中村うさぎ
ショッピングの女王
目 次
私は買い物依存症
体にやさしい椅子
里緒菜のニセ・オッパイ
痩せるボディシャンプー
魔法のシミ抜き剤
三千円のコンビーフ缶
電動歯ブラシは辛い
ハゲか、インポか
バスタブが底なし沼に……
打倒税務署、オカルト計画
雨の日にさせない傘
世界一使いにくい手帳
毛穴脂との終わりなき戦い
エルメス、阿修羅のごとく
爆運炸裂ペンダント
自分のムスコをくわえる
フェンディは届いたけれど
傷だらけのケリーちゃん
般若顔で白い歯に
オシッコが止まらない
電話セールスのオバチャン
攻防、オバチャン対女王様
一万三千円の満腹地獄
親子二代の大バカ女
委託販売店にカモられた?
ラマ僧秘伝の「眠り袋」
パンがなければケーキを!
髪がすぐに乾くブラシ
ティファニーのヨーヨー
チンチラとダスキンと
『ど忘れ辞典』は必需品
毛が抜けまくるジャケット
キティちゃんでウンコ拭き
処女牛は究極の味
小顔ファンデーション
横尾忠則作の猫仏像
ティファニーのメジャー
ナオミ愛用、下剤チョコ
小学生には負けられない
物置キッチンの四谷シモン
ケーキ食べ放題に挑戦!
バカは死ぬまで治らない……
一万円チョコレートの苦さ
幻の味つきコンドーム
質屋の利子が90万円
ケツの穴を痛めた妖精
通販で運命のダイヤが
年間の服飾費二千万円!
シャネルをキャンセル
私のために描かれた絵
バージン・アゲイン
キャッシングも女王
保険証まで差し押さえ!?
ブティックの鏡は謎
あ と が き
文庫版あとがき
私は買い物依存症
体にやさしい椅子
世の中には狂ったように買い物をしまくる人間がいるものだが、じつは私もそのひとりだ。
とにかく、モノを買いまくる。ストレスが溜まると、買い物に走る。ストレスがなくても、買ってしまう。金がなければカードで、カードの限度枠を超えればローンで……物欲もさることながら、モノを買うという消費行動自体が、私にとって快楽なのである。
そして残るのは、ガラクタの山と借金だけ。それでも、買い物は止まらない。断崖に向かって走るレミングの群のように、私の買い物は破滅に向かって突っ走るのだ。俺たちに明日はないって心境だな。少なくとも私の預金通帳には、常に未来がない。
こーゆー人を、買い物依存症という。これは、精神科医が実際に私に下した診断名だ。つまり私は、お医者様にお墨付きをいただいた「ショッピングの女王様」なのである。どーだ、まいったか。でも、羨ましくないだろ。
ところが、こんな社会不適格者の私に、「好きなだけ買い物をしなさいよ」などと、そそのかす人がいるのである。「その買い物をネタに、おもしろい話を書けばいいじゃないですか」だと。
怖いモノ知らずの企画である。買い物依存症患者に、病気を正当化させるような連載を依頼するとは……まるで悪魔の発想ではないか。
よろしい。やりましょう。これから毎週、買って買って買いまくるぞっ!!!
てなワケで、第一回目。私の買い物は、椅子である。なんかショッパナから、すげぇ地味な買い物だな。でも、言っとくけど、ただの椅子じゃないぞ。
人間工学に基づいて設計された、身体にやさしい椅子なのだ。通販なんかで、よく見るヤツである。座ると自然に姿勢が前傾となって、肩や腰に負担をかけずにデスクワークに打ち込める、という触れ込み。北欧製で、値段は約十二万円。椅子にしては、じゅうぶんに生意気な価格だ。まさに女王様の玉座にふさわしかろう。
さて、その座り心地は?
椅子の底部がロッキングチェアみたいになってて、体重をかけるとググッと前に傾く仕組み……これが、この椅子の最大のセールスポイントである。ところが、使ってみると、どうにも不安定で、非常に心許ない気分になる。体重を膝で支えるシステムなのだが、その膝を置くクッションの位置が遠すぎて、ほとんど椅子からズリ落ち状態だ。
ハッキリ言いましょう。すげえ座りづらいです、この椅子。身体の不安定さが心にも影響して、とても執筆に打ち込める姿勢じゃない。この椅子に替えてから、シメキリがなかなか守れなくなったのは気のせいだろーか(気のせいだろ、それは)。
おかしいな。人間工学に基づいた設計のはずなのに……と、あれこれ理由を考えた結果、ハッと思い当たりましたね。
そーか、この椅子は北欧製だっけ。北欧人といえば、世界でもかなり身体のデカい人種である。それにくらべて私は、身長百五十三センチのチビ日本人。幼稚園児が大人の椅子に座ってるよーなもんじゃないか!
結局、この椅子は、北欧人の人間工学に基づいて設計された、北欧人の身体にやさしい椅子であり、日本人の身体には全然やさしくないのであった。
ガァ――――ン!!!!
第一回目から、中村の買い物、大失敗!
服を買う時はサイズをチェックするクセに、椅子のサイズには無頓着であったのが、今回の私の敗因である。今度から、人間工学設計の椅子は、北欧の幼稚園から払い下げてもらおう。
だが、せっかく十二万円もしたのだからと、女王様は執念深くこの椅子を使っている。今現在も使っているので、例によって心が不安定になり、原稿がこんなに遅くなってしまった。
そのうえ、背もたれにもたれて電話をしてたら、思いっきり後ろに引っくり返って(ロッキングチェア・タイプだからね)、床に後頭部を強打するという事件も発生した。おいおい、ホントに身体にやさしいのかよ、この椅子!?
大いに疑問を残しつつ、次回の買い物で起死回生を謀る私である。さて、何を買おうかな!?
里緒菜のニセ・オッパイ
葉月里緒菜の写真集が売れている。羨ましい限りである。
やっぱ女に生まれたからには、美しさを武器にしたいものだよなぁ。「魔性の女」なんて呼ばれてみたいよ、一度でいいから。
しかし、今回のヌード写真集で話題になったのは、「葉月里緒菜は意外にも貧乳であった!」という衝撃の事実である。TVのワイドショーなんか見てると、ほとんどの人が、彼女の胸の小ささに驚いてるようだ。
なんだ、みんな、知らなかったの? 葉月里緒菜の胸が小さいコトくらい、私はとっくに知ってたぞ! みんな、葉月里緒菜に何を期待してたんだよ。困るなあ、もう……。
いや、正直に言おう。私も以前は、葉月里緒菜の「魔性の女」ぶりに騙されて、なんとなく胸の谷間の深そうなイメージを抱いていたのである。実際、ある雑誌のグラビアで見た彼女は、スレンダーな身体にセクシーなイヴニングドレスをまとい、しっかりと胸の谷間を見せつけていたのだ。
その写真を見ながら、「いいなぁ、葉月里緒菜。身体は華奢《きやしや》なのに、ちゃんと胸があるんだねぇ」と呟いた私に、「葉月里緒菜じつは貧乳説」を囁いたのは、当時、葉月里緒菜の付き人をしていた友人であった。
「葉月里緒菜って、ホントは胸が小さいんだよ。あれは、ニセモノのオッパイ、入れてんの」
「ええっ!? ニセモノのオッパイ!? なんや、それ!?」
驚きのあまり、ついつい関西弁になった私である。
もともと胸のない女が人並みに「胸の谷間」を作るのは、どんなに難しいコトであるか……私は、経験上、よーく知っている。
イタリア製の高価なブラジャーなども試してみたが、寄せても上げても、谷間なんかできやしなかった。まるで濃尾平野のように、起伏のない胸なのだ。
母親も祖母も人並みに胸があるのに、どうして私だけ? 顔も性格も父親似だとよく言われるが、もしかしたら胸まで父親に似たのだろーか? そんなワケで、胸の開いたイヴニングドレスなど、私は一生着られないものと諦めていたのだ。
ところが葉月里緒菜は、ニセモノのオッパイという秘密兵器によって、イヴニングドレスから堂々と胸の谷間をチラつかせているというのだ! その話を聞いた途端、私が何としてもその秘密兵器を手に入れたいと考えたのは、あまりにも自然な女心であろう。
「欲しい! どこに売ってるの、それ?」
「アメリカ製って聞いたけど、日本でも通販で売ってるよ」
なるほど。こりゃ買わないワケにはいかんでしょう。
そして数カ月後、我が家に宅配便が届いた。中身はもちろん、例のアメリカ製ニセ・オッパイだ(通販のディノスで発見)。
箱を開けると、肌色のゼリーみたいな材質(たぶんシリコン)のオッパイがふたつ、プルンプルンと震えながら並んでいる。
手に持つと、けっこうズッシリと重い。なんだか本物の胸の重量感に似ているような気もして、ちょっとうれしかったりもする。「胸が大きいから、肩が凝るのよねぇ」なんてセリフ、一度でいいから言ってみたかったのだ。うふふ、わずか八千円の出費で、今日から私も巨乳の仲間入り。
で、さっそくつけてみましたよ、葉月里緒菜のオッパイ。ブラジャーのカップの下のほうにニセ・オッパイを詰め込み、自分の胸を押し上げるようにすると……あら不思議! 柔らかい自然な胸の谷間が、たちどころに現れる(と、説明書には書いてあった)……はずなのだが!
なんとニセ・オッパイは私の胸をペチャンコに押し潰し、ブラジャーの上からプニュッとはみ出してしまったではないか!
凄《すご》い! 見るからに、ニセモノ丸わかり! むちゃくちゃカッコ悪いぞ、これ!
その恥ずかしさは、たとえるならば、ヅラをつけてるのが一目瞭然のオヤジに匹敵しよう。無理してヅラなんかつけないで、誇らしげにハゲてろ、と、日頃から私は密かに思っていたのだ。
だが、ニセモノのオッパイをブラジャーからはみ出させた私は、彼らを笑える立場にはない。
惨敗である。葉月里緒菜にも負けたが、なにより自分に負けた気分だ。世の中には、金で買えないモノがある。それは、幸せと胸の谷間と髪の毛なのだ。
痩せるボディシャンプー
前回の買い物で、はからずも胸の貧弱さを暴露してしまった私であるが、じつは肉体に関する悩みは他にもある。
ウエストから腹にかけて、ルノワールの裸体画と見まがうばかりの豊満な脂肪……いや、ルノワールの女は胸もそれなりにあるから、まだマシだよ。胸がなくて腹だけ出てるんじゃ、そりゃ女というより、中年オヤジ体型ではないか!
こりゃ、マズい。今さら胸を大きくするのが無理なら、腹の脂肪だけでも、なんとかならないものか……。
そんな私の目が、ある日、女性誌の広告ページに釘付けになったのである。
痩せるボディシャンプー……これだよ、これ!
「無理なダイエットや苦しい運動とは、もうサヨナラ。お風呂で身体を洗うだけで、見る見るボディラインが引き締まる!」
素晴らしい! 努力や我慢の嫌いな女にとって、これほど魅力的な商品があるだろーか?
ジムやエステに通うのは面倒だが、お風呂なら毎日入るのも苦にならない。ああ、医学(なのか?)は、ここまで進化したのねっ! 身体を洗うだけで痩せられるなんて、まるで夢のようなお話!
たちまちポーッとした私は、すぐさま通販用フリーダイヤルに電話して注文し、ワクワクしながら商品の到着を待ったのであった。ところが……。
商品が着くまでの十日ほどの間に、やや冷静になってきた私の頭には、ある苦い過去の記憶が徐々に蘇ってきたのである。
そういえば……身体を洗うだけで痩せるって売り文句、前にもどこかで聞いたよな。そして、その時も私は、目を輝かせて飛びついたような気が……そうだ! あれは、中国製の「痩せる石鹸」だぁーっ!
読者の方は、ご存じだろうか? 二年ほど前に、クチコミと女性誌に煽《あお》られて、爆発的に売れた「中国の痩せる石鹸」を!?
身体を洗うだけで脂肪が取れるという、中国三千年の神秘が産みだした魔法の石鹸。私が二千円で購入したその石鹸の正体は、じつは中国で百円(笑)で売られている粗悪な安物石鹸であったのだ!
確かに、泡立ちはムチャクチャ悪かった。けど、それは石鹸に含まれる薬効成分のためだと思ってた。匂いも、なんだか安っぽかった。でも、ありがたい中国三千年の石鹸に、チャラチャラした香水の匂いなんて似つかわしくないと、逆に頼もしく感じたものだ。
しかしそれが、ホントに安物の単なる石鹸だと知った時……中国三千年の魔法は泡のように消え去り、裸の私が風呂場にポツンと残された。まるで、十二時過ぎのシンデレラ……しかも妖精の魔法は詐欺だった、というミもフタもない結末で。
その後、その石鹸は風呂場の片隅に忘れ去られた。再びその存在が脚光を浴びたのは、泊まりに来た父親が何も知らずにその石鹸を使い、風呂からあがるなり「おまえの家の石鹸、泡が全然立たないぞ。安物だろ、あれ」と文句を言った時である。
父ちゃん、それはあんたの娘がまんまと騙された「痩せる石鹸」なんだよ。美容とは縁もゆかりもない初老の男が、娘の「痩せる石鹸」でゴシゴシと身体を洗ってる光景は、想像しただけでやるせない。
そうだった……と、今や、すべてを思い出した私は、殺伐とした気分で考えたね。
この世には、魔法なんかないんだよ。身体を洗うだけで痩せられるなんて、そんなうまい話があるものか! もしかしたら、今度のボディシャンプーも、とんでもない詐欺なのかも……。
ああーっ、私って、私って……何度、騙されたら気がすむのっ(しかも、まったく同じ手口に)!
でもまぁ、一抹の希望はあるのだ。というのも、二年前のは中国製の石鹸だったが、今回のボディシャンプーはドイツ製なのである。ドイツといえば、医学の国。しかも、真面目なお国柄。いえ、中国のお国柄がフザケてるって意味じゃないですけどね。
そんなワケで、今日も女王様は、ドイツの魔法のシャンプーで身体を洗っている。ま、こーゆーのは宗教だからさ。信じる者は救われるのだ。二年前は救われなかったけどね。フン!
魔法のシミ抜き剤
この連載も四回目を迎えるわけだが、ここにいたって、ふと気づいたことがある。
これまで三回にわたって買い物をしてきたけれど、一度として満足できる商品に出くわしたことがない、という衝撃の事実である。
北欧製の人間工学椅子も、葉月里緒菜のニセ・オッパイも、ドイツの痩せるボディシャンプー(報告が遅れましたが、あれから私のウエストは、一ミリたりとも細くなっておりません)も、ことごとく私の敗北に終わった。すべて、ムダ金。ドブに捨てたも同然じゃい。
もしかすると、読者の皆様は、「なるほど。これは毎回、買い物に失敗する企画なのだな」などと、間違った認識を持っておられるかもしれない。
言っときますけど、違いますよ。私はいつもマジメに前向きに、期待に胸を膨らませて買い物をしているのだ。ところが運が悪いのか、見る目がないのか(たぶん後者だな)、たまたま失敗が続いてしまったのである。
その証拠に……ほら、今回は胸を張って宣言しちゃうぞ。女王様の買い物、四回目にして会心のヒットだ!
その栄えある商品は、アメリカ人がTVカメラに唾を飛ばして宣伝してた「衣類の強力シミ抜きSRX11」。どんな頑固なシミも、アッという間に消してしまうという魔法のシミ抜きなのである。
どうだ、怪しかろう。私も怪しいと思ったよ。最初はな。
ところで、皆様はご存じだろうか? 深夜、というより明け方に近い午前三時から四時頃、TVショッピングのゴールデンタイムがやってくることを?
多い日には四つの局でほぼ同時に通販番組をやっていて、やれ「一週間で見違える身体になれる健康器具」だの、「飛距離が驚異的に延びるゴルフボール」だの、数々の魔法のような商品を紹介している。
で、この中で特に私のお気に入りは、テレビ東京の「テレ・コンワールド」。毎回、インチキ臭い外人が登場し、恥ずかしくなるようなオーヴァーアクションで商品を誉め称える熱血通販番組だ。
「わーお! ジョン、信じられないよ! あの頑固なシミが真っ白だ! これは奇跡だよ!」
などと、たかがシミ抜きにいちいち両手を広げて目玉をむくアメリカ人を見るのが、私は大好きなのである。
脳天気な国だぜ、アメリカって。きっと、こんな愚にもつかない商品を騙されて買うバカが、世界一多い国なんだろうな……なーんて、鼻で笑って見ているうちはまだよかった。だが、何度も見ているうちに洗脳され、いつの間にかそのシミ抜きを試してみたくて仕方なくなる。気がつけばフリーダイヤルに電話してて、私もアメリカ人の仲間入りである。
ところが、半信半疑で注文したこのシミ抜きが、驚くなかれ、広告に嘘偽りのない優秀商品だったのだ。んもう、落ちる、落ちる、ホントに落ちる。
半年前から気になってたカーペットの缶コーヒーのシミ、二年前に白い襟にベットリとヘアカラーのシミがついたままのエルメスのジャケット。長年、私を悩ませていた悪夢のようなシミが、きれいに抜け落ちたのだ。
わーお、マイク! こいつは奇跡だぜっ!
特にエルメスのジャケットは、何軒ものクリーニング屋にシミ抜きを依頼し、どこからも匙《さじ》を投げられた涙の一着であった。それが、自宅でアッという間に真っ白に……シミ抜き業者は今まで、何をやっとったんじゃい。怒るで、正味の話(←横山やすし口調でお読みください)。
SRX11よ、君は恩人だ。シミ抜きの英雄だ。まぁ、あれがエルメスのジャケットじゃなかったら、私もここまで君に感謝しなかったと思うが。
そんなワケで、今や私はシミ抜きの伝道師と化して、SRX11の布教活動につとめている。
ところで、私が「テレ・コンワールド」で購入したもうひとつの商品……シェイプアップ器具は、現在、我が家の洋服掛けと化している。やはりボディライン関連商品は、本人の根気が試される分、奇跡が起こりにくいのであった。やれやれ……。
3千円のコンビーフ缶
先日、女王様が都心の某高級スーパーに買い物に出かけた時のことである。缶詰売り場を物色していた女王様の目玉は、突然、ビヨヨーンとギャグ漫画のように飛び出してしまったのだ。
この私をそれほど驚かせた商品とは、何か……それは、コンビーフの缶詰である。
皆さんは、コンビーフの缶詰について、普段からどのようなイメージをお持ちだろうか?
マヨネーズで和《あ》えてサンドイッチの具にするか、キャベツと一緒に炒めたり煮込んだりするか、いずれにせよチープでお手軽な食材の代表選手……少なくとも私は今まで、そーゆー食い物だと思ってたよ。そこのコンビーフを見るまでは、な。
幼い頃から親しんでいるノザキのコンビーフ缶は、三百二十円くらいで今も売られている。そんなもんだろう、コンビーフ缶の値段なんてよ、と、私はタカをくくっていたのであった。そりゃもう、四十年間、ずっとタカをくくりっぱなしでしたよ。
ところが、だ。
そのコンビーフ缶は、なんと三千円だったのである!
「………」
私は缶詰の棚の前で、しばし硬直したね。
三千円? 嘘だろ? それってコンビーフ缶の値段か? たかがコンビーフの缶詰に、そんな値段をつけて許されるのか!?
許されるのである。恐る恐る缶詰を手に取った途端、「許される理由」が明らかになった。
なぜなら、それは「松阪牛のコンビーフ」だから。
この日本で一番エラいのは、マグロの大トロと、松阪牛である。世界でのランキングは知らないが、少なくとも日本国内では、このふたつが最もエバってる食材だと私は思う。
銀座の「岡半」の座敷で、新橋の「|※[#「鹿」が3つ]皮《あらがわ》」で、王様への捧げ物のようにしずしずと運ばれてくる松阪牛を、私も何度か食べたことがある。
美味かったよ。そして、高かったさ。でも私は、請求書を見て「ガチョーン!」なんて叫ばなかった。なぜなら、それは松阪牛だから。
松阪牛は、食べ物界のエルメスなのだ。それがエルメスだというだけで、どんなに法外な値段がついてても、人は疑問を抱いてはならないのである。
なるほどね、と、私は缶詰を握りしめたまま呟いたね。これは、コンビーフ缶のエルメスなんだな。なら、三千円しても仕方ない……のか、本当にっ!?
いや、ここで結論を出すのは、早計というものであろう。この三千円の松阪牛コンビーフを許せるかどうか、その答えはやはり実際に食べてみてから出すべきではないか。ブランドなんぞにコロリと騙されるようでは、ショッピングの女王の名がすたる。
賢くもそう判断した(じつは、ほとんど騙されかけてたのだが)女王様は、さっそくそのコンビーフ缶を購入した。ついでに、その隣にあった「松阪牛の牛肉大和煮」(こいつも三千円だ)も買ってみましたよ。
それにしても、コンビーフのみならず、大和煮まであるとは恐れ入ったぜ。キャンプやお花見の定番食品であった、牛肉の大和煮……庶民的な食い物だとばかり思ってたら、キミも知らないうちにエラくなったもんだよなぁ。
で、試食の結果はどうだったかと申しますと……「あたし、三百二十円のノザキのコンビーフでいいや(苦笑)」。これが、正直な感想でありました。
もちろん、マズかったわけじゃない。おいしかったよ。でもね、缶詰のコンビーフや大和煮って、そこまで気合い入れて食べるもんじゃない。
私にとって、このテの缶詰は、ちょいと小腹の空いた夜などに、缶に直接フォークや箸を突っ込んでモリモリと食べる存在なのである。皿なんか出しゃしないよ。洗うの、面倒くさいもん。
そーゆー食べ方をする食品が、わざわざ松阪牛である必要は、さらさらない。むしろ松阪牛であるがゆえに、そのチープな気軽さが惨めな安っぽさに変換されちゃうような気さえして、いまいち前向きに味わえないのだ。
やっぱ松阪牛ともあろうお方は、高級そうな店で、もったいぶって登場してくださらないと、こっちの気が済まないのである。
エルメスのバッグ持って電車なんか乗ってんじゃねーよってヤツですかね。ちょっと違うか。
電動歯ブラシは辛い
この春、私は、積年の悩みをついに解決した……といっても、借金を完済した(それだったら、どんなにうれしいか!)わけでも、ダイエットに成功したわけでもない。ただ、歯医者に行って歯を二本抜いただけである。
しかしね、歯医者に行くという行為が、私にとってどんなに勇気と決断力を要するものであったか、とても口では表現できませんよ。
私は、この世で一番、歯医者が怖い。その存在に関して、幼年期に強烈な苦痛と恐怖の記憶を植えつけられており、いまだに克服できていないのだ。トラウマってヤツですね、まさに。
待合室で、あの「ウィーン……ガガガガッ」という歯を削る機械音を聞いただけで、全身に鳥肌が立ち、尻に帆をかけて逃げ出したくなるのである。
しかし、そうも言ってられないほど虫歯の痛みは深刻となり、ついに私は勇気を振り絞って歯医者に行ったワケだ。おかげで、とうとう虫歯の悩みから解放された……と、思ったら!
ホッとひと息つく間もなく、さらなる悩みが私に重くのしかかってきたのであった。
それは、「歯の値段」である。
何十年も歯医者を避けて生きてきた私は知らなかったが、歯って、けっこうな値段がするモノなんですねぇ。私の場合、三本の義歯を入れなければならなかったのだが、なんとそれが三十六万円もするってんだよ。
三十六万円だとぉ? 住民税も滞納してる私が、そんな大金持ってるかっつーの!
買い物には後先考えずに金を遣うクセに、歯医者や税務署に払うとなると十万円でも出し惜しむ私である。自分の快楽につながらない出費は、私にとってすべて「悪」なのだ。そんな私に三十六万円の請求は、正直、歯を抜かれるより痛かったね。
長年、歯を大切にしなかったツケが、まさかこんな金額で返ってくるとは思わなかった。人間にとって大切なものは目先の快楽じゃないよなぁ、やっぱ歯や身体の健康だよなぁ……と、殊勝にも猛省した次第である。
で、「贅沢よりも健康さ!」という新しいスローガンの下に生まれ変わった私は、さっそく購入したのである。例によってTVの通販番組で宣伝してた、アメリカ製の高性能電動歯ブラシを。値段は、一万九千八百円。
たっけぇ〜! 歯ブラシの値段とは思えんわい。生まれ変わる前の私なら、絶対に買わなかったな、こんなモノ。
しかし、ここで二万円をケチれば、近い将来、またもや何十万も歯医者に支払う羽目になる。転ばぬ先の二万円。この投資、絶対に無駄になんかするものか。
なにしろ一分間に三万回転もの速さでブラシが振動し、口中の歯垢をことごとく除去する奇跡の歯ブラシだ。二万円分の働きは、してもらいまっせ!
と、まぁ、それほどまでに勢い込んで買った商品であるから、初めてそれを手にして歯を磨こうという瞬間、私は久々に興奮したね。
いつもは何も考えずにやってる歯磨きだが、その時ばかりは「よーし、歯を磨くぞ! 二万円の歯ブラシで磨きまくるぞ! もうピカピカに磨きあげちゃうからな、おらおらっ!」という、非常に気合いの入った状態だった。四十年の人生で、これほど戦闘的な気分で歯磨きに臨んだのは初めてである。
口の中に歯ブラシをくわえ、厳《おごそ》かにスイッチを入れる。ウィーンという機械音とともにブラシが振動し始める……と、その瞬間!
突然、私の中に、恐怖の記憶が、まざまざと蘇ったのであった。口の中でウィーンと鳴って振動する機械。それは、私の天敵である、あの恐るべき歯医者の機械にそっくりだったのだ!
おまけに、振動する歯ブラシの背がうっかり奥歯に触れようものなら、たちまちガガガッと耳障りな音までする。
ウィーン……ガガガッ!
ああ、これ! この音だよ! 世界で一番怖い音だぁーっ!
だが、私は耐えたね。健康のために。二万円の投資のために。そして、二度と歯医者ごときに大枚はたきたくない一心で……。
そんなワケで私は、今日も鳥肌立てながら歯を磨いてる。歯医者に行かないためには、自宅で毎日、歯医者の恐怖を味わわなきゃいかんのだ。げに人生とは、皮肉な試練の連続じゃのぉ。
ハゲか、インポか
人間にとって、一番大切なものは何だろうか。そう尋ねたら、「他の人間は知らないけど、俺にとっては髪の毛だよ」と、憮然《ぶぜん》とした顔で答えた友人がいた。
その気持ち、わかるよ。人間にとって大切なものは他にもあるんだろうけど、とりあえず欲しいのは髪の毛だったり胸の谷間だったりするんだよな。
世界には食べる物にも事欠く人々や難病と闘っている人々がいるというのに、髪の毛やオッパイが人より貧弱だって、それが何なんだよ、贅沢な悩みだ……と、非難する人はいるだろう。もちろんそのとおりなんだが、やっぱハゲたくないだろ、人は。
そんなワケで今回は、「ハゲたちの救世主、アメリカより登場!」の巻である。
薬の名前は、「プロペシア」。従来の毛生え薬と違ってヘアトニック・タイプではなく、なんと経口服用するタイプだ。口から飲むんだよ、鎮痛剤とか胃薬みたいにね。で、これがけっこう効くらしい。アメリカでは、かなり話題になってるそうな。
だが、よく効く薬には副作用がある。これって基本ですよね。問題は、その副作用の内容なのだが……これがねぇ、なんと男性機能の減退だっていうんですよ。要するに、インポだわね。まぁ、人によっては、それほど副作用の現れない場合もあるそうだけど。
考えてみれば、ハゲってのは男性ホルモンの働きによるものだから、それを治す薬の副作用が男性機能減退ってのは、なかなか理に叶ってる。「ふーむ、なるほど。こりゃ、ますます効きそうじゃわい」と唸りたくなるではないか。
が、感心してる場合ではない。インポってのは、ハゲに負けず劣らず、男にとって深刻な問題であろう。
ハゲをとるか、インポをとるか……「プロペシア」を服用する前に、人は重大な二者択一を迫られるワケである。これ、究極の選択だと思いませんか?
ハゲを治したい人の大部分は、やっぱ女にモテたいんだよね。特に若ハゲの人は、「自分がモテないのはハゲてるからだ」と、固く信じてるフシがある。しかしハゲが治って女にモテたとしても、インポだったら意味ないじゃん。
一方、いくら男性機能に自信があったって、ハゲてるせいで女に相手にされなきゃ、それはそれで宝の持ち腐れとゆーか、何とゆーか……ねぇ、どうして世の中って、こんなにうまくいかないの? 皆、もう少しだけ幸せになりたいだけなのにさぁ。
そんなワケで、このハゲの救世主「プロペシア」を入手した私は(ちなみに入手先は秘密ね)、この薬を飲んでくれる人を探すのに、えらい苦労をするハメになったのである。なにしろ自分じゃ試せないからね。髪の毛なら、分けてあげたいくらい豊富に生えてるし。
そこで私は、自分の父親に飲ませてみようと考えたのだ。若ハゲの知り合いはたくさんいるが、彼らがインポになっては気の毒である。だが父親なら、もう六十五歳だし、べつに構わないだろう(って、勝手に決めんなよ)。
ところが、なんとこの父親に、きっぱり断られたのである!
と、父ちゃん……まだ現役なのかっ!?
娘としてちょっとショックを受けたりしたが、理由は「ソレはともかく、他の副作用が怖い」という、至極まっとうなものであった。ま、昔から薬の嫌いな人だったからね。
ああ、よかった。ちょっとドキドキしちゃったぞ(マジに)。
で、仕方なく、若ハゲの人々に声をかけてみた。
「あのぉ〜、怒んないでね。ハゲの薬、試してみる気ない?」
彼らを傷つけないよう、恐る恐るの打診である。
すると……いましたよ。
「僕、インポになってもいいです! ハゲが治るなら何でもしますっ!」と答えた強者《つわもの》が。
私は一瞬、彼を抱き締めたくなったね。
そーか、T井クン。君はそんなに髪の毛が欲しかったのか。男性機能と引き換えにするほどに……(涙、涙、涙)。
こうして彼は、夢の毛生え薬を毎日飲んでいる。効果は三カ月後というが、果たして彼の頭に毛は生えてくるのか!? そして下半身の状態はっ!? 手に汗握る結果報告は、また後日……。
*さて、この人体実験の結果であるが、残念なコトにT井クンはいまだにハゲである。しかし下半身は元気だそうで、まぁ、何よりだ。やっぱ、男にとって大切なのは、髪の毛よりアソコだよ、T井クン。
バスタブが底なし沼に……
夜遅く、トイレットペーパーを買いに入った薬局で、私はこれを見つけたのだ。
「ぷるるん」とゆー名の入浴剤。お風呂に入れるとゼリー状に固まる、不思議な感触の入浴剤なんだそーな。
ゼリーのお風呂……なんか、それって、めちゃくちゃ気持ちよさそうじゃないですか?
大きなバスタブに、ひんやりと冷たく柔らかいゼリーを張り、その中にとっぷんと身を浸す。すると、たちまち冷たいゼリーにツルツルと包み込まれ……ああ、想像しただけで、快感!
深夜の薬局にて、ユンケル一気飲みしてるオヤジの隣にたたずみ、入浴剤の箱を潤んだ目で見つめながら思わず身悶えしちゃった私である。
で、帰宅するやいなや速攻で風呂場に直行し、いそいそと説明書を読み始めたワケだ。
「ぬるめのお湯八十リットルに、二袋が目安」と、説明書には書いてある。
なんだ、お湯かよ。ひやっと冷たいイメージだったのに(なにしろゼリーだし)、ちょっとガッカリ。でもまぁ、この際、温度に関しては妥協しよう。粉末タイプだから、水じゃ溶けないのかもしれないしな。
それより問題は、お湯の量だ。八十リットルは、ちと少なすぎないか? 下半身しか浸からないじゃん。私は全身どっぷりと、ゼリーに包まれたいのである。この点だけは、絶対に妥協できん。よし、お湯はたっぷり張って、そのぶん、入浴剤の量を増やそう。
などと考えてるうちに、バスタブにお湯が溜まったので、厳《おごそ》かに入浴剤を振り入れ、まんべんなく掻き混ぜた。
規定量より多めの、三袋を投入。おお、ドロッとしてきたぞ。だが、まだまだゼリーのイメージには程遠い。ゼリーというより、葛湯《くずゆ》である。もっと、商品名どおり、「ぷるるん」としてくれなきゃ。これじゃ、「どろろん」だっちゅーの。
で、気前よく、もう一袋投入し、よーく掻き混ぜて待った。が、相変わらず「どろろん」だ。固まるのに時間がかかるのかな。髪と身体をゆっくり洗い、再びチェック。
変わってねーよ、全然!
バスタブには、ぷるるんツルンとしたゼリーではなく、スライムみたいな得体の知れない粘液が、どろりと溜まっているのである。そして、どうやら、これ以上は固まる気がないらしい。
おい……話が違うぞ。アマゾンの底なし沼か、これは?
「………」
私は素っ裸のまま、不透明なドロドロの粘液を、呆然と見つめたね。だが、いつまで見つめてたって、事態が変わるワケじゃない。仕方なく、恐る恐る足を踏み入れた。すると、
いきなり、滑った。
バスタブの底は当然のように粘液質の物体でヌルヌルになっており、不用意に足を踏み入れた私は、たちまちズルリンと滑ったのである。
どっぷん……。
水《みず》飛沫《しぶき》もあげずに、私はバスタブに沈んだ。まぁ、風呂場で足を滑らせたのはこれが初めてじゃないが、バスタブの中が底なし沼状態になってるのは初めてだ。立ち上がろうにも身体が重いし、ズルズル滑るし、一瞬、ホントに死ぬかと思ったぞ。
人間、生き方は選べるけど、死に方は選べない。でも、できれば、バスタブの中の得体の知れない粘液の中で、素っ裸で大股開いて溺れ死ぬような真似だけはしたくないもんだ。「この子はいったい、風呂場で何をしてたんでしょうねぇ」と、涙ながらに首を傾げる母親の姿が目に浮かぶようではないか。
必死で悪戦苦闘し、ついによろめきながら立ち上がったものの、全身からドロドロと怪しいスライム状の液体を滴らせた私の姿は、ウルトラマンに登場する謎の怪人のようであった。
何、これ? ちっとも気持ちよくないよ! おまけに死にかけたし、風呂からあがったら怪人に変身してるし、いいコトなんか何もないじゃん!
こんな風呂に、いったい誰が入るんだろう。つくづく不思議な商品だ。ま、子供は喜ぶかもしんないけど、死ぬぞ、絶対。
でも、この入浴剤、けっこう売れてるそうなのだ。ああ、今夜も誰か、風呂場で足を滑らせてるんだろーな。それを思うと、ちょっとうれしい私である。
打倒税務署、オカルト計画
先日、平和な私の日常に、突然、一大事が勃発した。なんと私の仕事場に、税務署の人が来るというのだ。
「な、何しに来るんですか、その人っ!?」
税理士の先生から知らせを受けた私は、ムンクの絵のような顔になって絶叫した。
「私、何も悪いコトしてませんよ! ホントに!」
「してなくても来るんだよ。たぶん、帳簿をいろいろ調べて、追徴課税を取られるな」
追徴課税だぁ? フザケんな! 住民税も払えなくて滞納してる私に、これ以上税金払えってのか? 自慢じゃないが、通帳には一万円しか入ってなくて、先月も電気代が引き落とせなかったんだぞ! そんな貧乏人に、追徴課税とは……あんたら、人間やない、鬼やぁ!
一瞬、税務署への嫌がらせに自殺未遂でもしてやろうかと思った私だが、本当に死んでしまってはシャレにならんので、とりあえず思いとどまった。
が、何もせずに手をこまねいてるワケにもいかない。とりあえず、税務署員を追い返す方法……いや、それが無理なら、追徴課税を取られずにすむ方法はないものか?
と、その時だ。そんな私の目が、とある雑誌広告にスーッと吸い寄せられたのである。
「人工精霊FOBS……あなたの命令に従う霊的ロボットで、他者の遠隔操作に対応。目的の相手に強烈な作用を及ぼします」
写真には小さな瓶が写っていて、どうやらこの中に目には見えない精霊が入っているらしい。そして、私の命令を何でも聞いて、他人を自由に操れるという話なのだ。
要するに、オカルト・グッズである。それも、かなり怪しめの。いくら私がファンタジー作家だって、瓶に入った魔人なんか信じるかっつーの……なぁんて、普段なら一笑に付しているところだろうが、しかし、その日の私は違った。
税務署員と対決して勝つ現実的な方策がないのなら、この際、こーゆーモノの力を借りてはどうだろうか?
そうだ! この人工精霊で税務署員の意思を操り、追徴課税をゼロにしてもらうのだ!
すっかりその気になった私は、八千九百円の人工精霊を、電話で注文したのである。溺れる者は藁《わら》をも掴むというが、私の場合はオカルト・グッズを掴んだワケだ。たぶん、この手の商品を買う人って、皆、人生において溺死《できし》寸前の人々ではあるまいか。
ま、それはともかく。ようやく届いた瓶詰め精霊に対し、マニュアル片手に解放の儀式を執り行ったのは、なんと税務署員が来る当日の朝であった。
あまりにも散らかってる仕事場をドタバタと片づける夫を尻目に、東を向いて蝋燭を灯し、私は怪しげな呪文を唱え始めたのである。
「ムニャムニャ、我は汝の神なり……(中略)……汝、人工精霊フォブスよ、今日ウチに来る税務署員の意思を操り、追徴課税をゼロに……いや、それが無理ならせめて五万円以下にせしめよ……」
って、まったく、何言ってんだかねぇ。あたしゃ、自分で自分が情けなくなったよ。朝っぱらからこんなバカバカしい呪文を唱える羽目になったのも、麻布税務署、おまえのせいだっ!
で、結局、追徴課税はどうなったかとゆーと……ゼロにはなりませんでしたよ、はい。五万円以下でもなかったね。そんな金額で、税務署が引き下がるワケないでしょ。フッ。
税務署員が難しい顔で書類を睨んでる間にも、私は「こら、人工精霊! こいつだ、こいつ! 早くこいつの意思を操らんか!」と、見えない魔人に檄《げき》を飛ばし続けたのであるが、どうやら私の買った魔人はグータラなハクション大魔王みたいなヤツだったらしい。
「この接待交際費、ちょっと認められませんねぇ」などと冷静に呟く税務署員の言動には、精霊に操られてる様子など微塵も窺《うかが》えなかったのである。
やれやれ。こんなコトなら、人工精霊なんぞ買わずに、この税務署員をノーパンしゃぶしゃぶにでも連れてったほうが正解だったかもしれんのぉ。
人工精霊、税務署員との戦いに敗れたり。やはり、この世で一番強いのは、神でも魔人でもなく、税務署の人なのであるよ。
雨の日にさせない傘
先日、久しぶりに仕事部屋を片づけてたら、地層のように積み重なったモノの中から、一本の折り畳み傘を発掘した。
「ありゃま、この傘、こんな所に埋もれてたのか」
私は苦笑しながら、それを手に取り、思わず遠い目になってしまったワケである。
そう。それは、ブランド狂いだった(今でもそうだけど、当時はもっと凄まじかった)私の、愚かしさと虚栄の記念碑的存在……二年ほど前に購入したシャネルの折り畳み傘なのだ。そして、この傘のどこが「愚かしさ」の象徴なのかというと、なんとこいつは十数万円もするクセに、「雨の日にさせない」傘なのである!
私がこの傘を購入したのは、忘れもしない、帝国ホテル内のシャネル・ブティックだ。ショルダーストラップ付きの黒い革ケースは、一見して傘のケースとはわからないのだが、店員がシャネル・マークの留め金をカチリと開けると、あら素敵。中から黒いシンプルな折り畳み傘が現れ、もともとブランド物に対して無批判な私の目には、「んま、オシャレ。さすがシャネルざんす!」ってな感じに映ったのであった。
ところが、にこやかに傘を広げてみせた店員が次に言った台詞を聞いて、私は耳を疑ったね。
「お客様、この傘は、ドシャ降りの時にはお使いにならないでくださいね」
「えっ……傘なのに、雨の日にさしちゃいけないんですかっ!?」
「多少の雨なら大丈夫ですが、普通の傘のようなしっかりした防水加工は施されておりませんので、ドシャ降りの時には雨漏りする恐れがあるのです」
店員はすました顔で説明したが、「雨漏りする傘」なんて初めて聞いたぞ、おい! これが百円くらいの安物ならいざ知らず、十数万円もするクセに雨漏りするとは……世の中、信じられないモノが信じられない値段で売られてるもんですねぇ。いくらブランド物に無批判な私でも、これにはさすがに呆れちゃったよ。
「それって、ちょっと変じゃないですか? 傘なのに雨漏りするなんて」
私の素朴なツッコミに、店員はフフッと笑って、
「でも、フランス製ですから。ご存じのように、あちらでは、日本ほど雨が降らないのです」
そーか? そーなのか?
以前、私がフランスに行った時には、滞在中ずっと雨降りだった気がするんですけど?
いや、百歩譲って、フランスでは雨が降らないことにしても、だ。ここは、日本なのである。日本に住んでる日本人にとって、「ドシャ降りの時には雨漏りする傘」なんて代物に、果たして商品価値はあるのだろーか?
もちろん、ある。だって、天下のシャネルだもん。たとえ雨漏りしようが骨が折れようが、それどころか中身の傘を失くして普通の折り畳み傘で代用してようが、そのシャネル・マークのついた革ケースを肩からブラ提げてるだけで、「私、傘までシャネルですのよ。オーホッホ!」と高笑いして歩く女王様の心境に、人はなれるのだ。
「私がブランド品を愛用するのは、それがブランド品だからではなく、何十年も使えるしっかりした商品だから」とか気取って言う人がいるけど、それは違うね。私たちがブランド品を購入するのは、それがブランド品だからだよ。ブスでもバカでも育ちが悪くても、とりあえずブランド品持ってりゃ、エラくなった気分が味わえるからだよね。
私にとって資本主義とは「金持ちという栄光のゴールに向かって、しのぎを削り合うゲーム」なのだ。そしてブランド品は、そのゲームの景品なんですよ。
そんなワケで、自他ともに認める「ブランド・バカ一代」である私は、その傘を購入し、得意になって持ち歩き(ただし小降りの日にだけ)、そしてすっかり飽きて仕事部屋に埋もれさせていたのであった。結局、ブランド品としての後光も、一年もたちゃ薄れてくるのだ。しかも、傘としては役立たずだし。
ああ……夏草や兵《つわもの》どもがゆめの跡。あの頃、君はバカだった。
シャネルの傘を握りしめる私の胸に、在りし日の自分の愚かな姿が浮かび上がっては消えるのであった……なんちゃって。それでも私はシャネルを買い続けるんですけどね。
世界一使いにくい手帳
W杯の大騒ぎも終わったようで、サッカーなんかに興味のない私には、うれしい限りである。
ところで、あの狂乱の真っ最中、誰だったか冷静な文化人が「フランスが核実験した時の怒りを忘れたかのようなこの騒ぎ、まったく嘆かわしい」というようなコメントをしていた。
それを聞いて私は、「核実験ねぇ。そーいえば、そんなコトもありましたなぁ」と、しみじみ遠い目になってしまった。
忘れもしない(ホントは忘れてたけど)あのフランス核実験事件当時、やはり憂国のコメンテイターがTVで「世界ではフランス製品の不買運動まで起きてるというのに、相変わらずフランスのブランド物に大騒ぎしている愚かな日本女性たち」を糾弾していたのである。
そして、その日本のバカ女のひとりである私は、そのコメントに非常に恐縮し、自分が非国民、いや非地球民になった気がしたものであった。ま、それでもブランド物、買い続けたけど。
ブランドという言葉は、もちろん商標という意味だけど、ご存じのように烙印とか焼き印とかいう意味もある。で、それを思い出すたびに私は、自分が弟殺しのカインのごとく、額に烙印を押されてるような気分になるのだ。
それも、「ブランド好きのバカ女」という、「パンツも身体も売るコギャル」に勝るとも劣らない不名誉な烙印である。烙印にしては長いから、略してシャネル・マークが押されてるのかもしれない。額にシャネル・マーク……カッコいいぞ。
てなワケで、そんなバカ女たちが大騒ぎしているフランスのブランド御三家といえば、シャネル、エルメス、ルイ・ヴィトンである。この御三家は人気があるのをいいコトに、「てめぇ、ナメとんのかっ!?」と言いたくなるような値段を自社製品につけるコトで有名だが、まぁ値段はさておき、たまにアッと驚く役立たずモノを堂々と売る根性にも感服させられる。
前号でご紹介したシャネルの「雨の日にさしちゃいけない傘」もその筆頭だが、今回の標的はルイ・ヴィトンのシステム手帳だ。私は今まで、これほど無駄が多くて機能的でないシステム手帳を見たコトがない。
この手帳、見た目はフツーのシステム手帳なのだが、そのペンホルダーの細さは世界一である。あまりに細くて、どんなボールペンも入らない。唯一入るのは別売りのルイ・ヴィトン製ボールペンで、これが短くて細くて使いにくさも世界一であるにもかかわらず、仕方なく客はそのボールペンを一緒に買い求めるハメになるのである。
一流ブランドとは思えない、このセコい抱き合わせ商法。どうせなら最初からボールペンを付けて売れよ、ルイ・ヴィトン!
まぁ、許せるのは手帳が正しく規格サイズである点で、したがって中身(レフィル)のメモ用紙は、東急ハンズとかで売ってる他社製品でも構わない。構わないというより、その方がいいと私は強くお薦めする。
なぜなら、これまた別売りのルイ・ヴィトン製のレフィルは、私のようなタダの日本人にはとんでもなく役立たずだからだ。
表記がすべてフランス語と英語のみなのも、カレンダーに自分とは一生縁のなさそうなフランスの祝祭日が記されてるのも、それは仕方なかろう。そもそも外国の手帳なんだからね。
だが、それにしても名刺入れはサイズが小さすぎて使えないし、各国主要都市の一流ホテルやレストラン、ルイ・ヴィトン直営ショップのリストなど、便利とも不必要とも判断しがたい(個人差だろうな)ページが延々八十ページ近くも続いているのは、素晴らしすぎてタメ息が出るほどだ。たぶん私はこのまま、これらのリストを一度も活用することなく生涯を終えるだろう。
なかでも特に笑ったのは、フランスのヴィンテージ・ワインの一覧表。誰が喜ぶんだ、こんなリスト。川島なお美か?
世界一使いづらいボールペンと膨大な無駄紙を使ったレフィル、そして本体のシステム手帳。この三種の神器を揃えると、お値段は約五万五千円である。嗚呼《ああ》、それでも買っちゃうんだな、額に烙印押された女たちは……。
日本のバカ女とサッカーファンのおかげで、フランス政府には、再び核実験できるだけの資金が集まってるに違いない。
毛穴脂との終わりなき戦い
以前、新宿二丁目の飲み屋にフラリと立ち寄った時のこと。
薄暗い店の中、「あら、いらっしゃーい」と振り向いたママ(男)の鼻の頭にベッタリと白い膏薬のようなモノが貼りついているのを見て、戸口でギョッと凍りついてしまった。
「どうしたのよ、それ?」
怪我でもしたのかと心配して尋ねると、
「あらぁ、知らないの? これ、鼻の頭の毛穴の脂を取るシートよ。今、流行ってるんだから」
ママはすました顔で、鼻の頭からベリリと白い紙を剥《は》がすと、暗い照明の下でそれを仔細に点検し、「ほーら、毛穴の脂がこんなに取れた」と、得意そうに私に見せてくれたのであった。
どーでもいいけど、営業中に鼻の脂なんか取ってんじゃねーよ。
そんなワケで、一、二年ほど前に、この「鼻の脂を取るシート」が大流行したのを、読者の皆さんもご存じでしょう。当時、日本じゅうの若者たちが、鼻の頭の脂を躍起になって取り除いていたのだ。
ところが、しばらくすると、「あれ、やりすぎると鼻の毛穴が開いちゃって、逆効果らしいよ」という噂が囁かれ始め、脂取りシートの人気はすっかり下落してしまった。そしていつの間にか、人々は鼻の脂のことなど忘れてしまったかのように見えたのである。あんなに熱心に、まるで親の仇みたいに鼻の脂と戦ってたクセに……。
こうして月日は流れ、戦いの記憶も完全に風化したかに見えた、つい先日のこと。通りかかった薬局の店先で、私は、鼻の脂と戦う新たな武器が開発されていたのを知ったのである。
しかも、今度のは安っぽい粘着シートなどではない。専用の毛穴クレンザーと、丸いゴムの頭のついた吸い出し器のセットなのだ。
まずは、気になる小鼻(じつは鼻だけでなく、顔全体に使用可)にゼリー状のクレンザーを塗り、吸い出し器の吸引部を押し当てる。そして丸いゴムの部分をキュッと握ってポンと離せば、毛穴の脂や汚れが空気圧によって吸い出される、という仕組み。商品名は「フィエ 毛穴キュッポン」(安易なネーミングだ。わかりやすくて、いいけど)である。
そーか……毛穴の脂との戦いは、終わったワケではなかったのね。まるで昔の仇敵が亡霊のように目の前に現れたような気分で私はしばし感慨にふけり、それから、すっかり忘れていた自分の鼻の脂の存在が急激に気になり始めて、思わずその新兵器を手に取ったのであった。
もちろんその夜、さっそくやってみましたよ、毛穴キュッポン。その名のとおり、キュッポン、キュッポンと皮膚を吸い上げるその使い心地は、なかなか楽しかった。
でも、毛穴の脂が取れたかどうかは、よくわからない。目に見えるワケじゃないからね。以前の脂取りシートは、取れた脂の塊が粘着シートにベットリと付着し、その効果が一目瞭然であったところに人気が集まったのだ。それこそ、例のママのように、「ほーら、こんなに取れた」と、赤の他人に見せたくなるほどにね。
むしろ、この商品の場合、説明書に同時にうたわれていたマッサージ効果のほうが、今の時代に合った訴求ポイントだと思う。実際の効果は知らないけど、たるんだ皮膚がキュッと吸い上げられる快感は、「なんか、効きそう」ってな手応えを感じさせるのだ。
現在、人々の関心は、毛穴掃除より小顔対策にある。「毛穴キュッポン」より「ゼイ肉キュッポン」とか「たるみキュッポン」なんて名前のほうが、女心を掴みそうな気がするなあ。ま、大きなお世話だけどさ。
関係ないけど、小鼻をキュッポンしながら、私がふと思い出したのは、中学の教科書に載ってた芥川竜之介の『鼻』という短編であった。鼻がでかいのを気に病んでる坊さんの話。詳しくは忘れたけど、なんか鼻を蒸したり足で踏ませたりした挙げ句、鼻の毛穴から飛び出した脂の塊をブツブツと毛抜きで引き抜くシーンがあったと思う。
芥川はそれをバカバカしいと思ってたかもしれないけど、私たちはまさに、それを日常的に実践してるワケですな。ははは……キュッポン!
エルメス、阿修羅のごとく
爆運炸裂ペンダント
以前、対税務署用オカルト兵器として瓶詰めの精霊を購入した話を書いた時、私はちょっとオカルト物をバカにしたような口調であったと思う。
だが、この際、白状いたしましょう。私はオカルトグッズや幽霊話に対して、きわめてどっちつかずな立場を取っている。脳ミソの八十%くらいの部分はそーゆーモノを否定しているのだが、残りの二十%くらいが信じているとゆーか、ちょっと本気で怖がったり期待したりしてるフシもあって、自分でもオカルト否定派なのか支持派なのか、よくわからないのである。
まぁ、世の中の人って、ほとんどがこんな感じじゃないのかな……違う?
で、半分バカにしながらも心の底では一縷《いちる》の望みを持って例の人工精霊を購入したワケなのだが、じつはあの時、私が注文したのは精霊だけではなかったのだ。ついでにね、あのぉ……幸運を呼ぶペンダントも買っちゃったの。しかも、値段は驚くなかれ、七万八千円! 私、バカよね。おバカさんよね。
そもそも、私がこのオカルト・グッズの通販広告に目を止めたきっかけは、そのペンダントの写真に付されたキャッチコピーの強烈さであった。曰く、
「豪運が唸り爆運が炸裂する阿修羅級の功徳兵器。その御利益たるや、まさに底無し!」
どうです、凄いでしょ? 世に幸運を呼ぶペンダントの広告は数あれど、ここまで大言壮語したコピーは珍しい。なにしろ豪運が唸って、爆運が炸裂しちゃうんだよ。どんな運なんだ、それは? 私の人生に、何が起こるとゆーの?
四十年も生きてきて、唸ったり炸裂したりするほどの強運に見舞われたコトのない私は、このコピーにたちまち目が眩《くら》んでしまった。もともと欲の深い女である。ささやかな幸せなんかいらない、シンデレラのような華麗なる一発逆転の大幸運を引き当てたいと心から願うような大それた女なのだ。そうでなきゃ、買い物依存症なんかになるもんか。
さすがにその値段にはちょっとひるんだが、えーい、ものは試しだ! 買っちまえ!
てなワケで、買いました。その商品は、水晶のペンダントと置物のセット(ちなみに水晶玉の大きさは両者ともにビー玉くらい)で、値段の割には造りが安っぽい気もしないではないが、まぁそれは気のせいであろう。
まずは説明書どおりに置物を部屋の東に設置し、ペンダントを厳かに首にかける。その瞬間から、もはや気分は億万長者だ。さぁ、唸れ、豪運! 唸ってくれ、早く!
だが、一週間たっても二週間たっても、私の人生には何事も起こらなかった。超人的なインスピレーションと集中力で大傑作をものするかとも期待してたのだが、なんと一週間で五行しか書けないという今世紀最大の絶不調に見舞われてしまった。ちなみに私の普段のペースは、小説の場合、一週間で原稿用紙五十枚くらいだ。なのに五行ってのは、さすがにねぇ……私は本気で「小説家、やめようか」とクヨクヨしてしまったよ。
いや、しかし。小説が書けない理由を、ペンダントのせいにしてはいけない。それはまぁ、九十九%、私の問題であろう。私の怠け心、私の才能の欠如、私の意志の弱さのせいである。
でも、もうひとつ、気になる問題が水面下で起きていた。
それは、便秘……。
「なんだ、そりゃ」と言われそうだが、これは大事なコトですよ。私のように、一日に一回か二回はきっちりと便通のある人間にとって、たった一日でも便秘するのは、もう気になって気になって仕方のない事態なのだ。それが、あなた、ペンダントをしてから一週間、ウンともスンとも……。
おまけに金属アレルギーが出て首の周りが真っ赤に腫れたので、私は泣く泣くペンダントを外したのであった。便秘のほうは、薬の力を借りて、なんとか解決した。そりゃもう、トイレの中では、まさに一週間分の爆ウンが炸裂したのである。
ドッカ―――ン!!!
なんだかオヤジの駄洒落みたいなオチになってしまったが、恐ろしいコトに、これはすべて実話なのだ。以来、私の中のオカルト支持率は、十%くらいに減少した……ような気がする。
自分のムスコをくわえる
今回は、ハッキリ言ってシモネタである。大人のオモチャとゆーか、まぁ、その類の商品だ。このテの話が嫌いな方は、お読みにならないでくださいね。
この商品の存在を教えてくれたのは、あるゲイの友人である。
「ねぇ、知ってる? 自分のモノの型を取って、バイブレーターを作るキットがあるんだよ」
「へぇ……でも、何のために?」
「わかんないけどさぁ、パッケージには、『自分のムスコを自分でくわえられる!』って書いてあったよ」
自分のムスコを自分で……それって、楽しいのかぁ?
そんなコトをしたい人が、この世にどれほどいるのかは知らないが、なかなか好奇心をそそる商品ではある。変なモノ好きの私としては、ぜひとも現物を見たくて、いてもたってもいられなくなったのだった。
で、その噂の商品がコレである。その名も、「あととり息子楽チンJr.」……って、あんたねぇ。何が楽チンなんだか。
箱を開けると、粉末の型取り剤、シリコン樹脂、硬化剤などと一緒に、ミニローターもちゃんと入ってる。でも、電池切れてましたよ。ま、いいけど。
説明書によると、まずは水に溶かした型取り剤で原型を取り、そこにシリコンを流して本体を作る手順らしい。言葉にすると簡単そうだが、よくよく考えると、これが大変な作業なのである。特に、原型の型取りがね。
どのように大変なのかは、説明書を読めばよくわかる。以下、その引用である(原文ママ)。
●穴を開けたビニールシートを大きくなったジュニアの根元まで差し込みます。
◎ジュニアの根元を輪ゴム等で締めると元気が持続します。
●先程練った型取り剤を手早くジュニアに塗り付けて下さい。
●硬化するまで元気を持続させて下さい。
●型取り剤が手に付かなくなったら型をこわさないようジュニアから抜いて下さい。
◎ジュニアを小さくすると上手く抜けます。
いかがでしょうか。私は男じゃないから何とも言えないが、型取り剤が固まるまでジュニアの「元気を持続させて下さい」という注文には、いささか無理があるのではないだろーか?
しかも、固まったら「ジュニアを小さく」して抜くワケである。孫悟空の如意棒じゃあるまいし、そんなに意のままに操れるものだろーか? 根元を縛った輪ゴムを外せば、途端にシュルシュルと縮んでくれるのか?
しかし、型を外す前に、どうやって輪ゴムを取るのだろう? やっぱ切るのか? ハサミで? それって危なくないか?
次から次へと、素朴な疑問が入道雲のごとくモクモクと私の頭の中に膨れ上がるのであった。
これほどまでに大変な思いをして、それでも自分のジュニアでバイブを作りたいという情熱の持ち主とは、いかなる人物なのであろーか。よほど自信があるのか、それとも恋人に無理矢理せがまれてとか……でも、そんなモノをせがむ恋人って、いったい……。
ま、人の趣味はいろいろである。広い世間には、ぜひとも恋人の分身が欲しいという人も、自分のムスコをくわえてみたい(ホントに箱にそう書いてあったよ)という人も、きっと存在するのだろう。
諸君、人間とは、なんとヘンテコな生き物であろうか。人類の性的嗜好の多様さに、改めてシミジミと感心する私であるよ。うーん、いい話だなぁ(ホントか?)。
ちなみに、このキットを使用して実際に己のジュニアの張形を作ってくれる人を募集したのだが、さすがに全員から断られてしまった。もしかしたら、これで友人を何人か失くしたかもしれない。
そんなワケで、この商品は未だに手つかずのまま、我が家に置いてある。もしも欲しい方がいらしたら、無料で差し上げますよ。でもね、ひとつだけ注意があります。商品の説明書の最後に、こう書いてあるのですね。
「当商品はあくまで装飾玩具を目的として作成する商品です。その他の目的ではご使用しないでください」
おい! バイブ機能までついてて、単なる置物なのかよっ!?
つくづく意味不明の商品なり。
フェンディは届いたけれど
旅行に出かけると、人はしばしば非現実的なモードに入り、普段なら絶対に買わないようなモノをなぜか買ってしまうという愚行に走るものである。
特に私のように眩惑されやすいタイプは、行く先々で海千山千の商人たちの口車に乗せられまくり、帰宅してから「なんじゃ、こりゃ!?」と頭を抱えるような買い物を山ほどしてしまう悲しい宿命を背負っている。
トルコに行けば絨毯売りに、イタリアに行けばヴェニスの商人に……これまでさまざまな国で、さまざまな口車に乗り続けてきた私だが、もっともハラハラさせられたのはイギリスの毛皮屋であった。私はその店で、日本円にして約九十万のフェンディのコートを買ったのである。
「なんでイギリスでフェンディなんだ、フェンディはイタリアだろ」という声が聞こえてきそうだが、買い物ってのは「出会い」なのだ。時も場所も関係ない。メキシコ人とタイ人が北極で出会って結婚するコトだって、あるではないか(あるのか?)。
そんなワケで、奇《く》しくもイギリスでフェンディのコートに出会ってしまった私は、さっそく購入しようとしたのだが、あいにく私のサイズがない。残念がる私に店員は、こう囁いた。
「あなたのサイズは半年後に入荷する。ここで半金払えば、入荷した時に日本に連絡しよう。その時点で残りの半金を払い込んでくれれば、船便でコートを送ってやる。どうだ、いい方法ではないか。なぜ、悩む必要があるのだ?」
悩む必要は、ある。なぜなら、アナタが信用できないから。
ここで半金の五十万円を払っても、半年後に彼がホントにコートを送ってくれるのか、どこにも保証はないのである。もし騙されても、遠い日本に住み、英語も得意でない私に、打つ手など何もないではないか!
だが、私はそのコートが欲しかった。加えて、店員に面と向かって「アンタが信用できん」などと言う勇気もなかった。
ノーと言えない日本人……それは、私のコトである。
結局、「ああ、私は騙されてるのかも」とドキドキしながらも、私は半金の五十万円を支払い、いざという時に法的効果があるのかないのかもわからない預かり証の紙切れ一枚を手に、フラフラと店を出たのであった。
帰国してからも毎日、「あの五十万円はムダ金だったかも」という思いに苛《さいな》まれ、後悔の日々を送ったものだ。
そして半年後、その毛皮屋からFAXが送られてきた。「コートが入荷したので、残金の四十万円を払ってちょ」という内容である。
コトここにいたって、私は再び悶々と悩み苦しんだね。残りの半金を払ったものの、コートが送られてこなかったら、どうしよう? 損害金額は五十万円から一気に九十万円に跳ね上がるのだぞ。さぁ、どーする、中村うさぎ?
えーい、ままよ。毒喰らわば皿まで、である。こちとらサムライだぞ、バカヤロー!
こうして私は、ロンドンの毛皮屋に残金を振り込み、戦々兢々として船便の知らせを待ったのであった。そりゃもう、スリリングな毎日だったよ。大学の合格発表よりドキドキしたね。
で、結果はどうだったか……送ってきましたよ、無事に。毛皮の襟のついた、美しいフェンディのコートがね。いやぁ、渡る世間に鬼はなし。人類、みな兄弟ですなぁ。
それからしばらくの間、私はマザー・テレサもびっくりの人類愛のヒトとなったのであるが……じつは、ひとつだけ、根強い不安が残ってるんですね。
はたして、このコートは、本物のフェンディなのか?
直営店で買わない限り、このテの不安は常につきまとう。九十万(税金と送料を入れると百万)円も払ってニセモノ掴まされたんじゃ、あたしゃ死んでも死にきれませんよ。
この「はたして本物なのか」問題は、いまだに解決していない。ちなみに、そのコートを着てフェンディの直営店に行き、さりげなく店員の反応を窺ってみたりもしたが、店員は見事に無反応であった。
ああ、もしかして、やっぱりニセモノ?
まったくねぇ、そんなにクヨクヨすんなら買うなっつーの! 買い物狂も楽じゃないっす。
傷だらけのケリーちゃん
この前、とあるファッション誌の「憧れのブランド特集」とやらを読んでたら、「エルメスのグローブホルダーをついにゲット。さっそくケリーバッグに付けてます!」という読者からの喜びの声が載っていて、私は思わずグフフと邪悪な笑いを洩らしてしまったのであった。
ああ、エルメスのグローブホルダーねぇ。それ、私も持ってますよ。
思い起こせば数年前、エルメスというブランドが私の中で神々しく光り輝いてた時代があった。もう買いまくりましたよ、エルメス。阿修羅のごとく。
とりあえず最初の目標は、ケリーやバーキンといったハンドバッグを手に入れることである。これが、ひとつ四十万〜八十万円するうえに、常に売り切れ状態でなかなかゲットできないという、まさに「高嶺の花」的存在。エルメスの戦略なのかどうかは知らないが、非常に購買意欲をそそるシステムなのだ。
で、苦労して件《くだん》のバッグを手に入れたら、今度はそのバッグを飾りたてる小洒落たアクセサリー類が欲しくなる。
グローブホルダーってのは、そのアクセサリーのひとつで、バッグに手袋をブラ提げるための小道具なのだ。その際、バッグも手袋もエルメスの製品でなくてはならないのは、言わずもがなの鉄則である。
ほら、車を購入したら、いろいろと付属品をつけたくなるでしょ。あれと一緒ですよ。
そんなワケで、「エルメスのバッグにエルメスのグローブホルダーを付けて、エルメスの手袋をブラ提げて歩く」というのが、マニアの間ではひとつのステイタスになってるのだが……。
問題は、そのグローブホルダーのデザインと実用性である。
まず、デザイン。初めてそれを見た人は、例外なくこう言うであろう。
「ねぇ、なんでハンドバッグに洗濯バサミ付けてんの?」
そうなのだ。エルメスのバッグの格を高めてくれるありがたいグローブホルダー……だが、それは、何の知識もない人にとって、金色に輝くゴージャスな洗濯バサミ以外の何物にも見えないのである。
ブランド物にありがちな「裸の王様」現象ですな。持ってる本人だけが鼻高々で、周囲の人間には「何、それ?」って感じの無意味なシンボル。
おーい、王様がバッグに洗濯バサミをブラ提げて、得意になって歩いてるぞ〜、てなモンだ。
だが、エルメスの魔法にかかった人々は、その中傷にもめげず、「フン! 何が洗濯バサミよ(確かに似てるけど)。このグローブホルダーの価値がわからないなんて、ビンボー人は困るわねぇ」などと、ことさらに相手を見下して優越感に浸るワケだ。
恐るべし、魔法使いエルメス(そういえば、エルメスってのは、中世の錬金術師たちに崇められた魔法の神ヘルメス・トートと同名ですな)。その魔法は、永遠に解けないのだろーか?
いや、それでもある日、唐突に魔法の解ける瞬間があるのだ。
私の場合、その瞬間は、グローブホルダーを装着して数カ月たった頃だった。
せっかく手に入れた洗濯バサミだが、どうやら不良品だったらしい。とにかく、よく落ちる。気がついたら路上に、クシャクシャになった手袋が落ちてる。このぶんじゃ、大切な手袋を失くす日も遠くはなかろう。
しかも、手袋なんかよりもっと大切なケリーバッグにも異変が起きた。
硬い金属のグローブホルダーをブラブラさせてたおかげで、柔らかいボックスカーフのバッグの表面に無数の傷がついてしまったのである。
あああーっ、私の大切な、大切な大切なケリーちゃんが傷だらけっ!!! 四十万円もしたのに、アッとゆー間にボロボロだぁ――っ!!!
その時の私のショックを、お察しいただけるだろうか?
何が「お洒落なグローブホルダー」だ! 役立たずどころか、バッグに傷までつけやがって、許さん!
「エルメスのバッグは一生モノ」と人は言うけど、グローブホルダーは、それを一瞬モノにしてくれたのであった。ありがとう、グローブホルダー。キミのことは一生忘れない……死ぬまで忘れるもんか。金返せ、エルメス!
般若顔で白い歯に
以前、読者の方から「歯の美白モノを取り上げて欲しい」というリクエストをいただいた。
ところが、手紙に同封されていた商品の資料にメーカーの電話番号が記載されてなかったため、注文方法がわからず、入手することができなかったのであった。リクエストをくださった方、どうも申し訳ありません。
しかし、私は根が律儀な人間だ(と、自分では思ってる)。
「歯の美白モノを取り上げて」というご要望を忘れたワケではなく、こうして見つけてきたのであるよ。「ハニックEX」という名の、歯のマニキュアだ。
この「ハニック」なる商品は、歯のマニキュア業界における老舗だと思われる。確か二十三年ほど前、私が高校生であった頃にも、すでにこの商品は存在してたような気がするのだ。当時から、「歯は真っ白でなければならぬ」という頑《かたく》なな信仰が世にはびこっていた証であろう。
まぁ、「明眸皓歯《めいぼうこうし》」なんて言葉もあるコトだし、昔から白い歯は美人の条件だったに違いないが、それにしても昨今の「白い歯信仰」は凄まじく、おかげで松田聖子の旦那様のような美容歯科医が大儲けする時代なのである。
まったくねぇ、「痩せてなきゃいけない」とか「顔は小さくなきゃいけない」とかさぁ、美人の条件が増えれば増えるほど、こっちはコンプレックスの数も増えてって、ますます金を遣うハメに陥るワケだよなぁ。「男はつらいよ」とボヤいたのは寅さんだが、女だってつらいんだぞ、バカヤロー!
そんなワケで、ボヤきつつも「ハニックEX」を試してみた私であります。値段は一本三千円。美容歯科で歯を加工してもらったら数十万円はかかるそうだから、これは大変にお手軽な美白商品だ。もっとも、塗る手間はお手軽じゃないけど。
いやぁ、何が大変かって、あなた、使ってみりゃわかりますよ。なにしろマニキュアを塗って乾かすまでの三分間(実際にはもっとかかった)、決して歯を濡らしてはいけないのである。言葉にすると簡単だけど、本来、口の中は常に唾液で濡れてるものだから、これがもう油断ならない数分間なのだ。
まず、唇と歯茎の間、舌の付け根などにカット綿をギュウギュウに詰めて、絶え間なく分泌する唾液を吸い取らせ続ける。
そして、歯をむき出して「イー」をしながら、ムラなくマニキュアを塗り(これがけっこう難しい)、そのままの状態で乾くのを待つ。カット綿を詰めたまま、「イー」をしたまま、待ち続けるんだよ。この数分間の顔は般若《はんにや》のように凄まじく、絶対に誰にも見せられない。まさに、美への執念が女を鬼と化す瞬間である。あな、恐ろしや。
しかしまぁ、たかが数分間の辛抱じゃないか、完全に乾いてしまえばもう安心……と、思いきや! そうもいかないんだなぁ、これが。
首尾よく塗り終えたものの、今度は「いつハゲてくるか」が心配で、気もそぞろ状態なんだよ。喋っていても気になる。コーヒーを飲んでも気になる。心はずっと口元に集中している。
しかも問題は、絶対にモノを食べちゃいかんというコトである。私の場合、ついつい誘惑に負けて春巻きを食べたら、途端に歯の先がボロボロに剥がれてきてしまった。
化けの皮が剥がれるとは、このコトであろう。なまじ真っ白に塗ってるから、よけいに剥がれた箇所が汚く見えて、そりゃもう悲惨な光景だ。外出先のトイレで、口にカット綿詰めて塗り直すワケにもいかないしな。
結局、一時的に白い歯を手に入れても、気苦労は絶えないのである。大切なデートの日、出かける前に般若顔で歯にマニキュア塗ってコンプレックスを解消しても、その日は彼とお食事さえできないのだ。万が一にも途中で化けの皮が剥がれてきたら、もはや口を開けて喋るコトも笑うコトもできなくなる。
お人形さんのように口もきけずに飲まず食わずで微笑んでるだけの美女……なんだか人魚姫みたいで悲しいぞ。これで王子様にフラレたら、それこそすべては人魚姫のごとく海の泡……じゃなくて水の泡だ。
チッ、くだらねぇ。白い歯がなんじゃいっ……というのが、今回の私の結論である。でも、美容歯科医の夫は欲しいよな。
オシッコが止まらない
買い物が止まらない話をあちこちで書いたり喋ったりしまくってたせいか、ついにこのたび、「買い物がやめられない情けない女の代表選手」としてTV出演するはめになってしまった私である。
非常に不名誉な役回りであるが、本の宣伝にもなるし、なにより自分の蒔《ま》いた種だから仕方ない。収録の結果は予想どおり惨憺たるもので、山田まりやだのガダルカナル・タカの妻(名前忘れた)だのに言いたい放題の集中砲火をくらい、見事、人間失格の烙印を額に押されたその瞬間を、全国ネットで放映されてしまったのであった。
やれやれ。つくづく因果な人生だよなぁ。生まれてきて、すいません。
だがまぁ、この件に関する怒りは、このコーナーのテーマから外れるので、また別の機会に綴るとしよう。今回、ここで告白しなければならないのは、私がTV出演のためにおこなった掟破りのダイエット方法である。
TV出演の話をいただいた時、私が最初に思ったのは、「TVは肥って映るっていうから、出演するからには痩せなきゃいけないわ」ということであった。
さすが、女王様。自分の人間性が誹謗《ひぼう》されようという時にTV映りの心配をするとは。フランス革命の折、怒れる民衆の前に着飾って現れたマリー・アントワネットのごとき女である。
で、私が採用した緊急ダイエット方法とは何か……それは、「利尿剤」であった。
利尿剤ダイエットは、モデルの女の子がこっそりおこなってる違法ダイエットとして、その筋では有名なものだ。なぜ違法なのかというと、利尿剤は医者の処方箋なしには入手できない薬であり、もちろん医者はダイエットなんかのために処方箋を出してくれないから、闇ルートで買うしか術《すべ》がないためなのだ。
警告しておくが、このダイエット法は身体に悪い。健康な人間が、たかがTV映りのためなどで手を出してはいけない、禁断の劇薬である。
でも、私は手を出しましたよ。そして、確かに痩せたね。三キロも。顔なんかスッキリしちゃって、心なしか脚も細くなった気がした。もしかして、私は肥ってたんじゃなくて、単にムクんでただけだったのか?
なにしろ、初めて薬を飲んだ夜のオシッコの量が凄かった。もう、出るわ、出るわ。那智の滝のごとく、シンガポールのマーライオンの噴水のごとく、とめどなく壮大に、ほとばしり続けたのである。買い物が止まらないどころか、オシッコも止まらない女になっちゃったんだよ。「おーい、誰か蛇口を締めてくれぇ」と叫びたくなっちまったね、正味の話。
元来、私はオシッコをしない女であった。大学時代には「ビッグタンク中村」の異名をとったほど、絶大な膀胱の貯水量を誇る女なのだ(誇るなよ)。車でスキーに行く時など、他の女性に比べてトイレ休憩の頻度が極端に低く、ドライバーから重宝がられたものである。
その私が、夜中に何度も何度もトイレに行き、そのたびに気前よく水分を大放出してしまったのだから、まことに利尿剤とは恐るべき薬ではないか。この小柄な身体のどこに、そんなに水分があったのかと、我ながら感心しちゃったよ。
オシッコ溜めるより金貯めろ、中村うさぎ!
しかも、薬のせいか胃を悪くして食欲も激減し、「ああ、ホントに身体に悪そう」と実感する毎日であった。胃の弱い人は必ず痩せるね、この方法。そのうち胃潰瘍になって胃を切るはめになれば、ますます食物の摂取量も減り、ミイラのごとくほっそりとした体型になれるであろう。ありがたや、ありがたや。
で、この壮絶に身体に悪いダイエットのおかげで強引に三キロ痩せた私は、はたして望みどおり美しくTVに映ったのか?
じつは、私の顔は全然映してもらえなかったのである。
まるで犯罪者のようにスリガラスの奥に閉じこめられ、「本人のプライバシーのため、顔はお見せできません」状態にされてしまったのだ。そのほうが視聴者の好奇心を煽れるからだってさ。打ち合わせでは、顔出しましょうって言ってたクセに。
ケッ、バカバカしい。まさに小便のごとくムダな努力であったよ。覚えてろよ、フジテレビ!
電話セールスのオバチャン
いやぁ、例のダイエット食品を装ったクレゾール事件といい、某宗教団体が絡むといわれる純潔キャンディーといい、世の中、「タダより怖いモノはない」状態ですなぁ。
さて、普段から人並み以上に消費意欲の旺盛な女王様の元には、事件に発展しないまでも、かなり怪しげな勧誘電話が、ちょくちょくかかってくる。きっと私の知らないどこかで、「カモになりやすい消費者リスト」みたいなモノが出回っていて、その筆頭に私の住所氏名が記載されているのであろう。
先日も、見知らぬ中年女性から電話がかかってきて、
「中村さんのお宅ですね。私、美容指導センターの○○と申します」
「美容指導センター???」
「はい。最近、ダイエット食品と称して、通販などでさまざまな商品が売られてますけど、じつはそのほとんどが効果のない詐欺まがいの商品なんですよ。そこで私たちは、消費者の方に正しいダイエットの知識を持っていただくことと、そのようなインチキ商品を追放することを目的に活動してるんですよ」
ふーん……なんだか知らないけど、消費者団体のようなモノなんだろーか。だが、その中年女の、まるで隣のオバサンみたいに馴れ馴れしい猫撫で声が、長年カモにされ続けてきた私の警報装置に触れたのである。
この女、怪しい。消費者団体を装った、新手のセールスじゃないか?
「わかりました。でも、なぜ私にお電話を?」
「中村さんは今まで、通販などでいくつかダイエット商品を買ってらっしゃるでしょ? その後の経過のアンケートをね、取らせていただきたいんですよ」
やはり、何かのリストに私の名前が記載されてるようだ。ますますもって、怪しい。
私は、不信感もあらわな口調で問い返したね。
「美容指導センターとおっしゃいましたよね?」
「ええ」
「私、忙しくて手が離せないんです。折り返しお電話しますから、電話番号を教えてください」
「あら!」と、女は答えた。
「なんで、うちの電話番号を教えなきゃいけないんです?」
「だから、折り返し電話を……」
「いえ、こちらから電話しますから。何時頃ならいいですか?」
ほほう、電話番号を教えたがらないとは、もはや怪しさ百%。よし、引っかかったフリして、もうしばらく喋らせてみよう。
「あ、ところで、正しいダイエットの知識って何ですか?」
「そう、それなんですよ。そもそも肥満の原因とは人それぞれでね……」
女は、滔々《とうとう》と喋り始めた。
要約すると、ダイエット食品はその人の体質に応じて選ばなければ意味がない、と。ま、そーゆーコトだね。
「ですから、インチキ商品に引っかからないためにも、まず自分の体質を知らなくては。今から中村さんの体質を、私が|無料で《ヽヽヽ》診断してあげますね」
とても押しつけがましく、かつ胡散《うさん》臭い提案である。ここまで来たら、こいつが消費者団体じゃないコトは明らかだ。
これ以上、この女の話を聞くのは危険だが、文春のネタにはなりそうだぞ……そう思った私は、素直に無料診断とやらを受け、彼女の薦める「体質別酵素ダイエット法」の講釈にフムフムと耳を傾けたのである。
すると、「こりゃ、カモになりそうだ」と踏んだ彼女は、いよいよ最後の詰めに入ったね。ちなみに、その口調はますます馴れ馴れしくなっている。
「中村さん、あなたの体質じゃ、今までの方法で痩せるワケありませんよぉ。酵素を飲まなきゃねえ。酵素食品、送ってあげましょうか? 販売目的とかじゃなくてね、実物をお見せしたいの。ね、見てみるだけでも……」
「じゃ、サンプルでも送ってくださいな」
「あら、うち、サンプルないんですよ。商品、直接、送りますね。現物見て、嫌なら送り返してくれればいいから」
「いや、商品はいいから、パンフレットだけ送ってください」
「それはできないの。やっぱり現物見てもらわないと。ね、ね」
こうして、私はその怪しい酵素食品を送ってもらう約束をしたのだが……さて、その顛末《てんまつ》は、次号に続くのであった。
攻防、オバチャン対女王様
てなワケで、「美容指導センター」なる消費者団体まがいの怪しい団体名を名乗る女から、「気に入らなかったら送り返してくれていいから」という約束で、酵素ダイエット食品を送られるコトになった私である。
宅配便は数日後に届いたが、送り主は「美容指導センター」ではなく、電話で勧誘してきた彼女自身の個人名であった。
これもまた、不思議な話である。たぶん、何か法律の目をくぐる手段なのであろう。
箱を開けると、件《くだん》の酵素食品とともに数枚の書類が入っている。それを見た途端、
「なにぃっ!?」
私は目を剥いて怒鳴っちまったね。書類には、こう書いてあったのだよ。
「この度は、弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございました。お客様のお支払い方法は、現金一括払いとなっております。下記の銀行の口座へお振り込み頂きますようお願い申し上げます」
ちょっと待てぇ! 何が「ご購入いただきまして」だ! いつ私が、こんなモノ買うと言ったぁっ!?
支払い期日は、なんと二日後。代金は、アッと驚く二十三万六千百円なり! ひどいなり、メチャクチャなり!
ちなみに請求元は、ミリオンヘルスという会社であった。初めて聞いたぞ、そんな名前。美容指導センターじゃなかったのかよ?
さて、ここまでやられたからには、私もウカウカしてられない。このままじゃ、強引に金を支払わされるはめになりそうだ。
まぁ、このコーナーの主旨からいえば、この商品を購入してホントに効くかどうか試してみるべきであろうが、二十三万円も自腹を切るほど女王様は裕福じゃないんでね。民よ、すまぬ。
私はさっそく電話を引き寄せると、同封されていた名刺(例の、あの女の名刺だ)の電話番号にかけたのである。
「もしもし、宅配便届きましたけど……」
「あら、届いたぁ?(オバチャン、すでにタメ口である)じゃ、ひとつひとつの酵素の説明をしましょうね。まず……」
「いや、その前にですね。請求書が入ってて、しかも支払い期日あさってなんですけど、これ、どーゆーコトですか? 私、購入の約束なんかしてませんよね」
「まぁ、そんな請求書が? きっと事務の子が間違えたんだわ。ごめんなさぁ〜い」
ホントかよ。いや、たぶんウソだな。十中八九、確信犯だ。
「でもね、とにかく商品の説明を聞いて。うちの商品は、ヨソの販売目的のダイエット食品とは違うんだから……」
「でも、おたくも販売目的でしょ?」
「まぁ、そうなんですけどね、うちは良心的なの。商品にも自信あるし」
「ヨソの会社だって、自信あるって言うでしょうね」
「でもほら、ヨソの会社は強引に売りつけたりするんで、いろいろと苦情が絶えないんですよね。その点、うちは……」
何をか言わんや、である。ここまで強引な売りつけ方をする会社、ヨソにはないと思うぞ!
オバチャンはしつこくネバったが、私は「買いません。送り返します」の一点張りで応じた。言いくるめられたら最後だもんね。そりゃもう必死でしたよ。
電話での攻防が延々と続き、ついに諦めたオバチャンは、
「わかりました。送り返してください。まぁ、あなたみたいにハッキリと断れる性格の人は、ヨソの強引な悪徳商法にも引っかからないんでしょうね。でも世の中、気の弱い人もいるから、うちは感謝されてるんですよ」
いやぁ、恨まれこそすれ、感謝はされてないと思うなぁ。なんなら得意の電話アンケート取ってみなよ、美容指導センター改めミリオンヘルスさんよ?
それにしても、オバチャンのしつこさ、まわりくどさ、押しつけがましさは尋常じゃなかったね。気の弱い人はホントに押し切られちゃうよ。私の場合、途中でマジに怒り出したのが功を奏したような気がする。
若い頃は他人に怒りをぶつけるのが怖かったけど、ちゃんと怒るコトも必要だよね、人間は……とか言って、日に日に獰猛《どうもう》になっていく女王様なのである。うちにセールスの電話かけてくるヤツは、猛犬注意だよ!
*この後、このダイエット食品会社からは、二回も同じ勧誘電話がかかってきた。二度目は「美容指導センター」ではなく「美容管理センター」とか名乗っていたが、たぶん同じ会社であろう。懲りねぇヤツらだ、まったく……。
1万3千円の満腹地獄
先日、仕事で横浜を訪れた私は、元町の「梅林」という和食屋さんに行ったのである。
皆さんは、このお店をご存じですか? 私は知らなかったけど、なんでも「あの美食家の山本益博氏が絶賛した超有名店なんですよー」(事情通談)だそうな。
ほー、そりゃ楽しみだ。今夜は倒れるまで食いまくるぞっ! 期待に胸を膨らませ、私は店に足を踏み入れた。そして……。
二時間後には、ホントに倒れていたのであった。食い過ぎで。
いやもう、ものすごい量の食事だったね。コース料理は全部で二十数品目だよ、あんた。
前菜の後、毛蟹が出て、鯖の味噌煮が出て、鰯の塩焼きが出て、その合間に和え物や酢の物や煮物や揚げ物が、これでもかこれでもかと出て、そろそろ終わりかなと思ってた頃、仲居さんに「この後、刺身の桶盛り、グラタン、エビフライ、炭焼きステーキと続きます」と言われた時にゃ、一同、「ぐわぁっ!」と悲鳴をあげたのであった。
だいたいねぇ、考えてもみて欲しい。フツー、定食屋でご飯を食べる場合、鯖の味噌煮と鰯の塩焼きとステーキとエビフライ、全部注文する人はいないでしょ。たいてい一品、多くても二品がいいとこだよ。それが、ぜーんぶコースに盛り込まれてんだもん。
しかも、割烹料理にありがちな小さな切り身とかじゃなくて、鰯も海老もドーンとデカいのが丸ごとだい。もう、豪快とかってのを通り越して、ほとんど喧嘩腰である。客の胃袋に戦いを挑んでるよ、この店は。
まぁ、これで不味《まず》かったら箸をつけずにすむんだが、幸か不幸か、おいしいんだよ。残すの、もったいないんだよ。でも、食えないんだよ。助けてぇっ!
途中、いかにも苦労人風の女将さんが挨拶に現れ、「お気づきの点がございましたら、何なりとご意見聞かせてくださいませ」と言った時、その場にいた全員の脳裏に「量が多すぎんだよっ!」というツッコミの言葉が浮かんだのだが、なぜか誰ひとり口には出さなかった。
それがなぜなのか、後で考えたんだけど、やっぱ、この女将の「苦労人風」(実際のところは知らないけど)なムードのせいではないかと思う。
ああ、この人はきっと、この店を出すまでに苦労したんだろうなぁ。最初は三浦海岸の浅蜊《あさり》拾いから始まって……などと、勝手に彼女の半生記を心の中で作ってしまい、こんなに量が多いのもきっと彼女が「おいしい物を腹いっぱい食いたい」と浅蜊拾いながら夢見た結果なんだろう、ええ話やなぁ……と、客が無理やり納得してしまうせいなのである。
飽食の時代に育った戦争を知らない子どもたちは、戦火をくぐりぬけて浅蜊拾いから身を起こした(とゆーのは、私の勝手な想像なのだが)細腕繁盛記みたいな女将に、ハナから恐縮してしまうのだ。「こんなにたくさん食えるかぁっ!」などという贅沢な暴言、とてもじゃないけど吐けませんよ。だって、相手は苦労人。苦労した人は批判の余地なくエラいんだって、小学校で習ったもーん!
女将はその後、「表の看板は亡き黒沢明先生が……」と自慢話モードに突入したが、これも苦労人ゆえ特別に許してやろう。
しかしまぁ、黒沢監督も、この殺人的阿鼻叫喚これでもかこれでもか満腹地獄を味わった後、しみじみと腹をさすって、「生きる……」なーんて呟いたんですかね。確かに、生きる喜びと苦しさを、イヤというほど味わえる店であったよ。
てなワケで、蛙のように膨れた腹を抱えてヨロめき出ると、店の前にはすでに客が長蛇の列をなしていた。なるほど、有名店なんだなぁ。でも、行きはよいよい、帰りは地獄だぞ。特にそこの老夫婦、途中で死ぬなよ。
ちなみに、これだけ食って、お値段はひとり一万三千円。安い! 確かに美味くて安い! けど、あんまりうれしくない。なぜなら私は、美食三昧プラス限度枠オーバーの満腹感と引き換えに、何か大切なモノを失った気がするから……。
この店のおかげで、私は当分、鯖の味噌煮も鰯の塩焼きもエビフライもステーキも、心から食べたいとは思えないだろう。私の食の愉しみを返してぇ〜!
親子二代の大バカ女
前々号で強引なオバチャンの電話セールスを撃退した私であるが、もちろん昔からこんなにキッパリした性格だったワケではない。若い頃は、どちらかというと断りきれない気弱なタイプであり、したがってキャッチセールス関係者にとっては絶好のカモネギ女であったのだ。
で、今回は、その頃の痛恨の思い出について語ろうと思う。
大学卒業直前だったから、たぶん二十二歳くらいの頃である。例によってウカウカと町を歩いてた私は、とある呉服屋の前で、店員に声をかけられた。
「すいません。今、うちの店でアンケートやってるんですけど」
「あ、あの……私、着物はちょっと……」
「べつに買わなくていいんですよ、アンケートですから。ディスプレイの中から、好きな着物を選ぶだけでいいんです。若い人の好みとか調査したいんで、お願いしますよ」
今の私なら「へへッ」と笑って通り過ぎるところだが、当時の私はバカだった。いや、今でもバカだけどな。違う意味で。
とにかく店員に手を引かれて店に入ると、たちまち数人のオバチャン店員に取り囲まれ、形ばかりのアンケートが終わるやいなや寄ってたかって着物を着せられ「あら、いいわぁ」「買っちゃいなさいよ」「お金がなけりゃローンを組んであげるわよ」などと、口答えもできない勢いで説得され……そして、気がつくと、数十万円のローン契約書にサインしていたのだった。
がぁ―――――ん!!!
元々、着物なんか全然欲しくなかったのに、なんでこーなっちゃうの? しかも、まだ初任給も貰ってない身で数十万円もの買い物を……!
店を出た途端、あたしゃ、白目を剥いて倒れそうになったよ。
とりあえず帰宅して、一部始終を母親に話すと、
「あんた、バカじゃないのっ!? すぐに断ってらっしゃい!」
「こ、断れないよぉ〜、今さら」
「なら、お母さんが断ってやるわよ。行きましょ!」
さすが母親は強いなぁ、この調子ならオバチャン店員軍団にも負けないだろう(母親もオバチャンだし)と、頼もしく思って一緒に店を訪ねたのだが……。
あにはからんや。
母親の鼻息の荒さは、店に入る直前までの命であった。店内に足を踏み入れ、オバチャン軍団に取り囲まれたが最後、見る見る腰砕けになり、気がつくと、
「しょうがないわねぇ。まあ、この子も年頃だし、着物のひとつもねぇ、ホホホホッ!」
か、母ちゃん、話が違ーうっ!
結局、「ありがとうございましたぁ!」と、オバチャン軍団の最敬礼に送られて、バカ親子ふたりはフラフラと師走の町にさまよい出たのであった。ふたりとも、完全に放心状態だったね。目なんか、あらぬ方角を見つめちゃってさ。
「お母さん……結局、買っちゃったねぇ」
「そーねぇ……」
「あ、福引きやってる。もうすぐお正月なんだねぇ」
「あんた、お正月に、あの着物、着ればぁ?」
気の抜けた会話を交わしつつ、ふたりは福引き会場へと引き寄せられていった。さっきの呉服屋で、山ほど福引き券を貰ったのだ。数十万円も買い物したんだから、当然である。
「福引き、しようか」
「これだけたくさん券があるんだから、何か当たるわよね」
こうしてふたりは、福引き会場に大渋滞を巻き起こしながら、延々と数十万円分、福引きのガラガラを回し続けたのだった。
ガラガラガラガラガラ……。
四十年の人生を振り返っても、あれほど長時間、福引きをやった覚えは後にも先にもない。そして、その生涯一度の大福引きの結果はというと……。
すべて、スカだった。
信じられるか? ぜーんぶ、赤い玉だったんだよ! せめて二等の温泉旅行くらい出せってんだよ、バカヤロー!
「ありがとうございました〜」
気の毒そうな係員の声を背中に受けながら、親子二代の大バカ女ふたりは、両手に紙袋いっぱいのポケットティッシュ(やれやれ……)を抱え、ヨロヨロと師走の町を去って行ったのである。合掌。
ああ、思い出すたびに心の傷が疼《うず》き、苦笑が洩れる。カモネギ体質って血筋なのだろーか?
委託販売店にカモられた?
諸君、非常に不本意なことであるが、女王様は、またカモにされてしまったようである。
しかも今回、女王様は買う側ではなく、なんと売る側であったのだ。
何を? もちろん、ブランド物だ。
衣替えの季節が来るたびに、やれシャネルだ、グッチだ、ディオールだ、フェンディだと、懲りもせずブランド物の服を買い漁る私であるが、このような生活で増えていくのは借金ばかりではない。当然、着なくなったブランド物の服が、家のあちこちに自己嫌悪の山となって堆積しているワケだ。
が、聞くところによると巷《ちまた》では「リサイクルショップ」なる店が流行しており、中古のブランド物を委託販売してくれるそうではないか。そこで女王様は、さっそく何点かの服を選び、雑誌に広告を出していた青山「FASCINO」なる店に、持ち込んだのであった。それが、今年の五月のコトである。
以来、ウンともスンとも音沙汰がないまま、三カ月たった八月のある日、痺《しび》れを切らした私は、店に電話をかけ、委託した服をすべて引き取りに行った。ところが……!!!
店員が袋に詰めて手渡してくれた服の量が、預けた量よりも、どうも少ないような気がするのだ。疑問に思った私は、持ち帰る前に袋を開け、店員の前で預かり証のリストと照合することにしたね。
すると、どうだい! シャネルのワンピースとスーツ、エルメスのブラウス各一点が、足りないではないか。いやぁ、確かめてよかった。あのまま帰宅してたら、後で文句を言おうにも証拠がないし、悔しい思いをするところだったぜ。まったく、油断も隙もありゃしないよ。
単なる管理ミスなのか、それとも狡猾な確信犯なのか……いずれにしろ、信用ならない店である。女王様の顔は、たちまち憂いに曇ったね。
「どーゆーコトですか?」と問いつめると、店員はしばらくバタバタと捜しまわった挙げ句、「売れてしまったようですね」と、ケロリとした顔で答える。
「売れたんなら、代金をお支払いいただけるはずでしょ?」
「はぁ。でも、うちは月末締めの二十日払いなんです。ですから、九月二十日に入金します」
「ホント?」
もはや店に対する信用を全く失くしてた私は、露骨に疑いの口調で答えたよ。
「なら、文書できちんと、そう書いてくださいな」
「わかりましたぁ」
店員はその場で、私の持参した預かり証に、こうしたためた。
『10年9月20日に¥223400をお支払い致します』(原文ママ)
文末には、責任者を名乗るO氏のハンコも押してある。
ま、これで許してあげましょ、と、女王様は満足して家路についたのであるが……しかーし!
その二十二万円は、十月五日現在に至るまで、ついに支払われていない。何度、店に電話しても、「責任者が不在なので」の一点張り。もちろん何度伝言を頼んでも、責任者のO氏から電話の一本もかかってこない。
そう。どうやら私は、踏み倒されちゃったようなのだ。シャネルとエルメスをタダで騙し取られ、売り飛ばされちゃったんである。
ガチョ――――ン!!!
いやぁ、まいった。もし読者のなかに、「私も青山の『ファッシノ』に委託してるわ!」と思い当たった方がいらしたら、速攻で引き取りにいくことをお勧めする。ダマテンで売り飛ばされてるかもしんないからね。
委託販売ってのは、相手が売買の素人だけに、その気になれば簡単に騙せる商売だ。しかも、タダで巻き上げた商品を売るワケだから、まさに濡れ手に粟、頭を使わないサイテーの詐欺行為ではないか。泥棒と一緒だよ。そーいえば、「嘘つきは泥棒の始まり」って、ウチの母ちゃんが言ってたなぁ。
もちろん、きちんとした委託販売もあると思うよ。でも、こーゆー泥棒業者も大手を振って商売してるのが現実なのさ。
ま、これで、ブランド物にまつわる女王様の悲喜劇に、新たなエピソードが加わったワケだ。平成カモネギ女、中村うさぎ。その人生に、明日はあるのか? たぶん、ない(涙目)。
*この「ファッシノ」からは、後日、丁寧な謝罪を受け、お金も無事に振り込んでいただいた。なんでも、店長がいきなり辞めて、経理が混乱してたとのコトである。そーだったのか。ま、金さえ払っていただけりゃ、女王様は文句ありませんよ。
ラマ僧秘伝の「眠り袋」
アロマテラピーって、まだ流行ってるんですかね。輸入雑貨店なんかを覗くと、お香だのアロマキャンドルだのがいまだに並んでるから、まぁ根強い人気を誇ってるんだろう。「心を癒してくれるジャスミンの香り」なんてコピー付きでさ、じつはトイレの芳香剤の香りだったりするんだよな、コレが。
流行りモノに弱い女王様ではあるが、べつにトイレの芳香剤に慰めてもらうほど心が傷ついてるワケじゃないので、アロマテラピーにはほとんど関心を持たずに今日まで生きてきた。
が、先日、妙なモノを見つけてしまったのである。
それは、「Magic Pillow」という名の、約十センチ四方の小さなクッション。中に詰められた九種類のハーブが、深〜い眠りを与えてくれるのだそうだ。要するに、安眠用アロマ・グッズですね。
まぁ、これだけなら全然ヘンじゃないのだが、そのパッケージの写真が独特の怪しさを醸《かも》し出しているのだ。
裸の外国人女が胸もあらわに横たわり、その左上にラマ僧のような(見ようによってはオウム信者風にも見えなくはない)坊主頭の男が屈み込んで、「sleep……sleep……」と囁いている。まるで、女に催眠術をかけて意のままに操ろうとしてる怪僧ラスプーチン、といった様子だ。ラスプーチンにしては、ちょっとラマ僧、精力なさそーな顔つきなのが心配だが。
で、このラマ僧はまた、パッケージのフタの部分にもいて、購入者に向かって厳《おごそ》かに語りかけている。いわく、
「これを寝るとき、そばに置くのじゃ。この中から出てくる不思議な香りが深〜い深〜い眠りを……。ぜったい悪用しちゃいかんぞ」
はぁ? 悪用?
「ぜったい悪用するな」などと、わざわざ断ってるところを見ると、「これは悪用できるんだぞ」と彼は言いたいワケなのだろう。
単なる安眠グッズだと思ってた私は、このセリフを読んで初めて、パッケージの裸の女の意味を理解したのであった。
なーるほど。つまりこれは、女の枕元に忍ばせて、グッスリ眠り込んだところを×××、という趣向のモノであったか。いやぁ、素晴らしい。「ストレスのせいで、最近、不眠なのぉ」とか「疲れてる自分を癒してあげたぁ〜い」とか言ってるアロマテラピー女につけ込んで、いい思いをしようって寸法か。
世の中に蔓延する「ヒーリング」とやらに好感を抱いてない私としては「やっちゃえ、やっちゃえ」という気もしないではないが、「女を眠らせてその隙に……」という発想はまた、志が低すぎる。女の酒に目薬入れる二十年前の大学生じゃあるまいし、あんた、ダサすぎ。
おい、ラマ僧。くだらないコト考えてないで修行しろっ……と、思わずパッケージに向かってツッコんでしまった私である。
しかしまぁ、ここまで言われたら、その効果のほどが気になるではないか。クロロホルムでも嗅がせるんならともかく、たかがハーブで、そんなに熟睡するもんかぁ?
そこで、女王様みずから、人体実験してみるコトにした。ただ問題は、女王様、普段からムチャクチャ寝付きがいいのである。被験体としては理想的じゃないが、周りに不眠症の友人もいないことだし、仕方ない。
で、さっそくベッドに横たわり、魔法の眠り袋を箱から取り出した、その瞬間……!
くっせぇっ!!!!
あまりにも強烈なハーブの香りに、眠気なんかいっぺんに吹っ飛んだよ。芳香なんてぇ言葉を通り越して、もはや異臭に近い。トイレの芳香剤とナフタリンを、一度に鼻の穴に詰め込まれたって感じ。とてもじゃないが、寝てられませんぜ。
もし、私の枕元にこんなモノを忍ばせる男がいたら、私は即座にムクッと起き上がり、有無を言わせず、そいつの顔面を張り飛ばすであろう。寝付きはいいが、寝起きは悪い女王様。しかも、こんな強烈な匂いで目醒めさせられた日にゃ、不機嫌指数は最高値だよ。
こんなのマジに買うヤツがいたら、そいつはバカだ。でも、いるんだろうなぁ、絶対に。脳ミソ海綿体みたいなヤツが。癒されたい女と、ヤリたい男……ま、どっちもどっちですかね。
パンがなければケーキを!
髪がすぐに乾くブラシ
非常に些細なコトなのだが、男の人っていいなぁ、と思うのは、髪のセットに時間がかからない点である。短いから乾くのも速いし、ムースか何かでパパッと仕上げりゃ一丁上がり。私なんか、そうはいかないよ。髪が長いから乾きにくいし、ドライヤーをかけるとバサバサになるし、シャワーを浴びるたびに髪のセットでイライラさせられる。
こんな私であるから、通販誌で「髪がすぐに乾く不思議なブラシ」というキャッチフレーズを見つけた時には、「おおっ」と叫んでページをめくる手を止めた。ドライヤーではなく、ブラッシングするだけで髪が乾くなんて……そんな魔法のブラシがあるなら、ぜひとも手に入れたいではないか。
だが、もちろん、この世に魔法は存在しない。私の長年の経験からいって、この手の夢のような便利商品には、ガクンと腰砕けするようなオチがついてたりするのである。賢い消費者になるためには、謳《うた》い文句に騙されず、説得力のある商品を選ばなくちゃね……と、少し大人になった女王様は、商品説明のコピーに目を通したのであった。
商品説明によると、このブラシの秘密は、吸水性にすぐれた「高分子ポリマー」にあるんだそうな。
ほほぉ、高分子ポリマーか、なるほどねぇ……と、感心したのはいいが、ところで、高分子ポリマーって、何物?
初めて聞く単語ではない。どこかで何度も耳にしたコトがあるのだが、どこで聞いたのか、それがどんな物質なのかも、覚えていない。ただ、なんとなくハイテクなイメージに説得力を感じ、「よし、わかった! 何だか知らないけど、その高分子ポリマーに賭けてみましょ!」という気分になったのである。
「はらたいらに五千点!」ってな感じだな。古いけど。
考えてみりゃ、このようなワケのわからないハイテク風の横文字単語に、女王様は何度、根拠のない説得力を感じて投資してきたことだろうか。
たとえば練り歯磨きのCMで「ハイドロキシアパタイト」とか言われれば、「そーか、そーか。なんか、スゴそーだ」と勝手に納得してありがたがる。それがどんな成分なのか、もちろん深く考えた例《ためし》はない。
こうして、気がつくと世の中には、「ミクロなんとか」だの「アミノどーたら」だのといった謎の横文字成分が溢れ、それが何物なのか誰も説明してくれないまま、なしくずしに市民権を得ている状態なのであった。
この広告に謳われている「高分子ポリマー」なんて、その代表格と言えよう。確か、生理用品のCMで聞いたような気がするのだが、もしかしたら洗剤かもしれず、早い話が正体不明。だが今さら「高分子って何?」「ポリマーって何?」などと、こいつの素性に疑問を持ってもラチがあかないので(誰も知らないと思うし)、とりあえずその知名度に信頼を寄せるしかあるまい。
そんなワケで、「高分子ポリマー」の名に眩惑された女王様は、期待に胸をときめかせて商品を注文した。そして、到着したブラシを、さっそく風呂上がりに使ってみたのであるが……。
結果は、言わずもがなであろう。TVを観ながら一時間もブラッシングし続けたが、髪はちっとも乾かなかったね。いや、少しは乾いたけどさ、そりゃあ一時間もたてば自然に乾燥してくるだろ、といった程度の乾き具合であったよ。ハッキリ言って、効果なし!
どうやら、高分子ポリマー、口ほどにもないヤツだったようだ。ちくしょー、インテリっぽい肩書きで期待させやがって、見かけ倒しか、このやろー……てな感じで、私はたちまち逆恨み状態に入ったね。勝手に期待した私もバカなんだけどさ。なんか、結婚詐欺にあったような気分だよ。「こちら、東大卒の大蔵省勤務ざんすよ」とか言われてウカウカ結婚したら、じつは仕事もロクにできないデクノボーでした、みたいな。
なにしろ、「高分子ポリマー」だもんなぁ。この手の理数系の男には、ついつい騙されちゃうんだよねぇ。女王様、文系だし。
賢い消費者って、男遊びにも失敗しないんだろうか。だとしたら、女王様の前途は、あまりにも暗い……。
ティファニーのヨーヨー
朝日新聞の記事によると、この不景気の世の中において、ブランド物のブティックだけは右肩上がりに売り上げを伸ばしているそうである。そーか、私のようなバカモノが、まだまだいっぱいいるんだね。うれしいよ。
だが、この不景気知らずのブランド物業界にも、もちろん人気の浮沈はあるワケで、どのブランドも絶好調かといえば、そんなはずはないのである。
雑誌などの特集を見る限り、たぶん現在のトップブランドは「プラダ」「グッチ」「シャネル」「エルメス」「ルイ・ヴィトン」あたり。個人的にはこれに「ディオール」(ガリアーノ以降)「ドルチェ&ガッバーナ」を加えておきたい。宝飾品ブランドは、文句なしに「カルティエ」と「ブルガリ」であろう。
さて、以上のラインナップを見て、「あれ、『ティファニー』は?」と思われたオジサマも、いらっしゃるかもしれない。そう、懐かしきバブル絶頂期の頃、クリスマスにはバカ・カップルの行列までできたという、伝説の「ティファニー」。近頃、とんとお噂を耳にしませんが、いかがお過ごしでしょーか?
てなコトを考えてたら、つい先日、久しぶりに「ティファニー」の名前を聞いたのである。友人が、「日本未入荷の『ティファニー』の超レア・アイテム」を見かけたという。
ほほぉ、超レア・アイテムとは聞き捨てならない。いったい、どんな商品であろうか?「ティファニー」だから、たぶん銀製品には違いないが、はたしてアクセサリーなのか、あるいはテーブルウエアかインテリア小物……と、思ったら!
友人の見たモノは、とてつもなく予想外の品物だったのだ。
「それがさ、ヨーヨーなんだよ」
「ヨーヨー!?」
私は一瞬、耳を疑いましたね。
ヨーヨーって、あのヨーヨーかい? ほら、糸がついててビヨーンと伸びたり縮んだりする、子供のオモチャの? 世界的に有名な高級銀製品の老舗「ティファニー」が、バブル期には行列までできた一流ブランド「ティファニー」が、なぜ、ヨーヨー……?
もちろん私だって、ここ数年の間にヨーヨーが大流行したコトを知らないワケじゃない。だが、それはしょせん、子供の間でのブームである。いくらTVゲームが流行ったからって、シャネルやエルメスがゲームソフトを出しますかっつーの。
ターゲットが違うんだよ。たとえ有名ブランドだって、そこらのガキにゃ何のアピール力もないんだよ。ブランド物ってのは一種の宗教だから、信者以外の人間にとっては、まったく価値がないんだよ。なのに、なぜ、ヨーヨー? いったい、どんなお子様が買うんですかい?
謎が謎を呼び、俄然、興味が湧いてきた私は、さっそくそのヨーヨーを購入したのであった。ちなみに値段は、約二万円。ヨーヨーの値段の相場を知らないので、それが高いのか安いのかも判断できない。
こうして入手したヨーヨーは、さすが「ティファニー」というべきか、燦然《さんぜん》と輝く銀のヨーヨーであった。正確にいえば、銀のカバーで覆った木製のヨーヨーである。もう、眩しいばかりにピッカピカ。でも、ちょっと遊んでみようと手に握った途端に、指紋ベッタベタ。
こりゃ、いかん。畏《おそ》れ多くも「ティファニー」様の銀のヨーヨーを、指紋なんぞで曇らせちゃ罰が当たる。放っとくと酸化して真っ黒になるしな。もったいない、もったいない。
だが、どう考えても、手に握らないことには、ヨーヨー遊びは不可能なんである。となると、ここはやはり一流ブランドの店員を見習って、恭《うやうや》しく白手袋をはめて臨むべきだろうか?
ヒマな方は、ちょっと想像してみて欲しい。白手袋をはめて、厳かに銀のヨーヨーで遊ぶお子様の姿を……なんか、すっごくイヤなガキだよなぁ。貧乏人のヒガミかもしれないが、そんなガキを見かけたら、私なんか、思わず後ろから飛び蹴りくらわしたくなるぜ。
「ティファニー」が何を考えてるのか知らんが、女王様は哀しいぞ。まるで、落ちぶれた芸能人を地方の盛り場で見かけたような気分だよ。ヨーヨーだもんなぁ……そりゃ、ないっしょ。もしかしてヤケになってんのか、「ティファニー」?
チンチラとダスキンと
毛皮をアクセントにした服や小物が、今年は大流行である。もともと毛皮モノの好きな女王様は、非常にうれしい。うれしさのあまり、例によって後先考えずにバカバカと買い物してしまい、現在はカードの支払いをめぐって苦悩の日々を送っている。キリキリ(←胃の痛む音)。
ま、それは自業自得として、購入した毛皮小物のなかでもっとも女王様が気に入っているのは、クリスチャン・ディオールの靴である。黒いベルベットの、それはそれは華奢なデザインで、甲の部分にフワフワしたチンチラの毛皮のボンボンが付いている。もう、かわいくって美しくて、足に履くのはもったいないから両手にはめて頬ずりしながら歩きたい気分だ。
なにしろこの靴は、雑誌で見た途端にひと目惚れして、銀座のディオールに電話して取り置きしてもらった品なのである。店に行ってみるとベージュのミンクのボンボン付きもあって、思わず両方買ってしまった。値段は覚えてないが、たぶん、思い出したくないのであろう。
しかし問題は、このように美しくゴージャスな靴が、必ずしも履き心地のいい靴ではない、という点だ。履きやすさでいうなら、靴流通センターで二千円とかで売られてるオバチャン靴のほうが、百倍も優れているに違いない。
わかってんだよ、そんなこたぁ。でも、履きたいんだよ、きれいな靴が。お姫様みたいに、華奢な靴でシャナリシャナリと歩きたいのさ。
そう。そんな私の夢を、この靴は見事に叶えてくれた。そりゃもう、じゅーぶんにお姫様気分を堪能しましたとも。なにしろヒールが高くて細くて、走るコトはおろか、マトモに歩くコトさえままならない。私は長恨歌の楊貴妃のごとくヨロめき、階段では召使い(じつは夫)に支えられて歩いたほどである。
うふふふ、やっぱり高貴な身分の女は、自分の足では歩けないくらい、か弱いのがよろしくってよ。女王様、ご満悦……なワケ、ねーだろ! ひと晩履いたら足がムクんで、豚足《とんそく》みたいになっちゃったよ!
まったくねぇ、靴と男は、見てくれで選ぶと痛い目に遭うよ。
だが、それでも私は、我慢した。足が痛くてジンジンしても、挙げ句の果てに豚足になっても、それでも私は毅然と胸を張って微笑み続けたのだ。せっかく見栄張って着飾ってんだから、弱音なんか吐いたら女がすたる。
脂汗タラしてても、私はこの靴で華麗に歩いてみせますわ。だって私は女王様ですもの……。
ところが、だ!
「ねぇ、見て見て。この靴、かわいいでしょ? ディオールの新作なの」
見栄張りついでに、自慢タラタラで友人たちに見せびらかすと、そのなかのひとりが真顔でこう言ったのである。
「あ、そのボンボン、ダスキンのホコリ取りの先っちょに付いてるヤツじゃん」
「ヤツじゃん」って……断言するなよ、おまえ!
だいたいなぁ、言うにコトかいて、何が「ダスキンのホコリ取り」だぁっ! チンチラだぞ、チンチラ! ディオールなんだよ、ディオール!
でもね、確かにそう言われてみると、極上の毛皮のボンボンは、ダスキンの毛バタキの先っちょに付いてるフワフワ部分に酷似していたのであるよ。
ガァ――――ン!!!
その瞬間、私のお姫様気分は、ガラガラと音をたてて崩れたね。
まさに、「裸の王様」だ。魔法の解けた「シンデレラ」だ。足の痛みを我慢し続けてた私の見栄と苦労は何だったのっ!?
幻想なんである。しょせん、チンチラなんてタダの毛深いネズミだし、ディオールだって単なるファッションメーカーの名前だよ。そんなコトはわかってたけど、でもでも夢を見ちゃった私が悪いのかしら。
いや、私は悪くない。女王様の幻想を支持しないコイツが悪いのだ。世が世なら(どんな世だよ)、おまえなんか、即刻、打ち首だぞ。童話には書かれてないけど、「王様は裸だ」と叫んだクソガキも、きっと処刑されたと思うね、あたしゃ。
裸の女王様に、世間の風は冷たいようである。でも、負けるもんか。世間の反感なんぞ、ディオールの靴で踏みにじってやるわい!
『ど忘れ辞典』は必需品
昔から記憶力には自信がなかったのだが、最近、とみに度忘れの激しくなった私である。
ワープロで原稿を書くことに慣れてしまってからは、特に漢字を忘れる。ヒョイと忘れて、どうしても思い出せないのだ。漢字だけではなく、言葉そのものが出てこないこともある。
よく、井戸端会議してるオバチャンたちが「アレは、ほら、アレだから、アレしなきゃねぇ」なんて、意味不明の指示代名詞を乱発するが、まさに私もあの状態なんである。思考と会話の速度に言語中枢がついていけないのだろーか? しっかりしてくれ、私の脳ミソ!
さて、そんな私であるから、ある日、『ど忘れ日常国語辞典』なる辞書を発見した途端、「これは私のためにある本だ!」と確信した。これからは、この辞書を常に携帯して、度忘れに備えよう。世の中には、このような親切本が多数出版されていて、非常にうれしい限りである。
で、さっそく買ってきた本を自宅でパラパラとめくってみると……。
「なんだ、こりゃ〜?」
親切も度が過ぎるってゆーか、思わず噴き出したくなる言葉が大マジメに記載されているのを発見して、私は大いにウケてしまったのであった。たとえば、
〔大(だい) 大きいこと。〕
いや、そりゃまぁ、そうなんだけどさ……ちょっと待ってよ。
これって、『ど忘れ日常国語辞典』でしょ? 日常の、ちょっとした度忘れのための辞典だよね?
しかるに、「大」なんて基本的な漢字(たった三画だぞ)を忘れるような、また、その意味すら忘れちまうような超ド級の度忘れ人間が、どこにいるっ!?
それはもはや、度忘れではない。モーロクである。いや、いくらモーロクしたって、これほど基本的な字や概念を忘れるのは並大抵のコトではあるまい。むしろ記憶喪失に近い症状であろう。こんな辞書を引いて「ほぉ、なるほど」などと脳天気に納得してるより、病院に行ったほうがいいと思うぞ!
他にも、こんなのがある。
〔九(きゅう) 数の一つ。ここのつ。く。〕
九という言葉の意味を忘れた人に、この説明は何の役にも立つまい。「数の一つ」って言われてもねぇ……。
そんなこんなで、私はこの辞書を引きながら、腹を抱えて笑っていたのであるが……。
突然、ある恐ろしい度忘れ体験を思い出して、ハッと笑顔が凍りついてしまったのであった。
そう。あれは、忘れもしない去年の今頃。私は「東放学園」という専門学校で、月に一度、講義を受け持っているのだが、ある日、生徒に課題を出そうとした時のことだ。
黒板に「原稿用紙○枚」と書こうとして、「枚」という字を「牧」と書いてしまった。それだけならば単なる書き間違いですむ話なのだが、生徒に指摘されて書き直そうとした、その瞬間……!!!
「?????」
いきなり、「枚」という字を忘れてしまってる自分に気づいたのである!
ちょ、ちょっと待ってよ。嘘でしょ、あんな簡単な漢字……ああ、でも、どーしてもっ、思い出せないんだよぉっ!
私は黒板の前で固まったまま、目の前が真っ暗になったね。この時の狼狽と恐怖を、たぶん私は一生、忘れない。
いくら度忘れが酷《ひど》いったって、まさか小学校で習った漢字を忘れるとは思わなかった。大学まで行った私は何だったんだ。
結局、恥ずかしながら最前列の生徒に、「枚って、どんな字だっけ?」などと、恐る恐る尋ねてしまう結果となった。先生の面目、丸潰れである。「エラそーに課題なんか出してる暇があったら、漢字の書き取りでもしてろ、中村うさぎ!」と、生徒たちは思ったであろう。
ああ、そーだ、そーであった。「枚」なんて字さえコロリと忘れる私が、「大」や「九」を忘れる日は、そう遠くないはずではないか!
諸君、女王様はモーロクを通り越して記憶喪失になりつつある。こんな辞書を買って笑ってる場合じゃないよ。誰か、私を病院に連れてってぇ!
さて、ここでクイズです。この原稿を書きながら、女王様は何回、辞書を引いたでしょーか?
毛が抜けまくるジャケット
たまに自分で自分が怖くなるのだが、女王様、もしかしたらストーカーかもしれない。
まぁ、幸いにも人に対してストーキング行為を働こうと思ったコトは一度もないんだけど、でも、いったん「欲しい!」と思ったモノをとことん付け狙い、何が何でも手に入れなければ気がすまないという執念は、ほとんど偏執狂的であり、ストーカーの心理にかなり近いものではないかと思うのだ。
要するに、幼児的なんだよな。どうしても手に入らないとわかったら、「ちくしょー、シャネル(エルメスでも何でもいいけど)のバカヤロー!」などと逆恨み状態に入るのも、オモチャを買ってくれない両親に悪態をつく子どもと一緒で、我ながら情けない。四十歳にもなってダダこねるなよ。中村うさぎ、恥ずかしいヤツ!
で、先日も女王様は「ダダこね」状態になってしまった。というのも、秋冬物のショーでひと目惚れしたシャネルのジャケットが、受注会で注文したにもかかわらず、どうしても手に入りそうにないと言い渡されたからである。
「あのジャケットは大人気で」と、シャネルの店員は気の毒そうに言うのであった。
「注文は入れておきましたが、たぶん無理だと思います……」
む、無理ですって!? この私の手に入らないモノが、この世にあるとは何事だぁっ(その前に、そーゆーおまえは何様なんだよという意見もあるが……)。
手に入らないと言われると、ますます燃え上がるのがストーカー魂である。私は幻のシャネルのジャケットを想い続けて、悶々としたね。
と、そんなある日。夫の父が病気になり、私の夫は急遽《きゆうきよ》、香港に里帰りすることになった。
そうか……香港! うっかり忘れていたが、私の夫の故郷は世界に名だたる買い物天国ではないか! 日本で手に入らない商品も、あそこになら売ってる。しかも、日本で買うより安い値段で……。
こ、これが買わずにいられるかぁっ!!!
義父が病気だというのに、シャネルのコトなんか考えてしまう私は、悪魔のような嫁である。が、思いついたらどうにも止められない。父親を心配して憂い顔になっている夫ににじり寄り、私はディズニー映画の魔女のごとき邪悪な笑顔で囁いた。
「ねぇねぇ、シャネルのジャケット、買って来てぇ〜。お金なら払うからさぁ、ぐふふふふ」
「何がシャネルだ! んなコト言ってる場合か、バカヤロー!」などと夫は言わなかったが、心の中ではちょっと思ってたかもしれない。夫よ、すまん。
一週間後、香港の夫から明るい声で電話があった。
「お父さん、大丈夫みたいだよ。それからね、シャネルのジャケット、あったよ。欲しい?」
「欲しいよ! 今すぐ買って、国際宅急便で送って!」
電話を切った後、私の勝ち誇った高笑いがあたりに響きわたったのは言うまでもなかろう。
ホーッホッホ! ついに手に入れたわ! ざまぁみろ、銀座シャネル本店! 私は不可能を可能にする女なのよっ!
が、勝利の快感に酔いしれたのは束の間であった。送られてきた白いジャケットは、まさしく私が欲しがっていたものに間違いなかったのだが……しかし!
諸君、服ってのはじつに、着てみるまでわからないモノであるよなぁ。
まるでペルシャ猫の女王様みたいに、白くてフワフワしてて愛らしい起毛素材のジャケット……だが、それは同時に、換毛期のペルシャ猫のごとく毛が抜けまくるジャケットだったのである!
いやもう、抜ける、抜ける、ごっそり抜ける。そんでもって、抜けた毛が飛び散る、飛び散る。
女王様の行く先々にはことごとく白い毛玉が降りつもり、触れ合った人々はすべて全身毛まみれ状態。おまけに、抜けて漂う毛が容赦なく鼻や目に侵入して、クシャミは止まらないし、目はチクチクするし……なんちゅー迷惑な服なんじゃ、これは!
しかしまぁ、義父の病気の心配もロクにせず、ひたすら物欲の悪魔に魂を売り飛ばした業の深い私への、これが天罰とゆうモノなのかもしれない。
今回は、ちょっぴり反省の女王様なのであった。シュン。
キティちゃんでウンコ拭き
じつは私、キャラクター・グッズが大嫌いな女である。ミッキーマウスとかキティちゃんとか、世間一般に人気のある「かわいいキャラ」は、すべて私の敵と言っても過言ではない。
考えてみると、昔はこんな女じゃなかった。ミッキーマウスをかわいいと思った頃もあったし、自分の車の中をキャラクター・グッズで飾りたててた時代(おもに女子大生時分)もあったのだが、今となっては赤面モノの思い出だ。
ああ、この私が車の中にトムとジェリーのヌイグルミを置いてたなんて……うぎゃあーっ!
と、このように、思い出しただけで恥ずかしさのあまりムンクの「叫び」状態になってしまう女王様なんである。
恥の多い生涯を送って来ました……って、太宰治か、私は。
しかし、なんでこんなにキャラクター・グッズが嫌いになったのかなぁ。あの媚びた目がイヤだとか、理由をあげればキリがないのだが、つきつめれば私が嫌いなのはキャラクター・グッズそのものではなく、それをカワイイと感じるギャル的感覚なんじゃないかという気もする。
つまりですね、高校生くらいの子なら許すけど、いい年してギャルギャルしてる女は気に食わん、と。そーゆーコトなのであろう。
たとえば三十歳を越した大人の女が、だ。幼稚園ぐらいの娘と一緒に、猫ちゃんや熊ちゃんのトレーナーを恥ずかしげもなくペアで着てる、その臆面のなさ……私は嫌いだ。他人のコトは放っとけという意見もあろうが、それでも私は、そーゆーのが嫌いなんだよ。それは、子どもを持ったコトのない私(欲しいと思ったコトもないが)の、ジェラシーだと思われても仕方ない。
で、そのキャラクター嫌いの私が、どーゆーワケか先日、キティちゃんグッズを買ってしまったのである。それは何かというと、じつはトイレットペーパーなのであった。
紙全体に、所狭しとピンク色のキティちゃんが印刷されたヤツ。キティちゃんとウサギちゃんとお花が飛び散った、夢いっぱい(悪夢かもしれないけど)のサンリオ・ワールド。
念のために言っておくが、その商品を見た途端、
「キャー、かわいーい! キティちゃんのトイレットペーパー、欲しーい!」
と、思ったワケでは決してない。その時、私の心によぎったのは、もっとドス黒い欲望であったのだ。
「キティちゃんの顔でウンコを拭いてみたい……」
これである。
かわいいキティちゃんのトイレットペーパーを、これほど邪悪な動機で買う客って、世界広しといえども私くらいのモノであろう。だが、ふと思いついた瞬間、その欲望は私の中で抑えがたく膨れ上がり……気がついたら、私はそのトイレットペーパーを抱えて、いそいそと家路をたどっていたのであった。
それからというもの、私は、まだたくさん残っていた我が家のトイレットペーパーを気前よく使いまくったね。一日も早くキティちゃんに会いたい! あの無邪気そうなツラを思いっきり汚してやるのよ、ホッホッホ!
キティちゃんがおまえに何をしたんだ、と、ツッコミを入れたくなる読者もおられるだろう。私にも、自分の気持ちがわからない。たぶん私の中には、世の中のすべての「キティちゃん的なるもの」に対する怨念が、ドロドロと渦巻いているのだろう。私の買い物依存症も、ブランド狂いも、すべてはその怨念から発したモノかもしれないのだ。
キティちゃん……かわいい顔して、食えないヤツ! そうそう、私、華原朋美も嫌いなんだが、なんか両者の間には一脈通じるモノがあるような……。
てなワケで、現在、女王様におかれましては、キティちゃんの面汚しという新しい愉しみを発見して、大いにストレス発散なさっておられる毎日である。
が、それにしても、しみじみ疑問に思うのは、本物のキティちゃんファン(特に大人)は、このトイレットペーパーをどんな気持ちで使ってるんだろーか?「キティちゃんの顔でウンコ拭くなんてイヤ!」とか、思いそうなもんじゃないか。思わないとしたら、やはりキティちゃんファン、不気味なヤツらである。
処女牛は究極の味
食べ物に季節感が失くなった、という嘆きの声をよく聞くが、それでもまだ、季節限定の味覚というのはちゃんと存在するワケで、今なら牡蠣《かき》とか河豚《ふぐ》とか上海蟹なんてぇのが、その筆頭であろう。
それでなくても「特別限定品」などといった恩着せがましい肩書きに弱いこの私が、このテの季節限定食品に心を動かされないはずはない。特に上海蟹は大好物なので、秋になるのが待ちきれないほどである。
そして、もうひとつ。十一月末から十二月にかけて、女王様がものすごく楽しみにしている食べ物……それは、いったい何でしょう?
答えは、牛肉である。
なんだ、牛肉かよ、そんなモノいつでも食えるじゃねーか、と思うかもしれないが、もちろんフツーの牛肉ではないぞ。この時期にしか食べられない、特別な牛なのだ。どこが特別なのかとゆーと……。
心して聞け、民草《たみくさ》よ。畏れ多くも、品評会で御優勝あそばした牛の女王様のお肉なのであるぞ。頭が高ぁ―――い! ハハァッ(←土下座)。
以前、私はこのコラムで、日本で一番エバってる食材は松阪牛とマグロの大トロだ、と書いたコトがある。河豚とかもけっこうエバってる気がするけど、私の個人的なランキングでは、この二者が燦然《さんぜん》と輝く食べ物の王者なのだ。
その王者のなかから、さらに選ばれたチャンピオンなのであるから、そのエラさはタダゴトではない。まさに女王様の食卓にふさわしい逸品ではないか。ホホホホッ、わらわが食べずに誰が食べるのじゃ。
とゆーワケで、鼻息荒く行ってまいりました、銀座は並木通りの「岡半本店」。じつは私、ここの網焼きのファンなのである。普段からおいしいというのに、これが松阪牛の女王様の肉ともなれば、いったいどうなってしまうのだ。いや、べつに、どーもならないが。
お座敷で肉を待つ間に、まずは今年の女王様の名前を尋ねる。
「今年は、かずひめという名で四歳の、もちろん処女牛でございます」
店の人が、厳《おごそ》かに教えてくれる。そう、牛の女王様は、必ず三〜四歳の処女でなくてはならないのだ。
牛の年齢についてはよく知らないのだが、四歳って、人間でいえばどれくらいなのだろうか。十五〜十八歳くらいの、ピチピチギャルか。しかも、処女。いいねぇ、うまそうだなぁ……などと、思わず援助交際好きのオヤジみたいに舌なめずりする私である。
かずひめという名前も、なかなかよろしい。血筋も育ちも庶民牛とは違う、深窓の令嬢牛に違いない。去年は「ゆきちゃん」とかいう妙に気さくな名前で、食べてる間じゅう、同名の友人の顔がチラついてしまった。だが、今年は「かずひめ」。そんな高貴な名前の友人はいないから(いたら怖いよな)、安心して食えるぜ。
さて、そのかずひめ様のお味はというと……んもう、柔らかくておいしくて、もったいのうございましたよ。五人で十七万円というお値段も、もったいのうございましたがね。
まぁ、よくよく考えると、この店が普段に出す肉の味と、そう格段に違うってほどでもない気はする。が、そこはほれ、気は心と申しますか、「ああ、これが女王様のお肉……なんと気高い究極の味!」という先入観とともに味わうことで、人は至福の瞬間を得られるワケである。
ブランド物と同じだよ。「他の服とどこが違うの?」などと言ってしまえばミもフタもない。そのブランドを積極的にありがたがろうという姿勢がなけりゃ、それを手にした時の陶酔感も快感も味わえないのだ。
人はイメージによって幸福にも不幸にもなれる動物である、と、私は思う。イメージに踊らされるのは愚かだという意見もあろうが、それも人間の特権なのだと解釈すれば、短い人生、どうせなら幸福な錯覚を思う存分、味わいたいものではないか。
と、自己弁護しつつ、十二月中に今度は新橋の「|※[#「鹿」が3つ]皮《あらがわ》」で、同じく品評会で優勝した女王様のお肉を、ステーキで味わう予定の私である。
今月の我が家の家計は、エンゲル係数が異様に高いぞぉ!
小顔ファンデーション
女王様は、丸顔である。どんなに痩せてもやつれても、顔だけは満月のごとく……ってゆーか、ふてぶてしいくらいに丸々としているのだ。この小顔ブームの世の中において、これほど反時代的な顔の輪郭を持った女を、私は他に知らないね。
この顔のおかげで、「サモ・ハン・キンポー(香港映画『燃えよデブゴン』主演のデブ男優。小錦系の顔立ち)に似てる」なんて言われるし、まったく、ロクなもんじゃねーよ。
そんなワケで、思春期の頃からずっと、私の課題は「いかにして顔を細くするか」であった。ああ、そのために、どれだけの努力と金をつぎ込んだことだろうか。親知らずも全部抜いたよ、顔痩せエステにも通ったさ。が、しかし……私の顔は相変わらず、反時代的な丸さを堂々と主張し続けているのである。
特に最近、この連載のおかげで世間に認知されるようになったのか、以前より雑誌の誌面に顔をさらす機会が増えてきた。こーゆー時に、少しでも美人に写りたいと願うのは、女として当然の想いではないか。ああ、それなのに……送られてきた雑誌を開くたび、私は自分の顔の丸さに愕然とするのであった。そりゃもう毎度毎度、「誰だ、この顔デブ女」とか思っちゃうんだよ、自分の顔見てさ。これって結構、辛いコトですぜ、女として。
そこで私は、人生において何十回目かの決意を新たにしたね。何がなんでも、この丸顔を克服してみせる! 次に雑誌に載る時には、息を呑むほど細面の美女に写ってみせるわよ!
まぁ、あんたも四十歳にもなるんだから、いいかげん顔のコトは諦めなさいよ、と、人は言うかもしれない。しかし、私は不屈の女である。無謀なほど諦めの悪い女なのだ。
すでに抜くべき奥歯もないし、もはやエステに何事かを期待する私でもないが、他にも何か方法があるはずではないか!
で、今回、私が絶大な期待とともに購入した商品が、こちら……その名もズバリ、「小顔ファンデーション」なのであった。
そう。私はもう顔の輪郭自体を変えようなんて、そんな神をも畏《おそ》れぬ野望は捨てたのだ。顔の輪郭は、何をやっても変わらない。人の性格が変わらないように。ならば、化粧という魔法によって、顔を細く見せてしまえばいいではないか。
通販の雑誌に載っていた実例写真(例の「使用前、使用後」ってヤツ)を見ると、見違えるほどほっそりとした顔のモデルがあでやかに微笑んでいる。そして、食い入るように見つめる私に向かって、彼女はこう囁きかけてきたのである。
「ほら、いかが? このファンデーションを使えば、サモ・ハン・キンポーに似てるあなたの顔も、こんなにスッキリするのよ。うふふふふっ!」
それは、そら耳だったのかもしれない。だが、私はその声を信じたね。信じて、即座に申し込みましたよ。
こうして、約一週間後には、その魔法のアイテムを手に入れた女王様、もはや向かうところ敵なしのウハウハ状態であった。と、折しもそこへ、某雑誌の取材依頼が……。
「ホホホホッ、もう私は今までの、写真撮影に脅える顔デブ女じゃなくってよ。なんぼでも、かかってらっしゃ――い!」
女王様は高笑いとともに依頼を受け、秘密兵器で念入りにメイクしてから(心なしか、メイクするとホントに顔が細く見えるような気がした)、満を持して写真撮影に臨んだのである。
そして、それから一カ月後、自宅に送られてきたその雑誌をイソイソと開いた途端……。
ガガガ、ガァ―――ン!!
ベートーベンの『運命』のイントロが頭いっぱいに鳴り響き、私はウーンと呻いて雑誌を閉じると、そのまま布団に潜り込んでしまったのだった。
そう、それはまさに運命だった。顔の輪郭は変わらない、どんなに化粧したってね、という過酷な運命だったのである。
ちくしょー! あの通販雑誌のモデルの囁きは何だったんだぁ……って、やっぱ、そら耳でしょ、それは。
女王様の夢、またしても破れたり。だが、何度も言うように、私は不屈の女である。見てらっしゃい! 次は脂肪吸引手術で強引に細面になってやるわ!
横尾忠則作の猫仏像
そもそも宗教心というモノを持ち合わせない私であるから、家の中には当然、神棚も仏壇もない。が、こんな私が最近、我が家の守り神として仏像を購入したのである。
もちろん、フツーの仏像ではない。仏像として売られていたモノでもない。制作者の意図はわからないが、ともすれば仏像のパロディともとれる作品だ。
それは、猫の姿をした阿弥陀如来像なのであった。作者は、横尾忠則氏。この名前を聞いて、「なんだ、それ、仏像じゃなくてアートじゃん」と思う人もいるだろうが、その一方で、「いやぁ、タダノリ(すいません、巨匠を呼び捨てに……)なら、もしかして宗教かもしれん」という意見もあろう。
そう。横尾忠則氏の場合、本人がアートのつもりで作ってるのか、宗教心から作ってるのか、余人には計り知れないモノがある。で、私は勝手に宗教モノと判断し、ありがたく購入させていただいたワケである。さすがに拝んだりはしないけどさ。
初めてこの仏像を見たのは、確か半年ほど前……新宿島屋で横尾忠則展が開催され、それを見た帰りがけの売店であった。
ところでこの個展で印象的だったのは、私の隣で作品鑑賞していたオバチャンたちが、「この人、死んだの、何年前だっけねぇ」と、真顔で囁き交わしていたコトである。
オバチャン、横尾忠則は生きてるぞ! 死んだのは池田満寿夫だっつーの! でも、なんか、わかる気はするよな。
ま、それはさておき。例の仏像を見た途端、私は「あっ、欲しい!」と思った。なぜかというと、そいつは猫のクセに、全然かわいくなかったからだ。
私はとても猫が好きで、したがって猫グッズというモノにもついつい目が行くのであるが、ハッキリ言って巷に溢れる猫グッズってクソばかりだよな。妙に媚び媚びしちゃって、気持ちわりーんだよ。あと、擬人化してるヤツもイヤ。猫に限らずテディベアなんかにも言えるコトだが、動物に服着せんなよ。かわいいつもりかよ。なあ、パディントン?
おい待て、擬人化した猫が嫌いなら阿弥陀如来化した猫だって同じじゃないか、と言われそうなのだが(もっともな意見だ)、この猫は別格だ。なにしろ、オッパイが四つあるんだよ。ケダモノだよな。阿弥陀如来のポーズと、四つのオッパイが、ものすごく奇妙な取り合わせだ。タダノリには悪いが、不気味だぞ。
しかも、顔がまた怖い。阿弥陀如来らしく、静謐《せいひつ》な半眼に穏やかな微笑を浮かべてるものの、それが猫だと、いきなり狡猾な薄笑いに見えるから不思議ではないか。寝たフリして密かにネズミを狙ってる顔だな、こいつは。タダモノじゃないね。
そんな不気味さと怖さに恐れ入って、ただちにその仏像を購入しようとした私だが、一緒にいた夫に止められた。
「あんた、これ、十万円よ。何考えてんの?」
関係ないけど、夫よ。あんた、外国人だから許されてるようなもんだけど、オネエ言葉だぞ!
島屋の売り場で、松の廊下の浅野内匠頭よろしく、夫から羽交《はが》い締めにされた私であった。
女王様、ご乱心でござる!
だが、どうやら私は、ホントにご乱心しちゃったらしい。その時は諦めたものの、再び島屋でそいつに会った日にゃ……矢も楯もたまらず、財布からカードを出すと、
「それ、くださいっ!」
店員に掴みかかるようにして、購入してしまったのである。
タダノリ、恐るべし。私に、何か魔法をかけたな?
で、現在。せっかく十万円も出して買ったんだからと、私はその猫を我が家のご本尊と決め、丁重に飾っている次第である。
「それってアート? 宗教?」などと人に聞かれるけど、どっちでもいいじゃん。そもそもアートと宗教の間に、どれほどの違いがあるというのだ?
ところで、私が仏像を買うのにあれほど反対した夫であるが、どうやら仏像に妙な影響を受けたようである。なんと彼は突然、戦国武士の鎧兜《よろいかぶと》(成金の家に飾ってあるヤツ)が欲しいと言い出したのだ。しかも、それを着てみたいんだと。信じられるか?
外国人ってやつぁ……と呆れつつ、似た者同士の夫婦であった。
ティファニーのメジャー
まずは、お詫びから申し上げねばなりません。皆さん、ごめんなさい。前号で、私、横尾忠則氏作の「猫の阿弥陀如来像」を買った話を書きましたが、あれは、「阿弥陀如来」ではなく、「弥勒菩薩」なのでした。間違えちゃった。すいません。
しかし、こーゆー間違いは恥ずかしいものだよなぁ。己の教養の無さを、公衆の面前でドクドクと垂れ流しにしちゃった感じである。ちくしょー、一生の不覚……。
ま、読者の方は皆、心の広い優しい方だろうから、こんな間違いも笑って許してくれて、ついでに速やかに忘れてくれるであろう。文春に「中村某は阿弥陀如来と弥勒菩薩の見分けもつかんのか。怪しからん!」などと投書する人もいないと信じる。信じていいよね、ね?(←卑屈)
それにしても、このように無知で無教養な女には、そもそもブランド物など持つ資格がないのではなかろうか。ブランド女のバイブル『25ans』を読んでると、どうやらブランド物を持ってもいい女とは、育ちがよくセンスがよく知性と教養に溢れてないといけないらしい。
ま、『25ans』の読者たちは間違ってもエルメスのバッグを質になんか入れないだろうし、そーゆー意味じゃ私なんか彼女たちの敵なんだろーな。何よ、育ちの悪いビンボー人が見栄張ってエルメスなんか持っちゃって、身の程知らずめ、ってな感じであろう。
しかしなぁ、元来、ブランド物ってのは、「ハイソで洗練されててゴージャスなマダーム」的世界のシンボルとして、「あたしもハイソになりたーい」という庶民の下世話な欲望を食い物にして、ここまでノシ上がって来たヤツらではないか。全世界の身の程知らずに支えられてるようなもんだろ。
そーいえば、一時期は調子に乗りすぎて見境なくライセンス物を出しまくった結果、みずから身を滅ぼしたブランドもあったよなぁ。ヴァレンティノなんか、便器の蓋カバーまで出しちゃってねぇ。ありゃ失敗だったな。何が悲しくて、便器カバーなんだ。あの貧乏臭さを払拭するには、相当時間がかかるだろう。がんばれ、ヴァレンティノ!
このようにブランド物とは、もともと貧乏人の幻想に支えられてる分、一歩間違えれば本気で貧乏臭くなる危険な存在である。ライセンス物に限らず、本家本元の商品でも、「ちょっと目を離したらアンタ、いつの間に」と言いたくなるようなスットコドッコイ物を出すコトがあるのだ。
このたび、それを発見したのは、香港に里帰りしてた夫である。彼は笑いながら電話をかけてきて、
「ねぇ、ティファニーのメジャー売ってたよ」
「メジャー……って?」
「ほら、窓とか測るヤツ」
「…………(←絶句)」
そう。またしても、あのティファニーがやってくれたのであった。以前、ティファニーのヨーヨーを発見して呆れた私だが、今回はそれに輪をかけてマヌケである。メジャーだってよ。それって、あまりにもハイソからかけ離れてないか?
いや、ティファニーがイメチェンして庶民派になるというのなら、話はわかる。大工道具でも便器洗いブラシでも、何でも出すがよかろう。
が、そのメジャー、やっぱり銀製なのだそうな。明らかに庶民派志向ではない。かといって、ハイソでもない。そこにはどんなイメージもない。そもそも、銀のメジャーで窓を測るという行為に、どのような幻想を抱けとゆーのだ。ヘップバーンも泣いてるぞ、きっと。
軽量化がもてはやされる時代にヴィトンのトランクが相変わらず重いのは、「自分でトランクを運ばない階級の人々」に向けられたブランドだからこその反時代性だ。それが、逆にヴィトン信仰の幻想を支えている。
しかるに、ティファニー。なんでメジャーなんだ。おまえんちの顧客は、自分で窓なんか測るのか。それとも、今後はイロモノに徹する覚悟でも決めたのか。でも、なんでそんな覚悟しちゃったんだよ。辛いコトでもあったのか?
当分、ティファニーから目が離せない私である。おもしろすぎるぜ、ティファニー。コレクターになっちゃいそうだ。
*ティファニーのファンである読者の方から、反論のお手紙をいただいた。ティファニーは決してお高いブランドではなく、むしろこのような楽しい小物こそが、このブランドの魅力なのだそうである。知らなかったよ、ごめんな、ティファニー。
ナオミ愛用、下剤チョコ
真偽のほどは定かではないが、松田聖子は若々しいお肌を保つために、定期的に顔の皮を剥いでいるそうである。楳図かずおの漫画みたいだ。怖ぇ〜。
だが、ちょっと脅えながらも、「聖子がやってるんなら、私も一度、やってみようかな」などと思ってる自分がいるワケで、女の美に対する執念ってのは、まことに度し難いと言おうか、身の程知らずなモノであるよ。私の顔の皮を剥いだからって、下から松田聖子の顔が現れるワケじゃないのは百も承知なんですがねぇ。
まぁ、しかし、このような我をも顧みぬ肥大したナルシシズムに踊らされる女は、何も私ひとりではない。その証拠に、美容やダイエット商品のうたい文句にはたびたび美人有名人の名前が利用され、そのたびに愚かな勘違い女があちこちで踊っちゃってる姿を目にするワケだ。私なんかもう、四十年間、踊りっぱなしですよ。誰か止めてくれ、頼むから。
で、今回の商品も、そのテの有名人モノである。それは、友人がハワイから買ってきてくれたチョコレート……に見えるけど、実は超強力な下剤なのであった。
「これ、すごーく効くらしいよ」
禁断の秘薬を手渡す悪魔のごとく、その友人は囁いた。
「宿便が取れて、体重が激減するんだって。でも、あまりに効きすぎるから、その日は外出できないの。一日じゅう家にいる日に使ってね」
なるほど。その日は一日じゅう家にいて、一日じゅうウンコしてるワケか。そりゃ凄い。それを聞いた私は、ちょっと腰が引けたね。
「ええ〜っ!? そんなのイヤだよ。身体に悪そう」
「でも痩せるんだよ。ナオミ・キャンベルも使ってるんだもん」
「何っ!? ナオミが……!?」
その瞬間、女王様の耳が、ピクリと動いた。
ナオミ・キャンベル……ご存じ、世界に名だたるスーパーモデル。女豹のように無駄のないスラリとした肢体、この世のモノとも思えぬ長い手足と小さな顔。あのナオミが、この下剤チョコを愛用してる、ですって!?
もちろん、このチョコを食べたからといって、手足がビョーンと伸びたり、顔が見る見る小さくなるワケではない。身長百五十三センチ、手足が短く顔の大きいモンゴロイドの私が、どんなに宿便取ったって、黒人モデルになれるわきゃあない。
んなコトはわかってるんだが、たちまち目が眩《くら》み、理性を失ってしまった私であった。さぁ、踊るぞ! 性懲りもなく踊り始めるぞ、この女は!
「私、やってみるわ! たとえウンコが止まらなくなっても、必ずナオミになってみせる!」
目をキラキラさせながら誓う私に、友人は、
「がんばってね。あなたが痩せたら、私も試してみるから」
あんた、私をモルモットにする気だったのか。やっぱ悪魔だ、こいつ……。
で、ありがたくチョコを受け取った私であったが、いざとなるとなかなか決心がつかない。なぜなら私は、下剤関係には生々しいトラウマがあるのだ。
あれは一年前、自分の結婚式前夜。人生最大の(そしてたぶん最後の)イベントにおいて、少しでも自分を美しくほっそり見せたい虚栄の一念で、女王様は体内の便を大放出する決意に燃え、人生初のイチジク浣腸に果敢にも挑んだのである。
皆さんは、イチジク浣腸したコトありますか? アレは効くよ。もう大変。注入して数分後、突然、腹の中はハルマゲドンさ。
トイレに籠もって脂汗垂らしつつ、「私、花嫁になる前に、ここで死ぬんじゃ……」と、本気で心配した私であった。あの苦痛は二度と味わいたくない。二個セットで購入したイチジク浣腸は、いまだにひとつ残っているが、もう見たくもないね。
それでも、イチジク浣腸地獄の苦しみは、ひと晩で終わった。ところがこのチョコの効き目は一日じゅうなのである。二十四時間、腹痛と下痢にのたうち阿鼻叫喚……きっと、生きてるのが嫌になる。それでもナオミになりたいか、中村うさぎ!?
なりたい。なりたいけど、怖い。さすがに自分の身が心配だ。
女王様が命を賭けてナオミになる日は来るのか。てゆーか、命賭ける意味があんのか。謎だ。
小学生には負けられない
今さら言う必要もなかろうが、じつは、女王様は天下一の買い物ベタである。特に商品の将来性を見る目は、まったくない。これは、今までの経験から、自信を持って言える事実である。
思えば、この四十年間、女王様に「コレだ!」と見込まれた商品が、厳しい競争に勝ち抜いて生き残ったコトなどあっただろうか。いや、ない。全然ない。私に見込まれた商品は、ことごとく他社製品に敗北を喫して市場から姿を消しているのである。
たとえば、ビデオ機器。二十年近く前に、ソニーと松下が激闘を繰り広げたあの当時、女王様が満を持して購入したのはソニーのベータマックスであった。結果は……ご存じのとおりである。今どき、ベータのビデオデッキがある家なんて、我が家くらいだろう。壊れてもいないのに、使われなくなって幾歳月。引き取りに来い、ソニー!
でもって、数年前には、ソニーのプレイステーション(以下、プレステ)とセガのサターンが、ほぼ同時期に発売され、ゲームファンを右往左往させたのだ。もちろん、女王様が「コレだ!」と見込んだのは、セガであった。そして、もちろん世の中は、プレステの天下となったのである。ううっ、バカヤロー!
てなワケで、昨年、セガから鳴り物入りで発売された「ドリームキャスト」(以下、DC)。これを、女王様は買わなかった。決してセガに見切りをつけたワケではない。むしろ逆だ。
「ここで私が買ったら、きっとDCはコケる。それはあまりに申し訳ないから、あえて購入せず、柱の陰からひっそりと見守りましょう。がんばれ、セガ! がんばれ、湯川専務!」
このような心境だったのである。まるで、彼氏が芸能界で成功しそうになったのを見て、泣く泣く身を引く元愛人みたいではないか。なんて健気なんだ、私! いじらしくて涙が出るぜ!
ところが、だ。
女王様のこんな悲しい決意も知らず、正月に遊びに来た若い友人は、いきなり地雷を踏む発言をしたのである。
「えーっ、DC買ってないの?」
「うん、まぁ……」
「絶対、買ってると思ったのになぁ。なぁーんだ!」
おい、待て。今、なんて言った?「なぁーんだ」だとっ!?
女王様は負けず嫌いである。息子ほど年の離れたガキに「なぁーんだ」なんて言われた日にゃ、この負けず嫌い魂が黙っちゃいねーよ。
「か、買うわよっ! そのうち買おうと思ってたの!」
ムキになる私に、彼はさらにトドメを刺したね。
「早く買わないと売り切れるよ。ほら、正月だからさ、子どもがお年玉持って殺到するじゃん。小学生に先越されちゃうよ」
もともと「限定品」とか「品薄」とかって言葉にワケもなく反応して、勝手に緊迫してしまう女王様だ。この「売り切れるよ」のひと言に、他愛もなく慌てふためいたね。
しかも、「小学生に先越される」ですって!? この私が、女王様である私が、そこらへんの小学生に負けるなんて、とんでもないわよ、キィ――ッ!!!
その瞬間、地雷は爆発した。「後先考えないモード」に突入した女王様は、翌日、速攻で新宿の「さくらや」に飛び込み(勢いあまって、開店前に着いちまったさ)、あれほど買うまいと決めていたDCを買ってしまったのであった。しかも……!
帰宅して調べてみたら、欲しいソフトが一本もないコトに気づいたのである。つまり、ハードは買ったけど、当分ゲームはできないってワケですね。当分どころか、ソフトの発売状況によっては永遠に使う機会がないかも……おい、何のために買ったんだ、中村うさぎ!? 小学生に勝つためだけか!? それでいいのか、おまえの人生!?
正月早々、またもや無意味な買い物に走ってしまった私である。誠に業の深い女と言えよう。バカは死ななきゃ治るまい。
だが数日後、「さくらや」でDCが売り切れてるのを見た時にゃ、ちょっと溜飲が下がったね。お年玉でDCを買い損ねた小学生よ、この私を恨むがいいわ、ホーッホッホッ!
でも、これでDCがコケたら私のせいだ。すいません、湯川専務改め常務。中村は、小学生に勝ったけど、自分に負けました……。
物置きキッチンの四谷シモン
世の中の現象にうとい私でも、これだけTVや雑誌で「不景気だ、ああ、不景気だぁ」と念仏のように唱えられりゃ、さすがに「そーか、不景気なんだなぁ」と、ジワジワと実感してきた今日この頃である。なんちゃって、例によって洗脳されてるだけなのかもしれないが。
そーいえば昨夜も、財布を開けたら二千円しか入ってなくて愕然としちゃったんだが、よく考えるとそれは昨今の不景気とはまったく関係なく、昔っからなのであった。なにしろ女王様、いつも現金持ってませんから。
さて、私がこんなに貧乏なのは、皆様もご存じのとおり、すべて私の飽くなき物欲が引き起こす浪費癖のせいなのだ。我が家は、この物欲の悪魔にそそのかされて私が衝動買いしてしまったモノどもがうずたかく堆積した結果、ちょっとした『中村うさぎ物欲博物館』みたいになってるワケだが、そのなかでもっとも古い歴史を誇るのが一体の古色蒼然たるアンティーク人形である。
それはねぇ、今から二十五年ほど前、私が十五、六歳(たぶん)の頃に親にねだって買ってもらったアンティーク風のビスクドールなんだよ。作者は、四谷シモン。値段は忘れたが、人形にしてはかなり非常識な価格だったように記憶している。
その人形がいまだに私の家にあると言うと、「さぞかし大切にしてたんでしょうね」なんて思われるかもしれないが、とんでもない。作者の四谷氏には申し訳ないが、すっかり忘れ去られてキッチン(我が家のキッチンは物置き状態なのだ)の隅で埃をかぶっていたのである。
ところが、この人形を気の毒に思ったのか、ある日、ダスキンのお掃除サービスの人が発掘してワゴンの上にきちんと座らせておいてくれたのだ。ま、それはありがたいんですけどね、なぜか、後ろ向きに座らせちゃったんだよなぁ。つまり、キッチンに入ると、こちらに背を向けた人形が、じーっと座ってるワケだよ。
ちょっと想像していただきたい。ドアを開けると、キッチンの暗がりの中に、古びて埃をかぶった少女の人形の後ろ姿が浮かび上がる。亡霊のように色あせたドレス、もつれた長い髪。今にも、ギギギッと首を鳴らして振り向きそうだ。長い間、忘れ去られて、さぞかし恨んでるに違いない。振り向いたその顔はきっと、恨みと憎しみに激しく歪んで……。
ひぇっ、怖いっ!!!
じつは私は、ものすごい怖がりなのだ。この年になっても、遊園地のお化け屋敷が怖くて入れない。なのに、自宅のキッチンが、ある日突然、お化け屋敷になってるとは……いったい、どんな運命のイタズラだっ!?
マジにビビっちゃった私は、しばらくキッチンに入れなかった。人形をこちらに向けて座らせてしまえば、こんなに脅えるコトもない。でも、さわれないんだよ。こちらに向けた時に、その顔をついつい見ちゃうのが怖いんだよ。だって、だって、もしその顔が変わってたら……!
しかも、その話を聞いた知人が、こんなコトを言うんだよ。
「ああ、人形って、顔変わるらしいですねぇ。買われていった家で、どんな扱われ方をしたか、年月がたつほど顔に出てくるらしいですよ……」
やめてぇっ! なんで、そんな怖いコト言うのよっ!? あんた、私を殺す気かぁ――!?
結局、私は恥をしのんで夫に懇願し(チッ、弱み見せちまったぜ)、その人形を明るいリビングに運んできれいに顔を拭き、こちら向きに座らせてもらったのであった。ああ、やれやれ。とりあえず、これからは大手を振ってキッチンに入れるぞ、と。
それにしても、人形の後ろ姿の凄まじさは、そこらへんのホラー映画なんか比較にならない怖さだったね。振り向かないから、よけいに恐怖がつのるんだよ。振り向いて欲しくないクセに、なぜか、今か今かとその一瞬を待ち構えてる……人間ってバカですね。いや、バカなのは私だけか、もしかして?
とにかくこの一件は、私の物欲の犠牲となって買われて捨てられたモノどもの怨念が、人形の姿を借りて私に復讐したのだと、つくづく思う次第である。みんな、私が悪いのさ。諸君、モノは大切にしよう……って、中村うさぎに言われたくねーよな、世間の人も。
*四谷シモンのファンの方から、「もしいらないのなら、その人形を譲って欲しい」というお手紙をいただいた。そこで女王様は急に、「これ、ホントに四谷シモンの人形だっけ。もし記憶違いだったら、申し訳ないぞ」と不安になり、現在、人形の専門家に鑑定をお願いしている次第である。いいかげんな女で、すみません。鑑定の結果が朗報であれば、お返事いたします。待っててね。
文庫版追伸:朗報ではありませんでした。なんと、ニセモノ。ガッチョ―――ン!!!
ケーキ食べ放題に挑戦!
歴史上の人物で、私がもっとも親近感を覚えるのは、何といってもマリー・アントワネットである。後先考えない浪費癖で身を滅ぼした女……とても他人事とは思えん。しかも、周囲の神経を逆撫でする高慢な言動。
「パンがなければケーキをお食べ」なんて、最高だよなぁ。池田首相(当時は蔵相)の「貧乏人は麦を食え」と並んで、歴史に残る名暴言だと思う。なかなか凡人に言えるセリフじゃないっスよ。
まぁね、ホントはケーキじゃなくてブリオッシュだって話だけど、セリフの出来としては、ケーキのほうが断然いいと思う私である。だって、ブリオッシュは主食になるけど、ケーキはなぁ……そう、これが今回のテーマである。女王様は皆に問いたい。「人は、そんなにケーキを食える生き物なのか」と。
二千円ほどで食べ放題という一流ホテルのケーキ・ヴァイキングが人気を集め、TVなどで派手に取り上げられたのは去年のコトだった。もともと甘い物大好きの私は、その情報にすぐに飛びついて、さっそく新宿のヒルトン東京に足を運んだのだが……なーんか、思ったほど食べられなくってさぁ、釈然としない気持ちで家に帰ってきたのであるよ。
当初、私は、絶対に五個以上、ケーキを食べるつもりであった。たとえば一個四百円として、五個は食べなきゃ元が取れないではないか(飲物は除外)。まぁ、我ながらセコい計算ではあるが、女王様は時々、このように妙なところでケチになるのである。
で、五個くらいなら軽いさ、とタカをくくって出かけたのだ。なのに、結果は惨敗。なんか、すっごく悔しいぞ! ヒルトンの企画担当者が、「ケケッ、バカな女どもめ。まんまと術中にハマったな」と、ほくそ笑んでるのが目に浮かぶようだ。
クソ! これでは敵の思うツボだ。顔を洗って、出直してやるぅ!
そんなワケで、今年の正月。今度はホテルオークラのケーキ食べ放題に、鼻息荒く挑戦したのである。ところが、大好きなチョコレートケーキを二個食べた時点で、早くも目が虚ろになってしまった。
こんなはずではない! お腹空かせて来たのに、なぜ食べられないんだ、中村うさぎ!? 人生は気合いだ、根性だ! がんばれ、うさぎ!
だが、目の前の食べ残しのケーキには、気合いも根性も通用しなかったのである。
で、女王様は、しみじみ考えたね。そもそも、人は二千円分もケーキを食えるモノなのか? もしかしたら、これは無謀な戦いというモノではないのか?
そこで、今回。またも女王様が挑戦したのは(懲りない女だねぇ)、ホテルオークラ別館「カメリア」のデザート・フェスタだ。もはや、これはホテルとの戦いではない。自分との戦いだ。でも、たかがケーキの食べ放題なんかで、自分と戦ってる私って、いったい……。
ま、それはともかく。ここ、「カメリア」の食べ放題は、他のとちょっと毛色が変わっていた。ケーキの数が少なくて(三種類くらい)、代わりにお汁粉やお団子、ドーナツやホットケーキといった、全体的に東西オヤツ勢揃い的構成なのである。
ケーキとケーキの間に、突然、みたらし団子……シブい! シブすぎるぜ、カメリア! マリー・アントワネットのお茶会に、勘違いした水戸黄門が乱入した気分だ。ご老公、もしかして場違いなんじゃ……。
ところが! 意外にも女王様、このシブいコンビネーションが気に入ってしまったのである。ケーキばかりだと飽きるけど、和菓子(特に甘辛系)が加わると、これが新鮮。オセチもいいけどカレーもね、ってな感じですな。
人は、ケーキのみで生きるにあらず。みたらし団子も必要さ、というのが、今回の教訓である。あまから人生ってヤツですか。うーむ、深い。よもやケーキの食べ放題で、人生の真理を発見するコトになろうとは思わなかったぜ。しかも、みたらし団子に教えられるとは……。
新宿のヒルトン東京に告ぐ。中村は、もはや去年の中村ではない。近いうちに再び、あんたんちのケーキ食べ放題を襲撃するぞ。みたらし団子、持参でな。フッフッフ……待ってろ!
バカは死ぬまで治らない……
1万円チョコレートの苦さ
もうすぐ、バレンタイン・デイである。女王様は、やれバレンタインだ、クリスマスだと騒ぐ日本人に、いちいち目くじら立てるつもりはない。ま、楽しけりゃ、それでいいではないか。大いにやりたまえ。ホントに。
が、かねてより、バレンタインに対して、ひとつだけ疑問があった。すなわち、「なぜ、チョコレートなのか?」という問題である。今さらって感じだが、やはり腑に落ちないんだよねぇ。
そもそも贈り物ってのは、貰った人が喜ぶようなモノを選ぶのが基本であろう。しかるに、チョコレートなんか貰って心から喜ぶ男って、そんなにいない気がするんですけど……。
いや、もちろん甘党の男も世の中にはいる。が、女王様の今までの経験から言わせてもらうと、たいていは「俺、チョコより酒がいいや」とか、酷《ひど》いのになると「チョコよりイカの燻製がいい」なんてオヤジな発言しやがって、せっかくのバレンタイン気分を台なしにしてくれるのである。こっちは奮発して高級ブランドのチョコ買ったってのに、何がイカの燻製だよ。飲み屋のツマミじゃねーんだよっ!
チョコレートが大好きな女王様にとって、男にチョコやるなんて、まさに「猫に小判、豚に真珠」ってヤツである。なのに毎年、バレンタインになると、味もわからない無粋な男に食わせるために、いわゆる一流ブランドのチョコレート店に女たちが殺到する……これを嘆かわしいと言わずして、何と言おうか。
もったいない。やめなさいよ。男には柿の種でも食わせてりゃいいんだよ、と、行列してる女たちに片っ端から忠告して回りたい気分にかられる女王様だ。大きなお世話だけどな。
そんなワケで今回は、バレンタインに絶対に贈ってはならないチョコレートを紹介しよう。それは、表参道の森英恵ビルにある「ラ・メゾン・ド・ショコラ」のチョコレートである。
ここのチョコのどこが凄《すご》いかって、あーた、まず値段が凄いよ。手のひらに載るほどの小箱に入ったヤツが、ひと箱一万円だってよ。驚いたね。チョコ食べ過ぎたら鼻血が出るって、昔、母親に言われたもんだけど、食べるどころか値札見た時点で鼻血ブーだよ、ここのチョコは。
そう。この店こそが、現在のチョコレート業界の最高級ブランドなのである。まさに、チョコレート界のエルメスと言えよう。なんたって、パッケージにかけられたロゴ入りリボンのデザインまで、エルメスそっくりだもんな。エルメスに弱い私なんざぁ、リボン見た途端、条件反射で土下座しちゃったさ。
で、その最高級のお味はいかがかとゆーと……。
苦い。
いや、これは誉め言葉である(マジに)。なぜなら、最高級のチョコレートはビターでなければならないってのが、おフランスの常識なんざんす。聞くところによると、ファッション界の重鎮とも砂かけババアとも呼ばれるソニア・リキエル女史が、「これからは、チョコレートもオートクチュール感覚でなくちゃ。それには、やはりビターな生チョコが一番エレガントよね」などと言ったおかげで、世界中のメーカーが競って苦いチョコを作り始めたそうなのである。
まぁ、私はビターチョコが好きだから、よかったけどな。もしソニアが「チョコは納豆入りがエレガントよ」なんて口走って、世界中のチョコが納豆入りになった日にゃ、どーしてくれる、ソニア、って感じだよ。
ハッキリ言って、今まで食べたチョコの中で一番おいしいかも……と、女王様は思った。ソニア・リキエルなんかの口車に乗りたくないし、エルメスに似たリボンもどうかと思うが、しかし、この絶妙なほろ苦さは他では味わえないね。この深い味わいを理解できない男・子供には、絶対に食わせちゃいかん。一万円も払って、「俺、イカの燻製がいい」なんて言われてみなさいよ。女王様なんか、そいつに殺意すら感じるかもしれん。
チョコなんて、好きなヤツだけが喜んで食べてりゃ、それでいいのだ。たいして好きでもないヤツに、バレンタインだからって無理やりチョコを贈るのは、チョコレートという食べ物に対する冒涜《ぼうとく》ではないか。
しつこいようだが、女王様は言いたい。男なんざぁ、柿の種でじゅーぶんじゃい!
幻の味つきコンドーム
「こないだ、フェラチオ用のコンドームってのを雑誌で見たよ」
友人の何気ないこの言葉に、女王様は例によって、ピクリと耳をそばだてたのだった。
「何、それ? フツーのコンドームと、どう違うのよ?」
「知らない。たぶん、味がついてんじゃないかな。口に入れても平気なように」
「ふーん……」
私は、味つきのコンドームというモノに関して、しばらく想像をめぐらせたね。
はたして、ソレは、おいしいのだろーか? もしもおいしかったら、人は喜んでソレをなめたりするのだろーか? それって、バター犬と一緒ではないのか? ことフェラチオという行為において、人は犬とはまったく異なる動機でソレをすると思うのだが、違うだろーか?
「うーむ、これは……」と、女王様は唸った。
「これは、味見してみないワケには、いかんでしょう」
そーゆーワケで、我々は「フェラチオ用コンドーム」を求めて、原宿の「コンドマニア」に行ったのである……が、しかし。
店頭に「フェラチオ用コンドーム」と銘打たれた商品は存在しなかった。代わりに、オレンジやチョコレートの「フレーバー付きコンドーム」というのを見つけたので、「とりあえず、これが件《くだん》のフェラチオ用コンドームなのであろう」と勝手に解釈し、いくつか購入してきた次第である。
でも、やっぱ恥ずかしいよな、コンドーム買うのって。思わず「領収書ください」と言ってしまった女王様だが、よく考えると、それって、もっと恥ずかしいかも……(冷や汗)。コンドームを経費で落とすなんて、いったいどんな仕事なんだよ。
で、まぁ、そのコンドームをね、家に帰って、さっそく袋から出してみましたよ。匂いを嗅ぐと、なるほど、確かにチョコレートの甘ぁ〜い香りがするではないか。
いやん、おいしそう。早くも、バター犬状態の女王様だ。
口の中に入れて、味わってみる。
「うぎゃあ―――!!!」
たちまち、口腔内に広がるミもフタもないゴムの味……ぐえっ、ぺッぺッ、なんだこりゃ!? 味、ついてないじゃん!
そーなのだ。私がイソイソと購入してきたコンドームは「チョコレート・フレーバー」……フレーバーとはすなわち香りのコトであり、味のコトではなかったのである! 誰だ、味つきだなんて言ったのはっ!? あ、誰も言ってないか。私が勝手に思い込んでただけでしたね。
結局、これは、我々が追い求めた「フェラチオ用コンドーム」ではなかったのだろーか。遅ればせながら、箱に同封されていた説明書を読むと、コンドームを「適正に」使うようにという注意書きが付されており、「コンドームの適正な使用とは、男性のペニスにかぶせて女性の膣に挿入し、性行為を行うこと」であると書かれていた。
あ、そう。
四十年も生きてきて、コンドームに「適正な使用」なんてモノがあるのを初めて知った私であった。そーか、勉強になるなぁ。こーゆーコトを説明書にいちいち書いとかないと、私のようにいきなり口に入れるヤツとか、あるいはペニスにかぶせて女性の膣以外のモノに入れようとするヤツとか、きっといろいろ出てくるんだろーな。世の中、バカと変態は星の数だよ。
でも、女王様は諦めない。この世のどこかには、きっと、フェラチオ用コンドームなるモノがあるに違いないのだ。それを使ってどーこーしようという気はさらさらないが(ホントに)、どんなヤツなのか、ひと目でいいから会ってみたいではないか。
ああ、幻のフェラチオ用コンドーム、あなたはどこに売ってるの? ちゃんと味もついてるの? やっぱ、チョコとかオレンジとかの甘い味かしら。まぁ、「焼き肉味」なんかもおもしろいと思うけど、でも、「スルメ味」だけは、やめてね。イカ臭いのは、ちょっとねぇ……などと、ますます想像が膨らむ女王様なのであった。
今、私の頭の中は、コンドームでいっぱいだ。「コンビーフ・サンド」を「コンドーム・サンド」と言い間違えて恥をかいたほどである(実話)。何とかしてくれ、まったく!
*この後、歌舞伎町のアダルト・ショップ「ネザーランド」から、件のフェラ用コンドームが送られてきた。ありがとうございました。ところで、味はついてないんですね。まさに無味無臭ってヤツ。女王様、ちょっとガッカリ……。
質屋の利子が90万円
最近、私の新刊本を読んだ主婦の方から、続々と怒りの手紙が出版社に寄せられているそうである。主な怒りの内容は「何がビンボー日記よ! 贅沢しまくってんじゃないのよ! 不愉快だわっ!」というモノらしい。
どうやら、「愛の貧乏脱出大作戦」みたいな、「貧乏+努力=涙の成功」といった、いわゆる泣かせる貧乏話を期待されてたようなのだ。
ハハハ、残念でしたねぇ。誰がそんな大衆の優越感にご奉仕するよーな美談を書くかっつーの。あたしゃねぇ、破滅の道をまっしぐらに突っ走る浪費の女王様なんだよ。シャネルとエルメスに埋もれて餓死するバカ女、いわば美談の対極に位置する人間なんだよ。正しい貧乏なんかクソくらえってんだ!
そんなワケで、世間のバッシングを一身に浴びつつ、浪費バカ道を一直線に邁進する女王様は、三カ月に一度、おのれのバカの上塗りをするため、質屋通いをする身の上である。
なぜ三カ月に一度なのかとゆーと、それは、借りてるお金の利子を払うため……じつは私は、命より大切な腕時計を質屋に預けたまま、二年間も延々と利子を払い続けている状態なのだ。
今から三年前、女王様は「世にも珍しい限定版のカルティエの腕時計」なるモノに遭遇し、その燦然と輝くダイヤにアッとゆー間に目が眩んで、後先考えずに購入してしまったのであった。値段は二百万円ほどだったかと思われる。もしかしたら三百万円だったかもしれないが、あまり思い出したくないので忘れてしまった。こーゆーコトは、私、よくあります。あまりにも法外な買い物をした時、自己嫌悪に陥るのがイヤで、無理やり値段を忘れてしまうんですね。
ま、それはいいんだが、問題はその後だ。時計を購入した、わずか一年後、たちまち金に困って、そいつを質に入れてしまったのである。
バッカでぇ〜。金に困って質に入れるくらいなら、最初からそんな身の程知らずなモノ買うなよ、と、世間の人々は言うであろう。私もそう思うのだが、しかし、本物の衝動買いとは、そーゆーもんなのである。「つい買っちゃって、ちょっぴり後悔。テヘヘ」なんて肩をすくめてる程度で、衝動買いを標榜するたぁ、おこがましい!「なんで買っちゃったんだ、私のバカバカ! 死んでしまえ〜!」と、ベッドに潜り込んで呻吟し、挙げ句の果てには泣く泣く質屋に持っていくという大ボケ野郎でなくちゃ、浪費バカにはなれんのじゃあ! わかったか、凡人どもめ! ハァハァ(興奮)。
しかし、私の場合、バカさ加減はその程度で留まらない。質屋に入れた後、それを請け出す金もなく(じつは、腕時計ふたつで、百六十万円借りてるんだが)、さりとてキッパリと流してしまう諦めもつかず、ズルズルと利子だけ払い続けて二年間。先日、質屋のオジサンと計算してみたら、すでに九十万円も利子を払っているコトが判明したのである。
きゅ、きゅーじゅーまん……質屋のカウンターの前で、あたしゃ絶句しましたとも。そんだけありゃ、ロレックスでも何でも買えるじゃないか! 分不相応なカルティエなんかきれいに諦めて、一から出直せ、中村うさぎ! ね、そう思うでしょ、皆さん? 私もそう思いますよ。
だが、そこで諦めきれないのが、女王様の業の深さなのである。なぜ諦めきれないのかとゆーと、こーゆーコトだ。
たとえば、その時計が質流れ品となって、格安の値段で売り出されるとする。すると、誰か他の女……たぶん、私のようなブランド・バカ女が、「あら、安いわぁ。ウフフ」なんて大喜びで買うワケだよ。その姿を想像すると、想像すると……。
ぐわぁ――っ、許せ――ん! ちょっと、それは私の時計なのよ! 触らないで、このブス!
なーんて、勝手に妄想して勝手に逆上しちゃう女王様なのである。男を盗られたってどうってコトないが、自分のお気に入りの服や時計を横取りされるのだけは我慢できない……この狂った物欲のおかげで、これまで何度、無謀な買い物をしてきたコトであろーか。
バカは死ぬまで治らない。女王様はきっと、死ぬまで時計の利子を払い続けるであろう。世間よ、どうぞ笑ってくれたまえ。
ケツの穴を痛めた妖精
今のマンションに引っ越してきて、今年で五年目。その五年間というもの、ウチの玄関でドデーンと場所を塞ぎ続けている邪魔者がいる。
それは、自転車……女王様には、およそ似つかわしくない乗り物である。私くらいゴージャスでラグジュアリーな女なら、白馬の四頭立て馬車などをさりげなく玄関に置いておきたいものなのだが、しかし、なぜか自転車。しかも、バリバリにアウトドア系のマウンテンバイク。
なぜ、このようなモノが家にあるのか、我ながら不思議である。現に、買ってから六年くらいになるが、一度しか乗ったコトがない。てゆーか、女王様、一度で懲りちゃったのである。
その自転車を買った当時、女王様は荻窪に住んでいた。駅からちょっと遠かったし、行きつけの喫茶店のマスターが自転車好きだったコトもあって、ついついその気になって買ってしまったのであった。
思えば、買った当初から、一抹の不安はあったのだ。なんたって、その自転車にまたがると、女王様の足は地面につかないんである。なにしろチビなんでね。
「あの……足、つかないんですけどぉ……」
恐る恐る店員に訴えると、
「ママチャリじゃないんだからね。それくらいで、ちょうどいいんだよ」
「で、でも……ブレーキかけた時、足がつかないと、そのまま倒れちゃうんじゃ……」
「ブレーキかけたら、サドルから前に滑り降りて、両足つくの。大丈夫、すぐに慣れるって」
そ、そーなのか! それが、本格的な自転車の乗り方だったのか! 今までの私は、シロートだったんだわっ(今でもシロートだよ)!
ママチャリしか乗ったコトのなかった女王様は、ものすごく感心し、なんだかとってもカッコいい乗り物に出会ってしまったような気がしたのであった。
さっそうとマウンテンバイクを乗りこなす私……ああ、なんてカッコいいの! きっと、そよ風の妖精みたいだわ! 今にして思うと、「何が妖精だぁ! 三十過ぎて、タワケた夢見てんじゃねーよ、中村うさぎ!」と、みずからツッコミたくなるのだが、ご存じのとおり、買い物する時の女王様は、必ずタワケているのである。私が夢を見だしたら、誰にも止められねーよ。
そんなワケで、すっかり妖精になったつもりでいた私は、その時、完璧に忘れていた。自分が、中学生になるまで自転車に乗れなかった、超運痴女であるという重大な事実を……!
翌朝、爽やかな朝の光の中で、さっそく新品の自転車にまたがって風のように走り出した女王様であるが、十メートルもいかないうちに早くもグラつき、両足をつこうとサドルから滑り降りた拍子に、
ドガッ……!!!
こ、股間を……いや、デリケートなケツの穴周辺部分を、思いっきりサドルの角にぶつけ、ウウーンと呻いてそのまましゃがみ込んでしまったのであった。
いやぁ、こんな爽やかな早朝、いきなり自転車のサドルにケツの穴を掘られるとは思わなかったぜ。だが、その痛みのおかげで、女王様は、いっぺんに夢から醒めたのである。
何が妖精よ! 何がマウンテンバイクよ! あたしってば、またフラフラと、用もないモノ買っちゃって……あああ、バカバカ、うさぎのバカ! ちっくしょー、もう二度と乗るもんか、こんなモノ!
こうした事情で、それ以来、女王様は一度もこの自転車に乗ってない。おかげで新品同様にピカピカ、タイヤなんか全然減ってないのだが、空気が抜けてペチャンコだ。
現在、この自転車は、私のコート掛けと化している。外出から戻ってくるたびに、脱いだコート類をこの自転車の上に積み上げていき、しまいには服の下にある物体が自転車であるコトすらわからなくなる。そして時折、積み重なった衣類がズザザッと雪崩れ落ちて玄関に散乱し、その時に久し振りに「ああ……そーいえば、これ、自転車だったよな」と思い出す次第である。
自転車として生まれて、コート掛けとして生涯を送る……こんな数奇な運命を辿るとは、自転車本人も驚いてるに違いない。
ごめんな、マウンテンバイク。不甲斐ない主人を許せ!
通販で運命のダイヤが
先日、何気なく立ち読みしてた雑誌に、「碧洋のハート」なる商品の広告を発見した。
碧洋のハート……それは、大ヒットしたハリウッド映画『タイタニック』に登場する、大粒のブルーダイヤ(洗剤じゃありませんよ)の名称である。
ハッキリ言って、あの映画自体は、とてつもなくインチキ臭い駄作だと女王様は思っている。
なーにが命を賭けたラブロマンスだよ。しょせん、婆さんの自慢話じゃねーか。なんたって、ほぼ全編、あの女の一人称による追想シーンだからね。すべてが自慢タラタラのホラ話にしか聞こえねーワケよ。「私、昔はこーんなにモテちゃってぇ、うふ! 私のために命を捨てた男もいるのよねぇ」てな感じで、婆さん、もう言いたい放題。
誰か止めてやれ、調子乗り過ぎだぞ、こいつ!
なんといっても圧巻(映画のではなく、ホラ話の)は、タイタニックが氷山にぶつかる瞬間だ。婆さんの話によると、あの船が氷山にぶつかったのは、自分とディカプリオのキスシーンに船員が見とれて、氷山の発見が遅れたからだとさ。ワッハッハ、誰が信じるかよ、そんなヨタ話。自意識過剰を通り越して、もはや妄想だっつーの。
そりゃ映画ってのはフィクションですけどねぇ、婆さんの果てしなく妄想入った自慢話に感動するほど、女王様はウブじゃねーのよ。でも、世界中の人間はウブだったと見えて、あんなのに感動してやんの。あーあ。
しかし、だ。話はいきなり本題に戻るが、若き日の婆さんが得意げに首から下げてたあのダイヤ……「碧洋のハート」だけは、さすがの女王様も羨望の眼差しで見入っちまったね。
「ああ、なんて大きなダイヤなの!? 私だったら、ダイヤに目が眩《くら》んでディカプリオ捨てるな、確実に」などと、タメ息ついたものである。
男なんか、いくらハンサムでも、年は取るし屁はこくし、一生を捧げるほどのモンじゃない。でも、ダイヤは……そう、TVCMでも言ってるじゃないの。「ダイヤモンドは永遠の輝き」なのよっ! 永遠だぞ、永遠! この世に永遠に価値のあるモノなんて、ダイヤ以外にありますかってんだ。愛も不動産もエルメスのバッグも、いつかは値下がりするモノなのよ!
そんなワケで、通販の広告に「碧洋のハート」の文字を発見した私は、思わずハッと雑誌をめくる手を止めてしまったのであった。
あの燦然《さんぜん》と輝く大粒ダイヤが商品化されて手に入るっていうの!? いったい、お値段はいくらするのかしら? ってゆーか、その前に、そんなデカいダイヤ、買える人がいるワケ? この不況にあえぐ日本に!? な、なんと時代錯誤もはなはだしい、バブリーな商品!
だが、女王様はバブリーなモノが大好きな女である。特に、ダイヤと聞けば、こりゃもう無視するワケにはいかんでしょ。いや、私が無視しても、私の中に流れるマリー・アントワネットの血(そんなの流れてたのか、いつの間にっ!?)が黙っちゃいない。なにしろ、ダイヤの首飾りで身を滅ぼした大バカ王妃ですもの。
やはり、これは私が手に入れるべきダイヤだわ。そうよ、コンビニでこの雑誌を立ち読みしたのも、運命の巡り合わせに違いないわ!
胸をときめかせつつ、女王様は慌ただしく誌面に目を走らせ、商品の価格を確かめた。そして、一瞬、我が目を疑いましたね。
運命のダイヤのお値段は……なんと、三万円弱……であった。
おいおいっ! なんだ、このヒトをバカにした値段は! きょうび、ガラス玉でも、もうちょっとすんじゃねーの?
ま、よくよく考えてみりゃ、あれだけの大きさの本物のダイヤ、通販なんかで売るかっつーの。そりゃ、ニセモノに決まってますよ。だけどね、三万円って、あんた……。子どもがお年玉で買えちゃうぞ、碧洋のハート! ディカプリオも船の舳先《へさき》でズッコケるぜ、まったく!
いやぁ、本家本元の映画に輪をかけてインチキ臭く安っぽい便乗商品なのであった。まいった、まいった。それにしても、誰が買うんだ、このオモチャ?
もし、ホントにコレをつけてる人を見かけたら、ぜひ、女王様にご一報ください。
年間の服飾費二千万円!
諸君、女王様は今、大変、落ち込んでいる。なぜなら、たった今、税理士の先生に叱られて帰宅したところだからだ。
そう。年に一度の確定申告の時期、私は、おのれの狂った浪費が引き起こした惨憺たる経済状況に、真正面から向き合わされるのである。できるコトなら一生、向き合いたくないのにさぁ……ああ、税務署のバカ!
さて。平成十年度の私の収入だが、なんと前年度にくらべて、五百万円ほど減少しているコトが判明した。最初は「これも不況のせいかしら」と、いっぱしにタメ息つきたくなったのだが、よくよく明細を見ると、単に私が仕事を怠けたせいなのであった。チッ、なんだよ、自分のせいかよ、ちくしょー!
だが、もっとも重大な問題は、じつは収入などではない。支出だ。それも、経費なんかで落ちないムダ遣い代だ。収入が減少したにもかかわらず、ムダ遣い額だけは、なぜか増加しているのである。聞いて驚け、私が遣った服飾費は、なんと一年間で二千万円だぁ――っ!!!
ああ、もう自分がイヤ! いったい、二千万円も、何を買ったんだ、私はっ!? 純金の鎧兜か? ダイヤの王冠かっ!?
ハッキリ言って、私は、二千万円ものムダ遣いが許されるほど恵まれた状況にいるワケではない。住民税と国民健康保険料さえロクに払えず、聞くも恐ろしいほどの延滞金と合体して巨大なモンスターと化したそいつらが、日夜、我が家の家計を脅かしてる有様なのだ。むじんくんにも、金借りてるしな。
なのに、ムダ遣い額が二千万円。洋服だのバッグだの、愚にもつかないモノに二千万……うっひょー、信じらんねーや。きっとバカだね、この女。
毎年のコトながら、税理士の先生も呆れて言葉を失っていた。アメックスの年間利用報告書を挟んで対峙する我々の間を、絶望という名の電車が、ゴォーッと音をたてて走り抜けていったね。ええ、あたしゃ、確かに聞きましたとも、その音を。
ややあって、気を取り直した先生は、
「あのさぁ……なんで、こんなにムダ遣いすんの?」
「それが、自分でもわかんないんです。私、二千万円も遣ったつもり、ないんですけど」
「でも、遣ってるじゃない」
「そうみたいですねぇ。誰が遣ったんだろ、こんなに?」
「そりゃ、あなたでしょ」
「えー、やっぱり?」
まるで宿題忘れた小学生のように、トボケて責任回避しようとする私であった。が、もちろん先生は騙されない。
「一回の利用額が高いのは……やっぱ、これだね。シャネル。この日だけで百三十万円も遣ってるじゃない。百三十万円も、何を買ってんの?」
「服です。シャネルって怖いんです、先生。年に二回、ファッション・ショーに呼ばれて行くと、ショーの後で百万くらい買わされちゃうんです」
「買わなきゃいいじゃない」
「でも、引っ込みがつかなくて」
そーなのだ。この「引っ込みのつかない」性格が、私の今日の惨状を招いているのである。行かなきゃいいのにショーを見に行っては、周囲のマダムたちに対抗して、アレもコレもと片っ端から注文する。こーなったら、もう止まらない。私は欲と虚栄の暴走列車。明日は、どこまで行くのやら……ってな感じで、いやぁ、自分を見失うって怖いコトですよ(他人事かい)。
こうして自分を見失うたびに百万円遣うと計算して、まあ、年に二十回は自分を見失ってんだな、私という女は。すげぇ、毎月じゃん。人間、どーやったら、毎月、自分を見失うコトができるのだ。しかも、素面《しらふ》で。
そんなワケで、諸君、今回ばかりは女王様も猛省した。さきほど税理士の先生に立てたのと同じ誓いを、ここに立てよう。
中村は、もう二度と、シャネルでムダ金を遣いません。だいたいさぁ、シャネルが私に何してくれるってゆーのよ? お歳暮くれるワケじゃなし。ヴェルサーチとディオールは、去年、シャンパンくれたぞ。ブルガリもワインくれたぞ。ああ、それなのに、シャネルよ。君が私にくれたのは、化粧水のサンプルだけ……もしかして、ケチ?
ま、ともかく女王様の決意は固いのだ。シャネルよ、さらば。二度とショーに呼ばんでくれぇ!
シャネルをキャンセル
さて。先週、全国の文春読者に向かって堂々と「シャネル決別宣言」をおこなった女王様は、その公約を果たすべく、さっそく銀座のシャネル・ブティック本店に向かった次第である。
おい、ちょっと待て。二度とシャネルで買い物をしないと誓ったんなら、ブティックなんか行かなきゃいいじゃないか……と、何も知らない人々は、ここでツッコミを入れたくなったコトであろう。だが、それは間違いである。あんたたち、シャネルと女王様の深い因縁を、まだまだ理解してないね。
じつは女王様は、すでに先月、シャネルの春夏物をアレコレと、合計百万円分くらい注文しているのである。まだ商品が届いてないから、カードは切ってない。つまり、キャンセルするなら今のうちってワケよ。
しかし、一度注文してしまったモノをキャンセルするのは、なかなか勇気の要る行為だ。特に私のような見栄っぱりはねぇ、「やっぱ、いらないわ」の一言が言えなくて、これまでどんなにムダな買い物をしてきたコトか……ああ、でも、いけないわ。こんな自分を変えなきゃ!
で、このたび、私は考えたね。いくらなんでも全部キャンセルするのはアレだから、一番の大物を……そう、四十一万円のジャケットを一点だけキャンセルしよう。そうすれば、消費額はとりあえず半分くらいに減るし、シャネルに対して失うメンツも半分くらいで済むではないか。
と、そんな計画を練ってた、その矢先! 当のシャネルから電話がかかってきたのである。
「ご注文のお品のうち、ジャケットだけ入荷いたしました。ぜひ、ご来店くださいませ〜」
げげっ、なんてこった! よりによって、キャンセルしようと思ってたヤツだけ入荷するなんて……すっげぇ断りにくい状況じゃん! これは神が私に与えた試練なのか、それともシャネルの陰謀なのかっ!?
ま、どっちにしろ、店に行かないワケにはいかなくなった女王様は、ついに腹をくくって、銀座へと向かったのであった。タクシーの中では、ずっと自分に言い聞かせてたね。
「絶対に断るのよ! 何があってもキャンセルするのよ! ああ、神よ、私に勇気を与えたまえ!」
そして、タクシーは並木通りの中程で止まり、私はシャネルの店内に足を踏み入れたのだが……その瞬間!
「むむっ!?」
私の目が、いきなり、一着のジャケットに釘付けになったのである。例の注文したジャケットではなく、まったく別のヤツだ。しかも、すごくかわいい!
ついつい近寄って手に取ってしまった私は、背後に店員の気配を感じて、ギクリと振り向いた。と、店員はすかさずニッコリと微笑み、
「あら、そのジャケット。今、お店に出したばかりなんですよ」
「そ、そーですか」
「ちょっと袖を通してごらんになって……まぁ、お似合い!」
「え、そーかな。エヘヘ」
こら! どーした、中村うさぎ! おまえは買い物しに来たんじゃないだろっ!? キャンセルしに来たんじゃないのかっ!? いきなり初心を忘れるなぁっ!
だが、女王様は思ったのだ。
「このジャケットを買えば、もうひとつのヤツをキャンセルしやすくなるわ。そうよ、あれをキャンセルするためにも、ここでひとつくらい買い物を……」
一枚のジャケットをキャンセルするために、別のジャケットを買う……まったく筋の通らない理屈である。結果は一緒だっつーの。ところが、女王様に、筋の通った理屈は通用しない。
「じゃ、これ、ください」
「ありがとうございます。あ、ご注文のジャケットも、お持ちしますね」
「あ、アレね。アレは……その……今度来た時に……えーと、だから今日は、とりあえず、これだけで……さらばっ!」
バ、バカヤロー! 結局、断ってねぇじゃんかーっ! しかも、買う予定じゃなかったジャケットまで買っちゃうしぃ……ね、どーして!? なんで、こーなっちゃうのよ、私の人生っ!?
ちなみに、衝動買いしたジャケットは三十八万円。四十一万円をケチるつもりで、三十八万円の浪費をした私なのであった。
おい……誰か殺してくれ、このバカ女。
私のために描かれた絵
先日、女王様は、友人の個展を観に行った。福井江太郎という名の日本画家なのであるが、なぜか駝鳥《だちよう》ばかり描いてる変人だ。そう、福井江太郎は、駝鳥に取り憑《つ》かれた男なのである。
しかし、美女に取り憑かれるならまだしも、よりによって駝鳥とは……なぜっ!?
じつは、本人にも、その理由がわからないのだという。ただ、なぜか駝鳥が気になって(でも、気になるかなぁ、駝鳥なんて、ねぇ)、ここ数年、駝鳥ばかり描き続けているのだそーな。
変な男だ。よくよく見ると、本人の顔立ちも、そこはかとなく駝鳥に似てるよーな、似てないよーな……もしかしたら両親が駝鳥だとか、あるいは駝鳥に育てられたとか、そんな衝撃の生育歴があるのかとも疑ってみたが、そのような事実はないそうである。ちょっと残念。
結局、この男の場合、魂に駝鳥が棲みついてしまったのであろう。岸田劉生が、ある時期、冬瓜《とうがん》ばかり描いていたという話を聞いたコトがある。その頃の岸田劉生の魂には、やはり冬瓜が棲みついてたのだろーか(後には、娘の麗子が棲みついたらしいが)。画家ってぇのは、そうやって、魂に駝鳥だの冬瓜だのが座敷童《ざしきわらし》みたいに棲みついてしまう職業なのかもしれない。
てなワケで、福井江太郎の個展は、さながら駝鳥の養殖場のごとく、さまざまな表情の駝鳥が壁いっぱいにひしめいているのであった。そして、「ああ、ここにも駝鳥、あそこにも駝鳥。ホントに変な男だね、まったく」などと暢気《のんき》に絵を観て回ってた女王様は、ふと、そこで自分に出会ってしまったのである。
それは、一羽の駝鳥が目をすがめて遠くを見ている肖像画《ヽヽヽ》なのだが、その傲然ともたげた首、フフンと鼻でも鳴らしそうなエラそーな表情は、どっから見ても「女王様」なのであった!
ガァ――ン!!!
誰でもそうだと思うが、私は四十年あまりの人生で、駝鳥になった自分なんか想像したコトがない。だが、ここに、駝鳥の姿をした自分がいるのだ。傲慢ゆえに孤独な女王様(友達、少ないしな)。絵の中の駝鳥は上半身だけだが、私には見える。こいつは大きな足で、きっと他人を踏みにじってるに違いない。そーゆーヤツだ、こいつは。だって、こいつは私だもん!
思いがけず駝鳥の自分を発見してしまった女王様は、その瞬間、確信したよ。
こ、これは! 世界でたった一枚、私のために描かれた絵なんだわ! 私が買わないで、誰が買うというのっ……って、誰が買ってもいいんですけどね。
しかし、買うつもりになるのは勝手だが、心配なのはお値段だ。だってさぁ、美術品って怖いんだもん。高くて。
「ねぇ……これ、いくら?」
恐る恐る尋ねた私に、駝鳥男は涼しい顔で答えた。
「あ、それはね、三十万円」
さ、さんじゅーまん、かっ!
やはり、美術品、侮りがたし! シャネルのジャケットと、ほぼ同額だぁ!
ま、人によっては、シャネルのジャケットが三十万円するってコトのほうが驚きだろうが、問題は、シャネルのジャケットは着て歩けるけど、駝鳥の絵は着て歩けんとゆー点である。
すべての価値観が「どれだけ見栄を張れるか」にかかっている女王様にとって、不特定多数の他人に見せびらかせないモノに何十万も払うのは、清水の舞台から飛び降りるような買い物なのである。
「うーむっ!」と考え込んだ女王様であったが、そこでふと思いついたね。
「そーだ! ゆくゆくこいつが超有名画家になって、しかもポックリ死んだ日にゃ、この絵は何千万円になるのかも!」
我ながら、酷い女である。友人の成功を願うまではいいが、その死まで勝手に願っちゃうとはな。やっぱ、この性格のせいで友達失くしてんだよ、絶対。
だが、そんな女王様の邪悪な胸の内などツユ知らぬ画家は、
「えっ、買ってくれるの! ありがとう!」
満面に無邪気な笑みを浮かべて、喜ぶのであった。ああ、知らない間に妻に生命保険掛けられてるタイプだな、こいつは。
福井江太郎よ、こうなったら一日も早く、世界中にその名を轟かせてくれ! そして、絶対に私より長生きするなよ!
バージン・アゲイン
昨日、某雑誌のお仕事で歌舞伎町のアダルト・ショップ「ネザーランド」に行ってきた女王様は、バイブや媚薬に囲まれてディープなひとときを過ごしたついでに、ある秘密兵器まで発見してしまったのであった。
その秘密兵器とは、「バージン・アゲイン」という名の魔法の液体……箱に書かれた謳《うた》い文句によると、「この一箱で二〜三回バージンに逆もどり」「小さく小さくキュッキュッキュッ…!」(原文ママ)という、なんちゅーか、アレですね、ハッキリ言えばアソコを引き締めるローションなんであるよ。
だが、このようなモノを買ったからといって、「そーか、女王様、もしかしてガバガバ?」なんてぇ早とちりは、慎んでいただきたい。いや、ホントにそうなのかもしれないが(自分じゃわかんねーよ、んなコト)、女王様の目的は別の所にあったのである。というのも、店の人がですね、この商品を説明する際、次のように言ったのだ。
「これ、ホントに引き締まるんですよ。顔に塗ったら、キュッと小顔に……」
「なんですとぉ――っ!?」
その瞬間、女王様、目をランランと輝かせて、鼻息荒く店員に詰め寄ったね。
中村うさぎ、四十一歳。Hの性能より、小ジワの気になるお年頃。ハッキリ言って、自分のアソコがガバガバだろうが知ったこっちゃねーぜ、という心境なのであるが、お肌の若返りに関しちゃ、まだまだ諦めてませんぜ、旦那。
そんなワケで、その「バージン・アゲイン」の小箱を握り締め、得意満面で帰宅した女王様なのであった。
ふふふ、世の中、意外な所にお宝が隠れてるもんですわ。Hグッズでシワ取りなんて、女性誌の美容特集でも読んだコトない画期的アイデア。こんな秘密兵器を手に入れた女は、きっと世界じゅうで私だけよね。ホホホッ、誰にも教えるもんですか!
心の中で高笑いを放ちつつ、さっそくローションを顔に塗ってみた。ドロリとした糊のような感触。この粘着力で、お肌がキュンッと締まるのであろう。まさに、「小さく小さくキュッキュッキュッ…!」とね。
一分後……お肌がピピッと張ってきた。うん、いい感じ。そして二分後……おい、ちょっと待て。バリバリしてきたぞっ!?
不安になって鏡を覗いた私は、その瞬間、
「うぎゃあ―――――っ!!」
あまりの恐ろしさに、大絶叫してしまったのだった。何が怖いって、自分の顔だぁ! 凄いぞ、シワの数! いつもの五倍(当社比)は増えてるぜっ!
ちょっと想像していただきたい。顔に糊をベッタリと塗ってだね、乾いてパリパリになったところでニカッと笑うワケですよ。すると、顔の表面が見る見る氷河のようにヒビ割れて……うひぃ、怖い。自分で言うのもアレだけど、一瞬、鈴木その子を超えたね、あたしゃ。
どうやら、Hグッズで美顔ってのは無理だったようだ。やっぱ顔とアソコは違いますよね。
そこで、ついでに女王様は、このローションの本来の効き目も試してみたくなったのである。といっても、そのためにわざわざHするのも面倒なので、とりあえず、もっとお手軽な実験方法をとるコトにした。
すなわち、女王様はやおら鼻の穴にローションを塗りたくり、そこに自らの小指を突っ込んで、スコスコとピストン運動を始めたのである。鼻の穴をアソコに見立てた疑似セックス……我ながら、素晴らしい名案だ。だって、どっちも穴だし粘膜だしさぁ。それに、自分の小指を使えば、締まり具合も実感できるではないか。女王様、賢い!
ところが、何もわかってない夫は呆れ返り、鼻の穴からスコスコと小指を出し入れする妻を、ボー然と見つめるのであった。
「あんた……何やってんの?」
「だからさ、このローションの効き目を鼻の穴で……ふがぁ」
「バカじゃないの? 鼻が詰まるよ、あんた」
夫の言うとおりであった……。
結局、私の鼻の穴は、粘着性のローションで鼻タレ小僧のごとくガビガビになっただけだったのである。うーむ、やはり鼻の穴とアソコも違うのか? なら、次は肛門で……しかし肛門が貼りついたら困るよなぁ。頼む、誰か、試してみてくれぇ!
キャッシングも女王
久し振りに実家に電話をかけたら、母親が情けなさそうな声で、こう言った。
「週刊文春、読んだわよ。ねぇ、あなた……むじんくんからお金借りてるって、ホントなの?」
しまった……!
私は受話器を握ったまま、宙を睨んで唸っちまったぜ。
調子に乗ってウッカリ忘れてたが、うちの親は『週刊文春』の読者であったのだ。
普段から娘の常軌を逸したムダ遣いに心を痛めつつ、それでも「印税の前借りなんてさぁ、この業界じゃ常識なのよ、常識」などという娘のタワゴトを信じて、「ま、仕方ないわね。特殊な業界らしいし……」と、無理やり自分を納得させてきた、善良で小心な母親。だが、彼女は知らなかったのだ。まさか娘が、サラ金まで利用してたとは……!
がぁ――――ん!!!!
すいません、お母さん。バレちゃったから開き直って告白しちゃうけど、あんたの娘はTVCMでお馴染みの「ラララ、むじんくん」に二十万円借りて、毎月一万円ずつ返してる身の上なんですぅ。
しかし、これには深いワケがある。読者諸君、聞いてくれたまえ。女王様がむじんくんから金を借りるにいたった、愚かしくも情けない事情を……。
何度も言ってるコトだが、女王様は金持ちではない。収入はすべてアメックスの支払いに消え、預金通帳の残高は、常に限りなくゼロに近い数字を記録している有り様だ。そんなコトは、私を直接知らない世間の人々にすら知れ渡ってるはずである。
なのに、皮肉にも、私を直接知ってる友人たちは、その事実を認識してないのだ。目の前でパッパカと気前よく金を遣う私を見て、彼らは「なんだかんだ言って、中村、金持ってんじゃん」と勘違いしてしまうらしい。
で、こーゆーコトが起きる。ある日、親しい友人が、びしょ濡れの仔犬のような目をして、私に訴えるのである。
「ねぇ、ごめん。お金貸して」
「い、いくら……?」
その金額は、人によって十万円だったり二十万円だったりするワケだが、もちろん宵越しの銭は持たない女王様、そんな大金は預金通帳に入ってない。
先日もそのようなコトが起こり、女王様は友人になけなしの十万円を都合した。が、その数日後、今度は別の友人が、濡れた仔犬の目で、
「お願い。二十万円、貸して」
「うううっ……!!!」
女王様の鼻の穴が、ピクピクと痙攣《けいれん》した。本来なら、「ごめん。私もお金ないんだ」と正直に謝ればすむ話である。が、そこは見栄っ張りの女王様。「お金がない」のひとことが、どーしても言えない! ちくしょー、それが言えるんなら、私の人生、こんなに逼迫《ひつぱく》してねーよっ!
で、女王様は、どーしたか。
「いいわ、任せなさい!」
力強く請け合うや、翌日、速攻でむじんくんに駆け込み、二十万円借りてだね、さも自分の金であるかのような顔で、件《くだん》の友人に手渡したのであるよ。
「返済は、いつでもよろしくってよ。ホーホホホホッ!」
ああ……バカだ! すげぇアホンダラだ! 自分で書いてて自分にムカついてくるほど大バカ女だ、私はぁ――っ!
こーゆーコトを書くと、「もしかして、女王様って、いいヒトなんじゃ……」などと善意に誤解する人がいるかもしれないが、それは違う! 私は断じて、「いいヒト」なんかじゃねーよ。友人の窮状を見かねて、という心優しい理由からではなく、友人にケチとかビンボーとか思われたくないという見栄の一心で金を貸しちまうのである。
そして、友人から「ありがとう、助かったよ」と言われた瞬間の、頭がクラクラするほど甘美な優越感……ホホホホッ、私は天下無敵の女王様よ! 二十万円くらい、屁でもないわよ、おならプープーよ。どんどん借りてちょうだい、毎度ありぃ!
おい、えーかげんにせーよ。「毎度ありぃ」は、むじんくんのセリフだろっちゅーの!
そんなワケで、このままいくと、「ショッピングの女王」は間違いなく「キャッシングの女王」となるであろう。虚栄という名の不治の病で、自滅の道を一直線。このまま死んだら、葬式費用もない女王様だ。夫よ、すまん。葬式代は、むじんくんから借りてくれぇ!
保険証まで差し押さえ!?
私には、選挙権がない。いや、ホントはあるんだけど、私自身が、自分に選挙権を認めてないのである。考えてもみて欲しい。都民税を滞納してる私に、都知事を選ぶ権利なんぞ、あるだろーか? いや、ない。絶対ないね。そんな不条理、都が許しても私が許さん。
世の中、金を払わんヤツには、何も要求する権利がないのである。水道料金を滞納すれば、水道は止められる。電気もガスも、同じコト。しからば、都民税を滞納してる私が都知事選に参加する権利を有していいはずがないではないか。うーむ、なるほど。自分でも惚れ惚れするほど、もっともな理屈である。
てなワケで、都知事選には並々ならぬ興味を持ちながら、身の程を知って、あえて選挙権を行使しなかった謙虚な女王様であったのだが……しかし!
そんな女王様に、「てめぇ、もっと身の程を知りやがれ!」と言ってきたヤツがいる。何を隠そう、港区役所国民健康保険課である。
じつは数日前、病院に行った女王様は、そこの受付で大恥をかいてしまった。女王様の保険証が、遠慮がちに差し戻されたのである。
「あのぉ……この保険証、期限切れですよ」
「ああっ、すいません! やだ、どうしよう……」
「いいんですよ。切り替え時期ですから、ウッカリなさったんですね。今度、新しい保険証を持ってらしてください」
病院の受付の女性は優しく言ってくれたのだが、女王様の心は不吉な予感にザワめいた。
保険証の切り替え時期ですって!? でも、新しい保険証なんか受け取った覚えがないわ。もしかして、私、ウッカリと捨てちゃったのでは……!?
住民税だの保険料だの国民年金だの、女王様が滞納してる公共料金は数知れない。そして度重なる督促に脅える女王様の脳には、ついに独特のブロック・システムが作られてしまった。すなわち、区役所等から来る封書は速やかにウッカリとゴミ箱に葬られ、二度と思い出すコトのないよう、記憶にも封印が施される仕組みである。
大変便利な仕組みだが、たまに督促状以外の大切な書類までゴミ箱行きにする危険性もあり、そこらへんのセキュリティ・システムの完成が目下の課題となっているのだ。
あーあ、そのうち、こんな日が来るとは思っていたが、やっぱりやっちまったか……。
女王様は嘆息し、しぶしぶ区役所の保険課に電話をかけたよ。
「もしもし、あのぉ……新しい保険証、届いてないみたいなんですけど……?」
「申し訳ありませんっ!」
電話口に出た女性は、心の底から恐縮した口調で答えた。
「こちらの手違いかもしれません。お調べしますので、少しお待ちください!」
そして、待つコト数分……次に電話口に出たのは、先ほどの物腰柔らかな女性ではなく、心なしかフテた口調のオヤジであった。
「あーもしもし? 中村さん?」
「………」
あ、なんか悪い予感。女王様の顔から血の気が引いたね。
このテのフテオヤジの口調には、心当たりがある。己の立場が有利であるコトを知っている者の、余裕の声音……しまったぁ! おまえは督促係だなっ!? ってコトは、もしかして……!?
女王様の危惧は当たった。保険料滞納のため、女王様には新しい保険証が交付されなかったのである。
どひゃあ、恥ずかし〜! ついに保険証まで差し押さえられたとは、中村うさぎ、人間失格もここまで来たら本物だ。生まれてきて、すいましぇ――ん!
選挙権なんかいくらでも自粛できるが、さすがに虫歯やインフルエンザは自主規制できない。保険料滞納してるクセに、図々しくも保険証を使い続けていた厚顔無恥の女王様に、ついに政府から怒りの鉄槌《てつつい》がくだされたのであった。
バカも――ん! 金払え、中村――っ(by納税課)!
諸君、女王様はこれから、膨大に溜まった国民健康保険料をなんとか捻出するため、ただちに金策に走らねばならぬ身の上だ。家の中で、ノホホンと原稿書いてる場合じゃねーんだよっ!
そんじゃ、行ってきまーす!
ブティックの鏡は謎
つい数週間前のコトである。例によってフラフラと街にさまよい出た女王様は、紀尾井町の「フェンディ」で、とてつもなくかわいい毛皮のベストを発見してしまったのであった。
そもそも女王様は、めっぽう毛皮に弱い。それも、ミンクやらチンチラやらウサギやらリスやら、罪のない愛らしい小動物の毛皮が大好きなんである。なんと、地球にやさしくない女であろーか。ディズニー映画なんかだったら、文句なしに悪役だね。森の仲間たちを殺して身にまとう残虐で欲深な女王様……こりゃもう、動物愛護協会から、いつ、刺客が送られてきてもおかしくない存在だよな。
ま、それはともかく。
女王様がフェンディで見つけたのは、茶色のウサギのベストであった。フカフカした手触りとシンプルなデザイン。たちまちポーッとした女王様は、さっそく試着室で着てみたよ。
なんと、サイズもピッタリ。思ったとおり、すっげぇかわいい。いや、私がかわいいんじゃなくて、ベストがね。
そもそも毛皮は肥って見えるから要注意なのだが、心配したほどデブには見えない。さすが、フェンディ。きっとカッティングだか縫製だかの職人が一流なんだわ。やっぱ、一流ブランドは違うわよ。ホホホホッ!
で、もちろん女王様はそのベストをお買い求めになり、ワクワクしながら帰宅して、鏡に我が身を映してみたらば、
「あんた……誰―――っ!?」
そう。鏡の中に映っていたのは、さっきブティックで見たのとはまったくの別人……茶色い毛皮のチャンチャンコを着たマタギであったのだ!
マタギだよ、マタギ。わかるか? 雪山の中で熊とか撃ってる猟師のオッサンだよっ!
女というよりはオヤジに近い、そのふてぶてしい体型。顔は大きく首は短く、胴回りはボッテリと肉厚、脚はあくまでも太く短く……って、おいこら、ちょっと待て! なぜなんだーっ!?
ブティックの鏡には、あんなにかわいく映ってたのに……なんで、家に帰ったら、いきなりマタギに変身してんだよっ!?
しかも、デブだ。許せないほどデブなんだよ。毛皮なのにスラリと美しく見せる、フェンディの一流職人の腕は、どうなったんだぁ―――っ!!!
でも、よくよく思い起こしてみれば、こーゆー体験は初めてではなかった。むしろ、以前からずっと、不思議に思っていた現象なのである。
どうして、ブティックで試着した時には「いーじゃん、似合うじゃん」と思った服が、家に帰って着てみると、全然似合わなくなってるんだろーか? これは、女王様にとって、エジプトのピラミッドよりも謎に満ちた、世界の七不思議だったのだ。
ねぇ、皆さん、なぜだと思います? この超常現象に対して、私が思いつく理論的な答えは、ふたつしかないよ。
ひとつ。ブティックの鏡にもマタギが映っていたのに、女王様は物欲と自己愛に目が眩《くら》んでて、正しく認識できなかった。
あるいは。ブティックの鏡はとんでもねー嘘ツキの詐欺野郎で、女王様はまんまと騙されたのであった……そーか、ちくしょー。「白雪姫」でお馴染みの魔法の鏡ってヤツか。そして私は、マヌケなお妃かよ。
しかしな、フェンディ。もしも、てめーんとこの鏡が嘘ツキ野郎だとしたら、女王様は許さんぞ。ウサン臭い安売り屋ならともかく、一流ブティックが嘘ついてどーする! 嘘つかないから、一流なんだろっ!? あたしゃねぇ、マタギになりたくて十五万円も払ったんじゃねーんだよっ!
そんなワケで、フェンディの鏡に大いに疑惑を抱いた女王様なのであるが……しかし!
その後、ますます納得いかない現象が起きてしまった。私が憤慨して脱ぎ捨てたベストを、夫が目ざとく見つけて着てみるや……あーら、不思議。とっても似合うわ。ちょっと、これ、どーゆーコトなのよ!?
ブランド物の服は、着る人を選ぶ。すなわち、フェンディは私を選ばず、夫を選んだのであった。金にモノ言わせて美女を手に入れたものの、とっとと若い男に乗り換えられたオヤジみたいな気持ちだよ、あたしゃ。
クソ、よくも恥かかせやがったな。覚えてろ、フェンディ!
あ と が き
早いもので、この連載を始めてから、一年半もの月日がたってしまった。こうして単行本になるコトなんぞ想像してなかったので、ヒネクレ者の女王様も、やっぱりうれしいっス。これで、たくさん売れてくれればもっとうれしいのだが、まぁ、そのへんは……ねぇ。高望みしても、しょうがないしさ。
最初、週刊文春から連載のご依頼をいただいた時には、何かの間違いではないかと思ってしまった。私にとって文春という雑誌は、政治とか経済とかの難しい話がたくさん載ってる「なんか、エラい雑誌」なのであって、そんなエラい雑誌が私なんかに仕事をくれるワケがないと、これは謙遜とかじゃなく、マジにそう思っていたからである。
この「何かの間違いでしょ」感は、いまだに完全に払拭されず、私の中にわだかまっている。たぶん、私だけでなく周囲の人間たちも、「なんで、うさぎが文春に書いてんだろ」と、疑問に思ってるはずだ。その証拠に、「ねぇ、まだ続ける気? 大丈夫なの?」という心配の声が、一年以上たった今でも跡を絶たない。お世話になってるジュニア小説業界の人々は、「勘違いして政界にデビューしちゃったバカ娘」を見守るような、ハラハラした気持ちを味わってらっしゃるようである。心配かけて、すいません。ホントにバカ娘だからさぁ、私。
しかし、こうして五十回分の原稿に改めて目を通してみると、最初はオズオズしてた私が次第に大胆に(ってゆーか、ほとんどヤケクソに)なっていく様子が、手に取るようにわかる。九回目くらいまでは、けっこう日常的なモノを取り上げたりして、我ながら慎ましやかな買い物が続く。が、十回目の「シャネルの傘」あたりから、そろそろブランド物に話題がシフトし、どうやら徐々に得意分野に持って行こうとしてるようである。それでも、あんまり高いモノの話をすると反感買うんじゃないかと恐れて、傘だの手帳だのの小物から攻めてるところが、いかにも小心で情けない。
そして四十一回目のカルティエあたりから、いきなり、女王様は開き直るのである。連載を始めて十カ月、もうすぐ一年というあたりだ。その後は、怒濤のごとく居直りまくり、税金滞納問題やサラ金借金問題、二千万円の服飾費事件など、アラレもない女王様の実態が次々にさらけ出されるコトになる。こうなったら、読者の反感なんぞクソくらえ状態だ。実際、保険証が差し押さえられた話の時などは、読者様から怒りのお手紙が寄せられたそうである。「シャネルのジャケット買う金があるなら、保険料を払え!」という趣旨のお手紙だったようだが、お怒り、ごもっとも。私もそう思いますよ。ホントに困った女だよ、なぁ、みんな?
そんなこんなで、開き直った女王様がこれからどこへ行こうとしているのか、もはや誰にもわからない。本人にもわからないのだから、他人にわかってたまるかっ、という心境である。こうなったら、レールが失くなっても走り続ける暴走列車だ。破滅の断崖絶壁をまっ逆さま、借金地獄という名の奈落の底へシュポポポポッと消えていくのであろう。ああっ、自分で書いてて怖いっ! 奈落の底だけは勘弁してくれぇっ!!!
しかしまぁ、転んでもタダでは起きない女王様。離婚しても借金背負っても、なんだかんだ言って、芸のコヤシ(ホントかよ)にしてきた女である。いまだ足元は混迷をきわめる泥沼状態だが、必ず奈落の底から、手土産持って這い上がってくるであろう。そう信じなくちゃ、生きていくのがイヤになるよ、あたしゃ。
もしもその時までご縁があれば、この文春のコラムで、女王様の地獄の手土産を披露してやるぜっ! 首洗って、待ってろ(なんのこっちゃ)。
最後に、こんな私に目を留めて連載を依頼してくださった朝香氏、右も左もわからない私を導いてくださった初代担当の大川氏、今でも迷い続けてる私を支えてくださってる現担当の向坊氏、私にとって記念すべきこの本を作ってくださった単行本担当の内田氏、そして、毎回楽しい挿し絵を描いてくださる東京工作クラブさんに、心からの感謝を捧げます。皆さんのおかげで、なんとかここまで続けてきました。これからも、よろしくお願いいたします。
あ、それから、いちばん大切な読者の皆様。こんな私を応援してくださって、ありがとうございます。でも、ホントに応援してくれてる人なんて、いるんだろーか? 怒ってる人のほうが、多いんじゃ……ま、いっか。とりあえず、皆様、ありがとう。これからも、見守ってやってください。できれば怒らずに、ね(苦笑)。
文庫版あとがき
ここ最近(二〇〇一年六月三十日現在)、いろんなトラブルが立て続けに起こって、ガクーンと落ち込んでいる女王様である。が、なんといっても目下の最重要課題は、七月十日引き落とし予定のアメックスの支払い(百四十万円也)をいかにして払うか、だ。
そうなのだ、諸君。『週刊文春』誌上に「買い物の止まらないバカ女王様」としてデビューして、はや三年。私は相変わらず、収入と支出の帳尻が全然合わない暮らしを送っている。この本の印税も、もはや前借りしてしまった。新しく出版予定の本も、今のところ確定していない。となると、こんな私に金を貸す出版社があるはずもなく(現に一昨日、MW社からキッパリと断られました)、しかしそれでもアメックスの支払期日は厳然と粛々と目の前に近づいてくるワケで、どーすりゃいいのさ、思案橋。まったく、四面楚歌の女王様なのである。
それにしても、なんと懲りない女であろうか。懲りないからこそ「病気」なのだが、こーなると、病気というより脳ミソの構造自体に問題があるのでは、と、疑わざるを得ない。小泉純一郎に頼んで、私の脳ミソの構造改革して欲しいくらいだわっ! いや、マジに。
で、このような逼迫した状況下、この「文庫版あとがき」をしたためているワケなのだが、たった今、「文庫版あとがき」と書こうとしてキーボードを叩いていたら、ミスタッチして「文庫版あがき」と書いてしまい、笑うに笑えない女王様なのであった。ああ、そーなのよぉ〜! 私の人生、いつもいつも悪あがきなのよぉっ!!!
「分け入っても 分け入っても 青い山」(by山頭火)
諸君、今の私の心境は、こんな感じである。いや、山頭火がどんな心境でこの句を詠んだのかは知らんが、私の場合、どこまで踏み込んでも我欲と煩悩はわさわさと丈高く覆い繁り、その密度の濃い草いきれに窒息寸前とゆーか、もはや帰り道もわからぬほど深く踏み入って迷路状態とゆーか、要するに、「誰か助けてぇ〜っ!」なのであるよ。
思うに私は、死の覚悟もないまま、物見遊山で青木ヶ原の樹海に踏み入ってしまったバカ女だった……いや、ちょっと違うな。現実の青木ヶ原には入り口に「ここに入っちゃいかんよ」的な警告の立て看板があるそうだが、私の樹海の入り口には、そんなモノはなかったよ。私の樹海の入り口には、シャネルやエルメスのきらきらしい立て看板が並んでおり、その樹海の遥か果てにはシンデレラ城とおぼしき宮殿の楼閣が、たなびく霞に包まれながら朧《おぼろ》に浮かんでいたのである。
それは、私にとって、「成功」という名の宮殿であった。野望の道を突き進み、途中でシャネルだエルメスだといった武器や防具を手に入れつつ、最後にあの華やかな宮殿にたどり着く……そんなストーリーを勝手に思い描いて意気揚々と踏み込んでみれば、この始末。「分け入っても 分け入っても 青い山」(by山頭火)なのであった。女王様、ハラホロヒレハレと腰砕け〜。仰ぎ見れば、もはや宮殿の姿など跡形もないし……ちょっとぉ〜、あれって蜃気楼だったの――っ!? 何よ、詐欺じゃないのよ、金返せっ! いや、お金はもう返していらんから、とにかく私をここから連れ出してぇっ!!!
と、まぁ、こんな次第なのでありますわい。
中村うさぎが「見栄と野望と自己顕示欲」の三種の神器を手放さぬ限り、この樹海から無事に生還する手立てはない。それはわかっちゃいるのだが、しかし、民よ。この中村から「見栄と野望と自己顕示欲」を取ったら、いったい何が残るとゆーの?
己の愚行を書き綴るという作業が、アリアドネーの糸のごとく、いつか私を迷宮から導き出してくれるのかと、本気で期待していた日もあった。だって、精神科医の先生も、そうおっしゃってたんだもん! が、今となっては、それもまたお伽話であったと、弱々しく苦笑するばかりである。人間の心の樹海は、生半可な迷宮ではなかったのだ。
それでも、中村うさぎは今日も進むわ! 徐州徐州と人馬は進む、女王様もまた進む。その行き着く果てに何があるのか、シンデレラ城か、はたまた地獄の伏魔殿か……どうか、笑って見守ってやってください。
初出誌
『週刊文春』一九九八年五月十四日号〜一九九九年五月十三日号
単行本 一九九九年 文藝春秋刊
底 本 文春文庫 平成十三年九月十日