日本むかしばなし集 (二)
日本むかしばなし集 (二)  坪田 譲治
目 次
はなたれ小僧さま
ヒョウタンから出た金七孫七
タニシ長者
三人の大力男
松の木の伊勢まいり
竜宮のおよめさん
大きなカニ
沼神の手紙
鬼の子小綱
山姥と小僧
牛方と山姥
狩人の話
海の水はなぜからい
かしこくない兄と、悪がしこい弟
五郎とかけわん
ネズミとトビ
馬になった男の話
こぶとりじいさん
サルとお地蔵さま
金をうむカメ
灰まきじいさん
びんぼう神
人が見たらカエルになれ
ネコのおかみさん
サルとネコとネズミ
片目のおじいさん
モズとキツネ
トラとキツネ
キツネとクマのはなし
キツネとタヌキとウサギ
キツネと小僧さん
カメに負けたウサギ
サルとカワウソ
ハチとアリの拾いもの
オオカミに助けられた犬の話
豆と炭とわら
タカとエビとエイ
カメとイノシシ
サルのおむこさん
天狗のヒョウタン
牛のよめ入り
親捨て山
頭にカキの木
はなたれ|小《こ》|僧《ぞう》さま
むかし、むかしです。|貧《びん》|乏《ぼう》な男がおりました。花をつくって、毎日、町へ売りに出かけていました。
「花や花、美しい花。」
ところが、どんなに美しい花でも、売れることもあれば、売れないこともあります。売れなくて、その美しい花が残ることがあると、|帰《かえ》りに、川口のところで、花を水へ投げこみました。そして、そのたび、
「そうれえ、|竜宮《りゅうぐう》の|乙《おと》|姫《ひめ》さま、花をあげますぞう。」
そういいました。ところが、ある日のこと、花を売って帰ってくると、たいへんです。その川が大水になっていて、わたることができません。
「はて、困ったなあ。どうしよう。」
岸に立って考えていると、足もとに泳ぎよってきたものがあります。一ぴきのカメです。カメもカメ、大きなカメです。|浦《うら》|島《しま》|太《た》|郎《ろう》が乗ったという、あんなカメなんです。しかも、そのカメが|背《せ》|中《なか》を|後向《うしろむ》きにして、その男に、さも「乗れ、乗れ」というようなかっこうをしております。
「あ、そうか。むこうへわたしてくれるのか。」
男は、そうひとりがってんをして、そのカメのこうらの上に乗りました。すると、こころえたもので、カメはスーッと川のなかへ出て行きました。出て行ったのはいいのですが、しばらくたって気がつくと、なんだか、わけのわからないところへ来ています。シナのようにも思えれば、インドのようにも思われて、|果《は》てはゴクラクかとも思えるようなところです。そこで、男は、
「カメさん、カメさん、ここはいったいどこですか。」
そういって、カメにきいてみました。
「ここですか。」
カメは短い首を後にねじ向けていいました。
「ここは竜宮というところです。」
「あっ、竜宮ですか。それは|困《こま》った。むかし、むかし、浦島太郎という人が、二、三日おったと思ったら、そのあいだに百年もたっていたという、あの海の底の竜宮でしょう。どうも、このカメさん、浦島太郎が乗ったカメによく|似《に》ていると思ったんだが、やっぱり、そうだったのですか。しかし、竜宮へ来てしまっては、もう日本では二、三十年たってるでしょうね。こまった、こまった。」
男はしきりにそういいました。しかし、カメは、
「そんなことはありませんよ。おまえさまが、いつもよく花をくださるんで、それで、乙姫さまがお礼をいいたいと、おっしゃるんだ。心配いりません。」
そういうのでした。そして、すぐ竜宮の乙姫さまの|御《ご》|殿《てん》につきました。タイや、ヒラメや、タコや、クラゲが、御殿の|玄《げん》|関《かん》で大ぜいならんで、その男を待っていました。
「いらっしゃいませ。」
みんなは、いっせいに頭をさげ、男を乙姫さまのところへ案内しました。すると、乙姫さまがいいました。
「いつも美しいお花をありがとう。きょうは、花のお礼に、おまえさんにひとり、男の子をあげようと思って、それでカメをお|迎《むか》えに出しました。その子というのは、これですが、これを家へつれてって、たいせつにやしなってごらんなさい。おまえさんの望みは、なんでもかないます。この子はそういう子なんです。」
そう乙姫さまにいわれて、男は、
「ありがとうございます。」
と、頭をさげました。それから乙姫のそばに立ってるその男の子を、つくづくとながめました。見れば見るほど、しかし、その子はきたない子どもでした。はな[#「はな」に傍点]をたらし、よだれをたらし、なんともみっともない子どもなんです。
「それで、その子は、なんという名まえでございましょうか。」
男がきくと、
「トホウというのです。」
乙姫がいいました。
「それでは、トホウをちょうだいしてまいります。」
男はそういって、トホウをつれて、カメの背に乗って、日本へ帰ってきました。帰ってみると、自分の家がせまく思われてなりません。そこで、まず、ものはためしと、トホウに話しかけました。
「トホウ、トホウ、家がせまくて困るんだが。」
いうかいわないかに、トホウは目をつぶって、手を三つ、パン、パン、パンと打ちました。すると、もう目のさめるようなきれいな家が目のまえに立っていました。
「や、ありがとう。おまえさん、たいへんな術ができるんだねえ。」
男は感心してしまいました。しかし、家へ入ってみると、しきものがほしくなりました。そこで、
「トホウ、トホウ。」
とよんで、しきものをたのみました。しきものができると、タンスがほしくなりました。タンスができると、きものがいるようになりました。こうして、なにからなにまで、もうほしいものが考えつけないほど、トホウにたのんで出してもらいました。おわりに、お|金《かね》を、むかしの金で千|両《りょう》ほど出してもらって、|番《ばん》|頭《とう》さんはおく、|女中《じょちゅう》さんはおく、ぜいたくにくらすことになりました。もう花売りになんか行きません。人にお金を貸して、貸し|賃《ちん》をとって、それでくらすようになったのです。
それから五年ほど、月日がたちました。男もそのへんで指折りのお金持になったもので、あっちへよばれ、こっちへよばれ、お客さまに行くことが多くなりました。ごちそうをして、お客さまをよぶことも、たびたびでした。
ところが、トホウです。そのダンナになった男のそばについていて、一分たりともはなれません。男は、しだいしだいに、トホウがきたなく思われ、いやになってきたのです。どこに行くにも、ついてくるしまつで、ほんとに困ってしまいました。それで、
「トホウ、トホウ、そのはな[#「はな」に傍点]をかむわけにはいかんのかい。」
あまりはな[#「はな」に傍点]をたらすので、そうききますと、
「おれには、かまれない。」
トホウは、そういいます。
「よだれをふくわけにはいかんかい。」
そういいますと、
「そんなこと、おれにはできない。」
そういうのです。そこで、男はもうトホウに用がなくなったように思われ、
「では、長いあいだ、やっかいになったが、おまえ、帰るところはないのか。」
そういいました。すると、トホウは、
「わかりました。」
そういって、その家を出て行きました。
トホウがその家を出ると、とたんに、家がむかしの|貧《びん》|乏《ぼう》|家《や》に変り、男のきているきものも、むかしどおり、そまつなきものになりました。|夢《ゆめ》がさめたようなありさまです。男はびっくりしましたが、どうすることもできませんでした。
ヒョウタンから出た|金《きん》|七《しち》|孫《まご》|七《しち》
むかし、むかし、ある家に、ひとりのおじいさんがありました。おじいさんですから、それは年をとっていました。それだのに、小さいときから、運のいいということがありません。働いても、働いても、貧乏ばかりしていました。それで、あるとき、近くの|観《かん》|音《のん》さまに、|七日《なぬか》|七《なな》|夜《よ》のおこもりをしました。
「わたしに、どうか、いい|福《ふく》|運《うん》をおさずけください。」
七日|七《なな》|晩《ばん》のあいだ、おねがいしつづけたのです。しかしその|満《まん》|願《がん》の日という七日めの朝になっても、これというなんのしるしもみえませんでした。おじいさんは、がっかりしてしまって、
「アーア、やっぱり、おれには|一生《いっしょう》いい運は向いてこないのか。」
そう思いながら、観音さまのお|堂《どう》の前の坂道をぶらりぶらりとおりてきました。すると、うしろから何かついてくるような気がして、ちょっとうしろをふりむきますと、なんとふしぎなことに、一つのヒョウタンが、コロコロ、コロコロ、ころがって、ついてきていました。
「あれ、へんなものがころがってやがるぞ。」
おじいさんはふしぎに思って、
「だれか、上からころがしでもしたのだろうか。」
と、立ちどまって、首をかたむけました。すると、そのヒョウタンもおじいさんのまねをして、立ちどまって首をかたむけました。
「いや、これはまったくふしぎだ。へんだ。|妙《みょう》だ。おかしなヒョウタンだ。」
おじいさんは、こんどは、こんなひとりごとまでいいながら、しかし、また歩きだしました。すると、ヒョウタンがまたおじいさんのうしろから、コロコロ、ころがりだしてきました。そこで、おじいさんは、そのヒョウタンがそばにきたとき、
「ではひとつ、おれがだっこしてみてやろう。それ――」
そういいながら、そのヒョウタンをだきあげました。すると、その中からピョコンとふたりの子どもがとびだしました。おじいさんは、びっくりしました。どうしたことかと、目をパチパチやっていました。すると、その子どもらは、おじいさんのおどろきようがおかしいのか、くすくす笑いながら、ひとりがまず、こういいました。
「おじいさん、おれたちは、じつは観音さまからいいつかって、おまえさんの家へきた者だ。名は金七に孫七という。これからおじいさん、なんでも、おれたちにいいつけてください。なんでも、おじいさんにしてあげます。」
と、|他《ほか》のひとりがまたいいました。
「おじいさん、さしあたり、何がほしいか。ほしいものをいってごらん。すぐ目の前に出してあげます。」
やっと、なっとくがいったおじいさんは、にわかに|相《そう》|好《ごう》をくずし、うれしがって、にこにこしていいました。
「うん、そうか、そうなのか、おまえさんがたが金七さんに孫七さんか、そして、おれにほしいものをなんでもくださろうというのか。ありがたいことだ。観音さまがおいいつけになったってねえ。」
しばらくは深く感じ入って、おじいさんはことばもなく立っていましたが、金七、孫七がいいつけを待っているようすなので、
「では、ひとつおねがいいたします。どうも、まことにあいすみませんが、おれは、その、お酒が|大《だい》|好《こう》|物《ぶつ》で、しかしそれもほんのちょっとでいい。それから、だんごがまた大すきで――」
そんなことをいいました。すると、金七さんがまず自分たちが出てきたヒョウタンをおじいさんから受けとって、その口をすこしかたむけました。最初に出てきたものは、一つのお|盆《ぼん》でした。
「そら、まずお盆と。」
金七さんがそういって、孫七さんにわたしました。
「よしきた、お盆と。」
孫七さんがそういって、それを受けとり、両手で、|平《たい》らに持っていて、つぎに出てくるものをこれに受けるようにしました。そこで金七さんは、
「おつぎは、お酒のはいったとっくり、それから、さかずき。」
そういって、とっくりとさかずきを出して、お盆の上にならべました。
「ええと、そのつぎは大きなさらに、山もりおだんご。」
そういうと、もう大ざらにあんこのついているおいしそうなおだんごを出しました。それは、お盆の上で、さかんに|湯《ゆ》|気《げ》をたてていました。
「はい、おじいさん、おあがりください。」
孫七が、お盆をおじいさんの前にさしだしました。おじいさんは大喜びで、
「ああ、そうですか、まちがいない観音さんのおいいつけなんですねえ、ありがたや、ありがたや。ではひとつ、ごちそうになりましょう。」
そういうと、道ばたに|腰《こし》をおろし、前にお盆をすえて、お酒を飲んだり、おだんごを食べたりしました。あまりおいしいので、チュッチュッと舌打ちをしたり、グーグーとのどをならしたりしました。しかし、そのお酒もおだんごも、ふしぎなお酒、ふしぎなおだんごで、おじいさんがそうして飲んでも食べても、ちょっともへりません。お酒はとっくりからいくらでも出てくるし、おだんごはおさらの上にいつまでも山もりになっていました。おじいさんは、もうこのうえは食べられないほどつめこんで、すっかりいい気持になってしまいました。それで、おじいさんは、金七孫七の手を引いて、ヒョウタンを|肩《かた》にかついで、ぶらりぶらりと家をさして|帰《かえ》って行きました。
ところでおじいさんは、このうえにないような福運をさずかったのですから、どうもうれしくてなりません。で、道であう人ごとに金七孫七をひきあわせ、また肩にかけているヒョウタンを見せました。それから、そのヒョウタンからたくさんのごちそうをだして、つぎからつぎへと食べさせました。お酒もどんどん出して飲ませました。しまいには、何十人という人が、道ばたでおじいさんをとりまき、ワイワイいって、ごちそうを食べたり、お酒を飲んだりいたしました。これで、一度にそのヒョウタンと金七孫七のことが|評判《ひょうばん》になり、そのへんの村々や町々へ聞こえわたりました。すると、その村や町でお祝いや|法《ほう》|事《じ》などがあると、みんな、おじいさんをたのみにきました。おじいさんは、そのたび金七孫七の手を引き、ヒョウタンを肩にかけて出かけました。そして、何十人ぶんでも|先《せん》|方《ぽう》のいうとおりのごちそうを見るまに出して、祝いや法事のしたくをしてやりました。たのんだ人たちは大喜びをして、おじいさんに、それはたくさんのお金をくれました。おじいさんは、ちょっとのまに、たいそうなお金持になりました。
ところで、あるときのこと、おじいさんはまたいつものように|往《おう》|来《らい》に|陣《じん》どって、通りかかる人人に、
「それ、おだんご、それ、おすし。」
と、ごちそうをしておりました。そこへ、ひとりのばくろうがやってきました。ばくろうというのは、馬や牛を売る人です。で、七ひきからのとてもりっぱな馬を引いてやってきたのです。このばくろうがおじいさんのふしぎなヒョウタンを見ると、どうにもほしくてたまらなくなりました。それで、おじいさんにいいました。
「おじいさん、おじいさん、どうじゃな、おれの、この、今引いている七ひきの馬と、そのヒョウタンととっかえてくれないかね。」
これを聞いて、おじいさんはその七ひきの馬をながめました。いや、いかにも美しい馬なのです。どれもこれも、毛はつやつやと光っているし、背は見あげるように高いし、ヒヒヒヒーン、ヒヒヒンといななく声は勇ましいし。しかし考えました。そんなにたくさんの馬をもらっても、どうすることもできません。それより、このヒョウタン一つあれば、くだものでも、おかしでも、ごはんでも――。それで、おじいさんはかぶりをふりました。
「せっかくだが、ばくろうさん、まず、おことわりいたしましょう。」
しかし、ばくろうはどうしてもほしく、どうしてもあきらめきれません。それで、またいいました。
「おじいさん、どうだろう。それでは、おれが今ふところに持っている、三百両のお金をつけてやるが、それでも|承知《しょうち》してはくれまいか。」
すると、金七孫七のふたりの子どもが、おじいさんのきもののそでを引っぱって、
「おじいさん、とっかえなさい。とっかえっこなさい。」
そういうのでした。で、おじいさんは、しかたなく、
「では、ばくろうさん、この子どもたちもとっかえろというし、おまえさんのたってののぞみだから、では、ひとつ馬ととりかえてあげましょう。しかし世にもふしぎなヒョウタンだ。だいじにしてくださいよ。」
こういって、ヒョウタンをばくろうにやりました。ばくろうは、ヒョウタンをもらうと、お金と馬をあとに|残《のこ》して、まるで|逃《に》げるように、往来をかけて行ってしまいました。これというのも、ばくろうには考えがあったのです。|殿《との》さまに|献上《けんじょう》して、国でも一つもらおうと思っていたのです。ですから、あるとき、殿さまのお|城《しろ》へやって行きました。そして、役人を通して殿さまにいいました。
「この世にまたとないような、|宝《たから》ヒョウタンを献上にまいりました。」
殿さまも、そのヒョウタンの話は聞いて知っていたものですから、大喜びをして、
「それはいい、かねてほしいと思っていたヒョウタンだ。すぐ、その者をつれてまいれ。」
ということになりました。で、殿さまはたくさんの|家《け》|来《らい》をつれて、お城の|大《おお》|広《ひろ》|間《ま》へ出てきました。ばくろうは、その前で、宝ヒョウタンからごちそうをだすことになったのです。で、
「さあ、ばくろう、そのヒョウタンからごちそうをだしてみい。」
殿さまがいいました。
「はいはい、では、出してお目にかけますよ。」
ばくろうは、いうのでした。ところが、どうしたことでしょう。ヒョウタンからは、水一しずくも出てきません。もとより、おだんごおだんごといっても、おすしおすしといっても、せんべいでもいい、あめ|玉《だま》でもいいといっても、ほんとに何も出てきませんでした。いや、殿さまのおこったことといったら、それはもう|雷《かみなり》さまのようにおそろしいことでした。ばくろうは、すっかりうろたえ、すっかりこまりはてましたが、出ないものはどうすることもできません。で、とうとう殿さまの家来たちに、うそつき者として|罰《ばっ》せられ、ひどいめにあわされて、お城の外へ追いだされました。そのまま、どこへ行ったかわからなくなってしまいました。
一方、おじいさんは金七孫七をつれて、馬を引いて、お金を持って、家に帰りました。そして、これまでにもたいへんなお金持になっていたのですが、馬とお金でいっそうお金持となり、ふたりの子どもといっしょに、いよいよしあわせな月日を送りました。めでたし、めでたし。
タニシ|長者《ちょうじゃ》
むかし、むかし、あるところに、たいそうな長者がありまして、たんぼや|畑《はたけ》や|山《さん》|林《りん》など、ありあまるほど持っていました。ところが、その長者の田をつくっている|小《こ》|作《さく》の中に、その日食べるお米もないような、|貧《びん》|乏《ぼう》な|夫《ふう》|婦《ふ》の者がありました。この夫婦の者は、もう四十をこすような年になっていましたが、まだひとりも子どもというものがありませんでした。それで、ふたりは、
「どうかして、子どもがひとりほしいもんだ。わが子と名のつくものなら、カエルでもよい、タニシでもよい。」
そんなことをいって、なげきあっておりました。そのすえ、とうとう|水《すい》|神《じん》さまへおまいりして、そのようにいっておねがいいたしました。水神さまというのは水の神さまですから、|百姓《ひゃくしょう》にとって、これぐらいありがたい神さまはないのであります。
それから、ある日のことでした。|女房《にょうぼう》はたんぼへ田の草取りに行っていましたが、いつものように、水神さまへおねがいのことばをくりかえしていました。
「水神さま、水神さま、そこらあたりにおりますタニシのような子どもでもよろしゅうございますから、どうぞ、わたしにひとり、子どもをおさずけくださいませ。ああ、とうとや、とうとや。」
すると、それからひとときして、さずかったのが、なんとじつに一ぴきの小さなタニシだったのです。
おやじさんも、おかみさんも、これにはまったくおどろきました。おどろきましたが、なにぶん、水神さまへおねがいしてさずかった子どもであるから、けっしてそまつにはできません。
おわんに水を入れ、その中において、神だなにあげました。そしてだいじに|育《そだ》てていきました。それから二十年という年月がたちました。
けれども、ふしぎなことに、そのタニシの子は、すこしも大きくなりません。ごはんなどはふつうに食べるのですが、|一《ひと》|声《こえ》、声を出すこともできませんでした。
それから、またある日のことです。おやじさんも、もう年をとりましたので、仕事もだいぶ|骨《ほね》がおれるようになりました。それで長者どんへおさめる、その年の|年《ねん》|貢《ぐ》|米《まい》を馬につけながら、思わずぐちをこぼしました。
(さてさて、おれもふしあわせな者じゃ、水神さまにおねがいして、せっかく子どもをさずかったが、やれうれしやと思うまもなく、その子がなんと、あろうことか、タニシのむすことあってみれば、なんの役にたとうはずがない。つまりおれはこうして、|一生《いっしょう》、妻や子をやしなうばかりに生まれついたのじゃ。)
と、そのとき、
「おとうさん、おとうさん。」
と、よぶ声がしました。
「きょうはその米、おれが持って行こう。」
その声は、そういうのでした。
おやじさんはびっくりしました。そのへんをきょろきょろ見まわしました。しかしだれもおりません。ふしぎに思って、声をかけました。
「そういうのは、いったいだれだ。」
と、これに答えて、
「おれだよ、おとうさん。タニシのむすこだよ。今まで長いあいだ、たいへんご|恩《おん》をうけましたが、そろそろおれも世の中へ出るときがやってきた。きょうは、おれがおとうさんのかわりに、だんなのところへ年貢米を持ってまいりましょう。」
タニシのむすこは、そういうのでありました。これを聞いて、おやじさんはいいました。
「しかし、どうしておまえなどに、馬がひいて行けるか。」
すると、タニシのむすこがいいました。
「おれはタニシだから、馬はひいて行けないが、|荷《に》|物《もつ》のあいだに乗せてくれさえすれば、馬を使うことくらい、なんの苦もなけりゃ、ぞうさもない。」
これにはいよいよおやじさんもびっくりしました。それで、タニシのむすこにそんなことができるようには思えませんでしたが、なにしろ水神さまの|申《もう》し|子《ご》だし、二十年めにものをいいだしたことだし、そむいては、どんなばちがあたるかもしれんと考えました。
それで、馬三びきに|米俵《こめだわら》をつけ、表口に引っぱってきました。それから神だなのおわんの中から、タニシをつまんできて、荷物のあいだに乗せました。と、タニシのむすこが、あたりまえの人間のとおりの声で、
「では、おとうさん、おかあさん、行ってきますよ。」
といいました。それから、
「はい、どうどう、しっしっ。」
と、馬を使いはじめました。そうして門をじょうずに出て行きました。
ところで、親たちのほうでは、出しは出したが、どうも心配でなりません。それで父親があとを追いかけ、タニシに見えかくれについて行きました。すると、タニシは、水たまりだとか橋のところだとか、馬のあぶないところにくると、人間がいると同じに、「はあい、はあい。」と、声をかけます。馬はこれにしたがって、シャンシャンと進んでおります。すこしすると、こんどはタニシは美しい声をはりあげて、|馬《うま》|方《かた》のうたう歌などうたいだしました。馬はまたそれに足をあわせ、首の鈴をジャンガ、ゴンガとふり鳴らせ、勇みに勇んで歩いて行きます。|往《おう》|来《らい》やたんぼにいる人たちは、これを見ておどろいてしまいました。あの馬はたしかに、あの貧乏百姓のやせ馬にちがいないのだが、だれがいったい、どこであんな歌なんかうたって行くのだろう。こういって、ふしぎがってながめておりました。|一《いっ》|方《ぽう》では、このありさまを見たおやじさん、すぐ家へひきかえして、おかみさんにもこのようすをしらせ、それからふたりで水神さまをおがみました。
「水神さま、水神さま。今まで何も知りませんでしたので、タニシの子をああしておきましたが、ほんとうに、ありがたい子どもをおさずけくださいました。それにつけても、ぶじにむこうにとどきますよう、あの子や馬のうえをどうぞお守りくださいませ。」
タニシは、そんなことにとんちゃくなく、たいへんな元気で、長者どんの門をはいって行きました。すると、それ、年貢米がきた、というので、そこの|召《めし》|使《つか》いたちが出て見ましたが、馬ばかりで、だれも人間がおりません。「はてな――」と、ふしぎがっておりますと、
「米を持ってきたから、おろしてください。」
という声が、馬の荷物のところでいたします。
「だれだ、そんなところにいるのは。」
そんなことをいって、召使いのひとりが、荷物のところをのぞきましたが、もとより、人間など見えません。
「だれもおりゃせんじゃないか。」
そういったものの、よく見ると、荷物のわきに、小さなタニシが一つのっておりました。すると、タニシのいいますことに、
「おじさん、おじさん、おれはこんなからだだから、馬から荷物をおろすことはできない。申しわけないが、おまえさんたちで、おろしてください。それから、おれのからだも、つぶさないように、えんがわのはしにそっとおいてください。」
これには召使いたち、どんなにおどろいたことでしょう。長者のところへ走って行って、
「だんな、だんな、タニシが米を持ってきました。」
と、しらせました。長者もおどろいて出てみると、いかにも召使いのいうとおりです。うちの人たちも、それを聞いて、ぞろぞろ出てきて、タニシの子をうちながめ、「まあ、なんとふしぎなことだろう。」と、話しあいました。
そのうちに、タニシのさしずで、米俵を倉につみ入れ、馬にはかいばをやりました。それからタニシは茶の間のほうで、ごちそうになりました。ところで、タニシがごはんを食べたり、おしるをすったりするようですが、ほかの人の目にはひとつも見えませんでした。それなのに、つぎつぎとおぜんの上のものがなくなり、おわりに、
「ごちそうさまでした。じゅうぶんいただきました。」
タニシがそういいました。これには長者どん、ますますおどろきました。水神さまの申し子だということは聞いていましたが、人間のようにものをいったり、働いたりするとは思っていなかったのです。それで、にわかに、自分のうちの|宝物《たからもの》にしたいと思いだしました。しかし容易なことで、そうもできないと思って、
「タニシどん、タニシどん、おれのところには、|娘《むすめ》がふたりいる。そのひとりを、おまえのおよめにやってもよいと思うが、どうじゃ。」
といいました。これを聞くと、タニシは大喜びをしまして、
「だんなさん、それはほんとうのことですか。」
と、念をおしました。
「ほんとうとも。うそはいわない。」
それで、タニシはかたい|約《やく》|束《そく》をして、また三びきの馬をつれ、えらい元気で、家をさして|帰《かえ》って行きました。家では帰りがおそいので、夫婦で心配しておりましたが、
「おれは、きょう、長者どんの娘を、およめさんにもらってきた」
と、タニシが帰ってきていいましたので、父母は、
「あろうことか、あるまいことか、このタニシが――」
と、目を見はりました。それでも、水神さまの申し子のいうことだからと、人をやって、長者どんにきかせますと、やっぱりほんとうということがわかりました。それも、長者どんが、ふたりの娘をよんで、タニシのところへおよめに行けといいますと、姉娘は、「だれがあんな虫けらのところへ。」と、おこりました。しかし妹のほうは、心がやさしかったので、おこりもせずに、「おとうさんが、せっかく約束なさったことですから。」と、およめさんになることになったのです。
さて、長者どんの妹娘のよめいり|道《どう》|具《ぐ》はたいへんなものでした。たんす、|長《なが》|持《もち》が七さおずつ、そのほか、手荷物はありあまるほどで、七ひきの馬にもつけきれません。そればかりか、おむこさんの家が小さくてはいりきれません。そこで、長者どんはおむこさんの家へ、別に倉を建ててやったりいたしました。
ところで、タニシの家では、花よりも美しいおよめさんをもらって、うちじゅうの喜びはいうまでもありません。それに、そのおよめさんがおとうさんおかあさんにとても親切で、それに大切にいたします。|野《の》|良《ら》へもよく出て働きます。それで、くらしむきも、しだいに楽になりました。そのうち月日がたちました。お|里《さと》|帰《がえ》りを、いつにしようかということになりました。やっぱり四月八日の|鎮《ちん》|守《じゅ》のお|薬《やく》|師《し》さまの祭りがすんでから、ということになりました。
お祭りの日がきました。娘はお祭りに行くというので美しくおけしょうしました。きれいなきものを着ました。それからタニシの夫にいいました。
「おまえもいっしょに、お祭りを見にまいりましょう。」
すると、タニシの夫がいいました。
「うん、そうか、それでは、おれもいっしょにつれてってくれ。きょうはお天気もよいし、ひさしぶりで、外のけしきでもながめましょう。」
そして、娘の帯の結びめに入れられて、お祭りに出かけました。とちゅうもふたりはなかよく、よもやまの話をしながら行きました。すると、行きあう人がみなふしぎがって、
「あれあれ、あんな美しい娘の子が、ひとりで笑ったり、話したりして行く。かわいそうなことに、気でもちがったのだろうか。」
そんなことをいって、娘をふり向きふり向きしました。しかし、やがて、薬師さまの一の|鳥《とり》|居《い》のところまできますと、タニシの夫がいいました。
「じつは、おれはわけがあって、これからさきへは行けない。だから、おれを道ばたの、田のあぜの上にでもおいといて、おまえひとりでお堂へ行っておがんできてくれ。」
これを聞くと、娘がいいました。
「それでは、気をつけて、カラスなどに見つからないようにして、待っててください。わたしはちょっとおがんでくるから。」
そして、夫のタニシのいうままに、タニシを道ばたの、田のあぜの上においといて、いそいで坂をのぼって、お宮におまいりしました。それから、またいそいで、坂をくだって、タニシをおいといた、田のあぜのところへ帰ってきました。ところが、どうしたことでしょう。だいじな夫のタニシがおりません。おどろいてあちらこちらとさがしましたが、どうしても見つかりません。カラスがくわえて行ったのか、それとも田の中へ落ちてしまったか、そう思って空を見ましたが、|一《いち》|羽《わ》のカラスもおりません。田の中は、四月のことですから、そこらじゅう、たんぼいっぱいのタニシで、それを一つ一つ拾いあげてみましたが、どれもこれも夫には|似《に》ても似つかないタニシでした。それで娘は、このような歌をうたいました。
[#ここから1字下げ]
つぶ(タニシ)や、つぶ(タニシ)や、わが夫や、
|今《こ》|年《とし》も春になったれば、
カラスというばか鳥に、
チックラ、モックラ、さされたか。
[#ここで字下げ終わり]
そうして、田から田へさがしまわりました。そのうち顔には|泥《どろ》がかかり、きものは泥まみれになり、そして日は|暮《く》れどきになってきました。お祭りの人たちは、もうみんな家へ帰りはじめ、娘のそんなありさまをみて、
「気でもちがったか、かわいそうに。」といって、帰って行きました。娘はいくら夫のタニシをさがしても見つからないものですから、いっそのこと、谷になっている田の中の、深い泥の中にはいって、死んでしまったほうがいいと考えました。それで、その深い泥の中へ、とびこもうとしていますと、うしろから、
「これこれ、娘。」といって、声をかける者があります。見ると、それは美しい、それはりっぱな若者です。そして、
「おまえのたずねるタニシは、このわたしだ。」
と、この若者がいうのでした。いろいろ聞いてみると、娘が薬師さまへおまいりしたため、タニシが人間になれたのです。
こうなっては、娘の喜びばかりではありません。タニシの父母はもとより、長者夫婦も大喜びで、若いこのふたりのために、家を建てたり、あきないをすぐやらせたりしました。それでふたりは、一生けんめいに働きましたから、たちまちのうちに、町いちばんの物持となり、タニシ長者とよばれました。
三人の|大力男《だいりきおとこ》
むかし、むかし、あるところに、|桃《もも》|太《た》|郎《ろう》のようにかわいらしい子どもが生まれました。かしこくもみえたし、強そうにもみえました。しかし、どうしたことか、その子どもは、一年たっても、ものもいわず、二年たっても、はいはいもしません。三年、五年、十年もたっても、まだ生まれたばかりの赤んぼうのように、ねたままで、おかあさんにごはんを食べさせてもらっていました。それで、親たちは心配しました。
「これは、たいへんな子どもができた。|一生《いっしょう》こんなだったら、どうしたもんだろう。」
そういって、心配してくらしていました。すると、その子が生まれてから、十五年めのある日のこと、とつぜん、大きな声をだしてどなったのです。
「おとうッ、百|貫《かん》めの鉄の|棒《ぼう》を一本買ってきてーッ。」
おとうさんは、おどろきました。
「あれあれ、この子はものをいったぞう。」
そこで、その子に|問《と》うてみました。
「おまえは、ほんとうに口がきけるようになったのかい。」
すると、子どもはいったのです。
「うん、このとおり、りっぱに口がきける。そこで、百貫めの鉄の棒を買ってきてください。」
しかし、おとうさんはあきれて、しばらくは、あいた口がふさがらないありさまでした。だって、十五年も赤んぼうのようにしていて、しかもまだ|寝《ね》たまま、|足《あし》|腰《こし》の立たないありさまで、百貫めの鉄の棒とは、何をたわけたことをいうのかと、はじめはあいてにしませんでした。しかし、その子どものまたいうことに、
「おれは、足腰が立たないから、その鉄の棒を力にして立ちあがってみたいんだ。」
これを聞くと、おとうさんもちょっと首をかたむけて考えました。なにしろ、十五年も口がきけなかった子どもが、とつぜん口がきけだしたと思うと、急にこんなりくつをいいだしたので、
「もしかすると、これは、ただの子どもではないかもしれん。」
そう考えたのです。そこで、
「よしきたッ。それでは買ってきてやるぞッ。」
そういって、町のかじ屋さんに行って、その百貫めの鉄の棒を注文しました。なん日かたつと、そのかじ屋さんからしらせがきました。
「ご注文の鉄棒、まさにできあがりました。おひきとりにおいでください。」
しかし、百貫めというと、|俵《たわら》にしても六|俵《ぴょう》からの重さです。牛や馬にしても、大きなのを一頭かついでくると同じことなのです。三人や五人では、山坂こえて取ってくることはできません。そこで、三十人からの人をたのんで、
「えんやら、やんさら。やんさら、ほうい。」
と、かけ声をかけ、|音《おん》|頭《ど》をとりながらかついできました。そうして、その子どもに、
「そら、注文の鉄の棒がきたよ。」
といって、持たせたところ、子どもはたいへんうれしがって、にこにこしながら、その棒をつえについて、ウンウンうなって立ちあがりました。それから、両足をふんばって、
「やあ、やあ……」
と、長い背のびをしました。ところが、どうでしょう。まだそんなに大きくなかったこの子のせいが、むくむく、むくむくとのびて、見ているまに、六尺以上もあろうという大男になってしまいました。しかも、まるまると|肥《こ》えふとり、|肩《かた》や|腕《うで》には、カシの木のようにかたい力こぶができて、まるで、りっぱなおすもうさんのようになったのです。これを見ると、|両親《りょうしん》はもとより、そこに集まっていた親類や村の人たちもびっくりしたり、喜んだりしました。そして、
「まず、おめでたいことだ。」
と、お酒やおさかなや、|赤《せき》|飯《はん》やおもちを持ってきて、みんなで、「立ったり祝い」というのをやりました。十五年のあいだ、名もなかったその子どもに、そのときはじめて、|力《りき》|太《た》|郎《ろう》という名まえをつけて、飲めやうたえと、大酒もりをしました。力太郎は、力太郎で、
「みんなに、こんなにお祝いしてもらったのでは、おれも何かしなければならない。では、おれの力をおめにかけましょう。」
ということになり、そのお祝いの|座《ざ》|敷《しき》で、百貫めの大鉄棒をクルクルクルクル水車のようにふりまわしてみせました。しかも、それを|片《かた》|手《て》でやってみせたので、みんなは目玉をひっくりかえすほどびっくりして、
「これは、いよいよただの人間ではない。神さまの申し子というのにちがいない。」
と、いいあうことになりました。だから、もとよりその村で力太郎にかなう者はひとりもありませんし、近くの村五十カ村に敵となる者もありませんでした。おそらく、その国じゅうでも力太郎を負かす者はないだろう、といわれるようになったのです。そこで、力太郎は、
「ひとつ、広い世界に出て力だめしをしてみたい。また、ほうぼうの国をめぐって、|人《ひと》|助《だす》けになってやりたい。」
と思うようになりました。それで、ある日のこと、両親の前に手をついて、
「おとうさん、おかあさん、わたしに三年のあいだおひまをください。」
と、おねがいをしました。これを聞くと、両親も力太郎のねがいをなるほどと感心して、
「思うぞんぶん、力だめしをし、また、十分|修業《しゅぎょう》をつんでこい。」
と、これをゆるしてやりました。そして、|五《ご》|斗《と》|飯《はん》というたいそうなごはんをたいて、おとなの頭ほどもあるにぎりめしを百もつくり、おふろのような大ぶくろにいれて、べんとうに持たせてくれました。力太郎はこれを食べ食べ、百貫めの鉄棒をドシンドシンとつき鳴らしながら、わが家をあとに出立しました。どこともしれない修業の旅を始めたわけです。
さて、|松《まつ》|並《なみ》|木《き》の道を、何日も歩いて行くと、むこうから、三|間《げん》四|方《ほう》もあろうかという大石を、ゴロゴロゴロゴロころがしてやってくる者があります。
「なるほど、これは、そうとうなやつだ。あれは、あいてになるかもしれない。」
と、力太郎はちょっと感心したけれども、しかし、けっしておそれはしません。勇気ますます加わって、
「天下の大道を、いくら力があるといっても、あんな大石をころがして歩くなんて、まったく、これは、ふといやろうだ。どうしても、こらしめてやらなくちゃ。」
そう考えて行くうちに、もうその石が力太郎の前へころがってきました。そこで、大声をあげて、
「どこの子どもだッ。こんないたずらをするのは。」
そういうと、鉄の棒で、それをガチンと受けとめ、片足をあげると、フットボールのようにけとばしました。石は二、三十間むこうへとんで、たんぼの中へ|水煙《みずけむり》をあげて落ちました。これを見ると、この石をころがしてきた男がひどくふんがいして、
「おれの石を、なぜ、けとばした。」
と、くってかかってきました。そこで力太郎は、
「やろう、あいてになる気か。」
そういうと、その男も左手を前にだし、右手をうしろにひかえ、
「さあ、これるものなら、かかってこい。」
と、けんかずもうのようなかまえをしました。力太郎は、
「いや、待て待て。うろたえずに、まず、名をなのれ。」
そういって、自分も、
「おれこそは、日本一の力持、その名を力太郎というものだ。」
と、なのりをあげました。すると、あいても、
「いや、日本一の力持は、かくいう|石《いし》|子《こ》|太《た》|郎《ろう》のほかにはない。名まえを聞いておどろいたか。」
そういって、そり身になっていばってみせました。そこで、力太郎は、
「そのことばは、まだ早い。勝負をしてから、いばってくれ。さあ、こい。」
そういって、かまえをしました。ふたりはそれから、ヤッ、ヤッと、かけ声して、もうれつにとっくみあいました。しかし、いうまでもありません、力太郎はらくらくと石子太郎を頭の上にさしあげて、百間もある遠い|水《すい》|田《でん》の中に投げとばしてしまいました。石子太郎は、空中でキリキリまい、そのうえ、たんぼの|泥《どろ》の中に深くはまりこんだので、なかなか起きてこられませんでした。泥の中で、この石子太郎がもぞもぞしているのを見ると、力太郎はおかしくなって、
「アッハ、アッハ。」
と、大口をあけて笑いました。それでも、まもなく、泥まみれになった石子太郎が、たんぼからはいあがってきて、力太郎の前に両手をついていいました。
「力太郎どの、あんたは、まったく、日本一の大力男でござる。このうえは、おれを|家《け》|来《らい》にしてください。」
「よろしい。家来にいたそう。」
というので、その場で、力太郎は石子太郎を家来にして、うしろにしたがえ、南へ南へと、道を歩いて行きました。ふたりが旅をつづけて、何日も何日も南のほうへ歩いていると、ある日のこと、むこうからへんなやつが歩いてきました。四間四方という、赤いお|堂《どう》のようなうちを頭の上にのせて、ウンウン、うなってくるのです。しかも、そうとう大きな、力のありそうな男でした。これを見て、
「こやつは、きっと、日本一と名のるやつにちがいない。」
ふたりが、そう笑い話をして歩いて行くと、なにさま四間四方というのだから、道いっぱいになっていて、人の通るすきもありません。ことに、からだの大きい力太郎、石子太郎のふたりは道をよけることもできないありさまです。そこで、力太郎が、鉄の棒をあげて、
「これはすこしおじゃまですの。」
そういって、お堂をつくと、お堂はガラガラと大音をたて、その男の頭からこわれ落ちて、道にちらばってしまいました。
すると、その男のふんがいしたことは、たいへんなもので、
「日本一の大力男、|御《み》|堂《どう》太郎という名まえを、おまえたちは聞いたことがないとみえるな。だいたい、このお堂をこわしたからには、そのぶんにはしておけぬぞ。どこのどいつか、まず名をなのれ。」
力太郎は、これを聞いてもすこしもさわがず、フフン、フフンと鼻のさきで笑って、
「おまえが日本一の大力男なら、こちらは|唐《から》、|天《てん》|竺《じく》をくわえた|三《さん》|国《ごく》|一《いち》の力持だ。しかも、そんなのがおふたりござらっしゃるのだ。どうだ、勝負だなど、めんどうかけずに、両手をついて|降《こう》|参《さん》しないか。」
そういったものの、御堂太郎は、自分を日本一と思っているから、降参どころのさわぎではありません。
「もんくをいわずに勝負をしろ。」
と、いきりたちました。そこで、力太郎が、
「では、この家来、石子太郎とやってみろ。おれをのけたら、これが日本一の力持だ。」
そういって、石子太郎を前に出すと、
「さあこい。」
「おう。」
と、石子、御堂のふたりの力持は、たがいに声をかけてとっくみました。しかし、なかなか勝負がつきません。二十分、三十分、一時間とくみあらそいましたが、ふたりともころびもしなければ、降参もしないのです。これを見ると、力太郎が、
「石子はやめろ。こんどは、おれがあいてになる。しかし御堂というのもだいぶ弱っているようだから、まず、しばらく休むがいい。それから、おれと勝負しよう。」
そういって、石子太郎をやめさせました。
ところが、御堂太郎は休もうともせず、ますますいきりたって、
「日本一の力持が、なんで、これしきのことに休んでなんかおれるものか。さあ、こんどは、ふたり一度にかかってこい。」
と、いばりかえっていいました。
「よし、そういうことなら――」
と、力太郎は向かって行き、御堂太郎の首すじをつかむと、ズ……ンと、ひとふり、それをふりまわし、これが高くあがったところで、ビューッと遠くへ投げとばしました。石子太郎と同じに、これも百間ばかりむこうへとんで、そこの水田の中へ落ちました。そして、泥の中へずばりとばかりはまりこんでしまいました。これを見て、
「ハッハッハ。」
「ワッハッハ。」
力、石子の両太郎は大口をあけて笑いました。ことに、石子太郎は、
「人間というものは、しかし、よくとぶものですな。石より遠くへとびますね。」
などといって、感心しました。そうしているあいだに、御堂太郎は泥まみれになって、やっとのこと、たんぼの中からはいあがってきました。もう、さっきの元気はなく、ふたりの前に両手をついて、
「今まで、わたしは、どんな力持に出あっても、一度も勝負に負けたことはなかった。しかし、こんどばかりは、まったく、もんくなしに負けました。負けたも、負けたも、大負けです。どうか家来になさってください。」
そう、おじぎをしてたのみました。
「それでは――」
というので、御堂をまた家来にして、三人は南をさして旅をつづけました。
そして、また松並木の道を南へ南へ、何日も歩いて行った。すると、ある日、千|軒《げん》も家のある大きな町へやってきました。ところが、ふしぎなことに、そこにはひとりの人間のすがたも見えません。ネコや犬一ぴきもいません。だから、人の声も犬ネコの声も聞こえないのです。なんとしても、ふしぎなことだと思いました。
「これは、何か、いわくがあるにちがいない。」
三人はいいあって、なおも町じゅうを歩きまわっていると、ある横町で、ひとりの娘を見かけました。その娘は、一軒の家の|軒《のき》|下《した》にしゃがんで、シクシクシクシク泣いていました。
「娘さん、どうして、おまえは泣いているのか。」
そうたずねると、娘のいうことに、
「わたしは、今晩、死ななければならないのです。」
「死ななければといって、それは、いったい、なぜ死ぬのか。」
そうきくと、
「おばけが出てきて、わたしを食べるのです。」
というのです。
「おばけは、また、なぜ、おまえさんを食べるのだ。」
そういうと、
「この町に、何日かまえからふしぎなおばけがやってきて、|毎《まい》|晩《ばん》毎晩人を食べます。それで、日が暮れると、ひとびとはみんなうちの中にかくれて、火を消して、|息《いき》をころしているのです。それでも、じゅんじゅんに食べられてしまい、今夜はもうわたしの番になってきました。」
娘はそういって、からだをふるわせ、声をころして泣きつづけました。三人はこれを聞くと、
「それは、ふつごう|千《せん》|万《ばん》、まったくけしからんおばけのやつだ。しかし安心しなさい。おれたちが、今夜おばけを|退《たい》|治《じ》してあげる。だから、泣くのをやめて、おれたちをうちへ|案《あん》|内《ない》しなさい。」
そういってやりました。娘は喜んで、
「ありがとうぞんじます。ぜひ、おばけを退治してください。」
と、三人を自分のうちへ案内しました。
その夜、三人はその娘のうちの中で、おばけを待ち、今か今かと用意していました。夜中ごろのこと、オウオウオウオウとうなって、おばけがやってきました。それから、バリバリと家の戸をやぶって、中へはいってきました。
「そら、きたぞう。」
というので、まず御堂太郎がかかっていきました。ところが、そのおばけは、お寺の|仁《に》|王《おう》さまのように大きい|大入道《おおにゅうどう》で、御堂太郎もすぐ負けそうになりました。そこで、石子太郎が出て、
「なにを、こんどはこの石子さまが――」
と、とっかかりました。が、これもまたあぶなくなってきたので、力太郎がいよいよ、百貫めの鉄の棒を持ってむかっていき、おばけをいっぺんにたたきふせてしまいました。そのとき、しかし力太郎があまり力をいれたもので、その大入道がこなみじんに消しとんで、あとにはなにも残りませんでした。あくる日になって、それでも町じゅうの人が、一生けんめいそのへんをさがしまわりました。と、そこから二百間もはなれたところに、どうもその大入道の歯だろうか、それともつめだろうかと思われるものが、一つだけころがっていました。それは、|碁《ご》|石《いし》のような白い石で、大きさは碁石の三倍ぐらいありました。
それはともかくとして、その娘はいうまでもなく、家の者、町じゅうの人、みんな、いのちの|恩《おん》|人《じん》だと、|涙《なみだ》を流してお礼をいいました。そして、
「どうか、ここに、ゆくすえ長くお住まいくださいませんか。」
と、力太郎に頭をさげてたのみました。そればかりか、力太郎の住まいに大きな|御《ご》|殿《てん》を建てて、
「この町の|殿《との》さまになってください。」
といったのです。
あまり町の者がたのみたのみするので、しかたなく、力太郎はその御殿に住み、町の殿さまになりました。そして、石子と御堂を家来にして、その町を守りおさめました。
ところが、殿さまというしごとは、頭を使うしごとで、力のいるしごとは一つもありません。それで、三人の大力男は、どうもおもしろくありません。で、ある日のこと、力太郎は町の人たちにいいだしました。
「たのむから、おれたちに、なにか力のいるしごとをさせてくれ。殿さまにはこりごりだ。」
町の人たちは、|相《そう》|談《だん》したすえ、
「では、森の|大《たい》|木《ぼく》を切りたおして、材木をつくったり、山から大石をほりだして石がきをこしらえたりしてください。」
と、そう申し出ました。三人は大喜びで、それ以後、そういうしごとをして、山や森をきりひらいて、|畑《はたけ》をつくったり、道をこしらえたりしました。そして、その町はたくさんの家も建てば、りっぱな石がきの|堤《つつみ》などもでき、いよいよさかえたということです。めでたし、めでたし。
|松《まつ》の木の|伊《い》|勢《せ》まいり
むかし、むかし、伊勢の|大《だい》|神《じん》|宮《ぐう》さまへ、若い男と女とふたりづれの者が、おまいりをしに来ました。|出《で》|羽《わ》の国は北秋田、|独《とっ》|鈷《こ》という村の者だといいました。いなかの人にしては、ふたりとも|上品《じょうひん》で、ことに、女のほうは、めずらしいほど美しかったのです。名を松子といったそうであります。
ところで、ふしぎなことに、ふたりともいろいろなことに|不《ふ》|案《あん》|内《ない》で、ことにお金の使いかた、そのかんじょうなどが、よくできないようにみえました。それで、大神宮さまへおまいりをすませて、いよいよ|帰《かえ》るというときになってみると、お金がたりなくなっておりました。さあ、どうしましょう。ふたりはたいへんこまりました。見ていても、気のどくなほどのこまりかたです。だってふたりとも、ちょっとも|悪《わる》|気《げ》のない、よい人がらに見えたからです。ただ、ふしぎと|世《せ》|間《けん》|知《し》らずのところがありました。
そこで、これを見ていた|宿《やど》|屋《や》の|主《しゅ》|人《じん》が、たいそう気のどくに思って、そしていいました。
「お客さま、|宿《やど》|賃《ちん》は心配なさいますな。来年、たれか、おまえさまがたの村の|衆《しゅう》が|参《さん》|宮《ぐう》なさるとき、そのときことづけて返してくだされば、それでけっこうです。それからこれは――」
なにぶん、出羽の国というのは、伊勢の国からずいぶん遠いところにあり、帰って行くのにだって、そうとうの日にちがかかるのでありました。だから、そのあいだの旅費だって、またそうとう入用なわけだったのです。で、宿屋の主人は、その入用なお金まで貸してやりました。
ところで、そのつぎの年のことです。独鈷の村の衆というのがおおぜいきて、その宿屋にとまりました。それで、主人は、
「あの、あなたの村の松子さんという人と、いまひとりのかたに、去年、じつはすこしばかりおたてかえしたものがあるのでございますが、お持ちくださいましたでございましょうか。」
そうたずねてみました。
すると、独鈷の衆たちは、
「へ、松子さん――」
そういって、みんなふしんげな顔つきをしました。松野とか、松代とか、松のつく名も村にあるにはあるが、ちょうど、その松子というのがないというのです。それに村から、去年もおととしも、まだひとりも伊勢参宮したものがないというのです。
「へえ――さようでございますかなあ。けっして人をだまされるかたのようには、お見うけしませんでしたが――」
宿屋の主人は、そういって、何度も首をかたむけました。
しかし、村の衆は、
「第一、松のつく名で、そんな若い人もいないし、そんな美しい人もひとりもいないね。」
そういって、どうしても、主人がだまされたことになってしまいました。
しかし、それから何日かたってのちのことです。伊勢参宮から帰ってきた独鈷の村の衆は、さっそく伊勢の宿屋で聞いた話を、村の人たちに話しました。
すると、その村の人たちの中のひとりが、
「そうか、それでわかった。」
そういって、両手を打ちました。打って、こういいました。
「村の|諏《す》|訪《わ》神社の二本の高い松の木の上に、去年から白いもののちらちらしているのを、みんな知っていなさるか。」
と、これを聞いて、いう人もありました。
「うん、あれですか。わたしは、子どもが、たこでもかけたかと、今に思っていたのですが。」
「いやいや、あれは、今の話から考えてみると、どうしてもお伊勢さんの|大《たい》|麻《ま》ですわ。そうじゃないか、そうじゃないかと、わたしは思い思いしとりましたが。」
これで、みんなは、
「そういえば、あれは、去年からありました。もしかしたら、大麻かもしれませんぞ。」
こんなことをいいました。それで、とうとう木のぼりのじょうずな人が、その木にのぼって、それをたしかめてみてくることになりました。みんなは、木の下まで行って、そこでおおぜい、木をとりまいて、今か今かと、木のぼりの人が、その木のてっぺんの白いもののところへ行きつくのを待っていました。木は、三十メートル以上もあって、空の雲の近くにそびえていました。そのうえ、下にいろいろな木がしげりあい、そのてっぺんが、すぐには見えないありさまだったのです。
「おうい。」
やがて、木の上から声がしてきました。
「どうだったあ――お伊勢さんの大麻かあい。」
下から、何人もの声が上を向いてたずねました。すると、
「やっぱり、大麻だあ――大神宮さんのおはらいだあ――まちがいなしの大麻だあ――」
上から、声が聞こえてきました。これを聞くと、みんなびっくりして、たがいに顔を見あわせました。
「やっぱり、そうだったのか。ここにある二本の|大《おお》|松《まつ》の木がおまいりしたのかなあ。」
みんなの顔が、そういいあっておりました。つまり、この二本の松の大木が人間の形になって、伊勢神宮へおまいりしたのであります。そこでまた村の人たちは、たがいに相談しました。
「どうだろう。たしかにこの二本の松が、おまいりしたのにちがいあるまいか。」
だって、お伊勢さんの大麻というものを、去年にも、おととしにも、もらってきた者が、この村にひとりもおりません。したがって、この松のてっぺんに、それを立てたという人もひとりもありません。すると、この二本の松が人間となって、おまいりして、その大麻をもらってきたと、そう考える以外に考えかたがありません。そうとわかってみれば、その宿賃を|捨《す》てておくわけにいきません。それで村じゅうから、わけをいって金を集め、さっそく、それを伊勢の宿屋へ送ってやりました。
しかし、そのときから、この松の木が、一本は男で、一本は女ということがわかりました。そして、今でもその松は、出羽の国は北秋田、独鈷という村へ行けば、空高く、白雲のゆききする近くに、そびえ立っているということであります。
|竜宮《りゅうぐう》のおよめさん
これは|喜《き》|界《かい》ガ|島《しま》という、日本の南の|果《は》てにある島のおはなしです。
むかし、むかし、|貧《びん》|乏《ぼう》な男がありました。たきものがないので、海岸へたきぎ拾いに行きました。波で流れよった木が、そこにはたくさんころがっていたのです。ところが、木を拾っているうち、岩かげの砂の中に、カメがたくさん|卵《たまご》をうみつけているのを見つけました。いいえ、その卵から、小さいカメの子がつぎつぎ生まれているのを見つけたのです。
カメというものは、子どもが生まれるときには、親ガメが|迎《むか》えにくるといわれております。そして、生まれた順に一列にならべて、一ぴき残らず引きつれて行くのだそうです。男はその話を思い出して、そのへんを見まわすと、やはり親ガメが波うちぎわに来て、首をあげて、子ガメの方を見ていました。迎えには来たのですが、人間がいるので、子ガメのところにこられないようすであります。そこで男は、親ガメの心を|察《さっ》して、子ガメを一列にならべて、
「さあ、おかあさんが迎えに来ている。早く海へ行きなさい。」
と、そういってやりました。すると、子ガメたちは喜びいさんで、ゾロゾロ波うちぎわにおりて行きました。そして親ガメといっしょに、海の中へ泳ぎ出しました。
それから、しばらく後、男がとったたきぎを|背《せ》|負《お》うて、いざ帰ろうとしますと、
「さきほどはありがとうございました。」
うしろの方でそういうものがあります。見ると、一ぴきのカメです。
「子どもをお助けくださったので、ぜひお礼をいたしとう存じます。わたしの背中におのりください。竜宮へごあんないいたします。」
カメはそういいました。
「竜宮は遠いところにあるのだろう。」
男がそういって、行きたくないような顔をしますと、
「いいえ、すぐです。わたしの背中の上で、ちょっと目をつぶっておられれば、もう竜宮です。」
カメがいいました。そこで、男はカメの背に乗り、ちょっと目をつぶりました。そして目をあけて見たら、ホントに、もう竜宮でした。そのとき、カメがいいました。
「あとで竜王さまのところへおつれしますが、竜王が、なにがほしいかといわれましたら、およめさんがほしいといわれませ。」
そこで、男はカメのあんないで、美しい竜宮のほうぼうを見物しました。おしまいに、竜王の前へ出て、あいさつをしました。するとカメのいったとおり、
「おみやげには、なにがほしいぞ。」
竜王がいいました。
「およめさんがほしゅうございます。」
男がいいました。
「よろしい。竜宮一の美しい娘をおまえのおよめさんにさしあげる。大切にして、なかよくくらしなさい。」
竜王がそういったかと思うと、もう男のそばに、まばゆいほども美しい娘さんが立っていました。
ふたりはそれぞれ一ぴきずつのカメに乗って、竜宮を|出発《しゅっぱつ》しました。といっても、目をつぶって、目をあけたばかりです。もうもとの海べについていました。そこで、男はおよめさんを、家へつれて行って、ふたりでくらすことになりました。ところが、なんといいおよめさんだったことでしょう。美しいばかりか、男をとても大切にしてくれます。そのうえ、それから後、男が海へ|漁《りょう》に行けば、いつも、いつも大漁です。カゴに入りきらないくらい魚がとれます。たんぼにイネをつくれば、毎年毎年、|豊《ほう》|年《ねん》です。男はたいへんしあわせになりました。子どもも三人できて、かわいらしいこと、この上なしです。
ところが、ここにフシギなことがありました。そのいいおよめさんが一日に一度、|行水《ぎょうずい》をつかいます。|座《ざ》|敷《しき》のまん中にタライをおいて、まわりにビョウブを立てめぐらし、その中で水をあびるのであります。しかし、それを決して見てはならないと、男に申します。それで男は何年となく、それをのぞいたことはなかったのです。しかし、あるとき、フト見たいような気がして、そのビョウブの中をのぞきました。すると、どうでしょう。タライの中にいるのは、一ぴきの魚でした。タイのような魚がジャブジャブ、ジャブジャブ、ヒレを動かして泳いでおりました。男は、まったくおどろきました。
するとまもなく、そのビョウブから出て来て、およめさんが男にいいました。
「あれほどおねがいしてあったのに、わたしの|正体《しょうたい》を見られましたから、もう、これで、おいとまいたします。」
そして、およめさんは魚になって、海へ帰って行きました。男も、三人の子どもたちも、一生けんめい引きとめましたが、どうすることもできませんでした。むかし、むかしのお話です。
大きなカニ
むかし、むかし、|隠《お》|岐《き》の島のモトヤという村に、年とったきこりがおりました。毎日、山へ入って、木を切ってくらしておりました。その日も、ヤスナガ川という川の、|奥《おく》の奥の山のなかに入って、大きな|滝《たき》のうしろで木を切っておりました。すると、つい手がすべって、持っていた|斧《おの》が、滝のなかへとんでいきました。
滝の水が落ちている下のところ、そこを滝つぼというのですが、その滝つぼの|淵《ふち》のなかへ、斧はまっさかさまに、ジャボーンと落ちていったのですよ。
と、どうでしょう。見るまに、その淵に、大波がおこりました。そこで、なにかたいへんなものがあばれだしたようなのです。しぶきがあがり、水けむりが立つのです。あたりが、まっ暗にさえなってきたのです。きこりのおじいさんは、こわくなりました。それで、どうなることかと心配していると、水のなかから、へんなものが浮いてきました。大きな大きなカニのはさみのようなものなのです。ねもとのほうに、黒いトゲが生えていました。おじいさんは、
「斧を落としたので、滝に住むヌシがおこりだしたのにちがいない。」
そう思って、ふもとをさして|逃《に》げだしました。すると、うしろから、よぶ声が聞こえました。
「おじいさん、待ってください。」
ふり向いて見ると、絵のように美しいおひめさまが、滝のそばに立っております。手には、さっき落としたおじいさんの斧を下げております。そこで、おじいさんは、
「さっきはすみません。」
そういって、おじぎをしました。
「どういたまして。」
そのおひめさまは、そういってから、つぎのようなお話をしました。
「じつは、わたしは、むかしから、この淵に住んでいるヤスナガヒメという神なのです。長い間、ここで安楽にくらしていたのです。ところが、近ごろ、ここに大きなカニが来て、住むようになりました。カニは、夜となく、昼となく、そのツメを頭の上にさしあげて、わたしをおどし、わたしをいじめ、ここからわたしを追いだそうとしているのです。そこへ、さっき、おじいさんの斧が、すごい勢いで落ちてきて、カニのツメをスポーンと、一本切りとりました。ありがとうぞんじました。さっき、水に浮いて流れていったのが、そのツメです。しかし、カニにはもう一本のツメがあり、それをふり立てて、いばっております。そこで、おねがいです。この斧をもう一度、上から投げ落としてください。」
これを聞くと、きこりのおじいさんは、このおひめさまが気のどくになり、
「はい、|承知《しょうち》しました。」
そういって、斧をもらって、滝の上の高い高いところにのぼって行きました。そこから、滝つぼめがけて、
「エーイ、ヤッ。」
と、力をこめて、その斧を投げこみました。すると、おひめさまが滝の下から出てきて、
「ありがとう。ありがとう。これで、わたしも安心して、ここでくらせますよ。それでは、おじいさんにも、ねがいごと、なんでもかなうようにしてあげます。」
そういって、また滝のなかに消えていきました。それから、何日かのち、ツメのない大きな大きなカニが、その川を海の方へ流れていったそうであります。きこりのおじいさんは、それから長生きをして、しあわせにくらしたということであります。
|沼《ぬま》|神《がみ》の手紙
むかし、むかし、みぞろガ[#「みぞろガ」に傍点]沼という沼がありました。その近くに|孫《まご》|四《し》|郎《ろう》というお|百姓《ひゃくしょう》が住んでいました。
そのころ、村の人たちが大ぜいで|伊《い》|勢《せ》まいりに出かけることになりました。孫四郎は|貧《びん》|乏《ぼう》なもので、そうもなりません。おもしろくないので、毎日、そのみぞろガ沼へ行って、その岸の草をサクサク|刈《か》っていました。すると、ある日、沼からそれは美しい女の人が出てきて、孫四郎に話しかけました。
「おまえさんは、毎日そうして、岸の草を刈ってくれるので、ほんとにありがたく思っております。なにかお礼をしたいと思うが、望みのものはありませんか。」
女の人はそういうのです。
「はい、ありがとうぞんじます。わたしはお伊勢まいりがしたいのですが、お金がなくて、それができません。」
孫四郎がいいますと、女の人はにっこりして、
「それはお安いことだ。お金はあげます。しかし、一つおたのみがある。とちゅう、|富《ふ》|士《じ》|山《さん》のふもとで、|青《あお》|沼《ぬま》というのがあるから、そこへ寄ってきてもらいたい。その沼へ行ったら、手をたたくと、女が出てくる。それは、わたしの妹だから、この手紙をわたしてください。それでは、これはお伊勢まいりのお金。」
そういって、お金と手紙をくれました。孫四郎は大喜びして、そのお金で、お伊勢まいりにくわわり、みんなといっしょに出立しました。何日か|泊《とま》り泊りして、富士山近くにきたとき、孫四郎はみんなとわかれ、おそわった青沼をたずねて行きました。とちゅうで、|六《ろく》|部《ぶ》にあったので、その青沼のありかをききました。六部というのは六十六カ|村《そん》のお寺をめぐる|順礼《じゅんれい》のような人です。で、その六部が、
「なんで青沼へ行くのですか。」
というもので、孫四郎はわけを話して、手紙を見せました。六部はその手紙を読んで、
「いや、これはたいへんだ。」
そういうのでした。
「なにがたいへんですか。」
と、きいてみると、手紙には、
「この男は、毎日、わたしの沼の草を刈って、わたしのかくれる場所をなくしてしまう。とって食べようと思うけれど、そうすると、沼にわたしのいることがわかって、少しまずい。それでおまえさんのところへ寄らせるから、さっそく、とって食べておくれ。」
こう書いてあるのです。孫四郎が心配そうな顔をしていると、
「心配ない。わたしが書きなおしてあげる。」
そういって、六部が書きかえてくれました。それには、
「この男は、毎日、わたしの沼の草を刈ってくれるので、なにかお礼をしたいのだが、おまえのほうで心配してください。金をうむ馬などやってくれるとありがたい。」
こう書いてくれました。孫四郎はその手紙をもって、青沼へ行き、パンパンパンと手をたたきました。そして出てきた美しい女に、それをわたしました。女は手紙を読んで、しばらくフシギそうな顔をしておりましたが、
「それでは沼の中へ来てください。」
そういいました。沼の中といっても、水の中ですから、孫四郎が|困《こま》っていますと、
「わたしにおぶさって、目をつぶりなさい。」
女がそういいます。孫四郎がそうしたと思うまもなく、
「もう目をあけていいですよ。」
女がいいました。目をあけて見ると、それこそ目のさめるような美しい家の中です。金ビョウブ、銀ビョウブが立ててあって、|床《とこ》の|間《ま》には、なにか、大きな|宝《ほう》|石《せき》のような美しい石がおいてあります。そこに孫四郎は三日ばかりもいたかと思いましたが、十日や二十日ではありません。毎日毎日、たいへんごちそうが出て、|琴《こと》や|三《しゃ》|味《み》|線《せん》で、おもしろい歌なんかも聞かされました。そのうち、こうしてもいられないと気がつき、孫四郎は、
「うちへ帰らせてもらいます。」
といいだしました。すると、沼の女の人は、それではといって、ウマヤから一頭の馬を引いてきて、孫四郎にくれました。そして、
「この馬には、一日に一|合《ごう》の米をやればよろしい。そうすると、一つぶの金をうみます。いいですか、金ですよ。」
そういいました。孫四郎は大喜びで、何度もお礼をいって、その馬にまたがりました。とにかく、伊勢まいりをしてこなければなりません。伊勢の方へ馬の頭をむけると、あっというまに、もう伊勢|神《じん》|宮《ぐう》へ来ていました。そこで、そのお宮へおまいりして、こんどはクニの方へ馬の頭をむけました。そして馬にまたがったと思うと、もうクニの村の入口へ来ていました。そして、はじめいっしょに伊勢まいりに出た人たちが、百日もかかって、おまいりをして、ちょうどそこへ帰りついたところでした。そこで孫四郎も、みんなと組になって、村へ帰っていきました。
それからのち、孫四郎はその馬を|奥《おく》|座《ざ》|敷《しき》へだいじにつないでおいて、毎日一合ずつの米をやりました。馬は一つぶずつの金をうみました。一つぶといっても、金ですから、たいへんなネウチです。孫四郎は見るまに大金持の|長者《ちょうじゃ》といわれるようになりました。
ところが、孫四郎の弟に、ケンカ太郎で、ナマケモノで、ウソツキで、|仕《し》|方《かた》のないものがありました。それが兄の孫四郎がにわかに長者になったのをフシギに思い、そっと家の中にかくれて、ようすを見ていました。奥座敷に馬が一頭かくしてあって、それが毎日一合の米をくっては、一つぶの金をうんでるということがわかりました。
「よしきた。おれは一度にウーンと金をうませてやる。」
ならずものの弟は、そう考えて、ほうぼうから米を借りてきて、一|斗《と》からの米を、孫四郎の家へ持ちこみました。そしてそれを、奥の馬のところへ持ってって、
「さあ、くえ。さあ、くえ。くって金をウンと、ドッサリうんでくれ。」
そういって、馬にみんなくわせました。そうすると、馬はひじょうに元気づいてきて、
「ヒヒヒ――ン、ヒヒヒ――ン。」
と高くいななき、四つ足をバタバタ、バタバタふみならしました。そして一とびに部屋からとび出し、|陸中《りくちゅう》の国と、秋田との国境にある山の上へとんでってしまいました。その山を今でも|駒《こま》ガ|岳《たけ》というのは、そのせいだそうであります。めでたし、めでたし。
|鬼《おに》の子|小《こ》|綱《づな》
むかし、たんぼをたくさん持っているお|百姓《ひゃくしょう》がありました。田植えをすまして、たんぼまわりをしていると、ひとところ、てんで水のないたんぼがありました。
「はてな。」
ふしぎに思って、|水《みず》|口《ぐち》を見に行くと、なんとそこに大きな石がデンとすわっていて、水をせきとめているのです。
「これじゃ、水の入りようがないじゃないか。」
はら[#「はら」に傍点]をたてて、石をとりのけようとしましたが、とてもとてもの大石で、びくともしません。
「こまったことじゃ。こんなとき、ひとりでも、むすこがあったらな。」
お百姓はそういいました。三人も|娘《むすめ》はあるのですが、むすこはひとりもありません。娘じゃ、こんな役にはたちません。ウンウン、石をおしたすえ、とうとうお百姓はいったのです。
「ええクソ、この石をのけてくれる人がいたら、あんな娘、ひとりぐらいやってもいいんだけどな。」
これは、はら[#「はら」に傍点]たちまぎれのお百姓さんのひとりごとです。だから、本気でそんなことなど思っているのではありません。ところが、そのとき、空の一方に、ムクムクムクムク|入道雲《にゅうどうぐも》がわいて出ました。そして、その雲のなかから、鬼が一ぴき、ドス――ンと、下にとびおりました。下りたのを見ると、それが赤い鬼なんです。
「おやじ、今、なんといった。石をとりのけたら、娘をひとりくれるといったね。」
赤鬼はそういうと、もう、|苦《く》もなくその大石をわきにのけ、水をドンドンたんぼのほうへ流しこみました。大きなたんぼも見るまに水がひろがっていき、今までしおれていた|苗《なえ》も、青々といきおいづいてきました。
やれ、うれしやと、お百姓さん、大喜びしたのですが、その|翌《よく》|朝《あさ》のことです。心配で、心配で、起きる気になれません。だって、鬼がいったのです。
「三日したら、娘をもらいに行くからな。」
お百姓さん、ふとんをかぶって、|寝《ね》ていました。すると、姉娘が起こしにきました。
「おとうさん、起きて、ごはんあがりなさい。」
お百姓さんがいいました。
「鬼に娘をやると、|約《やく》|束《そく》したんだが、おまえいってくれないか。」
「いや、いや、いやです。鬼なんか。」
娘は行ってしまいました。しかたなく、お百姓さん、まだ寝ていますと、つぎの娘が起こしにきました。
「おとうさん、ごはんです。お起きなさい。」
「それが、起きるわけにいかないんだ。鬼に娘をやるって、約束してしまったんだ。おまえ行ってくれないか。」
「なにをいうんですか、おとうさん。鬼のおよめさんになんか、いったいだれがなりますか。」
娘はプンプンして、行ってしまいました。しかたなく、お百姓さんは、またふとんをかぶって寝てしまいました。ところが、三ばんめの娘は、たいへんおとうさん思いだったので、その鬼の話をきくと、
「ええ、ええ、いいです、おとうさん。わたしが行ってあげますから、安心して、起きて、ごはんおあがりなさい。」
そういいました。お百姓は起きて、ごはんを食べたのですが、三日たつと、あの赤鬼が来て、娘をつれていきました。
それから何年かたちました。そのあいだに、鬼のおよめさんになった娘に、子どもが生まれました。そして大きくなりました。ある日のこと、その娘から、お百姓さんのところへ知らせがありました。子どもも大きくなったから、|泊《とま》りがけでおいでくださいというのであります。お百姓さん、いつも娘はどうしているだろうかと心配していたもので、この知らせに、山の奥の鬼の家さして、大喜びで出かけました。
ところが、鬼は人間を見ると、むやみにくいたくなる|性《せい》|質《しつ》で、もうお百姓が食べたくて、しかたがありません。そこで、|難《なん》|題《だい》をいいかけました。
「おやじどん、おやじどん。ひとつ、なわ[#「なわ」に傍点]ないの|競争《きょうそう》しようじゃありませんか。負けた人は、くわれるということにして――」
たいへんな競争です。しかし、鬼の家なんで、しかたがありません。お百姓は、よろしいといって、競争を始めました。ところが、鬼のおよめさんの娘が気をきかせて、鬼のなわが長くなると、知れないように、そのなわをプツン、プツンと切りとるのです。そんなこととは知らず、鬼は|一生《いっしょう》けんめいになわをなって、さて――と、くらべてみると、鬼の負けです。
そこで、こんどは――と、鬼はまた難題を出しました。それは、石を|豆《まめ》のようにいって、それの食べっこをやろうというのです。
「よろしい。」
と、お百姓さん、競争を始めました。ところが、こんども、鬼のほうはほんものの石なんですが、お百姓さんのほうは石でない、豆だったのです。だから、お百姓さんはカリカリ食べるのですが、鬼は、
「これは、まるで歯が折れそうだぞ。」
なんていって、てまがかかり、やっぱり負けとなりました。そこで、鬼の考えたことは、|今《こん》|晩《ばん》寝ているまに、このおやじさん、くってやろうというのでした。それで|広《ひろ》|間《ま》に並んで寝たのですが、娘と子どもは、あいだにねました。
夜なかになると、鬼はそうっと起きて、お百姓さんのほうへ寄っていきました。そのたび、娘と子どもは目をさまして、
「どうしたの。どこへ行くの。」
と、ききました。鬼はこれにはよわって、とうとう朝までお百姓さんを食べることができませんでした。そして、朝になると、鬼は用事を思い出して、どこかへ出かけました。
鬼がいなくなると、娘と子どもとお百姓さんは、|相《そう》|談《だん》しました。すると、このありさまでは、お百姓さんが鬼に食べられないようにするのは、とてもむつかしい、ということになりました。そして、では今のうちに|逃《に》げて行こう、ということになりました。
鬼の家には千里を走る車と、五百里を走る車とありました。千里の車は海や川をこさないのですが、五百里のほうは、どんな大川でもわたる車でした。そこで、その五百里車に乗って逃げることにしました。
「さあ、いこう。」
というときになって、娘は、
「ちょっと待ってください。」
といって、一つのヘラをとってきました。このヘラは、ごはんをたくとき、おかまに一つぶの米を入れて、それからそのヘラで、おかまのなかをまぜれば、いるだけのお米が出てきて、ごはんになるという、フシギなヘラです。それを持って、五百里車に乗って、三人のものは鬼の家を逃げだしました。
鬼はまもなく帰ってきて、みんなが逃げて、五百里車のなくなってるのを知りました。そこで千里の車でブンブン、ブンブン追いかけました。娘たちは、だいぶん追いかけられて、追いつかれそうになったとき、大きな川のところへ出ました。五百里車は、その川でもグングンわたっていきました。鬼の千里車は、ざんねんなことにわたることができません。
ところが、五百里車がもすこしで|向《むこ》う|岸《ぎし》につきそうになったとき、鬼は川へしゃがみこんで、ゴクゴク、ゴクゴク、その水をのみはじめました。なにぶん、鬼の水のみですから、まるでポンプを何十台と並べたようで、水は一度にド――ッと、鬼の方へひきよせられました。それにつれて、娘たちの五百里車も、鬼の手のとどきそうなところまで、もどっていきました。
そのときです。もうしかたがないと思い切ったのでしょう。娘が、自分のお|尻《しり》を鬼の方へむけて、とってきたあの大きなヘラで、ペッタ、ペッタとたたきました。鬼はこれを見ると、どうにもおかしくて、おかしくて、とうとう、のんだ水をド――ッと一度にはきだして、
「ハッハッハッハッ。」
と、大口をあけて笑いました。
その鬼のはきだした水のいきおいで、五百里車はいちどに向う岸に乗りあげ、それから家へ帰ってきました。鬼はもうこまいと思ったのに、どこからどうしたことか、すぐまた鬼がやってきました。
どうしよう、こうしよう、と、みんなあわてておりますと、近所の人で、ショウブとヨモギを|軒《のき》|端《ば》にさせばいいと、教えてくれた人がありました。そこで大いそぎで、そうしますと、鬼は千里の車でやってきたけれども、家の中に入ることができません。外をブーン、ブーンと、車をとばしておりましたが、やがて、あきらめて帰っていきました。
五月五日のことです。それでお|節《せっ》|句《く》には、今でもショウブとヨモギを軒端にさします。めでたし、めでたし。
|山姥《やまんば》と|小《こ》|僧《ぞう》
むかし、むかし、ある|山《やま》|里《ざと》に一つのお寺がありました。そこに、|和尚《おしょう》さんと小僧さんとが住んでいました。ある日のこと、和尚さんが小僧さんにいいました。
「小僧、小僧、あすは|彼《ひ》|岸《がん》の|中日《ちゅうにち》だから、山へ行って、仏さまにおそなえするヒガンバナを取ってきてくれ。」
「はい。」
といって、小僧さんが出かけようとしますと、和尚さんが三|枚《まい》のお|札《ふだ》をくれました。そして、小僧さんにいいました。そのころは、山の中に|天《てん》|狗《ぐ》だの、山姥だの、それはおそろしいものが住んでいたからです。
「もし、何かこわいものに出あったらな、この札を、それに投げつけて、おまえの出したいと思うものをいえばいいぞ。海が出したかったら、海出ろうッ、というのだ。すると、そこに海が出るからな。こわいものが海をわたりかねて、こまっているあいだに、ここへ|逃《に》げてきなさい。いいか、わかったか。」
「はい、わかりました。」
小僧さんは、三枚のお札をもらって、出発しました。
ところで、小僧さん、ヒガンバナを取りに山へはいってみると、や、さいてた、さいてた。大きくて、まっかな花が見わたすかぎりさきみだれていました。小僧さんは、目うつりがして、どれから取っていいかわかりません。それで、あれを取ろうか、これを取ろうかと歩いて行くと、先へ行くほど、花は美しくなり、大きくなり、ついには、一ふさで小僧さんの頭ほどもある、大きな花がさいていました。小僧さんは、こんな花の美しさにさそわれ、ついつい山を|奥《おく》へ奥へと歩いて行きました。で、気がついたときには、もう日が|暮《く》れかかっていました。
「これはたいへん。」
と、おどろいて、さて帰ろうとすると、また、こまったことに、こんどは道がわからなくなってしまいました。あわてて道をいそぎ、あっちこっちと行ったり、来たり、あせっていますと、いよいよ、道はなくなってしまい、そのうえ、日がすっかり暮れて、あたりがまっ暗になりました。小僧さんは、もう|泣《な》きそうになりながら、あるとも、ないともわからないような道をかきわけて、歩いていました。と、むこうに、森の中に、木がくれに、なんだかあかりのようなものが見えました。
「やれ、うれしや、あすこに、だれか人が住んでる。」
小僧さんは大喜びして、そのあかりのようなものをたよりにやって行きますと、そこは、森の中の|一《いっ》|軒《けん》|家《や》で、窓にあかりがさしていました。
「ありがたや、ありがたや。これも仏さまのおかげだ。」
そう思いながら、小僧さんは、その家の戸口をたたきました。
「おばんでございます。道にまよって、こまっております者、どうか、|今《こん》|晩《ばん》一晩、とめてくださいませんか。」
すると、中から、
「おう、おう。」
と、へんな声をして戸をあけた者がありました。見ると、それはおそろしい山姥だったのです。山姥は、小僧さんを見ると、
「さあさあ、はいりなさい。道にまよった者かい。それはさぞ|難《なん》|儀《ぎ》だったろ。」
そんなことをいって、|上《じょう》きげんで中へ|案《あん》|内《ない》しました。小僧さんは、いよいよこまりましたが、しかし、もうしかたがありません。案内されるままに中にはいり、すすめられるままに、晩のごはんも食べました。|寝《ね》るときになってみると、山姥がすぐそばに寝て、なんだか、小僧さんの番をしているようです。小僧さんは、山姥がねむったら逃げようと思って、寝たふりをして、グウグウいびきをかいてみせたのですが、山姥は、やっぱり、目をさましているようです。これでは、きっと山姥、今晩のうちに、おれを食うつもりだな――そう思うと、小僧さんは、もうじっとしていられなくなって、山姥にいいました。
「山姥さん、山姥さん、おれ、お便所へ行きたくなった。」
すると、山姥がしかるようにいいました。
「こらえていなさい。」
「それが、こらえられないんだよ。」
山姥は、しかたがないように舌うちをして、
「では、すぐ出てくるんだよ。逃げたら|承知《しょうち》しないから。」
そういって、小僧さんの|腰《こし》に|綱《つな》をつけ、自分は|床《とこ》の中でその綱のはしをにぎっていました。小僧さんは便所に行くと、その綱をといて、はしを便所の柱に結びつけました。そして、
「便所の神さま、便所の神さま、山姥が、小僧、小僧とよびましたら、まだまだプップッといっておくんなさい。おねがいいたします。おたのみいたします。」
そうおがんでおいて、そこの|窓《まど》から、いちもくさんに逃げだしました。
さて、山姥のほうでは、小僧さんの便所があまり長いもので、しだいに、いらいらしてきて、
「小僧、長いぞ。」
そう声をかけました。すると、便所のほうで、
「まだまだプップッ。」
という声がしました。しかたなく、山姥はまたすこし待ちました。しかし、いつまでたっても出てこないので、三べんも四へんも、小僧小僧とよびたてました。
そのたびに便所からは、
「まだまだプップッ。」
という返事ばかり聞こえてきました。で、どうもこれはすこしへんだと考えて、
「いかになんでも、あまりてまがとれるじゃないか。」
そうおこって、綱のはしをぐんぐん、ぐんぐん、引っぱりました。すると、これはどうしたことでしょう。便所の柱がゴトゴト大きな音をたてて、ころがってきました。山姥は、これにはおどろき、|腹《はら》をたてて、
「小僧のやつ、よくもおれをたぶらかして逃げやがった。」
と、とび起きて、小僧さんのあとを追いかけました。小僧さんは、|一生《いっしょう》けんめい走りましたが、なにぶん知らない道ではあるし、それに、山姥は足が早いもので、見るまに山姥に追いつかれてしまいました。山姥は、もう小僧さんのすぐ後にきて、
「小僧、待て、待たんか、小僧。」
とよびたてました。そこで、小僧さんは、このときぞと、和尚さんにもらったお札を取りだして、その一枚を山姥のほうへ投げました。そして、大きな声でいいました。
「川になれ、大川になれい。」
と、そこに大きな川ができました。水がどうどうとすごいいきおいで流れている大川です。しかし、山姥のことですから、そんなことはすこしもおかまいなく、ザブザブ、ザブザブと、その水の中をわたって、また、たいへんな元気で追いかけてきました。そして小僧さんがいくらも逃げのびるひまもなく、すぐもう後に追いついて、また、
「小僧、待て、待たんか、小僧。」
とよびました。そこで、小僧さん、二枚めのお札をだして、
「山になれ、高い高い山になあれ。」
と、山姥のほうに投げました。と、こんどは、そこに山ができました。それこそ、何千メートルという高山ができたのです。しかし、山姥のことです。
「なに、これしきの山が。」
といって、見るまにそれにかけのぼり、見るまにそれをかけおりました。そして小僧さん、いくらも逃げのびるひまがありません。すぐもう後に追いつめてきました。
「小僧、待て、待たんか、小僧。」
もう、後でよび始めたのです。そこで小僧さん、こんどこそはと、おわりの三枚めのお札をだしました。
「火事になれ、大火事になれ。」
そういって、山姥のほうに投げました。すると、山姥の前に、火の海ができました。ゴンゴン、ゴンゴン、山のような大きな火が、海のようにもえひろがったのです。しかし、山姥のことですから、それも|煙《けむり》をわけ、|炎《ほのお》をわたりしてやってきました。やはり小僧さん、いくらも逃げのびるひまがなかったのです。
ところが、そのとき、小僧さんふと気がついてみると、お寺の門の前に立っていました。
「あれ、お寺ではないか。」
思わず、小僧さんはそういいましたが、まったくお寺にちがいありません。それで、たいへん|安《あん》|心《しん》して、すぐ|玄《げん》|関《かん》にかけこみました。ところが、なにぶん夜だもので、そこにはかたく戸がしまっていました。で、戸をとんとん、とんとん、たたいて、大声で和尚さんをよびました。
「和尚さん、和尚さん、早く戸をあけてください。山姥に追われて逃げてきたのです。もう、そこまで追いかけてきています。早く早く。」
すると、和尚さんの声が、中から聞こえました。
「よしよし、今、戸をあけてやる。しかし、ちょっと小便をしなけりゃ。」
のんきなことをいうもので、小僧さん、気が気でなく、
「和尚さん、山姥はもう門をはいりました。早く、戸をあけてください。すぐあけてください。」
また大声でよびました。と、また、中から和尚さんがいいました。
「せくな、せくな、今、手を洗ってるところだ。」
そして、やっと戸をあけて、小僧さんを入れてくれました。それからこんどは大いそぎで、つづらの中に小僧さんをおしこみ、そのつづらを|井《い》|戸《ど》の|天井《てんじょう》につるしました。
和尚さんが、そのつづらをつるしたとたんに、玄関へ山姥がとびこんできて、大きな声でわめきました。
「和尚、和尚、ここへ小僧がひとり逃げこんだろう。」
和尚さんはいいました。
「あわてなさんな、山姥どん。小僧なんてものはこなかったよ。」
「いやいや、たしかに、この寺にとびこんだ。おれは、それをこの目で見た。」
山姥がいいました。そして、ふたりは、
「いや、こない。」
「いや、きた。」
と、いいあいになりました。それで、和尚さんは、
「それなら、どこでも、さがしてみるがよい。」
といいました。山姥は、
「よしきた。」
と、お寺のなかにかけこんで、うちの中をあちらこちらとさがしまわりました。どこにも、小僧さんの影も形もありません。しかし、おわりに山姥が、井戸の中をのぞくと、そこの水の上に、つるしたつづらのすがたがうつっていました。これを見た山姥は、それが水にうつったつづらとは知らないで、
「なあんだ。こんなとこにかくしてやがる。」
と、大喜びして、そのうつったつづらをめがけて、まっさかさまに井戸の中にとびこみました。これを見た和尚さんは、大いそぎで井戸のふたをして、その上に大きな石をおいて、山姥が出られないようにしてしまいました。さすがの山姥も、それなり井戸から出ることができず、和尚さんに|退《たい》|治《じ》されてしまったそうです。めでたし、めでたし。
|牛《うし》|方《かた》と|山姥《やまんば》
むかし、むかし、あるところにひとりの牛方がおりました。牛方というのは、牛に荷物をつんで運ぶのを仕事としている人のことであります。
その牛方が、あるときのことです。たくさんの塩サバを牛の|背《せ》|中《なか》につんで、山の中の村へ売りにと出かけました。
すると、そのとちゅうのことであります。高い大きな|峠《とうげ》にさしかかりました。むかしのことですから、そんな山の中の峠のような人通りのないさびしいところには、よく、こわいおそろしいものが出てきました。
だから、牛方もそんなものに出あわないようにと、さぞ道をいそいだことでありましょう。
しかし、なにぶん、つれているのが牛ですから、牛方がどんなにいそがせても、のろりのろりとしか歩いてくれません。
ちょうど、もうすこしで峠をこえるというときでありました。運のわるいことです。山姥というものに出あってしまいました。
山姥というのは、女の|鬼《おに》のことなんで、お|面《めん》なんかによくつくられている、あの山姥です。あれが、むこうからやってきて、牛の背中の荷物を見るといいました。
「牛方、牛方、サバを一ぴきくれい。」
牛方は、やらなかったら、どんなことをするかわからないと思って、荷物の中から一本のサバをぬくと、それを山姥の前に投げてやりました。山姥は、それを手にとると、大きな口で、見るまにガリガリ食べてしまいました。
牛方は、山姥がそのサバを食べているあいだに、一足でも遠くへ|逃《に》げようと思って、後から、牛の|尻《しり》をたたき、
「しいっ、しいっ。」
と、しかりつけました。しかし、牛は知ってか、知らずにか、あいかわらず、たらりたらりとよだれをたらし、のそりのそりと歩いて行きます。だから、もう、すぐ山姥が追いついてきました。
「牛方、サバを一ぴきくれ。」
牛方は、やらないとどんなことをするかわからないと思って、また、荷物の中から一本のサバをぬいて、山姥の前に投げてやりました。そして、山姥が、それを食べているあいだにと思って、牛を|一生《いっしょう》けんめいにいそがせました。
しかし、牛のことですから、牛方の気持などわかろうはずはなく、あいかわらず、のそりのそりと、歩きつづけます。すると、もう山姥が追いついてきました。
「牛方、牛方、サバを一ぴきくれ。」
牛方は、どうすることもできません。しかたがないから、そのたびに一ぴき投げ、そのたびに一ぴき投げ、そしてただ、|一《いっ》|心《しん》に一心に牛をいそがせて行きました。しかしまもなく、牛につけていたたくさんの塩サバは、一ぴき|残《のこ》らず山姥に食べられてしまいました。
「もう、これでないようッ。」
と、最後に牛方がいいますと、山姥はすぐまたつぎに追っかけてきて、
「牛を食わせろ、牛方。牛を食わせろ、牛方。」
といいます。牛方は牛を食わせるのはおしいし、食わせないというのはおそろしいし、だまっていますと、山姥がいいました。
「牛を食わせないと、おまえを食うぞ。」
牛方は、このことばにふるえあがって、思わず、
「おう――」
と、声をあげ、牛をそこにすてたまま、どんどん走って逃げました。ところが、山姥は、もう見るまに牛を食べてしまって、
「こんどは、きさまを取って食う――」
といって、追っかけてきました。そのおそろしいことといったら、まだ、すこしはなれているのに、あのお面で見るような顔が、牛方の|肩《かた》から、のぞきこむような気がしました。
ぐずぐずしていては、それこそほんとうに食べられてしまいますから、牛方は一生けんめい、地の上にはいつくようになって走りました。そうして逃げてくると、大きな池の|土《ど》|手《て》にきました。見ると、その土手の上に大きな木があります。牛方も、もうだいぶん、走るのにつかれていますし、いつまでも走っているのでは、|結局《けっきょく》、山姥につかまえられると考えましたので、とっさに、その木の上にのぼって、かくれようと思いつきました。それで、あわてたり、あせったりしながらも、大いそぎでその木にのぼりつきました。
上のほうの|枝《えだ》のあるところへのぼりついたとき、牛方ははじめて気がつきました。その木には、下のほうに葉がありません。だから、下から見れば、自分はまる見えです。こまったと思いましたが、今さらしかたもありません。それに、山姥の足音がしだいに近づいてきました。
と、そのとき、牛方は枝の上からそっと下の枝をのぞいて見て、びっくりしました。だって、そこにひとりの男がいて、やはり大きな木の枝にまたがって、自分のほうをのぞいております。思わず、牛方は、ちょっとからだをちぢめました。いや、そうは考えたのですが、じっさいはちぢんだのは首だけでした。木の上はあぶなくて、どうにもならなかったからです。だが、そのとき見ると、下の男もやはりすこし首をちぢめたようです。おやっと思って、牛方が首をのばすと、その男も同じように首をのばしました。
「なあーんだ。」
こんな場合でも、つい牛方はそういわないではおれませんでした。それは、自分が水にうつったすがただったのです。しかし、これを知ると、牛方ははっとしました。これでは山姥にひとめで見つけられてしまう、と思いました。それで、その木の|幹《みき》のうらのほうへからだをまわしてみたり、枝の上に半身をふせるようにしてみたり、いろいろしてみましたが、なんのかいもありません。いつでも、水の上にはっきり自分のすがたがうつっておりました。しかたがないので、牛方はもうあきらめて、水の上をじっと見入っておりました。
そこへ、山姥が息を切ってとんできました。そして、思ったとおり、ひと目で牛方を見つけました。見つけると、池のふちに立って牛方を指さし、大口をあけて、へへへへと笑いました。もうひと口に食べられると思ったからなのでしょう。いくら逃げても、逃げおおせなかったろう、という意味もあるのです。
それに、山姥はけんめいに追いかけてきたので、ここでちょっと、そんなにして息をついたわけでもあります。しかし、じつは山姥が見つけているのは、水にうつっているほうの牛方でありました。山姥も追いかけるのにむちゅうで、つい目がくらんでいたのでしょう。それが、水にうつったすがたとは気がつかず、じっさいそこに牛方がいるとばかり思ったようであります。で、牛方を指さして笑ったとたん、両手を前にだして、さながら子どもがおぶさるような形をして、水中の牛方に、ザブッとばかりつかみかかりました。つかみかかりましたが、もとよりつかめるはずはありません。しぶきがあがり、波がたち、山姥は|胸《むね》のほうまで水にしずみました。
さすがの山姥もおどろいたらしく、そのへんをきょろきょろ見まわし、それから、水音をたてて、水中をあちらこちらと歩きまわりました。手で水をはねてみたり、足で底のほうをさぐってみたりしました。波がたち、水がにごりました。と、ついには山姥は水中にくぐったりするようになりました。牛方が消えうせたのが、山姥にはなんとしても、|納《なっ》|得《とく》がいかないのでありましょう。
ところが、牛方はそのあいだに、そっと木からおりました。そして、どんどんかけて逃げました。逃げて行くと、むこうの山の下に一|軒《けん》、カヤぶきの家のあるのが目につきました。やれうれしやと、その家にかけつけ、とびこむように、戸口からはいって行きました。
ところが、中にはひとりの人もおりません。人の住居ではないらしいのです。もしかしたら、今の山姥の住んでいる家かもしれません。そう思うと、家の中がしだいに山姥のすみかのようにみえてきました。いや、まったく、そこは山姥の家だったのです。
そこで、牛方は、
(いよいよ、おれは不運な者だ。木の上に逃げれば、それが下の葉のない木で、水に自分のすがたがうつってしまうし、やれうれしやと、家を見つけてはいれば、なんと、そこが、あろうことか追っかけている山姥の家だ。これでは、まるで、山姥のふところの中に逃げこんだようなものだ。)
そんなことを、ひとりで考えました。
考えましたが、今さらしかたがありません。それで、あたりを見まわして、かくれ場所をさがしました。かくれるところが一つもありません。また、気持があせってきて、じだんだでもふまなければ、じっとしておれないようになりました。と、外に足音が聞こえました。山姥が帰ってきたのです。もう、ちょっともぐずぐずしてはおれません。思いきって、|天井《てんじょう》にのぼって行き、そこの|梁《はり》のあいだに、また、からだをちぢめるようにしてかくれました。
そして、上から下をそうっと見ておりました。と、早くも、山姥が戸口からはいってきました。
「きょうは、牛方にかまっていて、えらくくたびれた。」
そんなひとりごとをいっております。それからすぐ、いろりのところへ行って、火をたきだしました。池にはいって、からだがぬれたからでありましょう。でも、まもなくからだもかわいたか、こんどはもちをだしてきて、たいた火のおき[#「おき」に傍点]の上で焼き始めました。そのうち、山姥はからだがあたたまって、つかれが出たとみえ、こくりこくりといねむりを始めました。もちがよく焼けて、いいにおいがして、プウーとふくれて、|湯《ゆ》|気《げ》をふいたりしているのに、また山姥は、こくりこくりとやっていました。
牛方は、はじめはおそろしいばかりだったのですが、山姥のそのありさまを見、もちのよいにおいをかいでいるあいだに、急におなかがすいてきました。もちがほしくてならなくなったのです。それで、ちょうど、自分のそばにある屋根うらのカヤの|棒《ぼう》を一本、そっとぬき取りました。その棒で、山姥の前のもちを上からつきさし、そっと、またそのもちを引きあげました。もちは、とてもいいころあいに焼けていました。ほんとうにおいしく、牛方は梁のかげで、それを食べました。一つ食べてしまうと、また、下をのぞきました。だって、まえよりかもっとおなかがすき、まえよりかもっともちが食べたくなったのです。山姥が、やはり、こくりこくりとやっているのを見ると、また、カヤの棒をそっと下におろしました。そして、山姥の前のもちをつきさし、そろそろとそれを上に引きあげました。
梁のかげで、また、そのもちを音をたてないように、ほんとうにおいしく食べました。それを食べてしまうと、牛方は、また下をのぞきました。だって、まえよりかよけいにおなかがすいて、よけいにおもちが食べたいように思えてきたからです。で、山姥のいねむりを見すまし、また、もちをとって食べました。そんなにして、山姥の前のもちは、一つもなくなり、ただひときれ、わたし|金《がね》から落ちて、火の中でまっ黒にこげたのだけになりました。
そのときになって、山姥はふと目をさまし、ふしぎそうにして、前のいろりの火の上をながめました。もちのなくなっているのに気がついたのです。それで、大声でどなりました。
「だれがとった。」
そして、そのへんを見まわしました。梁の上の牛方は、このとき小さな声で、
「火の神、火の神。」
といいました。すると山姥は、
「火の神なら、しかたがない。」
そういって、火の中に落ちてまっ黒にこげているひときれのもちを拾って、むしゃむしゃと食べました。
もちもなくなったので、山姥は、こんどはなべをだしてきて、あま酒をわかし始めました。そして、そのあま酒のあたたまるのを待ちながら、また、いねむりを始めました。こくり、こくり、こくり。しかし、あま酒のなべの下でもえている火の、なんとあたたかいことでしょう。天井の牛方まで、その火で、あたたまりました。それに、夜になったので、そのいろりの火が赤く美しく、山姥のうちの中を照らしました。
まもなく、あま酒のおいしそうなにおいが、牛方のところへにおってきました。牛方は、もちを食べたあとで、それはのどがかわいていました。で、また、長いカヤの棒をぬきました。それを梁の上からあま酒の中につきこみ、チュウチュウチュウとすいました。ゴクリゴクリとのどを鳴らして飲みました。ほんとうは、音のせぬように飲んだのです。しかし、いくら飲んでも、のどのかわきはとまりません。とうとう、一てきもないように、すってしまいました。と、山姥は、そのとき目をさまし、なべの中をじっと見ました。それから、やっと気がついたらしく、大声でどなりました。
「だれが飲んだ。」
牛方は、また小さな声で、
「火の神、火の神。」
といいました。
「火の神なら、しかたがない。」
山姥は、そういってから、
「こんな晩は、もう寝たほうがよい。」
と、立ちあがりました。それから、
「石の|唐《から》|櫃《と》に|寝《ね》ようか。木の唐櫃に寝ようか。」
と、ちょっと頭をかしげて考えましたが、
「石はつめたい、木の唐櫃がよかろう。」
と、大きな木の唐櫃のあるところへ行って、そのふたをあけて中へはいりました。すぐ、その唐櫃の中から、ぐうぐうと大いびきの声が聞こえだしました。山姥は、寝てしまったのです。
天井の上で、このようすを見ていた牛方は、このとき、そっと梁からおりてきました。そして、いろりに火をどんどんもやしました。
まず、大なべいっぱいお湯をぐらぐらわかしたのです。それから、きりを持ってきて、木の唐櫃のふたに|穴《あな》をあけはじめました。
唐櫃の中の山姥は、ついねむいままに、きりの音とは気がつかず、
「あすは天気とみえて、キリキリ虫が鳴かあや。」
といっていました。
すると、そこへ、そのきりの穴から、熱い湯をどくどくとそそぎこまれ、もうどうすることもできなくなってしまいました。
|狩人《かりゅうど》の話
むかし、むかし、|陸中《りくちゅう》の国|上《かみ》|郷《ごう》村というところに、ひとりの狩人が住んでいました。そのころ、日本のそのような山の中では、狩人のことをまたぎ[#「またぎ」に傍点]とよんでいました。で、そのまたぎは、その|山中《さんちゅう》きっての狩りの|名《めい》|人《じん》であったのです。名まえをぬえ[#「ぬえ」に傍点]といいました。ぬえには、ひとりの|娘《むすめ》がありました。娘は、ホオの木の葉の|窓《まど》ぎわで、毎日|機《はた》を織っていました。キイコン、バッタン、キイトントンと、その機の音は聞こえていました。
ある日のこと、ぬえは山へ狩りに出かけようとして、その窓ぎわの、ホオの木の下を通りました。すると、その木の下を流れている小川を、一ぴきのヘビが泳いでいました。そのヘビを見ると、
「これは、何かいわくがある。」
と、ぬえはすぐ感じとったのです。そこで、すこしはなれたところの木のかげにかくれて、じっと、ヘビのようすをながめていました。ヘビは、二尺にたらない小ヘビでしたが、首のところに白線の輪がついていました。そういうヘビはめずらしく、まためずらしいだけに、おそろしい|変《へん》|化《げ》の|術《じゅつ》をこころえているのです。
さて、ぬえが|木《こ》かげでうかがっていると、そのヘビは、ホオの木の下に行くと、小川からはいあがり、太い木の|幹《みき》のまわりをあっちへ行きこっちへ行き、チョロチョロうねうねとはいまわりました。そのあいだにも、窓の中の娘の音に気をつけているらしく、おりおり首を立てて、口からペロペロ長い|舌《した》をだしました。それから、ヘビはホオの幹をのぼりはじめました。ところが、なにぶん、ひとかかえ近い木のこととて、二尺たらずの小ヘビでは、それをまききれません。木をくるりくるりまわってみるものの、パラリとはなれて、下に落ちてくるのです。また、ひとまわりして首をあげると、結んだひもがほどけるようにして落ちてくるのです。
「これは、おもしろいぞ。」
またぎの名人は、小ヘビのしわざに|興味《きょうみ》をおぼえ、首をつきだすようにしてながめていました。すると、どうでしょう。幹をひとまわりして、しばらく動かないでいるように見えていたヘビのからだが、ずんずんずんずん、のびだしてきました。太くもなっていくのです。名人ぬえは、
「目がどうかなったのかしらん。」
と、手をあげて、目をこすってみました。しかし、まちがいはありません。もう、フジづるのように幹にまきついたヘビのからだは、その太さ、自分の腕くらいもあり、長さ、そうだ、もう一|間《けん》も上にのぼっているところをみると、一|間《けん》以上もあるかもしれないのです。
「これは、すごいヘビだ。|魔性《ましょう》のヘビだ。」
ぬえはそう考えるとともに、思わず、そばにおいていた|鉄《てっ》|砲《ぽう》に手をやりました。しかし、ヘビは、ぬえには気がつかないのか、そのまま上の|枝《えだ》のところにのぼりつくと、その一つ、娘のいる窓のほうにのびている枝に頭を向けました。その頭を見て、ぬえは、そろそろ鉄砲を身がまえました。そうせずにおれないほど、その頭は大きくなっていたのです。ネコの頭くらいはあったでしょうか。これが、やはりペロペロ舌をだしているのです。そして、そろそろ娘のほうにはいよろうとしているのです。一|寸《すん》、二寸、動いてるように見えないのに、もう二尺もはい進んでいました。娘のところまで七尺とありません。しかし娘はそれに気づかず、キイコン、バッタン、キイトントンと織りつづけています。
「や、もう五尺のところへきた。」
これはいかん、と、ぬえは、ねらいをさだめました。
そのとき、ヘビは|跳躍《ちょうやく》の用意か、首を高く立て、まるでのびあがるようなようすをしました。そこをねらって、ぬえの鉄砲が鳴りました。|煙《けむり》がパッとたちこめました。ぬえは木かげを出て、小川をとびこし、ホオの木の下へとんで行きました。窓の下をかがんでみると、二尺たらずの小ヘビ、首に輪のあるそれがのびていました。ぬえは、そのしっぽをつまんで、土の上に一度たたきつけると、そのまま、そばの小川の中に投げこみました。急な流れは、すぐヘビを下流におし流し、運び去ってしまいました。
その|翌《よく》|年《ねん》、雪のとけるころでした。ぬえがホオの木のそばの小川の岸を通りかかると、川から一ぴきのさかながはねあがりました。見ると、首のへんに白い|輪《わ》|形《がた》がついています。ふしぎに思って、川の中をのぞくと、そんなさかなが何十、何百となく、水の中で|群《むれ》をなして泳いでいました。めずらしいので|網《あみ》を持ってきて、それをすくい取りました。しかし、なんにしても、ふしぎなので、チガヤの|茎《くき》でつくったはし[#「はし」に傍点]で、そのさかなを入れたかごをかきまわし、|先《せん》|祖《ぞ》からつたえられている|呪《じゅ》|文《もん》を口の中でとなえました。と、今までさかなとばかり思っていた、そのふしぎなものが、一度に、たくさんの小ヘビとなり、かごの中でニョキニョキ首をおしたてたのです。
ぬえは、まえの年の秋の、あのヘビのことを思いだし、大いそぎで、近くの原っぱへ、その小ヘビを持って行って土の中へうずめました。ところが、夏になると、そこへまた見たこともない草がはえてきました。そして、それがひどくしげり、それを食った牛や馬が、病気をしてうなったりあばれたりしました。
ある日のこと、ぬえは、山へ狩りに行きました。ところが、その日は、一日、山や谷をかけ歩いても、|一《いち》|羽《わ》の鳥にも、一ぴきのけものにもあいませんでした。そのうち、日が|暮《く》れてしまいました。そこで、森の中の大きな岩かげにその|晩《ばん》はねむることにして、そこに、さんずなわというのをはりめぐらしました。それは、またぎだけにむかしからつたわっている魔よけの|秘《ひ》|法《ほう》なのです。
で、まず、そのなわの中で集めてきた|枯《か》れ|木《き》でたき火をして、めしを食ったりあたたまったりしました。それから、鉄砲をまくらにしてねむりました。すると、夜中ごろ、なんでもないのに、フッと目がさめたのです。見ると、たき火は消え、さんずなわの一方がとけ落ちていました。ちょうど西の山に入りかけている半かけの月の光りで、それが見えていたのです。
「ははあ、これは、何かおこるぞ。」
ぬえはそう考えて、鉄砲を手に取り、いつでもうてるように用意しました。そのとき、月がすうっと西の山にかくれ、山も谷も一度に暗くなりました。ところが、ふしぎなことに、二、三十間さきにある大木の下ばかりが、ホッとあかりがさしているのです。よく見ると、そこに、へんなけだものがすわって、|糸車《いとぐるま》をまわしています。
「キリキリ、キリキリ、ブーン、ブーン。」
糸車のまわる音が聞こえるように思われました。どうも、あやしい光景であると、じっと目をとめて見つめると、そのけだものというのは、サルのように思われました。しかしまた、人間のようにも思われました。
「年をとった山男というものは、ああいうものではあるまいか。」
ぬえは、そう考えました。村の老人がこの山中で、いつか山男に出あったという話を思いだしたのです。
また、ずいぶんむかし、大ワシにさらわれた赤んぼうが奥山のワシの|巣《す》でそだてられ、山男になっていたという話も思いだしました。しかし、月も西山にかくれた今、あそこだけあかりがさしているということはふつうではありません。
「あのけだものは、きっと魔性のものにちがいない。」
そう考えたとたん、そのけだものが、ぬえのほうを向いて、にたにたと笑いました。白い歯に赤い舌、それに、その目のおそろしさ。ぬえは、思わず、ぞっとしました。
「これは、もう人間ではない。ぐずぐずしてはいられない。」
そっと岩かげに身をかくし、そこから|筒《つつ》|先《さき》をそのけだものに向けて、ねらいをさだめました。けだものは、それがわかっているのか、糸車をまわしつづけながら、たびたびぬえのほうを向いては、気味のわるい笑いかたをしました。大きな音が、森のやみの中にひろがって、山々がゴーゴー鳴りました。たしかに手ごたえはありました。その煙の消えたところで見ると、どうでしょう。大木の下のあかりに変わりはなく、けだものは|平《へい》|然《ぜん》として、糸車をまわしていました。
「しまった!」
ぬえは大いそぎで|弾《たま》をこめました。岩のかげに身をひそめ、その岩の上に筒先をのせ、こんどこそは――とねらいをさだめたのです。さっきは、のどの急所をねらったのですが、こんどは、みけんの急所に|照準《しょうじゅん》をつけました。にたっと、けだものが笑ったところで、ダーンと鉄砲をうちました。手ごたえがあって、また、山々がゴーゴー鳴りました。煙が晴れて、むこうを見ると、しかし、けだものにすこしの変わりもありません。やはり、ブーンブーン、キリキリキリキリと、糸車をまわしつづけていました。
「だめだ!」
そう思うと、にわかにその魔性のけだものがおそろしくなり、にたにた顔がすぐ目の前にせまってくるような気がしてきました。そこで、鉄砲を手にさげて、やみくもにそこから|逃《に》げだしました。けだものは、追いかけてくるようすもないので、それでも、夜じゅう歩いて、あけがたやっと家へ帰ってきました。
なにさま、今までにないことなので、その日は、村の老人にその話をして、どうしたら、そのけだものがうちとれるかときいてまわりました。すると、ひとりの老人のいうことに、
「それは、年をへたサルのふったち[#「ふったち」に傍点]というもののしわざであるから、ふつうの弾では、うつことができない。五月|節《せっ》|句《く》の、ショウブとヨモギを弾といっしょにこめて、それでうつなら、うちとめることができる。しかし、それでもうてなかったら、つぎには、こがねの弾でうつよりしかたがない。」
というのです。
そこでその夜、ぬえはショウブとヨモギと、それからこがねの弾を用意して、また、ゆうべの山へ出かけました。日暮れを待って、さんずなわをはって、その中にねむりました。すると夜中に、ゆうべと同じように目がさめました。半かけ月が、やはりしずみかけていました。その月がしずむと、むこうの大木からあかりがさし、同じような光景があらわれました。けだものが糸車をまわし、こちらをむいて、にたにた笑っているのです。きょうこそは――と、ぬえは、まず、ショウブとヨモギをまいた弾をこめました。しかし、それはゆうべ同様、なんのききめもなかったのです。しかたなく、いよいよ最後のこがねの弾をこめました。ぶっぱなすと同時に、ギャッというような|悲《ひ》|鳴《めい》が聞こえました。煙が消えてから見ると、木の下のあかりもなく、けだものの糸車もありませんでした。
朝になって、木の下に行ってみると、血のあとがついていました。それをつたわって行くと、山をのぼり、谷をくだりして、一つの|岩《いわ》|穴《あな》の中へはいっていました。岩穴の中をのぞいてみたら、見たこともないふしぎなけだものがたおれていました。それをかついで村に帰り、みんなに見せたところ、老人が、
「これは、やはりサルのふったちといって、百年からの年をへたもの。」
と教えてくれました。これで、いよいよ、ぬえは、またぎの名人ということになりました。
ある日のこと、ぬえは|片《かた》|羽《ば》|山《やま》という|奥《おく》|山《やま》の、|沢《さわ》のほとりで狩りをしていました。その日、その片羽山のふもとにきて、山の上をのぞむと、そこの岩の上に一ぴきのシカがすわっていました。それは、全身が雪のように白く、|角《つの》が十六のまたになって、両耳の上に高々と立っていました。じつに、なんともみごとな角を持ったシカで、またぎの名人であるぬえも、今までの長いまたぎ生活に、見たこともないシカでした。そこで、すぐそこにひざをつき、
「どうか神さま、このむこうの岩の上にいる、十六またの角のあるシカを、このぬえにおうたせくだされ。」
と、手をあわせて祈りました。その白シカが、どうしてもこの山の神さまの|家《け》|来《らい》か何かのように思えたからです。それから、鉄砲を|背《せ》|中《なか》におうて、木々をわけ、岩をつたい、山上めがけてのぼりはじめました。ところが、その日は風がはげしく、谷の下のほうからふきのぼる風が、どうどう、草や木をゆすっていました。おそらく、それが人間のにおいを、岩の上のシカの鼻さきへふきつたえたものとみえます。シカは、ぬえが山の半分ものぼらないうち、びっくりしたようにはねおどって、向きを変えるとみるまに、角をふりたてふりたて、山のむこうにかけ去ってしまいました。だから、やっとのこと、ぬえが岩にのぼりついてみたら、もう、シカのすがたは見えませんでした。
しかし、名人ぬえのことです。シカの足あとを枯れ葉のつもった土の上や、ふみしだかれた草の中にもとめ、また谷をくだり、森をつたい、日がかたむくまであとを追いかけました。そして、夕日が赤くなったころ、この片羽山の奥山の沢のほとりにたどりつきました。シカは、この沢の岸の大きなカヤ原の中にいるのでした。
カヤの|穂《ほ》の上に、おりおり、その十六またのつのがあらわれ、それが、夕日に光るのが見られました。シカは、カヤの根もとの山ぜりの若葉を食べているらしいのです。
「もう、しめたものだ。」
と、ぬえは|風《かざ》|下《しも》のほうへまわり、大きなカシワの木の上にのぼりました。この葉のしげみにかくれ、枝のあいだから、筒先をシカのほうへ向けて、ねらいをさだめました。シカは、しっぽをふったり、首をあげたりしました。首をあげて遠くを見るのは、敵を用心するためであり、しっぽをふるのは、|沼《ぬま》や沢に多いアブを追うためでした。そのあいだにも風がふいていたので、木の上の葉っぱの中にいたぬえは、発見されませんでした。ぬえは、
「今うとうか、もうはなそうか。」
と思い思いしていましたが、シカが、もうすこし近くにこないと、自信が持てません。うちそこなったら、それこそ十里も二十里もさきへ逃げてしまう、かしこいシカなのです。二年や三年では、この山にあらわれてこないシカなのです。それなのに、シカは、カヤ原の中をしだいに遠くへ歩き始めました。そして、日はだんだんくれかかりました。
こんなときの用意にとぬえは|弾《たま》|入《い》れの中に入れてあったシカ|笛《ぶえ》をだして、ヒューヒューとふき鳴らしました。悲しそうなメジカの声なのです。これを聞くと、白シカは、きっと首をたてて、あたりを見まわし、つづく鳴き声を待っているようでした。しかし、すぐ鳴らしては|正体《しょうたい》がわかるので、ぬえは、そのあいだ、身をひそめていました。シカは、あとの声がしないので、また首をさげて、草を食い始めました。そこを見すまし、ぬえはまたヒューヒューと、悲しそうな音をたてました。
シカは、ものものしく首をたてると、こんどは、こちらのほうへ、のそりのそりと歩いてきました。そのあいだも、ときどき立ちどまり、あっちか、こっちかと、声のしたほうをさがすようすでした。
三度めの笛が鳴ったとき、シカはカヤの中で、高く跳躍して、ぬえのいる、カシワの木めがけてとんできました。そして、五間ばかりのところへくると、シカは、またとほうにくれたらしく、ぼんやり立って、つぎの声を待つすがたになりました。
「たしかに、このへんでメジカがよんだようだったのに。」
シカは考えたらしいのです。
そこをねらって、ぬえは鉄砲をうちました。シカは、それこそ二間も高くとんで、カヤの中にたおれたのです。
行ってみると、たいへんな大シカで、かつぐことも背おうこともできませんでした。村まで五里もあろうという山奥です。しかたなく、ぬえは、そのみごとな皮をはぎ、それと、その十六またの美しい角を取って帰ることにしました。それで、|山刀《やまがたな》を取ってその皮をはぎにかかったのです。やっと|片《かた》がわをはぎおえて、もう片がわのほうをはぎにかかりましたが、ふと気がつくと、ふしぎなことに、さっきはいだ片がわの皮が、もうちゃんとシカの身についてしまっていました。
「これはへんだ。してみると、皮をはがなかったのかな。」
そう思って、そのほうの皮をはぎ、また片ほうにかかって、それをはぎおわってみると、もう一方の皮は、もとのとおりになっています。
「これは、いよいよふしぎなことだ。」
と、ぬえが山刀をさげたままながめていると、両方の皮がもうすっかりシカのからだについていました。いや、そればかりか、シカがむっくり起きあがったではありませんか。
日が暮れて、月の光でこれを見たので、ぬえは、自分の目がどうかしたかと思いました。木のかげのゆれるのでも見て、そんなことを|勘《かん》ちがいしているような気がしたのです。しかし、そう思うまもなく、シカはぶるぶる身ぶるいするとともに、カヤ原の中をわけてかけ去って行ってしまいました。ほんとに、またたきするほどの時間でした。
それでも、その夜、月が明かるかったので、カヤ原をかけて行くシカのすがた、わけても、月光に光るその角は、よく見わけがつきました。カヤ原ばかりか、それが山にかかると、その白い毛の色は、木々のあいだにちらちらしました。それで、シカの逃げて行く方角もわかりました。
それから、ぬえの長いシカ追いが始まりました。二日、二晩、ぬえは深山の草木をわけて、シカの足あとをたずねてまわりました。そして、とうとうしすけごんげん[#「しすけごんげん」に傍点]というところで、そのシカを見つけました。シカは、山の岩場を逃げて行くとき、もうだいぶ弱っていたとみえ、岩と岩とのあいだにはさまって死んでいました。こんどは、ぬえもその皮をたやすくはぐことができました。皮ばかりか、その角も取ることができました。そのうえ、その目玉まで取ったということです。その目玉は、|如《にょ》|意《い》|珠《だま》というもので、それを手に取ると、たちまち目の前に、あし毛の|駒《こま》があらわれるという、ふしぎな|宝物《たからもの》でした。
ぬえはこれからのち、そのあし毛の駒に乗って、深山を自由自在にかけめぐり、シカでも、クマでも、イノシシでも、取ろうと思うもので取れないものはないというようになりました。それで、その白シカをそのままにおいてはすまないと考え、それがたおれていた山上に、ほこらをたて、これを祭りました。これが、しすけごんげん[#「しすけごんげん」に傍点]というのです。また、片皮をはぐと片皮がついたというところを、片羽山ということになりました。そんないいつたえになったのです。
海の水はなぜからい
むかし、むかし、あるところに、兄と弟がありました。兄のほうは、なまいきで、あまりかしこくないほうでありましたが、弟のほうは、なかなかりこうな人でありました。それで、兄は弟をどこかおむこさんにやってしまいたいと思っていましたが、弟は、どうかして、自分一本だちでくらしたい、と考えていました。
それで弟は、そのうち、近所からおよめさんをもらって、よそのうちの|片《かた》がわを借りて、そこに住むことにいたしました。ところが、冬になって働くしごとがしだいになくなり、こまっておりますと、とうとう、大みそかになってしまいました。あすは、いよいよ正月の|元《がん》|日《じつ》というのに、ごちそうの用意も何もできておりません。いいえ、それどころか、この年とりの|晩《ばん》、年とりさまにおそなえする、そのお米さえありません。どうしたらよいかと考えましたが、今となっては、よい考えもうかびません。しかたがないので、兄のところへ、お米を一|升《しょう》借りに、行きました。すると、兄がいいました。
「これはまあ、なんということだ。人間が、一年一度の年とりに、一升の米もないなんて。それで、よくおまえは、およめさんなどもらってこられたな。そんな男に貸す米なんか、おれは一つぶだって持ってはいないぞ。借りたければ、よそへ行って借りなさい。」
なんといわれても、お米がないのですから、弟はかえすことばもありません。すごすごと兄のうちを出て、どこをあてともなく歩いて行きました。家に帰ってもしかたがなかったからです。歩いておりますと、むこうに山がありました。その山をこして行きますと、山の上で、ひとりのおじいさんにあいました。そのおじいさんは、白いあごひげをのばした、とても|上品《じょうひん》な人でしたが、森の|枯《か》れシバを集めていました。弟を見ると|先《せん》|方《ぽう》から声をかけました。
「もしもし、おまえさんはどこへ行きなさるか。」
弟がいいました。
「今夜は、年とりの晩ですが、わたしには、|年《とし》|神《がみ》さまにおそなえするお米もありません。それで、あてもなく、こうして、歩いておりまする。」
「それはそれは、さぞこまってることだろう。それでは、これをおまえにあげる。さあ、持って行きなさい。」
そして、小さな|麦《むぎ》まんじゅうをくれました。へんなものをくださるが、これはどうしたものだろう――。弟は、そう考えましたが、とにかく、ありがたく、それを両手にうけました。すると、おじいさんがいいました。
「では、このまんじゅうを持って、あちらの森へ行きなさい。すると、そこにお宮がある。お宮には、お|堂《どう》がある。そのお堂の後へまわると、一つの|穴《あな》がある。その穴のなかには、|小《こ》|人《びと》がたくさんいて、おまえのそのまんじゅうを見ると、それをくれろ、くれろと、たいへんほしがる。そうしたら、石のひき|臼《うす》となら、かえてやってもよいと、そういいなさい。よいか。そうして、その臼をもらってくるのだぞ。それは、たいへんな|宝物《たからもの》なんだからな。」
おじいさんは、そう教えてくれました。弟は何度もお礼をいって、おじいさんとわかれ、森の中へやってきました。すると、教えられたとおりにお堂があって、その後へ行ってみると、なるほど、穴がありました。
(そうか、これが小人の穴だな。)
そう思って、中へはいって行きますと、中では、おおぜいの小人どもが、ガヤガヤ、ガヤガヤと大さわぎをやっておりました。なにをさわいでいるのかと、気をつけてよく見ますと、まるで、イナゴの子のようにたくさんの小人が、一本のカヤにとりついて、落ちたり、ころんだり、たおれたりしております。つまり、そのカヤをみんなして、どこかへ運んでいるところなのでありました。弟は、これを見ると、とてもおかしくて、つい、ふきだしそうになりましたが、それでも、そのおかしいのをこらえて、
「どれどれ、そんなもの、このおれさまがつまんで行ってやろうわい。」
そういって、すぐ、そのカヤの葉をつまんで、「ここかい、ここかい。」と、ききながら、小人のいうところに持って行ってやりました。小人たちは、その弟の|大《だい》|力《りき》に感心し、
「なんて、おまえは力の強い人だろう。」
といって、ひじょうに喜びました。ところがみんなが、
「力の強い人だ、えらい人だ。」
と口々にいって、弟を見あげておりましたが、ふと、その弟の持っている麦まんじゅうを見つけました。それで、
「あれ――、おまえさんは、まあ、なんというよいものを持っているんだろう。そんなめずらしいもの、ぜひともおれたちにゆずってください。」
そういって、弟の前に、みんなで|金《かね》を持ってきてならべだしました。弟は、さっきの白ひげのおじいさんに聞いていましたから、
「いやいや、おれは、そんなお金なんかいらない。それより、石のひき臼となら、とりかえてもよい。」
といいました。これを聞くと、小人たちは、
「こまったなあ、石のひき臼は、おれたちに、二つとない宝物なんだからな。」
そういって、さもさもこまったふりをしました。しかし、よほど、まんじゅうがほしかったとみえて、
「しかたがない。それでは、とりかえっこをしよう。」
そういって、小さなその石臼を持ってきました。
弟は、その麦まんじゅうを小人たちにやり、小さな臼をもらって、穴から出てきました。すると、穴の出口で、
「人ごろし、人ごろし。」
と、それこそ、カの鳴くような声がいたします。カの鳴くような小さな声でも、人ごろしというのですから、弟はびっくりして、そのへんを見まわし、声のするほうをさがしました。ところが、それがなんと、自分の足もとでしているのでありました。足をあげて、よくよく見ますと、はいている自分の|足《あし》|駄《だ》の歯のあいだに、ひとりの小人がはさまって、一生けんめいさけんでいるところでした。これにも、弟はおどろいて、
「や、これはすまないことをした。」
といって、ていねいにその小人を足駄の歯のあいだからつまみだして、穴の中へ帰してやりました。
それから帰ってまいりますと、さっきの山の上へやってきました。すると、さっきの白ひげのおじいさんがいて、
「どうだい、石の臼をもらってきたのかい。」
と、たずねました。それで、
「はい、もらってきました。」
そういって、その臼をだして見せますと、
「これは、右にまわせば、出したいと思うものが、いくらでも出てくる。しかし、左にまわせば、それがすぐとまる、よいか。」
そういって、臼の使いかたを教えてくれました。弟は大喜びで、
「ありがとうございました。ありがとうございました。」
と、お礼をいって、家へとんで帰ってきました。家では、およめさんが、もう、たいへん待ちくたびれていて、帰るとすぐ不服をいいだしました。
「年こしの晩だというのに、どこをぶらぶらしていたんですか。にいさんのところで、何かもらってきましたか。」
弟は、
「まあ、よいから、よいから。」
となだめておいて、
「早く、ここへムシロをしきなさい。」
そういって、|部《へ》|屋《や》にムシロをしかせました。そして、その上に、石のひき臼をおいて、
「米出ろ、米出ろ、米出ろ。」
といいました。
そうすると、その臼から、米がぞくぞく、ぞくぞく出て、ムシロの上に、一|斗《と》も二斗もつもりました。そこでこんどは、
「サケのよいの出ろ、サケのよいの出ろ。」
といいますと、塩ザケのよいのが、二本も三本も、ひょこひょこひょこと、出てきました。それからは、いるものをつぎつぎにいって、みんな臼からひきだしてしまいました。そして、その晩は、なんともいわれない、おめでたい年とりをいたしました。
あくる日は元日です。元日の朝になると弟がいいました。
「おれは、もう、こんな、にわか|長者《ちょうじゃ》になったのだから、よそのうちの片がわなど借りていてはおもしろくない。ひとつ、新しいうちを建てることにしよう。」
そういって、ひき臼をまわして、りっぱなうちを建てました。それから、
「|土《ど》|蔵《ぞう》もなければならない。」
といって、五間に三間の土蔵をひきだしました。それから、|長《なが》|屋《や》だの、うまやだのもひきだしました。馬も七ひき、だしました。あとは、
「やあ、もち出ろ、酒出ろ、さかな出ろ。」
というようなありさまで、たくさんのごちそうをだしました。それから、近くの|親《しん》|類《るい》や|縁《えん》|者《じゃ》たちを、あの人もこの人もとまねいて、大きなお祝いごとを始めました。
よばれてきた村の人たちは、たいへんなごちそうにおどろきましたが、中でも、お米を貸さなかった兄は、いちばんびっくりし、いちばんふしぎに思いました。それで、
(これには、きっと何かわけがあるだろう。)
と思って、それが知りたくてなりませんでした。だから、ごちそうになりながらも、わけを知ろうと、あっちこっちと、気をくばっておりました。ところが、まもなく、ごちそうになった人たちが帰ることになりましたので、弟はその人たちにおみやげをやりたいと思いました。それで、かげになった部屋に行って、
「かし出ろ、かし出ろ、おみやげのおかし出ろ。」
と、ひき臼をまわしました。ところが、兄のほうは気をつけていましたので、ここぞと、それをすき見してしまいました。そして、
「ははあ、あのひき臼のしわざなんだなあ、わかった、わかった。」
と、喜びました。
さて、その晩のことです。お祝いもすんで、よばれた人たちも、みんな帰ってしまいました。弟たち夫婦も、おそくなったもので、ぐっすり|寝《ね》こんでしまいました。そのころになって、兄はそうっと、その臼のあった部屋へしのんで行きました。もう、臼がほしくてならなかったのです。だから、その臼を見つけると、もう大喜びで、すぐそれを持って走りだしました。もっとも、そのとき、そばにあったおもちだのおかしだのも、いっしょにぬすんで行ったそうであります。
兄は、そうして走って行きますと、まもなく、海岸にやってきました。すると、よいぐあいに、そこに一そうの船がつないでありました。
「これは、よいところに船があった。」
と、兄はすぐ綱をといて、それに乗って|沖《おき》へ出ました。遠いところへ行って、その臼で、おそろしいほど、もの持ちの長者となろうと思ったのです。
それで、ウンウン、ウンウン船をこいで、沖へ沖へと出て行きました。すると、まもなくおなかがすいてきました。それでこんどは、ちょうどいっしょにぬすんできたおもちやおかしを、|腹《はら》がいっぱいになるほど食べました。と、こんどは口があまくなって、塩のようなものが食べたくなりました。けれども、船の中には塩はありませんので、
「そうだ、ここらでひとつ、この臼をためしてみよう。」
と、臼にむかっていいました。
「塩出ろ、塩出ろ、塩出ろ。」
そして、臼をまわしますと、いや、出るわ、出るわ、どしどし、どしどし、それこそとめどなく塩が出てきました。そこで、すぐ兄は、もうよいころと思いましたが、こまったことに、兄は、それをとめる方法を知りません。弟がやったのを見ておかなかったのです。それで、
「もうよい、もうよい、もうよいんだ。」
など、いってみましたが、すこしもとまりません。臼はぐるぐる、ぐるぐるまわって、塩をどんどんふきだして、とうとう、船いっぱい、塩をためてしまいました。それどころか、ついには船にあふれて、船が重みでぶくぶくしずんでしまいました。兄も、どうすることもできません。船といっしょに海にしずんでしまいました。
ところで、その臼は、どうなったでしょう。海の底では、だれも左にまわす者がありませんから、きっと、今でもぐるぐるまわって、塩をふきだしていることでしょう。海の水がからいのは、きっとそのせいであります。
かしこくない兄と、|悪《わる》がしこい弟
むかし、むかし、あるところに、兄と弟とがおりました。兄は、けちんぼうで、たいへんなお金持でしたが、あまりかしこくありません。弟はまた|貧《びん》|乏《ぼう》でしたが、これはとても悪がしこかったのです。
ところで、ある日のこと、弟は町へ行って、やせ馬を一ぴき買ってきました。これは、やせてるうえに、あまりのおいぼれ馬で、なんの役にもたちませんでした。そこで、悪がしこい弟は、どうかして兄をだまして、高いねだんで、それを兄に売りつけたい、と考えていました。
すると、あるとき、弟がその馬を庭にひきだして、そこのカキの木につないだところ、これが、ボトボトと大きなフンを落としました。
「ウン、いいことがある。」
といって、そのフンの中に、銀の小つぶを一つおしこんで、大いそぎで兄のところへかけつけました。
「兄き、兄き、たいへんなことがおこった。おれがこんど買った馬が、なんと、お金のフンをひり落とした。早くきて、見てくれないか。」
そういって、いかにもおどろいているようすをしてみせました。
これを聞いた兄は、
「いや、それは、まったく、ゴウギなことだ。」
と、心の底からびっくりして、すぐ、弟のところにとんできました。見ると、まったく、うそではなく、フンの中に銀の小つぶが光っております。あまりかしこくない兄は、とたんに、その馬がほしくなりました。それで、弟にいいました。
「弟、弟、なんと、この馬をおれに、ひとつ売ってくれないか。」
弟はいいました。
「どうして、どうして、この|宝馬《たからうま》を、いくら兄きだといって、売りも、ゆずりもできるものではない。」
そして、さも|惜《お》しそうに、はげしく首をふって、馬の首すじなどをなでたり、たたいたりしました。すると、兄はいっそうほしくなり、
「な、弟、そんなこといわないで、おれに、十|両《りょう》で売ってくれよ。」
そんなことをいうのでした。と、弟は、
「マッピラ、マッピラ。」
と、いかにも、かたくことわるようにいいました。
「では、二十両で。」
兄がいいました。
「いやいや、このお宝のお馬さまを、たった二十両だなんて、ごめん、ごめん。」
弟はいうのでした。こういわれると、兄はしだいにほしくてたまらなくなり、
「それでは、三十両。」
「いやいや。」
「では四十両。」
「いやいや。」
「では、五十両。」
そんなことになって、とうとう、もとは一両もしなかった馬を五十両という大金で売りつけられることになってしまいました。しかし、ほんとうの|金《かね》ヒリ馬と思いこんでる兄のほうでは、もう大喜びで、それをひいて、家に帰り、米やヌカなどを山のようにつんで食べさせました。そして、
「さあさあ、お馬さん、たんと食べて、お金をたくさんうんでくださいよ。」
そんなことをいっていました。
と、そのやせ馬が、ボタボタと、フンを落としました。
「ソレ、生んだ。お金のフンだ。」
というところで、兄はそのフンの上にかがみ、目をサラのようにして、フンの中を見つめました。しかし、どうしたことでしょう。弟のところで見たような銀のつぶなど、どこを見てもありません。これはいけないと、両手でフンをかきまわして、一つ一つわったり、くずしたりして、さがしました。やっぱり、フンのほかには、小石一つさえありません。こんなはずはないと、血まなこになってさがしましたが、まったく、何もありませんでした。
「これは、だまされた。弟のやつ、ひどいやろうだ。」
兄は、たいへん|腹《はら》をたて、弟のところへかけて行きました。そのとき弟は、五十両も金がもうかったので、もうホクホク喜んで、
「どれ、ひとつ、めしでも食べようか。」
と、ごはんをたいて、それをカマからおろしていました。そこへ、兄が大声でどなりこんできたので、
「兄き、兄き、いったい、何がどうしたんだ。まあ、おちついて、ものをいいなさい。」
そんなことをいって、さも、おどろいたふうをみせました。
と、兄はいいました。
「何がどうしたもないものだ。このうそつきの、大かたりめ、おれに、あんなやせ馬の、ただのフンヒリ馬を五十両という大金で売りつけやがって――」
すると、弟はいうのでした。
「なんだ。あの金ヒリのお馬さまのことを、兄きはいっているのか。あれなら、そんなにうろたえることはない。いくら宝のお馬さまといってもな、きょうにきょう、お金をヒルということはない。二、三日だいじにして|飼《か》ってみなさい。しかし、それより、ちょっと、ここにかかってるおカマを見てくれないか。これがなんと、世にもふしぎなおカマなんだ。まったくふしぎな宝ガマだ。」
兄はこれを聞くと、また、弟がだますかと思って、
「何をいうか。もう、だまされないぞ。べつに、ふしぎはない、あたりまえのカマじゃないか。いったい、どこにふしぎがある。」
そういいました。しかし、弟は|笑《え》|顔《がお》ひとつせず、いいました。
「それだから、兄きは、みんなに笑われるんだ。あいつ、かしこくないなんていわれるのは、そこのところだ。な、これは、お宝ガマといってな、ここにこうしておいとくとじゃ、ひとりでに、どこからかお米がはいってきて、またどこからか、水もはいってくる。それから、火もたかないのに、ひとりでににえてくる。それこそ、どうもしないで、もう、このカマ一つかけておきさえすれば、いいごはんが、チャーンとできあがるという宝のおカマだ。どうだ。|重宝《ちょうほう》なおカマだろう、では、ひとつごはんにしよう。」
そういって、弟はさもさもおいしそうに、熱いごはんを食べはじめました。兄は、それを見ると、馬のことなどすっかり忘れて、こんどは、そのおカマがほしくてたまらなくなってしまいました。
そこで、またいいだしました。
「のう、弟、このカマのことは、まさか、うそじゃあるまいな。」
弟は、いうのでした。
「兄き、何をいうのだ。なんで、おれが兄きをだます必要がある。|論《ろん》よりショウコ、おれはちゃんと、このめしを食べているじゃないか。しかも、このめしはこのおカマの中で、今にえたばかりで、はいっているじゃないか。」
こういわれて、兄は、
「フーン。」
とばかり感心してしまいました。そして、またそのカマがほしくなり、売ってくれぬか、いや、売れない、という問答がふたりのあいだで始まりました。
そのすえ、とうとう、五十両で、また兄はそのおカマを買いました。
こんども、兄は大喜びで家にとんで帰り、それを台所にすえて、見つめていました。
今にどこからか米や水がきてはいり、ひとりでにおいしいごはんがたけるだろう、と思って、待っていたのです。しかし、うそつきの弟がだましたのですから、いつまでたっても、そんなことのあろうはずはありません。一時間待っても二時間待っても、ごはんができないので、やっと、兄は弟のペテンに気がつき、
「また、やられたか。」
大おこりにおこりました。
そして、また、たいへんないきおいで、弟の家にとんで行きました。そして、
「こんどこそ、かんべんならない。こら、弟、うそつきの弟は、いるか。」
と、大声にどなりこんではいって行きました。ところが、これは、どうしたことでしょう。弟は、古ビョウタンを頭の上にさしあげて、
「カンノンどんのう、|鬼《おに》どんのう、こんどばかりは助けたまえやい。ほら、助けたまえや。」
そんなことをいって、家の中をおどりまわっておりました。
兄は、これを見て、あっけにとられ、カマのことも何も|忘《わす》れて、つい、
「弟、弟、それはまた、どうしたことじゃ、どうして、そんなにおどりまわっているのだ。」
そういって、大声で問いただしました。すると、弟のいいますのに、
「や、兄きか、ようきてくれた。たいへんなことがおこったのだ。今、|家《か》|内《ない》が急病にかかって、今にも、死にそうになっていたんだ。それで、おれは、このヒョウタンさまにおねがいして、お助けくださるようにお祈りしていたところだ。」
そして弟は、そのへんを見まわしました。と、そこへ、ひょっこり弟のおよめさんが、うらから|桶《おけ》に水をくんではいってきました。それを見ると、弟は、もうとびあがるようにして喜んで、
「やれうれしや、やれありがたや、これも、みなヒョウタンさまのおかげだ。お助けだ。ありがとうございました。ヒョウタンさま、家内の命は助かりました。」
そういって、また、ヒョウタンをふりたてふりたて、うちじゅうをおどりまわり、歩きまわりしました。これを見た兄は、またこのヒョウタンがほしくなり、売れ、売らぬと、ふたりのあいだに、かけあいが始まりました。こんどは、弟はこのヒョウタンを、いちばん惜しがるようなようすを見せ、
「兄き、このヒョウタン一つあれば、何事によらず、おねがいごとのかなわぬということは一つもない。たとえば病気、|災《さい》|難《なん》、|悪《あく》|魔《ま》、|怨《おん》|敵《てき》、七里ケッパイ、という宝のヒョウタンさまだ。また、|家《か》|内《ない》安全、|牛馬繁昌《ぎゅうばはんじょう》、|息《そく》|災《さい》|安《あん》|穏《おん》、という宝のヒョウタンさまだ。|奇妙《きみょう》、きてれつ、まかふしぎともいうヒョウタンさまなんだ。|福徳長者《ふくとくちょうじゃ》になるなんか、もう、朝めしまえのことだからな。」
こんなに、ながながと|効《こう》|能《のう》をいって聞かせました。兄は、もうほしい一方で、みんな、
「そうとも、そうとも。」
と、いちいちうなずいて聞いていました。そのすえ、とうとう、
「では、どうだろう。おれのたんぼのうち、いちばん上等の田をおまえにやる。それとひとつ取りかえてはくれまいか。」
そんなことをいいだしました。弟は首をかしげて考えこんでいましたが、
「おしいヒョウタンだが、兄きが、それほどまでにいうのなら――」
と、たいそうなもったいをつけて、いちばん上等のたんぼと、古ビョウタンとをとりかえました。
兄は、その古ビョウタンをだいじにかかえて家へ帰ってきました。しかし、そんなに宝物のヒョウタンでも、病人か、けが人でもなければ、ちょっとためしてみることができません。およめさんを近所へやって、病人はないか、けが人はないかと、たずねさせましたが、あいにく、ひとりの病人もありません。兄は、これにはこまりました。いくら宝のヒョウタンでも、病人がなくては、まったく宝の持ちぐされです。と、いいことを思いつきました。外へ出て一本の|棒《ぼう》を見つけてきて、いきなり、およめさんの|腰《こし》を力いっぱいなぐりつけました。およめさんは大けがをして、
「いたいよ。いたいよう。」
と、|泣《な》きわめきました。
しかし兄は大喜びで、
「待て待て、今すぐなおしてやる。」
といって、さっそくヒョウタンを取りだし、
「カンノンどんのう、鬼どんのう、こんどばかりは助けたまえや。」
と、弟におそわった歌とおどりを始めました。そして、うちじゅうをはねあがったり、とびあがったりして、ご|祈《き》|祷《とう》をして歩きまわりました。しかし、もとより大うそつきの弟にだまされてのことですから、およめさんのけがのなおろうはずはありません。いくらおどってもはねても、およめさんは泣くのをやめませんでした。
むかし、むかしの、かしこくない兄と、悪がしこい弟のお話です。
五郎とかけわん
むかし、むかし、あるところに三人の|兄弟《きょうだい》がありました。上を太郎といい、中を次郎といい、三番めを五郎といいました。ある日のこと、父親がその三人の兄弟を前によんでいいました。
「これからおまえたちに三年のひまをやる。めいめいなんでもすきなことをならってこい。いちばん|腕《うで》のすぐれたと思える者に、この家をやる。そして、家のあととりにする。いいか。」
「はい、|承知《しょうち》いたしました。」
三人はそういって、すぐ旅に出る用意をして、
「では、行ってまいります。」
と出て行きました。
それから、三年の年がたちました。そして三人は|帰《かえ》ってきました。
「わたしは、|弓《ゆみ》を|射《い》ることをならってきました。」
「では射ってみい。」
「はい。」
といって、太郎は持っていた弓に|矢《や》をつがえ、庭のナシの木になっているナシの実を、ビューンと音をたてて射おとしました。
「ふうん、なかなかうまい。それで、おまえは何をならった。」
と父親は、こんどは次郎にききました。
「わたしは、えぼしおりをならってきました。」
次郎はいいました。
「それでは、それをおってみい。」
というので、次郎は用意の布で、えぼしというむかしの|帽《ぼう》|子《し》をおりました。これは、えらい人たちのかぶる帽子であるから、すぐ|殿《との》さまのところへ持って行って、
「|献上《けんじょう》いたします。」
といって、さしだしました。すると、殿さまも、
「これは、りっぱなえぼしだ。」
といって、たいへん感心。
「じょうずなえぼしおりだ。」
と、ほめました。ところで、三番めの五郎ですが、これは三年のあいだ、ひとりのおばあさんのところで、草をかったり木を切ったりするばかりで、これということのできるようなものは何ひとつならいおぼえていませんでした。そこで、父親から、
「五郎、この三年、おまえは、どんなことをならってきたか。」
といわれると、まったく弱りはててしまいました。下を向いて、もじもじしていると、ふところから小さな声が聞こえました。
「どろぼうをならったといいなさい。」
五郎のふところには、そのとき、かけたそまつなおわんがはいっていました。そのわんが、そんなことをいっているのでした。なんといっていいか、まったく返事にこまっていたときですから、五郎はなんの考えもなく、
「はい、どろぼうをけいこしてきました。」
そういってしまいました。これには、みんなおどろきました。まったくとんでもない話です。五郎も五郎なら、かけわんもかけわんです。しかし、五郎はなぜそんなかけわんなんか、ふところに入れていたのでしょう。またかけわんは、そんなことをいってもいいんでしょうか。その話を、これからすることにいたしましょう。
さて、五郎が三年間何かならいおぼえてくるといって、父親からひまをもらったときのことであります。どこというあてもなく、家を出てぶらぶらやって行きますと、広い大きな野原へ出ました。そこをまたぶらぶら歩いて行きますと、だんだん日が|暮《く》れてきました。
「これは、どうしたらいいもんだろうか。」
五郎は心配になってきました。すると、むこうに小さな|小《こ》|屋《や》が見えてきました。やれ、ありがたやと、そこへたちよってみると、|内《うち》にはひとりのおばあさんがいて、
「おまえはどこからきて、どこへ行くのだ。」
とききました。五郎が、
「おれは親のいいつけで、これから三年のあいだもの[#「もの」に傍点]をならいに行くところだ。」
といいますと、
「それで、いったい、どこへ行って、何をならう気なのだい。」
と、おばあさんがききました。そこで五郎が、
「それがそれなんだ。おばあさん、おれはどこへ行って、何をならったらよいか、わからないんだ。それでこまってるところだが、おばあさん教えてくれないか。」
そういってたのみますと、おばあさんは、
「ハッハ、ハッハ。」
と、大笑いをしていいました。
「どうだい、若い|衆《しゅう》、そういうことなら、ひとつ、このばあさんのところで|一修業《ひとしゅぎょう》してみたら――」
五郎は何を修業するのか、ちっともわかりませんでしたけれども、もう日は暮れたし、行くところはなし、もとよりよい考えもうかんできませんから、
「それでは、おばあさん、よろしくおねがいいたします。」
と、そういって頭をさげました。そして、いわれるままにその小屋にはいって、その夜はとまりました。あくる朝になると、おばあさんはもうさきに起きていて、五郎のところへ一|枚《まい》のきものを持ってきていいました。
「若い衆、きょうからこのきものを着て働いてもらうぞ。このきものがぼろぼろになったら、おまえさんの|年《ねん》|期《き》あけだ。修業はおわったんだ。いいかい。」
そこで五郎はそのきものを着て、おばあさんにいわれるまま、毎日毎日、木を切ったり、草をかったり、|一生《いっしょう》けんめいに働きました。そして三年の月日がたちました。しかし、ふしぎなことに、そのきものは、三年まえとすこしも変わらず、ほころびもできません。しかたがないので、五郎は木の根を台にしてその上でナタをもって、それをずたずたに切りさきました。そして、それを持っておばあさんのところへ行っていいました。
「おばあさん、きものがこんなになりました。|約《やく》|束《そく》ですから帰らせてください。」
これを見ると、おばあさんはいいました。
「なるほど。では、もう帰ってもいいよ。しかし働いてくれたお礼に、何をあげたらいいだろう。おまえさんも知ってのとおり、うちにはこれはというものが一つもない。だが、ここに一つ、おまえさんが使っていたおわんがある。それをあげるから、持って行きなさい。」
そして、かけたそまつなおわんをだして、五郎にくれました。五郎はしかたなしに、そのわんをふところに入れ、三年まえに通った野原を、とぼとぼ、家のほうへ帰ってきました。道みち、
「三年かかって、おれは、何をいったいけいこしたんだろう。おとうさんにきかれたとき、なんと返事をしたらいいだろう。」
五郎はそう考え、ふところのおわんがとてもしゃくにさわってきました。せいだして三年働いたお礼がそれ一つというのですから、考えれば考えるほど、|腹《はら》がたってきたのです。
そこで、ふところからおわんを取りだすと、草原の中へ力をこめて投げとばし、うしろも見ないでどんどん走りました。しばらく走ると、どうしたのでしょう、うしろで、
「五郎待て、五郎待て。」
とよぶ声がします。だれかと思って、五郎は立ちどまり、うしろをふりかえってみました。しかし、だれもおりません。ふしぎなことです。そこで、
「へんだなあ。」
と、ひとりごとをいいながら、五郎が歩きだすと、またうしろから、
「五郎待て、五郎待て。」
立ちどまってうしろを見ると、だれもおりません。
歩きだすと、また、
「五郎待て。」
しかたなく五郎は、
「いったい、だれなんだい、いたずらしてるのは。」
そういいながら、道の上に立っていました。すると、そこへゴロゴロころがってきたのが、今投げすてたばかりのかけわんです。それが五郎のそばにくると、ヒョイと、とびあがって、そのふところの中にはいりこんでしまいました。いまいましいけれど、しかたがありません。五郎はそのまま歩きだしました。
しばらく歩くと、その日は|暑《あつ》い日だったので、のどがかわいてならなくなりました。そのとき見ると、道ばたに|泉《いずみ》がわいておりました。これはありがたいと、五郎はそこにかがみこみ、ふところのわんをだして、三ばいも四はいも水を飲みました。
「ああ、おいしかった。」
と、口のふちを手でふいて、また家のほうへ歩きだしました。と、また、うしろから、
「五郎五郎。」
とよぶ者があります。立ちどまると、ゴロゴロやってきたのはそのかけわんです。五郎が、今の泉のそばに忘れたわけであります。わんは五郎のそばにくると、ヒョイと、とびあがって、また、そのふところにはいりこんでしまいました。やっぱり、どうもしかたがありません。五郎はそのまま歩きつづけました。
だんだん、村に近くなりました。ちょうど、お寺の前までやってくると、人がぞろぞろお寺にはいって行きます。お寺で|説教《せっきょう》があるのだそうです。どうしてか、五郎はその説教が聞きたくてならなくなりました。そこで、そのかけわんをお寺の前の石橋の下の石のあいだにかくしました。ふところの大きくふくれているのもおかしいし、説教のあいだに、それがものをいいだしてもたいへんだと思ったからであります。しかし、やっとお坊さんの説教を聞いて、五郎はいい気持になって、お寺を出てきますと、またかけわんのことを忘れてしまいました。そして橋をわたってどんどん村のほうへ歩いて行きました。すると、うしろのほうから、
「五郎待て、五郎待て。」
かけわんがころんでやってくるのです。やっぱりしかたのないことですから、こんどは、人にわからないよう、すばやくそれを拾ってふところに入れ、ついにおとうさんの待っている自分の家に帰ってきました。
それからさきは、はじめに書いたとおりなんですが、
「どろぼうをならってきました。」
と聞いて、そこにいたおとうさんとふたりの兄、それにもうひとりのおじさん、この四人の者が、
「なに、どろぼうだって――」
声をそろえておどろきました。しかし、もうしかたがありません。五郎は、一度いった以上、今のはまちがいでしたともいえないものですから、やけくそになって、
「はい、どろぼうをけいこしてきました。」
と、はっきりいってしまいました。すると、そこにいたおじさん、この人は、|長者《ちょうじゃ》といわれる大金持でしたが、その人がいいました。
「どろぼうをけいこしても、世の中に役にたつ人間になれないこともないだろう。それではとにかく今晩おれのところで試験をしてやる。うちの|金《かね》|箱《ばこ》をとりにやってこい。とったら、とったものはみんなおまえにやる。もしとれなかったら、お|上《かみ》にうったえて、どろぼうの|罰《ばつ》を受けさせてやる。どうだ、それでいいか。」
これには五郎もこまりました。なんで、どろぼうなんかといいだしたかと|後《こう》|悔《かい》して、下を向いて、考えておりました。すると、また、ふところの中のおわんの声が、承知といえ、承知といえと、いっております。もうそこまでくると、おわんのいうとおりにするよりほか、しかたがありませんから、
「はい、承知いたしました。それでよろしゅうございます。」
と、はっきりいいきりました。
「よし、それでは今晩やってこい、待っておるぞ。」
長者のおじさんは、そういって帰って行きました。
さて、その夜のことです。どしゃぶりの雨がふっていました。五郎は約束ですからしかたなく、かさをさして、おじさんの家にやって行きました。かけわん一つがたのみですから、それをふところに入れて行ったのはいうまでもありません。
ところで、おじさんの家では戸という戸は|物《もの》|置《おき》の明かりとりの|小《こ》|窓《まど》の戸までしめきって、どこにもかしこにも、一本じゃ不用心というので、三本のしんばり|棒《ぼう》をかいました。そして、長者のおじさんは金箱を一つ|残《のこ》らず、自分の|部《へ》|屋《や》へつみかさね、そのそばで、おばさんとふたり、|寝《ね》ずの番をしておりました。それから使っている男にも、女にも、それっ、といったらすぐ明かりのつけられるように、今ごろとちがって、|電《でん》|灯《とう》もなければ、マッチもないので、火打ち石やら、火ふき竹やらを持たせておきました。うまやのほうでは、馬に金箱をつんで逃げられてはいけないというので、若者が三人も番をしていました。ひとりの若者がヤリを持って馬に乗っていれば、あとのふたりは、両方からたづなを取っているというありさまだったのです。
そういうところへ、五郎はかさをさしてやってきて、|雨《あま》|戸《ど》の|外《そと》へ立ちました。どしゃぶりの雨ですから、かさにあたるその音が、ザアザアザアザア聞こえました。家の中でこれを聞いたおじさん、どうもおかしくてなりません。
「五郎のやつ、かさなんかでやってきて、そら、今外に立ってるよ。こんなことでこの金箱がとれるかい。」
そういって、おばさんとふたりで声を出さずに笑いあいました。
一方外にいる五郎のほうでは、これからどうしたものかと、思案にくれておりました。すると、やはりふところのおわんがいいました。
「五郎五郎、何をしている。早くどこかに|穴《あな》を見つけて、おれをそこから中へ投げこめ。」
そうか、そうか、やっぱり、おわんがやってくれるのかと、五郎は雨戸の前をあっちこっち手さぐりで、ふし穴やすきまをさがして歩きました。そうすると、運よく、ちょうど手ごろの穴が雨戸のはずれに見つかりました。ようしとばかり、五郎はそこからかけわんをむりやり中におしこみました。それから、いよいよかけわんの|大《だい》|活《かつ》|動《どう》が始まったのです。
なにさま、ふしぎなかけわんのことです。今までは、ものをいうのと、コロコロころげるのと、この二つばかりでしたが、五郎のおじさんの家におしこまれたとたん、きっと手がはえたり、足がはえたり、人間のとおりになったにちがいありません。だって、おわんは、中にはいるとすぐさま、暗やみの家の中をかけまわって、火ふき役が前においてる火吹き竹は、みんな|笛《ふえ》ととりかえてしまいました。また火つけ役がそばにおいてある火打ち石は、これもすっかり、ふれば鳴る手ふり|鐘《がね》とすりかえておきました。そして、こんどは長者の主人の|居《い》|間《ま》へやってきて、長者|夫《ふう》|婦《ふ》を見るまに|綱《つな》でしばってしまいました。長者はおどろいて、大声でどなりました。
「それ、どろぼうがはいったぞ。あかりをつけろ、火をもやせ。」
いつでもこいと用意していた、火打ち石や火ふき竹の|連中《れんじゅう》、そこですぐさま、そばにあった竹や石を取りあげ、口にあててふきたてたり、むやみやたらにふりたてたりしました。すると、火ふき竹からは風が出て、それがいろりの火をもやすと思いのほか、ピロロ、ピーロロ、おもしろい音が出てきました。また、火打ち石のほうは、ふりさえすれば、カッチカッチと火が出るはずが、チンチンチロリン、ピーロロピロロ。あっちでも、こっちでも、そんな音で、まるでお祭りのおはやしのようなのんきなさわぎです。しかし、主人はくくられているので、どうにもならず、
「こら、火をつけろ、火をつけろ。」
と、くりかえしくりかえし、いいつづけるばかりでした。
ところが、ばかの連中です。|母《おも》|屋《や》のほうでピーロロピロロ、チンチンチロリンと音がして、そのまに長者の声で、
「つけろ、つけろ、早くつけろ。」
と聞こえるものですから、
「これは馬に金箱をつけろといわれているのだ。それ、行け。」
ということになり、三人の馬がかりが一度に長者の部屋へかけこみました。そして、
「だんなさま、今、つけます。つけております。」
そういいながら、金箱をどんどんうまやに運び、またたくまに馬の|背《せ》|中《なか》につけてしまいました。そして、長者の部屋へ、
「だんな、金箱はすっかり馬につけました。」
そういいに出かけました。ところが、そのまに、かけたおわんは、馬のたづなを馬からはずして、これをそばの柱にくくりつけてしまいました。そして金箱をつんだ馬をうまやから引きだして、雨戸の外で待っている五郎のところへ引っぱってきました。それとも知らない馬がかりの人たちは、柱についた綱を、はいはいはいと一生けんめい、|汗《あせ》を流して引っぱっておりました。馬だと思って引っぱりだそうとするのですが、柱のことで、みじんゆるぎもいたしません。
そんなありさまで、おじさんの家の、お金は約束どおり、すっかり五郎のものになりました。それがもととなり、五郎はおじさんにもまさる長者となり、それからの一生をしあわせにくらしたということであります。その後どろぼうなどしなかったことはいうまでもありません。めでたし、めでたし。
ネズミとトビ
むかし、むかし、あるところに、いろいろな|姿《すがた》にばけるふたりの人がいました。あるとき、ふたりは|相《そう》|談《だん》しました。
「おれたちは、なんにでもばけられる、じょうずな術を知ってるのだから、これでひとつ、金もうけをしようではないか。何か、いい考えは思いつかないか。」
ひとりがいいますと、もうひとりが、
「ウン、それにはいいことがある。」
と、ひざをたたいて答えました。そして、よく相談したのち、ひとりがりっぱな|黒《くろ》|駒《こま》にばけました。それこそ|三《さん》|国《ごく》|一《いち》というような、毛色のつやつやした、せいの高い、よくこえた、とても元気そうな馬でした。もうひとりは、それをひいていくばくろう[#「ばくろう」に傍点]になりました。
で、ばくろうは馬をひいて、村へやってきました。
「どうでしょうか。馬はいりませんか。三国一の名馬です。」
そういうと、たくさんの人が集まってきて、その馬を見ました。
「なるほど、いい馬だ。」
十人も二十人も、集まった人が、口をそろえて、そういいました。それで、
「おれに売ってくれ。」
「いや、おれがほしい。」
そんなことをいう人が、たくさん出てきて、
「おれは、八百円で買う。」
「おれは、千円で買う。」
「いや、おれは千五百円だ。」
と、いうようになりました。そして、とうとう、千五百円で、その|化《ば》け馬は売られました。買った人は、たいへんな名馬というので、大喜び、すぐ家にひいて帰り、うまやに入れて、シッカリ|綱《つな》でつないで、草や|麦《むぎ》やごちそうをしてやりました。
ところが、そのあくる朝、その人がうまやへ行ってみると、どうしたことでしょう。一夜のうちに、その名馬は、|影《かげ》も形もなくなっていました。千五百円もだしたのですから、たいへん|残《ざん》|念《ねん》がって、ほうぼうへ人を走らせ、あっちにいるか、こっちへ行ったか、とさがしまわらせましたが、ついに馬はどこへ行ったかわかりませんでした。それではというので、こんどは、ばくろうをさがしましたが、これもまた、ゆくえがわかりません。
ふたりは、もうそのとき、とっくにもとのすがたにかえり、もうけたお金でお酒を飲んだり、おいしいものを食べたりしていました。そして、
「しかし、高く売れたもんだなあ。いい商売がみつかって、|今《こん》|後《ご》くらしにこまることはない。」
こんなことをいいあっていました。ところが、ふたりはまもなくお金を使いはたしてしまいました。それでまた馬とばくろうになって、馬を売りに行くことになりました。こんどは、まえに馬になったほうがばくろうになり、ばくろうになったほうが馬になりました。
やがて、ふたりはまえとちがった村へやってきました。そして、いいました。
「三国一の名馬です。買う人はありませんか。」
そこで、村の人たちは、
「名馬がきた。名馬がきた。」
と、集まってきて、その馬のりっぱなのを見て、みんな感心して、また、千五百円だして買う人がありました。しかし、どこかの村で、名馬を買ったら、これが|一《ひと》|晩《ばん》のうちにいなくなったといううわさがたっていましたので、その馬を買った人は馬をうちへつれて帰ると、うまやへ入れて、シッカリ綱でつなぐのはもとより、そこの戸を外から|厳重《げんじゅう》に、クギで打ちつけておきました。
ところが、そのあくる日です。その人がうまやへ行ってみると、やっぱり馬はいませんでした。化け馬ですから、|逃《に》げてしまったらしいのです。しかし、その人は、あんなに大きいものが、戸もはずれていないのに、どうして逃げたろうと、ふしぎでなりません。ふし穴から馬が逃げるはずもないというので、おおぜいで、うまやの中をすみからすみまで、さがしました。ところが、うまやのすみに小さなクモが一ぴき、|巣《す》をかけて、その上にとまっていました。そこで、そのクモをつかまえ、綱でくくってみますと、それが、ほんとうの人間になりました。それで、買い|元《もと》の人は、たいへん|腹《はら》をたてて、
「この大どろぼう。」
といって、役所へうったえて出ました。役所でしらべてみますと、まえにも、このように馬にばけて、千五百円お金をとったということがわかりました。そこで、役所でも、
「このような人間を生かしておいては、世の中にどのようなわざわいをするかもわからない。」
ということになり、|裁《さい》|判《ばん》でとうとう|死《し》|刑《けい》になることにきまりました。
ところが、いよいよ|刑場《けいじょう》に引っぱりだされて、今にも死刑になろうというときでした。その馬にばけた人が、役人にいいました。
「わたしは悪いことをしたのですから、死刑になっても、すこしも不服はありません。そして、またいい残したいこともありません。ただ最後のおねがいに、あそこのあの高いさおに、のぼらせてくださいませんか。」
役人が、その人の指さすところを見ると、そこに、一本の高い竹ざおが立っていました。それは、十メートルもあるような高いさおでした。とても、人間がのぼれるようなさおではありません。で、役人がいいました。
「最後のねがいとあれば、ゆるしてやってもいいが、しかし、あれにのぼっていかれるのかい。」
「ハイ、まあ、ごらんになっていてください。」
そういうと、その人は、その竹ざおの前にかけよりました。そして、さおの下に行くと、ハッというまもなく、それが一ぴきのネズミになっていました。そして、スルスルとさおのいただきにのぼりつくと、そこにとまって、あちこち頭を向けてながめまわしました。それから、
「チュッチューチュー。」
と、二声三声鳴きました。と、
「これは!」
と、役人がハッとしたのですが、どこからか、一|羽《わ》のトビが飛んできました。そして、そのさおのいただきのネズミをくわえて、スウーッと、空高くまいあがり、それなり、遠くへ飛んで行ってしまいました。役人はもとより、見ていた人たちも、あっけにとられ、声さえ出ませんでした。どうすることもできず、どうするまもありません。
ところが、そのばけることのじょうずなふたりです。ふたりはまたもとのすがたにかえり、だまし取ったお金で、ごちそうを食べたり、お酒を飲んでくらしました。が、それもまもなく、また、なくなりました。で、ひとりがまたいうのでした。
「どうだろう。もう一度やってみたら――。こんどは、おれが馬になる。」
これは、はじめ、馬になった人でした。
「さあ――こんどしくじったら、いよいよ、命がなくなるぞ。」
二度めに馬になったほうがいいました。しかし、ふたりともお金がなくなったので、とうとう、また馬とばくろうになって出かけました。
「三国一の名馬、三国一の名馬。」
そう、ふれ歩いて、また千五百円に売りました。こんども買う人は用心して、うまやをクギづけにしたばかりか、そこへ|番《ばん》|人《にん》までつけました。それで、馬にばけていた人は、逃げるまもなく、夜明けまで起きていたので、ついねむくなって、人間のすがたにかえってねむってしまいました。そこを朝になって|主《しゅ》|人《じん》に見つけられ、たいへんなことになりました。いよいよ役所にうったえるというのです。そこで、その馬にばけた者がいいました。
「しかたがありません。うったえてください。しかし、そのまえに、わたしに芸をさせてください。おわびのしるしに、おもしろい芸をおめにかけます。」
主人は、ついその話にのり、その者のいうとおり、一|升《しょう》入りのトックリを持ってきました。すると、その男は、主人の前で、そのトックリの中にスポン――と、はいってしまいました。主人はビックリしましたが、大いそぎで、そのトックリをそばの石に打ちつけ、わって、中を見ました。しかし、中にはもう水一てき、チリ一ぺんさえもありませんでした。どうしたのでしょう。
でも、それからのち、このばけることのじょうずなふたりも、それきり、その地方にすがたを見せなくなりました。トックリといっしょに、打ちくだかれたのかもしれません。それとも、遠いどこかで、また馬にばけばけしているのかもしれません。めでたし、めでたし。
馬になった男の話
むかしのことです。|伊《い》|勢《せ》の|大《だい》|神《じん》|宮《ぐう》へ、三人の男がお参りに出かけました。何日も何日も歩いて行くと、ある|晩《ばん》のこと、見も知らぬ一つの町へやってきました。
「へんな町だなあ。なんという町だろう。」
といい合いましたが、とにかく、日が|暮《く》れたので、どこかへとまらなければなりません。それで|宿《やど》|屋《や》をたずねて、やっと、町はずれの一|軒《けん》の安宿を見つけました。やれ、やれと、そこにやど[#「やど」に傍点]をとりましたが、なにしろ宿屋もへんなようすなので早くねて、明日は早く立とうと、みんなそういいました。ところが、その晩のごはんのぜんに、ふしぎな草もちが出ました。よもぎでもなければ、他のなに草ともわかりません。しかし食べてみると、おいしいもので、みんなむしゃむしゃと食べてしまいました。
|翌《よく》|朝《あさ》のことです。さあ、起きて出かけようぜ――そんなことを思って、|障子《しょうじ》にあかりがさしたところで、みんな一度に目をぱっとあけました。ところが、おどろきました。|夢《ゆめ》ではないかと思ったのですが、夢ではありません。夢でなければどうしたらいいでしょう。だって三人が三人とも、馬になってねているのです。
「おい、おい、おれたちいったいどうしたらいいだろうな。」
いおうと思ったのですが、もう馬ですから、そんなことはいえません。ただ、
「ヒヒヒン、ヒヒヒ――ン。」
と、|悲《かな》しげな鳴き声が出るだけです。三びきの馬になった三人の男は、それでも|部《へ》|屋《や》の中で、しきりにヒヒンヒヒヒンと鳴きあっていました。すると、そこへ宿屋の主人が入ってきました。うしろにつれているのは、ばくろうといって、馬の商人です。宿屋ではこの三びきを売ることになったようなのです。主人はくつわやたづなを出して、見るまに、馬が自由にできないようにしてしまいました。
それを見て、ばくろうはいいました。
「近ごろにない丈夫そうな馬だな。」
そしてお金を払って、外へ引いて出ました。その足でばくろうはすぐ近所の|普《ふ》|請《しん》|場《ば》へやって行き、|親《おや》|方《かた》に三びきとも、むぞうさに売りつけました。親方は、
「これは力のありそうな馬だ。」
というところで、|砂《じゃ》|利《り》や、石を運ぶのにつかうことにしました。ほんとうの馬でも、砂利や石となると、重くて、つらくて、ハッハッ鼻から息をはくのですが、人間がなってる馬ですから、たまりません。
「重いなあ。」
「苦しいなあ。」
「|背《せ》|中《なか》が折れそうだ。」
そんなことをいいあうのですが、それがまた人間のことばにならず、ただもう、ヒヒンヒヒンで、心ぼそいったらありません。それでも、一日そうして働くと、その夜は一つの家のうまやに二ひき、|別《べつ》の家のうまやに一ぴきとつれて行かれてねかされました。
それからはもう毎日毎日そんなありさまで、食べさせられるものといえば、ぬかや|残《ざん》|飯《ぱん》のぞうすいです。それに草などがまぜてありました。馬になってることですから、もとより人間のようなものは食べさせられません。しんぼうして、そういうものを|一生《いっしょう》けんめい食べておりました。それにしても、砂利や石を運ぶ一日のながいこと、昼になって朝のことを思うと、きのうのことのように思われ、夜になって昼のことを考えると、おとといのことのように思われたりします。三びきは顔を合わせては、目で、この気もちを伝えあい、口ではおかしい馬ことばのヒヒンヒヒンをくりかえしていました。
ある晩のことです。一ぴきだけが入れられている、うまやの前を、人がたくさん通って行くので、なんのことかと耳を立てていますと、
「|浄瑠璃《じょうるり》だ。浄瑠璃だ。浄瑠璃へ行こう。今夜は|駒《こま》|語《がた》りの浄瑠璃だ。語り手はうまい|座《ざ》|頭《とう》の坊さまだ。」
そういっている人があります。これを聞くと、馬になってるその人は、
「おれも人間のときは浄瑠璃が好きだったが、きょうは駒語りというのであれば、きっと馬のことが出てくるにちがいない。聞きたいものだな。聞きたいものだなあ。」
そう思っているうちに、もうたまらなくなって、そのうまやをそっとぬけて、通りに出て行きました。そして人にまじって、浄瑠璃のところへ行きました。馬ですから、中へは入れないので、入口に立って耳をピクピクさせて、浄瑠璃を聞きました。すると、その中に、
「|那《な》|須《す》|野《の》ガ|原《はら》の|奥《おく》の方に|沼《ぬま》がある。その沼の岸の朝日がま正面からあたるところにススキがはえている。その中にしま[#「しま」に傍点]のあるススキがある。それを見つけてきて食べると、馬になった人間が、またもとの人間に返ることができる。」
そういうところがありました。馬になったその人は、これを聞くと、飛び立つばかりに喜んで、そこからすぐ那須野ガ原をさして、|一《いっ》|足《そく》とびにかけだしました。何日もかかって、その那須野ガ原へやってきて、沼のほとりの朝日のあたるススキの原をさがしました。すると、浄瑠璃のとおり、しま[#「しま」に傍点]のあるススキがひとむらはえておりました。
「ああ、これか、これか。」
と大喜びして、それをむしゃむしゃと食べますと、ひと口ひと口にからだが人間に変ってきて、とうとうりっぱなもとの姿となりました。
「やれ、うれしや。」
そう思いましたが、しかし考えてみると、もうふたりの友だちはまだ馬のすがたで、石や砂利を背中につんで、ヒヒヒンヒヒンで苦労しております。気のどくでなりません。そこで、まだたくさんあるしま[#「しま」に傍点]ススキを、一本一本|刈《か》りとって、大きな|束《たば》にして、わきにかかえました。そして、また何日も旅をして、もとのところへ帰ってきました。そこで、友だちの馬のうまやをたずね、わけを話して、そのしま[#「しま」に傍点]ススキを食べさせました。友だちもやはり、ひと口ひと口に、もとの人間の姿にかえっていき、とうとうりっぱな人間になりました。
人間にかえった三人は、そこから逃げ出して、
「これからどうしたものか。」
と相談しました。考えてみると、あのへんな宿屋の主人が、いまでも毎晩毎晩、お客をとめては、それを馬にしていることが|察《さっ》しられました。
「そういう人がなんと気のどくなことか。」
三人は自分たちの経験から、それが思われて、
「どうかしてやりたいなあ。」
といいあいました。そこでその夜のこと、三人はその宿屋へしのんで行きました。たなの上を見ると、自分たちが食わされた「馬になる草もち」が、やっぱりそこに置いてありました。しかも大ざらにいっぱい、もり上げてありました。
「これだ、これだ。あぶないことだ。何人、何十人の人がこれで馬にされるかしれない。」
こういって、それをそっくり|盗《ぬす》んで、そっとまた出てきました。それから近くのおかし屋へ行って、そのもちを別の形のおかしに作りなおしてもらいました。それをまた厳重に|重箱《じゅうばこ》に入れて、
「これを食べてはいけませんよ。それから、このかしをつくった人は手をよく洗ってくださいよ。そうでないと、あぶないことがありますから――」
そうたのんでおいて、それから三人はあらためてまた、伊勢神宮へお参りに出かけました。ぶじにお参りをすませて、その町に帰ってくると、馬になるかしをあずけた、おかし屋へやってきました。
「あれをください。ながい間、おあずかりくださってありがとう。」
そういってそれを受けとりました。それからこんどは、例の宿屋へ、前とまったときとは別のきもので、別の人間のようすをして入って行きました。
宿屋がお客さまかと思って、大喜びしているところへ、こんどは、
「これは京都の|名《めい》|物《ぶつ》のおかしです。おみやげにさしあげます。」
そういって、馬になるおかしをさし出しました。宿屋のものは、そんなこととは知りませんから、
「はい、はい、ありがとうぞんじます。」
そういってもらい、それをうちじゅうで食べました。
「なるほど、京都の名物だけあって、うまいな、うまいな。」
そういっているうちに、主人をはじめ、みんな馬になってしまいました。これを見ると、三人の、前に馬にさせられた人たちは、馬になった宿屋のものを、つぎつぎと、|綱《つな》をつけ、くつわをはませて、庭のくいにつなぎました。そして自分たちが馬にさせられて、どんなに苦労したかを話しました。それを聞いて宿屋のものはなんと考えたのでしょうか。なみだをためて、ヒヒン、ヒヒンと、いななきました。きっと、
「もう悪いことはいたしません。お許しください。」
といっていたのでしょう。しかし三人の他にどれだけの人が馬にさせられたかわからないと思い、三人は、宿屋のものをひっぱって、大きな野原へつれて行き、そこへ追いはらって、自分たちの国をさして帰って行きました。宿屋のものは、野馬になって、ながい間その原っぱで、ヒヒンヒヒンといななき合っていたということであります。
こぶとりじいさん
むかし、おじいさんとおばあさんとが住んでおりました。おじいさんは山へ行ってたきぎ[#「たきぎ」に傍点]を取り、おばあさんは川へ行って、せんたくをしてくらしておりました。
ところで、このおじいさん、左のほっぺたに大きなコブがありました。ほっぺたをふくらませているようなコブだったのです。
ある日のことです。おじいさんは山で、たきぎの大たばをつくって、ドッコイショと、それを|背《せ》|中《なか》にせおいました。もう|帰《かえ》る時間だったのです。ところが、そのとき、にわかに雨がパラパラ落ちてきました。すぐ大つぶになり、イナビカリ、大カミナリで、なかなか帰るどころではありません。しかたなく、おじいさんは近くの大きな|杉《すぎ》の木の根もとにある、ほら|穴《あな》の中に入りました。そこで荷物をおろして、雨やどりをしたのです。しばらく、そこでそうして休んでいるうちに、つい、ウトウトとねむってしまいました。
なにか、音がしたように思って、おじいさんが目をさまし、前を見たとき、ビックリぎょうてんしました。だってもう、そのへんはまっくらの夜です。夜中だったのかもしれません。それなのに、そこの広場で、火があかあかと燃えております。
それをまん中にして、赤い顔で、青い鼻で、目のおそろしい人間が、五人も六人も輪になって、なにか、わけのわからん歌をうたっております。そして、からだを右に左にゆすり、手をパッタ、パッタとたたいております。その火のそばには、なにかごちそうのようなものが、大ざらに|山《やま》|盛《も》りになっており、|片《かた》|方《ほう》にはタルがあって、お酒もいっぱいあるようでした。この人たちは酒盛りをして、うたったり、おどったりしているのでした。
しかし、よくよく見れば、それは人間ではありません。|天《てん》|狗《ぐ》です。背中に大きなツバサが二|枚《まい》、かさなりあってついていました。大天狗、小天狗、カラス天狗なんていうものでしょう。そうです。なかに、カラスのように口先のとがった天狗もおりました。また、羽根でつくったウチワのようなものを、背中や|肩《かた》のほうにつるしている天狗もありました。天狗の|羽《は》ウチワというものなんでしょう。
そのうち、どこからか、ド――ン、ド――ンと|太《たい》|鼓《こ》の音がしてきました。それといっしょに|笛《ふえ》の音もしてきました。天狗の歌やおどりにつれて、おはやしというものが始まったのでありましょう。
しかし、このありさまを見て、このコブじいさん、ついおもしろくなってきました。自分でも、うたったり、おどったりしたくなってきたのです。それでつい、こううたいだしてしまいました。
「天狗、天狗、八天狗。」
天狗は八人いたのです。で、そううたうと、もう|恐《おそ》ろしくも、なんともなくなり、ひとりでに自分のからだが、ほら穴から出て行きました。
「おれまでかぜれば九天狗。」
そううたったときには、おじいさんはもう天狗の輪の中に入って、手をあげたり、足をあげたりして、おどっておりました。はじめ、天狗たちは、みんな恐ろしい目をして、おじいさんを見ました。しかし、おじいさんの声がとてもよい声で、そのうえ、おどりがまたすばらしく、おもしろいものなので、つい、
「ハッハッハ。」
と、ひとりが笑いだすと、みんな声をそろえて、
「ワッハッハ、ワッハッハ。」
と笑いました。おじいさんは、これで元気も出て、いろいろな歌をうたい、いろいろな|踊《おど》りをおどりました。天狗たちは、そのたびにおもしろがり、なかでもカラス天狗などは、二つの大きな羽根をひろげて、羽ウチワを片手にさしあげ、
[#ここから1字下げ]
「それれ、それれ、
とひゃら、とひゃら
それれ、とひゃら
とひゃら、それれ。」
[#ここで字下げ終わり]
とうたいながら、クルクルまわって、|天《てん》|狗《ぐ》|舞《まい》というのを舞いました。たいへんなさわぎです。そのうちに時間がたって、どこかでニワトリが鳴きだしました。
「そろそろ夜があける。それではまた明日。」
天狗のひとりが、こういいますと、
「ところで、じいさん、あしたまた来てくれるかい。おまえの歌も踊りも、とてもじょうずだったので、ぜひ来てやってもらいたいね。」
ひとりが、こんなことをいいました。
「はいはい、まいります。」
おじいさんは、そういったのですが、
「しかし、もしこないことがあるかもしれないから、なにかあずかっとくといいな。」
ひとりの天狗が、そういいました。
「そうだ。このコブでもあずかっとくか。」
その天狗はそういって、おじいさんの左のほお[#「ほお」に傍点]の大コブを、わけなく、スッとにぎりとってしまいました。
「あれ。」
おじいさんが、ほお[#「ほお」に傍点]のへんが|妙《みょう》に軽くなったような気がして、なでてみると、もうそこには、コブはありません。右とおなじ、あたりまえのほお[#「ほお」に傍点]になっていました。
ところで、おじいさんは、それから家に帰り、|昨《さく》|夜《や》の恐ろしかったことや、おもしろかったことの話をしました。コブをとられた話もしたのです。すると、これを聞いたとなりのおじいさんが、
「それはいいことを聞いた。」
といいました。だって、このおじいさんは右のほお[#「ほお」に傍点]に大きな大きなコブがあったのです。
「おれも今夜行って、その天狗さんに、このコブをあずかってもらってこよう。」
そのおじいさんはそういって、その|晩《ばん》のこと、まだ日がくれないあいだから山へ行って、杉の木のほら穴で待っていました。そして天狗が来て、うたったり、おどったりしはじめると、おそわったとおりに、
[#ここから1字下げ]
「天狗、天狗、八天狗
おれまでかぜれば九天狗。」
[#ここで字下げ終わり]
そういって出て行きました。天狗はこれを見ると、
「来た来た。来た来た。コブのおやじが来た。」
そういってよろこびました。しかし、このおじいさん、歌もへたなら、踊りもまったくできません。昨夜のおじいさんと大ちがいで、ただボンヤリ立っているだけです。
「おい、じいさん、昨夜のようにうたわんか。」
そういう天狗もあれば、
「おい、じいさん、ゆかいなやつを一つ、おどってくれ。」
そういう天狗もありました。それでも、このじいさんは立っているばかりです。そこで、とうとう、
「これはダメだ。きょうのおじいさんは、まるでおもしろくない。それじゃ、これを返すから、さっさと家へ帰るがいい。それっ。」
そういうと、天狗は昨夜あずかったおじいさんのコブを、今晩やって来たとなりのおじいさんの左のほっぺたへ、パタンとくっつけてしまいました。それで、となりのおじいさんは右に一つ、左に一つ、二つのコブを持つ、大コブじいさんになってしまいました。人まねしてはならないというお話です。めでたし、めでたし。
サルとお|地《じ》|蔵《ぞう》さま
むかし、むかし、あるところによいおじいさんがありました。
ある日、山へシバかりに行って、むこうの|河《か》|原《わら》を見ますと、サルがたくさん集まって、石のお地蔵さまをかついで川をわたっておりました。
これはおもしろいと思って、自分も河原へ行って、からだじゅうに米の粉をぬり、お地蔵さまのまねをしました。そして、|臼《うす》をさかさにした上にたっていました。すると、まもなく、サルがこれを見つけて、
「あ、お地蔵さまがここにもござる。お地蔵さま、お|堂《どう》へ持ってって、お|納《おさ》めしよう。」
と、おおぜい集まってきました。そして、みんなで|肩車《かたぐるま》をくんで、その上に、おじいさんを乗せました。
それから、声をそろえてうたい、うたいながらかつぎだしました。
[#ここから1字下げ]
「てんの手車、たれ乗せた。
地蔵さま乗せた。」
[#ここで字下げ終わり]
道々こううたって、やはり川をわたって行きました。川の深いところへくると、
[#ここから1字下げ]
「サルのおしりはぬらすとも、
地蔵のおしりぬらすなよ。」
[#ここで字下げ終わり]
と、うたいました。おじいさんは、おかしくてなりませんでしたが、お地蔵さまが笑うってことはありませんから、じっとおかしいのをがまんしておりました。川は深いうえに、流れが早かったので、サルたちは、ともすると流されそうになりました。しかし、そのたび、力をこめて、この歌をうたったので、よく気合があって、ぶじにむこう岸へわたることができました。すると、そこに、一つのお堂がありました。サルは、おじいさんの地蔵さまを、そこへかついで行き、そこに、お納めいたしました。そして、その前に、なんだかいっぱいおそなえして、まもなく、どこかへ行ってしまいました。おじいさんが目をあけてみますと、|宝物《たからもの》がいっぱいおそなえしてありました。おじいさんは、大よろこびして、その宝物を持って、うちに|帰《かえ》ってきました。うちに帰ると、|座《ざ》|敷《しき》じゅうにひろげて、うちの者に見せました。みんな、感心してながめていました。と、そこへ、となりの欲のふかいおじいさんがきました。そして、その座敷いっぱいの宝物を見て、びっくりして、たずねました。
「まあ、こりゃ、なんだって、ここのうちは、いっぺんにこう|福《ふく》|々《ぶく》しゅうなったんだい。」
で、おじいさんが、その日のことを話しました。
すると、
「それは、おもしろい。おれもひとつ、お地蔵さまになってみよう。」
そう、欲のふかいとなりのおじいさんがいいました。
そして、あくる日、おじいさんにおそわったとおり、川原へ行って、米の粉をからだじゅうにぬり、臼をさかさにした上に立っていました。と、まもなく、サルがやってきました。
「ここに、お地蔵さまがござる。お堂へお納めしなければ――」
そういって、また、みんなで肩車をくみました。
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「てんの手車、たれ乗せた。
地蔵さま乗せた。」
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きのうのとおりにうたいました。そして、川をわたって行きました。
深いところへさしかかると、
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「サルのおしりはぬらすとも、
地蔵のおしりぬらすなよ。」
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やはり、きのうのとおり、声をそろえてうたいました。すると、欲ふかのおじいさん、おかしくて、おかしくて、どうにもこらえていることができません。それで、つい、
「はっは、はっは。」
と、笑ってしまいました。
笑い声を聞くと、サルたちはびっくりして、お地蔵さまの顔をのぞきました。そして、
「あ、これはお地蔵さまではなかった。人間だ。人間だ。」
というと、みんな車の手をはなして、逃げるように行ってしまいました。それで、欲ふかのおじいさんは、深いところに落とされ、もうすこしで、おぼれそうになりました。人まねをするものではない、というお話です。
|金《きん》をうむカメ
むかし、むかし、たいそう|貧《びん》|乏《ぼう》なおじいさんとおばあさんとがありました。ところが、そのおとなりに、これはお金持のおじいさんとおばあさんとがおりました。
お正月が近くなりました。お金持のおじいさんおばあさんのうちでは、おもちをついたり、ごちそうをつくったり、にぎやかにお正月の用意をしておりました。しかし貧乏なおじいさんとおばあさんのほうでは、おもちどころではありません。
「となりのモチツキ、音は高くても、口にははいらん。」
そんなことをいって、ふたりはお正月のおかざりを町へ売りに出かけました。
「おかざりやあ――。おかざり――」
そうよんで歩いて行きました。やっとおかざりを売ってしまうと、海ばたの岩に|腰《こし》をおろして、ふたりはやすんでおりました。すると、岩にくだける波の中から美しいお|姫《ひめ》さまが出て来ました。それは海の底にある|竜宮《りゅうぐう》の|乙《おと》|姫《ひめ》だったのです。
「おじいさん、おばあさん、どうですか。竜宮へ来て見る気はありませんか。」
乙姫さまがいいました。おじいさんも、おばあさんも、びっくりしましたが、しかしこんなうれしいことはありません。
「どうぞ、おつれになってくださいませ。」
そういって、たのみました。
「それでは――」
といって、乙姫さまは手をたたきました。すると、もうそこに三びきの大きなカメが、波の上にういて来ました。乙姫と、おじいさんとおばあさんは、そのカメに乗りました。そして波をわけて、海の底の竜宮城へ行きました。
竜宮は、それこそ、見たこともなければ、聞いたこともないほどの美しい|御《ご》|殿《てん》で、おじいさんおばあさんは、歌を聞いたり、おどりを見たり、日にちをわすれてくらしました。毎日毎日おもしろおかしく、日がたちました。
それでも、ある日のこと、日本のことを思いだして、おじいさんがおばあさんにいいました。
「おばあさん、そろそろ、おいとまして、|帰《かえ》らせていただこうか。」
それからふたりして、乙姫さまの前へ出ていいました。
「乙姫さま、いろいろありがとう存じました。それでは、日本へ帰らせていただきます。」
すると、乙姫さまがいいました。
「名ごり|惜《お》しいが、お帰りならば、おみやげにカメを一ぴきさしあげます。小さいけれど、|金《きん》をうむカメですよ。」
おじいさんおばあさんは、かわいらしいそのカメをもらって、大よろこびで、日本へ帰ってきました。そして教えられたとおりに、戸だなの|奥《おく》へ入れて、毎日アズキ五|合《ごう》で|飼《か》っておきました。するとカメは、戸だなの中へ|毎《まい》|晩《ばん》、チリン、チリンと音をさせて、いくつもいくつもお|金《かね》のようにまるい|金《きん》をうむのでありました。おじいさんもおばあさんも、チリンチリンというその音を聞いていると、とてもうれしくなり、
「もう三|枚《まい》うんだ。いや、四枚めだ。」
そんなことをいったりしました。
ところが、これを聞いたのが、となりのお金持のおじいさんと、おばあさんです。
「あんたのところには、金をうむカメがいるそうだね。一晩、うちに貸してくれないか。」
そういってたのみました。貧乏なほうのおじいさんとおばあさんは、
「乙姫さまからいただいた、これはうちのだいじなカメで――」
そういって、ことわりました。しかし金持のおじいさんおばあさんは、むりやりカメを借りて、自分の家に帰って行きました。そして戸だなの奥に入れ、アズキを一升も食べさせました。たくさんやれば、たくさん金をうむと考えたからであります。ところが、あくる朝、戸だなをあけて見ると、金は一つもうんでおらず、フンばかり、ドッサリおとしておりました。金持のおじいさんはハラを立てて、
「このクソガメッ。」
そういって、カメを石の上に投げつけました。貧乏なほうのおじいさんは、これを聞いて、ビックリして、とんで行きました。
しかしカメは、かわいそうなことに、もう死んでしまっておりました。そこで、おじいさんはカメを持って来て、おばあさんといっしょに、自分の家の庭にうずめてやりました。すると、まもなく、そこから一本のミカンの木がはえて来ました。木は見るまに大きくなり、花がいっぱいさきました。花はすぐもう|鈴《すず》なりの実になりました。
「これはこれは、なんと美しいミカンだろう。」
そういって、おじいさんとおばあさんが、その実をとって、皮をむいて見ましたら、中はピカピカ、金のミカンだったのです。ふたりは大喜びして、何百というそのミカンをとり、皮をむいて見ると、みんな金のミカンでした。それでこの貧乏だったおじいさんおばあさんも、たいへんな大金持になりました。めでたし、めでたし。
|灰《はい》まきじいさん
むかし、むかしです。|奥州《おうしゅう》というのは、今の岩手県あたりのことでしょうか。川の|上《かみ》と|下《しも》とに、おじいさんが住んでおりました。
上のおじいさんは悪いおじいさんで、下のおじいさんはよいおじいさんでした。川に魚をとるカゴを受けることになりました。悪いおじいさんが川上に受けました。よいおじいさんが川下に受けました。
朝になって、川上のおじいさんが行って見ると、自分のカゴには小犬が一ぴき入っておるばかりです。川下のカゴを見ると、魚がたくさん入っております。上のおじいさんは、はら[#「はら」に傍点]をたてて、下のおじいさんのカゴの中から魚をスッカリ取って、そこへ、自分のところの小犬を入れておきました。
まもなく、下のおじいさんがやって来ました。カゴに入ってる小犬を見ると、大喜びして、
「おおかわいい。おおかわいい。」
と、だいて|帰《かえ》って、大切に|育《そだ》てました。
犬は、おわんでごはんをやれば、そのおわんの大きさだけ、おはちで食べさせれば、そのおはちの大きさだけ、毎日毎日大きくなりました。そして、まもなく、おじいさんが山へ行くときなど、たくさんの|道《どう》|具《ぐ》を|背《せ》|中《なか》にせおって、しっぽをピンピンふって、おともをして行くようになりました。大きな、強い犬になったのです。そして、おしまいには、おじいさんにシシ(|鹿《しか》)をとることを教えてくれるほどになりました。
ある日のことです。おじいさん、犬が教えてくれたとおり、山の中で呼びました。
「あっちのシシは、こっちへこい。こっちのシシも、こっちへこい。」
すると、あっちの山、こっちの谷から、シシが何びきもとび出して、山をけちらして集まってきました。|角《つの》をふりたててやって来たのです。それを、その犬が一ぴきのこらずつかまえて、|大猟《たいりょう》をしました。しかも、それをせおって、おじいさんちへ帰ってきたので、おばあさんはもう大喜びで、シシ|汁《じる》のごちそうをつくりました。ところが、そこへやってきたのが、上の家のおばあさんです。それを見て、
「うちでもシシ汁を食べたいから、その犬をひとつ貸してください。」
そういいました。下の家のおじいさんは、
「はいはい、どうぞお使いください。」
と、犬を貸しました。で、そのあくる日です。上の家のおじいさんは、その犬をつれて山へ行きました。犬がいやがるのもかまわず、オノだの、カマだの、いろいろの道具を犬の背中におわせ、やれ行け、それ行けと追いたてました。山へ入ると、あまりせかせか急いだもので、シシというのをすっかり|忘《わす》れて、
「あっちのハチは、こっちへこい。こっちのハチも、こっちへこい。」
と、大きな声を出して呼びました。すると、山じゅうのハチがブンブン、ブンブン飛んできて、おじいさんのからだじゅう、目といわず、耳といわず、手から足の先のほうまで、チクチクさしました。いかな欲ばりのおじいさんも、これにはまいってしまい、
「いたい、いたい。これはかなわん。」
と、|泣《な》いたり、わめいたりしました。それでもハチが行ってしまうと、それをスッカリ犬のせいにして、犬にたいへんはら[#「はら」に傍点]をたて、とうとう、その犬を殺してしまいました。そして、そこにあったこめ[#「こめ」に傍点]の木の下に、その犬をうずめて、家へ帰ってきました。帰ってくると、もうからだじゅうがはれ[#「はれ」に傍点]て、苦しくて、なりません。そこで|床《とこ》について、ウンウンうなっておりました。そこへ、|下《しも》の家のおじいさんがやって来ました。
「シシ猟は、どうでした。で、あの犬を返してください。」
こう、下のおじいさんがいうと、上のおじいさんは|大《おお》おこりで、
「犬を返すどころですか、わたしはあの犬のせいで、ハチにさされ――」
そんなことをいいました。そして、
「犬は殺して、こめ[#「こめ」に傍点]の木の下にうずめました。」
そういったものですから、下のおじいさんはたいへんに犬をあわれに思いました。それで、おばあさんといっしょに、山へ、そのこめ[#「こめ」に傍点]の木をたずねて行きました。こめ[#「こめ」に傍点]の木の下に立つと、
「もう、今さら犬のことをいっても、しかたがないから、このこめ[#「こめ」に傍点]の木を切って帰って、これで|臼《うす》でもつくり、それを犬と思うて、大切に使いましょう。」
そうおばあさんがいいだし、ふたりはさっそく、その木で臼をつくりました。家へ持ってくると、その臼をつきながら、ふたりは歌をうたいました。
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「じんじのまえには|金《かね》おりろ。
ばんばのまえには米おりろ。」
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すると、フシギなことに、おじいさんのまえにはピカピカのお金が、ザラン、ザランと出てきました。おばあさんのまえには、まっ白のお米が、サラサラサラと出てきました。これで、ふたりはしばらくすると、|長者《ちょうじゃ》といわれるほどのお金持になりました。そして、よいきものをきられ、おいしいものが食べられました。上の家のおばあさんが、またやって来て、これを見ました。そしてまた、
「どうして、おまえさんたちは、こんなおいしいものを食べ、こんなよいきものをきられるのかい。」
と、ききました。そこで下のおじいさん、おばあさんが、これは、こうこう、しかじかと、犬や臼の話をしますと、上のおばあさん、
「それじゃ、また、その臼を貸してください。」
と、臼を借りて行きました。ところが、こんども、この上のおじいさん、臼の使い方をまちがえました。
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「じんじまえには、ばば[#「ばば」に傍点]おりろ。」
ばんばまえには、しし[#「しし」に傍点]おりろ。」
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こんなきたないことをいってしまったのです。だから、ふたりのまえには、それぞれきたないものがおりてきて、家の中はたいへんです。おじいさん、おばあさん、またたいそうはら[#「はら」に傍点]をたてて、その臼をたたきわり、かまどにくべて、|燃《も》してしまいました。そこへ、下の家のおじいさんがやって来たのです。
「臼を返してくださいな。」
上のおじいさんは、
「その臼がじゃ。」
そういって、また、こうこう、かくかくと、臼の話をしました。人のいい、下の家のおじいさんは、こんどもまた、
「そうですか。それじゃ、しかたがないから、そのかまどの灰でももらって行きましょう。」
そういって、ザルをもってきて、灰を入れて帰りました。その灰は、|畑《はたけ》にまいて、こやしにでもするつもりだったのでしょう。で、おじいさん、畑へ行ってみると、そばの池にガンがたくさん下りております。そこで、つい、
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「ガンの目さ、灰はいれえ。
ガンの目さ、灰はいれえ。」
[#ここで字下げ終わり]
そういって、ガンの方に灰をつかんで投げました。すると、フシギなことに、その灰がみんなガンの方へとんでいって、おじいさんのいうとおり、ガンの目に入ってしまいました。ガンは目が見えなくなって、何|羽《ば》も何羽も、バタバタ、バタバタやって、みんなおじいさんにとらえられてしまいました。それを持ってくると、またまた、おばあさんは大喜びで、
「それじゃ――」
というので、こんどはガン汁というのをつくって、おいしい、おいしいと食べました。そこへ、上のおばあさんが、またまた、やって来ました。
「なにを、おいしそうに食べてるのですか。」
そうきくもので、下のおじいさんが、
「じつは、これこれ、こういうわけで――」
と、ガンの話をしました。
「なんだ、そんなことか。それなら、わけはない。」
上のおばあさんは、その話を聞いて帰り、おじいさんに話しました。上のおじいさんは、そこで、かまどに残っている臼の灰をザルに入れて、屋根の上へ登って、それをまきました。池にいるガンの方へまきちらしたのです。ところが、ちょうど、風が池の方からふいていたうえに、こんどもまた、まちがいをやって、
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「じんじの目さ、灰はいれえ。
じんじの目さ、灰はいれえ。」
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大声でどなってしまったのです。灰はおじいさんにそういわれて、まく灰、まく灰、みんなおじいさんの目の中に入ってしまいました。それでおじいさん、目が見えなくなって、コロコロ、屋根からころげ落ちました。
ところが、下では、おばあさん、今にガンが取れるか、今にガンが落ちてくるかと待っていたもので、
「それ、大きなガンだ。」
と、落ちてきたおじいさんを、ガンとまちがえて、大ヅチでくらわしました。これで、おしまい。人まねするものではないというおはなし。
びんぼう神
むかし、むかしには、家々に神さまがいたそうです。お金持の家には、福の神さま。|貧《びん》|乏《ぼう》の家には、貧乏の神さま。福の神さまのいる家はいいけれど、貧乏の神さまにいられる家はたまりません。
で、ある家のことです。いろりに火をボンボンもやして、そこのおやじさんがあたっていると、|天井《てんじょう》から、こそこそ、へんな男がおりてきました。
「だれだい。」
おやじさんは|気《き》|味《み》がわるくて、そう大声に聞きました。すると、その男のいうことに、
「わたしは、じつは貧乏の神さまだ。|長《なが》|年《ねん》、この家にやっかいになっていたけれど、この家にもソロソロ、福の神さまがこられそうに思われるので、このへんで、わたしはおいとまする。」
こういわれて、おやじさんはうれしくなり、
「それはありがとう。」
思わずそういうと、貧乏神が、
「長年やっかいになったお礼に、それでは|一《ひと》|言《こと》、いいことを教えて行きます。あす、朝早くに、おもてに立っておいでなさい、馬がポンポン走ってくる。それが福の神をのせた馬だ。福といっても、神さまじゃない。金を|背《せ》|中《なか》に一|貫《かん》|目《め》つんでいる。それをですね、あんたが|棒《ぼう》でくらわすのじゃ。頭でも、|腹《はら》でも、|尻《しり》でも、それはいっこうかまわない。とにかく、力いっぱいなぐりつけるのじゃ。あたったら、それでその金一貫目、あんたのものになる。いいかな。」
おやじさん、金一貫目と聞いて、いっそううれしくなり、
「ありがとう。ありがとう。」
をくりかえしました。
「しかしじゃ、お礼いうのは、まだ早い。その金をつんでる馬というのが、くらわせそうで、なかなかそういかない。走るその|速《はや》さといったら、見てみなけりゃわからない。」
それで、おやじさん、なんとなく|心細《こころぼそ》く、心配そうな顔になりました。すると、貧乏神は、
「心配せんでよろしい。その金の馬を打ちそこなうなら、もう一つ、銀の馬がやってくる。銀の馬も打ちそこねたら、まだあとから、銅の馬がやってくる。どれかを打てば、とにかく、一貫目のカネが手に入るのじゃ。ま、しくじりのないよう、|一生《いっしょう》けんめいやりなさい。」
貧乏神はそういうと、行ってしまいました。おやじさんは、さっそく、じょうぶな太い棒を用意して、あくる日のくるのを待ちました。
あくる日になりました。朝、まだ暗いうちから、おやじさんはおもてに出て、棒をにぎって、いまか、いまかと待っていました。いよいよ明け方になり、東の空が明かるくなってきました。すると、遠くから、パカパカ、パカパカ、馬の足音が聞こえてきました。そうとうな速さです。おやじさん、だんだん心配になり、野球のバットでもふるように、なんども、なんども、太棒をビューッ、ビューッとふってみました。これなら、金の馬をくらわせそうだと思われました。しかし、そのとき、目のまえを、それこそ目にもとまらぬ速さでかけていったものがありました。あっというまもないくらいです。それがどうも馬らしいのでした。うしろから見たところ、背中になにか|袋《ふくろ》のようなものをつみ、上に紙のゴヘイというものが立ててありました。
「ああ、|惜《お》しいことをした。」
と思うまもなく、もうつぎの馬のひづめの音が、パカパカ、パカパカ。それもなんとまた惜しいことに、矢のような速さで、打つまも、たたくまもありません。つぎのもまた同じです。おやじさん、まったく|落《らく》|胆《たん》して、棒をたらりとぶらさげていますと、またあとからくるものがあります。
こんどこそはと、それをヤミクモになぐりつけました。ところが、それが、
「じゃ、もう一年、またごやっかいになるか。」
というので、よく見ると、きのう出ていったばかりの貧乏の神さまでした。
人が見たらカエルになれ
むかし、むかし、あるお寺に人のいい|小《こ》|僧《ぞう》さんがおりました。|葬《そう》|式《しき》だの、|法《ほう》|事《じ》だのというと、|和尚《おしょう》さんのおともをして行きました。すると、それぞれの家で、
「お小僧さん、きょうはごくろうさまでございました。」
そんなことをいわれて、紙につつんだお金をもらいました。むかしのことですから、そのゼニは一|文《もん》だの、二文だのといいました。まん中に|穴《あな》があいてるゼニなんです。しかも四角な穴です。そのころの人は、それにワラシベであんだ、細いなわ[#「なわ」に傍点]をさしとおしていました。そのなわのことをサシといいました。
小僧さんも、三文四文ともらうゼニを、みんなそのワラサシにとおして、|部《へ》|屋《や》の柱のくぎにぶらさげておきました。そして、サシにとおしたゼニの長くなるのをたのしんでおりました。三|枚《まい》や五枚では、それは五|分《ぶ》の長さにもなりません。しかし、二十枚三十枚とたまると、三|寸《ずん》にも、五寸にもなります。小僧さんのサシには、そのときもう三十枚もたまっていたのでしょうか。柱にぶらさがっていても目だちました。
「おまえ、ずいぶん持ってるな。これでおだんごの一くしもごちそうしたらどうだ。」
せっかく小僧さんがためたゼニを見て、こんなことをいう、おじさんがありました。また、
「小僧さん、小僧さん、こんなところに、こんなにお金をぶらさげておくと、ドロボウが来て、取ってしまいますよ。」
そんなことをいう、おばさんもありました。小僧さんはなるほどと思って、そのゼニをどっかへしまおうと考えました。ところで、どこへしまったらいいでしょうか。
小僧さんは、|押《おし》|入《い》れだの、戸だなだのと、入れるところをさがしました。その押入れも、戸だなも、しかし小僧さんひとりのものでないので、柱へぶらさげておくのと、たいした変わりもありません。みんなが|朝《あさ》|晩《ばん》そこをあけるのですから、いつ、だれに取られるかわかりません。それなら、|床《ゆか》の下は。でなければ、|天井《てんじょう》のうらは。床下ではネコがくわえていくかもしれません。天井うらではネズミがひいていくかもしれません。こまったことです。
何日も、何日も考えたすえ、小僧さんはそのゼニサシを、土をほってうめておくことにしました。そうしとけば、それがいちばん安心です。で、ある晩、和尚さんといっしょに法事から帰ってくると、すぐ、そのゼニサシをもって、外へ出ました。
それは、まえから考えていた場所なんですが、カネツキ|堂《どう》のうらがわです。小僧さんは、朝晩そこへカネをつきに行くので、そっちをのぞくのに便利だったのです。竹ぎれの先をとがらし、土を一|尺《しゃく》ほど|掘《ほ》りました。そして、そのへんを見まわし、だれも見ていないのをたしかめてから、そうです、その日もらった三文のお金をゼニサシにさしくわえ、それを土の中にうめました。土でよごれないように小さなかめ[#「かめ」に傍点]の中に入れ、ふたをして、うめたのです。それから、いつものようにカネツキ堂の上にのぼって、
「ゴ――ン、ゴ――オン」
と、お寺の大きなカネをつきました。きょう、小僧さんはいい気持でした。お金はぜんぜんかくしてしまったし、気にかかることは一つもありません。
ところが、カネツキ堂からおりて、もう一度ゼニサシをうめたところをのぞきますと、
「あれえ――」
そこに土の上に、一ぴきの大きなカエルがすわっております。しかもそれが、小僧さんを見ると、ピョ――ンと一はね、遠くへとんでってしまいました。そのとき、ふと小僧さんは、
「もしかすると、あのゼニが、あのカエルになって、とんでったのではあるまいか。」
そんなことを考えました。しかしすぐ、
「そんなバカなことがあるものか。」
そう考えなおしたのですが、どうも心配でなりません。
「そんなことがあってたまるものか。」
思えば思うほど、気になってしかたがありません。それで、思いきって、またそこを掘りかえしてみました。
「どうかな。あるかな。ないかな。カエルになって、とんで行っちゃったのかな。」
|胸《むね》をドキドキさせながら、掘ってみますと、やれ、うれしや、ちゃーんと、サシはもとのまま、穴の底に、かめの中に横になっていました。まずまず、これで安心です。そこで、もう一度うずめなおそうとして、小僧さんはいいました。
「ゼニサシ、ゼニサシ、カエルになんかなるんじゃないよ。しかし、そうだ、もしドロボウがここを掘ったら、そのときはカエルになって、ピョンピョン、ピョンピョン逃げて行きなさい。わたしのときはゼニでいなさい。いいかい。いいかい。」
そうしておいて、小僧さんは土をかけて、そこをうずめました。もういよいよ大安心です。そう思ったものの、小僧さん、それからあとは、朝に晩にカネをついたあとは、必ずそのゼニサシをうずめたところに寄って、
「ゼニサシ、ゼニサシ、わたしのときはゼニでいて、他人が見たらカエルになれ。いいかい、いかい。」
そういいいいしました。葬式や法事でもらうお金を、そのサシにくわえるときにも、それはもう決していいわすれることはありません。
「ゼニサシ、ゼニサシ、人が見たらカエルになれ。わたしが見たら、ゼニでおれ。」
くりかえしたわけであります。ところで、これをだれひとり知っている人はいないと思っていましたところ、ある日のことです。和尚さんが、どうも近ごろ、小僧さんがカネをついたあと、なかなか帰ってこないのに気がつきました。それで、ある日、そっと遠くからカネツキ堂の方を見ていました。すると、小僧さん、お堂のうしろへ行って、なにかいってるようであります。それで、そのつぎの日、和尚さんはもっと近くへ行って、かげにかくれて、小僧さんのやってることを見ていました。ちょうど、それは、小僧さんはお使いに行って、二文だか、三文だか、お金をもらった日であります。だから、土の下から、かめを掘りだし、中のサシにその三文をくわえ、大まじめに、
「人が見たら――」
と何度もいってうずめました。和尚さんは、おかしくてなりません。よっぽど、とちゅうで小僧さんに、
「これ、これ――」
そういって注意してやりたいと思いましたが、こらえました。そのかわり、あくる日になると、大きなカエルをとってきて、かめの中のゼニサシととりかえておきました。そして、やはりかげにかくれて見ていました。その日も小僧さん、お使いに行って、何文だかゼニをもらってきていました。だから、
「ゴ――ン、ゴ――オン」
と、カネをならすと、大いそぎでカネツキ堂のうしろへまわり、ゼニサシのうずめてあるところを掘りました。かめを出し、ふたをとり、――すると、どうでしょう。おどろいたことに、中にいるのはすましこんだ大ガエルです。
「オイッ。」
小僧さんがいいました。じつは、それがすぐゼニサシになると思ったからです。だって、いつも、いつも、人が見たらカエルになれといってあるもので、じぶんと人とをまちがえたものと思ったからです。しかし、カエルはじっとしております。
「オイッ。おれだよっ。」
小僧さん、大きな声をだして、もう一度いってみました。それでもカエルは、ゼニになりません。
「こまったなあ。」
小僧さんはひとりごとをいいながら、しばらく考えておりました。そのすえ、とにかくカエルをつかまえて、よくよくしらべてみようと考えたらしいのです。いや、とくといいきかせて、もとのゼニに返そうと思ったのかもしれません。そうっと、かめの中に手をさしいれました。すると、カエルは、
「これはたいへん。」
と思ったらしく、いずまいをなおして、すぐにもとびだしそうな|姿《し》|勢《せい》をとりました。小僧さんにも、それがよくわかるので、
「おれだよ。おれだよ。おれだよ。おれだよ。」
小さい声でくりかえし、くりかえしして、手を近づけました。しかしもうちょっとというところで、そのカエル、ピョ――ンと、大きくはねました。はねること一メートル五十センチ、いや二メートルかもしれません。小僧さんはおどろきました。アッと、思わずいったくらいです。それでもまだゼニサシのなってるカエルと思うものですから、
「だめだよ。おれじゃないか。ひとじゃないんだよ。とんでっちゃ|困《こま》るじゃないか。」
そういっていました。でも、カエルのほうも本もののカエルですから、そんなことは通じません。ピョ――ン、ピョ――ン、ピョ――ン。ひととび一メートル以上もはねて、草のなかへ消えてってしまいました。にわかにうろたえて、小僧さんが、おっかけましたが、どうにもなりませんでした。
かげで、これを見ていた和尚さんが、どんなにおかしく、どんなに笑いをこらえていたことでしょう。
ネコのおかみさん
むかし、むかし、あるところに、ひとりのお|百姓《ひゃくしょう》さんがいました。|正直者《しょうじきもの》でしたけれども、|貧《びん》|乏《ぼう》で、貧乏で、四十にもなるのに、まだおかみさんがありませんでした。
ところで、ある|晩《ばん》のことです。お百姓さんがねていると、外でニャーニャー、ネコの鳴き声がしました。
「はてな。」
お百姓さんは考えました。
「どこのネコだろう。この雨の晩に、外でニャーニャー鳴いてるなんか、きっと、道にまよったネコにちがいない。」
そこで戸をあけて、
「さあ、おはいり。しかし、おまえさん、どこのネコだい。」
そういって、寄ってきたネコを見ますと、それがなんと、おとなりの|長者《ちょうじゃ》のうちの|飼《か》いネコです。
「なんだい。おまえさん、長者さんちの|三《み》|毛《け》じゃないか。どうした、どうした。」
そういって、三毛を家の中に入れ、雨にぬれた毛をふいてやったり、|残《のこ》りのごはんを食べさせてやったりしました。三毛は、なんの役にもたたないというので、長者のうちを出されたのです。だから、お百姓さんは、
「うちは貧乏だからな、うまいものはなにもないが、ひもじいめだけはさせないからな。」
そういって、それからは、この三毛といっしょにごはんを食べたり、|床《とこ》の中にだいてねてやったりして、だいじにしました。
ところが、ある晩のこと、お百姓さんは、ついたいくつ[#「たいくつ」に傍点]まぎれに、ネコを見ていいました。
「三毛や、三毛や、おれが|畑《はたけ》にいって、るすのあいだにな、おまえが|麦《むぎ》|粉《こ》でもひいていてくれたら、どんなにうちのくらしが、らくになることかね。」
そのあくる日のことです。お百姓さんは朝早く起きて、まだ星のあるうちに畑に行きました。そして夕方、もう暗くなってから家に|帰《かえ》ってきました。すると、ふしぎなことに、なかでゴロゴロ、ゴロゴロ、音がしております。戸をあけて入ってみると、これはこれはと、お百姓さんはおどろきました。ネコが、|臼《うす》をひいておるのです。
「おやまあ、おまえさんかい。」
お百姓さんはいいました。
「ゆうべ、あんなことをいったもので、きょうはもう、その麦粉をひいてくれたのかい。ありがとう、ありがとう。」
そしてお百姓さんは、すぐ麦粉のだんごをつくって、ネコといっしょに食べました。
「おいしいね。おまえ、なかなかじょうずに麦粉をひいてるぞ。」
そんなことをいったりしました。
それからは、お百姓さんのるすのあいだに、ネコが粉ひきを引きうけて、ゴロゴロ、ゴロゴロやりましたので、お百姓さんは、ほんとにどれだけ助かったかわかりません。
ところが、また、ある晩のことです。三毛ネコがものをいいました。人間のことばでいったのです。
「|親《おや》|方《かた》、親方、わたしも、いつまでもネコでいては、じゅうぶんご恩がえしもできません。それで、これからお|伊《い》|勢《せ》まいりをして、人間になってきたいと思います。しばらく、おひまをください。」
そこで、お百姓さんが、
「よし、よし、いっておいで。人間になっておいで。」
そういって、首に|財《さい》|布《ふ》を結んでやりました。するとネコは、それからほんとうにお伊勢まいりをして、人間になって帰りました。そしてお百姓さんのおかみさんになって、それはそれは、よく働きました。その働きで、のちにはおとなりの長者より、もっともっと、お金持になったということです。めでたし、めでたし。
サルとネコとネズミ
むかし、むかし、あるところに、おじいさんと、おばあさんが住んでおりました。おばあさんは、毎日せいをだして、|木《も》|綿《めん》を織っておりました。織りあがると、それをおじいさんが|背《せ》|中《なか》に|負《お》って、ほうぼうの町へ売りに行きました。そうして、ふたりはくらしていたのです。
ところが、年の|暮《く》れのある日のことです。その日も、おじいさんは木綿を売りに行って、ひとりで家をさして|帰《かえ》ってきました。ちょうど、山道にかかったときです。むこうを見ると、高い木の一本の|枝《えだ》の上に、大きな一ぴきのサルがおります。それを、こちらからひとりの|猟師《りょうし》が、|鉄《てっ》|砲《ぽう》を持ってねらっております。すると、木の上のサルが猟師のほうを向いて、両手をあわせました。そして、何度も、何度も頭をさげました。
「猟師さん、こらえてください。鉄砲でうつのをゆるしてください。」
きっと、そういって、おがんでいるのです。おじいさんは、これを見ると、サルがほんとうにかわいそうになりました。なんて猟師は|無《む》|慈《じ》|悲《ひ》なことをするのだろうと思いました。だって、サルがそんなにおがんでいるのに、猟師は鉄砲をうつのをやめようともせず、まだ、じっと、ねらいをさだめていたからです。
それで、おじいさんは、思わず、
「おうい。猟師さん――」
と、大声をだしました。そして、猟師のほうに走りながらよびました。
「猟師さん、かわいそうじゃないか。サルがおがんでいるんだよ、ゆるしておやりなさい。こらえておやりなさい。」
しかし、猟師は聞こえないのでしょうか、やはり、じっとねらいをさだめ、おじいさんのほうをふり向きもいたしません。おじいさんは、気が気でなく、むちゅうで走りつづけ、やっと鉄砲の音のしないまに、猟師のところへ走りつきました。そして、もうむちゅうでしたから、鉄砲があぶないということも|忘《わす》れ、いきなり、そのつつさきに手をかけ、自分のほうへ引っぱったものですから、|弾《たま》が、気のどくなことにおじいさんの|肩《かた》さきをかすってとびました。そこから血が出てきました。
「いたいっ。」
といって、おじいさんはそこをおさえました。それを見ると、猟師はびっくりしました。びっくりすると、おじいさんにおわびのしようもないと考えたのでしょう。鉄砲をかついで、どんどん|逃《に》げだしてしまいました。どうも悪い猟師です。
けれども、猟師が逃げてしまいますと、どこからか、サルが集まってきました。さっきの木の上のサルは、うたれなかったのです。おじいさんのおかげで、命が助かったのです。
ですから、そのお礼心からでしょう。小ザルがつぎからつぎと集まってきて、肩に|傷《きず》したおじいさんを|一生《いっしょう》けんめいにかいほうしました。きっと、木の上にいたサルは、この小ザルたちのおかあさんか、おばあさんなのかもしれません。そこで、その何十という小ザルが、おじいさんがすこし元気になったのを見ますと、たがいに手と手をくみあわせて、その上におじいさんを乗せました。そして、|奥《おく》|山《やま》のサルの家へ運んで行きました。
サルの家では、あの木の上の大ザルも出てきて、おじいさんに、いろいろたくさんのごちそうをいたしました。しかし、いつまでもおるわけにはいきません。それで、おじいさんがいいました。
「たいへん、ごちそうになりました。それでは、ばあさんが、心配していますから、わたしは、もうこれで帰ります。」
これを聞きますと、サルたちは、たがいに顔を見あわせておりましたが、やがて、一ぴきのサルがやってきて、おじいさんの前に、一|枚《まい》の|一《いち》|文《もん》|銭《せん》をさしだしました。
この一文銭というのは、十枚で一銭になる、穴のあいた|銅《どう》|貨《か》なのですが、このときの、サルの持ってきた一文銭は、同じ一文銭でも、一文銭がちがいます。というのは、それは、『サルの一文銭』という|宝物《たからもの》だったのです。これを神だなに祭っておくと、たいへんなお金持になれる宝物だったのです。しかも、これを命の親さまにさしあげますと、サルがいうのです。おじいさんは大喜びで、
「ありがとう。ありがとう。」
と、お礼をいって、これをもらって帰ってきました。
ところが、一方、おじいさんの家のほうです。おばあさんは、今か、今かと待っていました。ちょうど、年の暮れです。そこへ、おじいさんは木綿も売らずに帰ってきました。おばあさんは、|腹《はら》をたてて、おじいさんにおこりつけました。しかし、おじいさんは、『サルの一文銭』をもらって帰ってきたのです。みるみるうちに、おじいさん、おばあさんのうちは、ふしぎなようにお金ができました。
ところが、近所によくない人が住んでいました。その人は、しきりに、おじいさん、おばあさんが金持になったわけを知りたがっていましたが、それが、あの一文銭のおかげだということを知りますと、そうっと、やってきて、いつのまにか、そのお宝をぬすんでしまいました。おじいさんおばあさんは、それがわかると、まったくびっくりぎょうてん、ほうぼうたずねました。ここかしこをさがしましたけれども、どうしても、そのありかが知れないのです。
「どうしたらよいだろう。」
ふたりは|相《そう》|談《だん》しましたが、よい方法も見つかりません。すると、おばあさんが、チチチチチと舌うちをして、家に|飼《か》ってあるネコをよびました。そして、そのネコにいいました。
「|玉《たま》や、うちでは『サルの一文銭』がなくなったんだよ。おまえにわかるかどうか知らないが、とてもたいへんなことなんだよ。それを、おまえさがしてきてくれないか。」
すると、ネコが、
「ニャーオ、ニャーオ。」
と、|鳴《な》きました。
「そうか、そうか。さがしてくれるかい。それでは、三日のうちにさがしておくれ。見つかったら、ごほうびをたくさんあげます。だけども、見つからなかったら、|罰《ばつ》はこれです。わかりましたか。」
そういって、きらきら光る刀をぬいて、見せてやりました。ネコはすぐとびだしました。そして、すぐ一ぴきのネズミをつかまえ、
「ニャー、ニャー、ネズミ――」
といいきかせました。三日のあいだに見つけなかったら、しっぽを食べてしまうというのです。ネズミはびっくり。三日のあいだに、近所近所の家をまわって、とうとう、一文銭を見つけました。それは、悪い人の家のたんすの中から、かじりだしてきたのでした。ネコは、それをおじいさんにくわえてきて、わたしました。
それで、おじいさんもおばあさんも、ネコもネズミも大喜びで、いつまでもいつまでも、|大繁昌《だいはんじょう》をしたそうです。
|片《かた》|目《め》のおじいさん
むかし、むかし、|奥州《おうしゅう》のいなかに、おじいさんとおばあさんとが住んでおりました。おばあさんは、ちゃんと目が二つありましたが、おじいさんのほうは片目でした。左の片目がつぶれていました。
さて、ある晩のこと、おそくなって、おじいさんが外から|帰《かえ》ってきました。
「おばあさん、おばあさん、今、帰ったよ。」
そういって、帰ってきました。
「お帰んなさい。こんなにおそくなって、さぞ、おつかれでございましょう。」
おばあさんが、そんなことをいって、出むかえましたが、そのとき、ふとおじいさんの顔を見ると、おばあさんはびっくりしました。右の目だけのおじいさんが、左目だけになっているのです。
(ははあ、これはキツネだ。キツネの化けたおじいさんだな。)
おばあさんは、すぐさまそう考えました。それで、そのキツネのおじいさんにいいました。
「おじいさん、あなたはまた、お酒によってきましたね。よってくると、いつものくせで、俵へはいろうというのでしたね。」
すると、キツネのおじいさんは、
「何をまたいうんだい。」
といって、そばにあった俵の中へ、ひとりではいりこんでしまいました。
それで、おばあさんがいいました。
「俵へはいると、上からなわをかけろというのでしたね。」
俵の中のキツネのおじいさんは、
「何をまた――」
といって、おとなしく、おばあさんになわをかけられました。
「なわをかけると、いつものくせで、火だなへあげて、いぶせいぶせというのでしたね。」
と、おばあさんがききました。キツネのおじいさんは、
「何をまた――」
と、あいかわらずいっていました。そして、いろりのたなの上の火だなへ、やはり、おとなしくほうりあげられ、下でおばあさんにどんどん火をたかれました。けれども、俵に入れられ、上からなわをかけられているものですから、どうすることもできません。おばあさんは、そこで、わざわざさかななどを焼いていいにおいをさせ、ひとりで、ごはんをおいしそうに食べました。そうしているうちに、右の目のほんもののおじいさんが帰ってきました。それで、火だなの上の左の目のキツネのおじいさんは、とうとうキツネ|汁《じる》にされてしまいました。
モズとキツネ
これは、九州は熊本県、|玉名郡南関《たまなぐんみなみのせき》町というところのお話であります。
さて、むかしむかしの大むかし、そのまたむかしのまたむかし、というようなたいへんなむかしのことでありました。関町の|城《しろ》ん|原《ばら》という|丘《おか》の上で、モズとキツネがあいました。まず、モズのいいますことに、
「キツネどん、キツネどん、このごろ、ごちそうにありついたかい。」
すると、キツネのいいますことに、
「なにを、ごちそうどころか。食べるものもろくろくないよ。」
これを聞いて、モズがいいました。
「うんそうか。それならひとつ、ごちそう食べようじゃないか。おれがいいことを考えとる。聞くがいい。ええと、もうすぐな、ここを、さかな屋さんが通るからな、おまえは、ここのやぶの中にかくれていろ。そうするとじゃ。おれが、さかな屋を、うまくだましてみせるからね。いいかい。」
そこで、キツネはそのやぶの中にかくれました。まもなく、さかな屋さんがやってきました。
たくさんのさかなを二つのかごにいっぱい入れて、それをかつぎ|棒《ぼう》でかついで、ギシギシいわせながらやってきました。と、とつぜん、モズが、
「キ、キ、キ――。キ――イ、キ――イ。」
と鳴きました。
さかな屋さんは、
「おやっ。」
と、おどろきました。
だって、モズがすぐそばで鳴いているのですもの。ちょっと手をのばせば、すぐ、とれそうなところでキイキイやっているのです。おどろきましたが、さかな屋さんは、すぐとってやろうと考えました。さかな屋さんでなくても、だれでも、目の前一メートルもないようなところで、鳥が鳴いているのを見れば、手をのばして、これをとらえる気にならずにはおられません。あなただって、きっとそんな気になりますよ。わたしだって、そのとおりです。で、さかな屋さんはその気になって、かついでいたさかなのかごをおろしました。そして、ソーッと、モズのとまっている木の|枝《えだ》に近よりました。|片《かた》|手《て》をモズの後のほうから指をひろげて、そろそろと近づけました。もう三十センチ、もう二十センチ、今にも、モズはその手にとらえられそうにみえました。しかし、そのとき、モズはヒョッととんで、むこうの枝へうつりました。むこうの枝といっても、一メートルばかりしかありません。それで、さかな屋さんは、そのほうへ二、三歩歩きました。そして、また片手をのばして、指をひろげました。もう三十センチ、もう二十センチ――というところで、またモズはむこうの枝へ飛びました。
「チェッ。」
さかな屋さんは、おしいことをしたように思って、こんなに、舌うちをしてから、また、|二《ふた》足|三《み》足そちらのほうへ歩きました。そして、また片手をあげました。しかし、こんども同じように、モズはピョンとむこうの枝へうつるのでした。こんなにして、しだいしだいに、さかなのかごから遠くへさそいだされ、そのうえ、何十分とさかなのことを|忘《わす》れて、モズを追いまわすことになりました。そのうち、モズがパーッと遠く飛んでってしまいましたので、さかな屋さんは、はじめて、
「ハッ。」
と、気がつきました。それで、道においておいたさかなのかごのところへとんで|帰《かえ》って行きました。すると、もう、そのかごの中には、さかなは一ぴきもありませんでした。キツネが、みんなとってしまったのです。
「ええ。こりゃ|残《ざん》|念《ねん》なことをした。キツネにすっかりだまされた。」
さかな屋さんは、そういってくやしがりましたが、どうすることもできませんでした。からになったかごをかついで、
「キツネのやつ、おぼえとれ。」
そういって、帰って行きました。
ところで、そのあとのことです。モズがキツネのところに帰ってきました。そして、いいました。
「キツネどん、キツネどん、さかなは、うまくとれたかい。」
すると、キツネのいいますことに、
「ウンウン、おまえがよく働いてくれたので、すっかりこっちのものになってな。もうたくさんごちそうになったわい。」
それで、モズがいいました。
「フーン、それで、おれのわけまえも、とってあるだろうな。」
キツネがいいました。
「ウン――。おれは身のほうをごちそうになったからな、おまえには、|骨《ほね》のほうを残らずとっておいてやったよ。」
これを聞いて、モズはたいへん|腹《はら》をたてました。でも、腹をたてたような顔もしないで、
「そうか、そうか、しかし、残念ながら、骨はおれには食べられないよ。」
そういったのであります。しかし、心の中では、キツネをひとつこらしめてやろう、と考えておりました。するとどうでしょう。さっきのさかな屋さんが、またそこへやってきました。きっと、さかなをかごの中に入れなおしてやってきたのです。これを見ると、モズがいいました。
「キツネどん、キツネどん、あれごらん。さっきのさかな屋がまたやってきたよ。どうだい。もう一度だまくらかしてやろうじゃないか。」
キツネは、また、さかなが食べられるかと大喜びで、
「ウンウン、それはいい、そうしよう。」
などというのでした。
そこで、モズは、
「ではな、こんどはキツネどん、棒ぐいになって、ここに立っておいで、おれが、その上にとまってるから。」
そういって、キツネを棒ぐいにならせて、道のそばに立たせました。自分は、その上にとまって、また、
「キイ、キイ、キイ――」
と鳴いていました。さかな屋さんはそこへやってくると、
「おや――、さっきのモズのやつ、また、ここにいやがる。」
そう思いました。そして、
「よおし、こんどこそだまされないぞう。今に見ておれ。」
そう、口のうちでいって、さかなのかごを下におろすと、そのかつぎ棒を手に取りました。それから、二メートルからあるその棒を頭の上にたかだかとふりあげ、モズのところに近よりました。モズに、一メートルというところにくると、そこでよくねらいをさだめ、
「やッ。」
と、かけ声をかけて、力いっぱいふりおろしました。モズは、じつは、こうなるのを待っていたのですから、棒がおりてくるのを見ると、ヒョイととびあがって、そのまま空の上に飛んでってしまいました。モズは飛んでも、さかな屋さんの棒は、そのまま、くいに化けたキツネの上に落ちてきて、その|腰《こし》のあたりを、コーンとはげしくうちつけました。キツネは、おどろきました、いや、おどろいたばかりか、その|痛《いた》いこと痛いこと、とても、しんぼうができなくて、
「キャーン、キャーン。」
と、鳴きながら山をさして|逃《に》げて行きました。
ところで、それからまもなく、モズがキツネをたずねてやってきました。そして、
「キツネどん、キツネどん、さっきはどうしたんだい。」
そういってききました。キツネは、
「どうしたもこうしたもない。おればっかりひどいめにあって、まったく腰の骨が折れたかと思ったよ。」
こんなことをいって、モズをうらみました。すると、モズがいいました。
「それはキツネさん、あたりまえなんだよ。むかしから、うまいもの食べたら、ゆだんするな、ということがあるんだよ。おまえ、知らなかったのか。」
ずるいキツネは、このようにしてこらしめられました。しかし、モズだって、いいモズではありません。でも、さかな屋さんのさかなを食べなかったから、まあ、かんべんしておいてやりましょうね。
トラとキツネ
むかし、むかし、|中国《ちゅうごく》に大きなトラがおりました。そのトラが、日本にはキツネという、かしこい動物のいるということをききました。それで、あるとき、
「いくら、かしこくても、このおれさまにはかなわんだろう。ひとつこれから行って、そのキツネを負かしてこよう。」
そういって、はるばる海をわたってやって来ました。そしてキツネに会うと、さっそくいいました。
「こらキツネ、おれは中国の大トラだ。日本のキツネを負かしにやって来た。|競走《きょうそう》ならなんでもこい。」
これを聞くと、かしこいキツネのことですから、ていねいにおじぎをしていいました。
「これは中国の大トラさん、よくいらっしゃいました。それではどうでしょうか、ヤブの中の|徒《と》|歩《ほ》競走は――」
トラは千里を走るといわれ、徒歩競走は大とくいです。しかもヤブは|永《なが》|年《ねん》住みなれたところですから、それこそ、大さんせいで、
「よかろう、よかろう。」
と喜びました。もうこっちの勝ちだと思ったのです。しかしキツネのことですから、これにはさくりゃく[#「さくりゃく」に傍点]がありました。
「ようい、ドンッ。」
で、トラとキツネはヤブの中をかけだしました。負けては中国の|恥《はじ》になると、トラはもうはじめからたいへんな元気です。ポーン、ポーンと|一《いっ》|足《そく》とびにとびました。キツネなんか、すぐ後の方に見えなくなってしまいました。
「まず、これで、このおれさまの大勝利。」
と、トラが決勝点のテープのところに近づいてみると、あれ、あれ、ふしぎなことに、もうキツネが先に来ていて、テープを切ってとびこみました。しかも、後からつづくトラを見ながら、
「勝ったあ――。トラさん、おそいね。」
そんなことをいうのです。トラはくやしくてなりません。
「では、もう一度こい。」
そういって、来た方へ引きかえすことになりました。すぐ、
「ようい、ドンッ。」
で、出発しました。またキツネをはるか後にかけぬけて、トラは一足とびで、もとの出発点近くにやって来ました。見ると、また、キツネが先に走っているのです。そして後を見ながら、
「勝ったあ。トラさん、おそいね。」
そんなことをいうのです。トラはもうくやしくて、くやしくて、
「もう一度こい。」
と、すぐまた後に引きかえしました。しかしこれも同じで、またもキツネの勝ちでした。トラはまたくやしくて、
「もう一度。」
と、また引きかえしました。こうして七度も八度も引きかえしましたが、みんなキツネの勝ちでした。これは一ぴきずつのキツネが両方にいて、「勝った、勝った。」といっていたのですが、トラはそれを知らず、とうとう、おそれ入って、中国へ帰って行きました。
しかし、どうしても、そのくやしさが|忘《わす》れられず、自分によく|似《に》た動物に、トラヒゲ三本をやって、トラの代わりに日本へわたらせたそうであります。これが日本ではネコということになりました。ネコはキツネとネズミをまちがえて、キツネと思ってネズミを見ると、とって食べるようになりました。
キツネとクマのはなし
|山《やま》|奥《おく》で、キツネとクマが出あいました。
「クマさん、ふたりで畑をつくろうじゃないか。」
こうキツネがいうと、
「ウン、そりゃよかろう。」
クマがいいました。そこでキツネは、
「では、ボクは種を心配するから、あんたは土を掘っといてください。」
そういって、いそがしそうにドンドンかけだしていきました。正直もののクマは、いいところを見つけて、土を掘って、畑をつくりました。そこへキツネが種をもって帰ってきました。そして種をまく段になって、キツネがいいました。
「クマさん、先にいっときますが、この種から芽がでて、葉がでて、すぐもう食べられるようになるのですが、そのときの分けまえです。ボクは土から下のほうをもらいます。上はあんたのものとしましょう。どうですか。」
お人よしのクマは、
「よかろう。よかろう。」
といいました。そこで種をまきました。すると芽がでて、葉がでて、りっぱな野菜ができました。ところが、それは大根だったのです。|約《やく》|束《そく》だから、仕方なくクマは葉のほうをとりました。キツネは根のほうをとって、冬じゅう|食糧《しょくりょう》に困りませんでした。
春になると、またキツネがやってきました。そして、
「クマさん、去年はお気の毒でした。どうですか。も一度、畑をつくって、こんどはあんたに土から下をとってもらい、ボクは上のほうでしんぼうしようと思うんですが。」
こういいました。
「よかろう。よかろう。」
またクマはいいました。こんども、畑はクマがたがやし、種はキツネがとってきてまきました。やがて、その種から芽がでて、葉がでて、りっぱな野菜となりました。ところが、こんどのものは、大根でなくて、イチゴだったのです。だから花がさいて、実がなりました。実が赤くうれたとき、キツネは行って、その実を残らずとって、自分の穴の中へもってきて、
「ああ、おいしい。ああ、おいしい。」
と、ノドをならして食べました。クマは、その根っこをとってみましたが、一、二寸の細いヒモのようなものがあるきりで、食べることもできません。クマはすっかりはら[#「はら」に傍点]をたてて、もうキツネとつきあわないことにしました。しかし、キツネはまたやってきました。
「クマさん、ヤブの中にミツバチの巣があるんです。とりに行きましょう。」
ミツバチと聞いては大好物なもので、クマは上きげんになりました。そしてキツネについていきました。ところが、巣をとりにきたというので、何千というミツバチが、ワァーンとクマ一ぴきに集まりました。クマがそれをはらいのけようと、首をふったり、手をふったりしておりますと、キツネは|蜜《みつ》のいっぱいつまったミツバチの巣をかかえて逃げていってしまいました。クマはすごくおこってしまって、
「もうカンベンならん。」
といいました。それから、いく月もいく月もあとのことです。キツネは食べものがなくて、おなかをすかして通りかかりました。クマを見ると、話しかけてきました。
「クマさん、なにかいいことないですか。」
クマはいいました。
「|河《か》|原《わら》へ行くと、馬がいる。馬は後足の弱いけもので、そこをくいつくと、すぐまいる。そうしたら、馬肉がいくらでも食べられるよ。」
キツネはいいことを聞いたと思って、河原へ行って、馬の後足にかみつきました。ところが、馬の後足は弱いどころでなく、これほど強いものは、けもののなかでないくらいの足でしたから、キツネはポーンと、えらい勢いでけとばされました。ちょっと立ち上がれないほど、はげしくけとばされました。そして大けがをしました。
人をだまして、ずるいことをしてはならないというお話です。
キツネとタヌキとウサギ
むかしのことです。|甲《か》|斐《い》の国は|八《やっ》|代《しろ》郡アナン坂というのを、ひとりのお|伝《てん》|馬《ま》さんがいそいでおりました。お伝馬というのは、|飛脚《ひきゃく》ともいいましたが、今の|郵《ゆう》|便《びん》|屋《や》さんのようなものです。むかしのことですから、手紙を|箱《はこ》の中に入れて、それをフロシキに|包《つつ》んで、おべんとうといっしょに、首のところにくくりつけて、いそいでおりました。
「エッサッサ、エッサッサ。」
そんなかけ声をかけて、いそいでいたのです。ところで、これを見たのはキツネと、タヌキと、ウサギです。いつものことで、あのフロシキの中に大きなニギリメシがはいっていることを知っているのです。ウサギがいいました。
「あのお伝馬のニギリメシ、一つ、とって食べてやりたいな。」
「ホントだ。おれはあのお伝馬さん見るごとに、そう思うんだ。」
タヌキもいいました。すると、キツネは、
「それじゃ、おれがうまい方法を考えてやる。」
と、そういって、ウサギに、
「これこれ、こういう|具《ぐ》|合《あい》にしろ。」
といいつけました。あとはおれたちで、うまくやるというのです。で、お伝馬さんが、
「エッサッサ、エッサッサ。」
と、やってくると、ウサギがヤブの中から、ソロソロと出て来て、道のまん中へジーッとすわりこみました。これを見たお伝馬さん、
「や、あのウサギ、ケガでもしたのかな。ようし、つかまえてやろう。」
そう思って、ヌキ足サシ足、ウサギのところに近づいて行きました。両手をのばして、チャッとおさえようとすると、ピョーンとウサギがはねました。そして五、六|間《けん》先へ行くとすわりこむのでした。お伝馬さんは、
「これはしまった。しくじった。」
と、またそうっと歩いて、ウサギのところに近より、両手をのばして、チャッ、おさえようとすると、ピョーン。ウサギははねて、四、五間先ですわりこみます。お伝馬さんはくやしくてなりません。そこで、首にかけてるフロシキを道ばたの木の|枝《えだ》にかけ、
「こんどこそ、|逃《に》がしはしないぞう。」
そんなひとりごとをいい、手にツバキをかけました。大いにはりきったわけなんです。ウサギはやはり道のまん中で、まるくなって待っていました。
それからお伝馬さんは、ウサギに近よれば逃げられ、逃げたと思うと、すぐむこうですわりこまれして、何度も何度も、だまされて、おべんとうを枝にかけたまま、遠くの方へひっぱって行かれました。
ところで、そうなるのを待っていたキツネとタヌキです。
「もうソロソロよかろうぜ。」
ということになり、タヌキが出かけて、枝にかかったお伝馬さんのフロシキ包みを、大いそぎでとって来ました。
「|上《じょう》でき、上でき。」
二ひきで喜んでいるところへ、ウサギもピョンピョン、|帰《かえ》って来ました。
「どうした、お伝馬さん。」
ウサギにキツネがききますと、
「もうこのへんと思ったので、ヤブへ飛びこんで帰って来た。お伝馬さん、今ごろ、さぞくやしがってるだろう。おべんとうはなくなるし。」
ウサギがいいました。
「さあ、いよいよ、おべんとうにしよう。」
と、キツネが包みを開きました。大きなオニギリが五つもはいっていました。
「ウサギどんに一つ。」
キツネがまず、ウサギに一つやりました。
「タヌくんにも一つ。」
あとには三つ残りました。どうしたものでしょう。ウサギも考え、タヌキも考え、キツネも頭をひねりました。
「|困《こま》ったなあ。四つ残ってるのなら、みんな二つずつ食べられるんだが。」
キツネはそういってから、
「待て待て、こっちの手紙のほうに、なにか書いてあるかも知れないぞ。」
しさいらしく、手紙の箱をあけました。そして中の手紙を開くと、
「ウン、書いてある、書いてある。読むから聞けよ。な、ニギリメシの分け方、そう書いてある。ウサギ一つ、タヌキ一つ。いいか。あとはキツネ|殿《どの》、みな|参《まい》る。どうだ。わかったろう。」
そう読みました。
「なるほど、そうか。」
と、ウサギとタヌキが感心していると、残り三つの大ニギリをみんなキツネひとりで食べてしまいました。
キツネと|小《こ》|僧《ぞう》さん
むかし、山寺に、ずいてん[#「ずいてん」に傍点]という小僧さんがありました。ひとりで|留《る》|守《す》などしていると、キツネがきて、
「ずいてん、ずいてん。」
とよびました。
|和尚《おしょう》さんかと思って、出て見ると、だれもいません。少しすると、また、
「ずいてん、ずいてん。」
こんどは、お客さまかと思って、出て見たのですが、やはりだれもいません。
こんなことが、たびたびあって、小僧さんはだまされました。それで気をつけていたところ、キツネがきて、台所の方の戸に|背《せ》|中《なか》をもたせかけ、シッポで、ズイと、その戸をなでております。ズイと音がしたところで、頭をそらして、テンと戸を打つわけであります。キツネも、うまいことを考えたものです。
そこで、ずいてんさん、ある日、その戸のかげにかくれていました。
「ズイ――」
と、キツネがきて、シッポで戸をなでました。そこを、すかさず、テンとこないまに、サッと戸をあけました。キツネは、テンと頭をそらしたところ、戸があいていたものですから、家のなかへころげこみました。ずいてんさんは、こんどはすばやく、その戸をしめ、
「もう|逃《に》がしゃせんぞ。」
と、|棒《ぼう》を持って、キツネを追いかけました。キツネは台所から、|本《ほん》|堂《どう》の方に逃げていきました。本堂には、お寺のことですから、|本《ほん》|尊《ぞん》さまという仏さまがまつってあります。キツネは、その本尊さまのところへ行って、本尊さまに化けて立っておりました。おなじような本尊さまが二つ|並《なら》んで立っておるのでした。一つはほんとうの本尊さま。一つはキツネの化けた本尊さまです。
しかし、見わけがつきません。これを見ると、ずいてんさんがいいました。
「あれ、本尊さまがおふたりになられて、どっちがどっちか、わからない。でも、うちの本尊さまは、わたしがお|経《きょう》をあげますと、いつでも舌を出されたから、なあに、見わけるのに、わけはない。」
それから、ずいてんさんは、ポクポク|木《もく》|魚《ぎょ》をたたいて、お経をあげました。すると、キツネの化けた本尊さまがペロリと、長い舌を出しました。そこで、ずいてんさんが、
「それでは、うちの本尊さまには、茶の間でお食事をさしあげます。どうぞ、いつものように、あちらへおいでくださいませ。」
こういって、茶の間の方へ行きますと、キツネの本尊さまも、うしろから歩いてついてきました。これを見ると、ずいてんさん、こんどは、
「おう、そうだ。お食事のまえに、いつも|行水《ぎょうずい》をしていただくのだった。」
そういって、土間の|大《おお》|釜《がま》のふたをとって、そこへキツネの本尊さまをだき入れました。そして、しっかりふたをして、
「どうだ、もうずいてんというか、いわないか。いうなら、火をつけて、釜うでにするぞう。」
キツネは、まったくおどろきました。
「いわない。いわない。もう決していわないから、こんどだけは、どうぞかんべんしてください。」
釜のなかでもがきながら、そういいました。
むかしの、むかしの、山寺のお話です。
カメに負けたウサギ
むかし、むかし、大むかしです。ウサギとカメが|競走《きょうそう》しました。ピョンピョン、ピョンピョン。ウサギはカメの何十倍も速く走ったのですが、グウグウ、とちゅうでひるね[#「ひるね」に傍点]をしてしまいました。それでとうとう負けました。ウサギ村では、これが大問題になりました。それで|村《そん》|会《かい》を開き、
「競走のとちゅうで、ひるねをするようなふまじめな選手は、ウサギ村の|恥《はじ》である。」
と、決議しました。それから、
「そのような選手を、わたしたちのこのウサギ村においておくわけにはいかん。タヌキ村へでも、イタチ村へでもいい、すぐ出ていってもらおう。」
そう|相《そう》|談《だん》をきめました。ひるねをしたウサギは、まったく|困《こま》ってしまいました。どうしたら、みんなに許してもらえるだろうかと、首をひねって考えていました。
ところが、そのとき、山のオオカミから、村へ使いがやって来ました。
「オオカミさまの|仰《おお》せじゃ。かしこまって、うけたまわれ。子ウサギを三びき持ってこい。いいか。」
使いのものは、そういうのでした。これは困ったことになったと、みんな思いましたが、なんとしても、オオカミさまのおっしゃることです。きかないわけにはいきません。
「は、はあ。」
みんな頭を下げて、そういいました。しかし、その三びきの子ウサギをきめるだんになると、
「この子はかわいそう。あの子もかわいそう。」
となって、一ぴきだって、オオカミにやれる子ウサギはありません。毎日、毎日、朝から|晩《ばん》まで、村じゅうの親たちが集まって相談しましたが、どうしてもきまりません。オオカミからは、矢のようなさいそくです。
「子ウサギはどうした。なにをぐずぐずしておるか。早く三びき、うまそうなのを、耳をそろえてつれてこい。オオカミさまは、もう|腹《はら》がペコペコでいらっしゃる。」
たびたび使いのものがやって来て、こんなことをいいました。いよいよウサギ村の親たちは大弱りです。
ところが、そこへ、カメに負けたウサギが出て来ました。そして、いいました。
「なにを心配してるんですか。」
「これがきみ、心配せずにおれますか。」
ひとりの親はそういって、オオカミの話をしました。
すると、負けたウサギはいうのでした。
「そんなことは、わけはない。オオカミを|退《たい》|治《じ》すればいいんでしょう。」
「そんな、そんな、おそろしいこと。」
親ウサギはいいましたが、負けたウサギは、
「その代わり、オオカミを退治したら、わたしを追い出すという、あの決議はとり消してください。」
そういうのでした。そして、オオカミのところをさしてやって行きました。オオカミは山の上に待っていて、
「やーい、子ウサギ三びきつれてきたか。」
と、どなっていました。
「はいはい、それがでございます。」
近よって、ウサギはいいました。
「オオカミさまがこわいといって、そこまで来て、子ウサギがだだ[#「だだ」に傍点]をこねます。どうか、そこのがけっぷちで、むこう向きになって立っていてくださいませ。すぐ引っぱってまいります。」
「こうか。」
オオカミが高いがけっぷちに、むこうを向いて立ちました。
「はい、はい、そうです。もっと、がけに近くよってください。そうです、そうです。」
そういって、ウサギは、オオカミをがけのすぐそばに立たせ、こんどは自分がオオカミに|尻《しり》を向けて立ちました。ねらいを定めたのです。そして両方の後足を上げると、力をこめて、ピョーンとオオカミのお尻をけりました。
オオカミは、ものもいわずに、がけを下へ落ちて行きました。それで、子ウサギは助かり、負けウサギも村へ入れてもらいました。
サルとカワウソ
|枝《えだ》|豆《まめ》というものを知っていますか。秋になると、たんぼのアゼや、山の|畑《はたけ》などに、豆の枝にサヤがぶらさがっているでしょう。あれが枝豆です。ほんとうは|大《だい》|豆《ず》のことなんです。しかし、秋の初め、あれを枝ごとゆでて、すこし塩をふって食べるせいか、枝豆というのです。
ところで、むかしのことです。その枝豆を山の畑から、一ぴきのサルが枝ごと引っこぬいて|逃《に》げて行きました。サルだって、そのサヤのなかにおいしい豆が入ってることをよく知っているのです。だから、谷川のふちの岩の上まで逃げつくと、そこで、サヤのなかから豆をかみだして、おいしそうに食べだしました。モグ、モグ、モグ、モグ。キョロ、キョロ、キョロ、キョロ。赤い顔をして、あたりをいそがしそうに見まわし、見まわし食べました。きっと、
「こらっ、サルッ、その豆よこせい――」
そういうものが出てきはしないかと、心配だったのです。
そのときです。下の谷川の水のなかから、ヒョイと顔をのぞけたものがありました。
サルは一ときおどろいて、ソレッと、もう逃げ|腰《ごし》になりましたが、見ると、それが友だちのカワウソなんです。
「なんだいカワウソじゃないか。びっくりしたぜい。」
岩の上から、サルはいいました。カワウソは、はじめからびっくりしたような顔をしているもので、べつにびっくりしたともいいません。また、びっくりしないともいいません。だまって、水のなかから出てきました。岸にあがって、岩の上にやってきたのです。
見ると、一|枚《まい》のゴザを持っています。なんでも、人の持っているものはほしくなるサルのことです。もう、そのゴザがほしくてならなくなりました。まず聞いてみました。
「カワウソどん、それはいったいなんだい。なににするものだ。」
「これかい。これは、|寝《ね》|道《どう》|具《ぐ》だ。川っぷちに、アシという草が|生《は》えてるだろう。あれで織った、ゴザというものだ。」
「フーン。」
サルは感心しました。そして、また、たずねました。
「しかし、その寝道具って、どうするものなんだい。」
「寝道具を知らないのかい。寝道具というのはな、|敷《し》いて、その上にねるんだ。いい気持だぞ。われわれカワウソは、みんな、これを持ってて、川のなかでねむってるんだ。サルなんかとちがうわい。」
カワウソにいばられて、サルはいっそうそのゴザがほしくなりました。そこで、
「ちょっと貸してみろよ、カワウソどん。」
そういって、そのゴザを借り、岩の上に敷いて、横になってみました。なるほど、なかなか、いい気持です。岩のゴツゴツした|角《かど》もさわりません。スベスベしていて、まるで、ねむくなりそうです。まね好きのサルですから、すぐ敷いてねたくなったのです。
一方、カワウソのほうも、見ると、そこに豆があります。
「サルさん、こりゃなんだい。」
聞いてしまいました。
「これか。これは豆というものだ。」
「フーン、やっぱり魚の|卵《たまご》か。」
カワウソは、いつも魚ばかり食べているので、魚のことしか知りません。
「なにをいうんだ。これ、このとおり、これはサヤといって、このなかに入っとる。うまいの、なんのと、サカナの卵どころのさわぎじゃない。」
サルにいわれて、こんどはカワウソのほうが、その豆がほしくてならなくなりました。
「ひとつ食べさせてくれない?」
つい、いってしまいました。
「ダメ、ダメ。」
こうなると、サルはいじわるです。
「ゴザを貸してやったじゃないか。」
カワウソがいっても、サルはききません。
「ゴザはためしても、なくならないけど、豆は食べられればおしまいだもの。ゴザととりかえっこならしてもいい。」
サルにいわれて、カワウソは考えました。だって、ほしくてならないのです。
「ほんとに魚の卵ほど、うまいんだな。」
「うん、ほんとうのほんとうに、魚の卵の十倍くらいうまい。」
サルはいいました。
「じゃ、とっかえっこしてもいい。だけど、豆ひとつくらいじゃいやだよ。」
「豆いくつにゴザ一枚だ。」
「そうだな、ここにある豆みんな。」
「みんなあ――」
サルはおどろいて見せました。しかし、豆は両手を合わせて一ぱいくらいしかないのです。
「うん、そうでなくちゃダメ。」
「じゃ、ま、しかたがないや。」
サルはそういって、豆とゴザをとっかえることにしましたが、そのとき、また豆の|効《こう》|能《のう》をいいたてました。
「豆はね、今もいったとおり、舌がとけるようにうまいが、その皮はだな、おまえの毛皮の上に、いくつもいくつも張りつけてだな、そうして水もぐりするんだ。魚はとってもよく取れるってことだぞウ。」
「フーン、そうなのかい。ありがたい。」
カワウソは心から感心して、豆を持って、もうジャブジャブ、ジャブッと水のなかへ入っていってしまいました。サルは大喜び、大とくいになって、ゴザをかかえて、|山《やま》|奥《おく》さしてとんでいきました。
「今夜はひとつ、この寝道具の上にねて、お月さまでもながめましょう。」
そして、高い木を見つけて、その上に登っていきました。枝と枝とがマタになっているところへゴザを敷いて、
「ああ、ラクチン、ラクチン。」
と、そこへ横になりました。横になったとたんに、ゴザというものはよくすべるもので、ツルッとすべって、アッというまもありません。はるか下の草のしげみの中へ、ドサッと落ちてしまいました。
「しまった。」
サルは、そのとき思いました。
「なにしろ、はじめて使う道具だから、二度や三度のしくじりは、それはもうあたりまえのことだ。」
そしてすぐ、また木にとりつき、見るまにてっぺんに登って、
「ああ、ラクチン、ラクチン。」
と、ゴザの上に横になりました。しかしまた、横になったか、ならぬかに、ズテーンとすべって、気がついたら下の草のしげみのなかです。
「なにぶん、はじめて使う道具だから、二度や三度のしくじりは――」
そんなことをいいいい、サルはまた、木を登りました。
「では、こんどは用心して、ラクチン、ラクチン。」
いったか、いわぬに、もうズテーン、ドーン。草のしげみのなかに落ちていました。
「なにぶん、はじめての道具だから。」
サルはまた登っていって、
「ラクチン。」
いうまもなく、ズテーン。
その|晩《ばん》、お月さまはとてもあざやかで、とても美しかったのですが、サルはお月見どころではなかったのです。一晩じゅう、すべりっこをしていたように、登ってはすべり、登ってはすべり、ひとねむりもせず、すべりつづけました。
朝になると、すっかり、このゴザにこりてしまいました。それで、ねむい目をこすりこすり、ゴザをかかえて、また、谷川の岩のところにやってきました。すると、カワウソも、もうそこへ来ていて、ねぼけ|眼《まなこ》をして、サルを見上げ、
「サルさん、ゆうべはどうだった。」
とききました。
「どうだったも、こうだったもあるかい。」
そういって、サルは、ゆうべのゴザのすべりぐあいを話し、
「ひとねむりもしないんだぜ。」
と、いいました。これを聞いて、カワウソもいいました。
「おれだって、ひとねむりもしなかった。豆が魚の卵の十倍もおいしいなんて、いったい、どんな豆のことなんだい。どんな卵とくらべたんだ。とにかく、この豆、にがいばかりじゃないか。しかたがないので、おまえさんのいったとおり、この豆の皮をからだに張りつけてさ、魚をとろうと、水にもぐっていったのさ。ところが、これも|大《だい》|失《しっ》|敗《ぱい》。魚という魚が、一間も二間も先から、この豆の皮を見つけて、チラチラチラッと逃げていく。一晩じゅうもぐって、ハヤの子一ぴきも取れず、いや、もうヒドイ目にあいました。」
これを聞くと、サルは、
「ハハハ、しかたがないよ。たがいにくたびれもうけの、|骨《ほね》|折《お》り|損《ぞん》だ。では、ゴザを返します。」
そういって、ゴザをカワウソのまえに投げだしました。カワウソも、
「はい、それでは豆の残り。」
そういって、豆をサルのまえへおきました。そこで、サルがその豆をとって、皮をむき始めると、カワウソはゴザをかかえて、もう谷川のなかへ、ドボンと、水音をたててとびこんでおりました。そして、サルはもう赤い顔をして、豆をモグモグ食べていました。
むかし、むかしの、山奥のお話です。
ハチとアリの拾いもの
やっぱり、むかしのことです。ハチとアリがつれだって旅行に出かけました。ちょうど、海ばたの道を歩いているときのことでした。一ぴきの魚がころがって、はねていました。波うちぎわでしたから、海から波にはね上げられたのかも知れません。
「あっ、サカナ。」
ハチがいいました。しかしそれと同時に、アリも、
「サカナだっ。」
といって、もうかけだしておりました。だから、ハチもアリもいっしょに、そのサカナのところにかけつけ、
「サカナを拾ったあ。ボクが見つけたんだあ。」
そういいました。そこで、
「ボクが見つけた。」
「いや、ボクのほうが先に見つけた。」
と、ハチとアリとでいい合いになりました。チュウサイする人がいなかったものですから、
「ボクが先。」
「いや、ボクが。」
と、いつまでもいい合いしておりました。きりがつかないのです。ところが、このサカナがニシンというサカナだことを知ると、ハチがいいました。
「待て、待て、アリくん、二三が六という九九があるだろう。知ってるかい。」
二と三をかけると六になるのです。アリはかしこいから、もとより知っていました。
「知ってるさ。次が二四ンが八だ。」
と、ジマンそうにいいました。すると、
「そうだ。ね、ニシンはハチだ。このニシンはハチのものだ。わかったろう。」
ハチがそういいました。これにはアリも、なんといっていいかわからず、
「チェッ。」
と、舌うちをしてくやしがりました。
ハチとアリは、それからまた旅行をつづけましたが、しばらくしますと、やはり波うちぎわにサカナが一ぴき打ち上げられて、ピンピンピンピンはねております。
「見つけたあ。サカナ見つけたあ。ボクが先に見つけたあ。」
アリがいいました。しかしこのとき、ハチも、
「サカナだっ。ボクが一等っ。」
そういいました。やっぱりふたりいっしょに見つけたのです。だから、そのサカナのそばへ行ったのも、アリ、ハチいっしょで、どちらが先ということもありません。そこでまたいい合いとなりました。
「ボクが先だ。」
「いや、ボクのほうだ。」
そして、いつまでもいつまでもいい合い、きりがありません。ところが、そのサカナがタイであることを知ると、アリがいいました。
「ハチさん、ありがたいということを知ってるかい。」
「知ってるさ。うれしい時なんかにいうコトバさ。ありがたい。」
ハチがいいました。すると、アリがニコニコしていいました。
「アリがタイ。アリがタイ。わかったろう。ハチがタイじゃないんだよ。アリがタイなんだよ。」
これにはハチも|困《こま》り、
「しかたがないや。」
そういって、そのタイをアリにやりました。めでたし、めでたし。
オオカミに助けられた犬の話
むかし、むかしのことでした。あるところに犬が一ピキ|飼《か》われておりました。もう年をとったおじいさん犬でしたから、毎日、|玄《げん》|関《かん》わきや、|土《ど》|間《ま》のすみで、グウグウグウグウねむってばかりおりました。そこで、ある日のこと、家の人たちが|相《そう》|談《だん》しました。
「うちの犬も、もうすっかり老いぼれて役にたたなくなってしまった。どっかへ|捨《す》ててくるか。ころして、皮でもはぐか。」
これを聞いていた犬の、おどろいたことといったら、たいへんです。すぐとび出して、山のオオカミのところへかけつけました。それというのも、いつごろでしょうか、これも年をとって、まえほど強くなくなっていたそのオオカミと、犬は友だちになっていたのです。だから、こんなたいへんなことになっては、だれより、かれより、まずオオカミに相談して、いいちえをかしてもらわなければなりません。
「オオカミもらい、オオカミもらい。なぞにすべい。」
そのへんのことばで、犬は相談したのです。すると、オオカミはいいました。
「ハッハッハ、なにかと思えば、そんなことか。心配はいらない。まず、まず、|大《おお》|船《ぶね》に乗った気で、安心しとるがよい。いっさいこのおれさまが引き受けてやる。」
「といってくれるはありがたいが、皮をはがれたり、山にすてられたりしたら、なぞにすべい。」
犬はまだ心配していいました。
「だから、まず、こうするんだ。」
オオカミはそれから、その|策略《さくりゃく》について話し出しました。
「おまえのところには、赤んぼうがいるだろう。そして、毎日、|畑《はたけ》に行くときには、その子をつれてって、かごに入れて、畑のそばにおいてくだろう。そこだよ、そのとき、このおれさまが、森の|奥《おく》からとび出してって、その赤んぼうをぬすんでいく。」
ここまでいうと、犬が口を出しました。
「待ってくんろよ。オオカミもらい。そりゃあんまりむごいじゃないか。」
「まあ、聞け。」
オオカミはいうのでした。
「ぬすんでくたって、ぬすんでしまうのじゃないよ。すぐおまえがかけ出して来て、大声でほえほえ、おれを追っかけてくるんだ。そこで、五十メートルも走ったらな、その赤んぼうかご、草の中へでも捨てといて、おれ、山ん中へ|逃《に》げてくんだ。さもさもおまえをこわそうにしてな。どうだ。そうすれば、おまえは赤んぼうを助けたいのち[#「いのち」に傍点]の親だ。この犬がおったらばこそと、捨てるどころのさわぎじゃないぞ。毎日毎日、それ肉をくえ、さかなも食べろ。大切にされるぞ。」
「なるほどな。」
犬も感心しました。
そのあくる日のことです。犬のうちの人たち、山の畑へ出かけました。犬のいったとおり、赤んぼうをつれて行きました。そしてその赤ちゃん、かごに入れて、畑のそばの木の下におきました。犬も畑について来て、これは|大《だい》|分《ぶ》はなれたすみの方にねそべっていました。ところが、まもなくのことです。赤ちゃんの|泣《な》き|声《ごえ》が聞こえました。家の人たちが、そちらを見て、ビックリしました。大きなオオカミが、今、赤ちゃんをかごごとくわえて、森のほうへ逃げて行くところです。
「アアアーッ。」
赤ちゃんのおかあさんがなんともいえない声でよびました。おとうさんのほうはだまったまま、クワを手にさげて、そのオオカミを目がけて走りました。しかしオオカミはとても早く、見るまに五十メートルも、六十メートルも先に逃げてってしまいました。赤ちゃんのおかあさんはもう見ていられなくて、両手を顔にあてて、大きな声で泣きました。そのときです。畑のすみから犬の大きな、しかも力づよい声がおこりました。犬はそのありさまを見ていたらしく、そのときになると、ひじょうな勢いでかけ出しました。そして赤ちゃんのおとうさんなどすぐ追いこし、百メートル近いところでほとんどオオカミに追いつきました。そのまもものすごい大声でほえつづけ、その声が森の中へワンワンワンワンワンワンとひびきわたりました。
犬がオオカミに追いついたのを見ると、赤ちゃんのおとうさんは、手にさげていたクワを持ちなおしました。きっと、犬とオオカミの大げんかが始まると思ったからです。自分も犬にかせいして、オオカミをやっつけなければと、思ったからです。しかしその心配はいりませんでした。走り走り見たのですが、犬がオオカミに追いついたとき、オオカミはまず赤ちゃんの入ってるかごを下におきました。
「いよいよ、これから、犬とかみ合いをするな。」
と、おとうさんは思ったのです。思った通り、オオカミは犬の方を向いて、両足をひろげ、頭を下げ、けんかのかまえをしたそうです。ところが、犬がなんともじつに勇ましく、そのオオカミに向かって、ピョーンと大きくはねとんで行ったそうです。
「これは犬がやられた。」
おとうさんはそう思ったのです。すぐくいつかれ、すぐかみ殺されると思ったのだそうです。だって、犬はあまり勢いよくはねすぎて、オオカミのまえでスッテンコロリと、ころんだのです。しかしオオカミは、犬のその勇気におそれたのか、ころんだのを見ながら、クルリと向きをかえ、長いシッポを後にたれ、森の奥さして、ショボ、ショボ、ショボ、ショボと逃げてってしまいました。犬は赤ちゃんを守りながら、オオカミの|後姿《うしろすがた》に向かって、やはり元気にほえつづけていました。そこへおとうさんはやっと走りついたのですが、赤ちゃんは少しのきずもなく、|無《ぶ》|事《じ》に助けることができました。
こうなると、赤ちゃんのおとうさん、おかあさんはいうまでもなく、家の人たちはもとより、村の人たちまで、犬に感心してしまいました。
「なんという感心な犬だろう。老いぼれてて、役にたたないと思っていたが、まさかのときには、こんなりっぱな|手《て》|柄《がら》を立てる。捨てるだの、皮をはぐだのいって、なんとすまないことをした。」
そういって、それからは、ほんとに、肉をくえ、さかなを食べろと、だいじにされました。
土間のすみでグウグウねていても、だれひとりバカにするものはいませんでした。それで犬はたいへんしあわせになったのですが、少したつと、こんどは山のオオカミがやって来ました。犬がこのあいだの礼をいろいろいいました。しかしオオカミはいうのでした。
「このあいだはおまえを助けてやったが、その礼をまだもらっていない。ニワトリが一|羽《わ》、それも大きいのがほしい。どんなものだろう。一日二日のうちに、山へとどけてくれ。」
これを聞くと、犬はこまってしまいました。家のニワトリなんか、やるわけにいきません。それかといって、他の家のはいうまでもありません。そこで、
「ニワトリはダメだ。他のものにしてけれ。」
と、いいました。すると、オオカミはすごく|怒《おこ》っていいました。
「おまえの心持はわかった。それなら、それでいいから、明日、山へやって来い。オオカミさまの心持をわからせてやる。」
犬はこまりました。これは、おれをとって食うつもりと思ったけれども、どうすることもできません。オオカミが|帰《かえ》った後、ただもう心配で心配で、ブルブルブルブルふるえておりました。ところが、オオカミとの話合いを、物かげで聞いていたのが、やはりこの家に飼われていた一ピキの|三《み》|毛《け》ネコでした。
「同じ家に飼われている犬どののサイナンだ。ネコでできることだったら、どんなことをしてでも助けてやりたいものだ。」
そう思ったものでしたから、犬のところへやって来ました。
「犬どの、犬どの、さっき山のわるオオカミが来たと思ったら、今おまえは青い顔をして、ブルブルふるえていなさるようだ。なにか心配ごとでもありなさるか。わたしも小さい三毛ネコだが、同じ家に飼われているおまえさんのことだ。なにかてつだいできることがあったら、と思ってやって来た。」
そうネコがいったもので、犬は喜んで、オオカミの話をしました。明日は山へ行って、オオカミにかみ殺されるかもしれない話をしたのです。これを聞くと、ネコが、ニャーンと、ハラを立てて、一なきしました。そしていいました。
「犬どの、犬どの、心配しなさるな。明日はこの三毛がついて、山へいっしょに行ってあげます。オオカミが来ようが、イノシシが来ようが、ネコがすけだち[#「すけだち」に傍点]をするいじょう、少しも心配することはない。」
そのあくる日のことです。山のオオカミのほうでは、犬がニワトリをよこさないというので、たいそうハラをたてて、|鬼《おに》を|呼《よ》んで来て、
「今、犬が来るから、来たら、いっしょに食べようじゃないか。」
そんな話をしていました。ちょうどクボミになった草の中にねころんで、オオカミと鬼はそんな話をしていたのです。ところが、そこへ犬とネコはやって来ました。しかし犬もネコもそこにオオカミたちがいるとは知りません。ただ、ネコが見ると、草の上に鬼の|一《いっ》|方《ぽう》の耳がのぞいていて、それがピクピクピクピク動いております。まるでネズミそっくりです。すると、ネコがいいました。
「犬どの、犬どの、あそこに、草の中にネズミが一ピキおりもうす。あれを食べて、ハラごしらえをして、それからオオカミとのイクサをすべえと思うが、どうじゃ。」
そしてイキナリ、その鬼の耳にとびついて、それをかみ切ってしまいました。おどろいたのは、その鬼です。
「オオカミどん、オオカミどん、これは、とってもかないません。鬼どもの手むかえる敵ではございません。」
そういうと、雲をかすみと逃げてってしまいました。鬼に逃げられては、オオカミだって手むかう勇気はありません。キャン、キャン、キャン、キャン、犬の子が足をふまれたような声をあげて、|山《やま》|奥《おく》さして逃げました。これを見ると、ネコが、
「ねえ、犬どの、ネコがすけだち[#「すけだち」に傍点]をするいじょう、心配はないといったでしょう。」
そういって、シッポを後にピーンと立てて、たいへんいばったということです。めでたい、めでたい、めでたい。
|豆《まめ》と炭とわら
むかしのことです。豆がながしで、ザクザクザクザク洗われていました。すると、そのなかの一つが、コロコロコロッところげて、|炉《ろ》ばたへ落ちて行きました。そこには、ちょうど炭とわら[#「わら」に傍点]がいたのです。三人はすぐなかよしになり、すぐおはなしを始めました。
「おお、豆さん、きょうは天気もいいし、どこかお宮まいりでもしようじゃないか。」
炭がいったのです。
「お宮まいりなら、お|伊《い》|勢《せ》さんがいいな。」
わらがいいました。それで三人は伊勢|神《じん》|宮《ぐう》へおまいりすることにきまりました。三人はつれだって――といっても、身がるなわらが先に立って、大またに歩いて行きました。炭がつづいて、ズシリズシリと歩いて行きました。豆はいちばんあとから、コロコロころがってついて行きました。何日も、そうして行ったところで、三人は川のところへやって来ました。
「さあ、こまった。炭さん、豆さん、川のところへやって来たぜ。これから、どうする。わたろうにも、ふねはなし。」
わらがいいました。それで三人は川ぎしにあつまり、くびをかたむけて考えました。
「どうして、この川をわたろうか。」
すると、わらがハッとして、
「わかった。いい考えがうかんだ。」
といいました。それは、わらがはし[#「はし」に傍点]になるというのです。しかし、どうも少し心配なもので、豆が、
「わらさん、はしになんかなれるかい。だいじょうぶかい。」
と、こうききました。わらは、
「だいじょうぶだったら、だいじょうぶ。」
そんなことをいって、もう川ぎしで、頭を下にして、さか立ちをしていました。それから、その足のほうを、むこうぎしへ向けて、ドタンとたおしました。それでもう、わらのはしができました。
「どんなもんだい。りっぱなはしだろう。さ、わたってください。」
はしになったわらがいいました。そこで、いよいよ炭がわたることになりました。
「わたるよ。いいかい。じっとしてておくれ。落としちゃいやだよ。」
炭はそんなこといって、わたって行きました。ところが、ちょうど、わらのまんなかへんに行ったときです。
「あっちちち。あっちちち。」
わらがいいました。見ると、|煙《けむり》が出ていて、わらがもえていました。炭にホンの少し火がのこっていたのです。けれども、川の上ですから、どうすることもできません。見るまに、わらが灰になり、炭といっしょに、水に落ちてしまいました。そして、ながされて行きました。これを見ていた豆さん、どうしたことか、にわかに、おかしくなって、
「ハッハ、ハッハ、ワッハ、ワッハ。」
とわらいました。友だちをたすけなければならないときなのに、おかしくて、おかしくて、わらいがとまりません。とまらないばかりか、あんまりわらうもので、口がさけてしまいました。それでやっと、わらいはとまりましたが、こんどは口がいたくて、エンエンエンエン|泣《な》いておりました。
ところが、そこをそのとき、さいほうへ行く|娘《むすめ》さんが通りかかりました。娘さんはこの豆のありさまを見て、
「まあ、かわいそう。まあ、かわいそう。」
そういって、すぐ、|針《はり》をだして、さけた口をぬいつけてくれました。しかし、娘さん、あんまりいそいだもので、つい黒糸でぬってしまいました。今でも、豆の口のところに、一本黒いスジがあるのは、そのときの黒糸のあとです。それではめでたし、めでたし。
タカとエビとエイ
むかし、むかし、高い山の上の大きな岩のいただきに、一|羽《わ》のタカが住んでおりました。ある日のことです。岩の上で、自分の|羽《はね》をひろげて見て、つくづく感心しました。
「りっぱな羽だなあ。両方、こうひろげたところは、なんのように見えるだろう。鳥のなかにも、けもののなかにも、まず、このおれくらいのものはいないだろう。」
そう思うと、りっぱくらべ、大きさくらべに、そこらじゅうを飛んで歩きたくなりました。でかけていくと、海へ出ました。大きな、大きな海です。一日じゅう飛びましたが、|果《は》てがありません。夕方になって見ると、その海のなかに一本、柱のようなものが立っておりました。
「やれ、うれしや。|今《こん》|夜《や》はここでやすめる。」
と、その柱にとまって、その|晩《ばん》はねむりました。あくる朝、そこをとび立って、また一日じゅう飛びました。飛んでも、飛んでも、海ばかりです。夕方になって見ると、きのうとおなじような柱が、また海のなかに立っていました。
「やれ、うれしや。今夜はここで――」
そう、ひとりごとをいって、タカはその柱にとまりました。ぐっすりねむっていると、夜なかのことです。その柱が動きだしました。右へかたむいたり、左へかたむいたりするのです。と思うと、水から上へズンズン上がっていったりするのです。タカはびっくりして、バタバタ、羽をうちながら、
「へんな柱だ。ふしぎなクイだ。まるで生きてるように思われる。きのうとまった柱も考えてみるとそうだったわい。」
そんなことをいいました。これを聞いたのでしょうか。このとき、水から、それはそれは大きなエビが、頭をズーッと、持ちあげてきました。そのエビがいいました。
「おまえがタカだな。おれのツノにとまって、ふしぎな柱とは、なんのことだ。」
タカは、これを聞いて、おどろきました。この柱がそうなら、|昨《さく》|夜《や》の柱は、このエビのもう一本のツノだったのです。自分こそ、世界一と思ってとんでいたのに、大きなものもあればあるものです。そこで、タカは、
「エビさん、あなたにはかないません。」
そういって、もとの山の上の岩をさして帰っていきました。ところで、タカのはなしを聞いたエビは、
「そうすると、このおれさまが世界一か。それなら一つ、大きさくらべにでかけよう。」
と、海を泳いでいきました。すると、その晩のこと、どこか、とまるところはないかと、あたりを見まわしますと、ちょうどころあいのほら|穴《あな》がありました。そこで、
「やれ、ありがたや。」
と、そこにとまり、あくる朝は早くそこを|出立《しゅったつ》して、一日泳いでいきました。晩になって、とまるところをさがしますと、また、昨夜のような穴がありました。
「やれ、ありがたや。」
と、そこに入り、
「しかし、海じゅうを泳いでみたが、まず、このおれほど大きい魚はただの一ぴきもいなかった。すると、やっぱりこのおれさまが世界一か。」
そういっていますと、
「ハッハハハ。」
と、笑うものがありました。
「昨夜と今夜と、おれの鼻の穴に入りながら、世界一もないものだ。くすぐったくて、こっちはたまらん。」
そういったかと思うと、その鼻の穴が、
「クシャーンッ。」
と、大きなクシャミをしました。それでエビは、海の上を遠くの方へはねとばされました。その魚はエイという魚でした。大きな上には、またいっそう大きなものがあるものです。エビは、そのときはねられたので、|腰《こし》が曲がり、それが今でもなおらないということですよ。
カメとイノシシ
むかし、むかし、大むかしのことです。
そのころ、カメはすごくセイが高かったそうです。一メートルも二メートルもあったというのですが、ほんとうでしょうか。そんなに高くては、足ばっかりで、まるで足が歩いているように見えたかもしれません。もしかすると、|浦《うら》|島《しま》|太《た》|郎《ろう》を|竜宮《りゅうぐう》へ|案《あん》|内《ない》したカメなんかも、そんなに足の長い、セイの高いカメだったのでしょう。
ある日、けものたちが集まって、力くらべをしておりました。カメはこんなでしたから、やはり力も強かったそうです。ところが、そのころ力が強いので有名だったのはイノシシです。イノシシは大いばりで、力くらべの場所にきても、「エヘン、エヘン」と、せきばらいなんかしておりました。
これを見て、カメさん、少しシャクにさわってきました。
「イノシシなんかが、なんだい。」
心のうちで、そう思いました。そこで、自分も負けないようにエヘン、エヘンとやりました。
これを聞くと、イノシシは、ますます大きな声を出して、
「エヘン、エッヘン!」
とやりました。これを見ると、カメさん、いよいよシャクにさわって、
「エッヘーン、エヘン。」
とやるのでした。
みんなが一度にふたりの方を見ました。こうなってはカメさんも、だまっていられません。
「イノシシくん、ちょっと。」
といいました。
「なんだい。」
イノシシが口先をしゃくりあげて、カメの方を向きました。
そのころのイノシシは、いまとちがって、首も細く、そして長かったそうです。だから、きっとアゴなんてものもあって、さぞナマイキに見えたものと思われます。
「きみ、力じまんだそうだね。」
カメがいいました。これを聞くと、
「なにをッ。」
いうが早いか、もうイノシシはカメを上からおさえつけました。
ウーン、ウーン
これは、そのときにだしたイノシシの|力声《ちからごえ》です。
フーン、フーン
これは、そのイノシシの力をこらえて、四つの足をふんばっているカメのふんばり声です。そうして、ふたりとも、二十分も三十分も四十分も、|根《こん》かぎりの力を出しました。
ところが、そのとき、イノシシはよっぽど力が強かったとみえます。いや、カメのこらえるのが、少し|度《ど》がすぎていたものと思えます。
だって、カメの足がだんだん、だんだん、短くなっていったのです。そしてとうとう|甲《こう》|羅《ら》の中へめりこんでしまいました。
やっとイノシシは押すのをやめて、ウーンというのもよしました。カメもフーンをやめたのです。しかし、カメは力くらべに負けました。そして、それ|以《い》|来《らい》、あのふんばったような短い足になってしまいました。
イノシシは、これでたいへんとくいになり、どんなものだとばかりに走りだしました。うれしさのあまり、むこう見ずに、むやみやたらに走りました。|曲《ま》がり|角《かど》もまがらずに走ったのです。そして、そこにあった大岩に、はげしくオデコをぶつけました。すると、長かった首がゴツンといって、一ぺんに短くなってしまいました。それ以来、イノシシは首なんかないような形になってしまいました。
おかしな話です。それではさようなら。
サルのおむこさん
むかし、おじいさんがおりました。ある日のこと、山の|畑《はたけ》で草を取っておりました。ひろい畑で、草はいっぱい|生《は》えてるし、取っても、取っても、取りきれません。おじいさんはすっかり|疲《つか》れて、ついこんなことをいってしまいました。
「この畑の、この草を、きれいに取ってくれるものはいないかなあ。いたら、うちの三人の|娘《むすめ》のうち、ひとりは、その|方《かた》のおよめさんにさし上げる。どうじゃ。どうじゃ。そんな方はいませんか。やれ、くたびれた。」
すると、そばの森の中から、ゾロゾロたくさんのサルが飛び出して来て、畑の草を取り始めました。そして見るまに、畑をきれいにしてしまいました。おじいさんは、
「これは|困《こま》ったことになった。」
と思いました。どうしたらいいでしょう。今さら|仕《し》|方《かた》がありません。うちへ|帰《かえ》ると、おじいさんはねてしまいました。心配でならないのです。すると、一ばん上の娘さんが、
「おじいさん、おじいさん、なんでそんなに|寝《ね》ておられるんですか。起きてごはん[#「ごはん」に傍点]をおあがりなさい。」
そういって来ました。おじいさんは、
「これがおまえ、起きてなどおられようか。畑でサルにこんな|約《やく》|束《そく》をしてしまったんだ。」
そういって、おじいさんは畑の話をしました。そして、
「だから、おまえ、およめさんに行っておくれよ。」
といいました。娘さんは、これでもうプンプンおこって、
「だれが、サルのおよめさんなんか――」
そういって、むこうへ行ってしまいました。すこしすると、こんどは二ばん目の娘さんが、来ました。
「おじいさん、おじいさん、なんでそんなに寝ておられるのですか。起きてごはんをおあがりなさい。」
こういいました。すると、おじいさんは、
「これがおまえ、起きてなどおられるかい。畑でサルと、こんな約束してしまったんだ。」
また、そういって、畑の話をしました。
「だからおまえ、サルのところへおよめに行ってくれないか。」
こういいました。すると、娘さんは、
「だれが、サルのおよめさんになんか――」
そういって、プンプンおこって、むこうへ行ってしまいました。少しすると、こんどは三ばん目の娘さんが来ました。
「おじいさん、おじいさん、もう起きて、ごはんをおあがりになりませんか。」
おじいさんがいいました。
「むすめや、むすめ、これが起きてなどおられようか。畑でサルに、こんな約束してしまったんだ。」
それからおじいさんは、畑の話をしました。
「だからおまえ、サルのところへおよめさんに行っておくれでないか。」
こうたのみました。すると、娘さんが、
「おじいさん、おじいさん、あなたがそう約束してしまったのなら、もう仕方がありません。わたしがおよめさんに行ってあげます。心配せずに、起きて、ごはんをおあがりなさい。」
そういってくれました。おじいさんは大喜びして、起きてごはんを食べました。
何日かすると、山からサルがやって来ました。何びきもおともをつれて、およめさんを|迎《むか》えに来たのです。サルは何びきもで、たがいに手と手を組み合せ、手車というのをつくりました。それにおよめさんをのせて、よめ入り歌をうたいながら、山の家へ帰って行きました。
すぐすぐ、|里《さと》|帰《がえ》りの日になりました。サルのおむこさんは、おじいさんはもち[#「もち」に傍点]が好きだと聞いて、ペッタンコ、ペタラッコともちをつきました。ところで、そのもちをなにに入れて行こうかと、いうことになりました。すると、娘さんがいいました。
「おひつに入れれば、木のにおい。葉っぱにくるめば、葉のにおい。みんな、おじいさんきらいなの。|臼《うす》ごと持ってってくださいな。」
それじゃということになって、サルは臼ごと、|背《せ》|中《なか》に|引《ひき》|負《お》うて、山をおりて来ました。谷川にやって来た時、大きな|淵《ふち》のむこうのガケに、|藤《ふじ》の花が今を|盛《さか》りとさいていました。これをながめて、娘さんがいいました。
「サルどん、サルどん、あれ、あの藤の花|一《ひと》|枝《えだ》、折って来てくださんせ。うちのじいさまが、あの花、どれだけ好きだかわかりません。」
これを聞くと、おサルどん、臼をそこにおいて、藤の花をとりに行こうとしました。すると、娘さんがいいました。
「サルどん、サルどん、臼を土の上におくと、もちが土くさくなる。草におくと、草くさくなる。臼はおろさないで、花をとってくださんせ。」
サルはそれをきくと、
「よしよし、よしよし。」
と、臼を背中に負うたまま、藤の花折りに川の上の高い木にのぼって行きました。そして一つの枝をおろうとすると、娘さんがいいました。
「もっともっと上の枝。」
そこでおサルさんが、もっと上の枝をおろうとすると、また、娘さんがいいました。
「もっともっと上の枝。」
おサルさんは、上の上の、上の枝にのぼりました。それからまた、枝のはしっこの、またはしっこに行きました。細い細い枝のところに行ったのです。すると、臼の重みで、枝がバリリリと折れました。サルは下の深い淵の中へ、臼を負うたままドブーンと落ちて行きました。落ちたと思うと、早い流れのこの谷川におし流されて行きました。そのときサルが歌をうたいました。
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サル沢や
サル沢や
流れ行く身は
いとわねど
あとに|残《のこ》った
お|文《ふみ》|子《こ》あわれ
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お文子というのは、その娘さんの名まえです。
|天《てん》|狗《ぐ》のヒョウタン
むかし、むかし、あるところに、バクチウチというものがいました。これは、今ごろはいないものですが、カルタやトランプで、お金をかけて、勝負をするものなんです。|国定忠次《くにさだちゅうじ》だの、|清《し》|水《みず》の|次郎長《じろちょう》というのは、そんなものの|親《おや》|分《ぶん》です。そのバクチウチが、バクチに負けて、スッカラカンのお金なしになって、|帰《かえ》っていました。夜が明けかかったという、今だと、朝四時ごろのことでしょう。村のお宮の|大《おお》|松《まつ》の下をとおりかかると、その松の|枝《えだ》に、ひとりの天狗さまが、とまっていました。
天狗というのも、今はもういませんが、むかし、むかしはいたそうです。|鼻《はな》がべらぼうに高くて、|背《せ》|中《なか》にハネがありました。どこか、遠い|山《やま》|奥《おく》のほうにすんでいたということです。その天狗さまが、その時バクチウチに、声をかけました。
「こらこら、バクチウチ、きょうもまた負けてのお帰りかい。」
バクチウチがいいました。
「おや、だれかと思ったら、天狗さまですか。わたしゃ、負けるのきらいですから、|相《あい》|手《て》に、お金を貸してやっただけです。」
これをきくと、天狗が、
「ハッハッハ。」
と、笑いました。天狗も、バクチウチの負け|惜《お》しみということがわかっていたのでしょう。それからちょっとすると、天狗が、いいました。
「ときに、バクチウチ、おまえの一ばんこわいものはなんだ。」
「ハイハイ、なんといっても、アズキモチ以上のものはありません。ボタモチといいますか。あれを見たら、もう、ブルブルです。ものもいえなくなってしまいます。しかし、天狗さま、あなたの一ばんこわいものは――」
これを聞くと、天狗がいいました。
「|鉄《てっ》|砲《ぽう》さ。鉄砲の音だよ。」
それから天狗は、バクチウチをこまらせてやろうと思ったのでしょう。松の上から、アズキモチをボタボタと落としてきました。
「あ、こわい。これはおそろしい。これはたいへんだ。」
バクチウチ、大うろたえに、うろたえているようなようすをしながら、そのモチをつぎからつぎへ、パクパク食べてしまいました。そして、うんと食べて、|腹《はら》がいっぱいになったとき、
「ズドーン。」
と、大きな声を出して、鉄砲のまねをしました。すると、天狗さまは、びっくりぎょうてんして、ハネをバタバタいわして、立っていきました。
「ハッハッハ。」
こんどは木の下で、バクチウチが笑いました。笑いながら上を見ると、松の枝に、ヒョウタンが一つぶら下っています。天狗のわすれたヒョウタンです。それは、天狗のヒョウタンといって、なんでも、好きなものを、
「お酒出ろ。おかし出ろ。」
というようにいえば、ドンドン出てくるものでした。バクチウチはさっそくそれをおろしてきて、木の下の石に|腰《こし》をかけ、ゆっくりお酒を出してのんだ、ということです。めでたし、めでたし。
牛のよめ入り
むかし、あるところに、美しい|娘《むすめ》さんがありました。およめ入りする年ごろになりましたので、ある日、お宮へ行って、神さまにおねがいしました。
「神さま、どうか、わたしをよいところへよめ入りさせてください。」
ところが、そのとき、そのお宮の|奥《おく》でひるねをしていたトナリ村の若い|衆《しゅう》が、その声で目をさましました。見ると美しい娘さんです。そこで、神さまのふりをして、自分のところへよめ入りさせようと考えつきました。
「これ、これ、娘。」
若い衆はつくり声でいいました。
「はい。」
「おまえはどこの娘じゃ。名はなんというか。」
「|当《とう》|村《そん》の、|百姓太一《ひゃくしょうたいち》の三女で、すずと|申《もう》します。」
「して、どこへよめ入りしたいか。」
「それは神さまにおうかがい申します。」
「それならば、トナリ村の百姓|平《へい》|作《さく》の|長男金太《ちょうなんきんた》のところがよいぞ。」
娘は家へ|帰《かえ》ってきて、そのことを話しました。ところが、こまったことに、おとうさんもおかあさんも、その平作をきらいなら、むすこの金太もきらいなのです。そう聞くと、今まで知らずにいた娘も、また、きらいになってしまいました。しかし、神さまのお|告《つ》げです。そむくわけには行きません。次の月のいい日におよめ入りすることにきまりました。
さて、その日が来ました。娘さんは美しいおよめ入りのきものを着て、|殿《との》さまが乗るようなカゴに乗せられました。それを何人もでかついで、そばについている人がお祝いの歌をうたって出かけました。これが、そのころのしきたりだったのです。しかし、娘さんはカゴのなかで、|涙《なみだ》を流して|泣《な》いておりました。ところが、まもなく、
「|下《した》に――い。下に――い。下におれい――」
という声が聞こえて来たのです。これは殿さまがむこうからやって来たのです。殿さまもカゴに乗って来ました。それにハタやヤリやカタナを持った|家《け》|来《らい》が、後や先におともをしていました。その|先《せん》|頭《とう》のおともが、声をあげて、下に下にとよんでいるのでした。下にといわれると、道ばたのみんなは土の上にすわって、殿さまのカゴにおじぎをするのでした。
むかしのことですから、そんなとき、もしなにかあると、|無《ぶ》|礼《れい》ものといわれて、それはひどいめにあいました。だから、みんなこわがって、下にの声をきくと、|逃《に》げて行くものが多かったそうです。|実《じつ》は、そのときもそうでした。娘さんのカゴをかついでる人も、そばで歌をうたっていた人も、それ、殿さまだというので、カゴを道ばたにおいたまま、どこかへ逃げてってしまいました。
娘さんは、そんなこととは知らず、やはりカゴのなかで泣いておりました。ところが、そこへやって来た殿さまたちです。無礼なカゴだというので、家来が娘さんのカゴの|窓《まど》をあけました。そして殿様とふたりで、中をのぞきました。見ると、美しい娘さんが、そこで泣いております。
「これ、娘、どうしておまえは泣いておるのか。」
殿さまがききました。そこで娘さんは、神さまのことから、これまでの話をしました。これを聞くと、殿さまは、
「そうか。それでわかった。それなら、わたしについといで。」
そういって、娘を自分のカゴに乗せました。娘のカゴには、ちょうどそこへノコノコ歩いて来た牛の子をつかまえて、乗せました。殿さま自身は家来が引いていた馬に乗って、下に下にと出発しました。殿さまが行ってしまうと、およめさんをかついで来た人たちは帰って来て、
「やれやれ、えらいめにあったぞ。早く行かんと、日がくれる。」
と、またカゴをかつぎ、歌をうたって出発しました。牛の子はなんにも知らず、カゴのなかで、ユラユラゆられながら、モウともいわず、かつがれて行きました。
さて、こんどはトナリ村のおむこさんの家です。およめさんのカゴがくると、もう大喜びで、ごちそうをいっぱいならべているお|座《ざ》|敷《しき》に、そのカゴをつけました。そしてカゴの戸をあけて、
「いらっしゃいませ。」
ていねいにそういいました。すると今か今かと、外に出るのを待っていた牛の子は、そこでピョンと、座敷の上にとび出しました。そして|大《おお》|勢《ぜい》の人のいるのにおどろき、あっちにかけ、こっちに走り、そのたび、ごちそうのおさらも|鉢《はち》もけちらしました。お座敷はたいへんなさわぎになりました。すると、おむこさんが牛に向かっていいました。
「こらこら、わたしがきらいなら、きらいでいいじゃないか。なにも牛になって来て、らんぼうしなくもいいではないか。」
|一《いっ》|方《ぽう》、娘さんのほうは、殿さまにつれて行かれて、ほんとうにいいおむこさんを見つけてもらったということです。めでたし、めでたし。
親捨て山
むかし、むかしの話であります。|薩《さつ》|摩《ま》の国に、たいへんやばんなしきたりがありました。親が六十になったら、その子や孫がその人を山へ持ってって、捨ててくるというしきたりです。捨てなかったら、|殿《との》さまから重い|罰《ばつ》を受けるというしきたりです。|困《こま》ったしきたりですね。|親《おや》|不《ふ》|孝《こう》なしきたりですね。しかしとにかく、大むかしからきまってきたしきたりですから、しかたがありません。
あるとき、あるところのおとうさんも六十になってしまいました。それで、その子と孫が|相《そう》|談《だん》して、そのおとうさんをかごに入れ、|棒《ぼう》でかついで、山へ出かけました。暗い森の中を通ったり、やぶをわけ歩いたりして、山を|奥《おく》へ奥へと、登って行きました。ところが、その道みち、六十のおとうさんはかごの中から、手をのばし、道の木の枝をしきりにポキポキ折りました。それで、孫がえんりょなくききました。
「おじいさん、山奥へ捨てられても、また村へ|帰《かえ》ろうと思って、道しるべに、木の枝を折っていられるのですか。」
すると、おじいさんがいいました。
「なにをいいなさるか。おじいさんは捨てられる身だ。村へ帰ろうなどと思っちゃいない。この折れ枝の道しるべは、みんなおまえさんたちのためだよ。おまえたちが|迷《まよ》わずに、村へ帰りつくためだよ。」
これを聞くと、むすこも、孫も、思わずなみだが出てきました。
「おじいさん、かんにんしてください。」
ふたりは声を合わせていいました。
「いや、いいとも、いいとも。捨てるのは、おまえたちではない。むかしからの悪いしきたりだ。少しもおまえたちをうらんじゃいない。さあ、さあ、捨てて行きなさい。」
おじいさんはいうのでした。
おじいさんにそういわれると、むすこも孫も、いよいよ、心苦しく、
「すみません。すみません。そういわれるおじいさんを、なんで、こんな山奥へ捨てて行かれましょう。わたしたちは、殿さまからどんな罰を受けてもよろしいから、どうかまたもとの村へ帰ってください。」
そういって、親をとうとう、村の家へかついで帰りました。そして人に知られないように、|納《な》|屋《や》の奥へかくし、そうっと、ごはんなどを運んで、|養《やしな》っておりました。
ところが、そのころ、よその国から、この薩摩の国へ、なぞをかけてきました。色も形も同じヘビ二ひきを送ってきて、
「どちらがおす、どちらがめすか、見わけてみよ。」
というのです。これを聞いて、たくさんの人が集まりました。二ひきのヘビを見て、みんな頭をかたむけました。
「さあて、な。」
そういうのですが、ひとりとして、おす、めすのわかる人がありません。こまったことになりました。これがわからないと、薩摩の国の|大《おお》|恥《はじ》となるのです。そこで、孫が納屋にかくれているおじいさんに、その話をしました。すると、おじいさんがいいました。
「そんなことは、わけない。お座敷にまわた[#「まわた」に傍点]をしいて、二ひきのヘビをはわせてみる。一ぴきは、じっとはらばいになっている。一ぴきは、のろのろはって、外へ出ていく。その出ていくほうがおすで、おとなしくはらばっているほうがめすだ。」
国の|役《やく》|人《にん》にそういいますと、役人も大喜びで、なぞをかけてきた国へ、そう返事をしました。それで、まず、一|問《もん》は恥をかかずにすみました。ところが、つぎの問題が、その国からきました。木のふだ二まい、色も形も同じものを送ってきたのです。そして、
「どれがおす木で、どっちがめす木か。」
というのです。これもだれひとりわかるものがありません。そこで、孫がまたおじいさんにききました。
「なんだ、そんなこと。」
おじいさんは、そういって、らくらくと、それの答を教えました。たらいに水を入れ、その木を中にうかべるのです。ういたほうがおす木。しずんだほうがめす木だそうです。
これも、そのなぞかけ国にいってやると、
「なんて薩摩の国は|知《ち》|恵《え》|者《しゃ》ばかりそろっているのだろう。」
と感心して、それからのちは、もうなぞをかけてこなくなりました。ところが、その孫の子どもがなぞをといたことが、殿さまの耳にはいりました。それで、殿さまは、その孫をよんで、
「おまえは子どもなのに、どうして、あのなぞがとけたか。」
と、ききました。孫は、
「じつは、うちの納屋に六十のおじいさまをかくしております。そのおじいさんがといてくれました。」
そういいました。殿さまは、それを聞いて、はじめて、としよりのかしこいことがわかり、としよりをたいせつにしなければならないことを知りました。それで、それから以後、殿さまの命令で、薩摩の国では、としよりを山へ捨てないどころか、たいへんだいじにするようになりました。めでたいことであります。
頭にカキの木
むかし、むかし、あるところに、お酒の好きな|下《げ》|男《なん》がおりました。|主《しゅ》|人《じん》がおさむらいだったものですから、お|上《かみ》から、|江《え》|戸《ど》のそのだんなのところへ、たびたびお使いにやられました。すると、とちゅうに一|軒《けん》の|茶《ちゃ》|店《みせ》があって、そこではお酒を売っておりました。下男は、お酒が好きなものですから、どうしてもそこをす通りすることができません。かならずたちよって酒を飲み、よっぱらっては、店さきにグウグウねむりました。すると、そこのおかみさんが、
「さあさあ、もう日が|暮《く》れます。早く行かんと、だんなにしかられますよ。」
そう、起こし起こしするのでした。下男は、
「や、これは|寝《ね》すごし、しくじった。」
というので、ウサギのように、ピョンピョンはねとんで、お江戸をさしていそぎました。
ところで、ある日のことです。下男は、いつものようにお酒によって、店さきでグウグウねむっておりました。そこへ、近所のおさむらいの子どもたちが五、六人でやってきて、その茶店で、カキを買って食べました。カキのことですから、いくつもいくつも種があります。子どもたちは、その種を口からだすと、店さきへポンポン、ポンポンと投げつけました。すると、その種の一つが、その下男の大きなはげ頭のまんなかへ、ぴたっとばかりくっつきました。ちょうどそのとき、お日さまが西にかたむいて、もう日が暮れそうになりました。そこで、そこのおかみさんが、いつものように、下男を大声で起こしました。
「さあさあ、日が暮れますよ。」
これを聞くと、下男はとび起き、カキの種が一つ、はげの頭にくっついているのも知らず、お江戸をさしていそぎました。
ところで、その下男の頭のカキの種です。いつのまにかそこで芽をだし、いつのまにかそこで木になり、いつのまにかそこで花がさき、とうとう、たくさんの実がなってしまいました。たいへんなことになったものです。しかし、下男は、そんなことを、みじんもこまることとは思いません。いいえ、思わないどころか、そのカキが赤くうれるころになると、|大《だい》|得《とく》|意《い》で、また、その茶店へやってきました。そして、
「おかみさん、おかみさん、ちょっとごらんよ。」
と、頭のカキをさしだしながらいいました。
「ほら、カキがよくうれて、ひどくおいしそうになってるだろう。ものは|相《そう》|談《だん》だが、このカキをとって、その代だけお酒を飲ましてくれないかね。」
しかたがありません。たいへんなお酒好きの下男のたのみです。おかみさんは、カキのかわりに、お酒を飲ませてやりました。すると、下男はまたそれでよっぱらって、グウグウ寝こんでしまいました。ちょうどそのとき、その店さきを、五、六人のおさむらいの子どもたちが通りかかりました。そして、頭にカキの木をはやしてねむっている下男をみつけました。いたずらざかりの子どもたちですから、これを見ると、だまっているわけにいきません。
「おい、だれかのこぎりを持ってこい。頭にカキの木なんかはやして、このおやじ大いばりで寝ていやがる。ひとつひき切ってやろうじゃないか。」
ひとりがいうと、ほかのみんなもいいました。
「うん、それがいい、それがいい。」
おもしろがって、ひとりが家へかけて|帰《かえ》り、すぐ、のこぎりを一ちょう持ってきました。そして、下男の頭のカキの木を根もとからゴシゴシ、ゴシゴシひき切りました。しかし、下男は何も知らず、おかみさんに起こされて、日が暮れる、日が暮れるといわれるまで、グウグウ寝こんでおりました。そして、いつものように起こされると、いつものようにとび起きて、お江戸をさしていそぎました。
ところで、その下男の頭のカキの木の|切《き》り|株《かぶ》です。そこに、いつのまにか、こんどはヒラタケがたくさんはえてきました。すると、下男はまた茶店へやってきました。そして、おかみさんにいいました。
「おかみさん、おかみさん、ほら、タケがたくさんはえてるだろう。これを|酒《さか》|代《だい》に一ぱい飲ませてくれないかね。」
大酒好きの下男のたのみです。
「はいはい、はい。」
と、おかみさんは、また、たくさんお酒をだしてやりました。下男はまたよっぱらって、店さきにグウ、グウ、グウ、ねてしまいました。すると、また子どもたちがやってきました。
「あれい、あのおやじさん、また、ここんところでねむってやがらあ。」
ひとりがいうと、すこしあとからきたほかのひとりがいいました。そのとき、きっとおかみさんに教えられたのでしょう。
「このおやじ、カキの切り株にはえたタケを酒代にして、酒を飲んだんさ。」
「え――っ」
みんなは、おどろいてしまいました。と、ひとりが、
「じゃ、もう酒代のできないように、カキの切り株、ほり取ってしまってやろうよ。」
そういったものですから、いたずら者の子どもたち、みんな一度に|賛《さん》|成《せい》して、また、
「それがいい、それがいい。」
ということになり、ひとりが家へまきわりを取りにかけて行きました。まきわりがくると、みんなは、それで下男の頭の切り株を、こなごなにわり取って、あとに|大《おお》|穴《あな》をあけてしまいました。しかし、|名《な》|代《だい》の大酒好きの下男ですから、あいかわらず、グウグウ、ねむっておりました。そして、日が暮れかかると、また、おかみさんに起こされ、なにも知らず、お江戸をさしていそぎました。ところで、こんどはへんなことになりました。だって、下男の頭には、大穴があいているのでしょう。それなのに、下男は、雨のふる日も、からかさもささず、ぼうしもかぶらず歩くものですから、その穴に水がたまって、いつのまにか、そこに、ドジョウがわくようなことになってしまいました。それも、一ぴきぐらいならよろしいのですが、何十何百と、とてもたくさんわいて、泳いだりはねたり、大さわぎをするようになりました。ふつうの人ならくすぐったくて、顔をしかめたり、人にはずかしくて、ほおかむりをしたりするのでしょうが、大酒好きの下男のことですから、ちょっともかまわず、また、茶店へやってきました。そして、おかみさんにいいました。
「おかみさん、おかみさん、このドジョウで、ひとつ一ぱい飲ませてくれないかよ。」
これを聞くと、毎度のことで、おかみさんもあきれてしまい、何もいわずに、またたくさんお酒をだしてやりました。それで、下男はまたようて、また店さきにねむりました。
すると、子どもたちはまたそこへ通りかかりましたが、これも毎度のことで、すっかり手にあまして、
「もうこのおやじ、どうしてもしかたがないや。」
ということになり、いたずらもせずにすてて行ってしまいました。
それで、その下男は、それからは、だれにいたずらされることもなく、ドジョウを売っては酒を飲み、酒を飲んではグウグウねむり、ねむりすぎては起こされて、
「これは寝すぎた、しくじった。」
と、お江戸をさしていそぎました。めでたし、めでたし。
この作品は昭和五十一年四月新潮文庫版が刊行された。
Shincho Online Books for T-Time
日本むかしばなし集 (二)
発行  2001年7月6日
著者  坪田 譲治
発行者 佐藤隆信
発行所 株式会社新潮社
〒162-8711 東京都新宿区矢来町71
e-mail: old-info@shinchosha.co.jp
URL: http://www.webshincho.com
ISBN4-10-861099-7 C0893
(C)Rikio Tsubota 1976, Coded in Japan