角川e文庫
きまぐれロボット
[#地から2字上げ]星 新一
目 次
新発明のマクラ
試作品
薬のききめ
悪 魔
災 難
九官鳥作戦
きまぐれロボット
博士とロボット
便利な草花
夜の事件
地球のみなさん
ラッパの音
おみやげ
夢のお告げ
失 敗
目 薬
リオン
ボウシ
金色の海草
盗んだ書類
薬と夢
なぞのロボット
へんな薬
サーカスの秘密
鳥の歌
火の用心
スピード時代
キツツキ計画
ユキコちゃんのしかえし
ふしぎな放送
ネ コ
花とひみつ
とりひき
へんな怪獣
鏡のなかの犬
あーん。あーん
新発明のマクラ
「やれやれ、なんとか大発明が完成した」
小さな研究室のなかで、エフ博士は声をあげた。それを耳にして、おとなりの家の主人がやってきて聞いた。
「なにを発明なさったのですか。見たところ、マクラのようですが」
そばの机の上に大事そうに置いてある品は、大きさといい形といい、マクラによく似ている。
「たしかに、眠る時に頭をのせるためのものだ。しかし、ただのマクラではない」
と、博士はなかをあけて、指さした。電気部品が、ぎっしりとつまっている。おとなりの主人は、目を丸くして質問した。
「すごいものですね。これを使うと、すばらしい夢でも見られるのでしょうか」
「いや、もっと役に立つものだ。眠っていて勉強ができるしかけ。つまり、マクラのなかにたくわえてある知識が、電磁波の作用によって、眠っているあいだに、頭のなかに送りこまれるというわけだ」
「なんだか便利そうなお話ですが、それで、どんな勉強ができるのですか」
「これはまだ試作品だから、英語だけだ。眠っているうちに、英語が話せるようになる。しかし、改良を加えれば、ほかの勉強にも、同じように使えることになるだろう」
「驚くべき発明ではありませんか。どんななまけ者でも、夜、これをマクラにして寝ていさえすれば、なんでも身についてしまうのですね」
おとなりの主人は、ますます感心する。博士は、とくいげにうなずいて答えた。
「その通りだ。近ごろは、努力をしたがらない人が多い。そんな人たちが、買いたがるだろう。おかげで、わたしも大もうけができる」
「ききめが本当にあるのなら、だれもが欲しがるにきまっていますよ」
「もちろん、ききめはあるはずだ」
おとなりの主人は、それを聞きとがめた。
「というと、まだたしかめてないのですか」
「ああ、わたしはこの研究に熱中し、そして完成した。しかし考えてみると、わたしはすでに英語ができる。だから、自分でたしかめてみることが、できないのだ」
と、博士は少し困ったような顔になった。おとなりの主人は、恥ずかしそうに身を乗り出して言った。
「それなら、わたしに使わせて下さい。勉強はめんどくさいが、英語がうまくなりたいと思っていたところです。ぜひ、お願いします」
「いいとも。やれやれ、こうすぐに希望者があらわれるとは、思わなかった」
「どれくらい、かかるのでしょうか」
「一ヵ月ぐらいで、かなり上達するはずだ」
「ありがとうございます」
と、おとなりの主人は、新発明のマクラを持って、うれしそうに帰っていった。しかし、二ヵ月ほどたつと、つまらなそうな顔で、エフ博士にマクラを返しにきた。
「あれから、ずっと使ってみましたが、いっこうに英語が話せるようになりません。もう、やめます」
博士はなかを調べ、つぶやいた。
「おかしいな。故障はしていない。どこかが、まちがっていたのだろうか」
だが、ききめがなければ、使い物にならない。せっかくの発明も、だめだったようだ。
それからしばらくして、エフ博士は道でおとなりの女の子に会った。声をかける。
「そのご、おとうさんはお元気かね」
「ええ。だけど、ちょっとへんなことがあるわ。このごろ、ねごとを英語で言うのよ。いままで、こんなことなかったのに。どうしたのかしら」
眠っているあいだの勉強が役に立つのは、やはり、眠っている時だけなのだった。
試作品
エム博士の研究所は、静かな林のなかにあった。博士はそこにひとりで住んでいる。町から遠くはなれているので、だれもめったにたずねてこない。
しかし、ある日、あまり人相のよくない男がやってきた。
「どなたでしょうか」
と博士が聞くと、男はポケットから拳銃を出し、それをつきつけながら言った。
「強盗だ。おとなしく金を出せ」
「とんでもない。わたしは貧乏な、ただの学者だ。もっとも、長いあいだの研究がやっと完成したから、まもなく景気がよくなるだろう。しかし、いまのところは、金などない」
こうエム博士は答えたが、そんなことで、強盗は引きさがりはしない。
「では、その研究の試作品をよこせ。どこかの会社に持ちこんだら、高い金で買いとってくれるだろう」
「だめだ。渡さない。ひとの研究を横取りしようというのは、よくない精神だぞ」
「それなら、ひとりで探し出してみせる」
強盗は、逃げ出さないようにと、博士の手を引っぱって、研究所のなかを調べまわった。しかし、試作品らしいものは、どこにも見あたらない。
最後に小さな地下室をのぞいた。なかはがらんとしていて、机とイスが置いてあるだけだった。強盗は博士に言った。
「どうしても渡さない気なら、ただではすまないぞ」
「拳銃の引金をひくつもりなのか」
「いや、殺してしまっては、品物が手に入らない。いやでも渡す気になる方法を、考えついたのだ。さあ、この地下室に入れ」
「いったい、わたしをどうしようというのだ」
「あなたを、このなかにとじこめる。おれは、入口でがんばることにする。そのうち、空腹のため悲鳴をあげるだろう。品物を渡す気になったら、すぐに出してやる」
「ひどいことを思いついたな。だが、そんな目にあわされても、決して渡さないぞ」
博士はあくまでことわり、ついに地下室に押しこまれてしまった。
かくして、一日がたった。強盗は入口の戸のそとから、声をかけた。
「さぞ、おなかがすいたことだろう。いいかげんで、あきらめたらどうだ。こっちは食料があるから、当分は大丈夫だ」
「いや、わたしは絶対に負けないぞ」
「やせがまんをするなよ」
しかし、その次の日も、そのまた次の日も同じことだった。声をかけると、なかで博士が元気に答える。時には、のんきに歌う声も聞こえてくる。
一週間たち、十日が過ぎた。
まだ博士は降参しない。そのころになると、強盗のほうが弱ってきた。手持ちの食料もなくなりかけてきたし、戸のそとでがんばっているのにも、あきた。それに、なにも食べないでいるはずなのに、あいかわらず元気な博士が、うすきみ悪く思えてきたのだ。
「もうあきらめた。いつまでいても、きりがなさそうだ。引きあげることにするよ」
強盗は、すごすごと帰っていった。エム博士は地下室から出てきて、ほっとため息をついた。それから、こうつぶやいた。
「やれやれ、やっと助かった。試作品が地下室にあったとは、強盗も気がつかなかったようだ。わたしの完成した研究とは、食べることのできる机やイスを作ることだったのだ。おかげで、その作用を自分でたしかめることになってしまった。栄養の点はいいが、もう少し味をよくする必要もあるな。きっと将来は、宇宙船内や惑星基地での机やイスには、すべてこれが使われるようになるだろう。そして、万一の場合には、大いに役に立つにちがいない」
薬のききめ
お金持ちのアール氏のところへ、ひとりの男がたずねてきた。
「どなたです。そして、ご用件はなんですか」
とアール氏が聞くと、男は答えた。
「わたしは発明家です。じつは研究を重ねたあげく、すばらしい薬を、やっと完成しました。あなたに応援していただいて、どんどん作って売れば、おたがいに大もうけができると思います。いかがなものでしょう」
「ああ、有利な事業なら、資金を出してもいい。しかし、いったい、どんな薬なのだ」
男は錠剤の入ったビンを取り出し、そばの机の上に置きながら言った。
「忘れてしまったことを、思い出す薬です」
「なるほど、おもしろい作用だな。それで、使い方はどうなのだ」
「簡単です。飲めばいいのです。この一錠を飲めば、きのうのことを、すっかり思い出します。また、二錠ならおとといのこと、三錠なら三日前のこと、といったぐあいです」
アール氏はビンをながめ、質問した。
「いろいろな大きさの錠剤があるようだが、それはなぜだ」
「成分は同じですが、量が多くなっています。中型のは一錠でひと月前のことを、大型のは、一錠を飲めば一年前のことを思い出すのです。だから、うまく組合わせて飲めば、過ぎさったどの日のことでも、思い出せるわけです」
「しかし、どんな役に立つのだろう」
「あらゆる方面で、役に立ちます。忘れっぽくなった老人でも、これがあれば若い人に負けずに働けます。また、メモや日記をつけるひまもないほどいそがしい人も、安心して仕事に熱中できることでしょう」
「世の中のためにもなりそうだな。だけど、これに害はないだろうな」
「もちろん、その点は大丈夫です。わたしも使ってみましたし、動物を使っての実験も、何度もやってたしかめました」
男は書類を出してくわしく説明しようとしたが、アール氏は手を振った。
「たしかに無害なら、それでいい。となると、問題は、はたして効果があるかどうかだ。いま、自分で飲んで、ためしてみることにする。それで確実とわかれば、資金を出すことにしよう」
「何錠ぐらい、お飲みになりますか」
「たくさんくれ。十歳ぐらいだったころのことを、思い出してみたいのだ。そんな昔のことでも、効果はあるのだろうな」
「まだ、わたしはやってみませんが、あるはずです。それよりも以前の、うまれたてのころとか、うまれる前となるとむりですが」
「では、やってみることにしよう」
アール氏は錠剤の数をかぞえ、コップの水で、つぎつぎに飲みこんだ。そして、目をとじてイスにかけていたが、やがて目を開いた。待ちかまえていた男は、身を乗り出して聞いた。
「いかがでしたか」
「うむ。すばらしいききめだ。子供のころのことを、ありありと思い出せた。とてもなつかしい気分を、味わえた」
「それは、けっこうでした。では、資金を出していただけるわけですね」
「いや。そのつもりだったが、気が変った」
アール氏は首を振り、男はふしぎそうに文句を言った。
「それでは、お約束とちがうではありませんか。なぜです」
「知りたければ、いまと同じ量の薬を飲んでみたらいい。すっかり忘れていたが、子供のころ、近所にいじわるな子が住んでいて、わたしはよくいじめられた。こんなやつとは、二度とつきあうまいと決心したものだった。そいつとは……」
こう言いながら、アール氏は前にいる男の顔を指さしたのだ。
悪 魔
その湖は、北の国にあった。広さはそれほどでもないが、たいへん深かった。しかし、いまは冬で、厚く氷がはっていた。
エス氏は休日を楽しむため、ここへやってきた。そして、湖の氷に小さな丸い穴をあけた。そこから糸をたらして、魚を釣ろうというのだった。だが、なかなか魚がかからない。
「おもしろくないな。なんでもいいから、ひっかかってくれ」
こうつぶやいて、どんどん釣糸をおろしていると、なにか手ごたえがあった。
「しかし、魚ではないようだ。なんだろう」
ひっぱりあげてみると、古いツボのようなものが、針にひっかかっていた。
「こんなものでは、しようがないな。捨てるのもしゃくだが、古道具屋へ持っていっても、そう高くは買ってくれないだろう。ひとつ、なかを調べてみるとするか」
なにげなくフタを取ると、黒っぽい煙が立ちのぼった。あわてて目を閉じ、やがて少しずつ目をあけると、ツボのそばに、みなれぬ相手が立っている。色の黒い小さな男で、耳がとがっていて、しっぽがあった。
「いったい、なにものだ」
エス氏がふしぎそうに聞くと、相手はにやにや笑ったような顔で答えた。
「わたしは悪魔」
「なるほど。本の絵にある悪魔も、そんなかっこうをしていたようだ。しかし、本当にいるとは思わなかったな」
「信じたくない人は、信じないでいればいい。だが、わたしはちゃんと、ここにいる」
エス氏は何度も目をこすり、気持ちをおちつけ、おそるおそる質問した。
「なんで、こんなところに、あらわれたのです」
「そのツボにはいり、湖の底で眠っていたのだ。そこを引っぱりあげられ、おまえに起こされたというわけだ。さて、久しぶりに、なにかするとしようか」
「どんなことが、できるのです」
「なんでもできる。なにをやってみせようか」
エス氏はしばらく考え、こう申し出た。
「いかがでしょう。わたしにお金を、お与え下さいませんか」
「なんだ。そんなことか。わけはない。ほら」
悪魔は氷の穴に、ちょっと手をつっこんだかと思うと、一枚の金貨をさし出した。
あっけないほど簡単だった。エス氏が手にとってみると、本物の金貨にまちがいない。
「ありがとうございます。すばらしいお力です。もっといただけませんでしょうか」
「いいとも」
こんどは、ひとにぎりの金貨だった。
「ついでですから、もう少し」
「よくばりなやつだ」
「なんと言われても、こんな機会をのがせるものではありません。お願いです」
エス氏は何回もねばり、悪魔はそのたびに金貨を出してくれた。そのうち、つみあげられた金貨の光で、あたりはまぶしいほどになった。
「まあ、これぐらいでやめたらどうだ」
と悪魔は言ったが、エス氏は熱心にたのんだ。こんなうまい話には、二度とお目にかかれないだろうと考えたからだ。
「そうおっしゃらずに、もう少し。こんど一回でけっこうです。ですから、あと一回だけ」
悪魔はうなずき、また金貨をつかみ出し、そばに置いた。
その時、ぶきみな音が響きはじめた。金貨の重みで、氷にひびがはいりはじめたのだ。そうと気づいて、エス氏は大急ぎで岸へとかけだした。
やっとたどりつき、ほっとしてふりかえってみると、氷は大きな音をたてて割れ、金貨もツボも、かん高い笑い声をあげている悪魔も、みな湖の底へと消えていった。
災 難
その男は、何匹かのネズミを飼っていた。かず多くのなかから選んだ、敏感な性質のネズミばかりだった。
男は毎日、おいしいエサを作ってやったり、からだを洗ってやったり、熱心にせわをした。ネズミが病気になると、自分のこと以上に心配する。ネズミのほうも、男によくなついていた。晴れた日には庭でなかよく遊び、雨の日には家のなかでかくれんぼなどをする。また、旅行する時もいっしょだった。
しかし、男がネズミとくらしているのは、かわいがるだけが目的ではなかった。男はいつも、背中をなでてやりながら、こんなことをつぶやく。
「考えてみると、おまえたちがいなかったら、わたしは何回も災難にあっていただろうな」
ネズミには、近づいてくる危険を、あらかじめ感じとる力があるのではないだろうか。男はこのことに気づき、その利用を思いたったのだ。そして研究は成功し、役に立った。
かつて、ある日、ネズミたちが、とつぜん家から逃げ出したことがあった。わけがわからないながらも、男はそれを追いかけ、連れもどそうとした。
その時、激しい地震がおこった。さいわい外にいたから助かったが、もし家に残っていたら、倒れた建物の下敷きになっていたはずだ。死なないまでも、大けがをしたにちがいない。
また、こんなこともあった。船に乗ろうとした時、連れてきたネズミたちが、カバンのなかでさわぎはじめた。乗るのをやめると、ネズミたちは静かになり、出航した船は、嵐にあって沈んでしまった。
こんなふうに、ネズミのおかげで助かったことは、ほかに何回もあった。それらを思い出しながら、
「なにしろ、事故や災害の多い世の中だ。これからも、おたがいに助けあっていこう」
と男がエサをやっていると、ネズミたちがそわそわしはじめた。いままでに危険が迫った時、いつも示した動作だった。
「ははあ、なにかがおこるのだな。こんどは、なんだろう。火事だろうか、大水だろうか。いずれにせよ、さっそく引っ越すことにしよう」
急ぐとなると、その家を高く売ることはできなかった。また、安い家をゆっくりさがしているひまもなかった。しかし、それぐらいの損はしかたがない。ぐずぐずしていて、災難にあったらことだ。
新しい家に移ると、ネズミたちのようすは、もとにもどった。気分が落ちつくと、男はあわなくてすんだ災難がなんだったかを、知りたくなった。そこで、電話をかけて聞いてみることにした。
「もしもし、わたしは前に、その家に住んでいた者です。ちょっと、お聞きしたいことが……」
「なんでしょうか。なにか忘れ物ですか」
「そうではありません。わたしが越したあと、そちらでなにか、変ったことがあったかどうかを知りたいのです」
「さあ、べつにないようですね」
「そんなはずは、ありませんよ。よく考えてみて下さい」
「そういえば、あれからまもなく、となりの家に住んでいた人もかわりましたよ。そんなことぐらいです」
「そうですか。こんどの人は、どんなかたですか。きっと、ぶっそうな人でしょうね」
と男は熱心に聞いた。災難は、となりにやってきた人に関連したことだろう。あのまま住んでいたら、いまごろは、やっかいな事件に巻きこまれたにちがいない。だが、相手の答えは、意外だった。
「いいえ、おとなしい人ですよ」
「本当にそうですか」
「たしかです。ネコが大好きで、たくさん飼っているような人ですから」
たくさんのネコ。人間にはべつになんでもない。しかし、ネズミたちにとっては、ただごとではなかったのだ。
九官鳥作戦
だれもやってこない、山奥の森。そこに小屋をたてて、ひとりの男が住んでいた。郵便も新聞も配達されないし、電気がないから、テレビやラジオを楽しむこともできない。しかし、その男は「さびしい」とも「たいくつだ」とも言わず、ずっと鳥たちを相手にくらしていた。
しかし、静かな生活を、のんびりと味わっているのではない。じつは、悪いことをたくらんでいたのだ。
男が飼っていたのは、たくさんの九官鳥だった。研究して特別に作ったエサをやって育てたため、普通のにくらべて頭もよく、飛ぶ力も強かった。その鳥たちに毎日、男は熱心に訓練をほどこした。それは、こんなぐあいだった。
「いいか。教えた通り、一羽ずつ順番にやってみせろ」
と男は命令し、小屋のなかで待つ。すると、まもなくドアにコツコツと音がする。鳥がやってきて、くちばしの先でたたいたためだ。ドアをあけると、鳥はなかへ入ってきて、こう言う。
「さあ、おとなしくダイヤモンドを渡せ。そして、おれの左足につけてある袋に入れろ。手むかいしたり、つかまえようと考えたりするな。そんなことをしたら、右足につけてある小型爆弾を投げるぞ。そうなれば、おまえたちは、こっぱみじんだ」
なんども練習をくりかえすうちに、九官鳥たちはしだいに上達してきた。男は、満足そうにうなずいた。
「うまくなったぞ。町の家々に飛んでいって、その通りにやればいいのだ。さあ、行け。そして、またここへ戻ってこい」
この命令で、何羽もの九官鳥は、町のほうへと飛びたっていった。それを見送りながら、男はつぶやいた。
「町の連中は、さぞ驚くことだろう。なにしろ、まっ黒な鳥の強盗が、とつぜんあらわれるのだから。この作戦を防ぐ方法は、ないにきまっている。パトカーは道のあるところしか走れないから、追いつけっこない。ヘリコプターの音を聞いたら木の枝にかくれるよう、鳥たちに教えてある。レーダーでは、ほかの鳥との見わけがつかないはずだ」
胸をおどらせて待っていると、九官鳥たちはつぎつぎに帰ってきた。足につけた袋を調べると、どれにも光り輝く大粒のダイヤが入っている。みごとに成功したのだ。
すべては順調だった。しばらくつづけると、大きなカバンはダイヤでいっぱいになった。男は大喜びだった。
「ああ、こんな山奥で、長いあいだ苦心したかいがあったというものだ。これで、おれも大金持ちになれる。これからは、どんなぜいたくな生活もできるのだ。さて、町へ出かけてダイヤを売るとしよう」
男は九官鳥たちを逃がしてやり、笑いながら山をおりた。そして、昔の仲間をたずねて相談した。
「ダイヤを処分したいのだが、手伝ってくれないか」
「ダイヤですって。まさか、ふざけているんじゃないでしょうね」
「もちろんだとも。ほら、こんなにある。うまく売りさばいてくれたら、わけ前をやるよ」
と男はカバンをあけ、とくいがった。だが、その仲間はなぜか首を振った。
「しかし、どうもね……」
「どうしたんだ。そんな気のりのしない顔をして」
「あなたは、どこにいってたんです。ニュースを知らないんですか。しばらく前に、ダイヤは人工で大量生産できるようになりました。それで作りすぎて、ねだんも安くなり、いまではこどものオモチャぐらいにしか、売れ口はないのですよ」
山奥でくらしていた男は、そのことを少しも知らなかったのだ。
きまぐれロボット
「これがわたしの作った、最も優秀なロボットです。なんでもできます。人間にとって、これ以上のロボットはないといえるでしょう」
と博士は、とくいげに説明した。それを聞いて、お金持ちのエヌ氏は言った。
「ぜひ、わたしに売ってくれ。じつは離れ島にある別荘で、しばらくのあいだ、ひとりで静かにすごすつもりだ。そこで使いたい」
「お売りしましょう。役に立ちますよ」
と、うなずく博士に大金を払い、エヌ氏はロボットを手に入れることができた。
そして、島の別荘へと出かけた。迎えの船は、一ヵ月後でないとやってこない。
「これで、ゆっくり休みが楽しめる。手紙や書類は見なくてすむし、電話もかかってこない。まず、ビールでも飲むとするか」
こうつぶやくと、ロボットはすぐにビールを持ってきて、グラスについでくれた。
「なるほど、よくできている。ところで、おなかもすいてきたぞ」
「はい。かしこまりました」
と答え、ロボットはたちまちのうちに食事を作って、運んできた。それを口を入れたエヌ氏は、満足した声で言った。
「これはうまい。さすがは、優秀なロボットというだけのことはある」
料理ばかりか、あとかたづけも、へやのそうじも、ピアノの調律さえやってくれた。また、面白い話を、つぎつぎにしゃべってくれる。まったく、申しぶんのない召使いだった。かくして、エヌ氏にとって、すばらしい毎日がはじまりかけた。
しかし二日ほどすると、ようすが少しおかしくなってきた。ふいに、ロボットが動かなくなったのだ。大声で命令しても、頭をたたいてもだめだった。わけを聞いても答えない。
「やれやれ、故障したらしいぞ」
エヌ氏はやむをえず、自分で食事を作らなければならなかった。だが、しばらくたつと、ロボットは、またもとのように、おとなしく働きはじめた。
「時には休ませないと、いけないのかな」
そうでもなさそうだった。つぎの日、ロボットはガラスふきの仕事の途中で、逃げだしたのだ。エヌ氏はあわてて追いかけたが、なかなかつかまえられない。いろいろと考えたあげく、苦心して落し穴を掘り、それでやっと連れもどすことができた。命令してみると、このさわぎを忘れたように、よく働きだす。
「わけがわからん」
エヌ氏は首をかしげたが、ここは離れ島、博士に問いあわせることもできない。ロボットは毎日、なにかしら事件をおこす。突然あばれだしたこともあった。腕を振りまわして、追いかけてくる。こんどは、エヌ氏が逃げなければならない。汗をかきながら走りつづけ、木にのぼってかくれることで、なんとか助かった。そのうちに、ロボットはおさまるのだ。
「鬼ごっこのつもりなのだろうか。いや、どこかが狂っているにちがいない。とんでもないロボットを、買わされてしまった」
こんなぐあいで、一ヵ月がたった。迎えにきた船に乗って都会に帰ったエヌ氏は、まっさきに博士をたずね、文句を言った。
「ひどい目にあったぞ。あのロボットは毎日のように、故障したり狂ったりした」
しかし、博士は落ちついて答えた。
「それでいいのです」
「なにがいいものか。さあ、払った代金を返してくれ」
「まあ、説明をお聞き下さい。もちろん、故障もおこさず狂いもしないロボットも作れます。だけど、それといっしょに一ヵ月も暮すと、運動不足でふとりすぎたり、頭がすっかりぼけたりします。それでは困るでしょう。ですから、人間にとっては、このほうがはるかにいいのです」
「そういうものかな」
とエヌ氏は、わかったような、また不満そうな顔でつぶやいた。
博士とロボット
エフ博士は宇宙船に乗って、星から星へと旅をつづけていた。ただ見物してまわっているのではなかった。文明のおくれている住民のすむ星を見つけると、そこに着陸し、さまざまな分野の指導をするのが目的なのだ。
ちょっと考えると大変な仕事だが、どこの星でも、いちおうの成果をあげてきた。それは、博士が自分で完成したよく働くロボットをひとり、いっしょに連れていたからだ。大型で、見たところは、あまりスマートとはいえない。しかし、力は強く、なんでもできた。また、たいていのことは知っていたし、言葉もしゃべれる。
「さて、こんどはあの星におりよう。望遠鏡でながめると、ここの住民は、わたしたちの手伝いを必要としていそうだぞ」
と、博士は窓のそとを指さした。操縦席のロボットは、いつものように忠実に答えた。
「はい。ご命令どおりにいたします」
宇宙船は、その星へと着陸した。住民たちの生活は、ずいぶん原始的だった。毛皮をまとい、ほら穴に住み、ちょうど大昔の地球のようだったのだ。
ここでもまた、住民たちと仲よくなるまでが、ひと苦労だった。最初のうちは、石をぶつけられたりした。しかし、ロボットは平気だったし、そのうしろにかくれれば、博士も安全だった。やがて、こちらに敵意のないことが相手に通じ、住民たちの言葉がいくらかわかりはじめると、仕事は急速にはかどっていった。
博士はロボットに命令し、地面をたがやして種をまき、畑の見本を作らせた。また、川のふちに水車を作らせ、その利用法を示した。どれもロボットにとっては簡単な作業だったが、住民たちは目を丸くして驚き、大よろこびだった。
さらに、動物をつかまえるワナの作り方、家の建て方、食糧の貯蔵法、病気の防ぎ方などを教えさせた。ロボットの頭のなかには各種の知識がつめこまれてあるので、なんでも教えることができるのだ。
エフ博士の役目は、つぎにはどんな命令を出したらいいのか考えることだった。あとは時どきロボットに油をさし、エネルギーを補給し、外側をみがいてやるぐらいでいい。
こうして、しばらくの時がたった。ロボットが休みなく働いてくれたおかげで、住民たちの生活はずっとよくなった。住民たちは争うこともしなくなり、勉強することを知り、学んだ知識をべつな者に伝えるようになった。このようすを見て、博士は言った。
「さて、文明も順調に発展しはじめたようだ。これからは、自分たちで力をあわせてやるだろう。そろそろここを出発し、べつな星をめざすとしようか」
「はい。そういたしましょう」
ロボットは答え、その準備にとりかかった。
その出発の日。聞き伝えて集った住民たちは、口ぐちにお礼の言葉をのべた。
「おかげさまで、わたしたちは以前にくらべ、見ちがえるように向上しました。ご恩は忘れません。この感謝の気持をいつまでも忘れないようにと、記念の像を作りました。お帰りになる前に、ぜひごらんになって下さい」
博士はうれしそうだった。
「そんなにまで感謝していただけるとは。ここの仕事も、やりがいがあったといえます。よろこんで拝見いたしましょう」
住民たちに案内され、博士とロボットはついていった。そして、丘の上にたてられている大きな石の像を見た。心をこめて作られたもので、花で美しく飾られている。しかし、それはエフ博士の像ではなく、ロボットの像だった。住民たちが尊敬したのは、ロボットのほうだったのだ。
便利な草花
植物学にくわしいエス博士の家は、郊外にあった。ある冬の日のこと、友だちのアール氏がたずねてきた。
「こんにちは。お元気ですか」
とアール氏があいさつすると、博士はへやのなかに迎え入れながら言った。
「ええ、久しぶりですね。昨年の夏においでになって以来ではありませんか。きょう、わざわざいらっしゃったのは、なにかご用があってですか」
「じつは、教えてもらいたいことがあってね。このへんは郊外だから、夏にはハエやカが多いはずでしょう」
「もちろんですよ。しかし、それがどうかしましたか」
「それなのに、夏にうかがった時は、それらの虫に少しも悩まされなかった。あとで考えてみると、ふしぎでならない。そのわけを知りたくて、とうとう、がまんができなくなったのです」
「ああ、そのことですか。あれのおかげですよ」
と博士はあっさり答え、笑いながら、へやのすみを指さした。台の上に、ウエキバチに植えた大きな草花がおいてある。濃い緑の葉で黄色っぽい花が咲いていた。アール氏はそれをながめて、うなずいた。
「なるほど。虫をつかまえる草花だったのか。話には聞いていたが、見るのははじめてだ。で、どこで採集した種類ですか」
「これほどよく働くのは、ほかのどこにもありません。わたしが苦心して、品種改良で作りあげました」
「いいにおいがしますね」
「それですよ。そのにおいは、人間には害がなく、虫を引きつける強い作用を持っています。ハエは食料をそっちのけにし、ノミやカは人間にたかるのをやめ、みなこの花をめざします。つまり、うるさい虫のすべてが集まってくるのです。そして、この葉です。表面がべとべとしていて、そこにとまった虫は逃げられず、たちまち消化されてしまいます」
「あとかたもなく、消えてしまうわけですね。うむ。すばらしい草だ。もちろん、これを作りあげた、あなたの才能もすばらしい」
とアール氏は心から感心した。
「それほどとも思いませんが、ほめてもらうと、うれしくなります」
「けんそんなどしないで、自慢すべきですよ。虫の悩みから、人間を解放したのですよ。こんな便利な草はない。肥料もいらないし、第一、害虫がつくこともない。それに美しく、ていさいもいい。どうだろう。わたしにゆずってくれないかな」
「これまでに育てるのは何年もかかり、ちょっと惜しい気もします。しかし、あと三つばかりありますし、ほかならぬあなたのことです。さしあげましょう。それをお持ちになってかまいませんよ」
「本当ですか。それはありがたい」
アール氏は大喜びだった。くりかえしてお礼を言い、ウエキバチをかかえて帰ろうとした。それを呼びとめて、博士が言った。
「あ、その下にある台も、いっしょにお持ちになってください」
「そんな台なら、うちにもある。それとも、なにか特別な台なのですか」
「そうですよ。ボウフラを育てるのに、必要な器具が入っています」
「なんでまた、そんなものが……」
「夏のあいだは不要ですが、冬になると、その草花は食べる物がなくて枯れてしまうのです。だから、寒いあいだは、それでカを作って与えなければなりません。ボウフラの育て方は、これに書いてあります」
博士から説明書を渡され、アール氏はそれを読んだ。そして、首をかしげながら言った。
「たいへんな手間ではありませんか。いったい、この草花は便利なものだろうか、不便なものだろうか。わけがわからなくなってきたぞ」
夜の事件
そのロボットは、よくできていた。若い女の人の形をしたロボットで、外見からは本当の人間と見わけがつかないほどだ。楽しそうな表情をしている。だが、頭のほうはあまりよくなく、いくつかの簡単な言葉がしゃべれるだけ。しかし、それでいいのだった。町はずれにある遊園地の、門のそばに立っているのが役目なのだから。
昼間は、とてもにぎやかだ。音楽も流れているし、いろいろな人が声をかけてくれる。そして、ロボットもいそがしい。
しかし、いまは静かな夜。人通りもなくなり、ロボットはだまったままだった。
その時、とつぜん物かげから見なれない連中があらわれ、ロボットを取りかこんだ。むらさき色をした顔で、大きな赤い目をしている。あまり感じのいい姿ではなかった。腰には、武器らしいものをつけている。
「手むかいしても、むだだぞ。われわれは、キル星からやってきた」
と、ひとりが言うと、ロボットはやさしい声を出した。
「遠いところから、ようこそ……」
「いやに落着いているな。われわれは、地球をていさつに来たのだ。まず円盤状の宇宙船を上空でとめ、そこから望遠鏡で観察した。また、ラジオやテレビの電波を受信して、言葉をいくらか覚えた。だが、完全な報告書を作るには、地球人をさらにくわしく調べなくてはならない。そのために着陸したのだ。いずれは、この星を占領することになるだろう」
「はい。あなたがたを心から歓迎いたしますわ」
「これはふしぎだ。あまり驚かないようだ。ねぼけてでもいるのだろうか。それとも、われわれを甘く見ているのだろうか。少しおどかしてみよう」
キル星人たちは油断なく身がまえ、ムチのような長い棒を振りまわした。それが当たったが、ロボットは笑い顔で明るく答えた。
「ありがとうございます」
「どういうわけだろう。なにも感じないらしい。お礼など言っている。ほかの方法でやってみよう。われわれは、地球人の弱点を発見しなければならないのだ」
しかし、強い光線を当てても、いやなにおいのガスを吹きつけても同じことだった。
「ありがとうございます」
とロボットはくりかえし、時どき軽く頭をさげる。キル星人たちは、顔を見あわせて相談した。
「だめだ。どんな武器を使っても、ききめがないようだな」
「ああ、地球人というものは、こわさや痛さを知らないのかもしれない。めったにない強敵だ。うすきみが悪くなってきたぞ」
「いや、地球人は戦うことを知らない、平和な種族なのだろう。こんなにいじめても、さっきから少しも反抗しない。こんないい人たちの住む星を占領しようとしているわれわれが、はずかしくなってきた」
「いずれにせよ、このまま引きあげたほうがよさそうだ」
その意見にはみな賛成だった。歩きはじめたキル星人たちに、ロボットはお別れのあいさつをした。
「もうお帰りになるの。また、いらっしゃってね」
キル星人たちは林のなかにかくしておいた宇宙船に乗り、飛び立っていった。それは高速度で音もなく遠ざかった。空をながめていた人があったとしても、流れ星としか思わなかったにちがいない。
やがて朝がきて、遊園地には人びとがやってくる。笑い声や叫び声が聞こえはじめる。ロボットはなにごともなかったかのように、お客から声をかけられるたび、簡単なあいさつをくりかえすのだった。
「ようこそ……。心から歓迎いたしますわ……。ありがとうございます……。またいらっしゃってね……」
地球のみなさん
そこは、町でも特に人通りの多い場所だった。ひとりの青年が道ばたで立ちどまったかと思うと、とつぜん大声をあげた。
「地球という星のみなさん。やっと、あなたがたとお会いすることができました。わたしは、うれしくてなりません」
通りがかりの人びとは驚いて足をとめ、いっせいにそっちを見た。その青年はおとなしそうな顔つきで、小さなカバンをさげていた。青年はにこにこ笑いながら、またもこう言った。
「みなさんといっしょに、この記念すべき日を祝いましょう」
人びとはびっくりして聞いていたが、そのうち、だれかが気がついたように言った。
「あっ、そうか。きょうは四月一日、エイプリル・フールか。冗談を言って他人をかついでもいい日だった。これはうまくやられたな」
それにつれ、ほかの人たちもうなずきあい、おもしろそうに笑った。なかには、手をたたく者もあった。それに答えるかのように青年は頭をさげ、さらに声をはりあげた。
「喜んでいただけて、わたしもやってきたかいがありました。わたしたちの星は文明が高く、平和的です。みなさんのお役に立てるでしょう。これからは、お望みのものがあれば、わたしが連絡して、なんでもとりよせてさしあげます」
しかし、人びとはもう相手にしなかった。
「わかったよ。だが、ここではもう、だれも驚かないよ。その話をしたいのなら、べつな場所に行ってやりなさい」
と声をかけ、かまわずに歩きはじめようとした。だが、青年はあいかわらず、大声をあげつづけた。
「わたしが来たことによって、みなさんは、すばらしい生活ができるようになるのです……」
こうなると、人びとのなかには怒る者もでてきた。
「くどすぎるな。ちょっとした冗談なら楽しいが、こう度がすぎては人さわがせだ。通行のじゃまになる。警官にたのんで、連れていってもらおう」
しかし、べつな人はこう言った。
「いや、そう悪い人でもなさそうですよ。きっと、頭がおかしいのでしょう。気の毒な人です。病院へ連れてゆくべきでしょう」
この意見に賛成する人が多く、寄ってたかって青年を病院に引っぱっていった。青年は、
「なにをするのです。わたしは、みなさんのために来たのです」
と叫びながらあばれたが、ひとりでは、かなうわけがなかった。
その病院には、優秀で熱心な医者がいた。また設備もよく、あらゆる薬もそろっていた。だから、その青年をなおしてしまうのに、そう長くはかからなかった。
医者は青年に言った。
「さあ、手当ては終りました。あなたはまだ、自分がほかの星から来たような気がしますか」
「いいえ、そうは思いません」
「では、これで全快です。もう決して再発はしないでしょう」
「ありがとうございました。しかし、わたしはどこへ帰ったらいいのでしょう」
「自分の家を忘れてしまったのですか。あ、そうそう、あなたはカバンを持っていましたね。あれをあけてみたら、わかるでしょう」
青年のカバンがあけられた。なかに入っているものは、地球ではだれも見たことのないような機械だった。たいへん複雑で使い方はわからないが、どうやら連絡用の通信機のように思えた。医者はあわてて言った。
「さては、あの話は本当だったのか。たのむ、これを使って、あなたの星と連絡をとって下さい」
しかし、青年はきょとんとした顔だった。
「これは、なんです。どう使って、どこへ連絡しろとおっしゃるのですか」
もはや、もとには戻りそうになかった。
ラッパの音
ある日の夕方。
エフ博士の家にお客がたずねてきて、こう話しかけた。
「このところ、ご旅行だったようですが、どちらへお出かけでしたか」
博士はうなずいて答えた。
「ああ、南方の奥地へ探検にいってきたよ。ジャングルを抜けたり、山を越えたり、なかなかおもしろい旅だった」
「大がかりな探検隊を引きつれての旅だったのでしょうね」
「いや、わたしと案内人の二人だけだ」
それを聞いて、お客は変な顔をした。
「そんなことは、信じられません。きっと、恐ろしい動物がたくさんいたはずです」
「ああ、いたとも。しかし、そんなのは追い払えばいい」
「追い払うには、たくさんの弾丸や銃がいるでしょう。それを運ぶだけでも、二人ではまにあわないはずです」
「いや、銃なんかは使わない」
「いったい、どんな方法なのでしょう」
と、お客は知りたがって身を乗り出した。エフ博士は立ちあがり、となりのへやから細長い品を持ってきて見せた。
「これだよ。わたしの発明したラッパだ」
そういわれてみるとラッパだが、普通のラッパのように簡単なものではない。先のほうには小型の電灯がついているし、横には望遠鏡のような形のものがついている。そのほか、複雑な電気の部品らしきものが、たくさんついていた。お客はふしぎそうに聞いた。
「これが、どんな働きをするのですか」
「いつだったか、鳥を呼ぶフエの話を読んだ。それにヒントをえて、その逆のものを作ったのだ。追っ払うフエというわけだ。もちろん鳥だけでなく、あらゆる動物にききめがある。ここについているレンズが相手を見わけ、その最もきらいな音を自動的に出す。つまり、このラッパを相手にむけて吹くと、たちまち逃げてゆく。電灯がついているから、夜でも使える」
「なるほど。銃とちがって、むやみに動物を殺さなくてすみますね。しかし、本当にききめがあるのでしょうね」
お客に質問され、博士はちょうど庭先を歩いていたネコをみつけ、それにむけてラッパを吹いた。ラッパは犬のほえる音を出し、それを耳にしたネコは、急いで逃げていった。
「この通り。ネズミにむければネコの声、小鳥にむければタカの羽ばたきの音、といったぐあいだ」
「では、こわいものなしの旅でしたね」
「ああ、しかし、こわい目には、旅から帰ってからあったよ。ある夜、物音で目がさめてみると、となりのへやに泥棒が入っていた。叫んではあぶないし、電話に近よることもできない。ちかごろの世の中は、ジャングルよりぶっそうだ」
「で、どうなさいました」
「思いきって、泥棒にむけてラッパを吹いてみた。すると、あわてて逃げていった」
「どんな音が出たのです」
「パトロール・カーのサイレンの音だ」
お客は、ますます感心した。
「すごい働きですね。では、ひとつ、それをわたしにむけて吹いてごらんになりませんか。わたしは、絶対に驚かないつもりです」
「そうむやみには使えないよ」
と博士は首を振り、ラッパをしまうために、となりのへやへと歩いていった。お客は博士の戻るのを待っていたが、時計が鳴って十時を告げるのを聞き、博士に言った。
「おや、もう十時ですね。わたしの時計は、故障していたようだ。そろそろ失礼しましょう」
そして、あいさつをして帰っていった。それを見送りながら、エフ博士は笑ってつぶやいた。
「ラッパが出した音とは気がつかず、帰っていったぞ。お客がなかなか帰らないと、研究のじゃまになって困ってしまう」
おみやげ
フロル星人たちの乗った一台の宇宙船は、星々の旅をつづける途中、ちょっと地球へも立ち寄った。しかし、人類と会うことはできなかった。なぜなら、人類が出現するよりずっと昔のことだったのだ。
フロル星人たちは宇宙船を着陸させ、ひと通りの調査をしてから、こんな意味のことを話しあった。
「どうやら、わたしたちのやってくるのが、早すぎたようですね。この星には、まだ、文明らしきものはない。最も知能のある生物といったら、サルぐらいのものなのです。もっと進化したものがあらわれるには、しばらく年月がかかります」
「そうか。それは残念だな。文明をもたらそうと思って立ち寄ったのに。しかし、このまま引きあげるのも心残りだ」
「どうしましょうか」
「おみやげを残して帰るとしよう」
フロル星人たちは、その作業にとりかかった。金属製の大きなタマゴ型の容器を作り、そのなかにいろいろのものを入れたのだ。
簡単に星から星へと飛びまわれる、宇宙船の設計図。あらゆる病気をなおし、若がえることのできる薬の作り方。みなが平和に暮らすには、どうしたらいいかを書いた本。さらに、文字が通じないといけないので、絵入りの辞書をも加えた。
「作業は終りました。将来、住民たちがこれを発見したら、どんなに喜ぶことでしょう」
「ああ、もちろんだとも」
「しかし、早くあけすぎて、価値のある物とも知らずに捨ててしまうことはないでしょうか」
「これは丈夫な金属でできている。これをあけられるぐらいに文明が進んでいれば、書いてあることを理解できるはずだ」
「そうですね。ところで、これをどこに残しましょう」
「海岸ちかくでは、津波にさらわれて海の底に沈んでしまう。山の上では、噴火したりするといけない。それらの心配のない、なるべく乾燥した場所がいいだろう」
フロル星人たちは、海からも山からもはなれた砂漠のひろがっている地方を選び、そこに置いて飛びたっていた。
砂の上に残された大きな銀色のタマゴは、昼間は太陽を反射して強く光り、夜には月や星の光を受けて静かに輝いていた。あけられる時を待ちながら。
長い長い年月がたっていった。地球の動物たちも少しずつ進化し、サルのなかまのなかから道具や火を使う種族、つまり人類があらわれてきた。
なかには、これを見つけた者があったかもしれない。だが、気味わるがって近よろうとはしなかったろうし、近づいたところで、正体を知ることはできなかったにちがいない。
銀色のタマゴはずっと待ちつづけていた。砂漠地方なので、めったに雨は降らなかった。もっとも、雨でぬれてもさびることのない金属でできていた。
時どき強い風が吹いた。風は砂を飛ばし、タマゴを埋めたりもした。しかし、埋めっぱなしでもなかった。べつな風によって、地上にあらわれることもある。これが何度となく、くりかえされていたのだった。
また、長い長い年月が過ぎていった。人間たちはしだいに数がふえ、道具や品物も作り、文明も高くなってきた。
そして、ついに金属性のタマゴの割れる日が来た。しかし、砂のなかから発見され、喜びの声とともに開かれたのではなかった。下にそんなものが埋まっているとは少しも気づかず、その砂漠で原爆実験がおこなわれたのだ。
その爆発はすごかった。容器のそとがわの金属ばかりでなく、なかにつめてあったものまで、すべてをこなごなにし、あとかたもなく焼きつくしてしまったのだ。
夢のお告げ
エヌ氏は友人といっしょに、町から遠くはなれた野原の道を歩いていた。二人は休日を利用し、キャンプを楽しもうとして出かけてきたのだ。健康にもいいし、心もすがすがしくなる。
「いい気分だな。都会のあわただしさを忘れてしまう。このへんで、ちょっと休もう」
とエヌ氏は足をとめ、道ばたに腰をおろした。近くにはくずれた石垣などがあった。友人は案内書の地図を出し、それを見ながら言った。
「このあたりには、むかし城があり、はげしい戦いがおこなわれた場所だそうだよ」
「しかし、落ちついたながめで、そんな感じは少しもしないな。どうだろう、今夜はここでキャンプをしよう」
「ああ、悪くないな」
意見はまとまり、そこにテントをはった。近くの小川から水をくんできて、夕食を作った。やがて静かな夜が訪れてきて、二人は眠りについた。
眠っている時、エヌ氏は夢を見た。しかも、はっきりした夢だった。
それにはヨロイを着て、立派なカブトをかぶった武士があらわれた。どこか傷をうけているようだし、手には鉄でできた箱を重そうにかかえている。そのため、苦しそうに息をきらし、足をひきずりながら歩いてきた。
武士はあたりを見まわしていたが、そばにだれもいないことをたしかめると、地面に穴を掘り、箱をなかに入れた。それから、上に土をかぶせてわからないようにし、目じるしにするためか石を置いた。武士はほっとしたような顔で、最後にこうつぶやいた。
「これでよし。たとえこの戦いで負け、城が奪われても、これさえ確保しておけば再起をはかることができる」
ははあ、軍用金をかくしたというわけだな。こう考えているうちに、エヌ氏は目がさめた。
いつのまにか朝になっていた。エヌ氏は友人に、いまの夢の話をした。すると友人は、驚いた表情で言った。
「これはふしぎだ。じつは、ぼくもそれと同じ夢を見た。ひとりだけならなんということもないが、二人そろってとなると、ただごとではない。これはきっと、あの武士の魂があらわれて、ぼくたちに告げたのにちがいない」
「あの箱がまだ埋まっていて、それを発見できたらすばらしいな。しかし、場所はどこなのだろう」
「たぶん、この近くだろうと思うよ。さあ、さがそう。手にはいれば大金持ちになれるのだ」
二人は近所を歩きまわった。そのうちエヌ氏は、草のかげに夢で見たのと同じ石を見つけ、叫び声をあげた。
「おい、ここらしいぞ」
二人は目を輝かせ、折ってきた木の枝で掘りはじめた。はたして手ごたえがあり、夢で見たのと同じ鉄の箱があらわれた。しかし、土のなかに長いあいだあったため、さびてぼろぼろになっていた。
箱は、たやすくあけることができた。だが、そこにはいっていたのは金ではなく、なにかをしるした紙だった。友人はため息をついた。
「なんだ、つまらない。ただの書類じゃないか」
「まだ、がっかりするのは早い。武士があんなに貴重そうにかくした品だ。軍用金のかくし場所を書いた図面だろう。よく調べてみよう」
二人は紙をひろげ、書かれていることを読んだ。そして、顔を見あわせてにが笑いし、こんどは本当にがっかりした。
しるされてあったのは、火薬の作り方だったのだ。たしかに、むかしは重大な秘密だったにちがいないが、いまではとくにさわぐほどのものではない。
失 敗
エス氏は、不景気な生活をつづけていた。だが、あまり働こうともせず、ひまさえあれば自分のへやにとじこもっていた。室内には設計図だとか、計算に使った紙とか、機械の部品などが散らかっている。
ある日、たずねてきた友人が話しかけた。
「あいかわらず、機械いじりに熱心ですね。いつまで、そんなことをやっているつもりなのです。まともに働いたほうが、いいように思いますがね」
「いや、もうこれで終りです。やっと完成しました」
と、エス氏はとくいそうに、そばの装置を指さした。ランドセルぐらいの大きさで、アンテナが何本か出ていて、スイッチもついている。友人は、それをながめながら言った。
「それはけっこうでした。しかし、どんな働きをする装置なのですか」
「いま、ごらんにいれましょう」
エス氏はへやのすみにあるテレビをつけた。番組は野球の中継だった。それからエス氏は、そのそばに装置を運び、スイッチを入れて友人のそばにもどってきた。友人は目を丸くした。
「これはふしぎだ。テレビの音が急に聞えなくなった。画面のほうは、なんともないのに。どういうわけなのです」
「それが装置の働きです。つまり、装置のそばでは、物音はすべて消えてしまうのです。音だけをさえぎる壁ができ、まわりを包んでいるとでもいったらいいでしょう」
エス氏はそばにあったガラスのビンを手にし、装置の近くをめがけて投げた。ビンは床に当って割れたが、音はすこしもしなかった。しかし、装置からはなれた場所にビンを投げると、それはガチャンと音をひびかせた。友人は感心した。
「どんなしかけになっているのか知りませんが、妙なものを発明しましたね。しかし、これがなにかの役に立つのですか」
「立ちますとも。たちまち、わたしは大金持ちになりますよ」
「どんな方面に売り込むのですか」
「それはまだ秘密です」
利用法をひとに話せないのも、むりはなかった。エス氏は悪いことに使おうと思って、これを作ったのだった。
その夜、人びとが寝しずまったころ、エス氏は装置を背中にしょって外出した。そして、前からねらっていたビルに忍びこんだ。忍びこむといっても、窓ガラスをたたき割って、そこからはいりこんだのだ。だが、装置の作用で、物音は少しもたたない。
それから、大きな金庫を開けにかかった。合カギもなければ、ダイヤルの番号も知らないので、ドリルで穴をあけてこわす以外にない。乱暴な方法だが、音の心配はしなくてよかった。
やがて、金庫をこじあけることができ、なかにあった大金を、エス氏は用意のカバンにつめこんだ。しかし、ゆうゆうと窓からそとに出たとたん、やってきた警官にあっさりとつかまってしまったのだ。
がっかりしたエス氏は、装置のスイッチを切ってつぶやいた。
「わけがわからない。うまくゆくはずだったのに、なぜ失敗したのだろう」
警官のほうも首をかしげながら言った。
「こっちも、わけがわからない。このビルは、窓ガラスが割れると、非常ベルが鳴りひびくようになっている。管理人がすぐ電話してきたので、パトロール・カーがサイレンの音をたててかけつけた。そんなさわぎにもかかわらず、逃げもしないでつかまってしまう泥棒など、はじめてだ」
装置の作用は、そとからの音もさえぎり、エス氏にはなにも聞えなかったのだ。
目 薬
ケイ氏は、ひとりで暮していた。そのへやの机の上には、ビーカーや試験管をはじめ、化学用の器具が並んでいた。各種の薬品や、植物からしぼった汁を入れたビンもある。
彼は毎日、液をまぜあわせるのに熱中していた。また、振ったり、あたためたり、ひやしたり、時には光線を当てたりもした。
そして、ある日。ケイ氏はうれしそうな声をあげた。
「さあ、やっとできたぞ。これでいいはずだ」
彼が作ろうとしていたのは、新しい目薬だった。といっても、目の病気をなおす薬ではない。悪い人を見わける作用を持ったものだ。つまり、これを目にたらしてからながめると、悪いことをたくらんだり考えたりしている人の顔だけが、ムラサキ色に見えるのだ。顔をムラサキ色にぬっている人などはいないから、それでまちがえる心配はない。
「さて、効果が確実かどうかを、たしかめに出かけるとするかな」
ケイ氏はその目薬をさし、外出した。歩きながらあたりを見まわしたが、たいていの人は普通の顔色をしている。時たま、かすかにムラサキがかった人がまざっている。悪人になればなるほど、色も濃く見える働きがあるのだ。
「なるほど。世の中には、ひどく悪い人というのは少ないものらしい」
こうつぶやいているうちに、濃いムラサキ色の男をみつけた。カバンをさげて、道ばたに立っている。ケイ氏は、交番から警官を引っぱってきてたのんだ。
「あの男を、つかまえてください」
「しかし、なにもしていない男を、つかまえることはできませんよ」
と変な顔をする警官を、ケイ氏はせきたてた。
「その責任は、わたしがおいます。早く、早く」
警官はふしぎがりながらも、その男のそばに近づき、話しかけようとした。
「もしもし……」
そのとたん、男はあわてて逃げようとしたが、たちまちつかまってしまった。カバンを開けさせてみると、なかにはアクセサリーなど大量の金製品があった。それを調べた警官は、目を丸くし、ケイ氏に言った。
「これらの品は、このあいだ貴金属店から強盗が奪っていった品でした。おかげで、犯人をつかまえることができました。店からは、品物をとりもどしたお礼が出るでしょう。しかし、この男が犯人らしいと、よくわかりましたね。なぜですか」
「いや、そぶりが怪しかったからですよ」
ケイ氏は理由を秘密にし、いいかげんな答えをした。しかし、内心は大喜びだった。発明した目薬の作用も、これではっきりしたわけだ。また、たくさんのお礼ももらえるらしい。いい商売になりそうだ。これをくりかえせば、お金ももうかることになる。
こう考えながら、ケイ氏は自分のへやに帰ってきた。そして、なにげなく鏡をのぞいて、首をかしげた。なんと、そこにうつっている自分の顔が、ムラサキ色をしているではないか。
「こんなはずはない。わたしが悪人であるわけがない。泥棒もつかまえたのだ。どういうわけだろう」
ケイ氏はしばらく考えていたが、作った薬をみな惜しげもなく捨ててしまった。
「きっと薬の作用が狂っていたからだろう。さっき泥棒をつかまえたのは、ただの偶然だったにちがいない」
しかし、この薬のききめは、やはりたしかだったのだ。このような発明は、すぐに発表して世の中の役に立てるべきものだ。それを自分だけの秘密にしておこうというのは、けっしていい心がけとは言えない。
リオン
エス博士は、植物学者だった。ある日、散歩がてらに動物学者であるケイ博士の家に立ちより、玄関であいさつした。
「しばらくお会いしませんでしたが、お元気ですか。あいかわらず、いそがしいのでしょうね」
ケイ博士は喜んで迎え入れた。
「どうぞ、おはいり下さい。やっと研究が一段落したところです。それに、ぜひお目にかけたいものがあります」
「なんですか」
とエス博士が聞くと、ケイ博士は庭にむかって、
「リオン、リオン」
と呼んだ。すると、一匹の動物がすばやい動きで、へやのなかに入ってきた。
見なれない動物だった。大きさはネコぐらいだが、黄色っぽい色で、しっぽが大きかった。
大変かわいらしい。それをながめながら、エス博士は質問した。
「こんな動物を見るのは、はじめてです。どこで発見したのですか」
「いや、これは、つかまえてきたものではありません。わたしが作りあげた、混血の動物なのです」
「なんとなんとの混血ですか」
「リスとライオンですよ。リオンという名前も、それでつけたのです」
とケイ博士に説明されてみると、たしかに、その両方に似ている。エス博士は目を丸くしながら言った。
「これは驚いた。しかし、なんでまた、こんなものを作る気になったのです」
「最も強い百獣の王ライオンと、小さくてかわいいリスと組み合わせたらどうなるかに、興味を持ったからです」
「なるほど、さぞ苦心なさったことでしょうね。学問的には、大変な価値があるでしょう。だけど、なにかの役に立つのですか」
ケイ博士はうなずき、リオンの頭をなでながら答えた。
「立ちますとも。これは両方のいい性質をかねそなえています。つまり、飼い主に対してはリスのごとくおとなしく、敵に対してはライオンのごとく勇敢です」
「なるほど」
「ごらんのように、ペットとしてもすばらしく、また、普通の番犬よりはるかに強いわけです。どんな強盗でも追い払ってしまいます。このあいだは探検旅行に連れてゆきましたが、これといっしょだと、ほかの猛獣が近よってきません。ライオンのにおいがするためです。おかげで、夜も安心して眠ることができました」
「便利なものですね……」
エス博士は感心しながら家に帰った。しかし、うらやましがっているだけでは、つまらない。自分も同じ考え方で、なにか新しい植物を作りあげてやろうと決心した。
ところで、どんなのがいいだろう。くだものを食べながら、あれこれと考えたあげく、エス博士は目を輝かせて叫んだ。
「そうだ。ブドウとメロンとで新種を作ることにしよう。メロンの実が、ブドウのようにたくさんなる植物だ。ブロンと名前をつけてやろう。きっと、もうかるにちがいないぞ」
エス博士は温室にとじこもり、研究に熱中し、なんとかタネを作りあげた。
「これでよし。早く芽を出せ、ブロン、ブロンだ」
ブロンはどんどん成長した。
そして、ついに実のなる時がきた。しかし、エス博士はがっかりした表情で頭をかいた。ブドウのように小さい実が、メロンのように少ししかならなかったのだ。
人まねをしても、簡単に成功するとは限らないようだ。博士はブロンの実をもぎ、つまらなそうに口に入れた。ちょっぴりすっぱい味だった。
ボウシ
その老人は夜の道をとぼとぼと歩いて、町はずれの自分の家に帰ってきた。まずしい小さな家で、なかには盗まれて困るような品など、なにひとつない。また、出迎えてくれる者もなかった。彼には身よりがなかったのだ。
その老人は、奇術師だった。しかし、有名ではなかった。ボウシのなかから、ウサギやハトや、花や旗などを出してみせる手品しかできない。そう珍しい奇術ではない。
だから、テレビにも大きな劇場にも出演することができなかった。神社のお祭などに出かけて行き、そこでいくらかのお金を得るだけだった。
きょうも縁日に出かけ、一日じゅう立ちつづけて、暗くなるまでその手品をくりかえした。だけど、それを面白がってお金を出してくれる人は少なかった。帰りに食べ物とお酒とを少し買ったら、あとにあまり残らなかった。
老人は食事をし、お酒を飲み、ひとりごとを言った。
「むかしはわたしの手品を、人びとはずいぶん喜んでくれたものだ。しかし、このごろの人はちっとも感心してくれない。もっと新しい手品を考え出せばいいのだろうが、こう年をとってしまっては、それも無理なのだ……」
老人は悲しそうな顔で、つぶやきをつづけた。
「あしたはまた、遠くの縁日に出かけなくてはならない。さて、ひと通り練習してから眠るとしようか」
老人はボウシのなかから、いろいろなものを取り出した。ほかにはなにもできないが、この手品だけはうまいのだった。
そのようすを、窓の外から熱心に見つめている二人の人影があった。彼らは、こんな意味のことを話し合った。
「すごいものだな」
「ああ、驚くべきことだ」
普通の人なら、こんなに目を丸くするはずはない。彼らは、ミーラ星からやってきた宇宙人だった。そっと地球に立ち寄ってみたものの、学ぶべき文明もなさそうなので帰ろうとした。そして、通りがかりになにげなくのぞいた家のなかに、この光景を見つけたのだ。彼らはさらに話しあった。
「あれは、なんでも出てくる装置だ」
「ぜひ、ミーラ星に持ち帰りたいものだ」
そのあげく、彼らは家のなかに入った。老人はびっくりした。ぴっちりした銀色の服の、見なれない二人が、とつぜんあらわれたのだから。酒に酔ったせいかと思ったが、そうでもないらしい。
ミーラ星人たちは老人に「それをゆずってくれ」と、手まねでたのんだ。だが、老人は首と手を振った。これは渡せない。これがなくなったら、生活してゆけないのだ。
しかし、ミーラ星人たちは欲しくてたまらなかった。あきらめられない。そこで二人はうなずきあい、老人に飛びかかり、腕ずくで取りあげてしまった。
老人は泣き声をあげた。ボウシを取られたら、あしたからどうしたらいいのだろう。それを見て、ミーラ星人たちは少し気の毒になり、相談しあった。
「悲しんでいるぞ。むりもないな。こんな便利な装置なのだから。よし、かわりに、なにか置いていってやるとするか。だが、なにがいいだろう」
「そうだな。こんなものしかないが」
と、ひとりがポケットから、ボールぐらいの大きさのエメラルドを出した。美しい緑色の宝石だ。しかし、べつのひとりは言った。
「なんだ。このあいだ寄った星に、たくさんころがっていた石ころじゃないか。そんなものでは悪いだろう」
「しかし、ほかにしようがない。同情はいいかげんにして、さあ、早く引きあげよう」
ミーラ星人たちは、その宝石を置き、老人の家からかけ出した。そして、林の奥の宇宙船にもどり、大急ぎで夜の空へ飛び立っていった。
金色の海草
エヌ博士の研究所は、岩の多い海岸のそばにあった。窓からは、白くくだける波を見ることができる。また、遠い水平線をゆく船をながめることもできる。空気がよく、静かで、夏は涼しくていい。
ある日、お金持ちのアール氏がたずねてきて、あいさつした。
「近くまでドライブに来たついでに、ちょっとお寄りしました」
「どうぞ、どうぞ。ごゆっくりと」
とエヌ博士は迎え、アール氏は聞いた。
「このごろは、どんな研究をなさっておいでなのですか」
「お目にかけましょう。これです。やっとできあがりました」
エヌ博士は、ガラス製の容器を指さした。海水がみたされてあり、そのなかで海草が育っていた。輝くような金色をした海草だ。それがゆらゆらとゆれている光景は、じつに美しかった。アール氏は感心した。
「きれいなものですね。まるで、おとぎの国にでもいるようだ。どうやって、色をぬったのですか」
「いや、色をぬったのでも、メッキをしたのでもありません。これは、金でできている海草なのですよ」
「まさか。そんなもの、あるわけがないでしょう」
と、ふしぎがるアール氏に、エヌ博士は説明した。
「草や木は地面のなかから養分をとり入れ、クキや葉など、自分のからだを作ります。それと同じことですよ。この海草は海水中に含まれている金をとり入れ、からだを作るのです。長いあいだかかって品種を改良し、なんとか完成しました」
「海水のなかに金が含まれているということは、わたしも聞いたことがある。しかし、それを取り出すのは、大変な手間だという話だったが……」
「機械でやったのでは、費用がかかって、ひきあいません。しかし、この海草はこの通りやってくれるのです」
「では、これを使えば、簡単に金がとれるわけですね」
「ええ。焼いて、よぶんな灰を除けば、金が残ります」
アール氏は目を丸くして見つめていたが、がまんできなくなって言った。
「すごい発明だ。どうでしょう。ぜひ、これをわたしにゆずって下さい」
「しかし……」
「お願いしますよ。お金なら、いくらでも払いますから」
アール氏の熱心さに負けて、ついにエヌ博士は承知した。
「いいでしょう。お売りしましょう」
「それは、ありがたい。さっそく、これをふやして、海の底で育てることにしよう。金のとれる畑ができるわけだ」
「そうです。大いにふやして下さい」
と、エヌ博士は育て方を書いた説明書を渡した。アール氏は、それを受取って言った。
「もちろん、そうするとも。しかし、あなたは欲のない人ですね」
「わたしは早く、つぎの研究をしたいのです」
「わたしは、お金をもうけるほうが好きだ。これで、さらにお金持ちになれる」
アール氏は大喜びだった。お金を払い、金色の海草を持って帰っていった。それを見送りながら、エヌ博士のほうも喜んでいた。
「金色の海草が売れ、おかげで、つぎの研究をする費用ができた。さっそく、それにとりかかろう。こんどは、金のウロコを持つ魚を作りあげよう。海底でふえた金の海草を食べて育つ魚。そして、すばしこく泳ぎ、大きくなったら戻ってくるような性質の魚だ。海のミツバチとでも呼ぶべきものだ。このほうが、もっとすばらしいではないか」
盗んだ書類
静かな夜ふけ。エフ博士の研究所のそばに、ひとりの男がひそんでいた。その男は、泥棒だった。
エフ博士はこれまでに、すばらしい薬をつぎつぎと発明してきた。まもなく、また新しい薬を完成するらしいとのうわさだった。男はその秘密を早いところ盗み出し、よそに売りとばそうという計画をたてたのだ。
男は窓から、そっとのぞきこんだ。なかではエフ博士がひとり、むちゅうになって薬をまぜあわせている。熱中しすぎて、のぞかれていることに気がつかない。
やがて、少量の薬ができあがった。みどり色をした液体だった。博士はそれを飲み、大きくうなずいた。
「うむ、味は悪くない。においも、これでいいだろう……」
そして、のびをしながらつぶやいた。
「やれやれ、やっとできた。いままでにわたしは、いろいろな薬を作った。しかし、この薬にまさる薬はあるまい。世界的な大発明だ。さて、忘れないうちに、製造法を書きとめておくとしよう」
博士は紙に書き、それをへやのすみの金庫のなかに、大事そうにしまいこんだ。それから、自分の家へと帰っていった。
待ちかまえていた男は、仕事にとりかかった。注意して窓をこじあけ、なかにしのびこむ。さっき博士がやった通りに金庫のダイヤルの番号を合わせると、簡単にあけることができた。男は書類をポケットに入れ、うれしそうな足どりで逃げ出した。
「しめしめ、これでひともうけできるぞ。博士が飲んだところをみると、人体に害のないことはたしかだ。それに、すごい薬とか言っていた。だが、どんなききめがあるのだろうか……」
その点が、なぞだった。飲んだあと博士がどうなったのか、調べるひまはなかった。電話をかけて聞くわけにもいかない。しかし、エフ博士の発明だから、いままでの例からみて、役に立つ薬であることはあきらかだ。
かくれ家に引きあげた男は、紙に書いてある製法に従って、薬を作ってみることにした。どんな作用があるのか知っていないと、ひとに売りつける時に困るのだ。
原料を集め、フラスコやビーカーも買いととのえた。そして、何日かかかって、問題の薬ができあがった。スズランのような、いいにおいがする。
男はそれを自分で飲んでみた。すがすがしい味がした。男はイスに腰をかけ、ききめがあらわれるのを待った。
そのうち、男は立ちあがり、そとへ出た。急ぎ足で歩きつづけ、ついたところはエフ博士の研究所だった。
「先生。申しわけないことをしました。このあいだ、ここの金庫から書類を盗んでいったのは、わたしです。わたしをつかまえ、警察へつき出して下さい」
と男は言った。それを迎えた博士は念を押した。
「本当にあなたなのですか」
「そうです。書いてある通りにやって薬を作り、それを飲んでみました。そうすると、自分のしたことが悪かったのに気づき、ここへやってきたのです。お許し下さい。盗んだ書類は、おかえしします」
男は涙を流してあやまった。だが、エフ博士は怒ろうともせず、にっこり笑いながら言った。「それはそれは。やはり、わたしの発明はききめがあった。この薬は、良心をめざめさせる作用を持ったものです。ところが、作ってはみたものの、あとで困ったことに気がついた。実験のために、進んで飲んでみようという悪人がいないのです。しかし、あなたのおかげで、作用のたしかさが証明できたというわけです。どうも、ごくろうさまでした」
薬と夢
アール氏はある日、友人のエフ博士の研究室をおとずれた。さまざまな器具が並び、薬品のにおいがただよっている。アール氏は言った。
「こんどは、どんな薬を作ろうとなさっているのですか」
「夢を見ることのできる薬です。ずいぶん苦心しましたが、やっと試作品が完成しました。これがそうですよ」
と、エフ博士は、そばの机の上にあるビンを指さした。なかには、白い粒がいっぱい入っている。アール氏は、目を丸くして感心した。
「それはすばらしい。そんな薬ができてくれれば、わたしたちの生活は、いっそう楽しいものとなります。好きな夢が、自由に見られるというわけですね」
しかし、エフ博士は手を振って答えた。
「いや、まだそこまでは、むりです。いまのところは動物だけです。これを飲むと、夢に動物があらわれてくれます」
「なるほど、そうでしたか」
「つぎには、植物の夢を見られる薬の研究です。いずれは、山や海などの景色のあらわれるのも作ります。ひととおりそろったら、それぞれ組合わせる研究ですよ。たとえば、うまく組合わせれば、海岸の松の上をツルが舞っている、というのになるわけです」
「すてきな夢を完成するのも、容易なことではありませんね。で、この粒を飲むと、どんな動物があらわれてくるのですか」
と、アール氏はビンを見つめながら質問した。
「いろいろ作りましたが、みなまぜてしまいました。馬のもあり、ウサギのもあります。もちろん、ヘビとかハゲタカといった、あまり人気のない種類のはやめましたが」
エフ博士の話を聞いているうちに、アール氏はためしてみたくなってきた。
「一粒でいいから、飲ませて下さい」
「いいですとも。家へ帰ってから、ベッドに入るまえに飲んでごらんなさい。少しわけてあげますから」
エフ博士は十粒ばかり小さなビンに移し、さし出した。アール氏は聞いた。
「人体に影響はないのでしょうね」
「その点はご心配なく。何回もたしかめてみました。また、夢のなかで、動物にひっかかれたり、かみつかれたりすることもありませんよ」
「どうもありがとう」
アール氏はお礼を言い、わけてもらった薬を持って、大喜びで帰宅した。そして、寝るまえに一粒を飲んでみた。すると、その夜の夢にクマがあらわれた。おとなしいクマで、いっしょに遊んでくれた。背中にのせてくれたり、スモウの相手になってくれたのだ。ちょうど、金太郎になったような気分だった。目がさめてから、アール氏はつぶやいた。
「ききめはたしかだ。ただながめるだけのテレビとは、またちがった面白さがある。よし。今夜は少し多く飲んで、たくさんの動物があらわれる、にぎやかな夢を見ることにしよう」
その晩には三粒を飲んでみた。眠りにつくと、まず夢にネコがあらわれた。毛なみのいい、かわいいネコだ。しかし、それと遊ぼうとしたとたん、つぎに犬があらわれた。ネコはアール氏をそっちのけにして、あわてて逃げはじめた。
犬はほえながら追いかける。そればかりではない。三番目にあらわれたライオンが、その犬を追いかけはじめたのだ。
そして三匹とも、どこか遠くのほうにいってしまった。それっきり朝まで、夢ではなにもおこらなかった。
アール氏は、目がさめてから残念がった。
「やれやれ、せっかくの薬を、むだにしてしまった。たくさん飲んだから、それだけ面白いというものでもないようだな」
なぞのロボット
エヌ博士は、ひとつのロボットを作りあげた。それからは、家にいる時も研究所にいる時も、いつもそばに置いておく。通勤の途中はもちろん、休日にどこかへ遊びにゆく時も、必ずいっしょだった。
博士のあとを、ロボットがひとりでに、ついてゆくのだ。ちょうど、影ぼうしのようだった。あまり大きくはなく、やせた形のロボットなので、乗物のなかでも、そうじゃまにならない。しかし、これがどんな働きをするのかは、博士のほかにはだれも知らなかった。
ある日、エヌ博士の家にやってきた友人が聞いた。
「いつも、ロボットといっしょなのですね」
「そうです。わたしには、なくてはならないものですから」
「しかし、いつうかがっても、このロボットの働いているのを見たことがありません。お茶を運んでもこなければ、へやや庭のそうじもしないようですね」
「そんなことのために作ったのではありません」
「いったい、なんの役に立つのですか」
「たいしたことでは、ありませんよ。それに、ほかの人には関係のないことです」
エヌ博士は教えようとしない。そこで、友人はロボットのほうに聞いてみることにした。
「おまえは、どんなことをするロボットなんだい」
ロボットなら、うそをつかないだろうと考えたからだ。だが、なんど聞いても答えない。友人は、またエヌ博士に質問した。
「このロボットは、耳が聞えないのですか」
「そんなことはありません」
「では、口がきけないのですか」
「そうです。その必要がないからですよ」
しかし、これだけの説明では、なぞは少しもとけない。
友人は、ますます気になってならなかった。つぎの日、エヌ博士が外出するのを待ちかまえ、そっとあとをつけてみた。
だが、ロボットは博士のあとに従って歩くだけで、なんにもしない。カバンを持ってあげようともせず、博士がハンケチを落しても、注意したり拾ったりもしない。
ついに、友人はある作戦を思いついた。犬をけしかけてみることにしたのだ。いくらなんでも、ぼんやり立ったままということはないだろう。
犬は勢いよく、エヌ博士にほえついた。おどろいた博士はあわてて逃げまわったが、ロボットはそれを助けようとしない。それどころか、いっしょになって逃げるだけだ。このようすを、友人は物かげから見てつぶやいた。
「なさけないロボットだな。本当に役に立たないらしい。へんなものを作ったものだな。わけがわからん」
さらに、研究室へもしのびこんで、のぞいてもみた。だが、ここでも同じように、ロボットは博士のそばにじっと立っているだけだ。友人はこれ以上つづけてもむだだと、調べるのをあきらめた。
夕方になると、エヌ博士は自分の家に帰る。そして、夜になり眠る時間になると、博士は短く命令するのだ。
「さあ、たのむよ」
それによって、ロボットはやっと、ちょっとのあいだ仕事をする。机にむかってノートをひろげ、日記をつけはじめるのだ。たとえば、外出してハンケチをなくしたことや、犬にほえられたけれど、あやうく逃げたことなどを……。
エヌ博士はベッドのなかからそれをながめて、笑いながらひとりごとを言った。
「わたしは日記をつけるのが、めんどくさくてならない。そのため、このロボットを作ったのだ。しかし、こんなことはみっともなくて、とても他人に話すわけにはいかない」
へんな薬
ケイ氏の家にやってきた友人が言った。
「あなたは、薬をいじるのが好きですね。いつ来ても、薬をまぜ合わせたり熱したりしている。なにか、いいことがあるのですか」
「喜んで下さい。やっと、すごい薬ができました。これですよ」
と、ケイ氏は粉の入ったビンを指さした。友人は、それを見ながら聞いた。
「それは、けっこうでした。で、なんの薬ですか」
「カゼの薬です」
「いままでのにくらべ、どんな点がすぐれているというのですか」
「いま、ききめをごらんに入れましょう」
こう言いながら、ケイ氏は少し飲んでみせた。友人はふしぎそうだった。
「ききめを見せるといっても、あなたは、カゼをひいていないでしょう」
「いいから、見ていてごらんなさい」
まもなく、ケイ氏はセキをはじめた。友人は心配そうに、ケイ氏のひたいに手を当てた。
「熱がある。これは、どうしたことです」
「さわぐことはありません。これはカゼをなおす薬ではなく、カゼひきになる薬なのです」
「ばかばかしい。あきれました。わたしにカゼをうつさないよう、願いますよ」
「それは大丈夫です。まあ、もう少しお待ち下さい」
一時間ほどたつと、ケイ氏のセキはおさまり、熱もさがった。友人は、ますます変な顔になった。
「もうなおったのですか」
「つまりですね。この薬を飲むと、カゼをひいたのと同じ外見になるのです。外見だけで、本人は苦しくもなく、害もありません。そして、一時間たつと、もとにもどるのです」
「妙なものを、こしらえましたね。しかし、こんな薬が、なにかの役に立つのですか」
「もちろんです。ずる休みに使えます。すなわち、いやな仕事をしなくてすむというわけでしょう」
こう説明され、友人ははじめて感心した。
「なるほど、なるほど。それは便利だ。やりたくない仕事を押しつけられそうになった時は、この薬を飲めばいいのですね。すばらしい。ぜひ、わたしにわけて下さい」
「そらごらんなさい。ほしくなったでしょう。いいですとも、少しあげましょう」
小さなビンに入れてもらい、友人は喜んで帰っていった。
そして、ある日、こんどはケイ氏が友人の家をおとずれた。誕生日のお祝いをしたいから、ぜひ来てくれと、さそわれたのだ。
その食事のとちゅう、ケイ氏はふいに顔をしかめて言った。
「きゅうに腹が痛みだした。悪いけれど、これで失礼します」
友人はあわてたが、気がついたように言った。
「からかわないで下さい。わたしの家にいるのが面白くないので、早く帰りたいというのでしょう。ゆっくりしていって下さいよ」
「いや、本当に痛むのだ」
ケイ氏の顔は青ざめ、汗を流し、ぐったりとした。しかし、友人は信用せず、笑いながらひきとめた。
「このあいだのカゼ薬以上に、よくできています。いつもカゼでは怪しまれますから、たまには腹痛にもならないといけませんね」
しかし、一時間たってもケイ氏は元気にならず、苦しみかたは、ひどくなるばかりだ。友人はやっと、これは本物の病気かもしれないと考えて、医者を呼んだ。かけつけてきた医者は、ケイ氏の手当てをしてから言った。
「まにあってよかった。もう少しおくれたら、手おくれになるところでしたよ。しかし、なぜもっと早く連絡してくれなかったのですか」
このことがあってから、ケイ氏はへんな薬を作るのをやめてしまった。
サーカスの秘密
そのサーカスは、大変な人気だった。動物たちが、とても珍しい芸をする。それを見物しに、毎日たくさんのお客がやってくる。
満員だったお客が帰り、静かな夜になった。サーカスの団長は自分のへやにひきあげ、ゆっくり休もうとした。
その時、ひとりの男がたずねてきた。知らない人なので、団長は聞いた。
「どなたですか」
「サーカスを見物していた者です。じつに、すばらしかった。木のぼりをするウサギなど、はじめて見ました。本当にすばらしい」
こう言われると、団長も悪い気はしない。疲れているから早く帰って下さいとも言えない。
「そうですか。みなさんに面白がっていただければ、こんなうれしいことはありません」
「だれでも喜びますよ。強そうなトラも、ネコのようにおとなしかった。どんな方法を使うのか知りませんが、これほどまでに訓練なさったあなたは、偉大な天才と呼ぶべきでしょう」
あまりほめられたため、団長はいい気になって、その方法をしゃべってしまった。
「動物を訓練するのは、たいしたことではありません。しかし、この装置を作りあげるのには、ずいぶん苦心しましたよ。長い年月をかけ、何度も失敗をくりかえしました」
と、団長は懐中電灯のようなものを出してきた。ダイヤルだの、複雑の形のコイルだのがくっついている。男は、それに目をやりながら聞いた。
「なんですか、それは」
「早くいえば、電波を利用し、動物に簡単に催眠術をかける装置です。このダイヤルには、いろいろな動物の絵がかいてあるでしょう」
「ネコの絵もついていますね」
「このネコのところに目盛りをあわせ、トラにむけてボタンを押すとします。するとトラは催眠術にかかり、自分はネコだと思いこむわけです」
「なるほど。おとなしかったのは、そのためだったのですね。サーカスには、せんたくをするライオンも出ていましたね」
「あれは装置の目盛りをアライグマにあわせ、ライオンに催眠術をかけたのです。チンチンをするウシや、台を飛び越えるブタもごらんになったでしょう。いずれも、この装置のおかげです。また、もとに戻したい時は、このゼロの目盛りにあわせてボタンを押せばいいのです」
団長はとくいそうに説明した。聞いているうちに男は身を乗り出し、男の目は輝いてきた。
「それさえあれば、だれでもすぐサーカスが持てるというわけだ。ぜひ、その装置をわたしにゆずって下さい」
「だめです。わたしが苦心して作ったものだ。これだけは、いくらお金をもらっても、他人には渡せません」
団長はことわったが、男はあきらめなかった。
「欲しくて欲しくて、たまらなくなった。どうしても渡さないのなら……」
男はポケットからナイフを出し、振りまわそうとした。しかし、団長が装置のボタンを押すほうが早かった。それから、団長は装置をしまいながらつぶやいた。
「やれやれ、乱暴な人もいるものだ。罰としては、しばらくそのままでいて、ここで働いてもらうことにするよ」
つぎの日からサーカスに新しい人気者が加わった。動物ではなく、チンパンジーのまねのうまいピエロだ。本当にうまく、本物のチンパンジーそっくりだった。
お客たちは「どうやったら、あんなにうまくできるようになるのだろう」と話しあい、ふしぎがりながらも、大喜びして手をたたくのだった。
鳥の歌
アール氏は友人のエイ博士の研究所をおとずれ、話しかけた。
「このごろは、どんな研究をやっているのですか」
「鳥ですよ。いま、ごらんにいれましょう。いや、お聞かせするといったほうがいいのかな」
こう言いながら、博士は一羽のハトをカゴから出した。豆をやり頭をなでてやると、そのハトが鳴きだした。しかし、普通の鳴き方ではなく、童謡のハトポッポの歌のメロディーで鳴いたのだ。アール氏は目を丸くした。
「これは、おどろいた。どうして、こんなことになったのですか。ぜひ説明して下さい」
アール氏は知りたがった。博士は承知し、研究室のなかを案内し、ある物を指さした。
「ここにあるのが、わたしの作ったロボットのハトです。ハトポッポのメロディーで鳴く、オルゴールのようなものです」
「見たところは、本物そっくりですね」
「うまれたばかりのハトを、このロボットのハトといっしょに育てたのです。すると、ハトはそれにつられ、だんだん歌うようになったのです」
「なるほど。外国人のあいだで育つと、しぜんに、その国の言葉を覚えてしまうようなものですね。ほんとに面白い」
アール氏があまり感心するので、博士はこんどはカナリヤを出してきた。
「これもおなじ方法で育てたのですが、もっとよく歌いますよ。お聞かせしましょう」
そのカナリヤは、美しい声でシューベルトの曲を歌った。アール氏はため息をついた。
「すばらしい。コマーシャル・ソングを歌えるようにして、どこかの会社に持ち込めば、さぞ、もうかることでしょう」
「いや、わたしは、商売にするつもりなどありません。鳥の声を、学問的に研究しているだけなのです」
アール氏は鳥の声を聞いていたが、やがて博士に言った。
「これを一羽ゆずって下さい。代金は、いくらでも払いますよ。じつは、きょうはわたしの結婚記念日なのです。妻へのおくり物にしたいのですよ。お願いします」
「そうでしたか。これまでに育てるのは大変でしたが、ほかならぬあなたです。おゆずりしましょう」
アール氏は大喜びし、大金を払い、そのカナリヤをもらうことができた。
家に帰ると、アール氏は夫人に言った。
「おまえを、びっくりさせる物があるよ」
だが、夫人のほうもこう言った。
「あら、あたしもよ。あなたをびっくりさせるような、すてきな物を買ってきたの。なんだと思う」
「さあ、なんだろうな」
「カナリヤよ。ほら」
アール氏は本当にびっくりした。しかも、そのカナリヤはエサをやると、いろいろな曲をつぎつぎと上手に歌うのだった。アール氏は聞いた。
「これを、どこで買ってきたのだい。とても高かったのだろう」
「いいえ、安かったわ。あたしの友だちが持っていたのを、ゆずってもらったのよ」
「しかし、これだけにするには、とても手間がかかるはずだ」
「たいしたことはないそうよ。その人は、鳴かないカナリヤがかわいそうだからと、小さな装置を作ったの。それを手術で首に埋めこんだのよ。エサをやるとその装置が動き、カナリヤの声帯に作用して、こんなふうに歌ってくれるのよ」
「なんだ、そんなしかけができたのか」
「さあ、あなたの買ってきたものを、見せてちょうだい」
アール氏は困ってしまった。高いお金を払って、むりに手に入れて損をしたなと残念がった。
火の用心
学者のエヌ博士は、助手の青年を呼んで、こう話しかけた。
「きみもそろそろ、なにか珍しい物を発明していいころだと思うがね」
「はい。じつは、いま、ご報告しようと思っていたところです」
「なにか作ったというわけだね」
「ええ、これです。ロボットの鳥ですよ」
と青年は手にしていた鳥を見せた。カラスぐらいの大きさだった。博士は、それをながめながら聞いた。
「うまく飛ぶのかね」
「もちろんです。しかも、ただ飛ぶだけではありません。よくごらんになって下さい」
青年は鳥の頭についているボタンを押した。ロボットの鳥は羽ばたきをし、へやのなかを飛びまわりはじめた。そして「火の用心、火の用心」とさえずる。また、口をぱくぱくやると、カチカチというヒョウシ木の音をたてた。それを見て、博士は腕ぐみをした。
「妙なものを作ったな。しかし、まあ少しは役に立つかもしれないな」
「いえ、少しではありません。とても大きな働きをします。この鳥は火事を発見すると、大声で叫びます。また、その場所を、電波で知らせてくれます」
「そうか。そうなると大発明だ。たくさん作って飛ばせば、火事による災害を、ぐんとへらすことができるわけだ。よくやった」
博士は青年をほめ、感心しながらタバコに火をつけた。そのとたん、ロボット鳥はそばへ飛んできて「火事だ、火事だ」と叫んだ。
同時に、青年の持っていた装置は、ガーガーと音をたてはじめた。博士はあわててタバコを投げ捨てた。
「性能のたしかなことは、よくわかった。だが、これでは困る。もっと改良しなさい」
「そういたします」
青年はひきさがった。
何日かたって、青年はまた持ってきた。
「こんどは大丈夫です。小さな火には反応しないように、改良しましたから」
「では、みせてもらおう」
「はい」
青年はへやの窓を開け、鳥のボタンを押した。しかし、鳥は窓から出てゆこうとせず、へやのすみへ飛んでいって「火事だ」と叫んだ。
そこには、きょうからつけはじめた煖房装置があった。博士は笑って言った。
「まだ、実用にはむりなようだな」
さらに何日かたった。ある夜、博士は眠っているところを起された。目をこすって相手を見ると助手であり、時計をのぞくと午前四時だった。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「一刻も早くお知らせしようと思ったからです。こんどこそ、本当に完成しました。よく教えこんだのです。火事とは、しだいに熱さをましてゆくものだと。これなら、煖房があってもさわぎません」
こんどは鳥も、開けた窓から飛び出していった。「火の用心、カチカチ」という音が遠ざかっていった。
しばらくすると、青年の手にある受信装置がガーガーと鳴りはじめた。
「ほら、どこかで火事をみつけました」
しかし、装置を調べると、鳥はどんどん飛びつづけていることがわかった。遠くに火事を発見して、それにむかっているのかもしれない。
その方角に当る消防署に電話をかけ、聞いてみた。しかし、どこにも火事はないという返事だった。青年はふしぎがった。
「どういうことなのだろう。こんどこそ成功だと思ったのに」
そのうち、博士はひざをたたいて言った。
「わかったぞ。この飛び方を見ると、のぼってきた太陽をめざしているらしい。のぼるにつれて、あたたかくなるからな。この調子だと、戻ってこないかもしれないぞ」
スピード時代
天気のいい休日。お金持ちのアール氏は、庭で草花の手入れをしていた。すると、かきね越しに声をかけてきた男があった。
「草花がお好きのようですね」
「ええ、好きですよ」
とアール氏が答えると、男は言った。
「じつは、ちょっと、お見せしたいものがあります」
「なんですか。園芸用品の売り込みですか」
「もっといいものです。この粉ですよ。タネをまいてから、この粉をとかした水をかけてやると、すばらしい早さで育つのです」
男は門をまわって庭に入ってきて、ビンに入った白い粉を見せた。アール氏は笑った。
「まるで、花さかじいさんのような話ですね。とても信じられない」
「おうたがいでしたら、いま、ここでごらんに入れましょう。タネをまきますよ。これはスイカ、これはイチゴ、これはトマトです」
「それなら、ついでにこれもまいてみよう。アサガオのタネだ」
「いいですとも」
男はこう言いながら、シャベルを借りて地面にタネを埋めた。それから、ビンの粉を水にとかし、ジョウロでかけてやった。アール氏は、それをながめてつぶやいた。
「ばかばかしいように思えてならないな」
「まあ、少しお待ち下さい」
「少しといっても、一週間ぐらいはかかるのだろう」
「とんでもありません。ほら」
と男の指さした場所を見て、アール氏は目を丸くした。もう芽が出はじめている。
「これは驚いた。手品じゃないだろうな」
「タネもしかけもありません、と申しあげたいところですが、さっきのタネが育ったものです。さわってごらん下さい」
手でさわってみると、たしかに本物だった。見ているあいだに、芽はどんどん成長してゆく。
「ふしぎとしか言いようがないな」
「しかけは、粉のほうです。成長を早めるこの薬を完成するのに、わたしは大変な苦心を重ねました。しかし、効果はごらんの通り、すばらしいスピードアップでしょう」
タネをまいてから、まだ三時間ぐらいしかたたないのに、花が咲き、実がなりはじめていた。男は実をもいでさし出した。
「めしあがってごらんなさい」
アール氏は、こわごわ口に入れた。どれもいい味だった。
「うむ。悪くない。となると、便利このうえない大発明だ。これを使えば毎日、とりたてで新鮮なくだものが食べられることになるな」
「そういうことになります。たくさん、めしあがってみて下さい」
アール氏はつぎつぎに咲くアサガオの花をながめながらスイカ、イチゴ、トマトを口に運んだ。
「やれやれ、おなかが一杯になってしまった。ところで、この発明をわたしに売ってくれないか。この薬を大量生産すれば、人びとは喜び、わたしももうかる」
「じつは、わたしもそれをお願いにきたのです。この研究のため、たくさんの借金を作ってしまいました」
話はまとまり、アール氏はお金を払った。男は薬と、その製法を書いた書類を渡し、お礼を言いながら帰っていった。
アール氏は家に入り、大喜びだった。
「さあ、いそがしくなるぞ。この薬をどんどん作って、売らなければならない」
だが、やがて首をかしげた。さっきあれだけスイカなどを食べたのに、もうおなかがすいているのだ。
「これは、早まったことをしたようだ。この方法で育てたくだものは、おなかに入ってからも、スピードはおとろえないらしいぞ」
窓から庭を見ると、アサガオをはじめ、もうみんなすっかり枯れてしまっていた。
キツツキ計画
都会からはなれた森のなかに、小さな家があった。しかし、それは別荘などではなく、悪人団の本部だった。
ある日。その首領は、ここに子分たちを呼び集めて言った。
「大きな計画を思いついたぞ。おまえたちにも、ひと働きしてもらわなければならない」
「銀行強盗でもやろうというのですか」
と子分たちは身を乗出した。だが、首領は手を振った。
「いや、そんなけちなことではない。いままで、だれひとり考えもしなかったような、どえらい仕事だ。どうだ。やってみるか」
「やりますとも。命令を出して下さい」
「それでは、まず町へ行って金網を買ってきてくれ」
それを聞いて、子分たちは首をかしげた。
「なんに使うのですか」
「大きな鳥小屋を作るのだ」
「気はたしかなんですか。ちっとも、どえらい仕事とは思えませんが」
「そのなかで、たくさんのキツツキを育てるのだ」
「ますます、わからなくなりました」
とふしぎがる子分に、首領は言った。
「おまえたちにもわからないとなると、だれにも気づかれることなく、この計画を進めることができそうだ。成功への自信がついてきたぞ」
「いったい、キツツキをどうするのです」
「押しボタンを見ると、クチバシで突っつくように訓練する。そして、町にむけて飛び立たせるのだ。どうなると思う」
「家の門などについている、ベルのボタンを押すでしょうね」
「そうだ。そればかりではない。火災用だの、防犯用だのの非常ベルを、いたるところで押すわけだ」
説明されているうちに、子分たちにもしだいにわかってきた。
「警察は、さぞあわてるでしょう」
「そのほか、オートメーション工場に忍びこんでボタンを押しまくれば、へんな品物がぞくぞく出てくる。コンピューターのある部屋に飛びこんでキーを押せば、めちゃくちゃな答えが出はじめる」
「町じゅう、大混乱になりますね」
「そこだよ。そこへわれわれが乗りこむ。どさくさまぎれに、欲しい品物を手当りしだいに持ってこれるというわけだ」
「なるほど、なるほど。わかりました。さすがに首領だけあって、すごい計画です。さっそく、とりかかりましょう」
子分たちは大きな鳥小屋を作り、キツツキを育て数もふやした。毎日エサをやりながら、クチバシでボタンを押すように訓練した。
やがて、これでよしと見きわめをつけた首領は、キツツキをいっせいに飛ばせた。
「さあ、ラジオを聞きながら待とう。まもなく、大さわぎのニュースが放送されるだろう。そうしたら、われわれは宅配用の車に乗って出発するのだ」
しかし、いくら待っても臨時ニュースは放送されなかった。夜になって待ちくたびれたころ、こんな平凡なニュースが放送された。
「きょう、町はずれにある鳥の研究所にいたずら者が入りこんだらしく、ドアをあけるボタンが、しらないまに押されてしまいました。そのため、実験用に飼っていた、たくさんのタカが飛び出してしまいました。しかし、夕方になると、ほとんどが戻ってきました。犯人はまだ不明ですが、このタカによって被害を受けたかたは、研究所へ申し出れば、損害に相当するお金を払ってくれるそうです……」
これを聞いて、悪人たちはがっかりした。
はじめに、とんでもないボタンを押してしまったようだ。せっかく飛ばせたキツツキが、みなタカに食べられてしまったらしい。大もうけの計画がだめになり、大損害だ。しかし、だからといって、このことを申し出るわけにはいかない。
ユキコちゃんのしかえし
研究室のなかで博士は熱心に薬を作っていたが、やがて、うれしそうにつぶやいた。
「さあ、できたぞ。ききめを調べてみることにしよう」
それから、ネコをかかえて、犬を入れてあるオリのそばへ行った。強そうな犬で、ネコを見てうなっている。ネコのほうは、こわそうにふるえはじめた。
博士はいまの薬をネコの頭にぬり、オリのなかに押しこんだ。普通なら、たちまちやられてしまうところだ。しかし、薬のききめのためか、なにごともおこらなかった。それどころか、犬はネコの子分のように、おとなしくなってしまった。
「これでよし。みごとに成功だ」
と博士は満足そうにうなずいた。
この光景を、遊びに来ていたとなりの家の子、ユキコちゃんが物かげからすっかり見ていた。そして、こう思った。
「すごいお薬ね。あんなに簡単に、相手を恐れいらせてしまう作用があるなんて。あたしも使ってみたいな」
ユキコちゃんは、おとなしい性質だった。だから、時々友だちにいじめられる。それが、くやしくてならなかったのだ。
目を輝かしてうらやましそうにながめていると、博士は用事でも思い出したらしく、部屋から出ていった。
「いまのうちだわ。ちょっとだけ、使わせてもらおうっと」
ユキコちゃんはすばやく机の上のびんを取り、頭につけてみた。自分ではとくに強くなったような気はしなかったが、ききめのあることはたしかだ。いま、この目で見たばかりだもの。
その薬からは、甘いようなにおいがした。このにおいが相手を恐れいらせるのだろう。
そとへ出て、あたりを散歩した。そのうち、めざす相手を見つけた。ユキコちゃんは思いきって呼びかけた。
「ねえ。いつかはよくも、あたしをいじめたわね」
はたして、ききめはあるのだろうか。反対にやっつけられてしまうのではないかと、なんだかこわくなった。しかし、心配することはなかった。ふりむいた男の子は青い顔になり、ふるえ声で言った。
「ぼくが悪かった。あやまるよ」
いつもはいばっているのに、うそのような変り方だった。このすばらしい効果に力を得て、ユキコちゃんはさらに言った。
「そんなこと言わずに、かかってきたらどうなの」
「ごめん、ごめん」
男の子は泣きそうな声を出して、逃げていった。ユキコちゃんは、すっかり面白くなってしまった。
うたを歌いながら道をまがったり、公園へ行ったりして、いじわるな男の子たちを見つけては声をかけた。
「さあ、しかえしにきたわよ」
「もういじめたりしないから、かんべんしてよ」
どの男の子も、みんな恐れいって逃げてゆく。おとなのなかにも、こわごわ道をよけるのがいた。これでいつものかたきうちができ、ユキコちゃんは大喜びで家へ帰ってきた。
玄関を入って、ドアをしめようとふりむいて驚いた。たくさんの犬が、ぞろぞろとついてきている。大きな悲鳴をあげると、となりから博士がやってきて、わけを話してくれた。
あの薬は強い相手を恐れいらす薬ではなく、犬をなつかせるにおいを持つ薬だったのだ。そのかんちがいだった。しかし、男の子たちは犬を引きつれているユキコちゃんを見て、みなこわがってしまったのだ。
なにもかもかんちがいではあったが、その日から、だれもユキコちゃんをいじめたり、からかったりしなくなった。
ふしぎな放送
ここは地球から遠く離れた、小さな惑星の上につくられた宇宙基地。水も空気もなく、植物もない荒れはてた薄暗い星だ。建物は銀色のドームで、このような基地は、ほうぼうの星にある。
どこも、なかに何名かの隊員が住んでいた。毎日、空の星々を観測したり、宇宙服を着てそとに出て、地質の調査などをしたりしていた。
ドームのなかの生活は、そう不自由なものではなかった。しかし、退屈でさびしいものだった。地球からの宇宙船は、ごくたまにしかやってこない。
そんな隊員たちをなぐさめるものは、一定時間ごとに地球から送られてくる放送だった。その電波によって、なつかしい故郷のニュースや面白い話題を知ることができるのだ。
「おい、まだかな。地球からの放送は」
その時刻が近づくと、だれからともなくこう言い出す。
「あと五分ほどだ。待ち遠しいな」
みんな、そわそわしてくる。そして、受信機のまわりに集っていると、やっと地球からの電波がはいってきた。
〈遠い宇宙基地で活躍中のみなさま。この放送をお聞きのことと思います……〉
いつもこの言葉ではじまる。
「この放送を聞いていない宇宙基地など、あるものか」
ひとりが言うと、みんなは笑いながらうなずきあった。アナウンサーの声はつづいた。
〈きょうはまず、とくに重要な放送をお送りします。ひとことも聞きもらさないよう、ご注意ねがいます……〉
みんなは顔をみあわせ、ささやいた。
「なんだろう。いつもの口調とちがうぞ」
「地球で、なにか悪いことが起ったのでなければいいが」
からだを乗り出していると、その放送がはじまった。それはこんなふうだった。
〈コ・コ・コ……〉
みなは目を丸くした。
「なんだ、これは。わけがわからん」
「ニワトリの鳴きまねだろうか。なにかの冗談かもしれないぞ」
「いや、地球の本部が、そんなことをするはずがない。変な悪ふざけで事故がおこったら、とりかえしがつかなくなるからな」
だれもが首をかしげていると、アナウンサーの言葉が変った。
〈ナ・ナ・ナ……〉
やはりわけがわからなかった。
「もしかしたら、暗号かもしれないぞ。メモにとっておいて、あとで研究しよう」
地球からの放送は、このような調子で、つぎつぎとちがった発音を送ってくる。だが、どう考えても、意味のない言葉なのだ。
そのうえ、電波はしだいに弱くなってゆく。受信機の性能をいっぱいに高め、耳を押しつけても、音は小さくなる一方だった。やがて、ついに聞えなくなってしまった。
静かになった受信機を見つめ、みなは青い顔になった。
「電波がとぎれた。やはり、地球に重大な異変が起ったにちがいない。問い合せの通信をしても、これでは応答がないだろう」
「暗号表を調べたが、のってない言葉だ」
「コンピューターにかけたが、解読できない。大変なことになったぞ。地球はほろび、われわれは最後の指示もわからぬまま、宇宙基地にとり残されてしまったのだ。どうしよう」
ため息をつく者、ふるえだす者、泣き出す者が出た。その時、とつぜん受信機が声を出した。ふたたび放送がはじまったのだ。
〈宇宙基地のみなさん。いまの通信は、どこまで聞きとれましたか。全文は「コナルカロフニレコヒニフ」でした。最初の五字しか聞きとれなかった基地は、通信機のアンテナの感度を強くする必要があります。本部に連絡くだされば、そのための資材を貨物宇宙船でお送りします。では、これより本日の地球のニュースを……〉
ネ コ
郊外の林の奥の家に、エス氏はひとりで住んでいた。いや、正しくいえば、ネコといっしょに暮していた。
高価な、毛なみのいいネコで、エス氏は心からかわいがり、なによりも大切にしていた。
ネコについての本を買いあつめ、なんども読みかえし、ほとんど暗記してしまったほどだった。ネコはどんな食べ物が好きなのかを研究し、毎日、それをつくって食べさせた。また、ちょっとでもネコが元気をなくすと、あわてて医者を呼びよせる。
多くの人は、夜になるとテレビをながめるものだが、エス氏はそれよりも、ネコの背中をなでるほうが好きだった。
ある夜のこと。
そとで、聞きなれないひびきがした。それから、玄関のドアにノックの音がした。
エス氏はネコと遊ぶのをやめ、ドアをあけてそとをながめ、首をかしげた。ドアをたたいたのは、手ではなかったのだ。
うす茶色をした細長いものだ。ワニのしっぽのようでもあり、タコの足のようでもあった。
「いったい、これは、なんのいたずらだ」
エス氏はそういいながら、相手をよく見た。だが、そのとたんに気を失った。
うす茶色の細長いものは、道具やオモチャのようなものではなく、そのからだの一部だったのだ。
大きさは人間と同じくらいだが、形はまるでちがっていた。前から見たところでは、トランプのクラブのような形の生物だった。よこから見るとスペードの形ににていて、上から見るとハート型に近かった。一本足でとびはねているが、足あとはダイヤの形かもしれない。
うす茶色の長い一本の腕は、頭のてっぺんあたりからのびている。こんな生物が、地球上にいるわけがない。そう、遠いカード星から、はるばるやってきたのだ。
そのカード星人は、ドアをくぐって、なかに入ってきた。ネコはたいくつそうにねそべったまま「にゃあ」とないた。
それを聞き、カード星人は話しかけた。
「わたしは、どんな星のどんな生物とでも、テレパシーで話しあえる能力をもっています。学校で習って、身につけました。それでお話をしましょう」
ネコはなくのをやめ、テレパシーで答えた。
「あら、ちゃんと話が通じるわ。べんりな方法があるものね。ところで、見なれないかただけど、なんの用できたの」
「じつは、わたしはカード星の調査員でございます。ほうぼうの星々をまわり、平和的な星と、そうでない星との区別をし、記録をとっております」
「それで、ここへも立ち寄ったというわけね」
「はい、さようでございます。しかし、敬服いたしました。たいていの星の住民は、わたしの姿を見ると驚いて、わめいたり逃げたりします。だが、あなたは、おちついていらっしゃいます」
「いちいち驚くようでは、支配者の地位はたもてないわよ」
「これはこれは。あなたが、この星を支配なさっている種族でしたか。わたしはてっきり、そこに倒れている二本足の生物のほうが、支配者だろうと思いこんでいました。失礼いたしました。で、この二本足は……」
カード星人は、うす茶色の腕のさきを、気を失ったままでいるエス氏にむけた。ネコはあっさりと答えた。
「自分たちのことを、人間とよんでいるわ。あたしたちの、ドレイの役をする生物よ。まじめによく働いてくれるわ」
「どんなぐあいにでしょう」
「そうね。ぜんぶ話すのはめんどうくさいけど、たとえばこの家よ。人間が作ってくれたわ。それから牛という動物を飼い、ミルクをしぼって、あたしたちに毎日、はこんでくれるわ」
「なかなか利口な生物ではありませんか。しかし、そのうちドレイの地位に不満を感じて、反逆しはじめるかもしれないでしょう。大丈夫なのですか」
「そんなこと、心配したこともないわ。そこまでの知恵はない生物よ」
カード星人は感心して聞いていたが、変な形の装置をとりだして言った。
「まことに失礼なお願いですが、ウソ発見器を使わせていただけませんか。調査を正確にしたいのでございます」
「どうぞ、ご自由に」
と、ネコはめんどくさそうに答えた。カード星人は、器械の一部をネコの頭にのせ、いくつかの質問をした。
そして、いままでの話がほんとうかどうかを、たしかめた。また、平和的な心のもちぬしかどうかの点は、とくに念をいれて調査した。
「おそれいりました。このような平和的な種族が支配する星は、いままでに見たことがありません。どうぞ、いつまでも支配しつづけるよう、お祈りいたします」
「もちろん、そのつもりよ」
と答えるネコと別れ、カード星人はぶかっこうな動きでとびはねながら、ドアから出ていった。それから、林のなかにとめておいた小型の宇宙船に乗りこみ、夜の空へと消えていった。
しばらくして、エス氏は気をとりもどした。こわごわあたりを見まわしながら、ネコに話しかけた。
「なにか見なかったかい。みょうな形をしたやつが、いたような気がしたが」
ネコはいつものように「にゃあ」とないた。
エス氏はうなずいて言った。
「見なかったというんだな。そうだろうとも。うす茶色で、クラブの形をした生物など、いるわけがない。なにかの錯覚だったにきまっている。なあ、そうだろう」
エス氏はまた、ネコの背中をなではじめた。ネコは、なにごともなかったように「にゃあ」となくだけだった。
花とひみつ
ハナコちゃんは、花が大好きだった。女の子はだれでも花が好きだが、ハナコちゃんは、とくに花が好きだったのだ。キクやチューリップのような草花も、サクラやツバキのように木に咲く花も好きだった。いつも世界じゅうが花でいっぱいになるといいな、と思っていた。
天気のいい、ある日のこと、ハナコちゃんは野原にでかけた。花を写生するためだった。いろいろな草花の絵を紙にかきながら、ふと、こんなことを考えた。
モグラをならすことができたら、きっと、おもしろいだろうな。モグラたちに地面の下を動きまわらせて、草や木のせわをさせるのよ。草や木はよろこんで、きれいな花を、たくさん咲かせてくれるでしょう。
ハナコちゃんは、その思いつきを、じぶんの絵にかきくわえた。
そのとき、風が吹いてきて、せっかくのその絵を飛ばしてしまった。
「あら、大変だわ」
ハナコちゃんは、あわてて追いかけた。だけど、手がとどかない。みるみるうちに、絵は風にのって、高く高くあがってしまった。糸の切れたタコのように。
もう、あきらめなければならなかった。
絵は雲のうえで、お日さまの光をあびながら、たのしくおどりつづけた。そして、流れつづけていった。通りがかった渡り鳥たちが、
「なんだろう」
と、近よってきて、ながめたこともあった。そのうち、風のないところにきて、絵はゆっくりと落ちはじめた。下は青い海。絵は波にのまれ、海にしずんでしまうのだろうか。
しかし、カモメがそれを見つけた。そのカモメは白い紙を、けがをしたなかまかと思ったのだ。海に落ちるすこしまえに、口にくわえ、空へと運びあげた。
「なあんだ。ただの紙きれじゃないか。飛行機がすてたのかな」
カモメは絵をはなした。また、ひらひらと落ちてゆく。しかし、こんどは海ではなかった。
小さな島があった。人が住んでいる、そこには建物がいくつもあった。ある国が作った、ひみつの研究所だったのだ。このような場所でなら、ほかの国に知られることなく、どんな研究でもできる。
空から落ちてきた絵は、その窓のひとつに、飛びこんでいった。
へやに入ってきた研究所長は、机の上にのっている絵に気がついた。そして、本国から送られてきた、命令書と思いこんでしまった。所長は、部下のひとりを呼んで相談した。
「本国から、こんな図面がとどいた。草や木のせわをする、モグラの絵がかいてある。こんなものを、なんのために、作らなければならないのだろう」
もちろん、その部下にも、わかるはずがない。
「それは、きっと、なにかわけがあるからでしょう」
「あまりにも、みょうな計画だ。くわしく、といあわせてみるとしようか」
「よしたほうがいいと思います。まえにも、なにかをといあわせて、おこられたことがありました。研究所は、研究して作りあげさえすればいいのだ、と。本国からの命令には、そのまま従ったほうがいいでしょう」
所長は、研究所の学者たちを集めて言った。
「本国からの命令だが、モグラを訓練し、仕事をさせるまでにするのは、大変なことだ。モグラは、犬や馬のように利口な動物ではない」
所長は困った顔をした。そのとき、ひとりの学者が言った。
「いい考えがあります。それと同じ働きをする、ロボットのモグラを作ったらどうでしょう」
「うむ。そのほうが、簡単かもしれない。それにきめよう」
島の研究所は、ロボットのモグラを作るのに全力をあげた。まず、いろいろな設計図がかかれ、いちばんいい形がきめられた。そとがわのおおいは、決してさびない、銀色をした金属。なかには、高性能のモーターが入れられた。強力な電源で、いつまでも動きつづける。なにもかも自動的にはたらくのだ。
大きなウエキバチのなかで、その実験がおこなわれた。ロボットのモグラは、地面のなかにもぐり、動きまわった。こえた土をよそから運んできて、根のまわりのとおきかえる。また、水分がたりないと、水の多いところから持ってくる。草や木の育ちやすいようにつくすのだ。
地面に落ちたよぶんなタネは、からだのなかにしまい、べつな場所にまいてくれる。やくにたたない雑草をみわけ、その根をかんで枯らせてしまう。
「よし、成功だ」
「ばんざい」
みなは大よろこびだった。
研究が完成したというしらせで、飛行機にのって、本国から大臣がやってきた。
そして、
「早く見せてくれ」
と言った。研究所長はロボットのモグラを出し、とくいそうに答えた。
「はい、この通りです。本物のモグラを訓練しても、こううまくは動きません。とりあえず、五百匹ほど作りました」
それを見て、大臣はびっくりした。
「ロボットのモグラだと。だれがこんなものを作れと言ったか」
「はい、命令の図面にございました」
「そんな命令は出さなかった。たいせつな研究所で、こんなくだらないものを作るとは。おまえたちは、なんというばかなやつだ。仕事をまかせておくわけにいかない。みな、くびだ」
ほめられるどころか、島の研究所は、とりこわしになってしまった。人びともいなくなってしまったが、残された五百匹のロボットのモグラたちは、島の地面の下ではたらきつづけた。
まもなく、島は花でいっぱいになってしまった。しかし、人間とちがって、ロボットのモグラは休むことを知らない。それぞれ、陸をめざして移っていった。
ロボットのモグラは泳ぐことができない。海の底の地面の下を通っていったのだ。だから、海の魚たちは、少しも気がつかなかったにちがいない。
それからずっと、ロボットのモグラたちは、どこかで、あたえられた仕事をやりつづけているのだ。しかし、私たちの目にふれることはない。それに、世界じゅうに五百匹では、あまりめだたない数なのだ。
ハナコちゃんは、ある時、お庭のすみで咲いていた花をみつけて、驚いてしまった。
「タネもまかないのに、どうして草花があらわれたのかしら。ふしぎねえ」
もしかしたら、それはロボットのモグラのやったことだったかもしれない。
また、みなさんのなかにも、枯れかかっていた花が、急に元気をとりもどすのを見たりして、ふしぎに思ったことのある人はいないだろうか。
とりひき
煙が立ちのぼったかと思うと、悪魔は音もなく出現した。時どき世の中にあらわれ、人びとのあいだに悪いことをひろめるのが仕事なのだ。
悪魔は、あたりを見まわした。静かな夜であり、近くに小さな家があった。近づいてのぞいてみると、なかに男がひとりいる。悪魔はしっぽをかくし、玄関の戸をたたいた。
「こんばんは」
驚かれては困るので、できるだけやさしい声を出した。出てきた相手は言った。
「なんでしょうか。わたしは、ただの留守番ですが」
「じつは、あなたにすばらしいプレゼントをさしあげようと思って、やってきた者です」
「そのようなお話でしたら、よその家へいらっしゃったらいいでしょう。わたしは欲ばりではありません」
と、ことわられたが、悪魔はていねいな口調で話しつづけた。
「遠慮ぶかいかたですね。そのような人こそ、わたしのプレゼントを受けるにふさわしいのですよ」
「いったい、なんなのですか」
「どんな勝負ごとにも、勝てるという力です」
「そんな力は、欲しいと思いません」
「しかし、持っていても、損はないでしょう。ぜひ、もらって下さい」
「ご命令とあれば、いただきましょう」
「そうですよ。では……」
と、悪魔は相手の胸を指さし、なにやら口のなかで文句をとなえた。そして言った。
「さあ、これですみました。ためしに、サイコロをころがしてごらんなさい。一を出そうとすれば、かならずそれが出ますよ」
「はい。やってみます」
サイコロは十回もつづけて一の目が出た。
「どうです。うれしいでしょう」
「べつに、うれしくもありません」
「いや、そのうち、ありがたみがわかりますよ。この力をうまく使えば、好きなだけ、お金がもうかるではありませんか……」
悪魔は笑い顔になった。どんなまじめな人でも、この力を使ってみたくなる。そして、安易にもうけた金は、安易に使うにきまっている。ほかの人たちはそれを見て、まともに働くのがばかばかしくなってくる。つまり、悪がひろまるというわけだ。悪魔は、さらに言いたした。
「これだけのものをさしあげたのですから、わたしのお願いも聞いて下さい」
「なんでしょうか。おっしゃって下さい」
「あなたが死ぬ時には、魂を下さるという約束をして下さい」
だが、相手は気の毒そうに言った。
「魂など、ありません」
「あなたがそうお考えになっているだけのことです。ぜひ、約束をお願いします」
「そんなにおっしゃるのなら、お気に召すようにいたしましょう。お約束します」
「これで、話はきまりました。さよなら」
悪魔は相手の気の変らないうちにと、すばやく姿を消し、自分の国へと戻っていった。
つぎの朝。その家にエフ博士が友人を連れて帰ってきた。そして、こう説明した。
「これが、わたしの作ったロボットだ。命令にはすなおに従うし、よく留守番をしてくれる」
「人間そっくりですね」
と感心する友人に、博士はすすめた。
「どうだ。これを相手にトランプでもやってみないか」
「いやですよ。精巧な電子頭脳をそなえたロボットが相手では、なにをやっても負けるにきまっています。やろうとする人など、あるわけがありませんよ」
これを知ったら、悪魔はさぞくやしがるだろう。ロボットが勝負ごとで勝ったからといって、悪はひろまらない。また、魂の手に入るのを待っていても、ロボットは死なない。かりに死んだとしても、魂の残るわけがない。
へんな怪獣
ある日、空のかなたから大きな宇宙船があらわれ、地球に近づいてきた。
「いったい、どこの星から、なにしにやってきたのだろうか」
「乗っているのが友好的だといいがな」
人びとが話しあいながらながめていると、それは町はずれに静かに着陸した。やがてドアが開いた。なかから出てきたものを見て、みなは悲鳴をあげた。
巨大な怪獣だったのだ。からだはカンガルーのような形で、手はゴリラのようだった。頭はオオカミに似て大きく、ツノもあった。全身が灰色のウロコでおおわれていて、みるからに強そうだ。
まわりをとりまいて警戒している軍隊は、攻撃態勢をとった。しかし、すぐには攻撃せず、まず話しかけがこころみられた。
「わたしたち地球人は、戦いを好むものではありません。どんな目的でおいでになったのですか。おっしゃってくだされば、できるだけお役に立ちたいと思っております」
といった意味のことを、身ぶりや絵や、字や声や電波で伝えようとしたのだ。あんな宇宙船に乗ってきたのだから、相手は文明を持っているはずだ。それなのに、なにをやっても、まったく通じなかった。
みんながあきらめかけたころ、怪獣はわけのわからない叫びをあげ、ぎごちない歩き方で少し動いた。そばにあった木が三本ほど、ふみつぶされた。
「もしかしたら、長い宇宙の旅で、おなかをすかしているのかもしれない。食べ物を与えてみよう」
いろいろな食べものや飲みものが大量に集められ、怪獣の前に並べられた。なにを食べるかなと見つめていると、怪獣はそれらをけとばしてしまった。
「お気に召さないらしい。しかし、失礼なやつだな」
そのうち、失礼どころではない大さわぎになってきた。怪獣があばれはじめたのだ。近くのビルを押し倒した。また、自分の乗ってきた宇宙船をも、なぐったり、引きさいたりしてバラバラにこわしてしまった。おそるべき力だった。
「これはいかん。このままだと、人類がやられてしまう」
「そうだ。自分の宇宙船までこわしてしまうのだから、あれは頭がおかしいにちがいない」
狂ったようにあばれる怪獣にむけ、攻撃がはじまった。なにしろ強い敵であり、勝てるかどうかわからない。しかし、どんなことがあっても、怪獣はたいじしなければならないのだ。自信はないが、まず数発の砲弾が発射され、命中した。すると、怪獣は簡単に倒れ、身動きをしなくなった。
「いやに、あっけないな」
おそるおそる近づいて調べると、思いがけないことがわかった。怪獣は生物でなく、ロボットだったのだ。
「なんで、こんなものがやってきたのだろう。どこかの星の、オモチャなのだろうか」
「いや、こんなぶっそうなオモチャは、考えられない。オモチャなら、説明書ぐらいついていていいはずだ」
「それなら、地球を征服するために送りこまれた兵器だろうか」
「兵器にしては、たわいなさすぎた」
どんなに話しあっても、結論はでなかった。こうして事件は終わったが、みな変な気持ちだった。
それからしばらくたったある日。またも一台の宇宙船があらわれ、着陸した。ドアが開いたが、こんどはなにも出てこない。そのかわり、声が響いてきた。
「どうぞ、おはいりください。これは無人貨物船で、なかには、みなさんへのおくりものがはいっております……」
そういわれても、人びとは不安だった。まえにやってきた怪獣はやっつけたものの、ゆだんはできない。すると、それに答えるかのように声がつづいた。
「……ご安心ください。危険なことはありません。あなたがたにおくりものをさしあげたものかどうか、このあいだ試験をさせていただきました。ロボット怪獣の目にしかけたテレビ・カメラで、あなたがたの動きや言葉を調べました。みなさんは、まず話しあいをなさろうとし、それがだめでも親切に食べ物をくださった。しかし、むちゃなあばれかたをはじめると、平和をまもるために勇敢に戦おうとなさった。すべて合格です。そのような星のかたを選んで、おくり物をさしあげているのです」
人びとは、宇宙船のなかをのぞいた。声の告げた通りだった。そこには、美しい花や珍しいくだもののタネと、その育て方を書いた本、きれいな宝石、貴重な薬、いろいろな便利な装置などがいっぱい……。
鏡のなかの犬
五郎くんが、草花を植えかえようとして、庭のすみをシャベルでほっていた。
すると、シャベルがなにかに当たって、カチリと音がした。なんだろうと思って、注意しながらほり出してみると、それは古い鏡だった。じょうろの水をかけて洗うと、鏡はきれいになって、あたりのけしきがうつるようになった。
五郎くんが、鏡をのぞきこんでいると、一匹のかわいい犬が、鏡にうつった。まっ白な、小さな犬だった。
「おや、見なれない犬がいるぞ」
五郎くんは、ふり返って、いま、犬のうつっていたあたりを見まわしたが、犬はどこにもいなかった。
そこで、また、鏡をのぞくと、そこには、ちゃんと犬がいた。
五郎くんは、ためしに、鏡にむかって、
「来い、来い」
と呼んでみた。すると、その犬は、あっというまに、鏡からとび出して来た。そして、五郎くんの足にじゃれついた。
「おまえは、鏡のなかに住んでいるのかい」
ときいてみると、犬は、「そうですよ」と答えるように、ワンワンとほえた。五郎くんが、ポケットにあったビスケットをやると、犬は、うれしそうにしっぽをふって、それを食べた。
「公園へ遊びに行こう」
五郎くんが、鏡を持って走りだすと、その犬も五郎くんについて走りだした。
公園は、五郎くんの家のすぐ近くだ。公園に来ると、五郎くんは、きのうのことを思い出して、
「きのう、このへんで野球をして、新しいボールをなくしてしまったんだよ」
と言った。
すると、犬は、しばらく首をかしげていたが、ワンワンとほえて、いきおいよくかけだした。五郎くんは、あとを追いかけて、犬の立ち止まった草むらへ行ってみた。そこには、きのうなくしたボールが、ちゃんところがっていた。
「すごいな。よく見つけてくれたね。おまえは、りこうな犬なんだなあ。なくしたものは、なんでも見つけることができるのかい」
犬は、ワンワンとほえて、うなずいた。
「それなら、ぼくがいつかなくした、メダルを見つけてくれるかい」
犬は、また、元気よくかけだした。五郎くんが、あとからついて行くと、犬は、おふろ屋のうらのあき地へ行った。そして、土管のつんである所でとまった。見ると、犬の足もとには、ちゃんとメダルが落ちていた。
「なんだ。こんな所にあったんだな。ぼくは、公園でなくしたんだとばかり思っていたよ。ほんとうに、りこうな犬だ」
五郎くんが、頭をなでてやると、犬はよろこんでしっぽをふった。
そのうち、犬は、立ち上がったかと思うと、鏡のなかにとびこんで行った。
五郎くんは、しばらく鏡のなかを見ながら考えていた。
「あっ、まだ、ビスケットがのこっているぞ」
五郎くんは、ポケットからビスケットを取り出して、それを見せながら、犬を呼んだ。すると、犬は、また、鏡のなかからとび出して来た。
ビスケットを食べている犬に、五郎くんは命令した。
「ぼくは、前から、双眼鏡がほしかったのだ。だれかがなくした双眼鏡のある所へ、連れて行ってくれ」
だが、こんどは、犬は動こうとしなかった。そこで、五郎くんは言った。
「連れていってくれないのなら、鏡をこわして、おまえを帰れなくしてしまうぞ。それでもいいのかい」
しかし、犬は、ちっとも動かなかった。
五郎くんは、おこって、石ころを拾うと、鏡に投げつけた。しかし、その石が、鏡にぶつかる少し前に、いままで動かなかった犬が、ぱっと鏡のなかにとびこんだ。そして、石は、犬のとびこんだ鏡を、こなごなにこわしてしまった。
「しまった」
五郎くんはこうさけんだが、もうおそかった。
あわてて、われた鏡のかけらを拾って、一つずつのぞきこんでみた。しかし、どのかけらにも、あのりこうな、白い犬のすがたは見えなかった。
あーん。あーん
ある朝のことです。とつぜん、小さな男の子が泣きはじめました。
「あーん。あーん」
おなかがすいたのでは、なさそうです。おかあさんは首をかしげ、
「ぼうや、どうしたの」
と、言いました。しかし、ぼうやは、まだ言葉がわかりません。だから、泣きだしたわけを、聞きだすことができません。おかあさんは、しばらく考えていましたが、
「もしかしたら、オモチャがほしいのかもしれないわ」
と、近所のオモチャ屋に電話をかけ、青い色のタイコをとりよせました。すると、ぼうやは泣きやみ、たのしそうにタイコをたたきはじめました。おかあさんは、そのようすを見て、
「病気かと思って心配したけれど、オモチャがほしかったのね。よかったわ」
と、ほっとしました。しかし、これで安心ではなかったのです。しばらくすると、ぼうやはタイコを投げすて、また泣きはじめました。
「あーん。あーん」
さっきより、いくらか大きな泣き声です。
おかあさんは、
「タイコにあきてしまったのね」
と、こんどはライオンのオモチャをとりよせました。しかし、いったん泣きやんだぼうやは、まもなく、そのライオンもほうり出してしまいました。
「あーん。あーん」
こんどは、もっと大きな泣き声です。となりの家から、文句を言いにきました。
「静かにしてください。うるさくて困ります」
おかあさんはあやまり、泣き声が外にもれないように、家じゅうの窓を、ぜんぶしめました。しかし、ぼうやの泣き声は大きくなるいっぽうです。そのうち、窓ガラスにヒビがはいりはじめ、なかには、われてしまうのもでてきました。これはたいへん。
おかあさんは、あわててオモチャ屋に電話をしました。
「なんでもいいから、オモチャを早く、とどけてちょうだい」
オモチャ屋さんは、水デッポウを持ってやってきました。ぼうやは、いちおう泣きやみました。へやのなかが水だらけになりましたが、いまは、それどころではありません。
そのあいだに、おとうさんはガラス屋さんを呼び、窓のガラスを、大いそぎで厚いのにとりかえました。ガラス屋さんは、
「これは、じょうぶなガラスです。われることは、ないでしょう」
と、じまんしました。しかし、水デッポウにもあきたぼうやが、もっともっと大きな声で泣きはじめると、われないはずのガラスも、ばりばりとくだけてしまいました。
そればかりでなく、近くの家々の窓ガラスにまで、ヒビがはいりはじめたのです。おとうさん、おかあさんは困ってしまいました。どうしたらいいのか、考えつかないのです。
「あーん。あーん」
とうとう、警察に電話をかけて、相談をしました。すぐに、パトカーと救急車がかけつけてきました。しかし、そのサイレンの音も、いまのぼうやの泣き声にくらべたら、はるかにかすかな音でした。
ぼうやは救急車にのせられ、大きな病院に運ばれました。お医者さんたちが集まって、いろいろと診察をしましたが、どんな手当てをしたらいいのか、だれにもわかりません。
新しいオモチャを渡すと、しばらく泣きやみます。しかし、まもなくそれを投げすてて、もっともっともっと大きな声で泣き出してしまうのです。
「あーん。あーん」
トラックを使い、べつなオモチャをつぎつぎに運び、時間をかせぐほかに、方法がありませんでした。といって、それをいつまでもつづけることはできません、オモチャの種類には、かぎりがあるからです。
ぼうやは、オモチャがとぎれると、もっともっともっともっと大きな声をはりあげ、泣きはじめます。
「あーん。あーん」
病院の建物はコンクリートでできていましたが、その壁にもヒビがはいりはじめました。
病院の近くの人たちは、ひっこしの用意にかかりました。泣き声がうるさくて、しようがないからです。耳にセンをつめれば防げますが、それでは、おたがいどうしの話ができません。
このままでは、どうなることか見当がつきません。世界じゅうに助けをもとめることにしました。いろいろな国から、いろいろな珍しいオモチャが、飛行機で送られてきました。それによって、大さわぎになるのを、すこしだけ、さきにのばすことができました。
そのあいだに、みなは相談しあいました。
「どうしたものだろう。いまのように世界じゅうからオモチャをとりよせても、いずれは、たねぎれになってしまう」
「手のつけようがないな。オモチャのとぎれた時の泣き声は、大きくなるいっぽうだ」
「いまに、泣き声のために、この病院ばかりでなく、町じゅうの建物がこわれてしまうことになる」
しかし、いい方法は、いっこうに考えつきません。
おとうさん、おかあさんは、みんなにめいわくをかけているので、とても困りました。しかし、やはりいい方法は考えつきません。
やがて、さいごの時がきました。世界じゅうから集めたオモチャの、おしまいの一つをぼうやが投げすてたのです。みなは首をすくめました。
「あーん。あーん」
いままでの泣き声よりも、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと大きな声です。病院の建物は、いまにもくずれそうに、ぶるぶるとゆれはじめました。
おとうさん、おかあさんは、むがむちゅうで、思わず歌をうたいました。ほかに、どうすることもできなかったからです。
そのとたんに、ぼうやは泣くのをやめてしまいました。みなは、しばらくは信じられないといった顔つきでした。しかし、本当に泣きやんだとわかって、だれもかれも、ほっとため息をつき、それから笑い、話しあいました。
「なんだ。そうだったのか。ぼうやは歌が聞きたかったのだな」
「それに気がつかず、オモチャばかり渡していたから、こんなに大さわぎとなってしまったのだ」
やっと、町は静かになりました。ぼうやは家に帰り、ひっこした人たちも、もとの家にもどりました。泣き声でこわれた建物も修理がすんで、なにもかも、もとどおりになったのです。
うちへ帰って、なん日かたつと、ぼうやはまた、泣きはじめました。もう、大きな声ではありません。
「あーん。あーん」
おかあさんは、こんどは、それほどあわてません。さっそく、病院でうたった歌を、また、うたいました。しかし、ぼうやは、なぜか泣きやみません。
おかあさんは首をかしげ、ためしに、べつの歌をうたってみました。すると、ぼうやはすぐに泣きやみました。
おかあさんは、ほっとしました。しかし、いつまでも、ほっとしてはいられませんでした。
なぜなら、しばらくすると、ぼうやはまた、泣き声をあげたのです。
「あーん。あーん」
さっきよりも、もっと大きな泣き声です。そして、べつな歌、新しい歌を聞きたいとせがんでいるらしいのです。
きまぐれロボット
|星《ほし》|新《しん》|一《いち》
平成14年4月12日 発行
発行者
角川歴彦
発行所
株式会社
角川書店
〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3
shoseki@kadokawa.co.jp
(C)Shin-ichi HOSHI 2002
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川文庫『きまぐれロボット』昭和47年1月5日初版発行
平成9年4月30日96版発行