足立倫行
アダルトな人びと
もくじ
プロローグ
T エロ事師の王国
村西とおるの履歴書
処女喪失とかすかな「愛」
秘密のアルバイト
王国の一週間
U クイーンたちの肖像
〈沢木まりえ・20歳〉
〈樹まり子・21歳〉
〈豊丸・26歳〉
〈三上るか・31歳〉
V 性の求道者
代々木忠の実験室
チャネリング
任陜の道を捨てて
女子社員の打ち明け話
男のオーガズム
W 「業界人」の交差点
〈並木翔・元男優〉
〈高橋五郎・マネージャー〉
〈石井始・監督〉
〈寺田農・俳優〉
X 異端のゲリラ軍団
安達かおるの原風景
危険な美学
演技かレイプか
「後味は悪いほどいい」
AV界のヌーベルバーグ
取材ノートから
あとがき
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プロローグ
「ルイちゃんに選ばれたい人、手を挙げて」
司会者が言うと、「ウォーッ」とも「イェーイ」とも聞こえる歓声が沸き起こり、広場を埋めた学生たちがいっせいに手を挙げた。
一九九一年六月六日、川崎市生田の専修大学構内。特設ステージが組まれた四号館前には、主催する学生プロダクションの推計でおよそ六百人、生け垣の向こうや校舎の窓から顔だけのぞかせているのまで含めると千人近い学生が集まっていた。九十九パーセントが男子学生である。
学内サークルの学生プロダクションが六月のこの時期に昼の休み時間を利用してイベントを行なうのは例年のことだった。今年は、ステージうしろの大きなタテカンに書かれているように、〈アダルト・ランチ・タイム'91桜樹《さくらぎ》ルイのルイは友を呼ぶ〉。ゲストは人気 |A V《アダルト・ビデオ》 女優の桜樹ルイである。
金と黒の豪華なレースの衣裳を着てステージから笑顔を振り撒《ま》く大柄だが童顔の若い女性。彼女の一挙一動に敏感に反応するカメラ片手の若者たち。その光景だけ見ると、アイドル・タレントとファンの交流以外の何物でもない。
「それでは始めましょうか」
司会者に促され、桜樹は打ち合わせ通り、コーナー名をセクシーな口調で告げた。
「ルイちゃんの秘密教えて、あ、げ、る」
腰を少しくねらせて観客の方を指差す。ワッとばかりに会場が沸き立った。
ルイちゃんの秘密教えて、あ、げ、る<Rーナーとは、単に桜樹のプライベートなことがらを質問して、出場した四組八人の男子学生に解答させるコーナーである。
「ルイちゃんの趣味は何でしょうか?」
質問を読み上げるや否や、会場から「オナニー」と声が返ってきた。司会者は笑って、「何かを集めてます」とヒントを出した。
「ルイちゃん、正解は? はい、パンティーですね。では次の質間。ルイちゃんの初体験の場所はどこでしょうか?」
会場から再び、「焼肉屋!」「焼肉屋の二階!」などの声が飛んだ。私は、驚いた。
「アルバイト先ですが、正解は? そう、焼肉屋さんの彼の家でした」
プログラムは拍手と笑いに包まれながら次のコーナーに移ったものの、私の受けた驚きはまだ尾を引いていた。
私の場合、AV女優桜樹ルイを取材に来たのだから、彼女の初体験については前もって調べている。高校二年の十六歳の時、当時アルバイトをしていた埼玉県の焼肉屋で、店の店長と最初の性交渉を持った。具体的には店の二階だ。これは彼女自身がAV作品やビデオ雑誌の中で何度か明かしているので、本当に事実かどうかは別にして、秘密ではない。
しかし、公開の場でクイズの問題とされ、正解≠ェ瞬時に返ってくるとは……。二十一歳の一人の女性の初体験に関して不特定多数の人間が知っていて、それが真っ昼間の屋外で共通の話題になる、いやもっと言うとコミュニケーションの重要な手段とさえなっている。考えてみれば、異様なことだった。
私はこの一年ほど、AVのことを知ろうといろいろな関係者に会ってきた。ビデオ・レンタル店や問屋から始まって、メーカー、モデルプロダクション、監督、スタッフ、男・女優とさまざまな人たちに出会い、話を聞いてきた。昔から映像による性表現に関心があったのに加え、ここ数年のAV業界の隆盛ぶりに目をみはったからだ。年間約千人に達する新人AV女優、月平均四百本近い新作リリース、ホテルや旅館用を含めると総額二千億円といわれる大きな商品市場。一九八一年の誕生から丸十年を迎え、AVは日本の性文化の中できわめてユニークで確固とした地位を占めつつある、そう思ったのだ。
が、残念ながらまだまだ見方が甘かったようだ。AV界の人気者が、一般大学生の間でこれほど明るく抵抗なく、同世代のスターとして受け入れられているとは予想できなかった。彼らの下半身と直接結びついているという意味では、芸能界のスターよりも、むしろ親近感は強いのかもしれない。
ステージの上では、桜樹が最後の曲を歌い一礼した。四十分のプログラム終了である。
「町で会ったら、声かけて下さいね」
桜樹がニッコリ笑って言うと、広場の学生たちは総立ちになって拍手と歓声を送った。退場する後ろ姿に、「頑張って」「抱かせて!」「どっか食事に行こうよ」などの声が次々と浴びせられる……。
ステージを降りた桜樹に話を聞いてみた。
「私、ここまで自分がこれるとは思っていませんでした」
あいだももと並び一九九一年のAVクイーンと見なされている美少女は、持ち前の愛くるしい笑顔を見せて言った。
「この世界に入るまで自分に全然自信なかったし、人前で裸になる女の人に偏見があったし。でも、実際にやってみると、女優さんもスタッフもみんな一生懸命やってる世界なんですよね。サイン会なんかで頑張って!≠チて、特に女性に言われるとすごく元気が出ちゃう。これからは、新人の子が次々出てくるので競争が大変ですけど、絶頂期を少しでも延ばせるよう頑張りたいと思います。あとは、マネジャー次第ですね」
桜樹は隣にいた黒ずくめのスーツ姿の男をチラッと見た。桜樹の愛人と噂されるマネジャー兼AV男優は鷹揚《おうよう》に頷《うなず》いた。
青空の下、コケティッシュなスターが去ったあとも大学キャンパスの広場には不思議な昂揚感が渦巻いていた。
私は、上気した顔つきで行き交う学生たちを眺めながら、AVが現代日本で市民権を得たことの意味を、自分なりにもう一度考えてみようと思った。
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I エロ事師の王国
村西とおるの履歴書
業界最大手、ダイヤモンド映像の現場取材はそれが二回目だった。今回はロケ撮影ではなくスタジオ撮り、処女喪失モノだという。
ダイヤモンド映像にはベテラン沢城昭彦監督の人気シリーズ『真性処女喪失』があり、タイトルを変えて受け継いだ『新処女喪失』も定番シリーズとなってこの時点(一九九〇年八月)で合計七本制作されていたが、今回は同社の名物助監督八木裕二郎が男優として出演する新シリーズを九月から開始することになり、その第一作に処女を起用するというのである。
それにしても、何とわびしい陣容だろう。
「もっと右。そうそう、にこやかに歩いて。ま、いいんじゃねェか」
路上で三脚に据えたべータカム(業務用ビデオカメラ)を覗いているのは監督兼カメラマンの日比野正明だった。その脇でマイクを突き出しているのが入社したばかりの制作助手。助監督にして今回主演男優を演じる八木は、カメラから少し離れた場所で、汗まみれになって二人の女性に銀色の反射板を向けていた。
新シリーズの第一作だというのに撮影スタッフはこの三人のみである。前回八ケ岳で取材した同社の作品では、女優が一人だったにもかかわらず、プロの照明助手まで付く総勢九人の豪華スタッフだったのだが。
AV一本の制作費は二百五十万円から五百万円、ダイヤモンド映像の場合ならせば三百五十万円といったところである。しかし、御大村西は先日、「マットレス一つで撮ることもあれば、ツアーを組んで海外で撮影することもある。要は作品の狙い次第」と語っていたから、今回はどうやら前者の方らしかった。
「はい、そこでなぜか二人が出会う。会ったら二人で、なぜかカメラを振り返る、と」
かなりいい加減な日比野の演出に、顔を見合わせた二人の女性は思わず吹き出した。
いい加減といえば、五分前に決まったばかりの南果歩子という処女の女性の芸名も相当にいい加減だった。彼女のメーキャップ中に、八木と日比野が「安田成美にちょっと似てる」「うん、いや、南果歩かな?」など二こと三こと言い合い、イメージカットの撮影のためスタジオの外に出てから突然日比野が、「南果歩子ちゃん、そこに立って」と呼びかけ、それで芸名が確定したのだ。
もう片方の女性の芸名は浅野響子だった。彼女は一ヵ月半前に撮影された『新処女喪失PART8』に出演している。今回は助演で、日比野によれば「処女にアドバイスする元処女の役」だと言う。芸名の由来はもちろん、女優の浅野温子にほんの少し似ていたからだ。
「知ってる人に見られたら、どうしよう?」
色白で小柄な南はそんな言葉を洩らしたが、表情は明るく、日比野や八木の冗談によく笑い、緊張しているようには見えなかった。都内の有名私大の二年生、十九歳。「この年で処女なんて恥ずかしい」が出演の動機だと言う。
「この服見て! 私って何者なんですか?」
プロポーション抜群の十八歳の浅野は、南の清楚な夏服と違ってケバケバしい赤いドレスをあてがわれ、不満そうな顔付きだった。昼間はOLで夜はミニクラブで働いている。二人とも話した感じではごく普通の若い女性だった。取材前に本名と住所を公表しないよう何度も念を押されたくらいだ。
「よーし、女の子オーケー。次、八木のオープニングのコメントね。カメラを女の子から振るから、そこで一言」
日比野のカメラワークは実にテンポが速い。ほとんどNGもないまま「女優のイメージカット」とやらを撮り進め、スタジオ近くの路上撮影も最終カットとなった。
八木がカメラの前に立った。
「ワハハハ、ターザン八木のデスマッチョ<Vリーズ、処女と非処女とゴリラーマン、行くぞォ!」
両目を見開いて歯を剥《む》き出した。
百七十センチ八十キロ、高校時代にラグビーで鍛えた小太りの体が威嚇のポーズを取ると、ターザンというよりゴリラに近い。過去十二回も処女の相手役として処女喪失シリーズに出演している八木は、「今度は僕の新シリーズなのでパターンを変えたい」と言っていた。「インタビュー中にいきなり押し倒して本番に持ち込んでみようか」などと。
八木の狙っている絵柄はわかる気がしたが、日比野監督の狙いの方はいま一つわからなかった。
正午過ぎ、スタジオ撮影が始まった。
ダイヤモンド映像の本社は渋谷区上原にあるが、目黒区青葉台のこの三階建てのスタジオ・ビルは、急成長の同社が一九九〇年四月まで本社社屋として使っていた建物だった。一階に傘下の日本ビデオ映画の事務所があり、二階三階が撮影スタジオとなっている。
本日の女優≠スちはその三階の一室にいた。椅子一つないガランとした室内に布団が一枚敷かれ、着衣のまま並んで腰をおろした二人が、初体験にまつわる先輩後輩の会話を交わすという場面である。
最初から妙によそよそしい会話だった。進行予定に忠実な学生口調の南に対し、浅野の方はマイペースでのらりくらりの返答。日比野がカメラを覗《のぞ》きながら何度も煽《あお》った。
「フェラチオのこと、もう少し聞きなさい。ディテールをもっと、味とか、感触とか」
二人はお互いの顔を見合い、続けた。
「フェラチオどうだった?」
「気持ち悪かった」
日比野が怒鳴る。
「何だ、その大まかな言葉遣いは!」
部屋の隅で聞いていた私は思わず笑ってしまった。と同時に、こんなことで果して一本の作品ができるのだろうかと思った。
ダイヤモンド・グループの方針の一つに、各監督は撮影当日になって初めて女優に会うこと、というのがある。「出会いの新鮮さを失なってほしくない」(村西)からだ。
理解はできる。しかし、今回のような場合はどうなのだろう。一人は素人女子大生の処女でもう一人も処女同然の女性、お互い知り合いでもないから相手に関心もなく、しかも二人とも、「AV出演はこれでおしまい、もう出ない」と言っているのだ。撮る側と撮られる側の事前のコミュニケーションが足りないのではないか?
およそ四十分が経過した。
二人の女性のとぎれとぎれの会話は、日比野の叱咤激励でどうにか自慰体験談の段階までこぎつけたものの、浅野が不意に「あーあ、お腹すいちゃった」と口にしたとたん、撮影現場にわずかにあった張りつめた空気が消し飛んでしまった。
「よーし、わかった、わかった。腹減ってんじゃしょうがねェよな。二人とも下の食堂でメシ食ってきなさい」
日比野が三脚からカメラを取り外し、やけくそ気味に叫んだ。
撮影中の食事はスタッフと出演者が一緒に取ることになっている。
ところが、二人の女性が仕出し弁当の置いてある一階へ降りて行くと間もなく、三階では日比野と八木の間で議論が始まったのである。それも、作品の根幹に関わるものだった。
発端は、日比野の「午後は、処女のオナニー・シーンから撮ろう」という発言だった。
「オナニー? そんなものいらないよ。それ、絶対よくないよ」
即座に八木が反論した。
さきほどまではVE《ビデオ・エンジニア》として機材の調整など裏方の仕事に徹し、沈黙を守っていたが、自分の第一回主演作品の構成上の話となると、背筋も伸びる。声も大きくなる。八木は絨毯《じゆうたん》に坐り直して日比野と向き合った。
「オナニーなんか入れてどうすんですか、いつもそれでダメになっちゃう」
「でも、処女ってセックスなんて感じないよ」
「大丈夫だよ。第一、そんなことやってる間に処女がダルくなっちゃうよ」
監督の日比野は二十九歳、助監督の八木は二十四歳。八木にとって日比野は年上であり制作部の先輩だった。けれど村西を別格として、社内の上下関係がきわめて緩やかなのがダイヤモンド映像の特色である。住み込みの二人は、本社ビルの同じ部屋の二段ベッドに寝起きするルームメイトでもあった。
「じゃあどうすんの?」
「インタビューに出て、安心してるところを、押し倒してアレですよ」
「それこそダメだ。処女なんてものはやっちまえば終わり、あと何もないよ」
「だからね、突然の処女喪失の驚きぶりを描くんですよ。そこがいいんだから」
この日初めて出会った女性の処女をいかに奪うかについての甲論《こうろん》乙駁《おつばく》。考えてみればとんでもない議論なのだが、二人の表情も態度も真剣そのものだった。
八木はこれまでの処女喪失モノのパターンをあえて崩して、実験≠やろうとしていた。日比野は、それを冒険すぎると諫《いさ》めていた。八木には、処女の扱いに対する自信と自分の名前を冠した新シリーズヘのこだわりがあり、ふだんから自作以外の作品の編集を手がけているベテラン編集マンの日比野には、「その方法では六十分の作品がもたない」という確信があるのだ。
私は二人の議論が始まった当初、「え、そんな基本的な合意もできていなかったの?」と半ば呆れた気持ちだった。
しかし、考えてみればAVメーカーの制作部というのはもともと何でも屋である。演出だけ行なっているわけではない。日比野は一日の多くの時間を編集室で過ごしているし、八木は広報部兼任なので来客や電話の応対に忙しい。撮影となれば、車の運転から食事の手配、現場でのカメラマン、音声、VE、照明、必要に応じて男優役まで、何でもこなさなければならない。こうした繰り返しの中で日常的にAV作品を作っているのだから、ろくに事前の打ち合わせもしないで撮影に突入してしまうことなど、日常茶飯なのだ。
もっとも、二人が議論してくれたおかげで、それまで曖昧《あいまい》模糊《もこ》としていた日比野の演出意図が、こちらにも見えてきたのはありがたかった。
日比野は従来の処女喪失シリーズのパターンに固執しているわけではなかった。そうでなければ、処女と元処女を組み合わせたりはしない。ただ、喪失後すぐにセックスの喜びを知ってしまった女≠ニいう、当初漫然と想定していた元処女の役が、実際の浅野に会ってみると難しそうなので、八木と浅野の独立したカラミのシーンを取り止め、代わりに浅野に、処女に対するアドバイス役をやらせたいのだ。
一見安直なようだが、必ずしも余裕があるわけではない現場の諸事情を考慮すると、それなりに現実的な判断のように思えた。
「うーん」
八木は太い腕を額に当てて捻《うな》った。
顔を上げ、しばらく残念そうに口を半開きにして天井を眺めていた。それから肩で大きく息を吐くと、やおら腰を上げて言った。
「よし、わかった。メシにしよう!」
時刻は午後一時四十分になっていた。
AV界の帝王≠アと村西とおる監督率いるダイヤモンド・グループはAV業界に君臨している。ダイヤモンド映像、ビックマン、パワースポーツ企画販売など、五つのAV系制作、販売会社を経営し、擁する契約監督は伊勢鱗太朗、清水大敬ら業界の実力者十二名。黒木香、松坂季実子など九名の人気女優を専属として抱え、二十名の社員で年間約五十億円を稼ぎ出している。
弱小メーカーが多いAV業界の中では、ダイヤモンド帝国とでも呼ぶべき一大勢力を築いているわけだが、ここにいたるまでの歴史はさほど古いものではない。
友人の西村忠治(現クリスタル映像社長)とクリスタル映像を設立しAV業界に参入したのが一九八四年六月。AV監督村西の名前が認知されたのが五年前の立川ひとみ(膣《ちつ》が二つある女として喧伝された)主演の『恥辱の女』。クリスタル映像を去って資本金一千万円でダイヤモンド映像を設立したのは一九八八年十月、わずか三年前のことでしかない。
一般には村西は、AV女優出身の初の「文化人タレント」黒木香の恋人′島師匠≠ニして知られているかもしれない。村西の演出、黒木の主演で一九八六年十月にリリースされた『SMぽいの好き』は、あらゆるメディアに取り上げられ一種の社会現象となったからだ。
あるいは一九八六年十二月、総勢十六名の海外ロケ敢行中、ハワイで旅券法違反で逮捕され、百八十八日間の長期拘置と十五万ドルの罰金刑を受けマスコミで大々的に報道されたから、そちらのほうを覚えている人もいるだろう。
しかし、AV業界での村西は、数々のアイデアの発案者であり実践者だった。カメラの前で監督がパンツを脱ぎ本番行為に及んでしまうというのは村西が最初だった。今やカラミのラストシーンの常識となっている顔面シャワー(精液の顔面発射)も、意図的に使い始めたのは村西である。見せる体位として駅弁ファックを考案したのも彼だった。村西は持ち前のサービス精神と派手なパフォーマンスによって、それまでのAVに残っていた淫靡な空気を払拭し、新時代の明るいエッチ≠フ提唱者となったのである。
映像面以外では、専属女優制度を採り入れて最大限活用し、それまでのモデルプロダクション主導型の制作形態からメーカー主導型の制作形態へと変換させたことが大きい。美少女本番路線を強引に押し進め破格の高額出演料で美形AV女優を掻き集めたため、業界では「ギャラ釣り上げの元凶」とも目されている。
村西とおること草野博美は一九四八年、福島県いわき市に傘直し職人の末っ子(長男)として生まれた。極貧の幼少年時代を過ごした。地元の工業高校卒業後上京してホストクラブのホストになったのは、「何とか貧乏から脱け出して金を儲けたい」と思ったからだ。以後、金儲けのためなら何でもやる上昇志向一筋の半生が始まる。
二十代前半で英語百科事典のセールスマンになり自称日本一≠達成。北海道に渡り英語学校を開くがこれは失敗。テレビゲーム機の普及期に一山当て、その資金を元にビニ本チェーンを展開し大成功を収めて一躍億万長者となる。しかし、裏本に手を出したことから全国指名手配を受け、三ヵ月の逃亡の末逮捕されて懲役一年六ヵ月執行猶予四年の判決を受けた。一文なしの風来坊となったのが三十四歳の時、クリスタル映像設立の一年前である。この間に二回結婚し、二度離婚している。
まさに波乱万丈の半生だが、成功に酔い痴《し》れているうちに内部から組織が崩壊していく、という苦い体験を何度か味わった結果、村西は業界でも例を見ない変わった制作体制を確立した。
それが、合宿生活だった。御大村西と制作部のスタッフが本社社屋に住み込んで起居を共にするのである。二十四時間仕事中心。休日なし。私生活なし。去る者は追わず。まさに、ポルノ絶対王国とでも呼ぶべき超ワンマン体制を築いたのだ。
「世界一のAVメーカーを目指す!」
日本一に飽き足らない村西は、酒も煙草も断ち、運命共同体の村西軍団のメンメンに、日々そう叫んでハッパをかけているのである。
処女喪失とかすかな「愛」
「えーッ、やーだ。私やらないよ、オナニーなんて。絶対やだからね」
午後二時、三階の部屋の外に置いたモニターの前で、「次は響子ちゃんね」と日比野に言われた浅野は、あからさまにいやな顔を見せた。
足許のモニター画面には、俯瞰《ふかん》で見下ろした部屋の中の南が映っていた。南は涼し気なノースリーブのワンピースのまま、敷かれた布団の上に仰むけになっていた。スカートの一端が持ち上がり、片方の手が白いパンティーに差し込まれている。午後の撮影最初の自慰のシーンだった。ただし、南の手も体もピクリとも動いていない。
「えーと、やっぱり私、できませーん」
扉の向こうから明るく間のびした南の声が聞こえてきて、日比野が部屋に入って行った。
モニターの前に横坐りになった浅野は、硬い表情をして、日比野と南が話し合っている画面を見るともなく眺めていた。八木は浅野の背後で腕組みをして立っている。制作助手の後藤は八ミリビデオカメラのバッテリーを交換していた。
部屋から出てきた日比野は、後藤からその八ミリビデオを受け取り、モニターに見入っている浅野にビデオカメラを向けて撮影し始めた。
「オナニーが始まりましたね」
「…………」
浅野は返事をしない。
画面の中では、南の右手の先がほんの少し動いたようだったが、すぐに止まった。
「浅野さんの場合はどうですか?」
「……あんまりしなかった」
「じゃ今度は二人でオナニーしましょう」
「いやです。私、聞いてないことはやらない」
浅野はキッとなって日比野を見た。
「この間だってアナルなんか聞いてないしさ、そういうのいやなんですよ!」
一ヵ月半前の最初の撮影のことらしい。どうやら浅野にはその件が深くわだかまっているようだった。
日比野はビデオ撮影を中断して、脂《あぶら》っ気のないボサボサの頭を手で掻いた。
「オナニーなんてさ、最低レベルのことでしょ? オナニーいやだ、フェラチオいやだなんて言ってたら、ビデオなんて進まないでしょ?」
表情を変えず一本調子で言う。
「無理なこと言ってんじゃないんだからね。ビデオ始まっちゃったら、そういうのやめてよ。ヘンな要求してるわけじゃないんだから」
「いやなことはいやってハッキリ言えって言われたもん」
浅野は完全に開き直ったように思えた。いつの間にいなくなったのか、周囲に八木と後藤の姿はなかった。ひっそりとした自慰行為を終えた南が、部屋の入口までやってきて、坐り込んでいた。なりゆきを見守っている。
「私、頭にきてんだから。ギャラも違ってたし、写真どこにも出さないって言ってたくせにスポーツ新聞に出しちゃうし」
赤い網タイツをはいた長く太い足を日比野の目の前で組み直し、煙草に火をつけた。
「知らないよ、それは。ギャラのことはプロダクションに言ってよ。とにかく、イヤイヤやってんだったらやめたほうがいいよ。画面にモロ出ちゃうからね」
気まずい沈黙が続いた。日比野はしきりに腕時計を見る。午後二時五十分だった。
青葉台のスタジオに到着したのが午前十時五十分だから、すでに四時間が経っていた。南は友人との約束があるので午後七時にはスタジオを出なければならない。なのに処女喪失はおろか、服を脱ぐ場面すらまだ撮ってない。二人とも朝から同じ衣裳を着たままなのだ。
私は、これで今日は撮影中止かな、と一瞬思った。
しかし……、女性心理とAVの展開というのは予想もつかない。
先刻まであわや撮影中止かと思われる深刻な雰囲気だったのに、モニター画面に映っているのは快感に身悶えする浅野の顔のアップなのだ。
監督と女優の激しい口論があった二十分後のスタジオは、何一つ問題が解決されないまま、ごく平常なAVの撮影現場へと戻っていたのである。
浅野の拡げた両足の間にしゃがみ込み、彼女の股間を刺激しているのは助手の後藤だった。その足許に八木と南が並んで坐っている。八木は理科教室で解剖用動物を前にした教師のような口調で、南に聞いていた。
「どこに触ってるかわかりますか?」
「あそこ」
「あそこってどこ?」
「え? 膣とか言うんですか?」
思わず布団の上で膣≠触られていた浅野が笑い出す。
この日の主役である南は、どんな事情があり、どんな覚悟をしてきたのかわからないが、撮影にはきわめて協力的かつ積極的だった。余分なことは喋《しやべ》らないけれど頭の回転が速く、自分に要求されていることをいち早く察知してそれに応えようとする。
「思うがままに触って」
今度は八木に促され、南がおそるおそる八木のブリーフの上に指を這《は》わす。
「どう、具合は?」
「何か、張ってる感じ」
「張ってるんです」
いったん撮影に入ってしまうと、ほぼ八木の独壇場だった。師匠村西譲りの饒舌《じようぜつ》な丁寧語を駆使し、圧倒的な余裕でグイグイと現場を仕切って行く。
村西に言わせると八木は「AV界のブロイラー」だった。二十歳の年にAV作品の中で初体験をし、以来男優として出演した作品はおよそ二百本、AV以外での性体験が皆無という世にも稀なAV界純粋培養人間なのだ。子供の頃から人一倍精力が強く、小学校六年で自慰を覚えてから今日まで十二年間、たとえ撮影のある日でも自慰を欠かしたことのない絶倫男だが、同時に、年老いた埼玉の両親に毎月仕送りを続けている孝行息子でもあり、「一度でいいから好きな人とセックスして体の中に射精してみたい」と憧れる純情(?)この上もない青年でもある。
午後の撮影開始からすでに四十分が経過していた。
「入れていい?」
八木が浅野に尋ねた。
「いいよ」
受け入れ態勢の浅野が答える。八木は後方にいる南を振り返った。
「果歩子ちゃん、僕のお尻押して」
言われて、素っ裸の南は、浅野に覆い被さった八木の毛むくじゃらの臀部《でんぶ》を両手で押した。
「もっと速く」
持ち前の素直さと熱心さで、南は一生懸命八木の尻を押し続ける。八木は軽く腰を使い始めた。組み敷かれた浅野のほうは、額に皺を寄せ、声を洩らし、ヒシと八木の太い体に抱きつく。
仕事≠フ一環として要求されているとはいえ、普通の女性がかくも破廉恥な世界ヘスッと入って行けるのが不思議だった。いや、全裸の処女が性交中の男の尻を押すなど、破廉恥を通り越して滑稽でさえある。
しかしむろん、誰も笑わない。全員それぞれの行為に熱中している。今はカメラマンに徹し一言も喋らない日比野が、その映像をあますところなくビデオに収めていた。
八木と浅野のカラミを含む処女調教シーンが終わっていったん一階の食堂へ戻ると、二人の女性はシャワーを浴びてメークを直した。この頃になると二人とも、撮影前よりずっと快活になり、まるで幼なじみだったように仲よくなっていた。
ことに浅野。南が口に含んだ後藤の精液を飲み込んでしまったことを知ると、「ハメられたんだよ」と高笑いし、処女喪失の瞬間の痛さを「頭に庖丁が刺さったくらい」と大袈裟に表現して南を恐がらせた。
この休憩時間中に、南に対する八ミリのインタビューがあった。日比野がガウンを着て寛《くつろ》いでいた南に尋ねる。
「果歩子ちゃん、性格も明るくて可愛いのに、どうして今まで処女だったんですか?」
「不思議ですね、避けてたんじゃないですか」
南は両目を瞬《またた》かせていたずらっぽく答えた。
「それがここに来てどうして?」
「心境の変化ですね。当然喪失するんなら、普通のはつまんないかなって」
「でも急に変わるのは、何かあったからでしょ?」
「うーん、何となく。十九で処女は恥ずかしいし」
「回りの子に処女?≠チて言われたの?」
「それはありますね。何かこう、流されたって感じかな」
どうもよくわからなかった。AV作品のインタビュー・コーナーというのはたいがいそうだが、いちおう聞くべきことは聞いているのに、彼女たちが本当のところはどう考えているのか、見えてこない。肉体の輪郭はひどく鮮明なのに、精神の輪郭はまるでぼやけているのだ。
ともあれ、休憩が終わりインタビューが終わり、午後五時三十分からいよいよ南の処女喪失シーンの撮影が始まった。
絶倫男の八木は一回目の射精後ちょうど一時間で再登場である。場所は三階の同じ一室。
八木は、初め横になっていた南を抱き起こして坐らせ、自分はその背後に回った。胸を割ってブラジャーを押し上げ乳房を揉みしだき、スカートの足を大きく開かせる。南の顔を抱き寄せ、唇を合わす。八木のもう一方の手は南の両足の間で小刻みなバイブレーションを繰り返しており、南の真っ白い太腿が、徐々に自然に開いて行く。
それは、南の服がだらしなく乱れているがゆえに、よりいっそう煽情的な光景だった。
私は、八ミリのインタビューの直後に南と交わした短い会話を思い出した。
南は鏡に向かって髪型を直しながら、「両親に知られたら? 勘当されちゃいますよ」と言っていた。「友達にも家族にも絶対知られたくないですね。このビデオで有名になるなんて、とんでもない。これは一回だけの体験、私だけの秘密なんです」と笑った。
しかし、AVへの出演が「私だけの秘密」になり得るのだろうか?
布団の上では、一糸まとわぬ姿の南が体を折り曲げられていた。仰むけに寝て、下半身を高く持ち上げて折り曲げられ、性器を天井に向けた形。この業界で言うマングリ返しというポーズである。
「すごい恰好ですねェ」
八木が見下ろしながら言い、舌による性器の愛撫を開始する。
「ふーん、すごいね」
私と一緒に部屋の隅でモニターを見ていた浅野が呟いた。彼女自身、先程同じポーズを取って同じことをされたのだが、客観的に映像で見るとまた違うらしい。
出番を終えた浅野はすでに私服に着替えていた。派手な衣裳を脱ぎ濃い化粧を落とすと、素顔は十八歳という年齢相応にまだあどけなさが残っていた。この三月高校卒業だから半年前までは高校生だったわけである。
「ん、始まったかな?」
浅野が半身を起こしてモニターの向こう側の現場に目をやり、私も布団のほうを見た。
「痛い、痛い、痛い」
南が叫んでいた。
開脚屈曲位で八木が南に息を抜くように言っている。力も抜くように。
「ここで止めるから、……力を入れると痛いですよ。……力を抜いて。……我慢して。止まってても痛い?」
南は八木の首に腕を回したまま「痛い!」と叫び続ける。八木の肉付きのいい背中が汗で光っていた。
「こういう時はね、すっごく長く感じるのよ。早く終わんないかなって、それだけよ」
浅野が私に解説してくれる。
南の発する声は、フェラチオやシックスナインの間はさまざまな甘いあえぎ声だったのが、挿入後は「痛い」のみに変わった。
「息を詰めて、冷静にね。奥までちゃんとやっておかないと、あとあとね……」
八木は南の両足を伸ばし、全体重をかけるようにして深く腰を入れた。
「これが一番奥でしょ?」
南が苦悶の表情で頷く。
「よし、奥まで貫通しました。脳天を庖丁で刺された感じ?」
「ううん、でも、痛かった……」
八木の巧みなリードによって破瓜《はか》は成功したようだった。明るいガラス窓の外からかすかに自動車のエンジン音が聞こえてくる。窓の向こう側では普段通りの生活が営まれているのだ。一番最初に取材した八ケ岳の撮影現場でも感じたことだが、汗まみれの性行為そのものよりも、それが日常的な風景のど真ん中で、わずか壁一枚に隔てられた空間の中で繰り広げられていることの方が、私には刺激的に思えた。人間はどんな場所でも性交できる。そしてそこにビデオカメラさえあれば、あっけないくらい簡単に非日常的なAVの世界が作り出せるのである。
八木はフィニッシュに向かってピストン運動を開始した。相手に抱きついての正常位。この体位だと「一時間ラクに持つ遅漏が一〜二分で射精できる」と八木は言う。
「僕の名前は?」
八木は男優として出演中、相手の女性に必ず、ごく微量の愛≠求める。
「え?」
「もう忘れたの、淋しいな」
「ヤ、ヤ、ヤ、ヤギシタさん」
八木は南の口をキスで塞《ふさ》いだ。リズミカルな八木の腰の動きがいっぺんに速くなった。
「口あけて、口あけて」
言うが早いか八木は南の足の間から跳《は》ね起き、南の顔の脇にしゃがむと南の口の中へ白い体液を注ぎ込んだ。
……すべてが終わった。八木は、南の腰の下のタオルを引き出し、彼女に見せた。点々と血が滲《にじ》んでいた。
「一九九〇年八月四日。よかったね、長い処女時代は終わりましたよ」
南は寝そべったままの姿勢でニッコリと笑った。鼻の下に、まだ八木の精液が白く散らばって残っていた。
秘密のアルバイト
浅野と再会したのは八月下旬だった。夜のアルバイト先のミニクラブに近い繁華街のホテルの喫茶室で待ち合わせた。
「馴染みのお客さんにバレちゃった」
開口一番そう言って、浅野はペロリと舌を出した。
六月末に撮影した浅野響子主演の『新処女喪失PART8』は三日前に発売されたばかりだが、店の常連客の一人が昨夜、「九十九パーセント君だね」と見破ったのだという。
「マジでびっくりしましたよ。何のこと言ってんですか?≠チて素っとぼけたけど、あの喋り方は君だ、特徴あるからすぐわかる≠セって。いつか誰かにバレちゃうかと思ったけど、こんなに早いなんて……」
浅野は独特のゆったりとした喋り方で言った。もちろんその場は客にシラをきり続けたし、これからも「知らぬ存ぜぬで通すつもり」だと言う。
この日の浅野は無地のグレーのTシャツにジーンズ、スニーカーというスポーティーないでたち。女っぽさよりも若々しさが前面に出ていた。
私は、浅野が約束を守ってやってきてくれたことに、まずはホッとした。というのも、八ケ岳で取材した新人女優の場合、撮影後の心境を聞こうと再三会う約束をしたにもかかわらず、いつもすっぽかされたからだ。電話では「絶対行きます」と言いながら何時間待っても来なかった。私は、「AVに出るような女性は、やっぱり……」と偏見を抱きかけていたところだった。
浅野に尋ねてみたいことはいろいろあった。まずは、六月末の撮影の時に本当に彼女は処女だったのか、ということ。
「処女じゃなかった。ダイヤモンドに面接に行く時、処女のふりをしろって事務所の人に言われたんです。処女のほうが普通の新人よりギャラがいいからって」
浅野は正直に答えた。私が何となくおかしいと感じていた通りだった。
浅野によれば、初体験は高校二年の時だったという。一年上の先輩で約二ヵ月付き合った。が、その後は高三で一度ナンパされて体験した程度で、「五月にスカウトされた時は、処女ではなかったけれど処女に近い状態」だった。
「どうしてスカウトマンについて行ったの? やはり、お金?」
「そう、車のローンとかあったし」
私は撮影終了後、浅野が勇躍乗り込んだ真新しい白のフェアレディZを思い出した。
「二百二十万円だったの。頭金百万は払ったけど、そのあと毎月三万ずつ払わなきゃならなかったから」
「その返済にあてたわけね。残りはいくら?」
「残り八十万円」
「じゃ、あと二回アダルトに出演すれば完済じゃない」
「えーッ、もういやですよ」
慌てて顔の前で手を振った。
どうしても浅野に確認しておきたかったのは、一回目にさんざんトラブルがありながら、なぜ再度出演を承諾したのかということだった。これも、つまるところ車のためなのか?
「そうですね、撮影中はローンが払えるんだから≠チて考えてたけど、出る前は、これで関係なくなるんだと思ったから」
「これで関係なくなる?」
「一回目五十万って約束だったギャラを、事務所はあとで三十万って値切ったのよ。私が抗議して、いやいや十万円上乗せしたけど、その時、これじゃ赤字だ、もう一回出てくれないとウチとしては困る≠チてゴネられたの。それで、じゃあ、もう一回出れば文句ないでしょ≠チてことに」
浅野は気の強い女性だった。年齢の割には自分の意志をキチンと持っている方だろう。
が、しょせんは十八歳。海千のモデルプロダクションにとっては、浅野の性格を逆手に取るくらいは朝飯前だったに違いない。
「今になって振り返ると、あなたにとってAV体験って、いったい何だったんだろう?」
私が尋ねると、浅野はコーヒーカップを口に運ぶ手を止めた。夕暮れのガラス窓の外の都会の風景をジッと見詰めた。
「なかったのよ。アレはなかったことなの。私、あんなことやってないよ。……全部忘れられると思う」
撮影現場の異様な興奮状態から現実の生活に立ち戻り、目が覚めたということか。
そして、こちらを振り向いて付け加えたのだった。
「だってアレ、悪いことでしょ?」
南果歩子は、茶色のウールのジャケットにべージュのスカート、黒のハイヒールという大人びたシックな装いで現われた。
八月の撮影から三ヵ月近く経過した十月下旬、品川の駅近くのホテルのロビーである。
「相手の男優の名前、まだ覚えてる?」
「忘れませんよ。八木さんでしょ」
自分の出演した作品がこの十月に発売されたことは知っているが、見る気はしないと南は言った。
我々は喫茶室の奥の席に腰を据えた。
「まず、あの晩自宅に帰ってどんな気持ちで眠りについたのか、それから聞きたいな」
「すごく充実した気持ちで眠れましたよ。あー、やっと終わった、スッキリしたって」
「後悔は全然?」
「後悔なんてしてません。八木さんもよかったし、あの場の雰囲気もよかったし、何もかもみんなよかったもん」
例のいたずらっぽい目と表情で溌剌と言ってのけた。
南の場合、意地で耐えていた浅野と違い、八月四日という日はバラ色の想い出に包まれているようだった。
南が六月のある日、いつもなら無視する路上スカウトの誘いに乗り、池袋のモデルプロダクション(浅野と同じ事務所)に行ったのは、「個人的にグラつき、投げやりになっていた」からだった。友人関係、両親との関係、遊び、アルバイト、将来の思惑、どれも思い通りに行かず、イライラしていたという。
「いろんなことがうまくいかないのは、自分が処女だからかもしれない、という不安がどこかにあったんでしょうね。他の人がやってることを私はまだやってない。自分は古い貞操観念に縛られてる、みたいな」
プロダクションの事務所では、AVなら一本三十万円から、と言われた。毎月これだけの本数が出ている、メークをすればこれだけ変身できる、だから百パーセント誰にも身許はバレない、と説明された。
「バレないとしたら普通のアルバイトよりお金はずっといい、でしょ?」
自分が処女だと告白したのは、ダイヤモンド映像へ面接に向かう車の中だった。同行のプロダクションのマネジャーは驚き、喜んだ。「監督に必ずそのことを言いなさい」と何度も繰り返した。
村西との面接は三十分ほど、「処女喪失のシリーズにしましょう」で決まりだった。
「撮影の前や最中は何を考えてた?」
「何も考えなかった。考えないようにしたの。考えてたらやれない世界よ、違う?」
なるほど、どうりで現場でのインタビューが要領を得ないはずである。
「でも、フェラチオでも何でも、あなたの場合かなり協力的で積極的だったよね」
「それは仕事≠ニ思ったからです。初めてのことは全部あ、仕事なんだ≠チて思い込むようにしてたの」
ズブの素人の女性が「何も考えず」に飛びこんで、いきなり「仕事」ができてしまうところに、現在のAVの世界の一大特色がある、と言える。
あの一日で南のAV女優観は変わったという。「AVに出演するような女性は特殊な女の子」と考えていたのに、「あらあら、みんな私みたいにやってたんだ」と思うようになった。
「彼女たちの気持ち、よくわかる気がする」と言う。
「でも、今ならお金もらってもやらない」
「どうして。恋人でもできたの?」
「そうなの」
「彼とは体験した?」
「本命の人とはやってないんです。寝たのはただのボーイフレンド」
どうもよくわからないが、そこが現代女性なのだろう。同じ大学の先輩を好きでたまらなくなったが、「自分が夢中で相手が冷静なうちは寝ないつもり」と言う。好きでもないボーイフレンドの場合は抵抗もなかった。ただし、性交時の痛みはほとんどなかったものの、期待外れだった。
「私のほうはいろいろやってあげたんだけど、向こうが……。ああ、やっぱり八木さんはエラかったんだって、思わず思っちゃいましたね。全然違うんだもん」
「と言うと、八木君と会ったら、今でも?」
「フフフ、危ないですね」
作品の中で相手女性とのかすかな愛≠信じて奮闘してきた八木に、ぜひとも聞かせたい言葉だった。
ホテルを出て、駅に向かって歩道橋を歩いている時、南は、髪型を変えたのに気がついたかと尋ねた。そう言えば、撮影の時の髪型とは違っていた。前髪のあたりが特にそうだった。
「あの日と同じ髪型は二度としないことに決めたんです。まだ誰にもバレてないけど、バレちゃうと絶対に困るから」
南もやはり露見を恐れていた。しかし別れ際、こうも言ったのだった。
「自分の中に誰にも知られてない秘密があるって、何だかドキドキする面白いことですよね」
AVに出演した事実を記憶から抹消しようともがいている女性がいれば、他方、刺激的な秘密の体験≠ニして大事にとっておこうとする女性もいる。両者の違いは露見の有無を別とすれば、いったい何なのだろうか?
その日の南は片手に、その秘密≠フ報酬で買ったというグッチのバッグをやや誇らし気に下げていたのだった。
王国の一週間
ダイヤモンド・グループの総帥村西監督のインタビューに出向いたのは、暮れも押し詰まった十二月三十日のことだった。村西流の一九九〇年の回顧を聞いておこうというわけである。
ダイヤモンド映像では三百六十五日営業をモットーとしている。撮影日程が入れば盆も正月もなくなる。現に前の年は、大晦日まで撮影し一月二日から撮影開始、休日となったのは元旦一日のみだった。しかし今年は正月三ガ日は撮影の予定はなし、その他の仕事も三十日の午前中にはおおむね片付き、午後の代々木上原の本社ビルは珍しく閑散としていた。
いつものように白い豪華なロココ風家具が置かれた二階の応接室で待っていると、ピンク色の上下トレーナーを着た村西が「やァ、ごくろうさん」と言って入って来た。
花柄の白いソファの上にドッカリと坐り込んだ村西に、私は、監督にとってこの一年間のベスト3とワースト3を聞きたいと切り出した。
「ベスト1は逮捕されなかったことです」
村西は眉一つ動かさず即答した。
多少は照れや冗談が混じっているのかと思ったが、すぐに続けた口調は恐ろしく真摯《しんし》なものだった。
「今年の私は鉄格子を数えることなく、またその兆《きざ》しすらなく、無事一年を過ごせました。何といってもこのことがベスト、ベストの中の大ベストです」
村西は指を折り始めた。昨年は、その前年に逮捕されたことが原因で九ヵ月間謹慎処分だった。一昨年は、児童福祉法違反で四回目の逮捕。三年前は、例のハワイ事件で半年近くハワイに拘置されていた……。
「ね、ここ何年も、自分が一年間フルに活動できたということはないわけです。これから五年、いや四年でもいい、天が私に自由な時間を与えてくれるならば、私、必ず、一つの時代を築く仕事を成し遂げてみせます」
ここで一つ断わっておかねばならないのは村西の言葉遣いである。過剰に丁寧なゴザイマス言葉や「ナイスですね」「ゴージャス」「ファンタスティック」など特殊な英単語、あるいは頭に突き抜ける声や芝居がかった台詞《せりふ》回しなどは村西作品に頻出し、AV監督村西とおるの代名詞となっている。お笑い芸人に真似されたり、マスコミの村西発言に多用されたり。
しかし、当たり前のことだが、ふだんの村西はそんな言葉遣いはしていない。あれはあくまで営業用のものだ。ただ、男にしては声質が高く、デスマス調の丁寧な話法を好み、多少大袈裟な言い回しをする傾向はある。
それはともかく、村西が一年を振り返って真っ先に警察とのトラブルがなかったことを挙げたのは、AV業界全体を考えた時、象徴的だった。一見、性の商品化を謳歌している脳天気な業界のように見えるが、AV業界は実は官憲の弾圧に戦々兢々《きようきよう》としている脆弱な業界でもあった。これまで言動が派手だっただけに恰好のターゲットとされてきた村西は、おそらく同業者の誰よりもそんな権力の恐さを知っているのだろう。
「ベストの二つ目は何ですか?」
「桜樹ルイ、卑弥呼《ひみこ》、田中|露央沙《ろおざ》と、信じられないような美形アイドル女優が次々と登場したことです。AV女優のアイドル化現象の顕在化、と言っていいんじゃないでしょうか。芸能界のアイドルを追ってきたマスコミも、こんなにも可愛い子が登場すると、ブラウン管の上げ底アイドルたちに愛想をつかし始める、なんてことも起こるでしょう」
結果的に自社の専属女優の活躍ぶりを誉めたこの発言にはPR臭があった。
が、村西が挙げた女優たちが大変な「美形アイドル」であることは否定できない。ミス日本%結椏s代表の卑弥呼のデビュー直後の現場を取材した時など、髭モジャの監督に蹂躙《じゆうりん》される彼女を眺めて、「どうしてこんな娘が!」と思わず中年らしい憤りを覚えたほどだ。
「ベスト3の三番目は?」
尋ねると、村西はボサボサの頭髪に手をやって小さく笑った。
「やっぱり、桜上水のビルのことになるのかなァ」
しかし、照れてみせたのは束の間だった。
「業界にこれまで自社ビルと呼べるようなものは皆無だったんです。ウチが最初でしょう。でも企業体として見た場合、当然の選択なんですね。企業には生産現場ばかりじゃなく、発送・事務・管理などの部門があります。そこに働く人たちが企業に思いを込める時どこに基盤を置くか。安定感でしょう。この会社は潰れることはないという安心感です。だからビルを購入した。言わば、砂上の楼閣にクサビを打ち込んだことになるわけです」
そこまでをいっきに喋った。
ダイヤモンド映像が世田谷区桜上水に時価十二億円と言われる五階建てのマンションビルを購入したのは九〇年十月のことだった。全館を同社がスタジオとして使用するということで、AV業界以外でもかなりの話題となった。
「大変な買物ですね」
「私どもが探し歩いたというより、銀行さんの方からご紹介があったんです。こういう難しい時代ですからね、銀行さんからごらんになると私どもも優良企業と映ったんでしょう。実際、エロ事師より安定しているところと言えば、水道、電気、ガス、あとどこです?」
村西は半身を乗り出し、挑むような表情を見せた。
こうした自慢話はどこまで信じていいかわからないが、AV監督村西とおるに単なるエロ事師≠超えた大きな事業欲があることは確かだった。もっとも、強気一点張りの事業が必ず成功するという保証もないのだが。
次に私は、九〇年のワースト3に話題を移した。村西は、ワーストのほうは二つしか思いつかないと答えた。一つは、Vシネマ(ビデオ専用映画)進出の思惑違い。
「日本ビデオ映画というのを作って何本か制作いたしましたけれど、私が思っていたほど売れてない。うーん、これまでのアダルトの感性と新分野の娯楽映画の感性の違い、と申しましょうか。AV監督としては一つの世界を持っていると自負しておりますが、では一般映画の東映・松竹の作品と比べて作品的にどうかと言われれば、反省しなくちゃいけませんね」
鳴り物入りのVシネマ第一作、かとうれいこ主演の『女教師仕置人』(内田安夫監督)は、仕置人三姉妹にヤクザが絡むセックスとアクションのサスペンス劇だった。共演にビデオ映画初出演の淡谷のり子や元NHKアナウンサーの桐生裕子を迎え話題作りに努めたものの、ほとんど反響らしい反響を呼ばなかった。あとに続いた作品も大同小異。業界ではこの失敗で、ダイヤモンド映像はかなりの損失を被ったと言われている。
「そして、ワースト2ですが?」
私は尋ねた。
「松坂季実子の引退……」
と言って、村西は珍しく沈黙の時間を置いた。
再び口を開いた時には、それまでとは声の調子が変わり、幾分優しさを帯びていた。
「AV女優が引退すれば事務員や店員、普通の人に戻る。当然ですよね。でもあの子は、素質、人柄、知名度、どれを取っても女優として稀有な存在でしたよ。ちょっとかなわなかったなァ。……だから、タレントとしての戦略というのか、アフターケアですね、それが充分にできたかというと、悔いが残りますね」
バスト百十センチ七ミリの松坂季実子は、一九八九年のAV界に巨乳ブームを巻き起こし、その頂点に君臨した人気女優だった。二月にデビューし、三月の『1107ミリの感動』で爆発的ブームに火を付けた。前年十月に新設したばかりのダイヤモンド映像にとって松坂の成功は、業界での地位を確立するために必要不可欠だったと言える。
松坂は一年八ヵ月の間に二十一本の主演作を残し、一九九〇年十月AV界から引退した。私はその最後の作品『セクシャル・ゲーム』(清水大敬監督)の撮影中、松坂に会った。
彼女は、「AV女優はイヤじゃないけど、胸以外のことも認めてほしい」と言っていた。
「これからどうなるかわからない」「とりあえず十月一日にデュエットのCDを出します」「結婚願望はないから、できればずっと芸能界でやっていきたい」とも。モニターをよく見て、ムダな演技や動きをしない女優だった。非常に冷めた目付きで冷静な話し方をする女性だった。「(専属女優で)私だけじゃないかな、村西監督とやってないの。なぜだかわかりませんけど」という言葉が引っ掛かった。
引退後、ラサール石井とのデュエット曲『ソレソレどうするの?』(ミノルフォン)を出したもののパッとせず、赤坂のクラブ〈みるくホール〉で黒木香と一緒にママを務めていると聞いたのだが……。
「クラブのほうは辞めてます。今は普通の人に戻ったということです」
村西はそれ以上は何も言わなかった。
私の方もそろそろ引き上げる時間だった。
「ところで監督、あさっては正月ですが、初詣はどちらへ?」
私は腰を上げながら聞いた。
「私は、初詣には行きません。その年行けば、その年必ず逮捕される。そういうジンクスがあるんです。ですから、スタッフは行きますけど、私は去年から行ってません」
意外に古風な感性の持ち主だと思った。しかし、いろんな意味で毎日が綱渡りの人生を歩んでいる村西、おそらく神仏に安易に願など掛けない方がいいのかもしれない。
一九九一年六月十日(月曜日)
代々木上原のダイヤモンド映像本社に一週間通ってみることにした。業界最大手の会社の日常を覗いてみようというわけである。それはいいのだが、部外者がまとまった時間腰を据えられる場所が問題だった。
地上三階地下一階の建物は、地下が機材・テープの保管室や商品発送場、一階が株式会社ビックマンの事務所とスタッフ寝室・編集室、二階が応接室・広報室・食堂、三階がダイヤモンド映像株式会社の事務所と村西の私室(プラス黒木香の私室。黒木は一日中部屋にこもっているとかで最近はほとんど姿を見せない)となっている。ザッと眺めて邪魔にならない場所は、やはり二階の広報室しかないようだった。
「お久しぶりですね」
声をかけたのは若干太った八木裕二郎だった。広報室には通常、この八木と広報専任の藤原正樹が控えている。電話中のもう一人は昨年十一月入社の新人で片山邦生、本来は八木と同じ制作部だが広報を補佐していた。
「相変わらず顔面シャワーの毎日で、中出し≠ヘゼロですか?」
私が聞くと、椅子に坐った八木は朗らかに笑って肯定した。
「じゃあ、恋人も、デートの経験も?」
「おかげさまで縁がありませんね」
先週は撮影の日程がビッシリ詰まり、男優兼カメラマン兼運転手業に明け暮れたが、今週は撮影の予定がないのでデスクワークに徹することになりそうだと言う。現在取り組んでいるのは新人女優桐島美奈の写真集の割り付け。テーブルの上に白い紙を拡げ、定規で線を引きながらカラーポジを貼り付けていた。
藤原は電話応対のかたわら何十通もの手紙に目を通していた。先週、週刊誌に社員募集の広告を出したところ、電話による問い合わせや履歴書の送付が引きも切らないとのこと。
何通かの封筒を見せてもらった。履歴書には顔写真が貼ってあり、所定の欄にそれぞれの応募動機が短く書きつけてある。
貴社の一連の作品を見て。男優志望=i21歳、学生)、業界ナンバーワンの貴社で自分を試してみたい=i23歳、無職)、アダルトビデオに新文化を誕生させたかった(23歳、自衛官)等々。
中に一通、履歴書の代わりに便箋が入っている封筒があり、読んでみて仰天した。強姦罪で四年半の実刑判決を受けている獄中の服役者からのものだった。
世界は私が作るものです。強姦者でして、後がないんじゃ後が
出所後の入社を強く希望しているのだ。
「ちょっと恐いですね」
私が言うと、藤原は苦笑して首を振った。
「どうも誤解されているようなんですが、我々が欲しいと思ってるのはあくまで誠実で信頼できる普通の社員なんですけどね」
該当者があれば一名と言わず若干名は採りたいと言う。
社員募集と言えば、後藤や古沢など、一年前にいた若いスタッフの顔が見当らなかった。
「辞めたんです、この一年間に四人」
藤原が言った。
辞めたのは全員が制作部の助監督だった。八木は、「僕らの仕事は業界の3K(キツイ・キタナイ・キケン)と呼ばれてますから割に合わなかったんでしょう」と補足した。
狭く雑然とした広報室のたたずまいは一年前とほとんど変わらない。だが、出入りする顔ぶれにはかなりの変化があったようなのだ。
「えーと、そこの名前も変わりました」
八木は、私が取り出して点検していた一年前の名刺を手に取り、裏側に印刷されていたダイヤモンド・グループの監督名と専属女優名を訂正し始めた。監督名では平口広美など三名が削除され、豊田薫ら四名が追記されて計十四名になった。専属女優で名前を消されたのは松坂季実子ら三名、追加は乃木真理子など七名である。女優の新陣容は十三名ということになる。
広報室の窓のすぐ下を通る小田急線の電車は一年前とまったく同じだった。しかし、その窓に貼られた特大ポスターの中の初々しい顔とみごとな肉体が違っていた。当時の新人田中露央沙や卑弥呼は今やリッパな中堅女優、代わって小鳩美愛や桃瀬くららがニッコリとポーズを取っているのだ。
わずか一年……。AV業界の早すぎる人のサイクルを思わずにはいられなかった。
六月十一日(火曜日)
昨日ほんのちょっと顔を合わせた村西の勧めで人妻女優に会うことにし、片山の運転する車で桜上水のスタジオへ向かっていた。
村西は非常に忙しそうだった。『新説無法松の一生』という作品で松五郎を演じたとかで坊主頭、いかがわしい風貌にいっそう磨きがかかり、神出鬼没に社内を動き回っていた。村西の正確なスケジュールは村西本人以外に誰にもわからないのだ。
「きのう聞いた辞めていった助監督たちね、ほとんど夜逃げ≠チて聞いたけど、どんな理由で夜逃げしちゃったの?」
私は運転中の片山に聞いてみた。
「Yさんの場合は、現場で浣腸されたからです」
片山は真っ直ぐ前を見て運転しながら言った。
「助監督に浣腸? おだやかじゃないね」
「そういう場面が必要だったんです。実際に排泄する場面は映ってないんですが、本人には相当ショックだったんでしょうね」
女医に扮した女優が患者に浣腸するシーンだったという。たまたま選ばれたYがとてもイヤがったので、後でその場のスタッフ全員が浣腸されることになった。いつもならこれで終わる。社に帰り撮影したテープをみんなで見て大笑いである。ところがYは、テープを見ている最中も不機嫌だった。そして次の日の朝、Yの姿はどこにも見当らなかったのである。
「ヘェー、じゃAさんは?」
Aは、Yに続いて夜逃げ≠オたという助監督だった。
「Aさんは東北出身の真面目な技術者で、入社するまでウチがAV作ってること、よくわかってなかったみたいです。Yさんが消えた次の日、テレビの取材があって、本番もいとわない助監督たち≠チて紹介されてしまって、すごく悩んでました。田舎で放映されたらどうしよう≠チて。それで、その翌日の朝……」
刺激の強いAV界で自分を晒《さら》して生きているのは、女性出演者だけでなくスタッフも同じだった。繊細な神経の持ち主は耐えきれずに、擦り切れてしまう。
桜上水のスタジオ・ビルに到着すると、片山は社へ戻り、私は一階のメーキャップ室へ向かった。貴船《きふね》紗生《さき》という人妻女優の撮影はすでに終了し、メーキャップ室で私を待っていると聞いたからだ。
細面で色白の貴船はすでに私服に着替えていた。ミニスカートが多少短か目なのを除けばどこにでもいる大人しそうな女性に見えた。
それからおよそ一時間、私は貴船に話を聞いたのだが、のっけからタジタジとなってしまった。
「私、性的には欲求が強いと思います。毎日でもいいくらい。でも主人は淡泊な人で……」
ある種の典型的な主婦なのだ。村西が、「正真正銘の人妻です。ああいうタイプにはぜひ会っておいたほうがいい」と勧めたわけがわかった。
貴船は今年二十三歳。結婚八ヵ月になる。子供はいない。八つ年上の夫は結婚当時は会社員だったが、自営業者として独立を目指し、今年に入って西日本の都市から夫婦で上京してきた。「初めの頃は夫婦協力して一生懸命働いた」と言う。
しかし彼女は、結婚前の恋人どうしだった時期にも別の男たちと浮気をし続けていた女性だった。仕事に没頭し、事業のことしか頭にない夫に、すぐに不満を抱き始めた。一週間に一度や十日に一度の性生活では「夜眠れない」のだ。
この三月、町でスカウトマンに声をかけられた。その日帰るはずの夫の出張がたまたま一日延びたのが決定的だった。友人知人もいない東京、一人で今夜もと思うと耐えられなかったと言う。
AVは今回撮り終えたのが二本目。あと二本分決まっているが、本人はもっと数多く出たがっていた。
「今、面白くって! もしもAVがなかったら、私、|悪い方向《ヽヽヽヽ》ヘズルズル進んでたかもしれません。声がかからなくなるまで、とにかく思う存分やってみたいんです。お金の問題じゃなくて、人生を楽しむために。夫? あの人はAVなんて見ないから気付くはずありませんよ。万一バレても、夫が完璧な証拠を出すまでシラを切り通します」
現在貴船は、撮影の前は余分な精力を使わないよう「夫とのセックスは極力セーブしている」と言う。
悩み多い繊細な男たち、欲望に忠実でしたたかな女たち……。AV界では現代のチグハグな男女の関係が、性を通して拡大して映し出されているようだ。
インタビューを終えると人妻AV女優は、夕食の準備があるからと大急ぎで家へ帰って行った。
六月十二日(水曜日)
「今年はダイヤモンド映像だけで売り上げ目標五十億です」
言い切ったのはダイヤモンド映像の代表取締役荒木裕之である。
ダイヤモンド・グループは営業上の戦略により組織が二つに分かれている。〈ダイヤモンド映像〉〈ヴィーナス〉などのレーベルを手掛けるダイヤモンド映像株式会社と、〈ビックマン〉〈裸の王様〉レーベルの作品を担当する株式会社ビックマンだ。昨年の年商はダイヤモンド映像系が約三十億円、ビックマン系が約二十億円。
ちなみに、グループのオーナーである村西は、万が一のことを考慮してか両社の社長ではなく、組織の上ではダイヤモンド映像の月給二百万円の制作監督ということになっている。
「現在の状況をどう見ていますか? 一時一万三千軒を超えた全国のレンタルショップは、今年に入って一万軒に減ってますが?」
私は、取材を始めた一年前頃に天井を打って最近では不況期に入ったといわれるAV業界で、営業の責任者が目標五十億と強気に出られる理由を知りたかった。
「確かに店の数は減ってます。けれど問題は、店の数より集客力が弱まってきたことじゃないでしょうか。一般ビデオでも超目玉作品というのが少なくなってきてます。以前なら、お目当ての超目玉作品が出払ってる、じゃあアダルトを、というお客さんが多かった」
「一般作品の伸び悩みがAVにも影響してると?」
「アダルトで一万本を超すのが難しくなりました。去年のウチのナンバーワンは、桜樹ルイの『ホジッてください』、これが一万一千本です」
渋いスーツ姿の代表取締役が表情を変えずに言うと、恥ずかしいタイトルもただの商品名に聞こえる。
「でも、それなら、今後の見通しは暗いということになりませんか?」
「それが、ならないんですよ」
荒木は微笑んだ。
荒木によるとこうだった。レンタルショップの売り上げに占めるAVの割合は約二割と安定している。AV作品に対する客の需要は常にある。回転率も一般作品に比べて高い。その割には商品期間も長い。であれば、一般作品のレンタルが頭打ちになればなるほど、AVへの依存度は相対的に高くなる。AVの仕入れに力を入れ始める店が多くなり、結果的にAVは伸びて行く……。
「もちろん、膨らみすぎたレンタル業界は全般的に縮小傾向にあるわけですから、企業努力を怠っているAVメーカーは生き残れませんよ。現に今年に入って、もう十社以上が新作のリリースを停止してますしね。今年中に相当数が淘汰されるんじゃないでしょうか」
そんな中で、ダイヤモンド・グループが生き残り、順調に売り上げを伸ばして行ける基盤は「やっぱり専属女優制度にある」と荒木は言う。
「とびきりの美人女優たちをウチが抱えていて他社に出さない、これは最大の強味です。かつての樹《いつき》まり子はスターでしたが、どこの専属でもなかったため各社が乱作し、アッという間に一本千五百円の廉価ビデオが出回ってしまった。これでは採算が取れません。その心配がウチにはありませんからね」
荒木は最近の新人専属女優たちの活躍を例に挙げた。先月の桃瀬くららが七千五百本、今月の小鳩美愛が九千本……。出荷七百本が採算ライン、二千本を超せばヒットと言われる現在のAV界では、大健闘だと自賛する。
「一にも二にも女優さんですよ。我々のさまざまな営業努力も、一人の売れっ子女優の人気にはかないません。個別の顔や体よりも、その人に備わっている華やぎの雰囲気が大切なんです。我々営業サイドとしては、昨年の卑弥呼、桜樹ルイに続く華のある女優≠フ登場をひたすら切望してますね」
フジテレビ営業部から石原音楽出版の専務を経て、「今でも裕ちゃんの歌を聞くと熱いものがこみ上げてくる」と告白する五十五歳の紳士は、初老の男らしい温和な表情でそう語ったのだった。
六月十三日(木曜日)
桜上水のスタジオに伊勢鱗太朗監督の撮影現場を取材に行って、帰ってくると午後六時だった。代々木上原のダイヤモンド映像二階の広報室は、まだまだ人の出入りがある。
見知らぬ男たちが数人、分厚い写真ファイルをめくりながら、カラーポジを取り出しては拡大鏡で覗き込んでいた。ビデオ雑誌や週刊誌のグラビア担当者たちだ。出された麦茶をすすっては、大股開き、アクメ顔の写真を何枚か選び出し、「これ、お願いします」とムッツリ言って借りて行く。そしてまた別のマスコミの男たちが入室して来る。
藤原や片山はその一方、ひっきりなしにかかってくる電話に応対していた。モデルプロダクション、出版社、スポーツ新聞、印刷所、撮影現場、男優、女優、関連会社と息つく暇もない。夕方に比べれば午前中のほうがまだ余裕があったくらいだ。この多忙が午後八時頃まで続き、撮影・面接があれば夜中でも仕事なのだ。
「おー、お美しい、素晴しい。おいくつ? じゃ、お写真撮ってね、明日十一時にご連絡いたしますからね、ハイ、そちらのお部屋ですよ」
開け放った扉の向こうから村西のひときわ甲高い声が響いてきた。この日何人目かの面接だった。プロダクションのマネジャーに伴われて訪れる女性の数は一日平均四〜五人。村西は「会った瞬間に採用かどうかすぐわかる」そうだが、明らかに不適格な女性もその場で断わられることはない。面接は誰でも快く迎えられ、後日プロダクションに結果が知らされるのだ。
私はいったん外に出て食事をし、八時半に戻ってきて再び二階に上がった。片山が台所で夕食の準備をする時間だからである。
合宿・自炊生活が基本のダイヤモンド映像では炊事当番がいて全員の食事を作ることになっている。食事は、午前十一時過ぎと午後九時過ぎの一日二回。
「今晩の献立は何ですか?」
私は台所で野菜を刻んでいたエプロン姿の片山に声をかけた。長身の二十一歳の青年は、庖丁さばきも板に付いていた。
「何も考えてないんです。スーパーに電話して、ある材料を適当に持ってきてもらうだけですから」
片山の話では、献立はむろん、炊事当番も食事時間も厳密に決まっているわけではなかった。今はたまたま二食とも片山が担当しているが、仕事で忙しければ八木も作るし藤原も作る。時間も「適当」だ。十一時前後と九時前後に作って大皿に入れて食堂に並べておき、手の空いた者が勝手に来て食べる仕組みだという。
「昼食は営業の人で食べる人もいるから、多い時は十五人分、夕食は六〜七人分です」
言いながらも、小鉢に片栗粉を入れて指で溶く。手際よく中華鍋で鶏のササ身とチンゲン菜を炒め、胡麻油を少し垂らす。
なかなかに本格的だった。片山は入社する前、自動車工場の独身寮で暮らしていたので自炊には慣れているらしい。もっともこうした合宿生活に抵抗があればダイヤモンド映像の社員は務まらないのだが。
「食事の時には村西さんも一緒に食べるんですか?」
「監督は夜は食べないことが多いんです。ふだんは昼食だけ一緒です」
「はァ、すると三階の私室で一人で……」
「いえ、自分の部屋に閉じこもるなんて、まずないですよ。社内にいる時はたいていみんなのいる場所にいますから」
村西は、私が外に出ている間に外出してしまったという。一人で昼食の残り物を冷蔵庫から取り出し、掻き込むように食べて出て行ったのだそうだ。行先がどこなのか何の用なのか、社員は誰も知らない。
「さーて、こんなもんかな?」
片山は言うと、出来上がった中華風鶏肉炒めとハム・キャベツ入り卵炒めを大皿に盛り、丹精した鮭の粕汁は大鍋のまま食堂へと運んだ。
「食事、できましたよ!」
午後九時十五分、各階の人の居残っている部屋を回り声をかけて歩く。
六月十四日(金曜日)
部屋の正面に大小七つのモニター画面があり、そのうちの四つに、女性の口唇に出入りする赤黒いペニスが映っていた。彼女は口から屹立《きつりつ》した物を離すと、「演技よね、演技だからできるのよ」と言い、また続ける。
「何言ってんだ、この女」
日比野は画面を見ながら言って、隣の八木を見た。
「恥ずかしがってる絵梨花ちゃんですよ、ハハハ」
「どうでもいいけど肝腎の顔が悪いんじゃないの?」
「どーしてそうひねくれてものごとを見るんです?」
薄暗い編集室に並んで坐った両者は膝を叩き合う。
ターザン八木のデスマッチョシリーズの第十一弾、シリーズとしては最終回になる『ああ、たま息が出ちゃう』の編集現場だった。
私は思いがけずもシリーズの第一作と最終作に関わることになったが、どうやら八木と日比野は日頃から口喧嘩仲間らしかった。監督日比野正明となっているこの作品、実際には八木が大部分を演出し、撮影・男優まで務めたため、「編集を日比野さん一人に任せられない」と午後三時のスタート直後から加わったのだ。
画面では、床に寝た白いレオタード姿の女性の足が押し開かれていた。屈《かが》み込んだ八木が、レオタードの股の部分を横にずらし、やや強引にペニスを挿入する。歪む女性の横顔。
とたんに日比野が手許の編集機のスイッチを操作して画面を女性器の露出場面まで巻き戻し、傍らの香月徹に合図し、円形のモザイクをその上に被せる。少し画面を進め、挿入場面にもモザイクを被せた。
「本当はこれ、予定外のカラミなんですよ。構成上は翌日。でも我慢できなくてさ」
「しっかし、この女の顔はピカソの肖像画だよな」
「まだ言ってる。インテリ大学生の見せるこのお下品な顔が、そそるわけですよ」
女優は新人の黒木絵梨花だった。名門国立大学の四年生。八木が学生証を確認したのだと言う。
「世界を駆け回る仕事が将来の夢」だと言う黒木は、この作品の中ではAV女優志願の金持ち家出娘を演じていた。デビュー前に絶倫助監督の八木にさんざん弄《もてあそ》ばれる役柄である。
「ここカットしようぜ、かったるいよ」
「ダメですよ。この場面を残すことによって後の展開が生きてくるんだから」
言い合いをしながらも、結局は日比野は八木の意見を尊重していた。手早く編集作業を進めるためである。
ほぼ一年ぶりに会った日比野は、完全にプロの編集マンになっていた。一日一本の割で一ヵ月二十五本、グループの大半の作品を一日中編集室に閉じこもって編集しているのだ。
「俺、日本一歩かない人間じゃないかな。朝隣の部屋を出て便所へ行って顔洗って、すぐここ。メシもこの部屋で食うと、一日せいぜい四十歩だもの」
自嘲をこめてそんなことを言う。
編集の他に毎週ビデ倫(ビデオ倫理協会)の審査で突き返されてくる大量の作品の修正もあるので、作業が終わるのは連日午前二時か三時、「月一回の監督業で外に出るのが唯一の楽しみ」という猛烈な勤務だった。しかし、言葉は威勢よく、肌の艶も悪くはない。
「ハハ、密室で完全に息が詰まり切ってる人生だよ」
喋っている間も、片時も操作の手が止まっていなかった。
「おいおい、八木のチンポ見えてるよ」
突然、日比野がモザイク担当の香月に言った。
「あ、本当だ、すいません」
「失礼、失礼。どーもいかんな、今回の私は自慢のオチンチン、ポロポロ出してますね」
「これ見よがしに、ね」
パンツの脇からはみ出ていた亀頭部にモザイクがかかる。八木や日比野は当然のこと、ソープランド店長から転職した新人の香月も先日男優として出演したので、三人はお互いの性器を大画面で日常的に見ているわけだが、これもまた奇妙な職場だった。
「あーん、いー、あ、あ、あ」
画面の中の黒木の声がひときわ高くなった。室内でスカートをまくり上げられ、後方から貫通された黒木は、そのままの姿勢で八木に促されて部屋を出た。廊下で、壁に手をついての激しい抽送が始まる。
「ね、俺のは視聴者に還元してるだろ? 単にいいことやってんじゃなく、汗水垂らしてバッチリとキメてると。ここが大切なとこなんだよ、わかるかい?」
八木が、編集助手兼助監督の香月に言う。日比野は冷めたコーヒーのカップを手にした。
「みんなさ、現実から離れたいから助平ビデオ見るんだからさ。そうじゃないとこの社会、男なんて四面楚歌でやり切れなくなっちまうんだから」
日比野には珍しく、しみじみとした口調だった。
香月は先輩たちの言葉にしきりに頷きながらも、視線だけはモザイクを入れる位置を外すまいと懸命にモニター画面の男女の接合部分を追っていた。
六月十五日(土曜日)
耳の脇にボールペンを差し込んだ藤原は、受話器を取るとゆっくり椅子に坐った。
「今どちらなんですか? ……はい。では一度こちらへ連れてきて下さい。面接していただいてオーケーとなったら、ギャラの話をいたします。……言えません。ええ。それはこちらの企業秘密ですから。なるほど、では本番は大丈夫ということで……」
今度もモデルプロダクション、それも初めての事務所からの電話らしかった。
応接室のほうでは乃木真梨子の宣伝用写真撮影の準備が進められており、村西も八木も片山もそちらに行っていた。広報室には二人の女性が静かに腰をおろしていた。一人は女優の立原あゆみ、もう一人はインタビューにやって来た女性週刊誌の取材記者だ。
女性記者は、AV専門用語≠ニ最近の業界事情≠ニやらを聞きにきていた。最近は女性誌でもAV関係の特集が急に増えているのである。
「お、どうしたんだ今日は?」
女性記者が帰ったあと、いきなり姿を現わした村西が、ビデオ雑誌を読んでいた立原に声をかけた。
立原の代わりに藤原が、調布でこれからサイン会があるので来てもらったのだと答える。
「サイン会? それでこんな服じゃしょうがないな。いいのあるだろ、オイ、持ってこいよ」
怒鳴られて、片山が衣裳室に飛んで行った。
私は村西の体が空くのを待っていたのだが、テーブルの上にあったダイヤモンド映像のPR誌の見本刷りをふと手にして、魅せられたように読み始めた。来月号に載る予定の村西のインタビュー記事だった。その中で村西は次のように語っていた。
自分でしか作れないオリジナルな映像の世界というものを誰もが求めていると思うんですよ。僕も同じなんですね。私的なエロスの世界というものこそ、エロチシズムの世界では最高峰のものであろうと。他者をできるだけ排除し、一般のAVファンの目さえも気にしないで、そこに赤裸々な男と女の世界を描き、それに肉薄したいと考えたんですね。そのためにはカメラマンであり監督であり主演男優である私と女優さん二人だけで撮影するほうが、プライベートに肉薄した、濃密なしっぽりした世界が描けるからいい訳です
読んで、やっと少しだけ事情がわかってきた気がした。
一年前に私がダイヤモンド映像を取材するようになって、最初に依頼したのが村西の撮影現場の見学だった。それ以来何度頼み込んだか知れない。そのたびに「スケジュールが合わない」「ちょっと困る」「もともとマスコミは入れないようにしてるから」などと遠ざけられた。グループの他の監督の現場取材はむしろ積極的に本人がアレンジしてくれたにもかかわらず、である。
一人の監督を知るには最低二つの側面が必要だと私は思ってきた。表《おもて》面としての作品、裏《うら》面としての演出現場である。例えばセクハラ大王と呼ばれているAV界の奇才清水大敬監督。作品を見る限り、相手女優に乱暴狼藉の限りを尽し、天性のサディストとしか思えないAV監督である。ところが実際の演出現場では、出演する女優に細心の気遣い、最大の心配りをしているのだ。カラミのあとフラフラになって今にも息絶えそうなのは本当は清水の方だ。歯を食いしばって若い女優に挑む中年男清水は、サディストと呼ぶよりも、正しくは狂気のマゾヒストと言うべきかもしれない。
その意味からも、私は撮影現場、特にカラミの場面における村西のありのままの姿を見てみたいと思っていた。村西の作品は、すすり泣きの女<Vリーズを始め幾つも見て、表面については知っていたから、裏面をぜひ、と。
しかし、こうして「なぜ現場を見せないか」を文字で説明されると、納得ができる。派手な宣伝やビジネスの才に眩惑されがちだが、その経歴からもわかるように村西は学歴もコネもなく裸一貫で突っ走ってきた男。天国も見たが地獄も何度となく見てきた。そんな村西が他の誰でもない自分自身を実感するのはおそらく、文字通り素裸でのぞむ女性との性交渉のときに違いない。ふだん仕事中心でプライバシーがゼロに近い集団生活を送っているからこそ、作品中のカラミや、夜中一人で密かに意中の女のもとを訪ねる時、ペニス一本で生き抜いてきた己《おの》れ、福島県出身の四十二歳の中年男である本来の自分自身を取り戻すのだろう。最初の妻には浮気されて逃げられ、二度目の妻からは三下り半を突きつけられ、心のどこかで女性の性に対し強い不信感を抱きつつ細心の注意で奮闘する自分の真の姿を……。もっとも、そうして秘密裡に撮影した「私的なエロスの世界」すら、のちに充分な編集を施した上で商品として売り出してしまうのだが……。
私は取材を切り上げようと思った。この一週間のうちに、機会を見てもう一度だけ村西に撮影現場の取材を頼んでみようと考えていたのだが、もう充分だと思った。
「うーん、これもよくないな。やっぱり元の服がいいなァ。もう一回着替えて」
村西は立原あゆみがサイン会に着て行く洋服の点検をまだやっていた。私はその場にいた全員に軽く挨拶をして広報室を出た。
玄関のところで一組の若い男女とすれ違った。男の風体からすると、先程電話をかけてきたモデルプロダクションのマネジャーに違いない。洗い晒しのジーンズをはいた長い髪の娘が、階段の途中で立ち止まり、一瞬こちらを見た。
つぶらな瞳と、対照的な真一文字の唇……。
建物を出た後も、しばらくの間私の頭の中には熱い焦躁感のようなものがフツフツと煮えていた。
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II クイーンたちの肖像
〈沢木まりえ・20歳〉
沢木まりえの名前を記憶していたのは、どこかで見た雑誌に「両親公認のAVギャル」と紹介した記事が載っていたからである。
知り合いに自分がAV作品に出ていることを知らせる女性は非常にすくない。両親、家族はもちろん、恋人、友人、知人にも普通は知らせない。特に両親は御法度で、両親に事実が知られてしまったために止むなくAV女優を廃業した女性は数知れない。AV業界に親バレ≠ネる業界用語が存在するのもそのせいだ。換言すれば、自由奔放に見えるAV女優たちも親の涙や怒りには弱いということであり、現代ニッポンの親子の絆《きずな》は思いのほか強靭《きようじん》ということになる。
で、例外的な女優である沢木にインタビューを申し込んだのだが、会うことができた一九九〇年の十二月の時点で、沢木はすでに現役のAV女優ではなかった。この年の二月に『君のひとみに乾杯』(倉本和比人監督、アリスジャパン)でデビューし、少女っぽい顔と均整のとれた体、それに新人離れした演技でまたたく間に人気女優となり〈アリスジャパン〉レーベルの上半期売り上げナンバーワンを記録したにもかかわらず、十月初旬に撮影して十二月下旬発売の『フラッシュバック30』(望月六郎監督、アリスジャパン)を最後に、業界からの引退を宣言したのである。
沢木がAV女優だった期間は正味十ヵ月、出演作品数は計十本(別に、一九八九年十二月発売のイメージビデオが一本ある)。
「どうして辞めたの?」
「事務所との契約は二年なんだけど、裸の仕事は一年ぐらいって決めてたの、ね?」
沢木は、特徴のある濃く長い眉とクリッとした大きな瞳を、隣に坐っていた所属プロダクションピュア・ホクシー≠フ代表兼マネジャー小川|真実《まなみ》に向けた。スーツ姿で知的な顔立ちの小川も元AV女優である。
「彼女はお芝居ができるんです。この一年の間に三本のVシネマにも出演しましたしね。これからは裸にならずドンドン一般作に出て行った方がいいと思うんですよ。これ以上AVを続けても、作品はハードになるしメーカーのレベルも下がるし、辞めるんなら今が潮時だと判断したんです」
小川が説明した。
「私、もともと役者志望だったわけじゃないけど、ドラマ風のお仕事をいろいろやってるうちに、もう少しちゃんとお芝居やってみたいって思うようになったんです」
本人も本格的俳優への転身願望を語る。
確かに沢木は台詞が喋れる数少ないAV女優の一人だった。デビュー作では、妻子ある男との不倫に悩む女性の役を無難にこなしていたし、第三作『シークレットゾーン』(倉本和比人監督、アリスジャパン)はプライベート・フィルム風の旅モノだったが、男優との即興の会話が伸び伸びとして自然だった。
けれども、AV女優からタダの女優への転身が容易でないことはこの十年の歴史が証明している。「将来は普通の女優さんになりたい」と抱負を語ったAV女優はうんざりするほど多いが、実際にそうなった人はほとんどいない。葉山レイコや鮎川真理、村上麗奈などごく少数がたまに一般映画やVシネマに出演している程度だ。AV女優としていくら人気や経歴があっても、その評価は一般の映画やテレビの世界では通用せず、むしろマイナスに作用しがちで、壁は厚いのである。
「どうか頑張って下さい。ところで、沢木さんはAVで本番はしない主義でしたよね。これまでの十本の作品は全部擬似だったんですか?」
「そうです。全作品擬似本番です」
演技にしては真に迫ったカラミが多かったので確かめてみると、噂通り本番はやってなかったと言う。直接の性行為がNGだっただけではなく、レズビアン、バイブレーター、肛門性交、口内発射、緊縛、3P、性器への指の挿入など、すべてNG。フェラチオも俗に言う生フェラはダメでコンドームの上から(ゴムフェラと呼ぶ)、AV界では日常的な顔面シャワーさえ拒否しザーメンの放出は必ず首から下にしてもらったそうだ。
「何でもあり」派が大勢を占めつつある現在のAV女優界の中で驚くべき禁欲主義(?)を貫徹したわけである。
「そういう約束で契約したんです。本番はやらない、自分のイヤなことはしないって」
沢木はキッパリと言った。
「だって必要ないでしょ? 日本では絶対カラミのアップの部分はモザイクがかかるんだから。大切なのはいかにも本当にやってるように見せることで、実際にやってしまうことじゃないと思うんです。私は、別にお金のためにこのお仕事始めたわけじゃないから、自分が納得できないことまでしてアダルトやってたいとは思いません。私生活でやらないようなことはカメラの前でもノーです」
沢木の主張に、横の小川も頷いた。
小川によれば、小川自身も二年間の現役時代、一本の例外を除いて本番NGを通したのだと言う。そして小川にとって沢木はモデルプロダクションを創って最初に手がけたAV女優。沢木の考えを尊重し、あらゆることを相談しながらやってきたのだった。
「好きでもない人と本番をやりたくないという気持ち、女同士だからよくわかるんです。それにマネジャーとしても本番は困るんですよね。本番がキッカケで相手の男優と恋愛沙汰を起こして仕事に穴を開けちゃう例って、この業界では少なくありませんから」
「だから小川さん、いつも私の現場についてきてくれたのね。小川さんが見守っててくれるから安心してお仕事に没頭できたの」
お互いに見交わす信頼感に満ちた眼差しは、AV女優と所属プロダクションのマネジャーというより、手に手を取って共通の敵≠ニ闘ってきた同志・同胞のそれのように思えた。
沢木の業界入りの動機は、事前にいくつかのビデオ雑誌の記事を読んでいたけれど不明だった。しかし、改めて尋ねてみると、小川との出会いが決定的だったことがわかる。
沢木は高校卒業後一年間ほどフリーターをやっていた。コンビニエンス・ストアなどで二、三ヵ月働いては金を貯め、海外旅行に注ぎ込んでいたのである。ヨーロッパ、東南アジア、ハワイ、カナダ……。漠然と通訳にでもなろうかと考えていたのだ。そして、アルバイト先で知り合った歯科医師との恋が破局を迎えた頃、この業界にスカウトされた。
「AVなんて興味もないし、見たこともないし、ただ汚ない危ない世界と思ってたから断わったの。そしたらその男の人が、じゃ現実の女優さんに会ってみてくれ≠チて言って、それで紹介されたのが小川さん」
小川は当時まだ現役だった。そろそろ足を洗って独立したいと考えていた小川は、沢木に対し、バラ色めいた話は一つもしなかった。AV業界がどんなシステムになっているか、現場でAV女優はどんなことをやらされるか、どんな嘘とどんな暴力がまかり通っているか、出演料のカラクリはどうなっているかなど、正直に話をした。自分が騙《だま》された時や逃げ出したくなった時の詳細について、体験に即して語ったのである。
「この人、嘘をつかない人だなと思ったんです。人間として信用できるなって」
AV業界の裏側の話をジックリと聞かされたことで、逆に沢木はAV女優という存在に興味を抱いた。ついで、小川のカラーのヌード写真を見せられて動揺した。美しいのである。同性の全裸の肉体がまばゆいばかりに輝いている。そんな感じ方は初めてだった。もしも自分の裸だったら……、と沢木は思った。
小川がモデルプロダクションを起こして独立し、沢木がその第一号の専属女優となったのは、沢木の側からすれば自然な流れに沿った結果だったと言える。
「そこでいよいよ両親公認≠ニなるわけですね? 御両親の承諾を取りつける席には小川さんも出たんですか?」
私は、沢木と小川の結び付きからするとそんなケースもあり得るかと思って、尋ねた。
「ええ、小川さんが親に会って、人に後ろ指を差されるようなことは娘さんにはさせません≠チて言ってくれたんです。でもその前に私、父と母の同意得てたんですよね」
沢木は笑って八重歯を見せた。
沢木と母親は昔から友達みたいな仲だったと言う。母親はさばけた人で、沢木は中学時代、「もし中絶するようなことがあれば、必ずその前にお母さんに相談しなさい」と言われたことがある。だから、裸の仕事をしたいと母親に告げた時の第一声も、「どうせやるならもう少し若い時にやっとけばよかったね」というあっけないものだった。
一般にこうした場合、親の説得は母親より父親の方が数段難しいものだが、沢木家では父親も物わかりがよかった。父親は「お前ももうすぐ二十歳、二十歳になれば自分の責任でものごとを決めなさい」とだけ言った。反対らしい反対はまったくしなかった。間もなく六十歳に手の届く父親は、沢木から見れば「優しいおじいさん」で、沢木はそんな父親が大好きだった。父親の前で下着姿になることも平気だった。沢木は今も「すごいファザコン」であることを自認している。いずれにせよ沢木家では、しっかり者でこれまで親に迷惑をかけたことのない次女(七歳年長の長女は早くに結婚)に、両親はやりたいと思うことをやらせたのだった。
「私、自分で出演したビデオはもちろん自分で持ってますけど、母にも全部見せてます。カラミはみんな演技だって言ってあるから。母は誰かに聞かれてもええそうです。娘です≠チて答えてるみたいですね」
母親が娘の出演するAVをすべて見ている、人に聞かれたら堂々と「娘です」と答える……。簡単には想像しにくいことではあるけれど、どうやらそれが現実らしいのだ。沢木まりえというのは本名だが、業界ではまったく異例のこうした措置も、きわめて特殊な親子関係に由来するものかもしれない。
「ところで出演料ですが、小川さんのところではどういう比率になってるんです?」
私は小川に向き直った。
「女優さんが七割です。まりえちゃんのデビュー作でいうと、ギャラが百五十万円ですからまりえちゃんが百五万、ウチの事務所が四十五万ということになります」
通常は半々だから、モデルプロダクションとしては大変に良心的な配分である。
「そうすると、正味十ヵ月の女優業といっても随分稼げたんじゃないですか?」
今度は沢木に聞いてみた。
「一千万ちょっと親に渡しました」
「両親に、全部?」
「親に渡してその中から私がお小遣いをもらう形にしたんです。と言うのも、私のデビュー早々父が病気で退職して、両親とも田舎から上京して一緒に住むことになったから」
「じゃあ、自分のために大きな買い物をしたりしなかったわけだ」
「父の健康を買った、かな」
「……!?」
聞けば、上京してしばらくして父親の心臓病が悪化して入院し手術を受けることになったのだと言う。その費用が約五百万円。この大金を「すごいファザコン」である父親思いの沢木が支払ったのだ。おかげで、医者に「よくてあと半年」と言われた父親の命は甦り、現在は日常生活に支障ないほど回復したと言う。絵に描いたような美談≠セった。
「元気になった父を見てると、アダルトやってよかったなって思いますね。フリーターだったら絶対五百万なんて稼げなかったもん」
沢木は孝行娘の表情で言った。それから、大きな目をひときわ輝かせ、付け加えた。
「この業界にいるとよくイヤなことたくさんあったでしょ?≠チて聞かれるんだけど、私の場合に限っては、全然ないんですよ。小川さんから事前に聞いてたし、いろいろ助けてもらったせいもあるけど、とにかく、泣きたくなるようなことなんて一つもなかった。それよりも楽しいことの方がずっと多かったですね。お芝居の楽しさ、物作りの楽しさ、いろんな人たちと出会う楽しさ、そういうものを教えてもらった気がしてるんです。そりゃ、裸になるよりならない方がいいけど、でも、アダルト即暗くてみじめな世界っていう考えは間違ってると思うんです。少なくとも私みたいに、すごくいい勉強になったって感謝して引退する女の子がいるわけですから」
隣の小川が何度も頷いていた。
私は二人の溌剌とした女性を眺めながら、沢木の場合はやはり稀有な例だろうと思った。小川という絶好のパートナーとの出会い、両親の理解、デビュー作のヒットと、いくつもの幸運が沢木に味方していたからだ。しかし、現われては消えてゆくたくさんのAV女優の中に、沢木まりえのような幸せな引退≠ェあったことは、事実なのだ。
〈樹まり子・21歳〉
女優いじめで鳴る清水大敬監督が、「樹《いつき》は掛け値なしのプロのAV女優」と誉めちぎるのを聞いたことがある。
清水は樹の主演作を二本撮っているが最初は青木さえ子という芸名でのデビュー作『素晴らしき日曜日』(ダイヤモンド映像)、十九歳の新人にいきなり六人の男優との本番をやらせるという無茶をやった。が、美貌の持ち主の短大生は泣きもせずイヤな顔一つ見せなかった。それどころか、終始快活で、撮影に協力的で素直、飲み込みが早く、しかも肝腎のカラミはハードそのもの、天性の好色さが横溢《おういつ》していた。撮影終了後、スタッフやキャストの拍手の嵐が現場を覆ったという伝説≠キら残っている。
デビューした同じ月に別のメーカーからも二本のビデオが発売され、こちらは樹まり子という芸名だった。AV界に一時代を築いたAVクイーン、樹まり子の出現である。
樹は当初、にっかつポルノ映画からAV女優に転じた中川えり子に似ていたので、中川の再来≠ニ騒がれた。デビュー時に「男性体験六十人」と公言したため、豊丸らの淫乱路線を継ぐ淫乱美少女≠ニ呼ばれたこともある。また、バスト八十六センチの豊かな乳房だったので、松坂季実子の巻き起こした巨乳ブームの余波を受け、巨乳美少女≠フレッテルを貼られたりもした。
しかし、文句なしの美少女ぶりと育ちの良さに由来する独特の雰囲気、加えて豊満な肉体と過激なカラミという樹の個性は、それら先行する女優たちのどの雛型にも収まらなかった。樹は一九八九年七月にデビューし、一九九〇年の四月に引退したが、四十三本目に当たる最後の作品『逆ソープ天国7』(望月六郎監督、ディレクターズ)がリリースされた九〇年八月まで、樹の名前や写真が出版マスコミのぺージを飾らなかった時期はない。
手許に一冊の雑誌がある。ビデオ・レンタル店の業界誌『月刊AVストア別冊いーじゃん』(一九九〇年十一月号)。樹が引退声明を発表してから、半年を経過した時のものだ。そのショップ・アンケートのぺージを見ると、(ビデオが)高回転する女優≠フ表のトップに樹まり子がいる。それも、二位の星野ひかるや田中露央沙の三倍以上の高得点で女王の座に君臨しているのである。
知名度で小林ひとみを超え、黒木香より広くファンに愛された最初の人気AV女優、それが樹まり子だった。
引退した樹は目黒区の瀟洒《しようしや》なマンションにAV男優の加藤鷹と一緒に住んでいた。引退後、週刊誌やビデオ雑誌のコラムや対談には何度か登場しているが、裸になる仕事はやってない。
「今はもう普通の主婦ですよ。ひと通り家事をこなして、時間があれば友達とお喋りしたりゴルフの練習場に行ったり。鷹が自分のギャラは全部渡してくれるので、できる限りその範囲内で生活してます」
かつては栄養士を目指したこともあるので家庭料理は得意、「学生時代に体で覚えたものって消えずに残ってるんですね」と笑う。
2DKの部屋は若いカップルの愛の巣≠轤オく家具の数が少なく全体に合理的で明るい雰囲気だった。その中で二つの品物が目についた。一つは壁のホワイトボードで、この月(一九九一年六月)の加藤の出演予定が書き込まれていた。8日〜9日メディアジャック(森口組)∞10日ヴィーナス(豊田組)≠ネどかなりの過密スケジュールだ。労働日数は合計二十日間だが中には泊りがけの撮影旅行もあるので作品数にすると十三本。さすがにトップクラスの男優らしい売れっ子ぶりである。
もう一つは、奥の部屋のコンポーネント・ステレオの上に置いてあったカラー写真の大型パネル。おそらく専門のスチールカメラマンが作品宣伝用に撮ったものを引き伸ばしたのだろう、白い光を浴びた樹と加藤が裸で抱き合ってキスを交わしている。お互いに目を閉じ優しい表情を見せている二人のバスト・ショットは、AV男優とAV女優の撮影スナップというよりも、恋愛映画のポスターを思わせる出来ばえだった。
つまり、引退して一年二ヵ月を経た時点で樹の言葉のはしばしに、あるいは部屋で目にする品々の中に、パートナーの加藤との絆の強さが色濃く窺《うかが》えるのである。
樹がAVの撮影中に加藤と出会って意気投合、一緒に暮らし始めたのをきっかけに引退を決意したことは、これまでにも何度かメディアで報道された。しかし、なぜ加藤だったのか、他の男性や男優ではダメだったのか、そこのところがよくわからなかった。
「二人とも相手のことは業界でいろいろ聞いてたんです、当然ね。でも、八九年の十一月だったかな、初めて現場で会った時は口喧嘩ばっかり。おっ、グラビアで見るよりデブじゃん≠ネんて言うから私も、何よ、キンキラ趣味のナンパ師!≠チて言い返したりして、第一印象はそんなによくなかったんです」
樹は含み笑いをして話し始めた。
和机の向こう側に正座をして坐っている樹は素顔だった。髪を短く切り口紅すらつけてない。エスニック調の白いゆったりとした長袖シャツを着ていて、第一ボタンを外した胸許からチラッと胸の膨らみが見えるが、肉感的な気配は漂わなかった。いかにも掃除を終えたばかりの若妻という感じだった。
「それから何回か現場で会って、いろんなことを少しずつ話すようになって、割と真面目ないい人なんだってわかってきたの。それで四回目に現場で会った時、私とのカラミが始まったら突然彼が立たなくなった。あの人は立ちがいい£j優で有名なのにね。撮影時間は押してるのに鷹が立たないもんだから長い間立ち待ち≠諱Bその時、監督にもスタッフにも何も言わなかったけど、お互いにわかっちゃったのね、好き同士だって。私は、鷹が立たないのは私に対して男優として接することができなくなったから、一人の男として私という女を意識したからだって、ピンときたの。そのあと鷹は戻ってきて男優としての仕事をキチンと果たしたんだけど、私たちはもう以前の二人じゃなかった」
想像も及ばない愛の確認方法だった。性行為が仕事である男女にとっては、愛は言葉ではなく、肌の接触でもなく、ましてや激しい性交ではあり得ず、性器の変化に現われた相手の精神の微細な揺れを感知するところから生まれる、らしいのだ。
その後二人は、電話では頻繁に連絡を取り合ったものの双方の仕事の調整がつかなくて会えず、再会できたのは二ヵ月近く経った代々木忠監督の撮影の現場だったと言う。
「『いんらんパフォーマンス』の打ち合わせの時に、代々木さんが相手の男優は誰がいい?≠チて聞いたの。私はすぐ加藤鷹さん≠チて答えた。その頃にはもう会いたくて会いたくてたまらなくなってたの。四月に入って撮影が始まって、鷹と会えて、念願のカラミがあったんだけど、あれはもう仕事じゃなかったわね。私も鷹も本気だった。私がビデオの中でオーガズムを感じたのはあの時が初めて、それまでは全部演技だったの」
樹はその日を境に加藤以外の男との性行為がイヤになり引退を決意した。加藤との同棲は撮影後三日目にして始まったのだった。
それにしても、しかし、樹は生まれついてのニンフォマニア(色情症)≠ナ売ってきたのではなかったのか? 中学二年の十四歳で初体験、しかも一度に三人が相手。十六歳でオーガズムを知り、外国人との体験もある。AV女優になる前に六十人の男との性体験があったのはつとに有名な話だし、女優になってからも「私誰とでもできる」「付き合う前にまず寝てみる」などと言い放っていた。どんなハードなカラミも辞さず、嬉々としてビデオでいく=AだからこそAV界の女王だったはずなのだ。
なのに実は本番の撮影でオーガズムを感じたことがなくすべてが演技だったとは……。加藤との愛はそれとして、納得しにくかった。
「私、本当は男の人を甘く見てたっていうか、見下してたところがあるかもしれません」
樹は意外なことを言った。くわえた煙草に静かにライターの火をつける。
「あなたは男性が満足してくれれば嬉しい∞そのためにはどんなことでもしたい≠チて現役時代に言ってたよね? だから男にとっては天使だ、AVクイーンだって……」
「そう、言ってました。男の人はみんな可愛い、セックスの時は子供に還《かえ》るから。でも私自身はいつも醒《さ》めてる部分があったんです。プライベートなセックスでも自分が本当にいくことはめったになかった。頭の隅で、男なんてこんなもん、ここをこうすれば気持ちいいんでしょう、みたいな……」
「じゃあ、3P、4Pであーいっちゃう!≠ネんて泣き叫んでた時も?」
「演技してました。考えてみればビデオではずっと淋しいセックスをしてたと思う」
女性が実際にオーガズムを感じてるかどうかは外見からは容易に判断できない、と言ってしまえばそれまでだが、|あの《ヽヽ》樹まり子の絶頂時の表情・姿態が冷静な演技力の所産だとすると……、女性の性がわからなくなる。
樹は話を続けた。
「私、昔からそうだったんです。いつも仮面を被って本当の自分を見せないようにしてた。親の前では素直ないい子、でも裏に回れば何やってるかわかんない子。友達に相談もちかけられると必死に考えてあげるから誰からも好かれる。でも自分の本心は誰にも打ちあけず友達に相談することもないんです。AV界に入ってからも、つとめてあっけらかんと明るい女≠演じてた。仕事場で男の人のこと気遣ったり優しくしたりするのは、そうしてれば自分のこと隠せるからなんです。自分が相手に気を遣うのはいいけど、人から同じことをされるのはイヤ、自分でバリヤーを張ってて、そこから中へ絶対踏み込んでもらいたくなかったの。私、ずるいんですよ」
乾いた唇から流れ出た紫煙が指輪をはめた左手薬指の周囲に絡まって、消えた。
樹によれば、「本当の自分」とは我がまま、移り気、偽善者、臆病、淋しがり屋で愛情に飢えているくせに強情なせいで素直になれない「いやなタイプの人間」、なのだそうだ。
人は誰しも、程度の差こそあれそうした側面を持っている。そんなに自己卑下する必要はない気もするが、二十歳《はたち》そこそこで当代きってのAVクイーンに祭りあげられた樹の場合、自分の虚像と実像との落差がたぶん鋭い倫理的痛みを伴《ともな》って知覚されたのだろう。
その意味では樹は平衡感覚のしっかりした女性だった。一年足らずのうちに四十数本と非常に多くのAV作品に出演し肉体を露出し続けたにもかかわらず、本来の自分を見失うことがなかったと言える。
やはり家庭の影響だろうかと私は思った。保険代理店を経営している父親は頑固で、「曲がったことが大嫌いな人」だった。母親は優しく物わかりがよかった。両親は三人の子供たちを心から可愛がったが、躾《しつけ》には厳しく、特に父親は長女である樹に対して厳格だった。「クラブ活動から帰った後は一歩も外に出るな」などと命じた。樹が夜中にそっと二階の自室から抜け出て遊び回ったのは、父親への反発が底にあったからだ。しかし両親と和解した今となっては、「親のありがたみを感じている」と樹は言う。そして、「実は私、性格的に父と似ているの」と付け加えた。
「ビデオの仕事を始めた頃は、やること会う人みんな新しくて、何でも面白くて、夢中でした。もともとセックス自体が嫌いなわけじゃありませんからね。でも、三ヵ月も四ヵ月も続けてると興奮状態も冷めてくるでしょ? いつの間にか現場で、樹はカラミOKだから(本当は一回でいいのに)三回撮ろう≠ネんて言われるようになって、なんでそういうふうにしか見てくれないんだろうと思うと自分でも悲しくなっちゃって……」
樹は二杯目のコーヒーを自分で淹れながら、眉のあたりを曇らせた。
「現場に行くと、結局言われたことを何でもやる女になるわけだけど、現場に行くまでが億劫《おつくう》なんですよね。気持ちが落ち込んじゃってるから。その頃、始めて半年ぐらい経った頃だけど急に太り始めたんです。ヤケ食いとヤケ飲みですね。私内臓が丈夫だからそういうことするとグンと太っちゃう。一ヵ月に十キロ、体重六十キロ、ハハハ。緊張感がなくなってしまって生活がすごく荒れたの」
樹が作品で関わった監督や撮影スタッフに樹のことを尋ねると、異口同音に返ってくるのが「性格がいい」という言葉だった。
性格がいい、つまり、面倒を起こさない。仕事に積極的で撮影に協力的。AV女優に対する現場での最大級の誉め言葉である。
けれど、私が樹の作品を何本見ても彼女の内面を皆目読めなかったように、わずか一〜二日の撮影と日常的な会話では、制作スタッフたちも樹の抱えていた苦悩に気づかなかったに違いない(たとえ気づいたとしても樹自身が「バリヤーを張ってた」のならどうにもならなかったのだが)。
そんな精神状態の時に、加藤鷹と出会ったのだった。
八つ年上の加藤はその時二十七歳。秋田県出身でカメラマン目指して上京し、AVの撮影助手から一九八八年十月に男優に転向してデビューした。私も現場で会ったことがあるが、高校時代バスケットボールをやっていた(樹も同じ)とかでスラリと引き締まった肉体、全身よく陽に焼け、なかなかのハンサムボーイだった。人あたりが柔らかく、礼儀正しく、おしゃれ。大変なカーマニアでもある。
「彼と出会って、樹さんは変わった?」
「百八十度変わっちゃった。すごく落ち着いたもの。鷹と会ってから他の男を見ても何も感じないし何も思わない。友達が不思議がるの、別人みたい≠チて」
「もう淋しくはない?」
「っていうか、本当に人を好きになることがどんなに大切なことかわかった」
「だけど、彼は仕事で他の女性とセックスしてくるわけでしょ、気にはならない?」
「それはなりません。男優というのは出してなんぼの商売ですからね。帰ってきた時の顔つきでわかるんです、今日の相手がいい子だったかそうじゃなかったか。難しい子だとすごく疲れた顔してますね」
私は加藤が現場で言っていたある言葉を思い出した。「俺、二種類のセックスやってるんです。家庭では愛のあるセックス=A現場では愛のないセックス=v……。
「立ち入ったことを聞きますけど、加藤さんが言ってた、樹さんとの愛のあるセックス≠チてどんなセックスですか?」
「段取りのあるセックスじゃなくて、お互いが求め合った時にする自然なセックス、かな? いたわりあってるから相手が辛そうな時はしないし、第一、必ずしなくてもいいんですよ。私は抱き合って寝ているだけでもいい、隣に鷹がいてくれれば満足なんです」
「特別な体位、テクニックは?」
「そんなもの必要ないですよ。モノの大小とかテクニックとか変わった体位とか、そういうのあまり関係ないと思います」
「じゃあ、おおむね静かに……」
「そんなことありません。二人で狂ったようになることもあるし、失神したりすることもあります。でも私、フェラチオだけでオーガズムを感じられるし、手を握り合ってるだけでいけちゃうんです」
「……!?」
「嘘だと思うでしょ、でも本当なの。鷹となら、そういうこともできるんです」
樹はしごく平静な表情でそう言った。
乙女のように添い寝をするだけで満足感を得るセックスから、狂乱・失神し、フェラチオのみでオーガズムを味わう神技的(?)セックスまで、なるほど、愛のあるセックス≠ニは自在な性愛の世界、らしかった。
「私もいろんな男の人と寝ましたけど、今はありがとうございました∞勉強になりました≠チて感じ。いろいろあったからこそ、もう彼とじゃなきゃできない≠チて思うんです。今、すごく幸せです」
樹は「すごく幸せ」を何度も繰り返した。
樹と加藤との現在の生活が愛情に溢れた充実したものであること、それは理解できた。
「樹さんは雑誌の対談で現役のAV女優と何人も会ってますね、最近の女優さんについてはどう思います、先輩として?」
私は話題を転じた。
「業界に入ってくる動機というのは私の頃と変わらないと思いますね。何か面白いことないか、プラスお金。私もそうでした」
顔に垂れた前髪を軽く指で掻き上げると、頬にニキビが出ていた。引退≠ニ言いAV女優の先輩≠ニ言ってもまだ二十一歳、信じられないくらいの若さで人生のある面に関してはすでに達人の域、ベテランなのだ。
「私の頃と比べて気がつくのは、全般に管理体制が厳しくなってることでしょうね。今の女の子たち、撮影が終わってもなかなか帰りたがらないんですよ、現場が楽しいから。事務所の管理が厳しくて自由に飲みにも行けないみたい。私のいた事務所なんか割と放任だったんですけどね。それに、何か、今はスタッフの人がサラリーマン化してて、守りの姿勢っていうか、冒険心が減ってきてます。だから今売り出すのって、難しいなって思う」
「でも、業界入りを希望する女性は絶えないし、可愛い子もかなり増えてますよね?」
「それはやっぱりお金ですよ。普通の女の子が二日か三日働いて百万以上稼げる仕事って、他にあります? 現場に行けば行ったでみんなが自分をチヤホヤしてくれますしね。現代の女子大生やOLには、AV女優になりたい症候群≠チてあると思いますよ」
樹は、日本のAV女優こそが「世界で一番おいしい仕事」と言い切った。
もっとも樹自身は最初の頃の出演料が手取り三十万円。売れ始めてからは元ギャラ(メーカーがモデルプロダクションに支払う出演料)二百万〜三百万円と噂されたが、実際に手にしたのは一本につき百万円程度だったと言う。女優時代に貯めた金は計二千万円。最盛期の活躍ぶりからすると意外に少ないが、「当時はお金に無頓着だった」せいだ。
「現在は、お金にはかなり厳しい?」
「そりゃそうです、主婦ですから。鷹が一生懸命働いて一本五万円ですもの」
それからひとしきり、女優の法外な出演料に比べ男優のそれがいかに安いかという話になった。女優は裸になるだけで出演でき、本番なしでも許されるが、男優は少なくとも勃起させ射精できなければならない。男優のリード次第で作品の出来、不出来が左右されることを思うと、十倍、二十倍いやそれ以上の出演料の格差はいかに不公平か……。
樹の口調は、女優のことを語って、いつの間にか相当に男優である夫寄りに傾いていた。
「しかし、加藤さんにしても、男優という職業を長くは続けられませんよね?」
「ええ、体力勝負で保障もないですから」
「加藤さんの引退後は、何か二人で計画してることってあるんですか?」
「あの人は車関係の仕事に就きたいようですけどね。できれば田舎に帰って」
「樹さんは?」
「そうなったら私も、向こうでちっちゃな小料理屋とかやってもいいかな、と」
樹は、短大生時代とAV女優時代に二度の同棲体験がある。が、今回のそれは過去二回と違ってどうやら本物≠ノなりそうだった。しかしそうであれば、多少気になるのは、一年二ヵ月も経つのに正式の結婚をしてないことだ。
「籍は、いつ入れる予定ですか?」
「鷹次第です。鷹が自分なりにケジメをつけれると思った時に、私の父に会ってくれることになってます。でも、お互い籍にはこだわってないですけどね。両方の両親とも私たちのこと認めてくれてますし」
当分の間は、すべての活動の基盤になる資金作りに励むことになるらしい。
部屋の隅の電話が鳴った。
「はい、加藤ですけど……」
受話器を手にした樹はごく自然にそう答えた。
[#1字下げ](追記・一九九二年に入って、樹は加藤鷹と別れ、AV女優としてのカムバックを果した。「世界で一番おいしい仕事」の魅力は、本当の幸せ≠竍愛のあるセックス≠謔閧煖ュ力だということなのだろうか?)
〈豊丸・26歳〉
「みんなビデオはプロだけど水商売は素人の子ばっかりでしょ。今日で終わりか、明日は潰れるかと思ってやってきたけど、何だかんだでもう九ヵ月、こんなに長くもつとは思いませんでしたよ」
口紅もつけていない素顔、パーマをかけたチリチリの髪を頭の片側で無造作に束ね、Tシャツにバミューダ・パンツという恰好。見るからに開店前のママといった趣《おもむき》の豊丸は、ソファに浅く腰掛け煙草に手を伸ばした。
店の奥のソファでは十人ほどの若い女性がお喋りしながら化粧に余念がなかった。中に、Eカップのいとうしいな、引退した仲村梨沙などAVで顔を見知った女優たちもいる。六本木の会員制クラブ〈プシカル〉は、現役AV女優、元AV女優、AV女優予備軍などAV関係のホステスばかり約四十名を抱えることで知られている店だった。
一九八九年二月に引退した豊丸が〈プシカル〉のママに収まったのは、開店と同時の一九九〇年九月十日のことである。
引退したAV女優の転職先というと、裸プラス名前が生かせるからだろうが、圧倒的に多いのがストリップ界だ。黎明《れいめい》期のスター愛染恭子がそうだったし、本番NGのAVクイーン小林ひとみも一座を組んで全国を巡業した。その他、菊地エリ、中村京子、松友伊代、井上あんり、村上麗奈、舞坂ゆいと目白押し。豊丸も一時期女性監督業に手を染めたりしたものの、〈プシカル〉のママになるまでストリップ劇場の舞台に立っていた。
「好きじゃなかった水商売をやってみる気になったのは、ビデオを辞めた女の子たちの悲しい現実を知らされたからです。ビデギャルって使い捨てですよね。そこらへん歩いてる子をスカウトして、初々しいとこだけ撮影に使って、二、三ヵ月もしたらポイ。そのあと私みたいにストリップもオーケーって子ならいいけど、裸はイヤ、普通の生活に戻りたいって思ったって、現実問題としてできないでしょ? せっかく勇気を出して脱いで、辛い思いに耐えて頑張ったのに、そのことがネックになって普通の会社には入れないし、平凡な結婚もできない。結局、ビデギャルだった自分の過去を消してしまわないと社会復帰できないわけですよ。悲しいですよね。そんな馬鹿なことないですよね。だから私、みんなでその問題を考える場を作るために私みたいな者の力でも貸せるものなら貸そうと、それでこのお仕事引き受けたんです」
豊丸は一気にまくしたてた。
デビューした一九八八年のAV界を淫乱∴齔Fに染め上げた立役者、今なお多くのAV女優から「豊丸姐さん」と一目置かれている異端の元女優が、仲間たちの窮状を見かねて一肌脱いだ、ということらしい。
我々の坐っているテーブルに黒いスーツ姿の男がやってきてグラス入りのウーロン茶(豊丸は酒が飲めない)を置いた。仕掛人である〈プシカル〉社長の長谷川慎吾。二年前までモデルプロダクションをやっていた人物である。
「客層ですか? サラリーマン主体で接待用に使われる場合が多いようです。豊丸はよくやってますよ。みんな個性の強い子ばっかりなのに、よくまとめてくれてます」
さりげなく豊丸を誉めてから立ち去る。
「約四十人の女の子のうち現役のAV女優がほぼ半数、ということは、プロダクションの違う女優たちが同じ店で働いてるってことになるわけですか?」
私は豊丸に尋ねた。
「ええ。今のところダクション≠ヘ四つほどですけどね。本来ならライバル同士だからちょっと前までは考えられなかったことですが、少しは女の子たちの生活を考えてくれる部分が出てきたってことでしょう」
「女の子をまとめる上での苦労っていうと、具体的には?」
「いろいろあるけど、たとえばいとうしいなちゃん。最初の頃は彼女すごく生意気だったんですよ。ものすごく気が強いし何でもズケズケ言っちゃう。でも、それは裏返せば姐御肌ってことですよね。私、彼女のそういう個性壊したくなかったから、逆にうんと姐御肌を発揮してもらったんです。もともと私は他人にああしろこうしろって言わない人なんです。みんなにいつも言ってるのは、一つのことを全員でやってこうね≠ニか脱がずに持って生まれた個性で勝負しよう≠ニか、そんなことぐらいですよ」
豊丸はTシャツから出た腕を撫で、ホール隅の小さな円形ステージを振り返った。
午後七時三十分、ショーのリハーサルの時間だった。化粧と髪型だけ整えた七、八人の女性たちが、ステージに上がってダンスの振り付けの練習を始めた。時折ハシャギ声を混じえてのそれは、どこか女子大生のクラブ活動の光景を思わせる。そして見回すと、いつの間にか店内の若い女性たちの総数は十五、六名にも増えていた。
「すみません。私もちょっと稽古しますから、お話はまた開店後に……」
一礼して席を立った豊丸の後ろ姿を見て、私は、豊丸と仕事をした監督や男優たちが口を揃え、「あの子は普段はしっかりした子だよ」と言っていたことを思い出した。
〈プシカル〉は午後八時から午前一時まで営業しているが、ショーがあるのは毎週月曜と火曜の二日のみ。ショータイムは午後九時と午後十一時の二回で、それぞれ二十分ずつの比較的短いものである。
第一回目のショーの後、豊丸は再び私の隣にやってきた。ソファ席はすでに客とホステスで満席なので今度はカウンター席だった。
「ショータイムの時って、予想以上にみんな張り切ってましたね」
私は、ステージ衣裳から営業用の白いミニのワンピースに着替えてきた豊丸に言った。豊丸の額や鼻の頭には、濃すぎる白粉《おしろい》の上に大粒の汗が浮き出ていた。
「私たち、甘えていられませんからね。ビデオで現場に行くといちおうはスタッフに持ち上げてもらえます。だけどここでは私たちがお客さんにサービスしなくちゃいけない。そのためには少しでも芸を磨こうってわけですよ。自分たちの名前にかけても」
円形ステージのショーは、レビュー風のダンスあり、ソロの歌あり、手品ありというバラエティに富んだものだった。豊丸は六人の若手を従えて最後に登場し、日本の祭りをポップス感覚でアレンジしたテンポの速い踊りを披露した。正直言って、どれもプロのエンターテイメントと呼ぶにはまだまだ無理がある出来だったが、演技者の懸命なひたむきさ、それだけは真っ直ぐ伝わってきた。
ところで、AV作品に連なるエロチシズムが皆無と言ってよかったショーの中で、唯一の例外が豊丸の見せた仕種《しぐさ》だった。豊丸は踊りのクライマックスで一度だけ、手にした木製の撥《ばち》を股間にあて、思い入れたっぷりに腰を振ってみせたのだ。
しかし一回でも豊丸のAVを見たことのある者は、あまりに「健全なお色気」とあっけにとられるはず。まるで別人のようなのだ。
豊丸主演のAV。それはファンにとって衝撃だった以上に、大袈裟ではなく、日本の性文化史上における一つの事件≠セった。
ビデオの中の豊丸はそれまで日本女性の性愛に関して信じられてきたほとんどすべての概念を覆《くつがえ》した。まず受動性。豊丸はおよそ四十本に及ぶ作品を通じ受身≠フ性の持ち主として作品を終えたことはない。冒頭たとえ受身≠ナ始まったとしても、途中で必ず男女の位置を逆転させ、男の性欲を極限まで要求し、その結果女性の性の能動性、いや攻撃性すら証明してしまう。「もういいよ」「勘弁してよ」と音を上げるのは決まって男優の方だ。
女性がオーガズムを得る際に必須とされる細やかな男女の情愛。これも豊丸には無縁のものだった。下着を脱ぎ捨てるやいなや前戯も何もなく、いきなり男の体の上に跨《また》がる。あるいはやみくもに自分の性器にモノを挿入させる。直径五センチもある巨大な張形《はりかた》、太い大根、男の拳《こぶし》……。そんな情緒のカケラもない行為によっても、豊丸は充分に絶頂感を得ることができた。人間バキューム∞ブラックホール≠ネどの異名を取った所以《ゆえん》だ。
きわめつきは性行為中の表情と声。豊丸の場合、性交の最中に見せる顔付きは二種類しかない。目を閉じ唇も裂けよとばかり喉の奥まで見せて大口を開けるか、白眼を剥《む》き首に筋を立てるほど奥歯を食いしばるか、いずれかである。その時に発する声は、「んごい、んごい、いー、いー、いー、ふどい、ふどい、んごい、もっどお、もっどお……」。白眼を剥きながらでもフェラチオをしながらでも、喚《わめ》き続け叫び続けるものだから、豊丸語と呼ぶしかないような奇っ怪な言葉が機関銃の弾のように乱射されるのである。
それはもう、従来のアクメ顔とかヨガリ声とかの範疇《はんちゆう》を超えたものだった。豊丸の出演作を見終わると、性的興奮を覚えるより何より、唖然とし茫然としてしまう。女性観どころか人間観まで変わりかねない。人間とは全身全霊で性を貪る動物=Aそんな新しい定義が思わず頭に浮かんでくる。まさに鬼気迫る一途さなのだ。
その一途さが、豊丸とその他の淫乱女優≠スちとの相違でもあった。たとえば代表作の一つである『淫と乱』(鬼沢修二監督、KUKI)。この中で豊丸は、先輩格の元祖淫乱女優″逑c葵や潮吹き淫乱♂ォ田ゆかりと共演したが、完全に二人の先輩を食っていた。男に媚びる咲田や欲望に素直なだけの沖田とは、性に対する貪欲度の度合が違うのだ。同様のことは豊丸の後輩たちにも言えた。放尿淫乱″ケ也加には終始悲哀がつきまとっていたし、「豊丸を超えた」と喧伝された千代君は、なるほどヘラヘラと野球のバットなど挿入したが、それは単に開き直ったパフォーマンスでしかなかった。
豊丸のような、なりふり構わぬ獣じみた淫乱女優≠ヘ、豊丸の前にも豊丸の後にも、一人として存在しなかったのである。
「豊丸さん、どうして辞めたんですか?」
私は、洋服を着ているせいで赤い口紅の大きな口だけがいやに目立つ豊丸に聞いた。
「ビデオに出てた時の私って、売りが売りだったでしょ」
「淫乱ってこと?」
「そう。それに、十二歳で初体験とか男千人斬りとかね」
「小学生で初体験ってあれは本当ですか?」
「七歳の時から大人の男の人とは付き合ってました。ペッティングやフェラチオはずっとやってたけど、セックスは体が小さすぎて、やっと入ったのが十二歳」
どう相槌を打っていいかわからなかった。
「とにかく私の場合そういうことが売りだったから、名前が出始めると僕、ファンです≠チて近寄ってくる男がすっごく増えたの。そのたびにこの人ともしなきゃいけないんだろうか≠チて考えちゃって、だんだん煩《わずら》わしくなってきたんですよ」
「それで引退しようと思ったの?」
「それと私、プロになりたくなかったんです。プロになる前に辞めようと思ってた」
「プロになりたくなかった?」
豊丸によれば、プロのAV女優とは撮影中に自分の地を隠し通せる女性だった。男優とカラミながらも常にカメラのアングルを意識し、よりセクシーな自分を演出できる女性、である。豊丸は「そういう作り物の自分を出したくなかった」と言う。
「私は私の体の中の一番汚ない部分を自分で好きにならなくちゃいけないと思ってました。もしそこを私自身が愛せないとしたら、私という女は一生何もできないまま終わってしまう。だから、ビデオに出る以上、何もかも取っ払った生のままの私を出したいと思ったんです。監督の言葉もカメラマンの指示も聞かず、もっとえげつなく、もっと汚く、もっともっとって突っ走ったのはそのためでした」
私は深く頷いた。常軌を逸しているような豊丸ビデオの秘密はここにあったのだと思った。すなわち、物心ついて以来ずっと性の濁流を泳いできた一人の女性の、ビデオ・カメラの前での捨て身の自己確認、断固たる自己肯定の映像記録、だったのだ。
ただし、クラブのママである現在の豊丸はすぐに後輩たちのことを思いやる。
「私はそれでいい、もともと一匹狼だったんだし。でも、他の子たちはそれじゃいけないわけでしょ。見てる人を確実に興奮させるエロスをしつこく要求されるんだから。だけど、裸を撮られることに慣れるのって、普通はずいぶん時間がかかるもんなんですよね。十八、九の素人じゃ無理。もしも本当にそれを望むんならそれなりの時間をかけ、待遇もして、いろいろなレッスンも受けさせなくちゃ、ね。ところが今は、わけのわかんないうちにサッと撮られて、本人は一、二本で辞めても商品は出回ってる。半年、一年後に町で知らない人に声かけられて、君、ビデオに出てたでしょ=Aニヤッ。もう後頭部直撃の衝撃ですよ、ガツーンです。それは悔しいじゃないですか、同じ女として、同じ仲間として」
安易な制作方法がまかり通る現状が、「一匹狼」には許せないらしい。そのやや思い詰めた表情には、現役時代の一途な姿勢の片鱗のようなものが窺《うかが》えた。
壁際にソファ席が並ぶ薄暗い店内では、豊丸の庇《かば》う後輩たちがホステス業に専念していた。もっとも、ここでは客たちの方が好奇心旺盛なので、一人のホステスが左右の背広姿から質問攻めに合う恰好である。話題はもっぱら下半身のこと。「ねェねェ、バイブでも本当にいけちゃうの?」「ハハハ、それは体調と相手次第よ」など聞こえてくる。女性たちは、リハーサルを重ねた芸≠ステージで披露している時よりも、明らかに余裕があり溌剌としていた。
「ところで豊丸さんは、ビデオで蓄えたお金で両親に家を建ててあげたんですって?」
豊丸はウーロン茶を口に含み、頷いた。
「すごいじゃないですか」
「さんざん迷惑をかけてきたし、親不孝をやってきたから、せめて家ぐらいはね」
鹿児島の両親は七十歳を越す高齢、四人姉弟の長女は「間に合ってよかった」と言う。
「でも、そうすると、また稼がなくちゃ」
「私の方はいいんですよ、一人だしどうにでもなるから。それに、またゼロから始める方が張り合いが出てくるんです」
「AV界への復帰は?」
「あり得ませんね。第一、あんなビデオ、そうそう需要があるもんじゃないですよ」
引退して二年半、元淫乱女優≠ヘ自分の過去を消さず、笑って振り返るのだった。
〈三上るか・31歳〉
カラミのシーンの撮影が始まると、監督の三上はまた床に寝転がってしまった。ピストン運動が行なわれているベッドに背を向け、仰向けになったり横になったりしながらモニター画面のみを見詰めるのである。
「栗さん、時々お喋りを」
モニター画面の中の男優栗原良に寝そべったまま指示を出す。灰色の無地の長袖シャツに黒いダブダブのズボン。素足。その小さな裸足《はだし》の足をモニターの横の椅子に乗せたり降ろしたりしていた。時折片手に握った構成台本に目をやって声を発したりしなければ、とても演出中のAV監督には見えない。
三上るか(本名、周藤暁子)は、この業界に珍しい女性監督というより、その個性自体が非常にユニークな女性なのだった。
十数分後、見かねたのか、監督補佐として現場に付いている製作会社シネマジックの制作部萩元優彰が、モニター機材をベッドの近くに移動させ、ついで三上の体もグルッと押し回してベッドの方を向かせた。監督は撮影中の現場から目を離すな、というわけだ。
「…………」
三上は長い髪を掻き上げ黒縁の眼鏡越しに萩元の顔を一瞥《いちべつ》した。が、次の瞬間には再び横になりモニター画面に見入ってしまった。
三上がSM専門のAV女優を引退してから一年半である。モデルプロダクションのマネジャーを経て、SMモノの老舗シネマジックの契約監督となったのが一九九一年一月。以後継続的に月平均一本の割合でSM主体の作品を発表してきたが、「代表作と呼べるものはまだない」。自分では「女だから≠ニいうことで撮らせてもらってる段階。いずれ必ずプロの監督になるにせよ、今はいろんな壁にぶつかって苦しんでる最中」と分析する。
三上るかと言えば、最後の主演作品で、プレジャー後藤と彼女が共同監督し、ビデオ雑誌『ビデオ・ザ・ワールド』一九九〇年度上半期AV大賞を受賞した『迷惑陀仏』(シークレット)が有名だった。都内JR線の踏切の上での性行為や新宿アルタ前でのフェラチオなど、三上のアナーキー性が存分に発揮された怪作≠ニして知られる。しかし、残念ながら私は入手できず、見ていなかった。その代わり、四月末にリリースされた最新監督作『女が一番痛い職業』(シネマジック)を見たのだが……。「壁にぶつかって苦しんでる」という意味がわかった。三上のSMに対するこだわりは理解できるものの、一本の作品としては空回りしている気配なのだ。
この日の休憩時間に、三上は自分が寝そべりながら演出することについて「その方がラクで気持ちいいから」と答えた。「私がM《マゾ》になったのは寝転がって気持ちいいことができるから。(寝ながらの演出も)その延長よ」と言うのである。驚くべき意識だが、そうしたルーズな姿勢と、いざ縛りやいじめの場面になった時、カメラの前に飛び出していって女優にこと細かに、器具の使い方、悶え方、体の見せ方を指導する真剣さとが、未整理のまま三上の中に混在しているのだった。
監督補佐の萩元は言う。
「三上監督の場合、すべて自分の体験を基に演出してるわけです。打ち合わせになかったことを急に現場で言い出したりして困ることもありますけど、出演する女優に対してはやはり説得力を持ってます。ほとんどのことは自分自身がやってきたことですし、何といっても同性ですからね。三上さんが説明してくれたおかげでためらってた女優が納得し決意してくれたことって何度もありますよ。時にはここまでは私もやったからできるはず≠チて、男の我々よりハードなことを要求したりね。AV監督としては未熟な部分もありますが、作るものは異色ですし、売れ行きの方もまァまァいい線いってるんです」
メーカー側から見れば「磨けば光る有望な新人監督」ということになるのだろう。
午後七時から七時三十分すぎまで全員仕出し弁当の夕食。その後、風呂場での女優の緊縛・放置シーンの撮影となった。台本によれば、一連のSMシーンは偽小説家に騙《だま》された女性ファンが調教される光景らしい。
「彼女は口に髪をくわえ緊縛される、と。濡れた髪が口の中に詰まって苦しいんじゃないかなと、そんな感じです。それからお湯の流れる風呂場に放置され、窒息するのだ」
三上は、狭いスタジオの中を歩き回ってシーンの狙いを抑揚のない声で説明した。ミニ・グラマーな体を無彩色の服に包み、思い詰めた表情で室内を歩き回る三上には、どこか秘儀を司《つかさ》どる巫子《みこ》の雰囲気があった。その間に、撮影スタッフは風呂場に照明のセットを設置し、助監督たちは風呂桶や洗面台から溢れるお湯の分量を調節し、プロの緊縛師は網シャツ一枚の女優を手早く麻縄で身動きできないよう縛り上げる。
私はこの日朝からプロの手になるさまざまな緊縛のパターンを見てきた。初めての体験である。しかし、事前に多少の恐怖心をもって予想していたような感情の昂ぶりは経験しなかった。人間誰しも多少はSMの素質があるとすれば、私自身はどちらかと言えばSかと思っていたのだが、目の前で裸の若い女性が縛られてゆく過程に何の性的興奮も覚えない。斯界の権威団鬼六は『緊縛大全』の中で、緊縛の原点は「驕慢《きようまん》の美の破壊」「美に対する人間の復讐心理」と述べている。だとすると私は、(女性)美に対する破壊願望・復讐心理が希薄ということになる。
もっとも、私が今回平静でいられたのは、女優の神崎美穂が縛りやいじめを嬉々として受け入れていたせいかもしれなかった。色白で細くスラリとした神崎は元ジャズ歌手で二十一歳。これが八本目のAVだが、SM作品のM女役は初めてと言う。私生活でMを経験し「あ、これいいな」と思ったのが発端だった。「将来SMの世界に進むのでは」と漠然と考えていたのが現実となったわけである。「これを機会に当分の間はSMモノに出演したいです」と意欲的だった。
準備が整うと、両手を後ろ手に縛られ両足を曲げたまま縄で拘束された神崎が、洗面台の下のタイルの上に運ばれ、転がされた。カメラが回り始め、洗面台から溢れたお湯が手荷物のように縛られた女優の体の上に容赦なく流れ落ちる。耳の中へも、口の中へも。
ベテラン男優の栗原は、自由を奪われた女の横に立ってその体を足で踏みつけた。足の指で縄目からはみ出した乳房をつまみ、捩《ねじ》る。
「あなたは口を開けちゃダメ、縄をグッと噛んで! 良さん、足の裏で女の後頭部を押さえつける!」
責めのシーンになると三上はもはや寝そべってはいなかった。モニター画面重視ではあるがカメラの横に跪《ひざまず》いて次々と言葉を発している。
男性のキャストやスタッフを使って女性が女性を責め立てる。見ようによっては奇怪な光景ではあった。だが、真性マゾヒスト≠自認する三上にとって「Mはとっても快感」なのだった。「女はS役の男にいじめられてるんじゃなくて、自分に快感を与える役を男にやらせている」と言うのだ。
三上が自分のM性に目覚めたのは思いのほか遅く、彼女が二十八歳の時だった。
三上は大阪の会社員の家庭に二人姉妹の長女として生まれた。スタイリスト専門学校を卒業後、PR誌やロック音楽誌の編集者をやり、その後スナックのホステスとなった。
初体験はホステス時代の二十二歳とこれも非常に遅いが、「もともと頭がおかしい」上に「若い女は血が騒いでしまう」ため、いったん性の世界に踏み込むと歯止めが効かなかった。ホステス仲間と、一日に何人の男と寝れるか、一晩に何回射精させることができるかなど、記録をつけて競争したりした。
独立してスナックのママになって三年。突然「久しぶりに本格的に頭がおかしくなった」。深夜のカウンターで啓示≠ェあり、自分は十九歳だと悟ったのだ。本当は二十八歳だったが、十九歳なら水商売ではなく風俗をやらねばと思い、店を畳んだ。
六本木のSMクラブに「二十一歳」と偽って就職した。SMに関して詳しいことは何も知らず、専門のクラブがあることさえ雑誌を読むまで知らなかったが、ホステス時代から「何となくSMに憧れていた」のである。
SMクラブには約一年間在籍した。本番なしの高級店で、一日に三人から四人の相手をすると月収三百万円くらいになった。しかし金は残らなかった。気に入った若い男の飲み代を片っ端から支払い、部屋いっぱいの花を二日に一度入れ換え、毎月三十万円を越すタクシー代を払い続けていたせいだ。SMクラブ時代は指名手配中の殺人犯を客として迎えるなど危険なこともあったが、本来好きなことをやって実入りもよかったので「信じられないくらい健康になった」。SMプレイ≠ニ称するものは一年間でほぼやり尽くした。
AV出演の最初は神野龍太郎監督のSM作品である。AVに興味がなかったので出演依頼は断っていたのに神野とは意気投合、承諾してしまった。一九八九年の三月から翌年の三月にかけ主演作三本を含む約四十本のAVに出演し、いつの間にかAV女優と呼ばれていた。
「でもね、私は台詞が喋れないのだ。すごい大根。だから演技より演出の方が面白いぞと、だんだんそっちの方へ移行していった。モニターの中では現実の時間が架空のものへと圧縮される、これがとても面白いのだ」
一九八九年七月、本業が鳶《とび》職の異色AV男優エーリじゅんと結婚。以来三上は、主婦業との二足のワラジをはき続けている。
午後九時三十分。最後のシーンの撮影準備が繰り広げられた。宙吊りにした椅子に裸の女優が縛りつけられて熱蝋《ねつろう》を浴びるという、全編中もっとも過激な場面である。
椅子の用意ができた段階でまず三上がその上に乗ってみた。洋服を着たままではあるが、女優に要求したポーズと同じように、背もたれに向きあって胡座《あぐら》をかき体をのけぞらせて豊かな黒髪を後ろに垂らす……。
やがて背中と腰をさすりながらカメラマンのところまで戻ってきて、言った。
「あー苦しい。よくやってたよ私も。昔は勢いだけでやってたんだね」
そして助監督の方を振り向いた。
「背中の部分に隠しタオル入れといて下さい、背骨のとこ当たってメチャ痛いから」
助監督がバスタオルを掴んで指示に従う。
私は、なるほどと思った。こうしたキメ細かい指令は体験者、というより現場で女優と同じ姿勢をすぐ試せる女性監督でないと、無理なのだ。タオルを背骨が当たる部分に入れることにより、女優は余計な痛みに悩まされることなく思い切り大胆な演技ができる、かもしれない。男の監督なら気付きもせずカメラを回し、単に背中の異物が痛いだけの女優を被虐の悦びに打ち震《ふる》える自堕落な女≠ニか何とか、勝手に解釈しかねない。
その意味では三上の作り出そうとしている映像は、同じSMモノでも実体験に照らし直した独特のものだった。根底に「驕慢美の破壊」や「復讐心理」がある男のSM作品とは異なり、「Mである快感」を描こうという女性の側からの試みである。
ほかに演出の面で目立ったのは、女優の髪型、メーク、ファッションにたくさんの注文があることだった。男の監督の場合、シーンごとに変わる女優の服装については一言あっても、髪型やメークに関してはほとんど何も言わない。メーク係に任せっ放しが多い。ところが三上は必ず自分で点検し、気に入らないとやり直させる。自分自身は化粧っ気なしで服装も地味なのに、さすがにと言うべきか、女性らしい気配りだった。そして、インテリア。カラミのベッドの脇にどんな小物を置くか、観葉植物は何がいいか、枕許の壁に絵を掛けた方が雰囲気が出るか外した方がスッキリするか。そうしたことに三上は驚くほど時間を費やし、真剣に呻吟《しんぎん》する。
おそらく、AVの本来の目的を考えれば、三上が現場でしきりに気にかけていることは枝葉末節、瑣末《さまつ》な問題なのだろう。私もそう思わないではない。そんなことよりも、斬新なストーリーや個性的な女優、迫力のある映像作りの方がずっと重要だと。けれども、心のどこかに「ひょっとしたら」という思いも残る。三上のような演出方法は誰も手掛けてない。だから、独自のこだわりをもっともっと深め徹底してゆけば、ひょっとしたら、そこからかつてなかった種類のエロチックな映像表現が生まれ出ないとも限らない……。
宙吊りになった椅子に仰向けに括《くく》りつけられた女優神崎美穂の胸に腹部に、男優栗原良の持った二本の蝋燭《ろうそく》の蝋が続けて滴《したた》った。
「熱い!」
神崎は悲鳴に近い声を上げた。
「大丈夫、必ず慣れる。火傷《やけど》しないから」
モニターを凝視しながら三上が叫ぶ。
午後十時、開け放った窓から夜の冷気が忍び込む部屋で、SMに挑もうとしている女優とSMに賭けようとしている女性監督の静かな戦いが繰り広げられていた。十数人いるその場の男たちは、ただ二人を囲み、黙って見守っているだけである。それにしても、AV界の女性監督は先駆者の葵マリーを筆頭に、現在の長崎みなみ、副木ウメ、三上るかと、なぜ揃いも揃ってSM志向なのだろうと私は思った。豊丸のように、知名度だけで監督に起用された女性が次々と脱落していって、たまたまSM志向の女性監督が残っただけなのか? それとも、女性が演出側に回ると、一般のAVよりも、SMのようにあらかじめ役割の決まった構成のほうが感情移入しやすいのだろうか?
頭をのけぞらせ黒い長い髪を後ろに垂らした神崎は苦しそうにもがき始めた。体が揺れるたびに椅子が揺れ、肌に食い込んだ縄が軋《きし》む。神崎は苦悶の表情であえぎながら言った。
「な、泣いていいですか……」
三上は冷たく言い放った。
「泣いて! よーし、泣くまでだ」
モニター画面で本当に辛そうな神崎の目に涙を確認した私は、この日初めて、何やらわけのわからない感情の昂ぶりを覚えた。
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V 性の求道者
代々木忠の実験室
一九九〇年九月のある日の夕方、私は広尾のオフィスビルの中にある株式会社アテナ映像の本社にいた。応接客用の隅のソファでお茶を飲んでいた。
九階のフロア全体が一つの部屋になっていて、白っぽい天井と薄いピンク色の壁に囲まれた室内に事務机が整然と並んでいる。
室内には低く静かにクラシック音楽が流れていた。端末機のキーを叩く音、電話のベルの音、空調のわずかな振動音。何人かいる女子社員は姿勢正しく机に向かい、白ワイシャツにネクタイ姿の男子社員たちは電話に手を伸ばしたり書類を抱えて行き来したり。
その様子だけ眺めていると、何やら小さな商事会社の、これといって変哲もない職場風景を思わせる。
しかしこの間、部屋の一角を仕切った社長室からは、跡切れることなく女性の肉声、それも切ない喘《あえ》ぎ声が聞こえていた。代々木忠監督が次回作のAV女優二人を面接中なのだ。声は、時に高く時に低く、時折二人の声が合唱するように重なって響いてくる。だが、オフィス内の社員は誰一人として関心を示さなかった。仕事の手を休めたり振り向いたりという直接的反応がないのはもちろん、しばらく眺めていても誰も眉一つ動かさない。
扉の向こうから洩れてくる女性の声は、まるでBGMの一部でもあるかのように、部屋の空気の中に溶け込んでいるのだった。
「監督の面接、これまでも新人の子の場合三時間四時間って長かったけど、チャネリングのシリーズが始まってよけい長くなったみたい。やっぱり、女の子たちの回路をちゃんと開いておく必要がありますからね」
宣伝部の三橋照代は、そう言って、運んできた二杯目のお茶をテーブルの上に置いた。
「女の子の声ですか? 別に気にはなりませんよ。ああ、うまく行ってるな、ぐらいのことで」
三橋は、オカッパの頭髪をサッと軽く片手で掻き上げ、席に戻った。
代々木が出てくるのを待っていた私は、お茶をすすり、窓の外のどんよりと曇った空を見上げながら、同じAVのメーカーでもダイヤモンド映像とはずいぶん会社の雰囲気が違うものだと思った。
村西とおる監督を中心に若い助監督たちが白亜のビルで一枚岩に似た合宿生活を送り、専属の美人女優が頻繁に出入りするダイヤモンド映像には、よくも悪くも猥雑で華やかなエネルギーが溢れていた。ところがアテナ映像では、確かに別種のファミリー意識は窺えるものの、華やいだところは全然ない。その代わりと言おうか、堅実で粘り強い体質が感じられるのだ。
一つには当然経営規模の相違があるのだろう。ダイヤモンド・グループが毎月三十本前後の作品をリリースし年商五十億を超す最大手メーカーなのに対し、アテナ映像は社員十四名、毎月のリリース四本(代々木忠監督二本、鬼闘光監督二本)、年商約七億円の中堅メーカーにすぎない。
そしておそらく、リーダーの資質の違いがある。「世界一のAVメーカーを目指す」と豪語するAV界の帝王¢コ西と、「ビデオをカネ儲けの手段にしたくない。AVを通して、あくまでも人間存在の根源である性を追究する」と断言するAV界の求道者¢縺X木との違いである。
一九九〇年に五十三歳になった代々木の足跡を振り返ると、AVの黎明期から終始一貫、「性とは何か?」を追い続けてきたと言っていい。
AV監督としての代々木の実質的デビュー作は、一九八一年十月リリースの愛染恭子主演『淫欲のうずき』だった。武智鉄二監督のハードコア映画『白日夢』に出演、一躍スターとなった愛染をビデオに起用し、AV界初の本番生撮りに挑んだのである。
当時まだレンタルビデオ店はなかった。AVという呼称すらなくポルノビデオと呼ばれていた(レンタルビデオ店の登場もAVという呼び名も一九八二年から)。けれども、大手家電メーカーが家庭用ビデオデッキの販売促進用に景品≠ニして付けた代々木の愛染シリーズ三部作は、売れに売れ、わずか半年で三万本を売り切った。結果として、普及率一パーセントだった家庭用ビデオデッキをたった一年で一〇パーセントに押し上げる上で、大いに貢献したのである。
順調なスタートではあったが、日活系ポルノ映画の監督としてすでに十年の経歴があった代々木は、きたるべきビデオ時代の制作者の困難を予感していた。愛染は名前こそ有名だったが素人同然の女優だった。警察官の家に生まれ、その父が母親と自分を捨てて愛人に走るという体験を経てきた愛染は、屈折した心理の女性だった。代々木は映画よりずっと鮮明なビデオ画面の中で、今後続々登場するであろう素人女性が自然な性交場面を見せることがいかに難しいか、愛染の例で痛感したのである。
一九八一年十一月にアテナ映像を設立した代々木は、翌年八月、AV業界に一大センセーションを巻き起こした『ドキュメント・ザ・オナニー』シリーズ七本を発表した。
これは、ごく普通の主婦や女子大生やOLら八人が、カメラの前で自慰行為を披露し、ついには我を忘れてオーガズムに達するという、当時としては衝撃的なビデオ作品だった。代々木によれば、「作り手側の一方的な観念や演出をいっさい排除し、単なる一人のスケベな中年男に徹して、女性本来の姿を見せてもらった」映像である。
超ロングセラーとなったこのシリーズの成功で代々木は、AVの特質がドキュメンタリーにあることを確信した。作品としての仕掛けは重要だが、演技やヤラセは無意味だと悟ったのである。その時、画面外から好色な言葉を浴びせて出演者を誘導してゆくという新手法をも同時に考案した。
以後、この方法論は代々木ドキュメント≠ニ呼ばれ、さまざまなAV監督に影響を与えるとともに、今日の代々木作品にまで受け継がれることになる。代々木が、「プロの女優よりも素人女性のほうがエロスの主役にふさわしい」と思い至ったのもこの頃だった。
ついで一九八三年八月、ドクター荒井ことマッサージ師荒井昭による『性感マッサージ』シリーズを発表。映画館でもロングラン上映され、広く世間の話題となった。同様に、八五年六月リリースの『サイコ催眠エクスタシー』シリーズもマスメディアの注目を集めた。
一九八七年二月、現在も続行中のアテナ映像の長寿シリーズ『いんらんパフォーマンス』が始まる。このシリーズは淫乱女優♂ォ田ゆかりや咲田葵を世に送り出し、その後、豊丸、千代君、沙也加と続く淫乱ブームの火付け役となったが、むろん、監督代々木の関心はブームを作り出すことにはなかった。あくまで、人間にとっての性が問題だった。
例えば名作と称される『いんらんパフォーマンス・恋人』。作品を見た映画監督の実相寺昭雄は次のように記している。
[#この行1字下げ]同棲中のカップルが登場する。女はAVの女優で、その恋人の男は、仕事の上とはいえ、女が他の男たちとセックスをすることが面白くない。そこから、代々木忠の仕掛けがはじまる。ある人里離れたペンションに、そのカップルに加えて、もう一組のペアを用意し、男女を組みかえて二日間の実験的同棲を試みさせる。但《ただ》し、相手が気になろうと、その期間中恋人同士は会ってはならず、それぞれの部屋にセッティングされたモニターで、互いの様子をうかがうだけ、という趣向である。恋人同士がそんな坩堝《るつぼ》の中にとじこめられて結果どうなるかはわからない。展開を予測することは不可能だし、どこで終止符がうたれるかもわからない。何も起こらないかもしれないし、このパフォーマンスが訣別への道となるかもしれない。虚からはじまる世界なのだが、代々木忠の仕掛け方はひどくスリリングで、まとめられた九十分を飽きさせることがない。私はこの作品を見て、アダルトもすごい方法を取るなあ、と感心した=i『調査情報』一九八七年十一月号)
代々木がこのシリーズで提示したのは、男女の性関係を基盤にした一般に信じられている愛≠ヘ、実は相互の所有欲と執着心の産物ではないのか、という根本的な問いだった。裏返せば、「本当の性や愛はエゴを捨て去った時にこそ生まれるのでは?」という代々木流性哲学の実験でもあった。
そして、一九九〇年九月、性の奥義を極めるべく次のステップとして代々木が手を染めたのが『チャネリングFUCK』シリーズである。チャネリングとは、一九六〇年代末にアメリカで起こった人間の潜在能力開発運動の一つで、自分の意識と別の意識(宇宙意識、精霊、故人、他者などの意識)とを、ちょうどテレビのチャンネルを合わせるように同調させること、らしい。
午後七時近くなって社長室の扉が開いた。顔を覗かせた代々木が私を呼び入れた。
「二人ともだいぶ上達したよ、麻美のほうはかなり波動を受けられるようになったしね」
緩やかにパーマをかけた頭髪の下の陽焼けした顔がほころんでいる。それにしてもしかし、何という入念な面接! 遅れてきた近藤麻美が入室して一時間、私が「席を外してほしい」と言われ退室して二時間、午後三時前に入室した高樹ひとみから数えれば、ほぼ四時間が経っている。この時点で社内に残っていたのは、私と、あと二名の社員だけだった。
「ひとみがバイブでいった時、麻美も割合素直にいけただろ?」
代々木は扉を閉めてから近藤に尋ねた。
「うん。波がね、あ、くるなくるなと思ってると、いつの間にか頭がおかしくなってるの」
近藤と高樹は、二時間前まで私が腰掛けていた社長室のソファに坐っていた。二人とも洋服を着たままである。小柄で童顔の近藤はこれまで三本の出演作があるAV女優、やや大柄な高樹はOLでまったくの新人だった。
両者とも十九歳、チャネリングは初挑戦である。
「チャネリングを覚えた子だけ集めて何回も出てもらえば話は早いんだけどね、そんなことやったら、代々木は何考えてんだ≠チて言われちゃうからね」
代々木は言って、くわえていた煙草をもみ消し、テーブルの上のバイブレーターを取り上げた。ソファに坐っている二人の前まで行ってしゃがみ込み、バイブのスイッチを入れた。
「目を閉じて俺の送る波動だけ感じてごらん」
独特の低音でささやくように言う。
近藤は心持ち顎を上げて目を閉じ、両腕を体の脇に置いた。高樹は俯《うつむ》き、スカートの上に両手を重ねる。代々木はミニスカートの近藤の膝を割って下着越しにバイブを当てた。
「エッチな恰好。もっと開いて中の方も見せてよ」
不意に近藤の息が荒くなった。膝が徐々に開き始める。
「わー、すごいね、気持ちいい?」
代々木は先端を軽く下着に当てているだけなのだが、近藤の腰がブルブルと震え始めた。近藤はソファから体を滑らすようにして体をのけぞらせ、足を大きく開き、叫んだ。
「気持ちいーッ!」
すると不思議なことに、ソファの端に坐っていた高樹の体も震え始めた。俯いたまま懸命に耐えている様子だったが、腹部が波打ち、腰が左右に揺れ、膝が勝手に開いてゆく。高樹は両手でその膝を懸命に押さえようとしていた。
代々木は今度は高樹にバイブを当てた。と言ってもバイブ本体ではなく、握った拳の背の部分をスカートの上から軽く当てただけである。それでも高樹の口からは声が洩れ始めた。
「あーいっちゃう、いっちゃうよォ!」
何かを振り払うように長い髪の頭を振る。
またたく間に、オフィスで待っていた時聞こえてきたのと同じヨガリ声のコーラスとなった。代々木は二人の下半身に交互に手をやっていた。バイブを握った手を、女性の体に触れるか触れないかぐらいのところにかざす。手が離れると、その一瞬だけ声と動きが止むが、もう一人の体の上に代々木の手がくると、去られたほうもまた激しく反応を開始するのである。
私は、手品師の手品を最前列で見ているような気持ちだった。騙されまいと目を瞠《みは》って見詰めているのだが、タネがどうにも掴めない。
触ってもいないのになぜ全身が痙攣《けいれん》するのか、それがわからなかった。一方が俯くと、代々木の背中が邪魔になって、代々木がもう一方の体から手を離した瞬間が見えないはずなのに、なぜピタリと同時に声も動きも止まるのか、これもわからない。
非常に息の合った演技なのか? が、仮にそうだとしても、ただの素人女性に、片方の足のハイヒールだけを次第次第にだらしなく脱いでゆくという、絶妙の演技ができるものか?
撮影前の訓練ではあるけれど、初めて目にするチャネリングはまったくもって不可解そのものだった。
「二人ともいっちゃったね」
代々木はバイブレーター操作中の厳しく引き締まった表情を緩め、ソファでグッタリしてしまった二人を見下ろし、ニヤッと笑った。
二時間前まで私は、代々木と高樹と三人で社長室にいたが、その頃の高樹は面接にやってきたごく普通の新人という印象だった。代々木に型通り、性の経歴や嗜好を聞かれると、照れくさそうに答えていた。編集前のカラミのテープを何本か見せられている時も、「画面の中の女の子の気持ちになってごらん」と言われると、「やだ、興奮しちゃう」「濡れてきちゃった」とキャッキャとはしゃいでいるだけだった。
それがわずか二時間後、初対面のAV女優と快感を同調させ、めくれ上がったスカートから露《あらわ》な太腿を見せてグッタリ、である。
「高樹さんは一回目、近藤さんは二回目の面接ですよね?」
「そうね」
私は代々木に聞いてみた。
「チャネリングに向いてる女性と向いてない女性って、あるんですか?」
「向いてるのは、何事に対しても肯定的で想像力の豊かな女性、向いてないのはその逆のタイプかな」
「しかし、これと同じようなことは催眠術でもできませんか? 確か監督は、催眠術も名手でしたよね?」
「トランス状態にあるという点では催眠術と同じだろうけどね」
「どこが違うんですか?」
「普通の催眠術ではあくまでかける人が相手をコントロールしている。でも、チャネリングでは、何らかの形で霊界と結びついているためか、相手が一人歩きをしてるんだ。イメージの世界でありながら、その人にとっては現実の物理的感覚を味わえる。しかし、まだこの子たちの場合はその段階まで行ってないけどね」
どうも、今一つ理解できなかった。
ソファにだらしなく坐っていた二人が起き上がり始めた。代々木は八ミリビデオカメラを手にして近寄った。
「どう、気分は?」
代々木が尋ねると、二人は衣服の乱れを整え坐り直した。近藤がニコニコして言う。
「私、これでいっちゃったの三回目。自分でも信じられなーい」
高樹のほうはまだボーッとした顔つきをしていた。「あなたも、比較的早くいけるようになったね」と言われ、コクリと頷く。
「よーし、じゃあ今度は、バイブなしで言葉だけでやってみよう」
代々木は八ミリビデオを回し始めた。近藤と高樹は先程と同じように離れて坐り、再び目を閉じた。午後七時二十分、チャネリングの練習を兼ねた面接はまだ続くらしい。
代々木が私の方をチラッと振り返って言った。
「でもね、俺もチャネリングのこと全部わかってるわけじゃないからね。一回一回が手探りの実験をやってるんだからね」
チャネリング
代々木忠監督の『チャネリングFUCK』シリーズ第四弾(その時点でタイトル未定)の撮影は十月三日から五日の三日間、都内の超高級ホテルのスイート・ルームを借り切って行なわれた。
それまで専用スタジオや自社ビルでの撮影を見慣れてきた目に、豪勢な撮影場所は意外だったが、もう一つ驚いたのは、メーク担当が元AV女優の風間麗だったことだ。あの『いんらんパフォーマンス・恋人』に出演し、恋人カップルの男性の方と実験的同棲を行なった女優である。
私は、AV女優を引退して今はフリーのメーク係となった風間に、撮影の合間を見て話を聞いてみた。たっぷりとした妊婦服を着た風間は、妊娠四ヵ月の身重だった。
「もともと私、女優の仕事は好きじゃなかったんです」
二十七歳になった現在も、現役として充分通用する美貌の持ち主はそう切り出した。
風間がAV女優として活躍したのは彼女の二十二歳から二十三歳にかけての約二年間だった。合計二十本の作品に出演したと言う。そのうち、本番は代々木の『いんらん――』一本のみ、あとはすべて擬似の性行為である。
「代々木さんの時は面接で納得したからオーケーしたんですけど、普通はヤじゃないですか、好きでもない人とセックスするなんて。それに、女の立場からすると恐いんですよね。病気とか妊娠とか、いろいろと」
妊娠や性病に関してはこれまで何人もの本番女優に尋ねたが、ほぼ全員が信じられないほど無防備だった。万事男優任せなのである。にもかかわらず「私は被害者」と告白した女優はいなかった。もっとも現在の業界では、そうしたことがあれば本人がこっそり消えてゆくしかないのだが。
風間がこの業界に入ったのは、やはりと言うべきか、金銭的魅力のせいだった。
ヘアメークのアーチストを目指して上京し、美容学校を卒業したものの、「根が飽きっぽい」ため職業を次々と変えた。しかし高卒のOLでは真面目に働いても当時一ヵ月十二、三万円の収入がせいぜいである。ある日街頭で声をかけてきたスカウトマンは、高額な出演料で水着のモデルにならないかと誘った。
「私ね、モデルならずっと憧れてたんです。お金もたまるでしょうしね。それで、連れて行かれた事務所で契約したんですけど」
プロダクション側は最初からAV出演を強要した。断わったが、すでに契約書にサインしている。仕方なく「形だけのつもり」で二本出演した。それで縁が切れる、はずだった。
ところが、その後も頻繁に呼び出され、出演を迫られた。夜中に、暴力団まがいの男が自宅まで押しかけてきたこともある。知らない間にいくつもの出演予定が組まれていて、それを消化しないことにはプロダクション側に損害を与える、と脅されたのだ。
「もう、最低の事務所。ちょっと頭がおかしい人たちなんですよ。そんなだったから私、女優をやってる間はまともなギャラをもらったことって一度もないんです」
メーカーが支払う出演料は普通、男優で日建て一万〜五万円、女優で一本十万〜四百万円と格差がある。男優の場合はフリーが大半なので即日手渡されるが、女優はほとんどプロダクションに所属しているため、後日プロダクションが受け取る。そのうち、女優の取り分が六割なら良心的な部類、一般的には半々で、悪質なところは二〜三割しか女優に渡さない。
風間も最盛期には月に三本の作品に出て約百万円のギャラを手にした。けれど、「ピンハネされた額はその何倍かですよ」と苦笑する。
労働大臣認可を得ていないモグリのモデルプロダクションが大勢を占める現状では、出演料を巡るこの種のトラブルが業界最大の癌≠ニ言ってよかった。現役時代の風間もその陥穽《かんせい》に落ちたのである。
「でも、そんないやな思い出のあるAV業界に、どうしてまた戻って働いてるの?」
「だって私、現場は好きなんだもん」
風間は現役の女優に負けない笑顔を見せた。
「自分が出るのはいやだけど、みんなで何かを作ってゆく現場の雰囲気は好きなんです。特に代々木さんとこなんか和気あいあいとしてるから。それに私、田舎から出てきた時からヘアメーク志望だし、女優時代にこれはと思うメークの人、一人もいなかったし」
現在は月に二週間前後あちこちの撮影現場で働いて平均月収四十万円、「裸の頃よりよっぽど楽で実入りはいい」らしい。
「最近のこの業界はどうですか、風間さんの現役時代と比較すると?」
「だいぶ変わりましたね。全般に女の子の表情がすっごく明るくなってますよ」
「と言うことは、悪質なプロダクションが少しは減った?」
「そうかもしれません。女の子たちも自分の意見をハッキリ言うようになってるし。でも、まだ時々、泣かされてる子もいますけど」
「最近?」
「この間も、事務所に騙されてレイプ物ばっかりやらされてるおとなしい子がいました。あんまりいい子なんで、私も男優の人も辞めろ∞逃げろ≠チて説得したんです」
「その子は、辞めたの?」
「さァ、そうだといいけど。AVに向かない子って、やっぱりいるんですよね」
「今回の三人の女の子はどうですか?」
「彼女たちは問題ないんじゃないですか。すごく楽しそうでしょ? 楽しくて、それぞれの目的があってやってる分には、AVって案外面白い世界なんですよ」
『いんらんパフォーマンス・恋人』で、翳《かげ》りのある優美なプロ女優ぶりを見せた風間は、今やすっかり落ち着き、現場の若いAV女優たちにとっての貴重な相談相手になっているようだった。ただし、お腹の子の父親とは結婚の可能性なし。「相変わらず男運は悪いんです」と静かに笑う。
撮影も二日目の午後となった。
初日は、三人の女優(近藤麻美、高樹ひとみ、酒井ゆい)と二人の男優(加藤鷹、市原康祐)の顔合わせを兼ねたウォーミングアップみたいなもので、二日目の午後にいっきに佳境に入る予定だった。
カラミを中心とする主要シーンは、サロンを挟む左右二つの寝室のうち、小さい方の右側の寝室で集中的に撮影される。だが、私は右側の寝室に入れてもらえなかった。部屋が狭いので部外者が入るとせっかく高まり始めている女優たちの気が散ってしまうと説明された。部屋の中にいるスタッフはカメラマン兼任の代々木と録音助手の二人きり、あとのスタッフも入室を遠慮しているので当方も待機せざるを得ない。
メーク室兼楽屋として使われている左側の寝室で残りのスタッフたちと雑談を交していると、時折代々木が報告に戻ってきた。
「すごいよ、バイブを入れられてる本人より横で波動を受けてる方が痛がってるよ」
肛門性交が好きな近藤に加藤がバイブを使用したら、近藤自身は快感を得ているのに、近くに坐って波動を受けていた酒井が「痛い、痛い」と叫び出したのだと言う。
「どういうことなんだろうね、俺の考えていたのと違う展開になってきたよ」
代々木は、裸の腰にバスタオルを巻いてメーク室にやってきた加藤に言った。引退した樹まり子の同棲相手で、現在人気ナンバーワンのAV男優と言われる加藤鷹は、代々木作品の常連でもある。
「意識がクロスするんじゃないですか?」
「たぶんそうなんだろうね。彼女たち、まだ回路が全部開いてないから」
「アナルの経験のない子がチャネリングで受けちゃうと、実際の感覚よりもっと意識が増幅されるのかもしれませんね」
「うん、確かに」
かなり専門的≠ネ話だった。
これに限らず、撮影現場で代々木と常連の男優たち、あるいはスタッフとの間で交される会話は、チャネリングに関する予備知識なしに聞いていると理解し難いものが多い。監督を筆頭にスタッフ全員が、相当に特殊な領域にのめり込んでいるようなのだ。
九月初旬、代々木に初めてインタビューを行なった時、代々木は傾倒しているチャネリング(その時は波動性科学≠ニいう言葉をしばしば使った)についてメンメンと語ったあと、私に念を押した。「でも、これだけは誤解しないでほしい。俺がやっているのはあくまでAV、ビデオを見た男が一発抜ける作品だ。超能力や超常現象を見せ物にする気はサラサラないからね」と。
本心はその通りなのだろうが、しかし、いざ撮影に入ってしまうと、どうしても話題は個々の具体的な変化やその理論的意味付けに集中する。
正直言って私にはついて行けない部分もあった。ただし、たっぷりとあった待ち時間に三人の女優と話ができたおかげで、少なくとも一つのことはわかった。それは、今回出演している三人の女性には、程度の差こそあれ、共通して霊感体質があるということだった。
三人とも近親者の死の直前に、彼らの登場する夢を見たり奇妙な現象を体験したりしている。自殺者の亡霊に出会ったり、本人の手術中に居るはずもない家族の姿を見たりした女性もいる。
学問的にはどういう関連性があるのか知らない。しかし私は、神秘的体験を語る時の彼女たちの異様に真剣で思い詰めた表情からすると、こうした性向とチャネリングの能力≠ェ無関係だとは思えなかった。
午後五時四十分すぎ、撮影は最後の山場を迎えていた。
寝室のダブルベッドの上では二組の男女が裸で絡み合っていた。加藤と高樹は向かい合っての座位、市原と酒井は女性上位の騎乗位。男優たちに煽られ、女優たちは淫らな言葉を乱発していた。
手前のソファの上には一人だけ近藤がいた。彼女は下着をつけていたが、快楽の波に身を委《ゆだ》ねていることに変わりなかった。チャネリングではお馴染みのポーズだが、上半身をのけぞらせ、下半身を大きく開き、折り曲げた両足を空中で痙攣させている。下着の中央部分には濡れた染み跡ができていた。
代々木は、八ミリビデオでそんな五人の痴態を丹念に拾っている。カメラはもう一台あって、こちらはべータカムで全体の情景を押さえる。
「この人、いってます。彼氏のことなんかまったく忘れてます。彼に操《みさお》を立てたいと言ってましたが、何なんでしょうね」
低音の代々木節≠ナ解説を加え、時に立ち止まって、製造中の製品の出来具合でも調べるように、失神した女優の股間に手を伸ばし性器に触ってみたりする。
私はようやく取材を許されて部屋の片隅にしゃがみ込み、すでに一時間近く最後のシーンを眺めていた。
それにしても、代々木の好色なエネルギーの旺盛さとしつこさにはつくづく感心させられる。おそらく代々木ほど長い時間を、撮影前に出演する女優に対して費やす監督は、他にいないだろう。彼女たちの心理の陰翳や肉体的特徴、性反応を、撮影前に相当程度に頭に叩き込んでいる。村西の方法論とはまったく逆だった。それにもかかわらずなのか、だからこそなのか、ひとたび撮影に入るとまた新たな情熱で、「もっとスケベに」と女優たちを追い詰めてゆく。容易にオーケーを出さないのだ。
目の前では、五人の男女が、そんな好色な監督の期待にこたえるべく純粋な性的動物を目指してまっしぐらに突き進んでいた。
加藤が高樹から近藤へと相手を換え素早いピストン運動を開始する、市原は酒井を何度目かのオーガズムに導く、失神していた高樹が目を覚まし再び腰を振り始める、市原が昇天した酒井を離れてその高樹に挑む……。
「いくーッ!」という叫びが何十回部屋の中を飛び交ったかわからない。女たちは失神から目覚めたとたんに腰を震わせ、男たちは驚異的な持続力でそれに応える。狭い寝室には、生臭いような甘酸っぱいような、人間の生殖器が放つ特有の匂いが立ちこめた。新たなカップルのピストン運動が始まるたびに、部屋の温度が一度、また一度と上昇して行く気がする。息苦しささえ覚える密室空間だった。
午後六時十分、ついに三人の女優たちは全員が両手両足を投げ出して伸びてしまった。微動だにしない。二人の男優も荒い息を吐いてベッドの上に坐りこむ。
「満足したようだね、みんな」
額にうっすらと汗を浮かべた代々木がカメラを下に降ろした。やっと、ラスト・シーンが終わったのである。
結局私は、丸二日間にわたって『チャネリングFUCK』第四弾の撮影に付き合ったことになる。けれど、正直に言えば、チャネリングについてはまだよくわかっていなかった。
ある人々は、自分の意識と他者の意識を同調させることができ、それによって他者の性的快感を自分の性的快感とすることができる。そこまではわかるが、どうしてそうなるのか、それがどういう意味を持つのか、なぜ性的快感だけが伝わりやすいのか、理解できない。他者の意識と、宇宙霊や死者の霊と呼ばれるものとの相互関係も、およそ不明のままだ。
それよりも、丸二日間五人の男女の裸体を見続けていて、改めて思い知ったのは人体における性器の重要性だった。人間が裸になると性器が目立つ。立ったり歩いたりしている時はもちろん、屈《かが》んだり坐ったり寝そべったりするとよけい目につく。人間の体の中でなぜ性器周辺に体毛があるのかは、諸説あってまだ結論は出ていないようだが、少なくとも他者の目をそこに引きつける効果は大いにある。そしていったん性器に注目してしまうと、性器抜きの個性など考えられなくなるのだ。それほど、男女の性器の形状は千差万別で、個々の人間の付属物としてのアピール度も強い。
顔を除けば、感情の変化が外部に如実に表われる人体の個所は、性器しかないのではなかろうか。江戸時代の枕絵師たちがことさら性器を大きく描いたのは、必ずしも読者におもねった結果ではなかったはずだと理解できた。性器(とそれに関わる性行為)は、紛れもなくある分野の人間の感情をありのまま映し出す鏡なのである。
任侠の道を捨てて
現在代々木がドップリと身を浸《ひた》しているのは女の世界≠ナある。
AV監督として日常的に裸の女性たちに囲まれ、家に帰れば糟糠《そうこう》の妻と愛娘二人(中学一年生と小学四年生)が待っているのだから、公私ともにと言ってもいい。
そのせいか普段の代々木は非常に人当たりが柔らかく、カメラが回っている時を除くと、表情も柔和だ。浅黒く引き締まった体も、「娘たちとキャンプに行くのが楽しみ」と言われると、なるほどと思ってしまう。
しかし、ほんの時たま、ギクッとする時がある。眼鏡の奥の小さな目が獣のような光を放ち、全身射すくめられるように感じるのだ。そんな時、つい代々木の左手に視線が行ってしまう。第一関節から先がスッパリ切断された左手の小指である。
代々木は確かにこの二十年ほど女の世界≠ノ暮らしているが、それ以前のもっと長い期間は男の世界≠歩んできたのだった。
代々木忠、本名渡辺輝男は、昭和十三年三月十八日福岡県小倉市(現・北九州市)に生まれた。四歳の時に母親が死亡し、自転車会社に勤務する父親が再婚したため、極貧のなか祖母の手で育てられた。小学校二年で敗戦。戦後祖母は進駐軍相手のパンパン宿を営んだ。
既成の価値観が一大転換した時代背景と恵まれない家庭環境もあったが、代々木は小学生の頃から粗暴だった。喧嘩に明け暮れる少年時代を過ごし、県立小倉南高校に進んだ二年生の時には小倉一帯の高校の番長になっていた。
が、高校三年になるのを待たず故郷を出奔《しゆつぽん》する。地元のヤクザを刺してしまったのである。友人と二人で大阪へ逃げた。
大阪では突然花屋に就職した。乱暴な性格を悔い改めようと思ったのと、華道の師匠になればブラジルに行けると考えたからだった。当時、父親の実家がある山口県からは大勢のブラジル移民が出ており、代々木はブラジル行きに憧れていた。仕事の傍ら華道芸術学校に通い、二年で嵯峨未生流の師範免状を取った。五年後には高槻市で花屋を開業し、結婚もして日本の華道百人展≠ネどにも出品する新進の華道家になっていた。
ところがこれも突然、妻も店も肩書さえもすべて放り出し、再び小倉に舞い戻ってヤクザの構成員になってしまう。
「花屋の世界が不況になったってこともあるけど、大阪へ逃げてきた時一緒だった兄弟分にぜひ手を貸してくれ≠チて頼まれたからね。男と男の絆だから、断われない」
A一家では興行部門のストリップを担当させられた。地元でのストリップ興行を仕切る他に、一座を率いての地方巡業である。
コント台本を書いたり踊り子や役者の仕込みもしたが、厄介なのは興行権を握る各地のヤクザとの交渉と調整だった。地方のヤクザとのイザコザから代々木は傷害事件などで前後六回、警察に逮捕されている。
A一家の興行部門が本格的に関東進出を決めた時、二十七歳の代々木はその責任者に任命された。ところが祝宴の当日に、代々木の部下が関東のヤクザと喧嘩沙汰を起こした。代々木が四人の部下ともども指を詰めることになった原因がこれだった。
「俺はね、任侠道ってのを信じてたわけよ。なのに本家は俺たちを金儲けの駒としか見てない。口では立派なこと言うくせに、やってることは薄汚い。現場の者の心がわからない。それがあの一件でパッとわかっちゃったんだな。ふざけんじゃねェ!≠セよ」
A一家に公然と叛旗をひるがえした代々木は、かつての仲間に命をつけ狙われる破目になった。東京の隠れ家に潜んでいる間、ピストルと日本刀を片時も離せなかった。
一年後、以後いっさい興行から手を引くという条件でA一家と和解した代々木はすべてがイヤになった。これを機会にヤクザの世界から足を洗おうと思った。新たに目を付けたのは映画だった。
知人の家に寄寓している時、たまたまピンク映画の撮影現場を見たのである。
「凄いと思ったね。全員一丸となって必死にモノを作ってる。特に助監督。怒鳴られても殴られても文句一つ言わない。三日徹夜してるって聞いてびっくりしちゃったよ」
人生意気に感じて行動するのが代々木の流儀だ。早速、ワールド映画というその製作会社に助監督として入社することにした。
昭和四十二年に入社して昭和四十五年に倒産するまで、ワールド映画では助監督兼制作係として働いた。この間に、白川和子と同期で、代々木より二歳年上のピンク映画女優真湖道代と再婚した。
当時から現在に至るまでコンビを組んでいるカメラマンの斎藤雅則は、こう回想する。
「あの頃から腰の低い人だったけどね、カッとすると恐かったよ。何しろついこの間まで本物の機関銃持って殴り込みに行ってた人だもの、迫力がありましたよ」
ワールド映画が倒産すると、代々木は、ポルノに路線変更した日活の製作下請け会社プリマ企画に、プロデューサーとして参加した。中村幻児監督や渡辺護監督の作品、山本晋也監督の痴漢シリーズ、未亡人シリーズなどを手がけてヒットさせたのはこの頃だ。
昭和四十七年八月には、『ある少女の手記・快感』で監督デビューも果たす。
しかし、それより早い同じ年の一月、代々木のプロデュースした『女高生芸者』(梅沢薫監督)が他の日活ポルノ作品三本とともに猥褻《わいせつ》罪容疑で摘発され、代々木ら九名が起訴された。世にいう日活ロマンポルノ裁判の発端である。
足かけ十年に及んだ裁判で代々木は、「刑法一七五条(猥褻物文書頒布罪)は認める。隈褻という概念も認める。しかし、この作品は絶対に猥褻ではない」と主張した。「猥褻なぜ悪い」と論陣を張った人々とは一線を画し、裁判に勝つことを戦略的に優先したことになる。結局一審、二審ともに無罪判決が出て、被告側が勝訴したが、不毛な論議と長すぎる裁判闘争は、この裁判に関わったすべての人間を消耗させた。代々木も例外ではなかった。
プリマ企画は倒産し、自力で日活下請け会社ワタナベプロダクションを設立したものの、非日活系ピンク映画各社に目の敵にされ、映画製作はおろか食うにもこと欠くありさまだった。
妻の真湖道代は裁判費用捻出のためストリップの舞台に立った。座員を引き連れ日本各地を巡業した。代々木に妊娠の事実を隠して妊娠六ヵ月まで舞台に出たが、その無理がたたって過労と妊娠中毒症で倒れた。生まれたのは女の子だった。四日後に死んだ。
代々木は振り返って、自分にとって最初のこの子供の死が、「生涯最大の節目だった」と言う。
「ヤクザになる時も、辞める時も、映画に関わる時も、自分の意志だった。でも、これは俺の意志じゃない……。初めて、目が覚めた気がしたよ。己れの人生を他人の目で振り返ることができるようになった」
代々木が、中国の思想家老子やインドの宗教家ラジニーシの本を愛読するようになったのは、長女敦子の死去以降のことだ。
そして裁判も終わった昭和五十六年の夏、愛染恭子主演のAV第一弾、『淫欲のうずき』の撮影に取りかかるのである。
――ヤクザ時代というのは、代々木さんの中ではどんな位置を占めていますか?
「あの時代にはそれなりの意味があった」
――どういう意味が?
「あの頃は近所の娘さんが米兵にレイプされる事件なんてザラだった。誰が助けたと思う? 警官も頬被りしているような時代、いつも飛びかかっていって助け出すのはヤクザだった。今は違うけど、ヤクザが信頼できた時代っていうのもあったんだよ」
――だから憧れたわけですか?
「男の道を極めようと思ってた(笑)」
――今このAV業界にはヤクザが参入してないようですけど、どうしてですか? AVじゃ儲からないからですか?
「ヤクザに頼る必要がないからだよ。この世界では俺たちみんなさらけ出してやってる。嘘もつかないし隠すものもない。だからヤクザが乗り出してこない」
――というと……。
「何かを隠したり嘘をつく世界は、本当のことを知られたくないわけだ。その秘密を守るためにヤクザを必要とする。政治家の世界、経済界、芸能界……、全部そうだよ。だけど、少なくとも俺のとこはそんな秘密はないもの」
――家庭での代々木さんはどんなお父さんなんですか?
「普通の親父ですよ。毎年夏は家族旅行に行くし、冬は子供とスキー旅行とか」
――娘さんたちは父親の職業、知ってます?
「隠してないから知ってると思いますよ。上の子は俺が作った『ドキュメント出産』を見てるしね。下の子に、出産のメカニズムを自分なりに説明してた(笑)」
――奥さんとの関係は?
「性生活という意味ならノーマルですよ。いや、通常の夫婦より多い方じゃないかな(笑)」
――娘さんたちが将来AV女優になりたいって言ったら、どうします?
「うーん、(しばらく黙って)父親って奴は娘に恋してるからなァ……」
――やめとけ、と?
「いや、こだわらないと思う。たぶん、大丈夫だと思う。本人が絶対やりたいと言えば、ね。俺の中で葛藤はあるだろうけど」
――代々木さんの初体験について教えて下さい。
「二十歳で、相手は素人だった」
――割合遅かったんですね?
「女にはもてたけどね、女なんてつまらんと思ってたから。軟派の男はバカにしてた」
――現在女の世界≠ノのめり込んでいるのは、長かった硬派時代の反動ですか?
「そう、かもしれない(笑)」
女子社員の打ち明け話
宣伝部の三橋照代は二十八歳だった。営業部の野崎美由紀は二十五歳だった。企画制作室の長井泉も二十五歳だった。
三人の女性は株式会社アテナ映像の社員だった。三橋が勤続三年、野崎は四年、長井は入社してからまだ一ヵ月足らずである。
一九九〇年の十一月、私は三人に新宿の寿司屋の一室に集まってもらった。メーカーに勤務する女子社員の目から見たAV界の話を聞きたかった。
まず最初に知っておきたいのは、やはり入社の動機である。
三橋は、元社員が友人だったので、アテナの名前も業務の概略も事前に知っていた。
「別に抵抗はなかったですね。面接の時の話で最初から宣伝やれそうだったし。私、専門学校のデザイン科出て広告業界でバイトやってたから、一般の広告会社の程度の悪さにうんざりしてたんです」
現在、売り上げその他のデータをほぼ一人でコンピュータ管理している野崎は、入社前コンピュータ・ソフトの会社が倒産して失業中だった。面接に訪れるまでアテナがAVメーカーだとは知らなかった。
「だって、求人誌の募集欄には映像関係事務≠ニしか書いてなかったんですよ。行ってみて派手なパッケージとか置いてあったんで、まさか、やばいなと思ったけど、会社の雰囲気が何か自由そうだったから」
野崎の前に並んでいた何人かの女性は実技試験を受ける前に帰ってしまったと言う。
長井は、三橋の友人の友人にあたり、三橋から入社を勧められた。銀行に七年、出版社に四ヵ月勤めた後だった。
「私も抵抗はありませんでした。AVがいやらしいって言っても、人間誰でもやってることでしょ。エロチシズムの度合いでいえば、私は小説のほうがずっとすごいと思います」
長井も三橋同様、それまで勤めていた小出版社の、嘘を並べ立てた詐欺まがいの商法に強い嫌悪感を抱いていた。二人の若い女性は、偽善的な一般企業よりあからさまな性を売るAVメーカーの方が「正直でいい」、と判断して入社を決めたわけである。
「実際に働き始めて戸惑ったこととか、予想してたのと違ったこと、困ったことってありますか?」
私は三人にビールを注ぎながら尋ねた。
真っ先に答えたのは、三人の中でリーダーシップを取っている年嵩《としかさ》の三橋だった。
「入社早々鬼闘監督の現場へ行って、女の子の和服の着付けを手伝ったんですけど、直接裸のカラミを見たら、あ、こんなもんか≠チて思いましたね。隠されてた時のほうがエッチな想像力は膨らんじゃうみたい。それにしても日比野さんはよかった。優しくて、私、大好き!」
ベテランの人気男優日比野達郎である。加藤鷹と並ぶ代々木作品の常連の日比野には、私も何度か現場で会ったことがあるが、人当たりが柔らかく女優以外のスタッフにも親切で、ソフトムードの権化のような人物だった。
「私はこれまでほとんどAV見たことがなかったから、今は作品見たり撮影の裏話を聞いたりして勉強してるところです。まだ冷静に自分を振り返るところまで行ってません」
新人の長井は発言が控え目だった。
「世の中にAVがあることさえ知らなかった」野崎は、入社後の二週間ほどは戸惑いの連続だったと言う。
「電話で作品内容の問い合わせがあっても、見てないから答えられないんですよ。それからは仕事と割り切ってたくさん見るようにしましたけど」
「どうでした、印象は?」
「最初はショックでした。だんだん慣れてきたけど、この会社に入っていやだったのはイタズラ電話がすごく多いことですね。内容説明してるうちに、いつの間にかテレホンセックスの相手にされちゃう」
「そうそう、黙って切るとまたしつこくかけてくる」
三橋が受けて言い、野崎との間で、しばしイタズラ電話論議が沸騰した。
「出たとたんいきなり喘ぐ奴とかね」
「知能犯になると、人にさんざん仕事の話させといて、ところで、あなたのパンティー何色?≠ニか言い出す。許せない!」
「一番タチが悪いのは四十、五十の親爺たちよ」
「子供もいやよ。一言おっぱい≠チて言って切っちゃう。可愛いって言えば可愛いけど、他に遊び方ないのかと思っちゃう」
「でも、カウンセリングだと思えばいい勉強になりますね。ガールフレンドどころか男の友達もいない、他人とちゃんとコミュニケーションできない男が世の中にこんなに大勢いるのかと思うと」
「一回じっくり話を聞いてあげれば、百回ガチャンと切らなくても済む」
「それでもダメなら、あたしゃね、あんたのお袋さんと同じ年だよ≠チて凄むの」
最前線の女子社員たちはなかなかに意気軒昂なのだった。ところで、その元気な女子社員の目に、社長でありAV界の巨匠≠ナある代々木はどう映っているのだろうか?
「昔はワンマンだったかもしれないけど、今は小父さんって感じ。飲むお茶、自分で淹《い》れたりしてるもん」
三橋は軽く言ってのけた。
「ちょっとした悩みとか、割合気楽に相談に乗ってくれますね。社長だからとか、年配の男性だからって気が、あまりしない」
野崎も気安さを強調した。
代々木は社員との人間関係について、「意図的に、権威的な力を行使しないようにしている。ああしろこうしろといちいち命令しない。やれば、必ず反作用が起きるから」と語っていたが、少なくとも女子社員に関しては反作用≠フ心配は無用だった。社長の権威など、まるっきり感じてないからだ。
「私って、両刀使いなんですよね、この業界では有名な話ですけど」
いきなり三橋が切り出した。
「その私から見ると、レズビアン物に関してはウチの作品もまだまだです。女同士を描くのは難しいんですよ。誤解して描かれるのってすっごく悔しい」
「むしろ自分が出て正しいレズを?」
「私は出演してもいいと思ってる。でも、今付き合ってる彼女≠ェいやがるから、気がついた時に口で言うだけなんですが」
ビールの空瓶がかなり並んだ。三人ともきれいなピンク色の顔に変わっていた。三橋の正直な告白が契機となったのか、やがてざっくばらんな性の話がポンポンと出てきた。
「私、今まで、女のセックスは受身だって観念があって、あんまりセックス好きじゃなかったの」
「そうね、気持ち的に自由じゃないと、男の人がいくら腰使ってもシラケちゃって、早く終わんないかなとか、そんなことしか思わない」
「ただ長くやってもダメなのよ。痛いだけで、心もあそこもカラカラに乾いちゃうもん」
「セックスって、突っ込んで掻き回せばいいってもんじゃないからね」
「インサートなしでもすごく感じることってある」
野崎は、アテナに入社してから自分の性に対する考えが「ドカーンと変わった」と言う。
「ウチのビデオを見てると、女も対等でしょ? と言うか、女の方が積極的にセックスを盛り上げてる。あー、これなんだな≠チてやっとわかった気がした」
言葉数の少ない長井も口を添えた。
「男と女の波長を合わせるっていうのかな、『目隠しファック』なんかそうだけど、ああいうの参考になるね」
三橋が結論を述べる。
「要は、精神的なつながりが第一ってことよ。最初にセックスから入るのはいい。でも精神的フォローが欠かせない、と。男はハードさだけでいいかもしれないけど、女は男女の人間関係を重視するのよ」
それから三人は口々に、「女性にももっとAV作品を見てほしい」と語った。アメリカ映画『危険な情事』が女性たちの間であれほど人気があったのも、現代女性にセクシーな男、過激なエロスに対する欲求があるから。販路を拡げるにはまず、レンタル店のAVコーナーを改善しなければならない。店の奥のAVコーナーに押しやらないで、一般作の間に並べた方が女性は借りやすい。パッケージやタイトルを洒落たものにする。いっそ女性専用のコーナーを作ったらどうか。メーカーも美少女路線より美少年路線を開発して………。
怪気炎はとどまるところを知らない。
そして三橋が、しみじみと言った。
「この間親戚の叔母さんが私の部屋に泊まって、夜、AVを見ようって言うの。かっこいい男のエッチな姿見たいんだって。眠いのをこらえて眼をこすりながら何本も見てた。女もねェ、いくつになっても……」
男のオーガズム
私が要望したので、二十歳の女子大生水城麗華は、西洋史のゼミで選択しているというミシェル・フーコーの性哲学について話し始めた。
「キリスト教の支配がどう浸透して行ったかを、性を通して考察しているわけですが、フーコーの考えでは、性はタブー化されながら大衆を引き付けていったもの、となるようですね。抑圧されているがゆえにかえって欲望を煽《あお》るもの、と言ったらいいんでしょうか。私たちのゼミでは現在、フーコーの言う権力の性支配の構造を歴史的に検証してて……」
授業には休まず出席していると言うだけあって、口調に澱《よど》みがない。
真っ直ぐ伸ばした背中、膝の上にキチンと揃えた両手、話しぶりはおっとりとして丁寧で、決して美人ではないが笑顔には気品があった。見るからに良家のお嬢さん≠セった。水城は、「門限八時」の銀行員の家庭の三人姉妹の長女なのである。
しかし、私の頭の片隅には、約一時間前に見た水城の姿態が焼き付いていた。二階奥の撮影中の小部屋に入ったとたん目にした光景だ。
裸の水城は、目隠しをされ、鎖付きの首輪をつけ、四つん這いになって、部屋の中を引き回されていた。男優の一人が太い張形で背後から股間を攻め、もう一人が鎖を引っぱりながら乱暴な言葉を投げつける。「気持ちよかったら犬のように吠えるんだ」「ワン」「もっと!」「ワンワン」……。
一九九一年八月の暑い日だった。十ヵ月ぶりに訪れた代々木監督の撮影現場では、『チャネリングFUCK』シリーズ終了後の新シリーズ第四弾、『性感Xテクニック 変態!性戯の味』の撮影が行なわれていた。
「じゃあ、家の躾《しつけ》は厳しいんだ」
「ええ、とっても厳しいです」
「でも、大学生に門限八時はないよね」
「一つ下の妹は午後十一時の門限なんです。私だけ信用されてないっていうか……」
「ヘェ、どうして?」
「妹はまだバージンだからでしょう」
「そんなこと、親にわかってるの?」
「いいえ。でも、下着の趣味が妹と私とでは全然違うから。といっても私のは色が着いてるだけなんですけど、親は何かを感じてるんだと思います」
水城が二十歳になった時、父親はボーイフレンドとの付き合いの全面禁止を命じたと言う。
「年頃の男は年頃の女に見境なく手を出す」という理由からだそうだ。何度か反論しようとしたが、そのたびに殴られた。
しかし、厳格な父親のスパルタ教育は逆効果だったと言える。水城は十六歳で初体験を済ませ、以後複数のボーイフレンドと性交渉を持ち、今や、代々木作品を手始めに四本のAV出演を決めているのだから。
「うしろから丸見えだよ」
そう言われても、男優池田ひろしの体の上に馬乗りになった水城は腰の上下動を止めようとしなかった。「いや」と言いつつ、接合部を見せつけるようにかえって尻を浮かせた。
外そうと思えば簡単に外せる黒い目隠しをつけたまま、透き通るように白い華奢な体を、ひたすら男の肉体に向かって打ちつけ続けていた。
「月並な質問だけど、水城さんの場合はなぜビデオに出ようと思ったの?」
「私、どんなことでも中途半端なことは嫌いなんです。現在、自分の中に性に対する興味がある。それならば、見たり読んだりすることも大切だけど、それ以上に実際に体験してみることが重要だと思ったんです」
「で、その結果は?」
「自分でも信じられません。こんなにいい思いをして、その上にお金までいただけるなんて。代々木先生のおかげで、何だか自分が新しく生まれ変わったような気がしています」
水城は頬に細い指をあて、品よく白い歯を見せた。
私は、その代々木先生≠ェ水城を生まれ変わらせたという瞬間を、思い起こした。それは二階の小部屋に私が足を踏み入れてから四十分近く経過した頃のことだった。
水城は目隠しのままベッドに仰向けになっていた。両足の間に池田が跪《ひざまず》き、開脚の正常位で勢いよくペニスを送り込んでいた。
水城はこの日、性感マッサージ、オナニー、SMプレイと体験してきて、充分に気持ちが昂ぶっていた。一方の二十一歳の男優池田は、これがこの日最初の本格的なカラミだった。しかも、男優業を中断し、一年間コンピュータ・プログラマーをやっていた池田にとってはこれが復帰第一作。いやが上にも二人のボルテージは上がり、行為は熱を帯びてくる。
池田は速いピッチで追い上げた。「突いて下さい」と懇願していた水城の口から、「あー気持ちいい」「どっか行っちゃう」などの言葉がほとばしり出た。やがて悲鳴混じりの荒い呼吸音だけになり、水城の全身が震え始めた。
代々木はその一瞬を待っていた。シャツを脱いで上半身裸になった代々木は右手に大きな和蝋燭《わろうそく》を握ってベッドの傍らに立っていたが、スーッと二人に近寄ると、昇りつめる直前の水城の胸に溶けた蝋を垂らした。
「あーッ……」
水城の体は弾かれたように波打った。
「もうだめ、いくーッ」
オーガズムの海に漂う女性の乳房に、腹部に、性器周辺に、熱い蝋が降り積もる……。
まさに絶妙のタイミングだった。性の職人芸を見る思いだった。
水城は撮影後のインタビューで、目隠しを取って代々木の顔を見た時の思いを、次のように述べたのである。
「生まれたばかりの動物が、目を開けて、親に会っているような気持ちでした」
――チャネリングは、今年六月末に発売されたシリーズ第八弾『チャネマン・フェスティバル』、あれでおしまいですか?
「興味なくなっちゃったんだ」
――でも、今日の撮影中も、意識を集中して、自分の思いを出演者に送ってましたね?
「だから、チャネリング、チャネリングと、ことさら前面に押し出すのは止めにしたんだよ。現象面だけマスコミに取り上げられていやになったこともあるし、俺の中ではチャネリングに対してある程度納得ができたしね」
――去年のことを振り返ると、ちょっとあっけない気もするんですが?
「フランス料理を初めて食べれば感動するじゃない。けど、余裕ができていつでもフランス料理を食べられるようになると、感動も当然薄れるよね。それと同じことさ」
――チャネリングのさまざまな要素はすでに日常の現場に取り込まれてしまった、ということでしょうか?
「そういうことになるね。瞑想自体は今でも毎日続けているわけだからね。とにかく、ヒットをどこかで意識して作るのはいやなんだよ。自分の作品でも反吐《へど》が出る」
どうやら、八本続いたシリーズそのものに対し反省があるようだった。チャネリングの実験で次々に現われる珍奇な現象に引きずられ、頭の隅で「これはヒットするかもしれない」と計算した、そんな自分自身に嫌気がさしたのだろう。
いずれにしても、約十ヵ月ぶりに会った代々木は、以前よりもっと俗っぽさが抜け、それだけ求道者≠フイメージがまたいっそう濃くなったように思えた。
もっかのところ代々木が取り組んでいるシリーズは二つある。素人女性と一対一になって代々木自身が八ミリを回す『素人発情地帯』シリーズと、女性版ドクター荒井と言うべき南智子を起用した『性感Xテクニック』シリーズである。二つとも、もう一度代々木ドキュメント≠フ原点に立ち返った感のあるシリーズだった。
――今回撮影中の『性感――』は、どんなところが狙い目なんですか?
「男のセックスを解放することです。南さんは池袋のプロのエステ嬢。ファッションマッサージ、ピンサロ、SMクラブ、ソープランドとあらゆる性風俗を体験し、男のセックスを見続けてきた女性。その彼女が、今一番解放されてないのは男のセックスじゃないかと言う。俺も同感ですよ。男は女性をいかせることだけに熱中してて、自分が本当にいくというのはどういうことなのか、まるで考えてない。単なる射精がすべてだと勘違いしている。世間の常識にがんじがらめになっててね、可哀想なんだよ、男は」
――しかし今回の作品には新人の水城さんとか、女性も登場しますよね?
「男も解放させるし女も解放させる。オーガズムっていうのはエゴを捨て去った時に訪れるものだからね、肉体は単に乗り物にすぎないんだから。人間がさまざまな呪縛から解放されてオーガズムに達したら、本当は男も女もないんだよ」
――じゃあ、人生の目的は男女ともにオーガズムに達することにあると?
「俺はそう思うね。人類が幸せになるためには、本来ならもっと優秀な人たちが叡知を集めてこの分野に取り組むべきなんだ。本格的に、科学的に、学問的にね。でも現状はそうじゃない。個人も組織も国家も、セックスの問題に対しては嘘をつき、蓋《ふた》をしてしまって避けている。仕方がないから俺は俺の力の範囲内で、AVの世界でやってみるしかない」
――で、現在のシリーズは、これからも長く続くわけですか?
「長くは続かないだろ、飽きたら止めちゃうもの(笑)。何度も言うように、俺はこの仕事、金儲けのためにやってるわけじゃないからね。興味があるからやってる。いわば趣味の延長なんだから」
――それでは企業の経営者として困ることになりませんか?
「よく経理の責任者に言われるよ、あなた、それでも社長ですか!≠チて(笑)。社長ですよ。そしてこれが社長としての俺のやり方なんだ。趣味でオーガズムを解明する作品を作り続け、それが売れなくなったら、俺のAVもそこまで。別に、何てことない」
南に手招きされた男優の池田ひろしは恐がっているように思えた。
ガウンを脱ぎながら薄笑いを浮かべていたが、南やベッドの上の二人の女性を見る目は笑っていなかった。
当然だろう。たった今、自分の目の前で、自分よりはるかにベテランである男優歴五年の早川誠が、野獣の断末魔のような叫び声を上げて失神したばかりなのだ。
素っ裸の早川は三人の女性が坐っているベッド脇に転げ落ち、そのままの姿勢で死んだように動かない。
代々木が早川の肩に手をやり、「早川、大丈夫か?」と何度か声をかけたが、早川の意識は戻らなかった。
ベッドの上の南智子は悠然としていた。黒い革のパンティーを付け、乳首の見える赤いブラジャーと赤いガーター、網目のハイソックス。SMの典型的な女王様のいでたちだ。
南は池田がベッドに上がると、水城ともう一人のエステ嬢姫野ありさに命じて池田の下着を脱がせ、目隠しをした。
「恐い? 女の子はいつも恐いんだよ、女の子の気持ちわかる?」
と言って、透明なローションを掌に取って池田の全身に塗り、手でくまなく撫で回す。
先程の早川の時と同じ展開だった。ガッシリとした筋肉質の早川もそうだったが、百八十三センチという長身の池田も、裸で目隠しをされ、三人の女性に六本の手でもみくちゃにされると、体がグッと小さく見えた。
南は手慣れた調子で池田のペニスをしごき始める。
「あらあら、あんなの見た後なのに立っちゃうの? あなたのチンポってスケベなのね」
ペニスをリズミカルにしごきつつ、もう一方の手の指で肛門を丹念にもみほぐす。
「ここが男のオマンコよ、ここ女の子にいじられたことある?」
「あーッ、あーッ」
指を深々と差し込まれ、池田は声を上げた。目隠しされた顔が苦痛に歪む。
見ていた私は再び、ゾッとした。休憩時間に南がすり寄ってきて、耳許で「あなたも出ない? いいお尻してそうじゃない」と囁いたのを、また思い出したのだ。
その時、倒れていた早川が急にフラフラと起き上がった。
二、三度意識を取り戻すように頭を振ったが、無言で首に巻いていた首輪を外すと、いきなり床に叩きつけた。部屋の中にいたみんなが早川の方を見た。
「自分を捨てられなかったのか?」
代々木が声をかけても返事をしない。ムッとした顔を紅潮させ、そのまま大股で扉に向かった。
代々木が駆け寄って腕を掴んだ。その手を荒々しく振り切って早川は廊下に飛び出た。
階下で乱暴に戸を閉める音がする。茶碗か何かが落ちて壊れる音が聞こえる。早川が暴れているのだ。
「男が自分を捨てるって、難しいね。……いいよ、放っとこう、あとで彼もわかる」
代々木に言われて、スタッフも出演者も撮影を続行することになった。目隠しのまま転がっている池田一人が、何も事態がわからない。
世田谷の閑静な住宅街にあるスタジオの一室で、現役のエステ嬢南智子の性感マッサージが再開された。
四つん這いになった池田の肛門に、南と水城が指を、そして細く黒い張形を、そろそろと差し入れる。前立腺を刺激するのである。
「ゆっくり息を吐いて。力抜いて。痛くないでしょ? ほらほら、みんな入れてるのよ」
挿入した張形を回転させると、池田の口から男のものとは思えない甲高い声が洩れた。
池田の足許で、代々木が目を閉じて片足を握り、静かに意識を送り込んでいる。
次に南は、池田を仰むけにした。
足を開かされ、三人の女性に縮こまったペニスと睾丸をオモチャにされ、代わる代わる尻の穴に指と張形を突き込まれる。
情ないと言えばこれ以上情ない光景もなかった。悲鳴を上げているのが女性であれば、男としては性的興奮を催すのが確実なシーンなのだが、対象が同性となると、ただただ身につまされてしまう。自分の一物も縮み上がってくるようで、切なく悲しい気持ちがこみ上げてくる。さきほどの早川もふと目覚めてそう感じたのかもしれないと思った。
女性たちに弄《もてあそ》ばれている池田が、つい先刻、男らしくエネルギッシュに水城を昇天に導いた、あの池田と同一人物だとはとても思えなかった。
「女の子がね、順番にあなたの上に乗っかりたいんだって。いいでしょ?」
南の一方的指令によって、キャミソールにパンティー姿の姫野がどっかりと池田の口の上に坐り込んだ。水城は池田のしなびたペニスを咥《くわ》え込む。
ますます情ない図だった。
ところが、息も絶え絶えな池田の口から洩れ出たのは、まるで逆の言葉だった。
「いいーッ、いいーッ、もっとーッ!」
顎が機械仕掛けのようにわななき、両足も間断なく痙攣し始めたのだ。
代々木が池田の脇にしゃがみ込み邪教の司祭のように呟いた。
「池田、もっとスケベになってみな。自分で腰使ってみなよ。全部捨てちゃえ。全部捨てて赤ちゃんになっちゃえ」
呪文に似た煽情の言葉は、名前の部分だけ入れ換えると、女性に向かって発する時のものとそっくり同じだった。
けれども、代々木や南の言うことが池田の耳に届いているかどうか疑わしかった。池田の示す反応は、明らかに尋常ではなくなってきていたからだ。
「あーッ、たーッ、あーッ、ぷーッ」
舌のもつれた言葉にならない声をあたりかまわず撒《ま》き散らす。唇は色を失って蒼ざめていた。腹の筋肉が間歇《かんけつ》的に引きつっていた。何よりも、虚空を掴むように突き出した両手が、その恰好のまま停止し、指の数本だけが激しく震えているのだ。
パンティーを脱いだ水城が自分の股間に池田の手を導こうとするが、成功しない。南が剥き出しの豊満な乳房を池田の胸に押しつけるが、触ろうとしない。
襲ってくる快感に耐えかねて体を揺らしていた池田は、やがて片手を伸ばしてギュッと、まるで絶頂に達した女性がそうするみたいに、シーツの端を掴み握り締めた。早川も見せなかった仕種だ。男のオーガズムなのか!?
私は息を飲んだ。腕の皮膚が粟立ち、体がわけもなく武者震いする。これでは女性と同じではないかと思った。
一般に、男性のオーガズムは射精をピークとして急速に終息し、女性は何度もピークを迎え、男性と較べると快感も大きく持続時間も長いとされている。しかし医学的に見た場合、実は人間のオーガズムのメカニズムはまだよくわかってないのだ。大脳の内側視索前野という部位が関係していることは確かだが、その具体的機能は解明されていない。サルの実験では、内側視索前野の神経活動が雄は山型で雌は波型と従来説のパターンを示すけれど、脳の構造がずっと高度で複雑な人間で果して同じかどうかは不明だ(サルをはじめとする動物は人間と違って性行動が血液中の性ホルモン濃度に支配され、快感も表現できない)。大脳の性差の研究が初期段階にある現在、言えるのはオーガズムとは、性的刺激によって快感が頂点に達した状態≠ョらいのことだ。
それは知っていた。知っていたけれど、私の中には、男のオーガズム=射精という抜きがたい観念があった。代々木に「単なる射精がすべてではない」と言われていても、実際に目にするまで容易に信じられなかった。
その強固だった観念が、頭の中でボロボロと崩れ落ちてゆくのを感じた。
ベッドの上では、代々木に蝋燭を垂らされた池田がのたうち回っていた。水城とまったく同じだった。違っているのは、聞こえてくるのが腹に響く野太い声ということぐらいだ。
「わーッ、すごーい」
姫野が池田の胸の上で排尿すると、水城は声を上げて笑い出したが、その時にはもう、池田は完全に気を失なっていた。両手両足をズドンと投げ出し、女性たちがはしゃぎながら尿を体中に塗りたくっても身動き一つしない。
それから、二分か三分ほど経った。
代々木は、目隠しを取ってもらった池田にゆっくりと近づいた。優しく声をかける。
「どう、幸せ?」
放心状態だった池田が笑顔を見せた。晴れ晴れとして、スッキリとして、少年のようにキラキラと輝く笑顔だった。
「えーッ、そうなんですか? 僕いっちゃったんですか? 蝋燭? おしっこ? いやァ、覚えてないですね。最初はこらえようと思ってたんですよ。四つん這いにされたあたりまでは覚えてるんですけどね、いつの間にかわけがわかんなくなっちゃって、気がついたら終わってたんです。……頭の中が、明るくなったんですよね。それで、目の前にプカプカってあぶくが上がってく感じがして、いや色まで覚えてないですけどね、とにかく丸いのが浮いてたんです。それ以外全然記憶にないなァ。でも記憶になくても、動いたり喚《わめ》いたりしてたんなら、失神してないわけだから、いってたんでしょうね、どっかへ。いやァ、しかし、何だかこれで一つふっ切れたような気分ですね。いい経験しましたよ」(池田)
代々木によれば、池田のオーガズムは過渡的なものだと言う。なぜなら、絶頂の瞬間に、勃起も射精もしていないからだ。池田の中で、自意識を捨てたいという気持ちと、そこまでしたくない気持ちのせめぎ合いがまだある、と。男のオーガズムの段階にもいろいろあるが、「本当にエゴイズムを捨て切れれば、男の場合、勃起、射精を伴った至福の境地に至る」と代々木は信じていた。性の求道者¢縺X木の、AVを舞台とした実験はまだまだ続くのである。
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W 「業界人」の交差点
〈並木翔・元男優〉
「今、次の仕事考えてるんですよ。もう引退しようかと思って。わけ? 決まってるじゃないですか、ギャラの問題ですよ。AV男優のギャラなんて、ベテランだろうと新人だろうと、芝居ができようとできまいと、みんな同じ。一日一発でも五発やらされても変わんない。昔から全然進歩ないですからね。こんな割の合わない仕事も珍しいですよ」
ロケ現場へ向かうマイクロバスの後部座席で、東南アジア系の顔立ちをした並木は早口にまくしたてた。痩せた浅黒い横顔が揺れるたびに耳たぶの金のピアスも揺れる。
並木のAV男優歴は約十年、この業界ではミッキー柳井や速見健二らと並ぶ草創期からのベテランだが、私が並木に興味を抱いたのは、豊富な体験もさることながら、待遇への不満をためらわず口に出したことだった。
これまでさまざまな撮影現場で数多くの男優に出会って気がついたことの一つは、彼らの大人しさ、行儀のよさである。女優の場合は監督と意見が合わなければ反撥したり口論になったりということがままあるが、男優と監督との争いはまずない。明らかに男優の意に添わない演出でも、冗談めかして嘆いてみせるのがせいぜいだ。男優は現場で波風を立てない。ほとんど自己主張しない。大半の男優は自分の出番の時以外は片隅で眠るかひっそり音楽を聴くかしていて、出番がくると、立てるものを立て出すものを出して、行儀よく出演料をもらって帰って行く。
思うに、各男優の個性を超えて共通するこうした妥協的消極的姿勢は、彼らが「主役は自分ではなく女優」と強く自覚しているからだろう。それはいいのだが、しかし、あまりに行儀よすぎて、現場でインタビューしても差し障りのない言葉しか返ってこないのが物足りなかった。出演料に対する率直な不満など聞き出せそうになかった。
それだけに並木の開き直った口ぶりは新鮮に思えた。「引退しようと思っている」「次の仕事を考えている」せいだろう。すでに内心では男優業に見切りをつけてしまったに相違ない。
「生まれて初めてカメラの前に立った女が百万もらえるのに、日活ロマンポルノの時代から数えると十年もこの世界で飯食ってきた俺が何で五万しかもらえないのか、ねェ、そう考えるとすごい反撥ありますよ。そりゃAVの主役は女優だけど、その主役が生きるも死ぬも俺ら脇役の男優次第でしょ? 男優をそんなに粗末に扱うんなら女優だけのビデオを作ってみればいいんですよ。どんなにつまんないものになるかすぐわかりますよ」
――でも、並木さんはその粗末な扱いに十年間も耐えてきたわけですよね。どうしてですか?
「若い頃はそれなりに、ラクして儲かる商売だと思ってましたからね。もともと女が嫌いじゃなかったし。だけど、三年前に体壊しちゃって半年入院したんですよ。内臓ボロボロ、肺にも孔あいて血吐いちゃった」
――原因は?
「働きすぎですね。こういう業界にいると贅沢したくなりますからね。贅沢するには稼ぐしかない。で、二十七、八の頃は休みなしにガムシャラに働いたんです。午前中一つの現場で二発やって、午後別の現場へ行って三発なんて無茶苦茶やってた。その頃は月平均百万稼いでましたよ、年収が千二百万円」
並木はやや得意そうな表情で言った。
――それが病気になったことによって引退を考えるようになった?
「要するにそういうことです。まだこの仕事してますけど仕事量はセーブしてるんですよ。日建て五万以下、一本十万以下の仕事は断わってるんです。体が疲れますしね、何てったって馬鹿馬鹿しいですもんね」
それから我々は福岡県T市での一泊二日のロケ撮影に入った。T市郊外の市営住宅の一軒を借り切って、地元の淫乱な未亡人から出張要請を受けたという設定で、女優一人男優二人の喜劇タッチの偽ドキュメントが撮影されたのである。
並木以外のもう一人の男優は、男優になってまだ一ヵ月も経たない立花という芸名の新人だった。二十五歳の逞しい体をした人の好さそうな顔付きの青年は、二ヵ月前まで航空自衛隊の三等空曹だったと言う。
私は、撮影の合い間を見て元自衛官のこの新人男優にも話を聞いてみた。
「自分は、可愛い子とセックスしたくてこの業界入ったわけじゃないスから。あくまでビジネスとして入ったわけスから。ハッキリ言って最初の一ヵ月は見習いみたいなもんスから、どんな役でも体当たりです、はい」
最初はそんなふうに言っていたが、よく聞いてみると、自衛官時代は勤務以外の隊内の生活もかなり細部まで管理されて「女どころじゃなかった」と言う。「ハッキリ言って遊べなかった」ので、そのことに嫌気がさして転職に踏み切ったのだった。
二日目の午後、カラミのシーンの撮影が終了した。女優とのカラミは、初日に二人の男優がそれぞれ一回ずつあったが、立花のカラミは女優の反応がよくなかったため二日目にもう一度撮り直しをしたのである。
「ダメでした……」
部屋から出てくると立花は溜息をついた。
立花が不首尾だったことは、別室でモニターを見ていた私にもわかったが、立花によると、挿入はしたものの内部で萎縮してしまいそのままどう頑張っても回復しなかった由。
「ハッキリ言って、自分にも女の好みってありますから……」
立花は女優とスタッフが残っている部屋を振り返り、恨めしそうに呟いた。
今回の未亡人役は、中年という設定上、四十五歳のベテラン女優が演じていた。目許や口許には小皺が浮き出ており、肌は艶がなく、体の線も崩れ、自己主張が強く、お喋り。お世辞にも「魅力的女性」とは言い難い。射精にまで至らなかった立花の愚痴もわからないではなかった。
しかし並木は前日、その同じ大年増を相手に余裕の顔面シャワーをキメたのである。それも、彼女への浣腸そして排便というウンザりするようなシーンをこなした直後に、である。さすがに並木はプロだった。AV男優の異名であるサオ師≠ネる名称を思い起こさせる堂々とした勃起と完壁な射精だった。
「顔はどうでも、せめて体さえ若ければ、自分もちゃんとできたと思うんですけどね」
立花は弁解したが、監督に「立たないものは仕方ない。しょうがない、昨日のシーンの使える部分をピックアップしてつなぎ合わせるしかないな。減点一まではいかないけど〇・五だよ、立花君」と言われ、ガックリと肩を落とした。
並木は近くでニヤニヤと笑っていた。
「四十、五十でもいい女はいっぱいいるけどね。彼女の場合はアレだけど」
慰めにならない言葉を立花にかける。
並木はかつて私生活で四十代の人妻と付き合っていた時期があったと言った。
――並木さんは、今まで演技中に立たなかったことってありますか?
私は尋ねた。
「ありますよ。一発目は意地でもやっちゃうけど、二発目に立たなかったことはあります。精神的プレッシャーで焦るとよけい立たないんですよ。そういう時は少し休憩して気分転換するといいんだけどね」
並木は立ち待ち≠フことを言っていた。
現場で勃起不全に陥った男優が回復するまでの待ち時間を業界では立ち待ち≠ニ呼ぶ。私も何度か目撃したことがあるが、この立ち待ち≠ルど撮影現場の空気が弛緩する時間はない。女優は欠伸《あくび》の一つもしてメーク室に消えてしまい、監督は難しい顔付きで煙草を吸い続ける。カメラマンやVE、照明などのスタッフは、その場に寝転がったり、ヒソヒソとお喋りしたり、ウォークマンを取り出して好きな音楽に聴き入ったり。いずれも、部屋の隅で真剣な形相をしてペニスをしごいている男優の方は見ないようにしているのだが、そのことがかえって無言の罵声となって男優に降り注いでいるのがわかるのだ。「さっさと立てろ、馬鹿野郎!」と……。
村西とおるは、AVの撮影をズタズタに中断するこの立ち待ち≠ェいやで「パンツを脱ぐ監督」になったのだった。
村西の考えでは、「AVが滅亡するとすれば、一番可能性があるのは男優不足」だった。どのメーカーでもAV男優の志願者は引きも切らない。自称「精力絶倫」、自称「女房に一年中悲鳴を上げさせている」、自称「中学・高校の頃からプレイボーイ」……。しかし、いざ撮影となると百人のうち九十九人までが役に立たない。真昼のようなライトを浴び、監督やスタッフなどたくさんの関係者の視線に晒《さら》された状況下では、「数え切れないほどの女を昇天させた」はずの一物が、怒張はおろかピクリとも反応しないのだ。女性は性的に興奮しなくても性行為は可能だが、男性は性的興奮を感じなければ構造的に性行為は不可能。そして男性が性行為に結びつくほどの性的興奮を覚える条件というのは、一般に考えられているのよりずっと狭く厳しいものなのだ。村西は「AVにおいては断然男の方が不利」とさえ言っている。よく知られる村西のAV男優二十人説≠烽アこに由来する。すなわち、AV界で本番をやれる女優は毎年七、八百人登場するが、満足に本番のできる男優は何年たっても二十人前後しかいない、というのである。
並木は、二回目の立ち待ち≠アそあるかもしれないが、文句なしにAV男優二十人≠フ中の一人だった。
「自分は今回でまだ四本目なんスけど、どんなふうに勉強したらいいんスか?」
立花が並木に歩み寄って聞いた。
「まず絶対に立つって暗示を自分にかけることだね。相手が婆さんだろうとブスだろうと必ずやってしまう、と。あとは、長く続けるだけだよ。名前を売って、顔を売って、あいつは絶対立つ男だ≠チて信用を作る。長くやってるうちにメーカーやスタッフとの駆け引きもわかってくるし、女優の扱い方にも慣れてくる。そうすれば、多少体調の悪い時でも何とか自分をコントロールしながら仕事をこなせるもんだよ」
並木はくわえ煙草のまま、いくらか芝居じみた口調で言った。立花は俯《うつむ》いて腕組みをしながら拝聴している。
長崎県出身の並木は本来は俳優志望だった。上京して各種のアルバイトをしながらテレビのエキストラ役などに出演していたが、芽が出ず、日活ロマンポルノ出演を契機にAV男優に転じたのである。速見健二、山本竜二、栗原良など、俳優からAV男優への転職組は少なくない。
「俺ね、いい男優といい女優、それにいいカメラマンがいたら本当はAVに監督なんていらないと思うんだ」
並木は話し続けていた。
「AVって、男優が演出を受け持ってる部分ってあると思うのよ。男優がうまくリードして女優の隠れた面を引き出すとかね」
立花が頷いている。
「でも、監督は俺たちのことをそう考えてくれない。そのシーンさえよけりゃいいってすごい無理なこと言ったりするからね。俺たち、道具じゃなくてやっぱり人間なんだからさ、扱いが悪かったらそんなとこの仕事は次から断わらなきゃダメよ。自分で自分を大事にしないと誰も面倒みてくれないんだから」
業界の先輩から後輩への忠告をこめた訓話はなおしばらく続いた。しかし並木の男優引退の決意を知る者にとって、また、抜群の技量にもかかわらず現場では監督の指示絶対遵守だった並木の態度を知る者にとって、それはほほえましく麗《うるわ》しい光景というより、かなり切羽詰まった哀切なものに映った。
この撮影から三ヵ月半後、私はある撮影現場で並木翔に再会した。流行のスーツに身を包んだ並木は傍らに一人の新人女優を伴なっていた。並木はモデルプロダクションのマネジャーに変身していたのである。「道具」として人に使われる立場から逆の立場に移った並木は、男優時代よりずっとにこやかでよりいっそう饒舌になっていた。
〈高橋五郎・マネジャー〉
メーカーにAV女優を供給するモデルプロダクションは、主なものだけでも現在二十社前後ある。このうち、約三十人の女優を抱え大手と見なされている一社の営業担当マネジャーが、「社名と個人名を公表しないのなら」という条件付きでインタビューに応じてくれた。
赤坂のオフィスビルの一室で彼に会った。仮にA社の高橋五郎としておこう。元湘南のビーチボーイで「女の子のナンパは天職だった」と言うだけあって、適度に陽焼けしスタイルもいい美青年。人当たりのいい笑顔を絶やさず、二十八歳という年齢より五歳は確実に若く見える。
「そうですね。スカウトマンがここまで連れてきた女の子が十人いるとして、ウチと契約するところまでいくのはいいとこ半分、厳密に言えば三人程度でしょうか。SM、スカトロ、何でもやります≠チて子がけっこういるんですけど、御面相その他でこっちからお断わりしてますから」
高橋は、「素材の質を重視するメーカーが増え、女の子のレベルが全体的に上がっている」と前置きして、そう語った。
二十畳ほどの部屋にはスチール製の事務机が四つ並び、その一つで女子事務員が頻繁にかかってくる電話の応対に追われていた。壁に大きなホワイト・ボードが掲げてあり、そこに十名ほどの女優の名前とそれぞれの月間スケジュール表が記してある。中の数名はビデオ雑誌で目にしたことのある名前だった。
部屋の奥に衝立《ついたて》風の壁で仕切った小部屋が二つあった。私が待たされている間、小部屋からは社員と若い女性との面接のやりとりが聞こえてきたから面接室である。曇りガラス越しに輪郭だけ見えた女性は、「親にさえ知られなきゃいいんですけど……」などと話していた。
――採用の基準はどういうものですか?
「そりゃ何といっても、自分が寝たいと思うような女かどうかですよ。ですから、会って五分も話をすればわかりますね。もっともそういう子はそんなにはいませんけど」
――じゃあとは、どんな基準で?
「個性のある子ですね。例えばバストが百センチある子なら、顔がCランクでも全体の評価はBランクに上がります。あと、顔がロリータ・フェイスで体が大人の子とか、うんとお嬢さまっぽい雰囲気の子とか。メーカーに売れそうかどうかを見るわけです」
高橋は滑らかな口調で言った。
AV女優はそのおよそ六割がスカウトマンに街頭で声を掛けられ、この業界に足を踏み入れる。残りは風俗関係の店や水商売の店でのスカウト、あるいは業界関係者の友人・知人、新旧のAV女優たちによる紹介などだ。
プロのスカウトマンが現在何人くらい活動しているのかは不明だが、一説によると百人を越すと言われる。A社の場合、常時十人ほどのスカウトマンと付き合いがあり、彼ら多くは二十代の若者たちが、渋谷、新宿、池袋、六本木と都内の繁華街を徘徊して連日数百人の若い女性に声をかけるのである。
私が話を聞いた二十四歳のスカウトマンは、渋谷のセンター街や六本木交差点周辺を中心に一日平均三十人から四十人の女性に声をかけ、そのうちプロダクションまで付いてくる女性はせいぜい一人か二人だと言った。成功と失敗の分かれ目は「相手に女の子特有の迷いが現われるかどうか」だと言う。
「そう。女の子が歩幅を縮めたり立ち止まったりしたら、第一関門はクリアですね。次に相手の視線をこちらに引きつける」
高橋は自分でも街頭スカウトをこなしていた。社員の五人全員がマネジャーもやれば時にスカウトマンにもなるのだ。
「でも、マニュアル通りじゃダメなんです。女の子の反応によって臨機応変に言葉も態度も変えていかなくちゃ。ただ一貫して必要なのは相手を誉めることですね。可愛いですね。モデルさんですか?∞いやァ、素敵な笑顔だな=Aそんな言葉をためらわずにドンドン口から出さなきゃいけない」
高橋は軽い台詞を軽く言ってみせた。町で見ず知らずの男からそんな浮《うわ》ついた言葉を聞かされ、心を動かされる女性などそうそういるわけないと思うのだが、この道五年のキャリアの高橋に言わせれば「結局、甘い言葉が効く」のだそうだ。
――ほとんどの女性はお金目当てでしょ? お金の話は最初にしないんですか?
「スカウトマンの中にはいきなりギャラの話を持ち出す人もいます。けど僕の場合はしない」
――なぜですか?
「確かに金の話は重要です。AVに出演すれば大金が入ると思うから、女の子は立ち止まるわけだしこういう事務所にも付いてくる。その通りだけど、もっと奥底には現状への不満があるわけですよ。決まりきった人生で終わりたくない、もっと別の自分があるんじゃないか、スカウトマンに付いて行けば違う世界が見させてもらえそう、私は生まれ変われるかもしれない、ってね。つまり、夢に賭けてみたい気持ちが底にあるわけです」
高橋の分析は、何人もの女優のインタビューから得た私の実感とも一致していた。
――じゃあ、お金の話は全然しない?
「することはしますけど、ハッキリは言わない。ウチは雑誌のヌードもやってますからね。単体のヌードなら三万から八万ぐらい、頑張れば八万≠ニ、特に上限に力を入れて言ったりはします。アダルトなら、一本出て百万稼いでる子もいるよ∞一ヵ月で三桁だね≠ニか、女の子に希望を持たせるようにします」
――希望は持たせるけど、あなたはこれだけ稼げる≠ニ具体的には示さない?
「ま、そういうことです」
――採用と決まれば契約書は交わしますか?
「いちおうね。拇印を押してもらったり」
――いちおう? 正式なものじゃないの?
「ハハハ、法的な拘束力はないですよ」
どうやら町で勧誘する時もモデルプロダクションの事務所で契約する時も、一般的な意味での商談≠ヘ行なわれないようなのだ。若い女性たちは「金で脱ぐ」とよく言われるが、実際にはビジネス意識より冒険感覚の方がはるかに優先しているらしい。契約社会の欧米では考えられないルーズな雇用関係だが、裏返せば、日本の女性の多くが経済的人間としてまだ自立しておらず、契約書の有効性に疑問を感じたり内容に異議を唱えたりしないからこそ、次から次へと新しい女性が業界に参入し供給の跡絶えることがないのだろう。
「だけど、私たちあくどいことはやってないですよ。十八歳未満の女の子はどんなにきれいでも絶対に採用しませんからね」
高橋は声を上げて強調した。
女優としての採用を決める最後のポイントは年齢の確認だと言う。住民票や学生証は信用しない。過去に姉のものを盗用したり他人のを偽造した事件≠ェあったのだ。A社では絶対確実なパスポートの提示を義務付けており、持ってない女性は申請させて発行されるまで営業活動を控える。十七歳以下の少女を出演させたことが万一警察にわかれば、直ちに児童福祉法違反で逮捕されるからだ。
「それにウチは、ギャラのトラブルもありません」
高橋はつけ加えた。
「ギャラが出たら必ず三日以内に女の子に払うようにしてるんです。最近の女の子は、金の支払いが悪いとよそで何を喋るかわかりませんからね。我々も恐いんですよ」
通常、AV女優の出演料は、撮影が終了した段階でメーカーから彼女の所属するモデルプロダクションに振り込まれる。ここ一年ほど業界不況でギャラの相場は下がっているが、一本当たり最低十五万円から最高二百万円まで、一番多いのは七十万〜百五十万円クラスだと言う。このうちプロダクション側の取り分は、A社の場合は五割である。
「ウチは決して多くはないと思いますよ。もっと取ってる事務所はたくさんあります」
出演料のことは私もいろいろ聞いているので、高橋の言う通りの比率だとすれば、A社は悪質な方ではない。むろん、濡れ手に粟であることに変わりはないが。
――営業担当として、A社所属となったAV女優たちに普段言い聞かせていることって、何かありますか?
「ありますね。いつも三つの点について繰り返し注意してます。一、仕事をすっぽかすな。二、現場で恋愛するな。三、他社に引き抜かれるな」
――守られてますか?
「難しいんですよ、それが。変に強圧的に言ったりしたら、プイとヘソ曲げられちゃって、撮影の日に来なくなったりしますからね。仕事もパー。我々としちゃあ大変な損害を被ることになってしまうわけです」
高橋は端整な顔を歪めて言ったが、私は思わず笑ってしまった。業界に飛び込んでくる女性たちは雇用契約には疎《うと》く、確かにその面では搾取されて損をしているのかもしれないが、少なくとも一部の女性たちは他ならぬその契約意識の希薄さ、すなわち持ち前のいい加減さによって、自分たちを利用している側をキリキリ舞いさせているのだ。
「ですからウチの場合、女の子の現場には全部マネジャーが付くようにしてるんです」
高橋は言った。
AV女優のマネジャーを撮影現場で見かけることは普通は少ない。私は二度しかない。
――何を見張るんですか?
「引き抜きと恋愛です。この二つはお互いに絡んでる部分がある。まず自分の女にしておいて、よその事務所に移らせる、あるいは有望な子なら自分がマネジャーをやる、とかね。どっちにしてもウチにとっては困ることですよ。だから、男優はもちろんですが、カメラマン、助監督、撮影スタッフ、それに取材などでやってくる業界関係者との接触をチェックするわけです。もしも危ない雰囲気だと思えば、女の子を呼びつけて注意します。自宅の電話番号を教えるな、デートの約束をするな、ここは仕事場なんだとしっかり言い聞かせます。こっそり名刺なんか渡されてる場合は取り上げて、あとで破いちゃう」
――ずいぶん厳しいんですね。
「当然ですよ。せっかく確保した女の子に逃げられちゃったら、我々おまんまの食い上げですからね。撮影から帰ったら必ずミーティングを開いてその日の反省をします」
A社のような大手≠フプロダクションの場合、AV女優に対する管理体制の強化は予想以上の速度で進んでいるようだった。「昔はともかく、現在の大手プロダクションは|上場企業並み《ヽヽヽヽヽヽ》に組織化されてます」という高橋の誇らしげな言葉も、こと女優の管理に関する限り、まんざら的外れとは言えない。
しかし、だからといって女優の定着率が高まったかと言えば、事態はむしろ反対方向に向かっていた。数年前までは一年以上現役をつとめる女優は珍しくなかったが、今はよほど有名にならないと一年間の寿命を保つのは難しい。AV女優の活動期間は年々短縮され、現在では大多数が半年以内で辞めてゆく。
「我々プロダクション側とのトラブルというより、皮肉なんですが、アダルトが市民権を得たことの方が問題なんですよ。最近の女の子は、ちょっと売れるとすぐ一般週刊誌やスポーツ新聞に記事や写真が載っちゃう。テレビも飛びついてくる。そうすると、ビデオだけなら絶対バレなかったのに、親兄弟や親戚にバレちゃうわけです。お願いだから辞めてくれ≠チて泣いて説得されるわけです」
高橋は「宣伝活動をどこまでやっていいのか困る」と言って笑った。
私は一九九一年の五月と七月に相次いで起こったAV発売中止事件を思い出した。一件は日本を代表する計算機メーカーの会長令嬢の出演作、もう一つは、これも現代日本音楽界を代表する国際的アーチストの従妹《いとこ》の出演作である。どちらも「一族の体面を汚す」というので発売元に圧力をかけ発売中止に追い込んだのだが、なるほどこうした例を見ると、AV女優を続ける続けないの意志決定権は女優本人にはなく、家族にあると言える。両家のような政治力を持たない一般家庭では泣き落とししかないのかもしれない。その意味では、AVが「市民権を得た」のはせいぜいマスメディアの表層でのことと言える。
――ところで高橋さん、五年間この仕事をやってきて、いつも感じることっていうと何ですか?
「女の子のことで? そうですね……」
マネジャー業が好きで仕方がないと言う高橋は、形よく組んだ足を組み直した。
「町を歩いてる女の子が信用できないってことでしょうかね、やっぱり」
自分で言って苦笑した。
「特に可愛い子ほど信じられないですよ」
――遊んでる?
「遊んでるしいつでも遊ぼうと思ってる。ウチの事務所までやってくる子って、九割は決まった彼氏がいるんです。それは恋人だったり婚約者だったり旦那だったりするんですが、彼女たち、平気なんですね。ここへきて契約するってことはそういう親しい男性を裏切ることになるわけだけど、何とも思ってないんですよ」
――でも、そう仕向けてるんでしょ?
「それはそうですけど、自分が彼氏の立場だったらと思うと複雑ですよね。おそらく男の方はまったく知らないでしょう。自分の彼女や奥さんがフラフラっとこんなとこへきてるなんてね。ひどい子なんか、結婚式の一週間前なのに出たい≠チて言うんですから」
――現在の若い女性は信じられない?
「いや、ブスの子は大丈夫です。ウチでもお引き取り願うような顔の女の子たち、彼女たちだけですね、今のこの国で信じられるのは」
若く魅力的な女性を誘惑し続けてきたプレイボーイの結論は、何やら侘《わび》しいものだった。
〈石井始・監督〉
AV作品に投稿・盗撮モノと呼ばれるジャンルがある。盗撮モノは覗きマニアが夜の公園や浜辺、あるいは女子トイレ、風呂場、更衣室などに忍び込み、性行為や女性の裸体を撮影した作品。投稿モノはAVファンが自分の妻や恋人、行きずりの女性たちとの痴態をビデオカメラに収めた作品。どちらも素人または素人同然の人々がメーカーに送ってきた「本物のエッチ・シーン」ということで、各社がシリーズ物にまとめ根強い人気を保っている。たいていのレンタル店には投稿・盗撮モノの専用の棚があるくらいだ。
元エロ本編集者の石井始は、普通のAVの監督もつとめているが経歴は投稿・盗撮モノの監督の方が長く、これまで約二年間に二十二本の投稿・盗撮作品を演出してきた。
――一般的には、投稿・盗撮モノというと、一部のヤラセはあるにしろ、大半は本当に素人が撮影したものだと信じられているわけですが、そうじゃないんですか?
「現在の時点では九割以上ヤラセだと思って間違いないでしょう。盗撮モノなんて、もしも本当に盗み撮りしたものを商品にしたとしたら、肖像権やプライバシーの侵害問題になりますから、それこそ犯罪になりかねませんよ。第一、ビデ倫が審査してくれません。あくまで作り物というタテマエですから」
――しかし、投稿モノはどうですか? 投稿専門のグラフ雑誌などを見ると、現実の夫婦や恋人同士としか思えないリアルな投稿写真が氾濫してますが?
「あれはほとんど本物です。私も雑誌で投稿写真を扱ってましたからよく知ってますけど、当初はヤラセの写真を使ってましたが今は百パーセントに近いくらい本物の夫婦や恋人同士ですよ」
――それなら、石井さんの会社にも、本物のテープを送り付けてくる夫婦やカップルがいるんじゃないですか?
「います。投稿ビデオのマニアと呼べるような人たちは確かにたくさん存在してます。でも、そのテープの多くは使えない」
――どうして?
「マニアックな作品が多いんですよね。かつての裏ビデオに連なる暗くドロッとした世界なわけです。性器のアップや結合部分だけがエンエンと映っていたりして、我々としては、そんなシーンはどうせボカシが入るわけですから必要ないんですよ。それよりも、結合の前後の具体的なディテールが欲しい。それもできれば明るくカラッとしたもの、撮影者のキャラクターがよく表れているもの。そんなテープが送られてくれば我々も喜んで採用しますよ、何と言ってもヤラセとは迫真力が違いますからね」
石井の許には、そうした採用可能なテープは数ヵ月に一本程度の割合でしか送られてこないと言う。
ただし、石井によれば、投稿雑誌に載るのと同種の遊び感覚の「明るくカラッとした」ビデオが撮影されてないわけではない。むしろ実際は予想以上に多いと推測される。にもかかわらず、それらのビデオがメーカーに送られてこないのは、撮影者側にメーカー不信の心理があるせいだと石井は考える。
「雑誌の場合は投稿者と雑誌編集者の間に一種の信頼関係がすでに築かれてるんです。投稿者は送った写真が他に流れることはないと信じてるし、編集者もその信頼を裏切らない。今日び本番写真ぐらいじゃ商品としてロクに通用しないですけども。ところが、ビデオとなると事情はまるきり違う。大量にダビングされて闇の流通ルートに乗ってしまえば、裏ビデオとして全国に出回ることになる。投稿者はそれを恐れるわけです。メーカー側に悪意がなくても、メーカーが倒産して手持ちのオリジナルテープが債権者に持ち去られ、処分されて闇に流れるというケースはこれまで何度もありましたからね。だからAVの制作者、つまり我々は、今の時点ではまだファンの信用を全面的に得てはいないということになるわけです」
石井は苦笑いして髭面を横に振った。
石井は現在、一ヵ月間に通常のAVを一本、投稿・盗撮モノを一本、計二本というペースで監督を続けている。どちらも制作費・演出料ともにさほど変わりはないが、投稿・盗撮モノは撮影場所に変化を凝らさねばならず、必然的に撮影日数が増え、普通のAVの倍以上の最低五日の撮影日が必要だと言う。
「予算の関係でほとんど都内ロケですけどね、いろいろなラブホテルの他に、友人知人の家を使わせてもらったり女優さんの部屋に押しかけたり、場所探しには苦労してますよ。一本の作品に少なくとも五テーマ、ということは五ヵ所は見つけなきゃいけない」
もちろん、撮影が長びく分は、少人数のスタッフと相対的に安い女優の出演料で相殺することになる。撮影はほぼ全編が八ミリビデオカメラで行なわれ、出演者は監督兼カメラマンである石井の他には男優・女優一人ずつ、石井と女優が二人きりという設定もしばしばある。そして、一般にプロダクション渡しで五十万円を超す女優のギャラは、投稿・盗撮モノでは十五万〜二十五万が相場、時には七万〜八万円という低額になることも。
――いったい、どうやってそんなに安く女優を使うことができるんですか?
「皆さんAV女優というと、週刊誌などに取り上げられる可愛い子ばかりを思い浮かべるかもしれませんが、平均以下の容姿の子で雑誌に登場することもまったくないAV女優っていっぱいいるんです。AVに出たいっていう女性が十人が十人とも、顔もスタイルもいいなんてありっこないですからね」
――では、いわゆるブスの子を?
「そうとばかりは限りません。かなりの美人でも顔が出るのは困る≠ニ言う人もいますし、有望な新人だけどカメラ慣れしてないのでテストを兼ねてチョイ役で、という例もあります。要は、さまざまな事情で安い金で出演する女性が相当数いるってことです」
――具体的にどう選ぶんです?
「面接は特にしません。モデルプロダクションの持ってきた写真を見て決めます」
――基準は?
「スケべそうかどうか」
――それだけですか?
「ギャラの問題を除けば、それくらいですね。大事なのは、投稿用のシチュエーションをキチンと作ることなんです。彼女をアパートに連れ込んで、最初はいやがってたけど口説いてビデオを撮った、とかね。まずそんなシチュエーションを作っておいて、そこへ男優と女優を放り込む。あとはアパートの部屋にいる男女の学生になり切ってセックスしてもらうだけですから」
――演出上留意してることは?
「だから演出っていっても別にないんですよ。セックスの時のリアクションは百人いれば百通りのリアクションがある。その根っこにあるエロチックな部分を外さなければ、それでいいと思ってますから」
――容姿に難があっても撮れる、と?
「むしろ、一般的にはブスといわれるC級・D級クラスの子の方がエロチックな表現力に優れてるってこと、あるわけです。美人必ずしも床上手ではない。ライトを浴びてただ坐ってる時の顔形よりも、薄明かりの下で乱れている時の全身の表現力の方が、こういう場合よほど重要になってくるんです」
石井が過去二年間に投稿・盗撮モノで起用したAV女優はおよそ百人。その多くがスカトロ、レイプ、SMなどのマイナーな作品に何本か出演しただけで消えて行った女性たちだ。石井の作品中でも、まともなライティングの下で演技したりインタビューに笑顔で答えたりすることは一度もなく、ただ裸体の輪郭のみを見せ、あるいは胸や臀部だけ、もしくは衣服をまくり上げられた下半身の一部を露出させ、しかも一人せいぜい十分から十五分の短い時間しか登場しなかった女性たち……。彼女たちに対し、AV監督としての石井は特別な感慨を抱いていると言う。
「一人の女性として見れば、気立てのいい子がけっこういるんですよ。僕は彼女たち、好きなんです。一方では名前のある女優たちのAVも撮ってるんですけど、大勢のスタッフの見守る中、ライトを煌々《こうこう》と照らした立派なベッドで、はい、絡んで下さい≠ニ言って始まるセックスより、僕自身は投稿モノの粗末なセットでのセックスの方が感じるんです。まともな顔のアップなんか全然ないのに、そういうことと関係なく懸命に男と一体になろうとするただの平凡な女性たち。そのリアルさ、切実さが、男の欲望を掻き立てるんですよね」
石井は今後ともこだわりを持って投稿・盗撮モノを撮り続けたいと語った。
石井の見るところ、「本物の投稿ビデオがこれから増えてくることは確か」だが、ヤラセを凌《しの》いで主流を占めるようになるのは「まだかなり先のことになるはず」、だった。
〈寺田農・俳優〉
往年の人気テレビ『ウルトラマン』シリーズの監督で最近ではエッセイ集も好評な映画監督実相寺昭雄は、先に引用した代々木作品評からもわかる通り、かねてからAVの可能性に注目していた。そして実際に、一九八八年『アリエッタ』(KUKI)、一九八九年『ラ・ヴァルス』(同)と二本のAV作品を演出した。
一九九一年の夏、その実相寺の親友であり、『ラ・ヴァルス』にも出演した俳優寺田|農《みのり》が、初監督にしてAV処女作を完成させ、九月下旬のリリース前から話題となった。
私は、六月に寺田のその『マイ・ブルー・ヘヴン』の撮影現場を訪れ、八月の完成直後に赤坂のレストランで寺田と再会し話を聞いた。
「今の正直な気持ち? 関係者全員に感謝してますと、これに尽きるよね。思惑違いもいろいろあったけど、とにもかくにも自分の好きなことがやれたんだから」
――今回音楽を担当している実相寺さんは、出来上がった作品を見て何と言いました?
「本当にあなたはいやらしいですね≠チて。俺にとっては最高の誉め言葉ですよ」
色浅黒く痩身の渋い二枚目、窪んだ眼窩《がんか》の中の両目が機敏に動く。心なしか、撮影中よりも舌の回転が滑らかなようだった。
四十九歳になるベテラン俳優が初演出の対象にAV作品を選んだのは、直接的には『ラ・ヴァルス』出演以来付き合いがあるメーカーから話があったためだ。だが、既存のAVに対する欲求不満は、もともと寺田の中にあったと言う。
「AVは好きでよく見てるけど、最近のは面白くない。女の子さえピチピチしてればそれでよしという活魚料理ばっかり。俺たち大人なんだからさ、モザイクの向こうにあるものも知ってるわけだから、もっとこう、煮たり、焼いたり、焙《あぶ》ったり、たまには蒸したりとか、そういう料理も食べてみたいわけよ」
――AVではどんな作品が好きだったんですか、例えば『ラ・ヴァルス』?
「いや、あれじゃ抜けない。話は面白いけどね。初期の村西作品なんかよかった。でも最近、監督自ら出演という形がお手軽になりすぎてるし、代々木さんにしても、オナニー・シリーズは大傑作だったけど、『チャネリングFUCK』となると空回りしちゃってる。しょうがない、面白いのがなけりゃ自分で撮るか、と」
「構想一年、執筆一日」という脚本は寺田本人が書き上げた。
夜ごと日ごと娼館〈ブルー・ヘヴン〉に通う女性精神科医|明子《あきらこ》(森下志歩)。彼女は女性患者たちの倒錯の性を診断し、娼館の飾り窓越しに客たちの痴態に見惚れるが、明子自身の性感は閉ざされており、幼少時代の記憶も跡切れている。ただ見えるのは蝶のイメージ。娼館で出会った中年カメラマン(清水紘治)は、明子の過去を知っているらしいが、果して、官能を喪失した明子の秘められた過去とは、そして謎の蝶とは……。
ミステリー仕立ての『マイ・ブルー・ヘヴン』は、撮影日数五日、制作費二千五百万円。AV界では珍しい豪華大作≠ニなった。
――いざ取り組んでみて、最大の思惑違いだったのは何ですか?
「スタッフの量と質ですね。十人なら多いと言われるけども、AVしかやったことない人が大半だから、ドラマ作りの基本さえわかってない。目にキャッチライトあてないと女優さんの顔は死んじゃう。そういうイロハがファック専門の人にはわからない」
私は、大掛かりな中にも淡々と進む撮影現場で、AV女優の目の動きにだけは細かく指示を出していた寺田を思い出した。目線の決め方、感情の込め方、目の演技に寺田監督は特にうるさかったのである。
――女の子たちはどうでした、期待通りですか?
「んー、姫たちねェ……」
撮影中、休憩時間に話を聞いた時に寺田は、「プロ女優に絶望してる部分があったからAV女優には感動した」と語っていた。「普通の女優はカメラの前でなかなか自意識を取り払えないけど、AVの子は最初からスッポンポン。精神が解放されているから輝いている」と最大級の讃辞を送っていた。
「でもやっぱり違うわ、あの子たちは。素晴しいけど、でも女優じゃないよ」
――どういう意味ですか?
寺田は次々に例をあげた。まず時間通りに撮影にこない。どこにいてなぜこないのか連絡もしない。スタッフ全員イライラしながら女優の到着待ちとなる。やっときてさァ撮影となったら、今度はあれもダメこれもダメ。生フェラはいいけど本番はゴム付きじゃなきゃいやだとか、本番はオーケーでもバイブはノーとか、出演する四人のAV女優が四人とも全部条件が違う。なぜNGなのか理由を聞いてもわからない。そして、嗚呼《ああ》、演技……。
「作品にのめり込んでくれないから、まったくのその場限りなんだ。考えてみると、やっぱり普通の子って脱がないもんね。どこか切れかかってる子たちなんだな、彼女たちは。家に帰って、かみさんと話が通じると、平凡なウチのかみさんが光って眩しく見えちゃった」
――でも主役の森下志歩と、準主役の原田ひかりのレズシーンなど、かなりエロチックで興奮しましたけど?
「うん、原田はね、とてもいい子なんだ。吹けない口笛を一生懸命練習してくるしね。レズシーンの時も、本番中突然森下に先生、指入れてもいいよ≠チて言い出してさ、原田は指入れNGの子だったから、俺、感激しちゃったよ。先生≠ネんて呼び掛け、カラミの最中に言ってくれたのも嬉しかったな」
気ままなAV女優たちと格闘しながら寺田が演出した『マイ・ブルー・ヘヴン』は、レズシーン二つを含む九つの濡れ場があってカラミシーンの総計四十三分、全編八十五分(一般AV作品は六十分中平均五十分前後のカラミ)という長尺のAV作品に仕上がった。
――それで、念願の作品を完成させた今の心境はどうです? 今後もまたAVを撮りたいとか?
「いろいろわかってきたから、もう一回挑戦してみたい気持ちが半分と、もうやりたくないという気持ちが半分。AV業界っていうのは女の子の扱い方とか、問題が多すぎるからね。でも、もしもう一本撮らせてもらえるんなら、今度は女性の視点から見たAV作品というのを撮ってみたいな。男の一方的な思い入れだけじゃない、女性にも楽しんで見てもらえるようないやらしーい作品を今度は撮ってみたい」
寺田は、そう言って、いかにも好色そうに微笑んだ。
「女性の視点から見たAV」「女性にも楽しめる作品」……。アテナ映像の三橋や野崎や長井が要望し、代々木忠監督も目指している方向だった。
寺田の場合は具体的にどういうものかわからないが、AV界では新参者である寺田と、長年実験的な作品を作り続けてきたメーカーの目指すところが同じというのは、興味深かった。
他業界からAV業界への参入は一九八三年に非常に盛んだった。この年、メーカーが五十社を越え、ビデ倫の審査作品数も年間一千本以上になり、新しい映像ジャンルとしてのAVが一躍注目されたからである。
野坂昭如『幻の女、ファントム・レディ』(日本ビデオ映像)、赤塚不二夫『ビデオナンバーワン』(東映ビデオ)、花柳幻舟『エロスの少年』(同)、荒木経惟『女優Yの※[#○に秘]生活』(東映芸能ビデオ)など多数が制作されたが、話題にはなったものの商業的成功を収めることはできなかった。映画と異なりドキュメンタリーに適したビデオの特性を生かせなかったからだと言われる。今回の実相寺や寺田の試みが外の世界からの新たな刺激剤となるか、また他業界から後続の参入が増えるかどうか、現時点で結論を出すのは早い。
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V 異端のゲリラ軍団
安達かおるの原風景
撮影済みのビデオテープは、専門の編集マンのいる編集スタジオに持ち込まれて編集されるが、その前にオリジナルテープからワークプリントを作りワーク編集(プリ編とも呼ぶ)が行なわれる。
膨大な量の撮影済みテープから作品に必要なシーンやカットを選び出しつないでゆくのは監督の仕事であり、少なくとも丸二日を要する孤独な作業だ。
V&Rプランニングの社長兼監督である安達かおるの場合、世田谷区駒沢のマンションの一室に閉じ込もってこのワーク編集に没頭している間は、手の届くところに安達式三点セット≠ェ欠かせない。煙草、飴、ウーロン茶の三つである。
「僕は酒は全然ダメで、甘党でしてね。撮影中もこの三つが用意してないと、気分が落ち着かなくてイライラするんですよ」
言いながら、マイルドセブンを揉み消し、傍らの紙コップにウーロン茶を注いで一口飲み、袋の中のキャンデーを一個つまむ。
Tシャツにジーンズ姿で椅子の上に胡座《あぐら》をかいた安達は、体格こそ小柄だが非常に意志的な容貌をしていた。短く刈った頭髪、濃く太い眉、ギロリとした大型の目、真っ直ぐな鼻梁《びりよう》、引き締まった口許。見るからに一癖も二癖もありそうな面がまえである。
「しかし、恐怖のV&R軍団≠フボスが甘党でキャンデーしゃぶりながら仕事してるなんて、ちょっと意外ですね」
私が思わず感想を洩らすと、
「そう、人は見かけで判断しちゃいけない。これは世の中の鉄則です」
二台の編集用モニターの前に坐った安達は顔だけこちらに向け、フフッと笑った。
V&Rプランニングの作品。そのいくつかを見た時私は、Vとはヴァイオレンス(暴力)≠フV、Rはレイプ(強姦)≠フRに違いないと思った。多くの作品にはそれほど暴力的なエネルギーが充満しており、出演する女優たち(素人女性を含む)は徹底的に痛めつけられ、情容赦のない仕打ちは男優陣(素人男性を含む)にさえ及ぶ。そして、価値紊乱《びんらん》型のアナーキーな展開と救いのない虚無的結末。
私は、V&Rを率いる安達監督という人は、この社会に対してよほど根深い悪意を抱いているのだと感じた。しかし、それにもかかわらずどこか妙に惹かれるところがあったのは、随処に現われるユーモア感覚(大半はブラック・ユーモアの類だが)が秀逸だったのと、さまざまな作品を通じて八方破れの潔さのようなものが漂っていたからだ。
社員十六名、年商約九億円、毎月平均五本の作品を安達かおる以下三人の監督がリリースするV&Rプランニングの設立は、一九八六年の四月。AV業界では新参であり、しかもスカトロやSMを扱うキワモノ<=[カーなのに、その躍進ぶりはめざましい。
辛口批評で知られるビデオ専門誌『ビデオ・ザ・ワールド』が選んだ一九九一年度上半期アダルトビデオ・ベスト10では、並いる大手・老舗メーカーの作品を抑え、V&Rが一位から三位までを独占した。第一位が安達かおる監督の『これが手術だ!メスをくわえれば幸せ』、第二位がバクシーシ山下監督の『錯乱!!監禁凌辱72時間』、第三位がカンパニー松尾監督の『どですかでんぶ2』である。
過剰生産と業績不振の悪循環によってこのところ作品的にもマンネリ化傾向が見えるAVの世界へ、V&Rプランニングがゲリラ戦術による過激な殴り込みをかけている、とも言えよう。もっとも安達によれば、V&RのVはヴィジュアル(映像)≠フV、Rはリテイル(販売)≠フRで、「他意はない」らしい。
「僕は最初から商売としてこの世界へ入って来ている。前身が商業映画の企画・製作担当プロデューサーですからね。資本主義社会では勝たなきゃいけない。勝てば官軍=A人間の創造活動といっても所詮は自己満足って意識があるんですよ」
冷めた口調で言う。
安達はV&Rプランニングを設立するまで映像制作会社テレキャス・ジャパンのプロデューサーだった。しかし、そこで手掛けた映画は、たとえば、話題にはなったが世間の顰蹙《ひんしゆく》を買った死体映画『ジャンク』など一連の残虐モノ。「商売」と言い「自己満足」と言っても、一般的な観念とは相当ズレている。
「だいたい今編集中の作品にしても百二十分の長編でしょ? 販売価格が六十分モノの二倍なら採算合うけど、同じ値段ならばコスト分だけ利益は減ることになりませんか?」
私はモニター画面を指差した。
編集中の画面には安達の出世作である『ジーザス栗と栗鼠《りす》スーパースター』シリーズの第十二弾、吉永真弓編のテープが映っていた。このシリーズは一人の女優を三十数時間一室に閉じ込め、連続十人フェラチオを皮切りに不眠不休で数々の本番コントをやらせ、女優の体力と気力の限界に挑むというAV界のギネスブックのような過酷なシリーズだ。当然でき上がった作品は長尺となるが、価格は通常の六十分モノと変わらず一本一万五千三百円である。
「確かにコストは倍近くかかります。出演料、テープ代、コピー代、編集費、すべて」
「じゃあ、なぜ……」
「作品の持ってる内的必然性によって長くなるんだから、仕方ないですよ。営業的には大変かもしれないけど、だからといって作品のリアリティーを薄めるわけにはいかない」
露骨な資本主義の論理がまかり通るAV業界で「勝つ」ためには、多少の犠牲は厭《いと》わない、というわけである。
安達かおるは一九五二年一月二十七日、東京都に生まれた。本名は三枝進。父親は外交官で、二人兄妹の長男だった。
父親は職業柄海外に単身赴任することが多く、安達は幼少年時代を通じて一家四人で暮らした記憶がほとんどない。
唯一の例外は小学校二年から六年までの四年間である。この期間に安達は家族と一緒にイランの首都テヘランに住んだが、そこで、後年の安達の深層心理に多大な影響を与えたと思われるある光景を目にする。
「小学校五年生の時だったんですけどね、使用人の女性と一緒に朝早く町を歩いてる時に人だかりがしてて、行ってみると公開処刑をやってたんです。首に縄を掛けられバタバタしてた男が、高く吊るされるとガックリして動かなくなる。その時は恐いとも衝撃的だとも思わず見てました。ああ、人間ってああやって死んじゃうんだな≠ニ思った。あとで考えてみれば、死体を含めた人間の死に対する興味や関心はその時にまで溯《さかのぼ》れるわけですけども」
現在V&Rでは、AV関連の三つのレーベル以外に〈マッドビデオ〉と称する一般作のレーベルを持っている。これが『デスファイル』シリーズなど、かつての『ジャンク』の路線を継承する一群の死体ビデオである。ブラジルやタイに現地事務所を置き、事故死・変死・殺人・堕胎などの死体ビデオを定期的に買い集めている他、どこかの国で内乱・戦争・災害・重大事故などがあれば地球上どこへでも飛んで行って悲惨な映像を買ってくる。
『デスファイル』のパッケージコピーには、救われなかった人々の切ない叫び∞死者が語る未来へのメッセージ≠ネどの字句が並ぶ。また、決して公共のメディアが取り上げることのない貴重な映像≠ネる一文も。
「出せばコンスタントに三千本は売れます。そういうものは固定ファンがいますからね。でも製作費はアダルトの何倍もかかるしリスクも大きい。この間の湾岸戦争でも、苦労してようやく集めた映像記録を帰国寸前イスラエル当局に全部没収されてしまいました」
単なる好奇心では続けられないと言うことのようだ。ただし私は、『デスファイル』は一本見ただけで充分だった。一個の死体の背後や周辺を執拗に掘り下げるならともかく、無惨な死体のオンパレードでは、かえって死者のメッセージ≠ェ届かない気がするからだ。
それはともかく、一九七一年の春、安達は独協大学ドイツ語学科に入学する。
大学には五年間在籍したが、うち四年間はヨット部に所属し、夏は逗子の海、冬は館山の沖とアウトドア派の学生生活を送った。学生時代の女性体験は少ない。女性と付き合うよりヨットを操る方が楽しかったのである。
しかし、一九七〇年代前半といえば、全国を揺るがした大学闘争の残り火がまだ盛んに各地のキャンパスで炎を上げていた時代だった。当時の学生は、どんなに非政治的であっても、そんな時代風潮とまったく無縁に過ごすというわけにはいかなかった。安達の場合も例外ではない。
「基本的には遊び人タイプの学生だったんですけどね、半面変な正義感があった。形としてはヨット部に所属してるわけだから体育会系なんでしょうが、学校側の御用聞きみたいな体育会の体質は大嫌いだった。かといって学生活動家の側につくかといえば、これもできない。新左翼のセクトの集会に出た時、僕、拍手しなかったんですよ。そしたら回りから猛烈に罵倒され突き上げられましてね。何だこいつら、権力打倒とか言いながら自分たちが権力的になってるじゃねェか≠ニ思った。イデオロギーに関係なく、今でも権威を笠に着る奴は大嫌いだし信用できないんです」
安達がヨット以外のもので惹かれていったのは映画だった。
それも名人や巨匠と呼ばれる監督が撮った名作・話題作はいっこうに興味がなく、マイナーな作品ばかりを探し回って見た。一番好きだったのは、チェコ民衆の絶望的な反ナチス闘争を描いた東欧映画『抵抗の詩』、四回見に行って四回とも涙が止まらなかったと言う。
そして卒業後、反権威主義とマイナー志向に「商売としての映像」の場が与えられたことによって、残虐映画、死体ビデオ、キワモノAVへと発展≠遂げたのである。
「そうすると、過去において安達さん個人に、SM趣味だとか、オシッコ、ウンチに対する特殊な嗜好だとか、そういったものは少しもなかったわけですか?」
「なかったですね。SMに関しては、精神的に自分はサディストの傾向があるとは思いますが、私生活でのSM趣味はまったくありません。スカトロにしても、僕が初めて演出したスカトロ作品で、コップ四杯のオシッコを飲み干す人間を最初に目の前で見た時、気持ち悪くて思わず別室に駆け込んで吐いちゃったくらいですから」
「だけど撮影をやめなかった?」
「それが、いやいや排尿・排便する女の子の顔を見てるうちに勃起したんですよ。普通のセックスよりずっと興奮してしまった」
「…………」
安達はAV監督になったごく初期の一時期、男女間の愛を美しいものとして描いたことがある。四苦八苦して完成させたが、今は「完全な駄作」と断言する。愛情を追求すればエゴイズムにぶつかり、一体感を表現しようとすれば生々しくなる。純粋な愛を謳《うた》い上げようとすればするほど全体が嘘っぽくなってゆくのだ。それよりもむしろ、エゴイズムの醜さや人体の卑猥さの方がよほど自然なものに感じられた。
「だんだんわかってきたんですね、きれいなものより汚いものが自分には合ってるんだって。鍔《つば》広の帽子を被って白い服着て草原を目的もなく走ってる美少女なんか世の中にいるわけないけど、スカートをまくってウンコする美少女は絶対に存在する」
しばらく作業の手を休めて私の方を向いていた安達は、そう言うと、椅子を回して再び編集機のキーを叩き始めた。
「あと一つ。安達さんのビデオでは|抜けない《ヽヽヽヽ》って声をよく聞くんですけど?」
「そりゃそうでしょ」
安達は画面を見詰めながら答えた。
「僕は自分が勃起できそうなものを撮ってるだけです。第三者が抜けるかどうかは考えてない。最初に話したように、作品作りなんて所詮自己満足のためですからね」
モニター画面の中では、疲労困憊した吉永真弓が裸のまま両手で顔を被《おお》って泣いていた。「つらい……」「やめたい……」と呟きながら。
安達は手を伸ばしてまた一個、キャンデーを頬張った。
V&Rの作品、特に安達と山下の作品には、準レギュラーと呼んでいい素人の奇人変人が毎回何人か出演する。
たとえば安達の長編作品の常連である飲尿おじさん=B相当な年輩者とおぼしい彼は、台詞らしい台詞をほとんど喋らず、いつも白い手拭いで顔をスッポリ覆っている。手拭いの隙間から窺える顔半分は割合と整っているが、その整った横顔が歓喜のあまり崩れるのは、顔に跨《またが》った女優の尿を直接口に受けて飲み込んだ時だ。『あつまれ!蒼奴夢《そどむ》の宴 愛と涙と流しそうめんの同窓会』では、竹筒を流れてくる何人もの女優たちの大量の尿とソーメンを口で受け止め、至極ご満悦の体だった。
実はこの人、某大手企業の部長(一九九〇年に定年退職して現在は再就職)である。「とにかくオシッコを飲みたい。老若男女だれのでもいい。出演料はいらない」と電話をかけてきた。聞けば、学生時代に先輩に便所に連れ込まれフェラチオを強要され精液を飲まされて、それがきっかけで排泄物を飲む快感に目覚めたらしい。現在は飲尿マニア。各地の観光地の臨時トイレの汚物槽に潜り込んだり、デパートの水洗トイレを回ってビニール袋に尿を集めたりと大変な苦労を重ねてきたが、「たまには安心して飲んでみたい」と言うのである。非常に用心深い人で、出演中絶対に素顔を見せないのはもちろん、安達やスタッフと親しくなってからも連絡は一方的に彼の方からしてくる。
泉くん≠ニいう色白で華奢《きやしや》な二十二歳のハンサム・ボーイもいる。彼は真正マゾヒストで大便を食べる。『ジーザス栗と栗鼠スーパースター 吉永真弓』では、華道の師匠に扮した吉永に馬乗りになられさんざん顔を殴られて嬉しそうだったし、『帰ってきた蒼奴夢の宴 愛と涙のOH・MY・GODの転校生』では、汚い便所で数人の女優に囲まれて殴り倒されたあげく、一人の女優が排泄した下痢便を床に這いつくばって食べていた。
泉くん≠ヘ脚本家志望のフリーターである。「将来脚本を書く時に何かの参考になれば」と出演を希望してきた。彼は、人にいじめられている時や大便を食べている時には性的快感を覚えるが、世間一般のセックスにはまるで関心がない。
そして、バクシーシ山下監督の作品においてひときわ異彩を放つ怪人川口くん=B
川口くん≠ゥら最初に出演希望の電話がかかってきた時山下はその尊大で自分勝手な口調に驚いたという。「とりあえず遊びにきてみたら」と答えると、すぐに手紙が届いた。手紙には川口くん≠フ向こう一ヵ月のスケジュールがギッシリ書き込まれていた。それも、×日は○○で忙しい∞××日は一時間余裕があるが午後○○へ出かける≠ニ、聞いてもいない本人の都合ばかり。自意識過剰、常識外れ、傲岸不遜、猪突猛進……。山下は「これは面白い奴だ」と思った。
川口くん≠ヘ山下作品の中で冒頭の女優とのインタビューを任されることが多いが、これが山下作品における男女のコミュニケーション不在を実証する象徴的シーンとなっている。
例えば、『女犯2』でソファに並んで坐った彼と新人女優のインタビューの会話。
「新宿で行きたいところは?」「いろいろ」(気まずい沈黙)
「尊敬する人は?」「うちの父」「あっそう」(気まずい沈黙)
「飯島さんに聞きますけど、ざっくばらんに言いますけど、こういう業界に入ったのは?」「やっぱお金、普通に働いてもお金はね」「あなただったら二百万いきますよ」「いかないですよ」(気まずい沈黙)
(突然)「君だけがすべてだ!」「はァ?」(首筋にフーッフーッと息をかける。女優はいやがる)「そんなに恐がらなくていいですよ」「恐いんじゃない、……気持ち悪い」
立派な体格で眼鏡をかけた育ちのよさそうな顔、いつもキチンとスーツを着用している川口くん≠ヘ、外見を見る分には申し分のない青年紳士だ。ところがいったん口を開くとバランスが崩れる。一対一で女性と対面したりすると、その言動のことごとくが空転してしまう。そして、やがて、彼の抱える黒い情念が尋常でないやり方で爆発し始める……。
川口くん≠ヘコンピュータ・オペレーターである。山下は「彼はコンプレックスの塊、たぶんプライベートで女性体験はないはず」と言う。しかし「数字には滅法強く、記憶力は抜群」なのだそうだ。
V&Rの作品にはこの他にも、大便で作ったハンバーグをムシャムシャ食べてしまうわくわくおっちゃん=A行為の最中に女優の顔面に嘔吐するのが特技のゲロ吐き男=A飲尿役ピンチヒッターとしていつでもスタッフから男優に変身できる飲尿少年≠ネど、奇人変人、怪優迷優がゾロゾロといる。
おそらく一般的には、彼らは一括りに変態≠ニ称される人々なのだろう。
変態と言えば一般社会では軽蔑と差別の対象となるおぞましい存在でしかない。嘲笑を全身に浴び、主張を封じられた日陰の身だ。だが、ことV&Rのビデオの中に限っては、彼らは嘲笑の代わりにスポットライトを浴びる。特殊な性癖を披露すればするほど称賛される。従って画面の中の彼らはみんな生き生きとしており、それぞれがそれぞれの持ち場で縦横無尽の大活躍。AVでありながら実質的な主役はAV女優ではなく、活躍の場を得た彼ら変態たちと言っていい。
では、V&Rというメーカーはなぜ彼らを起用するのか? 安達はなぜ、『わくわく汚物ランド』なり『糞尿家族ロビンソン』なりの倒錯の舞台を彼らに提供するのか?
単に「汚いものが自分の性に合っている」(安達)だけなら、なぜ排便する女性より、それを食べる男の方に関心が向かうのか? 安達自身の説明はこうだ。
「僕は糞尿マニアじゃない。だからマニアのためのビデオを作ってるわけじゃない。僕が糞尿マニアを始めさまざまな異端のマニアに共感を覚えるのは、あくまでも社会との関わりにおいてです。彼らマニアはこの社会の中で自らのマニア性をおおやけにできない。下手したら、糾弾され、何もかも失いかねない。つまり我々の住む現代社会は彼らのマニア性を隠蔽《いんぺい》し排除することによって成り立っている。そこに最大の興味があるわけです。なぜいけないのか、どうしてタブーなのか、挑戦というほど大袈裟じゃなく、マニアとは違う視点から描いてみたいんです」
世田谷区駒沢のV&Rプランニング本社には噂を聞きつけて怪優予備軍が頻繁に電話をかけてくる。しかし、むろん、誰でも出演できるわけではない。厳しい面接がある。そして応募者は十人が十人とも「ノーギャラでいい」と言うが、「出演する以上プロとしての自覚を持ってもらうため」(安達)、少ないけれど出演料が支払われる。
『ジーザス――(吉永真弓編)』の本編集は、ワーク編集の翌日、場所を変えて新大久保にある編集スタジオで行なわれていた。
ワーク編集で百十五分に短縮されたテープを使ってオリジナルテープを編集するのである。モザイク模様もこの時に被《かぶ》せる。
「こことこの次がまたワイプね。あれ? モザイクはもう少し薄目にならない?」
安達は部屋の中央の椅子にドッカリと腰をおろし、正面の四つのモニター画面を睨《にら》みながらスタジオの編集マンに指示を出していた。ワーク編集が終了したのが朝六時、本編集の作業開始は午前十時だから、ほとんど眠ってないことになる。
三点セット≠ヘいつも通り安達の目の前に並べてあったが、安達の赤く充血した両目を見ると作業を中断させてのインタビューはためらわれた。
その時、扉が開いてワイシャツ姿の若い男が一人部屋に入ってきた。どこかで見た顔だと思ったら、編集中の作品に水戸黄門役で出演している素人俳優、芸名|困田《こまた》奈男《なお》である。
「会社休みなんでちょっと遊びに……」
困田はスタジオ奥のソファに坐った。
そこにはもう一人女性がいて、私は眼鏡と服装からてっきりスタッフと思っていたのだが彼女も女優、同じく暇つぶしに来たと言う。
私は二人の出演者にまず話を聞いてみることにした。
困田は茨城県出身の会社員だった。三十一歳で独身。これまでV&Rの作品にのみ男優として出演し今回が八本目である。
池内ユカは浅草生まれの二十歳、AV女優歴は一年と少々。ただし「セックスは好きだけど知らない男とやるのは虚しい」のでここ半年以上はエキストラ専門。普段はファッションヘルスで働いている。
二人はこの日初対面だった。
「V&Rに電話したのはおととしの十一月かな。メーカー十軒かけて、どこも履歴書送れって言うけど、顔よくないから俺、ね。書くの面倒だし、ね、ね」
「私、知らないわよ」
「男優? そう男優志望。羨ましいなって思ってた。俺、あと先考えないから、ね」
「知らないって!」
なぜか困田は初めて会った隣の池内の同意を得ながら質問に答えようとする。変態の部類ではないが、かなり変わった人物ではあった。
困田自身は自分のことをアイドルマニアだと答えた。アイドル歌手のサイン会によく出かけサインや生写真を集めているからだ。が、集めているのはそれだけではない。切手も、テレホンカードも、AVも蒐集している。AVは六年前頃から見始め、平均して二日に一本、これまで相当な本数を見てきた。そのうち約二百本をダビングして取ってある。AV女優のサインや下着も最近集め始めた。定年退職した親の家に同居しているので、AVを見る時は必ずヘッドフォンを使用すると言う。
一方の池内は、AVの撮影現場には興味があるが、見たり集めたりには関心がない。十五歳で処女と訣別し、十八歳でオーガズムを知り、これまでビデオ以外に約二十人の男性体験がある。実家が比較的裕福だったので遊ぶ金に不自由していたわけではない。AVに出演したのは生活に刺激がほしかったからだ。
「今の女の子ってみんなそうだと思うけど、すっごく退屈してるのよ。適当に遊んで、適当に働いて、適当に結婚して、適当に子供。何か、つまんないじゃない。男にしたってうざったい奴ばっか。グチャグチャ文句並べて、そういう奴に限ってセックス全然へたなんだもん。俺についてこい≠チていうバシッとした奴いないのよね」
撮影現場、特にV&Rの現場は、次から次へと予想もしなかったこと、信じられないようなことが起こる。それが楽しいと池内は言う。
「困田さんは現場はどうですか? 素人なのに、水戸黄門とか易者の役とか、いろいろやらされてますが?」
「よくわかんないうち終わるから……。何も考えないようにしてるから……」
作品中の困田は与えられた役を糞真面目に果たそうとする。監督のいたずら心で、タバスコ入りの食物とタバスコ入りの飲み物を渡されても、劇中黄門が「辛い!」と叫ぶ台詞はないので、そのまま平然と、次第に顔を歪めながらも、食べ続ける。何をやっても不器用だがとぼけた味のあるキャラクターなのだ。
「今回の作品では、カラミの中でシックスナインと本番をやってますよね?」
「うーん、でも、いかなかったなァ」
困田の言葉に、安達が笑いながら我々の方を振り返った。カラミの場面で困田は吉永真弓に四十分間も挿入していたのだと言う。
「あれくらい堪能すれば射精しなくても大したもんよ。俺の粗チンを下取りしてもらって譲り受けたいぐらいですよ」
安達に冷やかされ、困田は照れ笑いをした。
「職場がね、全然女の子のいない職場だし、休みが少ないのよ。朝八時から夜八時まで仕事で、休みは日曜だけだから。夏休みもないの。疲れちゃってね。捌《は》け口っていうの、そういうのどうしてもほしくなっちゃう。だけどほら、俺って奥手だから、ね、ね」
「私は知らないって言ってるでしょ!」
編集スタジオの片隅で、二人の掛け合いは漫才じみたものとなって続いた。
困田と池内、二人の若者は、この時代にAV業界に吸い寄せられてゆく男女の典型のように思えた。お互いの生活環境はまったく異なり、性の経歴にいたっては天と地ほどの開きがあるが。素人が参加できる舞台としてのAVを切実に必要としている点では共通するものがある。
男の場合には、長年育《はぐく》んだ性的幻想が現実世界にも存在することを確認する必要があった。さもなければ窮屈な管理社会の中で窒息しかねなかった。女の場合は日常の性生活そのものが奔放だった。奔放であまりにもお手軽なものだったため、男とは反対に、あえて見知らぬファンタジーを求めてAVの世界に跳び込んだ。
両者は、よしんば同じ作品に出演し、作品の中で性交渉を持つことがあったとしても、それはそれだけのこと、お互いを発見し合うことはまずない。AVは、それぞれが抱える孤独や不安を一時的に紛らす仮の避難場所でしかない……。
私には、そんな気がしたのである。
危険な美学
一九九一年の九月、神奈川県の海沿いにある廃墟《はいきよ》同然のホテルにいた。安達監督の『ザ・ドキュメント女囚拷悶史3』の撮影最終日、三日目の午後である。
剥き出しのコンクリート壁に囲まれたガランとした大ホールで遅い昼食を食べていた。女優五人男優三人を含む計十八人の大所帯だが、最終日の午後ともなると会話もなく、冷え切ったヒレカツ弁当を各自黙々と食べる。
本当は私は、どうせ現場を見るなら『蒼奴夢』シリーズのような、奇人変人勢揃いで一週間ロケを敢行する大がかりな現場を見たかった。けれど、今回助監督として来ている松尾雅人(カンパニー松尾監督)の話では、「あのテの大作は経費上の問題から極力少なくするよう、営業からきつく言われている」らしい。多少の間待ってみても『蒼奴夢』は難しそうだった。
もっとも、十八人の陣容で二泊三日のロケ撮影という今回の作品自体、現在のAV業界を見渡すと大変贅沢と言わざるを得ない。都内一日、いや半日足らずで女優は一人、スタッフもせいぜい三〜四人という作品が大多数なのだ。
ヤマ場である女囚の拷問シーンは、曇り空がどんよりと暗さを増した午後五時近くになって始まった。安達の構成台本によれば、看守鶴川仁美が女囚川上ルナを、水責め、からみ、おしっこ≠ナ責めたあげく、失神≠ウせるのである。
泥水の溜まった拷問部屋に裸足で入ってきた川上は、「冷たい!」と片足を上げ、拷問道具が並んだ部屋を見回して「(ここで)裸、に、な、る? ひェーッ」と素っ頓狂な声を上げた。
私は首をひねった。よくわからないのは、女優も男優も誰一人として拷問部屋を下見にこなかったことだ。台本を読めばこの汚い場所で主要な撮影が行なわれ、自分が拷問される(する)ことは明白なのに、事前に見にこない。自由時間は充分あり、誰がセットを見学してもいいのに、全員が下の大ホールの畳の上で音楽を聴くか眠るかしていた。
今回の出演者たちはマニアというよりおおかた経済的理由で出演しているからだろうか?
拷問部屋は旧厨房に作られていた。調理用器材などは全部取り払ってあるものの、天井は煤《すす》で汚れ壁は油の染みだらけ、床タイルは閉館以降の埃《ほこり》がたまって泥化しており、ところどころに得体の知れぬ濁った水溜りがある。
そこでまず水責めが始まった。跪《ひざまず》いた女囚の髪を看守が掴《つか》み、水の入った木桶の中に何度も頭を押し込むのである。次に、カメラ位置を変えて毛剃り。床の泥タイルの上に女囚を寝かせ、両足を机の脚に縛りつけて陰毛を剃る。水を全身にぶっかける。「お前なんか人間じゃない、豚だ!」、看守鶴川が狂ったように叫んだ。
この時点で一人だけビショ濡れ泥まみれになった川上は寒さに震え始めた。偏平な胸、中学生並みの貧弱な体がよけい縮んで小さく見える。
事情を知らなければ、「いくらAVの撮影でもひどすぎる」と憤慨の一つもしたくなる光景だ。が、この場面で責められる川上と責める鶴川、どちらがより深刻な精神的打撃を受けているかは、間もなく明らかになった。川上に荒々しくフェラチオさせていた鶴川が、彼女を床に突き倒し、いざ挿入しようとすると、立たないのだ。必死に勃起させ、何とかそのままの状態で近寄っても、泥の床にボロ布のように横たわった川上の膝に手をかけた瞬間、萎《な》えてしまう。
悪徳看守役の鶴川の本業はミュージシャンだった。ドラマーだった。新宿の二つのクラブで夕方と深夜に掛け持ちの演奏を続けているが、食べてゆけないためAVに出ていた。
「僕は芝居の部分は好きなんですが、カラミは苦手なんです。特に嫌いなのがレイプとSM。一生懸命やろうと思うけどほとんど立たないんです。僕は神経が繊細な人間ですからね。乱暴なことは好きじゃない。プライベートでも、しっとりとした優しいセックスが好みですし……。そういう意味じゃこのアルバイト、自分に向いてるかどうか疑問なんですよ」
昼休みに話を聞いた時、黒一色の殺伐とした看守服から穏やかな笑顔を覗かせて、鶴川はそう語った。
女囚役の川上は自称「フーテン」である。水商売を転々としたが「ぜひAVをやってみたい」とAV女優になった。これが二本目。
「私、水商売好きなのに、ダメなんスよ。お客さんに言い寄られるとすぐホイホイその気になっちゃう。どうせ一発やるんなら、お客さんとやってゴニョゴニョになるより、カメラの前でパッとやった方が、ね。一対一より不特定多数、ってんスか? AVは張り切ってんスよ。前から出たいと思ってたから。体壊れるまで出てみたい。スカトロはいやスけど、御要望があれば、ハハハ。いいんスよ、私、まともに生きようとすっとコロコロ転んじゃう女だから。わが家で一人だけ外れ者スから。パッと生きてパッと死ぬ、と」
失礼ながら川上は、顔、体、スタイル、どれを取っても一般メーカーでは通用しない女優だった。しかしきわめてユニークな個性を持ち、自分で自分を笑えるしたたかさ(強さと化した哀しさ?)を身につけていた。
そして彼女のような、思わず「人間とは?」と考え込ませてくれる人物がなぜか撮影現場にいるのが、V&Rというメーカーの面白さであり不思議なところだった。
拷問部屋では、その川上が照明技師にライトで裸の体を温められ、「大丈夫ッス、ハハ」と笑いながらガチガチと歯を鳴らしていた。
鶴川はとうとう勃起しないので、スタッフでVE担当の古林博和が射精シーンのみ代役を務めることになった。鶴川が擬似本番で腰だけ動かし、立ち上がって顔面シャワーに向かうところで古林と素早く入れ代わるのである。
「ザーメンはいいけど、歯は出すなよ」
突然安達が出っ歯の古林に言った。
「よがるなよ」
「屁も出すな」
松尾と安達が畳みかける。
安達はよく、こうした緊張した場面で冗談を言う。演出中と同じ真面目な顔と口調で言い、陽性の松尾が乗るとさらに軽口を連発する。根は明るい人なのかもしれない。確かにその場の余分な緊張は緩むことは緩むが、何人もの男女が下半身丸出しで一刻も早い「オーケー!」の声を待っていることを思うと、やや不気味な冗談癖と言えなくもない。
午後六時四十分。ようやく安達の口から「オーケー」の言葉が出て、シーン4拷問部屋≠フ撮影が半分だけ終了した。
鶴川と川上は、もうカラミの場面も汚れの場面もないので、二人だけ先に旅館ヘシャワーを浴びに帰ることになった。鶴川の方が川上より、よっぽど嬉しそうな表情だった。
ラストシーンはだだっ広い講堂のような場所で行なわれることになった。天井には剥き出しの鉄骨、床は何もないコンクリート、以前はホテルの食堂だったところだ。
壊れた窓から幾条もの青白い光が射し込んでいた。いつの間にか、長い夜が明けてしまったのだ。
『女囚拷悶史』シリーズは、@ではドーベルマン、Aでは蛇を使った、ややグロテスクなドキュメント・タッチのものだった。ところが今回は女囚同士の連帯感や反目が味噌となるストーリー仕立て。出演者の多くが不得手とするドラマ部分に手間取ってしまい、二日連続の長時間撮影となったのである。
ただ、ドラマのせいのみで延びたとは言い難かった。低予算、少人数、ゲリラ的手法が常態のAVの撮影では、予期しなかったようなことが次々と起こる。最終日の夜だけでもハプニングはいくつも発生した。
まず午後八時頃、拷問を受けていた女囚役の青山ゆかりが肛門から出血してしまった。男優の過激な肛門バイブが原因である。青山は直ちに運び出され、暗い廊下の特設ベッドに寝かされたが、拷問中の女囚が一人消えてしまうと絵がつながらなくなる。私は、泣いていた彼女に容体を尋ねた結果、これはすぐに病院に行かなくちゃいけない、と思った。
ところが、青山が泣いたのは傷の痛みのためではなかった。「痛いのは痛いの。でもそれより、あのシーンを最後まで頑張れなかった自分が情ない」、と嗚咽をこらえる。そしてわずか三十分後、青山は「やります」と安達に告げた。見上げた根性である。
再開された肛門性交シーン。泥の中で四つん這いになった青山は、「あーッ痛い、お尻裂けちゃう!」と絶叫したが、実際に男優のペニスを受け入れたのは、応急処置の薬を塗った肛門ではなく膣だった。青山の文字通りの体当たり演技で、ストーリーはどうにかつながったのである。
ついで午後九時すぎ、下の階に行っていた松尾が、緊張した面持ちで戻ってくると、一服していた安達のところに駆け寄った。
「ついさっき下の管理人室に警官が二人やってきたそうです。近くの住民から女の悲鳴が聞こえる≠ニ一一〇番があったそうで。女性が乱暴されてるんじゃないか≠チて」
「管理人の小父さんは何て答えたの?」
「撮影隊に貸してるからドラマの一部です=Bでも警官に終了時間を確認されたらしく、できるだけ早く終わってくれ≠チて小父さんに催促されました」
AVの撮影は違法ではないので、警察を恐れる理由は別にない。が、だからといって撮影中警察にマークされるのは得策ではない。
「うーん、時間は延びそうだけど……、でも関係ないか、もう小父さんも二度とアダルトには貸さんだろうから」
「えッ? 監督、私の作品の時にもこの素晴らしい廃墟、ぜひ使わせて下さいよ」
廊下の端で二人はひそかに笑い交わし、その時はそれで終わった。
午前一時少し前。最後の拷問シーン、脱走計画主犯格の女囚がいじめられるシーン14の終了直後に、急にすべてのライトが消えた。停電である。真っ暗闇になった。
スタッフの懐中電灯に誘導されて廊下のベンチまで辿り着いたものの、何がどうなったのか見当がつかない。一階の待機組との間でウォーキートーキーの会話だけが飛び交い、人の足音と、何かが転がる物音が、ガランドウのコンクリート建物の内部に木霊《こだま》した。一瞬、警察が撮影中止の実力行使に出たのかと思った。踏み込んできた警官たちは、暗闇の中の人間引き伸ばし器や三角木馬、手枷《てかせ》首伽などの奇怪な拷問道具の数々、それに、泥にまみれた裸の男女の一団を見て、果して何と叫ぶか……。
しばらくして、安達が撮影で使用したキャンドル立てに火をつけてやってきた。私の坐っていたベンチに腰をおろす。
「ん? ジェネ(小型発電機)にかけといた布団がね、ちょっと燃えたんですよ」
「大丈夫ですか、火事とか……」
「大丈夫。すぐ対処したから」
少し前から、「機械の音がうるさくて眠れない」という隣近所からの苦情も管理人室に寄せられていた。そこで騒音発生源である小型発電機を建物の中に入れた。それでも抗議の電話は止まない。仕方なく、防音用に古布団を被せておいたところその古布団が熱で燃え出し、急いで発電機を止めたため、停電になったのだという。現在小型発電機を点検・修理中であり、直り次第すぐに撮影を再開する方針だと安達は言った。
「いろいろありますね」
「はい、いろいろと起きてくれますよ」
安達は腕を組んだままベンチの上にゴロンと横になった。そしてそれから、発電機が再始動するまで、実に二時間近くも身動きできない暗黒の世界が続いたのである。
さて、早暁のラスト・シーン。安達の演出は傍目《はため》にも力が入っていることがわかった。
女囚二人と看守三人が広い食堂をゆっくりと斜めに横切って歩いてくるのだが、何度となくやり直しを命じた。歩いてきて、立ち止まって、女囚だけが上を見る。それだけの演技なのに、細かい注文を重ねる。
カメラマンはテレビのドラマやドキュメンタリーを手掛けているベテランだった。安達とのコンビも長い。なのに、多くの暴力シーンは意図だけ伝え絵作りは彼に任せていた安達が、ここでは頻繁にファインダーを覗いた。
その異様とも思える執着ぶりに、私は、以前安達がライバルのAV監督二人を評した時の言葉を思い出していた。
「村西さんのパワーは敬服します。でもあの人は、女性をできるだけ可愛く見せようとする。僕は逆で、醜悪に見せたい。そこから何か引き出したい。代々木さんは大好きな監督です。ただし彼は、女性にのめり込んで自分を表現する。僕は違う。女性を突き放す。突き放して高見の見物をする。総じて僕の作品は、醜悪で残酷だと評される。けれど醜悪で残酷なものも徹底すれば美になる、僕はそう信じてます」
食堂は処刑場だった。
二人の女囚が見上げるのは、自分たちが首を吊るされることになるロープの輪だった。
結局『女囚拷悶史3』では、八人の登場人物のうち見る者の共感を呼ぶ二人の女囚、励まし合い、信頼し合い、決して友情を裏切らず、権力に身を売らず、看守の横暴に断固反撥して立ち上がり、一時は脱出に成功する二人が、二人のみが、理不尽にも処刑されるのだ。
私は、小学校五年生の少年がかつてテヘランで目撃した絞首刑の光景は、少年に即物的な人間の「死」を教えてくれたと同時に、極限の「美」も教えてくれたのではないかと思った。少年が勃起するほどの「危険な美」も……。
「はい、オーケー! 全部終了でーす!」
午前五時三十分。満足なラスト・シーンを撮り終えた安達は、肌寒い朝の冷気の中で、徹夜明けとは思えない元気な声を響かせた。
演技かレイプか
飯田橋の東京都婦人情報センターの一室で、〈自主講座の仲間〉主催の「AVビデオ『女犯2』を考える」という討論会が開かれたのは、一九九一年十月六日の午後だった。
〈自主講座の仲間〉は、会員の若槻世都子によると、さまざまな社会問題を文字通り自主的に取り上げ検討する人々の集まりで、毎月一回集会を開き、会員は約二十名。その五回目の自主講座「性の商品化を考える」の席上、V&Rのバクシーシ山下監督のAV作品『女犯2』を上映したところ、出席した全員が激しい衝撃を受けた。現実の監禁・凌辱・輪姦の映像記録と思えたのである。その結果若槻らの奔走で討論会が企画され、六回目の自主講座の今回、演出した監督を迎え語り合うことになったのだった。
部屋の正面のテーマを大書した紙には、ゲスト山下浩司監督≠ニ山下の本名が記されていた。そしてその紙の下に、長髪を頭の後ろで束ね、エスニック風の上着を着てジーンズをはいた山下が、司会の若槻と並んで坐っていた。出席者は女性が大半で全部で十人ほど、小さな集会である。簡単な若槻の挨拶のあと、早速出席者たちから山下への集中的な質問攻勢が始まった。
「彼女は承諾していたわけですか?」
「承諾していました。前の『女犯』を見せるわけです。できる≠ニ言えばやります。頑張れば……≠ニいうのはやりません」
「出演料は?」
「プロダクションに払ったのは四十万円」
「彼女がもらうのは?」
「二十万でしょう」
「あの時の彼女は演技なんですか? だって、あまりにも暴力的で……」
「七時に終わってくれないと∞彼氏と花火を見に行く≠チて言ってました。終わったらシャワー浴びて帰っちゃいましたよ」
「私たち、不快感を感じたのよね。いまだにいやなのね。どうしてあんなの撮るんだろ。なんでああいうレイプ、女を犯すってできるのか……。どういうきっかけで作りたいと思ったんですか?」
「まず仕事だから、売れるように。人がやってないことでは、ああいう形が一つある。で、実際にやってみたらリアリティのある、あなたのおっしゃるようなものができた、と。本当じゃないかな、と思わせて、悪の匂いをつけときたいんですよ。……でも構成は1の方がよかった。2は余り満足しなかった」
『女犯』シリーズは、その凶暴性とアナーキーさで師匠の安達を凌《しの》ぐと言われる若き暴力派山下の本領を示す作品群である。一九九〇年五月のデビュー作から現在まで、計六本が作られているが、『女犯2』は九〇年九月にリリースされたおよそ一年前の作品だ。
構成は簡単。ホテルにやってきた飯島あつ子という新人女優が、最初から最後までいやがっているのに、山下組お抱えの変態£j優たちが寄ってたかって乱暴狼藉の限りをつくし、あまりの惨めさと悔しさに、ラスト飯島は部屋に逃げ込んで号泣……。
画面の最後に、この作品はフィクションであり、モデル本人の願望を率直に映像化したものです。決して真実ではございません≠ニいう監督メッセージが入っている。
『女犯』シリーズの中ではいくらか展開のメリハリに欠ける作品と言えるが、暴行シーンの迫真性にはさすがに肌に粟立つものがあった。
「売れる作品を作るためにはどんな手段を取ってもいいってことですか?」
「だからビデ倫でモザイクかけてるし、最後にテロップでこれはフィクションです≠ニ入れてるわけです」
「リアリティっていったい何なんでしょう。強姦のリアリティですよね。フィクションって言うけど本当かもしれない。強姦のリアリティを追うってどういうことなのか、それが私たちにとって問題となる」
「本当かもしれないと思うと、チンポコ立つんですよ」
「はァ? チンポコ、立つ……」
「立たない人多いから」
「…………」
私は、質問を浴びせる女性たちの多少|強張《こわば》った表情と、答える山下のノホホンと間延びした顔付きを見比べ、山下は予想していた以上に率直かつスムーズに喋っていると感じた。
山下はこの討論会の前に、「気が重いんですよね、喋るの下手だから」と語っていた。
若槻から面会を申し込まれ最初に会ったのは約一ヵ月前だと言う。若槻他二名の女性と喫茶店で会って、この日の討論会と似たような質問をされた。だが、山下は女性たちの提出した疑問点がよく理解できなかった。「すべての暴力物がよくないのか、相手が女性だからマズイのか、あるいは『女犯2』の女優個人への同情なのか、少しもわからない」と思った。飯島に関しては、「仕事としてやったことで本人も了解済み。撮影後笑顔で帰って行った」と説明したが、女性たちは納得しなかった。「あの映像は気持ち悪い」「吐き気がした」と口々に言う。山下は、吐き気のする気持ち悪い作品≠目指して作ったので、それ以上答えようがなかった。
それでも山下がこの討論会に出てみようと思ったのは、喫茶店で会った女性の一人が「セックスで気持ちいいと思ったことは少ない」と述べたからである。生真面目で問題意識に溢れたいわゆる「意識の高い女性たち」のセックス観を聞いてみたい、自分の知らない性の世界があるのではないか。自分の主張を展開するより、今回は一つ女性たちの話の聞き役に回ってみよう、そう考えたのだった。
けれども、実際は……。
「演技と自信持って言える?」
「言えますね」
「本当に?」
「ここでリアクション起こしてくれと」
「だとしたらあんたの演出能力はすごい。黒沢明以上だよ」
十人ほどの出席者中に男性が三人いたが、彼らの発言も女性たちとほぼ同じだった。
「どんな指示出してたのか聞きたい」
「お腹が痛い≠ニ言って逃げてくれ、とか、男同士からむからその時逃げて、とか」
「AVの人にも人権はあるわけで、裸一貫で、男性に囲まれ、リアリティを追求されてる。……山下さんのは、予想のできないところへ女の人を追い詰めて、醸し出された偶発的なものであり……」
「偶発的っていいますけど、流れてて、続いている。女の子は初めて男優と会う、男優は強姦する男として出てる。リアルタイムで出てくるから、女の子が劇中でその中に入っちゃう。ハマッちゃう」
「それはわかりますけど、たまたま出てきたものと、あなたが演出したものとは……」
質疑応答は同じ一つの問題の周囲をグルグルと巡っていた。出席した女性(男性も)全員が、『女犯2』の中で本当に強姦が行なわれたのではないかと疑っているのだ。
『女犯2』の映像にはそれだけのリアリティがあった。誰が見ても暴行シーンはすごい。で、もしも、アレが演技だとしたら、目の前の色の黒い長髪のヒッピー崩れのような二十四歳の若者が、芝居にはまったく素人の十九歳の娘に演技指導して作り出した、ということになるわけで、……そんなことは山下が「黒沢明以上」でない限り不可能、らしいのだ。
なるほど私にも、若槻たちの危惧しているところがわからなくはなかった。以前に処女喪失<Vリーズで取材した女優の浅野響子は、撮影中に約束になかった肛門性交を「どさくさまぎれにされそうになった」ため、演技を中断し監督に抗議して事なきを得た。だが、浅野がもしも抗議にもかかわらず被害を受けた場合、現在のAV業界では、彼女の訴えを取り上げ救済してくれる機関はない。女優の所属プロのマネジャーが、監督かメーカーに幾分強硬な苦情を言うくらいである。実質的には泣き寝入り。表立って問題になってはいないが、実際にはこうしたケースはかなりあるはずだ。
確かに「AVの人にも人権はある」。夫婦の間でも婦女暴行罪は成立する(一九八六年十二月鳥取地裁は実家に帰った妻を連れ戻す途中で乱暴した夫に有罪判決を下した)のだから、たとえAVの撮影中であっても、出演者の納得と合意に基づかない性行為は糾弾されてしかるべきである……。
と、それはその通りなのだが、仕事として報酬を得て性行為を行ない、その仕事上の性行為が強姦℃d立てであることが日常茶飯のAVの場合、合意・不合意の性的行為の境界線ははなはだ不明瞭なのだ。
浅野のようにある種の行為がNGで現場でもNGという女優がいる一方、「お金次第でNGなし」とか「一応NGだけど事務所にバレなきゃ現場でOK」という女優も少なくない。NG、つまり撮影中の禁止行為は、確固としたものに見えて実は本人も曖昧なのだ。しかも、山下が言うように女優が「ハマッちゃう」ことがある。私も現場で何度か目にしたが、一部の女優は、与えられた役目をこなしているうちにドンドン自分で演技をエスカレートさせ、ついには演技だか本気だかわからなくなってしまう。合意・不合意を跳び越し、物に憑《つ》かれたようになる。性行為を介在させた演技の場合、男優には少ないが、女優ではまま起こるのである。その時、監督は演出らしい演出をほとんど必要としない。基本的状況を作り、キッカケさえ与えればいい。あとは女優が勝手に動き出してくれるのだ。撮影終了後、彼女は、自分を一時的に狂気に追いやった監督をはたして非難するだろうか?
AV女優の人権を保護することは文句なしに重要だとしても、暴力的作品を見て直ちに出演女優に対し犯罪が行なわれた、と疑うのはいささか早計な気がするのである。
討論会の山下と出席者たちの「レイプか演技か」の議論は平行線のままだった。女性たちは「あの女優と会って彼女の口から直接本当のことを聞きたいからプロダクションを教えて」と要求し、山下は「それはできません」と断わった。そして、ますます会話はすれ違った。
「合意であれば私たちも何も言わないけど、システムとして、本当にフィクションかどうかのチェック機構が必要だと思うのよ」
出席者のおそらく総意と思われるこの意見に対しても、山下は微笑み、
「あればいいですね」
とのみ答えた。
最後に、出席者全員が自己紹介し、この日の討論に関するそれぞれの感想を述べた。女性たちは大半がフリーのライターや編集者たち(男性は元教師や会社員も)だったが、中の一人、少女雑誌のライターだという若い女性の感想が興味をひいた。
「少女雑誌で電話相談室っていうのを二年やってたんですけど、女の子たちから、フェラチオができない私は異常か?≠ニか、男の子が顔シャを当たり前だと思ってる≠ニかの相談があるんです。ビデオの中の誤った性情報の影響が女の子に全部しわよせされてるんです。山下さんは十八歳未満は禁止になってる≠ニ言うけど、十八歳より下もみんな見てますよ。性犯罪がすべてAVのせいだとは言いませんが、あなたが自分を表現者というのなら、送り手としてそういう影響力に疑問を感じませんか?」
現代のAV批判の典型例の一つである。
「影響力のことは考えてません。考えたら何もできないですよ」
山下は言った。
「送り手がそれを考えるんですか? なぜその人はビデオだけから性情報をもらわなきゃいけないんですか」
山下はそうも答えた。その点は私も同感だった。
AVの販売・貸し出し・映示は十八歳未満禁止となっているのだから、それが建前としても、AVの作り手が十七歳以下の少年少女の性の乱れに責任を負う必要はない。しかし、これまでのどのメディアよりリアルな性の世界を提示してみせたAVにこの国の若い世代が深刻な影響を受けているのも事実。そこで重要となるのは、そもそもAVは男の性的妄想を一方的に映像化したもので現在もその段階に留まっている、という認識だろう。長々と続くフェラチオや不自然な顔シャは、その延長線上にあってより映像的だから多用されているわけで、一体感を求める現実の男女の性愛とはストレートに結びつかない。必要なのは、年齢性別を問わずさまざまなコミュニケーションの場で、いやならいやと明確に自分の意志を相手に示す主体性の方だろう。
映画の企画・制作会社で働いているという若槻が、立ち上がって締めくくった。
「映画やテレビドラマでは、人間の悪を際立たせるために監督が演出することがありますが、このビデオはドキュメンタリー。フィクションではないと言わざるを得ません。幸い彼女と交渉したところを撮ったテープがあるそうなので、今後はそれを見せてもらう方向で山下さんと交渉し、実際の撮影の状況を知りたいと思います」
会場の隅では〈自主講座の仲間〉の会員が最初から八ミリビデオを回していた。一方の山下側も、V&Rの松尾と古林が来てベータカムで撮影していた。会場にはテレビの報道番組のカメラ・クルーも入っていて、プラス、私。出席者よりも取材陣の方が人数が多いくらいだ。そしてこのことは、今回の問題自体、市民レベルのものというよりまだ一部マスコミの関心事の段階にあることを物語っていた。
閉会後、エレベーターの前で、松尾や古林と一緒の山下に感想を聞いてみた。
「お互いに言いたいことを言い合った意見交換の場、でしょうか。それでいいけど」
「女性たちは、これを機会に山下さんと一緒にAVのことを考えてゆきたい、とか?」
「ハハ。考えるのはかまいませんけど、こういうふうに集まったりするのはもうたくさん。僕もそんなに暇じゃないですからね」
山下は冷めた横顔を見せた。
(追記・後日、V&R側は飯島との交渉テープの提出を拒否した)
「後味は悪いほどいい」
V&Rの制作部の部屋には壁に一枚の大きな世界地図が貼ってある。これはダイヤモンド映像のように年に何度か海外ロケがあり「AVメーカーとして世界を目指す」からではなくて、制作部の面々がかなり個人的に海外へ出かけることが多いからだ。社員にできるだけ外国体験をさせるのが安達社長の方針なのである。
「松尾をイギリスに行かせた時も、仕事は名目みたいなもので、とにかくイギリス出張を命ず!≠ナした。日本と価値観の違う国でメシを食い人と接し、あれこれ見て感じて体験を積むことが、これからは重要なわけです。ポルノ解禁を言葉で論ずるよりも、実際にデンマークやスウェーデンへ行って解禁された実態を自分の目で見てきた方がいい」
従ってV&Rでは、英会話を習いたい者は費用全額会社持ちで英会話教室に通える。休暇中に海外旅行を希望すると、正規の休暇期間が二倍、三倍に延びても可。仕事で海外出張したい者は、これはもういつでも歓迎である。
私がV&Rを取材中にも、『女囚拷悶史3』の撮影後助監督の上田浩義がネパールへ十日間一人旅に行ったし、監督の山下は新婚旅行でベトナムを訪問し二週間滞在した。
山下はまた、制作部の中でもっとも足繁く仕事で海外に出かけている部員でもある。業務内容は、もっぱら『デスファイル』シリーズの制作やフィルムの買い付けなどだ。
「インド、フィリピン、タイ。アジアが多いですね。大半のフィルムやテープは依頼して撮り溜めてあるんですが、たまに滞在中に突発的な事故や事件が起きて現場に駆けつけることがあります。そういう出張は、好きですよ。『デスファイル』にしても、まず事実があって、それを掘り下げてゆき、記録する側に集中できますからね。人間の死体? 映像的には多少慣れたんじゃないでしょうか」
山下が数多い海外出張の体験から学んだことは、「AVもまず作品の中で事実を構築しなければならない」ということだった。絵空事に寄りかかっていてはダメで、事実をくっきりと作る。さもなければ「この業界も先が見えちゃう」と言う。
山下とまったく異なる資質を持った先輩の松尾は、そんな山下をこう評する。
「あいつは俺以上に何も持ってない。何もないからこそ、嵐の荒野に一人立ち向かうような無謀なことができる」
山下組の現場取材の待機中に、高田馬場のレストランで、一人の奇人変人に出会ってしまった。
『女犯』シリーズなどに出演している山下組の常連のライト柳田である。一部ファンには痰吐き飲尿男≠ニして認知されているが、一般的に言えば情緒不安定な浮浪者タイプの青年だろう。
「きのうはボーリング場で寝たんですよ。センベイしか食ってないもんで喉《のど》渇いちゃって。トイレの水飲めないから我慢してたけど、渇きってあれですね、我慢できないです」
同席の制作部の上田が何を注文してもいいと言ったので、やってくるなり柳田は立て続けにジュースのコップを五杯ほど空にした。
柳田はまったくの手ぶらだった。前日パチンコ屋で全財産の入ったバッグを盗まれたのだそうだ。フケの浮いた頭髪、艶のない皮膚、一センチも突き出た黒い鼻毛、疎らで赤茶けた無精髭。首から上は見るからにルンペン然としていたが、着ている服や履いている靴は、ところどころ汚れてはいるものの比較的新しい品物だった。上田によると、先々週山下の監禁モノに出演したので臨時収入が入ったはずだと言う。現在無一文という割りには、やけに上等の煙草と高価なライターを持っていた。
「ビデオの仕事がない時は、普段何をやって稼いでるの?」
「パチンコとかテレビ麻雀とか……テレビ麻雀、どっかいい店知らないですか? 俺ダメなんですよ、新宿も池袋も片っ端から出入り禁止食らっちゃってるもんで」
柳田はウェイトレスが運んできたステーキ定食に恐ろしい食欲を見せながら初めて会った私に言った。
「この世の中、金ですね。金を持ってる奴が何といっても一番強いです!」
肉を噛みしめて黄色い歯を剥き出す。その口許は私に『女犯3』の忘れ難い一シーンを思い出させた。監督山下の命令で、例の川口くん≠フペニスを柳田が口に含んでしごくという、これから何年間も悪夢にうなされそうなシーンである。
「女もほしいです。大きい女!」
柳田は濡れた唇を舌でなめて言った。柳田は身長百六十三センチ体重五十三キロの彼自身より体の大きな女性が好みなのだと言う。
「でも、金と女の前にまず部屋じゃないの? 住所を決めて定職を持つとか」
私はあえて常識的なことを言った。
「そうですね、順番ですよね。でも俺、十八の時からずっと部屋持ってないから……」
埼玉県出身の柳田は中学を卒業してから、染物屋、喫茶店のウエイターと転々と職を変えた。一番長く勤めたのが自動車工場工員で二ヵ月、それ以上は「どうしてかわからないけど」続かないのだと言う。それでも月給暮らしだった十八歳まではアパートに自分の部屋を持っていた。月給暮らしを止めてから野宿の生活が始まった。公園、駅の階段、地下道、ビルの片隅……。二十六歳の現在までもう八年近く放浪生活が続いている。
「旋盤が一番いいんですね、旋盤の仕事やりたいんですよ本当は」
「やったことあるの?」
「えッ? 旋盤は、ないですけど」
どういう思考回路の持ち主なのかわからない。
柳田が飲尿に目覚めたのは二十二歳の時に見た映画の中に飲尿シーンがあったからだった。男が水がなくなったので止むを得ず女の尿を飲むというシーン。非常に興奮し、ぜひ一度やってみたいと思ったがそんな機会はなかった。一年半ほど前にV&Rの飲尿ビデオのことを知って電話をかけた。以来毎週二回か三回山下に電話をかけて、ビデオ出演の有無を尋ねるのが柳田にとってほぼ唯一の仕事らしきもの≠ニなっている。
「食うだけじゃダメですよね、やっぱり部屋と仕事がないと。食うだけなら乞食でもやってけますからね、今の時代」
定食をきれいに平らげ、ジュースもまた三杯ほどお代わりした柳田は、すっかり落ち着き払ってそう言うのだった。
午後五時四十五分に撮影が終わった。
タイトルは未定だが、都内のスタジオでの二時間半に及ぶ激しいレイプ・シーンだった。
山下は、シャワーを浴びて頭を拭きながら出てきた女優のKに「どうもありがとう」と声をかけた。けれどもKは返事をしない。撮影中と同じように、いやその時よりもっと露骨に不快な表情を見せた。
Kは真っすぐに部屋を横切り片隅に置いてあった携帯電話を掴み上げた。溜息まじりに電話番号を押す。
「……そう。今終わったんだけど、何これ? ムチャクチャじゃないの。私、許せないよ、こんなこと……」
どうやら所属プロダクションに、予想以上にひどかった撮影の報告をしているようだった。山下が急いで電話を代わり、「あの、詳しいことはこちらから掛け直しますから」と言った。トラブルになりそうだった。
二時間半に及んだレイプ・シーン。確かに私の予想していた以上だった。
Kの悲鳴や拒否は本物に思えた。Kは何度か、「私、もう帰る!」とか「山下さん、助けて!」などと絶叫した。引きずり回されるたびに肘や背中の皮膚が赤く擦《す》りむけ、両目からは明らかに本物の涙が流れた。
しかし、理解できなかったのは、撮影を放棄してしまいたいほどイヤならば、全力でカメラに向かって走ってくるなり(カメラの後方には第三者《ヽヽヽ》である私がいた)、部屋の一角にあるトイレに飛び込むなり(そのトイレはK自身が撮影前に使用したものだ)、いくつも逃れる方法はあったのに、それはしないのだ。カメラの前にズデンドウと大の字になって寝転び、山下の狙っていたレイプの設定そのものを台無しにすることさえできたはずだった。
現場で一部始終を見ていても、私にはKの反応が演技なのか現実なのかわからなかった。最初の頃は、両掌にジットリと汗をかいた。「ひょっとしてこれは、〈自主講座の仲間たち〉が言っていたような現実の強姦ではないのか?」と思い、犯罪現場に立ち合っているような居心地の悪さを感じた。喉がカラカラになった。しかしやがて「これはこれで、女優がハマッている、ということなのかもしれない」と思い直した。ハマッていないまでも、意識は冷めきり、この場の何もかもを激しく嫌悪しつつ、仕事だからとジッと屈辱に耐える……。そんな演技、そんな虚実皮膜の間≠焉Aことによると存在するのでは……。
山下が、Kのいないところで電話をするために部屋の外へ出たので、私はムッツリとした顔付きで服を着換え終えたKに尋ねた。
「考えてたのより乱暴だったの?」
「…………」
Kは答えなかったが、顔の微妙な表情からそうだということはわかった。
「でも、もともとこういう打ち合わせだったんでしょ? 暴力的なレイプだって?」
「…………」
「面接の時に山下監督からどこまで聞いていたの?」
「…………」
何を聞いても答えようとしない。天井を見上げ、いかにもうんざりといった横顔をこちらに返しただけだった。
と、部屋の扉の外でいきなり男同士の口論のような声が聞こえてきた。一方の声は明らかに山下である。
「お、警察か?」
それまで待機していたスタッフが腰を浮かせた。VEの上田は扉に駆け寄り、カメラマンの川田はベータカムを肩に担ぐ。
「ある程度のことは許せてもね、ウチは女の子あっての商売なんだから、そういうことされると本当に困るのよ……」
警察官ではない。先程の撮影の抗議にやってきたプロダクション関係者のようだった。
上田が扉の隙間から外を覗き見て、
「なーんだそうか! これでつながった」
と言って笑った。私も外を見てみた。安達監督の作品で顔に見覚えのあるAV男優が背広姿のマネジャーに扮し、額に青筋を立てて山下に文句を言っていた。その様子を、川田がしっかりとビデオカメラに収めている。
私も、ようやく、理解できた。
女優のKが電話をかけ、山下が部屋を出て行くシーンを含め、すべてが演技だったのである。レイプ・シーンが打ち合わせ以上に乱暴だったということ自体、今回のストーリーの重要な要素だったのだ。
ただし、Kの不快感はおそらくそうした設定を超えて真実だったに違いない。その不快な女優の真実、限りなく本物のレイプに近い心理さえも、そっくりそのままフィクションとして取り込める構成を考えたところに、山下の凄さがあった。「何も持ってない」どころか、狐を思わせる狡猾さと蛇に勝る冷徹さを備えたAV監督と言えるかもしれない。
出演者たちがこの日のギャラをもらって帰った後、山下は黒革のジャケットの胸許を掻き合わせ、スタッフに向かって「ここは撤収、次の現場に移動!」と叫んだ。
私は、実際の年齢よりずっと大人びて見える山下に聞いてみた。
「仕掛けですか? 僕だけが全体を知っていて、キャストもスタッフもごく一部しか知らない方がいい。その方が、僕の作品では現場でいい反応がでるんです。僕以外の全員にとって出来るだけ後味を悪く、それが僕のモットーです」
私はその日、山下のモットー通りのものを感じながら、撮影現場を後にした。
山下は学生時代、アルバイトでAV男優をやっていたことがある。大学三年の春、三ヵ月ほどの間に約二十本に出演した。しかし、AV男優としてはさほど優秀ではなかった。
「立たないんですよ。いざ本番でカメラが回り始めると、立たなくなっちゃう。だから、V&Rの作品にも『蒼奴夢』シリーズとか三本出たんですけど、安達さんには好かれてなかったですね。社長は立たない男優なんて認めてくれませんから」
それでも翌一九八九年の十月、大学卒業見込みということで大学四年在籍のままV&Rに入社したのは、「V&Rのやってることが何となく面白そう」だったからだ。
AVには学生時代格別の興味も関心もなかった。男優を志願したのも純粋に出演料のためである。だが、最初に見た安達の作品に、松尾がオートバイにカメラを乗せて町の中を走り回るシーンがあり、「おや、割と面白いことやってるな」と思った。バイクは山下のほとんど唯一の趣味だったのだ。実際に男優として作品に参加し、各メーカーの作り方を比較できるようになると、V&Rのユニークさが目についた。V&Rは他のメーカーと違い、セックスそのものよりセックスを含む各種の反社会的な映像創出に熱中している。セックスさえ押さえておけば、あとは何でも勝手に表現できるのだ。その気ままなゲリラ精神≠ニでも呼べるものが山下の性分に合った。
そして、一群の奇人変人たちである。
一週間前のレイプ・シーンの撮影には、その一人、ライト柳田も男優陣の一員として参加していた。レイプそのものは眼中になく、「いつ(女優の)オシッコを飲めますか?」とそれだけをしつこく山下に尋ね、そのたびに山下に叱責されていた。尻を蹴とばされて加わったレイプ、というよりただの性交は、何度試みても不首尾だった。下になっていた脹れっ面の女優Kが、思わず噴き出してしまうほどのぶざまさだった。
「一言でいうと、彼らは現代社会の落ちこぼれ≠ネんでしょうね。だけど彼らと付き合うと、何と言うか、長い間会ってなかった古い知り合いと再会してるような、そんなヘンな懐かしさみたいなものを感じるんですよ」
と、山下は言う。
山下は岡山県東部の農村地帯に生まれた。兼業農家の二人姉弟の長男だった。ただし、母親は非常に冷静な人で「母に抱き締められた記憶はない」と言う。
町外れにヤーヤー小母さん≠ニいう変人が住んでいた。他人が家に近づくと、柄杓《ひしやく》で水をかけたり鎌を持って追いかけてきたりする。いろんなものを溜め込む習性があり、家の中は生まれた時から溜めている新聞で足の踏み場もなかった。
山下の幼少年時代、どの町にもそうした奇人変人が一人か二人はいた。学校の教室にも、そこまでいかないまでも強烈な個性やエピソードの持ち主がゴロゴロといた。
「小・中・高と、学年が上がるに従ってそういうおかしな面白い奴が減っていって、大学になると全然いない。みんなどこへ行っちゃったのかと思ってた」
山下が、変人奇人や変態たちの駆け込み寺≠フようなV&Rという会社に居心地のよさを感じるのも、こうしたある種の欠落感があったせいだろう。
山下は、自分の生い立ちや性向が平凡だと考えていた。「平凡すぎるほど平凡だった」ので、そのせいで「日常の事件性に憧れる部分がある」と考えていた。
バクシーシ山下という営業用の名前の由来からしてそうである。
インドや中東では貧者への施し、つまり喜捨《きしや》のことをバクシーシと呼ぶ。山下がその実態を目にしたのは入社後間もなく『デスファイル』の仕事でインドへ行った時だった。町を歩いていると頻繁に物乞いがやってくる。ある日、赤ん坊を抱いた女が目に涙を浮かべ山下にバクシーシをせがんだ。山下はいつものようにポケットにあった小銭をやった。ところが、哀れそうな表情を突然一変させ、烈火のごとく怒り始めたのである。
額が少なすぎる、というのだ。
「力強い人生だと感心しましたね。無一物だから他人から恵んでもらわなきゃいけない。そのためにいろいろと有効そうな演技をする。恵む方もそのことを知っててちゃんと応分の喜捨をする。僕も、平凡な何もない人間だけど、バクシーシ風にやって行けば何とか生きられるんじゃないか、と思って」
帰国後、AV業界で本格的にデビューするにあたって、自らバクシーシ山下と名乗ったのだった。
「今年結婚したばかりの奥さんはこの業界の人ですか?」
「いえ、一般人です。今、二十三歳」
「奥さん、山下さんのビデオを見たことは?」
「よく見てますよ」
「感想とか……」
「笑ってます。川口くん≠ネんかすごくウケてますよ」
「これまで『女犯』シリーズと監禁シリーズのみ、全部が人工的な空間での暴力的セックスばかりですよね。どうしてですか?」
「さァ……。他の人がやってないことをやろうとしたらそうなった、結果的に自分の色がそんな色だった、ってことですかね……」
生身の女性にはたいした興味はない、と山下は言う。女性の存在をキッカケとして何かとんでもないことがこの世の中に起きる、そのことの方がよっぽど山下の関心をそそるのである。
AV界のヌーベルバーグ
JR新宿駅西口のスバルビル前は、AVの撮影スタッフにはよく知られた待ち合わせ場所である。九月のある日の午前九時、私はそこでカンパニー松尾監督の『当然ワイセツ2』の撮影スタッフと合流した。
監督、カメラマン、VE、ヘアメイク、制作進行、男優の六人。出演する二十歳の新人女優原田留美は少し遅れてやってきた。古いアメリカ漫画のベティちゃんを思わせる小柄な女性で、ニコニコしている。
全員が揃うとすぐに小型のワゴン車は出発した。松尾が笑顔で振り返り、後部座席の原田に撮影スケジュールを説明した。
「原田さん、今日やることを言いましょう。普通は最初にインタビューですがこれは明日撮ります。今日は、イメージシーンのあと、フェラチオ、フェラチオ、バイブ攻勢」
明るい声で言って指を折る。
「そのあと八ミリのカラミ。最初のフェラと次のフェラ以降は別の男優ですね。そして今晩撮影に使ったホテルに泊まっていただいて、あした起きてすぐ3Pです。それが終わったらお昼から遊園地に行って遊びましょう。みんなでワイワイ遊びましょうね」
ジェットコースターに乗って恐がる様子をおどけた仕種《しぐさ》でやってみせる。原田がドッと笑い、車の中はいっぺんに和《なご》やかでくだけた雰囲気に変わった。
それにしても、やたら陽気なこの青年が、恐怖の≠u&Rの一翼を担う若手監督、あの安達かおるの愛弟子だとは信じられなかった。頭ではもちろん理解しているのだが、こうして出演する女優とアッという間に打ち解けてしまう松尾と、安達の傍らで泣き叫ぶ女優をジッと冷静に見詰めていた松尾との落差が容易に埋まらないのだ。
誕生後十年を経たAV業界では、今ようやく第二世代とでもいうべき若い監督たちが台頭しつつある。
代々木忠、石川欣、倉本和比人のようにピンク映画の生き残りではなく、村西とおる、豊田薫、神野龍太郎のようにエロ本業界からの横滑り組でもなく、安達かおる、高槻彰のように一般映像世界からの転身派でもない、純粋にAV業界生まれAV業界育ちの監督たちだ。
すでに代々木の助監督から監督に昇進したアテナ映像の鬼闘光、村西の片腕だったダイヤモンド映像の日比野正明、高槻のアシスタントから一本立ちした小坂井徹などが名を成しているが、現在業界で注目されているのは二十代半ばから後半のもっと若い監督たちである。ダイヤモンド映像のターザン八木、ヴィーナスの不国今日兵、宇宙企画の沢田千春、そしてV&Rのカンパニー松尾、バクシーシ山下といった面々だ。作品に横溢する圧倒的なパワーと斬新な映像感覚がこれら新世代の特色と言える。
エネルギッシュなことにかけては業界随一のターザン八木は、一九九一年八月に『小鳩の絵本』で監督デビューを果した。『日本昔ばなし』のホノボノと馬鹿馬鹿しいパロディーを下敷きにして、人気女優小鳩美愛を相手に精力的な都合四発の顔面シャワーを敢行するという、いかにも八木らしいデビュー作だった。
その八木が、「同じ年齢なのに以前からいい作品をバンバン作り、かなり意識してた」とライバル視するのがカンパニー松尾である。
松尾は八木と同じ一九六五年生まれの二十六歳。しかしデビューは早く、八八年三月の『あぶない放課後2』が監督としての処女作、八木が第一作をリリースした時点ではすでに三十五本の作品を発表していた。第二世代の中でもキャリアの長さは群を抜いている。
もっとも、松尾に言わせれば「初期の作品は全然ダメ」だった。方法論的に試行錯誤を繰り返していた時期であり、松尾らしさが発揮されていなかった。松尾が開眼したのは、デビュー後一年半を経てから作った第十三作に当たる『硬式ペナス』である。女優林由美香を起用し、彼女への個人的オマージュと見なされるこの作品で、松尾は「ドラマでもドキュメンタリーでもない、自分なりのパターンがわかった気がした」と言う。
東放学園の放送制作科を卒業し、一時テレビの深夜番組のADをつとめ、「イヤになるほど見た音楽のプロモーション・ビデオに一番影響を受けた」と語る、タレント木梨憲武に風貌の似た陽性の若者は、新しい監督たちの中でも異色の映像派≠セった。
初日の最初の撮影は遊園地からとなり、一行は都内の遊園地に来ていた。進行上の手違いで急に予定変更となったのである。
ビルの谷間の遊園地は週日だというのに大勢の人出だった。狭い園内には新旧さまざまな乗り物がチマチマと配置され、どの乗り物の前にも子供連れの家族や若いカップル、それになぜかワイシャツ姿のサラリーマンのグループが列を作っていた。
松尾組の一団は、ローラーコースターー、メリーゴーランド、回転ソーサー、カーニバルといろんな乗り物に乗り込んで、松尾の言葉通り、「一緒に遊びながら」主演の原田を撮影した。周囲の誰一人、これがAVの撮影だとは気がつかない。遊園地側にも「テレビ・ドラマの撮影の一部」ということで許可を取ってあった。
ここで気がついたのは、松尾がカメラマンに指示し、どのシーンも同様なカットを二回ずつ撮影していることだった。そのたびにカメラマンはカメラの色調整をした。
聞いてみると一つの場面を赤い色調と青い色調の二通りで撮っていると言う。遊園地で楽しく遊ぶ原田の姿は、後で原田のフェラチオ・シーンの背景として使われる絵であり、それは赤か青どちらかの単色で描きたい、と言うのである。
赤い画面は、通常白を標準としている色調を青にすれば得られる。青い画面は赤が標準。高度な化学処理などいっさい必要としない実に簡単な光学的色彩操作だが、それが思わぬポップな画面効果を発揮することがあるのは、私も松尾のこれまでの作品を見て知っていた。松尾は今回もその光学的テクニックを駆使するつもりらしい。
「ひゃーッ、まいったまいった。本当にこれ気持ち悪いね。こりゃダメだわ」
雛壇《ひなだん》ごと空中で回転するフライング・カーペットから降り立って松尾は言った。
「気分直しに次、お化け屋敷に入ろうか? カメラ? いらないよ。遊ぼう!」
遊園地での松尾組の振る舞いは、どう見ても大学のビデオ同好会のそれだった。
「性格的にダメなんですよね。ストイックにならなきゃと思うんですけど、ついふざけてはしゃいじゃう。自分でも深く反省してるんですが乗りやすい人間なんでしょうね」
松尾は自らを振り返ってそう分析する。
本人も認める通り、松尾の作品は悪乗りがすぎて一人よがりになった時は、見るに耐えない駄作だった。しかし、うまく自分自身を抑制できた時には、従来のAVにはない明るく突き抜けた映像を獲得している。
『ビデオ・ザ・ワールド』誌の一九九一年度上半期ベスト3に入った『どですかでんぶ2』がその好例だろう。この作品は美人女優伊藤麻子の最後のAV出演作。クリスマス・イヴの夜を松尾と二人きり高級ホテルの一室ですごす私小説的八ミリの映像は、現代の若者達のクリスマスの夜の幻想とピッタリ重なり、切なく、淫らで、不器用かつ繊細で破廉恥な、当世風の刹那的空間を作り出している。
その中に、本筋と離れたおふざけコーナーとして赤ちゃんごっこ≠フシーンがあるのだが、これがかなり秀逸なのだ。
うらぶれた安アパートの一室の窓辺。敷きっ放しの布団に玩具が散乱し、なぜか伊藤が哺乳瓶をくわえて横たわっている。そこへヘンな小父ちゃん≠フ男優花岡じったがやってきて、「赤ちゃんオシッコしてない? よく見して、どれどれ」など言いながら、赤ん坊の世話に似せた性的ないたずらを繰り広げる。交わされる会話はすべて赤ちゃん言葉なのだが、剥き出しにされる肌は豊満な女体、哺乳瓶をくわえて歪む顔は理知的な大人の女性の横顔、という倒錯の世界。布団の脇に熊の人形が置いてあって、物悲しく単調に「ピッピッピッ、カンカンカン」と笛を鳴らし太鼓を叩き続けているのも、何とも馬鹿馬鹿しくて、いい。
この後、AV一本丸ごと赤ちゃんごっこ≠ニいう作品が各社から次々と発売された。しかし、衣裳や装置に凝った芝居が、感覚だけで切り取った映像より優れているとは限らない。『どですかでんぶ2』のお笑いコーナーは、低予算の安直さがかえって新鮮なイメージを生むことがあることを証明したのだった。
ちなみに、「赤ちゃん、痛くないでちゅか?」とやっていた男優花岡は、山下極悪非道∴皷ニの常連で例の『女犯2』で狂犬のような演技を見せた乱暴狼藉男。松尾によれば、「神経が細かくて、優しくて、とてもいい奴。他のメーカーで男優と女優の馴れ合い演技を覚えたら、きっとダメになるタイプの男優」だそうだ。
夕方から夜にかけて、松尾組は場所を青山のスタジオに移し撮影を続けた。
原田はオレンジ色のTシャツにオレンジ色のパンタロン、それにオレンジとピンクの花模様がついた透明なビニールコートを着て、スタジオの中央に立っていた。松尾の指示で、左右に伸ばしたコートの両腕にアルミのパイプを通すと、まるでオレンジ色の人間が物干竿に吊るされているように見える。
モニター画面を操作していたVEの古林が腕組みをして呟いた。
「どっからこんな発想出てくるの……」
確かにそれは、AVのイメージカットというより、アート感覚のテレビCMのワンカットを思わせた。磔《はりつけ》になった女性が空中に浮いているのだが、オレンジ色があまりに強烈なので、顔の細部などふっ飛んでいる。
けれども、これはまだマシな方だった。
やがて始まったフェラチオのシーンには、私も思わず腕組みをして唸《うな》ってしまった。
原田がオレンジ色の水着をつけて跪《ひざまず》き、正面に立った男優のペニスをフェラチオする。ところがスタジオは暗黒、唯一の光源は二人の足許に置いたテレビのブラウン管のみであり、ブラウン管に点滅するロック音楽のプロモーション・ビデオの光が、フェラチオ中の男女の体に速いテンポの斑《まだら》模様を作る、という趣向だ。そしてどういうわけか、裸の男優は黄色い縁取りのある水中眼鏡を付けていた。
モニター画面を覗くと、前後に揺れるオレンジ色の水着だけが生き生きと浮き上がり、そのすぐ近くで行なわれている人間同士の行為は何とも幻想的で頼りない。そして画面の片隅に、男の両目のみを囲った黄色い輪がボーッと浮いているのだ。
美しいといえば美しいが、こんなにも人工的で無機質な、不思議なフェラチオ・シーンを目にするのは初めての体験だった。
「深い意味ないんですよ、思いつきだから」
モニターの前に坐った松尾は笑った。
「この間、部屋の灯りを消してロックのビデオを見てたら、部屋の家具にボコボコした面白い光が当たってて、あ、これどっかに使えないかな≠ニ思っただけなんです。AVってカラミの部分じゃなかなか遊べないから、どうしてもそれ以外のところで遊びたくなっちゃうんですよね」
万事が遊び感覚。だが、旧世代に著しく欠けていたのがその遊び感覚だった。
松尾は名古屋のベッドタウン、愛知県春日井市の出身。父親はサラリーマン、母親はパートの主婦、九歳違いの弟が一人いて、山下と同様「平凡な家庭に生まれ平凡に育った」。
高校一年の時、名古屋でテレビの公開録画があり見に行った。出演する歌手松田聖子に会うのが目的だったが、会場では聖子よりもむしろ舞台裏で走り回る制作スタッフの働きに目を奪われた。自由な服装、自由な言動、創造的(?)な仕事。絶対にサラリーマンになりたくないと思っていた松尾は「これだ!」と思った。高校卒業後は、迷わず東京に出て映像関係の専門学校に入った。
だが、もしも音楽の才能があれば現在の自分はなかった、と松尾は言う。
「ギターがちゃんと弾《ひ》けてれば、ミュージシャンになりたかったんですよ、すごく。中学時代一生懸命練習したけど、ダメだった」
ミュージシャンに対する嫉妬と羨望は常に抱いてきた。一方、女性に対する劣等感も強かった。モテなかったのである。専門学校を出て番組制作会社に就職すると、これに安い給料と過酷な労働が加わる。高校時代に予想していた創造的な仕事≠ニはほど遠かった。テレビの深夜番組のADをつとめていた一年間、休日ゼロの暗い青春の日々が続いた。
「だからね、僕、ひねくれてるんです。明るく朗らかな世界が好きなんですけど、まともに朗らかなのはバツですね、一見明るくても中身はきちんと暗くないと。『愛は勝つ』はバツで、桑田佳祐の世界がマルなわけです」
この挫折と屈折は、「平凡な家庭に生まれ平凡に育った」若者を安達かおるの悪魔的世界へと誘う通行手形のようなものだった。
松尾は一九八八年、勤務していた会社が倒産し、そこのOBが興した新進AVメーカーV&Rプランニングに、就職のため面接を受けに行った。V&R社長安達との出会いは強烈だった。初対面でいきなり安達は、「煙草吸うの?」とライターを差し出してきた。頷くとピュッと勢いよくライターから水が飛び出た。松尾は驚き、安達は大笑い。AVなどろくに見たことはなかったけれど、松尾は「この人が社長ならやってみよう」と思った。
二日目の撮影は、午前中がホテルでの3P、午後が地下道でのイメージカットとフェラチオだった。
多摩川の近くの第三京浜の下にあまり使われていない横断用地下道がある。壁に関東連合死ね≠ニか、三茶殺す新町≠ニかスプレーの殴り書きが一面にしてあって、暴走族の休憩場のようになっているところだが、そこでまた松尾監督のお得意のイメージカットを幾つか撮ろうというのだ。
午後の原田は透明ビニール製のセーラー服を着ていた。白いパンティーとブラジャーがもろに透けて見える。ニコニコ顔のベティちゃんが、そんな珍妙な服を着て落書きだらけの薄暗いコンクリート壁の前に立つと、それだけで絵になった。安達の嫌う「きれいきれいのイメージ」ではない世紀末的な雰囲気のイメージカットだ。
松尾は風船ガムを渡して膨らますよう命じ、首をひねり、道具箱から取り出したスプレーで壁に落書きを追加した。ピンクの東京タワー、ブルーの富士山……。
松尾の説明では、今回の作品『当然ワイセツ2』は、「半分日本人で半分外人である女の子が見た東京のイメージ、それが基盤」だった。面接で原田が海外帰国子女だと知った時、「ピンときた」のである。
実際原田は、アメリカで生まれ、高校一年までヨーロッパやオーストラリアで暮らした帰国子女だった。英語の他にフランス語など四ヵ国語が話せる。父親は会社経営者で母親は元スチュワーデス、夏休みは家族一緒にモナコで過ごすような家庭なので経済的に何一つ不自由はない。それならなぜわざわざAVに、と誰でも思うが、原田に言わせれば「母を見返してやりたい」のだった。母親は美人でスタイルがよくクラブを何軒か経営するなどビジネスの才もある。しかし原田から見れば「馬鹿で、陽気で、男好きのする女」にすぎない。そう思いたかった。なぜなら学校の成績を除くすべての面で母親は娘より優れていたからだ。原田は勝気な性格だった。母親に負けたくなかった。今年競争率二百七十倍のスチュワーデスの試験を受け、五次試験までいきながら落ちたことが直接のキッカケだった。セックスは好きでも嫌いでもなかったが、知り合いのプロダクション関係者に誘われた時、「そういえばこれは母の知らなかった世界だ」と思って承諾したのである。
耳をつんざく爆裂音に続いて真っ白い煙幕が地下道に立ち込めた。
原田がクラッカーを鳴らし、ついで花火に点火したのだ。透明ビニールのセーラー服を着た原田が手にした花火をクルクル回しながら地下道を逃げてゆく。カメラマンと松尾がそれを追い掛ける。
松尾にとって原田は魔都トーキョーを描く際に必要なオブジェでしかないのかもしれないが、原田にとっても松尾はしばらく魔界見物をさせてくれるガイド兼運転手以上ではないはず。お互いに相手を疎外し合いながら、それでも湧き起こる哄笑と嬌声……。
松尾の作品世界に言及する時に無視できないのがテロップの頻用である。松尾はテロップの文字を、画面の解説のためではなく、あくまで表現者としての自分の詩的心情≠フ吐露のために使う。
一九九一年六月にリリースされた『宇宙の国のアリス』の場合は、冒頭、雨に煙る一軒の農家のシーンからテロップが被さっていった。
雨がいつも降っていた 僕や僕の回りには いつも雨が降っていた 傘がない……
画面の右端には、鞄で雨をしのいでいる悪ガキ風少年の無表情な半身があり、遠景に、雨の農家を出て学校へ向かおうとするセーラー服と、迎えにくる学生服が映っている。
誰か僕の傘を知らないか 雨をしのぐわけじゃなく 僕の傘を知らないか 雨をしのぐ傘じゃなく 傘がない
井上陽水風の詩≠ヘ必ずしも上出来とは言い難いが、雨に降りこめられた農家を舞台にこれから起こる懐かしく哀しい昔話のような物語を暗示して、なかなかに効果的なのだ。
「AVに関わる全作業の中で、テロップの文章を考えてる時が一番楽しいですね」
と松尾は言う。
「AVは、僕みたいな二十代の若造でも監督として作品を発表し続けることができる数少ないジャンルだと思うんですが、その中でも、最後のテロップを入れる作業が一番興奮します。何を書いてもいい、素材をどうにでも料理できる。ついつい熱中していつも予定の編集時間をオーバーしてしまうんですよ」
『宇宙の――』ではすべての物語が終わったあとに、最後のテロップが入る。
さようならアリス 僕には君がわからない さようならアリス 君がどうなろうと僕は知らない 素材としては最高だけど 仕事としてはガンバッたけど もう二度と戻ってこないで さようならアリス
思いのほか冷淡なエンディングなのである。画面は、背中を向けた二人の男の後ろ姿と、その間にペタリと坐り、はだけたワンピースから乳房をのぞかせている主演の望月ルイが映っている。その放心したような顔に軽快なテンポの音楽が被さって……。
私は、イメージシーンの時もカラミの時も、終始ニコニコ顔だった海外帰国子女の原田には、いったいどんなテロップが入るのだろうかと思った――。
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取材ノートから
今回の取材を始める前に、都内の中央線沿線のレンタル店をいくつか見て回った。JRの駅近くで広さが二十坪から三十坪、利用者に学生・会社員が多い小さな店ばかりである。
こうしたレンタル店では三千五百本から四千本ほどあるビデオのうち三割前後をAVが占めている。一般洋画・邦画の品揃えでは大手レンタル・チェーン店に太刀打ちできないため、経営対策上大手が扱わないAVを重視しているのだ。AVの問屋からの仕入れ値は定価の約六割であり、一般ビデオの約八割と比べて安く、新作AVでさえあれば玉石|混淆《こんこう》の一般ビデオと違って平均して回転率が高いのだ。
AVコーナーはたいてい店内の一番奥まったところに設けてある。お馴染みの極彩色のやたら派手なパッケージ、口に出して店員に言うには相当の勇気を必要とする卑猥なタイトル。狭い一角には煽情的な空気が充満しており、そこだけ、男性客が原始的な欲望を自己確認する秘密めいた空間となっている。実際、どの店でもAVコーナーで見かけたのは単独の男性客ばかりだった。お互いに沈黙と微妙な間隔を保ちながら、ことさら気難しい顔つきで、手にした数本のAVを矯《た》めつ眇《すが》めつ比較して、吟味、検討していた。
各レンタル店の店長が異口同音に指摘したのは、「AVを借りる客は女優とパッケージで決める」ということだった。女優ならできるだけ可愛い新人、パッケージならできるだけ刺激的なものを、というわけである。
気になっていたAVの世界を描いてみたいとは思ったものの、どの方向から切り込んでいいのか決心しかねていた私は、「やはり、女優列伝しかないのかな?」と思った。
しかし、三軒のレンタル店を経営するある人物と話をしているうちに気持が変わった。彼によれば、「確かに女優の要素が第一だが、メーカーやシリーズで選ぶ客もけっこう多い」と言うのである。例えば、過激な美少女本番路線で知られるダイヤモンド映像の作品は、個々の女優の良し悪しにかかわらず人気が高い。あるいはサムビデオの『口全ワイセツ』シリーズ、アテナ映像の『いんらんパフォーマンス』シリーズ、惑星共同体の『アクションビデオ』シリーズなどは、誰が出演しようと新作がリリースされればある程度の需要を見込める。また、SMのアートビデオやシネマジックの作品、企画モノのV&Rプランニング、スカトロのキューブなどの諸メーカーの作品も、数は少ないが固定ファンがいると言う。
私は、これならできるかもしれない、と思った。人気AV女優の羅列にはあまり食指が動かないが、いくつかのメーカーの人間群像、日夜猥褻な映像を量産し続けている現代のエロ事師たちの実態ならば、過去に一度だけ劇場用映画の製作に関わったことのある私にも関心が持てそうな気がした。
こうして、一年半ほどの間、ダイヤモンド映像とアテナ映像とV&Rプランニングの三つのAVメーカーを中心に取材したのである。
現在百八十社を超しているAVメーカーのうちわずか三社、それも筆者が個人的な興味を抱いていた撮影現場主体の報告では、AV界全体の姿などとても掴めない。私自身、全体像を捉えようという意志もなかった。けれども撮影現場にこだわり、見聞したことを記録し出会った人の輪を手繰《たぐ》って行ったことで、現代のエロ事師たちの実態の一端には触れ得たのではないかと思う。もしかしたら、現場を通してさまざまに見えてきたこの社会との繋《つな》がりにも……。
取材中、私が常に感じていたのは江戸時代の枕絵との類似性だった。
ハイテクを駆使した現代のAVと封建時代の浮世絵の春画。どちらも男女の性行為を描いた視覚的表現、という以外に何の共通項もないように思えるかもしれない。
しかし私は、枕絵にもAVにも、日本人が男女の性行為を具体的に描こうとする際の基本的な性向が表われている気がして仕方ない。
私が枕絵を発見≠オたのは二十数年前、学生時代のことだった。場所はアメリカのニューヨーク。書店で美術書の棚を物色している時に『世界のエロチック・アート』という豪華本を偶然手にした。見てびっくりした。日本の枕絵の圧倒的な美しさと技巧、溢れる生命力にである。当時日本国内の書店では性器まで載っている浮世絵の本はなかったから、完全な形の枕絵を見たのはそれが初めてだった。その本には、他にインドや中国、ヨーロッパ各国の歴史的な好色絵画の図版が多数収められていたが、枕絵と比べるとどれも問題にならないほど幼稚なものに思えた。二十数年前の日本はまだ貧しく、若い貧乏な日本人旅行者だった私は行く先々で欧米文明に劣等感を感じていたけれど、何やらその悔しい思いが薄れてゆく気がした。人間活動の根源である性に関し我々の先達は少なくともこれだけの文化を築いていた、という誇りに似た気持が込み上げてきたのである。
一方、AVに対して興味を抱くようになったのはほんのここ数年のことである。近所のレンタル店で手軽にAVを借りられるようになってからだ。アメリカやヨーロッパのポルノ・ビデオもたまには見るが、どうも日本のAVの方が面白いように思えてならない。
どうしてそう思うのか、自分でも理由がわからなかった。毎月約四百本も新作が出るAVはまさしく乱作で、借りてきた十本中八本か九本は「見なきゃよかった」と思うような代物《しろもの》だ。しかし、残る一本か二本が妙に引っ掛かる。猥褻であると同時に魅力的なのだ。出演する女優が同時代の日本人女性で感情移入しやすいからか(それはあるだろう)。話す言葉が日本語で、舞台設定や社会状況も容易に理解できるからか(それもある)。カラミの時の男女の反応が欧米のようにスポーツ感覚だったりドライな感覚だったりせず、日本国伝統の情緒的性意識に沿っているせいか(それは大いにある)。でも、それだけではない気がする。
判然としないまま私は、三つのAVメーカーを中心とする撮影現場の取材を開始した。
その間、頭の片隅に常に浮かんでくるのは日本の性文化の金字塔とでも呼ぶべき枕絵のことだった。AVと、いくつもの点で似ているのである。同じ視覚的表現でも絵画(版画)と映像、ジャンルが違うのに意外と共通点が多い。思いつくまま挙げてみよう。
(一)枕絵とAV、どちらも内乱や戦争が絶えた平和な時代に成熟した都市大衆社会を背景として誕生した。枕絵は徳川幕府成立後五十余年を経た新興消費都市の江戸に、AVは第二大戦終結後三十余年を経て泰平を謳歌し始めた巨大都市東京に。
(二)どちらも商品としての狙いは同じだった。枕絵は別名一人笑ひ=A文字通り一人で見て笑い≠催すためである。AVは言うまでもなく自慰用。両方とも多くの淋しい男(女も?)たちを購買層としたが、むろん共通して夫婦や恋人が親密度を増すためにも用いられた。
(三)枕絵とAVはそれぞれの時代の最先端技術の産物だった。色鮮やかな枕絵は当時としては世界最高水準の木版多色摺印刷技術を駆使して制作された。AVの撮影に使用されるビデオカメラや機材、再生用デッキがすべて国産で世界一の技術水準にあることは周知の通り。そして枕絵は、絵師・彫師・摺師と複数の人間の手で作られ大量にコピーされて市中に流れ、AVも監督・カメラマン(スタッフ)、出演者によって共同制作されて大量にコピーされ市場に出回る。
(四)技術開発と同時にそれぞれのジャンルの先駆者が登場した。木版浮世絵の創始者は菱川|師宣《もろのぶ》とされるが、師宣の作品は半数以上が枕絵だった。AVでは家庭用ビデオデッキ普及のごく初期に、性の求道者¢縺X木忠が本番生撮りビデオ『淫欲のうずき』でデビューを果している。
(五)枕絵もAVもストーリーより絵作りの方を重視する。枕絵には大錦十二枚組のものと上・中・下巻三冊を一部とした冊子本とがあったが、いずれも各図各巻は独立していて、一つの作品としての相互関連性はほとんどない。付随する序文や艶笑コント風読物もおざなり、絵の内容と全然関係ないものさえ少なくなかった。つまり枕絵においてあらん限りの趣向が凝らされたのは一枚一枚の絵の方であり、全体の物語性はしばしば看過された。現在のAVも、カラミのシーンやカットには多大の時間と情熱が注がれるが、ストーリー展開には手抜きと御都合主義が目立つ。
(六)性交場面に作者の個性を凝縮させる。おそらくこの点が、日本の枕絵と諸外国の同時代の春画とを画然と分ける大事な点だろう。例えば中国の春画。八世紀初頭に房中術としての春画を日本に伝えた国だが、以来二十世紀まで、中国の春画は基本的に少しも変化しなかった。体位は描かれても、登場人物の感情や生活、作者の価値観や美意識が描き込まれることはまずなかったのである。ところが枕絵では、女性の着物一つとってもそのリアリティーが極限まで追求された。どんな階層・職業の女性がどんな場所でどういう状況の下に着ている着物か、その着物が乱れた時に帯や裾《すそ》はどうなるか、足にからまる下着の皺《しわ》の寄り具合は……。その着物の描き方が、春信と歌麿と英泉では全然違うのだ。性交時の表情や姿態も、マンネリ夫婦の営みならこう、恋人との束の間の逢瀬《おうせ》ならこう、女性からの誘惑なら、力ずくの強姦なら、と各絵師により得意とする描き方があった。その上で周囲に配された脇役や小道具、障子の陰から覗いている小僧の顔、畳を這ってくる幼児、赤面している襖絵《ふすまえ》の中の猿、隣室に投げ出されたままの琴と爪、枕許の飲みさしの湯呑み茶碗、布団の上にちらばる使用済みの桜紙、等々が重要な意味を持ってくる。一枚の性交場面の絵から、その前後の男女のドラマと描いた作者の思いが立ち昇ってくるのだ。床の間に飾っておくような芸術≠ナはなく、あくまで密かな娯楽のための商品だったのだが、そこに制作者たちは、自分自身を投影させたのである。
現代のAVも商品のセックス・シーンに作り手の思いを込めようと努力している点は同じである。しかし、成功しているとは言い難い(もっとも、今日まで残存している枕絵は著名絵師の手になる逸品ばかり。当時の大多数の枕絵は凡作だったのだが)。私が取材中に見たAV作品の中では、村西とおる監督の『すすり泣きの女シリーズ(葛飾柴又の女)』、代々木忠監督の『いんらんパフォーマンス・恋人』、安達かおる監督の『これが手術だ!メスをくわえれば幸せ』などがかなりの程度個性の発現に成功しているように思えた。
(七)性を遊ぶ。これも枕絵とAVに共通する特徴だ。が、この面では現代AVの方が急進的かもしれない。一例は近松はじめ監督の『アクションビデオ』シリーズだ。全国の都市に出向き街頭で素人女性に声をかけて、なだめすかし拝み倒し、金にモノを言わせてホテルへ直行、そこで性交渉にいたるまでの一部始終を記録した作品群である。思うに、こんなことが可能でシリーズ物の人気商品となっている国は、世界広しといえども世紀末ニッポンのみに違いない。その意味ではきわめて今日的かつ日本的な性のゲーム化と言える。枕絵の場合には、男女の性器を擬人化したり、人気役者や腎虚《じんきよ》(過度の性交による心身衰弱症)を登場させてからかったり、歌麿のように友人知人を画中に取り込んだりといった遊びはあったものの、享保の好色本禁令など当局の厳しい取り締まりが何度かあったせいだろう、ハメの外し方は概して注意深かった。
以上、江戸時代の枕絵と現代のAVの対比を書き連ねてきて改めて思うのは、日本人が性を巡る事柄にいかに好奇心を掻き立てられ探究心を燃やし表現技法を磨いてきたか、ということだ。コトは絵画の分野に限らない。
現在、小説、詩歌、音楽、演劇、舞踊、彫刻、工芸、建築、服飾と、あらゆる文化領域に好色精神の横溢が見受けられる。遡ればそれらは、江戸時代に花と開いた各種の好色文化(浮世草子、洒落本、川柳、狂歌、俗曲、女歌舞伎、若衆歌舞伎、淫具、根付、出合茶屋、腰巻類等)に辿《たど》り着くと言っていい。とりわけ枕絵は、多くの絵師が渾身《こんしん》の力で描いたと言われ、春信、清長、歌麿、北斎、国貞(三代豊国)と何人もの天才を輩出して頂点を極めた。
誕生以来十年しかたってないAVは、まだとうてい枕絵のそんな洗練の域には達してない。だが、リアリティーの追求や細部へのこだわり、性行為主体の映像に人間性や美意識を織り込もうとするさまざまな試行錯誤は、正しく枕絵の伝統を受け継いでいると言える。
AVが今後どんな方向に進んでいくのかはわからない。短期間の性風俗軽チャー≠ナ終わってしまうかもしれない。しかし、より多くの作り手が表現者としての自覚を強め、AVの主役が女優から監督へ移ってゆくのだとすると、この国に興味深い新たな性文化が根付く可能性はある。
ただ、ここに一つ、検討すべき問題≠ェ横たわっている。日本産ポルノビデオであるAVを諸外国のポルノと比べ特殊化している最大の要因、性器やその結合部分に被せられる|あの《ヽヽ》モザイクの問題≠ナある。
一九七〇年代にポルノを解禁してしまった欧米人に言わせると、あのモザイクは「不自然」かつまた「滑稽」らしい。かと思うと、「よくもああいう、見えそうで見えない修正ができるもんだ」と感心されたりもする。
已《や》むを得ないのである。日本人もモザイクが「自然で優美だ」などまるで考えてないが、この国に刑法一七五条が存在する以上、AVの作り手たちは「見えそうで見えない修正」に頭を絞るしかない。さもないとビデ倫(日本ビデオ倫理協会)の審査を通過できず、審査済作品のみが貼付できるビデ倫シール・証明シールがなければ各問屋もレンタル店も商品として引き取らない。つまり、正規の流通ルートに乗せて販売できなくなるのだ。
ビデ倫の性風俗に関する審査基準≠ノは十五に及ぶ項目が記されている。
その中には、汚物等の描写は卑猥、醜悪、嫌悪感等を与えるので、簡潔な表現にとどめるよう注意する=i6の(4)のような、わかったようでわからない曖昧なものや、本番行為によって製作した作品は、審査の対象としない=i15)といったまったく有名無実なものなどいろいろあるが、刑法一七五条に直接的に関わる審査基準と言えば、1の性行為の表現について≠ニ2の性器、恥毛の表現について≠セろう。
1、性行為の表現について (1)男女全裸による性行為の体位をあからさまに直接描写するフルショット。また、腰部の絡む接写等で、体位を具体的に描写するショット。これらの表現には、技術的な処理を行う。(2)着衣であっても、腰部露出の過度なショットには同様の処理を行う
2、性器、恥毛の表現について (1)性器、恥毛の直接描写及び内視鏡等による性器の内部描写は処理をする。(2)代替描写や、シルエット等であっても直接描写とまぎらわしい表現は処理をする。(3)薄物等、着衣であっても透視過度なものは処理をする
ビデ倫の審査はこの1と2に関しては特に厳格であり(審査員によってかなりの幅≠ェあるという声も聞くが)、作り手側が法律に抵触することを恐れるのなら、審査前に作品の該当箇所に技術的な処理≠施しておかねばならない。これがモザイクである。
モザイクはブロック修正とも言い、DVE《デジタル・ビデオ・エフェクト》装置を使って元画面のアナログのビデオ信号をデジタルのビデオ信号へと変換したもの。各ブロックがブロック内の一点のデータで統一され、色と明るさが平均化されるため、元画面の形が不明なモザイク状となる。ボカシの技術には他に、部分的に単一色で反転させるソラリゼーションや撮影時に強烈なスポットライトを当てるフラッシュバックなどがあるが、現時点ではモザイクによる処理が全体のおよそ八割を占めている。
モザイク処理に要する時間・労力・費用は別にしても、しかし、作り手にとってこうした規制は苦痛ではないのだろうか? せっかく撮影した迫真的なカラミを、一部とは言え自分の手で削除・修正し、ビデ倫の指示があれば再修正・再々修正しなければならない。
しかも一方的に指示を出すビデ倫は、一九七二年に設定された業界の自主規制団体(設立当初は成人ビデオ懇談会=A一九七七年から現在の名称)ではあるが、会員の入会の諾否も審査員の選任もすべて設立当初の三社を中心とした理事会五社(東映ビデオ、にっかつビデオ、ジャパンビコッテ、現映社、東洋レコーディング)が独占的に取り仕切っている組織。実質的な業界大手であるダイヤモンド映像やビップ、九鬼、メディアステーション(旧宇宙企画)、芳友舎、ジャパンホームビデオなどの各社は単なる一般の賛助会員でしかないのだ。
自分の作品にモザイクを被せるAV監督たちは、このビデ倫の審査についてどう考えているのだろうか? 私が三つのメーカーの取材を開始した時、それぞれのオーナー監督たちに真っ先に尋ねたのはそのことだった。
「ビデ倫審査は私どもの生命線です」
百パーセント肯定したのはダイヤモンド映像の村西だった。
「ビデ倫がなければ、いかに天下のお元気男の私どももおっかなくてこんな商売やれません。あの厳しい審査あればこそ、AVが世間に認められ受け入れられたのですよ」
ビデ倫に表彰されそうな正論≠セった。
アテナ映像の代々木は、「(ビデ倫審査のあるなしは)関係ない」と言った。
「昔はね、好きな男のオチンチンを咥える女の表情の美しさ、これは絶対ボカシなしで見せたいと思ったこともある。でも今の俺は、肉体よりも人間を撮ってるからね、見えない内面を撮ってるんだから……」
その後撮影現場で会った時に、「(ビデ倫)シールを付けとけばとりあえず安心、という気持はある」と付け加えた。
大の権威嫌いのV&Rプランニングの安達は、ビデ倫の役割を直接的に評価するような言い方はしなかった。
「我々を壊滅させたかったらハードコアポルノを解禁すればいいんです。我々の業界、一週間ともたずに潰れますよ」
屈折した表現ながら、認めているのだ。私はAV界の壊滅なら、出演者の間にHIVウイルス感染者が多発する方が致命的だと思うけれど、それはともかく、現代のAV業界を代表する三人の戦闘的な演出家たちは、程度の差こそあれこぞってビデ倫の行なう審査を認めているということになる。AVメーカーは、ある意味でビデ倫に生殺与奪の権利を握られているのだから、当然と言えば当然の返答なのかもしれない。しかしそれにしても、と私は思った。無責任な部外者の目から見れば、やや歯痒い気がしないでもなかった。
東京日本橋のビデ倫の事務局に事務局長の上原勉を訪ねたのは、取材もほぼ一段落した一九九一年十月半ばのことだった。
応接室のソファに坐った上原は、紺のスーツ姿の見るからに実直そうな人物だった。
「まだ新米でして、立場がまるっきり逆になったもので、とまどいの日々ですよ」
十月一日に事務局長に就任したばかりの上原の前身は警視庁防犯部の理事官、刑法一七五条違反を取り締まる側である。五名いる事務職員も全員が警視庁OB、ビデ倫の事務局は代々警察退職者で占められてきた。
ビデ倫事務局が警察退職者の受け皿となっているのは、一九七二年のビデ倫発足の経緯と深い関わりがあった。当時、日活ロマンポルノの摘発を始め各製作会社・撮影所の捜査が相次ぎ、ビデオ制作に関わる各社は必死で自主防衛組織を作らねばならなかったのだ。最強の防衛は、当然、敵≠フ情勢を熟知する集団を身内に取り込むことである。
「立場が逆になったことで、これまでとセックスに対する見方、猥褻に対する考え方が何か変わりましたか?」
「そうですね、以前はとにかくダメ、悪い≠ニいうことでしたが、今は、抑えることができない人間の欲望の一つなら、ただ蓋をするんじゃなくキチンとルールを作ろう、と」
「割り切れました?」
「いや、人間だからそう簡単に割り切れませんよ。特に最初の一週間は、声がね」
「声?」
「女性の声です。審査が始まると、いきなりいっせいに女性のあの声が事務所中に響くわけです。昼間からこんな声聞いてていいのか≠チてね、悩みましたよ。でも皆さんケロッとしてるし、銀行員が札束に感情を見せないのと同じだと自分に言い聞かせて……」
さして広くもないビルの一室を占有するビデ倫事務局は、いくつかの区画が衝立《ついたて》で区切ってあり、その一つが審査コーナーにあてられていた。簡単な間仕切りを施しカーテンを垂らした小空間が五つ並び、それぞれにモニターとテーブルと椅子が配置してある。カーテンのため画面こそ見えないが、独立した部屋ではないので音声は筒抜けになる仕組だ。
まことにお粗末な施設だが、ここで年間百二十九社四千百六十四本(一九九〇年度)ものAV作品がわずか十名の審査員によって審査されるのである。毎週月曜日から金曜日まで、午後一時から五時までの間、十名の審査員が二人一組になってAVを見続ける。問題箇所があれば同席する各作品の担当責任者に修正の指示を出し、ボカシ以前の重大問題があれば再審査(作り直し)を命じる。審査料は一本三十分で二万五千円、十分超過するごとに二千円が加算される。無事審査をパスすれば、必要本数に応じてビデ倫シール(ビデオ本体用)と審査済シール(パッケージ用)が一本当たり各五円で交付され、制作者側はこれで御墨付≠得たことになる。
「あれこれ合わせると大変な収入になるはずですが、ビデ倫の収支決算というのはどうなってるんでしょう?」
「その件はお答えできません。あくまで業界の自主組織でして、外部には公表しないことになってるんです」
上原はキッパリと言った。
「では、理事の推薦を基にして任命される審査員の問題はどうですか? 皆さん随分ご年配で、映画会社OBに偏ってますが?」
審査員の最年長は六十七歳、最年少でも五十六歳、平均年齢六十二歳という高齢者集団である。しかも映画畑出身の多くはAV監督の大先輩にあたる大手映画会社の元重役や元監督や元撮影所長といった面々。こうした顔ぶれで急激に変化しつつある現代社会の性概念に対応できるものだろうか。
「そのことは私も考えています。年齢はともかく、学識経験者などもっと広い世界から有識者に参加してもらった方がいいのではないか、と。社会的に大切な審査ですから」
新しい事務局長は、私が予想していたのより幾分は柔軟な考えの持ち主らしかった。
「例えば女性も加えるとか?」
「それは無理でしょう。現状では女の人は耐えられません。ずっと先のことでしょう。私は成人向けには、多少ハードな内容のものを提供してもいいんじゃないかと思ってます。世界の風潮がそちらへ動いてますからね。ただ、成人と青少年とは明らかに区別しなくてはいけない。青少年に成人と同じものを見せてはいけないと思います。問題はどうやってその区別を徹底させるか、ですね。海賊版や無審査物の監視を担当するビデオ倫理監視委員会などとも協力し、今後の方向を探っていきたいと思ってます」
「すると将来も、モザイクは消えない?」
「もちろんですよ。性風俗が緩やかになってゆくのが世界的情勢でも、日本と欧米では事情が違います。日本には日本独自の道徳観があるんです。歯止めは必要ですよ」
途中ちょっとだけ柔軟さを見せた上原事務局長は、最後は前職を思い起こさせる実直にして断固とした言葉遣いで締め括った。
久しぶりに代々木と会った。
アテナ映像が「興味ない」(代々木)はずだった専属女優制度を採用し始めたので、その理由を確認しに行ったのだが、いつの間にか話題はビデ倫のことになった。
代々木は数日前、ビデ倫に出かけ審査員らと話をしてきたのだと言った。
「俺はめったにそんなこと喋らないんだけどね、このままじゃ本当にしようがない、アダルトもダメになっちゃうと思ってね」
一AV監督として止むに止まれず出かけたのだった。
「審査員の先生たちにね、先生、このままじゃ淋しいですよ≠チて言ったのよ。ボカシが大きいの小さいの、薄いの濃いの、オマンコはダメでオ○ンコはいいとか、そんなんじゃアダルトはいつまでたっても性の文化にはならないですよ≠チてね」
代々木はビデ倫の事務局で審査員たちを前にして喋り続けたと言う。
ビデ倫の本来の存在意義はどこにあるか? それは、表現の自由を守る防波堤としての役割にある。それなのに現状は、内に向かっては重箱の隅をほじくるようなチェックを繰り返すのみ、外からのクレームに対しては全面的に降参し「申し訳ない」一点張り。これでは少しも防波堤の役目を果してない。現在のような審査なら中学生でもできると言われかねない。
「俺たちね、必死になって作ってるわけですよ。それを先生の一言で理由もなくカットされちゃたまんない。このシーンがなぜいけないのか、どういう根拠でそう判断するのか、その背景となる性の思想はどんなものか。ねェ、我々AV監督を説得し納得させてくれなくちゃ。その思想がなければ、外部からのクレームに対して何も言えないし、カットや修正の指示もできないはずよ、本当は」
そのためには、審査員一人一人が「人間にとって性とは何か」をふだんから懸命に勉強していなければならない。ビデ倫の中に審査班とは別に性を考えるセクションのようなものを設けてはどうか、と代々木は提案した。
「学者、弁護士、ジャーナリストとか集めてね、そこで性に関する深く掘り下げた議論を定期的に戦わす。もちろん審査員の先生にも参加してもらって、その成果を時どきの審査に反映させるわけ。これからは、そのぐらいのこと必要ですよ≠チて言ったのよ」
「どういう答えが返ってきました?」
「うん、そうだよなァ≠チてさかんに頷いてくれた。先生方もわかってるわけね、今のままじゃダメだって。でも、毎日の忙しさに流されちゃう」
代々木は、「現役の監督として言うべきことをとにかく言ったまで」と語った。
広尾のアテナ映像本社からの帰り道、私は自分が今まで大きな勘違いをしていたのではないかと思った。
全裸の男女を巡る人間ドラマが繰り広げられていたAVの撮影現場ではさまざまな新鮮な発見をしたが、それが一本のビデオとして商品になってしまうと、現場ほどの関心は湧かなかった。おそらく、頭の隅にモザイクのことがあって、「モザイクがある限りポルノとしては過渡的」という思いが残っていたからだろう。驚嘆に値する性文化、枕絵にはボカシやモザイクなどなかったという思いが……。
しかし、枕絵は非合法でAVは合法。しかも枕絵は映像ではなくやはり絵画なのだ。絵画ならば誇張した性器のデフォルメも効果的だが、映像ではそぐわない。いやむしろ、人体を歪曲できず画像があまりに鮮明なビデオでは、性器のアップは単純すぎる技法でその割に猥褻性は強くない。それが証拠に内臓まで露出するボカシなしの外国産ポルノより、私は「見えそうで見えない」モザイクをかけた日本のAVの方にはるかに劣情≠刺激される。すべての表現技術が何らかの自己規制の枠内で発達するものなら、ビデ倫の言う道徳的見地からではなく、より人間的な性の世界を描く一方法として、モザイクを見直してもいいのではないか? 少なくとも、そう考えて挑んでいる監督が何人もいるのだから。
AV誕生十年目にあたる一九九一年の半ば頃から、AV業界は急速に冬の時代に突入したと言われる。レンタル店の数は減少し、これといったAVクイーンも登場せず、大手メーカーの中にも倒産を噂される会社が出てきた。業界内には「熾烈な生き残り競争の時代になった」と危機感を募らせる声もあれば、「バブルがはじけただけ、やがて衛星放送やセルビデオ市場で成長する」と楽観視する向きもある。いずれにせよ今後は、一本一本の作品が質を問われることになるのは明らかだ。いよいよAVは世紀末ニッポンのハイテク性文化として正念場を迎えるわけである。
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あとがき
村西とおる監督率いるダイヤモンド映像は、四十数億円という巨額の負債を抱え、一九九二年の十一月に倒産した。AV業界に一時代を築いたエロ事師の王国≠ヘ、わずか四年間であっけなく崩壊したのである。
私が最後に代々木上原のダイヤモンド映像本社を訪れたのは一九九一年六月だから、思えばその頃が絶頂期だったことになる。
この〈あとがき〉を書くために、当時ダイヤモンド映像の専属監督だった清水大敬に会った。現在はフリーのAV監督である。
「僕がフリーになったのは一九九一年からです。辞めるしばらく前から、月に二、三本撮っていたのが一本に減らされたり、三日撮りのはずが一日撮りに短縮されたりして、苦しいんだなとは思ってましたが、発売が中核のダイヤモンド映像からビックマンに変更された時に、ああ、辞め時かな≠ニ思いました」
フリーになれば女優探しから企画の売り込みまですべて自分でやらねばならない。ダイヤモンド映像時代には一ヵ月約百万円の収入があったが、今はその三分の一だと言う。
けれど、村西個人に対する恨みはない。
「あの人は僕をAV監督に抜擢《ばつてき》してくれた恩人です。しかもAV作りにかけては天才です。フリーになってわかったんですよ、いかにこの業界が商売人ばっかりかって。彼のような、映像に対して純粋な情熱を持った作り手なんて皆無に等しい。倒産は、天才ゆえの暴走という側面もあったと思いますよ」
むろん、村西と関わりのあった人びとの多くが清水のような好意的解釈をしているわけではない。債権者以外にも専属女優や社員との間に金銭的トラブルがあったことは周知の事実だ。それにもかかわらず、村西の本格的復帰を待ち望む声は業界内にも少なくない。
その村西に、私は川崎市郊外のダイヤモンド・チャンネル本社の応接室で再会した。
通信衛星を使ったAVの放送は取材当時から村西が強い関心を示していた事業だが、村西が二年前に設立した会社がこの三月から本放送(有料放送)を開始したのである。
「借金取りに追われて行方不明だとか潜伏中とか、根も葉もない嘘を書き立てられましたが、この通り、私は逃げも隠れもしておりません。確かに現在約五十億の借金を背負ってますが、いずれ百億二百億と売り上げを伸ばしていけば苦もなく返せる金額です」
相変わらず精力的な面構えだった。意気軒昂な口ぶりも健在だった。
専用受信機を使用して、一日八時間毎週五十六タイトル配信されるダイヤモンド・チャンネルの番組は、ダイヤモンド映像時代に制作した約二千本のAV作品が基盤となっている。ただし、もっかのところ受信契約者はホテル・旅館などがほとんどだ。
「アメリカでは千四百万世帯がプレイボーイ・チャンネルを見ているそうです。私どもの番組はそれよりずっとエロチック。正真正銘の日本のエロスです。やがては幾百万の一般家庭が加入してくれるでしょう」
それから村西は本社ビルの内部を案内してくれた。地上二階地下二階の建物内には、撮影スタジオや調整室、編集室などが完備していて、番組制作から電波の打ち上げ、スクランブル管理まで可能、ちょっとした地方テレビ局並の規模だった。以前統一教会系のテレビ局が布教用に使っていた施設だと言う。
編集室に戻って尋ねてみた。あれほど「安定した企業」を指向しながらなぜダイヤモンド映像が失敗したか、についてである。
「私が短兵急でした」
即座に村西は答えた。
Vシネマやプロモーション・ビデオなどソフト路線に資金を投入しすぎて回収できなくなった。一方、信頼していたビデオコピー業者に支払いを滞納され、商品の一部を横流しされていたことも発覚した。
「ダイヤモンド映像のビデオが一本千円前後で投げ売りされるくらいなら、いったん閉めよう、と。カーッと頭に血がのぼってしまいました。一時期やる気が失《う》せたんです」
「次々と購入した高額の不動産が結局足を引っ張った、とも言われてますが?」
「それは違います。不動産の支払いなど月々数千万円ですよ。それが原因じゃない」
村西は不動産説を強く否定した。
「でも、なぜ辛抱しなかったのか……。AVメーカーはいい時期も悪い時期もある。細々と商売して次の松坂季実子、次の桜樹ルイの出現を待てばよかった。自分でみすみすチャンスを摘み取った悔しさはありますね」
村西はこの七月までビデオ安売王の契約監督として八十本近いAV作品を演出した。今後もダイヤモンド・チャンネル用に監督業は続ける予定だ。しかしやはり、最前線でエロスを量産し続けるAVメーカーへの愛着であろうか、最後の言葉にはたっぷりと感情がこもっていたのだった。
アテナ映像では代々木忠監督と会った。
新しい応接室にはソファの横にダブルベッドがデンと置かれ、代々木の短い頭髪は真っ白。「社長職も社員に譲り現在は一AV監督に徹している」とかで、性の求道者≠フ印象はいっそう強くなっていた。
「今取り組んでるのは呼吸だね。オーガズム状態の女性は特有の呼吸をする。だったら、その呼吸法を会得すればそれまで不感症だった子もいけるんじゃないか。そう考えていろいろと実験を繰り返してきたんだけど、最近、その次の段階として、トランス状態になると臨死体験ときわめて近いメッセージを意識が受け取ることがわかってきたのよ」
実に嬉しそうである。AV監督の近況報告というより、どこかの大学の主任教授から最新の研究成果を聞かされている気がした。
取材時からほぼ五年たっている。この五年間に代々木は、マイペースで着実に代々木ワールドを築いてきた。『平成淫女隊』や『ザ・面接』など新しいシリーズをヒットさせ、『プラトニック・アニマル』など独自の性℃v想を盛りこんだ著書も三冊発表した。
真正オーガズムの追究から始まった代々木の試行錯誤は、いったいどこまで続くのか。
「最終的には、人間の意識の問題そのものなんだろうけど、あんまり偉そうなことを言ったり書いたりすると、逆にその言葉に縛られちゃうからね。根底は、見えないものを覗いてみたいっていう遊び心なんだからさ」
バランスよく微笑《ほほえ》んでみせた。
堅実路線のアテナ映像、昨今の不況の影響を感じることはあまりないが、唯一それらしいのは女優志願者の急増だという。それも従来のプロダクション経由ではなく、手紙や電話など本人からの直接的アプローチが多い。
「就職難でパートの仕事も減ってますからね。でも、それだけ日本の女性もセックスに対して自由になり開放的になったのでは?」
「いや、開放的になった反面不幸になったんじゃないかな」
代々木は説明した。女性たちの話を聞くと「男が下手だ」「いかせてくれない」「弱すぎる」と実に不満が多い。百人と性交渉があっても「いい男と巡り会えない」と嘆く。
「一方的に相手に責任を押しつけてしまう。それを堂々と口にするようになっただけだよ。結局心が開いてないんだ。セックスという行為はできるけど、愛は味わえない」
となると、AVを通して至福の愛≠具現化すべく奮闘している代々木の役割はますます大きくなるということか。アテナ映像は安泰、だった。
帰り際、女子社員の野崎美由紀と長井泉に出会った。営業の野崎は結婚して名前が変わり、長井は代々木のマネジャー兼制作担当、二人ともすっかりベテラン社員の風情《ふぜい》だ。
顔の見えない三橋照代のことを聞いて驚いた。六月に出産して未婚の母となり産休中だという。三橋らしい思い切った選択だった。
消息ついでに言えば、旧ダイヤモンド映像の日比野正明や八木裕二郎は現在フリーのAV監督として活躍しているが、次に訪ねたV&Rプランニングでも、今年カンパニー松尾が退社してフリーの監督になっていた。
「松ちゃんは今嬉々として全国のテレクラを回ってますよ。好きなカレーを食べながら好きなテレクラ巡り。会社辞めて伸び伸びとしちゃって、ホント羨ましい」
夏に青森まで一緒に旅行したというバクシーシ山下は、羨望の表情で言うのだ。もっとも松尾は、旅先のテレクラで撮った作品をV&Rに納入しているので、縁が切れたわけでも単に遊んでいるわけでもなかった。
ところで、山下はフェミニスト団体の抗議で女犯≠フ文字をタイトルに使えなくなった(ビデ倫がシールを発行しない)と思ったら、すぐに山谷のドヤ街にAV女優を送り込んで社会派の怪作(『ボディコン労働者階級』92年)を発表、ついで手術で除去した腹の脂肪や包茎の皮を料理して食べてしまうという前代未聞の問題作(『全裸のランチ』93年)を作り、事故死したAV女優の足跡を追って丸四ヵ月かけ執念のドキュメント(『死ぬほどセックスしてみたかった』94年)を完成させた。が、『死ぬほど――』はビデ倫審査を通過できずオクラ入り。
「特異な才能は順調に開花しているようですが、当初のレイプや監禁モノから、ここ数年の作品は屋外にカメラを持ち出すものへと傾向が変わってきてますね?」
「室内モノのアイデアが枯渇したんです(笑)。自分では外の方が向いてる気がしますね、新しいものに出会えますから」
「最近の奇人変人は?」
「山田アナルぐらいかな。肛門愛一筋の四十歳の公務員(笑)。少々の変態がやってきても、こっちが驚かなくなったせいもあるかもしれませんが、新顔はそれほど増えません」
撮影現場以外の山下は、物静かで飄々《ひようひよう》とした肌の浅黒い青年にすぎなかった。
そして、安達かおる監督と面会した。
V&Rに関してこの間の最大の出来事といえば、一九九三年三月末をもってビデ倫から自主退会したことであり、以後は会員メーカーを通じて代理受審の形態をとっている。
「理由は何だったんですか?」
「その件については申し上げられません。いろいろとお聞きでしょうけど」
確かに聞いていた。業界では、V&Rの退会を条件にビデ倫とV&Rの間で内密な協定が取り交わされた、と噂《うわさ》されていた。
「で、今の状況は?」
「今年になって代理受審禁止の声がビデ倫内部から出始めました。状況は大変厳しいです。危機的状況と言っていいくらいです」
現行の代理受審が禁止となれば、V&Rはいったん解散して出直さざるを得ない。
しかし、安達の表情はさほど暗くなかった。
ひとつには、ビデ倫が対策に頭を悩ましている海賊版業者に対して、V&Rが告訴までして闘ったという自負があるせいだろう。しかも、同業他社に先駆け、三年前から出演者・スタッフ全員について傷害保険制度を適用している。国内や海外での死亡・傷害保険は一名につき最高三千万円、入院や通院に関しても相当額が支払われ、その契約書類が出演確認の際に取り交わされる。労働環境が未整備な業界の現状では画期的な人権上の措置だ。
「ウチの場合、たとえ通行人役でも保険に入ってもらいます。そのための会社の経費はバカになりませんが、我々が主張したいものを撮る以上、一方で出演者の権利を守るシステムを作るのは当然のこと」
業界の近代化≠ノ貢献大ということか。
もう一つは、順調な業績だろう。バブル崩壊後各メーカーは製作費切り詰めの必要からこぞって企画モノに参入したが、企画モノなら老舗はV&Rである。『蒼奴夢《そどむ》』シリーズ、『ジーザス』シリーズなど会社創設期からの長期シリーズが今も順当に売れている。Vコールというユーザーと結んだホットラインを早くから導入し、末端ユーザーの要望や意見を作品の企画に反映させてきたことも、他社と比較して指名買いが多い理由である。
「ウチはこだわりとメッセージ性のある作品を大事にしているだけでね、別に会社自体が反権力ってわけじゃないんですよ」
取材時と比べ多少ビジネスマンっぽくなった安達は、照れ笑いを浮かべてそう言った。
衛星放送、CD−ROM、インターネットと新たなメディアが目白押しである。新たなメディアが登場すると、需要拡大の先陣を切るのは決まってアダルトもの。AVを広い意味で捉えれば、成人対象の映像表現は今後ますます増え、多様化すると思われる。しかし、単行本刊行からまだ三年半しかたってない現時点ではAVの将来を占うのはどう考えても時期尚早であろう。よって、主な登場人物の現状を報告することにより〈あとがき〉に代えたいと思う。
ご登場願ったすべての「アダルトな人びと」に重ねて感謝いたします。
一九九五年十月
[#地付き]足立倫行
単行本は講談社一九九二年四月刊。
講談社文庫版は一九九五年十二月刊。
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●著者 足立倫行
一九四八年、鳥取県境港市生まれ。早稲田大学政経学部中退。在学中より、世界を放浪。週刊誌記者を経て、ノンフィクション作家になる。『人、旅に暮らす』『日本海のイカ』『錦の休日』など著書多数。