「歌月十夜」(present by TYPE-MOON) シナリオ
『夏祭り(シエル)』
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虫の声が聞こえる。
日中目が眩むほどだった暑さは、夜になる事で幾分涼しくなってくれた。
夏もじき終わりなのか。
夕暮れ頃から吹き始めた風は穏やかで涼しく、華やかでありながら、どこか寂しい趣きを運んでいた。
□石段
――――お祭りに行きましょう、と先輩は言った。
八月後半、今日は花火大会がある日だ。
街はずれにある神社では花火に合わせてお祭りが開かれる。
そこに足を運ぼう、と提案するのはそう意外な事ではないと思う。
この街に住んでいる人なら夏の締めは神社のお祭りと決まっているようなものなのだし、花火大会は誰からも好かれる夏の風物詩なんだから。
ただ、それが先輩からのお誘いとなると意味合いが違ってくる。
先輩は外国人なわけで日本のお祭りというのに馴染みがないし、何より―――
【シエル】
「あ、笛の音が聞こえてきますね。賑やかで楽しそう」
こう、違和感なく浴衣を着こなされるとは思ってもいなかったから。
「遠野くん? どうしました、さっきから元気がないようですけど」
「え―――――? いえ、元気はあり余ってますよ。ただ先輩の浴衣姿があんまりにもキレイなもんで、ちょっと緊張してるだけです」
【シエル】
「ありがとう遠野くん。そう言ってもらえると無理して用意した甲斐があります」
にこり、と柔らかな笑みをうかべるシエル先輩。
「―――――――う」
大人だ。そんな風に答えられるとますます緊張してしまう。
「あ、そうだ。先輩、日本のお祭りは初めて?」
【シエル】
「そうですね。話には聞いてましたけど実際に体験するのは初めてです。父が一度日本に来た事があって、その時にお祭りを見たらしいんです。父のお土産話を聞いてですね、子供の頃は盆踊りとの太鼓を打ってみたいなあって思ってました」
「――――うわ、太鼓かあ。けど残念、ここの神社は盆踊りはやってないんだ。露店は多いんですけど櫓を作るほどスペースがとれないそうで」
「そうですか。それはちょっと残念ですね」
またもにこりと笑う先輩。
……浴衣を着ているせいだろうか、いつもより数段大人っぽく見えてしまう。
「あ、けど露店のメシは美味いですよ。イカ焼きとか焼きそばとか絶品です」
「ええ、もちろんチェック済みです。この街で一番おいしい出店が集まるのはここだって評判ですからね」
ふふ、とまたも大人スマイルを浮かべる先輩。
「――――――」
……そうか、流石は先輩だ。
どんなに大人っぽい格好をしていたって、自分の好みを優先するあたり隙がない。
□神社
階段とはうってかわって、境内は人で溢れていた。
所狭しと並んだ四十もの屋台、隙間なく流れていく人々の流れ、飛びかう祭囃子といくつもの食べ物の匂い。
そして―――――
【シエル】
「―――ごちそうさまでした。聞きしに勝る味と量に大満足です」
無限の胃袋を持つ魔人が一人。
「けどあともう一押しというか、食後の満足感がイマイチなのはソースの味が薄かったからでしょうか」
野球のミットぐらいあるお好み焼きをペロリと平らげ、次のターゲットである焼きそば屋を見つめるシエル先輩。
帯を締めてるっていうのに恐るべき消化器官だ。
「せ、先輩、そろそろ食べ物を止めてフツーの娯楽に走りませんか。……う」
やば、さっき食べたたこ焼きが戻ってきた。
「やだなあ遠野くん、さっきから走ってるじゃないですか。食事も娯楽の一つですから」
「ね? なんて笑顔で言ってもダメです。ほら、そろそろ花火の時間なんだから場所を変えないと。今日は花火を観に来たんでしょ、俺たちは」
「むっ……それは、そうなんですけど」
先輩は難しい顔をして屋台と俺を見比べる。
「……ははあ。予想以上に露店の食べ物がおしいかった、と」
「そうなんです! さすが遠野くん、言わなくてもちゃんと分かってくれてたんですね!」
にぱっ、と喜ぶシエル先輩。
「――――却下です。ぜんぜん分かりませんので強引に連れて行きます」
先輩の袖を掴んで歩き始める。
「あーーーーーー! まだ、まだ上昇の焼きそばもオー・イェイの焼きとうもろこしも涅炉堂のどうぶつ焼きも食べてないのにー!」
「はいはい、そんな怪しい名前をした店のモノなんて食べなくていいですから、あっちに行きましょう」
ずるずると先輩を引きずって、食いしん坊を誘惑する食べ物スペースから離脱した。
□夜景
「…………大帝都の串焼き………翔裸のイチゴクレープ…………機関誌トマスのりんご飴………」
呪文のように露店名を呟くシエル先輩。
「大丈夫だってば、花火が終わりそうになったら戻るから。食べたい物はその時食べればオッケーだろ。食べ物は逃げないけど花火は逃げるんだから、今はこっちが優先事項だよ」
「……うう、屋台のお店にだって脂が乗ってる時間帯があるんですけどねえ……」
……ありゃ、しゃがみこんで地面になにやらラクガキしだした。
まずいな、こりゃあ根が深いと考え込んだ時。
□夜景
一際大きく、夜空に轟音が響き渡った。
「――――あ」
俺と先輩二人の声がハモる。
揃って夜空を見上げると、そこには―――
□花火
色とりどりに咲く、火薬で作られた花々があった。
ぱん、ぱん、ぱん。
ここが高台だからだろうか、花火はとても近くに感じられた。
閃く散華。
火薬の匂いも、飛び散る破片さえも届きそうな炎の花。
夜空は煙で白み、その中で次々と咲いては散っていく赤く青く、オレンジ色に広がる紋様。
「――――――きれい、ですね」
気がつけば、傍らから先輩の声が聞こえた。
「――――――だね」
つまらない返答しかできず、絶え間なく点滅する夜空を見上げる。
次々と現れては消える光。
それを美しいと感じながら、不意に。
この一日が、とても得がたいものに感じてしまった。
□夜景
……花火は休みなく打ち上げられる。
それを遥かに望む地上で、一瞬だけの瞬きに永遠を見る。
「あ、いまのすごい。四連、ううん五連花火だ」
隣から聞こえる声。
先輩は夜空を染める花火を見上げている。
その横顔を見つめがら、一体いつまでこうしていられるのか、なんてコトを考える。
「――――――――はは」
けど、そんなコトはこの瞬間には関係がない。
俺たちの前には色々な問題が山積みで、ずっとこうしていられるんだ、なんて希望的観測を持つ事すら難しい。
けど、それと今は無関係。
天に瞬く花火が一瞬で消えるように、永遠に続く物などありえない。
けれどその輝きに永遠を見る。
かけがえのない、戻りようのない瞬間を心に残してただ明日へ明日へと走っていくだけ。
……この花火が終われば祭りは終わる。
そして祭りが終われば、それは。
「―――――夏も終わりだね、先輩」
この人と過ごした、一番初めの夏の終わりだった。
【シエル】
「え? なにか言いました、遠野くん?」
「――――いや、何も。今の六連花火、すごかったなって」
「ですねー! やっぱり花火はこうでなくては!」
楽しそうに声をあげるシエル先輩。
それに笑顔を返して、もう一度夜空を見上げた。
□夜景
夜空には咲き誇る火の大輪。
イヤというほど汗をかいた夏の日を吹き飛ばすような祭りの終わり。
もうじき花は消えて、夜はもとの静けさを取り戻すだろう。
―――日々は、ただ過ぎていくだけの煌きだ。
けれどその火で何度も何度も焦がされた胸は、いつになっても傷跡を残してくれるだろう。
「―――あ、八連! 今の八連でしたよ遠野くん!」
傍らには大切な人の笑顔がある。
花火は途絶え、祭りがはねて、夏が終わって。
ふと気がつけば、今年も沢山のモノと沢山のアトを両手に抱えているに違いない。
「―――おっ、そろそろラストだよ先輩。最後は十連どころか二十連ぐらいいくっぽい」
だから、今は暗いコトなんて考えずに走っていく。
季節が過ぎて年をとって終わりが来ても、その時まで繰り返しで進んでいくのが人生だ。
だから、いつか星になっても。
大切な人と、持ちきれない程の思い出を作るのが今の目的。
それではまた。
来年の夏、どうかとびっきりの暑い季節が来ますように――――