新潮文庫
日本むかしばなし集 (三)
[#地から2字上げ]坪田譲治
目 次
キツネとタヌキ
竜宮の馬
ものいうカメ
田野久と大蛇
本取山
酒の泉
コウノトリの恩がえし
和尚さんと小僧さん(一)
和尚さんと小僧さん(二)
和尚さんと小僧さん(三)
和尚さんと小僧さん(四)
天福地福
だんご浄土
正月神さま
矢村の弥助
うそぶくろ
竹の子童子
鳥をのんだおじいさん
フクロウの染物屋
千びきオオカミ
ヒョウタン長者
トラの油
ものを食べない女房
親指太郎
親切なおじいさん
源五郎の天のぼり
松の木の下の老人
犬かいさんとたなばたさん
ヒバリ金貸し
どっこいしょ
浦島太郎
ワラビの恩
ミソサザイ
ヒョウタンとカッパ
唐津かんね
山姥の宝みの
ネズミ経
山の神と子ども
卵は白ナス
ツルとカメ
カワズとヘビ
箕作りと山姥
アラキ王とシドケ王の話
ヤマナシの実
豆子ばなし
鼻かぎ権次
赤いおわん
ツルちょうちん
スズメ孝行
竜宮の娘
オオカミのまゆ毛
仁王とが王
タヌキだまし
サケの大助
タニシ
キノコのお化け
お化け茶釜
舌切りスズメ
だんぶり長者
子どもと鬼
ちいちい小ばかま
花さかじじい
スズメのヒョウタン
絵すがた女房
ノミはくすり
宝げた
サルとカニ
サルとキジ
大木とやよい
灰坊ものがたり
キツネとタヌキ
むかし、むかしです。キツネとタヌキが出会いました。
「どうだい、タヌくん。おたがい|化《ば》けることにかけちゃ、|当《とう》|世《せい》一、二といわれるほどのものだが、しかし、おまえさんと、このおれさまと、どちらがいったい化けじょうずかね。」
キツネが聞きました。すると、タヌキはだまって、じぶんの|胸《むね》のへんをさしました。
「なんだい、それは、きみが一等の化けじょうずというのかい。」
キツネがいうと、
「そうだい。」
タヌキがいいました。そこで、化けくらべということになったのです。そうなると、キツネはぐずぐずしてはいられません。さきへとっととかけて行きました。そして、
「なんでも、タヌキのやつを化け負かして、あのこうまんちき[#「こうまんちき」に傍点]に|恥《はじ》をかかせてやらなけりゃ、むかしから有名なこのおキツネさまの顔にかかわる。」
そう考えました。そのとき、ふと気がつくと、道ばたに小さな|石《せき》|碑《ひ》のようなものが立っていました。そこで、キツネはそのそばに、お|地《じ》|蔵《ぞう》さまになって、ならびました。まもなく、そこへタヌキがやってきました。前から、このタヌキはふしぎなくせがありました。お地蔵さまを見ると、おなかがすいて、おべんとうが食べたくなるのです。で、きょうもそれなんです。
「や、おなかがすいた。おべんとうにするかな。」
タヌキは、|背《せ》|中《なか》に|負《お》うているべんとうをおろし、中からニギリメシをとりだしました。そして、その一つを、まずお地蔵さまにおそなえして、頭をさげました。
「キツネを化け負かすことができますように。」
と、お|祈《いの》りしたのかもしれません。ところが、頭をあげてみると、おやと思いました。今、おそなえしたオムスビが、もうありません。ふしぎだな。してみると、おそなえしなかったのかな。そう思って、またオムスビ一つ、たしかにお地蔵さまの前へおいて、
「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ。」
と、頭をさげて、それからすぐ、その頭をあげたのですが、あれ、もうムスビはありません。
「ふしぎなことだなあ。」
そこで、タヌキは、また一つムスビをお地蔵さまの前におき、
「ナムマイダア。」
いいそうにして、頭をさげるか、さげないかに、もう、ヒョイと頭をおこしました。見ると、お地蔵さまが、半分かじりかけのムスビを|片《かた》|手《て》に持っておられます。
「こらっ。」
タヌキは、こうよんで、お地蔵さまの手をひっぱりました。すると、今までお地蔵さまだったものが、いつのまにか、キツネに変わっていました。
「なあんだ、キツネさん。」
タヌキがそういうと、
「こんどは、おまえの番だよ。」
キツネがそういいました。そこで、タヌキは、しばらく考えていましたが、ムスビのかたきをとってやろうと、
「あすの昼ころ、ここを|殿《との》さまになって通るから、よく見てくれ。」
と、いいました。ところで、そのあくる日です。キツネがそこへ来て待っていますと、向こうから殿さまの|行列《ぎょうれつ》がやって来ました。
「下にい、下にい。」
先ばらいというのが、そうよんでいます。後ろにたくさんのさむらいがつづき、殿さまはかご[#「かご」に傍点]に乗って来るのです。キツネはすっかり感心して、人間に化けるのもわすれて飛びだし、殿さまのかご[#「かご」に傍点]のところへ行っていいました。
「タヌ|公《こう》、タヌ公、おれの負けだ。」
しかし、この殿さまの行列はタヌキが化けたのでなくて、ほんものだったのです。だから、このキツネを見ると、さむらいのひとりが、|棒《ぼう》ではげしく|殴《なぐ》りつけました。
|竜宮《りゅうぐう》の|馬《うま》
|喜《き》|界《かい》ガ|島《しま》は、日本の南の果てのようなところにある島です。むかし、むかし、そこにひとりの|漁師《りょうし》がおりました。ある|晩《ばん》のこと、その漁師が、漁に行きました。ところが、魚がとれるわ、とれるわ、大きい魚、小さい魚、太い魚、細い魚、いろいろな魚が大かごに三ばいもとれました。漁師は大喜びで、このぶんなら、あすの晩は大かご五はいもとれるだろうと、たいまつ[#「たいまつ」に傍点]をたくさん作って、夜になるまでグウグウ、グウグウ|寝《ね》ていました。
夜になると、|潮《しお》のぐあいを見て、それからたいまつをどっさり|背《せ》|負《お》って、|浜《はま》へ出て行きました。ところが、どうでしょう。今まで空が晴れて、星がキラキラ光っていたのに、もう|黒《くろ》|雲《くも》が出てきて、雨がポツポツふりはじめました。風もふきだしてきました。漁師は首をかしげて考えましたが、
「これは、ゆうべ、あんまり魚をとりすぎたので、海の神さまがおこられたのにちがいない。」
そう思われました。そこで、背負っていたたいまつをおろし、
「海の神さま、そうれ、たいまつあげますぞう。きょうのところはお許しください。」
そうよんで、ありったけのたいまつを海へ投げこんでしまいました。そして海の方へ向かって、神さまにおじぎをして帰りかけると、後ろから、
「まった、まった。」
と、いう人があります。ふりむくと、波うちぎわにひとりの男が立っていて、
「わたしは竜宮からの使いです。今はたいまつをたくさんありがとう。海の神さまが大へんお喜びで、竜宮へあなたをおつれして来いと申されました。どうか、いっしょに来てください。」
そういいました。漁師は|困《こま》って、
「竜宮というところは、海の底の遠いところと聞いておりますが。」
と、いいました。すると、その人はいうのです。
「なにが、遠いものですか。この波うちぎわに立って、目をつぶって、波に三度、足を|洗《あら》わせてごらんなさい。もう竜宮へ行っていますよ。」
漁師はふしぎに思いましたが、まあ、ためしにやってみようと、その人のいうとおりにしてみました。と、おや、おや、もう竜宮へ来ていました。
「さきほどは、ありがとう。竜宮はたきものに困っていて、大助かりに助かった。」
そういうのは、竜宮城の|大《おお》|広《ひろ》|間《ま》で、正面にたくさんの家来をひきつれて、いすに|腰《こし》をかけている海の神さまの竜王だったのです。そして漁師の前には、もうごちそうがたくさんにならんでいました。お酒も出ていました。
「どうか、えんりょせずに、おあがりになってください。」
そういうのは、乙姫さまなのでしょうか。竜王とならんで腰をかけている美しい女の人でした。そしてどこからか、かすかに音楽の|音《ね》が聞こえ、|窓《まど》の外のサンゴの林には、にじのような日が上からななめにさし入っていました。タイやカツオや、カレイやタコが、そのサンゴの林の上をゆっくり泳いで通りました。漁師は、
「これはありがとうございます。それではえんりょせずに、いただきます。」
そういって、お酒を|飲《の》み、ごちそうを食べました。すると、なんともいえず楽しくなり、それはそれはうれしい気持になりました。それでも、いつまでもいるわけにいきませんので、
「ごちそうになりました。では、おいとまいたします。」
といって、立ちあがりました。すると、竜王がいいました。
「おみやげには、なにがほしいか。」
漁師はいいました。
「わたしは馬きちがいで、馬が大すきなんです。」
「よろしい。竜宮の馬を一頭あげますぞ。」
そういってから、竜王はいいそえました。
「すぐ新年だから、|元《がん》|日《じつ》の朝、日の出前、波うちぎわへ出て待っておいで。」
「それでは――」
そういって、漁師は竜王にさようならして帰ってきました。
さて、元日の朝です。漁師は暗いうちから浜べへ出て待っておりました。すると、東の空がしらんで、|初《はつ》|日《ひ》の|出《で》の光がサーッと海の上にさして来ました。そのときです。目の前の波をわけて、りっぱな馬がおどり出てきました。馬はうれしそうに漁師のそばに来て、しっぽをふって、顔を近づけました。漁師はその首をパタパタたたいて、
「よく来た。よく来た。おまえはほんとに竜宮の馬だね。」
そういって感心しました。その馬はほんとにりっぱな馬で、見てほめない人はひとりもありませんでした。
それから島一番の名馬となって、その子、その|孫《まご》とたくさんの馬をうみ、長く島の人たちの助けになりました。
ものいうカメ
むかし、むかし、あるところによいおじいさんがありました。
お正月が来るので、もち[#「もち」に傍点]をつきたいと思いましたが、|貧《びん》|乏《ぼう》だったので、もちをつく米がありません。
(でもまあ、きねだけでも作っておこうか。)
そう思って、ある日のこと、|裏《うら》|山《やま》へ出かけました。ちょうど手ごろの木を切って、それできねを作りました。
日暮れまえ、やっと、一本のきねができましたが、考えてみれば米もないのに、なんで年をとったらよいでしょう。それで思わず、
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「もちつくきねは切ったれど、
なんで年をとろうや。」
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と、うたいました。すると、向こうの方で、
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「アワ(粟)んでグツグツ、
米んでグツグツ。」
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と、いうものがあります。へんなことをいうやつがあると思うと、もう一度、
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「もちつくきねは切ったれど、
なんで年をとろうや。」
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と、うたってみました。と、また向こうで、
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「アワんでグツグツ、
米んでグツグツ。」
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というのが、聞こえます。
「へんなことをいってるなあ。いったい、どんなやつだろうか。」
と、そのへんを一生けんめいになって、さがして行きますと、|清《し》|水《みず》のわいている向こうがわに、一ぴきのカメがちょこんとすわって、それが、
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「アワんでグツグツ、
米んでグツグツ。」
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と、いっております。
「はは、こんなやつがいっているのか。」
と、それをつかまえて、村の|庄屋《しょうや》のだんなのところへ持って行きました。
「庄屋さま、庄屋さま、おもしろいものをお目にかけましょう。このカメは、ものいうカメでございます。」
すると、庄屋のだんなが、
「そうか、それでは、ひとついわせてみい。」
と、いいました。
それでおじいさんが、さっそく、
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「もちつくきねは切ったれど、
なんで年をとろうや。」
[#ここで字下げ終わり]
と、やりますと、カメがあとをつけて、
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「アワんでグツグツ、
米んでグツグツ。」
[#ここで字下げ終わり]
と、やりました。
「なるほど、これはめずらしいカメじゃ。」
庄屋のだんなはそういって、おじいさんにおもちをつくお米を、たくさんくれました。
それで、このよいおじいさんはもちをついて、正月を待つことができました。
ところが、となりによくないおじいさんがありました。この話を聞くと、自分もひとつお米をもらって来ようと思い、すぐ|裏《うら》|山《やま》へ行ってうたいました。
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「もちつくきねは切ったれど、
なんで年をとろうや。」
[#ここで字下げ終わり]
と、向こうで、
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「アワんでグツグツ、
米んでグツグツ。」
[#ここで字下げ終わり]
と、いうものがあります。
「うまいうまい。」
と、喜んで、うたってはさがし、うたってはさがしますと、やはり清水のわいてる向こうがわにカメがいて、アワんでグツグツをやっていました。
さっそく、それをつかまえて、庄屋のだんなのところへかけつけました。
「だんな、だんな、わたしも、ものいうカメを持ってきました。」
「そうか。それでは、ひとついわせてみい。」
「はい、はい。もちつくきねは切ったれど――」
よくないおじいさんは、すぐ、このようにやってみました。しかし、カメは、うんともすんともいいません。
それで、何度も「もちつくきねは――」と、くりかえしてみましたが、やはり、何度やってもいいません。しまいには、庄屋が、
「これ、じいさん、早くいわせんか。」
と、おこりました。
「はいはい、もちつくきねは――」
じいさん、|汗《あせ》を流してやりましたが、カメは、やっぱりいいませんでした。
それで、とうとう庄屋のだんなにひどくしかられて、|泣《な》き泣きうちへ帰りました。
|田野久《たのきゅう》と|大《だい》|蛇《じゃ》
むかし、あるところに、田野久という男がおりました。あるとき、山をこして、向こうの村へ行かねばならない用事ができました。ところが、そのとちゅうには、|魔《ま》の山といわれていて、それはそれはたくさんのお|化《ば》けの出る山がありました。田野久は、その日のうちに、山をこしたいと思って、大急ぎで歩いておりました。しかし、とうとう、山の中で日が暮れて、どこかに|泊《と》まらねばならなくなってしまいました。あっちこっちと|寝《ね》|場《ば》|所《しょ》をさがしておりましたら、大きなほら|穴《あな》がありました。さて、その穴にはいりましたが、どうも化けものが出そうで、心配で心配で、ねむることもできません。
夜中になると、どこからか、バサリ、バサリと音がしてきました。そうっと見ていると、大きなヘビが、ズルズル、ズルズルと、首をもたげて、この穴の中にはいってきました。このヘビは、山を通る人をのむので、村の人たちが大へん|困《こま》って、なんとかして|退《たい》|治《じ》しようと、長いあいだ苦心していたヘビなんです。しかし、ヘビはなかなか強くて、どうしても退治できませんでした。
ところで、ヘビは穴の中で田野久を見つけると、
「おまえは、だれだ。」
と、聞きました。
「おれは田野久だ。」
と、こたえると、ヘビは、タヌキと聞きちがえて、
「おまえはタヌキか。おれは人間かと思って、のみに来たんだ。タヌキと聞いては、のむわけにいかん。しかし、おまえは、いったい、この世の中で、なにがいちばんこわいか。」
ヘビが、こうたずねるのですから、ヘビがこわいといわれたかったのかもしれません。しかし田野久は、
「おれがこわいのは金だ。お金がいちばんこわい。」
そういいました。すると、ヘビは、
「おれは、たばこのやに[#「やに」に傍点]が、いちばんこわい。やにほど、こわいものはない。しかし、この大蛇のおれが、やになどこわがっているといっては、はずかしい。だれにも話してはいかんぞ。もし話したら、いくらタヌキでも、さがしだして、ひとのみにのんでしまうぞ。」
|一《ひと》|晩《ばん》じゅう、そんなことを話して、やがてあけがた、ヘビは穴を出て行きました。田野久も村へ帰って、村の人たちに、このことを話しました。そして、村じゅうのたばこのやにを集めて、村の人たちみんなと、大蛇退治に出かけて行きました。大蛇のひそむほら穴を見つけましたので、やにを水にとかして、ザアザア、ザアザアうちかけました。大蛇は苦しがって、長いからだを、くねくね、くねくねのた打ちまわっていましたが、それでも、やっと川の方へ逃げ、とうとうふち[#「ふち」に傍点]の中に逃げこんでしまいました。
村の人たちは、しかたなく、ひきかえしましたが、田野久のほうは、もう生きたここちもありません。ヘビがしかえしに来ると思われたからです。それでその晩は、一晩じゅう、家にこもったまま、おだいもくをとなえておりました。そうすると、夜中ごろ、バシリ、バシリと、ヘビがやって来ました。ヘビは田野久の家の|窓《まど》から、中をのぞきこんで、
「こら、田野久、よくも、おれをだましたな。これはゆうべのかたきうちだ。」
そういって、大きなかごに、お金をいっぱいつめたものを、どさりと、家の中に投げこんで、
「これでも、くらえ。」
と、逃げていきました。
おかげで、田野久は大金持になって、長く安楽に暮らしました。めでたし、めでたし。
|本《もと》|取《とり》|山《やま》
むかしは、いろいろふしぎなことがありました。これはその一つです。
|越中《えっちゅう》の国というのは、富山県のことですが、その|砺《と》|波《なみ》|郡《ぐん》の|山《やま》|奥《おく》に、岩にほれこんだ深いほら|穴《あな》がありました。いくら深いか、奥が知れないというほど深い、ほら穴だったのです。ところが、そのほら穴のある山のふもとに、一つの村がありました。その村の人たちは、いつごろからか、その穴の入口に来て、ぜん[#「ぜん」に傍点]だのわん[#「わん」に傍点]だの、じぶんの家に|入用《にゅうよう》な|道《どう》|具《ぐ》を|貸《か》してもらうしきたりのようなものができていました。たとえば、あすはおまつりだとか、あるいはおよめさんがくる日だとか、いうので、お客さんをたくさんよぶことになったとしますと、まえの|晩《ばん》、そのほら穴の入口に行って、こうたのみます。
「もし、おねがいいたします。わたくしは村の|何《なん》の|何《なに》|某《ぼう》と申します。あすはむすこのよめどり[#「よめどり」に傍点]で、客を三十人よばなくてはなりません。つきましては、ぜん、わん、さら、茶わんの類が、わたくしどもの|家《いえ》では十人まえしかそろいません。まことにおそれいりますが、あとの二十人まえ、どうかひとつ、お貸しになってくださいませ。明朝いただきにあがりますれば、なにぶんともよろしくおねがい申しあげます。」
そして、そのよく朝、穴の入口へ行ってみれば、たのんだとおりに、ちゃーんと、二十人まえ、おぜん、おわん、おさら、お茶わん、そのほか入用なもの一とそろい、そこにおいてあったといいますから、しかしごうぎなものであります。
それで、その何の何某という家では、ぶじによめどりをすますと、その穴から借りた道具をきれいに洗って、また穴の入口へ持っていき、
「ありがとうございました。村の何のなにがしでございます。おかげさまで、むすこのよめどりをぶじにすませました。それでは、|拝借《はいしゃく》のおぜん、おわん、おさらなど二十人まえ|一《いっ》|式《しき》、ここにとりそろえて、おかえしいたします。どうぞ、おしらべのうえ、おしまいになってください。では、ごめんください。」
まず、こんな調子で、礼をいってひきさがったものだそうであります。そうすると、そのぜん、わん、いつのまにかしまいこまれるとみえ、入口からきえてなくなります。そしてまた、いつでも入用のときたのめば、そこへ、そろえてだしてあります。とにかく、むかしはふしぎなことがたくさんありました。
そのおぜん、おわんというのが、ウルシぬりの、とても美しいものだったそうで、|欲《よく》ばりでなくても、なにか、かえすのが|惜《お》しいような気持になりました。そこは思いなおして、みんな、ちゃんとかえしました。しかしかえさなくても、さいそくにくる人もないのですから、借りっぱなしもできたわけです。それで、あるとき、そんなお|百姓《ひゃくしょう》がひとり、村の中で出てきました。ぜん、わん何人まえか、とうとう借りっぱなしてしまったのです。わすれたような顔をして、そのまま使っていました。それでも、そのぜん、わんがきえてなくなるということもなく、なんのさいそくがあるということもなく、まったく使いほうだい、とりほうだいだったので、そこでは喜んで、うまいことをやったつもりでおりました。もうそれきり、ほら穴へたのみにいっても、道具がでなくなったのはいうまでもありません。しかし、その道具をせしめたお百姓、なにかばち[#「ばち」に傍点]でもあたりはしないかと、すこしは心配していましたが、それもなく、しだいにお金持にさえなって行きました。
ところで、そのお百姓、すこしお金ができると、こんどは、子どもがほしくなりました。これで子どもがひとりあれば、いいぶんないのだが――、などと思うようになりました。すると、どうでしょう。まもなく、おかみさんのおなかが大きくなって、かわいい子どもが生まれてきました。やれ、うれしや。うちはもうこれで満足。金もあり、子どももあり、そのうえ、あの美しいぜん、わんまであり、――というぐあいです。
しかし、なにもかもみんなよいということは、なかなかないもので、せっかく生まれたそのかわいい子どもが、五つになっても、六つになっても、立つことができません。立つことができないくらいですから、もとより歩くことはできません。もう立つか、もう歩くか、それでも親心でまちまちしておりますと、|十《とお》になった、秋のことであります。|稲《いね》|刈《か》りがすんで、夫婦は、家の庭でせっせと、もみ[#「もみ」に傍点]をこいでいました。そして、こいだもみを、たわらにつめていたのです。すると、その足の立たない男の子が、家からゾロゾロはいだしてきました。はじめは、そのへんをはいまわり、遊びまわっておりましたが、ちょうどそこにころがしてあった、二|俵《ひょう》のたわらのあいだにはいったと思うと、両方のそのたわらを力にして、子どもが立ちあがりました。
「あっ、子どもが立った。立った、立った。」
と、夫婦は手を打って喜びました。それから、どうするかと、見ていると、どうでしょう。立った子どもは、その両方のたわらをぐっとひきさげました。
「あれえっ。」
夫婦は、まったくおどろきました。それでなおも見ていますと、子どもはそのもみのつまった両手のたわらを、ぐんぐんとひとゆすりして、それから、とっとと|小《こ》ばしりに歩きだしました。
「あれ、あれ、あれ。」
と、ふたりは、あまりのことにびっくりして、ただそのあとをついて行くばかりで、どうしようという考えもでてきません。すると、子どもは|屋《や》|敷《しき》を出て、どんどん山の方へかけていきます。夫婦はそのころになって、それに追いつこうとあせるのですが、なんともふしぎなことに、子どもは足がはやくて、追いつくことができません。やっと、見うしなわないくらいについていくと、だんだん山道をのぼって、いつか、おぜんやおわんを借りた、あのほら穴の中にかけこんでしまいました。父親はやっと、そこまでみとどけ、その入口で|大《おお》|息《いき》をついていました。|一《いっ》|時《とき》して、母親もやってきて、
「どうしよう。どうしよう。」
と、|相《そう》|談《だん》しましたが、なにぶん奥はまっ|暗《くら》で、どうすることもできません。はいっていくなど、おそろしくて、できることではありません。ただ、奥の方をながめて、子どもの名まえをよんで、出てくるのを待つばかりです。そのうち、奥の方で|話声《はなしごえ》が聞こえてきました。よく聞いてみると、
「やっと、米を二俵だけ持ってきた。これでまあ、もとだけはとれたというものだ。」
そういっておりました。それから、このほら穴のある山を本取山というようになりました。
酒の|泉《いずみ》
むかし、|岩泉《いわいずみ》の里に、ひどく|貧《びん》|乏《ぼう》な親子がおりました。子どもが二つのときに、父親が死に、十三になったとき、母親までも死にました。子どもは、たったひとり残ったので、近所のお|百姓《ひゃくしょう》の家にせわになり、馬をひいて|荷《に》|物《もつ》を運ぶしごとをしていました。
ところが、その子が、だんだん日がたつにつれ、たいへんな酒好きになりました。朝晩、馬をひいての行き帰りに、どこで飲むのか、お酒を飲んで、|鼻《はな》|歌《うた》まじりで歩いております。
だんなは、どうもあやしいと思いました。
――自分にないしょで、よその人の荷物をよぶんに運んで、それでお金をもうけているにちがいない。
と、はんだんしたのです。そこで、ある日、だんなが、
「よぶんの荷物はつまないよう、もうすこし馬に気をつけてやりなさい。いかに馬だといっても、命もあり、心もあるものじゃ。だいじにしなくちゃいかん。」
と、しかりました。すると、子どもは、
「おれは十三になるこの年まで、この家のやっかいになって働いてきた。これまで、何年となく、毎日毎日、馬をひいて歩いたが、一日に、お|昼《ひる》のべんとうをもらっていくほかは、一|文《もん》のぜに[#「ぜに」に傍点]も、もらったことはない。おれが酒を飲んだからって、ほかの人のイワシ一ぴき、馬の|背《せ》|中《なか》に乗せて、だちんをもらったことは、さらさらないのだ。」
こういいました。これを聞いただんなは、
「では、おまえは、どこからお金をもうけて、そう毎日、お酒を飲んで|酔《よ》っぱらっているのだ。」
と、追いつめました。すると、子どもは、きっぱりと、
「だんなは、酒というものは、ぜに[#「ぜに」に傍点]だして飲むものと思ってるから、ふしんがるのだ。酒は、山や谷にわいていることもあるのだ。おれは、浜への行き帰りに、そのわいている酒を、ただで飲んで帰ってくるのだ。」
と、いいました。ますますおかしいと思っただんなは、
「そういう酒があるなら、おれをそこへつれてってくれ。もしうそだったら、きょうかぎり、この家から追いだすから、そう思え。」
と、いいわたしました。
そこで、子どもはだんなをつれて、山へはいって行きました。すると、どこからともなく、なんともいえない、いい酒のにおいがしてきます。先にたった子どもが、やがて、立ちどまって、だんなを手まねきします。行ってみますと、岩のあいだから、チョロチョロ、チョロチョロ、泉がわきだしているのです。
「この泉が酒だ。」
と、子どもがいいますので、だんなが両手にうけて飲んでみますと、まったくなんともいいようのない、うまい酒です。だんなは、おどろいて、
「これは、いい酒だ。これは酒の泉だ。おれはここへ酒屋を作って、酒を売りだすことにしよう。」
こういって、大きな|倉《くら》や家をたてならべ、いろいろさまざまの|道《どう》|具《ぐ》を買い集め、大きなかめに、いくつもいくつも、酒をいっぱい入れました。
ところが、どうでしょう。だんながこの酒を飲むと、その酒が、酒でなくなって、みんな水なんです。子どもが飲むと、たちまち、いい酒になるのです。
「これはおれの|宝《たから》ではない。おまえがさずかった宝だ。この店も倉も道具も、みんな、おまえにやろう。ここで酒屋をひらきなさい。」
だんなはこういって、なにもかも、子どもにゆずりました。子どもの酒屋は、ますますはんじょうして、「酒屋長者」とよばれるようになりました。
いまの岩泉という町は、その酒の泉のあったところだということです。
コウノトリの|恩《おん》がえし
あるところに、おかあさんと、むすこと、ふたりおりました。むすこは|孝《こう》|行《こう》な子で、|猟《りょう》をして暮らしをたてておりました。
おおみそかのことです。あすのお正月の用意にと、むすこは大雪の中を、猟に出かけました。
山や森を、あっちへ行き、こっちへ行きしていますと、岩かげにきれいな鳥が一|羽《わ》、わな[#「わな」に傍点]にかかって、バタバタやっておりました。むすこは、それを見ますと、なんとなくかわいそうになって、わなをはずして|逃《に》がしてやりました。おかげで、その日は、なに一つえものがなく、手ぶらで家に帰りました。おかあさんに、その話をしますと、
「いいことをしたのだから、気にすることはないよ。食べるものがないなら、お茶でも飲んで|寝《ね》たらいい。」
おかあさんが、そういっているところへ、表の戸をドンドンとたたく音がしました。むすこが立ちあがって、戸を開けますと、わかい美しい女が、ただひとり立っていました。
「雪にふりこめられて、困っております。どうぞ|今《こん》|晩《ばん》お|泊《と》めください。」
これを聞いて、おかあさんは、
「泊めてあげたいのは、やまやまですが、なにぶんうちは貧乏で、ごらんのとおりのあばらや。それに、今夜は食べるものがなくて、お茶でも飲んで寝ようとしていたところです。」
と、いって、ことわりました。しかし、|娘《むすめ》は、
「食べるものなんぞ、なくてよろしいから、おうちのすみのどこかに、寝かせるだけ寝かせてください。」
と、かさねてたのみました。おかあさんは、気のどくに思って、
「では、どうぞ。」
と、家に入れました。そして、いろり火のそば近くすわらせ、お茶を飲ませ泊めてやりました。
娘は、あくる朝、早くからおきてきて、いろいろ、おかあさんのてつだいをいたしました。そして、いうことには、
「わたしはとうふ[#「とうふ」に傍点]が作れるのです。だから、|豆《まめ》を買ってきてくださいませんか。」
そこで、むすこが町へ行って、豆を買ってきました。娘は、すぐに、その豆を|煮《に》て、とうふを作りましたが、それが、とてもおいしいのです。三人は|相《そう》|談《だん》して、とうふを町へ売りだすことにしました。
町では、おいしいとうふ、おいしいとうふと、大へんなひょうばんになりました。それで、三年もたたぬうちに、倉がたつほどになりました。
おかあさんは、その娘に、むすこのよめになってもらいたいと思って、ある日、そのことを話しました。すると、娘は、
「じつは、わたしは、三年前のおおみそかに、わなにかかって苦しんでいたところを、むすこさんに助けていただいた、あのコウノトリなのです。ご恩をかえしたいと思って、こんにちまで、一生けんめいに働いてきました。これだけお金ができたならば、もうこれからは、おふたりで安楽に暮らせましょう。それでは……」
そういうと、もとの鳥の|姿《すがた》になって、どこともなく山の方へ飛んでいってしまいました。
|和尚《おしょう》さんと小僧さん (一)
ぼたもちの話
むかし、山寺に、たいへんぼたもち[#「ぼたもち」に傍点]のすきな和尚さんがありました。だん家[#「だん家」に傍点]から、やれお|彼《ひ》|岸《がん》だの、やれお|日《ひ》まちだのといって、ぼたもちをお寺に持ってきました。しかし、小僧さんには一つもくれず、和尚さんひとりで、みんな食べてしまいました。小僧さんは食べたくてなりません。ところが、ある日のことです。だん家から、ぼたもちを持ってきました。和尚さんは、ちょうど、これから村へ出かけようとするところでしたが、大急ぎでいくつか食べました。そして残ったぶんを、戸だなにしまい、山をくだっていきました。
あとに残った小僧さん、さあ、ぼたもちがほしくてなりません。見るだけならいいだろうと思って、戸だなを開けて、ぼたもちをのぞきました。すると、なんと、そのうまそうなこと。しかたがない。一つだけつまんでみよう。一つなら、和尚さんにわかりゃしない。そう思って、つい、一つつまんで食べました。そのうまいこと。一つでは、どうしてもすまされません。二つくらいなら、まだ、わかりゃしない。そう思って、二つ目をつまみました。うまいといったら、はじめのより、もっとうまいくらいです。これじゃ、どうして、やめようたって、やめられない。ええっ、三つ目をつまめえっ。それで三つ目を、大口にパクッと食べてしまいました。
こんなありさまで、小僧さんは大ざら[#「ざら」に傍点]にあったぼたもちの山を、一つ残らず、みんな食べてしまいました。食べてしまうと、さあ、たいへんです。どうしたらいいでしょう。和尚さんが帰ってきたら、
「こら、小僧、ここにあったぼたもちどうした。」
そういうにちがいありません。
「へい、わたくしがちょうだいいたしました。」
「ばかっ、だれがおまえに食べろといった。」
「はい、だれもおっしゃいません。わたくしが申しました。」
「なんと、おまえが申した。」
「はい、おまえはかわいそうなやつじゃ。和尚は毎月、ぼたもちを二十も三十も食べている。それなのに、おまえには、半分も、ひとかけらもくれない。ちょうどいま、和尚はるすだ。ネズミがくったことにして、もちをみんなやっつけてしまえ。そう、自分で自分に申しました。」
「ばかやろうっ。」
小僧さんは、こんなことをいってみました。これは、そのころ、お寺でよくあった|問《もん》|答《どう》という話しかたです。ふたりが仏さまのことをいいあって、勝負をきめるやりかたです。これでは、どうも小僧さんのほうが負けそうです。そこで小僧さん、しばらく|腕《うで》をくんで考えました。そのすえ、やっといいことを思いつきました。まず、おさらの上に残っているあんこ[#「あんこ」に傍点]を持って、|本《ほん》|堂《どう》へ行きました。本堂には、木の仏さまや、金の仏さまが立っていました。その|金《かな》|仏《ぶつ》さまのほうの、口のまわりにあんこをぬっておきました。すると、まもなく、和尚さんが帰ってきました。
「小僧、帰ったぞ。」
「はい、おかえりなさい。」
和尚さんは、あんのじょう、すぐ戸だなを開けに行きました。そしてすぐ、ぼたもちのなくなっているのを見つけました。
「小僧、ここにあったぼたもちはどうした。」
「はい、ぼたもちはどうしたか、わたくしはぞんじません。」
「ぞんじませんといっても、一つもなくなっているじゃないか。」
「そうでございますか。それなら、だれかが食べたにちがいありません。」
「だれかが食べたといっても、この寺に人間はおまえひとりじゃないか。ネコやネズミが、この戸だなを開けはしまいし、おまえのほかにだれが食べるか。」
どうも、これはたいへんなことになりました。和尚さんは、顔をまっかにして、近くにあったしんばり|棒《ぼう》をとりあげました。それで小僧さんを打つつもりかもしれません。そこで小僧さんがいいました。
「はい、人間はわたくしだけですが、人間でなくても食べるものは、あります。」
「人間でなくて、じゃ、だれが食べたというのだ。」
「仏さまが食べられました。」
「なにい、仏さまが食べられました。」
「そうです。本堂の金仏さまが、戸だなを開けて、ぼたもちを食べておられました。うそとおもわれますなら、仏さまに聞いてください。」
では――ということになり、和尚さんと小僧さんとは、お寺の本堂へ行きました。行ってみると、一つの金仏が、口にあんこをつけて立っていました。
「和尚さま、この仏さまです。口にあんこがついております。この仏さまが食べられたのです。」
小僧さんがいいました。そこで和尚さんは、その前へ行って、仏さまに聞きました。
「仏さま、仏さま、わたくしのるすのあいだに、戸だなを開けて、あのぼたもちをあがったのは、あなたですか。」
しかし仏さまは、ウンともスンともいわれません。和尚さんはじれったがって、大声を出しました。
「仏さまっ、わたくしのるすちゅう、戸だなを開けて、ぼたもちをくったのは、あんたでしょっ。」
しかし仏さまは、やはりだまったままです。
「仏さまっ――」
和尚さんがいくら大声を出しても、仏さまは返事をしません。いよいよおこった和尚さんは、
「仏さまっ、いくらだまっていても、口のまわりにあんこがついてるじゃないですかっ。」
そういうと、いっしょに、つい、たまりかねたか、もっていたしんばり棒で、金仏の|肩《かた》のあたりをうちました。金仏ですから、クワ――ンと、音がしました。
「あれっ、クワ――ンって、仏さまおっしゃったようだな。」
和尚さんはそういって、もう一つ、こんどは仏さまのお|尻《しり》のあたりを、一つ、強くたたきました。
「クワ――ン。」
「クワンか。なるほどな。仏さまはくわんとおっしゃる。」
そこで和尚さんはいいました。
「小僧、仏さまはクワンといっとられるぞ。」
すると、小僧がいいました。
「和尚さま、仏さまはたたかれてはだめです。水の中に入れられると、ほんとのことをいわれます。」
「そうかな。それじゃ、仏さまに水にはいっていただこう。」
そういって、金仏を、お寺の庭の|泉《せん》|水《すい》に入れました。すると、金仏の足のところに一つ|穴《あな》があいていて、そこから水が、クッタ、クッタと、音を立ててはいりました。これを聞くと、小僧さんがいいました。
「ね、和尚さん、クッタ、クッタ、クッタ、クッタ、仏さまいっておられるでしょう。」
和尚さんと小僧さん(二)
死んでしまう|毒《どく》の話
むかし、山寺に和尚さんと小僧さんがいました。その和尚さん、とてもけちんぼで、だん家[#「だん家」に傍点]からもらう、おいしいもの、一つだって、小僧さんに食べさせてはくれません。みんな、ひとりで食べてしまいます。そのときも、だん家から、おいしい、おいしいあま酒をもらいました。れいにより、和尚さん、小僧さんに|飲《の》ませるのが惜しくてなりません。そこでいいました。
「小僧、小僧、これはな、あま酒というものだが、子どもには毒になるあま酒だ。子どもが飲むと、すぐ死ぬる。そういうあま酒だ。だから、まちがっても、飲むでないぞ。いいか。」
そのあくる日のことです。和尚さんは、村に|法《ほう》|事《じ》があって、出かけていきました。るす番をいいつかった小僧さん、ひとりになると、きのうのあま酒が気になってなりません。
「和尚さんは、毒あま酒だ。子どもが飲むと、すぐ死ぬるなんていったけれども、あれは、いつものように、うそにちがいない。おれに飲ませたくないもので、あんなことをいってるんだ。」
小僧さんは、そう思ったもので、戸だなから、そのあま酒のはいったビンをとりだしました。そして、チョッピリ、おさらにとってなめてみました。いや、そのおいしいことといったら、口の中がとろけてしまいそうです。
「こんなにおいしくては、たったひとなめでやめるわけにはいかない。」
小僧さんはそう思って、もうひとなめ、もうひとなめと、すこしずつすこしずつ飲んでいきました。そして、
「こんどこそ、これでやめよう。」
そう思って、おさらにあま酒をつぐのですが、
「おしまいだから、すこしおおくしよう。」
そんなことを思って、おさらにこぼれるほどついだりするのですが、それでやめるわけにいきません。そして、
「もうすこし、ほんのチョッピリ。」
そう思って、チョッピリ飲むと、
「もうすこし、それこそチョッピリ。ほんとのチョッピリだから、かまやしない。」
そういって、チョッピリ、チョッピリ、とうとう、ビンの中をからにしてしまいました。からになったのがわかったとき、小僧さん、はじめておどろき、はじめて心配になってきました。
「これはしまった。和尚さんが帰ってきたら、どんなにおこり、どんなにわたくしを打つだろう。ちょっとや、そっとでは、すまないぞ。はて、|困《こま》ったことになってきた。どうしたらいいだろう。どうしたら――」
小僧さんは、一生けんめい考えました。そして、
「そうだっ。」
と、いい考えを思いつきました。このお寺には、「|吉備《き び》のほてい[#「ほてい」に傍点]」といわれる|宝物《たからもの》がありました。それは|伊《いん》|部《べ》|焼《やき》という|陶《とう》|器《き》でできている|置《おき》|物《もの》のほていさまだったのです。小僧さんは、それを|床《とこ》の|間《ま》からとりだすと、|座《ざ》|敷《しき》のまえの庭石にたたきつけて、こっぱみじんに打ち割りました。そして、そのそばのえんがわに腰をかけて、
「アーン、アーン。」
と、泣きまねをしていました。すると、そこへ、和尚さんが帰ってきました。
「小僧、帰ったぞ。」
|玄《げん》|関《かん》でいいましたが、小僧さんむかえにもでません。どうしたことかと、奥へ来てみると、アーン、アーン、泣き声がしております。
「どうした。どうした。」
和尚さんは、えんがわへ来て、小僧さんに聞きました。そこで小僧さんがいったそうです。
「和尚さんがでかけられてから、座敷をそうじしていると、置物のほていさまをこわしました。そこで、お寺の宝物をこわしては生きてはおれないと思い、和尚さんが、子どもが食べると死ぬるようにおっしゃった、あのあま酒を飲みました。しかし、飲んでも、飲んでも死ななくて、みんな飲んでしまいました。それでも死なないもので、いま死ぬるか、いま死ぬるかと、死ぬるのを待って、泣いております。」
和尚さんは、このいいぬけにあきれはて、
「ハッハッハッ。」
と、大口を開けて笑いました。そして、
「しかし、ほていを割ったのは|惜《お》しかったな。」
そういったそうであります。
和尚さんと小僧さん(三)
みその父の話
あるところに、|卵《たまご》のすきな和尚さんがいました。よく、卵を|煮《に》たり、|焼《や》いたり、料理したりして食べていました。卵といっても、やはりなまぐさ[#「なまぐさ」に傍点]の一つですから、むかしはお寺で食べるわけにはいかなかったのです。それに、この和尚さん、大のけちんぼでしたから、そんなうまいものは小僧さんに食べさせたくなかったのです。小僧さんのほうでは、そういうものこそ食べたくて、うずうずしていました。
それで、ある日のことです。和尚さんのおぜんの上に、きいろい卵の料理のひとさらが乗っているのを見ると、小僧さん、すかさず、聞いてみました。
「和尚さん、そのおぜんの上のきいろのものは、いったい、なんでございますか。わたくしは、まだ一度も食べたことがございません。」
これを聞くと、和尚さんも、すかさずいいました。
「うん、これはユズみそ[#「みそ」に傍点]というものだ。子どもの食べるものではない。」
もとより小僧さんは、それが卵だということは知っていました。だから、そのあくる日のことです。和尚さんについて、外へ出ると、一羽のニワトリを見つけました。ニワトリは、よその家のへいにとまって|羽《はね》をバタバタたたいて、コッケ、コウコウと鳴いていました。そこで、小僧さん、和尚さんからすこしおくれて、立ちどまり、大声でよびました。
「和尚さま、和尚さま、へいの上で、ユズみそのおやじが鳴いておりますが、いったい、どうしたことなんでしょう。」
これには、和尚さんも弱り、
「いいから、早く来い。おとむらいにおくれるぞ。」
と、しかりつけたと、いうことです。
和尚さんと小僧さん(四)
塩ザケを池へはなす話
むかし、お寺のお坊さんは、なまぐさいものは、いっさい食べないことになっていました。肉や魚は、生きものをころして、その肉を食べるのだから、悪いということになっていたのです。ところが、ある寺の和尚さんが、冬の寒い日に、だん家[#「だん家」に傍点]へ行って、
「年をとったので、こう寒いと、寒さがいっそう身にこたえます。」
そういいました。すると、これを聞いただん家の人が、
「それは和尚さん、塩ザケを食べられるとよろしいですよ。うまいうえに、それこそ、|腹《はら》の底からあたたまってきます。」
そう教えてくれました。和尚さんは、そこで、塩ザケが食べたくてならなくなりました。しかし、塩ザケだって、魚です。なまぐさい魚です。お坊さんが食べるものではありません。どうしようかと考えましたが、こんなときは、小僧を使いに出すがいいと、思いつきました。そこで、
「小僧、小僧。」
と、小僧さんをよび、いいつけました。
「寒くて気のどくだが、町へ行って、塩ザケを一ぴき買ってきてくれないか。くすりにするのだからね。」
小僧さんはこれを聞くと、心の中では、
「和尚さん、うまいことをいってる。くすりもないものだ。」
そう思いましたが、それでも、
「はい、はい。」
と、出かけていきました。買って、お寺へ帰ってみると、和尚さんのところへ、だれかお客さまが来ています。
「お客さまの前へ、この塩ザケを持っていったら、和尚さん、さぞ|困《こま》るだろう。」
と、そう、小僧さんは思いました。しかし、いたずら坊主の小僧さんは、
「そこがおもしろいところだ。ひとつ、和尚さんを困らせてやろう。」
と、さっそく、|座《ざ》|敷《しき》へ出かけました。そして、
「和尚さん、おくすりを買ってまいりました。」
そういって、塩ザケを、和尚さんとお客さんの前へ出しました。和尚さんは弱りました。
そこで、なんといったらいいかと考えましたが、とっさのばあい、いいことばが出ません。そこで、
「なんだ。おくすりといって、そりゃ、魚じゃないか。魚なら、山の池へはなしてやりなさい。」
そういいました。
山の池へはなしたら、塩ザケが生きて泳ぐでしょうか。考えてみてください。
|天《てん》|福《ぶく》|地《ち》|福《ぶく》
むかし、正直なお|百姓《ひゃくしょう》がいました。向こうの山をながめていると、その山のふもとのところから、|煙《けむり》が三すじ、うすく立ちのぼっております。
「はて、ふしぎなことだ。」
と、お百姓はそこへ行ってみましたが、そばに行ってみると、煙は見えません。それが遠くはなれてみると、たしかに三すじ立っております。
「どうもふしぎだ。」
そこで、お百姓さんは、ある日、くわ[#「くわ」に傍点]を持ってって、煙の出てるところを掘ってみました。下にきっと、なにかあるにちがいない。そう思ったからです。一|尺《しゃく》(約三〇センチ)、二尺、三尺と掘っていくと、五尺目にくわのさきがカチリと、固いものにあたりました。手でさわってみると、かめ[#「かめ」に傍点]のようです。ふたが固くしてあります。力を入れて、そのふたをとったところ、お百姓さんはびっくりしました。
だって、その下に、かめの中にピカッと、光りかがやく|大《おお》|判《ばん》|小《こ》|判《ばん》。|金《きん》のお|金《かね》がいっぱいはいっていたからです。
さて、どうしましょう。
どうしましょうって、それは天の神さまからさずかったものです。とってくればいいのですが、正直者のお百姓さんは考えました。じつは、ゆうべ、|夢《ゆめ》を見たのです。空から、大判小判がふってくる夢を見たのです。
それが、今は地から大判小判が出てきたわけです。夢とちがうのです。そうすると、これは天の神さまがくださったものではないかもしれません。とすると、いただくわけにいきません。|欲《よく》のない正直なお百姓さんですから、
「そうだ。そうだ。」
と、ひとりでがってんして、大急ぎでかめを土でうずめました。もとのとおりにして、家へ帰ってきました。帰ってくると、となりの、やはりお百姓のおじいさんに話しました。
「となりのおじいさん、向こうの山をごらんなさい。煙がかすかに三本のぼっておるところがあるでしょう。」
「なるほど、そういえば、かすかにのぼっとる。」
「うん、あそこを、きょう掘ったらな。大判小判がいっぱいの、かめがうまっていた。」
「フーン、それで、それどうした。」
「また、もとのとおり、うめてきてしまった。」
「なぜ、なぜそんなことをした。|惜《お》しいじゃないか。」
「それが、それ、おれはゆうべ、天から福をさずかる夢を見たのじゃ。それが、きょうのは地からさずかることになる。夢とちがうから、これはおれのさずかる福でないと思って、もとどおりにうめてきてしまった。」
「惜しいことをしたなあ。」
欲の深いとなりのおじいさんは、何度もそういって惜しがりました。そのすえ、
「よしっ。それじゃ、その福、おれがさずかろう。おれは、どっちの夢も見ていないから、どっちからさずかってもいいわけだ。」
そんなかってなことをいって、くわをかついで、出かけました。
ところで、そのとなりのおじいさんが、山で煙の出ているところを、どんどん、どんどん掘っていったところ、話のとおり、一つのかめを掘りあてました。
「さあ、でたぞ。大判小判いっぱいのかめだ。」
おじいさんはそれをだきあげ、|穴《あな》の外へ運びだしました。そこで、いよいよふたをとってみて、びっくりしました。
なんと、それが中味が、ヘビやカエルやナメクジや、さわるもきたない虫ケラばかりです。おじいさんは、|腹《はら》を立てました。
「あいつ、正直者のくせに、こんなにうそをいって、おれをだましやがった。ようし、おぼえておれ。」
となりのおじいさんは、そんなひとりごとをいって、とにかく、そのかめをかかえて、家へ帰ってきました。
そして、その晩のことです。となりの正直おじいさんの家の屋根の上へ、そのヘビのかめをかかえてあがりました。そこで屋根に穴をあけ、そこからヘビやカエルやナメクジを、ドシャドシャ、下へ投げこみました。
「さあ、正直じいさん、天から福がふってきたぞ。」
正直じいさんは、この声を聞いて、屋根|裏《うら》のほうをみあげました。すると、ほんとうに、そこからピカピカの大判小判がふって、家じゅうにちらばりました。
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
正直じいさんは、そういって、天からさずかった福に、頭をさげてお礼をいいました。
だんご|浄土《じょうど》
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。春のお|彼《ひ》|岸《がん》のこと、彼岸だんごというのをこしらえておりました。ところが、一つのだんごが、庭に落ちて、土の上をコロコロころがっていきました。
おどろいたおじいさんが、そのあとを追っかけていきますと、生きているようにころがって、なかなかつかまりません。それで、
「だんご、だんご、どこまでころぶ。」
と、おじいさんがいいました。
そうすると、そのだんごは、
「お|地《じ》|蔵《ぞう》さんの|穴《あな》までころぶ。」
そういって、とうとう一つの穴の中にころげこんでしまいました。すると穴の底は広くて、そこにお地蔵さんが立っていました。そのお地蔵さんの前で、おじいさんは、やっとだんごをつかまえました。
「やれやれ、やっとつかまえた。」
そういって、おじいさんは、そのだんごを目の前に持ってきてみましたが、べつに変っただんごでもありません。それで土のついていないところを割って、お地蔵さんにおそなえしました。そして、
「お地蔵さん、半分ですみませんが、だんごをあがってください。」
そういって、残った、土のついたほうは、自分で食べました。それからお地蔵さんにおじぎをして、帰ろうといたしますと、
「じいさん、じいさん。」
と、お地蔵さんによびとめられました。
「おれのひざの上にあがりなさい。」
お地蔵さんはいうのです。
「どういたしまして、お地蔵さん、それは、もったいなくて、あがれません。」
おじいさんがいいました。
「よいから、よいから、えんりょせずにあがりなさい。」
お地蔵さんに強くいわれて、おじいさんはなんのことかわからず、
「はい、はい、さようでございますか。それではごめんくださいませ。」
そういって、こわごわひざにあがりました。すると、お地蔵さんが、
「こんどは|肩《かた》にあがりなさい。」
と、いいました。
これを聞いて、おじいさんは、もう、びっくりしてしまいました。
「なにをおっしゃいます。お地蔵さん。ここまでやっとあがりましたのに――」
そういいますと、
「いやいや、えんりょはあとでよい。とにもかくにもあがりなさい。」
またお地蔵さんにせきたてられ、おじいさんはそろそろ肩に登りました。
すると、また、お地蔵さんは、
「それから頭に登っていくんだ。」
と、いうのでした。
「へ、へ、どうして、お地蔵さんはむりなことをおっしゃいます。おそれおおくて、もうこのうえは。」
おじいさんは、またまた、えんりょをいたしました。しかし、お地蔵さんがどうしても聞きませんので、それではと、思いきってお地蔵さんの頭の上に登りました。
すると、お地蔵さんは一本のおうぎ[#「おうぎ」に傍点]をだして、
「今夜、ここに|鬼《おに》がきて、|酒《さか》|盛《も》りをはじめるからな。よいころを見はからって、このおうぎをたたいて、ニワトリの|鳴《な》くまねをしなさい。」
そう教えてくれました。
すると、それからしばらくして、ゾロゾロガヤガヤと、たくさんの鬼どもがやってきました。そして、|車座《くるまざ》にならんで、酒を飲みました。
|酔《よ》うと、すぐ、大さわぎをはじめました。そこでよいかげんのころを見はからって、おじいさんは、お地蔵さんに教えられたとおり、バタバタとおうぎをたたきました。これはニワトリが|羽《はね》を打つまねなのです。それから、
「コッケコーコー。」
と、やりました。これを聞くと、鬼どもは、
「それ、もう夜があける。」
と、大あわてにあわてて、そこへ持ってきていたお金や、|宝物《たからもの》や、お酒や、ごちそうや、みんなすてておいて、逃げていってしまいました。おじいさんは、そのありさまをながめながら、お地蔵さんの頭の上で、あっけにとられておりました。
すると、お地蔵さんが、
「そら、じいさん、鬼の残していったお金や、お宝や、お酒や、ごちそうは、みんなおまえにあげるから、えんりょなしに、持っていきなさい。」
そういうのでありました。
「はい、はい。」
そうはいったものの、おじいさんはおそろしかったり、えんりょだったりして、大いそぎで、頭の上からおりたまま、そこに立って、もじもじしておりました。すると、お地蔵さんが、また、心配ない、持っていけ、持っていけと、強くいうものですから、
「それでは、あいすみませんが、いただいてまいります。」
そういって、お金やお宝物など、たくさん持って帰ってきました。
もう朝になっていましたが、家ではおばあさんが、ころがっただんごを追っかけていって、いつまでも帰らないおじいさんを心配して待っていました。そこへ、そんなおみやげを持って帰ってきたものですから、まあまあと、びっくりするやら喜ぶやら、ふたりは、それを|座《ざ》|敷《しき》にひろげてながめていました。ところが、そこへちょうど、となりのおばあさんが遊びにきました。そして、そのふたりがひろげているものをみて、おどろきました。
「まあ、どこから、そんなにたくさんのお宝を、もうけてきたのです。」
となりのおばあさんはいうのです。それで、おじいさんは、きのうからあったことを、そっくり話しました。
すると、となりのおばあさんは、
「それでは、うちのおじいさんも地蔵さんの穴へやりましょう。」
そういって、いそいで家にかえり、おじいさんといっしょに、だんごを作りました。そして、一つを、
「それ、ころべい。」
と、庭に落としてやりました。しかし、ちっともころばないので、そのおじいさんは、だんごを足でけって、むりやり穴の中にけこみました。それから自分も、のこのことはいっていきました。
お地蔵さんの前へ行って、みるとだんごが土まみれになってころがっていました。きれいなところを自分で食べ、土のところを、お地蔵さんにそなえました。そうして、なんともいわないのに、さっさと、お地蔵さんの頭のてっぺんに登り、だまっておうぎ[#「おうぎ」に傍点]をとって、待っていました。
|鬼《おに》はやっぱりやってきて、酒盛りをはじめました。そこでころあいを見て、パタパタとおうぎをたたき、コッケコーコーとやりました。鬼どもは、いやに夜あけが早いなあ、などといいながら、あわてて逃げていきました。
しかし、そのとき、一ぴきの小鬼が、いろりのかぎに鼻をひっかけ、
「やあれまちろや鬼どもら、
かぎさ鼻あ、ひっかけた。」
と、わめいたので、おじいさんは、思わず、くすくすと、笑いました。
これを聞くと、鬼どもは、それ人間の声がしたと、ほうぼうさがしまわって、とうとうお地蔵さんの頭の上の、となりのおじいさんを見つけだしてしまいました。そして、そこからおじいさんをひきずりおろし、とてもひどいめにあわせました。
鬼が残していく宝物を拾うかわりに、やっとじぶんの命を拾って、帰ってきました。あんまり人まねをするものではないというお話であります。
正月神さま
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとがありました。
お正月の二十五日のことです。神さまが、おじいさんとおばあさんのところへやってこられました。それが、こられたもこられた、お正月の神さまが、七人もやってこられたのです。おじいさんもおばあさんも、これには、びっくりしてしまいました。家は貧乏だし、どうおもてなししていいかわかりません。
外は雨がザアザアふっておりました。
「まあ、神さま、よくおいでくださいました。この雨のふるなかを、大へんでございました。」
おじいさんが、こう、ごあいさつしました。すると、神さまのもうされることには、
「雨がはげしいので、かさ[#「かさ」に傍点]を借りによったんだ。なにかこう、かさのようなものはないだろうか。」
おじいさんとおばあさんは、
「へい、へい。」
と、|返《へん》|事《じ》をして、家じゅうをさがしました。そうして、やっと、みの[#「みの」に傍点]とかさ[#「かさ」に傍点]を四人まえだけ見つけました。それで、そのみのとかさを、四人の神さまに、お着せいたしました。しかし、残りの三人の神さまには、なにもお着せすることができません。
|困《こま》ってしまったおじいさん、おばあさんは、また、一生けんめい、家じゅうをさがして、やっと雨がさを二本みつけました。そこで、
「神さま、ほんとにおそまつでございますが……」
そういって、ふたりの神さまに、それをさしかけました。しかし、あとひとりの神さまは、かさがなくて、ザアザアふる雨のなかを、ぬれねずみになって立っておられます。
そこでまた、あっちこっちさがしたすえ、いつもおじいさんが使っている、そまつなかっぱ[#「かっぱ」に傍点]を見つけだしました。
「ありました、ありました。」
おじいさんはそういって、そのそまつなかっぱを、ずぶぬれの神さまに着せてあげました。そうすると、七人のお正月の神さまは、
「ありがとう、ありがとう。大へんやっかいになったね。」
と、おっしゃって、にこにこと、雨の中へ出ていかれました。おじいさんとおばあさんは、
「お気をつけていらっしゃいませ。」
と、そういいながら、何度も何度もおじぎをして、神さまをおみおくりしました。
「きょうはよかったね、きょうはよかったね。」
と、ふたりでいいあっているうちに、やがて晩になりました。その日はそれで|寝《ね》ましたが、べつに変わったこともありません。そのあくる日も変わったことはなく、それから春、夏、秋、冬と|月《つき》|日《ひ》がたって、やがてまたおおみそか[#「おおみそか」に傍点]になりました。
そのおおみそかの晩に、おじいさんとおばあさんが、
「やっぱりうちは貧乏だから、年こしの用意もできぬ。困ったものだ。」
と、話しあっていますと、門のところで、なんだかガヤガヤ話声が聞こえました。すると、また、七人のお正月の神さまが、はいってこられました。
「じじよ、ばばよ、また来たよ。しかし、こんどは、おまえたちにやっかいになった|恩《おん》がえしに、福徳をさずけに来たのだぞ。」
そう、ひとりの神さまが、おっしゃいました。
「じじよ、ばばよ、おまえたちは、なにがほしいか。ほしいものがあれば、なんでもいえ。」
もうひとりの神さまが、そうおっしゃいました。おじいさんは、
「はい、ありがとうございます。それでは、えんりょなく申しあげます。わたくしたちの家は、こんなに貧乏でございますので、お金とお米がほしゅうございます。」
と、おねがいしました。すると、七人の神さまは|相《そう》|談《だん》されて、うちで[#「うちで」に傍点]の小づち[#「小づち」に傍点]というのを、おじいさんとおばあさんに、さずけました。そして、
「このつち[#「つち」に傍点]でうてば、なんでもすきなものが出せるのだぞ。」
と、おっしゃいました。やがて神さまたちは、ドヤドヤ出ていかれました。しかし、あとに、ひとりの神さまだけが、残られました。それは、おじいさんが、あのときおしまいに、自分のかっぱをさしあげた神さまでした。
「じじよ、ばばよ、まだほしいものがあるのではないか。えんりょなくいうがよいぞ。」
そう、その神さまが申されました。
「はい、ありがとうございます。それなれば、どうぞ、子どもをひとりおさずけくださいませ。」
おじいさんとおばあさんが、そう、おねがいしますと、
「では、あすの朝、夜があけると、ふたりで向かいあって、おはようございます、とあいさつしなさい。すると、ふたりは見るまにわかくなって、十七、八の若者になる。そうすれば、子どものひとりやふたり、すぐ生まれてくる。では、しあわせに暮らしなさい。」
そういって、神さまは出ていかれました。
あくる朝、おじいさんとおばあさんは、おきあがると、神さまに教えられたとおり、ふたり向かいあって、
「おはようございます。」
と、あいさつをかわしました。すると、ふしぎなことに、ふたりとも、十七、八の若者になっておりました。そうして、神さまがおっしゃったとおり、まもなく、かわいい子どもが生まれました。
ふたりは、お米もあり、お金もでき、子どももうまれましたので、それからすえながく、安楽に暮らしました。めでたし、めでたし。
|矢《や》|村《むら》の|弥《や》|助《すけ》
むかし、むかし、|信州《しんしゅう》(いまの長野県)の矢村というところに、弥助というお|百姓《ひゃくしょう》がありました。年はまだわかかったのですが、正直で、働き者で、そのうえに、親孝行だったのです。ある年の暮れです。お正月のしたくをしなけりゃならないと、すこしのお金をさいふに入れて、町の方へ出かけました。たんぼのそばを通り、畑のわきを通り、林の中なんかも通って、草原へかかると、バタバタ、鳥のはばたく音が聞こえました。
「はてな。」
音のする、草の中をのぞいてみると、一|羽《わ》のヤマドリがわな[#「わな」に傍点]にかかって、バタバタもがいておりました。
「かわいそうに。これはひとつ助けてやらなくちゃ。」
弥助は、そう考え、
「どれ、どれ、助けてやるぞ。助けてやるぞ。しずかにしとれ。しずかにしとれ。」
そんなことをいって、バタバタあばれている、そのヤマドリをしずめ、わなの糸をゆるめてやりました。ヤマドリはうれしそうに、|一《いっ》|気《き》に飛んで、山のかなたに逃げていきました。弥助は、ヤマドリは逃がしたものの、考えてみると、このわなをかけた人にすまないような気がしてきました。
「ヤマドリがとれると、楽しみにしているだろうに、おれ、その人にすまないことしてしまったな。」
そう、ひとりごとをいうと、ちょうど、手にもっていた、ぜに[#「ぜに」に傍点]に気がつきました。|穴《あな》のあいてる一|文《もん》|銭《せん》を、いくつかわらしべ[#「わらしべ」に傍点]にとおしていたのです。
「しかたがないや。ヤマドリもかわいそうだしな。じゃ、このぜにでも、ここにはさんでおくことにするか。」
そういうと、弥助は、そのわなに、ひとさしのぜにをはさんで、その草の中から歩きだしました。しかし、もうぜにがなくなったので、町へいって、お正月のものを買うというわけにはいきません。それで、くるりとむきをかえて、家へもどってきました。そして、
「おかあさん、もどってきたよ。」
そういって、ヤマドリを助けた話をしました。おかあさんも、心のやさしい人でしたから、
「それはいいことをしました。お正月のしたくなんかなにがいるものか。」
そういって、弥助のやったことをほめました。
ところが、お正月のことです。見たこともない、|娘《むすめ》さんがひとり、弥助の家をたずねてきました。そして、
「わたくしは、旅の者です。雪にふられて、たいへん、|難《なん》|儀《ぎ》をしております。なんでもいたしますから、春になるまで、おうちで働かせてくださいませんか。」
こんなことをいいました。おかあさんは、弥助と|相《そう》|談《だん》して、その娘をおいてやることにしました。その娘はきれいで、やさしく、それに、おかあさんにかわって、たいへん|忠実《ちゅうじつ》に、家の用事をしました。年よりのおかあさんはそれでとても助かり、|一《ひと》|月《つき》もたたないうち、すっかり気に入りました。
「こういう娘を、弥助のおよめさんにほしいと思っていたところだ。」
そう思うようになりました。それで、弥助にも話して、娘にいってみました。
「娘さん、娘さん、聞けば、あんたはおとうさんもなく、おかあさんもなく、身よりの人がひとりもないということだが、どうだろう。うちの弥助のおよめさんにはなってくださるまいか。」
すると、娘も、
「そうしていただけたら、わたくしもどんなにうれしいかわかりません。」
そういうのです。それで、娘は、弥助のおよめさんになり、そこで、三人しあわせに何年か暮らしました。
ところが、その矢村の西にそびえる|有《あり》|明《あけ》|山《やま》という大きな山に、|鬼《おに》がきて住むようになりました。いろいろ悪いことをするもので、それが京の|天皇《てんのう》にまで聞こえました。それで、|田村将軍《たむらしょうぐん》という、えらい将軍が、その鬼|退《たい》|治《じ》に、京からさしむけられてきました。田村将軍は、そのとき、矢村の弥助のうわさを聞きました。弥助が、このへん第一の|弓《ゆみ》のじょうず[#「じょうず」に傍点]というのです。それではと、弥助は、その鬼退治に、田村将軍のおともをせよということになりました。
いよいよ、弥助が鬼退治にいく日が近くなったとき、弥助のおよめさんが、弥助をへやによんで、そっと話しました。
「有明山へ、あなたがいく日も、いよいよ近くなりました。しかし、あそこにいる鬼は、ギシキという鬼で、いかにあなたが弓のじょうずでも、ふつうの矢では、これを|射《い》たおすことはできません。とくべつの矢がいるのです。その矢というのは、十三のふし[#「ふし」に傍点]のある、ヤマドリの|尾《お》|羽《ばね》をつけた矢なのです。その矢で射れば、一矢で、鬼をたおすことができます。ところが、その十三ふしあるヤマドリの尾羽というのが、なかなか手にはいるものではありません。そうはいっても、あなたにとって、こんどのことは、|一生一代《いっしょういちだい》の|大《だい》|事《じ》ですから、わたくしが、その羽をさしあげます。じつはわたくしは、何年か前の年の暮れ、あの林のそばの草原で、わなにかかっていたヤマドリであります。あなたに命を助けられた、その|恩《おん》がえしに、こうして長いあいだ、人間のおよめになっておりました。それでは、これが、ご恩のかえしじまいです。有明山で、てがらをたてて、おかあさんとしあわせにお暮らしください。」
およめさんは、そういうと、|涙《なみだ》を流して|泣《な》きました。それから、やがてヤマドリになって、バタバタ飛びたって、山の方へ、高い|空《そら》へきえていきました。あとには、りっぱな、十三ふし[#「ふし」に傍点]あるヤマドリの尾羽が残してありました。
その尾羽を使って、弥助は、一本の矢をつくり、有明山の鬼を退治しました。そして、田村将軍から、大へんほうびをもらいました。
そんなに大てがらをたてた弥助の名まえは、そののちも長いあいだ信州の|山《やま》|奥《おく》に残っていました。
うそぶくろ
むかし、むかし、うそつきの名人がいました。名まえを、うそ五郎といいました。
あるとき、|殿《との》さまが、うそ五郎をよんで、
「おまえはうそをつくのがじょうずだそうだが、わしをうまくだませるか。どうじゃ。うまくだませたら、なんでものぞみのものをつかわすぞ。」
と、いいました。うそ五郎は、かしこまって、
「はい、殿さま、ありがとうございます。ところが、わたくし、うかつにも、きょうはうそぶくろを家にわすれてまいりました。小だんす[#「だんす」に傍点]の上にありますから、どうか、ご|家来衆《けらいしゅう》をおつかわしになって、とってきていただきとうございます。」
と、たのみました。殿さまは、
「よし、よし。」
と、いって、家来を、うそ五郎の家にとりにはしらせました。家来がいってみますと、うそ五郎の家では、
「そのようなもの、なにがありましょう。みんな、うそ五郎のうそでございます。」
そういいました。
殿さまも、さいしょから、だまされたわけでした。
竹の子|童《どう》|子《じ》
むかし、|三《さん》|吉《きち》というおけやの小僧がいたそうです。
ある日のこと、|裏《うら》の竹山でおけ[#「おけ」に傍点]のたが[#「たが」に傍点]にする竹を切っておりました。すると、どこかで、
「小僧、小僧。」
と、よぶものがあります。
「たれだ。たれだい。」
と、いいますと、
「ここだ。ここだい。三ちゃん、ここだよ。」
と、その声がいいます。三吉はそのへんを見まわし、そこか、ここかとさがしましたが、たれもいません。
「ふしぎだなあ。」
と、首をかたむけていますと、
「竹の中だよ。この竹の中だよ。」
と、一本の竹をサワサワゆするものがあります。そこで、三吉は、大急ぎで、その竹をのこぎり[#「のこぎり」に傍点]で、ゴシゴシゴシゴシひきました。ひきたおしたところが、その竹の中から、小さな子どもが手を出し、頭を出して、やがてすっかり出てきました。五|寸《すん》(約一五センチ)ばかりの人間です。それでも、ちゃんと、そこに立って、
「三ちゃん、ありがとう。」
あたりまえの人間の声でいいました。三吉はいよいよびっくりして、どういっていいか、しばらくわからないほどでした。それでも、
「どうして、竹の中なんかにはいっていたのです。」
やっと、そういうと、
「悪い竹の子につかまって、竹の中に入れられてしまったんだ。」
その竹の子どもはいいました。
「しかし、おれが三吉だということ、どうしてわかったんですか。」
三吉がいうと、
「からだは小さくても、世界のことはなんでも知ってるんだ。三吉なんか、生まれない先から知ってるぞう。」
こういったのには、また三吉はびっくりしました。そこで、
「あんたの名は、なんというんです。」
と、聞きますと、
「竹の子童子。」
「では、あんたの年は。」
「千二百三十四歳。」
「へーえ、それで、これから、どこへ行くんですか。」
「天へ帰る。」
「もうすぐ帰るんですか。」
「いや、三ちゃんには|恩《おん》になったから、その恩をかえさないでは、天に帰っても、天の神さまにしかられる。」
「それで、おれに恩をかえすといって、どんなことをしてかえすんですか。」
三吉が聞きました。
「それは、三ちゃんのすきなこと、七つまでかなえてやる。」
竹の子童子はいいました。三吉は大喜びしたのですが、それでもいちおう聞いてみました。
「竹の子さん、それほんとうなんでしょうね。うそじゃないでしょうね。」
「ほんとうとも。うそどころか。」
これを聞くと、三吉は目をつぶって、口の中で、
「竹の子、竹の子、さむらいにしておくれ。」
と、三度いってみました。すると、どうでしょう。目をあけてみたら、もうさむらいになって、刀を|腰《こし》にさしていました。
「竹の子さん、ありがとう、ありがとう。」
三吉は礼をいって、すぐもう|武者修業《むしゃしゅぎょう》に|出立《しゅったつ》しました。
あまりうれしかったもので、
「あと六つ、すきなものをいいなさい。」
竹の子童子にいわれても、
「もういいです。これでいいです。」
と、どんどん行ってしまいました。それで、童子はしかたなく、天人になって、空へのぼっていきました。
鳥をのんだおじいさん
むかし、あるところにおじいさんがふたりおりました。ひとりはよいおじいさんで、ひとりは悪いおじいさんでした。よいおじいさんはそれは働き者で、みんなにすかれ、ほめられていました。きょうもくわ[#「くわ」に傍点]をかついで、山の畑へ畑を打ちにでかけました。ひとしごとをして、
「やれ、やれ、つかれました。」
と、木の切り|株《かぶ》に|腰《こし》をおろし、スッパ、スッパとたばこ[#「たばこ」に傍点]をすいました。と、そのとき、どこからか、
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「アヤちゅうちゅう、コヤちゅうちゅう、
|錦《にしき》さらさら五|葉《よう》の|松《まつ》、
食べてもうせば、びびらびーん。」
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という声が聞こえてきました。なんのことだかわかりませんが、しかしそれは、鳥の|鳴《な》き声だったのです。だから、わけはわからなくても、音楽のように美しく、聞いていても、うっとりするほどでした。それでおじいさん、
「どんな鳥かしらないが、ハンの木にとまって鳴かないかな。」
と、思いました。すると、その鳥はハタハタと飛んできて、ハンの木の|枝《えだ》にとまって、
「アヤちゅうちゅうちゅう。」
と、やりはじめました。おじいさんは感心しましたが、ハンの木の枝は遠くて、その鳥の|姿《すがた》が見えません。それで、ちょうど目の前に立てていたくわ[#「くわ」に傍点]の|柄《え》をながめながら、
「ここへきて、ここにとまって鳴いてくれるといいんだがな――」
そんなことを思いました。と、もう鳥はハタハタ飛んできて、そのくわの柄にとまって、
「アヤちゅうちゅうちゅう。」
と、鳴きはじめました。おじいさんは、もう、すっかり感心して、どこから、こんなよい声がでるんだろうな。そんなことを思いながら、美しい、小さな鳥を、右から左から、首をかたむけてながめました。そのすえ、おじいさんは、いたずら気を出して、
「こんどは、おれのこの|舌《した》の先にとまって、アヤちゅうちゅうと、やってみせないかなあ。」
そういって、口先にちょっと、舌をのぞかせました。すると、もう鳥はその舌先にとまって、
「アヤちゅうちゅう。」
と、うたいだしました。ところが、そのときです。おじいさんは舌を出しているのにくたびれて、つい、大口をあけて、舌をひっこめてしまいました。と、そのひょうしに、なんと鳥が、おじいさんののどをくぐって、おなかの中へはいっていってしまいました。
「ありゃ、りゃ、これはすまんことをしましたわい。」
おじいさんはあわてて、鳥を外へはきだそうとしました。|腹《はら》をもんだり、腹をたたいたりするのですが、鳥は出そうにありません。出そうで出ないどころか、中から鳥のよぶ声がしております。
「おじいさん、おじいさん。」
鳥が、そういっております。
「なんだ。なんだ。」
と、おじいさんがいいますと、
「おじいさん、心配はいらないです。」
鳥は、そういうのです。そして、
「これからすぐ|街《かい》|道《どう》へお行きなさい。いったら、そこのサクラの木にお登りなさい。まもなく|殿《との》さまの|行列《ぎょうれつ》がやってくるのです。来たら、腹をポンポン、二つおたたきなさい。わたしが、アヤちゅうちゅうとうたってあげます。殿さまが、おまえはだれだというでしょう。そのときは、わたしは日本一の歌うたいと、おいいなさい。きっと、ごほうびをたくさんくださるでしょう。」
こうもいうのです。おじいさんは、
「フーン、なるほど、そうかあ。」
そういって、聞いておりましたが、
「じゃ、これからすぐ行くぞ。」
と、街道さして出かけました。サクラの木はちゃーんと立っていました。そこでおじいさんはそれに登りました。すぐ、
「下に――い。下に――い。」
と、殿さまの行列がやってきました。おじいさんは、ここぞと、腹をポンポン、二度たたきました。
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「アヤちゅうちゅう、コヤちゅうちゅう、
錦さらさら五葉の松、
食べてもうせば、びびらびーん。」
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鳥が一生けんめい、おじいさんの腹の中で声はりあげてうたいました。殿さまは、これを聞いて、思わず、
「ほほう、なに鳥か、いい声でうたっている。」
そういいました。そして、その声の方をみあげました。ところが、そこには鳥はいないで、きたないおじいさんが木の上におりました。
「これ、おまえはいったいなにものだ。」
殿さまがいいました。
「はい、わたしは日本一の歌うたいです。」
おじいさんがいいました。
「じゃ、もうひとつうたってみろ。」
殿さまがいいました。おじいさんはそこで、腹をポンポン、二つたたいて、鳥へあいずをやりました。
「アヤちゅうちゅう。」
鳥はうたいだしました。
「なるほど、これはいい声だ。おもしろい歌だ。」
殿さまはそういって、|家《け》|来《らい》につづら[#「つづら」に傍点]を二つ持ってこさせました。そして、
「これは、歌のほうびだ。いい方をとりなさい。あすもここを通るから、また、歌を聞かせてくれ。」
殿さまは、そういいました。
「ありがとうございます。それでは、わたしは、年よりで、重いものは持てません。軽いほうのつづらをくださいませ。」
おじいさんは、軽いつづらをもらいました。しかし、あとで、家へ帰って、おばあさんといっしょに、それを開けてみたら、中は、|金《きん》|銀《ぎん》サンゴ、あや、錦。|宝物《たからもの》でいっぱいでした。ふたりはそれを見て、喜ぶやら、びっくりするやら、
「あれい、まあ。」
しばらくはそういっておるばかりでした。ところが、そこへおとなりの、悪いおじいさんがやってきました。悪いおじいさんは、その宝物を見ると、
「おまえさん、それはぬすんで来たのか、拾って来たのか。」
そんな、いじの悪いことをいいました。よいおじいさんは、
「いやいや、これはこうこう、かくかくのことで――」
と、鳥をのんだ話からして聞かせました。これを聞くと、悪いおじいさん、
「よし、それなら、おれもその鳥をのみこんで、一つうたってみよう。」
そういって、そのあくる日のこと、山の畑へくわをかついで出かけました。こっちはなまけ者のおじいさんですから、畑へ来たって、働こうとはしません。草ぼうぼうの畑の中の木の切り株に腰をかけ、前にくわをおいて、鳥の来るのを待っていました。すると、
「ふっくらう、きんたまき。」
へんな鳴きかたをする鳥がやって来ました。おじいさんは、しかし、そうは思いません。
「ウン、こりゃおもしろい。」
そういって、よいおじいさんがやったように、まず、その鳥をハンの木の枝にとまらせました。それからくわの柄にこさせました。そして、しまいに自分の舌先にとまらせ、そこで、パクッとのんでしまいました。鳥をのんでしまうと、腹の中でまだ鳥がなんともいわないのに、もう街道へ出かけ、そこのサクラの木に登ってしまいました。
「下に――い。下に――い。」
きのうのように、すぐ殿さまの行列がやってきました。
「そら来た。」
と、悪いおじいさんは問われもしないのに、
「日本一の歌うたいでござる。」
と、自分から名のって、腹を二つ、ポンポンとたたきました。すると、
「ふっくらう、きんたまき。」
腹の鳥が鳴きました。殿さまはこれを聞いて、きのうのおじいさんとばかり思っていたものですから、
「へんな鳥の声だなあ。」
と、首をかしげました。それで、
「もう一度やってみろ。」
と、いいました。悪いおじいさんは、ここぞとばかり、力を入れて、腹をポンポン、ポンポン、やたらにたたきました。中の鳥はこれでは、鳴きだすひまがないのか、
「フフ、フフ、フフ。」
というばかりです。殿さまは、そこで、
「早くうたわんか。早くうたえい。」
と、さいそくしました。悪いおじいさんは、これではいかんと、こんどは両手で腹をポポポン、ポポポンとたたきました。しかし、それでつかまっていた木の枝をはなしたもので、ドサ――ンと、下に落ちてきました。
殿さまはこれを見て、どなりました。
「これはにせものだ。うそつきの日本一だ。ひっぱたいて、追っぱらえ。」
たいへんなことになりました。家来がおじいさんをつかまえて、|棒《ぼう》でたたいたのです。おじいさんは木から落ちて、手や足をすりむいてるうえ、殿さまの家来にたたかれて、顔や頭から血が出ました。
そうして家へ帰っていくと、いま、宝物をもらってくると、二階で待っていたおばあさんが、これを見てびっくりして、はしご段からころがり落ちました。|欲《よく》っぱりをしてはならないというお話です。めでたし、めでたし。
フクロウの|染《そめ》|物《もの》|屋《や》
むかし、フクロウが、染物屋をやっていました。いろいろの鳥がやってきては、|羽《はね》やからだをそめてもらいました。
メジロは、羽をきいろくしてもらい、ブンチョウは、しっぽを白くそめ残して、喜んでいました。キジなんかは、羽を|三《み》|色《いろ》にも|四《よ》|色《いろ》にもそめてもらって、大へんじまんにしていました。
カラスはそのころ、まっ白な鳥だったそうです。そこで自分も、きれいな|模《も》|様《よう》にそめてもらおうと、フクロウのところへ、たのみに行きました。
「フクロウさん、フクロウさん。ひとつ、わたしのからだを、きれいにそめてくださいませんか。キジやヤマドリなんかより、もっと、もっと、きれいにそめてもらいたいんです。」
「よろしい。」
フクロウは、自信ありげに、ひきうけました。
さて、そめるだんになったのですが、どうしたことか、フクロウは、|染料《せんりょう》をまちがえてしまいました。
――しまった。
と、思いましたが、とりかえしがつきません。そめあがったところを見ると、カラスはまっ黒です。これを見たカラスは、|腹《はら》を立てて、
「フクロウさん、これはどうしたんですか。わたしは、まっ黒にそめてくださいなんて、たのみませんでしたよっ。」
と、大きな声を出しました。しかし、もうどうすることもできません。ふたりは大げんかをして、わかれました。これにこりて、フクロウは、染物屋をやめてしまいました。
それからのち、フクロウは、昼間は外によう出られなくなってしまいました。出ると、カラスがやってきて、
「どうしてこんな色にした、どうしてこんな色にした。」
と、せめたてるからです。はずかしくもあるし、また、こわくもありますので、出られないんです。
それでも、あすは天気だな、と思うと、やっぱり染物屋のころのしごとを思いだして、
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ノリツケホーセ ノリツケホーセ
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と、歌をうたいますし、雨ふりだな、と思うと、
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トーコン トーコン
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と、鳴くのだということです。
千びきオオカミ
むかし、|甲州《こうしゅう》に、というのは今の|山《やま》|梨《なし》県のことです、|呉《ご》|服《ふく》|物《もの》を売るあきんど[#「あきんど」に傍点]がありました。静岡の方へ行っての帰りです。富士山のふもとの原っぱを通っていると、日が暮れました。
そこは二、三十キロのあいだ、家が一つもないというところですから、大へんです。どうしたらいいかと考えているうちに、遠くから山犬の鳴き声が聞こえてきました。山犬というのは、日本のオオカミのことです。だんだん、その人のほうへ近よってくるようすです。しかも、あっちの谷、こっちの森から、その声によびだされるのか、ほうぼうから声がおこって、それがだんだんひとところへ集まり、その集まったたくさんの山犬が、どんどん、どんどん、近づいてくるもようです。
「いよいよ大へんだ。」
その人はあわてました。あわてて、そのへんを見まわすと、近くに一本、高い木がありました。それに登る以外、もう、のがれる道はないのです。そこで、その人はその木のところへかけていき、それに登りつきました。四メートル、五メートルと登って、やっと、その人は|大《おお》|息《いき》をつきました。
「やれ、やれ、やれ。」
いくらたくさんの山犬だって、ここまで登ってはこれないだろう。そう思ったのです。思うまもなく、山犬たちは、もう木の下に集まり、ウオー、ウオー、ウオー、ウオーと、おそろしい声でほえたり、うなったりしていました。なかでも、強いらしい五、六ぴきは、かわるがわる飛びあがって、あきんどのお|尻《しり》へ、そのするどいきば[#「きば」に傍点]でかみつこうとしました。あらあらしい足音をたてて、それをやるのですが、三メートルとは飛びあがれません。
すると、なかの一ぴきがいいました。
「こりゃだめだ。|孫《まご》|太《た》|郎《ろう》ばあさんをよんできて、なんとか考えてもらわなくちゃ。」
「そうだ、そうだ。」
他の山犬がいいました。そして、もう二、三びきが、どこか、はしっていきました。まもなく帰ってきたのを見ると、大きな年よりのネコといっしょです。
「孫太郎ばあさん、ひとつたのみます。木の上に人間が登りついてて、おれたち、どうにもならんのじゃ。」
木の下で、あきんどの番をしていた五、六ぴきが、口ぐちにそんなことをいいました。そのふるネコが、孫太郎という名なのでありましょう。
「フーン、こりゃ、犬ばしごをかけるよりほか、手がないな。」
ちょっと考えていたあと、そのふるネコがいいました。すると、木の下で一ぴきの山犬がしゃがみました。と、その上へ一ぴきの山犬が登りました。と、またその上へ、もう一ぴき登りました。こうして、何十ぴきもの山犬がじゅんじゅんに登り、登りして、しだいに高くなってきました。もう、あきんどの足のへん、お尻近く登ってきました。
ところで、あきんどさん、こわくて、こわくて、その木のもっと上へ登ろうと思うのですが、上にはなにかの|巣《す》のようなものがあって、頭につかえます。ハチの巣なのか、それとも、鳥の巣なのか、よくわかりません。とにかく大きなものです。しかし、もう山犬がお尻へとどきそうになっているのですから、ハチか、鳥かなんて考えてるわけにいきません。それをはらいのけて、そこをもっと上へ登っていこうと思いました。そこで、|腰《こし》にさしていた短い刀をぬいて、その巣にキュッとつきさしました。
ところが、おどろいたことに、そこに一ぴきのクマがいたのです。クマが巣を作って、そこで|寝《ね》ていたのです。クマはおどろきました。
「いたいっ、らんぼうするない。」
クマのことばで、そういったのでしょうか。なにか、ウオッというような声とともに、木の下へころがり落ちました。そして、これはたまらんと、全速力で逃げだしました。これを見ると、山犬どもは、
「それ、人間が逃げだした。」
と、頭をそろえて、どっと、そっちへかけだしました。だけども、あいてはクマのことですから、かけっこしても、かみあいっこをしても、山犬どものかなうことではありません。つぎからつぎへ、かみふせられました。そこで、
「なんて、この人間は強いんだろう。とてもかなわん。」
と、孫太郎ネコともども、どこともなく逃げてってしまいました。
木の上では、おそろしさに、それまでブルブルふるえていたあきんどさんも、これでやっと安心しました。それにまもなく、夜があけたので、
「ああ、こわかった。こわかった。」
と、また甲州さして帰っていきました。
ヒョウタン長者
あるところに、|貧《びん》|乏《ぼう》なおじいさんがいました。子どもが三人もありましたので、その子どもたちをそだてるのに、とてもくろうしておりました。
ある年、山の谷間をきりひらいて、畑を作り、アワをまいておきました。すると、秋になって、思いのほかたくさんの|収穫《しゅうかく》がありました。そこで、それからのちは、年年、谷間をきりひらいては、アワをまきました。
ある秋のこと、夜になると、その山畑に、シカやイノシシがやってきて、アワをくいあらします。それで、そうりょうむすこがいいつかって、その畑のそばに、シシ追い小屋というのを作り、夜になると、そこに|泊《と》まって、
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しらほう しらほう
[#ここで字下げ終わり]
と、さけんで、シカやイノシシを追っぱらっていました。すると、夜中のことです。どこからともなく、
[#ここから2字下げ]
やれ ふくべこひとつ
ちゃんぷくちゃがまに
毛がはえて
チャラリン チャラリン
[#ここで字下げ終わり]
という声が、聞こえてきました。そうりょうむすこは、こわくなって、夜のあけるのを待ちかねて、家に|逃《に》げ帰ってきました。
みなに、昨夜のことを話して、
「こわいから、今夜はもう行かない。」
と、いいだしました。すると、まん中のむすこが、
「にいさん、にいさん。そんなばかげた話があるものか。そんなら、今夜からは、おれが行ってみてやる。」
といって、その夜は、自分が、山畑のシシ追い小屋に泊まることにしました。やがて、夜もふけて、兄のやったように、
[#ここから2字下げ]
しらほう しらほう
[#ここで字下げ終わり]
と、シカやイノシシを追っぱらっておりますと、ま夜中ごろになって、
[#ここから2字下げ]
やれ ふくべこひとつ
ちゃんぷくちゃがまに
毛がはえて
チャラリン チャラリン
[#ここで字下げ終わり]
と、声が聞こえてきました。中のむすこも、これにはおどろいて、夜あけそうそうに、家へ逃げ帰りました。
その話を聞いて、こんどは、いちばんすえのむすこが、
「にいさんたちは、なんというおくびょう者だ。それでは、今夜おれが行って、その|化《ば》けものをつかまえてきてやる。」
そういって、その夜、アワ畑のシシ追い小屋にやってきました。そして、今か、今かと、待ちかまえながら、
[#ここから2字下げ]
しらほう しらほう
[#ここで字下げ終わり]
と、さけんでいますと、やがて、どこかで、
[#ここから2字下げ]
やれ ふくべこひとつ
ちゃんぷくちゃがまに
毛がはえて
チャラリン チャラリン
[#ここで字下げ終わり]
という声が、聞こえてきます。弟は、
――ものはためしだ。お化けの正体を見とどけてやろう。
と、しらほう、しらほう、と、さけびながら、だんだんに声のするほうへ、近よって行きました。
すると、森の小さな池のすみっこに、小さなヒョウタンが一つ、うかんだりしずんだりしながら、チャンプク、チャンプクと、おどりをおどっていました。むすこはそれを見ると、
「これはよい|宝物《たからもの》だ。」
と、つぶやいて、ヒョウタンをすくいあげて、ふところに入れ、家にもって帰りました。しかし、だれにも、そのことを話しませんでした。
すえのむすこは、いつもヒョウタンをふところにしまって、持ち歩いておりました。
[#ここから2字下げ]
しらほう しらほう
[#ここで字下げ終わり]
と、よんでみますと、ふところの中で、
[#ここから2字下げ]
やれ ふくべこひとつ
ちゃんぷくちゃがまに
毛がはえて
チャラリン チャラリン
[#ここで字下げ終わり]
と、ヒョウタンがうたいます。
みなは、とてもふしぎがり、やがて、村じゅう、大へんなひょうばんになりました。そのうち、となり村の長者が、それを聞いて、歌をうたうヒョウタンをひどくほしがり、とうとう、たくさんのお金を出して、買いとりました。
すえのむすこは、そのため、村いちばんの長者となって、おとうさんやにいさんたちといっしょに、安楽に暮らしました。
トラの油
むかし、中村というところに、大作という男がいました。|貧《びん》|乏《ぼう》で、|山《やま》|家《が》のほうへ|小《こ》|間《ま》|物《もの》あきないに行っておりました。
ある年の暮れのことです。|奥《おく》|山《やま》で、雨にぬれて、ブルブルふるえて歩いていました。なんとかして、着物をかわかすわけにはいかないものかと、考えましたが、いつも、じょうだんをいっては、人をだましていたので、火をたいて着物をかわかしてくれるほど、大作に親切をしてくれる人もありませんでした。
ところが、ふと見ると、道ばたの家の中で、いろりに赤あかと火がもえておりました。大作は、その家にはいっていって、いろいろとせけん話を持ちかけ、そのあとで、
「ときに、正月に竹を食べる方法を知っていなさるか。」
こう、あいてに話しかけました。すると、家の男は、
「竹なんか食べられるものか。」
そういって、もちろんとりあいません。しかし大作は、なおも、
「いや、竹を輪切りにして、うんと火をたいて|煮《に》てみなさい。きっとやわらかくなるから。」
「じゃあ、|裏《うら》|山《やま》の竹を切ってきて、いま目の前で煮てみようか。」
「そうそう、煮てみろ。ほんとにやわらかくなって食べられるぞ。」
そこで、あいては裏山へ行って、大きい竹を切ってきて、いくつもいくつも輪切りにして、ちょうど竹の子を煮るように、なべ[#「なべ」に傍点]ヘ入れて、グツグツ煮ました。三十分も一時間もそれを煮たてて、
「さて、もういいだろう。」
「うん、もうそろそろいいだろう。」
そこで、なべのふたをとってみました。しかし、竹はやっぱりもとの竹のままで、食べることなんて、もってのほかです。
「おまえは人をだましたな。じょうだんをいうにもほどがある。」
あいては、そういって、おこりだしました。すると大作、へいきな顔をして、
「ところで、おまえは、トラの油を入れたかね。」
そう、聞きました。
「トラの油? そんなものがあるものか。」
あいては、どなりました。
「ない? なくちゃあだめだ。トラの油がなくては、いくら煮ても、竹はやわらかくはならん。だが、どうやら着物もかわいたようだ。ここらでおいとまいたしましょう。」
そういって、大作は、かわいた着物を着て、さっさと出ていきました。
ものを食べない|女房《にょうぼう》
むかし、ものを食べない女房というのが、おったそうです。女房というのは、およめさんのことです。その話をいたしましょう。
あるところに、およめさんのいない男がいました。山へ木を切りに行って、仲間の者に話しました。
「おれも、ごはんをたいたり、ふろを作ったりしてくれる、およめさんがひとりほしいよ。しかし、うちは|貧《びん》|乏《ぼう》だから、ものをくっちゃ|困《こま》るんだ。なにも食べない女房というのはいないかしらん。」
すると、四、五日して、すごくじょうぶそうな女がやってきました。そして、
「わたしは、ものを食べない女だ。およめさんにしてください。」
そういうのです。それで、およめさんにして、おいておくと、いったとおり、ものを食べません。朝ごはんも食べなければ、昼ごはんも食べません。晩はもとより食べません。見ていれば、ほんとにひとつぶのごはんも食べないのです。ところが、ふしぎなことに、そのおよめさんが来て以来、その男の家の米びつ[#「米びつ」に傍点]の|米《こめ》が、びっくりするほどなくなりました。それに、みそおけ[#「みそおけ」に傍点]のみそが、これまたドカドカなくなっていきました。
「これはただごとでない。」
と、男は思い、
「きょうは、町へ行ってくる。」
そう、女にいって家を出ました。すると、女が|便《べん》|所《じょ》にはいったもので、そのあいだにまた家へもどって、|屋《や》|根《ね》|裏《うら》のはり[#「はり」に傍点]にあがってかくれました。そこから、女がどうするか、見ていました。
男がるすになったとみると、女は米びつから、米をはかりだしました。それがなんと一|斗《と》(約一四キログラム)という米です。一斗米を大急ぎでといで、一斗だきのおかまでたきはじめました。米がたけると、こんどはやはり大なべに、たくさんのみそしるを作りはじめました。みそしるができると、むしろを持ってきて、それに、ごはんをおにぎりにしてならべました。一斗めしですから、おにぎりにしても、大へんな数です。つぎには、みそしるを手おけのようなものに入れてさましました。みそしるがさめると、こんどは頭のてっぺんの|髪《かみ》をときはじめました。髪をとくと、そこから、なんと大きな口が出てきました。このおよめさんは、|山姥《やまんば》だったのです。だから、そんなところに口を持っていたのです。
山姥は、頭のてっぺんの口を出すと、そこに、むしろの上のおにぎりを、とっては入れ、とっては入れしました。そのあいだあいだに、ひしゃくで、手おけのみそしるを、ザブザブ、ザブザブ、その口にくみ入れました。そうして、見るまに何十という大きなおにぎりと、手おけ一ぱいのおつゆを、頭の中に入れてしまいました。入れてしまうと、そこの髪をきれいになおし、むしろや、手おけや、なべやかまをかたづけました。そのあいだに、男は屋根裏からおりて、外へ出ました。そして、わらじ[#「わらじ」に傍点]にちょっと土をつけ、
「帰ったよ。」
そういって、戸口からはいってきました。
それから、つぎの朝のことです。男が、その山姥の女房にいいました。
「おまえはものは食べないけれど、うちの女房にはむかない女だ。ひまをやるから、帰ってくれ。」
すると、その女がいいました。
「それでは里へ帰ることにするが、わたしは、この大おけがもらいたい。」
そして、土間にあった大ぶろ[#「大ぶろ」に傍点]のようなおけをほしがりました。それで、
「ほしけりゃ、やってもいい。」
そういうと、女はそのおけのふちにつかまって、中をのぞいていましたが、
「あれ、中に虫がいる。とってくれませんか。」
そういうもので、男もつい、そのおけの中をのぞきました。そこを山姥は、男の足をつかんで、おけの中へ、ヒョイとはねいれてしまいました。そして、すぐ、もう山姥の正体をあらわし、おけを頭の上にかついで、山の方へかけだしました。山へはいると、大きな声で仲間の山姥によびかけました。
「おうい、村から、よい酒のさかなを持ってきたぞう。みんな、いつもの岩場へこうい。」
すると、|山《やま》|奥《おく》のほうから、
「おうえい。」
「ほうえい。」
と、仲間のする返事の声が聞こえてきました。それで、おけをかついだ山姥は、近道をしようとでも思ったのでしょうか。|枝《えだ》のしげった森の中へ、ガラガラ、音をたてながらはいっていきました。木の枝がおけにあたって、ガラガラいうのですが、山姥は、かまわずかけていきました。しかし男は、それまで、今|逃《に》げようか、今逃げようかと思っていたのですが、逃げるまもなく、方法も思いつかなかったのです。ところが、今、森の木の枝が、おけにガラガラあたるのを聞くと、
「そうだ。今だっ。」
と、けっしんして、その枝の一本に両手で力いっぱいとりつきました。山姥はそんなことはすこしも知らず、なおも、森の中をガラガラ、ガラガラかけていきました。それで、男は、やっと枝に残ることができました。
「やれ、ありがたや。」
と、思いましたが、そこで、そのままじっとしていることはできません。きっとすぐ山姥が、いないのを見つけて、ひきかえしてくるにちがいありません。男はそう思って、そこから村の方へ逃げだしました。
そんなこととは知らないで、山姥は、いつも仲間が|酒《さか》|盛《も》りをする、大岩の上へたどりつき、おけをおろして、のぞいてみました。すると、中にはなにもありません。
「これはしまった。逃がしたぞ。」
と、山姥はあわてて、もとへひきかえしました。
「つかまえたら、それこそ、頭からガギガギ、とって食べてやるから。」
そんなに、いきりたっておこり、大へんないきおいで、山をくだって、追いかけて来ました。そのうち、男も山姥のあらい足音が後ろに聞こえてきたもので、道のそばのヨモギと、ショウブのしげったところへ来たとき、そのショウブと、ヨモギの中へかけこんで、そこで頭をひくくしてかくれていました。このショウブと、ヨモギは、むかしから山姥が手を入れると、その手がくさるという、いいつたえがありました。だから山姥はそこまで来て、
「やろう、ここへいやがるな。」
そういって、男をみつけ、目をいからせて、つかみかかろうとしました。しかし、ショウブとヨモギを見ると、頭の上にあげた手をさげました。そして、
「ええっ、くやしいぞ。このショウブ、このヨモギさえなけりゃ、とっつかまえて帰って、みんなの酒のさかなにしたものを。しかたがない。しかたがない。」
そういって、すごすご、山へ帰っていきました。
親指太郎
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとがありました。子どもがひとりもないので、どうか、ひとりほしいものだと思っておりました。
ある日の夕方、|魔《ま》|法《ほう》使いが、やってきて、
「日が|暮《く》れたが、|泊《と》まるところがないので|困《こま》っておる。一晩、泊めてはくれまいか。」
人のいいおじいさんとおばあさんは、
「家が|貧《びん》|乏《ぼう》だから、おいしいものもさしあげられませんが、泊まるだけでしたら、おやすいご用です。」
そういって、魔法使いを泊めてやりました。
朝になって、魔法使いがいいますのに、
「昨夜は、やっかいになりました。なにかお礼をしたいと思うが、おまえさんがた、なにがいちばんほしいと思うか。」
おじいさんとおばあさんは、
「はいはい、ご親切にありがとうぞんじます。それでは、ひとり、わたしたちに、子どもをおさずけくださいませんか。親指くらいのちっちゃい子どもでもよいのですが、おねがい申します。」
そう、魔法使いにたのみました。すると、すぐさま、ほんとに親指くらいの子どもが、あらわれて、
「おじいさん、おばあさん、ぼくは、太郎というんです。」
そういって、ふたりの前にやってきました。
おじいさんとおばあさんは、
「おお、おお、よく来た、よく来た。おまえは、太郎というのかい。それじゃあ、これから、親指太郎ということにしましょうね。」
そういって、目にいれてもいたくないほど、かわいがってそだてました。
ところが、この親指太郎、いたずらでいたずらで、しようのないくらい、いたずら坊主にそだちました。ある日のこと、おばあさんが、あんもち[#「あんもち」に傍点]を作っておりました。親指太郎は、あんこのはいったはち[#「はち」に傍点]のまわりを、クルクル、クルクル、飛びまわって遊んでいましたが、いつのまにか、どこへいったか、いなくなってしまいました。
おばあさんが、
「太郎、太郎。太郎はどこへいった。」
と、よびながら、そのへんをさがしまわっておりました。
すると、おばあさんが作った一つのあんもちのなかから、首をつきだして、ハッハ、ホッホ、と、笑っているのです。
また、あるとき、|稲《いね》|刈《か》りにつれられていきましたら、もみ[#「もみ」に傍点]のなかにはいりこんで、もぐったり、出たりして遊んでおりましたが、いつのまにか、また、見えなくなってしまいました。おばあさんが心配して、太郎、太郎とよびたてますと、たわら[#「たわら」に傍点]のなかから首を出して、ここだ、ここだとよんでいるのです。
そうして、帰りには、馬の耳の中にはいって、ハイドウ、ハイドウと、馬を追うて帰りました。ところが、ちょうど、橋の上に来たとき、馬が、あんまり耳がこそばゆいので、ピクピクッと、耳をうごかしました。そのひょうしに、太郎は、馬の耳からはじきだされて、川のなかへジャブンとほうりこまれました。川の流れで、どんどん|川《かわ》|下《しも》へ流されていきました。これを見たおじいさん、おばあさんは、大あわてにあわてて、どうしよう、こうしようと、さわぎましたが、どうすることもできません。
すると、ちょうどモグサのかげに、大きな一ぴきのコイがいて、流れてきた親指太郎を見ると、パクンと、ひとのみにのみこんでしまいました。
そのとき、おじいさんとおばあさんは、まだ、川のふちをのぼったり、くだったり、太郎、太郎と、一生けんめいにさがしていましたが、大きなコイが、バシャンと、しっぽで、水をはねたのが見えたばかりでした。
それから、何日かのちのこと、川下のふち[#「ふち」に傍点]で、|殿《との》さまがつりをしていますと、大きなコイが、つり|針《ばり》にかかりました。これは大ゴイだと、殿さまは、大喜びして、|御《ご》|殿《てん》に帰ると、さっそく、コイ料理を作らせました。すると、コイの|腹《はら》から、小さな親指ほどの人間が出てきました。
しかも、その人間が、
「ぼくは、親指太郎というんです。」
そう名のったので、殿さまは、
「これは、めずらしいことだ。」
と、大喜びして、すぐに大工たちをよんで、自分のへやに、親指太郎のために、小さな御殿を作らせました。そして、太郎を、その中に入れて、かわいがってそだてました。
ところが、太郎のほうでは、
「おじいさんのところへ行きたい、おばあさんのところに帰りたい。」
そういって、何日も何日も、泣いてばかりいました。そこで、殿さまも、かわいそうに思われ、太郎を、おじいさんとおばあさんのところへ、帰してくださることになりました。そのとき、なにか、おみやげを持たしてやろうと思って、殿さまが、
「なんでもほしいものがあったら、持っていきなさい。」
と、そういいました。太郎は、殿さまの倉のなかにはいり、あっちこっちとさがしましたが、太郎に持てるものは、なにもありません。やっと十銭銀貨の小さな玉がありましたので、これはいいと、その十銭玉につな[#「つな」に傍点]をつけて、|背《せ》|中《なか》に|負《お》うと、喜びいさんで、おじいさんとおばあさんのところへ帰っていきました。
それからは、太郎は、もう、いたずらをせず、おじいさんとおばあさんをたいせつにして、長く、しあわせに暮らしました。
めでたし、めでたし。
親切なおじいさん
むかし、むかし、あるところに、親切なおじいさんとおばあさんが住んでおりました。子どももなく、そのうえ|貧《びん》|乏《ぼう》で、|難《なん》|儀《ぎ》ばかりしておりました。
ある日のこと、おじいさんは、山へシバ|刈《か》りに行きました。山の中を歩いていますと、谷川の岸に出ました。
その川の向こうで、
「あぶない、あぶない。」
と、大声でよぶ者があります。
おじいさんは、びっくりして、(そのあぶない者を助けてやろう。)と、そちらのほうを見ましたが、よんでいる者がわかりません。
それで、こちらから、
「おおい。」
と、よんでみましたが、へんじをする者がありません。おじいさんは、谷川の水の音か、林の風の音を、聞きちがえたのだと思いました。
ところが、そのあくる日のことであります。やはり、そこを通っておりますと、また、
「あぶない、あぶない。」
と、声がしました。
おじいさんは、心配になって、遠いまわり道をして、向こう岸に行ってみました。ほうぼうたずねましたが、人ひとり見つかりません。
「だれだあ、助けにきたぞ――」
そうよんでみても、へんじをする者もありません。おじいさんは、もう年をとったので、聞きちがいをしたかと思いました。
そのあくる日のことであります。おじいさんは、きょうこそ、聞きちがいをしないようにと、よく気をつけて行きました。すると、また、声がしました。きょうは、ほんとうにあぶなそうに聞こえました。おじいさんは、おおいそぎで川をわたっていきました。しかし、やっぱり、だれがよんでいるのかわかりません。
また、ひきかえそうといたしますと、こんどは、すぐそばで、
「あぶない、あぶない、あぶない。」
と、よぶ者があります。
見ると、それは、一つのつぼ[#「つぼ」に傍点]が、今にも、川の中に落ちそうになって、そう、よんでいるのでありました。
おじいさんは、
「おお、そうか、そうか。」
といって、いそいで、そのつぼを、だきおこしてやりました。
そして、なかになにがいるのだろうと思って、ふたをとってみましたら、たくさんのお金でいっぱいでした。
それから、おじいさんとおばあさんは、難儀をしないで、暮らすことができるようになりました。
|源《げん》|五《ご》|郎《ろう》の天のぼり
むかし、源五郎という男がありました。あるとき、川で、ふしぎな|太《たい》|鼓《こ》を拾いました。この太鼓は、
「鼻|高《たこ》うなれ。」
そういって、ポン、ポン、ポンと、たたくと、鼻が高くなりますし、
「鼻低うなれ。」
そういって、ポン、ポン、ポンと、たたくと、鼻が低くなります。まったくふしぎな太鼓です。
――これはべんりなものを拾った。
と、思って、源五郎は、その太鼓を持って、仲間をひとりつれて旅に出かけました。
ある村につきました。美しい|娘《むすめ》さんが、道を通っているところを見かけて、源五郎は、娘さんに聞こえないように、
「鼻|高《たこ》うなれ。」
と、ささやいて、ポン、ポン、ポンと、やりました。
すると、それまできれいだった、そのおじょうさんが、きゅうに鼻が高くなってしまいました。大へんなことになったものです。
娘さんは、この村の|長者《ちょうじゃ》の娘でした。長者のおとうさん、おかあさんは、大へん心配し、なんとかして、娘の鼻をなおしたいものと思い、お|医《い》|者《しゃ》さんをたのんでみたり、お坊さんをよんできたり、|神《かん》|主《ぬし》さんをおむかえしたり、いろいろやってみましたが、その鼻ばかりは、どうすることもできません。
長者の一家は、なげきかなしみました。そこへ、源五郎の仲間が、神主に|化《ば》けて、お|祈《いの》りをしにやってきました。
お祈りをすませると、もっともらしい顔をして、
「これは、なんともむずかしい|病気《びょうき》で、神主でも、坊主でも、医者でも、なおすことのできない病気です。だから、ひとつ、むすめさんの鼻をなおした人には、のぞみほうだいのお金をやると、はり札をなすってみたらどうですか。」
と、すすめました。長者の主人は、
――今となっては、そうでもするほかはあるまい。
と、考えて、村のつじつじに、はり札を出しました。
ころあいを見て、源五郎は、
「鼻の|療法《りょうほう》、鼻の療法。」
と、長者の家の前を、ふれて歩きました。
これを聞いた長者の家では、
――どんなものかわからないが、とにかく、よんで見てもらおう。
ということになって、
「鼻なおしさん、鼻なおしさん。」
と、家によびいれました。
源五郎が、娘さんの鼻を見ますと、まるで|天井《てんじょう》へとどくほどに、高くなっております。
「こう高くなってしまった鼻では、なかなか、きゅうにはなおりませんが、気ながにやれば、なおらないことはありますまい。」
そういって、もったいぶった声で、
「鼻低うなれ、鼻ひくうなれ。」
と、となえて、ゆっくりと、太鼓を、ポン、ポン、ポンと、たたきました。すると、鼻も、すこし低くなっていきました。
こうして、毎日、すこしずつ鼻を低くして、十日ばかりかかって、やっと、もとのとおりにいたしました。親たちも、ひじょうに喜んで、お礼に、たくさんのお金をくれました。
源五郎と仲間のふたりは、ほくほくもので、旅もやめて、家に帰り、のんきに遊んでおりました。
そのうち、ある日のこと、源五郎が、野原に|寝《ね》ころんで、そばで、れいの仲間に太鼓をたたかせて、
「鼻高うなれ、鼻高うなれ。どんどん、どんどん、高うなれ。」
そういいながら、遊んでおりました。ところが、あんまり太鼓をたたいたので、鼻は、山よりも高くなり、さらに、雲よりも高くなり、とうとう、天の上の|天《てん》|軸《じく》というところにとどいてしまいました。
ちょうどそのとき、天軸では、|大《だい》|工《く》さんが、|天《あま》の|川《がわ》に橋をかけておりました。そこへ、下から、へんなものが、ニョキ、ニョキと、のびてきたので、大工さんたちは、めずらしいものがのびてきたと、さっそく、大工道具で、しっかりと、天の川の橋のぎぼし[#「ぎぼし」に傍点](らんかんの柱の頭につけるかざり)に打ちつけてしまいました。
そのうち、源五郎と仲間は、
「鼻を高くするのは、もう、このくらいでやめて、もとどおり、低くしよう。」
ということになって、
「鼻低うなれ。」
といって、太鼓を、ポン、ポン、ポンと、たたきだしました。ところが、鼻の先は、天軸の橋に打ちつけて、しっかりとめてありますので、鼻は低くなりますが、さがってはこず、からだのほうが、ぎゃくに、|天《てん》にのぼっていきました。
ずんずん、ずんずん、からだが、天にのぼっていくばかりです。
「あれ、あれっ!」
と、わめいているまに、もう、天の川の橋のらんかん[#「らんかん」に傍点]まで、ひきよせられてしまいました。
ちょうどそのとき、そこを、|雷《かみなり》さまが通りかかっておりました。
源五郎を見ると、
「うん、これは、いいところへ人間がきた。おれのてつだいになってくれ。」
そういって、源五郎の鼻を、橋のぎぼし[#「ぎぼし」に傍点]からはずしてやって、つれていきました。
源五郎は、とうとう、雷さまのてつだい人にされてしまいました。毎日、雨をふらせたり、黒雲を空に広げたり、水をまいたり、お天気にしたり、雲よせをしたり、ゴロゴロ、ピカピカやったりなど、するわけでした。
ところが、ある日、どうしたはずみか、源五郎は、足を雲からふみはずして、|下《げ》|界《かい》へ、スポーンと落ちました。落ちたところが、ちょうど、|近江《おうみ》の|琵《び》|琶《わ》|湖《こ》という湖だったので、その水の中へ落ちて、あっというまに、こんどは、フナになってしまいました。
いまでも、琵琶湖に、源五郎ブナという大きなフナがいるそうですが、それが、この源五郎のなったフナだということです。
松の木の下の老人
|喜《き》|界《かい》ガ|島《しま》というのは、日本の南の果てにある島であります。むかし、むかし、大むかしのこと、そこで、ひとりの美しい女の子が、川ばたでせんたくをしていました。すると、|弘《こう》|法《ぼう》|大《だい》|師《し》という、えらい|坊《ぼう》さんが通りかかりました。
「かわいらしい|娘《むすめ》さんじゃが、|惜《お》しいことに、命が、もう三年しかない。」
弘法大師が、そのとき、こんなひとりごとをいいました。娘は、びっくりして、家へとんでかえり、おとうさんや、おかあさんに、お話をしました。おとうさん、おかあさんは、
「それは大へんだ。早く、そのお坊さんを追いかけていって、どうか、もっと命をのばすよう、おたのみしてきなさい。」
と、いいました。そこで、娘は、弘法大師を追いかけて、
「もし、もし、弘法大師さま、わたしの命を、もうすこしのばしてくださいませ。」
と、おねがいしました。すると、弘法大師はいいました。
「それは|困《こま》った。わたしは、人の命を知ることはできても、それをのばすことはできないのだ。」
これを聞いて、娘は、すっかり、らくたんし、|涙《なみだ》をポロポロ流しました。これを見ると、
「それでは、娘さん、いいことを教えてあげる。」
そういって、弘法大師は、こんなことを教えてくれました。
「これから、北へ北へ、十里(約四〇キロメートル)ほど行くと、山がある。高さ千メートル、それをこして行くと、また山がある。高さ二千メートル、それをこすと、また山がある。高さ三千メートル。その三つ目の山のふもとに、大きな|松《まつ》の木が三本立っている。一本は十メートル、もう一本は二十メートル、三本目は三十メートル。その三本の木の下で、ふたりの老人が|碁《ご》を打っている。長い長いしらが[#「しらが」に傍点]のあごひげをたれ、ものをいわずに、碁を打っている。そばに、もうひとり、これも、白いあごひげの老人が、しきりに帳面を見ながら、なにか書きつけをしている。そこへ行って、その三人の老人に、高いおぜんをすえ、ぜんの上には一つずつ、|盃《さかずき》をおいて、それに、うまいお酒をつぎなさい。しばらくすると、老人が、思わず知らず、手を出して、そのお酒を飲むにちがいない。そうしたら、また、その盃にお酒をつぎなさい。五度でも十度でも、お酒がなくなるまで、あるいは、老人が気がつくまで、そうしていなさい。老人が気がついたら、命のことをたのんでみなさい。」
これを聞いて、娘は、大喜びです。では、行ってまいりますと、それからすぐ用意をして、北の高い山をめあてに出発しました。
はじめの山では、ツルが二、三ば、上の空を|舞《ま》っていました。つぎの山では、山の上で、どこからともなく聞こえてくる|笛《ふえ》の|音《ね》を聞きました。
やがて、第三の山のふもとへつきました。見れば、向こうに、三本の松の木があります。その下には、弘法大師のいわれたとおり、三人の老人がすわっていて、なにかしているありさまです。娘は、そっと近づいていきました。なるほど、ふたりは、碁を打ち、ひとりは、帳面をつけております。しかし、三人とも、じっとして、身じろぎもしません。はてな、娘が、よく見ると、三人はねむっているようです。ねむっているといっても、一時間や二時間ではないようです。だって、そばの土につきたててあるつえから、木の芽が出て、それに葉ができ、花がさき、実さえなっているのです。よほど、ながながとねむったと思われます。
「さて、どうしたものか。」
娘は、考えましたが、とにかく、大師にいわれたように、三つのおぜんをおいて、それぞれ、盃にお酒をつぎました。そして、木のかげで、三人のようすを見ていました。老人は、なかなか目がさめません。
「さて、困ったことだ。」
どうしたらいいかと考えているうち、娘も、どうやらねむくなってきました。いや、ねむくてねむくて、ならなくなってきたのです。
「しかたがない。ちょっとねむって、この人たちの目のさめるのを待とう。」
娘は、松の木によりかかって、つい、そのまま、ねむってしまいました。
ところで、娘が、そのまま、また、老人の前にすえたぜんが|朽《く》ちて、くずれて、盃が、地の上にころがるまで、ねむっていたという話です。
それから、何十年たったかわかりません。いや、もしかしたら、いまでも、老人も、娘も、その山の上でねむっているかもしれません。なにぶん、遠い日本の南の果ての、小さな島のことであります。
犬かいさんとたなばたさん
むかし、むかし、たなばた[#「たなばた」に傍点]さんが、天からおりてきて、山のなかの池で水あびをしていました。そのそばで、犬かいさんは、犬をつれて、畑を打っていました。見ると、木の|枝《えだ》に、美しいたなばたさんの着物がかかって、風にそよいでいました。それで、犬かいさんは思いました。
「そうだ。いっちょう、たなばたさんのあの着物、かくしてやろう。天へ帰るとき、|困《こま》るだろうな。おもしろいぞう。」
犬かいさんは、そうっと行って、天人の、その空飛ぶ着物をかくしました。まもなく、水浴をおわったたなばたさんが、天へのぼろうとすると、今まで、風にそよいでいた、その着物がありません。たなばたさんは、
「犬かいさん、犬かいさん、ここにかけてあった、わたしの着物を知りませんか。」
そう、聞きました。
「はい、知っております。」
犬かいさんがいいました。
「それでは、教えてください。」
「それが、ただでは教えられません。」
「おしえ|代《だい》がいりますか。」
「そうです。わたしのおよめさんになってください。」
しかたがありません。着物がなくては、たなばたさん、天へ帰ることができません。とうとう、犬かいさんのおよめさんになりました。すると、月日のたつのは早いもので、たなばたさんに子どもができて、それが六つになりました。ある日のことです。ちょうど、たなばたさんが、どこかへ行って、るすでした。おとうさんの犬かいさんが、子どもにいいました。
「きょうは、おもしろいものを見せてやるぞ。しかし、けっして、おかあさんにいうんでないぞ。」
そして、うらの竹やぶへ行って、重い石のふた[#「ふた」に傍点]をあげました。下はひつ[#「ひつ」に傍点](大型の箱)になっていて、美しい天人の着物がはいっていました。
「ワア――」
子どもは、びっくりしました。
そのあくる日のこと、こんどは、犬かいさんが出かけました。すると、子どもが、おかあさんのたなばたさんにいいました。
「おかあさん、おかあさん。きのうね、おとうさんに、天人の着物というのを見せてもらった。とっても美しくて、びっくりしてしまった。」
たなばたさんは、うれしくなりました。長いあいだ、それさえあればと思って、暮らしてきたのです。
「そう。それじゃ、おかあさんにも、その着物を見せてちょうだいな。」
子どもはいいました。
「それが、おとうさんがいわれたのです。おかあさんにいうでないぞって。」
「そう。しかし、もう、いってしまったのだから、しかたないでしょう。一目でいいから、見せて。でなかったら、ありかをおしえて。」
子どもは、しばらく考えたのち、いいました。
「おとうさんにいわないでね。そうしたら、教えてあげる。あのね、うらのやぶの、ひらたい、重い石の下、そこに入れてあるの。」
たなばたさんは、そこへ出かけました。はたして、ひらたい、重い石がありました。あげてみると、中は、石のひつ[#「ひつ」に傍点]です。そこに、|夢《ゆめ》にもわすれられなかった|天《あま》の|羽衣《はごろも》が、たたんで入れてありました。たなばたさんは、それをひきだして、人間の着物と着かえました。すると、羽衣は、風にそよぎ、そよぐにつれて、からだが軽くなって、空へすいこまれるように、のぼっていきました。子どもが、
「あっ、おかあさんが、天人の着物を着て、空へのぼっていかれる。おかあさん、おかあさん。」
そういうまもないほどの時間でした。
犬かいさんは、その夕方、家に帰ってその話を聞きました。それで、外へ出て、空をあおいでみましたが、|星《ほし》がキラキラ光っているばかりで、どうすることもできませんでした。それでも、夜になると、空をあおいで|大《おお》|息《いき》をついていました。すると、となりの五郎助じいさんが聞きました。
「犬かいさん、どうしたんだ。」
犬かいさんは、わけを話しました。そして、
「歩いて行けるところなら、たとえ、千里万里あっても、たずねていくのだが、天とあっては、どうすることもできない。」
と、なげきました。五郎助さんがいいました。
「犬かいさん、なげくことはない。千ぞくのぞうり[#「ぞうり」に傍点]を作って、それを、ウリの根もとへうめておきなさい。つるがのびて、天へとどく。それをのぼっていけば、わけはない。」
「なあるほど。」
犬かいさんは、感心して、家へ帰ると、さっそく、ぞうりを作りました。夜も昼も、朝も|晩《ばん》も、作りました。九百九十九そく作りました。一そくたりないが、気がせいていて、もう待てません。すぐ、ウリの根に、そのぞうりをうめました。すると、ウリのつるは、見るまに、ずんずん、ぐんぐん、ずんずん、ぐんぐん、のびだして、どうやら、天にとどいたようです。
「さあ、のぼろうぞ。」
犬かいさんは、犬をつれて、ウリのつるにとっつきました。そして、どんどん、じゃんじゃん、のぼっていきました。天のすぐ下まで行ってみると、ぞうり一そくぶんだけ、ウリのつるが、天からはなれております。
犬かいさんは考えました。
「そうだ。犬を先にやろう。」
犬を先に天におしあげ、犬かいさんは、そのしっぽをつかまえて、天にのぼっていきました。天に行ってみると、たなばたさんは、パタパタ、トントンと、はた[#「はた」に傍点]を|織《お》っております。
そして、
「どうやって、天へのぼってこられましたか。」
と、聞きました。
「ウリのつるをつたわってきた。それ、これは、そのウリの|実《み》だ。おみやげに持ってきた。」
そういって、ウリを出しました。
そのとき、
「ウリは、輪切りにするがいいよ。」
と、犬かいさんはいいましたが、たなばたさんは、それを聞かないで、ウリを、たてに切ってしまいました。
すると、ウリの中から、それはたくさんの水が流れだして、見るまに、それが、ふたりのあいだで、天の川になりました。だから、犬かいさんとたなばたさんは、その川の両岸にわかれることになりました。
そこで、たなばたさんが、犬かいさんによびかけました。
「七日七日に会いましょう。」
すると、犬かいさんは、これを聞きちがえ、
「七月七日かあ――」
と、よびました。
たなばたさんは、これを、また、聞きちがえ、
「そうです、そうです。」
と、いいました。
それで、とうとう、一年に一度、七月七日にだけ、ふたりは会うことになりました。
ヒバリ|金《かね》|貸《か》し
むかし、むかし、あるところに、ヒバリがいました。
お金を|貸《か》すのを商売にしていました。
あるとき、お日さまに、お金を貸しました。だいぶん日にちがたったので、お日さまのところへ行って、
「いつかのお金、かえしてください。」
と、いいました。
すると、お日さまは、
「そんなに急ぐな。今にかえすからな。」
といって、雲の中にかくれてしまいました。
秋になりました。
ヒバリは、また、お日さまのところへ行って、
「いつかのお金、かえしてください。」
お日さまは、
「あとでやる、あとでやる。」
また、そんなことをいって、こんどは、雨をザアザアふらせてしまいました。その雨のため、お日さまが見えなくなってしまったので、ヒバリは、すごすご、帰っていきました。
そのうちに、冬になりました。
つめたい雪がふりだしました。寒い風もふきだしました。
ヒバリは、寒いので、野原の草の|巣《す》の中にもぐって、さいそくにも行けずにおりました。
まもなく、お正月が来ました。
もち[#「もち」に傍点]をついたり、ごちそうを作ったりしたので、ヒバリは、お金を使って、|一《いち》|文《もん》もなくなりました。
そのうち、春になって、もう、雪もふらなくなり、寒い風もふかなくなりました。
このときとばかり、ヒバリは、空へのぼっていきました。
しかし、お日さまは、やっぱり、お金をよこしませんでした。
それでも、ヒバリは、空の上で、
「貸した金、よこせ。貸した金、よこせ。」
と、よびつづけました。
今でも、春になると、空へのぼりながら、|羽《はね》をバタバタやりながら、あんなに高い声でよびつづけているのは、お日さまへ、お金のさいそくをしているのだそうです。
どっこいしょ
ばかなむすこ[#「むすこ」に傍点]がいました。ある日、およめさんの里に行き、だんごをごちそうになりました。あんまりうまいので、うちに帰ったら、このだんごをこしらえて食べようと思い、およめさんの母親に聞きました。
「これは、なんというものですか。」
「これは、だんごというものです。」
わすれないようにと、帰る道みち、
「だんご、だんご。だんご、だんご。」
そう、くりかえし、くりかえしいいながら、やってきました。そのとちゅうにみぞ[#「みぞ」に傍点]がありました。むすこは、みぞを、
「どっこいしょ。」
といって、飛びこしました。ところが、それまで、歩きながら、「だんご、だんご。」といっていたのを、今、ここで、「どっこいしょ。」といったものだから、つい、それからは、
「どっこいしょ、どっこいしょ。」
と、くりかえしていいながら、帰ってきました。
|玄《げん》|関《かん》にはいると、さっそく、およめさんをつかまえて、大きな声でいいました。
「きょうは、おまえの里で、どっこいしょ[#「どっこいしょ」に傍点]というものを、ごちそうになった。とてもうまかったぞ。これ、すぐに、そのどっこいしょを作ってくれ。」
およめさんが、
「そんなものは知りません。」
と、いいますと、
「おまえのうちで食べたものを、知らんという話があるもんか。」
といい、とうとう、大げんかになってしまいました。むすこが、およめさんの頭をぶって、大きなこぶ[#「こぶ」に傍点]ができてしまいました。およめさんは、
「あれあれ、ここに、だんごのようなこぶができたわ。」
と、さけびました。これを聞いて、むすこは、にわかに気がつき、
「おお、そのだんごだよ。そのだんごを作ってくれ。」
と、いったということです。めでたし、めでたし。
浦島太郎
むかし、|北《きた》|前《まえ》の|大《おお》|浦《うら》というところに、浦島太郎という人がいました。八十に近いおかあさんと、ふたりで暮らしておりました。浦島太郎は、|漁師《りょうし》でした。まだ、おかみさんがなかったので、おかあさんが、いつも、いいいいしておりました。
「太郎よ。わたしがじょうぶなうちに、早く、およめさんをもらっておくれ。」
それを聞くたびに、浦島太郎は、
「わたくしは、まだ、かせぎがたりませんから、およめさんをもらっても、食べさせることができません。おかあさんのたっしゃなあいだは、このまま、ひとりでおるほうが、よろしいです。」
といって、およめさんをもらいませんでした。
やがて、おかあさんは八十をこし、浦島太郎は四十にもなりました。秋のはじめのころでした。北風が、毎日毎日ふいて、漁にも出られない日が、何日も何日もつづきました。漁がないと、お金がはいりません。お金がはいらないと、おかあさんを食べさせることができません。
――あすこそは、天気になるだろう。そうなれば、漁に行けるが……。
と思って、やすみました。夜あけ前、ふと目がさめましたので、空もようを見ますと、いつになく空が晴れていました。
「やれやれ。やっと、きょうは……」
と、浦島太郎は、すぐにしたくをして、小舟に乗って出かけました。
ところが、東のほうがあかるくなるまで、つってもつっても、魚一ぴきとれません。
――これは困ったな。きょうも、おかあさんに、お米のごはんがさしあげられぬのか。
と、心配していましたが、お日さまが、東の海から顔をぬっと出したころ、大きな魚が、えさ[#「えさ」に傍点]にくいついた手ごたえがありました。そら来たと、力を入れて糸をあげてみますと、えさをくったのは、大きなカメでした。カメは、浦島太郎がつり針をはずしても、両手を舟べりにかけて、なかなか逃げようとしません。浦島太郎は、
「タイかと思ったら、おまえは、カメじゃないか。おまえがおると、ほかのさかなが、えさにつかぬ。とっとと、早く、どっかへ行ってくれ。」
そういって、カメをさしあげて、遠くのほうへ投げこみました。そして、また、糸をおろしてつりはじめました。ところが、また、つってもつってもつれません。じりじりしていますと、やっと、お昼まえになって、大きな魚がえさ[#「えさ」に傍点]にくいついたようです。そら来たと、あげてみますと、こんどもまた、朝がたのカメでした。
――あれほど、よそへ行くようにいっておいたのに、また、かかった。よくよく、きょうは、運のわるい日だな。
と、浦島太郎は、|腹《はら》をたてたり、なげいたりしましたが、たとえ一ぴきでもつりあげないでは、|家《いえ》に帰るわけにいきません。じっとしんぼうして、それからまた、いっしんにつっておりました。すると、日ぐれがた、またしても、カメがつれました。こんどは、浦島太郎も、すっかりおこってしまって、カメを、できるかぎり遠くへ、力をこめて投げこみました。
しかし、もう日が暮れてしまったのです。どうすることもできません。しかたなく、|舟《ふね》をこいで、村のほうへ帰っていきました。すると、向こうのほうから、一そうの大きな船がやってきました。
――見たこともない船だな。どっから来たのだろう。どこへ行くんだろう。きっと、遠い国から遠い国へ行く船なんだな。
浦島太郎が、そう思いながら、なおも、舟をこいでいきますと、その大きな船は、浦島太郎のところまで来て、ぴたりととまりました。そして、|船《せん》|頭《どう》が出てきて、
「浦島太郎さん、浦島太郎さん。」
と、よびかけます。
「なんのご用ですか。」
と、浦島太郎が聞きますと、
「わたくしは、|竜宮《りゅうぐう》の|乙《おと》|姫《ひめ》さまのお使いです。主人、乙姫さまが、あなたを、竜宮へご案内するようにと申しました。どうか、この船に乗って、竜宮へおいでください。」
と、船頭がいいます。けれども、浦島太郎は、
「わしが、その竜宮とやらへ行ったならば、あとに残ったおかあさんが、どうして暮らしていけましょう。|母《はは》は、もう八十です。だから、おかあさんのたっしゃなあいだは、せっかくながら、どこへも行くことはできません。」
と、じたいしました。
「いやいや、おまえのおかあさんは、なに不自由なく暮らせるようにしてあげます。とにかく、この船にお乗りください。」
と、船頭が、しきりにすすめますので、浦島太郎も、つい、その船に乗りこんでしまいました。
船は、浦島太郎を乗せると、やがて、なにかこう、霧の深くたちこめたところに、はいっていくようでしたが、まもなく、りっぱな|御《ご》|殿《てん》の見える竜宮の門につきました。そこへ、乙姫や|侍《じ》|女《じょ》たちが、きれいな着物を着て、たくさんの魚といっしょに、美しい音楽が聞こえる中を、むかえに出てきました。
「浦島太郎さん、よくおいでくださいました。」
と、|大《だい》|歓《かん》|迎《げい》をうけました。
毎日毎日、大へんなごちそうが出ました。はじめは、ほんの三日ばかり、と思ったのですが、浦島太郎は、毎日、音楽を聞いたり、おどりを見たりしているうちに、つい、三年の月日がたってしまいました。
ある日、浦島太郎は、乙姫に、
「乙姫さま、乙姫さま。長いこと、おせわになりましたが、くにに帰りたくなりました。母のことが心配で心配で、ちょっと、帰らしていただけませんか。」
と、そう、おねがいしました。すると、乙姫は、おくりものとして、三かさねの|玉《たま》|手《て》|箱《ばこ》というのを、浦島太郎にあたえて、こういいました。
「浦島太郎さん、困ったときには、この箱をおあけなさい。」
やがて、浦島太郎は、大きな船に乗せられて、その|故郷《こきょう》までおくりとどけてもらいました。
さて、浦島太郎は、故郷に帰ってみますと、山のかたちもちがっているし、|丘《おか》の木もなくなって、なかには、|枯《か》れているものもあります。
――三年しか、るすをしなかったのに、これは、どうしたことであろう。
そう思いながら、じぶんの家のほうへやっていきますと、あるわらぶきの家で、ひとりの老人が、わらしごとをしておりました。そこへはいっていって、浦島太郎は、
「わたくしは、もと、このへんにいた者ですが、浦島太郎という人が、やはり、このへんにいたのですが、ごぞんじありませんか。」
すると、おじいさんは、
「そうじゃな。おれのおじいさんのおじいさんのころに、その浦島太郎とかいう人がいて、なんでも、竜宮とやらに行ったという話を聞いたことがあるがの。そのころ、みんな、きょう帰るか、あす帰るかと、|何《なん》|年《ねん》も待ったそうじゃが、ついに、帰ってこなかったということじゃ。」
「それで、その浦島太郎のおかあさんは?」
「そのおかあさんなどは、もう、とっくのむかしに、死んでしもうたわい。」
「では、そのおかあさんのお|墓《はか》は?」
おじいさんからおそわって、浦島太郎は、母の墓をたずねて行きました。見ると、その墓は、木の葉にすっかりうずもれていて、何代も何代もむかしの墓だということがわかりました。
それから、こんどは、わが家のほうへ行ってみました。ちょうずばちの石や、庭のふみ石などはそのままありましたが、ほかには、家もなければ、木さえもなくて、やっと、家のあとだということだけがわかりました。
しあんにあまって、浦島太郎は、乙姫からもらった三かさねの玉手箱を、ふところから出しました。そして、まず、いちばん上の箱のふたを開けてみました。すると、そこには、ツルの|羽《はね》がはいっておりました。つぎの箱のふたを開けてみますと、中から、ユラユラッと白い|煙《けむり》があがって、その煙で、浦島太郎は、いっぺんに、おじいさんになってしまいました。頭はしらが、あごには白ひげ、腰のまがったおじいさんになってしまいました。第三の箱を開けますと、中には、|鏡《かがみ》がはいっていました。鏡を見ると、自分が、すっかり、おじいさんになったことがわかりました。
――ふしぎなことだ。
と、鏡を見ながら、思っていますと、さっきのツルの羽が、風にふかれて、舞いあがったように見えましたが、やがて、それが、大きな鳥のつばさになり、浦島太郎の|背《せ》|中《なか》にはりつきました。そして、浦島太郎は、一羽のツルになってしまいました。
ツルは、空へ飛びあがって、しばらく、おかあさんの墓のまわりを飛んでいました。ちょうどそのとき、乙姫は、カメになって、浦島太郎を見るために、そこの浜へはいあがったということです。
ツルとカメとが、|舞《まい》をまうという|伊《い》|勢《せ》|音《おん》|頭《ど》は、このお話からおこったものだそうです。
ワラビの|恩《おん》
野原で、ヘビが|昼《ひる》|寝《ね》をしておりました。そこはカヤ|原《はら》で、カヤが、土から芽を出しかけておりました。ヘビは、そんなことにはおかまいなく、グウグウ、グウグウ、何日もねむっておりました。
カヤの芽は、ヘビの下からものびてきて、やがて、ヘビのからだをつきぬけて、上へ上へとのびていきました。やっと、ヘビは目をさましました。そうして、そろそろ、カワズでも食べに出かけようかと思いました。それで、ちょっとはいだしかけましたが、からだがうごけません。どうしても、うごきません。しかたなく、しっぽをバタバタやったり、からだをクネクネさせたりして、もがいておりました。
ちょうど、そのときです。ワラビが、ヘビの|腹《はら》の下からもえでてきました。ヘビが|困《こま》っているのを見て、
「ヘビさん、もうすこしのしんぼうだよ。おれが、おまえのからだを、持ちあげてやるよ。」
そういって、クルリとまいたまるい頭で、ヘビのからだを、ぐんぐん、ぐんぐん、持ちあげていきました。それで、ヘビのからだをつきぬけていたカヤの芽が、わけなく、スウーッと、ぬけていきました。ヘビは大喜びで、
「やれ、うれしや。ワラビさん、ありがとう。」
と、お礼をいって、何度もおじぎをして、はいだしました。だから、今でも、野原などで、ヘビを見たら、
[#ここから2字下げ]
ヘビよヘビ
カルカヤ畑に昼寝して
ワラビの恩こをわすれたか
アブラウンケン ウンケンソワカ
[#ここで字下げ終わり]
と、三べんとなえると、ヘビは、ワラビの恩を思いだして、かならず、道をよけてくれるということです。わたくしは、やったことはありませんが、一度、ためしにやってごらんなさい。めでたし、めでたし。
ミソサザイ
ミソサザイという小鳥は、たいへんな|苦情屋《くじょうや》で、いつも、|舌《した》うちばかりしています。なにがそんなに気に入らないのでしょう! 鳥の王さまになれなかったからだそうです。むかし、鳥の王のワシと|競争《きょうそう》したことがあったのです。あるとき、
「村にいる、イノシシをとってみろ。」
ワシにいわれて、そのとき、やぶの中で昼寝をしているイノシシの耳の中に、ミソサザイは、飛びこみました。そして、耳の中をつつきました。
イノシシは、耳のいたさに、めくらめっぽうかけめぐり、岩に頭を打ちつけて、とうとう、死んでしまいました。
つぎには、ワシの番になりました。
「むこうにいる、シカをとってこい。」
ミソサザイにいわれて、木の下に寝ている二ひきのシカにとびかかり、ワシは、いちどに、両方の|背《せ》|中《なか》をつかんで、飛びたとうとしました。
シカは、おどろき、右と左に|逃《に》げだしました。それで、ワシは、つめをはがれて、いたい、いたいと|泣《な》きました。
「どんなもんだい。いよいよ、ぼくが王さまだ。」
ミソサザイは、いいました。けれども、どうしたことでしょう。あんまり小さなミソサザイを、王さまといってくれるものは、ただの一|羽《わ》もなかったのです。ワシに勝っても、ミソサザイは、王さまになれなかったのです。
それから、ミソサザイは、大へんな苦情屋になりました。そして、いつも、チッチ、チッチと、舌打ちばかりしているようになりました。
ヒョウタンとカッパ
むかし、むかし、|肥《ひ》|前《ぜん》の国(長崎県)は|島《しま》|原《ばら》に、|有《あり》|馬《ま》というところがありました。そこの|庄屋《しょうや》さんの家に、美しい|娘《むすめ》がいました。
ある夏のことです。ちょうど、|稲《いね》の成長にたいせつな時期になって、とつぜん、この庄屋のたんぼに、水が、ぜんぜんはいらなくなってしまいました。村の人たちみんな、力をあわせて、たんぼへそそぐみぞ[#「みぞ」に傍点]を、作りなおしたり、もっと|掘《ほ》りさげたり、いろいろやってみましたが、どうしても水がはいってきません。なんともふしぎなことです。そこで、しかたなく、庄屋さんは、|氏《うじ》|神《がみ》さまに|願《がん》をかけました。
「どうか、うちのたんぼに、水がのってきますように、おねがい申しあげます。」
ところが、|満《まん》|願《がん》の夜のことです。|夢《ゆめ》に、氏神さまがあらわれて、
「これこれ、庄屋。おまえの家には、年ごろのきれいな娘があるだろう。有馬川にすんでいる一ぴきのカッパが、その娘をほしがっておるのじゃ。その娘を、カッパのおよめにやれば、すぐ、水が、たんぼにかかるようになるのだが、どうじゃ。カッパに、娘をやる気はないか。」
と、こう、おつげになりました。
庄屋は、目がさめてから、いろいろ考えましたが、どうも、すこしふ[#「ふ」に傍点]におちないおつげです。娘を、カッパのようなもののよめにするのか、と思えば、かなしくなってきます。それで、家の者にも、その話をしないで、いつものように、たんぼの見まわりに出かけました。みれば、やっぱり、じぶんの家のたんぼにだけ、水がはいっておりません。何日も水がはいらないので、たんぼの土は固くなって、いちめんにひびわれ[#「ひびわれ」に傍点]がしており、稲はもう黄ばんで、|枯《か》れそうになっています。それにひきかえ、よそのたんぼには、水がなみなみとみなぎり、稲は、一本残らず青あおと成長しています。くやしくてなりませんが、どうすることもできません。それも、自分が作っているたんぼなら、あきらめもするのですが、自分のたんぼでも、|小《こ》|作《さく》|人《にん》に作らしているのですから、その小作人たちに、なんとも、すまなく思われるのでした。あれを思い、これを考えしながら、たんぼへ流れるみぞの口のところへ行って、ふと見ますと、夢で聞いたとおり、一ぴきのカッパが、水のとりいれ口をふさいで、からだをせき[#「せき」に傍点]にして、寝ころんでいました。
「カッパ、カッパ、どうして、おまえは、そんなことをするのだ。」
庄屋がたずねますと、カッパは、昨夜、氏神さまがいわれたとおり、
「おまえさんとこの娘が、およめさんにほしい。」
と、申します。庄屋は、すっかり|困《こま》ってしまって、心配そうな顔をして、とぼとぼと、家に帰っていきました。どうしたものかと、考えこんでいますと、娘が、
「おとうさん、おとうさん。どうして、そんなに、心配そうにしていらっしゃるのです。」
と、そう聞きました。庄屋は、今はもう、しかたなく、昨夜の夢のことや、けさのカッパのことなどを話しました。そのあとで、
「おまえ、すまんが、カッパのよめになってはくれまいか。」
と、娘にたのみました。すると、娘は、
「そんなこと、ご心配にはおよびません。わたくしに、おまかせください。きっと、水が、たんぼにはいるようにいたします。」
と、おとうさんをはげましました。
娘は、ヒョウタンをさげて、有馬川に出かけていきました。そして、みぞの口にがんばっているカッパに向かって、いいました。
「カッパさん、おまえが、わたしを、およめにほしいといわれたそうなので、わたしは、今、およめさんになりに来ました。だが、そのまえに、うちのたんぼに、水をいっぱいにしてください。いいですか。それから、ここに持って来たこのヒョウタンは、わたしの|魂《たましい》ですが、今、これを、川の中に投げこんで行きますから、これを、水の中にしずめてください。このヒョウタンがしずんだら、わたしは、いつでも、あなたのところへやってきて、よめになります。たのみますよ。」
そういって、ヒョウタンを、川の中へ投げこんで帰っていきました。しばらくしますと、庄屋のたんぼには、水が、音をたてて流れこみ、それこそ、こぼれるほどに、たんぼいっぱいになりました。やがて、稲も青あおとしげってきました。
しかし、ヒョウタンのほうですが、それからのち、有馬川に、一つのヒョウタンが、ういたりしずんだり、ういたりしずんだり、いつまでも、ブクブクやっていました。ヒョウタンのことですから、カッパがしずめようとしても、どうしても、しずめきれないのです。それでも、カッパは、秋が来ても、冬になっても、ヒョウタンをしずめることに、一生けんめいになりました。しかし、どうしてもしずめられなくて、とうとう、庄屋の娘を、およめにもらうことができませんでした。めでたし、めでたし。
|唐《から》|津《つ》かんね
むかし、むかし、九州の唐津というところに、かんね[#「かんね」に傍点]という男がおりました。
かんねは、よくいえば、のんきな男、悪くいえば、なまけ者というところでした。しかし、そのおよめさんは、なかなかの働き者で、いつも、かんねに、働け働け、と、やかましくいっておりました。
ある年の暮れのことです。いよいよ、おおみそか[#「おおみそか」に傍点]がせまったというのに、かんねは、いっこう、新年をむかえる用意をしません。およめさんは、|腹《はら》をたてて、かんねをどなりつけました。
「もうすぐお正月だというのに、毎日、のんきそうに寝ころんでばかりいて、いったい、おまえさんは、どうしてお正月をむかえるつもりかい。へいきでおるにもほどがありますよ。」
すると、かんねは、
「まあ、そうさわぐな、さわぐな。おれにはおれの考えがある。」
と、あいかわらず、のんきそうな顔なのです。
ところで、いよいよ、おおみそかの晩になりました。かんねは、なにを思ったのか、|墓《はか》|場《ば》へ行って、シクシク、シクシク、泣きまねをしておりました。すると、そこへ、キツネが出てきて、かんねを|化《ば》かそうとしかけました。これを見ると、かんねがいいました。
「これこれ、キツネ、おれが化かされると思っておるのか。おまえのしっぽが、ちゃんと見えておるじゃないか。」
かんねが笑いますと、キツネは、
「しっぽが見えておりますか。そうですか。わたしたち、じつは人間を化かそうと、いろいろと苦心するのですが、どうも、このしっぽというやつ、とてもむずかしいもので、見える人には、すぐ見つけられてしまいます。どうしたら、しっぽがかくせましょうかね。」
と、聞きました。
「おれの家にやってくるがいい。おれが、くわんいん[#「くわんいん」に傍点]という位をやろう。そうしたら、もう、しっぽの出る気づかいはない。しかし、おれは、酒ともち[#「もち」に傍点]が大きらいでのう。酒やもちは、見たばかりで、からだがはれてくるというしょうぶんだ。お礼などに、そんなものを持ってくるではないぞ。」
そういって、かんねは、家に帰りました。そして、家の|床《ゆか》|下《した》に、白犬と黒犬をかくし、首を長くしてまっていますと、やがて、キツネが、位をもらいにやってきました。
「コンコン、かんねさんはいらっしゃいますか。先ほど、墓場でおめにかかったキツネです。位をちょうだいにあがりました。」
かんねは、戸をあけて、キツネを家の中にいれました。そして、すぐに戸をしめました。
「かんねさん、はやく位をおねがいします。」
キツネが、そう、さいそくしますと、かんねは、
「白よ、黒よ、早く出てこい。」
と、そういうと、キツネには、
「これが、くわんいんの位じゃ。」
と、いいました。
キツネは、白、黒二ひきの犬に、ワンワン、ウウウウ、せめたてられ、命からがら、やっとのことで、かんねの家から|逃《に》げだしました。そして、ほうほうのていで、山に帰っていきました。
キツネは、うまくだまされたので、くやしくて、腹がたってたまりません。どうかして、かたきうちをしてやろうと、考えました。そのとき、はっと思いだしました。かんねが、酒ともちが大きらいで、見ただけでからだがはれてくる、と、いっていたのを。
――そうだ。そのもちと酒だ。かんねを、酒もちぜめにしてやろう。
キツネは、そう思いたちました。そこで、どこから、どうぬすんできたものか、酒ともちをいっぱい手に入れて、かんねの家に行き、その酒ともちを、どんどん、家の中にほうりこみはじめました。かんね夫婦は、じっと、ふとんをかぶり、寝たまねをして、酒ともちが、どんどん、投げこまれる音を聞いておりました。朝になってみると、家じゅう、酒ともちでいっぱいです。ふたりは大喜びで、大へんいいお正月をむかえたということです。
|山姥《やまんば》の宝みの
むかし、むかし、あるところに、|甲斐《か い》の国(山梨県)のような山国がありました。そこの、いなかの村に、ひとりの美しい|娘《むすめ》がおりました。ある年の、春のある日のことでした。娘は、村の人たちといっしょに、山へワラビとりにいきました。ところが、ひとところ、今までに見たこともないような、よいワラビがあって、それが、谷間を|奥《おく》へ、細い道にそうてはえしげっておりました。娘は、それにひかれて、その道を、どんどん、ワラビをとりとり行きました。そのうち、なにか心細くなって、気がついたら、村の人たちの|姿《すがた》も見えなければ、声も聞こえないところへ、自分ひとり来ていました。
「お――い、お――い。」
と、よんでみましたが、へんじをする者はありません。これは、とんだことになったと思って、急いで、来た道をとってかえしましたが、いつ、どうして、道をまちがえたのか、行けども行けども、もとの道へ出られません。そのうち、日が暮れかかってきました。あかるいのは空ばかりで、谷間は、しだいにうすぐらくなりました。木の|枝《えだ》をふく風の音も、強くなり、どこかで、鳥やけものの鳴く声がしてきました。
どうしたらいいでしょう。
ただもう、一生けんめい、歩いていると、すこし高いところへ出ました。そこから、あっちこっちとながめまわし、村のあかりでも見えないものかと思いました。すると、やれうれしや、向こうのほうに、一つ、あかりがついております。村でなくても、あそこへ行けば、人が住んでて、村へ行く道を教えてくれる。それにまた、|今《こん》|晩《ばん》一晩、泊めてもくれよう。晩のごはんを食べさせてもくれるだろう。娘は、もう、すっかりつかれていて、このうえは、一足も歩かれないほどでしたから、こんなことを考えました。そして、そのあかりをさして、あかりを、たった一つのたよりのように思って、歩いていきました。
「ごめんください。おねがいでございます。わたしは、この山で道にまよった、村の娘でございます。もう、すっかりつかれて、|一《ひと》|足《あし》も歩けません。おなかもすいていて、死にそうでございます。どうか、今晩、一晩だけお泊めくださいませ。おねがいいたします。」
娘は、そこの戸口で、そういいました。すると、家の中から声がしました。
「どこの、だれか知らないが、そういうことなら、戸をあけて、はいりなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
娘がはいってみると、ひとりの|白《はく》|髪《はつ》のおばあさんが、向こうで、いろりにあたっております。しかし、そのおばあさん、目がキラキラ光って、口が耳のほうまでさけております。ふつうなら、一目で|逃《に》げるところなんですが、なにさま、もう、どうすることもできないほど、娘は、つかれていました。そこで、
「おねがいいたします。」
と、頭をさげました。おばあさんは、娘をじろじろ見ていましたが、
「おまえさんは、ここを、どこと思って、やっておいでたかね。」
そんなことをいいました。
「向こうから、ここのあかりが見えましたものですから――」
娘が、そういいますと、
「ここは、おまえさん、山姥の家だよ。わたしは、その山姥だよ。山姥というのを知っておいでか。人をとって食べる|鬼《おに》の女だよ。」
おばあさんは、そんなおそろしいことをいいました。でも、娘は、どうすることもできません。もう、からだがうごかないのです。だから、いいました。
「山姥の家でもよろしいから、一晩、泊めてください。」
これを聞くと、山姥がいいました。
「泊めてくれって、わたしは鬼だから、おまえさんを食べるかもしれないよ。」
「いいです。食べてもいいですから、泊めてください。」
娘がいうと、山姥は、ハッハと、大口をあけて笑いました。そして、いいました。
「こまったね。食べられてもいいっていったところで、わたしゃ、おまえさんのような娘は、食べたくないよ。」
そして、また、大口をあけて笑いました。
「ハッハッハ、|困《こま》ったねえ。いままで、何人も人をくったけれど、くってもいいっていった人間は、ひとりもいなかった。みょうなもので、くえといわれると、くいたくない。くうのが、かわいそうにもなるものだ。」
それから、山姥は、しばらく考えていましたが、
「これから山の中へ追いだしても、クマやオオカミに食べられるばかりだし、困った娘だ。」
そう、ひとりごとをいうと、奥へ行って、きれいなみの[#「みの」に傍点]を一つ、とってきました。
「これは、山姥の宝みのといって、じつは、わたしの宝物なんだよ。しかし、おまえさんが、あまりかわいそうだから、きょうは、思いきって、この宝みのを、おまえさんにあげるわ。これはな、これを着て、三べん、山姥の宝みの、山姥の宝みの、山姥の宝みの、わたしを、山のオオカミにしておくれと、こういうと、もうすぐ、自分がオオカミになっているという、ちょうほうなものなんだ。オオカミばかりじゃない。なんにでもなれるよ。それからな、もし、ほしいものがあったら、これをこうふって、心の中で思いなさい。おむすびがほしい。三つほしい。たくあんがほしい。四きれほしい。すぐ、もう、この下に、それがころがっているんだ。ね、こんなべんりなみの[#「みの」に傍点]が、いったい、どこの世界にあるかいな。それを、おまえさんにやる。さ、行きなさい。いまのオオカミは、たとえだから、行くなら、まあ、人間のおばあさんになって行くんだな。」
そういって、山姥は、その宝みのをくれました。娘は、すぐ、その宝みのをふって、そこに、おむすびと、たくあんを出し、それをおいしく食べました。それから、それを着て、おばあさんになりました。もう、だいじょうぶです。もし、クマやオオカミが出たら、かりゅうどになればいいし、鬼なんかが出たら、鳥になって、空を飛べばいい。
そんなことを、考え、考えいっていると、おや、もうすぐ、そこに、道ばたに、何人もの鬼がいて、
「そこに、人間が来たぞ。とってくおうじゃないか。」
そういう声が聞こえ、鬼が出てきて、もう、娘をとりまきました。鳥になって、空を飛ぶひまもありません。困った、困った、と思って、つい、「ナムアミダブツ。」といいますと、これをきいた鬼のひとりがいいました。
「だめ、だめ、これはおばあさんじゃないか。こんなおばあさん、|骨《ほね》と皮ばかりで、食べても、てんでうまくない。よそう、よそう。逃がしておこう。」
そして、むすめを逃がしてくれました。
「やれ、こわや。やれ、おそろしや。」
と、娘は、鬼のところを逃げてやっていきますと、そのうち、夜があけて、朝になりました。どこだか知らぬ村へ出ていました。見ると、りっぱな門があります。|長者《ちょうじゃ》の門にちがいありません。中へはいって、たのんでみました。
「わたしは、こんな年よりで、行くところもない者です。どこか、家のすみにでも、おいてくださいませんか。」
すると、その長者が、なさけぶかい人でして、その娘がなっているおばあさんを、かわいそうに思いました。
「それはきのどくだ。長屋の一間があいてるから、そこにいて、糸でもつむいでおるがよい。」
こういって、そこにおいてくれました。娘は、昼は、グングン、糸をつむぎました。夜は、たいくつなもので、みの[#「みの」に傍点]をぬいで、ほんものの娘になり、そっと、ひとりで、手ならいをしていました。ところが、そこの長者のむすこが、ある晩おそく、外から帰ってきました。見れば、長屋の一間に、あかりがついております。そして、ひとりの美しい娘が、お習字をしております。
今まで、見たこともないほど、美しく、かわいい娘です。そこで、あくる日のこと、長屋にいるあの娘が、およめさんにほしくてなりませんと、おとうさんの長者にいいました。長者は、ふしぎでなりません。
「そんな娘が、長屋におったかしらん。」
一間一間、長屋をさがしてみましたが、もとより、娘は見られません。ところが、長者の家のてつだいの男の人が、やはり、夜おそく、手ならいする娘を見つけました。そのてつだいの人は、昼は、おばあさんで、夜は、美しい娘になるのは、お|化《ば》けにちがいないと思いました。長者に、きっと、そうですと、つげ口をしました。長者は、びっくりして、娘さんをよびました。
みんなで、しょうこを出して、せめたてました。もう、しかたがありません。娘は、山姥からもらった、宝みのの話をしました。そして、そのみの[#「みの」に傍点]をぬいで、美しい娘の姿にかえりました。長者も、長者のむすこも、これで安心して、いよいよ、家のおよめさんになってもらいたいと、いいました。
娘は、じぶんの村と、自分の家の話をして、そこをさがしてくれとたのみました。そこをさがして、娘が、そこへ帰るのに、二日とかかりませんでした。そして、|一《ひと》|月《つき》とたたないうち、この美しく、かわいらしい娘は、そこから、長者の家へおよめいりしてきました。めでたし、めでたし。
ネズミ|経《きょう》
むかし、むかし、あるところに、たいへん|信《しん》|心《じん》ぶかいおばあさんがいました。
そのおばあさんは、字が読めないので、一つも、お経を知りませんでした。だれかに教えてもらいたいと思っておりましたが、教えてくれる人がありません。
ある夜のこと、ひとりの|旅《たび》の人が、
「|泊《と》めてください。」
と、はいってきました。はじめは、お泊めできない、といって、ことわったのですが、その人が、お経を教えてくれるというので、おばあさんは、喜んで泊めてやりました。
ところが、ほんとうは、その人は、お経を知っていなかったのです。
――困ったなあ。
と、思いましたが、今さら、知らん、ともいいかねました。
いよいよ教えるだんになって、どういおうかと考えながら、|天井《てんじょう》の方を見つめていますと、天井のふし|穴《あな》から、一ぴきのネズミが出てきて、そのへんを、チョロチョロと歩きました。そこで、その旅の人が、ふと、思いついて、
「オン チョロチョロ。」
と、いいました。
すると、ネズミが穴へはいって、また、出てきましたので、旅の人は、
「マタ チョロチョロ。」
と、いいました。
すると、そのネズミが穴をのぞきました。そこへ、ほかのネズミが出てきて、二ひきのネズミで、穴をのぞきました。
そこで、旅の人は、
「二ヒキノネズミガ アナノゾキ。」
と、となえました。
つぎには、二ひきが、口と口とをあわせて、話をしているようすなので、
「ナニヤラ クシャクシャ ハナサレソウロウ。」
と、口ずさみ、それで、お経をおわったことになりました。
おばあさんは、ありがたいお経だというので、
[#ここから2字下げ]
オン チョロチョロ
マタ チョロチョロ
二ヒキノネズミガ アナノゾキ
ナニヤラ クシャクシャ ハナサレソウロウ
[#ここで字下げ終わり]
と、くりかえし、毎日となえておりました。
ところが、ある晩のこと、ふたりのどろぼうが、おばあさんの家をねらってやってきました。
ひとりのどろぼうが、チョロチョロとはいりかけたとき、おばあさんが、
[#ここから2字下げ]
オン チョロチョロ
[#ここで字下げ終わり]
と、お経をとなえはじめました。
それを聞いたどろぼうは、びっくりして、ちょっとひっこんで、また、チョロチョロと出てきました。
ちょうどそのとき、おばあさんは、
「マタ チョロチョロ。」
と、お経をとなえました。
どろぼうは、仲間をよんできて、|雨《あま》|戸《ど》のふし穴から、ふたりで、家のなかをのぞきました。
そのとき、おばあさんのお経は、
「二ヒキノネズミガ アナノゾキ。」
と、いっているところでした。どろぼうは、
「これは困ったことになった。今夜は、しごとができないぞ。」
と、クシャクシャ、話をいたしました。
すると、おばあさんは、お経で、
「ナニヤラ クシャクシャ ハナサレソウロウ。」
と、いいました。
ふたりのどろぼうは、いよいよあわてて、どんどん、逃げていってしまいました。
山の神と子ども
むかし、むかし、あるところに、おかあさんと子どもが住んでおりました。家が|貧《びん》|乏《ぼう》だったので、子どもが十二になったとき、おかあさんにいいました。
「おかあさん、おかあさん、今までは、おかあさんに|難《なん》|儀《ぎ》をさせましたが、わたしも、十二になったから、これからは、一生けんめいはたらいて、おかあさんに、らくをさせてあげます。」
そして、それから、おかあさんにかわって、毎日、毎日、山へたきぎをとりに出かけることになりました。おかあさんは、大喜びして、子どもに、べんとうを作って、持たせてやりました。
ある日のことです。子どもが、おかあさんの作ったべんとうを、木の|枝《えだ》にぶらさげて、木の上に登って、|枯《か》れ枝を|折《お》っておりました。すると、そこへ、どこからか、しらがのおじいさんがやってきて、子どもに、くれともいわず、枝のべんとうを、ムシャムシャ食べはじめました。子どもは、上からそれを見て、
「へんなおじいさんも、あるものだなあ。」
と、思いました。しかし、また、
「きっと、あのおじいさん、おなかがすいて|困《こま》っているのだな。それなら、きのどくだから、おべんとうをあげることにしよう。自分は、家へ帰れば、いくらでも食べられるから。」
そう、思いかえしました。それで、木をおりてくると、
「おじいさん、おじいさん、えんりょなくおあがりなさい。」
そういいました。おじいさんは、
「ありがとう。年をとると、おなかがすいてなあ。」
そういって、おべんとうを、みんな食べてしまいました。子どもは、たきぎを|背《せ》|負《お》って家へ帰ってきましたが、帰るとすぐ、山で会ったおじいさんの話をしました。すると、おかあさんがいいました。
「そうか、そうか。それはいいことをしたね。それでは、あすは、そのおじいさんのぶんと、二つのおべんとうを作っておこう。」
それで、子どもは、そのあくる日、ふたつのべんとうを持って、家を出ていきました。山へいくと、前の日のとおり、それを木の枝へかけ、自分は上に登って、枯れ枝を折っていました。すると、しらがのおじいさんが、また、どこからかやってきて、枝のおべんとうをとって食べはじめました。しかも、一つ食べると、二つ目も食べております。子どもは、これを見ると、
「おじいさん、よっぽど、おなかがすいてるのだな。わたしは、家へ帰れば、いくらでも食べられるのだから、べんとうなんかなくてもいい。」
そう思って、木をおりると、おじいさんにいいました。
「おじいさん、おじいさん、えんりょなく、二つともおあがりなさい。」
おじいさんは、
「ありがとう。ありがとう。年をとると、おなかがすいてなあ。」
そういって、二つとも食べてしまいました。
三日目は、べんとうを一つだけもって山へ行きました。おかあさんがよそに行くので、子どもに、早く帰るようにと、おじいさんのぶんだけ作ってくれたのです。
山へ行って、木に登りかけたら、いつものおじいさんが出てきて、
「子ども、子ども、おまえは、気だてのいい、親切な子どもだ。それで、これから、おまえに、いって聞かせることがある。わたしは、この山に住む、山の神さまだ。」
そこで、子どもは、木からおり、神さまのまえの石に|腰《こし》をかけ、神さまのことばを聞きました。
「これから西の方へ行くと、|天《てん》|竺《じく》というところがある。そこには、おまえが、今まで見たこともないような、りっぱなお寺がある。そこへ、これからお参りしてくるがいい。行くとき、だれかが、きっと、おまえに、たのみごとをするはずだから、そのたのみごとを聞いてやるがよい。」
おじいさんは、そういったかと思うと、もう、そこに、大きなカシの木になって立っていました。
子どもは、家に帰って、おかあさんに、その話をしました。おかあさんも、その話にだいさんせいで、それではというので、天竺行きのしたくをはじめました。ところが、天竺というのは、遠い遠いところで、行くのに、何日も何日もかかります。それで、米だの、みそだの、たくさん持っていかなければなりません。大へんだというので、おかあさんと相談して、近所の|長者《ちょうじゃ》のうちへ、米やみそを|借《か》りに行きました。
「こんど、わたしは、天竺の、見たこともないような、りっぱなお寺へお参りに行きます。それで、申しかねますが、|道中《どうちゅう》に入りような米とみそを、お貸しくださいませんか。」
そういうと、長者は、
「それは、けっこうなことだ。ついては、こちらにもたのみがある。うちの娘が、もう三年も病気している。その天竺の、見たこともないような、りっぱなお寺へお参りしたら、娘の病気のなおるように、お|祈《いの》りしてきてくれないか。」
と、いいました。
「それは、おやすいご用です。」
そういって、子どもは、米とみそを借りて、天竺へ|出立《しゅったつ》しました。何日も何日も行ったところで、一|軒《けん》のりっぱな家へ|泊《と》めてもらいました。すると、そこの主人がいいました。
「おまえさん、どこへ行かれますか。」
子どもが、いいました。
「天竺のお寺へお参りにいきます。」
主人が、いいました。
「それは、いいところへ行かれます。それでは、ひとつ、おねがいがある。うちでは、サンダンの花という花を作って、それで、今まで暮らしてきた。ところが、近ごろ、そのもと木が枯れ、つづいて、二番木が枯れた。今は、三番木しか花がさかない。どうかして、もと木と二番木に、もう一度、花をさかせたい。天竺のお寺へお参りしたら、そのことを、お祈りしてきてくださらないか。」
「はい、はい、|承知《しょうち》しました。」
子どもは、これもひきうけて、あくる日、そこを出立しようとすると、主人が、
「この先に行くには、大きな川をわたらにゃならん。」
と、いいました。行ってみると、なるほど、大きな川がありました。わたろうにも橋はなし、一つの船も見えません。
「さて、どうしたものか。」
と、考えていると、川の向こう岸を、ひとりの女が通っております。見ると、顔がはれていて、目がどこやら、鼻がどこやらわかりません。みっともない女の人です。しかし、ものは問うてみろと思って、子どもは、声をかけました。
「おーい、この川、どうすれば、わたれるかあい。」
すると、女が、かげのようになって、すっと、水の上をわたって、子どものそばに飛んできました。そして、聞きました。
「子ども、子ども、おまえ、どこへ行くんだ。」
子どもは、いいました。
「天竺へ行って、お寺参りをするんだ。」
これを聞くと、そのみにくい女が、頭をさげてたのみました。
「それでは、一つ、たのみがある。じつは、わたしは、陸に千年、川に千年、海に千年と、生きてきたもので、ほんとうのところは、人間ではないのです。天にのぼろうと、長いこと|苦《く》|心《しん》しているのですが、のぼる術がわかりません。それがわからないままに、目がはれ、鼻がふくれ、みにくい顔になりました。天竺のお寺へ行ったら、どうすれば天にのぼれるか、仏さまにうかがってみてください。」
子どもは、
「はい、はい、承知しました。」
そういいました。すると、その女は、
「では、わたしの頭にお乗りなさい。」
と、子どもを頭に乗せて、すっと、川の上を飛んでいきました。見るまに、向こう岸につきました。子どもは、そこに立って、西の方を見ますと、丘の上に、りっぱなお寺がたっていました。それこそ、今まで見たこともないようなお寺だったのです。
「あれこそ、山の神さまに教えられたお寺だ。」
と、喜びいさんで、そのお寺をさして歩きました。お寺へつくと、そこには、あのしらがおじいさんの、山の神さまが立っていました。
「よく来たねえ。」
神さまはいいました。それから、
「とちゅうで、なにか、たのまれなかったか。」
と、いうのでした。子どもは、まず、自分の家の近所に住む長者の娘の話をしました。すると、山の神さまは、
「そんなことは、わけはない。その家のまわりにいる男たちをみんな集めて、娘に、|盃《さかずき》をわたさせてみるんだ。うけとったあいての男に|財《ざい》|産《さん》をやって、娘のおむこさんにすれば、娘の病気は、すぐなおる。そのほかに、なにかたのまれなかったか。」
そう、聞きました。それで、子どもは、サンダンの花の話をすると、神さまは、
「それも、わけはない。」
といって、花の木の根もとに、二つ、金のつぼがうまっていることを、教えてくれました。
「それを掘って、一つを人にやり、一つを家の者がとれば、サンダンの花は、また、美しくさくようになる。」
つぎに、子どもは、川の岸で出会った女の話をしました。すると、山の神さまは、
「それは、その女が、にんじょ[#「にんじょ」に傍点]という玉を持っていて、それが惜しさに、目がはれ、鼻がつぶれ、三千年たっても、天へのぼれないでいるのだ。それを人間にやりさえすれば、すぐでも、天にのぼっていける。」
そう教えてくれました。そして、見るまに、神さまは、また、前のように、大きなカシの木になってしまいました。子どもは、そこで、すぐひきかえし、おかあさんのところへ帰ることにしました。歩いてくると、大川の岸へ出ました。岸には、みにくい女が立って、待っていました。
「どうだった。」
そう、聞きました。
「今、話してあげますが、その前に、川をわたしてください。」
子どもは、いいました。そして、やはり、頭に乗せてもらって、川をわたりました。そこで、
「あなたが持ってるにんじょ[#「にんじょ」に傍点]の玉を、人間におやりなさい。すれば、すぐに、天にのぼれます。」
これを聞いて、女は、玉を子どもの前に出しました。と、もう、遠くの方で、おそろしい大きな音がおこり、まわりが|霧《きり》でうまってしまいました。子どもは、おそろしくなって、どんどん|逃《に》げだしました。遠くまで逃げて、ふりかえって見ると、霧がはれて、|水柱《みずばしら》が空高くあがっていました。女は、その水に乗って、天へのぼってしまいました。
子どもは、玉をふところに入れて、おかあさんのところをさして歩いてきました。やがて、サンダンの花の家へ来ました。そこの主人も、待っていて、子どもに、
「どうだった。」
と、聞きました。子どもは、おじいさんに教えられた話をしました。主人は、さっそく、花の根もとを掘って、金のつぼを二つ見つけだしました。それで、一つを子どもにくれました。すると、二本の花の木は、もうすぐ芽を出し、葉を出し、つぼみをつけ、美しい花をさかせました。
子どもは、玉と金のつぼとを持って、喜んで帰ってきました。長者は、それを待ちかねていて、娘の病気のことを聞きにきました。そこで、子どもは、神さまから教えられた話をしました。
長者は、さっそく、近所の男たちを残らず集めて、娘に、盃をささせてみましたが、娘は、だれにもさそうとしません。長者のすすめで、子どもが、娘の前に行ってみると、娘は、すぐ、盃を手にとって、子どもにさしだしました。
ところが、子どもは、どうしても、それをうけとろうとしません。長者が、
「神さまのなさったことだ。うけとってくれ。」
と、いいましたので、子どもは、とうとう、盃をうけました。すると、娘の病気は、すぐになおって、立ちあがると、おどりをおどりはじめました。
そんなことになったので、子どもは、母親をつれて、長者のおむこさんになり、いつまでも、しあわせに暮らしたということであります。
|卵《たまご》は白ナス
むかし、ある寺に、|和尚《おしょう》さんと小僧さんとがありました。和尚さんは、くいしんぼうで、ひとりで、うまいものばかり食べていました。小僧さんには、みんなかくして、なに一つやりませんでした。ある日のこと、和尚さんが、卵をゆでておりました。すると、そこへ、小僧さんがはいってきて、その卵を見ると聞きました。
「和尚さん、和尚さん、この白いものは、なんですか。」
和尚さんは、へんじに|困《こま》りました。
むかしは、お寺では、|精進料理《しょうじんりょうり》といって、野菜やくだもののほかは、食べないことになっていました。
そこで、
「これはな、ナスだ。畑になる、あのナスだ。」
そう、いいました。小僧さんは、
「しかし、白いじゃありませんか。」
そう、いいました。
「うん、これは、白ナスだ。」
和尚さんが、いいました。そのあくる朝のことです。お寺の庭で、ニワトリが|鳴《な》きました。
「ほっけぼうず、こけこうろ。」
このお寺は、ほっけ|宗《しゅう》と思われます。そこで、小僧さんは、すぐ行って、和尚さんにいいました。
「和尚さん、和尚さん、ただいま、お寺の庭で、ほっけぼうず、こけこうろと、あの白ナスの親が鳴いております。」
和尚さんも、これには、おうじょうしたということです。
ツルとカメ
むかし、一ぴきのカメが、小さな池のなかにすんでおりました。夏が来て、水が、だんだんなくなってきました。
カメは、心配して、どうなるかと、毎日毎日、空をあおいで、雨のふるのを待っていました。
しかし、いつまでたっても雨はふりません。
そこで、ある日のこと、池のほとりへ飛んできたツルに、|相《そう》|談《だん》してみました。
「ツルさん、ツルさん。これは、いったい、どうしたことかね。こんなに水がなくなっては、おれは、生きていくことができなくなるんじゃないかと、毎日、心配でならない。」
すると、ツルのいうことに、
「そうだな。この池は小さいから、ちょっと雨がふらないと、すぐもう、こんなに水がひからびて、|底《そこ》がかわいてしまう。もっと大きな池へひっこすんだな。」
「しかし、ツルさん。そういう大きな池が、どっか、この近くにでもあるのかね。」
「そりゃあるさ。むこうの山をこえていくと、大きな大きな、この池の五倍も十倍もある池があって、そこには、きみたちの仲間が、十ぴきも二十ぴきも、ういたりしずんだり、池を泳ぎまわって、ゆかいそうに遊んでいるよ。まったく、そりゃあ、いいところだぞ。」
「行きたいな、そういうところへ、おれは行きたい。しかし、なにぶん、こんなに短い足で、あの山をこえて行くとなると、十日や二十日じゃ、行けそうにもない。それに、もし、とちゅうで、いたずらっ子などに会ったひにゃ、まるでひどいめにあうからね。そのうえ、おれには、その池がどのへんにあるのか、けんとうもつかないときている。」
「なあに、心配ないさ。きみが、ほんとに行く気があるなら、おれたちで、あの山をこえて、運んでやる。」
カメは、たいそう喜びました。
「そうか、ツルさん、そうしてくれるか。それでは、たのむ。ぜひ、その大池へ運んでくれ。」
すると、ツルは、空へ向かって、
クワァー クワァー
と、鳴きました。ツルの仲間をよんだのです。やがて、向こうの山をこえて、一|羽《わ》のツルが飛んできました。
これを見ると、ツルは、そのへんにあった|棒《ぼう》をくわえてきて、カメの前におきました。
「さあ、カメくん。この棒のまんなかをくわえて、しっかりと、ぶらさがるんだよ。ぼくたちが、棒の両はしをくわえて、その大池へつれてってやる。さあ、いいかい。」
カメが、棒にくわえついたのを見ると、ツルは、両はしをくわえて、バタバタバタッと、飛びたって、空へ|舞《ま》いあがりました。
そうして、向こうの山をさして、飛んでいきました。
ところが、そのとちゅう、ある村の上を飛んでいるときのことです。村の子どもたちが、二羽のツルが、棒にぶらさがったカメを運んでいるのを見て、
「やあーい、カメが、あんなことをしてやがらあ。」
と、カメをゆびさし、大声をあげて、カメのかっこうを笑いました。
これを聞くと、カメは、|腹《はら》をたてて、
「小僧、だまれ。」
と、やりかえしました。
しかし、そういったとたんに、口があいて、からだが棒からはなれてしまいました。ストーンと、大地におっこちて、いやというほど|背《せ》|中《なか》を打ちつけました。
カメの背中のこうらに、|模《も》|様《よう》がはいっているのは、そのときできたひび[#「ひび」に傍点]だということです。
カワズとヘビ
むかし、むかし、|安房《あ わ》の国(千葉県南部)に、神さまがいらっしゃいました。
その神さまは、世界じゅうの生きもののせわをなさるかたでしたが、そのころ、生きものは、まだ作られたばかりで、どれになにを食べさせるか、きまっていませんでした。
それで、生きものたちは、なんにも食べることができなくて、おなかがぺこぺこ、たいへん|困《こま》っておりました。神さまのところへ行っては、
「どうか、早く、食べ物をおきめください。おねがいいたします、おねがいいたします。」
牛や馬や、ネズミやタヌキ、キツネ、オオカミ、こういうものから、鳥や、さかなや、虫にいたるまで、みんな、神さまへおねがいに行っておりました。
すると、神さまが、
「あすの朝、食べ物をきめてやるから、みんなで集まれ。」
と、そう、おっしゃいました。
生きものたちは、大へん喜んで、夜のあけるのを待ちかねて、ぞろぞろ、ぞろぞろ、神さまのところへ集まってきました。
その中に、一ぴきのヘビがおりました。ヘビは、あんまりおなかがすいていたので、できるだけのろのろと、土をはっていっておりました。すると、カワズが、あとから、ピョン、ピョンと、とんできて、ヘビに|追《お》いついていいました。
「ヘビくん、きみは、どうして、そんなに、のろのろ歩いているのかね。もっと、げんきよく歩けないか。」
すると、ヘビのいうことに、
「いや、おれは、おなかがすいていて、とても、早くも、おそくも、歩くどころじゃないんだ。やっと、こうして、土の上を、あかんぼうのように、はいはいしていってるんだ。きみは、げんきなんだから、どんどん、先へ行ってくれ。」
これを聞くと、カワズは、ゲラゲラとわらいたてて、
「よろしい。それなら、あとからやってきて、おれの|尻《しり》でもおなめなさい。」
そういって、先へ、ピョン、ピョン、行ってしまいました。
さて、生きものたちが、みんな、神さまの前に集まると、神さまは、じゅんじゅんによびだして、
「牛に馬か。おまえたちは、草を食べなさい。犬とネコは、人間にやしなってもらうんだな。モグラモチ、おまえは、土の中をさがし、虫をとって食べて、暮らせ。」
そんな調子で、つぎつぎにきめましたが、いちばんおしまいに、カワズが出てきました。神さまは、
「おまえも、虫をくって生きていきなさい。」
カワズは、喜んで、神さまに、ぺこぺこ頭をさげ、
「ありがとうございます。」
と、とんで行こうとしますと、神さまがよびとめました。
「待て待て。おまえは、ここへ来るとちゅうで、ヘビをからかったな。そして、尻でもなめろ、といったようだな。だから、ヘビには、おまえの尻をなめさせることにするから、そのつもりでおれ。」
こう、神さまは、いいわたされました。カワズは、びっくりして、
「神さま、どうぞ、それだけは、ごかんべんください。」
と、あやまりましたが、神さまが、いったんおきめになったことは、もう、変えることはできません。
それで、いまでも、ヘビは、カワズを見つけると、すぐ、お尻のほうから、パクッと、のんでしまうということです。
|箕《み》作りと|山姥《やまんば》
むかし、むかし、|彦《ひこ》|太《た》|郎《ろう》という|箕《み》作りがありました。あるとき、|山《やま》|奥《おく》へはいって、箕の輪を作っておりました。
みなさんは、箕というものをごぞんじですか。竹であんだ、大きなちりとり[#「ちりとり」に傍点]のようなものであります。お|百姓《ひゃくしょう》が、それを使って、はきよせたもみがら[#「もみがら」に傍点]や、お米のまじったものを、よりわけるのに使います。風のふくところで、農家のおかみさんが、大きなちりとりを|上下《じょうげ》に動かして、中のものを投げては、下でうけてるような形を、ごらんになった人はありませんか。いなかの人は、よくごぞんじですが、あれが、箕を使っているところです。風に軽いものをふきとばさせ、重いものだけ、箕の上に残すくふうなのであります。
ところで、その箕には、かならず|馬《ば》|蹄《てい》|形《けい》(馬のひづめの形)をした一本の木がいります。それを、外の輪にするわけであります。しかし、木は、まっすぐなものですから、それをまげて、輪にしなければなりません。まげるのには、それを、火の上で、あぶりあぶり、まげるのであります。
で、その箕作りの彦太郎が、山奥で火をたいて、箕の輪まげをしておりました。すると、そこへ、山姥がやってきて、
「ああ、寒い、寒い。」
といって、彦太郎のたいてる火にあたりました。彦太郎は、これを見ると、おそろしい山姥でしたから、
(ははは、こりゃ、山姥だな。ようし、|火《ひ》|灰《ばい》でもはきかけてやろうかな。)
と、思いました。すると、山姥は、彦太郎に、すぐいいました。
「彦太郎、おまえは、おれに、火灰をかけようと思っているな。」
彦太郎は、これを聞くと、
(これは大へんだ。ようし、それなら、このごろ買った、あのよく切れるなた[#「なた」に傍点]で、山姥のやつ、たたき切ってやろう。)
そう考えました。と、もう、山姥がいいました。
「彦太郎、おれを、なたで、たたき切ろうと思ったなあ。」
彦太郎は、思ったことを、じつにみごとにいいあてられて、また、
(これは、いよいよ、大へんだ。このぶんでは、おれは、この|化《ば》けものに、くいころされてしまうことになるかもしれないぞ。)
と、思いました。と、山姥は、また、彦太郎の思ったことを、思ったとおりにいいあてました。
彦太郎は、思えばいわれ、思えばいわれするもので、もう、あきれかえってしまって、なにも思わないようにしました。そして、ただ、だまって、箕の輪にする木を、一生けんめいまげて、火にあぶっておりました。すると、そのまげた木にかけていた手が、かじかんでいて、いっぽうが、おもわず木からはずれました。それが、ちょうど、ばねのようになって、その木の先がはねかえり、火灰をいっぱい、山姥にはきかけました。
山姥は、その灰をかぶりながら、
「彦太郎、これは、おれが|負《ま》けになった、おまえは、心に思わぬことをする男だなあ。」
そういって、ササ原の中へ、ガサガサと|逃《に》げていきました。すこしたつと、そのササ原の中でうんうんいううなり声がしますので、彦太郎がそこへ行ってみますと、さっきの大山姥が、そこにたおれて、苦しがっていました。彦太郎は、いっぺんにこわくなって、|道《どう》|具《ぐ》などかたづけて、家をさして逃げてきました。
アラキ|王《おう》とシドケ|王《おう》の|話《はなし》
これは、|喜《き》|界《かい》ガ|島《しま》という、日本の南の果てにある島のお話です。むかし、むかし、こんな小さな島にも、何人も、王さまがいたことがありました。そのころ、アラキという、大へん力の強い王さまが、住んでおりました。もうひとり、シドケ王という、これも、力の強い王さまがいました。
あるとき、このアラキ王が、ひとつ、力くらべをしてやろうと思いたって、シドケ王のところへやってきました。
「シドケ王、おいでか。わしは、アラキですよ。きょうは、力くらべにやってきました。」
家の前で、大声にさけびたてました。すると、家の戸があいて、
「どうぞ、こちらへおはいりください。」
といったのは、シドケ王の奥さんです。|玄《げん》|関《かん》にはいると、
「シドケ王は、今、帰ってきますから、しばらく、ここで、お待ちください。」
奥さんが、こういいました。
ところで、その玄関の式台のまえに、鉄のあしだ[#「あしだ」に傍点]が一そく、そろえてありました。|仁《に》|王《おう》さまのはくような大あしだです。そのそばには、鉄のつえが、立てかけてありました。これがまた、門柱のように太くて、六、七|尺《しゃく》(一尺は約三〇センチ)もあります。
「これは、なかなか、手ごわいあいてだ。」
アラキ王は、そう思って、そのあしだ[#「あしだ」に傍点]をはき、そのつえをついて、歩きだそうとすると、重くて重くて、足が、びくともうごきません。う――んと、力を入れて、うなっていると、にわかに、外が暗くなりました。戸のあいだから外をのぞくと、たきぎの山が、そこへ歩いてきます。
「おーい、帰ったぞう。」
大きなこの声で、シドケ王が、山のようなたきぎをかついで、帰ったことがわかりました。
「これは、かなわん。」
アラキ王は、いっぺんにおそろしくなって、そこからぬけだし、どんどん、じぶんの家の方へ|逃《に》げていきました。シドケ王は、これを聞くと、
「ようし、それでは、これから、追いかけていって、どうしても、力くらべをしてくるぞ。」
と、かけだしました。シオミチという海ばたの道をかけてくると、向こうに、坂がありました。そこを、アラキ王は、かけのぼって、もう、向こうがわへおりかけていました。そこで、シドケ王が、|雷《かみなり》のような声でさけびました。
「シオの坂、さがれーい。」
すると、ふしぎなことに、そのシオの坂が、ペコンと低くなって、平らになりました。
それでも、アラキ王は、まだ、風のように、はしって逃げていきます。もう、シオミチ村の村はずれです。また、シドケ王が、
「大川――、出ろ――」
と、さけびました。なにしろ、むかしのことですから、山だって、川だって、王のいうことは聞いたとみえ、シオミチ村の村はずれに、あっというまに、大川ができました。
逃げ足ばやのアラキ王は、その川を、ひと飛びに飛びこして、オデンというねえさんの家へ、かけこみました。
そこへ、シドケ王が、やっと追いつき、
「力くらべじゃ。アラキ王、さあ、出てこい。」
と、よびたてました。それを聞いて、アラキ王のねえさんが出てきて、
「力くらべは、まず、このあねから。」
と、いいました。シドケ王は、
「なんの、この女め。」
というと、ねえさんをひとつかみにして、屋根より高く投げあげました。
ところが、このねえさんも、なかなか力持で、落ちてくるが早いか、こんどは、シドケ王を、また、屋根より高く投げました。シドケ王は、運わるく、大きなクワの木の上に落ち、その枝のあいだにはさまれました。
からだをぬこうと、足をふんばると、その足のところに、これはまた、運わるく、ヒョウタンがたくさんころがっていて、ツルツルすべって、足に力がはいりません。
そこへ、アラキ王と、ねえさんがやってきて、
「どうじゃ、負けたか。」
というもので、ざんねんながら、勝負なしということで、ふたりの王さまは、それから、仲よくすることになったそうであります。
ヤマナシの実
むかし、むかし、あるところに、三人の|娘《むすめ》がありました。冬のことです。雪がふって、野も山もまっ白になっていました。そのとき、おかあさんは病気で、もう、あすがあぶないというようになっていました。
それで、おかあさんが、娘たちを、まくらもとによんでいいました。
「おかあさんは、この世で、もう、なにものぞみはない。ただ、ヤマナシの実が食べたい。だれか行って、とってきてくれないかね。」
苦しい息をつきつき、おかあさんは、たのみました。それを聞くと、いちばん上のねえさんが、いいました。
「おかあさん、わたしが、行って、とってきてあげます。」
おかあさんは、喜んで、姉娘に、ヤマナシの実のなってるところを教えました。
「これこれ、こう行くのですよ。すると、そこへ、りっぱな着物を着たおよめさんが出てきます。そこで、そのおよめさんに、わけを話して、それからは、その人のさしずどおりに行きなさい。いいですか。さしずにそむくんじゃありませんよ。」
「はい、はい。」
姉娘は、教えられたとおりに、雪の中を歩いていきました。山のふもとで、|髪《かみ》の美しい、りっぱな着物のおよめさんに会いました。
「およめさま、およめさま。」
そういって、娘は、おかあさんの病気の話をして、ヤマナシのありかをたずねました。およめさんは、それを聞くと、
「行けや、ターンタン。」
そういいました。娘は、大喜びです。すぐ、雪の中を急いで行きました。すると、およめさんがよびました。
「もどれや、ターンタン。」
娘は、およめさんのさしずにそむいてはならぬと、おかあさんにいわれていましたから、後ろへもどってきました。
もどると、およめさんは、
「行けや、ターンタン。」
と、いいました。行くと、こんどは、もどれ[#「もどれ」に傍点]です。もどると、こんどは、行けや[#「行けや」に傍点]です。
娘は、何度も、行ったり、もどったり、もどったり、行ったりしました。そのすえ、|腹《はら》をたてました。およめさんが、自分をからかってると思ったからです。もどれといっても、行けといっても、そんなことにかまわず、どんどん、先へ歩いていくことにしました。歩いていくと、道の四つかどへ出ました。
すると、そこへ、とつぜん、さっきのりっぱなおよめさんが出てきて、娘を、パクッとばかり、頭からひとのみにしてしまいました。
家では、ふたりの妹と、病気の重いおかあさんが、一生けんめい、いちばん上の姉の帰りを待っていました。
待っても、待っても、帰りませんので、それでは、およめさんに、食べられてしまったのだということになりました。
おかあさんのらくたんといったらありません。
「それでは、おかあさん、こんどは、わたしが行って、ヤマナシをとってきてあげます。」
つぎの娘がいいました。そして、出かけました。山のふもとで、やはり、美しい、着物のりっぱなおよめさんに会いました。そこで、ヤマナシのありかをたずねました。
「行けや、ターンタン。」
また、およめさんはいいました。
娘が行くと、
「もどれや、ターンタン。」
およめさんはいいました。これを、何回もくりかえしました。娘は、そのうち、ねえさんと同じに、腹をたてました。そして、もどれも、行きも、おかまいなく、どんどん、歩いていきました。
すると、道の四つかどへ出ました。そこへ、さっきのおよめさんが出てきて、パクッと、ひとのみに、娘をのんでしまいました。
二番目のねえさんも、帰らないので、おかあさんは、いよいよ、らくたんしました。末の娘がいいました。
「おかあさん、こんどこそ、わたしが行って、まちがいなく、ヤマナシをとってきますから、気をたしかにして、待っててください。」
末娘は、出かけました。ねえさんたちと同じに、髪の美しい、着物のりっぱなおよめさんに会いました。
娘は、そのおよめさんのいうとおり、
「行けや、ターンタン。」
で、行きました。
「もどれや、ターンタン。」
で、もどりました。何度でも何度でも、じつにしんぼうづよく、行ったりもどったりしました。およめさんのさしずに、すこしもそむきませんでした。
すると、ついに、
「行けや、ターンタン、行けや、ターンタン。」
およめさんの声が、そういうばかりになりました。
娘は、喜びいさんで、ずんずん行きました。段だんになったたんぼ[#「たんぼ」に傍点]のところへ出ました。田の水がチョロチョロ、娘によびかけました。
「こっちよ、こっちよ。」
そういっているようなんです。そっちへ行くと、野原へ出ました。そこをのぼっていくと、カヤの中に一本のナシの木があり、ナシが、すずなりに、なっております。
娘は、
「おう、おう、ヤマナシだ。ヤマナシだ。」
と、その木のそばにはしりより、持ってきたかごに、とっては入れ、とっては入れ、見るまに、かごをいっぱいにしました。
それから、もときた道を、一息に、はしって帰りました。帰ってみると、おかあさんは、もう、はあはあ、はあと、いまにも、息がきれそうなありさまです。
「おかあさん、ヤマナシです。ヤマナシを、いっぱいとってきましたよ。さあ、いくらでも食べてください。」
そういって、娘は、ナシでいっぱいのかごを、おかあさんのまくらもとへおきました。
これを見ると、おかあさんは、にわかにげんきが出てきて、
「やれうれしや、ぶじに、ヤマナシをとってきてくれたか。まあ、こんなにたくさん――」
そういって、ヤマナシを食べました。そして、みるみるげんきづいて、まもなく、病気もなおりました。
そして、ふたりで、しあわせに暮らしました。
|豆《まめ》|子《こ》ばなし
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。朝早くおきて、おばあさんは、家の中を、おじいさんは、土間を、そうじしていました。すると、豆が一つ、コロコロところがって、土間に落ちてきました。
「ばあさん、ばあさん。豆が一つ、ころがってきたが、畑にまいて千つぶにしようか、うす[#「うす」に傍点]にひいて、きな|粉《こ》にしようか。」
おじいさんが、豆をひろって、そう|相《そう》|談《だん》しました。
ところが、豆は、また、ポロッと、ゆびのあいだからこぼれて、コロコロ、コロコロところがって、土間のかたすみのネズミの|穴《あな》にはいりました。
「これはしまった。せっかく拾った豆をなくしてしまった。ばあさん、ばあさん、早く、おの[#「おの」に傍点]を持ってきておくれ。」
おばあさんが、おのをとってくると、おじいさんは、おので、ネズミの穴を|掘《ほ》りはじめました。穴は、いがいに大きくて長く、穴にそって、深く掘っていくうち、おじいさんは、だんだん、|奥《おく》の方へはいっていきました。
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じいがころがした豆つぶ一つ
知らねえか 知らねえか
じいがころがした豆つぶ一つ
見なかったか 見なかったか
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そういいながら、奥へ奥へとはいっていきますと、そこに、石の|地《じ》|蔵《ぞう》さまが立っていました。
「もしもし、お地蔵さん、お地蔵さん。じいがころがした豆つぶ一つ、ごらんになりませんでしたか。」
「見た、見た。見たは見たが、じつは、おれがひろって、食べてしもうた。」
「そうですか、それはようございました。では、さようなら。」
そういって、おじいさんが、帰ろうとすると、お地蔵さんが、きのどくがって、
「じいさん、じいさん、ちょっとお待ち。きのどくしたから、なにかしてあげよう。」
そういって、おじいさんに、話して聞かせました。
「じいさんや、これから先へ行くと、赤い|障子《しょうじ》がたっている。そこでは、ネズミが集まって、およめとりのしたくをしている。だから、そこへ行ったら、うす[#「うす」に傍点]つきのてつだいでもしてやるといい。それから、もっと奥へ行くと、こんどは、黒い障子がたっている。そこでは、鬼どもが集まって、ばくち[#「ばくち」に傍点]を打っている。こんどは、オンドリの|鳴《な》くまねをするのじゃ。すると、鬼が、びっくりして|逃《に》げだすから、あとに残したお金を、もらってくるといいぞ。」
おじいさんは、
「お地蔵さま、ありがとうございました。」
と、お礼をいって、奥の方へすすんでいきますと、赤い障子がたっていました。
「はい、ごめんなさいよ。」
というと、なかから、ネズミの娘が出てきて、
「おじいさん、なんのご用ですか。」
「いや、こっちに、およめとりがあると聞いたので、うす[#「うす」に傍点]でもついて、てつだってあげようと思って、やってきました。」
「それは、よいところに来てくださいました。早くはいって、助けてください。」
家にあがりますと、じつに、なんともりっぱなかまえで、一の|座《ざ》|敷《しき》には、|朱《しゅ》ぜん、朱わん、からかね火ばちが、二の座敷には、|絹《きぬ》の小そでの|衣装《いしょう》が、ずらっとならび、三の座敷では、おおぜいのネズミどもが、うすにこがね[#「こがね」に傍点]をいれて、ジャクリ、ジャクリと、ついていました。
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よいとさのやえ
にゃごという声
聞きたくねえじゃや
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そう、うたいながら、さかんに、うすをついております。おじいさんは、さっそく、そのうすつきのてつだいをしました。ネズミどもは、とても喜んで、うすつきがすむと、絹の小そでを、たくさんくれました。
おじいさんが、そこから、また、ずっと奥へ行きますと、黒い障子がたっていました。のぞいてみると、おおぜいの鬼どもが、ビッタクタ、ビッタクタと、ばくち[#「ばくち」に傍点]を打っていました。おじいさんは、鬼にわからぬよう、そうっと|屋《や》|根《ね》|裏《うら》にあがりました。そして、夜中になると、そこにあった|箕《み》をとって、バタバタバタッとたたき、
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ケケロウ
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と、ニワトリの鳴くまねをしました。
鬼どもは、はっとしたようすで、
「ありゃあ、一番どりだ。」
と、いいました。
おじいさんは、また、しばらくすると、箕を、バタバタバタッとたたいて、
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ケケロウ ケケロウ
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と、やりました。
鬼どもは、
「もう、二番どりだ。」
と、いいました。しばらくたって、また、おじいさんは、箕を、バタバタバタッとたたきました。
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ケケロウ ケケロウ ケケロウ
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「や、や、三番どりだ。夜があけたら大へん。」
鬼どもは、あわてふためいて、ぜに[#「ぜに」に傍点]をそこらにとりちらかしたまま、われ先にと、どこかへ逃げてってしまいました。鬼がいなくなったのを見すまして、おじいさんは、屋根裏から、そろそろおりてきました。
そして、そこらにぶちまけたり、|盛《も》りあげたりしてあるお金を、どっさり集めて、もときた穴をくち[#「くち」に傍点]のほうへひっかえして行きました。
おじいさんは、おばあさんには、ネズミにもらった絹の着物を着せ、お金はます[#「ます」に傍点]に入れて、一ぱい、二はいと、はかって、ふたりとも大喜びでした。
すると、そこへ、となりのおばあさんが、カランコロンと、げた[#「げた」に傍点]の音をさせて、
「火を貸してください。」
と、やってきました。
「あれまあ、おまえさんたち、いつのまに、そんなお金持になったのかね。」
と、目をまるくして、たずねました。
おじいさんは、ありのままを話して聞かせました。
「なんとまあ、うらやましい話だろう。うちでも、ひとつ、そのようにやってみよう。」
となりのおばあさんは、そういって、大急ぎで帰りました。さっそく、おじいさんに、お話をして、ふたりでいっしょに、土間と家をそうじしました。しかし、すみからすみまで、はいてはみましたが、豆つぶはころがりでません。
そこで、おじいさんは、大きな声で、
「ばあさん、たわらから、豆をひとつかみ、持ってこう。」
そういって、それを、土間のすみのネズミの穴にぶちこみました。それから、おの[#「おの」に傍点]で、ガッチラ、モッチラ、土を掘って、穴のなかにはいっていきました。すると、ばあさんが聞いてきたとおり、穴の道ばたに、石地蔵が立っていました。
「地蔵さん、地蔵さん。ここに、豆つぶひとつ、ころがってこなんだか。」
「ああ、来た来た。しかし、おれがくった。」
すると、おじいさんは、おこって、
「なんてことをいう地蔵だ。ひとの豆をくったりして、ひどいじゃないか。そのかわり、おれに、お金と絹の着物をよこせ。」
お地蔵さんは、にがい顔をして、それでも、前に教えたとおり、話してくれました。
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おれの豆を だれがぬすんだ
おれの豆の 代よこせ
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おじいさんは、そう、うたいながら、だんだん奥へやっていきますと、赤い障子がたっていました。
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よいとさのやえ
にゃごという声
聞きたくねえじゃや
[#ここで字下げ終わり]
そう、うたいながら、ネズミたちが、ジャクリ、ジャクリと、うす[#「うす」に傍点]でこがねをついております。座敷には、赤い着物やら、朱ぜん、朱わん、からかねの火ばちなどが、たくさんならんでおります。|欲《よく》ばりなおじいさんは、それが、みんなほしくなりました。そこで、ネコの鳴きまねをしたら、とれるかもしれぬと思って、
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ニャゴー ニャゴロー
[#ここで字下げ終わり]
と、やりました。
すると、今まであかるかったその家が、パタッと、あかりをけしたように暗くなり、それといっしょに、なにもかも、きえてなくなりました。どうしたことだと思いながら、おじいさんは、手さぐりでネズミの家からはいでて、穴の道を、もっと奥の方へ行きますと、黒い障子がたっていました。
のぞいてみると、鬼どもが、おおぜいで、ばくち[#「ばくち」に傍点]を打っています。
――しめたっ。地蔵から聞いたのは、このことだな。
と思い、鬼どもに気づかれぬように、そうっと、屋根裏にかくれました。そして、そこにあった箕をたたいて、
「はあー、一番どりい。」
と、大声でどなりました。
鬼どもは、びっくり、
「ありゃなんだ。」
すると、また、バタバタッと、箕をたたいて、
「はあー、二番どりい。」
と、どなりました。
鬼どもは、また、びっくり、
「なんだ、なんだ。」
と、さわぎました。
これを見ると、おじいさんは、こんどこそ、鬼どもをたまげさせて、逃げさしてやろうと、ますます大声を出して、
「はあー、三番どりい。」
と、どなりました。
すると、鬼どもは、
「あれは、昨夜、おれたちをだまして、金をかっさらっていったやつだ。今夜も来ている。それ、つかまえろっ。」
そういいながら、ドヤドヤと、屋根裏にあがってきました。
ところが、鬼どもは、あんまり大急ぎであがったので、かぎ[#「かぎ」に傍点]に鼻の穴をひっかけ、|宙《ちゅう》にぶらさがって、手足を|空《くう》にもがいている者などがあります。
それをみたおじいさんは、おかしくって、エッヘ、エッヘと笑いました。鬼どもは、いっそうおこって、
「このじじい、逃がすな。」
と、ひっつかまえると、ふんだりけったり、いたいめにあわせました。
おじいさんは、からだじゅう、きずだらけ、|血《ち》だらけになって、オイオイ泣きながら、穴からはいだしました。
家のなかで待っていたおばあさんは、これを、ちらっとみて、
「あれあれ、おらちのじいさんは、赤い絹の小そでを着て、あんな歌をうたってくるわ。」
と、自分のぼろ着物はいろり[#「いろり」に傍点]で|燃《も》やし、はだかになって待ちかまえていました。そこへ、おじいさんがはいってきました。
よく見ますと、血だらけになって泣いていますので、おばあさんは、びっくりしてしまって、いっしょに、オイオイ泣いてしまいました。
ひとまねしたり、欲ばりしてはいけません。
鼻かぎ|権《ごん》|次《じ》
むかし、むかし、あるところに、|権《ごん》|次《じ》というわかい男がおりました。ある年の|暮《く》れのことです。|船《ふね》に乗って、遠くへ出かけることになりました。出かけるとき、権次は、おかあさんにいいました。
「二十日たったら、おかあさん、この家に火をつけて、|焼《や》いておくれよ。」
母親は、びっくりしました。
「そんなむちゃなことが、できますか。」
しかし、権次は、ききません。
「おれにはおれの考えがある。だから、きっと、焼いておくれ。」
しかたなしに、おかあさんは、しょうちしました。そして、権次が|出立《しゅったつ》してから二十日目の|晩《ばん》、むすこのいったとおり、家に火をつけて焼いてしまいました。
ところで、その晩のことです。権次は、船の上で、なにかそのへんを、クンクン、かいでまわるようなようすをしました。そのすえ、家のほうに鼻を向けて、いいました。
「くさい、くさい。どうも、これは、家の焼けるにおいだ。おれの家が、焼けているにおいだ。」
すると、船に乗りあわせている人が、
「ここから、おまえの家まで、すくなくとも、百里(約四〇〇キロメートル)はある。家の焼けるにおいなんて、そんなことがわかるものか。ばかばかしい。」
といって、笑いました。しかし、権次は、どうしても、自分の家が焼けるにおいだ、と、いいはります。
ところで、それから、さらに二十日して、権次たちは、船に乗って帰ってきました。すると、権次の家は、かれが、くさい、くさい、といったその日に、焼けていたことが、みなの者にもわかりました。
「あれ、これは、ふしぎなことだ。」
船のひとりが、いいました。
「権次の鼻は、百里もきくぞ。」
みんなも、そういって、ふしぎがりました。しかし、その中のひとりが、
「そんなことがあるものか、まぐれあたりよ。それじゃ、おれが、ひとつ、ためしてやる。」
そういって、その男は、|炭《すみ》を、どっさり、|井《い》|戸《ど》のそばへいけこみました。すると、そこへ、ちょうど、ひとりの男が通りかかりました。
「あれ、井戸ばたへ炭なんどうずめて、どうするんだ。」
「いや、これは、権次の鼻をためすんだよ。」
これを聞いてから、その男は、すぐ、権次に会いました。
「おまえが、えらい鼻ききだと、このへんいったい、大ひょうばんになっとるぞ。今も、井戸ばたを通ってきたら、おまえの鼻をためそうというので、炭を、たくさんいけとった。」
そう、権次に知らせてくれました。
まもなく、権次をよびに、人が来ました。
「おまえに、ぜひ、かいでもらわんといかんものがある。ちょっと、来てくれないか。」
「そうか、わしにできることなら。」
そういって、権次は、その男についていきました。
「なにしろ、おまえは、百里も先で、じぶんの家が焼けるのを、かぎわけたという男じゃ。ひとつ、ぜひ、かいでみてくれ。じつは、おれのところで、炭が一ぴょう、見えなくなってな。どっか、このへんにありはしないか。それを、ひとつ、かぎつけてくれ。」
権次は、クンクン、クンクン、そのへんの、家の中や外を、かぎまわるようなふりをしました。そのすえ、
「どうも、ここが、あやしいぞ。炭くさい、炭くさい。」
そういいながら、井戸ばたのところに、かがみこみました。さっそく、|掘《ほ》ってみますと、もちろん、炭が一ぴょう、たしかに、うずもっていました。
「まったく、ふしぎな鼻じゃのう。」
そこらへんの人は、すっかりおどろいてしまいました。権次の鼻は、また、いっそう有名になりました。
そのうち、|殿《との》さまが|病気《びょうき》になられました。それ、お|医《い》|者《しゃ》さまだ、おくすりだと、さわぎたてましたが、もう、何日も、いっこう、ききめがありません。
そこへ、鼻きき権次の名まえが、名だかくなってきたので、ひとつ、権次に、かがしてみようということになりました。
やがて、殿さまから、おめしの使いがきました。
「権次、殿さまのご病気をかいでみろ。なにが原因か、かぎあてたら、えらいごほうびが出るそうだぞ。」
そう、お庄屋さんからも、つたえてきました。
さて、権次は、
――これは、えらいことになった。もし、できなかったら、命はない。どうしよう、こうしよう、と、|困《こま》りましたが、もう、ことわるわけにはいきません。そこで、命はないものとかくごして、とぼとぼ、村を出ていきました。山道を通っていくと、日が、とっぷりくれました。|峠《とうげ》の|大《おお》|杉《すぎ》の下で、|寝《ね》ころびながら、権次は、考えこみました。
――いっても命がないし、いかなくても命がない……。
と、首をかたむけて、いろいろと、|思《し》|案《あん》していました。
すると、そこへ、バサバサッと、つばさの音がして、大きな鳥が、杉の木の|枝《えだ》にとまったようすです。見あげますと、それは、|天《てん》|狗《ぐ》です。つれがあるらしく、なにか、ガヤガヤいっています。
「あいつも、ひとつ、とってくおうか。」
ひとりの|天《てん》|狗《ぐ》が、そういいました。
「いや、あれはくわれん。殿さまのご用がかかって、およびだしになってるやつじゃ。くうたら大へん。」
と、もうひとりが、とめました。すると、さきのひとりが、
「けれども、行ったって、権次なんかに、なにがわかるものか。大きなちょうず石[#「ちょうず石」に傍点]の下に、ふるいガマがすまいしとる。それをどけねば、殿さまの病気は、なおりはせぬのだ。そんなことが、権次ずれに、わかってたまるか。」
天狗たちは、そういう話を、ガヤガヤ、ガヤガヤ、いいあったすえ、権次を食べるのをやめて、どこへともなく、飛びたっていきました。
これを聞くと、権次は、いっぺんに、げんきが出てきて、
「もう、だいじょうぶ。早く行って、殿さまの病気を、なおしてあげよう。」
そう、つぶやきながら、峠をくだっていきました。
殿さまのお屋敷につくと、りっぱな座敷にとおされました。
「殿さまのご病気のもとが、どのお医者にも、わからないのじゃ。それで、みんなは、困っておる。ひとつ、すまんが、そなたの、百里先でもかげるという鼻で、殿さまのご病気のもとを、かぎわけてくれないか。」
|家《け》|来《らい》から、そう、たのまれました。
「はい、それでは。」
と、権次は、まず、殿さまの|居《い》|間《ま》にはいって、スンスン、スンスンと、へやじゅうをかぎまわりました。それから、こんどは、|廊《ろう》|下《か》を、あっちこっちとかいだすえ、庭のちょうず石[#「ちょうず石」に傍点]のところへ行って、スンスン、スンスンとやったあとで、もっともらしいようすで、
「ここが、どうも、あやしゅうございます。ここに、ふるガマがすまいしております。これが、殿さまのご病気のもとでございます。」
と、家来の人にいいました。
家来は、すぐに、|人《にん》|夫《ぷ》をよんで、その石をとりのけました。はたして、石の下には、大きなガマが、四つんばいになっていました。さっそく、ガマを遠くへ追いやりました。すると、殿さまのご病気は、いっぺんに、すーっと、なおってしまいました。
権次は、たくさんのほうびのお金をもらい、そのうえ、|年《ねん》ねん、ふち[#「ふち」に傍点](ふち|米《まい》のことで、いまの給料)までも、ちょうだいするようになり、さむらいにとりたてられました。そして、ただの権次ではなく、「鼻かぎ」を名のってよろしい、ということになりました。それからのちは、「鼻かぎ権次郎」と名のることになりました。
赤いおわん
|小《お》|国《ぐに》の|三《み》|浦《うら》という家は、村いちばんの金持ですが、今から二、三代まえの話です。そのころ、三浦の家は、まだ、まずしくもありましたし、おかみさんなどは、すこし子どもっぽいところのあるような人だったのです。
ある日のこと、そのおかみさんが、門の前を流れている川っぷちで、フキをとっていました。いいフキがありませんので、だんだん、|川《かわ》|上《かみ》の方へのぼっていき、しだいに、谷の|奥《おく》|深《ふか》くにまで、はいっていきました。
ふと気がつくと、りっぱな黒い門のある家の前に、出ていました。こんなところに、こんな家が、と、ふしぎに思って、門の中にはいってみますと、大きな庭があって、そこには、|紅《こう》|白《はく》の花が、いちめんにさいております。また、ニワトリが、たくさん遊んでおります。その庭を、|裏《うら》の方へまわってみますと、|牛《うし》|小《ご》|屋《や》があって、たくさんの牛が、モウモウ鳴いたり、しっぽをふったりして、かいばおけ[#「かいばおけ」に傍点]から、なにか食べております。また、その先には、|馬《うま》|小《ご》|屋《や》があり、そこにも、何頭かの馬が、ヒヒン、ヒヒン鳴いて、やっぱり、なにか、ゴシゴシ食べていました。こうして、おかみさんは、そのへんを歩きまわってみましたが、どうしたことでしょう、人が、ひとりもおりません。じつにふしぎなので、また、|玄《げん》|関《かん》にもどって、
「ごめんください。」
と、よんでみました。何度もよんでみるのですが、家のなかは、しいーんとしていて、ぜんぜん、へんじがありません。人のけはいもないのです。それで、思いきって、家の中へはいってみました。
すると、玄関のつぎの間には、赤や黒のおぜん[#「おぜん」に傍点]やおわん[#「おわん」に傍点]が、ずらっとならんでいます。|奥《おく》|座《ざ》|敷《しき》の方へ行くと、そこには、大きな火ばちがあって、鉄びんの|湯《ゆ》が、ゴンゴンわいております。それなのに、人は、ひとりもいないのです。
三浦のおかみさんは、そのとき、ふっと、ここは、山男の家ではないかしらん、と、思いました。すると、きゅうにおそろしくなって、玄関へかけだし、げた[#「げた」に傍点]をはくのももどかしく、そこを飛びだし、大急ぎで、わが家の方へ、帰ってきてしまいました。
帰ってくると、すぐに、家の者に話し、村の者にも、そのことを話しましたが、だれひとり、その話を信用する者がありません。
「そんな家など、今まで、見たことも、聞いたこともない。」
そういう人ばかりです。
ところが、ある日のこと、三浦のおかみさんが、いつものように、家の前を流れている川のそばで、|洗《あら》いものをしておりますと、川上のほうから、赤いおわん[#「おわん」に傍点]が一つ、流れてきました。あんまり美しいので、拾いあげて、持って帰りましたが、
――家の食器に使うと、みんなが、だれが使っていたのかわからないといって、きたながるかもしれない。
と思って、米やヒエなど、|穀《こく》|物《もつ》をしまう|箱《はこ》の中に入れて、ます[#「ます」に傍点]のかわりに、使うことにしました。ところが、このおわんではかりはじめてから、箱のなかの米が、いつまでたっても、なくなりません。家の者は、
「いったい、これは、どうしたんだ。米びつ[#「米びつ」に傍点]に入れたしもしないのに、このごろは、いつまでも、米があるじゃないか。」
そういって、ふしぎがりました。そこで、おかみさんは、じつは、これこれしかじかと、そのおわんの話をして聞かせました。
それからのち、三浦の家は、だんだん運がひらけてきて、今の三浦家という、村いちばんのお金持になりました。
このへんでは、そういう山の中のふしぎな家のことを、まよいが[#「まよいが」に傍点]というのだそうです。そこへ行った者は、まよいが[#「まよいが」に傍点]の家のものを、なにか一つ、持ってかえると、|長者《ちょうじゃ》になるという、いいつたえがありました。きっと、三浦のおかみさんは、子どものように、正直で、|欲《よく》がなくて、あのふしぎな家から、なに一つ、とってこなかったので、あのおわんが流れてきて、それをさずかったにちがいない、ということであります。めでたし、めでたし。
ツルちょうちん
むかし、三年|寝《ね》|太《た》|郎《ろう》という男がいました。|先《せん》|祖《ぞ》からつたわった|財《ざい》|産《さん》があったものですから、働かなくても、暮らしていけました。それに、うまれつきのものぐさ[#「ものぐさ」に傍点]太郎で、よこのものを、たてにするのもきらいという人間だったので、毎日、グウグウ、グウグウ、ねむっていました。村の者が、それを見て、
「あれは、寝太郎だ。三年も寝ているから、三年寝太郎だ。」
と、いいました。|本名《ほんみょう》は、|長太郎《ちょうたろう》といったそうですが、ものぐさなので、寝太郎とよばれれば、ウンウンと、へんじをしていました。
それで、すっかり、寝太郎になってしまいました。
そうして、三年たち、五年たち、八年たちしているうち、やっぱり、たくさんあった財産もなくなり、どうやら、おきて働かなくては、あすのごはん[#「ごはん」に傍点]も、ないようなことになってきました。
「さて、どうしたら、いいだろう。」
寝太郎は、考えました。三日三晩、考えたそうです。そうすると、おとなりに、百万長者が住んでいることに、気がつきました。また、そこに、|三《さん》|国《ごく》|一《いち》の美しい娘さんがおることにも、気がつきました。
「そうだ。となりの長者の、あの美しい娘さんの、おむこさんになればいい。そうすれば、おれさまも、いずれ、百万長者だ。ごはんの心配なんか、しないでいいことになる。では、そういうことにしようか。」
|寝《ね》|太《た》|郎《ろう》は、そう思いつくと、めずらしく早おきして、二、三里(一里は約四キロメートル)先のおじさんのところへ出かけました。そこでは、二、三|羽《ば》のツルを|飼《か》っていることを、知っていたからです。
「おじさん、ツルを一|羽《わ》、ください。」
ツルをもらってくると、寝太郎は、戸だなから、ちょうちん[#「ちょうちん」に傍点]を出してきました。まるい、小さいちょうちん[#「ちょうちん」に傍点]です。それにひも[#「ひも」に傍点]をつけて、日の暮れるのを待っていました。日が暮れると、そのちょうちんに火をつけました。
それから、ツルの足に、そのちょうちんのひもをむすびつけました。自分は、|白装束《しろしょうぞく》になって、庭の高い|松《まつ》の木に登りました。そこから、大きな声で、おとなりの百万長者の家へ、よびかけました。
「わたしは、|出雲《いずも》の国(島根県)は、|縁《えん》むすびの神さまだ。おまえのところの娘は、となりの三年寝太郎を、おむこさんにしなくちゃいかん。そうしないと、おまえのうちの何百万という財産も、またたくまに、なくなってしまう。いいか、すぐ、寝太郎を、おむこさんにむかえなさい。すぐ、すぐ、すぐだぞう。」
そういうと、ちょうちん[#「ちょうちん」に傍点]をぶらさげたツルを、空へ向かってはなしました。これを聞いた長者の家の者たちは、
「さあ、大へん、神さまのおつげだ。」
と、大急ぎで、庭へとびだしてみました。
見ると、ふしぎなことに、一羽の大きなツルが、まるい火を後ろにひっぱって、出雲のほうがくへ、飛んでいきました。
「なるほど、なるほど。」
みんなは、そういって、感心しました。出雲の神さまが、ツルに乗ってきて、いま、おつげをして、出雲をさして、帰っていかれるところ、と、思ったからです。それで、長者のおやじなどは、飛んでいくツルのほうに、両手をあわせて、
「神さま、ありがとうぞんじます。まちがいなく、すぐ、おおせのとおりにいたします。」
そういっていました。
そして、ツルを飛ばすと、すぐ、松の木からすべりおり、知らぬ顔をして、いつものとおり、|寝《ね》|床《どこ》にもぐっている寝太郎のところへ、長者は、やってきました。
「寝太郎どん、寝太郎どん。」
長者は、よびました。
寝太郎が、寝たふりをしていますと、長者は、気が気でありません。
「大へんなんだよ。いましがたね、出雲の神さまが、うちへ、ツルに乗って、やってこられたんだよ。そして、大きな声で、おつげがあったんだ。すぐに、となりの寝太郎を、娘のむこ[#「むこ」に傍点]にしなくちゃいか――ん、とね。やつをむこにしないと、百万長者の家が、つぶれるぞうってね。そこで、わしは、いったんだ。はい、はい、は――い。かならず、むこさんにいたします。これからすぐ、となりへ行って、やつが、なんと申しましょうとも、ぜひぜひ、むこに、ひっぱってまいります。どうか、ご安心くださいま――せ。
そういうわけで、おまえさんをむかえにきたんだ。さあ、すぐ、うちに来てくれ。なにしろ、神さまのおおせだから、|一《いっ》|刻《こく》のゆうよもできない。さ、さ、さ。」
こう、まくしたてました。
これで、寝太郎は、やっとおきあがり、
「それは、困った。神さまのおつげとあっては、ことわるわけにもいかないだろうしな。」
首をかたむけ、かたむけ、そんなことを、グズグズいっていました。長者のほうは、ほんとうに、神さまのおつげと思っておりますから、しょうちしません。
「なにを、いまさら、スのコンニャクのといっとるか。さ、さ、さ。」
そういって、とうとう、寝太郎の手をひっぱって、じぶんの家へつれていきました。そして、娘のおむこさんにしてしまいました。
しかし、それから、長者の家は、ますますさかえ、寝太郎も、しあわせに暮らしたということであります。
スズメ|孝《こう》|行《こう》
むかし、むかしの、大むかし、キツツキとスズメは、|兄弟《きょうだい》だったということです。そして、ふたりは、|城下町《じょうかまち》へご|奉《ほう》|公《こう》に行っていました。
ある日、ご主人が、ふたりに、かすり[#「かすり」に傍点]の着物を作ってやるから、そのしたくをするように、といって、糸を、ふたたばずつくださいました。ふたりは、大喜びで、|糸車《いとぐるま》でより[#「より」に傍点]をかけたり、|模《も》|様《よう》をそめるために、|染《そめ》|粉《こ》をといたり、いろいろ、やっておりました。すると、そこへ、くにの方から、急ぎの使いがやってきました。
「おかあさんが|病気《びょうき》だから、大急ぎで、帰ってくるように……」
ふたりは、どうしたものかと|相《そう》|談《だん》しました。キツツキは、
「せっかく、これまで用意ができているのに、このより糸[#「より糸」に傍点]をそめたり、|織《お》ったり、着物に|仕《し》|立《た》てたりしないで帰るのは、いかにも、残り|惜《お》しいじゃないか。だいたい、城下から、|晴《は》れ|着《ぎ》を着ずに帰ったりしては、友だちのてまえ、|恥《は》ずかしい。」
そんなことをいって、あとに残り、着物を作りにかかりました。
スズメは、親の病気と聞いては、着物どころではありません。
いっときも早く帰って、おかあさんの|看病《かんびょう》をしなくてはならないと、まだそめてもない糸を首にかけて、帰っていきました。しかし、それで、やっと、おかあさんの|臨終《りんじゅう》に、まにあうことができました。
キツツキのほうは、晴れ着を着ては帰りましたが、おかあさんは、もう、とっくに、死んでしまい、|葬《そう》|式《しき》もすんでいました。
やがて、ふたりは、神さまの前によびだされて、いいわたしをうけました。
「キツツキよ、おまえは、親よりも、着物のほうがだいじそうだから、いつも、かすり[#「かすり」に傍点]の晴れ着を身にまとうておれ。しかし、食べ物は、|枯《か》れ|木《き》をつついて、虫をさがしてくうがよい。スズメは、親をたいせつにして、着物に|欲《よく》がなかったから、そのかわりに、お米を、いつも、食べさしてやる。」
神さまは、そう、申しわたされました。
それが、今でも、そのとおりに、キツツキは、枯れ木をつついて虫をさがし、スズメは、たんぼのお米を、おおっぴらに食べて、暮らしております。
|竜宮《りゅうぐう》の|娘《むすめ》
むかし、むかしのお話です。その家は、ほんとにふしあわせなうちでした。おかあさんと八人も子どもがいたのですが、それが、七人まで死んで、いちばんすえのむすこだけ、残りました。そのうえ、お金もなければ、土地もありませんでした。しかたなくて、むすこが、山から花をとってきて、これを売って、暮らしておりました。
ある日のことです。花がちっとも売れなくて、むすこは、たくさんの花をかついで、海ばたを帰っておりました。波が、ザアッと、浜べによせてはかえし、よせてはかえししているのを見て、むすこがいいました。
「花を、うちへ持って帰っても、しかたがないから、海のなかの神さまにでも、さしあげよう。」
そこで、その花を、海の中に投げこんで、むすこは、大声でいいました。
「海のなかの神さま、そうれ、花をあげますぞう。」
すると、花は、見るまに、波の底にすいこまれるように、しずんでいきました。で、むすこが、身がるになって、うちへ帰ろうと歩きだしますと、ひょっこり、波の上に、カメが頭をのぞけてきました。そして、そのカメが、いいました。
「もしもし、ただいまは、たくさん、花をありがとう。」
むすこが立ちどまると、カメが、つづけていいました。
「わたしは、海の神さま、|竜王《りゅうおう》さまのお使いです。花のお礼に来たのです。どうですか、海の|御《ご》|殿《てん》、竜宮というところへ、行ってみられませんか。わたしが、案内をいたします。」
むすこは、
「しかし、竜宮というところは、ずいぶん遠いところと聞きますが――」
と、いいました。すると、カメのいいますことに、
「いいえ、わたしの|背《せ》|中《なか》に乗って、ちょっと、目をつぶってさえおられれば、一息つくまもありません。」
「それでは――」
ということになって、むすこは、|浦《うら》|島《しま》|太《た》|郎《ろう》のように、カメの大きな背中に乗りました。カメは、海を泳いで、波をわけて、ほんとに、|一《ひと》|息《いき》するまもなく、もう、竜宮へやってきました。大きくて、美しくて、それは、目のさめるような御殿でした。
ところが、竜宮へつくと、カメが、いいました。
「竜王が、あなたに、なにかほしいかと聞かれたら、およめさんがほしいと、いいなさい。」
竜宮では、むすこは、大へんごちそうになりました。海の音楽という、ふしぎで美しい音楽も、聞かせてもらいました。タイやヒラメの、おもしろいおどりも、見せてもらいました。そして、三日ばかり遊んで、いよいよ、帰るときになりますと、竜王が、いいました。
「竜宮のおみやげに、おまえさんは、なにがほしいか。」
そこで、むすこは、カメにいわれたとおり、
「竜宮の娘さんを、わたしのおよめさんに、くださいませんか。」
そう、いいました。そして、ひとりの娘さんをもらい、また、カメの背中に乗って、帰ってきました。ところが、どうでしょう。たった三日と思って、竜宮で遊んだ日にちが、帰ってみたら、三年もたっていました。そして、あとに残したおかあさんが、食べる物がなくて、家のそばの石にもたれて、ねむるように死んでいました。むすこが、どんなにかなしく思ったことでしょう。
「おかあさん、すみません。|貧《びん》|乏《ぼう》ゆえに、すまないことをしました。」
と、|涙《なみだ》を流しました。これを見ていて、竜宮のおよめさんが、いいました。
「|泣《な》くのをおやめなさい。おかあさんなら、わたしが、もとどおり、生きかえらせてあげます。」
そして、竜宮から持ってきていた、『生きむち』というものを、とりだしました。それで、おかあさんのからだを、一なで、二なでしながら、水を、頭の上から、そろそろと、かけたのです。すると、今まで死んでいたおかあさんが、むちの一なでで、フウッと、一つ、大息をつき、二なででは、目をパチパチとひらき、三度目には、もう、立ちあがって歩きだしました。むすこも、おかあさんも、どんなに喜んだことでしょう。
ところで、おかあさんは、生きかえりましたが、さしあたり、三人の住む家がありません。それで、あたらしい家をたてることになり、野原の木を切りたおして、そこに、ひろい|敷《しき》|地《ち》を作りました。そこで、およめさんが、竜宮から持ってきた、|打《うち》|出《で》の小づち[#「小づち」に傍点]というのをふって、
「家出ろ!」
と、いいました。すると、そこには、もう、大きな家がたっていました。まるで、光るような、りっぱな家でした。およめさんは、また、小づちをふって、倉を出したり、米を出したりして、みるみるうちに、大へんなお金持になりました。そのうえ、そのおよめさんは、三国一というほど、きれいなおよめさんでした。
「りっぱなおよめさん、美しいおよめさん。」
と、有名になりました。それが、まもなく、|殿《との》さまのところへも、聞こえました。すると、殿さまは、
「そのようなおよめさんならば、うちへ来て、ここのおよめさんになってもらいたい。」
と、そんなことをいいだしました。そして、ある日、とうとう、むすこをよんで、いいました。
「米を|千《せん》|石《ごく》(一石は約一四二キログラム)持ってまいれ。もし、持ってこなければ、おまえのおよめさんを、つれてまいれ。」
これには、むすこは、弱りました。どうしたらいいのか、わからないまま、頭をかかえて、家へ帰ってきました。心配そうなその顔を見て、およめさんが、聞きました。
「殿さまは、どんなご用でしたか。」
むすこには、そのへんじさえできません。すると、およめさんが、また、いいました。
「男ともあろうものが、そんなことで、どうしますか。」
しかたなく、むすこが、いいました。
「千石の米を持ってこられなければ、おまえをつれてこいと、おっしゃる。」
これを聞くと、およめさんが、いいました。
「なあんです。そんなことなら、ぞうさありません。」
およめさんは、その|晩《ばん》、浜に出て、水をあび、竜宮のほうを向いて、ポンポンと、かしわ手を打ちました。そして、なにか、口のうちでいっていましたが、やがて、大波の中をすかして見るようにして、こっちこっちと、手まねきをしました。すると、どうでしょう。そこから、何百という馬が、みんな、背中に米だわら[#「だわら」に傍点]を負うて、つぎからつぎと、出てきました。そして、むすこの家の庭へ、その米だわらを、運んできました。
むすこは、大喜びして、すぐ、殿さまのところへ、使いの者をやり、
「千石の米を、すぐ、おうけとりください。」
と、いわせました。
殿さまは、ほんとうと思えないで、まず、役人を、見によこしました。ところが、まちがいなく、千石の米が、むすこの庭に、つみあげてありましたので、役人は、すっかりおどろき、大急ぎで|御《ご》|殿《てん》に帰って、そのことを、殿さまにいいました。殿さまも、おどろきましたが、
「それでは――」
ということになり、何百という馬を集めてきて、その千石の米を、馬の背中につんで、帰っていきました。
これで、しばらく、殿さまは、なにもいいませんでしたが、ある日のこと、また、むすこがよびだされました。そして、
「|千《ち》ひろ(一ひろは、|両手《りょうて》を|左《さ》|右《ゆう》にひろげたながさ)のなわ[#「なわ」に傍点]を、あすまでに、持ってこい。持ってこられなければ、およめさんをつれてこい。」
と、|難《なん》|題《だい》をいいつけられました。こんども、むすこは、|困《こま》って、頭をかかえて、家に帰ってきました。
すると、前のように、およめさんが、聞きました。
「きょうのご用は、なんでしたか。」
むすこは、
「千ひろのなわを、あすまでに、持ってこいといわれるのだが、どうして、わたしに、そんなことができよう。」
そういって、また、かなしそうな顔をしました。これを聞くと、およめさんは、前のように、浜べに出ていって、波に向かって、手まねきをしました。
千ひろのなわは、見るまに、浜べにつみあげられました。そこで、また、殿さまに、そのことをいって、このなわを、御殿にとどけました。こんどは、
「この正月に、六百九十九人の|家《け》|来《らい》をつれて、おまえのうちへ、ごちそうになりに行く。あわもり[#「あわもり」に傍点]という酒を、七十七つぼ、用意しておけ。」
と、いってきました。
まもなく、正月になりました。元日には、いよいよ、殿さまが、家来をつれて、やってきました。ところが、上から下まで、じゅんじゅんに、|姿《すがた》を変えていて、殿さまが、いちばん下の家来になり、いちばん下の家来が、殿さまの姿になっていました。およめさんは、一目見ると、そのことを知りました。そして、六百九十九人のおぜん、ごちそうをならべ、いざ、みんなが、おぜんの前にならぶときになると、
「ちょっと、お待ちください。」
といって、殿さまを、いちばん先にすわらせ、それから、じゅんじゅんに、席につかせました。そして、四|斗《と》(約七二・一二リットル)入りのお酒、七十七つぼをだし、そのほか、たいへんなごちそうもしました。すると、殿さまが、
「なにか、芸を出して見せないか。」
といいましたので、およめさんが、
「どんな芸を出しましょうか。」
といいますと、
「あらい芸が見たいね。」
と、殿さまは、いうのでした。
「それでは――」
というので、およめさんは、手に持っていた小さな|箱《はこ》をあけました。と、そのとたんに、中から、何百人という人間が、みんな、同じような着物を着て、おなじようなはかま[#「はかま」に傍点]をはいて、出てきて、おもしろい歌をうたい、おもしろいおどりをおどりました。殿さまも、家来たちも、大へんおもしろがって、
「こんどは、こまかい芸をだして見せろ。」
といいますと、およめさんは、
「こまかいほうは、みなさん、あぶのうございますよ。」
と、いいました。しかし、
「いや、あぶなくてもかまわん。どんどん、やって見せろ。」
と、殿さまがいうのでした。
「それでは、出しますよ。」
およめさんは、そういうと、こんどは、べつの小さい箱をあけ、
「それっ。」
と、力をこめたかけ声をいたしました。と、どうでしょう。その中から、はちまきをし、刀を持った何百という人が出てきて、見るまに、殿さまや家来たちに切ってかかりました。それで、殿さまやけらいは、「これはかなわん。」と、大あわてにあわてて、逃げだし、みんな、御殿に帰ってしまいました。
それからは、もう、こりごりしたとみえ、殿さまも、むすこのところへ、難題をいってこなくなり、むすこは、おかあさんとおよめさんと三人で、安楽に暮らしました。めでたし、めでたし。
オオカミのまゆ毛
むかし、むかし、あるところに、お金持と|貧《びん》|乏《ぼう》なおじいさんとがありました。
貧乏なおじいさんは、|正直《しょうじき》な、いい人だったのですが、子どももなければ、|孫《まご》もありません。それに、とても年よりなので、働くこともできません。それで、毎朝、ごはんがすむころになると、お金持のところへ、
「まことにすみませんが、おなべを、ちょっと、|貸《か》してください。」
そういって、おなべを|借《か》りにいきました。借りたおなべに、お|湯《ゆ》を入れ、なべをこすって、そのしる[#「しる」に傍点]を、|朝《あさ》ごはんのかわりにしていたのです。ところが、ある朝、そうやっているところを、村のいじわるな|男《おとこ》に、見つけられました。その男は、
「やーい、おじいさんのなべこすり。」
と、悪くちをいいました。これを聞いたおじいさんは、もう、|恥《は》ずかしくて恥ずかしくて、いたたまらなく思って、とうとう、お金持の家へ、いとまごいに出かけました。
「長いあいだ、おなべを、毎朝、ありがとうございました。わたくしは、これから、遠い旅に出ようと思います。それで、おいとまごいにまいりました。」
おじいさんは、心では、死んでしまおうと思っていたのです。お金持の家では、おじいさんのようすを見て、あわれに思い、
「それは、おきのどくだ。」
といって、お米をすこしやりました。おじいさんは、それから、近所を、いちいち、いとまごいに歩きましたが、どこのうちでも、それでは、おせんべつにと、お米をすこしずつくれるのでした。
おじいさんは、そのお米で、おむすびを作って、近くの山の谷の方へ登っていきました。そこは、オオカミの出るところで、何年か前にも、村の者や、|旅《たび》|人《びと》などが、オオカミにくいころされたことがありました。おじいさんは、もう、オオカミにくいころされて、死んだほうがいいと思って、谷の岩の上に|腰《こし》をおろして、やすんでおりました。
やがて、夜もふけてから、おじいさんは、北の方を向いてよびました。
「オオカミさん、オオカミさん、はよう来て、くうておくれ。」
二度、三度、そうよびますと、北のほうから、ゴソン、ゴソンと音をたて、くらやみの中を、かけてくるものがありました。しかし、どうも、近くまでは、よってきません。
「はよう、くうておくれ。はよう、はよう。」
と、よんでみても、その音は、おじいさんから百メートルぐらいのところまで来て、それ以上には、近づきません。そこで、おじいさんは、こんどは、西の方へ向いて、
「オオカミさん、はよう来て、くうておくれ。」
と、いいました。ところが、やっぱり、ゴソン、ゴソンと、かけてくる音がしても、百メートルぐらいのところからこっちへは、はいってきません。こうして、東西南北、|四《し》|方《ほう》へ向いてよんでみましたが、オオカミは、やっぱり、近よってきません。
そのうち、夜があけかかったころ、一ぴきの年とったオオカミが、そろそろと近よってきて、
「おじいさん、おじいさん、おまえが、いくら、くえくえといっても、この山には、おまえのような正直な人をくうオオカミは、おらんのだ。だから、おまえさんも、もう、ひきとったほうがよろしいぞ。」
そう、いいました。おじいさんは、それではしかたがないと思って、立ちあがって、山からおりようとしますと、オオカミが、自分のまゆ毛を一本ぬいて、
「さあ、これを持ってお帰りなさい。これさえあれば、もう、一生、ひもじいめにあうことはないからな。」
そう、いいました。おじいさんは、
「それはありがたい。ありがとう、ありがとう。」
と、何度も、オオカミにおじぎをして、山をおりました。山をおりてきますと、例のお金持の家では、|田《た》|植《うえ》がはじまっておりました。おじいさんは、たんぼのそばで、しばらく、それを見ていました。すると、お金持の主人がよってきて、
「おじいさん、ごはんを食べにきませんか。」
と、いいました。おじいさんは、
「ありがとうございます。」
といいながら、オオカミのくれたまゆ毛を出して、|稲《いね》を植えているさおとめ[#「さおとめ」に傍点]たちを、ながめていました。ところが、なんとしたことでしょう。その女たちが、いろいろさまざまの動物に見えてきました。まゆ毛を、目の前にかざしてみますと、それぞれの人間の心が、いろいろの動物になって見えてくるのでした。キツネの心を持った人もあれば、ヘビの心を持った人もあります。
お金持の主人は、おじいさんから、このことを聞いて、
「それは、いいものを見つけてきたな。ひとつ、わしに、ゆずってはくれまいか。」
と、申しました。しかし、おじいさんは、
「じつは、これは、オオカミがくれたまゆ毛で、けっして、人手にわたしてはいけない、と、いわれました。ですから、すみませんが、おみせするわけにもまいりません。」
と、ことわりました。主人は、
「ざんねんだが、しかたがない。」
と、まゆ毛は思いきって、おじいさんを家につれていって、ごはんをごちそうしました。
とにかく、このおじいさんは、正直でなさけぶかい人でしたから、そのご、このお金持の主人は、おじいさんに、
「わたしにかわって、家のおさめをしてください。」
そう、たのむようになりました。
やがて、おじいさんは、主人にかわって、その家をおさめることになりました。オオカミのまゆ毛のおかげで、おじいさんは、だれの心でも、すぐ、見やぶったからであります。
オオカミのいったとおり、おじいさんは、一生、ひもじいめにあわなかったということです。
|仁《に》|王《おう》とが王
むかし、むかし、日本のお仁王さまのところへ、|唐《から》のが王[#「が王」に傍点]さんから、手紙がきました。
「仁王さん、わたしは、唐のが王です。唐の国一の力持です。ひとつ、力くらべをしようではありませんか。」
そこで、お仁王さまは、が王さんの来るのを待っておりました。しかし、が王さんに、なにかごちそうをあげなければならない、ということになりました。そこで、お仁王さまの家の者たちが、考えました。なかなか、いい考えがうかびません。そのうち、ひとり、お仁王さまの|家《け》|来《らい》の人が、いいました。
「鉄のおだんごは、どうでしょう。」
すると、みんなが、いいました。
「それがいい、それがいい。それにしましょう。」
そこで、まず、太い太い鉄の|棒《ぼう》をとってきました。それを、お仁王さまが、ひとにぎり、ふたにぎりと、手でちぎりました。それをまた、家来たちが、おだんごのようにまるめて、それにきな[#「きな」に傍点]|粉《こ》をまぶしました。鉄だんごです。その鉄だんごを、五十も六十も作って、大きな、ふたかかえもあるようなかなだらい[#「かなだらい」に傍点]の上に、|盛《も》っておきました。
が王さんは、そこへ来て、
「どうぞ、どうぞ。」
と、すすめられると、
「これは、けっこう。」
と、そのおだんごを、バリバリ食べたということです。そこで、仁王、が王のふたりは、それから、|兄弟《きょうだい》ぶんになりました。そして、|観《かん》|音《のん》さまの門前に立ち、仲よく、その門番をすることになったそうです。
鉄の棒を持っているのが仁王で、大きな口をあけて、鉄だんごを食べているのが、が王だそうです。
タヌキだまし
むかし、|肥《ひ》|後《ご》の国(熊本県)は|八《やつ》|代《しろ》というところに、|彦《ひこ》|市《いち》どんという、おもしろい人がおりました。いつも、人をだましたり、からかったりして、喜んでいたそうです。
ところが、その彦市どんの家の後ろの山に、一ぴき、タヌキがすんでおりました。これが、彦市どんときょうそうしても、ひけをとらないほどの、おもしろいタヌキで、これも、毎日のように、人を|化《ば》かしたり、だましたりして、喜んでおりました。
ある晩のことです。
彦市どんが、外に出かけていますと、
「彦市どん、彦市どん。」
と、よぶものがあります。
「だれか。」
と、彦市どんが聞きますと、
「おれは、|裏《うら》|山《やま》のタヌキだ。」
向こうは、そういいました。
「なにか、用か。」
と聞きますと、
「おまえは、なにがこわいか。いちばんこわいものは、なにか。」
タヌキが、そう、聞きます。
「そうだな。やっぱり、まんじゅう[#「まんじゅう」に傍点]だな。一|銭《せん》まんじゅうときたら、こわくてたまらん。」
彦市どんは、そう、へんじをしました。すると、その晩、彦市どんが、外から帰ってくると、|窓《まど》から、なにか、どんどん、投げこまれてきました。見ると、どれも、みな、おいしそうな一|銭《せん》まんじゅう[#「まんじゅう」に傍点]です。
彦市どんは、さっきの、タヌキとした|問《もん》|答《どう》を思いだして、
「これはこわい。これはおそろしい。これはたまらん。」
そう、いいいい、ポンポン投げこまれてくるまんじゅうを、つぎからつぎへと、ほおばって、ムシャムシャ、ムシャムシャ、食べてしまいました。タヌキが、まんじゅうを投げなくなってしまうと、
「やれ、こわかった。」
そういって、お茶をいれて、ゴクゴク飲みました。このようすを、外から見ていたタヌキは、しかし、彦市どんにだまされたことがわかって、大へん、|腹《はら》を立てました。
「どうしてやろう。すっかり、まんじゅうを、ただどりされちゃった。」
どうも、そう思ったらしいのです。あくる日のことです。
彦市どんが、たんぼへ行ってみると、そこに、いっぱい、石が投げこまれていました。
「あっ、これはよかった。石ごえ[#「ごえ」に傍点]三年といってな。これから先、三年は、このたんぼ、こやし[#「こやし」に傍点]がいらない。たいしたものだ。いや、ありがたい、ありがたい。これが、まぐそ[#「まぐそ」に傍点]なんかだったら、この田も、すっかり、だめになるところだった。」
彦市どんは、大きな声でそういって、喜んでみせました。ところが、近くで、やはり、これを、タヌキが聞いていました。
「また、しまった。彦市にだまされた。」
やはり、タヌキは、そう思ったようです。
その晩、その田の石は、きれいにとりだされて、そのかわり、|馬《ば》ふん[#「ふん」に傍点]が、いっぱい、はいっておりました。
これを見て、彦市どんが、いよいよ、喜んだのは、いうまでもありません。
サケの大助
これは、いまの岩手県|気《け》|仙《せん》|郡《ぐん》|竹《たけ》|駒《こま》|村《むら》の|相《あい》|川《かわ》という家に、つたわっているお話です。この家の|先《せん》|祖《ぞ》は、|三州古賀《さんしゅうこが》の|城主《じょうしゅ》だったそうですが、|織《お》|田《だ》|信《のぶ》|長《なが》との|戦《たたか》いに負けて、はるばる、|奥州《おうしゅう》へ落ちのび、ここに住むようになったのです。
ある日のこと、たくさんの牛を、|牧《まき》|場《ば》にはなしていますと、ふいに、大きなワシが、空からおりてきて、子牛をさらって、飛んでいきました。主人は、おこって、
「どうしても、あのワシを、つかまえてやらなくちゃ。」
そういって、|弓《ゆみ》|矢《や》をとり、牛の皮をかぶり、牧場の草の中にうずくまって、ワシのくるのを待っていました。一日、二日、三日、四日、とうとう、六日も、待ったのです。そのうち、心もからだもつかれて、つい、とろとろと、ねむってしまいました。
すると、フワッと、からだがういたように感じて、はっと、目をあけてみますと、大きなワシが、主人をむんずとひっさげて、もう、空の上を飛んでいました。主人は、今となっては、どうにもなりません。一生けんめい、からだをちぢめ、|息《いき》をころして、ワシのするとおりになっていました。
ワシは、遠くの海の上を、何日も何日も、飛んでいきました。そして、ある日、どことも知れない島の、大きな杉の木のてっぺんにある|巣《す》の中に、主人をおろしました。ワシは、それからまた、どこともなく、飛んでいってしまいました。
主人は、ワシの巣の中にいて、なんとかして助かりたいものと、あたりを見まわしました。見ると、巣の中に、たくさんの鳥の|羽《はね》が、つみかさねられていました。きっと、ワシが、さらってきては食べた、ツルやガン、キジやトンビ、そういう鳥の羽なのでしょう。主人は、これらの羽の中から、長いのを拾い集めて、それで、なわ[#「なわ」に傍点]をないはじめました。いく日かたって、そのなわのはしを、杉の木の|枝《えだ》にくくりつけて、下へぶらさげました。やっと、それが、地につくまでになったのを見とどけますと、それをつたって下におりました。
地上におりて、さて、どうしたらいいか、木の根っこに|腰《こし》をかけて、考えこんでいました。すると、そこへ、どこから来たのか、ひとりのしらがのおじいさんが、ヒョコヒョコとやってきて、
「おまえは、どこから、ここへ来たのか。なんのために、やってきたのか。|難《なん》|船《せん》でもしたのか。そうでなくては、なかなか、ここは、こられるところではない。」
そう、いいました。
そこで、主人が、
「ここは、いったい、どこなのですか。」
そう、聞きますと、
「ここは、|玄《げん》|海《かい》|灘《なだ》という|荒《あら》|海《うみ》の中の、はなれ小島だ。」
と、老人が、教えてくれました。主人は、おどろいて、いままでの話を、こまごまとかたって聞かせました。
「どうかして、|故郷《こきょう》に帰りたいが、玄海灘といわれては、奥州までは三百里(一二〇〇キロメートル)、とても、帰れるのぞみはない。」
そういって、なげきました。
すると、老人は、
「おまえが、そんなに故郷に帰りたいのなら、おれの|背《せ》|中《なか》に乗りなさい。そうしたら、かならず、故郷につれてってやる。」
そう、いうのでした。
主人は、ふしぎに思って、
「おまえさんは、いったい、どういう人ですか。なんで、このおれを、故郷まで|背《せ》|負《お》って行かれるのですか。」
そうききますと、老人は、
「おれは、じつは、サケの大助である。年ねん、十月二十日には、おまえの故郷、|今泉川《いまいずみがわ》の上流の|角《つの》|枯《がれ》|淵《ぶち》へ行って、|卵《たまご》をうむのは、じつは、このおれだ。」
と、こたえました。
主人は、事情がわかったのですが、それでも、おそるおそる、老人の背中にまたがりました。すると、いつのまにか、もう、自分の故郷の今泉川に帰っていました。主人は、老人に、あつくあつくお礼をいって、やっと、わが家に帰りました。
今でも、十月二十日には、おみき[#「おみき」に傍点]とそなえ物とを、今泉川のサケの|漁場《りょうば》へおくり、|吉《きち》|例《れい》によって、サケのおまつりをすることになっております。
これが、そのおまつりのいわれです。
タニシ
むかし、むかし、あるところに、五人の|兄弟《きょうだい》が住んでいました。おとうさんも、おかあさんも、なかったのです。おじさん、おばさんも、なかったのです。それで、たがいに仲よくして、みんな、助けあって暮らしていました。にいさんが、林へ鳥をとりにいけば、弟が、|沼《ぬま》へ魚をとりにくだりました。春になると、みんなで、たんぼに|稲《いね》を植え、秋には、それを|刈《か》りました。
ところで、その春のことです。みんなで、たんぼへ出て、|田《た》|植《うえ》をやっておりますと、すえの弟が、たんぼのそばに、日やけた道の上にころがっている、二つの小さなタニシを、見つけました。かわいいタニシだったので、弟は、それを家へ持って帰り、台所のながし[#「ながし」に傍点]のすみにおきました。そこは、いつも水にぬれていて、タニシにすみよいところと思われました。それで、
「タニシ、タニシ、ここにおいで。外にはいでて、サギやカラスに、とられるな。」
そう、ちいさい声で、いっておきました。あくる日、たんぼに行くときも、同じことをいいました。その晩のことでありました。その弟は、みんなよりすこし早く家に帰って、ごはんの用意にとりかかりました。ところが、ふしぎなことに、ちゃんと、ごはんの用意ができていました。お茶わんがならんで、おいしいお|菜《さい》も、なべに、|湯《ゆ》|気《げ》をたてていました。そのへんには、ほかに、家|一《いっ》|軒《けん》あるでなく、人も住んでいなかったのに、まったく、ふしぎなことでありました。しかし、そのあくる日、その日も、弟は、ごはんの用意に、早く帰ってきてみますと、あらもう、ごはんの用意ができております。おぜんの上に、五つの魚が、おさらにのせて、ならべてあったのです。そのあくる日――、やはり同じで、ごはんが、ホクホク、おいしく|煮《に》えておりました。
あまりのふしぎさに、そのあくる日、弟は、いつもよりずっと早く、もう、お昼すぎには帰ってきました。そして、家の近くの木に登り、そこから、家の中をながめていましたが、|晩《ばん》が近く、日がかたむきかけたとき、台所のながしのほうから、話し声が聞こえてきました。
「ねえさん、ねえさん、そろそろ、ごはんのしたくをしましょう。」
「そうだ、そうだ。ここは、すみよいところなので、つい、うっかりと、寝すごした。」
そういったかと思うと、もう、台所には、美しい|娘《むすめ》がふたり、立っていて、お米をといだり、|菜《な》っぱを切ったり、忙しく働きはじめていました。そして、おかまが、ブツブツ湯気をふきだすと、美しい声で、歌などうたいだしました。この歌が、あまりきれいな声なので、弟は、つい、それに聞きいって、ごはんの用意がすんでしまうまで、木の上に|腰《こし》をかけたままでおりました。歌がすんだとき、弟は、やっと気がつき、大急ぎで、木から飛びおり、
「もしもし、娘さん、娘さん。」
そうよびながら、台所へはいっていきますと、もう、そこには、娘のかげも形もなく、おぜんに、五つの茶わんがならび、ごはんやお菜の、おいしいにおいがしていました。どうも、ふしぎなことであります。
あくる日、こんどは、五人の兄弟が、みんなで、早く帰ってきて、木に登って見ていることに、|相《そう》|談《だん》しました。
「おねえさん、おねえさん、ごはんの用意をしましょうか。」
|晩《ばん》が近くなると、前の日のような話し声がしてきました。そして、同じように、美しい娘がふたり、台所で働きはじめました。
これを見ると、五人の兄弟は、そろりそろりと、木からおりて、おかって[#「おかって」に傍点]と|玄《げん》|関《かん》|口《ぐち》の両方から、台所にはいっていきました。
娘たちが、かくれるまもなく、五人は、ふたりをかこんでしまいました。それから、
「あなたたちは、どこのどなたで、どうして、台所をしてくれますか。」
こう、聞きました。
すると、娘が、いいました。
「わたしたちは、じつは、山の向こうの村にいた姉と妹なのですが、おとうさんや、おかあさんに、わがままで、そのいいつけを、聞きませんでした。それで、ある日、タニシの|殻《から》に入れられて、道の草のなかに|捨《す》てられました。それを、また、一|羽《わ》のワシが、口にくわえて、こんなところに持ってきました。どうなることかと心配していると、ここの親切な人に、拾われました。その親切のうれしさに、こうして、毎日、ごはんの用意をしていました。」
これを聞いて、みんなは、この|姉《し》|妹《まい》を、大へんかわいそうに思い、それからは、ふたりを、みんなの姉や妹として、いっしょに、ますます仲よく、暮らしていきました。
キノコのお|化《ば》け
むかし、|鎮《ちん》|守《じゅ》の森のお宮の|裏《うら》に、|毎《まい》|晩《ばん》、化けものが出てきて、歌をうたったり、おどったりしているといううわさ[#「うわさ」に傍点]がたちました。
村のひょうきんなおじさんが、
「よし。それでは、おれが、行って、見とどけてくる。」
そういって、夜になるのを待って、お宮へ出かけていきました。お宮の後ろへまわってみますと、なるほど、おおぜいの|小《こ》|人《びと》どもが、手を打って、歌をうたって、ヨイコラサッサなどと、はやしたてて、|盆《ぼん》おどりのようにおどっておりました。おどりのすきなおじさんのことですから、すぐ、手ぬぐいでほおかむりして、小人の中にまじって、いっしょにおどりだしました。おどりながら、おじさんは、小人のひとりに、聞きました。
「おまえたちは、いったい、なんの化けものだ。」
すると、その小人が、
「おれたち、ほんとは、キノコの化けものだ。しかし、おまえは、いったい、なんの化けものだ。」
と、聞きかえしました。
「おれは、人間の化けものさ。」
と、おじさんが、こたえますと、キノコの化けものが、かさねて、
「おまえは、それで、なにがいちばんきらいだ。」
と、聞きます。
おじさんは、
「おれは、大判、小判、そんなぜに[#「ぜに」に傍点]が、いちばんきらいだ。」
と、こたえておいて、
「して、おまえは、なにがきらいかね。」
と、聞きかえしました。
すると、小人は、こたえて、いいました。
「おれは、ナスの塩水が、いちばんおっかない。」
それから、しばらくおどっているうちに、化けものたちが、
「そうら、そうら、ぶっつけるぞ、ぶっつけるぞ。」
そういいながら、てんでに、大判、小判を持ってきて、おじさんめがけて、投げつけました。おじさんは、わざと、
「ああ、こわい。やれ、こわい。こわい、こわい、こわい。」
といいながら、スタコラ、|逃《に》げて帰ってきました。
そして、大急ぎで、ナスの塩水を、どっさり作り、それをかついで、おどっている化けものたちのところへ、やってきました。
そして、
「そうら、ぶっつけるぞ、ぶっつけるぞ。」
そういいながら、ナスの塩水を、ひしゃく[#「ひしゃく」に傍点]で、小人の頭から、どんどん、ぶっかけました。化けものどもは、ちりぢりになって、いつのまにか、いなくなってしまいました。
おじさんは、そこらにちらばっていた大判、小判を、かき集め、拾い集めて、家に帰っていきました。
おじさんが、|翌《よく》|朝《あさ》、お宮の裏へ行ってみますと、そのへんの木の|株《かぶ》にはえていたキノコが、みんな、なえひからびていました。
それからのち、鎮守の森には、化けものが出なくなったということです。おじさんのほうは、大判小判を、どっさりもらって、大金持になりました。
お|化《ば》け|茶《ちゃ》|釜《がま》
むかし、むかし、もんじゃの|吉《きち》という、ばくちうち[#「ばくちうち」に傍点]がおりました。ばくちに負けて、|程《ほど》|島《じま》というあたりを通って、帰っていますと、キツネにあいました。
「キツネどん、キツネどん、おれに、ひとつ、たのまれてくれないか。」
すると、キツネが、いいました。
「それは、いったい、どんなことかい。」
「ほかでもないが、上等の茶釜に化けてもらいたい。」
すると、キツネのいうことに、
「|重箱《じゅうばこ》一つのこわ[#「こわ」に傍点]|飯《めし》と、油ニシン一たばを、持ってきてくれるなら、茶釜に化けてやってもいい。」
そこで、もんじゃの吉は、さっそく、アズキ飯と油ニシンを、ふろしきにつつんで、やぶの中のキツネの|穴《あな》へ、持っていきました。
「はい、キツネどん、持ってきたぞ。」
キツネは、それを見ると、ポンと、ちゅうがえりをして、もう、りっぱなあられ[#「あられ」に傍点]茶釜に、化けていました。
もんじゃの吉は、ほくほくもので、茶釜をふろしきにつつんで、山寺の|和尚《おしょう》さんのところへ、持っていきました。
「和尚さん、和尚さん、いい茶釜を見つけました。三両で、買ってくださいませんか。」
和尚さんは、|大《おお》|気《き》にいりで、すぐ、三両をはらいました。すぐにも、お湯をわかしてみたくなり、小僧をよんで、いいつけました。
「この茶釜を、まえの川へ持ってって、きれいに、といできておくれ。」
そこで、小僧は、川へ行って、|砂《すな》をかけて、ゴシゴシ、ゴシゴシ、みがきました。茶釜のキツネは、いたくてたまりません。
「小僧、いたいぞ。そっとみがけ、そっとみがけ。」
と、さけびました。
小僧は、びっくりして、飛んで帰り、
「和尚さま、和尚さま、この茶釜が、小僧、いたいぞ、そっとみがけ、と、申しました。」
和尚さんは、
「心配ない。あたらしい茶釜というものは、そういうことをいうものじゃ。だから、よくみがかなくてはいけない。」
小僧は、また、川へ持ってって、ゴシゴシ、砂をつけてみがきました。
すると、茶釜は、また、
「こら、小僧、いたいじゃないか。そっとみがけ、といってるのが、わからんか。」
しかし、小僧は、こんどは、へいきで、ゴシゴシ、ゴシゴシ、みがきました。それがすむと、水を入れて、いろり[#「いろり」に傍点]の火にかけました。
すると、また、茶釜は、
「小僧、あついぞ。火をけせ、火をけせ。」
と、どなりました。
小僧は、びっくりして、また、和尚さんのところへいって、
「和尚さま、和尚さま、茶釜が、また、小僧、あついぞ、火をけせ、火をけせ、と、申しました。」
すると、和尚さんがいうことに、
「あたらしい茶釜というものは、そういうことをいうものじゃ。えんりょせずに、うんと火を|燃《も》しなさい。」
小僧は、火を、どんどん燃しました。すると、こんどは、茶釜から耳が出てきました。小僧は、またも、びっくりして、
「和尚さま、和尚さま、茶釜から耳が出ました。」
そういっているまに、頭が出て、しっぽが出て、足が出てきました。
「和尚さま、和尚さま、頭が出て、しっぽが出て、足が出ました。」
すると、和尚さんは、
「あたらしい茶釜というものは……」
そういいおわらぬうちに、茶釜は、火の上からとびのいて、
「あついぞ、小僧。焼けるぞ、和尚。コンコン……」
そういって、キツネの正体をあらわして、後ろの山へ、逃げていってしまいました。
|舌《した》|切《き》りスズメ
むかし、むかしのことであります。おじいさんとおばあさんとがありました。おじいさんは、山へシバ|刈《か》りに、おばあさんは、川へせんたくに行きました。
山へ行ったおじいさんが、べんとう[#「べんとう」に傍点]を、木の|枝《えだ》にぶらさげておくと、スズメが飛んできて、そのべんとうを、食べてしまいました。おじいさんが、|昼《ひる》|飯《めし》を食べようと思って、べんとうをひらいてみますと、なかで、一羽のスズメが、グウグウ、グウグウ、|昼《ひる》|寝《ね》をしていました。これを見て、おじいさんは、|腹《はら》のへったこともわすれ、とてもかわいくなって、そのまま、ふろしきにつつんで、家に持って帰りました。そして、名まえを、おちょん[#「おちょん」に傍点]とつけて、おちょん、おちょんと、かわいがってそだてました。
あるとき、おじいさんは、おばあさんとスズメを家において、山へシバ刈りに出かけました。おばあさんは、天気がいいので、川へせんたくに行くことにしました。そして、せんたくした着物を、のりつけ[#「のりつけ」に傍点]にするのり[#「のり」に傍点]をこしらえ、|縁《えん》|側《がわ》に出しておきました。
「おちょん、おちょん、ここへ、のり[#「のり」に傍点]をおくからの。となりのネコにくわれないよう、番をしておいでよ。」
そう、スズメにいって、川へ出かけました。
おちょんスズメは、しばらくたつと、腹がへってきて、どうにもなりません。ちょっと、一口、そののり[#「のり」に傍点]を食べてみました。とてもおいしく、つい、もう一口、また、もう一口、と、やっているうちに、とうとう、みんな食べてしまいました。
そこへ、おばあさんが、帰ってきて、
「おちょん、おちょん、ただいま。のりの番をしていてくれたね。」
すると、おちょんが、いいました。
「おばあさん、おばあさん、のりは、わたしが、ちょっとゆだんしてるあいだに、となりのネコが来て、ひとなめになめてしもうた。」
おばあさんは、腹をたてて、となりのネコをひっとらまえ、
「こら、ネコ、うちののり[#「のり」に傍点]を、なめたそうじゃないか。」
そういって、口を見ましたら、どこにも、のりがついておりません。ひげを見ても、ついておりません。鼻を見ても、ついておりません。
――これは、へんだな。
と思ったおばあさんは、おちょんをひっとらまえ、むりに口をあけさせて、中を見ますと、おちょんの|舌《した》に、のりが、まだ残っていました。
「うそをついたな。のりを食べたのは、おまえだろう。ふといスズメッコだ。」
そういうなり、おばあさんは、はさみ[#「はさみ」に傍点]を持ってきて、スズメの舌を、ちょんぎってしまいました。おちょんは、
「いたい、いたい。」
と、なきさけびながら、山の方へ、飛んでいきました。
そのあと、すぐ、おじいさんが、シバを|背《せ》|負《お》って、帰ってきました。
「ばあさん、今、もどったぞ。おちょんはどうした。」
そう、聞きました。すると、おばあさんが、
「のりをこしらえておいて、川へせんたくに行っているあいだに、おちょんが、そののりを食べてしもた。しかも、となりのネコが食べたと、うそをついたで、|腹《はら》がたって、腹がたって、おちょんの舌をちょんぎって、今、はなしてやったところじゃ。」
これを聞いたおじいさんは、
「まあ、かわいそうなことをした。これから、おれは、おちょんをさがして、家へつれてきてやろう。」
そういって、すぐまた、出かけていきました。
[#ここから2字下げ]
おちょんスズメは どっちへ行った
舌切りスズメは どっちへ行った
[#ここで字下げ終わり]あれかわいやな やれかわいやな
こう、うたいながら、スズメをたずねていきました。しばらく歩いていくと、|牛《うし》|洗《あら》いが、牛を洗っておりました。そこで、おじいさんが、聞きました。
「牛洗いさん、牛洗いさん、ここを、舌切りスズメが、通らなんだかいや。」
「通った、通った。通ったは通ったが、牛の足を十二本、洗っていかなければ、教えてやれない。」
おじいさんは、そこにいる牛の足を、ザブザブ、ザブザブ、水をかけて、きれいに洗ってやりました。すると、牛洗いが、いいました。
「この川をくだっていくと、馬洗いがおるからな、その馬洗いに聞くがいい。」
そこでまた、おじいさんは、
[#ここから2字下げ]
舌切りスズメは どっちへ行った
おちょんスズメは どっちへ行った
あれかわいやな やれかわいやな
[#ここで字下げ終わり]
そう、うたいながら、川にそってくだっていくと、馬洗いが、馬を洗っておりました。
「馬洗いさん、馬洗いさん、ここを、舌切りスズメが、通らなんだかいな。」
「通った、通った。通ったは通ったけれども、馬の足を、二十四本、洗っていかなければ、教えてやれない。」
おじいさんは、また、馬の足を二十四本、ザアザア、水をかけて、きれいに洗ってやりました。そうすると、馬洗いが、いいました。
「この川をくだっていくと、菜っぱ洗いがおるから、その菜洗いに聞くがいい。」
そこで、おじいさんは、また、
[#ここから2字下げ]
おちょんスズメは どっちへ行った
舌切りスズメは どっちへ行った
あれかわいやな やれかわいやな
[#ここで字下げ終わり]
そう、うたいながら、くだっていくと、菜洗いがいました。
「菜洗いさん、菜洗いさん、ここを、舌切りスズメが、通らなんだかな。」
「通った、通った。通ったは通ったけれど、菜っぱを、かご[#「かご」に傍点]に四十|八《はっ》ぱい、洗わなけりゃ、教えてやれない。」
そこで、また、おじいさんは、菜っぱにザアザア水をかけて、かごに四十八ぱい、洗ってやりました。すると、菜洗いが、いいました。
「この川をくだっていくと、大きな大きな竹やぶがある。そこへ行くと、赤いまえかけをして、赤いたすき[#「たすき」に傍点]をかけ、|稲《いね》を|刈《か》っているスズメがいる。それが、舌切りスズメだ。」
おじいさんは、また、
[#ここから2字下げ]
舌切りスズメは どっちへ行った
おちょんスズメは どっちへ行った
あれかわいやな やれかわいやな
[#ここで字下げ終わり]
と、うたいながら、川をくだっていきました。すると、大きな竹やぶがありましたので、そこへはいっていきますと、家がありました。トントンと、戸をたたくと、中から、
「じいさんか、ばあさんか。」
と、聞きます。
「じいさんじゃ、じいさんじゃ。」
「じいさんなら、はようおはいり。」
おじいさんが、家の中へはいりますと、スズメたちが集まってきて、
「おじいさん、よくいらっしゃいました。」
そういって、いろいろ、たくさんのごちそうを出して、もてなしました。おじいさんが、
「では、もう、帰ろう。」
といいますと、スズメが、
「おじいさん、おじいさん、おみやげは、重いつづら[#「つづら」に傍点]がいいですか、軽いつづらがいいですか。」
「おれは、年よりだから、いちばん軽いのを、もらいたい。」
すると、スズメは、おじいさんに、軽いつづらをかつがせて、いいました。
「おじいさん、家に帰るまでは、けっして、とちゅうで、あけてはいけませんよ。家にはいって、|座《ざ》|敷《しき》のなかでひろげるのですよ。」
「ありがとう、ありがとう。」
おじいさんは、つづら[#「つづら」に傍点]を背負って、ドッコイ、ドッコイ、つえをついて帰ってきました。座敷にはいって、つづらをあけてみますと、なかには、大判、小判、|宝物《たからもの》がいっぱいです。
「わあ。」
といって、おじいさんもおばあさんも、大喜びでした。
ところが、おばあさんは、|欲《よく》ばりばあさんで、
「わしも、一つ、もろうてくる。」
そういって、
[#ここから2字下げ]
舌切りスズメは どっちへ行った
おちょんスズメは どっちへ行った
あれかわいやな やれかわいやな
[#ここで字下げ終わり]
と、うたいながら、川をくだっていきました。やがて、大竹やぶにたどりつき、舌切りスズメの家の戸を、トントン、トンと、たたきました。
「じいさんか、ばあさんか。」
「ばあさんじゃ、ばあさんじゃ。」
「ばあさんなら、はようはいりなさい。」
おばあさんがはいると、スズメたちは、かわや[#「かわや」に傍点]の戸を持ってきて、おぜんにし、かきねの木を切ってきてはし[#「はし」に傍点](箸)にし、|川《か》|原《わら》の|砂《すな》をごはん[#「ごはん」に傍点]にして、
「さあ、おばあさん、おあがりなさい。」
と、おばあさんにすすめました。やがて、おばあさんが、帰ろうとしますと、スズメが、たずねました。
「おみやげは、重いつづら[#「つづら」に傍点]がいいですか、軽いつづらがいいですか。」
おばあさんは、欲ばりですから、
「重いつづらにしてもらいたい。」
「それでは、これをかついで、とちゅうでは、けっしてあけないで、家に帰ってから、座敷であけなさい。」
とても重いつづらを、おばあさんの|背《せ》|中《なか》におぶわせました。
[#ここから1字下げ]
ヨッコラショ ドッコイショ
[#ここで字下げ終わり]
おばあさんは、|汗《あせ》だくになりながらも、宝物がいっぱいはいってるのだと、大喜び。急いで家に帰っていきました。それでも、なかが見たくて見たくて、がまんができず、家のかきねのそばまで来ると、ドッコイショと、つづらをおろし、そうっと、ふたをあけてみました。すると、なかから、ニョロニョロ、ゾロゾロ、ヘビやマムシやムカデ、ゲジゲジ、そういうものばかりが、あとからあとから、出てきます。おばあさんは、びっくりぎょうてんして、つづらをほっぽりだして、家のなかへ逃げこみました。
欲ばりをしてはいけないというお話です。
だんぶり|長者《ちょうじゃ》
むかし、|田《た》|山《やま》というところに、大金持があったそうです。だんぶり長者といいました。だんぶりというのは、トンボのことです。
だんぶり長者は、わかいときは、大へん|正直《しょうじき》で、親切なお|百姓《ひゃくしょう》だったそうです。長者になってから、長者のしるしがなかったので、|殿《との》さまに、
「長者のしるしを、くださいませ。」
と、おねがいしました。すると、|殿《との》さまが、
「おまえの家には、むかしから、なにか、|宝物《たからもの》があるか。」
と、聞かれました。長者が、
「家には、|如《にょ》|来《らい》さまからさずかったと思われるような、女の子がござります。」
と、こたえますと、
「それなら、長者のしるしをやろう。」
と、おっしゃって、殿さまが、書きつけをくださいました。
やがて、長者の娘は、殿さまのところへよびだされて、殿さまのおよめさんになりました。そこで、長者は、殿さまと|親《しん》|類《るい》になり、家は、いよいよ、さかえたということであります。
この長者が、わかいころの話です。
ある日、夫婦で、山に畑を打ちに出かけました。昼ごろになって、つかれましたので、木かげにはいって、グウグウ昼寝をしておりました。すると、|夫《おっと》の顔の上で、トンボが、鼻にとまったり、口にとまったり、ひたいにとまったり、あっちへ行き、こっちへ行きしておりました。おかみさんが、追っても追っても、|逃《に》げません。そのうち、夫は、目をさますと、
「おれは、今、ふしぎな|夢《ゆめ》を見ていた。」
と、申します。
「そこの畑の向こうの山かげに、とってもいい酒がわいていて、それを、今、おまえとふたりで、ガブガブ飲んでいた夢だった。ああ、うまかったなあ。」
すると、おかみさんが、いいました。
「いま、おまえさんの顔の上で、トンボが、何度も何度も、とまったり飛んだり、とまったり飛んだりしていたよ。きっと、トンボが、そういう夢を見さしたのではあるまいか。もしかしたら、その酒というのは、ほんとうに、そこから、わきでているのかもしれないよ。行ってみようじゃないか。」
「そうかもしれん。行ってみよう。」
と、ふたりは、夫が夢に見た山かげの、谷の|奥《おく》の岩から流れる|泉《いずみ》をさがしもとめて、歩いていきました。谷の奥へはいりかけますと、どこからともなく、プーンと、いいお酒のにおいがしてきました。
――これは、酒だ。しかも、いい酒だ。
と、ふたりが、そのにおいをたよりに、すすんでいきました。すると、はたして、ほんとうに、岩の下から、ゴックゴックと、においのいい、おいしそうな酒が、わきだしております。飲んでみますと、いままで飲んだこともないような、おいしいお酒です。
ふたりは、大喜び。さっそく家に帰り、おけ[#「おけ」に傍点]を用意して、その酒をくみ、町へ持ってって売りました。くんでは売り、くんでは売りましたが、いい酒ですから、いくらでも売れていきます。それで、ふたりは、お金が、いやがうえにも、もうかりました。
そのうち、酒の泉の近くから、|金《きん》が出ることもわかりました。ふたりは、人をやとって、その金をも、|掘《ほ》らせました。
こうして、ふたりは、その|近《きん》|辺《ぺん》にふたりとない大長者になったのです。トンボに教えられて長者になったというので、だんぶり長者と名がつきました。めでたし、めでたし。
子どもと|鬼《おに》
むかし、あるところに、|貧《びん》|乏《ぼう》な家がありました。父親は、とうに死んでしまい、母親ひとりで、三人の男の子をやしなっておりました。しかし、なにぶん、母親は、女のことですから、とても、三人の子をやしなうことはできません。どうしたらいいかと考えたすえ、
――いっそのこと、今のうちに、山の|奥《おく》へでも|捨《す》ててこよう。
そんなことを、思いつきました。
――きっと、子どもたちは、山のくだものでもとって食べて、生きていくだろう。
|困《こま》ったあげく、思いついたことでしょうが、しかし、子どもは、かわいそうです。
そこで、ある日のこと、母親は、三人を、山の奥へつれていきました。
「おまえたち、ここで、すこしのあいだ、待っておくれ。今に、おかあさんが、そのへんから、山のくだものを、とってきてあげるからね。」
そんなことをいって、うまく子どもたちをだまして、そこへ捨ててきてしまいました。
子どもたちは、母親のことばをほんとうにして、いつまでも待っていましたが、やがて、あたりが暗くなってきても、おかあさんは、帰ってきません。がまんしきれなくなって、上のふたりが、シクシク、シクシク、|泣《な》きだしました。すると、いちばん下の七つになる弟が、
「にいちゃん、泣いたって、しかたがないじゃないか。どっか、このへんに、|泊《と》めてくれるうちがないか、さがしてみようじゃないか。」
そういって、そばの木に、スルスルと、登っていきました。
「わあ、にいちゃん、向こうの方に、一つ、火が見える。あそこへ行って、泊めてもらおう。」
弟は、木からおりて、ふたりの兄をはげまし、はげまし、その火をめあてに、歩いていきました。やっと、森のなかの一軒の家を見つけましたが、行ってみると、それは、ひどいあばら家で、中では、ひとりのおばあさんが、いろり[#「いろり」に傍点]で、火を、どんどん|燃《も》しておりました。子どもたちは、そこへはいっていき、
「おばあさん、おばあさん、おれたちは、道にまよって、|困《こま》っておる者です。今晩一晩、泊めてください。」
と、たのみました。すると、おばあさんのいうことに、
「泊めてやりたいのは、やまやまだけれども、この家は、じつは、鬼の家でね、もうすぐ、その鬼が帰ってくるのだよ、帰ってきたら、おまえたちは、すぐ、とって食べられてしまう。だから、早く逃げていきなさい。こっちの道を行けば、鬼に行きあうから、そっちの道を行きなさい。」
早く早く、と、おばあさんは、せきたてました。けれども、三人の|兄弟《きょうだい》は、もう、すっかりくたびれています。それに、まっくらになった山の中では、どう行ってよいかわかりません。それでまた、おばあさんに、たのみました。
「おばあさん、おれたち、とてもくたびれていて、帰ることができない。どこでもいいから、泊めてください。」
しかし、おばあさんは、
「おまえたち、ほんとに、鬼が、とって食べるのだよ。」
といって、泊めてくれません。そういいあっているうちに、もう、|裏《うら》のほうから、ズシン、ズシンと、足音がして、鬼が、帰ってきたようすです。おばあさんは、あわてて、
「そうら、おまえたちが、ぐずぐずしてるから、もう、鬼が来てしまった。いったい、どうするつもりだ。」
おばあさんは、やにわに、三人の子どもを、|土《ど》|間《ま》の|穴《あな》ぐらのなかにおしこんで、ふたをしてしまいました。やっと、その上にむしろ[#「むしろ」に傍点]をかけたとたんに、鬼が、はいってきました。鬼は、クンクン、クンクンと、鼻をならして、
「どうも、これは人くさい。きっと、人間が泊まっているにちがいない。」
そういって、家の中を、あっちをさがし、こっちをさがし、しはじめました。おばあさんは、心配になって、
「じつは、今、三人の人間の子どもが、今晩一晩、泊めてくれといって、やってきたのだが、おまえが、裏から帰ってきた足音を聞いて、あわてて、逃げてしまった。だから、もし、人間のにおいがするのだったら、その子どものにおいにちがいない。」
これを聞くと、鬼は、
「そうか、子ども三人と聞いちゃあ、こたえられん。逃げたばかりなら、遠くへは、まだ、行くまい。追いかけて、つかまえてこなけりゃ。」
そういいながら、千里のくつというのをはいて、表口から、|鉄《てっ》|砲《ぽう》|玉《だま》のように、飛びだしました。ところが、鬼は、いくら追っかけても、追っかけても、子どもらしいものは見つかりません。そこで、考えました。
「ははあ、これは、子どもらより、おれのほうが、早く来すぎたかもしれん。このへんで待っていたら、あとから、子どもたちが、やってくるにちがいない。」
鬼は、道ばたの石の上に、|腰《こし》をかけました。そのうち、つかれが出てきて、つい、グウグウと、ねむってしまいました。
いっぽう、おばあさんの家では、鬼が飛びだすと、すぐ、おばあさんは、穴ぐらの中から、三人の子どもをよびだして、
「いま、鬼は、千里のくつをはいて、出かけたから、もう、遠くへいったにちがいない。おまえたちは、今のうちに、早く、こっちの道から逃げなさい。道をまちがえるんじゃないよ。」
といって、子どもたちを、裏口から、逃がしてやりました。しかし、子どもたちは、どう、とちゅうで、道をまちがえたのでしょう。鬼が行ったのとおなじ道へ、出てしまいました。
だんだん歩いていくうちに、向こうの方で、|雷《かみなり》さまが|鳴《な》るように、ゴウゴウ、ゴウゴウ、ゴウゴウ、えらい音がしております。なんだろうと思いながら、近よってみますと、道ばたの石をまくらに、一ぴきの大きな鬼が|寝《ね》ていて、雷のようないびき[#「いびき」に傍点]をたてております。子どもたちは、こわくてこわくて、またしても、ふたりの兄は、シクシク泣きだしました。すると、すえの弟が、
「にいさんたち、いくら泣いたって、しようがないじゃないか。鬼の寝ているうちに、ここを通りぬけなくちゃ。」
そういって、ぬき足さし足、そうっと、鬼の前を通っていきました。そのとき、ふと、弟は、鬼の足に目をつけました。見ると、千里のくつというのを、はいております。弟は、にわかに、それがほしくなり、そうっと、そのくつをぬがせにかかりました。やっと、いっぽうだけぬがせたと思うと、鬼は、足をピクピクッとうごかし、ウウーンとのび[#「のび」に傍点]をして、ねがえりを一つ、うちました。弟が、ヒヤッとして、|息《いき》をころしていますと、鬼は、
「ネズミのやろう、これから、よなべ[#「よなべ」に傍点]に行くのかな。」
そんなねごと[#「ねごと」に傍点]を、いいました。
弟は、しばらく、しゃがんで、じっとしていました。鬼は、また、寝こんだようです。弟は、そうっと、もういっぽうのくつをぬがせました。すると、鬼は、また、その足をピクピクッとさして、ウウーンとのび[#「のび」に傍点]をして、ねがえりを打ち、
「ネズミのやろう、もう、よなべから帰ったかな。」
と、ねごとをいって、また、ねむってしまいました。
そのあいだに、弟は、鬼の両方のくつを持って、そうっと、鬼からはなれ、ふたりのにいさんをよびました。
「にいさん、にいさん、このくつをはいてみなさい。これは、千里のくつなんだよ。」
そういって、弟は、大きいにいさんに、そのくつをはかせました。そして、あとのふたりは、|帯《おび》で、じぶんたちのからだを、固く、兄のからだにしばりつけ、
「さあ、飛べ、飛べ、飛べっ。」
と、となえました。すると、ズシン、ズシンと、音がしたと思うと、もう、三人は、鉄砲玉のように、飛びだしました。その音にびっくりして、目をさました鬼は、さては、子どもに逃げられたかと、歯ぎしりして、くやしがり、
「やれ待て、子どもら。こら待て、がき[#「がき」に傍点]ども。」
といいざま、あとを追っかけましたが、千里のくつをとられてしまったのですから、追いつくことはできません。子どもたちは、見るまに、はるかかなたに、ケシつぶ[#「つぶ」に傍点]のように小さく見えるほどに、逃げさってしまいました。鬼は、あきらめて、すごすご、山へ帰っていきました。
鬼が山の家へ帰ってきますと、おばあさんは、子どもたちのことが心配なので、それとなく、鬼に聞いてみました。鬼は、
――おれが、早く行きすぎたので、とちゅうで、やすんで寝ているまに、くつをとられてしまったんだ、と、大へんしょげておりました。
いっぽう、子どもたちは、ぶじに家に帰り、それからのちは、おかあさんを助けて、よく働き、しあわせに暮らしたということであります。
ちいちい小ばかま
むかし、|山《やま》|家《が》に、ひとりのおばあさんが住んでいました。
夜もふけたある|晩《ばん》のこと、いつものとおり、ひとりで、ブーン、ブーン、ブーンと、|糸車《いとぐるま》をまわして、糸をつむいでいました。
すると、どこからか、ひとりの小男がやってきました。小さな、四角ばった男で、きちんと、はかま[#「はかま」に傍点]をはいております。
「こんばんは、おばあさん、さびしいだろう。わしが、ひとつ、おどってみせましょう。」
そういって、すぐもう、おばあさんの前で、おどりだしました。
[#ここから2字下げ]
ちいちいはかま[#「はかま」に傍点]に
木|脇《わき》|差《ざし》を|差《さ》いて
こればあさん ねんねんや
[#ここで字下げ終わり]
この歌を、とてもおもしろくうたい、チョコチョコと、何度も、おどってみせました。そのうちに、ふっと、どこかへきえて、いなくなりました。いくらそのへんを見まわしても、どこにもおりません。おばあさんは、おかしいやら、きみが悪いやら、とうとう、その夜は、ねむれませんでした。
あくる日、夜があけてから、あっちこっちと、家の中をさがしてみましたが、なんの変わりもありません。しかし、|縁《えん》の下の方をさがすと、小さなふるいようじ[#「ようじ」に傍点]が一本、出てきました。今ごろの歯ブラシのことです。むかしは、かね[#「かね」に傍点]といって、黒い|染料《せんりょう》で、歯をそめる|習慣《しゅうかん》がありました。ようじ[#「ようじ」に傍点]は、そのかね[#「かね」に傍点]をつける|道《どう》|具《ぐ》だったのです。それが、いかにも、こましゃくれていて、ゆうべ出てきた小男に|似《に》ていました。おばあさんは、
――もしかしたら、このようじが、|化《ば》けてでたのかもしれない。
と思って、さっそく、それを、いろり[#「いろり」に傍点]にくべて|焼《や》き|捨《す》てました。すると、その晩は、なんのふしぎもおこりませんでした。待っても待っても、小男は、出なかったのです。
むかしから、かね[#「かね」に傍点]つけようじ[#「ようじ」に傍点]のふるくなったものは、焼き捨てるもの、と、つたえられております。きっと、そのせいだったのでしょう。
花さかじじい
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとがありました。おじいさんは、山へシバ|刈《か》りに、おばあさんは、川へせんたくに。すると、川を、コンポコ、コンポコ、大きなモモが流れてきました。
「もう一つこい、太郎にやろう。もう一つこい、次郎にやろう。」
おばあさんが、そういいました。モモは、だんだん、おばあさんのところへよってきました。おばあさんは、その大きなモモをひろって、うちへ持って帰り、うす[#「うす」に傍点]の中へ入れておきました。そのうち、おじいさんが、山から帰ってきました。
「おばあさん、おばあさん、なにかないか。おなかがペコペコだ。」
「さっき、川へせんたくに行っていましたら、大きなモモが流れてきました。それを拾って、うす[#「うす」に傍点]の中へ入れておきました。それでも食べてごらんなさい。」
「そうかい、そりゃ、うまいことをした。一つ、ごちそうになろうか。」
おじいさんが、そういって、うすのところへ行ってみますと、おどろいたもおどろいた。
「おばあさん、おばあさん、おまえが、うすのなかへ入れたというのは、大きなモモだというが、はいっているのは、犬ころじゃないか。」
おばあさんも、おどろいて、飛んできて、うすのなかをのぞきました。まったく、かわいい、白い犬ころです。
「はてな、さっきは、たしかに、モモをいれたんだが……」
ふたりは、ふしぎがりました。しかし、かわいい犬ころでしたから、ふたりは、それから、自分の子のようにして、だいじにそだてました。犬は、だんだん大きくなり、やがては、そのあたりにはいないほど、大きな犬になりました。
あるとき、その犬が、おじいさんに、いいました。
「おじいさん、おじいさん、おれに、馬が乗っけているようなくら[#「くら」に傍点]をつけなさい。」
おじいさんは、いいました。
「あんなくら、おまえがかわいそうで、つけられないよ。」
「いいから、つけなさい。」
おじいさんは、犬の|背《せ》|中《なか》に、くらをつけました。すると、犬が、
「おじいさん、くらの上に、かます[#「かます」に傍点]を乗っけなさい。」
「かますといったって、おまえがかわいそうで、つけられない。」
「いいから、つけなさい。」
そこで、おじいさんが、かますをつけますと、
「おじいさん、かますのわきに、くわ[#「くわ」に傍点]をつけなさい。」
「くわといったって、おまえがかわいそうで、つけられない。」
「いいから、つけなさい。」
そこで、くわをつけました。
「では、おじいさん、おれのあとから、ついていらっしゃい。」
そういって、犬は、山の方へ向かって、歩いていきました。山の|奥《おく》ふかくはいっていきますと、
「さあ、おじいさん、ここを、|掘《ほ》ってごらんなさい。」
おじいさんは、犬の背中から、くわ[#「くわ」に傍点]とかます[#「かます」に傍点]をおろして、犬のいうとおりに、ザック、ザックと、掘りました。ところが、どうでしょう、なかから、大判、小判など、|宝物《たからもの》が、どっさり出てきました。
「おじいさん、おじいさん、宝物を、かますの中に入れなさい。そして、おれの背中に乗っけなさい。」
「背中に乗っけろといったって、こんなに重いものを、かわいそうで、乗っけられない。」
「いいから、乗っけなさい。」
しかたなく、おじいさんが、かますを、犬の背中に乗っけてしまうと、また、犬がいいました。
「おじいさん、おじいさん、おれの背中に乗りなさい。」
「乗れといっても、おまえがかわいそうで、乗られない。」
「いいから、お乗りなさい。」
しかたなしに、おじいさんが、犬の背中にまたがりますと、トントコ、トントコ、犬は、山をくだって、家に帰ってきました。おじいさんは、|座《ざ》|敷《しき》で、かますをあけて、おばあさんとふたりで、大判、小判の宝物をとりだして、ながめておりました。
そこへ、となりのおばあさんが、
「ちょっと、火を貸してください。」
と、やってきました。そして、座敷にならべられた、たくさんの宝物を見て、まったく、びっくりしてしまいました。
「おじいさん、おじいさん、おまえさんとこは、お金が一つもないということで、|貧《びん》|乏《ぼう》のように聞いていたのに、このたくさんのお金や宝は、いったい、どこからとってきました。」
そう、ふしぎがって、聞きました。おじいさんは、きょうあったいろいろな犬のことを、はじめからおわりまで、話して聞かせました。すると、となりのおばあさんは、
「そんないい犬なら、おれのとこへも、一日、|貸《か》してください。」
そういって、むりやりに、犬をひっぱって、つれていきました。
そのあくる日のことです。犬は、となりのおじいさんに、いいました。
「おじいさん、おじいさん、おれに、かます[#「かます」に傍点]をつけなさい。」
すると、|欲《よく》ばりのおじいさんですから、
「わかってるよ。おまえにかますをつけようと思って、|借《か》りてきたのだ。」
すると、また、犬が、
「かますのわきに、くわ[#「くわ」に傍点]をつけなさい。」
「わかってる。くわをつけようと思って、おまえを借りてきたのだ。」
おじいさんは、ことばをつづけて、
「それ、山へ行け。」
と、犬を追いたてるようにして、山へ登っていきました。犬は、山へ登ると、いいかげんのところでたちどまって、いいました。
「おじいさん、ここを掘りなさい。」
おじいさんは、大喜びして、サクサク、サックと、くわをふりあげて、土を掘りました。すると、おどろいたことに、土の中から出てきたものは、ヘビにカワズ、ムカデにゲジゲジ、ありとあらゆる、いやなものばかりです。おじいさんは、|大《おお》|腹《はら》立ち、
「こいつ、どうして、こんなところを掘らしたんだ。」
そういって、くわを、犬に、ひどくゴツンと打ちおろして、ころしてしまいました。そうして、|穴《あな》を掘って、犬をうずめてしまいました。それでも、そのそばへ、ヤナギの|枝《えだ》を一本さして、帰ってきました。
うちでは、欲ばりのおばあさんが、今に、かますいっぱい、大判、小判を持って帰ってくるかと、表に出て、待っていました。そこへ、おじいさんが、むっとした顔をして、犬もつれずに帰ってきました。
「おじいさん、おじいさん、いったい、どうしたのです。」
と、たずねますと、
「どうしたもあるものか。あの犬のいうところを掘ったらば、出てきたものは、ヘビにカワズに、ムカデにゲジゲジ。腹が立ったから、犬をぶちころして、うずめておいた。」
さて、そのあくる日のことです。となりの正直じいさんの家では、いっこう、犬が帰ってこないので、となりの欲ばりじいさんのところへ、聞きにいきました。すると、欲ばりじいさんは、
「犬が、あんまりひどいことをしたから、ころして、土の中へいけてきた。そばに、ヤナギの枝がさしてある。」
そう、話して聞かせました。正直じいさんは、
「まあ、かわいそうなことをしたものだ。」
といって、すぐに、山へ登っていきました。ヤナギの枝のさしてあるところを、さがしさがしして行きますと、きのうさした小枝のヤナギが、もう、大きな木になっておりました。おじいさんは、かわいい犬のかたみ[#「かたみ」に傍点]だと思って、それを切って、もち[#「もち」に傍点]をつくうす[#「うす」に傍点]をこしらえました。
そして、ある日のこと、そのうすでもちをつきました。すると、おどろいたことに、もちが、いつのまにか、大判、小判、いろいろの宝物になってしまいました。ちょうどそのとき、また、となりの欲ばりばあさんが、火を借りにきました。たくさんの宝物を目にしますと、欲ばりばあさん、
「これは、いったい、どうしたことです。」
と、聞きますので、正直じいさんは、ありのままに話しました。
それを聞くと、また、欲ばりばあさんは、
「それでは、おれのところへ、そのうすを貸してください。」
そういうなり、へんじも聞かぬうちに、もう、そのうすをひっかついで、持って帰りました。
さて、欲ばりじいさん、ばあさんは、さっそく、用意をして、ふたりでもちをつきました。ところが、これがまた、大へんです。もちは、馬ぐそ、牛ぐそ、犬のくそ、まるで、きたないものばかりになってしまいました。欲ばりじいさん、大腹立ちで、おの[#「おの」に傍点]を出してきて、そのうすを、こっぱみじんに、たたきわってしまいました。
そのあくる日のことです。正直じいさんが、欲ばりじいさんのところへ、やってきました。
「あのうすを、かえしてください。」
「せっかくだが、あれは、あんまり腹が立ったから、いろり[#「いろり」に傍点]へくべて、燃してしまった。」
「なんと、もったいないことをしたものだ。それでは、その|灰《はい》でも、ちょうだいしていきましょうか。」
「その灰なら、いろりのすみっこにあるのが、それだ。いくらでも、持っていきなさい。」
正直じいさんは、その灰をざる[#「ざる」に傍点]に入れて、家へ持って帰りました。その帰り道のことです。きゅうに、|風《かぜ》がふいてきて、その灰が、|枯《か》れ|木《き》の|枝《えだ》にふりかかりました。すると、ふしぎなことに、ポッポッポッと、枯れ木の枝に、花がさきました。
――これはふしぎだ、と、おどろいたおじいさんは、枯れ木に登り、ひとつかみの灰を、枯れ木の上にふりかけました。そうすると、そこらいちめん、美しい花ざかりとなりました。
ちょうど、そこへ、|殿《との》さまの|行列《ぎょうれつ》が、通りかかりました。枯れ木に登っているおじいさんを見た殿さまは、
「これは、日本一の花さかじじいじゃ。もう一度、花をさかしてみせい。」
そこで、また、おじいさんは、ひとつかみの灰を、枯れ木の上にふりかけますと、すぐに、また、パッと、美しい花がさきほころびました。殿さまは、
「まったく、日本一の花さかじじい。」
といって、またまた、ほめそやしました。そうして、ごほうびに、お金をたくさんつつんで、おじいさんにあたえました。おじいさんは、家に帰って、おばあさんにその金を見せ、ふたりで、それをかぞえていますと、また、そこへ、となりの欲ばりばあさんが、やってきました。
「どうしたんです、そのお金は。」
おじいさんは、さっきの灰をまいた話をしました。すると、欲ばりばあさん、急いで家に帰りました。そして、そのあくる日、さっそく、おじいさんに、いろり[#「いろり」に傍点]からかき集めておいた灰を持たせて、枯れ木のところへいって、
「日本一の花さかじじい。」
と、よばせました。すると、また、ちょうど、そこへ、|殿《との》さまが通りかかり、
「それでは、ひとつ、枯れ木に花をさかしてみろ。」
と、いわれました。おじいさんは、枯れ木に登り、持ってきた灰を、どっさり、枯れ木の上にふりまきました。ところが、花は、一つもさかないで、そのかわり、灰が、殿さまや|家《け》|来《らい》の目の中に、はいってしまいました。殿さまは、大へんおこって、欲ばりじいさんを、木からひきずりおろして、ひどくしかりました。欲ばりじいさんは、何度も何度も、おわびをして、やっと、ゆるしてもらったということです。
欲ばりや、人のまねをしてはいけません。
スズメのヒョウタン
むかし、むかし、あるところに、おばあさんがひとり、住んでいました。
おばあさんは、かんしゃく持ちで、おこってばかりおりました。
ある日、のきばに、スズメが来て、チュウチュク、チュウチュク、鳴きました。おばあさんは、|腹《はら》を立てて、
「やかましい。」
と、竹ざおで、スズメをたたきました。スズメは、ぶたれて、|羽《はね》をいため、となりのおばあさんのところへ、|逃《に》げていきました。
となりのおばあさんは、それはやさしいおばあさんでした。
それで、スズメをかわいそうに思い、
「まあ、こんなにけがをして――」
といって、ふところに入れて、かいほうしました。
ごはんつぶを食べさせてやったり、水を飲ませてやったりしたのです。
まもなく、スズメは、げんきになり、空を飛べるようになりました。
すると、おばあさんは、
「さあ、友だちのところへ帰りなさい。気をつけて、二どと、となりのおばあさんに、ぶたれるでないよ。」
と、そういって、逃がしてやりました。
何日かのちのことでした。やさしいそのおばあさんの家ののきばに、そのスズメが来て、チュウチュク、チュウチュク、鳴きました。そして、小さなヒョウタンを一つ、落としていきました。
おばあさんが、それを拾って、なにがはいっているかと、ふってみましたら、中から、お米が出てきました。ふればふるほど、いくらでも出てきました。
スズメが、助けられたお礼に、持ってきたのです。それで、おばあさんは、|一生《いっしょう》、お米に不自由しませんでした。
絵すがた|女房《にょうぼう》
むかし、むかし、ひとりの若者が、川のほとりを通っていますと、|天《てん》|女《にょ》が三人、|羽衣《はごろも》を|岸《きし》の|枝《えだ》にかけて、水あびをしていました。これを見た若者は、その天女のひとりの羽衣を、そうっと、とって、向こうの岩かげにかくしておきました。天女たちは、水あびをおわりましたので、羽衣を着て、天にのぼっていこうとしましたが、ひとりの天女だけは、羽衣がなくて、天へのぼれません。たいへん|困《こま》って、羽衣をさがしに、あちらに行き、こちらに行きしておりました。
そこへ、若者が出てきて、その天女を、自分の家につれて帰り、およめさんにいたしました。なにぶん、とても美しい天女のことですから、若者は、毎日毎日、およめさんの顔に見とれていました。ほんのちょっとのあいだでも、その顔を見ずにはおれないほどになりました。若者は、そのため、畑に行くこともできず、山へ行くこともできず、まるで、しごとができません。そこで、天女が、いいました。
「それでは、わたくしが、自分の|姿《すがた》を|絵《え》にかいてあげますから、その絵を持って、畑においきなさい。竹にはさんで、畑のくろ[#「くろ」に傍点]につきたてておいて、それを見い見い、畑をすればいいでしょう。向こうのうね[#「うね」に傍点]をたがやすときは、向こうのうねに持っていき、こちらのうねを打つときは、こちらのうねに持ってくれば、それを見ながら、畑ができます。」
そこで若者は、天女がかいてくれたすがた[#「すがた」に傍点]|絵《え》を持って、畑へ行き、天女のいったとおり、いたしました。そうして、毎日毎日、その絵をながめながら、働いていました。ところが、ある日のこと、ふいに、大風がふいてきて、そのすがた絵を、どっかへふきとばしてしまいました。若者は、びっくりして、追いかけたのですが、もう、どこにも見えません。
すがた絵は、空にふきあげられて、町のほうへ飛んでいき、ついに、|殿《との》さまの|御《ご》|殿《てん》の庭へ落ちたのでした。ひとりの役人が、それをひろって、殿さまにさしあげました。
「殿さま、殿さま、ただいま、こんなものが、お庭に落ちてまいりました。」
殿さまが、それをうけとって、ごらんになると、見たこともないような、美しいおよめさんのすがた絵ではありませんか。
「これはきれいだ。自分も、こういうおよめさんがほしい。きっと、どこかに、こういうおよめさんが、いるのにちがいない。草をわけてでも、さがしてきなさい。」
そう、役人に、いいつけました。役人は、それぞれ、手わけをして、さがしに出かけました。そして、とうとう、さがしだして、天女を、殿さまの御殿へつれていきました。
しかし、天女は、御殿へつれていかれるとき、若者に、モモのたねを三つわたして、いいました。
「このたねを植えて、三年たつと、実がなります。そうしたら、その実を持って、御殿に、モモ売りにおいでなさい。きっと、いいことがあります。」
若者は、そのモモのたねをまいて、たいせつにそだてました。三年たつと、花がさいて、やがて、モモの実がなりました。若者は、その実をとって、かます[#「かます」に傍点]に入れ、|肩《かた》にかつぎ、殿さまの御殿の前に行きました。
「モモ売ろう、モモ売ろう。」
そう、ふれて歩きました。すると、御殿に来てから、三年のあいだというもの、いちども、笑ったことのなかった天女が、モモ売りの声を聞いて、はじめて、にっこり笑いました。これを見ると、殿さまは、大へん喜んで、
「モモ売りの声が、そんなに気にいったのなら、ここへよびいれて、もすこし、その声を聞かせてやろう。」
と、めし使いにいいつけて、モモ売りを、御殿の庭によびいれ、庭の中を、ふれて歩かせました。若者は、
「モモ売ろう、モモ売ろう。」
と、庭の中を、あっちへ行き、こっちへ行きして、ふれて歩きました。すると、天女は、ホッホ、ホッホと、|腹《はら》をかかえて笑いました。
「そんなに、このモモ売りの声がおもしろいか。それなら、おれが、やってみせよう。」
とうとう、殿さまは、モモ売りと着物をとりかえ、自分で、かますのモモをかつぎ、
「モモ売ろう、モモ売ろう。」
と、御殿の中を、ふれて歩きました。そのうえ、御殿の門から外の道にまで出て、ふれて歩いていきました。そのとき、門番は、殿さまを、ほんとうのモモ売りと思って、外に出ていくのはゆるしたのでした。しかし、殿さまが、しばらくして、御殿へ帰ろうとしても、門をしめて、どうしても、中へはいることをゆるしません。とうとう、殿さまは、ほんとうのモモ売りになってしまったということです。若者と天女は、そのご、御殿で、仲よく、しあわせに暮らしました。
ノミはくすり
ある夏のことです。|佐《さ》|川《がわ》のさじ[#「さじ」に傍点]さんという人が、用事があって、|山《やま》|家《が》の方へ出かけました。とちゅうで|泊《と》まった|宿《やど》|屋《や》に、ノミがうんといて、からだじゅう、あっちこっちとくいつかれ、一晩じゅう、ねむれませんでした。
――帰りにも、ここで泊まらねばならないのだが、こんなにノミが出ては、とてもたまらん。
さじ[#「さじ」に傍点]さんは、そう思って、宿屋のおばあさんに、いいました。|出立《しゅったつ》のときに、
「ばあさん、ばあさん、おまえさんは、もったいないことをしとるのう。佐川では、くすり屋で、ノミを、たこう|買《こ》うとるが、ここじゃあ、なぜ、ノミをとって売らんのじゃ。」
おばあさんは、びっくりして、
「へえ、ノミが、くすりになりますかいの。いったい、何病にききますのじゃ。」
そう、聞きました。
「そりゃあ、わしも知らんが、売れることは、たしかに売れるのじゃ。これから三日したら、また、ここへ帰ってきて、泊めてもらうから、そのあいだに、ひとつ、せいを出して、ノミをとっておいてくださらんかの。そしたら、佐川へ持っていって、売ってあげるから。」
さじさんは、そういって、出かけました。
さて、三日たっての帰りのこと、さじさんは、また、その宿に泊まりました。ところが、ノミをよくとったとみえて、一晩じゅう、一度も、ノミにくわれることなしに、ぐっすりと、ここちよくねむれました。
あくる朝、さじさんは、ノミのノの字もいわず、出立しようとしますと、宿のおばあさんが、
「だんな、おやくそくのノミを、とっておきました。ひとつ、売ってくださいませんか。」
そういって、大きな紙づつみをひろげてみせました。見れば、とりもとったり、何百何千、ぞっとするほどのノミの数です。とっさに、さじさんは、
「しまった。いうとくのをわすれとったが、じつは、二十ぴきずつ、くし[#「くし」に傍点]にさしておかんと、だめなんじゃ。一くし、二くしと、かんじょうしなくちゃ、こんなノミでは、かぞえられんからの。近きん、また、やってくるから、それまでに、くしをこしらえて、ノミを、みんな、さしといてくださいよ。では、おおきに、おせわになりました。」
そういって、さじさんは、宿を出ていきました。
|宝《たから》げた
むかし、あるところに、|孝《こう》|行《こう》むすこがおりました。|孝《こう》|助《すけ》というのです。ところが、|欲《よく》ばりのおじさんがいて、名を|権《ごん》|造《ぞう》といいました。
さて、その孝行むすこの孝助のおかあさんが、病気になり、どうしても、お金のいることができました。それで、孝助は、おじさんのところへ、|無《む》|心《しん》をいって、お金を|借《か》りに行きました。
ところが、そのお金がかえせないうちに、また、お金がいるようになりました。そこで、また、おじさんのところへ行って、
「おじさん、おじさん、おかあさんの病気が、また悪いので、どうか、また、すこし、お金を|貸《か》してください。」
そういって、たのみました。すると、おじさんは、
「おまえのように、お金を借りるばかりで、かえさんやつには、貸すことはならん。どうしても、貸すわけにはいかん。」
といって、ことわりました。むすこは、|困《こま》りましたが、どうすることもできません。
帰るとちゅう、お宮のところで、どうしたものかと、考えているうちに、つい、うとうとと、|寝《ね》てしまいました。
すると、|夢《ゆめ》の中で、ひとりの老人が、やってきました。まるで、お宮の|神《かん》|主《ぬし》さんのようなようすをしております。
「もしもし、おまえさんは、なんで、そんなに困ってるんだ。」
その老人が、いいました。
むすこが、こうこう、こういうわけで、と、わけをはなして、
「お金がなくて、困っております。」
そう、いいました。
すると、老人は、|一《いっ》|本《ぽん》|歯《ば》のげた[#「げた」に傍点]を出して、むすこにいいました。
「このげた[#「げた」に傍点]をはきなさい。しかし、歩きにくいから、すぐ、ころぶ。ころぶと、ふしぎに、小判が一枚出てくる。しかし、あんまりゴロゴロころんでいると、おまえのせい[#「せい」に傍点]が、そのたびごとに、低くなる。いいか、|入用《にゅうよう》な以上にころんで、小判を出すでないぞ。」
そういったところで、むすこは、夢からさめました。見ると、そばに、ちゃんと、一本歯のげたがおいてありました。
――老人のいったことは、ほんとうなのだろうか。ひとつ、ころんでみてやろう。
と、そのげたをはいて、歩きかけますと、コロンと、ころびました。すると、チャリンと音がして、一枚の小判が、土の上にころがっていました。むすこは、大喜びで、その金を持って家へ帰り、おかあさんのおくすりを|買《か》ったり、|滋《じ》|養《よう》になる|魚《さかな》を買ったり、お米を買ったりいたしました。
ところが、何日かたつと、おじさんがやってきました。
むすこは、おじさんに、お礼をいって、借りていたお金をかえし、ついでに、例の、一本歯のげたの話をしました。
これを聞いたおじさんは、
「今まで、おまえに貸してあったこのお金は、かんべんしてやるから、かわりに、その一本歯のげたをよこせ。」
と、いいだしました。むすこは、
「そのげたばかりは、ごようしゃください。」
といって、ことわりましたが、権造おじさんは、聞きません。むりやりに、げたをとりあげて、どんどん、逃げていきました。
おじさんは、家に帰ると、門の戸をしめきって、庭に大ぶろしきをしいて、その上で、げたをはいて、コロコロ、コロコロ、ころびました。見るまに、小判が、チャリン、チャリン、チャリ、チャリ、チャリと、出てきました。しかし、ふしぎなことに、おじさんのからだが、だんだん、だんだん、小さくなりました。
それでも、おじさんは、小判さえ出ればいいのですから、そういうことは気にもかけず、コロコロ、コロコロ、チャリチャリ、チャリチャリ、おきてはころび、おきてはころび、げたをはいて、何十ぺん、何百ぺんと、ころんでいました。
ところが、そのとき、孝行むすこの孝助は、おじさんが、どうしているだろうかと、おじさんの家をたずねて、やってきました。戸がしまっているので、そのすきまから、中を見ますと、小判が、山のようにつまれております。それなのに、おじさんの|姿《すがた》が見えません。そこで、むりに戸をこじあけ、中にはいって、あっちこっちと、さがしてみました。すると、庭のすみの方に、小さな虫のようなものが、おきてはころび、おきてはころびしておりました。それが、おじさんだったのです。
いまでも、権造虫というのは、この欲ばりおじさんが、なったものだということです。
その山のような小判と、それから、一本歯のげたとは、とうとう、孝行むすこのものになったということです。
欲ばりをしてはいけません、というお話です。
サルとカニ
むかし、むかし、サルとカニとがおりました。
サルが、カキのたねをひろいました。カニが、にぎり|飯《めし》を持っていました。にぎり飯を見ると、サルが、いいました。
「カニどん、カニどん、カキのたねとにぎり飯と、とっかえっこしないか。」
カニが、いいました。
「じゃ、とっかえっこしよう。」
ふたりは、とっかえっこしました。カニは、カキのたねを持って帰り、家の前の畑にまきました。サルは、にぎり飯を、その場で、ムシャムシャ食べてしまいました。
そのご、カキのたねからは、芽が出て、木になり、やがて、花がさいて、実がなりました。ところが、カニには、そのカキの実がとれません。そこで、サルのところへ行って、たのみました。
「サルさん、サルさん、カキの実をとってくれないか。」
「よし、ひきうけた。」
サルは、大喜びでしょうちして、出かけてきました。そして、木に登ると、自分ひとりで、うれた実を、ムシャムシャ食べています。
「サルさん、サルさん、おれにも、ひとつ、わたしてくれないか。」
カニが、木の下からたのみました。サルは、青いかたいカキを、カニに向かって投げつけました。カニは、おこって、|穴《あな》の方へ|逃《に》げながら、さんざん、サルの悪くちをいいました。こんどは、サルがおこって、木からおりて、カニを追っかけてきました。カニが、穴のなかへ逃げこみますと、サルは、穴のなかへ、自分のしっぽをつっこんで、
「こらカニ、こらカニ。」
と、どなりながら、穴の中をかきまわしました。
すると、カニは、はさみ[#「はさみ」に傍点]を出して、サルのしっぽを、キュッとはさみました。サルは、いたくていたくて、
「カニどん、カニどん、はなしておくれ。そのかわり、このおれのしっぽの毛を、三本やるから。」
そういって、カニに、かんべんしてもらいました。それから、カニのはさみには、毛がはえるようになったということです。
サルとキジ
サルとキジとが、もあい|田《だ》を作りました。いっしょに、たんぼを作るのです。田のあぜぬりをするときになりましたので、キジが、サルに、いいました。
「サルどん、サルどん、よそでは、みんな、あぜぬりをしているから、おれたちも、あぜをぬらなくちゃ。」
すると、サルが、いいました。
「ところが、キジどん、おれは、とても足がいたくて、ここんところ、あぜぬりどころではないのだ。」
キジは、おひとよしなので、
「いいとも、いいとも。せっかくだいじにしていなされ。あぜは、おれが、ぬってやるから。」
そういって、ひとりで、あぜをぬりました。
日にちがたって、こんどは、田打ちをするころになりました。
「サルどん、サルどん、よそでは、田打ちをはじめているのだが、おれたちのたんぼは、どうしたものだろう。」
すると、サルが、いいました。
「おれは、きょう、とても頭がいたくてね。」
キジは、おひとよしですから、また、
「|頭《ず》|痛《つう》がするんなら、やすむがいい。田打ちは、おれが、やってやる。」
そういって、ひとりで、田打ちをすませました。しばらくすると、こんどは、|田《た》|植《うえ》がやってきました。
「サルどん、サルどん、田植は、どうしようか。」
サルが、いいました。
「そりゃ|困《こま》った。じつは、二、三日前から、ひどいせんき[#「せんき」に傍点]がおきて、とても、田植どころではない。」
キジが、いいました。
「それでは、サルどん、やすむがいい。田植は、おれが、やっておこう。」
そうして、こんども、キジひとりで、田植をやりました。
水をひき、田の草をとり、|土《ど》|用《よう》もすぎて、秋になりました。|稲《いね》の|穂《ほ》も、ザングリ、ザングリ、出そろって、|刈《か》りいれどきが近くなりました。
「サルどん、サルどん、よそでは、|稲《いね》|刈《か》りがはじまっているが、おれたちのたんぼは、どうしよう。」
「どうにもこうにも、|背《せ》|中《なか》が|病《や》めて、手足がいたくて、頭痛がして、とても、稲刈りどころではないんだ。」
キジは、
「ああ、ええとも、ええとも。」
そういって、また、ひとりで、せっせと、稲刈りをしたり、稲をほしたり、それから、もみ[#「もみ」に傍点]にしたり、お米にしたり、そんなことを、いっさい、やってしまいました。
すると、こんどは、めずらしいことに、サルが、キジのところへやってきて、いいました。
「キジどん、キジどん、いままでは、すっかり、おまえのおせわになったが、きょうは、ひとつ、もち[#「もち」に傍点]をついて、おまえに食べさしてやろう。」
「それは、けっこう。」
そこで、ふたりは、もちつきをはじめました。米をとぐやら、うす[#「うす」に傍点]を出すやらして、ベッタラ、ベッタラと、つきました。
もちをつきあげると、サルは、
「キジどん、キジどん、おまえ、はんぎり[#「はんぎり」に傍点]を出してくれないか。」
「ええとも、ええとも。」
と、キジが、ながしもとに行っているあいだに、サルは、うす[#「うす」に傍点]の中のもちを、きね[#「きね」に傍点]の先にひっかけて、エッサラ、エッサラ、山の中へ、逃げていってしまいました。キジは、これを見て、
「ひでえサルだ、ひでえサルだ。」
と、さけびながら、あとを追いかけました。
ところが、サルは、あんまりあわてて逃げたもので、もちを、とちゅうのやぶ[#「やぶ」に傍点]の中に、落としてしまいました。それを知らずに、サルは、遠くまで来てから、
「いまごろ、キジは、泣きづらをしているだろうな。」
そういいながら、きねを|肩《かた》からおろして、もちを食べようとしました。ところが、おろしたきねには、もちのかけらもついておりません。サルは、しまった、と、すぐに、もとの方へかけもどり、あっちの草のなか、こっちの木の|枝《えだ》、それから、道の上など、ちまなこになってさがしました。そうして、だんだん、だんだん、もときた道をもどっていくうちに、ふと見ると、キジが、やぶの中で、ほこりにまみれたもちを、フウフウふいて、ほこりをとっていました。そうして、はしっこのほうから、かじりはじめました。サルは、もう、気が気でなく、キジのそばまでいって、いいました。
「キジどん、キジどん、やぶの中のもちは、どんな味がするかい。」
「やぶの中のもちでも、ほこりをとって食べれば、やっぱり、おいしゅうござりもうす。」
「そんなら、おれにも、すこしくれないか。」
「サルどんは、きねのもちを食べなされ。やぶのもちは、おれが食べる。」
「そういわないで、すこしでいいから、おくんなさい。」
「すこしでも、やれません。」
「よし、わかった。そんなら、今晩、夜うちに行くから、おぼえていろ。」
サルは、プリプリおこって、山へ行きました。
キジは、サルをおこらせてしまったので、すこし、心配になってきました。家に帰ると、つい、オイオイと、泣きだしました。そこへ、コロコロ、|卵《たまご》がころがってきて、
「キジさん、キジさん、なんで、泣いとるんだ。」
「サルが、夜うちに来るというので、それがこわくて、泣いている。」
「そんなことなら、なにも、泣くことはない。おれが助けてやるから、もう、泣かなくっていい。」
それでも、キジは、やっぱり、オイオイ、泣きつづけました。すると、ビクタク、ビクタクと、しんばり|棒《ぼう》がやってきました。
「キジどん、キジどん、なにを、泣いているんです。」
「サルが、夜うちをかけてくるので、それがこわくて、泣いている。」
「おれがたすけてあげるから、もう、泣きなさんな。」
キジは、それでも、まだ、オイオイ、泣きつづけました。
そこへ、ハサミムシが来ました。ニガムシが来ました。|畳針《たたみばり》が来ました。うす[#「うす」に傍点]が来ました。そして、牛ぐそ[#「ぐそ」に傍点]も来ました。
「キジどん、キジどん、泣くことはない。おれたちみんなで、助けてやる。」
そう、みんなでいったので、やっと、キジは、安心して、泣きやめました。
日ぐれ近くになりました。しんばり棒は戸口に、卵はいろり[#「いろり」に傍点]の中に、畳針は|炉《ろ》ぶちに、ハサミムシは水がめに、ニガムシはみそおけ[#「みそおけ」に傍点]のなかに、牛ぐそは|玄《げん》|関《かん》のふみ石に、うす[#「うす」に傍点]は|天井裏《てんじょううら》の屋根げた[#「げた」に傍点]に、それぞれ、持場を作って、サルの来るのを待っていました。
やがて、夜になりました。
サルは、遠くから、大きな声で、
「キジ、キジ、夜うちだぞ、夜うちだぞ。サルが、夜うちにやってきたぞ。」
そう、よびながら、やってきました。来てみると、キジの家は、しいーんとしています。
「キジ、キジ、戸をあけろ。サルどのの夜うちだぞ。」
いっそう大きな声で、サルは、よびたてました。けれども、やっぱり、家のなかは、しいーんとしています。
「あけろというのに、なぜあけぬ。あけねば、かってにあけて、はいるぞ。」
そういって、サルは、ガラッと、表の戸をあけました。そのひょうしに、しんばり棒が、サルのひたいに、コツンと、ぶつかりました。
「だれだ、ひとのひたいを、棒でぶつのは。」
そう、どなりながらも、サルは、
「ああ、寒い、寒い。」
と、炉ばたに近よって、火を、フウフウふきました。すると、卵が、パチンと、はねかえりました。
「あちち、あちち。」
と、サルは、顔をおさえて、|尻《しり》もちをつきました。そのはずみに、畳針が、プキッと、お|尻《しり》につきささりました。
「あつい、あつい、いたい、いたい。そうだ、みそ[#「みそ」に傍点]は、やけどの|妙薬《みょうやく》じゃ。」
そういって、サルは、いきなり、みそおけのところへはしっていって、みそを、やけどにつけようとしました。それを、なんとしたことか、みそを、ひとすくい、口へ持っていってしまいました。サルは、よっぽど、くいしんぼうなのです。すると、そのひょうしに、ニガムシを、プツリと、かみくだいてしまいました。
「やあ、にがい。おう、にがい。」
ニガムシが、口のなかでくだけたので、とてもにがい味が、口の中いっぱいになりました。そこで、大急ぎで、水がめのところに行き、ふたをとって、首をつっこみました。すると、ハサミムシが、うきあがってきて、一つしかない|舌《した》を、チョキンと、ちょんぎりました。
「やあ、これは、キジどころではない。こっちが、夜うちにかけられた。」
サルは、もう、びっくりぎょうてんして、逃げだそうとしました。すると、玄関のふみ石で、牛ぐそをふんづけて、ひどくころんでしまいました。
「そうれ、|欲《よく》ばりザルを|退《たい》|治《じ》するのは、今だ。」
と、うすが、天井|裏《うら》から落ちてきて、サルを、どっかと、おさえつけました。
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう、欲ばりはいたしません。」
サルは、そういって、何度も何度も、あやまるのでした。
|大《たい》|木《ぼく》とやよい
むかし、おばあさんと|娘《むすめ》とが、ふたりで暮らしておりました。
娘は、一里(約四キロメートル)も先のお金持の家に、てつだいに行って、おばあさんをやしなっておりました。夕ごはんは、いつも、お金持の家で食べるのでしたが、そのとき、娘は、かならず、一ぜん、ごはんを残して、うちへ持ってかえり、おばあさんに食べさしておりました。そうして、朝は早く、お金持の家に行って、せっせ、せっせと、|勤《きん》|勉《べん》に働いていました。
あと、いよいよ二、三日で、三年のおつとめが、すむというときのことです。娘は、いつものように、おばあさんのごはんを持って、わが家への帰りを、急いでおりました。|峠《とうげ》の上までくると、大雨がふってきました。道ばたの大きな木の下で、雨をよけてやすんでおりました。すると、その木が、ものをいいました。
「やよいさん、やよいさん、毎日、ご|苦《く》|労《ろう》さまだのう。おれは、これから三日たつと、|殿《との》さまのところから、山師がやってきて、根もとから切りたおされ、|三《み》|月《つき》たつと、|船《ふね》になって、海にうかぶことになる。」
これを聞くと、つい、やよいがいいました。
「まあ、おきのどくなこと。」
木は、いいつづけました。
「ところで、その船おろしのときじゃが、何十人かかっても、おれのその船は、けっして、海へおりていかん。そのとき、殿さまから、この船をおろす者があったら、のぞみどおりのほうび[#「ほうび」に傍点]をくれる、というおふれがでる。そうしたら、おまえは、殿さまに申しでて、おれの船のへさき[#「へさき」に傍点]に立って、ヤア ヨイ ドッコイセ、と、声をかけてごらん。すると、船が、スルスルとすべって、海の上にうかぶ。おまえは、殿さまから、ごほうびをいただいて、それからは、安楽に暮らせることになる。」
木が、こういいおわると、そのとたんに、雨がやんで、きれいな|星《ほし》|空《ぞら》になりました。娘は、大急ぎで家に帰って、おばあさんに、その話をしました。そして、あくる日も、また、早くおきて、だんなの家に行って、まじめに働きました。
それから三日目のことです。三年のつとめがすんだので、娘は、家へ帰っておりました。すると、あの大木がかたったとおり、山師がおおぜい、峠にやってきて、木をたおしておりました。そして、それから三月たちますと、船づくりがはじまって、やがて、りっぱな船ができあがりました。
きょうは、いよいよ、船おろしという日のことです。たくさんの人が浜へ行って、船おろしを見物に集まりました。ところが、峠の木が、かたったとおりです。さあ、これから、船おろしということになりましたが、船が、どうしても、うごきません。船大工が、へさき[#「へさき」に傍点]の方を見たり、とも[#「とも」に傍点]の方を見たり、あっちこっちしらべましたが、どこにも、こしょうはありません。それなのに、船が、びくとも、うごかないのです。まったく、ふしぎというほかありません。とうとう、殿さまから、おふれがでました。
「さあ、この船をおろす者があるなら、ほうびは、のぞみどおりじゃ。だれか、おろす者はないか。」
しかし、だれひとり、「わたしがおろします。」と、いってでる者がありません。
そのときです。娘のやよい[#「やよい」に傍点]が、
「わたしが、おろしてみましょう。どうでございましょうか。」
と、申しでました。すると、殿さまが、
「女でもかまわない、おろすことができたら、おろしてみろ。」
と、おっしゃいますので、やよいは、船へのぼり、そのへさきに立って、
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ヤア ヨイ ドッコイセ
[#ここで字下げ終わり]
と、|声《こえ》をはりあげてうたいました。すると、どうでしょう。みるみるうちに、船は、スルスルとすべりだして、ザボーンと、海の上にうかびました。
「これは、なんというふしぎな娘だろう。」
殿さまはじめ、みなの者は、ふしぎがり、娘に、いろいろとたずねました。しかし、娘は、
「わたしには、なんの|力《ちから》もございません。」
と、いうばかりで、たいへん|恥《は》ずかしそうに、殿さまの前で、おじぎをしました。殿さまから、
「のぞみどおりのほうび[#「ほうび」に傍点]をくれるぞ。なにがほしいか。えんりょなくいうてみよ。」
といわれて、娘は、
「わたしのうちには、六十あまりの母がおります。まんぞくに、ごはんを食べさせることもできません。冬になり、寒くなっても、じゅうぶん、着物を着せることもできません。それで、母のごはんと着物、それだけを、なんとかしていただきとうぞんじます。」
それを聞くと、殿さまは、
「よろしい。心配するな。」
と、着物やお米を、山のように、なんびきもの馬につんで、娘のところに、とどけさせました。親子ふたりは、すえながく、安楽に暮らすことができました。
|灰《はい》|坊《ぼう》ものがたり
むかし、むかしのことです。大村の|殿《との》さまに、男の子が生まれました。名まえを、まみちがね[#「まみちがね」に傍点]といいました。まみちがねが三つのとき、おかあさんが死にました。まもなく、あたらしいおかあさんが、来ました。まみちがねは、そのあたらしいおかあさんに、九つまでそだてられました。
九つのとき、おとうさんの殿さまが、三月のあいだ、|江《え》|戸《ど》へ行くことになりました。おとうさんは、出かけるとき、おかあさんに、いいました。
「おまえは、なにも、しごとをしなくてよいから、まみちがねの|髪《かみ》をすくことだけは、毎日、わすれずに、やってもらいたい。」
おかあさんは、おとうさんの|船《ふね》を見おくって、帰ってきました。ところが、それからというもの、おかあさんは、にわかに、まみちがねに、とてもつらくあたるようになりました。朝には、
「山へ行って、たきぎ[#「たきぎ」に傍点]をとっておいで。」
と、いうかと思うと、昼には、
「庭をはきなさい。」
と、いいます。そんなことで、髪のていれどころではありません。まみちがねの頭には、ごみがいっぱいたまり、はては、シラミがわくようにさえなりました。ちょっとのあいだに、まみちがねは、きたない子どもになって、|二《ふた》|目《め》と見られないようになってしまいました。
いよいよ、三月たちました。あすは、おとうさんが、帰るという日になりました。おとうさんから、|手《て》|紙《がみ》が来たのです。すると、おかあさんは、
「あすは、おとうさんが、お帰りになるから、たきぎをとったり、庭をはいたり、うんと働きなさい。」
そう、まみちがねに、いいました。
さて、あくる日のことです。まみちがねが、
「おかあさん、おかあさん、船をむかえにいきましょう。」
そういいますと、おかあさんは、
「おまえは、先に行きなさい。わたしは、髪をゆって、あとから行くから。」
といいますので、まみちがねは、それではと、さきに港に行きました。
おかあさんは、それから、かみそり[#「かみそり」に傍点]で、顔にいくつもきずをつけ、ふとんをかぶって、寝てしまいました。いっぽう、おとうさんは、港についた船からおりて、むかえにきたまみちがねの、きたない身なりを見ますと、
「どうして、おまえは、そんなに、きたないふうをしているのか。」
と、たずねました。
「おかあさんが、きれいにしてくれないのです。」
まみちがねは、ほんとうのことをいいました。
「それじゃ、おかあさんは、どうしたんだ。」
おかあさんが来ていないので、そう、おとうさんが、たずねました。
「髪をゆって、あとからくるといいました。」
そう、まみちがねが、こたえました。ふたりは、しばらく、おかあさんを待っていましたが、なかなか、おかあさんは、やってきません。しかたなく、ふたりは、家に帰りました。見ると、おかあさんは、寝ております。
「おまえ、どうしたのだ。」
そう、おとうさんが、たずねました。おかあさんは、ふとんをおしあげ、顔を出していいました。
「あなたの子どもが、わたしを、こんなめにあわせました。あなたの船が出てからは、毎日毎日、かみそりで、わたしの顔にきずをつけるやら、髪をひっぱるやら、わたしは、|恥《は》ずかしくって、ひとに顔が見せられませんでした。おむかえに行かなくって、悪いとは思いましたが、この顔では、おむかえにも行けません。」
おとうさんは、その話を聞いて、まみちがねのいうことを、聞こうともせず、
「おまえのような不孝者は、どこへでも、出ていってくれ。」
そう、しかりつけました。そうして、家にいる三びきの馬のうちから、いちばんよい馬をえらび、江戸からおみやげに買ってきた、きれいな着物をそえて、まみちがねにくれてやり、まみちがねを、家から追いだしました。
まみちがねは、その美しい着物を着、りっぱな馬に乗って、南の方をさして、村を出ていきました。どんどん行きますと、ながさ千里、幅一里の、大きな川に出ました。|上《かみ》にも行けず、|下《しも》にも行けず、しばらく、どうしようかと、|思《し》|案《あん》しているようでしたが、やがて、まみちがねが、
「まみちがねの馬の、飛びかたを見よ。」
と、大声にいって、馬にひとむちあてますと、馬は、みごとに、一里の幅の川を、飛びこしてしまいました。
それから、また、どんどん行きますと、白雲におおわれた、大きなイバラの山に、出会いました。右へも行けず、左にも行けず、そこで、また、まみちがねは、
「なんのこれしきの山、まみちがねの馬の、飛びかたを見よ。」
と、ひとむち、馬にくれると、馬は、高くいななきました。二むちくれると、馬は、みごとに、山も、飛びこしました。
それから、また、どんどん行きますと、長い鬚をはやしたおじいさんが、アワ畑の草とりをしているところへ来ました。まみちがねが、たずねました。
「おじいさん、おじいさん、この村に、人をやとってくれるところは、ないだろうか。」
おじいさんが、いいました。
「西の村はずれの家に、三十五人のやといのうち、ひとり死んで、きょうは、七日目になる。その家で、ひとり、いるはずだが、あんたのような、そんな身なりをしている人は、やとうとはいわないだろう。」
「では、おじいさん、あなたの着ているそのしごと着と、わたくしのこの着物と、とっかえてはくれませんか。」
「そんなりっぱな着物ととっかえて、自分が、それを着たら、ばちがあたる。しごと着は、あんたにあげましょう。」
「そういわずに、おじいさん、どうか、とりかえてください。それができないなら、おじいさんの家の|箱《はこ》を、一つ、|貸《か》してください。わたくしの|衣装《いしょう》を、その中にしまっておきます。」
「はい、はい。おやすいご用です。」
おじいさんは、こころよく、箱を貸してくれました。
そこで、まみちがねは、おじいさんのしごと着を着て、これまで着ていた着物と、馬のくら[#「くら」に傍点]とを、箱の中にしまいました。馬は、近くの、まわり一里もある竹山に、はなし|飼《が》いにいたしました。そして、おじいさんにつれられて、西の村はずれの|長者《ちょうじゃ》の家に行きました。
「どうか、わたくしを、やとってください。」
そういって、たのみますと、すぐに、やとってくれましたので、まみちがねは、そこで働くことになりました。
あくる日のことです。まみちがねは、長者のいいつけで、まぐさ[#「まぐさ」に傍点]を|刈《か》りに行きましたが、ろくにまぐさも刈らずに、手ぶらで帰ってきました。
「手ばかり切って、わたくしには、草は刈れない。庭はきをやらしてください。」
そこで、庭をはかせますと、こんどは、
「手にまめ[#「まめ」に傍点]ばかりできて、庭はきも、できません。台所をやらしてください。」
と、申します。
「それじゃあ、すきなようにやってごらん。」
そう、長者がいいましたので、まみちがねは、
「では、七人の人を、一日、使わしてください。」
と、たのみました。長者は、まみちがねのいうとおりにしてやりました。
まみちがねは、七人の人を、ひとりは、土をとらせ、ひとりは、石をとらせ、ふたりには、水をくませ、ひとりには、わら[#「わら」に傍点]を切らせ、ふたりには、土をこねさせて、みるまに、七つのかまど[#「かまど」に傍点]をつくりあげました。まみちがねは、この七つのかまどで、台所のしごとを、いろいろと、とりはからいました。すると、三度の食事も、ひじょうにつごうよくできて、長者の家の人たちは、みんな、大喜びでした。今までは、朝ごはんが昼になり、昼ごはんは夕方になり、夕ごはんは夜中になって、やっと、できあがるというしまつでした。それが、こんどは、夜があければ、すぐ、朝ごはん、昼になれば、ちゃんと、昼ごはん、お日さまが落ちれば、もう、夕ごはんです。それで、みんなのしごとも、とても、はか[#「はか」に傍点]が行くようになりました。
主人は、たいそう喜んで、
「これは、いい人が見つかったものだ。おまえは、いつまでも、この家で、働いておくれ。ところで、あすは、しばい[#「しばい」に傍点]がかかって、おどりがあるそうだから、きょうよりも早く、おべんとうを作ってくれ。」
そう、いいつけました。朝早く、みんな、ごはんを食べると、主人は、まみちがねに、
「おまえも、わしの|供《とも》をしなさい。」
そう、いいましたが、まみちがねは、
「きょうは、わたくしの母が死んでから、三年目の|命《めい》|日《にち》です。おしばいなんどには、行けません。」
と、ことわりました。
「それでは、るすばんをしていなさい。わしたちは、見物してくるからな。」
そういって、主人は、家の人たちみんなと、出ていきました。まみちがねは、ひとり、あとに残ると、すぐふろ[#「ふろ」に傍点]にはいり、おじいさんの家にあずけておいた、美しい着物を着て、りっぱなあしだ[#「あしだ」に傍点]をはき、竹山の馬をよんでくら[#「くら」に傍点]をかけ、しばい小屋の北の方に立って、
「まみちがねの馬が、おどりを見るぞ。」
と、ひとむちあてると、馬は飛んで、南の方におりました。殿さまも、見物人も、馬に乗って、空からおりるまみちがねを見て、
「天の神さまがこられたぞ。おがめ、おがめ。」
と、みんな、手をあわしておがみました。長者も、その家の者も、みんな、おがみました。ただひとり、長者の娘だけは、
「あれは、家の台所にいる灰坊だ。左の耳に、黒いほくろ[#「ほくろ」に傍点]がある。」
そう、いいました。灰坊というのは、台所で、灰をかぶって働く人のことです。親の長者は、それを聞いて、
「天の神さまに、無礼なことをいうものでない。早くおがみなさい。」
といって、しかりました。それで、娘は、笑いながら手をあわせました。
しばいのおどりがすむ前に、まみちがねは、馬に乗って飛びかえり、衣装は、おじいさんのところにあずけ、馬は、竹山にはなし、しごと着になって、火ふき竹をまくらにして、台所で寝ていました。
やがて、長者が、帰ってきて、
「おい、おい、門をあけろ。」
と、門をたたきました。門をあけると、長者が、
「おまえも、行けばよかった。きょうは、天の神さまが、しばいの場所にこられたので、みんな、手をあわしておがんだよ。」
「そうでしたか。わたくしも、行けばようございました。」
まみちがねが、そう、こたえますと、
「あさっても、また、しばいがあるから、早くおきて、ごはんをこしらえてくれよ。」
と、長者が、いいつけました。
その日になると、まみちがねは、早くごはんをこしらえて、みんなに食べさせました。長者が、
「おまえも、わしの供をしなさい。」
といいますと、こんどは、
「きょうは、わたくしのおじいさんが死んだ命日です。」
そう、まみちがねはいって、また、ひとり、家に残りました。みんなが、出ていってしまうと、まみちがねは、また、ふろ[#「ふろ」に傍点]にはいり、身じたくをして、竹山から馬をよびよせて、くら[#「くら」に傍点]をかけました。そうして、いざ、馬に乗ろうとしているところへ、娘が、ぞうり[#「ぞうり」に傍点]をわすれた、と、うそをいって、もどってきました。まみちがねは、見つけられてしまって、しかたがないので、娘といっしょに馬に乗り、こんどは、しばい小屋の東の方に立って、
「まみちがねの馬の、飛びようを見ろ。」
と、ひとむちあてると、馬は飛んで、しばい小屋の西の方におりました。みんなは、これを見て、
「きょうは、神さまは、夫婦でこられた。」
と、手をあわしておがみました。
まみちがねと娘は、しばいのはねないうちに、先に帰りました。そして、まみちがねは、この前と同じに、馬は、竹山にはなし、着物は、おじいさんにあずけ、しごと着を着て、火ふき竹をまくらにして、台所に寝ていました。そこへ、
「門をあけろ。」
と、長者が、帰ってきました。まみちがねを見ますと、
「おまえは、きょうこそ、行けばよかった。きょうは、神さまが、|奥《おく》さまをつれてこられた。」
と、いって聞かせました。
長者が、家にはいっていきますと、娘が、
「|腹《はら》がいたい。」
といって、奥の|間《ま》のほうで、さわいでおります。おとうさんの長者が、
「医者をよぼう。」
といいますと、
「医者はいらない。みこ[#「みこ」に傍点]をよんでくれ。」
そう、娘がたのみますので、三人のみこ[#「みこ」に傍点]をよんで、うらない[#「うらない」に傍点]をしてもらいました。ひとりのみこが、いいました。
「この病気は、なにか、キツネとか、|魔《ま》|物《もの》とか、悪い神さまとか、そういうものがついた病気ではありません。これは、|持病《じびょう》です。」
すると、娘が、
「いいえ、ちがいます。」
そこで、べつのみこに、うらなってもらいますと、
「これは、持病ではありません。やとっている男の人を、おむこさんにしなければ、なおりません。」
と、いいました。
そこで、長者の家の十七人のやとい人を、つぎつぎによんできて、みんなにさかずき[#「さかずき」に傍点]を持たして、むすめにお酒をつがせました。しかし、むすめは、だれにも、酒をつぎません。
「もう、だれもいないか。」
そう、長者が、たずねました。
「台所に、きたない|飯《めし》たき[#「たき」に傍点]が、ひとり、残っています。」
と、だれかが、申しました。
「では、その者を、よんできなさい。」
やがて、まみちがねの飯たきが、つれてこられました。|長者《ちょうじゃ》は、自分のふるい着物を|貸《か》してやりました。ところが、まみちがねは、ふろ[#「ふろ」に傍点]にはいって、その着物でからだをふき、それを、ブタ小屋に投げ|捨《す》てました。もったいないことをするものだと思いながら、こんどは、よい着物を出してやりました。こんども、それでからだをふいて、馬小屋に捨てました。長者は、こんどは、りっぱな|羽《は》|織《おり》を出してやりましたが、まみちがねは、それでも、からだをふいただけで、着ようとはしません。
まみちがねは、だまって家を出ますと、おじいさんの家に行って、あずけた自分の着物を着て、馬に乗って、長者の家にもどってきました。長者は、その手をとり、座敷に案内しました。すると、娘の病気は、たちどころになおりました。そして、娘は、まみちがねの|盃《さかずき》に、お酒をつぎました。長者は、
「どうか、この家のおむこさんになってください。」
そう、まみちがねに、たのみました。
やがて、結婚式がとりおこなわれ、そのおいわいが、三日もつづきました。おいわいがすみますと、まみちがねは、長者に、
「三日のひまを、わたくしにください。親をみまいに、行ってまいりますから。」
と、申しでました。けれども、長者は、
「三日は、長すぎる。一日だけ、ひまをあげよう。」
まみちがねは、一日のひまをもらって、親をたずねて行くことになりました。そのとき、娘が、
「あなたは、海ぞいの道を行かれますか、それとも、山ぞいの道にされますか。海ぞいの道は、三日、山ぞいの道は、一日かかります。しかし、山道を行くと、馬のくら[#「くら」に傍点]の前に、クワの実が落ちてきます。いくらのどがかわいても、それを食べてはなりません。それを、あなたが食べると、ふたりは、もう、会うことができなくなります。」
そう、申しました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
まみちがねは、そういって、山道を通っていきました。
すると、娘がいったように、馬のまえくら[#「まえくら」に傍点]に、クワの実が落ちてきました。あれほど、食べるな、と、いわれたのですから、はじめのあいだは、がまんしておりましたが、だんだん、のどがかわいてきて、もう、どうにも、しんぼうできなくなりました。そして、つい、ひとつぶ、食べてしまいました。
すると、すぐに、まみちがねは、息たえてしまって、馬の首に、からだをふせてしまいました。馬は、死んだまみちがねを乗せたまま、坂を登るときは、まえ足を折り、坂をくだるときは、あと足を折り、まみちがねを、|背《せ》|中《なか》からおとさないよう気をつけながら、とうとう、まみちがねの生まれた家の門の前まで、たどりついて、ヒヒン、ヒヒン、ヒヒンと、三度、いななきました。
まみちがねのおとうさんは、それを聞いて、おかあさんに、
「あれは、いつか、まみちがねにやった馬の鳴き声だが、おとうさんとよぶ声もしないし、ただ、馬に、三度、鳴かせるとは、へんだな。おまえ、行って、見てきなさい。」
と、いいました。
おかあさんが、門をあけにいきますと、馬があばれて、おかあさんを、ひとかみにかみころしてしまいました。つづいて、おとうさんが、行ってみますと、馬は、しずまりましたが、馬上のまみちがねは、死んでおります。
「生きて帰らず、死んで帰るとは、どうしたことだ。」
と、なげきながら、おとうさんは、まみちがねを、馬からおろして、酒だるの中に入れて、ふたをしました。
さて、長者の方では、一日のひまをやったのに、三日たっても、まみちがねが、帰ってきませんので、どうしたことかと、心配しておりました。
しかし、娘は、
――きっと、まみちがねは、クワの実を食べたにちがいない。
と思って、しじゅる[#「しじゅる」に傍点]|水《すい》という、死んだ者を生かす水をいれたかめ[#「かめ」に傍点]を用意して、まみちがねをさがしに出かけました。
山道を通って、まみちがねが、一日かかったのを、半日で、まみちがねのおとうさんの家の門前に、つきました。門をたたいて、
「まみちがねの家は、ここでしょうか。」
と、聞きますと、おとうさんが出てきて、
「そうです。」
と、こたえました。
「まみちがねのからだを、見せてください。」
そう、娘がたのみますと、
「知らない人に、わが子のからだを、見せてやることはできません。」
「知らない人ではありません。まみちがねは、わたくしの|夫《おっと》です。|結《けっ》|婚《こん》して四日目に、まみちがねは、馬に乗って出かけました。そのまま、三日たつのに、帰ってきません。ぜひ、まみちがねに、会わしてください。」
「そりゃあ、わしが、悪かった。早く見てください。」
おとうさんは、そういって、酒だるから、まみちがねの死がいを出して、見せました。みると、まるで、|昼《ひる》|寝《ね》でもしているようなようすです。
娘は、さっそく、死がいに水をあびせ、それから、しじゅる[#「しじゅる」に傍点]|水《すい》で、まみちがねのからだじゅうを、ふいてやりました。
すると、まみちがねは、ぱっと、目をひらいて、
「朝寝をしていたのかな、昼寝をしていたのかな。」
と、つぶやきました。
娘が、
「あなたは、朝寝をしていたのではありません。昼寝をしていたのでもありません。食べてはならぬクワの実を食べて、死んでいたのです。わたしが、しじゅる水で、からだをふいて、いま、生きかえらしたところです。さあ、家に帰りましょう。」
そう、いいました。
すると、そばにいたおとうさんは、
「これは、わしのひとりむすこです。よそにやることはできません。」
と、いいました。
「それなら、おとうさんも、わたしの家にいらっしゃい。」
娘が、そういうのを聞いて、まみちがねが、おとうさんに顔をむけて、申しました。
「わたくしは、ふたりの父を、やしなうことはできません。おとうさん、お金はおくりますから、どうか、よい養子をむかえて、家をたててください。わたくしは、命をすくってくれた妻の家で、働きます。」
やがて、ふたりは、父親にわかれをつげ、長者の家に帰っていきました。それから、すえながく、よい暮らしをしていたということであります。
めでたし、めでたし。
この作品は昭和五十一年十月新潮文庫版が刊行された。
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日本むかしばなし集 (三)
発行  2001年7月6日
著者  坪田 譲治
発行者 佐藤隆信
発行所 株式会社新潮社
〒162-8711 東京都新宿区矢来町71
e-mail: old-info@shinchosha.co.jp
URL: http://www.webshincho.com
ISBN4-10-841100-4 C0893
(C)Rikio Tsubota 1976, Coded in Japan