「歌月十夜」(present by TYPE-MOON) シナリオ
『「夢十夜」がんばれ知得瑠先生』
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□廊下
「ああ、知得留先生。少しいいですか」
春も爛漫。
四月になって入学式が終わった後、校長先生は気軽に私を呼びとめました。
「はい、なんでしょうか校長先生」
【久我峰】
「はい。実は知得留先生に折り入ってお話がありまして」
ほっほっほ、とお顔とお腹を揺らして校長先生は笑っています。
「―――――――」
嫌な予感がしましたけど、一介の教師である私に校長先生をキックしたりパンチしたりする事はできません。
「実はですねえ、新入生のクラス分けがまだ完了していないのです。なにぶん今年度は特殊な若者が多くて」
「はあ。特殊な若者ですか」
「はい。成績は良いのですが何かと問題のある生徒たちがおりまして。面倒ですからこのさい、彼らを一まとめにして特別クラスを作ってしまおうかと思っておるのです」
思っておるのですって、入学式が終わった後でそんな事を言い出すあたり校長先生はどうかしています。
「仮にQクラスと名付けましょう。先生にはですねえ、これから授業がてらに彼らの特性を見ていただこうかと思いまして」
「はあ。お断りしたいのですが、拒否権はあるのでしょうか?」
【久我峰】
「ほっほっほっ、そうおっしゃらずに。何も厄介ごとを先生に押し付けようというのではありません。先生にはですね、Qクラスでもっとも試験結果の良い生徒を一人お預けましょう。先生のクラスに編入させるなり個別授業をするなり、お気にめされなかったらマグロ漁船に乗せて上前をはねるなどして結構ですぞ?」
「―――はあ。そういう事でしたら引きうけます。どうせ断っても無駄なんでしょう?」
【久我峰】
「いやあ、先生は物分かりがよくて助かりますなあ」
ほっほっほと笑う校長先生。
私は校長先生に連れられて特別クラスへ。
……ああ、なにか思いっきり気が乗りません……
□教室
【久我峰】
「えー、彼女が今日一日君たちの担任となる知得留先生です」
校長先生が教室に集まった生徒たちに声をかける。
……いつからこの学校は私服制になったんでしょう。教室には実に多種多様な生徒たちが集まっていて、ますます気分が滅入ってきます。
「はい、それでは皆さん、先生に挨拶をして」
生徒たちは席を立って挨拶をします。
Qクラスの生徒たちはみな一癖も二癖もありそうで、本当に見ているだけで―――
【志貴】
――――――一目ぼれ、しちゃいました。
□廊下
「先生先生、校長先生っ……!」
【久我峰】
「はい、なんですか知得留先生」
「なんですか知得留先生、じゃないですっ! あの子、窓際でぼーっと外を見てたあの男子生徒は誰なんですか!?」
「はいはい、あの生徒は遠野志貴君ですな。別にこれといって問題のない、Qクラスでは唯一まともな生徒だと思いますよ」
「……志貴くん……ええ、遠野志貴くんですね!
って事は、つまりその、あの子を私の好きにしちゃっていいんですか……!?」
「まあ、彼が最も良い成績を残せた場合はそうですな。授業内容は知得留先生にお任せしますから、しっかりと勉強させてあげてください」
「ふ――――ははは、あははははははは!」
来た。
今年最大の波が来ましたっ……!
もう理想ばっちり、あのいかにも流行に反して生きてそうなところとか、メガネをかけているところとか、我が強そうで押しに弱そうなところとか、けど怒ると手が付けられそうに無いところとか、そこはかとなく色気のある細い腰とか、サラサラした黒髪とか、ふわふわの子犬みたいなところとか、もう全部ツボ、クリティカル、ストライク、ファイナルアンサーっ……!
「うわ、どうしよう私……! あんな子が自分のクラスにいてくれるだけで嬉しいのに、放課後個人授業したり準備室でお茶を淹れてもらったり、果ては部屋に軟禁して色々なコトを教え込んでいいんですね!」
【久我峰】
「ほっほっほ。我が校に迷惑がかからない程度に、警察沙汰を避けていただけるのでしたらよろしいのではないでしょうかねえ」
「素晴らしいです校長先生……! 私、一生先生に付いて行きます!」
「ほっほっほ、なにやら物騒なのでお断りしますぞ。それでは特別授業を始めるとしましょうか」
ふふ。うふふふ。うふふふふふふふ……!
萌えてきました。
脇役生活二十五年、今回こそ全ての借りを返す時!
待っていてください遠野くん、私、今度こそあのあのあーぱー吸血鬼になんか負けませんからっ!
□教室
【久我峰】
「さて、それではルールを説明しましょう。
知得留先生には今日一日、彼らの一般常識を測っていただきます。知得留先生は通常通りの授業をこなしつつ、生徒たちに問題を与えてください。
質問の内容は先生にお任せします。放課後になるまで最も正解の多い生徒がQクラスの代表という事で。
また、お手つきは三回まで。問題を三回間違えた生徒は教室から退場させて結構ですよ」
「はいっ。で、校長先生、その問題というのは現代社会からの出題という事でよろしいんですね?」
「いえいえ、そういった教科書上の知識では彼らの道徳性は判らないでしょう? ですから問題はあくまで一般常識です」
「一般常識、ですか。しかしそれでは正しい回答は難しいのではないでしょうか。常識の尺度は人それぞれですから―――」
「ご安心を。正否の判定は私がします。教室の後ろで様子を見ていますので、判断に困りましたら声をかけてください。それと生徒の中にも一人、授業内容を記録する試験官を設けました。
知得留先生はどうぞ、気兼ねなく普段通り授業を進めてください」
「―――なるほど。生徒の中に、一人試験官がいるのですね」
さりげなく教室を流し見てみると、いかにもそれらしい生徒が一人いました。
雑多に騒いでいる生徒たちの中で一人だけ、いかにも全てお見通しといった笑顔の女生徒がいます。
和服を着ている彼女―――出席番号六番の琥珀さんですね。彼女を意図的に退場させようとするのは止めておきましょう。……なんとなく、情報戦では敵わない気がしますから。
「……校長先生。問題児の集まりにしては女生徒が多いのですね」
「ほっほっほ。そういう事もありますな」
それでなんでも誤魔化せると思っているのがうちの校長先生の悪いところです。
……まあいいでしょう。
あとの女生徒はみんな敵です。
ズバリ女の勘で判ります。
とくにあの、いかにも肉親ぶって遠野くんの近くに座っている髪の長いのと、献身ぶって遠野くんの近くに座っているメイド服と、離れた席からじーっと遠野くんを観察している脇役は要チェックです。
「それでは後はお任せしましたよ。私は後ろで様子を見ていますからね」
校長先生は巨体を感じさせない身軽さで歩いていく。
さてっ。
まずは自己紹介から始めて、きっちりと教師としての威厳を見せなくてはいけません。
□教室
【知得留】
「はい、それでは授業を始めますね。先生はA組の担任をしていますが、今日だけ皆さんの授業を受け持つ事になりました知得留です」
―――年の若い教師、社会科の知得留先生は丁寧な挨拶をした。
で、あとはお決まりの自己紹介が始まった。
【秋葉】
「遠野秋葉です。浅上女学院中等部からやってきました」
【知得留】
「まあ、浅上女学院といえば名門中の名門じゃないですか。なのにこんな二流の進学校にやってくるなんて、よほど破天荒な問題を起こしたのですね秋葉さんは」
【秋葉】
「いいえ先生、そのような事はありませんわ。私はただ兄さんに悪い虫がつかないよう、わざわざこんな場末の進学校を選んだのです。そして、その選択は間違っていなかったとたった今確信しました」
【知得留】
「そうですか、そんな事情は知った事じゃありませんので、次の人どうぞ」
……などと、まるで知得留先生と生徒たちの一騎打ちめいた自己紹介が続いていく。
□教室
【ロア】
「女教師。いいね」
「――――――!」
がたん! と思わず椅子ごと後退してしまった。
「な、なんだ、どこの露出狂かと思ったらロア助じゃんか。なに、おまえもこの学校に入学したのか?」
【ロア】
「ふっ、当然だろう。オレは発達した知性こそ暴力だと謳うチーム虚ボロ巣のリーダーだぜ? この程度の高校に入れないようでは仲間たちに示しが付かねえだろう」
ギッギッギ、と笑うロア助。
こいつは夜の街で知りあった友人の一人だ。
虚ボロ巣という暴走族のリーダーで、夜の街では関わってはいけないヤツのトップスリーに数えられている。
とくに二十四時間営業のコンビニエンスストアではブラックリスト扱い。なんでも一万円以上の買い物をして、代金はすべて一円玉を使用、店員に一晩中金額を数えさせるというとんでもない悪党だ。
犯罪行為ではないので警察屋さんも取り締まれない恐るべき男である。
……と、俺とロア助の話し声を聞きつけたのか、前の席に座っていたヤツが振り向いた。
【ネロ】
「――――なるほど。考える事は同じという事か」
「――――――」
……まあ、いるとは思ったがホントにいたか。
【ロア】
「なんだよ、陰気くせえコートがいると思ったらネロ造じゃねえか。ハッ、北海道のなんとか王国に弟子入りするって話はガセだったわけか?」
【ネロ】
「いや、すでにあの王国は封鎖されていた。仮に健在だとしてもあの寒さには耐えられぬのでな、県下最大の飼育場を持つこの学校を選んだのだ。
それも良かろう。新たな開幕であるのなら、絶望は必須条件だ」
淡々と語るネロ造。
こいつも夜の街で知りあった友人だ。
無類の動物好きでとにかく色々な種類の動物を放し飼いしている。どこぞの御曹司らしく、世界中から珍獣奇獣を取り寄せているとの事だ。
□教室
【知得留】
「はい、次の人。出席番号十七番、遠野志貴くん」
「あ、はい」
ノートでマルバツをやり始めたネロ造とロア助を無視して立ちあがる。
【秋葉】
【翡翠】
【琥珀】
【さつき】
――――と。
なんか、妙に注目されているのは気のせいだろうか。
【知得留】
「遠野志貴くんですね? 入試テストで平均点70点、面接はA判定、身長173センチ、体重60キロ、血液型はA型、視力は両方とも2.0、性格は温和で協調性があり……」
「あ、あの、先生」
知得留先生はつらつらと人のデータを読み上げていく。
はては胸囲から足のサイズまで口にした後、
【知得留】
「以上に間違いありませんね?」
なんて、笑顔で確認されてしまった。
「あ―――はい。大方間違いはないと思います、けど」
「結構です。それでは自己紹介はこのヘンで切り上げて、さっさと授業を始める事にしましょう」
【ロア】
「なぜだ!? 俺の自己紹介はまだすんじゃいねえじゃねえか!」
【さつき】
「はい、はいはいはい! せんせいっ、わたしもまだ順番が回ってきてないんですけどっ!」
【知得留】
「時間の都合上、貴方たちにはかまっていられないからです。さ、それでは授業を開始します。授業態度が悪い人はすぐに退場していただきますからねー」
【ロア】
「―――チィ、もりあがってきたじゃねえか……!」
なにが楽しいのか、ロア助は一人いい感じでゲージが溜まっている。
□教室
【知得留】
「それではこれから道徳の本を配ります。教科書ではありませんからそう構えないでくださいね。はい、ではいかにもこういう作業が似合いそうな翡翠さん、皆さんに配ってください」
【翡翠】
「……………………」
無言で教壇から本を受けとってみんなに配っていく女生徒。
「―――あれ、あの子」
たしかうちの屋敷で働いている女の子じゃないか。
【翡翠】
「……どうぞ、遠野くん」
本はB5サイズで表紙は青かった。
翡翠ちゃんは一人で人数分の本を持っている。女の子の腕力ではかなり辛いのではあるまいか。
「ありがと。それと半分置いていっていいよ。配るの手伝うから」
【翡翠】
「……はい、ありがとうございます」
翡翠ちゃんは丁寧に本を机に置く。
【知得留】
「翡翠さん、私語は厳禁です。か弱いふりをして授業の開始を遅らせないでください!」
ぴしゃり、と知得留先生の叱咤が飛ぶ。
【翡翠】
「……ちっ」
翡翠ちゃんはテキパキと本をみんなに配っていった。
□教室
【知得留】
「はい、それでは皆さん本に目を通してください。これには世間一般の常識が物語形式で描かれています。この本の内容から皆さんに問題を提示しますが、皆さんも疑問に思った事があったら遠慮なく質問してくださいね」
【ロア】
「先生、質問があります!」
【知得留】
「さっそくですね。はい、なんでしょうかロア助さん?」
【ロア】
「くくく、俺のち○ぽは何味だ?」
□教室
ふっとぶロア助。
ヤツは三回のお手つきを待たずして窓から外へと消え去って行った。
……チェックチェック。早くも一人脱落、と。
【知得留】
「皆さん、百六ページを開いてください。
二日目、反転衝動Uにおける主人公の心理状態について考えてみましょう」
そして何事もなかったかのように授業を始める知得留先生。
□教室
ロア助の退場が効いたのか、授業は平坦に、極めて平和的に進んでいった。
【秋葉】
「知得留先生、十二章の果てずの石でヒロインの一人が消えていますが、これはどういう事なのでしょう? そもそも吸血鬼というものがどのような経路で日本にやってきたのか不鮮明ではないですか?」
【知得留】
「はい、良いところに気が付きましたね。
一般に吸血鬼は海を渡れませんし、陽射しにも弱いのでうかつに船や飛行機を使用するとタイヘンです。ですからこういった場合は―――はい、ネロ造くん」
【ネロ】
「文明の利器を使用するのではないかな。この、黒い獣まで登場している吸血鬼のようなタイプであらば船や飛行機を利用するだろう」
【さつき】
「そうなの……?けどそれだといつ太陽の下に出るかわからないよ? 飛行機なんて雲の上に出るんだから、それこそ致命的じゃないのかなあ」
「そのような危惧は不用だ。陽射しを克服できぬような吸血種は自らの領地から出るべきではない。海を越えたければ太陽は克服しておいてしかるべきだ」
【琥珀】
「なるほど、そういう事でしたら無理はありませんね。けれどネロ造くん、それだと金髪の吸血鬼さんはどうなのでしょう?あの人に飛行機を使う、なんていう一般常識があるとは思えないのですけど」
【知得留】
「激しく同意ですね。ネロ造くん、彼女に関してはどう思いますか?」
【ネロ】
「……ふん、君たちは姫君の知性の在り方を勘違いしているな。彼女は人間社会の仕組みを理解している。マンションを借り、本拠地として利用している時点で常識のありなしはおのずと判ろう」
【さつき】
「あ、そうだね。それじゃあの人も飛行機で日本にやってきたって事なの?」
「おそらくはな。だが秋葉くんの質問である、主人公の前から消えた、というのは彼女本来の移動法だろう。
受肉した自然霊である姫君は、その気になれば地球上のどの場所にも転移できる。電波と思えば解りやすかろう。姫君を形成する容量は莫大故、送るのは一瞬だが現れるには時間がかかる。くわえて、転移先があまりに霊子の少ない所であるのなら実体化は困難となる」
おおー、と拍手が巻き起こる。
これでネロ造が回答を出した数は九つ。
間違いなくこのクラスで最も優秀な成績を弾き出している。
【知得留】
「はい、よくできましたネロ造くん」
褒め称える知得留先生。
……が、どうもその笑顔がひきつっているようにも見える。
【知得留】
「さて皆さん。もう一通り本を読んだと思いますので、ここからは先生からの問題だけとします。
問題に答えるのは挙手制ですが、たまに指名する事もありますので気を抜いちゃだめですからねー」
はーい、と頷くQ組の生徒たち。
さて。いよいよここからが本題である。
戦いは熾烈を極めた。
二十人はいた生徒も今では自分とネロ造、あとは数名の女生徒を残すばかりになってしまった。
知得留先生の人のトラウマを突つくピンポイントの出題によって、残った生徒たちも精神的なダメージを負っている。
いまのところ不正解を出していないのは俺と琥珀さんだけだ。
もっとも、なぜか自分は知得留先生のターゲットにされておらず、琥珀さんは知得留先生に指されないかぎり問題に参加しないためである。
□教室
【知得留】
「―――残ったのは秋葉さんと翡翠さん、琥珀さんと弓塚さん、それネロ造くんと志貴くんですね。全五十題の問題も残り七つ。
先生、正直皆さんを見なおしました。先生の予想ではこの段階でたいていの邪魔、いえ、生徒は退場していると踏んでいたんですよ」
【秋葉】
「ふん、あまり甘くみないでください先生。先ほどからあからさまな依怙贔屓をしているようですが、そんなモノに膝を屈する私たちではありません。残り九問、きっかり答えきって終わりにしてさしあげます。ねえ、そうでしょう翡翠?」
【翡翠】
「はい。遠野くんの解答数はいまだゼロ。わたしと秋葉さま、それと弓塚さんの解答数は五つを超えております。……残り七問では遠野くんの逆転はまずないかと」
「――――――――」
……むむ、翡翠ちゃんも秋葉もきっかり他人の点数を把握していたらしい。
「―――そうだな。
俺がマイナス0のプラス0、
秋葉と翡翠ちゃんがマイナス1のプラス5、
弓塚さんがマイナス1のプラス3、
琥珀さんがマイナス0のプラス2、
ネロ造がマイナス2のプラス15だろ。
いやもう、どう考えても逆転はないだろ」
ノートにチェックしていた点数を読み上げる。
【知得留】
「そうですね。このままではどう足掻いてもネロ造くんがトップです。同じBOSSであるロア助さんは潔く舞台から降りたというのにまだ残っているなんて、大人げないんじゃないですか」
【ネロ】
「生来手が抜けぬ性質でな。だが、二問のマイナスは不本意ではある。知得留教員の出題はいささか客観性が欠けているのではないか」
【知得留】
「ご忠告どうも。それでは四十四問目をネロ造くんに出題しますねっ!
二千八百ページ、黄昏草月で主人公が父親の部屋に足を運んでいますが、この時現れるルームガーダーの出題するクイズの、一般教養の五問目の答えはなんでしょう?」
……うわ。
知得留先生、いくらなんでもそんな絶対分からないな問題を出すのはどうかと―――
【ネロ】
「1323524224だ」
「――――――え?」
「もしくは3323131521。あるいは3414534512」
「あ、あの……? ネロ造くん、それはなんでしょうか?」
「私なりにあの不条理な問題の答えを口にしているのだが。何か問題でも?」
ネロ造は椅子にふんぞり返っている。
「……………」
知得留先生は困った後、教室の後ろに鎮座しているお方に視線を向けた。
「校長先生、判決を」
【久我峰】
「ほっほっほ。まことに惜しいのですが、ネロ造くんの回答は適切ではありません。テレビの前の君、クイズでつまっているのでしたら一応メモにとっておくとよいでしょう」
【ネロ】
「―――ふむ。少しばかりデジタルに走りすぎたか」
潔く席をたつネロ造。
【ネロ】
「さらばだ。年下趣味に文句はないが、あまりにあからさまというのはどうかと思うぞ、教員」
【知得留】
「よ、余計なお世話です! 敗北者はさっさと退場しなさい!」
□教室
チョークを黒鍵ばりに、ひねりを加えて打ち出す先生。
マシンガンのようなチョークをコートの下に吸収しつつ、ネロ造は去っていった。
□教室
【知得留】
「―――さて、気を取り直して次の出題です!
これはそうですね、弓塚さんに出題しましょう。
反転衝動Vで主人公のクラスメイトが吸血鬼になってしまいますね?」
【さつき】
「うっ……はい、してます、けど」
【知得留】
「さて、ここで問題です。この脇役さん、分不相応にも人気投票でヒロインを食うのではないか、などと騒がれました。
そのハンパな人気っぷりから“本編でもヒロインとしてシナリオが用意されているのではないか?”というトンデモネエ噂が立ちましたが、実際の所はどうでしたか?」
……すごい。
知得留先生、まさに弓塚さん用の最終兵器を持ち出してきた。
【さつき】
「…………、りません」
正解を口にしようとして、どうしても口にできない弓塚さん。
当然だろう。なにしろこの問題は彼女自身の存在がかかっているのだ。
【知得留】
「はい? 聞こえませんよ、弓塚さん」
そこへ追い討ちをかける知得留先生。
「くっ―――――――」
悔しげに呻くさっちん。
そして―――
【さつき】
「えーっと、わかりませんっ!」
と、さっちんはプライドを優先した。
【久我峰】
「ほう。回答欄に答えがないのでは減点と見るしかないですなあ」
【さつき】
「いいもんっ! こんな問題で正解なんかとるより、わたしの出番のが大切だもん!」
お。開き直ったぞさっちん。
「先生、質問! 今回ってお祭りディスクなんでしょう!? わたし、どこかの地味な先輩なんかよりずっとヒロインに相応しい悲劇の女の子が主役になるって話を聞いたんですけど、なんで何処にもないんですか!」
あ。そうそう、それは確かに興味深い。
【知得留】
「没ですから」
きっぱり知得留先生は言った。
【さつき】
「え―――ボツって、逆さまにした壺?」
【知得留】
「半端なボケをありがとうございます。ですが、あの脇役のルートはばっさりカットです。今回の趣旨にはそぐわないので闇に葬りました。台本そのものはこのお祭りより先にあがっているそうなので、まあ運が良ければ日の目を見るんじゃないですか? ロトで一等とるぐらいのラッキーですが」
【さつき】
「わー。オトナはウソツキだー」
……というかタイプ○ーンが嘘吐きな訳だけど、楽しみにしていた方ごめんなさい。こっちも断腸の思いだったのです。
【さつき】
「って、納得いかないっ……!ひどいよ校長先生、こんなお馬鹿な閑話を七個も作るならわたしの話を優先してくれたっていいのにぃ……!」
後ろで陣取る校長先生へ駆けよるさっちん。
【久我峰】
「―――――――――」
校長先生は慈悲深い笑みを浮べた後。
【久我峰】
「―――――――没な物は没でしょ!」
と、のたまった。
「うわあ、あんまりだぁー! あんなにげっちゃではリベンジするって言ったのにー!」
泣きながら教室を飛び出していくさっちん。
まさにリベンジ大失敗。
【久我峰】
「ふん、私の閑話でさえ没になったのですから他の者が主役の閑話など許すものですか」
ほっほっほ、と笑う久我峰校長。
一説によると久我峰のご長男が秋葉の許婚という立場を利用して、秋葉と翡翠にイタズラしまくるという愉快話があったとかなかったとか。
【翡翠】
「……弓塚さん、残念ですね」
【秋葉】
「そうね。けど私たちには良かったのかもしれないわよ? なにしろあの娘のルートはまっとうな吸血鬼ものかつボーイミーツガール物で、本当に他のヒロインを食べてしまうかもしれないそうだから。
ほら、とくにそこの地味な――――」
【知得留】
「秋葉さん、くだらないお喋りはやめましょうね。まだ授業中ですよー」
□教室
キィン、と弾丸のように打ち出される白墨。
首をかしげる動作だけで躱す秋葉。
ふふふ、と睨み合う教師と生徒。
……なんかこの二人、今回こんなんばっかりのような気がするなあ。
【久我峰】
「あー、知得留先生。時間もありませんし次の出題にいってくれませんか」
【知得留】
「……はい、それでは次の出題です。
八十一ページ、本編の主人公はある少女のことを思い出していますね?仮にこの“幼年期に遊んだ少女”を主人公の初恋の相手とした場合、この初恋は成就するでしょうか?」
「――――――」
ざ、と教室の空気が重くなる。
秋葉と翡翠ちゃんと琥珀さんはそれぞれを牽制するように観察しあっている。
だが、これは知得留先生の罠だ。
初恋は成就する、なんて美しい話、他の人間はともかくあの校長が認めるとは思えない。
【翡翠】
席を立つ翡翠ちゃん。
「―――――わ、わたしは」
それを承知の上で、
【翡翠】
「その女の子の初恋は、必ず成就するに決まっていますっ!」
翡翠ちゃんは回答した。
【久我峰】
「うがーーーー! それじゃ陵辱がないでしょ!」
校長先生大激怒。
【翡翠】
「…………ちぇっ、がっくり」
大人しく椅子に座る翡翠ちゃん。
【知得留】
「はい、残念でしたね翡翠さん。先生、ちょっと感動してしまいましたが校長先生の決定には逆らえません。翡翠さんはあと一度の間違いで退場です」
【翡翠】
「…………はい、解っています」
【知得留】
「それでは続けて主人公と女の子シリーズから。
わりと潔癖症の主人公の周りには二人のお手伝いさんがいます。料理上手なAさんと掃除上手なBさんです。さて、主人公にお似合いなのはどちらのお手伝いさんでしょう?」
【翡翠】
「――――――――っ」
息を飲む翡翠ちゃん。
答えなければいいものを、彼女は大きく息を吸ってから、
【翡翠】
「わたしは、Bの方がいいです」
と、またも知得留先生の思う壺になってしまった。
【久我峰】
「それはいけませんねえ。主人公は潔癖症なのでしょう? でしたら掃除上手なBより料理上手なAの方が相応しい。お互い足りないものを補うのが夫婦ですからねえ」
【翡翠】
がく、とうなだれる翡翠ちゃん。
こうして教室に残ったのは三名。
俺と秋葉と琥珀さんだ。
□教室
【知得留】
「さて、それでは琥珀さんへの出題です。
主人公のお屋敷で働いている二人の使用人ですが、彼女たちの給料はいったい幾らでしょうか?」
【秋葉】
「な――――」
驚く秋葉。
【琥珀】
「はあ、それは困りましたね。その問題は本編でも明確に語られていない事ですから」
【秋葉】
「当然よ、そんな事兄さんに言えるわけないじゃない。はっきりとした給金はないなんて、それじゃあ私が鬼か悪魔のように思われるもの」
ぶつぶつと呟く秋葉。
【琥珀】
「ですが、問題であるのでしたらお答えします。
秋葉さまには知らされておりませんが、彼女たちのお給金は槙久さまによりすでに振りこまれているのです。彼女たちがお屋敷から離れた時、始めて自由になるお金という事ですね。
金額にして○○○。お二人はお屋敷を辞めた後、どこかでアンティークな喫茶店を開くのです」
「ええーーーーーー!? ○○○も貰えるの二人とも!?」
驚く俺と秋葉と知得留先生。
【琥珀】
「はい。翡翠ちゃんには内緒にしてくださいね」
……うわあ、恐るべし琥珀さん。知得留先生さえ答えを知らない問題をサラッとクリアするなんて。
□教室
【琥珀】
「さ、先生、残り二問ですよ。もうじき放課後ですし、早く終わらせてしまいましょう」
意味ありげな視線を知得留先生に送る琥珀さん。
知得留先生もそれに頷いて、それでは、と黒板に向かい直した。
【知得留】
「一般常識です。何かと大きい方がお得だといわれる昨今ですが、その波は女性の胸囲にも訪れています」
【秋葉】
「―――――――」
ぴくっ、と秋葉の眉が動く。
【知得留】
「さて、それでは成人女性の平均胸囲は73で正しいでしょうか?」
【秋葉】
「そんなもの当然でしょうっ!」
がたんっ、と物凄い勢いで席を立つ秋葉。
「ほうほう。答えてしまいましたね、秋葉さん」
【秋葉】
「あ―――――――」
「それでは校長先生に訊いてみましょう。校長先生、バスト73は平均ですか?」
知得留先生と秋葉の視線が校長に向く。
【久我峰】
「―――――――――」
校長はいつもの顔をした後。
【久我峰】
「――――――――ハッ」
呆れたように視線を逸らした。
【秋葉】
「……久我峰、今のはいったいどういう意味かしら?」
【知得留】
「はいはい、校長先生を脅してもダメですよ秋葉さん。無い物は無い、有る物は有るです。別に秋葉さんの胸囲を話していたわけではないんですから、そんなに過敏に反応しなくてもいいじゃないですか」
くっ、と席に座り直す秋葉。
□教室
さて、次でいよいよオーラスだ。
長かった一日もようやく終わろうとしている。
【知得留】
「―――さて。今まで散々主人公について出題してきましたが、最後は主人公とその妹についての問題です。主人公と妹は兄妹なわけですが、実は血が繋がっていませんでした。
この場合、二人は結婚できるでしょうか?」
【秋葉】
「そんな事論ずるまでもありませんっ! 当然します、いえ出来ます!」
があーっ!と火を吹く勢いで席を立つ秋葉。
【琥珀】
「秋葉さま、それはちょっと……さすがに無理なのではないでしょうか」
「なぜ!? 血が繋がっていないのですから婚姻に問題はないでしょう!?」
【琥珀】
「それがですね、この主人公が、かりに養子だという事実が発覚したとしましょう。ですが主人公は本来の戸籍が全て抹消されているんです。ですから主人公は今の戸籍で生きるしかない訳で、妹さんとの結婚だけはできないのです」
【知得留】
「そうですね、仮に自分が養子だと知っても、この主人公は真面目な人ですから近親での結婚は躊躇うのではないでしょうか」
【秋葉】
「そんなの、兄さんが嫌がったって首に縄をつけてでも式場に連れて行きます……! たとえ誰がなんと言おうと、愛し合う二人の邪魔なんてさせませんっ! それが真実であるのなら、神様だって許してくださる筈です……!」
【琥珀】
「はい、秋葉さまのお気持ちはよく解るのですが、今回正否を決定するのは神さまではなくてですね、」
琥珀さんは教室の後ろを指差す。
そこには――
【久我峰】
「―――法律破っちゃダメでしょっっ!!」
活火山のように猛る校長の姿があった。
□教室
「はい、それでは授業はここまでです」
きりーつ、れーい、とおじぎをする遠野くん。
傍らにいる琥珀さんは邪魔ですが、それも一時の事なのでおっけーとしましょう!
「ごくろさまでした。授業の結果、最も優秀だったのは遠野志貴くんです。志貴くんは明日からA組に編入されますので、まずその前準備として―――」
うふふ、社会科準備室に連れていって根掘り葉掘り質問責めです。
高校生になったばかりですから恋人はいないでしょうけど、つまらない虫がつかないように予防注射をしておかないといけませんから!
【志貴】
「いや、あの、知得留先生」
「はい?なんですか遠野くん」
「回答数は琥珀さんの方が多いですよ。俺、まるで授業に参加してなかったじゃないですか」
そうですね、と頷く琥珀さん。
「いえいえ、琥珀さんは関係ないんです。実は始めから生徒たちの中にも試験官がいましてね、琥珀さんはその試験官なんです。ですから琥珀さんの成績は関係ないんですよ」
「―――――――――」
驚く志貴くん。
……騙されていた、とショックを受ける顔もいいなあ、と思っちゃいました。
【志貴】
「いや、先生。それがですね」
【琥珀】
「わたし、試験官なんて知りませんけど」
志貴くんと琥珀さんは、ほぼ同じタイミングでそんな事を言いました。
「――――――はい?」
と、いう事は、ですね。
「こ、校長、先生……?」
【久我峰】
「ほっほっほ。ですから申し上げたではないですか、一生付いて来られても困りますぞ、と。だいたいですな、何の問題もない遠野志貴くんがQクラスに編入されるとでも思ったのですかな?」
ほっほっほ、とお腹を揺らして笑う水ぶくれ。
「そ、それじゃあ私が受け持つ生徒は遠野くんではなくて」
【琥珀】
「はい、わたしですよ知得留先生」
「くっ―――」
がくり、と倒れそうになる体を支えます。
確かに志貴くんを受け持てなくて残念です。が、新学期は始まったばかりっ!
こうなったらこの出会いをきっかけにして、志貴くんと師弟としての親愛を深めるのみですっ―――!
「と、遠野くん、あのですね―――」
「ねー校長、Q組のテストって終わったー?」
―――と。
なぜか、今回まったく出てこなかった人の声が聞こえてきました。
【志貴】
「あ、アルクェイド先生」
志貴くんの顔が明るくなった。
【アルクェイド】
「やっほー! 試験官ごくろうさま、志貴!」
「ばっ……! やめろって、ここ学校だぞ。あんまりくっつくとマズイってば」
B組担任、英語教師のアルクェイドに抱きつかれる志貴くん。
やめろやめろと言いながら、本人はとても嬉しそうです。
「あ、あ、あ―――――貴方たち、なにを」
【志貴】
「あ、違うんです先生。俺はアルクェイドと知り合いというか、友人というか」
【アルクェイド】
「なによう、あんなコトまでした仲なのにー。校長公認なんだから隠すことないじゃない」
「こ、ここ、校長公認……!?」
【アルクェイド】
「そだよ。そーいうワケで志貴はあたしのだから、これから二人で遊びに行くの。邪魔しないでよね、知得留」
それー、と志貴くんの襟元を引っつかむアルクェイド。
「ばっ、止めろって! ああもう、しょうがない、分かったってば! ―――あ、それじゃあ今日はご苦労様でした知得留先生!」
アルクェイド(同僚。教育実習生時代からのライバル)は人の運命の相手、一目惚れの理想像を連れ去って行ってしまいました。
後に残ったのは、気の毒そうに笑っている琥珀さんと、楽しそうに笑っている水ぶくれ。
【久我峰】
「ほっほっほ。知得留先生はやはり脇役が似合いますなあ」
「ぱんちきっく!」
□教室
ふっとぶ校長。
……ああ、どうせこうするのなら開始二ページめでやっておけば良かったのに!
「……うう、あんまりです。たまに主役かと思ったらこんな話ばっかりで。わたし、やっぱり一番にはなれない星の下に生まれているのでしょうか……?」
がくり、と机につっぷす私。
【琥珀】
「何をおっしゃるんですか。知得留先生は十分魅力的ですよ。その証拠にこんなに沢山の専用立ち絵を作ってもらえてるじゃないですか」
愛されてます、と笑いかけてくれる琥珀さん。
……いいなあ、この娘。
わたし、ヒロインの中でこの娘と一番気が合う気がします。
だって、二回目の人気投票では五位でしたし。
「……ありがとう琥珀さん。あの、一杯付き合ってくれますか?」
【琥珀】
「はい、わたしでよろしければよろこんで」
琥珀さんに慰められてよたよたよた。
□廊下
「―――準備室、行きましょう。あそこに沢山お酒がありますから」
はい、今日はもう自棄酒です。
「わたし、未成年なんですけどね」
「何言ってるんですか。わたしだって身体上で言うなら未成年です」
よたよたと夕暮れの廊下を歩いていく負け組二人。
……うう、今に見ていなさいよあのあーぱー吸血鬼っ!
わたしと琥珀さん、この権謀術数コンビが組めば恐いものなんてないんですからねーー!