■ きみたちがいてボクがいる / タバサ
「わあああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
ガバッ
「ハァハァハァハァ……………………………」
気が付くと自分の体中から汗が噴き出し、心臓の鼓動は早
りっぱなしで………
「ハァ……またあの夢か……ここんとこ毎日じゃないか……………
んとに…勘弁してくれよ………」
辺りを見回し今自分が1人ということを確認すると枕元にあ
る時計を見る。翡翠が起こしに来るまでまだ少し時間があった
……………。
「ふぅ…助かった……………ったく、こんな所翡翠に見せられるか
よ…………あ〜自己嫌悪………」
俺は気持ちと体を落ち着けるためしばらくベッドでじっとする。
翡翠が来た時こんな状態では恥かしくて家の中も歩けやしない
………。
「………なににせよ翡翠待ち…………」
「………………………………」
「……………………………」
「…………………………」
「…………………あれ?」
なぜかいつまでたっても翡翠は現れない。確かに今日は休日
だけど……それにしたって遅すぎる。
「……まっ、いいか………たまには自分で起きなくちゃな」
そんな事は当たり前、有馬の家にいた時にはなんの疑いもなく
やっていたことだ。
「初心忘るるべからずってね………っしょと」
先程よりは幾分スッキリとした気分でベッドから跳ね上がり背
伸びをして大きく息を吸う。体中の空気を入れ換えるのがなん
となく心地いい、今日は休みなので私服に着替え部屋を出る。
ホントはパジャマでマッタリしたいけど秋葉がこんなこと許してくれ
るはずも無い……。
廊下の窓から差し込む日差しを体全体で浴びているとさっきま
での陰鬱な気分もすっ飛んでしまっていた。
「なんか……いいよなぁ……………」
思わずそんな事を口にしてしまう日曜のちょっと遅めな朝……
…なんだか今日はいいことがありそうだ………………………………
……………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………
なんて淡い幻想は…………これから起きる俺にとってある意味
長い長い1日へのせめてもの報いだったのかもしれない……。
『きみたちがいてボクがいる』
妙に静まり返った屋敷の雰囲気、ちょっとした違和感を感じ
つつ俺は階段を降りていく。
「…………なんか……ホントに静かだな………琥珀さんも翡翠も
いないのか?」
それは無い気がする………いくらなんでも2人が黙って家を空
けるなんてことは、俺が許しても秋葉が許すはずない……。
まあ、それも居間まで行けばはっきりするだろう。
そんなことを思いつつ1階に到着した………その時。
…………ドクン………………
「………………う…………………な……なんだ」
……………ドクン………………
急に………階段を降りきった途端……重力が3倍くらい重く
なったように感じた……ただなるぬ圧迫感………鼓動もどんどん
早まってまともに息が出来ないほど……とんでもないプレッシャー
がオレに襲い掛かる。
「……お……おかしいぞ………こんなの………な…なんなんだよ…
…これ…………」
まるでここに近づくなという警告のような圧迫感に堪え、ようや
く居間に入る…………。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
目に飛び込んできたその光景……自分の目を疑う、と同時
に俺は一瞬にして全ての状況を把握出来てしまった……どうし
て翡翠が起こしに来れなかったのか、どうしようもない圧迫感……
そしてこれから起きるであろうことも………。
俺は自然にあくまでも自然に居間へ足を踏み入れていく。
中に入るとこの緊張感とは無縁の紅茶のいい香りが鼻をくすぐ
った。
「………………」
「おはようございます、志貴さま。今朝は起こしに行けなくて申し
訳ありませんでした」
いつもとなにも変わらない様子で翡翠が声を掛けてきた……。
ペコリとおじぎをすると俺の方を見て少し複雑そうな顔をした。
「おはよう、翡翠。今朝のことは別に気にしなくていいよ、翡翠こ
そご苦労様。それにな俺だって子供じゃないんだから自分で起
きようと思えば起きれるさ」
「そう言っていただけると救われます」
「ああ」
キッチンの方へ目をやる。中では琥珀さんが鼻歌まじりで食
器を洗っていた。
「琥珀さん、おはよう」
「あら、志貴さん。おはようございます、朝食はいかがなさいます
か?」
「うん………そうだな、今あんまり食欲ないから後でいいかな、もう
時間も時間だし昼メシと兼用ってことで」
「解りました。では昼食の時間を少し早めにしましょうね」
「うん、助かる。えっと……じゃあ申し訳無いけど水を一杯くれる
かな? 喉がカラカラなんだ………」
「うふふ……そうでしょうね。心中お察ししますよ」
琥珀さんは悪戯っぽく笑うと冷蔵庫の中のミネラルウォーター
に氷を入れて差し出してくれた。
「ありがとう………」
俺はそれを一気に飲み干す。心臓は今もバクバクとものすごい
勢いで鳴り続けている。
「……………ふぅ〜〜………そ…それじゃ……オレは読みかけの本
があるから部屋に戻るよ………また後でね」
「は、はあ………そうですか………」
「翡翠もな………」
「は、はい」
困惑気味の二人をよそに自然に……俺はあくまでも自然に
……居間を後にしようと……………
「……兄さん」
後にしようと……………
「兄さん」
後に…………
「兄さんっ!」
「は…………はい………」
ゆっくり振りかえるとそこにはニッコリと恐いほどの笑顔で俺を
見つめているわが妹………。
「私との朝の挨拶をお忘れなんじゃありませんか?」
「あ、ああああ〜………そうだった、そうだった! お、おはよう秋
葉」
「はい、おはようございます。兄さん」
そう言うと優雅に紅茶をすする………。
「じゃ、じゃあ………」
「あらあら……私には挨拶してくださらないんですか? 遠野君」
………聞きなれた声がもう一つ。
「…………あ…………あは、あははは………おはよう先輩………」
「おはようございます、遠野君」
「…………………」
冷や汗、油汗………もうなにがなんだか…………次の展開も
大体想像がついてしまうので先手を打ってやった。
「…………お…おはよう、アルクェイド」
「うんっ、おはっよ〜、志貴は相変わらず寝ぼすけだね」
「な……余計なお世話だよ……大体今日は休みなんだ。いつま
で寝てたって別に構わ………う……」
3人のドライアイスより冷たい目線がオレの体中を貫いている…
痛い痛い痛い……ふうぅ〜と大きく息を吐き………
「んんっ、さてと………俺は読みたい本があるから部屋に戻るぞ。
それじゃみなさんどうぞごゆっくり………」
さりげなくあくまでも自然にさっきの要領で………
「兄さん!」
「遠野君!!」
「志貴っ!!!」
なんてことは当然出来ない………見事なまでにシンクロした3
人の声。俺はもう蛇に睨まれた蛙、まな板の上の鯉状態である
………どうやらもう逃げ切ることは不可能らしい………。
「………無念」
「なにかおっしゃいましたか? 兄さん」
「い、いや…………」
ちらっと翡翠の方に目をやるといつもの表情ながら「もう諦めて
ください」というニュアンスがなんとなく伝わってきた……。
キッチンからは琥珀さんの鼻歌が聞こえる……ああ同じ部屋、
同じ空間にいてなぜこんなに温度差が激しいんだ……。
「志貴、悪あがきしないでさっさとこっちに来なさいよ」
アルクェイドは自分の席の横をバンバンと叩いてオレを促す。
それを見た先輩は………
「そんな所まで行かなくても私の横が空いてますからどうぞこちら
に座ってくださいね」
同じくバンバンと隣の席を叩く。
「ちょっとシエル、私が先にこっちに来いって言ったんだからね。
余計なこと言わないで」
「あなたこそなに言ってるんですか? あなたのいる奥の席より私
のいる席の方が近いんですから私の横に座るのは当然の道理
でしょ? ねえ遠野君」
「あ………えと…………」
当然次は秋葉、俺が返答に困っている間隙を突いてすかさ
ず口を挟む。
「ちょっとあなた達さっきから黙って聞いていれば………兄さんに
気安く指図しないでくださらないかしら…………兄さんが言うこと
を聞くのは私だけなんですから。さあ兄さん私の横にいらしてくだ
さい………………早く」
「………は………はは………」
もう始まってしまった………色んな意味で最悪の展開………。
「「「早くっ!!」」」
3人のイライラはもう頂点に達しようとしている。秋葉に至って
は髪の毛が既に赤色化しかけている始末。
「ま、待て! 落ち着けって! とにかくだな、誰の隣に座って
も角が立つから俺は誰の隣にも座らん。ここにいる、それで文句
無いよな………」
「……………まあ、私は別に構いませんが……そんなことしなくて
も私と兄さんはいつでも一緒に居られますし」
「ふ………ふんっ。私だって……志貴との絆はそんな安っぽいも
んじゃないんだから」
「そうですか、では遠野君、私の隣に座ってくだ……」
「「ダメっ!!」」
「…………冗談ですよ……まあ遠野君と私にとってこの程度の
距離なんてなんの障害にもなりませんけど………ね、遠野君♪」
「……………………」
人はこんな時どういう返答をすればいいのか誰か知っている人
が居るのならば是非この大バカものにご教授願いたい………。
そんな俺に今出来る事は話題の矛先を変えることくらいだ。
「ま………まあ…その…なんだ……起きるのが遅くなったのは悪か
ったよ、でもな俺だって言いたいことはあるぞ」
「なによ」
「なによじゃないだろ、そもそもアルクェイドと先輩はなんでうちに
居るんだよ」
俺はようやく溜めに溜めた疑問をぶつける事が出来た。
「な、なんでって………今日は学校お休みですから遠野君とお
出掛けしようと思いまして」
「………な、なるほど………」
「私は志貴に会いたかっただけよ。理由なんてないわ」
「…………な………ってお前はいつも俺の部屋にちょくせ……」
ここで今自分がとんでもない事を口走りそうな事に気付く。
夜な夜なアルクェイドが俺の部屋に忍び込んでいるなんてこの
面子に知れたりしたら………。
「なによ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよね」
「…………と、とにかくだな理由も無く急に来られると困る……」
「はぁ? なによそれ…私が志貴に会うためにはなにか理由が無
くちゃいけないわけ?」
自分でもメチャクチャなこと言っているな、と実感。
「別にそういうんじゃないけどな…………はぁ」
2人ともなんの悪気も無い事は解っている。でもなんかこう根
本的な事が違う気がしてならないのは俺だけだろうか。
「大体の事情は解ったよ………で、秋葉」
「なにかしら?」
「お前はなんで2人を入れたんだよ………こういう展開になる事な
んてすぐ解っただろうし、普段なら絶対入れて上げたりしないだ
ろ」
すると秋葉はクスリと笑ってさも当然のように語る。
「そんなの決まっているじゃないですか。兄さんがこの修羅場をど
う切り抜けるか興味があったからですわ。遠野家の長男として
素晴らしい弁明を期待してますよ。まあ地下室がお好きでした
らすぐにでもご案内いたしますけど」
「…………………鬼」
「……なにかおっしゃいましたか?」
「べ、別に………でもその割には秋葉も随分熱くなってたじゃな
いかよ」
「な………そ、そんなことありません! 私は………ただこの2人が
あまりにも世間知らずだったのでそれが堪えきれなかっただけです
っ」
「な〜に言っちゃってるんですか、世間一般から見ればこの屋
敷の方がよっぽど世間知らずだと思いますよ」
「う…………………」
なんとなく同意……しれっと的確なツッコミを入れる先輩……
…さすがだ。
「あのさ〜、志貴」
このやり取りにウンザリしたアルクェイドがダレた声で話に割り込
んできた。
「ふう〜………今度はなんだよ」
「もうそろそろ行かない? 早くしないと夜になっちゃうよ」
「は? 行くって………どこに?………」
「そんなの決まってんじゃない映画よ映画っ」
「えいがぁ?」
「ほんとに…………どうしてそうあなたはいつもそう変な事ばっかり
言うんでしょうか。遠野君が困ってるじゃないですか、大体です
ね遠野君はあなたとなんか出掛けません。今日は私と一緒に
お出掛けすることになってるんです、この間は乾君がいたからあん
まり大胆なことが出来ませんでしたけど今日は思いっきり2人
の時間を楽しむんですからっ」
「は、はあ………」
……俺は口を開けてこの光景を見守るしか無いのか……。
「ちょっとあなたたち……さっきから黙って聞いてれば……いいです
か、今日兄さんはわが家でゆっくりと日頃の疲れを癒すんです。
ですから兄さんがどこかへ出掛けるなんてことは有り得ないの……
ましてやあなたたちのような常識外れな人達と一緒にだなんて
考えられませんわっ」
「…………………………………………………」
なんだか色んな所で色んな思惑が渦巻いてるんだな…………
俺の意思とは関係なく………。
「志貴ぃ! なにぼうっとしてるのよ?」
「んっ、ああ…………別に……」
「もう……私と出掛けるんでしょ? もっと面白い映画見せてく
れるって約束したじゃない」
「あ………うん、したな……だけど別に今日って訳じゃ……」
「解った。そんじゃ早く行こうっ」
そう言うとアルクェイドは俺の右腕を引っ張る……もとい俺を
引きずる…………。
「おまえ全然解ってない…………って痛い痛いっ!」
「待ちなさいっ そうは問屋が卸しませんよ!」
今度は先輩が左腕を引っ張る。
「があっ!! 先輩までっ」
「だからダメって言ってるでしょ!」
ガンッ!!
「ぐあっ!!」
両手が塞がってガラ空きのボディに秋葉が容赦なくタックル…
……………。
「お………おまえらなぁ……………」
「しいぃきぃ!!」
「とおぉのくん〜〜〜」
「にいぃさん!!」
3人容赦なく俺を四方八方へ引っ張り続ける。ただでさえひ
弱な体にこの仕打ち、普段は温厚を売り(?)にしている俺もさ
すがに限界らしい………。
「いいかげんにせいぃぃぃっ!!!」
「「「キャアッ」」」
自分でもビックリするくらいの大声で叫んでやった。
3人が怯んだ隙に一気に体の自由を取り戻す。
「と、遠野君不意打ちは卑怯ですよ……ああ耳痛い……」
「………ホントですよ、あんな大声あげるなんてはしたないです!」
「ハアハアハア…………もう…………いい加減にしろよ……………
いいか、こんなこと言わなくても解ると思うけどな俺の体は1つしか
ないんだから………なぁ、皆まで言わせるなって」
「それじゃあ一体どうればいいの? 志貴になにか解決策がある
んなら聞かせてよ」
「ぐ………………」
ほんとに無茶苦茶なことを………こんな状態でみんなが納得
する解決法なんてあるもんか。そんなんもんジャンケンでもなんでも
して勝手に決めてくれ…………って…………
「…あ…………そうか………」
「な、なんなんですか? 兄さん その不気味な笑みは………」
「ん? いや……なんつーか自分の短絡的な思考に呆れていた
ところ」
「はぁ? 遠野君は時々変なこと言いますね」
「そ、それはひどいな先輩……別に変なこと考えてた訳じゃない
よ」
「ふ〜ん、ということは志貴にはなにか考えがあるわけね」
「ははっ、まあ解決法なんて言えないかもしれないけどこれで納
得してもらう」
「兄さん………一体何を企んでいるんですか?」
「まったく、あんまり変なこと言わないで下さいよ」
「別に変なことじゃないさ、ただ俺の体は一つしか無いんだから
望みを叶えられるのは一人だけ、だからその1人をはっきりしゃ
っきり決めてもらおうって訳」
「……ふ〜ん……で、具体的にどうすればいいのよ?」
「うん、みんなには勝負してもらう」
「「「勝負ぅ?」」」
「そう、勝負」
「へ〜………志貴にしては珍しく血生臭いこと言うのね……まあ
私としてはそっちの方が手っ取り早いけど」
「………そうですね……私もその方が好都合です、色々とね」
「私も一向に構いませんわ、これで兄さんに付くしつこい虫が払
えますから」
ピキっと部屋の空気にヒビが入る………。
「ち、違う! 違う!! 勝負するのはお前達同士じゃないっ
て」
「………どういうこと?もったいつけないで説明しなさいよ、志貴」
3人の目は恐いほどに血走りっぱなしだ……。
「………はぁ………いいか、みんなが勝負する相手は俺だ」
「し、志貴とぉ!?」
「…遠野君…………どうかしちゃったんですか? いくらあなたでも
私達3人で掛かっていったら勝てないことくらい解るでしょうに」
「あ、あのなぁ…………んとにそんな訳無いだろ、何でこの人達は
こういうことに関しては野蛮になっちゃうんだろうね」
「………兄さんのおっしゃている意味がよく解りませんわ」
「秋葉まで……だから俺と勝負するんだ。俺に“参った”って言
わせた人が勝ち、ただしっ」
「「「ただし?」」」
「暴力禁止、暗示禁止、魔眼等による色仕掛け、誘惑の禁
止。要するに人間の常識の範疇内で俺に“参った”と言わせ
た人が勝ち。今日1日その人の言うことを聞くよ。だけど誰も
俺を参らすことが出来なかったら俺の勝ち、今日1日は俺のも
のだ。つーかそもそもそれが当たり前なんだけどな………」
「ふ〜ん」
「なるほど………平和主義者の遠野君らしいですね」
「ということは兄さんを喜ばせたらいいのかしら? イヤな思いさせ
たら参ったなんて言わないでしょ?」
「まあその辺は各人の判断に委ねますよ」
「別にいいけどさ、志貴の考えってなんだか回りくどいな………
私は別にさっきのでいいのよ」
「だ――っ、よくないからこれにするのっ!」
「わ、解ったわよっ、なにもそんなに青筋立て怒んなくったていい
のに……」
「…………はぁ……そりゃ青筋だって浮き出てくるって………とに
かくそういうことだから用意するんなら早くした方がいいぞ、それだ
け今日という時間も減るんだからな……」
「ちょっと待って下さいっ、志貴さん」
「え? わ、わあああぁぁぁっ!!」
ふと振り返ると俺のすぐ後ろにいつの間にか琥珀さんと翡翠が
立っていた……ひょっとしたら随分前からそこにいたのかもしれな
い、それだけ周りが見えていなかったということだろう。
「志貴さま……何をそんなに驚いていらっしゃるんですか?」
「い、いや……ははは………えと、なにかな?」
「はいっ、その勝負ってもちろん私達も参加していいんですよ
ね?」
「…………へ?」
「ちょ、ちょっとなに言ってるの!? あなた達は使用人なんです
からそんなこと出来る訳…」
「………もちろんOKだよ」
「な……兄さん!」
「なんだよ、そんなの当たり前だろ。琥珀さんと翡翠にはいつも
世話になりっぱなしだからむしろこっちからお礼をしたいくらいだ」
「ぐっ……………解りました…いいですよ、今更1人2人増えた
ところで私が勝つって事実は変わりようがありませんから」
「あははっ翡翠ちゃんよかったねぇ」
「…………はい」
「アルクェイドと先輩もいいね?」
「私はどっちでもいいよ」
「私も構いません」
「オッケー、んじゃ適当に準備するなりなんなりしちゃってくれ、俺
はここで待ってるよ」
「はぁ………さっさと済ませて早く出掛けなくちゃ映画終わっち
ゃうよ」
「そうそう、チャッチャと済ましちゃおうぜ」
「う〜ん………遠野くんに参ったと言わせるにはどうすればいいの
ですかね……」
「はははっ、そんなに難しく考えること無いよ先輩」
「あらあら良いご身分になられましたね、兄さん。でもそうやってい
られるのも今の内ですから」
「………………………ごもっともなことで………」
「あははっ楽しみにしてて下さいね〜、志貴さんっ」
「……………がんばります」
「お、おうっ、2人ともがんばれよ!」
それぞれが言いたいことを言って居間を出た。
立ちっぱなしだった俺はようやくソファーに腰を下ろし大きく息を
吐く………。
「…………つーか俺は何様なんだよ…………」
軽い自己嫌悪を抱えつつ俺はうとうとと浅い眠りについた。
……………………………
………………………
…………………
……………
「……志貴さん……」
いつもの朝………翡翠の声がしてやさしい日差しが差し込ん
で…………そんないつもの…………
「起きてくださ〜い 志貴さん〜」
…………あれ? 今日は琥珀さんが起こしに来てくれたのか?
「兄さん、起きてくださいっ………まったく自分からけしかけておい
て……」
………おかしいな……どうして秋葉まで俺の部屋に来てるん
だ?
「志貴っ! 起きなさいってば!」
「遠野くんっ、時間が無くなっちゃいますからっ」
アルクェイドに先輩?………………なんだなんだ………大体な
んでみんなして俺を起こしに来るんだよ……………。
「………あの……私がお起こしいたします」
………翡翠……なんだいるんじゃないか………。
「志貴さま…………起きてください…………志貴さま」
「…………ああ……今起きるよ………」
「あ……起きた」
「ちょ、ちょっとなんで翡翠だと一発で起きるんですか!?」
「え………なんででしょうか……」
「説明してくださいよ、遠野君」
「あのな……そりゃそうだろ……翡翠は毎日毎日俺を起こしに
来てくれるんだ……彼女の声を聞いて起きるのはあまりにも当た
り前の事なの」
「あ、ありがとうございます……」
「お礼を言うのはこっちの方だよ、いつもありがとな」
翡翠は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。こういう所も含め
て翡翠はかわいい子だと改めて思ったり。
「なにを誇らしげに言ってるんですか……兄さんが自分で起きれ
ばいいじゃない」
「そうよ大体志貴、よく私達の目の前でいちゃつくなんて芸当
が出来るわね」
「う…そ、そんなことないだろうがっ! お前らこそなんなんだよ……
…みんなして俺の部屋に来て………」
「はぁ? まったく遠野くんのおとぼけっぷりには呆れを通り越し
て尊敬さえしちゃいますよ」
「いいから体を起こしてください兄さん。時間がありませんよ」
「え?……あ、ああ」
がばっと体を起こし周囲を確認。ここが居間だと判断した段
階で全てを思い出す。
「………思い出したくなかった………」
「なんか言った? 志貴」
「………………い、いや」
目をシバシバと擦って出来るだけ平静を装う。
「あの志貴さん準備が出来たんですけどいかが致しますか?」
「あ……うん、どうぞ誰からでも………」
「ちょっと遠野君、自分から“勝負だっ”とか言っておきながらそ
の気の抜け様はないんじゃないですか?」
「へ? そんな事言ったけか……」
「兄さんっ!」
「あんたね〜…………」
お互いのテンションの差が激しいということがこんなに困り物だ
とは……。
「ふぅ……冗談だよ、んじゃ始めようぜ。そうだなホントに誰からで
もいいから適当に順番決めて」
「志貴さま、順番ならもう決まっていますのでご安心下さい」
「あっ、そうかい。あいあい、そいつは結構なこってす。で、誰がトッ
プバッター?」
「は〜いっ、わたしですっ」
琥珀さんが元気よく手を上げる。俺よりこの人の方が勝負と
いう意識がよっぽど薄い気がするのだが…………。
<琥珀の場合>
「オッケ、それじゃあどっからでも掛かって来いっ!………………
なんてな」
「うふふ、解りました。では私はこれで勝負ですっ」
そう言うと琥珀さんはキッチンからなにか料理を持ってきた……
…一見するとオムレツかオムライスのようだが気持ちサイズが大き
いような……。
「………これは? ひょっとして俺の昼メシ?」
「はいっ、琥珀特製の“オムそば”で〜すっ。なんとなくお昼ご飯
のついでみたいで申し訳ありませんが腕によりを掛けてお作りい
たしましたよ、志貴さんっ」
琥珀さんはありったけの笑顔でガッツポーズをとる。
「へぇ〜へぇ〜オムそばかぁ……いいじゃん、いいじゃん。この家に
来てからこういう庶民の味に飢えてえたんだよなぁ」
「兄さん……それはどういう意味ですか? 我が家の食生活に
ずっと不満をお持ちだったということなのでしょうか? それにその
ような食事なら学食等でいくらでも食べることが出来ると思いま
すけれど」
秋葉がドスの聞いた声で迫ってくる……。
「違う違う、ここでの食事に不満なんてないさ。でもな、ず〜っと
庶民の生活をしてきた俺にはこういうジャンクな食べ物が時々
無性に食べたくなるんだよ、確かに学食でもこの系統のものはあ
るけどやっぱり琥珀さんの作るものと比べたら同じ物でも明らか
に差があるんだろうなって容易に想像がつく訳」
「確かに………そしてただの焼きそばではなくてオムそばにしたっ
て所も心憎い演出ですね。貧乏学生にとってこのような小さな
付加価値は実は非常に大事なポイントなんです。見て下さい、
さりげなく添えられているマヨネーズ、多めの青のり……これに惹
かれない男子高校生はいないと言っても過言ではないのではな
いでしょうか……」
「そういうことっ、さすが先輩解ってるな」
「ふ〜ん……だてに高校生やってる訳じゃないってことね……」
「ちょっと、兄さんは貧乏なんかじゃありません!」
「あらあらバイトもさせず小遣いも与えていないくせによくもそんな
ことを……」
「わ、私は兄さんが要求してくれば必要な分をちゃんと用意しま
すっ。なのに兄さんときたら………」
「ま、まあまあ2人とも………今はそんなことどうでもいいじゃない
か」
「そうですよ〜。ささ志貴さん、お料理冷めちゃいますからどうぞ
お召し上がり下さいな」
「だな。じゃ、遠慮なくいただくことにしようか」
「はいっ、おいしいですよ」
「では、いただきま〜す……………………」
一口入れた瞬間に広がるソースの香りとたまごの食感、それ
にマヨネーズのまろやかさが加わって………
「どうですか……志貴さん?」
「………こんなの……………」
「…………こんなの?……」
「……………不味いわけないじゃん…………」
「え?」
「うん……おいしいよ。これ最高だ………こんなにうまいと感じる昼
メシは久し振りかもしれない」
「あははっ、それはよかったです。どんどん食べちゃって下さいね」
「もちろん! これならいくらでも食べえられる気がするくらいだよ」
「……決してたくさんの量をお食べにならない志貴さまがあんなに
勢いよく………」
「し、信じられない………あの兄さんが………」
そう、ほんとに自分でも信じられないくらいのスピードと勢いで俺
はオムそばを平らげてしまった……
「いや〜………うまかった。文句なしの出来だったよ、ごちそうさま
っ 琥珀さん」
「はい、お粗末さまでしたっ………うふふ」
「あははっ、いやはやまさか全部食べれちゃうとはね〜」
「そうですね〜、食べちゃいましたねぇ」
琥珀さんはなにやらずっとにやけ顔で
「あ、ああ………食べちゃったけど………」
「うふふ………それじゃあ志貴さん、“参った”と言って下さいな」
「え?………………」
ドクン
琥珀さんが俺に向かってはっきりとそう口にした時、突然体の
全意識が飛んで力が抜けていく……その代りになにかが入り込
んで来て主導権を握られていくのがはっきりと解る。
「さあ志貴さん、参ったって言っちゃいましょう」
琥珀さんの声が耳に入るたびに体の自由が奪われてしまう…
……そうそれはまるで操り人形。
「…………ガ………………………ハ…」
「さあ…………」
「………ウ………………参った………」
「あははっ やりましたよっ!」
「なっ………兄さんっ、本気ですか!?」
「……………参った………」
「遠野君………そんなに庶民の味に飢えてたんですね……かわ
いそう」
「……………参った………」
「…………もうっ、1回言えば解るわよっ。志貴のバカっ」
「ま………い…………た………まいつた………」
「……し……志貴さま?」
「まいった…まいった…まいった…まいった…まいった……まいった
まいったまいったマイッタまいったまいったマイッタまいったまいった
まいったまいったまいったまいったマイッタまいったまいったまいった
マイッタ………まいまいマイマイ…マイマイマイマイマイマイィィ……
……………」
「と、遠野君!?」
「ちょっとなによこれ!?」
「志貴さまっ!」
「あ、あら? おかしいですねぇ………あはははは」
「マイマイマイマイマイマイマイ……まいったまいったまいったまいっ
たまいったまいったまいったまいったまいったまいったまいったマイッ
タまいったまいったまいったまいった」
「えーいっ あんたは少し黙ってなさいっ!!」
ビ シッ!!
「まいっ………がっ………まい…………」
体のコントロールは効かないくせに痛みはちゃんと伝わってくる、
都合が良いんだか悪いんだか……アルクェイドの一撃により俺は
今日3度目の眠りについた………。
「ふう……って、こ………琥珀っ! あなた兄さんになにをしたの
っ!!」
「はい? べ、別になにもしてませんよ〜」
「嘘ですっ 姉さん料理になにか入れましたね!」
「ひ…ひどいなぁ……翡翠ちゃん…………私のことが信じられない
の?」
「………姉さん……そういうことはその手に持っているドクロマーク
入りの小瓶を隠してからの方がいいと思う………」
「…ん?…………あ、あはははは………」
「わ、解りやす過ぎですね………」
「それより琥珀!…………兄さんはどうなるのよ」
「あっ、時間が経てば元に戻りますから大丈夫ですよ、目が覚
めたら普通になるんじゃないですかね?…………多分」
「?と多分が気になるけど………そう…解りました。もういいわ、
翡翠」
「はい」
「琥珀を地下室へ」
「かしこまりました」
「え? え? あのぉ………志貴さんは“参った”っておっしゃった
んですけど……」
「「「却下!」」」
「おかしいですね〜………ちゃんと人間の常識範囲で勝負した
んですが……」
「……………姉さん………行きますよ」
「ああぁぁ〜〜 翡翠ちゃん襟引っ張らないでぇ………首が…首
が締まってますよ〜」
<パンダと眼鏡>
パンパンパンッ!!
………痛いよな〜………
パンパンパンッ!!
これって多分痛いんだよな…………
パンパンパンパンッ!!!!
………………痛いわ…決定…………………
パンパンパンパンパンッ!!!!
「………痛って―――よッ!!!」
「あ、起きた……………おはようございます、遠野君……………・
………ぷっ」
「し、志貴〜 あんた寝すぎよ…………………………………くく」
「す、好きで寝てるんじゃないわっ! じゃなくて痛いよ、痛いっつ
ーの!!」
「兄さんが私達の気も知らずあまりにも気持ち良さそうに眠って
………いるので……つ……………ふふふ………つい」
「う……だ、だからってな………?」
ふと周りを見回すと3人とも俺と視線を合わせようとしない、
それどころか顔すら見ようとせず………。
「どうしたんだよ………なんかおかしいな、おまえら…」
「だ……だって志貴………………くくく」
「そ………そうですよ………ふ………ふふふふ」
「はぁ??????」
「ひっぱたいたことは謝ります。そ、それより兄さん鏡をご覧下さい
………私、もう堪えられません……ククク」
「は?」
秋葉に差し出された手鏡を覗き見る。
「………………………………………………………………………」
なんでだろう………なんで目の回りだけきれいにまん丸に黒いん
だろう…………これじゃまるで………俺は………俺は………
「あーははははははっ、志貴カワイイっ。パンダだよ、パンダ」
だよな…………。
「くくくくく……………アルクェイド……そんな事言ったら遠野くん
が……かわいそ………パ、パンダって…ふ、うふふふふふふふふっ
かわいい〜」
「………………あ、秋葉……………どういうこと……だよ…これ」
俺は出来るだけ冷静に精一杯の笑顔で問い掛けた。
「え? あ……は、はい。琥珀の作った料理にお約束で薬が入
ってましてそれの副作用かと………ふ…ふふふふ………」
「…………なるほど琥珀さんの仕業ね、じゃあしょうがない………
………っておい! これこのままで大丈夫なのかよ!?」
「はい、時間が経てば元通りになるんじゃないですかねぇ?」
「……おいおい思いっきり疑問形だな…………」
「ねえ……志貴」
「………な、なんだよ……」
「んとね、メガネを掛けて目をつむってみて」
「はぁ?」
「いいから、いいから」
「……………ったくなんだってんだよ…………」
逆らう気力もなく言われた通りにメガネを掛ける……
「掛けたぞっ、これがなんだってんだよ」
「ダメ、それで目をつむってよ」
「ああっ、もうっ。これでいいのかよ!」
「………眠る眼鏡パンダ………」
「……………………」
「ぷくっ…くくく……」
「ふっふふ…………」
「あはっははははははっ」
「………お、お前ら………」
「ふ〜ふぅ……冗談ですよ、パン……遠野くん」
「なんだよパンて………パンてなんだよ!」
「パンダっ……じゃなくて志貴! 冗談なんだからそれくらいさらっ
と流しなさい」
「………散々コケにしといて今更なに言ってんだよっ………」
「まあいいじゃん、そろそろ続きをしましょうよ」
「そうそう……時間は刻一刻と流れているんですよ」
「………俺の意思とかってホントどうでもいいのな………」
「なにかおっしゃいましたか? 兄さん」
「……………もういいです。さっさと続きをはじめよう」
ふと窓に写る自分の顔を見る……見事なまでに黒い目の回
り、なんだか自分までその姿がパンダに見えてきてしまう。
「………はぁ…なにやってんだろ俺…………」
<シエルの場合>
「それじゃあ仕切り直し、次は私ですっ」
「へいへい………」
「ちょっと遠野くん〜、テンション上げてくださいよ」
…………この状態でどうテンションを上げろと…………
「まあ、いいですよ。そのテンション、私が一気に上げてさしあげま
す」
「ふ〜ん……妙に自信満々ね」
「当然ですよ、私の芸を見れば遠野くんもイチコロですよ」
「……あの先輩……げ、芸なの?」
「ええ、私は遠野くんをビックリさせる事で“参った”と言わせたい
と思います」
「は、はあ………」
そう言うと先輩は吸血鬼撃退の時にいつも持っている剣を
取り出した。
「ちょっ、ちょっとそんな物騒な物どうするつもりなんですの!?」
「ええ……昨日ですね……テレビで見たんですよ」
「………なにを?」
「んしょっと…………これです」
先輩は高々と剣を掲げその切っ先を自分の口元に向けた。
「………な、なんかとてつもなく嫌な予感がするんですけど……」
「私も………」
「私もです…………」
「いきますよ〜」
みんなの嫌な予感をよそに先輩はゆっくりと剣を口元に近づ
けていく………。
「飲むんでしょうか……」
「そりゃ……飲むんだろな………」
先輩はこちらのテンションを気にも留めず予想通りというかもう
そのまま直球で事を進める。
「………ああ……入ったよ」
「そんなの見りゃ解るよ………」
「は、入ったというより刺さってますね…串差しに……」
「どう見てもだんごだな………」
「問答無用なだんごっぷりね………」
「四の五の言わずにおだんごですね………」
その後先輩の口から大量の赤いなにかが吹き出したのは言う
までもなく………。
「「失格!」」
「はんふぇひっはふふぁんへふは!? (なんで失格なんです
か!?)」
「なんでもかんでもありませんっ、失格ですっ」
「あんたね〜、人間の常識範囲内って言ったじゃないの。なに
聞いてるのよ」
「ふぁはらひほうへれひふぇ………(だから昨日テレビで………)」
「あれは血が出ないでしょうがっ、血が溢れ出て平気な顔してる
時点で負けですっ、ほんとに……なんなんですかこの人はっ」
「ほんふぁ〜〜〜(そんな〜〜〜)」
「あのさ先輩……と、とにかくそのスプラッタな状態を何とかしてく
れよ」
「ふぇ?」
「いや、だから剣を抜いたらどうだい?」
「ふぁあ、えっふぉ……ふふぉえふぁふえはふはっひゃいはひふぁ
(はあ、えっとそれが抜けなくなっちゃいました)」
「………なにを言っているかビタいち解りませんわ」
「せ、先輩?」
「もういいよ、ほっときましょうこんなヤツ。さあ次、次」
「ひょっほ! ほへははいんひゃはいんへふは!?(ちょっと! そ
れはないじゃないですか!?)」
「そうでうすね、時間が惜しいですわ」
「ひょっほ!! はふふぇふぇふはふぁうふぉ(ちょっと!! 助けて
下さいよっ) 」
「…………先輩なんか言ってるぞ」
「兄さんっ!」
「志貴っ!」
「ひょっほぉ!! (ちょっとぉ!!)」
「……………………」
………………ごめんよ………先輩……俺は非力だ……。
「ほんふぁああ(そんなああぁ)」
<翡翠の場合>
「えっとですね……次は翡翠の番なんです」
「ふ〜ん………でも翡翠いないじゃん………それに琥珀さんも…
……どこ行ったの?……」
「はい、ちょっと………今は手が離せませんので順番を繰り上げ
ます」
「ひふぁひふふぇふぉうほんひゅうふぁんふぇふふぉ〜(地下室で
拷問中なんですよ〜)」
「…………なんか言ってるぞ…………」
「な、なんでもありませんわっ」
「そうそう、気にしない気にしない」
「…………む、むう……まあいいけど…………」
「ひょふひゃいへふひょ〜(よくないですよ〜〜)」
………なんだかよく解らないが先輩はそれなりに楽しいみたいな
のでよかった………万が一にも剣が抜けなくなって困ってるなん
てことではなさそうだし…… 。
「ふぉおのふんはふんはひははんひはいはふぁはふぁひいふぇふ〜
(遠野くん多分それは勘違い甚だしいです〜)」
「………まあいいや、で次は誰なんだよ」
「はい、わたしです……………おにいちゃん」
「そか、秋葉か…………………………………………………………
………って、はいっ?」
「………な、なに今の…………………?」
<秋葉の場合>
俺とアルクェイドはお互いに目をパチクリと合わせて今の理解
不能な秋葉の発言が聞き違いでないことを確認する。
「だから私の番だよぉ、お・に・い・ちゃ・んっ」
「こ、これはぁ!?」
「……く………どうやら既に勝負は始まっているみたいね」
「ほうふぇふへ……(そうですね………)」
「……………あんた実はその格好気に入ってるんでしょ」
「ふぁひ? (はい?)」
「………いい、なんでもない………」
「おにいちゃんっ」
「………………………………」
……………なんだ……なんだ…なんなんだ!?………呼び方が
変わっただけだぞ、たったそれだけだ………なのに…なのに…なの
に………………………
「おにいちゃんっ、どうしたの?」
……………どうしてこんなに
胸が熱いんだぁぁ!!!!!!
「おにいちゃん〜、秋葉と遊ぼっ」
「はぐぅっ…………ぐああ」
「…………志貴ったら完全にやられちゃってるわね……………」
「ふぁいりふぁひふぁふぇ〜(参りましたね〜)」
「普段冷たく当たってるだけにいきなりの甘えキャラへの変化は
志貴にとっては余りにも新鮮で逆にすさまじい効果を発揮して
いるって感じね」
「ひほうほはらふぇはほふぇんひゅふふぉひふふぁふぇふぇふへ
(妹ならではの演出という訳ですね」
「………まさに妹の作戦勝ちってところかしら………」
「おにいちゃん………」
「…………うぅ」
………これは……………やばい…………正直今すぐ秋葉を
抱きしめたいくらい萌えてしまっている。だがここで欲望に身を
まかせてしまう訳には…………。
「おにいちゃん………秋葉のこと嫌いなの?」
「ま、まさかっ、そんなことあるわけない…………」
「じゃあなんで………なんでさっきから苦しそうにしているの?」
「そ、それは…………」
「そんなヤセ我慢なんかしなくていいんだよ……私と一緒に今日
という日を楽しく過ごそうよ」
あは……あはは……秋葉……なんてかわいいヤツなんだ……もう
ダメみたい…。
「…………あ、秋葉…………俺……俺………」
「……ち……やばいわね………」
「ふぉうふるんふぇふは? (どうするんですか?)」
「……………仕方ない」
「さあ、おにいちゃん。行きましょ」
「………………あ……あぁ」
「待ちなさいっ!」
「………えっ」
アルクェイドの声でパッと我を取り戻す………。
「……ア、アルクェイド?………」
「ちょっとなんですの!? 邪魔をしないでくだい!」
「ふんっ…………志貴……」
アルクェイドは俺にどんどんにじり寄ってくる……。
「な、なんだよ…………」
「昨日の夜はすごかったねぇ」
「なっ!!………」
「……は……はぁ?………」
「志貴があんなに激しいなんて………」
「………………お…おにい…ちゃん?………それって一体どういう
事なのかな…………秋葉難しくてよく解らないよ………」
「ん、んなこと言われてたって! 俺だってなにがなんだか!?
アルクェイド! お前なに言い出すんだよ」
「…別に〜………私は事実を忠実に、述べただけよ」
「事実って………あ…………ああぁっ!!」
今となっては遠い昔のような昨晩の夢を思い出す……。
「あれはやっぱりお前かっ!!」
「さあ〜、なんのことかしら? それより志貴、人のことより自分の
ことに気を使った方がいいわよ」
「なに!?」
アルクェイドが俺の背中越しを指差す。
「お……にい……さん……………にいさん…………にいさんっ!!」
みるみるうちに赤くなる秋葉の髪の色………明らかに俺に向
けられる殺意。
「あ、あ、あ、あ秋葉……落ち着けっ! 落ち着け! これは誤
解だって!!」
「…………問答無用!!」
秋葉はものすごい勢いで突っ込んでくる。そしてまさに問答無
用でその手が俺の首に掛かろうとした時………。
ガシッ!!
「な………」
「あ、アルクェイド…………」
「うふふ……は〜い、そこまでよ」
「離しなさいっ!! こんな破廉恥な兄さんなんかもう知らないん
ですからっ!!」
「そうはいかないわ、私が今日という日を楽しく過ごす相手なん
だから見す見す傷物になんてさせられないもん………」
「なに言ってるんですか! 兄さんはもう私の虜のはず。この勝負
は私の勝ちですわ」
「いいえ、あなたの負けよぉ。そうでしょ? 志貴」
「む……うん…まあ………そうだな……………」
「どうしてですか!?」
「あのねぇ……髪の毛真っ赤にしながら大切な“お兄ちゃん”に
襲い掛かっといてなに言ってんのよ」
「う…………」
「ふぉんおふふひょうひひっはふへふへぇ(問答無用に失格です
ねぇ)」
「あなたに言われたくないですっ! と言うかなに言ってるか解りま
せんっ」
「ふひゅひゅひゅひゅ(うふふふふ)」
「とにかく! 妹は失格だからね」
「……うう……兄さんがおかしなルール作るから……」
「……ルールが無くちゃ俺の命が幾つあっても足りないよ」
「これで残されたのは私だけね〜」
「でも……でもでも全員失格になったからってあなたが選ばれたっ
て訳ではありませんよ。ちゃんと兄さんと勝負して勝ってからそう
いうことを言って下さい!」
「…………ま、そりゃそうね」
「うむ、俺だってまだ自分のための休日を諦めた訳じゃないし…
………で、アルクェイドはなにをするんだ?」
「………私はね………」
<アルクェイドの場合>
「…………………………」
アルクェイドはなにも言わずただ目をつむり下を向く……なにか
が起こる、そんな雰囲気が部屋の中に立ちこめた………。
「ア……アルクェイド?………」
「……………よし、おしまいっ」
「はあ?」
「ふぅふぇ?(ふえ?)」
「………終わりってことなんですか?」
「そうよ」
「だってお前まだなんにもしてないじゃん………」
「ええ」
「ええって………それでいいんですか?」
「いいわ」
「ふぁふぁふぁふぇほふっふぁんふぇひょうふぁ(頭でも打ったんでし
ょうか?)」
「シエル、あんた今ものすごく失礼なことは言ってなかった?」
「ひっふぇふぁふぇん、ひっふぇふぁへん(言ってません、言ってま
せん)」
「解った! 今のちょっとした間で兄さんになにか怪しげな術をか
けたんでしょう! 失格! 失格です!!」
「はあ? だからなんにもしてないって。志貴別におかしいこと無い
でしょ?」」
「ないけど・・・・・・じゃあ一体どういうことなんだよ、ちゃんと説明して
くれアルクェイド。こんなんじゃとてもじゃないけど参ったなんて言え
ないぞ」
するとアルクェイドは呆れ顔でため息を一つ付く。
「…………はぁ……察してくれないかな〜」
「察する? そんな事急に言われたって………」
「……あのね……ようするに志貴に“参った”なんて言わせるため
に私がいちいちどうこうする必要なんて無いってことよ」
「…………意味が解りませんわ」
「ふぉんふぉふぇふ(ほんとです)」
「だから私が特別志貴に出来ることなんてなにもないの。志貴と
話して志貴と笑って志貴とケンカして………志貴と一緒にいて
…二人が楽しければそれでいいじゃない」
アルクェイドはなんの迷いも無く堂々と俺に向かってきっぱりと
そう言った。
「………………………………………………………」
「な、なによ……志貴…急に黙りこんじゃって」
「………………く………くくくく………」
「え? え?」
「くあははははっ、あはははっ!!」
「に、にいさん?」
「あはははっはははっひぃ」
「ふぉおほふんはほふぁえあ……(遠野くんが壊れた……)」
「志貴っ!! なんで笑うのよ!!」
「はぁ〜〜〜………いや……………アルクェイドがさ………余りにも
メチャクチャなこと言うもんだからおかしくってな」
「……私そんなに変なこと言ってないと思うけど……」
「いや、相当におかしいぞ、お前って」
「むうぅ」
「はははっ…でもいいんだよ、それで……ほんとさ、なんつーかお前
らしいし……結局それが正解なんだろうな」
「じゃあっ!」
「ああ………そうだな………」
「えええっ!! 兄さんっ、そんなのって!」
「ふひゅいふぇふょ〜(ずるいですよ〜)」
「ずるくないのっ! 志貴が決めたんだから文句言うんじゃないわ
よっ」
「偉そうに………大体あなた達なんでここにいるんですか!? こ
こは私の家ですっ!! もうっ」
「……なんて本末転倒でメチャクチャなことを言う妹なのかしら……」
「なんですって!!!」
「なによ」
「ああ〜、もうケンカしないでくれ………頼むから…」
「別に〜ケンカしてるつもりはないけど…」
「わ、私は………だって兄さんっ!!」
「秋葉〜」
「もう知りませんっ」
「兄妹喧嘩は後にして志貴っ、早くどっか連れてってよ。時間
ないんでしょ?」
そう言われてふと窓から外を眺めると空がやや赤みを増してき
ていた………。
「…ふう……だな…………そろそろ行くか」
「兄さん…………」
「ふぉおふぉふん………(遠野くん………)」
「秋葉、この埋め合わせはちゃんとするから今日は勘弁してくれ
な。先輩も、早くそれ抜いた方がいいと思うよ」
「兄さんのばか…………」
「ふひふぁふへほふへふぁいんへふふぉ……ふぉおふぉふん(抜き
たくても抜けないんですよ……遠野くん)
「志貴っ、早く」
「あいあい………んじゃ…………」
「お待ち下さい、志貴さま…………」
「え?」
リビングの入り口に目を向けるといつの間にか翡翠が立ってい
た。
「翡翠ぃ〜、どこ行ってたんだよ。心配したんだぞ…………………
あれ? 琥珀さんは?」
「申し訳ありません……姉さんは今手が離せませんのでちょっと
……それより志貴さま、私の順番がまだなのですが………」
「えっ? あ、ああっ!そうだった、そうだったな」
「ちょっと志貴……」
「待てって、翡翠だけ蔑ろにする訳にはいかないだろ」
「そりゃそうだけど……」
「志貴さま………」
「ああ、もちろんオッケーだよ」
「………それでは失礼いたします」
<翡翠の場合2>
「で、翡翠は一体なにを………」
「これをどうぞ…………」
翡翠はポケットの中から一通の封筒を取り出し机の上に置
いた。
「………………なにこれ?」
「それは中を見てご判断下さい」
「あ、ああ…………」
封筒の封を開け恐る恐る中身を見てみると………
「………写真…………?」
「なになに? どんな写真なの?」
「ダメだよ……まだ俺が見てな……………うっ!!!!!!………
……………………………………………………………………」
俺はなにが写っているのかを確認出来たと同時に写真をポケ
ットにしまいこんだ……。
「ど、どうしんたんですか? 兄さん………」
「ふぁんふぇふぁふふんふぇふは〜(なんで隠すんですか〜)」
「………………………………参った」
「「「え? ええええっ!!」」」
「……やりました……」
みんなの驚きをよそに翡翠は大人しめのピースサインを俺に向
ける。
「なんで翡翠がこんなもの持ってんだよ………」
「私は志貴さまのことならなんでも存じております」
「おいおい…笑えないよ……」
「ちょっと…………志貴っ、見せてよ、その写真なんなの?」
「ダアァァァ…………………………ダメだっああ!!!」
「翡翠、その写真はなんなの? 説明しなさい」
「………志貴さまご説明してよろしいですか?」
「だめ」
「………だそうです」
「翡翠っ、私の言うことが聞けないの!?」
「秋葉さま、私は志貴さま付きのメイドです……いくら雇い主の
命令でも志貴さまの許可無しに勝手な行動はいたしかねま
す」
「……こんな写真持って来といて今更なに言ってんだよ………」
「………秋葉さま、全てをお話しま……」
「ああああああっ!!!!! ごめんなさい、ごめんなさいぃ!!」
「…………兄さん……メイド相手に頭を下げるなんて……………
……憐れでみっともない事この上ありませんわ……」
「ふぃひふひへふ(醜いです)」
「ええいっ!! なんとでも言えっ! 俺は翡翠の犬にだって成り
下がっても構わんっ」
「いぬ………………」
「翡翠っ、なに顔を赤らめてるのよ!」
「ん、んんっ………志貴さま…もったいないお言葉です………どう
かお顔をお上げ下さい」
「翡翠………今日は遠慮なくわがまま三昧してくれよ………」
「…………え」
「ちょっと志貴! 私は、私はどうなるのよ!! あなたさっき私と
いっしょにっ………」
「だ―――っ! うるっさい、却下だ却下! 」
「信じらんないっ、あんたねそれって勝負に勝った負けたとかじゃ
なくて“脅迫”されたって言うのよ」
「………………し、失礼な、そんな訳あるかよ」
「……兄さん…明らかに自覚している顔ですね」
「と、とにかくっ! この勝負は翡翠の勝ちなの!」
「ひょうひゃふひふぁふっふぃひふぁひふぁへ(脅迫に屈しました
ね)」
「……さ、さあ翡翠っ、どこへだって連れてってやるからな。行きた
い所どんどん言ってくれよ」
「…………………………」
「な、なに……どうした?」
「………志貴さま………それはお断りします」
「………………へ? な、なんで………」
「なんでと申されましても……先程から気になっていたのですが、
どうして志貴さまは目の周りが真っ黒なのでしょうか………なんの
冗談か存じませんがそのようなお顔で外を出歩くのは正直恥か
しいのではないでしょうか……」
「うっ・・・」
「……パンダと」
「ふぁひへ……(街へ)」
「お出掛け――――」
なぜか全員が俺から一歩身を引く………。
「………なに? なになに? この展開……」
「あ、あの……兄さん、私今日はなんだか疲れましたのでもう部
屋に戻って休むことにいたしますわっ、では!」
「ふぁ、ふぁひはふぁやふふぉふぇふふぁふぁいふぉっ!!(わ、私
はこれ早く抜かないとっ!!)」
「う……えと…………私は、私はお腹空いちゃったのかな?……あ
は、あはは」
「おまえら明らさま過ぎ……」
それぞれに苦しすぎる言い訳を言うと蜘蛛の子を散らすように
俺の前からいなくなってしまった。
秋葉なんか家で過ごすとか言っといてこの有り様………。
「……世知辛い世の中だね……」
「志貴さま」
「ん?」
「私はなにか余計なことを言ってしまったのでしょうか?」
「………いやっ、これで今日は俺の時間になったわけだし逆に感
謝したいくらいだよ」
「…………申し訳ありません…………」
「いいっていいって………それより翡翠、別にどこかへ出掛けなく
ても家の中で出来る事だっていくらでもあるんだからやって欲し
いことがあるならになんでも言ってくれて構わないからな」
「しかし、ご自分のお時間が作れたと今しがた仰ったばかりです
が……」
「ん〜……まあそれもそうだけどやっぱり勝負には負けた訳だし
けじめは付けないとな、それにあの写真の口封じもしとかなくちゃ」
「うふふ……………そうですね、それでは申し訳ありませんが目を
つむっていただけないでしょうか」
「………な、なんか底はかとの無く嫌な予感がするんだけど……
頼むから“パンダっ”とか言わないでくれよ……」
「え?」
「あ、ああ、なんでもない……………えと…これでいいか?」
「……………はい……まだ開けないで下さいね」
「うん………」
「…………………………」
一瞬の沈黙の後柔らかいなにかが唇に触れた………その感
触から翡翠の行為がなんなのかは容易に判断することが出来
た…………。
「!! ひ、翡翠!?」
「志貴さま…………確かにそのお顔で外を歩くのは恥かしいかも
しれませんけど私はかわいらしくて好きですよ…」
そう言い残し翡翠は真っ赤な顔をしてパタパタと居間を出て
行った……。
「…………女心は理解できん……………」
触れ合った唇をなんとなく撫でてみたり…………
「………ま、いいか………」
「いいんですか〜?」
「わ、わあぁっ!?」
「あはははっ志貴さん、しっかり撮らせて頂きましたよっ。
翡翠ちゃんとのいちゃいちゃいちゃつき写真!」
「なぁっ!!! こ、琥珀さんっ、今までどこ行ってたんだよ?」
「そんな事どうでもいいじゃないですか〜、ただ一つ言うなら脱出
は困難を極めましたよ〜」
「だ、脱出? 困難?」
「そんなことよりこの写真っ………秋葉さま達にお見せすると
一体どんな反応をするんでしょうかね?」
「おいおい冗談だろ?」
「それは志貴さんの心掛け次第ですよ」
まさに天使のような悪魔の微笑み………。
「……………………参りました」
「よろしい〜、それじゃ私からのお願いですよっ」
「………やっぱりお願いされちゃうの?」
「当たり前ですよ〜勝負は勝負なんですよね?」
「う………解ったよ……つーか逆らえないよな……」
「うふふっ、簡単なことですから安心してください」
「あ、ああ」
「それでは目をつむってくださいな」
「えっ?」
「どうしたんですか?」
「い、いや……あははっ…なんだそういうことね……あはははっ。
オッケーオッケーこれでいいかい?」
琥珀さんも翡翠と考える事が同じ訳ね、やっぱり姉妹だもん
な〜…………なんてことを思いつつ相手を気遣ってちょっと腰を
屈めてみたりしてしまう。
「…………………………」
「…………………………?」
「…………………………」
「………こ…琥珀さ…………」
―――――パシャッ! パシャッ! パシャッ!―――――
「えっ!?」
「志貴さんの間抜けなパンダ写真いただきましたよっ……………
ぷ………くくくく……あははははははっ!!」
「なっ!? なあああぁぁっ!!」
「あはははっ、志貴さん、ひょっとしてキスでもされちゃうかと思いまし
たか? なんかやけに身構えていた気がしましたけど〜」
「え? ええ〜…………ま、まっさか〜〜〜」
真っ赤な顔とぎこちない返答に説得力など皆無なのだ…。
「そうですよね〜、翡翠ちゃんと同じシチュエーションだからって、
そんな都合がいい展開ある訳ありませんよね〜。あははははっ」
「あったりまえじゃん〜。あは、あはははは…………」
琥珀さんの背中を呆然と見送りながら俺の長い長い1日は
終わろうとしていた。気が付くと俺の腰は中途半端に屈んだま
まで……………。
「お、俺って………………あは、あはははは―――――」
誰もいない居間には乾いた笑い声が永遠と……
「兄さん、うるさいっ!」
「はうっ」
・・・・・・・・・・・・そんな俺の休日。
/END