新潮文庫
日本むかしばなし集 (一)
[#地から2字上げ]坪田 譲治
目 次
|一《いっ》|寸《すん》|法《ぼう》|師《し》
うりひめこ
|桃《もも》|太《た》|郎《ろう》
|天《てん》|人《にん》|子《ご》
|灰《はい》なわ千たば
かくれ里のはなし
|竜宮《りゅうぐう》と花売り
|初《はつ》|夢《ゆめ》と|鬼《おに》の話
|鬼《おに》|六《ろく》のはなし
山の神のうつぼ
姉と弟
|米《め》|良《ら》の|上《じょう》ウルシ
歌のじょうずなカメ
ウグイスのほけきょう
ネズミの国
お|地《じ》|蔵《ぞう》さま
|木仏長者《きぼとけちょうじゃ》
|権《ごん》|兵《べ》|衛《え》とカモ
|沢《さわ》|右衛門《よ  む》どんのウナギつり
きき耳ずきん
かべのツル
わらしべ|長者《ちょうじゃ》
ネズミのすもう
おじいさんとウサギ
サル|正《まさ》|宗《むね》
ツルの恩がえし
むかしのキツネ
キツネとカワウソ
|金《こん》|剛《ごう》|院《いん》とキツネ
かちかち山
ネコとネズミ
|古《ふる》|屋《や》のもり
クラゲ|骨《はね》なし
|天《てん》|狗《ぐ》のかくれみの
きっちょむさんの話 (1)
きっちょむさんの話 (2)
きっちょむさんの話 (3)
きっちょむさんの話 (4)
きっちょむさんの話 (5)
日本の昔ばなしについて   坪田 譲治
|一《いっ》|寸《すん》|法《ぼう》|師《し》
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとがありました。子どもがなかったものですから、子どもがほしくて、ほしくて、明けても暮れても、このことばかり、神さまにおねがいしておりました。
「どうぞ神さま、指にもたりないほどの子どもでもようございますから、ひとり、子どもをおさずけくださいませ。」
すると、どうでしょう。あるとき、ほんとうに指にもたりないほどの子どもが生まれてきました。そんなに小さな子どもでしたけれど、やはり、子どもは子どもで、おじいさんおばあさんは、かわいくてかわいくて、たいへん大切にそだてました。ところが、その子どもはかしこい子でしたけれども、いつまでたっても大きくなりません。それで近所のおとなたちは、これを『一寸法師』といいました。子どもたちは、『チビ、チビ。』と、はやしたてました。
ある日のこと、この一寸法師は、都に出て出世したいと考えました。それでおじいさんおばあさんにいいました。
「おじいさん、おばあさん、わたしにしばらくのおひまをください。」
すると、おじいさんとおばあさんは、びっくりしてたずねました。
「それはまた、どうしてなんだい。」
「いいえ、これから、わたしは、都へ出て、いろいろのことを見たり、ならったりして、えらい人になりたいと思います。」
「そうか、そうか。」
おじいさんもおばあさんも心配でしたけれども、かしこい一寸法師のいうことですから、すぐにゆるしてくれました。それで一寸法師は、おわんとおはしをもらいました。おわんをかさにしてかむり、おはしをつえにしてつきました。それから|針《はり》を一本もらい、それには麦わらのさやをかぶせて、|腰《こし》にさしました。
そうして、
「では、行ってまいります。」
と、出かけました。すこし行くと、アリにあいました。都へ行くのには、川をくだって行けばいいと聞いておりましたから、一寸法師はききました。
「アリさん、アリさん、川はどこにありますか。」
すると、アリがいいました。
「タンポポ横町、ツクシのはずれだ。」
そこで、すこし行くと、タンポポの花のさいているところがありました。そこを横にはいって行くと、なるほどツクシが立っていました。そして、そこに大きな川が流れていました。一寸法師は、さっそく、今までかぶってかさにしていたおわんを取りました。それをこんどは舟にして、川にうかべました。はしは、こんどは、かいになりました。
一寸法師が乗るか乗らないに、もうおわんの舟は流れだしました。そして、見るまに、矢のように早く、ときにはくるくるまいながら、ときには波にゆれながら、下へ下へと流されて行きました。流れている木の|枝《えだ》などにぶつかりそうになるときは、そのかいでかじをとりました。一度大きなさかながきて、おわんの舟をひっくりかえしそうにしました。けれども、それは、やっと、そのおはしのかいでふせぎました。
そのうち、流れが静かになって、そして、舟が岸につきました。そこがもう都だったのです。
岸にあがると、おわんの舟はかさになりました。おはしのかいはつえになりました。針の刀をさしていることは、まえのとおりです。で、法師は、こんどは都の大臣をたずねて行きました。
「たのむ――たのむ――」
大臣のお|屋《や》|敷《しき》の|玄《げん》|関《かん》で、法師はこういってよびました。
「は――い。」
お屋敷の人が出て見ましたが、玄関にはだれもおりません。ふしぎに思ってひっこむと、
「たのむ――たのむ――」
と、声がいたします。出て見ると、また、だれもおりません。ひっこむと、またよびます。どうにもふしぎで、玄関の|足《あし》|駄《だ》を動かしてみましたところ、その下に法師が立っていました。
「わたしは一寸法師ですよ。都へ|修業《しゅぎょう》のために出てまいりました。大臣さまの|家《け》|来《らい》にしていただきとうございます。」
そんなことをいうものですから、お屋敷の人が、大臣の殿さまのところへ行って、申しあげました。
「今、玄関に、一寸法師という、ふしぎな子どもがまいりまして、殿さまの家来にしていただきたいと申しております。おわんのかさ、おはしのつえ、針を刀にさしております。そして、せいは、まったく小指ほどしかございません。」
「ほ、ほう。」
これを聞いて、殿さまはおどろきました。
「めずらしい子どもじゃ、つれてきてみい。」
それで、屋敷の人は一寸法師に、
「殿さまが会ってやるとおっしゃるぞ。」
そういって、手のひらの上につまみあげて、殿さまのところへ持ってきました。殿さまもこれを手のひらの上にうけて、
「これ、おまえが一寸法師か。」
と、目の前へ持ってきていいました。
すると、一寸法師は、
「はい。これは、殿さまですか。はじめておめにかかります。どうか、わたしを家来にしてくださいませ。」
そういって、その手のひらの上にすわって、両手をついて、おじぎをしました。これを見て、殿さまはじめ屋敷の人たちみんな、すっかり感心してしまいました。ことに殿さまは、もうそれだけで、この一寸法師が、おもしろいやらかわいいやらで、手ばなすことができなくなりました。
「よしよし、一寸法師、もう家来にしてやったぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
また法師が手のひらの上で、両手をついておじぎをしました。みんなはまた、すっかり感心いたしました。そこで殿さまがいいました。
「これ、一寸法師、おまえに何ができるか。」
「はい、なんでもいたします。」
一寸法師がいいました。
「それでは、そこでおどってみい。」
で、一寸法師は、殿さまの手の上で、「手のひらおどり」というのをいたしました。これが、屋敷じゅうばかりでなく、大臣の知りあいから近所近辺の大評判になりました。まったくそれはおもしろいおどりで、これ一つで法師は、このお屋敷の人気者になってしまいました。たれもかれも法師をそばにおきたがりました。なかでもおひめさまがいちばん法師がお気に入りで、「法師、法師。」と、かわいがりました。
おひめさまの机の上に、おもちゃのような小さな法師のうちがつくられ、そこで法師はくらしておりました。そしておひめさまの読まれる本を一枚一枚めくる役をつとめたり、すずりのふちを|綱《つな》わたりのようにわたって、遊んだりしていました。そして、毎日のようにおともをして、|清《きよ》|水《みず》の|観《かん》|音《のん》さまへおまいりいたしました。おともをするといっても、歩いてついて行ったのでは、法師は人や馬にふまれる心配がありました。また、どんなことで、ネコや犬がかみつかんものでもありませんでした。それで、いつもおひめさまのたもとに入れられたり、帯の結びめの中にかくされたりして行きました。
その日もおひめさまの帯の結びめにはいって行っておりますと、とちゅうに|鬼《おに》が三びきいて、自分たちを見て、何かひそひそいっておりました。これはただごとでない、何かわけがあるなあと思ったものですから、おひめさまにいって、帯から下にとびおりました。そして、鬼のいるところへ走って行きました。小さなものですから、鬼はすこしも気がつきません。そして、おひめさまのほうを指さしながら、まだいいつづけておりました。
「あそこに行く、あのおひめさまと、それからおひめさまのつれている一寸法師な、あのふたりをさらって行ってやろうじゃないか。」
一ぴきがいえば、
「でも、一寸法師が見えないね。」
一ぴきがいいます。と、またもう一ぴきが、
「うん、たもとか、ふところか、おひめさまのどこかにくっついているんだ。豆つぶのように小さな子どもだからな。」
などといっております。
これを聞くと、一寸法師は、腰にさしてる針の刀を、麦わらのさやからぬきはなしました。そして、そのときちょうど土の上にひじまくらをして、ねころんで話していた一ぴきの鬼の大きな目に、
「えいッ、えいッ。」
と、その刀をつきとおしました。鬼には何か虫でも目の前にとんできたように思われたでしょうが、それと同時に、
「あッ。」
といって、目を両手でおさえました。これを見て、二ひきのほかの鬼どもが、
「どうした、どうした。」
と、下にかがみこんで、その目をつきさされた鬼の顔をのぞきました。
そこを一寸法師は、またとびかかって、あッというまに二ひきの目四つを、チク、チク、チク、チク、とつきさしてしまいました。鬼は、これには弱りました。どんなに力が強くても、目が見えなくては、どうすることもできません。手をふりまわしてみても、足でけってみても、|空《くう》をたたくか、でなければ、おたがいどうしでけりあうようなことになってしまいました。
「かなわぬ、かなわぬ。」
一ぴきがいえば、
「逃げろ、逃げろ。」
と、ほかの一ぴきがいいました。そして、
「それ逃げ、やれ逃げ。」
と、三びきが、てんでんばらばらに、めくらめっぽう逃げて行ってしまいました。
ところで、鬼が逃げたあとを見ますと、小さなツチが落ちていました。これは『|打《うち》|出《で》の小ヅチ』という鬼の|宝物《たからもの》で、これで打てば何でも出るという、世にも便利なものであります。鬼がうろたえて忘れて行ったものです。それを拾うと、一寸法師はそれを持って、おひめさまのところへ行きました。そしてそれを見せました。するとおひめさまが、
「一寸法師や、これは打出の小ヅチじゃ、金でも米でも、ほしいものは何でも出せるよ。」
といいました。しかし一寸法師は、
「お金もお米もいりません。わたしのせい[#「せい」に傍点]を出してください。」
といいました。そこでおひめさまが、
「せい出い。せい出い。一寸法師のせい出い。」
といって、ツチでたたきましたら、法師のせいがずんずんのびて、見るまにりっぱな男になりました。
それで法師はそのおひめさまのおむこさんになり、おじいさんおばあさんも都へよんで、一生安楽にくらしました。
うりひめこ
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとがおりました。ある日、おばあさんが川へせんたくに行きました。|川《かわ》|上《かみ》から|箱《はこ》が二つながれてきました。プカプカ、プカプカ。これを見ると、おばあさんがよびました。
「実のある箱はこっちこい。実のない箱はあっちいけ。」
実のある箱がよってきました。そこで、それを拾って、家へ帰りました。|晩《ばん》におじいさんとふたりであけて見たら、中からウリが出てきました。
「まあ、りっぱなウリだ。なんというウリだろう。きっと、うまいウリにちがいない。」
ほうちょうをあてようとすると、もうウリが二つにわれて、中から、赤んぼが生まれてきました。オギァ、オギァ。かわいい、女の子だったのです。そこで、この子をうりひめこ[#「うりひめこ」に傍点]と名まえをつけました。だいじに育てているうちに、美しい|娘《むすめ》になりました。そうして|機《はた》|織《お》りがたいへんじょうずになったのです。
ある日、おじいさんとおばあさんと、いっしょに山へ行くことになりました。そこで、おじいさんがいいました。
「うりひめこや、うりひめこや、わたしたちは山へ行ってくるからね。用心して、るす番をしておいで。ひとりでいると、アマンジャクという悪い女がやってくる。アマンジャクは長いツメをしていて、とても、おまえなんかかなわない。窓や|雨《あま》|戸《ど》にかけがねをしておくけれど、外からよんでも、決して返事をするんでないよ。」
こういって、ふたりは出ていきました。うりひめこは|部《へ》|屋《や》のなかで機織りをしておりました。
[#ここから1字下げ]
「トッキン カタリ キン カタリ
|管《かん》こ無くとも 七ひろ織れる
トッキン カタリ キン カタリ。」
[#ここで字下げ終わり]
案のじょう、アマンジャクがやってきました。
「うりひめこ、うりひめこ、おれといっしょに遊びましょう。」
ねこなで声でアマンジャクはよびました。うりひめこが知らぬふりをしておりますと、ますます、ねこなで声を出して、
「うりひめこ、うりひめこ、ここのところをあけてくれ。ほんのすこし、ツメのかかるだけあけとくれ。」
うりひめこはこわくなって、ツメのかかるだけなら、心配なことはあるまいと、戸口をすこしあけました。ほんとにツメのかかるほどだったのです。しかしアマンジャクは、そこに長いツメをかけ、ギリギリ、ギイーと、あけてしまいました。そして、なかへ入ってきました。
「うりひめこ、うりひめこ、|長者《ちょうじゃ》どのの|裏《うら》|畑《ばた》に、|桃《もも》の実もぎにいかないか。」
アマンジャクがいいました。
「いやいや、おじいさん、おばあさんにしかられる。」
だけども、アマンジャクはききません。何度でも何度でも、
「長者どのの裏畑に――。」
をくり返します。うりひめこは|困《こま》ってしまって、
「ぞうりで行けば、ポンポン鳴るし、げたはいて行けば、カランコと鳴るし。だから、わたしは行かれない。」
といってしまいました。すると、アマンジャクはいうのです。
「だったら、おれがおぶってやる。」
そこで、こんどはうりひめこは、
「だって、おまえの|背《せ》|中《なか》にはトゲがある。とても、いたくて、おぶわれない。」そういいました。
「そんなら、裏からオケをもってきて、オケに入れて、おぶってやる。」
そうして、オケをとってきて、とうとう、うりひめこをそれに入れて、おぶいました。
長者どのの裏の畑へやってくると、まず桃の木にアマンジャクがのぼりました。そして自分ではうまい桃の実ばかり食べました。うりひめこには、
[#ここから1字下げ]
「かりっとかじって、ミミクソ、ハナクソ。
ブッ ブッブ ブッブッブ。」
[#ここで字下げ終わり]
そういって、まずい、きたないのばかり投げてくれました。
つぎに、うりひめこが桃の木にのぼることになりました。すると、アマンジャクは、もっと上、まだ上といって、上へ上へとのぼらせました。そのうえ、
「そら、そこには毛虫だ。そら、こっちから長者どののばあさまが来た。」
そんなことをいって、うりひめこをおどかしました。うりひめこはおどろきあわてて、とうとう木から落ちて死んでしまいました。すると、アマンジャクはうりひめこの着物を自分で着て、うりひめこに|化《ば》けました。そして、おじいさん、おばあさんの家へ帰って、
[#ここから1字下げ]
「トッキン カタリ キン カタリ
|管《かん》こが無くて 織りよがない。
トッキン カタリ キン カタリ。」
[#ここで字下げ終わり]
と、|機《はた》を織っておりました。そこへおじいさん、おばあさんが帰ってきました。おじいさんとおばあさんは、帰ってみると、どうも機の音がうりひめことちがっております。そこでききました。
「うりひめこや、うりひめこや、アマンジャクはこなかったか。」
アマンジャクのうりひめこは、知らぬ顔をして、
「来ませんでした。来ませんでした。」
そういいました。
おじいさん、おばあさんはモチをつくことになりました。つけたところで、|重箱《じゅうばこ》につめて、うりひめこに長者どののところへ持たせました。アマンジャクのうりひめこは、家を出るとすぐ、その重箱のモチを食べてしまいました。そして家へは、
「はい、行ってきました。」
と、帰ってきました。そして、
「重箱にもう一つモチをくれれば、わたしをおよめさんにしてやると、長者どのがいいました。」
おじいさん、おばあさんに、そんなウソをいいました。おじいさん、おばあさんは、それをほんとにして、またモチをついて、重箱に入れてくれました。アマンジャクのうりひめこは、それを持って、こんどはほんとうに長者のうちに行きました。そして、
「わたしをおよめさんにしてください。」
といいました。長者どのでは、ほんとうのうりひめこと思って、アマンジャクをおよめさんにもらうことにしました。
アマンジャクのうりひめこが、およめ入りの朝のことです。おじいさん、おばあさんの家のそばの木の上に、|一《いち》|羽《わ》のカラスがとまって、
[#ここから1字下げ]
「うりひめこの おかごによ、
アマンジャクめが乗っていく。
カア カア カア カア。」
[#ここで字下げ終わり]
と、鳴きました。何度も鳴くので、おじいさんも、おばあさんも、
「どうも、あやしい。うちのうりひめこ、なにかが化けていて、化けひめこかもしれない。」
と思いました。そこで、その化けひめこをつかまえて、裏の|泉《いずみ》につれていって、顔を|洗《あら》わせました。しかし、アマンジャクですから、洗うまねだけしかしません。それで、おじいさん、おばあさんがふたりして、アマンジャクをつかまえていて、顔をゴシゴシ洗ってやりました。そうすると、一ぺんに化けの皮がはげて、アマンジャクということがわかりました。おじいさん、おばあさんは、もうカンカンにおこりました。アマンジャクをそのへんのカヤ原のなかを引きずりまわして、血が出るほどいじめました。今でもカヤの根もとの赤いのは、そのとき、アマンジャクの血で、カヤの根もとがそまったのだということです。メデタシ、メデタシ。
|桃《もも》|太《た》|郎《ろう》
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとが、住んでおりました。
ところが、夏のある日のことでした。おじいさんは山へシバかりに出かけました。
「行ってらっしゃい。」
おばあさんは、おじいさんを送りだすと、
「どれ、どれ、わたしは、川へせんたくに行きましょう。」と、たらいをかかえて川へせんたくに出かけました。
「ざぶざぶ、ざぶざぶ。」
おばあさんは、せいだしてせんたくをしました。すこしすると、川上から、うきしずみして、流れてくるものがありました。
「はて、なんだろう。」
おばあさんは、せんたくをやめて、頭をかしげて考えました。まるいものです。スイカぐらいの大きさです。白くて、青くて、うす赤です。桃にしては大きいし、ウリにしてはまんまるだし。と、もうそれは見えるところにやってきました。それは大きな大きな桃だったのです。
「まあ、めずらしい桃。なんて大きな、おいしそうな桃。いいえ、きれいで、そして美しい桃。」
おばあさんが、そんなことを考えているうちに、桃はやがて手のとどくところへ流れてきました。
「さあ、きたあ。」
おばあさんはうれしくて、すぐ手をのばして、それをつかまえました。ところが、どうでしょう。それは、重たくて、なかなか上にあがりません。両手でだいて、
「どっこいしょっ。」
と、おばあさんは力を入れました。水から上へすこしあがったと思うと、手がすべって、どぶーんと、下に落ちました。桃は水の底にしずんでしまいました。
「これはこまった。おしいことをした。」
おばあさんがそういっていますと、また目の前に、桃がぴょこりとういてきました。
「あれ、ありがたや。こんどこそ、じょうずに取りましょうぞ。さあ、桃軽くなれ。軽くなれ。おばあさんの手からすべるでないよ。」
おばあさんは桃を手もとにかきよせ、こんどこそと、しっかり両手をかけました。そして、
「どっこい、こらしょっ。こらしょっのどっこい、よいしょっ。」
そういう長いかけ声をして、やっとぶじに|胸《むね》の前にかかえこみました。それから、そばのたらいの上におろしました。そして、つくづくながめました。まったく、めずらしい桃です。見たこともない桃です。聞いたこともない桃です。
「おじいさんといっしょに食べましょう。きっと、もう今まで食べたこともないほどおいしい味にちがいない。」
おばあさんは思いました。
その|晩《ばん》のことです。
「帰りましたよ。」
と、おじいさんが、シバをいっぱい|背《せ》おって帰ってきました。
「おつかれでしょう。」
いうかいわないに、おばあさんはもう桃のことをいいだしました。
「おじいさん、いいことがあるのですよ。早く上へおあがりなさい。」
おじいさんはにこにこして、シバをかたづけ、手を洗ってあがってきました。そして、茶の間にはいってみれば、そこのまないたの上に、なんとまあ大きな桃がのっかっておることでしょう。
「や、りっぱな桃だ。日本一の桃だ。」
おじいさんがびっくりしていいました。そして、片手にもう、ほうちょうを持っているおばあさんをとめました。
「待て、待て。すぐ食べるのおしいじゃないか。」
それから、どれくらい長く、ふたりは桃をながめたでありましょうか。つまり、桃をながめてはごはんを食べ、ごはんを食べては桃をながめました。ごはんがすんで、それをかたづけると、おばあさんがいいました。
「おじいさん、桃はまだですか、まだ食べるのおしいですか。」
「ふうん。」
おじいさんは、考えました。
「では、とにかく、すこし味をきいてみることにしよう。ほんのちょっぴり。」
そこで、おばあさんは、ほうちょうを取りました。それから、
「まず、こうして。」
と、桃の頭に、そのほうちょうの|刃《は》をあてていいました。
「二つに切ってと。」
ところが、ふしぎなことが起りました。だって、ほうちょうの刃を、ただ、そこにちょっとあてたきりですのに、桃が二つにわれました。いや、われたばかりではありません。そこから、
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ。」
という声がおこりました。おじいさんとおばあさんふたりとも、もうたいへんなおどろきかたです。だって、そこに、桃の中にひとりの人間の赤ちゃんが、ぴんぴん足をはねているのですもの。
「おう、おう。」
おばあさんがいえば、
「いや、これは、ふしぎ。」
おじいさんがいいました。つづいて、
「なんて、かわいい赤んぼか。」
おばあさんがいいました。
「これは、まったく神さまのさずかりものだぞ。」
おじいさんもいいました。
それから、ふたりはお湯をわかして、赤んぼにうぶ湯をつかわせました。うぶ着というきものなんかもつくって着せました。また、赤いごはんをたいて、お祝いなんぞもいたしました。ふたりはうれしくてうれしくて、それはもうだいじに、その赤んぼをそだてました。名まえも、桃から生まれたので、桃太郎とつけました。
桃太郎は、ずんずんずんずん大きくなりました。かわいらしいのは生まれたときからですが、とてもかしこく、とても力持にもなりました。どんな子どもだってかないません。いいえ、おとなだってかなわなくなりました。そしてまもなく、日本一の子どもになりました。もう|鬼《おに》だってかなわなくなったのです。
だから、ある日のことです。桃太郎が、おじいさんおばあさんにいいました。
「おじいさん、おばあさん、ぼくが鬼ガ島へ|鬼《おに》|退《たい》|治《じ》に行きます。おべんとうにきびだんごをつくってください。」
「それは、それは――」
と、おじいさんおばあさんも大びっくりいたしました。それでも、人をいじめたり、こまらせたりしている悪い者を退治するというのですから、それをとめるわけにはいきません。
「それでは用心して、まちがいないように行っていらっしゃい。」
おじいさんおばあさんにいわれて、桃太郎は出発しました。右の|腰《こし》にはきびだんご、左の腰には|太刀《た ち》、|背《せ》|中《なか》には旗を立てておりました。旗には大きな字で、「日本一の桃太郎」と、書いてありました。
うちを出て、すこし行くと、村へ出ました。すると、一ぴきの大きな犬が、かけよってきました。
「桃太郎さん、桃太郎さん。」
その犬がいいました。むかしのことですから、犬だってものをいったのです。
「なんだ。用事か。」
桃太郎がききました。
「いったい、どこへ行かれるのですか。」
「鬼ガ島へ鬼退治に行く。」
犬は、桃太郎の勇ましいすがたや元気なことばに感心してしまいました。そして、しばらくことばも出さずにおりましたが、
「桃太郎さん、わたしもいっしょに、つれて行ってください。」
と、たのみました。
「よし。それでは、このきびだんごをやる。それを食べて、ついてこい。」
そういって、桃太郎は腰にさげたきびだんごを一つ取って犬にやりました。犬はそれを食べて、
「おいしいだんごですね。はじめてこんなおいしいものを食べました。ありがとうございました。」
そういって、しっぽをぴんぴんふってついてきました。それから、しばらく行くと、こんどは山へはいりました。山へはいると、
「あっ、桃太郎さん――」
そうよんで、出てきた者がありました。一ぴきのサルでした。
「なんだ。用事か。」
桃太郎がいいますと、
「いったいどこへ行かれますか。」
サルがききました。
「鬼ガ島へ鬼退治に行く。」
桃太郎がいいますと、サルはすっかり感心して、顔をまっかにしていいました。
「わたしもいっしょにつれてってください。」
と、頭をさげてたのみました。
「よし、それでは、このきびだんごをやる。これを食べてからついてこい。」
そこで、サルにもきびだんごをやりました。サルも、
「おいしい、おいしい。」
と、きびだんごを食べ、たいへん元気になって、桃太郎についてきました。それから、またしばらく行くと、こんどは野原へ出ました。野原へ出ると、もう、
「ももたろ――さ――ん。」
と、よんで、空を飛んでくるものがありました。見れば、それは|一《いち》|羽《わ》のキジでした。キジは、桃太郎の前に、空からおりて、
「桃太郎さん、いったい、どこへ行かれるところですか。」
と、ききました。
「鬼ガ島へ鬼退治に行く。」
桃太郎がいいました。キジは、すっかり感心して、ばたばた|羽《は》ばたきをすると、いいました。
「桃太郎さん、わたしもいっしょにつれてってください。おねがいいたします。」
「よし。」
桃太郎がいいました。
「このきびだんごを食べて、元気をつけて、ついてこい。」
そして、腰のだんごを取ってやりました。キジはそれを食べると、にわかに元気がついたらしく、また空に飛びあがり、桃太郎の上を二度も三度も舞って、それから下におりました。
こうして、桃太郎は、犬、サル、キジと三人の者をつれて、いよいよ、鬼ガ島をさして、いそいで出かけました。
桃太郎と、犬、サル、キジの三人は、鬼ガ島が遠くに見える海の岸にやってきました。そこで、桃太郎がいいました。
「だれか舟をさがしてこい。」
「はあ――い。」
サルとキジがそういいました。そして、サルは海ばたの道を走って行きました。キジは空を飛んで行きました。まもなく、|帆《ほ》かけ|舟《ぶね》がやってきました。帆柱の上には、キジがとまっていました。かじはサルがとっていました。サルはじょうずにかじをとって、桃太郎のすぐ前に舟をつけました。
「はい、桃太郎さん、どうぞ、お乗りください。」
そういって、おじぎをしました。そこで、桃太郎と犬とは、舟に乗りこみました。サルはまたじょうずに、かじをとって、舟を出発させました。いよいよ鬼ガ島へ行くのです。海には大きな波が、たっていました。風も強くふいていました。しかし、サルがじょうずにかじをとりましたので、舟は、帆いっぱいに風をうけて、まるで矢のように早く走りました。キジは、あいかわらず、帆柱の上にとまっていて、右だ、左だと、サルにさしずしました。鬼ガ島への方角をそれると、キジはやかましくいうのでした。犬は舟のへさきに桃太郎の旗を立てて、|一《いっ》|心《しん》に鬼ガ島をにらんでいました。桃太郎は舟のまんなかにいて、日の丸の|扇《おうぎ》を開き、ゆっくり自分をあおいでいました。
そのうち、だんだん鬼ガ島に近づいてきました。
鬼ガ島は岩ばかりの島でした。黒い岩。茶色の岩。|灰《はい》|色《いろ》の岩。そういう岩が岩の上にかさなって、もりあがりもりあがりして、高い山になっていました。その岩をくりぬいて、中にほら穴をつくって、鬼は住んでいました。その鬼のほら穴へ行くのには、三つのトンネルがありました。そのトンネルには、それぞれ鉄の門があって、鉄のとびらがしまっていました。そのとびらの前には、赤鬼、白鬼、黒鬼どもが、トラの皮のふんどしをしめて、太い|金《かな》|棒《ぼう》をついて、番をしていました。
ところで、桃太郎の舟は、サルがじょうずにかじをとって、その第一番めの鉄の門の前につきました。すると、まず、犬が島にとびあがって、大声でよびました。
「おおい、鬼ども――。日本一の桃太郎さん、|今《こん》|日《にち》、ただ今、この島へ、鬼を退治においでになったぞう。悪い鬼ども、さあ、どうじゃ、一ぴきのこらず|降《こう》|参《さん》しろ。しないとあれば、生かしておかぬぞう。」
それから、犬、サル、キジが、まず鉄門のとびらの前に進みました。犬がまた大声でよびました。
「|開《かい》|門《もん》、開門。」
これは、門を開けということです。しかし、これを聞いた鬼どもは、
「それ、人間がせめてきた。」
と、とびらをかたくしめて、中で金棒をごとりごとりとつき鳴らし、あけるどころではありません。犬、サル、キジが、そこで、桃太郎にいいました。
「桃太郎さん、どういたしましょう。」
「せめこめ、せめこめ。まず、キジとサルで、せめ入り、このとびらを内から開け。」
桃太郎がいいました。
「は――い。」
まず、キジがばたばたたちあがって、門をこしました。そして、中にいて大いばりにいばっている鬼たちの顔をめがけて、空からおそいかかりました。目玉をねらってとびかかりました。
「いや、これはたまらん。これはたいへん。」
鬼どもは、つぎからつぎと、みんな両手で目をおさえて、下にしゃがんでしまいました。一ピキも鉄の棒をふりあげてくる者がありません。そこで、サルは、らくらくと門をのぼって行き、中のとびらを開いてよびました。
「さあ、桃太郎さん、おはいりください。」
桃太郎と犬は、中へとびこみ、用意の|綱《つな》をだして、鬼どもをみんなしばってしまいました。
それから、つぎの第二の門にむかいました。そこでも犬が、
「開門、開門。」
とよんで、鬼に降参をすすめました。降参しないことがわかると、桃太郎はキジとサルに、門をこえさせ、さっきのようにして、また鬼どもをくくってしまいました。
それから、いよいよ、第三の門、鬼の本陣にむかいました。ここも、第一の門、第二の門と同じように、サルがわけなくとびらを開きました。しかし、その中には、鬼の|大将《たいしょう》がいて、キジ、サル、犬ではなかなか退治できませんでした。この鬼の大将は大きな大きな赤鬼で、金棒を水車のようにふりまわしていました。それにあたれば、こっぱみじん、人間でも砂のようにこなごなになるというのですから、たいへんです。
キジ、サル、犬たち、その大将をとりまいて、わんわん、きいきい、ほえたてているばかりです。そこで、桃太郎が近くにあった鬼の金棒を手に取り、
「それでは、日本一の、この桃太郎が、あいてをしてやろう。」
と、
「えいっ。」
と、一声かけ声をかけ、その棒をびゅうっと風をきってふりまわしました。その早さ、その強さ、ピカピカ火が出るように見えました。
それから、桃太郎は、その棒をだんだん鬼の大将のほうに近づけました。と思うまもなく、ぱぱんぱんと、音がしました。鬼の大将の金棒が、桃太郎の棒にあたって、こっぱみじんにとんでったのです。砂や土のようにこなごなになったのです。これを知ると、鬼の大将がびっくりして、桃太郎の前に両手をついて、すわりました。下に頭をつけていいました。
「桃太郎さん、おゆるしください。もう悪いことはいたしません。人間からとってきた宝物はみんなお返しいたします。この島もたちのき、遠いところへまいります。遠いところで、いい鬼になってくらします。」
そこで、桃太郎は、キジ、サル、犬に相談しました。
「どうじゃ。」
三人がいいました。
「おゆるしなさいませ。」
桃太郎は鬼をゆるしてやりました。そして、舟いっぱいにとりかえした宝物をつんで、帆をふくらまして帰ってきました。サルがじょうずにかじをとり、キジが帆柱の上にとまって、見はりをしました。犬はへさきに桃太郎の旗を立て、桃太郎は舟のまんなかで日の丸の扇を開いて、ゆっくり胸をあおいでいました。
おじいさん、おばあさんが、桃太郎をむかえて、どんなに喜んだことでありましょう、めでたし、めでたし。
|天《てん》|人《にん》|子《ご》
天人子というのは天人のことであります。で、むかし、むかしのことでありました。|陸中《りくちゅう》という国の|六《ろっ》|角《こ》|牛《うし》|山《ざん》という山のふもとに、|惣《そう》|助《すけ》というお|百姓《ひゃくしょう》が住んでおりました。その惣助の住んでいる村の近くに、七つの池がありました。そのひとつに、ミコ石という大きな岩が岸にある池がありました。そこには、とてもたくさんの魚がいて、それがよく|釣《つ》れました。
そこである日のこと、百姓の惣助はつりざおをかついで、そこへ魚釣りに出かけました。林をぬけて、池に近づいた時、惣助は空を見あげておどろきました。ひとりの天人が六角牛山という山のほうから飛んで来て、惣助が今行こうとしている池のほうへおりて行くのです。着ているその天の|羽衣《はごろも》というきものを、ヒラヒラ空にふきなびけて、なんとも、これは美しい|姿《すがた》でありました。
惣助は思わず一本の木のかげにかくれて、そっと天人をながめておりました。そうしていないと、惣助を見ればすぐにも天人は飛んで行ってしまいそうに思えたからです。しかし、天人は池の上の空を二度も三度も輪をかいて、クルクル、クルクルとまわっておりました。そのうち、だれもそこにいないと思ったのでしょう。しだいに下におりてきました。そのとき、池の水はほんとうに深く、あおあおとすんでいて、|鏡《かがみ》のようにはっきり上の空をまっている天人の姿をうつしておりました。
やがて、天人は、すうっとおりてきました。でも、池の水の上ではありません。岸に立っているミコ石の上であります。そこで、天人はもう一度その池を見まわしました。そして、だれもそのへんにいないと知ると、そこで羽衣という、その美しいきものをぬぎはじめました。暑い日でしたから、天人も水をあびたかったのでありましょう。
で、その羽衣をぬぐと、これをミコ石の上にかけておいて、静かに、池の水の中におりて行きました。そして、そこで、静かにおよぎはじめました。さざ波もたてず、水音もたてず、ほんとうに静かにおよぎました。深い林にかこまれた山の中の池ですから、そのとき、どこかで、鳥の鳴く声がしているくらいのことでしょう。
ところで、これを木かげからながめていた惣助は、ちょうどそのミコ石の近くにかくれておりましたので、目の前の羽衣が、手に取ってみたくてならなくなりました。
だって、それは、なんの織りものか、惣助など見たこともない、美しいものだったのです。で、そっと木かげから出て、その衣を岩の上から取りはずしました。手に取ってみると、じつになんともいいようのないめずらしさ、美しさ、もう二度とそれを手からはなすことができなくなったのです。ついむちゅうになって、それを|腰《こし》にさげているかごの中にいれてしまいました。そして、家をさして帰ってきました。
それからしばらくして、天人は水からあがって、ミコ石のところへやってきました。が、羽衣はありません。どんなにびっくりしたことでありましょう。それがなければ、天へ帰れないのです。といって、どうすることもできません。
それでちょうどそのそばにあった、ホオの木から、その大きな葉を取って、きものをつくりました。それからそのホオの葉のきものを着て、天人は村のほうへ、山をおりて行きました。池の近くに|一《いっ》|軒《けん》の家があったのです。天人はまずそこへよってたずねました。
「もしもし、ちょっとおたずねいたします。今、そこの池へきた人があったはずですが、その人の家は、どのへんでしょうか。」
すると、その家からひとりのおじいさんが出てきて、親切によく教えてくれました。
「これから、もっと先へ行きますとな、家が三軒ありますわい。その中の一軒が、その男の家なんです。」
そこで、天人はホオの葉のきものを着て、また歩いて、その男の家にやってきました。
「もしもし、おたずねいたしますが、おまえさんは、さっき、ミコ石の上にかけておいたわたしのきものを、もしや取ってこなかったでしょうか。あれがないと、わたしは天へ帰ることができない。どうか、おねがいだから、あれを返してください。」
これを聞くと、惣助は、さもこまったような顔をしていいました。
「いかにも、あのきものを取ってきたのはわたしです。わたしですが、おまえさんのものとは知らなかったのです。ただ、見たこともない、めずらしいきものが岩の上にあるので、|殿《との》さまにさしあげようと思って、取ってきて、じつは今、殿さまに|献上《けんじょう》したばかりです。」
これはうそなのですが、惣助はついそんなことをいってしまいました。しかし、これを聞くと、ホオの葉を着た天人は、|涙《なみだ》を流してなげきました。
「こんなふうで、どうしてわたしは天へ帰れよう。」
しばらく泣いていましたが、天人は、そうしてもおれないと考えたのでしょう。また惣助にむかっていいました。
「それでは、わたしに田を|三《さん》|人《にん》|役《やく》ほど、貸してください。それにレンゲの花をつくって、それから糸を取って、その糸ではたを織って、それできものをこしらえますから。」
これを聞くと、惣助は天人が気のどくになりましたが、今うそをいったばかりなので、羽衣をだして返すこともできません。それで、そのあとで、殿さまにすぐに羽衣をさしあげましたが、そのときは、
「いいえ、そんなことはお安いことです。」
と、そういって、天人のことばどおり、三人役の田を貸しました。そして、そのうえ、ミコ石の池のそばに、天人の住む小さな家をつくりました。天人はその小屋に住んで、三人役の田にレンゲをつくりました。
やがて、そこに、レンゲの花がいっぱいにさきました。すると、天人はその花の|茎《くき》から、細いクモの糸のような糸を取りました。その糸で、ササ小屋にこもって、天人は毎日毎日|機《はた》をおりました。
機を織りながら、いうにいわれない、いい声で歌をうたいました。それはとても人間とは思えないような声でありました。
[#ここから2字下げ]
キッコン、パッタン、キッコン、パッタン。
[#ここで字下げ終わり]
というおさ[#「おさ」に傍点]の音と、その天人のうたういい声とを聞いて、惣助や村の人は、ついその小屋の中をのぞいてみたくなるのでした。しかし、いくらのぞいても、そこには何も見えません。天人も機も見えないのでした。それでも、おさの音も、歌の声も、そこと思えばそこ、そこでないと思えばそこでない、どこからか聞こえてくるのでありました。それで、六角牛山で天人が機を織っているのだという人もありました。
けれども、それからまもなく、天人はまんだら[#「まんだら」に傍点]という、じつにきれいな織りものを織りあげました。そして、それを殿さまにさしあげてくださいといいました。惣助は、それを殿さまのところへ持って行って、献上しました。すると殿さまはそれを見て、
「これはめずらしい織りものであるが、このような織りものを、いったいだれがおったのか。」
といいました。惣助が、
「はい、ひとりの女でこざいますが――」
といって、くわしいことをいわずにおりますと、殿さまはまた、
「その女に、何かのぞみがあれば申し出るように――」
といいました。惣助が帰ってきて、天人に、そのことを話しますと、
「わたしには、何ものぞみはない。ただ殿さまの|御《ご》|殿《てん》に|奉《ほう》|公《こう》してみたい。」
と、天人がいいました。
それで、惣助がまた殿さまのところへ行って、そのことをいい、天人は、御殿に奉公することになりました。しかし、天人のことですから、御殿にいても、何ひとつものを食べません。それからまた、何ひとつものをいいません。そのうちちょうど夏がきて、土用ぼしの時となりました。そして、惣助が献上した天人の羽衣も倉からだして、|座《ざ》|敷《しき》にほしました。すると、それを見ていた天人は、手ばやくそれをからだにつけ、スーッと空のほうへすいあげられるようにのぼって行きました。空高くのぼると、六角牛山をさして飛んで行ってしまいました。
みんなが、そのほうをながめていましたが、どうすることもできません。天人だからしかたがないということになりました。
けれども、その天人のおった、まんだら[#「まんだら」に傍点]というおりものは、尊いものだからというので、|綾《あや》|織《おり》|村《むら》の光明寺というお寺におさめました。
|灰《はい》なわ千たば
むかし、むかし、学問のすきな若者がありました。|座《ざ》|敷《しき》に机をすえて、本を読んでおりますと、天から|天《てん》|人《にん》がおりてきました。その天人のいいますことに、
「きょうから、わたしをここのおよめさんにしておいてください。」
若者はびっくりしましたが、なにさま天人のいうことですから、
「はいはい、こんな家でよろしかったら、どうぞ、およめさんになって、いつまでもいてください。」
すると天人は、その日から、そこのおよめさんになって、毎日毎日|機《はた》を織りだしました。そしてキッコン、パッタン、キッコン、パッタン、三年もおりつづけました。四年めにやっと一ぴきの布を織りあげました。すると、
「この布を持って町へ行き、こういって売ってください。」
といいました。
「これはおれんちの、みにくいおよめさんの織った、タダゾ布、タダゾ布売る――」
どうもへんな売り声でしたけれども、天人のいうことでしたから、若者は、
「そうか、そうか。」
と、うけあって、町をそのとおりによんで歩きました。しかしそんな|妙《みょう》ちきりんな売りものを買おうという人は、ひとりもありません。それで、|殿《との》さまの屋敷の外までやってきました。すると殿さまが、その売り声を聞きつけたのでしょうか。中から役人がひとり、かけだしてきて、
「タダゾ屋、中へはいって、そのタダゾという布を、殿さまにおめにかけてくれ。」
といいました。若者がはいって、それを殿さまに見せますと、殿さまはびっくりしました。だって、殿さまだって今まで見たこともないような、りっぱな美しい織りものだったからです。で、殿さまはずいぶんたくさんのお金をだして、その布を買い取りました。若者は大喜びして、家に帰ってきました。
ところが、四五日すると、殿さまから使いがきました。――このあいだの若者、すぐ屋敷に出てこい。――というのでした。
なにごとがおこったのかと、おそるおそる、お屋敷に出て行きますと、殿さまがいいました。
「先日おまえが持ってきた布は、あれはサイマンダラという、世にもめずらしい織りものである。あれはいったい、だれがおったのか。ふつうの人間の織れる布ではない。おまえの家のよめは、さだめし、いわれのある者にちがいない。すぐこの屋敷につれてまいれ。ここであの布を織らせることにする。ただし、つれてまいらぬにおいては、灰なわ千たば、そうそうに持ってまいれ、わかったか。」
灰なわというのは、灰でつくったなわのことですから、これはたいへんな|難《なん》|題《だい》でした。若者は、すっかりこまってしまって、心配そうな青い顔をして、家に帰ってきました。帰ると、天人のおよめさんに、殿さまはなんといわれましたか、ときかれました。しかたなく、こうこうかくかくといいますと、およめさんが、
「そんなこと、ぞうさもないことです。」
そういって、十二ひとえという、大むかしの女の人の着るきものをだして着ました。そして座敷のえんがわにすわって、天にむかって、タンタンタンと手を打ちました。すると、むらさきの雲が空にかかり、その雲に乗って、ひとりの天人がおりてきました。
「どういうご用でございますか。」
庭におりたむらさきの雲の上にすわって、ていねいに、その天人がききました。
「灰なわ千たば、すぐとどけてください。」
およめさんがいいました。すると、天人はまたむらさきの雲に乗って、天にもどって行き、まもなく、りっぱな|箱《はこ》に灰なわ千たばを入れて持ってきました。天人といっても、灰でなわがなえるわけではありませんが、これは、なわ千たばを箱に入れ、それを箱の中で、なわの形のまま、灰にしたものであります。しかし、それでも灰のなわですから、殿さまに、
「ハイ、灰なわを持ってまいりました。」
といって、若者がさしだしましたところ、殿さまは、どうすることもできず、
「うむ、よろしい。」
といって、うけ取ったそうであります。しかし、四五日すると、また殿さまのところから、若者にこいという使いがやってきました。若者が行ってみると、こんどはたいへんな難題が待っていました。
「|雷《かみなり》がつれてこられるか、どうじゃ、若者。つれてこられないなら、おまえのおよめさんをつれてきなさい。」
そういうのでした。若者はすっかりこまってしまって、
「はいはい、家に帰りまして、相談いたしまして、どちらかにいたしますれば、しばらくお待ちになってください。」
そうたのんで帰ってきました。家ではおよめさんが待っていて、
「きょうは、どんなことをいわれましたか。」
と聞きました。
「それがこうなんだよ。」
と、若者はまったくしおれかえって話しました。と、およめさんの天人は、
「心配しなくてもよろしいよ。」
そういって、また十二ひとえを着て、えんがわに出て、タンタンタンと手をたたきました。すると、まえのときと同じに、ひとりの天人がおりてきました。
「なんのご用ですか。」
その天人がきくのでした。
「雷さまをつれてきてください。」
およめさんがいいました。
「はい、かしこまりました。」
そういって、天人は空へ帰って行きましたが、まもなくまた一つの箱を持ってやってきました。雷さまがその箱の中にはいっているのでした。それをうけとると、およめさんがいいました。
「さ、これを殿さまのところへ持ってお行きなさい。持って行ったら、殿さまの前で、ちょっと、フタをお取りなさい。そうすると、殿さまが、もうすこしフタを取れというのでしょうから、そうしたら半分フタをお取りなさい。すると、殿さまがもっとフタを取れというにちがいありませんから、こんどは、一度にみんなフタを取っておしまいなさい。」
そこで若者は、その雷のはいった箱を、だいじにふろしきにつつんで、殿さまのところへやってきました。
「雷さまを持ってまいりました。」
そういいますと、殿さまが、
「ほんとに持ってきたか。」
そういいました。
「はい、ほんとに持ってまいりました。この箱の中にはいっております。」
そういって、若者はその雷入りの箱をふろしきからだして、フタをすこしあけました。すると、中から雷の音がカラコロ、カラコロと、小さく聞こえました。これを聞くと、殿さまが、
「うむ、雷らしいが、しかし小さい雷だな。雷の子でもつれてきたか、もっとフタを取ってみい。」
そういいました。で、若者は、フタを半分あけました。と、こんどはガラガラと、すこし大きい音になり、イナビカリもピカピカ線香花火ほど光りました。雨もサラサラ、糸のようなのがふってきました。
「うむ、これはおもしろい、若者、もっとフタを取ってみんか。」
殿さまがおもしろがっていいました。そこで若者は箱のフタを全部さっととりのけました。と、たいへんなことになりました。イナビカリがピカピカ、ピカピカと、まぶしいほど光りだし、雷がガラガラゴロゴロ、ドシーン、ピチャーン、と屋敷をゆり動かして、あばれだしました。雨もザアザア、ドウドウ、座敷が流れるほどにふりだしました。おおぜいの役人たちはおそろしくなって、
「これはたまらん、|逃《に》げろ、逃げろ。」
と、逃げだしてしまいました。殿さまもまったくこれにはふるえあがって、
「若者、若者、もういい、もういい。以後難題はいいつけないから、雷さまを早く箱に入れて、持って帰ってくれ。」
そういってたのみました。そこで若者がしずかに箱のフタをいたしました。すると、雨もやみ、イナビカリもしずまり、雷もおさまりました。で、箱をまたふろしきにつつみ、家をさして帰ってきました。
殿さまの難題がことなくすんだので、若者はこんどは灰なわや、雷さまをくださった天のボンテン王というのへお礼に行くことになりました。それでまた、およめさんの天人が、十二ひとえでタンタンと手をたたいて、空からむらさきの雲をよびました。それには|竜《りゅう》の|駒《こま》というのが乗って若者をむかえにきました。若者はその駒に乗り、むらさきの雲につつまれて、空を飛んで、天のボンテン王の|御《ご》|殿《てん》へ行きました。門前につくと、竜の駒が、ヒヒン――ヒヒン――と鳴きました。若者はそこで駒からおりて、待っていますと、ボンテン王がむかえに出てきました。そして、御殿の中に案内して、ありとあらゆるごちそうをいたしました。若者は殿さまの難題を助けてもらったお礼をいい、天人の音楽を聞かせてもらったり、そのおどりを見せてもらったり、ゆっくりとまっていました。すると、ボンテン王は、ある日のこと、一つぶ食べれば千人力、二つぶ食べれば二千人力、力のつくという米つぶを若者にくれて、日本へみやげにせよといいました。
ところが、若者がそれを持って、ボンテン王の御殿のうちを、あちらこちらと見てまわっておりますと、御殿のうしろの岩屋のところへ出てきました。そこには一ぴきの|赤《あか》|鬼《おに》が太い鉄のくさりでつながれていました。その赤鬼が若者を見ると両手をついて、頭をさげて、
「どうかお助けください、おねがいでございます。」
と、|涙《なみだ》を流していいました。その涙がまるでダイズのように大きくて、ポロポロ、とめどもなく鬼の目から流れ落ちました。それで若者はかわいそうになり、つい千人力の米つぶをだしてやりました。すると、鬼はそれを口に入れたとたんに、たいへん元気になり、鉄のクサリをパーンと切って、ひととびにどこかに飛んで行きました。これはたいへん、しくじったと、若者はすぐ、ボンテン王のところへかけつけ、その話をいたしました。と、ボンテン王はいいました。
「そうですか、あれは鬼の中でもいちばん悪い鬼で、恩をあだでかえすというやつです。きっと、おまえさんのところへ行って、およめさんをさらって行ったにちがいない。早く帰ってみなさるがいい。」
若者は、これはというので、また竜の駒に乗って日本へ帰ってきました。ところが、ボンテン王のことばのとおり、およめさんは鬼にさらわれていました。若者はどうしていいかわからず、すっかり弱りました。それで、日ごろ信心している|内《ない》|神《じん》さまというのにお祈りをあげ、一生けんめいに祈りつづけました。
「どうぞ、天人のおよめさんを助けてください。およめさんのいどころをお教えください。」
すると、その夜の明けがた、若者は|夢《ゆめ》を見ました。神さまが出てきていわれたのです。
「この|笛《ふえ》をおまえにさずける。これをふいて、西のほうをたずねて行け。」
目がさめてみると、赤い美しい横笛が一つ、まくらもとにおいてありました。そこでさっそく、若者はその笛をふいて、西のほうをさして旅に出ました。何日か行っていますと、大きな山のふもとに|厳重《げんじゅう》な黒い門の立っている一つの屋敷がありました。もう日が暮れかかっていましたので、若者はその門番にたのんで、その門の屋根の下に寝かしてもらいました。そのとき、若者は、寝るまえに腰にさした笛を取りだし、まず一ふきと、その笛をふき鳴らしました。ところが、これを聞いた門番は、ひじょうに感心して、
「ただ今、門前に日本一の笛ふきがきて、それはおもしろいふしをふいております。」
そう、その家の主人にしらせました。その家の主人というのは、じつは、天人のおよめさんをさらって行った、あの悪い赤鬼だったのです。しかし鬼はその笛ふきが若者とは知らないものですから、
「それならば、その笛ふきをすぐこちらへつれてこい。」
と、門番にいいつけました。笛をふかせて、鬼どもは酒もりをして楽しもうというのでした。で、若者は座敷へ通されて、笛を一生けんめいにふきました。おもしろくて、楽しくて、だれでもかれでも、うっとりせずにはおれないようにふいたのです。で、鬼どもはすっかり喜んで気をゆるして大酒を飲み、主人の赤鬼をはじめ一ぴき残らず、ぐうぐうねむりこけてしまいました。そのとき、その座敷のすみに天人のおよめさんがトリコになっていたのです。で、若者は、鬼の宝物である千里車というのをさがしてきました。これは、一打ち打てば千里走るという車だったのです。それにふたりで乗って、日本をさして逃げました。
ところが、まもなく鬼たちが目をさましました。そして若者とおよめさんのいないのに気がつきました。それっというので、物見台の上にあがって、鬼の|遠《とお》|目鏡《めがね》で日本のほうをながめました。するとはるかむこうに、若者とおよめさんの乗っている車が走っております。それがスズメの大きさに見えました。鬼はこれを見て、
「まだ遠くには行っていない、はやく追っかけろ。」
といって、二千里車で追いかけてきました。それでふたりの乗ってる車は見るまに追いつかれ、赤鬼の手が若者のえりくびへとどきそうになりました。それで天人のおよめさんが手をタンタンとたたいて、天にむかってお祈りをいたしました。
「早くわたしたちをお助けください。」
すると、天からボンテン王が、赤鬼めがけてまっさかさまにとびおりて来ました。ボンテン王は手にピカピカ光る大きな刀を持っていましたが、
「今まではかんべんしてやったが、もう許してはおけないぞ。」
そういって赤鬼の首をひと打ちに打ち落としました。それで若者と天人のおよめさんは|危《あぶな》いところを助けられ、無事に日本へ帰ることができました。めでたし、めでたし――。
かくれ里のはなし
|陸中《りくちゅう》の国というのは、今の岩手県のことであります。むかし、むかし、そこにシロミという山がありました。このふもとのほうに|金《かな》|沢《ざわ》という村があったそうです。ここに、ひとりの若者がおりました。ある日のこと、その男がシロミ山の|奥《おく》の奥の、まだ一度も行ったこともないような、奥の谷間へ行ったそうです。すると、そこにひろびろとした畑があって、アワやオカボがみごとに金色にみのっておりました。
「あれ、こんなところに、こんな畑が。」
と、その男がフシギに思って、歩いて行きますと、その畑はずっとつづいていて、ダイコンやゴボウ、ニンジンなどが、きれいにうわっているところもあれば、トウモロコシやキビなどの、風にそよいでおる村もあります。それかと思うと、ところどころに、大きなクリの木があって、クリの実がいっぱいみのっております。また、カキやナシの大木も、あっちこっちの畑のなか、道のそばなどに立っております。
「いや、まったく、こんな村のことは、今の今まで聞いたこともなかった。」
若者は、そんな思いで、首をかしげるばかりです。だれか、そのへんに人でもいたら、ここがなんという村で、このへんの畑は、なんという人の持ち|畑《ばた》か、そんなことも聞いてみたいと思うのですが、フシギなことに、人も見えない。人が見えないせいか、道のむこうの草のなかに、ヒョイと頭を見せたのは一ぴきのウサギ。野ウサギのようです。しかたなく、その野ウサギに、若者は声をかけてみました。
「おい――」
しかし、ウサギはその声におどろいたのか、くるりと後をむくと、ピョン、ピョン、ピョン、ピョン、はねていってしまいました。声におどろいたのは、ウサギばかりではありません。声を出した若者は、じつは少しおどろきました。今まで気がつかなかったのですが、この谷間、シーンとしていて、ほとんど声というもの、音というものがなかったのです。これで若者は首をかたむけ、いや、耳をかたむけて、その音を聞こうとしました。すぐそばで、草の葉が風にそよいで、さびしい音をたてていました。それから、どこか遠くで、二、三羽の鳥が鳴くらしい声が聞こえました。見ると、むこうに家があります。その家の門のあたりに立っている高い木の上で、ハトくらいの白い鳥が鳴きながら飛びこうているようです。
「でも、よかった。あそこに家がある。あの家へ行って、お話でもうけたまわろう。」
男はそう思うと、やっと、今までのなんとない不安の心もなごんできて、その家をさして歩いて行きました。
カブキ門というのですか。その家の門は、昔風の屋根のある門です。ちょうど、戸があいていたので、男は中へ入っていきました。門の両がわは長屋になっております。一方はウマヤのようです。一方は、その馬のせわをする|牧《ぼく》|夫《ふ》とか、|別《べつ》|当《とう》とかいうような人のいる|部《へ》|屋《や》らしい構えです。男は、まず、馬より人間にあいさつしなければと考え、そっちの戸をたたいていいました。
「もし、わたしは金沢のものですが――。」
「――」
「えー、わたしは金沢村のものですが――。」
「――」
「えー、どなたかいらっしゃいませんか。」
しかし、シーンとしておるのです。
「だれもいないのかなあ。フシギな家だ。フシギな谷間だ。しかたがないや。もすこし人間をさがしてみよう。とにかく、お茶一ぱいでもごちそうにならなけりゃ。のどがかわいてきちゃったからな。」
これは、そのへんにだれかいるだろう。そうしたら、聞いて出てくるだろう。そういう考えから、ひとりごとにしては大きな、聞こえよがしのことばです。そして、ウマヤのほうに歩いて行きました。ところが、ウマヤを見ておどろきました。ずっと、頭をならべて、りっぱな|駿馬《しゅんめ》が六頭も七頭もいるのです。
「へえ、これはたいしたものだ。」
男は馬好きだったので、一目で、それらの馬が、まず、金沢村などの|百姓《ひゃくしょう》に|飼《か》われるものでないことがわかりました。畑やたんぼや、山仕事に使う馬もおれば、乗る専門の、いわゆる乗馬もおります。しかし、いずれも首を高く上げて、
「見たこともない男がきた。」
といわぬばかりに、耳をキッとつき立てました。なかには、鼻をならすものもありましたし、ひづめで、ウマヤの板の間を音高くふみならす馬もありました。白い馬。黒い馬。カメの|甲《こう》|形《がた》のもようのある馬。
しばらく、そこに立っていましたが、人のくるけはいもないので、男は家の|玄《げん》|関《かん》の方に歩きました。とにかく、大きな|屋《や》|敷《しき》ですから、門から玄関まで長い|敷《しき》|石《いし》がつづいていて、その右にはニワトリが何十羽と飼ってある|竹《たけ》|垣《がき》があります。左は花畑になっていて、白いキクや黄色のキクがさいております。
「とにかくフシギなおうちだ。これだけのかまえで、いくらひろいおうちとはいえ、今までにひとりの人にも会わないとは、とにかくフシギなおうちです。」
またしても男は、こんなことをいいいい、玄関へかかりました。
「ハイ、ごめんなさい。金沢のものです。道にまよって、こんなところへやってきました。ごめんください。ごめんあそばせ――。」
そんなじょうだんまでいって、案内をこいましたが、まったく、人ひとりいないようです。家の中に|人《ひと》|気《け》の音、あるいは声、そんなものがてんで感じられません。それでつい、ふざける気にもなったんです。しかし、まったくもの音ひとついたしません。それなのに、見ると、玄関のいろりには炭火が山のようにもりあげられております。男はそこでも、
「ごめんなさい。ごめんください。金沢の村のものです。」
声を大きくして、いってみました。やはり、なんの返事もありません。
「まったくフシギなことだな。これだけの家に人ひとりいないなんて、そんなことがあってたまるか。」
男は大きな声でいい、とうとう思いきって、
「ホントにいないんですか。だあれもいないんですか。」
声をはりあげました。そしてしばらく、そこに腰をかけて待っていました。やっぱりシーンとしているのです。そのうち、いや、もうまえまえからそうなのですが、男は少しこわくなってきたのです。どうしていいやらわからないのですが、きみがわるいのです。ハッとそのへんのものが消えて、そこが山の中になってしまうのではないかと思えたり、そっと、この家の奥をのぞいたら、なにか、たいへんなことが起っていたなんてことがありはしないか。そんなことも思われてくるのです。
「まあ、いいや、ここまで来て、このまま帰るわけにもいくまい。どっかの部屋に、ここの人もおられるんだろう。ちょっと上がって、おたずねしてみましょう。ええ、ごめんください。あがらせていただきます。」
男は山歩きのタビをぬいで、パッパッと、足のほうを手ぬぐいではらって、上にあがっていきました。りっぱなお座敷があります。ビックリするようなお座敷です。金ビョウブなど立ててあるのです。なにか、|酒《さか》|盛《もり》でも始まろうとしているのでしょうか。おぜんが、ずっと並んでおります。朱色の、うるしぬりのおぜんです。その上には、やはりこれも|朱《あか》いおわんが、いくつもおかれており、中にはなにやらごちそうも入っております。しかし、男は気がとがめて、それで見る気はいたしません。お座敷のしきいぎわに立っているばかりです。しかしとにかく、ここはゆいしょ[#「ゆいしょ」に傍点]のある|旧家《きゅうか》と見えて、いくつもおいてある火ばちが、みんなカラカネ火ばちで、しかも大きくて、りっぱです。それにも火はドカドカとおこっております。そのとき、奥の方をのぞくようにしたのですが、そっちには|土《ど》|蔵《ぞう》などもいくつかあるらしく、どれくらい大きな家かわかりません。
すると、男はにわかに、おそろしさが、背中のほうからゾーッと影のようにやってきたような気がして、そこらに、ウロウロしておれなくなりました。そうなっては、一刻もじっとしておれません。大いそぎで山タビをはき、後をふりむき、ふりむき、かけるようにして、その家を出てきました。
それから、どこをどう歩いたか、わからないほどむちゅうで、その日の夕方、やっとシロミ山のふもとの自分の村近くにたどりついていました。それから、その日にあったことや、見たことを家のものにも、また村のものにも話しました。みんな、
「ウーム、それはかくれ里[#「かくれ里」に傍点]というものだ。今までそんな家もところも見たものがない。おそらく、もう一度行こうたって行けるところでない。」
そんなことをいいました。
それから日がたつにつれて、男はそのかくれ里[#「かくれ里」に傍点]のことが思われてなりません。もう一度行って見たくなったのです。
「そんなことがあってたまるか。」
そういう人もあるからです。
「それがホントなら、おれをつれて行け。あすでもいっしょに行ったるよ。」
そういうものもあったのです。そこで、何日かのち、男はひとりで、またそのかくれ里[#「かくれ里」に傍点]めざして出かけました。ところが、わかりません。シロミの山の中を、ここか、あそこかと、一日歩きまわったのですが、わかりません。そんな谷もなければ、畑もないし、家もないし。
「やっぱり、かくれ里というものか。」
そう思わないでおれませんでした。それでも、その後何年ものあいだ、男はひまさえあれば、そのかくれ里をさがしつづけました。が、ついにそれはわかりません。男にわからなかったばかりでなく、金沢村および、そのへんの人たちみんなが、よるとさわると、一時、その話でもち切りましたが、みんなそこを見つけようと、さがしまわったようすでした。しかし、たれひとり見つけた人もありませんでした。
ところが、それから何年かのち、もう金沢の男などもなくなったのちのことです。
おなじ陸中の国は|和《わ》|賀《が》|郡《ぐん》、赤坂山のふもとに、鬼柳村というのがあり、そこに|甚《じん》|内《ない》という男が住んでおりました。ある朝、早く起きて赤坂山の方を見ると、山のはしっこの松の木の下に、ひとり美しい女が立っていて、甚内を手まねきしております。フシギなことに思いましたが、甚内は人ちがいかと思って、あいてになりませんでした。
しかし、その|翌《よく》|日《じつ》、早起きして赤坂山を見ると、やはり若い美しい女がいて、おいで、おいでをやっております。それでも甚内はあいてにせず、その日はすぎました。しかし、三日四日、そんなことがつづきますので、ある日、甚内はその女のところへ行ってみました。と、女はたいへん美しく、しかもいかにもあいきょうよく、
「よくきてくださいました。さあ、どうか、こちらへ――。」
といいます。まるで、手を引くようにしてみちびかれ、二、三十歩も歩いたのでしょうか。もう見たこともないような|景《け》|色《しき》のなかへ入っていました。畑やたんぼや、|果《か》|樹《じゅ》|園《えん》がつづいており、花やくだものや、みのりものが、じつに美しくゆたかなありさまです。
「さあ、ここがわたしのうちなのです。」
そういわれて、見ると、これがりっぱな家なんです。ここに甚内は|一《ひと》|月《つき》あまり、ホントにたのしくくらすのですが、家がこいしくなって帰ってみると、そのあいだに三年たっていたという話です。
これもかくれ里の話で、そこには、その後甚内はいうまでもなく、村の人ひとりも行けたものはありませんでした。では、かくれ里のおはなし、これでおしまい。メデタシ、メデタシ。
|竜宮《りゅうぐう》と花売り
むかし、むかし、あるところに、ふたりの|兄弟《きょうだい》がありました。にいさんのおよめさんが気が強かったので、おかあさんは、別の家に、弟といっしょに住んでおりました。しかし弟のほうは|貧《びん》|乏《ぼう》で、飲まず食わずというようなくらしをしておりました。ところで、年の暮れになりました。弟は|平《へい》|生《ぜい》おかあさんにろくろくごはんもあげてなかったので、元日だけにはお米をたいて食べさせたいと思いました。それで、
「こういうときはしかたがない。兄にたのむよりほか道はない。」
そう思って、兄のうちへ出かけました。そして、
「にいさん、にいさん、お米を|一升《いつしょう》貸してくれないか。山でタキギを取って、それを売って、お米を買って返すから。」
そういってたのみました。
しかし、兄は|薄情者《はくじょうもの》でしたから、
「おまえに貸す米など、一つぶもない。」
そんなことをいって、弟をさんざんしかって、帰しました。
弟はしかたがないので、遠い山へ出かけて行き、そこにさいている花を取ってきました。それを売って、お米を買おうと考えたのです。で、
「花はいりませんか、花、花。お正月の花はいりませんか。美しい花。」
そういって、売り歩きました。しかしどこのうちでも、今買ったばかりだなどといって、ひとりも買ってくれる人がありませんでした。それですっかりがっかりして、しおれかえって歩いておりますと、いつのまにか、海岸の波うちぎわへ出ていました。波がザアーザアーとよせてはかえし、よせてはかえししております。それを見ると、弟は考えました。
「せっかく遠い山から取ってきた花だけれども、ひとつも買ってくれる人がないから、これはひとつ海の|底《そこ》の竜宮の神さまにさしあげることにしてみよう。竜宮では、この花も、もしかしたらめずらしいものかもしれない。」
で、弟はよせてきた大波めがけて、
「竜神さま、花をあげます。」
そういって、持っていた花を残らず、海の中に投げこみました。すると、その投げこんだ波の中から、ひとりの男がポッカリ出てきました。で、その男はいいました。
「や、これはありがとう。じつは、竜宮ではお正月の花がなくて、みんなで、どうしようといっていたところだ。こんなよい花をたくさんもらって、なんとお礼をいっていいかわからない。それで、どうだろう。お礼をしたいから、竜宮へ来てくださるまいか。」
弟はこれを聞くと、
「母がうちで待っているから。」
そういって、ことわりました。しかし男は、
「いや、すぐだよ。わたしのふむところをふめば、ひと息つくまに、竜宮へ行かれます。さ、行きましょう。竜宮では、あなたに花のお礼をしたいと、みんなで待っているんです。」
そこで弟は、
「それなら――」
そういって波の上を歩いて、――ふしぎに波の上が歩けたのです。――その人のところへ行って、ハッと気がつくと、もう竜宮の門の前に立っていました。門には七人もの番人がいて、ぴかぴか光るヤリや刀を持って番をしておりました。竜宮の屋根はみんな金銀のかわらで、その上を、白い鳥や赤い鳥が飛んでいました。しかしよく見れば、白い鳥は白いさかな、赤い鳥は赤いさかなでした。
で、その人につれられて、いよいよ竜王の前に出ることになったのですが、その人のいいますのには、
「竜王があなたに、何がほしいかときかれますから、そのときは、犬がほしいとおいいなさい。その犬はこの竜宮でも、くらべるものがないほど、尊い犬なんですから。」
で、弟は竜王の前でたいへんごちそうになりました。三日のあいだ、海にある、ありとあらゆるごちそうが出ましたし、そのあいだ、海の音楽というのが、一分の休みもなしに鳴らされていました。
で、いよいよ、日本に帰るというときになりました。すると、竜王がききました。
「おみやげに何をあげましょうか。」
弟がいいました。
「犬をくださいませ。」
それではというので、犬が竜王の前に、引っぱってこられましたが、このとき、竜王がいいました。
「この犬は竜宮一の宝物ですから、どうぞ大切に、かわいがってやってください。毎日四つのおぜんにいっぱいごちそうをならべて、食べさせてやってください。しかしそうすれば、きっと、あなたにいい運をはこんできますから。」
弟は、
「ハイ、承知いたしました。かならず犬をかわいがってやります。」
そういって、竜王にわかれをつげて、日本さして帰ってきました。ところが、どうでしょう。わずか三日と思っていたのに、竜宮へとまった日にちが、三年もたっていました。おかあさんは、そのあいだ、いつも食べるものがなくて、近所やおとなりからごはんをもらって、食べていました。
竜宮から犬をつれて帰った弟を見ると、近所の人たちがいいました。
「自分らばかりでさえ食べられない貧乏人が、犬までつれて帰ってきた。これからいったいどうするつもりなんだろうか。」
しかし弟はいいました。
「まあまあ、待ってください。」
そして毎日、まるでだんなさまにでもあげるように、四つのおぜんに、りっぱなごちそうをつくって、犬に食べさせました。すると、どうでしょう。犬はそのごちそうを食べると、山へとんで行って、大きなイノシシを一ぴきくわえて帰ってきました。これを見た弟も、またおかあさんも、びっくりするやら、大喜びするやらで、犬の頭をなで、
「感心、感心。」
と、ほめてやりました。イノシシというものは、肉や皮や、きばがたいへん高いねだんのするものでしたから、弟はこれを売って、たくさんのお金をもうけました。ところが、犬はそれからのち、毎日毎日、一ぴきずつのイノシシをくわえてくるようになり、弟はそれで毎日毎日、とてもたくさんのお金がもうかるようになりました。だから、みるみるうちにお金持になってしまいました。
ところが、このことを、お金持のにいさんが聞きました。そして、大いそぎで弟のところへやってきました。
「弟、弟、聞けば、なんと、おまえのところには一ぴきの犬がいて、それが毎日一ぴきずつのイノシシを山からくわえてくるというそうではないか。」
にいさんは、くるとすぐ弟にそうききました。弟は、
「そうですよ。」
と答えました。すると、にいさんは、
「ではひとつ、その犬をおれが借りて行くことにする。」
そんなことを大いばりでいいました。で、弟は、
「しかしにいさん、それはいけません。いくらにいさんでも、この犬はわたしの|宝犬《たからいぬ》なんですから――」
そういって貸さないようにいいましたけれども、にいさんはむりやり犬をつれてってしまいました。
にいさんは犬を家へつれて行くと、自分にもたくさんイノシシをくわえてきてもらおうと、五つも六つものおぜんに山もりごちそうをして、犬に食べさせました。すると犬は、これを食べてしまって、たいへんな元気になり、そしてにいさんの前へとんで出たと思うと、とびあがって、にいさんのひたいにかみつきました。にいさんはびっくりして、
「これは、食べものが悪かったせいかもしれない。」
と考え、弟のところへたずねに行きました。そして四つのおぜんで食べさせると聞き、さっそく帰ってこんどこそ竜宮の犬が、イノシシをとってくるだろうと思って、四つのおぜんにいっぱいのごちそうをもりました。そしてそれを犬の前にだしていいました。
「さあ、弟に聞いたとおりの四つのぜんいっぱいのごちそうだぞ。これを食べたらすぐ山へ行って、大イノシシをとってきてくれ。」
犬はそのことばがわかったのでしょうか。とにかくごちそうを、見るまに食べてしまいました。兄はそれを見て、
「よし、よし。もうイノシシを取りにかけだすだろう。」
そう思って待っていました。ところが、どうでしょう。山へ行くどころか、食べおわると、
「ワン。」
と、一声ほえましたが、ほえたかと思うと、にいさんのヒザコゾウへとんできて、そこに、はげしくかみつきました。にいさんはびっくりして、いっぺんに腹をたてました。そして、
「このヤロウッ。」
と大声でさけび、
「だいじにすればつけあがる。もう生かしてはおけないぞ。」
といって、そばにあった太い|棒《ぼう》をとって、犬の頭を力いっぱいたたきました。犬はそれでころっと、まるでねむるように死んでしまいました。
ところが一方、弟のほうでは、いつまでたってもにいさんが犬を返してこないので、とうとう待ちきれなくなって、兄のうちへたずねてきました。
「にいさん、犬はどうしました。」
と、にいさんにいいました。
「どうしたもない。あの犬、ほんとうにひどい犬だった。はじめごちそうしたら、ひたいにかみつかれた。これは何かこちらに悪いところがあったかと、おまえにきいて、こんどは四つのおぜんにいっぱいのごちそうをだしてやった。ところが、これを食べてしまうと、おれのひざにかみついてきた。あんまりひどい犬だから、とうとうそばにあった棒で打ったら、一打ちでころりと死んでしまった。」
弟はそれを聞いて、
「そうでしたか。とうとい竜宮の犬を、なんとかわいそうなことをしてくださった。」
と、涙を流しました。しかし、死んだものを、もうどうしようもありませんので、
「それでは、その死がいをください。」
そういって、死んだ犬をもらってきて、それをおもての庭の|手《て》|洗《あら》いばちの根のところに、うずめてやりました。そして、その前に花を立て、その花に手洗いばちの水をやって、ナムアミダブツとおがんでやりました。すると、そのあくる日のことでした。見ると、そこに小さな竹の子が頭をだしていました。
弟はどうしたことかと思いましたが、そこへやはり水をかけかけして、毎日おがんでおりました。
「ナムアミダ、ナムアミダ。」
すると、目に見えるように、竹の子がぐんぐん、ぐんぐん、大きく高くなっていきました。そして、やがてそれは大きな竹になりました。しかもそれがトウチンチャクという、ふしぎな竹だったのです。その竹は、世界にもめずらしい竹で、のびのびと、天までとどくという竹だったのです。だから、それからも、毎日毎日、大きく高くなっていき、何日めかには、とうとう天にとどいてしまいました。いや、天にとどいたばかりか、そこからまたのびていって、こんどは、天の米倉の底をつきぬけてしまいました。そこで、天の米倉には穴があいて、米がぞろぞろ下にもりだしてきました。
ある朝のことです。弟が起きて庭へ出て見ると、そのトウチンチャクの大竹の根もとに、白いお米の山ができております。いや、できているばかりか、上からひっきりなしに、お米がさらさら雪のようにふっております。
「いや、これはふしぎなことだ。やはり竜宮の犬のおかげだろう。」
と、弟はそう思って、死んだその犬に、心の中でお礼をいって、その米を新しく建てた倉の中に運びました。それがじつに|千《せん》|石《ごく》もあったそうです。トウチンチャクは、一日に一ふしずつのびる竹でした。のびるたびに、上からお米がふってきて、一ふし千石、二ふし二千石というように、毎日お米の山が庭につもりました。弟はもう大喜びして、毎日毎日たくさんの人をたのんで、倉の中に米を運び入れました。
ところで、またこの話を兄が聞きました。そして、それは大ごとだと、うらやましくてならない。また弟のところへやってきました。
「なんと、おまえのところには、トウチンチャクという竹がはえて、お米をたくさんふらせるという話だが――」
そうききますと、
「そうなんです。にいさんがころした犬をうずめたところから、竹がはえてきたんですよ。」
そう弟がいいました。すると兄は、
「ではひとつ、もう一ぺんその死んだ犬を貸してくれないか。おれのところでもトウチンチャクをはやしてみたい。」
そういって、むりやり死んだ犬を借りて行き、同じように手洗いばちのところにうずめました。するとあくる日、やはり、竹の子が頭をだし、やがて、大きなトウチンチャクがはえてきました。兄はこれを見て、今に米がふるだろうと、大喜びして待っていました。ところが、こんどのトウチンチャクは、天のはきだめの底をつきぬきましたので、ふってきたものはみんなきたないごみばかりでした。ごみが山のようにつもって、兄のうちはごみにうずまってしまいました。めでたし、めでたし。
|初《はつ》|夢《ゆめ》と|鬼《おに》の話
むかし、むかし、あるところに、たいへんなお金持がありました。そこでは、主人や子どもたちは、上のいろりでごはんを食べましたが、やとわれている男や女は、下のいろりをとりまいて、食事をいたしました。ところが、お正月の三日の間だけは、その使われている人たちが、上のいろりでごちそうを食べ、主人がごはんをもったり、お酒をついだりするのでした。で、その正月の二日のことでした。やとい人の男や女が、主人についでもらって、お酒を飲んでいると、その主人がいいました。
「|今《こん》|晩《ばん》は初夢を見る晩だから、今夜見た夢を、あす、わたしに教えてくれ。夢一つ、|一《いち》|分《ぶ》というお金で買いうける。」
で、あくる朝になりました。ごはんのときに主人がいいました。
「さ、初夢を買いますぞ。|上《かみ》|座《ざ》の者からじゅんじゅんにいいなさい。」
ところが、上座にいたやとわれ人の中のいちばん年よりの人が、
「どうも、わたし、すっかりねむってしまって、夢ひとつ見ませんでして。」
そんなことをいいました。すると、つぎの人も、
「わたしも、夢も見ずに、ぐっすり朝までねむりました。」
といいました。と、またつぎの人も、
「わたしも夢を見ずに。」
といいました。それで、つぎつぎ、みんな夢を見なかったといいました。ところが、いちばんおしまいの十五六ばかりになる|小《こ》|僧《ぞう》さんがひとり、
「わたしは見ました。」
といいました。それで、主人は、
「では、その夢を売ってくれ。一分で買うぞ。」
といいましたが、小僧さんは、
「しかし、その夢、ちょっとお売りできませんので。」
といいます。
「では、二分で売ってくれ。」
主人がいいましたが、
「いいえ、お売りできません。」
小僧さんがいいます。
「では三分では。」
「それでも、売れません。」
「では、四分。」
と、主人はだんだん値あげをして、とうとう、二十両というたいへんなお金になりました。そのころ、二十両というのは、今の二万円にも三万円にもつく大きなお金だったのです。それでも、小僧さんは、どうしても売らないといいはります。それで、主人はすっかり腹をたてて、
「そんな、べらぼうなことをいう小僧なら、島流しにしてしまう。」
ということになりました。|舟《ふね》に乗せて海へ流してしまおうというのです。しかし、そんなことをしても、死んでしまってはかわいそうだというので、舟の中へ粉でつくったおもちを、すこしばかり入れてやりました。
で、小僧さんは小さい舟に乗せられ、海の中へおしだされましたが、風にふき流され、波におしやられておりますと、遠くに、一つの島を見つけました。で、小僧さんは思いました。
「あの島へ、ひとつあがってやろう。」
で、その島のほうへ|櫓《ろ》をこいで行って、島へあがってみました。ところが、そこには人間はひとりもいなくて、サルばかりが住んでいました。そのサルどもがたくさん集まってきて、小僧さんを見ると、
「これはなんだか、うまそうにみえる人間だ。ひとつ、みんなで食べてみようではないか。」
そんなことをいいだし、
「食べろ、食べろ。」
と、おしよせてきました。
「これはいかん。」
と、小僧さんはこまって、粉もちをちぎっては投げ、ちぎっては投げして、それをサルが食べているあいだに、ようようのこと、舟へ逃げて帰りました。それから、大いそぎで舟を|沖《おき》のほうにだし、やっと、サルからのがれました。
すこし行くと、また、むこうのほうに島が見えてきました。こんどの島は、どうだろうかと、小僧さんはその島に向かって、櫓をこぎました。何時間もかかって、それに近より、島にあがってみますと、なんだかへんな大声をだして集まってきたものがあります。見れば、それは、たくさんの青鬼、赤鬼、黒鬼たちだったのです。そして、くちぐちにいうのを聞けば、やはり、
「これは、うまそうな人間だ。みんなで、わけて食べようじゃないか。」
などといっております。しかたがないので、また持っていた粉もちをわけてやって、
「これで、ひとつ、かんべんしてくれないか。」
といってみましたが、
「こんな粉もちなんかで、かんべんできるものか。」
といって、どうしても小僧さんを食べると、ききません。そこで、小僧さん、
「じつはおれは、とってもいい初夢を見て、それを主人に教えてやらなかったので、この海に流されたんだ。それをおまえたちに教えてやるから、おれを食べることだけはゆるしてくれ。」
と申しました。すると、鬼たちは、おたがいに相談しあって、
「そんないい初夢を、おれたちに教えてくれるなら、それでゆるしてやってもいい。」
ということになりました。すると、小僧さん、
「しかし、あれだぜ、ご主人にさえ二十両で売らなかったたいへんな初夢だ。ただじゃ教えてやれない。」
といいました。それで、赤鬼、青鬼、黒鬼たち、また相談して、
「それでは、おれたちの車を一つやる。それと、その初夢ととっかえよう。」
ということになりました。そして、鬼どもはむこうへかけて行き、大きなりっぱな車を取ってきました。そして、
「これは、千里万里の車といって、この|鉄《かな》|棒《ぼう》で一つたたけば千里飛ぶ、二つたたけば万里行く。どうだ、これととりかえっこしようではないか。」
そういいました。小僧さんは、そのりっぱな車を見て、しかし、
「ふーむ。」
といって、考えこむようなふりをしました。すると、鬼どもはまた相談を始め、こんどは、二本の|針《はり》を持ってきました。そして、
「この一本の針は、これでさされると、どんな元気な人でも、すぐ死んでしまうし、こっちをさすと、どんなに死にそうな人でも、すぐ元気になるという、われわれ仲間での宝の針だ。これを車につけるから、その二十両でも売らなかったという初夢を教えてくれないか。」
といいました。で、小僧さん、
「では、初夢を教えてやる。しかし、そのまえにこの車を一ぺんためしてみなくちゃ。」
そういって、その車にさっきの二本の針を持って乗り、鉄棒でポンと一つたたきました。すると、車はピューッと走りだし、
「あれあれ、あれあれ。」
と、鬼どもがさわぐまに、もう空のかなたに見えなくなってしまいました。鬼どもは、どんなにくやしがったことでしょう。リンゴのような、ナシのような、カボチャのような大涙をボタボタ落として、大声をあげて|泣《な》いたそうであります。
小僧さんは、|大《だい》|得《とく》|意《い》になって、車に乗っていますと、ひろびろとしたたんぼのところへ出てきました。そこで、また、ポンと車をたたきますと、車は走って、橋の下へ出てきました。車をおりて、橋の上にあがってみますと、そこに、|一《いっ》|軒《けん》の茶店がありました。そして、ひとりのおばあさんがすわっております。で、
「こんにちは。」
と、おばあさんにあいさつして、茶店にはいって行き、店にあったもちを買って食べました。そうしていると、そのとなりがたいへんなお金持らしく、大きな家なんですが、人が門から出たり入ったりしていて、なんとなく、そうぞうしくみえました。
「おばあさん、おとなりはどうしたんです。なにか変わったことでもおこってるんですか。」
こうききますと、おばあさんがいいました。
「いや、ひとりむすめのおじょうさんがご病気で、今にも死にそうだというさわぎなんだよ。」
「そうか、それならわけはない。おれは、死にそうな人でもなおせる術を知っている。」
小僧さんはそういって、すぐその家をたずねて行きました。
「おじょうさんがご病気なそうで、となりの茶店で聞きました。わたしはそんな病気をなおす鬼の宝の針を持っています。なんでしたら、すぐなおしてあげますが。」
主人にあってそういいますと、
「どうぞおねがいいたします。」
ということで、小僧さんは|座《ざ》|敷《しき》に通され、すぐ針をだして、おじょうさんをなおしてやりました。すると、そのお金持の家ではもう大喜びして、小僧さんが帰ろうとしてもなかなか帰してくれません。|生命《いのち》の恩人だというので、毎日毎日ごちそうをしたり、|芝《しば》|居《い》を見せたり、音楽をきかせたりして、もてなしました。そのすえ、しまいにはその家のむすこになってくれとたのまれました。
そのうち、こんどは川むこうの大金持の家で、やはりむすめさんが病気になり、今にも死にそうになりました。で、その小僧さんのことを聞き、ぜひ来てくれとたのんできました。で、小僧さん、またそこへも行って、針をさしてなおしてやりました。そうすると、そこでも大喜びして、毎日毎日ごちそうしました。そしてなかなか帰してくれず、しまいにはやはりその家のむすこになってくれとたのみました。
このように両方の家からむすこになってくれとたのまれ、小僧さんすっかりこまりました。すると、両方の家とも大金持ですから、間にある川に金のそり橋をかけました。それはお日さまをうけて、まるでにじ[#「にじ」に傍点]の橋のように光りかがやいたということですが、その橋をわたって、小僧さんは半月一方の家におれば、後の半月をもう一軒の家の方におることにして、両方の家のむすこになりました。
小僧さんの初夢というのは、にじ[#「にじ」に傍点]のような金の橋をわたってゆく夢だったそうであります。では、これでおしまい。めでたし、めでたし。
|鬼《おに》|六《ろく》のはなし
むかし、あるところに、とても流れの急な川がありました。流れが急で、橋がかけられないのです。それで、そのへんの人は|困《こま》っておりました。おたがいに、むこうの村からこっちの村へこられないし、こっちの村からむこうの村へ行かれません。どうしたらいいでしょう。みんなで相談しましたところ、近くに、とてもじょうずな大工さんがいることがわかりました。
「あの人なら、こんな川、わけありませんよ。たのめば、すぐ橋をかけてくれますよ。」
そんなことをいう人などありました。
「それでは――。」
ということにきまり、その大工さんのところへ、みんなで行ってたのみました。
「大工さん、大工さん、おねがいです。どうか、あの大川に橋をかけてください。」
こうたのまれては、しかたがありません。
「はい、はい、それでは、わたしが引き受けました。どんなことをしてでも、あの大川に橋をかけてあげます。」
大工さんは、引き受けました。しかし、なにぶんたいへんな川なのです。|底《そこ》は深くて、どんなに深いかわかりません。それに川はばのひろいことといったら、こちらの岸に立つと、むこう岸の人がよく見えないというほどなのです。大工さんは引き受けはしたものの、まったくどうしていいかわかりません。心配で、心配で、その川岸に立って、じっと流れる川を見つめていました。
どれくらい時間がたったでしょうか。ふと気がつくと、その水の底からブクブクブクブク、あわがうかんできました。
「はてな。」
へんなことだと、首をかしげていますと、そこへ水の中から、大きな大きな、頭がうかびあがってきました。
「ザア――。」
これは水が、その頭から流れ落ちる音です。
「ブルブル、ブルブル、ブーッ。」
これは、その頭が水をふいて、それをふり落とした音です。
「おい、大工さん、なにを考えてるんだい。」
その頭がいいました。大工さんは、ちょっと返事もできません。だって、その頭は、ひたいのところに大きな二本の|角《つの》があり、口が耳のへんまで|割《わ》れてるという、|大《おお》|鬼《おに》の頭なんです。
大工さんがおそろしく、口もきけないでいると、鬼はまたいいました。
「ここへ橋をかけたいんだろう。」
「そうなんです。」
大工さんは、思わずそういってしまいました。
「だが、おまえさんのうでまえじゃ、ちょっと、かかりそうもありませんね。」
鬼がいうと、大工さんはまた、
「そうなんです。」
思わずいってしまいました。
「それで困ってるんだろう。」
鬼がまたいいました。
「まったく、それで困っているんです。」
こうなっては、大工さんはそういわないでおれませんでした。
「じゃ、ひとつ、この鬼のオレサマが心配してあげましょう。」
鬼にいわれて、
「そうですか。橋をかけてくださるんですか。」
大工さんがいいました。
「人間にとっちゃ、たいへんなことかもしれないが、オレサマのような鬼にとっちゃ、これぽっちの橋なんか、まず朝めし前の仕事だね。おたのみとありゃ、明日朝早く、ここにきてごらんなさい。ちゃーんと、りっぱな橋がかかっておりますよ。」
鬼にいわれて、大工さん、なみだが出るほどうれしく、
「ありがとうございます。しかし鬼さん、それはホントのことなんでしょうねえ。」
そういいました。すると、鬼は大口をあけて、
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。」
と笑いました。
「人間というものは、ときどきウソというものをいうそうじゃが、鬼に|二《に》|言《ごん》はありませんぞ。鬼の世界には、ウソというものがありませんのじゃ。」
こう聞くと、大工さん、ありがたくて、ありがたくて、
「鬼さん、しかし、なにかお礼をとっていただかなくては――。」
こういいかけますと、鬼がいいました。ひとりごとのようにいいました。
「お礼といっても、さてな、人間のくれるもので、鬼の役にたつものというと――。」
ここで、しばらく鬼は考えこみ、
「そうだな。じゃ、目玉でももらうか。」
こんなことをいいました。大工さんはビックリしました。わけなく目玉といわれても、わけなく、はい[#「はい」に傍点]というわけにはいきません。目玉は二つしかないのです。
「目玉ですか。このわたしの目玉ですか。」
大工さんは、そういって、自分の目玉を指さしました。大工さんにくらべ、鬼はいたって平気な顔で、
「そうだよ。その目玉だよ。」
そういうのでした。
「へえ、そうですかね。それで、その目玉が、鬼のなんの役にたつのでしょう。」
大工さんがいうと、鬼はまた思い返したらしくいうのでした。
「じゃ、こうしよう。まず、橋はオレサマがかける。お礼は目玉。だけども、おまえさんが、このオレサマの名まえをいいあてたら、目玉の礼はカンベンしてあげる。どうじゃ、そういうことで約束したら。」
これを聞いて、大工さんはいろいろと考えこんだのですが、
「ありがとうございます。では、なにぶんともよろしくおねがい申しあげます。」
そういわないでおれませんでした。とにかく、ここへ橋をかけなければと、一生けんめい考えていたもので、つい、そういってしまったのです。すると、
「じゃ、いいかい。約束したぞ。」
そういう声がしたかと思うと、またブクブク、ブクブクブクブクと、あわがたち、鬼の頭は水底ふかくしずんでしまいました。
ところで、そのあくる朝です。大工さんが、
「あんなに約束したけれど、あの川の橋はどうなったろうか。かかっていないのも困るし、かかっていても困るし。」
そう思いながら、そうっと、そこへやってくると、まるで夢かと思うばかりに、そこには新しい大きな橋が、むこう岸まで、りっぱにかかっておりました。
「そうか。やっぱり鬼はウソをつかないで、ちゃーんと、大橋をかけてくれた。しかし、この目玉をどうしたものだろう。」
大工さんは目玉をおさえて、そんなひとりごとをいいました。と、もう、橋の下の水の上に、鬼の大首がうかんでいました。
「大工さん、このとおり、りっぱに橋はかけましたぞ。それで、目玉はどうしてくれるんだ。」
鬼がいいました。
「わかりました。一日待ってください。そのあいだに、あなたの名まえを考えます。」
「はっはっはっ。わかるもんかい。鬼とつきあいのない人間に、鬼の名まえがわかってたまるかい。はっはっはっ。」
鬼はそういって、また、水底にしずんでいきました。大工さんはいよいよ困りました。こまり困って、山の方へ歩いて行きました。歩いても、歩いても、いい考えもうかびません。しかし、気がつくと、もうたいへんな|山《やま》|奥《おく》へ来ていました。道に迷ったらしいのであります。ところが、フシギなことに、そんな山奥なのに、子どもの声がしております。それも、大ぜいで歌をうたっているような声なのです。
「ではひとつ、村へ帰る道を教えてもらいましょう。」
大工さんはそう考えて、その子どもたちの方へ歩いて行きました。歩いて行ってみて、しかし大工さんはビックリしました。だって、その子どもたちと思ったものが、人間の子どもではないのです。どれも、これも、みんなひたいに角のある鬼の子どもなんです。思わず、
「ワア、こりゃたいへん――。」
と、いいそうになりましたが、大工さんはこらえました。鬼の子たちが、まだ大工さんが近くにいることを知らず、おもしろそうに歌をうたっていたからです。しかも、その歌が、
[#ここから1字下げ]
「|鬼《おに》|六《ろく》、鬼六、鬼六さん、
早く目玉を持ってこい。
大工の目玉を持ってこい。
橋のお礼を持ってこい。
鬼六、鬼六、鬼六さん。」
[#ここで字下げ終わり]
こう歌っておるのです。ふと、それに気がついて、大工さんはおどろくやら、うれしがるやら、むちゅうでそこを走りだし、メチャクチャに山の中をかけてました。そして、いつのまにか、村へ帰ってきていました。
そのあくる日のことです。大工さんは、また橋のところへ出かけました。すると、まもなく鬼の頭がブクブクうかんできました。
「どうだい、大工さん、オレの名がわかったかね。」
鬼がいいました。
「それが、なかなかわからないんです。」
大工さんがいいました。
「わからなけりゃ、その、あんたの目玉を二つちょうだいいたそうかね。」
鬼は大工さんの方へ、水の中を歩き、手をあげて、大工さんの目玉を指さしました。しかし、
「では、いいますよ。」
大工さんが、鬼の名をいいはじめました。
「川鬼。」
「フフフ、ちがう、ちがう。」
「では、水鬼。」
「ハハハ、ダメダメ。」
「では、|大《おお》|首《くび》|鬼《おに》。」
「ホ、鬼の名まえがわかってたまるかい。」
鬼がそういったときです。大工さんは|根《こん》かぎりの声で、
「鬼六っ。」
とよびました。すると、どうでしょう。そのしゅんかん、鬼の大首がポカッと消えて、あとには一つ、大きなあわが残りました。それもしかし、すぐポッと消えたということです。メデタシ、メデタシ。
山の神のうつぼ
むかし、むかし、あるところに、ひとりの|琵《び》|琶《わ》|法《ほう》|師《し》がありました。その琵琶法師はめくらでした。めくらでしたけれども、|琵《び》|琶《わ》|箱《ばこ》を|背《せ》|中《なか》におって、いつもひとりで旅をしていました。こつこつと、つえをついて、村から町へ、町から村へ、川をわたったり、山をこしたりして歩いていました。そして琵琶を聞きたいという人があれば、どこでも喜んでその琵琶をひき、|平家物語《へいけものがたり》の|一《いっ》|節《せつ》を語り聞かせたのであります。
ところで、ある日のこと、道にふみまよって、山の中にはいってしまいました。行っても行っても、里には出ないで、とうとうそこで、日が暮れてしまいました。西も東も山ばかりで、どうすることもできません。しかたがないので、一本の大きな木のかげに琵琶をおろし、そこで|一晩野宿《ひとばんのじゅく》することにきめました。
それで、その大木にむかっていいました。
「もうし、山の神さま、わたしは道にまよって、このようなところにやってまいりましたが、夜になって、もうどうすることもできません。申しかねますが、今晩一晩、ここにとめていただきとうぞんじます。つきましては、お聞きぐるしゅうはございましょうが、旅の|座《ざ》|頭《とう》(めくらのこと)の作法として、琵琶の一曲をお聞きに入れます。しばらくお聞きながしくださいませ。」
そういって、琵琶を取りだし、その木の下でひいたり、語ったりいたしました。そうすると、高いところから声が聞こえて、
「さてもさても、おもしろい。どうぞ、いま一曲語って聞かせてくれ。」
そういう声がしました。法師はふしぎに思いながらも、同じ平家物語のほかの一節を語り、琵琶をじゃんじゃんと打ち鳴らしました。そうすると、また高いところから、さっきのような声がして、
「これはおおきにありがたかった。さだめしつかれたことであろう。|楽《らく》にして、休息するがよい。」
といいました。
しかし、法師は目が見えませんから、相手がどんな人かわからず、
「はい、ありがとうぞんじます。」
そういって、声のしたほうへ向いて、ていねいに頭をさげました。しかし、それからまもなく、遠くのほうから足音が聞こえてきました。だれだかわかりませんが、それはだんだん近よってきて、やがて法師の前でとまりました。それからその人がいいました。
「さ、おぜんを持ってまいりました。どうか、おあがりくださいませ。」
法師も、これにはびっくりしました。それで、なんと返事していいかわからず、「は、は。」というようなことをいっております。その人はおぜんを法師の前において、
「さあさあ、えんりょなしにおあがりなさい。」
と、すすめるのです。そしてまた足音をさせて、しだいに遠ざかり、どこかへ行ってしまいました。法師はしばらくぽかんとして、どうしたものかと考えておりましたが、もともと気のいい座頭であったうえ、ほんとうにおなかもすいておりましたので、
「それではえんりょなく、ごちそうになります。」
そういって、前の木にむかって、ていねいに頭をさげました。それから、手さぐりで、おぜんの上にさわってみますと、いろいろたくさんのごちそうがのっております。ごはんもあれば、おしるもあります。何か、にたようなものもあれば、焼いたようなものもあります。それも今つくったばかりなのか、あたたかくて、いいにおいがしております。目が見えたら、きっと|湯《ゆ》|気《げ》なども立っていたことでありましょう。法師はそれをみな食べました。そして木にむかって、あつく礼をいい、その晩はそこに寝てしまいました。
すると、そのあくる朝のことであります。目がさめると、どこからかひとりの|猟師《りょうし》が出てきました。その猟師がこういいました。
「琵琶法師さん、あなたを人里のあるところまでご案内申せといいつけられてきたのですが、このうつぼにしっかりつかまって、わたしのあとについておいでなさい。」
そして、毛皮の太い|筒《つつ》のようなもののはしを、その座頭の手ににぎらせました。うつぼというのは、猟師が矢を入れて、肩にかけたり、背中におったりする毛皮の筒なのです。この座頭にも、その人が猟師だということがわかったのです。
「ありがとうぞんじます。ありがとうぞんじます。わたしは、ほんとうに、これからどうしようかと、大心配をしておりました。」
法師はそういって大喜びをいたしました。まったくその猟師がきてくれなかったら、法師はどうすることもできなかったのでしょう。そこで大いそぎで身ごしらえをして、一生けんめいそのうつぼのさきをつかんで、猟師のあとについて歩いて行きました。だんだん山をおりてきますと、やがて谷川の水の音が高く聞こえだしてきました。また遠くから犬のワンワンという声、にわとりのコッケコーウと鳴く声などもかすかに聞こえてきました。村が近くなったのです。そこで法師は案内の猟師にいいました。
「猟師さん、猟師さん、もう、村里も近くなったようですが、そのへんに木を切っている人とか、草をかっている人とか見えませんでしょうか。」
しかし、猟師はなんとも返事をいたしません。返事をしないばかりか、法師ににぎらせているうつぼのさきに、猟師のへんにそわそわしておちつかない気分がひびいてきました。さっさっと山道をおりて行くのですが、猟師はふうふうと、あらい息づかいをし、|胸《むね》にどきんどきん、どうき[#「どうき」に傍点]なども打たせているようです。
「猟師さん、すみません。さぞおつかれでございましょうな。」
法師は、猟師がつかれたのだと思ってそういいました。しかし、その猟師は、やはり返事をせず、ふうふうばかりいっております。
そのうち、村の子どもらが、おおぜい、何かがやがや話しあいながら、山へはいってくるのが聞こえました。と思うまもなく、そのうちの子どものひとりが、ふいに大きな声をだしてさけびました。
「あれあれ、あそこを見ろ! そら、あんな座頭の|坊《ぼう》さんが、オオカミのしっぽをつかんで山をおりてくる。」
子どもたちは、その子どもの指さすほうでも見ているのか、ちょっとだまっていましたが、ただちに、ワーッとはやしたてました。すると、今まで道案内をしていた猟師があわててうつぼを座頭の手から引きはなし、ものをいわずにもとの道へ、山を上へと走って行ってしまいました。そのときの足音が座頭にはどうも四つの足音のように聞こえました。あとで聞きましたら、猟師と思っていたそれが、やはりオオカミだったそうであります。
それから琵琶法師はその道をくだってきますと、道ばたの草をかっている草かりの男に出あいました。そこで、
「もしもし、そこで草をかっておられるかた、わたしはごらんのとおり、めくらの琵琶法師でございますが、山の中で道にまよい、昨日から、なんとも|難《なん》|儀《ぎ》をいたしております。おそれいりますが、ここの村の村長さんのお家まで案内していただけませんでございましょうか。」
このようにていねいにいいました。すると、その草かる人も、よい人とみえまして、すぐ手を引いて、村長さんの家へつれて行ってくれました。そこで、琵琶法師は昨日からのことをくわしく村長さんに話しました。
すると、村長さんは、
「なるほどなるほど、それではじめてよくわかりました。」
そういって、さもよくわかったように二度も三度も手を打ちました。それからつぎのような話をしました。
「じつは昨晩のことです。わたしのうちの小さな子が、とつぜん|妙《みょう》なことをいいだしたのです。――おれはこの山の山の神だ。今夜はめずらしい客人があるのだから、何かごちそうをこしらえて、山へ持って来て、大木の下に休んでいる人にさしあげろ。おそくなると、この子の命をとってしまうぞ。――そういってひっくりかえり、手足をバタバタさせてあばれるしまつです。家じゅう大心配で、ともかくもいそいでおぜんをこしらえ、人に持たせて山へ出したのです。山の神さまのお客というのは、それではあなただったのですね。よっぽど琵琶がおじょうずと見えますね。」
そして、この琵琶法師をたいそう尊敬して、
「どうかここに何日でもおとまりになって、琵琶を聞かせてくださいませ。」
と、たのみました。
法師がそれをどんなにありがたく思ったか、いうまでもありません。しかしこれは、むかし、むかしのお話です。今では、もうどんないなかへ行っても、このような琵琶法師のひく琵琶の|音《ね》を聞くことはできません。
姉と弟
むかし、むかし、あるところに、|貧《びん》|乏《ぼう》な姉と弟とが住んでおりました。弟は学校へ行っておりました。学校といっても、むかしのことです。このごろのような学校はありません。お寺なんかで、|和尚《おしょう》さんが、村の子どもたちを集めて、習字を教えたり、そろばんを教えたりしておりました。で、その学校を|寺《てら》|小《こ》|屋《や》といいました。すれば、その弟もその寺小屋にかよっていたのでありましょう。
さて、その弟は、たいへんいい弟でした。いや、ねえさんも、いいねえさんでした。ふたりはなかがよかったのです。だって、ずいぶん、貧乏だというのに、ねえさんがひとり働いて、弟を寺小屋へだしてくれるのですから、弟は勉強せずにおられません。また、ねえさんのいうことをよく聞いて、なかよくせずにはおれません。そこでもう寺小屋でも、ならうことが、みんなよくできて、習字でも、そろばんでも、それから、|論《ろん》|語《ご》というむずかしい本の読みかたでも、一番という成績でした。だから和尚さんも、この弟をかわいがって、なんでもかでも、センマツ、センマツとよんでいたそうであります。ユキノセンマツというのが、この弟の名で、ハナノセンマツというのが、ねえさんであります。で、そのユキノセンマツが書きかたのお清書でもすると、和尚さんは、すぐ、それを正面の壁にはりだして、
「どうだい、このお清書は、え、この中にこれだけの字の書ける者がいるかい。書けると思う者は手をあげて――」
そんなことをいうのでした。そして、ひとりも手をあげる者がないと、
「五十人もいて、ひとりもセンマツにかなう者がないとは、なんとなさけないことじゃないか。それというのも、みんなの勉強がたりないからじゃ。それ、そこにいる七五郎など、どうだ、さっきから見ておれば、習字はしないでいたずら書きばかりしている。ね、これをみんなに見てもらえ、いい字の書けないはずじゃないか。」
そういいながら、和尚さんは、その七五郎という子どもの書いた、へのへのもへじを、センマツの清書とならべて、はりだしました。みんなは一度にワッと笑いました。
こんなありさまですから、みんなはセンマツのよくできることを、うたがう者はありませんでした。しかし、今の七五郎のように、センマツとくらべてしかられるものですから、しだいに、なんかセンマツを悪く思う者が出てきました。もとより、七五郎もそのひとりです。そうして、寺小屋から家へ帰るとちゅうです。まず七五郎がいいました。
「おい、センマツ、おまえのうちには、|扇《おうぎ》っていうものが、あるかい。」
「扇、あおぐ扇かい。」
「そうだよ。」
「ウーン、そうだなあ。」
ついセンマツは考えてしまいました。あったかどうか、思いだせないのです。すると、三太郎という子どもがいうのでした。
「へえ、センマツのうちには、扇がないのかい。おれのうちなんか、五つも十もあらあ。金や銀のピカピカだってあるよ。あす、みんな扇を持ちよって、扇くらべっていうのをするんだよ。一等、二等、三等、ほうびなし。だけど、びりから一等の者はみんなの前で顔にすみをぬられるのだ。持ってこなかった者も同じ。いいかい。センマツはなかったら、すみぬられるんだね。ハハアーン。」
センマツは、弱ってしまいました。それで、七五郎、三太郎たちに、ものもいわず帰ってきたのですが、ねえさんに、そんなことをいうわけにもいかず、だって、家にそんなりっぱな扇のあるはずもありませんから、ふとんをしいて、ふとんをかぶって、部屋のすみにねころんでおりました。そうすると、日暮れごろに、ねえさんが帰ってきました。そうして、そのありさまを見て、ふしぎに思ってたずねました。
「おまえ、どうしたの。」
弟のセンマツがいいました。
「だって――」
そうして、きょう寺小屋から帰るとちゅうであった話をしました。
「心配することはない。あすの朝までには、ねえさんが、いいようにしておいてあげます。」
そういって、晩のごはんをつくりました。ふたりはなかよくごはんを食べ、弟はすぐ安心して寝ました。
「それ、これを持っておいで。」
といって、出してくれた扇は、センマツがひと目見ただけで、悲しくなるような、そまつな扇でした。古い扇の|骨《ほね》に紙をはって、それをたたんだだけのものなのです。
――これはこまった。きょうはきっと顔にすみをぬられる――
と、そうセンマツは思いましたけれども、せっかく、ねえさんがつくってくれたものですから、
「はい、ありがとう。ねえさん、すみませんでした。」
そういって、それを持って、家を出ました。寺小屋では、三太郎や七五郎は、みんなピカピカの扇を持ってはしゃいでいました。そうして、センマツがあとから行くと、それらの扇を開いて頭の上にさしあげ、おどけたおどりを、おどるようなようすをして、はやしました。みんないい扇を持ってきて、うれしくてたまらないのでしょう。それに、きょうこそセンマツを負かして、その顔にすみをぬろうという悪い考えで、喜んでいる者もあったのです。まず、七五郎がいいました。
「さあ、センマツ、おまえの扇を見せろ。」
しかたなくセンマツは、そのそまつな扇を出しました。すると、七五郎は、それを手に取って、
「ハハアーハハハハ。」
笑いだしてしまいました。まったく、開いて見るまでもないそまつなものでした。しかし三太郎が、それを横取りして、
「中を見ろ。中を見ろ。中は金ピカかもしれないぞ。」
そういって、中を開きました。ところが、中には花のさいている|一《ひと》|枝《えだ》の|梅《うめ》の木に、|一《いち》|羽《わ》のウグイスがとまっている絵がかいてありました。昨夜、ねえさんがかいたのでしょう。まだすみの色もよくかわいていない、かいたばかりのものでした。けれども、その絵を開くと、そこにいて、それを見ていた子どもたちが、シーンとして、ものをいわなくなってしまいました。だって、まず、プーンと梅の花のにおいがしてきたのです。つづいて、ホウホウと、ウグイスの鳴き声が始まってきたのです。みんなは、ふしぎがって、前や後をながめました。この扇以外に、どこにもウグイスはおりません。梅の花もさいていません。ところが、やがて、その絵の中のウグイスが、絵の中の梅の枝で、パッと羽を動かしたと思うと、どうでしょう、もう扇を持っている三太郎の肩の上に飛びうつってしまっていたのです。そうして、そこで、首をのばし、頭をあげて、ホウホケキョウと、それはいい声で鳴きました。つづいて、二三度も鳴いたでしょうか。鳴いたと思うと、バタバタとたって、また扇の中の梅の枝に帰り、そこで、もとのような絵になってしまいました。
三太郎はぼんやり扇を持ちつづけていましたが、センマツはだまって、その扇を取り、もとのようにたたみました。と、そのときになって、みんなが|夢《ゆめ》から目がさめたように、口々に話しだしました。
「いい声で鳴いたねえ。」
という者があれば、
「あの梅のにおいで、おれ、ちょっと、お正月のような気がしたぜ。」
そんなことをいうものもありました。しかし三太郎も七五郎も、これで扇くらべなど、忘れたようにだまってしまって、コソコソと自分の席につきました。だれから見ても、センマツのウグイスの鳴く扇に、かなう扇が一本だってあろうと思えなかったからであります。
ところが、それから何日かした時のことです。こんどは、三太郎が考えだして、船くらべをしようということになりました。三太郎も七五郎も、りっぱなおもちゃの船を持っているのです。それをお寺の池にうかべて、やっぱり扇の時のように、いちばんそまつなものを持って来たものの顔に、|墨《すみ》をぬろうというのです。
この時もセンマツは家に帰って、ふとんをかぶって寝ていました。寝ているセンマツを見て、そのことわけを聞くと、やっぱりねえさんはいいました。
「心配しなさんな。あすの朝までには、ねえさんがいいようにしておいてあげます。」
そして、あくる朝になりますと、やっぱり一つの船を作っておいてくれました。しかし、その船は、いかにもそまつなもので、船形に切った古い板ぎれ一枚だけのものでした。センマツには、寺小屋へ持っていく元気も出ないくらいに思えました。でも、ねえさんがせっかく作ってくれたものですから、
「ねえさん、すみません。」
そういって、持っていきました。
ところが、どうでしょう。いよいよ船くらべの時になって、これを池の上にうかべると、船の上にのせてあった、三つの小さい土の人形が、そばにおいてあった木ぎれをとって、エッサ、エッサ、エッサとこぎだしました。そうして他の船はりっぱでも、みんな風や波にゆられて、あちらへ流され、こちらへただよっているあいだに、センマツの船だけは、たいへんな早さで、池をグルグルいくまわりもいたしました。
これを見た子どもたちは、みんなもう大喜びして、ワッショ、ワッショとその船について、池をまわって走りました。
そこで、こんどもセンマツの船が一等になって、七五郎や三太郎たちは、だまってコソコソ自分の船を池から引きあげ、机の下にかくしてしまいました。そしてそれからのちは、もうセンマツと、なんでも競争しようなんて、いわなくなりました。めでたし、めでたし。
|米《め》|良《ら》の|上《じょう》ウルシ
むかし、むかし、|日向《ひゆうが》の国の米良の山里に、|安《やす》|左《ざ》|衛《え》|門《もん》と|十兵衛《じゅうべえ》というふたりの|兄弟《きょうだい》が住んでおりました。ふたりはその米良の|山《やま》|奥《おく》へはいって、ウルシの木からウルシをかき取って、それを売ってくらしておりました。ウルシをかき取るというのは、ウルシの木にきずをつけて、そこから流れ出る木のしる[#「しる」に傍点]を、木ぎれか何かでかいて取ることであります。
それで、その日も兄の安左衛門はカマを持って家を出ました。それでウルシの木にきずをつけるためなのです。山をのぼり、谷をわたりして、山奥のほうへ行っておりますと、谷川の|淵《ふち》のさきに出ました。深い淵です。大きな淵です。そこまで谷川はひじょうないきおいで、まるで競走のように流れてきたのですが、ちょうどその淵の上が|滝《たき》になっていましたので、水はそこから、まっさかさまに、淵をめがけてとびこむようでした。滝のいきおいといい、それがあげている水のしぶきといい、滝を見た者は、そんな気がするのでした。
しかし、水は、淵の中に落ちこんでみると、そこの深さと広さにぼんやりして、たくさんの水がくるりぐるりとうずをまいて流れている方向に、自然にまきこまれていくのでした。だから、その淵は大きく、そして、深かったのです。きれいな水でしたが、底はあおあおとして、何メートルあるかわかりませんでした。
ところで、兄の安左衛門が持っていたカマを、この大きな淵の中に落としました。どうしたらよいでしょう。カマは底にしずんでしまったのです。しかし心配はいりません。安左衛門は泳ぎがじょうずだったのです。すぐ、はだかになって水にとびこみ、底のほうにもぐって行きました。だんだん深いところにはいって行きますと、安左衛門はびっくりしました。もうカマを取るどころではありません。
だって大きなこの淵の底が、いちめんのウルシなのです。黒々として、つやがあり、光があるりっぱなウルシなのです。ほんのすこし、小さな器に一ぱいのウルシでさえ、よいねだんに売れるそのウルシが、この淵の底に、何リットル、何キロリットルとしれないくらいたまっているのです。喜ぶまいと思っても喜ばずにはおれません。われを忘れて水の上にうかびあがってきました。
考えてみますと、大むかしから、この山々のウルシの木のしる[#「しる」に傍点]が、雨で谷川に流れだして、それがこの淵にきて、こんなにたまったものと思われました。それというのも、ウルシはいつまでたっても、かびたりくさったりしないものだからであります。しかし、安左衛門は喜びました。もう山へはいって、すこしずつのウルシをかいて集めることはいりません。ここに、この水底に、取ろうと思えば、どんなにたくさんのウルシでもあるのです。それで、毎日この淵にきて、すこしずつウルシを取りだし、それをたいへんよいねだんに売って、だんだんとお金をこしらえました。
これを見て、近所の人たちは、ふしぎに思いました。そして、
「安左衛門さんは、どこで、あのような上等なウルシを手に入れるんだろうか。」
こんなことをいいあいましたが、わかりません。けれども弟の十兵衛は、そのころ、兄の安左衛門が自分といっしょに行かず、いつもひとりでかくれるようにウルシを取りに行くのが気になっていました。何かわけがあるにちがいないと思いました。それで、ある日、そっと兄のうしろからついて行ってみました。すると、兄は淵の底からウルシを取ってあがってきました。これを見ると、弟も、
(なるほど、これはよいところがあった。これなら、ウルシを取るなんてわけのないことだ。)
そう考え、自分も淵にはいって、そこからウルシを取ってきて売るようになりました。ところが、今まで自分ひとりでよいことをしていた兄の安左衛門は、これがどうも気に入りません。どんなにたくさんのウルシでも、自分ひとりのもののように思っていたのですから、弟に取られたくありません。
しかし、そうかといって弟に、「あれはおれのものだ、取っちゃいかん。」そんなことはいえません。だって、淵の底にたまっているので、だれのものでもないからです。それで安左衛門は考えました。
(どうかして、だれにも取らせず、自分ひとりで、いつまでも取っていたいものだなあ。)
いろいろ考えたあげく、安左衛門は、よいことを考えつきました。町のほりもの師のところへ行って、大きな|竜《りゅう》の形を木でつくってもらいました。
竜というものを知っていますか。
からだは何メートルとある|大《だい》|蛇《じゃ》のすがたです。しかも|角《つの》があり、うろこがあり、手足もあるのです。そして、自分で空から雲をよびおろし、それに乗って、天にのぼって行くという、おそろしい生きものです。いや、むかしは神さまのようにおそれられ、尊ばれ、生きものなどとはだれもいわず、思いもしなかったようです。
なんにしても、そんなおそろしい竜なのですが、兄の安左衛門は、その大竜の形を木でつくってもらい、その角やうろこに赤や青の絵の具をぬり、目は金や銀でいろどり、まるで生きてる竜のとおりにつくって、それを、だれにも知られぬように、そうっと、谷川のその淵へ持って行って、しずめました。それも、ちょうど、滝の落ちるところの水底へ、ウルシのあるほうへ頭を向けてしずめておきましたので、落ちてくる水の力で、その竜は自然に頭を動かすようになっていました。水が静かに落ちているときには、それは静かに頭をゆするようでした。水がはげしく落ちるときには、それこそおどりあがり、おどりあがるように頭をふり、からだをゆすって、うねりくねりするのでした。まるで今にもとびかかってくるような、おそろしいすがたでした。
それで、兄の安左衛門も、
(これなら弟ばかりか、だれひとりこの淵にはいってくる者はあるまい。)
と、おおいに安心いたしました。
で、そのつぎの日のことです。安左衛門は、
(今に弟がやってきて、淵にウルシを取りにはいって行くだろうが、竜を見てどんな顔をするだろう。)
と早くから、ふちの近くにきて待っていました。
弟の十兵衛はそんなこととは知らず、その日もそこへやってきて、はだかになって淵の中にとびこんで行きました。
しかし、水底のほうへ行ってみると、これはたいへんです。大きな竜が、目をいからしてにらんでおります。ウルシどころではありません。それで、ほうほうのていでうかびあがって、きものを着るのもそこそこ逃げて行ってしまいました。
これを見ていた兄の安左衛門は、まず安心安心、これからは自分ひとりで、自由自在にウルシを取ることができると、大喜びで、すぐ、ウルシの入れものを持って、水の中にとびこんで行きました。
ところが、どうでしょう。自分が町のほりもの師にたのんで、たしかに木でつくってもらった竜で、しかも、きのうそこに持ってきてしずめたばかりの竜なのですが、それがなんと、|一《ひと》|晩《ばん》のうちに|魂《たましい》がはいり、今はほんとうに生きているのでした。安左衛門がウルシを取ろうと、そちらへ近よると、たいへん大きな口をあけて、安左衛門ひとのみと、とびかかってきました。こんなはずはないと、何度ももどっては、また行きなおして見ましたが、何度行っても、もう竜は生きたほんとうの竜になっていました。こんなことなら、はじめからふたりでなかよく、ウルシを取っていればよかったと|後《こう》|悔《かい》しましたが、もう、どうすることもできませんでした。
歌のじょうずなカメ
むかし、むかし、あるところに、兄と弟が住んでおりました。おとうさんがなくなりますと、兄は|欲《よく》っぱりなもんで、家のお金や、道具などみんな持って、出て行ってしまいました。しかし、弟のほうは親孝行でしたから、ひとり家に残って、おかあさんを大切にして、くらしました。大切にするといっても、お金がありません。毎日、山へ行っては|枯《か》れ|枝《えだ》を集め、それを町へかついで行っては、
「ボヤやあ、ボヤ、ボヤはいりませんかあ。」
と売って歩きました。それで、もうかったわずかなお金で、お米を買ったり、おかあさんの好きなお|菜《さい》を買ったりして、くらしていました。
ところが、ある日のことです。足もとからチョロチョロと、小さいカメが出て来ました。カメは出て来ると、|甲《こう》から首をつきだして、弟を見あげました。弟は、小さいかわいいカメだと思って、ついにっこりしました。すると、そのカメが人間のことばで話しかけました。
「もしもし、あなたはほんとうに、感心な人なんですね。そうして、一生けんめい働いて、おかあさんにたいへん孝行をなさるそうですね。そこでわたしが、いいことを教えてあげます。ひとつやってみる気はありませんか。」
弟はカメのことばにびっくりしましたが、しかし、いいことを教えてくれるというので、カメの頭の前にしゃがみこみました。そして、
「なんだってカメくん、いいことを教えてくれるって――」
そういいますと、
「そうです。たくさんお金のもうかることを教えてあげます。」
カメがそういいました。それで弟が、
「ほう、お金のもうかることをかい。」
ふしぎに思って、そういいますと、
「いや、なんでもないんです。わたしはカメでも、ほんとうは、これでなかなか歌がうまいんですよ。聞いてごらんなさい。これから、ちょっと歌ってみますから。」
カメはこんなことをいいました。
「へ、へえ。」
そういって、弟は、これはいよいよふしぎなカメだと思って、見ておりました。
カメは、
「え、へん。」
そんなことをいってから、カメの歌というのをうたいだしました。カメの歌というのは、しかし、どんな歌でしょう。わたしに、この話をしてくれた人も、それがどんな歌だったか、もう忘れてしまったというのですが、もし山の林の中なんかで、みなさんのうちだれでも、ものいうカメを見つけたら、このカメの歌というのを聞いてごらんなさい。きっと、おもしろい、にこにこせずにはおられないほど、いい歌なのにちがいありません。
で、弟は、カメがそのカメの歌をうたってしまうと、とても感心して、
「うまいうまい、じょうずじょうず。ふしもいいし、声もいいしなあ。」
首をかしげかしげ、そういいました。と、カメがいうのでした。
「ね、おもしろいでしょう。で、ぼくを町へつれてってね、人通りの多い町かどなんかで、今のように歌をうたわしてごらんなさい。ボヤなんかを売るより、きっとたくさんのお金が、もうかりますよ。それで、あなたの大切なおかあさんに、もっともっと孝行しておあげなさい。」
これを聞くと、弟は喜びました。
「そうだねえ。じゃ、ひとつそうしてみようか。これからしだいに寒くなるので、おかあさんにきものも買ってあげたいし、ふとんもつくってあげたいんでねえ。」
すると、カメはつき立てた首を、こっくりしいしい、いいました。
「そうですか、そうですか。じゃ、すぐ、そうしましょうよ。ぼくは、まだほかにいくつでも、歌を知ってるんですよ。ウサギの歌、キツネの歌、それからウグイスや、カッコウや、ホトトギスの鳴くまねなんかもできるんですよ。」
そして、カメは、ホウホケキョウ、カッコウ、カッコウと鳴くまねをして聞かせました。
さて、そのあくる日のことです。弟はいつものように、ボヤをかついで、町へ売りに出かけましたが、そのボヤの上に、ちょこんときのうのカメを乗せて行きました。で、
「ボヤや、ボヤや。」と、その枯れ枝を売ってしまうと、カメのいったとおりに、にぎやかな町かどにやってきました。そこで手のひらにカメを乗せて、大きな声でよびました。
「みなさん、ちょっと聞いてください。これからこのわたしの手のひらに乗っているカメが、おもしろい歌をうたいます。しかも人間の声でうたいます。ふしもおもしろければ、声もいいのですよ。」
そういうかいわないうちに、そこはとても人通りの多いところでしたから、もう何十人という人がそこをとりかこみました。そして口々にいいました。
「ほんとでしょうか、カメがうたうなんて。」
「しかし、ふしぎなことですねえ。」
けれども、よくいいおわらぬうちに、まったくふしぎなことに、カメは始めました。弟の手のひらの上で、大きな口をあけて、声はりあげてうたうのでした。カメの歌、ウサギの歌、キツネの歌、それからいろいろの鳥や、けだものの鳴き声のまね。ついに人間の子どもの泣きまねをしたときには、みんながどっと大笑いをしました。そして、それがおわると、だんだん数をまして、そのときは何百人という人たちが、まわりをとりまいていましたが、
「まったくふしぎなカメだ。まったくかしこいカメだ。こんなカメは、世界じゅうどこをさがしてもいないだろう。」
そういわない者はないくらいでした。それで、中のひとりが、いくらかのお金をだして、
「さあ、歌のお礼だ。」
そういって、弟の前へつきだしました。すると、みんなも、
「そうだ、こんなふしぎなカメの歌を、ただで聞いてはすみません。」
と、つぎからつぎへと、お金を持ってきてくれました。弟は思わぬお金もうけをして、大喜びでうちに帰ってきました。そしておかあさんとふたりで、また大喜びしました。いいえ、カメもいっしょに喜んだのです。それからあとは、たびたび町へ行き、ほうぼうの町かどで、カメに歌をうたわせました。そのたびにたくさんのお金が集まり、まもなく、たいへんなお金持になりました。それで、おかあさんに、おいしいものをたくさん食べさせてあげるのはもとより、りっぱな家を建てたり、美しい道具や、あたたかいきものなどいくつも買ってあげました。
ところで欲っぱりのにいさん、これを知ると、びっくりしてやってきました。
「弟、弟、おまえは近ごろずいぶんお金持になったようだが、いったいなんでそんなにお金をもうけたんだ。」
それで弟は、正直にその歌をうたうカメの話をしました。すると兄は、それがうらやましくてならなくなり、
「どうだい弟、ちょっとでいいから、そのカメをおれに貸してくれないか。おれもそんなにお金をもうけてみたいよ。」
そういうと、弟の返事も聞かないで、大いそぎでカメをつかまえ、かけだして行きました。兄は、それから町へ行き、弟のやったとおりに、
「うたうカメ、歌のじょうずなカメ。カメに歌をうたわしておめにかけます。」
そんなことをいって、人を集めました。そして、
「さあ、カメ、歌をうたいなさい。歌をうたって、みなさんからどっさりお金をもらっておくれ。」
そういってせきたてました。ところが、カメは、うんとも、すんともいわないのです。兄は気が気でなく、そらうたえ、やれうたえとせきたてましたが、カメはいつまでたっても、なにもいいません。それで見物人はしだいにさわぎはじめ、
「こいつ、にせ者なんだな。うたいもしないカメを持ってきて、おれたちをだましてお金を取ろうとしていやがる。なんともかんとも、ひどいやろうだ。」
そんなことをいって、とうとう兄をさんざんなめにあわせました。なんといわれてもしかたなく、兄はすごすごとうちに帰ってきました。帰ると、すぐそのカメを殺してしまいました。
弟は、いつまで待っても、兄がカメを返してくれないので、どうしたことかと心配して行ってみました。すると、カメは死んでいるのです。弟は、|涙《なみだ》を流して悲しみましたが、しかし、もうしかたがありません。それでそのカメをもらってきて、家のそばにうめました。そして、そのうめたところに、一本の小さな木を植えました。
ところで、そのあくる日のことです。そこへ行ってみますと、その小さな木が、大きな、天にとどくような大木になっていました。
びっくりしてそれを見ていますと、上のほうから何かぴかぴか光るものをくわえて、行列しておりてくるものがあります。近よったのを見ますと、それは何十何百の小さなカメだったのです。みんな口に金のかたまりをくわえておりました。そしてまもなく弟の手のとどくところへ先頭のカメがやってきました。弟が手の上に乗せてやろうと、手のひらをさしだしますと、カメは手のひらには乗らないで、そこへ、金のかたまりをぽとりと落とし、すぐ向きを変えて、木の上のほうへのぼりはじめました。一ぴきがそうすると、あとからきたカメもつぎからつぎへそうして、やがてみな木の上のほうへどこともなくのぼって行ってしまいました。それでまた弟はいっそうたいへんなお金持になりました。
この話を聞くと、にいさんがまたやってきました。そしてその大木の枝を一本切って行き、自分の家の庭にさしました。あくる日になってみると、それがやはり天にとどくような大木になっていました。これはうまい。きっとカメが金をくわえておりてくるだろうと、欲っぱりのにいさんですから、そう思って、上を見あげておりました。と、まもなく小ガメが行列をしておりて来ましたが、小ガメの行列は、兄の手のとどかない上のほうでとまって、まるで人をバカにしたように、しばらく首をふったり、手を動かしたりしていました。それからすぐくるりと向きをかえ、大いそぎで上にひきかえして行ってしまいました。これを見た兄は、たいへん腹をたて、カメを追うて登りはじめました。ずいぶん上に行ったところで、一本の枝に手をかけますと、その枝が思いがけなく、ぽきんと、折れてしまいました。それと同時に、兄はまるで石のように下に落ちて来ました。そしてたいへんな大けがをしました。欲っぱりをしてはいけないという話です。めでたし、めでたし。
ウグイスのほけきょう
むかし、むかし、あるところに、若いお|百姓《ひゃくしょう》がありました。秋になって、|稲《いね》のとり入れもすみましたので、|江《え》|戸《ど》へ出て、ひとかせぎしてこようと思い、村を出てきました。|三国峠《みくにとうげ》という大きな峠にかかったとき、秋の日がもう西へかたむき、峠の中ほどのお堂の前にくると、すっかり日が|暮《く》れてしまいました。
「これはこまったことだ。これでは、とても、この大きな峠はこせない。」
と、とほうにくれておりますと、むこうの山にかすかなあかりが一つ、星のように見えてきました。
やれうれしやと、そのあかりを目あてに、一つの山をこえて行きますと、なんとふしぎなことに、この山の中にはめずらしい、りっぱな家が立っていました。トントン、トントンと戸をたたいて、お百姓は声をかけました。
「もしもし、道に行き暮れて、|難《なん》|儀《ぎ》をしておる者でございます。どんなところでもよろしゅうございますから、|今《こん》|晩《ばん》一晩とめてくださいませんか。」
すると、中から美しい女の人が出てきて、
「それはさぞおこまりのことでございましょう。むさくるしいところではございますが、さあ、おあがりになって、えんりょなくおとまりください。」
こんなに親切にいってくれました。お百姓は、大喜びして、
「それでは――」
といって上にあがり、とめてもらうことになりましたが、その通された|部《へ》|屋《や》がとてもりっぱな部屋で、しかも、晩ごはんにといって出されたおぜんが、山の中にはめずらしいごちそうばかりです。すっかり感心していると、女の人が出てきました。
「おまえさんは、これからどこへ行きなさるのですか。」
「ハイ、お江戸でひとかせぎしたいと思いまして。」
すると、女の人が、
「ひとかせぎというのでしたら、わたしのこの家でかせいでみたらどうですか。仕事といっても、るす番をするだけのことですが。」
といいました。そこでお百姓は、どこでかせぐのも同じことと思いましたので、
「それではひとつ、そうおねがいいたします。」
と、その家で働くことになりました。
さて、あくる朝のことです。女の人はお百姓に馬の用意をさせて、馬に乗って出て行きました。そこにはうまやがあって、りっぱな馬が|飼《か》ってあったのです。ところが、出て行くときになって、女の人がいいました。
「おなかがすいたら、おまえさんの食べたいと思うものが戸だなの中にはいっていますからね、かってにいくらでも食べてください。しかし、四つある倉のうち、いちばんおしまいの倉の戸だけは、けっしてあけてはいけませんよ。いいですか。」
「ハイ、いちばんしまいの倉は、けっしてあけはいたしません。」
お百姓がそういいますと、女の人はうれしそうにニコニコして、出て行ったそうであります。ところが昼ごろになって、お百姓はおなかがすいてきましたので、
「ご主人は、戸だなの中に、おまえさんの食べたいと思うものがはいっているからといわれたが、おれは今、おさとうのはいっている、あまいおだんごを食べたいんだが――」
そう思いながら、戸だなの戸をそっとあけてみました。と、オヤオヤ、おどろかないではおれませんでした。だって、ちゃんと、そこに大きなさらがあって、できたての、|湯《ゆ》|気《げ》のほやほや立っているキビだんごが、山もりおいてあったのです。
「すみません、すみません。ごちそうでございます。」
お百姓は、まるでそこに女の人でもいるように、お礼をいって、おだんごの大ざらをおしいただいて、戸だなから取りだしました。そしてこのおいしい、あまいおだんごをたらふくごちそうになりました。
で、それからは毎日、女主人が乗って行く馬の用意をするばかりで、あとは、戸だなからおいしいごちそうを取りだして食べて、倉の中など、ひとつも見ようとせず、忠実にるす番をいたしました。女主人は朝出て行って、晩になるときまって帰ってきました。毎日、すこしの変わりもなく、そうして一年ばかりの月日がたちました。そこで、ある日のこと、お百姓が、女主人にいいました。
「これは長いあいだごやっかいになりました。家のほうも心配になりますので、このへんでおひまをいただきとうぞんじますが。」
そうすると、女の人が、
「そうですか、今までなんともよくるす番をしてくれて、残り|惜《お》しゅうは思うけれど、家が心配といえばしかたがない。では、これは、ほんのお礼のしるしばかり――」
そういって、お金の包みと、|白《しろ》|木《も》|綿《めん》を|一《いっ》|反《たん》くれました。お百姓はお礼をいって峠をくだり、国へ帰ってきました。家へつくと、今までの話をして、おかみさんに白木綿を見せ、それから、お金の包みを開きました。ところが、ふしぎなことに、そこにはへんな形をした|一《いち》|文《もん》|銭《せん》が、一枚はいっているきりでした。一文銭というのを知っていますか。それが十枚で一銭になるというお金で、むかしはあったのですが、今はありません。とにかく、お金の中でもいちばん安いお金です。ですから、お百姓はビックリしたり、ふしぎに思ったりしたのです。
で、おかみさんに、
「どうしたというのだろう。おれは一年もまめに働いてきたんだよ。そのお礼に一文ということは、どうもあたりまえとは思われない。」
そういってみましたが、おかみさんもなんということもできません。それで、この一文銭を持って、|庄屋《しょうや》さんに相談に行きました。庄屋さんというのは、むかしの村長さんです。庄屋さんは、その一文銭を見ると、アッとビックリしていいました。
「いや、これはおどろいた。これはウグイスの一文銭といってね、この世にめずらしい|宝物《たからもの》なんだよ。おまえさんが一年や二年働いたって、とてもさずかるものではない。もしかまわないなら、このおれに千両で売ってくれないか。」
これを聞くと、お百姓は、またもや、おどろくやら喜ぶやら、そして庄屋さんにいいました。
「そうですか、ありがとうぞんじました。では庄屋さん、どうか千両でお買いください。」
で、お百姓は一度にたいへんにお金持となりました。ところが、そのお百姓のおとなりに、欲ばりのおやじがひとり住んでおりました。これを聞くと、おれもひとつその一文銭をもうけてこようと、三国峠をさして出かけました。そして、この美しい女の人のいる一軒家をさがし、そこで働かせてもらうことになりました。朝になると、女の人はやはり馬に乗って出かけました。出かけるとき、お百姓にいったように、
「食べたいものは、戸だなの中にありますよ。それから、四つの倉のうち三つまではあけてよいが、おしまいの四つめの倉は、けっしてあけてはなりません。いいですか。」
そう念をおして、出て行きました。
ところが、なにぶん欲ばりのおやじさんですから、戸だなの中から、いろいろのごちそうを思うぞんぶん取りだして食べましたが、それでも満足せず、倉のほうに何かいい宝物でもありはしないかと考えました。それで、見てもいいといわれた第一の倉をあけて見ました。すると、そこには、べつになんという宝物はありませんでしたが、中にはじつにいい|景《け》|色《しき》がはいっていました。夏らしく、海には波がたっていて、上を白いカモメが飛んでいました。おやじさんは、これではつまらないと、つぎの倉をのぞいて見ました。と、これも景色で、一本のカキの木があり、これに赤いカキの実がたくさんなっていました。そしてまわりに|菊《きく》の花がさき、空にガンがカギになって飛んでいました。
なあーんだ、これもつまらないというので、またつぎの倉を開きました。すると、これも景色で、ここには雪がふっていて、雪の上をウサギなどがはねていました。これもつまらないというので、いよいよ四つめの倉の前に立ちました。ところが、これは、女の人がけっしてあけてくれるなといった倉でした。だから、おやじさん、ちょっと考えたのですけれども、あけてくれるなといったところをみると、きっと、この中にこそ、ほんとうの宝物がドッサリはいっているのにちがいない――そう考え、あけたくてたまらなくなりました。で、ちょっとだけ、ちょっとだけならわかりゃすまい、そう考えて、倉の戸をちょっとあけて中をのぞきました。
ところが、どうでしょう。そこには一本の|梅《うめ》の木があって、花が美しくさいております。そしてその枝に、一羽のウグイスがとまっていて、ホウ、ホケキョウ、ホウ、ホケキョウと美しい声で鳴いていました。で、おやじさんはガッカリして、こんなものを見るなといったのは、いったいどうしたことなんだろうと、また倉の戸をしめようとしますと、ハッと、この倉も、それからそこにあった家も、何もかも一度になくなって、自分もさみしい山の中に立っていました。
「オヤオヤ、オヤ。」
と、ビックリして、夢でも見たのかと、あたりを見まわしました。と、そばで、女主人の声がしました。
「おまえさんは、なんとたいへんなことをしてくれたんだ。四つめの倉は、あれほどあけてくれるなとたのんでおいたではないか。わたしは、じつをいえば、千年のとしをかさねたウグイスなんです。千年の間に、山々谷々をめぐって、毎日毎日ほけきょうという尊いお|経《きょう》を読みためて来て、それをあの倉の中にしまってあった。それがおまえのおかげで、みんな外に出て、どことなく消えていってしまった。残念だがしかたがない。そのかわりおまえさんの帰り道も、かいもくわからなくなってしまったよ。」
おやじさんは、おどろいて身のまわりを見まわしましたが、まったく、どこをどう行って家へ帰っていいのか、サッパリわからない山の中でありました。
ネズミの国
むかし、むかし、おじいさんとおばあさんとがありました。ある日のこと、おじいさんが、|土《ど》|間《ま》をはいておりますと、豆が一つぶ、ころころと、ころんで出てきました。そこでおじいさんは、その豆を拾って、
「ネズミ、ネズミ、おまえにくれる。」
そういって、ネズミの穴にころばしてやりました。すると、しばらくたってから、ネズミが一ぴき、その穴からちょろちょろと出てきました。そして、
「おじいさん、おじいさん。」
といいました。
「さっきは、ありがとうございました。なんとうまかったことでしょう。うちの者もみんな大喜びしました。それでおじいさん、なにもないけれど、おうちで、おじいさんにごちそうをさしあげたいといいます。わたしといっしょに、ちょっと、うちへきてください。」
おじいさんはこれを聞くと、ネズミの気持がうれしく、そのようすも、かわいくて、
「うん、そうか、そうか。ありがとう、ありがとう。」
といって、にこにこしました。けれども親類でも、友だちでもないネズミのことですから、
「まあ、きょうのところはえんりょしておく。」
と、おことわりしました。しかし、ネズミは、
「そうおっしゃらずに、ぜひ、きてください。」
と、しきりにすすめます。ついには、おじいさんの着物を引っぱって、
「さあ、さあ、どうぞ。」
というしまつです。それで、おじいさんは、しかたなく、よい着物に着かえて、
「では、えんりょなしに、ごちそうになりに行くとしようかの。」
と、そこへやってきました。すると、ネズミは、
「おじいさん、おじいさん、ちょっと、わたしにおぶわれて、目をつぶっていてください。わたしがいいというまでは、目をあけないでいてくださいよ。」
といいました。おじいさんがそのとおりにすると、ネズミは、おじいさんをおぶって、ちょろっと、ネズミの穴へはいって行きました。しばらくして、ネズミが、
「おじいさん、おじいさん、こんどは、目をあいてください。」
そういうものですから、おじいさんが目をあけると、なんともいえない美しい野原にきていました。右を見れば、サクラの花ざかり、左を見れば、キキョウの花ざかり、春秋の花が一度にさいて、花畑のような野原でした。おじいさんはびっくりしてしまいました。そんな野原をしばらく歩いて行きますと、りっぱな家があって、大きな門が立っていました。
「ここが、わたしのうちです。」
ネズミはそういって、走って行って、門をあけました。そうすると、親ネズミから兄ネズミ、姉ネズミから弟ネズミ、それから、いとこネズミまで、ぞろぞろ、つづいて出てきて、
「さあさあ、どうぞどうぞ、おじいさんよくきてくださいました。」
と、むかえました。そして、足を洗ってくれるやら、ふいてくれるやら。やがて、りっぱな|座《ざ》|敷《しき》に案内されました。それから、うちじゅうの者が出てきて、
「おじいさん、おじいさん、さっきは、ありがとうございました。お豆、なんとおいしかったことでしょう。このうち、べつにおもしろいこともありませんが、どうか、まあゆっくりおとまりになっていてください。」
そんなあいさつなどをいたしました。それから、なにかぷんぷんいいにおいがしますので、そのほうを見ると、そこは台所で、たくさんのてつだいのネズミがきていて、なにかにるやら、あぶるやら、それはたいへんなさわぎです。そのうち、こんどはもちがふけたというので、土間に|臼《うす》をたてました。そして、それをかこんで、たくさんのネズミがならびました。めいめい、きねを持っていて、たすきをかけたり、はちまきをしておる者もあります。と、一ぴきのネズミが、よい声でうたいだしました。
[#ここから1字下げ]
よいよいよいよい、
百になっても、
二百になっても、
ネコの声は、
聞きたくないじゃ。
ホーイ。
[#ここで字下げ終わり]
これが|音《おん》|頭《ど》とりなのです。それで、ほかのネズミも、これに声をあわせ、百になっても、二百になっても、と、うたって、じょやじょやと、もちをつきました。
そのうちにおぜんができて座敷に運ばれてきました。おじいさんはいちばん|上《かみ》|座《ざ》にすえられ、
「おじいさん、おじいさん、おいしくもありませんが、ひとつ。」
といって、お酒をすすめられました。
「なにもありませんが、まあ、どうぞ、おはしをおつけください。」
と、ごちそうもすすめられました。それからもちがつけたと持ってくれば、そばが打てたとだしてきました。ネズミたちはつぎからつぎへ、かわるがわる出てきて、ごちそうを運ぶやら、おしゃくをするやらいたしました。おじいさんは、ネズミがすすめるままにごちそうを食べ、お酒を飲みしているあいだに、だいぶんよってきました。すると、こんどは、|三《しゃ》|味《み》|線《せん》をひくネズミが出てきて、ピンシャン、ピンシャン、三味線をひきました。歌もうたいました。こんどは、おどるネズミが出てきて、赤い|衣裳《いしょう》をつけて、一列にならんで、三味線と歌にあわせておどりました。
おじいさんは、もうすっかりおもしろくなって、
「うまいぞ、うまいぞ。」
と、手をたたいて、その歌とおどりをほめてやりました。すると、ネズミたちは、すっかり喜んで、一同のネズミがおじいさんの前にそろって、うたったりおどったりして見せました。おじいさんもうれしくなって、その中へ出て行って、いっしょにおどったりうたったりいたしました。
そのうち、おじいさんは、ふと気がかりになってきました。
(帰りがおそいと、おばあさんが心配して待っているだろう。)
と思われたからです。それで、そのことをネズミたちに話して、
「いや、もうずいぶんごちそうになりました。それに、こんなおもしろかったことは生まれてはじめてだ。ありがとう、ありがとう。」
と、お礼をいいました。帰ろうとしますと、ネズミは、
「おじいさん、おじいさん、これはおみやげです。おばあさんに持って行ってあげてください。」
そういって、|床《とこ》の|間《ま》にたくさんつんであったつづらの中から、いちばんきれいなのをえらんで、取りだしました。
「まあまあ、おみやげまでもらって、すまないなあ。」
おじいさんはそういって、なんどもお礼をして、つづらを持って、ネズミ一同に見送られて、そのネズミのうちを出てきました。
くるとき案内してくれたネズミがついてきて、まえの美しい野原へくると、
「おじいさん、また目をつぶっていてください。」
といいました。それからしばらくして、こんどは、
「さあ、目をあけてください。」
といいました。あけて見たら、そこはもう、穴の出口でした。そこで、おじいさんはうちに帰って、おばあさんにこの話を聞かせ、おみやげのつづらもだして見せました。中におみやげのたくさんはいっていたことといったら、おじいさんもおばあさんも大喜びでした。
ところで、この話をとなりのおじいさんが聞きました。すると、そのおじいさんは欲ばりでしたから、まねがしたくてならなくなりました。ごちそうになったり、おみやげのつづらがもらいたくてならなくなったのです。それで、ある日のこと、土間をはいて、それから豆を拾って、それをネズミの穴へ落としてやりました。そして、もうネズミが出て、お礼にくるか、もうくるかと、穴のそばで待っていました。すると、あんのじょう、穴からネズミがむかえにきました。欲ばりじいさんは大喜びで、そのネズミにおぶわれて、ネズミのうちへやってきました。そして、そこでまえのおじいさんと同じように、たいへんごちそうになりました。たくさんのネズミが出てきて、うたったり、おどったりしました。しかし、こんどのおじいさんは欲ばりですから、ごちそうをいっぱい欲ばって、おなかをふくろのようにふくらせて食べました。
そのうち、土間では、ネズミのもちつきが始まって、やはり、
[#ここから1字下げ]
よいよいよいよい、
百になっても、
二百になっても、
ネコの声は、
聞きたくないじゃ。
ホーイ。
[#ここで字下げ終わり]
というネズミの歌が声をそろえてうたわれました。これを聞くと、さっきから床の間に飾られている、たくさんのつづらを見て、
(どれをもらおうか、これにしようか。いやいや、みんなもらいたい。みんな持って行きたい。)
そんなことばかり考えていた欲ばりじいさんは、よいことを思いつきました。
(よしよし、ネコの鳴き声をしてやろう。そしたら、きっとネズミはみんな逃げて行く。そこで、床の間のおみやげをみんなそっくりもらって行く。)
そう考えると、そのおじいさんは横のほうを向いて、やりました。「ニャーン。」そしてま正面を向くと、知らん顔をしてすましていました。それから、またすこしたつと、横を向いて「ニャーン。」
ネズミたちはみんな耳を立て、はっとしてそのへんを見まわしておりました。そこでまた、
「ニャーン、ニャン、ニャン。」
と、やりますと、ネズミは大うろたえで、大そうどうをおこして、四方八方に|逃《に》げました。ネズミの逃げたのは思うとおりでしたが、しかし、それと同時に、座敷のあかりがパッと消えました。そして、そこらじゅうがまっ|暗《くら》になりました。それでも、おじいさんは、このときだとばかり、床の間のほうへ手さぐりで行って、おみやげのつづらをさがしました。けれども、もう、つづらはありませんでした。つづらがないばかりか、おじいさんの帰り道がわからなくなり、おじいさんは帰れなくなって|困《こま》ったということであります。だから、欲ばりをしたり、人まねをしたりしてはなりません。
お|地《じ》|蔵《ぞう》さま
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがありました。|貧《びん》|乏《ぼう》だけれども、たいへん正直なおじいさん、おばあさんでありました。
ある年のお正月、もちをつく米がないので、ふたりは|粉《こ》|米《ごめ》とぬか[#「ぬか」に傍点]とを買ってきて、それで|粉《こ》ぬかもちというのをつきました。それができると二つの大きなおそなえをつくって、うらの川ばたの|水《すい》|神《じん》さまへそれをそなえに行きました。そのとき、元日の朝一番にくむ|若《わか》|水《みず》というのをくむつもりだったのです。ところで、水神さままで行ってみると、ふところに入れたはずのおもちが見えなくなっておりました。
「はあてな。」
いくら考えてもわかりません。落としたのかと、そのへんをさがしてもないのです。もしかしたら、川の中に落として、それが|川《かわ》|下《しも》へ流れて行ったかもしれないと、川ばたをさがしさがし行きました。すると、川下の橋のたもとに三つのお地蔵さまが立っていました。そこに行くと、お地蔵さまが、なんだか、にやにや笑っておられるようにみえました。
「お地蔵さま、お地蔵さま。」
それで、たずねてみたのです。
「今、ここへおそなえの粉ぬかもちが流れてはきませんでしたか。」
まんなかのお地蔵さまがいわれました。
「来た、来た、来はしたが、このおれが自分のおそなえにもらっている。」
見れば、まったく、その地蔵さまの前へ、ちゃあんとおそなえになってそなえてありました。それを知ると、おじいさんは、
「ようございます、ようございます。それは、お地蔵さまにおそなえいたします。」
そういって家へ帰り、水神さまへは、べつのおもちを持って、おそなえしました。
ところで、そのころお地蔵さまの前を年よりのキツネとびっこのキツネの二ひきがおなかをすかして、
「お正月といっても、なんにもいいことはない。」
といいながら通りかかっておりました。これを見て、お地蔵さまが、
「キツネ、キツネ。」
とよびとめられました。そして、
「なんにもないが、おれの前のこの粉ぬかもちは、今貧乏なおじいさんがくれて行ったばかりなんだ。おれはいらん。ふたりでおあがり。」
といわれたのであります。キツネはどんなに喜んだことでありましょう。
「ありがとうございます。これで、いい年とりができました。まず新年おめでとうございます。」
といって、さもおいしそうに、大きなおもちを食べました。
つぎの年のお正月です。やはり貧乏ではありましたが、ほんのすこしおもちをつく米を買うお金ができました。それでおじいさんは、
「おばあさん、今年こそおもちをついて食べようぜ。」
そういって、その米を買いに、町へさがしに出かけました。いうまでもありません。それは大みそかの|晩《ばん》だったのです。寒い晩、しかも雨がザアザアふっておりました。前のお米屋の前に行ったとき、おじいさんは、くる道で見たお地蔵さまのすがたが思いだされ、目にうかんでなりませんでした。三人のお地蔵さまは雨にうたれて、さも寒そうにみえたのです。
「きょうだけではない。春がくるまでお地蔵さまは寒い寒い雨ざらしだ。」
そう考えると、どうも、お米を買う気がしなくなりました。
「お地蔵さまを雨ざらしにして、自分たちだけおもちを食べるわけにもいくまいて。」
首をかたむけて考え考えしたすえ、おじいさんはとうとうおもちの米を買うのをやめ、そのお金で三つのすげがさ[#「すげがさ」に傍点]を買いました。そしておもちのほうは去年と同じに粉米とぬかの粉ぬかもちをつくことにきめました。それはかさを買った残りのお金でじゅうぶん買うことができたのです。
「お地蔵さま。お地蔵さま。まずまずこれでもかむっていらっしゃい。」
帰りの道で、おじいさんはすげがさを一つ一つお地蔵さまの雨にぬれた頭の上にかむらせてあげました。
「おう、ありがとう、ありがとう。」
むかしのことです。お地蔵さまもこういって、さもうれしそうに、お礼をいわれたそうであります。おじいさんもうれしくなって、
「なんの、これくらいのこと、もったいない、もったいない。」
と大喜びで家へ帰って行きました。ところが、そのあとでお地蔵さまの前をかさのない三人が通りかかりました。それこそ貧乏で、気のどくなおとうさんとおかあさん、それにそのひとりの子どもだったのです。これを見ると、お地蔵さまはすぐ声をかけてよびとめ、
「おれたちはいい、人間は雨にぬれてはたいへんだ。さあさあ、かむって行け、かむって行け。」
そういって、すげがさを三つとも、やってしまわれました。
その人たちがまたどんなに喜んだことでありましょう。手をあわせて、お地蔵さまを長いあいだおがんで行きました。
またつぎのお正月がやってきました。貧乏なおじいさんも一年じゅう一生けんめい働きましたので、去年よりすこしばかりお金ができておりました。それで、今年こそはお米のほかにおさかななども買ってこようと、やはり大みそかの日、町をさして出かけました。ところがなんとその日、外は雪がふっていて、お地蔵さまの前までくると、三人のお地蔵さまがすっかり雪をかむって、まっ白になって立っておられました。これを見ると、おじいさんはまたおもちの米を買う気にも、お祝いのさかなを買う気にもならなくなってしまいました。それで町へ行く道、ひとりでこんなに考えました。
「去年も粉ぬかもちでお正月をしたし、一昨年も、やはり粉ぬかもちのお正月だったんだ。今年だけ、白いおもちでおさかなつきのお正月ってこともあるまい。」
それでとうとう、また、粉米とぬかを買ってしまいました。残りのお金で赤いたんもののきれ[#「きれ」に傍点]を買ったのです。そして帰り道、お地蔵さまのところにかかりますと、
「お地蔵さま、お地蔵さま、まあこの雪に、さぞ寒くておこまりでしょう。」
そういって、赤いきれを切って小さなお地蔵さまから、じゅんじゅんにかむらせかけて行きました。ところがどうでしょう。きれが買いたりなかったのか、大きなお地蔵さまにかむせてあげるきれがたりなくなってしまいました。雪はどんどんふっているのに、その地蔵さまだけ、はだかでほうっておくわけにいきません。そこでこんどはおじいさんが、自分で着ていたみの[#「みの」に傍点]とかさ[#「かさ」に傍点]をぬぎ、
「お地蔵さま、そまつですが、まずこれでも着ていてくださいませ。」
そういって、お地蔵さまに着せてあげ、自分は雪にまみれて帰ってきました。
ところでその夜、新年の朝、まだ明けぬ暗いうちのことであります。ごろごろと大きな木を引くような音がおじいさんの家に近くやって来ました。なんだろうと思っていると、|玄《げん》|関《かん》のほうで声がしました。
「おれたちは、昨日おじいさんにかさ[#「かさ」に傍点]をもらったものたちだが、ちょっと起きてもらえまいか。」
それで、おじいさんがいいました。
「起きてもいいが、家にはたきぎがなくて、火ももせないしまつなんだ。」
と、外の声はいいました。
「火をもすのには、おれたちが大きな木を持って来ている。」
それで起きて、玄関をあけると、外ではふぶきの中を三人のお地蔵さまがノコノコ帰って行くところでありました。そして、そこには大きな木が一つ残してありました。そこでそれをたきぎにしようと、おの[#「おの」に傍点]でゴンゴン|割《わ》りつけると、なんと、中から金や銀がコロコロ、コロコロころがり出て、おじいさんとおばあさんは、その新年からにわかに長者になりました。
|木仏長者《きぼとけちょうじゃ》
むかし、むかし、あるところに、ひとりの|貧《びん》|乏《ぼう》な男がありました。貧乏で貧乏で、ひとりではくらしがつかないものですから、ある長者の家に|奉《ほう》|公《こう》しておりました。
ところで、その長者の家にりっぱなこがねづくりの|仏《ぶつ》|像《ぞう》がお祭りしてありました。その貧乏な男は生まれつき|信《しん》|心《じん》ぶかい男でしたから、その金の仏さまをおがみたいおがみたいと、いつも思っておりました。しかし、その金の仏像は長者の家の|仏《ぶつ》|壇《だん》の|奥《おく》にしまってあって、一年のうちに、ほんとにかぞえるほどしか、おがむことができませんでした。だって、その仏壇の戸は一年のうちかぞえるほどしか、開かれなかったからであります。で、その男は思いました。
「一生のうち一度でいい。あのようなりっぱな仏像を、自分の仏壇において、ぞんぶんおがんでみたいものだ。」
けれども、自分は奉公する身分ですから、いくらそんなことを考えても、ただもう、考えるばかりでありました。
ところが、ある日のこと、山へ木を切りに行きますと、ちょうど仏さまのような形をした木ぎれが一つ木の下に落ちていました。信心ぶかい男ですから、
「ああ、もったいない、もったいない。」
と、すぐそれを拾いあげ、|枝《えだ》の上に祭りました。そして、
「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ。」
と、その前に手をあわせて、おがみました。帰るときには切った木の上にそれをのせて、大切にうちに持って帰りました。うちでは、また自分の|寝《ね》|部《べ》|屋《や》のたなの上に祭って、日に三度、自分の食べるおぜんを、まず、その木ぎれの仏さまにそなえました。そして、何度も何度もおがんだり、おじぎをしたりしたすえ、そのおぜんをさげて、それから、そのおさがりを食べるということにして、自分の食事をするのでありました。
ところが、それが、木でもほんとうの仏像ならいいのですが、なにぶん仏像のような木ぎれでしたから、長者の主人をはじめ、やとい人たちが、本気でその男がおがんでいるのを見ると、もう、おかしくてたまりません。クスクス、クスクスと笑う者があれば、ハッハ、ハッハと笑う者もありました。
しかし、その男は笑われても、からかわれても、毎日毎日、長年のあいだ、その木ぎれをおがみつづけました。三度のおぜんのおそなえも、ずっとかかすことなく、つづけていました。
ところで、一方長者の主人ですが、この男が、とても安い|給料《きゅうりょう》で、ほんとによく働くものですから、こんないいやとい人は、またとないと考えておりました。そして、もし、ほかのうちへ奉公するなどといいはしないかと、心配しておりました。どうかして、自分のところで、いつまでも安い給料で働かせておきたいものと考えておりました。それについて、いい|工《く》|夫《ふう》はないかと、首をひねっておりました。と、その仏像の形をした木ぎれのことが、フト頭にうかんできました。それで、
「そうじゃ。これは、いい考えだ。」
そういって、さっそく、その男をよんでこさせました。そして、いいました。
「これこれ、おれは、いいことを思いついたのだが、どうじゃ、ひとつやってみる気はないか。おまえの木仏と、おれの|金仏《きんぼとけ》と、ひとつ、すもうをとらせてみようというのだが、どうじゃ、おもしろい考えじゃろうが。それで、しかし、おまえの木仏が、おれの金仏に負けたら、おまえは、一生おれのところに奉公しなきゃならない。だが、そのかわり、おれの金仏が、おまえの木仏に負けたらばじゃ、そのときは、おれのこの|身《しん》|代《だい》を、すっかり残らず、かまどの下の|灰《はい》までやる。どうじゃ、え、どうじゃ、ひとつやってみる気はないか。いや、木仏金仏にやらせてみる気はないか。」
これを聞いて、その男はおどろきました。だって、自分の仏さまは、毎日三度のおぜんをおそなえして、ナムアミダブツ、ナムアミダブツと、一生けんめいおがんではおりますものの、もともと、山の木の下から拾ってきただけの一つの木ぎれです。とても、主人のりっぱな金の仏さまなどとすもうのとれるようなものではありません。自分のほうが負けて、この家に一生安い給料で奉公しなければならないことはわかりきっているのです。
それで、その男は、じっとうつむいたまま、どういってこれをことわろうかと考えこんでおりました。すると、長者の主人は、もうそのあいだに、|下《げ》|男《なん》|下《げ》|女《じょ》の奉公人をすっかり集め、そしてみんなの前でいいました。
「これから、おもしろいものを、おまえたちに見せてやろうと思う。それは仏さまのおすもうじゃ。一つはこれの持ってるあの木仏さまじゃ。一つはおれの持っているあの金仏さまじゃ。どちらが勝たれるか。みんなに立ちあってもらいたい。それというのも、この勝負には大きなものがかけてあるのじゃ。まず、おれの金仏さまが負けられるようなことがあったら、この家の身代ひとつ残らず木仏どのの主人にさしあげる。しかし、金仏どのが勝たれるようなことになったらば、そのときは、木仏の主人はこの家に|一生涯《いつしょうがい》、命のおわりまで奉公してくれるという|約《やく》|束《そく》だ。どうじゃ。おもしろい見ものであろうが。で、さっきもいうとおり、おまえたちにはこの大ずもう、|大勝負《だいしょうぶ》の立ちあい証人になってもらうのじゃ。いいか。」
長者の主人にこういわれてみると、その木仏の男はもうことわることもできなくなり、青くなって、自分の寝部屋へかけこみました。そして、木仏さまに|合掌《がつしょう》していいました。
「木仏さま、木仏さま、たいへんなことが起きてきました。うちのだんながかくかくかような|難題《なんだい》をおれに持ちかけてまいりました。それでおれは一生もここに奉公してはかなわないし、それにおまえさまをみんなの前ですもうに負けさせるのは、それにもまして残念に思うので、これからおまえさまを|背《せ》おって、ここを|逃《に》げだそうと思っております。どうもすまないけれども、そう承知していてくださいませ。」
そういっておがみました。すると、木ぎれの仏さまが、
「これこれ、さわぐでない。」
といいました。
ハッと思って、その男が頭をあげますと、その木ぎれの仏さまが、またいいました。
「心配するな。金仏どのとおれは、ひとつ勝負をやってみよう。」
男のほうでびっくりしておりますと、もう、あちらではだんなが、
「おいおい、なぜ早く木ぎれ仏を持ってこないか。」
と、よびたてております。しかたなく、男は、
「それでは木仏さま、どうぞ、よろしくおねがいいたします。」
そういって、手をあわせて、もう一度おがみ、それからだんなのいる広間へその仏像を持ってかけて行きました。
広間では、もうおおぜいの下男下女がずらりとまるく|輪《わ》になって、すもうの始まるのを待っていました。その輪の中には|土俵《どひょう》のようにまるくすじが引いてあり、長者がそばにうちわを持ってひかえていました。それで、その木仏をそこへ持ちだしますと、長者は、金仏と木仏を土俵の両はしに、向きあうようにおきました。それから、自分で仏さまに、
「仏さま、仏さま、あなたがたおふたかたに、ここでこうして、すもうをとっていただきまするは、かくかくかようのしだいでござります。つきましてはどうか、それぞれの主人に|恥《はじ》をおかかせくださいませんよう、また身代をなくしたり、一生奉公したりするようなことにならないよう、どうか一生けんめいのお働き、自分も下男もあいともどもにおねがい申しあげまする。それでは、すもうの|作《さ》|法《ほう》にしたがいまして、えいや、見あって、見あって――」
こんなことをいって、両仏像のあいだへさしだしていたうちわを、サッと後へ引きました。すると、これはどうでしょう。なんともふしぎなことに、二つの仏像は、ぐらぐらぐらぐらと動きだし、それからだんだん近よって行きました。そして、ついには、たがいにからだをからみあわせたり、|押《お》したり押されたりするようになりました。
これを見ると、みんなはただもう、びっくりするばかりで、一時は声もよう出しませんでしたが、そのうち、それぞれ両方にわかれて、木仏に味方する者もあれば、金仏に味方する者もでてきました。
「木仏どの、木仏どの、それ、そこじゃッ。もう一息、力をおだしなさい。そーれ、ウーン。」
こんなに見物人で力を入れる者がありました。と、また金仏のほうでも、
「金仏どの、金仏どの、負けてはならない。負けてはならない。あなたの力に、この身代がかかっているのじゃ。それ、そこを、もうひとふんばり、あああ、あぶない、あぶない。」
そんなことを口々にいって、どうもたいへんなことになりました。すもうはそんなにして、それから二三時間もつづいたという大勝負でありました。
ところが、どうしたことでしょう。そのうち金仏は、からだから|汗《あせ》をタラタラ流しはじめました。そして、あっちへグラグラ、こっちへグラグラとよろめき始めました。
これを見た長者の主人は、もう気が気でなくて、自分もまっかな顔をして、ひたいに玉のような汗をかきました。そして、金仏さんの頭の上で、むちゅうになってよびました。
「金仏さん、金仏さん、どうしておまえさんは負けそうなんだ。そんな木ぎれの仏さんに、どうしておまえが負かされるんだ。それッ、負けてたまるか、それッ、負けるな、負けるな。」
しかし、そういえばいうほど、金仏さんは弱ってきて、ついには|泣《な》くようなわめくような大声をだして、とうとうそこにぶったおれてしまいました。そして、もう起きあがることもできませんでした。
すると木仏どのは、その金仏をグングン押して、家の外へまで押しだしてしまいました。それから自分は、その金仏がそれまで祭られていた|仏《ぶつ》|間《ま》の|壇《だん》の上にあがって行って、そこにすわりこんでしまいました。そのようすが、どんなことがあっても、もうこのおれさまはここを動きはしないぞ――というように見えました。
これを見た木仏どのの主人をはじめ、ほかの下男下女の一同、そこにひれふして、
「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ、ナム、木ぎれの仏さま。」
と、両手をあわせて、おがみました。長者の主人はこれを見ると、いても立ってもいられないほど|落《らく》|胆《たん》しましたが、約束ですからしかたありません。それも、自分がいいだして、こんなことになったのですから、すぐその金仏さまをだき取って、その家を出て行ってしまいました。
そこで木仏の主人の下男が、そのあとをついで、このうちの主人となり、そして長者となりました。
ところで、家を出て行ったまえの主人は、金仏をだいて|諸《しょ》|所《しょ》ほうぼうを旅して行きましたが、いいことはひとつもなくて、ついにはこじきのようになってしまいました。
それであるとき、野原を歩いていて、日も|暮《く》れそうになったとき、自分の不運をなげいて、だいている金の仏さまにいいました。
「仏さま、仏さま、おまえさまは、どうしてあのような木ぎれの仏像などに負けられました。おまえのいくじなしばっかりに、おれたちはこんな苦労、こんなはずかしいめにあわなくてはならない。」
すると金仏がいいました。
「ご主人、ご主人、今さら、そのようなことをなげくものではない。あれは木ぎれの仏ではあったが、毎日毎日三度のおぜんはそなえられ、それに、強い信心をこめられていた。それが金仏ではあるが、このおれはどうじゃったろう。年に二三度そなえものにあずかるばかりじゃ。それに形ばかりの信心では、どうして強い力が出てこようか。な、ご主人、これを思うて、今はあきらめられるよりしかたはない。」
これを聞いて、むかしの長者のだんなは今さら|太《ふと》|息《いき》をついて、信心のたらなかったことや、自分がつまらん話をだしたことを|後《こう》|悔《かい》しましたが、もうどうすることもできませんでした。それでは、これで、めでたし、めでたし。
|権《ごん》|兵《べ》|衛《え》とカモ
むかし、むかし、あるところに、権兵衛という男がいました。その権兵衛さんのうちの近くに大きな|沼《ぬま》がありました。沼には秋から冬へかけて、たくさんのカモが飛んできて、水にもぐったり波にういたりして、遊んでいました。
寒い冬になって、沼の上に氷がはっても、カモはその上に|群《むれ》になって、ねむったりしておりました。それで権兵衛さんは、そのカモをワナでとって、それでくらしをたてておりました。しかし、どうしたことか、権兵衛さんのおとうさんのころから、ワナはいつでも一つかけて、カモを|一《いち》|羽《わ》だけとるしきたりになっておりました。のんきに遊んでいるカモですから、それを何羽も一度にとるのはかわいそうだというので、そうなっていたのかもしれません。
ところで、権兵衛さんは考えました。――一日一羽なんてめんどくさい。一度に|百羽《ひゃっぱ》とって、あとの九十九日とらないでおれば同じことだ。そのほうが、九十九日遊んでおられて、どんなに楽なことだろう――。
そこで、権兵衛さんは、うまいことを考えついたと、ひとりで大喜びして、さっそく沼の氷の上に百のワナをしかけました。そのワナというのは、長いなわに、たくさんの|輪《わ》|形《がた》がつくってあって、それに、カモの足がひっかかるようになったものであります。
さて、権兵衛さんが百のワナをしかけて、木のかげにかくれて、そのなわのはじっこを持ち、今か今かと待っていました。ところが、そんなワナとは知らないで、カモは、つぎからつぎへときて、みんなその足をとろうともがいておりました。そのときちょうど夜明けでしたので、沼の上が少し明かるくなりはじめ、権兵衛さんに、ワナにかかっているカモの数がかぞえられました。
「一羽、二羽、三羽――」権兵衛さんがかぞえてみますと、なんともう九十九羽も、かかっております。
「しめた、しめた、もう一羽だ。もう一羽で、九十九日は|寝《ね》てくらせる。」
権兵衛さんはそう思って、一生けんめい、なわのはじっこをにぎったまま待っていました。そのあとの一羽が、どうしたことか、なかなかかかってくれません。ところが、だんだん夜が明けてきて、東の山の上に、ヌッとお日さまが出てきました。するとお日さまの光が沼の氷の上に、サッとばかりさしてきました。すると、九十九羽のカモは、みんないちように、ワナにかかっているのに気づき、ビックリして一度に、バタバタ、バタバタと、たちあがりました。九十九羽もが一度にたったのですからたまりません。そのなわのはじを持っていた権兵衛さんは、九十九羽の力で、ズズズ――と引きずられ、そのすえ、とうとう、カモといっしょに空高く引きあげられてしまいました。
カモたちはひとかたまりになって空にまいあがり、やがて山をこして、見知らぬ村のほうへ飛んで行ったのです。
権兵衛さんは気が気でありません。一本のなわにぶらさがったまま、
「オーイ、助けてくれ――」
よんでみましたけれども、高い空を飛んで行くものを、助けてくれる人もありません。
そのうち、権兵衛さんのぶらさがっていたなわが、ミリミリブツッと切れました。そしてアッというまもなく、下へ落ちて行きました。
ところが、落ちてるとちゅうでふしぎなことがおこりました。いつのまにか、権兵衛さんは、カモになっていました。|羽《はね》がはえ、クチバシができて、そうなんです、身もかるがると空を飛んでいるのです。
どうもふしぎで、権兵衛さんには|夢《ゆめ》のようにしか思えません。しかしなんにしても、もうカモになってしまっているのですから、カモのようにして生きていくよりしかたがありません。それで、空から見ると、むこうのほうに、一つの沼が見えたので、そこへおりることにきめました。おりて何か|餌《えさ》を食べなければ、おなかがすいてたまらなくなったのです。
さて、どこの村とも知らない、一つの村の沼の岸に、カモになって権兵衛さんは、おりました。で、何か食べるものはと、そのへんを見まわしますと、小ブナが一ぴき、岸の水ぎわで、ピチピチ泳いでおりました。これは助かったと、その小ブナを食べに、そちらへ歩いて行きましたが、そのとき、何か足にひっかかったようで、もがいても、もがいてもとれません。よく見ると、それはいつも権兵衛さんが、それでカモをとっていた、あのワナでした。これを知ると、権兵衛さんは悲しくなりました。
「ああ、なんとしたことだろう。一羽とってさえ、カモはどんなに、かわいそうなことだろう。それを自分は、九十九日寝てくらそうと、百羽も一度にとろうとした。そのバチがあたって、とうとうカモになったばかりか、ワナにまでかかって、自分がカモにしたと同じようなめに、あうことになった。悪いことはできないものだ。」
そう思って、ポロポロと|涙《なみだ》をこぼしました。すると、どうでしょう。その涙がワナにかかると、ワナがポロリと切れました。ワナが切れると、権兵衛さんは、
「やれ、ありがたや。」
と、また涙を流しましたが、その涙がこんどは目から顔を伝わって、からだのほうへ流れました。するとふしぎなことに、いつのまにか権兵衛さんのカモは、もとの人間の権兵衛さんになっていました。権兵衛さんは、これでもうカモとりをやめて、正直なしんせつな、やさしいお|百姓《ひゃくしょう》さんになったということであります。めでたし、めでたし。
|沢《さわ》|右衛門《よ  む》どんのウナギつり
むかし、むかし、沢右衛門という人がおったそうです。その人がある日、川の橋の|上《かみ》|手《て》にある、太いくい[#「くい」に傍点]の根もとに、ウナギざおを入れたところが、さおをズウズウ引っぱるものがあります。ウナギざおというのは、しゅもくざお[#「しゅもくざお」に傍点]といって、さお先がステッキのにぎるところのようになっております。そのにぎりをウナギ穴に入れてやるわけなのです。で、その沢右衛門どんは、
「そら、来たぞ。」
と、さおをしっかりつかまえ、それからズクというほど引っぱったのです。すると、三尺もあるまだらの大ウナギが、バタバタあばれくるってさおの先にさがって来ました。そこで、そいつをつかまえようとすると、大ウナギは、バタッと一はね、大はねにはねて、ビュウビュウ飛んで行ってしまいました。行ったも行った、山をこして行ったのです。
沢右衛門どんは、
「や、これはたいへん。」
というので、ウナギを追いかけて、これも山をこして飛んだのですが、沢右衛門どんは土の上を飛ぶように走ったのです。
ところで、山をこして、ここらと思うところへ行って見ますと、草のみだれたあとがあります。そこで草をわけてのぞいて見ますと、まさしくさっきの大ウナギです。
「ずいぶん飛んだものだなあ。」
と、沢右衛門どんは感心して、まずそのウナギをつかみました。もうあばれる元気もありません。が、その時です。気がつけば、なんとその草の中に、ウナギのすぐそばに、一ぴきの大イノシシが死んでおります。
「や、これはいったいどうしたことだ。」
沢右衛門どんが、そのイノシシをよくよく見ますと、それは今の、山をこしてはね飛んだ、大ウナギに打たれて、死んだことがわかりました。だって、首の急所にウナギのぬるぬるがついております。きっとイノシシは、そんなウナギなんぞが、飛んで来ようなどと思わないものですから、そこで、草の中にねむったふりをして、横になっていたのです。そこをウナギにやられて、ぎゃふんとまいったらしいのです。で、
「や、これはたいへんなもうけものをした。」
沢右衛門どんは、こうひとりごとをいいましたが、とにかくイノシシは、とても大きいイノシシですから、かんたんに手にさげてくるわけにはいきません。それで思いついたのがカズラです。カズラでしばって、せなかに|負《お》って行こうと考えついたのです。で、
「どこかにカズラはないかなあ。」
と、見まわしますと、もうすぐ|眼《め》の前に、木にぶらさがって、何本となくならんでおります。ところが、それがなんとまた山イモのつる[#「つる」に傍点]なのです。
「や、これはいよいよ大もうけだ。」
沢右衛門どんはそういって、そのつるに手をかけて引っぱりました。するとあたりまえではなかなかぬけない山イモが、ズボズボぬけて来ました。
「はは、ほほ、ふふ。」
沢右衛門どんはこんな笑いかたをして、大喜びで、山イモの長い長いのを、何本も何本もぬき取りました。
ところで、こう山イモがぬけてきてみますと、こんどはつと[#「つと」に傍点]を作らなければなりません。つと[#「つと」に傍点]を作って山イモを入れて、家へ持って行かなければなりません。そこで沢右衛門どんは、
「カヤはこのへんにないもんかな。」
と、またひとりごとをいいました。と、そうです。もう眼の前、すぐそばにカヤの一むらしげったところがありました。
「は、ここにござった。それではひとつかみ。」
そういって、沢右衛門どんは、カヤを片手にひとつかみし、片手で、いつも|腰《こし》にさしているカマを取って、ザクリとそれを切りました。と、これはまたなんとしたことでしょう。バタバタッという鳥の羽の音、しかも、それが沢右衛門どんがつかんでいるカヤの中からしております。
「どうもきょうは変なことばかりの、ありつづけだ。」
そういって、沢右衛門どんがそのカヤの中をよく見ますと、そこには一羽のキジがいました。そのキジの頭を沢右衛門どんはカヤといっしょに、ひとつかみにしてかり取ろうとしていたのです。いや、もう半分かり取ってしまっていました。
「まあ、ええわ、ええわ。」
沢右衛門どんは、ウナギとイノシシと山イモとキジを手に入れ、まずこうひとりごとをいいました。ところで、そのキジをつかんで引きあげましたところが、
「あらあら。」
さすがの沢右衛門どんもおどろきました。だって、キジは|卵《たまご》を生んでいたのです。いや生んであたためていたのです。カヤの中には、きれいに作った|巣《す》があって、そこに白い大きな卵が十三もならんでいました。
ウナギとイノシシと、山のイモとキジと、それから十三の卵です。沢右衛門どん喜ばないでおれません。それらをそこの草の中にならべておいて、
「はっははっは、ふっふふっふ、わっはわっは。」
ひとりで大笑いをやりました。が、また喜んでばかりもおられません。早くそれらのえものの入れものを作って、家へ持って帰らなければなりません。で、もうこんどは大いそぎで、カヤをかって、つと[#「つと」に傍点]を作りました。つとの中にはキジも卵も山のイモも入れました。それから、ウナギもやっぱりつとを作って入れました。イノシシはちょうどそばに|倒《たお》れていた木のしげった|枯《か》れ|枝《えだ》(|榾《ほだ》)を折って、その四つ足をくくった間にさし入れて、肩にかついでもどって来ました。キジやウナギのつとも、その枯れ枝にぶらさげました。
さて家に帰って、沢右衛門どん大じまんで、
「どっこい、こらしょっ。」
と、庭にそれらのものを投げ出しました。それから、
「さあて、きょうは、村のみんなをつれてきて、イノシシ料理でも、たかんならん。」
そういっておりますと、またふしぎなことに、そのしげった枯れ枝、榾の中でクッククックというものがあります。
「ほ、まだ何かこの中におりでもするかな。」
沢右衛門どん、そういってその榾の中を開いて見ますと、いたもいたいた、大きなイタチが、しかも三びき、その中にかくれていました。これで沢右衛門どんの幸運は、きょうのえものは、いったいいくらになったでしょう。みなさんひとつ数えてみてください。
きき耳ずきん
むかし、オキナワの人が海ばたを歩いておりました。すると、きれいなタイが一ぴき、|浅《あさ》|瀬《せ》のところでバタバタやっていました。きっと、大きな魚に|追《お》いかけられて、そこへ|逃《に》げてきていたのです。これを見て、その人は、
「こんなところにいては、欲ぶかの人に見つけられて、にたり、焼いたりして、食べられてしまう。さ、深いところへもってってやるから、クニの方へ逃げていきなさい。」
そういって、タイを深いところへもってって、はなしてやりました。その人はよい人だったので、
「きょうは、ひとつよいことをした。」
と、よろこんで、自分のうちの方へ歩いておりました。すると、うしろから、
「もし、もし。」
とよぶ人があります。ちょっと、うしろを向いて見ると、とてもうつくしい女の人であります。それで、
「あんなきれいな人が、自分に用のあるわけはない。」
そう思って、歩きだしますと、
「もしもし、ちょっとお待ちください。」
またよばれました。
「わたしですか。」
そういうと、
「さようでございます。」
その女の人は、ていねいな|口調《くちょう》でいうのです。
「わたしは|竜宮《りゅうぐう》の竜王から、お使いにまいりました。さきほどは、竜宮のひとり娘、タイヒメの命をお助けくださいまして、ありがとうございました。それについて、竜王がお礼を申しあげたいから、ぜひおつれしてこいと、そう申します。どうか、竜宮へおいでくださいませ。」
そういって、何度も頭をさげました。それで、オキナワの人は、
「竜宮ですか。竜宮といえば、海の底にある|御《ご》|殿《てん》でしょう。わたしは、じつは泳ぎができなくて、そういうところへは行けないのです。」
そういって、ことわりました。すると、その竜宮の女の人が、
「それなら、わけはございません。じつは、わたしはクラゲなんです。だから、わたしの上へお乗りになれば、あっというまに、竜宮へつきます。では――。」
そんなことをいいました。いつのまにか、ふたりは海岸へ出ていたのです。そして女の人はもう大きなクラゲになって、海にうかんで、ウッキ、ウッキしておりました。しかも、
「さあ、お乗りください。えんりょなく、お乗りください。」
そう、さいそくするのでした。そこで、オキナワの人は、そのクラゲの人に乗りました。乗ったと思うと、もう遠い海の上をクラゲは泳いでいました。
「ひろい海だなあ。」
オキナワの人が思ったときには、もうクラゲとふたり、竜宮の門についていました。そのとき、そのクラゲの人が、オキナワの人に教えてくれました。
「竜王が、お礼したいが、なにがいるかといわれるでしょう。そうしたら、ほかのものはなにもいりません。きき耳ずきんをちょうだいしたいと、そうおっしゃいませ。」
そして竜王のところへつれてってくれました。竜王は、タイヒメが助けられたことをたいへんよろこんでいて、オキナワの人に何度もお礼をいいました。それから、たくさん、りっぱなごちそうが出ました。赤い色や、こがね色をした海のお酒も出ました。それがべっこうのさら[#「さら」に傍点]にもられ、サンゴのさかずきにつがれました。そのあいだに、いろいろな魚が出てきて、歌をうたったり、おどりをおどったりしました。そのうち、竜王がいいだしました。
「オキナワのお方、あなたに何かお礼をしたいと思うのですが、おのぞみのものはありませんか。」
すると、オキナワの人は、クラゲにいわれたとおり、
「それなら、ひとつ、きき耳ずきんというものをいただきたいと思います。」
そういいました。これを聞いて、竜王は、
「はて、こまりましたな。そのきき耳ずきんは、この竜王にも、じつは一つしかない宝ものなんで、あなたにさしあげれば、あとには、そういうものはなくなるというわけなんです。」
そういって、しばらく考えておりました。しかし、
「タイヒメを助けてくださった恩人ですから、そんなこともいってはおれません。」
そういって、とうとう、そのきき耳ずきんを、竜王はオキナワの人にくれました。このきき耳ずきんというのは、これをかぶれば、鳥でもけものでも、草でも木でも、生きてるもののことばは、ぜんぶ聞こえて、その意味がわかるという、それこそ|便利調法《べんりちょうほう》なものなんです。だから、竜王は|惜《お》しがりましたし、オキナワの人はほしがったのです。
しかし、オキナワの人はとうとうそれを手にいれて、またクラゲに乗せられて、もとの海岸へ帰ってきました。そこへあがると、岩の上に腰をおろして、しばらく休んでおりました。すると、むこうの木の|枝《えだ》にスズメが二、三羽とまって、チュンチュン、チュンチュン鳴いております。
「そうだ。まず、あのスズメで、このきき耳ずきんをためしてみよう。」
オキナワの人は、このとき、ふっとそう思いつきました。そこで、持っていたずきんを、すぐ頭にかぶりました。すると、どうでしょう。スズメの話が、つぶっていた目があいたように、はっきりわかってきました。
「人間というものは、かしこいようでいて、じつはなんにも知らない。ね、おれが今とまってるこの木の下に、小さい川があるだろう。その川のまんなかに石が一つあって、人間は川をわたるとき、みんな、それをふんでわたってるんだ。それが、その石が金なのさ。人間がおがむようにして、たいせつにする、あの金なのさ。それを知らないで、もう何年、あれをふみにじって、人間がとおっていくことか。人間てバカなものさ。チュッチュッチュッ。」
なんと、スズメがこんなことをいっているのです。そこで、その人はさっそく、その木の下の川へ行って見ると、スズメのいうとおりに、一つ石があります。コケをかぶった石なので、そのコケをのけてみると、まったくの|黄《こ》|金《がね》|石《いし》です。大カボチャを二つも三つもあわせたような金のかたまりです。その人はおどろくやら、よろこぶやら。その金のかたまりをおこして、道でひろったなわ[#「なわ」に傍点]でくくって、肩にかけていきました。
しばらく行くと、高い松の木の上で、こんどはカラスが二羽、ガアガア、ガアガア鳴いております。
「さてな。こんどは――。」
そう思って、またずきんをかぶりました。すると、カラスのことばが、わかってきました。
「人間というものはバカなものじゃ。」
カラスまでやっております。
「あれだけたくさんのお医者さんが集まって、|殿《との》さまの|娘《むすめ》ひとりの病気をなおすことができない。これはなんということだ。それは病気のもとが、お医者さんたちにはわかっていないからなのじゃ。殿さまの家の屋根を見るがよい。あそこへカヤをふくとき、ヘビを一ぴき、まちがえてカヤの中へふきこんでしまった。それから三年にもなる。ヘビはそこへしばられたままじゃ。あのヘビを屋根からほどいてやって、食物を食べさせてやれば、娘さんの病気は、すぐ全快じゃ。カア、カア、カア。」
オキナワの人は思いました。
「これはいいことを聞いた。」
そこで、すぐ、殿さまの家をさして歩いて行きました。行ってみると、門に|立《たて》|札《ふだ》が立っております。
『|当《とう》|家《け》の娘、なにかわからない病気で、長く苦しんでおる。これをなおしてくれたものは、うちのおむこさんにしてやるものなり。』
そう、立札に書いてありました。オキナワの人は、さっそく|玄《げん》|関《かん》へ入っていきました。そして、
「お娘さんの病気は、わたしがなおしてあげます。」
そう申しこみました。しかし、そこにいた大ぜいのお医者さんたちは、
「なにが、この男が――。」
と思っておるものですから、てんで、あいてにしません。しかし、殿さまは、娘がかわいそうですから、だれかれなしに、なおすという人はみんな|座《ざ》|敷《しき》にとおして、娘さんを見てもらいます。オキナワの人にも、
「とおって、娘を見てやっておくれ。」
そういいました。そこで、その人は座敷にあがり、娘をしんさつするようなかっこうをしました。それから殿さまにいいました。
「これは、ただの病気ではありません。当家で苦しんでいる生きものがあります。それを助けなければ、お娘さんの病気はなおりません。」
そして、カラスに聞いたとおり、ヘビの話をしました。さっそく、屋根をしらべてみると、やはりヘビが一ぴき、くくられておりました。それをはなして、卵をやったり、米つぶをやったりしました。死にそうになっていたヘビは、しだいに元気になってきました。そして、それが|一尺《いつしゃく》はうと、娘さんも一尺動け、ヘビが三尺はうと、娘さんも三尺動けるようになりました。ヘビがどっかへ行ってしまうと、娘さんはもうすっかり|丈夫《じょうぶ》になり、平常とかわらぬからだ[#「からだ」に傍点]になりました。殿さまは大喜び。
「ぜひ、うちのおむこさんになってくれ。」
そういって、おむこさんにしてしまいました。オキナワのその人は、そうして、のちには殿さまになり、しあわせにくらしました。
かべのツル
むかし、むかし、あるところにシンという人がありました。そのシンさんは、お酒を売っておりました。お|酒《さか》|屋《や》さんだったのです。
ある日のこと、そのシンさんのお店に、ひとりのおじいさんがやってきました。そのおじいさんがいいました。
「ゼニはないのだが、ちょっとお酒をのませてくださらないか。」
シンさんが、そのおじいさんを見ましたところ、きたないふりはしておりますが、なんとなく、エライところがあるように思われます。そこで、
「はい、はい、ゼニがなければ、なくてもよろしい。」
そういって、そのおじいさんに、お酒をついでやりました。おじいさんはにっこりして、そのさかずきを手にとり、さもうまそうに、グイ、グイとのみました。そして、のんでしまうと、
「ああ、うまかった。」
そういって、舌うちをして、出て行きました。しかし、つぎの日、おなじ時刻になると、またやってきました。そして、
「ゼニはないが、ちょっとお酒をのませてください。」
そういいました。
「はいはい、ゼニがなければ、なくてもよろしい。」
シンさんはやはりそういって、そのおじいさんにお酒をついでやりました。おじいさんは舌うちをして、うまそうにのみ、
「うまい、うまい。」
と、出て行きました。しかし、またそのあくる日、
「ゼニはないが。」
と、やってきました。シンさんは、
「なくてもいいです。」
と、またのませてやりました。それからは毎日、おじいさんはやってきて、お酒のごちそうになりました。そして何日たったでしょうか。ある日のこと、おじいさんがいいました。
「お酒の|代《だい》が、だいぶたまったな。絵でもひとつかいていくか。」
そして、そばにあったカゴの中からミカンをひとつ取り、その皮をむきました。その皮でもって、お店の白い|壁《かべ》に絵をかきました。サッサッサッと、見るまにかいたそうですが、それは大きな|一《いち》|羽《わ》のツルでした。ミカンの皮でかいたので、黄いろいツルになりました。しかし、りっぱなツルで、まるで生きてるように見えました。
「お客さんが来たら、この絵に向いて、手をたたいて、歌をうたってもらいなさい。」
おじいさんはそういって出て行きました。と、もうお客さんが来ました。
「お客さん、ひとつ、手をたたいて、歌をうたってください。」
シンさんがいいました。
「はい、はい。」
お客さんは手をたたいて歌をうたいました。すると、ふしぎなことに、今かいたばかりのツルの絵が、壁の上で羽をひろげました。そして、あっちへ行き、こっちへ行き、歌に合わせて、舞いをまい始めました。
これが町じゅうの大評判になり、それからシンさんのお店は、たいへんはんじょういたしました。
ところで、それから何年かたちました。おじいさんがまたやってきました。おじいさんはツルの絵のまえで、そのとき笛をふいたそうです。すると、ツルが絵から出てきて、おじいさんのまえに立ちました。おじいさんは、笛をもったまま、そのツルにまたがり、天にのぼっていきました。そのとき、シンさんはじめ多くの人たちが、おじいさんとツルが白い雲の上をとんでいくのを見送ったということです。
わらしべ|長者《ちょうじゃ》
むかし、むかし、そのころの日本の都、京の町に|貧《びん》|乏《ぼう》で、貧乏で、しようのない人がありました。もうこんなに貧乏では、神さまか仏さまにおねがいするよりほか、どうすることもできないというので、|大和《やまと》の国は|長谷《は せ》というところの、名高い|観《かん》|音《のん》さまへおまいりにやって来ました。そして朝から|晩《ばん》まで、晩から朝まで、何日も一生けんめいに観音さまを拝んで、どうかお助けください、どうかお助けくださいと、おねがいしました。すると、ある夜の明けがた、ほんとうにふしぎな|夢《ゆめ》を見ました。観音さまが|御《お》|堂《どう》の奥の方から出ておいでになって、
「これこれ。」といわれました。
「ハッ。」とおじぎをしますと、
「そのほうはふびんな者じゃ。前の|生《しょう》のおこないがわるかったので、今、この世でそのむくいをうけている。そのほうに|授《さず》けられる福は、何ひとつない、いいか。」といわれます。
「ハッ。」とまたその人は頭をさげました。すると、観音さまがつづけていわれますことに、
「だから、いつまでもそうして、祈っているのはおろかなことだ。わかったか。」
「ハッ。」
「しかし、そういうのもあまりぶあいそうに思うから、ほんの少しのものだけをつかわす。都へ帰る道すがら、何によらず手のうちに入ったものを、たまわりものと思って持って帰るがよい。」
「ハアーッ、ありがとうございました。」
これで目がさめました。しかし、その人は、その夢を観音さまのおつげと思い、もうあきらめて、夜が明けたら京都へ帰ることにいたしました。それで、その長谷のお寺の|大《だい》|門《もん》を出ようとしますと、どうしたひょうしか、ついつまずいてころびました。
「やれやれ、なんという運の悪いことだろう。」
そうひとりごとをいって起きあがって、気がついてみますと、知らぬまに一本のわらしべをつかんでおりました。これを見ると、その人は思いました。
(なるほど、これがあの観音さまの、夢のおつげのたまものだったか。)
たいへん心細いことに思われましたが、もともと信心ぶかい男でしたから、そのわらしべを大切に手に持って、その大門を出てきました。
その日は、春なかばのあたたかい日だったそうであります。京都のほうへ歩いておりますと、とちゅうで一ぴきのアブが飛んできて、顔のあたりをうるさく飛びまわりました。はじめは手で|追《お》っておりましたが、あまりうるさく飛んできてたかりますので、木の|枝《えだ》を折って、それで追ったり、たたいたりしました。しかし、アブはそれでもすぐ飛んできて、顔や頭や、|肩《かた》や|胸《むね》や、そのへんをブンブン、ブンブン、飛んだり、とまったりいたしました。それでしまいには、思いきって、そのアブをつかまえ、ちょうど手に持っていたわらしべで、それをしばりました。そして、今までアブを追っていた木の枝に、そのわらしべを結びました。アブはしばられたまま、ブンブン枝先で飛びまわりました。そんな、トンボつりともいえないような形をして、その人は京への道を歩いていました。
ところが、ちょうどそこへ京都のほうから、きれいな|牛《ぎつ》|車《しゃ》に乗って、たくさんの家来をつれて、長谷へおまいりする人がやってきました。その牛車の中には、小さな男の子と、そのおかあさんが乗っていました。そのおかあさんと子どもは、車のみす[#「みす」に傍点]をあげて、外の|景《け》|色《しき》をながめていました。子どもはすぐその貧乏男が持っている、わらしべでしばった枝の先のアブを見つけました。そして、
「あれがほしい。あのわらしべでしばった枝の先の虫がほしい。」
といいだしました。
「何をいいますか、あれはアブというきたない虫じゃ。」
おかあさんが小さな声で、たしなめているようですが、子どもはなかなかききません。ますます大声をだして、
「ほしいほしい。」
といいたてます。それでまもなく、馬に乗ったひとりの家来が、貧乏な男のところへとんできていいました。
「若さまが、そのわらでしばったアブがほしいと、おおせられている。なんと、それをさしあげてはくださるまいか。」
これを聞くと、貧乏男が申しました。
「じつはこのわらしべですが、これは、さきほど観音さまからいただいたばかりのわらしべなのです。しかし、お子さまがおのぞみとありますれば、なにも惜しみはいたしません。」
そういって、家来の男にわたしました。すると、車の中の|奥《おく》|方《がた》は、これをたいへん喜んで、
「のどがかわいたろうから、お食べ。これはお礼のしるしじゃ。」
そういって、みごとなミカンを三つ、まっ白な紙につつんで、貧乏な男にくれました。これをありがたくいただくと、その貧乏男は思いました。
(なるほど、なるほど、観音さまのご|利《り》|益《やく》はあらたかなものだ。長谷を出てから、まだ、いくらも歩かないあいだに、わらしべ一本がこんなみごとなミカン三つになった。ありがたや、ありがたや。)
それで、その三つのミカンを大切にして、手に持ってやってきますと、こんどは道のわきに二三人のおともをつれて休んでいる、ひとりの若い女の人に会いました。女の人は、暑くてのどがかわいて、もうどうしても歩くことができないと弱っているところでした。それで、
「もしもし、このへんに、どこか水のあるところはありませんでしょうか。」
と、さも苦しそうに、貧乏な男にききました。しかし、貧乏男も、水のあるところは知りませんし、見まわしても、ちょっとそこらに|井《い》|戸《ど》らしいものも、流れらしいものも見あたりませんでした。それにしても、その女の人は、のどのかわきで、もう気が遠くなりそうで、家来たちに、
「どこかで水を見つけてきておくれ。どこかで水を――」
と、いいつづけました。家来たちはほんとうにこまってしまいました。しかし、これを見ていた貧乏男は、見るにみかねて、手に持っていた三つのミカンを、その家来たちの前にさしだしました。
「これはじつは、今、京都の奥さまからいただいたばかりのミカンですが、ご主人がそんなにのどがおかわきでしたら、これをさしあげてごらんになってはいかがです。」
これを聞いて、女の人は、生きかえったように大喜びして、さっそくこれをもらって、むいて食べました。
「ああ。」
女の人は大きな|吐《と》|息《いき》をついていいました。
「この人がきてミカンをくれなかったら、わたしは観音さまへおまいりもできず、|道中《どうちゅう》で死んでしまっていたかもしれません。何かお礼をしなければと思いますが、旅のとちゅうで、何もさしあげるものがない。まあ食べて行ってくださいませ。」
そういって、用意してきたべんとうをださせて、その男にじゅうぶん食事をさせました。
「これは思わぬごちそうになりまして、ありがとうぞんじました。では、ご|無《ぶ》|事《じ》におまいりなさいませ。」
その男は、ごちそうを食べおわると、そういって|腰《こし》をあげました。すると、
「もしもし。」
そういって、女の人はその男をよびとめ、荷物の中から|三《さん》|反《たん》のとてもよい布を取りださせて、
「ほんのこころざしばかりで――」
といって、それをくれました。その男の喜びようはたいへんなものです。
(一本のわらしべが、もう、こんなりっぱな三反の布になった。)
感心して、喜び勇んで、また道をどんどん歩いておりますと、そのうち、日暮れが近くなりました。すると、むこうのほうから、りっぱな馬に乗ったひとりの武士が、何人かの家来をつれていそいでやってきました。
「世の中にはなんとよい男もあるものだなあ。」
と、その男が見ていますと、ちょうど目の前にきたところで、ふいにその馬がばたりとたおれました。
「これはこまった。こまったことになってしまった。今までなんともなかった馬が、どうしてふいに死んでしまったろう。」
馬のそばに立って、その武士はいいましたが、それにしても、どうすることもできません。それで、家来たちに、
「わしは、いそぐから、先へ行く。おまえたちは、馬のしまつをして、あとから追いついてくるがよい。では、たのんだぞ。」
武士は、そういって、大いそぎで行ってしまいました。家来はあとに残って、死んだ馬のしまつをしようと思いましたが、なにぶん遠いところからきた人たちで、ことばもよくつうぜず、そのへんの事情もわからず、馬をとりまいてしゃがんだきりで、
「どうしよう、どうしよう。」
とばかりいっていました。みんな弱りきっていたのです。それを見ると、その貧乏男がことばをかけました。
「その馬は、わたしがいただいて、かたづけましょうか。しかし、ただでいただいてもすみませんから、これをかわりにさしあげることにいたしましょう。」
そういって、さっきもらった三反の布のうち一反をだして、家来たちに見せました。家来たちはとほうにくれていたときですから、それを見ると、たがいに顔を見あわせて、安心したように、ほっと、吐息をつきました。
「よかろう。よいだろう。なにかすまないような気もするが――」
そういう者もありましたが、先をいそぐとみえまして、布を取り、馬を残しておいて、すぐ主人のあとを追って行ってしまいました。これを見ると、貧乏男はまた思いました。
(ありがたいことじゃ。観音さまのおなさけで、一日のうちにわらしべ一本が、もう二反の布と、一頭の馬になった。しかし、できるなら、この馬をもう一度生きかえらせてみたいものだが――)
そこで手をあわせて、観音さまを一心におがみました。
「観音さま、観音さま。どうかこの馬をいま一度、生きかえらせてくださいませ。」
すると、どうでしょう。信心が観音さまにつうじたのでしょうか、馬がぱちりっと目をあけました。鼻を動かし、息をすいはじめました。それにつれて、胸も|腹《はら》も動きだしました。耳さえ動かしはじめたのです。貧乏男はとびたつように喜んで、馬の口をとって、
「それっ。」
と、声をかけますと、馬はすっと立ちあがりました。そして、ぶるぶるとからだのほこりをふるい落としました。口をとって歩くと、馬はもうなんの|故障《こしょう》もなく、かっぱかっぱと歩きます。まったくこれはなんということでしょう。わらしべ一本が、馬も馬、こんなりっぱな生きた馬になったのです。
しかし、貧乏男は考えました。
(自分みたいなものが、こんなりっぱな、しかも、|馬《ば》|具《ぐ》も何もついていない馬を、引いて歩いて行ったら、人はきっとぬすんだ馬と思うにちがいない。)
それでまず、馬を村からはなれた林のかげに引いて行って、木につないで休ませました。そして夜になってから、自分だけ林を出てきて、残りの二反の布で麦やまぐさを買い、また、そまつな馬具も手に入れました。それでじゅうぶんしたくをして、その馬に乗って、いよいよ林のかげから出てきました。
京都へ帰ってきたのは、つぎの日の朝早くでありました。町の入口までやってくると、そこに一軒の大きな家があって、|家《か》|内《ない》じゅう、大さわぎをしております。どこか遠方へひっこすものとみえ、荷物をくくったり、かたづけたり、大声で、「あれをどうせよ。」「これをああせよ。」「何はどこだ。」「かにはここだ。」なんてよびあっております。それで貧乏男は考えました。
(こんなときには、よく馬の入用があるものだ。もしかすると、買うかもしれぬ。)
で、|門《かど》|口《ぐち》に立って、いいました。
「馬はいかがですか。おもとめになりませんか。」
すると、主人が出てきて、馬を見ていいました。
「なるほど、これはよい馬だ。ちょうどこれくらいの乗馬を一頭買い入れたいと思っていたが、旅に出るやさきで、|代《しろ》|物《もの》に不自由する。しかし、この近くにすこしばかりの田があるのだが、それを取ってはくれないか。」
なんだか、たいへんけっこうな話なので、貧乏男は、
「はいはい。」
といって聞いておりました。すると、主人は、その田の見えるところまで引っぱって行って、その田を見せてくれました。
「けっこうでございます。」
といって、馬をわたしますと、こんどは主人も大喜びで、
「われわれは、きょう、関東のほうへたたなければならないが、じつは、この家もるすのあいだ住む者がない。なんならひとつ住んではくれまいか。」
そういうことをいいました。これは、男にはねがってもないことで、その家の者が旅だつと、さっそくそこに住むことにしました。
もとの|家《や》|主《ぬし》は、今年は帰るか、|来《らい》|年《ねん》は帰ってみえるかと、心待ちにしていましたが、いく年たっても、帰ってきません。それで、とうとうその大きな家も、自分のものとなってしまいました。
そして、その後も長く|子《し》|々《し》|孫《そん》|々《そん》にいたるまで|繁昌《はんじょう》して、大和の長谷の観音さまのご利益を、末の世までも感謝しつづけたということであります。
ネズミのすもう
むかし、むかし、あるところに、|貧《びん》|乏《ぼう》なおじいさんとおばあさんがおりました。ある日のことです。おじいさんは、山へシバかりに行きました。すると、むこうの山のほうから、
「デンカショウ、デンカショウ。」
という声が聞こえてきました。
(はて、ふしぎなことだ。)
おじいさんはそう思って、その音をたよりに、むこうの山へ行ってみました。むこうの山では、一ぴきのやせたネズミと、一ぴきのこえたネズミとが、そのてっぺんで、たがいに、すもうをとっておりました。デンカショウ、デンカショウというのは、その二ひきがいきおいこめて、ぶつかったり、力を入れておしあったり、たがいにかけあう声だったのであります。
しかし、|木《こ》の|間《ま》がくれにおじいさんがよく見ておりますと、そのやせたほうのネズミは、おじいさんの家のネズミでありました。よくこえた、力のありそうなネズミのほうは、|長者《ちょうじゃ》の家のネズミだったのです。しかも、長者のほうのネズミはとても力が強く、おじいさんのほうのネズミを、スッポンスッポン、とって投げておりました。それでも、おじいさんのほうのネズミは、何度も何度もとっかかって行っておりました。
おじいさんは、その自分のほうのネズミが、とてもかわいそうになってきました。それで、シバもからずに、さっさと家に帰ってきました。
そして、おばあさんにいいました。
「おばあさん、おばあさん、山でわたしはずいぶんかわいそうなことを、見てきてしまった。いや、のう、うちのネズミが、長者どんの家のネズミとすもうをとって、スッポンスッポン、投げられどおしに投げられていた。あまりかわいそうだから、もちでもついて食べさせてやったらと、そう考えて帰ってきた。」
これを聞いて、おばあさんも、
「それはよいことを考えつかれました。では、さっそくもちをついて、うちのネズミに食べさせてやりましょう。」
そういって、ふたりはすぐもちをつく用意にとりかかりました。
「ペッタンコー、ペッタラコー。」
もちはまもなくつきあがりました。すると、おばあさんはネズミの食べよいような小さなもちをつくって、それをたくさん戸だなの奥の、ネズミの出てくるところに、おいておきました。
「さあさ、ここにおいとくからの、このもちをうんと食べて、あすのすもうには、きっと勝ってくるんですよ。」
そこにネズミがいるわけでもないのに、おばあさんはそんなことをいいました。しかし、その|晩《ばん》、ネズミはうんともちを食べました。
そのあくる日のこと、おじいさんがシバかりに行くと、まえの日のとおり、やはりデンカショウ、デンカショウというかけ声がしております。その声をめあてに、むこうの山へ行ってみますと、きのうのネズミがあいかわらず、二ひきですもうをとっておりました。おじいさんはきのうどおり、木の間がくれにそれを見物しました。すると、うちのネズミは、一晩のうちに、思いのほか強くなっていて、もう投げられてなんかおりません。もっとも、長者のネズミも強いのですから、押しあったり、つきあったり、|上《うわ》|手《て》|投《な》げ、|下《した》|手《て》|投《な》げというようなわざをやったりして、とりくんでおりますけれども、どうしても|勝負《しょうぶ》がつきません。それで、ひきわけ勝負なしということになって、二ひきは|左《さ》|右《ゆう》にわかれました。すると長者のネズミがいいました。
「どうして、おまえは、そう一晩で、力が強くなったんだい。」
おじいさんのネズミがいいました。
「じつは、おれは、昨晩、もちをうんとごちそうになったんだ。それで力が強くなった。」
これを聞くと、長者のネズミは、それをひじょうにうらやましがり、
「おれも行くから、そのおもちを、ごちそうしてくれないかい。」
というのでした。おじいさんのネズミは、
「おれんちのおじいさんも、おばあさんも、ほんとうはたいへん貧乏なので、なかなかおもちはつけないんだ。でも、おまえがお金をうんと持ってくるなら、おもちをごちそうしてやってもよい。」
そんなことをいいました。
「それでは、お金を持って行くから、おもちのごちそうたのんだぞ。」
長者のネズミはそういいました。
おじいさんはそんな話を聞いているうちに、なんだかたいへんおかしくなり、つい笑いだしそうになるのを、じっとこらえて家に帰ってきました。そしてさっそくおばあさんにその話をし、ふたりでクツクツ笑いあいました。しかし、その晩ももちをついて、こんどは二ひきぶんのもちをこしらえ、戸だなの奥へおいておきました。なお、そのそばに、赤いふんどしを二すじそろえておいときました。ネズミがすもうのときしめるような、細い短いふんどしです。
ところで、それからまもなく、長者のネズミは、|大《おお》|判《ばん》|小《こ》|判《ばん》をたくさん|負《お》って、その戸だなの奥へやってきました。そして、そこにあるもちをごちそうになり、その金をおいて、ふんどしをもらって帰って行きました。
さて、そのつぎの日のことです。おじいさんがいつものように、山へシバかりに行きますと、これはまあどうしたというのでしょう。今までにました元気な声で、
「デンカショウ、デンカショウ。」
と、かけ声して、すもうをとってる声がしております。それで、むこうの山のてっぺんへのぼって、木の間ごしにながめて見ますと、二ひきのネズミは、昨晩もらった赤いふんどしをしめ、シコをふんだりして、勇んでおります。しかしまもなくとりくみあい、上手投げや、下手投げ、または|腰《こし》|投《な》げなどというような、すもうの四十八手のわざをつくして勝負をしました。しかし、もう両方とも、ほんとうに強くなっていて、この日は、いつまでやっても勝負がつきません。
おじいさんは見ているうちにおもしろくなって、つい声をだしたり手をたたいたりしてやりたくなりました。
しかし、そんなことをしては、ネズミがおどろいて、すもうをやめるだろうと思われたものですから、そんな気持をじっとこらえて、木々のあいだからのぞき見をしていました。しばらくたって、勝負つかずで、そのすもうがおわりますと、おじいさんは大いそぎで、家に帰って来ました。おばあさんが、どんな勝負か、早く知りたがって、待っているからです。
おじいさんは家に帰って、その二ひきのネズミが赤いふんどしで、すもうをとったありさまを、手ぶり身まねで、おばあさんに話してやりました。そしてふたりで、これをおもしろがりました。
おじいさんとおばあさんは、長者のネズミがおいていったお金をもとに、それから大金持になって、一生を|安《あん》|楽《らく》にくらしました。
おじいさんとウサギ
むかし、むかし、おじいさんがありました。おじいさんはきこりで、毎日、山へはいって、木を切っておりました。ある日のこと、たくさん木を切ったもので、すっかりおなかがすきました。
それで、
「ああ、つかれた。それに、おなかもすいた。」
と、木の株に|腰《こし》をかけて、おべんとうをひらきました。中のおにぎりを食べようとして、前を見ると、草のあいだからウサギが首を出して、さも食べたそうにおじいさんを見ていました。これを見ると、おじいさん、
「おお、おまえも、食べたいのか。」
そういって、おにぎりを一つ、投げてやりました。おにぎりはどうしたのでしょう。ひとりでにころころころがって、そこにあった|穴《あな》の中にころがりこんでしまいました。
すると、ウサギはぴょんととんで、その穴の中にはいって行きました。
まもなく、その穴の中からいい声で、
「おにぎり、ころりん、すっとんとん。」
と、歌の声が聞こえてきました。おじいさんは、おどろきました。それで、その声のやんだとき、もう一つおにぎりをその穴の中に、ころがしてやりました。と、またいい声がうたいました。
「おにぎり、ころりん、すっとんとん。」
おじいさんは、おもしろくなって、おにぎりをつぎからつぎと投げこみ、おべんとうのおにぎりを、みんな投げこんでしまいました。
あくる日のことです。おじいさんは、おべんとうを出したとき、
「きょうは、どうかな。」
そう思って、おにぎりを一つ投げこみました。すると、きのうのように、歌が聞こえました。そこでまた、おもしろくなって、つぎからつぎへ、おべんとうのおにぎりを、みんな投げ入れてしまいました。そして、そのいい声の歌を楽しみました。
また、そのあくる日、おじいさんは、
「きょうは、どうだろう。」
と、お昼におべんとうを食べるとき、また、穴におにぎりを投げました。
やはり、いい声はうたいました。
「おにぎり、ころりん、すっとんとん。」
それで、またおべんとうをみんな一つ残らず投げ入れてしまいました。いや、おべんとうを投げこんだばかりでなく、ついおもしろがって、おべんとう入れの|重箱《じゅうばこ》まで、投げ入れてしまいました。
と、歌は、
「重箱、ころりん、すっとんとん。」
と、うたいました。おじいさんは、あんまりおもしろいもので、こんどは、自分で穴のそばに行き、中をよく見ようと首をのばして、のぞきました。すると、そのとたん、足がすべって、すってんころりんと、穴の中に落ちこみました。
と、こんどは歌が、
「おじいさん、ころりん、すっとんとん。」
と、うたいました。おじいさんは目をぱちくりして、まわりを見まわしました。
おどろいたことに、そこは大きな|座《ざ》|敷《しき》になっていて、たくさんのウサギが|臼《うす》をならべて、おもちをついていました。そして、みんなで声をそろえてうたっていたのです。
おじいさんが落ちてきたのをみると、みんながおもちつきをやめて、おじいさんの前にならびました。
その中のいちばん大きなウサギが、出てきて、おじいさんにあいさつしました。
「おじいさん、おにぎりを毎日ありがとうございました。おかげさまで、おいしくいただきました。きょうは、みんなで正月のもちつきをしております。どうか、ゆっくり遊んでいってください。」
「おにぎり、ころりん、すっとんとん。重箱、ころりん、すっとんとん。おじいさん、ころりん、すっとんとん。」
と、声をそろえてうたいながら、おもしろくおもちをつきはじめました。
おもちがつきあがると、まずおじいさんにこのおもちを、大きなおさらに山もりにして、持ってきました。
「さあ、おじいさん、たくさん食べてください。」
といいました。
おじいさんが食べてみると、ほっぺたが落ちるように、おいしいおもちでした。おじいさんは、そのおもちをたくさん食べ、帰りには、せおいきれないほど、おみやげをもらって、うちに帰ってきました。
むかしむかしのお話です。
しかし、お正月に近いころ、山へ行けば、きっと、このような穴の中で、今でもウサギが、おもちをついて、
「ころりん、ころりん、すっとんとん。」
と、いい声でうたっているかもしれませんね。では、めでたし、めでたし。
サル|正《まさ》|宗《むね》
むかし、むかし、九州のある大名の家来であるふたりの|飛脚《ひきゃく》が、|江《え》|戸《ど》へ御用の大切な手紙を持って、|東《とう》|海《かい》|道《どう》を旅行しておりました。
飛脚というのは今の|郵《ゆう》|便《びん》|屋《や》さんのような役目ですが、汽車も汽船もないむかしのことですから、人間がどこまででも手紙を持って、それをとどけに旅行して行く役目なのであります。で、そのときも、その飛脚は九州から江戸へ、すなわち今の東京へ、手紙をとどけに旅行していたのであります。しかも人間が今のように早い汽車や、汽船のかわりをして手紙をとどけるのでありますから、その飛脚というのは、とても早く歩き、まるで走るようにみえたということであります。
で、そのときも、その飛脚は|興《おき》|津《つ》の|宿《しゅく》を朝早く、まだ暗いあいだにたって、|薩た[#「た」は「つちへん」+「垂」Unicode=#57F5"]《さつた》|峠《とうげ》という大きな峠にさしかかっていました。大きな坂道を海岸のほうからのぼりかけていたのです。そのとき、なにごころなく|浜《はま》のほうを見ましたところ、めずらしく大きなタコがそこに出ていました。見たこともないような大きなタコです。しかもそれが、その足で、何かをからんで、海の中へ引っぱりこもうとしております。
「あれ、なんだろう。」
と、ふたりがよく見ますと、それは一ぴきのサルでありました。サルは両手で|岩《いわ》|角《かど》にしっかりとりつき、歯をむきだして、まきついているタコの足に、かみつきかみつきしておりました。
しかし、なにぶん、タコの足は八本です。一本や二本、サルにかまれてもびくともしません。サルはしだいに岩から引きはなされるのです。しかも、うちよせる波がその近くでどっとくだけて、|水柱《みずばしら》のようにしぶきをあげて、サルのからだに落ちかかっております。どうもあぶないありさまです。しばらくふたりはながめていましたが、
「おい、助けてやろう。」
ひとりがいいますと、ふたりは道ばたの小石を拾いました。そしてサルのむこうにぼうず頭をおしたてている、そのタコ頭めがけて、力いっぱい投げつけました。サルにあたりはせんかと心配しましたが、ねらいあやまたずで、二つともタコぼうずの頭にポンポン音をたててあたりました。しかし、なにしろ大ぼうずのタコぼうずです。そんな小石ぐらいでびくともするものではありません。ますます力をこめ、サルを引き入れにかかりました。それは、サルが、キキキキキとはげしい|悲《ひ》|鳴《めい》をあげたのでわかりました。
いや、そのときもうサルは片手を岩角から引きはなされ、しきりにそれをつかもうと、あせるようすをしておりました。ふたりは五つも六つも石を拾い、もう、めちゃくちゃにそれを投げましたが、でも、今はそんなまだるっこいことをしているときではありません。ひとりが荷物を道においてかけだすと、ひとりも同じように荷物をそこにおいて、かけました。ふたりは波うちぎわにそって行って、|腰《こし》にさしていた刀をサッとぬきはなったのです。もうそのとき、サルは両手を岩角からときはなされ、ヒョロヒョロとよろめきながら波の中へ引きこまれかけていたのです。
タコの足はずいぶん長く、二三本としか思えないのに、サルの|肩《かた》にも、|胴《どう》にも、それから両足にもまきついておりました。それをふたりの飛脚は刀をふりあげて、サッと切りおろしたのです。肩と胴にまきついていた、太い|綱《つな》のような足を一本ずつ切ったのです。すると、タコは、これはかなわぬと思ったのでしょうか。それとも、切られた足がいたくてたまらなかったのでしょうか、もう一本からんでいた足をまるで糸がとけるようにすばやくときました。そして、それとともに、タコの頭もほかの足も、音をたてて水の中にかくれて行ってしまいました。見るまもないほど早く逃げて、もうあとは、寄せてはかえす波の音ばかりというありさまとなりました。
けれども、これでサルがどんなに、喜んだことでありましょう。一生けんめいふんばっていたものですから、タコの足がとけると、思わず前へころびましたが、ふたりの恩人のそばへ近よってきました。ふたりの飛脚は刀をさやにおさめて、荷物のほうへ歩きながら、サルにむかっていいました。
「よかったね、助かって。あぶないところだったよ。」
ところが、これはどうしたことでしょう。サルは道ばたにきて、飛脚の荷物を見つけると、それをかついで、山の上のほうへ|逃《に》げて行ってしまいました。これはほんとうにちょっとのあいだで、ふたりがびっくりしているまに、サルはどこへ行ったか見えなくなってしまいました。|追《お》いかけるひまもないのです。
しかし、その荷物の中には、とても大切な御用の手紙がはいっているのですから、ふたりはとにかく山の中へわけ入ってみたのです。でも、やっぱり|影《かげ》も形も見えません。それでふたりは、もうこれはたいへんなことになったと、心配で、こまりきって、ぼんやり峠の中ほどに腰をおろして休んでおりました。
すると、それからややしばらくしてからであります。はるかむこうの山に、さっきのサルのすがたが見えてきました。あれ、あれ、あれだといっておりますと、片手には手紙のはいっている飛脚の荷物、|御状箱《ごじょうばこ》というのを高くさしあげ、片手には長いコモづつみのようなものをかかえております。そして、だんだんふたりのほうへやってきました。ふたりのところへくると、その|二《ふた》|品《しな》をふたりの前におき、何かいうことありげにふたりの顔をながめました。大切な御状箱が返ってきたのですから、ふたりは|大《おお》|息《いき》をついて、
「ああ、まずまずこれで安心安心。」
そういいましたが、もう一品のほうはなんであろうかと、
「なんだ、なんだ。」
そういって、ひとりの飛脚がそれを取りあげ、ふたりでそれを見ようとしますと、サルはもう用がすんだというように、山の中へ帰って行ってしまいました。そこで、コモづつみを開いてみましたら、中には木の|棒《ぼう》ざや[#「ざや」に傍点]にはいった一本の刀がありました。それでふたりは、やっとわかりました。サルはこのお礼がしたくて、ふたりに待ってもらうため、御状箱を取って行ったのです。
さて、そのサルがくれた刀を江戸についてから、刀にくわしい人に見てもらいましたら、なんとまぎれもない五郎正宗の名作でありました。といでみれば、一点のきずもなく、じつにみごとな|古《こ》|刀《とう》でありました。
それで、|殿《との》さまに|献上《けんじょう》することになりましたが、長さといい、形といい、ちょうど殿さまのおのぞみどおりであったというので、ふたりの飛脚にはたくさんのごほうびがさがりました。そして、その刀はサル正宗と名づけられて、長くお家の|宝物《たからもの》となりました。
ツルの恩がえし
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとがありました。おじいさんとおばあさんは、たいへん|貧《びん》|乏《ぼう》でした。しかし、たいへんよい人でした。
ある日のことです。おじいさんはまきをかついで、町のほうへ売りに出かけました。冬のことですから、ぼたん雪がどんどんどんどんふっていました。そして山もたんぼも雪がつもって、まっ白になっていました。おじいさんは、まきを売らねばその日の米にもこまるようなありさまですから、元気をだして、その雪の中を歩いて行きました。すると、むこうのたんぼの中で、バタバタバタバタ、雪をちらして、何かあばれているものがあるようです。
(いったい、この雪の中で、何があんなにさわいでいるのだろう。)
そう思って、おじいさんが近よってみますと、|一《いち》|羽《わ》のツルがわなにかかって、足を糸でくくられて、それでバタバタあばれているところでした。しかし、あばれればあばれるほど、わなの糸のことですから、ますます強くしまるだけで、けっして|逃《に》げられるわけのものではありません。おじいさんは、それを見ると、ほんとうにかわいそうになって、
「待て待て、待て、ほかの人に見られるとつかまってしまうからな。今、わしが糸をほどいてやろう。」
そういって、まきをそこにおろし、ツルの足にからみついたわなの糸を、ときほどいてやりました。そうすると、ツルは二つのつばさを力いっぱい左右に開き、バタバタバタッと空気を打って、上に高くまいあがって行きました。どんなにうれしかったのでありましょうか。
「カウ、カウ、カウ。」
と、高くひびきわたる声で鳴いて、おじいさんの頭の上を三べんまわって、それから山のほうへたって行きました。
おじいさんは、そのツルが山のほうへ、しだいしだいに小さくなり、やがて、山をこして見えなくなってしまうまで、それを見送っておりました。ツルが見えなくなってしまうと、おじいさんは、ひとりごとをいいました。
「よいことをしてやった。どうやら、きょうは運のよい日らしい。」
おじいさんはよい気持になって、それからまたまきをかついで、町へ出かけて行きました。
「まきは、いりませんかあ――。まきは、ようございますかあ――」
と、町を、雪の中をふれて歩きました。ツルを助けて、よいことをしたと思っているものですから、とても元気で、やがて、まきを売りつくし、家へ帰ってまいりました。しかし、家に帰ると、にわかに寒くなったような気がして、
「ああ、寒い寒い。」
そういって、いろりに手をひろげ、またを開いてあたりました。それからきょうあったことを、おばあさんに話しだしました。
「おばあさん、おばあさん、きょう、わしは、それはよいことをしてやった。」
ツルを助けた話です。おばあさんもそれを聞くと、
「ほんに、よいことをせられましたなあ。」
と、おじいさんといっしょに喜びました。しかし、そんなにしているうちに、もう夕がたになりました。|晩《ばん》のごはんのしたくをしなければならない時刻になったのです。
「どれ、ひとつお夕はんのしたくでもしましょうか。」
おばあさんがそういって立ちあがろうとしたときです。表の戸をトントントンとたたく者があります。耳をすまして聞くと、
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
と、それはかわいい声がいっております。この大雪の中をだれがいったい、やってきたのだろう。そう、ふしんに思って、
「どなた――」
おばあさんがいって、戸をあけて見ると、そこには雪にまぶれて、まっ白になった人が立っております。
「まあ、この雪のふるのに、さぞ寒かったことでしょう。さあ、早くおはいりなさい。」
おばあさんがいいますと、
「ええ、ありがとうございます。それではごめんくださいませ。」
そういって、はいってきたのを見ると、それは十七八のほんとうにきれいな、かわいい|娘《むすめ》だったのであります。
そこで、おじいさんが、
「この雪のふる中を、おまえはどこの娘さんで、また、どんな用事があって来なさった。」
と聞きますと、その娘さんのいいますことに、
「あの、この先の町に知りあいの人がありまして、わたしはその方をたずねてきた者でございます。それがこのような大雪になりまして、日も|暮《く》れますし、道もわかりませず、ほんとうに、|難《なん》|儀《ぎ》をいたしておりまする。それで、まことにすまないことでございますが、|土《ど》|間《ま》か、|物《もの》|置《おき》のすみでもよろしゅうございますが、今夜|一《ひと》|晩《ばん》、おたくにとめてくださいませんでしょうか。」
これを聞くと、おじいさんは、おばあさんに相談しました。
「それは、それは、ほんにかわいそうなことだ。とめてあげるのはわけないことじゃが、しかし、おばあさん、どうしたもんじゃろう。」
おばあさんもまたいいました。
「そりゃ、とめてあげるのはかまわんことじゃが、うちは貧乏でのう、ふとんもなければ、食べものもろくなものがない。それが気のどくで――」
すると、娘がいいました。
「どういたしまして。ただもう、とめてさえくださいますれば、わたしはふとんもいりません。食べものもどんなものでもけっこうです。」
これを聞くと、おばあさんが、
「それさえ承知なら、うちのほうはかまわんから、さ、早くあがって、火にあたりなさい。」
というのでありました。娘はもうたいへん喜んで、足をふいて上にあがりました。あがりましたが、火にあたろうともせず、もう、はや、たもとから赤いたすきをだして、
「おばあさん、晩のしたくをてつだわせてくださいませ。」
そういいました。
「いやいや、うちは貧乏だからなあ、てつだってもらうほどのしごともない。おまえはそこにあたっていなさいよ。」
おばあさんがいいましたが、娘はききません。そして、
「どうか、わたしにさせてください。」
たのむようにそういうものですから、娘にさせてみますと、ごはんをたくのもじょうずなら、おかずをつくるのもじょうず、そのうえ親切で、ていねいで、米一つぶもこぼしません。おじいさんやおばあさんのお|給仕《きゅうじ》をして、それから自分も食べて、そのあとをきれいにかたづけて、ちょっとおちついたかと思うと、すぐおじいさんの|後《うしろ》へまわっていいました。
「おじいさん、おじいさん、昼のおつかれで、|肩《かた》やお|腰《こし》がこっていましょう。へたではございますが、あんまをさせてくださいませ。」
「いやいや、おまえさんこそおつかれだろう。今夜は大雪で、ずいぶん寒い。ずっとこっちへ来て、ようく火にあたりなさい。」
おじいさんがいってもききません。それで、あんまをしてもらいますと、とてもじょうずで、うとうとするほどよい気持です。おじいさんがすむと、こんどはおばあさんのあんまもするというありさまです。
このようにして、その夜は寝ましたが、朝になると、娘さんは、おじいさんおばあさんより早く起きていて、もういろりには火がもえており、土間のそうじもすみ、ごはんの用意もできております。おばあさんには水ひとつ使わせないほど働きます。ところが、その日も大雪で、戸をあけることさえできません。しかたなく、娘はその日もとめてもらいました。そのつぎの日も、またつぎの日も、大雪がつづいて、とうとう娘は、四五日もとめてもらうようなことになってしまいました。
すると、ある日、その娘のいいますことに、
「あの、おじいさん、おばあさん、わたしにひとつおねがいがあるのですが――」
そういって、たいへんいいにくそうにしております。おじいさんもおばあさんも、その娘をとてもかわいく思っておりましたので、
「さ、いってごらん。どんなおねがいでも、わたしたちにできることなら、きっとかなえてあげようから――」
「では申しますが。」
そういって、娘の話すのを聞きますと、娘は両親に死にわかれ、このさきの町の知りあいをたよって、やってきたのだそうであります。しかし、その知りあいといっても、今まで見たことも、あったこともない人なもんで、これからたずねるといっても、何かえんりょで行きかねるというのであります。それで、こうして、ここでごやっかいになるのも何かの|縁《えん》と思いますから、いっそこの家の子にしてくださいませんでしょうか。そうすれば、いたらない者ではありますが、一生けんめい孝行いたします。――と、その娘はそういうのでありました。ところで、これを聞くと、おじいさんおばあさん、どんなに喜んだことでありましょう。
「そうか、そうか。なんとまあ、かわいそうなことだ。うちにはちょうど子どもがなくて、さびしくてならんとこだった。おまえのようなよい子が、うちの子になってくれるなんて、これは神さまのおさずかりものだ。」
そういって、その子を自分とこの子にいたしました。娘はそれから、かげひなたなく働いて、おじいさんおばあさんに、よく孝行をいたしました。
ところで、ある日のことであります。娘がおじいさんにいいました。
「おじいさん、おじいさん。わたしははた[#「はた」に傍点]を織ってみたいと思いますから、町から糸を買ってきてくださいな。」
おじいさんは、そうかそうかと、町から糸を買ってきてやりますと、娘は、|機《はた》のしたくをして、|奥《おく》|座《ざ》|敷《しき》のまんなかにそれをすえました。そしてそのまわりを、びょうぶ[#「びょうぶ」に傍点]でぐるりっとかこみました。それからおじいさんおばあさんにいいました。
「わたしは、これから機を織りますから、織っているうちは、どんなことがあっても、中をのぞいてはいけませんよ。どうか中を見ないようにしてください。」
おじいさんおばあさんは、
「よいともよいとも、どんなことがあっても、のぞきはしないから、安心して織りなさい。」
そういってやりました。すると、娘はびょうぶの中へはいって、まもなく機を織りだしました。おじいさんとおばあさんが、いろりのそばで、その機を織る音を聞いておりますと、
「キイトン、バタバタ、バタバタ、キイ、トントン。」
といっております。とてもにぎやかな音なのです。ふたりは感心して聞いておりました。その日は娘はごはんも食べないで、一生けんめい機を織りつづけました。晩になると、その織り場から出てきましたが、あくる日もまたびょうぶの中で、キイトン、バタバタ、キイトン、バタバタと一生けんめいにやりました。
三日めの晩のことです。機をほどく音がしたかと思うと、娘がびょうぶの中から出てきて、
「おじいさん、おばあさん、ちょっと見てくださいませ、こんなものを織りましたから――」
そういって、一枚のきれを、おじいさんおばあさんの前にだしました。
ふたりは、
「どれどれ。」
と、手に取って見ますと、ぴかぴか光って、白いもようのある、とても美しい織りものであります。
「なんときれいな織りものだろう。生まれてから、こんなものはまだ見たことがない。」
ふたりが感心しておりますと、
「これは|綾錦《あやにしき》というものです。あすはこれを町へ持って行って、売って、そのかわり、糸を買ってきてください。」
と、娘がいいました。で、あくる日になると、おじいさんはそれを持って町へ行き、
「綾錦は、いりませんかあ――。綾錦は、ようござんすかあ――」
そうよんで歩きました。すると、ちょうどそこへ|殿《との》さまが通りかかられ、
「綾錦とはめずらしいものだ。どれ、ひとつ見せてくれ。」
といわれました。おじいさんがごらんにいれると、
「これはりっぱな綾錦だ、買ってとらせる。」
といって、たくさん|小《こ》|判《ばん》をくださいました。おじいさんはたくさんの小判にびっくりしましたが、それで新しい糸や、娘やおばあさんにおみやげなど、たくさん買いものをして、家へ帰って行きました。うちじゅう、もう大喜びでありました。
つぎの日になると、娘はまた、したくをして、キイトン、バタバタを始めました。そして三日たつと、まえよりもっと美しい綾錦を織りあげました。おじいさんはそれを持って町へ行き、殿さまにごらんにいれました。そして、またたくさんの小判をいただきました。おじいさんは大喜びして、
(うちの娘は、なんとえらい娘だろう。)
と、思いました。このたびも、糸やおみやげを、たくさん買って、家へ帰りました。すると娘は、また三度めの機のしたくにとりかかり、キイトン、バタバタを始めました。
ところで、それから三日めになったときのことです。おばあさんがいいました。
「なんとじょうずに、機を織る娘でしょう。わたしは、ちょっと、のぞいて見てきますからね――」
おじいさんはびっくりして、娘があんなにいっていたからといって、おばあさんをとめましたが、おばあさんはききません。
「ちょっと、ほんのちょっと。」
といって、座敷へ行って、びょうぶの中をそっとのぞきました。おばあさんはびっくりしました。中には娘はいなくて、一羽のツルが、大きなつばさをひろげ、自分のくちばしで、自分のはだの|綿《わた》|毛《げ》をぬき、それを糸のあいだにはさんで、一生けんめい機を織っておりました。そして、ツルは、もう大半自分の毛をぬいて、まるではだかのようなむごたらしい姿になっておりました。
「おじいさん、おじいさん。」
かけるようにもどってきて、おばあさんはそのことを、おじいさんに知らせました。
と、その晩のことです。織りあげた綾錦を持って出てきた娘は、おじいさんおばあさんの前に両手をついていいました。
「おじいさん、おばあさん。長いあいだごやっかいになりました。わたしはいつぞや大雪の日に助けていただいた、わなにかかったあのツルでございます。ご恩をおかえししたいと思い、こんな娘に|姿《すがた》を変えておりました。しかし、きょうは、おばあさんに正体を見とどけられましたから、もうこんな姿でもおれません。では、おいとまいたします。」
そういって、おじいさんおばあさんがどんなにとめてもききません。そうして、えんがわからバタバタッと羽ばたきをして、見るまに空にまいあがり、家の上を三べんまわって、カウ、カウ、カウと鳴きながら、山のほうへ飛んで行ってしまいました。
おじいさんおばあさんは、ツルのもうけてくれたお金でその後も|安《あん》|楽《らく》にくらしたそうであります。
むかしのキツネ
むかし、むかし、|美作《みまさか》という国の山の上の道ばたに、|一《いっ》|軒《けん》の茶店がありました。茶店というのは、そこを通る人が休んで、お茶を飲ませてもらうところです。その茶店に|喜《き》|平《へい》という人が住んでおりました。
ところが、ある日の|晩《ばん》、りっぱなふうをした武士がはいってきて、休ませてくれといいました。喜平が見ると、はかまやきものや刀なんかは、ほんとうの武士でしたが、顔がどうもへんでありました。
毛がはえていて、口のほうがとがっております。耳も三角で、上につき立っております。これはキツネが武士のまねをしておるのです。
喜平はおかしくてたまりません。けれども、やっとがまんして、笑わないでおりました。
そして、|金《かな》だらいに水をいっぱいくんで、
「おさむらいさま。顔をお|洗《あら》いなさいませ。」
といって、そのキツネの武士の前におきました。
キツネは武士のようにいばって、顔を洗いに、その水の上にうつむきました。すると、顔が水にうつりました。
それではじめて、からだは武士でも顔はキツネであることを知りました。
キツネはおどろいて、キャーンと鳴いて、茶店からとびだして行ってしまいました。
そのつぎの日、喜平は山へ木を切りに行きました。そして帰ってこようとしておりますと、林の中から、
「きへいさん、きへいさん。」
と、よぶ者がありました。
「なんだい。」
といいますと、
「ゆうべはおかしかったね。」
と、その声がいいました。それで、それが|昨《さく》|晩《ばん》のキツネだということがわかりました。
むかしは、キツネがこんなに人まねをすることがあったそうです。そしてまた、こんなに人間といっしょに笑うこともあったそうです。
ほんとうだか、どうだかわかりませんが、なんにしてもおかしい話ではありませんか。
キツネとカワウソ
むかし、むかし、野原にキツネとカワウソとが、住んでおりました。そのキツネとカワウソが、ある日のこと、川のヤナギの木の下で、であいました。
「こんにちは、カワウソさん、なにかいいことは、あるまいかね。」
キツネがいいました。
「さあ、べつにいいことって、ありませんが、おかげで、わたしはさかなには不自由していません。」
カワウソがいいました。
それで、キツネとカワウソとが、おたがいにごちそうごっこをすることになりました。その|晩《ばん》です。キツネが川のふちの草の中にある、カワウソの家をたずねてきました。
「こんばんは、えんりょなくやってきました。」
キツネがいいました。
「さあさあ、上にあがって、おなかいっぱい食べてください。」
カワウソがいいました。キツネがあがって、おぜんの上を見ますと、もうたいへんなごちそうです。キツネはすっかり感心して、
「これはめずらしいものばかりで、どれから食べていいか、わからない。」
そんなことをいいながら、つぎからつぎへ、のどをならしながら食べました。大きなコイ六ぴき。ウナギ八ぴき、ハヤ、フナ、あわせて三十七ひき、そんなに食べました。そして大喜びで帰って行きました。そして帰りしなに、
「カワウソくん、あしたは、ぼくんちへ来てくれたまえ。食べきれないほど、用意して待っている。」
そんなことをいいました。で、あくる日の晩、カワウソがキツネの家へやってきました。
キツネの家は林の中にありました。
「こんばんは、ごちそうになります。」
カワウソがいいました。しかし、どうしたことでしょう。キツネは上をじっとにらんだまま、ウンともスンともいいません。
「キツネさん、どうかしましたか。」
カワウソはふしぎに思って、そういってみましたが、キツネはやはりなんともいいません。ただ上を見つめたままです。しかたなく、カワウソは帰ってきました。
あくる朝、キツネがとんできて、いいました。
「カワウソ君、ゆうべはすまなかった。じつは|天《てん》|見《み》|役《やく》(天を見る役め)というものを、いいつかってね。なんともしかたがなかった。今晩はぜひきてくれたまえ。」
で、その晩です。カワウソがまたキツネのうちをたずねて行きました。
「こんばんは。」
ところが、どうしたことでしょう。キツネは、こんどは下を向いていて、ウンともスンともいいません。しかたなく、カワウソは帰ってきました。
と、あくる朝、またキツネがとんできました。そして、
「ゆうべは、地見の役をいいつかってね。ほんとにすまなかった。今晩こそ、ごちそうするから。」
そんなことをいいました。だけども、カワウソは、これはキツネがさかながとれないので、こんなことをいうのだろうと思いました。それで、
「キツネさん、さかながとれないなら、わたしがとれる方法を教えてあげましょう。」
キツネは喜んで、
「まったくそのとおりなんだ。では、そのさかなをとる方法を、教えてくれたまえ。」
そういいました。それで、カワウソがキツネの大きなしっぽを見ていいました。
「あなたのそのしっぽを、寒い晩に、川の水の中に入れておくんですよ、さかなはいくらでもとっつきます。」
キツネはこれを聞くと、大喜びして、日の|暮《く》れるのを待って、川へ出かけて行きました。そして、水の上にはっている氷をわって、その中にしっぽをつけました。で、しばらくしてあげてみると、ざらざら音がして、氷のかけらがたくさんついてきました。だけどもさかなは、一ぴきもついていません。
それからなんどもやってみましたが、やはりついてくるのは氷ばかりです。
なかなかさかながとれません。これは|尾《お》を川へつけておくのが、たりないのだと、キツネは思って、こんどは根気よく長いあいだつけておりました。すると、だんだんしっぽが重くなって、ちょっとやそっと引いたのでは、あがってこなくなりました。
「うまい、うまい。だいぶさかながとっついたようだ。」
そう喜んでいると、東の空が明かるくなって、どうやら朝になってきました。そして、子どもたちが道を通るようになりました。すると、そのひとりが、キツネを見つけてよびました。
「あれ、あんなところにキツネがいる。」
キツネはびっくりして、しっぽをぬこうとしましたが、こおりついているのですから、なかなかぬけてきません。一生けんめい引っぱっていると、とうとう、しっぽが切れて、キツネはしっぽなしでコンコン鳴きながら、|逃《に》げて行きました。
|金《こん》|剛《ごう》|院《いん》とキツネ
むかし、むかし、あるところに、金剛院という|山《やま》|伏《ぶし》の|修《しゅ》|験《げん》|者《じゃ》がありました。山伏の修験者というのをごぞんじですか。|頭《あたま》にときん[#「ときん」に傍点]というものをいただき、|背《せ》|中《なか》にはおいずる[#「おいずる」に傍点]というものをおい、手には|金《こん》|剛《ごう》|杖《づえ》というものをつき、ホラ貝を鳴らして行くのです。それを山伏の修験者というのです。そんなふうをして、この人たちは、諸国の山々をめぐり、|難行苦行《なんぎょうくぎょう》をして、|神《しん》|仏《ぶつ》の道をおさめるのです。
で、まずここに金剛院というその山伏がおりました。ほうぼうの山々をめぐり、長い旅をしたあと、ボウボウとホラ貝をふき鳴らして、元気に自分の村へ帰ってきました。ちょうど、村の入口の|丘《おか》のそばまでやってくると、その丘の下のやぶかげに、一ぴきの大ギツネが、いい気持で、グウグウいびきをかいて昼寝をしていました。これを見ると、金剛院はいたずら気をだし、そっと、ぬき足さし足で、寝ている大ギツネのそばへよって行きました。そして、ひもで首にぶらさげているあの大ホラ貝を、キツネの耳もとにあてがい、一度にボウーッとふき鳴らしました。いや、キツネのびっくりしたこと、ピョンッ――と、高くとびあがったかと思うと、ころがるようになって|逃《に》げて行きました。
「わっはっははは。」
金剛院は、おもしろくて、おもしろくて、ひさしくそこで腹をかかえて笑っていました。しかし、これがキツネにとってはずいぶんくやしかったとみえ、遠くの草のしげみの中まで逃げて行って、そこに、もぐりこんでかくれておりました。
そのつぎの日の晩のことであります。町で修験者のよりあいがあって、きのう村に帰ったばかりの金剛院も、そのよりあいに出ることになっていました。で、村々の山伏たちもほうぼうから集まってきて、つれだって町のほうへ歩いておりました。すると、そのとちゅうで、その人たちはじつにめずらしいものを見つけました。だって、一ぴきのキツネが人の通るのも気がつかず、池のはたで人間に|化《ば》けているのです。水鏡に自分をうつしながら、草や木の|枝《えだ》を頭にのせたり、|肩《かた》にかけたりしているのです。
みんなが足をとめてそっと見ていますと、どうでしょう。キツネはぶるぶるっとからだをふるわせたかと思うと、なんと金剛院のすがたになってしまいました。あっけにとられて、このありさまをながめていたみんなは、
「なんとにくいキツネじゃないか、ああして、今によりあいへやってきて、金剛院だ、といって、われわれをだますつもりなんだろう。どうして、だまされてなんかいるものか、金剛院がやってきたら、すぐひっとらえて、うむをいわさず|松《まつ》|葉《ば》いぶしにかけてやろう。」
そういう相談をいたしました。で、みんなはよりあいに行くと、今か、今かと、この金剛院を待ちうけておりました。そこへやってきたのが、ほんものの金剛院です。そんなことは|夢《ゆめ》にも知らず、
「どうも、すこしおくれまして――」
そういってはいって行きました。すると、そこにいる修験者のひとりが、
「ああ、金剛院さんだ。」
そういって、かけよるようによってきて、その片手を取りました。
またひとりが、
「ああ、金剛院さんだ。」
そういって、これもかけよるようにやってきて、片手を取りました。
と、ほかの連中も、
「金剛院だ。金剛院だ。」
と、口々にいって一度にどっとおしよせて、手を取り足を取り、|座《ざ》|敷《しき》のまんなかへ運んで行きました。そして、みんなでがっしりおさえつけました。
金剛院は、これはどうしたことかと、ふしぎでなりません。すると、修験者の中にいう者がありました。
「早くしっぽを見せろ。」
と、またいう者がありました。
「耳を引っぱれ。それが早道だ、すぐ化けの皮がはげる。」
そんなことばで、だれか、金剛院の耳を引っぱる者がありました。また|尻《しり》のほうをさぐる者もありました。そのすえ、ひとりが、
「しかし、よく化けたものだなあ。どこから見ても、金剛院さんそっくりだ。」
こんなことをいって感心しました。
それまでは、なんのことか少しもわからなかった金剛院も、これでやっと、キツネとうたがわれていたことがわかりました。
それで、
「なにをおっしゃる、わたしはほんとうの金剛院です。きのう旅から帰ったばかりです。耳も人間の耳なら、キツネのしっぽなんかありっこありません。」
と、一生けんめいになっていいましたが、キツネとばかり思っているみんなは、なかなか承知いたしません。
「なにをいってる。キツネのぶんざいで、今、われわれはきさまが、金剛院さんにばけるところを見てきたばかりじゃないか。」
と、いう者があれば、
「それ、なわを持ってきて、ぐるぐるまきにせい。こんなことでは|正体《しょうたい》をあらわさん。」
そういう者もありました。それで、とりどり二、三人の者がなわをとってきて、金剛院をぐるぐるまきにしてしまいました。
そのうえ、竹の|棒《ぼう》でぶんぶん背中のほうを打ちました。
「これでも正体をあらわさんか。これでも正体をあらわさんか。」
かわるがわる打つのですが、キツネでない金剛院は正体をあらわすことができません。
「どうせられても、わたしは、ほんとう|正真正銘《しょうしんしょうめい》まちがいなしの金剛院です。けっしてけっして、どんなことがあっても、キツネなんかじゃありませんよ。」
金剛院は弱りはてて、声をしぼっていうのでした。
「こりゃいけない。まだ、われわれをだますつもりだ。では、いよいよ松葉いぶしだ。」
こういう者が出てきました。とうとうそのよりあいの場所の庭で、青い松葉に火をつけました。
煙がもうもう立ちあがりました。みんなはそれをうちわであおいで、金剛院の顔にあおりたてました。キツネでない金剛院は煙にむせて、まったく、ひどいことになりました。
しかし、いつまでたっても、正体をあらわさない金剛院に、みんなはすこし気味わるくなってきました。
「どうも、すこしへんだぞ。ほんとうの金剛院さんじゃないのか。そうだったら、どうも、たいへんすまないことをして、申しわけのないことになってしまったらしいぞ。」
こんなことをいう者も出てきました。そこをねらって、金剛院がキツネでない|証拠《しょうこ》を見せましたので、やっと、みんなはなわをとき、キツネが化けていた金剛院を見た話をしました。
金剛院も、きのう、ねむっているキツネを、ホラ貝でおどろかせた話をしました。それでキツネが、化けるまねをして、こんなかたきうちをしたことがわかりました。
それからは、昼寝のキツネを見つけても、けっして、ホラ貝などふかぬことになったということであります。
かちかち山
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんとありました。ある日のこと、おじいさんは山へシバかりに行きました。おばあさんは、家で麦をついていました。すると、そこへとなりのおよめさんに|化《ば》けて、ムジナがやってきました。ムジナはいいました。
「おばあさん、おばあさん、なにしてるの。」
おばあさんがいいました。
「麦がなくなったから、麦つきしてるの。」
これを聞くと、ムジナの化けたとなりのおよめさんがいいました。
「そんなら、わたしがついてあげましょう。」
おばあさんは、ムジナとは知らないもので、大喜びして、
「そうですか、そうですか。それでは、おねがいします。」
そういって、そのとなりのおよめさんに、麦つきをたのみました。
[#ここから1字下げ]
トンカラ、トンカラ、トンカラ、トンカラ。
[#ここで字下げ終わり]
ムジナは麦をつきました。だいぶんつけたところで、ムジナがおばあさんにいいました。
「おばあさん、おばあさん、麦がつけたか、見てください。」
おばあさんがウスの中をのぞいて、
「ずいぶん|上《じょう》かげんにつけているようじゃ。」
そういいますと、ムジナのおよめさんは、
「おばあさん、もっとよく見てください。もっと、もっと、ウスの中へかがみこんで、見てください。」
そういうのでした。おばあさんは、
「はい、はい、こうですかい。こうですかい。」
そういって、だんだんウスの中へ頭をつきこみました。すると、そのときを待っていたムジナは、上からドスンと、きねをおとしました。気のどくなことにおばあさんは、それで死んでしまいました。ムジナはおばあさんが死ぬと、こんどは自分がおばあさんに化けて、おじいさんの帰りを待っていました。まもなくおじいさんは、
「おばあさん、かえったよ。」
そういって帰ってきました。
「はあ、おかえんなさい。ごはんをつくって待っていました。さあ、おあがんなさい。」
ムジナのおばあさんは、おじいさんにごはんをすすめました。おじいさんは、なんとなく、おばあさんがいつものおばあさんでないようで、ふしぎそうに首をかしげました。これを見たムジナは、あわてて、|裏《うら》|口《ぐち》から|逃《に》げだしました。そして、うらの山へかけのぼり、そこから大声でどなりました。
「おばあさんは、死んだ。おじいさんは、だまされた。おれは、ムジナだ、ハッハッハ。」
こんなことをくりかえしたのです。おじいさんは、だまされたことを知って、
「おん、おん、おん、これが|泣《な》かずにいられようか。ムジナめにだまされた。おばあさんがかわいそうだ。」
そういって泣きました。
すると、そこへ山のウサギがとんで来て、これを聞きました。ウサギは、おじいさんが気のどくでなりませんでした。それで、いいました。
「おじいさん、おじいさん、わたしがかたきはとってあげますから、もう泣くのをおやめなさい。」
それからウサギは、山へとんで行きました。かや原を見つけると、そこで歌をうたいうたい、かやを|刈《か》っておりました。
森の中でウサギの声を聞いたムジナは、すぐとんで来ました。そして、
「ウサギさん、ウサギさん、なにをしてるの。」
と聞きました。
「おれは、これからだんだん寒くなるから、このかやで家をつくって入ろうと思っている。」
ウサギにこういわれると、ムジナは一も二もなく、その家つくりなかまに入れてもらいたくなりました。
「ウサギさん、ウサギさん、その家つくりをおれが手つだうから、なかまに入れてくれないか。」
ウサギはそういうのを待っていたのです。だから、
「よし、よし。だったら、まず、かや刈りを手つだえ。」
そういって、かやを刈らせました。かやが刈れると、いよいよ小屋をたてることになりました。柱を立て、横木をうちつけ、それになわで、かやをぬいつけるわけです。
「ムジナさん、きみは中ではりとり[#「はりとり」に傍点]をしてくれ。」
ウサギがいいました。外からなわのついた針[#「針」に傍点]をさしこむと、中でそれをとって、外へかえす仕事でした。
「ほいきた、それきた。」
と、仕事ははかどりました。だいぶんできあがったところで、中のムジナが気がつくと、出口がありません。
「ウサギさん、こりゃ出口がないぞ。」
「いまにつけるんじゃい。」
ウサギはいいました。しかし、そのとき、その家の屋根で、
[#ここから1字下げ]
カッチ、カッチ。
[#ここで字下げ終わり]
と、|火《ひ》|打《うち》|石《いし》の音がしました。ムジナはおどろいて、
「ウサギさん、ウサギさん、いまの音は、あれはなんだい。カッチ、カッチ。」
「うん、このころ雪が降るんで、カチカチ鳥が鳴いてるんだ。」
「そうか。」
といっているうちに、ウサギは逃げてしまいました。
しかし、まもなく火がまわりからもえてきて、ムジナは、あっちへ逃げては、
「あっちっちい。」
こっちへ逃げては、
「あっちっちい。」
大やけどをして、やっと、その小屋から逃げだしました。
それから何日かあとのことです。
ウサギは、またピョンピョンはねて、|藤《ふじ》|山《やま》へ出かけて行きました。そこで歌をうたいうたい、藤づるを刈りとっておりました。
ムジナは、またとんで来ました。そして、いいました。
「ウサギさん、ウサギさん、なにしてるの。」
「このごろ、雪が降ると、おれは便所にも行かれないから、|尾《お》からげをするのさ。」
と、ウサギがいいますと、ムジナは、
「それはそうと、このあいだ、おれをだましたのは、あんたじゃないか。」
そういうのでした。ウサギはおこったふりをして、
「なにをいうか。かや原のウサギは、かや原のウサギだ。藤山のウサギは、藤山のウサギじゃないか。」
そういいました。そこで、
「そうか、それならおれにもやってくれ。」
ということになり、ムジナは藤づるで、|尻《しり》からげをしてもらいました。それでムジナは、歩くこともできず、走ることもできず、フンをすることもできなくなりました。そこへころんで、ウンウンうなるばかりでした。それでも、何日かのち、やっと、藤づるからぬけだしました。
すると、むこうの|杉《すぎ》|山《やま》で、またウサギが大きな声で歌をうたって、杉を切っていました。
これを聞くと、ムジナは、すぐかけて行きました。
「ウサギどん、ウサギどん、なにをするの。」
「これから春になると、海がしずかになるから、杉の木で|舟《ふね》をつくって、|沖《おき》へさかなをつりに行こうと思ってさ。」
「ウサギどん、ウサギどん、その舟つくりのなかまにしておくれよ。それはそうと、いつか藤山では、おれをずいぶんひどい目にあわせたな。」
そんなうらみごとをいいました。ウサギは、
「藤山のウサギは、藤山のウサギ。杉山のウサギは、杉山のウサギだ。」
そういって、知らぬ顔をしております。
「そうか、それなら、おれもなかまにしておくれ。」
そこで、またムジナは、ウサギとなかまで舟をつくりました。ウサギは杉の木の舟、ムジナは土の舟です。海へうかべて、どんどん沖へ出たところで、ウサギがいいました。
「さあ、ムジナ君、歌をうたって、かいでふなべりをたたこう。そうしないと、さかなは取れないよ。」
そこでウサギは歌をうたいました。
[#ここから1字下げ]
すぎふねは すいすい
土ぶねは こっくりしょ
せいいっぺ たたけ
[#ここで字下げ終わり]
ムジナがつちで土舟をたたくと、土舟はしだいにひびがはいりました。ムジナは心配で、
「ウサギさん、舟にひびができた。水が入りそうだ。」
そういいました。すると、ウサギは、
「もっと、もっと、大きなひびがはいって、水がどんどん入るまでたたくんだ。そこから、さかなも入ってくるんだ。」
ムジナは、それもそうかと思って、ますます力をいれて、ふなべりをたたきました。すると、そのふなべりに大あながあき、そこから水がどっと入って、舟は見るまにしずんでしまいました。
「たすけてくれ。」
ムジナがさけぶと、ウサギは、
[#ここから1字下げ]
ろに とっつけ ぐい
かいに とっつけ ぐい
[#ここで字下げ終わり]
といって、どんどん陸へあがってしまいました。ムジナは沖でしずんでしまいました。
それで、ウサギはおじいさんのところにとんでかえって、
「おじいさん、おじいさん、わるいムジナは海にしずんでしまったから、もう泣くのはおやめなさい。」
おじいさんにそういいました。それで、おじいさんは泣くのをやめて、山へシバかりに行くようになりました。そして、しあわせにくらしました。めでたし、めでたし。
ネコとネズミ
むかし、むかし、天の神さまから、世界じゅうの動物どもにおふれが出ました。
「こんど、動物の中から十二ひきえらんで、一年間ずつ、人間の世界を守らせることにした。さきについたものから、じゅんにきめていく。はいりたいものは、一月十二日に、わたしのところに集まれ。」
というのであります。これを知った動物どもは、(自分こそ一番に行って、順番の第一になるぞ。)と、いきおいこんで、その日のくるのを待っていました。ところが、ネコという動物は、へいぜいから|忘《わす》れっぽかったとみえ、つい、その日が何日か忘れてしまいました。こまっていると、ちょうど道でネズミに出あいました。それで、これはさいわいと、
「ネズミさん、ネズミさん、あのおふれにあった、われわれが集まるという、あの日は、あれはいつだったかね。」
こうききました。するとネズミは、そのころけっしてネコと|仲《なか》が悪かったわけではないのですが、自分こそ早く神さまのところへ行って、順番の一番になろうと思っているものですから、
「あれは一月十三日です。」
と、一日おそい日を教えてやりました。そして、
(まずこれでネコにだけは勝つことになったが、しかし、まだゆだんはならない。)
と、考え考え、自分のうちへ帰って行きました。ネズミの家というのは牛小屋の天じょううらにあったそうですが、帰ってみると、牛がもう出発の用意をしております。
「牛さん、牛さん、もうお出かけなんですか。」
と、きいてみますと、牛のいいますことは、
「いや、おれは足がのろいのでなあ、今夜のうちにたたんと、まにあわないのじゃ。」
これを聞くと、ネズミはまたずるいことを思いつきました。小さなからだですから、そっと、牛の荷物の中にしのびこんだのです。牛はそんなこととはすこしも知らず、夜どおし歩きつづけて、やっと神さまの|御《ご》|殿《てん》にやってきました。見ると、まだだれも来ておりません。(やれうれしや、これで一番になれた。)と、ほっと大息をついて、これから神さまの前へ出ようとしますと、そこへ、とつぜん荷物の中からネズミがとびだしました。そして、
「第一番はネズミでござる。」
と、名のりをあげました。牛がどんなにらくたんし、どんなに|腹《はら》をたてたことでしょう。
しかし、それよりもまだ腹をたてたのは、ネコであります。ネズミに教えられた十三日、ネコは息せききって神さまのところへかけつけました。見ると動物は一ぴきも来ておりません。
(しめたっ、このおれさまが第一番。)
そう思って門の中へかけこもうといたしますと、
「これこれ。」
と、神さまの御殿の門番にとがめられました。そして、
「順番をおきめになる日は昨日だった。順番は、ネズミが一番、それから、牛、トラ、ウサギ、|竜《たつ》、ヘビ、馬、ヒツジ、サル、ニワトリ、犬、イノシシの順にきまった。寝ぼけていないで、よく顔を洗いなさい。」
といわれました。そこではじめて、ネコはネズミにだまされたと知ったのです。そして、
「おのれ、にくいネズミのやつ、このうらみはらさないでおくものか。」
と、にわかにキバをみがき、つめをとぎはじめました。
ネコは、それ以来、ネズミさえみればとびかかって、これをつかまえるようになりました。また、つばをつけては、いつも顔を洗うのは、神さまの御殿の門番に、「ねぼけていないで、よく顔を洗いなさい。」と、いわれたからだそうでありますよ。
|古《ふる》|屋《や》のもり
むかし、むかし、雨のふる|晩《ばん》に、おじいさんとおばあさんが、孫に|昔話《むかしばなし》を聞かせていました。孫がたずねていいました。
「おじいさん、この世の中で、何がいちばんこわいでしょう。」
おじいさんがいいました。
「こわいものは、たくさんあるが、人間ならば、まずどろぼうがいちばんだ。」
すると、その時ちょうど、となりの馬屋にどろぼうが馬をぬすみにきて、屋根うらにのぼっていました。どろぼうはこれを聞いて、
(ははあ、おれがいちばんこわいものか。)と、じまんに思って、にこにこしました。
「それでは、けだものでは。」
と、孫がつぎに聞きました。
「けだものでは、まず、オオカミだろう。」
と、おじいさんがいいました。
ところが、またそのとき、馬屋のすみに、同じように馬をとりにきたオオカミがかくれていました。オオカミは、おじいさんの話を聞くと、これもじまんに思って鼻をひくひくさせました。
「もっと、もっとこわいものは。」
孫がまた聞きました。おじいさんとおばあさんは、口をそろえて、
「古屋のもり[#「もり」に傍点]だ。」
といいました。古屋のもり[#「もり」に傍点]というのは、古い家の屋根から雨のもることですが、そうとは知らないどろぼうとオオカミは、これを聞いてびっくりしてしまいました。そんなにこわいものがおったのかと、ガクガクブルブル、ふるえだしました。そしてどろぼうは、のぼっていた屋根うらから、ドサッと下に落ちてきました。落ちも落ちた、オオカミの|背《せ》|中《なか》の上に落ちました。オオカミはおどろきました。それもり[#「もり」に傍点]が来たと、あわてて外に逃げ出しました。
どろぼうはどろぼうで、これはたいへん、もり[#「もり」に傍点]の上に乗っかったと思いました。しかし、いま落とされては命がないと思うものですから、一生けんめいにオオカミの首にしがみつきました。オオカミの方では、そうされれば、そうされるほど、死にものぐるいでかけました。そして野をこえ、|奥《おく》|山《やま》のはてまでかけて行きました。
そのうちに朝になりました。どろぼうは、もり[#「もり」に傍点]というのはどんなお|化《ば》けかと思って、よくよく見ますと、どうもオオカミに似た化けものです。しかし、何にしてもこれはたいへんと考えておりますうち、木の|枝《えだ》がたれさがった下を通りました。このときだと、どろぼうはその枝にとりつき、木の上にはいのぼりました。
それとも知らないオオカミは、めくらめっぽうにかけて、やっと自分の|穴《あな》に|逃《に》げて来ました。そして心をおちつけて見ると、背中のもり[#「もり」に傍点]がいつのまにかいなくなっております。そこでようやく元気が出てきて、まず友だちのトラのところへ出かけて行きました。そして、
「トラ殿、トラ殿、おれは、いまひどいめにあってきた。世の中で何よりこわいもり[#「もり」に傍点]というものに、背中に乗られ、昨夜はひと晩じゅうかけどおしに逃げた。今ようよう穴にもどって来て、命ばかりは助かったが、あいつのいる間は安心してこの山に住んでいられない、ひとつ力をかしてくれないか。」
といいました。これを聞くと、トラは、
「おまえが、そんなにあわてているところを見ると、よっぽどこわいばけものにちがいない。しかし、おれが行ったら最後、いっぺんに殺してみせる。」
と、りきみました。そして二ひきで、もり[#「もり」に傍点]をさがしにでかけました。すこし行くと木の上にサルがいて、
「トラさん、オオカミどん、ふたりそろってどこへ行くの。」
と、声をかけました。トラとオオカミは、
「おれたちは、今、もり[#「もり」に傍点]というこの世の中でいちばんこわいものを|退《たい》|治《じ》に行くところだ。おまえは高いところにいるが、そんなものを見かけなかったか。」
と、聞きました。するとサルは大笑いをして、
「そういえば、オオカミどんが、けさ背中に乗せてきたものなら、そこの大木の枝にすわっている。あれがこの世の中でいちばんこわいばけものなのか。あんなものならおれひとりでいけどって見せる。」
と、いばりました。サルは人間だということを知っていたのです。しかし、トラとオオカミはむこうの木の上を見ると、人間に似たもり[#「もり」に傍点]がいて、こっちのほうを見ていますから、またおどろいて、いっしょにほえたてました。
どろぼうは、オオカミの背中からのがれて、やっと木にはいのぼりましたが、それでもまだこわくて、びくびくしておりました。そこへこんどは、トラとオオカミといっしょになってやって来て、ウオウオ、ウオウオほえましたから、いよいよ|危《あぶな》いと、その木の根もとのほら穴の中にかくれました。そこで、サル、トラ、オオカミは、そのほら穴をとりかこんで、相談しました。そのすえ、
「この中のもり[#「もり」に傍点]という化けものを退治たものが、あくる日からは、けだものの中の|大将《たいしょう》になることにしようではないか。」
と、約束ができました。すると、気の早い、でしゃばりもののサルは、中にいるのは人間だということを知っているものですから、いちばんにしっぽを穴の中につっこんで、
「こら、もり[#「もり」に傍点]いるか。もり[#「もり」に傍点]いるか。」
と、かきまわしました。
しかし、どろぼうもこうなっては命がけです。そのサルのしっぽをつかんで引っぱりました。サルも引っぱりこまれてはたいへんですから、ウンウン、ウンウン足をふんばりました。ところが両方であんまり引っぱりあったものですから、サルのしっぽが根もとからポキンと切れ、サルはころんで、土で顔をすりむきました。それで、サルはキャンキャンいって逃げて行ってしまいました。
オオカミも、
「やはりもり[#「もり」に傍点]はこわかった。」
と、大声で鳴いて、サルについて逃げて行きました。
トラもこれを見て、
「これはかなわん。こんなにこわいもり[#「もり」に傍点]がいられては、とても日本にいることもできない。」
といって、とうとう海をわたって、|唐《から》の国まで逃げてしまいました。サルとオオカミは、
「おれたちには、海をわたることができないから、もり[#「もり」に傍点]はこわいが、しかたがない。」
と、あきらめて、日本にいることといたしました。しかし、そのときから、サルはしっぽがなくて、顔が赤く、何かというと歯をむきだすようになりました。オオカミはまた鳴き声があんなに高くなったということであります。
クラゲ|骨《ほね》なし
むかし、むかし、大むかし、海に|竜宮《りゅうぐう》のあったころのお話であります。その竜宮の王さまのおきさきが、お|産《さん》のまえになっていいました。
「王さま、王さま、私はサルのきもが食べとうございます。」
どうもめずらしいものがほしくなったものです。だから王さまはびっくりしました。海の中のことですから、サルとかウサギとかいうけだものはおりません。王さまだからといって、これはどうすることもできません。しかし、なにぶんおきさきの望みですから、どうかしてかなえさせてやりたいと思いました。
それで、そんなときいつもうまい|工《く》|夫《ふう》をするカメをよんでいいました。
「カメ、カメ、おきさきがサルのきもを食べたいというが、なんとかよい考えはないものか。」
これを聞くと、カメは、
「はい、わたしがひとつさがしてまいりましょう。」
そういって、竜宮を泳ぎだしました。そして遠い波の上をわたって、日本の島へやって来ました。日本にくると、サルはいないか、サルはいないかと、カメは水の上に首をあげて、陸地のほうをながめながら、波にうっき、うっきゆられて、泳いで行きました。そうすると、ちょうどそのとき、天気のよい日だったもので、海岸の山の上で一ぴきのサルが遊んでおりました。カメは大喜びで、その山の下に泳ぎより、水の中から大声でよびかけました。
「サルさん、――サルさん――、竜宮へお客にくる気はありませんか――」
これを聞いて、サルはおどろきました。しかし、ものずきのサルのことですから、山の木や石を伝って、水の近くへおりて来ました。そうしてたずねました。
「竜宮へだって。それは遠い、遠いところにあるんだっていうじゃないか。」
「遠くたって、かまいませんよ。わたしがおぶっていってあげますよ。」
カメはそういいながら、サルの方に|背《せ》|中《なか》を向けて、その大きな|甲《こう》を見せました。すると、サルはいいました。
「しかし、竜宮に、何かおもしろいことでもあるかい。」
「ありますとも、あなたが遊ぼうと思えば、大きな山もありますし、それにごちそうは、なんでもあるんです。食べほうだいです。まあひとつ見物しておきなさい。りっぱな|御《ご》|殿《てん》ですよ、竜宮は。」
これを聞くと、サルはついにっこりしてしまいました。
「ふふん、そうだな。天気もよいし、こんなおりはまたとないかもしれないな。」
「そうですとも。」
「では、ひとつごやっかいになろうか。背中に乗ってつれて行ってもらいましょうか。」
「さあいらっしゃい、しっかりつかまっていてくださいよ。」
こんなぐあいで、とうとうサルはカメの計略にかかり、その甲に乗ってしまいました。そしてはじめてわたる波の上を、カメが速力をだして泳ぐものですから、こわがったり、おもしろがったり、キャッキャッ、さわいでいるうちに、もう竜宮へ来てしまいました。それにしても、竜宮は、聞きしにまさる御殿でした。その美しさ、そのりっぱさ、サルは、これまで見たこともありませんでした。
ところで、竜宮の門の前までくると、サルは、カメの背中からおろされました。
そして、カメはいうのでした。
「サルさん、ちょっと、ここで待っていてください。」
カメはサルをそこにおいて、中へはいりました。サルはめずらしいものですから、そのへんをキョロキョロ見まわしておりました。すると、その門番をしているクラゲがサルの顔を見て、さっきからにやにや笑っております。サルは、どうしてクラゲが笑うのかわかりません。ですから、笑うままにさせておいて、やはりその門前に待っておりました。すると、クラゲはたまりかねたとみえまして、サルにいいかけてきました。
「サルさん、あなたは何も知らないんですか。」
サルはもとより何も知りません。だから、
「何をですか。」
と、きいてみました。
「王さまのおきさきさまが、サルのきもを食べたいといっていられるんですよ。それで、あなたがお客によばれてきたんです。」
クラゲにこういわれて、いや、サルのおどろいたことはたいへんなものです。しかし、サルは、なにくわぬ顔をしていいました。
「ああ、そうですか。」
そこへ、カメが中からやってきていいました。
「サルさん、さあ、こっちへきてください。」
サルは中へはいりながら、またなんでもないようにいいました。
「カメさん、ぼくはとんでもないことをしてしまった。こんな天気もようなら――」
ここできっとサルは、竜宮の空を見あげたことでありましょうが、
「きもを持ってくるんだったのです。じつは、山の木にほしておいて、|忘《わす》れてきているんですが、雨がふりだしたらぬれるだろうと、心配でなりませんよ。」
これを聞くと、カメががっかりしていいました。
「え、きもを忘れてきたんだって。なあんだ。それじゃ、もう一度取りに行きましょう。しかたがない。」
そういって、また、その大きな背中をサルのほうに向けました。サルは、にやにやしながらも、やはり、なにくわぬ顔で、
「まったく、カメさん、めんどうかけますね。」
そういって、甲にかたくつかまっておりました。カメは、行きよりもいっそう速力をだして、もとの日本の海岸の、サルの遊んでいた山の下に泳いできました。
「さあ、サルさん、もどってきましたよ。ひとつ大いそぎで、きもを取ってきてください。」
「はいはい、しかし、ごくろうさまでした。」
サルは、そういうと、カメの甲からおりて、その山のいちばん高い木のてっぺんにのぼって行きました。そして、知らん顔をして、いつまでも、ほうぼう見まわしておりました。
カメはふしぎに思ってききました。
「サルさん、サルさん、いったいどうしているんです。」
すると、サルはいいました。
「海の中には山はない。からだの外にはきもはない。」
これを聞くと、カメは、きっとクラゲがおしゃべりしたにちがいないと思って、たいへん|腹《はら》をたてて竜宮へ帰って行って、そのことをうったえました。
それで、クラゲはけしからんということになって、皮ははがれる、骨はぬかれるで、とうとう今のように、ぐにゃぐにゃのすがたになってしまいました。
|天《てん》|狗《ぐ》のかくれみの
むかし、むかし、あるところに、|知《ち》|恵《え》の|彦《ひこ》|市《いち》という、たいへんりこうな男がありました。|奥《おく》|山《やま》に天狗というものが住んでいて、かくれみの[#「かくれみの」に傍点]というものを持っていると聞きました。それを着ると、だれでも自分のすがたを消すことができるという、世にもふしぎなみの[#「みの」に傍点]だったのです。これを聞いて、彦市さんはそのみのがほしくてたまらなくなりました。それである日のこと、一メートルもある|竹《たけ》|筒《づつ》を持って、その奥山へのぼって行きました。てっぺんへのぼりつくと、その竹筒を遠めがねのようにして、四方八方をながめまわしました。そして、大声でわめきたてました。
「やあー、おもしろい、おもしろい。|江《え》|戸《ど》は大火事、|薩《さつ》|摩《ま》はいくさ。」
すると、ワサワサとつばさの音がして、そばにある高い木に、何か大きな鳥のようなものが来てとまりました。
「ハハア、天狗がやってきたな。」
そう思いましたが、やはり、気づかないようなふりをして、あいかわらず竹筒をのぞきながら、
「江戸は大火事、薩摩はいくさ、やあー、おもしろい、おもしろい。」
と、くりかえしておりました。すると、その天狗がバタバタッとその|枝《えだ》の上からおりてきました。彦市さんの前に立ったのです。これが話に聞いたあのカラス天狗というのでしょう。口がカラスの口ばしのようにとがっております。|背《せ》|中《なか》にはそれこそワシのつばさのような、大きな羽をつけております。手には、これがかくれみのでしょうか、古いきたないみのを一つさげていました。それが彦市さんの前に立って、彦市さんのその竹筒を、いかにもふしぎそうにじっと見ておりました。彦市さんはここぞとばかり、竹筒をふりまわし、西や東をいそがしくながめまわし、さもおもしろくてたまらぬようによびたてました。天狗はその竹筒が、いよいよふしぎでならなくなったとみえ、
「おい、彦市、それはいったいなんというものだ。」
と、ききました。
「これか、これは千里とおし[#「千里とおし」に傍点]というものだ。」
彦市がいいますと、
「そんなもので、ほんとうに江戸や薩摩が見えるかい。」
と、ききました。そこで彦市は、
「見えるとも、千里とおしだもの。やあー、おもしろい、おもしろい。」
そういって、ますますおもしろそうに、はやしたてますと、天狗はついに手をだして、
「ちょっとおれに貸してみろ。」
そういうようになってきました。
「だめだめ、これは、おれのいちばんだいじな宝だもの、他人になんか、ちょっとでも貸せるもんではない。」
彦市はそういって、その竹筒を背中にかくし、今にも|逃《に》げだしそうなようすをみせました。すると天狗はいよいよ見たくなったとみえ、
「では彦市、このおれのかくれみのと、ちょっととっかえてくれないか。」
そういってしまいました。彦市はしめたと思ったのですが、でもまだ、
「どうしまして、そんな、天狗さんのかくれみのなんかと、かえられるようなものじゃありませんよ。世にもふしぎな千里とおしだ。世界じゅうさがしてもないという宝物なんだ。」
そんなことをいっておりました。すると天狗は、
「しかし彦市、おまえはこのかくれみのを知らないんじゃないか。これだって、これを着れば、着てるもののすがたは、だれからも見えないという宝なんだぞ。天狗こそ持っているが、人間だれひとり持っている者はあるまい。どうじゃ。」
そういうのでありました。で、彦市は、
「そうですか、では、とにかく、ちょっとだけ、とっかえてみることにしてあげます。」
そういって、天狗のさしだすかくれみのをうけ取りました。そしてすばやくそれを身につけ、かわりに竹筒を天狗にわたしてやりました。天狗は満足したように、にっこりして、すぐこれを目にあてて、西や東をのぞいておりました。そのあいだに彦市はかくれみのを着たまま、どんどん山をおりてきてしまいました。
「こら、彦市、この千里とおしは何も見えやしないじゃないか。」
天狗がうしろでどなりたてておりましたが、彦市のすがたは、天狗にも見えないのですから、どうすることもできません。
ところで、彦市は山をおりて、町へやってきました。あいかわらず天狗のかくれみのを着たままです。だから、だれにもすがたが見えないのですが、どんなようすか、ほんとうに見えないのか、彦市はためしてみたくてしかたがなくなってきました。それで人のたくさん集まっているところへ行き、そばの人の鼻をちょっとつまんでみました。つままれた人はびっくりして、
「こらっ、だれだ、おれの鼻をつまむのは。」
そう大声にどなりました。彦市はそこで、その人の鼻をはなし、こんどは別の人の鼻をちょっとつまんでやりました。その人もびっくりして、
「だれだっ。」
と、大声でどなりました。そしてふたりは、
「なにっ、おまえこそおれの鼻をつまんだのじゃないか。」
そんなことをいいあって、とうとう大げんかを始めました。彦市はこれを見ると、おもしろくてたまらなくなり、また、ほかの人の耳を引っぱったり、ほっぺたをつねったり、たいへんないたずらをして、そこの人たちに大さわぎをおこさせました。なにぶんすがたが見えないのですから、どんないたずらでもできるわけです。しかし朝から奥山へのぼって、だいぶんつかれていましたので、まずまずとうちへ帰ってきました。うちに帰ると、そのみのを、ほかの人に見つかるとわるいと思って、ものおきのすみのほうにかくしておきました。そして、それからもたびたびそのみのを着て、町へ出て行き、いろいろのいたずらをしました。あるときなど、
「おい、金さん。」
町で友だちを見つけると、彦市はそうよびかけました。
「なんだい。だれだい。」
金さんはそういいましたが、そのあたりを見まわしてもだれもおりません。ふしぎそうにして、
「へんだなあ。」
そういっていると、自分のふところの中から、今買ったばかりのたびがスーッととびだして、
「あれれ。」
といっているまに、五メートルも十メートルも先のほうへ行って、道の上に、ぱたっと落ちました。もとより彦市がいたずらをしたのです。そうかと思うと、彦市のひとりの友だちなど、雨の日にさしていたからかさが、手からふいにはなれて、五十メートルも先に行って、しぜんにたたまり、そこの石の上に横に寝たというのです。こんなことが、たびたびあるので、町でも村でも大評判になりましたが、もっとふしぎだったのは、町のくだもの屋で店につんであったくだものが、ある日のこと、ポンポン生きているようにひとりでにとびだして、道を通っている人の|胸《むね》の前に、ちょうど|宙《ちゅう》がえりができるように落ちて行ったというのです。
町の店屋では、みんなおどろいてしまって、それからはどこでも、そんなものを|箱《はこ》の中に入れ、人が出て、しっかり番をするようになりました。しかし、それでもスーッと箱のフタがとれ、中のものがポンポンとびだし、これはたいへんと、あわててフタをおさえなければなりませんでした。でも、まだそれくらいはいいほうで、町でこんなことがありました。|殿《との》さまに|献上《けんじょう》するというので、町一番のお菓子屋が、このうえないというりっぱなお菓子をつくり、|金《きん》|蒔《まき》|絵《え》の|重箱《じゅうばこ》に入れて、店に|飾《かざ》っておきました。すると、ある日のこと、その重箱のフタがすっと横にのきました。すると、そのお菓子の一つが、糸を引いたように、まっすぐに空中にあがって行き、重箱から一メートルばかりのところで、すっと消えてなくなりました。
これを見ていた店の主人は、なんともふしぎで、じっと見つめていますと、またつぎのお菓子がスーッと上にのぼって行き、一メートルばかりのところで、見るまに消えてしまいました。主人は、マモノのしわざかと思って、ぞっとするようにこわくなり、
「おおい、みんなきてくれ、献上のお菓子が、消えてなくなりだしたあ――」
そう大声でよんだもので、それなりお菓子の消えることはやみました。みんな彦市のやったことです。
ところで、あるとき、彦市のおかあさんが|物《もの》|置《おき》をそうじしておりますと、へんなきたないみのが一つ出てきました。おかあさんはそれが天狗の宝のかくれみのとは知りませんから、
「こんなきたないもの。」
そう思って、ごみといっしょに焼いてしまいました。
そのあくる日、彦市はまたいたずらをしに出かけようと思って、物置をさがしましたが、みのがありません。おかあさんにききますと、焼いてしまったというのです。しかたなく、ちょうど夏だったので、その|灰《はい》をからだいちめんにぬりつけて、外に出て行きました。夏といっても、朝だったもので、すこし寒くなり、まず酒屋へよって酒だるのせんをぬき、そこに口をつけて、ごくごくお酒を飲みました。ところが、酒で口のはたの灰がはげ、まず、口だけが人に見えるようになってきました。酒屋の人はびっくりしました。
「それっ、口のおばけが酒を飲んでる。」
というので、大さわぎして追っかけてきました。これはたいへんしくじったと、彦市は逃げだしたのですが、逃げているうちに、こんどは汗が出てきて、おなかのあたりの灰がはげてきました。それで、ひとびとは、
「それ、おへそのおばけがとんで行く。」
と、またおおぜいで追いかけてきました。そんなことで、じゅんじゅんに灰が落ちて行き、とうとう片手があらわれ、片足があらわれ、からだ全体が出てきました。そして、ひとびとにつかまり、ひどいこらしめをうけました。
「もうもう、こんないたずらはいたしません。」
と、おわびをして、ゆるしてもらったということであります。めでたし、めでたし。
きっちょむさんの話 (1)
つぼ買い
ウメぼしを入れるつぼ[#「つぼ」に傍点]を買おうと、ある日のこと、きっちょむさんがセトモノ屋へやってきました。
「ごめんなさい。つぼを一つください。ウメぼしを入れるつぼです。」
きっちょむさんはいうのですが、セトモノ屋のおばさん、てんで、きっちょむさんをあいてにしません。本なんか読んでいて、
「そこにならんでるから、見てください。」
そういうばかりです。そこで、きっちょむさん、その店さきをながめました。なるほど、つぼがたくさんならべてあります。しかし、みんな口を下にし、底を上にして、ふせてあります。きっちょむさんは、そんなことには気がつかず、フシギそうな顔をして、
「おばさん、こりゃみんな口なしのつぼじゃないですか。」
そういいました。すると、おばさんがやはり本を読みながら、
「ひっくりかえしてごらんなさい。」
そういいました。きっちょむさんは、そこで、つぼをひっくりかえして見て、こんどは、もっとビックリしました。
「なんだ、このつぼ、底もないじゃないですか。」
口を底とまちがえたのです。
きっちょむさんの話 (2)
火事
ある|晩《ばん》のことです。きっちょむさんが便所に起きて、ひょいと、まどから外を見ますと、村に火事がおこっております。どんどんもえておるのです。まだ、たれも知らないらしいので、|庄屋《しょうや》さんに知らせなければなりません。
しかし、きっちょむさんは考えました。
「こういうときこそ、落ちつかなければならない。」
そこでまず、おかまに火をもやし、お湯をわかしました。それからカミソリをといで、ヒゲをそりました。なにぶん、庄屋さんへ行くのに失礼があってはなりません。
こんどは、タンスの中から親ゆずりのカミシモを出し、それにハカマもはきました。右手に|扇《おうぎ》なんかも持って、ユウユウ、カンカン、|儀《ぎ》|式《しき》に出るすがたで、庄屋さんの家へやって行きました。|玄《げん》|関《かん》の外で、エヘン、せきばらいをしておいて、それからしずかにいいました。
「お庄屋さん、ただいま、村内が火事でござります。」
ま夜中のことですから、庄屋さんのうちでも、みんな、よくねむっております。そこへこんなしずかな声ですから、いっそう目はさめません。
「ごめんくださいませ。庄屋さん、ただいま、村内が火事でござります。」
きっちょむさんは、なおもしずかにいいつづけました。何分たったのでしょうか。きっと、二十分も三十分もたったのです。
そのころになって、やっと、庄屋の|奥《おく》さんが目をさましました。玄関の外で、なにか、声がすると思ったのです。よく聞いてみると、火事ですといってるようです。
「そりゃたいへんだ。」
ということになり、すぐもう大さわぎです。庄屋さんは気ちがいのようになって、火事場へかけつけましたが、そのときは、火事は消えたあとでした。そこで|代《だい》|官《かん》という|上《うわ》|役《やく》の人に、たいそうしかられました。それというのも、きっちょむさんが、へんな起こし方をしましたからなので、こんどは庄屋さんがきっちょむさんをしかりました。
「きっちょむどん、火事というときは、あんなしずかな起こし方なんかしちゃダメだぞ。とにかく、すぐかけつけてきて、玄関の戸でも、えんがわの戸でもいいから、メチャクチャにたたいて、火事だ、火事だと大声にわめいてくれ、いいか。」
きっちょむさんは、
「はいはい、はいはい。」
と、頭をさげて行きましたが、その晩のことです。やはりま夜中です。きっちょむさん、ぱっととび起きると、|軒《のき》|下《した》にあった大丸太をかついで、庄屋さんさしてかけつけました。そして、|窓《まど》といわず、戸といわず、めくらめっぽうたたきこわしました。つぎには、家の柱をその丸太でズシーン、ズシーンとつきたおしながら、村じゅうへ聞こえるような声でわめきました。
「庄屋さん、火事だあ、火事だあ。大火事だあ。」
庄屋さんのおどろいたことといったら、たいへんです。顔色をかえて、とびだしてきました。
「きっちょむどん、わかった、わかった。もうたたかなくともいい。家がこわれてしまうじゃないか。しかし、火事はどこじゃ。」
すると、きっちょむさんがいいました。
「庄屋さん、こんど火事があったとき、だいたい、このくらいでいいでしょうか。」
庄屋さんはあきれて、ものがいえませんでした。
きっちょむさんの話 (3)
ちゃくりかきす
きっちょむさんが、お茶とカキと、クリとスを売りに町へ出かけました。とにかく、こんなにいくつもの物を売るのですから、どういって売ったらいいか、わかりません。そこで、まず、
「ちゃっくり、かきす。すっくり、かきじゃ。」
こういって、|呼《よ》んで行きました。一日、大声を出してよんで行ったのですが、てんで売れません。夕方ヘトヘトにつかれて帰って来て、おかみさんにその話をしました。おかみさんはこれを聞いて、
「そんな呼び方ってあるもんですか。スはス、クリはクリ、カキはカキ、お茶はお茶。みなべつべつに呼んで行かなきゃダメですよ。」
きびしく、そういってやりました。きっちょむさんは、
「よしよし。明日から、そのべつべつの呼び方をやる。」
そういっていましたが、その明日です。きっちょむさんの呼び方を聞くと、
「スはスでべーつべつ。クリはクリでべーつべつ。カキはカキでべーつべつ。茶は茶でべーつべつ。」
べつべつに呼んでいますが、しかし、たいへんな呼び方で、やはり一つも売れませんでした。
きっちょむさんの話 (4)
水がめ買い
きっちょむさんがセトモノ屋へ水がめを買いに出かけました。
「|今《こん》|日《にち》は。水がめをください。」
「はい、いらっしゃい。水がめは大きいのと、小さいのとありまして、大きいのが六十銭、小さいのが三十銭です。」
セトモノ屋のおかみさんがいいました。
「それでは、その小さいほう、三十銭のをもらいましょう。」
きっちょむさんは、三十銭はらって、小さいのを持って帰りました。
「水がめ、買って来たよ。三十銭だった。」
そういって、家のおかみさんにその水がめを見せました。すると、おかみさん、
「それは小さいです。もっと、もっと大きいのを買ってきてください。」
そういいました。
「あ、そうか。この上は六十銭だ。」
きっちょむさんは、こういって、またセトモノ屋へ出かけました。
「さっきの水がめですがね。うちで小さいっていいますから、六十銭のと、とりかえてください。では、これ返しますよ。」
きっちょむさんは、その三十銭の水がめをセトモノ屋のおかみさんにわたして、それからこういいました。
「さっき、おかみさんに三十銭あげましたね。それからこの水がめを返しますから、合わせて六十銭になります。ね、わかったでしょう。で、その大きいほうの水がめをもらって行きますよ。」
そして、大きいほうの水がめをもらって行きました。しかし、どうでしょうか。それでいいのでしょうか。あとでセトモノ屋のおかみさんがしきりに首をかしげ、何度もソロバンをしていたそうであります。
きっちょむさんの話 (5)
まさかそんなことはありますまい
あるところに、なにかいうとすぐ、
「まさか、そんなことはありますまい。」
という人がありました。それでいて、この人は|昔話《むかしばなし》が大好きで、人さえ見れば、だれかれなしに、
「昔話を聞かせてください。」
そうたのむのがクセでした。それでいて、すぐもう、
「まさか、そんなことはありますまい。」
というのですから、しだいにお話をしてくれる人がなくなりました。ところが、ある日のことです。きっちょむさんが通りかかりました。その人は、これを見ると、すぐいいました。
「きっちょむさん、お話してください。」
きっちょむさんがいいました。
「よろしい。お話はしてあげます。しかし、まさかそんなことはありますまい、なんていってはいけませんぞ。」
すると、その人は、
「いいませんとも、そんなこというもんですか。」
こういいました。そこできっちょむさんは、
「それじゃ、いったら、お米を一俵もらいますぞ。いいですか。」
そういいました。そう約束したのです。それからお話を始めました。
「むかし、|殿《との》さまがありました。それがカゴに乗って、お|江《え》|戸《ど》をさして行っていました。山道をのぼっておりますと、トンビが|一《いち》|羽《わ》とんできました。ピーヒョロロローと鳴いて、殿さまのカゴのまわりをクルーリ、クルーリと輪をかいて|舞《ま》いました。すると、殿さまが、あまりトンビが鳴くもので、
『ちょっと、カゴをとめよ。』
そういって、カゴから出て、とんでるトンビを見ました。すると、トンビはなにを思ったのか、殿さまのま上で、ピーヒョロロローと鳴いて、そのとき、フンをポロポロ落としました。それは殿さまのはかまの上に落ちて、それをひどくよごしました。殿さまの|家《け》|来《らい》たちは、そのトンビに|腹《はら》を立てて、
『殿さま、|弓《ゆみ》でうち落としましょうか。』
そういいましたが、殿さまは、
『鳥のことじゃ、捨ておけ、捨ておけ。そのかわり、べつのはかまを持ってまいれ。』
そういって、かわりのはかまをはいて、またカゴに乗って、出発しました。少し行くと、トンビがまた、ピーヒョロロローとやってきました。そして、いつまでもカゴの上の空を舞うてはなれません。殿さまはどうもそれが気になって、またカゴをとめさせました。そしてこんどは、カゴからからだを乗りだして、上のトンビを見ました。すると、どうでしょう。またトンビはピーヒョロロローと鳴いて、フンをポロポロと落としました。それが殿さまの刀のツカにかかりました。」
きっちょむさんがここまで話すと、聞いていたお話ずきの人は、もうたまらなくなって、
「まさか――。」
といいかけました。しかし、そこで気がついて、
「いや、それからどうなりました。」
といいなおしました。きっちょむさんは、うまいこと、お米一俵になりそうだと待っておりましたが、いいなおされて、しかたなく、つぎを話しだしました。
「それでです。殿さまは大おこりにおこるかと、家来たちは心配しましたが、おこりません。
『これこれ、刀のかわりを持ってまいれ。』
そういいました。家来がおそれいって、大いそぎで、かわりの刀を持ってきました。殿さまはそれをとって、またカゴの中にからだを入れました。それで出発となったのです。ところが、どうでしょう。二度あることは三度あるといって、トンビがやはり、殿さまのカゴの上を舞うて、ついてくるのです。ピーヒョロロロー、ピーヒョロロロン。
『カゴをとめよ。』
殿さまがいいました。そこでカゴをかついでるカゴカキというのが、カゴをとめました。すると、殿さまがまたまたカゴから、からだを半分も乗りだして、上のトンビをながめました。そのときです。ポロポロ、ポロポロ、トンビがフンを落としました。」
「またですか。」
お話好きな人がいいました。
「そうです。またです。」
きっちょむさんがいいました。
「そりゃ、あまりじゃないですか。」
お話好きがいいました。
「あまりでも、そうなんです。」
きっちょむさんは、そういって、そのお話をつづけました。
「なんと、そのトンビのフンが、こんどは殿さまの頭の上に落ちました。家来どもは、こんどこそたいへんなことになったと、うろたえさわぎました。しかし、殿さまはいいました。
『さわぐな。さわぐな。しずかにいたせ。そして早く、かわりの首を持ってまいれ。』
『ははあ――』
家来どもはそういって、大急行でかわりの首を持ってきました。すると、殿さまは、トンビのフンでよごれた頭を、自分で刀をぬいて切り落とし、かわりの首をそこにのせました。そして、
『もうよいぞ。苦しゅうない。カゴを出せ。』
そういって、江戸をさしてのぼって行きました。」
きっちょむさんが、ここまでいうと、やっとそれまで、こらえにこらえていた、お話好きの人が、
「まーさか、そんなことはありますまい。」
そういってしまいました。これを聞くと、きっちょむさん、
「はいはい、それではお米を一俵、約束ですからちょうだいしてまいりますよ。」
そういって立ちあがりました。
日本の昔ばなしについて
[#地から2字上げ]坪 田 譲 治
私たちは幼い時、母の寝ものがたりの、昔ばなしを聞いて育ちました。それは|舌切雀《したきりすずめ》であり、カチカチ山であり、|狐《きつね》や|狸《たぬき》が人をばかした話であり、また、鶴や亀が恩をかえした話などでありました。まだガスも電燈も水道もない時代で、いつまでも話をねだっていると、
「それ、鐘つき堂の鐘が鳴り出した。|算《かぞ》えてごらん。一つ、二つ――もう九時だからね。さあ、ねましょう、ねましょう。」
そんなことを、母に言われたものであります。然し思い出してみれば、何とその頃の仕合せに思えることでありましょう。
今頃の我国の子供で、母から、私たちのように昔ばなしを聞かされている仕合せものがあるでありましょうか。恐らくそんな子供はおりません。もっともそれは時局のせいもあります。昔ばなしを聞かせるような心持に、今頃の母はなりかねているのであります。然しまた一方から考えれば、今頃のお母さんたちは、昔ばなしを知っていないのであります。それを聞くような仕合せな育ち方をしなかったのであります。
明治の末頃から大正にかけて、子供の読みものの中にも、西洋のものが非常に沢山入って来ました。そして昔から言い伝え、語り伝えられていた昔ばなしが、次第に話されなくなって行ったのであります。二百も三百もある我国の美しい玉のような話で、今の子供たちが知っているのはどのような話でありましょう。恐らく五つか六つくらいなものであります。そのかわり彼等はアンデルセンの話を知っております。グリムの話を知っております。またアラビヤ夜話、クオレ、イソップ、その他現代人の新作童話なども沢山読んでおります。これには子供のための雑誌が善悪ともに大いに作用したと思われますが、とにかく、このようにして我国の昔ばなしは母も知らず、子も知らず、孫もまた知るによしない有様となろうとしております。実に何とも嘆かわしい次第であります。
思うに、永い歴史をもち、すぐれた文化をもち、強い国力をもつ国家は、昔から伝承されている子供のための立派なお話を持っていないでしょうか。そしてそのお話を立派な文学として文字に書き|調《ととの》えていないでしょうか。そのお話によって、次々と正しい子供、良い子供、強い子供を育てているのではないでしょうか。つまりドイツにグリム童話があるようにであります。
我国にも明治以来、この伝承文学を文字に書き調えたものが沢山出版されております。|巌《いわ》|谷《や》|小《さざ》|波《なみ》のものがあり、石井研堂のものがあり、松村武雄、|楠《くす》|山《やま》正雄、柳田国男三先生のものもあります。他にまだ私の知らないものが沢山あることと思います。だから誰でも子供たちのために読んでやり、或いは話してやろうと思えば、決してその便のない訳ではありません。それが何故か西洋のそれのように我国の子供たちに今までは読まれなかったのであります。
で、私はここにこの昔ばなしの本を出し、子供たちには読んで|貰《もら》い、お母さんたちには話して貰おうと思うのであります。然し、柳田国男先生のものがあり、松村、楠山両先生のものがあるのに――と、実は私とても考えたのでありますが、ただこの本は小学校三年生程度の文章にしております。それが特色と言えば特色であります。つまり昔ばなしは幼年時代に喜ばれ、またその時代にこそ与えるべきものと考えられるからであります。
ところで、終に本当に深い感謝の念を以て、ここに書きしるしておかなければならないことがあります。実は、この本の三十話ばかりの中、その半分は柳田先生の『日本昔話』中より|戴《いただ》いたものであります。名作をただ幼年向きに書き直したばかりで、心中誠に申訳ない気がするのであります。然し先生は、
「昔話はお国のものだから、遠慮しなくていい」
と|仰《おつ》|言《しゃ》られ、私がこうしてこの本に出すことを許されたばかりでなく、他にも昔ばなしの参考書数冊と、古い得難い雑誌二十幾冊とを与えられたのであります。先生の『日本昔話』中のもの以外は、またその先生から戴いた本の中からとって書き直したものであります。これも原著作者に対し非常に恐縮を感ずる次第でありますが、昔ばなしというものは今となっては、もう本を参考とする以外、お|爺《じい》さんやお|婆《ばあ》さんの話を直接聞くことも出来ない有様であります。その点、皆さまのお許しを得たいと思います。なお、この機会を利用して申上げたいと思うことは、この昔ばなし採集に非常な功績を残されました柳田先生のことであります。先生の業蹟は各方面にわたり、昔ばなしはその一部分でありますけれども、この一部分でさえ非常に大きなものであります。ここにしるして、その光輝に大なる敬意を表する次第であります。
[#地から2字上げ](昭和二十七年三月二十日)
本書は、新潮文庫「日本昔ばなし集 鶴の恩がえし」の改版に際し「新百選 日本むかしばなし」より新たに十二編を加え、改題したものです。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]編集部
この作品は昭和五十年三月新潮文庫版が刊行された。
Shincho Online Books for T-Time
日本むかしばなし集 (一)
発行  2001年7月6日
著者  坪田 譲治
発行者 佐藤隆信
発行所 株式会社新潮社
〒162-8711 東京都新宿区矢来町71
e-mail: old-info@shinchosha.co.jp
URL: http://www.webshincho.com
ISBN4-10-861098-9 C0893
(C)Rikio Tsubota 1975, Coded in Japan