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石丸元章
SPEED スピード
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ま え が き
ドラッグに興味を持っている数多くの連中の一人が、たまたまライターだったことからこの本は生まれた。
既に出版されているおびただしい数のドラッグ関連書籍によって、ドラッグへの興味が満たされることはなかった。
薬物効果を薬学や医学的見地から見た分析は、レストランの食品サンプル同様、食欲をあおりこそすれ、何も味わわせてはくれなかったし、どうやって密造され、どのように密輸されるのか、などという「知識」は重要ではなかった。世界中の都市でドラッグが引き起こす社会的な問題や、各国別に法律でどう扱われているかなんていう記述も資料もドラッグに対する本質的興味を、当然のように全く満たしてはくれなかった。
つまり、書籍や資料を次々に調べあげるにつれて、ドラッグに対する興味をかきたてられ、その一方で、その解答となるものはどこにも用意されていないということを、重ね重ね確認していったわけである。
それならば、バナナの皮を干してタバコ状にして吸ってみたことも、ナツメグの実を何十粒もつぶして飲み込んだこともない、ごくごく一般的なレベルでドラッグに関心を持つ者の一人として、自分が知りたい、自分の興味を満たしてくれるようなドラッグに関する解答を見つけ、それを記述しようという、ごく平凡なライター的興味から、取材を始めたのだ。
しかし、それはすぐに取材≠ニ呼べるシロモノではなくなっていた。ドラッグと、それを使用する連中に囲まれて生活し始めると、記述する≠ニいう目的も取材≠ニいう自己抑制も身体の中を一瞬のうちに通り過ぎていった。
そしてそれこそが、今思うに、当初から筆者が知りたかった「ドラッグ」の本質であるのだ。
本書は、取材者≠ナある筆者と、そのパートナーのギター男が巻き込まれた、ドラッグとそのトラブルの記録である。
この本の中の記録は全てがまぎれもない事実であり、書き手によって見ることのできた風景をできる限り正直に書き起こしたものだと断言する。
しかし、その大部分はドラッグ体験によってもたらされた、通常とは異なる意識下で認識された事実の上に成立している。しかもそれは、専門医によって筆者自身が「覚醒剤中毒による急性分裂病」と診断されている約六カ月間に記述されたものである。出版にあたり、極端に混乱している部分や意味不明の箇所に関しては、加筆・訂正・削除及び再構成を行ったが、できるだけ当初の原稿を生かすよう心がけた。
また、各|章《チヤプター》間の「メモ」は、本文中の出来事が進行している時と同時期のメモ、手帳、日記を元に、思考回路が安定している状態で新たに書き起こしたものである。出来事が進行する大まかな時間的経過を計る手掛かりにしてほしい。
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目 次
ま え が き
PROLOGUE
ドラッグ世代の誕生 新しい風景の幕開け
CHAPTER1
真夜中のドラッグストリート 全てはここから始まった
CHAPTER2
東京トルエン・キッズ 君達こそニュースだよ!
CHAPTER3
『LOVE&ピース』を学んだ夜
CHAPTER4
マリファナ・ハイにうんざり ロクデモない大麻教信者
CHAPTER5
72時間スピードレース 全員必読の参加要項
CHAPTER6
ドラッグ&トラブルT スピード狂の寓話
CHAPTER7
ドラッグ&トラブルU アルコールが効かない夜
CHAPTER8
ドラッグ&トラブルV ハルシオンのイニシエーション
CHAPTER9
ドラッグ&トラブルW 気が狂いそう
CHAPTER10
伝説のあと 目が醒めると夢よりあやふや
CHAPTER11
ジャンキーによる講演会 新論発表
CHAPTER12
シャブ&マリファナ なぜか握り寿司が重たすぎる夜
CHAPTER13
幻聴から逃げ出せ! 精神崩壊への序曲
CHAPTER14
炸裂!! 分裂ピキーン オレってもう人間じゃない?!
CHAPTER15
取材者から被取材者への転向 「薬物常用者」としての告白
EPILOGUE
さよなら妄想 「物語」はもうおしまい
あ と が きT
あ と が きU
文庫版あとがき
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PROLOGUE
ドラッグ世代の誕生 新しい風景の幕開け
東京で買えないドラッグなんてあるもんか。
1日働いたバイト代で、マリファナでもヘロインでも
LSDでもコカインでもスピードでも、
なんでもカンタンに手に入れることができる。
みんな元気かい? 元気だせよ。
新しい時代はやってきている。
そう、オレ達の街に時代≠ニいう名の密売人《プツシヤー》が現れて、あらゆる種類のドラッグをバラまいた。今現在、オレ達はドラッグ≠ニ名のつくものなら何から何まで手に入れることができる世の中に暮らしているんだ。
これを、新しい時代の幕開け、と言わずしてどうする。
街中の、その、なんだ、「ビルだの道路だの橋だの街路樹だのは毎年のように新しくなって、我々の住む街の風景が変わる速度は年々速くなっている。1年、2年で街はガラッと変わる」、なんてこと、どこかで聞いたような気がするが、それも今は昔の物語。
街の風景を変えるのに、1年どころか1カ月も必要ない。
路地の行き止まりの街灯の下で、|LSD《アシツド》でもキメて街を歩けば、ほら、10分前とはまるで違う風景が目の前に展開し、新しい道が頭の中をぐるぐるまわる。
街も道も、物理的には10分前とは何も変わっちゃいないように見えるけど、そこかしこでドラッグが売られるようになったってことは、つまり──、そこかしこで街がぐるぐるまわり出し、瞬間瞬間ごとにオープニングとエンディングをくり返す、もの凄いエキサイティングなドラマが街じゅうでくり広げられ、ロクでもない──つまりオレ達好みの──刺激が街に満ち満ちているって、そういうことだと思うよ。良い、とか悪い、じゃなくて、とにかくそういう時代が幕開けしちゃったんだよ。
オレ達の街で買えないドラッグなんてあるもんか。1日働いたバイト代で、マリファナでもヘロインでもLSDでもコカインでも覚醒剤《スピード》でも、なんでもカンタンに手に入れることができる。
例えば、そうだな、質がいいかどうかは別としてコカインが欲しくなったとする。
上野か新宿か、大久保でも池袋でもいいけど、とにかくその街に行くだけでいい。外国人の密売人が寄ってきて、耳元でそっとささやいてくれるんだから。
「なに欲しいの?」
全然特別のことじゃない。
自分とは関係ないと思ってる人だって誰だってみんな、全員がそんな、ピルケースみたいな世の中に住んでいるんだ。
密売人はただ街に立っているだけじゃないぜ。
携帯電話を使って、アチコチ、東京中のアチコチで、今だってドラッグ売買の電波が飛びかっている。コンビニエンスストアでチョコレートバーを買うような感覚で、しかも商売上のトラブルもめったになしで、今、この世に生きてる我々は誰だって自分好みのドラッグをカンタンに手に入れられる、よくも悪くも、そういう世の中になっちまった。そういうワケだ。
時には、ドラッグを使用するのはヒドく危険だったりもする。ドラッグの薬理作用で直接的に死んじまうヤツもいるし、ドラッグのせいでトラブルに巻き込まれて間接的に死んじまうヤツも、気が狂うヤツも、身体をブッ壊しちゃうヤツも、|世の中的《ヽヽヽヽ》にとり返しのつかない失敗をしでかすヤツもいる。
かく言うオレも、ものの見事に、気が狂って病院送りになっちまったクチなんだけど、もともと危険なことは大好きだから、それはそんなに気にならなかった、と言いたいところだけど、狂った時は実際、相当ショックだった。そのことも、これから後、書くことになるだろう。
それは今現在、あまり思い出したくないほど、とてつもなく恐ろしい体験だったよ。
ここ数年間、いろんなタイプの数多くの薬物常用者《ジヤンキー》の連中と同様、オレも相棒も東京のドラッグマーケットにずっと顔を出してきた。売人をやってた、とか、そういうんじゃない。単に、そう週に5gぐらいの大麻《ハシシ》を買い、スピードをキメては暴れ、時にはLSDやアヘンを試し、ジャンキー連中と派手に楽しんできたって、まあそれだけのことなんだけど、本当のことを言うと。この本を書くためにドラッグを始めたのに、いつの間にか、単なるジャンキーになってたってわけ。
でも、ジャンキーになっちゃったおかげで、ドラッグの世界にディープに入り込むことに成功はしたんだけれどね。でもやはりそれは少し失敗だった、と今では思っている。連日連夜、頭の中にアドレナリンがちゅーちゅー出るようなおもしろい出来事に出会ってるのに、オレときたら、今までそれを書いたことは一度もないんだから。
取材を始めた頃、新宿駅南口のコンコースの中や代々木公園で、今ほど大っぴらにイラン人がハシシを売る前の時期、ヤツらに近づく日本人の客もほとんどいなかった。イラン人は、イラン人相手に、ハシシやアヘンを売っていただけでね。
何年も前の話だが、どう見てもハシシでラリッてるイラン人を見つけたオレ達は、当然連中の輪の中に入ってハシシを買いに走った。
「チョコない?」オレ達がこう言っても通じやしない。
今でこそ、イラン人も「チョコ」が「ハシシ」の隠語だってことはわかってるが、その頃は、
「チョコ? チョコ? 何、それ? わからない」てな具合。
「ハシュシィ」と、キチンと発音しなきゃ、隠語じゃなくても通じなかったくらいだ。
オレ達は、イラン人同士の間でしか取り引きされてなかったドラッグマーケットに、初めて参入した日本人ユーザーだったろうし、日本人のマーケットの将来性をイラニアンマフィアに充分に感じさせた日本のジャンキーの先駆者だった。
イラン人達も、今みたいに密売のシンジケートがガッチリとできあがってるわけじゃなかったから、売り方もバラバラ。今は一つずつにアルミホイルやビニールでパッケージされた|ブツ《ヽヽ》を鼻の中やズボンの隠しポケットに入れてる売人《バイヤー》が、目つきひとつで客を引いてるが、そんなシステムのできるずっと前の話だからね。
タムロしてるイラン人に声をかける。
「ハシュシィある?」
「ハシュシィ? 買うの? あなたなに人?」
こんな会話から、売買が始まっていた。日本人だと答えると、
「あ、そう、日本人、ハシュシィ好き? いくらで買うのいつもアナタ、いつもいくらで買ってる?」
今みたいに、何も言わずにg5000円、デカパケ2gで1万円って決まってたわけじゃない。ハシシの相場すら確立していなかったんだ。その頃、日本人同士のハシシ相場は、3000円〜4000円。でも、オレ達は、イラン人に5000円渡した。新宿駅のコンコース内で、千円札のおつりをやりとりするのをさけたかったから。このオレ達の5000円が、初期の日本のハシシの相場を決めた。光栄なことだ。
オレ達の提示したこの額は、十二分に連中にとっておいしいプライスだったのだろう。しかし、オレ達にとってもキリのいい額だった。これなら2gで万札1枚でつりはいらない。5千円札も使える。金を渡すと、連中の一人が、パッケージされてない10gはありそうなハシシの塊をポケットから無造作に出し、前歯でガリッとカジッてよこす。
「はい、1g。でもこれもっとあるね、大丈夫。でもおまけね」
こっちは、ムキ出しのハシシをそのまま受けとる。
こんなアバウトな密売を駅のコンコースのど真ん中で堂々とやっていた平和だった日々。時には、小《ケ》型|電《ー》子|計《サ》量|器《ー》を駅のホームでポケットからとり出して、1g、2g、と重さを計って渡されたりもした。
今じゃ全く信じられないのどかな風景。
あの頃は、連中にとってもハシシを買いに来る日本人が珍しいらしく、そう、マルボロのフィルターと中身をぬいて、ハシシとタバコをよく混ぜてからもう一回タバコに詰め込み直したジョイント、アレに火をつけて一緒に回して吸ったりもしていたっけ。駅の待合い所で国籍を越えてハシシを回しあい、おしゃべりしていた。
まちがいなく、オレ達は、誰よりも早く、ペルシャ系の不良連中と接触し、実際にドラッグ売買のマーケットの成り立ちと彼らの私生活や密売の仕組みを見てきた日本人の一部だった。
もしそれを、どっかの雑誌に書けば、ちょっとはおもしろい読み物になったんだろう。でも、しかし、オレ達と連中の人種を越えた仲間意識、ま、言ってみればドラッグ好き≠ニいう共通点を持った、日本社会のハミ出し者同士の共感≠ノ彩られた「ハッピーな遊興日記」は、どこにも発表できなかった。
何人かの編集者に話したけど書かせちゃくれなかったし、そのうち話すのも面倒になった。だって、人によっちゃ単なる「イラン人による大麻密売の実態」なんて一方的な記事なら書いても大丈夫だなんて言いだすんだから。そんなインチキをしてまで書きたくもなかったし、どっちにしろそれはオレ達が書いちゃいけない話だったわけだ。その考えは今も変わらないよ。
もちろん、警察や厚生省の麻薬取り締まりも相当頑張っているようだ。しかしなにしろ仕事につぎ込める予算も人員も、密売する側の方にゆとりがあるようだからね。取り締まっても取り締まっても追いつかないみたい。東京も、どっか海外の国みたいにある意味でドラッグと共存していく社会構想を考えた方がいいんじゃないかと思うほどだよ。
現実的に考えて、この時代のこの世の中に生きている人達は、ドラッグのことをもっとよく知るべきだし、ドラッグ使用者のことも、もっとよく知るべきだと思う。
そんなわけで、オレと相棒という2人は、この本を作ることを計画したわけだけど、結局、オレも相棒も2人共気が狂っちゃって、医者にもらった精神病薬を飲みつつこの本を書いてる有り様でね。この現実にどう対処しようか考えながら書いてるってわけさ。
いったい何をどう書き始めればいいのだろう。
どんなふうに、どこから書き始めるのがいいのだろう。いったい何から? 数年間……ええと、「2年半」か。その「2年半」になる「取材」期間に巻き込まれてきたドラッグとトラブルに満ち満ちた生活のどこから書けばいいんだろう。書き出しが決まらなくてね、悩んでるんだ。
ところでいったい「取材」って何だったのかすら、自分でもよくわからないぐらいなんだから。
取材現場で当事者だけしか参加できないトラブルに運良く巻き込まれたら、それが取材だったな。あらゆる片隅で楽しみを発見し、身体に染み込んでくる真実の断片を、あっちでひとつ、こっちでひとつ、とコレクトしていた。
妙な臭い、
まぬけな顔、
暗くて見えない風景、
正体不明の声──。
身体に染みついたガラクタみたいなネタは今でも生き続けている気がするね。そんなガラクタを原稿用紙の上に上手に組み立ててやればいいのかもしれない。予想もしなかった色彩の炎となって燃えあがってくれるだろうか。幻覚じゃなくて本当に炎が見えれば最高なのだが。
この2年半の間、紙ナプキンやコースター、チラシの裏、札、手あたり次第に残した断片的な走り書きはダンボール箱からあふれている。そんなガラクタを手にとって書き始めるのは今しかない。そんな気がする。
精神科の主治医には、しばらく書き物は無理するなと言われているが、覚醒剤後遺症による急性分裂病の状態で書く自分の文章ってのも、興味深いしね。
書いていくことの意味や結論は、とりあえず無視して、今はただ書き始める、それだけでいいだろうね。いずれ意味は発見しうる者のみに輝けばいい。いや、そもそも意味なんか全くないかも知れないんだからね。
さて、キチガイみたいに大声をあげ、物にガツンとぶちあたりながら、ガラクタを原稿用紙の上に組み立て始めよう。デタラメなルール、自分勝手なスタイルで真実を。やっと気力がのってきた。これこそが正真正銘のマヌケなルポ、いや、急性分裂病のリハビリのための創作文、いや、本物のノンフィクションってもんさ。いったい狂った人間が正気の頃にもどって綴《つづ》る『物語』を、なんと呼べばいいんだろう。自分でもわからない。
わからない。わからない。
わからない。わからない。
それでもOK。
ヤ、ヤバイ、非常にイヤな予感がする。
内面にはドス黒い、
爆発寸前の膿のような、
やわらかで不快な物質が狂ったような速さで育ちつつある。さっきから、このイヤな予感≠ヘ徐々に大きくなって、不安と焦燥をかき立てている。
そろそろ、医者からもらった、精神安定剤を飲んだ方がよさそうだ。あんまり効かないんだけど、気安めにはなるからね。真夜中のミサへ出発しよう。
───あやしい時代になってきた
あやしい奴がプロになる
[#地付き]ハンター・S・トンプソン
■■MEMO:THE BEGINNING
チョビが事務所に持ってきたのは、マリファナじゃなくてスピードだった。つまりシャブ、覚醒剤だ。本当はチョコか葉っぱのほうがよかったが、どのみちスピードもキメるわけだから、遅かれ早かれで、まいっかという気もする。チョビは元々、クラブ界隈をウロつく遊び人で仕事は鳶《とび》だ。DJでもないし、MCでもなかったからいまひとつ存在感に乏しいヤツだったけど、こうしてドラッグを配達してるうちに仲間内では必要な人間になっていた。
注射が上手なので、敬意を込めて「Dr.チョビ」と呼ぶヤツらもいた。たしかに、射ってる割りに血管はきれいなものだ。「失敗したのは1回だけ。女に射ってくれってたのまれたら、血管破っちゃって腕パンパンにはらしちゃいましたよ。ブスだから別にいいけど」チョビに言わせると、針の跡が青いアザになるのは下手クソだからだそうだ。1万円で小さなパケに入った細かく砕いた氷砂糖のような結晶を受けとる。初めて見るパケに入ったシャブだ。覚醒剤というだけで「覚醒剤やめますか それとも人間やめますか──」のテレビCMを思い出すが、注射器《ポンプ》で直結しなければ大丈夫だろう。コントロールしながらやっていけば、「人間やめる」ハメにはならないと思う。
「うわっ、シャブっすよ、シャブ。オレも初めてなんスよ」と友人のギター君もうれしそうだ。チョビがスピードを焙るアルミの作り方を「こうやって、こうやって、ね、こうですよ」と教えてくれた。
初めてのスピード。初めてのシャブ。
どうってことなかった。
マリファナと違い、笑い出しもしなければスピーカーの音楽が美しくなめらかに耳に流れ込む感覚もなかった。
ただ、なんとなくウキウキしてるような、ただそれだけ。シンナーよりも自分にも周りにも変化はなかった。
なのに、気がつくともう朝の9時近くだった。その間10時間以上、オレとギターとチョビはクラブ界隈のクレイジーなヤツらについて話し込んでいた。特別に笑ったり騒いだりするわけではないが、それぞれがおしゃべりになって次から次へと喋りたいことが頭に浮かんだ。
結局、前日の夜11時から翌日の午後4時までずっと、スピードを吸いながら喋り続けだった。でも、全然眠たくはならなかったし、腹も減らない。
いつまでもスピードをキメてお喋りしていたい心境だった。その夜、ギターと2人でクラブに行ったが、最高に楽しかった。夜の3時を過ぎても全く眠くならないし、酒を飲んでもハイテンションになるだけで、酔っぱらってフラついたりしないし、疲れも全く感じない。
クラブをあがって、ギターが部屋に来て、残りのスピードを2人でキメた。10時にはスピードを吸いきってしまい、ギターは自分の家へ、オレは仕事場へ行くことにした。
その日は深夜まで、原稿を書いたりしていたが、ずっと考えていた新しい体験取材計画が実現しそうなので、必要と思われるすべての人間に協力要請の電話をしておいた。計画とは、あらゆるドラッグをキメて、見ることのできない幻覚や自分に見えたすべてを書くことだった。そのアイディアはとても魅力的に思えた。部屋に帰っても全く眠れなかったが、半分は、まさに始まったばかりのその計画に興奮しているせいだったと思う。
■■MEMO:1st SPRING@
渋谷の夜の少年ギャング達のドラッグの話を雑誌に6ページほど書くことになった。いよいよ活動開始だ。連日、ジャンキー達に会って話を聞く。
チョビはシャブ専門になっていたので、違う友達にチョコを頼もうと連絡したら、家にマリファナがあるという。あれから3度程買ったシャブが少しあったので、持っていくことにする。電話を切ってすぐ、ライターでパケの切り口をふさいでから、タクシーを飛ばした。友人の家でシャブとマリファナを交換して一服つけてから帰ると、マンションの前の路上でギターがウロウロしていた。
「よかったあ、いないかと思った。何かありません? あるでしょ、わざわざ来たんすから」確信もないのに、何かしらネタがあるのを期待してコイツはタクシーを走らせてオレの家までやって来たのだ。さすが、ジャンキーだけのことはある。
部屋に上がり、2人して久しぶりのマリファナを期待して吸った。
バッチリだ。
[#改ページ]
CHAPTER1
真夜中のドラッグストリート 全てはここから始まった
「スピードもかなりいいですね。……
東急ハンズで売ってる薄いアルミの板に乗せて
下からジッポで焙って、タバコぐらいの太さのロールで、
気化したのを吸うんだけど、
焙りすぎると鼻にツーンとくるから……」
オレ達の取材≠ヘ、初めのうちは楽なもんだった。とにかく手当たり次第、日頃の生活に登場してくる友人だの知りあいだの顔見知りだのから、話を聞けばよいだけだったから。
なぜって、周りにいる連中のほとんどはドラッグ使用者だったし、中には片手で静脈注射ができるヤツもいたし、普段は優秀な編集者なんだけど、マリファナを吸うとどういうわけか、いつも勝手に一人で「何度光年も向こうの世界」(本人談)にいっちゃって、オレ達を辟易させるヤツもいた。たいがいは10代から20代中頃までの連中で、職種はそう、プータロー、DJ、靴屋、大学生、美容師、高校生、服屋、それに会社員もいた。まあ、ごく一般的に世の中を構成している職種の中から、ちょっとばかり特殊な人達を無作為抽出したようなもんで、若いってのが特徴っていえば特徴だけど、特に仕事の傾向がはっきりしてるわけではなかったな。
それで、最初は、ごく親しい連中との無駄話から始め、それから次第に「その紹介」「そのまた紹介」ってんで縁の薄い関係の連中へと、取材対象を広げていったわけだ。縁が薄いってのはそれだけお互いの信頼だの責任感だの世の中での関わりがどうでもよくなってくる、とてもイージーで居心地のいい間柄なわけで、その分だけジャンキーにふさわしい、リアリティーあるドラッグの話が聞けるようになってくる。
一般的に、取材者と被取材者の間には信頼関係が大切なんて言われてるけど、ジャンキーの取材には、そんな正統派の信頼≠ネんてあるだけ邪魔。そもそもこっちは取材だなんてこと一言も言わないし、向こうだって、そんなものに答えるつもりは毛頭ない。適当でイイ加減な関係だからこそ、いつもは警戒して誰にも見せないジャンキーの真実を、冗談とゴタ混ぜにして見せてくれる。独特な隠語や相手を探るようなあいまいな言い回しをごく普通のように操り、ドラッグに関する特殊な知識を持ってるかどうかで自分達と同じ人種かどうかを計りながら、ジャーナリズムや取材とは何の関係もない信頼≠ェ生まれる。それで初めていろんなことを教えてもらえるようになるわけだ。そうやって、オレ達はどんどん信頼を築いていった。なるべく多くのドラッグ使用者の話を聞く必要があったんだ。
同じ遊び仲間同士だと、どうしても使うドラッグの種類や、その使用の方法、キメた時の楽しみ方までが、似たようなものになりがちになる。ドラッグをいつもだいたい決まった仲間うちでキメてるってのもあるんだろうし、情報交換もある一定の仲間同士で行われることが多いからなんだろう。そもそもお互い気の合う者同士だから、同じようなキマり方になるのも当然といえば当然の話なんだけど、あるグループの中じゃ、マリファナをキメた時は、コーヒー牛乳やうんと甘い生クリーム入りの牛乳みたいに、こってりした甘いものを飲むのをすごく楽しみにしてるんだけど、別のグループの間では、食べ物はあまりとらず、もっぱら音楽を聴くことに専念しているとかね。ま、実際はそれ程単純なものではなくて、様々な嗜好が複雑に組みあわさって、ひとつのグループの中のドラッグ使用時の傾向が決まってくるわけだけど、とにかく同じグループ内で何人に話を聞いても、たいがいは同じようなことしか聞き出せないってわけ。
それは収集して体系的に分類すべきドラッグカルチャーってほど大げさなものじゃないんだけど、オレ達はドラッグに関するそんな数限りないそれぞれの集団内での習慣や風説、キメ方やキマり方、意識の変化を、口コミレベルでたくさん集めたかったからね。
それで次第に、一面識もない得体の知れないジャンキーと待ち合わせてスッポかされたり、取材先のクラブで内輪のパーティーに招かれ──もちろんドラッグの──無料だと思ってたらしっかり金をとられたり、持ってたドラッグを「売ってくれ」と頼まれてにわか売人になったりといったふうに、いよいよ場数をこなしてジャンキーの取材の大切なコツをつかんでいった。
そして、そんな最中、『ホットドッグプレス』、えーと、講談社から出ている青少年誌からのオファーで、その当時渋谷の街でパーティーを開いたり、グループを組んでケンカをしたり、ドラッグもやっているらしいと評判だったチーマー§A中の取材をやらかすことになったのだ。まさに願ったりの展開とはこのこと。これをきっかけにチーマー≠フ取材にかこつけて、豊富に使える前渡しの取材費をジャカスカ使い、今まで面識のなかったチーマー連中に取材の触手をのばし、面倒くさがって会おうとしなかった他のジャンキー達を「取材協力費」で釣って活動を広げていった。それまで知らなかったヤク中連中の溜まり場へも出かけるようになり、何本ものドラッグ密売のルートにアクセスして、そこに連なってるジャンキー達とも知りあうことになった。と同時に、ポケットの中で減らなくなった自分《ヽヽ》の紙幣は、ほとんどその場その場で持ちかけられたシャブやマリファナと換えられていった。
つまり、オレ達は……、オレ達は常にシャブとマリファナをポケットに隠し持ちながら街を歩きまわり出したわけだ。
よーし、いよいよドラッグ取材へ、本格的に参入する準備が整ってきた。人によってはそれを、破滅への助走の始まり、と考えるかもしれないけど、実際は、自分自身がジャンキーであるということをパスポートにして、関係者以外お断り≠セったドラッグ使用者達のワールドへ、一歩一歩着実に参入していったってわけである。
以下の原稿は、その当時『ホットドッグプレス』誌に発表されて、渋谷のセンター街に一大センセーションを巻き起こし、同誌編集長を「私は、こんな小説を望んだのではない! ルポルタージュをやれと言ったのだ!」と激怒させた、91年当時の記録である。
実際に雑誌に掲載されたものを、ザックリ削らせてもらった。
[#ここから2字下げ]
「マジかよ!?」
「マジマジ! オレの友達がこないだ渋谷でチームの連中にボコボコにやられて、肋骨2本イカれてさ。ソイツ以外にも何人もやられたヤツがいるらしいんだ」ジャーナリズムの相棒で取材のパートナーでもあるギター男はやたら興奮している。「チームのヤツら、深夜になるとやりたい放題らしいぜ!!」
「よく聞く話じゃないか」オレは冷静に答えた。「チームの連中に刺されて救急車で運ばれた悲劇の大学生∞センター街で|フクロ《ヽヽヽ》にされたカワイそうな会社員《リーマン》≠ニかさ」
チームの連中にヤラれた、って話は山程ある。でもそれは全部オレの友人≠竍友達の友達≠フ話でオレが実際にやられた≠ネんて話は聞いたことがないぜ。
「いいか!? 今までオレ達が耳にしてきた渋カジ伝説……ヤツらはポケベルを持っててケンカになると仲間を呼ぶ、パー券売って大もうけしてる、ヤクザとつながってる……、どれひとつとして本人が喋ったわけでも、直接本人から聞いたわけでもないだろ。もしかしたらまったくのウソかもしれない。ほら、人面犬とか何とか、あんなウワサ話の類かもしれないじゃないか。お前、信じるのか!?」
「でも!!」相棒はくいさがる。「これはオレの友達が、直《ちよく》にヤラれた話なんだ。マジに、渋カジのヤツら、派手にやってるよ。今日、ソイツの見舞いに行って来たんだ。今夜だって何か起きるさ。だから、さあとにかくすぐ出かけるんだよ!!」
結局、オレとギター男は、真夜中の渋カジ伝説を確かめに、街に取材に出たわけだ。
そう、オレ達は、昼間の陽の光の下では見えない事件が、真夜中の闇の中でキラリと光ることを知っている。昼の雑踏の中では「伝説」にしか聞こえない話が、真夜中になると「真実」として耳に入ってくることも。それを確かめに、オレ達は渋谷の街へ出た。
オレ達の武器は、500m間で交信できるトランシーバー、騒音の中でもバッチリ録音できるショットガンマイク。こいつを武器に、ナイフを持ってる渋カジチームの連中を一晩中カバー取材するつもりだ。
「でも、刺されたらどうする!?」ギター男は心配そうにつぶやいた。
「刺されたら……」返す言葉がない。「刺されたら……、そのことを記事にしよう」
ナイフにペンで立ち向かうのがジャーナリストってもんさ。そう、オレ達は東京で最高のジャーナリストチームを標榜していた。
PEN! 誇り高い、そして貧弱な武器を持って取材に出かけよう。
ナイフをポケットに忍ばせてね。
その前に今日の取材費用を捻出するため質屋に行かなければならないのは、カッコ悪いが仕方なかった。
「おい!! こっちだ!!」
「急げ!! こっちにいるぜ、4人だ!!」
「やっちゃえ!! おらーっ!!」
センター街から西武A館の隣を抜けてすぐ、渋カジ連中5〜6人が走っていた。
ケンカだ!! まさに今、目の前で伝説の渋カジのケンカが起ころうとしている!!
オレ達も渋カジ連中と一緒に走ったね。そんなオレ達を何人もの連中が追い越していった。9人、10人……15人……20人!! それ以上だ!! 口々に「あれだ!! やれ!!」って叫びながらね。いきなりラッキーな場面に遭遇しちゃったようだ。
「待てこらーっ!!」
渋カジ連中の数は増え続ける。次から次へと、細い路地、自動販売機の脇からわき出てきやがる。10人、11人……15人……30人、それ以上!!
ヤツらは走って逃げる若いチーマーに、集団で襲いかかる。うわっ強烈!! すごく暴力的な連中だ。連中はなおも誰かを追いかけて走っていたので、オレ達もその集団にまぎれてついて行く。
逃げてる誰かのものなのか西武A館の前では一台のデコされたアメリカントラックが数人がかりでボコボコにされていた。
ボンネットの上に乗って飛びはねるヤツ、ドアを思いきり蹴とばすヤツ。しかも暴れてるギャング達の靴ときたら、安全靴顔負けの強度を誇るレッドウィングのブーツ!! まっ白なイカしたアメリカントラックは、30秒もたたないうちに、渋カジチームの連中によってフロントガラスも割られて無残なヘコミだらけの事故車≠ノなっちまったよ。
あーあもったいない!! 中に乗ってた渋カジは、引きずり出されて路上で殴る蹴るの暴行を受けていた。倒れたまんま立ちあがることもできやしない。
一人が車から逃げ出て、駅の方へ逃げて行った様子だった。
「逃げたぜ!!」
連中の誰かが叫んだ。その途端、全員が一勢に逃げたヤツを追いかけ始めた。その素早さには恐れいったね。想像してほしい。50人からの殺気立った連中が、口々に「待て!! この野郎!!」って叫びながら一人の男を追いつめてるんだ。それがもし自分だったら!! ありえない話じゃない。いつ、オレ達が追われる立場になるかもしれないんだぜ!!
逃げるハメになったのが自分じゃないことに感謝しつつ、オレ達も連中に混じって、哀れな獲物の追跡に加わった。地下街でソイツは捕まって、メッタメタにブン殴られて昏倒しちまった。まさに1ラウンドKO!!
連中の仲間でもないオレ達が、こんな場面についてまわってるのがバレたら、同じ運命に違いない。今、地下街で血を流して震えていたカワイそうな少年ギャングとね。
その日いたギャング連中は、ざっと数えて40〜50人。皆、15〜17歳ぐらい。リーダー格のヤツですら、19〜20歳だ。こいつがチームをまとめあげていた。
「警察になんか聞かれても『知らない』で通せよ」
指令は副ヘッド格の少年から、小声でコソコソ伝達される。
全員バラバラの服装。同じスタジャンを着てるわけでも、チームのエンブレムをシャツにつけてるわけでもない。あれじゃ一人ずつになったら、チームのヤツだなんて絶対にわからない。それ程、ヤツら一人一人はごく普通の少年なんだ。その辺がまた、コイツらの恐いところでもある。
白いアメリカントラックの場所に戻ると、さっきまでピカピカだった白いアメリカントラックは今、ドアとボンネットがひん曲った、白いアメリカントラック≠ニいう名の前衛アートのオブジェと化していた。
殴り倒された少年は、顔の面積を2割方増やした程度で大したことないらしい。
そこへ、遅ればせながら警察官の御到着だ。白い自転車をキコキコ鳴らして。よし、いよいよジャーナリストの出番ってわけさ。オレはナイフの入ったポケットを手でおさえながら取材≠チてやつを開始した。
「おまわりさん☆! いったいどうしたんですか?」
オレは丁寧に、誓って丁寧に!! 尋ねた。
「なんだぁ!? お前らは!! お前らも連中の仲間か!? ああ!? 関係ないだろ!! それともアイツらの仲間なのか!?」
どう見ても好意的、とは言えない目で、警察官はオレ達をニラミつけてきた。ここで怒るわけにはいかない。
「いや、その……、今、調べてるんですよ。渋谷の若者を。ボクらはマトモですよ」
「なんだそりゃ? なんで調べるんだ!! 関係ないだろ、お前らに、ああ!?」
「いやいや、それがおまわりさん、ボク達はその、ジャーナリストで、取材なんですよ。渋谷の街のケシカラン若者達をレポートするってわけでね。だからなんとか、話きかせてほしいんですよね」
「取材?」
うさん臭そうに警官はオレ達2人の顔を交互に見る。どう見ても取材者に見えないらしい。
「取材か…!!」渋々といった感じで、ポリスマンは話し始めた。「とにかく、渋谷には|グループ《ヽヽヽヽ》がいくつもあって、お互いケンカしてるわけだ。さっきの連中、やったのもやられたのも、|グループ《ヽヽヽヽ》」
ちょっと待ってくれポリスマン。そいつは、|グループ《ヽヽヽヽ》じゃなくて、チーム≠チて言うんだよ。心の中で注文をつけていると、ギター男がたずねた。
「やられた人達、被害届けとか出さないんですか? 車、ボコボコですよ」
よく言うよ! オレは心の中で笑った。何とカマトトぶったいい質問。夜の暴力事件の被害届けを警察が面倒くさがるのは、よく知ってることじゃないか。いちいち被害届けが出てたら、ギター、お前自身、5、6回は逮捕されてるぞ!! そんな事とはつゆ知らず、警官は真顔で答える。
「出ないな、被害届けは。出したところで、誰がやったかわからないだろ。こんなにいっぱい街に若者がいて、何十人に殴られて、どいつに何発やられたかなんてわかるはずない。今やられた連中も、相手の顔がわからないと言っていた。被害届けなんて、まず出さない」
連中の場合、顔がわかったって、届け出られない事情や理由があるのかもしれないぜ! しかし、そんな事は全く意に介していないようにポリスマンは続けた。
「我々がいなくなると、また連中がもどってくるから、やられた連中を渋谷から送り出して家へ帰すのが一番だな」おまわりさんは自信ありげにそう言った。
「それで、どんな子供達なんですか? その|グループ《ヽヽヽヽ》の連中って?」
「10代。15〜18歳だな。確かに子供だが、普通の連中じゃない。服装だっておかしいだろ。今やられてた連中も、妙な革ジャン着て、夜なのにサングラスなんかかけて、髪を伸ばしたり、トラック乗ったりしてとにかく普通じゃない。そうでしょう!!」
ち、ちょっと待ってくれ。それならオレ達のカッコだって普通じゃない≠カゃないか!! オレは頭のハットとアミダにかけていたサイゴングラスが気になった。いったい、ヤツらのどこが普通じゃない≠だよ。アンタ達の方がよっぽど普通じゃない≠ウ。ゲイでもないのに警官のカッコして、おまけにピストルまで持ってるじゃないか!!
「とにかく!!」ポリスマンは力強くこう言った。「とにかく、一晩に、4、5件も今みたいなケンカが起きるんだ。最近じゃ、不良も変わってきて、暴走族の他、車高族、ローリング族とか数が多くて大変なんだな。ほらっ! あれが車高族!!」
おまわりさんの指先の延長には、ピカピカに光ったワインレッドのイカした4WDが、HIP HOPのリズムを響かせながらライトを点滅させていた。なんて普通じゃない≠だ!! そして、なんてイカしてるんだ!!
車高族∞ローリング族!! 新聞やオトナの間だけで通用する言葉で喋ったって、そんな声は真夜中の渋谷の住人には絶対に届きやしない。いい加減そいつに気づいたらどうなんだい!?
「やっぱりアレですか、ドラッグなんかもやってるんですかね」
さりげなくオレは聞いてみた。
「うーん。その辺はこっちとしてもつかみきれていないんだが、たまにシンナーをやってる連中はいるが、クスリはそれ程でもないな」
「でも、最近は普通の高校生でもドラッグやってるって聞いたんですけどね」
「うーん。今のところ、検挙にいたった、という事はあまりない。まあ、そういうことだ」
そういうことさ。真夜中の出来事は、本当のところ真夜中の住人にしかわからないんだ。いくら真夜中に起きて≠「たって、本当のところ、渋谷のギャング連中のことも、ドラッグのことも住民≠ノならなきゃわからないんだ。
ポリスマンは、白い自転車をキコキコと鳴らしてイカした赤い4WDの隣を肩をちぢめて帰っていった。
「それにしてもヒドイケンカだったな」ギターは言った。「オレ達も、あの白いトラックみたいにボコボコにされるかも知れないぜ」
センター街、井ノ頭通り、公園通り、109付近、丸井の前、ロフトの前の細い抜け道……、オレ達はその辺の普通じゃない<сcらとコンタクトをとりまくった。
「ちょっとスイマセーン、ワタシと、スコーシオハナシシマセンカ?」ってなもんだ。真夜中の街で宗教の勧誘か? 滑稽な姿。
ところが!! 直接チームの一員のヤツなんかいやしない。どいつもこいつも、
「友達でチームのヤツならいるけど」
「知り合いなら」
「ドラッグ? オレは持ってないけど、チームの連中ならいるんじゃないか? 持ってるヤツが。マリファナ、コカインとかさ」
「チームのヤツにもらったこと、あるけど、オレはよくわかんないなあ」
「私はね、別にチームに知り合いがいるわけじゃないけど、話なら聞くよ、チームの。みんなナイフ持ってて恐いんでしょ。友達の友達がヤラれたんだって。でも、ヤンキーと違って、オシャレなカンジでカッコイイと思う」
「くそ!! どうなってるんだ。ギャングはどこにいる!?」3時間も何の収穫もなく、歩いていたと思う。しだいに早くヤツらと面会して、さっさと仕事をすませて、一刻も早くバスにのり素敵な枯れ葉でイヒイヒしたくなってきた。それはギターも同じだった。
「さっきのシーンでもう充分なんじゃないですか? 今夜の仕事は」コイツが本当に見つけたいのはギャングではなく、今晩一緒に遊んでくれるプリティーな女のコなんだろう。
思考《モード》が一度こうなると、街を歩いたって女のコの足首とふくらはぎ以外目に入らなくなる。
「今どき、まだボディコンなんか着てるギャルピキニがいるんだな。水商売とも思えないし、ホテトルでもなさそうだ。くそ、下品でそそられますねえ。埼玉あたりの商業高校中退ですかね?」ギターは、サイゴングラスの下の目をギラつかせていた(に違いない)。
「いったい取材はどうするんだ!!」オレは一喝した。「お前は、女をナンパするために、親の遺品を質に入れたのか!」
しかし心ここにあらず、サングラスは女のいる方向のネオンばかりをギラギラ反射させるだけだった。
「よし、それじゃ、二手に分かれよう」仕方ない、妥協も時には手だ。「オレはもう少し野郎連中に声をかける。お前はギャルピキニに声をかける。オレがもうひとまわりして収穫がなければ、2人でギャルピキニに声をかける。それであの老人バスの中でラッシュと葉っぱで体験実験をやろう。テーマは、セックスにおけるドラッグの効能=I」
「よし。お互い、コンタクトがとれしだい、トランシーバーで連絡しよう」
2人は分かれ、それぞれ違う目的で動き出した。ギターは女のコを求めて、オレはギャングを求めて。
チームやドラッグの話は、真夜中の渋谷に集まる連中には、身近な話題だ。特別に恐くも、珍しくも、不思議でもない当然の存在。「ナイフを持ってる」って言っても、「それがどうした」って具合さ。そんな話、よくあることなんだ。
それがどうだ!! たまにしか真夜中の渋谷に来ない連中に限って、「ナイフ!! 恐ろしい。どうしましょう!!」ってわけさ。真夜中の渋谷の住人にはあたり前のことでも、そうじゃない人間には恐怖の街ってことになってしまうんだ。チームの連中といえば狂暴でムゴイ、人殺しの少年集団!! ってね。ケンカもそうさ。とりたてて大騒ぎする程の事件でもないんだ。殴られて血を出すなんてね。一晩のうちに起きる、たくさんの出来事のひとつにしか過ぎないんだ。白いトラックがボコボコにされるのも、シブチカで人がブッ倒れるのも、赤い4WDがライトを点滅させて走るのも、この街じゃあたり前の出来事。真夜中の街には、昼とは違う常識とルールがあるのさ。いやなら夜は眠ることだね。そうすれば、真夜中の渋谷は存在しない。昼間の渋谷を現実と思えばいいのさ。平和で、安全で、清潔な現実とね。
スペイン坂の階段を一段飛びで降りながら、オレはそんなことを考えていたんだ。
その時、突然、ある少年に呼び止められた。
「取材してる人達って、あなたですよね」
一人は長髪、一人は短髪の2人組。まさか、いきなり刺されるんじゃないだろうな!!
「そうだけど、なんか用?」ヤバイぜ!! まわりには人がいないし、ギター男は、センター街でナンパ中。
オレは一人だ。急いでトランシーバーで呼び出す。
「スペイン坂にいるから、早く来い。今スグ来いよ!!」2人組は黙ってオレを見ている。「で、何か用?」冷静ぶってオレは言った。髪の短い方が喋り出した。
「取材してるんですよね。それならオレ達、協力してもいいなと思って」意外な言葉だぜ!! 「自分達、チームやってるんだけど、雑誌とかに出てるチームの話ってイイカゲンなんですよね。だから、どうせならキチンと書いてほしいんです。前にも『フォーカス』に、高校生のチーム同士で殺人事件が起きた≠チて記事が載ってたけど、あれ、チームじゃないんですよ。いろんな雑誌に出てる写真も、その辺の大学生のサークルのヤツをテキトーに写真撮ってこれがチームだ!≠ネんて笑わせますよ。ほんとは放っといてもらいたいんですけど、どうせ書かれるなら、あんまり嘘は書かないでほしいから、知ってることなら話しますよ」
史上最悪のバスガイドとなったオレが挨拶すると高校3年生という2人組は喋り出した。
「最近は、もうチームのピーク過ぎてますね。すたれてる。一番盛り上がってたのは、昨年の夏。ケンカも多かったし、人も多かった。今は、雑誌で記事になったのを見て勝手にマネしてやり始めたのが多い。たぶん、弱小の、名も知られてない自称チーム≠含めたら軽く100は越えるんじゃないかな。でも、オレ達がチーム≠ニしてお互い認めあってるのは、そんなにないですよ。宇田川警備隊、ジャンキーズ、ファンキーズ、エンジェルス、ノーティーズ、イラプション、ウォーリアーズ、フィクサーズ、アリゲータース、マムシーズ、だいたいそんなもんすね」
「そんなかでも、アリゲータースは一番古くからある。ファンキーズやエンジェルス、それにノーティーズも古いですけど、なんといってもアリゲータースは古い。たぶん、4年くらい前にできた、初めてのチームなんじゃないですか。宇田川警備隊なんかは、新しいチームに入るでしょうね。
だいたいチームは20人くらい。その中で渋谷に来てるヤツってのが、5〜6人ですね。だいたい6時とか8時に渋谷にやってきて、センター街や井ノ頭通りのコーラの販売機、あの、ロフトから降りてきて右の所にいたりね。暴走族みたいに集会≠ェあるわけじゃないし、毎晩来たいヤツが勝手に来る。来ればたいてい誰か仲間がいるから。
元々はね、チームってのは同じ学校の仲間で、例えば暁星インターとか駒沢とか明中《明大中野》とか慶応とか。だから最初3〜4年前ってのは、ホント学校の友達のノリで、おそろいのウィンブレ作ったり、スタジャン作ったりしてたんですよ。でも、チームでもない普通の高校生が、スタジャン作り始めた2年くらい前には、どのチームもやめたね、それ。
もちろん今でもチームの中心は学校の仲間なんだけど、バイト先で知りあって誘われて入るヤツも多いよ。他に、自分達3〜4人で自称チーム作ってると、さっき挙げたみたいなメジャーチームのリーダーから、『うちに入らないか』って言われたり。
入る≠チて言っても特に形式があるわけでもなくて、リーダーの手帳に名前と電話番号書いておしまい。別にお金取られることもないし、ヤメる時にブン殴られたりもしない」
だから、名前だけ書いて、一回もやって来ないヤツもいるらしい。どこにでもそんなヤツはいるもんだ。
「でもチームに入りたい、って思ってもさ、チームで集まってるとこ行って入れて下さい≠チて言ってもまず無理だよ(笑)。友達がチームにいたりしないと。いきなり入れて下さい≠ネんて気持ち悪いじゃないですか」
「最近じゃ、リーダー、ま、ヘッドでもアタマでも何でもいいけど、とにかくそのチームの代表に対して、敬語のチームもある。昔は、みんな同じ仲間、ってカンジだったけど、今は、チームに入ってる先輩に対して、年齢は下でも敬語使ったりもしてる。やっぱり、学校の仲間って感覚からズレてきたのかもね。
リーダーになるのは、まず一番によく来るヤツ=i笑)。オレ達だいたい、土曜じゃなくても毎日来る。そうすると、自然と人が集まる日にリーダー的存在になるんだよ。ケンカが強い、とか金持ってるとか、あんまり関係ないね」
チーム≠チてのを定義すると、そうだな、まず東京在住、それも23区で、都内の私立高校に通ってるってのが条件になるらしい。最近じゃ暴走族あがりのヤンキーもチーム作ってるから一概に言えないかもしれないけど、そもそものチーム≠チてのは、「東京の私立高生だったと思いますね」ということらしい。
「昔はみんな金持ちのボンボンだったけど、今じゃそんなこともないよ。だって一晩で2000〜5000円ぐらいしか使わないし。ディスコに行くわけでもなし、ただ、缶コーヒー飲みながら、喋ってるのが多いから。ナンパもするけど、金かかんないしね」
「ところでさ、ナイフで刺すとか、ケンカとか年中起きてるのかい? 部外者のオレ達が聞くのはそんな話ばっかだぜ!」2本目の缶コーヒーのフタを開けながら、オレは尋ねた。
「たまにあるみたいですね。これはオレも聞いた話だけど、あるチームの女ハラませたヤツが7〜8人に足をムチャクチャ刺されて、代々木公園に捨てられたことある。ソイツは、アキレス腱とか筋肉とかズタズタで、這って助けを求めたっていうからね(笑)。
オレが見たのは、センター街で足を刺されたヤツだけど、だいたいが金か女のトラブルでケンカになるんだ。他のチームの女に手を出した、とか。手出すのはいいんだけど、食ってポイしたとか。パーティーでズルく大もうけしたとか。
パーティーはね、最近はあまりやりませんね。パーティー自体が増えて、人が集まりにくいんですよ。だいたい一人2000〜2500円ぐらい。でも、メジャーチームのリーダー格の誕生パーティーとかいうと、700人くらいは集まるか。こないだも、有名チームのヘッドが自分のパーティーのあがりで、| Z 《フエアレデイー》買ったらしいし。でも、普段は、自分達のためにチケット売ってるヤツは少ないね。金もうけするためにチームやってるんじゃないからね。
チーム同士のケンカは、最近じゃほとんどない。街で会えばよおっ!≠チてカンジだし、お互い、よく来る同士はあいつはどこの誰ってわかってるから。
ヤラれるのは、たいしたことない自称チームのくせにやたらイバッて歩いてるヤツらや酔ってからんでくるリーマン。普通の人にいきなりケンカ売ったりしないよ。ケンカの時ポケベルで仲間呼ぶってのも半分ウソ。ケンカの最中、そんなことしてる暇ない(笑)。ポケベルは、お互い番号を決めといて、例えば1111なら109の前≠ニか2222ならSEEDの前≠チて使うんだよ。
特にケンカで恐いのはマムシーズ。みんなナイフ持ってる。最近は渋谷より自由ヶ丘にいるよ。ラスベガスってゲーセンにたまってるんだ。これはホントにコワイ。何人も刺してるって、チームのヤツならみんな知ってるよ。あと、ヘンタイってチームもコワイ」
「実際に抜いたことないのかい!? 自分で。刺したって話でもいいけど」こっちがこう言うやいなや、髪の長い一人がポケットからナイフを出した。バタフライだ!! 映画によく出てくるイカしたナイフ。柄の部分が二つに分かれる。普段はそれが、半回転して刃をはさむように収納している。刃を包んでいる2ピースの柄の部分を半回転させて1本にまとめ、そこを握って相手を刺す。柄の部分が、二つに分かれて蝶の羽のように動くため、バタフライと呼ばれているんだ。コイツは、アメ横でもどこでも1万円前後で手に入る。
「刺したことはないけど、抜いたことはあります。六本木で」二つに分かれる柄の一方を持って、カシャカシャと振りまわしながら、長髪は笑った。実際、このバタフライを振りまわすのは、最高にイカしてカッコイイ!!
「刺しませんでしたけど。将来もあるし(笑)。ケンカっ早いマムシーズなんて、普段の服もチームのオレ達から見ても、暗いカンジでカッコイイし、根性も入ってて、ただ者じゃない感がただよってますよ。チームやってるのが見ても、カッコイイなあと思いますね。全然ナンパじゃない。女からはコワがられるかも知れないけど、男から見ると、本当にスゴイと思う。3カ月に一度でしょ。刺したり刺されたりの事件は」
ドラッグは、肝心のドラッグはどうなんだい? オレが尋ねると、平然と一人が喋りだした。
「ドラッグはね、何でもありますね。コカイン、スピード、草《マリフアナ》、チョコ、|L《LSD》。手に入んない時は薬局で売ってる錠剤。エフェドリン、シントリニン、SSブロン、これは液体ブロンの錠剤版。だいたい、水商売やってるヤツが、店の先輩からもらったり買ったり。実は、クアトロのずっと奥の方へ行った、渋谷ビデオスタジオの裏の方でも売ってるんですけどね。そのあたり、すごく暗くて人の顔も近づかなきゃ見えないし。人刺したり、ケンカしたり、ドラッグも、その辺の公園でやることが多いですね。ヤバイかな、この話。
一番グレードの高いのはコカイン。だけどなかなか手に入らないし、入っても高い! g3万円から5〜6万円。これで10回分ぐらい。5〜6万円もまとめて出せませんよ。
草だったら、2〜3本分で3000円位だけど、あんなもん何十本も吸わないと気持ちよくならないですね。チョコ(※草の成分である樹脂を固めてある濃縮版)ならg5000円ぐらい。
スピードもかなりいいですね。コカインの次にいい。東急ハンズで売ってる薄いアルミの板に乗せて、下からジッポで焙って、タバコぐらいの太さのロールで、気化したのを吸うんだけど、焙りすぎると鼻にツーンとくるから、ここに注意しないとね。ヤクザとは、関係あるチームもありますね。
でもね、チームの中で特にドラッグを売ってるヤツとか、ドラッグを売ってるチームってのはないね。それでもうけてたらアイツはチームを利用して稼いでる≠チて評判がすぐたって、相手にされなくなるし、モメ事が起きるしね。もっと個人的に売買してると思いますね。
薬局でもいいのがあるしさ。さっきの他にも、リスロン。これ飲むと、わけがわからなくなって、10分たったかなー≠ニ思うと、もう朝日が出てるんだ。これはスゴイ。もうフラフラ。オレ達、夜中じゅう渋谷にいても何もない時は、やっぱりドラッグやるとすぐ時間がたつね。昔のヒッピーみたいに、思想があるわけじゃないです。気持ちいいこと、楽しいこと、刺激的なことの延長にドラッグがあるんです。酒や、セックスと同じ線の延長に、自然なこととして。高校生でも、みんな1度や2度はやってますよ当然」
「ところでね、今日、これからなんか起きるみたいですよ、三茶《三軒茶屋》で。公園通りのケンタッキーの前に人が集まってたの知ってます?」
そうとも!! その日10時過ぎ、ケンタッキーの前には40人程のチーム連中が集まってたんだ。さっき白いトラックをやったのとは違うヤツらが、えらいコワイ顔してね。
「なんかね、これはヤバイんですけど、言っちゃえ、今日、三茶の暴走族の愚連隊≠ニケンカするんですよ。いくつかのチームが集まって。それで今日は、みんなピリピリしてるんですよね。だからオレ達ももうすぐ行かなくちゃいけないんですけどね」
「三茶のどこで!?」ギターは、すっかり行く気だ。「行くよ、応援に」バカなヤツ!!
「いや、まだわからないんですけど、多分、もう既に、いくつかのチームは現地集合してると思うんですよね。全員渋谷に来ると、警察に目つけられるから」
2人はベースのバスから降りて消えた。オレ達は成果をあげた満足感で、車内に置いてあるテキーラをゆっくりと実においしくグビリと飲んでから次の目的地へバスを走らせた。
[#ここで字下げ終わり]
■■MEMO:1st SPRINGA
渋谷での取材を終えても、我々2人のテンションは上がりっぱなし。黙っていると、副腎のあたりからアドレナリンの分泌が、チューチューというもの凄い噴射音と共に聴こえてくるのがよくわかった。来るべきドラッグの時代を控え、ドラッグ世代のライターが街へ出て、ドラッグを使用した状態で見えるドラッグだらけの街の風景を描き出す──、というアイディアと、それに少量のコカインで興奮は最高潮だった。
そういえば、この文章は、講談社の雑誌に発表されることになっていた。それで、余計にオレ達は興奮していたのかもしれない。
■■MEMO:1st SPRINGB
朝方、チョビから久しぶりに電話があって、「遊んでたら現金《かね》使いすぎちゃって帰りのタクシー代がなくなったから、シャブを買わないか?」とのこと。手持ちが1万円弱しかなかったけど、それでもいいから、買ってくれという。
タクシーで歌舞伎町に行くと、目だけパッチリさせた精気のない病人顔のDr.チョビが、「スイマセンね、いやーまいっちゃいましたよお」と、ヨレヨレになって近寄ってきた。8000円でいい? 貸すだけでもいいよと、渡すと、「いいっスよ、金借りると返せなくなっちゃうから」と、その日、発売日の『週刊モーニング』を渡された。「その中に挟んでありますから」とのこと。
シャブ以上に、『モーニング』をもらえたことがうれしいすがすがしい朝だった。
チョビのネタは、よい。今もグッと効いている。
[#改ページ]
CHAPTER2
東京トルエン・キッズ 君達こそニュースだよ!
シンナーを吸いながら、
砂嵐のテレビ画面を見つめ続け、
脳を徐々に溶解させていく。
なんて最低で最高な行為なんだろう。
とにかくひどい状況だった。
赤羽駅徒歩6分、日当たり最低の木造モルタルアパートの玄関を開けると、目の前のピンクの絨毯《じゆうたん》にしゃがみ込んでいた少年、彼は慢性のトルエン中毒者。しかも我々が踏み込んだその瞬間も、口にあてたコンビニエンスの白いビニール袋の中には、イカす刺激臭を放つイカれた液体をとっぷりとしめらせて丸められたクリネックスがゴロゴロ入っていた。ロクに口すらきけやしない。
[#ここから2字下げ]
【シンナー・トルエン】
シンナー・トルエンを代表とする有機溶剤には、すべて中枢神経への抑制作用があり、ドラッグの中で毒性が最も強烈である。
脳の細胞に、直接打撃を与えるのは、ドラッグの中で、シンナー・トルエンなどの有機溶剤系のみである。トルエンは、脂溶性であることから、体内のあらゆる部分に入り込み、細胞を溶解させる。長期間の吸引は、脳細胞の部分的な欠落をもたらし、脳萎縮すらも引き起こす。トルエンを吸って得られる効果は、そのほとんどが、脳細胞が散る直前の狂い咲きのようなものである。
一度破壊されてしまった脳細胞は再生が難しく、吸引者は、トルエンを吸うたびに、非常に高い肉体的代価を支払っていると言えるだろう。
身体的な依存性は形成されないが、精神的な依存性はかなり強い。
慢性中毒となれば、身体的に、歯牙溶解、栄養障害、内臓障害、視力障害、神経炎、脳波異常などがみられる。精神面では、無気力や精神分裂状態が発現し、残留成分が脳幹に達すると、呼吸困難や心臓発作を起こして死亡することもある。
有機溶剤、シンナー・トルエンとは、そんなドラッグだ。
新宿駅東口、アルタ前、南口周辺で握った拳を口にあて、前かがみに「咳をするカッコ」をしているのは、100%この有機溶剤を売っているバイヤーである。
[#ここで字下げ終わり]
シンナー。久しぶり。|チョコ《大麻樹脂》の後で覚えたドラッグオリコンの定番ニンキ商品!! マリファナだ、スピードだ、いや、エクスタシーもいい!! と騒がれる世の中だが、やはり人気ランキング度から言ったら、こいつにかなうドラッグはあるまい。オレもその場でスーハースーハーとシンナーを吸い始めた。
えっ? シンナーってドラッグなんですか? お嘆きのスピードファン、マリファナマニアもいることだろう。ドラッグと呼ぶには、あまりにもドカジャン&ヤンキー&レディースムードがつきまとう。吸うと偏差値がぐっと下がった気がしそうでとてもカルチャーなドラッグとは言えませーん!! だと!? NOOOHHHH!
否!! 否!! 否否否否!! シンナーってのは堂々たるドラッグさBaby。そう言えば先日、新宿のシンナー売りに頼まれたばかりだった。
「最近は、マリファナだのシャブだのが人気あるみたいだけど、シンナーももっと話題にしてほしいっすよ。マスコミは、何でも新しいものばっか飛びつくから。男はシンナー、女もシンナー、不良はシンナー、お客さん、昔から決まってるんすから、ね、そう思うでしょ」
思うかどうかは別として、その心意気は買ってやりたい。シンナーの売人の多くは金のためだけに危ない橋を渡ってるんじゃない。シンナーを愛している!! シンナー売りにとっちゃ、マスメディアで取りあげられさえすりゃ売りあげに結びつくわけで、そうすると今までのシンナー撲滅キャンペーンはバーゲンセールの広告だったわけ。よしOK。新宿南口で、なぜか「LOVE&PEACE」という立て看板を出してる正体不明のフラワーなシンナーの売人には、落とした財布を拾って返してもらった恩もある。そういえばアルタの隣で、16歳パンチパーマ&16歳彼女ヤンキーの若手シンナー売りのカップルには、シャブの売り場を教えてもらった義理もある! この辺でシンナーの大宣伝でもやってやろうじゃないか。
ああ、だ、だが、そう、オレはシンナーが嫌いなのだ! 一人でやってる時の、あの、世の中全体がイヤになる嫌世感!! テレビを見ながら吸うといい。どの番組も、どの番組も、見たことあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるある。どいつもこいつも知ってる知ってる。最低!! 最低!! テレビにケチをつけはじめ、続いては砂嵐の御鑑賞。使われてないチャンネルのサンドストームをじっと見る。シンナー愛好者達によって視聴率結構稼いでいてもおかしくない。電通は、砂嵐でザーザーいってるチャンネルのCM戦略を練るといい。新たな購買層の獲得だっ。もしくはテレビ局!! 夜中に「シンナーTV」ってやるのもいいだろう。ずっと砂嵐を流しっ放し。意外や、ヘビーなルーツもんのレゲエなんかもシンナーにはベストセレクト。
部屋にはなぜか、サザンオールスターズの『C調言葉に御用心』のカセットテープがガンガンにオン・エア!!
「こ、この、わいと、しらあああ。たもあち、でかさ、ん、ん、んへ、このわいと、しああ」
目の前の少年の、かろうじて歯の原形らしき黒い突起物が残っている口元から出てきたこの言葉って、いったい何語なわけ? YES! シンナー語だ。シンナー王国の共通語、シンナー語を操る中毒者の一人|D J《デイスクジヨツキー》に辞書はない。まったく何を言っているかわからない、脳細胞溶解願望者!! シンナーと同時に他のドラッグもキメているのか? どうだっていいさ。どうせコイツが何かの意思を持って行動しようと懸命の努力をしたとしても、頭《ガイコツ》の中のミソは既にドロドロ!! 生命体としての義務を忘れて勝手にシェイクしちゃってるに違いない。大脳と中脳と小脳のもんじゃ焼き。さあ召しあがれ、脳ミソシンナー風味。
「こりゃダメだ」
「こりゃ、使いもんにならねえや、カンベンしてよ、マジで」
ギター男はうれしそうにそうつぶやく。
ギター男!! コイツは、史上最低のヒップホップバンド、GASBOYSのメンバーとして、ええっ!? メジャーなレコード会社からデビューしてやがる。この2年間、オレはドラッグを乱用し、ラジオの|喋り手《DJ》≠ゥら|吃り手《DJ》=Aやがて喋れなくなって、|黙り手《DJ》≠ノなってしまったが、カ────ッ!! コイツは、パンツ一枚の川俣軍司スタイルでステージに立つ、ストリッパーズギター奏法≠完成。今じゃ「スピードないすかねえ、3000円分ぐらい誰か売ってくれませんかねえ」が口癖のセコさとおちゃめが売りもののジャンキー!! クラブバンド界のニンキ者だ。
笑ってる場合じゃない。オレ達はジャーナリズムの旗手として、シンナー中毒から立ち直った少年の美しい物語を取材にきてるんだから。
一般的にジャンキーは十把ひとからげで、「どうしようもない不良。社会不適合者」に分類されるが、アホタレメ! そんなことはない。いろんなヤツがいる。実際、人の数だけジャンキーがいる。十把ひとからげになんかできるもんか。
しかし、目の前のシンナージャンキーは、オレ達でもかばいきれないほどの社会不適合者。こういう予期せぬ出来事にひんぱんに遭遇していた我々が、こんな時にとる取材方法はひとつになっていた。蹴ってウサをはらす、である。
「このボケナスが!!」
土足でピンクの絨毯に上がり込んでいたオレと手下は、目の前の元・取材対象を蹴りまくる。そう、これこそ従軍記者さながらの体当たり取材ってヤツだろう。
ガスッ!! 思いっきりブーツのつま先で蹴っとばして、ガス───ッ!!
今度は思う存分、ガスガス、ガスガスガス!! 痛い、と泣こうが騒ごうがもう遅い。今さら善意を持って話し合いで解決することは不可能だ。所詮コイツは下司なシンナー中毒者じゃないか。ガス───ッ!!
「うわわわわ、何、何、何、何なわけー、や、やめろおぉぉ」
それでもかまわずエルボーも1発。さらに少年を蹴りまくる。ヒドイ話さ。もちろん、少年がね。せっかくシンナー乱用の悪徳を教えてくれる男のコに会えるというので取材に来たのに、それがどう? この有り様。ピンサロにソープ!! 誘惑の赤羽小路を抜けてアパルトメントについてみれば、口からビニールぶらさげたシンナー中毒者が一人とは。いったいオレ達はどうしたらいいというのだ!! 取材目的を失った我々はしばし呆然とし、そして良い手を思いつく。
蹴ればいい!! ウサをハラすのだ。
いや!! い、いけないよ、そんなことしちゃ。我々は暴力的ジャンキーであるかもしれないけど、少なくとも先鋭的ジャーナリストでもあるわけだ。てことは、そう、今、ここでできることはただひとつ。取材≠キることだ。取材≠アそ、オレ達にとっていちばん大切なこと! そこで我々も少年君の目の前に転がってるシンナーが半分以上入っている赤まむし≠ノ当然のように手を伸ばすことにした。そう、今からここでシンナーを楽しむのだ。これぞ共通体験!! ジャンキーと心をわかちあう愛がある取材≠チてヤツだろう。
さて、さっそく一服つけようか。オレ達もそれぞれのシンナー袋をつくってラジオ体操の後の深呼吸よろしくス──ハ──、スーハー。5回6回もすればもう、大丈夫。
あれ? アレッ? あレッ? ARE!? ほんのり頭の中がくるりんと回り出す。
「う──、もう効いてきちゃいましたよー」
手下のギター男はつるつるに剃りあげた頭をピタピタ叩きながら目ん玉ひんむいて喜んでやがる。さすがバカだけあって、効き目が早い。オレはすかさず、サザンのテープを消して、14インチのミニテレビのスイッチオン。もちろん番組は9チャンネルの「|シンナーTV《サンドストーム》」!!
ザザザザザッザザッ──────ザザッ──
なんて美しい眺めなんだ。
幻覚、いや幻想。モノクロ画面にクルクル回るいくつもの歯車が現れては、互いに歯と歯をかみあわせてリズミカルに踊っている。大きいの小さいの、歯の細かいやつ、6個7個歯車はしだいに複雑にからみあい、見事なリレイションシップを築きだす!
美しい。いや、楽しい光景。歯車と歯車がこんなにコミカルに回りあっているのは見たことない。
もう、袋は口から放すことができやしない。シンナー袋は、もう身体の一部分。口からぶら下がったもうひとつの肺になる。いつまでも、いつまでも、この歯車を見ていたい。が!! どうだっ!! こ、これは。歯車はいつしかアスファルトに落ちてハジけるドシャブリの雨となり、おおお、今や絶滅の危機に瀕しているあの幻の国鳥、ニッポニアニッポン!! そう、トキ!! が画面の左から右へと編隊を組んで飛んでいくのだ。と思うと、今度は緑色の細かい気泡が空中に、プツプツと泡立ちはじめる。イカス? いや、何コレ? 幻覚? いや、ま、シンナーによる薬理作用には違いあるまい!! ハッ!! ま、まずい。
冷静になった時は要注意。
そんな時は、もっともっと、自分を忘れるまで吸い続けなければならなーい! そろそろオレの脳細胞も溶けてきたようだ。相棒は奇声を発しはじめた。どうせまたいつものように、タバコの先が天井まで伸びた、とか、くだらん幻覚で一人喜んでいるに違いない。
オレは、1本2500円で売られている赤まむしのビンに、たっぷり残っているシンナーを、おニューのクリネックスにとっぷりとしみこませて、ビニール袋をゆすってトルエンを充分に気化させて、また、何度も深呼吸。袋をゆすって気化させることを忘れてはならない。そう、お忘れなく、お忘れなく……。
忘れた。でも大丈夫。習うより慣れろ、だ。身体が自然に動いてくれる。言葉《ロレツ》が回らなくなって、それがどうした。自分だけの言葉で喋ればいいだけだ。
あ、あ、あっ!
思い返すだけで頭がガンガンと回り出す。今、こうして書いている最中にも。気分が悪くなってきた。オエ─────ッ!! トルエンの効きが悪くなると、気分が悪くなってくる。
だから、もっと我々は窓を閉め切った部屋の中にしゃがみ込み、シンナーを吸引し続けたかったのに。
シンナーを吸いながら、砂嵐のテレビ画面を見つめ続け、脳を徐々に溶解させていく。なんて最低で最高な行為なんだろう。
そう!! この感じ、この厭世観こそ、シンナー特有の薬理作用だ。少なくともオレには、有機溶剤は体質に向いていなかったのか。いや、他に出会った数多くの有機溶剤中毒者達も、
「シンナー吸った翌日、世の中イヤになっちゃって、また吸うんすよ」
と訴える。
そう、このカンジ!! 最低、最悪、「世の中」なんてすべて死滅してしまえ。ツバでも吐き捨てなきゃ、馬鹿馬鹿しくって街なんか歩いてられるもんか。
ラリッたシンナー中毒の少年と一緒に赤羽のアパートで、シンナー袋を片手に、そのまま居座っちまったオレは、絨毯にツバを吐き捨てながら、シンナー臭い息をゼエゼエさせ吸い続ける。
夕方のアスファルトの上を
3本足で這うように歩く夢を見た。
もしかして、眠っていたのかもしれない。さっきまで、部屋の中いっぱいに広がった緑色の泡の幻覚はもうない。しかし、この体の重さ、ダルさ、最低だ。
その日、そう、オレは、子供達のウワサネットワークに詳しいウワサライターとして、テレビのレポーターに向けて、管理教育の歪みとコドモのウワサ≠フ関係について半分溶けた脳みそで、デッチあげに行かなければならなかった。テレビの取材は久しぶりだが、別にどうってことないヤッツケ出演だ。目当てはギャラの3万円。それだけのために、頑張って歩く。
もっともらしく、説得力のある腹式呼吸と尊大な身振り手振りで、インチキ子供文化論を、シンナーで濁った詐欺頭でペラペラと喋って3万円だ。シンナー臭いニオイをプンプンさせながら、説得力のある内容をデッチあげなくてはならない。
駅のキヨスクで、無駄な努力と知りつつ、ニオイ消しのガムを7、8個買い込んで、90秒に1枚の割り合いで、クチャクチャやりつつ、オレ達は待ち合わせの場所、新宿のレストランバーへ向かうため、埼京線に乗った。
ひっきりなしに車内にツバを吐き「最低さ」と、グチりながら。
ペッ、ペッ、ペッ、ペッ。
最低な気分さ───。
ポケットの中は、噛み終わったガムをはき捨てた紙くずでいっぱい。
窓際からジャンキーだらけの下界を見下ろせる高層ビルのレストランは、ハイセンスな内装とスカした店員が誇らしげに立ち回り、とてつもなく上品でお洒落で涼しい空調以外は居心地の悪いとこだった。
バーボンもテキーラもスカッチもラムもオレのいちばん好きなオリンピア≠焉A手下の好きなアレキサンダー≠焉Aサマセット・モームが好きだったというシンガポールスリング≠烽らゆるカクテルが当然のように揃っている。シャレた皿にチェリーを添えて出してくるシーフード。フロアから見えるオープンキッチン方式の厨房では、生きた伊勢海老の火あぶり。ウェイターがバイトくさいのは御愛嬌としても、ブランドデザイナーが手掛けたんだろう、そこそこにセンスのある店内で、オレとギター男は、シンナーのニオイを口からプンプンさせて、ガツガツと料理をたいらげる。相手からもらった名刺は、料理が来ると同時に、テーブルからはじき出されて、床にヒラリと落ちた。ギターは拾おうともしない。オレは気づかないフリ。目玉をひんむいてたまげているレポーターを前に、もっともらしいことを話さなくちゃ。
「ウワサってものは、子供達が風≠ニいう原稿用紙に精一杯描いてみせた、現代詩なんですよ。詩の一編で心臓をエグられる人もいれば、まったくこたえない鈍感な人もいる。そこがウワサのおもしろく、そして、シリアスなところだと思いますね」
とか、何とか、物はいいようだ。詳しい内容なんかはないに等しい。
取材なんて、される方だって、こんなもんさ。
■■MEMO:1st SUMMER@
「スピード今ない」新宿のイラン人密売人にもそう言われた。「3日後あるね、3日後」の言葉に、とりあえず今日はキメられないのか、と力が抜け、すぐに怒りがこみあげてきた。ちゃんと仕入れとけ、ボケナス!! 心の中でののしって帰ろうとすると、コカインならあるという。仕方なく買った。1パケ1万5000円だった。
コカインは、マイルドすぎるのだが、今日のところは仕方なかった。家でさっそく、ビニールのパケから鏡の上にコカインを出し、テレカ2枚を使ってナゲット状の部分を微粉末にして、4本の細いコカインの筋《ライン》をつくった。千円札をストロー状にして、鼻から吸ったが、やっぱり、今ひとつ。
シャブがもたらす、パキーッという、脳ミソが凍りつくようなハードな緊張状態に慣れているから、コカインの、マイルドな幸福感なんてフニャフニャして物足りない。これでいて、注射器《ポンプ》で射てば、ほんの少しで致死量だっていうんだから、よくわからないクスリだ。
クラックがやりたいが、東京じゃ売っていない。コカインから自分で作ってもいいが、失敗したら大損だし、道具を揃えるのも気がひける。一度でいい、「90年代最高のドラッグ」と呼ばれるクラックがやってみたい。
今日はコカインで損した。買わなきゃよかった、バカバカしい。
ギターに電話したら、ヤツも、「コカインって物足りないスよね。中途半端で。あれに、パッキリ求めちゃダメッすよ。ソフトだから、オレもコカイン、ダメッすもん」と、文句の言いっ放し。そのくせ、「でもこれから行きますから、とっといて下さいよ、すぐ行きますから」とは、はしたないヤツだ。ギターのために、1回分だけ残し、あとは今さっき全部キメてしまった。
ドラッグ界のシャンパン──コカイン。でもオレは、シャンパンより、テキーラかウオッカか、何でもいいからガツンとくるのが好きだ。
夜になったら、密売人《プツシヤー》が集まる近所の公園に行ってみよう。密売人が自分用にとってあるネタを、運がよければわけてもらえるかもしれない。
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【コカイン】
コカインは、コカの樹の葉を原料とする。葉を刻み、アルカリ液に浸し、それに石油エーテル類を加え、コカペーストを作る。ペーストを加水分解させ乾燥させると、コカイン=塩酸コカインの誕生である。
通常、鼻粘膜からストローを使って吸引するが、注射器で静脈に射つ方法もある。
薬理メカニズムは、覚醒剤と酷似しており、ドーパミンの過剰放出と、その再回収経路を遮断する。覚醒剤の作用が5〜6時間持続するのに対し、コカインはわすが30秒〜2時間。覚醒剤よりもソフトで多幸感が強く、極度の神経緊張といった状態になりにくいため、好むファンもいるが、最初に覚醒剤から入ったジャンキーは、コカインの作用がソフトで短時間であるために、物足りなさを感じる場合が多い。ほとんどのシャブ中に言わせると、コカインは、「ソフトで物足りない」ドラッグ。
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■■MEMO:1st SUMMERA
シャブが品薄だ。今日の午後、上野に行き、初めての密売人と会ったら、4万円だと言う。ナメられてると思って値切ったが、応じる気配すらない。3万5000円にすらならない。本当に品薄らしい。流通がどこかでトラブっている。
仕方なく、4万円のシャブを買ったが、金を渡すときムカムカした。駅のトイレでモノを見たが、イランルートのネタじゃない。ビニールの小さなパケに入っている。日本人密売人の作るパケだ。しかも、パケの袋を二重にして、量があるように見せかけていた。日本人の売人がたまにやる手口だ。胸クソが悪い。
■■MEMO:1st SUMMERB
家に帰るとジャンキーの友達から電話があって速見さん≠フところへ行くので、ついでがあれば買っておくと言われた。速見さん≠チてのは、友達のなじみのいいネタを安く売る売人で、「シャブ」=「スピード」=「速い」という連想から親しみを込めて名も知れぬ密売人の彼を我々はそう呼んでいた。金はなかったけどせっかくの機会なので、アコムの残高をおろすことにして、2万円分頼んだ。速見さんで2万円なら、結構量があるはずだ。
今か今かと待っていると友達到着。すでに用意してあったアルミでさっそく一服。すぐに効いてきた。やっぱり速見さんのネタはいい。メシが食えなくなるので、ビタミン剤をたっぷり摂っておく。
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CHAPTER3
『LOVE&ピース』を学んだ夜
じいさんがムキになって怒鳴れば怒鳴るほど、
まるっきり猫の鳴き声だ。しかし、
いつまでも、じいさんを見て笑ってはいられなかった。
絶妙のタイミングで自転車に乗った警官が
いきなり視界へ飛び込んできたんだから。
ギターと2人、上野駅聚楽前にいる、ペルシャ系密売人から買ったばかりのハシシを、上野広小路雑居ビルの踊り場でガッツンとキメて、あたりの裏道を上機嫌で徘徊してた夜、気がつくと目の前を浮浪者が歩いていた。歩幅30pでヒョロリヒョロリと背中を丸めて紙袋をひきずりながら。寝ぐらを追い出されたのか、何か食い物でも捜そうとしてたんだろう。
「将来のお前の姿、いや、今の姿だヒヒヒ」肘でドツくと、相棒は身をよじりながら、
「大麻《ガンジヤ》吸いますかねえ、浮浪者でも」と生体実験に興味を示している。「勧めたら吸うんじゃないすか? ケケケケ」
ハシシのせいで笑い方は奇妙だったが、思いつきはなかなか素晴らしい、ケケケ。
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【マリファナ・ハシシ】
大麻草を原料とするドラッグ。マリファナが、乾燥大麻なのに対し、ハシシはそのエキスを固形化した樹脂で、粘土状だったりする。マリファナもハシシも大ざっぱにいって形が違うだけ。
どちらも一般的に吸煙使用される。キセルやパイプ、タバコ状にしたジョイント≠ネどである。
2〜3服で効果が表れるが、その作用は人によっても、ネタそのものによってもまちまち。一般的には、聴覚が鋭敏になり、音がまるで彫刻のように見えたり、楽しくて笑いがとまらなくなったり、人にやさしくなったり、食料がとてつもなくおいしく感じて──特に甘いものなど──異常に食が進む、といったところか。
人によっては、恐怖の妄想を引き起こすらしい。習慣性はない、と言われるが、やっぱりあると思うし、長期間連続で使用していると神経症的症状が出る者もある。
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おっしゃ、試してみよう。断るなら無理矢理吸わしちまおう。あのじいさんに。マリファナを吸うと、「LOVE&ピース!」平和で穏やかな心の状態になって、ひとつの愛をわかちあいたくなる、と誰かが言ってたっけ。実験だ。
マリファナを吸わせるために、オレはじいさんを走って追いかけた。全速力で追いかけて、じいさんの背中がすぐ目の前に迫ったとき、もっとすばらしい考えがひらめいた。じいさんをモルモットにした強制マリファナ実験より、もっとおもしろいことを思いついたんだ。
幅とびの要領で踏切のタイミングを見計らって、オレはじいさんの背中めがけて飛んだ。
「ジャンキー! キーック!!」
じいさんに気合いを入れて勢いよく飛び蹴りをお見舞いしてやったんだ。
片足を引きずってる体に背後からの不意打ちは少しハードすぎたかもしれない。ぐにゃん、という感覚を軍用ブーツの裏に残して、じいさんは宙にギュンと浮いてから、関節がなくなったようなイヤな形でぐにゃぐにゃっと顔面からアスファルトにつんのめっていった。
うわっ、ムゴイ。大丈夫かな、
良心が痛んだ。
それをかきけすように後ろからギターの笑い声。
「ヒッデーッ!!」
「あーああー、なにやってんスカぁ!!」笑いながら走ってくる。
じいさんは、つんのめったままの形で瞬間的に顔だけ起こして、驚いた顔で周囲を見回した。あまりに突然で何がなんだかわかってないのだ。ショックで口も利けないらしい。
楽しげなオレ達を見て、ようやくこの災難の全貌に気がついたらしく、我に返って悲鳴をあげだした。
「ニャ、ニャニャニャ───!!」
猫みたいな叫び声だったからよく覚えている。
「ニャニャニャ、ニャ──!! ニャにをすすするんだ!! ニャニャニャ!!!!!!」
「浮浪者なのにイッチョ前に怒ってるぜ」
「あたり前ですよお、ハァハァハァ」ギターは笑いすぎで息がはずんでいる。
「ニャニャニャ、ニャ、ニャにニャにニャに、このこの、ニャ」
猫だ。じいさんがムキになって怒鳴れば怒鳴るほど、まるっきり猫の鳴き声だ。
しかし、いつまでも、じいさんを見て笑ってはいられなかった。
冷やりとする偶然。絶妙のタイミングで自転車に乗った警官がいきなり視界へ飛び込んできたんだから。急なことで逃げるタイミングも失ってる。じいさんは叫び続けている。冷たい緊張でマリファナが一気に醒めて、表情が凍った。でも懸命に作り笑いを演出する。
警官は、不審そうにオレ達とじいさんを見くらべながら自転車の速度をゆるめて、もう一度オレ達とじいさんを露骨にジロリと見た。
「こ、こここ、こ、こいつらこいつらこいつら、いきなり…けとばした…こいつらけとばした!!」
じいさんは血のにじんでる手でオレ達を指さして必死に叫び続けていた。
ヤバイ、かなりヤバイ。
相当無理した笑顔でチラリと警官を見ると目が合った。が、しかし、それですべてだった。
3人の様子を自転車をこぎながらうかがっていた警官は、叫ぶじいさんを無視してそのまま自転車の速度を上げて通り過ぎていった。
イカレて叫ぶじいさんと、それをおもしろがって見物してる酔っ払い、とでも思ってくれたんだろう。
それか、ま、とにかくどうでもよかったんだ、オレ達もじいさんも。
理由はそうね、やっぱり人間、外見が大切なんだってことかな。特に服装、髪型、持ち物。汚れきった浮浪者の身なりじゃ、たとえ正当に被害を訴えても相手にされやしない。その時残酷なほどはっきりと学ばされた。地面に這いつくばって叫んでるのが背広を着たリーマンのおっさんだったら、きっとオレ達はヤバイことになってただろう。蹴とばしたのがキタない浮浪者のじじいでよかった。ロレツのまわらないヤツでよかった。
猫じいさんには、勉強させてもらったことを感謝してる。大切なことを教わった。
LOVE&ピース。
■■MEMO:1st AUTUMN@
埼玉県の川口あたりで、シャブが信じられないくらい安く売られている。と、ギターが西武線の野方駅のイラン人|密売人《プツシヤー》のとこで知りあった立教大生から聞きつけてきた。
立教大生によると、川口に、博士≠ニ呼ばれるイラン人の覚醒剤調合師がいて、ソイツのアジトで、覚醒剤に混ぜ物をして熱処理したりしているのだという。
おもしろすぎる話だが、全くのデマってこともないと思う。ジャンキーのドラッグに関する口コミは確実な情報が多いし、現に立教大生は博士≠ノ会ったこともあるそうだ。
イラン人密売人のシャブの質の悪さからして末端近くでは、明らかに日本人密売人のルートとは別の独自ルートでネタが流れているはずだ。どこかに、イラン人ネタの元締めがいて、不純物を混入する調合をしてても不思議はないし、そう考える方がイランネタが均一的に粗悪な理由として説明もつく。ギターは、激安のシャブを求めて来週あたり、川口へ行ってくるという。さそわれたけど、オレはまだスピードのストックがあるので断った。
■■MEMO:1st AUTUMNA
川口から帰ってきたギターが興奮してやって来た。立教大生の言ったことは本当だった。川口のシャブは激安だそうだ。東京相場の半額以下の1万円で、東京相場の倍以上の量を渡されたそうだ。あまりのことに、それが本物のシャブとはすぐに信じられず、ギターは買ってすぐに公衆便所に行き、アルミにのせて焙ってみた。悪いネタは気化したあとにコゲが残るが、いいネタはコゲが残らない。
さっそくオレも試してみた。ネタ自体は東京モノとかわらない。パキッときた。いいシャブだった。この量で1万円とは、価格破壊だ。この相場で流通に出たら、シャブ中が激増するのは間違いない。ギターにかなりの量をもらった。
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CHAPTER4
マリファナ・ハイにうんざり ロクデモない大麻教信者
精神世界もイマジンも関係ない、
世界平和も平等も、
ラブ&ピースも関係ない!!
危険か安全かなんて問題外!!
オレ達が知りたいのは、
最高にグッとクるメチャクチャにキく、
そんな逸品の話なんだ。
オレ達はイライラしっ放しで、ソイツの言うところの「|マリファナより《ヽヽヽヽヽヽヽ》害のあるタバコ」を、スパスパとやるしかなかった。マイルドセブン・スーパーライト。オレは弱いタバコが好きなんだ。こればっかりは仕方ない。個人の趣味ってやつだ。誰にも文句言われる筋合いはない。
ギター男は、|土方タバコ《ハイライト》。隣で吸われると、臭くてムセるぜ。隣で強いタバコを吸うのはやめてくれ。ムセるんだ。
「マリファナによって起きる作用。ダウンする時もあればハイになる時もある。それもやはり、精神状態に大いに関係があるのですね」
今のオレこそダウン気味。おかわりのブルドッグをもう一杯もらう。思いっきり濃いヤツをね。マリファナ狂は、コーラをのみながら、精神世界のおとぎ話に余念がない。マリファナは神聖なものだから、他のドラッグとのチャンポンはしないんだとさ。
「何だよ、コイツ、お前の知りあいだろ」オレは咳こみながら、相棒の脇腹をドツいた。「何とかしろッ!!」小声で喋ったけど、たとえ普通に話したってかまやしない。マリファナ・ハイ狂はすっかりいい気持ちで、オレ達のことなんか眼中にないんだから。
「日常目にしていたものが、耳にしていたものが、突然今までと違ったように見える。そうなのです。違う世界が、価値観の違う世界がいきなり目の前に開けるのです。今まで、ひとつだと信じきっていた世界が、実はひとつじゃなかった。それを理屈ではなく、体感でわかるのが、精神世界への切符としてのドラッグなのです」
自分の精神世界観を自分自身に語りかけるのに忙しくて他の事は目に入らないんだ。「いや、すまん。こんなヤツとは知らなかったんだ」ハイライトの先からは有毒な煙がモクモク上がってる。
「ゴホッホッ!! タバコ消せよ!」オレはハイライトを相棒の指先から奪い取り、ヤツのブルドッグの中に放り込んだ。不愉快だ。
有毒な煙は瞬時に消えた。
「そうですよ!」マリファナ・ハイ野郎が初めて|自分にではなく《ヽヽヽヽヽヽヽ》、|オレ達に《ヽヽヽヽ》話しかけてきた。「タバコは有害なんです。マリファナよりも! 消して、正解」
テメー!! ザケンな!! オレ達はドラッグを擁護するドラッグマニアにウンザリしていた。ドラッグ知識マニアや研究家の話は退屈だ。
「大麻はタバコよりも身体に害がないんです。習慣性もないし、むしろアルコールよりも依存性も少ないんです」
あぁ! なんてことだろう。まさに目の前で「マリファナ・ハイ」のうけうりのドラッグの御高説をのたまってるコイツこそ、ドラッグ信仰の典型的人間だ。
肩までかかる髪、丸いメガネ、細い指。カウンターカルチャーの愛好者。
ちょっと待ってくれよ。オレ達は、そんな一般論、マリファナ擁護論を聞きたくない。オレ達にとっちゃ、害があろうがなかろうが、そんなことは関係ないんだ。グッとクる、
頭ん中がミキサーみたいにぐるぐる回る
ピッチ150のダンスホールの
幻聴《そらみみ》が聞こえるような、
そんな最高のドラッグの話が聞きたいのさ。精神世界もイマジンも関係ない、世界平和も平等も、ラブ&ピースも関係ない!! 危険か安全かなんて問題外!!
オレ達が知りたいのは、最高にグッとクるメチャクチャにキく、そんな逸品の話なんだ。なのに目の前の無条件なマリファナ賛美者はくどい説教をやめやしない。
「いいかい? マリファナっていうのは、特別なものなんです。神聖、って言ってもいいかもしれない。日常と非日常、わかるかい。この境を精神が突破する時に、ボク達を手助けしてくれる神様みたいなもの、そう言ってもいいでしょう。たとえば、マリファナを……」
おいおい!! いい加減にしてくれよ。
「なにかい? 純粋にドラッグで気持ちよくなることが悪いってのかい!?」
質問しても自分の話しかしないヤツなんだ。最低さ。
「もうわかりまーしーた!」テメエの話の方がよっぽど精神世界に有害なんだよ!! 誰のせいでオレ達がイライラしながらテメエの言うところの有害なタバコをマズイと思いながら、何本も吸ってると思ってるんだ!! テメエのせいじゃないか。テメエが、ぐるぐるとつまんない話を回してるからだよ。
オレはキレちまってつい爆発してしまったんだ。
「すいません。あのー、わざわざ会っていただいて悪いんですけど、ボク達、この後があるんで今日はこの辺で……。ホント、すいません、わざわざ来ていただいて」ソフトな怒り方だったけど。
■■MEMO:1st WINTER@
密売人《プツシヤー》のハジィは、根っからいいヤツだ。いつもの通り、大久保の廃人公園のベンチに座り、夕方になると出てくるイラン人プッシャーを待っていると、そこへ笑いながら話しかけてきたのがハジィとの出会いだった。目と目が合った瞬間の挨拶。このタイミングがプッシャーとユーザーとの阿吽《あうん》の呼吸。このコツさえ覚えれば、日本中、ドラッグの購入には苦労しないだろう。
「よう、元気?」
「ああ元気、そっちも元気?」
イラン人プッシャーとの会話は、必ずこの挨拶から始まる。
長い襟足の髪型に、股のあたりがダブッとして、足首がしまっているペルシャ系人種お気に入りのシルエットを、夕日をあびてアスファルトに映しながらハジィは近づいてきた。
「なに、なに欲しいの」
「ハシシとスピード」
「ハシシいくらほしいの、スピードいくらほしいの? いくら持ってる?」
金は持ってるが、持ってないフリをしたほうがいい。2万円出しても3万円出しても、もらう量は同じだ。
実際に客を目の前にすれば密売人は現金が欲しい。よっぽどフザケた金額を言い出さない限り、ドラッグは、うんとディスカウントして買うことできる。密売人も現金が欲しいんだ。
その日も、渋るハジィを押し切って、うんと安い値段でハシシもあわせてで望みの物を手に入れた。
「内緒よ、今日の値段は内緒ね。人に言っちゃダメだからね」
安い値段が口コミで広がるのがイヤなのか、ハジィはニガ笑いしながら口止めしてきた。「もちろん。言わない、言わない」オレ達はハジィの肩をポンポンたたいた。
「いつもここにいる。あなた達、安くするからまた来るね、わたし、いつもここいる」
ゴツイ外見からはどう見ても想像できないカン高い声でハジィはウィンクした。いい売人だ。
■■MEMO:1st WINTERA
ギターが、彼女のヒロミちゃんと別れたので、さっそく電話してデートした。食事してから仕事場へ連れてきた。スピードがあると言うと、好奇心の強い子だから、もちろん「やってみる」、ということになった。だから好きなんだ。
2人でタップリキメてから、いかにスピードをキメるとエッチが気持ちいいかをクドクつもりもなく話した。たぶんスピードで気分が良くなってるからだろう、やっちゃおう、ってことになって2人でソファの上で電気をつけっ放しでイチャイチャ。スピードキメると男は立たなくなるから、お互いキスをいっぱいした。しかも、いろんなところに。想像を絶するキモチ良さに2人共茫然。夢中夢中、夢中。気がつくと朝日が出ていたけど、アシスタントが来る10時ギリギリまで裸で夢中になっていた。すごい。きっとこれからしばらくは、2人の秘密としてこのエッチを楽しむんだろう。絶対だ。いつかギターにこの秘密をバラしてやろう。楽しみだ。
■■MEMO:1st WINTERB
午前、寝ていたら、ジャンキー友達が、突然襲来。速見さん≠フ携帯がつながらないので、フリーの日本人密売人を捜しに今さっき新宿に行って、ニセ売人にダマされてきたそうだ。以前、一度取り引きしたことのあるパンチパーマのヤツに、偶然逢って「売ってやる」って言われてハメられた。
「1万円しかない」と友達がインチキ野郎になけなしの金を渡すと、ソイツはダンキンドーナツの店内をぐるっとまわって出てきてから、「まん中のテーブルのタバコの中に入れてある」と言い残して消えた。
急いで店内に入り、空席の机の上にポツンと置かれたセブンスターのBOXケースを手にとって開けると、タバコが1本入っているのみ。BOXの銀紙の裏を捜してもないので、タバコの中だと思い、便所でバラしたけど、結局なーんも入ってなかったそうだ。単純な手にひっかかった友達は、「ヒドすぎる」と、せちがらい世相をなげいていた。
プロの売人は、まず客をダマさないが、たまにこういうタチの悪いニセ売人もいる。
友達がかわいそうなので、買い置きのハシシを少し分けてやった。でもこの場合ダマされる方もマヌケなんだよな、本当は。とハシシをキメながら2人して大笑いになった。とはいえ、ヒドイヤツもいたもんだ。
■■MEMO:2nd SPRING@
最近なじみになった密売人のジョニイはイラン人には珍しい洒落者だ。髪はもちろんイラン人特有の、例の後ろ生え際だけ伸ばすスタイルだけど、マメに手入れをしているらしく、いつもゆるいパーマがキッカリかけられているしパンツもアイロンの筋をピシッと入れている。街に立つ時は、いつも鼻の奥に一回分のネタを隠し、それが売れると隠し場所へ行ってまた鼻に入れてくる。受け取るとパケが粘液でぬれているが、このところの取り締まりの厳しさを知っているからジョニイの用心もわかる。このスタイルは完全に外国の密売スタイルだ。
シャブだったら日本人の密売人に携帯で注文する手もあるが、指定された場所に下手すると電車で30分も乗って買い出しに行くはめになるので、やはり手近で済ませてしまう。ネタ自体は日本人の密売人のほうが確実にいいのだけれど、とにかくいつだって、今すぐ欲しい時にしか買いに歩かないから、高くたって、ネタに少々難があったって、ネタは手近で手に入れる。これはシャブ中なら皆同じだと思う。
[#改ページ]
CHAPTER5
72時間スピードレース 全員必読の参加要項
地上で最も美しくなめらかな白い煙。
濡れた砥石の表面のように危険なほど艶めかしく、
セクシーにゆらめきながら、
スピードは白く気化して立ち昇る……。
スピード!! スピード!! スピード!!
書いている本人がブッ壊れた最大の理由、今なお僕は安定剤で精神のバランスを保ちつつ原稿を書いている。が、ああ!! 書くだけで、頭はテンパリ状態。スピード!! スピード!! スピード!! スピード!! スピード!! 今すぐ安定剤をガブ飲みしたい気分!! 酒と一緒に、フラフラになって眠り込むまで!!
いったいどこまで、安定剤なしで書き進められるだろう。いけるとこまでやってみるしかあるまい。
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【覚醒剤・スピード】
日本人と覚醒剤の関わりは深い。一八八八年、漢方薬の麻黄から覚醒成分の抽出に成功したのは、皮肉にも日本人の長井長義博士であった。
この抽出成分が、フェニルメチルアミノプロパン──シャブ──である。また、火で焙り気化させて吸引するスピード≠焉Aこの覚醒剤とまったく同じドラッグである。
現在、覚醒剤・スピードは、エフェドリンから化学的に合成されており、その多くは、台湾、香港、韓国からの輸入品だ。
「飲んでよし、射ってよし、塗ってよし、吸ってよし」のオールマイティーなヤツ。だが、ドラッグニュー世代の間では、気化させて吸引するスピード≠ェ一般化している。
胸から血液中に溶け込んだ覚醒剤は、脳内の関所である脳関門をやすやすとくぐり抜け薬効対象となる側座核へドッと襲いかかる。
覚醒剤は、脳内の神経伝達物質の詰まった小脳内に侵入し、快楽伝達物質=ドーパミンを外に過剰に押し出し、さらに、再回収経路を目詰りさせ、長時間に亘り脳内にドーパミンを過剰放出させ続ける。これが、覚醒剤が快感を増進させるメカニズムである。
覚醒剤の効果は早く、4〜5回吸引しただけで、身体が軽くなり頭がスーッとなり、瞳孔が開き、目の前の風景が急に明るく楽しく感じられる。
静脈注射の場合は、針を入れた瞬間から、身体中にスーッと冷たい覚醒剤の流れが感じられ、愛好者は「1度射ったら、2度と吸うことなんて馬鹿馬鹿しくてできなくなる」という。
しかし、快感が強い分、薬が切れた時の落ち込みパンク状態≠ヘひどく大きい。落ち込んだ肉体的精神的疲労から抜け出すために、愛好者は、繰り返し、覚醒剤に手を出すようになる。
新宿駅東口で、売ってるけど、さ、マヌケなヤツは勝手にパクられてくれ。全国各地で、あてなくふらつきながら、ライターを腕にあてているあやしげな人物は、覚醒剤のバイヤーである可能性が高い。が、シンナー売り場と違い、売買自体に非常に慎重を期すため、一見の客の場合、よほどハマッた顔≠していないかぎり、すっとぼけられるのが関の山だ。著者は新宿の他、大久保、池袋、野方、目黒、上野、川口、名古屋他で覚醒剤を入手している。
[#ここで字下げ終わり]
スピード!! スピード!! スピード!!
覚醒剤《スピード》!! ってのは、全くもってもの凄いクスリだ!!!!
射たなくたってOK。
吸うだけでも相当楽しめる。
大麻がどんなにビューティフル! って言っても、ハルシオンのトリップ遊び≠ノしても、それからバッドテイストで悪趣味なゴチソウ、シンナー吸引にしても、その結果《おわり》は「寝る」だ。寝ちゃ終わりだ。旅行先に行き着いたところで、寝入ってどうする!! ジャンキー諸君!! 「気持ち良く熟睡する」なんてことは、スピード狂にはなんの魅力もない。「眠る」なんて、死ぬことと同じさ。何の意味もない。精神的にも肉体的にも、ソイツは、せっかくの薬効をムダにする単なる寄り道!! 休憩なんてのは唾棄すべき愚行にすぎない! ルマン24時間レースにおけるピットインと同じぐらいの意味しかないんだ。なけりゃないでそれに越したことはない。ドライバーは途中で入れ替わっても、マシーンはブッ壊れずに暴走し続ければいいじゃないか。
そう!! スピードこそ!! スピードさえあれば、この肉体はマシンになる。タイヤ交換も、燃料補給も、ガソリン補給もいらなければ、おおお!! ドライバーも一人で充分。スピードさえ走りながら補給していけば、24時間トップで街を疾走するなんてチョロイもんさ!!
だって我々は、これから72時間ノンストップの自動車レースに出るんだぜ。
72時間眠らず、何も食わず、水一滴すら飲まなくたって、今から決勝レースの始まるオリンピックの100m選手みたいに、気力体力十二分!! そいつがスピードの力さ。
なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? スピードをやらなきゃならないか? 明日がないと思うからさ。そう、初めてスピードの味を知り、その偉大さを知った時から、オレは明日を待つことをやめた。明日がもし来るとするなら、疾走しているうちに来るに違いない。とにかく、そんなことをスピードに狂ってる時は考えていた。
明日がつまらないと思うなら、今、今、今、今、来るか来ないかわからない退屈そうな明日を信じるより、スピードの力で今≠信じる。今、この瞬間をカラまわりしながら、うんとハイなところへいこうじゃないか。今≠フまま倒れるまで走り続ければいい!! 今、今、今!! そう今!!!!!!!!!!!!!! 今を走り続ける。いや、吸い続ける!! 自分自身を奮い立たせるために、今!! 今吸い続けるのさ!! 今!!!!
「明日のテスト勉強のために今夜スピードをして記憶力を高めます?」「ダイエットのためにスピードを吸って食欲を抑えます?」──新聞記事にあった気がする。
センター街で取材を受けていた女子高生の諸君!! そいつは間違ったスピードの使い方だよ。いや、本当は気づいているのに、わかってないフリしてるんだろ。諸君!! 本当のスピードの魅力は、そんなもんじゃない。クダらん使い方はやめようよ。スピードの使い方は、オレが使用説明書だ。
スピードは、そうとも!!!!!! 今を楽しむドラッグ!!!! スピードを吸っている刺激的な今を!! この瞬間だけを最大限に楽しむ薬物《ドラツグ》なのさ!! それ以上の使用法は、間違っている!! 明日のことを考えるなんて、スピードという偉大な薬に対しての侮辱でもある!!
明日がないと思うなら、さあ今!! 今!! 今すぐこの瞬間から諸君!! 明日《ゆめ》を考えるのがイヤなら!! スピードを吸い始めよう、そうすれば御希望通り、キミの脳細胞と脳細胞をつないでいる複雑な|仕組み《シナプス》の中から「明日」という回路の扉が厳重に遮断されるから。その重い扉に挟まれるのは、運の悪い女子高生ではない、キミなのだ。そして僕も!! 僕もだ!!!!!! したり顔で、更生した人間として説諭するつもりは更々ない。次の脳内の校門圧死事件で死ぬのは、キミか、もしくは僕だ!! コ、コワイ───!!
でも、ホントのことさ、コワイ───!! でも、大丈夫。
希望通りに本当に明日が来なくなったら、さあ、もう世の中は「今」に満たされている。
夜が来て、朝日が昇っても、それは地球が自分勝手《ワガママ》に決めやがったサイクルに過ぎない。オレのサイクルは、スピードというドラッグが決定する。今日も人間のことなんかおかまいなしに、勝手に太陽が昇ったり沈んだりしてる。それはとてもビューティフル。美しい。でも、スピードを吸えば誰もが自分自身の太陽を持ってる。いつでも自分のつごうでUPもDOWNも自由自在。時差も体内時計も体調も自律神経も無視できる。
何回日が昇り、月が落下してカレンダーの上で曜日が変わっても、重要なことは変わらない。今、そう、今! スピードがあるかどうかだ。そして僕は、アルミホイルの上にタップリと0・3gの覚醒剤をのせる。
スピードの煙が好き!! タバコよりもずっとキメの細かい、スムースに立ち昇る、スピードの煙が。美しい。薬物の気化したあの煙。地上に、あれほど美しく流れるように立ち昇る繊細な煙が他にあるだろうか。アルミホイルの上を流れるように、なめるようにスムースに、純白に昇っていく……。
地上で最も美しくなめらかな白い煙。濡れた砥石の表面のように危険なほど艶めかしく、セクシーにゆらめきながら、スピードは白く気化して立ち昇る……。シルクの光沢など、スピードの艶に比べたら、粗野で下品なまがいものの色あいだ。
こうしている瞬間に思い出す。あのなめらかで美しい、ほんの些細な微風でも乱れてしまう脆弱で危険をはらんだ高貴な白い一筋の流れをまた見たい。
そしてあの香り!!
スピードの香りが好き!!!! あの香りときたら!!!!!!!!!!
スピードの香り!! その容姿に勝るとも劣らぬあの香り!!!!!!…………!!
こればかりは、本を書くにあたり、最大限の努力を惜しまない、と誓った僕も、諦めるしかないね。これだけは書くだけ無駄さ。スピードの香りには、完敗を認めよう。あの香りだけは、言語化すればする程、真実から言葉が浮き上がる。あの香り。「あの香り」としか言いようがない。脳にまで染み渡るような、いや、中枢神経にじんわりと広がる、「香り」というよりも「香る味」。いや、味は苦いだけでおいしくも何ともないんだが。
ああ、こうしてる間にも思い出す。あの美しくスムースな煙、そして香りを。ストロー状にロールさせた1万円札を片方の鼻孔にあて、もう一方は鼻栓で押さえ、アルミから立ち昇る煙を吸い込んでいく……。あせらず、ゆっくりと、「胸に吸い込む」というより、脳に行き渡らせる感覚で……。中枢神経にまで微細なスピードの気体が染み渡るフィーリングで。
やめ!! やめ! やめよう!! 文章が同じところをまわりだしている。今日はもうムリだ。書くだけ無駄とわかっててやめられない。覚醒剤中毒の後遺症か。それとも未練がましくまだスピードが欲しいのか? どっちでもいい、とにかくやめだ。
ああああ!! あの瞬間、スピードを手に入れ、アルミを伸ばし、まさに今、中枢神経にプレゼントせん!! とするあの瞬間!!!!!!
これから始まる!! これから始まるんだ、今が、今が!! 今が!! そう、今が、これから始まる!! これから本当の今が始まるんだ!!!!!!!!
スピードのない時間なんて
今じゃない。
死んでいるも同じこと。
スピードなしでも生物学的に生きることはできるだろう。
しかし!!
スピードなしでは生きられない。
スピードなしじゃ、喜ぶことも、悲しむことも、怒ることも、不安になることも、安心することも、興奮することも、感じることも、そして、愛することもできやしない。泣くことも、嫌いになることも、何も!! 何も!! 何もできやしない!!!!!!!! でもいいじゃないか、スピードがあるんだから!!!!!! スピードさえあればいいじゃないか!!!! オレはいつか、致死量に達するスピードを一度に射ちこんで、恍惚のうちに痙攣《けいれん》して死んでみたい。
スピードのキメ方はいろいろある。ジャンキーの数だけやり方があるだろう。
ま、いろいろ流儀はあるだろうが、これはオレの本だ。安定剤を飲んだ頭で、慎重に思い出しつつ、オレ流のスピードの楽しみ方を書き殴ろう。
まず、一般的にスーパー及びコンビニエンスで市販されているアルミホイルを1本御用意下さい。必要なのはアルミです。ホイル焼きに使うアルミホイル! ごく稀に、深夜のコンビニ等でアルミホイルが売り切れの時など、オレは、ガスコンロの周りに敷く、吹きこぼれガードのアルミや、ハンバーグ料理専用アルミ、弁当に使う丸くちっちゃいアルミ、ケーキの銀紙《アルミ》、冷凍食品で鍋ごと火にかけちゃうラーメンのアルミ鍋、ビールの缶など、とにかく何でも使っちゃったよ!! とにかく、一刻も早くスピードを入れたかったから手当たり次第ってやつさ。しかし、それは良くないことだよ。
せっかく1g2〜3万円で引いてきた覚醒剤《スピード》が、たかだか1ロール80円かそこらの|ア《ホ》|ルミ箔《イル》がないためにこがしたりして、味も香りも、そして効果まで台無しになったらもったいない。
1gのスピードには、
100人の犯罪者の神様が宿っているんだ!!
どうです? 今、オレが作った格言。なかなか真理をついているぜ。いや、オレはシャブを薦めてるわけじゃないのよ、ただ事実を書こうと思ってるだけなんだ。
そう!! たとえ深夜の3割増のタクシーで片道3000円使ってでも、覚醒剤《スピード》使用のために、純正アルミホイルを合法的に購入して下さい。
そりゃそうだろ。ポケットにシャブを1g忍ばせて街を歩くより、アルミホイルを万引きする方が、ずっと世の中捕まる可能性が高い!! 良いのか悪いのか、とにかく世間ってのはそうできてるんだから。
たかだか100円の万引きの罪でパクられて覚醒剤《スピード》まで取り上げられちゃったら、正に本末転倒。日本人のシャブ屋のオヤジが、せっかく半分《0・5》オマケしてくれたクリスタルスピード───アメリカじゃそう呼ばれてるらしい───がもったいない。オヤジの親切心に応える意味でも、ここは気につけて行動すべきだろう。仮にパクられちゃった場合、とってもステキな犯罪貴族の称号前科1犯≠ェもれなく貰えちゃうからね──。
と、人格が崩壊しているのか元々能天気なのか、反省してるのかしてないのか、どっちにしろ、分裂頭で喜んでる場合ではないな。世間体というものもあるし。
と、と、と、とにかく───!! 非合法のスピードを「金を払って買う」、もしくは善意ある人に「貰う」という、非合法でありながらも、まあ商行為としては礼儀正しく道徳的に入手した場合、百円玉で買えるアルミホイルも、合法的かつ商行為としても理にかなった方法で入手せよ、ということだ。
あれ? これって、「正しい」こと書いてる、よな、諸君。
アルミホイル1本と、スピード1g!! 今、キミの手元にあるとしよう。っと、大切なことを言うのを忘れてた。「スピード」「シャブ」「覚醒剤」「S」「ハイヤの」「冷たいの」「ネタ」「ブツ」「走る方」…etc。呼び方が様々あるように「1G」「1グラム」「1つ」「1パケ」と、スピードの単位の呼び名も流儀が分かれるところだろう。
が、しかし!! シャブ屋をポケベルで呼び出しといて、「1グラム」「2グラム」なんて喫茶店の電話で言えっこない。もちろん、カジュアルなキミは、「|1G《ワンジー》」なんてシャレたルードボーイ風スラングを使うかも知れない。けど!! もしキミが、今、買っているよりはるかに良い商品の覚醒剤を手に入れたかったら、カジュアルな言葉服《ワードローブ》を脱ぎすてたまえ。日本人のシャブ屋のオヤジには通じないよ。オシャレより中身が大事なのはジャーナリズムもスピードも同じことさ。
「シャブ1本!!」
この言い方を覚えるべきだ。オレ達が欲しがってるスピードはまぎれもない「覚醒剤」でそれは「シャブ」!! キミが常連にしている売人《バイヤー》に卸してる中間の売人《バイヤー》はそう呼んでいるはずだ。「1G」なんてプリティーに言ったら、年季の入ったシャブ屋のオヤジは相手にもしてくれないぜ。「スピード1G下さい」なんて注文するのは、やきいもの屋台で「3ピーステイクアウト」って言うようなもんだ。
台湾、韓国で密造されて東京に入ってくる時はいったいどういう単位で呼ばれてるのか!? 想像もつかないし、同じ覚醒剤でも、パッと効いてサッと醒める「落下傘」や最上級の「雪ネタ」、セックスにメチャ効く「シモネタ」とかいろいろあるしね。「シモネタ」って言っても覚醒剤の成分が違うわけじゃない。日本に入ってきてから、アンナカっていう馬の興奮剤をまぜたネタが「シモネタ」になるわけ。そのあたりに興味のあるジャーナリスティックな読者は、よい本がたくさん出ているので読むといい。オレが今までに見た最大量のシャブは、池袋の雑居ビルの地下で仕分けの最中だったシャブの山!! 山っていっても100g程度だったんだろうか? M&MS’のパッケージ程のビニール袋にザックリ入ってたあの量!! キロ単位で密輸してるヤツらにしてみればオヤツみたいな量だろうけど、実際あん時は、「取材」も「スゲエ」も忘れて、「ある所には、あるんだなあ……」と、ボーゼンとつぶやく状況だった。刑事ドラマじゃ氷砂糖で代用できるが、オレが欲しいのはスピード。末端ユーザーに100g単位なんてそうそうお目にかかれないものさ。
さてさて、さて、何かの話の途中だった。そう、クラブに行く前に、ガン!! ガン!! ガン!!!!!! スピードをキメるって話か。
アルミホイルとスピード1本!! それが今、キミの目の前にあるとする。ここでまた流儀が分かれる。ウキウキしながら御自由に選択しよう!! そう、我々の生きている世界は、良くも悪しくも自由なんだ。
オレの場合、アルミホイルを50pで切る。その際アルミにシワ1本つけないように慎重に慎重を期して、ゆっくりと落ちついて落ちついて。
目の前には「今《スピード》」があるんだ!! 量は、そうだな、最低でも3本は欲しい! すぐに身体が慣れちまって、アルミでやるくらいじゃ、そう、1本なんてすぐに一瞬≠フ量になっちまう。やり始めて2カ月もすれば、3本なくっちゃ「今」なんて感じられなくなるからね。途中で「今」が途切れちゃうようなハンパな量じゃダメダメダメ─────!!!!!!!!!!!! なにせ72時間スピードレースに、最初から最後までトップギアで出場するんだ!! 最新、最高、最大のハイクオリティーなスピードエナジーをたっぷり用意しなくちゃダメさ。流行りの服も欲しかった靴も、チェックしてた旅行も、行きたかったライブも、予約してた美容院も、車の免許のための現金も、すべて投げ捨てちまえよ。ついでに誕生日に貰ったビデオと、お気に入りのリングと彼女と一緒に選んだステレオとカメラとウォークマンとワープロとスーパーファミコンとマックと!! 金になりそうなもんは、すべて質屋に売っ払って0・1gでもいいから余計にたくさんのスピードを用意しようぜみんな!!!!!!
なに大丈夫。そんな大切なものを売っ払う気になれないって心配してるそこの女のコ! すぐにその気になれるさ!! OK、カンタンだぜ、半年後、立派なシャブ中になっていればオレの気持ちがわかるって。WOW!! WOW!! 仕事も彼女も友達も両親も親友も先生も他人も自衛隊も退屈なものは何もいらない!!
アレッ? オレテンパッてない? 文章まわってない? 大丈夫。オレはブッ壊れちゃったけど、何もキミがブッ壊れるって決まってるわけじゃないし。ブッ壊れたらそれはそれでいいじゃない? 保証書付きの人間なんているわけないし、いつかは人は火葬場で燃やされて煙になっちゃうんだぜ。白い煙吸って黒い煙になるなんて、それはそれでオセロゲームみたいでカッコイイ!! シャブ中人生つっ走るぜ。YES、OK!!!!!! さあ始めよう!!
慎重にアルミを引き出したら、今度は、ロールから切り離す。スチールの机、紙質のいい大判の雑誌にアルミを載せ、クリネックスで表面を拭く。何度も! 何度も!! 何度も!! 何度も!! 幾度も! 幾度も!! 幾度も幾度も幾度も!!!! これからの楽しみを一瞬でも先延ばしにして、自分自身をワクワクさせるように幾度も!! 幾度も!!
「拭く」というより、ただでさえ薄いアルミ箔をさらに薄く引き伸ばすように、力を込めて縦に横に厚さが均等になるように引き伸ばす。
そして二つ折りにする。慎重に、慎重に。端と端を合わせ、もちろんシワひとつつかないように。
そしてそのアルミを、何度も何度も何度も!! 重なった2枚のアルミ箔が、1枚に融合するイメージで幾度も! 幾度も!! 繰り返しなでつけるように作業を進める。最初はソフトに、次第に強く!!
最後は、長方形の四辺をキッチリと、額縁を作るように折り返したらもう大丈夫。短辺の中心辺りで軽く二つ折りにすれば完成。幼稚園で折り紙がドヘタだったオレでもすぐにできるくらいカンタンさ。ただし、その時も、くれぐれも、シワ、歪み、ひずみがアルミにつかないように。せっかく何度も幾度も≠フナメシで、1枚≠ノなったアルミが、折ることで2枚に剥離しちゃたまんない。ここは充分注意して下さい。重要なポイントです。なぜ、アルミを2枚重ねにするかって? ライターで焙る時に、焼けて丸く穴が空いちゃわないようにさ。アルミってのは、すぐに焼けちまうから。
そして、アルミの上にスピードをパラリ。これは理科の|実 験《シミユレーシヨン》じゃない!! 笑い声や鼻息は一切禁止!! くしゃみなんかしてスピードを吹き飛ばすなんて、ヘークション!! ドリフの加藤茶みたいなギャグだけは頼むぜ、シャレにならないよ。
そして、下からライターで焙る。こがさないように、美しい気化覚醒剤がスムースに立ち昇るように。こないだも、
主治医に30分もこんな話をし続けちまった。
ま、細かい儀式、流儀、注意点はいろいろあるけど、めんどくさい!! あとはキミらで勝手にやってくれ。習うより慣れろ、慣れるよりキメろだ。
オレ達も勝手に、オレ達流のやり方でガンガンキメちゃ、クラブに出かけるってわけ。そういや、やり方だっていつも違ってたか。ま、細かいことは、いいってことよ。キマればいいんだから。スピードさえあればキマる!!!! スピードさえあれば!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
■■MEMO:2nd SPRINGA
公園に行くと、ハジィはいつものところにいた。トニーも大久保だが、公園じゃなくて通りの方が持ち場だ。密売人の間では、微妙に持ち場が決まっている。
ハジィとはもう友達だ。ハジィは友達のイラン人といた。その日時間が早くてヒマだったから、廃人公園のベンチでムダ話をした。
「きのう、酒飲んでアタマ痛いよ」ハジィの友達がうなった。
イラン人はイラスム教徒で酒を飲まない、と信じられてるけど、飲むヤツだっている。
「もう朝までよ、頭イタイ」友人もキツそうだ。
ハシシもスピードも酒も、何でも大丈夫なハジィはわりと平気なようだ。日本人の友達も入れて3人で飲んだらしい。それならオレ達とも飲もうぜ。ハジィと当然こういう展開になる。ハジィは公衆電話で、今朝まで飲んでた日本人の友人を呼び出し、外国人しか入らない大久保のクラブで待ち合わせすることにした。
ペルーのクリスタルビールを飲みながら友達の到着を待って、オレ達はドラッグについて世間話で(ジャンキーはドラッグの話が好きだ。えんえんと話題がとぎれることはない)大騒ぎしていた。この店なら、誰もとがめるヤツはいない。
ハジィは22歳。見てくれよりずっと若いが、イラン人の見た目と年齢のギャップには慣れっこになっていて、今さら驚きはしない。
しばらくしてギターがやってきた。すぐにハジィの友達もやってきた。うわっ、見ただけでヤバ専の完全シャブ狂《キチ》の日本人、マシモというヤツだった。28歳らしいが、ゆるいパンチパーマのその顔はどう見ても34〜35歳。
「漁師」という職業もさることながら、ハジィにも全然通じないあやしいペルシャ語と称する言葉で、なぜかオレ達に向かって喋ってくる。
「こ、こりゃヤバイッすよ、この人は」
ギター男はククククッと笑いをかみ殺している。
オレ達は、ガイキチが大好きなのだ。マシモは口のはじに泡をためてベラベラと何かを喋っているが、何を言っているのかさっぱりわからない。まあ、ありていに言えば薬物による言語障害のモデルケース的存在≠チてとこかな。日本語もよくわからない。
なに? なに? と幾度聞き返しただろうか。何度聞き返しても、何を言ってんだかさっぱり要領を得ない。ペルシャ語を混ぜるのもさることながら、シャブでやられてるんだろう、日本語の文法がメッチャクチャ。わかるようなわかんないような、やっぱりわからないけど、とりあえず全部、「うん、うん」と相槌を打っておく。
だって、コワイじゃないか。真面目に何十回も聴き返して怒らせてみろよ、シャブ中特有のハイテンションで、ブン殴られるかもしれないじゃないか。
どうせマシモ本人も何言ってるかなんてよくわかんないだろうけど、なんとか相手をした。
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CHAPTER6
ドラッグ&トラブルT スピード狂の寓話
スピードをキメると、瞳孔が開いて、
真っ暗闇だって何でも見えちまう。
そのうち幻覚だって見えるんだから、
あるものが見えないハズはない。
クラブ。都内各所にクラブはあるが、オレ達はたいがい新宿のクラブでラリっていた。いつも最高にイカした曲が、馬鹿みたいにでかい音で、キチガイみたいなスピーカーからガンガン流れてくるクラブさ。馬鹿みたいにタフな鼓膜を持った客ばかりだから、そのくらいの音でやっと釣り合いがとれるってわけさ!!
家じゃ御近所の手前、馬鹿デカイ音がかけられない連中とか、ま、どっちにしろフルボリュームでウーハーを激震させたところで、文字通り身体が痙攣《シビレ》るような音を放出させるシステムなんか持ってるヤツなんかいないから──と、とにかく耳のうずまき管がこんがらがった、非常にヘヴィ〜!! な連中向けの空間!!
それに比べたら、ライブハウスの音の小ささ、ありゃなんだ!! 音楽を聴きに行くんじゃない、オレ達は音にシビレに行くんだ!!
音響が、音圧が、音感が、音が欲しいんだ、音が!!!!!!!!!!!! 音!!!!!!!! 音!!!!!!!!!!!!
デカイ音を用意してくれ!! 東京ドーム用の巨大サウンドシステムを6畳一間に押し込んだ巨大で強大、絶大で絶対な音≠ナオレを支配してほしいんだ!!
耳なんていらない!! 鼓膜も三半規管もうずまき管も!! 何もなくても身体で音を幻聴《きい》ちゃうような濃厚で重々しい、骨にメリ込んでくる音が欲しい!!!!!!
ま、この辺の音≠知らない人は、ドラッグ≠フ前にソイツをどうぞ。
あれ? もしかして、この音≠チてスピードのせいでそう感じてるのかい? 感覚が鋭敏になったオレの神経の高ぶりが幻聴《きか》せる幻の音なのだろうか、ま、いいや。いや音さ、音!! 絶大に音!! さ!!
とにかく──!!!! 音、音、音、オレには音だ。そして、スピード!! 全く無目的に、その瞬間より速く疾走するためのスピード!! 音とスピードのドーピング効果。音より剛《つよ》く、光より速く!!!! アインシュタインだっけ? 物体の速度が光の速度を超えた時、その質量は無限大になり、つまりは存在しえない!! と理論してたのは!!
正しい!! RIGHT!! YEEEEEEEES!!!!
ヤツもスピードキメてその理屈をひねり出したんじゃないのかい?
自分の存在を消滅させるために、オレは目的なき巨大音圧と、目的なき絶対的スピードを貪欲に求めた!! そう、そう、そう、そう! 自分が存在しなければ、「目的」なんて概念すら存在しないんだぜ!!!!!!
わかる? わかんない? ま、それはそれ、我々は、生身の人間じゃ一生かかっても知りえない凄まじい感覚を瞬間に与えてくれるスピードを、ドラッグハウス<Iレの部屋でたんまりと摂取しまくってクラブへ出かける。
クラブの中じゃあ喋ることなんかできやしない!! 怒鳴ったってわめいたって言葉に意味なんかまったくないんだから始まらない。とにかく、feelが、──えーとつまり、音≠竍ニオイ≠ンたいなもの──feelが支配してる国家なんだから。レッツ・エンジョイ・トーキング!! そんなコミュニケーションは通用しない。Only feelさ。
オレ達のたまり場は、警視庁記者クラブでも有楽町のガード下の焼鳥屋でもない!! YES! このナイトクラブが我々の記者クラブさ。
店内は相変わらずの大音響。ヒップホップやデス・テクノ。ビートでテーブルの上のチープなグラスまでカタカタ鳴ってやがる。胃から腸から脾臓から!! ビシビシとシビレてやがるのは、スピードのせいか、それとも酒のせい? いや、音のせいなのか。どっちだって同じことさ、シビレていればそれで満足!! 全身が心臓だ。
音とニオイの他は暗闇で何も見えやしない。スティービー・ワンダーが見てる世界はここよりもずっと明るいだろうね。クラブに来たことのないヤツなら、一晩たっても、この暗闇には目が慣れない。でも、ハッ!! オレ達はスピードキメて、
瞳孔の直径がなんと3p!!
スピードをキメると、瞳孔が開いて、真っ暗闇だって何でも見えちまう。そのうち幻覚《ないもの》だって見えるんだから、あるものが見えないハズはない。どんな暗闇だって見えないものなど皆無さ!! ジジイに聞いた話じゃ、戦争中には、オレ達が今スピードって呼んでるこのシャブが、猫目丸≠ニかいって徹夜で門番する兵士に配られたっていうから、どうりでジジイもイカレてるハズさ。
「失礼、失礼、失礼!!!!」
何人もの足を踏みながら奥へ。オレの考えは歩き方に出るんだ。この際だから思いきり踏み込んでやれ。カワイイ女のコを選んじゃ、ダナーの軍用ブーツで力の限り体重を乗せて!! ドガ───ッ!!
「ごめんね。イタかった?」
こいつがリアルコミュニケーションってもんさBaby。相当痛いのはお見通し。何せカチコチの靴底に体重を思いっきり乗せて踏みつけてるんだから。
でも、女のコはオレの顔を見て、精一杯の笑顔で半ベソかきながら笑い返すんだ。
「ううん、ヘーキ」
カワイイ子!! 短い髪がよく似合う。そう、|短 髪《シヨートカツト》!! ショートカット!! 元気で楽しくてニギヤカで、いつでも心は夢いっぱい。ショートカットはその象徴だ。やりたいことを山程かかえてる生まれついての|短 髪《シヨートカツト》。デザイナーになる夢も、パリに行く夢も、憧れのミュージシャンに、ホッペにキスされたい夢もある!! しかも、そのすべてを手に入れたくて、しかもできると信じているショートカットの女のコ。ちっちゃな胸いっぱいにたっくさんの希望を、ワクワクとかかえてるんだろうね。WOW!! WOW!! WOW!! オレはそんな女のコが大好きさ。ぎゅっときつく抱きしめて、身体の中にいっぱい詰まった、たっくさんのキラキラ輝く夢の数々を、口と肛門からゲボゲボと吐瀉させてやりたくてウズウズしちまう。
笑顔を贈る相手を間違えたのは、お気の毒。キミがちょっと目を離してるスキに、飲物にスピードをたっぷり混ぜてやれば、今夜キミはオレの下僕となる。たっぷりスピードを摂った思いっきり野蛮で乱暴な性的快感に発狂寸前になるに違いない。忘れたくても生涯忘れられない、最高にキモチのいい最低な夜をプレゼントしよう。
明日の朝、スピードがきれたキミに残っているものは何もない。夢はすべてオレに吸いとられ、夢の消え失せたペチャンコで空っぽの胸をかかえた哀れなショートカットの女のコは、目の輝きすら失って、田舎へ帰りたいと思うに違いない。
しかし、帰しはしない。もっともっとスピードをキメて、オレがたっぷりと味わいつくすまでは。燃えカスになった彼女は、不燃物の収集日に半透明のゴミ袋に詰めてポイされるまで、オレとスピードの元から離れられないはずだ。スリル、スピード、セックス!!!!!!!!!!!! 超越快感を知った彼女は、そうカンタンにシャバにもどれやしないだろう。
カワイイ獲物をさっそく発見したオレは、さらにハイテンションに舞い上がった。
えっ? こんなオレがキライだって?
しょうがないじゃないか、オレは「今《スピード》」に生きるジャンキー、いや、ライターだ。取材≠ニ称して何でもやるんだ。
満員の地下鉄みたいにこみあった店内を、やっとの思いで、カウンターへ。
「あら、いらっしゃ〜〜い」ゲイの店員と熱い抱擁。エイズの心配なんか考えてもいない。エイズが心配で大好きなヤツとキスもできないなら、「キス禁止」って|刺 青《TATOO》でもべろに入れときな。
「今日はおふたり、お揃いで御出勤なの?」
キスの次は、挨拶代りのビンタを貰い秘密の目くばせ。
そう、オレとギターはゲイとしても名をはせていた。デタラメライターでゲイでジャンキー!! あまりの肩書きの多さに名刺すら持てやしない!
いつものように店内は超満員。デタラメで生きる価値のないヤツらの溜まり場さ。鋭角に尖りすぎて、転がる石のようにすら生きられない、アスファルトにメリ込んだ隕石《いんせき》!! それがコイツら。
全身を刺青、しかも和彫りでデコレイトした豪華版の高校生。「お前が気に入った」の一言で、無料奉仕のボランティアを買って出た彫り師職人の人間性、あたたかいのか、冷たいのか?
押入の上下をベッドにして、ボロアパートに暮らしてる中卒同士の女のコ2人組は、4日前に出会ったばかりの大親友。3日後には荷物を根こそぎ持ち逃げされて泣くのが2人のうちどっちかなんて、その時はわからない。
いつでもナイフを持ち歩き、平気《ヘツチヤラ》で人を「刺しちゃいま〜〜す」とズブリとやるコワすぎるティーンエイジャーは、誰かを刺したのか刺されたのか、腕に赤い色がチラホラ。いや、新しく入れた刺青か? 遠目にはわからないけど、近づきたくなんか絶対ない。
ったくコイツらの、なんてイカレてイカした最高にカッコイイ最低の生活!!!!!!
そう確かにヤツらは生きている!! 生きている!! 生きている!! 願わくば、もしヤツらの誰かが今でもスピードをやっていたとしても、それでも!! それでもオレはヤツらに2年前と同じように生きて≠「てほしい。このオレが仰天するような、とんでもないデタラメなチンピラ姿で、どっかの街で暴れていてくれ!!!!
他にも、他にも、他にも!!!! いる! いる!! いる!! デタラメなイカレポンチが。古着の知識はプロ以上、ちょっと頭使ってインポートもんの古着屋でもやれば、原宿に新しい|成り上がり《ゴールドラツシユ》伝説を作れるヤツもいたね。身長《タツパ》のあるイカス男だった。
『VOGUE』の表紙なんか鼻紙になっちゃうようなスゲエ写真を撮るくせに「遊びっすから」と36回払いの中古のハッセルブラッドカメラを手放さない、そんな女のコもいた。「バイトしてた」という青山の写真スタジオを、内緒でコピーした合い鍵でこっそり開けて、夜通しでオレのオールヌードを撮らせてやったこともあったっけ。そう、クラブとは都会にあって宇宙のはずれの孤島だ。外の世界とは切り離された、独自の価値観と生態系がそこにある。闇がすべてを育むのだ。
お前らわかっているのかい!! 小利口に生きて、金持ちダマせば、すぐにお前らをアホウ呼ばわりするマヌケより何倍も金持ちになれるんだぜ。なのに、このアホウどもときたら、夜通し、暴れるにまかせていやがるんだ。
いや! いたのか、いないのか? だけどこのへんの記憶は確かさ。
妄想?
いや、そんなことはない。いや、どうかな? ま、どっちにしろ大した問題じゃない。
とにかく、ここはそんなヤツらが溜まっている真夜中の街の一部屋だ。
断じて言おう。決して、スカしたライターがシャレたつもりで書くルポルタージュの世界ではない。「真夜中の動物園」とかさ。よっ、シャレてるう! ヤツらは飼い馴らされた動物《ペツト》じゃない。アスファルトの上を目的もなしにうろつき回る正真正銘の人間《ヒユーマン》だ。もちろん昼間は、飼い馴らされたフリをする。
テレビのモニターの中で誰かが彼らを批判してたって、怒るなよ!! 笑い飛ばせばいいだけさ!! このドデカい音≠フ世界には絶対に部外者の声など聞こえてきやしない。
もし、誰かがここの連中のことを「悪しき習慣を身につけた不良品」と思うなら、そうさ、その通り。誰かが思うならそれでOK、何の文句もない。
まっとうに仕事だけをして金を稼ぎ、将来を考えて保険と年金に入って、妥協と譲歩を繰り返し、他人様に後ろ指をさされないことを身上に生きるのが正しいと思うのなら、それでもいい。もちろん、極論だってことぐらいわかって言ってるんだ。アンタにはこれくらい言わないとわからないと思ってね。
feel! と、大ミエ切ってなんだけど、スピードでブッ壊れてから、クソッ!!
入っちゃったんだ、国民健康保険!!
YESSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS WOWWOWWOWWOWWOWWOWWOWWWW!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?!?!?!?!?!?!?!?!???!?!?☆☆☆☆!!?卍卍××××××WW
バーカ。
ちょっと調子がいいとこの始末!?
分裂頭をオーバーヒートさせて書くオレの文章、ハシッているのは確かだが、モラルがあるのか欠如しているのか、まったくもって分析不可能。とにかく話をクラブの中にもどそう。
カウンターで受け取ったブルドッグをその場でガブガブ飲み干すと、ギターはついでにポケットからラッシュを取り出してガンガンキメて、便所へ行っちまった。シャブを効めるためだ。ポケットの中からクシャクシャのアルミを取り出して、スピードを思いきりキメるんだろう。塊を潰して粉《パウダー》を作り、コカインよろしく鼻からいれるのもGOOD! 瞬間的に「クンッ!!」と覚醒するのがまたいい!! ちょっと鼻にツンとくるが、美味しいもの程シビレがくるってね。
!!!!!!!!!!!!!!!?
「──────!?」
「大丈夫ですか!! 頭、まわっちゃってません?」
ハッ! いつの間にか大声で何かしらわめいていたオレは、ギター男の往復ビンタをくらって目が醒めた。何をわめいていたかは、わからない。
「大丈夫っスカ!?!! 三角形なんすか?」
三角形≠チてのは、頭がテンパッちゃって、何がなんだかわからない状態をさす言葉だ。「大丈夫、大丈夫」オレが自分の頭をボカスカ殴りながら答えると、ギターが大切な話があるからしっかり覚えていてくれと前置きして話しだした。
「オレ、いいこと思いついたんですよ、ケケー、あの、ほら、あれですよ!! そう、あの、そうだ、ほら、あれ、そう、そうだ!!」
「そうだ!!」
「そうだ! そうだ!! そうだ────!!」
「そうだ!! そうだったのか!! そうか!!」
「わかった、オレにはわかった、そうだ!!」
「その通りだ!! どう考えても!! そうだ、そうだ、そうだ──────!!」
コレ、全部ギター男の独言。
何を思い出したのか。ミラーボールに向かって拳を振り上げ、首をバンギングさせ、口からアワを吹き飛ばしながら叫んでいる。何が「そうだ!!」なのかは説明しやしない。本人に聞きたくても「そうだ! そうだとも!! きっとそうだ、そうに違いない───!!」と叫び続けるばかりで取りつく島もない。相手にするのがめんどうなので放っておくと、いつまでも叫びつづけていそうだ。10分、20分、いやもっと叫んでいるかもしれない。スピードのせいで時間感覚はメチャクチャだからね。ちょっとのつもりが気づくと1時間! なんてのは1日数回!
熱湯を注ぎフタを閉めたカップヌードルを持ってるうちに、
気づくと、おお!! なんと5時間!!
ま、驚くには値しない。スピード狂にはよくある出来事。スピードマジックのひとつさ。奇妙でも不思議でもなんでもない。3分間がハッキリわかるようなら、病院行きも近いってぐらいだ。
「そうだ!! そうだ!! そうだ──────!!」ギターはなおも大声でわめいている。これはもう絶叫だ。
周りの客なんかおかまいなし。見るヤツが見れば、「キマッてんな」と一目でわかるスピード瞳《まなこ》で騒いでいるスキンヘッドの相棒のなんと情けないことか。こんな子供に仕立て上げた親の顔が見てみたいもんだ。
そこで、オレは御両親に成り代わって、ギター男のミゾオチに鉄拳制裁!! 黙らせるにはコレしかない。もちろん、オレだってスピードギンギン!! 尋常ならざる怪力を発揮しての渾身の一発!! 普通だったら、息もできず昏倒していい会心の一撃!! のハズが、相手もスピードでビンビンの状態。尋常ならざる忍耐力を発揮して、ちっちゃく「ううっ」と唸ったものの、唸りながらも渾身の忍耐力で、なおも口の中で「そうだ、そうだ」と呟き続けてやがる。
さて、そろそろみんなにも、何を「そうだ!!」と大騒ぎしているのか教えてやれよ、ギター男さん。
オレが代わって聞いてやろう。
「何が? 何がそうだって!! ええ!! 何がそうなんだ!! オレにも教えてくれ、ええ!!!?」
耳元でガナッてやったオレに対する手下の答えは、ガクーッ、予想どおり見事なジャンキーのたわごとだった。
「あのっスね、あの、そうだ! って叫んでたのは、その、あれ? あの、あれ? えっ、え─────っ!『そうだ』って言ってたのは……うわーっ、忘れちゃいましたぁ!? 忘れちゃいましたよおお! 何がそうだっけ? あれ? そうだ、そうだ!! そうだ! って言ってましたよね、オレ確かに。あれ? ええええ─────っ!? でも、何がそうだったか忘れちゃった!!」
「忘れちゃいました!?」
えええええええ──────っ!!
驚くことはない、これがスピードをキメたジャンキーってものさ。
言っとくが、ギター男は、美容院で働いていた数年前、カワイイ女のコのシャンプー途中に「ついうっかり」(本人弁)キスしちゃってクビになった大馬鹿者ではあるが、実際頭の中身のほうは、ま、多少シンナーで煮くずれ気味ではあるが、ドラッグのエンドユーザーとしては、バカ&シロートってわけではない。それでも完全にシャブに操られてる。この有り様さ。
いや、きっと、数分前、いや、数十分前には、何かしら、「そうだ!! そうだ!! そうだ!!」と叫ぶほどとんでもない大発見をしていたのだと信じてやろう。それはそれはなんてスバラしい、ものすごい新理論がヤツの頭ん中には構築されていたとね。もしかしたら思想界がヒックリ返っちゃうような新理念だったかも知れないし、新発明の特許がIBMに売れる特大アイディアの可能性もある。と、なんでもいい、信じてやってほしい。
そうだ!! そうだ、そうとも!! じゃなくてどうして意味もなく「そうだ!! そうだ!!」と何十分も叫べる!? 止めなきゃ朝までだぜ!!
ところが、悲しいかな、スピードでテンパッた頭で思いついたことは忘れちゃうのも超スピード。
「そうだ!!!!!!!!!!!!!!」
世紀の大発見のもの凄さに、自分でもビックリ大喜びして叫んだ瞬間、頭の中は、叫んだばかりの「そうだ!!」という言葉だけが延々とこだまし続けるってわけ。大発見はどっかに吹っ飛び、あとは歓喜の叫びをエンドレスで上げ続けるだけの空まわりでTHE END。「そうだ、そうだ!! そうだ!! そうだとも!!」あとはスピードが切れるか、誰かにミゾオチを思いっきりブン殴られるかするまで、「そうだ!! そうだ!! そうだ!!」そうなるともう、何が「そうだ!!」の原因になった大発見≠ネのか、どう思い出そうとしてもカケラも残っちゃいないのさ。
「そうだ!! そうだ!!」そうだ、ギター男が真剣に特許をとろうとしていた大発見≠思い出した。「これで本当の大金持ちに成れますね」と新大久保の駅で、文字通り、瞳をキラキラさせて自信満々で、しかし「人に聞かれると先にマネされちゃいますから、絶対に絶対に内緒ですよ」と、猜疑心ギラギラの瞳で念を押されて、コッソリ耳元でささやかれた大発見≠!!!!
[#この行1字下げ]▼キッチンの手袋の手の平部分にスポンジがついてて、両手擦るだけで簡単にどんぶりが洗えちゃう、業務用、皿洗い手袋。
そういえば、オレも大発見があったっけ。
[#この行1字下げ]▼焼鳥屋の無煙ロースターと同じ原理で、煙を吸い取ってクリーンにする無煙灰皿。デパート、病院などではとても便利でーす。
ま、お互い、この発明をコッソリ打ち明けあった時は、相手の顔をみて「大丈夫ですかあ? イカレてませんかあ?」てな顔だったがね。
スピードやっての大発明なんてそんなもんさ、既に誰かが思いついてる下らないアイディア商品の二番煎じが関の山。ま、ひとえに我々がおバカだってことかもしれないけどね。しかし、ニュートンだって、真剣に錬金術を考えていたほどのバカ者だったんだ。このアホらしい発見だけでオレ達をバカ呼ばわりするのはやめてくれよう。
しかし、そんな中で、未だにこの発明は凄いと思えるものがある。
!!!!!!!!!!「そうだ!!!!!!!!!!」こいつはスゴイ。
紹介しよう、その名は、「犬臭」!!
犬臭と書いて「わんこう」と読む。火をつけると、あの犬の体臭独特の強烈なニオイが、ぷう〜んと、煙と共に立ち昇ってくる、犬の香りがする不思議なお線香だってさ。
キャッチフレーズはこうだ。
「マンションやアパートにお住まいで、大好きなカワイイ、ワンちゃんの飼えない愛犬家の皆様に朗報!! 犬を飼ってもいないのに、犬臭に火をつけると、あの犬独特のステキなニオイがお部屋に充満します。たとえ隣家の人に『犬臭い!』と文句を言われても大丈夫。実際には犬を飼っていないので、堂々と、犬独特のあのニオイだけを、プンプンさせ、愛犬心を満足させ隣家に合法的にイヤがらせすることができるのです」
しかもすごいことに!! この「犬臭《わんこう》」を嗅ぐと、なぜか急に、ワンワン!! ワンワン!! と犬のように叫びたくなる薬理効果があるのです。犬のように、ワンワン!! と叫び、犬のニオイをお部屋に充満させて、しかもマンション等の管理規制には一切抵触しない、「犬臭」ぜひ一度おためし下さい。コレだけは、今でも大変な大発明だと思う。類似品には「猫臭《にやんこう》もあります」ときたもんだ。
これを発明したのは、当時オレが一番愛し大切にしていた女のコだ。そのコの頭が元々トンでいるのか、それともスピードのせいなのかはわからない。でも、とにかくキミのおかげで、こんなステキな発明アイディアを読者の方にお見せできて大変誇りに思っている。
読者の中で、もし、この、「犬臭」を実用化したい向きは、出版社まで御一報を。
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CHAPTER7
ドラッグ&トラブルU アルコールが効かない夜
「金があるときはまずシャンペンに金を使う。
それが金の一番正しい使い方だ」
──アーネスト・ヘミングウェイ
「おれはシャブだ」
──ギター男
とにかく、その夜はドラッグ取材≠ニ称してスピードにアルコール! ラッシュもガンガンキメてテンパッた状態。スピードをキメてる時は酒を飲めば飲む程、目がシャッキリとしてくる。酔っぱらったりはしないんだ。そう、ボトル3本飲んだって、眠り込んだりするもんか。もちろん肝臓はイッパツ肥大化! 肝硬変で黄疸出るのは時間の問題!! もちろん実験したわけじゃない。日本人のシャブ屋のオヤジに忠告されたけど、気になんかするもんか。
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【アルコール】
酒の主成分はエチルアルコールであり、エチルアルコールもまた、シンナー、トルエンと同じ有機溶剤の一種である。
しかし、有機溶剤といっても、シンナー、トルエン程恐ろしいものではない。
酒を飲むと、アルコールの約20%は胃から吸収され、残りは腸から吸収される。腸から吸収されたアルコールは、血液から脳に達し、大脳新皮質、つまり、脳の外側から、陶酔状態を作り出す。
しかし、アルコールはすぐに酵素で体内分解され、水と二酸化炭素になって代謝される。ここが、シンナー、トルエンと違う点である。
アルコールは強力な麻薬性物質、つまりドラッグではないが、アルコール依存症をしばしば引き起こす。アルコールは、キング・オブ・ドラッグ=ヘロインと同じように、精神、肉体の両面で依存性を形成するからである。
肉体的な依存性は、手の震え、言語障害などに現れ、アルコールを摂取すれば消失するが、ここまでくればアルコールも強力なドラッグと見なしていいだろう。精神的、肉体的にアルコール無しでは生活できなくなり、しばしば「ピンク色の空飛ぶ象を見た」りするようになるらしい。著者は「ピンク色の空飛ぶ象」は見ていないが、それを見た、という友人を持っている。あーあ、一段落したら1杯やーろおっと。
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「何だ、何だ、何だ!! 何だ!! 何がそうだって、何がそうで何が、おいあれを見ろ!! あのカワイイコが変態熊みたいな男と踊ってるぞ、クソ、お前のせいだ、何がそうだだ!! あのコ、オレに気があったのに、クソ、なんでこうなる! お前がわめいてるから!! そうだ!! ソーダを飲もう。ソーダそうだ。速いソーダ!! どうだ、世界中でいちばん速いソーダ!! スゲエフレーズだろ!! 世界中でいちばん速くてキクソーダ!!!!!!!!」
一瞬でもダマってたら音に負けてブッ倒れちゃうぐらいフラフラだったから、喋り続けるため地団太《ステツプ》を踏み続けていた。言葉の自転車操業だ。つまりその、頭の回転を静止したら最後、あふれ出てくる言葉の穴が詰まっちゃって、おしまいになっちゃいそうでそれが怖かった。2人共怒鳴って飛び上がって腕をグルグル振り回して超ハイスピードで飛びハネ、そして走り続けていたわけだ。
喋り続け、踊り続けながら、ラッシュで気付けをしていた。
そんなクレイジーなオレ達に、
「ラッシュ、オレにもくれよ!!」
声を掛けてきたヤツがいた。頭をジェルで固めてライダースジャケットを着た背の高いサイコビリー。オレ達に声掛けてくるとはいい度胸だ。コイツも変態趣味のジャンキーの可能性大。ウッカリ断って刺されでもしたらたまんないから、1本まるごとプレゼントしてやる。
ラッシュなんてのは下等な薬さ。街中のポルノショップ、ま、俗な言い方をすれば、パパとママの趣味の店≠ィとなのおもちゃ屋さんに売ってるよ。商品上の名目は、「お部屋の芳香剤《アロマ》」!!!! 大笑い!!!! もちろん合法! シンナーみたいな香りのちっちゃな小ビンだけど、こんなものを芳香剤に使ってるヤツなんか誰もいない。
「いいよ、1本やるよ」
オレと手下はポケットの中から、ラッシュの小ビンをガチャガチャいわせながら7、8本取り出した。
ちょっとゴメンよ!! 近くのテーブルのビールビンやモスコミュール、ロングアイランド・アイスティーのグラスを当然のように押し退けて、ズラリとラッシュを陳列する。
「ス、スゲエなあ………えっ、どれでもいいのかい?」
「お好きにどうぞ」
「どうぞ、どうぞ、各種取りそろえております」突然相棒がヌッと出てきて、昔、右翼の宣伝カーを運転してたとは思えぬニヤケきった顔で──ただし目はギンギン──ビンを差し出した。
「RUSH」「FUZZ」「ZELDA」「CALIFORNIA」「AID」「COOL」「HOTTEST」「PEACH」
全部ラッシュの品名さ。なかなか下品にイカしてるだろ。
「SUNFLASH」「WAVING」「DOGGIN’」
これでもオレ達が趣味と実益をかねて収集していたラッシュ銘柄のホンの一部だ。もちろん、今のハヤリってヤツとは違ってるだろうが、オレは、シンナーの中にほのか〜にピーチ臭のする「PEACH」のファンだったね。
「そんじゃ、これ貰うわ」
サイコビリーは、何だか忘れたけど適当に1本取り、早速フタを開け、鼻の下で一服。
ラッシュについてなんか、ホントはあんまり書きたくないんだ。こんなケチでチンケなインチキドラッグ!! そもそも、こんなヤクルトみたいなチョッピリの量で1本3000円もするのが気に食わない。ずっとよく効くシンナーでも、リポDの大きさで2500円だぜ!! 違法品のほうが安くて質がいいとはどういうこっちゃ。
カ──────ン!!
吸うとすぐ、ラッシュ≠ェ起きるわけさ。「ラッシュ」の意味ぐらい辞書で調べろよ、それが向学心ってもんだろう。
サイコビリーも、ちょう度今、カ────ン!! と、下品な刺激で、大ゲサに頭をノケぞらせているところだ。さあ、続けて続けて!! さすがチープなドインチキドラッグ!! 30秒もすると、すぐに元通り! こんなモン、趣味で集めてなきゃ、誰が買うもんか。
「さあさあ、もっともっと、カンカンいこうぜ、吸って! 吸って! 吸って!! 吸えよ!!!!」
ほとんど体育会系ノリで、相棒はサイコビリーの腕を引っ掴み、無理矢理吸わせる。
GO! GO!! そうさ、これがルールってもんだろう!!
そう、何事もルールに従うってのは大切なことさ。3人で何度も何度も何度も回しあっていると、徐々に頭の中に、抜けないカ──ン!! が蓄積してくる。コメカミにブットイ中国針を刺したらこんな感触なんじゃなかろうか。
オレ達はいいぜ、スピードエンジン全開だ。しかし、ヤツはどうなる、この今やすっかりフラフラのこの男は!! ラッシュのせいで顔面がパンパン、血管がドクドク言ってるのは、目つきでわかるさ。でも、さ、もっともっといこうぜ!!
ラッシュのガマン大会!!
何のためにやってるんだか本人達ももうわからない。
でも、やるんだよ。わからないから、とにかく続けるんだ。
「ち、ちょっと待って下さいよお、オレ、もうキイてきちまいましたよう」
ようやくサイコビリーが音を上げた。ま、ソコソコ大した変態でもないらしい。
「よし、じゃ、お礼として1杯おごって貰おう」
弱いヤツにはとことんタカるのがオレ達の基本方針だ。
「オレはブルドッグ!! うんと濃ゆいヤツ!!」
濃ゆいヤツ!! 言えばわかる!!!!!!
「オレも!! メチャクチャ濃いの!!」
すぐに人マネするのもオレ達の基本方針。ギター男も忠実にそれを守っていた。
「お前もそうしろ!!」
と、オレ。もちろん、これも基本方針。絶対服従の命令口調!! 従わないヤツは相手にしないぜ。
「なんですかあ? そのブルドッグって。酒? ヘンなもんでも入ってるんすかあ!!」
サイコビリーは期待いっぱい胸いっぱいって顔で、鼻下にラッシュのビンをくっつけながら叫んでいた。
お、お、おおおー、愚か者め!! そんなドリンクを大っぴらにオーダーできるわきゃない。第一、オレときたら、人一倍健康には気を遣う性格!! スピードを入れてるときはビタミン剤は欠かさない。プラセンタエキスの入ってるヤツさ。プラセンタエキス? そんなもんも知らないでスピードキメてたら、すぐに身体がバテちまうぜ。必須アミノ酸だよ。人間の身体の中で合成できないアミノ酸!! タンパク質の構成単位がアミノ酸だぜ、リジン、アルギニン、バリン、ロイシン、プロリン、え〜と、あと……エフェドリンとメタンフェタミン……、あーダメだ思い出せない。確か全部で8種類だっけ。あらゆるアミノ酸がバランスよく含まれてて、初めてタンパク質は身体に吸収される。
そんなことはどうでもいい。
「どうでもいいから早く行ってこいタコ!!」
オレ達に怒鳴りつけられて、サイコビリーは大慌てでカウンターへ。
「ねえねえ」
サイコビリーがカウンターに酒をオーダーしにいくとすぐ、話しかけてきたヤツがいた。女のコだった。
「ねえねえ、さっきあった瓶、ひとつちょうだい?」
ラッシュが欲しい、とその子は言った。どんな子だったかは、よく覚えちゃいないが、たまにクラブで見る顔だったね。その時まで話したことはなかったけれど、「くれ」ってんなら1本どうぞ。
「ありがと、サンキュー」
ほっぺたへのキスが感謝のしるし。ゴキゲンさ。2回目のキス? と思ったら今度は内緒話だった。
「Lやる?」女のコが耳元でこっそり怒鳴ってきた。
「L、Lはやる? あげようか?」
「えっ!?」ラッシュ1本でLSD1回分をもらえるなんて、こりゃ得な取り引きだ。
「やる、やる!! 今持ってんの?」
「うん」
「ちょーだいよ」
「ほんと? あげる」
女のコがポケットから出したのは、LSDのシート。定期券ぐらいの大きさの紙から、ミシン目どおりに、ペリペリペリッと、切手の半分くらいの大きさのLSDのペーパーシートをもらう。LSDの成分が紙にしみ込んでるから、そのまま口の中へ。相棒の分ももらって、ホレッ、と口につっ込んでやる。
味なんかしないけど、しばらくすれば、音も光も生きものみたいにうねり出す。正直いって、今までLSDは怖くて躊躇してきたから、キメるにはほんとにいいきっかけだった。
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【LSD】
1960年代のサイケデリック・ムーブを作ったと言ってもいい強烈な幻覚ドラッグ。正式名称は、LSD─25、リゼルグ酸ジエチルアミドの略だって。1943年に、麦角菌・麦角アルカロイドから合成され商品化された。
非常に微量で効果が現れ、通常、20〜70μg(※1μgは100万分の1g)を口から飲み込むと、8〜10時間は効果が持続し、「トリップ」する。が、LSDの体験は一様ではない。幻覚や色彩が乱れ、時間や空間の概念が著しく歪む時もあれば、遠くにあるものが、巨大な異物となって体内に存在する錯覚が起きる時もあり、予測が難しいため、時に使用者は錯乱状態となり、事件に発展する場合もある。
切手シートのような形状で、外国人密売人の間ではごく一般的に売られている。
幻覚剤としては他に、ナツメグ、マジックマッシュルーム、メスカリン、PCP、DOMなどがある。
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今夜はついてる。この女のコとずっと一緒に踊っていたいよ。が、しかし、せっかく誘ったってのに、
「でも、もう帰るから」
と、断られちまった。ムカムカムカ。でも本人の意思は尊重しなくちゃ、いくらジャンキーでも、それぐらいの礼儀はある。LSDがどう効いたかは、この次会った時に話せばいい。ジャンキーは誰だっていつだって、ドラッグの話やドラッグにまつわるジョークが大好きだ。酔ってもキメててもシラフでも、いつでもドラッグのことを話している。だからジャンキー同士はすぐに友達になれるんだ。また彼女とも、いつかここで会えるだろう。
LSDのシートをしゃぶりつくすと、成分がぬけた単なる紙が口に残る。それもごっくんと飲み込んで、また酒を飲む。自分のが手元にないから、その辺に置いてある誰かの缶ビールをグイグイ飲んじまった。運のない日は、これが原因で大ゲンカが始まりもするが、なにしろその日はついてたんだ。
「早く金払えこのタコ!!」ギターがカウンターに行き、帰りがおそいサイコビリーのケツを思いきりドツいたら、ヤツはカウンターにつんのめりやがった。もちろん3人分のブルドッグ代金を払うのはコイツだ。
「おまち〜」
ゲイの店員からニッコリ差し出されるドリンクを乱暴にひっつかむ。ブルドッグはグレープフルーツとウオッカのカクテルだ。濃縮還元とはいえ天然果汁が入ってるってことは、身体にいいってことで好きな酒だった。しかし、ま、オレ達のブルドッグは、ノーアイスのコップ──グラスじゃないぜ──に、ウオッカをなみなみ!! もうこぼれちゃう!! って時に、表面張力にたよって、果汁を2、3滴!!!!!! ってレシピだったから、ほら、なんてステキなピュアなアルコールドリンク!!
とにかくソイツをガブ飲み。ガブ、ガブ、ガブ!! 胃がうけつけなくたっていい。吐いてまた飲めばいいんだから、なにしろ頭は絶好調!! 痛くたってグルグル回ってたって、とにかくスピードをキメてるんだから、絶対に絶好調に違いないぜ!! そう思い込んでいるからそうなんだ!!
THATS’ SPEED MAGIC!!!!!!
ラッシュ!! ラッシュ!! スピード!! ラッシュ!! スピード!! アルコール!! スピード!! LSDがグルグルグル。アルコール!! スピードスピードスピード!! ラッシュ!! アルコール!! スピ───ドドドドドドド!!!!!! もうこうなったら、アルミで吸ってる場合じゃない!! 量がもったいないが、パウダーにして鼻から吸引!! ツーン!! そのショックかスピードのせいか、その両方に間違いないが、瞬間的に覚醒!! 覚醒!! 覚醒だ!! そう、スピードってのは星が見える酒!! いや、
自分が星になる酒さ!!
キュン! キュン! キュン!!
鼻から入るとキュンキュン目が醒め星になる。
ま、そのうち犯人《ホシ》として挙げられちゃうから、ゴロもいい!! はっ、なんという最悪な言語感覚だ!! 失敬失敬。
キュン!! キュン!! キュン!! 歯茎に塗ったりしてるトロイ女のコ達もいるようだが、目を醒ますんならキュン!! 鼻孔内の粘膜吸収!! 今考えると注射すりゃもっと気持ちよく効いただろうし、使用量も節約できただろうけど、
針を刺すのには抵抗があった。
それじゃ、ホントのジャンキーと一緒じゃないかってね。オレ達は、あくまで取材≠フためだから、本物のジャンキーにはなりたくなかったんだよ。
2、3日も続けて鼻からキメてみな、鼻血がタラ〜リ、しかも止まりゃしない。止まって鼻の穴ん中を指でカッポじると、なんと鮮やかなクレープ状の血の固まりが取れるんだぜ!! とても鼻血とは思えない、ラッカーを塗ったような人工的な赤さでね。
頻繁にトイレへわめきながら駆け込み「クウー」だの「うあああ」だの言いながら飛び出してくるオレ達を見て、こりゃ何かある!? と思わなかったらクラブキッズじゃないだろう。ジジイのジャーナリストなんかより、クスリに関しちゃガキの方が詳しいんだから、カーッ! ガンバレ! ジャーナリズム!!!!!! オレは見りゃスグわかるね、誰がどのくらいスピード入れて、どんだけテンパッて、どこまでハマッてるかも。ただし、自分のことだけはわからないんだから、困ったもんさ、ソイツがジャンキー!!!!!!
「おら、お前もやってきな!!」
手の中にクッチャクッチャのアルミホイルを渡すとサイコビリーは!! ああ、なんてマヌケなヤツなのか……。
「なんスか? コレ?」
スッとぼけた素人顔で尋ねてきやがった。
スピードだよ! スピード!! やり方ぐらいは知ってるだろ、ガンガンキメてきな!!
しかし、なかにはドラッグの知識のない者もいる。いつだっけか、くれってヤツにラッシュを1瓶やったら、したり顔で「ラッシュか、フン」と、いきなりイッキ飲みしやがった。
ドラッグ界で知ったかブリは死に急ぐようなもんだ。
わかんないことは、知ってるヤツに低姿勢で教えてもらった方がいい。ちなみにソイツは、15分後には、顔色変えてゲエゲカ吐き始めて、真っ青な顔で逃げるように帰っていった。が、次の時、そのバカに逢ったら、「『ラッシュ』は身体に合わねえ」だってさ。
ったく、素晴らしいシャレのセンスの持ち主だ。もちろんオレは、
「イッキに飲んじゃまずいよ、ちびっとずつ飲めばいいんじゃない」
と、またウィットのきいた返答をしておいてやったが。あの気のいい不良のアンちゃん、まさか、未だにラッシュ≠飲んでねえだろうな!?
大笑い!! 大笑い!! 大笑い!!
……大笑い大笑い大笑い。すべての現在や過去の出来事がイッキに頭の中に押し寄せてきて、オレは大笑い!! おまけに、サイコビリーのヤツときたら、「なんスか? コレ?」だってさ!! 大笑い、大笑い!! 大笑い!! しかし、愛すべきヤツだ。お前と一緒に、今夜はありったけのスピードをやりまくっちまおう!!
そう、オレはドラッグをケチるのは大嫌いだ。セコイヤツは死んでいいが、そういうヤツに限って、シャブやコカインをケチって使うから急性中毒で死ぬってことはまずない。ガックリだ。オレ達にとってドラッグは年金や保険、税金と同じさ、相互扶助の美しい共産主義の助け合い精神である時は皆で分かち合い、ない時は、人に分けて貰う!!!! なんて美しい人間愛なんだろう。
楽しい時にはみんなでGO! そうさ、ふるまいシャブ!! ああ、いったいオレ達の周りの人間ときたら、いい人なんだか悪い人なんだか!? 自分でも善悪判断の人格が遭難中だ。田舎から送ってきた、ダンボール箱のミカンを御近所にお配りする感覚で、オレはあらゆる薬を人にやり、また、貰ってきた。そういえば、|L《LSD》のシートを持ってきた初対面の編集者がいた。「たぶん、大好きだと思って」って、目を充血させながらね。あれはうれしかった。オレはお返しに、確かチョコをやったん、だよな。
大丈夫、大丈夫。これでもオレはジャンキーだ。パクられたって、絶対に喋《うた》ったりするもんか。
「スピード!! マジっすか!! 久しぶりっす、いいんすか? うわっ!! わわわ!!」
「小躍り」ってのは、ああいうのを言うのです、と、辞書の見本にでもなりそうな華麗なるステップで、サイコビリーはピョンピョン跳ねながら、タップリとスピードを載せたアルミを持った手をポケットにソッと入れて便所へ向かう。
「ちょっと待った!!!!!! これを持っていきな」
オレがソッと差し出したのは、
ロールさせた1万円札のストロー!!
これで気化したスピードを吸いあげる。最初はテープや輪ゴムで止めとかないと、すぐにビロ〜ンとゆるんじゃうが、よく使い込めば、さすがいい紙使ってます。キッチリ細くて固いロールのまま、絶対に広がっちゃこない!! 手近で、高級感があって、いざとなったらすぐマネーとして使用できるんで、万札のストローは便利だった。
しかも!! 香りがいいじゃないか!! 資本主義大国日本の最高額紙幣の香り!! まさに世界を動かしている紙とインクのニオイ!! オレの記憶に残っているシャブの香りは、案外このニオイとミックスされたものなのかもしれない……。今、目の前に1万円札を用意して久々に巻いてみたりしたんで、強烈なインパクトで思い出したよ、シャブのことを!! 資本主義の香りを。あの覚醒剤の香りをね。
オレにとってのシャブの香りは、
資本主義の香りなんだ。
[#改ページ]
CHAPTER8
ドラッグ&トラブルV ハルシオンのイニシエーション
ハルシオンを砕いてパウダーにす
るのにいちばんいいのは、ティッシ
ュや紙ナプキン、
できればパケ用の厚
手のビニール袋に何錠かまとめて包み、ライタ
ーかラッシュのビンに全体重を乗せて、
思いっきり押し潰すこ
とだ。
さて、さて、さて。
オレ達がサイコビリーにスピードをくれてやると、ヤツはアップジョン社の珍作ドラッグ、ハルシオンをポケットから取り出しやがった。スピードがだいぶ効いて、気前がよくなった証拠だろう。
[#ここから2字下げ]
【ハルシオン】
中枢神経に作用して眠りに導く非バルビツール酸系催眠鎮静剤。大脳皮質、脳幹などに強力に作用する、バルビツール酸系催眠鎮静剤よりも危険が少なく、薬物依存に陥るリスクが低い。
一般的にアップジョン≠ニ呼ばれているが、アップジョンとは社名で、商品名が「ハルシオン」である。著者が治療のために現在服用している「ソラナックス」などもある。
ハルシオンは、非バルビツール酸系催眠鎮静剤の代表的な、ベンゾジアゼピン系催眠鎮静剤と言われているが、近年、長期服用の副作用で、痙攣、妄想、幻覚、手の震え、不眠、不安などが現れると言われている。
アルコール類を飲むと、薬が効き過ぎて、副作用や禁断症状がおこりやすくなるため、服用中には禁酒を守ってください。
通常、医師の指示の下、1回1〜3錠の錠剤を内服するが、国民健康保険で購入すれば、極めて安価な錠剤が、密売されると1錠3000円という、暴力的高値になっているとは、筆者自身信じられない。流行以前は、密売でも1錠500円以下だった。中途半端なオヤツ以下の錠剤の酩酊感のために大金をはたくのは、肉体的、精神的以上に、金銭的な損失である。ハルシオンと同様に、ベンザリンなども、売られているが、薬効と金銭のコストパフォーマンスを考えると、医師処方以外の方法でこのドラッグをある種の快楽を求めて服用するのは、金の無駄でしかない。
[#ここで字下げ終わり]
ビニールのパケに──取り出し口がマジックテープみたいになってる、ほら、あの口の閉じるビニールの小袋に──20〜30錠も入っていた。連続服用してると、眠ってる間に勝手に動き回り、夢遊病患者みたいに何をしでかすかわからない、あの白い低級ドラッグだが、アップジョン──ハルシオン──には、とても便利な使い道がある。
昏睡薬
歌舞伎町や各地のピンサロの街のキャッチバーで、クサレ女に口移しで低級の酒を胃の中に流し込まれたはいいが、朝、寒さで気がつくとビルの非常階段で、財布も服もネクタイも全部盗られて丸ハダカ、つまりマグロにされてた、なんてのは、このスバラしい低級ドラッグのせい。
酒と同時の服用こそが、薬理作用を高める最悪のベストレシピであることは間違いなし。
何十錠かのハルシオンをサイコビリーから袋ごと全錠奪い──当然!! ──さて、どう使おうかと、オレ達は思案に暮れてた。
フロアで踊ってるあの、カワイイショートヘアの女のコに飲ませるのも一興だ。|モスコ《モスコミユール》の中に砕いて入れてステアすればわかるまい。なにせ店内は真っ暗闇だ。さらに、甘い言葉で何錠か勧めれば、今夜は、あのコの解剖だ。薬物で常軌を失ったあのコは、実験台の上のカエルみたいに臓腑まで、オレ達に露骨に見物され、笑いながら弄《もてあそ》ばれる。オレとギター男、そしてラッキーな男・サイコビリーの3人は、最高に残虐でおもしろおかしいポルノグラフィーを生で鑑賞できるだろう。
そんなことを考えながらオレは、ビニールの小袋から柿の種≠ナも取り出すように、白い錠剤をバラバラと手の平に放り出し、一つずつパケにコートされたハルシオンを、パチンと1錠ずつ取り出すと、ビタミン剤のように2、3錠まとめてガブガブ飲み下す。ベンザリンも混ざっていたかもしれないが、オレは錠剤《タブレツト》にはさして興味もない。あるだけ口に放り込むだけだ。
イライラしていたんだ。そう、イライラしていた。気を静めよう。イライラする。──そう、あの時もそうだった。
イライラする偶然が当然のように勃発した。イライラする気分≠ノ遭遇≠オたんだ。
真っ暗な店内に、生ぬるい光がぼんやりと差し込んできたと思ったら、どこから混ざり込んで来たのか、商社かメーカーか証券マンか知らないけど、|背 広《サラリーマン》連中が恐々開いた扉から、見せ物小屋を見物する感覚で、クラブの中に様子を窺《うかが》いながらこっそり入ってきやがったのだ。
やめろ。オレ達は見せ物じゃない。ここに楽しみにくるのなら、背広だろうが素っ裸だろうが、オカマだろうが、獣姦マニアのロリータ男だろうが、私服《刑事》だろうが、オレ達と同類。しかし、観察と視察、取材と見聞のためのみに来る傍観者だったら、ソイツらには地獄を見せてやろうじゃないか。
帰り道のない国へのパスポートを、傍観者には進呈しよう。
パーティーが始まる。
ハルシオンの使い道が決定したようだ。
ドラッグパーティーさ。パーティーにおける正しいドラッグの使い方ってもんを、たっぷりと諸君にお見せしていこう。ハッピーになってきたようだ。
パーティーの始まりだ。
パーティーの、パーティーの始まりだ。
傍観者であり観察者、オレ達にとっては最低の侵略者である、あの背広の集団に、今夜はとっぷりと地獄を、いや、この世の本当の天国をお見せしようではないか。
「よし、あのサラリーマン達に飲ませてやろう」
とてつもなくハッピーな思いつきに話はカンタンにまとまった。退屈しのぎにちょうどいい。
「よし、早く準備してこい。お前がやるんだよ」
オレ達は当然のようにサイコビリーを犯罪に向けてせきたてる。なんたってヤツときたら、久しぶりのスピードで気分は最高!! つき抜けたテンションに、アップジョンとラッシュ!! それに超健康飲料ブルドッグで、栄養もたっぷりと摂取しているのだからね。オレ達の言うことなら、何だって「さいですか」って具合に言う通り。さっそく、サラリーマンの連中に飲ますため、アップジョンを粉末に砕く作業をしに便所に向かった。
オレとギター男は大笑い!!
危ない橋は他人に渡らせろ。オレ達の主義《イデオロギー》≠ヘなんと便利で効率的か。ま、イデオロギーなんてのは、大方、支配者に都合よくできてるもんだろう。いざ、発覚して犯罪≠ノなったら、サイコビリーを2人で殴り倒し、ポケットの中にスピードでもねじ込んで、2週間程ガラを隠《かわ》せば、すべての犯行はヤツのせい。仮に逮捕されたって、
覚醒剤の尿反応は2週間もたてば出やしない。
アイツはパクられ、初犯なら実刑はないだろうが、前科がひとつ増えることになるだけだろう。いつだって、愛すべきマヌケから先にパクられる。
もちろん、最新の覚醒剤検出機である小型ガスクロマトグラフ≠使えば、毛髪に2年も反応が出るらしいが、裁判での証拠能力はどの程度か? まあ、有罪に持ってくのは、相当困難なはずだ。一般的に、覚醒剤の「使用」は、尿によってのみ証拠とされている。
サイコビリーは便所に入り、ここからは想像だが──まず、スピードを3服、続いてラッシュをカン、カン。またスピードを一服キメて、それから、オレ達が渡したハルシオンを、粉末状《パウダー》に丁寧に砕きつぶしていく。できるだけ細かく、コカイン状のパウダーを製造するのだ。
なかなか根気のいる仕事だ。
と同時に、緻密さと技術を要求される作業でもある。
アセってイッキに潰そうとすれば、白い錠剤は固まりのままヒョイ、とどこかへ飛び失せてしまう。大概はなぜか決まって便器の中へ落ちている。ま、それを手で掴み出せばいいだけさ。どうせ、飲むのはオレ達じゃない。
ハルシオンを砕いてパウダーにするのにいちばんいいのは、ティッシュや紙ナプキン、できればパケ用の厚手のビニール袋に何錠かまとめて包み、ライターかラッシュのビンに全体重を乗せて、思いっきり押し潰すことだ。うんと微粉末に。1錠なんてセコイことは言わせない。
5、6錠まとめて調合してくれ、その絶大な効果を店中の皆で楽しむために。ハルシオンなんてものはスピードみたいに高価なドラッグじゃない。もったいぶらずに、ビタミン剤のチープさで、使い捨てればいい。今頃サイコビリーは、便所で闇の薬剤師となって、粉末ハルシオンを作っているはずだ。
「OッK──ッ!!」
声には出さなくても、直径2pの澄みきった瞳で、便所からヤツは出てきた。キマッてる。目は尿検査程に物を言う。一目瞭然。しかし!! ああ、なんとこの男のスマートなことか!!!! ヤツが差し出してきた粉末状にしたアップジョンは、薬剤師がパケッたみたいに、キッチリと千円札で包まれている。ほら、ハイスクールの女の子が、手紙をたたむあの要領で。まるで、病院で貰う、本物の粉薬みたいだ。
よし、行こう。今度はオレの番だ。そうまでスマートな仕事をされちゃ、オレ達が何もしないわけにはいかない。
店の奥、常連客がクスリでパンクした時に──その、パンクっていうのは、オーバードラッグでどうにもこうにも身体が自分の思いどおり働かなくなっちゃった状態のこと──横たわる専用の席に、よりによってサラリーマンの観察者はどっかり腰を据えていやがった。1、2……5、6。6人だった。6人は堂々としていたよ。オレだったら、初めてのクラブで、我物顔で、一番奥のシートにどっかり座るなんて、そんな命知らずな真似は絶対できない。どこでいつ、特殊警棒とスタンガンと、もしかしたらバタフライを持った気の狂った常連の客が、新参者の無礼なふるまいに|カランで《殴りつけて》くるかわからないんだから。
「いや! どうも皆さん、今日はようこそ僕達のクラブへ」
オレは酔っぱらった演技をしているつもりだが、すなわちそれは、精一杯正気を保っているということだった。だってほんとは、スピードのせいでこれっぽっちも酔ってなんかいなかったし、異常な程ロレツがまわりまくっていたんだから。背広の男達は20代〜30代前半。どっかの営業マンのようだった。連中の中で最もカッコよ〜くエグゼクティブにキメていた野郎は、ケッ! 三枝成彰顔の二枚目だった。若き課長、ってところだろう。スカしたその髪型をやめてくれ。栗本慎一郎の露骨に貧相なカツラの方が、まだ下品なだけ好感がもてるぜ。『課長島耕作』の実写版はコイツにキマリってイヤな野郎さ。あとの3人は、ま、クズ。どうみてもワキ役ってツラだった。生まれついての助演俳優という悲しい運命を背負った男たち。女は……こりゃイイ女だ。なんて言えばいい? ああいうイイ女の形容詞を探すのは不得手なんだ。品ある、しかも節度をわきまえた、とても奇麗な人だった。テレビの女キャスターからウヌボレを抜きとったカンジ、いや、ちがう、あんなに恥知らずなインテリ顔なんかしていない、とにかく魅力タップリの女だ。
「みんなー、盛り上がってるねー」
島耕作が、並びのいい白い前歯にブラックライトを反射させてオレに話しかけてきた。ふざけるのもいい加減にしろ三枝!! おスマし顔で微笑みかけてきやがって!!
オレはムカムカきたけど、しかし、そんな表情はおくびにも出さず、ギター男と2人でキャッチバーのポン引きよろしく、ヤツに向かってニコヤカにお愛想よく相槌を打った。「さあ皆さんも楽しみましょうよ。僕らと一緒に、手と手を取り合って! フロアで踊りましょうよ! さ、遠慮しないで、踊りましょうよ。ここは、皆で楽しむところなんですから」
オレと手下は、満面にこれ以上ない──と自分達でも自信を持っているプリティーな吐き気がするようなギンギンの笑顔で、三枝はじめ、ザコ男数人&女達からなるアホウらの群れをフロアの中心へ連れ出した。
カ────ッ!! リズムに合わせて、
「イエ──イ」
「みんなのってるぅ」
ヤツらがその場になじもうとすればする程、クラブの中では浮きあがる。
「イエーイ」じゃないよ、まったく。
クラブキッズも叫び出した。「イエ──イ!!」これは、最高にみんながイラついているっていう、非常にヤバーイ状況なのに、アホウの群れは、自分達がうけていると勘違いして大喜びで騒いでいるじゃないか。「いえーい」滑稽なアンチリズミカルなダンシング。
イエーイ! イエーイ! 爆笑だぜ、イエーイ!
ヤツらが「ノリノリにノッてるうちに」(笑)オレは、超満員のフロアからこっそりと抜け出して、ヤツらの陣取っていた奥のVIP席へ行き、テーブルに置かれている飲みかけのドリンクの中から、赤いブラッディーマリーのグラスを選んで身体で隠しながら手元へひきよせた。そして、千円札で包まれた薬剤をパラパラと溶かしこむつもりだったのだが、なんだこりゃ!! 丁寧に粉砕されたハルシオンは、パラパラどころか、ザザザザーッと飲み物にてんこもりで浮きやがった。こりゃすごい量だ。死ぬぞ!!!!!! いや、文字通り死んでもおかしくない程、おかしい量ではある。
「未必の故意」だっけ? 殺すつもりはないけど、死ぬかもしれないなー、と思いつつやっちゃう犯罪を称して。いや、それは違うか。
ま、本人の体調と体質次第だろうが、死んでもおかしくないほどのハルシオンをヤツらのドリンクにもってやったってわけだから。もちろん笑いを堪えられるハズもない。オレは思わず大笑い!! ス、スゲエ!! いくらなんでも、死んじゃっちゃマズイんでないの?
もちろん、薬がバレないように、よ〜く指でステアする。周りで見てるヤツは、気がついててもニヤニヤしてるだけ。何が起きても見て見ぬフリもルールのうちさ。気づいたヤツは「イエーイ」とつぶやきながら目で合図を送ってくる。近くの連中全員が、ワクワクしながら、そ知らぬ顔でコッチを見ている。みんな今夜のスペシャルショーを待ち望んでるってカンジだった。ヤツらのドリンクに薬を仕込み終えたオレは、大ハシャギでサイコビリーの元へ戻り、ドツキながら尋ねる。
「おっ前ー!! いったい、何錠仕込んだんだ!? 物には限度ってものがあるのよ、限度ってものが。何錠仕込みやがった? 知らんぞ、あれ、昏睡して意識不明になったら……うーん、すごい、すごすぎる」
「えっ、10錠ぐらいですけど」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ええ───っ!!!!!!!!
10!! 10!! 10錠!!!!!!
ハルシオンを10錠!!!! そ、それは、スゴすぎる。知らない者の怖さか、怖いもの知らずの恐ろしさか、他の店からハシゴでやってきたほろ酔いのサラリーマンに、いきなりの10錠は少しキツすぎるんじゃないのかい!? !? Baby!!
「とも思ったんですけど、スピードも少しばっか入れといたんで……、あのアルミにのってた燃えカスだけちょっぴりですけど」
おおおお!! コイツは本当にイカレてる。もはや同志! いや、関わりを持ちたくない無謀なジャンキー。スピードのせいかラッシュのせいか、元々の性格がそうなのか、この無知な薬物犯罪者の豪快なこと!! ゆ、許すまじき蛮行!!
オレは思わず怒りを忘れ、大声でわめき笑い出す。
「スゲエ! スゲエ! スゲエ!! お前は犯罪者だ。スゲエ!!!! 尊敬に値する立派な人間だ!! スゲエ!!」
思いっきりサイコビリーの頬に熱烈なキス!! これが本当のキスってやつだ。頭を鷲掴《わしづか》み、力まかせに唇をサイコビリーの頬におしつける。最高の栄誉を与えよう!
歓喜の雄叫びは止まらない。オレが息苦しいのは、スピードのせいでも、ラッシュのせいでも、LSDのせいでも、ハルシオンのせいでも、ましてアルコールのせいでもない。目の前にいる自慢げに胸を張って立っている、自信に満ちた、この悪魔のせいだ。お前こそ、生きたジャンクドラッグだぜ!!!!!!!!
その間相棒は、また「そうだ!」と性懲りもなく叫んでいた。
「ちょっと失礼、こっちこいよ、ギター!!」
恐怖と未知の交響曲のイントロダクションとも知らず、サラリーマンのヤツらはHIP HOPで踊っている。その中で、音頭をとって、精一杯おちゃらけて盛り上げ役を楽しんでいるのは誰かと思えば、それはギター男だった。
またしても「そうだ! そうだ!」と叫んでいる。近づいていってヤツの下腹を思いっきり殴って、フロアのはずれに連れ出す。
「何か、まんざら悪い人達でもないですよ。一緒に踊りましょうよ。何か奢ってくれるかもしれないし」
相棒は上機嫌。なんという愛すべき性格だろう!? オレはギターのツルツルに剃りあげた頭を抱きかかえて引き寄せ、思いっきりキスをする。お前こそ東京で最高にラブリーなジャンキーだ。そうか、ヤツら、案外いいヤツだったのか。オレは少し後悔したが、入れちゃったもんはしかたない。これも運命ってもんさ。あきらめてくれ。
「もうダメ、もう遅い。入れちゃったもん、たっぷりと」
サイコビリーが横から飛び出してきて自慢げに叫んだ。
「しかも、10錠!! スピード入り!!」
得意満面。オレが驚き叫んだのが、余程嬉しかったのか、ギターにも同じように自信満々で説明する。
「ええ────っ!! ヒデえ!! ヒデえなあ!! それやりすぎですよ、ケケケ」
こうなると、ギター男も笑いが止まらない。あたり前だ、こんな不道徳かつ危険なことが笑わずにいられるはずがない。
ギターはサイコビリーのリーゼントをクシャクシャにして頭の髪をひっつかみ思いっきりキスをした。
「お前もシャバの人間じゃないねえ」
最高の賛辞だ。
ハルシオンと酒。これ程危険な取り合わせはあるまい。どこかの本で読んだ気がする。しかし、本の知識は、所詮本の知識だ。オレ自身の体験によると、ハルシオンと酒のカクテルは酩酊昏倒するが、まだ死んだことはない。ただし、10錠ってのは!! これは明らかに生体実験以外の何物でもない。そういえば、昔、相棒をダマクらかしてヒルナミンを3錠飲ませたら、24時間立てなかったっけ。
さてと、あとはモルモットが実験用剤を飲むばかり。
ノッちゃったねえ、イエーイ、とか何とか、ま、言葉は何でもいいが、ヤツらは十二分にクラブ≠楽しみVIPシートへ帰る。そうとも、キミ達こそ今夜の最高のVIPゲスト!! ショーの主役だ。ああ、リーマン達、なんてカワイソウなんだ。オレ達が、いやいや、今日出会ったばかりのタブレットジャンキー、大量のハルシオンを持ち歩いているサイコビリーさえいなければ、この気のいいエグゼクティブ達は、何事もなくオレ達と同じようにデタラメで狂った時を楽しめたってのに、ちょっとの不運が重なって、今夜のパーティーに巻き込まれちまったんだ。しかしもう、幕は開いてしまっている。このステージから降りることは、もう不可能だ。
そして、オレ達の心にも、店に集ってる客達にも、既に火はついてしまっている。爆発するのは時間の問題だ。
あとのキャスティング──誰があのハルシオンを飲んで、不運の主人公になるかは、運命が決めること。テーブルの上にはドリンクや、誰かが飲み干した空のグラスなんかがいくつも並んでいる、その中のひとつが、地獄行きのアシッドカクテル飲料、誰が飲むかは、わからないってわけだ。どうなるかは、成り行き任せ。あのイカした三枝が飲んでクタバるか、あとの部下兼脇役の3人がひき当てるのか、それとも美人OLのうちの誰かが? いったい誰が餌食になるのか!? ワクワクする。早く飲め!! しかも1滴残さずに!! 早く! 早く! それだけを祈る、祈る、祈る!! クラブ中にいる、あちこちのジャンキー達が、早く飲めと、浮き足だってる。早く飲め!!
できるなら三枝に飲ませたい。あの自信たっぷり野郎がヨレヨレにくたばるところを見物したい。
地団太《ステツプ》を踏みながら、祈る。オレ達も代わる代わる便所に駆け込みスピードを入れる。ついでにラッシュ! 鼻からもスピードをキュンキュン!! なんて贅沢でリッチな夜なんだ!! LSDのせいでライトがはじける。
天国行きの薬剤混入の赤いトマト&ウオッカに手を出したのは、男だった。が、それは三枝ではなく、ああ、なんてことだろう、わき役の男。よりによって、普段から死んでるようなさえない男にアシッドカクテルは、渡ってしまった。三枝の部下なのか、パッとしないダサイ男の一人が、今夜のエジキと決まったようだ。島崎俊郎に似ていたっけ。うだつの上がらぬ、生涯課長代理止まりと先の見えてる小市民の男。能力と運からも見放され続けた無惨な20代のビジネス戦争の敗残兵がドリンクに手を出した。ああ、神様はなんて残酷なんだろう。
これによって今夜の物語はコメディー仕立てになることが決定した。島崎が選ばれたということは、今夜のパーティーはコメディーってことだろう。あのイカした島耕作顔の野郎だったら、舞台はより狂乱あふれるトラジディーに、本物の悲劇に展開しただろうに。しかし、クラブの神様が選んだのは、よりによって生まれついてのコメディアン。仲間うちの宴会でも、いつもコメディアンを担当させられる哀れな男だ。島崎俊郎よ!! しかし、今夜の主役はキミだ。キミをヒーローにしてあげよう。誰も想像したこともないようなアメイジングストーリーのヒーローに。
そうさ、演出するのも、そして出演するのもオレ達だ。今夜のストーリーをどう盛り上げるか、それは時の流れに身を任すように、オレ達に任せてくれ。
三流リーマン島崎トシちゃん(仮名)は、席に着くなり「やれやれ」とタメイキ。さすが、ギャグのキャラクター!! 「やれやれ」の疲れた一声が雄弁に物悲しい笑いをさそってくれる。久しぶりの大あばれで酸素不足におちいったのか口をパクパクさせて、ハルシオンの入ったスペシャルブラッディーマリーをガブ、ガブ。あの状況じゃ味なんかわからないだろうし、きっと見えてる筈の粉末も、この暗さじゃわからない。いや、まさか薬剤が入っているなんて思いもよらないから、微塵も疑わず一気にのみほした。発想外にあるものは、人には見えないのだ。わかる?
そうさ、オレ達はよく、気に食わない女のコのオレンジジュースに、奢ってやるよとションベン入れて何食わぬ顔で飲ませていたが、疑われたことは一度もない。誰だって自分の飲み物にションベンが入ってるなんてことあり得ないと思い込んでるが、実際は全然気がつかないものなのだ。もちろん、オレだって何か飲まされているかもしれないが、そんなことは知っちゃいない。お互い様ってもんだろう。
薬理作用の効き目が現れるまでは約10分。酒も入ってるから、10錠分のハルシオンがあの人間をどうするか、見物だ。
オレ達はなおも、代わる代わるスピードを入れていた。飲みすぎなのか、LSDのせいなのか、シャブ中の幻覚なのか、そのすべてなのか、音がうずを巻いて流れているのが見えていた。音の流れが黒い雪のようにスピーカーから流れて、ミラーボールのまわりでうずを巻いていたんだ。だいぶ、効いてきてたってわけだ。準備体操の時間は終わりだ。
ITS’ SHOW TIME!!
ついに今夜のヒーロー島崎トシちゃんは眠り込んだ。ソファーにもたれかかり、首をガックリと後ろにのけぞらせて。10錠のハルシオンにアルコール+日頃の会社勤めのストレスと肉体疲労もたまっていたんだろう。睡眠というよりは、まさに昏睡状態。たまにはこんな休息も必要だ。ただし、一生目が醒めなくても、オレ達は責任とらないぜ。
眠り込んだトシちゃんを放っておいて踊り狂う程、リーマン軍団の残り5人はヒトデナシじゃない。まして、気を失い昏倒している人間は蹴飛ばして覚醒させるのが一番である、という我々の間では常識とされている非道徳的な民間療法の知識なんてあるわけもない。
「大丈夫ですか? ちょっと疲れちゃったんですねえ」
丸ぼうず頭で親しげにヤツラに近寄るギター男。
「ハハ、酔って寝込んじゃったみたいだよ。ハハ、そろそろ帰ろうかな」
仲間の同意を求めて三枝はトシちゃんを義務的に揺すり起こそうとするが、起きる筈ないじゃないか。哀れなスリーパーは、貴様らの常識を超えた深〜い所でグッスリと死ぬ程眠っているんだから。彼らは、かわるがわるトシちゃんを揺すり、腕を引っぱりあげてなんとか起こそうとしたが、トシちゃんは、ぐんにゃりしたままで目を開けることはなかった。
「しょうがねえなあ。かっこ、笑い、まる」
兄貴然とした三枝の兄貴は、美人OL達に向かい、ケビン・コスナーのように笑った。余裕と寛大さを丸出しにした、素敵な笑顔で、あきらかに寝入っているトシちゃんをバカにした表情でニヤリとね。もちろん見逃すもんか。あの虫ずの走る笑顔をね。
「さあ、僕達はどうしよう、このなさけない男をキミ達どう思う。ま、僕が意外に頼りがいのある、単なるヤサ男じゃない所を見せてあげようかな」三枝の兄貴は、自信タップリに皆に聞こえるように、心の中で一人言を言っていた。その声も、オレは確かに聞いたんだ。空耳じゃない。確かに心の中の声がききとれたのだ。
「しょうがないなあ。こんなところで潰れちゃうなんて。ここに置いとくわけにはいかないし、じゃあ、担いで帰るか。オレが送ってやろう。誰か、彼の家、知ってる人いるかな?」オレ達が知るわけもないだろう。酒場で潰される冴えないサラリーマンの自宅なんか、どうして知ってるヤツがいる? 案の定、会社の仲間さえ、トシちゃんの家を知ってるものは誰もいないらしい。
「とりあえず、オレの家へ連れて帰るか。でも、ちょっとタクシーまで一緒に手伝ってくれないかな」
三枝の視線はOLの、しかも明らかに美人の方に、視線でキッスを迫った。ナイーブで頼りがいのある、それでいて甘〜く輝く瞳をキラキラさせながら三枝はOLをみつめていたんだ。その間、約3秒。その間にヤツはしっかり、パンツの中で射精していた。抜け目なく、他のどうでもいい男連中にも「これは、個人的誘いではないんだ」と、イヤシイ視線で制止≠フ目線を送りながら射精したんだ。
「2人で担いでいきましょうか?」
後輩なんだろう。トシちゃんの友人なのかもしれない。この哀れな同僚の状況に、そして兄貴のあまりにキマり過ぎてる様子に耐えられないムードで、口を挟む。それなのに! それなのに! あの三枝野郎ときたら、
「ま、彼一人だけなら僕一人で大丈夫だろう。どうせ、|クルマ《タクシー》までだから。担ぐ時だけ、手を貸してくれれば」
た、頼もしい!! なんて男らしくて頼もしい男なんだろう。さすがは頼れる上司。
オレ達はその間、これからアドリブで展開するフィルムもカメラもない映画、全員が共同で、作、演出を担当するドラマがどう展開するのか、それだけで胸をワクワクさせていた。オレと相棒にサイコビリーは口々に、「大丈夫かなあ?」「心配っすね」などと、口先だけ、心配しているフリをする。
「悪いねえ、キミ達にまで心配かけて。今度はコイツ抜きでまた踊ろうか」
調子づいた三枝のセリフだ。
まったく、イカしたことを言ってくれるナイスガイだぜ。コイツ#イきじゃ、ドラマは始まらないってのに。まだそれに気づかないんですか? この、クラブ全体を包む不穏な空気に。
「ヨシ!!」三枝はトシちゃんを肩にかついだ。ほとんど、他の若いリーマンの力さえ借りずに、エラそうにかつぎあげたね。まるで粗大ゴミでも運ぶように。くやしいけどその動作は、かなり堂々としたもんだった。顔は三枝でも、いや、だからこそ体力にも自信があるのだろう。週3回のスポーツジムに、水泳は欠かさないんだろう。週末は仕事を忘れてアメックスカードで国際日帰り旅行に行ってるんだろう。オレの憧れる真のエグゼクティブだよ、兄貴。
さあ始まりだ。前説が長くなっちまった。
ITS’ REAL SHOW TIME!!
[#改ページ]
CHAPTER9
ドラッグ&トラブルW 気が狂いそう
これは、スピードじゃない。
実際、LSDのせいでもなかったんだ。
何かが、何かが、オレ達に火をつけ、
この場で、こうなる運命だったんだ。
そうとしか思えない絶対的にハッピーな状況──。
トシちゃんを、意外やガッチリした腕で担ぎ上げ、フェレかアルマーニか、ま、どうでもいいけど、イタリア物のジャケット──わかんないけど──を、ツユ払いの若いサラリーマンに持たせ、確かな足どりで、三枝の兄貴は、フロアへ進む。おまけに叫びやがったよ。
「ちょっとすいませーん、通して下さーい!」
一歩一歩フロアの真ん中を突っ切って歩こうとしているらしい。
人命救助のためですから、皆さん道を空けて下さーい。尊大ぶった態度と声にクラブのお客の怒りはもはやピーク。「ハイハイ、邪魔邪魔、どいて下さい。オレが通るんだから、ドケっていったらドクんだよおまえら!」またしても、ヤツの心の中の声がきこえた。三枝は、頭の上に赤いパトランプでもクルクル回してるつもりなのか、威風堂々と一歩一歩出口へ向かって進んで行く。そんなヤツに道を譲る必要がどこにある!! 案の定、誰一人としてヤツを通してやろうと、身体をよけるヤツはいなかった。
しかしオレ達は、決してイジワルでそうしてたんじゃない。オレ達は優しい人間なんだ。仮にトシちゃんが、フラフラになって這いつくばってでも、自力で出口へ行こうとするのなら、皆は、ガンバレ! と叫びながら、永遠の眠りにつかないように、気付け薬代わりのケリでもお見舞いしながら、心底彼を励ますだろう。しかし、三枝の兄貴、キミはオレ達のことを知らなかった。世間の常識をここへ持ちこんじまったんだ。
「どいて下さーい」
「通して下さーい」
「どいて」「通して」
「どいて下さいー!」
三枝の声なのか仲間の声なのか、とにかく「どいてくれ」とか何とかいう叫び声が、クラブ中をわんわん回ってオレは、もう気が狂いそうだった。
「気が狂いそう!!!!!!!!!!!!」
本当に気が狂いそうだった。
一瞬、スピーカーが鳴りやみ、すべての雑音が消え、グラスとグラスの触れあうかすかな音すら聞こえなくなった。
その瞬間!!!!
まさにその瞬間、大音響が炸裂!! 圧倒的音圧でスピーカーがガナりだし、店の窓やカベをミシミシならした。本物のロック≠チてヤツだ。魂を揺さぶる本物の音!! こいつを聴いて踊り出さないヤツは人間じゃない。曲の題名なんかどうでもいい!! 最高にイカした、心に火をつける曲だったのだ!!!!
……………………………………!!?
気が狂いそう─────!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これがスタートの合図だった。!!!!!!
店中の客全員、相談したわけでもないのに、すべての男も、座ってた女も、カウンターにもたれたヤツも一斉にフロアへ踊り出る。超満員で動けないってのに、それでもとびだす。そう!! そう!! そう!! みんなが三枝めざして突進していったんだ。
空間はある≠じゃない、作り出すんだ!! お前らも!! さあ、主役を殴り倒そう。理由なんてなんでもいいさ。皆でパーティーに参加しよう!!!!!! 狂っている?
NONONONONOO!! 狂ってなんかいないさ。スピーカーの中で叫んでいる狂ったほど優しいスターターの声で、クラブにいる全員が、急に正気に戻っただけなんだ!!!!!! 正気にもどったからこそ、すべてを忘れてやりたいように暴れだしたんだ。
誰かが、三枝に足を引っかける、おねんね中のトシちゃんを担ぎ連れ去るヤツ、「キャー!!」OLの叫び!! 引き倒す!! OLは弾き出される。這いつくばる三枝。頭を押さえつけろ!! 両手で後頭部を守る兄貴!! アッパ───!! アッパー!! 首のつけ根にブーツのつま先がめり込む。必要なのは顔面を殴りつけること。蹴り!! ヒザ蹴り!! バックスウィングなしで、殴りつける。リンチのバーゲンセール、スナップをきかせて鉄の拳で。自然に手足が動く!!!!!!
これが本当のダンスってもんだろう。
引きずり倒せ!! 蹴りつけろ、踏みつけろ!! 踊りたいように殴れ!! 殴りたいように、蹴れ!! 伝説のロックバンドが狂ったようにスピーカーで叫んでいる。
気が狂いそう!!!!!!
優しい歌が好きで!!!!
ああ、あなたにも聴かせたい!!!!!!
金色の髪が、ロレックスの時計が、剥げたマニキュアが、軍用のブーツが、つけまつ毛が、ドクロの刺青が!!!! それからミッキーマウスのTシャツも、ハイヒールも、ピアスつきの鼻も!! ミルクにありついた子猫のように一斉に、フロアのベタついたコンクリートの床で中華料理のエビみたいにうずくまって身をくねらす三枝を蹴る、蹴る!! 蹴る!! 踏みつける、ドヤす!! にじる!! 潰す!! 砕く!!!!!!!! もっと!! もっと!! もっと!!!!!!!! もっと!!
そして店内の連中が、一斉に歌い出したんだ。歌い出した? そう、歌い出したんだとも!! オレには聞こえた、聴こえたんだ。全員が口々に叫び、歌っている声が。
そう、全員が、歌い出したんだ!!
ホントなんだって。
ボクはいつでも
歌を歌う時は
マイクロフォンの中から
ガンバレって言っている
聞こえてほしい
あなたにも
ガンバレ───────!!!!!!!!!!!!!!!!
オレはその時、澄んだ怒号をはじめて聴いた。苦しい叫び声の美しさに感動した。圧倒的なスピーカーからの音圧が、黒いシルクのヴェールとなってフロアに群れている全員を包んでいた。何かに包まれているような不思議な心地よさだった。
最高のダンスの最中には最高の歌声が出る。店内の全員が、一斉にその歌詞に合わせ、歌っていたんだ!! 歌詞なんか知らなくたって大丈夫。ガンバレー!! こう叫んでいれば、いいんだ。ガンバレ──!! 大声で!! ガンバレー!! ガンバレー!! ガンバレー!!
これが歌だった。
ガンバレ────────────!
汗やら香水やらディップやら、あと何だ、ダイエースプレーやら、ワキガ、ゲロ、ウィスキー、ニンニク、日本酒、店内のカビ、ミンクオイル、ラム、おろしたての革ジャン、口臭、熱気、危険!!!!!! そんなニオイが信じられない歌声《コーラス》とミックスされて、もう、ものすごいハッピーな空気をつくっていた。店中のみんなが幸福の絶頂にいたのさ。イクイクイクイク───ッ!! 全員同時にイッちまったんだ。本当さ、音と暴力でイッちまった。
信じられないだろうけど、例のすごい美人OLですら、イッたんだから。驚きから恐怖、そして喜びと叫び声を変えて、彼女は少しでもダンスに参加しようとしていたんだ。ぶっとい刺青の腕と革ジャン男の間にシャネルスーツの細身の身体をムリヤリねじ込ませて、ハイヒールのつま先で、必死になって自分の上司を蹴りつけようと捜してる最中にイッたらしい。
ツユ払いをさせられてた他の若い背広は蹴りにこそ参加しないものの、人一倍デカイ声で、歌のフシまわしとは何のカンケーもなく、
ガンバレ───!!
と叫んで腕をグルグル振り回す。時々、なにせ超満員なもんだから、その腕がモーターヘッドの一人みたいにガタイのいい大男やら、ショートカットのカワイイ女のコに、もの凄い勢いでバッコバッコブチ当たるんだけど、あんまり、ツユ払いの形相が楽しそうなんで、みんな、迷惑そうな顔はするけど、笑顔で許しちまう。ヤツもイッた。
人にやさしく
してもらえないんだね
ボクが言ってやる
でっかい声で言ってやる
ガンバレって言ってやる
聞こえるかい
ガンバレ──────!!!!
あああああ!! いつまでも、いつまでもこんな時が続いてくれ。これは、スピードじゃない。実際、LSDのせいでもなかったんだ。何かが、何かが、オレ達に火をつけ、この場で、こうなる運命だったんだ。そうとしか思えない絶対的にハッピーな状況──。
歌い続けろ!!!!!! 蹴り続けろ、殴り続けろ!! 続けろ!!
しかし、歌は終わるからいい。終わらない歌なんか、オレはまっぴらだ。いつまでもいつまでも終わらない歌なんか! 仮にそれがどんなに楽しい歌であっても、いつかは、また別の歌が聴きたくなるだろう。その時のために、仮に淋しくても、歌は終わらなくちゃいけないんだ。でも!! でも続け!! 続け!!!! 今はまだ、歌い続けるんだ。
YEEEESSSSSSSSSSSSSSS
EEEEEEEEESSSSSSSYYYY……
YEEEEEEEEEEEEEESSSS
誰もがハアハアと息をし、酸欠状態!! 死にそうなぐらい叫び、気が狂いそうなぐらい、笑い!! 一生分人を蹴りまくった後、一瞬、間をあけて、次の曲がかかった。
もうそれは別の日の別の店のようだった。リーマン連中を除く、すべての客が何事もなかったようにそれぞれの指定の位置につき、それぞれのやり方でいつものように全員が自分流に音や酒や光を楽しむことに専念していたんだ。
えええええ───っ!!
い、いったいあれは何だったんだろう。
あの、スサマじい、信じがたい、あの共通体験は!! まさか、あれはLSDとスピードの妄想ではあるまい。いや、絶対に起きた出来事だ。
なぜなら、あの高揚感を、今、この文章を書いているオレが、|回 想《フラツシユバツク》することができるのだから。
ところで、あれだけの貴重で神聖な時間を、店内の全員で共有できたというのに、一人だけ参加できなかったマヌケ男がいる。いやはや、哀れすぎて言葉もでない。蹴られてた張本人、半死状態のあの三枝の兄貴ですら、蹴られ、ふみつけられて呻《うめ》きながら、心の中で「ガンバレ」と自分自身を励まして皆からの暴力の祝福に必死で耐え続け、最後には大切なオレ達の仲間の一人になれたというのに、クソ!! 一人だけパーティーに参加できなかったマヌケがいる。ホントにお前は哀れなヤツだよ。トシちゃん。
アップジョンでぐっすり眠り込んじまって、奥のVIPシートで、グースカピー。何事もなかったようにヨダレをたらしていやがるんだから。
いったいどんなハッピーな夢を見ているというのだろう。運の悪い、仲間はずれのトシちゃん、あんただけ、あんただけが一人で眠り込み、ククッ、この伝説に参加できなかったんだ。LOVE。
さ、課長の兄貴、早く仲間に介抱してもらって立ち上がれよ。トシちゃん共々、お手手つないでアンタも病院行かなきゃ、肋骨の2、3本もイカれてるだろう。本心から、心配だよ。本当に、本当に、今は、本当に、キミはオレ達の仲間になったんだ、
本当に。
MESSAGE:FROM EDITOR
たった今、編集部と電話で話し終えた。文体も内容も所々支離滅裂。ドラッグの経験がない人にはわからない文脈──そういうことだ。
「落ちついて淡々と冷静な現在の心境と、ドラッグをやってる最中のハイテンションを、どう上手く織り込んでいくかが、この本の完成において大切な鍵となる」って、そういうことらしい。
「淡々」と「冷静」が大切ってことだ。
正しいアドバイスなんだろうけど、ドラッグをやってる人にもわからないかもしれない、とは言いそびれた。電話を受けながら顔面神経痛が出現して口元がヒクヒクしだしやがったんだ。なんらかのストレスを感じ、それが神経系統に異常伝達をもたらしたんだろう。
確かに、今まで書いてきた物語は、冷静さを欠いたリズムの狂った物語かもしれないよ。
でも、最初から書き直すなんてまっぴらゴメンだ。
今日もオレは、純粋さを求めてジャーナリスティックな焦点を失ったまま。瞳は向精神薬にうるんでいる。
これはひとえに、オレが未だ、精神のバランスを欠いた不安定な状態にあるためだけだろうか。違う。何か、得体のしれない、正体不明の何かを捜しているからなんだ。猛スピードで書き殴った乱れた文脈の中に、その何か≠発見できるような気がしてね。
スピードのことを書けば、脳内の伝達組織は異常放電、ドーパミンの海が頭の中に出現する。まるっきりスピードがキマっているハイテンションの再現だ。何時間も書き続け、突然息があがりパンクする。
記憶の中から、ハシシに関連する情報を引き出し書きはじめると、見事に脳内にカナビス摂取時の状態がフラッシュバックしている。そんな具合だが、それでいい、それでOKと思っているよ。
紙ナプキンや、コースターに書き殴られた、現場現場でのラリった走り書きを、そのまま原稿用紙に貼り込んで、物語にブチ込んでるんだから、どうやったって、「冷静」「淡々」としたお行儀のいいノンフィクションルポルタージュにはならないだろうけれどそれでいい。このまま書き殴り続けることにしてしまおう。
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CHAPTER10
伝説のあと 目が醒めると夢よりあやふや
鏡を見た。
死人よりも死んでいることを訴えている顔。
白目は赤く濁っていたし、
黒目にはどんより白い膜がかぶっていた。
なぜか鼻の脇をスリむいている。
歯ぐきははれあがって、額には油が膜をつくっていた。
脳ミソが硬質ゴムになっていた。
複数種のドラッグを併用でキメすぎた翌日はいつもこうだ。頭が重いなんて生やさしいもんじゃない。一夜にして、自分の身体が肉屋の冷蔵庫に吊されている内臓をぬいた豚の死骸と入れ代わっちゃったようだよ。節々が凍ったように痛くて、本当に自分の身体がおぞましい。気分を変えようと、風呂に入ったら、そのままバスタブをつきやぶって、腐りながらどこまでも沈んでいきそうだ。いやはやこれこそがヘビーラッシュのツケってやつ。
ああ!! どうしてオレは、ラッシュなんてヒドイもんをやってしまったんだ! この頭痛! これは酒とラッシュのせいだろう。どんなに激しい二日酔いだって、これに比べたらほろ酔い気分ってもんさ。
隣で、男が一人、シーツにくるまり悶絶死の表情で眠っていた。
オレはどうしたんだ。メチャクチャに背広を蹴っとばした。その後だ、これっぽっちも覚えていない。頭痛!! それにしてもヒドイ頭痛!! それにいったい、ここはどこだ!! オレの家じゃない。ギター男の部屋でもない!! 見たことのない部屋。いつ来たんだろう。頭痛!! 頭の中でいくつかの断片的な映像がフラッシュバックする。ミラーライトの中、誰かの靴が、背広の腹にめりこむ瞬間、…夜の街でギターに殴りかかられているおびえた男の影、……思い出した。隣で悶絶死してるのは、昨日会ったサイコビリーだ。ギターがいない。どうしたんだろう、わからない。耐えられない、この頭痛。とにかく、思考が回らない。ヒドイ頭痛、ヒドイ頭痛………。どうしようもない。ヒドイ頭痛………。耐えられない……ヒドイ頭痛…。
揺すられて目を醒ますと、隣からギター男が眉をしかめながらオレの顔をのぞき込んでいた。どこからか、誰かがションベンしてる音がしてる。あれからまたどれだけ寝たのだろう。頭をあげると、黙りこくったサイコビリーがいた。眉間に深いシワをよせながら立っている。
そうか、コイツの部屋に泊まったのか。覚えていない。あたり前だ。こんな頭痛を引き起こす程、頭の中をグルグルさせといて、昨夜のことをすっかり覚えていられるわけない。なんたってヒドイ頭痛なんだ。ドラッグによる突発的急性脳腫瘍に違いない。もし、そんな病気があればだが。
「便所貸し貸してくれくれる?」頭がまわらないのか、口がまわらないのかわからないが、とにかく言葉に障害がある。ども、ども、ど、どもっちゃうんだ。
「いいよ……、あっち」サイコビリーは、子猫が草原でたわむれているポスターが貼ってある扉を指した。もうひとつの、半開きになっている扉の向こうには、ベッドがみえる。「便所にションベンかけるなよ」ガラガラ声でヤツは言った。
こんな最低の気分の時によくそんなことが気になるもんだ。不愉快な男だ。
なんで便所の扉に子猫のポスターなんだ? 扉を開け、何もないキッチンを進み、さらに扉を開けると、そこは清潔に整とんされた風呂場で、その隣がトイレの扉だった。なんだこりゃ? 便座には猫がプリントされた、ピンク色のカバーがかぶせられていた。うわ、気違い。もしかして変態なのか、コイツは。そして、イヤな瞬間がやってくる。シンナーでもトルエンでもラッシュでもいいが、とにかく有機溶剤をタップリ吸い込んだその翌日、誰でも最初は便所で泣きたい気持ちになる。
オレはションベンが、便所に貯まった水に直接入る音が大キライだから、必ずションベンは、便器に当てるようにしている。でも、そんなことは気安めにもならない。
ああ!! やっぱりだ!! オレの身体の内部はボロボロになっている。
諸君は見たことがあるか!? 洋式便器のスロープを、信じられないくらいまっ茶色のションベンが流れていく様子を!
茶色じゃない。発酵茶の類を10年間発酵させたような、濁った、毒素100%の腐った液体。何ともイヤなニオイ。それが自分の身体の中から、とめどなくあふれ出てくる様子を。
自分の体内から、工場排水さながらの汚水がタレ流れるのをぼおっとながめ、最低に暗い気分になった。腹の中の臓器が腐ってる。その腐って蕩《とろ》けた汁が、チンポコの先からあふれ出ている。テレビでしか見たことないような工場排水が、湯気をたてて自分の体内から出てるのを見たら、誰だって最初は愕然《がくぜん》とするハズさ。でもそれは、ちっとも恥ずかしいことじゃない。あたり前のことさ、オレ達はジャンキーなんだから。
便器の中では、イヤなニオイをあげながら、綾瀬川の水面みたいに汚水が泡立っていた。どんなにチンポコを振りまわしても、尿道に雫《しずく》がねっとりと、からみついてるような気がした。
水洗のコックをひねる。気分よく水は流れた。
水洗便所の中に、
内臓をすべて吐き出せたら
どんなに気分がいいだろう。
たとえ放尿で膀胱の汚水を放出したところで、どのみち身体の中は汚れた血で満タンなんだ。胃の中、腸の中、肝臓の中。そして動脈や毛細血管を通じて、汚れた血は脳に達してうっ血しているってわけ。血管を通じて、毎秒6800ccの汚血が全身のすみずみに循環しているんだ。身体中すみずみ、指先まで。最低だ。
鏡を見た。映画の中の死んだメイクの俳優みたいだった。現実にはあり得ない、死人よりも死んでいることを訴えている顔。なんて顔色なんだろう。白目は赤く濁っていたし、黒目にはどんより白い膜がかぶっていた。なぜか鼻の脇をスリむいている。歯ぐきははれあがって、額には油が膜をつくっていた。
何回顔を洗ってもスッキリしない。これはすべて体内に汚血がたまってるせいにちがいない。
顔がスッキリするのはいつだろう。まだ普通に頭が考えられやしない。
便所を出て、オレはサイコビリーに断わりなく冷蔵庫を開けた。運よくポリエステルのボトルに入ったウーロン茶があったので、それを飲んだ。寝ていた部屋にもどると、ギターがうめきながら、なんとか苦痛から逃れようと、眠る努力をしていた。サイコビリーは、ベッドでクタばっている。この苦痛から逃れるのには2つしか手がない。一つは耐えること。もう一つは、眠ること。オレは眠ることにした。
何度目の目醒めだろう。夢は見なかった。
いくぶん気分がいい。ギター男は安らかな寝息を通り越して、呑気《のんき》なイビキをかいている。サイコビリーは、ベッドを一人占めして丸くなっていた。
そうなんだ、ここは昨日出会ったサイコビリーの部屋。よく片づいている。まだ新築してまもないんだろう。コンクリートのニオイがする。なかなかいいマンションだ。昨夜のことといえば、ああ、思い出すのは断片的なこと。蹴とばしてたのは覚えている。
いったいオレ達はあの後どうしたんだろう。さっぱりわからない。その部分の記憶だけ、人工的に消去されたように何も覚えていない。どうしたんだろう。考えても、何ひとつ出てこない。
「おき、おき起き、起きろよ!!」
痙攣する言語でオレはギター男をゆすり起こした。「起きろよ、じ、じじじか、時間ですよよ、よよよよよ」
時計を見ると、10時を過ぎていた。もちろん夜の。
ギターは仕方ないって様子でもぞもぞ動き出したが、ムクんだ顔は黒ずんだススみたいな汚れまみれで、ヒドイことになっていた。
「おい、昨日、どどどどうなったのか覚えてるか、クラブで背広をメチャクチャに蹴とばしたのは覚えてるよな。思い出せないんだ。そそそそこまでは覚えてるんだけど。その後、どうどうどしたか覚えてるか?」
ギターは目をショボショボさせて頭をふる。「……えーっと………そうだ、あれからすぐ店を出て……どうしたっけな」
「そういえば──」ギターが語りだしたのは、
しかしそれは最低の回想録!! 断片的な最低のフラッシュバックだった。「あの後、店を出て、歩きながらラッシュをやって、で、─────で、『|ニール《ビニール》でやりましょう』ってことになって、コンビニの袋にラッシュをぶち込んで、3人でスーハーしてたんですよ」
オレは全く覚えてない。いや、そういえば、ニールでラッシュ吸ってたのは覚えている。なんでいつのまにかシンナーやってるんだ、と不思議に思ったから。
「そう、そのニールにはゴミが入ってたんですよ。そうそう、ゴミ捨て場から拾ったんだ」ギターは思い出してきたらしい。
しかしオレには全く記憶のないことだった。
しかしオレには全く記憶のない
しかしオレには全く記
しかしオレに
しか
悲しい気分。
ボクがだんだん壊れていくような……。ボクがだんだん壊れていく…。「大丈夫っすよ」とギターがなぐさめるように言ったが、しかし現実に、ボクがだんだん壊れていく…。そんななぐさめが、なんになるというのだろう。ボクがだんだん壊れていく…。
こんな気分の時は、
シャブでもやらなきゃやってられないよ。
「お前、シャブまだある?」オレのシャブは昨日全部使いきってたから、ギターに聞いた。残りのシャブの量は、いつでも正確に覚えている。
「ありますけど、またキメるんですかあ!? うわっ、ジャンキーだなあ」さすがのギターもあきれ顔だったが、それも一瞬だった。
「オレもキメちゃお。やっばいよなー」
「やばい」と言うわりにかなりうれしそうにギターは、まだ封を切ってないパケを、ハイライトのパッケージからとり出した。
オレは、キッチンへ行き、棚の扉を次々と開け閉めしてアルミホイルを捜した。
見つけたアルミを、ぼおっとする頭で丁寧に折りたたみ、いつもの作法どおりにシャブを炙《あぶ》っていく。
2人でかわり番に吸っているとだんだん頭がシャキッとしてくる。
「うわっ、キタわ。これ、モノがいいっスよね、絶対」ギターも調子が上がってきたようだ。
「やっぱ起きたらまずコレでしょ」
オレもそんな調子で、5、6回吸った頃はすっかり気分がよくなって、2人で笑い声さえあげていた。
「|あああああ《ヽヽヽヽヽ》……」向こうの部屋でうめいているヤツがいた。
「ノドが痛えー」サイコビリーもお目醒めだ。
「起きた? やる? やる? コレ」ギター男はすかさずアルミホイルを差し出す。すっかりいつもの調子にもどっている。
「ああ…、オレはいいや」サイコビリーには自制心があるらしい。驚きだった。やりましょうよ、となおも勧めるギターを制止してオレが尋ねた。
「昨日のこと覚えてるかい?」
「ビニール─────────────でラッシュやったのは覚えてる??」ギターは話しながらスピードを吸ってる、どっちかにしてほしいものだ。
「覚えているけどさ、その前に、店を飛び出してすぐ、路上でポルカを踊ったんでしょ」サイコビリーはうんざりって顔で喋りはじめた。
ポルカ? ポルカ!? ポルカ!!
そういえば、そんな気もする。「道端の、工事用の黄色と黒のシマシマの長い棒で、街行く人々をさそって、ポルカを踊ったんだ」
思い出した。オレも部分的に思い出してきた。ポルカを踊ってたのは覚えている。
それでそれで? オレとギターは物語の先行きにわくわくして、サイコビリーにその先をうながした。「誰も相手にしてくれなかったけどね。それで、どうしたか覚えていないの? マジっすか!?」サイコビリーは信じられないといった表情だ。
「覚えてない。ポルカ踊ったのは、覚えてない。うわーイカレてる。オレ達絶対気違いですよ」ギター男は、楽しみにしている連載マンガの先を聞く様な調子だ。
「マジィ? マジで? うわーマジで本当に何したか覚えてないの?」サイコビリーはアキレている。
「覚えてない」
「結局、誰もポルカを踊ってくれないから、ギターさん、アンタが怒って、道行く人を殴ろうとし始めたんだよ! しかも、棍棒で!!」
棍棒? 棍棒? 違う!! そりゃ警棒だぜ!!
思い出した!! そうだ!! 誰もポルカを踊ってくれず、ギターは発狂。「テメエら、オレとポルカ踊れないなんてフザケてる!! ブン殴ってやる!!」とか何とか叫びながら、ズボンのスソにいつも入れてある特殊警棒で、夜道を通行中の女に襲いかかったんだ!!
「覚えてない、全然」記憶を失ってた粗暴な男は、ニヤニヤしながら話を聞いている。
「それで、オレが止めたんだぜ!! あんなもんで殴ったら事件になってましたよ。とにかく女は悲鳴をあげるし、この人は」とオレを見て「ケタケタ笑いながら、ポルカ踊ってるし!! 警察が来る前にオレが2人を連れて逃げたのに覚えてないの?」
「知らなかった、そうだっけな?」ギターはオレに聞いてきた。
そうだ!! そうだ!! その辺は覚えてる。いいぞ、いいぞ、調子が出てきた。
サイコビリーはあきれ声、「そうだけど、ビニールにラッシュ入れて吸うヤツなんて初めて見た(笑)」
「ああ、だけど…ホントはラッシュもああすると一番キクんだ」ギター男は反省の色もなくスピードを胸いっぱいに吸い込んでは吐くのくり返し。
「で、どうやってここまで帰ってきたの?」オレは尋ねた。
「え──っ!! それも覚えてないの!? ち、ちょっと待って。オレもスピード吸わせて」サイコビリーもオレ達の絶好調ぶりを見て、やる気になったらしい。スピードを吸い込んで息を止めてる内にギターが喋る。
「全く覚えてないなあ。ニールのラッシュは覚えてる。でも、その後は何も覚えてない、うわー、ボケてるわ」
「その後…」サイコビリーは、スピードを吸って止めていた呼吸を再開。「その後、とにかく眠っちゃったんだよ、どっかの公園で。オレもよく覚えてないけど、気づくと朝だった。車の音で目が醒めて………それで2人を起こして……。とにかく起きないんだ2人共!! それでタクシーに乗せたじゃないですか。押し込んで乗せたじゃないか」
「ダメだオレ、ほとんど覚えてないわ」どうしたんだ!! どうして覚えてないんだ!! と、言われてもねええ…だってオーバードラッグのせいで、記憶が欠落しているんだもーん。あったりまえだもーん。
「とにかく、アンタらヒドかったよ。ラッシュ吸いながら、アップジョンをくれ! くれ! って、ボリボリ食ってんだから、ピーナッツみたいに! アップジョンつまみに、ラッシュやってるんだぜ!! しかもゴミ袋で。死ぬんじゃないかと思ったよ!! マジで!!」
「そういえば、なんか食ってたな」ギター男は御満悦ってな調子で、天使の微笑。その日、地上最悪の天使は、口からスピードを吸い、高く高く宙に舞い上がった。オレ達は持ってるスピードを3人で全部吸いきるまで、昨日のクレイジーだった一晩のことを口から泡を吹いて語りあい、そして気流にのって天まで昇ってっちゃったわけだ。
■■MEMO:2nd SUMMER@
今日は不思議なことにいつもの公園近くに密売人《プツシヤー》が一人も出ていない。警官の見まわりがあったって、こう長時間隠れているなんてめったにない。捜査があったのかもしれない。何人か、らしいヤツが歩いているが、声をかけても無視して通りすぎていく。界隈を一周したが客待ちのヒスパニックの女のコ達はいつものように立っているが、ドラッグ売りの男連中は誰もいない。あきらめて新宿駅の中の売り場へ行ったが、やはり誰もいなかった。
もう一度、公園の売り場へもどろうと思って歩いていると、途中で顔を知ってるイラン人を見つけた。とっ捕まえて事情を聞いた。
「今、ちょっとあぶないね、今、ケージいっぱい」早口にささやくと、急ぎ足で行ってしまった。なんかあったんだ。今日は我慢するしかない。ちくしょう。
■■MEMO:2nd SUMMERA
今日が月間≠フ最中だってこと、ギターと電話で話して知った。どうりで新宿に日本人の売人もいないはずだ。麻薬取り締まり強化月間=Bこの期間、密売人は身の安全を考えて街頭に立つことはない。立つとしても夜がふけてから。しかも、ネタは違う場所に置いといて、注文を受けてから仲間に取りに走らせる。用心はわかるが、時間がかかるので面倒だ。オレも今月は用心してやめておくことにした。最近、身体の調子もよくない。
■■MEMO:2nd SUMMERB
スピードが猛烈に欲しい。
夜になって公園に行って、スピードを買う。調子よくはキマらないが、なにかの間違いだろう。タップリキメる。どんよりした意識のまま、キメても楽しい気分になれない。おかしい。部屋のあちこちに落ちてるチョコを拾い集めて吸う。一人で奇声を上げて踊った。
■■MEMO:2nd SUMMERC
原稿用紙に向かってたら、スピードが切れかかって身体が震え始めた。休憩のため、横になって天井を見てたら、こないだ取材に来た編集者が持ってきてくれたLSDのシートを机の奥に仕舞い込んでるのを思い出した。
さっそく捜して口に入れたが、思ってたより量が少なかった。
横になってテクノのなんとかいうCDをかけたが、スピーカーからの電子音のリズムはいつまでたっても頭の奥で踊り出さないし、イコライザーの光を見ていたけど、ちっとも幻覚が見えてこない。「アレッ、これって、どうなってるんだろう?」という、小さな驚きから始まる、思いもかけない自己発見への旅、「ここではないどこか──今ではないいつか──」への意識の旅行も、出発の予感すらなかった。
ガッカリだ。
量も少なかったけどね。しかし、コレは今までで最低のLSDに違いない。失望で怒りがこみあげてきた。
フテくされて目をつぶって眠ろうとしたが、スピードが残っているから眠れなかった。仕方なく横になって目を閉じていると、いつのまにか半覚醒の自分の中で、もうひとつの自分が語り出しているのを感じた。ようやく、ゆっくりと始まったらしい。
「……ボクというのは、人間の型をしたボクではあるけれど、ボクの中には、精神≠ニいう別の人格を持ったもう一人のボク≠ェ存在しているんだ……精神のボク∞身体という容器としてのボク≠ヘ、それぞれ独立した存在……こんなあたり前のこと、どうして今まで気がつかなかったんだろう…これを考えているのは精神のボク≠ニ身体という容器のボク≠フ存在を発見した、さらにもうひとつ上から客観的にボク≠見ているもう一人のボク=c…そのボクも精神のボク≠ニ容器のボク≠ニいう2つのボク≠ゥら成っていて、さらに、その上から客観的にそれを見ているもう一人のボクがいる。そのボク≠焉Aさらにその上のボク≠ゥら見れば精神≠ニ容器≠ノ分かれているし、それを見ている上にも、さらにもう一人のボク≠ェいる──さらに上にも、…その上にも、その上にも……、ボクを一番上から俯瞰的に見ているボクは、ボク自身では出会うことができないはるかかなたの存在…時間でも距離でもない、永遠に遠いどこかに、…最終的な一人のボク≠ェいる。精神と容器の一体化した本物のボク≠ェ……。なんで、こんなわかり易いことを、今まで感じなかったのか不思議でならない。……こんな簡単なことなのに…迷走迷走迷走ぐるぐるぐる。
LSDの量が少なかったんだろう。半覚醒の頭の中では、グルグルグルグル、同じことがくり返しくり返し回っていた。つまりは、思考回路の中の出口のない迷路に迷い込んじまったわけで、非常に中途半端な自己発見の堂々巡り。
同じところをくり返し回っているだけで、ロケットみたいに、どこかにいる本当のボク≠フ世界へイッキに、横になっている現実のボクをブッとばして連れてってはくれなかった。
同じ声が頭の中で鳴りつづけ、同じ理論のくり返し。だんだんイライラがつのり、ついに「もうやめてくれ!!」気がつくと目を開けて大声で叫んでいた。もういい加減、中途半端な自己発見の旅にはうんざりだった。時計を見ると、6時間も過ぎていた。
大声を出したせいかもしれないが、頭はボーッとしていたけれど、正気を取りもどすのに苦労はなかった。
もちろん、覚えていることをすぐにメモに残した。LSDの影響を受けている時に考えていたことを。
「自分≠ニは、実は精神≠ニ容器≠ノよって成立していて、それを発見したもう一人の自分≠燗ッじように精神≠ニ容器≠ノ分かれていて、さらにそれを発見した自分≠焉c……」こんなことが書いてある。今、冷静に考えてみると「まあ、理屈としては、そういう考え方も、ありはありだな」と思えないこともない。しかし、酩酊状態の自分は、こんな抽象的な概念を、あたかも目の前の実在する物質、ま、リンゴでもなんでもいいけど、その物質を手でひっ掴んだのと同じぐらい確かな具体的な感触で握りしめていた。その「理屈」を「リンゴ」を噛むがごとく、象徴的概念を実体≠ニして全身を使って握りしめていたんだよ。目が醒めてすぐの時点ですら、それはとてつもなく不思議な気がした。インスタント禅≠ニもいえる、奇妙な体験だった。なんだって、そんな感覚になれたんだろう。まあ、その理由はカンタンだけどね。LSDのせい、ただそれだけのこと。LSDをキメた薬効で、ちょっとの間、そうなった。神秘でも何でもない。LSDをキメたから、キマってただけだ。効かない方が不思議だよ。
でもLSDはちょっとヤバイ。あんな時間がずっと続いていたら、本当に気が狂ってしまうかもしれない。今までも気をつけながら使ってきたけど、アシッド系LSDには気をつけよう。
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CHAPTER11
ジャンキーによる講演会 新論発表
「自立! 独立! うわー、ダッセー、
自分の力で生きていく!! うわっ、カッチョわるー、
お前は70年代のボンボンかっての。
他人の金で楽しく生きてく方がよっぽどいいさ」
それ以来、遊び終わると、初台にあるサイコビリーの部屋におしかけて休むようになった。もちろん、ドラッグを持って。その日もギターとサイコビリーと3人で、サイコの金でオレ達が買ってきたスピードをキメていた。
サイコビリーの部屋の熱いシャワーは、気分がいい程湯が勢いよく出る。それだけで充分に幸せになれる。スピードをキメた身体にはなおさらだ。
それにいつも、フカフカのバスタオルが用意されている不思議な一人暮らしだ。そもそもヤツの部屋はジャンキーの一人暮らしには贅沢だし、ピンク色の便座カバーやら猫のポスターと、サイコビリーの革ジャンはマッチしないよ。
「なあ」オレはユニットバスを出て身体をふきながら言った。「お前って、何やって暮らしてんの、ヤバ専?」
「ちがう。子供≠竄チてるの、ママの」ヤツはスピードをはき出しながら平然と言い切りやがった。ママ? ママの子供≠チてどんな仕事だ?
「なにそれ!! どういうママだ?親≠チて意味か、それともスポンサー=H」
スピードをもう一服してオレが尋ねる。
「親だよ親、オレを生んだ実のママ!!」サイコビリーはアセって説明した。「時々ママが来て、部屋を片づけていくんだ。ポスターも、便座カバーもママの趣味」
スピードを吐き出しながらサイコビリーは早口で喋る。
「なんだ!? オマエ、ママに甘えて暮らしてるのか?」ギター男がうなり声をあげた。
「しかたないだろ! うちの家が会社やってて、ちょっと金持ちで、他の母親よりママがオレをちょっぴりチョッピリたくさん愛してるからって、それはオレのせいじゃないんだから」キマっているから早口だ。
まあ、言われてみればその通りだ。ママが金持ってるからって、それが子供の罪ってわけじゃない。
「家賃もママが払ってるの? うわーカッコわりー」スピード吐きながら、ニヤニヤしながら大げさにからかった。
「だったらどうだって言うんだよ。それによって、この部屋の価値が変わるのか? 部屋は部屋だろ」サイコビリーは粉にしたスピードを鼻から入れていた。
「そりゃ、まあね」自分がこの世に生まれる直前にオヤジが蒸発するという恵まれない母子家庭に育ったギター男は不服そうな顔だ。だが、実はコイツも、スタイリストの彼女にたかって住んでる部屋の家賃を出させているから、本当はエラそうなことは言えないのだが。
「お前だってそうじゃないか。誰が家賃払ってるんだあ」もちろんビシッと言ってやったさ。もちろんギター男は反論してきた。
「そりゃ、オレも彼女に家賃出してもらってますよ、だけど、その彼女を見つけ捕獲するまでには努力と忍耐があったんですから。まさにオレの知識と経験、それに投資でつかんだ成功ですよ。だけど、コイツの場合、生まれながらにママの子だったんだから、これは全然違いますよ」
今度はサイコビリーが口をはさんだ。
「ちょっと待て、ちょっと待て!! オレだって生まれた時からずっといい子だったわけじゃないって。オレだって最初から、親から上手に金をセビり出す方法を知ってたわけじゃないしさ。甘え方やスネ方、たのみ方、謝り方とかさ、オレだって最高の子供≠演じるために努力に努力を重ねて、今みたいに好きな時に親を利用できるような立場になったんだから、そこの苦労わかってよ」
サイコビリーはスピードをぐっと吸い込みながら、片手でギターを制して尚も続ける。
「自立! 独立! うわー、ダッセー、自分の力で生きていく!! うわっ、カッチョわるー、お前は70年代のボンボンかっての。他人の金で楽しく生きていく方がよっぽどいいさ。だいたい『自立!』なんて言ってるヤツは、親に甘えてると思うよ。『親』を『親』と思ってるから、『自立』なんて発想が出てくるんだ。オレはそもそも、『親』を『親』なんて思っちゃいない。単なる赤の他人、カモり易い他人だと思っているからね。誰だって、赤の他人に対しては、オセジやオベッカ使うだろ、オレは『親』を他人だと思ってるから、心にもないこと言って、ドラマの中の元気でワンパクなそれでいて愛らしい子供≠演じているんだ。ウソ泣きのひとつもして10万、20万の金が出てくるんなら、チョロイもんでしょ。そんなカモ、親じゃなくても見逃さないと思うよ。それに気づかず、『親』馬鹿してるママ! ホントのバカ。でも、もしかしたらママこそ、オレをドラマの中の子供として、一番素敵な『親』が演じられる様に、心の中に台本を組み立ててるのかもしれないけどね」
スピードによって高度に理論化されたサイコビリーの親子論を拝聴して驚いたよ。こんなヤツでも、オリジナルな考え方ってやつを持ってやがんの。
感心しているオレの横で、プゥ〜ッとギターが放屁した。
「それって、アレか?」謝りもせずギターは続ける。「好きでもない女に好きだ好きだ≠チて言って、食うだけ食ってポイするのと同じことだよな。ドラマのセリフみたいにうまいこと言って」
「似た様なもんだと思うよ」と、サイコビリー。「ドラマに親子ゲンカのシーンがあっても、本番が終わればその役者同士は、心に何の感情もない。ただ、効果的に親子の役を演じてただけでしょ。だからボクはその役者ってことさ。家賃や仕送りは、言ってみれば、ギャラ、でしょ」
すばらしい理論だ。実際にいい暮らしをしてるのがいい。
■■MEMO:2nd SUMMERD
いつもと違うシャブが吸いたくなって上野に買い出しに行く。売ってるグループが違うので、売ってるネタも違ってくる。大久保のネタは正直よくない。
駅前広場を出ると、すぐにテレカ売りに声をかけられた。彼らがすぐに、ドラッグの密売人を呼んできてくれる。4万円で2個売ってくれと交渉。1個2万5000円と言われたが、2個で4万円と譲らなかったら、渋々同意した。「そのかわり、いつもわたしから買うね」と携帯電話の番号をもらう。「今危ない、口の中入れてって」と言われたので、奥歯の後ろにシャブの入ったパケを押し込む。上野駅のトイレでパケをとり出して、テレホンカードを使って雑誌の上でよく砕き、コカインのように鼻から吸いこむ。ツーンと痛かったがよくキマった。
コカインなんかよりずっといい。コカインはパキッと凍りつくようなキマリ方はしない。帰りに西日暮里のトイレでまたキメる。
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CHAPTER12
シャブ&マリファナ なぜか握り寿司が重たすぎる夜
なんてことだ!!
寿司が重くて持ち上がらないんだ。
……金属でできた、イタズラ用の
オモチャじゃないのか、これは!!
一粒一粒が鉄の米だ。
あのさ、いいもんがあるんだけどな……いいもんが。葉っぱがあるんだ。しかも山程。サイコビリーから電話があった。山程≠ニいうのにひかれた。正月にたてたオレの今年の抱負は山程≠セ。で、その山程ある葉っぱでギターとオレと3人でホッコリいこうよ、まあ、そういうさそいだった。マジィ!! オレ、スピード持ってくね。もちろん、大喜びで出かけるにきまっている。ウキウキして駅まで小走りになってしまって、ニガ笑いしながら、新宿から電車に乗った。駅からサイコビリーの家までは、思わず全力疾走だ。
「ほーら」サイコビリーは、ステレオの脇に無造作に置かれた、半分ほど入った伊勢丹の手提げ紙袋の中から大きな厚手の黒いビニールをとりだした。そこからマリファナをわしづかみにして、オレ達に見せる。
すごい量だ。g3000円として、10万円、20万円、いや、それじゃきくはずない。とにかく、こんなまとまった量のマリファナは見たことない。
「スゲエ………!!」少しおくれて到着したギター共々、我々は、ア然としてしまった。すごい量だ。密売《バイ》でもやるつもりなのかコイツ?
「友達と金出しあって買ったんだけど、みんな自宅でヤバイからって、オレん家に置いてあんだよ」サイコビリーは笑いながらオレ達の顔を見ている。「だから、ホントは、勝手にやっちゃいけないんだけど、まあいいや」
「バイヤーやろうぜ!」ギターが真剣に提案した。
「やだよー、捕まっちゃうもん。カンベンしてよ」サイコビリーは苦笑い。
「最初はもっとあったんだ。倍近く。それで50万」事もなげにサイコビリーは答えた。「50万!!」オレ達はブッたまげた。安い、とか高い、とかいうより、よくそんな金があったもんだ。有名女優の息子じゃあるまいし。末端のジャンキーが50万円も持ってるなんてことは、常識で考えてマズありえないもの。
「一人10万ずつ出して、オレが20万出したんだ。だからまあ、ここにあるのはオレの分なんだけどさ」
「こりゃスゲエ……!!」相棒はうっとりと50万円の枯れ草を見つめて声が出ない。これだけあれば半年はホッコリできる。
「質がいいんだなあ、また」サイコビリーが自信タップリに宣言した。「今日は仕事あんの? あってもサボっちゃえよ。ククククやってくだろ、クク」
オレとギターは笑いをかみ殺している。
仕事? 仕事っていえば、うーん……本当はこれこそオレ達の仕事なんだよね。つまり、オマエみたいなロクデナシのジャンキーをレポートしてその汚らわしく乱れた実態を文章にするのが……。が、本当の仕事を明かすとめんどくさいのでオレ達はいつも、ゲーム屋とか古着屋のバイトってことにしていたんだな。もちろんサイコビリーにも。
サイコビリーはシーツをどけて部屋の隅に追いやられていたサイドテーブルを部屋の中央にひっぱってきて、その上に、新聞紙を広げた。その間、オレ達はスピードの準備に入る。もちろん、スピードをマリファナと一緒にキメるんだ。いいマッチングだからね。
広げられた新聞を目にして、ギターがすっとんきょうな声をあげた。
「世界日報……? なんだこりゃ。こんなのとってるのか?」
「いやいや、時々勝手に持ってくるんだよ」
それぞれスピードを吸ってから、テーブルを囲んで座って、準備完了。
広げた新聞紙の上に、ステキな枯れ草をひとつかみ。これが実際スゴイんだ!! 樹脂が生乾きで、葉っぱがツヤツヤしてやがる!! ゴキブリの羽みたいな見事な光沢だ!
これは凄いや。コイツは単なる枯れ草じゃない。タイ産でも、日本産でもない。どこのだろう、ジャマイカ? いや、ちがうね、コレは。わからないけどスゴイものだってのはわかるぜ!! オレ達は、マリファナを中心に、サイドテーブルの3方向に座った。顔を近づけると、マリファナ特有の、ニオイがする。マリファナ以外あり得ないニオイ。植物の刺激臭。でも、セロリやハッカとは全然違うぜ! 言っとくけど。
ちょっと鼻にツンとくる、雑草を手で揉みしだいたみたいな。松ヤニ!? 松ヤニ、ちょっと違うか。
「さて!!」サイコビリーは前おきしてから、スピードを吸い、伊勢丹の紙袋から巻き紙の入った袋を取り出した。輸入タバコの巻き紙。輸入雑貨屋に行けば売ってるヤツさ。「紙も一緒についてきたんだ。サービスいいだろ」
さて、サイコビリーのお手並み拝見といくか。大麻の葉っぱを、上手に紙に手で巻いていかなくちゃいけないんだ。いいかい? 葉っぱって言っても、タバコみたいにキレイに細かく切り揃えられてるわけじゃない。公園に落ちてるクズ枯れ葉みたいなのがクシャクシャになって破れてるんだぜ。茎や種も入っているから、それをとり除き、葉っぱをもんで、上手いことそろえてタバコ状に巻いて、ワンダフルなジョイント≠つくらなくちゃならないんだ。
大きい固まりは、燃えあがったり火が消えたり、ポロッと落ちたりするからね。うんと細くもみほぐして、うまいこと燃焼させるように巻かなくちゃいけない。ヘタクソに作ると、一回火がついてもすぐ火が消えてしまう。一服して火が消え、またつけながら一服じゃ、めんどくさいよ。
「パイプはないの?」ギター男が尋ねた。
「巻くのめんどくさいじゃん」
「大丈夫大丈夫。楽しもうよ、ゆっくり」
実際、手で上手にマリファナを巻くのは難しいんだ。だから面倒くさい人は紙より、パイプの方が楽でいい。インド雑貨店なんかで売ってるパイプでいいんだ。1個250円くらいのマリファナパイプ、それか、アルミホイルでもカンタンにパイプは作れるし、エビアンのボトルを利用して水パイプを作ってもいい。
しかしサイコビリーは、ジョイントにこだわった。さすが見事な手つきで次々とつくる。テーブルの上に紙を置き、細かく指でもみほぐした葉っぱを適量。少なめに入れるのがコツだ。ジョイントは、タバコみたいに太く巻くわけじゃない。タバコの半分の量で充分さ。そいつを、均一に巻く。隙間が空いてるとこれまたロクなことがないんだ。これまた火が消えたり、燃えあがったりボロッと中身が落ちたりしてしまう。
右手と左手で紙を持ち、舌先でツツーッ、ツバをつけて固く素早く手巻きにするのさ。スピードを吸いつつ、その作業に没頭する。
目の前にはテラテラ光った枯れ草が山程だ。一本作ってすぐに発車ってわけにはいかないんだ。オレ達は60センチ四方のサイドテーブルに向かい、造花つくりの内職のババアよろしくセッセとジョイントを作り続けた。
♪明日は土曜日、手巻きの日!
マーリファナ巻き巻き、マーリファナ巻き巻き、
スピード吸って、ラーリパッパ……
ステキなメロディーも自然と口から出ようってもんさ。アルミにスピードをたっぷり追加して、サイコビリーに渡してやる。気前よくいこう。
ちょっと待った、ちょっと待った!! オレ達は仕事でマリファナを巻いてるんだ。ジャーナリズムの仕事で。これは取材なんだ。危うくそいつを忘れるとこだった。手を休めずにオレは尋ねた。
「誰からこんなに買ったんだよ」
サイコビリーはスピードをもう一吸いしてから、またマリファナを巻きだした。
「まあね」喋り始めても手は休めない。
「六本木の売人《プツシヤー》から。兵隊から買うってさ。円が高くなったから金がなくて、みんなしてソイツにさばくの依頼してるんだってさ」
「プッシャーは、なに人? 国籍どこ?」
「アメリカ人だよ」
六本木にはフリーの売人《プツシヤー》がウヨウヨしている。しかも金持ちのね!! 六本木の外国人のリッチでモテること。ニューモードにカッコイイ刺青、吸ってるタバコは輸入品。エントランス4000円の店《クラブ》だって恐いものなし。女を見つけて、酒飲んで(しかもおごらせて!!)、絨毯の敷かれたトイレの中でラリリながらセックスもする。英会話の先生のバイトでいい暮らしぶり。警察官だって、金持ちな外国人には親切になっちまうから、パクられることもないって寸法。
新宿に集まる英語もおぼつかない外国人とは大ちがいだ。パキスタン人、フィリピン人、ガーナ人。
ヤツらのほとんどはとても善良な人々なんだ。女にモテず、男の仲間同士だけで妙ちくりんに踊る。ドラッグをさばく才覚もルートもないので、風呂にも入らずシャツの脇の下の汗の塩をふかせて一杯600円の酒を飲みに新宿の不良外人酒場へ集まってくる。金も夢もないオレ達の仲間だ。
「どうして知り合ったんだよ、ソイツと」オレはきいた。
「遊びに行っててさ、六本木のクラブに。友達と皆で。それで最初は1本、2本って買ってたんだ。ジョイントを。そのうち、まとめて買わないか? ってね」
「いやー立派立派」
「ガンバリましたねー」オレ達はスピード吸って気分がいいもんだから、ホメ言葉しか出てこない。
「いやースゴイスゴイ」
「立派立派」
本当のところ、マリファナの入手経路なんてもうどうでもよくなってて、オレ達は何も考えず、口から出まかせにホメちぎってはスピードを吸い、意識は手先にばかり集中していた。
「ま、そういうわけよ。もういいんじゃない、このくらい巻けば」
サイコビリーが言わなきゃ、ずっとずっと巻き続けていたに違いない。気づけば目の前には吸いきれないだけのジョイントができあがっていた。
数えたら100本以上あった。
それでもまだまだ机の上には枯れ葉がドッサリ。最初の半分になったっていっても、これだって細く巻けば100本以上にはなるに違いない!
さあ!! ジョイントホームパーティーを始めよう!! しかしちょっと待て、シャブとマリファナの相性が気になり始めた。一発で狂っちまうってシャブ屋が言ってた気もするし、マリファナは何とでも相性がいいって言うシャブ屋もいる。オレは、どっちかっていうと、まわりすぎちゃって錯乱する気がしてヤバイと思うけど。みんなは調子がいいみたいだし、でもやっぱり……オレの頭は既に一服つける前からぐるぐる回り出し始めてしまった。しかし、そんなことはおかまいなしに、サイコビリーは自分で巻いたジョイントに火をつけて一服しだした。
ジジッ。ジョイントの先の紙が燃え、次にいよいよ葉っぱに火がつく。
深く、深く、深く!! 思いっきり深く吸い込む。肺の奥深くまで煙が届く様に。そして息を止める。5秒より10秒、10秒より15秒………。煙が肺にしみ渡るまで充分に待たなくちゃ、煙がもったいない。そして口を開けて、ダッチワイフみたいに口を開けて、少しずつ、煙を吐き出すんだ。少しずつ、断続的に。パァ、パァッパァッてね。そのジョイントを今度はオレが吸う。ところが、マリファナってヤツはタバコの比じゃないほど、のどに強烈にグググッと刺激がくるんだ!!
ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!!
この煙がちとキツすぎる! でも大丈夫さ。ギターにジョイントをまわした後、もう一度、一服。
ジジッ…………………パァー、パァッ、パァッ……、ゲホッ、ゲホッ。
オレ達は最初の一本をまわし、あとは自分の作ったジョイントを吸うことにした。
「オレのジョイントを見ろ!!」ギター男は、自慢気に火をつけた。「オレは、特に樹脂の多そうにネバネバ、テラテラしてたところを厳選して巻いたからな、これはキクぜ!!」
この手のテラテラ光るマリファナは、葉っぱそのものというより、先端の雌しべのあたりがキクんだ。モノにもよるけど、ネバネバの松ヤニみたいな樹液の成分がオレの好み。だから、高級な一品ほどずっしりと重く、樹液がタップリ入ってるわけだ。ギターのヤツ、おいしそうなとこだけをちゃっかり巻き巻きしてたってわけだ。
ジジッ、パァッ………パッ……ゲホッ、ゲホッ、
パァッ、パァッ──、パァッ……パァッ。
ジジ、ジ、パァ──、ゲホッ!!
パ──ッ、ジ…ゲホッ、ジ……ッ───
3人とも無口で、煙を肺に送り込む。
「クスッ!!」サイコビリーが意味もなく笑い出しやがった。始まった、始まった! いよいよ始まった。クスッ、クスッ、クス……。
「クックックックッ……」効いてきたぜ。あたり前だ。
シャブ&マリファナ。
効かないハズない。
「ニヒヒヒヒヒ、こりゃイイわ、効いてきた」ギターもごきげんだ。「こりゃ、ホントいい草だ。まだ、一本の半分しか吸ってないのに、ホラ効いてきちゃったぜ、ニヒヒヒヒ」「イニヒヒニニィニィ。そうだろ、最高だろ、ニィヒ、ニィヒ」
この笑い!! この笑いこそ!! 幸せの!! ニヒィヒィ! 笑いさ!! 知らないヤツは覚えとけよ! 最高さ!! 無垢の笑い。わかるかい? どんなギャグに出会っても、こんな純粋無垢な笑いができるもんか。ニィヒヒ。心が無垢になっちまう。ニィヒィ。おかしくて、笑っちゃうんだ。ニィヒィヒィって。
ワハハじゃない!!
ニィヒィヒィ!! だ!!
ニヒィ!!
オレ達はお互いの顔を見ながら、ニヒィニヒィ笑って、次から次へとジョイントに火をつける。ニヒィニヒィ言いながら。
「よし、もっと巻こう」笑いをこらえてサイコビリーが紙を手にとった。「ププッ!! ニヒィヒヒヒッ、まだまだあるんだから! ニヒィ」
いいかい!! ここが酒酔いと違うんだ! オレ達は酔ってる、確かに! 確かに、確かに今キてる。でも、酒と違って、手元は確かなんだ。震えない、震えない! 中気のじじいみたいにプルプルプルプル震えてたまるか。おかしいけど、頭は鮮明なんだ。ププッと、時々、吹き出しちゃうけど、ニィヒ、頭は確か。大丈夫。ジョイントも巻けるさ!! ニィヒ!!
ああ、なんて、ニィヒ、幸せなんだ。そう、無垢な笑い。無垢な笑い顔、くしゃくしゃの、他人に見られることを意識しない、心の底からわきでる幸せな笑顔。ニヒィニヒィ。
スピードも吸った。マリファナも吸った。ずっとずっと笑いながらそのくり返し。
ニヒヒヒヒ、ニヒヒィヒィヒィヒィヒヒ、ハハハッ、ワワワハハハハー大笑いも始まった。
「甘いもんが飲みたい、コーヒー牛乳が飲みたい!!」オレがニヒヒヒさわぎ出した。だがそんなものあるハズもなく、ウーロン茶でガマンする。のどが渇くったらないぜ。ングッ、ングッ!! のどが焼けてやがるんだ!!
サイコビリーが冷蔵庫からウーロン茶を出してきた。新鮮な水分は砂にしみ通る様に、胃に届く前にのどで吸収される。ングングングッ──!!
「ウーロン茶も葉っぱの仲間だ、ニヒヒィヒィ」
この言葉だけで、3人がどれだけ笑ったかわかるかい!! 10分も20分も、ニヒィニヒィ吹き出すほど笑ってるんだ!! だって笑えるだろ!! 最高に!!「ウーロン茶も! 葉っぱの仲間!!」プププッ!! ニヒィヒィヒッヒッヒ!!
巻いては吸い、吸っては笑い、笑っては巻き、スピードもキメて、オレ達はニヒニヒ笑いを絶やすことなく、テーブルの上のジョイントを次々と灰に変えていった。
手先は器用に!! 心は無垢に、幸せに。ニィヒ。ミュージシャンがステージ前に一服するの、わかるぜ!! この幸せ感、楽しさ!! こんなもん解禁したら、働くヤツなんていなくなるぜ!! 誰も働くもんか!! そうなったら日本はおしまいだ!! もう、働かない、誰も!! オレもおまえも!! そこの、ニヒィニヒィ笑ってるジャーナリスト!! ちょっと待てよ!! 仕事の取材はどうなったんだよ!! ダメだ、おかしくて、ニィヒヒィ……。楽しくて、手で紙を巻くのすら最高の娯楽。
紙をまるめるのがこんな楽しいなんて!
なんで今まで気づかなかったんだろう!!
取材なんかクソだ!! 紙は「書く」もんじゃない、「巻く」もんだ。原稿用紙を巻いて、ジョイントを作り、読者に吸わせればすべてが伝わる。立ち昇る紫色の煙の中にこのオレの姿が見えればそれがノンフィクションというものだ。ニヒヒヒ、ハハハハ、ハハハハハハハハ。
オレは、ニヒィニヒィ笑いながらトイレへ入った。幸せ気分でジョボボッ─────、と発射。
ところが、なんかちがうんだ。いつものションベンと、なんかどこかちがう。でもこれは幸せの予感! ラッシュの後の恐怖とは全然ちがうんだ。頭の中で笑い袋をニヒニヒ言わせながら、オレはその理由を見極めようとした……。ジョボボ……!! 予感、予感、予感!! 予感的中!!
おおお!! なんと、すばらしいことに
ションベンが胸から出ているじゃないか!!
胸のド真ん中! ミゾオチあたりからションベンが出てる!! しかも勢いよく!! とんでもないことだ。とんでもないことだ!! 笑いが止まらない。胸の真ん中から。おおお!! なんて幸せなんだ!!
煙もうもうの部屋にもどると、2人のジャンキーが、ウーロン茶を飲んで笑い転げていた。
「おいっ!! 今、便所行ったら!! どうなったと思う!! こいつはスゲエぞ」オレは意気込んで喋り始めた。
「ションベンがな! ションベン、信じられるか!! ションベンが……」
「胸から出てきたんだろ!!」
ギターが当てやがった。
「な───っ!! なんでわかった!!」オレが叫ぶと、ヤツはせいいっぱいシリアスな顔でジョイントを一服。
「オレもさっき胸から出やがった。ションベンが!!」
ニヒヒヒィ!! オレと相棒は大笑い!! そうか、こいつも胸からションベンを出しやがったのか!! ニヒヒヒ、そうかこいつも胸からションベンを出しやがったのか!! そうかこいつも胸から………。同じ言葉が頭の中で足踏みを始め、その数が増える度に、おかしさが倍増していく!! ヒヒヒヒヒィこのまま一日笑い続けてしまいそうだ。すると、サイコビリーがこう言いやがったんだ。ニヒィヒィヒィヒィ。
「オレは、鼻の下から出てきたぜ!!」
こんな傑作なことがあろうか!! オレ達3人は文字通りゴロゴロと笑い転げた。ディヤッハハハハハハハハ。「もうダメだ、もうダメだ。少し休憩しよう、休憩しよう!!」言葉にならない笑い声で、オレ達はこう言い、びちゃびちゃの便所カバーを残して横になった。スピードもキメている。もちろん眠れるもんか。
酒を飲んで歩いたらどうなる!? フラフラさ。だけど、草《グラス》ってヤツは、そこが違うんだ。こんなに気持ちよく、楽しくて、ニヒニヒ笑っちゃうくせに、足取りはそれほどフラつかずにまっすぐ。外に出て危ないなんてことは全然ない。オレ達はニヒニヒと、普通の人が見たら相当気色悪い声をあげながら、まっすぐまっすぐどこまでも歩き続けた。
そして一軒の寿司屋に入った。どうせ支払いはサイコビリーだ、いや、サイコビリーのママか。とにかくのどが焼けて、何か飲みたかったから、のれんをくぐって寿司屋の中へ、3人並んでカウンターに座ってマジメな顔したと思ったとたん、すぐにニヒニヒ笑いが再発。
「お客さん達随分飲んできたねえ!!」寿司屋のオヤジは威勢よく話しかけてきた。飲んじゃいないけど、でも、オレ達はすごく楽しかった。寿司屋のオヤジが不思議そうにしている。
不審なのかな? いや、うらやましいのかも、そうさ、オレたちは今楽しいんだ。このシケた世の中じゃ、楽しそうなヤツは全員不審人物さ。オヤジの顔を見て大笑い。それで、とにかく食べたいものを握ってもらうことにした。
オレ達のデタラメな注文を、ひとつひとつオヤジはまじめに握っていった。「イカイカエビトロ、イカ、イカエビ、イカ!! ビールビール」サイコビリーはイカが好きらしく、イカばかり注文している。オレは「巻き」というフレーズがおもしろくて、鉄火巻き、かんぴょう巻き、かっぱ巻き、太巻き、とたのんで、「あと、何巻きがある!」「ネギトロ巻きに、納豆巻き…」それこそ職人芸ってもんだった。
「ヘイ!! お待ちイ!!」目の前には、イカと巻物を中心とした豪勢な寿司がズラリ。オレは目の前のイカを手にとって口に運ぼうとしたんだけど、そうは事が運ばなかった。寿司が重かったんだ。思わず口走っちまった。
「重い!! おい、重いぞ!! これ本当に寿司かよ!!」
なんてことだ!! 寿司が重くて持ち上がらないんだ。無理して持ち上げると、手がカウンターに落ちそうになる。金属でできた、イタズラ用のオモチャじゃないのか、これは!!
一粒一粒が
鉄の米だ。
「ホントだ!! 重い!!」残り2人のハイな男達も、巻き寿司やイカニギリを手にしてそれぞれ「重い」、「重い」と格闘している。オヤジは黙っている。怒るというより、困惑しているんだ。
「重い!! 重い!!」オレ達は口々にニヒニヒ笑いながら、東京イチ重い寿司を飲み込んでいった。スピードのせいで食欲はない。だけど、飲み込むのが楽しくてやめられなくなってしまうんだよ。うまいかどうかは、わからないけど、まるで、笑いがつまったカプセルみたいに次々飲み込んで、その度にオレ達は大笑いしていた。
「子供のウワサっていうのはですね、いつも世間様、社会様にしばられてきた、子供たちの復讐ではないでしょうか。例えば、以前流行った人面犬……」誰かが喋っていた。あれっ…?
アレッ、オレがテレビに出てやがるよ。オレだ。テレビの中からオレがまじめな顔でインチキを喋くっている。ニヒヒヒヒィ。
東京一重い寿司を握る寿司屋の小型テレビの深夜番組では、ウワサ評論家と化した、このオレ、今、マリファナでニヒニヒ言ってる、このオレが、最低のコドモウワサ論を話している。本人を目の前にして、この胡散臭《うさんくさ》い男は何を言ってるんだ!!
「あれ、お客さんテレビに出てる人???」
寿司屋のオヤジが意外そうな目つきで声をかけてきた。
「そう!! オレこそ、日本で一番『ウワサ』に詳しい男です!!」ポカンとするオヤジを尻目に、オレは宣言し、オレとギター男と何もわかってないサイコビリーはニヒニヒと終わりのない大笑いをした。
そうさ!! ウワサは、オレのこの、ドラッグでブッ飛んだ脳みそで製造されているんだ。ニヒヒッ! 大量生産の袋菓子みたいに!! 次から次へと!! 人面犬も、人面魚も!! みんなドラッグの幻想さ!! ドラッグ製菓の有毒性スナックなんだ!! ヒヒヒヒヒヒィ!! 日本中の子供の頭の中に、ドラッグでイカレた、マリファナくさいオレの脳みそが注入されているんだ!! 今すぐに毒性は発揮されなくたって、徐々に徐々に、何十年もかかって蓄積して、ガキ達の脳みそはオレと同じになるのさ!!
■■MEMO:2nd AUTUMN@
ギターが来て、スピードを持ってきたので部屋で一緒にキメる。
深夜2時すぎになって使いきってしまったので、ハジィを探しに公園へ行き発見。その日はハジィも仕事を切りあげるとこだったらしく、一緒に遊びに行くことになった。足がほしいってことになり、ハジィがマシモに電話して車を持ってくることになった。来るまではバーで酒を飲む。
マシモの車はバンなので、あと、2、3人は乗り込める。
「池袋にボク、たくさん女の友達いる。その子達もさそって遊ぶのどう?」ハジィが言いだしたので、マシモの運転で池袋へ。
やっぱシャブ中の運転はすごい。ハンドルへ身体を覆いかぶせるようにして、アクセルを踏みっぱなし。前方が赤信号でも目をカーッと見開いて急ハンドルでタイヤを鳴らして右折。
「マシモさん。ヤバイっすよ、気をつけてよ」とオレとギターが口々に言っても、「大丈夫だって」と、急アクセルに急ハンドル。ブレーキはいつでも急制動。
池袋でハジィの友達のヒスパニックの女のコを拾ってドライブ。女のコも含め、スピードとマリファナを車中でガンガンにキメる。オレは多少スペイン語ができるので、女のコ達にモテる。都内をグルグル回っていたけど、このまま車内でキメてるのはヤバイ。それで板橋の荒川べりに係留してるマシモの漁船で海に出ることになった。少々ボロいが、ちゃんとした漁船だ。ジャンキー達の東京湾クルージング。夜が明けてきた。
イラン人に日本人、それにヒスパニックの女のコが3人。こんなメンバーが早朝、漁船に乗って大騒ぎしてるなんて不審だ。「巡視艇が来るとヤバイ」というマシモの発案で、とりあえず、釣竿を船べりに5、6本並べた。
「これなら釣りに行くところに見えるから大丈夫」マシモは自信タップリだが、考えてみれば逆に不審が高まった気がする。でもま、せっかくマシモさんが「最高の思いつき」と主張して大喜びでやったことなので、そういうことにしておく。
久しぶりに爽快にスピードをキメた。
■■MEMO:2nd AUTUMNA
シャブ友達がやってくる。速見さんの常連のヤツだ。「こないだ、速見さんと連絡がとれなくて深夜、密売者《プツシヤー》を捜して新宿に行った時、もしや、と思ってダンキンドーナツの個室便所の床をよく捜したら、米つぶより大きいシャブの結晶が落ちてた」そうだ。オレもトイレでキメることがある。同じようにいろんなヤツがトイレでキメるんだろう。言われてみればその通り。あり得ない話じゃない。友達は、ためしに新宿のファーストフードのトイレを全部捜したらしいが、水で濡れてたりして他では見つけられなかったとくやしそうだった。しかし、ファーストフードのトイレとは意外なシャブの捜し場所かもしれない。
でも、さすがにめんどくさい。友達の持ってるスピードを2人でキメる。パキッとはこないが、そこそこ楽しかった。
■■MEMO:2nd WINTER@
ギターの元彼女と日曜日の夜10時にホテルに行って、火曜日の朝までまるまる50時間以上Hしていた。月曜の仕事は2人ともドタキャン。オレはいつものことだが、責任感あるまじめなヒロミちゃんまでサボるとは。やっぱシャブってスッゲーよなと感心。脱水症状にならないように、有料の冷蔵庫のコーラやオロナミンCをガンガン飲んで、吸いまくる。キモチよくなる部分に、内緒でシャブの塊をブチ込んだら、それはそれはスゴイことになった。もうイキっぱなし。
「これ以上感じるとバカになっちゃう」と言っていたが、もうなってるんじゃない? と心の中で思った。でも楽しいからいいや。
ギターにバラしたいなあ。フフフ……。
■■MEMO:2nd WINTERA
昼過ぎに新宿駅の売場に行ったが、早すぎて偽造テレカのバイヤーしかいなかった。一応声をかけると、5時半と言われイヤになる。もっと勤勉に仕事しろ。上野なら午前中から売っているが、わざわざ行くのも面倒だ。家に帰ってウトウトしていると夕方になったので、いつもの公園にハシシを買いに行く。スピードをキメると胸がドキドキして苦しくなり、不安感が襲ってくるので、少しやめることにした。でも、ハシシをキメるとやっぱりスピードが欲しくなる。ジョニイを探して、ツケで売ってもらう。4万円を3万円にしてもらった。このところスピードが値上がりしてる。
スピードをキメるとやっぱり理由のない不安感が胸いっぱいにふくれあがり、恐怖のあまり身じろぎすらできなくなってしまった。ハシシが完璧にバッドの状態になって、ただ暗く重い気持ちで眠れないので、サウナに行ったがスッキリしなかった。
■■MEMO:3rd SPRING@
新宿駅に行ったら、いつも公園近くにいるハズのジョニイがいた。公園近くは昼はやばいので、駅にいるそうだ。少し立ち話。
ギター男の評判がイラン人の密売人の間で悪いそうだ。顔見知りの密売人オラムもやってきて、その話になった。ツケもきくヒゲヅラのデブ、オラム・レザーによると、
「あーギターって、イラン人の間で評判悪いよ。こないだもオレ、10万貸したのに返さない。あの人、評判悪いよ、もう誰も金貸さないよ、みんなに借りてる」イラン人から金を借りる発想に、オレは今でもシャブ中の賞賛すべき生命力を感じずにはいられない。
イラン人の間でリーダー格だったジョニイは顔がマジになって少し怒っていた。
「アナタも金貸してるの? アイツにはもう貸さないよ。白いの(シャブ)カラダ悪いね。ギター男少しやめた方がいいね。ボク、何でもやるけど、カラダ気をつけてるね、ギター男ダメでしょ」
と、オレもその日2万円分のシャブをツケで買っときながら、「アナタ大丈夫」とほめられて、少々申し訳のない気がした。
ドラッグを売る犯罪者ではあるけれど、売買を通しては客をダマしたり、ハメたりすることのない律儀なイラン人たちに、心配されあきれられ、そして嫌われていた我が相棒の何と情けなくもたくましいことか。オレはヤツを誇りに思った。
■■MEMO:3rd SPRINGA
しばらくやめていたが、友達から電話がきて、また速見さんに注文してしまう。やめられない。キメてもどんより不安になるだけなのに。スピードを目の前にしてやるか我慢するかをさんざん悩んだけど、本当のところ、見た瞬間からやる気がしていた。やっぱりだ。ラジオで話すのはいやだ。何を口走るかわからない。暑くもないのに脂汗がダラダラ出て、胃の上がキューンと熱くなる。それが気になって言葉が出てこない。目の前にいる人間の視線が気になる。「汗、すごいですね」と言われて、うろたえて声が震えた。
スピードがぬけても元にもどらない。どうしたらいいかわからない。
大丈夫だ──。
自分を騙《だま》して一人きりで楽しいふりをした。
■■MEMO:3rd SPRINGB
久しぶりにギターから電話があった。ヤツが、最近知り合った大学生にタカってドラッグにありついているということは、人づてに聞いていた。
「どうですか、取材進んでますか?」とヤツは尋ねてきたが、そんなことはどうでもいいんだ本当は。「いやー、今日でもう7日もぬいてるんですけど、なんかナイッすかね」ま、目的がドラッグだってことはわかっていたよ。最初のひと声をきいた時から。
結局、ギターから連絡がある時は、何かドラッグがほしいけど自分で買う金がない時だけだ。運よくオレの手元にシャブやマリファナがあったところで、正直になんか言うもんか。図々しくほとんど全部食っちゃうんだから。何も持ってないけど会おうか? と誘っても、結局は、「なんかタルいっすよね」ということになる。オレがギターに電話するのも、同じような時なのでお互い様。怒りも悲しみもない。それがハマリきったジャンキーのあたり前の友情だから。
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CHAPTER13
幻聴から逃げ出せ! 精神崩壊への序曲
病院からの帰り、電車の中で、
複数の人間が僕を観察し、それを記録している。
これは僕の思いすごしではなく、
極めて、
冷静で
合理的な
観察によって
判明した事実だ。
体重は12s落ちて毎日耳鳴りに悩まされて逃げるように生活していた。
左耳の奥だ。いつも耳鳴りが聴こえてくるのは。
ピ──ッピピ───ピッピ──ッ
なんだろう、アラームでも時計でも、家電製品の雑音でも蛍光灯でもない。机の下、ベッドの下、本棚の横に冷蔵庫の中と下、全部調べ終わってやっとわかった。
ピ───ピピピピピ───ッピピ───
げえっ!! こ、これがシャブ中の人間だけしか受信することができない、俗にいう宇宙からの電波ってヤツだったのか。
ピーピピピ────ッピ───ッ
これはヤバイことになった。どんなに耳をひっぱっても、奥まで細い棒状のものをつっ込んでも朝からずっと、ピーピー鳴っている。そこでオレは考えたあげく、解決方法を思いつく。「幻聴だとしても、身体のどこかに幻聴を消すスイッチがあるはずだ。そのスイッチを探さなくっちゃ」
ついにオレも壊れてしまったのか。注射《ポンプ》をやってないのに壊れてしまうなんて。理不尽じゃないか。恐怖! 恐怖。
自分が壊れていくことの恐怖は、
警察にパクられる恐怖より
はるかに大きい。
このままオレは、一生涯ピーピーいう電波を|幻聴し《きき》ながら、きっともっとずっと狂っていくんだ。
ピ──ピ──ッ、ピピピピピピピピピピピ
幻聴を消すスイッチとなる神経が左耳の奥のアゴの骨との接点にありそうだが、消し方がわからない。
部屋をガムテームで目張りしようとか、トイレをフタで塞いでしまうなんて、ドラマの中のシャブ中みたいなことはやらないよ、言っとくけど。そんなことしたって、電波音は消えないのはわかっているから。電波はガムテープじゃ防げないし、トイレの中から幻聴《きこ》えるんでもないことぐらい知っているさ。
ピピ──ッピピピッピッピピッピ───
幻聴に耐えかね、オレは大急ぎで着がえると、外へ飛び出し、近くのビルの地下1階にあるマレーシア料理屋へ、階段ひとつぬかしで転げ込んだ。
とにかく、恐かったんだ。
「みみみ、みず、水下さい、とりあえず」
冷静を装ってオーダーする。しかもキキ、キキキキキツ音ででで。
「よし、落ちつけよ、落ちつけ。冷静になれ。確かに今、耳の奥でピーピーと何かが鳴っている。しかしこれは、気のせいなんだ。そう、ドラッグをやりすぎたために、無い音が聴こえているだけなんだ。ホラ、あんまり気にするなよ。気にしなければ聴こえないよ」
ドラッグで頭がイカれてると、ボーッとしてまっとうな判断ができなくなるので、いちいち口に出したり、メモったりして考えをまとめることがよくある。
「ブツブツブツブツ……ブツ……ブツブツ…」声を出してくり返しくり返し「落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ」と自分自身に語りかける。
幸い日本語がわかる店員はいないので、何を言ってるのかは店の人間にはわからない。もう一度、頭を整理して、理論的にこの幻聴からの脱出法を考えてみるんだ。
「よし、落ちつけ。幻聴なんだから。宇宙からの電波なんて存在しないんだから、気にしなければ聴こえないはずだ」
アッ! いつのまにか店員がこっちを見ている。一人言のつもりが、いつの間にか大声になっていた。気をつけなくては。
「だってだよ、この店は地下にあるんだ。ポケベルも電波の受信できないんだから、オレが宇宙からの電波を受信できるわけないじゃないか。ひと安心。ひと安心。これは100%幻聴ってわけだ。ひと安心、ひと安心。いい答えを見つけられた。もし仮に、耳の奥に受信機があったとしても、ここなら聴こえない。今ピーピー鳴ってるのは幻聴だ。まだ、宇宙からの電波を受信するほどはオレは壊れちゃいないんだ。しかし待てよ!
ちがうちがうちがう、全然それはちがう、間違ってる。
電波がないのにピーピー鳴ってるから恐いんじゃないか。電波があれば逆に安心だ。ある音を聴くんだから。イヤ、電波の音を聴くなんてことはありえないからそれこそ、幻聴ってことになる、だから幻聴が聴こえるほどオレが壊れているから恐いんじゃないか。なんで安心してるんだよ。安心してる場合じゃない。でもなんとかして安心しないと気になって幻聴は鳴りやまない。なんとか安心できるよう考えなくちゃ」
こんなことを何時間でもくり返し続ける。
ここまで頭がおかしくなってて、なぜ、ドラッグをやめて当初の目的を思い出し、「記事」なり体験記なりをデッチ上げる作業にはいらなかったか? 自分でも不思議になるが、
薬にハマって耳鳴りを聴いてる最中は、
文章なんて一行だって書けるもんか。
これは、オレが怠け者なのではなく、言い訳でなく、耳鳴りを聴くほどジャンキーになれば、どんなに勤勉で責任感あるライターだって文章を書くなんて、どうでもいいことになってしまうんだと思う。目の前の不安や恐怖と闘うのに、せいいっぱいの努力を費やすので、全ての力を使いはたしてしまう。自分のことを、冷静になって考えるなんて、もう全くできなくなってしまうんだ。これは本当に恐ろしい狂気の方程式だ。
狂えば狂うほど、自分が冷静に見られなくなって、益々ドラッグにハマっていく。すると益々見えなくなって……………、
どこまでも深く深く、
狂った思考回路の海に
本来の自分≠ェ沈んでいく。
気がつかないうちに、
そっと。
しかしもの凄い速さで……。
取材のために、各種ドラッグやってるのか、言い訳のために「取材」の名目つけてるのかわからなくなっちまった、なんて平和なこと言ってられたのはとっくの昔。
今、はっきりわかるのは、「ドラッグ体験」は「取材」にはなりえないってこと。
取材のつもりでコントロールしながらドラッグやってる頃は、全くその世界の真相をのぞくことはできないし、ようやくのぞけた頃は、もう文章なんか書ける状態じゃない。恐怖と不安と共存して生きていくのがせいいっぱい。
できることといえば、
そこから逃れるために
さらにドラッグに走ることぐらい。
■■MEMO:JUNE@
他人の視線がこわくて、いつもサングラスをかけている。薄紫色のレンズ越しに人の視線を感知すると胸がカーッと熱くなる。
「不安になることも過剰に緊張することも、もう慣れっこになってるんだから、緊張することはない」と自分に言いきかせてラジオへ。
ダラッと話したら、案外うまくいった。
■■MEMO:JUNEA
今日で丸5日寝ていない。といっても何をするわけでもなく、ただベッドに横になって不安な気持ちと闘っているだけ。「楽しいんだ」と、ムダな自己暗示をかけ続けている。何も食べないまま、原稿はすべて落として、逃げるようにスピードをやっていた。どうしようもなく、暗い気持ちで公園に行った。
密売人も入れ換わりが激しい。ちょっと前に見てた顔がすべて新顔になっている。ストリートの女のコは別だ。どのコも、ずっと前から知っている。通りがかりに声をかけてくる顔見知りもいるが、買ってはいない。買うのはいつもドラッグだ。女のコはつまらない。
明日、ラジオの本番があるのにどうしよう。言葉がけいれんしちゃって喋れない。安心しようと努力するほど、逆に不安が増幅していく。今日眠れなかったら、どうにかなってしまうんじゃないだろうか。楽しいことを考える努力をして、暗い気持ちになったが、それでも楽しいことを考えるように懸命に努力し続けた。眠れないまま、ぽおっとした頭で最低の朝を迎えた。もう喋れない。手が震えている。鏡を見ると、瞳孔がギュンと大きくなって不安になる。
■■MEMO:JUNEB
ラジオのスタジオで、急にぐるんぐるんと不規則に目がまわり出し、叫んだり笑ったりして暴れ出した時は、それが誰かが飲み物にまぜて飲ませたイタズラのせいだ、と信じていたから恐くもなかったし驚きもしなかった。4時間以上に亘り、一人で愉快に錯乱していたが、番組のディレクターに病院に連れていかれ、安定剤を飲まされ、「これは、誰かのイタズラじゃなくて、ドラッグのせいで発狂してたんだ」と気づいた瞬間、今までドラッグ中毒によってもたらされる精神病とは、どんなものなのか全く何もわかっていなかったことを悟った。
ガンにしろエイズにしろ脳腫瘍にしろ、それは、自分自身が獲得したと認識できる病気≠ナある。しかし、精神病の場合、人はそれを獲得するのではなく、精神病そのものになってしまうのだ。
何の肉体的変化ももたらさず、人間の認識の中にいつのまにか病気そのものが織り込まれている。しかも織り込まれた病は、突然暴れ出し、それが何日、何週間と続くこともあれば、一瞬で終わることもある。ある時点では、自分で自分が精神病であること、異常であることも認識できるし、発病時の異常な行動を冷静に判断することができる。
しかし、その一瞬後には、自分の中に織り込まれた病が自分の全てを支配するかもしれないのだ。「自分は異常である」という認識をしっかり持っていれば、異常時、自分をコントロールできるように思ったが、残念なことに、「自分が異常である」ということを知っていても何の役にも立ちはしない。いつが正常な状態で、いつが分裂病そのものの自分なのかは全くわからないし、異常と判断している自分の判断そのものの中にも分裂病は織り込まれているのだから。本で読んだ知識が頭の中で暴動を起こしている。
■■MEMO:JUNEC
合理的で理性的な判断から、6月の発病からずっと、思いすごしかと思っていたけれど、何か僕を中心に|大きな力《プロジエクト》が働いていることを、今日、はっきりと理解した。医者には、自分の考えていることや、数分おき、時には連続何時間もの間、ずっと、僕を観察し、行動の細部に亘って指示を出してくる、何十人もの工作員と、それを総括するある種の組織のことは黙っていることにした。朝食を食べた喫茶店のウェイトレスのサインした指示に従い、医者には治ったフリをして接し、夜、眠れないことだけ訴える。
病院からの帰り、電車の中で、複数の人間が僕を観察し、それを記録している。これは僕の思いすごしではなく、極めて、冷静で合理的な観察によって判明した事実だ。医者も、その観察グループの一人の可能性がある。常識で考えれば、これほど大規模な人間を動員した、一人の人間観察に、臨床心理学や認知心理学の専門家と、精神科の医師が参加していないはずがない。何の実験かは、分からないが、危害を加える目的ではないようなので、耐えられるだけ音をあげずにモルモットになることにした。
あらゆる娯楽《コト》が、もはや、楽しいと感じられない。楽しむという感情が死滅してしまった。
■■MEMO:3rd SUMMER@
進行している「物語」には、僕が今、置かれている状況、つまり、観察されてモルモットになっていることについては記述しないことにしている。観察者達が、それについては誰かが詳しく記録をとっているに違いないし、誰かが書くのだろう。ただ、オレにも資料をくれ。これまで個人のプライバシーを無視した長期間の観察の裏には、巨大な組織の力があると推察できる。マスメディアか国家かなにか? 一切が明らかになれば、人権保護団体も大騒ぎするだろう。僕個人としては、何かの役に立つなら自分の人権なんてどうでもいいけれど、表に立つ役回りはかんべんしてほしい。
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CHAPTER14
炸裂!! 分裂ピキーン オレってもう人間じゃない?!
深夜、突然にテレビ画面から流れる
あのビビっちゃう広告、
やめてほしいんだよね。
「覚醒剤やめますか?
それとも人間やめますか?」
だと!?
ふ、ふざけるな!!
シャブによる急性分裂病がこれほど当事者を苦悶させ、ぎりぎりと発条《ぜんまい》を巻くように絶望の淵に追い込む、内面の暴動だなんて誰だって想像なんかつくものか。
妄想、関連妄想、誇大妄想、被害妄想、そして現実に生きている感覚を喪失してしまう離人症、言葉で言うのは容易だが、それぞれの症状が、頭の中で憎悪を燃やし、くすぶり、脳味噌を太いチェーンで縛り上げロックしてしまった。もう元へはもどれないという恐怖と絶望が、深夜になるとオレを襲ってくる。昼の間は、
看板や道端の電信柱、
駅の広告、
横断歩道で隣に立ったサラリーマン、
車のクラクション、
すれ違った女子高校生も、
世界中のありとあらゆる物が人が機械が、
様々な暗号でオレを攻撃し、
非難してくる。
いつも読んでいた週刊マンガ誌が、突然すべて狂人を嘲笑《あざわら》い始める。すごい量の情報が瞬時に襲いかかってくるのだ。
あれ程苦しい時空間で連日連夜打ちのめされ続けたことは生涯なかった。
マヌケなジャンキーの狂った想像の産物にすぎないと今はわかっているけど、狂った時の妄想は、しかし、今もって書くことができない程の心理的障害をオレに残していった。カンベンしてくれ。思い出すのが恐いんだ。書くことから逃れたい。
あの日、突然、本番生放送直前のラジオスタジオでピキーンと分裂が炸裂し、「オレの生活のすべてが何か大きなシンジケート、ある種の組織の仕組んだ茶番劇だったんだ!!」と絶対的自信を持ってヒラメいて以後、オレの行動は軍事用偵察衛星に監視されて動作30pごとに記録、しかもそれは瞬時にペンタゴンのスーパーコンピューターに送信されて、18分後の行動を予想する。部屋の中でもベッドに仕掛けられた耐久性のある集音マイクは常に音を収集送信し続けて、行動を判定し続ける。編集者の正体は、異常者の行動および精神状態を調査する日米共同の特務機関エージェントで……!? こんな世界へ行きっぱなし。笑ってなんかいられない。恐怖と混乱に満ちたあの世界にまた行くハメになったら、たぶん、今度はもう、あの状況を生き抜くことはできないと思う。絶対に自殺しちまうだろう。いや、その方が楽だもの。よく、死ななかったもんだよ、途中で死んだ方がずっと楽だったのに、と、生き抜いたことを今さらながら自分に同情しているよ。
笑いごとじゃないんだから。
今でも突然、自分の脳が勝手に乱れた足どりで歩み出し、そして走り出す予感に恐れおののく時がある。だからこそ、強く強く訴えたい。本心から主張したい。そう!!
覚醒剤撲滅!!
でも欲しい。
だから撲滅!!
矛盾してるけど、
でも撲滅!!
「どんなドラッグも、基本的には個人の裁量で自由にするべきだし、最終的には個人が責任を持つべきだ」
そんな意見の人には賛成です。だからこそ、僕個人のために、世の中すべての覚醒剤を撲滅したいんだ。
犯罪組織の資金源になってるとか、乱用者が犯罪を起こすとか、そういうことを別にして、自分だけのことを考えて撲滅あるのみ。それでいいじゃないか。他人のタワ言なんか聞かないぜ。オレのこの主張は、たとえ自分がまた覚醒剤乱用を始めたとしても絶対に変わらないさ。シャブをキメながら覚醒剤撲滅を叫び続けるだろう。
オレの言ってることが矛盾してるって? さあどうだろう。キチガイのタワ言かもしれないが、放っておいてくれ。狂気と正気の区別なんてありゃしない。誰がまともで誰がまともじゃないなんて、誰にだってわかるもんか。
とはいえ、連日連夜、ストーリーを無視してこの本をデッチあげてるため、オレの正気は限界近くまで追いこまれているみたいなんだ。
今のボクって不憫な狂人なの? 妙な仕種や行動のイチイチ、延々と続く一人言は、他人から見たら無気味で滑稽で恐ろしいだろう。カワイソウだとか、いいザマだと思うヤツもいるかもしれないが、とにかく狂人でも何でも一人で何とかやってくしかないんだから。
薬物によって丹念に破壊された自分≠ニいう大地に広がる広大な畑を、どうやって一人で面倒見ればいいのか? 薬物依存症からの立ち直りの努力を、誰かと共用できればいいのだが、そんな相手は誰もいない。
そういえば、シャブ中はいつも孤独だった。猜疑心が強く、友達すら受けつけない。そうして、見たこともない恐怖と狂気の原色の花を、畑いっぱいに狂い咲きさせるしかない袋小路へ自分を追い込んで自滅する。
追い込むようにあちこちから声もきこえてくるんだよ。
覚醒剤やめますか、それとも人間、やめますか──
覚醒剤やめますか、それとも人間、やめますか──
つき放すだけのくり返し。洗脳されるまで、その声は何度も何度も、スピードにおぼれた者を追い続ける。
やめてくれよ!! やめてやれよ!!
覚醒剤やめますか?
それとも「人間」やめますか?──
深夜、突然にテレビ画面から流れるあのビビっちゃう広告、やめてほしいんだよね。
「覚醒剤やめますか? それとも人間やめますか?」だと!?
ふ、ふざけるな!! 今、そう、まさにこの瞬間だって、注射器を静脈にちゅ〜っといれようとしてる人間や、ライターで気化させた覚醒剤を胸いっぱいに吸い込んで、パッキリきてる人達がたくさん、「人間」やってるんだよ! ただでさえはまっちまって神経過敏になって、宇宙からの電波をピーピー受信してるその人達にいきなり覚醒剤≠ニ人間≠ヌっちか一方にしろ! と脅迫まがいな二者択一を迫るなんて無理ですよ。正しいけど無理なものは無理だということを知ってほしい。
「そうか、オレ、覚醒剤やってるからもう人間じゃないんだ。もう人間じゃない?! 人間じゃないんだああ!!!!」
深夜の街で絶望という名の無言の叫びがこだましてるぜ。
「覚醒剤やめますか? それとも人間やめますか?」
両立させながら考えましょうよ。
今まで、薬物乱用っていうと、犯罪の側面ばかりが強調されているけど、あれは依存症って病気≠ネんです。もっとこう温かーく応援しましょうよ。いいですか? 現在、「シャブをやめたいな〜、でもやめられないな〜」と悩んでる依存症の高校生も会社員も、女優の息子も苦しみおびえてる依存症のフリーターも、そうアセらず、ね、ゆっくりと、覚醒剤と人間を両立しつつ、徐々にやめていけばいいんですよお。両立できるかって? わからないけど、中には16年間、人間と覚醒剤を上手に立派に両立しながら、人間そのままでシャブだけやめた人だっているんですから。ま、そうそう、両立も長期的にはムズカしいかもね。えーん、ボクなんか、えーと2年間で脳ミソ肉離れしちゃったし。
そう、おびえることや、自分をせめることはない。苦しむくらいならいっそ明るく前向きなガッツを持ったシャブ中として開き直っちまえよ。一生付き合うつもりならさ。
と同時に、現在、依存《たよ》っちゃっててやめたい人、アセらず努力するべきだ。テレビCMなんか気にするな。マイペースでOK。相談できる民間の支援組織だってある。ピタッとくるかどうかは別にして一度行ってみるといい。それに、オレでよければ、いろいろ忙しいから手紙にかぎるけど、相談にものろう。オレだって悩んでるんだ。
もしキミが本当に困っているのなら力になりたい、そしてオレの力にもなってくれ。お互い、少しは役に立つだろう。放っておいてほしいならそれでもいい。
「ただ願わくば、キミが壊れないこと、そして、パクられないことを!!」
道徳と善悪をわきまえられない諸君!! 全然へっちゃら、安心してくれ。オレだってそうだもん。だからこそ、今ここに原稿を書いて叫んでいるのさ。
たった今、トイレに行き、少し吐いた。わんわん。
■■MEMO:3rd SUMMERA
僕が巻き込まれている「物語」の脚本を誰が描いたのか知りたくて、一日中ずっとソナーに語りかけた。エアコンから流れる風が答えを、モールス信号に似た特殊な暗号で教えてくれた。隣の部屋に、スタッフがいるのだろう。僕には特殊な才能がある。その信号を理解できたのだから!
僕が巻き込まれている「物語」は、僕自身が注文したものである。モーターから送り出される風は語り、僕は有頂天になって一人でハシャいだ。
■■MEMO:3rd SUMMERB
鳥の声、自動車のクラクション、オートバイのエキゾーストノイズ、信号、音楽、すれちがう人の服装すべての情報が意味を捨て、もの凄いスピードで襲いかかってくるので、街を歩くと気が張りつめる。指令によって、看板で見かけた漢字をすべて覚えなければならない。家にいても、観察者がソナーを使って音で見張っている。指令により、アメックスのカードを申し込んだ。自分で自分が生きている気がしない。感情がない。悲しむべき現状なのに、乾ききっている。
■■MEMO:3rd SUMMERC
誕生日。だからこそ、胸が苦しく、感情がなくても暗い気持ちでも、一日中原稿を書く。今年の夏は寒い。雨が降るとみなし児のような気がする。空はいつも曇りだ。色のない夢を見た朝は不安にかられる。天候が悩みを増幅させる。とにかくやっている。最近は有線放送が指示を出してくるので、困ったり、悩んだりした時は有線の日本のポップス≠ゥ、ロック∞リクエスト 日本のロック≠ノチューンする。明日しなければならないことがそこに暗示されている。秘密の目くばせを、この部屋に最低2カ所ある小型カメラ(机のすぐ上の有線のスピーカーの近くにある)にした。トイレにはソナーもあるハズだ。
昔、神としてボクの自殺をふせいでくれた女性に花を山程贈る。突然気になりだして、ガラにもなく一人で泣いた。
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CHAPTER15
取材者から被取材者への転向 「薬物常用者」としての告白
「ある日、字を忘れたんですよ。
今でもはっきり覚えているんですが
『ぬ』
という字をわすれたんです。
しかも
『め』
という字はわかるのにですよ。
忘れるというよりも、
欠落していくという感じでした……」
どこでどう聞きつけられたのか、いつのまにか、取材≠キるんじゃなくて、される立場になっていた。
以下の文章は、『週刊現代』の麻薬撲滅キャンペーンの取材のためにやって来た、女性記者、李京榮氏によってまとめられたインタヴューを、そのまま掲載するものである。
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「薬物常用者」としての告白
最初はチョコ(ハシシ)からですね。それは、友達から酒を飲んでる時にもらいました。年末だったんで、彼は「お歳暮」とか言って、僕の手に握らせてくれました。それが何か、すぐにわかりました。
貰った物は、極めて良質な物でした。アルミホイルが無かったので、カップラーメンの蓋でパイプを作って吸ったんです。
もう、びっくりするくらい気持ち良くて、楽しい体験でした。何がおかしいのかわからないんだけど、とにかく楽しくて笑いが止まらないんですよ。愉快で、自分が制御できないくらい楽しくておかしい体験でしたね。
その時の事は良く覚えているんですが、何がおかしいのかわからない自分が、とにかく笑ってるんですよ。そういう自分を客観的に見てるのっておかしいじゃないですか。ちょうど、合わせ鏡のようなもんですよ。笑っている自分を見ている自分を見ている自分がおかしい。それが、延々4〜5時間続くんですよ。
その頃は、僕らの仲間内では、まだそんなに簡単に手に入る物ではなくて、またあったらやりたいなあ、くらいにしか考えてなかった。
だけど、これに中から入り込んで、本にしたら面白いんじゃないかと思ったんですよ。そこで、比較的入手しやすいシンナーをやるようになったんです。これには一時期はまりましたね。
やっている時に僕が好きだったのは、テレビの画面をサンドストームにして、それが歯車に見えたり、鳥に見えたり、土砂降りの雨に見えたりする様が好きだった。あと、部屋中が緑色の気泡に包まれているような幻覚を見た事もありました。
シンナーって、本当は香しい匂いじゃないじゃないですか。ところが、香しいんですよ。非常に香しく、甘い匂いがするんですよ。
ただね、厭世観が強いんですよ。例えばテレビを見ていると、何もかもが自分の知ってる物のように思えたり、世の中全体が、忌わしい過去の時のように思えてきて、目が覚めた時の落ち込み方が激しいんですよ。本当にシンナーが好きな人だったら、そんな事しないんでしょうけど、残っているシンナーを全部捨ててしまいたくなるんです。
一度グラスを足で蹴り倒して、素足のままグシャグシャに踏みつぶした事もあります。普通に考えれば異常な事だけど、その時は、何もかもが嫌になってしまい、そういう行動に出たんだと思います。
もしかしたら、僕にはシンナーは合わなかったのかもしれない。普通ならその嫌な気分を忘れる為に、またやるんだろうけど、幸い仕事があったので、まさかシンナー臭くしていくわけにもいかないからね。
また、舌が腫れて味覚がわからなくなるんですよ。僕は非常に食べることが好きなので、味覚がなくなる事に我慢できなかったんですね。シンナーよりも食い気が勝っていたから、止められたのかもしれませんね。
シンナーを止めた後、ドラッグに対する依存というのは感じませんでした。チョコはまたあったらやりたいな、とは思っていましたが、わざわざ自分で買いに行く程ではなかった。ドラッグのない生活というのは成り立っていたわけですし、仕事も充実していた時期だったからね。
僕がシンナーをやっていた頃、通称ドラッグハウスなる溜まり場があって、そこによく来ていたヤツの一人が、スピードが手に入るという事になったんですよ。そいつに電話すると手に入るよって聞いたんです。しかもそいつは、プロのバイヤーじゃなくて、仲間内で楽しくやろうやっていう、ドラッグを一つのコミュニケーションと考えてるヤツだった。
比較的安価で分けてくれたし、いつも約束を守るヤツだった。まあ、今から考えると高いんだけど、そいつも小売り小売りで買っていたんだと思いますね。グラム3万とかでした。その頃は皆で楽しく、わいわい3日間くらい寝ないで遊んでる一番良い時期でしたね。
ところが、そいつもだんだんハマッていったんでしょうね。つまり、自分がやるお金欲しさにバイヤーをやるようになった。携帯電話を持って、プロっぽくなっていった。連絡もだんだん取れなくなってきたり、約束も守らなくなってきた。
でも、そいつから買わなくても、仲間内で手に入るようになっていた。その頃から、今までの仲間とやるんではなくて、女の子とやるようになった。一番仲のいい相棒の彼女と。そうすると、セックスに結びついて行くんですけど、その快楽たるや、ものすごいものがあるんですよ。想像を絶するものがありましたね。
時間にして、日曜日の夜から始めて、火曜日の朝までぶっ続けでやってました。普通に考えれば、痛くなるだろうと思うだろうけど、そんな事ないんですよ。僕も、女の子も。スピードをやると、他の人はどうだかわからないけど、最初の頃は立たないんですよ。そのうちすぐ、勃起させるコツをつかめるんですけどね。興奮よりも快感の方が勝ってる。セックスをしているというよりは、延々と愛撫しあってるという感じ。
彼女とは、週に1回そんな事をやってる生活が、2カ月くらい続きましたね。だけど、彼女が月曜日に仕事を土壇場でキャンセルしたりしていたので、自分の責任性が壊れていく薬でもあったと思います。
2人でやるようになって1カ月経った頃でした。そんな状態を、彼女は不安になったんでしょうね。仕事をキャンセルすれば、いろんな人に迷惑が掛かりますからね。彼女とは会わなくなっていきました。まあ、彼女には、恋人がいましたからね。僕とは、単なるドラッグ友達ですよ。
彼女が来なくなって、今度は一人でやるようになった。オナニーをね。これって際限ないんですよ。なにしろ相手がいないですからね。普通に考えれば、男は出したら終わりじゃないですか。それが、何度でもイクんですよ。5回、6回、7回って連続でいけるんですよ。まあ、5回目くらいになると射精はしてないと思うんですが、射精する快感だけは、回数を増すごとに高まるんです。
でも、まだこの頃は、このままではいけないと思ってましたね。まだ自分をコントロールできるとも考えていました。ところがそうじゃなかった。自分一人だと、時間さえあればいつでもできるでしょう。際限がなかった。
そのうち、仕事を飛ばすようになったんですよ。どうでもいいやっていう気持ちになっちゃうんですね。それを仕事仲間から指摘されたんですよ。ヤバイ、と思いましたね。確かに、ケアレスミスは多くなったし、仕事への支障があるようではいけないと思いました。
自分は、壊れたな、と思いましたね。自己嫌悪に陥りました。このままでは駄目だ。かといって、自分一人の時に、どうやって過ごしていいのかわからないんです。
仕事ができなくなっていく恐怖感、自分の頭が壊れていく恐怖感が強くなっていきました。
ある日、字を忘れたんですよ。
今でもはっきり覚えているんですが「ぬ」という字を忘れたんです。しかも「め」という字はわかるのにですよ。
忘れるというよりも、欠落していくという感じでした。「め」を書けて「ぬ」が書けなかったときは、本当に怖かった。
この時点で、医者に行くなり何なりすればよかったんだけど、僕は、人間の脳というものは、楽しくなろうと考えれば、楽しくなるもんだと思っていたんです。だから、楽しくなるために延々6時間も7時間も考えて、その結果が、全然楽しくないという事だった。そしていきつくのは、そんなことをずっと考えてる自分は、異常に違いないという事でした。
この時に思い付いたのは、マリファナは楽しい物だった、という事でした。最初はよかったんだけど、だんだん不安感のほうが勝ってきて、ダウンにキマッたまま8時間も9時間も眠れなくて、この時には、頭の中枢神経がイカレてたと思いますね。
でも、何とかしなくっちゃいけないと、当然思うじゃないですか。意味のない不安感、仕事に向かうと、意味もなくドキドキするとか、では、どうするか、という事を延々また考えてしまうんです。これはもう、完全に止めようと思いました。
それまでは、ドラッグに関する本を一冊書き終えることでピリオドを打とうと思っていたんだけど、もうそんな事ができる状態ではなかった。何かしら、自分の中で大きな決着を付けなければ止められないと思っていました。
止めたいとは思っているのに、やっていないと何もする事がない。電話を家に付けていませんでしたから、仲間とも連絡付けないようにしていたし、テレビもない、本を読もうともしたけど、気が進まない。
ちょうど季節が春だったので、その時に付き合っていた女の子と、散歩に出掛けてました。何も感情がないんだけど、ただボーッと桜を見ながら半日歩き回っていました。それが良いリハビリだったように思います。そんな良い時期が、半年もあったのに、また始めてしまったんです。今年の6月でした。
22日までは止めていたのに、その日仕上げた仕事を終えて、すぐに始めてしまったんです。23日から3日間、ぶっ続けでやりました。5日目、僕に強烈なフラッシュバックがあったんです。
どんな状態だったかと言うと、僕を取り巻いている全てが、テレビのショウのように思えたんです。仕事場でカメラはどこ? 僕はいま座ればいいの、立っていればいいの、どんな演出にするの≠ニか、ずっとぶつぶつ言い始めたんですよ。それを見た仕事仲間の一人がとうとうきたか≠チていう感じで病院に連れていってくれたんです。もともとエキセントリックな人間だったから、とうとうおかしくなったとでも思ったんでしょうね。
病院に着いてから、これはテレビのショウなんかじゃない、と気付いたんです。その途端、ものすごい罪悪感に襲われました。僕は一体何をしてるんだろう、どれだけの人に迷惑を掛けてしまったんだろうってね。信じられないような酷い事をしてしまった。
だけど、その罪悪感だけで、これで仕事を失うという恐怖感はなかった。
医者でとりあえず精神安定剤を貰って、その場は治まった。
それからです。翌日からドラッグ仲間の一人が、いち早く僕の更生の為に献身的に動いてくれたんです。まず、僕の住んでいたアパートの近くに、薬物相談に応じてくれる教会があったんです。看板が出ていたので、そういう所があるのは以前から知っていたので、そこへ行きました。朝10時に彼が迎えにきてくれて、行きました。
僕は、まともに喋れない状態だったので、彼が話をしてくれました。彼は立派でした。ジャンキーだったけど。その教会で『ダルク』を紹介されたんです。早速彼は連絡を取ってくれました。翌日すぐに、ダルクのミーティングに参加しました。
ところが、そこに運悪く、テレビ局が取材にきていて、また、これは僕を撮っているテレビのショウなんではないかと混乱してしまったんです。
また、ダルクに集まる人と自分は、ちょっと違うな、と思ったんです。でも、ガックリくる話は聞けましたよ。「君はもう、元には戻れない。一度糠に漬けた大根が、元の大根に戻れないように、君も元の君には戻れない。ただこれからは、いい沢庵になるか、悪い沢庵になるか、それだけだ」と言われました。「これからは、同じ仲間として、いい沢庵になれるよう頑張ろう」と言われたんですが、どうにもそこに集まっている人達を僕と同じ仲間とは思えませんでしたね。
ダルクでは医者を紹介してもらいました。
最初は「一体どうなったんだ」とか言われて、覚醒剤でこうなりました、って言ったら「そうか、ぶっ壊れてあたり前だな。おまえの症状はこうだよ。覚醒剤のフラッシュバックによる妄想だよ。まず、尿検査と血液検査をしてもらう」って言われました。
その日はそれっきりで帰ったんです。友達も一緒にいてくれて「これからは、普通の生活に戻そう」と言ってくれました。ドラッグをやっている生活を続けていると、生活用品なんて、何もないんですよ。それこそ、鍋とか茶碗とかね。「今日から、生活に必要な物を一つずつ揃えよう。まず、物忘れが酷いようだから、やらなければならないことをすぐに書き込めるように、メモ帳を買おう」と、買い物に行く事から始めました。
JUST FOR TODAY″。日のために頑張ろうと書かれたメモ帳と、日記とひらめきノートを買いました。
彼は、毎日来てくれました。毎日が自己嫌悪でした。泣きながら、自分はなんて最低なんだとか叫んだりしていました。そして、人が言う言葉の一つ一つが心に染み込んでくるようになったんです。
先生から「どうだい、君も新しい人生をやり直してみるかい。新しい人生をやり直すしかないだろう」と言われて、はい、わかりました、と素直に言えました。初めの頃は、先生に対する信頼感も無くて、出してくれる薬を飲まずに、自分の精神力だけで治そうなんて思っていたんですよ。2週間くらいはね。
だけど、3回目の診察の時に先生に対する信頼感が生まれて、処方どおりに飲む事にしたんです。処方どおりに飲むと、ちょうど2週間後には、病院へ行かなくちゃならないんです。薬がなくなるから。
4回目に行った時は、ずいぶんフランクな話し方に先生がなって「本当はこんな物飲まないに越した事はないんだ。でも、また、頭ぶっ壊れたくないだろう」って言われたんです。とは言いながら、薬はたっぷりと処方してくれる。これは多分、試されてるんだと思いました。自分で自分を管理するようにとね。そして「これからは、決まった日にこなくてもいいよ。薬がなくなったら、いつでも電話してきていいから」と言ってくれたんです。こいつは自分で管理できるだろうと、先生が僕を見てくれているんだと思いました。なるべく先生に会わない事が、患者の僕としてはむしろいいことなんだと思っています。
これはもう、今後の僕の態度で見せるしかないと思いました。迷惑を掛けた仕事の人達にもね。仕事はリタイヤする気はなかったし、仕事仲間も「おまえでやるんだ」と言ってくれたのが、とても支えになりました。
今でも薬は飲んでいます。あきらかに飲まなきゃいけない時にね。今でも、人と話すのに、言葉がけいれんしちゃってうまく話せなくなったりするのでね。
ただ、いまだに完全にやらないか、と言ったら、自信がない。それが怖い。自分の意思ではやらないでしょうけど、目の前で誰かがやっていても、やらないと思う、明らかにやらない、でも、やってしまったらどうしようという不安はあります。いや、きっとやらないでしょう。怖いですからね。
[#ここで字下げ終わり]
PS:このインタヴューは、『週刊現代』誌上の記事中匿名で、13行に縮められて使用された。
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EPILOGUE
さよなら妄想 「物語」はもうおしまい
もう、警官の職質にビクつくこともないし、
宇宙からの電波も聴こえない。
妄想はもう妄想と呼べないくらい
薄く、薄くなってきた。
ただ、微かに、妙な感覚だけが残っている。
本書、つまりジャンキーによるマヌケな作文集、いや、何というか、えー、先鋭な書き手によるジャーナリズムの意欲作、福祉的リハビリ作品、なんでもいいけど、とにかく本書はもうおしまいだ。
実はどうも、もの足りないんだ。どだい、スピードをはじめ、ドラッグで得たすべての感覚、得体の知れない不思議な情熱を、一冊の本を通じてすべて表そうなんて無理だったのかな。取材者≠ェ巻き込まれたトラブルを全部書くことは、やはりできなかった。それでも頑張ったけど、やっぱりできなかった。ただ、その「できない」ものが、何かこう自分でも制御できない、もの凄くロクデモないパッションを秘めたもので、このパッションが街中で暴発したら派手でクレイジーなトラブルが続出しそうだ、ってことは感じてくれたかい?
もうそろそろ、物語を終わりにしてもいいだろう。実のところ、疲れちゃったんだ。ダンボールいっぱいの思い出の品──密売人《プツシヤー》の携帯電話の番号や走り書き、メモは、透明ゴミ袋に詰め込んで捨てちまおう。もう必要なくなった本当の単なるガラクタ≠セからね。
実のところ、この物語を書いている間、相当、狂気を弄ばせてもらった。文章を書くことで蘇るフラッシュバック的快感を、あまりに楽しみ、利用し過ぎた。本当にもうクタビレちゃったんだ。神経もボロボロでね。情熱も薄れてきた。
スピードもLSDもマリファナもコカインも今はいらない。安定剤すら飲みたくない。一人っきりの部屋で机に向かう作業はもうやめにして、拳闘ジムに通ったり、ラジオのDJとしてマイクに向かってガナッたりすることをもう一度楽しみたいんだ。
まわりで自滅していった数多くのジャンキーにくらべ、オレはついてた。運がよかった。とりあえず、文章を書き殴る才能があっただけでもラッキーだった。信頼できる医師や編集者、読者やラジオのリスナー、そんな連中にかこまれた環境がなかったら、もう少し悲惨なことになっていたことと思う。
相棒のギター男は、つい先日、急性分裂病がようやく臨界点を越えて発狂錯乱した。今でも相当イカれてて、夜中にすすり泣きながらワケのわからない電話をかけてくる。医者に行くことを勧めてるのに、公園で寝起きして、ついにバンドもクビになった。来月、ヤツは宮崎県の実家に永久に帰ると言っているが、シャブがヤツを東京に引き止めている。
サイコビリーは、昨年の暮れに、妄想に追いたてられて電車に飛び込んだ。運もなかったがジャンキーとして生きるガッツすらなかった。完全なる負け犬だ。
オレが一番うまい思いをさせてもらった。誤解してもらって結構だが、ほとんどの連中、つまり文章を書くチャンスもラジオで喋る才能も運もない連中が、ドラッグにどっぷりハマレば、最後にはただ単に崩れていくだけだよ。一度ジャンキーになれば踏み止まるのは難しい。
でもま、それはオレのせいじゃない。知ったことじゃないさ。
しかし、このところ過ごしてる、ドラッグのない生活ってのは、まんざら悪くもない。これはこれでかなりクレイジーでエキサイティングで、とても新鮮だ。
街を徘徊すれば、全身に性病を宿らせた女のコがクラブへ向かって歩いているし、いろんな種類のロクデナシがガッツを武器にアチコチで大暴れしている。
こないだ、読者という16のヤツから手紙をもらった。
「小さい頃から歴史の教科書を見せられて、その中にはたくさんの戦争や事件や、すごい歴史的事実がたくさん書かれている。今、生きていることが退屈に思えてしょうがない」
だとさ。クダラないヨタを飛ばしてきたもんだ。ガッツが足りないフーリガンめ。
世界は、凄《すさ》まじい物語が書かれている一冊の本だ。ただ、その物語は、風という原稿用紙に書かれているから読みとれないヤツにはわからない。
ここにも、あそこにも、物語は常に描き続けられている。キミらによってだ。
歴史の教科書にあるのは活字≠セけだ。本当の出来事や興奮は教科書にはプリントできないさ。
退屈ならば、教科書なんか捨てちまって、街を徘徊すればいい。自分の歴史をつくればいいじゃないか。カンタンなことさ。オマエの物語は、歴史の教科書よりずっと素敵だよ。書いて発表することなんて、本質的には大した問題じゃないさ。
サイコビリーのヤツ、自らの意思で死んじまうなんてことはなかったんだ。
さて、こんなところで、本書を閉じることにしよう。
狂った頭の断片をつなぎ合わせた、いつかどこかの物語はもうおしまい。
この「物語」はもうおしまいだ。
オレも街に出かけるんだ。
もう、警官の職質にビクつくこともないし、宇宙からの電波も聴こえない。
妄想はもう妄想と呼べないくらい薄く、薄くなってきた。
ただ、微かに、妙な感覚だけが残っている。
なんなんだろう。
feel so──────
feel so──────
なんなんだろう。
feel so──────
感じられたかい?
オレの感じている、このfeelを──。
アディオス
feel so WHAT?
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あ と が き T
機会があって数年ぶりに、覚醒剤中毒による急性分裂病当時に殴り書いた原稿の束を引き出しの奥から引っぱり出して、本書をまとめた。
あなたが、この物語に何のリアリティーも感じられないとしたら、たぶんそれはボクのせいじゃなくて、アンタが頭デッカチのコンクリート野郎で、想像力のカケラも持ち合わせてないか、ひとえにマヌケだからっていう単純な理由のどっちかだって思うよ。
でも気を落とさなくてもいい。あなたならマヌケなままで充分やっていけるから。
自分として、この本について非常に残念なのは、ドラッグによって頭がおかしくなっちゃった直後から数カ月間、ボクがどのように生活し、医師とどのようなやりとりをして、リハビリの努力を重ねていたかを詳しく書くことができなかったこと。その時の様子は、もちろん、この本に登場するどんなエピソードよりもハッキリと覚えているのだが、それゆえに恐ろしすぎて、書くことから逃げ出してしまったのだ。全体としてボクは、ドラッグをめぐるこの記録を、イキのいいテンポで明るく描きたかった。もちろんそれは嘘ではないし、トラブルの大半はデタラメに明るく楽しいものだったけれど、それは同時に、ほんの一章だけでもこの本の中に、正にドラッグによって自分がおかしくなっていた最中の、一番思い出したくないリアルな回想を書くことを避けていたことの表れでもあったように思う。
それじゃ今、改めて書いてみようか、とも考えるのだけれど、たとえあの暗くて恐ろしい心情を書ききることができたとしても、その一章のために、この本のすべてはとめどない暗さに支配されてしまうと思う。もう、その暗さ≠フみがこの本のすべてになってしまうようで、それはいやなんだ。そのために、楽しい真実が打ち消されてしまうのは、それはそれで嘘だと思う。それはそれで別に書くかもしれないし、喋るかもしれないし、今はわからない。
まあ、この「物語」は、よくできたノンフィクションじゃないし、読んで多くを得られるって類の作品でもない。それでも、誰が書いたにしろこの本は、それはそれで価値あるものだと思う。
本を批判するのはかまわないけど、ボクを批判するなんてことは考えないでくれ。うっとうしいから。
それ以外の人には、うーん、そうだな、君に読んでもらって、本当によかった。ありがとう。
でもこの本は実のところもう2年も前に、ボクの手から放れてしまったものなんだよ。
2年前のボクに、君のこと伝えられたらいいのにね。
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あ と が き U
あー、なんと、非常にまいったことに、この文章は現在、東京拘置所の独居房の中で、ニガニガしい思いで書いている。自由筆記用として使用許可をもらった一冊のノートに、「あとがき」を書くなんて、しかも二度目の──。どうも調子が出てこないよ。
この本の中で起こっている物語が、実際に起きた時期と、こうして一冊の書籍としてまとめられつつある現時点とでは、そうだな、数年間のタイムラグがあるというのに、なぜか、まるでひとつの「物語」の結末として予定されていたかのように、実に見事なタイミングでこういうことになって、正直なとこ自分でも笑ってしまうよ。
あ、そうそう、オレがどうして逮捕されたのか、どんな生活をしてたのか、なんてことは、逮捕以来、刑事や検事に何十回もくり返し同じことを喋ってて、もういい加減うんざりしてるんだ。もう一回またここで、しかも時々検閲されるノートに向かってそのことを書くなんてまっぴらなんだ。そりゃ、いつかは書くかもしれないよ、ライターだから。でも、今はいやなんだ。
そんなことをすべて含んで、オレが逮捕されたということを、この本にふさわしい結末と見るか、最低の落ち、ととるかは、まあ読者にゆだねたいと思うんだ。自分としてはそうだな、「最低で最高」っていったところか。オレみたいなタイプのライターにとっちゃ、実刑にさえならなきゃ一回逮捕されて2〜3カ月、独居房で暮らすことなんて、スポーツ選手がケガするみたいなもんだからね。強がりじゃなく、割とへっちゃらなんだ。
こういうこと書くと、「税金でメシを食わせてもらってる身分のくせに『へっちゃら』とは何たる言い草か!」とか怒る人がいるんだけど、ちょっと待てって。オレだって税金払ってるんだから、まったくのタダメシってわけじゃないのに。それに食えるもんなら自分の金でさんざっぱらうまい店屋物の出前でもとりたいんだけどさ。ここじゃ、そんな食い道楽はできないから、仕方なく、税金のメシ、食ってんだもん。
とにかく、メシに限らず、警察官も言わないような、どうでもいい小言はカンベンだな。たのむよ。
さて、それでは、|最後の《ヽヽヽ》「あとがき」にふさわしいことを書くことにしよう。
この本の完成に、才能と仕事を惜しげもなく提供してくれた、ジャーナリストの李京榮氏に感謝します。彼女が気前よく贈ってくれた僕へのインタヴュー原稿(CHAPTER15参照)が、この本の重要な要素になっていることは言うまでもないことだ。編集者共々、深く礼を言わせて下さい。
さらに、出版する直接のきっかけを与えてくれた講談社の編集者、そして多大な協力をしてくれた、学研と、徳間書店の編集者、その他、助言と批評をくれた数十人の編集者、そしてラジオディレクターに感謝させて下さい。精神神経科の主治医と弁護士、警察官と検事、拘置所の看守先生にも、場所をわきまえて心の底から感謝したいと思います。
そういった、僕のまわりの、あやしい時代だからこそ活躍するプロ達のおかげで、今ようやくここまでたどりついたってわけか。感慨無量ですよ。もちろん、さんざん世話になったプロの密売人達にも、とても感謝している。本当に彼らには助けてもらった。そんな連中と同列に、しかも拘置所の中から感謝されてもなあ、と不満のヤツは、まあ適当に自分を除外してくれればいいと思うが、ざっと思い返して、そういう不粋な人はいなさそうだ。
今の僕が、この一冊の本──本になって出版されるとして──の最後の文章として書き加えたいのは、こんなところかな。
警察署の中にある留置所の生活は楽しかった、と言えるものだったし、ここ拘置所での独居房生活は、ちょっと辛くて滅入っちゃうけど、それはそれで興味深い。でも、それをこの本に書き加えたいとは思わないし、シャバに出たらドラッグを完璧にやめるとかなんとかいうことを言い訳がましく書く気も、実のところ全然しないんだ。
シャバにいる人間に限ってそういうことを尋ねてくるんだけど、そんな質問、本当に無駄だと思うんだ。
「またやります」なんて答えられるわけないし、拘置所で2〜3カ月暮らしてるとこへ、世話になった相手かなんかが面会に来たら、どんなジャンキーだってほんの少しぐらいは本心から「やめます」と神妙な顔で言うと思うよ。
オレに関して言うと、実際、やる気はないんだけど、それでもそんな将来にわたる長期間のこと、今はっきりとわかるはずないじゃないか。なにせあと30年、40年と生きるんだぜ。死ぬ間際に、過去をふり返って、結果として「昔、やめた」とはっきり言えるかもしれないし、せいぜい今日一日ぐらいのことはわかるかもしれないけど、「金輪際やめます」なんて絶対に言えないと思うんだ。来週受ける裁判でも、そんなふうなことを言うつもりだ。
それでも、とにかく口先だけでも何でも、「金輪際やめます」って言わなきゃ「反省してない」だの「懲りてない」だの言われるんだからまいるよ。
単に本当に「わからない」だけなのに。それに、ドラッグをやめることと、ドラッグを使用してたことを反省することは同じ意味ではないし、反省することと、懲りることも全く別だと思うよ。反省しなくたってやめちゃうヤツもいれば、毎日反省して後悔しながらタラタラとジャンキーやってるヤツもいる。そこのところをよく考えてほしいな。オレは、そりゃもう、パクられるのは御免だし、ドラッグ漬けの生活のために、狂って病院行くのもイヤだよ。それは断言できる。でも、「もう二度としません」なんて、悟りきった顔では言いたくないな。
そういえば、バンドをやめて実家に帰ったギターは、オレにも内緒で時々東京へ来てたらしいんだ。シャブをやりに。それで、翌日、宮崎に帰るって時に、名残惜しくて大量のシャブ食ったら、かねてからの幻覚がもの凄くなって、羽田空港で錯乱しちまったらしい。そりゃもう悲惨な有り様で、精神科に通ってるんだけど、どうもうまくないってさ。たまに幻聴が聞こえるんで、毎日、寝て食っての生活で、跡を継いだ八百屋も閉じてしまったっていうんだから、見事なもんだよ。でもオレから見ると、それはシャブのせいってよりも、ギターの元々の性格ってだけの気もするんだけど。まあ、どっちにしろなつかしいよ。
覚醒剤で逮捕された人間の再犯率、つまりもう一回逮捕されちゃう割合は8割を越えるって、取り調べの刑事が言ってたんだけど、これはもう、今のオレには特に信じられないくらい凄い数字だよ。
パクられて、ウンザリするような拘禁生活を、2〜3カ月体験してる間に、まあ一回目は執行猶予だとしても次は絶対に刑務所に2〜3年以上の長期間、落ちることになる、ってわかってるはずなんだよみんな。それなのに、8割以上の連中が、シャブでまたパクられる、っていうんだから。
近頃はなんだろう、エクスタシーが流行ってるんだ。俗に「|X《バツテン》」なんて呼ばれててね。これがまた凄いクスリで………、なんて具合に、今、東京拘置所で暮らしてる裁判待ちの未決囚の連中と話してるんだ。なんたって、未決囚の半分ぐらいは薬物事犯でパクられたヤツだからね。ヘロイン150g所持で、一審5年のスリランカ人や、22歳のシャブの売人が仲良し仲間なんだ。そんな連中で週3回、30分間だけ許される運動≠フ時間に寄り集まっちゃあ、ドラッグがもたらしたデタラメな騒動や、ドラッグにまつわる冗談話を、ニギニギしく話して過ごしているんだけどさ、それが不謹慎かどうかは別として、誰一人としてヘコタレてなんかいないんだよね。ヘコタレてるヤツは一人もいない。拘禁生活中で、ドラッグどころかタバコも酒も手に入らないけど、ジャンキーはヘコタレない。絶対に。ジャンキーはヘコタレちゃいけない。
オレに影響を与えてくれたみんなに感謝するよ。
こんな場所で、この本の結末を書くなんてどうか、とも思ったんだけど、意外といいリズムになってきたようだ。時代遅れの言い方かもしれないけど、オレは今、ノッてるんだ。
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───ヘロインの恐怖については、味わいたければ金を使うこと。それがいやなら手を出さない方がいい。もっといいのは賢いおまわりが言った通り、ジャンキーが自滅していく様子をしっかりとみつめていること。
[#地付き]ジム・キャロル『マンハッタン少年日記』
───覚醒剤《スピード》も右に同じ。
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文庫版あとがき
数年前にこの本が出版されたことで、ぼくは自分の中の大きな部分に別れを告げた。この本を書き終えて以来、この本を書いた自分には2度と出会っていないし、たぶんもう出会うことはない。それが今の正直な感想だ──。
裁判を受け、刑務所に送られるとすぐ、なんとおれは長距離クロスカントリー選手にさせられた。歳のわりにはひょろ長く、骨ばっていたんで(いまでもそうだが)、きっと体格を見こまれたのだろう。
そして、その後……。
クロスカントリーの練習を通してオレは、素晴らしい文学的と言えるような物語に遭遇に次ぐ、遭遇、遭遇また遭遇。ついには昨年アテネで開催された第4回世界犯罪者オリンピックのマラソン競技に2時間5分18秒の日本犯罪者マラソン記録≠持つ日本代表選手として見事出場するまでに成長したのである!!!!!! と、いうことになればよかったんだけど、ガクリ、現実はそんなにおもしろおかしく出来ちゃあいない。
本書中の2度目の「あとがき」を書いた後、オレはすぐに執行猶予の判決を受けて拘置所の独房からシャバに出た。それは、そのまま両の目の中に入れても平気なくらいにちっぽけで弱々しい、オレンジ色のカラーコンタクトみたいな薄っぺらな夕日が沈みかけた時刻で(実際オレはその太陽を目に焼き付けようと光をじっと見つめたまま拘置所から駅へ向かう道を歩いた)、迎えに来た編集者とオレはその足でアイリッシュ料理屋へ向かった。料理屋には2ケ月半の牢屋暮らしから戻ったシャブ中を祝福するために集まった何人もの友達連中が待っていて、しばらく酒を飲んでいなかったせいだろう、オレはたった数パイントのギネスを飲んだだけで、上を向いてひっくり返って夜空に踊る星を見るハメになるのだが、その話はこの本の続編として出版した『アフター・スピード』にすでに書いている(それは、この本と同じ文庫シリーズで近いうちに出版されるにちがいないし、またそうであって欲しいと思う)。
さてと、この本についてなにも言うことはないと言ったけど、なぜかと言うと、この『スピード』という本を出して以降、オレは日本を代表するシャブ中の一人として、実は今までに、何回も何回もいろんな雑誌なんかで「現時点のあなたから見て、本の中の自分をどう思いますか?」式の質問を受けまくっているから、今さら新鮮な気持ちで何か書こうなんて気分になるのはちゃんちゃら無理だからなんだわ。有名女優の息子がパクられたときも、有名なシンガーがホモの恋人と一緒にパクられたときも、それから沖縄かどっかの中学生達が覚醒剤パーティーを開いて捕まって、その時に南国の警察署が公開した押収品の中にこの本の表紙があったときも、それから毎年夏休み前になると決まってテレビの特番で放映する「警視庁24時! 今子供達を蝕む覚醒剤の恐怖」とか、そんなタイトルのテレビ番組の取材を受けたときもそんなことを何度も聞かれた。オレはその度に、その時々の本心を伝えようと、いろんな事を喋ってきたよ。
たしか、アレはどっかのテレビ局のディレクターが聞いてきたことだと思う。
「あなたは、『スピード』なる本を書いたとき、つまり20代の前半に街にドラッグがあふれ出す光景を見ている。しかし、今の子供達は生まれたときからすでにドラッグがあふれる街に暮らしているわけで、そのことについてどう思われますか?」
その時オレは質問してくるディレクターの真剣な眼差しにヒューマニズムに根ざした真摯な輝きを発見して、質問者に本当のことを答えたいと思ったし、またそうするのが著者としての務めだと思ったので、よくよく考えたうえで正直にこうアンサーした。
「うらやましいと思います」
その結果、カメラマンだのなんだのが総勢6、7人押し掛けて半日かけて行われた収録の結果、オレが登場するシーンはテレビの番組から一切カットされた。当然ギャラは、なし、ホント、ドラッグからはいろんなことを学ばされたよ。
で、結局気がついたのは、
ドラッグってのは極めて個人的な物語≠ナあるということ。その物語を万人が受け入れられる様に書くことはできないし、本当の意味では自分以外の誰一人にだってその物語は伝わりはしない。かといって、誰かに気に入られるように話を書き換えてはいけないんだ、ということ。
ドラッグ使用者がドラッグの使用によって出くわす、素晴らしい、また滑稽な、あるいは危険な、または悲惨なもしくは取り返しのつかない、あるいはばかげた、あるいは死そのものの、物語≠最終的に受け入れることになるのは否が応でも使用者本人でしかないじゃないか。どんな評論家でも作家の書く物語に介入できないように、自分以外の誰ひとりとして自分の物語には介入できないし、また絶対にそうさせるべきではないんだな。オレはこの数年間、誰にも自分の物語の中に介入させないように注意深く生きてきた。
警察官や麻取の捜査官でもないのに友人だから!≠ニいうような理由にならない理由で、個人的な物語≠フ混沌の中で自分の行き先を必死で探している薬物使用者の生活と心の中に、自分こそが正義の使者であるというような顔をしてズカズカと土足で踏み込んで「ドラッグをやめろ」と強姦まがいの支配者口調で精神的暴力を炸裂させ、それを友情とか善意と信じて疑わないヤツは死んでいい。以前、金色の髪をトレードマークにしている教育者顔のミュージシャンをテレビで見てぞっとしたよ。ドラッグをやめろ! パクられた同じバンドの友人をぶん殴りました。得意げに語るその正義ヅラを鏡で見て見ろ、その顔は絶対有利の状況でがんじがらめに縛り上げた捕虜を棍棒で殴りつけるゲシュタポの表情だぜ。野郎、友人を殴ったつもりで、自分で自分の大切にしなければならないものを殴りつけて、殺してしまったことにちっとも気づきやしないんだ、とんだマヌケだ!
実際オレがここ数年間、耳にした中で、ドラッグに関する、またドラッグと手を切るために役に立ちそうな説教はひとつもない。と同時にオレがここであまり何かを書き足したくないのは、ここ数年間さんざん耳にしてきたくだらない説教と同じようなタワゴトを、もしかしたら、今のオレ自身がここで言い出すんじゃないか、という気がするからでもある。オレは大きく変わったんだ。
以前一度だけひどくラリった状態でニューヨークのライターズバーで会った、世界でもっとも常軌を逸したジャンキーのひとりであるバロウズはこう言っていた。
「麻薬がもたらす損失や恐怖をいくら並べ立てたところで、麻薬をやめる推進力にはなりはしない。麻薬をやめようという決意は肉体の細胞の決意なのだ」
実に至言だ。しかも、後で知ったのだが、オレが会ったその時点で既にバロウズは天寿を全うして老衰で死んでいやがんの。つまりオレがヤツから直接聞いた言葉は幻聴らしいのだが、でも、ヤツはオレがドラッグをやるよりも早い時点でそんなことを自分の著作の中で書いている。ちなみに「ドラッグとは個人的な物語≠ナある」ということもバロウズはオレより早く書いている。たぶんオレがそれに気づくずっと前にヤツはそのことに気づいていたんだ。こういう賢いヤツをオレは大いに尊敬する。
(といってもミスター・バロウズは15年間麻薬中毒者として過ごす間に10回も麻薬リハビリ施設を出たり入ったりしているロクデなしなので、同じことに気づく道のりとしてはオレの方がずっと短くて効率がいいのだが)
ほらね、オレが書き足すことなんてなにもないじゃないか!
ただ、ああ、これだけは言っておかなくちゃ。
1度目か2度目の「あとがき」の中で、「ドラッグによって頭がおかしくなっちゃった直後から数ヶ月間、僕がどのように存在し、医師とどのようなやりとりをしてリハビリの努力を重ねていたかを詳しく書くことができなかった……」という一節のつづきを、実は今回書いてみようと思ったのだが、またもや完全に失敗してしまった。ライターとして文章を書くことで生計を立てている人間にはおあつらえ向きのテーマだし、文庫本に収録するボーナストラックとしてはぴったりなんだけど、技術上の問題なのかな? チカチカ光るコンピュータースクリーンの中に書きかけたその文章を見なおすと、どきどきがまだ止まらない。まだ怖いのかな、だとしたらとんだ腰抜けだ! そして腰抜けの自分が気づくのだ、最後まで書くことのできない話を読んでまたしても気づくのだ。
「この本を書き終わったことで、ぼくは自分の中の大きな部分に別れを告げた。この本を書き終えて以来、この本を書いた自分には2度と出会っていない、オレは彼を永遠にロストしてしまった。そしてたぶん2度と彼に遭遇することはない。それが今の正直な感想だ──」
さてと、そろそろジムに行かなくちゃ。
最近の習慣なのだが、毎朝、オレはまるでシリトーの書く物語の主人公みたいに、世界で最初の人類みたいな気分になって運動靴を履き、まだ凍り付いたままの冷たい街の中におどりだし、白い息をハアハアさせてボディービルのジムに駆け足で乗り込んで、まだコーチもアクビをしているような早い時間から、氷の固まりみたいに冷たい、20キロもあるイヴァンコの鉄の塊《プレート》を何枚もシャフトにブラ下げて、死ぬほどバーベルを持ちあげている。筋肉の筋一本一本が引き絞られた弓の弦みたいにピンと張って、骨がきしむのがわかる重量! 文庫になったからといって、新たにこの本につける新しい話はない。I hope all you gatta sweet sweet days!
単行本 一九九六年四月 飛鳥新社刊
〈底 本〉文春文庫 平成十三年三月十日刊