[#表紙(表紙.jpg)]
大道珠貴
しょっぱいドライブ
目 次
しょっぱいドライブ
富士額
タンポポと流星
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しょっぱいドライブ
とにかくとしよりの運転だから、手が滑ったり目がかすんだりし、うっかり心中にでもなり兼ねないとこころして、助手席に乗った。背中がいちいち痛い。木の玉が連なってできたカバーがかけられ、それがつぼ圧《お》し効果にもなっているのだ。
運転席にはドーナツ型のクッションが敷いてあり、九十九さんはくねくね腰を動かして座り位置を何度かかえたりしている。ツクモさん、ラジオつけたりなんかしても、とわたしが話しかけるともうそれだけで、うんっ、いいよいいよ、と二つ返事、目尻をさげたとんでもないほどの笑顔だ。車内にラジオが流れる。「小生、この歳まで、じねんじょ掘りだけはやめられません。今年の秋も折れないようにうまく掘れました。いつもは老夫婦の質素な食卓なのですが、今日は早速とろろごはんをいただくことに致します、とのファックスが──」などと言っている。
としよりといってもこの九十九さん、六十一か二か三かそのあたり、うちの父と同級か、それよりすこし下だろう。よくはわからない。なんだかはっきり年齢を言わない。隠すことでもないだろうに、年齢も体重も身長も、いえいえぼくのことなんか、とはかばかしいこたえを返さないのだ。わたしからするといつだって七十くらいのおいぼれなかんじに映る。若い日があったのだろうかとちょっと訝《いぶか》しくなるくらい、しゃべりかたも身につけている服も生活習慣も、ずっと安定したまま変わらずここまで来、どっこいしょとものを食べ、どっこいしょとねむる、そのようなひとだとかんじてきた。長年おんなじ町に住んでいながらも印象はぼうっと薄く、いまも、へえこんな顔してたんだあ、と珍しく見ている。何度間近になっても、これといった印象がもらえないままだ。
「ねむいならねむってていいんだけど」
と九十九さんが言う。
しゃべることに自信なさげなのがこのひとの特徴だ。
律儀にも黄色信号で即、停止した。
うしろから若い女の車があおっている。
九十九さんは、気にしない気にしない、とほほえんでいる。女の車がこちらを追い越し、赤信号をすっ飛ばして行った。
「バッハハァイ」
と九十九さんは余裕をみせ、ついでにわたしへ向けて笑いかけたので、なにもおもしろくはなかったがわたしも笑い、ええ、そういうことばはよくうちのおやじもふざけてつかっていました、と内心で思った。
九十九さんはこれがたぶんデートなので、浮かれているのだろう。首に絹のスカーフを巻いている。そこにしみがあり、どんどんおおきくなってきているから、隠したいそうだ。なるほど服で隠れていない部分の皮膚には、細かい茶色のしみがある。たるんでもいるので、ちくわみたいだ。
九十九さんは撫で肩で、腰が細い。そして髪の毛が天然パーマだ。禿《は》げたりはしていない。ブラシをつかわなくても自然と内巻きになる。以前、なにかの折りに九十九さんが小走りする姿を見たが、極端な内股《うちまた》で、両手を合わせて左右にリズムをつけて振っていた。女の子みたいだった。「かしら?」ということばを不意につかったりもするからますます女の子じみる。
九十九さんと近しくなったのはほんの二年前だ。
知っていたのははるか三十年以上も前からだ。
うちの家族は九十九さんに多大な世話を受けた。ちいさな親切をちょこちょこと受け、積もり積もって多大にかんじるのかもしれない。なにをしてもらってきたか、じっくり考えると、ぼろぼろ思い出されてくるが、あまり感謝の念がわかない。
たいていのうちでは、相談を町内会長のじいさんに持ちかけるのだけれど、あれは尊大だし恩着せがましい。あとあとまで尾を引きそうだ。だからわたしのうちでは、あれに世話んなるのはよしたほうがいいな、とひごろから話し合っていた。
九十九さんはひとが良い。謙虚で、恩を着せない。居直れば、いくらでもつけこめる。うちの飲んだくれで賭け事に溺《おぼ》れ借金も大好きな、のちには大病を患《わずら》いちいちゃくちぢんで弱っちくなった、人生、けちょんけちょんに不運つづきだった父も、それから父よりスケールのちいさい小粒な兄も、九十九さんのひとの良さに長年つけこんできた。
九十九さんは金の貸しかたがあまい。利子もなにもいらないと言う。出世払いでいいしねえ、なんて出世する野望もなにもない父や兄に言っていた。五千円とか一万円とか、都合してくれと言えばいやな顔ひとつせず、ハイハイと財布から抜いて渡すんだよな、と父と兄はよく言っていた。
「帳面につけているわけじゃなし、あんなはした金、チャラだろう。あいつはほんとにいいやつだ、いいカモだな」
と酔った父は言い、
「哀れだ。男としてあんなのにだけはなりたくない」
と兄も言っていた。
うまい酒と海産物センターで手に入れた新鮮な魚を両手にぶらさげ、やじろべえみたいになって左右に揺れつつ九十九さんが我が家にやって来る姿が縁側から見えると、
「おら、ゴンベエがネギしょってやって来た」
と父は、腕組みをし、あぐらをかき、おかきなどつまみながら苦笑していた。
九十九さんには英雄という立派な名前がある。ゴンベエではない。勝手に父がそう呼んでいるだけだった。その父はすでに死んだ。町で一軒しかない釣り道具屋を経営していた。兄はそれを継いだが間もなくつぶしてしまった。
兄は父よりもまだましだけれど手間のかかる男にはちがいない。商売人としての素質がない。働く意欲がある素振りだけはする。
九十九さんは、あいた土地を兄に貸してやり、返してもらえていない。そのまま兄のスポーツカーの駐車場となってしまい、なにも言えないでいる。ほんとうは、畑にでもしたいらしいが、ヤサシイから、返してと言えないのだ。
九十九さんは、そんなにひとの世話が好きなのだろうか。うちの父がガキ大将だったから、頭があがらないままきただけなんじゃなかろうか。ヤサシイ、いいひと、なんかではなく、ただ気が弱いだけなんじゃないだろうか。いいひとって結局ひとがいいってことでしかないんじゃないか。大人になってもカツアゲされつづけているようなものだ。
ガキ大将だった男の息子や娘にまで頭が低いなんて、かわいそうな歴史を持つ人間だ。わたしは二年前からつい五万単位で借りたり返したり返さなかったりし、あんたは返さなくてもいいなんて言う九十九さんに腹が立つほどだが、今度は十万単位で借りようとも思ったりし、とうとうこのあいだ借りた。癖になってきている。たぶん三十万くらいはごまかしたまま返していない。
でもごまかして済むことならごまかしつづけていたい。どうもうちは父子して、働いても稼ぎが悪いし、なけりゃないでなんとかなるよ、というなまくらなところが元来あるらしい。九十九さんみたいなひとがあまやかすからいけないのだ。
九十九さんは、わたしの父親のかわりにでもなっているつもりかもしれない。だとしたらそれはほんとうにおおきなお世話だ。わたしの父親は飲んだくれで弱々しかったあのおやじ、あれ以外にはあり得ない。かわりなんていらない。あれでしかない。
兄はこのあいだスポーツカーをもう一台買った。近所の居酒屋での面接を受けたいのだが、保証人が二名いるんだよな、と横柄《おうへい》に言う。レジもする、現金を扱うのでいまのご時世、保証人がきちんといるのだ、とのことで、わたしと九十九さんが、なった。九十九さんは、
「いいですよう」
とあいかわらずひとがよかったらしい。兄が口真似をして言った。いいですよう、ぼく、保証人になるの好きだしねえ、信頼されているかんじでうれしいんだよねえ、と身ぶり手ぶり、腰をひねって真似をした。
「いいお天気だったねえ」
ラジオを消して九十九さんが言う。
「ええまあ」
わたしはうなずく。
今日はやや曇っていた。わたしの育ったこの町の記憶は、たいてい曇りか、潮気を帯びた風がねっとり吹くか、雨降りだ。青い空の記憶がほとんどない。だから今日は、ましなほうだった。これでいい天気なのだ。町のあちこちに子供連れがよく見受けられた一日だった。わたしのかつての同級生らも、恰幅《かつぷく》のいいおじさんや所帯じみたおばさんになって、子供を一人二人引き連れ、ゆるいテンポでぶらぶら歩いていた。
「海、オレンジ色」
わたしは言う。
夕陽が海に落ち、ほんわり、とろけたように水面が滲《にじ》んでいる。
「うん、そうだねえ」
九十九さんはわたしの言ったことにいちいち相づちを打つ。
窓を数センチあけてみる。なまあたたかい潮風がびゅうと入る。九十九さんの前髪が、しょんぼりした犬のしっぽみたいにおりて、目に刺さっている。小指で払っている。スプレーでセットしてあるらしく、ちょっとやそっとの風じゃあかたちは崩れない。
海沿いのカーブを曲がり、わたしの膝は九十九さんの膝にぶつかる。ごめんなさいと言いかけると、九十九さんがハンドルを持っていないほうの手でわたしの肩をそっと押し、まっすぐにしてくれた。ちくわのような手首は、かなりきゃしゃだ。わたしはポケットからミントガムを出し、九十九さんの口に入れ、自分も噛《か》んだ。九十九さんの唇ははんぺんのように軟らかく、湿っていた。
わたしたちのしたことはやっぱりデートというものだったのだろうか。昼に待ち合わせし、適当にぐるぐる町をまわり、もう終わりかけの時間だ。この町には映画館などないので、どこにも行きようがない。魚を食べるとか、海を見るとかくらいしかたのしむものがない。海は今日もうこれで三回目だ。
きっとこのままわたしたちはなにごともない。わたしはバス停留場でおろしてもらい、自分の住む町へ帰るのだ。高速バスで四十五分だ。
一度、わたしたちは寝床を共にしたけれど、あれが性交なのかなんだったのかいまだにわからない。わたしはたびたび思い返している。いまこのひとときもガムを噛みながら思い返している。
「漏れそうです」
と九十九さんは声をふりしぼるようにして言った。
先週、借りていた十万を返しに来た流れで、だった。
機会が悪かったのか、妙に厳《おごそ》かな儀式のようになってしまった。
おたがい、最中は、敬語だった。からだとからだのかすかな接触だけで、やけに緊張していた。
「大変。どうしたらいいんですか」
とわたしは訊《き》いたがもう遅かった。ことはすべて終わってしまっていた。「ああ」とか「うう」とか、九十九さんはからだをまるめたまま唸《うな》っていた。
わたしは男のひととそういうことをするのが三回目だったし、以前の二回とも、はるか四年ほど前のことなので、その方面のこととなると素人も同然だった。なにもしてあげられなかった。後悔している。
九十九さんも、あれでは立つ瀬がないだろうに、わたしとこうして会っている。恥ずかしくはないのだろうか。へいちゃらなのか。
九十九さんは役場に勤めていたがずいぶん前に退職し、いまは自分に合ったしごとをいくつかやって生計を立てている。あくせく働くことはないのだ。代々土地持ちなのだ。ぜいたくもしないので、のんびりした暮らしだ。奥さんはいる。別々に暮らしている。
役場を辞めた理由は、息子が役場に就職してきたから、ということで、息子とは死ぬまで口をききたくないほど嫌い合っているらしい。息子は母親の味方だ。
息子は、九十九さんに瓜二つだ。わたしは長年に渡り、さして気にもとめずに、喉《のど》が渇くと水を飲みに、なにか情報が欲しいとパンフレットをもらいに、役場へたびたび出入りしていたけれど、見れば見るほど、息子は父親に似ていた。背格好や柔らかい物腰や天然パーマの具合が。
役場には、まちかどふれあい、という看板が掲げてある。なかに入ると、壁には、地域の小学生がつくったらしいカエルやお花の折り紙が画びょうでとめてあり、カウンターには、見ザル・言わザル・聞かザル、の猿三匹の置物があった。どのくらいの年月置いてあるのか察しがつかないくらい、古い。古いといえば建物自体、朽ちている。働いているひとびともどこか雰囲気が似通っているから、だれがだれか、あんまり区別がつかない。黒ぶち眼鏡のお兄さんか、いすから立ちあがったのを見たことがないでっぷりしたお姉さんか、きまじめそうなおっさんぐらいしかいない。
わたしは九十九さんか息子がカウンターの奥で帳面をめくっていたのを記憶しているが、どっちだったかは、はっきりしない。どっちにしろ、おっさんだった。肘《ひじ》から先に手づくりと思われる絣《かすり》模様のカバーをはめていたのが印象にある。
でもよく考えれば、あの息子はわたしとそう歳は変わらないはずだ。三十五、六か。おんなじ学校の上級生だったにちがいない。しかし覚えがない。
だいたい、わたしにはどのような道筋で九十九さんが女のひとを得たのか、言い寄ったのか、見当もつかない。男として、女にどう近づいたのか。だから、子供をつくれたことも実は不思議なのだ。あのおっさんを九十九さんがつくったなんて信じられない。
漏れそうだと言ったときの九十九さんを、わたしは思わず、焦って、すっぽり股ではさんだっけ。あの細い腰を、受け入れるために、一度大股にひらき、それからぎゅっとはさんだ。だれに習ったのでもなく、ごく自然に股がそうした。九十九さんは妻帯者だったくせにひとつもリードしてくれなかった。
九十九さんはわたしの頭をなでながら、動かないままわたしのうえでくたばってしまったみたいに倒れてしまった。これらはなんという行為だったのか、とわたしは仰向《あおむ》けのまま思った。蝉が木に止まっているみたいじゃないか。遊さんのときは動いていた、とはるか四年ほど前のことを思い返していた。遊さんとは滑るようにことが運んだような気がした。速度がまるでちがう気がした。
アソブさん、アソブさん、とわたしは繰り返し名前を呼んでいたっけ。遊さんも、ミホ、ミホ、とわたしを呼んだ。しゃべっていないと間が持たなかったからだ。でもしゃべることばはおたがいの名前しかなかった。アイシテルなんていくら布団のなかとはいえ、そんな大嘘はつけない。むこうはわたしにとって、雲のうえ、いや屋根のうえくらいか、それくらいの憧れのスターだった。遠いといえばかなり遠い記憶、だけれどわたしの処女を奪ってくれたひととのことだもの、忘れてはいない。便所のなかや風呂あがりに髪を乾かすなどのぼんやりしたひととき、よく思い出してきたものだ。
あっという間のできごとだった。三十年、わたしは人前で自分から服を脱いだことはなかったから、いけないことでもしているみたいな罪悪感があった。遊さんが脱がせてくれなかったからでもあるが、頼めやしない、スターなんかには。それに、ここまできたら引きさがれないものだ。脱いだらあとはどうにでもなれと肝が据《す》わった。父と兄のイチモツならうっかり見たことはある。が、他人のは初めてで、ましてや触れるなんぞ、めっそうもなく、視界に入らないように目をそらしつづけた。わたしはただただ万歳をしたかたちだった。たかだか三十分くらいのものだったろう。アソブさんは思った通りわたしなんかお気に召さなかったらしく、素っ気なかった。わたしにはそれがわかっていながらも、それがどうした、わたしは初めてのひとがこのひとでうれしいんだ、とひとりぼっちで雰囲気に酔っていた。でも遊さんの表情は晴ればれしていたし、スカッとした、とも言っていたので、わたしは、ああ役に立ったんだなとひとまず安心した。
からだのほうは、なにがなんだか、頭痛と腹痛と高熱がいっぺんに襲ってきたみたいにぐったりしていた。やり慣れないことはやらないほうがいいようだ、でもやってよかった、しばらくはだれとももうしなくともいいだろう、と思った。思いつつ、これでおしまいじゃ味気ない、もうきっとこの先ここまでこのひととあけすけになれる機会はないだろうから、スターのなにかを、と遊さんが服を着ているとき、そのお尻をハッと横目で見て、まぶしく、いい記念だ、と覚えておくことにした。わたしの半分くらいの、おできなんかない、小ぶりで艶めいたお尻だった。ぽんぽん、ひやさないように、とアソブさんは冗談めかして言った。わたしは頬がひきつり、めいっぱいの笑顔を返したつもりだ。ありがたくそのおことばを頂だいします、風邪ひかないようにします、と思って服を着た。下足番のように遊さんの靴をそろえたりし、最後までうっとり酔っていた。そして実はその日だけではなく、もう一回、機会が設けられ、計二回、わたしは遊さんとねたことになる。
それからこんにちまでわたしはだれとも肌を合わさず、やっと先週接触したのが、九十九さんだったというわけだ。九十九さんはもくもくと、独りの世界にいた。あまりにも自分のことだけすぎていた。九十九さんも、奥さんと接して以来、だったのかもしれない。痙攣《けいれん》か失神か、単なる息つぎか、いや発作か、まるではっきりしなくて、このひとこのまま病院に担ぎこまれるんじゃないか、とわたしは気が気じゃなかった。様子を見つづけた。おなかが痛いのを我慢しているような表情でもあった。終わったあとも、独りでなにやら感慨深げに、ずっと首を振っていた。なにがいやいやなのか、とわたしは思った。まるで意思の疎通がなかった。としよりの性癖はわたしにはちんぷんかんぷんだった。
わたしは九十九さんとまたああいうことのつづきをしてもいいと、いまは思っている。ゆったりと走る車のなかからオレンジ色の海を見ていたら、からだが泳いだあとみたいにけだるくなり、そばにいる人間、だれかれなしに触れたくなっている。
「おりてみようか」
九十九さんがほほえんで言う。
「ええ」
わたしは車のへりを気にしながらドアをあける。ガードレールぎりぎりにとめたからだ。やっぱりぶつけた。ドアがちょっぴり傷ついた。
砂浜に並んで、海を見る。並ぶとちょうど肩がおんなじ高さになる。でもほんとうはこの九十九さん、わたしより身長が低い。春も終わりの時期なのに、重そうなブーツを履いている。鰐革《わにがわ》らしい。通信販売で買ったのだろうか。サイズは多少おおきめだ。先週ねたとき、ブーツを脱いだらとたんにちいさくなった。わたしは自分をごまかすみたいにやみくもなかんじで、猫でも抱くように、そのからだを抱きしめた。ちいさいし、からだの幅もうすっぺらで、はかなかった。としよりにはとしよりの、秘密があるのだろう。触れられたくない部分があるのだろう。全然おかしくないから、堂々としていたらいいじゃない、なんて励ますよりも、見ないふりしてやっとこう。
無数の蟹《かに》がわたしたちの足元で、一方だけのはさみを上下に動かしている。蟹の出てきた穴を靴先で埋めながらわたしは、
「これ、おいでおいでって言ってるかんじ、ね」
と九十九さんの顔をのぞいてみた。
九十九さんは博識なので、たまにそこんとこをくすぐると、うれしそうにする。
「かしら」
と、まずは博識ぶらない。たぶん、と前置きしてから、
「潮招きとかいう蟹だねえ」
震えるような細い声でいい、それから、
「夜になるとイカ釣り漁船できらきら光るよねえ」
遠く水平線を見る。おもしろいことがなくても生まれつき顔がほほえみであふれている九十九さん。絹のスカーフがはためいている。
九十九さんとちがって生まれつき愁いを含んだ顔の遊さんは、わたしより四歳うえの三十八歳で、劇団を主宰し、男優もやっている。一度離婚している。子供はいない。
わたしはこれといって趣味のない女だが、三十ちょっと前にこの町を出て、高速バスで四十五分の、ここよりは少々発展しているその町で遊さんの追っかけをした。劇団の手伝いもした。
ここで、かまぼこ工場のパートをしつづけてももちろんよかったと思う。明治からつづいた大きな工場なので、待遇はしっかりしている。大学に行く気はなく、高校卒業してから地元で働こうとする女なら、ここでの就職先は、かまぼこ工場か海産物センターが主なのだ。かまぼこ工場は海のそばに建っていて、白い作業着にマスク、ゴム手袋、という格好で、ダサイとけなされている。海産物センターは町の中心地にあり、土産物も売っているから客の出入りもあり、みんな自然とおしゃれになる。町の青年団との交流パーティーなどがあると、海産物センターの女たちが牛耳り、わたしたちかまぼこ工場はなんとなくはずされてきた。
わたしが町を出るきっかけとなったのは、たぶん、海産物センターの姉御肌、キバちゃんが、兄と結婚したからだろう。笑うと八重歯がキバみたいにのぞく彼女とは、同級生だった。むかしから威張りくさっていて、化粧をしたのも同級のなかで一番早く、ませていた。セックスということばをあっけらかんと言うので、わたしは秘かに尊敬していた。
けれども仲良くしたいタイプではなく、わたしたち魚臭いからさ、と匂い消しみたいに強烈な薔薇の香りのコロンをびしゃびしゃふりかけてきたりし、どうも近よりたくなかった。
おまえの笑顔サイコー、とうちの兄がキバちゃんに言ったりするのを目撃したことがあって、どうやらできているらしいのは知っていたが、本気で兄嫁になるとは思いもしなかった。ましてやおんなじ家に住むなんて。
二階のへやから二人のからんでいるらしい模様が階下へみしみしと伝わり、妙に高音の声がしてきた。次の日の朝はまともに二人を直視できず、わたしもこっそりもだえ声を練習した。
そのころわたしにだって、遅ればせながら男に興味があった。ときどき読む地方雑誌に、遊さんの劇団の宣伝がちらほら掲載され、ほのかにときめき、ぜひ、会ってみたいものだ、身近で見てみたい、と思うようになっていたのだ。都会のほうのスターになら夢なんか見てはいけない、と戒《いまし》める。最初から手が届かないものに無謀な挑戦はしない。でも、遊さんクラスなら、まだまだわたしなんかでも、接近できるくらいのすきはあるはずだ。なんとしても射止めたいわけじゃなし、目が合うとか、汗の匂いを嗅《か》ぐとか、できればいいのだ。あわよくばセックスとやらもやってみたい。ちょっとした遠足のかんじでこの町から出て行った。
遊さんは住む家があるのに、劇団員のだれかのアパートか、公園のベンチか、安宿に泊まっている。住む家には照明器具やら衣装やらセットのあまり物やら、台本やらが、所狭しと置いてあるそうだ。
わたしたちが計二回、ねたのは、劇団の裏の裏を行った路地にこっそりある安宿だった。密会というほどのことでもない。遊さんの宿代を半分出すために利用されたようなものだ。実際はわたしが全部払うことになったのだが。料金後払い制で、なぜか運動靴なのに靴べらをつかって履こうとする遊さんより先に、わたしが出て、しかも受付付近にさしかかると更に遊さんが歩みを遅めたので、了解しましたよとわたしは思い、ついでにそのあとの食事までおごった。
二回目のことだが、遊さんは浴室で爪のなかまでていねいに洗い、あかすりで何度もからだをこすった。かなり長いこと風呂に入っていないようだった。髪の毛は最初シャンプーの泡が立たないほど皮脂がこびりつき、ゆすぎを繰り返してやっと泡が立った。あんまりにも劇団のこまごましたしごとに追いまわされ、いやになり、ときに行方知らずになりたがるひとなのだ。そのころちょうど離婚のいざこざもあった。行方を知られたくない、でもまったくひとびとの記憶から消えたいわけでもない、元来目立ちたがりやなのだから。それで、口が堅く劇団でも存在感のないあいつならいっか、とわたしに連絡をとってきたらしかった。わたしの顔もろくろく眺めず、真っ先に手元の折詰の寿司に目をつけ、さしだすと、鮭を食べる熊みたいに仁王立ちのまま、むしゃむしゃ食べていた。食べ終わるとしばらく遊さんはぐっすりねむった。それから起きて、ようやくわたしの髪の毛を引っぱった。そんなことしないままかと思って寝顔を見ていたので、わたしはふたたびうっとり酔える機会に恵まれ、もうかった気がした。
「もうなんだっていいんだ。どうだってね」
と遊さんは重くのしかかったまま言った。
「責任もなにもないから、楽なんだよね」
と離婚をよろこんでもいた。
わたしはいま、遊さんを独り占めしている、とたったわずかの時間、有頂天だった。最初よりも格段に短い時間だった。十分ほどか。二回目なのでゆとりがあり、すみずみまでその裸体を見たりなでたりもしたかったが、それよりも、いたわる気持ちがおおきく、疲れをわたしの胸でお取りなさい、とずり落ちていく掛けぶとんを何度もつかんで掛け直してやった。遊さんはわたしたちの町でしか知られていなくても、スターはスターで、充分まぶしかった。おれほんとは音楽で食べていきたかったんだよね、と独り言のように言った。有線のスイッチを入れ、リズムをとっていた。首を振ったり肩をゆらしたり、ごきげんだった。いいねえ、こんなんでこの先もゆられて暮らしたいなあ、と言った。下敷きのわたしを完全に無視して。
その後、遊さんはわたしにつめたくした。つめたくしてもわたしが追いかけるのを知っていた。
遊さんには常に何人かのとりまきがいた。とりまきの輪はぶあつくなっていった。わたしはとりまきを遠くから眺める小間使いのままだった。劇団の宣伝のチラシ配りや大道具のしごとを好きでもないがやっていた。遊さんの姿を見られるだけでよかった。遊さんの演技をうまいと思ったことは一度もなかった。
遊さんがまあまあ売れはじめ、そのことを悪く言うひとは、たいてい以前は遊さんに腰ぎんちゃくのようにくっついていた男のひとたちだ。
「やることなすこと、どこか鼻につくんだよな」
「おれは自然体、とでも思ってるんだ」
「遊さんはしょせん、お坊ちゃまなんだよな。万年おぼっちゃま」
「ほんとうの不幸とか貧乏なら恥ずかしくて言えないし、もっと薄暗い目をしていると思う。あのひとはばかに目がきれいだからうさん臭い」
遊さんの母親は、都会のほうで、実業家として「活躍」しているという。ずっとその「偉大」な母親に遊さんは反発しているという。わたしは遊さんの素姓をまるで知らない。劇団員のおしゃべりを拾って、うんうん、そっか、と内心うなずいているだけだった。
「結局、母親が死ななきゃ、遊さんは解放されないのよ」
と、劇団員の女の一人が言っていた。
その女は遊さんの身のまわりのことをしていた。だから横柄な態度だった。
「このひととねたんでしょう」
とだれかが訊いたらば遊さんは、
「訊かないでよ。こたえてしまうから」
と涼しい顔をして言った。
その女のほうに、遊さんとねたかとだれかが訊いたらば、
「うん、ねたよ」
と言った。
遊さんはやっぱり涼しい顔をしていた。
どうだったという質問に女は、
「子供だった」
とだけこたえた。
どっとその場がわいた。
遠くで耳をそばだてながらわたしも、うんうん、とそう思って内心うなずいていた。
「わたしは遊さんに処女を奪ってもらって、計二回ねたのだけれど、遊さんのやりかたは、子供だったよ、うん」
と輪に入れないから胸のなかだけでしゃべっていた。遊さんのやりかたは、子供が昆虫をピンセットでいじるみたいな研究熱心さと残酷さがあいまっていた。いったん集中すると、そればかり。そうして、あきるとほうる。それでもまるで憎めない。きっとあの女もそうだ。なあんだ、同等か。
「でも、あのひと、みんなの前でそんなことばらさなくともいいのに。遊さんを裏切ることになるだろうに」
ともわたしは胸のなかでしゃべっていた。
案の定、その女はそれきり消えてしまった。
その女がいなくなってもまた次があらわれる。次の次があらわれる。どの女のひとも、遊さんにちょっと愛敬《あいきよう》ていどに触ってもらっただけでもう遊さんの女にでもなったみたいにぬけぬけとふるまい、捨てられるはめとなった。
一度、遊さんが、
「泊まるところをさがしてるんだあ」
と、いかにもわたしの力を期待しているように話しかけてきたので、
「はい、だったらさがします」
と言ったらば、遊さんは首をかしげ笑っていた。
自分のことだったら実行するのにもえらい時間かかるのに、遊さんのためならばと次の日からわたしは泊まるところをはりきってさがした。が、すでに遊さんはどこかの女のうちに居候しているというのをひとづてに聞いた。
「遊さんは、ただ単に、希望を呟いてみただけだったか」
とわたしはひとりで落ちこんだ。
「あの、首をかしげて笑うというあいまいな反応も、深く考えてはいけないのだ、きっと、うん」
と自分に言い聞かせた。
遊さんは身のまわりのことをだれかがやってくれなければ自分でやる。
「結婚なんてしてもしなくてもよかったんだよね」
とみんなの前で言っていた。
遊さんにとって結婚ってなんだったんですか、と訊かれると、
「失敗」
とひとことで片づけた。
なのにどこかの女のうちに泊まり歩いては、関係が煮つまり、女房面するな、なんて言うらしいのだ。失敗から一度たりとも学習していない、と劇団員は笑っていた。なんでもが劇団員に筒抜けなのだ。
「料理なんか自分でできるしね。おれ、結構うまいよ。てんぷらもしゃきっと揚げられる」
そういえば、アイロンをかけなくてもいいナイロンの服を着ていた。ひげが伸び放題のときもあり、こういう野暮なかんじなおれも好き、らしかった。なにをしても結局は女が寄ってくる、女はおれをほうっておかない、としっかり自覚しているらしかった。
もう遊さんとは会っていないが、劇団員の男の友人から情報はちょこちょこ入ってくる。遊さんはこのごろわりかし名と顔が知れるようになってき、都会のほうの雑誌が写真を撮りに来たこともあるらしい。握手をねだられたとき、片手ではなく、両手で、相手の手をあたためるみたいにやったよ、もうすっかりその気だ、と友人は嫌味というより、好きだからこそ遊さんをからかった口調で言うのだ。だから、わたしとは気が合うひとだ。女じゃこうはいかない。サイン入り色紙も、おもしろいので、送ってもらった。崩し字でへんてこにキザだ。
会わずに、三年ほど、経っている。おんなじ町に住んでいるというのに、たまり場である喫茶店に行けばきっと遊さんはいるだろうに、行かない。行けば会ってくれるのはわかっているが行かない。みんなといっしょに談笑することも、サンドイッチを食べたり、カフェオレを飲んだりすることも、わたしには勇気がなくてあんまりできなかったので、もう行きたくはない。やっぱりわたしだって平気じゃなかった。かなりのけ者気分で胸がつまっていた。
遊さんはわたしが劇団から離れても、春と秋の芝居のチケットを送ってくれている。ミホのミは、美しいではなく実るだけれど、遊さんはずっとまちがいのまま書いて送ってくる。
わたしは貞操を守って来た。別に遊さんからなにか言われたわけでもないのに、だ。勝手に、遊さん以外の男とはねない、接触しない、と決めてきた。食事くらいいっしょにする男もいたが、さて性交を、となりかけたときわたしが、「なんでわたしを選んでくれたの」と訊いたらば、「うーん、タダだからじゃない」と言われてしまった。それでもまあいいやとしかかったら、今度は、「あのね、無理にしたいわけでもないんだよね」と婉曲《えんきよく》に拒まれ、わたしも、この男と無理したところで、遊さんとの思い出以下に決まっているだろうと思った。三度目も、できたら遊さんとがいい。いやいやきっと無理だよ、とわかっていながら、やっぱりあきらめきれない。自分のなかで勝手にそうと決めているうちは、遊さんとどこかでつながっている気がするのだ。わたしがあきらめれば、そこからもうぷっつり、遊さんとの縁が切れてしまうだろう。
先週、九十九さんと、しかかった。いや、した。たぶん、あれはしたことになる。そして今日もこうして九十九さんとデートなんぞしているのだ。デートしながら、頭では遊さんのことを考えているのだ。遊さんはわたしの貞操なんかどうでもいいにちがいない。
「むかしはここで鯨が捕れたなんてねえ」
九十九さんが言う。
以前も、聞いた。父からも聞いて、知っている。
「鯨、あれはおいしい。給食で甘辛く煮たのを食べたことある」
なんてわたしは呟く。
江戸時代かそのあたりのむかし、おおきな船で、湾に鯨を追いこみ、海は血の海だったそうだ。わたしの父や九十九さんの両親が子供だったころの話だ。だから父や九十九さんだってその目で見たわけではなく、あくまで聞き伝えなのだ。
「うちには、鯨のひげでつくったランプもあったなあ」
それも聞いた。
町の隅っこに、役場が見える。あかりがぽっと点《つ》いた。わたしは九十九さんの家族について、敢《あ》えて触れない。
「せがれはいま子供がひとりあるんだ」
九十九さんが言い出す。
「ぼくまだ抱かせてもらったこと、ない」
と、ほほえむ。
九十九さんは金を貸すとき、
「差しあげるんだよ。貸すんじゃない、あんたに差しあげるんですよ」
なんて言い、わたしが返したら、
「どうしてそう頑固なんだ、あんたは」
と言ってほほえみ、受けとる。
残り、三十万か、いやもっとか、返しきったところで、この罪悪感はきっといつまでも消えないだろう。もう、ありがとうございました、ではなく、ごめんなさい、許してください、としつこく謝らないと、いけないのだろう。金を借りたことでずっと恩をかんじつづけるのだ。嫌でも、だ。そしてへりくだりつづけるのだ。わたしは九十九さんを憎くもなるのだ。しかも、裸になって接触までしてしまった。恩を着せられたから、感情がごちゃ混ぜになったのだろうか。
だいたい九十九さんのほほえみかたも気に入らない。
わたしは九十九さんのあのほほえみかたに覚えがある。役場をやめてからの九十九さんは、善意で小学校や中学校の庭の剪定《せんてい》をしていた。いまはもう見なくなったが、緑のおばさんならぬ緑のおじさんの格好で、九十九さんは横断歩道で旗を振り、毎朝通学する子供たちの誘導もしていた。始終あのほほえみかただった。
最近、兄嫁のキバちゃんから電話でこんな話を聞いた。
──あるとき中学校で、九十九さんが女子便所で盗撮していた、という噂が流れたらしい。でも実は、便所のつまりを直していただけらしかった。そしてそれもますます気持ち悪い、ということになった。
女子だけを講堂に集めるという異様なやりかたで、教師らが言った。
「いままでだれがあんたたち女子の便所のつまりを直してきたと思っているんですか。九十九さんですよ。何年も何年も、黙ってやっていらっしゃったんだ。この際だから言う。素手を、便器に突っこんで、つまったナプキンをとったんですよ。あんたたちにできますか。自分のかひとのかわからないナプキンを。なぜ流すんです。なぜ汚物入れに捨てないんです」
女子は押し黙っていた。九十九さんは男一人で講堂の隅っこにつくねんと立っていた。褒《ほ》められ崇《あが》め奉《たてまつ》られていた。すごくかなしげだったらしい。女子は、声を揃えて、謝り、最後になぜか拍手をして九十九さんを見送った──と、キバちゃんはまことしやかに語った。
また、キバちゃんはこんなことも言った。
「あそこの奥さん、浮気してるんだよ。筋骨隆々の漁師の愛人がいるんだよ。九十九のおっさんが、夜のほう、からっきしだめで、奥さんを満足させられないらしいから、しょうがないんだね。奥さんのほうに同情票が多いね」
再び、車に戻る。九十九さんらしい流線型の、うすみどり色の車だ。
なかに入るとあたたかいのは、温度だけではなく、九十九さんの匂いがするからだ。バニラエッセンスみたいな匂いなのだ。
車がまた走る。安全運転だ。
「干しがれいの匂いがする。おなかすかない?」
九十九さんが言った。
「でももうバスの時間が」
「ああそうだね」
「でもすこしなら」
「ああじゃあどこか入ろうかね」
漁師の家が密集する付近に、店があった。さざえのつぼ焼き、とある。でもそこはわたしの同級生がやっているから入らない。
わたしはこのへんの同級生の男どもが怖い。荒々しいのだ。父親と網の修繕をしている姿、母親とちりめんじゃこを天日に干している姿、を、ふと見たとき、見られた男らは、次の日、かならず復讐してきた。乱暴者どもだった。あのころ、男らは、白いヘルメット、肩から斜めにかけたかばん、だった。
いまも小中学生は白いヘルメットに肩から斜めにかけたかばんだ。発展のない町だ。
映画館もないこの町は、遊ぶところがないので夫が家に帰るのも早い、家事も手伝う、子供ともたわむれる、家庭は円満、とはよく言われていることだ。職業は商売人か漁師が主だが、サラリーマンでも通勤時間は短い。地価が安いので若いうちから持ち家が多い。自分の財産である家を磨くべく掃除や手入れに熱心になる、ということだ。そういえばいまは、ガーデニングなんぞしている男の姿もちらほら見受けられる。
路地を通る。そこここから、焼き魚、芋の煮たの、炊き立てのごはん、の匂いが漂ってくる。台所が道に面している家もあり、窓枠あたりに亀の子だわしのシルエットが映ったりしている。
路地を抜ける。木々が潮風で揺れている道をとろとろ走る。シルバー人材派遣、なんていう会社がひっそりと建っている。つぶれているらしく、ポストが錆《さ》びだらけだ。
「ふうん」
と九十九さんはちょっと関心を示した。
公民館がある。あそこではよく子供会の祭りがあった。祭りが終わると、わたしは幼なじみの男と夜道を家まで帰った。あれは中学のとき、だった。その男が、ここで待ってて、と言った。さっきからそわそわしているからなにかあるとは思っていたら、これか。茂みから、その男の先輩がにゅうと出てきた。送ってくれるんだって、と言い、幼なじみは一旦、逃げかけて、立ちどまった。わたしはそのやけに潮焼けした先輩に公園のベンチまで手を引っ張られ、のしかかられた。喉の奥まで相手の太い舌が入って、むせた。暴れてもしょうがないと思い、死んだふりをした。くらげのようになっていると相手も力が抜け、味気なくなったのだろう、ちぇっ、と舌打をした。幼なじみの男はこの状況をぼけえっと傍観《ぼうかん》していた。まるで助けようとしなくて、ただしょぼしょぼと目をしばたたかせて近づいてき、三人で顔を見合わせてくたびれたみたいにちょっぴり笑った。夜道が暗いので寄り添うように帰り、別れ際には、じゃあまた、なんて三人ともども言った。
幼なじみの男も、その潮焼け顔の先輩も、二十代にはここを出て行った。この町が嫌いなんだそうだ。いい女もいいしごと先もないからだそうだ。
わたしがこの町で好ましいと思えた男は、九十九さんひとりだけだなあ、とつくづく思う。でも、こんなにそばにいるのに、とてもよそよそしい。こころ細い。これで今日はお別れなのか。
「九十九さん、ありがとうございました」
と、いきなり言ってみた。
「へ」
耳が遠いひとみたいに九十九さんが聞き返す。高速バスでこれからまたわたしは帰るのだ。そこはここよりは発展しているが、たのしい町じゃない。わたしはおしゃれをしたり、ケーキセットを食べたり、公園でくつろいだり、犬と散歩したり、が気軽にできない。何度も、ここに戻ってきては、また高速バスで帰るのだ。この繰り返しだ。
「いろいろ、いままで、ありがとう」
わたしは言う。
「なんなの、改まって」
九十九さんが垂《た》れてきた前髪を小指で払って言う。
「いえいえもう」
「ぼくなにもしてないよ」
と言いつつ、九十九さんはハンドルを持たない手で鈴のぶらさがった小銭入れを出し、いくらあるか勘定している。ひいふうみい、と計算し、ジュースの自動販売機の前で、いる? と言うしぐさをした。
「いえいえもう、父から兄からわたしからお世話になりっぱなしで」
と言いつつ、わたしは、わたしを産んですぐ死んだという母親は、九十九さんみたいだったろうか、と思う。九十九さんはあけた窓から伸びをし、上半身だけ出してあつあつの缶入りのお茶を買う。いいというのに、くれるのだ。伸びをしたついでに靴からのぞいた靴下のかかと部分が、毛玉でいっぱいだった。
「ほんとうになにからなにまで」
とわたしは缶を両手のなかでくるくるまわす。
「なにをしめくくろうとしてるの、あんたは」
と九十九さんがわたしの腰に手をまわすかまわさないかのとき、するりとかわし、
「なにが釣れるのかな」
わたしは言った。
「車とめて」
と言い、すぐに外へ出た。
防波堤によじのぼる。釣りびとが三人、立っていた。
九十九さんがわたしの肘に触れ、
「落っこちないでね」
と言う。
いまこんなところで落っこちて死にでもしたら、わびしい。わたしは今日兄のところには寄らなかった。兄の住んでいる家は、もう店の部分は壊し、ほっぽらかしで、住居の部分が裏手にある。キバちゃんは、以前わたしの部屋だったところに、荷物を置けるだけ置いている。
「暗さがしみ出てる」
とわたしのことを海産物センターの仲間に言っているらしい。しっかり地元に根をおろし、采配を振っている。兄より稼ぎがある。
キバちゃんはかつて女番長だった。暴走族のマスコットガールをしていた。兄は暴走族のヘッドの手下だった。だからいまでも、キバちゃんを自分よりうえに置き、大事にしている。特攻服を着た二人の若かりしころの写真が、わたしの部屋であった壁に、まだべたべた貼《は》りつけてある。きっと二人は、二人によく似たハクのある顔つきをした子供を産むだろう。くわばらくわばらである。
釣りびとの一人がふぐを釣りあげる。それは食べられない種類だ。コンクリートのうえに投げつけた。きゅううとふぐは鳴いた。猫がやって来て、匂いを嗅ぎ、知らんぷりしてまたいでいく。干からびて張りついたふぐ、半分は生きているふぐ、いま釣りあげられたばかりのまんまるなふぐ、が何匹もコンクリートのうえにいる。
わたしは息がつまる。喉がふさがりそうになる。圧迫をかんじる。のけ者扱いされたときみたいに苦しい。
九十九さんは、口をぱくぱくしているふぐを、ブーツの先でちょっとずつ移動させ、海のなかへ落とした。どっぽん、と音が立った。それで釣りびとの一人が、振り向いた。
「おっさん、いまなにした」
怖い顔して言ってくる。
「えさを食うからそいつはやっかいなんだ。すぐ食いついてくる」
「はい」
と九十九さんはほほえんでいる。
「わざと干からびさしてるんだ」
「はい」
「知っててやったのか」
「いいえ。知りはしない」
「もうしないでくれ」
「はあい」
叱られている九十九さんの横でわたしは海のほうだけを見ていた。もう息はちゃんとできている。潮の匂いがからだに心地よく入ってくる。
「さて、行きましょうか」
九十九さんは平気そうだ。びくともしない。男としてはなんとも頼りないが、わたしはそんなことに頼りたいわけじゃあないから、どうでもいい。へなちょこで、腕力はまるでなくったって、いいのだ。こんなふうに平然とした態度ならおもしろくって、それでいい。それでいい、なんて妥協している自分のこともわたしはおもしろい。
一膳めし屋に入った。干しがれいがあった。わたしはごはんを二杯も食べた。やけ食いみたいに。
九十九さんは一杯でよした。魚の食べかたがきれいで、骨のあいだの白い身をすっかり食べつくしていた。頬の身までほじくっていた。
「よく見れば見るほど、星の王子さまみたいな格好ですね」
と胸のなかでわたしは九十九さんへ言っている。
両手で煙草に火をつけるようなしぐさで、つまようじをつかってそれから九十九さんは、お茶に手を伸ばす。
わたしもお茶を飲む。
湯飲みを置く音が、同時だった。ほう、と息をついたのもほぼ同時だった。
「わたしはこうして九十九さんとこれからも何回も何十回も食卓をはさむんだ」
と胸のなかで言った。これは予感だろうか。希望とかいうものだろうか。ああ、暗澹《あんたん》とする。暗すぎる未来じゃなかろうか。
ニッカーボッカーを穿《は》いた男が二名、のれんをくぐってくる。
わたしは三カ月前に観た遊さんの芝居を思い返す。遊さんは脚本も担当しているが、オリジナルは苦手なので、たいていは文芸もののアレンジだ。太宰治の無頼な人生、ってやつを、すこしちゃかして、公演していた。もちろん自分がいつも主人公で、相手役の新人女優を大々的にアピールしていた。ああそうか、とわたしは直感した。これがいまの遊さんの相手だ、と。遊さんは気に入る女には、「このう」なんて言ってほっぺたをつねる。遊さんが女のほっぺたをつねるのを見たら要注意だった。きっとその新人女優もつねられたとみた。わたしはもちろんつねられたことがない。
干しがれいの骨をじいっと見おろす。
わたしとねた過去なんて、遊さんには抹殺したいくらいのものなのかもしれない。気味悪いと思われているかもしれない。また来た、あれだよあれ、ほんとに来るとはなあ、なんて陰で言われていたかもしれない。
わたしはこれまでデパートのお惣菜売り場で働いていたが、もうやめた。いまはおんなじデパートのなかの牛丼売り場にいる。繁盛している。若い客が多い。毎日、四時間、働いている。忙しい時間帯だけ、だ。無駄な給料は払わないぞという経営者側の意向だ。わたしはそこもまたやめたくなっている。どこに行ってもきっとそうだ。よそに目がいく。
「いつかいっしょに暮らしませんか」
わたしの口からそんなことばが出た。
「なにをじろじろ見るの」
九十九さんの口からも、わたしよりすこしずれてそんなことばが出た。
しばし沈黙が訪れる。
「暮らすの? いっしょに?」
九十九さんが慌てて訊き返す。
わたしはうなずかない。
もう気がかわってしまっている。
九十九さんは激しく動揺している。目玉を剥《む》き出《だ》している。
「そりゃうれしいけど、うれしいけども、さあ」
としよりのくせに、と思われているんじゃないか、と九十九さんが気にしているのがわかる。気にしてないよとわたしは言いたかった。
「そんなことないよ」
と過剰なほどにわたしは否定してやりたくなった。頭を胸に抱えてあげたい。それは愛情に似ていた。
けれどもいっしょに暮らしたくはない。いますぐ前言を撤回したい。わたしは身動きができない。感情がまっぷたつに分かれ、揺れ動いている。むしゃくしゃする。
「どっちがどっちに」
また九十九さんが言う。
「あ?」
「ぼくがそっちに? あんたがこっちに?」
「わたしがこっちに。でしょうか」
そんなことをわたしは言ってしまう。
「でしょうね」
「はい」
「考えとこう」
もったいぶったこたえが返ってきた。
「ぼくはたいしたことない人間だしね」
それはわたしも知っている。
あとはなにか九十九さんは、ごにょごにょ言っていた。聞き返すのも悪く、集中して聞いてみたが、店内にプロ野球中継が流れていて、うまく聞きとれない。悲観的なことばかり言っているのが表情から読みとれる。ああこのひとはいまのわたしにはぴったりだ。九十九さんのしみの浮いた手がわたしの手に重ねられる。ああわたしはこういうとしよりとこれから性交しつづけるのだ。
「次に会うときは、いっしょに住むとこ、見に行こう」
話がすすんでいく。
「ぼくはあんたが心配だったんだよ、ずっとずっと」
告白が始まってしまっている。
いまなに食べてるかなとか思うよ、思ってたよ、これからも見守ってたいよ、できるなら。無理は言わない。けど、戻っておいでと言いたかった、ずっと、言いたかった。でもそばにいるとせつなくなって、あんたのためにはよくないって引け目をかんじて──などと九十九さんはもうとまらない。
よし、じらす。
わたしは無言を通す。
先の短さでは遊さんよりこのひとだろう、と計算している。わたしがこのひとのそばにいたいのは、いっしょに暮らしたいとかいう発言をしたのは、結局、先が見えているぶん、やりやすいからなんだろう。よし、介護してあげよう。やりがいがあるかもしれない。華やかな役者なんかに惚《ほ》れているより、つましく、このひとをいたわり、静かな暮らしをしよう。このひとはぜいたくしないから、余裕をもって暮らせるだろう。
「借りるときの保証人はだれにする」
とわたしは計算高い女になり、訊いてみた。
「ええと、そうだなあ」
と九十九さんが口をあけて思案しだした。
「とにかく保証人のいらないところがいい」
まただれかに恩をかんじるのはまっぴらだ。
「なかなかそれはねえ。まあどうにかする。心配しなさんな。なんとかする」
任せておけという勢いだ。男らしさを自分自身にかんじている顔つきだ。
「お金は、半々ね」
わたしは言い、しまった、わたしは三分の一にしてもらえないだろうか、と焦る。半々にするのは損だ。
「いえいえ、いっしょに暮らしてくれるだけでいい」
とか九十九さんが言う。
しめた。そうなんだ、わたしがお金を出す必要はない。なあなあにしてしまおう。
わたしは牛丼屋をやめてもいいんだろうか。働きたくない。いかにして働かず、食べていけるだろうか。九十九さんはわたしを養ってくれるんだろうか。どのくらい貯蓄はあるんだろうか。本気で、土地をどれくらい所有しているのか、いつか訊いてみてもいいだろうか。
一膳めし屋を出る。
わたしは手の匂いを嗅ぎ、
「魚臭い」
とあまえて言ってみた。
ある民家の外に設置された水道のホースで九十九さんは、指を一本一本洗ってくれた。この辺りの水道は、こうしてだれでも勝手につかっていいようになっている。釣りびとたちのために。
レモンのかたちをした石鹸が、朱色のネットに入れてぶらさげてあり、九十九さんはそれで洗ってくれている。さかむけをいちいち調べながら、痛くないか、水がしみないか、と訊いてくる。やがてなまめかしい洗いかたになる。指の股を、くちゃくちゃと音を立てて洗っている。
立ちつくすわたしは、九十九さんの頭のてっぺんを見おろしている。このひととほんとうにやっていくのだろうか、わたしは。いいや、口約束だ。どうせ破る。わたしが言い出したが、わたしが破るだろう。九十九さんは怒らないだろう。さあ、もういいよ、と九十九さんが言う。暗がりでほほえみ、やつれが見え、さつま揚げみたいなくすぶった皮膚だ。ひとの手を洗ってやっただけで体力を消耗しているのだ。腰を押さえている。わたしは悪いことをしたみたいに気がふさぐ。それでも穏やかな気持ちがしないでもない。手がすべすべして心地いい。ありがとうが素直に言えなくても、通じている気がするが、どうだろうか。九十九さんと会った日はいつだってこうだ。感情が一定しない。いい日だったなあ、と九十九さんは車に乗りながらしみじみ言う。わたしは手の匂いを嗅ぐ。レモン石鹸の匂いだ。高速バスでうちに帰ってからもまだ、手にはその匂いがしみついていた。
これでもかというくらいの暗さが、わたしをとりまいている。
呆然《ぼうぜん》としている。
なのに九十九さんは、上機嫌だ。時代遅れのネクタイを何本か集め、それでつくったというチョッキを着ている。また、わたしたちはドライブしているのだ。海を見ているのだ。半月前、あれは単なるデートかも知れなかったが、今日のは、お通夜の帰りだ。町内会長が亡くなったのだ。それはいいのだが、そこに、九十九さんの奥さんとその愛人とやらも来ていた。漁師をしている愛人だ。彼は九十九さんの息子とも気兼ねなくしゃべっていた。孫も彼になついていた。九十九さんのほうが陰に隠れたような行動に出ていた。お線香をあげてそそくさとわたしは出た。あとから九十九さんも出て来た。九十九さんは一旦家に帰り、着がえてきた。わたしは車のなかで待っていた。
「喪服、似合ってるね」
と九十九さんが言った。
五日前にもわたしはこれを着た。劇団員の友人が亡くなったのだ。
わたしと遊さんの共通の友人だったあのひとだ。遊さんのことは「ソンケーしてる」とふざけながら、でもときにはまじめに、言っていた。遊さんもその友人のことはかわいがっていた。遊さんみたいになりたいとまで言われたので、満更でもなかったのだ。
なのに自殺してしまった。なんで首吊りなんかあのひとにできたのかな、ということなどについてわたしは遊さんと話がしたかった。だって、あのひとは、自分で自分を殺すなんてばかだとか、あれは十代でするもんだよ、もうこの歳じゃ恥ずかしいよ、と言っていたのに。
遊さんは裏切られたもおなじだ。その遊さんの突き落とされた顔を見てみたい。
通夜も葬式も、劇団員の幾人かは手伝っていたが、わたしは途中で抜けた。そういうときでもわたしは、仲間はずれにされている気がしてき、我慢できなくなってしまったのだ。みんな、てきぱき、厳かに、動いていた。わたしは遺族に近づくことができず、台所で湯飲み茶わんを洗ってばかりいた。遺族の前ではないところで、劇団員たちが、首吊りって案外ふっと簡単にやれるらしいよ、とか、遺書もなんにもないんだって、今度の役の衣装もちゃんと壁に掛かってたんだって、でもそこの部屋のドアノブにタオル引っかけてやったらしいよ、すごく低い位置にあるノブでできるんだねえ、としゃべっていたのを思い出しているうち、具合が悪くなってきたのだ。だれにも断らずに、鯨幕《くじらまく》の裏を静かに通った。だれも気づいていないようだった。きっとそのあとに遊さんは来ただろう。
ひとが一人死んだのに、しかも友人だったのに、遊さんが結婚したとは昨日、目にしたことだ。地方新聞の芸能欄にちいさく載っていた。それはそれ、これはこれ、ということか。ひとの死は突然だったが、結婚は予定していたことだから、しょうがないのか。
わたしはしばらく惚《ほう》けたように考えこんでいたけれど、突如大笑いし、
「まだ懲りていなかったのかあ」
と呟いた。
遊さんのまぬけ面を見たくなった。一晩寝て、起きてもまだ会いたい気分が残っていたので、九十九さんにちょっと今日会うのはやめるか遅らすかにしたいと電話すると、町内会長さん、ゆうべ亡くなったんだよ、今日はお通夜だよ、とのことだった。
午後、劇場まで行ってみた。樋口一葉の芝居ののぼりが一本立っていた。ちんどん屋みたいな格好をした劇団員たちがガッツポーズなどつくって映った写真、それを引き伸ばした手書きのポスターが入り口に貼ってあった。一葉役のあの新人女優、それが遊さんの妻になるひとだろう。演技がうまかった。いかにも演じていた。かなしそうに泣くし、信じられないというかんじで驚くし、世にもしあわせそうによろこぶし、お決まりのずっこけ場面じゃちゃんと踏み外すし。
そのすべて、芝居の全体が、くだらなかった。
不調じゃないか。なんでこんな駄作を発表しているときに限って、結婚なんてしたりして、ほのぼのしているのか。だらしない。
芝居が終わり、遊さんの舞台あいさつを、腕組みしながら見た。観客はせいぜい五十人くらいだろうか。でもわたしがいることに、気づかない。見つかりたいのに、見つけてくれない。すると、目が合った。
アソブさん、アソブさん、と胸のなかで名前を呼んだ。
遊さんは、あんただれ? というような目で見ていた。とぼけているのだろうか、とも思った。遊さんのその目は、すうっとわたしのうえを素通りした。
出口で、妻であろう着物を着てかつらをかぶった女優が、客に挨拶をしていた。劇団員の一人がわたしを見つけ、その女に、大道具さんだったひと、と紹介した。名刺には、女優、という肩書きが書いてあった。自分で女優というのがおかしくてわたしはふうっと笑った。女優はけげんそうな顔をしていた。抱きたい女じゃないと、うちの劇団の女優にはしないんだ、と言っていた遊さんの声がこだました。きっと、また離婚する。そしたら、結婚とかしてもしなくてもよかったし、と言うに決まっている。あの男は、それでいいのか、そんなんで、人生、やれていけるのか。やれていけるのだ。わたしなんかが心配しなくても、大丈夫なのだ。
目の前のできごとすべてがばかばかしい。走って逃げるように劇場をあとにした。いや、すごすご、負け犬みたいに、だろう。結局、遊さんとは面会しなかった。
「最後は寝たきりだったらしいねえ」
九十九さんが夜の海を眺めながら言う。町内会長のことだ。
「寝たきりにはなりたくない、ぼく」
また、コンクリートのうえにふぐが転がり、電灯に照らし出されている。今日は波が高い。テトラポッドにぶちあたっている。しぶきが顔にかかる。高速バスのなかでおなかに入れた夏みかんの房の部分が歯にはさまっている。海岸では、卯の花みたいな泡が波を追いかけるように引いていく。夏はすぐそこだろうが、夜になるとまだ風はつめたい。月は出ていない。潮の匂いがきつい。海草の腐ったのだの、磯の生き物の死骸だのの匂いでもあるのか。九十九さんの前髪が何度もなびく。
「あれ以上生きててもねえ。いいころ合いだったと思うよ、うん。だから今日は、遺族が安心したようなお通夜だったねえ」
わたしはこくりこくりとうなずいている。「九十九さん、あなたが死ねばきっと家族は安心しますよ。わたしもそう、安心」と口から出かかりそうだ。奥さんや息子や孫や奥さんの愛人については、敢えて触れない。町の隅っこの役場に、あかりが灯《とも》っている。電柱には、葬式の貼り紙がしてあり、道案内の人間が立っている。雲が垂れこめている。今日はあっちの町からこっちの町、移動して来て忙しく、そういえば一度たりとも空の青っぽいのを見ていない。ずっと曇りだっただろうか。
「ぼくさがしているよ、住むところ」
九十九さんが言う。
「でもそっけないね、あんた。電話も出ないじゃない。嫌になったら嫌になったでいいよ」
「ええ」
「はっきりしてよ」
「はい」
「嫌なんだね」
「ええ。いや、ええじゃなくって」
「ツクモと暮らすことが急に怖くなった、か?」
とずばり九十九さんは正解を言った。
わたしは顔を背ける。
「図星なんだね。ショック」
九十九さんはほほえむ。わたしは顔をもっと背ける。
「九十九さんとどういう関係」
と、実はおととい、キバちゃんから巻き舌で脅すような電話がかかった。あんたどうしてうちに寄らないわけ、あのさ毛蟹バケツ一杯いまうちにあるんだ、いるならとりにおいで、いらないならべつにいいけどね、という話から急に九十九さんとわたしのことを槍玉に挙げた。よほど暇をもてあましていたのだろうか。
「噂になってるよ。うちの町に帰って来て、あのおっさん誘ってうろついてること」
「いつどこでだれとだれが。何曜日の何時何分」
とわたしは言った。
「だから、あんたと九十九のおっさんでしょうが。どういう関係かはっきり言ってごらん」
「あのひと、なんだかお母さんみたいなものだよ」
「ケッ。ねたわけ」
キバちゃんは鼻から荒く息を吐いて言った。苛立《いらだ》っていた。
「それはあるはずない」
「顔に描いてある」
「ううん、だったら、近親相姦だね、いわゆる」
肩すかしのようなことばかりわたしは言った。高笑いをしてごまかした。わたしはキバちゃんになんか正直にならない。
まあ、貴重な人種だからさ、せいぜいお厚く介抱しなさいよ、とキバちゃんは、わたしがなにかを企《たくら》み、それを自分はしっかり見破っているぞ、というような口ぶりだった。おんなじ女としてキバちゃんはわたしのいやらしさをすっぱり見抜く。そして裁こうとする。やっかいなひとだ。とことんはぐらかすしかない。嘘だとばれようがどうなろうが、嘘をつきつづけるしかない。
「ねえ。どうするの、いったい」
九十九さんが言っている。
そうだなあ、とわたしは渋る。
「ねえ」
「ええ、だからいまから、ウォーターベッドでも見に行こう」
とわたしは言った。やけくそだった。
「なんだ、そりゃ」
「以前|流行《はや》ったやつ。水を入れるベッド」
「せんべいぶとんがぼくは好きなんだけど」
寝床の話なんかに入ったので九十九さんはあかるい。ラジオをつけている。ムード音楽が流れてくる。お、なつかしい、とボリュームをあげている。目をとじてわたしもムードに酔わされている。あんたは理解あるねえ、と九十九さんがからだをリズムにのせながらわたしの手を握り、甲に唇を押しつけてきた。舌を伸ばしてくすぐってくる。わりかし性欲の強いひとかもしれない。やらせておいてみよう。
わたしは九十九さんとこうしてそばにいてこんなことをやらせていながら、やっぱり遊さんを思う。また一から始められないかと思う。一から、始める。ああなんて新鮮な響きだろう。若々しい。初々しい。はつらつとしている。そうだ、共通の友人が死んだではないか。あれを話題にしよう。共感し合おう。いっしょに墓参りに行こう。友人の親御さんに会い、友人がどれほどいいやつだったか、親御さんの知らない息子さんのいい面を二人して話してきかせよう。
「寝具売り場、行く?」
九十九さんの発言が現実にわたしを引き戻す。おでんのぐつぐつ煮た大根みたいに、九十九さんの顔はくすぶっている。くちづけだけで体力を消耗したのか、はあはあ言っている。わたしまで死にかけている気分だ。わたしはこのひとの唇を吸ったり、いとおしく思ったり、果たしてできるだろうか。できるとは思う。長くできるだろうか。日々、つづけられるだろうか。もういまからそこのところを、考えておかないといけないんじゃないだろうか。
「やっぱ、また今度」
わたしはすべてを先送りにする。いずれははっきりさせないといけないのに、とりあえず、いまは、どうすることもできない、する気がない。黒いストッキングがデンセンしている。黒いローヒールの靴も、履き慣れていないので、痛い。
「バスの時間があるし」
わたしは九十九さんに会っているといつもこうしてバスの時間を気にしている。どうにでもなることなのに、早く帰ろうとしている。
九十九さんは敏感に察知している。おどおどしている。わたしの顔色ばかり見ている。
だから車のなかでわたしはまた、いいかげんなことを言ってしまう。理想の壁紙のことや、床暖房のことを。
「朝はごはんがいい、パンがいい?」
とまで訊いた。まるで新婚生活を夢見る恋人同士みたいだ。
「そんなことはしないでいいよ」
と九十九さんは慣れ親しんだような軽口になった。
「おいしいものを食べておいしいねって言ったり、それだけでいいねえ」
とか言っている。
二人で暮らす話は、ここまでだ。置いておきたい。
「ひとを殴ったこと、ある?」
話をそらすだけそらしてみた。
「え、殴る? ないなあ。むかしからぼんやりしてた子だったから」
「大人になってからも」
「ないなあ。ぼくぼんやりしてたからなあ」
「殴らなきゃいけない機会はなかったの」
さっきだ。奥さんと愛人、どっちかを殴ってもよかったんじゃないか。ぬけぬけと、家族みたいにしてひとかたまりになり、九十九さんをちらりと軽蔑するような目で見ていたじゃないか。九十九さんは侮辱されていたじゃないか。ひとびとの視線が突き刺さっていたじゃないか。あれが女房を寝とられた男だよ、という視線だったじゃないか。
「ぼんやりだったからなあ」
だめだ。九十九さんには闘志のかけらもない。
またおおきく話をかえることにした。
「鯨の漁は、法螺《ほら》かなんかがぼうって鳴るんだろうね」
「うん、そうだろうね」
無難なこたえだ。一応、同意だけはしておく、というのんきなかんじで、わたしが、勇ましくふんどし一丁で、鯨に群がる男らを想像していることなど、知る由もないだろう。血生臭さなんか、まるで縁のないままここまできたのだろう。
役場に勤めようと思ったのはなんでですか。奥さんと知り合ったのはなんでですか。そういうことも訊きたいが、「すべて、紹介です。紹介です、役場の上司の」というこたえが返ってくるのがもうわかっている。じゃあ、「わたしのことはなにか訊きたいことありませんか」と訊いたとしても、きっと、「これからおいおい話して」なんて言われるだろう。わたしの過去を聞くのすら怖がる、そんなひとだ。
このひとはただ、いまは、新しい暮らしへ向けて、しあわせなことだけを考えたいのだ。娘くらい歳の離れた女と暮らす、それだけで頭がいっぱいなのだ。うきうきなのだ。だったら、理想のタイプは、なんて訊いたら、のってくるだろうか。それだって、ぼくはサユリストだ、なんてこたえるだろう。
「この歳になるともう変な気は起こさない」
九十九さんは真剣な面持ちで、遠慮しいしい言っている。寝床の話から一歩も先へ行ってない。
「ほんとうですね」
とわたしは訊いた。
「ほんとうにそれでいいんですね」
と訊いた。
返事がない、と思っていたら、
「かたちはなにもいらない」
だと。
「どういうこと、それ」
「客間の置物みたいにしていてくれれば、いい」
「それだけでほんとうになにもしなくていいの」
「いい」
「なにもしなくていい。セックスなんてしなくていい。ほほう、わたしには至れり尽くせりの暮らしじゃないですか」
「それでいいんだよ。あんたはなんにもしなくて、ただ笑っていてくれれば。いや、笑ってなくてもいいけど」
それからダッシュボードからおもむろに、通帳をとり出した。
「これ。あんたの名義で口座つくったんだ」
また、だ。また、金を与え、わたしを縛りつけようとする。わたしはこれに甘えたい。ありがたい。好きかもしれない。こういう暮らしには目がくらむ。
海鳥が飛んでいる。空がますます暗くなってきた。雨が降り出しそうだ。窓をあけてみる。潮風に押されてしまう。押し返すようにそっと舌を出し、潮風をなめたら、しょっぱかった。兄の家には今日も寄らなかった。お通夜でも兄や兄嫁のキバちゃんに出会わなかったが、それでいい。家に帰る気はしない。この町へ帰ってきても、兄やキバちゃんに会いたいとは思わないのだ。会いたいのは、たしかに、この九十九さん一人なのだ。でもそばにいると離れたくなる。遊さんのことを未練がましく考えてしまう。もうすぐバス停留場に到着する。わたしは自分の住む町へ帰る。
どうでもいい。
そう、思った。
でも、九十九さんと遊さんの、どっちかがいい。
そうとも、思った。
いや、どっちにしろ嫌なのだ。どっちも嫌なのだ。どのみち嫌なのだ。バスが向かって来た。しょぼしょぼと雨が降りだす。わたしの喪服の肩が濡れる。九十九さんが背中を押す。おいおい話し合いましょう、とささやいたが、聞こえていないふりをした。ハンドバッグにはちゃんと通帳をしまいこんでいた。
わたしは振り返らずに乗った。扉がしまる。九十九さんの姿がたちまちちいさくなった。
九十九さんの胸も脇腹も下腹も、どこもかしこも筋肉がなく、七面鳥みたいにたるんでいる。
わたしはいま、九十九さんと寝床をともにしている。と言っても性交をしているんではない。単にねむっているだけだ。並んで惰眠をむさぼっているだけだ。わたしたちにはいま、単に、並んでねむってみることが必要なのだろう。接触とかなんかより、まずはいっしょに生活してみることだ。
九十九さんのさがしたこの家は、案外、いい。
築二十年で、庭がある。
庭には、沈丁花《じんちようげ》と、柿の木と、エニシダと、芙蓉《ふよう》が、ある。山茶花《さざんか》の垣根もある。
わたしはボストンバッグと保険証と通帳を持ってやって来た。とりあえず、一週間ばかり、生活してみる。もう一度この町で暮らしてみよう。兄の家ではない、このむかしなじみの九十九さんと、と思い、しごとは休暇をとってきた。休暇といっても、きっとクビだ。わたしがいてもいなくても、牛丼屋は景気がいいのだ。
月あかりのした、わたしは九十九さんの老けきった寝顔を眺めている。自分が芝居がかっているのは承知だ。浴衣なんか着ている。おへそのところで腰紐を結んでいて、それがぱっと花びらみたいにひらき、足元がはだけている。しかし、九十九さんは見ていない。よくねむっている。
さっき、わたしは自分の寝相《ねぞう》の悪さで目が覚めた。九十九さんの頭をガツンと蹴っていた。頭蓋骨の鈍い音が、足の裏に響いた。九十九さんは背中を向けたままぴくりともしなかった。
その衝撃でか、寝返りを打つ九十九さんの髪の毛が、右半分ごっそりないのを見てしまった。ふだんはうしろからや左から、髪の毛を集め、右に寄せていたのだった。見てはいけないものを見てしまっている。でもわたしは見たことを一生黙っているつもりだ。こんなことはささいなことだ。手が、九十九さんの髪の毛をなでていた。うしろから、左から、わたしは髪の毛を集めて右に寄せた。ちいさな九十九さんを胸に抱き、見おろし、気持ちより先、手がなでているのだ。ぎょっとしたように九十九さんが目をあけた。
構わずわたしはなでつづけた。九十九さんも自分の手で髪の毛をなではじめた。とろんとし、まぶたを薄くあけている。わたしたちは二人、両方の手を重ねてすっかり元通りの髪型に戻した。そうそう、とわたしは思っている。夫婦ってものは、たぶん、こんなものの延長でしょうからね。九十九さんが入院でもしたら、わたしが坐薬《ざやく》を入れてあげるよ、寝たきりになったら、ホットタオルで毎日からだを拭《ふ》いてあげるよ、それくらいするよ、といいひとになったみたいに、胸のなかで言っていた。口に出すと、約束したみたいに思われて困るので、あくまでも胸のなかにおさめることにした。
そのままずるずると朝になった。
雀《すずめ》が鳴いている。天気のいい日の鳴きかただ。
九十九さんが寝床から出て行こうとするのをわたしは何度も引きとめた。
「いいじゃない」
と。
「急ぐ用事はなんにもないじゃない」
どうせわたしたちには差し迫った予定はない。このまま何日間かは、ねてくらしていてもいい。
「でも」
と九十九さんは言った。
でも、のつづきはなかった。
がらがらぺっ、といって九十九さんはうがいをしている。それから、庭に水を撒《ま》いている。わたしは障子を細めにあけてみる。ねころがったまま、すきまから空を眺める。からだいっぱいに、朝陽が落ちてくる。
たまにこうして、すこぶる晴天のときがあるものだ。するとやっぱり、洗濯をしたいなだとか、魚を干したいなだとか、前向きになる。
こういう暮らしがこれから何年もつづくのだ、としたらどうだろうか。九十九さんが死ぬまでつづくのだ、としたらどうだろうか。それより九十九さんはいつぐらいには死ぬのだろう。
目が覚めて一時間経ってもわたしは寝床から出て行かない。畳の匂いが新しい座敷だ。床《とこ》の間《ま》がある。一輪挿《いちりんざ》しにはなにも挿さっていない。
九十九さんも、どう起こしていいのか、遠慮しているのか。まるで起こしに来ない。一人でごはんを食べている気配もない。ただひたすら、家事をやっている。おとなしい。ああなんて貴重な人種だ。枕に顔をうずめる。バニラエッセンスの匂いがする。九十九さんの荷物には、お菓子の本が何冊も入っていた。ジンジャークッキー、好き? と訊かれ、なにそれと思った。しょうがのクッキーだよ、と教えてくれた。ええ、ええ、なんでも好き好き、とわたしはぞんざいにこたえた。あのひと、きっともう子種はないだろう。それはわたしにも楽だ。起きたくない。起きられない。どっちにしろ晴天なのだし、このまま気の済むまでねむっていてもかまわないだろうか。
とうとう昼になったらしく、けれどもわたしはまだ寝床のなかだ。まだ起こされない。すずめばちの駆除に来ましたあ、という声が垣根のむこうからする。役場のひとらしい。わたしは再び眺めようと、障子のすきまをさらに一センチほど広め、目玉を近づける。九十九さんの息子ではなく、としよりだった。二名も、来た。役場も暇なのだろう。二名とも、銀縁《ぎんぶち》眼鏡をかけ、作業服で颯爽《さつそう》とやって来た。直径三十センチはありますねえ、と健康そうな声で言う。ダボダボにさがったズボンのお尻が見える。襲われたらたぶん、死ぬ。すごいから、すずめばちのハリは。まあ、こう見えてもそのへんのとしよりとはわけがちがうよ、何年駆除やって来たと思うの、なんて自慢している。九十九さん、あんた、いまなにしてんの、と訊かれ、ふきん絞ったのを干している、と九十九さんがこたえている。いいや、どんなしごとしてるんだって訊いてるんだ、え、退屈してんじゃないの、と問いつめられている。
いえいえ、なんて九十九さんは口を濁している。そうしながらも、台所と行ったり来たりし、まあ、一息入れて、お茶でもどう、なんてとしより二名に言っている。うん、あとでな、もうちょっとやってからな、と、としより二名は声を張る。九十九さんをちょっとこばかにしたような口調で。
としよりたちの会話は、叫ぶように、おおきい。ああわたし以外は、働いているのだ。男たちは、としよりたちは、働いているのだ、ざまあみろ。わたしはなまくらだ。すみません。一人で、くるくる思考をかえて、遊んでいる。
わたしは障子をしめ、畳のうえを這《は》って、寝床に戻り、手足を伸ばす。すずめばちを追っ払ったって、どうなるものでもない。刺されたら痛いだろうが、あんなもの、ほうっておけばいい。わたしたちには先々のことなんてどうでもいいじゃないか、九十九さん。噴霧器のしゃあしゃあいう音がする。ああ、そっちのほうはかけないでください、魚を干してるんだから、と九十九さんが珍しくおおきな声をだしている。なんかの魚を半日干ししているのだろう。その干し魚をおかずに、わたしとごはんを食べるつもりだろう。この町の魚はなんだって新鮮なので、蝿《はえ》はたからない。銀色にきらめく潮の香りする干物をわたしは思う。おいしいねって言ってあげよう。
食欲はわいている、けれど、起きあがるのはまだ、どうしても嫌だ。けだるく、太腿《ふともも》の内側をなでる。湿り気がある。まだわたしのからだは若いらしい。
目をとじ、九十九さんとあくまで頭のなかでの性交をしてみる。うす暗い、曇ったぐらいの空間で、どんより、ゆっくり、どっちの力ともいえないもののなかで揺れている。うしろ向きになって、おしくらまんじゅうのようにしてみる。あ、いいかんじだ。わたしが主にうえになれば老体へ負担をかけずにすむだろう。
新しくここに住むのか、九十九さん、と役場のとしよりが問うている。こたえはない。そうだ、説明のしようがない。しなくたっていい。してもいいが、しなくてもいい。だれにも説明なんかしなくていいのだ。わたしは寝床のなかで九十九さんの加勢をしている。黙っているんだ九十九さん、と応援している。九十九さんが力いっぱい水を撒いているようだ。黙ってろ、わたしたちの暮らしに介入するな、すずめばちを退治したらすみやかに去れ、というような水撒きだ。そうだ、そのへんのとしよりのへなちょこよりよっぽど九十九さんは腰が据わっているのだ。やっていけるかもしれない、いけないかもしれない、やってみなければわからない、とわたしは寝床のなかでうすら笑いをしながら思っていた。まだ起きる気はしなかった。九十九さんが辛抱を切らした顔をのぞかせるまで起きないつもりだ。
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富士額
どうしてわたしはお相撲さんとベッドを共にしているんだろうとイヅミは思った。どうしてもこうしてもなく合意のうえでラブホテルにまでついてきたのだった。部屋のなかのどこにも桃色とかオレンジの彩りは見当たらず、いたって地味目、ベッドもなんの細工もないシンプルなダブルだ。窓が、曇り色のトタンでふさがれ、見えないようにしてある。壁のいたるところ、結露の染みができている。天井のつるつる丸い真っ赤な火災報知器がかわいいなとイヅミは眺めた。
「なに考えてるの」とお相撲さんが枕に横たえた顔へ笑いを浮かべて訊いた。
「腕枕してあげる」とイヅミの頭をもちあげて項《うなじ》のしたに自分の太くてかたい腕を滑りこませた。
「おおい、遠慮するなってぇ、力抜けってば。頭もちあげてたら逆にきついだろぉ」
にっこりと笑顔ながら、言うことやることは逐一押しが強く、先を急いでいる。
彼は仰向《あおむ》けの体勢にはならない。鬢付《びんつ》け油でかためた髪の形を崩さぬために。間近で見ると、痛そうなくらいピッとひっつめてある。きれいに櫛《くし》が通っており、その形はみじんも歪《ゆが》みを見せていないし、ほつれ毛もない。ほほう、手仕事の素晴らしさやねぇ。おれは下っ端だって卑下するけど、こんなふうにちゃんと床山さんとやらに結ってもらっとうやん。いいやん。と、イヅミは内心、褒めていた。
「なんか話してよ」とお相撲さんは言うが、「ほら、あの、あれさ」すぐまた自分から話し出した。「なんだっけ、ど忘れしたなぁ、あの行司が持ってるやつ」額をぴしゃりと叩く。くっきりとした富士額だ。
男で富士額というひとってわりかし多いな、そういえば。女子に人気のあった元気ハツラツの体育教師──定規で測ったみたいなスポーツ刈りで、いつもジャージの襟を立てて着ていた──も、生えぎわが富士山の形をしていたぞ。あれ、あの教師の名前はなんだったっけ? ……一学期の終業式以来、イヅミは学校へ行っていないので、学校にまつわるいろいろを遠目で観る風景のようにしかかんじられなくなっている。イヅミはただ夏休みを延長しているだけなので、自分ではそのつもりなので、うしろめたさはない。
「軍配だ」とお相撲さんは細い眼を更に細めた。
それきり話が先にすすまない。イヅミはしばらく待って、彼のおちょぼ口、口からのぞくシャチみたいな歯並び、などをまじまじと見ていたが、
「で。それがなん」きつく尋ねる。
「ああ、うん、売店にさ、売ってるものってさ、たいてい軍配の形してるよなと思って。せんべいも、手ぬぐいのマークも、幕の内弁当も。おもしろいなと思って……」
売店とは、九州場所の行われている国際センターの、一階にある、イヅミがバイトしていた先のことだ。歳を大幅にごまかしてやっていたが、最後の今日までばれずに無事済んだ。雇われ人全員、雇い主から大小のお皿セットをもらったけれど、確かにそれも軍配の形をしていた。
「なんか話せってばぁ。陰気なの嫌いなんだよおれ」
脇腹をつつかれた。イヅミはひゃっと声をあげた。
おもしろがってどんどんつついてくるのでイヅミはふくれっ面になった。するとますますお相撲さんは調子にのってきた。ひゃっ、ひゃっ、という声が喜んでいるようにでもきこえるのだろう。イヅミは辛抱して無表情をつくった。そして言った。
「お相撲さんって、大勢のひとの前で、お尻を出して恥ずかしくないんですか?」
我ながら中学二年生らしい意地悪な質問だと思った。
「───」
気を悪くしたのだろうか。だったらやったねとイヅミはやっとせいせいした気分になった。そのとき、
「だって、ユニフォームだから、あれがおれらの。だって……恥ずかしいとか思うほうがおかしいよ」
お相撲さんのこたえは、終始、のろかった。
今日八時間いっしょにいて、ほんとうにくたびれたわというのが率直な感想だ。
まず、彼の取り組みが夕方前のあかるいうちに終わって(勝った)、それから二人で中洲の町へ繰り出した。彼は上背がかなりあり、もちろんむっくり肥えていて、着物姿だし、髷《まげ》も結っているしで、いかにも力士なのだった。場所中に力士が福岡市内をうろうろするのは珍しいことじゃないとはいっても、やはりちろちろ好奇の目で見るひとが大半だった。イヅミだって、なにを着て御供《おとも》していいかわからなかったので、卵色のサテンのドレスと真珠のまがいもののネックレスという、へんに目立つ装いをしてしまっていた。バイトが終わってトイレでただちに着替えたのだった。
交番の前を通るとき、ちょっと身構えたが、手をつないだカップルになって朗らかな笑顔をつくっていると、なんにも言われなかった。あらわたしは社会人に見られている、立派に通用する、とイヅミはちょっぴり誇らしかった。もう別に学校へ戻らずにこのまま生きてゆける気さえした。すぐさま、そんなにあまくいくもんかいっと自分に突っこみをいれた。
肩がふっとばされたのなんのといちゃもんをつけてきた若者が二名いた。喧嘩《けんか》が始まるかなとイヅミは待っていたが、なにも起こらなかった。向こうはやる気だったみたいだけれども、お相撲さんが空を見るようにうえばかり向いて、どすどす先を行くので、呼び止めようにも笑いがこみあげてしょうがないというふうだった。
映画館へ行き、馴染《なじ》みだという中華料理屋に入り、それからこれも馴染みだというゲイバーへ行った。どこへ行っても彼は、四股名《しこな》にちゃんづけで呼ばれていた。東《あずま》ちゃん、と。
イヅミは売店のおばちゃんの話を思い浮かべる。
「勝つときゃ勝つばってん、根気がないけんウエにはあがりきらんもんな、東ちゃんは。おばちゃんおばちゃんて、気さくに話しかけてくるし、やさしいし、あたしはあの子がいちばん好いとうが、相撲とりがやさしいってのは、良くないったい。あんたもう二十六やし、十年やってそこまでなんやから、すっぱりあきらめて田舎に帰って、良か嫁さんもらって安泰に暮らしんしゃいってあたしは言いようっちゃけどねぇ」
九州場所のたびに売店をまかされるおばちゃんは、下っ端の力士たちになにかと声をかけては、店の物をそっと後ろ手にくれてやり、長年にわたって慕われているようだった。イヅミと東ちゃんのキューピッド役になったのも、このおばちゃんであった。
「あの子は付け人もしとるが、まあその話がかわいそうったい。ばかでかい関取はくさ、御不浄《ごふじよう》んとき、しゃがむのもよう自分でできんげな。だけん付け人が二人がかりで抱えて、やらすとげな。うしろに倒れても自分一人じゃ起きあがりきらんげなよぉ、おかしかぁ。自分で自分の尻を拭《ぬぐ》えんもんやけん、仕方なかろうもん、あの子ら付け人が拭《ふ》いてやらんば、なぁ」
ほんとうかどうかはどうでもよく、なにより初めて触れた世界のおかしみかなしみが、イヅミには新鮮だった。いまごろ学校じゃあ秋の遠足だの読書感想画のコンクールだのの時期だけれど、はるかにいまここにいるほうが意義あることに思えた。
お相撲さんに十四歳という年齢はちゃんと明かしてある。ぽけっとしていた。「おれと同じくらいに見えるじゃん。老け顔ってことかぁ」と笑ったり、「苦労したんだなぁ」と、からかいらしいことも言った。自分のしようとせんことが少女への猥褻《わいせつ》行為にあてはまるかもなんて構えはないのだった。そこにイヅミは、「飄々《ひようひよう》としていてなんかかわいい」というふうな好感をもった。なぁんにも考えとらんのだ。憎めないじゃないの。
わたしはまだ未熟だから要領を得ないし、なにかとお気に召さない点もありましょうが、根気や意地はあるから、ここまできてだだをこねるつもりはありませんよ、という態度でいるイヅミなのだ。とたんにしくしく泣いて被害者を装ったりする気は、毛頭ありませんよ。
お相撲さんはさらさらした木綿の膝丈《ひざたけ》パンツを穿《は》いている。女のひとが妊娠したときにできる稲妻みたいなギザギザの、妊娠線という白いひび割れが、このひとのおなかにもできている。
お相撲さんはふつうに歩いていても、椅子に座っていても、しゃべっているときもいないときも、こういう場面でも、ふうふうとすごく荒い呼吸を口と鼻からいっぺんにする。
こんなに肥えているが重くはない。こちらにのしかかってはいても、自分の体重は自分の膝や肘でちゃんと支えてくれている。それがかなりの重労働らしく、分厚いからだのあちこちから肉汁のような汗が滴って、びちゃびちゃだ。
イヅミはドレスのファスナーをおろされて肩から胸までが剥き出しになった。つるりとドレスが滑ってゆくので、慌てて手で押さえた。もう片方の手で、波打ったシーツをつかみ、お相撲さんの汗をぬぐってやった。鬢付け油の匂いがぷうんとした。
「なんか飲む?」お相撲さんはたびたび休憩に入る。
いらん、とイヅミが首を振ると、じゃおれも、と結局なにも飲まない。中華料理屋でも小食だった。
外は雨の気配だ。見えなくても空気の湿っぽさと匂いとでイヅミにはわかった。イヅミは眠くなっている。十時半には床につく習慣ができているのだ。ふたたびお相撲さんが興奮状態に入り、唸《うな》る。ふん、ふん、と言い出す。稽古場風景で、柱と奮闘している力士たちの、あの声とおんなじだ。イヅミはブラジャーをたくしあげられた。ぽろんと姫りんごみたいな小ぶりの乳がのぞく。それをお相撲さんはじっと見ている。見ているお相撲さんをイヅミはじっと見る。お相撲さんは案外、機敏な動きで、さっさと次の行動へ出るが、ひとつのことに集中するとあとはなにも頭に入らなくなる。キッスをすれば手が止まる、右手を使えば左手は遊んでいる。
キッスは、ものすごい吸引力なので、イヅミは溺《おぼ》れたひとみたいにあぷあぷしてしまう。もがく。唇がかさかさになってしまい、足の先でドレスを捜し、ポケットからリップクリームをとり出して、そっとつけた。そしてあとは目をずっとつぶった。ベッドのへりにごちんごちんと頭がぶつかる。
……「まー、こちらのお嬢さん、えらくおめかししちゃって。お家にあるアクセサリー、ぜんぶつけてきましたわって格好ね!」と言ったのだ、あのゲイボーイは。「彼女ぉ、なんでぜんぜん笑わないのよっ。あ、もしかしてセーカク暗いほう? 当たりでしょ!」
学校にもああいう女子がいる。軽い冗談のつもりで言ってみせているんだろうが、きつい。でも、こころに非常に大事なものをもっているらしくて、真面目ではある。なにか、いつもぴりぴりした空気をふりまいている。
どこにでもいるもんだなとイヅミは思った。ずっと笑ってなきゃいけないって雰囲気を強制するひと。ゲイのひとを見るのは初めてやったけど、なんも新鮮さはかんじんやった。たぶん、商売だし、すこしおおげさに演じてみせているのかもしれない。でも、突然オトコの本性を現してみせて、「てめぇコノヤロウ」だのなんだのと巻き舌でまくしたてて客を笑わす、って方法、なんかただ痛々しいだけやった。ああいう世界はあれなりに居心地いいかもしれんけど、わたしはちらっと覗《のぞ》いてもう結構だなぁ。
あとイッコかニコ、短期のバイト経験して、そしたらちょうど冬の制服の時期になる、新しいマフラーと手袋を買おうっと。指の一本いっぽん、赤とか黄色とか緑とかのカラフルな手袋、去年運動場でなくした。ああいうのなかなか売ってないもんなぁ、お店をまわって捜してみようっと。学校に行くのはそれからぐらいにしようっと。出席日数足りんでもし一年ダブったって良かよか。中学校に退学はないもんね、義務教育やけん。
イヅミの頭のなかに、ぱっとスケジュール表が出現した。最近のことばかりだけではなく、この先十年くらいはおおまかに計画が立ててある。「中卒がかっこいい」とか。「洋服屋さん、果物屋さん、煙草《たばこ》屋さんなどをチェック。16歳、商売の仕方をあちこちで習ってみる」とか。「自分の世話は自分でね。17歳、家を出る」とか。
「あ。煙」とイヅミは呟いた。「煙じゃないや。湯気かな」
お相撲さんの皮膚から立ちのぼっている。特に背中あたりから、もあっと。餅《もち》をついたときに出るのとよく似ている。
東ちゃん。東風関。イヅミは四股名をちいさくちいさく呟く。
東風《こち》吹かば匂ひおこせよ梅の花……なんてのが国語の副読本に載ってたぞ。これは呟かない。
「あ」と東ちゃんがすっとんきょうな声をあげた。いかにも思いがけないという「あ」だった。
イヅミは太腿に妙なほとばしりをかんじた。内股がひやひやする。なにこれ? とびっくりしたが、口には出さなかった。泣きべそを掻《か》きかけたが顔には表さなかった。ふだん人目にさらさないこんなところが濡らされた、ということが、なぜか、家にはもう帰れない娘という思いにさせる。
東ちゃんは、愕然《がくぜん》、というにふさわしい体勢のまま動かない。
「もう済んだ、の?」
イヅミは正直な思いで訊いた。こたえはなかった。服、着てもいいかなぁ。イヅミはベッドのうえで正座し、しわだらけのドレスを膝に拾いあげる。ネックレスも。雨が大降りになっている。寒い。
ドレスを身につけるとイヅミは、棒切れのようにころんと転がって、「すこし眠らせてちょうだい」しずかに言った。そしてシーツを繭に包まれるみたいにからだへぐるぐる巻きにし、すうっと眠りに入った。
……「イヅミさぁん、このままでいいのぉ」「がんばれとは言わない。わたしたちだってその気持ち、よくわかるもん。ただ、ここから出ないとなんにも始まらないのよぉ」と言ったのだ、あの女のひとたちは。
両親の、知り合いの娘さんとその友達だという、むかしわたしたちも不登校してましたなんて女たちが、ふすまにぴたっと口をあててやけにフレンドリィな声をかけてきたのだ。
ふすまに、ひっかけるタイプの鍵を取りつけ、夏休みじゅうエアコンの効いた部屋で涼んでいた。食事やトイレなんかは夜にまとめて済ました。だれとも会いたくなかったし、遊びたくもなくて、すきな漫画を読み、自分でも描いた。化粧をし、ひとりでファッションショーをした。いつか商売をするためのいろいろを図にしてより明確に未来を見つめたりもし、自分なりに充実していたのだったが、そうしたらふすまの向こう、外では、抜き差しならぬ空気がはりつめていたのだ。
「イヅミちゃあん」女親が、よそゆきの高い声で呼ぶ。
ふすまの透き間からのぞいてみる。水をかけられた兎のようなものが二個、階段のはじっこにいる。似た者夫婦で、見た目も、精神も、ふたりでひとつというかんじ。前から親なんて頼りにならないと思っていた。しゃべっても、しゃべっても、「おまえがおかしい」と聴く耳をもたない。言葉で伝わらないなら、奇声をあげて抵抗するしかない。悲劇的になってゆく母親を、おろおろするばかりの父親を、しっかりしてくれよもうと思わず階段から突き落としたら、それが暴力ととられた。「うちの子は変わった」とおおげさになったのだ。変わったんじゃない。もともとこうだったじゃないか。
娘さんたちが、「ココロノトビラ」と題される、不登校児の詩集をふすまの透き間から滑りこませてきた。
手を差し伸べられたらおしまいだぞと自分に言いきかせ、ふつうの態度でふすまを開けて、脇をすたすた通り抜けた。わりかしきれいな娘さんたちだったけれど、印象が薄く、たちまち消えた。
ふすま一枚、これが越えられなかった、この子はそれをいま成し遂げたのだ! という、押し殺したような感動が、あたりの空気を澄んだものにしていた。久しぶりにまともに直視した青空は、ちいちゃな刺《とげ》が目玉にチカチカささるかんじで、ほどよい痛さだった。背後で、娘さんたちが、「いいんだよいいんだよ」と言っていた。なにがいいのかさっぱりわからなかった。「早くはやく」と女親がなにかをやたらに急ごうとしていた。親はいつだって、早くはやくだ。他人はいつだって、いいのいいのだ。外に出りゃあいいのかよ。ああ出てやる、ずんずん出てやるよとアルバイトをやり始めたら、これはこれでまた親どもの悩みの種になっているらしい。
イヅミは目をこすって、寝言らしく言った──「もうすこしゆっくりさせてほしいだけやったのになぁ」。
中途半端に朝がきていた。薄墨色の空だ。木が濡れて、しめった匂いをふりまいている。アスファルトの道はしっとり黒い。街灯にはまだライトが点《とも》っている。ラブホテルを振り返って見たら、かなり古くて、看板がみすぼらしくかけてあり、ホテル倉敷なんて名だった。
こんもりした木の茂みまでくると、大人のビデオショップという店があった。看板だけは目立っておおきく、ビカビカに光っている。そばに誘蛾灯がつっ立っていて、蛾が無数に羽ばたいており、高熱の電気にひっかかっては、ジ、ジ、と焼けて落下する。
お相撲さんが、言った。
「東京に帰ったらなんか送ってやる、なにがいい。いま考えろよ、一つや二つすぐ思い浮かぶだろ」
霧が濃い。雨との区別がつかない。目に入ってくる。タクシーのつかまるところまで、二人はとろとろ歩いている。さっき──とイヅミは思う。このひとも、からだを丸くして、くうくう寝息を立てていたっけ。わたしはぼんやり見ていた。指で肉を押したりした。ふわぁっとからだの内側が暖かくなってゆくのが自分でわかった。なんだろう。どういう感情だろう。いとおしいとでも言うんだろうか。お相撲さんのスネにゴム製の包帯が巻かれてるのに気づいた。初めて気づいた。見ていたのかもしれないけど気にとめるまでもなかった。傷だらけになるのはしょっちゅうだよ、とそういえばずうっと前、まだ挨拶を交わす程度のときに、言ってたっけ。ひとのことはどうでもいい。わたしはそういう人間らしい。わたしにはいたわりとか思いやりとかが、あんまりないらしい……。
林がまっすぐつづく。
イヅミはぽつりと、あかるめに、こたえた。
「じゃあ、番付表。部屋の壁に貼るから」
「へん、そんなんでいいのか」
お相撲さんはいつの間にかメガネをはめていた。
どんな顔をしていたっけ?
ああこんな顔か。
そして次の瞬間には忘れてしまう。
のっぺらぼうの顔、岩石にただ刻みがあるだけみたいな顔。しかしそのうえには、富士額を境にしてうえには、つやつやと光沢を放つ髪の流れが、ちっとも形を崩さず、載っかっているのだった。あっぱれ、だった。イヅミは素直な言葉が出た。
「すごいねぇ、やっぱり」
お相撲さんは別のことを考えているようだった。
人間がすっぽり隠れるくらいの、見通しの悪い、木の枝が伸び放題の空間にきて、最後のキッスを、などと迫ってき、イヅミがいままでになく恐怖してちいさな悲鳴をあげると、顔全体をがっしり手のひらでふさいできた。その所作に自分で驚いたお相撲さんは慌てて手を離した。おたがい、気まずいものが一瞬流れたので、はにかんだ笑顔でごまかした。そして、お相撲さんは、今度はへりくだってしゃがんで迫ってきた。イヅミは唇を噛みしめ、目をしっかり開けて、棒立ちでいる。メガネが目の前まできてもイヅミは凝視していた。レンズを覗くと、すこしくらくらした。お相撲さんの唇は青のりの匂いがした。いま初めて気がついた。
満足したらしいお相撲さんは、ほんとうにうれしそうににっこりした。
「こけないように」
ぐいと手をつないできたが、こんな舗装された一本道、こけるわきゃない。
「短気を直せよ」
これもひとこと多いように思われる。
そして最後まで彼はノタノタまだるっこくしゃべっていた。別れのせりふを決めたいようだった。未練を残したいのかもしれなかった。
「おれの顔を見たけりゃ、次の場所がテレビで放送されるとき、花道のところで関取を待ってるから、ちらっと映るから、それを見ろよ」とか。「でも、相撲やめたら、出ないけどな。やめないでほしい? やめたらさ、おれ、ちゃんこ鍋屋しようと思う。だって……それぐらいだよ、おれみたいなのができることって」とか。
別れの言葉といったって、イヅミには明日の天気のことくらいしかなかった。九州が雨だと、次の日、東京も雨になるらしいよ、と。うそつけ、とお相撲さんはまたキッスしてきた。
タクシーのなかでイヅミは腕を組み、目をつぶり、からだの力を抜いて揺れに任せていた。海水浴のあとのような疲れだった。鬢付け油の匂いがまだ鼻の奥の粘膜にこびりついている。運転手さんが、ラジオはうるさくないかと訊いてきたので、うるさくないとこたえた。流れているのは、今日の天気予報やら誕生日占いやらいうものだった。ゴム手袋をはめたかんじ、あんな窮屈さがからだ全体を覆っていて、どこかまだ不自由なかんじがしており、目をつぶっていても眠気はなく、揺られたまま、こらえている。
イヅミは頭のなかですこし先の未来を想像した。青空のもと、家庭は平和で、父親は強く、母親はしおらしく、家中のどこのふすまも破れていることなく張りかえたばかりのように真っ白で、自分はふつうの中学生、規則にひっかからない程度に制服をおしゃれに改造して着ており、親友もいるし、親友じゃなくても話し相手ぐらいの級友ならいっぱいいる。お相撲さんに知り合いがおるっちゃんと言えば、うそやろぉと笑ってくれるのだ。──そんな、なんでもないような、でもなかなかに難しい未来を。
番付表は律儀に送られてきた。ガガンボが縦にぺしゃんこになったみたいな字がぎゅうぎゅうづめに並んでいるなか、東風の四股名もあった。ついでに、だるまの縫いぐるみまで送られてきた。そのだるまは、はちまきをして、眉毛が太く、無愛想でちっともかわいくないし、不安定に揺れるので、枕にもならない。
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タンポポと流星
成人式、どうせその日だけにしか着ない振り袖なので、貸衣裳にした。代わりに、おばあさんになっても着られるような、裾《すそ》にとんぼがいっぴき舞っているだけの茜色《あかねいろ》の地味な訪問着を、いらないと断ったが両親は私に買い与えた。当日、みぞれが降り、式の行われる国際センターの、前の広場では、女の子たちの頭にぶらさがった髪飾りや、まっしろの羽のショールが、濡れて無残にぺしゃんこだった。傘をさしているひともいるけれど、横からの突風で骨がむき出しになり、慌てふためいていた。それでも広場にふんばっているのは、なつかしき友の顔を見たいがためらしいのだった。ひさしぶりぃ。元気しとったあ? いま何しようとぉ? と、うわずった声があちこちから湧きあがっている。どのひとも頬や鼻の頭が真っ赤だ。背景に荒れた海がのたうち、みぞれにも風にもべたつきがかんじられる。手についたしずくをなめてみたら、しょっぱかった。
「おまえのは貸衣裳やけん、濡らすといかんやろう。なか入っとこう」
と嬉野毬子《うれしのまりこ》が言った。
このひとは、やたら私に「貸衣裳」を連発してくる。あたしの着物は買ったもので、おまえのは借りたもの、そこのところをはっきりしておきたいらしかった。そういう格差は、声を大きくして言いつづけようとする。それが長年のつきあいであるこの女性の性格だった。
「おまえ、気づいとう? あたしら、浮きすぎって」
ロビーのソファーにどっかり幅の広いお尻を落ち着かせ、足を組んだ毬子は、私をにらんで見あげている。光るウコン色に鶴や亀甲柄《きつこうがら》の派手に描かれた、ぎょっとするような振り袖と、まぶたのアイシャドーが金のラメ入りなので、全体に錦鯉《にしきごい》っぽい印象だ。
「だいたいさ、おまえ、どこの美容院に行った」
毬子はいらいらとし、足を組み直して訊く。裾からのぞいたすねの肉には白足袋が食いこんでいて、皮膚に脱毛処理のあとの赤い斑点が見られた。
「髪切り虫ってとこ。近所のおばちゃんも子供もたいていみんなそこ行く」
私はしめつけられて苦しい帯のあいだに指をいれ、立ったままの姿勢でこたえる。
次第に、国際センターのなかへ入ってくるひとも増えてき、そのたび、毬子はちらちらと目を向けるが、私たちふたりのほうに近づいてくるなつかしき友というものは、まだひとりもいない。毬子の興奮はからまわりをしつづけ、いらだちは私へぶつけられる。私はコーヒーを買いに行かされた。
帰ってくる私をうえからしたまでにらんでいるから、
「……何《なん》でしょうか」
と下手にでるかんじでお道化まじりに訊いてみると、私の手からコーヒーを奪いとり、
「おまえさあ、遊女みたいやん。やめろ、その歩きかた」
と言った。
私の借りた振り袖は、まったく模様なしの深紅で、帯は白銀色だ。髪切り虫の店員が、しだれ柳をイメージしたとかで、帯をほどけかかったみたいに垂れさげた。おまけに襟足あたりでくくった乱れ髪、首にはおしろいをはたき、自分でもいつの間にか歩きかたが、しゃなりしゃなりと艶っぽくなっていたのだった。照れ笑いしている私に毬子はまるで笑顔を返してくれず、そっぽを向いてコーヒーをすすり、貧乏揺すりをし、ああ煙草吸いたかあ、と呟いている。
嬉野毬子のことを、いままで私は毬子さんと呼んできた。むこうは、灰田、と私の名字を呼び捨てか、おまえ、だ。出会った小学校高学年時代から、主従関係は決まっていた。
幼稚園もいっしょだったらしいけれど、私は覚えていなくて、毬子だけが覚えている。彼女は、表紙に「灰田未散《はいだみちる》」と私の名前のラベルを貼った、私専用のアルバムを持っているという。幼稚園の花祭りでは、甘茶をすする私の横顔がひょっとこみたいでおかしいだとか、お楽しみ会では、スモック姿で頭だけつるっぱげのかつらをかぶったチンネンという食いしん坊の小坊主役の私の、穿《は》いている毛糸のタイツが、ずいぶんずんだれているだとか、言うには言うが、それらを私には見せようとしない。いずれ時期がきたら見せてやるよ、とのことだ。おまえは三歳も四歳も五歳もいまも、ぜんぜん顔が変わっとらんなあ、と、ひとりで言ってたのしんでいる。
毬子は写真魔と言っていいほどで、撮られるのも大好きである。私はことあるごとに毬子のスナップ写真を撮らされてきた。ぶれていたとか、右からのショットと言うのに左から撮りやがって、と怒られ、すっかり写真撮り恐怖症になってしまった。きょうは、ここまでくるタクシーのなかとか、道に立つ姿とか、たまたまそこにいた背の高い男のひとがよそを向いているうちに、毬子と並んだみたいにしてきれいに入るようにだとか、フイルム一本分撮らされて、やっとお許しを得た。
成人式はわけがわからないまま終わった。出口で記念品の袋をもらい、早速ひらくと、黄金色の金印(倭奴国王印という文字が刻まれている)をかたどったカプセルのようなものがでてきた。なかは朱肉だった。
そそくさと帰りたかったのだけれども、嬉野毬子が、「ヤッホー、お元気ぃ」とはしゃいだ声をあげ、小中学校の同級生のカタマリを発見して突入した。カタマリにどよめきが起こり、女性特有の金属を引《ひ》っ掻《か》くような高ぶった声がわきあがるなか、私も一気に飲みこまれていた。そしてすみっこでもじもじしたり、ひとの話をきいているようないないような顔をしたりと、退屈に耐えていた。
クロワッサンみたいな髪に結ったどこぞのおばさんが、笑顔で手を振りながら小走りに接近してくるなあ、と思っていると、「ハイダミチルやろ。変わっとらんねえ」と肩をどつかれた。その同級生の女は、嬉野毬子のほうにきこえないよう私の肩を力強く引っぱり、肘でつつき、ぷっと吹き出してから、
「あんたたち、まぁだくっついとったとぉ」
と声をひそめて、ひやかした。
二次会をするからおいでと毬子が何人かのはしゃいだ声に言われ、行くいく、灰田未散もね、と返している。
私は行きたくなかった。家に帰って着物を脱いだらすぐお風呂に入り、化粧や髪にこびりついているスプレーをとって、あとはポン柑《カン》でも食べたかった。
でも、無理だ。中卒ですぐ出産した子とかには、おとがめはない。子供がいるので早々家に帰らせてもらえる。コイビトとふたりっきりになりたいひとも、しかたないやつらめ、という目でからかわれながら、ラブホテルへ直行していけた。きょうは、ホテル側も、脱がされた振り袖を元通りに着付けてくれるおばさんを用意してるらしいよ、へえ、と、コイビトたちがいなくなったあと、その話で盛りあがったりしていた。
用事のないひとは、もうかならず二次会へ行かなければならないという雰囲気になっている。こういう集団のなかにいると私は自分の意志をすっかり消して、ぼんやり従っているしかない。
二次会のため借りきってあるというバーでは、入り口で一万円もとられ、一メートル七十センチはある毬子の背後に隠れるようにして店内をうろついていたら、おおまたでちょこまかと早足の毬子とは間もなくはぐれた。
そこへ私よりチビスケだったやつが、酒びんとグラスを持ってそばへきて、いまもまだチビスケのまま、私を見あげてなにか言おうとしたけれど、私は視線を合わせない。タコ坊主が、とチビスケが吐き捨てる。水泳の時間、息つぎをするときの顔が私はタコそっくりだったのだが、まだ覚えられていたらしい。クラッカーが鳴っている。指笛が鳴っている。シャンパンのコルク栓が飛ぶ。デブッチョで、ハードル跳びをするときおっぱいがぶるんぶるん揺れていたやつが、いまはすこし痩《や》せて、自信がついたのか積極的にそこいらのオンナに声をかけている。
私は早くこんなところから抜けたい。
と、なにか視線をかんじると思ったら、初キッスの相手の男子であった。このときばかりは私も、「おっ」と声をあげかかった。私は彼を見つめ、彼も私を見つめ、周囲の音楽や声が一瞬、消えた。
すっぱい汁めいたものが胸の奥からしぼり出される。頭のなかに、彼の住んでいた団地の自転車置き場での夕暮れどきの情景が広がる。いっしょに下校するようになってから四回目か五回目ごろ、彼は私の体操服入れの袋を持ってくれ、ひとけのない道で、口を尖《とが》らせすねたような表情で、「あのう、自転車買ったっちゃん、見に来るや」と訊いてきたのだ。薄暗い自転車置き場で、一回唇を強くつけ合った。それだけだけれど私のほうはすごく悪いことをしたような、暗い、罪つくりな気分に陥った。彼の鼻からでる息がやたら大きくて、それを彼がまるでおさえようとしないのが怖かったことを、よく覚えている。肩を抱かれそうになり、これ以上なにをされるのか予想もつかず、ただ不気味で、ごまかしの愛想笑いをしてから徒競走のように歩みに力をいれ慌てて帰ったのだった。
それから、彼からかかる電話もまるでくだらなくかんじられ、「いま何《なん》しよったと?」に、「息」で会話を終わらせていた。だんだん存在自体が疎《うと》ましくなり、これっきりにしてくれということを伝えた。学校ですれちがうのもいやで、姿が見えるとぎょっとして遠まわりし、むこうも私を憎み出したようだった。確か、卒業まで無視し合っていたように思う。
丸坊主の中学生だったあの彼が、髪を伸ばし、パーマなんかあて、でも顔は、あまり変わらない。背も思ったより伸びていない。ネクタイをしているのが、なんだか笑える。背広の肩が落ち、袖《そで》が長い。制服のときも大きめを着ていた。どうせすぐ成長するからとそうしたらしいが、あまり成長しなかったのだった。袖口を指で握りしめてそれを口元へ持っていき、甘えん坊さんみたいな上目遣いで笑う癖は、むかしのままだ。近所に住んでいた悪ガキがまじめぶった姿に成長したのを見たような、おかしみを含んだなつかしさである。
「灰田ぁ」
と、嬉野毬子が私の帯を強くつかむ。がくんとのけぞる。毬子はたいへん御立腹《ごりつぷく》の様子だ。
「くだらん。成長してないやつばっか。こんなとこ、十分も居《お》れん。でようじぇ」
ミラーボールのあたりかたによって、毬子の顔のうえに楕円形のしみができ、次々とよぎって行く。
「長崎ちゃんぽんに行こうや」
おら、もたつくな、と私の袖を引っぱり、出口へすすむ。
奴凧《やつこだこ》みたいに前のめりの私は、ふり返り、ためらいつつもちょこんと彼に頭をさげた。するとむこうも、穏やかに目だけであいさつを返してくれた。私は、これですっかりわだかまりがとれたとは思わないけれど、むこうが、「うん、良かよか、過去のことは許しちゃあじぇ」というようなかんじだったので、滑稽《こつけい》だった。許してもらうようななにか悪いことをしただろうか。思い浮かばない。私はただ自分からふっただけなのだ。嫌いになったらそれはもうことばで早めに伝えるしかない。
「なにうっとり見つめ合っとったとね」
タクシーのなかで毬子は私の顔を覗いた。
「むかしのオトコと、目で合図しよったやろ」
私は黙っていた。
「ちょっとかっこよくなっとったけんて、また復活したいとか思っとらんめぇね」
このひとは、かつて彼のことを、「バカチン顔やなぁ。頭のてっぺんに旗立てて走ったら似合いそう」と言ったことがある。それがいまは、かっこよくなった、とは。毬子のオトコを見る目はどこか信じられない。
「おまえはオトコ嫌いで、どうせつづかんくせに、すぐ引っかかってあとで泣きをみるけんなあ」
このひとは、私のオトコ関係を、洗いざらいきき出し、そうして自分も参加したがる。私とオトコのあいだに入って、進行具合を確かめなければ気が済まず、なにかとアドバイスをしたがり、私が従わなければ、相手のオトコのほうへ説教しに行くこともあった。最後にはもちろんめちゃくちゃにしてくれるのだ。
長崎ちゃんぽんの店に着くと早速、煙草をうまそうにふかし、
「生の中ジョッキふたっつ。あと餃子二皿」
と毬子はウエイターに注文した。それから、
「おら、真正面はやめろ。隅によるかどうかしろ」
指に煙草をはさんだまま、蝿を払うようなしぐさで指図する。
私は毬子の真正面の席から、ななめ前の席へ移動した。私からまっすぐ見られるのを、このひとはむかしから嫌に恥ずかしがるのだった。
「ううう、やっと落ち着いたなあ」
と、まぶたをもんで唸っている。袖から伸びた腕には脂肪がぶあつくつき、指の節も太く、ずんぐりし、中年にさしかかったオンナのようだ。しかしこのひとは私より十カ月ほど遅く生まれているので、私のほうがいつも先にひとつ歳をとるオネエサンなのだった。十八歳未満お断りのお店に入れなかったり、バイクの免許をとれなかったり、たかが誕生日のせいで、私より何度も損をし、かなり激昂《げつこう》していたものだ。
ウインドーのむこうの、みぞれから霧雨へと変わったしずかな夜に、ときおり車が通った。タイヤを追いかけるようにしてしぶきが立ち、さあっと波のような音がした。
「やっぱふたりがいちばん楽やなあ」
毬子はしゃべりつづけている。私はきき流している。ふたりが楽だなんて、とんでもないこった、と思っている。もうふたりきりには飽きあきしとるんだ。
ジョッキがきた。
あわつぶを眺め、毬子の顔を見あげ、「わ」とことばがでかかったが、勇気をなくし、飲みこんでしまった。もう一度思いきって目を見つめる。なに見てんだという目で毬子が鋭く見返す。眉と眉のあいだに、ぷっくりとしたほくろがあり、それはホトケサマのほくろとおんなじ位置だという。毛がほんの一ミリくらい飛び出している。この毛を毬子はハサミで丁寧に切る。しかし、いつかはこいつを手術して取ってやる、といまいましそうに言ったりもした。
「私、東京に行くと」
ほくろを見つめて言う。きょう言うべきことは、これひとつだ。これを言うため、ゆうべから緊張し、ものを食べても味気なく、熟睡もできず、成人式に浮かれるどころではなかったのだ。
片手でジョッキを持ち、肘をつき、毬子はビールを喉に流している。ほくろを小指で掻き、ナプキン立ての横のメニューを見て、お子様用ソフトクリームを注文する。私のことばにまるで反応していない。
見つめつづけていると、「うざい」と私の視線をまぶしそうにはねのけた。しばらく煙草をふかしつづける。
「東京で、働くと」
いつ怒られるかという怯《おび》えがあるので、私の声は弱々しい。
もったいぶった沈黙のあと、鼻のしたを掻きながら毬子は、へええと笑い、灰皿の燃えかすにコップの水をいれた。じゅうっと火が消える。そしてまた次を出して口にくわえてから、
「おまえみたいなヒッピー、どこに行ってもつづかんよ」
ウインドーのほうへ顔を向け、煙を吐く。ウインドーに映った自分を見ている。私もその毬子を見る。彼女の顔はもともと、美術の教科書に載っていた岸田|劉生《りゆうせい》というひとの絵画の、麗子像に、よく似ていた。前髪が一直線に切りそろえられ、まぶたの肉がぼってりと重たそうだった。中学三年の夏休み、母親が整形手術をしたとかいうことで、自分も真似をしたがった。「おまえもいっしょにやろうや。ゼッタイその目、二重にしたほうがいいって。親がうるさいとか? やってしまったらこっちのもんて」と私は勧誘されたが、先にやらせて様子を見ようと思った。新学期、欲ばって大きくしすぎたらしい彼女の目を見たとき、ああやんなくてよかったよ、と心底から思い、また、胸が痛みもした。必死に止めてやればよかったかなあ、と。
毬子の顔は全体のバランスが崩れていた。福笑いのようじゃないかっ、と私は胸のなかで叫んだ。「星が、二つも三つも瞳のなかに入って、キラキラしとうやろ。朝起きて、鏡見るのが楽しみやんね。おまえもやればよかったのに」と彼女はにこやかに言っていた。まだまだ変えたいところがある、これから少しずついじるつもり、とも。
いまでは私もすっかりこの顔に慣れたなあと思いつつ、ウインドーに映る毬子の視線がかなり強かったので、ふと我に返り、
「……ヒッピーって何かいな」
のろまな問いをしたら、
「ならず者。ごろつき。社会の迷惑」
毬子は素早くずらりとことばを並べた。
「そっか」
妙に納得してしまってから、あれっ、ひどかあ、とにわかに腹が立ってきた。
きょうまで私は、嬉野毬子から、何度も、何度もなんども、逃げようとしてきた。それはそれは険しく長い道のりであった。
一旦、トモダチ、とかいうものになったら、そのひととは、もう永遠に切れないのだろうか。まさかこういうことになろうとは思わず、軽い気持ちでトモダチになったら、とり憑《つ》いて離れていかない。これがオトコだったら、もう好かんごとなった、という言動を示しつづければ、たいていはことが済む。オンナは、好かんでは許してくれない。しつっこい。怒らせればおこらせるほど、粘っこくからみついてくる。
中学のとき、いつも嬉野毬子に見張られているような気がしてかなりつらい時期があった。朝、学校へ行く前と、帰ってきてからと、晩ごはんを食べてからと、日に三度電話があるのだ。その日のできごとを、強いられて、私はただただ告白しつづけた。自分の日記を発表させられているみたいだった。受話器を置いたあと、ぽろぽろ涙がこぼれた。
連絡を絶とうとしたこともあったけれど、彼女は私の家へいかにも親切な頼りがいのあるトモダチとして遊びにくるし、うちの両親ともやけに親しげなのだ。「あの子は消極的でちょっと協調性に欠けるとこあるしねえ」などと私のことをうちの両親とため息混じりで対等に話して帰ったりした。
両親は、「あんなに心配してくれるトモダチがおるなんてミチルはしあわせ者やねえ」と顔を見合わせてのんきに言った。毬子が自分らを完全になめていることにはまるで鈍感なのだった。毬子はいつだって勝ち誇った顔であり、こいつらを言いまかすのなんてちょろいという横柄な態度なのに、両親は、「ミチルのことを相談するならやっぱ毬子さんしかおらんねえ」とにこにこ顔で言う。
たまに新しいトモダチができそうになっても、毬子との絆《きずな》が相当かたそうに見えるらしく、「毬子さんの目が……ものすご怖いけん……」と言ってそろそろと引いて行った。毬子の目は、整形以来、見る者を常に圧倒し、威嚇するときはもうらんらんと光り輝いてしまうのだった。
きっぱり切れなくても、徐々に離れて行くのはどうかと思い立ち、親戚の集まりがあるとか、習いごとをはじめただとか言って誘いを断り、どうにか、私にだって強い意志があるんだぞというのを示そうとしたこともある。毬子は、黙ってやらせておこうという態度だったが、それもほんの数週間で、やがてすきをねらっては近づいてきた。彼女の口癖の、「噂によると、おまえ、体育の着替えのとき、目つきがいやらしいけんて、男子のほうで着替えろとか言われてんだってな」とか言ってくるときの、その「噂によると」が、ぞっとするほど私は嫌いになった。毬子の口からぺろりとそのせりふがでてくるたび、私は耳の奥まで綿を詰めこまれたみたいになった。
たまにしか電話をかけてこなくなっても、そのたまの話がこれまたえらく長かった。さんざん尋問し、私に長々としゃべらせておいて、しまいには鼻で笑い飛ばす。「ま、別にひとのことやけん、あたしには関係ないけどな」と無残なひとことで終わらせる。どっと私の気はふさぐのだった。
一気に逃げて離れようとすると、彼女の悪意にからみつかれる……うまい方法はないだろうか。怒らせないで、ごく自然に、離れる方法が、ないものだろうか、といつもこころの片隅で悩みつづけていた。
高校は別々になれた。彼女は私立の女子校に、私は県立高校へ行った。が、三年間、電話はかかりつづけ、日曜には、必ず、まるで熱愛中のコイビトみたいに会いたがるのだった。おなじ学校じゃないから私の動向がまるでわからない、それが彼女には不愉快でしょうがないらしかった。
高校の卒業式前の三月、私は両親からお金を借りて、アパートにひとり住まいをした。すると毬子はうちの両親から、町名と、新築だということをきき出し(一応口止めしていたが両親は娘の頼みより毬子の熱意のほうをとった)、それだけの情報で、三時間も費やして捜索したらしい。めぼしいアパートの前で見張っていて、そこへ私が帰ってきたのだった。立ちすくんでいる私へ、「こんなチンケなとこに住まんでも、いっしょにお金を貯めてもっと広い部屋を借りようや」とやさしげな笑顔で言った。
「ま、地道にやってきたあたしなんか、もう会社の先輩を押《お》し退《の》けてさ、責任者よ」
餃子をほおばりながら毬子は御自慢の「安定した職業」についてしゃべっている。母親のしっかりしたツテで就けた、と言う。就職雑誌なんかで捜しているおまえなんかとはてんでわけがちがう、と言う。
小さな建設会社の事務員である。母親がキャバレー勤めという不安定な職業なので、自分は安定したいらしい。
そもそも毬子は自分の母親の話をするとき、「あいつもさ、いろいろあった子でねえ」などと、目下扱いの口調だ。
「でもあたし、自分をつくった父親がどういうひとなのか、どういう顔でどういう仕事して、いまは生きとうのか死んどうのか、あいつに訊いたことはいままでいっぺんもないよ。住みこみでお世話になっとった小料理屋のだんなと駆け落ち、だとか、そんなとこらしいけどな。ま、母親に下手な嘘つかせたくないけんね、父親のことは、なあんにも訊くつもりない。親戚のばばあに言わせると、線の細い、かなりハンサムやったらしいけど。母親とはなんでも話すがな、父親の話は、まるっきり、せん。でも不自然やないじぇ。母親と娘がふたりきりで暮らしとったら、言ってはならんことなんか山ほどあるやろうが」
そして、実は表向きの父親がふたりいるんだ、つまり母親のパトロンであり、機会に応じて使いわけているんだ、と言った。旅行のときは外車を持っているこっち、町で買い物するときは見栄えのいいこっち、というふうに。
母親はあまりそいつらに惚《ほ》れてはおらん。だいたい、ふたりのオトコのどっちも母親より身長が十センチ以上低く、蚤《のみ》の夫婦になる、みっともなくて表を堂々と歩けん。でも、娘が一人前になるまでは、せいぜいかわいらしい頼りなげなオンナでいて、月々のお手当てをもらわなければいけない、つまり、あいつは娘のためにからだを売ってるんだ、しかも、二度も子宮外妊娠で緊急入院をしたんだ──。
「こんな話、おまえにしかしたことないっちゃけんな」
と珍しく涙腺《るいせん》をゆるませて毬子は言っていたが、あれは告白のつもりだったのだろうか。私としては頼んでもいないのにきかされ、重たかった。
「──私は、行きます」
中ジョッキいっぱいぶんの五百円玉を、ぱちりと音立ててテーブルへ置いてから、私はそう口ごもって、席を立つ。
餃子をたいらげた毬子が、ソフトクリームのコーンの部分をかりかり齧《かじ》りつつ、
「どこに行ってもおんなじなのにねえ。福岡でやれんやつは、東京でもやれん」
と言った。まるで、予言するかのように、力強く。
「ばいばい」
と私は言う。けれどからだが立ち去ろうとしない。毬子の前でうなだれている。
「わかっとうやろうが、連絡先は教えろよ。か、な、ら、ず」
散らばったコーンの粉を指で押さえ、灰皿に捨てながら、毬子は言う。
私はうつむいてこたえない。
「何日に行くとや」
去ろうとしてされず、からだがななめになったまま私は、
──今月、下旬……と、いやいやこたえる。
「何日。何時の飛行機」
──うんにゃ、新幹線……と、口がへの字になる。もう尋問はよしてくれ。
「なんで新幹線なわけ」
──。私は泣きそうになっているのだ。こたえたくない、なんでもかんでもない、行ければいいのだ、トーキョーに。
「着いたらすぐ、連絡、し、ろ、よ」
毬子は、ぐいっと手首をつかんできた。瞬間、私はさっと身を引いた。それはおおげさなしぐさだった。私は毬子に触られることが大嫌いなのだった。嫌いなオトコに触られる以上にいやなのだった。
長いつき合いである。なのに、自然にいかない。なにかの拍子にふと体温をかんじるだけで、私の全身は彼女を拒否する。すまないとは思う。しかし、どうしても駄目なのだ。
「握手でもするか」
と毬子は、触れようとしたいまの行為の説明をする。
「おら」
正式に手を出す。
青ざめたままの私を見て、毬子も顔色を変えている。私は、ほんとうにいまのよけかたはずいぶんとひどかった、と動けないのだが、口では、まだるっこいやん、そんなの、と軽くこたえていた。ばいばいは、ばいばい、それだけやん、と笑ってみせた。
ふん。毬子は唇のわきを噛んで言った。チッと舌打ちしたような顔をし、ビールのジョッキに目をやる。ふちについた口紅を指でぬぐう。ややうつむく。二重のまぶたをしばたたかせている。どこかかなしげな表情に見える。私には残酷な気持ちしかなくなっている。あと一押しすれば、もっとかなしませることができるかもしれない。絶交。いやそこまでは。でもそれもいいかも。いまならそれが叶《かな》うかも。
「ようし、じゃあ行け、どこにでも行け。おまえんごとバカ娘が居らんごとなっても、カアチャンいっちょん寂しくなか。働いてはたらいて、働きつづけ、遊びたいとか休みたいとか思ったら、そんときは、死ね。それが博多のオンナというもんぞ」
毬子はふざけるように言うしかないみたいだ。
場の雰囲気も、すこしだけ、やわらいだ。お互い、わけのわからない苦笑いである。このまま曖昧《あいまい》な雰囲気に流されて去ろう。
「いいや。着いたその日に電話しろ」
すかさず毬子がはっきりと命令を下した。二重まぶたの目がまっすぐこちらを見ていた。
──はい。と、私は思わず良い返事をしてしまった。
「邪魔。とっとと居らんごとなれって。あたしはもうすこしここで一服するっちゃけん」
口元を隠しながらつまようじで歯をせせって毬子は言った。
どうしてあんなふうに最後のさいごまで威張っているのか、どうしてあんなふうにぶっきらぼうなのか、家路を辿《たど》りながら私は腑《ふ》に落ちなかったが、気分は晴ればれとしていた。もう、しばらくは、あの顔を見なくて済む。なんといううれしさ。ところどころ霜が張っていたり、水がたまっていたりする夜道を、帯をゆるめ、すこしずつほどきつつ、飛ぶように歩いた。家に着いたらすぐ着物を脱ごう。遠くからちらりと振り返れば、長崎ちゃんぽんの店だけがやけにこうこうと真昼のような光を放っている。そのうえの空はどこまでものっぺりと黒かった。この時期、ほんとうはオリオン座が見えるのだが、きらめきひとつとて、ない。私はしたを向き、怖い顔をつくって、一歩いっぽ踏みしめるみたいにしてすすむ。足袋に泥の水玉模様がいっぱいついている。ほんのり、冷たい霧がまだ降っていて、顔中にかかってくる。水はねの音がまるで小魚が跳ねているみたいで、耳に心地よかった。
チルチル。
ハイダミチルのミチルからそう連想し、呼んでいるらしいが、私は気にいっていないので、三回に一回は返事をしない。
困ったことに、この会社の女子社員たちは、やたらになれなれしく、チルチルチルチルと笑顔でせまってき、着替えるとこはあっちよ、お弁当とるとこはこっちよ、お茶くみは当番でトイレ掃除は業者がするからほっといていいのよ、と、それぞれが何度も説明してくる。ほかにやることもなさそうで、だから何度も教えにきてくれる。私とおなじくらいの歳らしいのに、小学生が遊んでいるとき出すみたいなやけにはしゃいでいる声だ。もっと腹から出せないものだろうか。
私を含めて七人、なぜにこれほどの数の経理が必要なのか。たいした仕事もなく、電話応対以外はデスクでお菓子をこっそり食べ、社長室から社長がいなくなると入って行って冷蔵庫のお菓子を食べ、売店で買ってきて補給し、十二時にはお昼を食べ、三時半には帰宅準備、四時半きっかり帰宅、いたって楽ちんだ。
「チルチル、そんなに訛《なま》ってないね」
ほらきたと思う。慣れるとすぐこれだ。
「自転車、は?」
言ってみろと言うのである。
「自転車」
眉をひそめ思いきり低音の声で言ってみる。
「バイク、は」
「バイク」
そう発声させる女子社員たち三人は、東京出身ということだ。
訛りのあるほかの三人は、全員、九州出身で、寮に入っていた。よく見ていれば、しゃきしゃき働き男子社員から気軽に物事を頼まれるのはこの三人で、おやつもあまり食べていない。
うまく働かずにやり、デスクに座りっきりなのは、東京出身の三人組であった。
「九州の女の子は情が濃くて、きめ細やか」という、社長の勝手な思いこみで、経理課の半分は九州出身者をおいている。途中で退社したら、また採用してくるのだった。先物取引という、なにをしている会社かはとんとわからないが、営業課のおしゃべりなオトコの言うところによると、ペテン師なんだそうである。顧客に、儲けているという夢を見させ、それをなるべく引き伸ばすのが営業マンの腕の見せ所で、最終的には損をさせるのだから、やってることは詐欺《さぎ》。だまされていると目覚めた客が、いつピストル持って会社に押し入ってくるか、マジでビクついてる、とのことだ。
活気のある会社だと電話のむこうの顧客にアピールするため、営業の部屋ではみんな元気に笑って大声を出さなければならないのだが、なまけたいときには、顧客に電話をしているふりして、相手は天気予報だったりするらしい。
私は言われたことを忠実にこなした。三週間もすると、経理の仕事には慣れ、雑用もこなすようになった。その雑用が案外、たくさんある。
東京組が、そろいもそろって百貫デブで、制服のあつらえに苦労するのだ。いちばんビッグサイズの十五号でもボタンが留まらず、前身頃をひらひらさせているから、私は最初、ファッションのつもりかと思っていた。こころのなかで、ブーフーウーと呼ぶことにしたが、その三人は、もうオンナを捨てているのか、太ることに躊躇《ちゆうちよ》がない。
「あの連中は水を飲んでも太る体質なんだ」
と上司がいたわるような口調で言っていたが、そんなことはないだろう。やっぱり食べるから太るのだ。
銀行へ使いに行った帰りなど、会社からやや離れた隠れ家のような卵焼き屋で、できたての厚焼き卵を買い食いしている三人の姿を、よく見かける。本人たちは、おのれに見えないバリケードを張りめぐらし、そのデブさ加減には、外の世界の何者にも触れさせようとしない。
ブーフーウーのうちでも、からだを横に揺さぶりながら歩く重症な巨漢は、太鼓腹のうえにバストがのっかっている。イソップの童話かなにかで、蛙が牛と競争しておなかをふくらまし、ついに破裂した絵が載っていたが、あれを私は思い浮かべる。顔が土色で、象のような皮膚をし、口のまわりが荒れ、いつも首とか背中をぼりぼり掻き、その子のデスクには角質が粉雪のように落ちている。きっと、アトピーかなにかの皮膚病も持っているのだ。
「自分がリーダーみたいに思ってんのよね」「やりたいんでしょう。やりたいやつにはやらせときゃあいいのよ」「上司のお気にいりになるわけだ」
給湯室で、そうブーフーウーがひしめき合ってしゃべっているのをきいた。私のことなんだなあと思った。リーダーか。学生時代には、そんなの、なったことないや。私も力いれて働くと、こんなふうに言われたりするものなんだなあ。嬉野毬子には、役立たずだの、でくのぼうだの、生きる価値がないかのごとく言われていたのに。
お昼ごはんの時間、オンナ七人は更衣室で食べる。そこは壁一面に鏡が貼られ、鏡越しにほかのひとと目が合わないよう、なかなか気を遣う場である。ブーフーウーは、空腹になるとそろって目が据わり、それでもなかなか弁当はひらこうとせず、こちら九州出身側が食べはじめるのを見届けてからじゃないと行動しない。椅子に腰掛け、ハイヒールを脱ぎ、細長のテーブルに足を載せ、凝りをほぐしなどしながら、つくり笑いで私を露骨に見つめ、
「ねえ、チルチル。今度みんなでスキー行こうよ」
とか言ってくる。
「行かない」
と私は即答した。冗談じゃない。会社から一歩でたら赤の他人だろうが。
私のぶっきらぼうを、ブーフーウーはお好みらしく、けらけら笑い、
「チルチルって、おっかしいしゃべりかただあ」「行こうよう、長野県。チルチルと行ったらきっと笑えそう」「せっかく東京にでてきたんだから、もっと遊びなよう。ディズニーランドには行った? なあんで行かないのよ、おかしい! 寮からすぐ近くじゃないの。わたしなら毎週でも行っちゃうな」
と攻撃してくる。なぜ、そうでかけさせたがるのか。
「福岡に行ったことは、ある?」
箸《はし》を動かす手を止めて私は訊いた。
「なぁい」
三人、口をそろえてこたえる。
考えたこともない、どういうとこかぜんぜん知らない、生まれてこのかた興味をもったことが一度もない、これからも一生行かないと思う、行くとしたらせいぜい広島までだな、九州に行くくらいなら韓国に行くな、グルメツアーとかがあるでしょ? ──おおむねこのようなことを姦《かしま》しくしゃべりまくっていた。
しかしよくきいてみれば、三人とも、親は地方出身者なのだった。三代ぐらいつづかないと、生粋《きつすい》の江戸っ子とは言えないだろうに。
ハンカチのうえで宝石箱みたいにかわいらしい小さなお弁当をひらき、ふたで中身を確実に隠しきる、というかなしげな食べかたをし、どこそこのオープンカフェに今度行こうとか三人は話しているが、地名も場所もまるでこちらにはわからない。境界線ができているのだ。鏡に背を向けて食べるこちら側九州出身者たちは、もくもくとお弁当やパンを流しこんでいるのだった。
「自分でつくってるの」「偉いねえ」「パンだけじゃあとでおなか減らないの」と境界線の向こうから声がかかる。いつの間に食べ終わったのか、弁当箱はしまいこまれ、こちら側の観察に徹している。
「寮っていいなあ。共同部屋の電話、タダなんでしょう」「恵まれてるねえ、君たち四人は」「上司はさ、君たち寮の子たちのこと、九州の親御さんから預かったからって、すごく大切にするしねえ、感謝しなよ」
九州出身者たち一同、どんより暗い雰囲気で、押し黙っている。境界線の向こうで今度は、だれか共通の親友の恋愛話がはじまった。と思ったら、それは芸能人の話だった。スキャンダルを見てきたか、相談されたかのごときしゃべりかただ。なにごとも身近なできごととして引きつけているらしい。
境界線のこちら側では、私以外の三人が、じわじわと立ちあがりはじめ、片づけたい仕事がありますからと素早くいなくなる。私は休みを充分とりたいので、椅子に腰かけたまま腕を組み、目をつぶり、深い瞑想《めいそう》でもしているみたいに見せかける。それでもブーフーウーは私の世界に侵入してこようとするのだ。あまりにつまらない話題をふっかけられたときには、しっかと目をあけ、無表情で、
「そうだべす」
などとめちゃくちゃな訛りでこたえることにした。
ぼくのこと好きでしょうと、営業課のおしゃべりオトコ、木崎裕治から言われたのは、入社して三カ月経ったころである。
私のほうも、お金がたまったので寮の部屋に電話も引いたし、冷蔵庫もカーペットも買ったし、仕事もはりあいがなく、営業課のオトコを物色などしていたのだった。
彼のことが目に留まったのは、上司にかわいがられているというか、からかわれているというか、なにをされても、脳天気そうに笑っていたからだ。暇な上司が、「木崎君、もっと元気な声を出して」と肩をもんだり、「きゅっと締まってるね」とお尻をなでたりすると、それを屁《へ》とも思っていないふうで、かえって女子社員に目撃されたりすると図に乗り、ちらちら気にして見ているのだった。
私は彼と目が合いそうなところでさらりとそらしたり、一筋縄ではいかないふりをした。彼も、私が見ているのをあきらかに気づいていながら知らんぷりを装い、しかし横顔でにやっと笑ってみせ、手だけ振ったりした。ロッカーの前の狭い通路ですれちがうときには、どちらからともなく、「あ、ごめん」と言ってから、肩をどしんとぶつけたりもしたのだった。彼はムスクの香水をつけていた。
すれちがうたび、なにかひとつ、彼はたのしいことをしかけてきた。背中に文字を書いたり、うしろから軽く膝にチョップをいれてがくんと私をつまずかせた。
給湯室に私が入ると彼もやってき、私の胸と彼のみぞおちあたりが思わずぶつかって、いれたてのこぶ茶をこぼしそうになったとき、彼の目をじっと見たら充血したようになっていて、いまにもなにごとか起こりそうなくらい密着していたのだったが、そのとき複数のハイヒールの音がし、私も彼も危機を察知して離れた。ブーフーウーであった。こういうことに関しては、やたら嗅覚《きゆうかく》が鋭いのだった。
「チルチルのお部屋に遊びに行ってもいいでちゅか」
赤ちゃんことばで木崎裕治は言う。私よりひとつ歳下だということだ。あまえ慣れているかんじがする。が、
「先出てろ。あとから追いつく」
笑いながら指図もする。
日本橋駅で待ち合わせ、寮のある浦安駅まで、電車に揺られているうちに、お互い、目が潤んだようになっていた。
押し黙り、私の部屋まで足並みそろえて歩いた。ときどき腕がぶつかった。彼の指が私の指に絡まる。歩いているうちにほどける。また絡まる。ほどける。しろっぽくはかなげな満月がでている。灰色の雲に姿を消され、しばらくすると姿を現す。夕方の空気は生ぬるく、街路樹の芽吹きの匂いが混じり、もやもやと、なにか、からだ全体がくすぐられるようだ。
満月に、嬉野毬子の顔面がはまり、アップになってこちらを見おろしている気がした。コイをするときは、あのひとにお許しを得ないといけないのだ、と思い立った。いいや、もうそんなことはいいやんか。いま、ここでは、なんだって自分の好きなようにやっていいやんか。コイでもせんと、嬉野毬子の呪縛《じゆばく》から逃れられんもんなあ。
命令された通り、毬子へ、寮の住所も共同部屋にある電話の番号も、自分の部屋に引いた電話の番号も、洗いざらい知らせてある。しかし、むこうからの連絡はいっさいなく、その静けさが不気味であるのだ。
木崎裕治と腕は何度もぶつかり、指は絡まり合い、心臓の音も高鳴りっぱなしで、何気ないふうにして私は自分の右腕で左腕を抱いてみた。抱いたときのからだのかたさを自分でかんじてみたのだった。いまから、この隣に並んでいるオトコに、接触されるかもしれないのだから、まず自分で確かめてみたのだ。自分で自分のからだを触ってみたところで、むずがゆいだけであった。
からだの接触で思い出すのはやはり嬉野毬子とのことだ。
中学のころひんぱんに遊んだ宅地造成地は、私の家から歩いて三十分はかかる場所だった。毬子がよく行きたがった。春には、一面に、タンポポが咲く。何年かに一度は、異常なほどあたりに綿毛が飛び散った。かすかな風でもいっせいに舞い、もう空中やらまわりの商店街やらがしろいぽわぽわした綿毛にまみれ、掻《か》きわけかきわけすすまなければならないくらいだった。
「ほうら」
タンポポ畑でふたりきりになると、毬子は私にすりよってくる。うすら笑いを浮かべ、なにかを企《たくら》んでいる顔をして。
「あたし、鮫肌《さめはだ》やん。腕とかふとももの外側とか、こことか」
おなかをまるくさする。
「ひび割れして、魚のうろこみたいになっとうとよ」
肘で、私の腕を引っ掻いてみせる。私の腕にはしろい傷ができた。ヤスリのような肌だ、と思った。
「あたし、臭くない? 嗅《か》いでみてん」
と服のなかにこもった体臭を扇《あお》いでみせたりもした。
私は夏になると自分のからだが、校庭の鉄棒のような匂いがするのは、わかっていた。臭い者身知らずで、ほんとうは体臭でひとに迷惑をかけていないかと気になったこともあるし、会話をしている相手が鼻をこすったりすると不安になったこともあるが、たいていは思い過ごしだと考えていた。毬子には、体毛の多いひとによくある独特の匂いがあった。彼女とおなじ匂いのするのは、ほとんどが男子だった。
学校で毬子が体操服を借りにきたことがあり、一時限後、体操服はかなり伸びきり、しかも水浸しで返ってきたのだが、やはり匂いが強烈だった。うどんに浮かべてある葱《ねぎ》がもあっと匂い立ったようなものだった。そのとき彼女は頭もぐっしょり濡れていて、これは汗だと怒ったみたいに言った。私は体操服を絞りたかったが、彼女の目の前では悪い気がし、そのまま着、次の時限、バスケットボールの試合にでた。濡れた体操服は冷えて、重く、私はふるえた。北風さえ吹いているのに、こんなに汗を掻くひともあるのだなあと、人間のからだのちがいをまざまざと知らされた気がした。男子からは、「おまえなんでそんなに濡れぬれ? 臭っせぇし」とからかわれたけれど、私は毬子が校舎の窓から見ているのに気づいていたので、なんでもないよという態度でいた。すまないと思っているときの毬子は、口には出さなくてもいつだってこちらに態度で伝えているのだった。
毬子はまた、私の膝小僧とか、肘とかを、まじまじと見たがりもした。
「発見、発見。だれでもあるね。毛穴からまだぴんとでてきてない毛があるっちゃんねえ」
名札をはずし、その安全ピンで、
「ほじくりだすの、おもしろいよう」
と、私の膝小僧や肘に刺し、「毛穴掘り」をするのだった。
怪しい雑誌を見せられたこともあった。「私たちだけの秘密のじかん」という見出しで、女の子同士が、花柄のカーテンをしめきった部屋で、下着姿になり、たがいの脇を見せ、ピンセットで脇毛を抜き合っているのだった。吹き出しに、「すうっと抜けたときの意識が遠のくかんじったらないね。男の子とはこんな快感、味わえないもんね」うんたらかんたらとあり、それを毬子は声高に読むのだった。読みながら、しっかり私の手を握りしめていた。彼女の体温は高く、手のひらはいつも湿っていた。
ふたりきりでタンポポ畑にいると、毬子の悪意はふくらみつづけた。うしろから私の髪の毛や洋服に、ヌスビトハギの実を、投げて、くっつけていた。ヌスビトハギの鉤状《かぎじよう》のとげは、髪に絡み、なかなかとれない。困った顔をしていると、毬子は私の肩を抱き、
「おもしろいこと、教えちゃあ。私が考え出したと。簡単に、マークがつけられると」
とささやいた。私の腕を引き、肌に、唇を押しあてる。強く吸う。下品な音がした。
「おら、キッスマーク」
と、私の腕を持ちあげる。そこには、赤く腫《は》れた月のような形と、歯形があった。
毬子以外で、からだの接触をしたのは、高校時代、同級生の男子の別荘とやらについて行ったときがまず最初だ。相手は下着までとって用意し、シーツにくるまって寒さをしのぎ、私がその気になるのを待っていたが、その気とはどういう気か、私にはどうしたらいいかわからなかった。先に脱がれるとタイミングがつかめないし、私だけ服を着たまま、ぎゅうぎゅう抱きしめられ、翌日は肋骨が痛んだ。
次は、自分も相手と同時に服を脱ごうと思った。別の高校のひとつうえだった。学園祭のフォークダンスでなんとなくウマが合ったのだが、彼の部屋に行くとのしかかられ、やや暴力的に挿入されたかたちで、あっという間に終わった。畳についたマッチ箱大の血痕《けつこん》を発見し、「おっ、これが処女のあかしだったものか」と内心で呟いていた。処女をやったのだからと相手の彼をアイすることはなかった。
その後、なりゆきでというひとは、六人ぐらいある。いつだってやはり、されるがまま、だった。
挿入とやらをされている最中も、私の感覚は、いたって緩慢で、ただ入り口あたりで異物が引っかかっているだけにかんじられた。相手は、ハイッテイル、と言うが、入っていようがでていようが私にはどうでもいい。
挿入の一歩手前で終わった気がしても、完全におれとおまえはやった、と相手がいかにも私を征服したという表情なので、へえそうなのか、と納得せざるをえないという状態であった。相手も多くは語らず、満足だったのか不満だったのか言ったひとはないし、ただ私だけ、最後には、かなしい吐息みたいなのがでた。
口笛を吹くように口をすぼめて、細く長く吐くのだ。ほおう、というふうに。
その最後の吐息がなければ、ああ終わったという気がしないのだった。
ああいうことが男女の営みというものなのか、私はいまいちぴんとこない。回数を重ねればなにかがわかるというものでもない。ほかのひとはどうなのか、一度、毬子に訊いてみたことがあるけれど、もちろんにらまれただけであった。
毬子は、経験豊富に見せかけているが、ずいぶんと奥手である。中学のとき、毬子をどうも好きらしいという男子がひとりいた。それをききつけた毬子は、自分もすぐ相手を好きになり、熱い視線を送っていた。その男子は、ぽっちゃりしたからだつきで、毛深く、口ひげが生えていた。彼は体育の授業をいつも休んでいて、教師も暗黙のうちに了解している様子だった。体育祭の騎馬戦のときは学校を休んだ。それが謎であったのだが、あるときから彼のからだがオトコオンナだという噂が流れ、生徒内で活気づいたことがあった。どうも信憑性《しんぴようせい》があったのか、彼はぱったり学校にこなくなった。すると毬子は噂を流している者たちのいる教室へ、「だれだ、張本人は。こそこそ陰口とか叩くなよ」と怒鳴りこんだのだった。ついでにそこを通りかかって止めに入った教師へも、「あんたらもぼやぼやしとくなよ」と注意し、すたすたと去った。だれしもうすら笑いだった。余計ことが大きくなってしまったのだ。彼はますます学校へきづらくなったのだった。
その中学の一騒動以来、たぶん、毬子にオトコッケはない。
木崎裕治との接触は、電気を一切消した暗がりのなかだったので、お互いの目も合っているのか判然としなかったし、私は彼の性器も見えなかったし、見たくなかったので、毛布をきっちりかぶり、すこしでもずれると焦って引きあげた。彼もきっと私のを見ていないと思う。私のあそこを、私自身が見る前に、ひとに見られるのもおかしいと言えばおかしい。そうなのだ、私は、自分のあそこを、まだ見たことがない。
中学のころ、嬉野毬子に、「自分のあそこ、見たことあるや」と怒った顔で言われたことがある。
あそこって? と訊き返そうとして、あそこはあそこかと気づいた。
それから毬子は、学校ですりよってきては、「見たね?」と吹きこんでくるのだった。私の腕の肉をぎゅっとつねり、「何で見らんと。怖いとか、自分のが」と脅した。鏡で見りぃ。お風呂でしゃがんで見ればいいよ。あたしももう何回も、自分の、見た。へんなかたちしとうよう。ビラビラした鶏のとさかみたいなもんがあって、それめくったら、木の芽みたいなもんが角みたいにぴょこんと出てくるっちゃん。いいけん、見てみりぃ。自分のからだのことくらい、自分で知っとかんでどうすると。
それもそうだと感心はした。が、私はいまのいままで、自分の奥まっているあそこを、見ずじまいなのだった。
木崎裕治は、「だるいから」というのを理由に、ことの始まりから終わりまで、私を上位にした。こんなオトコは初めてなので面食らった。あじの開きのようになって私は覆いかぶさっていた。コンドームもつけなかった。「おっと、妊娠するかもしれんよ」とこころのなかで自分に話しかけ、けれども妊娠したことがないので、そういう危機感もいまいち身に迫ってこなかった。
下半身がぶつかり合いながら、自分のあそこでなにかが行われているらしいけれど、遠いできごとのようにかんじられるなあと思っていた。ハイッテイル、と裕治が最中に言ったとき、え? と私は訊き返し、終わったときも、ヒトツニナッタネということばに、え? としか言えず、あとはゆっくりため息を吐いたのだった。
私は落ち着かない。余韻を引きずっていっしょに寝そべったりなどできない。すっかり服を着てしまう。ベッドの掃除をしたく思っている。帰ってほしい。
「おもしろくないや」
と裕治はテレビを消し、毛布をからだに巻きつけて窓辺に行く。私を呼ぶ。毛布にくるまる。景色を眺めさせられた。ディズニーランドのイルミネーションが見える。きれいだね、きれいね、とことばを交わし合っている自分が恥ずかしい。福岡の方言をしゃべらなくなっているのがどこか嘘つきみたいで、「えげつなあ」と内心、思っている。
裕治は経理課の女たちの情報をよくつかんでいて、だれがいやな子だとか、だれがチルチルの味方だよね、と、どこか如才ない。私は会社の話なんかしたくないので、話をそらそうとするが、彼は軌道修正をし、あの子がこの子がといつまでも終わらない。私はからだを引きはがした。再び引きよせられた。ありがとね、きょうのこと、と裕治は私の頭にごしごしとほっぺたをこすりつけた。
毛布が床に落ちている。裕治だけがまだ裸である。靴下から穿き、シャツをつけ、それから床に座って足を高くあげ、パンツを手にとり、穿かせてくだちゃいとまた赤ちゃんことばだ。おむつでもつけてやっているみたいな気分だった。
裕治が帰ると、窓をあけて空気をいれかえ、ベッドのシーツと枕カバーをはぎとり、洗濯機へいれた。そしてもう一度お風呂に入って、丹念にからだを洗った。ベランダに灰色の猫がうずくまっていて、すごくいやそうに私を見、しっぽを高くあげ音も立てずに走っていった。
この部屋は会社から借りているものなので、オトコを引きいれるのは、かなりうしろめたい。木崎裕治はくるたびにだんだんやんちゃぶりを発揮し、
「あー、会社のかっぱらってる」
と定規を見つけ出したりする。確かにそれは、会社の備品であった。
「いつ掃除したの。電話機、ほこりだらけじゃん」
と笑っているかと思ったら、
「このコーラ、ふつうのとちがって、一本四十八円とかの、激安のでしょう」
と台所のしたの棚をのぞいている。ヒヒッと笑い声を出し、そんなことがすごくうれしそうだ。こっちおいで、とベッドに誘うかと思えば、そこにあった肩たたきを拾って私の膝の皿のしたを打つ。ぽんと跳ねるのを見て、ワッハッハ、脚気の検査だ、と何度もやる。ちっともじっとしていない。
ブーフーウーは、ふだんは冬眠でもしているかのようにデスクへかぶさっているのに、私と木崎裕治がいつどこで視線が合うか、そういうことには目聡《めざと》い。
「チルチル、きょうは肌の艶がいいね」
などと胸の悪くなりそうなことを吹きこんでくるようにもなった。
そして、木崎裕治と退社したコイビトのさまざまなできごとを、そこに自分たちもいて見てきたごとく、しゃべった。
もういい、と私が言っても、これこそ弱点とまでに、三位一体となり、毎日攻めてくる。知りたくないの? それならしかたないけどさ。でもねえ、知っておいたほうがいいよう。ちょっとやっかいなことがあってね、あのふたり……。
なんのことはない、コイビトが自殺未遂を二回もした、しかも木崎裕治の寮の部屋で、とのことなのである。寮の裕治の部屋で料理をつくったりし、半同棲みたいなことをやっていて、いずれ結婚する、らしい。
このリボン、そのひとがくれたのよ、わたしたち、いまでも仲がいいの、とブーフーウーの一番の巨漢が頭にくくられたリボンを示す。なんとなく、身ぎれいになっている。私に意地悪するのが、生きるエネルギーになったのか。ほかのふたりと差がついている。
自殺未遂の現場を見たくて、私は彼の寮の部屋に行ってみた。
ぬかりなしのように見えてもかなりな落ち度があった。浴槽に、長い髪の毛が張りついていた。シャンプーもリンスも、オンナモノだったし、かごにも花柄や水玉のバスタオルが入っていた。濡れたヘアキャップまであり、さすがに木崎裕治はヘアキャップまではかぶらないだろう。
「別れ話をしにきたんだ」
と裕治は居直って言った。別れ話をしにきて、お風呂に入るだろうか。
その夜、「脱がすの面倒だよ」と言って、私のからだには指一本触れなかった。
五月の私の誕生日、裕治は部屋にスイートピーを持ってきた。
花に関し、私はこれまできれいだとか、もらってうれしいとか、かんじたことはなく、そのときも、花瓶に挿したまま、ほとんど気に留めなかった。
「花言葉はね、はかない喜び、だって。お花屋さんのカレンダーに書いてあったよ」
木崎裕治は私のからだに体当たりするみたいにぐっと抱きしめた。鼻と口から私は同時に「ふげっ」という音がでた。ワッハッハ、と裕治は言い、もう一度やり、私はおなかを押すと泣く人形みたいだった。
さんざん部屋をあさって遊んだあと、おじゃましました、と帰って行った。肩が凝り、湿布を貼った。こめかみにも貼った。ベランダのむこうには夜が広がっている。窓をあけると、カーテンのすきまから灰色の猫の耳がのぞいた。しゃあと威嚇する。喉のしたを静かにさすってやった。目を細め、私のふとももに何度も頭をこすりつけてきた。
「毬子さん、どうしとうかいな」
私はひとりごとを言った。私の誕生日には、電話ぐらいよこすのに。
気にかかると、いてもたってもおられず、手紙を書いてみた。感傷的になっている。ベランダを掃いていたとき、すみっこのほうで見かけたタンポポを、ぎざぎざの葉っぱと共に、はさみで切り、セロハンテープで便箋《びんせん》に貼りつけた。便箋のブルーの空を背景に、黄色い花がぱっと咲いている。ゆっくり文字をしたためた。もう会社にも慣れました、春からもう夏へ移ってゆきますね。
ポストへ投函《とうかん》し、かさりと底に落ちた音をきいてから、ちょっと早まったかも、と後悔した。けっ、タンポポだと? といったせせら笑いだとか、ほほ、ずいぶん御無沙汰ですね、とかいう嫌味を、毬子なら返してきそうだ。
しかし予想に反し毬子からは、絵てがみが送られてきただけだった。彼女はこういうことは古風で、字も達筆だ。光る実ひとつうれしいね、と、艶やかなさくらんぼが薄墨で描かれていた。あまりに素っ気ない。どうしたことだろう。電話をかけてみた。
「父親が死にそうっちゃんね」
いきなりそんな話題から毬子は入った。
「どの父親?」
「本物の。で、てんやわんや。あたしを認知するとか。いまさら、と言うより、ぽかんというかんじ。認知なんか、あたしはされたくないっちゃんねえ。親は母親ひとりでいいもんなあ」
いつもの毬子と変わらない口調である。
「入院してるとこに、行った。初めて、顔、見たじぇ。どうということない顔やった。自分と似とうのか似とらんのか、ようわからんし。だいたい、末期患者やもん、梅干しの種みたいに干からびとっただけやったな」
「なんか話した」
「あんまり。話す途中に、あの子の意識が遠のくし」
と、父親のことも、あの子と呼ぶのであった。
「あたしのこと、抱っこしたことないんだとさ。母親が勝手に産んだみたいな言いぶりやったなあ。面会、五分くらいなもんやった。母親は病室の外で待っとった」
「ふうん」
「で、それきりやね。もう、縁、切れた。さばさばした」
「そっか」
「おまえから連絡してくるなんて珍しいな。あたしが不幸なのを嗅ぎつけたみたいにいいころあいに電話してくるな」
とてもあかるい声であった。
「おまえ、なんかあっただろ。オトコのことか?」
うんにゃ、何もない、と私は言った。
共同部屋へ行けば、九州の訛りがきける。そういうのが私は好きではないので、共同部屋からは遠ざかっていた。私のほかの三人は佐賀県人で、ひとり、会社をやめると言った次の日にはとっとと荷物をまとめていなくなっていて、いれかわり鹿児島県の薩摩半島出身、天馬茜というのがやってきた。彼女は長年、父親の厳しいしつけに縛られ、外出は許可をもらってからでないと駄目だったとかで、学校と家の往復の毎日でなにひとつたのしみもなく、不幸を一身に背負っているような陰りのある目をしていた。高校を卒業と同時に、「命からがらと言ってもいいくらいな気持ち」で、薩摩半島から脱出してきたという。
ハサミで無造作に切ったような髪の毛が、まばらに伸び、ひどく痩せていて、定規のように、すとんとまっすぐだ。会社の制服の、九号ではがぶがぶで、七号でもまだまだ腰からしたにスカートが落ちる。遂に、五号ということになり、それでも、「まだ大きいみたいです」と私を直視して言うので、そこへ登場したブーフーウーが、「もうないわよそのしたは」「そうよないわよ」「それで我慢しなさいよ」と言った。
天馬茜は、ちょっとしたミスで、自分は駄目人間なんだと思いこむ。他人に平謝りをし、「反省してます」と陰気にうち沈む。唇を噛みしめ、ふとももをつねって、堪《こら》えている姿を、私は目撃したことがある。自分に対しての体罰であろうか。へんてこである。
彼女はいつ見ても型の古いあずき色のズボンに、毛糸のぽんぽんがぶらさがったピエロのようなセーターを着、そのうえからスタジアムジャンパーを羽織っていた。ジャンパーの胸にも背中にも肘にも、PとかQとかの英文字のワッペンがついていた。
「そのPとかQとか、目がチカチカする」
と私が言うと、すこし、笑った。目が大きく、まつげが長い。まばたきをあまりしない。目玉の白い部分に、幾筋もの血管が走っているので、疲れをかんじさせる。
彼女は、東京にでてきてすぐに四十万円もする自然化粧品一式を買ってしまったが、その使いかたがわからないという。
私だって見たことのない化粧品だらけだった。ダンボール箱に、ファンデーションの下地、そのしたのくすみとり、そのしたの潤い成分、と、すさまじい化粧品の数々に、私は手にとってみる気力もなかった。買い置きしていたアロエ水とか、ファンデーション兼用乳液、アイペンシル、口紅をやると、彼女は鏡を両手で持って自分の顔をのぞきこんでぎこちなくもそもそ化粧した。顔の筋肉がかたそうで、難儀していた。まるで化粧がのらない。顔になにかを塗ったことなんてないそうだ。傷ができたときだけ、オロナインを塗ってます、としゃがれた声で言った。発声もままならないのだった。
とりあえずさ、肌をしっとりさせようや、と私は言い、美肌効果抜群らしいローラーを彼女の顔にあてがい、転がした。これで皮膚が伸びるのであろうか。天馬茜は生真面目に目を閉じている。鼻のしたをローラーで伸ばしても、生真面目さは崩さない。私は笑いを堪えきれなくなり、あとは化粧水をふんだんに叩きこんだ。
「これ、御礼です」
そう言って、彼女は料理を差し出した。手づくり……と私は陰鬱《いんうつ》になった。奇妙な代物《しろもの》で、マヨネーズとケチャップとツナとかつおぶしをこねて、サラダ油で炒めたやつ、なんだそうである。わたしの好物のサラダなんです、とも言っていた。
一度、彼女がオトコにしつこくされている場面を見た。イタリア製の電話機を売りつけにきた赤ら顔のオトコで、耳に血液検査のあとの絆創膏《ばんそうこう》が貼ってあった。買いたいような口ぶりの天馬茜を私は助けずに見ていた。オトコが私に気づき、そそくさと消えたのを、彼女は私に、感謝します、とお辞儀をした。私は見ていただけやん、と言っても、助けてもらいました、と朗らかであった。それから、休日になると、ひょいとやってくる。
「きょう、暇ですか」
朝七時だ。背筋がぴいんと伸びている。
「マザー牧場、行きませんか」
「え」
私は目を見張る。
「牧場です。馬に乗れますよ」
「──行きたくない」
「たまにはきれいな空気吸ったらどうですか。不健康ですよ」
「え」
「木崎君がきてるでしょう?」
とふくみ笑いをしたかと思うと、飛びはねるみたいに私から遠ざかった。じゃあねえ、と指をぴったりそろえ、仁義を切るような手の振りかたをして、天馬茜はしゃきしゃきと歩いて行った。
あとから、草原や馬や山羊の写真を十数枚も持ってきた。ひとりで行ったので、自分が写ったのはないのだった。
私の部屋は共同部屋の隣だ。佐賀県人ふたりが、壁に耳をあてていた天馬茜を見たという。
「恐ろしいですよ、処女は」「エッチなことの豆知識だけは豊富にあるんだけどねえ」とふたりは肩をそびやかして言った。
「朝まで起きて、きき耳立ててるみたいです。目がらんらんとして、興奮して眠れなかったとか言うし、ねえ」「うん。そいぎぃ、やめるよう言ったけど、ねえ」
言いつけてやった、という顔でふたりは誇らしげだった。
私はただ笑った。
苦笑いのようなものだった。私と木崎裕治のあいだにはもうだいぶん冷えたものが流れているのに。
ね、ここ、浮きでてるでしょうと木崎裕治が自分のからだの硬さを自慢し、ロッカーの鏡の前でポーズをとっている。プロテインをかかさず飲み、ジムで鍛えているそうだ。
「ほらここの、背中から二の腕にかけての筋肉が波打ってるでしょう。これを維持していたいなあ」
筋肉のつき具合を会社の同僚数人と競い合っているのだった。
私がそばを通っても、見ない。
私も目を伏せている。
その夜、私の部屋のしたで口笛を吹き、ガムやら靴やらを窓にぶつけ、いれてちょうだい、とか平然と言う。
私は猫をなでながら、茫然《ぼうぜん》と立っている。
お菓子を食べ、かすをこぼし、
「戸じまり、気をつけなね。簡単にドアあけちゃいけないよ。チルチルって、案外、しっかりしてないからなあ」
などと悠長に言っていたが、私は相づちさえうたない。
私がごはんをこしらえて食べていると、勝手に台所へ立ち、箸を持ってき、食べる。箸の先をしゃぶって話す。テレビを見て笑い転げ、足がごみ箱にあたる。ごみを手で掬《すく》っていれる。私はむかっぱらが立つというより、惨めな気分だった。黙りこくっていた。
やっと帰ってくれるらしく、私の買ったばかりの自転車を、いいないいな、と言って眺めまわすので、乗って帰れば、と言ったら、そのまま自分のもののごとく使い、返してくれなくなった。
その日から木崎裕治は私の部屋にこなくなった。
有給休暇をもらって、福岡へ帰ってみた。
家へ帰る前、ひとりでそのへんを歩いた。風に草の匂いが混じっている。額から汗が流れる。歩いてあるいて、春にはタンポポが咲くあの宅地造成地に着いた。縁に背の高い草がぼうぼうと生い茂っている。土地の持ち主か、タオルを首にぶらさげ、麦わら帽子をかぶり、ゴム長靴を履いたおじさんが、鎌で草を刈っている。
白い糸のようなものが何本も風に舞い、光っていた。なんだろうと思うと、顔にも糸がかかった。その透明な糸をそっとたどると、蜘蛛《くも》だった。子蜘蛛が何匹も何匹も、空中を飛び、葉っぱに着地していた。
そこを通り過ぎて、柳の木の植わった道を通る。この道もよく駆けた。ゴマダラカミキリがぶらさがっていたのは、あれはまだ幼稚園児のころだった。いまはもう柳も一本二本と伐《き》られ、すくなくなってきている。代わりに、整備された花壇ができ、マリーゴールドが鮮やかに咲いている。
私がいなくなったわずかのあいだ、このへんがそんなに変わるわけもないが、どこか違和感があった。大学いも屋のおばさんがのれんのしたから顔をのぞかしていたので、おひさしぶりです、とお店に入った。マックができたの、知っとう? 新しくてまだまもないとよ、煙草屋がつぶれてそこに建っとうよ、学生のたまり場になってねえ、とおばさんはぶつぶつ言った。マックとはマクドナルドのことだと気づくのに、数秒かかった。
嬉野毬子は私と会ってもまるで表情をくずさなかった。三分も話さないうちから、「おまえは変わってないねえ」と怒ったように、いや完全に怒って、言う。
毬子は、あの、成人式のときに再会した私の初キッス相手の男子を、待ち合わせの居酒屋につれてきていた。どちらから連絡をとったのか、もっぱら私の噂で盛りあがったとしゃべりまくる。味方を得ると、毬子の私への攻撃は大胆になる。彼のからだにちょいちょいさりげなく触れて、オンナっぽい声を出しながら、私の悪口を言う。
「変わっとらんで、よかった」
彼が言う。いつと比べて言っているのだろうか。成人式に、目であいさつしただけだし、その前はずっとさかのぼって中学時代じゃないか。私のなにを知っていると言うのだ。毬子が言うぶんにはいいが、このオトコが言うのは、筋ちがいというものだ。それに、東京に行けば悪い遊びを覚えるだとか、あか抜けて帰ってくるだとか、思っているらしいところが、ああいやだ。
「もう帰ってこいよ」
とまで言う。
毬子と肩を並べて、なにか、自分も説教をしていい立場にいるつもりらしい。この一致団結ぶりはなんだ。声を揃えて、私を非難する。意気投合だ。よほどふたりのあいだで私の話をしつづけてきたのだろう。彼がトイレに立つと、
「いま、ホテルのフロントマンやっとうって」
と毬子が箸の先を彼の行ったほうへ指し示して言った。
「ふうん。相変わらず服の袖が長いね」
と私は、まるで関心がいかない。新鮮な魚料理をぱくついた。お刺身や、お吸い物や、煮物や、唐揚や、塩焼き。いくらでも入る。
「中学以来、オンナとはつき合ってないってよ」
「はあ、へんなの」
「責任かんじろ」
「はあ、でもなんで?」
「おまえにふられて、人間不信になったって」
このふたりは私をネタにして、引き合っているのだと思う。私抜きにしたいのに、まだ言いだせない仲だ。
「おまえ、どのくらい、居たんだっけ、東京は。一月下旬からだから、一、二、」
と毬子は指折り数え、
「半年もか。しばらく泳がせといたんだがな。もういいだろう」
と毬子は片頬だけゆるめて笑った。
それから、おまえ石鯛の煮付けまるごといっぴき食べやがって。いいや、良かよか、ぞんぶん食べなさい、魚に飢えていたんだろうから、と世話を焼く。カメラをとり出し、冴《さ》えない表情の私をかしゃりと撮った。
居酒屋をでて、三人、海へ行った。国際センターの裏手だ。運転する彼の顔を、助手席の毬子が盗み見していた。
毬子の座高は、彼より高い。からだを小さく見せようとし、肩幅を縮め、しぐさもちょこまかとしている。成人式の日の、毬子の格好と、彼のを、合成写真のようにして私は頭のなかで並べていた。七五三のお祝いの母親と息子、だ。
海沿いに車が走る。夏の夜の潮の匂いだ。
暴走族が砂場に入り、バイクを飛ばし、スピードを出しすぎて倒れている。きっと十代だ。砂がクッションになって、ふわんとやわらかく横になる。曲芸のようだった。
その騒ぎを、三人、ガードレールに手をついて、缶紅茶の冷たいやつを飲み、眺めていた。
私たちは、茶飲みトモダチのとしより三人組のように、ううむ、だとか、ふああ、だとか、疲れたような安堵《あんど》のようなへんな声を出したり、「若いやつらって、痛い目に遭わんとわからんね」とぼやいたりした。
波が引くと砂地に残った夜光虫がきらめいていた。わあ、かゆいと思ったら、なんだこれはあ、と毬子が叫びをあげる。サンダルの足に、フナムシが這《は》っていたのだった。
それから、戸締まりをしてある暗い宿の、生《い》け簀《す》に沈んだ数十匹のカブトガニを、もう一本ずつ缶ジュースを飲みながら、見学した。居酒屋のぶんも、缶紅茶も、きょうはすべて毬子が払ってくれた。
「東京で夜のバイトもするつもりやし」
と私はぽつりと言ってみた。寮からでて、マンションを借りたいと思うのだ。着実に生活の基盤を築こうとしているのだ。
「チャイナドレス着てねえ、ふとももまで、スリットが入ってねえ」
と私は笑う。
「そんなとこで働いたら、昼の仕事がアホらしくなって、夜にどっぷり浸《つ》かって、足が洗えんごとなる。そりゃドサドサお金は入ってくるやろう、でもそんなの、価値ないやん。そんな金なんかで、マンション借りるわけ?」
ああ毬子は、ときどき親みたいにくだらないことを言う。
「価値があるとかないとか、お金はお金やん」
と私が言うと、彼とふたりで、非難ごうごうだ。
会話のつづかないまま、車に乗り、毬子と私は長崎ちゃんぽんの店の前でおろしてもらった。
「すこし邪魔やったね」
車を見送りつつ毬子が言った。
「ふたりが、いちばん楽」
と素直なことばが私の口からでた。
「ああっ?」
と毬子は大声で訊き返してきた。
二度は言わなかった。
毬子は、ちゃんぽんを一杯食べながら、私の東京のオトコの話を根掘り葉掘りきいた。私は告白を強いられて、最初こそことばを濁すかたちだったが、毬子のどっしりしたからだの前でつい気弱になった。
やがて、そいつにいまから電話しろと指令を受け、いやよ駄目よと言いつつ私は店内に設置された電話機へ向かった。毬子もくっついてき、背後で腕組みして耳をそばだてている。
「そっかあ。福岡なんだ」
木崎裕治は、私が福岡に帰ったことさえ、知らないのだった。とぼけているのかもしれない。
福岡の私のまわりに、こんなやわらかい包みこむような話しかたのオトコは、いない、と声をききながら思ったが、声は怒ったみたいになった。それでも裕治は動じない。
「帰ってくるんでしょう、東京には」
「うん」
「いつ帰ってくるの」
「うん、帰る」
「いつ?」
「ああええとすぐよ、すぐ」
「またいっしょにごはん食べよう」
「ごはん……」
もにょもにょとしゃべり合っているところへ、ちょっと貸せ、と、毬子が受話器をひったくった。
「ああ、あたし、ハイダミチルのむかしっからのトモダチやけど」
喧嘩腰だ。
「さっきからきいてりゃあ、ぐだぐだぐだぐだ。あんた、オトコやろう。はっきりしい、はっきり。灰田とまだやってくか、やっていかんか、ふたつにひとつやろうが。寝たっちゃろうもん。寝ておきながら──はあ? なんて? もっと大きな声でしゃべれっ」
一気にまくしたてたのだった。
「なに、こいつ。話ばしよったら、むかついていかん。ぼく、ぼくって、うざったい。別れろわかれろっ」
私へ大声で言い、受話器を押しつけた。
迷惑そうにほかの客が見ている。私は気が動転しているので気にならない。貴重品でも扱うみたいにそうっと受話器に耳をあてる。
「どこがいいと、そんなやつっ」
と背後から大声でまだ毬子が言っている。
「あの、」
切れているのかと思うくらい、しんとしている。私の背後で、「そいつ、ぼくから誘ったわけじゃない、とか言った!」と毬子が言う。私は真っ赤になりつつ、
「──木崎、く、ん?」
と呼びかけた。
「うん?」
「ごめんね、いきなり電話して、こんなふうに」
「叱られちゃったよう」
ごめんやなかろうが、と毬子が受話器をとろうとする。
「そのひと、やくざかなんか? かわらないで。怖いから。生まれて初めてだよ、そんなオンナのひと。オトコでも、そんな下品で乱暴な口のききかたするひと、ぼく知らないもん」
冷静に、裕治は言った。
ちがう、毬子は、面と向かって話すとおもしろいのよ、ちがう、もっといいところいっぱいあるのよ。この電話だけで決めつけないで──とは、言いたくても、でなかった。
「じゃあね、元気でね」
と、彼は最後に言った。
「いや、元気でねもなにも、また帰るってば」
と、私が言った。
おまえさあ、オトコを自分から誘ったわけ? いったい東京でなんしょうとやあ。席についてちゃんぽんの汁をすすり、毬子が言う。交互にトロピカルジュースを飲んだりしながら。情けなかあ、と首を振って笑う。そんじゃ五分五分かもしれんやん、おまえも悪い、そうたい、うん、おまえもね、悪いよ。と、両成敗した気になったらしく、ひとりで合点している。なにも言いわけをさせてくれない。私が口をひらこうとしたら、じゃかあしいっ、と退けられるのだった。
長崎ちゃんぽんの店をでる。
空を見たら、星の帯が渡っていた。長崎ちゃんぽんの店のはるかうえに、天の川が見えているのだった。圧倒されたが、こういうのはきれいだとは言えないなあと思った。自分には過去もなく、未来もなく、ただ虚しいだけのような気がした。からだから力が抜けていき、けだるくなった。もうなあんにもしたくない、一歩も動きたくない。毬子も無言だ。私の顔ばかり、ちらちら見ている。はにかんでいるらしい笑みなので、私は数歩離れた。また近よってくる。
流星が走った。空をにらむ。あ、また流星が走った。同時に、夜のなかのどこかで「見たあ」と騒ぐ声がする。「なんかお祈りせな」とか、「思いつかんよう」とか。
毬子はそんな声もきこえないみたいで、大木のように私の前に屹立《きつりつ》し、
「あのさあ。おまえ、ほんと、気づいてないわけ?」
と言った。
何が、と私は見つめた。毬子は目をそらし、
「ほんとにほんとや? おまえ、すっとぼけるとこあるけんなあ」
と言う。ないない、と私は首を振る。
「あたしたち、コイビトのようなもんっちぇ」
バッグのポケットから、鍵を出し、
「合鍵。いまから、行くっちゃけど、おまえも、行くか」
と言う。フロントマンと、半同棲のようなことをしているというのだった。
「ええっ。それはコイとかいうこと、毬子さん?」
と私はときめいた。
まあな、とほくろを小指で掻いている。それから、
「ちょっと買い物を。冷蔵庫、いっぱいにしてやっとかんとねえ」
と毬子はスーパーに、寄った。ウインナーやらかまぼこやらを二袋分買っている。備えつけのビニール袋を糸巻きのごとく腕にぐるぐる巻きつけ、ちぎり、つめこむ。台所にはまだ立たせてもらえんっちゃんねえ、とつぶやく。連れていかれたマンションの一室には、フロントマンはおらず、
「いつものこと。めったにここには帰って来ん」
と毬子は室内を自分勝手に歩きまわる。
「待つ身のオンナよう」
とか卑下もする。玄関先に猫のトイレがあり、うんこがしてあったので、私が思わず「うえっ」と言ったら、「うえっやなかろうが」と叱られた。
「入れ。遠慮せんでいい」
と猫のトイレ掃除をしながら言う。
「もらっていいよな」
と笑う。
「あ?」
と私は首をかしげる。
「あいつとおまえにはもうなにも起こらんって、きょうの様子でわかった、うん」
「通い妻みたいなものをやってるってこと?」
と訊いてみたら、
「うん。この部屋、すぐ汚れるけんねえ、もう」
と言う。掃除をしにきているだけのようでもある。
「押しかけ女房、って、うちの母親には笑われとう」
と言う。
利用されているだけじゃないかと言うことばは口に出さなかった。私は足にまとわりついてくる餡《あん》こみたいな色の長い毛をした猫を抱き、喉をくすぐった。そしてこまごま働く毬子を見つめていた。福岡に帰ってきて、これが一等たまげたことだ。私がいないわずかのあいだに、こんなことが起こっていようとは。
「かいがいしく働くエプロン姿のあたしというものを、撮ってくれ」
と毬子は言う。
カメラを受けとり、レンズを覗くと、毬子のかしこまった顔が、手が震えるほどおかしかった。目を見ひらき、口をすぼめて緊張しているので、張り子の虎のように頭が揺れ、にこやかな表情をつくったまま、「おら、早く撮れ」と怒鳴るのだった。
寮の部屋に帰って声をあげて驚いたのは、ベランダに血痕が点々とあったからだ。あの灰色の猫が死んでいるのかとてっきり思った。が、猫のくわえてきたホオジロの血だった。まだ息があり、もがくのを、優雅にしっぽをふりつつ、片足で捕らえていた。
この猫はここを我が家と思っているのだろうか。私が帰ってくるのを待っていてくれた。ベランダから去る気配はない。居つくつもりらしい。
会社では、ブーフーウーがまた一段とふくらんでいた。制服を新調してやらないといけないかもしれないが、目の錯覚だと思うことにした。
天馬茜が、寮の私の部屋にやってきて、
「もう帰ってこないかと思いましたあ」
とこわばった顔をして言った。
入ったら、と言っても、おひかえなすって、のような腰をかがめた遠慮の仕方で、後ずさりする。三度くらい入れと言ってやると、私の部屋へどうぞ、お茶が用意してありますので、と言う。
自分もふるさとがなつかしい、帰りたくはないけど、と足を崩さず姿勢を正し、遠い目をして語った。
「薩摩半島の南端に、池田湖というのがあるの、知ってますか」
赤ちゃん用ウエハースや栄養ボーロを自分で食べながら天馬茜は言う。
知らないと私は即答する。
「そこにイッシーがいるという伝説があるの、きいたことないですか。イッシーとは、背中にこぶがある怪物です」
饒舌《じようぜつ》に、薩摩半島の話をしつづけたかと思うと、
「灰田さんがいないあいだ、木崎君の様子は、ぜんぜん変わっていませんでしたよ。むしろ元気なくらいでした」
私の目を見ないで急に言った。
「チルチルはしっかりしてるからねえ、なんて女子社員の前でぺらぺらしゃべってましたよ。強いから守ってやらなくても大丈夫だったんだよねえ、って」
私はさっきから、部屋の隅に積んである高級羽根布団が気になっている。値段を訊くと、「まあいいじゃないですか」とことばを濁す。しまいには、八十八万です、ローン組みました、としょげて言った。
「よくわからんけど、いまなら解約できるはずだよ。私が電話してやる。どっか、そういう、庶民の味方のとこがあるよ、きっと。電話帳で捜そうよ」
と私は、発憤した。この子のために勇気をふりしぼってやろうと思っている。
「自分でできます」
天馬茜の拒否は激しい。
ちょっと使ったし、もう返せないです。いいんです、働いてローンは返します。
あ、そう、と私もそれ以上はおせっかいをしなかった。
木崎裕治とは、何度か、会社内ですれちがいそうになった。私が逃げると、それを知って彼は、接近してくる。私がトイレへ行くと、彼もあとからトイレにくるとか、売店で、給湯室で、わざと忍びよってきた。私がはっとしたり、うろたえたりなにかすると思っているらしかった。彼は、遊びたいのだろう。ゲームがしたいのだろう。憎らしくなってきた。なんであんなオトコ、部屋にいれたんだろう。しかし、やってきたら、いれてしまうだろう。いや、いれない。いや、いれる。わからない。そのときにならなければ。
会社が終わると、猫が待っているだろう部屋へ、私はまっすぐ帰る。しかし部屋へ近づくにつれ、どこかへ寄り道がしたい。行くところが思い当たらない。なにか、めぼしい店はないか。おもちゃ屋はどうか。足を踏みいれる。ロボットの犬が床のうえを移動している。カラフルなプラモデル、ままごとセット、輪投げやらボウリングやら野球やら、すべて子供用にできている。私は、蛍光星形シール、というのを見つけた。部屋に帰ったらこれを壁や天井に貼りつけよう。うれしくなりながら、もう陰鬱になってきている。どうせ貼らないだろう。うえを見る。秋の夜空は、あかるい星がすくないから、侘《わび》しい。歩いているうちに、いまが、流星を見たあの福岡のつづきの時間だという気分になってきた。私はここにいるのだ。空を見あげて、ぶるっと身震いがした。足が浮いている。心細い。道の小石よりも存在のうすい自分がいま、ここを歩いている、それだけだった。部屋のドアが重くかんじられた。留守番電話が二本入っていて、一本は木崎裕治で、いまテレビ見てるかい、おもしろい番組があってさあ、とかくっちゃべっていたので適当にきいて消去し、あと一本は嬉野毬子だった。あんまりにも会社を休まんけん、たまには休めって言われて、有給休暇、一週間もらった。どうするよもう。そっち行くけん、よろしく。
意気揚々とした声であった。
開口一番、嬉野毬子は、
「ヤッホー。お元気ぃ」
陽気である。私の部屋へあがるなり、掃除をしはじめ、ひと息つくと、穿いていた黒い網タイツを脱いだ。私は目のやり場に困り、ベランダにでて、猫を呼んだりしていた。やっぱりこれは福岡のつづきのようだなあと思った。
「おまえ、なにその顔の肉」
と毬子がにらむ。
「せっかく、かわいいTシャツを土産に買ってきたのに」
包みを旅行かばんから出す。
「ほうら、ジェリービーンズの柄。おまえが着たら、きっと、魚肉ソーセージになるじぇ」
私はブーフーウーについ誘われて、卵焼き屋に入り浸ったり、おやつをむさぼったりし、同化していた。酒を飲みはじめもし、するとこれが止められず、また、夜食にうどんをつくる習慣がついてしまっていた。
動きにくそうな私のからだについて、
「異常やない、その太りかた。病気やないとか?」
と言う。お土産のひよこまんじゅうはお預けだ。
指で押してへこんだままなかなか戻らなかったら、それはむくみで、危険なのだと、私の足を引っぱり、靴下をおろし、すねを三、四カ所指で強く押した。
「むくんどう?」
足を触られながら、私は毬子の顔を覗いた。
私の視線を手で払いのけてから毬子は、
「腎臓病かもしれんじぇ」
と言い、やがて、
「わからん」
あきらめた。
「しかし珍しい。おまえの歴史のなかでもこんな激しい変化による姿は記念すべきやな。五枚ぐらい撮っておこう」
とカメラをすかさず出した。
私は動くのも面倒なので、撮られるままにしていた。
「一生とっとく。返さんじぇ。おまえがのぼせたことしたら、この写真を見せて戒める」
と、ご機嫌にしゃべっている。
長話は、夜までつづいた。
二十歳の記念にさあ、自分のヌード、撮っておくなんていいと思わん? 若いときのきれいな裸を、いつか子供に見せたいやん。子供には迷惑な話かね。そんな話を毬子がし、私は絵本でも読んでもらっているみたいにきいていた。
毬子は私に尽くした。会社から帰ってくる私を待ち、食事をつくり、服を洗濯し、アイロンをかけ、掃除をし、チョコチップ入りのスコーンまで焼いてくれた。私の好物も趣味も知り尽くしているのだった。お酒は断たれ、塩分の控え目な料理を出され、梨を多く食べさせられた。梨を食べると、利尿効果があるとのことだった。すると私のからだは、その一週間で、目の腫れや手を握ったとき手袋をはめているようにぶあつくかんじていたのが、水分が抜けて、すっきりした。しかし、狭い部屋に毬子が居すわって、絶えずこちらに視線をよこし、呼吸して匂いをふりまき、抜け毛を落として、クッションは毬子のお尻のかたちに陥没している。その細々したことに私は次第に我慢ならなくなっていくのだった。会社から帰ってくると、「遅かったやないの。おかずが冷えてしまったやん」と妻のようなことを言い、すねる。「いりこ、ごま、ひじき」と呪文《じゆもん》のごとく恐ろしい顔して食べさせようとする。私はどうもおなじ部屋にひとがいるのが嫌らしい。猫ぐらいがいいらしい。
ただ、私が、このひと早く帰らないかなあと思っているのを、毬子はすぐ悟るので、困る。これでもかというくらい家事をやり、口数は極端に少なくなった。私はやらせるだけやらせとこうと思いつつ、顔色を見てビクビクしている。まるで夫婦ゲンカだ。
一度、会社の近くまで連れていけ、あたしはそのへんをぶらついとくから、と毬子が言うので、いっしょにでかけた。帰り、出口のところで腕を組んで待っていた毬子が、「どいつや」と訊く。「ぼくぼくって言いよったやつたい、どいつや」
教えんよ、と言っているところへ、木崎裕治が同僚と通りかかった。腕を曲げたり伸ばしたりしていた。また筋肉の具合を試しているのだ。私は毬子を力ずくで、岩を押すようにして動かした。
「何だありゃあ」
毬子はすっとんきょうな声をあげた。
「おまえ、あんなのに惚れとったわけ。お、なんかプロレスの技みたいなことやりようが」
「よく上半身裸になりたがる」
と私は言った。
「筋肉バカか。おまえも、ずいぶん手ごろなのにしたもんだ。もちっとましなの、おらんかったと?」
「もう言わんで」
耳を塞《ふさ》ぐ格好をし、笑った。
毬子は私の肩を抱えるようにして、いやあ笑えるねえ、いやあおもしろかったあ、なんか食べて帰ろっか、おごるじぇ、と愉快そうだ。毬子の匂いがぷうんとした。
あした帰るという前の日のことである。
「水仕事ばっかやったんで、手が荒れ放題やんか」
と、旅行かばんからラップにくるんであったアロエを一本出し、手に擦りこんでいる。
「なんで客のあたしが。かわいそうに。メソメソ」
と泣くふりをする。
「土曜やけん、会社休みやろ。最後ぐらい、遊びに連れていけよ」
がらりと豹変《ひようへん》してにらむ。
きつい、疲れた、ねむっていたい、ということばは握りつぶされた。
急遽《きゆうきよ》、ディズニーランドへ行くことになった。雨であった。
私は自分がごみ袋になったみたいだと思っている。毬子から不用なものとして引きずられている。しかし毬子は私をどこへもほうらずにいる。安らかな気持ちでもあった。毬子に任せていれば、スムーズにことが運ぶ。福岡に待たせているフロントマンとのことはどうなったのかと、訊いたほうがいいのかなとも思ったが、うまくいっていれば毬子のことだ、しゃべらずにはおれないだろう。そのことに関して一切触れないので、こちらから尋ねるのもよしたほうがよいだろう。雨のなかで、毬子は不思議と怒ってはおらず、乗り物にたくさん乗れてたのしげである。三時間ほどで帰った。レストランは高かったので、浦安駅近くのラーメン屋で腹は満たした。
夜は、共同部屋で、天馬茜と佐賀県人ふたりと、嬉野毬子、私、五人で、ミッキーマウスのかたちをしたクッキーを食べ、紅茶を飲み、過ごした。毬子は佐賀県人たちや天馬茜の世話を焼き、迷惑がられながらも、最後には慕われているのだった。奇妙で生々しいが、その日、次々とみんなに生理があった。移ったらしいのだった。女体って不思議だよなあ、とみんなで言い合った。
「でもまさか、ここに居つくはずではないですよね」
と佐賀県人のひとりが毬子へ言い、
「いいじゃないそれ。あとひとりくらい、うちの会社、余裕ありますよ。経理、できるでしょう」
ともうひとりが言った。
そこで慌てて天馬茜が、「駄目、そんなの」と言ったら、毬子も、
「それはない」
と言った。
「母親をひとり、福岡に、残してはおけん」
きっぱり言うと、立ちあがった。椅子が倒れそうになった。
「おら、子供は早く寝ろ。そこの佐賀出身者、肘に食べかすがついとう」
とにらんでいる。
「寝る前にあんたら、洗濯物、出しぃ。まとめて洗うけん」
椅子をお尻で押して元の位置に戻した。
毬子は、ねむるとき、シースルーのネグリジェを着、その丈がちんちくりんなので、まるで子泣きじじいのおべべのようだった。洗濯で縮んだのかと訊いたら、「これはベビードールって言うっちぇ。お人形さんみたいやろうが。一万円以上した」と自慢した。陰毛まで透けていた。なんでパンツを穿かないのだろうか、といぶかしく思っていたら、「下着の線がからだにつくのはいややけん」と説明した。私は横たわる毬子をあまり見ないようにした。
夜中も、こそこそ起き出していた。
「ねむれんと」
私は訊いた。
「うんにゃ」
とだけ毬子はこたえた。あとは、旅行かばんのなかの整理をしたり、ベランダにでて猫を呼んだり、鏡を見たり、せわしなかった。暗闇のなか、あぐらをかいて、煙草をふかし、私の寝姿を見つめてもいたが、私はかたくなに目をとじて起きなかった。帰っちゃうのだ。やっと帰ってくれるのだ。ふたつの思いは私を混乱させた。いや、でも、どちらかというと、やっぱり、帰ってくれることがうれしい、が強い。
次の日の朝、私が目覚めるともう毬子は身じたくを済ませ、共同部屋の掃除をし、カーテンを洗濯機でまる洗いしていた。ああ、毬子さんは帰っちゃうんだなあ、と私は自分でも勝手だと思うほど、今度は気持ちが沈んだ。
日曜日なので、佐賀県人ふたりはまだねむっているようであった。夕方まで毬子はなんやかやと働いていた。それから黒い網タイツを穿き、きれいに化粧をした。
私と天馬茜とで、東京駅まで送って行くこととなった。毬子は、くるときは飛行機だったが、帰るときは新幹線にしたくなったそうである。
構内のベンチで、サンドイッチを食べながら、私たちは話した。
「あんたの名前なんだっけ」
「天馬茜です」
「ああそう」
毬子と天馬茜との会話はこれだけだった。私だけがしゃべった。寮をでたいだとか、やっぱり夜の仕事にひかれるだとか。
「ミミズのたわごとやね」
と毬子は言い、煙草をふかしていた。叱られるのも、これで当分はないのだ。
出発の時間になる。ドアがあく。
「こいつをよろしく」
天馬茜に言う。首をかしげた天馬茜は、助けを求めるみたいに私を見た。よろしくって、なにをすればいいんでしょう、と自信なさげに、言った。私は肩をさすって、なんもせんでいいってば、と言った。毬子がその手のしぐさをじろりと見た。
構内のアナウンスが騒がしくなった。
「おまえも自分でちょっとなんとかしろよ、からだの管理とか。バランスのいい食事をとれよ。いりことごまとひじき、な」
毬子は私にがなる。
「いずれ、またくるから」
「毬子さんのいずれはすごく早いからな」
と私は言う。
立ち去る者として毬子は、なにかこみあげるらしく、しかし私と天馬茜のほとんど無反応なかんじがお気に召さないようで、
「もう、おまえらは。あんぽんたんみたいに。名物の雷おこしとかさ、キヨスクですかさず買ってきてくれよ。嘘うそ。いらんいらん。じゃな」
言い終わらぬうちに、ドアがしまった。
にこやかに笑っている。
なにかしゃべってもいるが、ききとれるはずもない。
天馬茜は両手をふりつづけていた。が、口では私だけに、「やっといなくなるんですねえ、ああよかったあ」と言った。
「わたし、一週間、息がつまりそうでしたよ。共同部屋に行ったら、あの巨大なひとがいて、乾燥機を使って、灰田さんの服から下着から、洗ってるんですから」
嬉野毬子のことを、まったく客として扱わなかった。彼女は部屋をきれいにしにきたようなもんだ。それを私はあんまり悪くも思っていない。
「灰田さん、会社を辞めるんなら、いっしょに辞めていいですか」
帰り道、天馬茜が言い、
「いや、いらん」
私は即答した。
「だって、さっきわたし、嬉野毬子さんに、頼まれたばかりだし……トモダチでしょう」
「いらん、トモダチとかは。辞めるならひとりで辞める」
「またそんなこと言ってえ。御供させてくださいよう」
「布団のローンがあるでしょうが」
「そうですが」
私の部屋のたんすの引き出しは、毬子流にタオルがロールケーキのようにまるめてしまわれている。私が会社へ行っているあいだに、ダニ・ゴキブリ退治の煙を立てたので、いまではかわいらしい子蜘蛛さえ一匹もいない。灰色の猫も寄りつかなくなっている。洗面台のコップには、なぜだか歯ブラシを置いていった。
「公園だ」
天馬茜が叫ぶ。
「シーソーがある。しましょう、しましょう」
私たちにはもうそれは小さすぎるのだった。きっとおもしろくもないし、自分のからだの大きさや重さや武骨さや鈍感さに気づくだけなのに、やった。地面にシーソーの板がぶつかると|尾※[#「骨+低のつくり」、unicode9ab6]骨《びていこつ》に響いた。膝に痛みが走った。公園には私たちふたりだけだ。親子連れが怪訝《けげん》な顔をして脇を通った。犬の散歩をしているひとが、あからさまに横目でばかばかしそうにこちらを見た。はしゃいでいる天馬茜に私は、帰ろうのひとことが言えないでいる。電灯のあかりのしたで、天馬茜の影法師が伸びたりちぢんだり曲がったりする。
「あ、いいもん、見っけ」
天馬茜が白くてまるいこぶし大のものを拾う。その場所が、すすの山だったので、そこはゴミ焼き場やん、と私は思ったが、そのままにしておいた。
「変わったかたちの石だあ」
と、ポケットへいれている。
「宝物ー、宝物ー」
節をつけて歌っている。
見せようとするので見ようとしたら、隠す。見たいですかと訊くので、いらんと言ったら、恭《うやうや》しく両手に載せて差し出した。穴がいかにも目と鼻の穴と口の位置にぽかんとあいている。
それって猫の頭やん、と私が言うと、天馬茜は、ぴたりと動作を停止し、「はい?」と耳に手をあてて首をかしげるというしぐさをした。死んだかなんかして、だれかが焼いたんだよ、ともう一度教えてやると、やっと飲みこめたらしく、「ええ、そうですね。老衰の猫かなんかで、飼い主が焼いてやったんでしょうね」と努めて平常心で言う。いや、ほんとにやさしい飼い主なら、頭蓋骨を公園なんかに残していかないよ、でもとにかく、見ればみるほど、猫なのは確かだね、と私は言う。天馬茜はがくがく頭を上下に揺さぶり、「ええ、ええ、これは猫の頭ですね、ええ、大きさといい、なんといい。耳もこのへんにあったというようにちょこんととんがりが」。耳は軟骨だから焼けてんじゃないの、と言ったら、「いいえ、これは確かに、かすかに、とがってます、耳の跡です」と興奮してしゃべりまくりつつ、直立のままだ。その頭蓋骨を放ろうとするが、手にくっついているみたいに離れない。握ったままでいるからだ。
見ているうちに、私も悪寒のようなものが背中に走り、早く部屋に帰ろう、と思う。ダニ・ゴキブリ退治以来、もう私のことは忘れたみたいに姿を見せないあの灰色の猫の生死を、確かめたい。ベランダにえさでも置いておびき寄せようか。──でも、そんなにしてまで私は猫のことを、必要なわけじゃない。たまに顔を見せてくれればいい。ほんのときどきでいい。目と目が合っても、あんただれだっけというふうにつんと知らんぷりしてくれてもいいのだ。
初出誌
しょっぱいドライブ 「文學界」2002年12月号
富士額       「文學界」2001年2月号
タンポポと流星   「文學界」2002年6月号
単行本 2003年3月 文藝春秋刊
〈底 本〉文春文庫 平成十八年一月十日刊