『竜の時間神国』第19話――割愛
「ところで、竜生ちゃん」
「は、はい……」
竜生は、先生にちゃんづけで呼ばれると、無条件で頭《こうべ》をたれてしまう。
「きみ、なかなかいい腕時計しているよね。それさ、玲子さんにあげちゃったら? さしあたって、ホテル代だなんだかんだ、けっこうお金かかるので」
「あっ、そうですね。お金が要りようですね。でもこの時計が、金に換わるんでしょうか……」
と、竜生が自身の左腕を見てみると、
「あれ? 自分の腕時計がない?」
慌てふためきながら竜介の方を見やると、竜介の右手から、パッ、と件《くだん》のパテック・フィリップの腕時計があらわれた。
「すっ、すごい手品を……」
「何寝ぼけたこといってんだ。これはきみが眠ってている間にはずしといたの。そのまま、玲子さんに持たそうかなと思ってね。けど、それはあまりにもきみに悪いから、だから事後承諾的に聞いたの」
「ええ、もう、そんなもので役に立つんでしたら。けど、それすぐにお金に換わるんでしょうか? 高級時計とは聞いたけど、質屋に入れたら二束三文でしょうし……」
「ふむ」
竜介は意地悪く笑ってから、
「この時計、明らかに金製《ゴールド》じゃないよね。ちなみに、金属は何でできてるんだろうかな?」
手にもって、ぶらぶらとさせながらいう。
「だったら、銀製《シルバー》じゃないんですか」
「やっぱりなあ」
竜介はしたり顔でいってから、
「天下のパテックが、銀みたいな柔《やわ》いもので、側《がわ》を作るわけがないだろう。値打ちのわからない者が、するような時計じゃないな」
「そうか、白金《プラチナ》なんですね。それにもう先生のおっしゃるとおりで、ぼくがもってても意味ありません。けど、先生、時計に詳しいんですね?」
「そうでもないが、腕時計をするならばパテックと、そうこころに決めている」
「じゃ、今もなんですか」
「大学の講師の薄給で、そんなもの買えるわけないだろう。今してんのはスウォッチ――」
と竜介は豪語してから、左腕を自慢げにさし出して見せる。
「スウォッチは自分も知ってますけど、すごい……落差ですね」
遠慮ぎみに、竜生はいう。
「世の中に腕時計は二種類しかないの。パテックかスウォッチ。おれは中途半端なのは嫌いなんだ」
[#改ページ]
底本
徳間書店 TOKUMA NOVELS
神の系譜 特別篇 竜の秘密
著者 西風隆介《ならいりゅうすけ》
2004年4月30日  初刷
発行者――松下武義
発行所――徳間書店
[#地付き]2008年5月1日作成 hj