。
「おっと。ドレイファス所長から連絡だ」
ウォレスは立ち上がった。行っちゃうのか。もう少し、ウォレスと話していたい気がした。
「じゃな」
ぼくの肩をたたき、ウォレスはコクピットを出ていく。
「さっき言ったこと、よく考えてみろよ」
「えっ!? 何!?」
「改造パーツのことだよ。聞いてただろ。それからほら。モニターに磁気もれのチェックが出てるぞ」
ぼくはあわてて背中に呼びかけた。
「ウォレス、スゲェ詳しいんだ! なんで今まで教えてくれなかったの? 手伝ってよ! ウォレスがいりゃ、ペレランディアはすぐに飛ぶよ!」
ウォレスは地下道を出ていきかけてふり向き、笑った。
「あまえんな。自分でやれ」
「あっ、そうだ」
ぼくはウォレスが本を忘れてることに気がついた。
「本、忘れてるぜ、ウォレス!」
そしてその時、なぜだか突然、ぼくのアタマに本のタイトルがひらめいた。
「RETURN TO MARS」
そうだ!
さっき見たあれ、「RETURN TO MARS」だ! 新刊の、火星基地のドキュメンタリー!
「ほら『RETURN TO MARS』、いま、とってくる」
「いいんだ、ダーゼット」
ウォレスは行きかけたぼくを呼び止めた。
「おまえに貸してやろうと思ったんだよ。好きなんだろ」
ニコッと笑うと、ちょっと敬礼サインして、ウォレスは出ていった。いつものクセグッドラック≠チて言うときの、あのサインだ。
ぼくはしばらく、ウォレスが出ていった方を見つめていた。またひとつ、ウォレスのすごさをみつけたような気がした。
ウォレス……カッコいいなあ……。
思わずぼくは、口に出してつぶやいた。そして、グッドラック≠フサインをまねしてみた。そのときふと、なんだかこのサインを、どこか他のところで見たことがあったような気がした。どこでだったかな?
ぼくはその日、ずっとグッドラック≠練習しながら、ペレランディアの作業をした。けど、とてもウォレスみたいにカッコよくは、できそうもなかった。
その夜、ベッドのなかで、ぼくはウォレスに借りた「RETURN TO MARS」を夢中で読みふけった。五十年前、火星基地で働いていた宇宙飛行士、ゴードンのドキュメンタリーだ。
赤い運河。
ふたつの月、フォボスとディモス。
砂ぼこりをあげて着陸する銀色の宇宙船。
火星を愛し、そこに基地を建設していく男だちのドラマ。
めちゃめちゃ、おもしろかった。
だけど、ぼくはやっぱり、ゴードンがポードキンの冒険について書いてるところが一番好きだった。
ゴードンは、モルディー3号(ポードキンが、初の太陽系外単独飛行したときに乗っていた船だ)の整備をして以来、ポードキンとはかなり親しくつきあっていたらしい。おかげで、今までの本やディスクに出てこなかったことまでいろいろ知ることができた。
ポードキンがオベロンに不時着して、酸素タンクの事故を未然に防いだこと。
初めて太陽系外に出たときに見た、壮大なノヴァ現象。
それに、グリーンプラネット号の事故のこと。事故発生から脱出までの九十五分、八十八人をどう誘導したか。ポードキンが最後の一人、少女を救助して二分後、船は大爆発を起こして砕け散ったこと……。
何から何まで、興奮するようなことばかりだった。
そして、ポードキンの章の最後に、ゴードンはこんなふうに書いていた。
<あれほどの男には、私はもう、二度と会うことができないだろう。ポードキンはまさしく英知と勇気にあふれた、全宇宙飛行士の誇りといっていい人物だった。私には、彼が、ALF80ともども絶命したとは到底、思えないのだ。私はいまでも、彼が不屈のバイタリティでペレランディアを発見し、地球に帰還するのではないかという妄想におちいることがある>
そうか。ぼくだけじゃなかったのか。最初にALF80とポードキンのことを知ってから、ぼくはひそかに思ってたんだ。
ポードキンは、いつか帰ってくるんじゃないかって。ペレランディアをみつけ、跳躍航法で、一瞬のうちに時空をこえて、地球に戻ってくるかもしれない……。
だけど、さすがウォレス、ぼくの好きな本、わかっててくれるんだな。この前、いつか絶対、オレがペレランディア見つけるんだって言ったこと、覚えててくれたんだな。
ひさしぶりにポードキンの話を読んで、ぼくは気持ちよく上気してた。半分読んだところで、気がついたら十二時を過ぎてたけど、まだまだいつまでだって読めそうな気がした。ぼくはどんどん読み続けた。
だけど、知らないうちにうとうとと眠りかけてたらしい。そう、本を開いたまま、ぼくはぐいぐいと睡魔にひきずりこまれていったんだ……。
どれくらいたったろう。
「あっ!!」
いきなり声をあげ、ぼくは飛び起きていた。
ウォレスの夢を見たのだ。
ウォレスはスペーススーツをつけ、だだっぴろくて深い、音のない宇宙空間をふわふわ漂っていた。そして、こっちを向くと、白い歯を見せてニッコリ敬礼した。
「グッドラック!」
いつの間にか、そこは宇宙船のコクピットに変わっていた。
宇宙船……それはALF80だった!
ポードキンが座るキャプテンシートに、ウォレスは座っていた。
そう、ウォレスはポードキン、その人なのだ!
ぼくはベッドから飛び出し、パソコンにかじりついた。そして、「幻の七隻とペレランディアの伝説」の映像を取り出した。赤いランプがつき、すぐに3D映像が浮かび上がる。早送りでポードキンの顔を探す、探す……。
あった!
「グッドラック」
ポードキンは笑顔で敬礼していた!
どこかで見たと思ったのは……ポードキンだったんだ、この手の上げかたは!
ぼくの心臓は熱湯につっこんだみたいにドカンドカンとあばれだしてた。
ぼくは画像を止めた。そしてじっと見た。これほどじっと、体中、目になったみたいに人の顔を見たことはなかった。
その顔は、ウォレスみたいに見えた。ウォレスとは全然、別人にも見えた。ポードキンはヒゲづらで、ウォレスにはヒゲがない。ポードキンは長身で、ウォレスは……ウォレスもだ。ええい、それにしても、じゃまなヒゲだ!
でも。まさか?
ムチャクチャすぎる。ウォレスがポードキンだなんて。
だけど、なぜ、ウォレスはあんなに宇宙船にくわしかったんだ? それに……あっ!!
ダイナマイトみたいに、電話の声がよみがえった。
「ポードキンに会わせてくれ」
あの電話! ぼくが管理人室でとった謎の電話。
ぼくの頭はうわすべりに興奮し、カンカンにボーチョーした。
ポードキンの顔を、どれくらい見てたろう?
あんまり見てたもんで、似てるのか、似てないのか、さっぱりわからなくなってしまった。
ぼくはプリンタースイッチをONにして、スクリーンからポードキンの写真をコピーすると、母さんの部屋へとびこんだ。
「ねえねえ、母さん、母さん!」
寝ているかあさんを揺り動かした。
母さんは寝ぼけまなこで目をこすった。
「な、なにィ……?」
ぼくはポードキンのコピーとウォレスの写真をつきだした。
「これとこれ、同じ人だと思う!? ねえ!」
「あん……?」
何が何だかわからんって顔で、母さんは起き上がった。
「何時よ、今……? 二時ィ?」
悲鳴をあげて、またバタンとベッドに倒れこみ、毛布をかぶる。
「あした、早いのよ。ブラニガンさんの店で店装替えが……ムニャムニャ……」
「ねえ! すっごく大事なことなんだ! お願い! 起きて」
ゆするけど、ウンともスンともいわない。
「ねえっ、母さんたらっ」
するとその時、ぐたっと毛布かぶってた母さんが、いきなりがばっと起き上がった。
「ダーゼット!」
母さんはいたずらっ子みたいに目を光らせた。
「あんたはなに、ひとりでコーフンしてるんだア? こんな夜中に!」
答えるより早く、母さんはとびかかってきた。
「いつからそんな、わがままになった!? こらあっ」
あっという間に、ぼくは毛布でミイラにされて、ぎゅうぎゅうしめつけられた。
「うわっ、やめろ、やめ……」
「まいったか、ワンパクめ! コーサンしろ!」
「まいった、まいった、コーサン」
ぼくは叫んだ。
「よろしい」
次の瞬間、ぼくは二枚の写真をかあさんの目の前につきつけていた。
「これとこれだよ! 同じ人だと思う?」
つくづく、しょうがないヒトねって顔で母さんはぼくを見た。
「負けた」
母さんは笑って、ぼくのおでこをつつくと、スタンドの明かりをつけた。
「どれ?」
写真を受けとると、しばらくじっとふたつの写真を見比べる。
「どう?」
母さんは、小さくあくびした。
「ぜんぜん違う」
翌日、ぼくは寝不足のシボシボ目で、一日中ぼーっと教室に座っていた。
あんまり様子がおかしいんで、フリルが怪物オンナのエイミーと顔をのぞきにきたくらいだ。
「ダーゼット。バカやりすぎて、ほんとにバカになっちゃったの?」
「目、さましてあげましょうか」
エイミーがプロレス技をかけるときの合図に、指ならしを始めた。
「るせーっつの! 考えたいことがあんだよっ」
ぼくは屋上へ飛んでいった。
「まさか……ね」
風に吹かれて、遠くを見ながらぼくは考えた。
「でも……」
ゆうべから、ぼくはまさかとでもの間を三百回も行ったり来たりしていた。
ウォレスがポードキン。
物理的には決して不可能なことじゃないはずなんだよな。たとえばALF75号。これは二一四二年に打ち上げられ、行方不明になって八年後二一五〇年に地球に帰還した。ところが、宇宙飛行士たちは全く年をとっていなかった。あたりまえだ。跳躍宇宙船なんだから、八年は、彼らにとって一瞬の出来事だったんだ。
だからALF80だって……。
三十二年前に飛んだALF80が、いつ、地球に戻ってきたとしても不思議はないし、乗組員がその間、年を全くとっていなくても当然なんだ……。
ぼくは考えた。
それにあの電話……。
いったい誰からだったんだろう……。
考えれば考えるほど、何もわからなくなった。
あきらめて、ぼくは教室へ帰った。帰ったとたん、大爆笑が、ぼくを待っていた。あんまり考えこんじゃって、すっかりベルが聞こえなかったんだ。十五分も前に授業は始まっていて、おかげでぼくは、残りの時間、ずっとピータース先生の横に立ってなくちゃならなかった。
放課後、ぼくとフリルとビリーは一緒に秘密基地へ向かった。
「ったく、どーしちゃったのよ、今日は」
「今日だけじゃねーよ、いつもアホじゃん、こいつ。脳みそ、しょっちゅう、お出かけ中なんだよ」
「お出かけ中?」
「そう。たまに帰ってくると、アホウ鳥が留守番してっから、また出てっちゃうんだ」
ふたりで声をあげて笑った。
だけどぼくには、笑い声なんか、どーでもよかった。頭の中はウォレスだらけだった。すると、ふいにフリルが言った。
「そういえば、ウォレスさあ」
「えっ!? ウォレス!?」
ぼくがいきなり食ってかかったので、フリルはのけぞった。
「な、なによ……」
「ウォレスがどーしたって!?」
「……どっか悪いのかなと思ったのよ」
「え!?」
「病院で見かけたのよ。二度も。今週と先週の木曜日、あたし、おじいちゃんのお見舞いにメイラウンド病院に行ったんだけど、そのとき見かけたの。声かけようと思ったんだけど、どっか行っちゃって」
なんだ。そんな話じゃないんだ。ぼくはまたまた黙りこくった。だけど、黙りこくった瞬間、すばらしいアイデアがひらめいていた。
「あっ! そうだ。『ザ・グレート・ポードキン』だ」
ぼくはあわててUターンした。
「な、何よ、どしちゃったの?」
「先行ってて。オレ、あとから行く」
猛然とダッシュだ。
ポカンとなってるふたりを残して、ぼくは図書館へ飛んでいった。
そうなんだ。ポードキンの伝記「ザ・グレート・ポードキン」に、ポードキンの若い時の、ヒゲなしの写真が一枚載ってたはずだ。 あれを見れば、きっとわかる!
ぼくは息を切らせて図書館へ飛びこむと、すぐさま貸し出しスイッチをひっぱたいた。青いランプがつく。よし、今日はあったぞ。
本はすぐに送られてきた。ぼくはゾクゾクときて、立ったまますぐにページを開いた。確か、はじめの方だ。そう。まだポードキンが訓練生の頃。
そして、ぼくは息をのんでいた。
写真は消えていた。
そのページはそっくり、誰かの手でひきちぎられていたのだ。
しばらく、ぼくはそのままつっ立っていた。
いったい、いつ……誰が……?
確か、ぼくが最後に借りたのは、一年くらい前だった。その時は確かにあったんだ。
そのとき、ぼくの頭にあることがひらめいた。
そうだ、もしかしたら!
すぐに、ぼくはメモリーバンクを呼び出した。そして、そこに、おそろしいくらいにぼくの予感どおりの答えをみつけたのだった。
ぼくの市民番号RB57213の後にこの本を借りているやつは、たった一人しかいなかった。
<RB57805>
ぼくは、食いいるようにその青い字をみつめ続けた。
ぼくはフラフラと秘密基地に向かった。頭の中には、三つの文字と、「?」マークがぐるぐる回っていた。
[#ここからゴシック体]
ウ ォ レ ス
?↓   ↑?
ポードキン → RB57805
[#ここまでゴシック体]
ぼくはウォレスに会わなくちゃならなかった。会って、確かめるんだ、本当のことを。
秘密基地が近くなるにつれ、ぼくの鼻息が荒くなるのがわかった。
「ウォレス、入るぜっ」
ぼくは管理人室に乗りこんだ。
静かだった。
「ウォレス……いないの……?」
部屋にはコーヒーのにおいがひろがっていた。壁にはぎっしりと本。棚に入りきらずに、床にもいっぱい、積み重なってる。宇宙物理学の本、航空宇宙史の本……。そういえば、宇宙関係の本が、なんだか多いような気がする……。
そうだ。何か、証拠はないかな? きっと、この部屋のどこかに証拠がある。あのベッドの下かな……? ぼくは腹ばいになった。
「何してんだ、ダーゼット」
ぎくっと飛び上がって、いやってほど頭をぶつけた。ウォレスが入口に立っていた。
「べ、べ、べつに、ほら、ゴミが落ちてたから」
ぼくはあわててゴミを探した。ゴミはなかった。どうやって言いわけしよう……。冷や汗がでてきた。でも、ウォレスは何にも気にしてないみたいに書類を机に広げて仕事をはじめた。ぼくはその背中をじっと見た。大きな背中だった。
ポードキン……かもしれない
たぶん……いや、きっと、そうなんだ……。
ぼくはボーッと舞い上がっていった。
ゴクリと、ツバをのんだ。心臓がドキドキ早くなる……。
「下へ行かなくていいのか?」
ウォレスが背中で聞いた。
「う、うん」
ぼくは口ごもった。
「話があんだ、ウォレスに」
調子っぱずれな話し方だった。
「話?」
ウォレスはふり向いた。
「なんだよ」
「あ、忙しくないの?」
「いいよ。話せよ」
「そう……」
何て言えばいいんだろう。ウォレスは、じっとぼくを見ていた。ますます、ぼくはあがってしまった。
「何もじもじしてんだ、しょんべんか?」
「ウォレス、市民番号いくつ?」
急に言葉が飛び出していた。
「え?」
「市民番号だよ。RB57805じゃない?」
「違うよ」
あんまりに、あっさりしていた。ぼくは絶句してしまった。
「それがどうしたんだ?」
とウォレス。
「うん、あの……あの、さあ……」
ぼくはなぜだかあとずさった。あとずさったのはいいんだけど……。
「おい、ダーゼット、うしろ!」
次の瞬間、ぼくは後ろに積んであった本の山になだれこんで、みごとしりもちをついていた。何十冊もの本がドドドーッとぼくに襲いかかり、ぼくはあっという間に本の下敷きになっていた。
ウォレスは爆笑した。
「なにやってんだよ、ダーゼット」
やっとのことで、ぼくは本の中から起き上がった。
「あ……か、片づけなくちゃ」
「ちょうどいい。整理しようと思ってたんだ。手伝ってくれるだろ?」
ウォレスは、おかしくてたまらないって感じで本を片づけだした。ぼくもあわてて手伝った。
なんだか、すっかり意気ごみがへなへなになっていた。それに、自分がすごいアホに見えた。落ち着け、落ち着こう。ちょっと深呼吸し、ぼくはためしにまわりを見てみた。
本はたくさんあった。ひとつずつ手にとってみると、宇宙関係の本だけじゃない、建築の本とか、法律の本とか、ドキュメンタリー、よくわからないけど、いろんなジャンルの本があるみたいだった。
うちには本なんてほとんどない。どこのうちだってそうだ。ワールドライブラリーでいろんな3Dディスクが借りられるから、わざわざ本でよまなくちゃならないことがあると、すごくめんどくさいって気がした。ぼくが読む本は宇宙関係の本だけだ。
「これ、みんな読んだの?」
「みんなじゃないな」
ぼくはハシゴにのって上の本を担当し、ウォレスは中段を担当した。
「ここにある本は、ディスクじゃ出てないやつなんだ?」
「だいたいそうだ。だが、ディスクで出てるやつでも本で読むときもある」
「ふーん」
「本で読んだ方がパワーが出ると思ったときは、本にするのさ」
「パワー?」
ぼくはちょっと手を休めた。
「そう。本を読むのはめんどうだろ? めんどうだし、努力がいる。目で映像を追うのと違って本気で本の内容を理解しようとすると、集中し、頭を使わなければならない。だから、深く理解することができるんだ。理解のパワーが出るわけだ」
ヘー、そんなものかなぁ……。
ウォレスは笑った。
「3Dづけになってると、考える力がなくなるぞ。感じる力も弱くなる」
「アタマ悪くなるってこと? 成績とか」
ウォレスは手を休めずに話を続けた。
「そうだな、ちょっと違う。なぜ、本を読むのか。それは、深く、細かくものを考えられるように、脳を鍛えるためなんだ。考える力を鍛えるってことだな」
「考える力を鍛える……」
「考える力があれば、何か困ったことが起こったときとか、自分の未来を選ばなくちゃならないときとかに、ちゃんとした行動をとれるようになる。いい判断や正しい選択ができるようになるはずだ。」
「そのために本を読むの?」
「そう。人間を鍛えるためにね」
そんな話は聞いたこともなかった。勉強するのは、いい成績をとっていい学校に入るため。いい学校に入れば、いい人生が送れるって……大人はそう考えてるもんだと思っていた。ぼくはぼけーっと、ウォレスの横顔を見ていた。手は、すっかりお留守になっていた。
「だから、テストの点がいいってことと、考える力があるってことは、一緒じゃない」
「うん、そうだ!」
嬉しくなった。
「ミアイルなんか、テストの成績いいけど、根性は曲がってるもんなー!」
「そうかな」
とウォレスは言った。
「あいつ、なかなか見どころあると思うぜ」
へっ……? となった。
「うそだっ、どこが?」
ウォレスは答えずに、ニヤニヤ笑っていた。
ちょと不満だった。だけどウォレスは知らん顔して、本を重ねてる。しかたないので、ぼくものろのろと本を片づけだした。
「……オレ、本、いっぱい読んだ方がいいかな」
ウォレスは、ん? という顔でぼくを見た。ぼくは、おそるおそる聞いた。
「すんげーいっぱい読まなくちゃ、やっぱりだめかな」
「いっぱい読めばいいってもんでもないけどな。本なんか読むより、恋人のこと考えたり、友達とケンカしたりする方がずっと、人間を強くしてくれる場合もある」
ほっとした。本はあんまり得意じゃない。
「じゃ、どんなのを読めばいいの?」
「そりゃたくさんある。それより、大切なことは本当にいい本に出会ったとき、それを自分が感じとれるかってことだ。本だけじゃない。3Dディスクだって、人間だって、そうだ。本当にすばらしい人間、花だっていいな、それに出会ったとき、そのすばらしさを、どこまで深く理解したり、感じとることができるか。そして、どこまで深く、好きになれるか……そういうことのほうが大切かもしれないな……」
なんだかよくわからないところもあった。だけど、わからないなんて顔をしたくなかった。わからなくても、ぼくはウォレスの言ってることが、じゅうぶん好きになれた。
やっぱり、ポードキンなんだ……。
直感的に、ぼくは思った。
「あ? どうした?」
ぼくがあんまり見てるんで、ウォレスは顔をあげた。
「ううん。なんでもない」
やっぱりきけないや、とぼくは思った。そんなことをきくのは、すごく恥ずかしいことのような気がした。きかなくて、いいことなんだ。好きな女の子に、わざわざ好きだなんて言わないのと同じだ。
そうだ。ぼくは決心した。ウォレスが自分の正体を隠してるのは、きっと何かスゴイ秘密があるからなんだ。ぼくはこっそり、そいつをつきとめてやろう。そして秘密がわかったら……。そのとき、ウォレスに、そのことを……言ってみる。いや、言わなくてもいいな、うん。その方が男らしいかもしれない。
とにかく、これはぼくだけの秘密だ。ぼくは今日から秘密をもって生きてくんだ!
なんだか、少しオトナになった気分がして、この考えは悪くなかった。
それからふたりで、いつもみたいにジョークなんかを言いながら、一時間くらいで本の整理をすませた。
「じゃあね、ウォレス」
心の中ではポードキン! って呼びながら、ぼくは管理人室を出た。
その夜、うちに帰ってから、ぼくはノートに箇条書きしてみた。
秘密をつきとめるには、だ。
1 電話をかけてきたやつが誰か、探す。
2 破られたページのこと。RB57805を探す。
書いてみてから、うーん……とその字をにらんだ。
どーやって探しゃいいのかなァー。
全然、見当がつかなかった。
うーん……。
あきらめて、寝ることにした。
とにかく明日、秘密基地の仕事が終わってから図書館でも行ってみるかな……。
そのまま、すぐに寝てしまったのだが……。
翌日、やっかいなことが起こってしまい、とても図書館どころじゃなくなってしまったのだった。
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[#小見出し]  4 「宇宙戦士同盟」出稼ぎにゆく[#「4 「宇宙戦士同盟」出稼ぎにゆく」はゴシック体]
ウォレスと本の整理をした翌日のことだ。
放課後、ぼくは校長センセのらん≠フ展覧会の受付をやらされて(くそっ)、ちょっと遅れて秘密基地へ行った。
地下道へ飛びおりたとたん、フリルの悲鳴が聞こえてきた。
「え〜っ! そんなの、ムリに決まってるじゃない」
「でも、どうにかしないと……」
口ごもるサボイの声。
また何かモメてんな。もう、このときに、いやーな予感がしてた。
「どしたんだよ」
「あ、ダーゼット、遅いじゃない」
みんなそろってしょぼんとしてる。
ロッカも大きなため息。ビリーまでめずらしく黙りこくって腕ぐみしてんのは、どういうわけだ?
「何があったの?」
サボイに聞くと、フリルが説明した。
「お金がいるのよ。大金」
「えっ? またア? この前の残りは?」
「全然足りないんですって。なんとかいうフィルター買わなくちゃならなくて」
サボイがつけ加えた。
「エネルギー抽出フィルターEEFだよ。いまのでもつかと思ったら、やっぱりだめなんだ。モノポール・マグネトロンがちょっとずつもれちゃうんだよ」
「そうそう!」
わかりもせんのに、フリルがシンコクな顔でうなずく。
「それに、アンチ・モノポール・マテリアルも足りないんだ。これも買わなきゃいけない。それから」
それから? まだあんの?
「この前、ダーゼットがウォレスからきいたやつ。パワーアップ用の改造パーツさ、調べたんだけど、SST社のPOWER−X≠チてのじゃなきゃだめみたいだ。これが一番、高いんだよね」
「それで……?」
ぼくはゴクンとツバをのんだ。
「いくらいるんだ、全部で」
サボイはため息をついた。
「六十万ポート」
「六十万ポートォ!?」
ぼくとフリル、ロッカは、悲鳴をハモっちまった。
しィんとなっちゃって、誰も、何にも言えなくなった。
「六十万ポートつったら、えと、えと……」
ロッカが両手の指を折りだした。
「ハンバーガー何個分だろ? 一個五ポートだから、えと……」
「ハンバーガーなんか、毎日食べたって、一生あまっちゃうくらいよ」
とフリル。
「一生なんてオーバーな」
サボイが笑っても、誰も笑わなかった。
「どうするの? そんな大金」
ロッカが悲しそうにぼくを見る。
「今持ってる分だけでも数えてみようぜ」
ぼくとサボイは、ペレランディアのコンソールの中に隠しといた貯金箱をひっぱり出した。
そこには十六ポートしか入っていなかった。
「あーあ。最初は二百二十五ポートはあったよなア」
しゃあないってわけで、ビリーをのぞいた四人は、サイフを逆さにしたり、ポケットをひっくり返したり、バスの定期を買いなさいって親に渡された金なんかも、みんなあきカンの中にかき集めてみた。
でも、たかが知れてた。この前だって集めたばかりなんだ。
そっくり全部合わせて三十七ポート。
ナサケナイ……。
五人、じとーっとあきカンの中を見つめたまま、声もなかった。すっかり、お手あげのため息。
「六十万ポート……ねえ」
ロッカがへたりこんだ。
「だめだ、もう」
「ユーカイでもすっか、ミアイルでも」
ギャグのつもりで言ったんだけど、全然ウケなかった。みんな黙りこんで、いっそう深刻になった。
「だいたい、ダーゼットって計画性ないのよねえ。幼稚園の時も、おこづかいもらうとすぐ宇宙船のプラモ買っちゃうし」
それとこれは関係ないだろ。
フリルをにらんだときだ。
「よしっ」
いきなり、ビリーが指を鳴らした。
ギッタラギッタラ、歯をむきだして笑いながら、ビリーは立ち上がった。
「オレにまかせな。超いい考え、浮かんだぜ」
得意のガッツポーズ。
「なんだ、超いい考えって。今までずっと考えてたわけ?」
「そうよ。オレは、オロオロする前に、ここ使うんだな」
頭をたたく。そして、これ以上の悪だくみはないって感じで目を光らせながら、ビリーは、今できあがったばかりの計画を、みんなに説明しはじめた。
そして十分後。
五人の顔には、そろいもそろって、ビリーとおんなじ笑いが浮かんでいた……。
その日の夜、みんなは家で夕食をすませたあと、駅に集合した。それぞれ、ウソのいいわけで家を飛び出してきたもんで、コーフンしてた。なんたって、ちょっとオトナにゃ言えないとこへ、これから乗り込むんだ。そう、ウォレスにさえ内緒。
「オレ、ドノバンに呼ばれたって言っちゃったよオ〜」
「あたし、エイミーんちでパーティーするって!」
みんな、ゾクゾクきてた。ホントに行くのか? あんなとこに。でも、わくわくしてくる。うまくいったら、六十万ポートだ。
「行こうぜ!」
五人とも浮き足だっちゃって、誰も見てやしないのに、何度も後ろふり返ったりなんかして、そわそわとホームに出た。ビリーだけはすっかり落ち着いたもんだったけど。
電車がすべりこんできた。ドアがあく。
「あっ」
ビリーが声をあげた。
「まじぃ! ミアイルだ」
ミアイルが降りてきたのだ。ぼくらはあわててドアの中に飛びこんだ。何も気づかず、ミアイルはぼくらのドアの前を通り過ぎていく。
その顔を見たとたん、なんとなく変な気がした。表情がないんだ。いつものミアイルじゃない。うつろな目をして、アンドロイドみたいに歩いてく……。
「あいつ、どこ行ってたんだ? こんな時間まで」
「隣町だよ。ナントカっちゅう、ものすごくえらい教授のところに通って特別に勉強みてもらってるらしいよ」
「へっ、エラソ〜に!」
フリルがミアイルの背中にアカンベーしてるうちに、電車はすべりだして、やつの後ろ姿はあっという間にぼくらの視界から遠ざかった。
ミアイルの様子がなんとなく気になって、ぼくはやつをずっと見てたんだけど……。
「ダーゼット、見ろよ、これ、これ」
ビリーの腕が、いきなり首にまきついた。
「ケッサクだよ、サボイのやつ、オレのゆーとーり作ってきたぜっ」
黒い、ちっちゃなメカだ。
サボイがニマッとVサイン。
これなんだ、このメカ……マグネット・ビームが、ぼくらのなけなしの三十七ポートを六十万ポートの大金に変えてくれる、魔法の秘密兵器なんだ。
ビリーがエールをきる。
「ゼッタイに、せしめたろぜ!」
「お〜っ!」
まわりのオトナがきょとんとしてるのもなんのその。ツービートうってるぼくら、五つのハートをのせて、電車は海辺の街へつっ走った。
そして一時間後、ぼくら四人は、ぽかんと魂スッコ抜かれたみたいにつっ立ってた。四人てのは、当然、ビリーを抜かしたぼく、サボイ、ロッカ、フリルってことだ。
「なんだよ、なにびびってんだよ、だらしねったらねーよ」
ビリーがドスンとぼくのケツをけりあげた。
だけど……。
ぼくらは、見たこともないような通りに立っていたんだ。
カンペキに、びびっていた、四人とも。
洪水みたいなネオン。
耳が割れるようなハードロック。
酒と煙草と金の熱気!
いかつい目の、フツーじゃないスジの男がたっくさん、ぼくらを虫ケラみたいに無視して行きかってる。トカゲみたいな冷たい目でジロリと見ていくやつもいる。ぼくらをクスクス笑いながら、セクシータイツのおねえさんたちが通りすぎていった。
ぼくたちは消え入りたいくらいちっぽけだった。
ぼくらの正面には、この通りのなかでも一番、豪華な「カジノ・ゴールデン・イーグル」って看板がビカビカ光ってた。どでかいドラゴン像がぼくらを見下ろし、いまにも炎を吐きそうだ。
「ビリー、ほんとにここ、入るのか?」
「あったりめーだろ。俺の経験からすっと、この店が一番もうかんだ。ここっきゃない」
モジモジと、あとの四人は互いの顔を盗み見た。
「さ、隠れてろ。オレの腕前、見せてやっから」
ぼくらはドラゴン像の後ろに隠れた。と、ビリーはいきなり全力疾走で入口へ飛びこんだ。
フロントのボーイが、たちまちビリーのえり首をとっつかまえた。
「ボウズ! ここは会員以外、立ち入り禁止だ」
ビリーは死ぬほど息を切らした。
「たいへんなんだ、トラックがうちにつっこんだ! うちが燃えてるんだ! 火事だよ! 早く父さんに知らせないと!」
「なんだって? お前の父さんて誰だ」
ボーイは眼鏡ごしにギロリとビリーをにらんだ。
「あそこだよ、ほら! あの、頭ハゲてる……」
ビリーが指さした方には、ハゲてる男がうじゃうじゃいた。
「どれだ?」
「早くしないと!」
ビリーは涙をちびった。
ボーイは、しぶしぶ顔であごをしゃくった。
「わかった、行け」
「ありがとう、おじさん!」
ふいちまった。ビリーが、おじさん≠セって?
ビリーは、飛んでいこうとして、ドタッと転んだ。ベンジャミンの鉢植えが倒れて吹っとんだ。
「あっ、ごめんなさい!」
「いいから、早く行け」
ボーイたちがうんざりと片づけ始めた。行きながらビリーはふり向いて、こっちにモーレツ合図した。
あっ、そうか!
ぼくら四人は、植木鉢をかたづけているボーイたちの背中を回って、店の中に飛び込んだ。
心臓がどきどき音をたててた。
スーパースロットXXの後ろに隠れこんだあとも、まだおさまらなかった。
「オ、オレ、しょんべんちびりそだった」
サボイが言うとロッカも
「オレ二滴ちびった」
「さっすがだなア、ビリー」
ビリーは、なにもなかったような顔で、親指をたてた。
「この道百年のベテランだかんな」
それにしても、ここはすごい。向こうに人がたくさんいるのは、ありゃ、ルーレットだろうか。テレビで見たことある。
「縞のチョッキのやつらにゃ特に見つかんねーようにな。ここの店員だから」
ビリーの注意に、四人、真剣にうなずく。
「うわっ。す、すいませんっ」
ロッカが女の人にぶつかって飛びあがった。
「バーカ、それ、マネキンだよ」
とビリー。ほんとだ、マネキンだ。
「店のマスコット。キャシーだ」
キャシーは、ぼくらにウインクしてた。生まれたまんまのすっぽんぽんの姿で。そんなもんをこんな近くで見たのは、生まれて初めてだった。心臓がバクレツしそうだった。
サボイのやつも、完全に目が宙に浮いていた。
「よ、よくできてんな〜、このオッパイ……」
「ダーゼット。なに食い入るように見てるのよう」
フリルのジト目がぼくにつきささる。
ビリーがあきれた。
「そんなんがめずらしいのかよ。早くしないとやべえぞ」
そうだった、六十万ポートだった。
ビリーは一番奥のスロットXXにマグネットビームをしかけていた。
「いま、三つのクィーンにビームを発射しといた。あとはこっちの磁石で……」
「くっつけるんだな」
ぼくがうなずく。フリルが首をかしげる。
「どーゆーこと?」
サボイがここぞと説明する。
「あのね、クィーン・クィーン・クィーン≠チてそろうと、コインがどっと出てくるんだ。それを何回かやれば、六十万ポートはすぐできる。いま、クィーンに一枚ずつ磁力を仕掛けたから、こっちの磁石をつかえば、三つのクィーンをそろえられるってわけ」
「あっ、それって、もしかして、インチキ?」 今ごろ気づいたのか、アホ。
ぼくはビリーをつついた。
「ビリー、クィーンよりトリプルファイアーにしたら? もっと儲かるんじゃない?」
ビリーはとんでもないって首をふった。
「トリプルファイアーなんか出したらあやしまれちまう。あんなの、一年に一度出るか出ないかだぜ」
「そうか」
やっぱり、ビリーにまかせるっきゃない。なんたってこの道百年のベテラン≠ネんだから。
「いくぜ」
ビリーはマシンにコインを落とした。スロットXXが回る。
「それっ!」
サボイがビームのスイッチを入れる。
回転が止まり、三枚のカードがそろった。
クィーン・クィーン・ジョーカー
なにっ?
失敗だ。もう一度。
「いくぜ」
も一度コインを落とす。ビームのスイッチを入れる。
クィーン・レッド・ファイアー
また失敗だ。
「も一回やるぞ」
でも、カードはまるで思うように止まらなかった。
レッド・ジョーカー・クィーン
ファイアー・クィーン・クィーン
レッド・レッド・ブラック
何度やってもダメだ。
三十七ポート分のコインがみるみるうちに減っていった。
フリルの眉がケイレンした。
「ビリーなんか信用すんじゃなかったわ」
「るせえ、ビームのボリュームあげろよ!」
「これじゃ、三十七ポートもなくなっちゃう!」
「サボイ、何とかしろっ」
あせりにあせった。
「も一度、クィーンに磁石をつけ直そう」
もうコインがない。五人はサイフをひっかき回して金を集め、コインを作った。
「今度こそ」
「頼むっ」
ブラック・ブラック・キング
空回りだ。
あっという間に、コインはなくなってった。
そしてついに、たったの一枚になった。
五人は、しーんとなった。
「どうする?」
とサボイ。
「それがなくなったら、あたしたち、もうウチへも帰れないのよ」
フリルが泣き声だ。ビリーが首をふる。
「もうどうせ帰れねえよ。コイン一枚じゃ」
ロッカの目が、白目むいてひっくり返ってる。
こうなったら、もう、やるっきゃない!
「やるぞ」
ぼくはゴクンとつばをのんだ。
「や、やめろ、ダーゼット!」
サボイがカナキリ声で飛びついてくるより早く、ぼくはコインを落とした。みんなが息を止める。
マシーンが回る。回る。回る。
カチリ!
ぼくはスイッチを押した。カードが止まる。
クィーン・クィーン・ファイアー
頭ン中がまっしろけになった。そして次に、母さんの声が耳の奥で響く。
「まあ、ダーゼット! そんな街に、何しに行ったのっ!」
ケーサツの人の声。
「困りますねえ。無一文でフラついてたんですよ」
なぜか、マーシアが泣いてる声まで聞こえてきた。
そして、脳裏に浮かぶ、ペレランディア。ふたたびサビだらけになったぼくらの宇宙船……。
「ちくしょおおお〜っ」
ビリーが叫ぶ声で、われに返った。
やつはおもいっきりの力で、マシンを蹴っとばした。
「くそったれっ」
すると……
ぱた、ぱた、とおもむろにカードが変わった。一番はじめのクィーンと二番目のクィーンがファイアーに。
ファイアー・ファイアー・ファイアー
三つのファイアーが並んだ。
一瞬、何が起こったのか、わからなかった。ぼんやりと、五人は立ちすくんだ。
ものすごい音をあげて、ベルが鳴った。
扉があいて、アンドロイドのブラスバンドが出てきた。
賑やかにファンファーレを鳴らす。
紙吹雪が舞って、テープが飛ぶ。
口をあけたまんま、ぼくらはあとずさった。サボイが、顔面しゃっくりを起こしだした。ちぢみあがるぼくらに容赦なく、ブラスバンドは、祝福のファンファーレを鳴らしつづける。
ガヤガヤと、たくさんの人がぼくらのまわりに集まってきた。
「おおおっ! トリプルファイアーだ」
「誰が出したんだ?」
「おめでとう!」
「あら、ボクたちなの?」
「すごいな、百万ポートだ」
拍手と口笛の嵐。
数人のボーイがやってきた。その中には……あっ、しまった、さっきのあいつだ!
ボーイはビリーを見つけて、目ン玉ひんむいた。
「ボウズ!」
アワふいて、ぼくらが隠れるのと、ビリーがとっつかまるのと一緒だった。
「おまえ、家が燃えてるってのはどうしたんだ?」
やべえ! 一巻の終わりだ。ぼくらは目をつぶった。
ところがビリーは叫んだ。
「パパっ!」
ボーイの手をふりきって、ビリーは酒太りしたハゲ頭の男の胸に飛びこんだ。
「すごいや、パパがトリプルファイアーを出すなんて! 百万ポート、パパがゲットだ!」
ビリーは男の目に向けて、ものすごい勢いでウィンクした。
ビリー「早くこいつを現金にかえて、ウチへ帰ろうよ! 百万ポートにかえて!」
きょとんとしてた男は、コインの山とビリーの必死のウィンクを見比べた。
「あ、ああ……」
ビリーの意味するものをさとった男は、くちびるに、ニヤリと笑いを浮かべた。
別のボーイが進みでた。
「トリプルファイアーをお出しになったのは、お客様ですか?」
「もちろんだよ、ね、パパァ」
ビリーは男をつついた。男は片目をうすくあけて咳ばらいした。
「もちろんだ」
「では、こちらへ。現金をお受け取りください」
ビリーと男は奥の方へ消えてった。あのボーイはしばらく首をかしげ、ムスッとふたりの後ろ姿をにらんでたが……ふいにぼくと目が合っちまった!
「あっ? なんだ、おまえらは?」
見つかった。
「出てけ! なんだってんだ今日は」
あっという間に、ぼくら四人はカジノをおん出された。
道ばたでぼくらが待ってると、すっかりゴキゲンのビリーと酒太りの男が、肩を組んでやってきた。
「ご協力、感謝だぜ」
「いやいや、こっちこそ」
ビリーと男は、ニギニギと握手した。
「おい、ダーゼット。このナイスガイはボイドだ」
「あ、ぼくはダーゼット。こいつらは……」
「サボイです」
「ロッカ」
「あたし、フリルよ」
ぼくらはふたりを取り囲んだ。
「見ろよ、これ」
ビリーは布袋を開いてみせた。息をのんだ。見たこともないほどの、札束だ。
「す、すげえ……」
手が震えるってのはこのことだ。
「いったい、いくらあるんだ?」
とサボイ。
「いくらだと思う? ひゃ・く・ま・ん・ポート」
「ええ〜っ!!」
鼓膜が破れるほど、ぼくらは絶叫した。
「やった」
「やった、やった、やった〜」
五人は、頭がぐらぐらするほど飛びはねた。それがおさまると、ビリーがつけ加えた。
「ボイドさんに協力してもらったから、百万ポートは山分けだ。いいだろ?」
ボイドは笑った。
「悪いね」
「とんでもない」
とサボイ。フリルも、
「そーよ。おじさんがいなきゃ、あたしたちオシマイだったわ」
ぼくは号令をかけた。
「よし、全員、ボイドさんに向かって……」
「敬礼」
五人はいっせいに敬礼した。ボイドもゴキゲンだった。
「そうだ、君らを駅まで送ってってあげよう」
ボイドの車はボロボロの小型トラックだったけど、ぼくらにゃサイコーの乗りごこちだった。
行きは、いやってほどびびっちまったオソロシイ街が、今度はぼくらのためにほほえんでる女神の街に見えた。
ビリーは札束をふたつの袋に分けた。
「ボイドさん、五十万ポート、ここに入れといたからな」
「ああ、そこに置いといてくれ」
だけど、途中でなんとなく、車は駅とは違う方に走ってるみたいに見えた。
「ちょっとお土産に海見ていかないか?」
ボイドがウィンクした。
そこは絶壁だった。
はるか下の方で波が砕けてるのが見えた。
「うわあ、なんだか、恐いわねえ」
みんな、ガードレールにもたれて、暗い淵をのぞきこんだ。
「ぼく、しょんべんしてくる」
ロッカが林の方へゴソゴソ入ってった。
何やら車のトランクをいじってたボイドが、その時ゆっくり、こっちへ歩いてきた。
フリルがボイドをふり向いた。
「おじさん、もう帰んないと、あたし、しかられちゃうの。今日はほんとにありがとう」
暗くてボイドの顔はよく見えなかった。低く、口の中で、やつが何かつぶやくのが聞こえた。
「その袋をよこせ」
そう言ったように聞こえた。ぼくは頭をブルンとふった。聞き間違いだよな?
次の瞬間。
ボイドはビリーをぶん殴った。ビリーはふっとんで倒れ、札束の袋が、地面に落ちた。
その袋をゆっくりと拾うと、ボイドは俺達を見た。
「ったく、ついてるぜ、オレは。たったの三十分の間に、タナからボタモチの百万ポートだ」
ウジ虫みたいに、やつは笑った。誰も、ぴくりとも動けなかった、五人とも。
いや、違う。五人じゃない。
その時、ぼくの目はボイドの後ろに吸いつけられた。
ロッカだ。
あいつはしょんべんしに行ってたんだ。
ぽかんと目を見開いて、ロッカはつっ立っていた、車の横に。そのまんまるい目が、ボイドの背中から、ぼくに向けられた。
行け! 行け、ロッカ!
ぼくは必死で目くばせした。
<車に乗れ! 乗るんだ!>
ロッカはうなずいた。
ふるえながら、ロッカは車に飛び乗った。
すごい音がした。すごい音たてて、車はいきなり発進し、こっちにつっ込んできた。
ボイドの笑い声が絶叫に変わった。ロッカも絶叫していた。
車はとびはねた、ポプコーンみたいに。
ボイドがしりもちついた。
だけど、車は突然、止まった。
「このガキ〜ッ!」
ボイドがダッシュした。
ロッカがあわてて車から飛び降りた。
車に飛びつこうとするボイドに、ぼくは無我夢中でタックルした。そして、やつが車に乗り込むより早く、ぼくが運転席に飛び込んで、ハンドルにしがみついていた。
「はなせ〜っ、この〜っ〜」
ものすごい力で、やつはぼくの頭をしめつけた。
「ダーゼット!」
フリルの悲鳴が聞こえたような気がした。思いっきり、ぼくはアクセルを踏んだ。
車はぶっ飛んだ。
しげみをつき破り、看板を吹っとばす。
「うわあああ〜っ!!」
ハンドルを切る。
目の前が海だ!
そして次の瞬間。衝撃がはしり、火花が散った。つま先から頭のてっぺんまで、ショックがつっ走った。
車は止まった。
おそるおそる、ぼくは目をあけた。
目の前に、まっくらな空と海があった。
ごくんと、つばをのんだ。車は、ガードレールぶち破り、崖っぷちに飛び出していたんだ。あと十センチ、動けば、ぼくらは車ごと、墜落だ。
体が冷たくなっていった。
ボイドもだ。やつも息をのんで、絶壁の下を見つめてた。
車体の下から、ボロボロ岩が落ちてく音。
ボイドが脂ぎった体を、そろそろとぼくの方に押しつけた。血走った目にへばりついてる目やに。プンとくる口臭。ねっとりとした、酒と脂汁と煙草の、オトナのにおい!
「ボウズ、おとなしく、そっと席をかわるんだ」
「断る!」
ぼくはハンドルにしがみついた。
「ちゃんと五十万ポート、ぼくらによこせ! じゃなきゃ、アクセルを踏むっ!」
「なんだと? へっ」
ボイドの顔があざけりにひきつった。
「やってみろ。やってみろよ、クソガキ!」
頭が爆発した。許せない。こいつだけは許せない。落としてやる、海に。
踏め。アクセルを、踏んでやる!
「そら、どうした、できねえのか」
踏むんだ、ダーゼット。
こいつはヘドだ。
腐ったヘドに、勇気を見せてやるんだ!
頭の芯が、そう叫んでた。だけど、足は動かなかった、ぴくりとも。
そのとき、声がした。
「ダーゼット!」
フリルだ。
その瞬間、意識が遠のいた。ぼくはボイドにブン殴られ、車の外へ転がっていた。
車は、うなり声をあげ、バックした。かけつけてきたフリルたちの間をすりぬけて。
「ピーピーいっぱしぶりやがって。臆病なガキがよ」
ボイドがわめくのが聞こえた。そして、笑い声と一緒に車は遠ざかってった。
「ダーゼット!」
フリルとサボイ、ロッカがぼくのところへ転がりこんだ。
「だいじょぶ? ダーゼット」
「しっかりしろ」
ぼくはフラリと立ち上がった。
「だ、だいじょぶ、だいじょぶ」
へへっと笑ってみせた。ちっとも笑ってるようには見えなかったかもしれないけど。体じゅうがズキズキしてた。
やつの車は、もう影も形も見えなかった。
人通りも、車もないぽつんと離れた海辺に、ぼくらはぼんやり、立ちつくしていた。
サボイがため息をついた。
「夢だったな、五十万ポート」
「もう、一生、見られないだろうね、あんな大金」
ロッカがうなだれる。
「どうやって帰るの、あたしたち」
フリルがへたりこんだ。
泣きたかった、ぼくだって。みんな、しんとなった。
「そういえばビリーは?」
「ぶん殴られたからな。大丈夫かな?」
みんなが後ろを振り向いたときだった。
「あ〜あ、しゃあねえなあ」
ビリーがポケットに両手を入れながら、ぶらぶら歩いてきた。口笛をふきながら。鼻の下にはボイドに殴られた鼻血がこびりついていた。
「パンツがゴワゴワしてたまんねーよ」
なんのことか、みんなわからなかった。
ビリーはチャックをおろし、ズボンを脱いだ。
「ほれ」
アッケとなって、声もなかった。パンツの中から札束が落ちてきた。
ばさばさばさばさ、札束は草の上に落ち続けた。
「よく数えろよ。百万ポート、ちゃんとあるか」
「ビリー!」
信じらんない、信じらんないやつ。
ビリーは肩をすくめた。
「オレはね、トーシロ親父にカモられるほどアマくないの」
翌日、ぼくらは秘密基地でパーティを開いた。もちろん、さっそく買ってきたPOWER−Xを真ん中に置いた。
ウォレスが特別ゲストだ。みんな、ウォレスにきのうのこと話したくってウズウズしてた。そして、ぼくらの冒険談はウォレスに大いにウケた。
ウォレスは腹をかかえて大笑いした。
「さあ、食べて、食べて、ウォレス。今日は全部、ごちそうよ」
フリルが、アイスクリームだの、ビスケット、ポテトチップを紙皿に並べた。
「ちぇっ、しけてんなあ。ハンバーガーとか、フィッシュフライとか、もっといいもん買ってこいよな」
とビリー。サボイがフリルの肩をもつ。
「だめだめ。ペレランディアができるまでは節約節約」
「ドけち。百万ポートありゃ、どんな宇宙船だってできちゃうぜ。なあ、ロッカ」
ビリーはそう言いながら、ポケットから、小瓶を出した。フリルが目を丸くした。
「あっ、それ、お酒!?」
ニンマリふたをあけるビリー。
「いいじゃん、いいじゃん、カタいこと言わずに……」
のみこんだとたん。ビリーの口が、への字に曲がった。むせて、ゲホッゲホッと咳き込む。
「やめとけ、ケツが青いくせに」
ウォレスはビリーから小瓶をとりあげ、一気にラッパのみしちまった。スゲ!
「だっけどスカッとしたなあ、きのうは」
サボイが生クリームを顔中につけて、ゴキゲンでケーキを頬張る。
「あいつ、ウチ帰ってどんな顔したか、見たかったぜ。あっ、金がない!」
わっとみんなが笑った。
「ザマミロよね、ダーゼット」
「あ、ああ……」
ぼくはなんとなく言葉をのみこんだ。みんなはそんなこと、気がつかなかったみたいだったけど。
「さてと、あたし、もう帰るね」
フリルが立ち上がった。
「ゆうべ遅くなってしかられちゃったから。じゃね。また明日」
サボイとロッカも帰って、秘密基地にはビリーとぼくとウォレスが残った。
ビリーはおおいに満足して、ガーガーとイビキをかいていた。
「なんだ、ビリー、ねちまったのか……」
ウォレスもぼくも、寝そべった。
ぼくはぼんやり、食べ残しにライトが当たっているあたりを眺めていた。
賑やかだったぶん、部屋は静まりかえっていた。静かすぎるくらいだ……そう思った。
「ウォレス……寝てんの?」
「いや」
目をつぶったまま、ウォレスは答えた。
「あのさ……」
なんて言ったら今の気持ちがうまく説明できるか、わからなかった。
「どうした?」
ウォレスは体をこっちへ向けた。
「うん。オレ……オレ、くやしいんだ」
「何が」
意外そうに、ウォレスがきく。
「あいつに臆病って言われたこと。あんなやつに! あんとき、やってやればよかったんだ。オレ……勇気がなかったんだ」
静かだった。
あんまり静かなので、ぼくはウォレスをふり向いた。
ウォレスは口元に微笑を浮かべていた。それが何の笑いなのか、ぼくにはわからなかった。
「ずいぶん安っぽい勇気だな」
ウォレスは、そう言った。
「え……?」
予想してない言葉だった。戸惑った。
「そうだ、おまえは弱虫だ。男ならアクセル踏むべきだったって、オレがそう言うと思ったか?」
ウォレスは、ぼくの気持ちをみんなお見通しだった。ぼくは、穴のあくほどウォレスを見つめた。
「とんでもないぜ。そんなくだらないやつの鼻をあかすことが勇気か? そんなことは、へでもねえ。勇気ってのは、もっと大事なときにとっとくもんだ」
「大事なときに……」
「そうだ。勇気は安売りするものじゃない。派手にふり回すものでもないんだ。むしろ、静かで、地味で、強い気持だ。人が気がつかないくらいに」
静かで、地味で、強い気持ち……ぼくはその言葉を注意深く繰り返してみた。
「どんなときに……そんな気持ちになるの」
「そりゃいろいろさ。たとえば大キライなやつのいいところをみつけるとき」
えっ……大キライなやつの……?
「これは勇気がいる」
ウォレスはすましてみせた。
なにがいいたいんだろう? ウォレスは。
大キライなやつ……ミアイルの顔が浮かんだ。
「でも、キライなやつはキライだよ。男の、誇りにかけて」
ぼくは思いきって言った。誇りっていう言葉、一度、使ってみたかったんだ。
だけどウォレスはニヤニヤ笑いはじめた。
「おい、ダーゼット。困ったやつだな。誇りっていうのは、いばったり、自分が他のやつよりすぐれてると思ったりすることじゃないぞ。そうだな、誇りってのは、自分がどんなにつまらない人間かを知るところからはじまる、といったっていい」
ますます、わからなかった。
「つまらない人間……?」
「そうだ。自分は他の人の支えなしに生きられない小さな存在だが、恥ずかしい行為だけは絶対したくない。人を傷つけることだけはしたくない。そんなふうにこだわっていくことが誇りなんだ」
いっしょうけんめい、ぼくはその言葉の意味を考えた。ウォレスは続けた。
「誇りをかけて人をキライになるなんて、バカげたことさ。そんなに嫌うに足る人間なんて、いやしない。むしろ、そいつのいいところを探してみる。そうすると、自分がちっぽけな感情にとらわれてたってことに気がつく。そいつのある一面しか見てなかったことに気がつくんだ。そして、そんなみみっちいことにこだわっていたら、自分を小さくするだけだ。自分はもっとでっかい、ふところの深い人間になれるはずだってことがわかってくるんだ」
でっかい、ふところの深い人間……すごく、あったかい響きだった。ぼくはしばらく黙って、その言葉を胸の中で繰り返した。
とても、静かだった。
ウォレスは微笑んだまま、目を閉じた。
<ウォレスは、ぼくのこと信頼してる>
そんな気がした。
そして、もちろん、ぼくも……。
ぼくたちは、いつまでも黙って、そうしていた。何もしゃべらずに……。
そこにそうしているだけで、ぼくは満ち足りていたんだ……。
それからってもの、夜ベッドに入ってから、ウォレスの言ったことを思い出すことがあった。
勇気……静かで、地味で、強い気持ち。
でっかい、ふところの深い人間。
誇り……。
そして、そのどれも、ぼくが昔から持ってた、ポードキンのイメージそのものだっていう気がした。やっぱり、絶対に、間違いない……。
いつかきっと、秘密をつきとめるぞ。
それから、もうひとつ、ウォレスが言ってたことも忘れられなかった。
キライなやつの、いいところを見つける。ウォレスは、わざとミアイルのことを言ったんだろうか……?
考えることは、あれこれあった。あれこれ考えながら、ぼくは、毎晩、眠りに落ちた。
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[#小見出し]  5 ついにエンジンテスト そして……[#「5 ついにエンジンテスト そして……」はゴシック体]
ウォレスの秘密はなかなかつきとめられなかったけど、ペレランディアの方は、グングンできあがっていった。なんたって百万ポートあるんだ。POWER−X≠ヘもちろん、エネルギー抽出フィルターEEFだって中性子ビームカッターだって、新品をどんどん買いそろえ、ぼくらは毎日、秘密基地にこもって作業に熱中した。
なんか、めちゃくちゃ楽しかった。一日ごとに、ぼくらの手で飛ぶ日が近づいてくる。
授業中も、頭ン中はペレランディアのことでいっぱいだ。サボテンパンツ≠フ暴走、モノポール・インジェクターの動作不良、セラミック・スペーサーの不足、考えなくちゃならないことはごちゃまんとあった。
特にやっかいだったのはPOWER−Xの定数の修正だ。POWER−Xは電磁エネルギーを増幅させるユニットで、増幅のときに生じるエネルギーの位相ずれ(フェーズ・ラグ)を修正して正常に動くように設計されてるんだけれど、なにしろペレランディアのエンジンが旧型だもんだから、正しく修正されないんだ。それで、POWER−Xの方の、いくつかの部品の定数を修正しなくちゃなんないわけ。これがしんどい。やり直し、やり直しの連続だ。
だけど不思議なことに、いくら失敗したって、みんなウキウキしてた。ロッカのやつなんか、失敗の回数を数えんのがシュミになった。二十三回目でやっとOKが出たときゃ、
「あー。ぼくの予定だと二十六回だったんだけどな〜」
なんてため息ついた。
笑っちゃうのがそのロッカとフリルのコンビだ。ふたりは船体のひびや傷を修復する役目で、ロッカがアウターシェルマテリアルを中性子ビームでカッティングし、フリルがそれを船体に張りつけることになってるんだけど、どっちが早く自分の作業を終わらせて相手に催促するか、ヤッキになって張りあった。
「ほら、もうできてるよ」
ロッカがニコッと笑うと、フリルはてんやわんや。
「待ってなさいよっ、すぐにぬいてあげっから」
顔中どろだらけで、しゃかりきになった。
てなわけで、毎日が台風みたいにすっとんでった。
そしていよいよ、主力エンジン完成ってとこまでこぎつけたんだ。
サボイがエミュレーター(機能試検器)でエンジンをチェックする間、みんなはカタズをのんで後にくっついてまわった。
「よし……と」
サボイがドクター・サボイって顔になってすまして、ふり向いた。
「いけそうだよ。明日、もっかい点検しなおして、そのあとエンジンテストだ」
みんな、とびはねた。
「やったね!」
「オレ、ビデオもってくる。エンジンがうなるとこ、撮っとくんだ」
と、ぼくが叫ぶと、ビリーも、
「オレ、とっときのシャンペン! カンパイだぜ、カンパイ」
「あたしはパルモ」
フリルが叫んだ。
「パルモ? 何だ、そりゃ」
と、ぼく。
「猫のぬいぐるみよ。ちっちゃい時から一緒に寝てんの、ダーゼット、知ってるでしょ?」
あのでっぷり太った、こにくらしい猫か。フリルが赤ん坊のときからしゃぶってるから、おそろしく黄ばんでたっけ。
ビリーがあきれた。
「そんなん持ってきて、どーすんだよ!」
「パルモにも見せたげんのよ。エンジンテストを」
オンナってのは、オトナなんだか、コドモなんだか、わからない。
「アホじゃねえ? 猫にエンジンテストがわかるかっつーの」
「しかもぬいぐるみ」
「文句あんの」
「いいよ。いっしょに写真撮ってあげるよ〜」
みんな同時に叫んで大騒ぎ。
だけど、最後に並んで敬礼したときには、どの顔もニッカニカに光ってた。
「カイサン!」
みんなと別れて、ぼくとロッカは、まっくらになった通りを飛んで帰った。
「エンジンさえできちゃえば、こっちのもんだ! あとは軽い作業で完成だ」
「そだね!」
ロッカもはずむ。一緒に、
「飛ぶぜ。 飛んだる。ゴオオオ〜ッ!!」
と、ふたりの分岐点までつっ走った。
「じゃな、ロッカ」
ぼくが行きかけると、ロッカが、ふいに何か思いついたみたいな感じでふり向いた。
「ね、ダーゼット」
「え?」
ぼくは足を止めた。ロッカは、照れたみたいにちょっと口ごもって、そして言った。
「……ミアイルって、けっこういいやつだね」
あんっ?
ぼくは絶句した。
「なんでさ」
ふふっとロッカは嬉しそうに笑って、そのまま通りの向こうへ走り出した。
「何だよ、何のこったよ〜っ」
ぼくはロッカの背中にどなった。けれどやつはそのまま走っていき、やがて見えなくなった。わけわかんなくて、ぼくはしばらく立ちつくした。
なんで急に、ミアイルのことなんて……?
ウチに帰った頃には、すっかりそのことは忘れてしまったけど……そう。翌日、その言葉がどんな意味を持つのか、いやというほど知ることになった……。
「ペレランディア五十八日」
とうとうきたんだ、この日が。メイン・エンジンテストの日。メイン・エンジンさえ、完成すれば、ペレランディア計画は成功したも同然だ。あとは各ヶ所の細かい整備をするだけで、ぼくらは宇宙へ飛べるんだ!
約束の時間に、五人はピタッと集合した。いつもは誰かがチコクするのに、今日だけは違う。
一同、コクピットに整列。狭いもんだから、横一列ってのはムリだったけど。もしウォレスがいたら(呼びにいったけど、いなかったんだ)、ちょっと入りきらなかったとこだ。
「じゃ、サボイ、頼む」
ぼくが合図。
サボイがもっともらしい顔で宣言。
「コホン。これより、われら宇宙戦士同盟の第1次探索船、ペレランディア号のメイン・エンジンテストを行います」
「なに? 第2次もあるってこと?」
とフリル。
「いいじゃねーかよ。イエ〜イ」
ビリーが拍手。みんなもあわてて拍手した。
「それでは、スイッチを入れます。ビデオの準備、いいですね?」
「OK」
ぼくがウィンク。
「いきますっ」
サボイが、ついにスイッチ・レバーに手をかける。一同、ゴクンとツバをのむ。
「待ったっ!」
いきなりビリーがわめいた。えっ、とみんながふり向く。故障か?
「オレに、やらせろ」
みんな、コケた。
「オレがスイッチ入れる。いいだろ?」
「だめっ。ぼくがプログラムしたんだ。ぼくに権利がある!」
鼻のアナをふくらますサボイ。
「そうよ。あんたが一番、仕事サボってたくせに、ずうずうしいわよ」
パルモをかかえたフリルが口をとがらした。ビリーの口も、負けずにとがった。
「部品そろえたのは誰だ? ここを見つけたのは誰だ? オレがいなきゃ……」
「だめだよ! オレだって、さっきからやりたくてウズウズしてんのに、ガマンしてんだぜ」
ぼくが言ったとたん、
「あたしもっ」
「オレもっ」
フリルとロッカが、一緒に叫んだ。
あわてて、ぼくら五人は顔を見合わせた。
スイッチを入れるのは誰?
コーフンのすったもんだが、それからたっぷり十五分は続いた。誰かがうんざりして叫んだ。
「もういいよ。ジャンケンだ、ジャンケン!」
その一言で、台風がやんだ。やんだけど、その次はウルトラ熱気のジャンケンが待っていた。
「ジャ〜ンケ〜ン、ポンッ〜」
みんなの目が血走る。
まず、悲鳴をあげて、フリルが落ちた。次にサボイが落ちる。
「ジャ〜ンケ〜ン、ポンッ〜」
五回。六回。七回。
ちっくしょう!
ぼくが落ちた。残るはビリーとロッカ。このふたりだ。
「ジャ〜ンケ〜ン、ポンッ〜」
そして、勝利のチョキがロッカの右手からくりだされた。
ロッカは、汗びっしょりになった。
「わかってんのか? その黄色いレバーを引いて、次に赤、その次に黒だぞ」
ビリーがじれったがる。サボイがあわてた。
「違う違う、黄色の次に黒、最後が赤だよっ」
「そーだよ、わかったか?」
エラそうに、ビリー。
「う、うん」
みんなのシットの目が、ますますロッカをびびらせた。
「えと、……じゃあ、いくよ」
「いけ!」
とぼく。
「引けっ!」
サボイが身を乗りだす。
みんなに、ふたたび緊張が走る。
そして、ロッカの震える指が、黄色いレバーを……引いた。そして次に黒、最後に目をつぶって、赤を……。
誰も、声さえ出せなかった。誰かがツバをのむ音がハッキリ聞こえた。ぼくの心臓が時限爆弾になった。
十秒が過ぎた。
しばらくして、二十秒が過ぎた。
ペレランディアはうなり声ひとつあげなかった。
「……ど、どういうこと……?」
フリルが、かすれた声を出す。
ぼくの額には冷たい汗が流れ出していた。
その時だった。
突然、コンピューターに信号が入った。
「あっ……」
五人の顔に、歓喜が浮かぼうとした時だ。
「おあいにくさま。五十八日間、まるまるムダ骨、ごくろうだったな」
ぼくのなかで、あつい興奮が一瞬にして凍りついていくのがわかった。
ミアイル。
そう、その声は、ミアイル以外の誰でもなかった。ぼくらは絶句した。
コンソールに自動的にスイッチが入り、スクリーンにやつのニヤついた顔が映し出されるのを、五人は黙って見守っていた。まるで、おびえたハトみたいに。
「ま、途中まではよくやった方かな。ほめてやるぜ」
「なんでだ……いつ……」
ぼくは叫んだ。
「ペレランディアに何をしたんだ! どのデータをいじったんだ、どうやって」
「残念だけど、オレは何もしてないぜ。コンピューターに侵入してデータを全部読んだだけで、何もいじってない。ペレランディアが動かないのは、百パーセント、おまえらの技術がおそまつなせいさ」
ミアイルは余裕たっぷりだった。
「どこが悪いか、ためしに教えてやる。いいか、POWER−Xの定数を修正したとこまではよかったんだ。なのに、なんでエンジンが動かないかっていうとだな、モノポール・マグネトロンの励起レベルが低すぎるからだ。POWER−Xをつけたのに、エンジン始動プロセスの第3セクション第5セグメントのバランス制御を変更してないせいだ」
ミアイルの口調に、熱が入った。
「つまり、モノポール・マグネトロンの注入量と引火するエネルギ−のバランス、タイミングが悪いんだ。こいつをうまく制御しないかぎり、エンジンはウンともスンとも言わないわけだ。だけど、これには相当ハイレベルなテクニックがいる。ま、おまえらにゃ永遠に不可能なワザだな」
「なんで?」
サボイが声をあげた。
「いつ、ここのコンピューターに侵入したんだ、どうやって?」
「パスワードを教えてもらったんだよ」
まさか、裏切り者がいる? このなかに?
ぼくらはさっと顔を見合わせた。この五人の中に、メイン・コンピューターのロックを解くパスワードを、ミアイルに教えたやつがいる……。
残念だけど、それが誰か、みんなにはすぐわかった。
ロッカのくちびるは、小さく震えた。
「ミ、ミアイルが言ったんだ。ぼくらと仲なおりしたいから、ここのコンピューターに仲なおりのメッセージを送りたいって……。だからパスワードを……。俺、みんなに内緒にして驚かせたいと思って……だから秘密で……ミアイルに……」
「何、ばかやってんだよっ!」
サボイがたまらなくなって叫んだ。
「やめろよ、ロッカが悪いんじゃないっ」
ぼくの頭もジンジンうなり声をあげていた。
「そうよ! 悪いのはミアイルよ!」
誰も、何も言えなくなった。
ぼくらは、なすすべもなく黙り込んだ。
「じゃあな」
みんなの雰囲気を読んだように、ミアイルは、しばらくたってから、つけ加えた。
「しょせん、おまえらにはムリなんだよ。ある程度まではなおせても、飛ぶとこまでには知識や技術がどーしようもなく足りないんだよ。そんなにアマくないんだ、飛ぶなんてよ。おまえらだけでなんて。あきらめろ」
そして……映像は消えた。
しばらく、誰も口を開こうとしなかった。
ショックだった。
誰も、ほんのちょっとだって、こんなことを予想しちゃいなかった。あれだけやってきたんだ。あんなにがんばって、夢中でやってきたんだ。絶対に、間違いなく、ペレランディアは気持ちのいいエンジン音をあげるって、全員が信じこんでいた……。
くやしかった。ミアイルのやつに、あんなにズバズバと指摘されて……なんで、ぼくたちにはわからなかったんだ。ぐうの音も出なかった。
あいつがぼくに勝ってやるって言ってたのは、このことだったんだ……。
「オレ、帰る。なんだか、力抜けた」
サボイがそう言って、コクピットを出ていった。
「あたしも……」
フリルがぼくを見た。言い訳するような目で、ぼくを見ていた。
「今日は母さんがケーキ焼くっていってたし……」
ぼんやりとした足どりで、フリルはサボイのあとに続いて出て行った。
「あ〜あ」
ビリーがでっかいため息をついた。
「おひとよしなのはわかったけどな、ロッカ……」
しょんぼりとうつむいたままのロッカの肩を、ビリーはポンポンとたたいて、出口へ向かった。
「帰るのか?」
ぼくはビリーをふり向いた。帰らないでくれ! ビリー、もう少し、ここに……。
「なあ……ダーゼット。もしかしたらよ、ミアイルの言うとおりなんじゃねえの? ペレランディアにはさ、オレたちには、しょせん……」
「しょせん!?」
信じられなかった。しょせん、何なんだ? だけどビリーは、それきり何も言わず、小さく肩をすくめるとコクピットを出ていった……。
翌日から雨が降った。
細くて、ひっそりと、降り続く雨……。
授業が終わるとすぐ、ぼくは水たまりをぬって、秘密基地へ飛んでった、いつものように。
だけど、そこはまっ暗だった。いつもまっさきに来ているサボイもいない。
排水口からしたたり落ちる雨水の音が、がらんとした地下道によく響いた。
ぼくは待った。
必ず来る。
サボイ。あいつは一日中だってコンピューターをいじってたいやつなんだ。来ないわけがない。
ビリー。わりィわりィ、ちっとダチにからまれちゃってさ、なんて飛びこんで来るに決まってる。
フリル。スカートが濡れちゃって、かわかしに帰ってるのかもしれないな。
ロッカ。ひょっとして、まだ落ちこんでんだろうか。気にしなくていいのに……。
どうしてなのか、ぼくにはわからなかった。誰も、ひとりも、やっては来なかった。
夜……真っ暗になった道を、ぼくはひとりで帰った。
道ばたでバッタリ、サボイに会ったのは、それからしばらくたってからだった。もう春休みに入ってたから、学校で会うこともなかったんだ。
「おおーっと。ダーゼットじゃん」
サボイはゴキゲンだった。
「ペレランディア、残念だったよなー。ほんとに飛ぶかなって、本気で思ってたぜ、オレ。ま、すごくおもしろかったよな。それより、オレ、今度、ジュニア・サイエンスセンターに通ってんだ。前から親に行け行けって言われててさ、オレが新しいAV買ってくれたら行くって言ったら、ほんとに買ってくれちゃってさー。で、行ってみたらけっこう面白くて、3Dゲームのシミュレーションものなんか、サイコーだよ」
「ビリー、何してんのか知らない? いつ行ってもいないんだ」
話が終わりそうもないので、ぼくはきいた。
「あっ、あいつさ、テレビ局にいりびたってるんだって。タレントと仲よくなったって自慢してるってさ。ほら、あいつ、昔、ちびっこコメディアン<Rーナーに出たじゃん。それで知り合いがいて……」
そこへ、見たことのない金髪のノッポがやってきた。
「あ、こいつ、一緒にセンターに通ってるブライアン。これから行くとこなんだ」
「そっか!」
無理して、元気をつくり、ぼくはあいづちをうった。
「そうだ、ダーゼット。おまえも来いよ、今日」
「えっ……」
「だいじょうぶだよ、もぐりこんでもわかんないって」
サボイはぎししと笑った。
「うん。やめとく」
ぼくは言った。
「そう? ま、んじゃ、遅れるから。またな」
にぎやかに手をふって、サボイは遠ざかった。
ロッカには、もっと会えなかった。ここんところ、繁華街で夜遅くまでフラフラ遊んでるなんて、やつの妹が言ってた。確かに、昼間、家に行っても、いつだってロッカはいなかった。
でも、ぼくはどうしても、ロッカに会わなくちゃならなかった。あいつのことだ、裏切り者のこと気にして、落ちこんでるに決まってる。ドーンって背中たたいてやらなきゃいけないんだ。
三日かけて、ぼくはロッカを探し、そしてマーフィの酒場の裏でやっと見つけることができた。
ロッカはおどおどとぼくに背を向けた。
「ごめん、ダーゼット」
「なんだよ、まだ気にしてんのかよ、アホ」
ぼくはロッカの肩をつかんで、いっしょうけんめい笑った。でも、ロッカはぼくの目を見なかった。
「ペレランディア、手伝いたいけど、でもオレなんか、役に立たないしさ」
「何言ってんだよ、おまえが船、ピッカピカにしたんじゃないか! もっかい、やろうぜ。 飛ぶんだ、オレたち!」
ロッカは悲しそうに笑った。
「オレ、ダーゼット、好きだよ。なんだか、夢があってさ……オレなんかと、違う」
何言ってんのか、ぼくにはわからなかった。いや、わかりたくなかった。
「おんなじだよ! おまえも、おんなじだ」
けれど、ロッカは小さく首をふった。
「オレはアタマ、悪いもん」
「オレだって悪いよ!」
ロッカはちょっと黙って、そして言った。
「……ダーゼットには、わからないよ」
それから何日かの間、ロッカが言ったことは、ぼくの頭から離れなかった。
ダーゼットには、わからないよ……。
むしょうに、ウォレスに会いたかった。だけど、どういうわけか、もう何日も管理人室はとざされたきりで、人のいる気配さえしなかった。
悪いことは重なった。
どんよりと曇った土曜日の午後、秘密基地のぼくらの通用口、あの排気口の上に、大きな貯水タンクが置かれたんだ。入口がふさがれた。秘密基地に入れない。もう、ぼくはペレランディアに近づくことさえできないんだ!
秘密基地からの帰り道、またもや雨が降り出した。ぼくはカサを持ってなかった。いよいよ強くなる雨のなか、ぼくは走って帰らなくちゃならなかった。
雨はぼくの髪を伝って、頬の上に流れた。ぼくは今まで泣いたことなんてなかった。そうだ、なかったんだ。だから今度だって……。だけど、いつの間にか、しょっぱくなった雨が口の中にまで流れこんでいた。
そして気がつくと、ぼくの前に、赤いカサをさしたフリルが立っていた。
ぼくは立ち止まった。
フリルは、ぼくを見ていた。ぼくは何か言おうとした。「オッス」とか「アホ」とか。なのに、口も顔もこわばったまま、まったくいうことをきいてくれなかった。
「ダーゼット……」
フリルが先に口を開いた。
「あんた、泣いてるの?」
首を横にふるのが精いっぱいだった。
フリルはこっちへ寄ってきて、ぼくをカサの中に入れた。そしてぼくの顔をじっと見つめた。じっと……。
「……好きよ」
ぼくはカサを飛び出した。そして走った。雨はなおも降り続けた。いつやむのかもわからない雨が……。
[#挿絵(img/perlandia_illust2.jpg)]
それでも、全くおかしなことに、ぼくはたった一秒だってあきらめの気持ちにはならなかった。
絶対に、いつか飛べる。
どうして? と聞かれたら困るけど、たしかにぼくは信じていた。
目をとじるといつだって、あの深い藍色の宇宙が果てしなく続いているのが見えたし、その一番奥に、惑星ペレランディアがひときわ青く輝いていることをはっきり感じることができた。
そうだ……ぼくはシートに深く腰かけて、コンピューターにGOサインを出す。
カウントダウンが始まる。10、9、8、7……。
ぼくは目をとじ、すべてをその声に集中する。
6、5、4、3……。
さあ、その時が来たのだ。
すべてのランプがめまぐるしく点滅する。
そして……轟音!
のぼる。 のぼる。 のぼる。
気が遠くなるような瞬間。
そしてそれが終わったとき……窓の下に青く、やさしく、広がっているんだ、ぼくらの地球が……。
ぼくは、飛ばなくちゃならなかった。
そう、ぼくは、飛ぶ。
エンジンテストの日から二週間が過ぎた。その火曜日、ぼくは駅で偶然、ミアイルに会った。
こいつにだけは会いたくなかった。絶対に「ザマーミロ」って顔されるんだ。エスカレーターにミアイルとジェムを見つけた瞬間、ぼくは引き返そうとした。だけど、ミアイルがこっちをふり向く方が先だった。
ばっちり、ぼくらの目が合った。
まだ、負けたわけじゃないぞ
ぼくは思いっきり、眉毛をあげた。
だけど、ミアイルの顔は何ひとつ動かなかった。「ザマーミロ」とも「バカ」とも。ほんの一瞬、ぼくの顔に目をとめたあと、ミアイルは口をきゅっと結び、何かを考えているように視線を外してエスカレーターをおりていった。ナマイキな顔して、ジェムが続いた(ジェムはぼくに気づかなかったらしい)。たぶん、ゼミに行くんだろう。
すっかり拍子抜けした。
わざと無視したとか、相手にしてないんだってとこを見せたとか、そういう顔でもなかった。
なんなんだろ……。
あの、憎ったらしいミアイルが……。
やつが何考えてるのか、ぼくにはちっともわからなかった。
わからないのはミアイルのことだけじゃなかった。
なぜなんだ?
なぜ、ウォレスはいなくなっちゃったんだ。どうしても、納得できなかった。
こんなとき、ウォレスが、
「いつ飛ぶんだよ、ダーゼット。待ってんだぜ」
なんてぶっきらぼうに言ってくれたら、勇気モリモリなんだ。それなのに……。
ぼくは毎日のように管理人室をのぞきに行った。だけど、ウォレスのにおいがしみこんでるいろんな物……灰皿とか、酒ビンとか、よれよれのタオル、ホコリだらけのたくさんのガラクタなど……はきれいさっぱりなくなっていた。
そしてあのエンジンテストの日から三週間目の木曜日の朝、そこに新しい品物……薬のビンとかオーデコロン、まあたらしいオーディオなんかが並べられた。
新しい管理人が来たんだ。
その日から、ぼくは管理人室をのぞくのをやめた。
腹が立っていた。ウォレス、なんで何も言わないでやめちゃったんだ! くそっ。探そうったって、何も手がかりがないなんて。
ぼくは3DゲームBOXへ行って、デビルマシーンにおもいっきりやつあたりした。
赤や黄色のデビルが、ドッカンドッカン破裂していった。ザマーミロ。くたばったぜ!
ぼくは胸を張った。
だけどすぐにムナシクなった。
店を出て、ぼくはショボンとあきカンを蹴りながら歩いた。
やっぱり、ウォレスに会いたい……。
ほんとに、何にも手がかり、なかったっけなあ……。
「うるせ〜ぞっ、クソガキッ!」
道ばたの、デブったおっさんがわめいた。
むっとしてぼくは、思いっきりカンを蹴った。蹴ったら。カンは反対側にいたじいさんの、帽子をふっとばして転がった。じいさんのこめかみにプルプルと血管が浮く。
「こ、この……っ!」
やばっ!
あわててぼくは裏道へすっとんだ。すっとんで走りながら、奇跡的に、あることを思い出していた。
そうだ、メイラウンド病院!
いつか、フリルが、メイラウンド病院でウォレスを見かけたって言ってたな! もしかして、まだ通ってやしないかな。通ってなくても、何か、少しでもわかるかもしれない!
そのまま、マッハの速さで、ぼくはメイラウンド病院まで飛んでいった。
病院は混んでいた。
「すいません、あのォ……」
すんげー忙しそうに看護婦さんが行きかっている。
「あのォ……」
おろおろと、ぼくは声をかけた。メガネの看護婦がふり向く。
「なに? ぼく?」
ぼく? ちょっと気分が悪かったが、しょうがない。
「あの、ウォレスって人、知りませんか?」
「ウォレス? 患者さん?」
「え、えーと、よくわかんないけど……」
あきれ返るわねって顔をして、看護婦は目をむいた。
「忙しいんだから、お母さんによくたずねかたを教わってから来てちょうだい」
すたすたと行く。ムカムカきた。ガキ扱いしやがって。
翌日、意地になったぼくは、ウォレスの写真を持って、また病院へ行った。POWER−Xを手にいれてパーティを開いたとき、ぼくらと一緒に秘密基地で撮った写真だ。
今度は開きなおって、ぼくは叫んだ。
「すんませんっ! この人、知りませんか」
ロビーにいた人は全員、ぼくをふり向いた。
「知りませんかっ!」
恥ずかしかったけど、ヤケだ。
看護婦が三、四人、やってきた。
「なあに、君」
「あの、この人を探してるんだけど……」
ぼくは写真を見せた。
「まあ、いい男じゃない」
「あら、この人!」
そばかすの看護婦が顔を輝かせた。
「知ってるんですか!?」
「ちょっと、ちょっと、エバを呼んできて。エバの木曜日の彼よ」
木曜日の彼!? 看護婦たちはかってにぺちゃくちゃしゃべりだした。
「へえっ、エバの恋人なの?」
「あこがれてるだけよ。この人、必ず木曜日に3021号室にお見舞いに来るのよ。で、エバがさ、デートに誘っちゃおうかなーって、はりきってたのよ」
そこへエバっていう看護婦がかけつけた。
「え〜っ、ウォレスさんの息子が来たってエ!? やだ、彼、子持ちだったのオ」
「息子じゃありませんっ」
人のよさそうなエバがぼくをのぞきこんだ。
「ねえっ、ウォレスさん、どうしたの? このごろ、来ないんだもの。どうしちゃったか知らない?」
がっくりきた。先こされてしまった。
結局、看護婦の誰も、ウォレスのことをくわしく知ってるわけじゃなかった。
ぼくは帰るほかなかった。
ひとつだけ知ることができたのは、ウォレスが毎週、必ず来たっていう3021号室の病人の名前だ。その人はポール・フリードといって、かなり昔からここに入院しているらしかった。
「よぼよぼのおじいちゃんよ」
と、エバが教えてくれた。
「その人、ウォレスの親戚?」
「さあ、違うみたいだったけど……」
いったい、ウォレスの何なんだろう。毎週、欠かさず来たっていうくらいなんだから……? ぼくが会いたいって言うと、看護婦たちは顔を見合わせた。エバがマジメな顔で言った。
「あんたはやめといた方がいいわ」
「どうして」
「だってあの病棟は……」
「なんなの?」
エバは、なんとなくごまかして、教えてくれなかった。
ぼくは帰りがてら、病院の庭に出て三階を見あげてみた。三階の21番目の部屋が、3021号室のはずだ。
ぼくは、21番目の窓を、目で数えていった。
そして、その窓を見つけたとき……ぎょっと息をのんだ。
なにか、亡霊みたいな、青白い顔つきの老人が、外を見ているのが見えたんだ。
その老人の目は深くくぼんでいた。しわしわのくぼみの奥に、目が見開かれていた。何かをおそれるような目が……。
見てはいけない恐ろしいものを見てしまったような気がして、ぼくは息をのんだ。
でも、その顔が見えたのはほんの一瞬だった。カーテンがひかれて、老人の顔はすぐに消えた。
ぼくは急いで病院を出た。
あの老人はいったい、ウォレスの何なんだろう……?
それからしばらく、3021号室の青ざめた顔は、ぼくの心に残っていた……。
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[#小見出し]  6 幻のRB57805[#「6 幻のRB57805」はゴシック体]
しばらくして、学校が始まった。ビリー、サボイ、フリル……ぼくらはまた、毎日、教室で顔をつき合わせて騒いだ。
ビリーのテレビ局の話はサイコーで、ぼくらはブッとんでたまげたり、腹かかえて笑ったりした。やつは持ち前のずうずうしさで、スタッフと友達になり、撮影現場で使いっ走りみたいなことをやっているらしかった。
「俺がいねえと現場は動かねえな。間違いなく」
なんて本人は言ってたけど。
それからタレントのものまね。こいつがサイコーにケッサクだった。
ぼくらは何度も笑い転げた。
ただ、ロッカについては、ちょっと心配なうわさがとんでいた。上の学年のピートってやつが作ってるヘンなグループに入れられちゃって、万引きなんかやらされてるっていうんだ。
「ロッカ、どーしたんだよ?」
ってぼくらが声かけても、
「だいじょぶだよ、何でもない」
なんて返事するだけで、ぼくらを避けてるみたいにどっかへ行っちゃうことが多かった。気になったけど、ぼくはロッカを信じてた。あいつはそんなやつじゃない。
それから、フリルはあいかわらずのマイペース。雨の日のことなんか、さっぱり忘れちゃってるみたいに見えた。それに最近は、女同士で遊ぶことが多くなったみたいだ。マニキュアやピアスをつけて遊んでるところを見かけるようになった。パルモを抱いて寝てたころのフリルとは、なんだか違うにおいがするようになっていた。
そう、学校が終わると、サボイはサイエンスセンターへ、ビリーは「ちょっくら行ってくるぜい」なんてテレビ局に飛んでったし、フリルはシンシアやエイミーとストロベリーランドに集まったりして、ぼくらはバラバラになった。
いろんなことが、ペレランディア計画の前に戻ったように見えた。だけど、ぼくのなかで、何かがちょっと違っていた。何か……うまく言えないけど、ぼくらはひとりひとり、別々の人間だったんだってことを、すごく感じるようになっていた。みんながキライになったわけじゃない。ただ、みんなが自分とおなじで、おんなじようにペレランディアを飛ばしたがっていると信じていたことが、なんだかとてもガキっぽく思え始めていた。
学校が終わると、ぼくはひとりで散歩したり、図書館へ行くことが多くなった。そうするとフシギに落ち着いた。
そうして、ぼくは図書館からポードキンの本をかたっぱしから借りまくって、なんとかして、ポードキン=ウォレスの証拠をつかんでみようとした。今までペランディアにかかりっきりだったから、今度こそ秘密をつきとめようと決心したんだ。
まず、謎の人物・RB57805が、どのディスクや本を何回借りてるかチェックしてみた。目立つのは、ディスクの「幻の七隻とペレランディアの伝説」を二十五回。本の「ザ・グレート・ポードキン」を十八回、借りてることだ。そして、やつがこの本を、最後に借りたのは先月の二日だった。
うーん……。
ぼくは表をにらんだ。ここに何か、手がかりあるかなア……さっぱり、なかった。
それから、RB57805が一番最初にメモリー・バンクに出てくるのはいつかを調べてみた。二一六六年だった。九年前。ぼくが四つのときか。
うーん……。
ぼくが四つの時から、この街にいるってことかなあ……ウォレスはいつからこの街にいたんだろう。ちぇっ、きいとけばよかった。
そう思ったときだ。
ぼくはすごいことを思いついていた。ポール・フリード! 3021号室のポール・フリードが、もしかしたらRB57805かもしれない!
ぼくはさっそく、メイラウンド病院のエバのところへ飛んでいった。
「ねえ、ポールがここに入院したの、いつ?」
エバは首をかしげた。
「さあ……かなり古いわよ。十年くらい前って聞いたけど」
「十年くらいって九年じゃない? ねえ!」
「そうかもね」
そうかもね、か。もっとくわしく聞きたかったけど、エバはとても忙しそうだったので、遠慮しないわけにはいかなかった。
それくらいで、あとは何も新しくわかったことはなかった。
それでもぼくは、毎日のように図書館へ行き、その帰りには秘密基地へ寄って、地下道へなんとかもぐりこめないかと、あちこち探して回った。けれど、何も、何ひとつ見つけることができないまま、何日かが過ぎていった。
そして、月曜日の午後、ぼくをちょっとア然とさせるような出来事があった。
その日、ぼくは美術科の当番で、授業の前に石膏の像を準備しとかなきゃならなかった。で、美術室に取りに入っていったわけなんだけど……。
イーゼルがたくさん並べてある向こうへ、石膏を探して歩いていったときだ。キャンバスの山の向こうに、誰かがひざをかかえてうつ向いているのが見えた。ぼくが伸び上がってそれを確かめようとするのと、そいつが、はっと立ち上がるのと同時だった。
それはミアイルだった。ミアイルはあわてて顔をぬぐった。
ミアイルが……泣・い・て・た……?
あわててふためいた。あわてることなんて何にもないのに、ぼくはおたおたしてしまった。
そのとき、入口の方で声がした。
「お〜、ダーゼット〜! 助っ人に来たぜ〜」
「どこだ〜」
ビリーたちだ。
「あっ、今行くから!」
ぼくはどなっていた。
ミアイルはぼくを見た。
ぼくもミアイルを見た。
ぽかーんと、お互いを見ていた。
ビリーたちが押しかけてきた。
「ダーゼット! あにモタモタしてんだよ、えっ?」
「あっちだよ、石膏!」
ぼくはビリーたちを押しやって、急いで美術室を出た。
なぜ、ビリーたちに泣いてるミアイルを見せまいとしたのか、自分でもうまく説明できなかった。なんとなく、だ。
ただ、ぼくはふと思った。あいつにもワケがあるんだなあ。
もし、ペレランディアが失敗する前だったら、そんなふうに思わなかったかもしれない。ザマーミロと、きっと思っただろう。でも、今のぼくは少し、前と違った考え方をしてるみたいだった。
アイツにもワケがある。男にはワケがあるんだ、みんな。ぼくだってそーだもんな……。
うん、うん、なんて、勝手にうなづいて、ぼくはみんなとドタバタ石膏を運んでいったのだった。
それから、もひとつ、この日に、忘れられない事件が起こったんだ。
放課後、いつものとおり図書館へ出かけたんだけど、もう調べることなんかなくて、ロビーのソファでうとうとしてたときだ。ぼくの目の前を「ザ・グレート・ポードキン」が通りすぎた。
げっ!
飛び上がっていた。
はたちくらいのポマードで頭をまとめたやつが、「ザ・グレート・ポードキン」を借りて図書館を出ていくんだ!
ついに現れた。
あいつだ。きっと、RB57805だ!
ぼくの心臓はエイト・ビートで踊り出していた。やつは裏通りの方へ歩いていく。
あとをつけるんだ
ぼくはあわてふためいて、でも、気がつかれないように死ぬほど用心して、やつの後ろ姿を追った。
ポマード頭は、ものすごくボーッとした顔で、ブラブラと歩いていた。どこに行くんだろ。家かな。あとつけるより、堂々と市民番号聞いたほうがいいかな。あっ、でももしかして、ウォレスんとこに行くのかもしれないじゃないか。ウォレスの秘密の隠れ家へ、何か、秘密の情報もって行くのかも……。
ぼくの鼻息は、ますます荒くなった。荒くなったけど、ポマードはますますゆっくりと、ショウウインドウなんかに立ち止まっている。
じれったいやっちゃ……
じりじりとして、ぼくがつい、ショウウインドウに気をとられたスキだ。
あいつがいない!
あわててキョロキョロした。
やつは、その先の映画館へ入っていくところだった。ぼくも急いで続いた。やつはチケットを買って中へ入っていく。くそ、映画代十ポートか。しかたねーな、この際。ぼくはポケットから、なけなしの十ポート札をひっぱり出して、急いで窓口のじいさんに出した。
「チケット一枚」
じいさんはジロリとぼくを見た。
「いくつ」
「一枚だよ」
「いくつ」
「一枚!!」
じいさんはケーベツの目でぼくを見た。
「年はいくつだってきいてんだよ」
十三、と言いかけて、はっとし、ぼくはふり向いた。看板の絵が目に飛びこんだ。
ブロンドのおねーさんが、網タイツをはいて、ウインクしていた。
まずい、ポルノだ! 十八歳未満入場禁止。
ど、どうしよう……!
「いくつだってきいてんだ」
じいさんはマッコウクジラみたいに無表情に、上からぼくを見すえた。
「じゅ、十八!」
言ってから、ツバをのみこんだ。み、見えないよな、どう見たって、見えっこねーなっ。
だけどじいさんは言った。
「二十ポート」
えっ……? ぼくはあわてた。
「じゅ、十ポートじゃないの?」
「二十ポート」
氷河のように冷たい声だった。ぼくはへなへなとなり、十ポート札をもう一枚、ポケットから出して、じいさんに渡した。
館内に入るとき、おずおずふり向いたら、じいさんがムッツリ口を曲げたまま、二枚目の十ポート札を、自分のポケットに押しこんでいるのが見えた。
館内はがらんとしてて、客は十人もいなかった。ぼくはすぐに、ポマード頭を見つけることができた。あいかわらず、ぼーっとスクリーンを眺めてる。ぼくはなんとなく、おたおたと一番後ろの席に腰をかけた。なんだか、すごいが声がしてたからだ。
「マイク……愛してるわ……」
上目づかいに、ぼくはスクリーンを見た。 鼻血が出るかと思った。
心臓が、ドッカンドッカン暴れだした。
ぼくはちらっと、あいつを見やった。あいつは本を枕にして居眠りしていた。
よく寝てられんな……。
ぼくは画面にクギづけになった。
映画はあっという間に終わり(ぼくがそう感じただけかな?)、次のをやりだした。次のやつは、もっとすごかった。
思わず、うわあっ!! と声を出しそうになったときだ。
あいつがいなくなっていた。
「うわあっ!」
ぼくは叫んで立ち上がり、あわてて映画館を飛び出した。飛び出したとたんだ。
ちょうど通りを歩いていたふたりづれと、バッチリ目が合っていた。ふたりづれはポカンとぼくを見つめて、立ちすくんでいた。
それは、ショッピング帰りの母さんとマーシアだった。
それから一ヶ月、ぼくはこづかいをもらえなかった。ぼくはバカにしてた星占い<今月のあなたは金運悪し。気持ちをひきしめ、まじめに暮らすこと>が、うんざりするほど当たってたことを思い知った。
ついでに言えば、ポマード頭を二度と図書館で見かけることはなかった。メモリーバンクで調べたら市民番号もRB57805じゃなかった。どうやら、まるっきりくたびれもうけってことらしかった。二、三日、ぼくは思いっきりくさって過ごしたのだった。
そして、そんな最悪の週のあと、あの、運命の日がやってきたんだ。
誰でも時々、もし、あのとき、あのことが起こっていなかったら……今の自分はどうなってただろうなんて思うことがある。ぼくも、もし、あの朝、マーシアがミルクをこぼさなかったら……と思う。あのことは起こらなかったかもしれないんだ。そう、チコクしそうであわてふためいてたのに、マーシアのやつがミルクをこぼして、肩からびしょびしょになっちゃったのだ。
「うわあああ〜!!」
カオじゅう口にして泣くもんだから、片づけてやんのがなお遅くなった(モチ、母さんはとっくに出かけちゃってた)。それで、ぼくはカンペキ、チコクッ!! と、まっさおになって家を飛び出したってわけだった。
そして、だ。公園通りの手前で、バッタリ、ビリーと出くわした。すべてはそこから始まった。
「オッス、ビリー! おめーもチコクか」
「なあなあなあ! 知ってっか、ダーゼット」
「あん!?」
ビリーはつっ走りながら、舌をかみそにしゃべりたててきた。
「ミアイルのやつ、ほらさ、医者になるやつばっかが行くエリート大学あんだろ、サンドラシティのさ、何てったっけ」
「え〜と、グレ……グレンダードか?」
「そーそ、そこそこ! そこの特別編入試験、受けんだって、七月!」
「まじかよ!? 大学、受けるわけ? 十三で?」
「そゆこと! もし受かったら、合格者の最年少レコードから二番目の記録なんだとよ」
「げーっ!」
「いっちめえ、いっちめえ、あいつなんか! 顔も見たくねーや」
「オレも」
ニタリとふたり、顔を見合わせた。
「ところで、行くか? 例の」
「OK」
そこで、ぼくらはそろってUターンし、公園通りを横切った。近道だ。パン工場の敷地を通ってくと、四分は短縮できるんだ。
「そーいえばさ、ミアイルのじいちゃん、すっげえ有名な医者なんだってな〜」
ビリーが塀を飛びこす。
「知ってる。とーちゃんもかーちゃんもさ」
ぼくも飛び越す。
ところが着地したとたん、ずぶり。
ビリーは胸の上までヘドロの中に埋まっていた。
「あっ!」
止まろうと思ったが間に合わない! ぼくが続けてヘドロにダイビングしていた。
ぼくは職員室がキライだ。大キライって言った方がいい。だけどなぜか、月に二回はここへ来る。たいていはビリーと一緒だ。そして今日の場合、パン工場の工場長、なんてオマケまでいた。
「困るんですよ! 毎朝ですからね。だからいつものとこにワナをしかけといたんですよ、案の定、ひっかかりおって!」
工場長はビリーの耳をひっぱった。
「いてえな! ワナなんか作ってねーで、てめえはパンの耳でもかじってりゃいいんだ」
ビリーが叫んだからたまらない。ドノバンのヤロがもう一時間、説教を追加した。
ぼくは耳をロックして、ときどき「はい、もうしません」とあいづちを打つことにした。たまに、タイミングが合ってなかったらしくて、ドノバンが目をむいたけど。
それより、ぼくの注意は、向こう側にいるミアイルに向けられていた。あの美術室の事件があってから、なんとなく、ミアイルのことがひっかかってたんだ。ミアイルのヤロ−は受験の手続きかなんかをしてるらしくて、ピータース先生のところで、何か話していた。
ミアイルの顔は、全く無表情だった。ただでさえおとなびた顔が、もっとおとなに見える。
ぼくはふと、ぼくらをバカにするときのミアイルを思い出してみた。憎ったらしくて、エバってる、イヤミな顔。それからもうひとつ。この前、美術室でポカンとぼくを見ていた、動揺した顔。目に涙を浮かべて……。
どれも同じミアイルなのに、まるで別人みたいだ……なんで、こんなに違うのかなあ……。
ぼんやり、そんなことを考えていたら、
「ダーゼット! 聞いてんのかっ!!」
ドノバンがものさしで机をぶったたいた。「はいっ」
って飛び上がるのと、ミアイルが、
「それじゃ、失礼します」
と言うのと一緒だった。
ミアイルはぼくらふたりの前を通りすぎていった。ビリーがべ〜っ!! とやったが、ミアイルはちらっとそれを見ただけで、表情ひとつ変えなかった。
「ちっくしょ〜」
ビリーが地団駄ふんでんのがわかった。だがぼくは、あるものを見て、息をのんだまま、身動きもできなくなっていた。
その数字が、ぼくの目をクギづけにしていた。
ミアイルの持ってる書類に、やつの市民番号がプリントされていたのだ。はっきりと、それは赤い文字で、<RB57805>と……!
ミアイルの家は、居住区Aー7の第5ブロックにあった。ここには屋敷が多い。その中でも、ミアイルの家は目立って立派だった。
ぼくはもう、三十分も前から、その前に立っていた。どうしても、ベルを鳴らす勇気が出ずにいたのだ。引き返そうか……何度かそう思った。だけどぼくは、あの、破られたページの謎を、ミアイルに問い正してみなくちゃならなかった。RB57805……ミアイルに。
ひょっとしたら……とぼくは思った。あのページを破ったのはミアイルじゃないかもしれない。それに、RB57805ってのが見間違いだったってこともある……。
だけどぼくには、やっぱりミアイルが何か知ってるんじゃないかって気がしてならなかった。
ぼくは、ゴクンとツバをのみ、ベルに手をかけた。
ベルが鳴るより一瞬早く、声がした。
「ダーゼット……何で来たんだ」
ぼくはふり向いた。ミアイルが立っていた。ミアイルはあっけにとられた感じで、ぼくを見ていた。
ぼくは何も言えなくなった。
「この前は世話になったな。だけど、このままで終わると思うなよ」
とか、
「おまえに話してほしいことがあるんだ。シラなんか切ったら、ただじゃおかねえ!」
とか、いろいろセリフを用意してきてたのに、どれひとつとして口にのぼってこなかった。
なぜって、ミアイルのこんなおだやかな顔を見たことがなかったからだ。ミアイルは、ほほえみさえ浮かべていた。
「入れよ」
ミアイルはあたりまえのように家へ入っていった。ぼくは、のこのこあとに続くほかなかった。
ミアイルの屋敷の中は、ぼくが今までみたこともないようなデザインだった。光とか、色とかが、透明なファイバーの柱とか板とかの間に配置されてて、時々点滅したり、色を変えたりした。高級っていうか、洗練されてるってのかな……何て言ったらいいんだ?
「母の趣味なんだ」
ポカンとたまげてるぼくに、ミアイルが説明した。母……か。ぼくは母なんて言ったこと、あったかなあ。
そんな、ハイソな廊下を通り、ミアイルは自分の部屋に、ぼくを通した。
そして部屋に入ったまま、ぼくは立ちつくしていた。
そこは、まるでぼくの部屋だった。もちろん、ぼくの部屋なんかより百倍もキレイだし、広かったけれど、張ってあるポスター、プラモデル、ジオラマ、ずらっと並んだ本……そのすべてが、宇宙船や火星、冥王星基地、あるいは天体に関するもの、宇宙冒険旅行談などなど、航空宇宙関係のさまざまなものであふれていたんだ!
ぼくはボーッとなって、それらのひとつひとつに目を移していった。ぼくも持ってるもの。ほしかったもの。見たこともないもの。われを忘れて夢中になった。ミアイルもいちいち、それにつきあった。
「これは二年前に買った本。火星基地宇宙船発着年鑑だよ。見ろよ。二一一〇年から四三年までの間、こんなに船が発着してたんだ。ほら、一日に三基でたことだってある」
感激ものだった。ぼくも見たかったんだ、この年鑑。いったい、どこで手に入れたんだろう。
「こっちはALF79のエンジン模型だぜ」
信じらんねえ! そんなのがあったのかあ……! よくできてんなア。
ぼくも負けちゃいられなかった。
「知ってっか? ALF78号のアダ名。スカンクっていうんだぜ」
「スカンク!? まじかよ?」
ミアイルはすっとんきょうな大声を出した。そんな声は、初めて聞いた。ぼくは思わず吹きだした。ミアイルもつられて笑った。
「あのさ」
ぼくはミアイルを見た。ちょっと上目づかいになった。
「おまえ、RB57805か?」
ニヤリとミアイルは笑った。
「やっとわかったかよ、RB57213!」
「知ってたのかよ、おまえ! オレが57213だって」
「一年前からね」
しばらく、あいた口がふさがんなかった。このやろう、知ってたくせに……。
ミアイルはニヤニヤ笑った。
ぼくは、いろんなことを思い出していた。RB57805をメモリーバンクにたくさん見つけた日のこと。やつに負けるもんか、と次々にディスクを借りたこと。やつもこっちを意識して、やたらめったら借りまくってたこと。
ミアイルだったんだ、全部。
不思議と、憎たらしい気持ちは起こらなかった。いや、かえって気持ちよかったくらいだ。なぜなら、ミアイルがすごくさっぱりと、満足そうな顔をしていたからだ。
信じられなかった。ぼくとミアイルがこんなふうに話してるなんて。だけど、ぼくは、今までのことが全部、吹っとんでくみたいに上気していた。
「おまえさ『遥かなれ ネプチューン』さ、3Dのやつ、六回借りただろ」
ぼくがきいた。
「あっ、そうそう!」
ミアイルが目を輝かせた。
「たしかおまえ、九回じゃなかった?」
「うん。勝ったな」
ミアイルは笑った。
「それからおまえ、あれ、めっちゃくちゃ借りてるだろう……」
その先は、ふたり同時だった。
「幻の七隻と、ペレランディアの伝説!」
顔見合わせて、ぼくらは吹きだした。
「あれだって、オレは三十回以上だぜ〜」
ぼくが張り切ると、ミアイルはくっくっくと笑った。ムッときた。
「なんだよ!」
すると、ミアイルは3Dスクリーンのスイッチを入れた。
スクリーンは「幻の七隻とペレランディアの伝説」を映し出した。
「あっ……」
してやられた。
「オレは買っちゃったの」
「ちぇ〜! 金持ちはいいよな〜」
それからぼくらは、もう何度めか知れない「幻の七隻とペレランディアの伝説」を見ながら、夢中でALF80や、ポードキンのことを話し合った。いつまでたっても、話は終わりそうもなかった。
まったく、オドロキだった。
ミアイルは、とんでもないくらい、宇宙に首ったけだったんだ、ぼくと同じくらいに。
それに一番驚いたことは……。
ミアイルは、ポードキンがインタビューを受けてるシーンの途中で、パワーアップボタンを押し、ボリューム再生した。
「生に向かって限りなく分かれた選択の枝を、寸分の違いもなく選びとり、わが故郷、地球に生きて帰ること……その英知と勇気、それが宇宙飛行士の誇りなのだ。」
「ここ、好きなんだよな」
ミアイルはポツリと言った。はっとなって、ぼくはミアイルの横顔を見た。ぼくとおんなじじゃないか……。
そしてぼくは、同時に、ウォレスのことを思い出していた。
ウォレスなんだ……これは……。
そのとき、急に電話が鳴った。
「ちょっと待って、母だ」
ミアイルはぼくに、黙ってるように合図して、受話器をとった。
スクリーンに、ちょっととがった感じの女の人の顔が映った。
「ミアイル。ゼミはどうしたの。もうすぐ試験だというのに」
「ちょっと頭痛がしたので戻ったんです。今日は自分の部屋でやるつもりです」
「ママは今日、帰れないわ。医師会の研究発表が近いので、忙しいのよ。わかってるわね」
「はい」
「パパのほうも今日も遅いらしいわ。じゃ、課題はしっかりやっておきなさい」
映像が、切れた。女の人は、一度も笑わなかった。
ミアイルは、ふり向きながら、小さくため息をついた。
「母は、医師協会の副会長なんだ」
なんとなく、ぼくはあっけにとられていた。
うちの母さんとぼくのやりとりと、全然、違ってたからだ。
「……おまえ、ほんとに頭、痛いのか?」
ミアイルはニヤッと首をふった。
「やるじゃん、おまえも。今日はサボる気なんだ」
「いや。勉強はする」
笑いかけたぼくの顔が止まった。
「マジメなんだな、根っから」
「グレンダードに受かりたいんだ」
ふうん、とぼくはつまらない気がした。
「そんなに医者になりたいのか?」
「そうなることを、みんなが望んでるんだ」
「おまえの、ママとか、パパとか?」
ミアイルはうなづいた。
「医者になれば、ふたりとも、オレのこと認めてくれるだろうから」
「なんだよ、じゃ、今は認めてないってことかよ」
ミアイルはちょっと黙った。
「認めてないっていうより、興味がないんだろうな。もし、勉強ができない、医者になるのぞみのない息子だったら……あのふたりは俺っていう人間がこの世に存在してることすら思い出そうとしないんじゃないかな」
なんだか、よくわからなかった。そんな考え方があるなんて、初めて知った。できるやつにはできるやつの悩みがあるんだなあ。ぼくとは別世界の人間みたいな気がした。ミアイルが何を考えてんのか、ぼくはいっしょうけんめい想像してみた。
「でも、このごろ……なんか、違うような気がしてきたんだ。これでいいのかって……オレ、何か違ってんじゃないか……母さんや父さんに認めてもらうために勉強してるのは、違うんじゃないかって……」
ミアイルは黙って、何か考えをまとめようとしてるみたいな目をした。
「はっきりそう思ったのはたぶん、あの廃物処理場の管理人にしかりつけられたときからだったんだ」
ぼくらの前でウォレスにしかられた、あのときのことか。
「オレ、ずっと、いつも優等生だった。先生や両親にほめられるにはどうしたらいいか、よくわかってて、いつもそんなふうに行動してた。でも、本当は、心の中で大人をバカにしたり、卑怯なこと考えたりしてたんだ。それなのに、どうして大人はオレをしからないんだろう。勉強ができて、行儀よくしてれば、みんなチヤホヤしやがって。ほんとは何にもわかっちゃいないと思ってた。だから、あの人にあんなこと言われたとき、すごくショックだった。『自分に誇れるような生き方をしろ。おまえはおまえの力で生きることだ』……あの人はそう言った。そんなことを言われたのは、初めてだったんだ。俺はあれから、そのことばかり考えていた。そして、気がついたんだ。オレはずっと、あんなふうに誰かが言ってくれるのを待ってたんだってことに……」
そうだったのか……そんなこと、全然、気がつかなかった。
ミアイルはまたちょっと黙った。そして、急に、ぼくの方を見て言った。
「オレ、初めて会った頃から、おまえのこと、キライになろうって決めてたんだ」
ぼくは、ん? とやつを見返した。
「やりたいこと、やってんだもん、おまえ。オレがいろいろあってできないことだって。でも、最近は思ってる。きっとほんとは、おまえと話してみたかったんだな……」
ミアイルは早口でつけ足した。
「そう思ったぜ。この前はおまえに助けられたし」
助けた? そんなことあったっけな? ひょっとして美術室のことかな……?
ミアイルはあわてて、明るく言った。
「そうそう、RB57213がおまえだって知ってからは、いつもおまえのやってることが気になってたし、ペレランディアを飛ばそうとしてるって知った時は……」
ミアイルは笑った。
「コノヤロウって思ったぜ! オレが一番やりたいことを」
ぼくも笑った。
ミアイルは続けた。
「オレだって、小さい時からずっと、そう、ずっと思ってたんだ。宇宙へ飛びたいって! だから、おまえが成功するかしないか、思いっきり気になった。どうやって作業してんのか、どうしても知りたくって、コンピューターにも侵入した! そしたら、重大なミスしてんじゃないか。もう、じれったいのなんの」
そうだったのか……。
「バランス制御さえ整えば、飛ぶんだ! 教えてやりたい。だけどくやしい」
ミアイルが、そんなふうに思ってたなんて、想像したこともなかった。
「ミアイル……」
ぼくは考え考え、言った。
「オレは絶対、ペレランディアで宇宙を飛んでやろうと思ってる。その時は、一緒に飛ばないか?」
ミアイルはちょっと考えてから言った。
「オレは七月には、サンドラシティへ行っちゃうんだぜ。グレンダードの試験に受かればの話だけど」
「まだ一月半ある」
ぼくは言った。
「もう一月半しかない」
やつが答えた。
ふたりは黙った。そして、ふたり同時に吹きだした。ぼくはしばらく笑った。
「考えとくよ」
ミアイルがつけ加えた。
ぼくのなかには、何だかとても気持ちのいいものがひろがっていた。ぼくは、いつかウォレスがミアイルについて言ってた言葉を思い出した。
「あいつは見どころあると思うぜ」
「そいつの、ある一面しか見ていなかったことに気がつく」
全部、わかってたんだ、ウォレスは……。さすがだな、やっぱり……。
そんなことを考えていたら、ミアイルがポツリと言った。
「だけど、おまえ、今日はなんで来たの?」
「あっ」
ぼくはあわてた。そうだ、興奮して、すっかり忘れてた、破られたページのこと。
「破られたページ?」
ミアイルはあっけにとられた。
「あれ、おまえじゃなかったの!?」
「えっ?」
ぼくもポカンとなっていた。ミアイルはぼくだと思ってたのか。じゃ、ぼくでも、ミアイルでもない、と。
それなら誰なんだ……?
ぼくの頭の中では、ウォレスって言葉がビカビカに光りだしていた。
「そうか……おまえじゃなかった……と」
ミアイルは何か、フシギな顔をした。
「あのさ、ダーゼット……」
ミアイルは口ごもりながら言った。
「おまえ、何か、ALF80に関して不思議に思ってること、ない?」
きたっ! 反射的にぼくは思った。何がかはわからない。でも、やっぱりという気がしたんだ。
「うん……」
とぼくは答えた。ぼくらは顔を見合わせた。
「ミアイル、おまえから話せよ」
「わかった……」
ミアイルは、ものすごいシンコクな顔をした。そして、ちょっと息を吸って、言った。
「オレ、もしかしたらさ、もしかしたらなんだけど、ポードキンは地球へ帰ってるんじゃないかと思うんだ」
頭のシンがしびれたようなカンジがした。まさか、ズバリとそのことだったとは……。
「なぜ……?」
ぼくの声は低くなっていた。
「……おまえ、ミューズ16、知ってるだろ?」
「うん。ALF80にのっけてった脱出用の小型船だろ。ポードキン愛用の船だ」
「あれ、QG社の特注船なんだよな……」
ぼくはうなづいた。そう、ミューズ16は、ポードキンが二一三九年、グリーンプラネット号の爆発事故で八十八名の人命を助けた時に、QG社からプレゼントされた船なのだ(グリーンプラネット号がQG社製だったからで、QG社は大恩人のポードキンに、サイコーの船を造って贈ったわけだ)。
「あれのエンジンはSS型、つまり、Swirl Stream、渦流型のエンジンで、あのときたった一回造られただけで、その前も、その後も、二度と造られなかったんだ。ところが」
「ところが……?」
「それがいま、火星基地にあるんだよ。もちろん船体は違ってる。エンジンの名前も変えてる。でも、間違いないんだ」
ぼくのアタマはの中はじーんとしびれはじめていた。
「これ、見て」
ミアイルは一枚の写真を出した。
「父の助手が、医療チームのメンバーとして火星基地に行った時、撮ったやつなんだけど、ここに映ってるだろ、ほら」
そこにはクッキー22と書かれた小型船が映っていた。
「このクッキー22はミューズ16を改造したやつに間違いないんだ! だって、みろよ。このエンジンは、絶対にSS型エンジンだ。ミューズ16だけのものだった渦流型エンジンなんだ! そして、このクッキー22は、一番古い記録で、二一六四年から火星にあることになってる」
しばらくぼくはミアイルを見たまま、何も言えなかった。
「ぼくはこのことに気がついてから、いろんなこと、ほんっとにいろいろだぜ。調べたんだ。そしてあることに気がついた。もし、ミューズ16がALF80に乗ってた誰かを乗せて火星に帰還し、その誰かが偽名を使って地球へ帰ったとしたら、地球へ帰る船にその人の記録が残ってるんじゃないか? つまり地球から火星に行ったやつ、火星から地球に帰ったやつを、乗船名簿ですべてチェックしたら、地球から火星へ行ってないのに、火星から地球へ帰ってきたやつがいるんじゃないかと思ったんだ。もし、いるとすれば、そいつはポードキンかもしれない」
ミアイルは一気にしゃべり、息をつぐ。
「そして、そいつはいたんだ。ふたり」
「ふたり?」
「そう。ALF80には8人乗ってった。でも、戻ってきたのは、ふたり、だったんだ」
ミアイルはぼくを見た。ぼくもミアイルを見た。じっとりと、手のひらが汗ばんでくるのがわかった。
「大変だったんだぜ、これをつきとめるのは。まず、乗船名簿の入手、それから何千て人のチェック。なんたって三十二年間の記録だからな〜」
ぼくはがまんできなくなってわめいた。
「で、そのふたりって誰だよ!」
「名前を見たって、それが誰で、どこにいるのか、わかんないけどな。なんとかいま、コンピュータでリサーチしてるけど……」
そのメモの赤い文字は、それ以来、ぼくの頭にこびりついて、いや、こびりついてなんてもんじゃない。どでーんと居すわって動かなくなった。そう、そこにはこう書かれていた。
P・F・アレイン
B・E・ウォレス
その夜、いったいどれだけぼくが舞い上がっちゃってたか、とても言葉では言えない。
だけど、そうじゃないか、そうじゃないか、と疑ってたことが、まるっきり当たってしまうと、人はかえってボンヤリと静かな気持ちになるもんだってことを、ぼくは初めて知った。
ベッドに入ってからも、ぼくのなかには、コーフンていうよりも、静かな、誇らしい気持ちがこみあげてきた。
やっぱり、ぼくの目に狂いはなかった。ぼくがずっとあこがれてたポードキンのイメージは、最初からウォレスにぴったりだったもんな。男くさくって、強くって、あったかで……それから、いろんなことをよく知ってる……。
ミアイルがあのRB57805だってこと、ぼくと同じ夢をもってるやつだったことも、ぼくのサイコーのきげんの良さに関係してた。
ミューズ16のこと、ぼくは見つけられなかったってことが、ちょっとくやしかったけど、ま、いいか。
ぼくはむろん、ミアイルに、ウォレスが誰かってこと教えてやった。
ミアイルは、目をみはって、感動していた。
信じられないっていう顔で、興奮していた。
そんなミアイルに、ぼくはひとしきり、ウォレスの話をしてやったんだ……。
だけど、あのページを破ったのは、やっぱりウォレスなんだろうか? だとしたら、いったい、なぜ……?
いつまでたっても、ぼくは眠れなかった。
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[#小見出し]  7 ウンガノボ、サイボーグになる[#「7 ウンガノボ、サイボーグになる」はゴシック体]
翌朝の日曜日、ぼくは秘密基地へ飛んでった。ウォレスがいないことはわかってた。だけど、ひょっとして……ひょっとしたら、戻ってきていやしないだろうか?
他になんにも知らないんだから、あそこへ行くしかない。
だけど、秘密基地に着いたとたん、ぼくはぎょっとなっていた。
管理人室から黒い髪の管理人が出てくるところだった。そして、その後ろにビリーが隠れていた。ビリーはこっそりと管理人室から這い出てきたんだ。間違いない。ヤツは管理人に気づかれないように、管理人室に忍び込んでたんだ。そして今、スキをついて、外へ逃げようとしている……。
ビリーはそろり、そろりと管理人の背中を回って、物陰へ体を移そうとしていた。ところが……どこかへ行こうとしていた管理人が、急に用事を思い出したように、ビリーのいる方をふり向く……。
「あっ!!」
とっさにぼくは大声をあげていた。管理人はすぐにこっちを見る。そのスキにビリーが物陰へ走る。
「何だ、おまえ」
管理人は金網にへばりついてるぼくに声をかけた。
「いえ、あの、その……今日は日曜日だね」
管理人はけげんそうに眉をしかめた。
「オレんとこは月曜日だとでも思ったか?」
「いや、日曜日だと思うよ」
ビリーは無事、物陰に飛び込み、管理人の背中ごしにぼくに、サンクス・サインを送ってる。
「あ、あんた、おもしろいね」
ぼくはけんめいに笑った。
管理人はまるっきりアホにした目でぼくを見た。
「おまえのほうがよっぽどおもしろいんじゃねえか?」
「ありがとう」
そんなわけで、十分後、ぼくはビリーのおごりでエビチリ・バーガーにありついた。
「あー、冷や汗もんだったぜ」
と、ぼく。
ビリーがポテトをパクつく。
「エビ・チリはちっとフンパツしすぎたな」
「言うな、おれがいなきゃ、ゼッタイ見つかってたぜ」
「さあ、どうかね」
と、ビリー。ちぇっ、ずうずうしいやつ。
「だけどビリー、何してたんだよ、あそこで」
ぼくが顔をつき出すと、ビリーはポテトやマフィンをいっぱいにほおばって、胸のつっかえをドンドンたたきながらしゃべりたてた。
「まいったぜ、テレビ局のやつらだよ。オレをガキあつかいしやがんだ、てめーらのがよっぽどチンケなくせしてさ。だからさ、借りた金返して、スッパリしようと思ったんだ。オレ、ペレランディアの操縦席のシートに五百ポート隠してあったからさ。で、取りに行こうと思ってたら、あれだろ、ほら、入れなくなちゃってただろ」
「で、忍び込もうとしてたんだな。でも、ムリだぜ。オレだって何度もやったんだ」
ビリーは聞いてないみたいに、マフィンを追加してからぼくをふり向き、
「……おまえ、今晩、ヒマ?」
「ヒマだよ?」
ビリー、よし、と、うなずく。
「サボイのやつも呼んでやろ。あいつ、最近、サイエンスセンター、サボってヒマらしいから」
「何すんだよ、今晩」
すると、ビリーはぼくの目の前にこぶしをつきだした。
ビリーはニッと笑って、少しずつ、手の中のものを指の間から出してみせた。
それは廃物処理場のマスター・キーカードだった!
「キーカード! もしかして……」
「今夜、こいつで秘密基地へ忍び込む」
思わず、ぼくは立ち上がった。
「どうやって盗んだんだよっ、それ!?」
店中の人がふり向いた。
「ばかっ」
ビリーがあわててぼくの口をふさいで、
「その気になりゃチョロイんだよ。俺様をだれだと思う。この道百年のベテランだぜ?」
とケチャップのプンプンにおう口でぼくの耳にささやいた。ぼくも思わず声を落とした。
「でも、いまごろ、管理人が大騒ぎしてるんじゃねえか? それがなくなって」
ビリーはケーベツの横目になった。
「んなヘボ、オレがすっか? こいつはね、本物のコピーなの。本物をくすねて、コピー作って、そいで、さっき、本物をもとんとこに返しといたわけよ」
あいた口がふさがんなかった。ビリーは、ぐびびとコーラをのみほした。そして、思いっきり大きなゲップをひとつしてから、頭をトントンとたたいてみせた。
「あのね、ここが違うの、オレは」
ぼくらはサボイにも連絡して、夜七時に廃物処理場で落ち合うことにして別れた。
商店街を歩きながら、ぼくの気持ちは踊りあがった。
ペレランディアに、また会える!
もう一度、チャンスがやってくるんだ。
こみあげてくる笑いで、顔が破裂しそうだ。
スキップと口笛が、バラバラになった。
そうだ、ロッカ! あいつも呼ぼう。
思いついたら、今度は、もう何が何でもロッカが一緒じゃなくちゃだめだって気になった。なぜって、ぼくはやっぱり、ロッカが好きなんだ。あのなつっこそうな笑顔がね。
ロッカは家の前で、四つだか五つくらいのチビだちと「刑事ドレイク」ごっこをして遊んでた。(「刑事ドレイク」は、3Dフィルムの刑事もののなかじゃ、ダントツの一番人気だ)。
「オッス、ロッカ!」
と呼んだら、チビの一人に、
「だめだよ、ドレイクって呼ばなきゃ」
としかられた。
「あれっ、ロッカ、おまえがドレイクなの?」
ぼくは笑った。
「じゃ、ドレイク、ちょっと話があんだ。行こうぜ」
「うん……」
ロッカが行こうとすると、チビどもが群がった。
「いやだ。あそぼ〜、ドレイク」
「一緒に行くぅ〜」
「だめ!」
と、ぼくは言った。
「大事な話なんだ」
ぶうっとふくれるチビたちに、ロッカはニコッと笑った。
「またあとで遊んでやるよ」
なんだかすごくイキイキした顔なので、ぼくは安心した。やっぱりロッカはこうでなくっちゃ。
「人気あんだな、おまえ」
「へへへっ」
ロッカは照れて笑ってから、急にマジメな顔になった。
「あのさ、ダーゼット……」
「うん?」
「あのさ、オレ……」
ロッカが大事なこと言いかけてる。ぼくにはわかった。
ロッカのくちびるのはしが、ぴくぴく震えている。息をのむのが聞こえた。間違いなく、とてつもなく大事なことだ。
ぼくはちょっと息を吸った。
「何だよ」
「とうとう……やったんだ……オレ」
「とうとう? なにを?」
ロッカが黙った。
ぼくは待った。
ロッカはニコッと笑った。
「あとで言うよ。あと三日くらいたったら」
「なんだよ、ヘンなやつ」
ロッカらしいや。ぼくはおかしくなった。
「それより何? 大事な用って?」
と今度はロッカ。
ぼくは声を落とした。
「オレたち、今夜、秘密基地に忍びこむんだ」
「え!?」
ロッカの目がまんまるくなった。
「秘密基地に? どうやって」
その時だ。
ぼくたちは、ビクンと息を止めた。気配がしたんだ。うすら笑いを浮かべた男たちの気配。ぼくとロッカは、同時に、ふりむいた。
「よう、ロッカ、迎えにきたぜ」
ピートだった。それから、全身イレズミの男がふたり。ぼくの頭をタマゴみたいに潰せそうなバカでかいヤツ……たしか、あの人食い鮫みたいなキズだらけの方は……チンピラをひとり、しめ殺して、こないだムショを出てきたばかりだ……。
ぎょっとなってると、人食い鮫はニヤニヤ笑ってぼくの肩を抱いた。ぶあつい唇をぼくの耳元に押しつける。
「秘密基地って、なあに? どこに忍びこむって? ぼく」
耳に息がかかる。ぼくの顔には、セッケンを一センチの厚さで塗りたくったみたいに、張りついて動かなくなった。
「ねえ、教えてよ」
ピートたちがヤニ臭い声で笑った。
足が震えた。こんなことで震えてたまるか! 頭のすみがそう叫んでるけど、体が言うことをきかない……。
「何って聞いてるの。言わないと、脳みそ、かちわっちゃうわよ」
また、みんなが笑った。
どうやって逃げよう……ぼくのアタマはぐるぐる回った。死んでも言うもんか。でも、死にたくない。だけどどうなったって、一発や二発、なぐられるんだ。顔かな、腹かな、いてえんだろうな、チクショ〜ッ!
すると、ピートが人食い鮫をうながした。
「行こう、リオ。遅れるぜ」
「じゃね、ぼく」
ぶちゅっと、やつはぼくの頬にキスした。 おええ〜っ!
ピートはロッカに目を移した。
「ロッカ。てめえもだ。いくぞ」
ピートが背中を返そうとした。そのときだった。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼく、行かない、今日から」
ロッカだった。いっしょうけんめい、ロッカはしゃべった。
「も、もう行かないんだ、あそこには、マーフィんとこには」
ピートは振り向き、ぺっと道にツバを吐いた。
「どうしたんだよ、ロッカ」
「ごめん。でも、いやなんだ。オレ、知ってんだ、オレたちがマーフィの酒場に運んでんの、あれ、コーヒーじゃないんだ」
ピートの顔が止まった。人食い鮫の表情がさっと変わる。
「ロッカ……てめえ……」
「待てよ、リオ」
ピートが笑った。
「案外わかってねえかもしれねえぜ、こいつ、コレだから」
頭んとこでクルクルパーの形をしてみせるのと、ロッカが全身をふるわせて叫ぶのと、同時だった。
「あれ、麻薬なんだ! ぼ、ぼ、ぼくはもう警察に通報した!」
ぼくの口の中がサーッとかわいていった。氷みたいな沈黙が起こった。
次の瞬間、ロッカが赤ちゃんみたいな悲鳴をあげて走りだした。
「うわあああ〜っ!!」
「ロッカっ!!」
「てめええっ!!」
ピートと、人食い鮫たちが叫んで、あとを追おうとしたときだ。
ミニバイクがつっこんだ。
「ドレイクをいじめるな〜っ!!」
子供たちだ。チビたちがミニバイクでピートと人食い鮫につっこんでいた。
スキをついて、ぼくはロッカを追いかけた。
ミニバイクはピートたちにぶつかって、全員、折り重なって倒れた。
「どけっ! このガキッ!!」
「どけ〜っ!!」
悲鳴と怒声の五重奏が背中であがる。
ぼくは思わずふり向いた。
ピートが、倒れたミニバイクの下から這い出してくる!
人食い鮫もだ。まっかに、怒りで破裂してる顔。ロッカが向こうから叫んだ。
「ダーゼット! 逃げろ! 殺されるっ!!」
ぼくらは走った。めっちゃくちゃのむちゃくちゃ、心臓が口からとびでるくらい走った。
マトモに走ったら、やつらにゃかなわない。近道だ。ぼくらが開発した、ぼくらだけの近道。
ぼくは叫んだ。
「ロッカ、近道006で行け! オレは002で奴らをまく! 七時に秘密基地でおちあうんだ!」
「わ、わかった!」
ぼくらは、はじけとぶみたいに右と左に別れた。
ぼくは、わざとやつらから見える方に逃げた。そうすりゃ、つられて、やつらはぼくを追ってくる。その間に、ロッカが逃げられる!
ぼくは走って、走って、走り抜いた。
やつらがぼくを追ってるかどうかなんて、確かめてるヒマもなかった。
つかまるなよ、ロッカ!
天に祈った。そして走った。足がちぎれるくらいに。
一時間が過ぎた。
もうこれ以上、這ったって進めないってかんじで、ぼくは、ホテル・ビンセントの屋上でうずくまっていた。
このまま、死んじまうんじゃないかと思うほど息がきれて、口はカラカラだった。
チカチカ、クラクラする目で、下の通りにやつらの姿を探した。
もしもこの屋上まで、やつらが来たら、もうぼくは、ここから落ちるっきゃないんだ。そしたら、血だらけのぼくを、あのけたたましい救急車が迎えに来て……。
気がつくと、ほんとに救急車のサイレンが鳴っていた。
ぼくはあわててもう一度、下を見た。そしたら、あのピートたちが、抵抗しながら、警官たちに連れられてくとこじゃないか!
だとすると、あの救急車は……。
ぼくは、すっとびあがって階下へ走った。
血とドロでゾーキンみたいにくしゃくしゃになりながら、ロッカはエヘラエヘラと笑っていた。
ぼくは担架にすがった。
「ロッカ! ロッカ!」
「ヘヘ、やられちゃったよ、ダーゼット……」
「何、笑ってんだよ!」
「なんか、嬉しくって、オレ……。ねえ、ダーゼット」
「何だよっ!」
ぼくの方が、おたおたあわてた。
「なんだかすごく、スッキリしちゃった……だって」
涙だか、血だか、ドロだかで、ロッカの目はキラキラ光った。
「オレ、初めてだったんだもん、あんな……」
「あんな!?」
「あんな、はっきりと、ピートに……」
「わかる! 勇気あるよ、おまえ! ふつう、言えねえよ! すっげえ度胸だ!」
ロッカは、小さく笑った。
「さっき言おうと思ってたの、そのことだったんだ……。オレ、自分のこと、弱虫で……いやだったんだ。そんなの、ずっと……だから、だからいっぺんでいいから、勇気出してみようと思ったんだよ、死んでもいいから……。そしたらきっと……自分のこと、すごく好きになれるって……」
「うん! わかった、わかったよ!」
ロッカは満足そうに目をとじた。眠ったのか? まさか、気失った? どぎまぎ、のぞきこんだぼくに、思いがけない言葉が聞こえた。
「ペレランディア、飛ばそうよ……」
寝言かと思った。ぼくは耳を疑った。でも、それは、寝言なんかじゃなかった。
「楽しかったもん、あれやってたとき……ウン、一番楽しかった……ずっと思ってたんだ……ああ、飛びたいなあ……って……。ダーゼットや、みんなでいっしょに、宇宙から地球を見られたら、サイコーなのになあって……」
「飛ぼうぜ!」
何かにしめつけられたように、ぼくの胸は苦しくなった。
「もっかい、やるんだ、オレたち!」
小さくうなずきかけたとたん、ロッカの口から、ゲプッと血しぶきがとんだ。がくがくと、ぼくのひざは震えた。
「ロッカッ!」
返事がない!
そのとき、白衣の人たちが、ぼくをおしのけ、担架はあわただしく救急車の中へ運ばれていった。扉がしめられた。
ロッカが運ばれていく。病院へ、運ばれていく。勇気のかたまりのロッカが……。
体中が、ぎゅんぎゅんと、しぼられるみたいに熱かった。
ぼくはほえた。体中で、頭ブチぬけるほど。
「死んじゃダメだぞっ、死ぬなよ〜!! 死んだら……死んだりしたら、ブッ殺すからな〜っ!!」
サイレンをあげて、救急車はぼくの前から遠ざかった。
病室の窓からは、うすらさみしい、朝の陽ざしがさしこんでいた。
ぼくはベッドの前に座っていた。そのベッドの上には、かたく目をとざした冷たいロッカの体があった。
ぼくは深く、頭を下げ、そして両手を胸の前で静かに組んだ。
静けさを破って、第一にとびこんできたのはフリルだった。
「ロッカ!」
ドアをあけたとたん、フリルは立ちすくんだ。
「ウ、ウソでしょ。ウソッ、死んじゃうなんて!」
フリルはポロポロと涙をこぼしてベッドにすがった。
「ロッカ! あんたのこと、みんな、大好きだった。いても誰も気にしないけど、いないとみんなどんなに寂しいか! あんたってそういう人だったわ! お願いだから生き返ってちょうだい。そしたらあたし、何でもする。パルモをあげてもいい! 毎日毎日、あんたのために、ケーキだって焼くわ! それから……」
「パルモはいいから、ケーキ焼いてくれる?」
声がした。
フリルは、へ? と顔をあげた。
ロッカはウィンクした。
「毎日って言ったからね、約束だよ」
それからたっぷり二十回、ぼくはフリルに枕で殴られた。
「あんたでしょ、ダーゼット! みんなあんたが仕組んだのよね。わかってるんだから」
なのに、これからサボイが来るってわかったら、フリルは、ものスゴイ顔で笑った。
「やらせて。あたしね、演技にかけては女優なみなのよ」
てなわけで、次々にやってきたサボイ、ビリーがコロッと同じ手にひっかかった。ビービー泣いたりして、フリルの演技がいちばんクサかったっけ。
結局、ロッカの証言で、マーフィやピート、人食い鮫たちは根こそぎ、逮捕されることになった。
「すんげーや、ロッカ!」
逮捕劇を報じた写真誌を広げて、ぼくらは歓声をあげた。
「おまえが証言しなかったら、奴らまだのさばってたんだぜ!」
「おまえは英雄だよ!」
「カッコいい〜っ」
「すてきーっ」
ロッカが五人の中で一番のスターに躍り出たことは間違いなかった。
ロッカは、はちきれそうにニマニマ笑った。
それに、サイッコーにカッコよかったのは、ロッカのひざだ。
やつのひざは、コンピューター制御の、人工ゴムになってたんだ。
「すげ〜っ!!」
四人は、絶叫した。
ひょいひょい、ひざを動かしながら、ロッカはケロッと言った。
「腸も、ぐちょーってひっくり返っちゃってたから、人工のやつ、つけたんだぜ。肋骨もだよ。折れちゃったから、セラミックのにしたんだ」
四人は、あんぐり、口をあけた。
「お、おまえ、サイボーグじゃん!」
「いいな〜っ!!」
ロッカは、とくいっ! と胸をはった。
「ねえねえ、もうないの、あとは?」
フリルがのりだすと、ロッカは声を落とした。
「あとはね、顔がはずせるんだ」
「えっ……」
フリルはビクンと息をのんだ。
「顔……?」
そのとたんだ。
「ほらっ!!」
ロッカが顔をはずした。
フリルの絶叫。
と思ったら、カツラをとったのだった。ロッカは頭を縫うので髪を剃って、坊主になったんだ。カツラをかぶせたのはぼくのアイデアだ。
フリルは白目をむいてへたりこんでいた。
「このアイデアもダーゼットでしょ? もう、ゆるせなーい!」
みんな、大爆笑だった。
みんな、おもいっきり笑った。ロッカなんか、あんまり笑いすぎて、体中ぎしぎしに痛くした。痛いのに笑った。
そのカオがおかしくて、ぼくらがまた、涙出るほど笑った。
こんなのは、ひさしぶりだった。
「ねえっ!」
やっと笑いがおさまったとき、急にロッカは目を輝かせた。
「もいっかい、やろうよ! ペレランディア、飛ばそう!」
あんまり急だったので、みんな一瞬、ポカンとロッカを見つめていた。
「飛ばそう! もう一度がんばろうよ」
ロッカのこんなに生き生きとした顔を、ぼくは初めて見た。自信たっぷりにロッカは言った。
「絶対に、飛べるよ」
信じられない、これがロッカか?
「よし、のった!」
サボイがこぶしをあげた。
「ちょうどあきてたんだ、サイエンスセンター。うんざりだぜ。一時間もコンピューターと話してたって、クソおもしろくもなんともないんだ。ペレランディアの方が、百倍はおもしろいよ」
「わーった、わーった、つきあってやるよ。オレもテレビ局の大人にゃ、うんざりだしよ」
ビリーがエラそにうなずく。
「おん出されたくせに」
と、ぼく。
「おん出てやったんだ」
「でも、ちょっと待って。だって秘密基地、入れないんでしょう?」
フリルがあわてた。
「へへへ、それがさ」
サボイがニマッと笑った。
「ゆうべ、ビリーとふたりで秘密基地に忍び込んだんだよね〜」
「えーっ!」
おどろいてるフリルに、ビリーとサボイは報告した。
管理人室にわざとエロ本を置いておいたこと。管理人が思わず読みふけってるスキに、キーカードで地下道のドアをあけたこと。ペレランディアがそっくりそのままだったこと。通気孔を壊して、外から出入りできるようにしたこと。
ビリーは目をギンギラ輝かせた。
「その通気孔は、管理人室の裏側に出るようになってるんだ。気をつければ、あいつに気づかれないで、いつでも地下道にもぐりこめる」
ビリーは、みんなの顔を見わたした。四人の顔には、そろって、おさえてもおさえきれない笑いが浮かんでいた。
「本気なの? あれはどうなんのよ。ほら、バランス制御だっけ? だめなんでしょ、あれができなゃペレランディアは飛ばないって……」
みんなはちょっと黙った。
「オレにいい考えがある」
ついに、ぼくは言った。いつ言おうか、言おうかと、迷っていたんだ。
「なに? いい考えって」
とフリル。
ぼくはみんなを見まわした。わかってくれるだろうか? わかってくれよ……ぼくはゆっくりと言った。
「もうひとり、仲間をふやすんだ」
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[#小見出し]  8 「宇宙戦士同盟」初の裁判[#「8 「宇宙戦士同盟」初の裁判」はゴシック体]
ペレランディア百十三日。ぼくたち四人、ビリー、サボイ、フリル、そしてぼくは、久々にもぐりこんだ秘密基地、ペレランディアの前に、黙って座っていた。午後二時から、ミアイルの「宇宙戦士同盟」加入を認めるかどうかの裁判が行われることになっていた。時計は三時をまわってた。ミアイルはまだ来ていなかった。
「ほらみろ! 来るわけねえだろ、あいつが」
ビリーはさっきからカリカリきてた。
「ジョーダンじゃねえよ。あんなやつ、仲間に入れるなんて」
「そうよ、ダーゼット」
フリルもぼくをにらむ。
「あんたまた、ミアイルにだまされたのよ。ペレランディア手伝うなんて言って。いざってときに裏切るつもりなのよ」
サボイがつけ加える。
「で、今日、まぎわになって恐くなったんだ。だから来ない」
ぼくはがまん強く言った。
「オレからやつに頼んだんだ、手伝ってくれって。あいつがいなくちゃ、ペレランディアは飛ばないぜ。それになぜ、ミアイルは秘密基地やペレランディアのことを誰にもバラさなかったと思う? それだけ考えたって、あいつを信用していいって思わないか?」
「じゃ、なんで一時間も来ねえんだ? バラしたんだよ、とうとう! もうじき管理人なんかがイッ
パイここへ来るんだ。もう来てっかもしれねえ、もしかしたら、すぐそこまで……」
ビリーがわめいたときだ。向こうで機材がでかい音を立てて転がった。
四人は息をとめた。まさか、ホントに管理人が……?
転がった機材の中から、人影が立ち上がった。思わず四人も立つ。
ミアイルだ。
「悪い。遅れて」
「こっち来いよ」
ほっとした。逆にムスッとなった三人の前に、ミアイルはやって来た。
「じゃ、裁判を始める」
ぼくはミアイルのとなりに立った。
「みんな、ミアイルが入るのに反対してる。でも、話せばわかると思うんだ」
「わからねーな」
まっさきにビリー。
「同感」
とフリル。
「ロッカもだぜっ」
ビリーがロッカの写真をかかげた。どっかで拾ってきた葬式用の黒い額縁にロッカがにかっと笑った写真が入っていた。
黒いリボンまでついてる。
「ロッカの入院中はこの写真がしっかり見守ってんだぜ」
わからんちんめ。
「話、聞けよ。あのなあ、ミアイルは……」
「質問」
サボイがムシして立つ。で、咳ばらいをひとつ。
「第一に聞きたいんだけど、コホン。いったいなんで、オレたちの仲間になろうと思うわけ? 説明してもらいたいね」
うなづくフリル、ビリー。
だけどミアイルはおちつきはらっていた。
「ずっと前から、宇宙へ飛びたかったんだ、すごく。だからペレランディアに乗りたい。それに、なんとか力になれるんじゃないかと思う」
フリルとビリー、サボイは相談するみたいに顔見合わせた。フリルがうなずき、ニマリと立ちあがる。
「あのねェ、言っときたいんだけど」
きたきた、フリルのいつものやつ。
「ちょっと虫がいいんじゃないかしら? あんた今まで、あたしたちに何したか、まさか忘れちゃったわけじゃないでしょうねェ」
あーやだやだ、イジワルするときのフリルって、何でこう嬉しそうなんだろ。
「悪かったと思ってる」
ミアイルは全然、悪びれなかった。
「言い訳したってしかたないからな。とにかく、十日間だけ、手伝わせてくれ。正式に入るか入らないか、十日たったら決めてほしいんだ」
「ジョーダン」
と、サボイ。
ビリーも、
「その間に、おまえが裏切って秘密をチクらないって保証がどこにあんだよ」
「そーよ、だめったらだめ。裏切ったって裏切らなくたって、あたし、前っからあんたのこと大っきらいなの」
「ぼくはフリルのこと好きだった、前っから」
べーっとやってたフリルの顔が、ぽかんと止まった。
ぼくもぽかん。
だけど一番あわてたのは、フリル命のサボイだ。
「な、なにイ?」
声が裏返ってら。
ミアイルは続けた。
「でも、フリルはダーゼットが好きみたいだ。残念だけど」
今度はぼくがむせた。フリル、サボイ、ぼく。おたおたっと三人、目が合っちゃって、たじたじと顔そらせた。
ビリーがあきれる。
「なんだよなんだよ、だっらしねーの! んなことカンケーねーだろ、今は」
「そうよ。ご、ごまかさないで」
と、言いながら真っ赤なフリル。
クスッとミアイルが笑う。
「みんな、おちついて、おちついて!」
一番あわててるサボイが叫んで立ち上がる。
「判決だ、判決」
えっ。もう判決?
「待てよっ」
ぼくもあわてた。
「そりゃないだろ。これじゃ全然、ミアイルが不利だろ」
「判決!」
ぼくを無視して、ビリーがあきカンをカーンとたたいた。
「ビリー!」
「ミアイル。おまえを、われら『宇宙戦士同盟』の仲間と認める!」
「ビリー!」
一瞬、アッケにとられた。
目を丸くするフリルとサボイ。
ビリーはニマリと笑った。
「ただし」
そらきた、やっぱりね。
「グレンダードの試験にわざと落ちろ」
みんな、ポカンとなった。そして次に、
「やったね〜」
「あったまいい〜!」
サボイとフリルが拍手。
ビリーは、とくいっ! て、カンジでふんぞりかえった。
わかったよ、わかった。ビリーが超ワルがつくほどかしこいやつだってことは、よくわかってんだ。ぼくはうんざりした。
「どうだ? ミアイル、答えろよ」
調子にのってビリーがたてひざついた。
「本気だったらできるはずだぜ」
だけどミアイルは顔色ひとつ、変えなかった。
「試験はちゃんと受ける。それとこれと、別だ」
気持ちいいくらいきっぱりした答えだった。
三人、拍子抜けして、ちょっと黙った。
「とにかく十日、様子みてほしいんだ。それまで、おまえにこれ、あずけとく」
ミアイルは、ビリーに一枚のカードを渡した。
「何だこれ?」
ぼくらは頭そろえてのぞきこんだ。
「あっ、これ、もしかして……」
ぼくは絶句して、ミアイルを見た。
「グレンダードの受験票だよ」
ミアイルはなんでもないみたいに答えた。
「オレが秘密をバラしたり、裏切るようなことしたら、破っていいぜ。もうだいじょうぶと思ったら返してくれ」
三人は、何て言っていいかわからず、黙り込んだ。
「に、にせものだよ、偽造したんだろーがよ!」
ビリーがカードをにらんでわめいた。
「おまえと違うっちゅうに」
ぼくは笑っちまった。アホ。
「これでいいだろ。判決は十日後だ」
ぼくはスッキリと宣言した。
フリルが口ごもりながら言った。
「だけど、ミアイル」
「あんた毎日、ゼミにかよってんでしょ。ここへ来るヒマなんかないはずよ」
「ゼミは今日でやめた。ゼミなんか行ってたら、ペレランディア手伝うヒマなくなっちゃうからな。今日、その手続きしてきたんでおそくなったんだ」
カンペキだった。
誰も何にも言えなくなった。
モゾモゾと、誰かが口動かしたけれど、もう十日、待ってみるしかないってことは、どう見たって明らかだった。
というわけで、反対派三人、ブスッと顔しかめたまま、その日は解散ってことになったのだった。
その日の夕陽は、つぶれトマトみたいにでかかった。
帰り道、ぼくとミアイルは、街全体を染め上げるような夕焼けのなかを並んで歩いた。
ぼくはずっと、今日のミアイルのことを考えていた。
もしかしたら、こいつ、すごいやつなんじゃないだろか。ぼくだったら、今まで敵だったやつらのところで、あんなきっぱりとした態度、とれるだろうか。受験票を渡して、ゼミまでやめるなんて……。
「いいのかよ、ゼミやめちゃってさ」
ぼくはちらっとミアイルを見ながら言った。
ミアイルはおちついていた。
「行ってる意味なんか、最初からなかったんだ。ひとりで勉強してる方がよっぽどはかどるし。母さんの気が落ち着くから、行ってただけなんだよ」
「ふーん」
ミアイルと話すと、ぼくは、ふーんばかりだ。ぼくが全然、考えたこともないようなことばかりだから、ふーんしか言えないわけだ。ミアイルは、考えながら続けた。
「オレがやめるって言ったら、やっぱり母さんは反対した。でも、オレはやめた。はじめて自分で考えて行動したことなんだ、これは……。はじめて……」
やつは、ぼくにじゃなく、自分に言ってるみたいに見えた。それから、ポツリと言った。
「……なんでオレ、おまえにはこんなこと、話すのかな」
しばらく黙って歩いた。
「グレンダード、受かりそうか?」
言っちゃってから、あっ、バカ、つまんねえこと言ったな、と思ったけど、ミアイルは気にしてないみたいだった。
「オレ、科学者になるよ」
突然、ミアイルが言った。
「科学者……?」
「人間の、脳の研究をしたいんだ」
「脳……?」
「ああ」
ミアイルはうなづいた。
「いま、世界の科学者たちは、人工知能っていって、人間の脳をまねた新世代コンピューターを作ろうと躍起になってる。ところが、この百年間で、ようやく脳細胞単体の動作原理は解明されたけど、脳の中で神経記号がどんな表現法やアルゴリズムで情報処理されているのかとか、脳がいったい何をして何の役に立っているのかとか、脳と心≠フ関係とか、そういう分野では、まだまだ謎の部分がたくさん残っているんだ。なにしろ、脳は神のみが考えたすばらしいメカニズムなんだからね。だからこそ、こんなにエキサイティングなものはないと思うんだ。 ぼくは、この、脳の神秘をどうしても解明してみたい。脳の秘密さえ解明すれば、たとえば、誰かの記憶を細胞の単位でそのまま永遠に保存しておくこともできる。それから、すべての人の脳に潜在しているESP能力を表面化することもできる。人間と同じように考え、感じ、夢をみるアンドロイドを作ることだってできる。それに……うん、いいや、とにかく! この中には」
と、ミアイルは自分の頭を指さした。
「百億個の神経細胞がつまってるんだ。百億個だぜ。すごいと思わないか?」
ぼくは答えられずに絶句していた。
「人間の頭の中には、ひとつの宇宙が存在しているんだ。ぼくは、その、もうひとつの宇宙を探検してみたいんだよ」
ぼくが考えてみたこともない世界の話だった。
「グレンダードは世界最高の教授たちが最高のカリキュラムや設備で、科学や医学を教えてくれるんだ。だから、行きたい」
ぼくはうなづいた。グレンダードに行けばいい、強くそう思った。きっと、こいつなら行ける。世界一の科学者になるかもしれない。そうだ。こいつの頭ン中には三百億くらい、その細胞ってのがつまってるにちがいないんだから。
ぼくはつぶやいてみた。もうひとつの宇宙か……。
ぼくには、ふたりの前に、未来に向かってまっすぐにのびている道が見えるような気がした。道はやがて二つに分かれている。ぼくらは、別々の方向へ歩き出していくんだ。行きつくところがどこなのか、まだ、わからない。けれど、何かに向かって、ぼくらは歩いていくんだ、きっと……。
ぼくのなかには気持ちのいい興奮がひろがっていた。
「ペレランディア手伝うの、受験が終わってからだっていいんだぜ」
と、ぼくは言った。ミアイルは笑った。
「試験に落ちたって、ペレランディアのせいじゃない。オレ、飛びたいんだ。科学者になりたいのとこれと、全然別なんだ。めちゃくちゃに飛びたい! グレンダードへ行っちまったら、飛ぶチャンスなんかないにきまってる。おまえみたいなヤツがこの世にふたりといるわけないからな。だからいましかないんだ。ダーゼットがいる、いましか」
ミアイルの目がぼくをのぞきこんでいた。
「わかった」
うなづいて、ぼくはミアイルを見た。
「やろうぜ。とことん」
「ああ。やるぜ」
ミアイルは笑った。気持ちのいい笑顔だった。
夕陽を浴びて、その顔は、燃えるように生き生きと輝いて見えた。
それからの十日間……こいつは見ものだった。
ぼくら四人は、おったまげ、感心し、ため息をついた。
たとえば、初日はこんな具合。
ぼくらがわいわいとモノポール・インジェクターをチェックしていると、ミアイルがやってきた。
「どうしたの?」
サボイやビリーが無視してるので、ぼくはモノポールが漏洩してて、エンジンの圧力が二十二パーセント低くなっていることをミアイルに説明した。
「ちょっと待ってて」
ミアイルはエンジン励起室のあちこちを点検し、アンチ・モノポール・マグネトロン・マテリアルのつなぎ目を見ると、すぐにぼくらを呼んだ。
「ここ、スポット分子融着ガンでつないでるだろ。これだとMPMがもれちゃうんだ。ガスケットやシール材でぴったり合わせなきゃいけない。もしかして、他のとこもそうじゃない?」
その通りだった。全部、見直しだ。
ぼくが作業を始めると、サボイとビリーが「どうする?」と目で合図しあっているのが見えた。
「手伝えよ!」
ぼくはふたりをにらんだ。ふたりは一瞬、黙りこんだ。結局、
「しゃーねーな〜」
ブツクサ言いながら、ふたりものろのろ加わった。
「だっらしないわね! あたしが男なら、意地でもミアイルに言われたことなんか、やんないわ」
なんて、フリルが後ろで文句を言ってたけど。
二日目、あのブランチ・コンピューターC2……サボテンパンツ≠ェ、またまた暴走をはじめたときも、ミアイルのカンはたいしたもんだった。
「たぶん、これは……パワーサプライ部を点検してみれば原因がわかるんじゃないかな」
これもズバリ、そのとおりだった。パワーサプライ部をチェックしてみたら、あるモジュールのオプティック・ダイオードが不良だったことがわかった。こいつの不安定動作が、サボテンパンツの異常の原因だったのだ。
「ちえ〜っ、なんでわかったんだよ」
ぼくがくさると、ミアイルは笑った。
「偶然、思い出したんだ。エレオノーラ2号がタイタンに接近したとき、ちょうどこんなトラブルがあったって、本で読んだんだ。そのときに、航海士のデラが直感的にブランチ・コンピューターのパワーサプライ部の徹底点検を命じて、それで異常な箇所を発見したって書いてあったから」
してやられた。ぼくだってその事件、知ってたけど、思いださなかったなあ。
ぼくがふり向くと、サボイ、ビリー、フリルの三人は、ぼくらの話をきいてたみたいで、あわててソッポを向いた。
「けっ、知ったかぶっちゃって」
ビリーがぼそっとつぶやいたけど、前より迫力がなかった。
フリルのツン! てのも、わざとらしかった。
三日目と四日目には、ミアイルは光ディスク・カートリッジの損傷してたデータを、見事に復元してしまった。こいつにはただ、アッケにとられるしかなかった。
ぼくらはただ、ぼけっと、やつのキーボードさばきに見とれていた。
とにかく、わけのわからん数字や記号が、ミアイルの指令で次々とモニターに現れた。たとえば、
<09AB236F……>
<CD53F112……>
するとミアイルは、
「あ、ここだ」
「ん? そうか」
なんて言いながら、テキパキと記号を修正していくんだ。
「すごおい……」
フリルが目をまるくした。
「な、なんなの、この記号」
「ヘキサデシマル……十六進数さ」
「十六……しんすう?」
「うん。コンピューターは二進数しかわからないんだけど、それじゃ人間にわかりづらいだろ。だから十六進数で表示してもらうんだ」
「……? ? ?」
なんのこったか、全員、さっぱりだった。
「おまえ……天才じゃねーの?」
思わず、サボイがもらした。
ビリーも口、あんぐりだった。
あんまりフリルがミアイルの手さばきにみとれているので、ミアイルがくすっと笑った。
フリルはあわてて顔をそむけた。
そして作業が完了した。
「さ、できたぞ。これで星図がちゃんと見られるようになった」
ミアイルがスイッチを押した。
すると、ぼくらの前に、突然、銀河系の星図が、すばらしい3D映像で映し出されたんだ。
みんなは声をあげた。
コクピットが、プラネタリウムになったんだ。
ぼくらはただ、呆然と、輝く星々や渦まく星雲のなかに立ちつくしていた。
「うわ、あれ、アルタイル?」
「いや、シリウスだろ!」
「うひょ〜、白色矮性だっ」
その日は一日、作業ストップだった。
それほど、ミアイルが復元した星座はすばらしかった。
そして五日目には、ちょっとした事件があった。
フリルがドジって、焼きゴテを自分の右腕に押しつけてしまったんだ。
腕をおさえて、フリルがうずくまった。
「いたい、いたあいっ」
あの勝ち気なフリルの目に涙がにじんでたから、みんな、あわてふためいた。
「どうする?」
「軟膏もってるよ、ぬってやる」
サボイが薬を出した。
「待った!」
ミアイルがコクピットからとびだしてきた。
「水持ってきて! まず冷やすんだ」
みんなは一瞬、たじろいだ。
「サボイ、頼む。水だ」
もう一度、ミアイルの声。
「わ、わかった」
あわててサボイが上へとんでいった。
ミアイルはフリルの手をとって、ブラウスのそでをまくりあげた。
「まずい。ドロやゴミがいっぱい入っちゃってる。ダーゼット、ピンセットない?」
「あ、ある。今とってくる!」
ぼくがピンセットをとってくると、ミアイルは手ぎわよくライターの火で先を消毒し、注意をこらして、ゴミをとりはじめた。
「い、いたいっ」
フリルが悲鳴をあげる。
「これだけはやっとかなくちゃだめなんだ」
ミアイルの声はおちついてた。心配げにフリルがミアイルを見つめる。
「だいじょうぶ」
ミアイルは笑って、ウィンクしてみせた。
フリルはちょっとモジモジと口ごもった。それからミアイルは真剣な顔でピンセットを動かし、フリルはじっと、おとなしくされるままになっていた。
そのあとも、ミアイルの処置はテキパキとたいしたもんだった。
「あとはお医者さんに行った方がいいよ」
「うん……」
フリルはじっと上目づかいにミアイルを見つめてた。
「ミアイル……」
「ん?」
「あなたってよく見ると……まつげがとても長いのね」
あ?……まつげ?
「鼻も高いし……」
フリルは急に頬を染めて、急いで立ち上がった。
「じゃ、行くわ。ダーゼット、今日は帰る」
フリルは行きかけて、そしてミアイルをふり向いた。
「ミアイル……」
くちびるの端に、ちょっぴりほほえみが浮かんだ。
「ありがと!」
さっとスカートをひるがえし、フリルは走っていった。
六日目、七日目、八日目、作業はぐんぐんはかどった。
ぼくらは手分けしてブランチ・コンピューターの修理……だいたいは、ファイバーケーブルのコネクターの修理だ……を進めた。
ミアイルが真剣そのものだってことは、誰が見たってはっきりしてた。
いつのまにか、ビリーもサボイも「エバんじゃねえよ」って顔をしなくなっていた。
それから、フリルのやつは、ケガのことがあってから、グンとミアイルになれなれしくなったようだった。
「わお、ミアイルって左ききなんだ」
とか、
「ねっ、数学、わかんないとこあんの、教えて」
とか。
「いいよ。ノート見せてみて、フリル」
ミアイルもいつもフリルに優しかった。
ふたりは作業をしながら、きゃっきゃと冗談をいうことも多くなった。
八日目の夕方だった。
「あのふたりさ……」
ぼくがコネクターをいじってると、サボイがクラい顔でやって来て、ボソッと耳打ちした。
「やばいんじゃない?」
「何が?」
手を止めずに、ぼく。
「ニブイんだよなあ、おまえは」
サボイはケーベツの目になって、自分の持ち場に戻った。そして、しきりに、ひとりでため息をついていた。
なんとなく、わかんないわけじゃなかった。でも、どっちだっていいことさ。と、ぼくは思った。どっちだっていいことだよ。ぼくには関係ないないに決まってる……。
そして九日目の朝、ぼくのコンピューターに、こんなメッセージが入っていた。
「話があるの。今日、放課後、例のとこに来てちょうだい Xより」
ぼくはしぶしぶ、ストロベリーランドへでかけた。
フリルは何だか、悪いことでもしてるみたいに、そわそわとぼくを待っていた。
「ねえ、何の話だかわかる?」
ぼくはミルクシェイクを注文しながらジロリとフリルを見た。
「ぜんぜん」
フリルは黙った。
なにモジモジしてんだ?
「ねえ、ダーゼット、あたし……」
フリルは、そっとぼくを見た。
「あの、覚えてるでしょ、雨の日のこと」
雨の日のこと……!
ぼくの頭に、赤いカサと、ぼくをじっと見ていたフリルの目がよみがえった。水たまりに映った、ぼくとあいつの影も。
「あれ、ほんとなのよ。わかってる?」
好きよって言った……あのことか……。忘れたわけじゃなかった。
「う、うん」
なんとなく、どきんとしたけど、平気なふりをした。
フリルは見たこともないほど優しい、せつない目をしてぼくを見ていた。そして、ささやいた。
「あたしね、決めてたの。ダーゼットがまだおねしょしてて、あたしがパルモを抱いて寝てたときから。ずっと、一生、ダーゼットのそばにいてあげようと思ってたの。初めてよね、こんなこと言うの……」
「だから、何だよ」
「だからあたし、ダーゼットが、あたしとミアイルのこと、心配してんじゃないかと思って」
ぼくはむきになった。
「なんでオレがァ!?」
フリルは真っ赤になった。
「い、いいの。気にしてなきゃ。ただ、わかっといてほしかったのよ。あたし、ミアイルのこと、ほんとにキライだったの。でも」
フリルはさっと立って、店の外へとび出した。そして行きかけて、ぱっとふりむいた。
「でも、もしかしたらミアイル、好きになっちゃうかもしれない! ダーゼットと同じくらい!」
子犬みたいに笑って、フリルは走ってった。
アッケとなってぼくが残った。
なんだってんだ。へんなやつ。ひとりで言いたいこと言って、ひとりで合点して、ひとりで……。
フリルが忘れていったポーチがテーブルの上に残っていた。ポーチの横に、ピンク色の口紅が、まるでフリル本人みたいに、ちょこんとそこに置いてあった。
ぼくは、なぜだかどぎまぎしながら、そのピンク色の口紅を見つめた。
あいつ……あいつもこんなもの、つけるようになったんだ……。
そして初めて、フリルってかわいい女の子なのかナ? ? ? と思いはじめてた……。
約束の十日目がきたけれど、笑っちゃうことに、誰も、ひとりもそのことを言いだすやつはいなかった。
「オッス。サボイ」
「はやいじゃんかよ、ミアイル」
「ダーゼットが、ブランチ・コンピューターのチェックやってるから、コクピットでE3のアナライズ頼む」
「OK。ビリーは?」
「オプティカル・ヒューズ買いに行ってるよ、フリルと」
なんて具合にその日の作業が始まった。
そして、プラグがぶっちぎれたり、サボイがポリマーグリースを、かぶっちゃったりで、みんなが腹かかえてのたうってるうちに、すぐ、日が暮れちまった。
「んじゃ〜、終わりにすっか〜」
ぼくの掛け声で、みんなは整列した。
「えーと、明日の分担は、ビリーとぼくがフェーズドアレイ・アンテナの修理。サボイは今日とおんなじで油圧システムのオイル漏れを調べて、ゴムパッキングをとりかえること。フリルはまた買い出し頼む」
「OK」
「ミアイルは……」
「ブランチの続きやる」
「よし。んじゃ、解散」
みんな満足って顔で帰ろうとしたときだ。
フリルが悲鳴をあげた。
またケガか?
だけど、それはうれしい悲鳴だった。
フリルの視線の先には、ロッカが立っていたんだ!
「ロッカ!」
「退院したのか?」
「いつだよ!」
どっと五人、ロッカのまわりにおしかけた。何聞いても、やつはニコニコと、うん、ばっかりだ。
「ようし、胴上げだあ」
ビリーが声をあげた。
それからは胴上げパニック。
「サイボーグ・ロッカ、ばんざ〜い」
「わーっしょい、わーっしょい」
「もういいよ、もういい!」
「オレもオレもやって!」
「なんでおまえを胴上げすんだよ」
「一度やってみたかったんだよ」
「あたしもよオ」
しまいにゃ、ウデが上がんなくなった。
みんながつぶれた。六人は、めっちゃくちゃのカッコでぶったおれた。六人がそろって、腹わたちぎれるくらい、笑い転げたのだった。
新メンバーの誕生だった。
ミアイル、コードナンバーALF86。
全員、異義なし。
いや、全員、でもないか。
その日、ビリーは受験票をミアイルに返さなかった。
「まだ、わっかんねーからな。一応、このビリー様が預かっておく」
エラソーにビリーは言った。そう、そのことがビリーとミアイルにちょっとしたハプニングを巻き起こすなんてことになるなんて、さすがのビリーも予感できなかったわけだ。
[#改ページ]
[#小見出し]  9 ウォレスの手紙[#「9 ウォレスの手紙」はゴシック体]
ぼくはマーシアに一度助けられたことがある。ほら、あのときだ。ミアイルと仲よくなったとき。もしあの朝、マーシアがミルクをこぼさなかったら、ぼくはミアイルの市民番号を今でも知らなかったろうし、そうすると、ミアイルと仲間になって一緒にペレランディアを飛ばすことだってできなかったことになる。
そしてもういちど、ぼくはマーシアにラッキーをもらうことになった。
その朝、母さんの出がけのひと言が、すべての始まりだった。
「ダーゼット、今日は学校からまっすぐ帰ってほしいの。ジェインさんが急用で、代わりのベビーシッターさんが見つからないのよ。一日くらい、マーシアと遊んであげて」
「うわ〜い。お兄ちゃんと遊ぶう〜」
マーシアがフォークを振りまわした。
がっくり。
今日は、ブランチの大事なとこ、直す予定だったのに。
「オレ、今日、大事な用あんだよ。絶対? 絶対、代わりの人、見つかんないのオ?」
ムダってことはわかってた。一度決めたら、母さんほどガンコな人はいないんだ。
「ああ〜ら、ダーゼット。デートなら来週になさいね〜」
なんてヘラヘラ笑いながら、母さんはオフィスへすっとんでった。
「ベビーシッターしっかりね〜」
「しょんべん、ひっかけられんなよ〜」
放課後、みんなのニヘラ笑いに送られて、ぼくは秘密基地に寄らずに、うちへ帰った。
ちぇっ。
おもしろくねえ。
ぼくはすぐにテレビをつけた。
マーシアが自分の部屋からとびだしてくる。
「お兄ちゃん、見て見て。マーシア、ごろんごろんできるよ」
へんてこなカッコででんぐりがえししちゃって。ぼくは思わず笑ってしまった。マーシアの笑顔、やっぱりかわいい。
「ほら、お兄ちゃん、ヒュークリーム」
シュークリームのことだ。テレビを見ながら、さっそく頬ばりかけて、次の瞬間、そっくりまるごと、ぼくはそれをのどへおしこんでいた。
ウォレス!
テレビにウォレスが映っていたんだ。
咳こみながら、ぼくはあわてて録画スイッチをONにした。
それはコーレル国際航空宇宙局からの生中継だった。新しい宇宙計画が始まるらしい。レポーターが何かしゃべりたてていた。でも、ぼくの目と頭は、フレームのはしっこの方に映ってるウォレスの姿……何か、コンピューターに向かってコマンドを与えてるウォレスにクギづけになって、動かなかった。
マーシアが、ぼくの顔じゅうに、べたべたとカスタードクリームを塗りたくる。
「お兄ちゃん、いいお顔」
だけど、それをよける手もうわの空だった。
ウォレスが、航空宇宙局で働いてる!
ウォレス、いや、ポードキンが!
夜になるのが、すんごくもどかしかった。秘密基地からミアイルが家へ戻るのを待って、ぼくは電話をかけた。
「えっ、ウォレスが!?」
ミアイルも、思わずでかい声を出した。
「どうする?」
「どうするって、決まってんだろ」
と、ぼく。
「オレ、航空宇宙局に電話して、ウォレスの宿舎、調べてもらったんだ。おしかけようぜ。あのこと、確かめてみるんだ」
「やるなァ〜。よし、のった」
ミアイルもOKだった。
ぼくらは次の日曜、駅で待ち合わせることにして電話を切った。
からんからんに天気のいい日曜だった。
ぼくとミアイルは、興奮して、岬の街へ走る電車に乗った。
ウォレスに会える!
嬉しかった。あの雨の日からウォレスのことを思い出さない日は一日もなかった。そうなんだ。いつからだろう。ウォレスは、ぼくがすること言うことの基準みたいになってたんだ。
こんなとき、ウォレスならどうするか。こんなことをしたらウォレスは何て言うか。
「よし、いいぞ、ダーゼット! あきらめんなよ」
「まずいな、それは。もいちど、よく考えてみろ、ダーゼット」
そんな声が胸の中で響くたび、ぼくは歯をくいしばってがまんしたり、勇気マンマンでぶち当たったりしてたのだ。
そうだ。ウォレスみたいになるんだって思うたび、ぼくの腹ん中に、なんだかあつくって強いもんがこみあげてきた。そしてぼくは、そのカンジがすごく好きだった。
もし、ウォレスと会ってなかったら……。
ぼくは今とちょっと違う人間になってたかもしれない。
後ろへふっとんでく爽やかな景色を見ながら、ぼくはそう思っていた。
航空宇宙局の職員が居住するビル……その三十二階に、ウォレスの部屋はあった。
ぼくらはロビーのインターフォンに向かった。インターフォンを押せば、むこうからキャッチアイでぼくらの姿が見えるはずだ。
「いくぜ」
ぼくはミアイルを見た。ミアイルもうなずく。ボタンを押す。
返事がない。
もう一度。
ぼくらは顔を見合わせた。そうだ、留守ってことだってある。何だかぼくらは、すごくマヌケなことしてるんじゃないだろか。ここへ来てほんとによかったのか……急に、そんな不安が襲ってきたときだった。
「ダーゼット! ダーゼットじゃないか。 そっちはミアイルか?」
ウォレスの声がした。
ウォレスは、エレベーターから降りてきたところだった。
どこも、ちっとも、ウォレスは変わってなかった。
「おいおい、どうしたんだよ。ライバルがそろっちゃって」
腕を広げて、ウォレスはぼくらを部屋へ入れた。
「いろいろあってさ」
ぼくとミアイルは肩を組んでみせた。
「信じられんな! ま、ほら、座れよ」
積み上げられた本、酒ビン、煙草にコーヒーミル。そんなもんが床の上にボンボン置いてある部屋。
ウォレスのにおいがする。
「信じらんないのはこっちだよ。何で急にいなくなっちゃったの? 何にも言わないで。 オレ、アッタマきてんだぜ」
「急だったからな」
ウォレスは、ぼくらにコーヒーをいれながら笑った。
「航空宇宙局のオペレーターに抜擢されたのが?」
と、ぼく。
「油断できないやつらだな。どこで調べた?」
「さあね」
「こいつ……」
嬉しそうに、ぼくをにらむ。
「だいぶしぶとくなったらしいな。そのぶんじゃ、ペレランディアも、もうじき完成か?」
「ああ! 飛ぶよ! ペレランディアはもうじき」
ぼくらは、ペレランディア復活の進行状況と、完成予定日、ロッカの入院さわぎ、それから、ミアイルが「宇宙戦士同盟」に入ったいきさつなんかを、かたっぱしからしゃべりはじめた。
ウォレスはいちいちうなずいて、時々、
「ちょっと待った。今のはどういうことだ?」
なんて根掘り葉掘り質問した。
「あれっ、わかんない?」
なんて言いながら、ぼくはめちゃくちゃ嬉しかった。こんなふうにぼくの話を真剣に聞いてくれる大人は、ほかにひとりもいやしない。あれも話したい、これも。全然、言いたいことの半分も言えてない気がした。
いつのまにか、すっかり昼すぎになっていた。
「さあてと」
ウォレスは、ぱんと手を打って立ちあがった。
「だいたいのことはわかったぞ。どうする? 腹へってるか?」
ぼくとミアイルは顔を見合わせた。ウォレスが笑う。
「なんだよ、まだ秘密があるのか?」
ぼくは小さくうなずいた。
いまだ。とうとう来たんだ、このときが……。
「うん。あるんだ、ひとつだけ」
「何だ? もったいぶってるな。言ってみろよ」
「それ、ぼくらの秘密じゃないんだ」
ぼくは、ゆっくりと言った。鼓動が早くなってくるのがわかった。
「ウォレスに聞きたいことがあるんだ。ぼくら、知ってるんだ、ウォレスが二一六四年に火星から帰ってきたこと」
ぼくは思いつくままに続けた。
「それから、ミューズ16のエンジンがSS型で、それはクッキー22号にしか使われてないこと。それに、図書館のポードキンの写真のページが破られてたこと、それから……」
そこまで一気にしゃべって、ぼくはやっとウォレスの顔を見た。
陽差しが、ブラインドを通ってウォレスの顔に陰を作っていた。
ウォレスは黙っていた。
どんな顔をしているのか、陰が濃くて、すぐにはわからなかった。
「ウォレスは……」
なにげなく、ぼくは言おうと思った。でも、ぼくの声は小さく震えていた。
「ポードキン……なんでしょ?」
どれくらい黙っていただろう。三人とも、ぴくりとも動かなかったと思う。
ぼくはウォレスの顔を読もうとした。だけど、そこには何にも、何の表情もなかった。ウォレスはただ、黙って立っていた。
その沈黙は、あんまり長すぎた。
ぼくの手のひらには、冷たい汗がにじみ出していた。
取り返しのつかないことを、ぼくは言ってしまったんじゃないだろうか。もう二度と、ぼくとウォレスは笑って話せなくなってしまうんじゃないだろうか。何かが、何かがこわれてしまったんだ、ぼくは……。
そのとき、ウォレスの表情が動いた。いや、動いたんじゃない。言葉が唇からすべり出すのが、小さな頬の動きでわかったのだった。低くウォレスは言った。
「ポードキンに、会わせてやろう」
それからの一時間、ぼくらはほとんど何もしゃべらなかった。
ウォレスはじっと前方に目を向けたまま、車を運転し、ぼくとミアイルはサイドシートとリアシートに座ったまま、固く手をにぎりしめていた。
ふたりとも声を出すことができなかった。
ぼくは、そーっとウォレスの横顔を見た。
ウォレスは、顔色ひとつ変えないで運転を続けていた。
ぼくの方が、じっとりと汗ばんできそうだった。
ウォレス、なぜ黙ってるの……。
ぼくらをどこへ連れてくつもり……?
ポードキンの家……?
あっ、もしかして……。
そのとき、ぼくの中に、不吉な予感がひらめいた。ポール・フリード……! 青白い顔の老人。あの人が……ポードキンだったのか……?
ぼくの胸は、不安と期待とおそれで、ふくれあがっていった。
と、後ろのミアイルが小さな声をあげた。
ぼくもとっさに顔をあげた。
もう少しで、ぼくも声を出すところだった。
コーレル航空宇宙基地。
幻の七隻が、ALF80が発進した基地。今でも年に三回、火星へ船が旅立つコーレル航空宇宙基地が、スカイウェイの向こうに広がっていたんだ。
あそこにウォレスは連れていく気なんだ。あの中に、ポードキンが……いる……?
ぼくの鼓動が、また早くなってくる……。
ところが、ウォレスの車は急に失速した。
驚くぼくらをよそに、ウォレスは降車レーンに車体を移し、あっという間にスカイウェイを降りてしまった。
「ウォレス、コーレルに行くんじゃないの!?」
思わずぼくはきいた。
「いいや。右の丘の上を見てみろ。あそこへ行くんだ」
ぼくとミアイルは急いで丘の方に目を走らせた。丘の途中には、とんがった屋根の建物がポツンと見えていた。それは教会だった。
そしてその向こうには……。
ぼくは目をこらした。よくわからないけど、小さな白いものが、たくさん散らばっているみたいだった。小さな、白いもの……?
それがなんだかわかるのに、それから三分とかからなかった。
それはたくさんの墓石の群れだった……。
その墓碑は、丘の一番上、強い風がかわいたうなり声をあげているなかに、ポツンと立っていた。
「これがポードキンの墓だ」
静かにウォレスが言った。
しばらくは風の音だけがした。
いつか夢でこんな光景を、ぼくは見たことがあるような気がした。白い、まっ白な墓碑を見つめながら、ぼくの体は足元から砂に変わっていく。ぼろぼろぼろ……二本の足が腰が胸が、砂になり、崩れ落ちていくんだ……。
もう、日が暮れかかっていた。
空には淡いオレンジ色が力なく残っていた。上の方は、もっと風が強いんだろう。
薄紫色の雲が、山の向こうへどんどん飛んでいく……。
すごく、寒かった。
ぼくは体をちぢめながら、丘のふもと、向こうの方を見下ろした。
コーレル航空宇宙基地が、遠く見えていた。がらんと、何の動きもない基地。砂嵐が、基地の建物の間で、くるくるとまわってる……。
「おまえたちに、事実を話そう」
風の中で、ウォレスが言った。背中には夕やみ。まるで黒い影がしゃべっているみたいだ……。ぼんやりと、ぼくはそう思った。
「お前たちも知っているとおり、二一四三年、ALF80は、あのコーレル基地からペレランディアに向かって旅立った。乗員は、キャプテン、J・F・ポードキン、それに、跳躍航海士のA・A・ルイス、そして、副操縦士のB・ニューマン……つまり、オレ……ほか全部で8名だった」
ウォレスはちょっと言葉を切った。
「オレたちは地球を発ってから、二百五十八時間後、第一の跳躍に入ることになっていた。そしてその準備はすべて順調に行われていた。跳躍軌道の修正、MPMエンジン出力の調整、乗員のコンディション、すべてが上々だった。
そうだ。オレたちは闘志満々だった。必ずペレランディアを発見し、星図上の位置を確認して、地球に生還するつもりでいた。そうするのに充分な技術的確信と、宇宙飛行士としての誇りが、オレたちにはあった。
しかし、跳躍に入るために出力ゲージを徐々にあげていたとき、突然、ポードキンがストップをかけたのだ。いますぐ跳躍を中止しろと、ポードキンが言う。なぜ、と聞くと、跳躍回路変数が、定位置まであがっていないというのだ。だが、それはよくあるちょっとしたトラブルだった。オレたちはその種のトラブルの対処のしかたを、もう五百時間以上もシミュレーションで研究してきていた。
しかし、ポードキンは即座に計画を中止し、地球に帰還する、なぜなら、このトラブルには意図的なにおいがするからだ、と、言い出したのだ。意図的なもの、つまり、仕組まれたトラブルに違いない、と。
オレは一瞬、ためらった。
そんな。いったい誰がALF80を意図的に失敗させるでしょう。オレたちには誇りがあります。全世界の期待を担い、世紀の発見に貢献しようとしているという誇りが
俺は、ポードキンの指示に疑問をなげかけた。
だが、その一瞬のためらいが命取りになった。
ALF80は、その問答から四十秒後、いきなり航空不能に陥った。エンジン励起室が、正体不明の火炎に包まれたのだ。そうだ。あの跳躍回路変数の異常は、エンジン励起室の異変を物語っていたのだ。ポードキンが指示したとき、即座に従っていれば……少なくとも最悪の事態を何分かは遅らせることができたろう。だが、もうおそい。船外脱出、一瞬のうちに、生きるすべはもうそのひとつにしか残されていなかった。
残り時間は十分を切っていた。もはや、一人でも生存者を出すためには、誰か一人がコクピットに残り、脱出船ミューズ16をサポートするほかないことを、全員が悟った。そして、ポードキンが自ら、サポートに当たったのだった。ルイスやオレたち7名が、ミューズ16で飛び立って六十二秒後、ALF80は爆発した。
オレたちが爆発の巻き添えをまぬがれたのは、ポードキンの天才的なサポートがもたらした奇跡というほかなかった……」
3D映画のスローモーションシーンのように、ALF80が火花に変わるようすが、ぼくには見えた。赤く、赤く、ゆっくりと……。
「オレたちは、呆然と、信じられぬ思いで火星基地に帰還した。しかし、そこに待っていたものは、もっと信じ難い、悪夢のような出来事だった。
俺達は、国際航空宇宙局長官のカイザーに、極秘で呼び出され、ある屈辱的な条件を提示された。それは、報酬とひきかえに口をつぐむこと。拒否した5名は、投薬により、記憶を剥奪され、精神病患者にされた。条件をのんだ俺とルイスのふたりを、カイザーは冷凍睡眠にかけた……」
「そして、二十年後、二一六三年、カイザーが死んだ。オレたちは、カイザーの補佐官だった男に、冷凍睡眠をとかれた。彼は、二十年間、良心の呵責をぬぐいきれなかったのだ。しかし、目をさました俺達は、ちょっとした整形によって別人になっていた。誰もオレたちの戯言を信じることがないように、カイザーのしたことだった。
オレとルイスは、偽名を与えられ、地球へ、屈辱の帰郷を果たした。
しかし、ショックと精神的ダメージ、それに冷凍睡眠の後遺症が、悪夢のようにオレたちの体と心をむしばんでいた。ルイスの神経はすり減り、肉体もすでに老人のように消耗しきっていた。
ルイスはポール・フリード・アレインという名でメイラウンド病院にいまも入院している。彼はすでに常人ではない。ポードキンに心酔しきっていた彼は、ポードキンがオレたちの命とひきかえに犠牲になったという事実に耐えることができなかったのだ。あの事故の記憶を拒否するあまり、彼はポードキンが死んだということを忘れ、病院をぬけだし、ポードキンに関する本を盗んだり、ポードキンを探すという奇行に走るようになってしまった。再起不能だ。
だが、オレは、倒れるわけにはいかなかった。どうしても、ALF80の事実を突き止めなくてはならなかった。
ルイスを病院に見舞うかたわら、オレはあらゆる手をつくして真相を探った。
そして、今ではこう推理している。
カイザーは当時の副大統領マグガバンと通じていたのだ。マグガバンは時の大統領ジェニングスに代わって政権をねらっていた。そこで、ふたりは手を組み、ジェニングスを失墜させる計略を練ったのだ。
マグガバンとカイザーはALF80に目をつけた。そのころ、ジェニングスに対する国際的世論は、厳しさを増していた。ジェニングスが、軍事目的で宇宙開発に力を注いでいることが、大きな原因のひとつだった。ジェニングスは、それをカモフラージュするために、世界中の注目を、ALF80に集めようとした。ALF80には、人類の夢があったからだ。もしも、ALF80が、第二の地球、ペレランディアを発見したら……ジェニングスに対する批判は、世紀の大発見のため、勇断を下した偉大なる大統領への賛辞へと逆転するのだ。
ジェニングスはキャプテンに世界的英雄、ポードキンを選んで、イメージ作戦を見事に盛り上げていった。世界中がALF80に、ポードキンに、熱い期待を寄せ、ジェニングスの評価は高まっていた。だから……。だから、マグガバンは、ALF80を失敗させなければならなかったのだ!
マクガバンとカイザーの計画どおり、ALF80の遭難が致命傷になって、ジェニングスは失脚した。しかし、歴史は裏切者に皮肉な運命を残していた。マグガバンは、大統領の椅子にのぼりつめる直前で、スキャンダルによって失墜し、カイザーも病死したのだ……。
この推理には、何ひとつとして確証がない。そしてマグガバンやカイザーが死んで何十年も経ったいま、証拠は何ひとつとして残っていない。彼らの名前を覚えている人間さえほとんどいないのだ。
ALF80の事件は、永遠の闇に葬り去られてしまったのだ……」
その夜、ぼくは長い長い夢を見た。
広い、とてつもない大砂漠を、ぼくはたったひとりで走っている。早く、早く向こうへ行かなきゃならない。だけど、足が、誰か違う人のもののようにいうことをきかない。
早く!
汗がどんどん流れていく。心臓がふくれあがったみたいに打っている。
突然、ぼくは砂の中にひきずりこまれる。ずるずるずる……腰が、胸が埋まっていく。
助けてくれ。誰か。
のばした手に、何かが当たる。それは砂に埋もれたALF80の残骸だ……。
手を振り払ったとたん、目がさめた。
夢か……。
枕が、ぐっしょり濡れていた。
夢……。そうだ、今日のこともみんな夢ならよかった……。
水をのみたかった。でも、起き上がる気にもなれなかった。
なぜだ……?
なぜなんだ、ウォレス……。
ウォレスは、ポードキンの命令を無視した。だから、ALF80は事故を避けられなかったんだ。それなのに、ウォレスはポードキンを犠牲にして生き残った。
そして、口をつぐんだ!
うそだろ?
うそなんだろ?
ウォレスはいつか、勇気のことを話してた。だけど、ウォレスのやったことは、まるで逆じゃないか。
ぼくは、いっしょうけんめい眠ろうとした。
だけど、うとうとしかけると、またいやな夢を見て目をさました。ALF80が飛び立つ夢。
小さいころ、3Dフィルムで何度も何度も見たんだ。
大好きだったALF80。
自由図画の時間には、かならずALF80を書いたっけ。模型も作った、いくつも、いくつも。
あこがれのALF80。ペレランディアに向かってぐんぐん飛んでいく冒険野郎たち。
だけど、みんなうそっぱちだったんだ!
人類の夢とか、希望の船とか、そんなの信じてるやつなんかいなかったんだ。
ポードキンだけが、信じていたのに、そのポードキンは、死んだんだ。まるっきりムダに、卑怯なやつらの犠牲になって。
眠れなかった。
ぐるぐると、頭がまわった。
そして明け方、むりやりひきずりこまれるように、ぼくは深い深い眠りのなかに落ちていった……。
翌日、ぼくは学校を休んだ。
カゼをひいたのは、三年ぶりだった。
「まあ、こんなに」
体温計を見た母さんが、急いで部屋を出ていった。
頭がぼうっとかすんでいた。世界中が重たく、沈んでいくような感じだった。
母さんが電話する声がドアのすきまから聞こえた。
「すみません、ブラニガンさんにお伝えください。息子が熱を出してしまいまして、今日は……はい、ほんとうに申し訳ありません」
「あ、医療センターですか。こちら……」
母さんがぼくのために仕事をやすむなんて……初めてかもしれないな……かすかにそう思いながら、ぼくはまたうとうと眠り始めていた。
「お兄ちゃん、まだねんねしてるの?」
マーシアの声。
「しっ。だめよ、マーシア。お兄ちゃん、すごいお熱なの。だから……」
母さんのヒソヒソ声が、だんだん遠ざかっていった。
それから三、四日の間、夜になるとうちの電話は鳴りっぱなしだった。
「なんだよ、カゼだって? アホッ、死んでろっ」
と、ビリー。
「まっかしときな、こっちは。それより今日さ、ドノバンのヤロに彼女がいることが発覚したんだぜー。で、彼女ってのがさ、あの貯金だけが趣味のオバハン、ドロレス先生なんだぜ〜。も、サイコー」
とサボイ。
「経過報告いたします」
と、寝てる間に、ビデオを転送して、ニュース風のメッセージを入れといてくれるのがフリル。小道具にめがねなんかかけちゃってさ。
「今日も作業は順調に進行いたしました。ミアイル、サボイはPOWER−Xにかかりっきり、ビリーは相変わらず要領よくサボってましたし、わたしはですね、エヘン、なんと二十三ヵ所にポリマージェットを吹きつけました。ハイ」
ロッカは、近所の子供たちと、わいわいお見舞いに来てくれた。
嬉しかった。だけど、もっと嬉しくてもいいはずなのに……心のどこかでそんな声がきこえた。世界中は重たく、沈んだままだった。この気分は一生、続きそうな気さえした。
そして眠ると、必ず砂漠の夢を見た。夢の中で、ぼくは決まって走っていた。走っているのに、ちっとも前へ進めなかった。気がつくと、ALF80が、逆さになって砂につきささっていて、声をあげて泣いているところだったりした。
ウォレスは一度も夢に現れなかった。
そして熱がさがった日、ぼくはこう思った。
ぼくは勝手に、ウォレスはポードキンだって思いこみ、ウォレスは英雄なんだって思いこんでしまったんだ。
ぼくはALF80やポードキンに夢中になりすぎてた。
ガキっぽかったんだな、きっと……。
もっとオトナっぽく生きなくちゃな。
そんなことを考えながら、ぼんやりと一週間が過ぎた……。
日曜日の夕方(ちょうどあの日から一週間目だ)、家にいるのにあきて、ぼくはぶらりと3DゲームBOXにでかけた。
だけど、デビルズマシンをやろうとして、サイフに二ポートしか入ってないことに気がついた。
ちぇっ……。
くさった。あきらめて帰ろうとしたとき、ぼくは誰かに肩をたたかれてふり向いた。
ミアイルだった。
「探したぜ」
真剣な声だった。
「おまえ、もう熱ないんだってんじゃない」
「うちに寄ってきたのか?」
ミアイルはそれには答えなかった。
「なんで来ないんだよ。秘密基地に」
「行くよ」
「いつ?」
なにマジな顔してんだ? ばっかみてーに! 放っとけよ。
そう言いそうになって、こらえた。
「おまえ、あの日のことが気になってんのか?」
「あの日のこと?」
わかってるくせに、ぼくはきき返した。
「たぶん……そうなんだろうな」
ミアイルは低く言って、ぼくを見た。
「おまえ、つまんないやつだったんだな」
つまんないやつ?
カッときた。
「何がつまんねえんだよ! おまえにわかるかよ。あんな、あんなこと、平気なのかよ、おまえは。エラそうに」
ミアイルの目に怒りが走った。こぶしが動く。
殴られる!
ぼくはとびのいた。
だけどミアイルは、その手をポケットに入れただけだった。
「おまえ、子供なんだよ」
冷静な声だった。
ぼくは、頭から水かけられたような気になって、ブゼンとつっ立っていた。
「おまえはきっと、ウォレスのこと卑怯だとかなんとか、そんなこと思ってるんだろうけど、だとしたらとんでもないぜ。船に、ウォレスじゃなくポードキンが残ったのは、どんな甘えも許されない、厳しい選択だったんだ。もし、ウォレスにできることだったら、まちがいなく、ウォレスが残っていただろうと、オレは思う」
「おまえが、何で言えるんだ」
ミアイルは少し黙った。そして、静かにつけ加えた。
「ウォレスはおまえの百倍も辛かったはずだ。悩んで、苦しんだはずだ。でも、ウォレスは、復讐したり、後悔したりすることより、ポードキンが守ってくれた命を、大切にしたかったんだと思う。そして、いつかきっと、ポードキンが愛した宇宙へ、自分も還ろうと思っていたんじゃないかな。おまえ、なんで、そんな気持ちがわからないんだ。ほんとうなら廃人になってしまうような苦しみだったんだ。ルイスのように。けど、ウォレスは何もなかったように笑ってる。それがどんなにタフなことか、おまえにわかるか? 強いんだよ、ウォレスは」
ミアイルはポケットから封筒を出した。
「これ、おまえに渡してくれって頼まれたんだ。じゃな」
ミアイルはぼくの手に封筒を押しつけて、さっさと帰っていった。
その夜、ぼくはベッドの中で、すごくぶ厚いウォレスの手紙を読みはじめた。
※   ※   ※
この前、俺が話したことは、ダーゼットにとって、たぶん、とてもショックだったろうと思う。だが、俺は、おまえたちにほんとうのことを話したいと思った。
俺は、おまえがどんなにペレランディアやポードキンに夢をかけていたかを知っている。だから、大人と子供としてではなく、宇宙へのおもいを一緒にしている、一人の人間対人間として、おまえに俺の知っている事実をすべて話したいと思う。
ALF80に起こった不幸なできごとのいきさつは話したとおりだ。だから今度は、ポードキンのことを話そう。
俺は、ポードキンという人物に会えたことを、今でも深く感謝している。もし、ポードキンに会わなかったら、俺は、誰かを深く敬愛することのすばらしさを今でも知らずにいただろう。それが男でも女でもいい。誰かの精神に強く魅了され、それを味わいつくしたいと思えるような、そんな人間とともにいられることは、人に与えられた最高の喜びのひとつだと、俺は思う。
しかし、そうした人間に会えることはまれだ。一生、めぐりあえないこともあるだろう。
俺にとって、ポードキンはそんな人物だったのだ。
ポードキンは、ぬきんでた悟性と、強靱な精神力の持ち主だった。
そう、彼はケタはずれな人物だった。どんな腕力自慢も、あるいは頭脳明析なエリートもポードキンの前に出ると、自然と、彼の内面的な調和の強さに敬服してしまったものだ。
そして彼はまた、自分の孤独を何よりも知りぬいていた男だと、俺は思う。彼は常に、自分の精神力、技術を、限界まで高めようとする激しい試練のなかに自分を置いていた。
だが、そんな厳しさとはうってかわり、人に対するとき、ポードキンの奥底には、ゆるぎない、深い慈愛があふれていたと思う。
ポードキンは、ルイスや俺に暖かい友情を示してくれていた。俺たちは彼を、頼もしい父のような存在に感じることさえあった。
俺はそう、ある休日に、コーレル・オペレーションセンターの中庭で、ポードキンが話してくれたことを忘れない。
そんな話をすることは、俺たち宇宙飛行士の間ではめったにないことだが、そのとき俺達は、なぜ自分がこの職業に就いたかについて、のんびりと話し合っていた。
俺はたいへんな田舎で子供のころを過ごしたんだ
とポードキンは言った。
そのころから、俺はむしょうに飛ぶことにあこがれていた。強く空に惹かれる気持ちには、何か、説明のつかない力があったのだ。農作業を手伝うときでも、いつも空ばかり見ていて、オフクロに叱られたものだ。空の色とか雲の島々、それから夜になると……そうだ、星だ。うちは豊かな方じゃなかったから望遠鏡なんてものはない。この目でいくつもいくつも星を数え、名前をつけて遊んでいたんだ。
そのうち、屋根の上にのぼって夜空を見てるだけじゃ足りなくなった。俺はあの、不思議に心をそそる神秘な星たちのどまんなかに、どうしても自分を置きたくなった。
そう、八歳の夏だ。俺は置き手紙を残して、近隣でも有名な高山へ登った。頂上まで、十日はかかる山だった。そして、頂上へ着くと一番高い杉の木に登って夜を待った。
そして、言葉にはつくせないほど美しい夕焼けがやってきた。そのあとに、凍りつくように澄んだ、神秘の夜がきた。満天にすさまじいほどの輝きを放つ星たちを見て、どんなに魂がふるえたか……それは、何かを超絶した美しさだった。俺は、思わず手をのばした。
飛びたい!
星の中を。はるかな宇宙の中を……。
自由に、おのれの翼の力で、飛び続けたい……!
けれど、その瞬間、俺は木から転げ落ち、岩根にしたたか胸をうちつけていたのだよ。
這うように家に帰った俺は、肋骨と、鎖骨を何箇所か折っていた。医者や家族は、どうやって下山できたのか、あきれかえっていたものだ。
それからというもの、八歳の夏、山の木の上で手を伸ばして願ったあこがれは、一日として俺を離れなかった。おかしなことに、今でも、根本は変わらないのかもしれない。そうだ、俺は、今でも、もっと遠くへと、手をのばし続けているのかもしれないな……
ジョークをまじえながら、ポードキンはこんなふうに話した。その瞳には、いつものあの孤高の厳しさはなく、家出して山に登り、おふくろさんにしたたかおこられたあの日のように、いたずらな光が満ちていた。そして、ポードキンは、最後にこうつけ加えた。
もしも、俺が、あんな自由な少年時代を過ごしていなかったら、俺のすべての冒険は、ありえなかったかもしれない
俺は今でも、目をとじ、空想するのだ。八歳の少年、ポードキンが、杉の木の上で宇宙に向かって、その手をいっぱいに伸ばしている姿を。少年はそのとき、自分のそのおもいから、あの、人類を嘆息させた、数々の挑戦が始まることを、まだ知らない……。
俺たちはなぜ、飛ぶのだろう。
宇宙飛行士すべてに尋ねてみるといい。もしも、同じ報酬、同じ名誉が与えられるとしても、俺達は、地上のあらゆる安全な仕事よりも、常に死と背中合わせの、この仕事を選ぶだろう。
飛びたい。
それは、強い輝きになって、俺たちの内側からこみあげてくる力だ。
自分をはるかな高みへおしあげようとする力。
自分を超えようとする力なのだ。
それは、誰にも止められない。
はるかな、無限の想像力を駆り立てる未知に向かい、俺たちは飛ぶ。
もっと多くの神秘、もっと多くの何かを手に入れるために。
その深い情熱は、生命を、根本から貫く力なのだ。
そして、その力は、想像力と勇気を持つ、すべての者のなかに息づいている力だ。
人類は永遠に、未知なるものを夢見る存在≠ネのだ。
いま、人類は、物質に溺れ、心をすり減らしている。自由な想像力や、勇気は死に絶え、世界は窒息しかけているように見える。
だから……。俺はいま、ペレランディアが飛ぶ日を待っているのだ。
おまえたちは地球に播かれた、小さな種だ。おまえたちのなかには、想像力、夢、情熱、勇気……たくさんの可能性がつまっている。おまえたちは夢の担い手≠ニして未来にはばたいていく小さな種なのだ。
そんなおまえたちに、俺は、宇宙を、見てきて欲しいのだ。
宇宙は、地上の人間たちのあらゆる想像をはるかに超えた神秘と美と驚異に満ちている。それは実際に、それを目にし、遊泳し、体験した者にしか、決してわからないものだ。
宇宙から、青い地球をその目で見た瞬間、おまえたちは知るだろう。戦争や、民族の衝突がいかに小さく愚かなことかを……。
人間は、何を愛し、何を守るために生きる命なのかを……。
暗黒の宇宙のなかに、地球はただひとつ奇跡のように存在しているオアシスだ。それがどんなに愛しく尊いか……おまえたち……地球の小さな種に、見てきて欲しい。それが、俺の願いだ」
追伸
国際航空宇宙局は今度、冥王星基地を復興する計画……プロジェクトPー16を正式に決定した。そして俺は、その第一期宇宙船コスモ1号の搭乗宇宙飛行士に任命されることになった。遂に、飛ぶことができるのだ。明日から、俺はコーレル宇宙基地で特殊訓練に入る。
長い間、俺は、もう一度飛ぶ日を待っていた。そしていま、俺は、ポードキンが深い情熱をかけてやまなかった、あの宇宙へ、再び還ることができるのだ。
出発は、七月十四日になる。
※   ※   ※
ぼくは、長い時間をかけて、その手紙を読み終えた。そしてもう一度、読んだ。それからまた、もう一度。
気がつくと、ぼくは夢中で部屋を走り出していた。
ウォレスに会いたい!
何もかも、全部、いまの気持ちを話したい。こみあげてくる思いで、ぼくははちきれそうだった。
ぼくはチャリンコにとびのった。
行こう、コーレル宇宙基地まで!
ウォレスのところまで!
会えなくても、かまうもんか。
誰に叱られたっていい。
おもいっきり、力いっぱい、ペダルをこいだ。
真夜中の冷たい風を体中に受けて。
そして、満天の星。
星の中を飛ぶように、ぼくは走り続けた。
そうだ、ぼくはやるぞ!
ウォレス、見ててくれ。
ぼくは飛ぶ。
飛ぶんだ!
宇宙へ……!
そして三時間後、ぼくは丘の上、コーレル宇宙基地を見下ろす、ポードキンの墓の傍らに立っていた。
朝陽が、基地の向こうから、ゆっくりと光の手をのばしていた。
あの基地のなか、あの建物のあたりに、ウォレスがいるんだ。
いろんなウォレスが思い出されていった。
いつも本を離さなかったウォレス。
ペレランディアのコンソールを、テキパキ動かしていたウォレス。
それから、腕枕して、じっと遠くを見ていた顔……。
そのとき、ぼくは初めて気がついていた。ウォレスがポードキンかどうかなんて、最初からどうでもいいことだったんだ。ぼくは、いま生きて、考えて、笑ってるウォレスが好きだったんだ。
太陽の鋭い光が、ぼくの顔を熱く覆いはじめていた。
いつかきっと、とぼくは思った。ぼくも、ウォレスに追いつく。ウォレスのように大きな手と、背中と、心を持った人間に、ぼくも、きっと……!
ぼくは、ゆっくり深呼吸した。
過去と、現在と、未来に向かって。
ポードキンの夢。
ウォレスの夢。
ぼくの夢。
三つの想いが、強い力になって、ぼくを突き抜けていった。
はるかな、未知なる宇宙に向かって。
翌日、ぼくは秘密基地に一番乗りした。
「ライバルができたぞ!」
みんながあつまると、ぼくはさっそく宣言した。
「国際航空宇宙局が七月十四日、冥王星にコスモ1号って船を飛ばすんだ。オレたちは、絶対、そいつより先にペレランディアを飛ばすんだ!」
なにがなんだかって顔で、みんなはポカンとなった。
「元気すぎんぜ、ダーゼット。もっとカゼひいてろよ」
と、ビリー。
「冥王星にって、それ、どういうこと? もしかして……」
そのとき、ミアイルがぼくらを呼んだ。
「おい、見ろよ、これ!」
ミアイルの携帯テレビが、国際航空宇宙局のニュースを流しだしていた。テレビは、火星基地、冥王星基地などの記録フィルムを、次々と映していく。
「国際航空宇宙局は昨日、第十次宇宙開発計画案を発表しました。それによると、同局は今後、十年にわたって火星基地の拡充に力を注ぎ、また、Pー16計画として、閉鎖されていた冥王星基地を復興、太陽系外飛行への窓口として、新たな施設を建設していくもようです」
うわあっと、ぼくらは歓声をあげた。飛ぶんだ。また、太陽系の外へ、人類が飛んでいく日がくるんだ!
「まず、冥王星基地の復興のため、七月十四日、コスモ1号が冥王星へ出発することが決定しました。コスモ一号の搭乗宇宙飛行士も、正式に発表されました。今回、選出された宇宙飛行士は、次のメンバーです……」
次々と、宇宙飛行士の顔と名前が発表されていった。そして、その中には……。
「ウォレス!?」
みんな、悲鳴をあげていた。
「ウォレスが、宇宙飛行士!?」
「うっそお〜っ!」
みんなの興奮がやっとおさまってから、ぼくは言った。
「わかったか? コスモより早く飛ぶってことは、ウォレスより早く飛ぶってことだ」
「なーるほどォ……」
テレビをにらんでたビリーの目が、ギラギラ光りだした。これこれ、この目が出たときのビリーのパワーには、誰も勝てやしない。
「ハナあかしてやろーぜ! ひとアワふかしてやんだ、オトナどもに。コスモなんかよりペレランディアが先だあっ」
「クソくらえ、オトナなんか!」
とサボイ。
「ペレランディアが一番だ」
「びっくりするな〜、ウォレス」
ロッカもはねる。ミアイルも、
「今の調子なら、絶対勝てる」
五人はたがいの手のひらをビシバシひっぱたきあった。
「ちょっと待ってよォ、先に飛んだからって、何だってのよォ」
フリルがブツブツ言ってたけど、五人の耳には、届かなかった。
ぼくはミアイルを見た。
ミアイルも、ぼくを見た。
照れくさかった。きのう、3DゲームBOXで言われたことが。
だけどミアイルは、笑ってぼくを見ていた。ぼくが戻ったことが嬉しいと、その目は、心の底から言っていた。
胸の中で、ぼくはミアイルに言った。
<おまえが言ったとおりかもな。オレ、子供だったんだな。また、おまえに負けたみたいだ>
それから、また思った。
<ま、いいや。おまえになら負けても>
ミアイルは、ぼくの手を思い切り、叩いた。
ぼくも、その手を叩き返した。
<でも、いつかはおまえにおいつく。そしておまえを、追い越してみせるからな>
[#改ページ]
[#小見出し]  10 SOS! ペレランディア[#「10 SOS! ペレランディア」はゴシック体]
作業は、急ピッチで進んだ。
あと三週間だ。
コスモに負けるもんか。七月十四日まで、いや、それより一日でもはやく、完成させるんだ。
サボイもミアイルも、ロッカも、目を輝かせて、作業に熱中した。いつもは要領よくサボってるビリ−も、どんどん自分から仕事をみつけた。フリルも、悲鳴をあげながら、くいついてくる。
もちろん、ぼくもだ。
一週間が過ぎた。
ブランチ・コンピューターはほとんど完璧だった。フェイズドアレイ・アンテナもOK。磁気もれは、完璧、シャットアウト。オイルもれもなくなった。
毎日、ちょっとずつ励起させてみるエンジンの音も、一日ごとにスムースに、軽快な音をたてるようになっていった。
一分ごとが、すごく大切な、すばらしい時間だった。ぼくらは、手応えと充実感を、体中で感じていた。
ペレランディアは、ぼくらのものだ。
ぼくらの手で、ぼくらの知識で、一日ずつ、生命を吹き込まれていく船!
もうすぐだ。もうすぐ動き出す!
汗とドロまみれになって、ぼくらは作業を
急いだ。
そして、七月三日、夜になって、いつものとおりに整列したとき、ミアイルがもったいぶってこう発表した。
「今日で、バランス制御をのぞいたほとんどが完成した。ぼくの計算したところによると、バランス制御も、明日には完璧だ。だから、あさってには飛べる!」
「うわおっ!!」
どっと歓声と拍手だ。
「よし、あさって飛ぼう、決まりだ!」
とビリー。
「うわあ、五日か〜。食糧買い込んでおかなくちゃなあ!」
とロッカ。ぼくはあわてて、
「まてまてって! 五日には完成パーティやって、次の日に飛ぼうぜ」
「どーせなら七日よ! あたしの誕生日だもん」
フリルが声をあげる。
「まあまあまあっ。多数決にしようぜ」
ミアイルが騒ぎをおさめた。
結局、出発は、十日に決定した。
ミアイルとサボイ以外は、もう担当の作業が終わっていたから、明日から出発の準備だ。
「なに用意したらいいのかな!?」
「フリルは食糧担当!」
「OK! クッキーいっぱい焼いとこ〜っと」
「オレそれまでにオレンジいっぱい食っとこ!」
ビリーがエラそうに宣言。
「なんでよ」
「七色のしょんべんすんだよ。知らねーの? 宇宙にしょんべんまくと、凍りついて、すんげーきれいなヒョウになるんだぞ」
「ばっかじゃないの!? オレンジ食べたって、色つきのおしっこなんか出ないわよ!」
「出るっ!」
また始まった。他のやつも顔を輝かせた。
「オレ、まんがいっぱいもってこーっと。宇宙で退屈するといけないもんね」
とロッカ。サボイも負けじと、
「んじゃオレ、解剖セット。エイリアンが見つかるかもしれないからね」
「エイリアン!?」
「まさかっ」
「わっかんねーぞ〜」
またまた大騒ぎになった。
帰りぎわに、ポツリと、ミアイルが言った。
「ところで、オレ、明日は遅れるからな」
「なんで?」
とビリー。
「グレンダードの試験だもん」
あっ、そうか!
先の方にいたみんなも、ふり返った。
「へえ、そうか、明日なんだ」
「ちょうどよかったよ。十日には受かって、スッキリした気持ちで飛べる」
へへん、とミアイルが笑った。
「落ちるかもよ」
ビリーが笑った。
それにしても、すげえや。ぼくはあきれた。
試験の前の日までここに来るなんて。なんてやつだ。
「あっ、そーだ。これ返さなくちゃな」
ビリーが急に、思いついたみたいにポケットを探って、ミアイルの受験票を出した。
「なによ。くしゃくしゃにしちゃって。あんたまだそれ、持ってたの?」
「へへ、念のため、ね」
と、ビリーは渡そうとして、手をひっこめた。
「やっぱり、明日、学校で渡す。来るんだろ、朝は」
「うん、行くけど」
ミアイルは言葉につまった。
「なんだよ、渡しゃいいだろ」
とぼく。フリルも、
「そうよ、バッカみたい」
「へんだ。念のため」
ビリーはくるっときびすを返して、さっさと帰っていった。
その夜、ぼくはベッドのなかで緊張にうわずりながら、しばらく天井をにらんでいた。
とうとう来るんだ、その日が。
七月十日が。
あと七日。たったの七日だ!
ほんの一週間後には、ぼくらは、今度こそ、ほんとに、飛ぶんだ。
十日はちょうど、えと、ペレランディア百六十日に当たるわけだな。百六十日か。長かったなあ……。
それは、実際の日数よりも、ずっとずっと、長く感じられた。ぼくは、あの二月一日から今日までに、ぼくに起こったたくさんの出来事を思い返してみた。
いろんなことが、ギッシリあった。
それに、われながら二月の頃のぼくと今のぼくとでは、別人のように思えた。ずいぶんシッカリした考え方をするようになったな……。
だけどなんでいま、こんな思い出なんかにふけってんだろう……。
ぼくはふと、息を止めた。
なんだか、妙な寒気が、ぼくのなかを走ったような気がした。そう、こんなに何もかもうまくいっているのに、いや、それだからこそ、何かしら、思いもかけない逆転が起こるんじゃないだろうか、という予感。
そんなにうまくいくもんだろうか? ひょっとして、ペレランディアが飛ぶなんて、よくできた夢だったりして……。
ははっ、ばかな!
あわててぼくは打ち消した。
あるわけねだろ、んなこと。
ぼくは、タオルケットをはねのけた。そうだ。サボイに、持ってくもののリスト作っとけって電話してみよ。まだ起きてんだろ。
だけど、ぼくがベッドから出るか出ないかのうちに、電話が鳴った。
サボイだった。
「あっ、ちょうどいいや、サボイ。今、オレ……」
言いかけて、ぼくは言葉をのみこんだ。
サボイの目は、凍ったみたいに見開かれて、動かなかった。
「見つかった!」
悪寒が、ぼくを突き抜けていった。
「見つかったんだ、秘密基地が! 警察が基地をつぶしに来る!」
何をどうしたか、わからない。気がつくと、ぼくは服を着て、公園通りをつっ走っていた。
ちくしょう!
ちくしょう!
ちくしょうっ!!
頭の中がこわれそうだった。
靴が脱げてすっとんだ。拾ってはく十秒が、千秒みたいに長かった。
連絡は、あっというまにぼくらの間を走った。
サボイがつけといた監視カメラが、すべてを映していたんだ。あの、黒い髪の管理人が地下道への入口を発見し、中に降りて、ペレランディアをみつけるところを。やつはコクピットにまで入り、それが動くのを知ると、あわてて所長に連絡を入れた。
「二、三日前に、あやしいやつらが、ここへ出入りしてるのを知って、入ってみたんですが、何か危険物を扱っている跡があるんです。はい、もしかしたら、過激派の……はい、爆発物の可能性もあります。すぐに封鎖します。大至急、調査団をよこしてください!」
ぼくが秘密基地に着いたとき、すでに、二、三人の大人が地下道への入口を調査しているのが見えた。
立ちすくんだぼくに、背中から低い声が飛ぶ。
「ダーゼット! ここだ」
ビリー、ロッカ、サボイだ。
草むらに隠れ、大人たちをにらんでる。
すばやくとなりにもぐりこんで、ぼくがきく。
「ミアイルは呼んでないだろうな。あいつは明日、試験だかんな」
やつには余計な心配、かけない方がいい。
「えっ? 呼んじまったよ。ミアイルも」
マジか?
ぼくは男たちの方へ目をこらした。ノッポの口ヒゲと赤ら顔のデブ、それから白髪頭の三人が、貯水タンクの向こうに見えた。
「ちっくしょう……」
ビリーがこぶしをにぎりしめた。
「このままじゃペレランディアはぶっこわされるぜ!」
冗談じゃない。
渡してたまるか、ペレランディアを!
あとひと息で、完成なんだ。
あと七日で、ぼくらは飛ぶんだ!
それを、それをこんなとこでぶっこわされてたまるか!
怒りが、腹の底から、マグマになってふきあがってくる。
他の三人もだ。
「よし、例の行くぜっ!」
ぼくは三人を見た。三人がうなづく。次の瞬間、
「ひゃっほ〜っ!!」
おもいっきりの声で、ぼくらは叫んだ。大人たちが、きっとふり向く。ぼくらはまた叫ぶ。
「クソ野郎!」
「こっちだっ!」
四人は草むらをぬって走った。
「やつらだ!」
「撃つぞ!」
大人たちがわめいて走る。
ロッカの悲鳴。
「おどしだ! びびるなっ」
ビリーが叫ぶ。
「子供か!? 待てっ!!」
口ヒゲと白髪頭が叫んでふみこんだとたんだ。ものすごい音がした。地面が割れた。あっというまに、やつらは転げ落ちる。
「やったあっ!!」
落とし穴だ。
むかし、ミアイル対策に、掘っといたやつだ。今、役に立ったぜっ!
もがく大人たちに、ぼくらは石だの土だのをぐしゃぐしゃ投げつける。
「このヤロッ!」
「ばかたれっ」
「死んでろっ」
やつらは悲鳴をあげた。
「うわっ、うわああっ!!」
ビリーがこぶしをふりまわす。
「よしっ!! ペレランディアを守れっ!!」
ぼくが叫ぶ。
四人が地下道へ走る。
地下道へ最後にとびこむ前に、ぼくはふり向いた。
右往左往してる大人たち。
その向こうに……
「フリル!」
フリルが呆然と、つっ立ってる。
「フリル! こっちだっ」
フリルがぼくを見る。まんまるい目。
「こっちだっ!」
もっかい叫んだ。
フリルの足は動かない。動けないんだ。
ぼくはフリルの手をつかんで、走った。
フリルが震えてる。
ぼくは小さな肩を抱いて、地下道へすべりこんだ。
「どーすんだよ、どしたらいいんだっ!?」
ペレランディアの前で、サボイがうわずった。
緊急サイレンの、けたたましい音。
「どうやってペレランディアを守ったらいいんだよっ!?」
絶望的だった。
今、かわせたって、すぐにやられるに決まってる。
そしてペレランディアは、ぼくらから取り上げられてしまうんだ。
永久に……。
くちびるが、かわいていた。
みんなの顔は、蒼白だった。
ここまで、きたのに……!
あとほんの、ひと息だったのに……!
ひざの力が抜けていった。
もう、だめなんだ。
おわりだ……。
そう思ったときだった。
「飛んじゃえばいいわ、いますぐ!」
奇跡のように、フリルが言った。
みんな、耳を疑った。
「それしかないわよ、飛ぶのよ、飛びましょうよ、できるわ! 絶対に!」
四人とも、ただ、つっ立っていた。
しばらくしてロッカが言った。
「そうだよ、飛ぼうよ、いま飛ばなかったら、オレたちもう、飛べないんだ、一生」
「だ、だって。バランス制御が、まだ完全に……」
サボイの声は、裏返っていた。
「でも、やるっきゃないよ!」
ビリーがこぶしを握りしめていた。
「飛ぼうぜ! やるんだ」
言葉が出てこなかった。
体中が、緊張と興奮にうわずっていた。
「どうする、ダーゼット」
みんなが、ぼくを見ていた。四人の、上気した、せいいっぱいの目が。
「よし。やろう。飛ぶんだ」
ぼくは言った。
その瞬間、五人の宇宙飛行士が、誕生したんだ!
ペレランディア百六十日二十二時三十九分……ぼくらはペレランディアのメインコンピューターに、GOサインを入力した。
聞きなれたコンピュータの声。
<発進準備に入ります。ブロック0052K、スイッチ・オン>
スイッチ・オン!
エネルギーゲージが上がる。
赤ランプの点滅。
プラズマディスプレイが、刻々と励起するMPMエネルギーを表示していく。
サボイが地下道の天井の出入口のオープン・スイッチを押して戻った。
天井が、左右にあいていく。
星空が、ぼくらの目の前に広がっていく。
何度、想像しただろう。この出入口が、空に向かって、大きく、大きく開かれていくところを!
「待って!」
突然。フリルが立ち上がった。
「ミアイルがまだでしょ? ミアイルを置いていく気!?」
「あいつは明日、試験なんだぜ! グレンダードに入るのがミアイルの夢なんだ。やつを誘っちゃだめだ!」
みんなシンとなった。
そのときサボイが泣き声を上げた。
「だめだ! パワーが上がんないよ。やっぱりバランス制御がうまくいかないんだ!」
エンジン始動の不可能を示す、赤いランプが点滅している。
続けてビリーが叫んだ。
「ダーゼット、モニターを見ろ! あいつらが!」
警官だ!
銃器を持って、廃物処理場に集結していく。百人。いや、もっといるだろうか。
「なんなんだよ、あの人数は……」
「まじでやばいぜ」
全員、総立ちになったときだ。
集まった警官たちの間に、さざ波がたった。
爆発だ!
爆発音が轟いた。
警官たちが、一瞬のうちにおびえて、バラバラと防具の間に身を隠していく。
「な、なんだ? あの爆発?」
「誰がしかけたの?」
その間に、こっちに走ってくる人影が見えた。
そうだ。
ミアイルだ。
ミアイルが来たんだ!
「あいつだ! 爆竹しかけたんだよ!」
ビリーが叫んだ。
「爆竹!」
警官たちが、ミアイルの背中に気づいた。
「しまった。あの子をつかまえろっ!」
「はやくっ」
「そっちだ」
「捕まえろ」
ミアイルを追おうとした警官たちが、落とし穴に落ちていく。
ミアイルはコクピットに飛び込んできた。
「おまたせ」
まるで、ヒーロー参上だ。
サイッコーだぜ、ミアイル!
「イヤッホ〜ッ!!」
ぼくらは踊りあがった。
ミアイルは来たんだ。ぼくたちのところに。
「ミアイル。もうこうなったら船を出すしかないんだ」
「わかってる。飛ぼう」
ぼくはミアイルの目を見た。
「いいのか? 試験」
ミアイルは笑った。
「ああ、試験は毎年、受けられる。だけど、こんな仲間はもう、二度と、集まらない」
「ミアイル……」
フリルが、ロッカが、サボイが、ミアイルを見つめていた。みんな熱くなっていた。
ビリーがあわててその場の雰囲気をうち消した。
「けっ。くさいこと言うんじゃねーよ! クラス委員!」
サボイがコンソールを叩いた。
「早く! ペレランディアを飛ばすんだ! エネルギーが、上がらないんだよ」
「了解!」
ミアイルが、すぐさまコンソールにタッチ。
「モノポール・インジェクション、〇.〇三減少。電磁エネルギー、二秒、OFF!」
モニターが、あわただしく画面変換。
さすがだ。
「あっ、見て、ダーゼット」
ロッカがすっとんきょうな声で携帯テレビを指す。
「これ、もしかして!?」
なんと! テレビには外の大騒動が映っていた。
男のリポーターが、がなってる。
「あっ、またニュースが入りました。先ほど、また少年がひとり、地下へ入っていったもようです。少年たちの目的は不明、また、はっきりした人数も……」
ぼくらは口あけて、テレビに群がった(ミアイルを除いてだ)。
廃物処理場のまわりには、何台もパトカーが集まっていた。
空には……ヘリだ。ヘリまでいるっ。
「うっそお〜!」
「映画みてえ〜」
「やったあ〜」
リポーターのクソまじめなカオ。
「ただいま、市の警官たちが、必死の説得に当たっております。少年たちが悪質ないたずらをすみやかに中止することを、われわれは心から祈らずにいられません。そしてまた、彼らを傷つけず、無事に保護することは、われわれ大人の義務でもあるのです!」
次に口紅をべったりぬった女性評論家の顔がアップになった。
「全く、あきれはてますわ。こういう一部の子供が社会を駄目にしているんです。基本的な道徳がわかっていないんです。ごらんなさい。同じ年頃でも、節度ある子供たちは、大いに迷惑し、恥じています」
テレビは警官たちの後ろに群がっている少年たちを映しだした。どの顔も、好奇心いっぱいに、ヤンヤと声援をとばしていた。
女性評論家は、いきりたって、ヒステリー声を出した。
「聞いてるの!? 少年たち、あなたたちにはもっと他にすることがあるはずです! 自分たちが、どんなに迷惑かけているか、わからないの!?」
「迷惑してんのはこっちだぜっ」
ビリーが声をあげてペレランディアのスピーカーのスイッチをいれた。
「クソばばあ! 正義ぶりっこすんじゃねーよ! あんたみたいなヤツこそ見栄っぱりなんだ。金に権力、名誉にオトコ。汚ねえことが大好きだろ。てめえのケツだけ、ツルツルきれいかと思ったら大間違いだぜ! 家に帰ってへでもこいてろ!」
女性評論家は卒倒した。
ぼくらは歓声をあげた。
「ざまあみろ」
「ビリーのお下品ーっ」
コクピットに笑いとブーイングの渦が起こった。
そのとき、
「エンジン始動プロセスはコンプリートだ」
ミアイルがぎゅっと口を結んだ。
「いこう!」
「まて」
ビリーが止めた。
「ひとつだけすませておくことがある」
ビリーはポケットから、受験票を出した。 そして、もったいぶって、それを掲げた。
「ミアイル。今日、このときより、おまえをわれら宇宙戦士同盟の会員と認める……」
ミアイルの顔がかがやいた。
だけどその瞬間、 ミアイルが背中からはがいじめにされていた。警官だ!
ハッチの外からコクピットに飛び込んできたんだ。
ミアイルが、コクピットからひきずりだされそうになる。
ビリーが警官にくってかかった。
「何しやがんだっ!!」
フリルの悲鳴。
発進だ。
こうなったら、船を出すしかない!
ぼくは操縦席に座った。パワースロットルを、いっぱいに踏む。
轟音があがる。
ペレランディアが雄叫びをあげる。
励起の潮流!
どぎもを抜かれた警官はミアイルから手を離して、ペレランディアから転げ落ちた。
「いいぞ! ダーゼット! 飛ばせ」
ミアイルが叫んで、ハッチを閉めようとしたそのときだった。
ビリーが船の外に飛び降りた。
「とってくる!」
受験票が外に飛んでいたんだ。
警官の向こうまで。
ミアイルがふり向く。
「あっ、ビリー! いいんだ! もう」
ビリーは走った。
「乗ってろ! ミアイル」
「よせっ、ビリー……もう必要ないんだ! それは!」
「そういう問題じゃねえ!」
ビリーが決死で、受験票を拾ったときだ。
「ドブネズミめっ」
警官がビリーの横っつらをはりとばした。
ビリーは床に激突した。
血だ。こめかみから血がしたたる。
「ちくしょうっ……」
だが、ふらふらで立てない!
「ガキのくせに、手こずらせやがって」
だがそのとき、信じられないようなパンチが、警官の頬に炸裂していた。
ミアイルだった。
もんどりうって警官が倒れ、そしてまた起き上がろうとしたところへ……。
もう一度!
今度はみぞおちに、パンチが炸裂した。
ドサッと警官は倒れていた。
「ミアイル……!」
ビリーが、目をまんまるくしていた。
フリルも目を見開いた。
「信じられない……」
だけど一番、信じられなかったのはミアイルだろう。
ミアイルは、はっとわれにかえって、自分の手を見つめた。
「ミアイル」
ビリーはミアイルの手に、受験票を渡した。ぼろぼろになった受験票を。
そして、とうとう言った。
「おまえは、俺達の仲間だ」
ビリーは、親指をたててニヤリと笑った。
ミアイルは何も言えずに、ビリーの顔を見つめていた。ありがとう、と言おうとして、言葉にならなかった。
「何してんだっ、はやくっ!!」
サボイが絶叫した。
棒立ちになったミアイルを、ビリーが押したて、ハッチへ走った。
船はもう、宙へ浮き始めていた。
ビリーとミアイルがペレランディアに飛び乗る。
警官たちが、今度は、束になってなだれこんできた。フリルがおもいっきりアカンベーし、ロッカがハッチをしめた。
船はそのまま、ふらふらと上昇していく。
サボイ、ビリー、ロッカ、フリル、そしてミアイル。ぼくら六人の心臓はいまにも破裂しそうだった。
「ダーゼット! 右だ! 出口にこするぞっ」
サボイが叫んだ。
「わかった」
全神経が、燃えていた。コントロールスティックと、パワースロットルに、ありったけの神経を集中だ。
ガクンと衝撃が走った。
出口にこすったのか?
「ちっくしょう」
コントロールスティックを、右だ。
船が、傾きながら外へ出た。
野次馬がどよめいた。
そのまま船は、勢いあまって野次馬につっこむ。
悲鳴をあげて散る人々。
「上だ、上!」
ビリーの絶叫。
今度はコントロールスティックを上へ。
ペレランディアは急上昇した。
「ダーゼット! いける! このまま飛べ」
ミアイルが叫んだ。
「飛べ! 宇宙へ、出るんだ!」
ミアイルの汗まみれの顔が、腹の底から輝いていた。
みんなもだ。
ぼくらの中に疼いてた力が、いま、爆発し、とほうもない強さで、走り出していた。
ぼくは言った。
「よし、行くぞっ。宇宙へ、出発だ!」
ペレランディアは、加速を始めていた。
ヘリが三機、囲んでくる。
「止まりなさい、止まりなさい。今すぐに静止するんだ。それ以上、船を動かすのは、危険だ」
つかまってたまるか。
スティックを右へ、倒す。
ペレランディアは右へ旋回。
「きゃああああ」
「止まれっ。説得に応じなさい。すみやかに、われわれの言うことを聞き入れるんだ!」
ジョーダンじゃねえっ。
パワースロットルを踏む。おもいっきり。
スティックを上へ。
だが、パワーが足りない。
ペレランディアはふらふらと、ななめ上空へ上昇しだした。
「何やってんだよ、ダーゼット! もっと早くっ」
ビリーがいきりたつ。
「だめなんだ。パワーが出ないんだよっ」
「だってバランス制御はいいんだろ?」
サボイのカナキリ声。
「なんでなんだよっ?」
モニターをチェックしていたミアイルが叫んだ。
「エキゾーストスポットに、カバーがかかってたんだ!」
なんだってェ? カバー!?
「何のこと?」
と、フリル。
「噴射口にカバーがかかってんだよ。急いで飛び立ったんで、取り忘れてたんだ! 飛ぶわけないやっ」
「なんでカバーはずさなかったんだようっ」
「今さらどーやって取んだ!?」
ビリーとサボイの頭に血がのぼる。
「わかんねえっ」
そのとき、ロッカが叫んだ。
「ダーゼット! 前!!」
目の前に、シティビルだ。
「うわああっ!!」
スティックを左へ!
間一髪、ビルと橋の間をすりぬけ、ペレランディアが、公園の雑木のなかへつっこむ。
ばりばりばり……。
枝が折れて、吹っ飛ぶ。
「ダーゼット、上だ、上へっ!」
わかってんだよ、それは!
ペレランディアは雑木をつき破りながら飛ぶ。
三百メートルも。
スカイウェイに並走して、飛ぶ。
と、そのときだ。
ぼくは目を見開いていた。
ウォレス!
スカイウェイを、ウォレスの車が走ってる、ペレランディアを追って。
来てくれたんだ、テレビを見て。
ウォレスは、ぼくらに向かって、目を見開いていた。こぶしをあげて何か叫んでる。何か!
ぼくは息を止めた。
それは、一瞬のできごとだった。ぼくの目に、ほんの〇・一秒、ぶちこまれてきたスローモーション。
ウォレスのくちびるは、叫んでいた。
飛べ!
飛べ!
飛ぶんだ! ダーゼット!
激震が走った。
ペレランディアが雑木をこする。
「きゃあああっ!!」
震動。
「あっ!」
誰かが声をあげた。
「落ちた! カバーが、今ので……」
あとは聞こえなかった。
轟音。
ペレランディアは、怪物のような咆哮をあげていた。
「うわあああっ!!」
衝撃が走った。
全員が、絶叫した。
ぼくは座席に押しつけられていた。
稲妻の速さで、ペレランディアは昇っていた!
空へ!
スカイウェイが遠ざかる。ウォレスの顔が遠ざかる。小さく、小さく……。
圧力が、全身にたたきつけてくる。
昇る!
ああ、ぼくは昇ってるんだ、昇る。
気が遠くなるようなめまいのなかで、ぼくはウォレスに向かって叫んでいた。
飛んでるぜ、ウォレス。
飛んでるんだ。
飛んでいく!
ウォレスのように、ポードキンのように、ぼくはいま、宇宙へ飛び出す!
加速度。
重力。
しびれていた。耳が、頬が、胸が。
ぼくの体が、今、はるかな輝かしい未知に向かって飛び出していた。
強く。高く。
ぼくは飛んでいる、ついに。
みんなと。
宇宙へ。
宇宙へ。
星の中へ……!
それはほんの、十数分間のドラマだった。
ぼくらの目の下に、大地が、パズルのように広がっていったかと思うと、それは大陸の形へと姿を変えていった。
空は、藍色から黒へ、そして闇へ。
そして……地平線だ。
まるい、優しいカーブ。
やわらかな、大気の色。
青い、青い、地球。
目にしみこむほど深く、すきとおった、青。生命の青……。
ぼくらは、ただ黙って、地球を見つめていた。ひとりひとりが、暖かく、やわらかく、息づいているのが聞こえるような気がした。まるで、自分の呼吸のような近さで。
フリル。
サボイ。
ロッカ。
ビリー。
それにミアイル。
ぼくの、最高の仲間たち。
六人の目のなかには、丸い、ぼくらの地球が、ぽっかり浮いていた。そして、フリルの瞳からは、まるで、地球の青いしずくのように、小さな水滴がこぼれて、頬の上をすべりおちていった……。
ぼくらは宇宙のなかにいた。
ぼくらは宇宙の児になったのだ……。
「さあてと! これからどうする?」
ミアイルが第一声をあげた。
「あいつら、追ってくるかな?」
「かもね!」
「来たら、みんなで、窓からケツ出してみせてやろーぜ」
ビリーの声に、みんなが笑った。
腹の底から。ブチぬけるほど!
ぼくは言った。まるで生まれたての赤ちゃんが、ぼくの生命はここにあるよ、ぼくはいま、ここから輝きはじめるとこなんだよって、世界中に向かって産声をあげるみたいに。
「行けるとこまで行こうぜ!」
「おうっ!!」
みんなが応えた。
ぼくはもう一度、言った。今度はもっと強く、しなやかに、力をこめてだ。
「謎の惑星、ペレランディアまでだ!」
ぼくらは地球をあとにした。
そしてそのとき、ぼくらの新しい、未知なる冒険が、スタートを切ったのだった。
[#地付き]おわり
[#改ページ]
[#小見出し] あとがき その1[#「あとがき その1」はゴシック体]
いまから二年前……夏の夜のこと。そいつがすべてを決めた≠ニいうべき一本の電話がわたしのもとに入った。電話の主こそは、大久保唯男(現在二十九歳独身)そのヒトであった。
なぜにそのヒトとわたしが知人であるのかというと、話はさらに一九八十年にさかのぼる。大久保唯男(二十九歳独身。3DKマンションひとりずまい)とわたし、そして、あとでご紹介する佐藤順一さんの三人は、東映動画演出家採用試験の会場にいた。一年後、わたしはフリーのシナリオライターに、大久保唯男(二十九歳独身・現在花嫁募集中)は、東映動画のコンピュータ室、企画プロデューサーに、そして佐藤さんは演出家にと道は分かれるのだが、そのとき、三人は同じ試験を受け、以来、なんとなく、おトモダチ、といったようなあんばいになったわけなのである。
で……この大久保さんという方は、なんというかまァ、実にコセーテキな方キャラクターの持ち主なのだった。ナニがそんなにコセーテキかというと、もう三十の大台が目前だというのに、いまだに心は夢見る少年、というか、思いこんだら疾風怒濤の強烈思いこみオトコ! というか、ま、よーするに、激情型とっつぁん少年、といったよーな人物なのである。
そして、その夜の電話には、こうした彼のキャラクターが、百パーセント大全開、なのであった。
開口一番、彼は映画を作りたいので、シナリオを書いてくれないか、と言った。彼はTVゲームなどを担当するコンピュータ事業部のヒトだから、もちろん、正式な企画ではない。個人的にどうしても映像にしたい題材があるから、それをシナリオの形にして、なんとかいろんなフィルムメーカーに売り込みたい、そしてそれが実現したら、演出には「とんがり帽子のメモル」ですばらしい才能を発揮した佐藤順一さんにお願いする、というのであった。
「もちろん、ギャラは払えません」
と、大久保さんは言った。
「でも、このシナリオを書くことは、島田さんのためでもあるんです! この題材を書くことによって、島田さん自身に、いま、ほんとうに大切なことは何かを考えて欲しいんです! そしていまの子供たちにそれを問いかけて欲しいんだよねっ!」
その気迫、そのゲキジョーはエンエン、とどまることを知らなかった。
「そ、それでどういう話?」
二歩、三歩、あとずさりながら、わたしはたずねた。すると、高らかに、大久保さんは胸をはった(受話器の向こうだけれど、確かに胸をはったのである)
「子供たちが自分たちだけで宇宙船を作り、宇宙へ飛ぶ話です!」
それはすばらしいアイデアだった。
まさに夢見る少年・大久保唯男、二十九歳独身からしか出てこない発想であった。
わたしの気持ちはすぐ決まった。大久保さんの純粋な情熱もステキだったし、少年少女の夢や喜び、怒り、悲しみを、少年少女の目から描いた作品をぜひ作ってみたい、というのがわたしの念願だったからだ。
けれどいきなりシナリオで、というのはちょっと過激だった。そこで徳間書店の鈴木編集長にことの次第をお話し、快いお返事をいただいて、小説化ということでまず話をすすめることになった。
三週間後、わたしは小説用に作ったストーリーを、大久保さんに見せた。けれどもこれによってわたしは、しこたま大久保さんにオコラレてしまった。わたしの作ったストーリーは、大久保さんのイメージとかなり違っていたのである。彼は物質が氾濫しているいまの世の中、ゲームを相手に一人でしか遊べなくなっている子供たちに、ほのぼのとした太陽や草のぬくもり、優しいふれあいのすばらしさを伝えたかったのだ。物を自分たちの手で作り出す喜び、飛ぶことへの憧れを、もっと素朴にメッセージするつもりだったのである。だから幻の星ペレランディアやポードキンは必要ない設定だった。
そうか、そうか。困ったなァ。
わたしはわたしですでに、ペレランディア……ポードキン……ウォレスの関係に強い思い入れがあった。わたしのダーゼットは、その三つの設定なしに、もう走り出すことができなくなっていたのだ。(そう、たぶん、ダーゼットは大久保さんにとっても、わたしにとっても、自分自身の子供時代なのだ。だからそれぞれが自分のダーゼットの世界≠持っているわけなのである)
ところが大久保さんは、どっこいガンコなだけではなかった。そこが真に大久保さんの偉大なところであった。
「じゃ、とりあえず、小説は、島田さんの思うままに書いてください! ヨロシク!」
こうして小説の作業が始まった。
しかし、ところがどうしてたんたかたん、小説化の前には、もうひとつ、巨大な障害が立ちはだかっていた。実はわたしはヒジョーなメカ音痴なのであった。メカ音痴が、いったいどうやって、ペレランディアを修復したらいいだろう……。
そこでもう一人、ここにアッと驚くわたしのおトモダチが登場する。その人の名は片桐雅二さん。彼は早稲田大学理工学部電気通信学科大学院を今年、卒業し、現在、NTTの情報通信処理研究所情報処理応用研究室に所属して、CADという人工知能を使った、設計、デザイン用のコンピュータを開発しているという(ワッ。何がなんだかとにかくスゴイッ!)まさにコンピュータのオーソリティ、天下のNTTの若きエースなのであった。そう、まるでミアイルそのもののような知性と冷静さを兼ね備え、それでいて、少しも冷たいところのない気さくなお人柄。そして、片桐さんはそこに座っているだけで、ムムッ! こっ、この人は、ただモンじゃないっ……と思わせるようなSF映画の科学者的ムード発散しているのです。(そーいえば、その存在感は、まるでスタートレック号のスポック博士)
コンピュータ技術のことを、わたしは何も知らないけれど、片桐さんこそは、二十一世紀の日本コンピュータ界をしょってたつ人材だと、わたしはかたく信じてるったら信じているのである。
というわけで、片桐さんはこの小説のために、MPMエンジンを発明してくれたほか、さまざまなアイデアを提供してくださった。片桐さんがいなければ、ダーゼットはペレランディアをどう修理していいか、見当もつかなかっただろう。
あ、それから、わたしがいま、あとがきを書いてるのよ、とTELしたら、あの冷静な片桐さんが「恋人が欲しいっ!」て書いといてくださいネ! と半オクターブ、声をあげて叫んでいたことを、付け加えておきます。
このようにして、わたしの筆は順調にすべりだしたのであった、かのように見えた。が、しかし、そのペースはまるで、腰までうまる大雪原を、犬ぞりひとつで這いすすんでいくぜんそく持ちにも似て、三歩すすんで二歩さがり、四歩さがって五歩さがるといった苦闘のありさまなのだった。ダーゼットに言わせると
「みちるは死ぬほど書くのが遅かった!」
というわけで、(テレビアニメシリーズをずっと書きつづけていたせいもあるけれど)すべてを書き終えるまでに、実に二年近くの年月がってしまったのである。
そして、ようやく一九八六年、ペレランディアは飛んだ。
大久保さん、佐藤さんのアイデアと片桐さんのアドバイス、そして遅い原稿にモンクひとつ言わず激励しつづけてくださった徳間書店の鈴木編集長、そして担当の黒い瞳の小沢さんの笑顔がなければ、ペレランディアは飛ぶことができなかったでしょう。ありがとうございました。
すべてが終わったいま、みなさんが宇宙戦士同盟の会員であるような錯覚に陥っているわたしです。
[#地付き]一九八六年十月   島田 満
[#改ページ]
[#小見出し] あとがき その2[#「あとがき その2」はゴシック体]
あとがき その1≠書き、「ぼくらのペレランディア!」が徳間書店から出版されてから、あっという間に16年がたちました。現在2002年。あのころは、遠い未来だった21世紀が、いま、現実となってここにあります。
16年前のわたしは、ネットの存在なんて想像もしていませんでした。それが、こうして、e−BOOKSでペレランディア復刊のはこびになるなんて。
そう、この復刊の話も、実は、ネットがきっかけだったです。
昨年、わたしは、自分のHP「大好き!」を開きました。そのBBSのなかで、「ペレランディア」が話題にのぼったことがあったのです。その記事を見ていてくださった池田英世さんが、「ペレランディア」e−BOOKS化の話を実現してくださったのでした。
そうと決まれば、挿し絵をお願いしたいのは、佐藤好春さんしかいません。佐藤さんとは、テレビアニメーションで放送された名作劇場「若草物語ナンとジョー先生」「ロミオの青い空」で、ごいっしょしたのですが、もし、わたしが小説を書くなら、挿し絵を描いていただくのはこの方しかいないと、長い間、思いつづけてきたのです。そして、佐藤さんはわたしの夢にこたえてくださり、このe−BOOKSのために、ペレランディアの少年少女たちのキャラクターをみごとに表現した絵を描いて下さったのでした。
それにしても16年という月日には、感慨深いものがあります。人生が大きく様変わりするのにじゅうぶんな年月です。
あとがきに登場した片桐さんからは、いまも毎年、写真付きの年賀状をいただきますが、あのとき「恋人が欲しい」とおっしゃっていた片桐博士も、いまは写真のなかで、奥様と子供さんに囲まれ、暖かい微笑を浮かべています。もちろん、いまやNTTの大黒柱。押しもおされもせぬエースです。
そして、大久保唯男さんは、長らくお会いしていないのですが、噂によると、いまも全く変わらない疾風怒濤の中年少年でいらっしゃるらしく(!?)、相変わらずよからぬ企み、いえいえ、楽しい企画をたずさえて、みんなの間を風のようにとびまわっているようです。
そうそう、16年の間に、ペレランディア号にもちょっとサビやひび割れがきていたようなので、今回、文章の一部を、修正、加筆し、ダーゼットたちの描写も、ほんの少しだけ変えることになりました。ペレランディアも、メンテしなおしたといったところでしょうか。
わたしのHPを作ってくださり、いつも何かと力を貸してくださる棟上餅撒さん……そして、原稿の遅いわたしを暖かく励ましつづけてくださった池田英世さん……このお二人がいらっしゃらなかったら、ペレランディア再発進はなかったでしょう。
そして、ボーンデジタルのみなさまも、ほんとうにありがとうございました。
さあ、こうして多くの方々に見守っていただき、2002年秋、ペレランディアは再び発進しました。
ダーゼット、やったね!
[#地付き]二○○二年九月   島田 満
プロフィール
島田 満(1959年生まれ)
アニメシナリオライター。
代表作
「ドクタースランプ・アラレちゃん」
「魔法の天使クリイミーマミ」
「若草物語ナンとジョー先生」
「ロミオの青い空」
「金田一少年の事件簿」
「とっとこハム太郎」
「ワンピース」そのほか。
★HP「大好き!」公開中
http://www2.tokai.or.jp/lmon/michiru/
(宇宙戦士同盟に加入されたい方はこちらへどうぞ)
[#表紙(img/perlandia_back_cover.jpg)]
★この作品は一九八六年に徳間書店アニメージュ文庫より「ぼくらのペレランディア!」として刊行されたものに、加筆・修正を加えたものです
[#初版の表紙(img/初版の表紙.jpg)]