緋弾のアリア2
赤松中学
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)星伽白雪《ほとぎしらゆき》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二丁|拳銃《けんじゅう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
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|星伽白雪《ほとぎしらゆき》は、|大和撫子《やまとなでしこ》だ。
つやつやした黒髪ロングの、おしとやかで|慎《つつ》ましい、古き良き日本の乙女。
炊事・洗濯が上手《じょうす》で、誰《だれ》にでも優しい、良妻賢母《りょうさいけんぼ》のタマゴなのだ。
……本来は。
鬼の形相で日本刀を振り上げて、
「ア、ア、アリアを殺して私も死にますぅー!」
なんて叫ぶことは、決してない子なのだ。
……普段は。
「だから何であたしなのっ! 人違いよ!」
名探偵シャーロック・ホームズ|卿《きょう》の4世、|神崎《かんざき》・H《ホームズ》・アリア様にも、この巫女《みこ》さんがなんで自分の命《タマ》を取りにきたのか、分からないらしい。
そりゃそうだろうな。
幼なじみの|俺《おれ》にも分からないんだから。
俺は|急遽《きゅうきょ》、今までの流れをおさらいしてみる。
・合宿から帰ってきた|白雪《しらゆき》の携帯から|俺《おれ》の携帯に、『女の子と同棲《どうせい》してるってホント?』に始まる49通ものメールが突入してきた。
・直後に白雪本人が突入してきた。
・で、アリアを見つけるなりこうなった。
以上。
……ダメだ。
分からん。
白雪が逆上する理由が全くわからんっ!
「白雪! お前、なに勘違いしてんだっうおっ!?」
がすっ!
セリフの途中で、俺の背中をアリアが思いっきり蹴っ飛ばしてきた。
俺は廊下の壁にぶっかり、転倒してしまう。
「キンジ、なんとかしなさいよ! あんたのせいでヘンなのが湧《わ》いたじゃない!」
「お、俺のせいじゃねえよ!」
「そう! キンちゃんのせいじゃない! キンちゃんは悪くない! 悪いのは──アリア! アリアが悪いに決まってる! アリアなんか、いなくなれぇーっ!」
い、いかん。
白雪は──怒りで我を失ってる。
実は……どういうシステムなのかは未《いま》だに不明なのだが、白雪は子供のころからたまにこの|発作《ほっさ 》を起こすのだ。
こうなると経験上、もう誰《だれ》にも手がつけられない。なんで自分が襲われるのかも分からない被害者──たいてい、女子──が、ボッコボコになるまで。
「天誅《てんちゅう》う──ッ!!」
金切《かなき》り声《ごえ》をあげた白雪は、下駄《げた》をカカカッと鳴らして突進し、ぷうんっ!
いきなり、アリアの脳天めがけて刀を振り下ろした!
あ、ありえん!
これ、本気で殺《や》る気だぞ!
「み[#濁点付き平仮名み]ゃつ!」
ネコ科の珍獣みたいな声を上げたアリアは、ばちいいいっ!
白雪の日本刀を、左右の手で挟《はさ》んで止めた。
(──し、真剣白羽取《しんけんしらはど》り!)
実戦で使用されるのを初めて見たっ。
アリア、さすが格闘術《バリツ》の達人だな。
などと感心してる場合じゃないだろ|俺《おれ》よ。
「この、バカ女!」
アリアは刀をホールドしたまま、だんっ! がしっ!
スカートを思いっきり跳ね上げつつジャンプして、両脚《りょうあし》で|白雪《しらゆき》の右腕を挟《はさ》んだ。
そして、ぐぎぃー、とその腕をねじり上げにかかる。
「|バーリ・ドゥード《バリツ》ね──!?」
アリアの流派を一瞬で見抜いたらしい白雪は、即座に、カツンッ! また下駄《げた》を鳴らして床を蹴り──ばすんっ!
アリアを腕に絡《から》みつかせたまま、バックドロツプを決めた。
おっ、おいっ、床が思いっきり凹《へこ》んだぞ!
「う〜〜〜〜いなくなれ! いなくなれ泥棒ネコっ! キンちやんの前から消えろっ!」
白雪は両足でアリアを思いっきり蹴っとばす。
「きゃうっ!?」
アリアは、ごろごろっ、がしゃしや!
居間のソファをガレキに変え、その下に埋もれてしまった。
「や、やめろ! やめるんだ2人ともうぉっ!?」
ばすんばすん!
叫んだ俺の眼前を、ガレキの下から。
とうとうアリアがブッ放した、二丁|拳銃《けんじゅう》の弾《たま》が飛んでいく。
ギギンッ!
白雪はその挙銃弾《けんじゅうだん》を、さも当たり前のように刀で弾き飛ばした[#「刀で弾き飛ばした」に傍点]。
「キレた! も〜〜〜〜キレたっ! ──風穴あけてやる!」
ぼんっ!
カタハートで射出されたかのように、ガレキの下からアリアが飛び出す。
弾倉《マガジン》がカラになるまでばかすか連射しつつ駆け寄るが──白雪が弾を全部|弾《はじ》くので──
じゃきじやきっ、ギイイインッ!!
双剣双銃《カドラ》の二つ名通り、今度はクロスさせた2本の小太刀《こだち》で白雪の平突きと切り結んだ。
そして、ぎりぎり、ぎりり、ぎりりりりいー!
|鍔迫《つばぜ》り合《あ》いになる。
「キンちゃんこの女を後ろから刺して! そうすれば全部見なかったことにするよ!」
「キンジ! あたしに援護しなさい! あんたあたしのパートナーでしょ!」
2人ともから加勢を求められた俺は──もう……何が何だかで。
「……勝手にしろ。心ゆくまで戦えよ」
痛い頭を押せながら、トボトボ……と歩いた。
そして睨《にら》み合う2人の横を通り過ぎ、窓を開け、ベランダに出る。
なぜ、ベランダなのかって?
ここには物置があるからだよ。
防弾製[#「防弾製」に傍点]のな。
「キンちゃーん!」
「キンジ!」
2人の声を背に、物置を開け……ロッカーみたいなそこに入る。
バーサーカーの|白雪《しらゆき》。
|戦《いくさ》の申し子、アリア。
この怪獣決戦が、平凡な、いち高校生の今の|俺《おれ》におさめられるか?
答えはNOだ。
だから……俺は。
物置の扉を閉めて、この、ありえない現実から逃避することにした。
情けないと思わば思え。
誰《だれ》だって、命は惜しいだろ?
|星伽《ほとぎ》の巫女《みこ》は、武装巫女[#「武装巫女」に傍点]だ。
どこの神社でも神主《かんぬし》や巫女は多かれ少なかれご神体をお守りするものだが、白雪の実家こと星伽神社は、長い歴史の中で何をどう間違えたのかそれを武装して[#「武装して」に傍点]守っている。
で、あの白雪の女傑《じょけつ》っぷりを見れば分かるように……星伽の巫女は、強い[#「強い」に傍点]。
今の白雪も、拳銃弾《けんじゅうだん》を日本刀で弾《はじ》くような芸当を平然とやってのけた。あんなこと、ヒステリアモードの俺でも1度しかやったことがないのに。
彼女の強さの源は、説明されてもよく分からないし実際見ても分かりにくいのだが、どうやらあれ……鬼道術《きどうじゅつ》とかいう『超能力』の一種らしいのだ。
……
…………超能力。
こんな話、うさんくさすぎて誰も信じないだろう?
俺だって信じたくないよ。
でもどうやら超能力者というやつは実在していて、各国の特殊機関で密《ひそ》かに研究・育成されているらしい。|武偵高《ぶていこう》でいえば、|超能力捜査研究《SSR》科がそれにあたる。で、白雪はそこでも優等生として、目下ああいう超人能力を開発中らしいのだ。
なお超能力を有する|武偵《ぶてい》は『|超偵《ちょうてい》』と呼ばれ、うさんくさがられながらも日に日にその存在感を武偵業界で増している。
はあ、と、俺は深い溜息をついた。
──普通じゃない[#「普通じゃない」に傍点]。
いずれは一般の学校に転校して普通の学園生活を送り、平凡な大人《おとな》になりたい……いまでも、そう願ってるのに……
アリアのせいで、どんどん普通じゃない世界に巻き込まれてるな。最近の俺は。
戦争映画みたいな音がようやく止《や》んだので……
俺は現実逃避のため映画サイトを見ていたケータイを閉じてポケットにしまい、そー……っ、と、防弾物置から出た。
部屋の光景に、気が遠くなる。
壁には至るところに弾痕《だんこん》やら|斬撃《ざんげき》の跡ができ、お気に入りだったあれやこれやの家具は破片となって床に散らばっている。
まるで地震と台風がいっぺんに来たみたいだな。
で、その地震娘と台風娘だが、お互い髪の毛はバサバサ、服は乱れに乱れ、汗やホコリにまみれて、東西の美少女が台無しというカッコで力尽きていた。
「はあ……はあ……なんて……しぶとい、どろ、ぼう、ネコ……」
|白雪《しらゆき》は日本刀を|杖《つえ》のようにしてなんとか立ち、ぜーはーと荒い息をしている。
だから床に刀を刺すなって。
「あ、あんたこそ……とっとと、くたばり、なさいよ……はふ、はふぅ……」
アリアは床に尻《しり》をつき両膝《りょうひざ》を立て、上体が後ろに倒れるのを腕で支えている。
「……で、決着はついたのか。見たところ引き分けっぽいんだが」
刀折れ矢尽きた後は、第三者による和平調停というのが世界のルールだろう。
と思った俺は、2人に対話での交渉を促《うなが》す。
「──キンちゃんさまっ!」
俺が出てきたことにいま気付いたらしい白雪は、刀をがしゃんと脇《わき》に置き、よろよろ上その場に正座し直した。
そしてその黒曜石《こくようせき》みたいにキレイな|瞳《ひとみ》をうるるるっと潤《うる》ませ、両手で顔をおおう。
「しっ、死んでお詫《わ》びしますっ、きっ、キンちゃんさまが、私を捨てるんなら、アリアを殺して、わ、私も今ここで切腹して、お詫びしますっ!」
なんだか二重にも三重にもワケの分からない事を言い出したな。
ていうか何だキンちゃん様って。
|接尾辞《せつびじ》が2つついてるぞ。
「あ、あのなー……捨てるとか拾うとか、なに言ってんだ」
「だって、だって、ハムスターもカゴの中にオスとメスを入れておくと、自然に増えちゃうんだよぉー!」
「意味が分からん上に飛躍しすぎだっ」
苛《いら》ついた声を出す|俺《おれ》に、|白雪《しらゆき》はガバッと泣き顔を上げた。
「あ、あ、アリアはキンちゃんのこと、遊びのつもりだよ! 絶対そうだよ!」
「ぐえっえぐえ|襟首《えりくび》をつかむな!」
「私が悪いの、私に勇気がなかったからキンちゃんは外にっていうか内に女を……」
「それ以上勇敢になられても困るわよ」
横から憎《にく》まれ口を叩《たた》いたアリアめがけて、
「キ、キンちゃんと恋仲になったからっていい気になるなこの毒婦《どくふ》!」
白雪は俺を床に放《ほう》り投げると、じゃらっ!
袖《そで》に仕込んでいた鎖鎌《くさりがま》をアリアめがけてブン投げた。
「こ、恋仲!?」
アリアが盾《たて》にした|漆黒《しっこく》のガバメントと左手に、じゃりじゃり! と鎖がからみつく。
そしてそのまま、ぎりぎりり。
2人は思いっきり力のこもった顔で鎖を引っ張り合った。
「ば、バカ言うんじゃないわよ! あ、あああたしは、恋愛なんか[#「恋愛なんか」に傍点]、どうでもいい[#「どうでもいい」に傍点]!!」
ラブ関連の話題がニガテなアリアは、ぶわああああ。
一気に真っ赤になりながら、アニメ声で絶叫する。
「恋愛なんか──あ、あんな時間のムダ、したこともないし、するつもりもない! あ、|憧《あこが》れたことだってないんだから! 憧れたこともない! 憧れたりしない!」
なぜ3回も言う。
「じゃあキンちゃんはアリアの何なの! 恋人じゃないの!?」
「そういう関係じゃないィー!」
声を裏返らせるアリア。
「キンジはあたしのドレイ! ドレイに過ぎないわ!」
「どう、どっ、ドレイ……!?」
それを聞いた白雪は顔面|蒼白《そうはく》になって、あんぐりと口を開けた。
そして何を想像したのか、こんどは火がついたように真っ赤になる。
コイツも忙しいヤツだな。
「そ、そんな……イケナイ遊びまで、キンちゃんにさせてるなんて──!」
「な、ななな、なにバカなこと言ってんのよ! ちがうわよ!」
「ちがわない! わ、私だってその逆のは頭の中で考えたことあるから分かるもん!」
「ちがうちがうちがうちがうち──が──う──! キンジ!」
ぎろ!
アリアは|白雪《しらゆき》と鎖で綱引きをしつつ、|赤紫色《カメリア》の|瞳《ひとみ》でこっちを睨《にら》んできた。
な、なんでしょう。
「このおかしい女が湧《わ》いたのは、100っパーセントあんたのせいよ! 何とかしなさい! そうしなきゃ後悔させてやるんだから!」
もうしてるよ。
「……えーっとだな。おい……まず白雪」
「はいっ」
呼ばれた白雪は鎖鎌《くさりがま》をばっと放して|俺《おれ》の方に正座し直した。
どてっ。
反動でアリアが両足を真上に向けてひっくり返ったがそれはとりあえずスルーだ。
「よく聞け。俺とアリアは|武偵《ぶてい》同士、一時的にパーティーを組んでるに過ぎないんだ」
「……そうなの?」
「そうだぞ白雪。お前、俺のあだ名を知ってるだろう? 言ってみろ」
「……女嫌い」
「だろ」
「あと、昼行灯《ひるあんどん》」
「それは今関係ない」
「は、はい」
余計なあだ名まで出すなよ。話がこじれるだろ。
「というわけでお前のそのよく分からない怒りは誤解であり無意味なんだ。だいたい俺がこんな小学生みたいなチビと」
「風穴」
「そんな仲になったりするワケがないだろう?」
セリフの途中でアリアの声が割り込んできたが、それも無視だ。
どうせ弾切《たまぎ》れしてるだろうしな。
「で、でも……キンちゃん」
ん?
従順さが取《と》り柄《え》の白雪が、珍しく口答えしてきた。
「なんだ」
「それ……」
と、白雪はその|白魚《しらうお》のような指で俺のズボンのポケットを指す。
そこには……この間UFOキャッチャーで取ってきた、謎《なぞ》のネコ科動物『レオポン』のストラップが|露出《ろしゅつ》していた。
このヌイグルミは微妙に大きく、携帯をポケットに入れると外にはみ出すことがある。
だが……これが何だってんだ?
つつつ……と、白雪の指は、起きてきたアリアのスカートのポケットに移り。
そこにも──レオポン君が『やあ』という感じに頭と手を出していやがった。
「ペアルックしてるううう───!!」
叫んだ|白雪《しらゆき》は、ぶわああああー、と噴水みたいに涙をほとばしらせた。
「ぺあるっく?」
昭和ムード漂《ただよ》うその死語を知らないらしく、アリアがピンクの|眉《まゆ》を寄せる。
「ペ、ペアルックは好きな人同士ですることだもん! 私、私、何度も夢見てたのに!」
「だーかーらー! あたしとキンジはそういうんじゃないのよ! こんなヤツとなんて、1ピコグラムもそういう関係じゃない!!」
ああ……和平交渉が振り出しに戻ってしまった。
ていうかピコグラムって。
「こら白雪」
|俺《おれ》は白雪に向き直り、両肩をつかんで目をのぞきこむ。
「お前、俺の言うことが信用できないのか」
ちょっとシリーズに言うと、白雪はぽろぽろこぼれる涙を手の甲で拭《ぬぐ》いながらも……
「そ、そんなんじゃないよ。信じてる。信じてますっ……」
再三の否定により、ようやく、態度を軟化させてくれた。
そして、ひんっ、ひんっ、としゃくり上げつつ|俺《おれ》とアリアを見回して、
「じゃあ、じゃあ、キンちゃんとアリアは、そういうことはしてないのね?」
と、少しだけ落ち着いた声で問いただしてくる。
「そういうことって何だよ」
「キ、キス、とか……」
キス。
ですか。
キスですか。
「……」
「……」
俺とアリアは顔を見合わせ、同時に石化してしまう。
アリアは赤信号みたいに真っ赤になって、わぐ、わぐ。
絶句した口を開閉させながら、ぎろっと俺を睨《にら》んだ。
こ、こら。俺に振る[#「振る」に傍点]なよ。
えっーとだな──事実だけ思い起こせば答えは『した』ことになるんだろうがあれは理子《りこ》との戦いの中での緊急措置というか何かであって決して恋愛感情からのキスではなくてだ
「……し……た……の……ね……」
|呟《つぶや》いた|白雪《しらゆき》の|瞳孔《どうこう》が、すーっ、とかっぴらいていく。
その顔はみるみる内に表情を失い、ノドの奥からは、ふふ、ふふふ、うふふふと|虚《うつ》ろを笑い声まで聞こえてきた。
お、おい白雪!
今のおまえR指定だぞ!
「そ、そ──そういうことは、したけど!」
ざしゅう!
反対側ではアリア嬢が、なんでかご起立なさった。
そして、ぐぐい!
寄りも上がりもしない偽装胸を、思いっきり張ってみせる。
「で、でも、だ、だ、だ、大丈夫だったのよ!」
大丈夫?
「昨日分かったんだけど! こ、ここ、こ」
──こ?
「 子[#「子」に傍点] 供[#「供」に傍点] は[#「は」に傍点] で[#「で」に傍点] き[#「き」に傍点] て[#「て」に傍点] な[#「な」に傍点] か[#「か」に傍点] っ[#「っ」に傍点] た[#「た」に傍点] か[#「か」に傍点] ら[#「ら」に傍点] !!」
アリアのセリフに続いて、
……チーン……
という、お葬式の音が聞こえた。
ような、気がした。
……なんだ……子供……って……
アリアは力いっぱい腕組みして仁王立ちし、
「どうよ!?」という顔をしている。
ひゅう。
|白雪《しらゆき》のカラダから、白雪のカタチをした何かが抜けていった。
「──白雪っ!?」
どて。
白雪はとうとう、座ったまま真後ろに倒れてしまう。
「あ、アリアっ! お前なッ──なんで、子供[#「子供」に傍点]なんだよ!」
「こっ……こっ、この無責任男! あたしはあれから人知れずけっこう悩んだのよ!?」
「何に悩むんだよ!」
「だ、だってキスしたら子供ができるって、小さい頃《ころ》、お父様が──」
この──!
ホームズ家の皆さま!
娘の性教育ぐらい、ちゃんとしとけよ!
「あんな事で子供ができるわけねーだろ! 今どき小学生でも知ってるぞそんなこと!
「なによなによ! じゃあどうやったらできるのよ! 教えなさいよ!」
「お、お、教えられっかバカ!」
「どうせ知らないんでしょ!」
「知ってる!」
「じゃあ教えなさいよ!」
「教えるかこのバカ!」
と、真っ赤同士の|俺《おれ》たちがお互いに詰め寄り、ぐぬぬぬぅー。
額《ひたい》と額が引っ付き合いそうなぐらいの距離で、睨《にら》み合っている間に。
いつの間にか意識を取り戻したらしい白雪は──
部屋から、ケムリのように消えていた。
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2弾 真剣白刃取り《エッジ・キャッチング》
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その後のアリアと白雪がどうなったかというと、これは明暗がハッキリ分かれた。
『何事も自ら調べ自ら学ぶ』がモットーのアリアは生命の神秘についておしべめしべレベルから図書館で自学自習し、自らの保体知識が天動説並に間違っていたことを認めたらしい。その後しばらく|俺《おれ》を見るたび赤くなって硬直する不可思議な|挙動《きょどう》を繰り返してはいたが、切り替えは早いタイプらしく、今は大した理由もなく俺を踏んだり蹴ったり銃をぶっ放したりする元のやんちゃなアリアに戻っている。カンベンしてくれよ。
一方……白雪は、あれから俺たちをあからさまに避けるようになった。
今まであれだけ|鬱陶《うっとう》しく俺の身の回りの世話をしたがっていたくせに、アリアとの対戦以降、俺を見るなり警戒心の強い小動物みたいに姿を隠すようになってしまったのだ。
そんなある日の──昼休み。
「|遠山《とおやま》君。ここ、いいかな?」
がやがやとうるさい学食の中、俺がハンバーグ定食を、アリアが持ち込みのももまんを食ってたら、目の覚めるようなイケメン面の男が、話しかけてきた。
ニコッ。
と|優男《やさおとこ》スマイルをしたコイツは、|強襲科《アサルト》の不知火亮《しらぬいりょう》。
昔、|俺《おれ》とよくパーティーを組んでいたクラスメートだ。
|武偵《ぶてい》ランクはA。このAにも色々あるのだが、不知火はバランスがいい。格闘・ナイフ・|拳銃《けんじゅう》、どれも信頼がおける。拳銃はLAM《レーザーサイト》つきのSOCOM《ソーコム》とこちらも信頼性抜群だ。
不知火はクラブサンドを乗せたトレイを机に置いた際に少しズレた俺のトレイを、ちゃんと元の位置に整えた。ゴメンよ、と会釈《えしゃく》することも忘れない。ほんと、マメな男だよ。
……ちなみにこの不知火、モテる。
そりゃそうだ。イケメンだし。|武偵高《ぶていこう》には珍しい人格者だし。
だが不思議なことに──アリアに付きまとわれる前の俺と|武藤《むとう》と不知火はよくつるんで放課後を過ごしてたんだが──カノジョとか、そういうのはいないらしいんだよな。
「聞いたぜキンジ。ちょっと事情聴取させろ。逃げたら轢《ひ》いてやる」
反対から俺のトレイを押しのけるようにしてトレイを置いたツンツン頭は、武藤|剛気《ごうき》。
|車輌科《ロジ》の腕っこきで、乗り物と名の付くものなら汽車から原潜までなんでも操縦できる乗り物オタクだ。
ちなみにコイツの拳銃はメンテが楽だからという理由で回転式弾倉《リボルバー》のコルトバイソン。
装弾数は少ないし|滅音器《サプレッサー》はつけられないし、武偵の銃としては論外だ。
なお、武藤《こっち》はモテない。悪いヤツじゃないんだけど、ガサツだからな。
「なんだよ事情聴取って」
「キンジお前、|星伽《ほとぎ》さんとケンカしたんだって?」
……さすが武偵高。
情報、というかウワサが広まるのが異常に早い。
ていうか武藤お前、なんでそんなにムッツリしてんだよ。
「星伽さん沈んでたみたいだぞ? どうしたんだ」
「|白雪《しらゆき》とはどうしたも何も……っていうか武藤。お前、白雪を見かけたのか?」
「今朝《けさ》、温室で花占いしてたのを不知火が見たって言うからよ」
「なんだよ花占いって」
「ポピュラーじゃないか」
不知火が、形のいいまゆ毛を和《なご》ませて言う。
「知らねーよ。アリア聞いたことあるか」
俺が聞くと、正面のアリアは「しらない」という感じに首をふりふりした。
ピンクの長いツインテールが、でんでん太鼓みたいに揺れる。
ちなみにアリアは今ももまんを|頬張《ほおば》るように食っているところなので、しばらく静かである。
「|遠山《とおやま》君も、きっと知ってる。花から花びらを1枚ずつちぎって、スキ・キライ・スキ・キライ……ってやるやっだよ」
あー。あれか。
今どきそんな昭和なことをゃるヤツがいるとは。
ホントに天然記念物だな。あの|大和撫子《やまとなでしこ》は。
「僕に見られてるのに気付いたのと、1時間目の予鈴《よれい》が鳴ったのとで……占い自体は中断してたけど。なんか、涙ぐんでいるみたいだったよ?……で、なんで別れちゃったの? もう、愛が冷《さ》めちゃったとか?」
うきゅうっ、とアリアがももまんをノドに詰まらせる音がした。
……だから愛とか言うなよ。
お子さまが過剰反応すんだろ。
「あのなあ……どこでどう話がこじれてそうなってるんだ。そもそも|俺《おれ》と|白雪《しらゆき》はそういう関係じゃない。ただの幼なじみだ」
「幼なじみ、かぁ。はぐらかし方としてはポピュラーな言葉の選択だね。ウワサでは神崎《かんざき》さんがヤキモチをやいて、|星伽《ほとぎ》さんに発砲したって聞いたよ。だから僕の読みは|遠山《とおやま》君と神崎さんがうまくいって、女子2人が決闘して……ってセン。だって神崎さん|強襲科《アサルト》でも遠山君の話ばっかりしてるもんね。しかもすっごく楽しそうに」
きゅきゅうもきゅー
神崎《かんざき》・H《ホームズ》・アリア嬢は真っ赤になって一気にももまんを飲み込むと、
「こっ、こっ、このっ──ヘンタイ!」
「ぐっ!?」
どういうわけか俺の顔面にパンチを入れてきた。
おい。おかしいだろ。
殴るなら不知火《しらぬい》だろ今のは。
「ハッキリ言っておくけどねっ。あたしが|白雪《しらゆき》を追い払ったのは、ヤっ、ヤキモチとか、そういうんじゃないの。あたしとキンジはパートナー。す、好きとかそういうのじゃない入絶対、絶対、ぜぇ───ったい、それはない。これは本当の本心の|本音《ほんね》よっ!」
そんな念入りに否定せんでもええやん。
「へぇ、そうなんだ。じゃあ|遠山《とおやま》君。|星伽《ほとぎ》さんとは復縁の可能性も有りってこと?」
「復縁って何だ復縁って。ていうか不知火。さっきの話だがな──白雪は今朝《けさ》の予鈴《よれい》の時には、俺と一般校区の廊下で出くわして挨拶もせずに女子トイレへ逃げ込んでるんだよ。だから何かの見間違いだ。それに仲直りするしないだなんて、お前の個人的な意見なんてそもそも求めてないだろ」
「そういえばそうだったね。ごめんよ」
ニコッ。
不知火は神父様みたいな笑顔で|謝《あやま》ると、それ以上は追及してこない。
俺から目を逸《そ》らし、アリアに『遠山君、機嫌悪いね』なんて小声で|囁《ささや》いたりしてる。
一方、|武藤《むとう》は……俺に開きたい事があるけど、ここでは聞かない、という感じのヘンな顔をしている。まあ、武藤の顔がヘンなのはいつもの事だけどな。
「……そういえば不知火」
白雪の件でこれ以上イジられるのもイヤだったので、俺は話題を変えることにした。
「お前、アドシアードどうする。代表とかに選ばれてるんじゃないのか?」
アドシアードとは──年に一度行われる|武偵高《ぶていこう》の国際線技会で、スポーツでいえばインターハイ、オリンピックみたいなモノである。
まあ平和の祭典オリンピックとは違って、こっちは|強襲科《アサルト》や|狙撃科《スナイプ》によるキナ臭《くさ》い競技ばかりが行われるんだが。
「たぶん競技には出ないよ。補欠だからね」
「じゃあイベント|手伝い《ヘルプ》か。何にするんだ? 何かやらなきゃいけないんだろ、手伝い」
「まだ決めてなくてねえ。どうしようか」
と、女子なら一目惚《ひとめぼ》れしかねんアンニュイな|溜息《ためいき》をつく不知火。
反対では武藤が焼きそばパンをもそもそ|頬張《ほおばり》り出した。麺《めん》が一部、口からハミ出てる。
「アリアはどうすんだ? アドシアード」
「あたしも競技には出ないわよ。拳銃射撃競技《ガンシューティング》代表に選ばれたけど辞退した」
「じゃあお前もイベント手伝いか。何やるか決めたか?」
「あたしは閉会式のチア[#「チア」に傍点]だけやる」
「チア[#「チア」に傍点]……? ああ、アル=カタのことか」
アル=カタとはイタリア語〈|武器《ぶき》〉のこと日本語の〈型《カタ》〉を合わせた|武偵《ぶてい》用語で、ナイフや|拳銃《けんじゅう》による演武をチアリーディング風のダンスと組み合わせてパレード化したものだ。
武偵高《うち》の女子はそれを、|臆面《おくめん》もなく『チア』と呼んで憚《はばか》らない。
「キンジもやりなさいよ、パートナーなんだし。手伝い、どうせ何でもいいんでしょ?」
「あ、ああ…………」
この出し物、世間的な印象がイマイチよくない『武偵』という仕事のイメージアップを目的としたものである。
なので見た目がカワイイ方がいいだろうと、踊るのはチアガール姿の女子だけ。
男子はそのバックでハートを演奏する地味な役だ。
「音楽、か。まあ得意でも不得意でもないし……それでいいか、もう」
「あ。|遠山《とおやま》君がやるんだったら、僕もそれにしようかな。|武藤《むとう》君も一緒にやろうよ」
ニコツ、とまた涼風のような笑顔を|俺《おれ》と武藤に向ける不知火《しらぬい》。
歯並びいいなーお前。
「ハートかあ。カッコイイかもな。よし、やるかあ」
武藤もついてきた。
こいつら、ホントにいつも行き当たりばったりだな。
まあ俺も人のことは言えないんだが。
「……でも神崎《かんざき》さん、代表を辞退するなんてもったいない。ポピュラーな話だけど、知ってる? アドシアードのメダルを持ってると、進路がバラ色になるんだ。武偵大《ぶていだい》も推薦《すいせん》で進学できて、就職にも有利。|武偵局《ぶていきょく》にはキャリア入局できるし、民間の武偵企業だって一流どころの内定がよりどりみどりつて話だよ?」
「そんな先のことはどうでもいい。あたしには今すぐ、やらなきゃいけないこと[#「やらなきゃいけないこと」に傍点]がある。競技の練習なんかに出てるヒマはないわ」
やらなきゃいけないこと[#「やらなきゃいけないこと」に傍点]。
声に込められた決意から、それが……
アリアの母親、神崎かなえさんを助けることだと、俺にはなんとなく分かった。
無実の罪を着せられたかなえさんを救い出すため、アリアは|数多《あまた》の真犯人──このあいだ戦った『|武偵殺《ぶていごろ》し』、理子《りこ》・峰《みね》・リュパン4世もその1人だ──を相手に、これからも熾烈《しれつ》な逮捕劇を繰り広げなければいけない運命の十字架を背負っている。
そしてそれは、パートナーの俺も──だ。
ハイジャック事件で惜しくも取り逃がした理子《りこ》は、|俺《おれ》の兄さんのカタキでもある。
少なくともあの一件は、いずれ決着をつけなければならないだろう。
それに理子は……殉職《じゅんしょく》した兄さんを、まだ生きているかのように話していた。俺に本気を出させるためのウソだったのだろうとは思うが、正直、あれは未《いま》だに少し気になる。
「アドシアードなんかよりね」
と話を続けたアリアは、ぐぐいと腕組みし、上体を後ろに反《そ》らした。
座高差のある俺を見下ろす目線を作りたかったらしい。142センチのくせに。
「キンジ、あんたの調教の方が先よ」
「……ちょ、調教? お前ら、なんかヘンな遊びでもしてんじゃねーだろーな……?」
|武藤《むとう》が|頬《ほお》を引きつらせて、俺とアリアを見回した。
「|白雪《しらゆき》と似たようなこと言っな武藤。あとアリア…………せめて訓練と言ってくれ、人前では」
「うるさい。ドレイなんだから調教」
さっきはパートナーっってたのに。
都合のいいときだけドレイに格下げですか。
「ていうか調教って何をするつもりなんだ。具体的には」
「そうね!……んー。まずは明日から毎日、一緒に朝練しましょ」
げ。
アリアはどうやら朝練などという困った案をいま思い付いたらしく、うん、いいアイデアだわ、などと|呟《つぶや》いてご|満悦顔《まんえつがお》である。
くそっ。ヤブヘビだったか。アドシアードの話なんてするんじゃなかったな。
翌朝7時。
ゆうべマリアに二丁|拳銃《けんじゅう》を突きつけられて命令された通り、早起きして待ち合わせ場所にいた俺は……
「だーれだ」
と背後から目隠ししてきたアリアに振り返り、一瞬、黙ってしまった。
か。
カワイイ。
「んもう。こんな簡単に背後を取らせるなんて。甘いわね」
背伸びをストンと解除して、両手を腰に当てたアリアは……
チアガール、の、カッコをしていたのだ。
|武偵高《ぶていこう》のチアガールは、黒を基調にした珍しいコスチュームを着用する。
ノースリーブのトップには胸の上部に穴が空《あ》いていて、穴からはアリアの真っ白な肌がのぞいている。普通はハート型とか星型の穴をあけるんだろうが、銃弾型の穴が空いてるあたりがとっても|武偵高《ぶていこう》だな。
恐る恐る見下ろしたスカートは、デフォルトでガンチラ(スカート内に隠した|拳銃《けんじゅう》がチラ見えすること。命名・アホの|武藤《むとう》)してるほど短い。
「な……なんだよ、そのカッコ」
「見て分かんないの? チアよ。あんたモノを知らないにも程があるわよ?」
「お前にだけは言われたくないぞ。ていうか今のは、『なんでそのカッコなんだ』って質問だ」
「そんならそう言いなさいよこのドベ。これはあんたを調教する間に、あたしがチアの練習をする準備なの。同時にやれば、時間をムダにしないですむでしょ?」
と、アリアは誰《だれ》もいない周囲を満足げに見回す。
ここは──武偵高が乗る人工浮島のハズレに位置する、通称、『看板裏』。
レインボーブリッジに向けて立てかけてある巨大な看板の裏であり、体育館との間に挟《はさ》まれた細長い空《あ》き地だ。
いつも人けの少ないここをアリアは転入生のくせに目ざとく発見していて、|俺《おれ》との特訓場にしたわけである。ついでに自分の課題もやろうって腹らしい。
「……で、俺は。何をすればいい」
「ぉほん」
チアリア[#「チアリア」に傍点]はもったいぶって姿勢を正すと、|咳払《せきばら》いするフリをした。
本当にコドモっぽいな。こういう仕草。
カワイイにはカワイイが、同時にイラッとくる。
「あたしの中では、あんたはSランクの|武偵《ぶてい》だわ」
「お前の中でだけはな」
「余計な口を挟まないの」
二丁拳銃に手を伸ばしたアリアに、俺は身の安全のため沈黙。
「|強襲科《アサルト》のSランクっていうのは、『1人で特殊部隊1個中隊と同等の戦闘力を有する』って意味の評価なのよ」
んなムチャな。
「あんたはそれだけの才能を持ってる、やればできる子なの。だけど、その力を自由には使えてない。だから必要なのは、あんたを|覚醒《かくせい》させる『|鍵《かぎ》』だわ」
アリア教授は得意げに語る。
自分がその『鍵」だとは夢にも思うまい。
「で、ハイジャックの後、あたし詞べたの──二重人格[#「二重人格」に傍点]ってものをね」
二重人格、か。
ふふん。そいっはハズレだぞ。
ヒステリアモードは、心因性の獲得形質じゃない。神経性の遺伝形質だ。
つまり、二重人格なんてものとは全く別物なんだよ。
だが……|俺《おれ》はさも感心したような態度で、相づちを打っておくことにした。
「そうなのか。よく分かったな」
アリアよ。今後も見当違いな研究を続けるがいいさ。
「本とかネットで勉強したの。なかなか興味深かったわ。で、あんたにはたぶん幼少期のトラウマによる別人格があって、戦闘時のストレスによってそっちに切り替わるのよ」
「なるほど」
「自転車ジャックの時も、ハイジャックの時もそうだったもんね」
「そうだなあ」
「だから──あんたを戦闘のストレスにさらしまくるのが、特訓の第一段階」
と言うとアリアは、
ぞろり。
いきなり、こんなカッコでも背中に隠していたらしい寸詰《すんづ》まりの刀を抜いた。
「──お、おい待てっ!」
「なによ。拳銃戦《けんじゅうせん》はあとでやるから安心しなさいよ」
「そうじゃねえ! そんなもんでお前に斬りかかられたらバラバラになっちまうだろ!」
「あのねぇ。あんたの頭にも脳みそってもんがスプーン一杯ぐらいは入ってるハズなんだから、少しは考えなさいよ。モノには流れってものがあるでしょ?」
カチンと来る言い方で、アリアは|溜息《ためいき》混じりに言う。
「これはバカキンジモードのあんたにストレスを与えて|覚醒《かくせい》させて、覚醒後の反撃までの流れを作る訓練なの」
「反撃……?」
「まだ分かんないの? しょうがないわね。じゃあ段取りを説明してあげるから、うれし泣きしつつ耳の穴をかつぽじってちゃんと聞きなさい?」
うれし泣きしながら耳掃除してるヤツがいたらアブないと思うが。
「その1。バカキンジモードのあんたがいる。その2。戦闘時に覚醒。その3。その場で反撃。これがあたしが考えた、理想の流れなのよ」
そんだけかよ。
恩着せがましい割にはアホほどシンプルだな。
これでコイツ、かの世界的名探偵シャーロック・ホームズの4世だと言うんだから……イギリス政府は国の名誉のためにDNA鑑定とかをした方がいいと思うぞ。本当に。
「だからあんたが覚えるべき技は、カウンター技なの」
「カウンター技……って何だよ」
「まずは|真剣白刃取り《エッジ・キャッチング》」
言うとアリアは、刀を振り上げた。
「待《ま》――」
て! と|俺《おれ》が叫ぶより早く、
ヒュッ!!
という空気を斬る音が、左耳のすぐ|脇《わき》で鳴った。
今、見えないほどの速さで、アリアが俺の肩に刀を打ち下ろし──かけたところで、寸止めしたらしい。全然、見えなかったが。
ふわ。
アリアの動作で起きた風に乗り、例のクチナシみたいな香りが|微《かす》かにした。
「はい。今のタイミングを500回、まずは頭の中でイメージする。制限時間10分」
絶句している俺を、アリアはその|赤紫色《カメリア》の|瞳《ひとみ》で見上げる。
「……イメージ?」
「そう。まずは今の動きを元に、刀を|挟《はさ》み取るイメージを作るのよ。シャドーボクシングみたいに、実際に手を動かしてもいいわ」
ひゅら、くるっ、ちゃき。
流れるような動作で刀を背中の|鞘《さや》にしまうアリア。
「要するに……ただのイメトレか」
「なんなら今からタンコブ量産する?」
「分かった分かった、やりますよ」
|俺《おれ》は深ーく|溜息《ためいき》をつくと、しぶしぶ、アリアの刀を|挟《はさ》み取る想像を始めた。
アリアはその様子に満足げにうなずいてから、
「うんうん。言うこときくキンジはいいキンジ。いい子よ。ママに冤罪《えんざい》を着せたイ・ウーには剣の名手もいるらしいし、対ナイフ術は|武偵《ぶてい》の基本。しっかりやるんですよ?」
お姉さんぶった口調《くちょう》で言い、にこっと笑うアリア。
コイツに子供扱いされちゃおしまいだ。
「はい、もうカウントダウンしてるからね。9分|59《ごーじゅきゅ》、|58《ごーじゅはっち》」
「やるやる。やってる」
「ムダ口叩《たた》かないっ。はいペナルティーで30秒マイナス!」
なんだそのアリアルール。
独裁者なみに勝手なヤツだな。
(……でも、まあ……付き合ってやるか)
俺は小さく溜息をついた。
ヒステリアモードの|鍵《かぎ》うんぬんはおいておくとしても……
一応、俺の腹はこの間の一件で決まってるからな。
俺は、正義の味方になんかならない。
でも──もう少しだけ、コイツの味方にはなってやろうって。
(アリアがやりたいことには、付き合ってやるさ)
ただ、自分に言い聞かせておきたいところだが、これは決してコイツが可愛《かわい》いからとか、好きになったとか、そういう理由じゃないだろう。
単に『一度決めたことは曲げない』っていう、当たり前のことをしてるだけなんだ。
だから、他《ほか》にも決めていること──来年|武偵高《ぶていこう》から一般校に転校すること、普通人になって普通の人生を送ること──その計画も、変えるつもりはない。
などと考えながら、俺がイメトレをしていると……
アリアは、スカートの内側からiPodを取り出して操作し始めた。
横目で見れば……タッチパネルも兼ねたその小さな画面の中で、動画が再生されている。
動画は、チアことアル=カタの模範演技ムービーだ。アリアに言われてハート担当に登録していた俺にも、今朝《けさ》、アドシアード準備委員会から同じ動画が来ていた。
「ふぅん……かわいいかも」
と独《ひと》り言したアリアは、俺から少し離れて背を向け……
ぴっ。
ぴっぴっ。
いきなり、なにげにサマになってるダンスを始めた。
お。コイツ。
けっこううまいな。
チアなんて興味がないから詳しくは知らないが、しゃしゃっ、とピンクのツインテールを揺らしながら踊り始めたアリアの動きは、素人目《しろうとめ》に見ても立派なチアリーダーだ。
動きは普通のチアっぽいのから始まって──バッ、パパッ。
武道の『型《カタ》』の動作を入れた、勇《いき》ましいものに変わる。
まあそれでも、ちっこかわいいアリアがチア服でやると……キュートなんだが。
ナイフから|拳銃《けんじゅう》へと武器を持ち替えつつ踊ったアリアは、ぽん、と脚《あし》を高く上げてその場で片脚《かたあし》バック宙まで決めた。
アンダースコートは下着じゃないから恥ずかしくないもーん、って事らしいが、それはどうでもいいとして、コイツ、やたらうまいぞ。
ぴっぴっぴ。ぴっぴっぴ。
アリアはボンボンを拾い、『キラッ☆』ってカンジの笑顔まで作りやがる。
普段ツリ目でツンツンしてるから、こういう時はたとえ演技のスマイルだとしても効果が2倍だ。何の効果かは|俺《おれ》も知らんが。
だがそんな一方で……チアの練習をしているアリアは……
こうやって見ている分には、本当に、普通の女の子っぽく感じられた。
一般の高校にいても、別に誰《だれ》もおかしいとは思わないだろう。ただの、ちょっとチビでワガママな、どこにでもいる元気な女子高生──
「っていうか…………キンジ?」
急に、ダンスが止まる。
しゅる、とピンクのツインテールをなびかせてアリアが振り返った。
「さっきからなにジロジロ見てんのよ。やらしいわね」
アリアは、ぷん! とボンボンを両腰にあてる。
そして自分のスカートがちょっとズリ上がり気味になってたことに気がついて、ぱす、とボンボンで払って整えた。
「──見せ物じゃないのよ?」
なんかいまさら恥ずかしくなってきたのか、膨らました|頬《ほお》をちょっと赤らめている。
「見せ物だろうチアは。本質的には。ていうかお前なんか別に見たくもない」
確かにアリアをガン見しすぎていた俺も、少し気まずくなって視線を逸《そ》らす。
「じゃあなんで見てたのよ」
「それは、そんな事、お前に関係ないだろ」
「……そりゃ、そうだけど」
「……」
あー。
なんだよ、この空気。
「それよりあんた、ちゃんとイメトレしてるの? あと5分したら|峰打ち《バック》で練習始めるんだからね?」
「峰打ちって」
あれはあれで凄《すご》く痛いんだぞ。
要するに、金属棒でブン殴られるワケなんだから。
「最初はゆっくりしてあげるから、怖《こわ》そうな顔しないの。でも、徐々に速くするけどねー」
ニヤリ。と、アリアは実に邪悪な笑《え》みを浮かべるのであった。
「痛ってえ……」
|俺《おれ》は放課後の今でもまだズキズキするタンコブをさすりながら、|探偵科《インケスタ》の校舎を出た。
ちくしょう。サドアリアめ。峰打ちとはいえ、ポコポコ殴りやがって。
なんか英単語とか歴史の年号をいくつか忘れたような気もするぞ。
「キーンジ」
アリアが、とてて、と夕焼けの中を駆け寄ってくる。
また、探偵科棟《インケスタとう》の前で待ち伏せしていたらしい。
「言っておくが放課後は訓練なんかしないぞ。俺は一般科目の宿題をやるんだからな」
「まだ何も言ってないじゃない」
「あと|強襲科《アサルト》にも戻らないからな。あんな死ね死ね団に戻れってんなら、パートナーは解消だ。俺は来年転校するまで|探偵科《インケスタ》で平和に暮らす」
「まだ何も言ってなーい」
アリアは俺のトゲトゲしい声などどこ吹く風で、とてて、とバス停に向けて歩いてく。
そして、ひまわりみたいな笑顔で振り返った。
「でも朝練は明日もするからね」
……まあ、それぐらいは付き合ってやるか。
一応、パートナーなんだし。
それに3回続けて否定的なことを言っと、3段オチのオチには『風穴』が拭ってるだろうしな。
「あのねキンジ、今日、|強襲科《アサルト》で対・投げナイフ技の練習をしたんだけどね──」
などと聞きたくもない物騒な話を楽しげにぺらぺら話すアリアは、最近、見てのとおりゴキゲンである。
理由は明らかだ。
|俺《おれ》が、そこそこパートナーっぽく振る舞っているからだろう。
かの名探偵シャーロック・ホームズ氏にジョン・H・ワトソン氏がいたように、アリアの一族──ホームズ家の人間には、その実力を発揮するためのパートナーが必要だ。
で、かつて『独唱曲《アリア》』……ひとりぼっちだったアリアは、それを探し回っていた。|比喩《ひゆ》表現ではなく、世界中で。
そしてようやく、この東京|武偵高《ぶていこう》で見つけたのだ。
──ヒステリアモードの、俺──
常時その力を発揮することはできないまでも、天才の自分に合わせられる助手《パートナー》を。
「ねえキンジ」
「なんだ」
「ふふ。なんでもなーい」
「うっざ」
道すがら時々こうやって振り返り、俺がいるのを確認してはランランとセーラー服のスカートをひらつかせて道に戻るアリアに、ゲンナリしてくる。
「お前さあ、俺以外のパートナーはもう探さないのか…………? せめてもう2、3人仲間を加えて、パーティーを組んだ方がいいんじゃないか?」
そしてそいつらにはこのガキんちょのお守《も》り役になって欲しいところだ。
「仲間なんかいらない。みんなで何かやるのって、ニガテだもん」
よく分かります。
「そもそもあたしは1人でも戦えるし、あたしについてこれるパートナーがいればそれでいいの。あんたの調教が仕上がれば、それで十分。あんただけ、いればいいの」
チクショウ。
てことは、コイツの面倒は俺が見続けなきゃなんないのかよ。
その事実に、俺は……
「……頭痛がしてきた。お前にポコポコ叩《たた》かれたせいだ」
「アスピリンでも飲めば?」
「俺は頭痛とかカゼには大和化薬《やまとかやく》の『特濃葛根湯《とくのうかっこんとう》』しか飲まねーんだよ」
「とくのう? なにそれ」
「|生薬《しょうやく》の成分を濃縮した、って意味だ。葛根とか麻黄《まおう》とか、漠方薬がいろいろ入ってる」
「じじむさ。じゃあそれ飲んでおきなさい。明日もまたぽこぽこする」
「ちょうどいま切らしてんだよな……あれはアメ横にしか売ってねーし。けっこう面倒なんだよ、あそこまで行くの。上野と御徒町《おかちまち》の中間ぐらいの薬屋で、どっちの駅も遠いし」
「キンジっ」
と、急に。
やっぱり|俺《おれ》のボヤキを聞いてなかったらしいアリアが、教務科の前で立ち止まった。
「これ見て」
「……何だ」
びしっ、とアリアが指す掲示板をのぞき込むと……
『 生徒|呼出《よびだし》 2年B組超能力捜査研究科 |星伽白雪《ほとぎしらゆき》 』
白雪が、教務科に呼び出しを受けていた。
……珍しいこともあるもんだな。
偏差値75の優等生で生徒会長で園芸部長で手芸部長で女子バレー部長、生活態度も先日のアリア襲撃事件を除《のぞ》けば|完璧《かんぺき》な模範生の白雪が……呼び出しとは。
「アリア。お前、このあいだ白雪に襲われたのをチクったのか?」
「──あたしは貴族よ」
きろっ、とアリアが紅《あか》い|瞳《ひとみ》で睨《にら》んできた。
「プライベートな事を教師に告げ口するような、|卑怯《ひきょう》なマネはしないわ。いくら売られかケンカでもね。バカにしないで」
ほほう。
アリアにしては殊勝《しゅしょう》な心がけだな。
と少し感心する俺のそばで、アリアは口元にちんまい指をあてて少し考えてから、
「キンジ、これはあの凶暴女を遠ざけるいいチャンスだわ」
と、自分の凶暴性を棚どころか天井裏まで上げて、俺をアゴの下から見上げてきた。
「──この件を調査して、あいつの弱みを握るわよ!」
お前いま、貴族は卑怯なマネしないとか言ってなかったか?
「弱みって……なんでだよ。白雪はあれから来てないだろ」
「来てるじゃない!」
え。
「最近、あたしが1人だとあちこちでドアの前に気配がしたり、物陰から見張られてるカンジがしたり、電話が盗聴《とうちょう》されてるみたいに断線したり──」
…………。
「一般校区でも渡り廊下から水がかけられたり、どこからともなく吹き矢が飛んできたり落とし穴に落とされたり!」
……おいおい……
「『泥棒ネコ!』って書かれた手紙が送られてきたり。ネコのイラスつきで」
それはなんか半分カワイイが。
「──とにかく! あたしはあの女に嫌がらせを受けてるのよ! 気付いてないなんて、ほんつとキンジはどこまで鈍感なの! この無能!」
「そうだったのか……」
「それだけならまだいいわ」
……いいのか?
「こないだなんか、女子更衣室のロッカーを開けたらピアノ線が仕掛けてあったのよ! あたしが──その、まあ、身体的な理由によって──ロッカーの奥に潜《もぐ》り込まないと服を取れないのが分かってて、首の位置に仕掛けてあったんだから!」
それは……笑えないな。
ちびアリアがロッカーに潜り込んだら、スパッ、か。
そんな凶悪なトラップ、|強襲科《アサルト》の3年か|諜報科《レザド》じゃないと習わないようなヤツだぞ。
「キンジ。この|白雪《しらゆき》が指定されてる呼び出しの時刻、一緒に……」
ブリプリ怒るアリアは、|眉《まゆ》をひそめていた|俺《おれ》に──
出会ってから今までで、最も恐ろしい指示を下すのだった。
「教務科に、潜入するわよ!」
東京|武偵高《ぶていこう》は隅から隅まで危険きわまりない高校だが、その中にも『3大危険地域』と呼ばれる物騒なゾーンがある。
──アサルト強襲科。
──|地下倉庫《ジャンクション》。
そして、教務科《マスターズ》だ。
教師の詰め所にすぎない教務科が、なぜ危険なのか?
答えは簡単だ。
武偵高の教師が、危険人物ばっかりだからである。
そりゃそうだ。こんな普通じゃない学校の先生なんて、普通じゃない大人《おとな》に決まってる。
というか俺が知っているだけでも、前職が各国の特殊部隊、|傭兵《ようへい》、マフィア、ウワサでは殺し屋………などなど、聞かなきゃよかった経歴の持ち主が大集合している。
まあもちろん|探偵科《インケスタ》や通信科《コネクト》などの教師にはマトモなのもいるが、それは悲しいかな、少数派に過ぎない。
「キンジ。手、届かない。抱え上げて」
と無声音で言うアリア様と、ドレイこと俺は……その虎《とら》の穴・教務科に、今、潜入してしまっている。
「……はいはい」
まあ、潜入を断ったらアリアにボコボコに痛めっけられた上で風穴だろう。
それなら、ひと思いに殺してくれそうな教師どもの方がまだマシだ。
そんな悲しい理屈で|俺《おれ》はもうやけっぱちの精神。忍び込んだ教務科の廊下で、天井裏のダクトへマリアの手を届かせてやりにかかる。
抱きかかえるとまた強猥《きょうわい》がどうのとか言われそうだったので、子供を持ち上げるように、|両脇《りょうわき》を両手でつかんで持ち上げてやった。
「ほーれ。たかいたかーい」
ヤケクソついでに無声音で言うと、
「風穴っ!」
ごすっ! 黒ニーソのおひざが俺の|鳩尾《みぞおち》にめりこんだ。10センチほど。
「……う…っ…ぉ…………!」
俺の悶《もだ》えを無視しつつ、アリアは懸垂《けんすい》の要領で天井裏に上がる。目の前をニーソとスカートの間(たしか|武藤《むとう》が『絶対領域』とか言ってた生足の部分だ)が通過したと思ったら、ぐしっ。俺の頭を踏んでダクトに上がっていきやがった。
アリアに手を引かれて俺もダクトに上がり、ゴソゴソと匍匐《ほふく》前進で進む。
ツインテールを引きずりつつのご主人様がスカートのまま先へ行ってしまったのには少少ヒステリア化の危険性を感じたが──ダクトの中が暗くて助かった。スカートどころか、絶対領域とやらもよく見えん。
ゴソゴソ。
ゴソゴソゴソ。
前を見れば……
シャカシャカシャカシャカ。
アリアは、這って進むのが異様に速い。
角を曲がるアリアに、俺はなんとか追いつくカンジだ。
「アリア」
「なに」
「おまえ、匍匐前進速いな」
「得意なの。|強襲科《アサルト》の女子で一番速いわ」
「だろうと思ったよ」
「なんで」
「ジャマになるものがないからな」
「なにが?」
「胸だ」
ごすっ!
|俺《おれ》の側頭部に、角の向こうからアリアのカンガルーキックがめり込んだ。
10センチほど。
|白雪《しらゆき》を──見つけた。
呼び出しをしていた教師の、個室にいたのだ。
俺たちは狭い通気口から、部屋の内部をうかがう。
都合、アリアと俺は頭と頭をほとんどくっつけた状態でノゾキをするハメになった。
こういう、身体接触というかなんというかを……アリアが嫌がったり怒ったりしたら、こっちも気まずい。ので、俺は少し頭を離しつつ横目で……チラ、とアリアを見た。
至近距離から見たアリアの横顔は、通気口から漏れ入る光に照らされていて……
──ああ。
クソッ。
と舌打ちしてしまいそうなぐらい、かわいかった。
認めるのが腹立たしいことだが、アリアの顔立ちは本当に愛らしい。
お人形さんみたいに整ってて、それでいて表情も豊かときている。
笑顔も悲しそうな顔も、今みたいに集中している顔も、どれもこれも胸にグッと来る、ハリウッドの子役女優みたいな力を持ってるんだ。ズルイよな。そういうの。
「|星伽《ほとぎ》ぃー……」
女にしては低めの、白雪を呼ぶ声。
室内では2年B組の担任で尋問科《ダギユラ》の教諭──|綴《つづり》先生が、黒い革張りのイスで編み上げブーツの足を組んでいた。
白雪は向かいのイスについて、少しうつむいている。
「おまえ最近、急ぅーに成績が下がってるよなー…………」
ぷは、とタバコの煙を輪っか型に吹いた綴は、室内でも真っ黒なコートを|羽織《はお》っていた入そのコートの着方が、マンガとかに出てくるだらしない博士の白衣みたいにだらしない。大腰には黒革のホルスターとそこに入った真っ黒な|拳銃《けんじゅう》、グロック18が丸見えだ。
綴は──教師の中でも、アブないのの筆頭みたいな女である。
まず目がいつも据《す》わっている。年中ラリつてるようなカンジだ。ていうかあのタバコ、明らかに市販のものとは違う草っぽい臭《にお》いがするんだがそれは日本国内で吸って大丈夫なモノなのか。
綴は黒くて薄い革手袋の手で、タバコ(?)を灰皿に押しつけた。
「あふぁ……まあ、勉強はどぉーでもいいーんだけどさぁ」
こら。先生がそんなこと言うな。
だから|武偵高《ぶていこう》の平均偏差値が50を超えないんだぞ。
「なーに……えーっと……あれ……あ、変化。変化は、気になるんだよね」
そんな単語を忘れる脳みその状態が心配になってしまうこの|綴《つづり》は、無気力と額《ひたい》に書いてありそうな顔つきはともかく、実はある一点において恐ろしく有能な|武偵《ぶてい》である。
──尋問《じんもん》。
その技術に於《お》いて、コイツは日本でも五本の指に入る名人らしい。
何をされるのかは不明だが、綴に尋問されると、どんな口の堅い犯罪者も洗いざらい何でも白状する。その後おかしくなって、綴を女王とか女神とか呼ぶようになるらしいが。
綴はおかっぱ頭の黒々した髪を揺らして、かぶりを振った。
「ねぇー、単刀直入に聞くけどさァ。|星伽《ほとぎ》、ひょっとして──アイツにコンタクトされた?」
「|魔剣《デュランダル》、ですか」
|白雪《しらゆき》の言葉に──ピタッ、とアリアがその|眉《まゆ》を動かした。
|魔剣《デュランダル》。
周知メールで見ただけだが……|俺《おれ》も、その名前は覚えている。
たしか、超能力を用いる武偵・『|超偵《ちょうてい》』ばかりを狙《ねら》う――誘拐魔。
だが|魔剣《デュランダル》は、その実在自体がデマだと言われて久しい。
というのも、その姿を見た者が誰《だれ》もいないのだ。誘拐されたとされている|超偵《ちょうてい》も、実は別件での|失踪《しっそう》だったんじゃないか? という見方の方が今や多数派である。
今じゃ真に受けるヤツもいない、都市伝説みたいな犯罪者なのだ。ソイツは。
「それはありません。と言いますか……もし仮に|魔剣《デュランダル》が実在したとしても、私なんかじゃなくてもっと大物の超偵を狙《ねら》うでしょうし……」
「|星伽《ほとぎ》ぃ!。もっと自分に自信を持ちなよォ。アンタは武《ウ》偵高《チ》の秘蔵《ひぞう》っ子《こ》なんだぞー?」
「そ、そんな」
|白雪《しらゆき》はばっつん前髪の下で恥ずかしそうに視線を落としている。
「星伽い、何度も言ったけど、いいかげんボディーガードつけろってば。|諜報科《レザド》は|魔剣《デュランダル》がアンタを狙ってる可能性が高いってレポートを出した。超能力捜査研究科だって、似たような予言をしたんだろ?」
「でも……ボディーガードは…………その……」
「にゃによぅ」
破った英和辞書らしい紙で妙な草をモゾモゾ巻いた|綴《つづり》は、べろ、とそれをツバで留める。
「私は、幼なじみの子の、身の回りのお世話をしたくて……誰かがいつもそばにいると、その……」
「星伽、教務科《うちら》はアンタが心配なんだよぉ。もうすぐアドシアードだから、外部の人間もわんさか校内に入ってくる。その期間だけでも、誰か有能な|武偵《ぶてい》を──ボディーガードにつけな。これは命令だぞー」
「……でも、|魔剣《デュランダル》なんて、そもそも存在しない犯罪者で……」
「これは命令だぞー。大事なことだから、先生2度言いました。2度目はコワイぞー」
タバコに火を点《つ》けた級は、ブフゥーッ。
と煙を白雪の顔面にぶっかけた。
こら綴。
お前はどうでもいいが、白雪がこれ以上トンチンカンになったらどうすんだ。
「けほ。は……はい。分かりました」
煙に目を細めっつ、白雪はとうとう首を縦に振った。
(……)
今の会話から、|俺《おれ》は白雪が呼び出された理由を把握しにかかる。
超偵の白雪は、『|魔剣《デュランダル》』に狙われているかもしれない……と、最近学校から警告を受けていたらしい。
なので教務科は、白雪に護衛をつけろと命じた。
しかし、白雪はそれを断り続けてきた。
……それ自体には、実は|俺《おれ》も納得できるといえばできる。
|武偵高《ぶていこう》では、よくこういった警告が生徒に出されることがある。
が──実際に誰《だれ》かがその通り襲われた事は、ほとんど無いのだ。
超能力捜査研究《SSR》科の予言なんてそもそも|眉唾《まゆつば》モノだし、|諜報科《レザド》はガセが多くて有名だ。
しかも敵は、存在すら|怪《あや》しまれてる|魔剣《デュランダル》。
つまり──
これは、教務科の過保護[#「過保護」に傍点]ってヤツで。
優等生の|白雪《しらゆき》は教務科的には期待の星ってやつだから、その身に万が一でも何かあってはいけない。なので不確かな情報にも過剰反応して、ボディーガードをつけろと命令しているのだろう。
かわいそうなのは白雪だな。大人《おとな》の都合に振り回されて、迷惑だろうに。
と、俺が口をへの字に曲げた時……
がしゃん!
と、アリアが。
通風口のカバーをパンチでぶち開けた。
「ちょっ……! おまッ!」
ブラウスのスソを握る俺の制止を、ぽこ、ぽこここ! とキックで振り切ったアリアは──ひゅらっ!
ダクトから飛び降り、豪快にスカートを翻《ひるがえ》しつつ室内に降り立った。
目を丸くする、白雪と|綴《つづり》。と俺。
ていうかここからは見えなかったが、今のあれ、スカート的にかなりアウトなめくれ方してなかったか? いや、何がアウトなのかは知らんが。
「──そのボディーガード[#「そのボディーガード」に傍点]、あたしがやるわ[#「あたしがやるわ」に傍点]!」
着地と同時に放たれたアリアのセリフに、俺は、驚きのあまりつい身を乗り出し──
ズルッ、ズルルルッ、
「う……うおっ!?」
べちゃ。
真下にいるアリアめがけて、落っこちてしまった。
「うおっ!?」
「むきゅ!?」
アリアは一瞬せんべいみたいに|潰《つぶ》れたが、ぽんっ、と|俺《おれ》をはね除《の》けた。
「き、きき、キンジ! ヘンなとこにそのバカ面《つら》つけるんじゃなうにゅえ!?」
赤くなって怒鳴るセリフの途中で、級《つづり》にネコづかみされて持ち上げられるアリア。
起き上がった俺も──グッ。|襟首《えりくび》をつかまれて持ち上げられ、だんっ。だだんっ。
アリア共々、壁際に投げ捨てられた。
な、なんてバカ力だ。綴。
「んー? ─なにこれぇ?」
俺とアリアの顔をしゃがんでのぞき込んだ綴は、
「なんだあ。こないだのハイジャックのカップルじゃん」
すーっ、とタバコを一気吸いすると、こき、こき。なんか薄ら笑いを浮かべて、ナナメ上を見つつ首を鳴らした。あ……アブネーな。コイツ。こういう仕草。
ていうかカップル言うな。
「これは神崎《かんざき》・H《ホームズ》.アリア──|ガバメント《ガバ》の二丁|拳銃《けんじゅう》に小太刀《こだち》の二刀流。二つ名は『双剣双銃《カドラ》』。欧州で活躍したSランク武偵《ぶてい》。でも──アンタの手柄、書類上ではみんなロンドン|武偵局《ぶていきょく》が自分らの業績にしちゃったみたいだね。協調性が無いせいだ。マヌケぇ」
綴はアリアのツインテールの根本を片方つかんで顔を確かめながら、ベラベラとプロフィールを語り出した。
「い、イタイわよっ。それにあたしはマヌケじゃない。貴族は自分の手柄を自慢しない。たとえそれを人が自分の手柄だと吹聴《ふいちょう》していても、否定しないものなのつ!」
アリアは綴のアヤシさにも|怯《ひる》まず、|犬歯《けんし》をむいて答えている。
「へー。損なご身分だねぇ。アタシは平民でよかったあー。そういえば欠点……そうそう、アンタ、およ……」
「わあ────!」
何か言いかけた綴の言葉を、アリアは両手をハタハタさせつつ大声でジャミングした。
しかも急に真っ赤になって、口をあわあわさせ出したぞ。
およ……って何だ。
「そそ、それは弱点じゃないわ! 浮き輪があれば大丈夫だもんっ!」
なるほど。
アリア、自爆したな。
突然の出来事に茫然自失《ぼうぜんじしつ》してる|白雪《しらゆき》はピンと来てないみたいだが、俺は分かったぞ。
お前──泳げないのか。
ははっ。いいこと聞いちまったな。
綴、ここはグッジョブだ!
「んで──」
|綴《つづり》は慌《あわ》てるアリアから手を放すと、じろ。
子供用ブールであっぷあっぷ|溺《おぼ》れるアリアを空想していた|俺《おれ》の方を、見た。
「こちらは、|遠山《とおやま》キンジくん」
「あー……俺は来たくなかったんですが、|アリア《コイツ》が勝手に……」
「性格は非社交的。他人から距離を置く傾向あり」
思い出しつつ語る綴の頭には、どうやら全生徒のデータが入ってるらしい。
「──しかし、|強襲科《アサルト》の生徒には遠山に一目置いている者も多く、潜在的には、ある種のカリスマ性を備《そな》えているものと思われる。解決事件《コンブリート》は……たしか青海《あおみ》のネコ探し、ANA600便のハイジャック……ねぇ。何でアンタ、やることの大きい小さいが極端なのさ」
「俺に聞かないでください」
「武装《えもの》は、違法改造の|ベレッタ《ベレ》・M92F」
ぎく。
「2点バーストどころかフルオートも可能な、通称・キンジモデルってやつだよなぁ?」
「あー、いや……それはこの間ハイジャックで壊されました。今は米軍払い下げの安物で間に合わせてます。当然、合法の」
「へへぇー。装備科《アムド》に改造《イジリ》の予約入れてるだろ?」
じゅっ!
「うわちっ!」
笑いながら怒るという顔芸《かおげい》を見せた続が、俺の手にタバコを押しつけやがった!
あ、ありえんっ。一瞬だったから|火傷《やけど》はしなかったが、先生が生徒に根性焼きって。
ていうかチクショウ。なんでも知ってやがるなコイツ。
「でぇー? どういう意味?『ボディーガードをやる』ってのは」
黒いおかっぱ頭を向けた綴の前で、アリアは勢いよく立ち上がった。
「言った通りよ。|白雪《しらゆき》のボディーガード、24時間体制、あたしが無償で引き受けるわ!」
「お、おいアリア……!」
な、なんで白雪のボディーガードなんかに名乗り出るんだよ? むしろお前が襲う側のくせに。
と目で訴えるが、アリアの意志は固いようだ。
「……|星伽《ほとぎ》。なんか知らないけど、Sランクの|武偵《ぶてい》が無料《ロハ》で護衛してくれるらしいよ? 黒いコートの|裾《すそ》を揺らして振り返った綴に、白雪は、
「い……いやです! アリアがいつも一緒だなんて、けがらわしい!」
ぱっつん前髪の下の|眉毛《まゆげ 》をつり上げ、予想通りのリアクションを見せた。
「──あたしにボディーガードをさせないと、コイツを撃つわよ!」
じゃき!
アリアは臙脂色《えんじいろ》のスカートからいきなり白銀のガバメントを取り出すと、|俺《おれ》のこめかみにゴリッと銃口を当ててきた。
お、おい! |武偵《ぶてい》法9条! 9条!
武偵は人を殺しちゃタメなんですよアリアさん!
「き……キンちゃん!」
はわっ! と両手を口に当てて慌《あわ》てる|白雪《しらゆき》。
計画通り──といったカンジの、邪悪な笑《え》みを浮かべるアリア。
「ふぅ─ん……そおかあー。そおいう人間関係かあー。で? どーすんのさ|星伽《ほとぎ》は?」
|綴《つづり》は何が面白いのか、この状況をニヤニヤ見ている。
そうじゃないだろ。
止めろよこの|拳銃《けんじゅう》だけでも。
「じ、じよ、条件があります!!」
両腕をぴんと真下に伸ばし、涙目をぎゅーっと閉じて、白雪が叫んだ。
「キンちゃんも私の護衛をして! 24時間体制で!」
綴の部屋に響く、白雪の涙声。
「私も、私も、キンちゃんと一緒に暮らすぅー!」
俺の体からは……
ひゅう。
と、俺の形をした何かが出ていくのであった。
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3弾 かごのとり
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ボディーガードは、|武偵《ぶてい》にとって最もポピュラーな仕事の1つだ。
通常は政治家・有名人・会社役員などのVIPおよびその子供などに付き添い身辺を警護する仕事だが、命を狙《ねら》われている武偵を他《ほか》の武偵が守ることも、間々ある。
で、この仕事、たいていは相手の家に住み込みでやるものなのだが……今回は依頼人、つまり白雪の強い希望により、逆に白雪が俺の部屋に来ることになった。まあ俺もヒステリアモード地雷がゴロゴロしているであろう女子寮なんかに住むつもりはさらさらないので、まだマシといえばマシなのだが……依頼の翌日すぐに引っ越してくるというのは、いかがなものか。
「|武藤《むとう》くん、本当にタダでいいの……? せめてガソリン代だけでも……」
「いやーいいんスよ! こんぐらいマジ朝飯前っすから!」
白雪を乗せてきた|車輌科《ロジ》の軽トラからは、同級生なのになぜか白雪に敬語で|喋《しゃべ》る武藤が降りてくる。そして、キモいぐらい機敏な動作で積み荷を降ろし始めた。
……武藤って、あんなに勤労意欲あるヤツだったっけ?
「あの……でもここ、オレの記憶が正しければ、第3男子寮じゃないスかね」
「あ……うん」
「空《あ》き部屋を荷物置き場にするとか……っすか? んなら女子寮に戻す時もまた遠慮なく呼んで下さいっす! で……この後とか、ど、どーすかね。軽ぅーくお茶とかメシ──」
「あっキンちゃん!」
ロビーから出てきた俺を見つけて、ぱあっ、と白雪が顔を明るくする。
何か言いかけていた武藤は白雪を見て、俺を見て、また白雪を見て、ツンツン頭の上にハテナマークを浮かべた。
「キン……|遠山《とおやま》?」
「あ、あのね武藤くん。私、今日からキンちゃ……遠山くんのお部屋に住むの」
「──き、キンジのっ?」
「言っておくが、仕事だからな。俺は白雪のボディーガードにさせられちまったんだよ。アリアのせいでな。言いふらすんじゃねーぞ」
と説明すると、武藤は口をあんぐり開けて絶句した。
……なんだよそのリアクション。
絶句したいのは、こっちなんだからな。
一触即発の怪獣娘2人と、これから暮らさなきゃいけねーんだから。
戦場跡みたいになったままの我が家に戻ると、居間ではアリアが窓に何やら細工をしているところだった。
|眉《まゆ》を寄せて見れば、購買部で売ってる赤外線探知器を設置している。
「何やってんだ」
「見れば分かるでしょ。この部屋を要塞化《ようさいか》してるのよ」
「すんなよー……」
「なに驚いてるのよ、|武偵《ぶてい》のくせに。こんなのボディーガードの基礎中の基礎でしょ? アラームをいっぱい仕掛けて、|依頼人《クライアント》に近づく敵を見つけられるようにしておくの。ちょうどいろいろぶっ壊れたし、やりやすいわ」
「ぶっ壊したんだろ」
「OK。あとは天窓ね」
アリアは|俺《おれ》の抗議を華麗にスルーし、手を伸ばして棚の上にある窓に探知器をくっつけようとした。が、背が142センチなので届かない。うーん、うぅーん、とムリして手を伸ばしたら棚の上から金《かな》ダライが落ちてきてがいんと頭を直撃した。ざまあ。
玄関からは――
「おじゃ、ま、しまーす……」
セリフを噛みまくりながら、|白雪《しらゆき》が部屋に上がってきた。
脱いだ|武偵高《ぶていこう》指定のストラップシューズをきちんと|揃《そろ》えると、白雪はロングの黒髪にできたツヤの輪みたいなのをきらめかせて、ぺっこり。
90度ぐらいの、深あ─いお辞儀《じぎ》をした。
「こ、これからお世話になります。|星伽《ほとぎ》白雪ですっ」
知ってるよ。
「ふ、ふつかつか者ですが、よろしくお願いしますっ!」
「あのなー……なにテンパってんだ、今さら」
「あ……キ、キンちゃんのお部屋に住むって思ったら、緊張しちやって……」
あは、とはにかむように|苦笑《にがわら》いする白雪。
緊張って。
お前こないだここで日本刀振り回してたろ。
「あの、お引っ越しついでにお掃除もするね。そもそも散らかしちゃったの、私だし」
なんて言いながら入ってきた白雪は……
……じろり。
早速、今度は台所の窓に防犯カメラを設置しているアリアを三白眼になって睨《にら》んだ。
「ふふっ。粗大ゴミも処分しなくちゃね」
くるっ、と普段通りの笑顔で振り向いた白雪の、鈴の音のような美声。
……ノーコメントだ。|俺《おれ》は。
と思ったが、
「……ピアノ線とかは、やめるんだぞ?」
アリアのロッカーに仕掛けてあったという殺人罠《キルトラップ》を思い出し、一応、注意しておく。
すると|白雪《しらゆき》は、きょと、と長いまつ毛の目を丸くした。
「ピアノ線? なんのこと?」
……トボケやがって。
だがまあ、こいつらのバトルにこれ以上首を突っ込むのはやめておこう。
この俺の、かけがえのない命のために。
家事と名のつくことを一切やらない貴族様《アリア》とは大ちがいで、白雪の家事スキルはもはや神がかっていた。
片付ける気力すら湧《わ》かなかった俺の部屋からせっせとゴミを出し、テキパキと掃除機をかけ、壁や床の弾痕《だんこん》をパテで塞《ふさ》ぎ、カーペットを敷《し》き替え……ものの3時間もしないうちに、あらかたキレイにしてしまったのだ。
仕上げに、霞草《かすみそう》と温室栽培の撫子《なでしこ》を使った見事な生《い》け花《ばな》まで飾ってやがる。
「……すっげ……」
|呟《つぶや》きながら、俺は寮のロビーから運んできた白雪の桐タンスを壁際に設置する。
なにか手伝おうとすると白雪は「キンちゃんにそんなことさせられないよ!」と仕事を取ってしまうので、俺がやれそうなことといえばこういう力仕事ぐらいだ。
……と。
白雪が台所に入ったのを見たアリアが、とててと俺の元にやってきた。
「キンジ。あんたそのタンスもチェックしときなさいよ? 危険物が無いかどうか」
「危険物って。これは白雪の私物だぞ」
「移動中に誰《だれ》かに何か仕込まれたかもしれないでしょ?」
「あのなあー……そういうの、疑心暗鬼っていうんだぞ」
「|武偵《ぶてい》憲章7条。悲観論で備《そな》え、楽観論で行動せよ。あたしはこれからベランダに警戒線を張るから忙しいの。あんた、ちゃんと調べとかないと後で風穴まつりだからね」
なんだその物騒な祭りは。
「……はいはい」
「『はい』は1回!」
と工具箱を手にベランダへ出ていくアリアにジト目を送りつつ……
俺は仕方なしに、一応、タンスの周囲をチェックした。
……当然、危険物など付いていない。
がら、と引き出しを開けると化粧品やなんかが入っていた。
別の段の引き出しを開けると――
「……?」
そこには、なんだか分からない小さな布がたくさん入っている。
布は1つ1つふんわりきちんと折り畳んであり、オリヅメになった色とりどりのお菓子みたいに整頓《せいとん》されている。小さなリボンつきのもある。
「……?」
布は『ふつう』『勝負』と書かれた白木《しらき》の札で区分けされており、『ふつう』はどれもまぶしい純白。『勝負』は、黒だ。
『勝負』――?
ってことは、武装の一種か?
と思った|俺《おれ》はその不審な布を1つつまみ上げてみた。
それは光沢《こうたく》から絹《きぬ》100%と思われる黒布で、ヒモのように細い。
布が広がった三角形の部分は、華麗なトーションレースになっている。
向こう側が透《す》けてみえるようなそれを、ぴら、と左右に広げてみて……
「──――!」
ばん!
俺は黒布をタンスの中に突っ込み、引き出しを閉めた。
危険物……
あったな[#「あったな」に傍点]。
正確には『俺にとっての』危険物だが。
この引き出しの中の布は、全部、全部……下着、だったらしい!
それもおそらく――兄さんが生きてたころ教えてくれた事があるから、知っている――Gストリングとか、ローライズなどと呼ばれる、大人《おとな》向けの過激なランジェリー類だぞ。
し、|白雪《しらゆき》のヤツ。
いつもお淑《しと》やかで|慎《つつ》ましい|大和撫子《やまとなでしこ》のそぶりをしてるクセに……陰では、あんな下着をつけてるのか。
そういえばいっだったか胸元を見てしまった時も、優等生らしからぬ黒をつけてたな。
い、いかん。
なるなよキンジ。
こんなのでヒステリアモードになってたら…………まるで変質者じゃねーか─.
「あっ……キンちゃんごめんね。タンス運ばせちゃったんだね。私の荷物なのに……」
後ろから声をかけられて、ハッ、と俺は振り返る。
いつの間にか近くに白雪が来ていたらしい。クリーム色のミトンをいそいそ外す白雪は、掃除の次は料理をするつもりなのか制服の上にフリルっきのエプロンを重ねていた。
「あ、い、いや。いいって。力仕事ぐらい手伝わせろよ」
「ありがとうキンちゃん……やっぱりキンちゃんは力持ち。男の子だね」
どうやらさっきの|俺《おれ》の行為を見ていなかったらしい|白雪《しらゆき》は、|嬉《うれ》しそうに目を細める。
その、エプロンとスカート――
女っぽい優美な曲線を|描《えが》く腰の丸みに、つい、目が行ってしまう。
未発達なアリアと違って、白雪のプロポーションは高校生ばなれしていることで密《ひそ》かに有名だ。
水泳の授業を盗み見たクラスのアホどもの話によれば、水着姿などは、まさにグラビアアイドル並だとか。
い、いかん。
今の『勝負』の方で、白雪の下着姿を想像してしまいそうだ。
そんなのを思い描いたら、いくら幼なじみとはいえアウトだぞ。
そう思った俺は、焦《あせ》りつつ――
「……あ─……えっとだな。ボディーガードは、しばらくアリアに任せる。俺はちょっと外に行ってくる」
「えっ、どこに?」
「そ、外は外だっ。どこでもいいだろ」
「あっ……はい。余計なこと聞いてごめんなさい。ごめんなさいっ」
早くこの場から逃げ出したい俺が少し焦って言うと、白雪は慌《あわ》ててぺこぺこ|謝《あやま》った。
まあ、従順なヤツで助かるよ。こういうときは。
別に行くところもなかったので、俺は学園島で唯一のファミレス『ロキシー』で時間をつぶすことにした。
アドシアードの閉会式でやるアル=カタの曲を、ケータイで聞いていたら……
「こおーらあー!」
ごち。
ちっこい|拳《こぶし》が、いきなりゲンコツをくれてきた。
イヤホンを外しつつ顔を上げると、テーブルの横にアリアが仁王立ちしている。
「なにサボってんの、キンジっ!」
「これはその……事情があったんだよ。お前こそ出てきやがって」
「あたしは買い物のついでに脱走兵狩りにきたのよ。正当な理由があるわ」
じゃり、とスカートから手錠を2個も出してくるアリア。
ラテン語の|呪文《じゅもん》らしきものが表面に彫られた純銀製のそれは、対超能力者用[#「対超能力者用」に傍点]の手錠だ。
前に購買で見たが、やたら高額で引いた覚えがある。そんなもんまで買ったのか。
「脱走兵って。ていうかボディーガードはどうしたんだよ」
「見張りはレキに任せてるわ」
「レキ?」
「あたしが頼んだの。遠隔から部屋を守らせてる」
すとん、とアリアは向かいの席につく。
レキ。
名字《みょうじ》不明。
その時点でもう爆発的にアヤシい上に、無口・無表情・無感情の三拍子|揃《そろ》ったあのメカみたいな女子は──先日のバスジャックを一緒に解決した、|狙撃科《スナイプ》の生徒である。
能力的には1年の時からSランクという天才児なのだが、学校の屋上で一日じゅう体育座りしてたり、いつもでかいヘッドホンで得体《えたい》の知れない音を聞いてたり、アリア以上に何を考えているか分からないヤツだ。
……レキも巻き込んだのか。
アイツが見張りっていうと、なんかスコープで|白雪《しらゆき》に常に十字を当ててそうなイメージだな。
「とはいえ、|腕の時間貸し《パート・タイム》だけどね。あの子、|狙撃競技《スナイピング》の日本代表でアドシアードに出るからいろいろ忙しいんだって。使えるのは、ほんの限られた時間だけよ。それに狙撃手《スナイパー》は本来ボディーガード向けじゃない。だから基本、あたしとあんたがしっかり白雪を守らなきゃダメなんだからね? |はろはろー!?《Hello Helllo》 き─いーてるの─!?」
「み、耳を引っぱるな! ちょっとレキのこと考えてただけだ、聞いてるっ。それに……誰《だれ》も白雪なんか狙《ねら》ってないだろうからな。誰でも好きに|雇《やと》えよ」
「マジメにやりなさいキンジ。これは正式な任務なのよ」
「ていうかなあ。なんでお前、急に白雪のボディーガードをやるなんて言い出したんだよ」
昨日からの疑問を逆ギレ気味にぶつけると、アリアは──
ぱち。ぱちぱちち。ぱちち。
と、左右の目を何度かウィンクさせ始めた。
──|マバタキ信号《ウィンキング》。
|武偵《ぶてい》同士が人に聞かれたらマズい情報を伝達する際に使う、信号だ。
モールスみたいなそれを解読すると……
――デュランダル ノ トウチョウキケン
|魔剣《デュランダル》の、盗聴《とうちょう》、危険?
なんだそりゃ。
アリアがこいこいと手招きするので、|俺《おれ》が仕方なしにテーブルに身を乗り出して耳を寄せると──アリアは|俺《おれ》の耳に息がかかるぐらいの距離から、ヒソヒソ話を始めた。
くそっ……コイツ。息まで甘酸《あまず》っぱい、いいこオイがするな。
「|魔剣《デュランダル》は――あたしのママに冤罪《えんざい》を着せてる敵の1人なのよ。この間の朝練で話した、剣の名手ってのが多分それなの。迎撃できればママの刑が残り635年まで減らせるし、うまくすれば高裁への差戻審《さしもどししん》も勝ち取れるかもしれない」
ああ。
なるほど……な。
そういう事情があったのか。
どうりで、教務科で|魔剣《デュランダル》の名を聞いた途端に人が変わったようになったわけだ。
と、俺が一応納得していると――
まるで本当に会話を盗み聞きされてたかのように、ケータイが鳴った。
「?」
レオポンのストラップを引っぱってケータイを見ると─なんだ、|白雪《しらゆき》か。
「……もしもし」
『キンちゃん。ゴハン、もうすぐできるよ。今日は中華にしてみたの』
「ああ。分かった。もうすぐ帰る」
『うん。待ってるね。でもお友だちか誰《だれ》かと一緒にいるんなら、遅くしてもいいよ』
「あー……」
アリアと一緒にいるとか言うと、また機嫌を損《そこ》ねそうだな。
「いや、1人だから。すぐ帰るよ」
「あたしがいるじゃない」
『キ……キンちゃん? いま、アリアの声が聞こえたんだけど』
ぐ。
アリア空気読め。
「あ、えーっと。アリアは今ここを通り過ぎただけだ」
「何言ってんの。あんたさっきからあたしと|喋《しゃべ》ってたでしょ。バカなの?」
『──キンちゃん──』
白雪のなんだかコワイ声に続いて、ざく。
包丁で大根か何かを切る音がした。
『――どうしてウソつくの?』
な、なんだこのホラー映画みたいな声!
「あ─はいはい! 今すぐ帰りますよ!」
|俺《おれ》はケータイをパン! と閉じ、KYツインテールの片方をぐいっと引っぱってゃった。
きゃ、なんてアリアが女の子っぽい声を上げるから少しは気も晴れる。
まあ、数秒後に報復の高空ドロップキックを喰らわせられたんだが。
部屋に戻ると、食卓には中華料理の皿がズラリと並んでいた。
カニチャーハンにエビチリ、酢豚に|餃子《ぎょうざ》にミニラーメンに、アワビのオイスターソース和《あ》えまで|揃《そろ》ってる。これはもう満漢全席《まんかんぜんせき》だな。しかも俺の好物ぽっかりだ。
|白雪《しらゆき》はお盆に乗せた|茉莉花茶《ジャスミンティー》も運んできて、制服エプロンのまま、テーブルについた俺の横に楚々《そそ》と立った。俺が振り向くと、クセなのか前髪をせっせと整えてる。
「た、食べて食べて。ぜんぶキンちゃんのために作ったんだよ」
俺が食べるまでは食事に手をつけないつもりらしいので、お先に酢豚を失礼すると……
うん。うまい肉だ。いかにも肉って肉だ。
そして舌をやわらかく包みこむ、この芳醇《ほうじゅん》な甘酢の味。
白雪の料理能力は、まさにオールラウンドだな。
こないだ目玉焼きを作ろうとしてタマゴで手をドロドロにし、しかも結局作れなかったアリアとは天と地、いや、成層圏と日本海溝ぐらいの差がある。
「お……おいしい? ですか?」
「うまいよ」
と答えると、それだけで白雪は幸せいっぱいといったカンジになって、お盆で顔の下半分を隠した。
何を妄想しているのか『……うれしい、あなた……』などと小声で|呟《つぶや》いているが、どなたのことだろうか。
ていうか……
せっかくうまいのに、そうやって注目されてたら食べた気がしないんだが。
「ほら、白雪も食べろよ。いつもなんで俺の世話ばっかり焼くんだ」
「そ、それは………キンちゃんだから、です」
「答えになってないだろ」
「……そ、そうかも」
てへ、と|苦笑《にがわら》いしながら、席につく白雪。
その横では……腕組みしたアリアが、ヒク、ヒク、とこめかみを震わせていた。
「で? なんであたしの席には食器がないのかしら?」
「アリアはこれ」
どん。
急に絶対零度の声になった白雪が、アリアの前に|井《どんぶり》を置いた。
|井《どんぶり》には、盛った白飯《しろめし》にワリバシが突き立っている。しかも割ってない。
「なんでよ!」
「文句があるんなら、ボディーガードは解任します」
うーん、とソッポを向く|白雪《しらゆき》に、アリアは、ぎりぎりぎりぃ──。
|犬歯《けんし》を食いしばってから、がしゅがしゅとご飯をかっ込むのであった。
日曜洋画劇場を見たい俺と、どうぶつ奇想天外2時間スペシャルを見たいアリアがお互いの顔面をつかみ合いながらチャンネル争いをしていたら……リビングに、白雪がカードゲームみたいなものを持ってきた。
「キンちゃん、あのね、これ……巫女占札《みこせんふだ》っていうんだけど……」
「──みこせん……? 占いか?」
「うん、キンちゃんを占ってあげるよ。将来のこと、気にしてたみたいだから」
「ふーん……じゃあ、やってもらうか」
コイツの占いはよく当たるので、聞いておいて損はない。
アリアも生物学的には女なので占いとかそういうものには興味があるらしく、なにそれ、なんて言いながらHDDレコーダーに動物番組を録画セットしながらテーブルについた。
お前、録画でいいなら最初から意地張るんじゃねーよ。
「キンちゃんは、何占いがいい? 恋占いとか、金運占いとか、恋愛運を見るとか、健康運を占うとか、恋愛占いとかあるんだけど」
「じゃあ……数年後の将来、俺の進路がどうなるのか占ってくれ」
と注文すると白雪は「チッ」と一瞬舌打ちのような音をさせてから天使のような笑顔になって「はい」と答え、カードを星形に伏せて並べ、何奴かを表に返し始めた。
……俺は、ちゃんと真人間になれるのか。
一般の高校に転校し、平凡な会社か役所あたりに就職できるのか。
その辺は、占い程度でもいいから知っておきたいところだ。
「どうなのよ」
横からアリアが尋《たず》ねたので、白雪の顔を見ると……少し、険《けわ》しい表情をしている。
「どうした」
「え、あ……ううん。総運、幸運です。よかったねキンちゃん」
「おい。それだけかよ。何か具体的なこと分かんないのか」
「え、えっと、黒髪の女の子と結婚します。なんちゃって」
ニッコリ笑って答えた白雪の表情は、かなり作り笑いっぱい。
なんだよ。
本当は何だったんだ。気になるな。
「はいじゃあ次はあたしの番!」
ウズウズしていたらしいアリアが机に乗り出し、流れ的に、俺の占いは早くも終了しでしまった。
アリアは札を|白雪《しらゆき》の方に寄せつつ、早く占いなさいよと急《せ》かす。
「生年月日とか教えなくていいの? あたし乙女座よ」
「へー似合わないね」
と言う白雪にアリアはカチンと来た顔をするが、とりあえず正座して結果を待つ。
白雪はすごーく渋々っぽい顔で札を並べ、ぺら、と1枚開き、
「総連、ろくでもないの一言につきます」
適っ当──なカンジに言って、占い札の片付けにかかった。
占ってないな、これ。明らかに。
「ちょっと! ちゃんと占いなさいよ! あんた巫女《みこ》でしょ!」
「私の占いに文句言うなんて……! 許さないよ、そういうの」
「――闘《や》ろうっての?」
ぎろり、ぎろろり。
と、2人が視殺戦を開始した。
い、いかん。
「アリアが戦いたいんなら、私は受けて立つよ。|星伽《ほとぎ》に禁じられてるから使わなかったけど、この間はまだ、切り札[#「切り札」に傍点]を隠してたし」
ぱっつん前髪の下のまゆ毛をツリ上げる白雪に、アリアは立ち上がる。
「あたしだって切り札……えっと、2枚隠してたもんね!」
「私は3枚隠してました」
「じゃあ4枚!」
「5枚」
「いっぱい!」
「あーもう静かにしろ! なんでお前ら占い1つ平和にやれないんだよっ!」
やはり戦争は未然に防ぐのが今後の国際社会のあるべき姿だろう。
俺は手がつけられなくなる前にと、2人を左右の手で引き離す。
「ふーんだ!」
アリアは、アッカンベー。
ベロを出すと、ふてくされて自室に閉じこもってしまった。
そして、ぴ─ががが。不審な電波がこの部屋の周囲に飛んでないか調べるため、この間|通信料《コネクト》から借りてきた無線機みたいなのを稼働《かとう》させ始める。
ぽつーん、と残された俺は、後ろ頭を掻きながら……白雪に向き直った。
|白雪《しらゆき》は、ぷすーん。むくれている。
「……悪口は言いたくないんだけど」
白雪は札を手際よく片付けながら、
「アリアって可愛《かわい》い子だけど、うるさいよね。それにキンちゃんのこと何も分かってない。 なのにキンちゃんに失礼な態度ばっかり取って……男子はみんなアリアのこと可愛いって言ってるけど、私は…………キライっ」
と一息に言った。
……白雪から人の悪口を聞くなんて、初めてだな。
白雪は、ちら、と|俺《おれ》を|上目遣《うわめづか》いに見てくる。
つまり……俺にもアリアについて一言言えと、そういうことらしい。
「アリア、か」
実は、俺は――
アリアと白雪について、ちょっとした発見をしていた。
今それを言うべきなのかどうかは分からないが、少し、探《さぐ》ってみるか。
「なあお前、アリアのこと……本当にキライか[#「本当にキライか」に傍点]?」
「──えっ?」
「いや……なんていうかだな。お前アリアには結構はっきりモノを言うじゃんか。俺にはキョドるくせに。それに……まあ的外れかもしれないんだが……俺、お前が自分の感情をこんなに表に出してるの、見たことない気がするんだよ」
「……」
「俺やみんなに対してる白雪より、アリアに対しての白雪の方が、なんか|本音《ほんね》の白雪っでカンジがして……な。いや、ケンカしないでほしいとは思うけどさ。ケンカしながらも、実はある一面では噛《か》み合ってたりするんじゃないのか?」
白雪は原則、人の言うことをよく聞く子だ。
それはいいこと、ということになっている。世の中的には。
だから白雪に対する人々の評価は高い。武装|巫女《みこ》モードになった時の本性を知らない先生たちからは当然気に入られているし、生徒にも男子.女子の区別なく頼られている。
だが、その何事に対しても従順な性格には──問題も、ある。
と、思うのだ。
そこには、白雪の意思がないのだから。
だが白雪は、それでもアリアに対してだけは自分の意思でぶつかっている気がする。
俺の、勝手な思い込みなのかもしれないがな。
「……キンちゃんは……」
しばしの沈黙の後でそう言うと、白雪は少しだけ顔を伏せた。
ぱっつん前髪の下で、長いまつげの目が伏せられる。
「本当に私のこと、よく分かってくれてるんだね」
「………そりゃまあ、ガキの頃《ころ》から一緒にいたからな。途中、ブランクもあるけど」
「きっと私以上に、私のことが分かってる」
さっきより少し柔らかな声になった|白雪《しらゆき》は……ちょっと座り直すようにして……
そっ……と、さりげなく近づいてきた。
「アリアは……私とキンちゃんの世界に、まっすぐ踏み込んできた。まるで銃弾みたいに」
そんな世界あったっけか。
と思うが、話の腰を折らないためにツッコまないでおく。
「そして私の全力を、正面から受けて――一歩も退《ひ》かなかった。キンちゃんの言うとおり全体的にはキライなんだけど、ある一面では、|凄《すご》い子だな……って、そうも思ってるよ」
ふむ……
やっぱり単純にキライというだけじゃなくて、複雑な感情を抱いてはいるんだな。
「でも、だからこそ………キンちゃんを取られたくないの。あの子は、魅力的だから」
「……取るとか取られるとかって。あのな、前も言ったが|俺《おれ》とアリアは|武偵《ぶてい》同士で、仕毛が終わったらバイバイっていうチームメイトみたいなモノなんだよ。幼なじみのお前とは違うだろ」
「幼なじみ──そうだよねっ」
ぱ、と顔を明るくした白雪は、座った姿勢のまま特殊な動きをしているのか、全く気がつかないうちに俺の真っとなりまで移動してきていた。
お、おい。肩と肩が触れ合いそう、っていうか触れてるぞ。
「キンちゃんはずっと昔から、私のことを知ってくれてるんだもん。私、それがとっても幸せ。|星伽《ほとぎ》神社を出たことがなかった頃の事から、ぜんぶぜんぶ、覚えてるよ…………」
うっとりと語る白雪は、今度は微妙に首を俺の方に傾けている。
絹糸《きぬいと》のように|艶《つや》のある黒髪が、俺の腕にくっついてきた。
|微《かす》かに、香木《こうぼく》のようないいニオイがする。
「あー……そういえば、そんな頃もあったな」
俺は4〜5歳の頃、兄さんの仕事の都合で青森に住んでいたことがある。
そしてその郊外にある――星伽神社で、白雪と知り合った。
その頃の白雪はどういうわけか神社から出てはいけないと言われ、それを忠実に守っている子だったのだ。
ものすごく人見知りする性格だった白雪は初め俺を怖《こわ》がっていたが、じきに打ち解け、他《ほか》の小さな星伽|巫女《みこ》たちとの遊びに入れてくれたもんだ。
「キンちゃんと一緒に花火を見に行った時は……うれしかったなあ……」
とうとう|俺《おれ》の肩に頭をコトンと乗せてしまった|白雪《しらゆき》は、思い出話を始めた。
「あの時のキンちゃん、町の花火大会にすっごく興奮してて…………私のこと、神社から連れ出してくれたんだよ。物心ついてから|星伽《ほとぎ》神社の外に出たのは、あれが初めてだった」
「あー……あれか。よく覚えてるな、そんなこと」
あのあと俺は大人《おとな》たちに怒られまくって、白雪はしばらく土蔵から出してもらえなかったんだっけ。
「すっごく怒られたけど、それからもキンちゃん、よく星伽に遊びに来てくれたよね」
「兄さんの仕事について行ったんだよ。近所に同い年ぐらいの子供もいなかったしな」
何して遊んだっけな。俺がやりたかったサッカーは小さな巫女《みこ》たちの多数決で否決されて、ママゴトとか、折り紙とか、かごめかごめばっかりやらされたんだよな。
―― かーごめかごめかーごのなーかのとーりぃーは ――
あの歌は今でも覚えてる。
兄さんが、白雪たちを『かごのとり』と、哀《あわ》れむように呼んでいたことも。
『アドシアード準備委員会』の末席で、俺はぼんやりアリアのことを考えていた。
最近あいつは|魔剣《デュランダル》の情報収集に|勤《いそ》しんでおり、あちこちを駆け回っている。夜中でもちょっと物音がしただけで跳ね起き、二丁|拳銃《けんじゅう》を構える警戒っぷりだ。だがその敵の影が見えない上、姑《しゅうとめ》みたいな白雪との生活のストレスで、明らかにご機嫌斜めである。
「──星伽さんもぜひ、せめて閉会式のアル=カタには出ていただきたいわ」
「ええ。枠も1名分、ちゃんと空《あ》けてありますし」
|武偵高《ぶていこう》も一応高校なので、生徒会はある。
だが校則により、生徒会役員は女子ばかりだ。
これはかつて男子たちに任せてたら、部費の取り合いだかで撃ち合いに発展したせいである。本当にろくでもない学校だよな。
で、このアドシアード準備委員会は、ほとんどその生徒会メンバーで構成されている。
なんでこんな退屈かつ危険な──女子だらけの──委員会に俺がお邪魔しているのかというと、白雪のボディーガードのためというかアリアの命令のせいである。
「星伽先輩は美人だし、報道陣も好印象を持つと思います」
「あたしもそう思うなー。武偵高、ううん、|武偵《ぶてい》全体のイメージアップになるはずだよ」
「今回の振り付けを考えたのだって、星伽さんですし……アル=カタのチアは、自分でもできますよね?」
などと言う役員たちの声に、俺は少し、委員会長の白雪を見る。
「は、はい。でも、私はその――あくまで裏方で貢献させてください」
|上目遣《うわめづか》いで俺を頼るようにチラ見してきた白雪に、もういいからとっとと切り上げてくれよと心の中で|呟《つぶや》く。もう主な議題はみんな終わって、雑談っぽくなってきてるしな。
それが以心伝心したのか、
「──では今日はもう時間ですし、これで会議を終了したいと思います」
|白雪《しらゆき》はよく通るキレイな声で、一同にそう宣言した。
こういう時の白雪は本当に言葉の発音がキレイで、なんだか頼もしい。
アリアが声優なら、白雪は女子アナだな。
そんな事をぼんやり考えながら、|俺《おれ》は大きなアクビをしつつ席を立つ。
……お開きになってしばらくすると、女子どもがきゃいきやい騒ぎ始めた。
「――ねえ、これから|台場《だいば》に行きませんこと?」
「あっ、賛成です!」
「行く行く! マルイ改装したんだよね」
「あたし夏物のミニほしい!」
「台場で思い出した! エステーラの限定シュガーリーフパイ、今日発売だよ!」
「でた、色気より食い気!、モテない武偵娘《ブッキー》の典型だよーっ!」
きゃはは、うけるー!
だとよ。
みんな愛くるしい笑顔なんかしやがって……
イヤだなー、こういうの。
ていうかお前らがモテないのは|拳銃《けんじゅう》ぶら下げてるからだろ。気付けよ。
「|星伽《ほとぎ》先輩もどうですか? 夏に向けて、私服とか見に行きません!?」
1年が話しかけると、白雪は、えっ、という顔になった。
「あ、私はこれから帰宅して、S研の課題と、アドシアードのしおり作成を……」
と、うつむいた白雪に女子たちは、
「さすがですね。勉強熱心……」
「疲れを知らないんですね、星伽さんは」
「本当に超人だわ……」
などと、イヤミじゃなくて本気で白雪を尊敬してる模様だった。
そして――
同時に、なんか一歩ひいてるカンジもするな。なんとなく。
夕焼けの道を、白雪と並んで帰る。
委員会をやっていたクラブハウスと男子寮は近いので、徒歩だ。
……女子と帰るなんてイヤなんだが、一応ボディーガードだから仕方ない。
1人で帰したりして、あとでアリアにバレたら風穴まつりだしな。
「きょ、今日はキンちゃんが見てたから、緊張しちゃった。私……どうだった?」
体の前に|提《さ》げた学生鞄《がくせいかばん》を両手で持つ|白雪《しらゆき》は、はにかみながら、しかし|俺《おれ》と下校するのが心底|嬉《うれ》しそうな顔をしている。
「みんなに信頼されてるカンジがしたよ。いいんじゃないか?」
と率直に言ってゃると、白雪は、かああ。
顔を緋袴《ひはかま》みたいに染めて、うっむいた。
「……き、キンちゃんに……ほめ…………ほめられちゃった……」
などと小声で独《ひと》り言している。
おい、前向いて歩けよ。
あーほら、電柱にぶつかった。
「そういえばお前、アル=カタのチアには出ないのか? みんな、出てくれって言ってたじゃんか」
「だ、だめだよ。出られないよ。チアは………もつと、明るくてかわいい子の方がいいよ。私みたいに地味な女の子が出たら、|武偵高《ぶていこう》のイメージが悪くなっちゃう」
「お前なー……そうやって自分を卑下《ひげ》するの、良くないクセだぞ。チアなんか、やってる時だけ明るい演技すりやいいだろ。演技してるうちに、本当に明るくなるかもしれないし大で、本番で大勢の人にそれを見せて、自信をつけるんだよ」
「でも……」
「ひょっとして教務科の──|魔剣《デュランダル》の話にビビってんのか? そんなもん、実在しない。狙撃《そげき》されたりしねーって」
「うん……分かってるよ。|魔剣《デュランダル》なんか、いない……でも、ダメなの」
「なんでだよ」
「|星伽《ほとぎ》に、怒られちゃうから」
星伽。
と、こう白雪が言う時は、星伽神社つまり、実家を意味する。
「なんで怒られるんだ。そんなことで」
今までも何度か白雪が似た発言をしてたから、なんとなく知っているのだが……
星伽神社は、東京の高校に出た白雪にいろいろ制約をつけている。
格式を重んじるのか、あれをしたらダメこれをしたらダメとうるさい。
「私は──あまり、大勢の人前には出ちゃダメなの」
少し頑《かたく》なな、白雪の声。
理由を説明するのではなく、否定を二度繰り返した。
何がなんでも、ダメということなのだろう。
「……さっき生徒会の後輩に|台場《だいば》行くの誘われてたのに、断ってたな。あれも、ひょっとして|星伽《ほとぎ》か?」
まさか違うだろう、と息いつつ聞いてみると──
「うん」
「お、おい」
「私は───神社と学校からは、許可なく出ちやいけないの」
お……おいおい。
いくら実家とはいえ、外出禁止って。
さすがにひどくないか……っていうか人権侵害じゃないのか? それは。
あのなぁー、と|俺《おれ》が言おうとしたのを察したようなタイミングで、|白雪《しらゆき》が――
「星伽の巫女《みこ》は、守護《まも》り巫女。生まれてから逝くまで、身も心も星伽を離るるべからず」
まるで独《ひと》り言のように、言った。
「私たちは代々、本当は一生……星伽神社にいるべき巫女なの。そういう、決まりなの。もちろん他《ほか》の神社にご用があって行くこともあるし、現代《いま》は義務教育とかもあるけど……あくまで最低限にしなきゃいけないの。私が|武偵高《ぶていこう》に来たのだって、すっごく、すっごく、反対されたよ……」
「でも出てきたんだろ。そんな習わし、素直に守ることない。怒られるのが怖《こわ》くて高校生がやれるか。なに良い子ぶってんだ」
「………」
「今日は晩メシとか作らなくていいから。今からあいつらのとこ行って服でも見てこい」
「ううん、いいの。それに……なんだか、外は……こわいよ」
白雪は、しよぼん、と視線を落とす。
「怖いって。マルイがか? あそこはただの服屋だぞ?」
「でも私、小学校も中学校も、女巫《めかんなぎ》校を出たことが無いし……」
女巫校。
神学校の一種で、裕福な神社の娘たちが通う全寮制の女子校だ。
「ああやって外に出てお買い物とか、買い食いみたいのとか……一度はしてみたいけど、私、みんなと一緒に外とか人前とかに出て行く自信がないの」
「……自信?」
「私はみんなが知ってることを何も知らないから。学校の話じゃないと、会話がもたないし……どんな服を着ればいいのかも分からない。お菓子も、音楽も、テレビも……流行とかそういうのが分からなくて……みんなと、理解し合えないの」
「白雪……」
「でもいいの。私にはキンちゃんがいる。キンちゃんは私のことを理解してくれる。本当の私に、いつも昔通り、普通に接してくれる。だからいいの。他《ほか》には何もいらないの」
|白雪《しらゆき》……
白雪。
お前。
それじゃあまるで……あの頃《ころ》と同じじゃないかよ。
こんなに|星伽《ほとぎ》神社から離れてるのに――お前、まだ、かごのとり、なのかよ。
夜、シャワーから出た|俺《おれ》は体を拭《ふ》き、ズボンをはくと、バスルームの電気を消す。
上半身ハダカのまま……時計を見る。
もう10時だ。
そういえば、アリアはまだ帰ってきてないな。
|諜報科《レザド》に行くとかメールが来てたから、またどうせ|魔剣《デュランダル》の情報を探してるんだろう。
白雪のボディーガードを始めてから朝練はできなくなったのだが、そのかわりアリアは『これからは奇襲するから』などと宣言して本当にちょくちょく奇襲してくる。
俺は白刃取《しらはど》りなんか当然できないから、タンコブが増える一方だ。
などと考えながら、頭をバスタオルで拭いていると――
ぱたぱたぱたっ。
と、廊下を走ってくるスリッパの音が聞こえた。
何やら慌《あわ》てた足取りだ。
「?」
何だ?
と、脱衣所のカーテンの方を向くと――
「──キンちゃん!? どうしたの!?」
しゃあっ!
脱衣所のカーテンが──全開されてしまった!
開けたのは、|巫女装束《みこしょうぞく》の白雪。
どういうわけか血相を変え、つぶらなお日々をまん丸に見開いている。
「は、はっ!?」
俺は面食らって後ずさる。
……っていうか、これっ。
このシチュエーション。
普通なら──いや、何が普通なのかは分からないが──男と女が、逆じゃないか!?
などとワケの分からない分析をしてしまうぐらい、|俺《おれ》は一瞬でテンパってしまった。
「な、なんだよ急にっ!?」
「えっ、だ、だって、キンちゃんが…………で、電話」
「──電話?」
「す、すぐ来いって言って、急に、切っちゃったからっ」
「電話なんかかけてねーよ──」
「確かにキンちゃんだったよっ、非通知だったけど――『バスルームにいる!』って!」
ありえん。
幻聴だろうそれは。
「シャワー浴びながら電話がかけられっか! なんでそんなヘンなことが起きる!」
「で、でも、で、でん、でんでん─!」
|白雪《しらゆき》は俺が上半身裸なことをようやく認識したらしく、俺の顔から鎖骨、胸、ヘソ……と視線を下げていきつつ、|蒼白《そうはく》だったその顔を下から上へ、何かのメーターが上がるかのように赤く染めていった。
そして、ひゅうっ。
過呼吸? つてカンジに、大ぉーきく息を吸い込んだ。
「ごつ!!」
ご?
「ごめんなさいっ!!」
びょん!
どういう跳躍法なのか想像もつかない珍妙な飛び方で、白雪は斜め後ろに跳ねた。
そして、空中で正座の姿勢になったかと思うと、緋袴《ひはかま》と袖《そで》をばふぅと広げつつ、着地上同時に──べたあー!
土下座した。
「ごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい!……」
きゅううう、と体を縮め、頭から湯気を出しそうな勢いで耳まで真っ赤にしてる。
がば、と顔を上げた白雪は興奮のあまり、目を渦巻きみたいにさせていた。
「――キンちゃんがオフロだから! ハダカだから、それを想像してたのは事実です! き、鬼道術《きどうじゅつ》の練習してたのに、全然手につかなかったのも事実ですっ!」
「き、聞いてねえよそんなこと!」
「でも想像が、したら、それがぷあっぷあのふいで! お、お許しください! 白雪は、白雪は悪い子です! 良《い》い子のフリをしてるだけの、本当は──いけない空想をしてる、いけない子なんです! 猫を十匹ぐらいかぶってます! みノふすギぃ……#$%&!」
やばい。
「お、おい……」
このままだとどこかがブッッンと切れて、元々ちょっとおかしい|白雪《しらゆき》が本気でおかし〜なりかねん。
|俺《おれ》はとりあえず白雪の前に片膝《かたひざ》をついた。
「ほ、ほら。いいから。マチガイ電話か何かだろ。そんなに|謝《あやま》ることでも何でもない」
と、努《つと》めて穏やかに言ってやるが……
上半身ハダカのままで、うかつに近づいたのがマチガイだったらしい。
白雪は──ばしい。
両手で思いっきり、自分の両目を覆《おお》って隠した。
……指と指の間から、俺の胸板を見てるような気もするが……
そして、
「おあいこ!」
急にまた方向性の分からないことを絶叫しやがった。
両手を顔から外した白雪は、かあーっ、と発熱したかのように真っ赤になっている。
ていうかなんか、ホントに暑くなってきたぞ。お前はストーブか。
「おあいこって。何がおあいこなんだ」
と聞くと……
白雪のトンチキな思考回路が、トンチキな演算結果を発表した。
「キンちゃんも私のお着替えを見れば、公平になるんだもん!」
「――はっ!?」
ぐい! と右手で己の白小袖《しろこそで》の胸元をつかみ。
しゅら! と、左手で緋袴《ひはかま》の帯を解《ほど》き。
白雪は一刻も早くハダカにならなければなりませんといった調子で――
|巫女装束《みこしょうぞく》を、脱ぎ始めやがった[#「脱ぎ始めやがった」に傍点]!
「ま、待て! それはちっとも公平とかそういうことじゃねえ! 脱ぐな!」
とっさに、俺は白雪の服を押さえる。
「脱ぐ脱ぐ脱ぐうー! 平気なの! キンちゃん様になら見られても平気なの! むしろ平気なの! だから安心してくださいーっ!」
ぬっ、脱がせてなるものか!
例の勝負下着とやらを露《あら》わにされた日には、こっちはヒステリアモード確定なんだよ!
と、俺は白雪の襟《えり》やら袴やらを必死に|抑《おさ》える。
「キンちゃんやめて、放して!」
と白雪。
「おとなしくしろ−……」
と俺。
「ただいまー」
とアリア。
……
…………
………………アリア………?
がさっ。
最低最悪のタイミングで帰ってきたアリアが玄関で落っことした紙袋から……
松本屋《まつもとや》のももまんが1個転げ出て、ころころろーん。
俺ともみ合う|白雪《しらゆき》の、|白足袋《しろたび》をはいた足にぽよんとぶつかった。
第三者の出現に、白雪は、あわ、と|巫女装束《みこしょうぞく》を直す。
──その黒い|瞳《ひとみ》は涙で潤《うる》んでおり、着衣は乱れている。
――んでその服を思いっきり掴《つか》んでいる俺は、上半身ハダカで。
──さらにさっきの会話。『キンちゃんやめて!』『おとなしくしろ!』
「…………こ……こんのぉぉお……」
がる…るるるる……と、ライオンがうなるような、アリアの声。
わしゃ。
そのスカートの側面に突っ込まれる、ちっこい両手。
「バカキンジいいいいい――──!!」
バスバスツ!!
|漆黒《しっこく》と白銀のガバメントが、問答無用で崩ACP弾をブッ放してきた!
「うおっ!?」
足元に命中した弾《たま》に、|俺《おれ》は飛び上がる。
ちょ! ちょっと待て!
こっちは防弾制服どころか、ハダカなんだぞ!
「――ちょ、ちょ、ちょっと任せたらこれ!? こ、この! 強猥魔《きょうわいま》! 死ね!」
バッ! バリッ!.バリリッ! バリッ!
アリアは怒りの叫びと同じリズムで、俺の足元を撃ちまくる。
「ま! 待て!.話せば分かる!」
つま先近くの床を撃たれ、俺は後退、後退、後退──!
「あんたは! ほんとに! ケ、ケダモノ! ウジ虫! バクテリア!」
バスッ! バスッ! バスバスッ!
アリアは二丁|拳銃《けんじゅう》を撃ちつつ、だん! だん! と靴を鳴らして前進してくる。
俺はとうとう、ベランダに追い詰められた。
も──もう後ろがない!
眼下は東京湾だ。
「あ、あああ、あたしに強猥《きょうわい》した挙《あ》げ句《く》──今度は|白雪《しらゆき》!? こ、この、どヘンタイ!」
じゃきじゃき! とアリアは二丁拳銃をとうとう俺本体に向けた。
ど、どうするキンジ!?
防弾物置に逃げ込んでも、物置ごとベランダからぶん投げられるぞ!
「ちっ、違うのアリア──負けおしみはもうやめて!」
白雪に妙なことを叫ばれ、アリアはピンクの|眉《まゆ》を寄せて振り返る。
「な、な、何であたしが負けおしみなのよ!」
|犬歯《けんし》をむいたアリアに白雪は、
「あれはキンちゃんがムリヤリしてたんじゃないの! 合意の上だったんだよ!」
「ご、合意──?」
「そうなの、あれは私が自分から脱ごうとしてたの! だからキンちゃんは悪くない!」
「ぬ、脱ぐって、あ、ああああ、あんたら一体なにしようとしてたのよ!」
と慌《あわ》てるアリアの手から、白雪が「えいっ!」と拳銃を奪い取りにかかる。
い、言ってることは甚《はなは》だしくアレだが、いいぞ白雪! がんばれ!
「って、いうか──た、たたたたとえ合意の上であったとしてもオーっ!!」
ぽふぽふぽふっ! と一気に赤くなったアリアは|白雪《しらゆき》の懐《ふところ》に潜《もぐ》り込むと、ずだんっ!
一本!
というカンジに、跳ね腰みたいな投げ技で白雪を床にひっくり返した。
「きゃんっ!」
「キンジ! そ、そそ、それはボディーガードの禁止事項《タブー》よ!」
|犬歯《けんし》をむいて叫んだアリアが、白雪を踏み越えてくる。
「な、仲良しぐらいならまだ大目に見るけど! く、|依頼人《クライアント》と、そ、そ、そういう関係になるなんて─|武偵《ぶてい》失格! 失格! 大失格う──――っ!!」
アリアは窓ガラスを破壊しかねんキンキン声を上げて、
「風穴まつり!」
バリバリバリリリリッ!
情け無用の二丁|拳銃《けんじゅう》で俺を撃ってきた!
「――──っ!」
俺は男子寮のベランダから飛び降り、ベルトのワイヤーを使って、スパイダーマンみかいに手すりからぶら下がった。
か、間一髪だったな。
と思ったら、
「アタマ冷やしてきなさいつ! 浮き輪はあげない−!」
ばぎゅんっ! チェインッ!
叫び声と共にベランダから放たれたアリアの銃弾にワイヤーが切断され、俺は落下防止|柵《さく》にがしゃんと落っこちて、バウンドし、ざぶん。
気がついたら、その斜め下の東京湾に落っこちていた。
ボディーガードは――
依頼人と、深い[#「深い」に傍点]関係になってはいけない。
これは確かに基本中の基本で、|強襲科《アサルト》の教科書にも書いてある。
依頼人となあなあになってしまうと警戒が|緩《ゆる》んだり、イザという時に冷静な判断ができなくなってしまうからだ。
だが今回の任務は教務科の過保護から始まった、言うなればボディーガードごっこみかいなもんだ。
|魔剣《デュランダル》という名前に目の色を変えたアリアだけが|躍起《やっき 》になってるわけで、パートナーの俺はマジメにやれと怒られていい迷惑だよ。
で。
元々ちょっと疲労がたまっていた上、シャワーの後にハダカで|白雪《しらゆき》ともみ合った挙《あ》げ句《く》、東京湾に落とされた|俺《おれ》は……カゼをひいてしまった。
朝、クラクラしつつ体温計をくわえる俺にアリアは「だらしないっ」とおかんむりだったが……それ以上、いつものように手を出してきたりはしなかった。
白雪はものすごい勢いで俺を看病したがり自分も学校を休みますとまで言ってきたが、それはさすがに悪いのでなんとか登校させてある。
で、その後、俺はベッドの上でひたすら手持ちぶさたな時を過ごしていた。
熱は、38度前後を行ったり来たりしてる。
そんなに辛くない時もあるが、今はちょっときついな。
おそらくウイルス軍の最後の抵抗と思われる高熱に、意識が|朦朧《もうろう》とする。
そして……
昼休みぐらいの、時間帯だろうか。
誰《だれ》かが、家に入ってきた。
俺の様子を見に来たらしい……ってことは、白雪だな。
声を出すのもダルかった俺は、そのまま………寝に戻る。
ガンガンと痛む額《ひたい》に……
そっと熱を計る、誰かの手が当てられたような気が……した。
優しい、手、だった。
目が覚めると――午後2時。
体温計はまだ38度台を示していたが、体調は、熱に慣れたのか少しマシになっている。
「……」
ふら、と、誰の気配もしない室内で起き上がる。
ノドが乾いている。汗をかいたせいだろう。
水を飲もうと思った俺は、ふら……ふら。
寝室から出て、そのドアを閉めようとして……がさ。
ドアの取っ手に引っかかっていた、ビニール袋に触れた。
「?」
探《さぐ》ってみると、中身は大和化薬《やまとかやく》『特濃葛根湯《とくのうかっこんとう》』。
かなり古風なパッケージのそれは、薬があまり効かない体質の俺に唯一めざましい効姿のあるカゼ薬である。
──白雪、か。
あいつは本当に、俺のことを何でもよく知ってるな。
でも|俺《おれ》、この薬のこと……あいつに話したことあったっけ?
まあいいか。
さすが特濃葛根湯《とくのうかっこんとう》。
おかげで次に目を覚ました時には、平熱に戻っていた。
時刻はもう夕方で、居間に出るとちょうど帰ってきたところらしい|白雪《しらゆき》と出くわす。
「あっキンちゃん。カゼ、大丈夫?」
「ああ。熱も下がったし頭痛も取れたよ」
「よかったあ……よかったよ……ぐす……ひんっ……」
「だから何でもすぐ泣くなって」
「はい」
白雪は指で涙を拭《ぬぐ》うと、|嬉《うれ》しさいっぱい、という顔を上げてくる。
「……お前がくれた『特濃葛根湯』のおかげだ。飲んで寝たら、一発で治った」
「えっ? 私……キンちゃんお薬キライだから、薬膳《やくぜん》作ろうと思ってたんだけど……」
「ん? あれ、お前がくれたんだろ? 悪かったな。あの薬、アメ横の妙に入り組んだ角のキタナイ漢方薬の店でないと売ってないからさ。女の子が1人で入るの、ちょっと怖《こわ》かったろ。ありがとうな」
「え……あっ」
と、白雪はその白くて細い指を口にあて……
何か……考えるような顔をし……
「……う、うん」
と。
ちょっと俺から目を逸《そ》らしつつ、言った。
体育館みたいな|強襲科《アサルト》施設の中で、いま俺は似合わないエレキギターを提《さ》げている。
今日はアドシアード閉会式の下稽古《したげいこ》ということで、アリアに強制入隊させられたアル=カタ音楽隊員こと俺も借り物のDC59《インヤン》で軽音の練習をしているのだ。
「|I'd like to thank the person...《感謝させてほしいよ》」
ボーカルは俺じゃないが、小声で歌いながら担当のイントロ・ハートを繰り返す。
ギターは神奈川《かながわ》|武偵高《ぶていこう》付属中にいたころ変装潜入《マスケ》の授業で少し習ったし、2分ちょいの短い曲だし、もう1人のギター兼ボーカルの不知火《しらぬい》が巧《うま》いから、練習はそんなに大変じゃないんだが……
なんか違和感があるな、|強襲科《アサルト》の施設が平和利用されている光景は。悲しい事だが。
誰《だれ》にいいところを見せたいのかノリノリでドラムを叩《たた》く|武藤《むとう》の向こうでは、アリアたもボンボンを持った女子がチアのダンスを練習している。
ぴっぴっぴ。ぴっぴっぴ。
軽快な踊りに、ひらひら揺れる短いスカート。
くそっ。
どいつもこいつも、あんなカッツコしやがって。
|武藤《むとう》は年に一度の眼福だとか言ってたが、|俺《おれ》にとっちゃ恐ろしい光景だよ。
何かを間違えてヒステリアモードになったらどうするってんだ。
視線は自分の手元に集中させとこう。
「はい、じゃあ今日はここまでにしますね!。お疲れ様でしたー」
先生みたいな言い方で監督の|白雪《しらゆき》が一同に言うと、女子たちははーいなんて言いながら散らばっていった。
一安心した俺は何だか女ぐさいこの空間がイヤで……ギターを片付け、階段を上がり、屋上に出ることにする。
――天気は見事な|五月晴《さつきば》れ。
暖かい陽射《ひざ》し。
これは絶好の昼寝日和だな。
そう思った俺は、ごろん。仰向《あおむ》けになった。
す─っ、と|爽《さわ》やかな春風を深呼吸する。
ああ……いい気分だ。
……五月の風は、値千金だな。
などと、ゴロ寝を|満喫《まんきつ》していたら――ふわ。
風に何だか甘酸《あまず》っぱい、クチナシの花のような、いい香りが混ざってきた。
「?」
と思って薄目を開けると――
ぐしゃ!
天国から地獄へ。
俺の顔面に、白いスニーカーが落ちてきた。
「ぐっ!?」
がっし! ぼかっ!
今度は連続して蹴ってくるちっこいスニーカーから、頭をなんとか躱《かわ》す。
だんっ!
「なにサボってんのよ! ちゃんと白雪をガードしなさいこのポンコツ!」
俺の耳の|脇《わき》にストンビングを落としたのは、チアガール姿のアリアだった。
ボンボンを持った両手を腰に当て、ぷりぷりと怒っている。
「あ、アリアっ?」
こんな所まで迫ってきやがってっ。
抗議の目線を送りながらの|俺《おれ》が、上半身を起こすと――
「──んっ!」
ぶうんっ。
アリアはチアとは明らかに異なる動作で、右脚《みぎあし》を天高く、自分の頭上まで振り上げた。
ぎら、と、太陽をその足がかすめる。
――ハツ、と俺は気付く。
これ、コイツ、俺に白刃取りをさせようとしてる――蹴り足を!
それに気付いた俺は、振り下ろされたカカト落としをキャッチしてやろうとするが――
パシッ。
ごすっ!
俺の両手はアリアのスネの上空で情けなく柏手《かしわで》を打ち……
21センチのミニあんよのカカトが、俺の脳天を直撃するのであった。
……どてッ………
と、俺は再び尻《しり》モチをついてしまう。
もう……カンベンしてくださいよアリアさん。
蹴られたり殴られたりは|強襲科《アサルト》の徒手打撃戦《ストライキング》で慣れっこだが、こうも何度も入れられるとさすがに効くんだよ。
アリアはそんな俺の|傍《かたわ》らで偽装胸を張ると、
「もうっ。白刃取《しらはと》り、いっぺんぐらいは成功させなさいよねっ! 遊びじゃないのよ!?」
がお! と|犬歯《けんし》をむいて見下ろしてきた。
「あ……あのなあ!」
俺は蹴られた頭を片手で|抑《おさ》えながら立ち上がる。
「……お前、パートナーなら相方のコンディションの事も少しは考えてくれよ。たまには休ませろ。俺は病《や》み上がりなんだ。どっかのバカにベランダから、冷たくて、汚い、夜の東京湾に突き落とされたからなっ?」
と、クドめに嫌味を言ってやるとアリアは、
「そっ……それは悪かったわよ。あたしも、ちょっとやりすぎたかもって思ったから……」
紅《あか》い目を逸《そ》らしつつ、ぷい、とちょっとソッポを向いた。
その仕草が可愛《かわい》かったので、俺も……
一応、フォローを入れておいてやろうかという気分になる。
「まあ、カゼのことはもういい。|白雪《しらゆき》がくれた『特濃葛根湯《とくのうかっこんとう》』のおかげで治ったからな」
「え」
|俺《おれ》の言葉に、アリアは急にこっちに向き直る。
見れば、その大きなお目々を驚きでまん丸にしている。
なんだ。
別に驚くことじゃないだろう。今のは。
「あ、あれは、あたし……」
何かごにょごにょ言ったので、「?」と|眉《まゆ》を寄せてハッキリ言えと促《うなが》す。
だがアリアは、わぐ、わぐ、と何かを言おうとして言わないでいる。
「……何だよ。あれはマイナーな薬だけど俺には効くんだよ。確かお前にも、このあいだ話したろ。|白雪《しらゆき》がなんでか知ってて、それを買ってきてくれたんだ」
一応説明してやると、アリアは……ちょっと口を尖《とが》らせて、
「………白雪がそう言ってたの?」
と、なぜか聞いてくる。
「ん? ああ」
「………」
……
なんだ。
なんでそこで黙る。
「ま、まあ治ったんならいいわ。あたしは貴族だし、そういうことはガマンする」
「?」
今の話の中に、何かアリアがガマンするような点があったのか?
全くもってワケが分からん。
「貴族は自分の手柄を自慢しない。それは無様《ぶざま》なことだから。たとえ横取りされてもね」
「なんだよ。言いたいことあるんならハッキリ言えよ。お前らしくもない」
「なによ! いいじゃない! 言いたくないことは言わないの!」
ベー! と、アリアはちっこいベロを出してきた。
「よかったわね白雪に看病してもらって! 白雪、白雪、あんたにいいことをしてくれるのはいつも白雪! もうあんた、白雪と結婚しちゃえば!?」
アリアは|犬歯《けんし》をキバっぽく剥《む》いて、いつもの3割増しの大声で俺に詰め寄ってくる。
なんだこの急激なヒートアップ。
明らかに俺の何かの発言が引き金だったっぽいが、どれがそれだったのか分からない。
「お、おい! なに急にキレてんだよっ!!」
「うるさい! キレてなんかない!」
「キレてるだろ!」
「あんたこそ!」
顔と顔がくっつきそうなぐらいに接近したアリアと|俺《おれ》は、ぐぬぬぅー。
睨《にら》み合った。
身長差が30センチ近くあるので、アリアは俺を睨み上げ、俺はアリアを睨み下ろすような形になる。
ぐぬぬぬう──。
理不尽なキレ方をしたアリアに、俺も頭に血が上ってくる。
思い返してみれば腹の立つことばかりだ。最近のコイツには。
家は要塞化《ようさいか》されるわ、|白雪《しらゆき》は連れてくるわ、それに今のこれにもな!
「この際だから言わせてもらうけどな、パートナーの方針だから付き合ってやってたけど――真剣|白刃取《しらはと》りの訓練なんて、もうやめだ! あんなもん、達人技だろ! そう|易々《やすやす》とできるもんじゃねーんだよ!」
「だめよ! 続けるわ! ウワサでは|魔剣《デュランダル》は鋼《はがね》をも|斬《き》る剣を持ってるって言われてる、だとしたらナイフやジュラルミンの大盾《おおたて》でも防御できない! 白羽取りの訓練は、今こそ重要な意味を持つのよ! いざ白雪が襲われた時、あんたを|覚醒《かくせい》させて──」
「いざ、って、ここ数日白雪に張りついてたけど何も危ないことなんか無かっただろ! こうなりゃもういっぺん言ってやる! 敵なんて、|魔剣《デュランダル》なんて、いねえんだよ[#「いねえんだよ」に傍点]!」
俺の言葉に、アリアはその紅《あか》い眼《め》を見開く。
「お前が一刻も早く母親──かなえさんを助けたいのは分かってる。でもな、今のお前はそのために平常心を失ってんだよ! 敵の一員かもしれない『|魔剣《デュランダル》』って名前を聞いた時、お前はその敵を『いてほしい』って思っちまったんだ。それでいつの間にか、自己暗示ってやつで、『いる』ような錯覚に|陥《おちい》ってんだよ!」
「──ちがうっ!」
びしっ、と片方のポンポンを俺に向けてアリアが|犬歯《けんし》をむく。
「|魔剣《デュランダル》は、いる[#「いる」に傍点]! あたしのカンでは、もう近くまで迫ってるわ!」
「そういうのを妄想[#「妄想」に傍点]っつーんだよ! 白雪は絶対大丈夫だから、どっかいけ! アドシアード終了まで、あとは俺が1人で白雪のボディーガードをやってやる!……」
「なによそれ! ――あったまきた!」
アリアが、俺の顔の下で赤くなりながら怒鳴った。
「そうよねそうよね! あたしはあんたたちにとってジャマな、妄想女なんだもんね! 依頼人とボディーガードのくせに! ふ、ふ、服を脱がし合ったり……サイッテー!」
「そ……その事だってそうだ! お前は何でも思い込みの独断で事を進めすぎなんだよ! ちょっといい家に生まれたからって、いい気になんな! お前は天才かもしれねーけどな、世の中は俺たち凡人が動かしてんだ! お前はズレてんだよ!」
カッとなった俺が怒鳴ると――
アリアは、ぐさっ……と、予想以上に傷ついたような顔をした。
反論、してこない。
それどころか……
とた、と、|俺《おれ》から1歩|退《しりぞ》いた。
2歩、3歩。
アリアらしくない力弱さで、離れていく。
「あんたも……そうなんだ。そういうこと言うんだ」
小さくなったそのアニメ声は、わなわなと震えていた。
その静かな声からは、逆に、アリアがいつも以上に――
本当に、心底、怒っているのが伝わってくる。
「みんな、あたしのことを分かってなんかくれないんだ。みんながあたしのことを、先走りの、独《ひと》り決めの、弾丸娘――ホームズ家の欠陥品って呼ぶ。あんたも――そう!」
アリアは顔を伏せると、俺――と、誰《だれ》にともなく叫んだ。
まるで、世の中の人間全員に向けて叫ぶかのように。
「あたしには分かるのよ! |白雪《しらゆき》に、敵が迫ってることが! でも、でも、それをうまく説明できない! 偉大なシャーロック・ホームズ曾《ひい》お爺《じい》さまみたいに、誰にでも分かるように、状況を論理的に説明することができない! だからみんな、あたしを信じてくれをくて──あたしはいつも独唱曲《アリア》で――でも、でも、直感で分かるのよ[#「直感で分かるのよ」に傍点]! こんなにあたしが言ってるのに、どうして! どうしてあんたは信じてくれないのよ!」
アリアは涙目になってチアのポンポンを地面に投げつけ、子供みたいにわめいた。
……ここで、優しい言葉の1つでもかけてやればよかったんだろう。だが俺はアリアとの口ゲンカで興奮しきっていた。
素直になれなかった。
そしてつい、
「……ああ、分かんねえよ! いもしない敵が迫ってるなんて、信じられるか! 主張があるなら証拠を出せ! それが|武偵《ぶてい》だ! 何度でも言ってやる! 敵なんかいねえ!」
と──
アリアに追い打ちをかけるようなことを言ってしまっていた。
「──この――この、どバカ! バカバカバカバカバカ──――――ッ!!」
アリアは俺が自分の思い通りにならないことに、今度こそ完全にブチ切れ――
真っ赤になって、二丁|拳銃《けんじゅう》を、抜いた!
「ちょっ……!」
と、待て! と俺が言うより先に、
ばきゅばきゅばきゅばきゅきゅ!!
|俺《おれ》の体の周囲スレスレに、無数の銃弾がバラ撒《ま》かれる。
あまりの急襲に身をかがめた俺めがけて、たったった、むぎゅ!
「キンジのバカ! バカの金メダル──ノーベルどバカ賞ー!!」
顔面を踏みつつ俺をブチ倒したアリアは、|再装填《さいそうてん》しつつの|拳銃《けんじゅう》をさらに妙な方向へ撃もまくり、そのまま階段へと走り去ってしまった。
また大の字にぶっ倒されてしまった俺は……
自分の背後、貯水タンクからじょばーと水が出ているのを逆さまの視点で|仰《あお》ぎ見る。
タンクには今の銃撃で無数の穴が空《あ》いていて……
よく見ると穴はちゃんと並んでいて、列! というか文字になっていた。
『 バ カ キ ン ジ 』
と書いてある。
おい……
どーすんだよあれ。消すに消せねーぞ。
ていうかなんて腕だ。
お前こそ、アドシアードなら拳銃バカの金メダルだろ。
その後、自分の部屋に戻った俺は……少し冷静になって……アリアが帰ってきたらそれとなく|謝《あやま》ってやるか、などと思いアリアを待ってみた。
だが、いつまでたっても帰ってこない。
俺が言った通り、本当にどこかへ行ってしまったのだろうか。
夜になっても帰ってこないので、一応、|白雪《しらゆき》に事情を説明しておくと一
「じゃあ、これからはキンちゃんが1人でボディーガードをしてくれるの?」
白雪は、逆に喜んだ。
「ああ。まあ、そういうことになるな」
買い直したソファーに身を沈めて、俺は装備科《アムド》のクラスメートに改造してもらいたてのベレッタM92Fをプラモデルみたいに通常分解してメンテしていた。
アリアがいない。
それだけで、この拳銃さえもなぜか──非力に見える。
「アドシアード終了まで、俺がお前をボディーガードするよ。教務科とアリアがムリヤり始めちまった事だけど……まあ、約束だからな」
と言うと、白雪は俺の『約束』という言葉に感動したような顔になる。
「キンちゃんが、私を守ってくれる、約束……」
かみしめるように言った白雪は、少し顔をうっむかせて「うれしい……」と、続けた。
「お前……不安じゃないのか。Eランク|武偵《ぶてい》なんかがボディーガードで。まあ、ないとは思うが、万が一『|魔剣《デュランダル》』が実在してて、襲ってきたりしたら――」
念を押すように|俺《おれ》が言うと、|白雪《しらゆき》はふるふると首を横に振った。
「不安なんて、はじめっから感じてないよ」
「……」
「だって、私にはキンちゃんがついてるから。キンちゃんは本当は強い人だもん。誰《だれ》にも負けない人なんだもん。私、信じてるから。キンちゃん、それじゃあ改めて私を……守ってくださいね」
「あ……ああ」
ちょっと冗談めかした敬語で言う白雪と、反射的に答える俺。
白雪の声は、冗談でもお世辞でもなく、心の底から俺を信頼している声だった。
そう。白雪にからんでいたヤツらを俺がブチのめした、あの入試の日から──白雪はいつだって、俺に100%の信頼を置いている。
だが、信頼されているのは通常モードの俺じゃない。
ヒステリアモードだった、あの時の俺だ。
もし――
万が一。
|魔剣《デュランダル》、が、実在していて。
億が一。
|諜報科《レザド》やS研や……アリアが言う通り、白雪が、狙《ねら》われていて。
兆が一。
何か、あったら。
俺は……白雪を守れるのか?
俺を信じて安心しきっている、その信頼に応《こた》えられるのか?
……ムリだろうな。
……でも……まあ、気に病むことはない。
今まで何日張りついていても、白雪の周囲に危険の兆候はなかった。これからも大丈夫だろう。そうさ。そうに違いない。
と、俺は整備を終えたベレッタをテーブルの上に置いた。
「キ、キンちゃんさま」
俺の作業が終わるのを待ってたらしい白雪が……例の妙な呼び方をしつつ、おもむろにこっちに向き直る。
「なんだ」
「じゃあ、ゴールデンウィークもジャマも…………じゃない、アリア抜きだね」
「ああ……そうだな。どっか行きたいのか?」
「う、ううん。私はおうちでのんびりお勉強でもするよ」
慌《あわ》てて両手をぱたぱた振る|白雪《しらゆき》。
「……それじゃあヒキコモリじゃねーか。勉強なんてお前いつもしてんだから。たまにはハネを伸ばさないと後で後悔するぞ?『ああ、若い頃《ころ》遊んでおけば良かった』って」
「で、でも……」
しゅんとなる白雪を見て、|俺《おれ》はピンとくる。
「――|星伽《ほとぎ》、か?」
「……」
白雪は否定しなかった。
神社や学校から出ることを許されない……
かごのとり。
その言葉が頭に浮かんだ俺は、元々アリアとのケンカでクサクサしていたこともあり、イラツときてソファーを立つ。
そして、どかつ、とPCの前に陣取った。
俺に背を向けられた白雪は、それだけで慌てた様子になる。
「き、キンちゃんごめんね。ごめんね。でも、私……………」
なんで俺がヘソを曲げたのかも分からず、とにかく条件反射的に|謝《あやま》ってくる。
そんな白雪には何も答えず、俺はカチカチッ……と東京ウォーカーを検索し──
ウィーン……
急に動き出したプリンターに白雪は一瞬びびりつつ、出てきた紙を取った。
そして、ちゃんと上下を俺が見やすいように向け直して差し出してくる。
「はいどうぞ………キンちゃん。急に、どうしたの?」
「ちがう。それはお前用だ」
「?」
白雪はキョトンとして、紙を自分に向け直した。
「……5月5日、東京ウォルトランド・花火大会……一足お先に浴衣《ゆかた》でスター・イリュージョンを見にいこう……?」
と読み上げた白雪が、「?」と俺の方を向く。
「行け」
「えっ!」
「そんな驚くことじゃないだろ」
「だ、だめだよ、こんなに人が沢山《たくさん》いるところ……私……」
「心配するな。ウォルトランドには入らなくていい。少し遠くなるが、|葛西《かさい》臨海公園から見ればいいだろ。1日ぐらい、外出のトレーニングだと思って学校から出てみろ」
外出にトレーニングが必要というのもおかしな話だが、おかしな子なんだからしょうがない。
「で、でも……私……」
思った通り渋る|白雪《しらゆき》に、|俺《おれ》は立ち上がってポンと肩を叩《たた》いてやる。
「……俺もついてってやるよ。ボディーガードとしてな」
「キ……キンちゃんも、一緒に……?」
「ああ。一応それ、アドシアード前だしな」
なんでか急に目をキラキラさせ始めた白雪にダメ押しで言うと。
白雪は──こくり。
ぱっつん前髪を揺らして、うなずくのだった。
[#改ページ]
[#ここから3字下げ]
4弾 人工なぎさ
[#ここで字下げ終わり]
|強襲科《アサルト》でのケンカの後、アリアは雲隠れしてしまっていたが──
まあだいたい行き先は予想できた通り、レキの部屋に仮住まいしていた。
ので、ゴールデンウィーク中も白雪のボディーガードはちゃんとできている、と、ファミレスでレキに報告しようと思ったのだが……スマートな|狙撃銃《そげきじゅう》を背負ってやってきたレキは相変わらずの無口・無表情で、人の話を聞いているのかいないのか分からないいつものレキだった。
なので、内容が把握できてるのかいちいち確認しながら話すのにやたら時間がかかる。
一応、だいたい全部話し終えた辺りで壁の時計を見ると……
「あ」
もう8時近い。
今日は確か、白雪と花火を見に行く約束をしてた日だ。
ていうか、7時に待ち合わせしてたハズだぞ。マズいな。
置物のように席についていたレキが、俺の様子に「?」という目をする。
「今夜は白……いや、ちょっと予定がある。帰らせてもらうぞ」
有無を言わさず席を立つが、レキは特に文句も言わず、|俺《おれ》に視線すらよこさない。
結局1滴も飲まなかったストレートティーを前に……
誰《だれ》もいない前方を、人形のように見つめている。
「…………」
「……俺は、か・え・る・ぞ。いいなぞ」
念押しのためそう言うと、レキは、こくり。
無言のまま、あだ名の通りロボットぽい動きでうなずいた。
そういえばレキには、まあ見て分かる通り友達はいないのだが、一部男子に熱狂的なファンがいるという。その物好きどもはレキを『レキ様』などと呼んで神様扱いしてるとか。
まあ……ロボットにせよ神にせよ、たしかに人間味のない子だよ。
と、背を向けた俺に─―
「予定とは、外出ですか」
抑揚のない声で、唐突にレキが開いてきた。
「だったら何だ」
「気をつけてください。ここ数日は、風に──何か|邪《よこしま》なものが混ざっている」
なんだそりゃ。
頼むから人間語で|喋《しゃべ》ってくれよ神様。
「うちの高校そのものが|邪《よこしま》だろ」
言い捨てると俺は、例のでかいヘッドホンをかけ直しているレキを放置して会計を済ませ、ファミレスを出た。
|白雪《しらゆき》に電話しておこうかとも思ったが……もう、直接帰った方が早いカンジだな。
白雪が怒ってたら、なんて|謝《あやま》ろうか。
自分で誘っておきながら大遅刻してしまった俺は、そっとリビングをのぞき込み…………
そこにいた白雪の姿に、目を見張った。
白雪は……どこで手に入れたのか、浴衣《ゆかた》を着ていたのだ。
柄《がら》は、|清楚《せいそ》な白[#「白」に丸傍点]地に撫子《なでしこ》の花雪[#「雪」に丸傍点]輪。鴇色《ときいろ》の帯は高さも形も|完璧《かんぺき》に――おそらく、自分で――ちゃんと着付けてある。
珍しくアップに結った黒髪は、こちらも撫子で揃《そろ》えた花かんざしで留めてあった。
アリアは一言で言えば「かわいい」。
が、白雪は──「きれい」、だ。
いや、それは知っていたし、|武偵高《ぶていこう》の誰もが知ってることだ。白雪は国民的美少女コンテストとやらに出したって余裕で優勝できるような、美人なんだ。本当は。
だが、幼なじみの俺は、いつの間にかそこに意識が行かなくなっていた。
こうやって改めてガラリと|雰囲気《ふんい き 》を変えられると……その|美貌《び ぼう》を再認識させられるな。
気恥ずかしいことだが。
|白雪《しらゆき》は充電器に挿《さ》した携帯の前でお行儀良く床に正座し、こっちに背を向けている。
|俺《おれ》からの電話を待ってるんだろう。
窓に姿が映っているので、一応顔も見えているのだが……向こうはこっちに、まだ気付いていないらしい。
――ちょっと、イジリたくなってきたな。
「……」
俺は携帯を取り出すと、廊下から……びび、とメールを送ってみた。
『すまん、あと30分遅れる』
ぴか。
白いケータイが光ると、ばっ! 白雪は目にも止まらぬ速さでそれを取り、両手で目の前に持っていってメールを読む。
そして、かちかちかち、といそいそ返事を打った。
先手を打ってマナーモードにしていた俺は、返ってきたメールを読む。
『うんいいよ。待ってるから』
文末に笑顔の絵文字までつけてきやがった。
少しは怒ってもいいだろうに。
と思った俺は……
『やっぱ3時間遅れる。今日はやめにすっか』
と、試しに送ってみた。
すると白雪は充電器に挿しかけた携帯をまた開いてメールを読み、ガーン。
この世の終わりみたいな顔になった。
ぷぷぷ。
俺はここにいるのに。
『この世の終わりみたいな顔すんな』
と送ったら、「???」と、今度は目をぱちくりさせてる。
白雪遠隔操作。
おもしれーな。
さすがにちょっと罪悪感も感じてきたので、
「ほら、行くぞ」
と|苦笑《にがわら》いしつつ声を掛けてやると、
「ひゃあ!」
白雪は正座したまま20センチぐらいジャンプした。
どうやったんだろうな。
「キ、キ、キンちゃん!? もぉーひどいよ! 私をそこから見て笑ってたの!?」
|頬《ほお》を赤くして立ち上がった|白雪《しらゆき》は、つやっやした前髪を揺らし――そそ、と|俺《おれ》に歩み寄ろうとして、緊張してるのか、何もないところでつまずいた。
「きゃ」
「きゃじゃねーだろ。……あー、っていうかごめんな、遅れて」
「う、ううん! いいの! ぜんぜん遅れてないよー!」
ばたばた、と手を振って笑顔になる白雪。
明らかに遅れていたんだが……まあ、待たされた方がそう言うんだからいいか。
俺と目が合うと、白雪は慌《あわ》てて目を逸《そ》らし、あせあせ、と浴衣《ゆかた》を手で軽く整えた。
「キ、キンちゃん。どうかなこの服。通販で買ったんだけど……ヘンじゃないかな」
「別に」
「よ、よかったあ……あ……髪は? これ、さつき学園島の美容院で結ってもらってきかの……ヘ、ヘンかな?」
「ヘンじゃねーよ」
と答えると、白雪は見てるこっちが恥ずかしくなるほど|安堵《あんど》の表情になった。
なんだかむず痒《がゆ》くなってきた俺は、「そんじゃ行くかー」と玄関に戻る。
靴を履いて振り返れば、「はい」と答えた白雪は、しゃなりしゃなり。
上品な仕草でやってくると、おろしたてっぽい女物の桐下駄《きりげた》をそっと履いた。
その動作は一挙手一投足、|完璧《かんぺき》な日本女性のそれだ。
立てば苛薬《しゃくゃく》、座れば牡丹《ぼたん》。歩く姿は百合《ゆり》の花──っていうんだっけ。こういうの。
夜の外出は――
キライじゃない。
|強襲科《アサルト》から|探偵科《インケスタ》に移ったばかりの頃《ころ》は……なんだか虚《むな》しくて、夕食を終えたあと何の目当てもなく夜中に街をうろついたもんだ。
「……涼しいな」
トコトコと俺の少し斜め後ろについてくる白雪に、ちょっと振り返る。
俺の後ろ姿をうっとり見ていたらしい白雪は、
「う、うん」
そそくさと視線を下に逸らした。
──見てたんじゃないんです、いま目が合ったのはたまたまなんです──
と、言い訳するみたいに。
「白雪も、夜たまに散歩したりするか?」
「ううん。私、キンちゃんとじゃなきゃ、こんな時間に出歩かないよ」
「そうか」
……。
…………。
なんか、会話が続かないな。
そもそも女子と二人っきりで話すなんてよっぽど理由がない限り避けてきた事だし……米軍の閃光弾《せんこうだん》がどうの、ドイツの最新ナイフがどうのとうるさく|喋《しゃべ》りかけてくるアリアの話を聞き流すクセがついているせいもあるのか、うまく話せない。
道端の自販機が、|俺《おれ》たちを冷やかすようにチカチカと蛍光灯を点滅させていた。
「あ、あの」
ありがたいことに|白雪《しらゆき》から話しかけてきた。
「何だ」
「こ、これ…………その、な、な、なんだか……デ……ト……みたい、だったり……したり、しなかったり……やっぱり、したり……」
「何だ?」
何を言ってるのか、日本語の文法的におかしくて分からないぞ。
「デート……してる、みたい……だね」
「デート?」
喋ってくれたと思うたら、妙なことを言い出した。
これは、しっかり否定しておかないとな。
誤解させて、後々ヒステリアモードに追い込まれるような事態になっても困る。
「これはデートなんかじゃない。外出する依頼人を、ボディーガードが護衛してんだよ。それだけだ」
|武偵《ぶてい》憲章5条。行動に疾くあれ。武債は先手必勝を旨《むね》とすべし、だ。
「ボディーガード……」
白雪はその整った眉尻《まゆじり》をちょっと悲しげに下げてから、
「そ、そうだよね。護衛なんだよね。ヘンなこと言って……ごめんなさい」
と、作り笑いっぱい笑顔で|謝《あやま》るのだった。
その後……
俺が遅刻したせいもあり、モノレールの|武偵高《ぶていこう》駅に着いた頃《ころ》には――もう、遠い花火の音が聞こえ始めていた。
間に合うかな。
白雪はモノレールのキップを買う──つまり武偵高から出ることをまだためらっているようだったから、「じゃあ俺がお前の分も買ってやるよ」と言ったら、
「そんな、キンちゃんに買わせるなんて悪いよっ。自分で買うから」
と、ようやくキッブを買うのだった。
聞けば今まで|武偵高《ぶていこう》からは、|星伽《ほとぎ》の使いがよこした車でしか出たことがなかったとか。
ていうか電車というものに乗ったことが、覚えている限り、ないと言う。
……どんだけ箱入りなんだよ。
ただまあ、とりあえず|俺《おれ》は──かごのとりを、かごから出してやることに成功したわけだ。まだ、手の中にそっと入れてやったままだけど。
モノレールで|台場《だいば》へ。ゆりかもめで有明《ありあけ》。そこからりんかい線で新木場《しんきば》。最後に京葉線。
ほいほいと乗り換えて目的地の|葛西《かさい》臨海公園駅に着くと、|白雪《しらゆき》はそれだけで俺を尊敬の眼差《まなざ》しで見てくる。
こんな事で尊敬されてもなあ……
と後ろ頭を掻きつつ、俺は白雪を連れて駅から海の方へと歩いた。
ちょっとした森みたいになってる葛西臨海公園に入ると、電柱が点々と海の方へ続いている。いかにも夜の公園といった風情《ふぜい》があるな。
俺は一応ボディーガードなので周囲を確認するが、夜とはいえここは売店も開いてるし、ぱっぱっと人も見かける。危険はそんなにないだろう。出るとしたらカップル狩りのヤンキーぐらいだが、あいつらも帯銃している|武偵《ぶてい》を襲うほどバカじゃないしな。
「……月がキレイだね」
「そうだな」
まだ見えない花火の音の中、公園の道を海に向けて歩く。
ここを進むと、見晴らしのいい人工なぎさに出るんだ。
「……本当にキレイだね」
「そうだな」
「キンちゃん……その……今、つまらなかったり、しない?」
つぶらな黒い|瞳《ひとみ》を不安そうに向けてきた白雪に、首を横に振ってやる。
「別に」
「あの、私……男子とあんまり|喋《しゃべ》ったことないから、男の子が面白いと感じる話題、知らなくて……ごめんね」
「気にすることねーよ。あとなんでもすぐ|謝《あやま》るな。よくないクセだぞ」
「ご、ごめんなさい」
「だからそれだよ」
「あっ……ごめ…………」
反射的に謝る白雪がおかしくて、俺は小さく笑った。
|白雪《しらゆき》は少しうつむいたが、おかしそうに、うれしそうに、|頬《ほお》を|緩《ゆる》めている。
相変わらず特に話題は無いわけだが、家を出た頃《ころ》とは、だいぶ違う空気が流れているな。
引き続き海へ向けて歩く中……白雪は、いつものクセで少し顔をうっむかせ、
「夢みたい……」
と、とても幸せそうに小さく|呟《つぶや》くのだった。
人工なぎさに出た。
案の定、誰《だれ》もいない。
ここは文字通り人工の砂浜だが、海水浴や釣り、バーベキューまでもが禁止されているので、人けがないのだ。
ウォルトランドの花火を見るなら、ここが穴場だろうと思ったのだが……
「……終わっちまったんだな」
東京湾岸のウォルトランド上空に見えるのは、雲みたいな花火のケムリだけだった。
ここまで連れ出してきたのに、ばつが悪い。
「……悪ぃ。|俺《おれ》が遅刻したせいだ」
「う、ううん。キンちゃんは悪くないよ。私の足が遅かったからいけないの」
白雪はいつもの白雪理論で俺のことを悪くないと言うが……
その目が、ちょっと|淋《さび》しそうだった。
「それに私、歩いてる時に……昔のこと思い出してたからいいの。音を聞いただけで十分だよ。花火、心の中で見えた」
白雪は俺を慰《なぐさ》めるように、けなげな笑顔をつくる。
「昔の……こと?」
「ほら、青森の花火大会のこと」
「あ、ああ。俺がお前を連れてって…………あとで怒られたあれか」
5歳だったかの時……俺が白雪を神社から強引に連れ出したときのこと。
そういえばあれも、花火がキッカケだったな。
無意識に同じことをしちまってたのか。俺は。
「……あの時も……キンちゃんが、私を|星伽《ほとぎ》から出してくれた」
そう言うと白雪は、さく、と砂を踏んで海の方を向く。
歩きにくい砂浜でも、その姿勢は常に美しい。
夜風に−一−結った黒髪が、|慎《つつ》ましく揺れる。
「あの花火を覚えてるから、いいの。今日も……ほんとはちょっと楽しみだったけど……でも、花火があってもなくても、いいの。月夜の海でも、おうちでも、いいの」
言うと|白雪《しらゆき》は、星を背に振り返った。
「キンちゃんが、そばにいるから……」
その笑顔は、本当に、|俺《おれ》のことを心から思っている表情で。
白雪……
俺は……俺なんか……
|武偵《ぶてい》にもなれない、普通の高校生にもなれない、中途半端なヤツで。
遅刻したあげく、お前をリモコン操作して笑い、しかも、花火の一つもちゃんと見せてやれなかったような、そんな男なんだぞ。
なのにお前は、一言も文句を言わない。
怒るどころか……心からの笑顔で、俺を許してくれる。
なんでそんなに優しいんだよ。
これじゃあ……
逆に、何かせずにはいられなくなっちまうだろ。
「白雪」
「はい」
俺がちょっと呼ぶように言ったので、白雪はいそいそと近寄ってきた。
「寒くないか。寒いだろ。寒いよな。よし。これを着て少し待ってろ」
俺は上着を脱ぐと、有無を言わさず白雪の肩へそれをかける。
「キンちゃん? キンちゃんは寒くないの?」
「逆に暑くなる予定だからいいんだ。少し走ってくる」
なんだか分からずにいる白雪が、何か言い出す前に――
俺は砂を蹴立《けた》てて、駅の方へ走り出した。
本当は護衛対象をだだっ広い場所に置いていくのは良くないのだが、まあ、どうせ敵なんかいないんだ。大丈夫だろう。
思った通り――ここは安全で。
ひとっ走りして戻ってくると、白雪は砂浜から少し離れたベンチに座って、俺の上着をちゃんと着ておとなしく待っていた。
「白雪。待たせたな」
と呼びかけるが……あれ。
反応がない。
「おい」
と白雪が袖《そで》を抱きしめるようにしていた俺の制服越しに、肩を叩《たた》く。
すると白雪は、バッ――と振り返った。
オニキスのような黒い|瞳《ひとみ》に、|怯《おび》えたような色がある。
……なんだよ。
「どうした。なんだ、怖《こわ》かったのか?」
「う、ううん。なんでもない。大丈夫だよ。これがあわたから……平気」
|白雪《しらゆき》は何かをごまかすように、|俺《おれ》の制服の袖《そで》を少し掲げた。
「この服、キンちゃんのにおいがするから……キンちゃんがそばにいるみたいだった」
俺は|苦笑《にがわら》いする。
「俺の服なんだから当たり前だろ。火薬くさくなかったか」
「ううん。いいにおいだよ」
「ヘンなヤツだな。それより、ほら」
言いながら、ぐい。
と、俺は白雪に――
さっき、ギリギリまだ開いていた売店で買ってきた線香花火を差し出した。
「……?」
「花火、やるぞ。大きさは千分の一ぐらいになっちまったけどな」
パチ……パチ。
砂浜にしゃがんで、俺たちは花火をやっている。
白雪だから和風に線香花火がいいだろうと思ったんだが……
ちょっと、地味すぎたな。ちっとも盛り上がらない。
だがそれでも白雪は心底|嬉《うれ》しそうに、カミナリのミニチュアみたいな火を見つめていた
ちょっと垂れ目ぎみの、まつげの長い、優しげな目が──その火でちかちかと照らされて、星明かりの|薄闇《うすやみ》に浮かんで見える。
こうして見ると、やっぱり……美人だよな。
「キンちゃん」
「ん、ん? 何だ」
「きれいだね、花火」
「……ああ」
パチ……
パチ……
「キンちゃんは……火って、好き?」
火?
なんか漠然とした質問だな。
「こういうのはいいけどな。でかい炎とかは怖いだろ。それが人間の本能だ」
「そ……そうだよね。あっ……」
……ぽと。
|白雪《しらゆき》の線香花火から、火玉が落ちた。
|苦笑《にがわら》いしてこっちを向いた白雪と、目が合って………ちょっと|俺《おれ》の指先が動いたせいか、ぽと。
こっちの火玉も、落ちた。
人工なぎさに打ち寄せる、波の音――
「……終わつちゃったね」
「あと1本あっただろ。お前がやっていいぞ」
と、さっきついでに買ってきた100円ライターを出してやると……
白雪は線香花火のビニール袋を胸に抱くようにして、ふるふると首を横に振った。
「ううん。これはとっておきたいの」
「なんでだよ」
「キンちゃんがくれた物だから、持っていきたい。燃やしちゃうの、もったいないよ」
「どこに持ってくんだよそんなもん。花火は火いっけるもんだろ」
「でも……」
「記憶の中に永久保存するんだよ」
適当なことを言うと、白雪は……こくり。
うなずいてから、最後の花火をそっと取り出して……火をつけた。
パチ……パチ。
本当にちゃんと記憶しようとしてるのか、ずいぶん真剣に見つめている。
俺は特にすることもないから、その様子を眺めていた。
「……」
ふと見れば、和服というヤツは色っぽい構造をしていて……
前屈《まえかが》みにしゃがんでいる白雪の──胸元が、かなり広く開いてしまっていた。
パチ……パチ。
線香花火の灯《あか》りで、その肌が点滅するみたいに照らされている。
(……って……おい……)
いま、すき間から見えてしまった。
コイツ。
なんでか知らないが、また、黒をつけてるぞ。
たしかあの引き出しで、『勝負』に区分けされてたレースの下着だ。この、黒雪《くろゆき》め。
そ……そういえば|武藤《むとう》が昔言ってたな。
和服とは、世界で一番脱がせやすい服だとかなんとか。
あ──こらキンジ。
余計なことを考えるな。
こんなとこでヒスったりしたらどうする。
何か別のことを考えて落ち着くんだ。頭の中で素数を数えたりしろ。2、3、5──
「キンちゃん……本当にありがとう。私、今夜は|嬉《うれ》しくて眠れなさそう」
花火を見つめながらの|白雪《しらゆき》が言ってきたので、|俺《おれ》は顔を上げる。
そうだ、会話だ。簡単な方法を忘れていた。何が素数だ。
会話に集中すれば、黒いレースの下着のことから意識を逸《そ》らせるだろう。
「眠れなさそう……って。大げさだな。ただ電車乗って公園ブラブラ……って…………」
言葉の選択をいきなりミスった俺がちょっと言いよどんだので、白雪はきょとんと首を傾《かし》げる。
「ぶら?」
「あ、いや。うろついて……だ。そんで、花火やっただけだろ。大したことじゃない」
「……でもね。私にとっては特別なこと。奇跡みたいなことだったの」
パチ……
パチ……
線香花火の火は、もうだいぶ小さくなっている。
「キンちゃんはいつも、私に奇跡をくれる人だったんだよ。受験の日だって、ワルモノから助けてくれたし……」
「あれは、その、ちょっとケンカしただけだろ」
「それに子供だった頃《ころ》も、今夜も、私を……外の世界に出してくれた……だからね、私は……|武偵高《ぶていこう》で、キンちゃんにご恩返しをしたいって思ってたの」
「恩なんてない。ないから、返す必要もないって」
適当に言うと、|白雪《しらゆき》は──また、あの幸せそうな笑顔になる。
「キンちゃんはやっぱり、キンちゃんだね」
「なんだそれ」
……ぽとり。
最後の火玉が、落ちた。
ジジ……と、砂の上で消えゆく火を2人で見つめる。
白雪はその様子を心に録画するかのように、1つ、長いまばたきをした。
そして、すっーと、|溜息《ためいき》が出そうなほど気品のある物腰で立ち上がる。
|俺《おれ》もそれに合わせて、立った。
ざん……
ざざん…………人工なぎさに打ち寄せる、波の音――
「この間、巫女占札《みこせんふだ》でキンちゃんを占った時、ね……」
波打ち際の方を向いた白雪に、か細い声で唐突に言われて……俺は、思い出す。
たしか『総連、幸運です』とかって、なおざりに言ってたあれか。
「本当は……キンちゃんは……『いなくなる』、って出てたの」
「……いなく……なる?」
「いまいる場所から、いなくなる――それも、数年以内に」
「それは─――般校に転校するってことだろう。念願が叶《かな》うんだよ、来年あたり」
「……私、それ……アリアがどこかに連れてっちゃうんじゃないかって思って……」
「はっ」
白雪の言葉に、俺は短い笑い声で応《こた》えた。
だが、白雪の態度は何かに囚《とら》われているかのように弱々しいままだった。
「アリアは、キンちゃんを変えたから。アリアと出会ってから、キンちゃんは明るく……」
「俺、が?」
意外──かというと、心のどこかで、そうではないカンジもした。
その感覚の方が、意外だった。
アリアが、|俺《おれ》を、変えた……?
「……そんなことない」
否定する俺の声は、自分が思ったより小さい。
「……いいの……」
「何が」
「キンちゃんが幸せになれるなら……アリアのこと、好きなら……アリアと一緒でも、いいの。私は陰からでもいいから、キンちゃんを支えて……ご恩返しがしたかった」
「お、おい。何を――」
「だから今までも、いろんなこと努力してきたっもりだった。お勉強も生徒会も部活も頑張って、自分を高めようとして……でも、そんなこと結局、何の役にも立たなかった」
|白雪《しらゆき》が……俺の言葉を遮《きえぎ》って、言った。
何だこの白雪は。いつもと違う。
何か──今まで隠していた胸の内を、駆け足で俺に伝えようとしているみたいだ。
「……ヘンな事ばっかり言うな。アリアとはただのパートナーだって前言ったろ。それに何でさっきから過去形なんだ。ひょっとして……先月の『|武偵殺《ぶていごろ》し』の事を言ってるのか?」
直接聞いたわけじゃないが、白雪の性格から考えて……
白雪は、自分が『武偵殺し』の一件で俺を何一つ手助けできなかった事を気に病《や》んでいたのかもしれない。
イザという時、俺と一緒にいたのは──白雪と犬猿の仲の、アリアだったわけだしな。
「ちがうの……」
急に振り返った白雪は……暗くてよく分からなかったが、その|瞳《ひとみ》を涙に潤《うる》ませているようだった。
そして、ぽすっ。
「キンちゃん──っ」
「お、おいっ」
俺の胸に、飛び込んできた。
この間は隣に座って距離を詰めるだけでも数分かけていた白雪が、いきなり、だ。
ど、どうしたってんだ。マジで。
「キンちゃん、ごめんね。本当に本当にごめんね──」
顔を上げた白雪が何に対して|謝《あやま》っているのかは、分からなかったが――
潤んだその瞳に、何も言えなくなる。
月明かりに浮かぶその顔は、ああ、最初から分かってはいたが……
本当に、キレイで。
少し季節外れの浴衣《ゆかた》も、アップに結った髪も、この|大和撫子《やまとなでしこ》には|完璧《かんぺき》に似合っていて。
幼なじみ──小さい頃《ころ》から友達のように接してきた、水のように大切な、しかし余計なものの介在を許さなかった関係……
その関係に今、何か|蜜《みつ》のようなものが|滲《にじ》み、混ざっているのが分かる。
──狂おしいほどに甘い、飲み干さずにはいられなさそうなものが――
「キンちゃん……突然、ごめんね……今まで、きらわれるのが怖《こわ》くて言えなかった……私のわがままを1度だけ、夢を1つだけ、叶《かな》えてください……」
唇を震わせて言う|白雪《しらゆき》は、もう、次の一言を言ったら死んじゃいそうなぐらいにいっぱいいっぱい、という表情をして……
「今だけでいいの、今だけでいいから――私を、私だけを見て……」
まだ夏には早い涼しい夜風が、ふっ、と|俺《おれ》たちを撫《な》でたその時──
静かに、ぱっつん前髪の下の、穏やかな、愛らしい目を――つむった。
「……キス……して……」
聞き間違い――じゃない、だろう。
小声は小声だったが、こんな至近距離だ。
なんで……
なんで、そんなこと、急に……
驚きに心臓が大きく鳴ったので――とっさに、自分の血の流れを確かめる。
だが……この感覚は少し違った。
ヒステリアモードになる性質の流れじゃない。
これは通常のトリガー性的興奮──というのとは、少し違う……
たぶん、白雪があまりに切なげにしているからだ。
言葉が……出なくなる。
気付けば俺の手は、俺の意思とは別に、本能のままに──白雪を止めるためなのかどうなのかも分からないままに、その浴衣の背にそっと触れそうになっていて――
――どん。
遠い、爆発音。
「――?」
何よりも原始的な、危険からお互いを守ろうとする本能。
驚きに肩をすくめた白雪と、ハッ、と意識を取り戻したかのように顔を上げた俺が、揃《そろ》って顔を向けると……
ウォルトランドの上空に、どん。どどん。
大輪の花火が、次々と打ち上がっては咲いていた。
さっき終了したと早とちりしていたが、どうやらただのインターバルだった……らしい。
「……っ……」
習慣とは、どうしようもないもので……|俺《おれ》は今の一瞬で、無意識にボディーガードの依頼人──|白雪《しらゆき》の左胸を音源から守るような位置に、自分の右肩を割り込ませていた。
手も、いつの間にか念のため帯銃してきていたベレッタに触れている。
|強襲科《アサルト》にいた頃《ころ》の訓練のせいだな。
花火の音にすら、身構えちまった。
思いつめた感じの白雪の前で見せてしまったマヌケな勘違いがきまり悪くて、振り返りながらも、白雪の顔がマトモに見られない。
俺たちの足は、さっきは|爪先《つまさき》と爪先が触れあうくらいに近かったのに……
今の動きのせいで、半歩ほど離れてしまっている。
その40センチほどが、なんでか、取り返しのつかないほどに遠い距離に見えた。
「……ごめんね」
何かをあきらめたかのような声に顔を上げると、白雪は花火を見つめていた。
どこか虚《うつ》ろな、まるで、自分がここにいないかのような目で。
仕方ないので、俺も――
まるで魔法のように上がる、色とりどりの花火に視線を向けた。
海に浮かぶような東京の夜景を彩《いろど》る、夏先取りの花火。
俺たちはまるで魂が抜けたように、2人してそれを見続けていた。
──それが、別れの時になるとは思いもせず。
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5弾 銀氷《ダイヤモンドダスト》
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連休が終わり、アドシアードが始まった。
|俺《おれ》がアル=カタの演奏をやるのは閉会式なので、これからしばらくは短縮授業とちょっとした手伝いぐらいで日々が進んでいく。
昨日あのあと、|白雪《しらゆき》は学園島に戻ると……忘れ物がどうとか言って、自分が元いた女子寮に帰ってしまった。
そしてその後1通、メールを送ってきている。
『キンちゃん、今夜は本当にごめんなさい。怒ってるよね。合わせる顔がないから、このまま自分のお部屋で寝ます』
もう正直、いもしない敵に休みなく備《そな》えるバカバカしさには辟易《へきえき》していたし……実際あれだけ無防備に夜遊びしてたのに結局なにも無かったわけだから、俺は、
『怒ってねーよ。さっきの件はもう終了な。引っぱるなよ? あと、教務科に任務中断で内申点を下げられてもアレだから、一応ボディーガードは継続する。明日、委員会の仕事が終わったら電話くれ』とだけ返して1人で横になっている。
だが、昨夜はなんでかうまく寝付けなかった。
後味の悪い人工なぎさの件もあったし、何だか……妙な胸騒ぎがしたのだ。
その胸騒ぎの正体が何なのかまでは、分からなかったが。
……おかげで今日は、完全に寝不足だ。
今の俺は眠気に耐えつつ、|武藤《むとう》と2人、アドシアード開会式場となる講堂のゲートでモギリをやっている。
ゲートは幾《いく》つかあるのだが、講堂はそもそも|武偵高《ぶていこう》のかなり奥にあるためセキュリティーの役割を必要としない。
しかも俺らが担当しているゲートは|報道陣《プレス》の控え室に続くってだけの出入り口。
これがヒマでヒマでしょうがない。
開会式前にはそこそこカメラやマイクを持った記者たちが通ったんだが…………昼も3時を回ると、今さら来るやつはもういないのだ。
「……俺らの演奏するフー・ショット・ザ・フラッシュって、原曲のカバーバージョンの、さらにコピーの、しかも替え歌だろ? ここまでくるともう笑い話だよなあ」
ヒマをもてあました武藤が、パイプ|椅子《いす》に座ったままぼやく。
「なんであの曲になったんだ?」
することがない俺も、話につきあう。
「バン・パパバンって歌詞。そこは変えてないだろ? あそこが銃声っぽいからだとよ」
「はあ……|武偵高《ぶていこう》らしい、っつーかなんつーか……」
|俺《おれ》はアクビをかみ殺しながら、今日も晴天の青空を窓から眺めていた。
「で、結局、アル=カタのチアって……|星伽《ほとぎ》さんは出ないのか?」
「|白雪《しらゆき》? 出ないつってたぞ」
「そうかあー」
と|武藤《むとう》は、なぜかやたら残念そうに語尾を伸ばす。
「そういえば……キンジお前、星伽さんのボディーガードしてたんだよな」
「ああ。アリアと一緒にな」
「警護される星伽さんって違和感なかったろ。守ってあげたくなるタイプだもんなぁ」
「守られる必要性を感じなかったぞ」
あれはアリアと互角に戦えるしな。
「……で……キンジ。どっち[#「どっち」に傍点]なんだよ」
「何がだ」
「星伽さんと、アリア。どっちがお前のタイプなんだよ?」
「は?」
俺は|眉《まゆ》を寄せる。
どっちもありえん、と俺が答えるより前に……
武藤は、がちゃ、とパイプ|椅子《いす》をこっちに向けてきた。
「アリアだろ」
「なんでアリアなんだ、よ」
なんでそこでギクッとする、俺よ。
「えーっと……ほら、なんかお前は、年下っぽい子が合う気がする」
「合わねえよあんな仔《こ》ライオン。俺は人類なんだ」
「こないだ、アリアが一般校区でクラスの女子と|喋《しゃべ》ってたけど……あいつ、キンジのことばっか話してたぜ? やっぱ、|両想《りょうおも》いなんだよお前ら」
「ありえん」
「じゃあ、その、キンジは……もしかして、星伽さんとうまくいってんのか?」
「……あのなあー。なんで武藤までそういう下らない勘ぐりすんだよっ?」
昨夜の白雪とのことを思い出した俺は、ムスッとする。
「え、あー……それはほら、|武偵《ぶてい》なんて、そもそも知りたがり屋の何でも屋だろ」
「……好奇心ネコを殺す。武偵が書いた本に載ってたぜ」
俺はそれだけ言うと、机に|肘《ひじ》をついて答えずにいた。
「答えろよ。答えなきゃ4トントラックで轢《ひ》くぞ」
「おうおう轢《ひ》きにこい。|ベレッタ《ベレ》・キンジモデルで迎撃してやる」
|俺《おれ》は|強襲科《アサルト》的な受け答えをしつつ、|武藤《むとう》無視モードに入った。
だがそれでも武藤はあきらめない。
なーんーかー言ーえー、というカンジで、こっちを見続けている。
1分。
2分……
3分ほどすると、武藤はツンツン頭をこっちに向けるように顔を伏せ……
「――すまんっ!!」
「んだよ急に。声がでかいぞ」
「オレは、|危《あや》うく卑怯者《ひきょうもの》になるところだった!」
「?」
「アリアを勧《すす》めたりして、な。お前は……お前の好きな子とうまくいくよう、祈るっ」
ぐい、と腕を組み、キリッと斜め上を見上げる武藤。
……分からん。
どいつもこいつもワケが分からん。
もうその話を引っぱるのもイヤだったし、武藤もそんな空気を流していたので、俺らは音楽や映画やバイクの話に戻りつつ時間を|潰《つぶ》した。
4時には、武藤のシフトが終わった。俺は引き続き誰《だれ》もこないゲートに1人残されて、やることもなく、ただボケーッと時を過ごすしかなくなる……
……うと……うと、と。
陽射《ひざ》しの中で、俺はパイプ|椅子《いす》に座ったまま……連休ボケと、睡眠不足にやられて……とうとう、うたた寝をしてしまっていた。
坂道を転がるももまんを泣きながら追っかけ、マンホールにすぽっと落ちるアリアの夢なんかを見てたら……
「おいキンジっ──!」
がばっ!
と、武藤に肩をつかまれて目を覚ます。
「――?」
いかん、完全に寝てたらしい。
壁の時計がずいぶん進んでるな。
もう5時だ。
武藤はここまで走って引き返してきたのか、息を切らしている。
居眠りしてたのを怒ってる――というカンジじゃないな。何だ?
「どうした」
|眉《まゆ》を寄せると――
|武藤《むとう》は、|俺《おれ》がポケットにしまっている携帯を指で示した。
「ケースD7だ、ケースD7が起きた」
─――気に、目が醒《さ》める。
ケースD──とは、アドシアード期間中の、|武偵高《ぶていこう》内での事件発生を意味する符丁《ふちょう》だ。
だがD7となると『ただし事件であるかは不明確で、連絡は一部の者のみに行く。なお保護対象者の身の安全のため、みだりに騒ぎ立ててはならない。武偵高もアドシアードを予定通り継続する。極秘裏に解決せよ』――という状況を表す。
携帯を取り出すと、寝ていた間に確かに武偵高からの周知メールが来ている。
しくじった。
マナーモードにしていたから気付かなかった。
武藤からの着信も何度かあった。
何が起きたんだ。
と、俺がメールを読むより先に――武藤が声を潜《ひそ》めて伝えてくる。
「|星伽《ほとぎ》さんが|失踪《しっそう》したらしい。昼過ぎから連絡が取れないみたいだ」
「――失踪?」
慌《あわ》てて、武偵高からのメールを確認しようとすると――|白雪《しらゆき》から1通、新着メールが届いていた。
その内容に――血が、凍り付く。
『キンちゃんごめんね。さようなら』
──おかしい。
幼なじみの俺には分かる。この文面はおかしい。
昨日のことで気まずくなって家出した、とか、そういうことじゃないだろう。
人工なぎさでの件は、昨夜の俺のメールで終わったことになっている。
白雪の本心がどうなのかは知り得ないが、アイツはとにかく従順なやつだ。俺が終わりと言ったら終わりにする。それ以上その件を引っぱったりしない。無かったことにする。
それに白雪は責任感が強い。自分の仕事――アドシアードの仕事は、閉会式まで確実にやり遂げるハズだ。それが突然姿を消したから、武偵高もケースDを発令したんだろう。
俺には分かる。
これはただの失踪じゃない[#「これはただの失踪じゃない」に傍点]。
アイツの身に何か[#「アイツの身に何か」に傍点]、良くない事が起きた[#「良くない事が起きた」に傍点]――!
今となっては──何もかも、言い訳だ。
|白雪《しらゆき》も|俺《おれ》も、危険なんかこれっぽちも感じていなかった。
はじめあれだけ周囲を警戒していたアリアでさえ、最終的には任務を放棄した。
だからって――
|迂闊《うかつ》だった。
油断しすぎた。
白雪は、本当に狙われていたのかもしれない。
俺は先日アリアに怒鳴った、自分のセリフを思い出す。
『お前は敵がいた方がいいと思ってる、だから、それがいつのまにか「いる」に変わってるんだ!』
あれは、逆だったのかも。
俺の『いない方がいい』……それがいつの間にか、『いない』に変わっていたんだ。
|武偵高《ぶていこう》の路地に出た俺は――
何の手がかりもないただの道路を、見回すことしかできずにいる。
|武藤《むとう》とは手分けして探すことにしたが、一体、どうやって探せばいい?
全く見当もつかない──今の、俺には!
しかし状況はD7だ。|無闇《むやみ》に聞き回っては、逆に白雪の身に危険が迫る可能性もある。
白雪への電話が不通なので、今度はアリアに電話をかけるが──こっちもどういうわけか|繋《つな》がらない。コール音は鳴っているハズなのに。
(アリア……!)
最初の予定通りアイツと2人で白雪をきちんとガードしていれば、こんな事にはならをかったかもしれない。
だが、アイツがいなくなったのも俺のせいなんだ。
俺がアイツの話を真に受けず、アイツの直感を信じず、結果的には追い出してしまったようなもの――
(俺が……最低最悪に、バカだったんじゃねえか!)
白雪は――そんな俺を『信じてる』と言った。俺が1人で白雪を守り始めた夜に。
信じてるから。
そう言われていたのに……
俺は、その信頼を、裏切ってしまった――!
犬のように道路を走り回って、路地に出ては周囲を見回す。
時間だけが、10分、20分――無意味に過ぎていく。
|俺《おれ》は……何もできないのか。
今の俺は──女の子1人、守れないのか。
俺は──なんて──無力なんだ!
(でも……それでも、何とかしないと!)
こうなれば学園島を隅から隅まで走ってでも、手がかりを探すしかない。
探すんだ、それしかない。それしかできない。
|白雪《しらゆき》。
俺は、お前が言ってくれたようなヒーローじゃないんだ。
お前のピンチに居眠りしてたようなクズ野郎なんだよ。
でも、このクズ野郎な俺でも、それでも、信じてくれたお前の気持ちにだけは応《こた》えないと!
――そうじゃなきゃ、本当の本当にクズ以下だ!
|武偵高《ぶていこう》の南側を、息を切らして走っていた俺に――電話が入った。
むしり取るように出ると、
『キンジさん。レキです。いま、あなたが見える』
──レキ!
『D7だそうですね。|狙撃競技《スナイピング》のインターバルに携帯を確認しました』
「あ、ああ」
そういえばレキは、アドシアードに日本代表として出るとかいう話だったな。
携帯からは『何やってるんだレキ!』『世界記録《ワールドレコード》目前だったのに!』などというがなり声が漏れ聞こえてくる。
何かを言ったレキの声が、その外野の声に|遮《さえぎ》られた。
「レキお前、今どこにいるんだ!? うるさくて、今の話が聞こえなかった!!」
『|狙撃科《スナイプ》の7階です』
──スナイプ
「狙撃科──」
言われた俺は、北を向く。
|狙撃科《スナイプ》には、地下にある細長い|狙撃《そげき》レーンと、学園島の北側に飛び出た地上棟がある。
『雑音《ノイズ》、すみません。|白雪さん《クライアント》とは関係ありませんから、落ち着いて下さい』
「何だ、どうしたんだよッ!」
『|狙撃競技《スナイピング》の競技中にレーンを離れたので、私は失格になりました。それで皆さん、怒っているようでして』
携帯から、ガラッ、という窓の開く音。
そして、タンッ!
銃声が響いた。
わあっ、と電話の向こうの騒ぎがまた大きくなる。
レキ──!?
と|俺《おれ》がその名を呼ぼうとした次の瞬間、バリンッ!
俺のそばにあった街灯が、1つ割れた。
ウロウロしていた俺は、驚いてその場に静止する。
『キンジさん、落ち着いて下さい。冷静さを失えば、人は能力を半滅させてしまう』
い……今のこれ、レキが撃ったのか。
狙撃科棟《スナイプとう》からここまで、ほとんど2キロあるんだぞ?
『今のあなたが、まさにそれです。落ち着きましたか』
「あ……ああ」
がちやっ、という弾倉再装填《マガジンリロード》の音が聞こえてくる。
携帯で電話なんかしながら――
しかもあの古びたドラグノフ狙撃銃《そげきじゅう》で、よくこんな精密な狙撃ができるな。
『|白雪さん《クライアント》は見当たりませんが――海水の流れに違和感を感じます。第9排水溝の辺り』
人工浮島である学園島の外周には、28の排水溝がある。
雨などで島内に不規則に入り込んだ水を、ポンプで排出するための穴だ。
「ど、どっちだ」
と聞くと、『──私は……一発の銃弾――』
レキが集中する際のクセ──|呪文《じゅもん》のような、その言葉が返ってきて。
──ビシッ。
|俺《おれ》の足元から少し離れたアスファルトに、狙撃銃《そげきじゅう》の弾《たま》が傷をつけた。
続けて、ビシッ。
ビシ、ピシッ、ビシッビシッ。
な……なんだ?
ドラグノフの速射能力を活《い》かし、レキはアスファルト上に何かを|点描《てんびょう》している。
できあがったそれは――
『その方角です。調べて下さい。私は引き続き、ここから|白雪さん《クライアント》を捜します』
──30センチ四方に収まるほどの、矢印、だった。
排水溝から出る水の流れには、何も不審なところは見て取れなかったが……
第9排水溝のフタは、一度外されてムリに|繋《つな》ぎ直されたような跡があった。
こんなわずかな事で生じる海面の異変を、あの距離から見抜いたのか……などと、レキの超人的な視力に感心している場合ではない。
俺はこの排水溝がどこに繋がっているのか、|武偵《ぶてい》手帳で調べる。
「|地下倉庫《ジャンクション》――!?」
|呟《つぶや》いた自分の言葉に、汗が流れる。
これは走ったせいじゃない。冷や汗だ。
隅から隅まで物騒な東京|武偵高《ぶていこう》でも、|強襲科《アサルト》・教務科《マスターズ》と並んで、2大危険地域の1うに数えられている……|地下倉庫《ジャンクション》。
|地下倉庫《ジャンクション》とは対外用の、柔らかい言い方に過ぎない。
そこはつまり――
火薬庫。
なのだ。
マズイ。
マズイぞ。
アリアじゃないが、よくない予感がする。
この|武偵高《ぶていこう》に、いつの間にか、何かが起きている。
|白雪《しらゆき》はそれに巻き込まれた──!
武偵高の地下は船のデッキみたいな多層構造になっていて、地下2階からが水面下になる。|俺《おれ》はそこまで階段を駆け下り、さらに下の立入り禁止区画に続くエレベーターに飛びついて、緊急用のパスワードを打ち込むが――
エレベーターが、動かない。
おかしい。
普段通りじゃない。それは確定だろう。
俺は変圧室に入り、その片隅にある非常ハシゴから固い保護ピンを抜いた。
マンホールのように床に設置されているハシゴ用の扉は浸水時の隔壁も兼ねており、3重の金属板で出来ている。
パスワード認証、カードキー、それと|武偵《ぶてい》手帳に内蔵されている非接触《コンタクトレス》ICを使って扉を開け、ハシゴをおろして下の階へ──!
降り立ったボイラー室でも同様にハシゴを使い、地下3階、4階、5階と降りていく。
ハシゴは錆《さ》びており、それを急いで降りる俺の手の皮は|擦《こす》りむけ、傷ついていく。
……痛い。
痛いぞ。
でも、そんなこと、気にしているヒマは無い!
白雪がここにいる可能性が1%でもあるんなら、全速力で降りるんだ。
あいつを、俺のことを信じてくれたあいつを──助けるために─―!
そうしてようやく降り立った地下7階──
|地下倉庫《ジャンクション》。
ここは、武偵高の最深部だ。
第9排水溝はここに|繋《つな》がっている。
無論、排水溝を伝ったところでそう簡単に入れる場所ではないのだが……やれば、できてしまう。よく学生同士の会話にも挙《あ》がることだが、武偵高はそのだだっ広い構造上、外部からの侵入に対してそれほど堅牢《けんろう》ではないのだ。ただ、武偵が何百人もうろついていふ島に不法侵入しようというバカがそんなにいないだけで。
地下倉庫の片隅、今はもう使われていないらしい資料室に着いてから……俺は気付く。
──暗い。
音を立てないように扉をそっと開けて廊下を見るが、やはり真っ暗だ。
電気が落とされている。
点《つ》いているのは、赤い非常灯だけだ。
|武藤《むとう》やレキを呼ぼうと思って携帯を出すと──屋内基地局《IMCS》が破壊されたのか、園外になっている。
クソッ。
こういう事態を想定できなかったマヌケな自分に、腹が立つ。
ゲームみたいに都合よく、ライトや通信機が落ちてたりはしない。
かといって今さら地上に戻るのも時間のロスだ。
今は通信より、光より、時間だ。
これが正しい判断なのかは分からない。
でも、|白雪《しらゆき》が、今まさに傷つけられようとしてるかもしれないんだ。|俺《おれ》がマヌケだったせいで。それなら急ぐ! それ以外ないんだよ!
できるだけ足音を殺して通路を走り、白雪の姿を探す。
廊下は広く、左右に弾薬棚を連《つら》ねている。
|武偵《ぶてい》手帳を携帯の灯《あか》りで確認すると、この先は大広間みたいな空間になっている。
|地下倉庫《ジャンクション》の中でも最も危険な弾薬が集積されている、大倉庫と呼ばれる場所だ。
そこから……
「…………!」
人の、気配が、する。
言い争っている。
言葉までは聞き取れないが、誰《だれ》かがいることだけは確かだ。
俺はベレッタに手を伸ばし――
グリップに触れて、|眉《まゆ》を寄せた。
赤色灯で薄暗く照らされた周囲には、『KEEP OUT』や『DANGER』などの警告があちこちに書かれている。
ここは火薬庫だ[#「ここは火薬庫だ」に傍点]。
もしマズいものに跳弾が当たりでもして、誘爆を起こしたら──|武偵高《ぶていこう》が、吹っ飛ぶ。
|比喩《ひゆ》表現じゃない。
本当に、魚雷の直撃を受けた戦艦みたいなことになる。ここにはそれだけの量の火薬が保管されてあるんだ。それも、見たところかなりズサンな置き方で。
もし誘爆が誘爆を呼んだら、武偵高の教員、生徒、アドシアードの選手──世界各国の優秀な青年武偵たち――に、多数の死傷者が出る。
それだけじゃない。アドシアードの競技には報道陣も来ている。報道されるぞ。何百人もの高校生がバラバラになって吹っ飛ぶ、未曾有《みぞう》の大惨事が。
……とにかく銃は使えない。
|俺《おれ》はポケットからバタフライ・ナイフを取り出し、音を立てないように開いた。
赤色灯の下で、|刃《やいば》が赤く──赤く、光る。
バタフライ・ナイフは音が出やすい構造上、潜入時に使うには不向きな武器だ。
不用意に振り回したり、振動させたりしないようにしなければ。
そう思いながら、刃を即席の鏡にしてそっと角の向こう側をチェックした俺は……息を呑《の》んだ。
赤い光の下、俺から50mほど離れた壁際、山積みになった弾薬の|脇《わき》に――
|巫女装束《みこしょうぞく》の、|白雪《しらゆき》がいたのだ。
かなり不規則に並んだ……もしくは並べ替えられた……火薬棚の向こう側に潜《ひそ》んでいるらしい、姿の見えない誰《だれ》かと会話しているようだ。
俺はすぐさま飛び出ていきたい衝動にかられたが、なんとか自分を|抑《おさ》えた。まずは状況を把握しなければ。その誰かは、いま白雪に銃を向けているかもしれないのだから。
曲がり角ギリギリまで体を寄せて、耳をすます。
「どうして私を欲しがるの、|魔剣《デュランダル》。大した能力もない……私なんかを」
|怯《おび》えきった、白雪の声。
──|魔剣《デュランダル》──!
実在していた、のか……!
「裏を、かこうとする者がいる。表が、裏の裏であることを知らずにな」
少し時代がかった、男喋《おとこしゃべ》りの──女の声。
「和議を結ぶとして|偽《いつわ》り、陰で、備《そな》える者がいる。だが闘争では、更にその裏をかく者が勝《まさ》る。我が偉大なる始祖は、陰の裏──すなわち光を身に纏《まと》い、陰を謀《はか》ったものだ」
「何の、話……?」
「敵は陰で、|超能力者《ステルス》を錬磨し始めた。我々はその裏で、より強力な|超能力者《ステルス》を磨く――その大粒の原石──それも、欠陥品の|武偵《ぶてい》にしか守られていない原石に手が伸びるのは、自然な事よ。不思議がることではないのだ。白雪」
「欠陥品の、武偵……? 誰のこと」
白雪の声に、怒りの色が混じる。
対する女は、少し嘲《あざけ》るような声になった。
「ホームズには少々手こずりそうだったが──あの娘を遠ざける役割を、私の計画通りに果たしてくれたのが|遠山《とおやま》キンジだ。ヤツが欠陥品でなくて、何だと言うのだ?」
「キンちゃんは──キンちゃんは欠陥品なんかじゃない!」
「だが現にこうして、お前を守れなかったではないか」
「それは……それは、ちがう! キンちゃんはあなたなんかに負けない。迷惑をかけたくなかったから……私が、呼ばなかっただけ!」
フンッ、という笑い声が|白雪《しらゆき》の叫びを|遮《さえぎ》る。
「迷惑をかけたくない、か。だがな白雪。お前も、私の策に一役買ったのだぞ?」
「私……が?」
「電話を覚えているだろう?=v
と言った陰からの声に、|俺《おれ》は心臓が止まりそうになった。
俺の[#「俺の」に傍点]──声じゃないか[#「声じゃないか」に傍点]!
今の、コイツ、俺の声をマネやがったのか!?
「すぐ来てくれ白雪! 来い! バスルームにいる!=v
「──っ!」
白雪が、息を呑《の》むのが分かった。
その反応が面白かったのか、女は楽しそうに言葉を続ける。
「ホームズは無数の監視カメラを仕掛けていたが──お前たちの部屋を監視していたのは、私の方だ。お前はリビングの窓際にいて、|遠山《とおやま》が入っていたバスルームの灯《あか》りが消え……そこにちょうど、神崎《かんざき》アリアが帰ってきた。私は、そういう好機を逃さない性格でな」
「キンちゃんのフリをして私を動かして──キンちゃんと、アリアを……仲間割れ、させた……の?」
「あとは転がる石のように、だ。数日も経《た》たずして、アリアはお前たちから離れた」
見て、いたのか。
忍び寄って、いたのか。
──|魔剣《デュランダル》は。
俺たちに。俺とアリアと──ターゲットの、白雪に。
そして、まず守りの要《かなめ》となるアリアを遠ざけ。
俺に|隙《すき》が出来るのを待ち。
そして今、白雪を連れ去ろうとしている……!
「|私に続け《フォロー・ミー》、白雪。だが……お前は我々の一員になる前に、まず遠山に|幻滅《げんめつ》するべきだ。お前のような逸材が身も心も捧《ささ》げるべき人物は、別にいる」
女の次のセリフに、俺の頭の中は真っ白になった。
「私が今から、連れていってやる――イ・ウーにな」
イ・ウー。
神崎かなえさん──アリアの母親に懲役《ちょうえき》864年もの冤罪《えんざい》を着せ、そして『|武偵殺《ぶていごろ》し』こと峰《みね》・理子《りこ》・リュパン4世を使って――
俺ノ兄サンヲ、殺シタ──!
兄さん。
小さかった頃《ころ》からの、|俺《おれ》の|憧《あこが》れの人で。
誰《だれ》よりも強く、賢《かしこ》く、そして優しかった──兄さん。
ソの兄サンヲ、あいつラガ……!
頭に、血が上って行くのが分かる。
握りしめた|拳《こぶし》が、兄さんの形見のバタフライ・ナイフを震わせている。
カチ、カチ、……と――
「それともう1つ」
女の声が、少しだけ明瞭《めいりょう》になった。
「今回の事に、1つだけ誤算があった。お前の性格を読み違えていたようなのだ。約束は、守るタイプだと思っていたのだがな」
「……何のこと……?」
「『何も抵抗せず自分を差し出す。その代わり、|武偵高《ぶていこう》の生徒、そして誰よりも|遠山《とおやま》キンジには手を出さないでほしい』――お前は確かに、そう約束した。私は確かに、聞いた。だが、その裏で――お前はヤツを呼んでいる[#「お前はヤツを呼んでいる」に傍点]」
最後の一言は、声を放つ方向が変わっていた。
明らかに、こっちに向かって言っている。
──気付いてやがったか――
そう思った次の瞬間、俺は。
「|白雪《しらゆき》逃げろ!」
叫ぶと同時に、白雪たちの方へと駆けていた。
キレた、というのなら、まあ半分はそうなのだろう。
だが全く、何の考えもなかったわけじゃない。
声の位置から──敵がどこにいるのかは大体分かっていた。
それならいきなり飛びかかって、取り押さえてしまえば一気にカタがつく。
それにここは火薬庫。
俺もだが、敵も銃は使えない。
敵まで50m。俺の足で7秒。
たった7秒で走る俺の武器を把握し、逃げるか戦うかの判断をし、何らかの武器を用意し、体勢を整え──そこまでの事が、そこまでの事が、できるものか!
「キンちゃん!?」
驚いた白雪の声が、大倉庫に響く。
「──来ちゃだめ! 逃げて! 武偵は[#「武偵は」に傍点]、超偵に勝てない[#「超偵に勝てない」に傍点]──」
悲鳴のようなその叫び声に続いて、
|俺《おれ》の足元に――
ガツッ!
目にも止まらぬ速さで飛来した何かが突き刺さる。
「うおっ!?」
ダンッ! と倉庫に音を響かせ、俺はつんのめってブッ倒れた。
足元の床には、優美に|湾曲《わんきょく》した銀色の刃物が突き立っている。
|強襲科《アサルト》の教科書で見た事があるから知っている──これはヤタガンと呼ばれる、フランスの銃剣。細長い古式銃の先端につける、サーベルのような小剣だ。
「『|ラ・ピュセルの枷《l'anse de la Pucelle》』――罪人とされ|枷《かせ》を科される者の屈辱を少しは知れ、|武偵《ぶてい》よ」
女の声に続いて、銃剣を中心に何か白いものが広がっていく。その白い何かが、パキ……パキ、と俺の足を床に貼り付けていくのが分かる。
う、動けない。
「――うっ!?」
起き上がろうとした|肘《ひじ》にも、その白いものが広がっていく。
なんだ、これは……!?
冷たい。
……氷……!?
銃剣にはなんの仕掛けも見当たらない。足元だって、ただのリノリュームの床だ。
何を、どうやったんだ。
体を起こせない。
──氷に、縫《ぬ》い付けられた。
「我が一族は光を身に纏《まと》い、その実体は、陰の裏――策士の裏をかく、策を得手とする。その私がこの世で最も嫌うもの、それは、『誤算』でな」
未《いま》だ姿を見せない敵の声に続いて、フッ――
と、室内の非常灯が消えた。
周囲は完全な|闇《やみ》に包まれる。
「……い、いやっ! やめて! 何をするの! ──うっ……!」
ちゃりちゃり……!
という金属音が、|白雪《しらゆき》の方から聞こえる。
敵が動いている。
「──白雪!」
俺の叫びに、白雪は──答えない。
何だ、何をされた!
焦《あせ》る俺だが――
氷に縫《ぬ》い付けられた今となっては、何もできない。
いや、今回だけじゃない。
また何もできなかったんだ[#「また何もできなかったんだ」に傍点]。
|俺《おれ》は|白雪《しらゆき》を助けるどころか、事態を悪化させただけだ。
初めっから、そうだった。白雪のボディーガードを始めた時から。
正しい状況の判断ができず、なんの準備もせず無意味に時間だけを過ごし、イザという時が来ても結局……こんな所までノコノコ出てきて、アイツに迷惑をかけただけ。
白雪の身に迫る危険を目の当たりにしながら、それでも何もできずにいる。
ただ、悪化していく事態を傍観することしかできない――!
シャッ!
という、次の銃剣が空を切る音。
|暗闇《くらやみ》の中でも分かる。
あれは俺を──殺す|刃《やいば》――!
ぶんっ──もう1つ、刃が飛ぶ音が後ろから上がり──ギンツ!
空中に一瞬、火花が散った。
俺は……
まだ、生きてる。
何だ?
何だったんだ、今のは――?
「じゃあバトンタッチね」
俺の真っ暗闇を切り裂くような、アニメ声[#「アニメ声」に傍点]。
ちか、と、部屋の片隅の天井で電気が灯《とも》った。
その光が──パッ、パパッ、パパパパバツ。
体育館のように広い大倉庫を一周するように、次々と灯っていく。
|漆黒《しっこく》の|闇《やみ》が、純白の光に塗り替えられていく。
「そこにいるわね、『|魔剣《デュランダル》』――! 未成年者|略取未遂《りゃくしゅみすい》の容疑で、逮捕するわ!」
ぎゅ、ぎゅむ、と俺の背中と頭を踏み越えて前に出たのは――|武偵高《ぶていこう》のセーラー服姿の
「アリア!?」
だった。
「ホームズ、か」
どこからともなく、また、姿無き女の声。
そして白雪も……姿が消えている。火薬棚の裏側に引きずり込まれたらしい。
その火薬棚の、|隙間《すきま 》から。
シャシャッ! と、アリアめがけて銃剣が2本飛来した。
アリアは、ぎぎんっ! その場で風車《ふうしゃ》みたいに日本刀を振り回したかと思うと、それを2本とも撥ね飛ばす。
「何本でも投げてくれば? こんなの、バッティングセンターみたいなモノだわ」
アリアが刀をハートみたいに構えると――
がちゃん……
と、どこかの扉が閉まる音がした。
……しばらく、|静寂《せいじゃく》があってから……
「逃げたわね」
アリアはクルッとこっちに振り返り、|俺《おれ》のそばに突き立っていた銃剣を引っこ抜いて、ぽーいと投げ捨てた。
そして俺の頭の脇《わき》で、きゅ。しゃがむ。
「まあ、少しは役に立ったわね。バカキンジも」
「な、なんだそれっ」
「勇を使え蛮を使え、賢を使え愚を使え──って言うでしょ。バカキンジモードのバカキンジには、バカキンジなりの利用法があるのよ」
出てきたと思ったら、またバカバカ言いやがって。
ていうか目の前でしゃがむな。
プリーツスカートの内側を見ないよう、俺は唯一マトモに動く首を横に向けた。
アリアは|膝《ひざ》を伸ばし、とててと走って|白雪《しらゆき》の様子を見に行こうとし──きゅきゅっ。
と、スニーカーを鳴らして急停止した。
ふあ、と、長いツインテールが身体《からだ》の前方に流れている。
「……?」
俺がその様子を見ていると……一歩退《しりぞ》いたアリアは刀を空中に突き出し、ぷつん。
見えない何か[#「何か」に傍点]を、切った。
「………どうした」
「ピアノ線。正確にはたぶん、|T N K《ツイストナノケプラー》ワイヤー。あたしの首の高さにあった」
きょろ、と周囲を見回したアリアは、もう一度、ぷつん。
「これはあんたの首の高さね。まっすぐ走れば頚動脈《けいどうみゃく》を切れるよう、うまく斜線に張っである。投げナイフで仕留められなければ、これで殺《や》るつもりだったんでしょ」
「よ、用心深いヤツだ……白雪を攫《さら》おうとしつつ、トラップを仕掛けるなんて……!」
「でも、むだむだ。あたしの目はごまかせないわ」
自信満々に言うと、アリアはさっき|俺《おれ》を助けた時に投げた刀を拾いつつ、改めて|白雪《しらゆき》の方へ向かった。
──そして、すぐ戻ってきて俺の|傍《かたわ》らにひざまずく。
「白雪は」
「ケガはしてなかった。でも縛られてる。助けるの、あんたも手伝いなさい」
言いながら俺に片膝《かたひざ》を乗っけたアリアは、ざく、ざくざくっ。
凍り付いた俺の手足を、刀を使って床から剥がしてくれる。
「アリアお前……途中でいなくなってから今まで、何やってたんだ」
「『|魔剣《デュランダル》』は白雪を見えないところから監視してた。それも、距離をどんどん詰めている感覚があったわ。でも、あたしやレキがいる内は決して襲って来ようとはしなかった。だからあたし、わざとボディーガードから外れたの」
「|強襲科《アサルト》の屋上でケンカしてから……姿を消してたのは、作戦だったのか」
「|武偵《ぶてい》憲章2条。依頼人との契約は絶対守れ。あたしは絶対、任務《クエスト》を投げ出さない。まあ屋上で寝てたあんたにはマジギレだったけど、これもいい機会かなって思ってね」
べり、とアリアは俺の|肘《ひじ》を床から剥がす。
「『|魔剣《デュランダル》』は、イ・ウーでも指折りの策士だわ。でもあんたが適度に白雪のそばにいてくれたおかげで、ヤツにようやくあたしの動きから目を逸《そ》らさせる事ができた。何よ、その不満そうな目は。なんか文句ある?」
ようやく身動きが取れるようになった俺は、アリアにバカバカ言われたことにも……相変わらずの危険なやり口にも、一応、不平を言わないでおく。
結果だけ見れば、コイツに助けられたんだからな。
「敵の――気配がしなくなったな。逃げたのか」
さっき手帳で確かめた見取り図によれば、ここからは上の階にしか移動できないハズだ。
「敵が複数いる場合は、まず距離を置いて、遠くからうまく敵の戦力を分断して─――人ずつ、1対1で片付けようとする。これは|魔剣《デュランダル》の戦術パターンなのよ」
そうか……それで、俺と白雪もモノの見事に分断させられたわけか。
「ただ、ああいう策士は計画に狂いが生じると|全《すべ》てを『無』にしようとする傾向があるわ。だとしたら改めて戻ってきて白雪を殺す可能性もある。まずは、白雪を解放するわよ」
と、アリアは立ち上がった俺の袖《そで》をつかんで白雪の方へと引っぱっていくのだった。
倉庫の壁際にいた白雪は、立ったまま鎖で縛られていた。
口を布で縛られ、んーんー!とノドを鳴らしている。
布を外してやると、
「キンちゃん大丈夫!? ケガしなかった!?」
と自分の事はさておき|俺《おれ》の心配をしてくる。
「俺は大丈夫だ。お前こそ……」
と言いながら俺は、|白雪《しらゆき》の胸の下に巻き付いた鎖を手に取った。
鎖は1つ1つの環《わ》がハンバーガーみたいに巨大で分厚く、壁ぎわを伝う鋼鉄のパイプに|繋《つな》がれていた。錠前はこれまた置き時計のように巨大な『ドラム錠』と呼ばれるシロモノで、3箇所もロックされている難物だ。
俺とアリアは|武偵《ぶてい》手帳から解錠《バンプ》キーを取り出し、|鍵《かぎ》の解除にかかるが――
よっぽど複雑に出来ているのか、1つも開かない。
「キンちゃん……ごめんなさい……私、ここにこの服で、誰《だれ》にも内緒で来ないと……学園島を爆破して、キンちゃんの事も殺すって言われて……」
それを聞いて、また苦いものが胸の内に滲《にじ》む。
俺──が、いつの間にか取引材料に使われていたのか。
「いつから言われてたんだ」
「昨日……キンちゃんが線香花火を買いにいってくれた時に、脅迫メールが来て……私、キンちゃんが傷つけられるのが怖《こわ》くて……従うしか、なくて……ふぇ……え……っ」
「いいから、今は。泣くな」
あの時――か。
どうりであの後、白雪の様子がおかしかったワケだ。
「アリアも……ごめんね。私、アリアにあんなヒドイことばっかりしてたのに……助けにきてくれたんだね……」
白雪に言われたアリアは、「え」とか言いつつちょっと赤くなる。
「あっ、あたしは……依頼を引き受けたからあんたを守ってるだけ。あたしの本当の目的は、|魔剣《デュランダル》を捕《つか》まえることだけなのっ。だから感謝なんてしなくていい」
と言いつつ、うーん、と鎖を引っぱり白雪を解放しようとするアリア。
言ってることとやってることがちょっと矛盾してるが、まあ、それも今はおいておこう。
それにしても……この鎖、取れない。
白雪の超人的な剣術を使えば、あるいは──という気もするが、縁られているのは当の白雪だ。見ればその刀も取り上げられている。
壁のパイプの方を切断すればとも思うが、これも大型の工具を使わない限りビクともしないカンジの太いヤツだ。
どこか鎖の継《つ》ぎ目の弱そうな所はないかと調べつつ……
アリアが、白雪に|訊《き》く。
「|魔剣《デュランダル》の姿は見た?」
「ううん……敵はずっと棚の陰に隠れてた。そこの扉から逃げた時も、影しか見えなかったよ」
上階へ伝わる天井扉を目で示す|白雪《しらゆき》に、アリアがそうでしょうねという顔をした。
「……仕方ないわ。|魔剣《デュランダル》は、決して自分の姿を見せない」
と語るアリアは、どうやら日々の調査の甲斐あって|魔剣《デュランダル》についてかなりの予備知識を持っているようだった。
そこで|俺《おれ》は、さっきから気になっていた事を尋《たず》ねてみる。
「アリア。さっきの、あの氷……」
俺を床に縫《ぬ》い付けた、氷。
液体窒素でも使われたのかと思ったが、多分違うだろう。|強襲科《アサルト》にいた頃《ころ》、液体窒素で時限爆弾を凍らせたことがあるが……あんな凍り方はしなかった。
アリアは――
「超能力[#「超能力」に傍点]よ」
できれば言ってほしくなかった答えを、サラッと言ってのけた。
「うん、あれ…………国際分類で言えば|V種《クラスV》|超能力者《ステルス》――たぶん、|魔法使い《マツギ》だと思う」
白雪の補足説明に、俺は|眉《まゆ》を寄せる。
魔法使い……かよ。
「ありえねえ……」
「ありえなくないの。最近じゃ、一流の|武偵《ぶてい》はもう驚かないものよ。うちにだって超能力捜査研究科があるでしょ」
そりゃあ……知ってるよ。頭では理解してたっもりだ。
超能力捜査研究科《 S S R 》。
白雪も在籍しているそこは、確かにサイコメトリーだのダウジングだの、|怪《あや》しげな捜査手法を大マジメに研究している。だがS研は|武偵高《ぶていこう》でも特に秘密主義な専門科の1うで、関係者以外で詳しいことを知る者は少ないのだ。
特に、普通人になりたいと願っていた俺は、あの最も普通じゃない世界を避けて暮らしてきた。あんなゲームに出てくるような魔法が実在するなんて、|噂《うわさ》に聞いたこともない。
「恐れることはないわ、キンジ。超能力者《あいつら》の能力はあたしの経験上――手品師や大道芸人みたいなモノだったわ。鉛弾《なまりだま》の敵じゃない」
「でも、超能力だぞ。予想外の攻撃をしてくるかもしれない」
「だっらしない。そういうキンジはキライ。でも……まあ、安心していいわよ。あんたをうまく『|覚醒《かくせい》』させる訓練が仕上がってないから――あんたは戦わなくていい。アイツはあたしが1人でやる」
というアリアの言葉に返すようにして……
ズズン――!
と、くぐもった音が地下倉庫に響き渡った。
|俺《おれ》たちが周囲を見回すと──
ごぼ、ごほぼ……と。
床にあった排水穴から、排水ではなく──逆に、水が出ている。
水量はみるみるうちに勢いを増し、1分も経《た》たずにまるで噴水のようになった。
俺たちの足元に、その水が広がっていく。
「……海水だわ」
ふんふん、と小動物みたいに鼻を鳴らしたアリアが言う。
「ああ。どこか排水系を壊しやがったな」
靴から……足首へ。足首から、脛《すね》へ。
水位はどんどん増してくる。
マズいぞ。
この勢いだと、いくら体育館のように広い大倉庫とはいえ──水没まで10分、といったところだろう。
俺とアリアがハシゴを伝って天井の穴から逃げるには十分な時間だが、|白雪《しらゆき》を置いていくワケにはいかない。
策士……か。
「……確かにヤツは策士みたいだな、アリア。お前、バレてるぞ」
と言った俺に、アリアは──何も答えず、迫りくる水を不安げに見つめていた。
「バレてる……って、何……?」
白雪の問いに、アリアは、かあぁ。
赤面しつつ、『言うちゃダメっ』という|上目遣《うわめづか》いになる。
だが……今は状況が状況だ。許せ。
「アリアは泳げないんだ。このあいだ|綴《つづり》が言ってた」
「ちっ違う。う、浮き輪さえあれば……!」
「そんな都合のいいモノは無い。アリア、お前は先に上へ行け」
「だ……ダメよ! あんたたちを見捨てて逃げるなんてできない!」
「違う、これは退避じゃなくて攻撃なんだ。上に行って、|魔剣《デュランダル》から|鍵《かぎ》を奪ってきてくれ──この鎖は、ここでこうやってても取れそうにない。お前にも分かるだろ」
「……で、でもっ」
「戦闘力の高いお前の方が、敵を早くブチのめせる! 俺には|超偵《ちょうてい》との戦闘経験が無い、これはお前にしかできない事なんだ!……行け! 今は1秒でも時間が惜しい!」
|強襲科《アサルト》にいた頃《ころ》のノリを思い出しつつ、俺は敢《あ》えて強く言った。
アリアはまだ白雪を心配そうに見つめていたが、|膝《ひざ》まで上がってきた水をもう一度見てから──ようやく、自分の解錠キーを|俺《おれ》に渡した。
「……分かったわ。でも、ダメだと思ったら絶対、あたしを呼ぶのよ!?」
呼んだところでこの鎖はどうしようもないだろう――
それは、この場の全員が分かっていたが。
悔しそうにこっちに背を向けたアリアに、俺は、ああ、とだけ答えておいた。
水の勢いは、激しさを増している。
|白雪《しらゆき》の鎖はまだビクともしない。
大倉庫の水没まで、あと5分あるかないかだ。
俺は何か工具が無いか水を掻くようにして倉庫を探したが……何も見つからなかった。
水位はもう、俺の肩の辺りまで来ている。
俺より少し背の低い白雪は、首まで水に浸《つ》かっている。
どうすればいい…………どうすれば、いいんだ………!
「キンちゃん……もう行って」
途方に暮れた顔の俺に、白雪が、言った。
「私は、もう……いいの。キンちゃんを危険な目に遭わせたくない」
けなげに、ぱっつん前髪の下でむりやり笑顔を作っている。
こんな時まで、俺を心配させまいとして――
「……バカ言うなっ」
「|星伽《ほとぎ》の巫女《みこ》は、守護《まも》り巫女。誰《だれ》かのために身も心も|捧《ささ》げ、投げ打つのが定め。キンちゃんはもう、避難して。私の事は、もう、いいから……」
「──お前を置いて行けるか!」
叫んだ俺に、白雪は答えようとして──とうとう口まで来た海水に顔を一瞬しかめ、ぷは、と上を向いて息を継《つ》いだ。
「いいの、私は――私が死んでも、きっと誰も泣かない。私は先生とかみんなにもてはやされてたかもしれないけど、私のことを本当に好きな人なんて……誰も、いない──ぷはっ、私じゃ……なくて、星伽の巫女の|超能力《ちから》が、持ち上げられてただけ……あぷっ……」
と、白雪はその顔をほとんど真上に向けて喘《あえ》ぐ。
俺の|爪先《つまさき》も、とうとう床から離れた。もう泳がないと移動できない状態だ。
「し……白雪! 今にアリアが鍵《かぎ》を持ってくる! 1秒でも長く持ちこたえろ! 息を大きく吸え! 依頼人はボディーガードの言うことに従え! 鎖だって俺がなんとか――」
「ボディーガードの、依頼は──! もう、取り消します! キンちゃん──! 逃げて──生き、て……!」
「|白雪《しらゆき》……! ああ、チクショウ……俺のせいで……こんなことに……!」
「キン……ちゃんは──悪く、ない──!」
その言葉を最後に。
白雪は――
ぎゅっ、とその目を閉じたまま、水面下に沈んでしまった。
「白雪ぃ──ッ!!」
水の中で、白雪の黒髪が──力なく、ゆらゆら揺れている。
もう覚悟を決めたのか、白雪は俺から顔を逸《そ》らすようにうつむいてしまった。
「白雪……!」
死ぬ、つもりなのか。
俺が逃げやすいように。
依頼も解除して──最後の最後まで俺のことを『悪くない』って、かばって――
「悪くないワケ、ねえだろ……!」
がん! 俺は壁を殴りつける。
悪くないワケがない。
悪いのは俺だ。
こうなったのは、全部、全部、俺のせいだ。
警告を聞かず、敵に備《そな》えず、動き出してからも事態を悪化させてばっかりの――
俺のせいに決まってんだろ!!
事ここにいたって……俺は。
とうとう、腹を決めた。
──白雪。
お前はいつも、俺の言うことを従順に聞いてくれたよな。
思えば俺もけっこう身勝手なことばかり言いつけたもんだよ。
だから今度は俺が、お前の言うことをまとめて聞く番だ。
お前は俺に3つ[#「3つ」に傍点]言った。
1つは、今さっき。
『生きて』、と。
ああ。
生きてやるさ。
こんな所で死ねるかよ。
生きて、生きて、生き延びて、|魔剣《デュランダル》なんか、アリアの敵なんかみんなブッ|潰《つぶ》して。
それからも平々凡々と、のうのうと、生き続けてやるさ。
――それとな。
お前が|俺《おれ》に言った、2つ目のこと。
お前は言った。たしか俺が、1人でお前を守ることになった夜。
『守って』、と。
あの時はお前も敵の存在に気付いてなかった。だから、軽い気持ちで言ったのかもだ。でも、俺は確かに応《こた》えたんだ、ああ、と。
俺は──お前を守る[#「守る」に傍点]、最後の切り札を──持っている[#「持っている」に傍点]。
ずっとずっと、逃げてきたけど。
幼なじみのお前にすら、隠してきたけど。
最後の最後に、まだ1枚、俺の身体《からだ》の中に最後の力を持ってるんだ。
ハイジャックの時は半分以上、自分の意思じゃなかった。敵に見つからないためにアリアを黙らせる。それが先にあった。使わなければ俺が死ぬ。そういう状況だった。
でも、今は――
俺がこの力を使う理由は、責任の上では[#「責任の上では」に傍点]、ない。
アリアは俺に戦わなくていいと言った。|白雪《しらゆき》を護衛する任務も、いま本人に解かれた。
だから俺は、責任上、逃げたければ逃げていい。
生涯|悔《く》やむことになろうと、俺は、この力を使わなくてもいいんだ。
だが、俺は。
兄さんが死んでから初めて、自分の意思[#「自分の意思」に傍点]でこの力を使う。
自分の奥底に隠された、最後の切り札。
ヒステリアモードを[#「ヒステリアモードを」に傍点]!
白雪。『ボディーガードの依頼は、もう、取り消します』──だって?
「 ふ ざ け ん な ! 」
叫びざまに大口を開けて、大きく、大きく、息を吸う。
顔が真っ赤になるまで。肺が破裂する寸前まで。さらにギリギリ寸前まで。
吸って、吸って──吸い、込ん、で──!
ザブンっ。
──潜《もぐ》った。
半《なか》ば脱力していた白雪の両肩をつかむと、白雪はその大きなお目々をさらに大きく見開いて、首を左右に振った。
そして水中で、ぱちぱち、と|マバタキ信号《ウィンキング》を送ってくる。
死なないでそんな償《つぐな》い方しないで=b俺《おれ》が心中するつもりだと思ったらしい。
|白雪《しらゆき》らしい発想だな。
違う。違うんだよ白雪。
お前が俺に言った3つのこと。
お前、もう1つ俺に言ったろ。
昨日、花火のあと。
『キスして』うて。
こんな形で悪いけどな。
言うこと──聞いてやるよ!
俺は白雪に、2文字だけマバタキ信号《ウィンキング》を返す。
吸え
それを伝えてすぐ――
俺は、白雪を抱きしめ。
「――!」
口と口を、合わせた。
白雪の唇は──比較するなんて本当に罪なことだが、アリアのそれより──柔らかくて。
すうっ、と吸い込まれた息と少しだけ入れ違った白雪の息は、甘い、桃のような香りで。
……ああ。
分かる。
白雪が、息を継《つ》ぐのが分かる。
そして――
ドクン、ドクン……という、
俺の[#「俺の」に傍点]、高鳴る鼓動も[#「高鳴る鼓動も」に傍点]。
この唇を起点に、昂《たか》ぶった血液が身体中《からだじゅう》を巡《めぐ》り――芯に[#「芯に」に傍点]、集まっていく。
まさか幼なじみと、こんな事をするなんて。
その想《おも》いが激しい興奮を伴《ともな》って、俺を|滾《たぎ》らせる。
白雪と過ごした子供の頃《ころ》からの時間がそのまま詰まったような熱が、俺の中心・中央を、ずきずきと疼《うず》くほどに灼《や》けつかせて――!
ああ……
なっていく。
ヒステリアモード、に……!
ぷくぷく……ぷく。
と、|白雪《しらゆき》が、唇の端から息を吐く。
息ができている。
|俺《おれ》は唇を合わせたまま、さらにもう一呼吸、二呼吸させてから――口を離し。
白雪の胸の下に食い込む、ドラム錠に手を伸ばした。
意識を集中させ、解錠キーを改めて差し込む。
天井まで水が上がってしまったら、息継《いきつ》ぎすらできなくなる。
俺の見立てでは、それまで3分──いや、もう3分を切ってるハズだ。
通常モードでの俺の全防連認定《CP・C》錠に対する|鍵開け《バンピング》の所用時間は、平均12分。
だが、今の俺には指先に伝わる|微《かす》かな感触から|鍵《かぎ》の内部構造がまるで透視するように分かり
──ガチャッ──
わずか10秒で、アリアですら|難儀《なんぎ 》していた1つ目の鍵が開いた。
2つ目。これも同様に開ける。一度息継ぎして──また白雪にも空気をやりつつ、その巫女服《みこふく》の胸元に持っていた|武偵《ぶてい》手帳から抜いた解錠キーで――3つ目。
ガチャッ──!
という音と共に、白雪を縛《いまし》めていた巨大なドラム錠は解け。
重い鎖も、がらがら、じゃりん……壁のパイプをずり下がっていった。
俺と白雪は上昇し、
――ぷはっ!
|揃《そろ》って水面に顔を出す。
よかった、間に合った。
天井に頭がぶっかりそうな状態だが、大倉庫はまだ水没しきっていない。
「キンちゃん!」
白雪は、ざぶ、と水をかいて俺に抱きついてくる。
「――白雪。さっき、言ったな。『依頼は取り消します』、って」
あ、バカ。俺。
低い、渋い声で|喋《しゃべ》るんじゃねえよ。
あと目つきを鋭くするな。きめえんだって。
「は……はい」
答えた|白雪《しらゆき》の顔、耳から|頬《ほお》にかけてを――|俺《おれ》は、濡《ぬ》れた手でそっと撫《な》でてやった。
同時に親指で、顔に張りついていた一房の黒髪を払ってやる。
「依頼なんて関係ない。俺は、白雪を守る。白雪だから、守りたいんだ――どうしても。俺のこの熱い、熱い、想《おも》いを……白雪に、受け入れてほしい」
低い声で|囁《ささや》くように、しかしハッキリとそう言うと――
白雪は感激しきった顔に、どこか驚きの感情を交えつつ――
こくり。
うなずいた。
その頭が、ごち。
とうとう天井にぶつかる。
おっと。甘い言葉で安心させてる場合じゃなかったな。
これはヒステリアモード時の悪いクセだよ。
今は一刻も早く、上の階へ移動しなくてはげ
「で、でもキンちゃん。相手は|魔法使い《マツギ》だよ。私も戦うっ」
「勇敢な子だ」
形のいい|眉《まゆ》を吊《つ》り上げて言う白雪に、俺は小さく|苦笑《くしょう》した。
これ以上白雪を危険にさらしたくはないが、女性の意志は尊重しなければな。
「そんな事は無いと願いたいが──じゃあ、どうしようもなくなったら手を貸してくれ。
俺とアリアが|前衛《フロント》。白雪は――|後衛《こうえい》だ。伏兵《アンブッシュ》を頼む」
さあ、これでこっちのカードは|全《すべ》てオープンになった。
あとはアリアと合流して、強襲。そして逮捕するのみだ。
未《いま》だ姿すら見せない──|魔剣《デュランダル》を。
相手は策士、しかも超能力者だ。並の|武偵《ぶてい》が勝てる相手じゃない。
だがそれも並の武偵[#「並の武偵」に傍点]ならの話。こっちには双剣双銃《カドラ》のアリア、ヒステリアモードの俺、さらに援護の白雪がいる。
この3枚のカードなら──いかに|魔剣《デュランダル》が相手でも互角、いや、それ以上のハズだ。
そんなことを考えながら俺は、上階へ続く隔壁を開く。
もう水は天井ギリギリまで来ている。
ガキン、と3重の扉を開け、いきなり狙《ねら》い撃ちにされないよう、ナイフを鏡代わりに
「て様子を|窺《うかが》う。大丈夫そうだ、と判断した時――扉に何かスイッチでも仕掛けられていかのか――ずうん、と、また|地下倉庫《ジャンクション》全体に鈍い音がした。
「………チッ!」
水の勢いが、急激に増してくる。
水位はみるみるうちに地下倉庫の天井に達し、|俺《おれ》たちを押し流すようにして上階の床に吹き出した。
「きゃあっ──!」
地下6階のフロアに上がった|白雪《しらゆき》が水流に足を取られて、キュキュッ! と音を上げながらリノリュームの床を滑って押し流されていく。
「──気をつけろ白雪! |補助刀剣《サブエッジ》を出しておくんだ!」
「はっ……はい!」
物陰に流されてしまった白雪を追いたいが――今は、まずこの水を止めなければ。
この階も水でいっぱいになったら、また同じことの繰り返しになる。
床の扉から手を離さずにいた俺は、それを猛烈な水圧に逆らって閉めにかかる。
「う……おおおおっ!」
満身の力を込め、扉を押し返し──ゴウンッ。なんとか、閉ざす。
ふう……
なんとか──水は、止まった。
これも、普段の俺ならどうしようもなかっただろうな。
「──白雪」
呼ぶが、声は返ってこない。
「……」
もしかしたら……
敵の姿を見つけて、場所を悟られないよう声を潜《ひそ》めているのかもしれない。
白雪の役目は今、伏兵だしな。
周囲を見回すと、足元が水浸しになったこの階は──壁のように巨大なコンピューターが無数に立ち並ぶ、HPCサーバー俗に言う、スーパーコンピューター室だった。
ちかちか、と、あちこちでアクセスランプが点滅している。
だが……『DANGER』だの『CAUTION』といったサインボードは無い。
俺はベレッタを抜き、銃弾を引き抜いてから、薬室の水を息で吹き飛ばした。
現代の銃は、水に浸《ひた》されたぐらいで撃てなくなることはない。
情報科《インフォルマ》や通信科《コネクト》には悪いが、拳銃も解禁だな。
大型コンピューターが衝立《ついたて》のように立ち並ぶこの部屋は、まるで迷路だった。
火薬棚と違い|隙間《すきま 》から飛び道具で狙《ねら》われる危険性はないが、どこに誰《だれ》がいるのか分からない。
集積回路とシリコンの壁に挟《はさ》まれた通路を──足音を殺しつつ、駆ける。
屋内戦の授業で習った通りに銃を構えたまま、特殊部隊のように移動する。
2つ、3つ──警戒しながら曲がった、電脳の壁の脇《わき》で。
「──キンジ」
アリアと、はち合わせした。
さっき|俺《おれ》と|白雪《しらゆき》の声を聞いて、奥のエレベーターホールの辺りから引き返してきていからしい。
「よかった、無事だったのね……」
アイコンタクトして小さくうなずいた俺は、構えていた銃を逸《そ》らす。自分だけ先に大倉庫から移動したことに罪悪感を感じていたらしいアリアは、俺が無傷なのを見て安心したような顔をしていた。
だが、俺のそばまで来るとツリ目でこっちを睨《にら》み上げてきながら、
「――なんで逃げなかったの。『戦わなくていい』って言ったでしょ」
小声で命令違反をたしなめてくる。
「可愛《かわい》いアリアを置いて逃げられるほど、俺は理性的なタイプじゃないんでね」
「……な、なによそれっ」
がお、と|犬歯《けんし》を剥《む》いたいつものアリアに|安堵《あんど》して、俺も|囁《ささや》き声で返す。
「アリアが俺に会いたがってるだろうって思ったら──体が止まらなくなったんだよ」
「な、なななに言ってんのこんな時にっ」
不知火《しらぬい》ばりの笑顔を作った俺に、アリアは、ぼぼぼぼ。
いつもの赤面癖を発揮した。
素面《しらふ》から赤面まで、0・5秒。新記録おめでとう、アリア。
「それよりアリア──|魔剣《デュランダル》は?」
「……まだ見つからない。あの|臆病者《おくびょうもの》、あたしと戦うつもりがないみたいだわ」
「──そうか」
「でも、この部屋のどこかにいるのは確かよ。上に続く扉の|鍵《かぎ》はみんな壊されてたし、エレベーターの扉も鉄板で塞《ふさ》がれてた。ぜんぶ内側から、ね」
と気を取り直して説明するアリアは、確かにまだ敵と交戦してはいないようだった。
「ねえ、さっき声が聞こえたけど…………白雪は救出できたのね? ケガとか、しなかったのね?」
やはり俺たちのことを相当不安に思っていたらしいアリアが、真撃《しんし》に確認してくる。
責任感の強い、いい子だな。
「ああ。だが、ここで見失ってしまったんだ。戦力を分散させたまま各個撃破されては、敵の策通りになる。まずは白雪と合流――」
と言った時、
――けほっ、けほっ
という、|微《かす》かな咳《せき》の音が聞こえた。
ヒステリアモードの|俺《おれ》にもなんとか聞き取れた程度の、小さな音に――野生動物なみに鋭敏な聴覚を持っているらしいアリアが、くるっ、と振り向いた。
「|白雪《しらゆき》だわ。あっちにいる」
「行こう。だが、どこから|魔剣《デュランダル》が襲ってくるか分からない。アリア、盾《たて》にならせてくれ」
と、俺はアリアとすれ違うように一歩先へ出てから、通路を進み始めた。
すれ違う時、視界の端で――
アリアの紅《あか》い目が、俺の何かに気づきかけているように見開かれていた。
白雪は、すぐに見つかった。
このHPCサーバー室の奥にある唯一の広い空間――エレベーターホール。
そのそばの通路まで迷い込み、3m近い高さのコンピューターの陰にへたり込んでいかのだ。
べたん、と人魚姫みたいな姿勢で座っていた白雪は――さっき押し流された時に海水を飲んだのか、両手を口にあてて咳《せ》き込《こ》んでいた。
「……けほっ、けほっ……て、敵、は……?」
「姿が見えないわ。白雪、私たちから離れないで」
その背中をさすってあげながら|屈《かが》んだアリアに、白雪はこくりとうなずく。
「キンちゃん……」
白雪は弱々しく半べそをかきつつ、甘えるような視線でこっちを見上げてきた。
その濡《ぬ》れた|巫女装束《みこしょうぞく》は全身にぺったりと張りつき、高校生らしからぬ色っぽいボディーラインが露《あら》わになっている。
ヒステリアモードの俺には、女性の衣服を形・色・材質、飾りの隅々まで写真のように思い出せる。
だが――今日の白雪は例の黒い下着ではなく、薄い、|甲冑《かっちゅう》のようなものを身にっけているようだった。
「唇、大丈夫か。さっきの」
「うん、大丈夫」
一応聞くと、白雪はこくりとうなずいた。
「血が出てたろう。見せてみろ」
「ううん。大したことなかったよ。口の中を切っただけ」
──やっぱりか[#「やっぱりか」に傍点]――!
「アリア逃げろ!」
叫ぶと同時に、俺はその|白雪《しらゆき》めがけて発砲した。
白雪も──それは予想済みだったらしく、バッ──!
「!」
濡《ぬ》れそぼった白小袖《しろこそで》で俺の腕を弾《はじ》き、初弾を外させた。
床に当たった跳弾が、近くの巨大コンピューターに当たって火花を散らす。
「キンジ!?」
驚くアリアの側面に、白雪が──目にも止まらぬ速さで回り込む。
バッ! バババッ!
瞬時にフルオートに切り替えた俺のベレッタが、マズルフラッシュを閃《ひらめ》かす。
が、銃弾が捕らえたのは緋袴《ひはかま》の|裾《すそ》だけだ。
裾を弾かれたその勢いをむしろ活かして、白雪は、ぐんっ。這うような動きでアリアの背後に回り込んだ。
そして、がしゃ、と、コンピューターラックの下に隠してあった刀を取る。
エレベーターホールの方に投げ捨てられた朱鞘《しゅざや》から抜かれたのは、白雪がいつも帯刀していた日本刀だ。
その白雪を――俺は、もう撃てない。
アリアの体を盾《たて》にされた。
アリアは状況を頭では理解できないまま、しかし動物的な本能で危険を察したらしく、
「──!?」
反射的に両手で銃を抜き、白雪に振り返ろうとした。
その首を――
「うっ!?」
白雪が、背後から左腕で絞め上げる。
右手で抜いた刀の刃は、ピタリ――と、アリアの耳の下、首筋に当てている。
頚動脈《けいとうみゃく》。
ほんの数センチ切り込めば、数秒で人を失血死させられる急所に。
「しら……ゆき! 何よ! どう、したの!」
喚《わめ》くアリアの、|拳銃《けんじゅう》を握ったままの右挙《みぎこぶし》に――
白雪は、フッ!
肩越しに息を吹きかけた。
「うあっ!」
びびんっ! と、アリアが焼きゴテでもあてられたかのようにのけぞる。
そして自慢のガバメントから手を放し、落としてしまった。
ぱき……ぱきっ。
落ちた銀色の|拳銃《けんじゅう》の周囲が、氷に包まれていく。
「アリア! 違うんだ!」
|俺《おれ》は叫ぶ。
「――そいつは白雪じゃない[#「そいつは白雪じゃない」に傍点]!!」
──ヒュユッ!
さらに|白雪《しらゆき》が、アリアの左手にも息をかけた。
「きゃあっ!?」
またのけぞったアリアは|漆黒《しっこく》のガバメントも放し、両手を胸の前に寄せた。
その手には──霜《しも》が降りたように、氷が張りついている。
超自然的なその光景に、本能的な恐怖が背筋を走る。
今の――やったのか、この白雪が。
超能力──で!
「──只《ただ》の人間ごときが」
もう白雪のものではない、声――
「|超能力者《ステルス》に抗《あらが》おうとはな。愚《おろ》かしいものよ」
何かがおかしい……とは勘付いていた。
この白雪は、俺の言うことを聞いていなかった。|補助刀剣《サブエッジ》を出しておけ、と言ったのに何も持たず咳《せ》き込《こ》んでいた。
だから敢《あ》えて『唇は大丈夫か』などと言って、反応を見ようとした。
さつきの──水中での出来事を覚えている本物[#「本物」に傍点]の白雪なら、あんなに平然と「大丈夫」などと答えるワケがない。
それに、あいつは俺の前で口にケガなんかしてない。
なのに、したような答え方をした。
そうやって確認しなければならないほど──このニセ白雪は、よくできていた。
まさに生き写しなのだ。
洞察力が普段の何倍にもなるヒステリアモードでなかったら、幼なじみの俺でさえ完全に|騙《だま》されたまま殺《や》られていただろう。
「……|魔剣《デュランダル》……!」
ようやくその正体に気づいたアリアが、凍らされた手の痛みに震えながらうめく。
「──私をその名で呼ぶな。人に付けられた名前は、好きではない」
「あんた……あたしの名前に、覚えがあるでしょう! あたしは、神崎《かんざき》・ホームズ・アリア! ママに着せた冤罪《えんざい》、107年分は──あんたの罪よ! ・あんたが、償《つぐな》うのよ!」
「この状況で言うことか?」
フンッ、と『|魔剣《デュランダル》』が囚《とら》われのアリアを嘲笑《あざわら》う。
「それに、お前の名──たかだか150年ほどの歴史で名前を|誇《ほこ》るのは、無様《ぶざま》だぞ。私の名はお前より|遥《はる》かに長い――600年にも及ぶ、光の歴史を誇るのだしな」
そして|白雪《しらゆき》の顔のまま可笑《おか》しそうに目を細め、アリアの耳元に唇を寄せた。
「なるほど、お前は『双剣双銃《カドラ》』が──リュパン4世が言った通りだ」
今……リュパン4世、の名を出した。
──理子《りこ》のことだ。
やっぱりコイツは──|武偵殺《ぶていごろ》し、峰《みね》・理子・リュパン4世の仲間か。
ここまで|完璧《かんぺき》な変装は、アイツの技術がないとできないだろうと思っていたところだ。
「アリア。お前は偉大なる我が祖先──初代ジャンヌ・ダルクとよく似ている。その姿は美しく愛らしく、しかしその心は勇敢──」
「ジャンヌ・ダルク……!?」
アリアが、呻《うめ》くようにその名を繰り返す。
(……ジャンヌ・ダルク、だと………!?)
|俺《おれ》も──その名は知っている。一般教科の世界史で習った。
15世紀、イギリスとフランスによる100年戦争を勝利に導いた、フランスの聖女。
コイツの今のセリフは、自分が、その子孫だという意味だ。
……だが……
いま目の前にいる『|魔剣《デュランダル》』がジャンヌ・ダルクの子孫である事はありえないのだ。
なぜなら、オルレアンの聖女と呼ばれた彼女の結末は――
「ウソよ! ジャンヌ・ダルクは火刑で…………十代で死んだ! 子孫なんて、いないわ!」
「あれは影武者だ」
フン、とまたアリアを鼻で噴《わら》う声。
「我が一族は、策の一族。聖女を|装《よそお》うも、その正体は魔女。私たちはその正体を、歴史の|闇《やみ》に隠しながら――誇りと、名と、知略を子々孫々に伝えてきたのだ。私はその30代目。30代目――ジャンヌ・ダルク」
|魔剣《デュランダル》――
彼女の言に従えば、ジャンヌ・ダルクが、言う。
「お前が言った通り、我が始祖は|危《あや》うく火に処《しょ》せられるところだったものでな。その後、この力を代々探究してきたのだ」
ジャンヌの手が毒蛇のようにアリアの太ももに伸びると──また、アリアが激痛に体をねじった。
「きゃうっ!」
見れば、その小さな膝|小僧《こ ぞう》に氷が張りついている。
もう疑いようがない。
コイツは|俺《おれ》たち|武偵《ぶてい》とは異なる、想像もつかない力を持っているのだ!
「|私に続け《フォロー・ミー》、アリア。リュパン4世が攫《さら》いそこねたお前も、もらっていく。それとも――死ぬか? そういう展開も、私は想定済みでな」
「……アリア……!」
俺はベレッタを単射《セミ》に切り替え、ジャンヌの頭を狙《ねら》って|威嚇《いかく》するが──撃てない。
武偵法9条。
武偵は如何なる状況に於《お》いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。
さっきの銃撃で分かったが、あの|巫女装束《みこしょうぞく》は防弾製。アイツの体で|露出《ろしゅつ》している部分は他《ほか》には刀を握る手ぐらいだが、そこを撃てば、アリアの首に当たる。
アイツはそれを分かって[#「アイツはそれを分かって」に傍点]、あの体勢を作ったのだ[#「あの体勢を作ったのだ」に傍点]。
どうする。
|眉《まゆ》を寄せた俺と目が合ったジャンヌは──|白雪《しらゆき》の顔のまま、不敵にほくそ笑《え》んだ。
「私の変装を見抜いたお前は、普段のお前[#「普段のお前」に傍点]ではないのだろうな。警戒せねばならないのは確かだが……今のお前[#「今のお前」に傍点]の弱点は『女を人質にされること』、だろう?」
さすが――策士を名乗るだけあるな。
そこまで調査済みか。
「|遠山《とおやま》。動けば、アリアが凍る。アリアも動くな。動けば、動いた場所を凍らせる」
言われて、俺は心の奥で舌打ちした。
コイツの言う通り、ヒステリアモードの俺は女性の身の安全を最優先させてしまう。
「キンジ……撃ち、なさい……!」
どこを撃てというんだ、アリア。
お前ごと撃つことはできない。
今の俺[#「今の俺」に傍点]には、絶対にできないんだ……!
「喋《しゃべ》ったな、アリア? 口を動かした。悪い舌は、いらないな」
ぐい、と刀を持つ手でアリアの|顎《あご》を強引に押さえたジャンヌは――
アリアの口に、自らの唇を寄せていく。
──あの、凍気を吹き込むつもりか!
「やめろッ!」
叫ぶが、手も足も出ない。
アリアを人質に取られては、何も……!
「――アリア!」
室内に響いた、俺のものではないその声は。
いつも|慎《つつ》ましく、どこか弱々しかったハズのその声は。
──勇敢で、力強いものに変わっていて――
じゃりっ!
ジャンヌの背後、3mはあるコンピューターの上から分銅つきの鎖が伸び──アリアの|顎《あご》を押さえる際に|緩《ゆる》められた右手――その、刀の|鍔《つば》に巻き付いていた。
アリアの首筋に突きつけられていた|刃《やいば》は、ぐいっ、と引っぱられて離される。
「──!?」
|白雪《しらゆき》の顔のまま|眉《まゆ》を寄せたジャンヌが見上げたコンピューターの上には─―
「キンちゃん、アリアを助けて!」
本物の、白雪がいた!
白雪は、ぐんっ!
鎖を引き上げ、自分のニセモノの手から刀を取り上げた。
そしてコンピューターの上で、釣り上げた刀をキャッチする。
さっきはアリアが白雪の命を助けたが――今度は、白雪がアリアの命を助けたのだ。
|武偵《ぶてい》憲章1条。
仲間を信じ、仲間を助けよ。
普段は占い1つ仲良くやれない2人でも、イザとなればお互いの命を助け合う――
アリア、白雪。
お前たち、立派な武偵だぞ! よく凌《しの》いだ!
本物の白雪は飛び降りざまに――
ざきんっ!
アリアとジャンヌ・ダルクの間に割り込むようにしながら、刀を|斬《き》り下ろす。
ジャンヌはそれに対応した。|防刃《ぼうじん》巫女服《みこふく》を翻《ひるがえ》し、刃を白小袖《しろこそで》でつかみ取ろうとする。
その動作を、放されたアリアが妨害した。
離れ際に、まだ無事だった片脚《かたあし》でジャンヌの|膝《ひざ》へカンガルーキックを叩《たた》き込んだ。
ジャンヌは大きくバランスを崩し、後退せざるを得ない。
──ヒステリアモードの眼《め》が、その、わずか1秒ほどの|交錯《こうさく》を|全《すべ》てとらえていた。
だんっ、ごろろっ、と転がったアリアは、|俺《おれ》の足元で片膝《かたひざ》立ちの姿勢になる。
そのアリアを守るように、白雪が立つ。
ちゃき、と刀を八相に構え直した白雪に、ジャンヌは――
「白雪──貴様が、命を捨ててまでアリアを助けるとはな」
と、白雪に変装するために着ていた緋袴《ひはかま》の|裾《すそ》から、筒《つつ》のような何かを落とした。
シュウウウウウウウ……! 筒から、白い煙がみるみるうちに広がっていく。
発煙筒──煙幕か!
ばっ。
ばっ、ばっ。
煙を感知した天井のスプリンクラーが、次々に水を撒《ま》き始める。
|白雪《しらゆき》はジャンヌが身を隠した煙を避《よ》けるように、じりじり、と過《さ》がってきた。
「ごめんねキンちゃん。いま、やっつけられると思ったんだけど……逃がしちゃったよ」
「上出来だよ、さすが白雪だ。アリア、大丈夫か」
「や……やられたわ。まさか、白雪が2人とはね……」
|屈《かが》んだままのアリアは、ぐっ、ぱっ。ぐっ、ぱっ。手を、むすんでひらいてしている。
だが、その握力はまるっきり弱まっていた。
戦闘は、もうできないだろう──おそらく、ジャンヌの狙《ねら》い通りに。そしてそれとは別に……心なしか、室内が寒くなってきた気がする。
「白雪──2つ、思い出してくれないか」
「はい」
「アリアのロッカーに、ピアノ線を仕掛けた覚えはあるか?」
「ロッカー……? そんなこと、誓ってしてないよ」
「あともう1つ。白雪はこの間、花占いしてるところを不知火《しらぬい》に見られたか?」
「え、あ、うん……」
少し恥ずかしそうに答えた白雪に、|俺《おれ》は舌打ちする。
「俺は同じ時刻に、もう1人の[#「もう1人の」に傍点]白雪とすれ違ってる。あの女は今までずっと、白雪に化けて[#「白雪に化けて」に傍点]|武偵高《ぶていこう》に潜《ひそ》んでぃたんだ。だから俺たちを細かく監視し――分断できた。アリア。お前のロッカーにピアノ線を仕込んだのも恐らくジャンヌだ。さっき下の階に仕掛けてあったピアノ線を覚えてるだろう。木を隠すなら、森──白雪のアリアへの嫌がらせの中に、奴が殺人罠《キルトラップ》を紛れさせてたんだ」
俺が素早く推理を語ると――アリアは|赤紫色《カメリア》の|瞳《ひとみ》を丸く見開いた。
「キンジ……あんた、また……なれた[#「なれた」に傍点]のね!?」
──そうだ。
今の俺は、ヒステリアモード。
お前が言うところの、覚醒[#「覚醒」に傍点]状態だよ。
俺は何も答えないことで、アリアの問いかけを肯定した。
アリアはそれを受けて少し強気になったのか、そのキバっぽい|犬歯《けんし》をむいて叫んだ。
「|魔剣《デュランダル》! ――あんたがジャンヌ・ダルクですって? 卑怯者《ひきょうもの》! どこまでも似合わないご先祖さまね[#「どこまでも似合わないご先祖さまね」に傍点]!」
挑発するようなアリアの声に、煙の向こう、だいぶ離れたところから──
「お前もだろう。ホームズ4世」
声が、返ってきた。
だいぶ離れた所、エレベーターホールの辺りだ。
|俺《おれ》たちはそっちに向き直りつつ――気付く。
心なしか、ではなかった。この部屋の室温は急激に下がっている。
煙の向こうでは、スプリンクラーから撒かれる水が空中で氷の結晶となり、雪のように舞っている。
ダイヤモンドダスト、という現象だ。
宝石が舞うような、超常的なまでの美しさ。
それが逆に、言いしれぬ恐怖を|募《つの》らせる。
アイツは──|銀  氷《ダイヤモンドダスト》の、魔女だ――
「キンちゃん……アリアを守ってあげて。アリアは、しばらく戦えない」
刀を右手に持ったまま、|白雪《しらゆき》が退《さ》がってきて──片膝《かたひざ》をつき。
アリアの右手を、左手でそっと包んだ。
「魔女の氷は、毒のようなもの。それをキレイにできるのは修道女《シスター》か――巫女《みこ》だけ。でもこの氷はG《グレード》6からG《グレード》8ぐらいの強い氷。私の力で|治癒《キュア》しても、元に戻るまで………5分はかかると思う。だからその間、キンちゃんが守ってあげて。敵は、私が1人で倒すよ」
「――何を言うんだ白雪。お前を1人で戦わせるなんて、できない」
俺はジャンヌが攻勢に出ることに備《そな》え、2人を守るような位置に立った。
「キンちゃん……そう言ってくれるの、うれしいよ。でも今だけ、ここは|超偵《ちょうてい》の私に任せて。アリア、これ、すごく……しみると思う。でもそれで良くなるから。ガマンして」
言うと白雪は、小さく、何か|呪文《じゅもん》のようなものを|呟《つぶや》いた。
精神を集中させているのだろう。
目には見えない力が、白雪の手からアリアの手に、伝わっていく。
「……あっ……! んくっ……!」
白雪の治療に痛みが伴《ともな》うらしく、しかしアリアは敵に見つからないよう声を殺した。
その痛々しい声に──ヒステリアモードの俺は振り返らずにはいられない。
「んうっ!」
制服の袖《そで》を噛《か》み、くぐもった声で喘《あえ》いだアリアが、ぴんっ、と痛みにのけぞって。
前髪が跳ね、その下に隠していた……×字の、傷跡が見えた。
それは先月、アリアが身を盾《たて》にして俺を守った時についた傷。
女の子の顔に残った、一生消えない、痕《きずあと》。
――胸の奥に、痛みが走る。
その脇《わき》で、アリアの治癒を終えた白雪は小袖からロウ紙のようなものを出した。
それを壁のようなコンピューターに貼り付けると──周囲が、今度は暖かくなってくる。
見ればそれは、長方形の和紙に何やら漢字と記号が朱色で書かれた御札《ふだ》だった。
明瞭《めいりょう》になった視界の中に、|白雪《しらゆき》がすっくと立つ。
その白雪の周囲からは、まるで悪霊が退散していくかのように、氷混じりの煙が流れていく。
気がつけば、|俺《おれ》たちの服もいつの間にか乾いてしまっていた。
これも超能力の一種か。
「白雪…………」
それを見た俺は、やむを得ず決めた。
白雪を1人で戦わせたくは、ない。
だが。
アリアを放《ほう》っておくことも、できない。
──この戦い、まずは超能力者の白雪に任せよう。それが彼女の意志でもあるし。
俺が少しアリアに寄って退《さ》がったのを見て、白雪は――
「ジャンヌ」
入れ替わりに敵の方へ一歩出て、俺とアリアに背を向けた。
「もう……やめよう。私は誰《だれ》も傷つけたくないの。たとえそれが、あなたであっても」
ハッキリと伝えた白雪に、フン、という笑い声が煙の向こうから聞こえてくる。
「笑わせるな。原石に過ぎぬお前が、イ・ウーで研磨《けんま》された私を傷つけることはできん」
「私はG《グレード》17の|超能力者《ステルス》なんだよ」
という白雪の言葉に、今度は――笑い声が、返ってこない。
俺には分からないが、今の白雪の言葉は超能力者には相当の|威嚇《いかく》だったらしい。
「──ブラフだ。G17など、この世に数人しかいない」
「あなたも感じるハズだよ。|星伽《ほとぎ》には禁じられてるけど……この封じ布を、解《はど》いた時に」
「……仮に、真実であったとしてもだ」
ジャンヌの声には、今度は少し緊張感が籠《こ》もっていた。
「お前は星伽を裏切れない。それがどういうことを意味するか、分かっているならな」
「ジャンヌ──策士、策に|溺《おぼ》れたね」
白雪の声が、強まる。
「それは今までの、普段の私。でも今の私は、私に星伽のどんな制約《おきて》だって破らせる――たった1つの存在の、そばにいる。その気持ちの強さまでは、あなたは見抜けなかった」
白雪の不思議なセリフに、ジャンヌは――黙った。
策を弄《ろう》するタイプは、予想外の展開に弱い。
そして今、敵の計画には誤算が生じているのだ。
この、以前とは違う[#「以前とは違う」に傍点]|白雪《しらゆき》によって。
室温は既《すで》に、常温にまで戻っている。
発煙筒の煙も消え、スプリンクラーが、1つ、また1つと止まっていく。
「――やってみろ。直接対決の可能性も想定済みだ。G《グレード》の高い|超偵《ちょうてい》はその分、精神力を早く失う。持ち堪《こた》えれば私の勝ちだ」
意を決したように言ったジャンヌの姿が、晴れていく煙の向こうで……
とうとう、明らかになる。
緋袴《ひはかま》と白子袖《しろこそで》を脱ぎ捨てた下には――やはり――部分的に身体《からだ》を覆《おお》う、西洋の|甲冑《かっちゅう》。
「リュパン4世による動きにくい変装も、終わりだ」
べりべりっ、と、被《かぶ》っていた薄いマスクを剥いだその顔――
|刃《やいば》のような切れ長の眼《め》は、サファイアの色。
2本の三つ編みをつむじの辺りに上げて結った髪は、氷のような銀色。
どこか古めかしい日本語とは裏腹に、ジャンヌ・ダルクはまさに西洋の歴史映画に出てきそうな──美しい、白人だった。
「キンちゃん、ここからは……私を、見ないで」
|俺《おれ》に背を向けたまま、白雪が、|微《かす》かに震える声で言った。
「……白雪……?」
「これから――私、|星伽《ほとぎ》に禁じられてる技を使う。でも、それを見たらきっとキンちゃんは私のこと……怖《こわ》くなる。ありえない[#「ありえない」に傍点]、って思う。キライに…………なっちゃう」
言いながら、白雪は頭にいっもかけていた白いリボンに手をかける。
その指も、小刻みに震えていた。
俺は、半歩だけ退《しりぞ》きながら……
「白雪──安心しろ。ありえない事は、1つしかない」
これから始まるであろう超偵同士の戦いから、アリアを守る位置に立った。
「俺がお前のことをキライになる!? それだけは[#「それだけは」に傍点]、ありえない[#「ありえない」に傍点]」
低い俺の声に、押されるようにして。
しゅらり。
白雪はムリに|微笑《ほほえ》んだ顔を半分だけ振り返らせながら、その髪に留めていた白いリボンを解《はど》いた。
「すぐ、戻ってくるからね」
そして、かつん、と赤い|鼻緒《はなお》の下駄《げた》を鳴らし、刀を構え直す。
その構えが――普段の八相とは違う。
柄頭《つかがしら》のギリギリ先端を右手だけで撮り、刀の腹を見せるように横倒しにして、頭上に構えている。
剣道ではおよそ一切の流派に存在しないであろう、奇怪な構えだ。
「ジャンヌ。もう、あなたを逃がすことはできなくなった」
「――?」
「|星伽《ほとぎ》の巫女《みこ》がその身に秘める、禁制鬼道《きんせいきどう》を見るからだよ。私たちも、あなたたちと同じように始祖の力と名をずっと継《つ》いできた。アリアは150年。あなたは600年。そして私たちは……およそ2000年もの、永《なが》い時を……」
くッ─と、|白雪《しらゆき》がその手に力を込めたかと思うと――
刀の先端に、ゆらっ――と、緋色《ひいろ》の光が灯《とも》る。
それがみるみるうちに、バツ! と刀身全体に広がった。
室内を明るく照らしあげたそれは、焔《ほのお》――!
この期に及んで、揮発油や可燃性ガスを使ったトリックでない事は疑うべくもない。
あれは──あれこそが。
白雪の、切り札の超能力なのだ!
「『白雪』っていうのは、真の名前を隠す伏せ名。私の誼《いみな》、本当の名前は――『緋巫女《ひみこ》』」
言い終えると共に、カッ!
白雪は床を蹴って、火矢のようにジャンヌに迫った。
白雪の術に一瞬目を奪われていたジャンヌはその場に低く屈《かが》むと、ガキンッ!
背後に隠していた華麗な洋剣で、その、渾身《こんしん》の一撃を受け止めた。
じゃりんっ! と、通常なら火花のところを──宝石のようなダイヤモンドダストを散らしながら、そしてその氷を瞬時に蒸発させながら、2本の剣が|鎬《しのぎ》を削り──
さっ――いなされた|白雪《しらゆき》の刀が、|傍《かたわ》らのコンピューターを音も立てず切断した。
ざっ、と、ジャンヌは白雪から距離を取る。
明らかに、今、後退した――!
「炎……!」
見ればその|美貌《び ぼう》には、|僅《わず》かな|怯《おび》えの色が冷や汗と共に滲《にじ》んでいた。
ヒステリアモードの|俺《おれ》には、分かる。
アイツは、炎が怖いのだ[#「炎が怖いのだ」に傍点]。
ジャンヌの一族は、初代が火灸《ひあぶ》りになりかけてからあの技を開発し始めたと言っていた。
それはきっと、怖かったから[#「怖かったから」に傍点]。
自分を殺《あや》めかけたものが、恐ろしかったから。
あの一族は代々、その恐怖心と共に、氷の秘術を研究してきたのだ。
「いまのは星伽候天流《ぼとぎそうてんりゅう》の初弾、緋火玄毘《ヒノカカビ》[#原文では火へんに玄で一つの文字]。次は、緋火虞鎚《ヒノカグツチ》――その剣を、斬ります」
白雪は再び、緋色《ひいろ》に燃えさかる刀を頭上に掲げる。
まるで|松明《たいまつ》だ。
なるほど、あれは立ち上る炎が白雪自身を傷つけないようにするための構えだったのか。
「それで、おしまい。このイロカネアヤメに、斬れないものはないもの」
「それは――こっちのセリフだ。聖剣デュランダルに、斬れぬものはない」
|対峙《たいじ》するジャンヌが、勇気を振り絞るように胸の前に掲げた幅広の剣は──古めかしい、しかし、手入れの行き届いた壮麗な|洋風の大剣《クレイモア》。
|鍔《つば》に飾られた青い宝石が、白雪の炎に照らされて輝いている。
カツッ! 再び駆けた白雪は――
俺の目には、どこか、勝負を焦《あせ》っているようにも見えた。
ギンッ──ギギンッ! 2人の刀剣は何度かぶつかり合って、激しい音を上げる。
白雪の刀、ジャンヌの剣が掠《かす》めた室内のものは、|全《すべ》てが冗談のように切断されていく。
巨大なコンピューターがキャビネットごと。防弾製のエレベーターの扉。リノリュームの床も、壁も。
だが、唯一斬れていないものがある。
白雪の刀・イロカネアヤメと、魔剣──ジャンヌの言い分では、聖剣・デュランダル。
斬れない物がないと謳《うた》ったお互いの刀剣だけは、何度切り結んでも傷1つつかずにいる。
「これが一流の|超偵《ちょうてい》の戦い……なのね……!」
俺の足元から、ようやく顔を上げてきたアリアが言う。
「アリア」
|俺《おれ》は|屈《かが》んで、|囁《ささや》いた。
「動けそうか」
「もう……大丈夫そう。でも銃が床に凍り付いてるし、剥がしても使えない。あたしの銃は寒冷地仕様じゃないの。完全分解して整備しないと、多分生き返らないわ」
アリアは悔しそうに、氷漬けのガバメントを見下ろす。
「作戦を立てよう」
俺が言うと、いつも独断専行のアリアが顔を上げ――こくり。
素直に、うなずいた。
ヒステリアモードの俺のことは、きちんとパートナーとして扱ってくれるらしい。
「――どこかで|白雪《しらゆき》に加勢したいが、タイミングを間違えれば白雪の足を引っぱることになる。アリアはああいう超能力者を逮捕してきたんだよな。何かキッカケをつかむ方法はないか」
「ここまで高度な|超能力者《ステルス》には……正直、当たったことがないわ。でも、あの戦いは……長くは続かないと思う」
「長くは、続かない?」
「超能力者は使う力が大きいほど、精神力をたくさん消耗するの。|武偵《ぶてい》と戦う時は勘所《かんどころ》で最小限の力を使おうとするものなんだけど……同類が相手の時は、ああやって全力を出し続ける。だからすぐガス欠を起こすのよ。その瞬間がチャンスだわ」
「その瞬間が分かるか」
「経験則で、たぶんね。半分はカンだけど――信じてくれる?」
アリアの声は、ほんの少し不安そうだった。
俺がこの間……『信じられるか!』と言ってしまったことが心の傷になってるんだな。
これは良くない状態だ。
信頼関係がなければ、武偵同士の連携《れんけい》はままならない。タイミングを誤る。
そう思った俺は|膝《ひざ》を伸ばし、ピンクの髪を、優しく撫《な》でてやった。
「この間の俺はバカだった。許してほしい。俺はアリアを──生涯、信じると誓うよ」
「しょ、しょうがい?」
「たとえ世界中の誰《だれ》もがアリアを信じなくたって、俺だけは一生、アリアに味方する」
|赤紫色《カメリア》の|瞳《ひとみ》を、覗き込むようにしながら言うと……生来の赤面癖ですでにかなり|頬《ほお》を赤らめていたアリアは、ぽ……んっ。
イチゴみたいに、真っ赤になった。その驚く顔はどこか嬉《うれ》しそうでもあったので、
「嬉しいのかい?」
「……バ、バカキンジ……! あ、あんた……スーパーモードでもバカ……バカ………!!」
「答えて。アリアの気持ちを確かめたい」
と促《うなが》す。
「…………………ちょ、ちょっと……ちょっと|嬉《うれ》しい。で、でもちょっとだからねっ!」
「アリアが嬉しいと、|俺《おれ》も嬉しいよ。じゃあ──アリアも、俺を信じてくれるか?」
「………う、うん」
こくり。とうとうアリアは子供が大人《おとな》を見るかのような視線で俺にうなずいた。
ヒステリアモードの俺に、もう、なされるがままという感じだな。
「俺たちは、信じ合ってる」
トドメに言ってやると、アリアは――きゅん、と――
心の奥で何かが鳴ったように、|緩《ゆる》く握った手を胸に寄せた。
「だから自信を持って、攻撃のタイミングを教えて欲しい。|魔剣《デュランダル》を──逮捕するぞ」
俺がアリアと信頼関係の再構築をしている間に――
初め、炎……|白雪《しらゆき》有利に見えた炎と氷の戦いは、互角のような|雰囲気《ふんい き 》になっていた。
「──ッ!」
白雪はまるで息を止めているかのように、歯を食いしばりながら刀を振るう。
体当たりするようなその一撃に、とうとう、ジャンヌが。
だんつ。
半《なか》ば|尻餅《しりもち》をつくような姿勢で、壁際に倒れた。
だが……
「はあ、はあ、はあ………!」
グロッキーなのは、押し倒した|白雪《しらゆき》の方のように見える。白雪の息が上がっているのを象徴するように、刀を包む炎も今はだいぶ小さくなっていた。
「剣を捨てて、ジャンヌ――もう、あなたの、負けだよ」
「ふ……ふふ」
ジャンヌは不敵な笑いと共に――サアァッ。
流れる霧霞《きりがすみ》のように、一瞬、自分の周囲に微細な氷の粒を発生させた。
そしてその霞《かすみ》に隠れるようにして、回転受け身みたいな動作で白雪の脇《わき》に逃げる。
白雪が慌《あわ》てて薙《な》いだ、ほとんど炎の切れてしまった刀は――
がす。
壁に突き立つようにして、止まる。
もう明らかだ。
白雪からは、さっきの力が失われている──この、数分で。
アリアが言った通りだ。
|超偵《ちょうてい》は強い。人智を超えた強さを|誇《ほこ》る。だが、長く戦い続けることはできないのだ。
ゲームの魔法でもそうだ。強力な魔力を使うキャラクターは──それが、切れると──
「はあ、はあ……はあっ」
柄《つか》を右手で握ったまま、白雪はその場に|膝《ひざ》を突いた。
まるでフルマラソンでも走りきったかのような疲労|困憊《こんぱい》ぶりだ。
ざしゅ、と壁から抜けた刀の切っ先を床に落とした白雪は、そばに落ちていた朱鞘《しゅざゃ》を右手で|探《さぐ》り当てると……ず、ずず、と、なぜか刀身をそれに収めてしまった。
「甘い──お前はまるで、氷砂糖のように甘い女だ。私の肉体を狙《ねら》わず、剣ばかりを狙うとはな。聖剣デュランダルを斬《き》ることなど――絶対、不可能だというのに」
姿勢を直したジャンヌは、|魔剣《デュランダル》の切っ先を、白雪の首に向ける。
まだか……まだかアリア。
|俺《おれ》たちが加勢する瞬間は、まだなのか。
「くっ……!」
|鞘《さや》に収めた刀を体の後ろに隠すように構えた白雪が、歯を食いしばるのが見えた。
白雪──!
衝動的に飛び出しそうになった俺を、アリアが手で制する。
「まだよキンジ……! |白雪《しらゆき》は──たぶん、あと1撃分だけ、力を残してる……! でもそれを使うのに時間が要《い》る……何か、力を|圧縮《チャージ》してるみたいに……見えるわ……!」
小声で言いながらのアリアも、駆け出したいのを必死に自制しているようだった。
剣を構えたジャンヌの周囲に、再び――ダイヤモンドダストが、舞い始める。
そしてそれが、見る間に吹雪のように室内に吹き荒れた。
室内が、再び、一気に氷点下の寒さに――!
「見せてやる、『|オルレアンの氷花《Fleur de la glace d'Orleans》』――銀氷となって、散れ――!」
細水の向こうに見えるジャンヌのデュランダルが、見る間に青白い光を蓄《たくわ》えていく。
――その時――!
「キンジ、あたしの3秒後に続いて!」
叫んだアリアが、じゃきじゃき!
背中から寸詰《すんづ》まりの日本刀を2本抜きつつ、まるで銃弾のように飛び出した。
──1秒。
白雪との戦いに集中していたジャンヌが、バツ、と振り返る。
──2秒。
「ただの武偵[#「ただの武偵」に傍点]如《ごと》きが!」
怒りに身を任せるように剣を横薙《よこな》ぎに払ったジャンヌより、早く――
アリアはさつきジャンヌが脱ぎ捨てていた巫女服《みこふく》を、右手の刀で──バッ!
払い上げるように飛ばして、敵の視界をほんの一瞬|塞《ふさ》いだ。
「──!」
ずざあぁあっ! と、アリアはサッカーのスライディングの要領で身を低くする。
だが、ジャンヌの腕は止まらなかった。
アリアがまるで合気道のような|格闘技術《バリツ》で、相手の動きを先読みして動いていたからだ。
カッッ!!
空中の|巫女装束《みこしょうぞく》を押しのけ──アリアの上空を──青い光の|奔流《ほんりゅう》が巻き上がった。
それはもはや、本当にゲームのような光景で。
光る氷の結晶の渦が、蒼《あお》い砲弾となって天井にまで届いた。
天井はまるで、巨大な氷の花が咲いたように広く氷結していく。
──3秒!
「今よキンジ! ジャンヌはもう超能力《ちから》を使えない!」
アリアに言われるまでもなかった。
ダイヤモンドダストを掻き分けるようにして、駆ける。
ガガガンッ!
2点バーストに切り替えたベレッタで、ジャンヌの正中線を銃撃する。
ジャンヌはその3発を、既《すで》に引き戻していたデュランダルで弾《はじ》いた。
それは予測できていた。アイツは|白雪《しらゆき》と互角に戦える剣術の達人だ。だから。
|俺《おれ》は──さらに床を蹴って、ジャンヌに肉薄していく。
近接|拳銃戦《けんじゅうせん》――|強襲科《アサルト》で、習った。
授業の時は機動隊の楯《たて》みたいな物を使ったが──敵が何らかの方法で銃弾から身を護《まも》れる場合は、至近距離から銃弾を浴びせて倒すのが|武偵《ぶてい》の戦い方なのだ。
「ただの武偵[#「ただの武偵」に傍点]の分際で!」
俺に対し、ジャンヌは──逆に、突っ込んできた。
その足元を、アリアが二刀流で払う。
バッ! 当然それも予測済みだったジャンヌが、跳躍して俺に飛びかかってくる。
迎撃する俺の銃弾を剣で受けながら──受けるだけではなく、その力を使って剣身を大きく回転させ──俺の脳天めがけて、斬り下ろしてくる。
「──!」
魔力を失ったというのに、なんという超人技だ。
この|斬撃《ざんげき》は、俺が想定していたジャンヌの運動力以上のスピードだった。
デュランダルの軌道は、俺の脳天を完全に捉《とら》えていて──
――その瞬間。
ヒステリアモードの俺に。
|全《すべ》てが、スローモーションのように見え始めた。
この状況に対抗できる技が──
1つある[#「1つある」に傍点]。
その技には両手が必要だ。
だが、この右手の拳銃は離せない。
チェスでいえば、チェックメイトに必要なコマのうなんだ。
だから俺は、拳銃を掘っていない左手だけで――
「──ッ──!」
魔剣、デュランダルを受け止めた。
――真剣白刃取《しらはど》り――
の――片手版[#「片手版」に傍点]。
やれるかどうか少し|怪《あや》しかったが、できたな。
ヒステリアモード、そしてアリアとの特訓のおかげだ。
「――!」
ズシャッ――!
と、ジャンヌは剣の柄《つか》を握ったまま、|俺《おれ》の真横に着地した。
「……なんて、ヤツ……」
自慢の剣、その切っ先が俺の人差し指と中指に挟まれて[#「人差し指と中指に挟まれて」に傍点]止められているのを見たジャンヌは……予想通り、それでもまだ闘争本能を失っていないようだった。
彼女の首筋に、俺は左手で剣を|抑《おさ》えたまま右手の銃を突きつける。
「――これにて一件落着だよ、ジャンヌ。もう、いい子にしておいた方がいい」
子供に諭《さと》すように言った俺に――
「|武偵《ぶてい》法9条」
ジャンヌが、返す。
俺は少し視線を逸《そ》らしながら、小さく|苦笑《にがわら》いしてしまう。
その通り。
法に従えば、俺はジャンヌの首を撃つことはできない。
「よもや忘れたわけではないな。武偵は、人を殺せない」
「ははっ。どこまでも賢《かしこ》いお嬢さんだ」
「お、お嬢……?」
ジャンヌは呼ばれ方が恥ずかしかったのか、少し赤くなる。
「だ……だが、私は武偵ではない、ぞ!」
言いながら、ぎり、と剣に力を込めてくる。
こら、こら。
お嬢さん。もうきみは詰んだ。
勝負はついてるんだよ。
なぜなら──
カッ! 一カカカッ──!
という、赤い|鼻緒《はなお》の下駄《げた》を鳴らす音に続いて――
「キンちゃんに! 手を出すなあああああッ!!」
絶叫と共に駆けてきた|白雪《しらゆき》が──俺とジャンヌの間にあったデュランダルめがけて。
「――緋緋星伽神《ヒヒノホトギノカミ》──!」
|鞘《さや》に収めていた刀を抜きざまに、下から上へ、居合い抜きのように奔《はし》らせた。
鞘から──緋色《ひいろ》の|閃光《せんこう》と共に刀が奔り──切り上げた|刃《やいば》は、デュランダルを通過[#「通過」に傍点]して。
そのまま、触れてもいない天井にまで、巨大な曳光焼夷弾《えいこうしょういだん》のような焔《ほのお》の渦が噴き上がり――
ドガアアアアアアアアアンッッッ!!
凍り付いた天井を、氷ごとグレネードランチャーで爆破したかのように砕いてしまう!
がらがら……
と、ガレキが降ってくる中でジャンヌは、自らの呼び名でもあったデュランダルが断ち切られた事実に|呆然《ぼうぜん》としていた。
「……!」
最後の最後にまた訪れた想定外の出来事[#「想定外の出来事」に傍点]。
それに弱いジャンヌは、サファイアみたいな|瞳《ひとみ》を見開き――ただ、立ちつくすことしかできずにいた。
「|魔剣《デュランダル》!」
その際《すき》、アニメ声と──がちゃん!
ジャンヌの右手首に、手錠が掛かる音。
「うっ──!?」
ジャンヌが視線を向けた手元には、対超能力者用の手錠が掛かっていた。
言うまでもない。
アリアが|白雪《しらゆき》をボディーガードし始めた初日に買った、銀の手錠である。
「逮捕よ!!」
アリアは肉食獣のようにジャンヌに襲いかかると、がちゃん! 左手首にも手錠をかける。
|俺《おれ》は――
「だから言ったろう? ──『いい子にしておいた方がいい』って」
|鍔《つば》の辺りで|斬《き》られた|魔剣《デュランダル》の上半分を一回しして手に取ると、しがみっいたアリアに今際は足首に手錠を填められているジャンヌから、目を逸《そ》らしてやった。
彼女は、その行動とは裏腹に――アリアと同じ、ずいぶん|誇《ほこ》り高き家柄のお嬢さんみたいだからな。
しかし、その自信が落とし穴になったわけだ。
ジャンヌ。きみは最後の最後まで、俺とアリア――『|武偵《ぶてい》』を侮《あなと》っていた。
それが、きみの敗因だ。
なぜならここにいる武偵は、ヒステリアモードの俺と──パートナーが機能している状態のホームズ4世、双剣双銃《カドラ》のアリア。ただの武偵[#「ただの武偵」に傍点]じゃないんだよ。
ふぅ、と俺は鼻で一つ息をつきつつ……
力尽きてガレキの山にへたり込んでいた白雪の方へ、歩み寄った。
俺と目が合った白雪は、そそくさと火の消えた日本刀を|鞘《さや》に収めて隠す。
「キ、キンちゃん」
ごめんね、と言い出しそうだったので。
|俺《おれ》は人差し指を立てて、
「ちがうだろ?」という顔をしてやる。
「……あ……ありがとう」
ありがとう、か。
まあ及第点かな。
「|白雪《しらゆき》。よく頑張ったな。白雪のお陰で──|魔剣《デュランダル》を逮捕できた」
「こ……怖《こわ》く……なかった?」
「何がだい」
「さ……さっきの私……あ、あんな……」
ぱっつん前髪の下で、うるっ、と黒い|瞳《ひとみ》を潤《うる》ませる白雪。
どうやら、俺がさつきの白雪の超能力を恐れていると思い込んでいるらしい。
はは。
そんなこと、気にしてたのか。
俺は、俺に嫌われたんじゃないかと|怯《おび》える白雪に、優しい笑顔で答えてやった。
「怖いもんか。とてもキレイで、強い火だったよ。この間の打ち上げ花火より、ずっと、ずっとな」
「キンちゃん……う……うあ……」
俺はそっと彼女を抱き返し、その背中を撫《な》でてやった。
何時間でも、こうしていてあげるよ。
泣き虫さんが、落ち着くまでな。
優しく、優しく……撫でてあげよう。
子供のころ、花火大会のことでひどく怒られて泣いた白雪に、してあげたように。
そう。
白雪は何も変わらない。こういうところは。
でも──強くなった。
|星伽《ほとぎ》の烏龍《とりかご》から飛び出し、その炎の翼を広げ、自分の意志で戦えるほどに。
ひん、ひん、と泣きながら見上げてきた白雪を安心させてやるように、俺は――
「もう……勝手に俺の前からいなくなるんじゃないぞ、白雪」
もう一度、笑顔を見せてやった。
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最終弾 あの一閃は、誰が?
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「|I'd like to thank the person...《感謝させてほしいよ》」
不知火《しらぬい》のボーカルと、|俺《おれ》がかき鳴らすギターのFマイナー和音で、アドシアード閉会式のアル=カタが始まる。
こないだの地下倉庫でまた、しかもアリア・|白雪《しらゆき》の前でヒステリアモードになってしまった俺の音は……かなり、ヤケクソ気味である。
ああ。
……あれは、イタかった……
何が『勝手に俺の前からいなくなるんじゃないぞ、白雪』だ。
アリアに対しても、何かとんでもないこと言ってなかったか。生涯がどうとか。
思い出そうとしただけで……衝動的に死にたくなるぞ。
それ以上に問題は、あの場では仕方なかったとはいえ……アリアと白雪の前でジャンヌの変装を見破ったり、閃《ひらめ》いた作戦をべらべら|喋《しゃべ》ったり、白刃取《しらはど》りまでやってのけたり……曲がりなりにも、活躍してしまったことだ。アリアと白雪が俺の実力を誤解する原因を、また自ら作ってしまった。
あんたもやればできるじゃない、とか、キンちゃんはやっぱりスゴイよ、とか、あの後2人に絶賛された事は……思い出したくもない。
これから面倒なことにコキ使われそうな予感が、予感というか確信レベルでするぞ。
それもドンパチ系の面倒事にな。
「|Who shoot the flash...《その一閃を放った人に》」
ていうか|武偵高《ぶていこう》なあ……予算ケチんないで、ちゃんとハートぐらい|雇《やと》えってんだよ。
などと今さら八つ当たり気味に思いながら、俺はずいぶん手に馴染《なじ》んだDC59《インヤン》を会場の第2グラウンドに鳴り響かせる。B|♭《フラット》、G|m《マイナー》、C|m7《マイナーセブン》。
ちくしょう、いい天気だ。
「|who flash the shot like the bangbabangbabang?《バンババンババンってあの一閃は誰が?》」
曲が急にアップテンポになると同時に、左右からボンボンを持ったチアガール姿の女子どもが笑顔で舞台に上がってきた。
「で、でもやっぱりこんなの……」
という声を横目で見れば、舞台袖《ぶたいそで》でまだモジモジしていた白雪[#「白雪」に傍点]も――
「あーもう! ここまで来てなに言ってんの! ほら出る!」
と、アリアに蹴り出されるようにして舞台、それも中央に出てくる。
しゃ、と真っ赤になった白雪がボンボンを掲げたその脇《わき》には、アリア。
このチア、運動神経が一番いいアリアと、アリアの強力な推薦《すいせん》によりドタン場でメインのペアに抜擢《ばってき》された|白雪《しらゆき》がリードすることになったのだ。そもそも、白雪は準備委員会にチアに出るよう待望されてたわけだし、話はトントンと進んだらしい。
いきなりの出場で演技は大丈夫かとちょっと心配だったが、そこはさすが優等生。舞台の上でひらひらと、|完璧《かんぺき》なチアを|披露《ひろう》している。
あの衣装でみんなの前に出るのが恥ずかしいのかまだ少し表情は硬いが、まあ白雪よ、アリアに目を付けられたのが運の尽きだと思え。あいつは一度くっついたら離れない、人間電磁石みたいなヤツなんだ。しかもその電源は原発に|繋《つな》がってる。
「|Each time were in froooooooont of enemies! We never hiden sneak away!《敵の真っっっっっ正面に出たって、逃げ隠れなんて絶対しない》」
白雪にとって、こうやって人前に出る勇気が出たのも、あの戦い以降。
|俺《おれ》と学外へ出た上に|星伽《ほとぎ》に禁止されていた技の使用という制約違反を積み重ねてしまった白雪は、3度も4度も同じ! というアリアの押し文句に押されてか、もうやぶれかぶれになってか、このチアへの参加を了承したのだ。
なんにせよ、あの|魔剣《デュランダル》を退《しりぞ》けた経験はアイツにとってプラスになった――と、俺も思う。
まあやってることはただのチアだが、白雪。俺には分かるぞ。
お前はもう、『かごのとり』なんかじゃない。
まだおっかなびっくり近所を飛んでるだけだが、自分の翼で羽ばたく立派な鳥……そう、えっと、ツルだ。タンチョウヅルになったんだよ、お前は。
などととにかく余計なことを色々考えているのは、先日のヒステリアモードの件を考えたくないこともあるが──その起伏に満ちたプロポーションにぴっちりと密着したチア衣装を着た、白雪の肢体《したい》に意識が行かないようにするためでもある。
しかし、照れを隠しきれずながらもぽんぽん跳ねたりクルッと回ったりする白雪は──
ゆさっ。ぶるんっ。ぽよんっ。
双子の富士山を……大鳴動、させて……いる……!
い、いかん。ヒスるっ。
とはいえ大勢の観客がいるわけだし、練習の時みたいに顔を伏せるわけにもいかない。
緊急避難だ。白雪の隣のアリアに視線を移そう。
──よかった。
こっちの小さなお山は、飛んでも跳ねても地盤がしっかりしている。
しかし油断はならない。
ちっこカワイイこっちはこっちで、チビすぎて衣装と肌の間に|隙間《すきま 》があるのだ。
どちらにせよ危険な活火山だ。ここは|俺《おれ》にとっちゃあの|地下倉庫《ジャンクション》以上に難所かもしれないぞ。こんな女子だらけの環境で、またヒステリアモードになったら一大事だ。
とにかく他《ほか》のことを考えよう。
えーっとだ。
まあ、地下ではあんな事件も起きていたわけだが、こうして|武偵高《ぶていこう》が吹っ飛ぶこともなく、無事、アドシアードは閉会式を迎えることができたわけで……えーっと。
「|who flash the shot like the bangbabangbabang?《バンババンババンってあの一閃は誰が?》」
そう、ジャンヌ。30代目、ジャンヌ・ダルク。アイツは警視庁と東京|武偵局《ぶていきょく》の取り決めに従って、まずは尋問科《ダギユラ》で|綴《つづり》先生の取り調べを受けている。
つーん、とソッボを向いて黙秘を決め込むジャンヌを引き渡した時、綴が「イジメ甲斐《がい》がありそうだなァ」と笑ったのは不気味だったな。初めて見たぞ。アイツのあんな笑顔。
「|Who was the person, I'd like to hug the body,《誰なんだよそいつは、抱きしめさてくれよ》」
女子たちが、ぽーん!
とボンボンを天高く投げ捨てると、会場が一気に盛り上がった。
ヤツらはみんなボンボンの内側に|拳銃《けんじゅう》を持っていたのだ。そして空砲を歌詞の通り、空に向けてパンパンぶっ放してる。ウケたのが|嬉《うれ》しいのか、練習より多めに撃ってるな。
あーあ……だから、そういう物騒な仕込みをするなって。
世間様のイメージアップのためにやつてるのに。
後はテレビ局がこの辺を編集でカットしてくれることを祈るのみだ。
そして――
アリアと|白雪《しらゆき》を中心にした女子たちが、一斉に組体操みたいなボーズを決めて。
舞台にセットされていた銀紙の紙吹雪が、その女子たちの周囲にバッと巻きあがり――
「|It makes my life change at dramatic!《それが私の人生を一変させたんだから!》」
アドシアードは、これにて一件落着となった。
激しいアル=カタのチアに息を切らした白雪は、今はもう屈託《くったく》のない笑顔を会場に向けている。その周囲を、きらきら、きら……と、紙吹雪が舞う。
それはまるで彼女の新しい人生を祝福する、白い――雪のように。
打ち上げがファミレスってのはどういうことだ。
|俺《おれ》たちハートの男衆は、一次会もここだったんだぞ。お前らチアをやつた女子は|台場《だいば》のクラブ・エステーラだったそうじゃねーか。せめてそっちにしろ。
という俺の抗議はいつもながら全く無意味で、俺、アリア、白雪の3人による二次会は、学園島で唯一のファミレス、ロキシーのボックス席で行われている。
|魔剣《デュランダル》を逮捕できたことで、その濡《ぬ》れ衣《ぎぬ》を着せられていた母親――神崎《かんざき》かなえさんの刑期を一気に短縮できる流れとなったアリアが上機嫌で「あたしのおごりよ!」と宣言してくれたのはせめてもの救いだが、お前、貴族なんだからもう少しいい店に招待しろよ。
と言いかけたがあまり言うと風穴なので、一番高いステーキセットを頼むことでささやかな不満の意思表示をしておく。
各人の注文が終わり、おしぼりで手を拭《ふ》いていると……
アリアと白雪の様子が、ちょっとおかしい。
お互いを見つめ合って、何か言い出そうとして、やめている。
……なんだこの空気。
「「あ、あの」ね」
白雪とアリアがハモった。
「あ、アリアが先でいいよ」
「あんたが先に言いなさいよ」
「……外すか?」
隣の白雪に言うと、白雪はふるふると首を横に振って顔を伏せた。
「え、えっと……あのね。キンちゃんにも聞いてほしいの。私…………どうしても、アリアに言っておかなきゃいけないことがあるから」
……俺にも聞かせたい、アリアに言うべきこと?
「あの……このあいだ、キンちゃんがカゼひいた時……私、ウソついてました」
「ウソ?」
「うん……あのね……あの時キンちゃんが飲んだお薬……私が買ってきたんじゃないの。あれは……アリアが、お部屋に置いてったんでしょ?」
え。
こないだ俺が熱で|朦朧《もうろう》として学校を休んでた時…………
『特濃葛根湯《とくのうかっこんとう》』をわざわざ買ってきてくれて、こっそりドアノブに掛けてったのは……
「アリア、だったのか?」
「……」
無言のアリアを見る|白雪《しらゆき》は、本当に済まなさそうにしている。
アリアはそんな白雪を見て、俺を、その|赤紫色《カメリア》の|瞳《ひとみ》でチラ見した。
……なんだよそのリアクション。
「な、なーんだ! そんなこと!」
アリアはわざとらしく両手を顔の後ろにやり、大きく体を後ろに傾けた。
なんかちょっと赤くなって、また俺の方をチラッと見ている。
あ。
|強襲科《アサルト》の屋上で、アリアが言ってたセリフ……
『貴族は自分の手柄を自慢しない。それは無様なことだから。たとえ横取りされてもね』
あれは……
こういうことだったのか?
「『話がある』っていうから、もっと大変なことかと思って損したわ」
否定しないところを見ると、やっぱりあれはアリアだったらしい。
てことはあのとき、俺の熱を──優しく――計ってくれたのも、アリアだったのか。
「イヤな女だよね私。でも、イヤな女のままでいたくなかったから……ごめんなさいっ!」
ぺこっ、とアリアに頭を下げる白雪。
だがアリアはその白雪の|顎《あご》に手をやって、ぐい、と姿勢を戻させた。
「別に気にしてないからいいわよ。はいこの話は終了。じゃ、今度はあたしの番ね」
「う、うん」
どうやらこの2人、ここに入る前にお互い「話がある」と前置きしあってたらしい。
「ぉほん」
アリアは|咳払《せきばら》いをすると、姿勢を正し。
「──白雪。あんたも、あたしのドレイになりなさい!」
びしっ! と|白雪《しらゆき》を指さしながら放たれたそのセリフに――
白雪。|俺《おれ》。そして近くのボックス席の男子数人が固まる。こ、こら。こっち見んな。
「ありがとう、白雪」
おいアリア。
前後の文脈が完全におかしいぞ。
「|魔剣《デュランダル》を逮捕できたのは、3割はあんたのおかげよ。4割はあたし。2割、レキ」
……ん?
「あたし今回分かったの。あの|魔剣《デュランダル》、ジャンヌ・ダルクとの戦いは──あたしたちが1人1人だったら、きっと負けてた。3人がかりで、やつと倒せた。それは認めるわ」
それ以前に認めてもらいたいんだが、その3人に俺は入ってるんだろうな?
「あたしたちの勝因は力を合わせたことよ。今までのあたしは──どんな敵が相手でも、自分と、自分の力を引き出すパートナーさえいればいいって思ってた。でも……2人じゃどうしようもできない相手もいるわ。つまり、あたしのパーティーに特技を持った仲間が増えるのはいいことなの。特に白雪みたいに、あたしにない力を持ってる仲間はね」
ふ─ん。
仲間、か。
まあ、元・独唱曲《アリア》さんもこの学校で少しはいいことを学んだってわけか。
ご指名を受けた白雪はというと、ド、ドレイって……そんなの……でも、キンちゃんのドレイなら……などとボソボソ言っていて、話を聞いているのかいないのかだが。
「というわけで契約は満了したけど、あんたもこれからキンジと一緒に行動すること! 朝から晩までチームで行動して、チームワークを作るのよ! はいこれキンジの部屋の|鍵《かぎ》! 今後、自由に入ってよし!」
「ありがとうアリア! ありがとうございますキンちゃん!」
「おおおい!」
超神速で偽造カードキーを胸ボケにしまう白雪と、ボックス席から床に転げ落ちる俺。
「ダメだダメだダメだ! あそこはそもそも男子りょ」
「ドレイ1号、文句あんの!?」
「お前ら! 俺の話を! 聞……いてくれると|嬉《うれ》しいんだが、検討してくれないかな」
途中から俺の声のトーンが落ちたのは、アリアが二丁|拳銃《けんじゅう》を抜いたからだ。
そこに、ちょっと|怯《おび》えつつのウェイトレスさんが俺たちの料理を運んできた。
ミネラルウォーターと、ステーキセット。烏龍茶《ウーロンチャ》と、炊き込みごはん御膳《ごぜん》。コーラと、ももまん井《どん》……っていうのは何だ。メニュー開発者出てこい。
「はい! じゃあドレイ2号の誕生に|Cheeeeeers!《カンパーイ》」
「かんぱい!………うれしい! うれしいよ! 合い鍵……キンちゃんの愛の証《あかし》だよ!」
|嬉《うれ》しそうにツリ目を細めたアリアと、嬉し泣きしかけている|白雪《しらゆき》がグラスを上げたので──完全に流れを作られちまった、|俺《おれ》ことドレイ1号は。
ああ、もう…………
「勝手にしろ!」
俺は2人のグラスから飲み物がこぼれるような勢いで、がちん、と乾杯するのだった。
というわけでこの迷惑な2人は、引き続き俺の部屋へ勝手に出入りするようになった。
白雪はファミレスから出たその足でフロシキに包んだ私物を女子寮から背負ってきやがるし、アリアはこないだ録画したどうぶつ奇想天外2時間スペシャルを見て「かぁーわいぃー! キンジ見て見て! らっこの大群!」などとソファーでぽすぽす跳びはねている。
靴は玄関にぶちまけ状態。黒ニーソも床に脱ぎ捨て状態。元々ここは俺の部屋だったってことを忘れちゃいませんかアリアさん。
「ていうかアリア、さっきのファミレスでの計算だが」
CMを飛ばしにかかったアリアの横に、俺は不満顔で座る。
「なによ」
「|魔剣《デュランダル》事件への、貢献度の割合だ。お前が4割。白雪が3割。レキ2割……ってことは俺は1割かよ」
と文句を言うと、
「あんた最後にちょっと動いただけじゃない!」
アリアはリモコンを操作しながら、俺の方を見すらせずに言い放った。
「……お前とのパートナー、本気で解消したくなってきたぜ」
「まあ、あの時のあんたは、ちょっとカッコよかったけど?」
らっこの大群とやらのお陰でハイテンションのアリアは、こっちを向いたかと思ったら……ぱちん。
ウィンク、しやがった。
こ、この……
軽々しくウィンクなんかするなってんだ。反則だろうそれは。可愛《かわい》らしすぎだ。
いま、胸にミニな矢が刺きっちまった気がするぞ。
「パートナーさん、テレビを一時停止してあげるから、ちゃんと聞きなさいね。あんたも……白雪と同じ。相変わらず調子に波があるみたいだけど、あんたはあたし、ホームズ家の人間に必要な力をちゃんと持ってる。今回の戦いでそれも再認識した。だからあんたも、あたしの穴を埋める──」
んしょ、と、アリアはソファの上に正座してこっちを向いた。
どうやら、最後の一言を言う前に、少しでも座高を俺と同じにして目線を|揃《そろ》えたかったらしい。
「――大切な人よ」
|赤紫色《カメリア》の目で、まっすぐこっちを見て言ったアリアに――|俺《おれ》は、黙ってしまう。
ど……どこまでも自己中なヤツだ。
でも、なんでか逆らえないのは、今、俺のすぐ目の前でおすわりしてるこのチビが……ちくしょう、カワイイからなのか? いや違うぞキンジ。
そんなんじゃない。これはあれだ。
コイツの子供じみたサイズのせいなんだよ。きっと。
子供には逆らえないってやつ。それだ、それに違いない。
「 い[#「い」に傍点] ま[#「ま」に傍点] な[#「な」に傍点] ん[#「ん」に傍点] て[#「て」に傍点] い[#「い」に傍点] っ[#「っ」に傍点] た[#「た」に傍点] の[#「の」に傍点]!」
俺たちの背後から、ヒステリックな金切《かなき》り声《ごえ》。
――い、いかん!
真っ青になった俺が振り向くと、ソファの背後には。
「『大切な人』! って! 何!」
案の定、例のバーサーカーモードになった|白雪《しらゆき》が仁王立ちしていた。
だ、だから怖《こえ》えよ白雪!
なんなんだその|瞳孔《どうこう》の開いた、焦点の定まらない目は!
ていうか何がスイッチなんだ! それだけでも教えてくれ! 保安上!
「〜〜〜〜言っておきますけどね! アリア!」
「なっ、なによなに!? 何が気に入らないのよ!」
アリアも鬼みたいな白雪の形相には後ずさって、どて。
ズリ落ちたソファに足を残した、X字みたいな姿勢で床に落ちる。
「勝ったと思わないこと!.わ、わ、私だって、キンちゃんとキスしたんだからぁ[#「キンちゃんとキスしたんだからぁ」に傍点]──――!」
どこからか、本当にどこからか取り出した日本刀で、ソファーを飛び越えながらアリアに斬りかかる白雪。
「な、何なのよそれ!?」
いきなりキスの件をむしかえされたアリアは、ぽんっ! と赤くなりつつも巧《たく》みに側転を切って|斬撃《ざんげき》を躱《かわ》す。
がしゃ!
ああ、またテーブルが壊れた……
「引き分け! だから引き分け! キンちゃんに! とって! 引き分けなんだから! 私が、そこから一歩! リードすればいいの! そういうことなの!」
どういうことか全く分からない理屈を喚《わめ》きながら、|白雪《しらゆき》は、ぶん! ぶぶん! と刀を振り回す。ごしゃ! がしゃ! 室内の買い直した諸々《もろもろ》が、また破壊されていく。
「こ、こらドレイ2号! ドレイの分際で主人に何するのよ! しずまれぇーっ!」
なぎ払われた白雪の刀を避《よ》けながら、とうとうアリアは、バスンッ!
威嚇《いかく》射撃。|漆黒《しっこく》のガバメントで天井に穴を空《あ》けた。
すみませんね近隣の皆さん。
「そ、そ、そっちこそメカケの分際で――盗《ぬす》っ人《と》たけだけしい!」
白雪は全く|怯《ひる》まない。
ぱっつん前髪の下の|眉毛《まゆげ 》をぎぎんっと吊《つ》り上げて、アリアに飛びかかっている。
ああ、もうダメだ。
もう止められない。
「き、キンジ! 白雪にキスって何よ!? あ、あんた、依頼人《クライアント》にそんなことまでしてたの!? こ、このハレンチ|武偵《ぶてい》! ていうかなんとかしなさいコレ!」
アリアよ。
お前も、面倒なのをドレイ2号に取り立てちまったもんだな。
ていうか|俺《おれ》にそんな怒りを向ける前に、目の前の武装|巫女《みこ》をなんとかした方が身のためだぞ。
そう思いつつの俺は、とぼ、とぽ……と。
リビングを渡り、ベランダに出て。
がら。
扉を開けた。
防弾物置の、な。
「後かたづけは、お前らがするんだぞ」
この数日で、俺も1つ学んだことがある。
双剣双銃《カドラ》のアリア。武装巫女の白雪。コイツら絡《がら》みの事件は|全《すべ》て、結局、俺は憎《に》っくきヒステリアモードで解決している。
ていうか、ヒステリアモードから逃げつつコイツらと行動を共にしていたら、命が幾つあっても足りないんだ。この日々は。
そうなると……
俺も、もう、逃げ回ってる場合じゃないらしいな。ヒステリアモードから。
だが課題は多い。
ヒステリアモードは、そもそも自由自在になれるものじゃない。兄さんならそれができたものだが……あの方法[#「あの方法」に傍点]は、俺にはムリそうだしな。
なった後の自分も問題だ。あのホストみたいな|俺《おれ》を女子に気に入られでもしたら悪循環、ヒステリアモードの繰り返しになって、中学の頃《ころ》と同じになっちまう。
最大の問題は、トリガーの性的興奮[#「性的興奮」に傍点]。これは決してバレないようにしなきゃならない。
ああ、もう……
問題は山積みで、どこから手をつければいいのかすら分からない。
まあ、うまい解決法は……またヒステリアモードになれてしまった時にでも考えよう。
「キンジ! あたしに加勢しなさい! しないと──」
とりあえず今しなきゃいけないことは……
「風穴あけるわよ!」
アリアのアニメ声をスルーして。
バタン、と防弾物置の扉を閉めて。
祈ることだろうな。
明日も、俺が生きてますように。
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エピローグ Go For The NEXT!!!
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ふつう、自分の部屋ってのは安らぎの場だよな?
だが今の俺の部屋は相変わらず住みついているアリアと勝手に出入りして堂々と家事をするようになった|白雪《しらゆき》のせいで女ぐさく、ちっとも安らげなくなってしまった。
カンベンしてくれよ。全く。
というわけで最近の俺は登校拒否ならぬ下校拒否ぎみだ。今日も放課後、ヒマ人代表の|武藤《むとう》と付き合いのいい不知火《しらぬい》の3人で自習室に籠《こ》もりカードゲームの自習をしていた。
7時過ぎ……武藤の一人勝ちで(コイツはいつもヤケに強い。チートじゃねーのか?)つまらなくなってきた頃……ケータイに電話がかかってきた。
アリアだったらシカトしてやろうと思ったが、番号は03で始まってる。ケータイじゃないな。誰《だれ》だ?
「もしもし」
『キンジ? アンタ、どこいんの』
げ。アリアだ。
「どこでもいいだろ。なんだよ」
『すぐ来なさい。女子寮、1011号室にいるわ』
「行きたくねーよ女子寮なんか」
『うるさい! あたしがすぐと言ったらすぐ来る! 来ないと風穴!』
がちゃ。
議論の余地ナシ。
ご主人様は一方的に電話をお切りになられてしまった。
仕方なしに、本っ当ーに仕方なしに女子寮の1011号室へ向かうと……カギは開いていた。
女子寮は男子寮より個室率が高く、ここもそうらしい。
ていうかここ、アリアの部屋なのか。
「おーい来たぞアリア」
「もー遅い。でも今日は許してあげる」
玄関に上がると、セーラー服姿のアリアが洗面所からとててと出てきた。
そして、ぎゅ。
いきなり俺の手を握ってくる。
お、おい。なんだよ。
「こっち。来て」
引っぱられて入ったリビングの光景に、俺は――
「うっ……?」
思いっきり引いた。
キャンドルポットで桃色に照らされた室内には、足の踏み場もないほどに様々な衣服が散らかっている。
――その衣類の数々が、フツーじゃない。
どこかのウェイトレスの制服。|白雪《しらゆき》が着てるような|巫女装束《みこしょうぞく》。いわゆるメイド服。大きめに作られた幼稚園のスモック。ネコのミミみたいな髪飾り、しっぽ飾り。リコーダーの飛び出た赤いランドセル。カボチャみたいな形状の、おそらく下着。その他《ほか》もろもろ。
「キンジ、どれがいい?」
「どれがって……何がだっ」
「んもーキンジ。アンタ、こういうこと[#「こういうこと」に傍点]避けて生きてきたからって、ニブすぎよ? どのコス着てほしいか、って聞いてんの」
この場の|雰囲気《ふんい き 》に完全に飲まれていた俺が、言葉を失っていると──
きゅっ、とそのツリ目を細めたアリアが、一歩、二歩、俺に近づいてきた。
「えい」
アリアは黒ニーソあんよで俺の|爪先《つまさき》を踏むと、トン!
と、テンパってて棒立ちだった俺を突き飛ばし――
ドサッ。
背後にあったでかいベッドに、仰向《あおむ》けに押し倒してしまった。
「キンジー?」
素早い動作で子供みたいに俺の胴にまたがったアリアは、そのまま、いきなり。
上半身を、俺の顔に覆《おお》いかぶせてきた。
自制する|隙《すき》すら無かった。
――なってしまうッ──という嫌悪感は、ほんの一瞬で。
プラウス越しに顔に押しつけられた、マシュマロみたいな胸の感触。腰にまたがるプニプニした太股《ふともも》の感触。甘酸《あまず》っぱい、女の子女の子したニオイ──に、包まれた俺は。
ほんの数秒で、いきなり、なってしまっていた。
──ヒステリアモードに――
「!」
その瞬間、俺の脳裏に閃《ひらめ》くものがあった。
同時に、全身の血が凍りつく。
失礼を承知で言わせてもらえば、アリアの胸はこんなに盛り上がっていない。寄せて上げる《プッシュアップ・ブランジ》ブラで偽装しではいるが、一度顔に押しつけられたことがあるから分かる。
そしてこれは、俺が体験で知っている、もう1人の女子の身体《からだ》の感触――あの子と、寸分|違《たが》わず同じ──!
「──理子《りこ》――」
鋭く、低く、言う。
「ぴんごぉー! やったやったー! キーくんがヒスったあー! クララが立った─!」
アリア──の姿をしたソイツが、理子の声になって、上半身をがばっと起こす。
ゆさっ、と制服の下の大きな胸を跳ね上げるように揺らしたかと思うと、右手で|顎《あご》の下を、左手でツインテールの片方をつかみ……
べりべりっ、ばさっ。
顔につけていた薄いマスクみたいな特殊メイクと、ピンクブロンドのツインテールを取った。
中身は、予想通り――
「りっこりっこりんでぇーす! くふふっ! たっだいまぁー!」
理子。
兄さんを殺し、|俺《おれ》のチャリや|武偵高《ぶていこう》のバスに爆弾を仕掛け――ハイジャックで俺とアリアと戦った末に逃亡していた──『|武偵殺《ぶていごろ》し』こと、峰《みね》・理子・リュパン4世。
どうして、コイツが、武偵高《ここ》に──!?
キラキラと星でもまたたいてそうなふたえの目を|嬉《うれ》しそうに細めた理子《りこ》は、ウィッグで巧《たく》みに隠していた、長い蜂蜜色《はちみついろ》のウェーブヘアをふあさっと下ろしてくる。
「キーくん、理子を助けて」
――ドキン、と、|俺《おれ》の心臓が跳ねる。
ヒステリアモードの、俺は――
女子を、何がなんでも助けたくなってしまう。
困っている女子、ピンチに|陥《おちい》っている女子を助けるためなら、求められるままに力を貸してやりたくなってしまうのだ。
理子は明らかに……それを、分かって言ってるな。
「ていうかそもそもねぇ、せっかく理子がダブルスクールしてたのに――アリアとキーくんのせいで、イ・ウーを退学[#「退学」に傍点]になっちゃったんだよ? ぷんぷんがおー」
イ・ウーを──『退学』……?
「理子、キーくんにお願いがあるの。だからお母さまが教えてくれた、男の子に言うことを聞かせる方法、初めて使うちゃう。くふっ。ここから先は、理子ルートパッチをお買い上げ下さったお客様専用の、甘い甘ぁーいイベントシーンなのでぇーす」
興奮したケモノのように息に熱いものを交えて、理子が俺のネクタイを外してしまう。
この状況で、次に言われることは明らかだろう。
どうする。
理子は──ぐいっとその愛らしい童顔を俺の顔に近づけてきて、誘惑的な唇で――
言った。
「キーくん、えっちいことしよ?」
どうするキンジ。
[#地付き]To Be Continued!!
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あとがき
[#ここで字下げ終わり]
『黒髪ロングはみんなのあこがれ!』
というわけでお待たせしました、『排弾のアリアU』では|星伽白雪《ほとぎしらゆき》が大活躍します! 白雪は|清楚《せいそ》で従順で優しい|大和撫子《やまとなでしこ》でありながら、主人公・|遠山《とおやま》キンジに近づく女の子には鬼の武装|巫女《みこ》モードで日本刀をギラつかす…ちょ…ちょっと困った女子ですね(汗)
ですがそんなコミカルな白雪も、実は見えない鎖に縛られていて──というドラマが、今回の物語には待ち構えています。
みなさんには、そんな白雪がほんの少しだけ成長する姿を見守っていただきつつ……でも最後には、
「 でもやっぱりこええええ! 」
ってなっちゃうんでしょうねぇ、やっぱり(赤松《あかまつ》涙日)ま、まあ……そんな・黒[#「黒」に傍点]雪モードも含めて、白雪さんを愛でてやってください! それが、愛だよ!
さて今回の物語では………キンジとアリアの凸凹《でこぼこ》コンビが、そんな白雪を自宅に住ませでボディーガードすることになります。
キンジは、犬猿の仲のアリアと白雪が所構わずドンパチやらかすものだから大迷惑。
あなたは、そんなキンジの困惑にニヤニヤしていってくださいね。
『緋弾のアリア』シリーズには、シリーズを通じてのテーマがいくつかあります。
その1つが、
「チームワーク」です。
このテーマは特に、多様な人種・思想が入り乱れる欧米では1つの学問として意識的に研究されています。でも赤松は悲しいかな学問が苦手なので……それをライトノベルの中に、楽しく、じんわり、交えていきたいと思います。
このシリーズを読み進める内に、あなたは今いる、そしてこれから出会うお友だちとのチームワークをいっそう深めることができるようになることでしょう。きっと。
なのでお友だちにも、『緋弾のアリア』をどんどん勧《すす》めましょう!(笑)
日本中のキンジ君が、アリアや白雪や|武藤《むとう》やレキに出会い──沢山《たくさん》のすばらしいチームが、いろんな夢を叶《かな》えていける日が来ますように。
[#地付き]2008年12月吉日 赤松《あかまつ》中学《ちゅうがく》
底本:(一般小説) [赤松中学] 緋弾のアリア 02.zip 暦ingTZPNbBY 29,545,253 c50bd05431045fbdc3dae019110dcbfb5b416057
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