[#表紙(表紙.jpg)]
中村うさぎ
浪費バカ一代 ショッピングの女王2
目 次
民よ、わらわはお城が欲しい
愛と復讐のロレックス
港区役所、静かなる警告
ファックスよりバカな女
「エルメス熱」克服宣言
女王様、バルコニーの屈辱
地雷を踏んだら、さようなら
エルメスはサッチーのごとし
水着のマダム、デパートで悶絶
女王様、生涯最大の野望に目覚める
金がないなら、銀行からお借り!
ブルガリは、忘れた頃にやってくる
銀行よ、女王様に金を貸せっ!
受注会という名の蟻地獄
銀行より、非情なる回答
女王の野望、風と共に去りぬ
夢破れて、シャネルあり
悪夢のウ○コ三連発
家はいらない、毛皮が欲しい!
私を地獄に連れてって!
カップ麺は特別な御馳走
ああ、憧れのオートクチュール
女王様、宿命に目覚める
あしながおじさんの思い出
女王様、己が前世を知る
女王様、担当編集者を疑う
腹も身もある、ド中年!
バーキンのカタキを腎臓で!
女王様、イタリア人に怒る
女王様、北欧人にも怒る
ブランド礼讃者こそ、真の敵
シャネル、悪魔のパーティ商法
女王様にライバル出現!?
叶美香と女王対決!(決戦前夜編@)
叶美香と女王対決!(決戦前夜編A)
叶美香と女王対決!(決戦当日編@)
叶美香と女王対決!(決戦当日編A)
叶美香と女王対決!(完結編)
女王様、動物愛護に目覚める
パリの女王様、地獄の道行き
ミレニアム、年明け早々、崖っぷち
女王様、第二のカードを手に入れる
この金で何が買えたか、女王様
美香への怨念、再び燃える!
指にカルティエ、目に涙
七億一千万円の誘惑
五百円玉の誘惑
女王様、腋に副乳を発見する
私をパーティに連れてかないで!
なのにあなたはグッチへ行くの?
笑って墓穴を掘る女
女王様、ドルガバでガマになる
シャネルよ、そなたは何様じゃ!
少年は、荒野で迷う
女王様、ヒガミの報酬
女王様、道に倒れる
破産の道を、まっしぐら!
中村うさぎシンデレラ計画@
中村うさぎシンデレラ計画A
中村うさぎシンデレラ計画B
女王様からオバチャンへ
もっとも難しい質問
君よ知るや堕落の快感
ドレス・コードとは何なのだ?
宿敵タイノーセイリマン、登場!
ゴミ溜めの女王様
対決!タイノーセイリマン@電話予告編
対決!タイノーセイリマンA対決準備編
対決!タイノーセイリマンB区役所訪問編
対決!タイノーセイリマンC差押調書編
対決!タイノーセイリマンD自宅急襲編
遙かなり、返済の道
〔特別夫婦対談〕
「私たち、金銭感覚ズレてます」
中村うさぎ×黄卓光
あ と が き
文庫版あとがき
[#改ページ]
[#小見出し] 民よ、わらわはお城が欲しい[#「民よ、わらわはお城が欲しい」はゴシック体]
愛と復讐のロレックス[#「愛と復讐のロレックス」はゴシック体]
私には、思い出深い一品がある。それは、今も愛用してるロレックスの腕時計だ。
今から十年近く前、私が最初の夫とペアで購入した時計……なーんてコトを言うと、「まぁ、離婚しても、前のご主人との愛の証を大切にしてらっしゃるのね」などと誤解されるかもしれないが、そんなんじゃねーわよ。愛の証どころか、あんた、この時計を見るたび、私は「ちくしょー、あの男。今度会ったらタダじゃすまさん!」と、前夫への怒りをフツフツとたぎらせちゃったりするのである。
なら、そんなゲンの悪い時計を、なぜいつまでも持ってるのか……答は簡単だ。困った時の質草になるからだよっ!
ゲンが悪くたって、ロレックスはロレックス。いざとゆー時ゃ、金になる。現にこの時計は、私の都合によって数えきれないほど何度も質入れされた、「全日本質草選手権・時計部門」のチャンピオンなのだ。ま、今はカルティエとヴァン・クリの腕時計が質屋に入ってて、こいつは出番待ちの補欠扱いだけどな。
そもそも、ロレックスをペアで買った時、その代金を払ったのは、前夫ではなく私であった。男が払うべきだとは言わないが、せめて割り勘にならなかったのだろーか? 私が思い出してムカつくのは、そのコトなのだ。
なぜ私が払ったのか、詳しい事情は忘れたが、ひとことで言えば、前夫はそーゆー男だったのだ。「おまえのモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノ」ってヤツだよ。まぁ、私もさぁ、ほら、見栄っ張りじゃん? 「いいわよ、私が払うわよ」なんてカッコつけて言っちゃったんだよ、きっと。鼻の穴膨らませてる自分が、目に見えるようだ。
だが、じつは私はセコい女である。ラブラブの時はよかったが、いったん仲がこじれだすと、「ちくしょー、てめぇの時計、誰が買ったと思ってんだい」などと、言ってはならないセリフが頭を駆けめぐっちまう。
それを言っちゃおしまいだと何度も我慢したが、たまに言っちゃったりして、夫婦喧嘩はますます熾烈《しれつ》な戦いとなるのであった。もう、灰皿は飛ぶ、拳は唸る。夫は『13日の金曜日』のジェイソンと化し、私が逃げ込んだ部屋のドアを蹴破って襲いかかってくるのである。
いやぁ、何度思い出しても、あのシーンは笑っちゃうよな。恐怖に震えながらも私は、「げげっ、ホラー映画だ、こりゃ」とか思っちゃったもん。『奥さまは魔女』ってドラマがあったけど、ウチの場合は『旦那様はジェイソン君』だ。誰が結婚するんだ、そんなヤツ……って、私ですけどね。ハイ、私がバカでした。
てなワケで、いよいよ別居となった時、私はまたしてもその禁句を口にした(よっぽど、ロレックスの代金が惜しかったとみえる。セコい女だなぁ)。
「あんた、その時計、置いてってよ。私が払ったんだから!」
すると前夫は、腕からロレックスを外し、私に投げつけて出て行ったのであった。私は速攻で質屋に行き、そいつを売り飛ばしてやったね。ワハハハ、ざまーみろ! 私の金でさんざん贅沢したクセに、暴力まで振るいやがってよぉ。そのうえ、ロレックスまで持って行けると思うなよ。慰謝料取られなかっただけ、ありがたく思えっ! ホホホ、私は転んでもタダじゃ起きない女よ。この金で、お洋服買っちゃおっと(貯金しろ)!
ところが……!!!
勝利の甘い快感に酔っていた私は、すっかり忘れていた。夫もまた、転んでもタダでは起きない男だったのだ。
ヤツが憤然と引っ越していった後、我が家には布団一枚、残っていない有り様であった。広尾のアンティークショップで買ったチーク材のテーブルも、アメリカのアンティークのジュークボックスも……ま、それはよしとしよう(高かったけど)。元々、骨董品とかに興味はないしな。
私が後になってクヨクヨしたのは、彼が持って行った車である。だって、ポルシェなんだもん! もちろん私はポルシェなんか運転できないけど、でも、ローンは私の名義だったんだよぉ───っ!!!
ロレックスにこだわってポルシェを失った女……あの壮絶な離婚バトルで最後に笑ったのは誰だったのか? 少なくとも、私じゃないコトは確かだぜっ!
港区役所、静かなる警告[#「港区役所、静かなる警告」はゴシック体]
まずは、皆様にご報告申し上げねばならないコトがある。
かねてより懸案の「シャネルのジャケットをいかにしてキャンセルするか」問題であるが、このたび、めでたくキャンセルに成功いたしました。バンザーイ、バンザーイ!
ああ、よかった。気がラクになった。あまりにラクになって、つい弾みで他の服を二着も買ってしまったが(またかよ)、それも今ではいい思い出……なワケねーだろ! ちくしょー、何で買っちまうかな、そこで。キャンセルした意味ねーじゃんか。女王様のお調子者ぉ〜〜っ!
てなワケで、ひとつ問題が解決するたびに新たな問題を抱え込む、まことに業の深い女、中村うさぎなのであったが……そんな彼女の元へ、また一通、不吉な便りが届いたのだ。差出人は、港区役所税務課滞納整理係。そう、おわかりですね。「滞納してる住民税、とっとと払いな」というお達しなのであるよ。
書類には、穏やかだがじゅうぶんに怒りの感じられる文面で、「このまま放置されますと、不動産・給与・銀行預金等財産を差し押さえることになります」などと書かれている。
これを読んだ時、女王様は困惑のあまり、思わず苦笑してしまった。不動産や銀行預金を差し押さえますって、あんた……私が不動産や銀行預金なんか、持ってると思ってんの? あるワケねーだろ。常識だよ!
四十歳を越えても、家はいまだに賃貸だし、銀行預金なんかゼロだよ、ゼロ! 金目のモノはすべて質屋に入ってて、ウチにあるモノといやぁ、おととい食ったケンタッキーフライドチキンの食べ残しくらいだぜ。それでもよけりゃあ、いくらでも差し押さえてくれ、鶏の骨。
それにしても、なんと差し押さえ甲斐のない家であろうか。シャネルの服を着ていても、家の中には鶏の骨しか転がってないとは……これほど徹底して資産価値のあるモノを持たない私って、我ながらアッパレなムダ金遣いだと思う。ここまでムダに金を遣う人って、あたしゃ自分以外に見たコトないよ。
そーいえば、こないだ、家の押し入れに隠しといた現金数千万円が盗まれたって、大騒ぎしてるオッサンがいたよな。「税務署に払おうと思って取っといた金なんだぁ」とかいう彼の言い分には笑っちまったが(なら、隠してないで、とっとと払えよ。なぁ、みんな?)、あーゆー人の家は、さぞかし差し押さえ甲斐があろう。TVでチラリと見ただけだが、庭の池には鯉まで泳いでましたぜ、旦那。
あのテの人を見ると、女王様は自分のコトを棚に上げ、「ちくしょー、こいつ、絶対にマトモに税金払ってねーな。許せん」などと憤激してしまうのである。もちろん、その後で、「他人のコトはいいから、自分が税金払え、中村うさぎ!」と、自らツッコミを入れるのも忘れないが。
ま、そんなワケで、だ。前月の国民健康保険課に引き続き、今度は港区役所税務課の脅迫状、じゃなかった、督促状の襲撃を受け、我が家の経済は揺れに揺れているのである。もう、激動の時代を迎えちゃってるよ、ウチは。まさにビッグバン……と言いたいとこだが、あいにく女王様は金融ビッグバンって言葉の意味を知らないので、まぁとにかくウチのビッグバンは、家計が大爆発しちゃってるってコトなのであった。
いやもう、なにしろ大爆発だからさぁ、火の車どころか業火に包まれちゃってるね。さすが、世紀末。ノストラダムスもさぁ、無責任に滅びの予言なんかする前に、ひとことアドバイス残しといて欲しかったよ。「うさぎよ、税金は払っとけ」ってな。
ハッ、そーか。人類滅亡のためにやってくる恐怖の大王って、もしかして税務署……なワケねーか。そんなモノに滅ぼされるのは私だけだっつーの!
しかし、このままでは誰よりも早く、ハルマゲドンを迎えそうな女王様なのである。ああ、悔い改めよ(しかし、今さら悔い改めても、税金ばかりは、どーにかなるもんじゃないと思うが)、滅びの日は近い……そんな危機感に煽られつつ、仕事もせずにTVをつけたら、巷《ちまた》はオウム復活とかで、これまた大変なのであった。そーか、ここにも、マトモに税金払ってねぇヤツらが……くそー、私も宗教法人になりてぇ〜〜〜〜!!!
ファックスよりバカな女[#「ファックスよりバカな女」はゴシック体]
五月二十日号の「読むクスリ」で、自分の不調をメーカーに報告するコピー機の話がありましたよね。あれを読んで、すっかり感心してしまった私である。
おお、なんて賢いコピー機だ! ぜひともウチのファックスにも、そんな機能が欲しいもんだ。
そう。そのような機能さえついていれば……と、私は哀しい目をして思い出すのだった。十年前のあの事件は未然に防げ、かかなくていい恥をかく必要もなかったであろうに、と……。
それは、私がフリーのコピーライターだった頃のコトである。ある日、取引先から、怒りの電話がかかってきたのだ。
「あのさぁ、朝から何度もおたくにファックス送ろうとしてんだけどさぁ、全然つながんないんだよね。どーなってんの?」
「ええっ、ホントですか!? 故障かもしれないんで、すぐにメーカーに連絡してみます!」
電話を切った後、私はチッと苦々しく舌打ちしたね。
まったく、このオンボロファックスめ! ついこの前、紙詰まりでトラブって修理したばかりじゃねーかよ。こんなに立て続けに故障するなんて許せん! メーカーに、ガツンと言ってやるぞ、ガツンと!
そんなワケで、鼻息荒くキヤノン販売にクレーム電話をかけた女王様だったが、まさか自分がガツンという目に遭うとはツユ知らず……。
「もしもしっ! また故障しちゃったみたいなんですけどぉ。早く来ていただけますっ!?」
「わかりました。では、お伺いする前に一度、こちらからテスト送信してみます」
「早急にお願いしますね! 仕事に支障きたしちゃうから!」
ところが、待てど暮らせど、メーカーからのファックスは送られて来ない。送られて来ないどころか、呼び出し音さえ鳴りゃしないのだ。
ちょっとぉ、何なのよ? キヤノンってば、忘れちゃってんじゃないの!? ますますもって、許せ───ん!!!
女王様の怒りはつのり、ついに「てめー、何してんだ、コノヤロー」電話をかけようと手を伸ばした、その時!
電話のベルが鳴り、受話器を取ると、キヤノン販売の人の申し訳なさそうな声が聞こえてきたのである。
「もしもし、あのぉ中村様……」
「あら、キヤノンさん? 今ちょうど、おたくに電話しようと思ってたのよ。ファックスのテスト送信とか言ってたけど、全然、送られて来ないじゃない」
「はい。その件なんですが、中村様。あの、大変申し上げにくいコトなのですが……」
キヤノンの人は、そこでホントに言いにくそうに、ゴクリと唾を呑んだ。
「こちらで調べましたところ、ファックスの故障ではないようなんです」
「はぁっ!?」
「あのぉ……中村様のファックスの回線が、NTTに……そのぉ……電話料金滞納で……止められているようなので……」
「ええ──────っ!?」
し、しまったぁ〜! そうだったのかぁ──っ!!!
あまりのカッコ悪さに絶句した私は、そのまま受話器を放り投げて逃げ出したくなったよ。
ああ、バカバカ! 中村うさぎの大バカ者! 料金滞納という事実もじゅーぶんに恥ずかしいが、それをファックスのせいにして、むちゃくちゃ傲慢な口調でクレーム電話かけた自分がもう、居ても立ってもいられないほど恥ずかし─────っ!
今すぐにでも夜汽車に乗って、どこか遠い所に行ってしまいたいと、私は本気で思ったね。穴があったら入りたいって言うけどさぁ、ホント、どこかの山奥に深い深い穴掘って、自分を生き埋めにしたい気分だよ。ちくしょー、こんなバカ女、我ながら生かしちゃおけねーぜ!
こうして、自らの怠惰と傲慢の罪により、今世紀最大の大恥をかいた女王様であったが……もしもあの時、機械の不調か否かが一目瞭然でわかるシステムだったら、あんなコトにはならなかったかもしれないのだ。
いや、関係ねーな、それは。たぶん、料金滞納癖と、それを自覚しないマヌケな性格が治らない限り、中村うさぎは同じ過ちを犯し続けるに違いない。
機械が賢くなっても、使う人間がバカじゃ意味ねぇってコトか。ああ……誰か私を改造して!
「エルメス熱」克服宣言[#「「エルメス熱」克服宣言」はゴシック体]
諸君、人間とは絶えず変わっていく生き物であるよなぁ。
ほんの数年前まで、女王様は自他ともに認めるエルメスファンであった。人気のバーキンやケリー(←バッグの名前ですよ、お父さん)は目につくそばから買い漁り、派手な柄のシャツやスカーフを得意げに身にまとい、マダームな気分に浸って街を闊歩していたものである。そりゃもう、あんた、凄ぇ鼻息で歩いてましたさ。お恥ずかしい。
ところが最近、異変が起きた。なんと女王様、エルメスに対する興味を急速に失ってしまったのである。まさに「豹変」という言葉がふさわしい、それは唐突な心変わりであった。
以前はエルメスと聞いただけで目の色が変わり、呼吸は荒くなり、血圧もググ──ッと上がって、気がつくと財布からカードを出して「それ、ください!」などと叫んでいたのに……今じゃ、「エルメス〜? いらねーよ、そんなもん」なんて畏《おそ》れ多い発言を、鼻クソほじくりながら余裕でかます始末だ。
いやぁ、変われば変わるもんですなぁ。てっきり、私は一生エルメスの下僕かと思ってたのにさ。諸行無常たぁ、このコトだよ。ああ、祇園精舎の鐘が聞こえる……。
しかし今にして思えば、私がエルメスにのめり込んだのも、かなり急激であった。確か、麻布に引っ越してきた途端に、熱に浮かされたように「エルメス、エルメス、ああ、エルメスなしじゃ生きていけない」状態になっちまったような気がする。
これもまた、かなり不自然な話ではないか。あの時、私の身に何が起こったとゆーのだ!
そこで私は、こう推理したのである。つまり、これは「エルメス熱」という麻布特有の風土病なのだ。見栄っ張りほど罹患《りかん》しやすく、発病すると「自分は金持ちである」という幻覚を抱いて、少しでも金持ちらしく着飾ろうと悪戦苦闘する。そういえば私の場合、ほぼ同時に「シャネル熱」も併発したっけ。げげっ、もしや、これも風土病!?
そうやって考えてみると、恐ろしいコトに、麻布は風土病の宝庫なのであった。幸いにも私はかからずにすんだが、住民のほとんどは明らかに「ベンツ熱」を発症しているし、他にも「高級大型犬熱」(「ゴールデン・レトリバー型」「シベリアン・ハスキー型」など、毎年、症状が変わるらしい)の患者なんか、もうウヨウヨいるよ。
以前は「ただの金持ち」としか思ってなかったが、このような人々がすべて風土病の犠牲者だったとは……ガァ──ン!!
もちろん、なかには全ての熱病にかかってる因果な人もいて、ベンツの後部座席の上に無造作に(でも、ちゃんと外から見える位置に)バーキンを置き、助手席にレトリバーを乗せて運転してる姿なんかを見ると、気の毒すぎて目頭が熱くなる。これでサングラスにシャネルマークなんぞついてた日にゃ、もう末期だね。悪いけど、助からないよ、あんた。
そう。この風土病は、不治の病なのである。発症したら最後、死ぬまで金を遣い続ける悪魔の病。「エルメス熱」と「シャネル熱」のおかげで、私も幾度も生死の境をさまよった(経済的にな)。まぁ、今でもさまよってるんだが、しかし! 人一倍生命力の強い女王様は、このたび奇跡的に「エルメス熱」を克服した、というワケなのだ!
素晴らしい! 自分で自分を誉め讃えずにはいられない。前々から転んでも起き上がる「七転び八起き」の女だとは思っていたが、周囲には「違うよ。七転八倒の女だよ」などと評価されており、正直、自信を失いかけていたのである。
ところが、見よ! まさに死の床から蘇るという快挙を成し遂げた女王様! 「エルメス」と聞いても鼻クソほじくるまでに回復した女王様! こーなったら「シャネル熱」の克服も夢じゃないぞ。えーい、シャネルがナンボのもんじゃあ〜〜〜っ!
なーんて盛り上がってた、その時……突然、シャネルから電話がかかってきた。新作のショートパンツが入ったという報告だ。うう……欲しいっ! ああ、もう辛抱たまらんわい!
民よ、すまぬ。今回だけは見逃してくれぇ〜っ……と叫びつつ、銀座に走る女王様であった。
チッ、負けたよ。やっぱ、シャネル菌は強ぇーや。
女王様、バルコニーの屈辱[#「女王様、バルコニーの屈辱」はゴシック体]
女が一生で一番見栄を張る瞬間といったら、そりゃもう「結婚披露宴」であろう。なにしろ、平凡な庶民がマリー・アントワネットのごとく着飾ることを許される、一生一度の機会だぞ。テンション上がって当然だい!
そーいえば、カンヌ映画祭の中村江里子の衣装もテンション高かったな。いくらドレスアップが当然の場所とはいえ、あそこまでスカート膨らませなくても……とは思ったけど、ま、あの方は庶民じゃないからねぇ。
で、女王様の場合、一生一度の晴れ舞台であるはずの結婚式を、一生に二度も挙げるハメになってしまった(バツイチだから)。ま、それでなくても普段から虚栄心とテンションの高さが人並外れた女王様、さぞかし豪華なドレスをお召しと思いきや、じつは一度目はそれほどでもなかったのである。
とにかく最初の夫が、そーゆー華美な装いを嫌うタイプでさ。私はなるべくシンプルなウェディングドレスを選んだのだが、それでも教会で初めて私のドレス姿を見た瞬間、彼は鼻にシワを寄せて「ケッ!」とヌカしたのであった。
男性諸君、こーゆー態度は、後々まで女の心に深〜い禍根を残すモノです。どうか、気をつけていただきたい。あの時、私の頭の中の「いつか殺してやる」リストの筆頭に、彼の態度はしっかりと太字でメモされたね。
そんなワケで、一度目が不発弾だっただけに、二度目の結婚衣装にかける女王様の意気込みはハンパじゃなかった。それこそマリー・アントワネットも愕然とするくらい派手なドレスを二着、レンタルしたのである。
ちなみに私、ウェディングドレス(お色直しも含めて)に関しては、意外にもレンタル派なのであった。いくら物欲強いったってね、あんなすげぇ衣装、二度と着る機会もないのに、わざわざ買おうと思いませんよ。あんなモノ買った日にゃ、またぞろ勘違いモードに入り、招かれてもいないカンヌ映画祭とかに無理やり乱入しちゃいそうで、あたしゃ自分が怖いっス。
ま、そーゆーコトで、私がレンタルしたのは銀色のウェディングドレスと真っ赤なお色直しドレス。両方で六十万円のレンタル料金は、高いのか安いのか、よくわからない。とりあえず、デザインといい色といい、テンションの高さは相当のモノだったと自認する。
そして、ドレスを試着した私は、鏡に映る女王様のような自分を見て、たちまち野望を抱いたのである。ああ、このドレスを着て、お城の高いバルコニーから群衆に花束を投げたーい! 湧き起こる歓声の中、バルコニーの手すりに片足かけて、ホーッホッホと高笑いするのよ!
想像してるうちにすっかりその気になり、危うく試着室の中で不気味な高笑いを放つところであった。すでにこの時点で、完全に正気を失っていたらしい。
こうして私は、結婚式当日、銀のドレスを翻して華麗に現れたのであるが、問題は、その場所であった。じつは私の結婚パーティは、招待客の九〇%がホモセクシャルであったため、新宿二丁目で行われたのだ。
ご存じ、ゲイの街・新宿二丁目。どっちを向いても、ホモかオカマかニューハーフ。そんな街で派手なドレスを着た私を見ても誰が花嫁と思うだろーか?
案の定、目映《まばゆ》いばかりのドレス姿で二丁目をノシ歩く女王様は、一度ならずオカマと間違えられた。それでも私は負けずに、お城ならぬホモバーの二階バルコニーに駆け上がったね。
さぁ、待ちに待った瞬間よ!
道端の群衆(全員ホモ)に向かって、女王様は意気揚々と花束を投げた……が、その直後!
なんとヤツらは、花束をキャッチするや、いきなり私の顔めがけて投げ返したのである!
こ、この無礼者ぉ〜〜っ!
当然、私はカッとしたね。何よ、私は女王様なのよ! あんたら平民は平民らしく、女王様の花束をありがたく拾いなっ!
「受け取れ、賤民ども──っ!」
「いらんわ、バカ女──っ!」
その後、神聖なるブーケトスの儀式は、女王様とオカマたちの壮絶な花束の投げ合いと化し、花嫁のブーケはアッとゆー間にボロボロになったのであった。
女王様はこの日を「バルコニーの屈辱」と名づけ、一生忘れぬコトにしたよ。ちくしょー、いつか私の靴を舐めさせてやる!
地雷を踏んだら、さようなら[#「地雷を踏んだら、さようなら」はゴシック体]
世の中には、ウカツとゆーか愚かとゆーか、そこに地雷が埋まってるのを知っていながら、わざわざ踏みに行って自爆するタイプの人間がいる……なんちゃって、他人事みたいに言ってるけど、じつは女王様もそのひとりである。
先日、女王様は某新聞の依頼で、その恐るべき地雷密集地に足を踏み入れるはめになった。場所は、ウェスティンホテル東京。その日、このホテルで、ブランド物のオークションが開かれたのである。
ここ最近、ずっと訴えているコトだが、女王様の経済危機は、もはやシャレにならんくらい深刻をきわめている。だから、できるだけブランド物のブティックなどには寄りつかないようにして、ひたすら平穏な日々を送っていたのだ。なのに……そんな私に、ブランド物オークションの取材とは……もしかして、イヤガラセかぁ──っ!?
だが、行くと決めたからには、腹をくくらねばなるまい。女王様は特攻服ならぬシャネルのワンピースに身を包み、悲壮な覚悟で戦場に赴いた次第である。
どんなに欲しいモノがあっても、入札なんて身の程知らずな真似しちゃいけないわ! わかってるわね、うさぎ。今のあんたは、一万円たりともムダ金遣える立場じゃないんだよ!
が、会場に一歩入るや、女王様はいきなり足がすくんだね。んもう、そこらじゅう、地雷だらけ。シャネル、エルメス、ルイ・ヴィトン……ありとあらゆる地雷が、女王様に向かって手招きしているではないか!
うわぁ、助けてぇ! こりゃ、無事に生きては帰れんわい!
たちまち尻に帆かけてドピューンと逃げ出したくなった女王様だが、なにしろ仕事だから敵前逃亡するワケにゃいかん。とりあえず席につき、新聞社の人に「今日は、私、何も買いませんからねっ!」と噛みつくような勢いで宣言し、ひたすら般若心経を唱えながらオークションの開始を待ったのであった。
そして……いよいよオークションが始まり、次々に登場するブランド物が激安価格で買われていくのを、女王様は歯ぎしりしながら見送っていた。プラダの八万円のバッグが二万円ほどで、フェラガモの十数万円のバッグがなんと一万円あまりで落札されていく。
ああ、ちくしょー、悔しい! べつにフェラガモのバッグなんて欲しくないけど、他人がそれを格安で手に入れる姿を見てると、女王様の心にムラムラと闘争心が……って、ダメよ、いけないわ! この無謀な闘争心のおかげで、これまで何度、買わなくてもいいモノを買ってきたんだ、中村うさぎ!
必死に自分に言い聞かせる女王様であったが、しかし……!
市価二十万円のエルメスの財布が登場した時点で、ついに堪忍袋がブチ破れた。司会の男性が、「では、この財布、三万円から行ってみましょう」と言って鐘をチーンと叩いた、その瞬間……!
「さ、三万五千円──っ!!」
女王様の上擦った声が、会場に響きわたったのである。
ああっ、女王様、ついに自ら地雷の上に片足乗せたぁ〜〜!
と、その時だ! すかさず背後から、若い女の声が、
「四万円!」
な、なんですってぇ〜〜っ!?
途端に、女王様の体内を流れる負けず嫌いの血が、紅蓮《ぐれん》の炎となって燃え上がったね。
ちょっと、あんた、誰に向かって挑戦してんのよ! 身の程知らずめ! 道をお譲り、このビンボー人っ(ビンボー人は、あんたじゃないのか、中村……)。
「よ、よ、四万五千円!」
「五万円!」
「五万五千円──っっ!!!」
「はい、五万五千円で落札〜!」
高らかに鐘が鳴った瞬間、ハッと我に返って愕然とした。
あ……ちょ、ちょっと待ってよ! もしかして、私、買っちゃったのぉ〜〜〜っ!?
チュド───ン!(←爆死)。
女王様、見事に地雷を踏んで、名誉の戦死。しかも、よくよく考えてみると、ここ数年、女王様は財布を欲しいと思ったコトなぞ一度もなかったのだ。欲しくもないモノに五万円もハタくな、中村のバカ───ッ!!
思わず会場で自己嫌悪の踊りを踊りたくなった女王様だが、その後、もっとショッキングな顛末が……とりあえず以下次号!
エルメスはサッチーのごとし[#「エルメスはサッチーのごとし」はゴシック体]
さて。先週号でブランド物のオークションに行き、例によってその場のムードに興奮して、欲しくもないエルメスの財布を意地になって競り落とした私、中村うさぎ女王様である。
それにしても、この女には、プライドとゆーモノがないのであろーか。つい最近、全国の文春読者に向かって「私、エルメス熱は冷めましたのよ。オッホッホ」などと、得意げに公言したばかりではないか。その舌の根も乾かぬうちに、さっそくエルメスに手を出すとは……病気、全然治ってねーじゃんかよっ!
しかも、よりによって、財布である。財布に入れる金もないクセに、五万五千円の財布買ってる場合か、中村うさぎ。高校生の頃、バイトの金つぎ込んでブランド物の財布を買ったおまえに、母ちゃんがしみじみ言った言葉を忘れたのか。
「あんたねぇ、何万円もする財布に千円札しか入ってないのって、かえって貧乏臭いわよぉ」
ああ……そのとおりだよ、母ちゃん。でも、四十一歳になっても、あんたの娘は相変わらず高い財布買って、貧乏臭さにますます磨きかけてますぅ〜。
ブランド物を買えば買うほど貧乏臭くなるという、なんちゅーか、じつに逆説的な人生を送る女王様なのであった。こんなコトでは、いつになっても、ヴァンサンカンのスーパー読者になれないわっ(←なる気だったのか、中村……)。
だが、それでも今回、わずかな救いはあるのだった。「二十万円の財布を五万五千円でゲットした」という、このお得感である。なんと、定価の約四分の一じゃないか。すごーい、やっぱり買って正解だったかも!
冷静に考えてみると、なぜ、こんなフツーの財布が二十万円もするのか、じつはそっちのほうが問題であるのだが、ま、エルメスだから仕方あるまい。何の変哲もない財布に二十万円の値段をつける、その非常識なほどの傲慢さ……それでこそ、エルメスなのだ。
ほら、そーゆー女って、いるでしょ? なんか知らんけど異様に態度が大きくて、それゆえ人は思わずひれ伏してしまう。一時期の野村サッチーが、それであった。あの頃の彼女は、まさに芸能界のエルメスだったのだ。学歴詐称だけど(苦笑)。
ま、それはともかく。定価の四分の一で財布を手に入れた私は、密かにこう考えたワケだよ。
「そうだ、この財布を質屋に売りに行こうではないか。まだ新品だし、半額で売れたとしても十万円……おおっ、四万五千円も得しちゃうじゃん!」
そう。貧乏人の女王様は、遣うコトより儲けるコトを考えねばならない立場なのだ。この財布が十万円に化ければ、それをキッカケに、わらしべ長者のごとくトントン拍子に金儲けできるかもしれない。素晴らしい! レッツ・ゴー、わらしべ計画!
そこで、鼻息荒く新宿のリサイクルショップ『アマポーラコメ兵《ひよう》』(←この名前って、いったい……)に駆け込んだ女王様であったが……!!!
買い取り窓口の茶髪の兄ちゃんは、二十万円のエルメスの財布をためつすがめつ眺めた後、
「三万五千円ですかね」
こ、こら、待てぇ〜っ!!! なんで三万なんだよっ!? ちょっと、よく見てちょーだい。エルメスなのよ、エルメス! 新品だよ、新品! 定価は二十万円なんだぞ、バカヤロー! 三万五千円って、あんた、五分の一以下じゃんか──っ!!!
だが、茶髪の兄ちゃん、涼しい顔で曰く、
「ウチもエルメス、余ってますからねぇ」
知らなかった……余ってたのか、エルメス。傲慢、高慢、自信満々のブランドの女王、エルメス。フツーの財布に二十万円の値段を平気でつける、強気のエルメス。だが、いつの間にかキミは質屋で在庫過剰となり、五分の一以下の値段で買い叩かれる立場になっていたのかっ!
まるで、売れてるのをいいコトに思い上がった挙句、気がつくと誰にも相手にされなくなってしまった芸能人みたいだ。驕れる者は久しからず。そーか、そーだったのか。やっぱ、エルメス=野村サッチーだったか。
そんなワケで、わらしべ計画は挫折し、女王様の手元には誰も欲しがらない財布が残ったのである。ああ、無情……頼む、誰か買ってくれ、六万円で!
水着のマダム、デパートで悶絶[#「水着のマダム、デパートで悶絶」はゴシック体]
夏が近づくと、若者たちはこぞって、新しい水着を買いに行く。だが、女王様は、ここ数年、水着なんか買ったコトがない。
なぜかとゆーと、もはや水着を着れるような体型ではないからだ。普段は若作りしている女王様だが、さすがに水着は年を隠せないもんなぁ。肌のハリとか贅肉とかさぁ……ううっ、老いていく自分が憎いっ!
しかし、つらつら考えてみると、あたしゃ若い頃から、水着にはロクな思い出がないのである。たとえば……。
花も恥じらう十八、九歳の頃。買ったばかりの水着で友人たちと海に行ったはいいが、水から揚がってふと自分の身体を見下ろした途端、ガチョ──ンと目ん玉が飛び出した。なんと、アンダーヘアが黒々と透けて見えてるではないかーっ! んもう、恥ずかしいなんてもんじゃないよ、あんた。「誰か、このまま私を砂に埋めてぇ〜っ!」てな心境だよ。
さらに、あれは二十代前半、初めてビキニを着た日のコト。ザッパーンと勢いよくプールに飛び込んだら、パンツがずり落ちて半ケツ状態(いや、ほとんど全ケツだったか)になってしまった。あれも恥ずかしかったなぁ。以来、私は二度とビキニを着なかったね。
しかし、それだけ恥をかかされたにもかかわらず、しかも年齢とともに海やプールに行く機会がガクンと減ったにもかかわらず、だ。愚かな女王様は、夏を迎えるたびにフラフラと水着を買ってしまう習慣を、つい数年前まで続けていたのである。
そして、ある時。エルメスのプリント柄の水着を買った女王様は、ついに一度もその水着を着るコトなく、夏を見送ってしまったのであった。
なんとも、もったいない話である。せっかくブランド物を買ったのに、一度も見せびらかす機会がなかったなんて、私の見栄っ張りの血が許さん!
そんなワケで、未練がましく水着を眺めていた女王様の頭に、ふとグッドアイデアが閃いた。
そうだ! 水着としては着れなかったけど、このプリントなら、スーツのインナーとしても、じゅーぶん通用するかも……!
さっそく試してみると、これがなかなか、いい感じである。元々、エルメスってのは、ブラウスもプルオーバーも皆、スカーフみたいな柄なのよ。その水着も、ご多分にもれずスカーフ柄であったので、スーツの下に着ても違和感がない。なんか、おしゃれなタンクトップに見えちゃうワケ。
すっかりご満悦の女王様は、その姿でショッピングにお出かけあそばしたのであったが……しかーし!!!
女王様は、重大なコトを忘れていた。それは、トイレである。
スーツの下に水着(もちろんワンピースタイプ)なんか着て、オシッコしたくなったら、どーすんだよっ!? デパートのトイレで丸裸になるつもりか、女王様!? それとも、股の部分をビヨーンと引っ張って、無理やり横から放尿する気か!?
どっちにしろ、正気の沙汰ではないのであった。ああ、せっかくグッドアイデアだと思ったのに、よもやこんな盲点が……「好事魔多し」とは、このコトかっ!?(←違うと思う)
デパートでそのコトに気づいた女王様は、高まる尿意と戦いながら、ただただ右往左往するばかりであった。
うっひょ〜、トイレ行きてぇ〜っ! でも、行けねぇ〜っ!
エルメスのスーツにエルメスのタンクトップ(じつは水着だけど)でキメたマダム(私のコトですよ、念のため)が、デパートの真ん中で、まさかオシッコ我慢して悶々としているとは……周囲の人々は思いもよらなかったに違いない。いや、私だって思いもよりませんでしたよ、こんな展開。
結局、何も買わずにデパートを飛び出してタクシーに転がり込み、自宅に着くや、「あひぃ〜〜っ!」などと意味不明の叫びをあげつつ、トイレに直行。早送りビデオのごとき勢いで裸になり、ようやく本懐を遂げた女王様であった。ああ、よかった、間に合って……。
もちろん、そのエルメスの水着は、それっきり箪笥のどこかにしまい込んで、今では行方不明である。いいんだ、べつに。思い出したくもないしな。水着なんか大嫌いだ、バカヤロー!
女王様、生涯最大の野望に目覚める[#「女王様、生涯最大の野望に目覚める」はゴシック体]
諸君、女王様はこのたび、今世紀最高額(自己記録)の衝動買いに直面し、またしても自分を見失いかけている。いや、たぶん、もう見失ってるな。ほとんど買う気だもん、この女。
それにしても、今回の衝動買いは、大物だぞぉ。シャネルで百万遣ったとか、そんなレベルの話じゃねーよ。なにしろ、四千万円だ……あ、今、眩暈《めまい》がしちゃった。あまりにも怖くて。
そもそもコトの発端は、私の住んでる麻布周辺を襲った、急激なマンション建築ラッシュである。もうすぐ地下鉄が開通するせいか、目を見張るような勢いで新築マンションが建っているのだ。雨後のタケノコたぁ、まさにこのコトさ。
そして、薬局のCMではないが「何でも欲しがるマミちゃん」状態の女王様、このような状況に無関心でいられるはずがない。
いや、正直な話、最初はたいして関心なかったんだよ、ホントに。ただ、散歩のついでに、ちょっとした好奇心から、
「ねぇねぇ、ちょっとモデルルーム覗いてみようよ」
「えー、買う気あるの、アンタ」
「いーじゃん。お気軽にどうぞ、って書いてあるよ、ほら」
このように、ホントにお気軽な気持ちで、夫を誘って足を踏み入れたのが、運のツキ。まさかモデルルーム覗いて、地獄を覗くハメになろうとは……ああ、日本一の地雷踏み女、中村うさぎ。一生に何度、爆死したら気がすむんだ、おまえはっ!?
そーなのだ。最初はマンション購入の意志なんぞハナクソほどもなかったクセに、感じのいい従業員にモデルルームを案内してもらい、あれこれと説明を聞いてるうちに、女王様の心にドス黒い欲望の暗雲がムクムクと膨れ上がってきたのである。
ああ、このマンションが欲しい! 今すぐ欲しい! 欲しいったら、欲しい───っ!!!
やれシャネルだヴェルサーチだと、資産価値のないモノに大金をつぎ込み、四十一歳にもなっていまだ不動産のひとつも持てず、賃貸マンション暮らしに甘んじてる中村うさぎ。でも、私は今、気づいたわ! 自分に足りないモノが何なのか……それは、マンションだったのよぉ〜〜っ!(←違うと思うぞ)
こうして、たちまち舞い上がった女王様は、従業員に導かれるままに商談用テーブルに座り、さっそくローンの返済計画などという具体的な話に突入してしまったのである。
「では、中村様。自己資金は、いかほどで?」
「じ、自己資金……?」
しまった。それがあったか。つまり、敵は私に、貯金がいくらあるかを尋ねているのだな? ふっふっふ、ならば教えてしんぜよう。
現金など、一円もないわっ!
そーなのだ。中村うさぎは、カード破産すれすれの人生綱渡り女。借金こそあれ、貯金なんぞは一切ない。いや、じつは少しあるのだが、聞いて驚け、その額二十四万円! この定期預金額は、二十代の頃から今日まで、一円たりとも増えたコトがないのである。どーだ、まいったか。頭金の二十分の一にも満たんわいっ!
だが、女王様は病的な見栄っ張りであった。十歳以上も年下の従業員に向かって、「私の貯金は二十四万円です」と正直に言うコトが、どーしてもできなかった。そこで、フフフと謎めいた微笑みを浮かべ、
「そーねぇ。ま、頭金として四百万円くらいなら……ねぇ?」
チラリと横目で隣の夫を窺ったが、夫は無言で目を逸らすのみであった。
しかし、精いっぱい見栄を張る女王様に、従業員の返事は、じつに衝撃的なモノだったね。
「頭金は四百万円ですね。では、諸費用が別に二百万円ほどかかりますので、ご用意いただくのは約六百万円となりますが……」
なんじゃ、そりゃーっ!?
恐るべし、不動産! 諸費用などという思わぬ伏兵の出現に、世間知らずの女王様は目をシロクロさせるばかりであった。
だが、こうなったら後には引けない(引けよっ!)欲望の亡者・中村うさぎ。とりあえず、「資金計画概算書」を握り締めてその場を辞したものの、以来、日夜眠れぬほどの懊悩《おうのう》に苛《さいな》まれている地獄の日々……ああ、またしても無謀な借金を重ねそうな自分が怖い! 女王様の欲望の行方は……次号に続く!
金がないなら、銀行からお借り![#「金がないなら、銀行からお借り!」はゴシック体]
今回の話は、前号で無謀にもマンション購入を決意した女王様のその後の顛末なのであるが、じつは女王様、マンションを購入しようとしたのはこれが初めてではないのである。
思い起こせば一年前。やはり近所に新築マンションが建ち、そのチラシに書かれた「頭金十万円から!」という素晴らしい謳《うた》い文句に心奪われて、女王様は後先考えずにマンションの販売センターに飛び込んだのであった。ああ、私は飛んで火に入る夏の虫……。
「す、すいませんっ! こ、この頭金十万円って……」
「あ、申し訳ございません」
営業の男は心なしか小ズルそうなイタチ目で微笑み、
「その物件は、ついさっき売れてしまいましてねぇ(ホントかよっ!?)、でも代わりにご案内できる物件はありますよ。どーぞどーぞ、こちらへ」
半ば強引に見せられた部屋に満足した女王様は、さっそく商談に入りましたとも。
「で、頭金十万円(←まだ、こだわってる)って話は……?」
「いやぁ、この物件は、頭金十万円ではちょっと……最低、百万円は入れていただかなくては」
百万円だぁ? 話が違ーう!
そもそも「頭金十万円」だからこそ、定期預金二十四万円の女王様の食指が動いたのではないか。なのに、いきなりゼロがひとつ増えてるじゃんかよ!
しかし、女王様はすでに物欲の虜《とりこ》。敵の術中にアッサリとハマっている状態だ。百万円……百万円なら、何とかなるかな?
「わかりました! 百万円くらい朝飯前ですわっ!」
何の根拠もなく営業マンに確約すると、速攻で家に帰って、ウーンと頭を抱えてしまった。
百万円、どうやって都合しようか。出版社の前借りは、すでに満タン状態。とてもじゃないが、貸してくれとは言いにくい。ならば……親かっ!? そーだ、親に借りよう。娘の散財に心を痛めている両親は、いつもいつも言ってるではないか。
「服やバッグに金遣うなら、マンションでも買いなさいよ。あんたも、もう四十なんだから」
浪費の尻拭いに親から借金するのは憚《はばか》られるが、今回はマンションの頭金だ、文句は言えまい。この私がマンションを買う気になったと聞いて、親は大喜びでホイホイと金を貸してくれるに違いない!
そんな甘い期待を抱いて実家に電話した私であったが……。
「アホか、おまえはーっ!」
事情を話すやいなや、六十五歳にしていまだ人格の丸くない父親から思いっきり怒鳴られた。
「百万円の現金すらない女が、何千万円もするマンション買う気になるなぁーっ!」
ホントにそうだぁーっ!
父よ、あんたは正しかった。私は目からウロコが落ちた思いで、マンション購入を断念したのであった。その時は、な。
だが、父よ、あんたの娘は懲りない女である。一年後、またもやマンション欲しい病に罹かっちまったよ。もはや、この女の愚行を止められるのはあんたしかいないが、しかし、あんたは妻とともに遠い旅の空(現在、ウチの両親はヨーロッパに旅行中なのである)。フフフ、止められるもんなら、止めてみやがれってんだ。やーいやーい。
そんなワケで、止める者のいない女王様は図に乗って、銀行にローン審査の書類を提出し、ただいま返事待ちの状態なのである。もしも銀行からOKの返事が来たら、間違いなく契約しちゃうね。だって、もう後には引けないもん!
ああ、それでなくとも借金女王として名を馳せてるのに、このうえ何千万円もの借金を自ら進んで抱えるとは……それでいいのか、私の人生っ!?
いーんだよ(キッパリ)。たとえ断崖絶壁に立たされても、欲しいモノは手に入れなきゃ気がすまない女王様だ。不動産は計画的に買うのが世間の常識かもしれないが、世間の常識なんてモノに言いくるめられてたら、今頃、私は作家になんかなってないし、こうして文春にエッセイ書くコトもなかったもんね。
私は私の道を強引に暴走するぞ! その代わり、決して夜逃げなんて卑怯な真似もするもんか。何があっても、払ってみせらぁ。こんな無謀な私の心意気に賭けて、三千万円くらいポンと貸してみろってんだよ、あさひ銀行! 返事を待ってるぜ!
ブルガリは、忘れた頃にやってくる[#「ブルガリは、忘れた頃にやってくる」はゴシック体]
女王様は、気の短い女である。TVドラマなんかで、「何年でも君を待ってるよ」なんてセリフを聞くと、思わず「アホか! 人間、そんなに待てるワケねーだろっ!」などとツッコミ入れてしまうほど、待つのが嫌いな女だ。そーいえば昔「待つわ」なんて歌もありましたね。世間には、待つのが好きな人もいるんだろーか。信じらんねーよ。
そんな女王様であるから、当然、買い物も待ったなしである。とにかく早い、早い。欲しいと思った瞬間、もうカード切ってるもん。「注文してから三年待ち」なんて言われてるエルメスのバッグだって、自分や知人が海外で即座にゲットしたモノばかり。「国内で注文して、ボケボケと三年も待ってられっかよ、バカヤロー!」というのが、エルメスに対する正直な感想だ。
ところが、ひとつだけ、この私が辛抱強く待って手に入れたモノがある。それは、ブルガリの指輪なのであった。
カタログでその指輪を見て気に入り、さっそく銀座のブルガリに足を運んだ私だったが、なんと「こちらはオーダーになりますので、半年ほどかかります」と、店員にキッパリと宣言されてしまったのだ。それでも欲しかった私は、珍しく「いいわ。半年、待ちましょう」などと、寛大な返事をしたのである。
ところがっ……!!!
半年後には指輪を注文したコトなどすっかり忘れてしまった女王様は、例によって預金通帳に一円も残さぬ豪快なムダ遣いの日々。特に新作の服やバッグが賑やかに店頭を飾る季節ともなれば、シャネルで百万円、ディオールで七十万円と、出版社の前借り枠をギリギリまで使い果たして買い物三昧。そこへ、突然、ブルガリからの電話だよ。
「ご注文の指輪が届きました。ご来店、お待ちしております」
「指輪ぁ? いったい何の……ハッ、そーいえばっ!!!」
いきなり後頭部をバコーンと殴られたような気がして、一瞬、マジに気が遠くなった女王様であった。
しまった、ブルガリの指輪! いくらだっけ? えーと、六十万円……あ、クラッ(眩暈《めまい》)。
まるで、昔の女から唐突に電話がかかってきて、忘れかけてた火遊びの代金を請求されたような……とでも言えば、男性諸君にも私の気持ちがわかってもらえるだろーか。しかも、その金額が十万や二十万じゃない。六十万だよ、ろくじゅーまん! そりゃ、眩暈もしようぞ、中村うさぎ!
そのうえ、申し合わせたように、シャネルとディオールからも次々に電話がかかってきた。
「先日、ご注文になったお洋服が届きました。ご来店、お待ちしておりまーす」
ああ、銀座のあちこちで、私を待ってる人がいる! シャネルで百万、ディオールで七十万、ブルガリで六十万……合計二百三十万、消費税入れたら二百四十一万五千円……うーん、ブクブク(←アワ吹いてる)。
しかし、踏み倒すワケにはいかないのだ。女、中村うさぎ、何があっても金はキチンと払うのである。シメキリは破るが、買い物の約束は破らんのじゃ。
そーゆーワケで、死刑囚のごとくガックリとうなだれて銀座に行った女王様。一日で三軒の店を回り、合計二百四十一万円分のカードを切ったら、三軒目のブルガリでしっかりアメックスからチェックが入り、「本当にご本人様ですか?」などと確認されてしまった。
ええ、本人ですとも。あんたねぇ、中村うさぎ以外に、誰がこんなバカ金、一日で遣うかっつーの。偽造カードで買い物する外人マフィアだって、もう少し遠慮するよ。私にタメ張る大バカモノって、世界じゅう探しても、エルトン・ジョンくらいだと思う……ま、あちらはバカのスケールが違うけどさ。なにしろ五十億円だもんな、カードの負債額。ダイアナに歌捧げてる場合か、エルトン・ジョン! いや、おまえこそ、エルトン・ジョンにツッコんでる場合か、中村うさぎ!
その後、ブルガリの指輪を質屋に持って行ったら、「二十五万円ですかね」だとよ。フザケんなぁーっ! 誰が二十五万円ぽっちで売るかいっ!
こうして、その指輪は現在も、私の太い指の上で輝いていますとさ。めでたし、めでたし……って、全然めでたくねーよっ!
銀行よ、女王様に金を貸せっ![#「銀行よ、女王様に金を貸せっ!」はゴシック体]
思い起こせば前々回、忘れもしないこのコーナーで、「あさひ銀行、三千万円くらい、ケチケチしねーで貸しやがれっ!」と、タンカを切った女王様であったが、その後、あさひ銀行の審査結果が出たのでご報告しようと思う。いわく、
「二千八百七十万円までなら貸してもいいです。あとは自分で何とかしましょう」
自分で何とかできるんだったら、最初から頼まねーよ、バカヤロー! 銀行のクセに、それくらいのコトもわからんのか!?
それにしても、微妙な値切り方をしてきたもんだ。じつは私の借り入れ希望額は三千二百二十万円だったのだが、それに対して銀行は三百五十万円値切ってきたワケだ。
三百五十万円……個人にとっては大金だが、銀行にしてみりゃ大した金額じゃあるまい。なぜ、この期に及んで、三百五十万円ぽっちをケチるのであろーか? どうせ二千九百万円も貸すんだから、この際、三百万円くらいドーンと上乗せしてくれりゃいいじゃん。でなきゃ「あんたには一円も貸さん!」と言い切るか、どっちかにして欲しい。
私に言わせれば、こーゆーチマチマした値切り方は「非常にビンボー臭い」行為である。
たとえばシャネルで五十万円のスーツを買う時に、「高いわねぇ。五万円マケなさいよ」と言ってるのと一緒だよ。シャネルまで来ちゃったら、そこはもはや、金銭感覚の違う別世界。四十五万円と五十万円なんて、大して変わらん世界なのだ。
どーせシャネルで値切るんなら、「なんでスーツが五十万円もすんだよぉ! 五千円にマケろぉ!」などと、とんでもない暴言を吐いてゴネて暴れるほうが、よっぽど愛嬌ある行為というもんである。
五十万円を四十五万円に値切るよーなセコい人間に、シャネルで買い物する資格はない。したがって、三千二百万円を二千九百万円に値切るよーな肝っ玉の微妙に小さい銀行に、住宅ローンなんて高額の融資を取り扱う資格なんぞ、ありゃせんわい! そーゆー銀行はなぁ、マルイとかアコムみたいに、学生相手に五万とか十万とかチマチマした金を貸してりゃええのんじゃ。わかったか、喝!(←頑固ジジイかよ、私は……)
そりゃね、いくら世間知らずの私だって、銀行が回収不可能な不良債権とやらに苦しんでるのは知ってるよ。だから、できるだけ安全な範囲で融資をしたいって気持ちも、まぁ、わかる。
だが、考えてもみて欲しい。三千二百万円も借りた人間が、二千九百万円までは無事に返して、いきなりたった三百万円を踏み倒すだろーか? んなワケねーじゃん! 踏み倒すヤツは、もっと大金を踏み倒すね。それとも私が全額踏み倒して逃亡した場合、あさひ銀行の人々は、「ああ、やっぱりやられちゃった。でも、二千九百万円でよかったねぇ。危うく三千二百万円も貸すとこだったよぉ」と、値切った三百万円について、手を取り合って喜ぶのだろーか?
うーむ、セコい。セコすぎるぞ、銀行! 値切った三百五十万円の根拠を教えろ──っ!
そんなワケで、微妙な値切り戦術にムッとした私は、結局、そのマンションの購入を取りやめた次第である。しかし……。
一度欲しいと思ったモノを、そう簡単に諦めきれない女王様。マンション購入熱はいっこうに冷めやらず、現在、心は新築マンションから中古マンションへと傾きつつある。やっぱ、中古のほうが広くて安いもんね。
で、今、女王様が検討してる物件は、築二十年の南麻布のマンション。九十九平方メートルもあって五千五百万円である。ただし内装は、このうえなくボロボロ(笑)。初めて見た時にゃ引いたよ、マジで。
でも、ここまでボロボロなら、丸ごとリフォームして新築同様にし、しかも自分好みの内装に仕上げる楽しみもある。新築だと、「なぜ、わざわざ、こんな壁紙をっ!? 責任者出て来い!」みたいなヤツもあるもんねぇ。
ただ問題は、ここでも銀行の融資額。女王様の自己資金(実際には前借り印税)限度は五百万円。それ以上は、逆さに振っても鼻血も出ねーや。後は公庫と銀行融資。公庫は問題ないから、すべては銀行にかかってる。
さぁ、今度はどこの銀行だ!? 女王様に金を貸せぇ〜〜〜っ!
受注会という名の蟻地獄[#「受注会という名の蟻地獄」はゴシック体]
ああ、今年も恐ろしい季節がやってきた。各ブランドがいっせいに秋冬物の新作を発表し、顧客を「受注会」と呼ばれる悪夢のイベントに招待して尻の毛まで抜いてしまうという、まさに地獄の季節である。
事情をご存じない男性読者のために、今回は、この「受注会」の様子を実況中継してみよう。
たとえば、シャネルの場合。まずは顧客に、新作発表ファッション・ショーの招待状が配られる。服の好きな女にとって、ファッション・ショーはディズニーランドなんかより百倍楽しい夢の世界。その誘惑に勝てる者は少なく、いそいそと会場に足を運ぶワケだ。
で、お茶など飲みながら優雅にショーを満喫し、会場を一歩出ると、そこには……!
ジャジャーン!!!!
たった今、ショーで見たばかりの新作の服が、宴会場いっぱいに所狭しと並べられ、店員たちが満面の笑顔とモミ手でズラリと待ち構えているのである。
その気合いの入った笑顔を見ただけで、フツーの人間は足がすくむね。目が合わないよう顔を背け、足早に通り過ぎようとしても、無駄である。
「あら、中村様!」
顔見知りの店員が駆け寄ってきて、甘い声で囁く。
「いかがですか? お気に入りの服は、ございまして?」
「や、まぁ……その……」
「ちょっと、ご試着だけでも。そうそう、これなんか、中村様にぴったりですわ!」
ここでいつも私の脳裏をよぎる台詞は、時代劇でお馴染みの、「うっ……持病の癪《しやく》がっ!」というヤツである。仮病でも使わぬ限り、この場を逃げ出すのは不可能だ。だが、演技力に自信のない私は、たいてい曖昧な笑みを浮かべたまま、店員に手を取られてズルズルと試着室に引きずり込まれてしまうのだ。
ああ〜、誰か私を助けて〜!
宴会場の壁にズラリと、まるで電話ボックスのように並ぶ試着室。そこでは、マダム、お嬢様、正体不明の成金女に水商売系……ありとあらゆるタイプの女たちが汗だくになりながら、店員が次々に持って来て勧める服を脱いだり着たりしている。
その光景は、デパートの特設会場のバーゲンと、ほとんど変わらない。シャネルに言わせれば「全然違いますっ! まず客層からして違いますわっ!」てなコトだろーが、悪いけど本質的には一緒だよ。
なにしろ、そこに渦巻くミもフタもない欲望ときたら……女たちの発散する物欲と虚栄の放射熱によって、会場の温度は一気に五度くらい上昇しているに違いない。そんな中、女王様のようなお調子者は、たちまちポーッとノボせ上がって前後不覚となるワケである。
「まぁ、お似合いですわっ!」
「じゃ、これ、いただくわっ!」
高らかに宣言する顧客の声が、隣の試着室から響きわたる。女王様の負けず嫌い魂が、途端にムラムラと燃え上がる。
いったい、隣の女は、どんな女なのかしら……?
さりげなく試着室から首を出して窺うと、「てめーがシャネル着るんじゃねぇっ! 勘違いもほどほどにしろーっ!」てな感じのチビ・デブ・ブス(でも金持ち)の三重苦ババアだったりして、そーゆーのを見るとまた、女王様はますますいきり立ち、ほとんど喧嘩腰で店員を呼びつけるや、
「ね、お隣の方のお洋服、私も、あれ、試着したいわっ!」
「はいっ、ただいま!」
小走りに去っていく店員の後ろ姿を見送りつつ、フンッと鼻息荒く試着室で仁王立ちする女王様(←パンツ一丁)。さっき仮病を使って逃げ出そうとしていた自分と、我ながら同一人物とは思えない変わり身の早さである。
そして、こうなったら、もはや私は、シャネルの思うツボにハマッて這い上がれない蟻ん子状態。アレもコレもと注文し、アッとゆー間に百万を越す大散財だが、本人はまだ気づいてない。たいてい帰宅するタクシーの中でハッと我に返り、「ちくしょー、またかぁーっ! またシャネルにやられちまったのか、中村ぁ──っ!!!」と、断末魔の叫びをあげるのであった。
どーです? 身の毛もよだつ恐怖体験でしょ?
受注会の中村うさぎは、『リング』の貞子より怖い。誰か、映画化してくんないかなぁ。
銀行より、非情なる回答[#「銀行より、非情なる回答」はゴシック体]
さて。前回の話をお読みになった方々は、この世に「シャネルの受注会」という阿鼻叫喚の蟻地獄が存在することを知って、恐怖にうち震えていらっしゃることと思う。
このシャネルの罠に、毎度毎度ウカウカとハマっては、満身創痍で帰途につく懲りない女王様。誰か、この女の辞書に「学習」という文字を書き込んでいただきたいものである……などと思っていた、その矢先!
思わぬキッカケで、女王様は突然、シャネルの悪夢から醒めたのであった。そりゃもう人が変わったように、唐突に決意してしまったのである。
「もう、シャネルの受注会には行かないわ!」
決意の証に、銀座シャネルから送られてきた受注会の案内を、ビリビリと引き裂いてしまった。一生続くかと思われた中村うさぎのシャネル熱を、急激に冷ましたそのキッカケとは何だったのか……?
答は、不動産である。
しばらくご報告してなかったが、女王様の不動産熱は、決して鎮静化されたワケではなかった。鎮静なんてもんじゃないよ、あんた。その欲望は野火のようにアッとゆー間に燃え広がり、とんでもないコトになってしまっていたのだ。
最初、四千万円のマンションから始まったのはご存じのとおりだが、あれこれと贅沢言ってるうちに、数日間でアレヨアレヨと価格がエスカレート。しかも、たわむれに住宅展示場なんかに足を運んだのが運のツキで、居並ぶ豪邸にすっかり眩惑された女王様、ついには八千万円の土地付き一戸建て(注文住宅)の野望まで抱くにいたったのである。野望を持つのは勝手だが、それは無謀というのだ、中村!
女王様の無謀に巻き込まれた不動産屋さんには、まことにお気の毒としか言いようがない。
だが、この短くも美しく燃えた数日間に、女王様は心の底から思い知ったね。
つねづね「世の中、金だ」と思っていたが、その言葉には、ほんの一カ所だけ、脱字があったのだ。正しくは、「世の中、現金だ」なのである。
いくらシャネルやエルメスを持ってても、現金のない女に、銀行はハナも引っかけない。ええ、銀行なんかに期待した私がバカでしたよ。不動産界は、自己資金という現金だけがモノを言う世界だったのだ!
この非情な掟を思い知らされた女王様は、深く心に恨みを抱きつつ、こう誓ったのである。
「くそぉ〜、金貯めてやるっ! 一千万円貯めてやるっ!」
とんでもない金額だが、目標は高いほうがいいもんね。
そんなワケで、シャネルの受注会なんか、行ってる場合じゃなくなったのである。そこで心を鬼にして招待状を破った健気な私なのだったが……。
数日後、某出版社の女性から電話がかかり、明るい声でこう誘われた。
「中村さん、シャネルのショーには行かれました?」
「いやっ、私、今年は……」
「あ、じゃあ行きましょうよ。編集部に案内状が来たんです」
「………」
ううっ、見たい! でも、ショーに行ったら、その後に恐怖の受注会がっ……!!!
「あ、大丈夫です。マスコミ向けのショーだから、受注会はないと思います」
「えっ、ホント!? 行くっ!」
即座に返事をした女王様は、いそいそと会場に出かけたね。受注会のないショー……そんな夢のよーなモノがあったとは!
が、しかし!
確かに受注会はなかったし、無事に帰宅した私ではあったが、玄関に入るやいなや靴を脱ぐのももどかしく受話器を取ると、
「もしもしっ!」
日本橋高島屋の外商に、速攻で電話をかけたのであった。
「そちらのシャネル、受注会は終わりました?」
「いえ、まだです。ちょうど本日、ご案内状を……」
「送ってくださいっ! どーしても欲しい服があるのっ!!」
ああ……またしても、自らシャネルの蟻地獄へと身を投じた女王様。ショーを見た途端、ムラムラと欲しくなり、どうにも我慢できなかったのだ。
今にして思うと、あの出版社の女性も、シャネルから差し向けられた刺客だったのでは……シャネルめ、恐るべしっ!
女王の野望、風と共に去りぬ[#「女王の野望、風と共に去りぬ」はゴシック体]
ところで前回もチラリとお伝えしたように、女王様の「家が欲しい!」という壮大な野望は、厳しい現実に阻まれてあえなく挫折したワケであるが、今回はその挫折の次第をつまびらかにしようと思う。聞くも涙、語るも涙のその顛末とは……。
今にして思えば、女王様の妄想が果てしなく道を踏み外し始めたキッカケは、「住宅展示場」であった。広い敷地に建ち並ぶ豪邸を目の当たりにした瞬間、私の野望は現実から大きく逸脱したのである。住宅展示場……そこは、私のように夢を見やすいタイプが決して足を踏み入れてはならない、魔境だったのだ。
たとえば、私の心を奪った豪邸は、こんな感じであった。
玄関を入るやいなや、広々とした吹き抜けのロビー。正面には、映画『風と共に去りぬ』で、スカーレット・オハラが長いドレスの裾をつまんで駆け降りてきたような、大きな階段。
それを見た途端、私の心に悪魔のような妄想が芽生えたのだ。
そうだ! 私にはマンションなんて似合わない! こんな家を建てて、スカーレット・オハラのようにドレスをなびかせながら階段を駆け降りるのよっ!
四十歳を過ぎたチビデブ女がそんな格好で階段を駆け降りて来たら、さぞかし来客は困惑するであろうとか、あるいは、ドレスの裾を踏んで階段転がり落ちて首の骨折るんじゃねーかとか、そんな懸念はいっさい私の頭に浮かばなかった。要するに、舞い上がっていたのである。毎度のコトながら、舞い上がりやすい女なんだよ、こいつは。
で、その舞い上がった気持ちのままに女王様は不動産屋に駆け込み、こう訴えたのだった。
「やっぱりマンションやめます! 都心に土地を買って、注文住宅を建てるのっ!」
不動産屋は、引きつった笑いを浮かべ、こう言ったね。
「それは素敵ですけどね。中村さん、ご予算に問題が……」
「でも、一戸建てが欲しいんだもん! 港区じゃなくていいから(←アタリマエだろっ!)」
「わかりました」
どうやら、この女に何を言ってもムダだと察したらしい。不動産屋の男は力なくうなずくと、
「では、中村さんのご予算でギリギリ買える一戸建てをご案内しましょう。とりあえず、見てください」
こうして案内されたのは、都内某駅から徒歩一分、十五坪弱の敷地に無理やり建てたスリムな三階建ての建売住宅。階段はあくまで狭く、ドレスで駆け降りるのは至難の業だが、それはまぁ百歩譲るとして……。
「立地は便利ですよ。駅から歩いて一分……●×△■○!!!」
不動産屋の声は、突然響きわたった轟音に掻き消された。何事かと窓を開けると、目と鼻の先五十センチくらいを疾風のごとく駆け抜けていく電車……。
「いや、駅前ですからね、ちょっと電車の音がうるさ……」
ガガガガガ───ッ!!!!
再び電車が通り過ぎ、家はガタガタと揺れて、不動産屋の顔が三つか四つにダブって見えた。
「あ、あのぉ……これは……」
「ま、一階はアレですけどね、三階は眺望がいいんですよぉ」
促されて三階に上がり、窓をガラリと開けて見渡すと……いきなり、駅のホームに立つ人と至近距離で目が合っちまった。
「………」
我々は気まずく互いの目を逸らしたのだが、その時、女王様の脳裏を横切ったのは、青春時代に流行った『神田川』という歌の物悲しいメロディであった。
「窓の〜下には〜神田川〜三畳ひと間の〜小さな下宿〜あなたは私の指先見つめ〜悲しいかいって聞いたのよ〜〜」……って、ちょっと待て! 悲しいよ、悲しすぎるよっ! なんで四十一歳にもなって、今さら貧乏くせぇ七〇年代フォークの世界で暮らさなきゃなんねーんだぁっ!
「ううっ……」
絶句する私の耳許で、気の毒そうに不動産屋が囁いた。
「これが、中村さんの今のご予算で買える現実なんですよぉ」
ガチョ─────ン!!!!
このひと言で、女王様の夢は木っ端微塵に砕け散ったのである。ああ、私の野望が……スカーレット・オハラがドレスを翻し、風と共に去って行く〜!
さよ〜ならぁ〜〜……。
ま、そんなワケなのさ。でも、女王様は落ち込まない。明日は明日の風が吹くもんね、フン!
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[#小見出し] 夢破れて、シャネルあり[#「夢破れて、シャネルあり」はゴシック体]
悪夢のウ○コ三連発[#「悪夢のウ○コ三連発」はゴシック体]
諸君、この一週間は、女王様にとって一生忘れられない「悪夢の一週間」であった。なにしろ女王様は、このわずか七日の間に、総額九十五万円のブランド物を失うはめになったのだ。
そもそもの発端は、ペットショップで衝動買いしてしまった仔猫であった。フワフワの毛皮に包まれた、天使のように愛くるしい仔猫。しかし彼はじつは悪魔の申し子であったらしく、我が家に着いたその夜のうちに、私の六十万円のディオールのスーツの上にブリブリとウンコをしてくれたのである。
「きゃ──っ、何これ──っ!?」
あまりのショックに、女王様はマジに失神しそうになったよ。
「このバカ猫! あんたなんか、今日からウンコと呼んでやる!」
そんなワケで、新しく家族になった仔猫の名前は、即刻「ウンコくん」に決まったのであったが、ま、それはともかく。
女王様の怒り冷めやらぬ翌日、もっと信じられない事件が起きたのである。
その日、某出版社の人と食事をしていた女王様は、帰りのタクシーでのっぴきならない下痢の発作に襲われ、額に脂汗にじませて飛ぶように帰宅したのはいいが、自宅の玄関からトイレまでのわずかな距離を持ちこたえられず……。
「ああ、もうダメ〜〜ッ!!」
女王様の断末魔の悲鳴が虚しく玄関に響きわたった時には、すでに口に出すのもはばかられる惨事が勃発していたのであった(実話であるぞ)。いやもう、あんた、そりゃ大変な光景さ。
悲鳴を聞いて駆けつけた夫は現場をひと目見るや言葉を失くし、猫を抱えて別室に避難。一方、妻は己の不始末に呆然としながらシャワーを浴び、汚れたワンピースを洗おうとするも途中で自己嫌悪のあまりヒステリーを起こして、
「キィ──────ッ!!!」
パンツもストッキングもワンピースも、ぐちゃぐちゃに丸めて捨ててしまった。
この時の気持ちを、どう表現すればいいのだろうか。いや、玄関先でウンコ漏らした人間にしか、この痛みはわかるまい。私は一瞬、自分という人間には本当に生きている価値があるのかどうかと真剣に疑ったよ。
この世に生んでくれたお母さん、あんたの娘は四十一歳にもなって、思いっきりウンコ漏らしちゃいました。こんな私だけど、生きてていいのっ!?
ちなみに、その時捨てたワンピースはヴェルサーチ、十八万円の品であった。前日は猫への怒りに燃えた私だったが、今回はさすがに自分を責めるしかない。でも、責めても金は戻って来ない。ああ無情……。
それにしても、二日連続でこんな目に遭うとは、これはもう尋常ではなかろう。猫はともかく、私の場合、日頃からしょっちゅうウンコを漏らしてるワケでは決してないのである。そうだ、これは私が悪いんじゃない。何かに呪われてるんだわっ!
女王様は敵の多い人間である。傲岸不遜にして傍若無人、「パンがなければケーキをお食べ」な人生を歩んでいるうちに、いつの間にかたくさん敵を作ってしまったのだ。いつかは民衆の怒りが爆発してギロチン台に送られそうな気もするが、その前に、敵は私に悪霊を送ってイヤガラセしてるのかもしれない。
そうよ、きっとそうだわ。誰かが私にウンコの呪いをかけたのよ! でも、なぜウンコ?
と、その思いを裏付けるかのように、数日後……例の仔猫が再び、やってくれた。今度は動物病院に連れて行った折に、ルイ・ヴィトンのボストンバッグ(十七万円)の中にブリブリッと……しかも、その足で私の胸によじ登り、Tシャツにウンコの足跡をベッタリとつけてくれたもんだから、私は病院からの帰り道、ウンコの臭いをプンプンと撒き散らしながら町を歩くはめになったのである。
まさに、これは拷問であった。信号待ちで隣に人が立つたびに、「あ、この女、ウンコくせぇ!」なんて思われてんじゃないかと心配し、「ち、違うのっ! この臭いは、私のウンコじゃないのよっ! イヤッ、そんな目で私を見ないでぇーっ!」と、叫び出したくなったくらいだ。
ああ……この場を借りて、私は広く世間に訴えたい。女王様にウンコの呪いをかけた方、私が悪かったっス。頼むから、もう勘弁してくださーいっ!
家はいらない、毛皮が欲しい![#「家はいらない、毛皮が欲しい!」はゴシック体]
先月、私はこのページで「一千万円、貯めてやる!」などという暴言を吐いたような気がするが、読者の方はどうぞ、そのコトを速やかに忘れていただきたい。なぜなら、本人がすでにその決意を速やかに水に流してしまったからである。今の心境は、以下のとおりだ。
一千万〜〜〜っ!? 無理、無理。誰に向かって言ってんだ、そんなタワゴト。私はムダ遣いの女王様なのよ。貯金なんか、できるワケねーだろっつーの!
そーなのだ。つい数日前、私は、住宅購入積立貯金の記念すべき第一回分に充てるつもりだった印税を、きれいさっぱり遣い込んでしまったのである。それも、たった一日でな。貯金に回す金なんか、もう一銭も残ってないよ、悪いけど。
それでは、中村うさぎの幻の住宅購入資金は、いったい何に化けたのか……答は、シャネルとグッチざますわ、ホッホッホ。ええ、またやってしまったんですのよ。まったく、懲りない女ですこと、オホホホホッ(←ちょっと涙目)。
そもそもの発端は、帝国ホテルで催された「シャネルの受注会」であった。以前にご報告申し上げたとおり、私は銀座シャネルの受注会の誘いを、心を鬼にして振り切ったのである。が、その後、悪魔の陰謀によって、自ら日本橋高島屋のシャネル受注会地獄に身を投じてしまった。そして……。
ええ、買いまくりましたとも。親の仇のように、金を遣いまくったさ。最初はワンピース一着の予定だったのに、気がつけばワンピース二着、ジャケット二着、セーター一枚、バッグ一個……合計金額が百万を越えた頃には、私は、結婚式で調子に乗って呑み過ぎたオヤジのごとく、完璧にデキ上がっておりましたわい。「ウィー、ヒック、ちくしょー、矢でも鉄砲でも持って来──い、ガッハッハ」てなもんだ。ちなみに、酒は一滴も呑んでない。シラフでここまでハイになれる人間を、私は自分以外に見たコトないね。
でもって、テンパって三白眼になったまま、フラフラと会場からさまよい出た女王様であったが、何を考えたか、そのままタクシーに飛び乗って青山へ。そして、青山のグッチで百八十万円の毛皮のコートを見るなり、
「これ、くださいっ!」
「でも、お客様、これはサイズが少し小さ過ぎ……」
「それじゃ、私のサイズを取り寄せろってんだぁ! ウィー、ヒック! てやんでぇ!」
まさに、酔っ払いである。この女は、なーんにも考えてないのだ。住宅購入計画どころか、明日からの生活費も、猫の餌代も、何もかも……現実がスッポリと頭の中から抜け落ちて、もうピーヒャラドンドンのお祭り状態なんである。
これが結婚式の酔っ払いオヤジなら、妻や息子が「お父さん、いーかげんにしなさいよっ!」と襟首掴んで連れ戻してくれるのだが、不幸にも私には現実に引き戻してくれる相手がいない。
「夫はどーした」と言われそうだが、彼は私の買い物にいっさい口を出すまいと決めているようなフシがある。ま、触らぬ神に祟りなし、といった心境であろうか。たぶん、結婚する時に、何か覚悟を決めたのだろう。余人には窺い知れぬ、悲壮な覚悟を……ああ、夫よ、すまーん!
そんなワケで、その日、シャネルとグッチで総額三百万円を越す大盤振舞をした女王様は、一夜明けて翌日、人が変わったように眉間にシワ寄せて自己嫌悪に苦しむのであった。これもまた、酔っ払いの宿酔《ふつかよ》いと同様、恒例の行事である。しばらくウンウン唸《うな》ってはいるが、時間がたてばケロリと復活し、TVを見てガハハとか笑ってる自分が情けない。でもねぇ、仕方ないっしょ。クヨクヨしたって、遣った金が戻って来るワケじゃなし。ま、こんな女に生まれついちゃったんだから、こんな人生を歩むほかないのさ。
諸君、女王様はたぶん一生、自分の家なんか持てないであろう。グッチの毛皮を着て、シャネルのバッグ持って、賃貸マンションで暮らし続ける女なのだ。狭いながらも楽しいマイホームなんか、私には似合わない。どーせ住むなら、豪邸よ。それが無理なら、宿なしで結構ざます。たとえホームレスになったって、シャネルのショッピングバッグで放浪する……それが私なのだ。
私を地獄に連れてって![#「私を地獄に連れてって!」はゴシック体]
女王様は、現在、ひじょーに貧乏である。というのも、前回お伝えしたように、うっかりと三百万円も買い物してしまい、入金予定の印税をすべて使い果たしてしまったからだ。
我が家には、もう一円たりともムダに遣える金はない。いや、ムダ遣いどころか、食うにも事欠く有り様だ。とか言って、食ってるけどな、しっかり。
そんなワケで、やむをえず節約モードに入った私は、しばらくブティックというモノに近づかないよう、厳しく己を律していた。特に銀座並木通りと紀尾井町ニューオータニ付近……このふたつは、女王様にとって恐怖のトワイライト・ゾーン。通り沿いにびっしりとブランド物のブティックが立ち並び、端から端まで歩くと尻の毛まで抜かれるという、まさに地獄の買い物横丁である。
女王様は、このふたつの地域で定期的に尻の毛を抜かれ続け、今ではほとんど永久脱毛状態だ。もうツルンツルンだぞ、ケツの穴。見たいかね、民よ?
さて、そんなワケであるから、貧乏で弱ってる時の女王様は、決してこのあたりに足を向けない。この雑誌を出してる文藝春秋は紀尾井町にあるのだが、この会社にだって、私は一度しか行ったコトがないのである。だって、怖くて行けないよ。絶対、無傷じゃ帰れないもん。
ところが……運命とは、かくも残酷なモノであろーか。あんなに避けていた紀尾井町に、どうしても行かねばならぬ用事ができてしまった。しかも目的地は、恐怖のブランド通りのド真ん中、「フェンディ」のショップである。友人の誕生日プレゼントに、フェンディのバッグを贈ることになったのだ。
あな、恐ろしや。バックリと口を開けた地獄の釜に飛び降りるような気持ちで、私はビクビクとフェンディの店内に足を踏み入れた。そして……。
棚の上に並ぶバッグに素早く目を走らせた、その途端!
ジャジャ────ン!!!!
運命の銅鑼《どら》が、私の頭の中で鳴り響いたのであった。
そーだよっ! ひと目惚れしちゃったんだよ、またもやな。
「ねぇ、向こうにあったよ。○ちゃんが欲しがってたバッグ」
夫が背後から話しかけてきたが、私は吹雪の中の笠地蔵のごとく、棚の前で微動だにせず固まっているばかり。
「???」
夫は私の視線をたどって棚の上のバッグを一瞥するや、
「あんたっ、自分が欲しくなったデショ!」
コクリ、と、私がうなずく。
「だめヨ! 今日は、プレゼント買いに来たデショ!」
「………」
「○ちゃんにあげるバッグ、向こうの棚にあったヨ。行こう」
「……………」
頑として動かない女王様。棚の上のバッグをひたと見つめるその目は、スーパーの菓子売り場で好物のチョコを見つけた幼児のごとし。
さぁ、こーなったら、テコでも動かんぞ、この女。もはや、友達のプレゼントなんか、知ったこっちゃねーやい!
「そんなに欲しけりゃ買えば?」
ウンザリした口調で、夫が言った。「もちろん、あんたの金でね」という含みが、その言葉にはある。
「でもぉ、今月、お金ないしぃ」
「じゃ、やめれば?」
夫のバカッ! 嘘でもいいから、「じゃ、買ってあげる」という一言が、なぜ言えん……って、言えねーよな、そりゃ。そんなコトうっかり言った日にゃ、今度は夫の尻の毛が一本残らずなくなっちまわぁ。
「か、買っちゃおーかな……」
「いくら?」
「二十四万円……」
「…………」
今度は、夫が黙る番だった。が、その沈黙を「無言の同意」と受け取った私は、間髪入れず、
「これ、くださいっ!」
「ありがとうございます。では、さっそくお包み……」
「待って、まだあるの。アレとコレと……えーい、ソレもっ!」
結局、その日の買い物は五十万円であった。ふぅ〜〜。
諸君、紀尾井町はやっぱり地獄の釜である。うっかり開けると、大火傷。現在、カチカチ山の狸のごとく、悶え苦しんでる女王様だ。そのうち、泥舟に乗って沈んでいくんだろーな。ぶくぶくぶく……(合掌)。
カップ麺は特別な御馳走[#「カップ麺は特別な御馳走」はゴシック体]
先日、読者の方々から寄せられたお手紙をまとめて読んだところ、じつに大勢の方が、女王様に対して本気で怒ってらっしゃるのであった。曰く、
「慎ましくマジメに生きてる人間もいるというのに(←自分のコトらしい)、不愉快な女だ」
「こんな良識のない文章を掲載するとは、文春の見識を疑う」
「年に二千万円も遣うなど、自慢話もいい加減にしろ」(←でも、借金なので自慢にならないんですよ、ハッハッハ)などなど……いやはや、じつに多くの民が義憤に燃えているのであった。やっぱ、そのうちギロチン台に送られるな、この女は。
さて。このような批判に反論する気もないし、また反論できる立場だとも思ってないが(確かに非常識だし)、しかし、たまには人心に鑑みて、慎ましやかで庶民的な「良識」あるエピソードなど、ご披露してさしあげようではないか。
そんなワケで今回は、女王様のとても素晴らしく貧乏臭い食生活の話である。
女王様ともあろうお方なら、ブランド物に身を固め、「オテル・ドゥ・ミクニ」とか「タイユヴァン・ロブション」などという高級フレンチレストランで、夜ごと優雅にディナーをお楽しみなのであろう……と、読者の方々は思ってらっしゃるかもしれない。が、それは大きな誤解とゆーモノだ。女王様の食生活は、ほぼ九〇%、コンビニ弁当と宅配ピザとファミリーレストランで占められている。
なぜなら、服にお金を遣い過ぎて食費を切り詰めざるを得ないのよ……などと言うと、義憤に燃えていた人々も少しは溜飲が下がろうってもんだが、あいにく、そーゆー問題ではない。ホントの原因は、
「出かけるのが面倒臭いから」
これなのであった。
諸君、女王様は金にだらしないだけでなく、生活全般にだらしない女だ。部屋は片づけないし、洗濯物は溜め放題。そして、着替えるのが面倒だからと、一日じゅう寝間着(夏はTシャツと短パン、冬はジャージ)でゴロゴロ過ごすような女なのだ。そこらへんのオバチャン主婦と寸分も違わぬ、じつにグータラなライフスタイルである。
もちろん、自炊などもいっさいしない。以前、『聡明な女は料理がうまい』とかいうタイトルの本があったが、どうやら女王様は聡明ではないらしく、んもう、めちゃくちゃ料理がヘタなのだ。そのうえ、超がつくほどのナマケ者。こんな女が、台所に立つワケないでしょ。
引っ越して来て五年、我が家のガスコンロは、お湯を沸かす目的以外に使われたためしがない。しかも、この「お湯を沸かす」儀式すら、月に一度あるかないか……コンビニ弁当に飽きて、しぶしぶカップラーメンを作る時くらいのモノなのだ。我が家におけるカップラーメンの位置づけは、「特別な御馳走」である。なぜなら、「面倒臭いのを我慢して、女王様がわざわざお作りになる食べ物」だからだ。
先日も、何がなんでもどうしても「どん兵衛天ぷらそば」が食べたくなった女王様は、じつに久々に湯を沸かそうとしたのだが、あまりに長い間放置されていたためか、しばらくガスコンロの火がつかなかった。いやぁ、一瞬、ガス止められたのかと思ったよ。光熱費、よく滞納するしさぁ。
と、このように、女王様の食生活は、まことに慎ましやかで庶民的なのであった。どうだね、義憤に燃える民よ。「おっ、我が家のほうが、いいモノ食ってるぞ。ざまぁみろ、中村うさぎ」と、いい気分になっていただけまして? まぁ、もしかすると、「何が慎ましやかだ! 単に、てめぇが怠惰なだけだろっ!」と鋭く見抜いて、ますます腹の立った方もいらっしゃるかもしれませんわね。ならば、申し上げましょう。
中村うさぎは、怠惰で見栄っ張りで、箸にも棒にもかからないバカタレ女である。借金してまでブランド物を買いまくり、とどまるところを知らぬ物欲で自分の首を絞めつつ、坂道を転がり落ちていく女。ライク・ア・ローリング・ストーン……転がる石は苔むさないけど借金だるま、と、こーゆー女なんでございます。こんな女が周りにいたら、そりゃ、私だって許せんよ。でも、その女が、他ならぬ「自分」なんだもんなぁ。一生、付き合ってくしかないのであるよ。ああ、因果な人生だこと。
ああ、憧れのオートクチュール[#「ああ、憧れのオートクチュール」はゴシック体]
先々週の『週刊文春』を読んでたら、林真理子さんのエッセイの中に自分の名前を発見し、ギクリとして凍りついてしまった女王様である。
林真理子さんといえば、私にとって憧れの人……とゆーと聞こえはいいが、じつは、「何がヴェルサイユ宮殿よ、ダイヤモンド・パーソナル賞よ! 私だって招かれたいわよ、ネックレス欲しいわよっ、キィーッ!」などと、日頃から女王様を嫉妬と羨望で身悶えさせている張本人なのであった。ああ、でも、ホントに悔しい。ヴェルサイユ宮殿のバルコニーで、民衆を睥睨《へいげい》しつつ高笑いするのが、私の一生の夢なんだよぉ〜〜っ!
ところが、その林さんのエッセイの文中に思いも寄らず自分の名前が登場し、しかも「競争心」なんて言葉が続いている。
林さん、たとえ冗談でも、このようなコトを中村におっしゃってはいけません。それは、動物園のサルにバナナを見せるのと同じくらい危険な行為です。
その証拠に、件《くだん》の文章を読んだ女王様は、たちまちウキーッと興奮し、「私は林真理子(呼び捨てですいません)のライバルなのよっ! ホホホッ、靴をおなめ!」状態に突入したばかりか、さらには「マリコが森英恵のオートクチュールなら、私もイッセイ・ミヤケにドレス作らせてやるっ!」などと勢いあまった挙句の暴言まで吐いて、夫を呆れさせたのであった。その時の夫の顔を、お見せしたかったね。「氷のような視線」とは、あーゆー目ツキを言うのであろう。リビングルームの気温が一気に二十度くらい冷え込んだような気がしたよ。
夫はあまり口数多いほうではないので、私は日頃から、彼の僅かな言葉や表情の「行間を読む」ように心がけている。で、その時の彼の視線の「行間」から溢れていたのは、次のような言葉であった。
「いーかげんにしろ、バカ女!」
ハイ、すいません。私、また調子に乗っておりました。
ああ、夫がいてくれてよかった。私ひとりだったら、やおら週刊文春を床に叩きつけ、イッセイ・ミヤケのブティックに、鼻息荒くフゴゴォ──ッと駆け込んでたに違いない。でもって、値段も聞かずにドレスを注文し、帰宅してから己のしでかしたコトの重大さにしばし呆然とした挙句、今ごろは身投げの決意を固めて粛々と東京タワーをよじ登っていたところであろう。
うーむ、怖い。夫よ、冷たい視線をありがとう。
そんなワケで、火の手があがるやいなや鎮圧された中村の野望であったが、それにしても、オートクチュールとゆーのは女心をくすぐる存在である。シャネルだグッチだって言ってても、しょせん、中村うさぎの買い物はプレタ・ポルテ……すなわち既製服止まりだ。有名デザイナーに世界で一着だけの私のドレスをオーダーしたい、と思うのは、女王様として当然の野望であろう。だが、さすがにこればっかりは、怖くて手が出ない。だって、いくらかかるか、予想もつかないんだもん!
だいたい女王様は、店頭で値段を尋ねるのが苦手なんである。生来の見栄っ張りゆえ、店員の前で値札をチェックするコトすらできない。では、どーするのかとゆーと、
「あら、これ、素敵。試着してよろしくって?」
余裕の笑みを浮かべて試着室に入るやいなや、速攻で値札をチェックする。そして、ギョッとするほどの値段であれば、試着をせずにしばらく時間を潰し、おもむろに服を手に現れて、
「これ、似合わなかったわ」
あたかも、着てみたけど気に入らなかったから脱いじゃった、と言わんばかりの態度で、店員に突き返すのであった。しかも、店員に見透かされるのを恐れて、ついつい態度が傲慢になっちゃったりして、あー、ヤな女。
そんな「見栄っ張りだけど貧乏性」な女が、値札のついてないオートクチュールに手を出すなんて狂気の沙汰だ。聞いた話によると、そもそもオートクチュールの客は、いっさい値段を尋ねたりしないそうである。黙って、言われた金額を払うのだ。でも、それが「ウン千万円」とかだったら……あああ、ダメ! 想像しただけで鼻血ブーだぁ!
林先生、中村はまだまだ未熟者ですわい。顔洗って、出直して来まーす! ジャブジャブ。
女王様、宿命に目覚める[#「女王様、宿命に目覚める」はゴシック体]
先日、友人と電話で話してたら、話の途中で彼女が唐突に、こう尋ねた。
「ところで、あんた、ナニ人?」
「え……日本人……」
もしかして、この女は今まで、私が日本人だと知らずに付き合ってたのかっ!? そんな危惧を抱きながら、恐る恐る答えると、
「違うわよ、もう! 六星占術だとナニ星人かって聞いてんの」
「はぁ? 六星占術って何?」
「えー、知らないのぉ? 細木数子の六星占術って有名でしょ」
知るかよ、そんなの。
だが、彼女はいかにも「常識じゃん」と言わんばかりの口調なのである。とすると、私が知らぬ間に世間では、六星占術なる占いが一般常識レベルにまで浸透していたのであろうか。
私は基本的に占いを信じないほうだが、それでも星座を聞かれれば、即座に「魚座」と答えられる。もしも、「私、星占いなんて信じないから、自分が何座かも知らないわ」なんて答えたら、たいていの人は「あら、そう」とか何とか言いながら、内心で「変なヤツ! 信じるかどうかは別として、一般常識として、自分の星座くらい知っとけよ」などと思うコトであろう。
つまり、占いを信じようが信じまいが、楽しいコミュニケーションのための基礎知識として、自分の星座と血液型くらいは覚えておくモノだ……と、私は、そのように解釈していた。逆に言えば、「星座と血液型さえ押さえとけば、占いの話題になっても大丈夫」と、タカをくくっていたワケだ。
ところが……!
世の中はいつの間にか、星座と血液型だけでは飽き足らず、「六星占術」なるモノまで一般教養に加えようとしてるらしい。まったくねぇ、世間の占い好きにも困ったもんだよ……などとボヤきつつ、それでも世の流行には逆らわない主義の私は、翌日、「六星占術」の本(五百円)を書店で購入したのであった。
ちなみに、六星占術によると、私は「金星人(+)」というモノらしい。そーか、私は金星人か。そーいえば昔、「あのねのね」というフォーク・デュオの歌に、「金星人のキンタマゴンが笑った」とかゆー歌詞があったなぁ。あの時は「くっだらねぇ歌!」とか思ってたが、まさか自分がキンタマゴンその人であったとは……民よ、これからは私を「キンタマゴン女王様」と呼ぶよーに。
ま、それはともかく、だ。
帰宅してパラパラと本をめくった女王様は、そこに書かれた自分の運命に、ガーンとショックを受けたのであった。曰く、
「基本的に金星人の金銭運はいいので、どんな職業に就いても不思議とお金ははいってくるのですが……(中略)……格別に困ることもなければ、|貯まることもありません《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》」(傍点:中村)
「ただし、その|お金の流れを止めてはいけません《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》。財テクに走ったり、|地道に貯蓄しようと思うと《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》、金星人のもっている運命の流れがせきとめられてしまい、|せっかくの好運を逃す《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》ことになってしまいます」(傍点:中村)
おおっ! 聞いたかね、民よ!
これを読んだ女王様は、もう、目からウロコがボロボロ落ちちゃったね。
そーかぁ! 私が浪費するのは、私の見栄や物欲や意地汚さや意志の弱さや、その他もろもろの人間性のせいではなかったのね! 星なんだよ、星! 自分じゃ、どーしよーもないの。キンタマゴンの宿命なんだよ、これは!
諸君、占いや宗教とゆーモノは、じつに便利なモノであるなぁ。すべてが星のせいならば、私は自分の悪癖に責任持つ必要なんかないもんね。ランランラン、こーなったら印税の前借りもカードの限度枠も怖くない。思いっきり、金遣いまくるぞ、宿命のままに。だって、細木数子さんが「浪費をやめちゃいかん」と、おっしゃってるんだもん。そんじょそこらのインチキ占い師じゃないぞ。カリスマ占い師、細木先生のお言葉だぞ、バーロー! 文句あっか!
ところで、細木大先生の占いによると、うちの夫は「木星人(+)」であり、適職は「金融業」だそーな。妻は浪費の女王様、夫は金貸しかい。なんと、因果な組み合わせだろーか。
ああ、ここが日本でよかった。ロシアだったら、あんた、夫婦揃ってラスコーリニコフに脳天カチ割られてる運命だよ。ねぇ。
あしながおじさんの思い出[#「あしながおじさんの思い出」はゴシック体]
九月三十日号の『週刊文春』に「あしながおじさん(財団法人・交通遺児育英会)」の名前を発見した私は、思わず「げげっ」と低く呻いたのであった。ああ、久々に聞くこの財団の名前……過ぎ去りし青春のイヤ〜な思い出が、怒濤のように女王様を襲う……。
そう、今からほぼ二十年前。中村うさぎは同志社大学の自動車部という体育会系クラブに一年ほど在籍していたコトがあり、その時に、部のボランティア活動として強制的に、この「あしながおじさん」の募金活動を手伝わされたのであった。
考えてもみて欲しい。ボランティア精神なんてカケラもない女王様が、だ。肩から募金箱さげて、「交通遺児のために募金お願いしまーす!」なんて駅前で叫んでたんだよ。ちくしょー、偽善者めぇっ!
思うに、あの「あしながおじさん」の募金活動をやってる人間の大多数は、全国の大学の自動車部の学生ではなかろうか。いや、ちゃんと調べたワケじゃないから知りませんけどね。少なくとも私は、自身の経験から、「あしながおじさん」の募金活動を見かけるたびに、「ああ、また自動車部の学生が無理やり駆り出されてるよ。かわいそうに」と、同情したものである。
もちろん、学生たちが皆、イヤイヤやってるとは限らない。当時だって、私以外の学生たちは健全なボランティア精神に燃えてたのかもしれないのだ。ただ私だけが、「ケッ、募金なんかやってられっか。遊びに行きてぇ〜」などと不謹慎なコトを考えていたのかも……ああ、いかん! やっぱり、こんな女に募金箱持たせちゃいかんよ、あしながおじさん! お互いのためにならんわい。
そんなワケで、私にとってあの募金活動は「抹消したい青春の思い出」のひとつなのだが、まぁ、今にして思えば募金活動くらいで済んでよかったよ。
たとえばあの頃、女王様は原理運動の人にも見込まれたコトがあって、熱心に会合に誘われたりしてたのである。もしも当時、うっかり会合なんかに参加してその気になってたら……募金どころか、あんた、北海道の珍味売りだよ。買ってもらったら、お礼に歌と踊りをご披露だ。そんな青春の思い出を胸に、どんな人生送れと言うのっ!?
さらに、当時は「天下一家の会」とかいうネズミ講みたいなモノが学生たちの間で大流行し、私の友人知人の中にも被害者続出であった。皆、甘い誘いに騙《だま》されて十数万円の大金を捻出し、そして丸損こいたのである。儲かったのは、私の知る限り、最初に始めたヤツだけだった。そいつから得意げに札束見せられた記憶がある。この男は現在、警察官だ。やれやれ……。
と、このような事情で、私は「あしながおじさん」の理事がベラボーな高給取りだったと聞いても、ちっとも驚かない。だって、世の中、そんなモンでしょ? 大学時代にいろんなモノ(ネズミ講とかボランティアとか原理とか)を目の当たりにした女王様は、「世の中の『善意の団体』っちゅうモノは、必ずしも善意ばかりで成り立ってるもんじゃないんだぜ」というコトを学習したのである。「天下一家の会」だって、なんかご立派な大義名分を掲げてたような覚えがあるよ。単なるネズミ講のクセしてさ。でもって、そーゆー大義名分に弱い人間が、必ず、足元すくわれるワケね。
こうして学生時代に「善意」を信じなくなった女王様が、その後どのような人間になったかとゆーと、皆さんもご存じのとおり。自分の欲望のためにはワキ目もふらず突進するが、社会や人類のためになるコトは一切やらない、超弩級の自己チュー人間となったのであった。いやぁ、しかし、これはこれで問題あるよなぁ、我ながら。
人々の善意の募金から一千五百万円の年収を得ていた理事と、べつに誰の善意もメシのタネにしてないけど誰にも善意をお裾分けしない因業ババアみたいな女王様……どっちが人間としてマシかとゆーと、これは難しい問題であろう。少なくとも、前者の運動のおかげで学校教育資金を得られた交通遺児も実在するんだろーしな。その点、女王様ったら、生きてても誰の役にも立ってないし……。
諸君、善意の道は厳しいのぉ。私には無理だが、皆、頑張れよ。
女王様、己が前世を知る[#「女王様、己が前世を知る」はゴシック体]
日頃、「私の前世はマリー・アントワネットよ。ホホホッ」などと、ギャグとも本気ともつかない(いや、じつは半分以上、本気だ。すまん)タワゴトを口走っている女王様であるが、それもひとえに、この壮絶な買い物癖のせいである。
そう。私は、自分でも信じられないのだ。反省しても後悔しても、また繰り返される愚かな浪費。私はこんな女じゃないわ! きっと前世が悪いのよっ!
そんなワケで、己のバカをすべて前世のせいにしてきた私に、このたび、「あんた、ちゃんと前世を観てもらったら?」という提案がなされた。聞けば、渋谷に、人の前世を観ることのできる霊能者のセンセイがいらっしゃるとか。おいおい、ホントかよぉ〜、などと思いつつ、私はさっそく、その小松センセイのもとに足を運んだのであった。
すると……!!!
「あなたは、十七世紀のフランスの大金持ちのお嬢様でした」
私をひと目見るなり、センセイはこうおっしゃったのである。
な、何ですって!? おフランスの大金持ちのお嬢様っ!?
その言葉を聞いた瞬間、私は、このセンセイの言葉を百%信じる気になったね。
大金持ちのお嬢様……それこそ、私が四十一年間の人生を通じて、もっとも言われたかった言葉ではないか!
フツーのサラリーマンの娘として生まれ育った中村は、幼い頃よりずっと、「あー、なんでこんな庶民の家に生まれて来ちまったかね。私はそんな女じゃないのよ。何かの間違いだわ、こりゃ」と、自分の生育環境にずっと違和感を持ち続けていたのである。「もしかして私はどこぞのお姫様で、この両親と名乗る男女は、じつは私の家臣なのでは」などと思ったりもしたが、それにしては自分の顔があまりに父親ソックリなので「やっぱ、こいつの子らしいや。チッ!」と、しぶしぶ納得していたのだった。
だが……そーか! 今はサラリーマンの娘だけど、前世は大金持ちのお嬢様だったのか。これで、長年の謎は解けたわ。庶民の家に馴染めなかったのも無理はない。だって私は、生まれついてのお姫様だったのですもの! そう、下賤なアヒルの群れの中で育った白鳥よ! オーホホホ、頭《ず》が高──い!
すっかり有頂天になった女王様は、その場でクルクルと白鳥の湖でも踊り出しそうな勢いであった。が、センセイは続けて、こうおっしゃったのだ。
「何不自由なく、欲しいモノはすべて与えられ、蝶よ花よと育てられたあなたは、八歳で死にました」
ガァ──────ン!!
なんじゃ、そりゃ───っ! 私、むちゃくちゃ不幸じゃん!
八歳なんて、あーた、女の人生じゃ、まだスタート地点の遥か手前さ。「欲しいモノは何でも与えられた」って言ったって、せいぜいヌイグルミとかお人形が関の山だろ。大金持ちのお嬢様に生まれた醍醐味は、十代後半から……そう、絹のドレスやダイヤのネックレスを身につけるようになってから、初めて女は「銭がたんまりある」コトの幸せを噛みしめることができるのよ! くっそぉ〜、かわいそうな私! さぞ、悔しかったでしょうね、マリー(←って、勝手に名前つけてるし)。
「そ、それじゃ……」
と、そこでハッとした私は、思わず顔を上げてセンセイを見つめた。
「私のこの買い物依存症は、もしや、その弔い合戦ってヤツ?」
「そう。前世でやり残したコトを、今のあなたはやっているのです。カルマですね」
「カ、カルマ……」
「さらに言えば、その前の前世で、あなたは自殺しています」
「自殺? もしや借金苦とか?」
「借金はしてなかったけど、要は生活苦です。ものすごーく貧乏だったのです(キッパリ)!」
再び、ガァ────ン!!!
大貧乏で自殺した女が、大富豪のお嬢に生まれて八歳で死に、次に買い物依存症の女に生まれ変わる……なんて波乱に富んだ魂の遍歴だぁ! これで、カルマ溜まらないほうがおかしいわい。ああ、やはり業の深さがタダモノじゃない中村うさぎ……。
しかし、深く納得したものの、その後のセンセイの発言に中村は一気に疑心暗鬼に陥った……のだが、その話は次号に続く!
女王様、担当編集者を疑う[#「女王様、担当編集者を疑う」はゴシック体]
さて。渋谷の霊能者・小松センセイに、前世を観てもらった中村うさぎ。己の業の深さをしみじみと再確認した次第である。
が、因縁話は、ここで終わったワケではない。センセイは続けて、こうおっしゃったのだ。
「ですから、あなたの浪費は止まりません(断言)! 五十四歳になるまで、買って買って買いまくる運命なのです」
「ええ───っ!? あと十三年も、コレが続くんですかぁ?」
「続きます。それが、あなたの運命なのです。ヘタにお金を貯めようとしてはいけません。どんどん遣わなければ、あなたのカルマは消えないのです」
うっ、どっかで聞いたようなセリフ……と思ったら、それは、例の細木数子センセイの本にも書いてあった言葉ではないか!
そーか、ふたりの大センセイが奇しくも同じコトをおっしゃるのなら、こりゃ本物じゃわい。やっぱり私は、金を遣いまくるために生まれてきた女なのね!
民よ、すまぬ。今だから白状しよう。じつは、最近の女王様は、密かに買い物自粛モードに入っていたのである。律儀にこのページを読んでくださってる方は、すでにお気づきかもしれぬ。ここ数回、私は新しい買い物ネタをいっさい披露していないのだ。林真理子先生ネタや占いネタ、あしながおじさんネタで、ひたすらお茶を濁していた、そのワケは……。
金がねーんだよ、バーロー!
そうなんだよ。今、すっげぇ貧乏なのよ、女王様。借りられる金は全部、借りちゃったしさ。もはや借金のアテすらないぞ、ワッハッハ! もうヤケじゃ!
で、コトここにいたって、さすがの女王様も先行きに不安を感じ、おとなしく自宅謹慎してた次第なのである。おかげで、預金通帳にも少し希望の光が差してきた。なのに……ああ、それなのに、それなのに……!
小松センセイは、こんな私に平然と(しょせん、他人事だもんな)、「金を遣え」とおっしゃるのだ。そしてまた私も、すっかりその気になってしまい、
「そーですよね! 私はやっぱり、お金遣わなくっちゃねぇ!」
ガハハと笑ってみせれば、
「そうそう!」
同行した文春の編集者の方も、うれしそうにうなずき、
「それでこそ、中村うさぎですよ、ワッハッハ!」
「女王様だもんね。ナッハッハ」
と、このように、その場で思いっきり盛り上がってしまったのであった。そして、盛り上がった気分のまま帰宅し、風呂場で鼻歌まじりにシャカシャカと頭を洗ってた、その最中……!
「ハッ!」
突然、あるコトに思いいたって、女王様は思わず、頭を洗う手を止めてしまったのである。
もしや、これは……文春と小松センセイが仕組んだ罠なのでは!? 最近の私が買い物しなくなったのを憂えた編集者が、密かに小松センセイに頼んだのではないか……たとえば、以下のような会話が交わされたとも考えられるワケである。
「センセイ、最近、中村のヤツ、ちっとも買い物しないんですよ。買い物だけがトリエの女なのにねぇ。今度、取材と称してセンセイの所に連れて行きますから、あの女をちょっくらノセてやってくださいよ」
「しかし、そんなに簡単に引っかかるかね。仮にも相手は四十一歳の大人だろう」
「なぁーに。年は食ってても、お調子者はお調子者。すぐにその気になりまさぁ。たちまちバーンと全財産遣いきり、後は転落人生まっしぐら。そうなりゃ、読者もウチも万々歳」
「ふっふっふ……文春、おぬしもワルじゃのぉ」
「いやいや。あの女にはいい薬ですよ。ふぉっふぉっふぉっ」
ガァ──────ン!!!!
気持ちよく頭をシャカシャカ洗ってた女王様は、風呂場の洗い椅子に両足開いて座ったまま、カキ──ンと凍りついてしまったのであった。
そうだ。そうに違いない。私が占い好きなのを知って、「今度、前世を観てもらいませんか」と誘ったのは、他ならぬあの編集者だったではないか!
恐るべし……恐るべし、文春! 女王様が借金と浪費で明日をも知れぬ命だと知りつつも、なおもその転落人生に拍車をかけるべく霊能者まで駆り出すとは!
ああ、世の中って怖い。女王様、疑心暗鬼の秋である。
腹も身もある、ド中年![#「腹も身もある、ド中年!」はゴシック体]
先日、某誌のお仕事で、ダイエット&美白の女王であらせられる鈴木その子さんと対談させていただいた。で、その対談の最中、その子女王様がおもむろにおっしゃったのであった。
「あなた、もう少し痩せたほうがいいわよ」
どっひぃ〜〜〜っ! き、気にしてるコトを〜〜〜っ!!!
そーなのだ。うさぎ女王様ったら、最近、ますますお肥りになっちゃってさぁ。この前も、去年のシャネルのスカート穿こうとしたら、ファスナーが半分までしか上がらなかったのだった。結局、そのまま上から長めのジャケット着て、無理やりスカート隠して出かけちまったさ。半ケツのまま、な。
シャネルのスーツを着て気取ってる女が、じつはジャケットめくると半ケツ状態だったりするのは、ひじょーにいけないコトだと思う。こーゆー女は、無理してシャネルなんか着ちゃいかん。一生、ジャージ着てろ、中村うさぎ!
そんなワケで、「うーむ、ちょっと本気で痩せなきゃマズいんじゃ……」などと思ってた矢先に、冒頭のその子女王様の発言を喰らったのであった。
しかしねぇ、仕事柄、運動不足はアタリマエ。外食暮らしだからカロリー計算もままならず、そのうえ努力や我慢が人一倍苦手なうさぎ女王様。しかも、この一年間かけてじっくりと蓄積された腹や顎の脂肪は、一日にして取れず。ハッキリ言って、「痩せろっと言われてもっ、ヒデキ!」(←西城秀樹調)な状態なんであるよ。
そこで、女王様の脳裏に浮かんだ作戦が、「美容整形」なのだった。いわゆる「脂肪吸引手術」ってヤツよ。ちょいと麻酔かけてチューッと吸ってもらったら、明日から私はホッソリ美人。腹も顎も二の腕も、まるでバービー人形のように……ああっ、これしかないわ! まさに努力も意志の力も必要としない、魔法の痩身術! もう二度と、鈴木その子(呼び捨て御免)に「デブ」なんて言わせないわよ、フンガーフンガー(←鼻息)。
すっきりと痩せた自分を想像しただけで、なんだか世界征服を成し遂げた気分になってしまった女王様なのだった……が、問題は、そのお値段だ。脂肪吸引手術がいかほどのものか、見当もつかないではないか。
で、さっそく、女性誌に掲載されてる美容整形の広告を見て、片っ端から電話をかけまくった次第である。
「もしもし、脂肪吸引手術って、いくらぐらいですか?」
「はい。部分にもよりますが」
「顔と腕と腹と……」
「お腹は、上腹部、下腹部、ウエストの三カ所に分かれますが」
「全部だよ、全部!」
まったくねぇ、女王様の脂肪をナメんじゃねーよ! 上も下も左右も、まんべんなくタップリとついてる太っ腹だいっ!
こうして調査の結果、下は約九十五万〜百万円(Tクリニック)から上は約二百十二万円(S美容外科)という、じつに幅広いご返答をいただいた。なかには、「脂肪の量によって違うので価格の上限は不明」(A美容外科)という回答もあり、脂肪量には自信のある女王様を心底ビビらせてくれたのである。なんか今回、「ホリイのずんずん調査」みたいだな。すいません、堀井憲一郎さん。
ま、それにしても、脂肪吸引手術(顔、腕、腹)を受ける気なら平均百五十万円くらいは覚悟しとけ、ってなコトらしい。百五十万円かぁ……うーむ……。
もちろん、年中金欠病の女王様には、百五十万円の現金なんかありゃしない。一万五千円だって怪しいモンだよ。それってぇのも、先月、百八十万円のグッチの毛皮を買っちまったせいで……ううっ、グッチの毛皮なんか買わずに脂肪吸引手術してりゃよかった! いくらブランド物の毛皮着たって、スカートのファスナーも上がらぬデブの半ケツ女じゃ、まさに「豚に真珠」ってヤツじゃあないか。
ああ、でもでも……百五十万円もかけて脂肪吸引したって、翌月にはデブに逆戻りしてる可能性もあるワケだし(あるよな、絶対)、グッチの毛皮は質草になるが中村うさぎから吸い取った腹の脂肪なんぞグラム十円でも売れんわいっ!
諸君、女王様は揺れている。はたして脂肪吸引は是か非か? 民からのよきアドバイスを求む。
バーキンのカタキを腎臓で![#「バーキンのカタキを腎臓で!」はゴシック体]
先日、TVのニュース番組で「商工ローンの取立の実態」をレポートしていた。借金に縁の深い女王様にとって、この問題は他人事ではない。そんなワケでドキドキワクワク(不謹慎だが、他人の不幸ってのは、やはりワクワクさせてくれるモノであるよ)しながら観ていると、番組で公開された留守番電話のテープから、このような取立屋の発言が流れてきたのであった。
「おい、金返せ。返せないんなら、腎臓売れよ、腎臓。腎臓一個売れば、三百万になるんだぞ。家と腎臓売って金返せ、こら」
途端に私は目を丸くし、隣の夫を突ついたね。
「聞いたっ!? 腎臓って、三百万円で売れるんだって!」
「…………」
夫は例によって「やれやれ、この女……」といった表情を浮かべ、チラリと私を見返す。だが、そんな冷たい視線にもめげず、私はさらに言いつのった。
「腎臓って二個あるんでしょ? 一個失くなっても、べつに命に支障はないんだよね?」
「さぁ」
「ねぇねぇ、私、腎臓売ろうかな。三百万円あったら、オーストリッチのバーキンがふたつ買えるよ。欲しいなぁ、オーストリッチのバーキン……」
私の目が、うっとりと宙をさまよう。オーストリッチのバーキン……それは、駝鳥の革で作られたエルメスのバッグのコトである。今から五年ほど前、私はこのバッグのせいで、煮え湯を飲まされた経験があるのだ。
忘れもしない渋谷西武のエルメスで、オーストリッチの白いバーキンにひと目惚れして購入しようとしたのだが、アメックスが「限度枠オーバー」を理由にカードを切らせてくれなかったのである。
現金のない女王様は店員の前で思いっきり恥をかいたうえ、泣く泣くバーキンを諦めた。が、その恨みの炎は深く女王様の胸の底にくすぶり続け、「ちくしょー、いつか買うたるわい。待ってろよ、バーキン!」と、臥薪嘗胆《がしんしようたん》の日々を送ってきたのであった……って言うわりには、あちこちで衝動買いして、その浪費額はとっくにバーキンの価格を越えてるのであるが。
こーゆーの、臥薪嘗胆とは言えないよなぁ。仇を討とうと思いつつ、ついつい祇園で遊んじゃうダメ男・大石内蔵助みたいだ。それでもヤツは最終的に仇を討ったからいいものの、私なんかいまだに貯金もできず……ああ、でも、気持ちは臥薪嘗胆なのよ。わかって。
んなワケで、このように「腎臓が三百万円で売れる」などとゆー愚にもつかない情報を仕入れるたび、ムラムラとバーキン事件雪辱の想いが込み上げる中村うさぎ四十一歳なのであった。
そもそも、この女は、元手のかからない金儲け話に極端に弱い。株やギャンブルは元手がかかるので決して手を出さないが、「売春」とか「売血」などという誘惑には、何度、心を鬼にして打ち勝ってきたコトだろうか。もともと血の気の多い女王様、血液なら売るほど豊富だし、身体だって買ってくれる奇特な人さえいれば……なーんて、金欠になるたび、チラチラと頭をかすめたモノである。
だが「売血」に関しては、どこで血なんか買ってくれるのか見当もつかず、「売春」に関しては「もし売れなかったら恥ずかしいのでは……」というワケわからないプライドに邪魔されて、結局、今日まで実現しなかった。そのうち年をとって、どちらも売り物にならなくなっちまいましたよ、アッハッハ。
しかし……腎臓! その手があるとは思いつかなかった。いったいどこで買ってくれるのか知らないが、今度、文春の人に聞いてみよう。ふたつある臓器なら、腎臓以外にも売る覚悟はある。たとえば、卵巣。いや、さすがに四十一歳の卵巣は、ちょっとくたびれてるか?
この、良識ある人々が聞いたらまた怒りまくりそうな「臓器売買」の野望は、数日間、女王様の心を虜にしていたのであった。腎臓売ってまでバーキン欲しいのか、中村!? 自問自答したが、答はいつも同じ。
「痛くないんなら……うふふ」
ところで私の卵巣が誰かに移植された場合、そこで製造される卵子は、はたして私の遺伝子を持っているのか。それとも移植された彼女の遺伝子なのか? 誰か、教えてください。
女王様、イタリア人に怒る[#「女王様、イタリア人に怒る」はゴシック体]
そろそろ各ブランドも秋冬物が出揃い、店頭商品も一段落した頃である。今年、女王様がお買い物をしたブランドは、シャネル、グッチ、ドルチェ&ガッバーナ……あ、もしかして、おっさんたちは知らないか、このブランド?
ま、べつに知らなくたって何の問題もない知識ではあるが、もしもあなたが若いブランド物好きの女の子に下心を持つようなコトになった場合のために、名前くらいは覚えておいても損はない。今、とても人気のある、そしてとても値段の高いイタリアのブランド名だ。いいですね、では復唱してみましょう。「ドルチェ&ガッバーナ」……舌噛むなよ、オヤジ。
で、このドルチェ&ガッバーナ(以下、ドルガバ)において、女王様は先月、七十万円も遣ってしまった。内訳は毛皮のジャケットとベルトであるが、このベルトが、あーた、三十万円もしたのである。
たかがベルトに三十万円だよ、三十万円! うひー、信じらんねぇーっ……と、絶叫しつつ、買ってしまったのには、ワケがある。
じつはこの商品、今年の夏頃に開かれたドルガバの受注会で、女王様が予約注文したモノなのだ。受注会でこのベルトを見た時、最初に私の胸をよぎったのは、「ちょっと、あんた……さ、三十万円って……ナメとんのかっ、こらぁ!」という、ひじょーに健全な感想であった。が、その直後、私の背後でマダム風の客がタメ息混じりにこう言うのが聞こえたのだ。
「まぁ、素敵なベルト。でも、高いのねぇ。どなたがお買いになるのかしらぁ?」
その瞬間、私の頭の中で、何者か(絶対、私じゃないと思いたい……)が、高らかに名乗りをあげたのである。
「誰が買うか、ですって!? ホーッホッホ! それは、このワタクシですわ───っ!」
ジャジャジャ、ジャーン!
華々しいファンファーレとともに、中村うさぎの別人格、あでやかに登場!
うわぁーっ、クセ者! であえ、であえ〜っ……と、理性を頼む隙もなく、私はその別人格(誰なんだよ、おまえ)に乗っ取られ、店員に向かって宣言していた。
「このベルト、いただくわっ!」
あああ〜っ、やめろっちゅーの! つい一秒ほど前に、おまえはそのベルトを見て、「ナメとんのかっ!」と思ったはずではないか! なのに……赤の他人のひと言に挑発されて(いや、あのマダムは決して挑発したつもりなどないだろう。すべては私の見栄と妄執が生んだ勘違い……ああ……)、なぜ、いきなり買う気になるんだ、三十万円もするベルトをっ!?
ホント、自分でも正気の沙汰とは思えない。三十万円といえば、友人の一カ月分の給料じゃないか。そんな高額商品をポンと買う……いったい、あの別人格は何者なんだ。例の前世占いのセンセイが指摘した、おフランスの姫君かっ!? やっぱ、私は呪われてるの!?
しかしまぁ、注文しちまったモノは仕方ない。それから数カ月たった十月某日、入荷の報せを受けて出向いた紀尾井町のドルガバでそのベルトを手にした時にも「なんで、これが三十万円……」と思わないではなかったが、今さら買わないとも言えず、おとなしくカードを差し出した私である。
ちなみに、このベルトはラインストーンの入った幅広の飾りベルトで、おそらく職人の手作りなのであろうと思われる。たぶん、ラインストーンを布地に縫い付けさせたら世界一、みたいなイタリアの職人(ホントにいるのか、そんな職人?)が、一日に一本という超スローペースで生産しているため、むちゃくちゃ人件費がかかっているのに違いない。それが「三十万円」という値段の裏付けなんだろーが、言わせてもらえば「もっとテキパキ働け、おっさん!」てなモノであるよ。
おまけに、おっさん、密かに手抜きでもしたのか、このベルトをつけた初日に、デッカいラインストーンが一個、ポロリと外れましたぜ。つけたその日に、だぞ!? 安売りショップで買ったベルトだって、もう少し頑丈に出来てるぜ、オヤジ!
まったく、イタリア人ってのは日本人をナメとるわい(怒)!
女王様、北欧人にも怒る[#「女王様、北欧人にも怒る」はゴシック体]
つい数分前の出来事である。
仕事場で『週刊文春』の「1万1千円激安ツアー」なる記事を興味深く読んでたら、突然、
メリメリ……バッキ──ン!
激しい音とともに、私の身体はガクンと右側に傾ぎ、椅子から滑り落ちてステンレスの家具の角に思いっきり側頭部を打ち付けたのであった。
「ううっ……いってぇ〜〜」
呻きながら這い上がり(椅子と家具の間の狭い隙間にスッポリと身体がはまり、起き上がるのもひと苦労であった)、さて何事が起きたのかと点検すると、なんと……!!!
女王様愛用の「人間工学に基づいた身体にやさしい椅子」が、見事にブッ壊れていたのである。
じつは、この椅子、「ショッピングの女王」連載第一回目でネタにした、私にとって記念すべき椅子なのだ。
読んでらっしゃらない方のために説明するとだね、これは「人間工学に基づいて設計され、身体に無理のない前傾姿勢で仕事ができるため、肩凝りにならない」という素晴らしい謳い文句にそそのかされて女王様が購入した、北欧製の椅子なのである。ところが身体にやさしいはずの椅子は、女王様の身体にまったく合わず、「すげぇ失敗」などと後悔しつつも今まで意地になって使っていたのであった。
だって、十二万円もしたんだもんよ。身体にやさしくないクセに。
そもそも、この椅子は、私の身体には大きすぎだ。なんせ北欧製の椅子なのだ。北欧人といえば、ヴァイキングの末裔たち。金髪碧眼赤ら顔の、クマみたいにデカい人種ではないか。一方、女王様は、身長百五十三センチのチビ。まるで幼稚園児が無理やり大人の椅子に座ってるようなもんだ……と、私は、第一回目の「ショッピングの女王」で述べたのである。
ところが……!!!
その北欧人たちの巨体に合わせて作られたはずの、頑丈で大きな椅子(実際、この椅子はものすごくデカい図体で、私の仕事部屋を占拠していたのであった)の脚が、いきなりボッキリと折れてしまったのだ。女王様は、唖然としたね。
いったい、これは、どーゆーコト? まさか、私の体重に耐えかねて……?
そりゃあね、確かに女王様、肥りましたよ。前にも言ったように、去年のスカートのファスナーが半分までしか上がらないほど肥ったさ。けどねぇ、あんた、いくら私が肥ったって、さすがに北欧人にタメ張るほどの体重にはなってないと思うぞ!
この私がちょっと肥ったくらいで壊れるような椅子じゃ、北欧人が座った瞬間にバラバラに砕け散るよ。そー思わんかね、民よ?
無残に折れた白木の脚を点検しながら、深いタメ息をついた女王様であったが……そうだ、そういえば! 前にもあったぞ、こーゆーコト!
その時、私の脳裏に蘇った記憶とは……そう、あれは私が大学生くらいの頃(ってぇコトは、二十年くらい前か)。当時、北欧製のシンプルな白木の家具が流行し、若い女王様も例によってコロリと洗脳されて、「イケア」とか何とかいうブランドの北欧製ベッドを購入したのであった。ところが、そのベッドで気持ちよく就寝あそばしていた、真夜中に……。
ドスン!!!
くぐもった音とともに、女王様の尻の下が陥没し、突如、身体がV字バランスのような姿勢になってしまったのである。
「?????」
寝ボケまなこで起き上がり、ベッドを点検すると、あらビックリ!
マットレスの下の、スノコ状の底板が、これまた真っ二つに折れているのであった。ちなみに女王様、当時は今ほど肥っていない。体重はだいたい四十一、二キロだったと記憶している。なのに……オシャレな白木の北欧製ベッドは、極東のチビ女の体重さえ満足に支えられなかったのだ。故郷の北欧では、一晩に何万人もの人々が、就寝中にV字バランスしてるに違いない。
諸君、二十年前と今回の二つの事件によって、女王様は決心したよ。もう二度と、北欧家具なんぞ信頼せんわい!
前回はイタリア職人、今回は北欧人か。おめーら、日本人をナメんじゃねーっ!
ブランド礼讃者こそ、真の敵[#「ブランド礼讃者こそ、真の敵」はゴシック体]
先日、あるメンズ・ファッション雑誌の方から、インタビュー依頼の電話をいただいた。ありがたいコトである。仕事の依頼とゆーモノは、年中金欠女の私にとって、何よりありがたい。
が、しかし。
その方は、インタビューの趣旨について、このようにおっしゃるのであった。
「中村さんに、ブランド物の魅力について語っていただきたいと思いまして……」
「ははぁ、なるほど」と、相槌うちかけて、女王様はふと思い直したね。
ちょっと待て。ブランド物の魅力、だと?
私にとって「ブランド物の魅力」とは、「見栄が張れる」という、この一点しかない。だが、どうも、この方が期待してらっしゃるのは、そーゆー下世話な回答ではなさそうなのだ。
もしかして、アレか? この私に、次のようなセリフを言わせたいのか?
「ブランド物の魅力は、確かな職人技に裏打ちされた品質の高さですね。価格は高いけれど、一生モノですから、長い目で見れば賢い買い物だと思いますわ」
「幼い頃から、物を買う時には浮ついた流行に流されず、しっかりと品物の良さを見極めなさいと母に教えられました。そんな私が、自分の目で選んだモノ……それが、たまたまブランド物だったのです。ホホホホ」
無礼者────っ!!! 女王様が、そんなインチキなセリフを吐くかぁ────っ!!!
民よ、誤解のないように言っておくぞ。女王様は「モノを選ぶ目」なんぞ持っておらんのじゃ。商品のクォリティを見極めるという点において、女王様の目は世界に誇るフシ穴である。
そもそも、私は皆の者に問いたい。ブランド物を、その品質の高さで選ぶ人間が、この世にどれほどいるのか? いや、ブランドによっては、確かにそーゆー顧客を持つところもあろう。
昔、『モノマガジン』みたいなウンチク雑誌が流行った頃、コピーライターだった私は、確かに「過酷な旅にも耐え抜くタフな素材と造り。プロに選ばれたブランド、○○○○(←『ハンティング・ワールド』でも何でも、それらしいブランド名をお入れください)」といった提灯記事を書いていた。それが私の仕事だったからな。だが、自分がブランド物を買う時、「タフな造り」や「時代に流されないデザイン」なんぞを基準にしたコトは一度もないね。
だって、ブランド物って、タフじゃないもん。一生モノなんて、とんでもないもん。デザインなんかもう、すーぐ時代に流されちゃうもん。
六、七年前の大きなロゴ入り金ボタンのシャネルスーツは、もう恥ずかしくって着られない。去年買ったヴェルサーチのコートは、二、三回着ただけで背中が破れ、今年また着ようとしたら今度は袖が破れてた。前々回でご報告したドルガバのベルトは身につけるたびにラインストーンがぽろぽろと取れ(現在、すでに四つ取れてる)、夫が買ったグッチのブーツは履いたその日に金具が壊れた。
諸君、これが人気ブランド物の実態である。流行に左右され、脆弱《ぜいじやく》な造りで、カッコばっかの一流品。こんなモノを「一生モノだから」という理由で選ぶ人々の目は、いったいどこについとるんじゃね?
でも、それでも、私はブランド物が大好きだ。壊れたっていいの(あんまりよくないけどな、じつは)、流行遅れになってもいいの。たとえワンシーズンの命でも、「どーだ!」と一世一代の見栄を張る一瞬の陶酔感。その瞬間、私の顔はイキイキと輝き、女優のように美しくなれる(ような気がする)のよっ!
勘違い、思い込み……他人は好きなように言うがいいわ(ホントのコトだしな)。だけど、この世で一番大切なのは、私がどれだけ気持ちいいかってコト。見栄を張るのが大好きな私にとって、ゴージャスな夢を見せてくれるブランド物は、それだけで存在価値があるワケよ。
ブランド物は人を勘違いさせる存在である。が、もっともタチの悪い勘違いは、「私は見栄ではなく、品質を見極める賢い目の持ち主なの」とゆー自己正当化の勘違いだ、と私は思う。
一部のブランド礼讃ファッション誌の人に言っておく。女王様は、諸君の敵なのである。
シャネル、悪魔のパーティ商法[#「シャネル、悪魔のパーティ商法」はゴシック体]
ある日、女王様の家に、銀座シャネル本店から、電話がかかってきた。なんでも五周年記念パーティとやらが開催され、私を招待してくださるらしい。
ま、パーティですって? 素敵……と、思いつつ、女王様の胸に一抹の不安が走った。
忘れもしない今年の夏、紀尾井町ヴェルサーチの○周年(すいません、何周年か忘れました)パーティに招待された私は、意気揚々と着飾って出席し、店員に勧められるままに数十万円も買い物し、ガックリと意気消沈して帰宅したのである。
あのような愚行を、二度と繰り返してはいけない。そうよ、いつもいつもシャネルやヴェルサーチの意のままに操られる私じゃなくってよっ!
そう思い直した女王様は、電話口で慎重に答えたね。
「でも私、忙しくて……伺えるかどうか……」
「まぁ、ぜひ、いらしてください! ご主人様と一緒に!」
「主人と……?」
私は再び、躊躇した。ここんとこ、夫はあまり外出したがらない。もしかしたら、私の買い物に付き合うのが、いーかげんイヤになったのかもしれない。ま、気持ちは、わかるが。
「はぁ……主人は、ちょっと都合が悪いかも……お友だちじゃダメですか?」
すると店員は、声を曇らせて、こう答えるではないか。
「ええ、できれば、ご主人様とご一緒に……あの、お友だちでしたら、ぜひ、男性の方とカップルでいらしてくださいませ」
「女友だちじゃダメですか?」
「ええ、男の方と」
いやにキッパリした口調である。なぜ、男と一緒でなくちゃいけないんだろ? 本格的なパーティなんだから、ちゃんとエスコート役の男を用意せよ、と、そう言いたいワケなのか?
そーか、きっと、そーなんだわ! これは、あの紀尾井町ヴェルサーチの「パーティとは口実で、じつはお客に服を買わせちゃうぞ、ウヒウヒ」作戦のパーティなんかとは根本的に違うのよ。もっと本格的で、もっとゴージャスで、女たちが花のように着飾り、スーツでビシッときめた男性と腕を組んで、ワイン片手に歓談する……そんなハイソなパーティなんだわ。
ほら、雑誌なんかによく出てるじゃない? ハリウッド女優やスーパーモデルたちが、ロングドレスに身を包み、カッコいい男にエスコートされてるパーティの写真……きっと、あんな世界なんだ。女同士なんかで行ったりしちゃ恥ずかしいのよ、そーゆーパーティは。なにしろ、本格的なんだもん。いわゆる社交界ってヤツ? ああ、ヤだ、何を着て行こうかしら。他の女に負けないように着飾らなければ……ぐふ、ぐふふふ、ホーッホッホッ!(←出た、高笑い)
たちまち頭の中に、果てしない妄想が広がってしまった女王様は、さっそくシャネルの指図どおり、いかにも気の進まぬ様子の夫を説き伏せた。そして当日、今年買ったばかりで一度も着てないシャネルのドレスを身にまとい、念入りにメイクして美容院で髪もセットし、満を持してパーティの十分前に本店に着いたのだが……。
店の前で並んでいる招待客たちの姿を見て、ギクリと身を引いたね。ロングドレスなんかで来てる女、ほとんどいねーよ。なんか皆、平服なんですけど? しかも、女同士で来てる人たち、異様に多いんですけど? 早い話が、あの……私、浮いてるみたいなんですけどっ!?
女王様が愕然としてる間にパーティは始まり、そして終わった。新作のショーが催され、気がついたら三十四万円のジャケットを買っていた。そう、あの日のヴェルサーチと一緒。「パーティとは口実で、じつはお客に服を買わせちゃうぞ、ウヒウヒ」作戦だったのじゃあーっ!
どひぃ──────っ!!!
それにしても、「男性とカップルで」というあの言葉の意図は、いったい何? 女連れが多かったところを見ると、そんな指示を受けたのは女王様ひとりだったのか? だとしたら、それはなぜっ!? まさか……私を勘違いさせるための罠!?
ううっ、シャネルめぇ〜っ! 単細胞で騙されやすい女王様の妄想体質を利用して、このよーな姑息なマネをするとは……!
民よ、女王様は悔しいぞ。いつか復讐してやる。キィ──ッ!
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[#小見出し] 女王様にライバル出現!?[#「女王様にライバル出現!?」はゴシック体]
叶美香と女王対決!(決戦前夜編@)[#「叶美香と女王対決!(決戦前夜編@)」はゴシック体]
思い起こせば二カ月前、美白の女王・鈴木その子氏と「女王対決」を果たした話は、以前にもご報告したことと思う。が、聞け、民よ。このたび、女王様はついに、あの方と対決するコトになってしまったのである。
ご存じ、ビューティの女王・叶美香嬢……そう、あの叶姉妹の妹君だ。元ミス日本のタイトル保持者であり、その美貌とナイスバディとゴージャスな生活ぶりで、日本中の女性たちの羨望やらバッシングやらを一身に集めている、あのお方。以前、この『週刊文春』にも、彼女たちの出自に関する疑惑が掲載されたのをご記憶だろうか?
ま、叶姉妹の出自がどうであろうと、女王様には関係ない。それより問題は、「あの叶美香と一緒にイベントのステージに立つ」という、今回の仕事内容である。かたや元ミス日本の八頭身美女、かたや身長百五十三センチの四十一歳肥満中年女。このふたりが「女王対決」などと称してステージで肩を並べた光景を想像していただきたい。フツーの人間なら、即座に低く呻いて、こう呟くであろう。
ううーむっ……こ、こりゃ、まったく勝負にならんわいっ!
そーなのだ。いくら女王様がシャネルで着飾ろうと、カルティエのダイヤモンドがギラギラ腕時計で武装しようと、しょせん、チビはチビだしブスはブス。若さと美貌には、かないっこないんであるよ。くぅ──っ、悔し〜〜〜っ!!!
だが、そこは人一倍、負けず嫌いの女王様だ。相手が叶美香だろーがナオミ・キャンベルだろーが、あたしゃ敵に後ろは見せませんよ。ええ、せめて一馬身でも差を縮めるべく、努力しようじゃないの。もちろん今さら身長伸ばすワケにもいかないし、顔を整形する暇もないけどさ。でも、肥満くらいは何とかなるはず……そーよ! 痩せるわよ、私! 十二月十九日(イベント当日)までに、少なくとも五キロは痩せてみせるわっ!
と、このような決意に燃えて、女王様はさっそくダイエット計画を立てたのであった。名づけて「叶美香がナンボのもんじゃい! 目にモノ見せてやるわいダイエット」作戦。内容は「とりあえず、これから二十日間、コンニャクしか食わん!」というモノだ。夫に「あんた、死ぬよ」と言われたが、愚か者め、命が惜しくて見栄が張れるか! 借金地獄のドン底でもシャネルを買い続けた筋金入りの見栄っ張り女の底力、叶美香に見せてやるのよ、ホーッホッホ! 靴をお舐めっ!(なんのこっちゃ)
思い立ったら即実行の女王様、夫の制止を振り切って疾風のごとくコンビニに走ると、棚に並んでた「マンナンライフの蒟蒻畑」なる食品をすべて買い占めた次第である。民よ、これからは私を「コンニャク夫人」と呼ぶがよい。デヴィ夫人の「デヴィ」が「宝石」なら、あたしゃ「コンニャク芋」だよ、泥だらけだよ。でも粘って粘って、いつか世界に君臨してやるっ!
ところが……!!!
興奮した女王様は、すっかり失念していた。「明日からコンニャクしか食わん!」と決めたはいいが、その翌日の夜には某誌の仕事で「檀ふみさんと会食しながら対談」という予定が入っていたのだ。場所は某ホテルの和食レストラン……うーむ、このよーな店に、まさかコンニャク定食なんかあるまいよ。早くも挫折か、おいっ!?
果たして対談の席で檀ふみさんはにこやかにメニューを眺め、
「私、てんぷらコースにします。中村さんは?」
「はぁ……」
じつは女王様、てんぷらが大好物である。でも、今は揚げ物なんか食べてる場合じゃない!
「くぅ〜〜っ」と無念の声を噛み殺しつつ会席コースを選んだ私だったが、対談の間ずっと、檀ふみさんのてんぷらに目が釘付け状態。これがまた、美味《うま》そーなんだわ。カラッと揚がっちゃって、もう……。
うきぃ─────っ、食いてぇ───っ!!!!
目の前のてんぷらを睨みつけつつ、気がついたらガフガフと自分の会席コースをたいらげ、はからずも満腹になってしまった女王様であった。あ、いけね。腹五分目にしとこうと思ってたのに……バカバカ、食いしんぼ!
民よ、こんなコトで女王様は痩せられるのか? 不安を抱きつつ、話は次週に続く!
叶美香と女王対決!(決戦前夜編A)[#「叶美香と女王対決!(決戦前夜編A)」はゴシック体]
さて。先週に引き続き、女王様の「叶美香がナンボのもんじゃいダイエット」作戦の顛末である。作戦開始の当日、早くも会席コースをモリモリとたいらげるという失態を演じた女王様は、己の意志の弱さを深く反省し、翌日は決意も新たにコンニャクに明け暮れ……ようとしたのだが、しかしっ!
詰め込んだコンニャクが胃の中でどーにかなったらしく、夜中にトイレでゲェゲェと吐き気に苦しむはめになった。涙目でフラフラとトイレから出てきた私に、夫は、
「あんた、コンニャクが体質に合わないんじゃない?」
「ええーっ!? コンニャクが体質に合わない人なんて、この日本にいるのかぁ〜?」
まあ、蕎麦アレルギーの人もいるしな。コンニャクアレルギーだってあるかもしれない。でも、女王様の弱点がコンニャクだったとは……意外である。そーいえば、私は普段、コンニャクなんてほとんど食べない女なのだ。なにしろコレステロール中心の食生活だからさ。
そこで女王様は、「コンニャク・ダイエット」を諦め、もっと科学的なデータに基づいたダイエット作戦に切り替えるコトにしたのである。で、とりあえず買ってきたのが、「体脂肪測定機能つき体重計」……そう、じつは私、自分の体脂肪を測ったコトないんだよ。怖くてさぁ。
しかし、やはりダイエットというモノは、きちんと数値で結果を測定しなければ、単なる自己満足で終わる可能性がある。女王様は心を鬼にして、体重計に乗ったね。そして……。
「うぎゃ─────っ!!!」
たちまち、凄まじい悲鳴が、狭いリビングに響き渡った。女王様の体脂肪率は、なんと、さ、三七%だったのじゃあーっ! うわぁ、デブ! 凄ぇ!
いやね、そりゃ私にだって、自分がちょっと肥ってるな、という自覚はありましたよ。でなきゃ、誰がダイエットなんか考えるもんか。でもでも、あんた、まさか三七%もあるなんて!
ちなみに成人女性の場合、体脂肪率三〇%からが「肥満」と認定される。つまり女王様は、申し開きのできない歴然たるデブ、と、こーゆーコトになりますな。ワッハッハッ……がぁ───ん!
思わず部屋の隅で膝を抱えて、クヨクヨしてしまった私であった。それを見た夫は、「ねぇ、もしかしたら、この体重計がおかしいのかもよ」などと慰めの言葉を呟きつつ自分が乗ってみたのであるが、そこに示された数字は「一五%」……ふーん、あんた、痩せてんだね。スマートだもんね。フンッ!
やっぱ、これじゃいかん! と、女王様は、再び決意に燃えた。体脂肪率三七%の女が叶美香と対決なんて、そんなコントみたいな状況、絶対に許さん! 何が何でも痩せてやるっ!!!
それからの女王様は、生まれ変わったね。顔痩せエステに通い、「食べたモノをすべて無効にする薬」(←ホントかぁ?)なども飲み、そのうえ例の利尿剤も動員してオシッコ大放出。
だが……ああ、民よ、信じられるか? 女王様の体脂肪は、ちっとも減らぬのじゃ!
いや、確かに減る時もある。てゆーか、その時その時で数字がコロコロ変わるので、どれを信用していいのか、皆目、見当がつかないのである。
たとえば本日、トイレで快便後に計測したら二七%。夕食にロールキャベツを食べて再び測ったら、いきなり三八%だとよ。おい、ロールキャベツってぇのは、一一%も体脂肪が増える食べ物なのかよ?
なんか、体脂肪計に騙されてるよーな気がするのは、女王様の被害妄想であろうか? 体重計に恐る恐る足を乗せるたび、どっかの宗教の人に足裏診断されてる気分になり、体重計が人間の声で「うわぁ、凄い体脂肪ですね! あなた、このままじゃ肥満ですよ! デブ! 座敷ブタ!」などと叫ぶのが聞こえるよーな気さえする今日この頃である。
この原稿が皆さんの目に触れる頃には、とっくに叶美香対決も終わっているのだろうが、女王様はまだ諦めていない。明日から再びコンニャク夫人に逆戻りし、場合によっては腸内洗浄も辞さぬ覚悟だ。
ああ……だけど、それでも美香には負けるんだろーな。やってらんねーや、ケッ!
叶美香と女王対決!(決戦当日編@)[#「叶美香と女王対決!(決戦当日編@)」はゴシック体]
十二月十九日……ついに、運命の日がやってきた。そう、叶美香と女王様がいよいよ対決する、その日である。
ああ、この日のために女王様は、どれだけ耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んできたコトであろーか。好物の揚げ物もケーキもひたすら我慢し、体脂肪を落とす漢方薬から食欲を抑えるアメリカのダイエット薬、さらにはコンニャク、黒酢、利尿剤、顔痩せエステにまで通って、仕事もせずに(すいません)ダイエットと美容に明け暮れた日々、それというのも、この叶美香に負けたくないという見栄と野望の一心で……あ、涙が出ちゃう。女の子だもん!
てなワケで、だ。結局、体脂肪率も体重もたいして変わらなかったが(なぜっ!?)、まぁ、やれるだけのコトはやったのだ。たとえどんな結果が出ても我が闘争に悔いなし、とばかりに、満を持して決戦地である神戸に降り立った女王様であった。むろん、武器防具にもぬかりはない。服はグッチとシャネル、エルメスのケリーバッグを肩から下げ、ヴィトンの化粧ケースにフェンディのキャリーという重装備……いや、まさに「重装備」とはこのコトで、あんた、荷物が重いのなんの。あたしゃ東京駅で三回、新神戸駅に着いた途端に二回、荷物の重みでヨロめいたよ。靴の踵は高いしさ。
で、足元おぼつかぬ老人のようにヨロヨロと荷物引きずってホームを歩いていると、
「中村さんですね?」
迎えに来てくれた男性が、にこやかに声をかけてきた。
「はい」
慌てて笑顔を作り、ふとその男性の傍らを見た途端!
ドンドコドコドコ……。
闘いの太鼓が、女王様の脳裏で高らかに轟き始めたのである。男の隣で婉然と微笑んでいる背の高──い脚の長──い美女。この女は、もしや……!?
「初めまして。叶です」
やっぱり、そーかぁ〜っ!
諸君、じつは私はつい最近、「叶姉妹をどう思うか」という某誌のインタビューに答えて、「お姉さんはゴージャスだけど、妹はただのちょっとキレイなネェちゃんじゃーん?」などとエラそーにコメントしてしまったのである。だが、ナマで見る美香は、「ちょっとキレイなネェちゃん」どころではなかった。「すげぇキレイなネェちゃん」であった。背は高く、色は白く、人形のように整った目鼻立ち。
「………」
無言のうちに、女王様は悟ったね。こりゃ、あかんわ。たとえ中村うさぎが体脂肪を半分以上落としたところで、太刀打ちできる相手にあらず。てゆーか、もう、問題外。同じ女だと思う時点で間違っちょるよ。ハハハ……ハ(←力ない笑い)。
だが、女王様は不屈の女である。容貌で負けても他のポイントで勝てれば、勝負はチャラさ。たとえばブランド物とか……そうよ、うさぎ! あなたの武器はブランド物よ!
そう思い直して、素早く叶美香の持ち物をチェックした私であったが、
「ガチョ────ン!!!」
なんと、叶美香は女王様と同じくエルメスのケリーバッグにヴィトンの化粧ケース(まったくの同一商品)。唯一違うのはキャリーであったが、これは叶美香がルイ・ヴィトン(推定二十万円前後)で、中村うさぎはフェンディ(確か十五万円前後)……って、負けとるやないかぁ──っ!! しかも、思いっきり! 服のブランドは不明だが高価そうな革の上下は、おそらくイタリア製!
「……失礼しました」
静かに一礼して、そのまま上りの新幹線に乗って帰ろうかと思った(←マジに)女王様であった。ううっ、いきなり初戦で敗退するとは、中村うさぎ、口ほどにもないヤツめ!
「うう──っ」
声にならぬ呻きをあげる女王様に向かって、叶美香は余裕に満ちた笑みを浮かべて、
「化粧ケース、お揃いですね」
そーですね。でも、あんたのはピカピカだけど、女王様の化粧ケースは金具が錆びてボロボロですわい。手入れが悪いもんで、すんまへんなぁ。ついでに育ちも顔も悪いしね。ヘンッ!
たちまち卑屈モードに入った女王様であったが、それから数時間後、本番のイベントで我々は再び闘いの火花を散らすコトになるのだった……以下、次号。
叶美香と女王対決!(決戦当日編A)[#「叶美香と女王対決!(決戦当日編A)」はゴシック体]
お待たせしました(待ってねーか)、「女王様vs.叶美香」対決レポートPart2。前回、駅のプラットホームにおける持ち物対決で、初対面にして惨敗を喫した無念の女王様であったが、ま、あれは軽い前哨戦。本番で雪辱を果たせば、文句はなかろう。なぁ、民よ?
そんなワケでイベント本番、女王様はシャネルのドレスに身を包み、威風堂々、会場に姿を現したのであった。ちなみにこのイベントは、船の上でのクリスマスパーティ。私と美香は、そのゲストって寸法だ。
控え室に通されてしばらくすると、着替えの終わった美香が入ってきた。
「うおおっ……!?」
その姿を見た途端、女王様、エロオヤジのごとく身を乗り出して呻いたね。
黒いドレスに身を包んだ、叶美香。剥き出しの肩は眩しいほど白く、はみ出さんばかりに盛り上がった胸の双丘。大胆に斜めカットされたスカートから長く美しい脚がスラリと伸び、太もも部分は今にもパンティが見えそうなくらい露出している。
美香、あんた、むちゃくちゃセクシーやぁ〜!
一瞬、クラクラと眩暈《めまい》まで感じた(あんたが悩殺されて、どーする)女王様だったが、気丈にも持ち直し、いや待てよ、と、思い直した。
思わず幻惑されかけたが、しかし、よくよく見れば、このドレス、ブランドに関しては正体不明である。シャネル、グッチ、ヴェルサーチ、ディオールと、主要ブランドの今シーズンのドレスはだいたい把握してるつもりの私だが、こんなデザインのドレスは見たコトない。
さては、美香……そのドレス、ノンブランドかっ!? 一方、女王様は天下のシャネル、しかも今シーズンの新作じゃあ!
ホ───ッホッホ! 美香、この勝負はイタダキよっ!
一気に得意満面の女王様、鼻息荒く仁王立ちになると、腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべたね。
「あーら、美香さん、素敵なドレスですこと(でも、私はシャネルよ、ホッホッホ!)」
すると美香は、伏し目がちに微笑み、
「ありがとうございます」
おい、それだけか? 言うべきコトは他にもあるだろ!? たとえば、ほれ、「うさぎ女王様も素敵なドレスですわ。んまっ、シャネルですのね。こりゃまた恐れ入りや」とか何とかさぁ。まったく、近頃の若者は気がきかんわい。
だが、もしかすると美香は悔しさのあまり、私のドレスを褒めたたえる言葉も出ないのかもしれず……いや、きっと、そーだ。そうに違いない。ふふふふ、悔しいのね、美香? ここで土下座すれば、許してあげてもいいことよ。ホ──ッホホホッ!
諸君、女王様は完全に舞い上がっていた。勝利の美酒に酔いしれ、天を仰いでカンラカンラと大笑い、といった手のつけられない状態であった。今にして思えば、意味不明の恍惚顔でフンぞり返ってる私を目の前にして、さぞかし美香は困惑してたに違いない。
ところが……!!!
出番の呼び出しを受けて美香が控え室を出た途端、
「キャ─────ッ!!!」
熱狂的な歓声が、室内の私の耳に響きわたったのである。
「美香さん、凄ーい! きれいですねぇ!」
「そのドレス、素敵──っ!」
こら、待てぇ──っ! き、貴様らぁ、その女のドレスはブランド不明なんだぞ! そんなに感心するなぁ───っ!!!
思わず控え室のドアをバーンと開けて、怒鳴り散らしたくなった私である。だが、グッと堪えて出番を待ち、いよいよ女王様が控え室を出てみると……。
シィ────ン…………。
ちょ、ちょっと、何よ、この醒めた反応。歓声は? どよめきは? スポットライトはっ!? 「あああ、シャネル! 眩しいわっ!」とか叫んで卒倒するヤツはいないのかっ!?
いなかったのである。いるもんか、そんなヤツ。皆、美香の脚を、ヨダレ垂らして見てる真っ最中。誰も振り向きゃしねぇ。
ううっ、悔し───っ! シャネルの神通力、美香のナマ脚の前に、あえなく敗退せり。
民よ、女王様はつくづく問いたいぞ。ブランド物って、何?
叶美香と女王対決!(完結編)[#「叶美香と女王対決!(完結編)」はゴシック体]
皆さん、こんにちは。前回、叶美香の美脚(しかもナマ脚)の前に、女王様としての立場も存在感もすべて失って、タダの「ブランド好きデブおばさん」の地位にまで失墜した中村うさぎでございます。
それにしても、若い頃の挫折は肥やしにもなろうが、中年過ぎての挫折は立ち直れないモノであるよなぁ。クソッ、これってぇのも、美香のせいだよ。やっぱ、毎日スッポン食ってる女は強いのか。マムシ酒も飲んでるって噂だし、こんなオヤジ臭濃厚な女たちがなぜ若い女にまでキャーキャー言われるんだ。納得できんぞ、叶姉妹!
そんなワケで、中村うさぎ、ネタミ、ソネミ、ヒガミの渦中で憤死寸前といった状態のうちにイベントは終了し、我々は打ち上げの食事会に突入。場所は割烹の座敷であったが、そこで中村は美香の弱点を発見した。
なんと美香ったら、正座できねぇでやんの。脚と尻の間に、折りたたんだ座布団をこっそり挟む美香をしかと目撃した私であったが、美香は私の視線にハッと気づくとニコリと微笑み、
「こうすれば、脚が痺れませんよ。中村さんも、いかが?」
「いえ、私は結構ですわ!」
肩をそびやかし、冷笑を浮かべて美香の提案を一蹴した女王様である。
あんたね、中村うさぎをナメちゃいかんよ。この日本人のなかでもひときわ日本人らしさを発揮する太く短い私の脚は、長年の畳生活で鍛えた賜物ぞ。ちょっとやそっとの正座で脚が痺れるなんて、お里が知れましてよ、ホホホ……などと余裕かましたつもりだったが、宴が終わった頃には、思いっきり脚が痺れておりましたわい。フン!
こうして痺れる脚を引きずりながら美香とともにホテルに戻った女王様。部屋に入るや、シャネルのドレスを脱ぎ捨てて床に叩きつけ、今宵の恨みつらみをシャワーで洗い流そうとした、ちょうどその時!
プルルルル……。
部屋の電話が鳴り、受話器を取ると、美香の声が……!
「あの……夜分遅くすみません。今から、そちらのお部屋に伺ってよろしいですか?」
な、ななな、何の用だ、叶美香っ!? そーいえば私はつい最近、某誌のインタビューに答えて「叶恭子がなにさ」的発言をした直後であり、その当時はまだ雑誌が発売されてなかったものの、どこからかそれを聞きつけて「お姉様の悪口を言うとは何事っ!?」とドスを片手に殴り込んでくる気では……!?
一気に緊張した中村は、慌てて部屋を片付け、シャネルのドレスを再び身につけて、臨戦態勢で待ち構えたのであったが!
「ごめんなさい。お渡ししたい物がありまして……これ……」
部屋を訪ねて来た美香は、白い小箱を遠慮がちに私に差し出したのであった。
「これ、私と姉が愛用している美容クリームです。小ジワが消えて、お肌にハリが出るので、ぜひ中村さんに……」
「…………」
ちょっと、あんた! それって、「あんた、シワでも取って出直しな」って意味かい!? んなモン、いらねーや! 持って帰ってくんなっ!!!
一瞬、ウキ──ッと逆上しかけた女王様だが、心とは裏腹に、意地汚き両手は美香の手から素早く箱を奪い取り、
「あ、ありがとうございます!」
深々と頭《こうべ》を垂れる稲穂かな、なのであった。おいおい、情けねーぞ、女王様!
さては美香め、私の弱点を知る出版界の誰かに入れ知恵されたな。うさぎ殺すにゃ刃物はいらぬ。「シワ取りクリーム」投げてやれ、と。
そーよ。金にモノ言わせてブランド物で着飾り高笑いしているものの、金で買えない若さや美貌には人一倍激しい渇望を抱いてる中村うさぎ四十一歳(あ、もうすぐ四十二歳だ……)。眉間の縦ジワも頬のタルミも気になるお年頃さっ!
叶美香、恐るべし! クリーム一個で、うさぎの餌付けに成功せり。敵に塩を贈る上杉謙信か、おまえは。そんなら私は武田信玄か。嗚呼《ああ》、天と地と……。
ちなみにこのクリームは、定価四万円というゴージャス価格で、実家の小心者の我が母を死ぬほど仰天させたのであった。なにしろ、昔は「百円化粧品」使ってた女だもんなぁ(苦笑)。
母ちゃん、庶民には想像できぬ世界があるのだよ、うん。
女王様、動物愛護に目覚める[#「女王様、動物愛護に目覚める」はゴシック体]
ついさっき、銀行に行こうとしてタクシーに乗っていた時のコトである。前部座席の背に束になって並んでるリーフレットのひとつに、「君のお母さんは毛皮のコートを持ってるの?」というキャッチフレーズが印刷されてるのを見て、どこかの毛皮屋のセール広告かと思った私は、ついついそれを手に取ってしまったのであった。
ところが……!!!
リーフレットを開くと、皮を剥がれたシルバーフォックスの死体や今にも殺されようとしてるミンクの姿が、これでもかこれでもかとちりばめられ、なんとも衝撃的な内容ではないか。
そーです。これは、「地球生物会議(ALIVE)」という環境保護団体の、毛皮反対キャンペーン用リーフレットだったのである。
し、しまったぁ〜〜っ!!
こんなモノをうっかりと手に取ってしまうとは一生の不覚! しかも女王様、今まさに毛皮のコート着てるし……ううっ、ごめんよ、罪なき動物たち! あんたたちが苦しんで死んでいったその後に、二百万円近くも出してあんたたちの毛皮を買ったバカ女が、ここにいるよぉ〜!
狭い車内でやおらコートを脱ぎ、走るタクシーの窓から投げ捨てようかと思った女王様である。いや、もちろん捨てなかったけどね。もったいないし。
さて。このようなリーフレットに諭されるまでもなく、女王様は日頃から、毛皮好きな自分に罪の意識を抱いているのである。動物ドキュメンタリー番組でキタキツネの子どもとか見て「かわい〜っ」とか言ってるクセに、翌日、平気で狐の毛皮を着て出かける中村。恐ろしい女だ、我ながら。
いや、しかし、それを考えるなら、ハンドバッグとて同類であろう。「エルメスのオーストリッチのバーキンが欲しい!」などと公言して憚らない私であるが、その発言の陰では罪もない愛くるしいダチョウが虐殺され、お気に入りのクロコのバッグもミシシッピ河で平和に暮らしていた鰐《わに》たちを一家離散の憂き目に遭わせたかもしれず……ああっ、許して! なんて罪深き女なの、私は!
さらに、それを言うなら、女王様のクローゼットにブラ下がってる夥《おびただ》しい数のシルクのブラウス。これらもまた、何千何万という罪もない蚕たちから身ぐるみ剥いだ惨殺の証だ。
昔、『あヽ野麦峠』という映画で、女工たちが煮えたぎる熱湯に繭《まゆ》をザラザラと入れてカラカラと糸を巻き上げていくシーンを、私はしかと目撃した。いつか大人になって大空を舞う夢を見ていたに違いない、いたいけな蚕のサナギたち。それが、いきなり熱湯で茹でられて一巻の終わりだ。あな、恐ろしや、恐ろしや。一寸の虫にも五分の魂。命の重さは、人間や狐と変わりゃしない。シルクなんか平気で着るヤツぁ、鬼畜だよっ!
もひとつ言うなら、冬場に欠かせないダウンジャケットや羽根布団。あれもまた、罪のない水鳥の羽毛を毟《むし》り取り、残虐の限りをつくした挙句、TVのお茶の間ショッピングで「うわぁ、軽くて暖か〜い! やっぱり羽毛は違いますねぇ」「ええ、羽毛布団は健康にもいいんですよぉ」なんて明るい笑顔で宣伝しやがって、あんたら、鬼やぁ!
と、このように、幾多の動物や虫の累々たる死骸の上に築かれた己が快適生活を、うなだれて猛省した女王様なのであった。
おまけに銀行で通帳記入したら、その残高のあまりの乏しさにガチョーンと驚き、ますます私の決意は固まったね。
そーだわ! 私、もうフェンディの毛皮もエルメスのバッグもシルクのブラウスも羽毛布団も買わないわ! 言っとくけど、お金がないからじゃないの。これ以上、罪深い殺生を重ねないためよ! ええ、決して貧乏のせいじゃなくってよ。地球に生きる仲間たちのための、これは崇高な決意なのっ!!!
そんなワケで、じつは私はこれからエルメスのバーゲンを取材しにパリに行くのだが、決して毛皮もバッグもブラウスも買わないコトをここに誓う次第である。この取材を企画した某誌は私がガバガバと買い物するのを期待してるようだが、これはあくまで高潔なる地球環境保護のための決意であるので、悪く思わないでいただきたい。ああ、それにしても……買い物しないためのイイワケを、ここまで長々と語らねばならぬ女王様の立場は、辛いモノよのぉ〜。
パリの女王様、地獄の道行き[#「パリの女王様、地獄の道行き」はゴシック体]
民よ、寒いか。女王様も凍えているぞ。なんたって、今月の女王様は財政|逼迫《ひつぱく》の大ピンチ状態。毎月のコトだろと言われそうだが、今回はまた格別の窮地なのである。ああ、誰か助けて。
一九九九年の十二月末から年明けにかけて、ミレニアムだの何だの、なんだかめでたい気分で盛り上がり、大散財した結果のカード請求書を受け取ったのが一月末日。請求書の金額は百九十万円であったが、その数字を見た途端にイヤな予感がして預金通帳を打ち出してみると、そこには明日のパン代もおぼつかぬきわめて慎ましやかな預金残高が記されていたのであった。
「…………」
打ち出された預金通帳を両手で開いて覗き込むその姿のまま、二宮金次郎像のごとく、銀行内で固まってしまった私である。背中にグッチのリュック背負ってな。
いやぁ、あまりに衝撃的な残高だったので、一瞬、二〇〇〇年問題でATMが故障して数字間違ったんじゃないかと疑いましたよ。でも、ATMは壊れてなかった。壊れていたのは、女王様の経済観念だったのだ。
で、その衝撃から立ち直る暇《いとま》もなく、某誌の仕事でフランスに行った女王様。仕事の内容は皮肉にも、「エルメスのセールで中村うさぎが買いまくる!」といった、まるで私の散財を煽るかのような(てゆーか、マジに煽ってるよ)企画なのであった。もちろん、買い物の支払いは自腹である。
ああ……と、女王様は嘆息した。こんなにこんなに大ピンチなのに、民衆はまだこの私に、これ以上の散財を期待するの? それってさぁ、私に破産しろってコト? あんたら、鬼やぁ!
わかっている。もちろん、私は天下の女王様である。女王たるもの、民衆の期待に応えなくてはならない。それがどんなに無責任な期待でも。だけど、女王だって人の子よ。破産したくねーわよ。ちゃんとオマンマ食って生きていきたいわよ。ハッキリ言って、フランスくんだりまで行って、これ以上、エルメスなんかでムダ金遣いたくねーワケよっ!
そこで私が考えたのは、「金がないなどとは口が裂けても言わず、女王の威厳を失うコトなしに、いかにしてエルメスで買い物をしないですませるか」という必死の作戦であり、それが前回の「動物愛護宣言」なのであった。
そうよ。私はもう、仔牛や鰐やダチョウの革で作ったバッグなんて欲しくないの。何がエルメスよ。罪のない動物を殺して皮を剥いで、しかもそのバッグが百万円って、この人殺し!(いや、それにしても、ホントに殺人的な値段だ)
ああ、やっぱりいけないわ。エルメスなんかに何十万円も払うのは犯罪よ。地球の敵よ。そうだわ、この機会に、エルメスに意見してやりましょう。「宇宙船地球号」の乗組員代表として、この私がっ……。
と、まぁ、このような崇高かつ誇大妄想的決意を胸に、はるばるフランスまで出向いた私なのであったが……。
セールの会場に足を踏み入れた途端、誇り高き宇宙船地球号の乗組員代表は、たちまち血まなこで隣の客とバッグを奪い合う単なるバーゲンセール会場のオバチャンと化したのだった。
だって、凄いんだもん。空気が殺気立ってんだもん。カウンター越しにダイビングしてエルメスのバッグを店員からもぎ取ろうとする女までいて(しかも日本人だ。トホホ)、なんかもう「ここに来たからには手ブラで帰るか!」的悲愴な闘志がそこらじゅうに渦巻いててさぁ、動物愛護とか環境保護とかの大義名分はもとより「隣の人を押しのけるのはやめましょう」「他人の物を盗ったらドロボーです」といった幼稚園並みの標語さえどこかにブッ飛んじまった、まさにミもフタもない世界なのであったよ。
ああ……これがホントに天下のエルメスか。大阪の阪神百貨店のタイガース優勝セール会場かと思ったぞ。関西人多いし。
で、順応性の高い女王様は、アッとゆー間に動物愛護者の仮面をかなぐり捨て、他の客が手放したバッグを素早く掠《かす》め取って手に入れた……のはいいが、その戦利品の値段はセール価格のクセに約六十万円だぁ! 客層は阪神優勝セールだが、値段はさすがエルメスなり。しかも、これでブチキレた女王様の散財はまだまだ続いて、以下次号!
ミレニアム、年明け早々、崖っぷち[#「ミレニアム、年明け早々、崖っぷち」はゴシック体]
そんなワケで、おフランスはパリのエルメスバーゲンセールに赴き、身も心も鬼畜と化して六十万円のバッグを手中に収めた女王様。出発直前、己が預金通帳の残高を見て二宮金次郎像のごとく固まった挙句に倹約を強く心に誓ったその記憶は、バッグを手にした瞬間、私の脳からきれいにリセットされた。
記憶喪失である。人格変換である。たかがバッグ一個が六十万円(しかもバーゲン価格)という非現実的な価格は、私からすべての現実認識を奪い去った。銀行の預金残高も、アメックスの請求書も、もはや遠い前世の出来事のごとく記憶から消し去られ、新たに芽生えたのは「ホッホッホ、私はエルメスのバッグを買った女! 庶民には手の届かぬ世界で暮らす雲の上のゴージャス女よ! ああ、もっと、ブランド物を! もっともっと贅沢なブランド物をここにお持ち! すべて私が買うわ、ホーッホッホ……」といった途方もなく事実無根の誇大妄想的自己認識であった。
そう。女王様はキレたのだ。世間では「キレる若者」が問題になっているが、女王様は齢《よわい》四十二にして若者のごとくキレる女なのだ。これはもう物欲とか浪費癖とか、そんなナマやさしいモノではない。「いったいどうやって払うんだ」と茫然自失するほどの大金を消費した瞬間、私は自己防衛のために人格変換し、ファンタジーの世界に逃げ込むのである。そこは、いくら遣っても金の心配をしなくてすむ天国のような世界……って、ホントに天国行っちまいな、てめーはっ!!!
こうして、自暴自棄の暴走浪費マシーンと化した私は、「中村さん、せっかくのセールでバッグ一個なんて淋しいですよぉ」などという担当編集者(おまえ、じつは悪魔だろ)の言葉にノセられて、カシミヤのショールだの何だの、さらに二十万円ほど買い物し、セール会場を出ると今度はルイ・ヴィトン、シャネルとハシゴしてそこでまた服やバッグを買いまくり、帰国便に乗る直前には空港内のカルティエの免税店で時計まで買って、推定総額百五十万円〜二百万円の大散財を果たしたのであった。ああ、怖い。
で、日本に着いた瞬間、ハッと我に返った私は、「ど、どうしよう! 今月の支払いと合わせたら四百万円じゃん! どうやって払うんだ、これ──っ!」と身を焦がすほどの懊悩《おうのう》にのたうち回った挙句、ついさっき、意を決して受話器を取り、馴染みの出版社にしおしおと電話をかけた次第である。
「もしもし、あのぉ〜」
「むむっ、その声は……まさか借金?」
さすが、長年の付き合いだ。担当編集者は素早く気配を察して、軽くジャブを入れてくる。
「そんなワケないよね、うさぎさん。最近はヨソの出版社で稼いでるそうだしさぁ、まさかうちに金借りようなんて、そんなコト考えてないよね。いくら、あんたでも。ハハハハッ」
「それが……借金なんですが」
「またまたぁ。あんた最近、うちで本出してないでしょ。文春から借りりゃいいじゃん」
「言えないよ、文春になんか。縁切られたら、どーすんのよ」
「じゃ、うちは縁切られてもいいワケ?」
「いや、そーゆーワケじゃ……」
「年が明けて初めて電話かかってきたと思ったら、さっそく借金だもんなぁ。おめでとうも言わずにさぁ……」
「おめでとう……いや、違うんだよ。これは、ただの借金じゃないんだよ。おめでたい借金なんだよ。ほら、なにしろミレニアムだから……」
「はぁ? ミレニアム? どーゆー関係があるんだよっ!?」
「いや、だからさ、ミレニアム記念借金ってコトで……」
「記念で借金すんなよ! 相変わらず、ワケわかんない女だな。で、いくら借りたいワケ?」
「そーね。ミレニアムだけに、二千万円、なんちゃって」
「切るよ!」
「ごめん。二百万でいいです」
「(タメ息)俺の一存じゃ何とも言えないから、経理に聞いとくよ」
「いつも、すまないねぇ」
「何がミレニアムだ、まったく」
そんなワケで、女王様は今、身を硬くして出版社からの返答を待っている状況なのである。ここで拒否されたら、本当にカード破産だ。生きるか死ぬかのミレニアム借金……ああ、今年も春から人生崖っぷちじゃあ!
女王様、第二のカードを手に入れる[#「女王様、第二のカードを手に入れる」はゴシック体]
さて。まずは、前回の「ミレニアム借金」の結末をご報告するのが、女王としての義務であろう。民よ、喜べ。女王様は見事、出版社から二百万円の前借りに成功し、ミレニアムカード破産(なんか、ゴージャスな破産であるな)の危機は免れた。
ただし、出版社の経理から、次のような警告も同時に受け取ったのである。
「これを、二十世紀最後の前借りとさせていただきます。MW社経理代表・W」
そ、そーか……二十世紀最後の前借りしちゃったのか、私。
女王様は、思わず、はるばるとした心もちになったよ。もう私の中では、すでに二十世紀が終わってしまったのだ。民よ、女王様はひと足先に、今世紀を卒業するぞ。さよなら、私が生まれ育った激動の二十世紀。明日から私は、二十一世紀を強引に迎えるぞっ! だって、あと十カ月も前借りせずに生きるなんて、絶対無理だもーん!
ところで、二〇〇〇年に入って、もうひとつ、女王様の財布の中身に異変が起こった。なんと女王様、無謀にも新しいクレジットカードを手に入れたのである。アメックス一枚で汲々としてるのに、これ以上、カードを増やす余裕と必然性はあるのか、中村うさぎっ!?
もちろん、余裕も必然性も、まったくない。だが、動機ならある。すなわち、「見栄」だ。
諸君、女王様が新しくゲットしたのは、ダイナースカードなのである。なんかダイナースってさぁ、金持ちカードってイメージ、ない? 噂では審査基準がとびきり厳しいとかで、不動産持ってなきゃダメだとか、会社の社長じゃなくちゃダメだとか、そんな話を聞くたびに愚かで見栄っ張りな女王様は、「ちくしょー、ダイナースめ、お高くとまりやがって。いつか私の下僕にしてやる!」と、無謀な闘志をたぎらせていたのだ。
いや、ホント、無謀である。不動産取得どころか今世紀最後の借金まですませちまった、その日暮らしの女王様。なんとかアメックスからは見放されずにいるものの、じつは数年前、伊勢丹のIカードの審査にさえ落ちた日本一信用のない女王様。こんな女にカード発行して、ホントにいいのか、ダイナース!?
ま、推測するに、ダイナースもきっと戦々恐々としながらカードを発行したのではなかろーか。フツーは「どんどん使ってくださいね」という気持ちで発行するのだろうが、今回に限っては「頼むから使わないでくれ、いや使ってもいいけど、踏み倒すのはアメックスだけにしてくれよ〜」と、祈るような気持ちでカードを送ってきたに違いない。しかし、それでも女王様にカードを発行したダイナース、あんたは偉い!
それに較べて伊勢丹カードときたら、そっちから「お客様、ぜひカードをお作りください」と店員にモミ手で勧誘させといて、ついその気になって申し込んだら、朝も早よから審査係を名乗る女からの電話で叩き起こされ、職業、ペンネーム、取引先の出版社名までしつこく聞き出され(しかも、すごーく感じ悪かった)、挙句の果てに「お客様は残念ながら、当社の基準に云々」なんてぇ木で鼻をくくったよーな手紙で断ってきやがって、フザケんじゃねぇーっ!! カード発行したくないなら、最初から勧誘すんなーっ!!!
はぁはぁ、ぜぇぜぇ……すまん、民よ。伊勢丹カードの話になると、女王様はついつい興奮してしまうのじゃ。だって、周囲の友人たちからは「伊勢丹カードにすら落ちた女。丸井カードは作れるのかっ!?」(←いらんわいっ!)などと、さんざん笑い者にされるし、私の失われたプライドを返してぇ──っ!!
そんなワケで今回、ダイナースカードを手に入れた私は、なんだか積年の恨みを晴らした気分なのだ。そうよ、私はアメックスのプラチナとダイナースを持つ女。伊勢丹カードよ、指をくわえて思い知るがいいわ。逃した魚が大きかったコトを!
そう。女王様は、ハイリスク・ハイリターンな女なのだ。もしも潰れたらダメージは大きいが、潰れなければいくらでも金を遣いまくって、あんたら、大儲けや! どや、男なら、こんな女に賭けてみぃひんか?
ところで英国では、自分の株を公開して出資者を募ってる大胆不敵な女優がいるそうである。おもしろいヤツだ。女王様も株式公開しようかな……買ってくれるかね、民よ?
この金で何が買えたか、女王様[#「この金で何が買えたか、女王様」はゴシック体]
先日、某誌の企画で、糸井重里氏と邱永漢氏にお会いした女王様であるが、その時、邱氏が自分のシャツを指先でつまんで曰く、
「これ、ユニクロで買ったんですよ。1900円」
「ユ、ユニクロ……」
女王様はしばし絶句し、それから「金持ちって、何なの?」という根源的な問いに、しばし頭を悩ませるコトになった次第である。
邱永漢(敬称略)、エラい! いや、エラいのかエラくないのか、よくわかんないけど、とにかくユニクロには意表を突かれたわい。大金持ちのクセに、ロールスロイス乗ってるくせに、ユニクロの1900円のシャツなんか着る男。そのクセ、コートはエルメスなんだ。すげぇ大物なのか、服についちゃ何も考えてないのか、どっちなんだ、邱永漢!?
で、思ったんだけどさ。私は今まで、不特定多数の他人から「あの人、お金持ちなのね」と思われたい一心で、何千万円という金をブランド物の服やバッグにつぎ込んで来たワケでしょ。で、おかげ様で今となっては、金持ちとは誰も思わないまでも、とりあえず「ブランド大好き女」のイメージが定着しつつあり、「中村の着てる服は高い」と周りの人が勝手に思ってくれるようになったのよ。
ってぇコトは、だ。ここいらで私が、こっそり1000円のユニクロのセーター着てたって、きっと人は「ああ、うさぎ女王様のセーター。きっと、あれもシャネルで、10万円くらいするんだわ」と、思い込んでくれるのではないか? ならば、ホントにシャネルのセーター着てなくたって、私の見栄はじゅーぶんに満たされるワケで、さすれば私の年間服飾費は百分の一に抑えられるのではないのか!?
と、こんなコトを考えてしまうのも、ほれ、確定申告の時期だからなのである。本日受け取ったアメックスの年間利用報告書によると、一九九九年の女王様の服飾費は1500万円……ちなみに夫は、その数字を見て、「あ、前の年より500万円少ないよ。エラい、エラい」と褒めてくれたが、エラくも何ともねーよっ! 一年間に1500万円も服買う女って、やっぱアホやがな。
それにしても、私はいったい、どこのブランドにこんなにムダ金を貢いだのか……ふと疑問に思って計算してみたところ、自分でも意外な事実が明らかになったのである。
では、発表しましょう。中村うさぎ一九九九年度ムダ遣いブランド・ベスト5!
@ヴェルサーチ 289万円
Aグッチ 281万円
Bシャネル 271万円
Cドルガバ 199万円
Dディオール 160万円
以上の結果であった。
なんと、女王様がもっとも貢いだブランドは、シャネルでもエルメスでもなく(エルメスなんて一度も買ってねーよ、去年)、思わぬ伏兵・ヴェルサーチだったのである! しかも、300万円近く使ってやがるぜ。野村沙知代かよ、てめーは!
いやぁ、驚いた。しかも、ヴェルサーチでどんな服を買ったのか、ほとんど覚えてないという点にも驚いた。唯一、憶えてるのは、去年の夏にウンコ漏らして捨てた白いワンピースのみ。まぁ、あれは、事件のインパクトが強かったからねぇ(苦笑)。
このように、300万円近くも使っておいて、まったくその自覚がなく、あまつさえ買ったモノの記憶さえない女王様。こんな女に、一流ブランド物を着る資格があるのだろーか。いや、ない(反語)。絶対、ない。私が自分を許しても、世間が私を許さない。おすぎとピーコも、きっと私を許さない。
結局、この数字が意味するのは、中村が一年間で築いた虚栄の山だ。その場限りの物欲たちの、累々たる死骸の山なのだよ、ああ、民よ。
村上龍氏の『あの金で何が買えたか』という本が、去年、ベストセラーになった。村上氏にならって、女王様も考えよう。この金で何が買えたか……株か? 不動産か?
いや、きっと、何も買えはしなかったのだ。何を買ったって、たぶん同じコトだったのだ。金なんて、そんなモノだ。使ったって貯めたって、君の手には何も残らない……って、虚しさのあまり、ほとんど|326《ミツル》な女王様。チッ、路上で詩でも書いて売るかな。ユニクロの服着てさ。
美香への怨念、再び燃える![#「美香への怨念、再び燃える!」はゴシック体]
ちょっと前にお話ししたパリの大散財旅行の件であるが、このたびアメックスから、ついにその請求がやってきた。女王様のパリ旅行お買い物額は、約百六十万円……ま、これは、だいたい予想どおりである。が、このバカ女ときたら、その前後にもなんだかんだと無自覚に金を遣いまくっててさぁ、結局、請求総額は二百五十五万円だとよ。わぉ〜〜〜んっ!(←遠吠え)
先月、アメックスの支払い百九十万円のために今世紀最後の前借りをしたばかりだってのに、翌月にはもう二百五十万円の請求……あたしゃ、こんな自分を養ってくのが、つくづくイヤになりましたぜ、旦那。
そんなワケで、アメックスの請求書をチラリと見るなり放り出してクヨクヨ状態に入った私であったが、夫はその請求書をしげしげと眺め、意外な発言をしたのであった。
「へぇ〜、あんた、得したね」
「何それ? イヤミ?」
「違うよ。ほら、見て。あんたがヴィトンで買ったバッグ、八万二千円だって。これ、日本で買ったら十五万円だよ。ほとんど半額じゃん」
「ホントッ!?」
そーか! 私がパリに行った時期、円がけっこう強かったんだな。うわ、ラッキー!
垂れ込めた暗雲から一条の光が差したような、そんな仄《ほの》かに嬉しいニュースであった。一瞬、女王様の顔はほころんだ……が、次の瞬間、再び曇り、
「なんか、ムカつく!」
「なんで?」
「だってさ、このヴィトンのバッグ、私のじゃないんだもん。E子(←友人)に頼まれて買ってきたヤツだよ。得したのは私じゃなくて、E子じゃん」
「でも、E子、喜んでくれるよ」
「それが何よっ!? パリ行ったのは私なのに、なんで他の女が得するのよ。ウキ───ッ!」
たとえ友人といえど、自分より得する女がこの世にいるのは許せない……そんな、世界一心の狭い女王様なのであった。こんなんで、よく友だちいるよな。
一方、夫は、このように身勝手で卑しい心根の妻を冷ややかに見やって曰く、
「だから、言ったじゃん、あの時……あんた、人の言うコト聞かないから」
「うぐぅ〜っ……」
私は上目遣いに夫を睨み、低く唸《うな》った。
夫の言う「あの時」とは、パリ行きが決まった翌日のコトである。用があって紀尾井町に出かけた私は、そこの「ルイ・ヴィトン」で発作的に、旅行用のキャリーバッグと手提げ鞄を購入したのであった。その際、傍らの夫が次のように忠告した。
「あんた、これからパリに行くんでしょ? なんでわざわざ、ここで買うの? パリで買ったほうが安いと思うけどね」
「いいのっ!」
鼻息荒く、私は答えた。
「パリが安いったって、タカが知れてるわよ。それより私はねぇ、ヴィトンのキャリーバッグで行きたいの!」
「なんで? キャリーバッグなら、フェンディがあるじゃん」
「あれはイヤなの! ヴィトンでなきゃヤなの!」
私はヴィトンの店内で幼稚園児のようにダダをこね、手足をバタバタさせて叫んだのである。
「私は決めたのよ! 旅行鞄は全部ヴィトンで統一するのっ!」
女王様が、このように意地を張った裏には、ひとりの女の存在がある。このページを欠かさず読んでくださってる奇特な読者の方々は、すでにピンとこられたであろう。
そう、叶美香よっ! 忘れもしない去年の女王対決で、私をしょっぱなから負かした、あのムカつく女よ! あいつはヴィトンのキャリーバッグを持っていた。女王様は持ってなかった。それがもう、あたしゃ悔しくて悔しくて……キ───ッ!!!
と、このような、気絶するほどバカバカしい理由で、女王様はパリ行きを目前に、ヴィトンの旅行鞄を二点も買い揃えたのである。合計三十万円の買い物であった。パリで買ってりゃ約十六万円……なな、なんと、十四万円もお得だったんじゃないかぁーっ!
ああ、バカバカ、うさぎのバカタレ! 夫の忠告に、ちゃんと耳を傾けてりゃよかったのに!
「うう〜〜〜」
やり場のない怒りと自己嫌悪に、ただただ唸るしかない女王様であった。バカは死ななきゃ直らない……それは、私のためにある言葉かもしれんのぉ……。
指にカルティエ、目に涙[#「指にカルティエ、目に涙」はゴシック体]
以前、TVのニュース番組を見ていたら、ある若い女性の驚異的なドケチ生活を紹介していた。電気代がもったいないからって電気も点けず、夕食は勤め先のコンビニから持ち帰った賞味期限切れの弁当という、徹底した暮らしぶり。で、毎月、コツコツと貯金してるんだそーな。
番組の中で、彼女は言った。
「アリとキリギリスって童話がありますよね。あれと一緒です。結局、最後に笑うのは、アリなんですよ」
ケッ、と、キリギリス代表の女王様は思ったね。食いたいモノも我慢してチマチマ貯金して、それはそれで他人の人生だから何も言わないけどさ、何が「最後に笑うのはアリ」だよ。キリギリスだってなぁ、最後は笑って飢え死にしてやらぁ!
ところが……!
そんな豪気な女王様の暮らしぶりに何か思うところでもあったのか、夫が突如、アリに変身したのである。
去年、シティバンクに口座を作り、自分の金を毎月コツコツと貯め始めたのだ。
「今月は三万円貯金したヨ。ウフフフ」
通帳を見ながら嬉しそうに微笑む夫に、女王様は裏切られたようなショックを受けた。
あ、あんたって、そんな人だったのっ!? 何よぉ! せっかく夫婦になったんだから、一緒に地獄落ちようよぉ! ひとりで貯金なんか始めてズルいぞ!
なんかさぁ、昨日まで一緒に不良やってた仲間が、勝手に更生しちゃって、あまつさえマジメに受験勉強とか始めちゃったような気分だよ。おまえだけ、最後にひとりで笑うつもりか、許さーん!
が、女王様の冷たい視線にもめげず、夫はコツコツと貯金を続け、そして……。
つい先月、妙にニコニコしながら、私に報告したのであった。
「今日ね、貯金、全部遣っちゃった。フフフ」
「ええっ!?」
これはこれで、女王様、驚いたよ。あんなに熱心に貯めてたのに、いったい何があったの!?
アリは一生、アリのまま。キリギリスは死ぬまでキリギリス。両者は、永遠に交わらぬ平行線みたいな存在だと思ってた。なのに、この男は、アリになってみたかと思うと、ケロリとそれを遣い果たして一文無し。あんた、結局、何者なのだね?
ちなみに、その日、女王様はひどく機嫌が悪かった。仕事は山積みだし、絶不調だし、もう、アップアップ状態。ついつい夫に当たり散らして、ますます自己嫌悪で機嫌が悪くなる……そんな時にさぁ、何を買ったか知らないけど、あんた、いい身分だね。フンッ!!!
と、まぁ、こーゆー状態だったのだ。で、不機嫌丸出しの険しい顔で、私は答えた。
「へぇ〜、そう。ずいぶん、豪勢じゃない。何買ったの?」
すると夫は、紙袋からカルティエの箱を取り出し、
「これ」
「カルティエ? ふーん、ますます豪勢ねぇ。羨ましいわ」
自分はシャネルだグッチだと買い物三昧のクセして、他人がカルティエの指輪ひとつ買っただけで、嫉妬で狂いそうになる女王様。特に、天敵であるアリがカルティエなんか買った日にゃ、たちまち憤死寸前だ。
アリはアリらしく、百円ショップで買い物してなっ!
ところが夫は、そんなドス黒い怒りを浮かべた女王様の顔を覗き込み、
「お誕生日おめでとう!」
「えええっ!?」
またしても意外な展開に、女王様はたじろいだ。
「ちょっと待ってよ、これ……」
「うん。プレゼント。あんた、カルティエの指輪、欲しがってたでしょ?」
「……いくらだったのよ?」
「六十万くらい。貯金全部だから。フフフ」
フフフ、じゃねーよっ! アホか、てめーは!
夫も生活も顧みず借金しては買い物し放題、そのうえ仕事が忙しいからって八つ当たりまでしまくり、さらに夫がカルティエで買い物しただけで嫉妬で不機嫌になる、まるで尿道のように狭い狭い心の持ち主。そんな妻に、貯金はたいてプレゼントなんか買うな───っ!!!
「…………」
振り上げた拳を下ろす場所もなく、ひたすら己を恥じた中村であった。最後に笑うのはアリでもキリギリスでもなく、こーゆー人間なのだなぁ、きっと。
七億一千万円の誘惑[#「七億一千万円の誘惑」はゴシック体]
確定申告……それは、女王様が一年に一度、心の底から自己反省し、税理士の先生に涙ながらに許しを乞う時期。今年もその苛酷な試練を経て、打ちのめされた女王様は目が虚ろである。
ああ、金がない。どうして、こんなにお金がないの? それは、あなたが遣い過ぎたから。
まぁ、遣っちまった金をクヨクヨ考えても仕方あるまい。女王様の立場としては、それよりも、入る金のコトを考えなくてはならぬのだ。ああ、でも、印税はすべて前借り状態だし、頼みの綱の還付金も、住民税の滞納分と相殺すべく、港区役所に差し押さえられる運命。どこをどうヒネっても、一円玉ひとつ出てきやしないよ、バーロー!
このような時、女王様は、ついつい荒唐無稽な夢想に耽《ふけ》ってしまう。
たとえば明日、郵便受けを開いたら、そこに一通の手紙があるのだ。封を開いて読んでみると、そこには……。
「中村うさぎ様。突然ですが、ある大富豪の紳士が、あなたに三十億円の遺産を遺して亡くなりました。どうぞ、お受け取りください。相続税はいりません」
なーんちゃって、キャ──ッ、夢みたーい! てゆーか、ホントに夢だけどさ。でも、どうせ生きてるんなら一度だけ、こんな奇跡に出会いたいものではないか。なぁ、民よ。
ところが……!
なんと、奇跡は本当に起きたのだった。数日前、女王様が郵便受けを開くと、そこにカナダからの手紙(by平尾昌晃)。差出人はI.P.S.という聞いたコトもない会社だが、封を開けてみると、
「公式通知書:賞金チャンス」
このような文字が、目に飛び込んできたのである。よくよく文面を読めば、なんと「賞金総額七億円」の当選チャンスが、光栄にも、この私に送りつけられたようなのである。今すぐ、二千円の参加費と一緒に申し込めば、数億円の賞金が当たるとか……。
うひょ───っ!!! 一攫千金、七億円! これよ、これ! これを待ってたのよ────!
普段なら「ケッ、インチキくせーんだよっ!」と、ろくろく読まずにゴミ箱に放り捨てる女王様だが、そこはほれ、例の税金問題ですっかり弱っちゃってる状態だ。心ならずも最後まで目を通すと、そこに書き連ねられた甘い誘惑の囁き……。
「中村様、総額七・一億円のうちのあなたの当選賞金はあなたのお好きなように使えるのです」
「中村様、これまでの当選者の方々がなさったように、あなたが手に入れた富で、大きな家を新築したり、豪華な新車を購入したり、旅行をしたり、仕事を辞めてお金に不自由のない余生を送ることができます」(以上、原文のママ引用)
ああ……と、女王様はクラクラしながら考えた。今ここに数億円あれば……とりあえず、税金の心配はなーし! イヤッホー! ざまみろ、税務署! そのうえ、家買って車買って、旅行三昧かぁ〜?
なんかもう、気分はアレだよ。「アメリカ横断ウルトラクイズ」で、福留アナにゲキ飛ばされてる感じ。
「大きな家、欲しいか──っ!?」
「お─────っ!」
「豪華な新車、欲しいかーっ!?」
「お────っ!」
「仕事辞めたいかーっ!?」
「お──っ、お──っ!!!」
「そんなら二千円払ってみるかぁ───っ!?」
「喜んで────っ!!!」
って、ちょっと待て。どこかで聞いたぞ、このセリフ?
そーだ! バクシーシ山下のエッセイ本『セックス障害者たち』の中に出てきた、AV女優を洗脳するスカウトマンのセリフだぁ───っ!
「はい、目をつぶってみて、ワンランク上の生活を想像してみてください。きれいな部屋、洋服、おいしい食事、海外旅行……はい、さあどうですか」(中略)「……出演します」
(バクシーシ山下著『セックス障害者たち』幻冬舎アウトロー文庫より引用)
そーか。女王様、危うく脱ぐところだったのか。やべぇ、やべぇ。まったく、油断も隙もありゃしねーよ(冷や汗)。
それにしても、人間ってのは、こーゆーわかりやすい欲望を提示されると、つい脱いじゃったり二千円払い込んだりするモノなのだなぁ……いや、そんなのに騙されるのは、女王様とAV女優だけか。ちくしょー、今年こそ地道に生きようっと!
五百円玉の誘惑[#「五百円玉の誘惑」はゴシック体]
前々回、夫が貯金をハタいてカルティエの指輪を買ってくれた話を書いたら、周囲の友人たちの間で夫の株が異様に上昇してしまった。
「ねぇねぇ、文春、読んだよ。コーくん(←夫の名前)、やさしいじゃーん」
「こんなにいい旦那さん、いないよ。大事にしなよー」
チッ、大きなお世話だいっ! だいたいねぇ、あんたたち、あんなエピソードひとつで、コロリとあの男に騙されんじゃないわよ。そりゃ、あの時は私もちょっと感動したけどさ。でも、皆が絶賛するほど、いいヤツってワケでもないんだぞ。すごーく底意地悪いところとか、あるんだからね。
たとえば、ウチはトイレの水流が異常に弱くてだね、流れたとばかり思ってた私のウ○コが時折、ひょっこり出戻ってたりするワケだよ。普通、そーゆーのを発見したら、何も言わずにそっと流しといてやるのが武士の情けってモンであろう。私だったら、そうするね。
なのに、夫は勝ち誇った顔でトイレから出てくるや、
「あんたね、戻ってきてるよ、すごく大きいのが!」
ことさら朗々たる声で喜ばしげに報告するばかりか、家を訪ねてきた友人がトイレに入ろうとしようものなら、すかさず、
「あ、気をつけて! ウチの奥さんの、戻ってきてるかも!」
などと、わざわざ言わんでもいい忠告をするもんだから、私の株はますます暴落し、
「あんた、ウ○コくらい、ちゃんと流しなよ〜」
なんてぇコトを、呆れ顔で言われちゃったりするのである。んもう、女王様の面目、丸潰れさ。どーしてくれんのっ!?
このような次第であるからして、妻によけいな恥をかかせた慰謝料として、カルティエの指輪くらい当然であろう、と、私は思う。で、それを友人たちに切々と訴えてみたところ、
「そりゃあ、ちゃんと流さない(いや、流してるんだってば)あんたが悪いでしょう。女として、それ、どーなの?」
こんなふうに返り討ちにあい、結果、私の株はますます下がるのであった。まったく理不尽な話ではないか。釈然とせんわい。
と、そんなある日、件《くだん》の夫が、また新しい貯金を始めた。なにやら銀色のスチール缶を抱えて、得意そうに妻に命令したのだ。
「あんたね、今度から、財布の中の五百円玉、これに入れて」
「はぁ? だいたい、何なの、そのビンボー臭い缶は」
「うん、五百円玉の貯金箱。この缶いっぱいに貯めると、百万円になるんだって」
「どひぃ───っ!!! ホントにビンボー臭ぇ──っ!!! 小学生か、おまえは──っ!」
細かいコトの大嫌いな女王様、思わず髪を逆立て、ムンクの叫び状態になったのであった。
小銭をチマチマチマチマ貯金してさぁ、ようやくいっぱいに貯めても僅か「百万円」だってよ。エルメスのバッグ一個買ったら、それで終わりじゃーん。
あたしゃね、バーンと遣ってバーンと借金して、バーンと仕事して返す、山師のよーな人生を貫いてきた女なのよ。タクシーなんか乗った日にゃ、「お釣り、結構よ」なんて、ついつい見栄張っちゃってさ、一緒に乗ってた父親から「おまえはナニ様じゃーっ!」と怒られたほど、どうしようもなく経済観念の破綻した女なの。その私に、五百円玉、貯めろですってぇ!? あんた、ホントに私の夫なの!?
だが、そんな妻の驚愕をよそに、夫は毎日、五百円玉をチャリンチャリンと缶に入れ、「もう三万円くらいは貯まったよ。クスクス」などと笑っているのだった。そして……。
つい先日、相変わらずの散財の末、自分の財布に一円もなくなった妻は、横目でそのスチール缶を睨み、
「ああ……あの中に数万円の小銭が……ほ、欲しい──っ!!」
喉から手が出るほどの渇望に悶々としたのだが、さすがにスチール缶壊して中の小銭を持ってくなんて……それをやったら、あんた、人間失格よ! ああ、いけないわ、いけないわ。そんな、ギャンブル狂いの果てに子どもの貯金箱にまで手を出す極道オヤジみたいなマネしちゃ、いけないわ──っ!
諸君、女王様は現在、この誘惑と必死で戦う日々を送っている。それにしても我ながら、セコい戦いであるコトよのぉ。シャネルの服着て、五百円玉に誘惑されてんじゃねーよ、中村!
女王様、腋に副乳を発見する[#「女王様、腋に副乳を発見する」はゴシック体]
暖かくなってくると、女王様は憂鬱である。否応なく、肌を露出する季節になるからだ。四十二歳にもなって肌を露出すんなよ、という意見もあろうが、言わせてもらえば、そんなの私の勝手である。サッチーが水着になろうが、中村うさぎがタンクトップで若作りしようが、他人にどうこう言われる筋合いはないね。見たくなきゃ、黙って目を逸らしてろっつーの。
今年、女王様が購入した春夏物第一号は、ドルチェ&ガッバーナのビスチェ。昔のコルセットみたいなデザインで、胸は大きくウエストはキュッと細く見える……はずなのだが、昨日、家で着てみたところ、胸は無惨にペッチャンコ、そのくせ腋の下には贅肉がボッテリと盛り上がり、あたかも両腋に副乳でもあるかのような状態なのだった。
「うっ、これは……」
鏡の中の自分を睨みつつ、女王様はうろたえたね。
「この女、あからさまにデブじゃないの! マズいわ。とりあえず、この両腋の肉をなんとかしなければ……!」
そこで思い出したのが、数年前に購入した矯正ブラジャーである。女性のかたは、ご存じであろう。身体じゅうの贅肉を無理やり胸元に掻き集め、寄せて上げて、強引に巨乳を作ってしまおうという、世にも無謀なコンセプトの下着。確か、ブラジャーとガードルのセットで二十万円くらいはする代物だ。
民よ、女王様は人一倍、見栄っ張りで欲張りな女である。ブランド物で着飾るのはもちろんだが、それ以上に、人も羨む豊かな美乳、ほっそりと引き締まったウエストラインが、欲しくて欲しくてたまらない。
そうよ、私はきれいになりたいの! ホントは「美人でスタイルのいい中村さん」と呼ばれて、羨望の眼差しを一身に浴びたいのよ。なのに、天は私に一物も与えなかった。豊かな胸も流れるようなボディラインも、眩しいほどの美貌も、何もなし。あるのは、中年を過ぎて腹や二の腕にボテボテとついた脂肪だけ……ちくしょー、イヤガラセかよ、この肉はっ!
そんな荒《すさ》んだ日々を送っていた私は、ある時、雑誌で矯正下着の記事を読み、神のお告げを聞いたのであった。
中村よ、そのありあまる贅肉をすべて胸に集めれば、一瞬にしてそなたは巨乳になるぞよ。その贅肉は、ワシからのプレゼントなのじゃあ〜。
そ、そーだったのか! ありがとう、神様! 私、あなたからいただいた贅肉をムダにはしません。こうなったら、すべての肉を胸に集めて、セクシーダイナマイトな女になってやる!
そんなワケで、鼻息荒く購入した矯正下着。だが、それはまるで悪魔の拘束具のごとく、はたまた星飛雄馬の大リーグボール養成ギブスのごとく、私の身体をギリギリと締めつけた。そのうえ、ちょっとでも腕を動かすと、背中や二の腕から強制的に集めた贅肉がブラから飛び出し、元の場所に戻ってしまうのである。
結果、私の身体には必要以上にきついブラとガードルが食い込み、その他の場所には押し出された贅肉がこれまた必要以上に盛り上がって、ほとんどタコ糸で縛られたボンレスハム状態になってしまった。そうそう、アレに似てたわよ。ミシュランのタイヤ男。
そしてある日、女王様は爆発した。寿司屋のカウンターで寿司を食ってる最中、苦しさのあまり失神しそうになった私は、いきなりトイレに駆け込んでブラとガードルを引きむしるように脱ぎ捨て、それを丸めてバッグに放り込んだまま、二度と身につけようとはしなかったのだ。
ああ、そうだわ。あのブラ、どこに行ったやら……あの時、私は強く心に誓ったはずよ。もう二度と、体型の出る服は着ないって。なのに、すっかり忘れて性懲りもなく、ドルガバのビスチェなんか買っちゃう私は、タダのバカ?
ま、仕方ない。私はとりあえず両腋の肉をビスチェの胸に押し込み、腕をあまり動かさないよう、しゃちほこばって出かけたのであるが……やはり無理でしたわい。タクシー降りた頃にゃ、私の両腋には再び副乳のごとき贅肉が盛り上がってましたわ。ホホホホッ!
民よ、開き直った女王様は最近、この両腋の肉を「熟女肉」と名づけて慈《いつく》しんでいる。そうよ、牛でいうなら霜降り肉。いちばんおいしいとこなのよっ!
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[#小見出し] 私をパーティに連れてかないで![#「私をパーティに連れてかないで!」はゴシック体]
なのにあなたはグッチへ行くの?[#「なのにあなたはグッチへ行くの?」はゴシック体]
「ねぇねぇ」
ある日、ファッション誌をめくってた夫が、私に声をかけた。
「この服、あんた、好きそう」「どれどれ」
雑誌を覗き込むと、なるほど、いかにも私の好きそうなディオールのスーツが載っている。価格は、上下で四十五万円。
「ふふふ……欲しくなってきたでしょ? ほらほら」
人の悪い笑みを浮かべて雑誌を突きつける夫であったが、女王様はツイと目を逸らし、毅然として言い放ったのであった。
「いらないわ!」「なんで?」
「だって、お金ないもんっ!」
そーなのだ。時は月末、女王様の財布には、なんと千円しか入ってなかったのである! 素晴らしい! 完全無欠の文無し女、中村うさぎ! 逆さに振っても鼻血も出ねーや。
すると夫は、ますますイジワルそうなイタチ目で笑い、
「ふーん。お金、ないんだー。ところで、今夜、グッチのパーティだって知ってる?」
「し、知ってるわ」
女王様は動揺しつつ、モゴモゴと答える。夫の指摘どおり、その日は、グッチ青山店の一周年パーティ。グッチ青山店といえば、昨年、女王様が酔っ払いオヤジ状態で百九十万円(消費税込み)の毛皮のコートを衝動買いした因縁の店である。
「パーティ、行くの?」
夫が嬉しそうに尋ねる。
「行くわよ。招待されてるし」
「お金、ないのに?」
「だって、ただのパーティだもん。買い物しないもん」
だが、その時、女王様の胸に不吉な予感が広がった。
ただのパーティ……ホントにそうなのか、うさぎ?
そこで思い出すのは、昨年の真夏の夜の悪夢。紀尾井町ヴェルサーチのパーティに招待された女王様、張り切って出かけたはいいが、飛んで火に入るバカうさぎ。待ち構えてた店員にチヤホヤされてのぼせあがり、気づいたら買う気もないのに三十六万円も散財し、苦い後悔と自己嫌悪を噛みしめながらシオシオと頭を垂れて帰宅したのであった。あの金を返してぇ〜〜!
以来、女王様の頭に、ひとつの教訓が刻まれた。すなわち、
「ブランド店のパーティは、罠である。招待された瞬間、顧客は、すべからく覚悟すべし」
ああ、そうであった。私はあの日、このゆるい脳ミソに、しっかりとこの言葉を刻み込んだのではなかったか。
ブランド店の受注会、ブランド店の○周年パーティ……それらはすべて、顧客を舞い上がらせて尻の毛まで抜こうという、ヤツらの恐ろしき陰謀。ゆめゆめ、足を踏み入れるなかれ。
私だけではない、もちろん夫も、その経緯を知っている。今、私を覗き込んでいる彼の目は、こう問いかけているのだ。
妻よ。なのに、あなたはグッチに行くの? グッチのパーティは、そんなにいいの? 財布の中に千円しかなくても?
「うう……」
私は呻吟し、苦悩の脂汗を滲《にじ》ませて身悶えし、そして言った。
「やっぱり行く! でも、買い物しない! お金ないし!」
「ふ───ん」
「ねぇ、一緒に行って」
「いいよ。あんた、タクシー代もないしね」
「じゃ、用意しなきゃ」
女王様はニッコリと微笑み、さっそくパーティの支度を始めた。いつになく入念なフルメイクを施し、買ったばかりのシャネルのスカートにドルガバのビスチェ、グッチの革ジャケットとブーツ、バッグはディオールの限定品。腕時計はカルティエ。
ホホホホッ、ご覧! この私は、パーティで一番ゴージャスな女!(なのか、ホントに?)まさか、この女が財布に千円しか持ってないとは、誰も思うまいぞ。ざまーみろぃ!
そーいえば以前、やはり財布に千円しかないクセに、シャネルの受注会にも堂々と行った前科を持つ、怖いモノ知らずの女王様なのである。金がなんじゃい! 出版社から借りりゃあ、ええのんじゃ!
もはや、この女を誰も止められない。東にシャネルの受注会あれば行って鼻息荒く買い物し、西にグッチのパーティあれば行ってカードを切りまくり、金欠の月末はオロオロ歩き、人々からブランド猿と呼ばれ、そーゆー人に私はなりたい……ワケねーだろっ! だけど、なっちゃったんだから仕方ねぇんだよ!
てなワケで、次号に続く……。
笑って墓穴を掘る女[#「笑って墓穴を掘る女」はゴシック体]
たとえ財布に千円しか入っていなくても、虚飾のブランド物に身を包み、昨日はシャネルの受注会、明日はグッチの一周年パーティ。見栄とハッタリとクレジットカードを武器にさまよえるブランド・バカ、中村うさぎ。女に生まれてきたけれど、女の幸せまだ遠い。民草の「よせばいいのに〜」コールを聞きつつ、ダメダメ人生を邁進する私の、これは涙の懺悔録である。
てなワケで、前回もお話ししたように、文無し女王様は己の懐具合も顧みず、無謀にもグッチ青山店のパーティに足を運んだのであった。夫にタクシー代借りてな(苦笑)。
会場は、二十代から四十代くらいの女たちでいっぱい。だが、何かが違う……会場を見渡した女王様の目が、ギラリと光った。
おかしいわ。グッチのパーティだというのに、グッチ着てる客が少ないじゃないの! ほら、そこの若い子。あんたの服、それ、何よ? 雑巾? あら、失礼、エスニック・ファッションなのかしら? エスニックって危険よね。ボロ雑巾巻いてるようにしか見えないもの。かと思ったら、ちょっと、そっちのあんた! 今どき、そんな服、どこで売ってるの? 三十年前の少女漫画家が着てたみたいなフリフリ・ドレス(ドレスってゆーのかしら、それ)。金のボタンが安っぽいわよ。大きなおリボン、つけてんじゃないわよ。
あんたたち、これがグッチのパーティだって知ってるの? もしかして、その服装、グッチへの挑戦?
と、このよーに、ほとんど小姑状態になった女王様、片っ端から会場の若い娘たちのファッションに目クジラ立てる結果となったのであった。
なぜ、このような現象が起きたのかは、その後、速やかに判明した。このパーティには、グッチの顧客だけでなく、『ヴォーグ』という雑誌の読者も招かれていたのだ。なるほどね。グッチ指数、低いワケだわ。
しかし、言わせていただきたい。君たち、べつにグッチ着てなくてもいいよ。グッチの服、高いもんな。けど、ブランドには、そこのテイストってモンがあるだろーよ。グッチのパーティなんだから、グッチ好きの人が集まるんだから、せめてグッチのテイストくらい理解して服選べ。いいなっ!?
だが、エラそーなコト言ってるわりには、女王様には重大な弱点があった。それは、おそらくこの会場の若い娘っ子の誰よりも、現在の女王様はビンボー人だとゆーコト……そうよ、この中で、財布に千円しか入ってない女なんて私だけだわ。預金通帳の残高だって二桁よ。来月には少し入ってくるけど、その金は全部、アメックスとダイナースカードが山分けすんのよ。
ええ、私はビンボーですわ! ボロ雑巾着てる小娘より、おリボンつけてる勘違い娘より、私のビンボーは筋金入りよっ。それ考えると、ホントに自分に疑問感じちゃうけど、でもね、耳の穴かっぽじってお聞き、娘たち! 私はショッピングの女王様。たとえ明日なき命でも(←経済的にな)、財布の中に小銭しかなくても、それを微塵も見せずに堂々と、グッチの顧客ぶりを演じてみせるわ!
ほら、そこをおどき、庶民ども! ここは、そなたたちのいる場所ではない。この私の……そう、女王様の花道よ。ブランドのアダ花、見事に咲かしたるでぇ〜〜っ!(って、花登筐《はなとこばこ》か、おまえは)
てな調子で、すっかり興奮した中村は、やおら店員を呼びつけ、ピンクのスエードのブルゾンを手に取るや、
「んまぁ、きれいな色。これ、いただくわっ! あら、値札なんか見なくてよ。どうせ二、三十万円でしょ。安いもんだわ、ホホホホホ──ッ!」
と、コメカミに青筋立てて高笑いを響かせ、周囲の小娘どもにアピールしまくり、呆れる夫を尻目に三十万円のパーティバッグまで注文するという暴挙の数々。まさに、天にも昇る勢いであった。誰か止めてやれよ。
そして……。
諸君、現在の女王様は、地の底にいる。本日、前借りのアテが外れて、残高不足につきアメックスの代金が引き落とせないという非常事態が発生したのだ。
ガァ──────ン!!!
ああ……女王様は、もう終わりだ。数週間前の己の高笑いが虚しく耳に響くぞよ。うーむ、哀れな話だなぁ、女王様ってバカだなぁ(←他人事かいっ)。
女王様、ドルガバでガマになる[#「女王様、ドルガバでガマになる」はゴシック体]
今年の流行色は、ピンクである。そして女王様は、ピンクが大好きだ。いいねぇ、ピンク。女心をくすぐる色だよ。
折しも、季節は春。木の芽は吹き、近所の野良猫は揃って妊娠し、女の子たちはブーツを脱いで白い素足にサンダルを履く。もはや色事とは縁遠い四十二歳の女だって、かわいいピンク色に身を包み、ちょっと「うっふん」な気分になりたいじゃないか。ええ、なりたいんですよ。止めないでちょーだい。
そんなワケで、意味もなく浮わついた気分になった女王様は、そわそわと買い物に出かけたのでありました。そして……。
紀尾井町の「ドルチェ&ガッバーナ」にて、女王様は激しい恋に落ちてしまったのである。お相手は、棚の上に飾られた鮮やかなピンク色のバッグ。
「んまぁ、色もデザインも、なんてかわいいバッグなのっ!」
「こちらでございますか?」
店員が棚の上からバッグを取り、ニッコリと微笑む。
「こちら、素材はイグアナの革でございます」
「イ、イグアナ……なんて、かわいくない素材なの。でも、不思議。あの醜いイグアナが、こんなに美しいバッグに変身するなんて」
女王様は、うっとりとバッグの表面に指を滑らした。元々、鰐《わに》とかトカゲとか、かわいくない爬虫類のバッグが大好きな女なのだ。でも、ホントに不思議だよなぁ。生きてる鰐やトカゲには触りたいとも思わないのに、なぜ、そいつらがバッグになった途端、こんなにうっとりしちゃうんだろう。
思うに、これは「洗脳」である。鰐やトカゲのバッグは高級品……その先入観が、私をうっとりさせるのだ。もしも回虫の皮が高級品なら、この女は躊躇なく回虫のバッグに頬ずりするであろう。愚かなり、中村。
ま、それはともかく、だ。
ピンク色に染められたイグアナのバッグに、たちまち心を奪われた女王様は、
「これ、いただくわっ!」
値札も見ずに宣言すると、ニヤけた顔で別室のソファに座り、お茶など啜りながら一服していたのであった。
と、その時だ。
傍らの夫が、店員に聞かれないよう、小声で私に囁いた。
「ところで、あんた。さっきのバッグ、いくら?」
「え? 知らない。値札、見なかったもん」
「前から思ってたんだけど、どうして値札見ないで買うの?」
「だって欲しかったから……」
「あれ、イグアナの革でしょ? 高いんじゃないの?」
「た、高いかな……」
女王様は、俄然、不安になってきた。
「どうしよう……いくらぐらいだと思う?」
「さぁね。なにしろドルガバは、値段の予想がつかないブランドだからね。タンクトップがいきなり六十万とか……」
そうそう、そうなのよ! 二年ほど前、私はこの店ですっごく気に入ったタンクトップ見つけて買おうとしたんだけど、値段見た途端にブッ飛んで、恥ずかしながらキャンセルしたんだっけ。あん時は驚いたよ、あんた。目玉が一メートルくらい飛び出して、顎なんかガックーンと膝のあたりまで落っこちたね。
ろ、ろくじゅーまんっ!? ただのタンクトップが、ろくじゅーまんもすんのかよっ!? 調子乗んなよ、イタリア人っ!
「そ、そうだったね。ドルガバは時々、信じらんない値段つけるんだっけ」
「そうだよ。あのバッグが百万円しても、あんた、文句、言えないよ」
「ひゃく、百万……」
女王様のコメカミを、冷たい汗がタラ〜リと流れる。
「どうしよう。百万もしたら、私、払えないよぉ〜っ!」
タラ〜リ、タラ〜リ……。ドルガバのソファの上で、ガマの油のごとく冷や汗を垂らす女王様であった。すると……。
「お待たせしました。本日のお買い上げ額はこちらになります」
店員がしずしずと部屋に入って来て、電卓を差し出した。さぁ、運命の瞬間です! 気になるバッグのお値段は──っ!?
二十四万円……。
「ふひぃ〜〜〜〜〜〜……」
女王様は安堵のタメ息とともに、額の汗を拭ったのであった。
それにしても、恐ろしい瞬間であったなぁ。夫よ、今度から妻は、ちゃんと値札見て買い物します。ホントです。
シャネルよ、そなたは何様じゃ![#「シャネルよ、そなたは何様じゃ!」はゴシック体]
女王様は、某女性ファッション誌の「誌上フリーマーケット」なる企画にて、毎月、自らの持ち物を民に破格値で大放出している。シャネルのバッグだのエルメスのジャケットだのルイ・ヴィトンの手帳だの、これまでにあまたのブランド物が、この誌面で売りさばかれた。
この企画は年中金欠の女王様の財布に喜ばしき潤いを与え、また他方、ブランド物を安く買いたいという民草の願いも実現し、はたまた読者の反応に担当編集者もニッコリてなワケで、大岡越前もビックリの「三方一両も損せず大満足」企画なのであった。うーむ、素晴らしい!
ところが、である。
この幸福な企画に、先日、水を差す不届き者が現れた。それは、シャネル・ジャパンの広報部。編集部に苦情の電話が来たため、「今後は、このコーナーでシャネルの商品を売れなくなりました」と、女王様は編集者から通達されたのであった。
ガァ──────ン!!!!
法律に弱い私は、自分が購入した商品を他人に売るコトが苦情の対象になるとは、夢にも思わなかった。買った以上は、私のモノ。売ろうが捨てようが、思いきって食っちまおうが私の勝手でしょ、などと傲慢に構えていたのである。なのに、シャネルは「売っちゃいかん」と言う。そーなのか? そんなコト、言われる筋合いあんのかっ!?
だってさぁ、それがいけないコトなら、中古のブランド物を売買するリサイクルショップは、なぜ摘発されないの? それとも、雑誌などのメディアを使って売るのが悪いワケ? そんなら、最近よく見かけるブランド物リサイクル雑誌は、どーしてシャネルやエルメスから訴えられないのっ!? お願い、頭の悪い女王様に教えて──っ!
と、このような疑問を編集者にぶつけたところ、彼女は困惑した口調で曰く、
「いえ、法律違反とか、そういう問題ではないと思うんですけどねぇ……」
「それじゃ、単にシャネルがムッとしただけ? なら、ムッとさせといたら、いいじゃない。こっちは違法行為やってるワケじゃないんだしさぁ」
「でも、これでシャネルさんの気分を害したら、今後、撮影のための商品を貸してもらえなくなったり、広告を入れてもらえなくなったりする可能性もあるんです。いえ、あちらがハッキリとそうおっしゃったワケではないんですが、やっぱり自粛したほうが……」
「そーか。それは困るよね。じゃ、やめましょう」
とりあえず納得して電話を切った女王様であったが、どうも釈然としない話であるよなぁ。私が海外で大量にシャネルを買い付けて多額の利益をあげてるワケじゃなし、たかが手持ちのバッグやらサングラスやらを二、三点売ったくらいで、いちいち目クジラ立てちゃうんだ、シャネルって。一流ブランドにしちゃ、ずいぶんと懐の浅いコトですわね。
私なんか、古本屋で自分の本が大量に売られてたって、苦情を言ったりしませんわ(そりゃまぁ、ちょっとヘコむけど)。だって、私の本を売り飛ばそうが、焚書《ふんしよ》の刑に処しようが、それは読者様の勝手ですもの。ああ、自分では当たり前だと思ってたけど、私ってなんて寛大な女だったのかしら。ホホホホ!
そんなワケで、件《くだん》のページでシャネルの商品を売るのはやめたものの、シャネルに撮影用の商品借りたコトも広告料貰ったコトもない天下無敵の女王様は、単身、シャネルに喧嘩を売る気になったのである。
さぁ、かかってらっしゃい、シャネル広報部! 単なる客である中村うさぎに、あなたがたの権力は通用しなくってよっ! 全国のシャネル・ブティックから「出入り禁止」を言い渡されても構わないわ。その分、あなたがたの収益が減るだけ(とはいえ、大した痛手にはなるまいな。悔しーっ!)のこと。べつにシャネルの服着なくたって、私は生きていけるもーん! なら買うな、という声が聞こえてきそうな発言だが……。
ところで、民よ。「金を出してるヤツが一番強い」というのが資本主義のルールなのであれば、雑誌にとっては広告主が一番強く、その広告主にとっては顧客が一番強いワケであるが、ではその筆頭顧客が出版社の社長だったりしたら、はたしてどちらが強いのか? なんか、「鼠の嫁入り」みたいな話だなぁ。
少年は、荒野で迷う[#「少年は、荒野で迷う」はゴシック体]
つい先日、NHK教育の『真剣10代しゃべり場』という番組で、高校生相手に「なぜ、人を殺してはいけないのか」などという深遠な問題について語り合うハメになった女王様である。折しも巷《ちまた》では例のバス・ジャック事件などを始めとする十代の殺人事件が脚光を浴びており、日頃はチャランポランな女王様も、いつになく発言に慎重を期した次第であった。ああ、疲れた。
で、この時、ひとりの十七歳の少年が「もしも人を殺すことで今の自分から脱皮できるのなら、自分は本当に人殺しをしてしまいそうで怖い」と語って、女王様を少なからず驚かせた。
続いて別の少年が、「自分は学校でイジメに遭い、両親は仲が悪く、一時期は親を殺す夢を見たりして、そんな自分が怖かった。芸能人になって有名になって皆を見返そうと思った時期もあるが、それも挫折して……」などと訥々《とつとつ》とした口調で語り、再び女王様を暗澹たる気分にさせたのである。
この子たちをここまで追い詰めたのは、いったい何なのであろーか? イジメか? 家庭環境か? いや、それだけじゃなかろう。現に最初の少年はイジメとも関係なく、きわめて知的で冷静なタイプであったしな。
女王様がそこに感じたのは、「今の自分じゃダメだ」という漠とした不安感、そして「何かやりとげなくちゃ、何者かにならなくちゃ」という切なる強迫観念である。
うーん、これはわかるね。実際、これは十代の少年たちだけが抱えてる問題ではない。四十二歳にもなったこの私もまた、同じ病を抱えているのだ。
女王様は、ブランド物で身を飾り立てる安っぽい快楽に耽溺し、ついには買い物が止まらなくなって借金を重ねた挙句、買い物依存症と診断された人間失格の性格破綻女である。こんな女を番組に呼ぶNHKも肝っ玉が太いと感心するが、それはともかく、私には「何者かになりたい」「何かデカいコトをして世間を見返したい」とあがき、そうするコトで初めて「自分という人間に価値が見出せるような気がする」という彼らの気持ちが、痛いほどよくわかる。
だって、私もそうだもん。ブランド物で飾り立てるのは、そうでもしなきゃ「自分が空っぽだ」というコンプレックスから抜けられないからだもん。
私は、何者かになりたかった。何かを成し遂げて、人から羨まれる「人生の成功者」になりたかったのよ。だけど何者にもなれなかったから、ブランド物で身を固め、「成功者の気分」を味わってみた。そしたら、なんだか夢が叶ったような、自分の価値が上がったような気がして、その快感がやみつきになっちゃったワケよ。そして気づいたら、アッとゆー間に借金地獄。成功者どころか人生の落伍者になっちゃったけど、それでもブランド物への執着は止まらない……だって、ブランド物だけが、私に言ってくれるの。「おまえにはこれだけの価値があるんだよ」って。
我々はいつから、等身大の自分に満足できなくなったんだろう。分不相応な夢を見て、それを実現できないヤツは「人生の負け組」だと、「何の価値もない人間」だと、思い込むようになったんだろう。番組に出ていた少年は言った。
「大学出て会社に入ったって、会社の駒になるだけの人生だ」
会社の駒となる人生には、価値がないのか? 凡庸な人間には存在意義がないのか?
同じようなコトを、私は私に問いかける。
ブランド物で着飾らなきゃ、私には価値がないのか? 成功してヒトカドの人間にならなきゃ、存在意義がないのか?
「人生の勝ち組」って言葉を、最近よく耳にするけど、私たちはいつでも勝ってなきゃいけないのか? そもそも人生とは勝ち負けで価値が決まるモノなのか? いったい誰が我々に、そんな理屈を刷り込んだんだ?
学校でイジメに遭い(←それは敗者を意味する)、受験という大勝負にも負けた十七歳の少年は、「今の自分じゃダメだ」「何か大きなコトをやり遂げて、世間を見返さなくちゃ」と焦燥感に駆られて、刃物を持ってバスに乗り込んだ。それは駆り立てられるようにブランド物に金をつぎ込み、自滅の道をひた走った女王様と、まったく同じ焦燥感だ。諸君、教えていただきたい。我々が自ら飛び込んだ地獄に、いつか救済は来るのか?
女王様、ヒガミの報酬[#「女王様、ヒガミの報酬」はゴシック体]
その日、女王様はブスだった。いつもブスかもしれないが、その日は格別にブスだった。
徹夜明けでゴムまりのようにムクんだスッピン顔、ボサボサの髪を無造作にゴムで束ね、TシャツにGジャンという超カジュアル・スタイル……シャネルだエルメスだとエラそーなコト言ってても、ま、普段はこんなモノなのである。
ところが、その気ぃ抜けまくった姿のまま、ひょんな成り行きから、友人と伊勢丹に行くハメになってしまった。ほんの時間潰しのつもりだったのだが、伊勢丹に行けばシャネルを覗かずにいられない中村うさぎの悲しき習性。スーパーに買い物に行くオバチャンみたいな格好で、心はいつもの女王様のまま、私は肩で風切って店内に足を踏み入れたのであった。すると、
「…………」
伊勢丹シャネルの店員は、みすぼらしいオバチャンをひと目見るや、「いらっしゃいませ」も言わずに無反応を決め込んだ。いや、もしかしたら単に忙しかっただけかもしれないが、ヒガミっぽい女王様はたちまちガーンとショックを受けたね。
む、無視された……この私がシャネルの店員に無視されたわっ! おまえみたいな貧乏くせぇババア、冷やかしに決まってんだよ、とっとと帰んなってコトかしらっ!? キィ────ッ!
悔しさのあまりギリギリと歯ぎしりしつつ、無表情な店員の前を、これ見よがしに何度も往復する。が、店員は相変わらず見て見ぬフリ。「何かお探しですか?」のひと言もない。表面は平静を装いつつも、深く静かに逆上していく女王様……。
あんたら、私をバカにしたらいかんがや────っ!!!
女王様は鼻息荒く、店内を見回した。たまたま目の前に、新作のバッグがあった。たいして欲しくもないクセに、女王様はフムフムと熱心に見つめ、「どーだ、買うぞ、買うぞ」と無言のアピールを込めてバッグに手を伸ばし……と、その瞬間!
ガッシャ────ン!!!
バッグは女王様の手をスリ抜け、店内に響きわたる大音声とともに床に落下したのである!
その音に、店じゅうの客が振り向いた。これまで無視を決め込んでた店員も、猛スピードで駆け寄ってくる。
女王様はウロたえた。いくら店員に相手にされたかったとはいえ、こんな形で注目されるつもりはなかったのだ。これでは単なる粗忽者ではないか!
「あ、あ、すみません……!」
「よろしいんですよ」
店員は微笑みながらバッグを拾い上げる。非の打ち所もなく、にこやかで丁寧な対応である。が、ヒガミ女王様はその笑顔に、勝手なメッセージを読み取った。
「チッ、まったくイナカ者はこれだから困るわね! こーゆー店では勝手に商品触らないで、店員呼ぶのが礼儀なのよっ!」
もちろん店員は、そんなコト、露ほども思ってなかったに違いない。すべては私の妄想である。んなこたぁ百も承知だが、さきほどからずっとヒガミ・モードに入ってた女王様は、自分の妄想メッセージにすっかり我を忘れてしまった。
「あ、あの……そのバッグ!」
元の場所にバッグを戻そうとしている店員に、女王様の上ずった声が飛ぶ。
「そ、そのバッグ、色違いありますかっ!?」
「ございます。こちらは赤と紫の、二色展開になっております」
「両方、見せてくださいっ!」
「かしこまりました」
女王様の目の前に、ふたつのバッグがしずしずと運ばれた。が、最初から買う気もなかったバッグゆえ、どちらの色も選べない。ハッキリ言って、赤も紫も一緒だっちゅーの!
「どちらになさいますか?」
店員が慇懃《いんぎん》に尋ねる。女王様の耳には、それが「早く決めろ、イナカ者!」に聞こえる。
「えーと、あの……」
「お値段もお手頃ですよ」
店員は単なる事実を述べただけなのだが、女王様の耳にはそれが「あんたには高いかもしんないけどさ、フッ(←嘲笑)」と聞こえる。
その瞬間、女王様はカッと目を見開き、完全にテンパった顔で店員に怒鳴ったのであった。
「これ、両方くださいーっ!」
ドカ───ン(地雷)!!!
一部始終を見ていた友人は、店を出た後、ポツリと言った。
「あんた、払えるの?」
払えないわよーっ! 誰か金貸してよっ! キィ──ッ!
女王様、道に倒れる[#「女王様、道に倒れる」はゴシック体]
この原稿を書いているのは五月末日なのであるが、今月の女王様は生涯何度目かの経済的危機に直面している。
というのも、今月の中旬、私が日常的に金を前借りしているK川書店の担当編集E氏が、こう宣言したのであった。
「ところで、うさぎさん。そろそろ前借りの時期ですが、うちのほうの前借り枠は、もういっぱいいっぱいなんですよ。今月は、他の会社を当たっていただけますかねぇ」
ギクリ……。
女王様は、動揺した。コーヒーカップを持つ手がブルブルと震え、頭の中を懐かしいトワ・エ・モアのヒット曲が流れる。
いつか〜、こんな〜時が来ると〜私にはわかっていたの〜。
そう。私にはわかっていたのよ。何事にも、限度はある。カードの利用額にも限度枠はあるし、前借りにだって限度枠はあるの。だけど……だけど、そんな怖いコト、極力考えないようにしてたのにぃ〜っ!
「うさぎさん、他社から借りるアテありますか? 大丈夫?」
「そ、そーですねぇ……」
動揺した顔を見られまいと、私は俯《うつむ》いたまま、コーヒーカップに向かって言った。
「大丈夫じゃない……と言ったら、何とかなりますか?」
「うーん……何とかならないでしょう」
「あ、そう」
ギャフン、である。そーか、何とかならないのか。世の中、何とかならないコトもあるんだなぁ。アタリマエだが。
「わかりました。じつは明日、MW社の方たちと会食するんで、そちらで頼んでみます」
「そうですか」
E氏は心なしかホッとした顔で頷いたのであるが、女王様の心は重く塞《ふさ》がっていた。
MW社……そこは、私がK川書店以上に金を借りまくっている出版社。前借り枠なんぞとっくの昔に超過して、先日借りたときには「これを今世紀最後の借金にしてくれ」と、女王様にグサリと釘を刺した会社である。
はたして、彼らは金を貸してくれるだろーか?
そこで翌日、会食の前に、女王様はMW社の担当編集T氏に探りの電話を入れたのだった。
「ねぇねぇ、今日なんだけどさ、ちょっと話があって……」
「前借りだなっ!?」
T氏は素早く事態を察知し、警戒口調になる。
「あんた、こないだ、今世紀最後の前借りしたばかりだろっ!? K川書店に頼めよ、K川に!」
「いや、そのK川に断られちゃってさぁ。エヘヘ」
「金の問題は、もはや俺の権限を越えてるもんなー。直接、経理部長と社長に頼んだら? どうせ今夜、会うだろ?」
「そのつもりなんだけどさ、でも貸してくれるかなぁ」
「俺、知らねーよ」
作品のコトとなると献身的に尽くしてくれるが、金のコトにはあくまで冷ややかなT氏なのであった。ちくしょー、苦楽をともにする担当編集なら、金の心配も一緒にしてくれ──っ! たとえば中村の前借り限度枠がいっぱいなら、自分の名義で借金してくれるとかさぁ……。
「イヤだね。自分で頼みな」
冷たい男だ。仕方なく女王様は、胸いっぱいの不安と一抹の期待を抱きつつ、夕刻、会食の場に出向いたのである。そして、
「久し振りだね、うさぎさん。最近、調子はどう?」
ビールを注ぎながら社長が尋ねた、その機を逃さず、
「調子ですか! 調子はともかく、じつは金欠で……」
勢い込んで言いかけたその瞬間、経理部長が素早く言った。
「あ、その話やめよう!」
「ヘ……?」
「今日は、久し振りの会食なんだからさ。金の話はなし!」
「そうそう!」と、社長。
「せっかくのメシが不味《まず》くなるよね。うん、その話はよそう」
「よ、よそうって……いや……」
「あ、そーだ! この前、俺が道歩いてたらさぁ……」
こうして話は強引に世間話に突入し、MW社の人々はビールをグビグビと飲んで真っ赤な顔でガハガハと笑い、
「いやぁ、楽しかった。うさぎさん、またね」
「ま、待ってぇ〜〜〜っ!!!」
夜の町に残されて、虚しく絶叫する女王様であった。
みーちに倒れて誰かの名を〜、呼び続けたことがありますか〜(by中島みゆき)。
ああ、ついに来週、女王様の自己破産宣言かっ!?
破産の道を、まっしぐら![#「破産の道を、まっしぐら!」はゴシック体]
そんなワケで前回、ふたつの出版社から冷たく前借りを拒絶され、まさに絶体絶命の危機に陥った女王様である。
中島みゆきよろしく、道に倒れて出版社の名を呼び続けた夜から数日後、そんな私の郵便ポストに、ついに、もっとも恐れていた手紙が舞い込んだ。
言わずと知れた、クレジットカードの請求書である。震える指で開封してみると……。
●高島屋クレジット 45万円
●アメックス 112万円
「あぐうっ……」
女王様は低く呻き、両手で頭を抱えて、マンションのロビーにしゃがみ込んだ。
カードの請求が月に200万や300万もの額にのぼるのは、私の場合、日常茶飯事。したがって今月の総額157万円は、必ずしも驚くほどの額ではない。
が、それはあくまで、出版社からの前借りのアテがある場合である。どこも貸してくれないコトが明白となった現在、たかが数万円の請求額でも、女王様には手痛い金額なのだ。なのに、157万円……どーやって払えとゆーのよ、キィ──ッ!!
「どうしよう」
クヨクヨと悩む女王様に、夫は慰め顔で言った。
「とりあえず、しばらくはカード使わないほうがいいね」
「うん、そーだね。当分、現金だけで生活しよう。すぐカードに頼るから、請求額が大きくなっちゃうんだもんね。持ってる現金以上の買い物は、絶対にしない。これから、そうするよ」
深くうなずいた女王様なのであった。
こうして女王様はしばし「現金生活」を心がけるハメになったワケだが、諸君、身についた習性とゆーモノは、なかなか侮れぬものであるよなぁ。ビンボー人はビンボー人らしく、徒歩や電車で活動すればいいものを、なまじ交通不便な麻布なんぞに住んでるもんだから、「駅まで歩くぞ!」の意気込みはアッとゆー間に挫《くじ》け、三歩も歩かないうちに無意識にタクシー止めてる、このていたらく。そして財布の中の現金は、日々、驚くべき速度で減少し、ついに……。
そう。ついに女王様の財布には、数枚の小銭が残るのみとなったのだった。
ガァ───ン!!!!
が、そんなある日のコトである。所用で新宿に出かけた女王様は、「さくらやホビー館」に立ち寄り、そこでPS2(プレイステーション2)を発見した。まぁ、PS2はすでに持ってるので、べつに欲しいとは思わない。ただ、その瞬間、女王様の頭の隅に浮かんだのは……。
「そーいえば……友人のE子とY子が、PS2を欲しがってたっけ。あいつらのコトだから、グズグズしてて、まだ買ってないに違いない!」
さっそくふたりに電話してみると、案の定、
「まだ買ってないよ。見つけたんなら、買っといて。あとで、お金、払うからさぁ」
「よっしゃあ〜〜〜っ!!!」
店先でガッツポーズを取ると、女王様はズカズカとレジに近寄り、こう言った。
「PS2、二台ください! 支払いはカードでねっ!」
おいおい、カードはしばらく使わないんじゃなかったのか!?
いや、ツッコミ入れる前に聞いていただきたい。これには深いワケがあるのだ。まぁ、大方、予想はついてると思うが……。
カードで二台のPS2を購入した女王様は、さっそくそれを友人に転売し、見事、数万円の現金(←ここがポイント!)を手に入れたのである!
さっきまで小銭しか入ってなかった財布に、アッとゆー間に、万札が何枚も……んまぁ、これって魔法? キャーッ、これで私、当分はビンボー人脱出よ!
すっかり舞い上がった女王様は、その金でタクシーに乗って夜遊びに出かけ、アッとゆー間にその数万円を使い果たしてしまった。ああ、久し振りに、お金を気にしないで遊べたわ、気持ちいい〜〜……って、ちょっと待てぇ! 現金使い果たして、どーすんだぁ──っ!
が、それよりも何よりも、私の「現金調達法」を聞いた友人が、心配顔で言ったひと言が怖かった。
「あんた、それやったらおしまいだよ。カードで家電とか買って、現金で転売するのって、カード破産者がよくやる、断末魔の資金調達方法だよ」
そ、そーだったのかっ! 諸君、女王様は、破産へとまた一歩、近づいたようである……。
中村うさぎシンデレラ計画@[#「中村うさぎシンデレラ計画@」はゴシック体]
先週・先々週と引き続き、女王様の経済危機についてご報告申し上げた次第であるが、その後も順調にカード破産への道を歩みつつある、中村うさぎの今日この頃……が、そんなある日。
苦境に喘《あえ》ぐ私のもとに、まるで夢のように素敵なパーティへの招待状が舞い込んできたのであった。それは、デビアス主催の「ダイヤモンド・エンゲージリング・モニュメント発表記念パーティ」……そう、あの世界最大のダイヤモンド会社デビアスのパーティだぁ──っ!
ああ、素敵……と、私はたちまち、ポワンと夢見る眼差しになったね。デビアスのパーティ……それは、美しく着飾ったセレブリティたちが、眩しいばかりのダイヤモンドを全身にちりばめて出席する、さぞやゴージャスなパーティに違いないわ。そんな場所に、こんなビンボーな私が招かれるなんて、まるでシンデレラみたい!
いや、ホント、気分はまさにシンデレラである。ブランド物で着飾ってはいるものの、じつは明日の食費も危ぶまれる状況で、生活のためにせっせと炉端で働いてるビンボー女王様。そんな貧しい小娘(もう四十二歳だが)のもとに、突然、妖精が現れて、「舞踏会にお行き」と囁いてくれたのだ。さぁ、どうするの、シンデレラ?
「もちろん、行くわよっ!!」
鼻息荒く、うさぎシンデレラは決意した。デビアスからの招待は何かの間違いなのかもしれないが、そしておそらくビンボーうさぎは今世紀サイテーの場違いゲストになるであろうが、それでも行くわ! だって、私はシンデレラ。この日のために、私にスポットライトが当たるこの日を夢見て、これまで世間の片隅で不本意な炉端磨きをやってきたのよっ!!!
ま、要するに、舞い上がったワケですな。日頃からコンプレックスの強い女は、このようにいとも簡単に舞い上がるのである。諸君、気をつけたまえ。
で、さっそくパーティへの出席を決意した女王様は、浮かれ気分のその一方、「何を着ていくか」で悶々と悩む日々を迎えたのであった。
ご存じのように中村には、パーティのために新しいドレスを新調するほどの余裕はない。しからば手持ちの衣装で何とかするしかないワケだが……。
うん、そうだ。ドレスはディオールにしよう。だが、問題はショールだよ。この季節、ドレスに軽くショールを羽織るスタイルがよろしかろうが、フリーマーケットなどでショール類を気前よく売り飛ばした女王様は、ロクなショールを持ってない。
ああ、ショールが欲しい。ディオールのドレスに似合う、素敵なショールが欲しいの! それがなくっちゃ、シンデレラ、パーティに行けな──いっ!!
と、このように悩み苦しむ私を見て、夫が言った。
「ショールくらい買えば? ドレスは高いけど、ショールならそんなに高くないでしょ?」
「ホント!? 買っていいっ!?」
「いいよ。パーティだもん」
そーかそーか、夫よ、あんたもそう思うか! そーだよな、パーティにはショールが必要だよな。必要なんだから、買うしかないわよねっ!
俄然、勢いづいた女王様は、
「それじゃ、ショール買いに行く! 付き合って!」
「いや、用事があるから」
「あ、そう。じゃ、ひとりで行ってくるわ!」
思えば、これが自爆への第一歩であった。「たかがショール」と侮って、ひとりでフラフラと買い物に出かけた私がバカだったのよ〜〜っ!!!
毎度おなじみ「紀尾井町・地獄のブランド通り」にタクシーで乗りつけたのは、夜の七時半。各店がまさに閉店する三十分前というギリギリの時刻。最初に行ったアルマーニはすでに閉店し、ヴェルサーチ、ドルチェ&ガッバーナ、フェンディとハシゴするも意にかなうショールがなく、焦りまくった女王様が最後に飛び込んだのがヴァレンティノ・ガラヴァーニであった。
「ごめんください! ショールありますかっ!?」
「はい。こちらに……」
「あ、それ! それでいいわ! それ、ください!」
「ありがとうございます」
店員、パコパコと電卓叩いて曰く、
「消費税込みで三十万円です」
さ、さんじゅ──まんっ!?
女王様の目がガチョーンと飛び出したところで、以下次号!
中村うさぎシンデレラ計画A[#「中村うさぎシンデレラ計画A」はゴシック体]
迫り来るカード破産の不安に脅えつつも、デビアス社主催のパーティに招かれるや、たちまち舞い上がってシンデレラ気分に浸る日本一の勘違い女・中村うさぎ。ドレスを新調する予算はないが、せめてショールの一枚くらい……と、ヴァレンティノに駆け込んだはいいが、いざ支払いをしようとしたその時、
「三十万円でございます」
店員の言葉に、閉店間際の静まり返った店内で、女王様は思わず鼻血ブー状態でデングリ返りそうになったのであった。
た、たかがショールに、さんじゅーまんっ!? マジかね、あんた? それって、ヘタすりゃドレスより高いんじゃ……。
私がパーティに着ていくのは、一昨年に買ったディオールの夏物のセミロングのドレスで、確か二十〜三十万円くらいの品であったと記憶する。しかるに、あくまで添え物であるショールが、ドレスとほとんど同じ値段っちゅーのは、いかがなモノか。
だが、私はすでに、「これ、いただくわ」と言ってしまったのであり、よって件《くだん》のショールはもはや丁寧に包装されており、後はおとなしくカードを差し出すだけ、という取り返しのつかない状況なのであった。このような状況下で、「やっぱ、いりません」などとは、口が裂けても言えない見栄っ張りの女王様。心臓バクバクいわせながらも、財布からカードを取り出した。
そして、店員から包みを受け取ると、茫然自失状態でフラフラと店を出た途端、
「私のバカ────ッ!!!」
ドッとばかりに溢れ出した自己嫌悪に、ウググと呻いて道端にしゃがみ込んだのであった。
明日をも知れぬ経済危機の真っ只中で、三十万円もするショール買ってる場合か、中村うさぎっ! ああっ、どーして、こーなっちゃうの! モノを買う前に値札を見ろっつーんじゃ、この大バカうさぎ──っ!
ホテルニューオータニの玄関先で、だだっ子のように手足をバタバタさせて泣き叫びたくなった私である。が、とりあえず気を取り直して、夫にSOS電話をかけることにした。
「もしもし、あたし……」
「ショール、買った?」
「買った。でもね、あのね、三十万円もしちゃった……」
「ふーん……後悔してるの?」
「してるよっ! 助けてぇ!」
三十分後、新宿の喫茶店で落ち合った我々は、ヴァレンティノのショールを挟んで、深い絶望のタメ息をついたのだった。
「三十万円はともかく、なんでこのショール買ったの? 色も素材もドレスに合わないよ」
「だって……どこの店にもいいのがなくて、焦っててさ……」
「返品したほうがいいよ。あんた、返品できる?」
難しい質問である。一度買ったモノを返品できる度胸がありゃ、カード切る前に断ってるであろう。そーよ、それができないから、私はこんなにのっぴきならない苦境に陥ってるの。見栄っ張りで軽率な性格……それさえなきゃ、私だってもっとまともに暮らしてるはずなのよ!
が、しかし……と、ここで私は強く思い直したね。この性格を改める、これは絶好のチャンスではないのか。心を鬼にして、なんなら店員に土下座して返品する……それができれば、私はひと皮剥けるのでは?
そうだ。そうに違いない。これは、神が私に与えたもうた更生のキッカケなのだ。買い物依存症の原因とも思われるその宿痾《しゆくあ》のごとき虚栄心を、この機に克服するがよいぞ、うさぎ!
「わかった。返品する」
覚悟を決めて、女王様は悲愴な顔で頷いた。が、次の瞬間には気弱な上目遣いで夫を見上げ、
「でも、ひとりじゃイヤだよ。一緒に行ってぇ〜」
こうして翌朝、開店した直後のヴァレンティノに、我々は神妙な顔で足を踏み入れたのである。そして、驚いたコトにヴァレンティノは、嫌な顔ひとつせずに返品を受け入れてくれたのであった!
ああ、ありがとう、ヴァレンティノ!
感謝の想いに打たれて、女王様がその場で靴を一足お買い上げになったのは、言うまでもない。おまけにその靴は足に合わず、今でも靴ズレが痛くて足を引きずっているが、それが何ほどのモンじゃい! 三十万円の出費に較べりゃ、足のマメの痛みなんて屁のごとしですわっ!
ところが、その後、女王様はさらに大きな痛手に見舞われることとなるのであった……。
中村うさぎシンデレラ計画B[#「中村うさぎシンデレラ計画B」はゴシック体]
さて。ヴァレンティノの三十万円のショールも無事返品し、ジョルジオ・アルマーニで五万円のショール(こんなもんだよな、フツー)を新たに購入した女王様は、じつに晴れ晴れとした気分で、パーティの支度を整えた。美容院で髪をセットし、ディオールのドレスに着替え、心は再びシンデレラだ。
「ねぇねぇ、やっぱゲストってさぁ、私の他にもいっぱい来るんだろーね。芸能人とかさぁ」
前日、友人のE子と電話で交わした会話を思い出す。
「どーゆー人が来るのかなぁ。楽しみだわぁ、んふふ」
「そーいえば、このテのパーティに必ず顔出す、パーティ要員みたいな芸能人っているよね。ほら、モシャレとかエシャレとかいう外人でさ」
「……誰、それ?」
「フランス人のおばちゃんよ」
「あんた、それ、フランソワーズ・モレシャンでしょ! 何がモシャレよ! まったく、最近の若い子は……」
「だって、よく知らないんだもん。あの人、何やってる人?」
「そーいえば、私も知らん」
「だって、パーティ以外で見たコトないよ。パーティ出るのが仕事の人なのかな」
「んなワケないでしょ!」
とか言ったものの、パーティ会場に行ってみると、ホントにいたぞ、フランソワーズ・モレシャン(苦笑)。
ま、それはともかく、だ。会場にはモレシャンのみならず、大内順子だの高見恭子だのといった芸能人(なのか?)の顔もチラホラしており、イナカ者の私は「んま、TVの国の人たちだわ!」と、素朴に感心したのであった。しかも、パーティの司会は中村江里子……うーん、いかにも、ですなぁ。
だが、このようなキラ星のごとき(なのか?)有名人と一緒に招待されるなんて、私なんぞにしてみりゃ身に余る光栄である。中村のシンデレラ気分は、ますます高まったね。
ああ、ついに私もセレブリティの仲間入り? ホホホホ、ざまーみろっ……って、誰に言ってんだか自分でもわかんないけど、とにかくザマミロな気分なワケよ、とりあえず。
そして、女王様の陶酔が最高潮に達した頃、パーティもまたクライマックスを迎えた。ダイヤモンドの指輪をかたどった記念のオブジェを、ゲストたちが次々にくぐる。オブジェの前には報道陣が詰めかけ、ポーズを取るゲストたちに向かって、いっせいにフラッシュが光る。
「どうぞ、中村さんもオブジェをくぐってください!」
デビアスの人に勧められ、私は夫と腕を組み、しずしずとオブジェに向かった。私の前にいるのは、上品な中年夫婦。
「ジェームス三木夫妻です!」
中村江里子が紹介し、フラッシュがバシュバシュと瞬く。さぁ、次は私の番よ! ああ、なんてステキな瞬間かしら! 報道陣のフラッシュを浴びて、ニッコリ微笑む女王様な私……この瞬間のために、私は今まで生きてきたのだわ!
そーよ、出版社が金貸してくれなくて道に倒れて泣いたあの夜も、税金滞納して区役所に怒られたあの日も、嫌な思い出はすべてアルバムから消しましょう(消すなよ、簡単に)。そして、私がシンデレラになったこの栄えある瞬間だけを、いつまでも大切に取っておくのよっ!
と、このように、昂《たか》ぶりまくった女王様は、ディオールのドレスを翻し、鼻息荒くオブジェをくぐった……のであったが!
「…………」
司会の中村江里子は、いきなり、戸惑ったように沈黙した。そう、彼女は私を知らなかったので、何と紹介していいのか、わからなかったのである!
中村江里子が紹介しないので、報道陣もまた、戸惑ったように沈黙した。フラッシュを焚く音はピタリとやみ、あたりはひっそりと静まりかえる。
居並ぶ人々の顔は、一様に、無言で私に問いかけていた。
「あんた、誰?」
どひーっ、恥ずかし──っ!
諸君、その瞬間に私は、耳の奥で十二時の鐘が鳴る音を聞いたような気がしたよ。シンデレラの魔法はたちまち解け、報道陣の前に身を曝《さら》すのは、ひとりの名もなくみすぼらしいバカ女。勘違いしてパーティにやってきた、身の程知らずの貧乏人。
その夜、女王様がこの思い出を心のアルバムから剥ぎ取って闇に葬ったのは言うまでもない。
ああ、人生ってこんなモノ?
女王様からオバチャンへ[#「女王様からオバチャンへ」はゴシック体]
先日、何号か前の『週刊文春』をトイレでパラパラとめくっていたら、そこに「女王様を目撃」というような文字を見つけ、ギクリとして便意を失った私であった。読者の方からの投稿ページである。どうやら女王様、伊勢丹で民に目撃されてたらしい。いやん、バカ(←照れてる)。
文面を読んでみると、この方は伊勢丹のどこかのブティックにお勤めらしく、店内に入ってきた私に背後から「いらっしゃいませ」と声をかけたのだそうだ。すると私は、「なんとも言えないオドオドとした」様子で振り返ったという。このくだりを読んで、私は思わずガハハと笑ってしまった。
そーか、オドオドしてたのか、私。うーん、何しろあの日は、スッピンにジーンズだったしなぁ。思わず、素の自分を曝しちまったらしいね。ワッハッハ!
そーなの。ホントは小心者なのよ、女王様。
ブランド物で着飾るコトは、私にとって、ある種の武装。シャネルのスーツにエルメスのバッグという最強装備に身を固めた途端、無敵モードでブイブイと肩で風切って歩き出す女王様だが、鎧を脱いだらタダの気弱なオバチャンだったりするのである。情けねぇ〜〜。
ほら、車好きの男の人にもいるでしょ、こーゆータイプ。フルチューンの自慢の愛車に乗ってる時は「サーキットの狼」みたいにタフで強気なキャラなのに、家や会社では狼どころか仔ウサギ並みの小心者ってヤツ。ブランド物とか車とかって、一種の二重人格装置なのかもしれない。「なりたい自分」に変身できる、お手軽で便利な装置。
巷《ちまた》では最近、「ブランド・ブーム再到来!」なんて騒いでるけど、そりゃあ売れるさ、ブランド物。世の中、「今の自分に満足できない」人間はゴマンといるし、だからって宗教や海外留学や自己啓発なんかじゃ自分を変えられないってコトは、九〇年代でイヤというほど思い知らされたしね。後は、金で幻想を買うしか、方法ないでしょ。
私が幼児期を過ごした六〇年代は、「高度成長期」と呼ばれる「物質主義の時代」であった。冷蔵庫だのテレビだのといったモノこそが、人々の「豊かさ」の象徴だった。その反動からか、七〇年代は打って変わって「精神主義の時代」になった。「モーレツからビューティフルへ」なんてぇスローガンが謳われるとともに、物質主義者は堕落者とみなされ、世にも貧乏臭い四畳半フォークがもてはやされた。
そして八〇年代、貧乏ごっこに飽きた我々は俄かにマネーゲームに熱中する物質主義者に転向し、バブル景気に浮かれ騒いだ。で、九〇年代に入るや、バブルが崩壊してギャフンとなった迷える人々は、再び精神文化に傾倒し、ある者は新興宗教に、ある者はアロマテラピー(笑)に救いを求め、ここに「癒し」ブームが沸き起こったのである。
このように、私が生きてきた四十年間、時代は「物質主義」と「精神主義」(でも、どちらも同じくらいインチキ臭かったね)を交互に演じてきたワケだ。したがって、二〇〇〇年代は言うまでもなく「物質の時代」であろう。巷の女性ファッション誌を見るがよい。判で押したような「ブランド・ロゴ、全身にベタベタ」のニュートラ・ブーム。田中康夫氏の「なんクリ」を彷彿させるファッションの再来だ。
そして八〇年代に「なんクリ」を読み、田中康夫氏に洗脳(失礼!)されて、「いつかはシャネルの似合う大人の女になってやるっ!」などと途方もない野望を抱いた二十代の小娘は、今や四十代となって『女性セブン』に「ブランドの女王」などと揶揄《やゆ》されるような女に成り上がり(いや、成り下がったのか?)、二〇〇〇年現在、ブランド・ブームの再到来を眺めつつ、なぜかひとり静かにブランド物に倦《う》んでいるのであった……。
そう。女王様は、憂鬱だ。もはやブランド物すら快楽でなくなった自分に、うっすらと絶望感すら抱いている。取材やパーティにはブランド物で身を固めて出陣するが(それを期待されてるし)、打ち合わせや夜遊び程度の外出には、スッピン、ジーンズ、眼鏡という気ぃ抜けまくったスタイルで平気で現れるようになってしまった。
「モーレツからビューティフルへ」「女王様からオバチャンへ」……諸君、中村もまた、ひとつの新時代を迎えているようだ。
もっとも難しい質問[#「もっとも難しい質問」はゴシック体]
先日、某TV局の番組制作の人から、アンケートの紙を手渡された。
「今度、お会いする時までに、このアンケートに答を記入しておいてください」
「わかりました」
何も考えずに引き受けた女王様であったが、さて帰宅してアンケートに答を記入しようとペンを取った途端、二問目だか三問目あたりで、いきなりつまずいた。そこには、このような質問が書かれていたのである。
「あなたの夢は何ですか?」
夢? 私の夢? えーと……何でしょう?
十代や二十代ならいざ知らず、四十二歳にもなって「夢」なんか訊かれるとは思わなかった。だが、訊かれた以上は、答えねばなるまい。
女王様はペンを握ったまま、宙を睨んで唸ったね。
私の夢は、何だろう? 借金も滞納税金もすべて清算し(ま、とりあえず、これは基本であろう)、都心の一等地に御殿のような家を建て、ディオールのオートクチュールのドレス姿でシャンパングラス片手に高笑い? うーん、素晴らしい! 素晴らしいけど……なんか違う──っ!
いや、確かに借金も滞納税金も清算したいとは思うし、もっと贅沢したいとも思うワケだが、それが人生の夢かと言われれば、答に窮してしまう女王様なのである。おそらく、そんなモノを手に入れても幸せになれないコトがわかっているからだ。
欲しいモノを、すべて手に入れたワケじゃない。だけど、途中まで手に入れたところで、気がついたのよ。私が欲しいのは、こんなモノじゃないってね。
そんじゃ、中村うさぎは何が欲しいのか? 仕事で成功するコトか? しかし「成功」とはいったい、どーゆー状態を指すのだろーか?
以前、ある雑誌に、今をときめく|326《ミツル》のエッセイが載っていた。で、その冒頭のひと言を読んだ瞬間、私はドガーンとブッ飛んだのである。
『僕は成功者だ』
326は、そう宣言していたのだ。キッパリと。もしかして、これはブラックジョークなのかな、と思いつつ最後まで読んでみたら、どうやら彼はマジらしい。エッセイはそのまま「僕の成功の秘訣を教えよう」(←教えていらねぇ〜〜)というテーマに続いていったのであった。
ああ、326よ、私は訊きたい。君の言う「成功」とは、何なのか? 有名になって金持ちになるコトなのか? 悟ったような人生訓で一世を風靡した君が、ちっと世間にもてはやされて金が儲かったからって、それを「成功」だなんて思っていいのか? うーむ、あまりにも愚かなカリスマの正体……。
しかし、まぁ、326は若いのだ。女王様だって若い頃は、金や名声が「人生の成功」だと思ってた。だから彼が、日の当たる場所に出てきてはしゃいでる気持ちは、よくわかる。思わず口を滑らせて『僕は成功者だ』なんてぇコトも、うっかり書いちまうわな。それが、どれだけ恥ずかしいコトかもわからずに……青春は赤恥だね、326!
ま、326の人生なんて、しょせん女王様にとっては他人事であるから、彼が成功者であろうと単なる浮かれ者であろうと、どうでもよろしい。ただ、326ほど金を儲けてないせいか、はたまた326ほど若くないせいか、女王様には未だに「人生の夢」なるモノが、はっきり見えて来ないのだ。
若い頃、人間は年を取るにつれて、迷いがなくなるモノだと思ってた。不惑の四十代なんて言葉も、あるではないか。なのに四十二歳にもなって、私は相変わらず迷い、戸惑っている。いや、年を取るほど、「あれも違う」「これも違った」と、若い頃に欲しがってたモノを次々にリストから外していき、ますます何が欲しいのかわからなくなってきたのである。
ああ、誰か教えて。人生って、ただただ迷いつづけて終わるモノなの? もしも死ぬまで答が出ないのなら、さしあたって人生の最終的な到達点とは何?
このように悩んだ結果、女王様がアンケートに書いた回答は、次のごとし。
「心安らかに死ぬこと……」
結局、これですね。いつかは死ぬんだから、とりあえず生きてる間はせいぜい悪アガキしまくって、やるだけやって思い残すコトなく安らかに死にたいよ。
民よ、煩悩に明け暮れた女王様の、これが目下の結論である。
君よ知るや堕落の快感[#「君よ知るや堕落の快感」はゴシック体]
後楽園ゆうえんちに、「タワーハッカー」という名の乗り物がある。客を座席ごと高く高く吊り上げておいて、それから一気にスト──ンと落とす、いわゆる「落下型絶叫マシーン」である。
女王様がこの「タワーハッカー」に乗ったのは、数年前のコトであった。元々、ジェットコースターなどの「爆走型絶叫マシーン」が大好きな女であるからして、ぜひとも「落下型」をも体験したいと、嬉々として乗り込んだ次第である。
女王様を乗せた座席は、ゆっくりと上昇していく。地上で手を振る友人たちが、次第に小さくなっていく。非常に、いい気分である。意味もなく高揚して、足をブラブラさせながら大声で歌でも歌いたくなる。
と、タワーの頂上あたりで、マシーンはピタリと止まった。さぁ、これから一気に落ちるぞぉ〜、と身構えた女王様だが、座席はその場に静止したまま、一向に落ちる気配がない。周囲の客のはしゃぎ声が静まり、あたりはふいに沈黙に満たされた。
不安な沈黙である。両隣を見渡すと、皆、思い詰めた表情でギュッと座席の心棒を握り締めている。先ほどまでの高揚がスーッと引き、なんだか自分も思い詰めたような気分になってきた女王様は、思わず遥かな下界に視線を落とした。
こうやってしみじみと見下ろしてみると、ものすごく高い。ミニチュアのように小さな友人たちがパクパク口を開けて何か言ってるが、その声は届かず、耳元をただびょうびょうと風が吹きすぎていく。
その時であった。ふいにゾクゾクッと足元から這い上がってくる恐怖感とともに、女王様は強烈な後悔の念に襲われたのだ。
「ああ……私、何してるんだろ。こんな所に来なきゃよかった」
それはもう、本当に、心の底からの後悔であった。だがもう、取り返しはつかない。ここまで登りつめた以上、あとは落ちるしかないのである。
「イヤだ、怖い! 落ちたくない!」
そう思った瞬間、座席を吊り上げていた支えがガチャンと外れ、女王様は否も応もなく猛スピードで落下した。が、どひ〜っと血の気が引く思いがしたのは一瞬で、もう次の瞬間には我々は無事に地上に帰還しており、友人たちが目の前でゲラゲラと笑っているのであった。
そして、その笑顔を見た途端、ホッとすると同時に心地よい達成感が身体を満たし、女王様はニコニコと手を振りながら座席を降りると、友人たちを見回して高らかに宣言したのである。
「どうってコト、なかったわ! 私、もう一回、乗る!」
女王様はその日、なんと連続四回も「タワーハッカー」に乗った。四回とも、頂上で宙吊りになってる間に強烈に後悔し、そして地上に帰還した瞬間には何か偉大なコトを達成したような充実感に包まれて、異様に興奮しているのだった。それは、確かに「快感」であった。
おそらく、タワーの頂上で焦らされてる間、我々は「死の恐怖」を感じるのであろう。そして、その恐怖感を和らげるために脳内モルヒネが大量に分泌され、それがあの奇妙な「達成感」とも「充実感」ともいうべき快感を呼ぶのだと思われる。ならば、民よ。飛び降り自殺というものも、このような甘美な快感に満たされて、空中を至福の境地で落下していくのであろうか……。
そんなコトを思うのは、秋冬物の受注会のシーズンに入り、シャネルやグッチやドルガバから続々と招待状が送られてきたからである。
自分の首を絞める行為と知りながら、嬉々として受注会に出向いては、「誰か止めて! 誰か止めてぇ〜!」と心の中で絶叫しつつ高額商品を買いまくる女王様。その切羽詰まった崖っぷちの恐怖と転落の快感は、何物にも換えがたい最強の娯楽であった。中村うさぎは、自らの脳が分泌する麻薬にドップリと浸かってしまったのである。
高い買い物をする時に、人はよく「清水の舞台から飛び降りる気分」と表現するが、私の場合は冗談抜きで、高い高い場所からドピューンと落下していく自分の姿が目に見えるのだ。そして、転落していく瞬間、破滅の恐怖の後にやってくる「もう、どうにでもなれぃ!」と開き直った至福の境地……ああ、民よ、まさに天国とは地獄の次の駅なのだ。ここを過ぎて悦楽の市。女王様は、今日も破滅の道を往く。その幸福を誰が知ろうか。
ドレス・コードとは何なのだ?[#「ドレス・コードとは何なのだ?」はゴシック体]
最近の女王様は、新宿のパークハイアット東京四十一階『ピークラウンジ』のデザートにハマっている。で、先日も、夫とともにその店に行ったところ、うちの夫が見事にドレス・コードにひっかかってしまった。
がぁ────ん!!!
「申し訳ありません。お連れ様の服装が……」
従業員の言葉に、私は夫を振り返った。彼が穿《は》いているのは、ドルチェ&ガッバーナのツギハギのジーンズ。今年の春に購入した十七万円の品である。ジーンズのクセに十七万円かいっ、と、他人事ながら(てゆーか、他人事だからこそ)その値段に驚いたので、よく覚えている。
「あ、これですか」
夫のジーンズを睨みつつ、私はうなずいた。
「こちらの店は、ジーンズでは入れないんですね?」
「いえ、ジーンズは結構です。しかし、そのような、あちこちにツギがあたっているようなジーンズは、ちょっと」
「………」
あんたね、と、女王様は心の中で呟いた。そりゃ確かに、このジーンズはツギハギだよ。あちこち、わざと布や革が貼りつけてあるよ。けど、これはデザインなの。このデザインに、この男は十七万円も払ったのよ! あんたの着てるスーツより、ヘタすりゃこのジーンズのほうが高いってワケよっ! わかってんのっ!?
しかし、ドレス・コードはドレス・コードである。十七万円だろうとブランド物だろうと、確かにツギハギのジーンズはカジュアル・ファッションなのだ。ホテル側が「カジュアルはダメ」という掟を持つのなら、仕方ないではないか。
「わかりました。出直します」
女王様はニッコリと微笑み、その場を辞した。
衣類の値段とフォーマルの基準は、まったく違う問題だ。十七万円のツギハギジーンズは断られても、二万円の背広は入店を許される……ドレス・コードとは、そんなモノなのである。
女王様は「値段こそが服の価値。高い服が偉いのよっ!」などと、ついつい考えてしまう己の間違った価値観を、大いに反省したのであった。
そりゃ、そーだよ。何百万円もする紬《つむぎ》の着物だって、結婚式には着て行けないんだもんな。ツルツルした安っぽい付け下げは許されるのにさ。
ま、アレだ。正式なパーティやホテルのレストランに着て行けないようなカジュアルな衣類に、何十万円も何百万円もかける行為こそ、ある意味、ファッションにおける「粋」なのかもしんないよなぁ……。
と、まぁ、女王様はいちおう納得したワケだし、その時はパークハイアットの従業員にムカつくコトもなく穏やかに店を出たのである。ムカつくどころか、「たとえそれが流行りのデザインでも、ツギハギはダメ」とキッパリした態度で臨んだ従業員を、ちょいと尊敬したりもしたのだった。
ところが、それから一週間後。同じ『ピークラウンジ』で、女王様は、信じられない二人連れを目撃したのである。
なんと、ドレス・コードの厳しいはずのこの店で、短パン姿の男がふたり、悠々とコーヒーを飲んでるではないか! 短パンだよ、短パン! 毛むくじゃらの脛《すね》、剥き出しだよ! そんでもって、そのうちのひとりは、頭にでっかいサンバイザー被ってやんの!
おいっ、ここは「海の家」なのかーっ!!!!
前回、ちょっと反省した女王様だけに、その衝撃は激しかったね。短パンにサンバイザーというスーパーカジュアルが許されて、なぜツギハギジーンズがいけないのっ!? 私の感覚では、むさくるしい毛脛を見せられるくらいなら、たとえツギハギでも足首まで隠れる丈のジーンズのほうが、ずっとキチンとした印象に思えるんだけど?
諸君、私はパークハイアットの従業員を買い被っていた。彼は「たとえそれがデザインでも、ツギハギはダメ」という厳然たるドレス・コードのもとに、夫の入店を拒否したワケではなかったのだ。単に「みすぼらしい格好」だと判断したんだよ。ホントにボロだと思ったのよ、夫の十七万円のジーンズを!
ファッションは、値段ではない。それを教えてくれるのがホテルなら、ドレス・コードを持つ以上、徹底していただきたい。たとえ相手が有名人でも、ね。
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[#小見出し] 宿敵タイノーセイリマン、登場![#「宿敵タイノーセイリマン、登場!」はゴシック体]
ゴミ溜めの女王様[#「ゴミ溜めの女王様」はゴシック体]
数日前、本屋をブラブラとしてたら、ふいに一冊の本のタイトルが目に入り、思わずアッと叫んで駆け寄った。
『片づけられない女たち』(WAVE出版)
これが、そのタイトルである。まさに、私のコトではないか!
以前にも申し上げたかと思うが、女王様の家の中は、さながら巨大なゴミ溜めである。
脱ぎ捨てては無造作に積み重ねられた服の山があちこちに蟻塚のように林立し、かろうじて人の歩けるケモノ道のようなスペースにも、バッグやら小物やら本やら紙屑やらが散乱して、電話なんぞが鳴った日にゃ障害物レースのように、モノを飛び越えて走らねばならん。そして女王様は不器用なので、たいていモノに蹴躓《けつまず》き、蟻塚を倒し、本や紙屑を踏み散らすワケで、結果、家の中はますます乱雑を極める一方なのであった。
「なんで、こんな汚い部屋に住んでられるの?」
友人たちは口を揃えて言う。
「服がグチャグチャだよ」
「バッグも踏まれて型崩れしちゃってる」
「せっかくのブランド物が、もったいないじゃん」
「うるさいわねっ!」
と、女王様は一喝する。
「ブランド物だろーと何だろーと、私に買われたからにゃ、ただのモノよっ! 踏まれるがいい、蹴散らかされるがいいわ、ホーホッホッホ!」
「あんた、間違ってるよ……」
さよう、女王様は間違っている。そんなこたぁ、自分でもわかってる。「物は大事にしなさい」「部屋は片づけなさい」と、小学生の頃から言われ続けた女なのだ。最初の結婚の時は、私があまりにもだらしないため、怒った夫から掃除機のホースで殴られたコトもありましてよ。ホホホホッ!
が、それでも私は、片づけなかった。だって、嫌いなんだもん! 嫌なコトは、いっさいしたくないのっ!!! それがイヤなら、てめぇが掃除しな!
ま、こーゆーコトも離婚の原因のひとつであったかもしれないが、それで離婚すんなら上等だ、最初から私と結婚すんない、何を期待してたんだ、とゆーのが、私の偽らざる感想である。
うーむ、開き直っておるな。ふてぇ女だ、我ながら。
そんなこんなで四十二年もゴミ溜め人生を送ってきた女王様だが、件《くだん》の本を読んでみて、いきなり目からウロコがパラパラと剥がれ落ちたよ。
諸君、知ってたか? 「片づけられない」人ってのは、ADD(注意欠陥障害)という障害で、なんか知らんけど脳の神経伝達物質とやらがちゃんと出ない人なんだってさ。なーんだ、脳の問題かよ。そんじゃ私に責任ないじゃーん!
ちなみにこのADD患者には「衝動性」という特性もあり、しばしば衝動買いに走って買い物依存症になるとか、タバコやコーヒーをやめられないとか、もうあんた、その症状がことごとく私に当てはまるのであった。
ふふふ、そーゆーコトか。シメキリ過ぎても原稿書けないコトだって、人より集中力がないADDのせいならば、こりゃ編集者に諦めてもらわなきゃねえ。
それにしても、何かこのテの本を読むたびに、自分の中に新しい病気を発見してしまうというのは、はたしていいコトなのか悪いコトなのか……なんとなく、「こーゆーのにノセられるなよ、中村うさぎ」という声が頭の隅で聞こえる気がする今日この頃である。自分や他人に病気を見つけて安心する人って、最近、多すぎないか? だから「癒し」なんて言葉がもてはやされんだよ。ケッ!
ところで今、『「捨てる!」技術』(宝島社新書)という本がベストセラーだそうで、私のところにも「物を捨てられない人の代表として」という取材の依頼がやってきた。もちろん私は「物を捨てない」代表格かもしれないが、でもべつに「捨てられなくて困ってる」ワケでもなく、「捨てる気がない」だけなのだ。乱雑な部屋に住んでようが、ブランド物が蟻塚になってようが、それが私の人生なの。本人が気にしてないんだから、「捨てる!技術」とやらを習得したいとも思わんね。
民よ。たとえ病気だ障害だ欠点だと指摘されても、それもこれもすべて女王様の一部ではないのか。人並みの人生歩もうなんて野望は持たん。きれいに片づいた部屋で家計簿つけてる女は、私じゃないよ。おまえら、ゴミ溜めの女王の靴をお舐め!
対決!タイノーセイリマン@電話予告編[#「対決!タイノーセイリマン@電話予告編」はゴシック体]
「ねぇ、最近の『ショッピングの女王』ってさぁ、買い物の話がほとんど出て来ないねぇ。何かあったの?」
このところ、立て続けに周囲の知人から、このような質問を受けている女王様である。
ま、民がいぶかるのも無理はない。女王様はこのところ、確かに自粛モードに入っている。なぜかといえば「金がない」からなのであるが、しかし、そんな理由では民草どもも納得すまい。「金がないのはアタリマエ。それでも買い物する女」……それが、女王様ではなかったのか。そんな女がいきなり買い物を自粛するなんて、よっぽどのコトがあったのではないか。
はい、すみません。じつは、そのとおりなのだよ、諸君。女王様は、とある公共機関から追い込みをかけられ、「買い物やめますか、人間やめますか」の絶体絶命の危機にさらされているのであーる!
どーだ、驚いたか。驚かないよな。ハタから言わせりゃ、こんな日が来るのは目に見えていたに違いない。だけど、本人は驚いた。驚いたついでに、一句詠んだね。
「督促は忘れた頃にやってくる」
コレなのよ。ついに港区役所が痺れを切らし、滞納整理課を名乗るヒトから女王様へ「出頭命令」が下された次第なのであるよ。
この原稿を書いているのが、八月四日。出頭するのは、八月十日。ああ、民よ、女王様はその日が怖い。普段、「このワタクシに怖いモノなしっ!」などとデヴィ夫人のごとくうそぶいている中村だが、たったひとつ、怖いモノがあったのだ。それは「港区役所滞納整理課」……溜まりに溜まった女王様の「住民税」を一気に回収せんと(無理やぁ〜っ!)意気込むツワモノたち。
ここ最近、警察官を始めとする公務員の堕落ぶりが問題になっているが、この「港区役所滞納整理課」の人々だけは、迷惑なほど仕事熱心なのである。
「お忙しいのは、わかります」
出頭を嫌がり、なんとか多忙を理由に切り抜けようとする女王様に、非情なる公務員タイノーセイリマンは、受話器の向こうから不気味なほど物柔らかな口調で言うのであった。
「ですが、このままにしておくわけには、こちらとしてもいかないのです。きちんと返済計画を提示していただかなくては」
「ですから、月々五万円ずつ返済するって、約束してるじゃないですかぁ〜」
「中村さん、あなたが滞納しておられる住民税は、すでに八百五十万円(←どひゃ───っ!)に達しています。月々五万円の返済で、いつになったら完済できるとお思いですか?」
「えーと……百七十カ月……?」
電卓叩いて答えつつ、女王様は鼻血ブーで倒れそうになった。
百七十カ月って、あんた……約十四年じゃん! うーむっ、まるで住宅ローンのような滞納税だぁ───っ!!!
ところが、タイノーセイリマンは女王様の計算を即座に否定して曰く、
「違います、中村さん。百七十カ月では返せません」
「なんでっ!? 850÷5は170……」
「住民税は、毎年、新たに発生するのです。その新しい住民税が滞納額に加算され、そこにさらに年一四・六%の延滞金が加わっていきます。ですから、支払いを引き延ばせば引き延ばすほど、その金額は雪だるま式に増えていき……」
「ぎゃああ〜〜〜っ!!! やめてぇ────っ!!!」
楳図かずおのホラー漫画のヒロインのごとく、両耳を塞いで白目を剥き、ひたすら絶叫する女王様であった。
が、絶叫する女王様をヨソに、タイノーセイリマンは淀みなく話し続ける。
「……そういうわけですから、月々五万円の返済では、ほとんど永遠に完済できないということになります。これでは困りますので、ぜひこちらにお越しいただいて、より現実的な返済計画を協議いたしましょう。ね、中村さん」
イヤ─────ッ!!!
諸君、その時の女王様の気持ちを、どのように表現すればよいのだろうか。受話器を放り出し、野越え山越えどこまでも、世界の果てまで逃げて行きたい……ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド〜〜〜ッ!!!
八月十日は、女王様の破滅の日。民よ、冥福を祈っておくれ。
対決!タイノーセイリマンA対決準備編[#「対決!タイノーセイリマンA対決準備編」はゴシック体]
さて。住民税滞納のカドで、港区役所のタイノーセイリマンより呼び出しくらった女王様。アタフタと取り乱してるうちに、運命の八月十日は非情にもやってきたのである。
約束の時間は、午後二時。女王様は十二時に起床し、ハムレットのごとき悲愴な面持ちで、タメ息をついた。
払うべきか、払わざるべきか、それが問題だ……てゆーか、払え、中村。人として。
いや、もちろん、女王様とて払う気はあるのだ。ただ、払う金がないだけなのである。だって、ホントに貧乏なんだもん。タイノーセイリマンには、ぜひ、そこんとこを、わかっていただきたいものだ。わかっていただくためには、まず出で立ちからして貧乏臭くキメて、金の無さを大いにアピールしなくてはならない。
女王様は、床に積み上げられた蟻塚ワードローブの中から、厳《おごそ》かにTシャツとジーンズを選び出した。Tシャツはもちろん、ノンブランド。ジーンズはアルマーニだが、ブランド物とはとうてい思えないほどの、素晴らしく貧乏臭いクタクタ感だ。さすが、洗濯しない女。日頃のだらしなさが、こんな形で役立つとは、お釈迦様でも思うめぇ。
「ぐふふふ……」
鏡の中の、くたびれた中年女を見つめつつ、女王様は邪悪な含み笑いを洩らしたね。
どこから見ても、完璧である。髪はボサボサ、眼鏡は牛乳瓶の底状態。いつもは気になる眉間のシワも、今日は生活苦のリアリティを絶妙に醸し出している。こんなに貧乏臭い自分を見るのは、初めてよ。ああ、うっとり……って、いいのか、それで!?
いや、いいワケないのである。女王様は、玄関に向かう途中で、ふと、そこに思い当たったのであった。
ちょっと待て。服装はこれでいいとしても、スッピンに眼鏡というのは、はたして得策なのか? 確かに思いっきり貧乏臭いが、ハッキリ言って激ブスだ。タイノーセイリマンとて、男である。あまりに不細工な中年女には、ついつい邪険な気持ちになってしまうのではないかっ!?
なーるほど、と、女王様は天井を仰ぎ、分厚い眼鏡越しに宙を睨んだ。危うく勘違いするとこだった。キーワードは「貧乏臭さ」ではなく、「清楚」なのだ。貧しいけれども健気に咲いてる一輪のひなぎく……そうよ、コレなのよ! 今日の私は、ひなぎくにならなきゃいけないの。
しかし、これは思いのほか難しい課題である。なにしろ四十二年の人生で、中村うさぎが一度も志向したコトのないコンセプトなのだ。若い頃から「清楚」とは程遠い人生を送ってきた女ゆえ、この年になって今さらそんなモノ目指しても、どうやったらいいのか見当もつかんわ!
女王様は洗面所に取って返し、鏡の前で低く唸った。
とりあえず、ひなぎくに眼鏡は似合わない気がするので、コンタクトレンズを装着してみたが、それで清楚になったかとゆーと、あまり成功していなさそうだ。しかも、問題は、相変わらずブスだってコトだよ。とにかく、ブスはいかんだろ。ちょっと化粧でもしてみるかね。でも、あまり張り切ってメイクすると、「化粧してる暇があったら税金払えっ!」と、タイノーセイリマンに殴られそうな気もするし、ここは、ほどよい薄化粧が望ましかろう。
そうよ、きれいになろうとするあまり、こってりした女になっちゃいけないわ。あくまで、今日のテーマは、「ひなぎく」。貧しいけれど一生懸命生きている、幸薄く健気な女なの。いつもはグリグリと力任せに描く眉も、できるだけ控えめに儚《はかな》げに……ああっ、いかーん! これでは薄すぎて、鍋島藩の化け猫婆だぁ! 幸薄いのと、眉薄いのとは、違うだろっ!
しかも、口紅も清楚で控えめなベージュ色にしてみたら、顔色悪すぎて、ほとんど死相出てるしぃーっ! 生活苦のあまり首吊った女の霊かよ、私は! 確かに幸薄そうだけど、タイノーセイリマンを怖がらせて、どーすんだぁ〜っ!!!
ああ、清楚になろうとするほど、ホラーになっていく中村うさぎ四十二歳……。
と、このように、いつもの倍もメイクに時間のかかった女王様なのであった。やれやれ、ご苦労なこった。しかし、はたしてこの苦労は報われたのかっ!?
女王様vs.タイノーセイリマン、運命の対決は次号へ続く!
対決!タイノーセイリマンB区役所訪問編[#「対決!タイノーセイリマンB区役所訪問編」はゴシック体]
そんなワケで、清楚なんだかホラーなんだかわからない中途半端な姿で、女王様は定刻どおり港区役所に現れた。いよいよ、タイノーセイリマンとの対決である。巌流島の宮本武蔵のごとく余裕の遅刻をカマしてやろうかとも思ったが、ヘタに心証悪くするのを恐れて、いそいそと家を出ちまった小心者なのだ。
「さて」
私の向かいに腰を下ろしたタイノーセイリマンは、白髪混じりの穏やかそうな紳士であった。
「さっそくですが、中村さんの滞納されている住民税ですがね」
「わかってます、払いますっ!」
女王様は身を乗り出し、熱のこもった口調で言った。
「ホントに、ものすごーく、払いたいんです。しかし金が……」
「でも、収入はおありでしょう」
「あるんですけど、すでに前借りしてるんで、書いても書いても印税が入らないんですっ!」
これはホントのコトである。私はいくつかの出版社に借金があるのだが、たとえばそのうちのMW社には、積もり積もって六百五十万円もの借りがある。現在も、このMW社から出版予定のジュニア小説を執筆中なのだが、これが杳《よう》として先に進まぬうえに、「どーせ書いても一銭にもなんねーし、この先、どうやって暮らすべぇ」などと考えてしまうと、思わず書く手を休め、暗澹たる心もちで宙を見つめてしまうのだ。
で、結局、月末になると新たに生活費を前借りし、借金はますます膨れる一方。そのクセ、小説は一向に上がらない。まさに「助けてぇーっ!」とムンクの叫び状態に陥る私なのである。
「そーゆーワケで」と、女王様は、すがるような目でタイノーセイリマンを見つめて訴えた。
「私、これから、どうやって生きていけばいいのでしょーか?」
おいっ、税金相談に来て、何を人生相談してるんだ!
これにはタイノーセイリマンも困惑したらしく、
「さぁ……そう言われましても、私には何とも……」
苦笑して首をひねるところを、女王様は畳み込むように、
「ですから、税金どーしても払えないんですよ! 差し押さえしていただいても結構ですが、住居は賃貸だし銀行預金もないしっ……」
「しかし、こちらも払っていただかなくてはねぇ。何かお手持ちの物を処分するとか……たとえば美術品ですとか」
バカヤローッ、美術品なんかあったら苦労せんわいっ!! 憚りながら、この中村、愚にもつかないムダ遣いの女王様だい。これまで買ったブランド物の服なんぞ、リサイクルショップに持ってったって二束三文のシロモノばかり。数少ない金目のモノは、すべて質屋に入ってらぁ!
しかし、こんな所で啖呵《たんか》切ってる場合ではない。とにかく、何とか金の工面をする前向きな姿勢を見せなくては……。
「そうだ!」
女王様は突如、目を輝かせて提案したね。
「たとえば会社とか倒産したら、国の機関が資産を競売にかけたりするんですよね?」
「ええ、そうですね」
「じゃ、私の持ってるブランド物を、おたくで競売にかけるってのは、どうでしょう? 自分で売っても買い叩かれるのがオチだけど、国の競売なら、値がつくんじゃないスかねぇ?」
「いや、不動産などならともかく、ブランド物の競売なんて、前例もありませんしね」
「いーじゃないですか、前例なんかなくても! やりましょうよ、おもしろいかも!」
しかも、文春のネタにもなるし……などと、つい浅ましいコトを考える、心の底から情けない女であった。どうしていつも、こういう物の考え方をしてしまうのだ! 思えば、印税の前借りもアコムからの借金もすべて、この「ネタになるから」というフザケた認識が原因なのだ。フツーなら恥ずべきコトも、この間違った職業意識のもとに恥の観念さえ安易に放擲《ほうてき》し、人間失格の道を嬉々として歩んできた結果、私はこうやって苦しむハメになったのではないか!
目を醒ませ、中村! ネタのためなら何でもするのか、おまえは! 芸のためなら女房も泣かす〜……って、桂春団治なのか、貴様はーっ!!!
結局、女王様の提案は、相手の苦笑とともに一蹴された。そして支払いのメドはつかず、対決は延長戦に持ち込まれたのである。ああ、どこまで続く、この戦い……女王様、ピンチだぜ!
対決!タイノーセイリマンC差押調書編[#「対決!タイノーセイリマンC差押調書編」はゴシック体]
今週の文春は、「オリンピック特集」なんだそうである。
「このような次第ですので、女王様」と、文春の担当編集氏は言うのであった。
「畏《おそ》れながら、このコーナーでも、オリンピックをテーマに書いていただけないものかと……」
「わかりました。四十二年の人生で、オリンピックなぞに興味を持ったことのない私ですが、なんとか書いてみせましょう」
力強く請け合った後、女王様は数日間、ひたすらオリンピックについて考えた。オリンピックねぇ。オリンピック、オリンピック……うーん、オリンピックかぁ。唯一興味のあるバレーボールも、今年は出ないしなぁ。
と、このように悶々と悩んだ挙句、女王様はいきなり次のような結論に達したのだった。
何がオリンピックだぁーっ! あたしゃねぇ、オリンピックなんぞ、どーでもいいんだよっ! んなコト、心配してる場合じゃないっちゅーの! 日本がメダル取ったら、私の住民税問題が解決すんのかよっ!?
そーなのだ。延長戦に持ち込まれたタイノーセイリマンとの闘いは、女王様の形勢不利なまま、いまだ続いているのである。つい先日も、女王様は港区役所から一通の封書を受け取った。震える手で封を切ると、中から現れたのは……!
『差押調書(謄本)』
つ、ついに来たぁ〜っ! いったい何を差し押さえられたんだ、女王様!? エルメスのバッグか? シャネルのスーツか? それとも、こないだ夫が当てた宝クジ(賞金総額/八千四百円也)かーっ!?
いや、そうではなかった。差し押さえられたのは、女王様の唯一の財産(なのか?)である「電話加入権」であったのだ。同封の手紙には、次のようなメッセージが書かれている。
『このたび、区ではあなたの電話加入権を差押えました。(中略)今後、いまの滞納状態が続く場合には、電話加入権を売却し、その代金を滞納金額に充てることになります』
「なるほどぉ〜」と、女王様は呻《うめ》いたね。
「もしも電話加入権を売り飛ばされたら、もう二度と原稿催促の電話がかかってこないのだな。ふーむ、それもまたよし」
って、いいのかよ、中村っ!? 電話が使えなくなったら、ファックスも送れないんだぞっ!
「とゆーコトは、原稿を送らなくていいというコトだから、仕事もしなくていいんだな。ふーむ、それもまたよし」
どんなに暗い状況でも、あくまで前向きに考える、ヒナギクのごとく健気な女王様なのであった。電話がなくても、電気止められても、私は貧しさなんかに負けない! 強く明るく生きていくわっ!
滞納なんてぇ〜、気にしないわぁ〜(←『キャンディ・キャンディ』のメロディで)、差し押さえだって、だってだって、お気に入り〜〜……でも、涙が出ちゃう。貧乏なんだもんっ!!!
そう、女王様は貧乏だ。タイノーセイリマンに「一度、どれくらい借金がおありなのか、書面にしたためて提出してください」と言われ、しぶしぶ調べてみたところ、MW社に六百五十万円、K川書店に二百万円、Mジンハウスに百六十万円、そしてアコムに九十六万円、質屋に九十万円……しめて一千百九十六万円也の借金および前借りが明るみに出て、あまりのショックに数日間、仕事もしないで脱力状態になったくらいである。
ああ……と、女王様は絶望の淵に佇《たたず》み、ひとりごちた。このまま、どこか遠くに行ってしまいたい。借金がチャラになって、なおかつ税金もない国に行きたいの。あるのかしら、そんな国……ううん、あるわよ、きっと。それは「あの世」という名の、近くて遠い国……って、死ぬ気なのか、おまえはーっ!
だがまぁ、借金も税金も清算しないまま死ぬのは、あまりにも無責任な行為であろう。だいいち、迷惑じゃないか。日頃はだらしないが、こーゆーコトには中途半端に責任感のある女王様なのである。死んだら、負けやぁ〜っ! いつか借金も税金も耳を揃えてバシーンと叩きつけ、タイノーセイリマンの耳元で勝利の高笑いを放つその日まで、死にもの狂いで働いてやるわーっ! 首洗って待ってろよ、皆の者っ!
そんなワケで、女王様はオリンピックどころじゃないのである。ま、選手諸君も頑張りたまえ。女王様も頑張るぞっ!
対決!タイノーセイリマンD自宅急襲編[#「対決!タイノーセイリマンD自宅急襲編」はゴシック体]
女王様が現在、港区役所住民税滞納整理課との死闘のさなかにあることは、民も知ってのとおりである。
いやぁ、ホントに大変だ。こんなコトになるのなら、きちんと住民税を払っておくべきだったと反省しきりなのであるが、それにしても余分な金など一円もない赤貧洗うがごとしの女王様だ。今日だって、財布に千円しか入ってないもんね。近所の小学生がコンビニでアイスクリーム買ってるの見て、ちょっと羨ましかったもんね。いいなぁ、小学生。税金なくて。
と、このように、小学生の買い食いさえ羨望の目で見てしまうビンボー女王様が、仕事もせずに(やってらんねーよ、まったくなぁ)家で『ドラクエVII』をやってると、突然……!
ピンポ───ン!
インターホンのチャイムが鳴った。チッ、いいとこなのに、と毒づきつつ、女王様はフテた口調でインターホンに出たよ。
「……はい、どちら様?」
「あの、港区役所の者ですが」
ぎょえ────っ!!! 何の用だ、いったい!? アポなしで突然、来るんじゃねーよ! 電波少年か、おまえはっ!!!
驚きおののきつつ、玄関のドアを開けると、そこには二人の男が立っている。ひとりは先日港区役所で会った白髪の紳士、もうひとりはやや若く目ツキの鋭い男……やややっ、今度は二人組で白昼の奇襲かーっ!
すっかり『ドラクエ』モードになっていた女王様の脳裏に、その瞬間、次のようなメッセージが浮かんだ。
『タイノーセイリマンは仲間を呼んだ! タイノーセイリマンは二人になった!』
ドガガガッ(←効果音)!!
『うさぎは100ポイントのダメージ!』
ううっ、ベホイミ……と、思わず体力回復の呪文を唱えたが、MPが足りなかったようだ。女王様は全身に冷や汗をかきつつ、玄関先で固まったまま、タイノーセイリマンを睨みつけたね。
「な、何のご用で……?」
「じつは、たった今、あなたの銀行預金を全額差押えました。これが通知書です」
ドガガガガガッ!!!!
『タイノーセイリマンは差押通知書を差し出した!』
『うさぎは300ポイントのダメージ! うさぎは倒れて起き上がれない!』
うううっ、ベホマ(←さらに強力な回復の呪文)……って、いいかげん『ドラクエ』から離れて現実に戻れ、中村!
「ちょっと待ってください。預金差押えって、そんな……」
その日は、九月七日。十日に引き落とされるカードの支払いのために、女王様がK川書店に頼み込んで前借りした金が入金されたばかりの日である。それを差押えられたら、アメックスとダイナースにはいったい誰が支払うのだぁ──っ!!! おまえが払ってくれるのか、タイノーセイリマン!
「そ、そのお金はですね、私の金ではありません。カード会社のお金なんですっ!」
必死で訴えると、タイノーセイリマンは涼しい顔で曰く、
「存じてますよ。カードの引き落とし日を調べた結果、中村さんの口座にもっともお金があるのはこの日だと判断して、うちも差押えたワケですから」
なんとっ! カードの引き落とし日まで調べて、わざわざ引き落とし直前に差押えをかけたと言うのかっ! ううーむ、タイノーセイリマン、恐るべし! ちょっと感心……してる場合か!
「あ、あの、ちょっと待って。ど、ど、どーすればいいんですかぁ───っ!?」
「払ってください」
「そーですね───っ!!」
狼狽のあまり、まったく会話も成立しない状態の女王様であった。するとタイノーセイリマンはフッと唇の端で笑って、
「文春、読んでますよ」
「あ、どーも……って、ちょっと待って! もしかして、それで怒って、こーゆーコトをっ!?」
「いえ、それはないです。むしろ、どんどんお書きになってください。港区役所は税金滞納されても何もしない、などと世間に思われたくないのでね」
ハッ、そーか! 見せしめなのか、私は───っ!!!
民よ、こーゆー次第である。書けば書くほど、女王様は追い込まれる。が、それでも書かずにいられない仕事の鬼なんや、ワシは──っ(他にネタねーしよ)! 嗚呼、女王様の銀行預金の運命や如何にっ!?
遙かなり、返済の道[#「遙かなり、返済の道」はゴシック体]
先日、読者の方からいただいたお葉書に、次のようなコメントが書かれていた。
「毎週読んでいますが、今回はとうとうのっぴきならないところまできてしまったのですね。可哀想に……というのは冗談で、実はちょっとスッとしてます。だって、こっちはまじめに税金払って暮らしているのですから(中略)ごめんなさい中村さん。同情できなくて」
ハッハッハ、そーだろそーだろ。べつに同情なんか、しなくていいっスよ。私だって、自分に同情できないもん。皆が宿題やって来てんのに、自分だけ遊び呆けて宿題放棄したら、センセイに怒られて立たされるのはアタリマエである。今でこそ体罰なくなったけど、女王様が小学生だった頃は、教師も平気でゲンコツくれてたもんな。
ま、そんなワケで、相変わらずタイノーセイリマンからゲンコツもらってる女王様である。周囲の友人たちも、例の「銀行預金差押え事件」には度肝を抜かれたらしく、
「ねぇねぇ、銀行口座をこっそり変えちゃえば〜?」
このような意見が多数寄せられたのであるが、女王様だってそれは考えましたよ。が、頭の隅でチラッと思っただけなのに、タイノーセイリマンはすかさず、こう言ったね。
「あ、銀行口座変えてもムダですよ。そんなの簡単に調べられますからね。フッフッフ」
「やっぱりぃ〜〜っ!?」
さすが、オカミだ。おふれを出せば銀行側から、「中村うさぎの口座なら、うちにありまっせ。ヘッヘッヘ。今後とも、ご贔屓に」などと、自ら名乗りをあげてくるに違いない。うーむ、悪代官と越前屋め……って、だから悪人なのはおまえなんだよ、中村うさぎ! 神妙にお縄を頂戴しろっちゅーの!
と、こうした次第であるから、諸君。ひとたび目をつけられたら逃れられないのが、税金滞納者の宿命であるらしい。オカミにおもねる気などまったくないが、これはホントのコトだから言っておこう。
民よ、税務署と区役所納税課を怒らせたら怖いぞぉ〜! なにしろこいつら、情け容赦ないもんね。銀行預金差押えられてガァ───ンときてる女王様に向かって、敵はこのように追い討ちかけるのである。
「さて、中村さん。これでもまだまだ、あなたの滞納額は清算されてません。次回の入金予定を教えていただけますか?」
見損なうな──っ!!! 次回の入金予定なんか、あるかっちゅーの! たとえあっても教えたくないが、どのみちあんたは調べるつもりであろうから、この際、正直に申し上げるぞ。
明日の暮らしの予定も立たない女王様、この先の入金予定なんぞまったくないわい! なにしろ前借りできる分は、ぜーんぶ前借りしちゃってるもんね! 来月、どのように暮らしていくつもりなのか、本人である中村にも見当つかんのじゃ──っ!
昔、『俺たちに明日はない』という映画のタイトルを、カッコいいなと思ってた。が、現実に明日のない生活をしてみると、これがちっともカッコよくないのであった。しかし、それでも女王様は、明日のコトを考えて生きたくない。明日の予定なんぞ、シメキリだけでじゅーぶんじゃい! そんな私に、来月のコトなんか聞くなってんだぁ!
と、このように正直に申し上げたところ、タイノーセイリマンはフフンと鼻で笑って曰く、
「お気の毒ですが、それでも税金は払っていただきますよ」
ああ、開き直りも泣き落としも通用しない、この現実。こうなったら夫が宝クジで三億円当てるか、誰かに融資してもらうしか道はない。あ、銀行は無理よ。ヤツらが私に金貸してくれないのは、以前の不動産騒動でじゅーぶんわかってますからね。
そんなある日、女王様は知り合いの編集者から耳寄りな情報を聞きつけた。なんでもK川書店の社長が、おもしろい企画持ち込んだ人間に数千万円の融資をしてくれるらしい。
「その話、乗ったぁ!」と、女王様は叫んだね。
「中村うさぎが税金と借金払うために、マグロ漁船で働くドキュメンタリー企画はどーだ! 題して『細腕返済記』!」
「アホか! 話にならんわ!」
この編集者のひと言で、女王様の素晴らしい企画は陽の目を見ずに潰《つい》えたのであった。ううむ、残念至極! 諸君、返済の道は厳しいのぉ〜〜。
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〔特別夫婦対談〕[#「〔特別夫婦対談〕」はゴシック体]
「私たち、[#「「私たち、」はゴシック体]
金銭感覚ズレてます」[#「金銭感覚ズレてます」」はゴシック体]
黄卓光(ウォン・チェククウォン)
1968年香港生まれ。92年来日。日本語学校を経て、服飾関係の専門学校に通う。97年、中村うさぎさんとめでたくゴールイン。現在は専業主夫≠ニして、妻のエッセイでもしばしば活躍している。
──お二人の馴れ初めは?
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 初めて会ったのは、お互いよく行く新宿二丁目のクラブ。四、五年前。
夫[#「夫」はゴシック体] 共通の友だちの紹介で偶然に知り合ったんです。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] もう明け方で、私、泥酔してたんですよ。「初めまして」って挨拶したのが、最初なんですけど……。
夫[#「夫」はゴシック体] ほとんど記憶がない(笑)。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] この人なんかもう、目の焦点が合ってなかった(笑)。わあ、コイツ、もうヤバイかもしれない、と思ったのはよく覚えてます。
夫[#「夫」はゴシック体] 僕は、彼女が白いスーツを着てたって記憶しかない。それから何週間か後に、また新宿二丁目のゲイバーで会ったんです。「この前会ったの覚えてますか?」って訊かれて、「えっ!?」って。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] で、またガーッと飲んじゃってグデングデンになったけど、多分その時に電話番号を交換したんだと思います。よく覚えてないけど。
夫[#「夫」はゴシック体] こんなにブランド物着てる人って、二丁目じゃ珍しいタイプだから、印象には残ってました。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] そこの店では、結構、印象強かったかもしれない。ブランド物を着てるってだけじゃなくて、脱いじゃったり、カラオケが止まらなくなったりの、壮絶な酔っぱらいぶりで数々の武勇伝を残していましたから(笑)。結婚前から、だいたい恥部は晒してたね。
夫[#「夫」はゴシック体] 僕もそんな時間帯は酔っぱらっちゃってますから、あんまりよく覚えていないんだけどね。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] この人はね、飲んでもあんまりテンション上がらないんですよ。静かに飲んでいて、気がついたら目の焦点が合わなくなってる。「これは酔ってるな」と思ったら、次の瞬間には寝てる(笑)。
私はこういう仕事してるから、夜中に遊ぶんだけど、時間が合う相手があんまりいなかったんですよ。女の友人は結婚して主婦になっちゃうと、夜中に電話もできないし。当時、この人は留学生でしたから、勤め人と違って、夜遅くから遊びに行ける貴重な友だちだった。
夫[#「夫」はゴシック体] 春休みなんかは、ほとんど毎日のように二丁目の飲み屋で会ってたね。酔っぱらっちゃってるのを家まで送って行ったり。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] そのうち、酔っぱらったついでに友だちと一緒に泊まりに来て、次の日一緒にご飯食べて、そのまままた遊びに行ったり。そういうパターンで親しくなった。
夫[#「夫」はゴシック体] 結婚したのは三年前だね、九七年の夏。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 私はバツイチで、前の結婚の時は、恋愛してカーッと感情が高まった勢いで結婚したんだけど、実際一緒に暮らしてみると、こんなはずじゃなかったってなことがあって、またカーッと怒って別れた、という感じだった。服を買う時もそうだけど、私、カーッとなりやすいから(笑)。さすがに教訓を学んで、二回目は好き好きとか勢いじゃなくて、親友みたいな関係でもいいじゃないか、と思ったんです。恋人同士よりも友だち同士の方が、ある程度距離を保てるから、許せる部分も多いんじゃないかって。
夫[#「夫」はゴシック体] 好き好きだと、いずれ冷めちゃうからね。友だちだったら、隠し立てする必要もない。何度か友だちと泊まったりしてるうちに、何か楽しい人だなって感じてたし。
──「ショッピングの女王」の読者の皆さんの素朴な疑問として、妻がブランド物をこんなに買うことを夫はどう見ているんだろう、というのがあるはずです。
夫[#「夫」はゴシック体] ブランド好きなのも、結婚する前から分かってたからねえ。人に迷惑かけなければ、別にいいでしょう。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 私が出版社から前借りしたり、アコムから借りたりしてて、お金持ちでブランド物買ってるんじゃなくて、一種の病気だという認識はあったわけだから驚かなかったでしょうけどね。ただ、実際に「スイマセン、また前借りさせてもらえませんか」なんて電話してるのを見たときは、どう思ったかな、エヘヘ。
夫[#「夫」はゴシック体] よかったね、貸してもらえてって感じ(笑)。だって借りられなかったら、カードの支払いとか、大変なことになるから。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 大変って言っても、あなたからすれば、私が勝手に服買って、勝手にお金に困ってるんだから、所詮、他人事でしょ。
夫[#「夫」はゴシック体] うーん、でもないけどね(笑)。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] そうなの? 何かあったら自分が何とかしよう、と思うわけ?
夫[#「夫」はゴシック体] 僕、今、専業主夫≠セから、できる範囲でだけどね。でも、今まで何とかなってきてるわけだしね……。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 今月は何とかならないかもよ(笑)。もしダメだったら……、五百円玉貯金か。
夫[#「夫」はゴシック体] そうそう(笑)。でも、まだ五万円ぐらいしか貯まってないよ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] それでも、支払いが苦しい時は、五百円玉貯金箱に手を伸ばしかけては逡巡してる(笑)。
夫[#「夫」はゴシック体] 結婚前から、服にお金かけているの知ってたから、去年、二百万円近いグッチの毛皮買ったときも、全然驚かなかったです。毛皮だから二百万は当たり前だと思った。すこし倹約して貯金すれば、と言ったところで、無駄だと分かってるし(笑)。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 私に言わせりゃ、この人も経済観念がおかしいんです。たまごっちが流行ってた頃、この男は四万円も出して手に入れたんですよ。しかも、その理由がまた……。
夫[#「夫」はゴシック体] 渋谷の街角で一回五百円のスピードくじをやってて、一等がたまごっちだったんです。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] チンピラみたいなのがやってるやつだから、当たりは殆ど入ってないわけですよ。それを八十枚買ったんだって。八十回もスピードくじ引くなんて私には信じられないわけですよ。私だったら、諦めが早くて短気だから、十回ぐらいでやめちゃうと思う。
夫[#「夫」はゴシック体] 最初、千円出して二回やったら外れたから、じゃ、もう千円出してってやってたんだけど、十枚、二十枚と引いても当たらないからもう悔しくて。途中で止めたら、それまでに払ったお金がもったいないじゃない。
この人、すぐ店員に騙される(夫)
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] じゃあ、もし財布に十万円入ってたら、十万円注ぎ込んでた?
夫[#「夫」はゴシック体] 多分ね(笑)。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] へーえ。結構ムキになる性格だもんね。遊園地なんかにある、ボールをバスケットのゴールに入れると、ビニールのバットがもらえるゲームをやった時も、すっごい額を注ぎ込んでたし。他の友だちはゴールに入れられたのに自分だけ入らないもんだから。
夫[#「夫」はゴシック体] だって、僕だけバットを持ってないと、カッコ悪いじゃん(笑)。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] この人、ギャンブルやったら、アタシのブランド物以上にヤバイと思ったけど、それはしないですね。彼は服飾関係の専門学校に通ってたんですが、その割には、ブランド物の服もそんなに買わないし。
夫[#「夫」はゴシック体] うーん、ブランド物も持ってるけど、僕はデザインがよければ有名ブランドじゃなくても構わないからね。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 私、この人と結婚してよかったと思うのは、洋服を買う時。一緒にお店に行って、「似合わないよ」とか「そんなの買って、何に合わせるの」なんて、冷静に言われて、思い止まったことが何度もある。彼のファッションセンスは信用してますから。
夫[#「夫」はゴシック体] この人、すぐ店員に騙《だま》されるんで、なるべく一緒に出かけるようにしてる。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] これいいなあ、と思った服を、店員さんにも「よくお似合いですよ」なんて言われて、鼻高々で買って帰って、これどうぉ、って見せたら、「ノーコメント」(笑)。
夫[#「夫」はゴシック体] あんた、一人で買い物に行くと、とんでもない物買ってきたりするからね。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] えっ、そお?
夫[#「夫」はゴシック体] で、そういう、家でちゃんと見たら似合わないっていう服は、最終的には着てないパターンがほとんど。でも、一緒に買い物に行った時だって、人の意見聞かないこと多いよ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 五回に三回は止めてると思うけどなあ。一つは、前にこの連載でも書いた、四十万円ぐらいのグッチのブーツのことを言ってるんでしょ? あれは、雑誌で見てとっても気に入って、取り寄せてもらったんだけど、実際に履いてみたら合わなかった。私が履くとブーツが膝の上まで来て、ゾウの足みたいにクシャクシャになっちゃって。でも、すっごいテンションで取り寄せてもらっといて断るのも恥ずかしいし……。
婚約指輪を質屋に……(うさぎ)
夫[#「夫」はゴシック体] あのブーツはデザインより何より、ヒールが八センチもあったじゃない。そんな高いの、あんた絶対に履かないのに。実際、二回ぐらいしか履いてない。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] うーん、冷静だなあ(笑)。確かに履いて出かけると足が疲れちゃって、早く家に帰りたくなってたわね。
──うさぎさんの誕生日祝いのために貯金して、カルティエの指輪をプレゼントされた、ということで、読者の間でご主人の株は随分上がってるようですよ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] なんか、ムカツキますね(笑)。書かなきゃよかった。
夫[#「夫」はゴシック体] まあ、いろいろとお世話になってるから、半年くらい貯金して、その時買える物をプレゼントしようと思ったわけです。あと、服だと一、二年経つともう着なくなるから、宝石類がいいなって。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] そうだったのか(笑)。二人とも二月生まれで、彼の方が日が早いから、本当は私が先にプレゼントをあげるべきなのに、今年はまだ……。お金がない、というのもあるけど、何買ったらいいか分からない、と思ってるうちに、もう四月か(笑)。すいません。いや、そのうちに……。
去年の誕生日は何くれたっけ?
夫[#「夫」はゴシック体] 手作りのスカート。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] ……どのスカートよ。
夫[#「夫」はゴシック体] 普通のシンプルなスカート作ってあげたじゃない。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] あっ、チャイナドレスみたいな柄のタイトスカート! 結構いい出来で、ブランド店の店員さんにも、可愛いスカートですね、なんて褒められてたのに、あれ、どこに行ったんだろう……。
夫[#「夫」はゴシック体] 夏物の生地で作ったから、冬物の洋服の下になってるんじゃない?
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] そうかもしれない。スミマセン。この人に言わせると、私の洋服は可哀相なんだそうです。帰ってきたら、その辺の床に脱ぎっぱなしで、扱いがヒドイから。上に他の服が積み重なってて、ハッと気付いて探し出すと、もう皺くちゃ(笑)。
夫[#「夫」はゴシック体] 服を差別していないんだよね。何百円のTシャツも何十万円のスーツも同じ扱いだから(笑)。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] でも、あなたも人のこと言えないでしょう。
夫[#「夫」はゴシック体] いや、僕のはしまう場所は決まってるのに、あなたの服に占領されてて、入らないんだよ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] ウチは、クローゼットの人材不足《ヽヽヽヽ》ですから。洋服が掛かっていない部屋ってトイレと風呂場だけだし。あとはもう、キッチンもリビングも廊下すら洋服で一杯。
夫[#「夫」はゴシック体] あんた、結婚して最初の誕生日にあげたカルティエの指輪も、もう失くしたよね。三連のトリニティー・リング。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] あれ、どこにいったのかな(笑)。床に置かれた服に紛れて、家の中のどっかにあるはずなんだけどな。でも、飲み屋に忘れたのかもしれない。そうだったら、もう出てこないかも……。
夫[#「夫」はゴシック体] 婚約指輪も一回危なかったじゃない。タクシーの中で落としちゃって。すぐ見つかったから良かったけど。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] この人、婚約した時、ダイヤの指輪をくれたんです。でも、その時私はカードの支払いで精一杯で、私からあげたのは、私が持ってた指輪(笑)。それだけでもヒドイのに、その後も出かける時に借りたりしてた。婚約指輪も一回質屋に入れようとしたことがあるな。指輪は失くすわ、お手製のスカートは失くすわ、婚約指輪|質《しち》に入れようとするわ、サイテーな女だよね。
私は結婚して最初の誕生日に何あげたんだっけ。
夫[#「夫」はゴシック体] カルティエの指輪。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] そうだ。お金あったんですね(笑)。去年はコートを贈ったよね。
夫[#「夫」はゴシック体] そうそう。ヨージ・ヤマモトの。ちゃんと今年も着てるよ、失くさないで(笑)。
──「ショッピングの女王」に出て来る、最も衝撃的な事件は、玄関先でうさぎさんが、大きい方をお漏らししたことだと思うんですが。
夫[#「夫」はゴシック体] あの時は結構大変だった(笑)。僕は友だちと電話中だったんだけど、帰ってくるなり、「ぎゃあー」とかうるさくて、玄関の辺りがすごい臭いんですよ。で、この人がトイレに駆け込んだ後を見たら、なんか、茶色の点々が続いてて……。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] で、この人は、察しがついて、これは友だちに話しちゃいけない、と思ったらしくて、「今ちょっとバタバタしてるから」なんて言って電話切ったんです。今後も誰にも言わないでおこうって。
ところが、私の方はもう次の日に電話で「ねえ、ちょっとさあ、私、昨日ウ○コもらしちゃったのよ」なんて友だちに言いまくってた。
夫[#「夫」はゴシック体] だって、普通、人に言えることじゃないでしょ(笑)。本人の前でも話題にしない方がいいと思ってた。それが、自ら友だちに報告してるから、ああいいんだ、と思って、僕も細かい状況まで説明しながら人に話した。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] これも書いたけど、私のウ○コがトイレで流れてなかったの、みんなに言いふらしてたじゃない。
夫[#「夫」はゴシック体] あれも、絶対に喜ぶ友だちが何人かいるから、話していいか、あんたに確認してから、報告したんだよ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] だって、どうせ言われるんだろうな、と思ってるもん。
夫[#「夫」はゴシック体] いや、ダメと言われたら言わないよ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] あっそう。でも、そういうことじゃ私は怒らないから。喧嘩になる時って、私が勝手に激しく怒ってることが多いよね。自分で勝手に結論出しちゃって、私はもうこんな家には居られないわ、とか言って家出しちゃう。
夫[#「夫」はゴシック体] あんた、家出しようとしたの二回あるよね。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 一回目はまあまあと言われてやめたんだけど、もう一回は、私は今からこの家を出るわって荷造りしてるのに、この人はなんか珍しい獣でも見るような目で見てて止めてくれなくて。
夫[#「夫」はゴシック体] どうせ、この人の性格じゃ、止めても意味ないと思ったからね。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 怒ってる時と買い物してる時は、人の言うこと聞かないもんで(笑)。止めてもどうせ出て行くんだろうから、止めないよ、なんてすごいクールなこと言われて、それがまたカチンと来た。
夫[#「夫」はゴシック体] 一昨年の正月でしょ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 出ていく時に、「止めないけど、どこに行くの」って訊くから、「とりあえずホテルよ」って答えたら、「年末年始はどこもホテルは一杯じゃないの?」なんて冷静な反応されちゃって。アタシも内心、シマッタ! と思ったけど引くに引けないから「どっか空いてるわよッ!」って、トランク引いて家を出たんです。家から近いホテルオークラのシングルが空いてましたけどね。
夫[#「夫」はゴシック体] 三日間予約したのに、もう次の日帰って来た。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] あの人、止めなかったこと、きっと後悔してるに違いない、「寒空の下でどうしてるんだろう」なんて心配して携帯に電話がかかってくるだろうと思ってたら、かかってこないんですよ(笑)。その内、あの人、これで清々してるんでは、と思い始めたら不安になってきて、忘れ物したからとか言って、次の日に帰りました(笑)。
夫[#「夫」はゴシック体] 様子見に来ただけ。すぐホテルに戻ったもんね。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 家出してホテルに泊まってる妻が、ちょっと着替えだけとか言って帰って来たらですよ、「まあまあ」ぐらいのことは言ってくれるのかなと思ったら、何にもない。結局三日間ホテルにいたんです。周りは、お正月のオメデタイ気分なのに一人で。友だち部屋に呼んで、一緒にルームサービス食べたりして、さんざんお金を使ってました。
夫[#「夫」はゴシック体] この人はくだらない原因でよく怒るから、この時も何がきっかけだったのか、覚えてないくらい。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] ゲームをやってて喧嘩になることもあるよね。
夫[#「夫」はゴシック体] 彼女は「バイオハザード」とかアクションものが好きなんだけど、僕の方が多少うまいから、相手を倒すのとか僕にやらせるんですよ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] で、あそこのロックの解除の仕方はこうよ、そこの何々を調べてって横から口を出すんだけど、無視するから、カーッと怒っちゃって、「右だって言ってるじゃないのよぉ」なんて言っちゃって。そしたらこの人、コントローラーを置いて、「何でそんなことで怒るの?」ってしみじみ言われたりする(笑)。
昔は、アタシがあんまりガミガミ言うもんだから、あなた、よく泣いてたよね。喧嘩というより、一方的に私が怒るわけです。
夫[#「夫」はゴシック体] 怒る時だけじゃないでしょ。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] そっか、普段話してる時も、私がズーッと喋ってることが多いよね。この人がもう寝るってベッドに入ってからも耳元で喋ってる(笑)。
夫[#「夫」はゴシック体] 寝ようと思ってベッドに入ると、後から来て、「ねえねえ、ちょっと訊いていい?」って(笑)。とりあえず「いいよ」って答えると、それから話がなかなか終わらないの。ようやく話が一段落した頃に、「じゃ、寝るね」「うんお休み」って言ってるのに、また、「ねえねえ」って(笑)。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 喋りたいことを全部喋り終わって、ハッと気付いたら、もうこの人寝てた、っていうこともあるしね。
──最後に、奥様と神戸で対決された叶美香さんについて、ご主人はどんな印象をお持ちですか。
夫[#「夫」はゴシック体] よく分からないけど、テレビで見る限り、いい感じの人じゃないかな、と思ってますけど。結構優しそうで。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] ああ、おとなしそうだしね。妻にないものを持っていると(笑)。私に美顔クリームくれたし、確かにいい人かもしれない。
夫[#「夫」はゴシック体] あと、結構大胆な服着てるよね。セクシーな。
うさぎ[#「うさぎ」はゴシック体] 私がああいう服着ようとしたら?
夫[#「夫」はゴシック体] 止めるよ、もちろん。
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あ と が き[#「あ と が き」はゴシック体]
お目覚めになった女王様が、真っ先にするコト……それは、近所の喫茶店にコーヒーを飲みに出かけるコトである。起きてすぐに熱いコーヒーを二杯ほど飲まなくては、脳ミソが活動を開始しないのだ。
今朝も女王様はコーヒーを飲みに出かけようとシャネルのコートに袖を通し、シャネルのバッグを腕にブラ提げ、玄関まで行った時点でふと不吉な予感に襲われて、財布の中身を調べてみた。すると……。
膨らんで型崩れしたルイ・ヴィトンの財布には、領収書ばかりがギッシリと詰め込まれていて、肝心の札は一枚も入ってないのであった。
がぁ────ん!!! 女王様、朝っぱらから一文なし〜〜〜っ!!!
仕方なく、夫(←熟睡中)の財布から千円札を抜き取って、何食わぬ顔で出かけた女王様である。あんた、泥棒やがな。
近頃はホント、このような事態が、もはや日常となってしまった。ブランド物で着飾って、夫の財布から金を盗む女……これがホントの「おしゃれ泥棒」ってヤツかぁ〜?(違うだろっ)
ま、そんなビンボー女王様が、ひたすら『週刊文春』誌上で己の業を書き綴った結果、この本が出来上がった次第である。民よ、飽きもせず繰り返される愚行を、どうか嘲笑ってやってくれ。諸君が笑ってくれれば、私も嬉しい。本が売れたら、もっと嬉しい。おそらくこの本の印税はとっくに前借りされているのであろうが、重版でもかかりゃ、正月の餅代くらいにゃなりませう。
最後になりましたが、この本を作ってくださった目崎さん、連載を支えてくださった元担当の向坊さんと今も支えてくださっている現担当の伊藤さん、連載の挿絵を書いていただいているラジカル鈴木さん、そして、こんな私を見捨てずに読んでくださる慈悲深き読者の皆様に、心からの感謝を捧げます。これからも、女王様をよろしくね。
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文庫版あとがき[#「文庫版あとがき」はゴシック体]
最近の女王様は、忙しい。昼間は打ち合わせや対談、夜は原稿執筆と、休む暇もなく仕事を入れているからなのだが、それというのも金がないからなのであった。
こんなに働いてるのに、どうしてお金がないんだろう……深夜、パソコンのキーボードを叩く手を休めて、石川啄木のごとくぢっと手を見たりする私なのだが、どう考えても答はひとつ。ムダ遣いをするから、なのであった。
この本が発売された頃に較べると、女王様の買い物狂いは今やすっかり影を潜めているのであるが、代わりにハマっちまったホストクラブ遊びによって、もはや来年分の印税まで前借りしている始末。ま、そのホストクラブ通いもようやく下火になりつつある今日この頃とはいえ、次はどんなバカバカしいことに金を遣い始めるか、まったく予断を許さない状態だ。ちなみに今現在は「プチ整形」なんかに夢中になってるが、そのうちもっと大それたモノにズブズブと足を取られそうで、女王様、自分が怖い(笑)。
先日、北朝鮮に拉致されていた人々が、日本に一時帰国した。
「北朝鮮かぁ〜」
女王様は、テレビを観ながら呟いたのであった。
「私が北朝鮮に拉致されてたら、今頃、どうなっていたのかなぁ〜」
北朝鮮にはシャネルもなかろう、ホストクラブもあるまい。そんな国で何年も暮らしてたら、中村うさぎは質素で慎ましやかな女になっていたのだろうか。それとも、北朝鮮に行ってまで何やら無謀な野心を抱いてしまい(しかし北朝鮮でどんな野心を抱くというのだ)、とてつもない奇行に走って粛正されちゃったりするのだろうか。
しかし北朝鮮に生まれ育った人たちは、きっと北朝鮮的な価値観で「幸せ」を追い求めているに違いない。ならば、資本主義国日本で生まれ育った私が、資本主義的な価値観で「幸せ」を求めてしまうのも無理のないことではないか(そーか?)。だって、私は幸せになりたいんだもん。一瞬一瞬の泡沫のごとき快感を、金で買ってるだけなんだもん。
たとえ大金を注ぎ込んだホストが私に手痛いしっぺ返しを食らわしても、私は遣った金を惜しいとは思わない。ブランド物がゴミの蟻塚となっても、買わなきゃよかったなんて思わない。だって、私は楽しかった。幸せだったし、気持ちよかった。それで、じゅうぶんだよ。面白い人生をありがとう、と、神様に感謝したいくらいだよ。
女王様の明日なきムダ遣いは、まだ続く。よろしかったら、民よ、こんなバカ女を見守ってやってくれたまえ。
初出誌 『週刊文春』一九九九年五月二十号〜二〇〇〇年十月五日号
単行本 二〇〇〇年十二月 文藝春秋刊
底 本 文春文庫 平成十五年一月十日刊