TITLE : ボクはこんなことを考えている
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ボクはこんなことを考えている 目次
第一章 栗ご飯ノート
恐怖体験
ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド
文学な人
愛と憎しみのタイアップ
O君の物語
第二章 四角いジャングルノート
プロレス雑誌「恐怖新聞」説
複雑な彼
レスラー右脳人間説
果たして「国は体を表わす」か?
天動説の男
第三章 人間なんてラララ〜〓ノート
彼女の映画をまだ見ない
陽水さん、御免
誰が言ったかおしどり右京
東京タワーでザッパッパ
君は伝説になりたかったのか?
人生の応援歌、いる?
されど私の人生は
ケーシー・ケーシー・ケーシー
家庭内透明人間と親
ぬるりひょんの詩人
まんが道
妖怪じめじめ女
お色気ハルマゲドン
第四章 UFOノート
オカルト探偵
ノストラダムスってスゲー名前だ
シャルル・ボネ宜保愛子
霊界は見えても自分の姿が見えぬとはこれいかに〓
UFO米国民話説
コックリさんはいつもお帰りにならない
「超常現象」肯定派と否定派
第五章 恋を知らない少女達
Fancy Free Strawberries
それは恋?
妄想の女《ひと》
エリーゼのために
バブルな想い
追っかける理由
追っかけの礼儀を考える
好きになる理由
冷める理由
第六章 単館ロードショー・ノート
東京国際おマヌケ映画祭に『ボクサー』を
寺山修司はヤンキーを支持する
ローラ・パーマーとカツオ
あえて宮崎作品にミステイクを
フランス映画でいい塩梅
さらばパール座
第七章 再び栗ご飯ノート
陽水さんのリハーサル
『さくらの唄』
好きだ! リゾートが大好きだ!
寒空の下、彼はツイストを踊っていた
遠去かる風景
あとがき
文庫版あとがき
第一章 栗ご飯ノート
恐怖体験
恐怖は蜘《く》蛛《も》の糸に似ている。
抗《あらが》えば抗うほど、そのいやらしい粘着質の糸は絡みつく。悲鳴を上げ、死の舞踏を踊らされる獲《え》物《もの》をあざ笑い、情け容赦なく、地の底、闇《やみ》の奥へと引きずりこむ魔性の白き糸。
恐怖は、蜘蛛の糸によく似ている。
私が二十数年間の人生において、最も忍びよる蜘蛛の糸を……つまりは恐怖を間近に感じたのは、忘れもしない。あるバーでのできごとだ。
暑い夜だった。
じっとりと汗ばむ夏の夜、ツアー先で、私は一軒のバーに入った。
扉をあけると、ムッとするタバコやバーボンの香りと共に、ストーンズの「悪魔を憐《あわ》れむ歌」が私の体を包んだ。
「いらっしゃい」
うなぎの寝床のような狭い店内に、客はいなかった。カウンターの隅で、壁に背をもたれて、うつろな瞳《ひとみ》の女が一人立っていた。
「何にする? バーボン?」
四十代前半といったところだろうか、女は紫の煙を吐きながら私に尋ねた。
「あ、んじゃロックで」
「どこから来たの?」
「東京です」
「そう」
バーボンのグラスが私の前に置かれた。
グラスを握る彼女の指に、毒蛇のリングがあった。
薄暗い店の中、ランプの光を受けて、その目が一瞬光ったように見えた。
「音楽やってるの?」
と、女がふと尋ねた。
「はあ、まあ」
「ロックね」
「ええ」
「どんな感じの?」
「どんなって……まあ何ともいえないヘンテコなバンドでして、パッと聞きはハードロックかなあ」
「ふうん。……グルーブしてる?」
「……はっ〓」
「グルーブしてんの? あんたのバンド」
「グ……グルーブっすか……」
女は自分もグラスを持っていた。
カラン……とグラスを揺らし、言った。
「ロックはやっぱ……グルーブよね」
私は返す言葉が見つからず、とりあえず、
「そ……そうっスすねー」
と言った。
――やばい店に入ったな、と気付いた時にはすでにおそかった。たたき込むように、女は私に言った。
「あたしの名はマリ。……ジャニスと呼ばれてるわ」
誰が呼ぶのだあんたをジャニスと? のどまで出かかった声をグッとこらえ、私は言った。
「はあ……バンド……やってらっしゃるんですか?」
「昔よ、昔」
そして約十秒沈黙した後、
「ブルース……おもいっきり黒いのをね……」
と、思い出すように言った。
――どうやら私は、「いなたい店」に入ってしまったようだ。
「いなたい店」……各地方都市に必ず三軒はあるといわれている人外魔境的空間のことである。そこでは時間の概念は意味をなさない。店員もお客も、すでにはるか昔であるあの時代。愛と平和とロックの日々、黄金の六、七〇年代に生きているのだ。
パンクもハウスもましてやラップなんてなかったあの頃、ベルボトムとロンドンブーツでキーポンロッキン! の、あの時代。ボブ・ディラン、ニール・ヤング、オールマン・ブラザーズ・バンド。壁にはられたLPの帯。顔面崩壊した北島三郎のごとき『クリムゾン・キングの宮殿』の見開きダブル・ジャケット。本棚いっぱいの『ミュージック・マガジン』。まだポケット・サイズだった頃の『宝島』バックナンバー。
ああそこは、レトロもアナクロも越えたフリーダム・ワールド。
ああキープ・ミー・ハンギン・オン!
なのである。
ジルバ、マンボ、ロカビリー、各時代ごとに「若者をダメにする悪魔の音楽」といわれた音楽ジャンルは、世代が代わる度に、「通のための音楽」というマニアックな立場へと移行していった。それは新世代にとっては、旧型の興奮増加装置ほどかっこ悪いものはないからだ。
ハウス、ラップが登場して以来、かつて若者のオピニオン・リーダーとして、文化の最先端として君臨していた「ロック」も、この衰退の法則を逃れることはできないのではないかと思う。六、七〇年代ロックは、「恥ずかしいレトロミュージック」として、博物館ではなく、各地方都市の「いなたい店」に安住の地を求めるより生き残る手段はないのだ。
たまたま私が入ってしまった、この店のようなところに……
「あんた、どんなの聞くの?」
「えっ……まあ……」
私はここは合わせた方がいいかなと思い、「ツェッペリなんか……」と、そつのないことを言った。
「ツェッペリン? ジミーはギタリストと言えないんじゃない?」
女は、冷たく言い放った。
「そうすか、けっこう好きですけどねぇ。ジミー・ペイジ『のっぽさん』に似てるし」
そう言ってお茶を濁そうとしたが遅かった。
ダン! と大きな音をたて、女はグラスをテーブルに置いた。
「あんたブルースをわかってるの?」
「へっ? や、ブルース系はどうも苦手で」
「ブルース系って何? あたしはブルースをどう思うかって聞いてんの」
「へっ、いや、どうもこうも……その」
私は自分が蜘蛛の糸に絡まれ始めたことに気付いた。
「いなたい店」には、ロック好きの若者を見つけるとすかさず、「ロック問答」を挑んでくるまるで禅寺の坊さんのような人々が必ず存在するのだ。
「ロックはやっぱりブルース。血の色のブルース。そうでしょう」
「そっすよね。ぶるーすっスよねぇ」
ブルースでもブルース・リーでもなんでもいい。私は逃げねばと思った。彼女が「女が男を愛する時」をため息まじりに唄《うた》い出す前に、この限りなくいなたい空間から逃げた方がいい。でなければ私は一晩中彼女のブルース哲学を聞き続けねばならないはめになるだろう。逃げねば。
「あ……ボクもう帰りますん……」
言いかけた時、扉がガチャリと開き、口ひげをたくわえた男が店内に入ってきた。
女は男をチラと見て、こう言った。
「あらジョニー。今日はずい分とお早いお着きね」
ジョニー。
ジョニー。
日本人なのになぜジョニー。
ジョニーと呼ばれた男はフフフと笑い、私のすぐ隣りに座った。
ジョニーは阪神タイガースの野球帽をかぶっていた。……庶民的な奴だぜジョニー。
女はジョニーを指さし、私に言った。
「この人ジョニー、ここら一番のブルースマンよ」
女は「マン」を「めぇん」と発音した。
「よせよママ」
と、ブルースめぇんジョニーは照れた。
やばい、
この雰囲気。かなりいなたい。
私はいわゆるブルージーな空間というのが怖い。
ブルージーな人々は、必ず隣人にも自分同様のグルーブとソウルを求めたがるものだからなのだ。
「ジョニー、この人に一曲歌ってあげて」
来た。
やはり隣人をほうっておかない。
「よし、ママ、ギターくれよ」
来た。
来た。
「いなたい店」定番! 必殺カウンター弾き語り攻撃、バイ・ジョニー。
「新曲作ったんだ」
ジョニーは私を見てほほえんだ。……新曲と言われても。それより以前の曲を私はもちろん知らないのだが。
「まあ、どんなの?」
「ふ……シビアな曲だぜ」
「テーマは? 酒? 女? それとも……人生?」
「そんなんじゃねえ、ある一人の、バカげた男についてのブルースさ」
「誰……ブロンソン?」
なぜそこでマンダムの名が出る、ママよ〓
私は思わず関西風つっ込みを入れそうになったのを、必死の思いでこらえた。
「フセインだよ……ママ」
ジョニーの挙げたその名を、その時私はてっきり黒人のギター弾きか何かと思った。だからママが「えっ、サダム・フセイン?」と彼に尋ねた時、思わず後ろに引っくり返りそうになったのだが、驚くべきことにジョニーは、こっくりとうなずいたではないか。
「そう! サダム・フセインのブルースをつくったぜ、ママ」
つくるなよそんなもん!
「まあジョニー、さすがにインテリね。タイトルは? まさか『サダムに捧げるブルース』っていうんじゃあないわよね」
「フフフ……ちょっとちがうな」
ジョニーは吸っていたタバコをネックの糸巻きに刺し、ギターをAのコードでポロリとつまびいた。
「題して……」
ジョニーはママと私を交互に見て、キッパリと言った。
「フセインいやだいやだブルース!」
Dから7EE7へ、ジョニーの指が素早く動いた。
リズムを刻む。
ママが速くも身を揺らし始める。
うめくように、ジョニーは唄い始めた。
「いやだぜ〜、いやなんだぜ〜、フセインはぁぁ〜 ズビズバ〜」
ズビズバ
ズビズバ!
どこの言葉だズビズバ〓
「湾岸戦争〜ユルセネェぜ〜、ダバダバ〜」
ダバダバ
ダバダバ!
何を意味するダバダバ〓
「あたしもそう思うわ〜ズビダバー〜」
おお! あろうことか〓
ジョニーのリズムギターにのせて、カウンターの中のママが、ブルースで答えたのだ。
しかもズビダバと。
私はもう、目前数十センチの距離で始まったこのブルース・ジャム・セッションに、驚き、たまげ(同じか)、言葉が出なかった。
「ジョニーとママが、オレにふってきたらどうしよう」
そう思うと、蜘蛛の糸に身動きがとれなくなって、ただ死を待つ虫のように、寒々とした気持ちに襲われるのであった。
「スカッド・ミサイル〜、もったいねえぜ〜、一体いくら金使うんだ〜い、ズビズバー」
「パトリオットも高いわよ〜ダバダバ〜」
「そんな金あったらオレに回せよ〜ズビズバ〜」
「そうすりゃこのお店のつけも払ってもらえるってわけね〜ダバダバ〜」
「そりゃないぜママ〜、ズビズバ〜」
「オホホホ、ジョニーったら……ダバダバ〜」
ズビズビダバダバと二人のジャムは続いている。
そっとお金を置いて、このまま逃げてしまおうか。
そう思った時だ。
「ところでそこのお兄さ〜ん」
リズムギターにのせて、ジョニーが私に言った。いや、唄った。
「あんたもロックやってんだってな〜」
「あ……いや、ま、そうっすけど」
ジョニーは満足気な笑みを浮かべ、私がさっきから、心の底から恐れていた言葉を唄に載せて言った。
「あんたも何か唄ってくれよズビズバ〜」
この私に「フセインいやだいやだブルース」の続きを唄えというのかジョニーよ〓
「お客さんも唄ってよダバダバ〜」
ママも私をブルースの世界へ誘おうとするのだった。
「うなっておくれよお兄さ〜ん、ズビズバ〜」
「しぶいのど聞かしてちょうだいお客さ〜ん、ダバダバ〜」
読者よ、
友よ、
君はママとジョニーに両サイドからブルースぜめに遭う恐怖を体験したことがあるか?
悪魔のズビダバ攻撃の前に、抗う手段を探すことができるか〓
私は……できなかった。
「どうしたんだい唄ってくれよズビズバ〜」
「しらけちゃうじゃない〜、お客さ〜ん、ブルース唄ってダバダバ〜」
「ホラ、ズビズバ〜」
「ねえ、ダバダバ〜」
「ズビズバ〜」
「ダバダバ〜」
「ズビズバ〜」
「ダバダバ〜」
「ズビズバ〜」
「ダバダバ〜」
「ズビダバズビダバズビズビダバババ〜」
……恐怖は蜘蛛の糸に似ている。
抗えば抗うほど、そのいやらしい粘着質の糸は絡みつく、情け容赦なく、地の底、闇の奥へと引きずり込む魔性の糸なのだ。
私は引きつった笑みを浮かべながら、真夜中のカウンターで石地蔵と化していた。
私はこのブルース地獄から、永遠に出ることが出来ないのではないだろうか。
そんな身も凍る想いに捕らわれながら……。
ジョニーとママのブルースは、メリーゴーランドのように、いつまでもいつまでも私の頭の中で回転し続けるのであった。
ズビズバ〜
ダバダバ〜
ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド
一度でいいから試してみたいものがある。
LSDだ。
LSD=リゼルギン酸ジエチルアミド。ライ麦の先っぽから化学者の実験中に偶然発見された強力な幻覚剤である。発見者である博士は、ある実験中に精製したライ麦エキスをたまたまなめてしまった。「あ、やべえかな」とか思いながら、家に帰りくつろいでいると、なんだかとってもいい気持ちになってきちゃったのだ。ポンワワワ〜ンとでも表現すべき多幸感の世界に、自分がいることに彼はハタと気付いたのだ。
「い〜塩《あん》梅《ばい》だあ〜」
と、博士が言ったかどうかは知らないが、こうしてLSDに幻覚作用があることが発見され、スターのゴシップが奥様族に知れわたるぐらいの猛スピードで、LSDはアメリカのみならず世界中の若者に広がり、六〇年代、七〇年代の文化に、ただならぬ影響を与えたというわけだ。特にロックという文化ジャンルは、影響というよりも洗脳といった方が正しいのじゃないかというくらいLSDにどっぷりとはまってしまったらしい。とても有名な例として、ビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」がある。この曲はズバリLSDによる幻覚体験を音楽化したものであり、それぞれ単語の頭文字をつなげると「L・S・D」となる。思わず「そのまんまやないけ!」と、関西風つっ込みをジョン・レノンの薄い胸板に喰《く》らわせてやりたくなるネーミングなのである。
LSDの幻覚体験とはいかなるものなのか?
これも「ルーシー……」を聞けば雰囲気ぐらいはシミュレーションできるようになっている。
読んで字の如し、聞いて歌の如し。
「ルーシーちゃんがダイヤと一緒に空に浮かんでまっせ〜」という感じらしいのである。
ようするに、LSDを服用した人間は、まわりの人々から見ると「何言ってんだあんた〓」「おいおい! ちょっと休んだ方がいいぞお前」というような忠告を受けざるをえないほど、スットンキョウな精神状態になってしまうわけなのだ。じゃあお酒みたいなもんかなと思うと、それはかなり違う。酒を自動車に例《たと》えるなら、LSDはUFOだ。
LSDは、一時期「精神分裂病患者の内的異常世界を仮体験」できる薬として研究が重ねられていたスーパー幻覚剤なのだ。
それほど強烈な幻覚を見るらしい。
人間の感情や本能を、音楽によっていかに高めるかということを試行錯誤してきたロックミュージシャンたちが、LSDに飛びついたのも当然のことといえる。
今時流《は》行《や》らないよと言われても、ボクもやはり、ロックとドラッグというものは異母兄弟ぐらいに親密な関係にあると思っている。
『クイズ、ダウトを探せ!』とか『世界まる見え特捜部』とか、果ては『欽ちゃんの仮装大賞』でニコニコと審査員までやってしまうボクを、最近はロッカーと思って見てくれる人も少ないようなのだけど、こう見えても実はロック魂っちゅーかなんちゅーか、そーいった内田裕也さん的なものもしっかりと持ち合わせているロックンローラーのこのボクとしては、ぜひ一度、心の兄貴LSDと、腹を割ってつき合ってみてえぜと思っているのだ。それでパクられたって日《ひ》和《よ》っているよりゃマシさ、ふざけるんじゃねえよ動物じゃねえんだぜぇ! ってなアナーキー・デストロイな気持ちもないわけではない。オーケンは見た目より不良なのだ。ロケンローラーなのだ。
だがしかし、ボクにはやはりLSDはできんだろうなぁということもよくわかっている。
いかにLSDがこの世ならざるトリップに誘ってくれる魔法使いであろうとも、その術にかかっちゃやっぱマズイよなーと思う理由があるのだ。
見た目よりも不良でロケンローラーのボクに、LSD体験の歯止めをかけているのは、父と母の存在だったりする。
別にボクは、警察のご厄《やつ》介《かい》になって、したり顔のキャスターから「まったく、芸能人のおごりとしか言えませんね」とかコメントされることなど屁《へ》とも思わないのだけど、とーちゃんかーちゃんが息《むす》子《こ》の不祥事によって外出しづらくなり、わざわざ裏道づたいに15キロ先でタバコを買ったり、買い物かごからネギが落ちて、「あら奥さんおネギが……」と親切に言われても顔を見られるのがつらくって「いーです、いーです、さしあげます。無農薬でおいしいですわよ」とか言いながら小走りにその場から逃げ出したり、ましてや風邪をひいて薬屋にコルゲンを買いに行ったら、「うちには麻薬はありませんよ」てな嫌味を店主に言われて悔し涙にくれながら店先のケロヨンをこっそりと蹴っとばしたりするのかと思うと、さすがにどうも「スマヌ」「バカな息子でゴミン!」とゆー気分にならざるを得ない。
父母のことを考えた場合、LSDを服用するのは賢明な行為だとは考えづらくなるのだ。
「親の気持ちを考えた場合」なんてフレーズが心に浮かぶようになったのは、いつのころからだろうか。
十代の頃には、当然のごとくそんな発想はなかったように思う。
ボクの反抗期というのは、中学入学と同時ぐらいに始まり、それから約十年近く続いた。
まだこの世の何も見えぬうちからすべてに飽き果て、ニヒリストを気取り始めた十代半ばごろから、親の存在もまた、否定的な観点でしか見ることのできないもののひとつとなったわけだ。
反抗期といっても、親に対し暴力的な態度で挑んだわけではない。他のエッセイにも書いたが、家庭内で喜怒哀楽の感情を出さず、必要最小限の言葉でしか家族とは会話を交さない「家庭内透明人間」にボクは変身してしまったのだ。その頃のボクは、学校においても「教室内透明人間」になろうとしていた。
「暴力型の反抗は古来よりあった定番スタイルに過ぎず、一見革新的でありながら結局校則ひとつ変えることもできない馬鹿者のあがきであることは歴史が証明している。それよりもオレは、この腐り切った現実社会を否定するための最善の策として、黙秘権を用い、社会内透明人間として一生を生きることを決意するのであーる!」
てなことを、確かボクは考えていたのだ。当時から理屈っぽかったってことね。
読者諸君、家庭内に透明人間がいるとどーゆーことになると思う?
オバQやドラえもんがいてあんだけ楽しそうなんだから、そりゃ透明人間がいた日にゃわが家はまるでドボチョン一家、さぞや毎日面白かろうと思うと、これがあにはからんやなのだ。
ただの陰気な家庭になってしまうのだ。
我が家の恥をさらすようで恐縮なのだけど、ボクが十代の頃の大槻家食卓ほど、わびしい空間も無かったように思う。
「賢二、今夜はカツよ、カツ食べなさいカツ」
「……うん」
「どうだ、受験は、志望校は決めたか?」
「……さあ」
万事この調子なのである。
父母の方もそのうちあきらめてしまったようで、食事時も滅多に語りかけてはこなくなり、大槻家の夕食は、見るでもないテレビの音をBGMにただ淡々とメシを食らうという、ほとんどやる気のないラジオ体操のようなむなしい習慣へと変化していったのであった。
当然、家庭的なぬくもりというのは希薄になってしまった。
今にして思うと、それはみんな、「家庭内透明人間」という反抗の仕方を選んだボクに原因があったように思う。反抗は反抗なのだから、もっとストレートに、母には暴言ふざけんじゃねぇよ攻撃、父には掟《おきて》破りの逆ラリアット攻撃でもってドーンと反抗すべきではなかったろうか、その方が父母にしてもどんだけ扱い易かっただろうかと今になって思うのだ。
当時のエピソードにこんなのがある。
クリスマスの夜だった。聖夜とはいえ、家庭内透明人間によってうつろなベールのかかった大槻家でパーティーが開かれるわけもない。それどころか、兄は友人と出かけ、母は何かの会合に行っていて、家にいるのは父と、透明人間のボクだけだった。
クリスマスの夜、父と息子は会話もなく、モソモソと食事をとっていた。一秒でも早く自室に閉じ込もりたいと思っていたボクは、さっさとメシをかき込むと、スックと立ち上がった。もちろん「ごちそうさま」なんて言わない。
父もしかるでもなく黙々と酒を飲んでいた。
茶の間を出ようとした時、父がぼくの名を呼んだ。
「賢二」
ふり返ると、父がボソリと「今日はクリスマスだな」と言った。
「そうだけど」
と答えると、父はポケットから五百円玉をひとつ取り出し、こう言った。
「これでケーキでも買いなさい」
そうして、五百円玉をパチンと机に置き、また黙々と酒を飲み始めた。
……わびしい、あまりにわびしい大槻家のワンスナップである。しかもクリスマスだっつーのに……。
この時、ボクはほんの少しだけ、自分の反抗の仕方は間違っているのではないかと思った。
ケーキ屋でモンブランを買った。一人自室で食べたが、うまくもなんともなかった。
結局、反抗期というのは親離れするための、人間生理学的な体内の調整活動によるものではないかと思う。
その時期がすぎると、ある日、突然目が覚めたかのように、親に対する嫌悪感は消える。今まで一番の「断絶理由」と考えていた「自分に対するおせっかい」までが、それはそれで楽しめるようになってしまうから不思議だ。
つまりこれは、「おせっかいされるな。親離れ最大の敵だぞ!」と体内で警告を与えていた生理学的な何かが、「もう親離れはすんだからね。ありがたいと思ってやんなさいよ」と、政策をグッとゆるめたからなのだろう。
そうすると今度は、あんなに嫌だった親のおせっかいが、ほのぼのと笑えるようになってくる。
二十代になり、反抗期を越えたボクは、バンドで日本全国を巡るようになった。
その日は日比谷公会堂で、ZIGGY、パーソンズ、ユニコーンらとのイベントに出ることになっていた。寝坊したボクは、メシも食わず、あたふたと玄関から飛び出そうとしていた。
その時背後で母が叫んだ。
「賢二! 待ちなさい」
母はエプロンで手をぬぐいながら「そんなにあわててどこへ行くの?」とのん気に聞いた。
「ライブだよライブ! コンサート」
「んまあ! ライブ。じゃあご飯食べてきなさいよ。お腹へるでしょ!」
「時間ない、急いでるから」
そう言って扉に手をかけたボクに、母はキッパリと言った。
「油あげ焼いたから食べていきなさいっ!」
……これから数千の観衆の前で、熱くロックをシャウトしようというバンドマンに対し、その前に「油あげを食べていけ」と主張できるのは、これはもう、母という立場にある者以外に存在はしないであろう。
母の「ライブ直前食ってけ攻撃」は、現在でも定番となっている。
先日も、長期のライブツアーに出かけようという日、たまたま実家によると、母はやにわに冷蔵庫からビニール袋を取り出し、ボクに言うのだ。
「ホラ! ゼリーよゼリー! ゼリー持ってきなさいゼリー!」
母よ、これから旅に出ようという息子に生ものを渡すのはよしなさい、生ものは。腐っちゃうでしょうが。
父も父で、かなりやる。
父の場合は「必殺留守電吹き込み攻撃」である。
テレビ出演のあった次の日などに、父からの苦言が留守電に吹き込まれていることが多多あるのだ。
「見たぞ、何だ、あの色眼鏡は!」
家に帰り、ホッとする間も無く、留守電から父の一喝! どうやら、きのうオン・エアされた番組で、ボクがミラーのサングラスをかけていたことが、昭和一ケタ生まれの父にはいかんともユルシガタかったようなのだ。
「あれはいかん! 見てる人に失礼だよ!」
うーん、そーゆーものかね。
「みんな怒ってるぞ! あんなの」
みんなとははたして……誰なのだろう?
「とにかく、今時流《は》行《や》らないからな! あんなサングラスは!」
二十代の若者に対し、「そのファッションはすでにレトロだぜ」と主張できる六十代は、我が父をおいて他には存在せぬだろう。『メンズクラブ』とか読んでたりして。
父の留守電攻撃で、最近特にびっくりさせられた事件がある。
ある日『笑っていいとも』を見ていると、「二十歳に見えないコンテスト」というのをやっていたのだ。童顔だったりフケ顔だったりして、年齢どおりに見えない人々がたくさん登場するという企画だ。そのコーナーに、妊娠した髪の長い女性が参加していた。司会のタモリさんは彼女を指さし、
「お、大槻ケンヂ!」
と言った。
なるほど、髪の長さといい、顔のつくりといい、とてもボクに似ている。
スタジオはドッと笑いに包まれ、彼女はコーナー中ずっと大槻ケンヂと呼ばれるはめになった。ボクも「似てるなー、お腹の赤ちゃんも似るのかなー」などとヘラヘラ笑いながら見ていたわけだ。
と、その夜、
またしても父からの怒りの留守電が吹き込まれたではないか。父はいつにもまして怒っている。
ナンダナンダドーシタのだと思いつつメッセージを聞いたボクは、思わずその場にひっくり返ってしまった。
父からの留守電は、こんなことを言っていたのだ。
「賢二! 今日『笑っていいとも』を見ていたらな、妊娠した女優さんが出てきて、タモリに『それは大槻ケンヂのせいですね』と言われていたぞ! お前! そんなことをしたのか〓」
うーん……。
そこまで勘違いできるものか? 普通。
では、こんな父と母のおせっかい攻撃がミックスされた場合、どのような事態が起こるのであろう。
想像するだけで恐ろしいわけだが、先日、実際にそれは現実のものとなった。
ある日、父が「皮ジャンを買ったからな」と電話をしてきた。別に父が皮ジャンを買おうがユッケジャンクッパを食おうが知ったことではない。「へ?」と聞き返すと、父は「お前に皮ジャンを買ってやったからな」と言い直した。
「皮ジャンをボクに買ってくれたわけね」
「そうだ」
「それはどーも」
「高いんだぞ」
「いくら?」
「〇十〇万円だ」
「そ……それは高い。何でそんな」
「今年はお前、収入がそこそこあるだろう。こういう時はある程度使った方が節税になるんだ」
「あーなるほどね……へ〓」
へ〓 ということは、その〇十〇万円というのは、ボクのお金ってことじゃないのか?
「実家にあるから取りに来い」
と言って電話は切れた。
……いくら節税とはいえ、ちょっとそれはないんじゃなかろーか、一応オレの金じゃんかよー、親といえどもそんな勝手に……と、半ばプンプンとしながら次の日実家へ帰った。
〇十〇万円の皮ジャンは、いい皮すぎて逆に合皮に見えるほど高級なシロモノであった。
「これはあったかいからな」
と父。
「そんなやぼったいセーター脱いで、今着てみなさい今」
と母。
着てみると、ほかほかと実にあたたかい。
「いいもんだからな。雨の日は着るなよ」
「んまー! いーじゃないお父さんそんなこと、賢二、ドンドン着なさい」
そんなことを言ってふむふむとうなずきあっている父母を見ていると、お金のことは言い出せず、ボクは〇十〇万円の皮ジャンを着て、ありがとうというのも照れ臭いので、「どーもどーも」などと他人行儀なことを言いながら実家を後にした。
「たしかにあったかいが、オレの金を……」
てなことをブツブツ言いながら、その日は休みだったので、散歩をしに井《い》の頭《かしら》公園に行った。
北風が吹いても、さすがに高級皮ジャンは寒さを寄せつけなかった。
その時、年の割にジジむさいボクは、寒かったらいやだなぁと、内ポケットにホカロンをしのばせておいたのだが、あったかいから必要ないなと思い取り出すために、皮ジャンのジッパーを開けた。
ふと、皮ジャンの内ポケットに、小さな字で何か書いてあるのが見えた。
よく見ると、それは刺《し》繍《しゆう》だった。
白い糸で、「オーケン」とぬい込まれていた。
おそらく、父と母がこの皮ジャンを買う時に、お店の人にたのんで入れてもらったのだろう。
父と母は、ボクの愛称である「オーケン」という名前を、以前から気に入っているようだった。
ポン! とふいに灯《あか》りがつき、またすぐ消えるように、皮ジャンにオーケンと字を入れてくれとお店の人にたのんでいる父母の姿がくっきりと目に浮かんだ。
井の頭公園のベンチで、〇十〇万円の皮ジャンにはどう見ても不つりあいな「オーケン」という小さな文字を見つめながら、ボクは、
「やっぱり、あの二人のことを思うと、いかにロケンローラーのこのオレとはいえ、LSDはできんよなあ」
と、つくづく思った。
文学な人
時々、「文学な人」に会うことがある。
「文学な人」といっても、眉《み》間《けん》にしわを寄せた国文学教授芥目小路龍之介(78)とか、「近所におっきな図書館がないからこの団地は住むとことは云えないわ」、かなんか言ってポーンと本のためだけに引っ越しちゃう活字中毒の礼子さん(25)というわけではない。
存在自体が「文学」しちゃっている人のことだ。
ボクが文学してるな、と思うのは例えばこんな人のことだ。
まだ小学校にも上がらぬころのこと、西武新宿線のなかで彼にあった。
お昼時の私鉄車内はガラガラで、車窓からはうららかな春の日が射し込んでいた。数人しかいないお客さんは列車の単調な揺れもあいまって、みな背を丸めてうとうととしていた。都会の中ののどかな一時だったわけだ。
と、下《しも》落《おち》合《あい》でのってきたサラリーマン風の中年男が、一車両全《すべ》てに響きわたる大声で、突然「中止中止! こんなの中止!」と叫んだのだ。
「中止だよ中止! 私は東京のゴータマ・シッダルータです!」
と、どこにでもいるお父さんといった感じのサラリーマン氏は、一せいに注がれた周りの視線をまったく気にする様子もなく、自らを釈《しや》迦《か》であると名乗ったのだ。
自称釈迦男は、続いてこんな驚くべきことを言った。
「今、宇宙電波がパンタグラフを伝って私におりました」
釈迦男の口調はしっかりしたものだった。大声で、りんとしていた。彼が酒に酔っていないことは一目でわかった。ただ瞳の色がうつろだった。ちょうど、深く暗い海の底からつり上げられたばかりの、深海魚の目のように、視線がこの世のどこにも定まっていないのだ。
「新宿に火が降りております。この電車の運転を中止せねばなりません」
「まいっちゃったなあ」という表情の乗客に見つめられながら、自称釈迦男は、固く握った拳を両のひざに置き、やおら叫ぶように言った。
「オレの妻よ! 子よ! 姉よ! オレを愛するのにオレを馬鹿にするのはよしなさい。矛盾しているじゃないかアンタら!」
ロックバンドでCDを出したり、詩集や小説を出版するようになってから、「文学な人」に出会う回数がめっきり増えてしまった。
ボクの歌詞には、愛や夢を渇望するがあまり、この世界の果てからアリャリャと落っこってしまった人々がやたらに多く登場する。そういうことも、ひとつの原因なのかもしれない。
メルヘンチックな便《びん》箋《せん》に、ねんざした左手でつづったような字をビッシリと詰めて、週に一回ぐらい送ってくるファンの少女がいた。
彼女の文章を分類すれば、エロス退廃型ということになるのだろうか。
「わたしわ大槻さんに抱かれたいと思うことがあるもちろんフェラチオもできる(だってしたいんだもん)」
というような、「文学な人」の文章にありがちな、点や丸が極端に少なく、逆にカッコや注釈の異常に多い文面だった。
「わたしわ大槻さんを〇月〇日〇〇で待っているのでさらってください」
地図が書いてあった。どこで調べたのか、仕事帰りにボクがよく車で通る街の一角である。
〇月〇日、深夜、マネージャーの運転する車でその場所を通った。
人気のない、闇《やみ》にとっぷりと包まれたビルの玄関に、ろうそくの炎のように、ぽつんと、黄色いワンピースが見えた。
近づくと、ヘッドライトに映し出されて彼女の顔が見えた。
まだ十代前半の、あどけない少女の顔には、まるでこれから夏祭りの御《み》輿《こし》をかつぎに行くかのような、赤や黄色やムラサキの、ケバケバしい化粧がほどこされていた。
すれちがう瞬間、彼女はボクを見ていなかった。どうやら気が付かなかったらしい。
闇の中に、すごいスピードで遠《とお》去《ざ》かっていく黄色のワンピースは、ある距離まで達した時、やはりろうそくの炎のように、フッと消えて見えなくなった。
「文学な人」は、とにかく文章を書くのが好きなようだ。そしてメディアで見聞きするものごとは、彼らにとって、全て自分に直結していることであるらしい。ボクの書いた『新興宗教オモイデ教』という小説の中に、親猟塚聖陽としづという、二人の女性が登場する。二人は精神的な同性愛の関係にあるという設定になっている。ちなみに、二人とももちろん創作の上での人物だ。モデルはいない。
ある女性ファンからの手紙にはこう書いてあった。
「あの聖陽というのは、私の友人の陽子さんのことですね、そしてしづというのはよくライブに一緒に行く〇〇しづさんのことですね、すぐにわかりました。でも二人がレズだなんてことはないと思うんですけど……どういうことなんですか?」
……どういうことなんですかと言われてもなあ。
どういうことなんですかね?
その他にも、見知らぬ女性からいきなり、
「先日のデートは楽しかったです。お世話になりました」なんてお手紙をいただいて、思わず「文学な人より手紙来てお世話になったと言われしオレ誰?」なぞと字あまりな短歌の一つもうなってしまうような経験がけっこうボクの生活にはある。
そういえば、ジョン・レノンが人生の最《さい》期《ご》に会った人物も、相当に文学な人だったよなあ、ということを考えると……ドキドキするな……。
ボクが出会った中で最も文学していたのは、あの母と娘ではないかと思う。
寒い冬の日のことだった。
深夜、帰宅すると、部屋の前にぽつんと立っている人物があった。
着込みすぎて雪ダルマのようにふくらんだ背中を向けて、その少女はボクの部屋の前に立ちつくしていた。
真っ赤な帽子、真っ赤なコート、ムラサキ色のショルダーバッグ。
常識や礼儀をまだ学んでいない女の子が家に来てしまうことは以前にも何回かあった。こういう場合、はっきりと迷惑であると告げるべきなのだ。
「おい、君」
と声をかけた。
クルリとふり向いた彼女は、まだ高校生ぐらいに見えた。化粧っ気のまるでない、素朴な表情で、彼女は「友達になって下さい」と言った。
「そんなこと言われてもね、こーゆーとこまでこられるのは迷惑なんだよ」
それでも少女はもう一度、「友達になってもらえませんか」と言った。
「迷惑なんだってば」
語調を荒げて言うと、彼女は黙った。しかし、帰ろうという気配はなかった。黙秘権を行使して私は断固戦い抜く! といった感じの、決意の沈黙のようだった。
ボクは弱り、全身赤とムラサキで固めた少女を見おろしていた。
「あのう……」
と、後ろで誰かがボクに呼びかけた。
ふりむくと、いつの間にあがってきたのか五十歳ぐらいの女性が、満面に笑みをたたえて立っていた。
彼女はムラサキ色のコートを着て、赤いくつをはいていた。
「えっ? あの」
状況を把《は》握《あく》できないでアワアワしているボクに、その女性はほほえみながらペコリと頭を下げ、こう言った。
「娘をよろしくお願いいたします」
もう一度ふり返ると、赤いコートの「娘」と目があった。
娘はボクを見上げ、ニヤリと笑った。
ただならぬ出来事に遭遇すると、よせばいいのに好奇心を爆発させてしまうボクは、この文学な母娘の話を、閉店間ぎわのコーヒー屋で聞いてみることにした。
二人の話は、要約するとこういうことになる。
今、静かなる暴動が世界各地で始まろうとしている。権力による略奪の魔手は我々母娘にまで忍びよろうとしている。我々は逃れる手段を探し、反撃の時を待っている。全ての情報は権力のスパイ活動によって秘密にしておけるものではないが、裏のルートはある。それにより静かなる暴動と権力による略奪という恐るべき未来を知覚しているものの名を知った。
大槻ケンヂさん、それはあなたです。……と。
「お家を探すのに三日かかりました」
といって娘は笑った。
「電車を乗りついで来たんですよ、目黒で荷物を盗まれましてねぇ」
母はそこまで言うと、あたりを見まわし、声をひそめた。
「ホラ……目黒っていえば権力の手先がいますからね、あいつに盗られました」
「は? 目黒の権力者……ですか」
「よくおわかりになってる、さすが」
ホッホッホと母は笑った。
「あの……その、なんでボクが……その……『知っている』とわかったんですか?」
「裏ルートですよ」
と母。
「だって筋肉少女帯って筋少、英語表記するとKING=SHOWでしょう」
と娘。
「まあまあ、しゃれてKINSHOWじゃなくて、〓“G〓”を入れてKING=SHOWと書いたりするけど、それが何か?」
「KING……つまり権力の比《ひ》喩《ゆ》なんでしょ」
「娘の言うとおり、この世は将棋なんですよ。KING……権力者のことでしょ、KINGを消す、KI《王》NG《を》=SH《消》OW《す》でしょう。ケンヂさん、あんたよくわかってらっしゃる!」
頭がクラクラした。
「あの……そんで、静かなる暴動に気づいているのはボクだけなんですか? お母さん」
「いえ、もう一人います」
母はまたあたりを見回し「スパイがいますからね」と言って声をひそめた。
「もう一人いるんですよ……」
「誰ですか」
「それはねぇ……」
「それは……?」
「天知茂です」
キッパリと、母は言った。
なぜ、
なぜ天知〓
思わずボクの眉間に深々と苦悩の縦じわが刻まれた。あたかもマダム・キラーの異名と明《あけ》智《ち》小《こ》五《ご》郎《ろう》役で有名な、往年のダンディ俳優天知茂のように……。
喫茶店が閉店時間となったので、ボクたちは外へ出た。公園で話の続きを聞いた。
「……それで、お二人は権力からずっと逃げてるわけですか」
「ええ、娘と二人でね、どこにいても見つかりますから、ずっとこの先も旅を続けますよ」
「ずっとですか……旅を」
「ええ」
母と娘が顔を見合わせて笑った。白い息が二つ、ホッコリと空に浮かび、すぐに夜の中へと消えた。
「で……どうなるんですか、旅をして」
「最後はこうなるだけですよ。旅の果てにねぇ」
と言って、母は両手を胸のあたりにピタリとつけ、手首をカマキリのように下に向けた。いわゆるそれは「幽霊」を表す時のポーズだった。
そこでも小一時間程話し、ボクは彼女らと別れた。会話の内容をここに詳しく書き記すわけにはいかない。彼女らの語ってくれたのは、全て権力のスパイ活動さえ手の届かない、裏ルートによって流出された貴重な情報であるからだ。彼女らの言う「静かな暴動」に勝利するために、私は断固これを死守する義務がある。……らしい。
別れぎわ、母と娘はいつまでもいつまでもボクに手をふってくれた。
闇に浮かぶその姿は、どんな映画よりも演劇よりも、そしていかなる文学よりも、不思議で忘れられない光景であった。
はるか昔から「文学な人」は存在していた。彼らはその時代ごとに形《けい》而《じ》上《じよう》世界と交信する選ばれた者として、社会の中で特別な役割と価値を認められていたのだ。それは、明らかに正常な精神状態ではなくなった者の言う言葉の中に、どういうわけか正しい未来の情報が含まれていたり、彼らの周りで物質的な怪現象が生じることが実際にあったからだ。このことから、普通でない内面世界をもつ者は、その特異性のひとつとして、この世ならざる世界とアクセスしているのだという解釈が生まれたわけだ。超人間的な精神の力を持とうという者たちの修行法は、これを逆にとらえて、普通の人間でも「文学な人」的精神を有するようになれば、未知とアクセスできるのだという観点から体系化されている。
「文学な人」を「超人間」と解釈するか、それとも「救済されるべき不幸な人々」と思うか、この問題ははるか昔と現在では大きく考えがちがっている。もちろんいうまでもなく現在では後者だ。
しかし、ボクは思うのだ。
「文学な人」をあえて超人間と解釈するのも、それもまたひとつの救済方法なのではないかと。
文学にもならないヘンテコな考え方だけど。
愛と憎しみのタイアップ
トイズファクトリーレコードのディレクター・N氏は苦悩の男だ。
彼の苦悩は、筋肉少女帯という、あまり「売れ筋」とは言えないバンドの担当になってしまったことが原因となっている。
筋肉少女帯は、かなりデカイ音を出し、難解とも言うべきシュールな歌詞を唄《うた》うロックバンドだ。コアなファンはつくが、大衆に受ける音楽とは言いがたい。何より、カーステレオで流すにはちとハード過ぎる。これを売るには、なんとかタイアップを取るのが最良の策と思われる。
現代のロック業界において、今やタイアップは何よりも大事なものとされている。
ミュージシャンの才能なんかよりも、もしかしたらこっちの方が大事かもしれない。なぜ企業の力がそれ程までにロックに必要不可欠なのか? 答えは明白だ。現代日本において、誰もロックなど必要とはしていないからだ。必要とされない文化ジャンルは、必然的に、巨大な資本力の加護を受けなければ生き残ることはできないからだ。
すたれゆく文化ジャンルに対しての巨大資本の御加護……それがタイアップだ。
読者の中には、ロックがすたれゆく文化ジャンルだなんて信じられないという人もいるだろう。だが事実ロックは本来の役割を終えた。絶滅寸前の恐竜のようなものなのだ。
六、七〇年代においては、ロックはカウンターカルチャーでありオピニオンリーダーであり、そして若者の感情を一瞬にして爆発させる興奮剤であった。
今や、ロックにその効力は無い。
カウンターカルチャーはさまざまなジャンルに取って代わり、オピニオンリーダーを若者は必要としなくなり、興奮剤としての音楽ならダンスミュージックがある。
ロックは役目を終えたのだ。
ロックと同様の役割をになう音楽ジャンルはロック誕生以前にもあった。今では想像もつかないが、ジャズやマンボだって絶頂期にはカウンターでオピニオン興奮剤だったのだ。『アルジャーノンに花束を』の作者、ダニエル・キイスは、何かのインタビューでロックについて聞かれ、「私の時代にも〓“悪魔の音楽〓”といわれていたものがありましたよ。私のころは、それはジルバでしたけどね」と語っている。
つまり、若者を覚《かく》醒《せい》させる音楽ジャンルというのは、ある程度寿命というか、旬《しゆん》の時期が限定されていて、その時期を過ぎると、また別の新たな「若者覚醒音楽」が生まれるように、音楽の神様かなんかによって決定付けられているということだ。
ロックとて、不老不死なわけではないはずだ。「若者覚醒音楽」の平均寿命はどのくらいなものだろうか。ロックは少なくとも三十年はがんばった。よくやったとねぎらってあげてもよいだろう。
しかし、もう無理なのだ。若者の心がロックじゃ躍らない時代はもうそこまで来ているのだ。ハウス、ラップの台頭はその予兆である。
ロックに残された課題は、そしてロック好きが今考えなければならないのは、いかにして役割を終えたロックを、せめてその音楽スタイルだけでも次世代に残しておくかという難問だ。
いかに保護を受けるか……これに尽きる。
能、狂言など、かつて一世を風《ふう》靡《び》した文化は、伝統芸能として、国という最強の資本力の保護を受けたことにより生き延びた。
ロックは本来、「反体制」という基本テーマを抱えて出発した文化だ。ここにロックのつらさ悲しさがある。
長いものに巻かれてはいけないと主張してきた文化が、今や、長いものに巻かれなくては生き残れない状況に追い込まれているのだ。
自らが糾弾していたはずの対象に、保護を受けなければ生きていけないのだ。
現在、ロックの人々は、タイアップという資本力の加護を受けながら、依然として、「長いものに巻かれてはいけない」という主張をくり返している。
これは、大いなる欺《ぎ》瞞《まん》だ。
断罪されてしかるべき矛盾なのだ。
糾弾されても断罪されても、ロックは選択してしまったのだ。矛盾したポリシーを抱えながらも生き残る道の方を。
溺《おぼ》れる者なんとやら……である。
この選択は、情けないけど……きっと仕方がないのだ。
長いものに巻かれることを拒みロックが死に絶えていく先を見届けるよりも、「あんた言ってることとやってることと違うやんけ!」と文句をつけられながらも、ロックが生き残って長生きしてくれた方が、ロックの好きなボクとしてはうれしい。
たとえ生き残ったものが、ロックという音楽の、そのスタイルだけであったとしてもだ。
筋肉少女帯もまた生き残らなければならない。
N氏はタイアップを取るべく東奔西走した。我々メンバー一同も、タイアップを取り易い「明るくキャッチーでポップ」な作曲をすべく努力した。
一曲、これはという曲が出来た。
明るくキャッチーでポップなメロディーライン。
「これならタイアップが取れるかも知れん」
N氏は興奮した調子でボクに言った。
「ドカーンとブレイクかもね!」
「大槻! ここは一発! わかり易い歌詞を書いてくれよ!」
「明るくキャッチーだね!」
「そうだ! そしてポップな詞をたのむ!」
「恋愛物かな?」
「当然さ! リスナーが主人公になり切れるような、こう、〓君が好き〜、みたいなやつだよ」
「トレドラ風ね」
「うん! さわやかなやつね!」
「OK! やってみるよ」
「たのむぜ大槻、君の詞でタイアップ取れるかどうかが決まるんだからな!」
その夜、ボクは「明るくキャッチーでポップ」な、タイアップ必至の詞を書こうと机に向かった。しかし……魔がさしたというのだろうか、出来上がった詩は、さわやかから六億光年は遠い位置にあると思われる内容だった。
タイトルはこんなだ。
その名も、
「ゴーゴー蟲《むし》娘《むすめ》」……
……ある日、自分が蟲であることに気付いた少女が、自分の姿を鏡に映し、思い悩む、「彼女の世界は鏡地獄、どちらを向いても蟲だらけさ」……我ながら良くできた歌詞であるとは思うのだが……タイアップにはむいてないかもしれん……。
「スマン!」
肩より低く頭をたれ、ボクはN氏にわびを入れた。
「こんなのになっちゃった」
N氏は何も言わなかった。
うつむき、黙って歌詞を書いたレポート用紙を見つめていた。
心なしか肩が震えていた。
「本当にゴメン……タイアップはあきらめてくれ!」
断《だん》腸《ちよう》の思いで告げると、N氏はボソリと、
「……残念だよ……」
と言った。
タイアップとってドーンとブレイク。
我々の青写真が、夢が、野望が、取らぬタヌキの皮算用が、全て水泡に帰したのだ。
気まずい沈黙が流れた。
いっそ、首をくくってわびようか、とボクは思った。
と、
青ざめ切っていたN氏の顔に、サッと緊迫した表情が浮かんだ。
そして「ウム!」と小声でうなった。
どうしたN氏〓
まさか苦悩のあまり舌でも噛《か》んだのか〓
「ウムムム」
N氏の眉間にくっきりと縦じわが浮かんだ。
眼に精気がみなぎってきた。
彼はどうやら、なにかとてつもない発想をつかんだようなのだ。
「お、大槻!」
N氏が叫んだ。
腹の底から振り絞るように、彼はこんなことを真顔で言った。
「大槻! これ、殺虫剤のタイアップ取れないかなあ〓」
生き残るって……大変だなあ。
O君の物語
SMクラブに行ってきた。
仕事としてではない。個人的な興味から行ってきたのだ。
例の「女王様とお呼び! ピシピシ!」というやつを体験してきたわけである。
いやあそれにしても、自らのSMクラブ体験をエッセイに告白したロッカーがかつていたであろうか。ロックミュージシャンの多くは「社会の矛盾を暴き、つねに本音で勝負する」なんてことをポリシーとして主張しているが、んなこたーウソだ。本当を言えばどいつもこいつも、ツアー先のキャバクラ遊びさえ、あの手この手を使って隠《いん》蔽《ぺい》しようとする小心者たちばかりなのだ。その中で、ドードー「SMクラブに行ってきた」と告白できる大物などロック界広しといえどもこのオレ様ぐらいなものだろー、ワッハハハハハ。ミック・ジャガーとてできまいて!
まあミックはそんなとこ行かないだろうけどもね。
ともかく、SMクラブでいわゆるプレイをしてきたわけだ。
SMに対する興味は、まだ小学校にも上がらぬ幼い頃からあった。
というと、まるで縛り歴二十年、生まれながらの調教師苦界魔鬼五郎(47)愛と性の遍歴! というようなトンデモないムードになってしまうのだが……事実なのだ。
きっかけは、「ウルトラセブン」である。
御存知のように、セブンは地球の愛と秩序と平和を守るため、M78星雲から飛来したヒーローである。毎回、異星から襲来した怪獣、宇宙人と波乱万丈の戦いをくり広げるのだ。セブンには一応、ウルトラ警備隊という地球人の自衛組織がフォロー役についているものの、結局最終的には、たった一人で異《い》形《ぎよう》の者たちと死闘を展開するはめとなる。
この、たった一人の闘いという部分に、ボクは何ともいえぬ心と肉体のわななきを覚えたのだ。
愛や平和や秩序などという、とても不確かなものを守りぬくために、何の見返りも求めず、グロテスクな化け物たちになぶられ、蹂《じゆう》躙《りん》され、のたうち、苦しみの声を上げる哀れな超人の姿に、幼少のボクは、性的な興奮を感じていたのだ。特に、セブンが中世の鎧《よろい》武《む》者《しや》を連想させるボーグ星人に組み伏せられたり、ガッツ星人によって十字架の刑に処せられるシーンなどには、ハッキリとセクシャルな興味を持って見ていたことを、今でもよく覚えている。
理想のために戦い、抑圧され、無念の想いの中に朽ち果てていく戦士の姿にエロスの影がつきまとうという事実は、三島由紀夫の小説を読むまでもなく明らかなことである。
十字架にはりつけられ、観念したかのようにうなだれた超人の肉体を、今にもとろけ出しそうな夕陽が、血の色に染め上げていく。もともと真っ赤なセブンの肌は、染まるごとに、さらにヌメリと輝きをますのだ。
その姿を見て、まだ五、六歳の大槻ケンヂは、「性」という誰しもが一生つき合うことになる厄《やつ》介《かい》な自分の中の動物を、眠りから目覚めさせてしまったというわけだ。
子供向けドラマで性に目覚めたなんていうと、まるでボクのことをノーマン・ベイツなみの性的異常者と思う人もいるかもしれない。それはちょっと待ってほしい。読者よ、自分のヰタ・セクスアリスをじっくり思い出してみてください。
性の目覚めというのは、それがハッキリとセックスにつながるものではなくとも、必ず幼少の頃に見たメディアによるものなのだとボクは確信している。まだ十歳にもならぬころ、子供向けTVドラマを見ていて、喜怒哀楽いずれとも判別できない不思議な感情の波にふいに襲われた事は誰にでもあるはずだ。
例えば、アニメ映画でクサリを足首にはめられてお城に幽閉されているお姫様だとか、スパイ映画の中で、敵に自白剤を打とうと注射器をかまえる冷徹なナチ将校の姿なんかに、何ともいえぬ胸の高鳴りと体の火《ほ》照《て》りを感じたことのある人はたくさんいるのではないかと思う。
なぜこのような「ドキドキ」が起こるのかというと、それは先天的に変態だからだとかそんな人じゃけっしてなく、ちゃんと理由あってのことなのだとボクは思っている。
セックスには「征服と服従」という側面がある。「愛」なんてうつろなものよりも、こっちの方が実は重要なのではないかとボクは思っているのだが、それはさて置き。つまり人間というのは誰しもセックスの重要要素であるこの「征服と服従」を、まだものごころもつかぬ幼年期の頃から認識する能力を、しっかり持っているものだからなのだ。
子供向けテレビドラマで描かれる戦いというのは、「正義と悪」との抗争であり、大人たちは子供に、その中から「道徳」や「平和の大事さ」「勧善懲悪」などの健全な要素を学び取ってほしいと考える。ところが子供というのはそう一筋縄で行くものではない。彼らは大人の望む道徳的なものよりも、「正義と悪」との戦いの中に、セックスの重要要素である「征服と服従」という概念をまっ先に嗅《か》ぎとってしまうことがあるのだ。のみならず幼児たちは、それ以外の性的要素もしっかり嗅ぎとる力を持っている。
現代、幼児の生活において、親以上の影響力があるテレビ番組は、こうしてヰタ・セクスアリス推進装置としての機能をいかんなく発揮しているというわけだ。
ドリフにおける加藤茶の「ちょっとだけよ」で露出趣味に目覚めた男もあろう。「キューティー・ハニー」におけるパンサー・クロウのあからさまなボンデージファッションで生ゴムフェチになっちゃった乙《おと》女《め》もあろう。
そしてボクは、セブンによってSMへの興味に開眼してしまったというわけなのだ。
面白い話がある。
セブンが十字架刑に処せられた回が放送された翌日のことだった。近所に住むひとつ年上の女の子が、ボクの家に遊びに来たのだ。彼女は手にゴム縄を握りしめていた。「お外で遊ぼう」と誘う彼女と連れだって、公園へ行った。そこで彼女は、ボクをすべり台のそばに立たせ、こう言ったのだ。
「ゴム縄でぶたせなさい!」
弱《じやつ》冠《かん》六、七歳にして、彼女はしっかりと女王様になりきっていたのだ。
はたしてセブンの影響が彼女のサディスト願望を覚《かく》醒《せい》したのか、それとも彼女は先天的女王様体質だったのかは今でもわからない。
ともかく、ヒュンヒュンとゴム縄を振りまわす彼女に追っかけられて、ボクはビービー泣きわめいて逃げまわったことだけはよく覚えている。
さあ、まるで言い訳のように前置きがながくなった。簡単に言えばどんなもんか一度体験しようと思い立ったとゆーだけのことだ。とにかくボクはSMクラブに行ってきたのだ。そこにおける不可思議な体験をみんなにお伝えするのが「ロック界の便利屋」であるオーケンの役目であろう。
その店には、一度取材で行ったことがあった。インタビューに答えてくれた女王様お二人は、職業サディストとはとても思えない、明るくて物腰のやわらかい女性たちだった。
中世ヨーロッパのお城を思わせる……というよりも東京タワー名物怪奇ろう人形館の拷《ごう》問《もん》コーナーみたいな内装のプレイルームでお話を伺《うかが》った。ムチ、はりつけ台、檻《おり》、おどろおどろしいSMグッズに囲まれた薄暗い部屋の中で、女王様はニコニコと「業界話」を聞かせてくれた。
「ある時なんかね、中年のおじさんがバレリーナの服を持ってくるんですよ。『あたしは白鳥葉子。意地悪な先輩にいじめられながらプリマを目指す少女なの……という設定でお願いします』……だって」
「はあ、女王様に白鳥葉子になれと」
「ちがうんですよ! おじさんが白鳥葉子、あたしは意地悪な先輩役」
「……で、いじめるわけですか」
「ええ、でね、いちいちこまかいんですよ、決まりごとが、『可《か》愛《わい》い顔してると思っていい気になるんじゃないわよ……と言ってしかって下さい』とかね」
「はあ……可愛い顔してんですか、そのおじさん?」
「してるわけないじゃない! 和田勉みたいだったわよー!」
と言って女王様は黒い下着のままケラケラと笑うのであった。和田勉。
「あたしのとこに来たマゾ男君はね」
と、もう一人の女王様は言った。
「老人として扱ってくれっていうの。まだ二十歳ぐらいの人なのによ」
「ジジー願望ですか〓」
「うん、資産家の令嬢におつかえする『ジイ』として扱ってほしいんだって。で、わざわざワープロで打った台本作ってくるの。プレイ前に二人で本読みするのよ。
『お嬢様、お茶をお持ちしました』
『バカ! あたしはコーラを持ってこいと言ったんだ! ボケジジー!』
とかやるのよー」
と言ってまた、彼女もケラケラと笑うのであった。
彼女たちは、自分の職業を特別なものとして考えている風ではなかった。まるで得意先の担当者が変りもので笑っちゃうのよー! とウワサ話に華《はな》を咲かせるOLのように、一般的には「変態」と呼ばれても過言ではないお客たちを、親しみを込めて話の種にしているのだ。
この普通さがかえってことの異常さを際立たせていておかしい。
「今度オレもいじめていただこうかなあ」
と、冗談めかしてボクが言うと彼女たちは、さらにニコニコと笑い、
「ぜひ来て下さいよぉ! 大歓迎させてもらいますよ」
などと言うのだ。
彼女たちにしてみればこれはきっと、自分の職業に個人的興味をもってくれたことに対する精一杯の感謝の言葉なのだろう。
しかし、
「いじめていただこうかなあ」
「大歓迎しますよ」
というシュール劇のような会話が成立してしまうSMクラブという場所は、やはり都会の中の魔境なのではないだろうか。
女王様が大歓迎すると言っているのだ。これはいかねばなるまい。
数カ月後、ボクは決意を固め、クラブに電話を入れた。
さて、当然のことながらSMとはサド・アンド・マゾのことである。いじめるかいじめられるか、SMクラブの門を叩《たた》くものはみな、なによりもまず、この究極の選択をせねばならない。特に芸能人の場合、万一バレた時のことまでシミュレーションして二者択一を熟考する必要がある。
S、M、いずれの立場で訪問したとしても、「やだー」「信じられなーい」といったネガティブな周囲の反応は必至であろう。そんなことは百も承知である。その程度の非難にへこたれるくらいなら最初っからSMクラブなど行こうとするものか〓(えばることじゃないっスね)
「SかMか〓」……「生きるべきか死ぬべきか」あたかもハムレットのごとく思い悩んだ末、ボクはMコースを選択することに決めた。個人的にはどちらでもよいのだが、Sとしてクラブに行ったことがバレた場合の「冷血、残忍、人の苦しみを喜ぶ男」というイメージは、いかにロッカーとはいえ、ぬぐいさることのできない非道者の影となって一生つきまとうことになろうと考えたからだ。もしボクが結婚した時、我が妻が「平成冷血夫人」とか呼ばれて白眼視されるのはあまりにカナシー。近所に顔向けできなくて、こっそりと買い物に出かけ、買い物かごからポトリとネギが落ち、「あら奥さん、おネギが」と声をかけられても顔を見せるのが嫌でつい、「いえいえ気になさらずに、なんでしたら持っていって下さい。無農薬でおいしいですわよ、ホホホ」などとさみしく笑いながらその場を逃げ出すのかと思うとやり切れない。それに対し、Mとしての入店がバレた場合のイメージなんか、たかだか「かっこわるうー」「情けなー」「笑っちゃうー」ぐらいなもんである。上《う》手《ま》くすれば、「谷崎や三島の文学を身をもって学びとろうとしたのだな」と思ってもらえるかもしれない(思わんか)。これなら妻も安心しておネギを拾える。いいことばかりだ(どこがじゃ)。
「M」を選択し、テレホンナンバーを押した。
「あ、どうも、先日取材でお世話になりました」
「えっ! あ、大槻さん〓 うれしー! かけてくれたんですねぇ!」
実は、女王様のA子さんは、以前からボクのことを応援して下さっている。つまりファンの方でもあったりするのだ。
「どーしたんですかー〓 あっ、プレイの御予約ですか?」
「あ、いや、まぁ、はぁ」
決意の上での電話とはいえ、さすがにいざとなると恥ずかしいもんである。
「どうぞどうぞ、ぜひいらして下さい。大歓迎しますよぅ」
またしても大歓迎! 喜ぶべきなのかなんなのか。
日時を決め、SMクラブ体験はほぼ決定的なものになった。
「あたしちょっと緊張しちゃうなあ、ちゃんといじめられるかなあ」
と、電話を切る直前までA子さんは悩んでいる様子であった。
それにしても「ちゃんといじめられるだろうか?」と自分の心に問いかける職業がいったい世の中で他にあるだろうか。
つくづくSMってシュールだ。
当日、ボクもまた緊張していた。そりゃそうだ。これから「いじめられに行く」人間が平静な精神でいられようか。店はごく普通の商店街に建てられた雑居ビルの三階にある。お隣りは書店。なかなかビルの階段を登れなくて、ボクは用もないのに本屋を出たりはいったり、怪しい立ち読み男と化してしまった。
「ふむふむ『インディアンにハゲはいない……なぜ〓』か」などと、いかにもアメリカ先住民族と毛髪の相互関係に頭を悩ませるうさんくさい学者のごとく、まるで用のない本をペラペラめくって予約時間が来るのを待った。
約束の時間を5分過ぎたころ、ついにボクはクラブへ通ずる階段を登り始めた。
二階は普通の美容院である。
きっと三階に登る勇気がなくて、そんな気ないのに美容室に入ってパーマあててもらっちゃった野郎もいるんだろうな。美容師に「おかゆいところございませんかー?」とか言われて、「あー、こんなはずじゃー」と苦悩しながらついつい「あ、耳の後ろんとこ、そう、そこ、ああ、いい塩《あん》梅《ばい》だぁ」なんてため息ついちゃったりしてな。
もちろんボクはそんな失敗はおかさず、薄暗い階段をさらに登った。
クラブの扉はいかにもガッチリとした鉄製で、秘密めいたムードをかもし出している。
扉の前で深く深呼吸。やっ! とばかりにインターフォンのボタンをおした。
「あっ、どーも、予約しました……」
「キャー! 本当に来たあ! やだどーしよー!」
どーしよーかと思っとるのはこっちの方じゃ。
「あ、今開けますからねぇ」
ガチャリ、とロックを開ける重い音が聞こえた。
もう逃げるわけにはいかない。
ギギギーッと音をたて、鉄の扉が開いた。
A子女王様は黒ネコを思わせるレザーの服に身をかため、さっきまでのややミーハー的語調とはうってかわり、押し殺すように言った。
「覚悟はできてんだろうねぇ!」
そしていきなりの一本ムチ攻撃!
ヒュン。
空気の切れるするどい音とともに、ボクの股《こ》間《かん》に刺すような痛みが!
「ギャー! A子さんいきなりそんなぁ!」
「うるさい豚男! 女王様とお呼びぃぃぃ!」
「ぢょ! ぢょうおうさまぁぁっ!」
……なんてゆーのはウソである。
扉の向こうに立っていたのは、ごく普通の服を着て、はにかんだように笑うA子さんであった。
「あっ、どーも、どうぞ中へ」
と言って彼女はペコリと頭を下げた。
つられてぼくもペコリとお辞儀。
「アハハ、どーぞどーぞ」
「いやいや、どーもどーも」
ペコペコと頭を下げあう二人、これがこれからいじめいじめられようという関係にあるなどと一体誰が想像できよう……シュールだ。
通されたのは畳一枚分程の小部屋である。テーブルを挟み、ソファーに座った。
「えっとですね。初めての方には、御希望のプレイを注文してもらうことになってるんですけどぅ」
「え、希望のプレイですか?」
「ええ、どんな風にされたいとかあります?」
「や、どうかなあ……どうですかねぇ」
読者よ、君は「どんな風にいじめられたいか」と問われて「それではまず亀《きつ》甲《こう》縛《しば》りでお願いします。床にころがし、ヒールで存分に踏んだのち、顔面騎《き》乗《じよう》一発お願いします。あ、それと犬にしてくださいますか、ポメラニアンとヨークシャテリアの混合種で名前はジャボチンスキー。二歳の設定でひとつよろしく!」などと即答できるか?
うーむうーむと答えに窮しているボクに女王様は、まるで「コーヒー、ホットでいいですよね?」と言うように言った。
「おしっことか飲めます?」
「えっ〓 いや、それはちょっとどうかと」
「そうですか、ムチとかは大丈夫」
「うー、まあそのへんはお約束でしょうから、ひとつ」
「うーん、ムチOK……ね、じゃ設定とか決めましょうか」
「設定ですか?」
「例えば女教師と生徒とか。姉と弟とか」
一瞬、怪獣とウルトラセブンというのはどうですかと尋ねてみようと思ったが、流石《さすが》にやめた。
「いやー、どうですかねぇ、設定ねぇ」
「そうですかぁ……どうしましょうねぇ」
「どうでしょうねぇ」
ボクも女王様も、うーんと考えこんでしまった。いじめるものといじめられるものとが頭をつき合わせてその方法を考えあっているのだ。……シュールだ。ダダもアバンギャルドも裸足《はだし》で逃げ出すヘンテコな時の経過状態といえよう。かつて黒沢年男は「〓バカバカしい人生よりバカバカしい一時がうれしい、ムフムフー」と名曲『時には娼《しよう》婦《ふ》のように』の中で歌ったが、この状況はあの歌詞をはるかに越えている。
どうにも考えがまとまらずにいるボクに業を煮やしたのか、女王様は突然ポンとひとつ手を叩《たた》いた。ドラマの中で真犯人を見つけた探偵が「よし! わかった」という時のようなポーズをとって、彼女はボクに言った。
「よし! とりあえずやってみましょう!」
とりあえず、二人はプレイルームへ入った。
八畳ぐらいはあるその部屋には、ムチ、滑車、はりつけ台といったSMグッズの数々があちこちに設置されてあった。
「音楽かけるわね」
といって彼女はカセットのボタンを押した。
ハードコアメタルがプレイルームに微音で流れ始めた。
後で聞いたところによると、女王様にはロック好きが非常に多いのだそうだ。特にパンク・メタル系が多いという。ステージ衣装としてボンデージの服を買いにSMショップへ通ううち、この道に入っちゃったなんて人もいるらしい。
女王様にロック好きが多いという話が出たところで、一体女王様とはいかなる人々なのかについて考えてみたい。
個人的な考えでは、彼女らは四つのタイプに分類されるのではないかと思う。
〓デカダン耽《たん》美《び》タイプ〓ヤンキーお水タイプ〓真性サドタイプ〓ブーム便乗タイプである。
〓は、SMの持つ退廃的な文学イメージから入った女王様である。猟《りよう》奇《き》、デカダンスなムードを好み、本なら谷崎、三島、寺山修司、夢野久作、ボードレール、ジャン・ジュネ、バタイユ、映画ならフェリーニ、ケン・ラッセル、音楽は英か独のポジパン、ニューウェイブを好む。〓は、〓を文化系とするならズバリ体育会系の女性だ。SMの持つ暴力性と水商売的な部分に吸い寄せられた彼女らが、女子高生時代に定期購読していた雑誌はやはり『ティーンズ・ロード』なのではないかと思う。音楽は工藤静香で決まりであろう。〓は「生まれながらの」と名前の前に冠せずにはいられない、根っからのサディスト。とにかく人をいじめたくてしかたないという人々。その昔ボクをゴム縄で追っかけまわした彼女もこのタイプなのかもしれない。〓は、村上龍さんが『トパーズ』を書いて以来急激に増えたといわれる「なんかSMっておしゃれかもしれなーい」という軽い動機で入ったタイプ。
もちろん、これ以外にもさまざまな理由があって、人は女王様という仕事を選ぶのだろう。
プレイの前にはシャワーを浴びるのが規則になっているという。一人、プレイルームの脇にあるシャワールームで体を洗う。カーテンの外では女王様が待ちうけているのかと思うと、何とも言えぬ気分である。
シャワールームを出ると、女王様は黒い下着姿になっていた。いわゆるひとつの「女王様スタイル」である。
女王様はイスに座り、ひざを組み、タバコに火をつけた。
キビキビとしたその一挙一動は、さっきまでのほがらかなA子さんではすでになかった。
はいっている。A子さんは女王様という役がらにすっかりはいり込んでいらっしゃるのだ(思わず敬語になる)。
一息、ふうと青い煙をおはきになり、彼女はこの豚男めにお声をかけられた。
「早くおいで、ここにひざまずくんだよ。『女王様よろしくお願いしますとごあいさつしてみなっ!』」
きた!
ついにきた!
ボクは女王様の前にしずしずと正座し「女王様よろしくでお願いします」と言った。
女王様はこの世の総《すべ》てを知っているかのような笑みを顔に浮かべ、組んだ足先のヒールをユラユラとゆらしながら。
「『で』がよけいなんだよ、『で』が」
と、静かに言った。ボクは女王様の足下で「具が大きいなあ」というカレーのコマーシャルをふと思い出していた……。
ああこれ以上は書けない。
いかにロック界一の正直者、「本音のケンちゃん」と呼ばれるこのボクでも、この後におこったドグラ・マグラな世界について書く勇気はない。ここまで引っ張っておいてまるでサギのようでスマヌ、が、書けん、とても書けんのだ。
読者の想像にまかせたいと思う。
あ、ちょっと! いくらまかせたからってそんなことまで想像せんでもいいっての、ほどほどに想像してくださいね。ほどほどに。
とにかく、しとどなく時は流れ、プレイは終了した。
女王様は再びA子さんへともどり、ニコニコしながらお茶などいれてくれるのであった。
「どーもお疲れ様でしたぁ」
本当にお疲れ様である。
「どうでしたかぁ」
「いやあ……なかなか、なんでも勉強ですねぇ」
「アハハ、そうですかあ?」
「しかしママがのぞきに来たのにはあせった」
「アハハハ、ごめんなさいねぇ」
ママというのはこのクラブの店長さんであり、かつ自らも二十年来の女王様であるという女性のことだ。一見、美容院にパーマをかけにきた上流階級のお母様といったムードのママさんなのだ。
プレイ中、何度もこの「お母様」が、様子をうかがいにきたのだ。
プレイルームの扉をチョコッと開け、そこから半身だけのぞかせて、おだやかな笑顔を浮かべて、
「どうですかあ?」
などと尋ねてくるのだ、このお母様は。
またまた想像していただきたい。今まさに手足を縛られてムチうたれようという状態の時、やさしげな笑顔の中年女性に「どうですかぁ」と問われて、一体なんと答える、読者よ〓
ちなみにボクは、あわてて「あっ、おかげさまで!」と言ったがな。
お母様の半身チョコットだけ攻撃は三回ぐらいあった。その度、「どうですかぁ?」「あっ、なんとも実に!」「どうですかぁ?」「あっ、なかなかどうも!」などという禅問答のごとき一問一答がかわされたのであった。
しかもママさんののぞき方というのが、まるで娘のところへ初めて男友達が遊びに来て、「あたしゃなんだか興《きよう》味《み》津《しん》々《しん》でのぞかずにはいられないよ」といった感じで、ほのぼのとしているのだ。
多分、店長であるママさんとしては本当に、「どうですか、うちの子ちゃんといじめてますか?」と聞きたかったのだろう。
はたから見れば異常この上ないことでも、その世界の中ではそれが正常なのだ。異常と正常の識別は人類普遍のものではない、民族、国家、世代、多少なりともそこにズレが生じれば、XがYとなり、YがZへと変化していくものなのだ。
ママさんの「どうですかぁ?」攻撃がとてつもなく不思議なことに感じられるのは、刺激もなく固定された価値観の世界に、ボクが長いこと住んでいたからなのだろう。
最後に、最近ボクがハタと気付いた、SMについての考えについて書いておきたい。SMをテーマにした映画や小説のストーリーは、たいがいどれもこれも似たようなものだ。一人の美しく清《せい》楚《そ》な女性が囚《とら》われの身となり、あられもない性的虐待の限りを受けるうち、やがて、サディストの言うことを何でも聞く人間へと「調教」されていく。
SM物語は、あきることなくこのワンパターンを焼き直し続けているのだ。冷静に考えて、いくら暴力を受けたって、そんな調教などされるものか、SM物語の根底には男尊女卑の発想があるのじゃなかろうかと、つい最近までボクは思っていたわけだ。
ところが、SMによって人が「調教」されてしまうことは本当にある、と今確信している。別にSMクラブ体験でボクが実際に調教されちゃったとかそんなんじゃない。「調教」とは、いいかえれば「洗脳」なのだ。
「洗脳」によって人間の思想、信仰を根本から変化させてしまうことは可能だ。古くは上流階級の人々を占う霊能者を養成するため、あるいは戦争において、敵国捕《ほ》虜《りよ》のイデオロギーを自国のものへと改造するため、最近では新興宗教団体や人格改造セミナーがやはりこの「洗脳」を用いて、信者や会員を増やしているわけだ。
「洗脳」の方法は、まず人をひとところに閉じ込め、長時間罵《ば》倒《とう》する。その人の精神的基盤となっている思想・信仰をとにかく否定するのだ。何十時間にもわたってこれをやられると、どんなに強固な意志を持った人でもダメになるという。その人が自分の今までの考え方に不安を抱き始めたところで、今度は新しい理念をまた何時間も彼に吹き込む。「Aはちがう! Aじゃない! Aはバカだ! Aなどやめろ!」と何時間もいじめた後で、次は「Bを信じろ! Bを信じろ! Bを信じろ」と延々やるわけだ。そしてBを信じようかなと思い始めたら、今度はその人に対し、うってかわって優しい態度で接するのだ。そうするとその人は、生まれかわったようにBという理念を妄信するようになる。「洗脳」の完成である。
ちなみにロックバンドでこの「洗脳」を応用しようとした人がいたらしい。人々を閉じ込め、否定と新理念の吹き込みをやったらしい。そのバンドが何人のファンを「調教」できたのかはわかっていない。
SM物語の責めといえば、まず監禁し、「このメスブタめ!」てなことを徹底的に吐きつける。「お前は淫《いん》乱《らん》な女だ! ホラ私は淫乱ですと言ってみろ」と言葉責めの後、「フフフ、お前は本当に可愛いなあ」とうってかわってやさしい言葉をかけるのだ。
これはまったく「洗脳」の方法と一緒ではないか。
SM物語の多くは、男尊女卑でも暴力性の肯定でもなく、もっと恐ろしいマインド・コントロールなのである。
誤解のないようにいっておくと、SMクラブというのはそんなに恐ろしいところではないようだ。SMクラブは現実社会でとうてい得ることのできない「完全なる征服と服従」をシミュレーションとして楽しみ、まあ簡単にいえば「うさをはらし」に行くところなのではなかろうかとボクは思う。
自分が人をどこまで征服できるか、あるいは服従できるのか、つまりは自分が、どれだけ人に影響力があるのか、またどれだけかまってもらえる存在なのか、人間関係が希薄になればなるほど、人は社会の中で自分がどういう位置にいるのかを確認せねば不安でいられない。SMクラブに通う人々は、無意識の内に「自分探しの遊戯」をしているのかもしれない。
……って、
なんかありがちなまとめになってしまった。
まあ一度みなさんも、「見るまえに跳べ!」の精神でSM体験してみては「どうですかぁ?」(ママさん風に……)。
第二章 四角いジャングルノート
プロレス雑誌「恐怖新聞」説
ズバリ、プロレス情報誌は「恐怖新聞」である。
「恐怖新聞」……元祖霊界の宣伝マンつのだじろうによって書かれた傑《けつ》作《さく》心霊劇画だ。主人公の少年の部屋に毎夜届けられる恐怖新聞。紙面には「どこそこの家に浮遊霊が出る」だの、「ポルターガイストによる死者発生」なんてことがビッシリ載っている。霊界版ぴあみたいな新聞なのだ。おまけにこれを読んだ者は皆百日ずつ寿命が縮んでしまうという迷惑この上ない困ったちゃんでもある。
僕はプロレス情報誌を読むたびに「これは恐怖新聞だなあ」と思うのだ。
別に「馬場、ラップ音に悩まされる!」「イタコ、力道山を口寄せ!」なんて記事が載ってるわけもなく、読むと命が縮むわけでもないのだが、週刊プロレス、週刊ゴング、週刊ファイト、そして東京スポーツ。これらは皆恐怖新聞と同質の部分を持っていると僕は思う。
それはプロレス誌も恐怖新聞も、紙面を飾るのはつねに「この世ではないもう一つの世界」についての情報である、という点においてだ。
我々の住むこの現実世界とまったく違う顔を持つ「もう一つの世界」が存在する、という考えは、古くから人々の想像力をかきたててきた。霊界、魔界、地球空洞説、ラピュータ、ラブクラフトによるクトゥルフ神話。また『歴史読本』などに見られる裏世界史、裏日本史。これらのマニアはほんのわずかな資料をたよりに目に見えぬその世界を築くべく不毛な努力をしている。真にもって彼らは不幸だ。目で見て生で感じられる「もう一つの世界」が実はこの世の中にあるというのに……。
「目で見て感じることが可能なこの世ならぬ世界」それがプロレスだ!
「プロレスもこの世の一部ではないか?」とすかさず異論を唱えた君よ、友よ、君はまだプロレスのなんたるかを知らぬ阿《あ》呆《ほう》だ。バカボン野郎なのだ。ヒンズースクワット三千回を申しつける。友よ、冷静に考えてほしい。プロレスの一体どこに「この世」があるというのだ。大の大人がパンツ一丁でテーマ曲に乗って現れ、なぐり合い蹴飛ばし合い、鉄サクに体ごとぶつかるわイスでひっぱたかれるわ、コーナーポストに登る途中でぶん投げられて、あげくに口角泡を飛ばして「カウント3だ!」「いや2・99だ!」田原総一朗でも結論不可能な激論までやってしまうプロレスの、一体どこに「この世」があるというのだ。
プロレスの面白さは勝敗の行《ゆく》方《え》ではない。レスラー一人一人の背負う人生、思い、それらが六メートル四方の四角いジャングルの中でからみ合いせめぎ合い、いつしか大河となって流れ始める。この世ではないプロレスという名のもう一つの世界。大河はその世界の歴史だ。つねにトランスフォームしながらその河は流れていく――行く河の流れは絶えずしてまたもとの水にあらず……プロレスファンとは大河の行方を見守る者……つまり「歴史の証人」なのだ。
プロレスを嫌う人々の間でよく「プロレス的表現の大げさ」が話題になる。確かにプロレスにおいての表現は強力だ。「人間風車」「入《いれ》墨《ずみ》獣」「悪魔のようなデブ」……対戦相手の得意技を使えばそれは「掟《おきて》破りの逆サソリ」であり、ジャンプしてチョップするならばそれは「人間が大空を飛びましたあ!」なのである。実に強力無比だ。しかし、僕はこれらの表現を決して大げさだとは思わない。繰り返すがプロレスを見ることは歴史の証人になることなのだ。歴史的事件の、例えば、「血の天安門」などといった表現をオーバーだと言う人がいるだろうか……。
僕の手元に一冊の『週刊プロレス』がある。表紙にはこう書かれている。
「壁消滅、融合の時代へ突入!」
まるでゴルバチョフかエリツィンが出てきそうな見出しではないか。それでも、表紙を飾る男は政治家などではない。もう一人の世界の男。ジャイアント馬場なのであった。
複雑な彼
最近ボクが一番笑ったのは、『週刊プロレス』に載っていたミスター・ポーゴというレスラーの試合記事だ。
ミスター・ポーゴはいわゆる「悪役」のレスラーだ。それも筆舌に尽くしがたい悪業の数々をリングの上で行い、他レスラーたちから恐れられているオッカナイ男である。彼の悪役ぶりは、プロレスという枠をはるかに超えた残虐無比なものだ。椅子で対戦相手をぶん撲《なぐ》るなんてのは彼にとっては基本中の基本。ゴング、鎖、バット。彼の手中に収まればどんなものでも凶器と化してしまうのだ。「凶器なんでもOK」ルールのデスマッチで彼が持ってきたものは、刃渡り二十センチもあるナイフだったりする。
「プロレスだもん、そんなのハッタリに決まってるよ」とつっ込みを入れた読者よ、あなたはまだポーゴを知らない。奴はやる時は本当にやる男なのだ。松永という選手との試合で、ダウンした彼の体にポーゴは、缶に入った液体をタラタラとたらした。その液体とは、ガソリンである。さらに火をつけられた松永の頭や背中はメラメラと燃え、あわてて飛びこんだ他レスラーによって消し止められたものの、彼は火傷《やけど》を負ってしまった。その昔、「ミスターホットで暖かチョ〜」という使い捨てカイロのCMがあったが、松永は「ミスター・ポーゴで熱いでチョ〜」と叫ばされたという訳だ……などと冗談を言っている場合ではない。とにかくポーゴとはかくも恐ろしきレスラーなのだ。
そのポーゴが、先日試合において、あまりにも彼にふさわしくない一言を口にしたという。
六人タッグマッチに参加した彼はその日も大暴れ、次々に相手を倒し、リングは彼の独壇場と化していた。対戦相手はすでに半失神状態。不敵な笑みを浮かべてポーゴがアレを手にした。ガソリンのたっぷりと入った一《いつ》斗《と》缶《かん》である。相手の体にポタポタとたらされるガソリン。場内を悲鳴が飛びかった。「やめろ。ポーゴ!」「鬼! 悪魔!」……と、その時。右手にグルグルと有刺鉄線を巻きつけた松永がリングに飛び込み、まさに火をつける寸前のポーゴに、怒りの鉄拳を叩《たた》き込んだ。五発、六発、鉄拳制裁に崩れ落ちるポーゴ。さしもの凶悪男もついに倒れた。
試合後、さっそうと引き上げる松永たちに向かって、ポーゴが咆えた。
「待てぇ、松永!」
怒《ど》髪《はつ》天を衝《つ》く凄《すさ》まじい形相だ。
「きさまあっ!」
一体どんな恐ろしい言葉で松永を挑発するのか? 場内の観客が固《かた》唾《ず》を飲んで見守る中、ポーゴは決然とこう言った。
「正々堂々と戦ええっ!」
ボクはこの言葉を読んで腹の皮がよじれるかと思う程に笑った。人にガソリンの火を付ける男が、「正々堂々」はないでしょう、「正々堂々」は! 松永にしてみれば「あんたに言われたかないよ」である。
ポーゴの他にも、ここ一番という試合でおマヌケにマイクパフォーマンスをかましてしまい、失笑を買ったレスラーは多い。ラッシャー木村はアントニオ猪木に挑戦した時、にらみつける猪木に対し、
「こんばんは、ラッシャー木村です」
と「自己紹介」をして大観衆の笑いのツボを押しまくった。後に木村は、この「こんばんは事件」に関し、「いくら憎い敵であっても挨拶は大事だ」と思ったから名乗ったまでだと語っている。実に正論である。しかし、時と場合っつーもんもあるでしょがっ!
木村もポーゴも、興奮のあまり、悪人面の裏の、純粋な部分がポロリと出てしまったのだろう。むくつけき大男がついつい見せてしまった人の良さは、ホノボノと可愛かったりする。
レスラー右脳人間説
その、独特な言語感覚でボクを笑殺寸前に追い込んだ大男、プロレスラー、ミスター・ポーゴがまたやってくれた。
またしても、「なぜお前、んなこと言う!」とつっ込んでもつっ込み足りないワード《言 葉》ボム《爆 弾》をかましてくれたのだ。
プロレス誌によればこうだ。
宿敵・松永との抗争はその後も血を呼び嵐を呼び、もはや生死の境でのバトル、ほとんど毎試合が臨死体験といった状態にヒート・アップしていた。一度は「正々堂々と戦え!」などと失言したポーゴだったが、調子を取りもどし、悪《あく》辣《らつ》非道、冷血、地獄の殺人者として復活していた。来たる五月九日には、両者による「完全決着試合」がおこなわれることになった。
その名も「一線を超えたデスマッチ」!
雌《し》雄《ゆう》を決する、どころの話ではない。ポーゴか松永か、どちらかが死者となりどちらかが生き残る。悪魔のシンプルテーマでのぞむ格闘最終戦争。まさに一線を超えたデスマッチなのだ。
ポーゴはこの試合にのぞむにあたり、こんなコメントを吐いた。もちろん〓“不敵な笑みを浮かべながら〓”だ。
「ふっふっふっ……この試合はな……首がちょんぎれちまうかも知れないデスマッチだぜ」
首がちょんぎれちまうかも知れないデスマッチ! ……一体……一体どんなや〓 その昔、スポイト式に加藤茶の首がポンと飛ぶ「首チョンパ」なるTOY《おもちや》があったが……あんなんか〓
そんなワケはない。ルールはまだ決まっていないが、きっと彼の言う通り、首のもげかねない恐るべきデスマッチなのだ。
今度こそ、死者が出るのか〓 しかし、ポーゴの問題発言はこの首チョンパではない。彼のワードボムは、デスマッチの前《ぜん》哨《しよう》戦としておこなわれた、ポーゴVSレザーフェイスの一戦において爆発したのだ。
その試合、ポーゴは覆面レスラー・レザーフェイスのチェーン巻きつけ首しめ攻撃によって負けてしまった。完全に失神してしまったのだ。首チョンパデスマッチの前に、危うくポーゴの首はチョンパしそうになってしまった。それほどレザーフェイスの首しめは残忍であった。
控室に運びこまれたポーゴは、やがてムクムクと起き上がり、すごい形相で記者陣をにらみつけた。ビクッと怯《おび》える記者たち。それはそうだ。敗れたとはいえ極悪非道のポーゴだ、何をしでかすかわからない。敗戦のウサを八つ当りされてはたまらない。
「ポ、ポーゴさん、何か一言!」
勇気ある若い記者がポーゴに尋ねた。
おいよせ! もう少し落ち着いてからにしろ! ベテラン記者が青年記者を止める。
おそかった。ポーゴは記者たちをジロリと見回し、そしてこう言った。
「オレもうこんなのイヤだよ! もういいよぉ……やだよ、こんなの!」
もういいよ
もういいよ
ちょっと前まで首のちょん切れるデスマッチを画策していた男が、「やだよオレ。もういいよ」……っていわれてもなあ、である。
これいかに〓
ポーゴは二重人格なのか〓
この変わり身。この情けなさ。前項でボクは彼の「正々堂々発言」について、「悪人面からポロンとのぞいた人の善さ」などと書いたが、どうもそんな、のんきな解釈の通用する男ではないように思えてきた。
五寸釘バットで相手を血まみれにしながら「正々堂々と戦え」と要求するポーゴ。「首がちょん切れるほどのデスマッチ」を計画しながら「もういいよ……やだよオレこんなの」と自ら行き過ぎたデスマッチの行方を憂えるポーゴ。複雑すぎる彼の言語感覚を合理的に解釈することは可能なのだろうか?
筆者はここに「ポーゴ右脳人間説」を新たに提唱したい。
ミスター・ポーゴの言語を司《つかさど》っているのは、右脳なのだ。左脳は人の論理的思考を担当し、逆に右脳は「直感」的な部分、フィーリングを担当している。現在の人間の右脳は、ほとんど未使用の状態にあるという。右脳がいかんなくその力を発揮すると、人間はとんでもない超能力を得られるかもしれないといわれている。しかし稀に、現代人でも左脳より右脳が発達している人もいるという。フィーリング担当の右脳が力を持っているということは、彼の言語は、非常に直感的、フィーリングに基づくものになるであろうと予想できる。
感情が、何の疑いもなくポンポンと言葉に表れてしまうはずだ。
「もうイヤこんなの」と感じれば、相手を「?」の嵐に追い込むことも気にせず、「もうイヤだよオレこんなの」と言ってしまうはずだ。
そう、ミスター・ポーゴのように。
ポーゴのみならず、「こんばんは事件」のラッシャー木村氏なども、右脳人間であると言えるのではないか。論理よりも感情を優先して発言してしまう右脳人間が、プロレス界には圧倒的に多いというのがボクの持論だ。
連日の激しい肉体的衝撃が、脳の基質変化を呼び、レスラーたちを右脳人間に変化させ、わからんちんどものとっちめちんな異常発言の数々を引き出しているのだろうか、それとも、プロレス界というところは先天的右脳人間を呼びよせる「磁力」でもあるのだろうか?
レスラー右脳人間説を理解していただく参考資料として、『週刊プロレス』に掲載された、ポーゴ、彼の弟子の中牧、外人助っ人ジェイソン、同ターミネーター、そして宿敵松永による、「やだよもう」発言直後の、彼らの控室での会話を読んでいただきたい。右脳人間たちによる、「直感のみの会話」の妙を堪能していただけるはずだ(文中太字は筆者による)。
ポーゴ「やだよ、オレ。こんなの、オレ……もういいよ……」
中牧「なに言ってんですか! オレたちどうなっちゃうんですか。(中略)一緒にやるって言ったばかりじゃないっスか……(と泣き崩れる)」
松永「そうですよ。今日は体調が悪かっただけですよ。こんな体調だったら誰だって負けますよ! ポーゴさん、オレと〓“一線を超えたデスマッチ〓”をやってください。オレの夢なんですよ。立ちあがってください」
ポーゴ「もういいよ……もう……」
ジェイソン「あきらめるなよ! ポーゴサン」
ターミネーター「どうしちまったんだい(中略)」
中牧「(大泣きしながら)(中略)自分、どうすれば……(と、うめく)」
ポーゴ「1人になりたい……出てけテメーら! 1人にさせろ〓」
しかしそれにしても、宿敵に対し「体調が悪かっただけですよ」となぐさめるか普通。
「オレの夢」というのもスゴイ……首チョンパが夢なのか……君の?
間違いない。
彼らは右脳で語り合っている。
果たして「国は体を表わす」か?
「名は体を表わす」と昔から言う。確かに、例えば大仰な名前を持つ者はその名のごとくドードーたる人生を歩んでいることが多い。
織田信長――戦国の勇者。
ノストラダムス――世紀の大予言者。
ベートーベン――不世出の大作曲家。
ううむ。いかにもこの男にしてこの名あり、といった感じではないか。これがもしも「おならプー之助」であるとか「ポンポコハゲナノ〜」であったりとか、ましてや「ペロペロムチュムチュピー」などという間の抜けた名前であったならどうであろう。いかに功を成し遂げた歴史上の大人物であっても、今日の名声はあり得なかったのではないか。それよりも、もしそんな名を彼らが持っていたなら、信長は本能寺以前に城内の相撲大会でこけて死んでいただろうし、ノストラダムスもベートーベンも、Mr・マリックかさいたまんぞうぐらいにしか成功しなかったのではないか。やはり「名は体を表わす」のだと思う。
では「国が体を表わす」ということはあるのだろうか?
生まれ育った国というのは、どれぐらい人間の人格に影響を及ぼすものなのだろうか? 国籍を隠した人物を前に、生まれ育った国を言い当てることは果たして可能なのだろうか? 国は人を表わすのか?
この文化人類学的疑問に対し、私は「それはある」と答えたい。生まれ育った国は確実に人格に共通の影響をもたらす。それどころか外見にまで影響は及ぶのだ。
私がこの学説を確信したのは、つい先日のプロレス観戦がきっかけとなっている。前田日明の主宰する「リングス」という団体を観に行ったのだ。リングスはプロレスといっても従来のものとは少し違う。馬場が停止したようなチョップを打ったりとかはしないのだ。リングスは世界中からさまざまな格闘家が集まり、最強という栄誉をかけたリアルファイトを売りものにしているシビアな団体だ。だから出てくる選手がもう、どいつもこいつも見るからに強く、怖い顔をしている。西良典という空手家などはまるで実写版星一徹のようだし、フライという選手はあたかも生きているジャイアントロボのようだ。コ、コワイのだ。
ところがそんな中にひとりだけ、あまり見る者に恐怖を感じさせない、むしろ、観客を格闘とは逆のノホホンとした雰囲気にさせてしまう男がいた。
ツベタン・パブロフというその男は、今回がリングス初お目見えであった。ガタイは良い。縦も横もかなりでかい。だが肉体にギラリとした殺気がないのは、その肌質のせいだ。ボニョボニョしているのだ。やわらかそうで丸っこくて、なんだか巨大な赤ちゃんのようなのだ。可愛い。そして赤ちゃんのボディの上に乗っかったその顔は、童顔。身体同様丸ぽちゃの顔に、つぶらな二重マブタ。太い眉《まゆ》は山型で、しかもつながっている。初めてみる大観客に気をよくしたのかツベタンは試合前だというのにニコニコと手を振っている。
私は彼の容姿、並びに甘ったれたその態度に「まるでヨーグルトのような野郎」という印象を持った。ヨーグルト野郎ツベタン(この名もかなりヨーグルト)のファイトはまるで『カックラキン大放送』における車だん吉のドタバタギャグを見るようであった。対戦相手、長井のシャープなローキックを受ける度に、ツベタンのお腹がポンヨヨ〜ンと打ち震え、ツベタンは泣きべそ顔になってリング上を逃げ回るのだ。長井のキックがバシッ! ツベタンのお腹がポンヨヨ〜ン、長井のパンチがビシッ! ツベタン泣きべそヒ〜ン。
それは少年時代の兄弟ゲンカを思わせるのどかな光景であった。心がなごんだ。「ヨーグルト野郎ツベタン……牧歌的な奴……」私はあきれ、リング上から目をそらし、ふとパンフレットに記された彼のプロフィールを読んだ。
「こ、これは?」
戦《せん》慄《りつ》が私の脳裏を走った。そこに記された彼の出身地こそ、私の「国は体を表わす」説を明確に立証するアイテムに他ならなかったからだ。「牧歌的」「ヨーグルト」。わずか二つに過ぎぬ印象が私の中で灼《しやく》熱《ねつ》の色に輝いた。パンフレットにはこう記されてあった。
「ツベタン・パブロフ、ブルガリア出身」(!)
私はブルガリアという国をよく知らない。断片的な印象がわずか二つあるのみだ。「牧歌的なところ」と「明治ブルガリアヨーグルト」である。そしてツベタンが私に与えた二つの印象。これこそが、まごうことなくその二つ。「牧歌的」「ヨーグルト」であったのだ。これはいかなることか〓 そう、これこそが、「国は体を表わす」説の典型的な例と言わずして一体何と言ったらよいのだ〓
確実に「国は体を表わす」のだ。ブルガリア人、ツベタン・パブロフ。牧歌的ヨーグルト男が、それを立証した。
天動説の男
北尾光司氏は「天動説の男」だ。
地球は太陽のまわりを回る惑星の一つに過ぎない。この真理である地動説を否定し、大宇宙が地球を中心に回っているのだと信じて疑わぬ無法松な野郎なのだ。
ちなみに北尾氏にとって「地球」とは己自身。つまり「自分」と同意語にあたる。
人は彼を「ゴーカイさん」と呼ぶ。
もしくは「困ったちゃん」とも呼ぶ。
天動説の男にしてゴーカイさんにして困ったちゃん。さながらビリー・ミリガンのように多重な人格入り乱れる彼の波乱に富んだ人生をザッとここに記してみよう。
身長二メートル近くの大男である彼は、まず戦いの場として大相撲の世界に飛び込みトントンと一挙に頂点の地位を手にした。
横綱双羽黒となった彼は、その巨体をフルに生かし活躍するも、部屋ともめごとをおこし引退。この日から北尾氏のデラシネ人生が始まる。次なる戦いの場を捜すまでの間、彼は「スポーツ冒険家」という謎《なぞ》の肩書きを名乗り諸国を放浪した後、プロレスラー北尾光司として新日本プロレスに参戦。デビュー戦は於東京ドーム。VSクラッシャー・バンバンビガロ。この一戦、彼のナチュラルなパワーには誰しもが驚かされたが、ドタバタとした無器用な試合運びに場内は失笑とブーイングと帰れコールの嵐。――この後、北尾氏の登場する試合はほとんど毎回がこんな状態。それでも眉ひとつ動かすことなくてふてぶてしい表情の北尾氏は自らを「雷王」と名乗り、史上初の「存在からすでに ヒール《悪 役》」プロレスラーとして快進撃を続けるかに見えたが、団体のエース長州力となぐり合い寸前のケンカをおこし新日本プロレスを飛び出す。しばらくの充電期間をへて、やはり大相撲出身レスラー天竜率いるSWSに入団。やっと落ち着いたかに見えた――が。
「八百長ヤロー!」
これはSWSでの試合直前、対戦相手に対して北尾氏の放った一言である。
プロレスラーに向かってこともあろうに「八百長ヤロー!」とは……。ゴジラにむかって「ぬいぐるみー!」と叫ぶぐらいにセンスの無いまさに暴言だ。プロレスの意味、面白さ、奥深さを北尾氏はまるで理解していなかったのだ。
「八百長ヤロー」の一言で北尾氏はSWSを退団……またしても。その後の彼は空手道・大文字三郎氏に師事。格闘家を自称する。
横綱〓スポーツ冒険家〓雷王〓格闘家。
ひとところに留まらず次々と呼び名が変わる。
出世魚のような人だ(出世かどうかは別として)。
しかしボクはこの歩く無法地帯とも呼ぶべき北尾氏が好きだ。
ボクの愛するプロレスを侮辱した男であるにもかかわらず興味が尽きない。
それは最初に述べたように彼が「天動説の男」であるからだ。
人は少年少女のころ誰しもが天動説の支持者だ。さまざまな通過儀礼を経験し、口惜しいけれど地動説の真理を受け入れて大人になってゆくのだ。ところがまれに、あくまでも天動説を捨てずに大人になろうとする人がいる。おのれの存在を常に中心として考える彼らのほとんどは、俗に「困ったちゃん」と呼ばれけむたがられてしまう。しかしその中にもこれまたごくまれに、力技で天動説を押し通してしまうゴーカイさんも存在するのだ。典型的な例では織田信長がいる。
北尾氏の生き方はどちらにも見える。ゴーカイさんと困ったちゃんの間を行ったりきたり。実にあぶなっかしくて不思議な大男であり、ボクはそこに引かれる。
近々、彼が再びプロレスのリングに上がる。さて観衆に天動説を証明してみせるか、それとも……。
第三章 人間なんてラララ〜〓ノート
彼女の映画をまだ見ない
タレントなど、顔を知られる職につく青年男子がアダルトビデオを借りに行こうという場合、彼らはある選択をしいられる。
自分の有名性を「居直る」か「隠し通す」かの二者択一を選ばねばならない。
前者を選ぶ者は店番の長髪兄ちゃんに「あ、〇〇さんっしょ。テレビ見てるっすよ」などと言われても動揺の色を見せず、すかさず「タレントだって人間、ぬく時ゃぬきますよ」と開き直り、兄ちゃんに、「いい人だな」と思わせて彼推薦の思いっ切りスケベーな一本をレンタルし至上の一夜を過ごすのだ。賢明な選択に思えるが、その後道ばたでバッタリ出会った兄ちゃんに「あ、〇〇さ〜ん、『人間発電所レロレロさせて』どうでした?」などと大声で呼びかけられる恐怖に日夜怯《おび》え続けなければならぬこともまた事実だ。
後者を選ぶ者は、自分を絶対知らなそうな人間(バーさんがベストだ!)が店番を務めるビデオ屋を求め、深夜の街を徘《はい》徊《かい》せねばならない。そうしてチャリンコを飛ばしているうちにふと気付けばはるかに遠い町! 「思えば遠くへ来たもんだ」気分は武田鉄矢か。
後者の手段を選択しているオレが先日遠方のビデオ屋で借りた一本は、『好奇心2』というタイトルのSMものだ。代々木忠監督のこの作品は、六年程前に劇場でも公開されたドキュメントビデオで、オレは公開当時に中野の薄汚れた映画館で三回くらい観ている。そんなに観てしまったのは主演の佐伯リカという女性にひかれたからだ。
彼女はちょっと太目で童顔の、あまりエロティックではない少女だ。
『好奇心2』は彼女をマゾヒストに調教してゆくという設定で、何度か彼女のインタビューシーンがある。口数の少ない彼女は何げない質問にも真剣に考え込んで沈黙してしまい、それが何度もあるので、しまいには監督に怒られたりするおマヌケぶりなのだ。それでも「将来の夢は?」という問いに対してだけは決然とこう答えるのだ。
「ハイ、女優になりたいです」
オレは笑った。将来女優になろうという人間が映画の中で全身にろうそくをたらされたり、逆さづりにされたりするだろうか。かつて浣《かん》腸《ちよう》をされたことで女優の道を歩んだ人間がいたであろうか! んな奴いねーよ。
『好奇心2』の中で彼女の受ける責めはハンパではない。泣き叫び時に怒りさえする彼女だが、それでもインタビューシーンでは再びこんなことをいうのだ。
「つらいけど……女優になりたいから」
……どうやら彼女は、本当に一リットルの浣腸が女優になるための修業だと思っているようなのだ。ウーン。
ビデオは監督の「きっといい女優になれると思うよ」という半ばあきれたような言葉で終わる。それを聞いてうれしそうな表情の彼女。
オレはもう笑えなかった。ゾッとした。彼女の女優という夢に対する思いが真剣であればある程、彼女の大いなる勘違いが浮きぼりにされ、さらにその背後に「信じていればどんな夢もいつかはかなう」という誰しもが望む言葉の限界、つまりは「かなわぬ夢も存在する」という信じたくない「この世の真理」が黒い雨雲のようにムクムク湧《わ》き上がるさまが見えたような気がして、嫌な気分になった。いつかバンドで世に出たいと願っていた当時のオレは、「佐伯リカを笑えるか? オレは本当に彼女を笑えるか?」とその晩、何度も自分に問うた。
彼女がその後女優になったという話は聞かない。どんなに遠い町の映画館に行っても、佐伯リカ主演のポルノではない映画を見たことは、一度たりともオレはない。
陽水さん、御免
井上陽水の「御免」はちょっと怖い歌だ。
不意の来客に対しどう対応していいのかわからず、しきりに「御免」と謝《あやま》ってばかりいる男の独白が歌詞になっている。
男は、客に水を出し、「こんな物しかなくて」とまず謝り、「あいにく妻が出かけてまして」と言っては謝る。「手紙の返事を出さなくて」「目玉焼しか作れなくて」。しまいには客に対し「あなたも運の悪い人だ」などと失礼なことを言った後で再び「御免」と謝るのだ。
こう書いていくとマヌケな歌みたいだ。実際、「御免」は一度聞いただけでは単なるコミックソングに聞こえなくもない。しかし何度か聞いていくうちに、「御免]という何気ないフレーズの奥に隠された奇妙な恐怖感がじわじわと伝わってくるのだ。
「御免御免」とひたすら謝り続けることでしか来客とコミュニケーションをとれない男の様子は、表層だけの人間関係に脅《おび》える者の哀れな姿であり、陽水は都会に住む全ての人間が思い当たる「ちょっと怖い空間」を歌に切り取ってみせたようにボクには思えた。
「御免」はとてもよくできたブラックユーモアソングだとボクは思う。
彼がまだアフロヘアーのフォーク青年だった頃、初期の陽水の歌には「御免」に見られるブラックユーモアが歌詞のあちこちにあった。「東へ西へ」の中の、満員バスで「床に倒れた老婆が笑う」などという描写はその最たるものだろう。
おかしいけどゾーッとする。
ボクは陽水のブラックユーモアのセンスと、反社会的な視線に引かれて彼のファンになった。ところが彼はその後、大人のラブロマンスをあの美声でムーディーに唄《うた》い上げることを得意とするアーティストになり、そして売れた。当時まだ十代半ばのボクには、それは単に陽水が人間的に丸くなってしまった、ようにしか思えなかった。
二十歳を過ぎ、プロとなったボクは、彼にインタビューをする機会を得た。
「なぜ大人の恋を唄う人になったのですか、人が丸くなったのですか?」と斜《しや》に構えて尋ねたボクに彼はニヤリと笑い、
「君も僕ぐらいの歳になればわかるよ」と言った。
あれからまだ数年しかたっていないけど、今のボクにはわかる。ブラックユーモアと反社会の視線も彼の中では一部に過ぎず、それが彼の表現したいことの全てではないのだということを。そしてそのことに気付かずぶしつけに質問した自分の無礼さを。
今になって、あの時の自分が「御免」の歌詞以上にコワイ。
謝ります。
御免。
誰が言ったかおしどり右京
「日光江戸村」へ行ってきた。
行ってみてオドロイタ。
面白いぞ江戸村。観光の外国人や社会科見学のイガグリ中学生にまじって岡っ引きや殿様のいる不条理さがまずいい。みそおでんを買おうと値段を聞けば、「はあい、百五十両だよ」と答える、これまた町娘姿の店員のなり切り具合が良い。さらに、ドーンという太《たい》鼓《こ》が鳴ったかと思うと、いきなり現実の世界と何の関係も無く開始される忍者同士の戦いが良い。シュールだ。彼らは一日数回、太鼓が打ち鳴らされる度に戦い出すのだ。そこに闘争のテーマは何も無い。ともかく太鼓が鳴ったら忍者は戦うのだ。「お前らはパブロフの犬か〓」そして地上十メートルのやぐらからダイブする忍者の意気込みが良い。保険には入っているのだろうか。
江戸村は、江戸時代の再現ではなく、我々がTVで見馴れた時代劇の世界を立体化したパノラマ空間だ。そこが面白い。
時代劇といえば、ボクには忘れられないドラマがある。『おしどり右京捕物車』。そのあまりにもバカな設定ゆえに世間からはまるで注目されず、反面、ボクみたいなバカマニアの間では圧倒的な評価を得ているカルト番組だ。
主演「右京」は中村敦夫。その妻「花」にジュディ・オング(キャスティングの段階ですでにカオスだ)。右京は有能な同心だったが、事故により下半身不随の身体となる。失意の右京。しかし彼の不屈の精神力は偉大だった。彼は修業のすえSM女王様も顔負けなムチの達人として復活する。
右京のムチの技は見事だ。こんなシーンがある。右京が縁側に座っている。庭には洗濯物が干してある。すると雨。妻は出かけている。困る右京。しばしの間《ま》。意を決した右京がムチを取る。ピシッ! ピシッ! 右京のムチにより次々と取り込まれていく洗濯物の数々!
右京の異能ぶりをワンシーンで説明する見事なる演出である。監督はタルコフスキーをもしのぐ天才に相違ない。でなければただのアホや。
右京は正義漢だ。悪が許せない。道理の通らぬ事件があると居ても立ってもいられない。しかし不自由な身体。ままならぬ。そこで彼は、妻の花に手押し車を作らせ、それに乗って現場に駆けつけるという離れ業で、この問題を解決したのだ。
読者諸君、想像していただきたい。眉をしかめ、口を真一文字に結び、巨大な手押し車の上でムチをふるい悪人と戦う中村敦夫の姿を。しかも車を必死に押しているのは誰であろうジュディ・オングなのだ。「魅せられて」の。
「花、右だ、右へ回れ!」「はい、あなた」「花、井戸にぶつかるぞ」「キャー」
支え合い、いつくしみ合うまさに夫婦《 め お と》。まさにおしどり。夜の生活無きウップンを悪人退治ではらしているようにも見えなくはないが、とにかく『おしどり右京捕物車』を見ずしてオマヌケ時代劇は語れない。……別に語らんでもいいけどね(『右京』はたまにテレビ東京で再放送されるゾ)。
日光江戸村に提案がある。『右京』を始め、忘れ去られたオマヌケ時代劇のヒーローたちを江戸村で復活させてみてはどうだろうか。『仮面の忍者赤影』『浮浪《はぐれ》雲《ぐも》』等々、キャスティング、設定の無理さで失敗した時代劇と、江戸村の現実とのミスマッチ感はとてもよく似ていると思うのだ。両者とも実にキッチュで良い。好きだなボクは。
「おしどり右京洗濯物取り込みショー」なんてあったら、最高に面白いと思うぞ、オレは。
東京タワーでザッパッパ
東京という名を持ちながら、今最も東京を感じさせない場所・東京タワーへ先日ふらりと行ってきた。
東京タワー内部は、一時なりとも東京を感じさせぬ魔的異常空間であった。
三階おみやげ屋フロアーに並ぶ謎《なぞ》的グッズの数々を見よ。
「原宿・暴走」と染めぬいたバスタオル。「恐怖お団《だん》子《ご》人形」のごときドラえもんの偽者ぬいぐるみ。
定番、ミニチュア東京タワー付温度計、同カレンダー(温度や日付とタワーの因果関係やいかに?)。
これまた定番、通行手形(どこを通れというのだ)。
そして「東京」と、おスモウ文字で書かれた掛け軸(何故、何故掛け軸〓)。
それらはレトロというより単にアナクロ。キッチュというよりむしろフリーク。
外国映画に出てくる「間違った日本観」をも上回る歪《ゆが》んだ東京がそこにはあった。
不思議なムードに圧倒されながら五階に昇るとさらに驚くべきアナクロスポットがボクを待っていた。
東京タワー名物「怪奇! ろう人形館」である。
その中でボクはとんでもないものを見た。
クリントン大統領、キリスト、ブッダ等、誰もが知っている有名人をかたどった人形たちにまざって、マイナーというか、「知る人ぞ知る」人物のろう人形を発見したのだ。
フランク・ザッパのろう人形を見つけたのだ。
タマゲタ。
フランク・ザッパとは「変態」とまで呼ばれる異能ミュージシャンだ。歯に衣《きぬ》着せぬ辛らつな歌詞と、ロックのどのジャンルにも区分けできない特殊な音楽性、そして何人もの有名ミュージシャンが師とあおぐ程のテクニックを持っていながら、ステージでウンコを食べてしまった(!)というまことしやかなウワサがロック界で流布するほどの奇人としても知られている。
そんなザッパだけに、彼を支持するリスナーのほとんどは普通のロック好きよりもマニア的な人々である。
よほどロック通な人でないとザッパなんか知らんのだ。観光名所でろう人形になるようなたぐいでは絶対にないのだ、ザッパは。
ザッパをろう人形にしたのは一体誰だ?
思うに、東京タワーろう人形館関係者の中に「マニアックなザッパファン」がいるのではないだろうか。
仮に「マニア君」とでも呼ぶべき彼(女)はおそらく企画部に配属されているのだろう。マニア君は「新しいろう人形のモデル案」提出の際に、エリツィンや宮沢喜一の間にそっとザッパの名も入れておいたのだ。
音楽のことをよく知らぬ上司はマニア君に「君、このフランクとかいう人は誰かね?」と聞いただろう。マニア君はドキドキしながら、「あ、その人は今ヤングの間でスゴイ人気なんですよ」とか答えたわけだ。上司は「フムフム」とかうなずいて、そうしてザッパは「ヤングの間でスゴイ人気」のロッカーとして、見事ろう人形館にお目見えすることになった……のではないかと思う。
それにしても彼にとって、フランク・ザッパのろう人形を作るということにはどんな意味があったのだろうか。
先日、ザッパが入院したというニュースを聞いた。
病名は「ガン」……。
もしかしたらあのろう人形は、マニア君にとって、ファンとして自分なりの「けじめ」のようなものなのかもしれない。
君は伝説になりたかったのか?
若くして死んだロッカーたちがいる。
ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソン、ジャニス・ジョプリン、マーク・ボラン、シド・ビシャス、そしてつい先日亡くなった尾崎豊。
彼らを語る時、人々はよく「死ぬべくして死んだ」という言葉を口にする。
確かに彼らは、まるで生まれた時から若くして死ぬことが運命づけられていたかのように、自分のロッカーとしての物語を死によって完結した人間たちだ。
エレキギターの奏法に革命を起こし、ステージ上でギターを燃やしてみせたジミヘン。ドラッグカルチャーの落とし子、「これで終わりだ僕のたった一人の友達よ」と、LSDであっちの世界へいったっきりの目で歌ったジム・モリソン。自分の中のリビドーからトラウマまで全ての情念じみたものをふりしぼるようにして歌い、おまけに命まで自分からしぼり出してしまった女性ジャニス。「最低のチンピラ」としてデビューし、ステージでは自分の肉体をカミソリで傷つけ、最後には恋人殺しの汚名を背負って最低にくたばり果てたシド・ビシャス。「ボクは三十歳までに死ぬだろう」と嘯《うそぶ》き、本当に三十歳の誕生日数日前に死んでしまった「使い捨てのポップスター」マーク・ボラン。「若者の代弁者」「十代のカリスマ」と祭りあげられ、本当の自分とのギャップからかドラッグに走り、二十代半ばにして急性アル中で路上に果てた尾崎豊。
彼らの「死」は、あまりに唐突であるにもかかわらず、彼らが音楽で表現しようとしていた世界観や美意識とピッタリあてはまってしまうために、まるで用意周到に、最初から決まっていたことのようにも思える。
年をとり、自分の美意識や哲学が、現実の世界と決定的なギャップを持つ前に、死によってストップをかけたようにも思える。そして彼らの美意識は「思い出」として人々の心に最上の美しい形で残り、やがて人々は彼らを「伝説」の中に閉じ込め、アガメタテマツルのだ。
彼らに対し、逆に、「生き残ってしまったロッカー」というのもいる。
退廃、自己愛、カリスマ、若者の代弁者、セックスシンボル。若くして死んだロッカーたちと同様の言葉で語られながら、早死にもせず、老いていくロックスターの情けない姿を存分にさらけだしながら、それでも歌い続けるアーティストも数多くいる。
彼らは、新譜を発表するたびに意地悪なロックファンにこきおろされる。
「まだやってんのか」
「昔はよかったのになぁ」
そして、
「十年前に死んでりゃ伝説になれたのになぁ」……と。
……『死んだら伝説、狂えばカリスマ、生き残ったらただのおっさん』
ロックって因果な商売である。
ロックの世界では、老醜をさらすのは一番のタブーである。だから若くして死ぬのはロッカーにとって最上の終わり方だとボクも正直思う。カッコイイとも思う。
思うがしかし。
やっぱり死んだらイカン。
かっこよくても死んだらイカンぞ。
どんなに老いさらばえようと、メイクがシワで塗れなくなっても、曲が作れなくなっても、ドサ回りの日々でも。
カッコ悪くても生きてる奴の勝ちだ。
……なんだかこの項はとりとめなくなってしまったようで……芸風は百八十度違えども、尾崎豊君とボクは同業者。しかも年も一緒。二十六歳。いくらなんでも早すぎる死です。動揺しました。
(南無。)
人生の応援歌、いる?
ボクは「今どきの人生応援歌」が苦手だ。
その理由の一つは、「人生応援歌」にとてもよく使われる「夢は信じていればいつかかなう」という言葉を、ボクがあまり信じてはいないからだ。
応援歌の中でこの言葉は「真理」として使用されるわけだが、でもそれは本当のことではない、とボクは思う。「夢は信じていれば〜」という言葉は「希望」なのであって、真理ではない。真理を歌うなら本当は「かなわぬ夢もある」と歌わねばならないはずだ。「んなこた解ってるわよ。〓“希望〓”を〓“真理〓”だと思わせてくれるからいい歌なんじゃない、大槻のアンポンタン」と、すかさずつっ込みを入れたあなたは正しい。そう、「今どきの人生応援歌」とは「夢は信じていればいつかかなう」という「夢」を見させてくれる歌なのだ。歌はその存在自体人々に「夢」を与えるという効用がある。「希望」を「真理」として歌うことは決して偽善なんかじゃない。
ボクだって「夢は信じていれば〜」という言葉は信じてはいないが大好きだ。「希望」を「真理」と思わせてくれる歌がボクの人生にだって欲しい。
しかし「今どきの〜」ではボクにとっては不足なのだ。それは何故かと問われればこう答える。
「……だって照れちゃうんだもん」
前向きな人生の応援歌はボクのようなひねくれ者にはやっぱりちょっと照れ臭かったりするのだ。イヤ実に。真っ青な空の下でラグビーシャツと短パンいっちょうの体育教師三十五歳(童貞)に「大槻! 青春ってなぁ、イイモンだなあ。ウーッハッハッハ」とか言われて背中をバシーンと張られてしまうような、思わずカーッと顔が赤らむ照れ臭さを感じてしまい、素直にメッセージを受けとめることができない。「夢は信じていれば〜」という言葉はかなり照れ臭い。「今どきの〜」はこの問題に対し「それが悪いか!」というポリシーでドードー歌い切り、多くの人々の支持を受けている。でもその開き直り対策によってボクみたいな一部ひねくれ者の心を閉ざしてしまったことも事実だ。
ボクに限らず、きっと他にも大勢いるだろうひねくれ者たち。今どきの応援歌では照れ臭くて素直に励まされない奴らを応援する歌が作れないだろうか。そんな奴らだって本当は求めているはずだ。彼らを励ます照れ臭くない応援歌をボクは作りたい。
映画『髪結いの亭主』は「夢は信じていれば〜」というテーマを持ちながら、その夢を「大人になったら女理髪師のダンナになる」なんてトボケタものにしたことによって、見事に照れ臭さから逃れることに成功している。夢をユーモラスなものにして気恥ずかしさから逃れるこの手法こそ、ひねくれ者たちを励ます応援歌作りに必要なポイントではないだろうか。
例えば「いつか噺《はなし》家《か》になって、笑点の円楽の座を奪ってみせるぜ」と熱くシャウトするロックナンバーはどうだろうか。これならひねくれ者も照れ臭くはなかろう。
……違った意味で恥ずかしいかもしれないがな。
されど私の人生は
講談社から出た赤瀬川原平監修『辞世のことば』は、ボクにとって早くも本年度ベスト・テン入りしそうな一冊だ。
これは古代から現代に至るまで、有名無名を問わず、さまざまな人々が死の直前にもらした言葉を集めた、まったく縁起の悪い「断末魔の一声集」なのだ。いろんな人たちが、本当にいろんな言葉を残してこの世を去っている。
例えば自殺した東京オリンピックのメダリスト円谷幸吉は、なんとも奇妙な遺書を残している。「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました」という一文で始まり、以下お世話になった人たちに、干し柿、もち、すし、ブドウ酒、リンゴ、しそめし等を、「ありがとう、みんなおいしゅうございました」と、ただひたすら礼を述べ続けているのだ。そして「幸吉はもう疲れ切ってしまって走れません」の一言でしめくくっている。
まるで寺山修司か唐十郎の書いたような、アングラ演劇じみた文章だ。そして人の胸をえぐり取る檄・文であり、何人もの文学者が彼の遺書を高く評価している。マラソン一筋の生マジメなスポーツマンが、死の直前無意識に「文学」してしまったのだ。かと思えば文学者・田山花袋は、見舞に来た島崎藤村の「死んでいくってのはどんな気持ちだ?」の問いに対し「なかなか単純な気持ちのものじゃない」と、ごくごく当り前な言葉を返している。死の直前、偉大な作家は無意識に「普通の人」してしまったわけだ。
円谷も花袋も、死を前に正直だ。
また「花井お梅」という人物をこの本で知った。彼女は大正時代の、「待合」の女将《おかみ》である。明治二十年、お梅は、八杉峯三郎なる人物が彼女の営む待合を乗っとろうとたくらんだことに腹を立て、峯三郎を刺し殺し、二十五歳から四十一歳までの十六年間を獄中ですごした。恐ろしいのは服役後の彼女の行動である。
彼女は、旅回りの一座に転がり込み、役者として舞台に立つようになった。演ずる人物は「花井お梅」。つまり自分自身。演目はズバリ「八杉峯三郎刺殺事件」。
お梅は、自分の犯した人殺しを舞台上で演じ、それで晩年を生きた女なのだ。
普通に考えたら絶対に思い出したくはないだろう最悪の思い出を、人々の好奇の目の集まる中で再現してみせたのだ。一体その時の彼女の心境たるやどんなものだったのだろう。やるか? 普通。そういうことを。
一つ考えられるのは、彼女にとって人殺しを再現することが、彼女が自分の存在を証明する唯一の手段だったのではなかったかということだ。殺人という最悪の事件によって自我が崩壊し、自己存在を無くしてしまった彼女は、逆に最悪の事件を再現することによってのみ、「自分は生きている」と確認することができたのかもしれない。それこそ最悪の自己存在証明ではあるが……。
彼女の辞世の言葉は、「何事も覚悟しました。罪も悔い改めました」というものであった。
「自分の罪を金もうけに使いやがって、どこが悔い改めとんじゃ!」と思わずどついてやりたくなる。しかし、その言葉通りに考えると、彼女にとって犯した罪を演ずることが、被害者への屈折した罪滅ぼしだったのかもしれない。もしそうだとしたら、彼女は毎晩身を切られる思いで舞台に立ち続けていたのだろう。
いずれにせよ、花井お梅が死ぬ間際、彼女の脳裏に浮かんだ映像は、間違いなく八杉峯三郎の顔だったろうと容易に想像がつく。けれど、その表情が怒っていたか、慈愛の笑みを浮かべていたかまでは、ボクには想像もつかない。
ケーシー・ケーシー・ケーシー
先日、お笑いの超ベテランたちが一堂に会するテレビ番組にゲスト出演した。
イヤーオモロカッタ。温《おん》故《こ》知《ち》新《しん》だ。
ベテランお笑い芸人のギャグは良い。
南《なん》州《しゆう》太郎がしぶい。
フラリとステージに立った彼はなかなか語り出そうとしない。客席を見渡しながら、真剣な表情とニヤニヤ笑いを交互に浮かべて黙っているのだ。怪しい。まるで地下鉄銀座線のホームで壁に向かって独り言をくり返すあぶないオヤジのようだ。お客もどう反応したらいいのか困っている。妙な空気が場内を包み、それが飽和状態に達したところで初めて南州太郎は鼻にかかった独特な口調で「おじゃましますぅ」と語り出すのだ。この間が絶妙。
そして浪曲コントの玉川カルテット。
ボクは玉カルが小学生のころから大好きだ。その昔、日曜の昼十二時に放送していた『大正テレビ寄席』というお笑い番組があり、玉カルが出演した時は、家族揃《そろ》ってゲラゲラとよく笑った。今でも玉カルを見ると、幼かった自分や平和な休日の家族団《だん》欒《らん》を思い出して、少しおセンチな気分になる。……しかしそんなボクの感傷など知るはずも無く、ワンパターンをも超越した玉カルの「様式美」コントに客席のジジーババーは狂喜乱舞。定番「金もいらなきゃ女もいらぬ!」の一声が出るころには本当に踊り出すババーまで出現。傍で見ていたB−21スペシャルのヒロミさんはボソリと「バーさんにとっては『X‐JAPAN』みたいなもんなんだろうねぇ」とつぶやいたが、むしろボクには、ボブ・マーリィのレゲエに酔いしれるラスタマンに見えたぞ。あのバーさん、のってたぜ。
玉カルがボブ・マーリィなら、さしずめこの人はジェイムス・ブラウンか。
医事漫談のケーシー高峰だ。
この日、最もインパクトが強かったのは彼だった。白衣を着て現れた高峰氏は医者という設定。登場するやスタートレックのドクター・スポックのような冷静な声で「客いじり」を始める。
「あなたこの件どう思う?」
指差された老人が口ごもっていると――。
「あなた言語障害?」
とすかさずつっ込みを入れるのだ。
続けて今度は脳卒中は怖いという話を始める。「左脳をやられるとこうなる」と言って、右半身をケイレンさせてみせ、「まるで踊ってるみてぇだろう」と客席を見渡す。お客のジーさんバーさんたちがフムフムとうなずいた所で一言。
「これが本当のさのヨイヨイっーてんだ」
なんともブラックなジョークである。しかしここで場内に集まった老人たちは大爆笑なのだ。ケーシー高峰の病気ギャグは老人たちの共犯者意識を刺激しているのだ。
老人たちの中には、実際に脳卒中で苦しむ友人や近親者を持つ者も多いだろう。また自分もいつかはという恐怖に怯《おび》えている人もいるだろう。そこでケーシー高峰は、あえて脳卒中ギャグで彼らを笑わせることによって、老人たちに「笑ってはいけないことで笑った」という共犯者関係を持たせ、まず彼らの心を一つにまとめる。さらにその後もしつこく脳卒中ネタで笑いを取って、今度は「病気が怖いのは自分だけじゃない、みんな怖いんだ」というように、老人たちの病気に対する恐怖心を、笑いによって、安《あん》堵《ど》感にまで昇華させてしまうわけなのだ。笑いは共有してこそ楽しく、また笑いはカタルシスであるという基本的なことを、ケーシー氏の脳卒中ギャグで再確認した。
ともかくアナクロを通り越してシュールの領域に達したベテランお笑い勢は注目である。最近はテレビで見る機会の少ない彼らだけど、本当に面白いものや凄《すご》いものは、いつだって目につきにくいところに隠れているものなのだ。
家庭内透明人間と親
全ての若者がそうであるように、ボクにも反抗期という時代があった。
十代の前半から二十歳を迎えるまで、丸々十年近くも、親という存在に対し自分を開放するというか、普通にコミュニケーションするのが嫌でたまらなかったわけだ。といっても、父に暴力を振るうとか、口汚く母を罵《ののし》るとか、そんな恐い型で反抗してみせたりはしなかった。ボクはボクなりのやり方で両親に反抗していたのだ。その方法とは、家庭内で透明人間になることだった。
もちろん大槻家のお茶の間で、誰もいないのにコタツが浮き上がったりとか、テレビのチャンネルがひとりでに『太陽にほえろ!』から『ワールドプロレスリング』に移ったりとか、そんなことがあったわけではない。家庭の中にいても、心は家庭にいない、家族であっても心は自分一人、そんな意味での家庭内透明人間に、ボクは十代の頃なろうとしていたのだ。
一応家族と食卓は共にするものの、父や母の問いかけには「ウン」とか「ハア」としか答えない。なるべく親と会う機会を避け、必要なこと以外の言葉はしゃべらない。これがボクの両親に対する反抗の仕方だったのだ。陰湿である。よっぽど家庭内暴力でもやらかしてくれた方が、親としてもスッキリしてよかったんじゃなかろうかと今にして思う。
反抗期というのは、人として生まれれば誰にでもある。成長するための一過程だ。それは体内のホルモンだとかなんだとか、そういった実に人間生理学的なものによっておきるわけで、その時期を過ぎると嘘《うそ》のように親に対する嫌悪感というものはなくなってしまう。
ところが反抗期の真っただ中にいる間は、絶対にそうとは気付かないのだ。「自分は親とは永久にウマが合わない」などと思い込んでしまう。ボクもそうだった。
反抗期の終わりはある日突然来る。二十歳を過ぎた頃、ある夜、両親がテレビを見ていた。
「驚異の王国」だかなんだかの、動物ドキュメンタリーものだ。ジャングルで巨大な猿が暴れている。それを見ていた母が指差して言った。
「アラやだ、ゴリラよゴリラ! あんなに暴れて!」
たかがゴリラが暴れたぐらいで何故たまげる母よ? ボクは思わず笑った。
笑ってから、自分が母の行動を見て笑ったという事実に自分でちょっと驚いた。ゴリラゴリラと騒ぐ母をたしなめるように、父が静かに言った。
「バカモン。あれはオランウータンだ」
ボクはその冷静な声を聞いて、込み上げる爆笑をこらえるのに必死でいた。そして笑いを噛《か》み殺しながら、自分の反抗期が終わりを告げたことを悟った。
反抗期には、ひとつに絶対的な力を持つもの、そして大人という存在に対する若者の憤りが含まれている。家庭内においては、当然その矛先は父と母にむけられることになる。しかし成長し、対等とはもちろん言わないまでも、同じ「大人」という立場にまできたとき、憤りは消える。怒りのかわりに訪れる感情は、ほのぼのとした「情」のようなものなのだろう。
今まで、何をするのも許せなかった両親の行動が、ある時、何だか芸歴二十五年ぐらいの夫婦漫才みたいに思えることがある。それこそが親と自分との邂《かい》逅《こう》の時なのだ。一度この時を過ぎると、それからは反抗の頃に見ていた両親が別人のように、笑いに満ちあふれた存在に見えてくるのだ。先日も、街中でバッタリ出くわした父は、やおら「賢二、CDは年に二枚出せ、もうかるからな」と一言だけ言って去っていった。「なんで親にアルバム制作に口出しされなきゃなんないのだ」と思いながら、道端で息子にそんなことを言う父の姿に、ボクは笑いのツボを押され、ワハハハと一人笑った。
ぬるりひょんの詩人
新曲を発表するごとに「こいつはマイッタ」と両手を上げて降参したくなる見事な歌詞を書く人がいる。女性だ。
森高千里さんだ。ヌルリヒョンとした脚線美や、美しい表情に隠れてしまってか、今一つ彼女の作詞者としての才能が注目されていないのはとても残念だ。
彼女のいくつかの詞は「他者が思う自分のイメージを正確に把《は》握《あく》」した上で書かれている。この手法自体はよく使われているものだ。例えば「十代のカリスマ」と人々に思われているアーティストは、そのイメージ通りの詞を書く。かっこいい印象通りに自分を演出する。
が、森高さんの場合は少し違う。
それは、彼女の本質をよく知らない人が初めて彼女を見た時に、まず抱くイメージというものが、決してかっこの良いものばかりでなかったりするからだ。「歌も踊りもそこそこにウマイ、脚線美が売りの、モデル出身アイドル」そんな偏見で見られることも多いらしいのだ(実は、ボクも最初そう思ってました)。失礼な話だ。ここで普通だったら「そんなに安っぽくないわよ」と怒ってしまい、受け付けないものである。
ところが驚くべきことに、彼女はこのネガティブイメージまでをも「正確に把握」した上で歌詞を書いてしまうのだ。斬《ざん》新《しん》だ。
「今頃違いに気付かないで、初めから私はこんなものよ」……彼女は「非実力派宣言」(なんたるタイトル!)の中でこう歌っている。そして自分は歌がヘタで実力がないとも歌い、挙《あげ》句《く》に「実力は顔じゃダメなのね」などと言ってのける。
明るい顔で歌われているものの、よく聞けば太宰治も裸足《はだし》で逃げ出す自己否定の連続である。よくここまで他者の自分に対する悪印象を肯定できるものだ。
偏見かもしれんが、女性は自分への悪印象を、特にそれが当たっている場合、真っ向うから受けとめることをまずしないのではないか。それを考えると森高という人は、心が大きいというかなんというか……。
しかし自己批判に終始してはただの「昭和ブルース」になってしまう。他者からのネガなイメージを認めた上で、さてそれをどうにかしてポジティブな方向にもっていくことで初めて多くの若い世代の共感は得られるのだ。
森高さんはこの問題に対し、「居直る」という大変素朴な技《わざ》で成功を勝ち得ている。「言うとおりです、でもいいでしょそれはそれで」という方向で話をまとめてしまうのだ。
「でもやるしかないの ごめん 我慢してね」……『非実力派』の中でこの力強い一行は、まるで作詞界のコロンブスの卵だ。単純かつ明解。「なる程その手があったのか」だ。自分のネガなイメージを認め、自己を断罪し、それでもなおかつ生きていかざるをえないという、人間本来のまさしく「業《ごう》」を、彼女は、「ごめん 我慢してね」という居直りの一言でもって、バッサリと切って捨てちゃってくれたわけである。
幾多の人々が越えられなかった作詞の巨壁を、「ごめん 我慢してね」の身もフタもない一言でポンと飛び越えていった女。恐るべし森高。
彼女のベストは「臭いモノにはフタをしろ〓」だろう。彼女はこの歌で、自称ロック通おじさんからの彼女に対する「何も知らんでロックやってる小娘」というイメージまでをも認めている。そしてそれに対し「私もぐりでいいのよ好きにするわ」と居直って逆に彼をやり込めてしまうのだ。彼女は若く美しいために軽く見られ、実際に似た体験を何度もしているのだろう。
他者からのネガイメージを認め、居直ることで昇華させてしまう。そんな彼女の作詞法は、彼女の処世術そのものなのかもしれない。
まんが道
何かつらいことがあって心が苦しい時、皆さんどうやって乗り切っていますか?(すごい書き出し。)
精神の疲れや、解決できぬ問題を前にぐらぐらと揺れ動くハートを束の間リラックスさせる方法に、今、自分の抱えている悩みより段違いにハードな局面を打ち破ったことのある人、あるいは逆に、敗北を喫してしまった人と我が身を比較してみるという、気休めではあるけど有効な手段があります。
映画『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』の主人公はその代表です。彼は、やりきれない苦しみに出会った時、自分を見失わぬために、こんな気休めの言葉を心の隅でつぶやいてみるのです。
「いやしかし……どんなにつらくとも、実験のために、人工衛星に乗せられて打ちあげられ、宇宙のチリと化してしまったライカ犬に比べれば、ボクはまだまだ幸せなのだ」……と。
試しに今、右の台詞《せりふ》を声に出して読んで見て下さい。……なんとなく楽になった気がしませんか?
実は、ボクもこの「〜に比べれば」という簡単精神安定術を、常備薬のように頻繁に使っています。気の滅入る、嫌な出来事のあった時、自分程不幸な人間はいないなどと、まるで十代の少女みたいな思いに浸ってしまった時、ボクが比較の対象としてあげるのは、戦艦大和《やまと》の死んでしまった兵隊たちです。とはいってもボクは右翼的思想の持ち主とかではないんであしからず。以前読んだ吉田満著『戦艦大和ノ最期』のドキュメントがあまりに悲惨だったので、「彼らに比べれば自分の悩みなどオナラプーだ」と使用させていただくようになったのです。
そして、仕事に追われて遊ぶ暇も寝る暇もありゃしねーよ、遊びてー! ボーッとしてえー! という願いで頭が一杯になってしまった時、ボクは真先に、比較すべき人物として、マンガ家の故手塚治虫を思い浮かべるようにしています。
「いや、手塚先生の努力に比べればオレなぞ赤子以下」と考えると、まだまだ働かねばという気が俄《が》然《ぜん》湧《わ》いてくるのです。
手塚治虫の仕事にかけるパワーは、もはや伝説となっています。その様子は、『手塚治虫物語』伴俊男+手塚プロ著(朝日出版社)に、詳しく書かれているのですが、とても本当のこととは思えない程の働きっぷりに呆《ぼう》然《ぜん》としてしまいます。昭和二十八年当時、手塚治虫は八本の連載を持ち、アシスタントもつけずにひたすら描きまくっていたといいます。不眠不休の彼の背中には、たえず編集者が何人も座り、原稿の出来上がるのを今かと待ちかまえていたといいます。手塚はそんな激務の日々でさえ、年に三百六十本の映画を観て、いつか自分の手でアニメ映画をつくるための勉強を怠ることがなかったといいます。一種のワーカホリックなわけだけど、鬼気迫るものがあります。『レモン・キッド』を描くために二日半の徹夜を続け、しまいには腰が立たなくなり、九十八ページ分は出版社の机の上に寝そべって書いたなどというシーンでは、ちょっとゾッとしてしまいます。しかしそれだけに、「手塚先生に比べれば」という精神安定語が霊験あらたかに思えてくるというわけです。
手塚伝説には多少オーバーな部分もあるでしょう。なにしろ偉大な故人のことだから尾ヒレもつくでしょう。けれどだからといって「手塚先生に比べれば」という言葉の効用には何の疑問もボクはありません。手塚治虫の残した漫画原稿十五万枚(!)というその数、そして作品を読み、少しでもその素晴らしさにふれたならば、手塚伝説は限りなく真実に近い話なのだと信じることができるからです。
働きすぎだと愚痴をこぼす前に、あなたもひとこと「手塚先生に比べれば」とつぶやいてみてはどうでしょうか(ってオレは人生相談の回答者か)。
妖怪じめじめ女
「もういい、死んでやる!」と、電話のむこうでA子は言った。それを聞いてB太は、心の中で「またかぁ〜」とつぶやいたが口には出さず、冷静にA子を興奮させぬよう注意しながら、それから数時間なだめたりすかしたりの悪戦苦闘をくり広げたのだった。
B太がA子を「じめじめ女」だと気付いたのは付き合い始めて一月後のことだった。「毎日電話する」と約束しながら、彼が忙しくて一日だけコールを忘れた時だ。翌日、彼女はB太の前でボロボロと泣いた。「私を一日も忘れないで」……
A子とはB太と付き合う以前から知り合いだったが、その頃の彼女はこんなに泣いたりする娘ではなかった。むしろ陽気な女の子だった。B太の恋人になってから、A子は少女の頃のように情緒不安定となり、何かというとすぐ泣くようになってしまったのだ。
B太が会ってくれないといっては泣き、会っても楽しそうにしてくれないといっては泣いた。彼女のじめじめに少し嫌気のさしたB太は、うさばらしに女友達と飲みに行った。どこからかそのことを知ったA子は、ナイフで手首を切った。死にはしなかったものの、B太は以来彼女の一挙一動に怯《おび》えているのだ。それでも彼はA子のことを愛してはいる。できるなら、彼女を以前の陽気な女の子にもどしたいと思っている。
A子に限らず、彼女のようなじめじめ女はどうして数多くいるのだろう。そして彼女たちをガラリと人格改造する手段はないのだろうか?
「じめじめ女」たちの共通点は「彼氏以外に自分を愛してくれる人はいない」という強い思い込みである。そして彼女たちは自分の生きてきた今までをふり返っても「彼だけが私を愛してくれた」と考えているのだ。
「じめじめ女」たちは、要するに愛というか、自分を愛してくれる存在に飢えているのだ。
幼い頃、両親に愛されなかったという思いを持つ人は(それが無意識であっても)そのことが心の傷となり、成長する上で大きな障害になるという。しかも彼女らが十代になり、学校という狭い社会の中でも教師や友に対して「自分は愛されなかった」という思いを持ってしまったり、自分の学校での存在意味を見つけられなかった時には、完《かん》璧《ぺき》なる「愛情欠乏症」となる。そんな彼女たちに、初めて、「自分を愛してくれる異性」が登場したとしよう。これは舞い上がってわけがわからなくなっても誰も責めることはできないだろう。彼女らは、やっと現れた「愛」と「この世の中での自分の存在意義」をあたえてくれる異性に、全精力を尽くしてすがりついてしまうのだ。
小さな子供が母にしがみつくように。
そして何としてもその大事な人から離れまいと泣くわわめくわを始め、ここに一人の立派な「じめ女」の誕生となるのだ。
さて、彼女らの更生手段である。ボクはズバリ「幼児プレイ」をおすすめする。医者などのおえら方が、若い女の子にオムツを取りかえてもらって喜ぶという、究極の変態風俗がこの世には存在するのだが、実はこれこそ「じめ女」改善に役立つはずだとボクは確信しているのだ。といっても中年男のオシメをかえたら治るというのではない。その逆だ。彼氏が「じめ女」である恋人の、オムツをかえてあげたり、ミルクをあげたり、彼女を「赤ちゃん」として扱ってあげるのだ。じめじめは幼児期の愛情欠乏感に起因するところが大きい。そこで「ごっこ」として彼女に幼児期を再体験させて、思いっきり可愛がってあげれば治ってしまうのではないかというのが、これは冗談ではなく、ボクの真剣な考えなのだ。誰か試してみてはくれまいか。
……ただし彼女にオムツをはかせようとして変態扱いされても当方は一切関知しないのであしからず。
お色気ハルマゲドン
オレはオッパイが好きだ。
特にでっかいオッパイ……つまり巨乳が好きだ。愛していると言っても過言では無い。
そのオッパイがフルフルと打ち震える様が見れるというのなら、オレはたとえ氷の世界でも地の果てでも、魔の海域バミューダ・トライアングルであろうと、脱《だつ》兎《と》のごとく馳《は》せ参じる所存である。
そんなオッパイマニアのオレに、あるセクシーグループのライブを見に行かないかと誘う友があった。もちろん即答OKだ。全ての仕事をキャンセルし、オレは彼と会場へ駆けつけた。そのセクシーグループについて説明しておこう。二十代前半の、いずれ劣らぬ圧倒的プロポーションを誇る四人の美女が、極限まで露出されたコスチュームで歌い踊るお色気ムンムンおっさん大ニコニコ、そういうグループだ。
会場は男たちで立《りつ》錐《すい》の余地も無い満杯状態。銀ブチ眼鏡のアイドルおたくもさることながら、それ以上に多いのは、明らかにコネで入ったと思われる業界関係者の「こんなの見に来ちゃってオレ助平ってバレねーかなー」という少し照れ臭そうな姿であった。彼らは見知った人と会う度に「いやちょっと電通のアレでね、見るハメにね……ハハ」などと照れ笑いを浮かべるのだ。実はこの日、某男性有名ミュージシャン数人とオレはバッタリでくわしたのだが、その一人もまたこんな言い訳をしていた。
「いやいろいろとね、勉強させていただこうと思いまして……へへへ」
何をどう勉強しようというのか、深くつっ込まぬのが武士の情けであろう。
さて男たちの注目を一身に浴びた彼女たちのパフォーマンスは、一言でいって素晴らしかった。のっけから山本リンダのような(変なたとえでスマヌ)悩殺スタイル(死語)で現れた四人は、これでもかこれでもかと言わんばかりに身をよじり歌い踊る。お色気、お色気、お色気の嵐に愚息も昇天! である。何やら男性週刊誌の如き文章になってしまったが、ともかくオレは、童貞高校生のような気分に浸《ひた》ってしまった。アンコールで四人がヘソ出しルック(化石語)で再登場した時など、おもわず鼻血が出そうになった。
女性読者の中には、このようなオレの反応を軽《けい》蔑《べつ》する向きも多くあるだろう。
だがちょっと待って欲しい。
異性の性的フェロモンにクラクラすることは、本当に恥ずべきことだろうか。
いま日本にある、若者を対象とした人気商売のほとんどは、実は「セックス」を売りものにしているのだ。
アイドルから若手俳優からロック、ニューミュージックに至るまで、純粋に音楽や、芝居、踊りといった本来の表現手段で売れている人は皆無に等しい。みんな、若さ故に持っている、異性をひきつけるセックスアピールで人気を得ているに過ぎないとオレは思う。また、ファンの方も、タレントの表現に魅《ひ》かれていると自分では思っていても、実は本当はタレントの性的魅力に参っているだけだったりする。
が、それはどちらにとっても別に悪いことではない。むしろタレント側にとっては、若さ故のセックスアピールで人を魅きつけていられる間を、芸を磨くためのモラトリアム期間と考えればいいのだし、ファンの方も、タレントの性的魅力を一つのとっかかりとして、その奥にあるタレントが本当にやりたい表現にゆっくりと近づいて行けばよいのだ。
彼女たちも、現段階では本当にやりたい表現を知ってもらうために餌《えさ》をまいている最中なのだ。彼女たち以外にも今たくさんいる、エッチ系アイドルたちもまた然りだろう。モラトリアムのまま終わるか、本当にやりたい表現を世に知らしめるか。エッチ系アイドルの明日はどっちだ〓
ってオレに言われたかねーか……。
第四章 UFOノート
オカルト探偵
中村希明著『怪談の科学』を読んで以来、いわゆる「超常現象」を合理主義の観点から考えるという、ちょっとひねくれた頭の遊戯に今、夢中になっている。
これが面白くってたまらんものがあるのだ。
例えば臨死体験。死の淵《ふち》から奇跡的に生還した人々が必ずといっていいほど語る「死後世界」について、多くの人々が形《けい》而《じ》上《じよう》世界との出会いというロマンチックな空想をかきたてられるのに対し、合理主義者たちは、それは肉体が生から死へ至る際の、脳の基質変化による幻覚に他ならぬと冷たく言い放つのだ。
幽霊も合理主義者たちにかかっては一瞬にして枯れ尾花と化すというわけだ。
何人もの人を亡き者にした悪魔の車の話が、『怪談の科学』に載っている。
その車を運転する者は、ドライブ中必ず濃霧に視界を奪われ、その中で人をひき殺してしまうのだ。ところがドライバーには、人をひいたという覚えがまるで無い。霧が晴れた後、目的地で彼が一服しているところへ警官が現れ、ドライバーはひき逃げの罪で捕えられてしまうのだ。
常識的な教育を受けた人であっても、この事件の原因を「生きる者を呪《のろ》う亡《もう》者《じや》の執念」と結びつけて考えない人はいないだろう。
しかし、合理主義者たちはそんなこた信じない。
全て合理的に解釈がつくのだと主張するのだ。ドライブ中の霧は、人間が外からの刺激が低下した時におこる感覚遮断性幻覚に陥った状態だというのだ。忘我の状態を霧と認識しているだけに過ぎず、その中で起きた事故も、幻覚の最中ゆえ記憶にないというわけだ。では、同一車が何人もの人をひいたことについてはどう解釈するのか?
だがこれも、この車が高級車であることから考えて、外からの刺激を受けにくい、つまり感覚遮断性幻覚に陥り易い構造に出来ていたからなのだと、多少苦しいが中村希明氏はこのように断言してくれる。
ロマンチシズムを排除した、『ゴルゴ13』のようにストイックな合理主義者の超常現象への挑み方。ボクはそこにハードボイルドを感じる。かっこよいと思う。
また、超常現象を合理主義的観点から見ていくと、逆に、現象の裏のひどく人間的な部分が見えてくることもある。
一人のコンタクティー(異星人と交信できると主張する人)がいる。彼は自分と交信する異星人の星の文化について詳しく人々に語り、自分が撮影した何百枚もの空飛ぶ円盤写真を公開している。しかしその写真は、まるでヤマギワの照明をつり糸で浮かせて撮ったようなチンケなシロモノで、実際コンピューター解析によって全てトリックであることが判明しているのだ。とんだペテン師かと言えば、不思議なことに、彼に自分のUFOの体験で一《ひと》儲《もう》けしようとか、そういう邪《よこしま》な考えがあるとも言い切れないのだ。彼はトリック写真を作りながらも、異星人との交信については、どうやら本当に信じ込んでいるようなのだ。とはいえ、異星人との精神による交信などありえない。ただ彼が何かを知覚していることだけは確かなようだ。
彼を合理主義で理解しようとすれば、現実逃避願望が強すぎることによって表れた理想郷妄想と、それを信じたいがための虚言症との結び付きだ。簡単に言えば、精神の病《やまい》ということになるだろう。
彼は幼い頃、ひどいいじめにあい、村の中の孤立した存在であったという。冷たいこの世ではない、どこかにあるはずの理想世界を求めるあまり、彼は異星人との交信という妄想にたどりついたのかもしれない。
超常現象の多くが、彼のケースのように、合理主義で切ることによって逆に人間臭い面を見せる。だから超常世界信者の書いた本よりも、例えば心理学者・中村希明氏の著《あらわ》した『怪談の科学』といった本の方が、面白く、しかも人間がそこに読めてボクは好きなのだ。
ノストラダムスってスゲー名前だ
ノストラダムスの大予言をあなたは信じるか?
ボクはまったく信じていない。
一九九九年の七月に、人類の多くが滅ぶなんてことは、万に一つも無いと確信している。
なぜなら、彼の予言だとされている四行詩が、まったくもって意味不明な言葉の組み合わせに過ぎず、そこから未来の出来事を推測することなど、どうしたって無理だからだ。
たとえば、世界の滅亡を予言しているとされる詩は、こんなにも難解だ。
「一九九九年の七の月/空から恐怖の大王が降ってくるだろう/アンゴルモワの大王を復活させるために/その前後の期間、マルスは幸福の名のもとに支配するだろう」(五島勉訳)
ねぇみんなこれ意味わかる?
オレ全然わかんねーよ。
確かに「恐怖の大王」あたりは何か不吉なことを言っているような気もする。しかし「人類が滅亡する」なんてこたーノストラダムスは一言だって言っていないのだ。むしろ後半なぞ、マルスってのがアンゴルモワ大王を復活させようとニコニコ努力している、何かめでたい話に読めなくもないではないか。ともかく、ノストラダムスは何ひとつはっきりとしたことを言っていないことだけは確かだ。
いくらでも解釈のしようがある彼の詩をもとに、いろんな人々が勝手なことを言って読者をおびやかし、ケムにまいている。――これがノストラダムス騒ぎの真相なのだ。
志水一夫著『大予言の嘘』(データハウス)によると、ノストラダムスについての勝手な解釈は、何とタイトルにまでおよんでいるという。予言書とされているノストラダムスの『諸世紀』。この邦訳はズバリ誤訳なのだそうだ。『諸世紀』の原題は『LES CENTURIES』といい、フランス語で「何かを百集めたもの」の略。『百詩篇』とでも訳すのが正しいらしい。『諸世紀』という邦題はつまり英訳をしてしまったわけだ。ウーム。初歩。
題名からして間違われたノストラダムスの著書は、日本ではもっと無茶苦茶な扱いを受けているらしい。例えば川尻徹博士は『百詩篇』の中のDEMEURANCEという単語をURANDECEME(ウランで攻め)と並びかえ、広島原爆投下の予言だと見事なる解釈をし、さらにほかの詩の一行中にCIAの三文字が含まれていることに、政治的陰謀を読みとっている。落合信彦も裸足で逃げ出す恐ろしき深読み。深すぎだ。いくら何でも。
志水一夫氏は、このようなノストラダムスの解釈は、戦国時代に書かれた方言だらけ漢文交じりの予言書を、和英辞典片手にアメリカ人が解読しようとしているようなものだとおっしゃっている。まったく実にその通りだとボクも思う。
ノストラダムス騒ぎを見ていると、いつかオカルト専門誌で読んだ「桃太郎」伝説に関しての、ある読者の迷解釈を思い出す。「おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ柴刈りに……」という有名な一節について、彼はこう述べていた。
「この小文には神話的な意味が隠されている。『川で洗濯』とはつまり『ガンジス川での沐浴』をさす。そして柴刈りの柴とは、他ならぬ『シバ神』のことである」と……。
日本にガンジス川が?
「シバ神」を刈る、って何だ?
ノストラダムス騒ぎも、「桃太郎」深読み読者のしていることと大差は無い。
終末の予言に怯《おび》えてビリビリ暮らすよりも、「桃太郎侍」でも見てニコニコしていたほうが千五百倍は楽しいぞ。
P.S.
しかし、予言、あるいは預言といったものが全てアテにならないかというと、そんなこともない。
シャルル・ボネ宜保愛子
ノストラダムスに続き、宜《ぎ》保《ぼ》愛子さんについて考えてみたい。
宜保さんに関する最大のミステリーといえば、テレビに出始めのころ、近所のスーパーで長ネギ買ってるオバハンのようであった彼女が、その後、多くの人々から支持を受けるに従って、髪型やお化粧がどんどんファッショナブルに変化していった「怪現象」である。これはいかなる守護霊のお導きか〓 なんて問題はさて置き。
さて、彼女の「霊能力」についてだが、大きく三つの可能性が考えられる。
〓本当に霊や相手の過去が見える。
〓宜保さんは嘘をついている。
〓宜保さんに何かが見えているのは本当だが、それは幻覚のたぐいであり、霊とか前世では無い。
〓については、未だ霊界の存在は立証されていないわけで、可能性としてはあるがボクは何とも言えない。〓は、あり得ると思う。「あんな人の良さそうなオバさんがそんな」と読者の皆さんは思うかもしれないけど、かつて嘘のばれた自称超能力者たちの性格的共通点は「人がいい」なのだ。人あたりの悪い人のつく嘘なんて誰も信じないものだ。〓だが、ボクはこれが一番可能性としては高いんじゃないかと思う。さっき人の良さは当てにならないと言ったけど、テレビで見る彼女の、ネタが切れててもあり合わせのものでおかずをチャチャッと作ってくれる定食屋のオバちゃんみたいな雰囲気は、決して演技で出せるものでは無い。けれど霊や過去が見えるなんて話を鵜《う》飲《の》みにするのも何だかなぁ、である。そうやって消去法で消していくと、やっぱり〓が残る。宜保さんは確かに「何か」を見てはいる。しかし、それが霊や相手の過去だと断言することは今のところ誰にも出来ないのだ。
――では彼女は何を見ているのだろう。
これについてサイエンスライターのゆうむはじめ氏が実に面白いことを言っている。
ゆうむ氏は、宜保さんの能力は彼女が左目が悪いことが要因になっているというのだ。片目を悪くすると見えない方の視野に黒い膜がかかる、そしてそこに夢の映像のようなものが投影されることがあるという。神経心理学の分野ではこの症状を「シャルル・ボネ症状群」と呼ぶのだそうだ。
つまり宜保さんの霊視は「シャルル・ボネ症状群」の変形であるとゆうむ氏は主張しているのだ。「宜保愛子のように、他人の脳に由来する映像記憶が見えてしまう場合だってあるのだ」と、彼は雑誌『AZ』23号で語っている。宜保さんが霊だと思っているのは、実は他人の脳から彼女の脳へと伝達され、左目の視野に投影された「記憶情報」の「映画」だというわけか。
しかし、ウーン、そんなことって……。
彼女に限らず、隻《せき》眼《がん》の超能力者が昔から多いのもそのためだそうだ。
そう言われてみれば、ハタと思い出す人物がいる。「刑事コロンボ」だ。
彼もまた隻眼(正確にはコロンボ役のピーター・フォークがだけど)であった。ミステリーファンがよく言う、「何度見てもどこでコロンボが犯人を確定したのかわからない」という疑問もこれで解明された。
コロンボは宜保さんのように、「シャルル・ボネ症状群」によって犯人を見つけていたのだ〓 恐るべき刑事コロンボの超能力捜査法。
今後、警察官は全員眼帯をする義務があるのではないか。ペットが逃げた時もまずあわてず眼帯を買いに行くべし、だ。
ン? でもまてよ、隻眼といえばゲゲゲの鬼太郎の妖怪能力! あれもやっぱシャルル・ボネ?
霊界は見えても自分の姿が見えぬとはこれいかに〓
「自称霊感女」というのがいる。
例えば数人で飲みに行ったとしよう。みながほどほどに酔い出し、座が盛り上がり出した頃、ほんのわずかな会話の途切れた間を見逃さず、自称霊感女A子は、ふと忘れものでも思い出したように「あっ」と声を出すのだ。「どうしたの?」と聞く友人にA子は眉をしかめ、
「ここ、結構出るみたいね」「出るって何が?」「霊よ」
こともなげにそう言って彼女は、ほらあそこ、それとあそこにもいるわ、などと店内のあちこちを指差すのだ。
「えっうそ!」「キャー!」などと騒ぎ出す友人たち、そのうちの一人がいう。
「そうなのよねぇ、A子って霊感強いのよねぇ」
自称霊感女の周りには、必ずこの友人のようにフォローしたがる人間がいるものだ。
――ボクはA子のような自称霊感女が苦手だ。この手の女の子というのは、昔からクラスに一人は絶対にいて、夏期移動教室の夜、束の間みなの注目を浴びたものだ。大人になった今でも、「私って霊感強いんですよ」と公言してはばからない女性によく出会う。もう移動教室はとっくに終わっているというのに……。
自称霊感女同士の会話というのもまた凄《すさ》まじい。
「ホラそこ、いるよね、女の霊」
「うん、あれでしょ、首がないね」
何もない暗《くら》闇《やみ》を指差しながら語り合う様子は、まるで裸の王様の服をたたえ合うおろかな大人たちのようだ。そしてそういう時、「え、どこ、どこに?」といいながら暗闇を真顔で見つめるボケ役の女の子が必ずそばにいたりもしてなんだかなである。
ボクが自称霊感女を苦手なわけは、彼女たちが自分と他人との差別化を、この世ならざるもの、目に見えない力、形《けい》而《じ》上《じよう》の世界に求めている点だ。
若い女性はみな、自分と同世代の同性との格差を気にする。他の若い女性より、少しでも自分の方がさまざまな点においてワンランク上なのだと思いたがる。それはひいては他の女より男性にもてたいという、さらにいうなら子を産むという種族繁栄の本能からくる仕方のない感情だ。差をつけるため、女性たちは着飾り、化粧をし、涙ぐましいダイエットをする。あるいは教養の部分で差をつけようと村上春樹なんかを読む女性もいるだろう。それらの行為はどれも、必ず実を結ぶ結果になるとは限らないけれど、紛れもない「努力」であるし、何より前向きでよいと思う。
ところが地道な積み重ねを嫌う女性の場合は、時として形而上世界に自分は関わることが出来ると発言することによって、他人との差をつけようとするのだ。それは何故かというと、形而上世界というのは「地道」「努力」などとは正反対の世界だからだ。自称霊感女が霊感を身につけるために汗水たらして修業したなんて話は聞いたことがない。霊感という特別な能力が、生まれながらに自分にあると思い込むのは、「今は平凡な人間だけど、私は本当はすごい魅力的な女なのよ、特別なのよ」と思うことで現実生活において満たされていないコンプレックスを解消しようという弱い心の現れなのだ。
……昔インドでは、「自分は王族の生まれ変わりだ」と輪《りん》廻《ね》を主張する者が数多くいたという。彼らの多くは、下層階級の人々であった……彼らは身分制度という、努力してもどうにも打開しようのない壁を前にして、輪廻転生という形而上の物語を口にしたのだ。
それに対し、何不自由のない平成日本において、形而上の力によって努力せず人と差をつけようとする自称霊感女は、ボクはとっても情けない人々だと思う。
彼女たちは「霊界が見える」と言うが、自分自身の方は、まるで見えていないのだ。
P.S.
とはいえ、それが霊能力かどうかは別として、この世ならざる世界を知覚している女性は、現実にたくさんいる。自称霊感体験者の全てが、ダメ人間というわけではない。ここにあげたのは、ごく一部の人々のことです。
完全に全ての超常現象を否定することなど、絶対にできんものな。
UFO米国民話説
ボクは今、UFOに夢中だ。
一日の半分ぐらいをUFOのことを考えて暮らしている。たまたまUFO関係の本を二、三冊立て続けに読む機会があり、すっかりそのマカフシギ的世界にはまり込んでしまったのだ。
「UFOに夢中」などとボクが発言すると、必ず周りの人たちはボクにこう聞く。
「UFOを信じるの?」
彼らに対し、ボクはすかさず次のように答える。
「その質問は質問として成り立っていないよ」
こう言うと、言われた人たちは鳩が豆鉄砲をくらわせられたときのように「へ? 何言ってんのアンタ」という表情を浮かべてボクをじっと見つめるのだ。
しかし、そんな顔されてもやっぱり「UFOを信じるか?」という質問は、言葉として成り立っていないのだ。
例《たと》えるなら、ナベ料理が好きだという人に向かって、
「君、スモウ取りなんだ」
と聞くようなものなのだ。そこにはナベ=チャンコ=おスモウ、というあまりに短絡的な偏ったナベ料理への視点が見て取れる。ナベ料理はチャンコだけとは限らない。モツナベもあればカニナベもあり、キリタンポナベだってあるのだ。
同様に「UFOを信じるか?」と質問する人には、UFOに対する偏った視点を感じずにはいられない。
つまり「UFO=宇宙人の乗り物」というあまりにも単純な発想でしかUFOを定義していないのだ。
「UFOを信じるか?」=「宇宙人の存在を信じているのか?」と彼らはボクに問うているわけだ。
けれど、実はUFOとは、そんな単純に解釈できるものではなかったりする。
UFOとは未確認飛行物体のことである。空を飛んでいる何だか正体のわからないもののことをすべてUFOと呼ぶ。その正体については、あまり知られていないことだが、仮説は数限りなくあり、知能を持った宇宙人の乗り物であるとする、いわゆるエイリアンクラフト説というのはたくさんある仮説の中の、たったひとつであるに過ぎないのだ。では他にどんな仮説があるかといえば、これはもう、地底人飛来説(!)なんてトンデモナイものも含めて、秘密兵器説や、UFO自体を生物だとする空中生物説なんてものまで、人間の空想力の限りにあるのだ。精神病理学者のユングは、人間の抑圧された普遍的無意識が爆発しようとするとき、その前兆として空に投影されたものがUFOである……などと論じている。ペテン師まがいの者から、高名な学者に至るまで「UFOの正体」をなんとか説明づけようとしている。決して「=宇宙人」なんて単純なものではないのだUFOは。
支持する、しないとかいうことではなく、今、ボクがもっとも心ひかれているUFOの解釈は、UFO事件をまず妄想、幻覚のたぐいであるとし、では何故そんな妄想を見るに至ったかを、心理の面から分析していこうとする解釈の仕方だ。
これが面白いのだ。
たとえば「UFOはアメリカの民話だ」とする考え方ができる。
UFO目撃事件は、それこそ古くは聖書の時代からあるが、UFOを一躍人々に知らしめたのは、一九四七年、アメリカの実業家ケネス・アーノルドによる目撃事件である。次の年、やはりアメリカのトーマス・マンテル大尉が、UFOを追っかけたまま消息を絶った。この二つの事件により、UFOは世界中の話題になったわけだ。その後も、有名なUFO事件の多くがアメリカという国で発生している。
アメリカはご存知のように、移民の国である。さまざまな民族により構成されている。
各民族には、それぞれ代々伝わる民話、伝承が存在する。しかし、アメリカに住む人をアメリカ人という一つの単位で見た場合、彼らには共通する民話、伝承、おとぎ話が存在しないのだ。
さまざまな民族から成る「アメリカ人」。この曖《あい》昧《まい》な共同体を維持するために、アメリカに住む人々は共通のおとぎ話を求めた。それがUFOそしてまた宇宙人の訪問という「不思議な話」に集約されたのではないだろうか。つまり、曖昧な共同体を維持するために、無意識のうちに「UFOを見なければ」という観念にとらわれたのではないか、と考えることができるわけだ。
「じゃあ、アメリカ人以外が見たUFOはどう説明するんだよ」
と、突っ込みを入れられたら、もうおしまいな仮説だが、それはそれ、ボクはこんなにも突飛な発想が大好きだ。そして、どんなに突飛な発想でも受け入れ可能な、UFOという議題に夢中だ。
コックリさんはいつもお帰りにならない
本当に日本人はコックリさんを怖がる。
「私、あんまりそーゆー話って信じないんだぁ」というような発言を日頃からしているアンチ超常現象派の女性でさえ、「コックリさん」の話になると、眉をひそめ「ねー、それってちょっと危なくない? 話変えよーよ」などとおびえながら言ったりする。
キリスト教の根付いた国の人々が、理屈ではなく生理的に「悪魔」を恐れるように、日本人はコックリさんを怖がる。
これは一体何故?
その前に、そもそもコックリさんて一体誰だ? すかさず「狐《きつね》でしょ?」とつっ込みを入れた読者も多いだろう。確かにコックリさんをよく「狐狗狸」などと書く。油あげが好物だなんて話も聞く。しかしコックリさんは狐の霊でもなんでもない。コックリさんという占いの方法はその昔、外国の船乗りたちが、長旅の退屈しのぎに遊んでいたヴィージャー版占いが元になっている。それが日本に持ち込まれ、和風にアレンジされたものが今のコックリさんと思われる。だから別に狐とは何の関係もない。未知の力にたよる占いと、日本古来からある狐憑《つ》きという言葉が混ざって多分「狐狗狸」という当て字が生まれたのだろう。というわけなので、油あげをあげてもがんもどきをあげても何の意味もないぞ。では狐でないならコックリさんとは誰だ? 悪霊の別称か? 妖《よう》怪《かい》の一派か? はたまた宇宙人か? コックリさんの正体は実のところ判然としていないのだ。それどころかコックリさんには、さまざまな別の呼び方があったりする。「キューピッドさん」「大天使さん」「エンゼル様」等々。十円玉や文字盤を使う占いという基本は一緒でも、それが行われる時代や場所が違うだけでコックリさんは呼び方が変わってしまうのだ。同じ女子高の中でも、三組では「キューピッドさん」で、六組では「後ろの百太郎様」だったりするのだ、
ハッキリしない奴だコックリさんは。
我々は、こんなにも実態のない、つかみどころのないものを何故怖がっているのだろうか。無神論者や、これといって信心する神を持たない日本人が、コックリさんのような曖《あい》昧《まい》模《も》糊《こ》とした存在を生理的に恐れるというのは矛盾してはいまいか。
そこで考えられるのは、我々が恐怖を抱くコックリさんとは、その「存在」ではなく、コックリさんという「占いの方法」自体なのではないかということだ。
ご存知のようにコックリさんとは、数人が十円玉に指をのせ、目に見えないコックリさんにさまざまな質問を投げかけ、ひとりでに動く十円玉によって答えを知るという占いだ。数人の指をのせた十円玉が意思を持ったように動き出し、未来や真実を暴《あば》いていく。が、実はこの不思議現象にはトリックがある。何のことはない。あれはみんなで十円玉を動かしているだけなのだ。意識してではないにしても、動いた方が盛り上がるから無意識にやってしまうだけのことだ。自己催眠、集団ヒステリー、心理学的用語で全て決着のつく現象なのだ。というわけで恐ろしさは魔物の仕《し》業《わざ》を恐れてのことではない。
コックリさんの本当の恐ろしさとは、参加した者たちが、胸に秘めている恋愛感情や願いや嫉《しつ》妬《と》や憎しみや後悔を、コックリさんという形而上の存在を隠れ蓑《みの》にして暴き合う、覆面合同裁判である点なのだ。
魔物のせいにして、好き勝手なことを言い合い、暴き合う「本音暴言フリー会議」なのだ。
日本人は本音を隠そうとする人々だ。目に見えぬ存在のせいにして本音を語り合う、占いの型を借りたコックリさんというコミュニケーションの手段は、だから我々日本人には怖くてしかたないのだ。
P.S.
しかしだからといって、コックリさんが安全かというと、そんなことはない。本文に書いたように、コックリさんは自己催眠や集団ヒステリーを利用した占いである。
つまり、「あぶない精神状態」に誘発してしまう遊びなのだ。多感な少女たちがやると、一発で「ヘン」になってしまう。そういう意味で、コックリさんは本当に恐ろしいのだ。
絶対にやるものではない。
「超常現象」肯定派と否定派
超常現象のたぐいを、ボクはあまり信じていない。
宇宙人の地球来訪、心霊、リインカーネーション、ミステリーサークル、チャネリング、そういった一般に「うさんくさい」と言われている出来事は、やっぱりまったく「うさんくさい」ものとしてボクは受けとめている。
こう思うようになって実はまだ三年程しかたっていない。それ以前のボクは、まるでオカルト番組に出てキャーキャーさわぐだけの女性アイドルのように、超常現象を全て盲目的に信じ込む、単純かつ明解な神秘主義者の一人であった。『あなたの知らない世界』『木曜スペシャル』そういった番組はもうかかさずチェック。新聞に「〇×県でUFO発見」などという記事を見つけた日にゃあすぐさまスクラップ。矢追純一さんや新倉イワオさんは神にも等しい存在に思っていた。
しかし二十歳も過ぎたころになると、大方の視聴者がそうであるように、さすがに何かへんだなぁと思うようになる。例えば矢追氏の番組にでてきたビリー・マイヤーなる男のUFOの写真。あれは確か数年前にコンピューター解析によって全てトリックと見破られているはずではないか。とか、宜保愛子さんってただ単に人生相談をオカルト的にやっているオバちゃんなんじゃなかろうか? そんな素朴な疑問が浮かんでは消えるようになる。それはプロレスの嘘っぽさに初めて気付いた少年の日のように、ちょっと寂しい気持ちだった。子供の頃から盲信していた超常現象の世界が、実は大人たちのエンターテイメント主義や、商売的な部分によって成り立っているらしいと悟るのはなかなかに辛いものがあった。超常現象肯定者たちが矛盾点をつかれると必ず口にする、「そんな風に考えたら夢がなくなりますよ」という言葉のイヤラシさにも白けた。一時、それでボクは超常現象を全面嫌悪する立場をとり、現象すべてを否定するような本を強く支持するようになった。幼い頃あれ程入れ込んだものに、裏切られたと思い込んだボクの小さな反抗である。
ところがそれらを読んでみると、超常現象を否定する人たちの方がまた、肯定者たち以上にうさんくさかったりして、さらにボクはあきれ果てたのである。
例えば井上円了は、超常現象を全て科学の見地から説明しようと試みた古い学者なのだが、この人、自分の知識で説明できない事件にぶつかると、全部「電気のせい」にしてしまうのだ。説明のできないことはカッパだろうとラップだろうと「電気のせい」。なんかいいかげんな人だな。宇宙人からミステリーサークルまで全部「プラズマのせい」にしてしまう早稲田大学の大槻教授の祖先みたいな人である。他にも、自分で「天中殺」の大ブームを作っておきながら、その後、百八十度考えが変わってしまい、自分の書いた天中殺の本を全て絶版にしてくれと出版社に申し出、断られると今度は、印税を受けとることを拒否し、占い告発の第一人者になった和泉宗章氏など超常現象否定者も肯定側に負けず劣らず奇人ぞろいなのだ。
肯定側の主張も否定側の意見も両方知った後のボクの見解は、「超常現象自体は信じがたいが、それにたずさわる全ての人が滅茶苦茶に面白い。だから超常現象からは目が離せない」というものとなった。
第五章 恋を知らない少女達
Fancy Free Strawberries
それは恋?
某ロックバンドのA君が、ツアー先のホテルで寝ていたときのこと。
何かの物音にハタと目覚めた彼、時計を見れば午前四時。耳をすませたが何も聞こえない。アレレ、気のせいかなと毛布をかぶり枕《まくら》に頭を押しつけ、再び眠ろうとすると……。「コツ……コツ……」確かに何かを叩《たた》く音がする。ゾッとする彼の耳に、さらに数回コツコツという音が響いた。それはどうやら、カーテンにさえぎられた部屋の窓の外から何者かがノックをしている音らしい。といっても、A君の宿泊している部屋は地上六階なのである。ベランダは……ない。それでも確かに誰かがノックをしている。
いよいよ恐ろしくなったA君はガバッとはねおき、一気にカーテンを開いた。するとそこには、十センチあるかないかの窓枠にかろうじて足をひっかけ、右手の指でガシッとやはり枠をつかみ、残る左手でコンコンと窓ガラスを叩いている、まるで巨大な女郎グモのような一人の少女の姿があったのだ。
あまりのことに絶句しているA君に、このクモ少女は言った。
「避難ばしごを上ってきたの。やっと会えた、A君大好き!」そして、窓ごしのキッスを要求したという。
まさに『蜘《く》蛛《も》女のキス』ウイリアム・ハートも真っ青! などという映画ギャグはさておき、恐るべきおっかけパワーである。自分の命をも顧みぬ彼女のド根性に、作品のためなら火にも飛び込む往年の〓“千葉ちゃん〓”こと千葉真一を思い起こし、私は目頭が熱くなった。
クモ少女は特殊な例としても、十代の少女たちがバンドマンや俳優や他のいわゆる人気商売を仕事とする男性に憧《あこが》れたときのその〓“思い〓”というのは、計り知れない深さがあるようだ。
ボクも仕事柄、ありがたくもファンレターをいただくことがある。自分の作品を支持、あるいは愛あるお叱《しか》りをしてくださるファンからの手紙というのは本当に嬉《うれ》しいものである。どこで調べたのか自宅や実家へ送ってくる失礼な手紙を除き、ボクは一生の宝として手紙を保存するつもりでいる。
しかし、そんな嬉しい手紙の中にも、時として「んー、こいつはぁ?」とつぶやかずにいられないものもある。「ステージから私を見つめるのは迷惑なのでやめてください!」などという妄想がかった手紙はちょっと困るのだ。
「〇〇でのライブで、歌詞を変えて歌ったのは、私への個人的なメッセージなのね」なんていうのは困ってしまうのだ。それは妄想というものである。受験期や、夏休み明けの時期になると、決まって何人かの少女たちから、「ラジオでゲストに出演したとき、私の悪口を言いましたね。ユルセナイ! 私には警備隊(!)がついてるのよ。ナメルナ!」などという手紙が舞い込み、さらに「P.S.そろそろご両親に私のことを紹介してね」なんてことも書いてあってボクをオッカナイ気分にさせるのだ。「私のことを思ってるのなら次のライブのあの曲中に座ってください。イヤなら立ってください。どちらでもないなら、モニターに足をかけてください」と、ステージングを手旗信号か何かと思っている人もいて。このとき、ボクは真剣に、麻原彰晃のように空中浮遊しながら歌うしかないのだろうかと悩んだものだ。思い入れたっぷり過ぎる少女たちの手紙。
しかし、彼女たちが本当に手紙を出したかった相手というのは、実は憧れのアーティストではないのだと思う。では誰へなのかといえば、それは「誰へ」でもなく、彼女たちは自分の心が揺れるさまを手紙を書くという行為で確認してみたかったにすぎないのだ。
前述のクモ少女にしても、彼女が会いたかったのはA君ではなく、彼の部屋の窓ガラスに映った自分、危険を冒《おか》してまでも愛する人に会いにいく、そんなことのできる愛すべき自分を確認したかった、会いたかったのではないか。
思春期の成長過程で、少女は初めて、どうしても自分の所有物にならないもの=それが人によってはバンドマンなのだ=に出会い、自我の崩壊に遭遇する。「手に入れられぬものに出会ってしまった」自分とは、はたしていかなる存在なのだろうと悩み、心が震え、この心の震えこそが「恋愛」というものじゃないのだろうか? と美しくも大きな思い違いをするのだ。
「私は〇〇バンドの**君をファンとしてではなく、一人の人間として恋しています」と断言する数多くの少女たちよ、それは恋ではないかもしれないよ。ただ大人になる過程で、自分とは何か? をまさぐる心のわななきなんじゃないかとボクは思う。そして自分は何かがちょっとでもわかりかけてきたとき、少女たちは手に入れられぬものから心離れ、こんなことを友人に照れながら打ち明けてみるのだ。
「今思うと笑っちゃうんだけどさぁ、私、昔〇〇バンドの**なんか好きだったのよぉ」
そんな薄情な、ともいえる台詞だが、実はこの言葉を口にしたときから、少女は〇〇バンドの**君と初めて対等な立場に立つことができるのだ。
妄想の女《ひと》
ミュージシャン、俳優、作家など、アーティストや人気商売の人々が密《ひそ》かに恐れる「妄想の人」というのがいる。
それは例えばこんな人のことだ。
新進俳優のB君。彼の事務所に一本の電話が入った。「B君のファン」と称する声の主は、対応に出た事務所の人にボソボソとした声でこう言った。
「B君の電話番号を教えてください」
そういうことはできかねます、と答え受話器を切りかけると、彼女は大声で「待って」と叫んだ。
「待って! 私、B君と親しいんです」
「親しい人がなんで電話番号を知らないんですか?」
「電話帳に載ってないから……」
「は?」
「イエローページにもないんです。私、B君と親しいのに何で載ってないんですか?」
こんな不条理な質問に答えることなどオシャカ様でも不可能である。唖《あ》然《ぜん》としている事務所の人に、彼女は更にこんなことを言うのだ。
「お礼が言いたい」
「お礼?」
「ニューヨークでB君にお世話になったんです。そのお礼を言いたい」
B君は、未だかつてニューヨークなど行ったことはない。
「あの、Bはニューヨークに行ったことないんですけどね」
受話器の向こうで彼女が黙った。
数秒の沈黙のあと、彼女は静かに言った。
「……あれは……パリだったかもしれない」
もちろん、B君は、まだパリに行ったこともない。
「妄想の人」とは、つまり彼女のようにアーティストを思うがあまり「ナンカヘン」になっちゃった人々を指す隠語なのだ。
妄想の人はちょっとコワイ。
彼女ぐらいならまだしも、これがもっと思い込み激しい人になると、直接アーティストの家に電話をしたり、
「アタシを愛しているのにライブでそのことを言わなかったなオマエユルセナイ毒電波送る家で待ってろ」なんていう、まるで理屈の通らない、おまけに句読点まで無い手紙を送りつけたりして、もっとコワイ。そしてそんな恐ろしい内容の手紙なのになぜかキティちゃんの封筒に入ってたりして更に恐ろしかったりするのだ。
妄想の人が行きつく果ては『ミザリー』の世界なのだろうか。
スティーブン・キングのあの小説のように、狂信的ファンがアーティストを監禁したり、殺害するに至る事件は実際に起こっている。その中でも最も有名なのはマイク・チャップマンによるジョン・レノン銃殺であり、日本でも少し前、地方局の女性アナウンサーが殺されている。襲われたというだけなら美空ひばり、こまどり姉妹、松田聖子などかなりの芸能人が被害にあっている。
もちろん「妄想の人」が必ず事件を起こす可能性を持っているなどということを言いたいのではない。そんな考えは差別だ。そんなことでは絶対にない。ボクが彼らに興味を持つのは、彼らの存在の危なっかしさ以上に、なぜ彼らが妄想の人になってしまったのか、の部分なのだ。ボクは心理学者でもなんでもないからおいそれと偉そうなことは言えないのだけれど、何年かいわゆる人気商売、アーティストの端くれをやってきて、妄想の人々と何度か接する機会もあり、自分なりに「もしかしてこんなことが原因なんじゃないかしら」と思い当たるところがある。
ボクの知っている妄想の人はみな女性なので、ここでは「妄想の女《ひと》」に限って書こうと思う。
十代の少女にとって、憧れのアーティストに寄せる「こころ」というのは限りなく切ないものであるらしい。
「私は〇〇ズのAさんをミュージシャンとしてではなく、一人の男性として恋しているんです」
音楽雑誌読者投稿の定番である。
しかし、その思いというのは恋でも、ましてや愛でもないんじゃないかと思う。
少女たちが生きているのは自分の半径五センチの世界だ。世の中のことをまだ何も知らないうちから、まるで江戸川乱歩の小説に登場する者のように既に世の中に愛想を尽かしていて、そのくせ宇宙の中心は彼女自身。少女たちは天動説なのだ。
アーティストの表現手段以上にアーティストの人格を好きになるというのは、未だ彼女が天動説を支持している証明だと思う。「〇〇さんを一人の男性として好きです」という言葉を言い換えれば「〇〇さんとて一人の男だからいつか私のものになることだってあるわ」ということになる。
でも滅多に、というか実際にはほとんど「私のもの」になったためしはない。
アーティストを好きになることで、少女たちはどうしても手に入らないものの存在に初めて気づき、半径五センチのテリトリーの外には、他にも数えきれない程の「手に入らぬもの」があることに気づく。その事実に今まで気づかなかった自分ていったい何だろうと悩み、やがては自分も社会という太陽の周りを回り続ける惑星のひとつにすぎないのだと悟り始める。それを認めることはとてもつらく悲しく切なく、だけど来るべき未来を感じさせ、楽しくもあり、もどかしい。
この悩みと「もどかしさ」こそ彼女たちが「恋」と思いこんでいる感情ではないだろうか。
アーティストが手に入らぬ存在だと気づくことで、少女たちは天動説の誤りを認め、悔しいけれど地動説の真理を認め、そうして大人へ近づいてゆくのだ。
「妄想の女《ひと》」はこの大人への通過儀礼に失敗し、未だに天動説を信じて疑わぬ女性たちなのではないだろうか。
半径五センチのテリトリーの外に広大な世界が広がっているという事実を認めたくない彼女たちは、妄想に逃げ込むことで自己の崩壊をまぬがれようとしているのだ。
先日も妄想の女より絵葉書が届いた。青いインクで「この前のデートはとても楽しかった。お世話になりました」とある。差出人とボクは会ったことも話したこともない。P.S.の後にはこう書かれていた。
「次に会う時は親友を紹介します」
……もしかしたら、この世にはもう一人のボクがいて、そいつは彼女と何度もどこかでデートをしているのかもしれない……一瞬だがそんなコワイことをふと思ったりもした。
エリーゼのために
ボクの頭にやたらに白《しら》髪《が》が多いのは、きっと数年前のあの事件が原因なんじゃないかと思う。
『あしたのジョー』のホセ・メンドーサや江戸川乱歩の『白髪鬼』のように、一夜の恐怖体験が頭髪を一部真っ白に漂白してしまったのだ(ちなみにホセ・メンドーサっつーのは矢吹丈と最後に戦ったボクシングの世界チャンピオン。ジョーとのあまりに壮絶な打ち合いの果てに白髪頭となり、ジョーの方は真っ白な灰となったのだ。『あしたのジョー』はおもしろいゾ)。
一夜の恐怖体験といっても、ラップ現象とか霊体離脱とか宜《ぎ》保《ぼ》愛子とかそんなものじゃない。オカルトなんざボクは怖くもない(宜保さんの顔はコワイけど)。
ボクの頭髪を一部白髪にしてしまったのは忘れもしない、女友だちの自殺未遂事件なのだ。
ボクは筋肉少女帯のライブツアー中で地方のホテルにいた。ホテルのロビーにはいわゆる追っかけの女の子たちがたむろしていて、メイクを落とした衣装も脱ぎ、ただのロック兄ちゃんに戻ったボクを見て多少ゲンメツした表情をして、それでも一応はニコニコと微《ほほ》笑《え》みながら手製のぬいぐるみやら何やらのプレゼントをボクにくれた。追っかけの女の子たちというのは時にウザッタイこともないことはないが、ボクは彼女たちを嫌いではない。彼女たちの中の何人かは、大人になること、そして現実を生きることから逃避し続けている弱い人間である。しかも逃避の場にこのボクのような甲斐性無しを選んでしまった大ボケのスットコドッコイである。真夏にジャングルに行くようなもんだ。しかし少年時代のボクも常に現実から逃げることだけを夢想するスットコドッコイのコンコンチキだったから、彼女たちのことをバカにはできないし、何より自分を慕ってくる人間は嫌えない。追っかけられるうちが花だしなあ。
「ドモネ、アリガトネ」とペコペコ頭を下げながら部屋へ。バタンとベッドに倒れ込んだのとほぼ同時に電話のベルがなった。
「もしもし〜……」
少女特有の尻《しり》上《あ》がりなイントネーションは間違いなくモケ子(仮名)だ。
「モケ子かぁ、何だぁ?」
「今いい〜?」
ボクはウームとうなり眉《まゆ》をしかめた。モケ子がこの「今いい〜?」というフレーズを切り出した時は要注意なのだ。「今いい〜?」は「ちょっと複雑な悩みがあって私おしゃべり下《へ》手《た》だから要領を得なくてイライラさせちゃうけどいいかな?」の略である。
ボクはその時疲れていた。
「いや、よくない。あとでこっちからかけるから、じゃあねぇ」
と言って切ってしまった。
モケ子はボクより年下だったが、妙にウマが合い、一時期よくつるんで遊んでいた女友だちだ。一言で言ってデタラメな人間で、その性格破《は》綻《たん》ぶりが同じくデタラメなボクと合ったのだろう。時々彼女のワガママさに耐えかねて一本背負いでぶん投げてやろうかと思うぐらい腹の立つこともあったが、一緒にいると楽しかった。
彼女は情緒不安定だった。
感情の自己管理ができず、意味もなくヒステリーを起こした。良く言えばベティー・ブルー。悪く言えば『花のぴゅんぴゅん丸』のケメ子だ。
電話を切ってしばらくして、どーにも不安になってきた。どーも今回の「今いい〜?」はいつもより重要なのではないだろうかと思ったのだ。あれこそまさに虫の知らせというやつかもしれない。思い立ちモケ子の家に電話をかけた。
五十コールめぐらいで電話機を取った彼女は「血が止まらないの……」と消え入りそうな声で言った。
マンガみたいだけど、ボクはその時ベッドから落っこった。
カミソリで手首を切ったという。「布《ふ》団《とん》が真っ赤よ」と電話機の向こうで彼女はつぶやいた。
「ととととととと、とにかく、医者を呼ぶから」
よっぽどあわてていたのだろう。ボクは電話を切るとフロントに走って行って、「救急車を東京へ呼んで下さい!」とわけのわからないことをホテルマンに言って、怪《け》訝《げん》な顔をされた。ボクは怒り、「らちがあかん!」と親《おや》父《じ》みたいなことを口走った。追っかけの女の子たちがたむろするロビーで、彼女たちに気づかれないように声を殺して筋少が所属する事務所の者に電話をかけ「スマヌがモケ子の家に今すぐ救急車を呼んでくれ」と告げた。
それから部屋へ戻り、事務所の者からモケ子が無事病院へ運ばれたと聞くまでの数十分間、ボクの頭の上ではさっき自分の言った「らちがあかん」という古めかしい言葉がグルリグルリと回転木馬のように廻り続けていた。
モケ子は死ななかった。
手首に白い包帯を巻き、しばらくは「痛い痛い、手首なんか切るもんじゃないよ」と言って顔をしかめていた。
モケ子の祖母は深々と頭を下げ「本当にうちのバカ娘がバカなことしまして本当にバカな娘ですから」とボクにわびた。
そしてボクの若白髪がドッと増えた。
生きることはおっかないことだと思う。
老いる、病《や》む、貧乏、親しい者との別れ、失恋……生きる上で負の要素を挙げていったらきりがない。しかもネガティブな事件は人生の中で必ず誰しもが経験するのだからそれを思うとゲンナリとする。
この現実を前にして、少女たちはとにかくそこから逃げることのみを考える。
ホテルのロビーでたむろする追っかけの女の子のように、人気商売の男に夢を投影してみたり、ヤンキーになってみたりパンクスになってみたりコミケに行ってみたり、あるいは自分の妄想の中へ逃げ込んでみたり、あの手この手でスティーブ・マックイーンも真っ青の現実からの大脱走を試みる。
しかし、逃げるとこなんて本当はないんだよね。
どこへ逃げたって、生きているうちはそれこそ妄想の中でさえ、結局は人生という現実の掌《てのひら》の中にいるわけだから、オシャカ様の掌から外へ出られなかった孫悟空のようなものだ。
死なない限り人生の外へ飛び出すことは不可能なのだ。
「じゃあ死ねば逃げられるのね」
と、モケ子は考え、究極の現実逃避である自殺を図ったわけだ。モケ子ならずとも、同じ考えを持つ少女たちは多いのではないか。
だが何はともあれ死んじゃあいかんのじゃないかとボクは思う。
若くして死ぬのはもったいないゾ。単純に。
モケ子にひとこと説教をしてやろうと思い、こんな屁《へ》理屈をひねり出してみた。
「少女はなぜ死にたがるのか?」
「それは遠泳の辛さと同じで、この先、ネガティブな事件が無限に待ち受ける人生を、生きていかなければいけないと思うからつらくなるのだ」
「ではどうすればいいのか?」
「生きていかなければ、と思うからつらいわけで、逆に、生きてあげるわよ、生きてあげようかしら、と、人生に対して高飛車な態度で挑めばいいのだ」
用例〓「〓“ドナドナ〓”の売られていった子牛の代わりに私が生きてあげるわよ」
――本当にただの屁理屈である。でも、一応はスジが通ってるでしょ。ボクの説教を聞いてモケ子は「ふーん」と言っただけだった。それでも、〓“ドナドナの代わり〓”という牧歌的フレーズが彼女の納得のツボを押したのか、以来今に至るまで、彼女が再び手首を切ったというウワサをボクは聞かない。
ところで弱《じやつ》冠《かん》二十歳半ばにして人生の説教をたれるのもなんではあるな。ま、『金八先生』を見て育った世代とゆーことで勘弁してチョーダイ。
ああ、ボクの白髪は一夜の恐怖によるものではなく、単に若年寄の象徴なのかもしれんのう。
(おじーさん、また白髪が増えましたねぇ……。)
バブルな想い
女の子たちはアーティストを嫌いになる理由を密かに探している。「一生ついていく」「絶対にこの人と結婚する」などと熱烈な想いを抱いたことのある子は特に、アーティストを自分の世界から切り離すきっかけとなる、明快な理由を心の中で無意識のうちに探し続けている。
「あの人は自分のイメージしていた人間とは違うから」
「あの人は変わってしまったから」……彼女たちの見つけてくる訣《けつ》別《べつ》の理由はだいたいこの二つに落ちつくようだ。前者はあまりテレビ等に出ないタイプの人に多い。窓際で斜《はす》に構え、白黒のコントラストがクッキリした写真の中で、洋モクをくゆらすハードボイルド作家が、『徹子の部屋』にゲストで出たら、ただの人のよいスナック常連じみたお父さんだったりして、一挙にゲンナリというやつだ。ボクはバンドマンの中では割とテレビに出る機会が多いのだが、それでもやはり、よく、〓“ゲンナリ〓”される。この間も、ほぼノーメイクで対談番組に出演したら、「私、大槻さんのこと〓“霞《かすみ》立つ湖の美青年〓”のイメージで見ていたのに、よく見たら〓“類人猿のような眉《まゆ》毛《げ》〓”でガッカリしちゃいました」というファンからの手紙をいただいた。別にボクは人にどう思われようとかまわんが、それにしても〓“霞立つ湖の美青年〓”から〓“類人猿のような眉毛〓”までイメージを落としてくれんでもよいのではなかろうか、と思う。類人猿……ウ〜ム。
後者はメッセージ色の強い歌をうたうミュージシャンや、若くして人気を得たアイドルタレントなどがよく言われる台詞《せりふ》だ。右翼から左翼に転向した、とか、きのうまでパンクスで「OI! OI!」言ってた人が、次の日にヨーデル民謡に魅せられて〓“レイヨロレイヨロ〓”始めてしまったとか、そのぐらいの変化があるなら「変わってしまった」と嘆くのもよくわかるのだけど、少女ファンの言う〓“変わってしまった〓”点というのは、重箱の隅を針でつっつくように細かい。
「一人称が〓“オレ〓”から〓“私〓”になったというのはどういうことですか? もう昔の〇〇さんではないのですか? 〓“私〓”というのは、自分は大人になったということですか? いったい、今回のアルバムは〇〇さん、どういうつもりなんですか? のれる曲が無いじゃないですか。コンサートでピョコピョコはねている私たちファンはもう必要ないということですか? 大人だけ来ればいいってことなんだろうけど、私のような子供のファンはどうすればいいのですか。ライブに来るなということなら私は失望しました。〇〇さんの希望通り、私のような子供はもうライブに行きません!」
一つの小さな疑問点が彼女の中で無限大に広がり、相手の本意を聞く以前に自己完結してしまっている。見事だ。
メッセージするところに変化があったというならまだしも、単にルックスの変化がアーティストを嫌う理由になることもある。
「髪の色が変わった」「髪を切った、伸ばした」「髭《ひげ》を生やした」「服のセンスが変わった」「太った、痩《や》せた」……もう何でもありの世界である。
確かに、熱血刑事ドラマのヒーロー〓“ラガー刑事〓”でアイドルとしてデビューし、その後芸風の変化に伴って体型まで三枚目化したタレントの渡辺徹さんぐらい変身してしまったなら「変わった」と言われるのも当たり前である。しかしほとんどのアーティストは変わったといってもマイナーチェンジなのだ。
〓“たまたまお天気が良いので、なんとなく髪切ってみました〓”ぐらいのことで「〇〇さんは変わった。私は髪の長い頃のあなたが好きだったので、もうファンやめます」なんか言われちゃうと、町田町蔵さんではないが「ほな、どないせぇちゅうねん?」とぼやいてみたくもなるだろう。
そして少女たちは、そういう、傍から見たら〓“どーでもいー〓”ような理由で、本当にアーティストを見限ってしまうのだ。
長いことバンドをやっていて、ふと気づくことがある。バンドをやっている連中、うちのバンドに限らず、ロック界《かい》隈《わい》で蠢《うごめ》いている男たち。ミュージシャンの顔ぶれは何年たってもあまり変化がない。だいたい見知っていて、〓“ああ、こいつまだやってんのかー〓”とお互い言葉にせずとも思ったりする。
しかしロック界隈に蠢く女の子たちは、常にその顔ぶれを変えていく。まるでシャボン玉のように、ふいに現れてはふいに消えてゆくのだ。現れたときには〓“私は一生このバンドのために生きるのよ〓”という表情を顔一杯に浮かべているのに、ある日気づくと、パチンと泡がはじけたようにロック界隈から消えてもういない。
彼女たちはいったいどこへ行ったのだろう。ときどき、消えてしまった彼女たちと街ですれちがうことがある。たいがい彼女たちはそのとき、ごく一般的な服装をして、髪ももちろん金や赤なんかじゃなく、普通のOLさん、女子大生といった容《よう》貌《ぼう》に変身しているのだ。かつてロックバンドに入れあげたことなど今では誰も気づかぬ程に、彼女たちは社会に順応し、そして美しくなっている。
彼女たちはもう、いろいろなことに気づいたのだ。いくら夢を託しても、結局アーティストと自分のいる世界に接点がないことや、必ずしもその世界に入っていくことが自分にとってステイタスにはならないのだという真実を。また、その世界よりも、実は自分のテリトリーの中に夢を探す必要があるのだという事実。そして、アーティストに対する恋のようなものを捨てることが、少女から大人になるためのワンステップであるということに。
よく言われるとおり、「憧《あこが》れのアーティスト」というのは、大人への通過儀礼としての一面を持っている。好きになっても、いつかは〓“通過〓”していく場所なのだ。
少女たちは憧れのアーティストに出会い、恋心のような感情を抱くことによって、天動説で生きていくことの限界を始めとして、さまざまな〓“大人になる上で必要なこと〓”を学ぶ。いつまでもここに止まっていてはいけないということも悟る。憧れのアーティストなんかキッパリ捨てて、もっと広い世界へ出ていかなければならないのだ。
しかし、まだ少女たちには、そのことに気づいてからも、そこからスッと出ていくわけにはいかない。足かせのようなものが残っているのだ。
それは自分自身の、アーティストを初めて好きになったときの〓“想い〓”である。
「一生この人についていく」
「この人だけは私の心の痛みをわかってくれる」
「私はこの人以外とは結婚しない」
「私が処女をあげるのはこの人よ」
とまで心に決めた、たかだか数年前の、へたすりゃ数カ月前までのほとばしっていた自分の想いを、大人になるためとはいえ、そうやすやす裏切ってしまっていいもんやろか?と、彼女たちは悩むのだ。
「それに〇〇さんに悪い気もするし」
そうして彼女たちは、そのときは確かにピュアだった自分の「想い」を汚さぬように、裏切ることにならないように、けじめをつけるためにも、なんとか〓“〇〇さんを嫌いになるための〓”正当な理由づけをしようとする。
それが、「あの人は自分のイメージしていた人間と違うから」「あの人は変わってしまったから」……という言葉にまとまるのだ。
そういえば、その昔、ボクは石野真子が死ぬ程好きだった。その後、ファンであることをやめた。長渕剛と婚約してしまったからだ。そのときボクは思ったね。
「真子はオレのイメージしていた人間ではなかったのだ。真子は変わってしまった」と。真剣にそう思ったよ。
ボクも石野真子を嫌いになるための理由を密かに探していたのだろう。いや待てよ、そうすると、ボクを大人にしたのは「長渕剛」ということか〓
追っかける理由
「少女たちの想いは恋ではない」
「少女たちは憧れのアーティストを嫌いになるきっかけを心の底で探している」
つづいて考えてみたいのは、「追っかけをしてしまう理由」についてだ。
おっ、このお題を書いた途端、向こうからものすごいスピードで走ってくる少女がいるではないか。ヒラヒラのドレス、黒ずくめ、脱色したくるくる巻毛、ジャラジャラのアクセサリー、さてはデカダンス系バンド〇〇君の常連追っかけ〓“お耽《たん》美《び》ちゃん(仮名17歳)〓”か〓
「こら大槻ぃ!」
お耽美ちゃんはヒラヒラお洋服とクルクル巻毛を共にブルブルと震わせている。どうやら怒っているようだ。
「大槻ぃ! また勝手なこと言うつもりなんでしょう〓」
「いやぁ、そんなこと言われてもなぁ」
「あたしの〇〇に対する想いを〓“それは大人になるためのいななきだ〓”とかなんとか屁理屈こねるつもりでしょ。学歴ないくせにぃ!」
「いや、あのね、いななきってそれじゃ馬だよ。わななきね、わななき」
「うるさいわね、この元ナゴム! お笑いバンドのくせに生意気よキーッ! 〇〇さんをバカにするとユルサナイー!」
「オレ〇〇君のことは何も言ってねーよ」
「うるさいうるさいキーッ! 何が〓“追っかける理由〓”よ。また屁理屈こねるつもりね」
「おう待てよ、やっぱり君も追っかけ?」
「当たり前よ。日本全国〇〇の行くところ全部行くわよ」
「学校は?」
「そんなのブッチよ」
「ブッチ……かぁ。お金は、けっこうかかるんでしょ、ホテル代が一晩安くても七千円として、ツアー二十本で……十四万! さらに食事代が一日三千円として移動日含めて大体六〜七万! 移動費で単純に計算しても十万……お、おい、こんだけでもう三十万だぞ、ヒ〜」
「バカね、ホテルなんか五人でシングルに泊まっちゃうし、移動は〓“青春18切符〓”とキセルで節約よ。まぁ、それにしても半端な額じゃないけどね」
「う〜んスゴイ。気合いが入っとるというか」
「そうよ、気合いよ。〇〇さんを想う気合い、あんたなんかにわかりっこないもん」
「自分ではわかるの? そこまでする理由」
「当たり前よ。好きだからよ」
「そんだけ?」
「他に何があるっていうの。好きだから追っかけるのよ。好きだからホテルのロビーで何時間も待つのよ」
「そうかなぁ。お耽美ちゃん自身気付いていない理由っていうのがオレはあると思うんだがなぁ……」
「キーッ! 何よキーッ! この高木ブー、キーッ!」
「イタッ、イタッ、ぶつなよう。ね、ひとつ聞かせて、君は学校ではどんな娘なの?」
「学校、関係ないわよあんなとこ。先生も友だちもつまんない奴ばっかよ」
「じゃ、お父さんお母さんどんな人?」
「お母さんはあんまり干渉しないよ。お金はくれるけどあたしはほっとかれてる。お父さんはいるけどいない。家にはあんまりいない。お母さんと仲悪いから」
「ふうん……やっぱり……」
「何よその顔。わかったような顔してさ」
「うん。オレはね、追っかけがなぜそこまで追っかけなんぞをやるのかという理由として、〓“自己存在確認説〓”っていうのを考えているんだよ」
「……何、それ?」
「うん、これはね、お耽美ちゃんみたいな気合い入りまくり過ぎの追っかけの娘にだけ当てはまる説なんだけどね。オレ、なんでそこまでするかなぁって思っててさ、君みたいな娘に話を聞いたりするうちに、そーゆー娘たちの共通点を発見したんだよ」
「……」
「一つは、学校生活に退屈していること。まぁ、高校生なんてたいがいそうだけどね。追っかけしている娘は特に退屈している子が多い。それともう一つは、家庭があまりうまくいっていないこと」
「……」
「両親の仲が悪かったり、片親だったりする娘が多いんだよなぁ。でね、学校が退屈で家庭もつまらない。これはつまりその娘にとってどーゆーことかというと、どこにも身の置き場がないってことだ。だろ?」
「……」
「でさ、追っかけする年頃といったら圧倒的に十代の中盤から二十歳前だよね。この年頃っていうのは、いちばん自己顕示欲が強くって、さらに自分が何者であるのかを知りたくって、延《ひ》いては自分が今この世に存在しているってことを認識したい年齢なわけだ。ところが、学校生活にも家庭においてもそれを確認することができない場合、何か他の手段で自分の存在を確認したくなる。いや、する必要があるのだな。心がそれを欲するわけだ。自分が生きていることを確認しないと、人は不安で人格形成に障害が生じるもんね。それでお耽美ちゃんみたいな娘たちは、憧れのアーティストに少しでも自分を覚えてもらう、ということをその手段に選ぶのではないかとオレは思うのだよ。
気合いの入った追っかけをする女の子たちというのは、やはり愛情に飢えているのだと思う。たぶんそれは、両親の不仲などで幼児期に存分に甘えることができなかったり、愛情を注いでもらうことができなかった心の傷というのが心の奥底にあるためなんだ。親に対し、自分の存在をまだ認めてもらっていないという想いがあるわけだ。しかも今も学校においてさえ、自分は友人から、先生から、存在を認めてもらえない。
それがある日、自分の気持ちを代弁するような歌をうたうアーティストが現れる。プレゼントのシャツを彼に贈ったところ、しばらくしてロック雑誌で彼がそのTシャツを着てインタビューを受けている。お耽美ちゃんはこの時初めて、自分の存在を認めてくれるかもしれない人に出会ったと思うわけだ。そしてコンサートに通い、手紙を送ったりしているうちに、彼がお耽美ちゃんの顔を覚える。名前を覚える。手紙に書いた自己紹介によって彼女の考え方を知る。
お耽美ちゃんは、そうやって彼に段々と自分を知ってもらうことによって、自分がこの世に存在しているという確認を初めてしていくわけだ。親や先生がしてくれなかった自己存在確認を、憧れのアーティストがしてくれているような気持ちになってしまうわけだ。だから彼女たちは追っかけるんだよ。
日本の果てまでも追っかけて、ホテルのロビーで何時間も待って、アーティストに〓“あ、どーも〓”と言われる一瞬のためにだよ。
すべての追っかけがそうだとは言わないけれど、追っかけをしている少女たちの何人かは、幼児期の愛情欠乏トラウマを克服するために、そして自己存在確認の方法を、追っかけるという行動に託しているんじゃないかな。……でもそんなお金も労力もいる方法をとるよりさぁ、もっと現実に即した自分の今生きている生活空間内でその手段を探したほうがいいんじゃなかろうかって考えもできるけどねぇ……あ、これじゃ批判になっちゃうか……。あれ? どうしたの? お耽美ちゃん、ワナワナ震えちゃってさぁ」
「キーッ!」
ポカスカポカスカポカスカポン!
「黙ってりゃ勝手なことばかり言ってなによ! あたしの〇〇さんに対する想いをネコウマだとかトラフグだとかカバシカだとか、そんな言葉で決めつけんな、このバンドブームの生き残り! 追っかけは好きだからするのよ。感情に理屈はないのよ。追っかけは好きでしょうがないから、少しでもその人に会いたいからする。それだけよ! そんなこともわかんないのね、このバカ。だから『オールナイト・ニッポン』二度も降ろされるのよ!」
ポカスカポカスカ!
「ヒ〜! 助けてぇ! こ、今回はこれで終わり!」
「待て、こら大槻ぃ! てめぇユルせねぇ。どこまでも追っかけてやるぅぅぅ!」
追っかけの礼儀を考える
夢見がちな少女にとって憧れのアーティストを追っかけるという行為には、世界が自分を中心に回ってはいないと気づくきっかけになるとともに、現実社会を生きていく上でのルールを知る学習としての役割もある。
「キーッ! またごちゃごちゃ言ってんなぁ!」
「あ、君は、黒のレースにくるくる巻毛、前項に続き、またもや現れたな、お耽美ちゃん」
「あたしの〇〇君に対する恋心を大人になるための穴あきだとか、追っかけるのはフーテンの寅さんだからだとか文句ばっかつけやがって、今度は何言いだそうってんだよ!」
「イテテ、いきなりぶつなよ、お耽美ちゃん。それから〓“穴あき〓”じゃなくて〓“わななき〓”。〓“フーテンの寅さん〓”じゃなくて〓“トラウマ〓”!」
「うるさいうるさい! 最近ロック雑誌に載らないくせに偉そうなこと言うなよ!」
「イテテ、そうなんだよ、プロモーションの時にしか取材に来てくんないんだよ。バンドブームの時みたいに各誌にレギュラーで載りたいもんだよなぁ……って、そんなこたぁどーでもいいんだよ。イテテ、お耽美ちゃん、ぶってるヒマがあったらボクの話聞けよ」
「また追っかけの悪口言う気だろ」
「悪口なんて言ってないってば。ボクは女の子たちが憧れのアーティストに恋焦がれたり、追っかけたりする気持ちというのを自分なりに分析しているだけであって、そこに批評とか、まして批判しようなんて気持ちはサラサラないんだってば」
「そうは聞こえないんだけどね」
「それはあれじゃない、お耽美ちゃん。自分のしている〓“追っかけ〓”という行為に実は後ろめたさがあるから、そのことについて何か言われると、みんな批判されているように聞こえちゃうんじゃないの? そうでしょ?……あれ……ちょっと……そんな怖い顔しないでよ、アレレ……ワナワナ震えちゃってーちょっと」
「キィィィィィィィィィィィィィ〓」
ポカスカポカスカポカスカポン!
「イテテテテぇ」
「ヒット曲もないくせに偉そうに言うんじゃないわよ、この大学中退! あたし後ろめたさなんてないもん。自分がしたいから正々堂々と追っかけてるんじゃんよぉ!」
「イテテ、正々堂々と追っかけ……ねぇ。いや、その通り。お耽美ちゃんみたいな子にとって追っかけというのは、さっきも言ったけど現実社会を生きていく上でのルールを知る学習になるからね。したきゃすればよいのだよ」
「……学習? 何で? どーゆーことよ」
「やっと話させてくれるわけね。よし、ご説明しましょう」
「まず、あたしみたいな子って、どーゆー子のことよ」
「……それは、だからつまり……世間知らずで子供で、常識や礼儀や道徳をわきまえていない……あっ、待って、これは便宜上言ったまでで……ちょっと、ヒー、ぶっちゃイヤ〜ン」
「いいから続きを言ってみろよ」
「フ〜。そんでね、だからつまり、そういう社会をまだ理解していない子のことだよ」
「百歩譲ってそうだとしよう。どうして追っかけることがその子たちのために学習になるのよ?」
「うん、それはね、本来、常識や礼儀、そういったモラルというものは学校と家庭で学ぶものなわけだよ。教師がいて生徒がいて、生徒の中でも先輩と後輩があって、家庭でも親がいて子がいて、それぞれの役割や目上の人に対する接し方、後輩や弟、妹に対する接し方はみなすべてその中で体で覚えていくわけだ。ところが、前に言ったように、追っかけをやっている女の子たちの大多数は、学校や家庭において自分の居場所を確保できずにいるわけだ。これはどういうことか?
これはつまり、彼女たちにとって常識や礼儀を学ぶべき場所が存在しないということになるわけだよ」
「………」
「では彼女たちは学校や家庭から脱走したことで、追っかけになったことでこの先、一生モラルを学習せずに年を重ねていくかというと、これがそんなことはない。おもしろいことに彼女たちは追っかけ同士で、この学習を学び取ろうとし始めるんだよ」
「……?」
「お耽美ちゃん、君は追っかけ歴、どのくらい?」
「もう三年にもなるわね」
「んじゃ、けっこう古株なわけね」
「まぁそうね。なにしろ〇〇君のことインディーズの頃から知ってるからね。そういうのって、あたしともう二、三人くらいだもん」
「じゃ、最近ファンになった子なんかからは一目置かれているわけだね」
「当たり前よ。ライブの出待ちん時だって、あたしは一番前に行けるようになってるしね。プレゼントだって、まずあたしが渡すことに決まってるのよ」
「ふーん。でも新入りの追っかけって、そーゆーのわかってなくてイヤでしょ?」
「そーなのよ。〇〇君が疲れててもおかまいなしで寄ってったりするから、あたしら、もう腹立っちゃってさ。追っかけは迷惑かけちゃいけないんだってこと注意したりするわよ」
「追っかけ内にも〓“格〓”があるんだね」
「そりゃそうよ。あたしらが新入りより何年も〇〇君を追っかけてんだからさ」
「フフフ……フフフ……フフフフフ」
「な、何よ? あんた何笑ってんのよ、気味悪いわねぇ」
「ウワッハハハッハ! お耽美ちゃん。ズバリそれこそが学習なのだよ」
「え?」
「人間という生物はまことに不思議なもので、何かが欠ければ必ず他の何かで補うことを忘れないものなんだ。視覚を失ったらその分他の感覚が鋭くなるようにね。礼儀を知る学習の場が欠けたら、それを他の場所で補おうとするものなんだよ。
学校や家庭から外れてしまった思春期の少年少女たちは、似たような境遇の者と集団を作り〓“自習〓”を始めるようにできているんだ。
例えば暴走族、チーマーといった、いわゆる不良少年少女たちを見ればそれはよくわかる。彼らは〓“がんじがらめの校則はいやだ!〓”〓“先公なんかくだらねーよ〓”〓“親なんて知らねぇ〓”などと言いながら、どうだろう、外れた者同士で集団を作り、その中で必ず〓“規律〓”――ルールを作り始めるのだ。ルールや親、教師に反発した者同士が集ったくせに、いざ集うと、みなそれ以上に厳しい規律を作り、先輩に対する敬語を徹底し、〓“仲間を裏切るな〓”といった常識、礼儀を重んじる。
なぜこんなに矛盾したことを彼らがするのかといえば、人間は生まれながらモラルを学習しようとする生き物だからだ。学校や家庭でそれを学べなかったら、気の合う仲間同士で学び合おうと無意識のうちに努力してしまうようにできている生物だからなんだと思うんだ。
学校や家庭で学習できなかった追っかけの子たちは、追っかけという集団の中で学習しようとするわけだ。それが追っかけ同士の暗黙のルール、年功序列や、アーティストに対し〓“迷惑をかけない追っかけ〓”といった矛盾になって現れるわけなんだよ。
でも考えてみれば、別に昔からファンだってことが偉さの基礎になるなんてバカげてるし、迷惑をかけないっつったって、追っかけるってこと自体、ある程度迷惑になること、わかりきっているのにねぇ……ハッ! しまった。ひとことよけいなこと言っちゃった」
「……」
「あれ? 怒ってないの?」
「キィィィィィッ」
「あ、やっぱ怒ってんのね」
ポカスカポカスカポカスカポン!
好きになる理由
「キーッ! キーッ!」
ポカスカポカスカポン!
「いて! いてて! やめてよお耽美ちゃん」
「キー! あんたいちいちうるさいのよ! 何よ! あたしの〇〇君に対するこの気持ちをあれこれ言いやがって! あたしは〇〇君が好きで好きで、もどかしくって、どーにもならないほど好きなのよ! 胸が苦しいのよ! あんたがゴチャゴチャ言ったってね! 好きって気持ちは止められないのよ! 仮にあんたの言うようにこの気持ちが〓“恋〓”じゃないとしてもよ、大人になるために心が震えているだけだったとしてもよ、とにかく好きって気持ちに変わりはないんだもん! あんたがいくら理屈づけたってね、好きっていう基本の基本だけは理屈じゃないんだからね!」
「はたしてそうかなぁ」
「へ〓 何〓」
「お耽美ちゃんが〇〇君を好きになる。ひいては十代の少女たちがアーティストを好きになる。この気持ちというのも、実は分析できる、理屈で割り切れるものだとボクは思っているんだ」
「ななな、なんだってぇ! あ、あんたって人間はぁ! キ…キ…キィィィ! ウッ」
クラクラ、バタン。
「あ! お耽美ちゃん大丈夫? ありゃりゃついに失神しちゃったよこの子」
というわけで、今度は気絶したお耽美ちゃんの傍らで、なぜ一部の少女たちはアーティストに恋心によく似た感情を抱くのかについて考察してみたい。
ボクの考えを最初に言ってしまえば、それはマスメディアに対する妄信とスポットライトを浴びている男性を優性と思う勘違いからくるものではないかということだ。
簡単に言うと、多くの女の子は自分の生活周辺にいる男性より、テレビや雑誌や、あるいはステージの上でスポットライトを浴びている男の方が「かっちょいー」と思い込み、好きになってしまう「習性」を持っているのだ。そしてその勘違いが他人に比べ、度を越して強く、そこに〓“自分は愛されていない〓”というナルシスト的センチメンタルが加わった少女たちが追っかけとなり、さらに勢いあまって現実世界と内面世界にギャップが生じるまでに至れば、ここに一人の、以前述べた〓“妄想の女《ひと》〓”誕生という危ない結果になるわけだ。
それではまたなぜ、多くの少女たちはマスメディアを通してや、ステージで見る男を〓“生活周辺の男より異性としてランクが高い〓”と思ってしまうのだろうか?
実際、本当に一般の男よりメディアやステージ上の男(以後アーティストと呼ぶ)の方がランクが高いなどということがあったら、これは明らかな身分階級がこの世に存在するということであり、民主主義の概念は根底からくつがえされ、福沢諭吉は〓“天ハ人ノ上ニ人ヲ作ッタ〓”と言い直さなければならない、ゆゆしき事態である。そんなことは絶対にないはずだ。一般の男もアーティストも同等の人間であり、そこにランクの差などはない。第一、アーティストだって一般の男という集合の内に含まれる存在なのだから。
しかしそれでも、少女たちはアーティストの方が上だと思ってしまうことが多い。この理由は大きく分けて二つあるとボクは思う。
一つは、アーティストが活躍する世界を、彼女たちが生活周辺よりランクが高い世界だと思っているからだ。脚光、歓声、名声。そういった一見キラビヤカなものに囲まれた高次元世界に自分も飛翔したいと彼女たちは願う。テレビ、ラジオ、雑誌、ステージといった〓“場〓”は人々の購買意欲をかきたてるために、必死になってその〓“場〓”が〓“〓“選ばれた少数の人々〓”によって成り立っているという情報を流し続けている。少女たちは悪く言えばこの情報操作にコロリとひっかかってしまっているわけだ。
少女たちは自分も「選ばれた人間たちの中の誰かと恋人関係になれば、自分も選ばれた者たちの〓“場〓”に存在できるのだ」という発想を抱く。そして彼女たちは自分をキラビヤカな世界へ連れていってくれる水先案内人を、自分の趣味、考え方などと照らし合わせてアーティストたちの中から選択し、彼を〓“好き〓”と認識するわけだ。
なんてヒネクレタ考え方! と思うでしょう。ボクもこの考え方が必ずしも正しいとは思ってなくて、あくまでも一つの解釈なんだけどもね。でも当たらずとも遠からずだとは思う。
嫌われついでにもう一つ言えば、アーティストと恋仲になることで別世界に飛翔しようという発想は、それが無意識であるにせよ、努力や苦しみ無しに、一人の異性によって自己改革を遂げようという、まさに他力本願の極みみたいなものじゃないだろうか(努力より恋の苦しみの方がキツイという反論もあろうが)。すべての少女がそうだなんてことは絶対に言い切れないけど、意識無意識を問わず、心の奥にこの想いが隠れている子は多いと思う。少女だけではなく、成人した女性も同様の場合はあり、大人なだけにハッキリと意識していることもある。女性だけではない。男もそうだ。男もアーティストを好きになる心の背後には彼女のいる世界への憧れがある。
みんな、生活周辺世界に退屈しているのだ。
ちょっと話がそれたかな。ともかく彼女たちはキラビヤカ世界の住人になりたくて、アーティストを〓“好き〓”と思うことがある。
この仮説の証明として、ある雑誌で読んだ売れない役者さんの言葉を引用してみたい。彼はだいたいこんなことを言っていた。
「生涯で俺、一度だけモテたことがあるんだよ。子供向け人気ドラマに毎回十秒ぐらいだけ出る端役やったんだけどさ、そんな時だけはモテたね。もー、バンバンやりまくったよ」
こんなケースと少女たちの場合を重ね合わせるのは実に申し訳ないのだが、ひどいついでにもう一つ。ロックバンドによくある話で〓“××君命! ギターの××じゃないと嫌とか言ってた女いたじゃん。あいつ××じゃなくてベースの△△君とやっちゃったみたいよ〓”なんてのも同じこと。さらにもう一発。〓“××君命とか言ってた女さ、××のマネージャーとやっちゃったらしいよ〓”。結局、彼女たちが求めたのは、「異性」ではなく、彼らのいる一見高次に見える世界に過ぎなかったのだ。
これがすべてではない。本当にこんなのは特例中の特例である。異常なケースといってもいい。しかしアーティストに対する心の根底に、周辺世界から一見高次元に見える世界への逃避願望があることを、これらのエピソードが語っているということもまた、あると思うんだけどなぁ。ちなみに、日本で居場所のない女性がアメリカこそ自分の本来住むべき国だと思い込むイエローキャブ現象も同様。アメリカを日本より〓“高次元〓”と思っているわけだ。
アーティストを生活周辺の男より上と思ってしまうもう一つの理由は、彼らが手に入りにくいからだ。
でも簡単なこと。豚肉より牛肉が高いのと一緒。日本では食肉用豚より食肉用牛の方が単純に数が少なく、手に入りにくいから人々は〓“牛肉は高級肉〓”と思い込んでいる。アーティストは生活周辺の男たちより会う機会が極端に少なく、数も少ない、手に入りにくいから〓“レベルが上〓”と思ってしまうわけだ。
まとめると、アーティストを好きになるのは以上二つの理由があり、アーティストの作品や考え方、生きざま等が誰を選ぶかの選択基準となる(もちろんこれは仮説です。それも非常にネガティブな仮説です。ボクの心の奥に、なるべくエキセントリックな仮説を立て、少女読者たちを刺激してやろうという確信犯じみた考えがあることも否定しません。イジワルな奴なんです。だからあんまり気にしたり怒ったりしないで下さいね。このエッセイはエンタテイメントだと思って下さい。あなたにはあなたの考えがあるのだろうから)。
最後になぜ、〓“レベルが高い〓”男を求めるのか。これはもう、種族繁栄のためのDNAに組み込まれた太古からの本能としか言いようがない。より良い子孫を残すため、すべての女性は無意識に優性な異性を求めるのだ。
冷める理由
本当に好きなことばっかり書いてきたこの章もついに締めくくりである。まったく、アーティストを心より想う少女たちに対し、ケンカを売るようなことばかり書いてきた。おかげでボクはすっかり彼女たちの嫌われ者になってしまったようだ。
それでも、ここまで好き勝手に書いてきたわけだから、責任を取る意味でも、アーティストに対する少女たちの想いについて、もう一つ暴いてしまおうと思う。最後にボクが化けの皮を剥《は》いでしまおうというテーマはこれだ。
「なぜ、冷めてしまうのだろう?」
本当に、なぜあれほどまでに燃えあがっていたアーティストへの想いが、夢から目覚めるように冷えきってしまうのだろう。それはいかなる理由によるものなのだろうか?
すかさず、「あたしの〇〇君への想いは冷めたりしないもん! 永遠だもの!」と、つっこみを入れた少女諸君も多かろう。しかし君たちとて、決して例外なんかじゃない。必ずあなたたちもいつか冷める。そうでなければ、かつて少女たちから絶大な声援を受けていた者たちが、現在キャーともヒーとも言われていないという現実をいったい何と説明するのか? もし、少女たちの想いが冷えきらなければ、舟木一夫だっておりも政夫だってゴダイゴだってあいざき進也だって、みんな今でもアイドルでなければウソということになる。おりもなんとかと〇〇君を一緒にしないでと言っても、表現者への想いということでは同質のはずだ。問答無用。想いは冷めるのだ。
で、どうして冷めちゃうんだろうね?
理由〓として「アーティストに対する想い」というのは実は大人になるための通過儀礼として、初めっからDNAかなんかの中にプログラミングされていた感情の一時的な地震にすぎないからだという考え方ができる。つまり生まれたときから、少女期の「想い」はある日訪れやがて冷めるように〓“設定〓”されているのだということ。確かに大人になってみると、かつて好きでしかたなかった存在がそれほどのものには思えなくなってくる。そのものの構造、裏といったものがはっきりとわかってしまい、幽霊の正体見たり! といったことさえ思ってしまう。そしてその存在を冷静に見直したり、見下しさえしてしまう自分自身を「成長したな、大人になったな」と思うことがある。つまり、少女(年)期に夢中になった存在を否定して「冷める」ことで、人は大人としての自分に目覚めるよう、生まれながらにプログラムされているというわけだ。
「大人自覚装置」の役割を担うものは他にもたくさんある。目に見えるもの、見えないもの、さまざまだ。けれどきっと共通しているのは、いずれのものも、大人になり、それを見限ることになった時、現実の生活にはあまりさしさわりのないものであるということではないかと思う。その点アーティストという奴は、この条件にみごとに当てはまるのだ。アーティストがこの世からいなくなったって本当は何ひとつ困ることなどない。通過儀礼用の素材としてアーティストはピッタリなのである。
続いて理由〓、「冷めてしまう」のは、それは「宇宙の絶対法則」にのっとっているからなのである。
いきなり話がでかくなってゴメン。でも別に無茶なまとめ方をしようとしているわけではない。我々の住むこの地球を含め、大宇宙には絶対法則がある。否定しきれぬ原則といってもいいかもしれない。それは「いかなるものもひとところにとどまるものは存在しない。全ては流れ行くものであり、永遠ではない」ということだ。
「永遠なものは何もない」
無常。
この世の中で、どんな賢人であっても認めざるをえない。真理とでもいうべきもの、それは「無常」というあまりにもはかないこの二文字だけではないだろうか。
どんなに愛しい、離したくないものであっても、いつかは必ず朽ち果てていくのだ。
「一生この人についていく」「あたしは絶対この人と結婚する」「この人を嫌いになったり、必要がなくなるなんてこと、ありえない!」
しかし現実はそうではない。
少女たちは少女期を卒業すると共に、胸熱くさせたアーティストたちへも別れを告げる。
無常……永遠なものは何もない……からだ。つまり、「冷めてしまう」のは「アーティストに対する想い」もまた、無常というこの世の真実の中に含まれる一要素に過ぎないからなのだ。
それがどんなに熱い想いであっても、無常の範《はん》疇《ちゆう》にある限りは、いつかは冷めてしまうことは、あらかじめ定められた絶対法則なのだ。
人気商売をやっていると、人気とは何だろうかと考えずにはいられない。ファンの人たちは常に入れ代わり、人気自体も時により高くなったり低くなったり。「一生ついていきます」というファンの方の言葉が一月と続かないという真実なんかも、嫌というほど味わわされる。
するとわかってくるのは、考えの終点は、無常という言葉だ。
アーティストとファンの信頼関係は希薄であり、ライブならその二時間、CDなら聞いている五十分ほどの時間にのみ有効なものなのだろう。アーティストもファンも、それ以上のものを求めようとするから、無常という壁にぶち当たる。
アーティストに共感し、なんとか彼と同一化しようとする。固執する。忘れられたくないとがんばる。それは無常というあまりに切ないこの世の絶対法則に対する、少女たちのせめてもの反抗なのである。
少女たちはけれど、やがてそのことの無意味さと、無常の絶対性に無意識に気づき、「冷める」のだ。
こうして無常という宇宙の絶対法則は守られていくのだ。真理は強し。
まさに祇《ぎ》園《おん》精《しよう》舎《じや》の鐘の声、である。諸《しよ》行《ぎよう》無常の響きあり、だ。沙《さ》羅《ら》双《そう》樹《じゆ》の花の色……
「何ブツブツ言ってんのよ! ギャッ! あたし気絶してたのねぇ。〇〇君のライブに遅れちゃうー!」
「あ、お耽美ちゃん起きたのか、でもそれは無常……」
「うるさいわねー! 〇〇くぅーん! ムジョーでも明日のジョーでもいいの! あたしは〇〇君を一生追っかけるんだもん! 恋してるんだもん!」
祇園精舎の鐘の音も、お耽美ちゃんには聞こえちゃいない。
FANCY FREE STRAWBERRIES……恋を知らない……少女たち。
第六章 単館ロードショー・ノート
東京国際おマヌケ映画祭に『ボクサー』を
おマヌケ映画が好きだ。
おマヌケ映画とは読んで字のごとし、マの抜けた映画に他ならない。
こう言ってもピンとこない人のために、B級娯楽映画の巨人、ロジャー・コーマンの自伝『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか』(早川書房)の中の一節を御紹介しよう。彼が日本映画『子連れ狼』について語っているのだ。拝一刀が大五郎の前に刀と玩《おも》具《ちや》を置き、刀を取れば連れていくが、玩具を手にするなら仇討ちの足手まといゆえスマヌが生かしてはおかぬとつぶやく、赤子の大五郎は当然玩具にむかってハイハイし始める、と、そのとき。
「ひと筋の陽光がさし、銀色の刃先に反射する。きらりとした光が子供の目をとらえ、子供はすばやく手をのばし、刀をつかむ」
このシーンについてロジャー・コーマンはこうコメントしている。
「すばらしいシーンだ。こんなシーンは、一生かかっても思いつけないだろう。このアイデアを考えた人間は狂気に近い才能を持つ天才にちがいない!」
ロジャー・コーマンの言葉を一言で言い換えるなら、
「あたしゃあきれて物が言えんよ」
ということになるだろう。
百本の映画を作り、フランシス・コッポラ、ピーター・フォンダ、ジャック・ニコルスンなど数々の優れた映画人を生み出した彼にこんなセリフを語らせるとは、『子連れ狼』こそおマヌケ映画の王道を行く作品といえるだろう。
おマヌケ映画に最も出会える場所は、何といってもポルノ映画館である。かつてピンク映画はおマヌケの宝庫であった。例えばこんなだ。
動物園で出会った二人が恋に落ち、夜を共にする。
「君、絵はスキかい?」
「ええ、でも何で?」
「君の裸に絵を描きたい」
そう言って互いの体にペインティングをほどこしセックスを始める二人。フラワーチルドレンもビックリのこのシーン。別に昔、男がサイケなヒッピーだったとか画家を断念した思い出があるとかいう説明はまったくなく、ドカジャーンとかいう音楽が鳴って映画は終わってしまうのだ。
何なんだよ?
また、別の一本ではこうだ。女が一人、新宿の副都心ビルを見上げている。思いつめた表情だ。あの上から飛び降りようとでも考えているのか。そこへ背後から男が忍びより、ニヤリと笑って言う。
「フフフフ、建設中のビルを見ていると欲情する女なんて、君ぐらいのもんだなぁ」
このアイデアを考えた人間は狂気に近い才能を持つ天才か、でなけりゃ何も考えとらんのだ、きっと。
他にも、こりゃマヌケだと思えるおマヌケ映画と、ポルノ映画館で一体どれだけ出会っただろうか。次々と閉館していく小屋と共にこういったヘンな映画たちまでが消えていくのかと思うと残念でならない。
一般映画にもおマヌケ映画はある。
『てなもんやコネクション』は、撮影日数の関係で役者のスケジュールが合わなくなってしまったのだろう。どう考えても不要なキャラクターが突然現れては消える不可解な映画になっているのだが、それについて、映画中盤に、「この役者はこの後二人一役という設定になりますのでヨロシク」というテロップが現れた時にはオレはイスからひっくりこけそうになった。そんなんありか〓
さて、寺山修司もまた、意図してかどうかは別として、おマヌケ映画を撮っている。
菅原文太、清水健太郎主演、監督寺山修司『ボクサー』は、愛すべきおマヌケ映画だ。
ボクシングファンで、ボクサーに憧《あこが》れていた寺山がボクシング映画を撮ろうと思った気持ちはよくわかる。しかしアングラ演劇人の撮るボクシング映画なんて、よく企画が通ったものだ。
この映画は、ボクサーを目指す青年と中年トレーナーの「活劇」的シーンと、彼らの周りにいる妖《あや》しげな貧乏人たちの「アングラ演劇」的シーンとにくっきり区分けされた、不思議な構成の映画だ。「活劇」シーンはさておき、すごいのは「アングラ演劇」シーンである。もうなんというか露骨に天井桟敷。単に『田園に死す』の世界なんである。シュールなのだ。そしてまた「活劇」の方とこれがまったく噛《か》み合ってない。ソビエト映画とインド映面を同時に輸入して無理矢理一本にまとめちゃったようなアンバランスさなのだ。
一言で言ってただの失敗作なわけだけど、失敗のしかた、破綻のしかたがあまりにスゴすぎて、立派なおマヌケ映画に昇格した怪作である。
いつかボクは「オマヌケ映画祭」を開催してみたいと思っている。世界中からよりすぐられたおマヌケ映画の数々が一堂に会し、満場の客席からは「ブラボー」の声と喝采が鳴り響く「第一回世界おマヌケムービーフェスタ」。上映第一回作品は、我が愛する寺山修司の『ボクサー』だ。
この映画を見て、ロジャー・コーマンは言うだろう。
「この映画を撮った男は狂気に近い才能を持つ天才にちがいない!」
答えてボクは彼にこう言いたい。
「ミスター・コーマン。まさにその通り。寺山こそ、狂気に近い才能を持つ天才でした」
と。
寺山修司はヤンキーを支持する
寺山修司の『田園に死す』の中にストーリーと何の脈絡もなく(もっとも寺山修司だからそんなのは当たり前なのだけれど)突然画面に現れるフォーク歌手がいる。情念シンガー三上寛だ。フォークというよりロック。ロックというよりパンクに近い過激な歌をがなる彼を自分の映画に起用した寺山修司がもし今も生きていたとしたら、彼はいったいどんなミュージシャンを映像に登場させるだろうか。
数年前のアンダーグラウンドロックシーンには、寺山修司の表現の中でも一番目立つ「猟奇」だとか「オドロオドロ」みたいな色をコンセプトするバンドが数多く活躍していて、天井桟敷の劇団員さながらに顔を白く塗ってみたり、マイクスタンドを握りしめたまま痙《けい》攣《れん》したり、口の端からつーと血のりをたらしたりといったパフォーマンスをくり広げていた。彼らの多くはやはり寺山修司や、映画なら、それこそフェリーニやらケネス・アンガーといったところを好む、根っからの文化系少年たちであった。
ところがバンドブーム以降、面白い現象が「猟奇オドロ」バンド界に起こった。ブームの中でこのジャンルは日本ロック界に確固たるポジションを得るまでに大きくなったのだが、ふと気付けば文化系少年たちの姿がそこから消えているのだ。かわって今現在のこのジャンルをやっているミュージシャンのほとんどは、むしろ体育会系ノリの少年たち、地方出身の元ヤンキーたちだったりする。彼らは、寺山の世界から、思想みたいな部分はひとまずうっちゃって、ビジュアルの奇抜さ、特異性のみを取り入れ、それにヤンキー少年たちのもつあの独特としかいいようのない特注竹ヤリマフラーに代表されるヘンテコな美意識や、「夜露死苦」などという不可思議な言語感覚とを結びつけてしまった。
そして彼らのほうが文化系少年たちの「寺山風」より広く人々に受け入れられたのだ。
寺山フリークもその中にはたくさんいるだろうと思われる文化系バンド群。それに対し、意地悪な言い方をすれば寺山のおいしいところだけを消化した体育会系バンド連。
かりに寺山修司が生きていたら、そして『田園に死す平成版』などという映画が彼によって製作されるとしたら、はたして寺山はどちら側のミュージシャンを三上寛の役どころに起用するだろうか。ズバリ、ぼくは体育会系バンドのほうではないかと思う。
なぜなら、文化系が「書を捨ててバンドを始めた」ぐらいのラジカルさであるのに対し、体育会系は最初っから「書など持たず」街へ出ちゃった人々なのだ。寺山修司がエッセイで何度となく書いていたラジカルな青年の生き方を率先して行っているのは、どう見ても文学少年よりはヤンキーたちだ。
なにしろ彼らは寺山の『家出のすすめ』など読まずして、地方から家を捨ててやってきた奴らなのだから。
ローラ・パーマーとカツオ
映画版『ツインピークス』を見てきた。御覧になった方ならきっと同意してくださると思う。映画終了後にボクが発した第一声は――。
「何しに出て来たんじゃデヴィッド・ボウイ〓」……であった。
見てない方にはさっぱり解らないと思うので一応説明しておくと、映画の前半でデヴィッド・ボウイが一瞬出てくるのだが、そのシーンの唐突さ、意味の無さ、話の展開とまるで絡まないことといったら、まったく常軌を逸しているのだ。まるで「8時だよ! 全員集合」にいきなり乱入し、荒馬のいななきを一声聞かせて疾風の如くステージを去って行くドリフ見習員すわしんじ氏の様に無意味なのだ……と言えば何となく読者諸君も想像がつくだろう(つかねーか)。
意味無し男ボウイはさて置き。この物語の主人公は、金髪がキラキラと輝く美少女ローラ・パーマーだ。
女子高生ローラは、家庭や学校では純真な良い子である。けれど裏では、実はドラッグから売春まで何でもありの困ったちゃんだったりするのだ。彼女は自分の、良い子と困ったちゃんの二面性に挟まれて葛《かつ》藤《とう》する。良い子でありたいと願いながら、困ったちゃんの生活の、刹那的快楽に溺《おぼ》れる。二重人格者みたいにクルクルと表情を変えて、ひねもす苦悩して、そうして最終的には殺されて凍れる湖に投げ捨てられてしまうのだ。
転落少女ローラ・パーマーの姿を見ながら、ボクは一人の、日本人なら誰でも知っている少年の顔を思い出していた。
ローラのように、自分の中の、良い子と困ったちゃんという二面性に苦悩する一人の少年がいる。
毎週日曜の夕方になると、お約束のように「宿題をやるべきか、それとも遊びにいっちゃおうか」「父さんの盆栽を壊した。言うべきか、接着剤でくっつけておこうか」といった低レベルの問題に心を悶《もん》絶《ぜつ》させる半ズボンの少年。イガグリ頭の……そう! カツオだ。
カツオの苦悩はいついかなる時でも、「良い子」と「困ったちゃん」の二者択一である。それは『ツインピークス』においてのローラの苦悩と、あまりにレベルの差はあるものの、基本テーマはまったく同じ質のものだ。
『サザエさん』を教訓物語として見た時、カツオの役どころは、「人間とは本来善い生き物か、それとも悪い生き物か」つまり性善か性悪かを視聴者に問う、とても重要な位置にあると思う。そして『ツインピークス』においてのローラもまた、物語の中でカツオ同様に「性善か性悪か?」を見る者に問うているのではないか。
立場は同じでも、カツオとローラの二者択一は徹底して逆の方向に向かう。カツオはいつでも、悩んだ末に善を選ぶのだ。宿題をやる方を選び、盆栽を接着剤でくっつけても、結局は波平の知るところとなり、大目玉を喰《く》らい、「やっぱり素直に謝れば良かった」と反省するのだ。これに対しローラはいつでも悪を選ぶ。そして自分の選択の誤りに気付き、反省し、それでもまた悪の方へ歩んでしまう。「性善・性悪」という同テーマを扱いながら『サザエさん』と『ツインピークス』の回答は面白いぐらいに異なっているのだ。前者はズバリ「性善」であり、後者はもうちょっと複雑で、「人は善と悪の両面を持っていて、どっちに転ぶかは運命しだい」ということではないかとボクは思った。
一見困ったちゃんのカツオを始め、『サザエさん』の登場人物たちは皆、性善に基づいて創られている。だから彼らがローラのように悪に走って殺されるなんてことは絶対に無いのだ。
だから『サザエさん』は永久に終わらないのだろう。
あえて宮崎作品にミステイクを
五、六年前に、ジャパニーズアンダーグラウンドパンク界で活躍していた2YY2BO(と書いてイボイボと読む)という、ヘンテコなバンドがあった。彼らの音楽は通称〓“ノイズ〓”と呼ばれる不定型な、ロックのどのジャンルにもとらわれないアバンギャルドな演奏で、パッと聞いただけではまるで工場の騒音にしか聞こえない。暴力的なロック版フリージャズと言えば何となくわかってもらえるだろうか。ともかくオドロオドロとしてウルサイのだ。そのイボイボが、一曲だけとってもポップな歌をメニューに取り入れていた。歌詞もなんだかアニメの主題歌みたいだ。「太陽の皇子」という仮題がつけられていた。
オールナイトで宮崎駿特集を見に行った時、一本目の映画の冒頭、流れ出したテーマ曲を聞いてボクはブッとんだ。あのイボイボが歌っていたのと同じ曲ではないか。
一本目に上映されたのは宮崎駿監督が場面設計、作画を担当した『太陽の王子 ホルスの大冒険』だった。イボイボの「太陽の皇子」は、『ホルス』のカバーだったのだ。
アングラパンクバンドが宮崎駿さんの子供向けアニメに注目していた、というのも不思議な話だが、かつてやはりアングラロックバンドマンだったボクも、宮崎作品はとても好きだ。
まだ小学生の頃に、『パンダ・コパンダ』を見て感動したこともある。しかし、彼の作品の素晴らしさをまざまざと目のあたりにしたのは、中学生の頃に見た『ルパン三世 カリオストロの城』だ。その頃にはもう映画ファンになっていたボクは、「かつてここまでよく出来た日本映画があっただろうか」とモーレツに感動し、そして興奮した。
『カリオストロ』は、どこをとってもケチのつけどころの無い見事に良くできた映画だ。
ヒロイン、クラリスのはかなさから、ルパンの天敵銭形警部のパトカーに横書きされた「埼玉県警」のさりげないユーモアまで、『カリオストロ』はどこをとっても完《かん》璧《ぺき》なアクションコメディなのだ。
これはスゴイ監督が現れた。日本映画はアニメーションにしてやられた。宮崎駿監督は日本映画を根底からくつがえすスゲー奴だ。と驚きあきれる間もなく、『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』そして『となりのトトロ』の連続名作ヒットにより、アレヨアレヨという間に彼は日本映画の第一人者になってしまった。
宮崎監督は、たとえ本人がかたくなに否定しようとも、まぎれもない天才である。これは彼の映画を一度でも見たことのある人なら誰しもが思う「結論」だ。
しかし、彼の天才に対し、まだまだその評価は低いのではないかと思う。その一つの理由は、やはりアニメという特殊性にあるのではないか。「実写でなければ本当の映面とはいえない」という意見を持つ人はまだまだ多い。アニメ好きの読者は怒《ど》髪《はつ》天を衝いて怒ってしまうだろうけど、事実として、実写でなければと思っている人は数多くいるのだ。彼らは、「映画とは総合芸術であり、演技、音楽、その他いろんな要素がキチッと詰めこまれていなければいけない」と考え、「アニメにはまず生身の人間の演技がかけている。だからアニメは完全な映画とはいえない」と考えるのだ。
「じゃあ実写には『絵』がないだろう、要素がかけているのじゃないか」と反論するアニメファンもいるだろう。それも正論。でも、両者の意見を取り入れた、アニメも実写もありの映画なんてそれこそ数が限られてしまう。『ロジャー・ラビット』か『ピンクフロイドのザ・ウォール』、それに『ゴジラ対ヘドラ』ぐらいのものである。
ともかく一部映画マニアのアニメ拒否が宮崎監督の評価を多少低くしているということはあると思う。
もう一つの理由は、宮崎作品の完璧さにある。
映画の楽しみの中に、「アラをさがす」というのがある。映画の不出来な部分、ヘンテコなシーンがあるからこそ、逆にファンはその映画をこよなく愛する。
宮崎作品はこのちょっと意地悪な楽しみ方ができないのだ。アラが無いんだもん。
一本の映画について、いいところばかりほめあげていくというのは、実のところ、あまり魅力的な作業ではない。むしろ徹底的にこきおろし、「でも好きなんだよなぁ」と言える映画の方が、見る者の心を打つことも多いのだ。
宮崎作品に関しては、「ケチのつけどころが無い」という言葉が唯一のケチだったりするのだ。変な話だけどね。
宮崎さんの作品に、ボクがもしひとつ増やして欲しい要素を言ってもいいというなら、ボクは「ひとつ明らかな失敗シーンを」と求めたい。ないものねだりの極みでスマヌ。
もちろんこんなふざけた意見がみとめられるわけはない。宮崎監督はこれからも素敵な、そしてケチのつけようが無い映画を作り続けるだろう。
でも、それでいいのだろう。人の意見に流されず妥協せず自分の愛するアニメを作る――それこそが宮崎さんが「天才」と言われる理由に他ならないのだから。
フランス映画でいい塩梅
フランス映画の楽しみ方が、最近やっとわかった。フランス映画の持つ独特な「かったるい」雰囲気。適度な退屈に包まれ、そのウスラボンヤリした時間の中で、頭の八十五パーセントを、目の前のスクリーンに映し出された世界に浸し、残りの十五パーセントで「自分ト、コノ映画ノ主人公ノ、ダメ人間トシテノ共通点ハドコニアリヤ?」てな問題を考えたりする楽しみというのを、ごく最近になるまでボクは知らなかったのだ。不覚だ。日本で公開されるフランス映画の多く、ボクがかつて「退屈」と結論づけていた映画たちこそ、そういう楽しさにあふれた映画だったのだ。
かったるい映画を見る楽しさに気づいたボクは、今、慌ててかつて自分が見限っていたタイプの映画を見るべく、あちこちのオシャレ系映画館に通っているのだ。適度な退屈を求めて。
そんな中で、パトリス・ルコントを知った。『髪結いの亭主』『仕立て屋の恋』。ルコント監督の作品は実にかったるく、実に退屈で、そして哀《かな》しくて美しい。女性ならウットリ完全保証。男もシミジミさせられて良いぞ。かったるさと適度な退屈に包まれる喜びはもちろんのこととして、ルコント映画の素晴らしさは「ちょっと口に出すと恥ずかしいようなことを彼独特の照れ隠しでうまい具合にコーティングし、人々に納得させてしまう」ところではないかと思う。
「ちょっと口に出すと恥ずかしい」と言っても「ホレホレ、お前の今握っている物はなんだ、言ってみろ」とか「オホホホ、ランコ女王様にどうされたいって?」とかそーゆーんではない。「夢は信じていればいつかかなうのだ」とか「愛とは裏切られてもやはり信じることなのだ」とか、そういった往年の青春ドラマ的恥ずかしいテーマをルコント監督は絶妙な映画マジックで見ていても恥ずかしくないようにしてしまうのだ。
例えば『髪結いの亭主』は、大人になったら女理髪師のダンナになろうと夢見ていた少年が、本当に髪結いの亭主になる物語だ。つまり「夢は信じていればいつかはかなう」という話なのだ。青春っぽくて思わず照れてしまいそうなこのテーマも、その「夢」を「髪結いの亭主」という、夢として追い求めるにはなんだかヘンテコなもの、ユーモラスなものにしたことによってそこから「臭さ」が取れ、シラケずにその通りだな、と希望を持てるように作られている。……ようにボクには思えた。
そして『仕立て屋の恋』は、孤独な性欲モンモン中年氏が、向かいのアパートに住む女を「のぞいて」いるうち彼女に恋をするという話だ。男はノゾキによって彼女の秘密を知ってしまう。秘密を知られたと悟った女は気のあるふりをして男に近づく。もちろんバラされないためだけに近づいたのだ。男の方も彼女のそんな演技には気づいている。気づいていながらもさらに彼女に焦がれていく。しかし結局、哀れノゾキ男はラストに彼女から痛烈な裏切りを受ける。その時、男は彼女に対し、決然とこう言うのだ。
「私は裏切られたことを怒りはしない。君は素晴らしい時を与えてくれた。十分だ」
――愛とは裏切られても信じること。七〇年代青春マンガ『愛と誠』の迷脇役、岩清水をもしのぐキザな台詞《せりふ》である。普通の男が言ったら、パワー・ボムの二、三発もくらわせてやりたくなる。だが、この映画を観る誰ひとりとして、この男に同情しない者はいないだろう。ルコントは、しがない中年ノゾキ魔に言わせることで、見事にキザなセリフから嫌味を取ってしまった。
誰もがわかっていながら口に出せない言葉、それをテーマにしながら、女理髪師のダンナになる夢を抱く男や、愛と哀しみのノゾキ魔、哀愁のヘンなおじさんをスクリーンの中で動かすことによって、いい塩《あん》梅《ばい》に照れを感じさせないルコント。職人やねぇ。
それにしてもフランスっちゅーところは、なんでこんなにも「ちょっとおシャレ目」で適度にかったるい映画の舞台にピッタリとはまるのだ。『髪結い』にしろ『仕立て屋』にしろ、これがもしも杉並区高円寺だとか練馬区光ケ丘あたりだとさえねぇもんなあ。東高円寺駅前美容室「ロダン」の女理髪師に憧《あこが》れる男っつーのも、なんだか盛り上がんねぇもんなぁ。小倉一郎とか秋野太作が出てきそうだ。ヒロインが長谷直美だったりして(レトロ)。光ケ丘団地でじーっと女をノゾク中年男ってのもなぁ。単に土曜サスペンスになっちゃうんじゃなかろうか。中尾彬とか出てきたりして。ハマリ過ぎだ。
くやしいけれど日本という国の中で、フランス映画的おシャレノリを醸しだすのには無理があるようだ。インチキっぽくなる。カンフー映画ならホンコンみたいなもんで、いい塩梅なかったるさをフィルムに焼きつけるのは、フランス人のお家芸なんだろうな、きっと。
さらばパール座
またしても、
またしても名画座が閉館してしまった。もはやトキかイリオモテヤマネコかという程にその存在が危ぶまれる名画座。その灯がまたしても一つ消えた。
高田馬場パール座
高校時代、ボクはパール座に何度となく通った。
当時パール座の料金は、二本立で五、六百円。『ぴあ』を窓口で見せればそれより少し割引になった。五百円というのは、高校生が昼メシを抜けばちょうど浮くだけの額なのだ。空腹に耐えて学校から帰り、冷蔵庫にある適当な食い物をかっ込むと再びチャリンコにまたがって、キコキコと夕暮れ間近の西武新宿線沿いをパール座にむかって走った。
ボクは古い流行語で言えば「根暗」な高校生だった。ディスコにも湘《しよう》南《なん》にも族の集会にも行かないボクの唯一娯楽の場が名画座だった。
だからあの頃に名画座で出会った映画たちをボクは絶対に忘れない。
『ハウス』『青春の殺人者』『スケアクロウ』『ヤングフランケンシュタイン』『桃尻娘』『狂い咲きサンダーロード』『トミー』……いくらでも思い出せる。この映画たちはスクリーンに映し出された絵空事ではなく、ボクにとっては共に多感な青春期をつるんだかけがえのない友人たちなのだ。
名画座にはボクのように、異常なる思い入れでスクリーンと対《たい》峙《じ》している奴らがいっぱいいた。殺風景なロビーで彼らは背を丸め、ややさびし気な顔をして、今後の上映予定が刷り込まれた薄っぺらなチラシを何かとても重要な書類のようにジッと見つめていた。
みんなさえない、もてなさそうな連中だった。
ボクもまた、やっぱりもてなかった。
もてない男の定番。恋愛妄想がいつも心の隅にあった。「名画座のロビーで隣に座った映画好きな女性と話が合い、そして恋に落ちる」。
運命の神がアルツハイマーになったとしてもおこりえない出来事である。
それはわかっていたが、名画座へ行く度にそんな女がもしやいないだろうかと薄暗いロビーを見て回ったりもした。映画通でありながら根暗型ではなく、派手な服も似合うおしゃべり好きな女性が一人で座っていやしないだろうかと探した。
もちろん……いなかった。
どこの名画座へ行ってもロビーにいるのは自分と同じ根暗男ばかり、ハーとため息をつき、結局ボクも彼らと一緒にチラシに目を落としたのだった。バカバカしくも切ない思い出だ(ム、今気づいたんだけど、「映画通で派手な服着たおしゃべり好きの女性」って条件に一番合う女ったら、そりゃ小森のオバチャマじゃねえべか〓)。
閉館のウワサを聞いたボクは、何年ぶりかでパール座に足を運んだ。ちょっとおセンチな気分になっていたのだろう、わざわざ自転車に乗って行った。高校時代のように。
久しぶりに対面したパール座のスクリーンは、やけに小さく見えた。こんな小さなスクリーンがボクに無限の夢を見せてくれていたのかと思ったらなんだか泣けてきた。
名画座は今や、忘却の彼方に消えてしまいそうなはかない存在となっている。しかし、名画座の灯を消してはいかんのだ。ビデオでは決して得られない、映画を見に行く過程で得られる種々雑多な感動が名画座にはある。ガンバレ名画座!
……パール座最終上映作品。そのタイトルは『俺たちに墓はない』。
最後まで、渋い奴だぜパール座は。
P.S.
名画座に通っていたころの思い出を、『グミ・チョコレート・パイン』という小説にまとめました。
よかったら読んでね。
第七章 再び栗ご飯ノート
陽水さんのリハーサル
井上陽水を聴き始めたのは今から十五年も昔のことだ。
当時、信じられないことに病弱だったボクは、年に一カ月ぐらい小学校を休んで家で寝ていた。といってもウンウンうなっていたわけではない。大事を取って寝ているだけだから、遊びたい盛りの子供にはちょっと退屈な日々であった。暇つぶしにと母が枕元にラジオを置いてくれた。
それがボクと音楽との出会いだった。
ラジオから流れる荒井由美の「あの日にかえりたい」や小椋佳の「めまい」。丸山圭子の「どうぞこのまま」といったニューミュージックが好きになった。
ワッハッハ。そうなのだ。実を言えば、ボクの音楽好きはニューミュージックによって始まっていたのだ。
その中でも井上陽水の「心もよう」という歌が特に好きだった。
それから数年が過ぎ、大病もせずに育ち、もうすぐ中学生になろうという頃、陽水さんの『氷の世界』というアルバムを買った。
その頃のボクはすでにひねくれたものの見方をする少年で、この世はくだらない、学校の教師も同級生もバカばかりだ、オレには何か人と違った能力があるはずなのだ、そんなことばかり考えていた十二歳のガキに、陽水さんの詞は頭の後ろをトンカチでスコーンとなぐられたように衝撃的だった。
「毎日、吹雪《ふぶき》、吹雪、氷の世界」
自分を取りまく社会を不毛の荒野、氷の世界にたとえながらも、彼の詞は自己批判を忘れてはいなかった。「それだけ社会を批判する。じゃあてめえは言うだけの資格があるってのか?」従来の日本のロックが、自分を認めない社会に対し拒絶することでのみ反抗しようとするのに比べ、『氷の世界』において陽水さんは、拒絶しても結局人は社会の歯車からのがれることはできないのだ、という底無しの絶望感を切り取って見せた。……ようにボクには思えた
ロック以上に炸《さく》裂《れつ》した陽水さんの詞にいかれた。
ボクは陽水さんのいわばパンクス的要素に惚《ほ》れたリスナーだったわけだが、陽水さんはその後、もっと大人の洒《しや》落《れ》た恋愛模様だとかムーディーな詞や曲を多く唄《うた》うようになっていった。それは少年大槻ケンヂの目にとっては納得のいかない方向転換として映った。
デビューした直後、取材で陽水さんと会う機会があった。怖いもの知らずだったボクは畏れ多くも、彼にこんな質問をぶつけたのだ。
「反社会的な唄を捨てて、大人のロマンを唄うなんて、それはある意味で日《ひ》和《よ》ったということではないでしょうか?」
ヒェ〜、今思い出しても冷や汗が五万リットルぐらい出てくる。何という失礼な。
しかし陽水さんは大人だった。ニッコリ笑ってこう言った。
「君も、僕の歳ぐらいになればわかるよ」
あれからまだ三年ぐらいしか経ってはいないのだけれど、今のボクには「わかる」。
アーティストというのは、しかもそれが陽水さん程のアーティストであれば、表現すべき可能性は無限にあるのだ。反社会やニヒリズムを唄うことは陽水さんの中ではほんの一部であり、それが全てではない。
デビューしたてのボクにはそのことがまるでわかっていなかった。
陽水さんのリハーサルを見学することになった。見学を許可して下さるぐらいだから、まさか以前の失礼な質問について怒ってるなんてことはなかろうと思うのだが、小心者のボクはドキドキしながら現場へ向かった。
「えっ、陽水さんがスタジオで練習してるとこにお邪魔すんの、それって失礼じゃない?」
ボクは陽水さんに対しては、同業者でも何でもないただの一ファンなのだ。憧れのアーティストの練習場所というのは、やはりファンにとっては敷居が高い、高すぎる。
大変なことになっちゃったなあと思いながら、スタジオへ行った。
ノートルダムの怪人のごとく背を丸め、なるたけ目立たないように(意識しすぎて、かえって目立ってたかもしれん)、スタジオの扉を開けた。
広いスタジオにドドッと機材が広げられ、ミュージシャン、スタッフとあわせて十五人程がひしめいている。皆勝手知ったる間柄のようで、和気あいあいとしている。ボクはますます小さくなる。
陽水さんは、写真やテレビで見るのと寸分違わぬ姿でギターを構えマイクの前に立っていた。
ボクを見て、「やあ」という表情。
「お元気ですかあ?」という、彼が出演した車のCMを思い出した。あのCMはたった一言で陽水さんのキャラクターを実に見事に引き出していたと思う。リハ後、陽水さんと少し会話を交わしたのだが、やっぱりあんな感じしたもんなあ。
しばしスタッフと談笑の後、陽水さんはポロリポロリとギターをつま弾き、やおら唄い出した。
「思ったよりも夜霧は冷たくぅ」
おおっ! 忌野清志郎さんとの共作「帰れない二人」ではないか。『氷の世界』のアルバム中でも特筆すべき大名曲だ。
「帰れない二人」を井上陽水が我が目前で唄っている。
ありがたや、ありがたや。
くり返すが、ボクはただの一ファンなのだ。この気持ち、わかってもらえるだろうか。
続いて陽水さんが「いっそセレナーデ」を唄い始めた。
陽水さんの魅力はそれこそ書ききれない程にたくさんあるわけだが、やはり詩人としての才能、そして持って生まれた声。あの声だ。
クラシックのCDでよく『α波を出す名曲十選』などというのがある。人間の声にもα波を引き出しやすい声質というものがあるのだろう。陽水さんの声がまさにそれだ。
陽水さんの唄声でボクは一気にリラックス状態。
ありがたや、ありがたや。
「いっそセレナーデ」の途中、陽水さんが構成を間違えるというハプニングがあった。
コンサートでは決して見られない光景まで見させていただいて、
ありがたや、ありがたや。
それから数曲、陽水さんのヒット曲の数々を生で聴くことができた。陽水さんもスタッフもこの日はかなりノッていたんではないかと思う。皆、軽くリズムをとりながらリハは続く。スタッフの中でも、一人振りをつけて踊っている方がいらした。白《しら》髪《が》まじりの業界長そうな方である。その踊り方というのがまるで「アテ振り」なので、ボクは込み上げる笑いを押し殺すのに何度か苦労したゾ。
独特のリズムに合わせて陽水さんが唄い出したのは「リバーサイドホテル」。まさに大人のラヴ・ロマンスを唄った名曲である。
デビュー当時のあの質問を思い出し、背中に冷や汗がドーッとにじんだ。
「この曲、最近頭が重い感じなんで、ちょっと軽めで始めましょうか」
と言って演奏されたのは、中森明菜が唄って大ヒットした「飾りじゃないのよ涙は」。今回のアレンジはジャズ風、しかし陽水さんのバンド、ルックスはお世辞にもかっこ良くないがとにかくうまい。キーボードのBANANAさんには我が筋肉少女帯もお世話になったことがある。いつもハイテンションでスタジオ・ワークをバッサバッサと進めてゆくバイタリティーある素晴らしいミュージシャンだ。ちなみに彼のマネージャー武藤君をボクは高校時代から知っている。さっきスタジオにビクビクしながら入った時に彼の姿を見つけ、「地獄に仏とはこのことかー」とホッとしてしまった。
リハーサルは快調に進んでゆく。スタジオをグルーヴ感のようなものがスッポリと包む。
「ジェラシ〜愛の裏側」
「ジェラシー」かあ。なつかしいぞ、ボクはその昔「ヘンタイよい子集会」というイヴェントで陽水さんが飛び入りでこの歌を唄ったのを観ているのだ。そういやあの時、清志郎さんと矢野顕子さんが持ち歌交換して唄ったっけなあ。ムーンライダーズがディーボみたいなかっこして唄ったらお客が引いたんだよなあ。あの時一緒に行った不良の大河内は元気だろうかあ?
陽水さんの「ジェラシー」に過ぎ去りし昔を思い出し遠い目をする大槻。
そんなボクを当然無視して、リハーサルはいよいよ佳境へ突入していた。
と、
おお見よ! 曲が軽快なナンバーである「新しいラプソディー」になったと同時に、例の「踊る! 業界さん」がついにベースを弾くマネを始めたではないか。
いいぞ業界さん、フィーバーだ。
むむむ! 何と、ボクの心の叫びが聞こえたのだろうか。彼はさらに新たなステップを踏み出した。両の腕をピンとのばし、ドラえもんのように握った拳を上下に振るあの踊りは、まごうことなき「モンキーダンス」ではないか!
リハもいよいよ大詰め。
「夏が過ぎ、風あざみ」
おなじみ、「少年時代」だ。何も言うまい、うっとりする。ありがたや、ありがたや。涙するボク。
だがしかし!
ああ、こんな名曲の最中にも、あの業界さんは踊っているではないか。しかも腕を天空にかざし右に左にゆらりゆらり。そう、ペンライトを振るマネをしているのだ。
なんなんだ、あんたは〓
……二十数曲を唄い終わって休憩となった。といってもリハーサルはこの後も続く。ボクは陽水さんに挨拶して、そそくさとスタジオを出た。
それにしても、仕事とはいえ陽水さんのリハ見学などといううれしい経験ができて、やー、本当によかったよかった。
ありがたや、ありがたや。
『さくらの唄』
やり場なき青春を生きるモンモンとした若者を描いた作品は、全て「自《じ》虐《ぎやく》のナルシシズム」によって十代の心をひきつけている。
太宰治の超有名ダメ人間小説『人間失格』は言うまでもなく、六〇年代のベトナム戦争やヒッピームーブメントを背景に創《つく》られた一連のアメリカン・ニューシネマ、『真夜中のカーボーイ』『スケアクロウ』『カッコーの巣の上で』や、ニューシネマの影響を色濃く受けた日本の『青春の殺人者』などといった作品はいずれも、それらの作品が持つ「自虐のナルシシズム」で若者の共感を得ているのだ。「自虐のナルシシズム」とはつまり、モンモンとした十代の人間が、自分と同じようにモンモンと生きる作品の中の人物に感情移入して、「あ〜ダメだダメだ、オレもこいつも生きてる値打ちもないダメダメダメ人間だあ」と深く落ち込むことによって逆に精神的に解放感を感じて束の間ラクになれる不思議な心の状態である。
メルヘンチックな少女が、「私はきっと橋の下で拾われたの、私って宇宙一不幸よ」と泣き崩れることで快感を得るのとまったく同じである。簡単に言えば「自分に酔ってる」わけだ。
「やり場なきモンモン青春」を描いた作品は、少年少女が自分自身を憎み、そのことによって自己愛に浸りカタルシスを得るために最適の水先案内人なのだ。
自虐のナルシシズムに酔って精神的解放感を得ることがはたしてその人にとって良いことかどうかはさておき、ボクには個人的に、自己愛に酔えるそういった作品群を追いかけまわした時代がある。
映画、小説、マンガ、音楽、ジャンルを問わず自虐のナルシシズムを追いかけまわした。だからやり場なき青春モンモン作品に関しては、ボクは『美《お》味《い》しんぼ』の海《かい》原《ばら》雄《ゆう》山《ざん》のようにウルサイ野郎なのだ。ちょっとやそっとの「モンモン度」ではワシャあビクともせん。
その「モンモン界の海原雄山」であるこのワシがあえて言いたい。
「安達哲著『さくらの唄《うた》』は、やり場なき青春モンモン作品の金《きん》字《じ》塔《とう》に他ならぬのじゃ!」と……。
主人公の、まさに「モンモン」たる日々。ヒロインに寄せる切ない想い。高くそびえたつ現実の苦い味。裏切り。悩み。マグマのように噴き上がり続ける、自分でも情けないくらいに大量のエロリビドー。
全て「モンモン作品」に欠かせない定番アイテムのオンパレードだ。しかし、『さくらの唄』は決して負の部分を、陳列見世物市のように並べたてるだけに終わってはいない。
その証拠に、ともかく読んでいてつらい。十代を過ぎて何年もたったボクが読んでも、『さくらの唄』の世界はつらくていたたまれなくて、やりきれない。
『さくらの唄』でボクは数年ぶりに「自虐のナルシシズム」に泥酔した。
好きだ! リゾートが大好きだ!
ボクにとってリゾート旅行とは「ジャンボ鶴田」なのである。
その圧倒的な強さは認めないわけにいかないものの、ヌボーッとした緊迫感のまるでないルックスのために、あまり応援しようという気になれない。まして「好きだ」などとは口にするのも恥ずかしい。そんなプロレスラー・ジャンボ鶴田の存在が、ボクにとって、リゾート旅行によく似ている。
その圧倒的な楽しさは認めないわけにはいかないものの、「リゾート」という緊張感のまるでない旅行のスタイルであるがゆえに、公然と「好きだ! オレはリゾートが大好きなのだー!」などと大声で叫ぶのは何だかとっても恥ずかしい。リゾートという言葉から連想される「金もある、地位もある、仕事も忙しい、だからたまにはユックリとね。フフフ」と言ったオヤジ的発想は、若いボクにはまだ「敵」のような気がする。そんなオヤジに対しては「何言っとんねん、オッサン」とボクぐらいの歳の奴なんかはまだまだ反抗せねばいかん義務があるのではないか、などとも思う。若いもんらしく、ノンビリ古典的プロレスをやるジャンボ鶴田みたいな「リゾート」旅行ではなく、やはりリアル格闘技を追究する前田日明のような「バックパック一つ背負っての厳しい貧乏旅行」をこそ支持せねばいかんのじゃあないかと思うのだ。
とは言え、それは建前だ。本音を言えば、ボクはリゾート旅行が好きだ。
フィリピンのセブ島へ行ってきた。セブの東側にチョコンとあるマクタン島のリゾートホテル、マリシエロリゾートに数日滞在してきた。
そこは「絵に描いたような」リゾートホテルであった。広い敷地内には南国の花が咲き乱れ、芝生の緑は目に眩しいのだ。コテージ風の部屋からTシャツに短パンのラフな姿でプールサイドに出れば、プールに入ったままトロピカルドリンクの飲めるプール内バーのバーテンが「オ元気デースカ?」とカタコトの日本語で話しかけてくる。「どーも」かなんか、まるで長嶋茂雄のようにボクは軽く手を振り、そのままヒタヒタとホテルのプライベートビーチへつながる道を歩いてみるのだ。左手にはドドドドドッカーンという感じに海が広がっている。潮風がそよそよと頬《ほお》をくすぐる。人影もまばらなビーチ。遠くに金髪のちっちゃな女の子が水着姿で波とたわむれているのが見える。パラソルの下のイスに座り、ボクはこれ以上はないというリラックス状態に半ばボケながら、ゆっくりと流れゆく雲の行《ゆく》方《え》を追ってひねもす過ごすのだ。
まったく「こんな楽してえーやろうか」と思ってしまう。オジジかオババだったら「ご先祖様に申し訳ない」とか言ってナムナムダーとおジュズをゴネゴネ始めるところだろう。
蔵前仁一さんの『ゴーゴーインド』『ゴーゴーアジア』(凱風社)などの海外貧乏放浪旅行本を愛読し、アンアンやハナコなんかのOL向けの海外リゾートレポートを「くっだらね〜や」と思うボクとしては、たとえ潮風に頬をなでられようと、パラソルの下で飲むトロピカルドリンクが素晴らしくヒンヤリうまかろうと、やはりそれでも「リゾートなんてオヤジっぽくていけねーや、男の子はバックパッカーだいっ!」とタンカを切らねばいかんのだろうが、そうは言ってもノンビリとした南国の午後の心地良いけだるさには勝てなかった。
リゾートは良い、と心の底から思ってしまった。リゾートの気持ち良さを認めてしまったボクは、さながら、気合いでは上回りながら、有無を言わせぬジャンボ鶴田の強さの前にねじふせられてしまった三沢光晴のようなものなのだろう(プロレス知らない人、ゴメン)。
しかし言い訳をさせてもらえば、旅とは日常と異なる空間に束の間身を置き、そのことによって、日常を今までとまったく違った視点で見ることのできる、発想転換装置のような役割を持つイベントだとボクは思っている。そう考えると、貧乏旅行は日常にはない興奮によって、リゾート旅行は日常にはないリラックスによって、それぞれもう一度日常を見直す転換装置の役割をキッチリと果しているわけで、つまり方法は違えども、効用としては一緒のはずだ。どちらも生きていく上で後々役に立つ。どんな旅行でも旅は勉強になるのだ。だから若いうちからリゾートの良さを認めてしまっても、それは負けに思えて実は負けではないのだ。多分。
マリシエロでは、夕食の時、ウクレレバンドが登場し、生演奏を聴かせてくれた。ビートルズ、サイモン&ガーファンクルといった定番ものが主なレパートリーだ。長髪のボクを見て、バンドの一人はニコリと笑い「ロックンロール」と叫んでから『ジョニー・B・グッド、ウクレレ版』をチャカポコとプレイし始めた。
ジョニーというより、まるで牧伸二・B・グッドといった感じの、のんきなのんきなロックンロールである。気合いもなにもありゃしない。
きっと、ジョニーもリゾート地では腑《ふ》抜《ぬ》けているのだ。
寒空の下、彼はツイストを踊っていた
最近のオートフォーカス一眼レフカメラには、とんと興味がない。
音楽の趣味が、結局のところ十代で決定づけられてしまうように、ボクにとっての一眼レフは、中学時代にパンフレットを集めまくった、あのしちめんどくさいマニュアルフォーカスカメラでなければ納得がいかないのだ。
キャノンならF1、A1、AE1、ミノルタならXD、XG‐E、ペンタックスならME、MX、ニコンならF2、FE、FM、オリンパスならOM‐1、OM−2……。いまではほとんど見なくなった、カチャカチャと焦点を合わせているうちに必ずシャッターチャンスを逃してしまう、手動焦点式レンズを搭載した一眼レフでないと、どうにも撮っているという感じがしない。だから現在、カメラ屋に行って衝動買いしたくなるのは、オリンパスOM‐4とコンタックスと、そしてライカぐらいなものだ。
その昔、ボクはマニュアルフォーカスの望遠レンズに二倍テレコンバーターを付けたやつを持って、アイドルの野外ステージなどに通っていた。カメラ小僧だったのだ。
ある日、女の子二人、男の子二人からなる変わった編成のグループを追っかけて、向ケ丘遊園まで行ったことがある。冬の寒い時期で、彼らは震えながら演奏していた。客はまばら。なんとも哀《かな》しいものがあった。
どう考えても売れそうにない彼らを写しながら、オレはいったい何をやってるんだろうとふとわびしくなった。寒空の下でつまらない曲に合わせてツイストを踊っているステージの少年も、同じ寒空の下でその様子をフイルムに収めているこのオレも、たいした大人にはなれないのだろうと思うと、暗《あん》澹《たん》たる気分になった。
最近、数年ぶりに彼を雑誌で見た。某スター歌手と浮き名を流す敏腕アレンジャーに彼は変身していた。
彼が写っているはずのネガを捜してみたが、どうしても見つからなかった。
ボクにも彼にも、同じように、時は過ぎていったのだなと思った。
遠去かる風景
遠去かる遮断機の警鐘が好きだ。
長い旅の途中、車窓に軽く頭を預け、彼方《 か な た》から徐々に近づいてきたかと思うと、ボクの耳を境目にして、ドップラー効果のままにキーを下げ、またはるか彼方へとすごいいきおいで去っていく遮断機の警鐘。
あれは、はかなさがあって良い。
これが夕暮れ時なんかだったりすると、もうなんともいえぬものがある。
見知らぬ国の地上に続く一本の鉄路。その上で、夕陽に赤々と照らされた、やはり見知らぬ風景が、やがて闇の中にスッポリと包み込まれていく様子というのは、どんな美《う》味《ま》い酒を飲むより心地の良い酩酊感を味わわせてくれる。そこに遠去かる遮断機の哀切極まりない警報音が加われば、これはもう、たまらん。
遮断機に限らず、旅の途上でふと現れては行き過ぎていく、きっともう二度と出会うことはないだろう音や風景というのは、人をセンチメンタルな気分にする。
二昔前の青春映画には、この「遠去かるものへの切ないおもい」を見事に描写している作品が数多くあった。
シュレシンジャーの『真夜中のカーボーイ』では、ニューヨークに行こうとバスに飛びのった田舎者の青年が、何もいいことのなかった今までの日々を、しかし愛しく思い出すシーンがある。その時、彼に過去を想起させるのは、「油田を買おう!」という看板だったり、畑の中の小さな家だったりという、何でもない遠《とお》去《ざ》かる風景なのだ。
また、寺山修司が脚本を書き、東陽一が監督した『サード』という青春映画では、主人公が殺人を犯し、少年刑務所へ送られる途中の「遠去かる風景」が、映画の中で非常に大きな意味を持って描かれている。少年を護送する車が、どこかの街の夏祭り行列に紛れ込んでしまうのだ。情けない我が身と較べ、熱気溢れる祭り姿の人々、その中に、一人の浴衣姿の少女を見つけ、彼は思うのだ。「いつかこの街まで、走ってオレは来よう」と。
遠去かる風景。人は後方へ消え失せていく音や風景に、生きることの、一期一会のはかなさを感じさせられるのではないだろうか。生きることは結局、今一瞬一瞬との束の間の、出会いと別れの連続体であり、どんな美しいものや愛しい人と出会っても、墓場まで連れていくわけにはいかないのだ。出会ったら、その時からどんなものでも思い出として後方へふき飛んでいってしまうものなのだ。旅の途中で出会っては別れる、遠去かる音や風景はそのことを暗示させて、だから、はかなくて切なくてたまらないのだろう。
ボクがバンドでデビューしたばかりのころ。ワゴン車に乗り、日本中をツアーしてまわった。
深夜の中国自動車道は真っ暗で、まるで自分のこの先の人生を暗示するようで寂しかった。その時、闇の左手に宝石のように灯りが見えた。ラブホテルのネオンだった。
ボクはラブホテルの遠去かる光を見送りながらちょっとだけ泣きそうになった。
あとがき
読んでくださってありがとうございます。
ところで、悟ってもいないのに悟ったようなことを語ることを「野《や》狐《こ》禅《ぜん》」というのだそうです。
本書を読んでくれた方々ならもうお気づきのことと思いますが、紛れもなくボクは野狐禅です。
またこの世の何も見えぬうちから何かわかったようなことばかり言っている。
糾弾され、断罪されてしかるべき存在なわけですが、まあ、こんな野郎の一人もいた方が浮き世も楽しくなることでしょう(ああ、こういう物言いが野狐禅だと言うのだ)。
野狐禅野郎のエッセイ集、いかがだったでしょうか。
……それにしても野狐禅野郎というフレーズは気に入った。
野狐禅野郎がクラブヘ行ったら、やっぱり「踊る野狐禅野郎」などと呼ばれるのであろうか?
……てなことを言いつつ、それではまた、いつかどこかで。
最後に、この本を出版するにあたってお世話になったさまざまな方々に、深く深くお礼申し上げます。
大 槻 ケ ン ヂ
文庫版あとがき
僕はどうもこのあとがきってやつが苦手でねぇ。
面白いから読んでくれよ!
の一言でいいじゃんって思ってるわけね。
本書き終わったあと四の五のいったって仕方ねーじゃねーっスか。特に一度出版した本の文庫版あとがきなんて二度デマじゃねーのっ! て思うわけね。
著者が自分の作品に思い入れがあり、できる限り多くの人に読んでもらいたいなんて思うのは、
当りまえじゃん、
と。
僕はあとがきというものに関しては、こんなことを考えているんだ。
とにかく、この本は読んでくれる総ての皆さんに一時の憩いを与えるよ。自信があるんだ。ポンと時間のあいた午後とか、ぬるあったかいお風呂の中とか、そんなところでアハハハフムフムと読んでもらえたらうれしいよ。本当に、読んでいていい塩梅になれる一冊だと思うよ。
最後に、文庫化にあたってお世話になった総ての皆さんに、心をこめて、本当にありがとうございました。
大 槻 ケ ン ヂ
本書は1993年6月にメディアファクトリーより刊行された単行本に加筆・訂正したものです。 ボクはこんなことを考《かんが》えている
大《おお》槻《つき》ケンヂ
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平成13年12月14日 発行
発行者 角川歴彦
発行所 株式会社 角川書店
〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3
shoseki@kadokawa.co.jp
Kendi OTSUKI 2001
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川文庫『ボクはこんなことを考えている』平成 8 年3月25日初版発行
平成10年7月10日12版発行