TITLE : のほほん人間革命
のほほん人間革命
大槻ケンヂ
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まえがきの代わりに宣伝を
やあ、どーも大槻ケンヂです。
「のほほん人間革命」というテーマ(は、結局途中でどっかへトンでっちまいましたが)のもとに、幻覚サボテン、占い、UFO、セックス、おっかけ、盗聴……その他モロモロの怪しげな世界に首を突っ込んでみました。
自分で言うのもアンポンタンですが、この本、面白いよ。
今、書店で、買おうかどうか決めかねてるあなた、オレ、損はさせないと思うんだ。
だから、買ってね。
目 次
まえがきの代わりに宣伝を
うばたまトリップの不思議な世界
〈幻覚サボテン体験〉
下着パブで愚息も昇天
〈下着パブ体験〉
アルタード・ステーツごっこ
〈タンキング体験〉
何だこりゃ〓 UFOだ PART 1
〈UFO本を考える〉
何だこりゃ〓 UFOだ PART 2
〈UFO本をひたすら読む〉
まる聞こえでや〜んす!
〈盗聴電波傍受体験〉
そういえばこの辺に、いつも立ってたよなぁ
〈街の占い師体験〉
あの人に近づくための方法
〈貴女の人間革命・おっかけへの提言〉
セックスは人を癒すか〓
〈性の達人を考える〉
コンタクティー岡さんを見よっ!
〈対談・UFOコンタクティー岡美行氏〉
遠藤誠を知れ!
〈対談・遠藤弁護士〉
あとがき
文庫版あとがき
うばたまトリップの不思議な世界
〈幻覚サボテン体験〉
幼稚園児はドラッグをキメている!
実はボクの家のすぐ近所に幼稚園があり、ボクは毎日、ガキどものワーキャーと騒ぐ声で目を覚まし、彼らと保母さんのオルガン伴奏による『森のくまさん』やら『チューリップ』に耳を傾け、時には一緒に口ずさみ、さらには『いただきますの唄』を合図に、園児たちと同時刻にメシを食い始める、というようなまさにのほほんとした日々を過ごしているのだ。心和む環境である。アイス・クリームなど舐めながら、お庭で遊ぶガキどもを眺めていると本当に笑える。
ガキの行動というのはバカでよい。
泣くもの、笑うもの、何かに打ち興じるもの、どいつもこいつも、加減というものを知らない。そして行動から行動への理論立てというものが存在していない。何より奴らの目つきが異常だ。興味を持つ対象物に対し妥協がない。アリの群れを一心不乱に見つめ、時々その中の二、三匹をプチプチ指でつぶしてニヤリとする光景などは、子供とはいえ鬼気迫るものがある。
怪しい。
園児たちの常軌を逸した行動は、悪い大人たちがドラッグをキメ、ラリラリのヘロヘロになった時にとてもよく似ている。ガキどもの行動には、すべてのドラッグに対応するトリップ状態が見てとれる。
たとえば、さっきからメソメソシクシクと泣き続けているガキなどは、阿片など抑制力のある、いわゆるダ《*》ウナー系ドラッグをキメてバッドになった状態ではないだろうか? 何が楽しいのか、さっきから「ウンコウンコウヒヒ〜」などとわめきながら延々と走り回っているあのガキ、あれはきっとア《*》ッパー系のコカインを鼻からひと吸いした後なのであろう。お昼寝の時間でもないのに、遊戯室でクタッと寝ているあちらのガキは、まぎれもなくヘロインをキメている。いや、単に大麻の吸引によりス《*》トーンドに陥っているのかもしれないな。すると、流れ行く雲の行方を一心に追い続けるあそこのガキは、サイケデリック(幻覚剤)使用による悟りの状態か? LSDを一服キメたのか? お医者さんごっこに打ち興じるこちらのガキは、催淫剤メチルアンフェタミンでラリラリだ?
もし本当にガキどもがキメキメであるというなら、いかなるルートで彼らはそれを入手しているのだろうか? 保母さんの中にスマッグラー(売人)がいるのか? 「よいこのお庭」でケシの栽培が行なわれているのかもしれない。彼らが一日一粒保母さんからもらう肝油、あれに実はLSDがしみこませてあるということはあるまいか。
いずれにしても……う《*》らやましい。
ともかく、園児の行動はバカすぎる。奴らは絶対にドラッグをキメている、間違いない。
あるいは幼稚園のどこかに、たとえば幻覚サボテン烏《う》羽《ば》玉《たま》のような、「合法的ドラッグ」が大量に隠されているのかもしれない。
……「合法的ドラッグ」というものが存在することをご存じだろうか。ドラッグ作用のある物質が、すべて規制されているわけではないのだ。一例を挙げれば、お花屋さんで売っているチ《*》ョウセンアサガオ、あれは立派なドラッグだという。食べ方によってはラリラリ状態を引き起こす(ただし失明、中毒死のおそれ高し)。
また食品売り場で簡単に買える香辛料ナ《*》ツメグを一瓶エイヤッと飲み干せば、束の間酩酊状態に浸れる(ただし激烈な二日酔いあり)。ハーブのダミアナにも催淫効果(ただし効かないこと多し)があるらしい。ヒキガエルの耳の下から分泌される液体は、幻覚性物質ブフォテニンである。舐めればとぶ(ただしグロテスクなカエル君を舐められれば)。
これらはみな法的には何らお咎めなく入手可能なドラッグなのだ。
市販されているサボテンの中にも、実はドラッグとなりうるものがある。「烏羽玉」と書いて「うばたま」と読む。トゲのない南米産の緑玉がそれだ。うばたまの存在を世に知らしめたのは、六〇年代にカ《*》ルロス・カスタネダが書いた『呪術師ドン・ファン』シリーズである。ドン・ファンなる呪術師に弟子入りした男が、うばたまの服用により形而上世界と知覚の扉を認識する(簡単に言えばレロレロになる)物語だ。メキシコ・インディアンは太古の昔からうばたまを宗教儀式用に使用していて、乾燥させたサボテンの根以外の部分を噛み、トリップを得ていたという。
日本ではこのうばたま、園芸屋さんで堂々と売っている。
宗教儀式に使われるほどドラッグ効果があるというのに、あまり知られず、ジーさんが趣味の園芸で購入したりしているのだ。
いーのか〓 それは〓 規制がないのだからいいのだろう。
ボクはドラッグに人一倍興味がありながら実体験はない。これでも一応バンド野郎であるからして、「どこそこの某はキメたままステージに上がり、『オレはキリストの弟子で本当は黒人なのだあっ!』と叫んだらしい」とか、「サックス奏者のなにがしはエル(=LSD)をキメた後、テレビの中に入ろうとした」なんて笑い話を聞く機会も、真偽のほどは別にして少なからずある。が、体験はない。
理由は簡単である。さすがに親戚縁者に申し訳がないことと、パクられてシボられた時、小心者のボクには、共犯者の名をゲロしないで黙秘を決め込む自信がまるっきりないからだ。ボロボロ言っちまうだろうから、悪いことは言わん、スマッグラーの人もボクにだけは売らん方がよい。パクられるぞお。
でも合法であるというのなら、これはやらいでか! という気になる。ラリラリのレロレロ、経験せぬわけにはいかない。
幻覚サボテンうばたまによるトリップで、人間革命を試みてみたいと思うのだ。
サボテン体験をする前に、ここでちょっと、ドラッグ体験を記した本について書いておきたい。
ボクはドラッグを読書で仮体験することを趣味としている。違法であるというのに、実にたくさんの「ドラッグ体験記」がわが国の書店に、白昼堂々と売られている事実を読者はご存じだろうか。特に第三書館という出版社はその手の本の宝庫で、十冊以上の「日本人による」体験記を世に送り出している。
ドラッグ体験記を読む楽しさは、漫才で言うつっ込みの楽しさである。トリップした人間は、はたから見れば、前述の幼稚園児同様、一言で言ってバカなわけだ。が、当人にしてみりゃ、大いなる神秘や新世界との遭遇のつもりでいるわけだ。この落差がおかしい。一時代前のクソ真面目なドラマを茶化して見るような面白さがある。一例を挙げよう。映画監督ロ《*》ジャー・コーマンは自伝『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか』(早川書房)の中で、LSD体験についてこう書いている。
〈七時間、わたしは一本の木の下で地面に顔を伏せたまま(中略)まったく新しい芸術形態を見つけた。(中略)世界のどこにいても地面に伏せて寝るだけで、(中略)大地をとおして芸術作品が伝達される。(中略)製作や配給にかかる経費が大幅に節約できる〉
……読者よ、ひとつ想像してほしい。高名な監督が地面につっ伏し、犬でも考えつかないだろうアホな野望を想い、七時間もの間ニヤけている姿を。……コーマンのバカ。
また、『私は宇宙人を知っている』(松村潔監修・ワニ文庫)に登場するX氏もスゴイ。彼はLSDと大麻を調合し、普通なら頭がおかしくなってしまうぐらい強烈なドラッグをキメる。それでも「彼の体質が麻薬に強かったのか」、錯乱もせず、かわりに不思議な体験をする。……頭の中で早口の〓“声〓”が聞こえ始めたのだ。それはテレビで見た伊豆の住職のお経と一緒であった。
〈Xは確信を得ました。頭の中の声は、はるか彼方からの宇宙人の信号だったのです!〉
そりゃちがーう!
どこが麻薬に強い体質じゃ、充分錯乱しとるがなっ!
トリップ人間のボケと、彼らの発する大ボケワーズの妙を見事に切り取った宮《*》沢章夫さんの『彼岸からの言葉』(角川文庫)に、婚約者と幻覚植物を喫煙したM氏の体験談がある。
〈長い時間が流れた。(中略)意識ははっきりしている。その時だった。婚約者がMの肩に手を触れた〉
そして彼女は言った。
〈ここは、江戸なの?〉
なぜ、江戸……?
……あるいは、ボクもまた合法ドラッグうばたまによって、七時間地面にひれ伏し、伊豆の住職から宇宙人の声を聞き、「ここは鎌倉幕府だよね?」などと大ボケをかますことになるのであろうか?
うばたまの値段は、一鉢二千〜一万二千円といったところだ。二千円だと小さすぎる。プリリと成熟したものなら六千円ぐらい。子吹きしているとそれより高くなる。インディオは、成熟したうばたまの根を切り捨て、乾燥させたものを六個から十個噛むという。ということは少なくとも三万七千円はかかるのだ。
こりゃ高い。
金額に見合うトリップを得られなければ、ケチンボ大槻としては手痛い出費ということになる。
カスタネダ以外にも、うばたま体験を著した本が何冊かある。元祖ヒッピー・山《*》田塊也さんの著書『アイ・アム・ヒッピー』(第三書館)もその一冊だ。山田さんはうばたまトリップをこう記している。
〈間もなく激しい吐き気がしたが、(中略)ペヨーテ(著者注・うばたまのこと)にはLSDのようなケミカルなバイブレーションは現れなかった。ぼくの意識は深く深く内部に沈んで行き、胎児から精子の段階まで遡ったような気がする〉
……観念的表現である。よくわからん。それがかえって何かスゴイことのようにも思わせる。胎児から精子……と言われても。
『危ない薬』(データハウス)の著者、青《*》山正明さんの場合は、うばたま八つをジューサーでコップ二杯の青汁にし、飲み干すという方法で服用している。
〈突然身の回りの物が徐々に青みを帯びた淡い光を放ち始める。(中略)LSDやマジック・マッシュルームの作用とは明らかに違う。(中略)目にするものすべてが優雅に光輝き(中略)あらゆるものの内に、僕は〓“存在の美〓”を見出すことができた〉と彼は記している。うーむ、こちらは何ともいー塩梅ではないか。存在の美……感じてみたいものだ。
結局、値段の異なるうばたまを七鉢、三万八千円分購入した。
家に持ち帰り、バルコニーにサボテンを並べる。プクプクと成熟したサボテンの玉は見た目にかわいい。
タラフマレ族のインディオたちは、うばたまの前に出た時、必ず十字を切ってひざまずいたという。なるほどその気持ちもわかる。うばたまを指で押せばイキイキとした弾力があり、「こいつ、生きてる」という生命の躍動みたいなものを感じる。トリップのためとはいえ食べちゃうのはちょっと気が引ける。
情が移りそうなのですぐ食うことにした。
実を乾燥させる正式な方法はやたらと時間がかかり、うばたまは噛むのも恐ろしくまずいということから、トリップだけを目的とする人々は、実を煎じてお茶にしたり、ジューサーで砕いて一気に飲み干したり、中には浣腸で直腸吸収を試みるものもあるという。
ボクは当初、実の苦さと胃を荒らすことを恐れて「浣腸でいこう!」と決めていた。どうせならその道のオーソリティに聞いてみようと、女王様をやっている友人に電話をしたところ、
「うーん、グリセリン以外の液体を浣腸するのは危険なのよ。吸収がよすぎて、お酒なんかだと中毒おこすこともあるしねぇ。お勧めできないわよぉ」
とのこと。
そして、「浣腸プレイしたいんならそんな言い訳しないで素直にしたいって言えばいーじゃない」なんてことを言われてしまったのであった。イヤーそうゆうわけじゃないんスけど。
結局、浣腸はやめにして、うばたまジュースを一気飲みする方法でいくことにした。ちなみにうばたまの摂取方法はもうひとつある。トリップの原因であるメ《*》スカリンの成分を化学的に抽出し、服用するのだ。ただし、これは明らかに違法である。
ジューサーを買い込み、サボテンを台所に並べ、ボクはトリップのためのセッティング(環境づくり)を始めた。
トリップ体験の明暗を左右するのは、ドラッグの質以上に、セッティングの善し悪しにかかわるところが大きいらしい。
白日の下、大観衆の目前でするセックスが気持ちいーわけないのと同様に(まぁ中にはそーゆーのが好きな人もあろうが)、楽しいことをする時には、それに見合う心理づくりと環境づくりをしておく必要があるのだ。「存在の美」を体験したいなら、それなりにお部屋なんかも模様がえしておかなければいけない。
ピ《*》ンク・フロイドなど(定番である)プログレ系、ボヨヨ〜ンピヨヨ〜ンとしたCDを並べ、高円寺仲《*》屋むげん堂で買ったインドのお香をたき、蝋燭を立て、ビデオにディズニーの『フ《*》ァンタジア』をセットした。
ディズニー・アニメとLSDによる幻覚の酷似は、少しでもドラッグに興味のある人なら誰でも知っている公然の事実だ。似ているどころか、「まるで同じ」なのだそうだ。
以前タイで出会ったドラッグ好きの兄ちゃんは、「ディズニーは絶対にドラッグをやっていたはず」と断言した。「結局ディズニーの偉大なところは、トリップ体験をどんな芸術家よりも忠実に再現したとこなんだな。『ファンタジア』なんてそのまんま! だぜ。ディズニーは幻想的なんかじゃない。あいつは世界一の写実主義者だよ」と彼はボクに熱く語った。ちなみに「マジック・マッシュルームの幻覚もモロにディズニーランドなんだぜぇ!」だそうだ。
ディズニー以外では、映画『ジ《*》ェイコブス・ラダー』がドラッグのバッド・トリップを見事に映像化しているらしい。「まんまじゃねーかよアレ!」であるらしい。
セッティングを終え、いよいよサボテンの調理にとりかかる。根の部分を切り捨て、緑の肉球をマナ板にのせる。左手でやわらかなサボテンを押さえる。福々しい厚みが指に心地良い。本当にもの想う動物のようだ。けれど心を鬼にし、ギラリと光る包丁でボクは一気に肉球を真っ二つ! と、
「ギャアアアアアッ」
サボテンが悲鳴を上げた!
……というのはもちろん嘘である。サボテンは思いのほかもろく、サクリサクリと切れてしまう。刃を入れるごとに、雨上がりの湿地帯を思わせる、青の臭いが鼻をつく。一〜二センチ角に切り刻み、三鉢ミキサーにかけただけで、一《*》リットルもの青汁が出来上がった。
おかしい。計算違いだ。本によれば、こんな少量で一リットルもの青汁がしぼれるはずはないのだ……。
『危ない薬』では、八つのサボテンからコップ二杯の青汁をこしらえたとある。まだ半分の量だというのに、倍以上出来上がってしまったのだ。どういうこっちゃこりゃ?
だいたい、ドラッグ本というのは、曖昧なところがある。どの本を読んでもサボテン六個から十個とあるが、うばたまというのは型もいろいろで、中には小さな玉が群れてひとつになっているものもあり、「一個、二個」という数え方は適切でない気がするのだ。さらに『危ない薬』にサボテン・トリップには、〈性的興奮も、しばしば指摘されている〉とあるのに対し、『ガマの油からLSDまで』(石《*》川元助著・第三書館)には、〈あらゆる性的欲求を一時的になくしてしまう〉とある。
どっちや? みんな書いてあることが微妙に違うのだ。
知りたかったら自分で試してみろ、見る前に跳べ、ということか?
大量のうばたまジュースを前にボクは弱った。これ以上つくっても、とても飲める量ではない。台所に青の臭いがたち込め、お香と混ざって何やらスゴイことになり始めている。「とりあえず飲んじまおう」と決め、コップのひとつを口に当て、鼻で息をしないようにゴクリと飲んでみた。
口ざわりは一言で言って、「ゲロの逆流」といったところである。ペースト状のサボテンがノドをネロネロジュルジュルと流れていく。呼吸を止めているのに、水に濡れた草のような臭いが口の中でドンドンふくらんでいく。
一口飲み干し、ボクは思わず八《*》名信夫のごとくうなった。
「うううううむむむむ、マズイッ!」
しかし「もう一杯!」とはとても思えなかった。
ああ、今思い出しても吐き気がこみ上げる。あの「えもいわれぬオゾマシキ味」を一体なんと表現したらいいのか、筆舌に尽くし難いマズさである。ボクはこの世の中で最もマズイのは、「パブロンの感冒薬粉末タイプ」ではないかと思っているのだが、うばたまは同レベル、もしくはそれ以上、いや最低の位置にあると断言できる。
「バッタだ、こりゃバッタの味だ」
青々としたバッタをミキサーにかけたらおそらくこんな味ではあるまいか。
「いや違う、サクロンだ。こりゃサクロンだ」
胃腸薬サクロン、あれの濃厚エキスといった感じでもある。
これを飲み干すのかと思うとそれだけでゲロゲロものである。ごまかしちゃえと砂糖を大量にぶち込むも、マズイものはマズイ。
「ングング……ウプ……ングング……ウププ……」
笑いをこらえているのではない。口まですぐに逆流しようとするうばたまジュースを必死の思いで再び飲み込んでいるのだ。これじゃまるで反芻する牛である。いかんともしがたい。
ほとんど泣きベソ状態で、四杯のジュースを飲み切った。もうこれ以上は無理。もし仮に細川ふみえちゃんの母乳が実はうばたま青汁であり、それを直接飲ませていただける機会を得たとしても、筆者は丁寧にお断りさせていただく所存である。
もう結構。
浣腸するにしても、一リットル以上はとてもつらいのではないか。効率のよい摂取方法は、やはりインディオのチューニング方式なのかもしれない。
むかつくお腹のあたりを押さえながら、床にすわっていると、早くも十分足らずで、
「来たっ!」
来た、本当に来た。
こんな短時間でトリップしちゃっていいのかと思う間もなく、確かに何かがやってきたのだ。
たとえるなら、度数四十以上の酒を一気に飲んで酔っぱらい、そこからアルコールによる自信過剰な気分だけ取り払ったような、実に不安定な感覚だ。
「ありゃ、ありゃりゃ」
いきなり腰が砕けてしまい、床に寝そべった。目の前に天井が見える。仰向けに倒れているからだと気付くのに、しばらく時間がかかった。
体中を万力で締め上げられるような不快感と不安感がムクムクと湧き上がる。いかん、このままではバッド・トリップしてしまう。うばたまの有効時間は約十二時間。まるまる半日も暗黒世界の住人になるのはたまらんものがある。何とか気持ちをハイな方向にせねばとあせる。あせればあせるほど頭が重くなる。
ボンワカウニョニョ〜ンとしたピンク・フロイドのサウンドもバッドを誘ってまずいかもしれない。
ヨタヨタしながら、さわやかなパット・メセニーにCDを換える。「楽しく、楽しく、楽しくしなきゃ!」と思い、自分にとって楽しいこととは何だろうと問うてみる。「それは当然エロである」と、自分の中の誰かが答える。古本屋で購入したアイドル水着写真集を本棚から取り出し、「楽しー、楽しー」とつぶやきながらページをめくり、水沢アキの水着姿を食い入るように見つめた。……ここら辺の行動、今思えばすでにラリパッパである。
しばらく水沢アキを見つめていると眠くなってきた。今にも水沢アキの股間に顔をうずめて眠りこけてしまいそうだ。眠りの世界へ誘われ始めながら、ボクは不思議なことに気付いた。
グラビアの中の水沢アキが生きているのだ。
水に濡れた彼女の下腹部ヘソ下三寸あたりの肉が、プヨプヨピクピクと、生命あるもののように微妙に息づいている。そんな気がしてならんのだ。妙にいやらしい。
そう言えばその昔、水《*》沢アキの婚約記者会見で、「彼女のどこに魅かれたのか?」と尋ねられたアメリカ人の婚約者が、一言「BODY!」と言い放ち、三千万の視聴者に日米のカルチャーの違いを再認識させた事件があったが、今なら彼の気持ちもわかる。
アキのBODYのなんたる肉感的なことよ! 愚息も昇天!……だ。
「おう、これこそうばたまによる催淫効果か?」
『危険な薬』の記述は正しかった。あるいは単に「その時たまっていた」と解釈する読者もおられようが、ボクは確かに性欲の増進を感じた。
それにしてもダルくて眠い。子供の頃、遠足に行って精も根も使いはたした時のようなかったるさだ。だめだ、もう寝る。
よろめく足でベッドに入った。
目をつむるがなかなか眠りには落ちない。よく、寝入り端に、脈絡のない思考が浮かんでは消えることがある。あの状態が延々と続くのだ。
「去年、坊さんからもらったピアノの教習所は阿佐谷にあった(下北だったかな?)けど今年は山本リンダのウララウララって唄はエアーガンで打ち抜かれたヒデとロザンナ改めヘドバとダビデでこにゃにゃちゃわ〜」
てな具合に『現代詩手帖』も掲載を断るであろうシュール文学さながらのランダムな思考の断片がグルグルと頭の中を駆け巡るのだ。やがて自分が寝ているのか起きているのかも不確かになってきた。
このまま「存在の美」の世界に突入か? そう思った時、すごい勢いでボクをハッキリと覚醒させるものがあった。
吐き気だ。
ズドドドドドドドドドドド! と津波のように、凄絶な吐き気が襲ってきたのだ。
こりゃたまらん。こらえきれず、ボクは飛び起きてトイレにかけ込んだ。
ウンゴボペエエエ〜ッ!
オッゴボペエエエエ〜ッ!
吐いた、吐いた、吐きまくった。吐くものがなくなり、胃液しか出なくなっても、それでも吐き気は治まらない。
半時間も便器につっ伏していただろうか。情けないゲロ野郎と化してしまったのだ。
いいかげん吐き気もなくなり、ベッドにもどると、疲労感だけが体に残っていた。
存在の美どころか、いつもとかわらぬ殺風景な部屋があり、お香とサボテンの混じったヘンテコな臭いが鼻をつき、その中でクタッと木《で》偶《く》の坊のようにぶっ倒れたボクがいた。
不快感だけが二、三時間も続いた。何とか起き上がったものの、台所の流しにサボテンの残りを見た瞬間、あの忘れようにも忘れられぬ青汁の味が口中によみがえり、またもやウップゲロゲロとボクは吐いてしまったのであった。
以上が、合法ドラッグうばたま体験である。読んだ通り、決していいもんじゃあない。むしろ、ヒドイ目にあってしまった。
中島らもさんは、合法なドラッグには合法なだけの理由がある。合法にしても誰もやりたいと思わないほどに危険だったり、塩梅が悪かったりすることもあるからだと著書に書いている。まったくその通りである。
いかにトリップが得られようと、あんなマズくてゲロゲロ吐くもの、オレは二度とやりたいとは思わん。
藤《*》原喜明選手とスパーリングをやってからでないとディズニーランドには入れないと言われたら、誰だって「じゃ行かん!」と言うだろう。そーゆー感じだ。
悪いことは言わない。合法とはいえ、うばたまトリップ――。
ボクはお勧めしない。
サボテンにも悪いことをしちゃった気もする。なにせ食べちゃったからなあ。
生き残ったサボテンは今日もわが家のベランダで、食べられなかった幸運を喜ぶかのように、スクスクと育っている。 ダウナー系
中枢神経を抑制し、穏やかな気分にさせるドラッグの総称。ヘロイン、モルヒネ、アルコール、睡眠薬ほか。
アッパー系
神経に刺激を与えて興奮させ、感覚をより鋭敏かつ精力的にさせるドラッグの総称、覚醒剤、コカインほか。
ストーンド
ダウナー系ドラッグを摂取した時にもよおす気だるい感覚。
うらやましい
私(大槻)、この後思うところありまして、今ではすっかりアンチ・ドラッグ派です。こっそりキメようとする者を見つけたら、泣いてとめます。
チョウセンアサガオ
ナス科の一年草で強烈な毒草。幻覚性の麻薬作用を持つ。
ナツメグ
LSDやメスカリンに似た幻覚物質ミリスチンが含まれている。
カルロス・カスタネダ
文化人類学者。約五年にわたりアメリカのヤキ・インディアンの呪術師ドン・ファンと日常生活をともにする中で、ペヨーテなどの幻覚性植物を使用した宗教儀式を自ら体験し、衝撃を受ける。著書『呪術師と私〜ドン・ファンの教え』(一九六八年に発表)は、多くの若者に支持された。
ロジャー・コーマン
一九二六年四月五日生まれ。大学卒業後、映画配給会社AIPに入社。監督兼プロデューサーとして大量のSF・アクション映画を乱作した。その後、六〇年代に入ってエドガー・アラン・ポーの作品(『アッシャー家の惨劇』ほか)を映画化し、監督としての評価を得る。同時にコッポラやD・ホッパーなどの若手監督を積極的に起用し、育て上げた。現在のハリウッドの有能な人材のほとんどは彼が育てたといっても過言ではない。
宮沢章夫
一九五六年静岡県生まれ。放送作家。いとうせいこう、竹中直人、シティ・ボーイズ、中村ゆうじ(現・有志)らが参加した伝説のお笑いユニット〓“ラジカル・ガジベリビンバ・システム〓”を八六年に主宰。
山田塊也
一九三七年岐阜県生まれ。高校中退後、五年間の勤め人生活を経て、ドロップアウト。日本のコミューン運動の草分け的存在である「部族」(一九六七年結成)の中心メンバーとなる。徹底した反体制主義者。
青山正明
ドラッグ、少女売春、オカルトなどのアングラな世界に詳しいライター兼エディター。
メスカリン
メキシコ産の小さなサボテン(ペヨーテ)からとれる向精神薬。幻覚を引き起こす。
ピンク・フロイド
キング・クリムゾンと並ぶプログレッシヴ・ロックの大御所。
仲屋むげん堂
高円寺と吉祥寺にあるインド・ネパールの民芸品を専門に扱っている雑貨屋。
『ファンタジア』
一九四〇年に、ディズニーがストコフスキーの協力を得て世界の名曲をアニメーション化した作品。世界初のステレオ・サウンドによる長編アニメーション映画としても有名。
『ジェイコブス・ラダー』
『ナインハーフ』『危険な情事』で心理描写の巧みさで定評のあるエイドリアン・ライン監督作品。脚本は『ゴースト〜ニューヨークの幻』のブルース・ジョエル・ルービン。
一リットルもの青汁
私(大槻)は三国一の大バカヤローです。ずっと後になって気付きました。「こす」のを忘れてました……トホホ。
石川元助
(一九一三〜一九八一年)東京生まれ。民族毒物の研究家。東京大学薬学部で民族毒物学の研究に従事。六五年にはアマゾニア学術調査隊副隊長として民族植物や毒物の調査研究と採取を実地。以後、中南米での研究・調査を重ね、その研究は世界的にも評価された。元名古屋学院大学教授。
八名信夫
一九三五年八月十九日岡山県生まれ。野球選手から俳優に転向。一九五九年東映ニューフェイスとなり、六一年テレビ映画『紅孔雀』で主役に抜擢。その後は悪役一筋、八四年に悪役の俳優だけで「悪役商会」を結成。「青汁」のCMでよく見る彼である。
水沢アキ
一九七二年に『夏に来た娘』(TBS系)でデビュー。翌年には『娘ごころ』で歌手デビュー。国広富之との婚約破棄後、八六年アメリカの青年実業家ガイ・スィーヒと結婚(後に離婚)。クイズ番組、海外リポーターなど幅広い分野で活躍中。
藤原喜明
一九四九年、岩手県生まれ。新日本プロレス、UWFを経て一九九一年に「藤原組」を創設。関節技の達人。趣味は盆栽、似顔絵書き、浪曲。
下着パブで愚息も昇天
〈下着パブ体験〉
変わりたい――。
と、つくづく思うのだ。
この自分。「大槻ケンヂ」という、世俗のアカにまみれた希薄な精神を内包するひとかけらの肉塊を、さながらモスラの幼虫が成虫へと変身を遂げるかのように、まったく別の存在へと変化させてやりたい。さまよえるわが魂を救済し、ニルヴァーナまで昇華させてやりたい、と願うのだ。
ボクが世俗のアカにまみれ始めたのはいつの日からだろう。
考えるまでもない。昭《*》和四十一年二月六日。つまり、母の胎内よりこの世に出現し、ホンギャーと泣いたその日から、ボクは世俗のぬるま湯に首までドップリつかっていた。ふり返れば、わが二十数年の生涯はあまりにも現世的欲望に翻弄され続けてきた、恥ずべき歴史であった。
金、名声、女。つきつめればこの三つを追い求めるあまり、たどりついた今現在おのれのいる場所は、およそ精神性と孤立無援の荒涼たる砂漠なのであった。世俗の欲望――なかでも、とりわけ「女」なる魔の物にボクはふりまわされてきた。
オッパイ。ああ女のオッパイ。甘露なるマスクメロンを思わせる魔性の肉丘。あのふたなりのたおやかな、しかし毒を持つオッパイに触れんがために、一体どれだけの罪を犯してきたのであろうか。妬《ねた》み、嫉《そね》み、友を裏切り、無限の嘘をついた。ただ、あの脂肪の肉山。いわゆるひとつの(あ、ふたつか)ボインちゃんを揉んだりなめたり、プルンプルンしたり、ついでに乳首をこう噛んだりなんかもしちゃって「あ、イヤ〜ン」「よいではないか」なんつーてお代官様ギャグのひとつもとばしつつ、こうギュウウッとまたオッパイを握ったりなんかするってーと、「あ、痛い。でもこうゆうのも好き」なあんか言ったりするわけだな、これが、ウヒヒヒヒヒ!……ハッ〓
そんな自分が情けない。変わりたい。
――と、最近つくづく思うのだ。
欲望とは、何かを所有していたいと願う心の渇きのことだ。愛しいもの、恋しいもの、快楽をもたらすもの、それらを手なずけ、いつも自分の支配下に置きたいと人は願う。しかし、それは不可能なのではないかと近頃、ボクは思うようになった。なぜなら、この世にあるすべてのものが「永遠」ではないからだ。
すべてのものは流れ行く時の中で、一瞬ふくらむ泡立ちにすぎない。やがてはポンとはじけて消えていくのだ。いくら愛しくてもおかまいなしに、すべてはいつかなくなっちまうのだ。そんなものに渇いてなんになる。飢えてどうする。欲しても無駄ではないか。
愛しいものに固執するからつらくなるのだ。固執するな、欲するな。禁欲とは違う。ただ生き、ただ死ぬ。そのことを知ればよいだけだ。行雲流水《* の ほ ほ ん》。諸行無常。レット・イット・ビー。為すがままに生き、為すがままに死ぬ。のほほん、のほほんだ。
――ソウイウモノニ 私ハナリタイ。
先日、クイズ番組に出演した。いくら「概念としてのロック」なんていうアナクロニズムなんかには、まるでこだわりのないボクでも、やはりクイズ番組にロッカーが出ちゃうのはな《*》んなんだかな、と思う。あえて自己弁護をするなら、出演の理由はすべて政治的なしがらみだったのだ。プロデューサーが音楽番組の方も担当している人だったので、コネをもくろんでの出演だったのである。いわゆる「バーター」ってやつだ。
ボクはアイドルの女の子と『激突、早押しクイズ!』に挑戦した。
ピンポーン! 「ハイ! 大槻クン」
「えーと、八丈島のキョン〓」
ピンポンピンポンピンポーン! 「正解! 30点〓」
「やったあー!」
ガッツポーズをとりながら、ふとボクは考えた。
「いーのだろーか、これで」
――結局、ナイターの影響で音楽番組には出演できなかった……。
バーターに固執したからバカを見たのだ。
のほほんと生きたい、変わりたい。
実際に、ある日ある時、人間が変わってしまうことなど本当にあるのだろうか?
それは、ある〓
歌舞伎の大どんでん返しのように、あるいは浄瑠璃の人形みたいに、忽然と人が変わってしまうということは現実に起こりうるのだ。
清純派でデビューし、その後ヘソ出しウダダウダダとお色気路線を突っ走った山本リンダしかり。マイナーなところでは、ザ・シューターという名の本格派格闘技者から、突如、尻ふり奇声を発するギミックバリバリの色ものレスラーに変身したグ《*》レート・パンクしかりだ。
また、宗教の歴史は、まさに自分革命の歴史だ。キリスト教の聖《*》者パウロは、もともとアンチ・キリストの人であった。ところが、ダマスカスへの旅の途中でふいに失神。意識が回復すると同時に、実は自分がキリストを心から信じていることを悟り、以来敬虔なクリスチャンに変身してしまったのだという。有名な「パウロの回心」である。
人は変わりうる。問題は、「いかにして」だ。いかにしたら人は、それまでの価値観を捨て新たなる自己を創造しえるのか? 自己変革への方法を身をもって体験しようと思う。その手段としてボクは、下《*》着パブ訪問を選択した。
すかさず「われナメとんのか〓」とつっ込みを入れし読者よ! 友よ〓 あなたはまだ青い。煩悩を捨て、世俗からの逸脱の序章として「下着パブ」を選んだわが発想の奥に、かの一《*》休上人の生きざまをだぶらせぬようでは、まだまだ。〓“のほほん〓”までは、はるか八百光年先というしかない。
正長元年、禅興庵で悟りを開いた一休は、聖胎長養の旅に出た。その行脚は、酒、女、なんでもござれの風狂旅であったという。真の僧侶たる者、風狂をこそ知らねばならぬと一休は思ったのだろう。
毒を制して毒を飲む。これすなわち最後の薬なり。
聞いたところによると「下着パブ」とはその名の通りランジェリー姿の女たちがたおやかなオッパイをユサユサさせてウッハウハ、大二枚で愚息も昇天! というような場らしい。さぞかしア《*》ドレナリンやエ《*》ンドルフィンといった脳内麻薬物質も分泌されまくることであろう。
一説によれば、パウロの回心も、実はエンドルフィン等の異常分泌による〓“トリップ作用〓”だったのではないかとも言われている。下着姿の女性によりこの世ならざる接待を受け、脳内麻薬物質が異常分泌、菩提樹の木の下ならぬ歌舞伎町のど真ん中で見性大悟。そんなことも、ないとはいえないはずだ(たぶんないけど)。
てなわけで、ボクは、まだ寒風吹きすさぶ三月の歌舞伎町を、もう一人の〓“修験者〓”こと、筋肉少女帯の雑用係ヤスと二人で下着パブを求めさまよい歩いたのであった。
正直、ボクはかなりキンチョーしていた。
「大槻さん、ぼったくられたりしませんかねぇ」
「そ、それはないと思う。アリスちゃんがいるからな」
アリスちゃんとは、今から行く下着パブに勤める女の子のことである。
彼女は筋肉少女帯のファンなのだ。ある日、ライブの後、一目で「お水」とわかる女の子が近づいてきて「今度お店に来てください」と、やや尻上がりな声でボクに〓“お名刺〓”をくれた。そこには店名と、彼女の手書きと思われる「よろしくね」というメッセージ。そして彼女の源氏名がドドーンと記されていた。
〈大槻アリス!〉
名刺にはそう書かれてあった。
「アリスちゃん、昼ならいるってよ」
「昼から下着パブでしゅかあ……大槻さん」
「とにかく行くぞ、ヤス!」
ほどなく店は見つかった。というより逆にわれわれは見つけられたのだ。猥雑な歌舞伎町の路地に立ち、ティッシュを配っていたお姉ちゃんたちがボクを見て言った。
「あっ、大槻さんでしょ。ココ、ココ!」
「えっ?」
「聞いてるわよ、アリスちゃんから」
恐るべし! アリスちゃんにより歌舞伎町一帯にわれわれの行動はすでに知らされていたようなのだ……。かなり……それは……恥ずかしいんスけどアリスちゃん。
われわれはお姉さん方の案内で下着パブ直通のエレベーターにのりこんだのであった。
店内は思ったほど淫靡な雰囲気でもなく、どこにでもある〓“女の子のいる店〓”といった印象。ただひとつ違う点は、店内をうろつく(まさに〓“うろつく〓”というような感じで歩きまわっている)女性たちの服装である。服装と言っていいのか……当然だが下着なのである。
「ヤ、ヤス、パンティーだ!」
「お、大槻さん。ブラジャーでしゅよ!」
うら若き乙女たちが太モモもあらわに、目の前を右へ左へと移動するさまというのは、西洋合理主義的に男の欲望を湧き立たせる。即効性のみを追求した毒薬みたいなものなのだ。興奮するなというのはそりゃ無理だ。
「ウヒョー!」
「ムヒョー!」
われわれは一瞬にして〓“人間革命〓”という使命を忘れた。理性のたがはブツリと切れた。われわれは手塚治虫から手紙をもらって狂喜する満《*》賀道夫と才野茂のように、不覚にも鼻息を荒らげ、ウヒョウヒョと笑い合ったのであった。
「二名様こちらへ」
ボーイさんがわれわれを先導する。見るからに女扱いの上手そうな兄ちゃんだ。
「ご指名ございますか?」
「あ、アリスちゃんを……」
「アリスちゃんですね」とくり返し、ボーイさんは店の奥をのぞいた。
彼の視線の行き止まりに、黒い下着をつけたアリスちゃんがこっちに手を振る姿が見えた。
われわれも応えるべく、手を上げた。しかし、ふとアリスちゃんの横に怪しげな男がいることに気付き、サッと引っ込めた。なんと、アリスちゃんの横で、身の丈二メートルはあろうかというおっかない黒人が黙々とバーボンのグラスをかたむけているではないか。照明の届かない店の奥で、黒人の両眼だけがギラリと光って見える。
「な、なんだか怖そうな黒人でしゅよ、大槻さん」
ヤスが不安げに言った。
「アリスちゃんこっち呼んだら、あの黒人怒り出しませんかねぇ?」
アリスちゃんはまだ、うれしそうに手を振っている。「大槻さ〜ん」と声まで上げている。その横で巨黒人は、憮然とした表情をしている。「面白くねーな」という顔をして、じっとりとわれわれを見つめている。それはそうだろう。下着姿のジャパニーズ・ギャルが、いきなりやってきたジャパニーズ・ボーイに夢中になってヒムをフォーゲットしているのである。彼にしてみれば、ガッデム・ユーサノバビッチ! ってなもんであろう。面白いはずがない。
「ヤバいでしゅよ。やっぱり怒ってますよ」
ヤスがギュッとボクの袖をつかんだ。
「大槻さ〜ん!」
アリスちゃんはわれわれの不安になど気付く素ぶりも見せず、ちぎれんばかりに手を振っている。
「アリスちゃん、ご指名です!」
ボーイさんが必要以上に大きな声で言った。巨黒人は、まだ黙っている。こちらをじっと見つめながらおし黙っている。闇の中にぼんやりと浮かび上がった彼の顔は、寝起きのジ《*》ェームス・ブラウンといった迫力。
アリスちゃんがジェームスに、
「ごめんなさ〜い、ちょっと行ってきまぁ〜す」
と言った。屈託のない明るさで、ゲロンパ顔の男に告げたのだ。ジェームスはチロリとアリスちゃんを見、そしてまた、われわれをにらんだ。
「ヤバいでしゅよ、大槻さん!」
もはや泣き声のヤス。巨黒人がゆっくりと手を上げた。クワッ! と彼は両眼を見開いた。
「ブボベンボボホオオ!」
巨黒人はスワヒリ語で何かを叫んだかと思うやいなや、もの凄い跳躍力でジャンプ一発! ボーンと跳んだかと思うと、次の瞬間にはわれわれの面前に降り立ち、同時に右正拳をヤスの顔に突き刺していた。グゴッ! と頭骨の折れる音が……。
というのはもちろん嘘である。本当は、何を思ったか巨黒人は、右手を自分の顔面のあたりにもっていくと、林《*》家三平師匠のようにその手を額にあて、アリスちゃんにしきりに頭を下げながら、
「オー、ゴシメー、ドゾドゾ」
と言ったのだ。しかもニコニコ笑いながらだ。そしてわれわれの方を見て、また三平状態のまま、「オー、ドゾドゾ」とくり返した。その顔はさっきまでとはうって変わって、照れ臭そうなのである。小心者なのだ。
たぶん、彼は真っ昼間から下着姿の女の子とお酒を飲んでいる自分自身に、一抹の恥ずかしさを感じていたのだろう。さらに自分のお気に入りの女の子に指名がかかり、一瞬でも「ムッ」とした自分に照れてしまったのだ。
店内には数人の客がいたが、みな一様にこの巨黒人同様、ちょっと照れている様子が見てとれた。「昼間っから何やってんのかねぇオレは」という表情を時々チラリと見せることがあるのだ。客層は雑多だが、意外にサラリーマン風が多い。営業さぼりといったところだろーか。
彼らの心の中では、現実世界から束の間遊離していることへの優越感と危機感が互いに交錯しているのだろう。相反する二つの想いを、きっと照れてみせることで昇華させているのだ。
てなことを思っていると、ニコニコ笑いながらアリスちゃん登場、ボクの隣にピタリと座った。ランジェリー姿の彼女はいい香りがした。目のやり場に困り、視線を落とすと、彼女の白いひざのあたりに肌を透けて青い血管がうき出て見えた。わが体内で、アドレナリンをはじめとするさまざまな麻薬物質がピュッピュピュッピュとかけ巡り始めるのがわかる。ヤスの横には、これまた「アンタちょっとそんな〓」といわんばかりの下着を身につけた女の子がピタリと寄りそっている。
ヤスの目が急激な充血を始めた。まるで白土三平の大河ロマン『赤目』のようだ。早くも自己改革のチャンス到来と言えよう。
「大槻さん、ようこそ」
「アハハ。やー、何しゃべったもんだか困っちゃうね。みんなどんな話をするの?」
「最初に来たお客さんはね、みんなまず『すごいカッコだねぇ。恥ずかしくないの?』って言うよ」
ボクのグラスにビールを注ぎながらアリスちゃんが言った。
「そう。じゃあオレも……いやー、アリスちゃん、すごいカッコだねー、恥ずかしくないの」
ボクが言うと、彼女は背すじをのばし、そして、キッパリとこう答えた。
「ぜぇ〜んぜん! だって若いうちにしかできないでしょ。こういうカッコ」
ボクがもし戦前教育を受けたガンコ一徹の老人、田中彦蔵(六十七歳・無職)かなんかだったら、すかさずアリスちゃんに向かい「何を言うちょるかあぁ!」と怒鳴り散らしたところだろう。現代若者気質を憂えて毎日新聞あたりに毛筆で手紙をしたためちゃったりなんかしたかもしれない。だがボクは彦蔵じゃないので、ニヤケながら彼女の話を聞いた。
アリスちゃんには、今夢中になっていることがあり、お金がかかるそのことのために、給料のいい下着パブで働いているのだという。
「こんなカッコできるのも、今夢中になっているそれも、年をとったらできないことなんだもん」
アリスちゃんはうれしそうにそう語った。
「アタシみたいな理由で働いている子、やっぱり多いよ。この子なんて、AVもやっているの(笑)」
ヤスの横に座り、タバコをくゆらしている女の子の方に目をやりながら、アリスちゃんがつけ加えた。
「今度、レンタルしてね」
アンニュイなムードを漂わせた彼女はくちびるのはしでニヤリと笑って見せた。
一般的には、アリスちゃんたちのような生き方は「刹《*》那主義」と呼ばれ、反道徳的な生き方とされている。若者特有の、一過性の病気みたいなものとさえ言われてきた。少年少女は、社会の一員になることがひとつの「権利」であると大人たちから教えこまれると同時に、その「権利」とひきかえに「刹那の快楽」に生きる日々を捨て去ることを逆に強要される。「大人になる」ということはつまりそういうことなのだ。
言うまでもなく「刹那主義」とは、後先のことをひとまず置いて、今この瞬間を楽しく過ごしさえすればそれでよしという生き方のことである。一方、「大人になる」ということは、つねに明日のことを頭の隅に置きながら今日を生きるということ(それが建て前であっても)。一見まるで正反対のこの二つだが、実はある部分では共通した点を持っている。どちらも、来たるべき未来を暗黒の日々だと想定している点においてだ。「明日のことなんか考えずに」も、「明るい明日のために」も、結局のところ明日への不安感と恐怖感がもたらした危機感からの逃避願望の現れなのではないかとボクは思う。そして、同じ危機回避願望でありながら、刹那主義の方が一段レベルの低い、まるで若者に猛威をふるう疫病のように人々からとらえられているのは、単に生産性がないことが原因なのだろう。
本当のところはどっちが正しいかなんて誰にも断言できやしないのだ。
と、今二十七歳という中途半端な年のボクは思っている。
「キャー! 〇〇さん酔っぱらっちゃって大丈夫? えっ〓 あの人? 常連さんなの。さっきアタシが飲ませすぎちゃったのよ……。〇〇さ〜ん、平気〓 お仕事もどれるう?」
隣でサラリーマン風の男が酔いつぶれていた。
「明るい未来のために」生きることを選択した、あるいは、選択せざるを得なかった「大人」たち――彼らは、たとえ一見社会に上手く順応できた成功者ではあっても、実は、「明日のことを考えない」刹那主義者に対し蔑みの感情以上に、憧れの想いを抱いているのかもしれない。それは、「もしかしたらこういう生き方もありだったのかもしれない」という仮定の人生に対する羨望だ。彼らにとってたぶんここは、刹那主義者としての人生をちょっとだけ仮体験することのできる簡易刹那主義者体験所みたいなものなのだ。――パウロほどではないにしても、束の間の刹那主義者ぐらいには、誰でも人間革命できるのだ。
ずいぶんと切ない革命ではあるけれど……。
「大槻さん、楽しい〓 楽しんでくれてるう?」
「楽しい。いやー本当によいよ、ウヒヒ」
「大槻さあ〜ん、ボクも本当にしあわせでしゅよぉー」
AV嬢に腕を組まれたヤスとボクは、満面に笑みをたたえてフニャフニャしていた。
このようにして、われわれもすっかり、インスタント刹那主義者となり、一応の自己改革は成し遂げたのである。
――パウロほどではないにしろ……。
いや、待て! 「人間革命」とは一時的快楽主義者に変身することなんかじゃ断じてないはずだ。そんな甘いもんやおまへんで! なはずだ。もっと深淵な、自己存在理由を根底から覆す自己改革のためにわれわれは下着パブを訪れたのではなかったのか? 麻薬状物質分泌過剰による脳髄の気質変化を誘発せねばならんのだ。もっとエロスを! めざせパウロを!
「すいませーん、サインしてくださあい」
愛らしい声に顔をあげると、やはり下着姿の女の子が立っていた。彼女はノートの切れハシかなんかをボクに差し出した。
「あ、アタシもしてもらっちゃおう」
「キャー! ずるーい、アタシもー」
この時のボクにとって、ほほの肉がゆるゆるとおもちのようにゆるんで「恵比須顔」になっていくおのれ自身に歯止めをかけることは、アフリカ象をバックドロップで投げ捨てるのと同じぐらいに不可能な話であった。
ボクは、ニッコニッコと笑いながら、普段ならためらうであろうノートの切れっぱしやコースター、はては、はし袋にまでサインしまくりまくったのであった。
「やだ、アタシ書いてもらうもんなーい。あっ、ここに書いてもらおっと」
と言って一人の女の子が指さしたのは、本人のはいている黒のパンティーだった。女の子のパンティーにおのれのサイン。かつてこれほどに性欲と虚栄心を満たしてくれるシチュエーションがあったであろうか。
ボクは彼女の要求を即答で受理した。そして震える手で書いた。どこに? パンティーに。何を? おのれのサインを。
しかし読者よ、勘違いしないでほしい。これもまた、「人間改革」のための苦行なのである。したくてしたのではない。真理への道を追究する者として、逃れることのできぬ荒行だったのである。
ボクはパンティーにサインをしながら、風狂の名僧一休上人に自分を照らし合わせていたのだ。
……が、しかし同時に、
「オレってただのスケベ」
とも思い、さすがに……反省いたしました。 昭和四十一年二月六日
二つ違いの兄がいる。幼少の頃から内向的で、空想と現実の間をさまようボーっとした子供だった。
行雲流水
空をゆく雲と川を流れる水のように、執着することなく物に応じ、事に従って行動すること。
なんなんだかな
最近は全然平気で出ております。
グレート・パンク
FMW所属レスラー。アコースティックギターを抱え、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」に乗ってリングイン。まったくパンクというものを理解していない偉大なるパンクス。一九九三年五月九日、川崎球場で行なわれた『有刺鉄線六人タッグ・マッチ』で敗れ事実上追放。同年十月のビッグ・タイトン戦で新山勝利の本名でカムバックした。
聖者パウロ
イエスと同時期、小アジアの厳格なユダヤ教徒の家庭に生まれる。当初は熱心なユダヤ教徒でキリスト教迫害に参画。改宗後は伝道者としてエーゲ海一帯を精力的に巡り、キリスト教布教に貢献、その後のキリスト教の歴史に多大な影響を与えた。
下着パブ
〓“おさわり〓”ナシのわりには料金も二万円前後と高く、現在はすたれ気味。
一休上人
(一三九四〜一四八一年)臨済宗僧侶、京都生まれ。六歳で出家。二十五歳の時カラスの鳴き声を聞いて悟りを開いたとされるが、その後も安住することなく、酒や女を好み、天衣無縫な風狂の僧侶として庶民に親しまれた。とんちの名人としてもお馴染み。
アドレナリン
交感神経節前繊維の興奮で分泌されるホルモン。止血剤、強心剤としても利用されている。
エンドルフィン
モルヒネと同様の作用を持つ生体内ポリペプチドの総称。
満賀道夫・才野茂
藤子不二雄の自伝的マンガ『まんが道』の主人公の名前。
ジェームス・ブラウン
〓“ゲロンパ〓”の愛称で知られるファンク・ミュージック界の重鎮。一九五六年デビュー。代表曲は『アイ・ゴッド・ユー』『セックス・マシーン』ほか。
林家三平
(一九二五〜八〇年)東京生まれ。落語家。アドリブとギャグをとり入れた落語で人気を得、テレビの司会や映画にも出演。額に手をあててする〓“ど〜もすいません〓”が大流行に。
刹那主義
過去も未来も考えず、現在の瞬間の感情のままに生きようとすること。
アルタード・ステーツごっこ
〈タンキング体験〉
タ《*》ンキングをやってきた。
「なあんだつまらん」と思われた読者もいるのではないか。
タンキングとは、二、三年前に、一部流行り者好きの間で話題になった瞑《*》想カプセルのことだ。浮力の強い特殊な液体を満たした二メートルほどのカプセルの中に、液体に浮くように仰向けに寝そべる。〓“ラッコ状態〓”のままその中で何もしない。ただひたすら容器の闇の中で小一時間ほどボーッとしているのだ。思わず「それが何になる」とつっ込みを入れたくなる試みだが、これにより、六時間の眠りに相当するリラクセーションが得られるという。
だったら六時間布団で寝とればよかろう。
きっと誰しもがそう思ったのだろう。タンキングは大流行することもなく、今ではその多くがフィットネスクラブの片隅に追いやられ、まるで衣紋掛けと化したぶら下がり健康器のように肩身の狭い立場にある。
そんなもんをなぜ、〓“人間革命〓”という壮大なテーマに臨まんとするボクが試してみようと思ったのかと問うならば、一冊の本を読んだことがきっかけとなっているのだ。
中《*》村希明著『怪談の科学』(講談社)は、いかなる読者の眼からもウロコの二枚、三枚はポロリと落ちるであろうこと必至のオモシロ本だ。
本書は、いわゆる超常現象を、合理主義の観点から解釈していこうと試みた本だ。たとえば、聖者パウロの回心。……アンチ・キリスト者であったパウロがある日路上で倒れ失神。しばらくして、われに返った彼は、本当は自分がキリストを心から信じているのだということに気付く。オカルト的に見れば奇蹟と言えるこの物語を、中村希明は合理主義でバサリと切り捨てる。
いわく、〈それは脳の器質異常による発作からくる心境の変化にすぎないのである〉と。
脳の器質異常による発作の症例には、発作後、世界のすべてが輝いて見え、形而上の存在を確認することが多々あるという。パウロの回心も単にそれではないのか……と言うのだ。
また中村氏は、禅宗の僧侶がある日突然「悟った」などという言い伝えも、実は脳の器質異常による発作などによる心理現象ではないかと推理している。
神も仏もありゃしない。
オカルト必殺暴き人、中村希明の手にかかれば、幽霊もまた一瞬にして枯れ尾花と化してしまう。
たとえばこんな話がある――ある日、高級車に乗り自分の病院へ向かっていた医師が、その途中で濃い霧に包まれる。霧はすぐに晴れ、彼は病院へたどりつく。いつものように診察を始めようとすると、警察官が現れ、彼に言う。
「あなた、ここに来る途中で人をひき逃げしましたね」
もちろん記憶にない。
「疑うんなら、車を調べてくれ!」。警官と医師がガレージの車を見に行くと、バンパーに血がべっとり。医師は逮捕されてしまう。それでも身に覚えのない彼は、保釈後、高級車の過去を調べる。すると驚くべきことがわかる。この車は以前にも、数人の人間を引き殺したいわく付きの一台だったのだ。はたしてこれは、最初にひき殺された者の怨念を乗せた車だったのか……。
と、怪談だったらここでおしまいなわけだが、中村氏はこの件にも合理主義で挑戦していく。彼の推理はこうだ。
人間は、外部からの刺激が長時間遮断された環境に置かれると、忘我の状態に陥り、幻覚を見ることがある。これを名付けて「感覚遮断性幻覚」と呼ぶ。隔離された入院患者などがよく見る幻影である。
また、長時間の座禅をすると、魔物に襲われたり逆に尊い仏に祝福されたりといった体験をすることがあり、禅の世界ではこれを魔境といって、悟りの道の障害物としているのだが、この魔境も実は感覚遮断性幻覚である可能性が高いという。医師が人をひき殺したことを記憶していないのは、つまり彼が運転中にこの感覚遮断の状態に陥ったからなのだ。長時間の運転により外部からの刺激が低下した状態になり、忘我となり、人をひいたことにも気付かず、かわりに霧という幻覚を見ていたのだ。
では、彼の車が過去にも人をひいていた事実をどう解釈するのか?
名探偵中村希明はさらに言う。
〈それはこの車が高級車であったことを考慮すれば明白だ。高級車は車高が高く、クッションが効き、外部の音もカットされる。つまり、この車はもともと感覚遮断性幻覚に陥りやすい車なのだということである。彼は、忘我状態になりやすい、ボーッとして人をひき殺しやすい車に乗っていたのであーる〉
……と。
ウーン、ちょっと苦しい気もするが、言い得て妙という気もする。ならば、すべての高級車が人をひいてなきゃおかしいじゃないかという当然のつっ込みはこの際忘れよう(ちなみに中村さんは遠《*》藤周作さんとの対談で、「シャーロック・ホームズばりの名推理ですね」と、チクリと皮肉を言われたらしい。遠藤周作といえばキリスト教信者であるからして、よほどパウロについての合理的解釈が腹にすえかねたのではないかと金《*》田一耕助ばりにボクは推理する)。
殺人車の真相がなんであろうとボクは構わない。それより注目すべきは、感覚遮断性幻覚だ。
外部からの刺激をなくすだけでこの世ならざる幻覚が見られるというのだ。こんなに楽なトリップ方法があるだろうか。
危険を冒してLSDを手に入れる必要もない。ただボーッとしてりゃ自然にヘンテコなものが見られるというのだ。こりゃ塩梅がよすぎる。お気楽極楽とはこのことか。なるべく合理的に、外部からの刺激をなくした状況に自分を置けば幻覚が見られるのだ。これは試さぬ手はない。さて、どうやって感覚を遮断してしまおう。
と思ったら、やっぱり世の中には似たようなことを考えるスットコドッコイがたくさんいるもので、簡易感覚遮断性幻覚発生装置なるものが、すでに研究者……というより明らかに「好きモノ」によりつくられていたのだ。
何のことはない。それこそがタンキングだったりするのだ。
イルカの研究なんかで有名なジ《*》ョン・C・リリーというお父っつぁんは、これとよく似たつくりの装置に、なんとさらにLSDを服用して入るというとんでもない実験をしている。
「たいがいにせえ!」という気もする。
感覚遮断性幻覚に加えてLSDのアッパラパー。一体いかなるものが見えたのか? 彼はそれを著書などで報告している。えもいわれぬ感覚らしい。
しかも、研究を重ねるうちに、「宇宙暗号統制局」あるいは「地球暗号統制局」(どっちでもえーがな)からの通信もキャッチできるようになったのだそうだ。たいがいにせい!
このようにタンキングは、西洋合理主義による神秘的体験体感器であるにもかかわらず、日本ではリラックス・カプセルとして輸入されて、今や無用の長物と成り下がっているのだ。それは、タンキングの体験基本時間がどこでもだいたい約四十分と短すぎるのが原因なのではないかと思う。いかに幻覚発生装置といえども、四十分では効果は発揮されないだろう。タンキングの真の威力が発揮されるのは、それから後なのだ。日本でのタンキングの悪評は、言ってみれば発車前のジェットコースターに乗り込み、あーだこーだとケチをつけているようなものなのだ。幻覚に至っていないのだ。
そこで今回、ボクは三時間という長時間、タンクの中に入ることにした。
幻覚は幻であって、決して真の意味での神秘体験とは言えないが、それでも何か得るところはあるだろう。ケン・ラッセルの映画『アルタード・ステーツ』には、タンキングしすぎた主人公が、なんとお猿に退化してしまうという、天才バカボンでも発想できないオタンコブーなシーンがある(真面目に映像化しているため、そのおマヌケさたるや『燃《*》えよデブゴン』あるいは『M《*》r.Boo! インベーダー作戦』並みである)。
あるいはボクも、お猿に?
猿になってモキモキプー?
とりあえず、タンキングに行こう。
四谷のフィットネスクラブにタンクがあると聞き、単身向かった。
「宝島の取材で来た者ですが」
と、インターホンに向かって言うと、「は?」と間の抜けた女の声が返ってきた。
「あの、『宝島30』の……」
「ハ? 取材? 何です?」
インターホンの声は、まるで「そんな話聞いてないよ」とでも言いたげであった。しかしそんなはずはない。ちゃんと『宝島30』編集長からアポは入れてあるはずだ。
「いや、今日取材でうかがうことになってると思うんスけど」
「はあ……ちょっと待ってくださいね」
待たされること数分。
「やっぱりそれはちょっとうかがってないんですけれどもぉう」
ちょっともチェット・ベイカーもない。確かにアポは入れてあるはずなのだ。
なぜ? ハッ! もしや!
もしやこれこそ感覚遮断性幻覚〓
インターホンの女はコアなタンキング・トリップにより、早くも忘我の境地に突入し、アンポンタンポカン状態なのか〓
んなわけはあるまい。
仕方なく宝島社に電話を入れると、編集長ヒルマ氏はのんびりと言った。
「えっ、取材って言っちゃったの?」
「ハ?」
「いや、一応予約だけ大槻の名前で入れといたんだけどさ、取材なんて言ってないよ」
ウームウーム、アポなし。いわゆるダマテンをもくろんでおったのか。さすが宝島。それを知らず、ノコノコ「取材です」と報告したわけだなオレは。こっちの方がよっぽどアンポンタンポカンでした。
気を取り直し、アレコレ説明し、やっと取材の許可を得た。
幻覚装置は、本来ならばあまりに不釣り合いなスポーツクラブの隅にあった。ステップも軽やかな好青年氏が案内してくれた。左右をガラス張りで囲まれたアスレチックジムのプールサイドを歩き、少し行くと扉があり、その奥の小部屋に巨大なカマボコを思わせるタンクがあった。
「入る前にシャワーを浴びてくださいね、タンクの中にインターホンがあるんで、何かあったら押してください。じゃ、これタオルです」
好青年氏は、まるで健康器具の使用法を説明するように無味乾燥に言った。
ま、そりゃその通りなんだけどさ。
こちとら幻覚見るために来とるんだから、もう少し荘厳にというか、思わせぶりにというか、せめて「これはこの世のことならず」てな口上のひとつも言ってほしいものである。
好青年氏の言われるままに、まずシャワーを浴びた。タンクには素っ裸で入ることになっている。いかがわしい体験をするつもりでいるので、シャワーを浴びるのも何かいかがわしいことをしている気分になってくる。
これと同様の気持ちを、ボクはどこかで体験したことがあるなと思った。すぐに思い出した。その昔、風俗のお店に行った時のことだ。女の子がひかえておられる部屋の隅でソッとシャワーを浴びた。あの時の筆舌に尽くせぬソワソワドキドキである。これからいかがわしい行為に挑もうという時、シャワーを浴びるというのはよい。いかがわしさが肉体をさまざまな色に汚しやすいよう、できるだけ心を無色にしておく禊《みそぎ》の意味合いを持つからだ。
タンキングはかなりいかがわしい体験であると思う。暗く狭い闇の中でトロリとした液体に浮かぶのだ。明らかに母胎回帰のイメージだ。
西洋合理主義によって出来上がった幻覚体感装置が、限りなく子宮に酷似してしまったという不思議な現実に、ボクはいかがわしさを感じるのだ。母胎の中で胎児は、さまざまな夢を見ながら過ごすという。それはまだ思考能力のあやふやな脳髄がアブアブとダダをこねているような状態なのだろう。それでは幻覚体感装置と同じ環境の中にいる胎児は、はたして感覚遮断幻覚を見ることがあるのだろうか?
てなことを考えながら丸裸でタンクの前に立つ。タンクの脇腹に、ジャバラ式の小窓が付いている。ここから中に入るのだ。小窓は、大の大人が入るには少しサイズが小さい。両足をまずタンクに入れ、すべらぬように、タンクの天井をつかみながらソロソロと入らねばならない。はっきり言って入りにくい。合理主義者も入口までは合理的につくらなかったようだ。
両足をソッと溶液に浸した。ぬるい。人肌のお燗といった熱さだ。それほどネットリとはしていない。タンクの底に足がつくと、少しツルリとすべった。ガ《*》ンジス川で沐浴した時のことを思い出した。
耳に水の入らぬよう耳栓をする。幻覚装置の天井をつかみ、ゆっくりと内部へ侵入していく。おごそかな気分だ。
忘却の彼方、子宮への回帰……。
深淵な悟りへのエスケイプ……そして永遠……あうぐうううっ!
腰を打ってしまった。
タンクの底でツルリンとすべり、ボクは七〇年代の学園ラブコメ・マンガの主人公のごとくひっくりこけて背中を強打したのだ。
下半身はまだタンクの中であるからして、必然的にボクは仰向けのまま、タンク入口の底辺を背に、弓なりにそり返っているわけだ。プロレスでいうところの「人間ブリッジ」の体勢、一人ジャーマン・スープレックスの状態である。
深淵な悟りどころではない。いかんともしがたい。
「おう! おっ! おう! おっ! あっ! あう!」
などとオットセイのようにうめきながら、必死の思いで体勢を立て直した。今度こそ冷静にタンクの中へゆっくりと入った。
溶液に身を横たえる。ほどなく体は浮いた。
天井には一辺二十センチぐらいのすりガラスがはめこまれている。唯一の明かりとりだ。左手でジャバラを閉めた。
スッポリと、ボクは闇に墜ちた。
ポッカリと、しばらくただ浮かんでみた。
もちろん、幻覚などまだ何も見えない。見えるのはただ、目の前二十センチのところにある長方形のすりガラスだけだ。
長方形は、右に左にユラユラと動いている。銀色のイカダが波に揺られて漂流している様を、俯瞰のカメラでのぞいているかのようだ。本当は、こちらの体の方が液体の上で揺れているだけなのだけれど、上も下もわからぬ闇の中では、ふとそんな風に思える。
目をつぶり、じっとしていると触感と時間の感覚がなくなり、かわりに聴覚がやたらと冴え始める。どこか遠くをトラックの行き過ぎるヴヴヴヴンという響きや、ふうはあと息を継ぎ、どくどくと血液が体中を巡る自分自身の奏でる音たちがうるさく、まるで節度を知らないパンクスが住むアパートの管理人になったかのようだ。
どうでもいいはずの音が、どうにも気になる。特に自分の心音をこれほど意識して聞いたのは初めてだ。バスドラにベースの四弦を正確に合わせたみたいに、重低音が一定のリズムで体に響く。なるほど、自分の心音に耳を傾けるなんて貴重な経験である。確かにそれだけでもリラクセーション効果はあるのかもしれない。
だがリラックスしているだけでは仕方がない。ボクに限っては目的が違う。幻覚だ。幻覚体験で人間革命だ。
と、きばってみてもすぐに見られるというものではない。心を落ちつけ、ひたすら浮かんだ。もはや時間はその意味をなさず、今が何時でここがどこで自分は誰やらもわからず、ただ頭の中では、グルグルと雑多なイメージが浮かんでは消える。
仕事のこと、いつか行こうと思っている国のこと、つまらなかった映画のこと、伝説の格《*》闘技カポエラのこと、友人の誕生日に割った皿のこと、昔の恋人に再会した日のこと、その子が飼っていた猫が死んだと最近知らされたこと……。
そうか、あの猫死んだか……。
二《*》十歳の頃、その当時付き合っていた、眉間に皺を寄せるくせのある女の子と一緒に高円寺の富士銀行の前で猫をひろった。ケーキの箱に子猫を入れて、ディスカウント・ショップ「オリンピック」のペット・コーナーに行って、子猫のためのえさだの何だのをたくさん買い込んだのだ。彼女はやけにはしゃいで、眉間に皺を寄せながらエヘヘ、エヘヘと笑ったのだ。
ボクがなんとなく、「新婚夫婦が赤ちゃん用品を買いに来たみたいだね」と言うと、彼女は、エヘヘヘヘヘヘヘと笑ってから、「だってそうじゃない!」と答えた。
猫には「コムリ」と名を付けた。確か彼女が付けた。
二十歳ぐらいでのめり込む恋愛の定石通り、いろいろあってボクは彼女と別れた。
何年もして、つまり最近なんだけれど、再会した。付き合いが再び始まったわけではない。ただ会って、話をした。
「コムリは、猫はどうしてる」
「死んじゃった」
彼女はポン! と言葉を返した。
「新しい猫をもらったわ」
「名前は?」
「コムリ」
「コムリ? また」
「そうコムリ」
「コムリかぁ」
「コムリよ。猫はコムリに決まってるじゃない」
そう言ってから、彼女は笑った。眉間に皺を寄せて、エヘヘヘヘヘと笑った。
どうしてこんな懐かしい顔ができるのだろうとボクは思った。
彼女は「コムリよ、コムリ」とくり返し、そしてまたエヘヘヘと……エヘヘヘヘと……。
ハッ! イカン!
何を「メランコリー」しとるのじゃワシは! つい感傷に心揺さぶられてしまったようだ。
人間というのはやることがなくなると、ついいろいろ考えてしまう。過去の思い出に固執してはいけない。諸行無常、昔は昔、今はただ、幻覚を見るためだけに心を集中せねばならんのだ。
ボクは液に浮かびながらウオッ! と気合いを入れた。すっぽんぽんなので若干股間のあたりが心もとないが。雑念を振り払うためにウリャ! などと叫んでみた。叫ぶと心音がテンポ・アップするのがわかった。
無念無想。
心を無にし、幻覚による神秘体験を待つのだ。猫のことなどどうでもよいではないか。
過ぎたことだ。こだわるな。思い出に固執するな。忘れろ。行雲流水。のほほん、のほほん。猫は猫にすぎずじゃ。
猫は猫……猫……。
猫かあ……。
そういえばあの日も猫を見たなあ……。
再会した日、二人でご飯を食べに行ったのだ。彼女は素朴な和食が好きな娘だから、前もってリサーチして、高円寺の啄《*》木亭に連れて行ったのだ。ジーさんとバーさんが営むちっちゃな店で、壁に石川啄木の詩なんかが書いてあって……読書好きの彼女は喜んでくれて。
もう二度とかつてのように付き合うことはないとお互いわかっているから、あまり酔っぱらいすぎないように、チビチビとお酒を飲んだのだ。
たわいのない話をいっぱいして、「あのジーサン、君の父と同い年ぐらいかねぇ」とか、どうでもいい話をしながらイナゴを食べて……。
するとその時まるで魔法のように、ボクらの足元に子猫が現れてニャアと鳴いたのだ。
「あっ、どっから入ってきたのお前?」
彼女の問いかけに、むろん子猫の答えるわけもなく、それでも一声ニャーと鳴いた。
「猫だねぇ、猫が来てくれたねぇ」
と言って彼女は、また懐かしいあの顔で、
「名前は? 名前はなんていうの?」
酔いのまわり始めたボクも一緒になって、
「……コムリ?……さてはコムリっていうんだろ、お前」
エヘヘヘヘと、二人は笑った。
子猫は、今度は鳴かなかった……。
彼女の手の中でゴロゴロとノドを鳴らすだけだった。
コムリ……コムリ……。
そうか、死んじまったのかコムリ!
懐かしい……オレの青春……思い出……。
ハッ!
イカーン! またしてもセンチメンタルしちまったあっ!
どうしても闇というものは、人を思い出に浸らせてしまうものらしい。しみじみさせてしまうものらしい。
「ウッシャア!」
ボクは再び気合いを入れた。狭いカプセルの中でファイティング・ポーズを取ると、プルルとポコチンが揺れた。気にせず、さらに気合い一発。
まったく、思い出などに浸ってはいられないのだ。自己改革、人間革命なのだ。たぶん、この雑念の波状攻撃を超えたところに感覚遮断性幻覚はあるのだろう。
オレよ! そこへ至れ!
いくら闇というものが思い出を連れてくるとはいえ、負けてはならんのだ……しかし本当に、闇というのは、人間の心の傷を蒸し返す力を持っている。往年の歌謡曲に〓夜がまた来る思い出連れて、俺を泣かせに足音もなく……という詩があったが、まさに足音もなくやってくるからなあ、思い出ってやつは……。
足音もなく……かあ。
そう言えばあの猫も、足音もなくボクらの足元にやってきたんだよなあ、まるで思い出みたいに……。
あいつ、やっぱりコムリだったんじゃないだろうか。
足音もなく、思い出を連れて猫が来る。
コムリ……コムリ……。
そうか……死んじまったのかコムリ……。
懐かしい……オレの……思い出……。
……。
青春……。
…………………。
ハッ〓
この後、ボクのとった行動を記すのは、あまりにも恥ずかしい。
あんまり恥ずかしいので、逆にハッキリ書こうと思う。
ボクは湧き上がるセンチメンタルな思い出の数々に耐え切れず、なんだかとっても哀しくなっちまって、予定時間の半分も過ぎていないというのにタンクから出てしまったのだ。
そしてプールサイドで、一人しみじみしたりなんかしちゃったのだ。お恥ずかしい。
タンキングで幻覚に至るどころか、メランコリーにどっぷりと浸ってしまったのだ。泣いちゃったのだオレは、ホロリとな、アハハハハハハハハハ。なんだかな。
というわけでタンキングによる神秘体験は、失敗に終わった。
それにしても……。
死んじまったのかコムリ……。
オレの青春……。
……………ハッ! タンキング
塩化マグネシウムの溶液が入った密閉容器の中に裸体で浮かび、外界からの刺激を一切遮断した状態で瞑想状態に近い意識変容を促すこと、またはその装置の総称。
瞑想カプセル
ほかに、アイソレーション・タンク、サマディ・タンク、フローテーション・タンク等の呼び名がある。
中村希明
一九三二年福岡県生まれ。川崎市立精神衛生センター所長を七六年まで務め、その間、アルコール症の治療・研究に専念する。医学博士。専門は児童精神医学、精神病理学、精神分析学ほか。
遠藤周作
一九二三年東京生まれ。カトリック哲学者吉満義彦、慶応仏文科の恩師・佐藤朔から影響を受け、カトリック文学に傾倒。一九五〇年戦後初の留学生として渡仏、リヨン大学に学ぶ。五五年『白い人』で芥川賞、五八年『海と毒薬』で新潮社文学賞と毎日出版文化賞を受賞。八八年文化功労者。九六年没。
金田一耕助
横溝正史が生んだ名探偵。『犬神家の一族』『八つ墓村』などは映画化もされ、頭をかきむしる金田一耕助は、石坂浩二、鹿賀丈史、片岡鶴太郎らが扮している。
ジョン・C・リリー
一九一五年生まれ。イルカとのコミュニケーションを図ったり、自らアイソレーション・タンクとLSDを用いて人間の意識の深層に分け入るなど、ニューエイジ・ムーブメントの先駆けともいえる研究に従事してきた科学者。
『燃えよデブゴン』
サモ・ハン・キンポーが、その九四キロの巨体に似合わぬスピーディなアクションを披露するカンフー映画のシリーズ作品。
『Mr.Boo! インベーダー作戦』
一九七八年。香港コメディアン、ホイ兄弟のシリーズ二作目。マイケルがTV局の専属タレントになって、アブない罰ゲームのクイズ番組あり、契約書盗み出しのズッコケありの大暴れ。
ガンジス川で沐浴
一九九〇年に休みを利用して、タイとインドへ旅行。詳しくは、『オーケンののほほんと熱い国へ行く』(学習研究社)を参照。
格闘技カポエラ
手をつながれた奴隷たちが編み出したとされる格闘技。腕は一切使わず、逆立ちした格好で、足を振り回して相手を倒すと梶原一騎原作のマンガでは紹介されていたが、実際はそこまでマンガっぽくはない。
二十歳の頃
大学受験のため一時バンド活動を休止していたが、入学とともに再開。時はまさにインディーズ・ブームの真っ只中で、ナゴム・バンドの一員として、人気急上昇の頃。
啄木亭
大学時代、大槻がよく訪れた居酒屋。店の親父さんが大の石川啄木ファンで店内には啄木の詩が額に入れて飾ってある。
何だこりゃ〓 UFOだ PART 1
〈UFO本を考える〉
当然のこと、ボクとてすべてのプロレスを真剣勝負だとは思っていない。一部プロレスの試合にはある程度のダンドリがあり、それが俗に八百長という言葉に置き換えられる場合もあることは、もちろんわかっている。
「この血が嘘に見えるのか〓 これだけ痛い思いをしているのに八百長だというのか〓」というレスラーの弁明にしたって、「そりゃ論理のすり替えでしょ」の一言で切り捨て可能なことも、充分承知の上だ。
それでもボクがプロレスを愛してやまないのは、ボクがプロレスの面白さを勝敗の行方以外のところに求めているからだ。
各レスラーの背負っているさまざまなもの。大の大人が、観衆の面前で、ちっぽけなリングの上で、なぜ戦わなくてはならなくなったのか、それに至るまでのドラマ作り。そういった、えげつなく輝く装飾の部分、女の子の安っぽい香水に似た匂いにドキドキとさせられているのだ。
そのものの、本来の面白さと別のところに興味のポイントを置く。怪獣自体よりも、ぬいぐるみの中の人間に興味を持つような、このひねくれた楽しみ方は、ちょっとやそっとのことでは誰もだまされなくなった娯楽飽食の現代において、むしろ正道となりつつあるようだ。サザエさんの秘密を暴き、新興宗教の資金繰りについて主婦たちが語り合う。
まるで一億総寺《*》山修司化してしまったかのような「うがった時代」である。重箱の隅をつつくことでしか、人々はもう楽しみを得ることができなくなっているのだ。
しかし「うがった時代」でも、まだ重箱の隅をつつかれていないものもある。
つつけばつつく程、味のしみた米つぶやおかずが現れるというのに、まだほんのごく一部の人しかひねくれた目を向けていない対象がある。村《*》松友が評価する以前のプロレスみたいに、ただ単に幼稚なものとしてしか世間には認識されていないダイヤの原石がある。
――そのひとつがUFOだ。笑わないでってば、本当に面白いんだこれが。
まずUFO本来の面白さとは何だろう。
宇宙人が空飛ぶ円盤に乗って地球を訪れ、すでに米国首脳陣や一部特権階級者、フ《*》リーメーソンやらと密約を交わし、火星への移住計画を進めている。しかし、エイリアンの本当の目的は、われわれ地球人には「はかりしれない」宇宙的視野に基づく形而上の謎なのだ……なーんてとこだろうか。
ボクは、そんなの面白いとも思わん。んなこたあるわけがない。んなことを信じるくらいだったら、まだ「プレスリーは宇宙人だった!」という東スポの見出しを信じる。まさか宇宙人と総理大臣の密約はないと思う。そんなの信じるほどボクだってガキンチョではない。
ではUFO本来の楽しみ方とは何だろう。
「未確認飛行物体の正体を暴く」という楽しみ方もある。
このテーマには、かのC《*》・G・ユングも心魅かれ、『空飛ぶ円盤』(朝日出版社)という、そのまんまやないけのタイトルで本まで書いている。
「人間の普遍的無意識にある元《アーキ》型《タイプ》が投影されたものがUFOである」というようなことを、その中でユングは語っている。この「精神投影説」を簡単に約せば、人間の心の中には、共通の原始的、神話的な象徴があり、それは円形として現れることが多い。そして何かの拍子に空にその丸が投影されたものを、人はUFOと呼んだのである……ということらしい(ユングの本はむちゃくちゃ難解なので、もしかしたら間違っているかもしれませんが、ボクはこのように解釈しました)。また、東洋のマンダラが丸いのは、これと同様の現象である、とも言っている。さらに丸は女性の象徴でもある。女性的なものを見た時に、普遍的に対をなす男性的なものを求める人間たちは、ペニスを連想させる葉巻型UFOという概念をも生み出したのである……なんて考え方もできるようだ。
するってえと何か? UFOってのは空に浮かぶチ〇コとマ〇コってことなのかい〓
などと、エロ親父ならずともつっ込みたくなる無茶なこじつけだ。いくら高名な学者でも、言やぁいいってもんじゃないでしょうが! と思う。
宇宙人飛来の真相も、それに基づく政府陰謀妄想も、UFOの正体に関する議論も、UFO問題本来の面白さではあるけれども、プロレスの勝敗の行方程度にしか、ボクには興味が湧かない。興味のポイントを少しずらすことでウシウシと喜ぶことを無上の楽しみとする者としては、それよりも注目すべき点があるのだ。
UFOに携わる人々にこそ、クラクラとする面白さを感ずるのだ。
宇宙人飛来よりも、宇宙人飛来を信じる人が興味深い。
政府陰謀より、政府を真剣に怒る人が面白い。精神投影説よりも、精神投影説をぶち上げるユングがおかしい。
みんなヘンなんだもん。
UFOに携わる人は、本当に面白い。
たとえばこんな人がいる。
〈久《*》保田八郎さんは、明らかに異星人とわかる人に何度も会っていると話してくれた。(中略)四ツ谷と小岩の駅から近い距離をタクシーに乗り目的地に着いたとき、(中略)一万円札で払おうとした。(中略)運転手はおつりがなく、「小さいお金がなければ結構ですよ」と優しく言ってくれたという。このような運転手は非常に少なく、久保田さんはあとで、あの運転手は異星人だったんだなと気が付いたという〉
これは工学博士・深野一幸さんの著書『〔超真相〕宇宙人!』(徳間書店)の中の一文である。
……なんちゅーか本中華……ナンダこれ?
異星人と会った! という衝撃の振りがあり、読者が大宇宙を頭に思い描いたところで、いきなり四ツ谷と小岩という庶民的空間に引きずりおろし、料金を受けとらない心優しき運転手のエピソードで心なごませた直後、再び急転直下で〈異星人だったんだな〉と気付いてしまうオチにハラヒレホロヒレとさせられてしまうのだ。
なぜ、金を受けとらんと異星人なのだ?
そこら辺の根拠がまったく説明されていないのだ、この証言は。これだったら、異星人の部分を相撲取りに変えたって、瓦職人にしたって、マキ上田にしたって、論理の飛躍という意味では変わりがないではないか。
なぜ異星人と認識するのだ八郎さんは?
実は、UFO関連の本に、こういったエピソードはあまり珍しいことではない。なんでそーなるの〓的「あの人は異星人に違いない」という話はよくある。たとえば「自称宇宙人と喫茶店で待ち合わせたら(これだけでもスゲーことである)彼は、お冷やにミルクを入れて飲もうとした。地球の常識を知らない彼は間違いなく異星人である」なんていう吉田戦車のマンガみたいのから「電車の中で美しい女性が私を見て微笑んだ。……あの人は宇宙人だ」などという単刀直入寝ボケとんのか〓 なんていうのまである。
そんなのに比べれば、まだ久保田さんの話はわからぬこともない。実は彼は日《*》本GAPという、宇宙人を救世主的に考える宇宙哲学研究団体の代表者なのだ。彼にとって優しい人は即異星人でなければならないのだろう。
まったく、そんな団体まであるのだ、UFO界というところは。
日本GAPの他にも、限りなく宗教に近いUFO研究団体として、ラ《*》エリアン・ムーブメント、それにエ《*》ドアルド・ビリー・マイヤーという自称宇宙人交信者《 コ ン タ ク テ イ ー》の信奉者たちから成る一団がある。それぞれにUFO関連の本を出している。どれも言っていることは大同小異(本当は、それぞれまったく異なるイデオロギーのもとに集まっているのでしょうが、ボクにはあまり変わらないように思えるということです)。「大いなる宇宙意志を収めた異星人と交信し、神への道を共に歩もう」みたいなことである。トコトン、宗教に近いのだ。各団体の出している本は、どれもやっぱり新興宗教的だ(あくまで、ボクにはそう読めると言っているだけです)。そして、ポコポコととんでもないエピソードが散見でき、ひねくれUFO者を狂喜させてくれる。
久保田八郎著『UFO、遭遇と真実』(GAP)には、円盤に助けられたという老婆が登場する。彼女は関東大震災で逃げまどっている途中、空に円盤型の物体を発見する。周りの人々に「あれについて行こう」と呼びかける。一時間も円盤に誘導され、安全な竹藪にたどりつく。後で聞いた話によれば、その時、彼女の呼びかけを無視し、円盤について行かなかった人々は土砂崩れで生き埋めになっていたのだという……。
なんとなく宗《*》教的なエピソードではないか。UFOなどという知識を持ち合わせていない老人の証言である点もドラマチックであり、宇宙人飛来否定者のボクでも、「ウ〜ム」と思う。
だが、実はボクが心魅かれたのはそこではない。ボクがグーッときてしまったのは、彼女が円盤に導かれている途中、〈大金の入った袋を拾った〉というエピソードだ。
彼女はその後、拾ったお金で肉を仕入れて食べ物屋を開店した。〈儲かったというどころではなく、メチャクチャに金が入ってきた。客がお金をポンポン置いていくからだ〉と彼女は述懐している。ウッハウハだったのだ。
まさにUFOさまさまである。宇宙人は信ずる者に福をもたらす救世主であることがこれで証明されたのだ。
……しかし……ちょっと待ってくれ、おバアちゃん。確かにありがたいお話だが……それって……火事場ドロボーっていわねぇか〓 普通。
UFO現象に関係する本を分類すると、大きく四つに分けることができる。
〓客観型
ともかくUFO現象というものがある。真相は別として、そういう現象があるのだから、これを客観的に分析、解釈しようというタイプの本。
〓信じちゃってる型
とにかく信じちゃってる人……の著した本。宇宙人の存在、宇宙人の襲来、逆に救世主としての宇宙人などを信じて微塵も疑わぬ人の著した本。
〓超えちゃってる型
信じちゃってる人も超越し、この世ならざる精神世界に突入している方の著した本。
〓確信犯型
タイプ〓の人について、その異常性に気付きながらも、あえて彼らの体験をまとめた本。まとめる人には〓のタイプと、もっと商売っ気たっぷりなタイプの人がいる。
読んでいてやはり、いちばんクラクラするのは、〓、〓のタイプである。
たとえばこんなだ。
これは廃刊になった『UFOと宇宙』という雑誌にあった、科学解説家・志水一夫さんのレポートなのだが、ほとんど山《*》田花子か夢《*》野久作、でなけりゃ「カ《*》ックラキン大放送」の世界なのである(ちなみに志水氏はタイプ〓)。
主婦Iさんは七年前より「UFOさん」からのメッセージを受けている。ある日彼女は、UFOさんから「山梨県の忍野村に来い」という指令を受ける。次男とカメラマンを同行し、彼女は言われるまま忍野村に向かう。途中、三人はレストランへ入る。UFOさんから「入れ」と命ぜられたからだ。そこでIさんはとんでもないものを見る。志水さんの文章をそのまま引用させていただくならこうだ。
〈ウエイトレスの一人が、電話の受話器を手に取ってしゃがむのが見えた。そのウエイトレスは、チラッとIさんたち三人の方を見ると、奇怪なことに黙ったまま受話器を戻した。そしてその直後、Iさんは見た。一瞬その女性の目が銀色に光り、四方八方に光線が放たれたのである〉
そして――。
〈そんな調子で、とても食事どころではなくなってしまい、三人は食事を中断して食堂を出た。すると、トウモロコシが食べたいので車に積んでほしい、という奇妙なメッセージが、〓“UFOさん〓”から来た。見るとちょうど近くで売っていたので、三本買いいよいよ忍野村へと向けて出発した〉(傍点は筆者による)
……何をやっとるんだ、あなたたちは? と、これを読んだ時、まことに失礼ながらピコピコハンマーで各自の頭を叩きたくなった。いくらなんでもモロコシはないだろモロコシは。UFOさんも、トウモロコシぐらいは自費で購入するべきではないのか?
その後もUFOさんからのメッセージは続き、数日後には、テレパシーではなく〈電話がかかってきてしまった〉のだそうな。
〈モシモシ、キョウキテクダサルノカ、シテイノバショヘクルノカ〉
〈どこへですか〉
〈ワカッテルデショ、ワカッテルデショ〉
細かいことだが、二度くり返すあたりが有無を言わせぬ恐怖を感じさせる。さすがにモロコシを要求した宇宙人。押しが強い。
Iさんに関するレポートを読んだ誰もが、まず心に抱くのは、「この人どこか具合が悪いんじゃなかろうか?」という素朴な疑問だろう。ボクも正直そう思った。
UFO研究家の誰もが、わかっていながら、立場上決して書けないことを、一UFOファンにすぎないボクだからあえて書こうと思う。
一部のUFO遭遇者やコンタクティーの体験談は、精神病の症例とほとんど区別がつかないのだ。もちろん、Iさんの体験が幻覚、妄想、幻聴の類いであると断言しようというのではないし、Iさんをはじめとするコンタクティーが、実は宇宙天文学よりも、精神病理学で解明されるべき人々であるなどと言うつもりもない。ただ事実として、一部のコンタクティーと精神病を患ってしまった人々との体験談は、驚く程に酷似している場合が多々あるということをボクは言いたいだけだ。
これは、一部の霊能力者、予言者、預言者にも同様のことが言える。
合理主義者の中には、これらの人々を、すべて側頭葉異常による精神的な発作や、単に分裂病のせいと断言する人もいる。精神の疾患による幻覚、幻聴、夢幻様状態を、別世界との遭遇と誤認しているにすぎないというのだ。
その主張が正しいのかどうかはボクにはわからない。ただタイプ〓、〓のUFO本を読む面白さは、江戸川乱歩の小説に通ずる楽しさがある。
普通でない、のだ。
宇宙霊名エリザベート(本名・光《*》本富美子)さんの著書(大石隆一さんとの共著)『異星人からのメッセージ』(鷹書房)には、こんなあおりの入った帯がついている。
〈世界初公開〓 これが宇宙動物〓“エルバッキー〓”だ〉
驚くなかれ、本書には、エリザベートさんの激写した「宇宙動物」の写真が掲載されているというのだ。彼女が深夜、戸塚で激写したこの動物は、彼女の交信する異星人、ナガンダ・ムーとピーガ・パゴイラ(インド料理屋のメニューのようだ)によれば、核兵器を探知するためにアンドロメダ星雲よりやってきた、アルターゴゾ・エルバッキー・ムニューダーなのだ……そうである。
確かに、本書の中程に、宇宙動物の鮮明写真はあった! 間違いなく世界初。カラー写真に写された宇宙動物エルバッキーである!
ランランと輝く眼光でハッシと読者をにらみつけるその姿は、地球の生物、猫にとても酷似している――とてもとてもよく似ている。どっから見ても野良ネコに……アレ……イヤ……似てるどころじゃねーぞ……こりゃ……本当に……どうしたって……ただの猫じゃねーかオイ〓
同様のケースは他にもある。
日本GAPの発行している雑誌に、精神でUFOと交信する少女というのが登場している。彼女の場合、UFOどころか、植物や動物ともテレパシーで交信できるらしい。飼っている猫とテレパシーの練習なんかもしているそうだ。のどかな光景ではないか。
だが、しかし、ヘンなのだ。エリザベートさん以上にスゴすぎるのだ。
雑誌には、〈子猫とテレパシーで語るA子さん〉というキャプション付きで、彼女の写真が掲載されている。彼女は微笑みながら、片手で動物ののどをなでている。なるほど、こいつが彼女とテレパシーで語り合う子猫か……ふむふむ……アレ?……アレレレレ〓……こ……こいつは……猫なんかじゃない!……これはどう見たって……犬じゃねーかオイ〓
少女の体験がNASAの管轄であろうとJASCOの管轄であろうとボクはいっこうに構わない。ただ……犬と猫を間違えるものか? 普通。
ちなみに、彼女の体験は相当にスゴイ。彼女は悪い人と付き合うと〓“注意のサイレン〓”が頭の中で鳴り、地面に蛍光のマークが浮かぶのが見えるそうだ。そこにはカニのようなものがカギを持っていて、「カギとカギどうしでは合わないよ」と教えてくれるのだそうだ。
トンチ問答か? それは?
――純文学作家の変名というウワサもある、郡《*》純さんの著書『最新異星人遭遇事件百科』(太田出版)は、奇天烈UFO本の金字塔である。こんなヘンな本はそうない。ボクの推理では、郡さんは完全な確信犯である。
本書には、地球にレティキュリアン(レティクル座人)の来訪が頻繁に起こっているとある。たとえばこうだ。
埼玉県のNさんは、ある日〈頭の中でざーざーというこわれたテレビのような音が響き始め〉びっくりする。音は〈やがて奇妙な声〉となり、命令を始める。声のまま突然右手が踊り出し止まらなくなる。
翌日、それでも会社に出勤したNさんだが突如忘我となり、会社手前の入間川に飛び込み、〈異星人襲来だ、日本があぶない〉などと叫び暴れ出し、同僚に助け出される。
四日後、会社に復帰したNさんは、社員講習会の途中、スックと立ち上がり、〈中止、中止!〉と叫びながら、黒板に古代文字のような文字を書き、呆気に取られる人々に向かって〈宇宙人からのメッセージです!〉と絶叫する。
Nさんは、精神病院に強制入院させられる。看護婦が異星人の正体を尋ねると、Nさんは、
〈てんびん座人です〉
と、あっさりと答え、自作の詩を見せながら、
〈私は平成のジ《*》ョン万次郎です〉
と、語ったのだそうな……。
医師は、Nさんを精神分裂病と診断した。
……以上が、郡さんの本に記された、Nさんがコンタクティーになるまでの顛末であるのだが……。
こりゃ一体なんだ?
明らかな精神病患者の記録ではないか。
疑いようのない症例ではないか。
そうなのだ。恐るべきは郡純氏である。
彼は、UFO体験者と精神病患者の酷似を逆手に取り、明らかな精神病者の症例をあたかもUFO体験者の記録として掲載してしまったのだ。うーん、発想の転換というべきか。そんなんあり? とつっ込むべきか。どちらにしても、奇書である。
郡さんはおそらく、ボク同様、興味のポイントを少しズラして、ひねくれた観点からUFO問題を楽しんでいたUFOファンなのだろう。UFO体験談の異常性、うさん臭さをすべて知っていながら、その上でまるで自分がタイプ〓の人間であるかのように振るまい、著しているのではないか。確信犯中の確信犯、である。巻末には、各星座人の〈今現在わかっているだけの情報〉までが一覧表になって掲載されている。
〈てんびん座人……反レティクル座人の一方の雄。性格は合理的な半面、情にもろいところも〉だって。やるなあ、郡さん。
いくら何でも、ここまで読んで冗談だと気付かぬ人間はいなさそうなものだが、いるのである。それでも信じちゃう人というのが。
松《*》村潔監修『私は宇宙人を知っている』(ワニ文庫)は、LSDと大麻を交互にキメているうちにコンタクティーになったという超スゲー奴の体験談をまとめた一冊だ。そして、監修者の松村さん自身もかなりヘンだったりするのだ。
彼はあとがきに、郡さんの著書を引き合いに出し、こんなとんでもないことを言っているのだ。
〈日本で宇宙人によるアブダクト《* 誘 拐 事 件》が激増しているという事実を強調したこの遭遇事件百科は、とても刺激的な内容だった。
ただ、気になるのは郡純氏の本が、心持ちレティキュリアン(グレイ)の側に傾斜しすぎているという印象だ〉(傍点は筆者による)
う、うーん。
やっぱり、真剣に心配しとるのだろうなぁ松村さんは。郡さんの一宇宙人種族に対するえこひいきを。それともこれも一種のシャレなのか?
もう何だか、狐と狸のバカし合いの世界だ。オレなんかにゃ、はかりしれない価値観なのだ。
スペースの関係で書けなかったが、今、UFO界は、前出の三大宗教類似団体のみならず、さまざまな思想を持つ人々が入り乱れ、何やら紛争収まらぬボスニアのごとき様相を呈しているらしい。
UFOなどというと、人は幼稚の一言で思考停止してしまう。それは、UFO問題をオカルト、合理主義のどちらか一方でしか解釈しようとしない馬鹿者の捉え方なのだ。
UFO界では、いくらでも解釈のしようがあるUFOという議題に対し、一家言持つ者たちが、なんとか自分の分野で定義付けをしようともくろみ合っているのだ。
入口はあるが最終地点は絶対にないから、討論は半永久的にころがり続けるわけだ。
UFOは、ある専門分野にひいでた者たちが、お互いの知識、思想、そして妄想までをも存分にパフォーマンスしあえるリングなのだ。
とてもプロレスに似ている。
ただプロレスに比べ、その面白さの認識が社会的にあまりに低い。
プロレスで言うなら、世間のUFOに対する認識は、力道山の時代で止まってしまっているのだ。
* * *
アラバマ州の警察署長グリーンホウ氏は、ある夜、ロボット型の宇宙人の撮影に成功、一躍時の人となった。しかし世間のUFO事件に対する冷たさで彼はいろいろなトラブルを抱え、ついには妻と離婚、警察もクビになってしまった。
人生の転換期がある日突然自分の意志と別のところで起こり、しかもそれが宇宙人のせいであるとは、グリーンホウや哀れである。
この話には続きがある。彼の撮影した宇宙人は、実は隣町の消防士が消防服を着てふざけていただけのことであったのだ。
グリーンホウはしかし、決然と次のようなことを言ったという。
「あの時、いたずらをした者が確かにそこにいたかもしれない。だが、私が撮影したのは、偶然同時刻に彼らと似たようなかっこうをして私の前に現れた、ロボット型の宇宙人だったのだ」
UFOはもちろん真剣勝負ではない。それでもボクがUFOを愛してやまないのは、ボクがUFOの面白さを、勝敗の行方以外のところに求めているからなのだ。UFOなどという不定形のものに、人生を左右されている人々が不思議で面白くてたまらんのだ。 寺山修司
(一九三五〜一九八三年)青森県生まれ。早稲田大学教育学部中退。詩人・歌人・劇作家・映画監督。六七年、演劇実験室「天井桟敷」を創設し、演劇を中心とした前衛的な芸術運動を展開、若者世代の旗手となった。
村松友視
小説家。一九四〇年東京生まれ。慶応大学文学部卒。八〇年『私、プロレスの味方です』でデビュー。八二年に『時代屋の女房』で直木賞を受賞。
フリーメーソン
中世メイソン(石工)ギルドを母体とした自由主義的友愛結社。秘密結社的色合いが強く、国際的謀略の裏に必ず存在するとされる。
C・G・ユング
(一八七五〜一九六一年)スイスの精神医学者。人間の意識の奥に潜む「無意識」の存在に注目、フロイトとともに「精神分析」という心理学の一分野を築き上げた。しかし、フロイトが無意識領域にあるとされる抑圧された性衝動(リビドー)に人間の心理・行動の起因のすべてを帰したのに対して、ユングはさらにその奥に隠された、人類が誕生以来共通して持っているという普遍的無意識(元型)の存在を提唱。この「元型」の仮説をもとにオカルトやUFOなどの現象を解明しようと試み、『空飛ぶ円盤』を一九五八年に発表した。
久保田八郎
アダムスキーの熱烈な信奉者。一九六一年に「日本GAP」を旗揚げし、アダムスキーの宇宙哲学の研究・普及に努める。
日本GAP
世界最大のアダムスキー信奉者による普及団体。現在会員数は三千人以上とのこと。雑誌『UFOコンタクティ』を毎月発刊。
ラエリアン・ムーブメント
元フランス人ジャーナリスト、クロード・ボリロン・ラエルが八〇年に設立したUFOカルト教団。宇宙人を地球に迎えるため、イスラエルに大使館を二〇三〇年までに建設することを目指す。'94年に『週刊ポスト』誌上で〓“セックス教団〓”として紹介され、反響を呼んだ。
エドアルド・ビリー・マイヤー
一九三七年スイス生まれ。プレアデス星団から地球に来たというセムジャーゼと名乗る女性の宇宙人をはじめ、複数の宇宙人と会見、さまざまなメッセージを受け取ったと主張。その時に撮ったとされる鮮明なUFO写真や八ミリ・ビデオを公表した。
宗教的なエピソード
不思議なことにパニック時にUFOに助けられたという話は多い。
山田花子
雑誌『ガロ』からデビューした不条理マンガ家。一九九三年五月に自宅近くのマンションから飛び降り自殺した。享年二十四歳。
夢野久作
(一八八九〜一九三六年)大正・昭和期の探偵・怪奇小説家。福岡県生まれ。本名は杉山泰道。三五年に推敲十年という大作『ドグラ・マグラ』を発表。人間の意識下に潜む狂気・異常・神秘の世界を見事なまでに描きあげた。
カックラキン大放送
一九七五年から日本テレビで放映されたバラエティ番組。堺正章、研ナオコを軸に、毎回野口五郎ら多くのアイドルが登場した。
光本富美子
一九三八年兵庫県生まれ。自称UFOコンタクティー。世界に三人しかいないというコンタクティーの一人として、人類救済のため生涯を捧げているという婦人。
郡純
一九五三年横浜市生まれ。十歳の時、UFOを目撃。以来、異星人の虜に。イスラエルのヘブライ大学に留学経験あり。ユダヤ世界と強力なコネクションを持つ。
ジョン万次郎
(一八二七〜九八年)幕末の土佐の漁師、後に英語学者。中浜万次郎。一八四一年出漁中に遭難し鳥島に漂着、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に助けられ、船長の好意で学校教育を受けた。五〇年メキシコを出発し、琉球、鹿児島を経て土佐に帰着したのは五二年。この万次郎を藩命で調べたのが画家の河田小竜であり、その口述をまとめたものが『漂巽紀略』。その後、土佐藩や幕府に登用され、英語を講じ、外交文書や翻訳の仕事を通じて日本に英語を広めるための開拓者的役割を果たした。
松村潔
一九五三年広島県生まれ。十三歳の時にUFOを目撃。以来、UFO、精神世界に興味を持ち、独自に研究。グルジェフの研究家としても知られる。
アブダクト
UFOやその搭乗員である宇宙人に無理やり身柄を拘束されるなどの誘拐事件のこと。第四種接近遭遇。
何だこりゃ〓 UFOだ PART 2
〈UFO本をひたすら読む〉
友人から聞いた話。
友人の高校時代、A君という同級生がいた。A君は頭が良かった。いや良すぎたのだ。受験勉強のしすぎか、精神を病み入院してしまった。退院後、復学した彼に友人が言った。
「大変だったなー」
A君はうつむいたまま「うん」と答えた。
「入院生活ってどんな感じだったんだ?」
「……つらかったよ……錯乱して暴れないように、拘束着を着せられ、閉じ込められてたんだ」
拘束着とは、腕を動かせないように袖を縫いつけた服のことだ。自由を奪われた生活を余儀なくされたA君の苦しみを想い、友人は声を失くした。
と、A君が言った。
「……それだけじゃない」
「え?」
「もっとひどい仕打ちを受けたよ」
「な、何をされたっていうんだ?」
「‥‥‥コウモリだよ」
「何? コウモリ……」
思わず聞き返した友人に、A君はうつむいたまま、低い低い声で言った。
「……医者と看護婦がぐるになって、オレの病室にコウモリをいっぱいぶらさげるんだ。天井から糸でつるして……あれにはまいったよ……」
A君もまいったろうが、そんな話を聞かされた友人もまいってしまった。おそらく、拘束着の件までは事実なのだろう。しかし、いくらなんでもコウモリをつるす医者はあるまい。明らかにA君の妄想である。
「お笑い風に『おいおい! そりゃ、ちゃうやろ』ってつっ込みたくて仕方なかったけど、さすがにできなかったよ」
と、友人は後で僕に語った。
UFO事件の中でも、「私は宇宙人と会った!」……いわゆる第《*》三種接近遭遇を主張する人々の話を聞く時、ボクは、友人がA君に抱いたような、「抑えがたいほどのつっ込み衝動」にかられずにはいられない。「なんやそれ〓」と、東京生まれのボクが、あえて関西弁で叫びたくなるほどのヘンテコエピソードで溢れているからだ。代表的な例として、〈宇宙人にトウモロコシを買えと命令された〉女性について前に書いた。まだまだ他にもあるのだ。いくつか紹介してみよう。
* * *
▼その1 宇宙人の首をすげかえた男の話
〈私は宇宙人の首をすげかえた!〉
のっけから何ごとか〓 読んで字の如し、すげかえたのだ、首を。……静岡市のトラック運転手Fさんは、一九七四年九月二日夜、国道三〇号線宇野港近くでトンデモナイ出来事を体験する。『にっぽん宇宙人白書』(内《*》野恒隆著・ユニバーサル出版)によれば、〈……突然、車の前方に、異様に輝く銀色の光体が出現した〉。
その直後から二十分間の記憶を、Fさんは喪失してしまう。後日、失われた記憶の糸をたぐりよせているうちに、彼は宇宙人に頼まれて首をとり換えてやったという、ひっくり返るような体験を思い出したのだ。
銀色の光体に驚いていると、いつの間にか……。
〈一人の女(筆者注・髪の毛が肩のあたりまでたれていたので女だと思う)が無言のまま助手席に座った〉
女は機械的な声で言った。
〈私は地球に来てかなりになるが、頭の調子がおかしいので、代わりの頭ととり換えてほしい〉
もうボクとしてはこの時点で「なんやそれ〓」とつっ込みたくて仕方なかったりするわけだが、Fさんは真面目だ。彼女に尋ねる。
〈どうやって?〉
……宇宙人は、自分の体に三つボタンがあるので、そこに針金を通した上で首の下のボタンを押せと答える。……そうすれば首がはずれるというのだ。そして、かわりにこっちをつけてくれと言って、そっくり同じ顔をした生首をFさんに渡した。Fさんは震えながらも、言われるまま、宇宙人の首をすげかえてあげた……。
なんやそれ?
『にっぽん〜』にはFさんのインタビューも載っている。当然の疑問をぶつける取材者と、誠実な態度でそれに答えるFさんのやりとりが何ともいい味なのだ。
〈――どうして首のすげかえをFさんに頼んで、仲間に頼まないのでしょうか。
「それは私にもわかりません。ただ首をすげかえてほしいと言われたもので……」
――やはり日本語で話し合ったのでしょうか。
「私は日本語しか知らないから、おそらくそうだと思います」
――その首は重かったですか。そして冷たかったですか。
「どうだったか覚えてはいません」〉
……ただそこに〈首をすげかえてくれ〉と頼む者があったから応えたまでだ。
「こまかいこたぁ、オレは知らん!」ということか。「山があるから登るだけだ」と語る冬山登山者にも似たストレ―トなFさんである。
* * *
▼その2 宇宙人に子守唄を教わった女の話
〈私は宇宙人に子守唄を教わった!〉
『UFO革命』(横《*》尾忠則著・晶文社)によれば、私立探偵のご主人と暮らす鹿児島のTさんは、一九七四年五月二十三日、自分にだけ見える飛行物体に遭遇。以来、「ジミー」や「ジョー」と名乗る宇宙人とコンタクトするようになる。そうしてある日、不眠を訴えるTさんにジミーがこんなアドバイスをしてくれたのだ。
〈子守唄がある。ひとつ教えてあげよう〉
発達した異星の医学もあろうに、なぜ子守唄〓 ともかくジミーは唄った。
〈イヤホー・イヤホー/早く寝なきゃ神にしかられる/早く寝る子には福がくる/さあさ、早く寝なさい/イヤホー・イヤホー/早く寝る子には福がくる〉
〈寝ろ〉と言っておきながら、イヤホー・イヤホーと大騒ぎする矛盾がスゴイ。起きちゃうじゃないかそれじゃ! ジミーなのに〈福がくる〉という和風なもの言いもどうかと思うのだが。イヤホー・イヤホー。
* * *
▼その3 宇宙人に健康体操を教わった使徒の話
〈私は宇宙人に健康体操を教わった!〉
子守唄の次は体操である。宇宙人ももう少しましなものを教えてくれてもよさそうなものだ。……ガヂャラ星からの使徒ロリエとの邂逅を綴った衝撃の書『異星人とのコンタクト、38時間にわたる会見手記』(真仁田敏江著・池田書店)より、著者とロリエとのやりとりを読んでいただきたい。
〈「ガヂャラには娯楽はないのですね?」
「いいえ、あります」
「本当に」
「体操があります」〉
……と言うやいなや、ロリエは真仁田さんの前で、飛んだり跳ねたり体操を始めた――それを見て著者は言う。
〈日本人である私は、一、二、三、四と声をかけたくなってしまいます。どうも少し間がぬけたような話ですが、子供の頃からの習慣というのは恐ろしいものです〉
そーゆー問題か。ロリエをまねて自分も手足を動かしてみた真仁田さんは、この体操が見事なる効果をもたらすことに気付く。
〈あっ、分かった。贅肉を取るには最高のやり方なのではないだろうか? 憎いところをロリエは突いているな、と思うとおかしくなって、つい私も笑ってしまいました〉
……ボクも笑ってしまいました。違った意味で。
* * *
▼その4 宇宙人に*サンタナを聞かせたAさんの話
〈私は宇宙人にサンタナを聞かせた!〉
教えられたり、いただいているばかりでは地球人として恥ずかしいのではないか? この素朴なる想いを抱いた賢者があった。コンタクティーのAさんは、飛来する宇宙からの使者に地球の文明を伝えるべく、カセット・テープに録音した音楽を空に向かってガンガンかけたのだそうだ。一体何を? 音楽ファンならずとも気になるところだ。初めて異星の友が聞く地球の音楽。それはモーツァルトかべートーベンか? いや違う。Aさんがガンガンにかけたのは……サンタナなのだ。
なぜ? サンタナ?
宇宙人にチョーキングの妙を堪能しろというのか?
どうしてサンタナ?
ラテンの心を伝えてどうするサンタナ?
……やっぱり曲は「ヨーロッパ」か? それとも「ブラック・マジック・ウーマン」か? 高中正義ではダメなのか? 気になるぞサンタナ。
* * *
▼その5 宇宙人に短歌を贈った男の話
〈私は宇宙人に短歌を贈った!〉(贈るなっての!)
東京大学数物系大学院修士課程を修了し、現在、日本物理学会委員である清(*)家新一さんは、東京大学二年の秋、火星人の女性から〓“ラブレター〓”をもらった。清家さんのノートに、いつのまにか小さな文字でそれは書かれていたのだ。
〈早く火星にいらっしゃい。(中略)火星は、楽しい国ですのよ。(中略)一所懸命勉強しき《ママ》光の波に乗ってお国を訪れます。淋しいときには、目をつむって下さい。いつでも、あなたのもとにまいります。今夜は、これまで。では、またね〉
清家さんはこの一文を〈真の愛情をもつ女性の言葉に対して〉の〈鋭い直感力〉から、誰かのいたずらではなく本物と認識。
しかし、
〈地球の現在の文明程度では、彼女は、お嫁に来てくれそうもなく、自分のロケットが完成するまでは、どうにもならぬ〉
と、考え、さらに、
〈彼女は独身のままやはり待ち続けているのかもしれない〉
と思うとやり切れず、そこでついに、物理学知識を駆使し、逆重力を応用した宇宙機製作に没頭し始めたのである。ウ――――ム。
そんでもって実際に、逆重力エンジンを開発したと主張しているのだ。清家さんの大発明に対しては、大槻義彦教授やSF作家の山本弘さんがモーレツな批判をしている。
あたしゃ物理知識マイナスなので何とも言えん。それよりボクは、一人の女性(しかも宇宙人)への想いをつらぬくために、一生を棒に振るかもしれない研究にのめりこむ清家さんの狂気にも似た恋心に、あきれつつもカンドーしてしまった。
彼の著書を一読した時は大いに笑ったものの、深夜、酒を飲みつつ「火星の恋人」のくだりを読み返したら、バカげた恋に恥ずかしながら涙してしまった。もし仮に、火星の恋人が清家さんの内面が創り上げた空想上の存在であったとしても、一生を費やして悔いなしとは、現実世界の恋愛よりも高次な精神活動と言えるのではないか――と思ったからだ。
〈私は地球の女性と結婚しないで、宇宙機が完成するまで頑張り通さなくてはならない〉とまで決心するドアホウ恋一代や見事! 僕は心震えた。
……しかし……。
その後清家さん、しっかり「地球の女性」とご結婚されたのだそうだ。
ン?
清家さんは著書、『空飛ぶ円盤 完成近し』『円盤機関始動せり』(ともに大陸書房。火星の恋人のくだりは同社出版の『宇宙の四次元世界』にある)の中で、「宇宙文学の草分け」と銘打ち、宇宙人に贈る短歌の数々を披露している。
……どーもこのあたりの感覚、われわれ凡人には計り知れぬ何かが彼にはあるようだ。
〈秋の虫 UFOの城で オーケストラ〉
なんて一句詠まれちゃってもなあ。
〈宇宙の情景をみそひともじに示すことを、次のように試みた。(宇宙機)試作報告などは、肩のこる点もあろうから、この章をエンジョイ……して欲しい〉
などと言うのだ清家新一さんは。さあ、みなさんも宇宙短歌でレッツ! エンジョイ! できるか君は?
* * *
▼その6 宇宙人にセックスを強要された男
〈私は宇宙人に犯された!〉
セックスがらみの宇宙人遭遇事件は何件もある。実はUFO史上初のア《*》ブダクション(宇宙人による誘拐)と言われている事件にしてからが、セックスがらみだったのだ。
一九五七年、ブラジルのア《*》ントニオ・ビオラス・ボアス青年は、東映の特撮ヒーローものに出てきそうなヘルメットの怪人物によって円盤内に連れ込まれ、全裸で現れた小柄な女にセックスを要求されて、それに応じたという。「据え膳食わぬは男の恥」とはいえ、異星人とまでやっちゃうとは、アントニオ、なかなかである。
彼の証言をもとにした異星人のイラストを見れば、これが実に巨乳。トランジスタグラマーなのだ。女は行為の間、何度も犬のようなおたけびをあげたという。
アントニオ、この男、絶倫と見た。巨乳宇宙人をヒーヒー言わして愚息も昇天とは、アントニオ、なかなかである。ちなみに体位についての報告はない。アントニオ。
ブラジル人にだけいい思いをさせておくわけにはいかない。わが国にも女宇宙人をヒーヒー言わせた奴はいないのだろうか。
これがなんと、逆に言わされちゃった人ならいるのだ。
* * *
ざっとヘンテコ異星人遭遇事件を並べてみた。まだまだあるのだけれど、あとは「と《*》学会」の皆様におまかせすることにして、ここでは彼らの体験について、それが一体全体何を意味しているのかについて考えてみたい。
まず、「彼らは本当に異星人と出会ったのだ」という素直な受け止め方がある。
しかしこれは、異星人が宇宙機に乗って地球を訪れる可能性がさまざまな学問的見地から見て絶望的であるなどと論ずるより以前に、「そりゃありえないよなぁ」とまず思う。
だって、いくらなんだってバカバカしすぎるんだもん、彼らの出会った異星人の行動が。
ラブレターだの健康体操だの子守唄だの首とり換えろだの……んなアホな。
「それはちっぽけな地球の常識にとらわれているからだ」と反論されようとも、ボカァないと思うんだよなあ、んなことは。
次に考えられるのは、「ウソ」だ。
何らかの意図があって、あるいは虚言症とでもいうべき精神状態にあって、彼らが嘘をついているという考え方だ。社会的地位のある人々に、ウンモ星人と称する差出人から何千通もの手紙が送られてきたス《*》ペインの事件や、地球人を実験室で創造した宇宙人エロヒムを迎えるため、エルサレムに大使館をつくろうと主張するク《*》ロード・ボリロン・ラエル。あるいは有名なア《*》ダムスキー、マイヤーといったコンタクティーには、断言できぬが意図的な嘘の匂いがホンワカとただよっている。
また、仕事の期限を超過した言い訳に、宇宙人騒動をデッチ上げたんじゃないかと言われているトラヴィス・ウォルトンの事件なんかもある。……遭遇事件のいくつかは、ハッキリ言ってただの嘘だろう。……しかし、すべての遭遇者が嘘つきというのもまた考えにくい。デメリットを顧みず、なぜそんなに大量の人々が嘘をつかねばならないというのか。
ドラッグによる幻聴幻覚の類いではなかろうかとも考えられる。前にも登場したが、自称コンタクティーのX君などは、LSDと大麻を混ぜたドラッグをキメているうちに宇宙人の声が聞こえるようになった、と身もふたもないことを言っている。そう言えば角川春樹さんもUFOを見たとよく言っていた。
……宇宙人遭遇事件の中には、単にラリラリ体験というものもあるだろう。しかし、またまたしかし、遭遇者のすべてがパンツにドラッグをかくしていると考えるのは、宇宙人の子守唄で熟睡するよりも困難である。ドラッグも一部にすぎないはずだ。
アブダクション・ケースについて「バース・トラウマ」説を提唱した学者がいる。
宇宙人遭遇者の多くは、ある日、謎の光体を目撃した直後に記憶をなくし、後々になって、催眠術などによって失われた時間を思い出した時、初めて宇宙人との接触を語り始めているのだ。これはつまり、彼らが目撃したのは謎の光体までであり、宇宙人については「思い出した」にすぎないということになる。そして、彼らが思い出した光景はどんな場合もよく似ている。
――光に包まれた狭いUFO内部、小人、外科手術を思わせる身体実験などだ。時に液体を飲まされることもある。
精神科医アルビン・ローソンとウィリアム・マッコールはこの類似を、「それは催眠状態の中で、自分が母胎にいる時と、出産する時の記憶を語ってしまうからだ」と解釈した。
UFO内こそ子宮であり、小人は胎児。身体実験は出産手術であり、液体は羊水というわけだ。面白いことに、「円盤からドサッと地面にほうり投げられて地球にもどって来た」と証言した人については、帝王切開によって生まれた事実があったという。つまり産道を通った経験がなかったので、円盤=子宮から「いきなり外界にほうり出された」と語った、と解釈できるのだ。
……このユニークなバース・トラウマ説も、謎の光体について説明がなされていないという致命的な欠陥は残る。
一方、早稲田大学の大槻義彦教授は、謎の光体の正体はプ《*》ラズマであると断言する。大気中に存在する電波が干渉し合うと、大気は原子から電子がはぎとられたプラズマ状態になり、この時、電子が原子にもどろうとすることによって放電現象が起こるのだ(そうだ)。こうしてできた光体は赤外線やマイクロ波、各種電波を放出し、人体に影響を与える。その中には記憶喪失も含まれるという。
なるほど、プラズマを目撃したことにより記憶を失い、バース・トラウマで宇宙人遭遇を語る。奇妙な体験談の多くが物理学と精神医学により解明できそうだ。
重ねてしかし、必ずしも遭遇事件のすべてが目撃→記憶喪失→催眠術という順序で語られたわけではないのだ。それに何より健康体操をどうやってバース・トラウマで説明するのだ。産後の肥立ちをよくするため母が日課にしていたラジオ体操を乳児ながらに覚えていたとかそんなのか? 首のすげかえはどうなる? 悪徳産婦人科医による赤ん坊すり換えの記憶か? 子守唄は……あ! これは何となくわかるか。
UFO目撃事件の多くがプラズマである可能性はある。バース・トラウマもあるのかもしれない。が、やはりすべてを説明することはできないのだ。
パラノイアという言葉で解釈することもできる。精神の病による幻聴幻覚夢幻様状態を彼らが現実事件と思い込んでいるにすぎないという考え方だ。
……スピルバーグの『未《*》知との遭遇』は、一般的には知的異星人と地球人類とのファースト・コンタクトを描いた感動作ということになっているが、実は、精神病者の内的異常体験を克明に追った映画としても観ることができる。
リチャード・ドレイファス演じる主人公がUFOを見たことから徐々に理性を失い、家庭を破壊させてまでもUFOを追い求め、ついに夢かない、光に包まれ地球を去っていくこの物語を、UFO妄想にとらわれた男の主観でとらえた怪作として見た場合、妙に辻褄があうから面白い。彼の行動の一つ一つが、精神病者の関係妄想そのものに見えるし、シャワールームで水びたしになりながら怯えるシーンなど、UFO見ただけにしちゃあまりに病的だ。その他にも、精神病者の記録として見た方が納得がいく部分でいっぱいなのだ(いや本当、試しに観てください)。
コンタクティーの典型例を見事に描いたこの映画が、精神病者の記録としても観ることができるという事実だけでも、遭遇事件のいくつかはパラノイア的なものだ、ということが言えるのではないかと思う。
……思うが、しかし、これもまた、すべての事例に当てはまるとは思えない。遭遇者がみな精神を患っているなんてことはちょっと考えにくい。
結局、ただひとつ言えることは、確信犯的な嘘や虚言症をのぞいて、宇宙人遭遇事件は体験者にしか確かめようのない、彼らの内面的主観体験なのであるということだけだ。
じゃ、やっぱり嘘なんじゃねーかと言えば、それもまた違うと思う。
嘘と内面的体験は違う。
嘘はどうしたって嘘にすぎないが、内面的体験はその人にとってはあくまで事実であり現実なのだ。
だってそりゃそうだろう。デ《*》カルトだって言っていた。「我思う、故に我あり」なのだ。主観を信じるからこそ人はアイデンティティーを確保できるわけであり、だから、内面的主観体験を当人が事実として認識するのは当然のことなのだ。たとえそれが、他者から見てトンデモない出来事であっても、当人にとっては現実として解釈する権利がある。
ドラッグでもプラズマでもバース・トラウマでもパラノイアでも、宇宙人遭遇者にとってそれが主観体験である限り、人から何と言われようとも、彼らにとってそれは現実に起こった事件であり、事実なのだ。だから彼らはどんなにキテレツな出来事であっても、それを信じることができるのだし、また信じるのだろう。
言ってみれば、「少女の恋」みたいなものなのかもしれない。
少女は成長する過程で、憧れのアイドルやミュージシャンに関係妄想に近い想いを抱くことがある。テレビの画面やステージの上から、実際にあるはずのない、自分だけに対する彼の視線を感じ、空想の中で彼と出会い、私と彼は結ばれたと思う。それは、はたから見れば妄想でも、彼女にとっては主観的実体験なのだ。彼女はこの体験を友人に吹聴してまわる。「んなことあるかよ」と疑う友人が彼女を問いつめる。追い込まれた彼女は、吐き捨てるようにこう言うのだ。
「夢でも妄想でも、本当に私、彼と会ったの!」 第三種接近遭遇
UFOとの接近遭遇タイプのうち、UFO搭乗者(宇宙人)を目撃した場合が三種。第一種はUFOを目撃、二種はその痕跡が残る場合、四種は宇宙人と何らかの接触があった場合とカテゴライズされる。
内野恒隆
一九四九年東京生まれ。慶応大学商学部卒。元「UFOと宇宙」(ユニバーサル出版)の編集者。
横尾忠則
一九三六年兵庫県生まれ。画家。六〇年、七〇年代を通してイラストレーター、グラフィック・デザイナーとして活躍。八〇年代に入って突如画家宣言をした。六〇年代に本場ニューヨークでドラッグ・カルチャーの洗練を受けて以来、精神世界、とくにUFOや宇宙人、天使との交信に心引かれ、彼のライフワークの一部となっている。
サンタナ
六〇年代後期、ドラッグ・カルチャーの発信地であったアメリカの西海岸を拠点に登場した人気ギタリスト。デビューは六九年。七〇年に発表した「ブラック・マジック・ウーマン」が世界的大ヒットとなった。
清家新一
宇宙研究所所長。反重力装置を理論上完成した著書『超相対性理論』はノーベル賞の審査対象にもなった。
アブダクション
アブダクト参照。
アントニオ・ビオラス・ボアス
本人の証言によれば、性交させられたのは身長一三〇センチほどの女性の異星人。後にブラジル国立医学校のオラボ・フォンテス教授が彼に逆行催眠を施したところ、その証言が嘘ではないという結論に達したというが……。
と学会
とんでもないことを大マジメに書いている本を研究する会。会長はSF作家の山本弘氏。
スペインの事件
一九六七年マドリッドで起こったUFO騒動。同時期に「王」のマークをつけたUFOを目撃したという人が複数現れ、その写真も出回った。
クロード・ボリロン・ラエル
一九四六年フランス生まれ。元ジャーナリスト。一九七三年に異星人エロヒムと接触。人類の起源(実は人類はエロヒムがつくったロボット)や使命などを告げられ、その教えをもとに、後にラエリアン・ムーブメントを創設。
(ジョージ・)アダムスキー
(一八九一〜一九六五年)ポーランド生まれの哲学者。一九五二年十一月二十日にUFOと遭遇し、金星人と接見、その後も何度も金星人と会見を繰り返し、円盤に乗せてもらったなどと主張、後に多くの信者を生み、UFOカルトの先駆けともなった。
プラズマ
高温状態で、正負の電荷が高い密度で気体状に分布している電離気体のこと。
『未知との遭遇』
一九七七年に公開されたアメリカ映画。四年の歳月を費やしてつくられたSF映画の大作。地球人と異星人の音楽による行進が始まるラスト二十分は感動モノ。監督はスティーブン・スピルバーグ。UFOや異星人のリアリティある描写は、UFO研究の第一人者、アレン・ハイネック博士が指導した。
デカルト
(一五九六〜一六五〇年)精神と物質の徹底した二元論と、機械論的自然観によって近代科学の理論的枠組みを確立したフランスの哲学者。
まる聞こえでや〜んす!
〈盗聴電波傍受体験〉
もしお宅の電話がコードレスなら!
悪いことは言わない、今すぐ有線に換えた方がいい。なぜなら、傍受されている可能性が非常に高いからだ。
有線にしたからといって安心はできない。盗聴器が電話機に、あるいは部屋のどこかに隠されていることもあるのだ。
「んなわけあるか!」
と、読者は一笑に付すかもしれない。いやいや、嘘じゃないんだってば、どうも最近、日本は傍受、盗聴天国と化しているようなのだ。
コードレスホンや自動車電話を傍受する「受信機」というやつが、近頃出回っているという噂は聞いていた。しかし、ここまでトンデモないものだとは知らなかった。
知人から借りた受信機は、東野電気のP《*》R−90l。市場価格四万三千八百円(一九九三年時の値段)のところを、無線屋で三万五千円で買ったという。他人の会話を傍受できる機械として、はたして高いのか安いのか何とも言えないが、901サイズのトランシーバー型受信機は、安いものなら秋葉原で一万円前後で買えるという。金一枚で他人の会話が聞き放題なのだ。
ウ〜ム。
ご近所の会話を聞くのはさすがに良心が咎めるので、901を上着のポッケにしのばせ、イヤホンを耳にあて、ほとんど馬券売り場付近にたむろする怪しげな兄さんと化して街をうろついた。すると……。
スゴイ、スゴスギル。
「いーのかこれは?」
と、思わずつぶやいてしまった。
バンバンなのだ! いや別にばんばひろふみ《バ ン バ ン》の声が聞こえてきたわけではない。
次から次へと、さまざまな人間たちの会話が、バンバン耳に飛び込んでくるではないか。
「だから長岡さんも、もう少し総務のことをね、わかってからモノを言えっていうの」
「え〜、でも明日早いしぃ、今から来いって言われてもぉ」
「今、新宿、うん。先帰っから、ああ」
「〇〇ホテル二〇一ですね。え? オッパイ? けっこうでかいすよ〜へへへ」
上司の悪口からホテトルの予約まで、切れ間なく入る入る。バンバンだ。ばんばひろふみさんもビックリだ。
いーのか、これって?
いーのだ、それが。
今のところ、電波傍受を取り締まる法律はない。盗聴器を仕掛けた場合は明らかに違法だが、空に飛び交うコードレスホンや自動車電話の電波をキャッチする分にはお咎めなしの野放し状態である。
受信マニアもかなりいるらしい。『おもしろ無線受信ガイド'93』(三才ブックス)にこのような記述がある。
〈最近はコードレスホンの受信を〓“盗み聞き〓”ととらえる傾向が一部に見られるようです。電波を使って通話を行う以上、不特定多数の人に聞かれてしまうのは仕方ないこと。(中略)受信側にしてみれば盗聴という暗いイメージなど皆無に等しく、むしろ『変わった番組が聞こえるラジオ局』『プライバシーをタレ流す放送局』程度の感覚で(中略)楽しんでいるはずです〉
この「ン?」といった感じのヘンテコな倫理観を盾に、受信マニアは日夜あなたの会話を傍受しているのだ。
「うちはコードレスだけど盗《*》聴防止機能がついてるもんね」
などと安心してはいけない。最新の受信機には、「盗聴防止機能解除機能」がしっかりとついているのだ。イタチごっこか。ウーム。
受信、盗聴については、その手の専門雑誌、三才ブックスの月刊『ラジオライフ』とラジオライフ別冊『盗聴のすべて』を読めばほとんどのことがわかるので(ちなみに同社の『探偵の本』もあわせて読むと、もう完璧な人間不信になりますよ)、よりディープな情報を入手すべく、ボクは『ラジオライフ』編集部を訪れた。
『ラジオライフ』別冊編集部の羽根田さんと『ラジオライフ』編集長の坂部さんにお話をうかがった。
「じゃさっそく盗聴器でもお見せしましょうか」
と、言って羽根田さんは和菓子の箱をパカリと開けた。てっきりモナカでも入っているのかと思ったその中には、ギッシリと盗聴器が詰められていたのだ。
「これが基本的な物です。本当にスパイ映画に出てきそうな、いかにもなもんでしょ」
羽根田さんが指でつまんだ盗聴器は、黒くぬられたマッチ箱のようなもので、直径五センチぐらい。アンテナだろうか、片側から糸のようなものがニョロリとはえている。
「これはどこでも仕掛けられますね。あ、これは電話のヒューズ。ボックスに仕掛けるやつ。電線から電気を取るので半永久的に盗聴し続けます」
「半永久的……ですか」
「ええ、仕掛けられた家の人が引っ越しても、次に越してきた人を盗聴し続けるわけです」
それこそ、七代先まで盗聴される家族なんてのもあるのかもしれない。
「これはコンセント型。ラブホテルに仕掛けられることも多いようですね。これは……」
お菓子の箱から次々と取り出される盗聴器の数々。コワクなってきた。
「で、あの、実際に仕掛けられてるわけですよね、それ」
「ハイ」
きっぱりと羽根田さんは言い切った。
「盗聴電波は周波数が大体きまっていますから、受信機があれば〓“便乗盗聴〓”できてしまうんです。読者からの情報で、かなりの数が仕掛けられてることが判明していますね」
思わず「うちの方はないですかね」と聞きそうになってしまった。
「どんなところに?」
「さまざまですね。『え? 何でこんなとこに』っていう場所もありますよ。でも、盗聴する理由は当人しかわかりませんから」
「あのー、タレントの家なんていうのも?」
某女性タレントのコードレスホンが数年にわたって傍受され、〓“おいしいとこ〓”だけを編集したテープが出回った事件が最近あったばかりだ。
「どうですかねぇ。盗聴はないけど、たまたま傍受したって話は聞いたことあります」
「誰ですか?」
「元おニャン子の一人が携帯電話で人の悪口言いまくってるのとかねぇ。あ、それと……」
スマン、これ以上は同業者として書くわけにはいかない。
ウ〜ン、そうかぁ、あの人がねぇ……いいこと聞いちまった。
「盗聴は犯罪ですけど、こんだけ受信機が出回り始めて、国は傍受を規制しないんですかねぇ」
「何度か問題にはなったようですけど、立ち消えになってますね。傍受内容を公開したら犯罪になるわけですが、これも証拠がないですからね。『創作です』と言われたらつかまえようもない」
どうも世の中はマニアに都合よくできているようだ。
「傍受、盗聴情報を送ってくる読者の方は、どんな人たちなのですか」
と、尋ねると、坂部編集長は言葉を選びながら彼らの特徴を語ってくれた。要約すれば、それはやっぱり、〓“おたく〓”という言葉で言い換えられる人々のようだ。
実際、『ラジオライフ』には、読者から送られた「受信機を持った美少女のイラスト」が載っていたりする。
「なぜかR《*》IBBONのファンが多いんです」
なぜRIBBON? C《*》OCOじゃいかんのか? パ《*》ードルはどうなんだ?
「いや、圧倒的にRIBBONなんですよねぇ、なんでかなぁ」
RIBBONの三人、まさかコードレスホンを使ってはいまいなぁ、気にかかるゾ。
「読者と言えばね、よく被害妄想の方から電話がありますね」
と編集長。
「自分は盗聴されているって妄想ですね。誰も真面目に聞いてくれないものだから、うちに電話してくるんです。日に何度もかかってくることもあります。結局、精神を病んで漠然とした不安感に襲われた時、その原因を盗聴に求めようとするんでしょうね。不安なのは盗聴されているからだって自分に言い聞かせるんでしょうね」
あまりに盗聴妄想者からの電話が多いので、『盗聴のすべて'93年版』には精神分析医による盗聴妄想の解説が載っている。それでも「それはわかった。でも私だけは本当に盗聴されている」という読者からの相談が後を絶たないという。
「まあ、悪質な探偵社に相談するよりは、うちにかけてもらった方がいいですけどね」
「え、どういうことですか編集長」
「探偵社の中には、まれに悪質な業者もありまして、盗聴妄想の人から多額の金を取るんですよ。本当は盗聴器などないのに見つけたふりをして、『これを取りはずすのに数十万はかかる』というように次々と引っかけていくわけですよ。妄想にとらわれている人は何を言われても真に受けてしまい、とんでもなく高い金を払い続けてしまうわけです」
悪い夢のような話だ。
また、読者の中にはフリーの「事《*》件屋」も多いらしい。特ダネを週刊誌に売る彼らの一人から、こんな相談を持ちかけられたことがあるという。
「天皇の心電図を傍受できないか?」
昭和天皇のXデイが噂されていた頃だ。最近の心電図や血圧計はワイヤレスであるから、これを受信して、もう一度心電図に通して天皇の心臓の状態を解析することは不可能か? と、彼はきわめて真面目な顔で尋ねたのだそうだ。
「理論的には可能ですけど、実際やるとなったら大変な作業になりますからねぇ。結局ボツったみたいですね、その企画は」
人間は考える葦である。とはいえ、天皇の心電図傍受とは、スゲーこと考えんなあ。
この後、受信システムを搭載した三才ブックスの車で、「都内盗聴器探し」のドライブにわれわれは出かけたのだった。
受信システム搭載というので「緊《*》急指令10《テン》−4《フオー》・10《テン》−10《テン》」みたいな車を想像していたら、ただのワゴンであった。
ちょっとガッカリしつつ乗り込む。八丁堀の三才ブックスを出発して、首都高速に乗る。
「盗聴電波は微弱なんで、高いところや広い交差点みたいな、見張らしのいい場所じゃないとキャッチしにくいんですよ」
ステレオのアンプのような形をした広帯域受信機と、ハンディ・タイプの受信機を両方使い、盗聴電波を探す。
広帯域受信機を操作しながら、編集長が盗聴電波探しのノウハウを教えてくれる。
「盗聴電波は大体周波数がきまっていますからね、398・605MHzと、399・455MHzというのが二大周波数です。だからそのあたりをスキャンさせておいて、飛び込んでくるのを待つわけですね」
まるで釣りだ。
「そう、面白さとしては、とても釣りに似ていますね」
天気は快晴、絶好の「電波釣り日和」である。
木場を通ると、さっそく「当たり」があった。
広帯域受信機の周波数を教えるデジタルがピタリと399・455で止まる。
ザーというノイズが入る。
「ちょっと遠いかな」と羽根田さん。
木場の盗聴電波はすぐに消えた。しばらく行くと、若い女性の声がスピーカーから聞こえた。それを聞いた編集長が、
「ディズニーランドのオペレイションが飛び込んできましたね。傍受マニアの間では彼女たちは有名人なんですよ。『誰々さんのオペレイトは淀みがなくてよい』なんて読者からの手紙が来ますよ」
あまりにマニアックな世界だ。
亀戸で再び盗聴電波受信。
両国国技館そばでも受信。
いずれもノイズのみで、話し声や物音までは聞こえなかったが、わずか数十分で早くも三件発見である。これは多いというべきか、少ないというべきなのか。わからん。
「飯田橋のあたりがけっこう多いんですよ」
と、編集長。
「あの辺、出版社も多いですからね」
講談社から出ていたら出来過ぎである。
「以前、竹橋にある銀行の会議室から出てたことがありますよ。あと箱崎にあるマンションの三階から出てましてね。これはマニアには有名で、母子家庭のお宅なんですよ。子供がファミコンやってる音まで聞こえたそうです。そしたらマニアの人がその家に行っちゃいましてね、盗聴器を取りはずしてしまったそうです。そりゃやり過ぎですよね」
盗聴電波探しにはマニア暗黙のルールがあるのだそうだ。もし盗聴器を仕掛けられた会社や家庭を探し当てても、そのことを当人に教えてはならない。なぜなら、盗聴器の存在を知ったことが原因で崩壊する会社や家庭もあるからだ。実際に、親が子にプレゼントした電話機の中に仕掛けられていたことさえあるのだ。「誰が、なぜ仕掛けたか」……そこまで首をつっ込む必要はないはずだ。
それに、
「お前が仕掛けたんだろ! って言われたら反論のしようがないですからねぇ」
秋晴れの中を盗聴電波傍受号は走る。
江戸川橋交差点周辺で、かなり強い電波が入る。周波数399・455MHz。はっきりではないが、コソコソとしゃべる声が聞こえる。
「ちょっとおりてみますか」
羽根田さんがハンドルを切り、首都高をおりて文京区関口の交差点ヘ向かう。近くで車を停め、羽根田さんはハンディ・タイプの受信機に六十センチはあろうかというどでかい強力なアンテナを取りつけ、電波発信場所を探し始めた。
二十年前の特撮ヒーロー物で毒《*》蝮三太夫が使っていたような不可思議な機械をブンブンと振り回し、あっちへ行ったりこっちへ行ったり走りまわる羽根田さんの怪しさといったらない。悪《*》の正太郎少年といったところか(羽根田さんゴメン)。
「怪しまれませんか、羽根田さん」
「ええ、でも取材ですと言えば大丈夫です。警察の人も『ラジオライフ』と言えば、『ああ』とわかってくれますね」
「ただヤーさんだけはおっかないので、スイマセンと言って逃げちゃいますけどね」と、編集長の弁。
電波発信場所の確定は難しいようだった。
交差点を通る車のクラクションが電波に乗って入ることから、すぐ近いことは間違いない。付近にはマンションが数軒と銀行、それに交番がある。この日は休日で銀行は閉まっている。人の声が少ししか聞こえないあたり、逆に休日の銀行内からの電波ということも考えられる。仮にそうだとしたら、一体いかなる理由でどんな人物が仕掛けたのだろうか? あるいは、電波は交番から発信されているということも……。
発信場所探しをあきらめ、再び首都高にのる。
すぐに、やはり江戸川橋付近で受信。
これもかなり強い。
「あれ、強いなあ、これ強いよ」
と、驚く編集長。機会をつくって今度調べてみようということになる。
文京区音羽町で受信。398・605MHz。かなり強い。
ここと、さっきの江戸川橋は、マニアの間では有名なスポットであるらしい。仕掛けた人物も、まさかたくさんの人間が便乗盗聴しているとは夢にも思っていないのだろう。
ノイズに混じって、電話のベルが聞こえた。
「あっ、電話だ電話だ。おりて、早く早く」
あわてる羽根田さん。
車を停め、再び例の機械を振り回し、ボクと羽根田さんは音羽町を歩きまわった。なるほど、こんなこと言っちゃいかんかもしれんが、この釣りは面白い。
結局、またしても発信場所はつき止められなかった。釣りにたとえるなら、今日は当たりばかりで肝心の魚が釣れない日といったところだろうか。
環七板橋区本町交差点周辺で受信。微弱。
北区神谷町付近で受信。399・455MHz。どんどん入る。
環七要山町で399・455MHzと398・605MHzの二種類の電波を受信。
一瞬だが電話の呼び出し音も入った。
時間の関係で、この日の取材はここまでとなった。二時間あまりで九つもの盗聴電波を受信したことになる。
そんなにあるものなのか、盗聴器っつーものは。
そんなに盗聴している輩がいるとゆーのか?
なんなんだこの社会は。
責任者出てこーい!
……である。
どうも、誰の家に盗聴器が仕掛けられてあっても不思議ではない時代のようだ。
盗聴器を発見してくれる業者も存在している。つい先日放送された盗聴についてのテレビ番組の中で、自称日本でただ一人の盗聴器発見屋という人が登場したらしいが(ボクは未見)、ただ一人というのは正確ではない。業者は何人かいるとボクは聞いている。実は、盗聴器発見は、素人でも努力すればできるものであるらしい。わざわざ業者を頼むまでもないのだ。そこで業者の中には素人とプロの違いを見せるため、巨大なパラボラアンテナみたいなものまで持ってきて、ハッタリをかます会社もあるという。
いーなぁ、なんかうさん臭くて。
盗聴電波釣りを体験したボクは、傍受、盗聴というあまりにも不可思議な世界に圧倒され、会う人ごとに体験を語って聞かせた。あるタレントの女の子は、まるで信じようとはしなかった。
「うそ、うそでしょ。そんなことあるわけないわよ」
そこで、友人から借りた受信機のスイッチを押し、彼女に渡した。
見る見るうちに、彼女の顔が青ざめていった。
「何これ、ちょっとやだ」
「まさか君、コードレスホンを使っているんじゃないだろうねぇ」
「……うち、コードレス」
「やばいよそれ」
「……」
「すぐ有線に換えた方がいいって」
「……」
「ん?」
「……それだけじゃないんですよ」
「えっ?」
「うちのコードレスね」
「うん」
「ファンがプレゼントしてくれたものなの」
コードレスの上に盗聴器付き、最悪の事態を想像したのか、彼女の顔は泣き出さんばかりである。
「あとね」
「え、まだあるの?」
「うちの近所で、この間ヘンな人がいたんですよ」
「ヘンな人って?」
「トランシーバーみたいなものにでっかいアンテナ立てて、イヤホンを耳につけて、空に向かってブンブン振り回しながら、うちの近所を歩きまわっていたんですよ」
「あー、マニア。便乗盗聴」
彼女の顔は土気色に変色していった。 PR−901
コンパクト・サイズの初心者向け専用受信機。現在はその改良型としてPR−902が普及。このタイプの受信機としては、ほかにRH−600(セルスター工業)、RT−4l9DX(マルハマ)がある。
盗聴防止機能
具体的には、〓親機と子機を結ぶ周波数を三十秒ごとに変更、〓送信出力を落として電波の到達距離を短くする、〓音声周波数を暗号化する、のいずれかの方法によるが、どれも一〇〇パーセント盗聴を防ぐまでにはいたっていない。
RIBBON
永作博美、佐藤愛子、松野有里巳の三人組少女アイドル・グループ。一九八九年デビュー。アイドル・オタクの間では、カルト的存在だった。九四年に解散。
COCO
三浦理恵子、羽田惠理香、宮前真樹、大野幹代、瀬能あづさ(九二年に脱退)の少女五人組のアイドル・グループ。RIBBONと同時期にデビュー。こちらも九四年九月に解散。三浦理恵子は97年ロック歌手ダイヤモンド・ユカイと結婚。
パードル
予備軍を合わせると数十名に及ぶ少女パフォーマンス・グループ「東京パフォーマンスドール」の略称。穴井夕子、市井ゆり(現・由理)、篠原涼子が参加していた。
事件屋
週刊誌などに、スクープ記事やトップ記事、あるいは告発・スキャンダル等の特殊記事を売ってそれを生業としているフリーのライター。トップ屋とも言う。
緊急指令10−4・10−10
大昔の子供向け特撮科学ドラマ。フルチューンしたスーパーカーで事件現場に向かう。
毒蝮三太夫
コメディアン。『ウルトラマン』(一九六六〜六七年放映)で、パリに本部を持つ国際科学警察の日本支部である科学特捜隊のアラシ隊員役として出演。スパイダーショットの名手という役柄だった。
悪の正太郎少年
若松市政が新日本プロレスで悪役マネジャーとして暴れていたころ、アンドレ・ザ・ジャイアントに指令を下す彼を評して、古舘伊知郎が、「まるで『悪の正太郎少年』といったところです!」と叫んだもの。余談でした。
そういえばこの辺に、いつも立ってたよなぁ
〈街の占い師体験〉
「ずっこける」という言葉も今では死語になってしまったようだ。
しかし、ボクはよくずっこける。それはたとえばこんな時だ。
話のセンスも人並み以上、知識も豊富、「こいつわかってるよな」という相手と会話していたとする。話が合う、グイグイと盛り上がっていく、粋なジョークに二人はドカンと大爆笑、いいぞいいぞ盛り上がってるぞー。
と、そいつがふと言った。
「大槻ィ、お前B型だろ〓」
「へ?」
「お前、絶対B型、な、そうだろ」
「……そうだけど」
「んナ、そーなんだよ。B型って気ィ小さいくせに言うこと大きいんだよなー。オレ、ABなんだけどさ、やっぱりBとは相性が……」
……ずっこけである。
と言ってもピンとこない人もいるかもしれない。
「どうして血液型占いの話をしたらずっこけなんだよ?」
すかさずつっ込む者もあるかもしれない。
ずっこけなのだ。
血液型に限らず、およそ占いなんてものは、星座だとか、名前だとか、どうでもいいことで人間を差別化して、束の間の優越感を満たしてやるためにあるお遊びだとボクは思っている。
たとえば前世占い。あんないい加減なものがあるか。何が三百年前のお姫様の生まれかわりだ。何がエジプトの王子の転生だ。この世でモンモンと暮らしている奴らに、せめて「今はダメ人間だけど昔あんたはえらかった!」と言って優越感与えてるだけじゃねえか。
もし前世を見るということが可能だったとして、相談者の前世がフジツボだったらどうするんだ占い師。前世占いというのはその昔、自分の努力や才能をもってしても、どうしても今よりいい暮らしが望めない、劣悪な環境に置かれていた人々の苦しみをやわらげるためにあった「癒し」の高等テクニックだったのだ。何の不自由もない平成日本で他者との差別化による優越感を客に植えつけて何の意味があるのか。信じる方もアホや。
顧みて血液型占い。んなもんあるか。もし血液型で人間が区別できたら、世の中A、B、AB、Oの四種類しか性格ないんかい〓 人類四つに分けられるんかい? できるんやったらしてもらおうやんけ。もししてくれるんやったらな、人類四つに分かれてフ《*》ォーリーブスの『ブルドッグ』唄ったるわい。
「〓ニッチもサッチもどーにもブルドッグ、ハ〜!」
てなぁ(北公次が何型かちょっと気になるが)。
というようなことを思ってしまうので、ボクはいい大人が占いについて真面目に語りだすとずっこけてしまうわけだ。
だが、合理的でないからといって占いをこの世から根絶してしまえ! などと思っているわけではない。
占いなんか一二〇パーセント信じられないものだとわかっているけれど、「芸」としての占いには興味がある。どんな相談者も納得させる卓越した話芸。そしてそれ以上の人間的魅力を占い師が持っているからこそ、大槻義彦教授がいくらがんばってみても、占いを信じるおマヌケ大人が一向に減らないのではないか。
占い師のテクニック、この目で一度見てみたいと思う。
というわけで早速、夜の街へ出て占い師を探すことにした。
いつも歩く駅前の道でよく見かけたような気がするのだが、どこにいたかハッキリと思い出せない。「――占い師ってそういうもんだよなあ」と一人ウンウンとうなずく。
昔、諸《*》星大二郎のマンガに『不《*》安の立像』という短編があった。いつも通る踏切の横に、何か得体の知れない影が立っていて、みんなその存在には気が付いているのだけれど、ではどんな奴だったかと問われると、誰も答えることができないというシュールな恐怖マンガだった。街角にたたずむ占い師には、あの不思議さを感じる……なーんて、血液型占いを盲信する奴よりオレの方がよっぽど占い師を神秘化して考えとるかもしれんなー。
ホテホテと夜の中をさまよっていると……。
いた。
おでん屋の屋台の横に……テーブルを置き、ぽつねんという感じで座っている。
テーブルの上には、手相や顔相の図面が記された行灯が置かれている。
四十代前半といった感じの、化粧っ気のない女性である。ダウンジャケットを着込み肩をすぼめる姿は、占い師というより近所のオバチャンといったふう。
オバチャンと目が合った。すかさずクイクイと手招きされた。引きつけられるようにオバチャンの面前に立つ。
「よろしくお願いします」
オバチャンはチロリとボクを見た。ボクのことを知っているのだろうか? 表情からはわからない。
「名前と生年月日を教えてね」
「大槻ケンヂ、四十一年二月六日です」
特に反応はない。知らんのだろうか。
「高木っ!」と言ったら「ブー!」と返してくれるのではなかろうかと思い試みようとしたが、さすがに思いとどまった(「完《*》!」と返されたりしてな)。
「手を見せて」
言われるまま手を見せた。と、
「あーよくないわーこりゃ、よくない!」
早い、早すぎるぞオバチャン! 哀れ大槻はゼロ・コンマ二秒のスピードでダメ手相と言い切られてしまった。もうちょっとじっくり見てくれよオバチャン。
「だめスかね」
「あーダメね、ダメよ……でも悪くはないね」
どっちやねん。
「あなた、そうねえ、歌とか芝居とかは向いてるわね、そういう仕事やってるでしょ」
と言ってオバチャンはチロリとボクの顔を見た。
「ハイ、当たってます」
女子高生なんかだと、もうこの一撃で信じ切ってしまうのだろう。しかし、ボクの場合、本当は彼女はボクの名を知っているということも考えられるし、第一ボクは長髪だ。その手の仕事と考えた方が妥当というものだろう。ところがこの後の言葉には驚いた。
「何にでもすぐ手を出して中途半端になる。何かに依存したいけど依存するものが見つからない。孤独を好み集団の中で孤立する。そうだね」
ズバリ当たっている。
フムフム。ただの当てずっぽうにしては正確すぎる。
もしタレントとしてのボクを知っていても、コアなファンじゃあるまいしここまでは知らないはずだ。かつて寺山修司は、手相を幸福なものにしようとクギで手のひらを切り刻む男の句を詠んだことがあるが、やはり手相というものは、人の性格までをも記す運命のラインなのだろうか?
いやそうじゃないだろう。たぶん彼女は、ボクのたたずまいを見ただけで、ボクの性格を読み取ってしまったのだ。といっても超能力じゃない。職業柄培われた「人を見る目」の成せる業なのだろう。一つの芸である。
たいしたもんだ。
「女性関係もよくないわね。三角関係、いやそれ以上、別れ際もズルイわね」
……ほめなきゃよかった。
「結婚は二年後ね」
「二年後スか、楽しみだなぁ」
「ズルズルくされ縁か、でなくても親が反対の中での結婚よ」
……いいとこなしである。ズルズル。
占いなんて当たるか、と豪語していても、やっぱりここまで言われちゃうとションボリしてしまう。……と、オバチャンは唐突にこんなことを言った。
「霊が悪いのね」
「……へ?」
「悪い霊がついてるからねぇ。厄ばらいしたら直るんだけどねぇ」
……何やら雲行きが怪しくなってきたようだ。
「厄ばらいですか。え、誰がやんの?」
「私がよ」
一瞬、駅前で護摩をたかれ、エクソシズムをほどこされる自分の姿(しかもおでん屋さんの横でだ!)が目に浮かんだ。
「こ、ここで、悪霊退散! エコエコアザラクエコエコザメラクとか呪文唱えるんスか?」
「そんなことしないわよ、今ここで名前と住所をうかがっておいて、お祓い料をいただければ、後で私がやっておきますから」
……そ、それ、何?
「そ、それやっていただいたって証明はあるんですか」
「そんなものはないですよ」
……何、それ?
「何だったら〇〇にある本部の方へ来ていただいて直接除霊というのはどうですか?」
オイオイ、ドンドンとスゴイ話になっていく(ネタとしてはおいしいので、ちょっとうれしい)。
「あなたいつひま? 〇〇まで来れる? ダメなら今、名前と住所を……」
これは言いなりになってたらぼったくられる。ボクはこの場をとりつくろうと「明日また来ますよ、ハハ」と力なく笑った。するとオバチャンは小声で言った。
「それは困るのよ。明日ここで占ってる人は、私とは違うグループの占い師なのよ」
ほー、と、帰り道、ボクは一人感心していた。
物事って体験してみないと本当わっかんないもんだよなー。もちろん、街角の占い師さんがみんな同様の方法で商売なさっていることはないと思うが、なーるほどねー、占いってのは怪しげなお祓いのかくれみのだったわけね。実際厄ばらい料払っちゃう人もいるんだろうなあ、酔っぱらいとか。
オバチャンの話術も興味深い。いきなり「ダメ」と断言しておいて、相手にショックを与え、話に引きずり込む。これと同様のテクニックは催眠術にもある。目の前で高価な品をいきなり割って、相手がハッとした心の空白状態をついて催眠をかけてしまうのだ。
……いやー見事。皮肉でもなんでもなくウマイよなあと思う。ライブのMCに応用できぬものか。
それにしても「グループ」って何だ?
占い業界にも派閥みたいなものがあるのだろうか。だとしたら他のグループの芸も見てみたい。翌日、ボクは渋谷ヘ向かった。
何人もの占い師が常時いるという、占い専門店のようなところに行ってみた。
ブラックライトの灯る占い室では、横一列にテーブルが並んでいた。何人もの相談者が同時に占ってもらうという、何やら予備校の進学相談室みたいなシステムになっているのだ。
ボクを占ってくれたのは、七十歳は超えてるんじゃないかと思われるおじいさん。
彼はボクの姓名を聞くなり言った。
「いやーいい! あなたは最高の運を持っていらっしゃる!」
例によって早い早い。もしきのうのオバチャンと荒野の早占い決闘をやったらコンマ一秒差でおじいちゃんの勝ちだろう。
でも、きのうと正反対なんスけど……。
「いい! たいした運勢を持っているねーあなたは」
うってかわって今日のボクはベタボメである。
「いいっスかね」
「ウン、最高。言うなれば」
「言うなれば〓」
「あんたは清《*》水の次郎長だ!」
な、なぜ次郎長?
喰いねぇ、喰いねぇ寿司喰いねぇ! ってそりゃ森の石松か。うまいお茶だねーってそりゃ永谷園か。いやはやナントモ、いきなり大槻は街道一の名親分にされてしまいました。静岡生まれのちびまる子ちゃんもびっくり。
して、その根拠は?
「〓“槻〓”の字、これは侠気を表しておる」
「はあ、侠気ですか」
ボクの性格を知っている友人たちは、これ読んだらひっくり返って笑うと思うゾ。侠気? あるかなあオレ。ないよなあ。
「非常にいい名を持っていますねー」
これだけほめられるとさすがにうれしい。ニコニコしてしまう。と、おじいちゃんが言った。
「しかしなあ」
「しかし?」
「バランスが悪い。一文字一文字はとてもいい画数なのだがね、総合するとどうもこれがよくないんですよ」
「ど、どうすれば……」
もしやと思いつつボクは聞いた。
「何か……よくする方法とか……」
「ありますよ」
出るかな? と予感しつつ尋ねた。
「それはどうすれば」
ニッコリと微笑みながら彼は言った。
「印鑑と水晶球をお買いになると、運が開けますよ」
で、出た――っ!
「はーそうっスか。印鑑と水晶球ねぇ。で、それはどうしたら〓」
「こちらで扱っておりますよ」
「はー、はーそうっスか。でも高いんじゃ」
「いえいえ、今は、ローンもありますからね。月々一万円とかせいぜいそんなものですよ。どうですか? お買い入れされてみたら」
ウーム。そーかそーかそーゆー商売だったわけねと内心思いつつ、ボクは平静を装って、次の質問をぶつけてみた。
「いや、どーすかねー。でもこのお店、十代の子もたくさん来てますけど、そういう子はどうするんですか? 運を開きたくても、さすがにローンを組むわけにもいかないでしょ? かわいそうじゃないですか」
チクンと痛いところをついたつもりだったが、おじいちゃんは微塵も動ずることはなかった。キッパリと答えてくれた。
「子供さんはね、まだ自分の運は持っていないのですよ。自分の運を持つようになるのはね、大人になってからなんです」
なるほど、言い換えれば開運は支払い能力を持ってから、というわけか。
そういえば、隣席で占ってもらっている女子高生は、印鑑や水晶球のことなどこれっぽっちも言われていないようだ。聞き耳を立てているとさっきから説教ばかりされている。女子高生は支払い能力ないからな。
その後もさまざまなことを占ってもらった。印鑑と水晶球の売り込みはどうかと思うけれど、彼の態度は本当に親切で、はたして今まで、これほどまで親身にアドバイスしてくれた人がいるだろうかと思い、ちょっと感動してしまった。それが彼の「テクニック」であり「芸風」といってしまえばもともこもないが、素直にうれしかった。
占いの途中で、彼がボクの職業を尋ねた。
「いろいろやってます」
と答えると、どういう風に聞きまちがえたものか、彼は、
「ああ、うどん屋ね、ピッタリだ」
と言って楽しそうに笑った。
一瞬、印鑑買っちゃおうかな、と思わせるほどおじいちゃんの笑顔はかわいかった。
街道一の大親分にしてうどん屋という、何だかさいとうたかをの時代物に出てきそうな人物にされてしまったボクであるが、もう一人、占ってもらうことにした。
都内にある、やたらとメルヘンチックな内装のお店を訪ねた。
水《*》森亜土もびっくり、と言うべきか、狭い室内に置かれたすべてのものが少女趣味で統一されているのだ。
占い師の女性がまた、亜土ちゃんな姿なのであった。
レースの手袋をした彼女は、プラスティックのひまわりがついたボールペンの先をクルクルと回しながら、「大槻さん、あなたずっと心に引きずってる女の人がいますねぇ」と言った。
「ええ、五、六人」とボケようと思ったが怒られそうなのでやめた。
「その人の名前、紙に書いてみてください」
「え、フルネームですか」
「そうフルネームで」
弱ったぜ、いったいどの女にすればいいんだベイベー……などと一人でハードボイルドしながら名を書く。もう何年も前に別れた女の子である。なぜかこういう時って青春時代につき合ってた子の名を書いちゃうんだよね、男って。
「うん、なるほどA子さんね、いつ別れたの」
「……えっ! いや、もう何年も前っスけど」
ポエームなお部屋でこんなこと聞かれると、 ものすごく恥ずかしい。
「好きだけど、別れたのね」
「えっ! いや、まー、はー」
「どんな風に〓」
「えっ! どんなって、いや、あの……」
「最後に会ったのはどこ?」
「ええっと、水道橋でしたか」
そうだ、A子と最後に会ったのは水道橋だった。プロレスを二人で見に行った帰りだったのだ。プロレス観戦直後というまぬけなシチュエーションが、逆にさびしさをつのらせたんだよなあ。ああ覚えてる、あの時彼女の着ていた服まで覚えてる。二人は言葉もなく、水道橋から飯田橋まで歩いたんだよなあ。あの時は二人ともまさか別れるなんて思わなくて……またいつものケンカさと思ってたんだ……それなのに……どうしてだろうなあ……オレたちどうして別れちまったんだろ……A子……オレたち若すぎたんだなあ……若すぎたんだよ……オレたち……………ハッ!
いかん、しみじみしてしまった。
「あなたの方が、彼女のことを好きだったようね」
それは違うぜメルヘン姉さん! ホレてたのはA子の方さ。本当だぜ。オレは彼女の愛が重荷になっちまったのさ。あの頃、オレはようやくメジャーになりかけていたんだ。彼女は変わっていくオレが不安だったんだろう。オレはバカだ。彼女の心配なんてわかりもしなかった。いやわかろうともしなかった。二人は直線と放物線のようにスレ違いだしたんだ……A子……若かったんだよオレたち……あまりにも……あまりにも……あまりにもオレたちは………。
「あのう……」
ハッ!
「どうしました」
「あ、いえ、つい思い出してしまって」
「あなたはねぇ、結婚は二年後です」
「二年後」
駅前のオバチャンもメルヘン姉さんも、そして実は印鑑売りのおじいちゃんも、ボクの結婚を二年先と予測した。こればかりは当たりそうだ?
いや、意地悪に考えれば、二年後、ボクは二十九となる。男の結婚としては、「いかにも」な歳ということになる。それを思うと、二年後という言葉は、ただいちばん確率が高そうなことを言ったにすぎないのではないだろうか。
……って意地悪過ぎか? オレ。
この後、面白いことになった。
「A子さんはこういう人ですね」というメルヘン姉さんの言葉に、「そりゃ違うなあ」と思いつつ、勢いでボクは「はい」と答えてしまったのだ。すると彼女は次々と「彼女はこういう人ですね、こうですね」とダメ押しを入れてくる。ボクは彼女の勢いに押されて「はい、ああそうかもしんない、ああ、確かそうでした」と答えた。三分も経たないうちにA子のキャラクターは、メルヘン姉さんによって、まったく異なる未知の女性へと変化していった。
そして彼女は言った。
「あなたが二年後に結婚する相手、もしかしたらA子さんということも考えられます」
面白いなーとボクは思うのだ。
A子の名を持つ、占い師の想像上の人物が、まだ見ぬボクの花嫁候補ということになってしまったのだ。絶対に現実化するはずのない架空の未来が、小さなメルヘンの部屋の中で創造されたのだ。
「実際に起こらないことも歴史のひとつなのである」
なーんて古い言葉を、ふとボクは思い出してしまった。
――彼女は何も売り込もうとはしなかった。「グループが違う」のか?
さて、わずか三人であるが占いを体験してみた。
まとめると、清水次郎長的性格の大槻ケンヂは二年後に架空の人物A子さんと結婚するかもしれない。ウム、妄想みたいだ。
それにしても希薄な人間関係しか得られない現代社会の中で、仕事とはいえ、これほど親身に相談に乗ってくれる人たちって、彼らと宗教の勧誘の人しかいないんじゃないだろうか。みなさん「芸」もスゴイ。「お祓い料」や水晶も、「ええ芸見せてもらいました」ってなつもりなら、そんなに高いもんでもないのかもしれない。
最後に占いのお値段の方だが、オバチャン三千円、おじいちゃん五千円(これは恋愛問題+性格分析の二件計算)、メルヘン姉さん四千円であった。
残念ながらどこも領収書は切ってもらえませんでした。
この取材、自費だ。(泣) フォーリーブス
一九六八年九月『オリビアの調べ』でデビュー。メンバーは、おりも政夫、北公次、江木俊夫、青山孝の四人。昭和四十年代に人気アイドル・グループとして一世を風靡した。〓にっちもさっちもどうにもブルドッグ〓のフレーズが有名なシングル『ブルドッグ』は七七年六月に発売され、六万七千枚のセールスを記録。
諸星大二郎
一九四九年生まれ。伝奇や説話をもとに独自のSF的手法で作品を描く人気漫画家。代表作に『西遊記妖猿伝』『孔子暗黒伝』がある。
『不安の立像』
ジャンプスーパーコミックス諸星大二郎傑作短編集『アダムの肋骨』(集英社)に収録。
完
ご年輩の読者のために一応説明を。高木完さんという有名DJがいるのです。
清水の次郎長
(一八二〇〜一八九三年)江戸後期・維新期の侠客。本名は山本長五郎で次郎長は通称。二十一歳の時、博徒の世界に入り、以後、森の石松ほか多数の子分を従え〓“東海一の大親分〓”に。明治元年に道中探索方を命じられ、明治政府の施策にも貢献した。講談や浪曲の題材としても数多く登場。
水森亜土
歌える少女漫画家として、昭和四十年代に登場。年のわりにはロリコン顔で、しかも舌たらずという不思議なキャラクターがうけ、タレントとしても活躍。年齢不詳。
あの人に近づくための方法
〈貴女の人間革命・おっかけへの提言〉
貴女《 あ な た》があの人に近づくための方法をボクは知っています。
「あの人」とは、アイドル、ミュージシャン、スポーツ選手、お笑い、DJ等々……いわゆる人気商売に従事する男のことです。彼と貴女が「あの人」とファンという他人と同位の希薄な関係からステップアップし、一人の男と女としてグッと親密に近づくための、効果的な方法が存在します。
ボクが知っています。
長いこと、バンドやテレビやラジオ、執筆その他、いわゆる人気商売をやっているうちに、すっかりわかってしまったのです。
今回は貴女だけに、その秘術をレクチャーしましょう。信じようと信じまいと構いません。まあ一つ、聞いてください。
その前に、「あの人」と女性ファンとが個人対個人として近づくなどということが、現実にあるのだろうかという根本的な疑問についてですが、ご安心を。現実にあります。「でも手の届かない雲上人だからこそ『あの人』であるわけで、そんなオイシー話、本当にあるのかしら?」と、それでも貴女は疑うでしょう。
しかし、答えはハッキリと「YES」なのです。
現実にあるのです。
なぜなら「あの人」たちだって、機会さえあれば貴女のような魅力的なファンと、近づきたいと思っているものだからです。
「あの人」たちも男です。本能とでも言いましょうか、彼らはもう遺伝子のレベルで、「できればたくさんの女性と巡り合いたい」と考えるようにプログラムされている生物なのですね。自分を愛してくれる女性がいるのならオレは仲良くなりてえぜ、と思うのが、男という生き物なのです。
ここでひとつ、「あの人」とファンとが仲良くなった実例を紹介しましょうか。
誰でも知っている二枚目タレントの××さんがツアーで地方に来た時のことです。日頃から××さんには世話になっているイ《*》ベンターの△△氏が、コンサートの数日前、若い女の子がよく集うお店に行ってそれとなく××さんの話をします。
「オレ、××さんのコンサート仕切ってるんだよね」
女の子の大半は「何言ってんだこのタコ」と相手にもしませんが、△△氏は気にせず、嫌味な業界人を演じ続けます。するとそのうち、数人の女の子が△△氏の話に興味を持ち、話しかけてくるといいます。
「私、××さんの大ファンなのう」
△△氏はニヤリと笑い、女の子たちにいくつかの質問を投げかけます。彼女たちの口が堅いかどうかを見極めるための質問です。
「この娘なら大丈夫そうだ」
と判断した△△氏は、彼女らに、コンサート当日関係者受付の方に行って、△△の名前を出すように、こっそりと教えます。
当日、コンサート後の楽屋に現れた△△氏の背後には、「夢みたい」という目をした女の子が何人も並んでいるわけですね。××も心得たもので、彼女たちをチラリと見ただけで、△△氏に「あ」とかなんとか言うそうです。一体どういう意味の「あ」なんでしょうか? 実はこれ、コンサート後の打《*》ち上げに、彼女たちを連れていっていいかどうかを伝える「あ」なのです。「じゃ、打ち上げ、中通りの『一本松』で」とニコニコ笑った△△氏は、女の子たちをふり返り、小声で「『一本松』知ってるだろ。十時に。××さんらとは別テーブルに座ってろよ」と指示します。どうやら今夜の「あ」はOKの意だったようですね。
この後、××さんと△△さんにおける「あ」は、三回くり返されました。まず飲み屋で同じテーブルにつかせていいものかどうかを△△氏に伝える「あ」、続いてそのうちの一人、××さんが特に気に入ったと思われる女の子を二次会に連れていくかどうかの「あ」。そして、その後××さんが泊まるホテルの部屋での三次会。女の子と××さんをツーショットにするきっかけを作らせるための「あ」。
△△さんの根回しによって選ばれた女の子は、××さんがその土地に来るたびに待ち合わせをする仲になったそうです。めでたしめでたし。(?)
……とこれは随分エグイ、聞き心地のよくない例でしたが、「あの人」とファンが仲良くなることは、現実にあるのだという証明としてあえてご紹介しました。
さて――。
このように「あの人」と親密になることのできるファンが他にありながら、ではなぜ、「あの人」は貴女にはアプローチしてこないのでしょうか。
「あの人」のテレビやラジオは欠かさずチェックし、サイン会にも足しげく通って、誕生日にはお花も贈っています。想いをしたためた手紙だって何通も出しました。
それより何より、「あの人」を誰よりも愛している貴女なのに、なぜアプローチがないのでしょうか? なぜなのでしょう?
その理由は簡単です。
「あの人」は、顔の見えない貴女が怖いのです。
貴女の素性がハッキリとわからないので、コワくてアプローチしかねているのです。
貴女はファンだから、「あの人」のことは、それこそ靴のサイズから好きな宝石の種類まで知っているでしょう。ところが、そうなると、ファンの人はよく勘違いをしてしまうようです。
「私が知っているのだから、『あの人』も私のことを知っているにちがいない」
などと、程度の違いはあれ、思い込んでしまうことがあるようです。「名前も顔も覚えられている」「サイン会の時私と目があった」等。しかし、残念ながらそれは妄想です。貴女が思う一億分の一ぐらいしか、「あの人」は貴女のことを知らない。
「あの人」とて男、自分を愛してくれる魅力的な貴女と近づきたい。だけど貴女の素性がわからない。優しくてよい子ならいいがそうとは限らない。おしゃべりで、自分との間を他のファンに言いまくる困ったちゃんかもしれない。泣く、わめく、手首を切るのトラブルメーカーかもしれない。どうにも自分の好みに合わないルックスかもしれない。
とにかく貴女の素性がわからないから、オッカなくてアプローチできないのです。貴女だって、もし友達の友達が貴女のことを好きらしいと聞かされても、どんな人かわからなければ、とてもこちらから会う機会を作ろうとは思わないでしょう? 「誰それ?」と友達に聞くでしょう? まず素性を明らかにしてほしいと思うでしょう?
「あの人」だって同じなのですよ。
これで、「あの人」が貴女にアプローチしてこない理由がわかりましたね。
さあ、ではどうすればいいのでしょうか?
簡単です。実に単純なことです。
素性がわからぬことがネックになっているのなら、逆に貴女の素性を「あの人」にハッキリと伝えればよいのです。
どうすれば伝わるのかって?
手紙を送ればよいのです。
「もう手紙なんて何十通と出したわよ!」とすかさず貴女は反論するでしょう。でもそれは、伝えるべき内容が不十分だったからうまくいかなかっただけなのです。書き方がよくなかったのです。
決定版「あの人に近づくための手紙」……必要事項を、ボクがここにザッと並べてみましょう。
〓住所・氏名・年齢を明記
〓電話番号を明記。そして、確実に貴女が電話を取れる曜日、時間帯を明記。あればPB(ポケットベル)、PHS、携帯の番号も
〓写真同封
〓できる限りくわしく、貴女の人となりを書くべし(彼、夫の有無までハッキリと)
〓どれだけ「あの人」が好きかを書くより、どれだけ自分が安全な人間であるかを伝えるようにすべし
〓一行たりとも「あの人」を批判しないこと。とにかくおだてろ! また、「あの人」と同業の別男性をほめるのもジェラシーを買うのでよくない
〓貴女があの人と、どういう間柄になりたいのかを、ハッキリと伝えるべし
〓封筒、便箋、切手などに凝るべし。本の装丁と一緒で、きれいな手紙づくりは好印象を持たせるための秘訣。鉛筆、ボールペンは真面目さが足りないので不可。字の汚い人はワープロもありか
〓文章はできるだけ明るく。思いつめた暗い雰囲気は警戒心をまねく
〓しかし入社試験ではないのだから、履歴書のような手紙を送っても仕方ない。あくまでファンレターとして、さりげなく必要事項を記すべし
〓自分と仲良しになったら、「あの人」にどんなメリットがあるかを書くべし
〓催促はしない。あくまでアプローチされたらうれしいです、ぐらいのノリで。まちがっても「何月何日どこどこで待ってます」などと一人相撲をとらぬように
〓事務的な文章にならぬよう、手紙は月の夜に書こう。見直し十回の後はすぐ封印し、「ヒー、あたし、なんて恥ずかしいこと」と思わぬよう、翌朝の読み直しはせぬこと
〓「PS」は重要。最後の数行に想いのたけをぶちまけろ!
……以上。
特に〓、〓、〓、〓、〓は重要です。
〓から〓までは、まるでミスコンの応募要項みたいですね。でも必要なことなのです。〓は誰でもわかることとして、〓についてですが、確実に貴女が取るとわからない限り、「あの人」が電話をかけてくることはまずありえません。他の人が電話に出たら面倒臭いからです。ドキドキしながらかけたはいいが、
「ンマー! 〇〇さん〓 いつもテレビで見てますよー。娘があなたのファンで一日中もーうるさいのなんのオーホッホッホ。ンマー!」
などとお母様が出た日にゃあ、「あの人」も困ってしまいます。それならまだしも、お父様がでて「もしもし、何〓 〇〇? 君はテレビでよく見るあの男か。娘に何の用だ〓」などとするどくつっ込まれた日にゃあ、たとえこわもてで知られるパンクロッカーであろうとも、半ベソで「スイマセーン!」と、電話を切ってしまうこと必至です。
「うちは平気、パパもママも気にしない人だから」
なんて書かれても、貴女の家庭事情など「あの人」は知ったこっちゃないのです。「お姉ちゃんが出るから」「同居してる女友達が出るから」もダメ。「彼氏出るけど大丈夫だから」なんてのはもっての外(信じられないことに、こういう女性は実在するそうです)。「あの人」は怖がっているのですから。
また、PBは貴女にダイレクトに電話できるものの、「あの人」としては自分の電話番号を教えてしまうことになるので、あまり塩梅がよくありません。ただし、「あの人」が出先の店か何かでふと話し相手がほしくなって、PBで連絡してくるという可能性もないことはないので、自宅のダイヤルとともにPBナンバーも記しておくのがよいでしょう。PHS、携帯がベストと言えましょう。
続いて〓ですが、これは本当に重要です。
〓から〓までキッチリおさえてあっても、写真を同封していなかったらそれでアウトです。可能性はゼロ。いや、マイナス以下、永遠にアプローチはありません。断言します。
このことは理屈ではなく、そういうものだと割り切って、心に収めてください。
「私はもう、顔なら覚えてもらっている」という考えも、キッパリ捨て去るべきでしょう。
貴女の一人よがりであることがほとんどですし、また、たとえ顔は覚えていても、名前と一致していない場合が多いのです。
ハッキリ言って「あの人」の多くはバカなのです。ファンの顔や名前を覚える記憶力を持っている秀才なら、「あの人」のような職業についてはいません。
とにかく写真は入れましょう。ルックスは人と人とが関係を結ぶ(別にHをするという意味ではなく)ことにおいて、やはり捨てておけない重要な要素なのです。もっとハッキリ言いましょう。いくら「あの人」と仲良くなりたいと願っても、自分のルックスをあかそうとしないうちは、貴女の願いは空想の域を出ることはありません。夢にすぎないのです。手紙に写真を同封することは現実です。貴女が、夢を夢のままにしておきたいのなら、悪いことは言わない、写真を入れなければよい。
貴女が写真同封を恐れる理由は二つだと思います。一つは、「だってかわいくないんだもん」、二つ目は、「思い上がったあつかましい奴だと思われたくない」。
なるほどわかります。ところが実は、二つともそれほど気にするようなことではないのです。まず一つ目ですが、これは大丈夫です。この世の中に絶対の美などというものは存在しません。一億人が「この娘、かわいくないなあ」と言っても、たった一人が「いや、かわいいよこの娘」と言うことだってありえるのです。ちょっと極端ですが、この世にはデ《*》ブ専、フ《*》ケ専、ブス専などと呼ばれる、一般的には「ちょっとな〜」と言われるルックスを好む人々というのも存在しているぐらいなのですから、仮に貴女が、いまだかつて誰からも「美しい」と言われたことがなかったとしても、「あの人」だけは「美しい」と言ってくれるかもしれないではないですか。気にすることはないですよ。自信を持って。
そして、二つ目ですが、やはり気にすることはありません。「あの人」たちは自分の写真を入れてくる女の子を悪く思ったりはしません。むしろ、どんな人が自分を好いているのかがわかって、うれしいものなのです。「思い上がり」の問題も平気です。そりゃあ東京モード学園の卒業制作みたいなドレスを着て、籐の椅子に座っている写真を、
「どう? 私の美しさ、ほめてもよくてよ」
とかなんとかメッセージを添えて送ってきたなら、
「お前は昔の少女マンガに出てくる奴か〓」
とあきれられてしまうでしょうが、スナップ写真を送ってくるぐらいなら、「へー、こんな娘なんだ」てなものですよ。
それでも「自意識過剰に思われたくない」という貴女のために、どんな写真を送ったらよいのか教えましょう。もし「あの人」と一緒に写った写真があるのなら、それを送りましょう。あるいは「あの人」にちなんだ何かを持っている写真とか、「あの人」に紹介したい場所などで撮った貴女の写真を送ればよい。要は、写真を送る口実を作ればいいわけです。メインは別で、私はたまたま写ってるだけなんですよ、という建て前を作るわけです。
でもだからといって、貴女がかろうじて写っている心霊写真みたいなものを送っては意味がありません。証明写真はいくら明るい笑顔をしても暗く写るので不可。プリクラは心霊写真より表情がわからず、小さすぎるので「あの人」向けには不可と言えるでしょう。(ただしプリクラは、露光を飛ばしてどんなルックスの人でもそれなりに映るという利点があります。あの人を「だます」心構えがある人には重要なアイテムと言えましょう。)建て前はあっても、本当の主役は貴女なのだから、ハッキリと表情のわかる写真が基本。そしてこれも、暗い表情はよくありません。「チーズ」とつぶやけば、とりあえず口だけは笑っているようになりますよ。
「あの人」に笑いかけましょう。
「あつかましい」とは思われないので安心してください。「あの人」たちは写真も送らず、ただ「私の顔もう覚えてくれましたよね」などと書いてくるファンの方が、よっぽど「あつかましい」と思うものなのです。写真は大丈夫。自信を持って。
〓も大切ですよ。貴女が「あの人」とどういう関係になりたいのかをハッキリさせた方が、「あの人」としてもアプローチの計画を立てやすいでしょう。お話がしたい。一緒にお酒が飲みたい。友達になりたい。恋人になりたい。妹になりたい。結婚がしたい。愛人がいい。人生論をたたかわせてみたい。甘えてみたい。グチを聞いてあげたい……。貴女が「あの人」に何を望むのか、キチンと記しましょう。
中には、「Hがしたい」というセクシャルな夢を抱いている人もいるでしょう。人の想いとして、決して恥ずべき願いではありませんよね。けれど、「Hがしたい」と書いた場合、大好きな「あの人」に品性を疑われるおそれがあることを忘れてはいけません(単によろこぶ人もいるでしょうが)。セクシャルな願望は、なんとなく匂わす程度にとどめておくのが賢明といえるでしょう。
……〓から〓をおさえたら、さて手紙はどこに送ればいいのでしょうか?
「あの人」の所属事務所がベストです。レコード会社やテレビ、ラジオ局などは、本人まで届かないことが多いので避けましょう。「あの人」が作家の場合は、連載している雑誌の編集部がいいでしょう(ただし一年後ぐらいに渡されることも多いようですが)。スポーツ選手については、スミマセンが専門外なのでまるでわかりません。
直接渡すのもいいでしょう。
「あの人」のツアー先や巡業先のホテルで待って、渡すわけです。いわゆる「お《*》っかけ」ですね。
実はおっかける場合にも、有効な方法があるのです。教えましょう。
まず基本は単独で行動することです。つるむのはよくありません。
「あの人」はウワサが広まるのを恐れているわけですし、それに声をかけようにも、他の人が邪魔だからです。おっかけの多くは若い女の子です。もし「あの人」が目の前で他の子を選んだりしようものなら、ジェラシーの炎がゴーッと燃え上がることは言うまでもありません。
「キー! なんで△△ちゃんだけ声かけられるのよ。私は私は、私はどーなるの〓 おっかけ歴だって私の方が長いのよ、キー〓 キー〓 キー〓」
キ《*》イハンター千葉真一も真っ青のヒステリー大爆発、「あの人」にしてみれば「うるせータコ」と言いたいところでしょう。おっかけ同士の人間関係など「つきあってらんねーんだよイカ」というのが「あの人」の本音であると伝え聞きます。ですから単独行動の方が、わずらわしくない分、「あの人」に近づく可能性はグッと高くなるのです。
ただし、貴女の好きな「あの人」がグループの一員である場合は、他メンバーのファンとのみ複数での行動もOKのようです。お互い応援し合うのもよいでしょう。さて、あの手この手を使ってスタッフから「あの人」の宿泊先を聞き出したなら、迷わず同じホテルに部屋を取りましょう。
そしてフロントに行き、フロントマンにこう告げるのです。
「今日宿泊予定の〇〇さんにこのお手紙を渡していただきたいのですが」
もうわかりましたね。やはり重要なのは手紙なのです。内容は先程書いたものと同じでよし。
ロビーなどで直接渡すのも手ですが、その時にも写真は入れておくべきでしょう。なぜなら、人気者の「あの人」は何通もお手紙をもらうので、部屋に入ったころにはもうすでにゴッチャになっていて、どれが誰の手紙やらさっぱりわからなくなっていることが多いからです
時として、「あの人」が「あたり」をつけてくる場合もあります。電話はかかってきたものの、ハッキリと「会おう」と言ってくれず世間話を始めたとしたら、それは「あたり」を入れているのです。貴女が口の堅い娘かどうか、調べようとしているのです。その時に重要なのは、ゴシップ系のネタを一言も口にしないことです。
「私、誰にも言わない。口が堅いの」
といくら力説しようとも、
「おっかけ仲間の□□ちゃんも、サッカー選手の人と仲良くなったんだけどー、私そのこと誰にも言ってないもん」
などと口にしたなら、「あの人」はすかさず、
「オレに言うとるやんけー!」
と思ってしまいます。他人のゴシップを口にする娘は、すなわち自分のこともしゃべるにきまっていますから、これは嫌われます。
もし、さぐりでも「あの人」から電話があったなら、余計なことを言う必要はありません。言うべきことはただひとつ。
「うれしい!」
これです、「うれしい」。この言葉をとにかく連発するのが最上の方法です。
「うれしい!」
この言葉を連発するだけで、「あの人」の貴女に対する警戒心は氷解していくはずです。
「え、うれしい! 本当にうれしい!」
「あの人」の多くはバカで単純ですから、貴女の「うれしい」のひと言で、自分もうれしくなってしまうものなのです。「あの人」の警戒心は、みるみる「ファンに電話してやってるオレ」という単純明快な優越感に変化していきます。
「あの人」がいい気になったなら、もう後は、貴女の思うツボです。
豚もおだてりゃ木に登る方式で、とにかくヨイショすればいいだけのことです。
「あの人」たちの多くは、一般的な仕事をしている人々の、何百倍もの愛情を他者から注がれてきた副作用として、一種の自律神経の失調をきたしています。
ステージや試合に出れば、たくさんの人からキャーキャー言われるのに、街を歩けば好奇の目で見られ、見たこともない人から、まるで長年の友のように笑いかけられたかと思えば、心がペシャンコになってしまうような悪口を唐突に浴びせかけられたりします。
そういう、カ《*》フカも真っ青の不条理な日常を送っているうちに、ちょっと神経がおかしくなっているのです。
自分が人々に愛されているのかいないのか、注目されているのかいないのか、必要な人間なのか不必要な人間なのか――まるでわからなくなっているのです。
これは、アイデンティティの危機です。
だから一言、「電話をしてもらって、うれしい」……つまり「私には貴方が必要なの」と、貴女が言ってくれたなら、「あの人」は人間の尊厳を再確認することができるわけです。
さあ、これで立場は逆転……とは言わないまでも、貴女は少し優位に立つことができましたね。きっと「あの人」は、自分の気持ちを安心させてくれる貴女を誘ってくるでしょう。
「来週の月曜あいてないかな?」
あっ、しまった。あいにくその日は都合が悪いわ!
さあどうしましょう。ここで間をあけてはいけません。すかさず代案を提出しましょう。
「あ、火曜だとうれしいんですけど。すいません。ご都合、いかがですか?」
初めての電話で、ナレナレしい口をきくのは反感を買います。ご法度ですね。敬語を使いましょう。優越感をくすぐるのです。
「じゃ、火曜の九時にね」
「はい、必ず行きます」
「じゃあ」
「あの!」
「何?」
「本当に電話くれてありがとう。夢みたいです。……うれしい……」
「え、い、いや、ダハハハハハハ」
フフフ。やりましたね。ダメ押しの「うれしい」で、もう「あの人」の心はウキウキです。いかりや長介なみに鼻の下が伸びていることでしょう。
さあ、これから後のことは、ボクはわからない。凶と出るか吉と出るか、それは貴女次第です。
友達になるもよし、恋に落ちるもよし、相談役としてフォローしてあげるもよし。貴女の腕次第です。
ひとつだけ、地方に住んでいる貴女にアドバイスをしましょう。貴女が「あの人」と会えるのは、彼がツアーや巡業で来た時に限られるでしょう。その時に、「あの人」が「私に会いに来た」とは考えないことです。非情なことを言うようですが、そうではありませんよね? 「あの人」はあくまでも「仕事をしに」来たのです。あなたに会いにきたわけではありません。そこのところをしっかりと、心に留めておくことが、「あの人」と貴女の遠距離関係を末長く保つ秘訣だと、伝え聞きます。
以上、「あの人」に近づくための方法。ボクの話せる限り、書いたつもりです。
実際、「あの人」が、タレント・有名人として二流未満のスタンスにあるなら、この方法、かなりの成功率であろうといえます。
さすがに、トラック二台分のファンレターをもらう超売れっこだと、貴女の手紙は封も開けずにゴミ捨て場行きでしょうし、一流の「あの人」だと、もう落ち着いていますから、貴女のような女性を必要とはしていないでしょう。
しかし、二流未満の「あの人」にとっては、ファンレターは命綱です。必ず読んでいます。かなりの確率で落とせます。
それは無理だと言ったばかりでアレですが、たとえどれだけのステイタスを得た男にも、ふいに人恋しくなってしまう逢魔が時というのがあります。一流の俳優さんと無名のAVギャルが……などというゴシップは、たいがいこの魔の刻におこった出来事です。
大きな仕事が終わりホッと一息、しかし気がつけば、遊ぶところの何もない田舎町にポツン。人気者のオレなのに、売れっこのオレなのに、今はたった一人。さみしい……オレって一体……。
こういう状況に陥ると、「あの人」は本当にモロイものです。そして貴女にとってはグッドタイミングと言えるでしょう。
ともかく何度も言うように、一流二流に限らず、「あの人」の多くはバカなのですから、けっこうなんとかなるものです。バカなんだからさ。
な〜んて、信じた貴女は、けっこうバカかもしれない。 イベンター
コンサートなどの興行をプロデュースする人間、または会社。出演者の弁当から打ち上げ会場の手配までコンサートの一切合切を受け持つ。
打ち上げ
ツアー中のバンドマンの場合、必ずしも毎日〓“打ち上げ〓”をやるわけではない。ツアーの最終日や翌日が移動、またはオフの日に行なうことが多い。
デブ専
太っている人にしか関心がない人種。たとえば、体重八〇キロ、バスト・ウエスト・ヒップ一〇〇・一〇〇・一〇〇などというのが理想のサイズだったりする。もちろんデブ専のためのヌードグラビア誌やAVもある。
フケ専
見た目がフケているのではなく、実年齢が四十代以上にしか興味がない人種。興味のお相手はもちろん見た目も年相応にフケており、別段とってもステキなおじさまだったりおばさまだったりするわけではない。ゲイの場合、デブ専でフケ専という場合が多い。
おっかけ
肉体関係が目的でタレントや有名人にまとわりつく、いわゆる〓“グルーピー〓”とは違って、顔が見たい、できれば本人と話がしたいというくらいの理由で、主にツアー中のアーティストの後を日本全国追い回しているファンの総称。
キイハンター
一九六八〜七三年、毎週土曜日夜九時に放映されていたアクション刑事ドラマ。キイハンターとは国際警察特別室の特殊スタッフのこと。彼らが公安が手を出せない難事件の解決にあたるという設定で、キャップを丹波哲郎、天才的奇術師で四カ国語以上話せる野際陽子、元敏腕社会部記者の千葉真一、カースタント顔負けの運転テクニックをもつ谷隼人、記憶力バツグンの大川栄子がメンバーだった。
カフカ
(一八八三〜一九二四年)プラハのユダヤ人作家。ある朝目覚めると巨大な虫に変身し、しだいに家族にも疎まれ、死にいたる「変身」(一九一六年)はとくに有名。日常生活の微妙でリアルな描写は、一部表現主義にも近く、シュールレアリスムにも影響した。二〇世紀のドイツ文学史上画期的な散文作家。
セックスは人を癒すか〓
〈性の達人を考える〉
AV界の巨匠、ヨヨチューこと代々木忠監督の作品を初めて見たのは、高校生の頃だった。三鷹の三番館で中村幻児監督の『ウ《*》ィークエンド・シャッフル』とともに上映されていたドキュメント、『ザ《*》・オナニー』であった。
ビデオで撮影されたこの作品は、見終わった直後の感想もまた、当時、取り憑かれたようにボクが見まくっていたポルノ・ピンク映画たちとは一線を画するものだった。
「こりゃ、ヘンだ!」と、『ザ・オナニー』を見た直後にボクは思った。「ヘン」を言葉を換えて言えば、「違う!」となるだろうか。他のポルノ映画とは、根本から何かが違っていたのだ。「何か」とはなんだろう? それは、映画のテーマがセックスそのものだというところだ。
沢《*》木耕太郎はルポ『地の漂流者たち』(文春文庫)の中で、
〈ピンク映画の対象はセックスそのものではなく、セックスまがいの行為を通じて女の裸を見せることにある〉
と論じている。
〈それこそが何よりも観客に欲されている最大のもの〉だからなのだという。つまり、ポルノ・ピンク映画は単に動くヌード・グラビアみたいなものというわけだ。
ズバリそうだぜ耕《*》太郎! と僕も思う。
観客はただ「女の裸が見たかった」わけであり、監督たちは単に「映画がつくりたかった」わけで、たまたま二者の欲求の接点として「女の裸」という対象物が見つかり、裸を描くのにいちばん手っ取り早いのが「セックス行為」であったにすぎないのだ。
ポルノ・ピンク映画のセックスシーンがこうした妥協の上にかろうじて成り立っていたのに対し、『ザ・オナニー』は、「ただオレはセックスのいやらしさそのものを撮りたいのだ」という監督のやる気がスクリーンから臭い立つような、卑猥さに満ちた作品だった――監督・代々木忠が素人の女性に、オナニーについて質問していく。
最初は照れていた彼女も、代々木忠の巧みな誘導に翻弄されて、いつしかバイブレーターを自ら手にしてオナニーを始める。絶妙なストーリー展開も情感をくすぐるBGMも何もない、およそ映画づくりのセオリーからかけ離れたこの撮りっ放しみたいなドキュメンタリーは、しかし、今まで見たポルノ、ピンクのいずれよりボクを興奮させた。
当然、ポコチンの立ちも違った。
「オーケン、なんかオレ、チンチン破裂しそうだああっ」
と、横で見ていた悪友が情けない声を上げた時、ボクもまた、これ以上興奮して本当にチンチン爆発しちゃったらどうしようなどとバカなことを真剣に考えていた。
さすがに「恐怖の男根大爆発」はなかったが、現在でも、代々木作品を見る度に(たまにハズレもありますが)、わがポコチンは「肉体の表面張力」と古舘伊知郎に言わしめた全盛期のダイナマイト・キッドのごとき様相を呈してしまう。いわゆるビンビンと化す。「これでもか! これでもか!」とばかりにセックスそのものを撮り切るヨヨチューの前に、抗う術もポコチンもなし、である。
また、代々木監督は『プラトニック・アニマル』『オープン・ハート』という二冊の本を書いている。読み終えた直後の感想は、驚くべきことにボクが高校時代、三《*》鷹の映画館で発したあの言葉と一字一句変わらぬものだった。
「こりゃヘンだ!」とボクは思った。
代々木忠監督の著書は、ヘンだ。
『プラトニック・アニマル』には、〈SEXの新しい快感基準〉というサブ・タイトルが付けられている。「なるほどAV界の巨匠が著すセックス指南の書だね」と、軽い気持ちで読み始めたボクは、五十ページほどめくったあたりで、「ン?」と首をかしげた。そこにはこんな一文があった。
〈オーガズムの原理はとても簡単である。しかし、(中略)体験するのはとてもむずかしい。なぜなら、オーガズムとは、制度の世界で自分を自分たらしめている自我=エゴから自分自身を解放する、《エゴの崩壊》であり《エゴの死》であるのだ〉
なんだこりゃ? と思った。
てっきり「後背位は仰角四十六度でぬの字を書くのじゃ!」てなことが書いてあるとばかり思っていたボクは、いきなり登場した〈エゴの崩壊〉などという字面に面喰らってしまった。
さらに読み進めれば、出てくる出てくる、本田宗一郎も真っ青の代々木語録。
〈自分の価値観や固定観念を捨てることによって、エゴが死んだときに、人は初めて《愛の状態》になることができると私は思っている〉
〈愛とは思考が落ち、エゴが死んだときにのみ起きる心の状態を言うからね。愛が何かを考えろ。考えて考えて考えぬけ〉等々……。
そして著者は巻末に、あとがきにかえて、自作の詩を披露してしまうのだ。
タイトルはズバリ、『男たちよ』(!)である。
〈男たちよ/君たちは突き進まねばならぬ/やりぬかねばならぬ/それが男なのだから/それが神と男との約束事なのだから〉
う〜ん。とボクはうなってしまった。彼のビデオが旧来のポルノとは一線を画していたように、本書もまた、凡百の「女をいかせる〓導引術」とか、『スコラ』のセックス特集とは根本から異なるもののようだ。オーガズムヘ導く方法を、彼なりのセックス哲学、ひいては人生哲学に基づき論説していく啓蒙の書なのだ。それもかなりの説得力に溢れている。思想や哲学に免疫のない読者が読んだなら、目からウロコが落ちたようになって、一読で代々木哲学に染まってしまうのではないだろうか。
味わいとして本書は、たとえば人格改造や自己啓発、潜在能力開発をうたう成功哲学団体や、新興宗教教祖の著した書物ととてもよく似ている。引き込まれる面白さ、そしてにじみ出るうさん臭さだ。
何より、代々木監督が語るオーガズムを得る方法そのものが、人格改造セミナーや新興宗教の自己啓発の方法と、実によく似ているのだ。
代々木忠監督は著書の中で盛んに〈エ《自》ゴ《我》の崩壊〉がオーガズムに必要と訴えている。オーガズムとは単にセックスの終着駅ではなく、本当の愛の姿なのである。しかし、人間はプライドや見栄や、制度社会の中で自分を縛りつける価値観に束縛され、その姿を忘れている。窮屈な自我など捨ててしまえ、そうすればオーガズムに達することができるのだ……と。
マインド・コントロールの基本もまた、相手のエ《自》ゴ《我》を崩壊させることであったりする。
今日、マインド・コントロールと呼ばれ白眼視されることの多い自己啓発テクニックは、さまざまな方法で相手の価値観を叩き壊し、エ《自》ゴ《我》を崩壊させ、真っ白な精神状態になったところへ新たな価値観を吹き込むのだ。
ベトナム戦争の際、米軍の軍曹は新兵に対し、徹底的な罵詈雑言を浴びせることによって彼らの自我をつぶしていった。そして「ベトコンは人間ではない」という新しい価値観を植えつけたわけだ。
映画『フ《*》ルメタル・ジャケット』の中で、鬼軍曹は何度となく新兵たちに向かって「オマンコ野郎」と吐き捨てるように言う。通常の価値観では眉をひそめるべき言葉を使って新兵たちを追い込んでいく。これはSM風に言うなら軍隊版の「言葉攻め」だ。
そして、「言葉によって人はエ《自》ゴ《我》の崩壊を起こせる」と、代々木忠監督もまた語る。
といっても、鬼軍曹のように相手を罵倒しろというのではない。通常の価値観ではとても言えないような卑猥な言葉を枕元で言い続けることによって、相手の価値観をまず崩してしまえというのだ。
つまり軍曹が新兵に向かい「このオマンコ野郎! んなこともできねぇのか! ベトコンに殺されちまえダメ人間が!」と言うべきところを、監督は男たちに対し「キミの中にズボズボ入ってるのが見えるよ。もうグショグショ、ああ、いやらしい音だ」と女に言ってやれというのだ。
マインド・コントロールの次なる段階は、自我が崩壊しかけた相手に新しい教義を吹き込むことである。その時軍曹なら「べトコンを殺れ!」と言う。カルトの会員なら「教祖のためにツボを売れ!」である。マインド・コントロールで問題となるのはこの部分だ。コントロール自体は、双方合意の上なら糾弾されるべきものではない。ただ吹き込まれる新しい価値観が、現代の一般常識とかけ離れたものであったり、犯罪と紙一重のものである場合が多いから、世の人はコントロールを危険視するのだ。
……代々木監督の場合、危険なことは何も言っていない。本に書かれた彼の主張がそのまま彼の教義だとするなら、「価値観に縛られた自我を捨て、思いっ切りセックスの快楽を受け入れよ」というだけのことだ。
実は彼のこの「罪のなさ」に最もボクは興味を引かれたのだが、それはひとまず置いて……。
コントロールの最終段階は、壁を越えさせることだという。教え込んだ教義を、実行に移すことで、自己変身の口火を切るわけだ。新兵なら実際にべトコンに対し引き金を引くことで、〇〇教会員ならツボを売りに行くことが壁越えになるわけだ。
代々木忠監督の場合は、相手に「とんでもない言葉」を語らせることが壁越えとして応用されている。たとえば「オマンコ気持ちいい」などというあられもない一言を相手の口から言わせることによって、既成の価値観から逸脱したことを証拠として提出させるわけだ。これにより、自我は完全に崩壊し、自分本来の姿であるオーガズムに人は達するという。
以上が代々木式オーガズム達成法とマインド・コントロールの比較だ。両者がよく似ていることがわかってもらえただろう。
また、コントロールの大原則に、隔離した状況に相手を置くということがあるが、セックスとは大体、隔離された状況でするものであり、この最低必要条件にも当然、当てはまっている。
マインド・コントロールとの類似点とともに、ボクが代々木監督の著書に興味を抱いた点がもうひとつある。
代々木監督の主張が、時として「オカルト」になっちゃうところだ。
〈『言霊』という言葉があるが、私はかねがね言葉には魂があるのではないかと思っていた〉
……これは別に角川春樹さんが語っているわけではない。代々木監督は、会話において、相手に届くのは言葉だけでなく、魂もまた然りなのだと論じているのだ。観念的にではなく、現実の現象としてそれはおこりうるというのだ。
〈撮影中、私が女の子に「クリトリスをなめたいな」と言って彼女が反応する。(中略)ところが何回かに一回(中略)言うか言わないかのうちに彼女が反応するということが起こった〉
さらに魂だけではなく、オーガズムもまた波動として相手に伝わるのだという。
〈今野いずみという女優が彼のモノをしごいていた。彼がついにドーンとイッてしまった/ところがそのとき、しごいていた今野いずみも失神してしまったのだ〉
まさかセックス指南の書でこんなエピソードにぶつかるとは思わなんだ。なんだ。こりゃ? オカルトだ!
魂やオーガズムが相手に伝わるように、オカルトもまた、代々木監督にかかわる人々に伝染してゆく。たとえば、〈男ってなんだい?〉と監督に問われたある女優は一言〈私〉と答え、そして、〈宇宙は自分の子宮の中にある〉と、禅の公案のごとき難解なことを言い出す。
さらに、〈枕もとに神様が立って「そうしなさい」って言われたような気が〉したことをきっかけに、ソープランドで働き始めたという女優まで登場。
オカルトだ! コ《*》リン・ウィルソンもびっくりだ!
監督はこの波動の伝達を利用し、性行為なしで人をオーガズムに導く「チ《*》ャネリング・ファック」(!)なる究極の性技まで開発したという。
うーむ。バシャールも仰天。
マインド・コントロールの領域に達した代々木監督とは、やはりセミナー系の団体や新興宗教に属する人なのだろうか。
マインド・コントロールを勧める本というのは、大体それらの人々の手によるものだ。ところがそれらの本なら巻末に必ずある、入信の手引きといったものがこの二冊にはまったくない。これはかえって気になる。
ボクの頭の中には、「こういう本の裏には間違いなく怪しげな団体があるものだ」という固定観念があるからして、見つけ出さねば気がすまない。
最近のオカルト宗教本の中には、「この世の真理を知る人物がどこどこに実在するが名は言えない」などと、教祖や代表者の名を隠すことによって、逆に関心をあおるものまで登場しているのだ。これも新手の宣伝スタイルか〓 とも思ったが、それにしても一行もないのは不思議だ。
セックスにより価値観にとらわれた自我を捨てオーガズム〈愛の状態〉を知ろう……という主張がまた、宗教やセミナー系の教えとしてはちょっと変わっている。罪がなさすぎる気がする。似たような主張をする団体や個人は他にいただろうか?
……思い浮かぶのは日本密教界の異端、真《*》言立川流だ。
平安末期、仁寛により立川で創始されたこの宗派は、社会的に抹殺される江戸時代まで、セックスによる即身成仏を教義とする異端密教として、貴族や天皇家にまでひそかな信者を得ていたという。チベットのタ《*》ントラを元とし、男の頭部にあるシ《*》ヴァと、女の脊髄中にあるパ《*》ールヴァーティーとを性交によって結合し、ニ《*》ルヴァーナへ導くという、聞いただけでは何だかさっぱりわからんプーなことを実践すべく、信者たちはスコスコとやりまくっていたらしい。
今でも極少数の立川流信者たちが活動をしているという噂もある。彼らは再び立川流を表舞台に立たせるため画策しているのだ。そしてカリスマ・ヨヨチューを指揮官に、今こそ一気呵成に反撃すべく、戦いの火ぶたを切って落とそうとしているのだ。
真言立川流の復活やいかに〓
……ま、んなことはないだろう。
もうひとつ考えられるのは、監督がライヒの信奉者という説だ。一九五七年に他界した精神分析学者ウ《*》ィルヘルム・ライヒは、性に対する斬新(過ぎ)な説を提唱したことで知られる。ライヒいわく、〈本能がオーガズムを邪魔する〉のだと。
人は外界からの刺激と、自己の本能から身を守るために、性格という名の鎧を着込んでしまう。この病的な性格の鎧を着ないために、生まれた時から本能を抑えずに育つなら〈人間は性器的性格になり、オルガスム能力を十分に堪能できる〉(『ライヒ』現代書館)と彼は言う。
「本能」を「エゴ」に替えたなら、ライヒと代々木監督の言わんとするところはほとんど同じではないだろうか。ちなみにライヒは、物理学者でもないのにオルゴンという未知のエネルギーの研究を始め、大気中に悪いオルゴンが溢れているのは、空飛ぶ円盤の排気ガスが悪オルゴンだからだと結論づけ、円盤を破壊することもできる装置をつくろうと努力した学者でもある……はっきり言ってヘンなのだ、この人。
……ライヒのオーガズム理論は、彼の死後ヒッピーたちによりフリーセックスを肯定する学説として利用されたという。確かに彼らには都合のいい理論だ。あるいは代々木監督も元ヒッピーで、現代にライヒの学説を復活させようとしているのでは?
変人として学界を追われたライヒの汚名を返上するために、円盤破壊装置の引き金を今こそ引こうというのか〓 闇を裂くクラウドバスター《 オ ル ゴ ン 照 射 銃》! ライヒ信者の明日はどっちだ〓
……んなわきゃないか。
代々木監督を立川流信者やライヒ信奉者に当てはめる段階でよっぽどボクの方がオカルトである。
それより、代々木忠という存在自体がもはやひとつのカルトであると思った方がわかりやすいのかもしれない。
彼の語る「エ《自》ゴ《我》の解放」とはつまり何を意味するのだろう。
それは、結局「セックスの肯定」ということだ。
〈《恋愛―SEX=純愛》という図式が、みんなの頭の中になんの疑いもなく描かれていたのである。(中略)この図式が成り立つためには、SEXが(中略)不純なものという前提がなければならない/純粋という対立概念において、SEXは不純なものに位置づけられてしまった〉
〈私たちはあまりにも性を否定的にとらえてきたし、個人も国家もSEXに対しては頬かぶりしてきた〉
彼が、〈捨ててしまえ〉とわれわれに訴える「価値観」とは、性を否定する社会通念に他ならない。
〈性を否定するな、性を肯定せよ〉と彼は言う。彼はなぜそれほどまでに、セックスを肯定しようとするのだろうか。セックスが〈後ろ暗くやましいもの〉と世の人に思われることで、いわれなき差別を受ける者がいるとでもいうのだろうか。セックスを肯定することで、救済される人々がいるとでもいうのだろうか。
アダルト・ビデオ産業は、それを必要とする多くの者たちが存在するにもかかわらず、セックスという、現在の社会常識では否定的にとらえられてしまう対象を商品としているために、人々から白眼視される運命にある。
いわれなき差別を受ける人間にとって、これは当然のことながら屈辱である。自己存在の有無を問われるに等しい。「自分は間違っていない」という自信があったとしても、世間の絶対的価値観に背中を向けているという不安感は、彼ら彼女らの信念をグラつかせるに充分だろう。「信念」などはなっから持ち合わせていなさそうな一部の女優さんにしたって、「この仕事って、やっぱいけないことよねー」と思ってしまうこともあるだろう。
だから必然的に、彼らはカリスマを求めることになる。世間の価値観を否定し、自分らの側を肯定してくれる強い存在を必要とする。
いずれの世界もそうであったように、いわれなき差別から昇華を望む心が、宗教とカリスマを創造するのだ。
貧しい田舎町に生まれ、華道の師範にまでなりながら、突如として極道の世界に入り組長を襲名、足を洗った後、AV監督に転じた代々木忠。
強烈なカリスマ性を先天的に備えた彼が、救済を求める人々に呼応するかのように、〈SEXを解明できるのは医学者でも哲学者でもなく、今このチャンスを与えられた私たちだけなんだ〉という責任感に目覚め、独自の性哲学をつくり上げていくうちに、形而上世界の存在を確信するに至り、やがて本当のカリスマとなりカルトと化していく過程に、ボクはたまらなく興味を持った。ひとつの世界にカルトが発生していく典型例を見るような気がするのだ。
『プラトニック・アニマル』の中でAV男優日《*》比野達郎さんは、ビデオ撮影後、代々木監督にこう語る。
〈世間はオレたちの世界を、なんか歪んだスゲェところだと思っているけど、でもオレ思うんだけど、世間って歪んでるよね。そして、今の女の子もあのときの女子高生もオレたちのところを通って、そういう歪みみたいなものが全部直って、なにか本当にノーマルになって戻っていったように思えるんだよね〉
セックスの肯定を人に訴える場合、最も効果的なのは、〓“セックスは人を癒す〓”と論ずることだ。
あるファッション・マッサージ店の店長は、新入りの女の子に「男は精液がたまっちゃう病気なんだよ。だから君の指で出してあげて、病気を治してあげなさい」と説明するという話を聞いたことがある。
ここにも〓“癒し〓”の理論がある。
代々木忠監督は、セックスの肯定を〓“癒し〓”の理論で解説してみせることによって、セックスを題材とするがゆえに世間から否定されがちなアダルト・ビデオ界の人々を、文字どおり癒そうとしているのではないだろうか。 『ウィークエンド・シャッフル』
筒井康隆の小説を中村幻児監督が映画化。主演は泉谷しげる、秋吉久美子。
『ザ・オナニー』
代々木忠監督の初期の代表シリーズで、AV史上最大のヒット作と言われている。一九八二年第一作を発表後、全十六作品各巻二万本以上を売り上げた。
沢木耕太郎
一九四七年、東京生まれ。ノンフィクション作家。横浜国大経済学部卒。七九年に浅沼稲次郎社会党元委員長殺害事件をテーマにした『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
耕太郎!
沢木先生、呼び捨てにしてゴメンなさい。(大槻)
三鷹の映画館
『三鷹文化』のこと。
『フルメタル・ジャケット』
一九八七年。スタンリー・キューブリック監督のベトナム戦争映画。
コリン・ウィルソン
一九三一年イギリス生まれ。やたらと著作の多い小説家兼評論家で、その守備範囲は文学、哲学から音楽、映画、さらにはオカルトまで広範囲にわたる。世界的にも反響を呼んだ『アウトサイダー』は二十四歳の時のデビュー作。代表作は『サイキック』『世界不思議百科』『オカルト』『ルドルフ・シュタイナー』ほか多数。
チャネリング・ファック
相手の体に手を触れることなく、波動を利用して複数の男女をもオーガズムに導いてしまうこと。 〓“コスモ・パワー〓”と交信した代々木忠監督の秘技のひとつ。
真言立川流
平安時代末にできた、男女のセックスを即身成仏の秘法とする真言密教の一流派。
タントラ
インド中世の女性原理、「性力」を教義の中心とする諸宗派の聖典の総称。
シヴァ
ヒンドゥー教の主神。宇宙の最高原理そのものとされる。その神性は狂暴。破壊と再生を司る。
パールヴァーティー
シヴァの妻。
ニルヴァーナ
涅槃の意味で使われるが、本来は煩悩を打ち消すという意味の梵語。
ウィルヘルム・ライヒ
(一八九七〜一九五七年)オーストリアの精神分析学者。フロイトに師事したが後に決裂。三九年にナチスに追われアメリカに亡命、このあたりから精神の変調をきたし、「オルゴン・エネルギー」の存在を主張し始めたが、まもなくアメリカ当局に告訴され、服役中に死亡。オルゴン・エネルギーとは、太陽から飛来する万能エネルギーのことで、オルガスムスの時、生殖器官に集中する、とライヒは解説している。
日比野達郎
AV男優歴十五年を迎えたベテラン。〓“ヒビやん〓”の愛称でAV女優の間でも人気者。マラの大きさも特大級との噂。
コンタクティー岡さんを見よっ!
〈対談・UFOコンタクティー岡美行氏〉
かつて『コズモ』というUFO専門雑誌があった。その後『UFOと宇宙』と改題されたが、一九七三年から八〇年代半ばまで、「な、なんだこりゃ!」としかコメントのしようがない奇々怪々な事件や情報を提供し続け、今でもごく一部の人間にとっては、まさにカルトな存在として結構な値段で取り引きされている。
ちなみにボクはバックナンバーのほとんどを揃えている。エッヘン! とえばりたいところだが、誰に言っても「あーそー」と言われるだけで驚いてくれない。変な趣味を持つと人って孤独だ。
そんなことはさておき、『コズモ』『UFOと宇宙』は、記事の面白さもさることながら、読者のお便りもへンでよい。
たとえば七四年八月号には、超光速飛行について論じた読者からの手紙が掲載されている。
〈タージオンの世界も、タキオン世界に次元転移することによって、超光速飛行も可能となるのだ〉〈第五次、第六次フォースもタージオンをタキオンに転換するフォースなのだ〉などと何やらうさん臭いことを書きつらねた後、唐突に、筆者は自分が宇宙人だと告白している。
〈僕は宇宙人なのである。……もっとも(中略)低級な宇宙人と違いまして、本当の宇宙人、つまり、宇宙中の高等生物の血を継ぎ、心の中にパートナーとして精神的高等生命体を入れている超高等生命体なのである〉
そして、
〈まあ『コズモ』の読者の皆さんたちの考え方をある時は笑い、ある時は驚き、ある時はバカにするため、読者の声を楽しみにしていよう〉
と、文章をしめくくっている。
超能力、宇宙エネルギー、霊など、目に見えない、確かめようのない力に自分が支えられていると主張することによって、他者と自分の差別化を図り、束の間の優越感を得ようというのは、オカルト盲信者の基本中の基本といえる。自称「超高等生命体」の彼などは、ボクにはその典型に思えて興味深い。身もふたもないと言うべきか、彼のペンネームはズバリ〈孤独な宇宙人〉なのだ。年齢はなんと十二歳。屈折してるよなあ。
同じ号に、〈岳星行(ペンネーム)・画家・四十五歳〉という人物からのお便りが載っている。彼は宇宙人から、〈かなり積極的〉で〈ある程度強引なコンタクトを強いられている〉と述べている。
〈昨年十二月二日早朝、わが部屋に五十センチくらいの人間が突如出現〉、いやおうなしにフラッシュを岳さんめがけて浴びせ、以降、毎日のように宇宙人から半ば強制的なコンタクトを強いられている――と彼は言うのだ。
とても信じられない話だが、ボクはとても興味を持った。この人はいわゆるオカルト盲信者とは少し違うのではないかと思った。それは、文面から彼が自分の身に起こっている怪現象に対し、〓“弱っちゃっている〓”様子が読み取れるからだ。〈神経的にかなりつかれました〉〈狂気? 幻想は時間の問題で、もうすぐ白昼のコンタクトがはじまるかも知れない現況です〉など……「オレだって、別に宇宙人になんか会いたかねぇんだよ!」とでも言いたげな彼なのだ。
僕は宇宙人の来訪などということはあまり信じていないけれど、コンタクティーの何人かは、確かに「何か」を体験している、と確信している。それは内面的異常体験とでも呼ぶべき心理的な作用にすぎないのかもしれないし、あるいは、ボクが間違っていて、もしかしたら本当に宇宙人とコンタクトしているのかもしれない。いずれにせよ、弱っちゃっている岳さんの様子が妙にリアルだなと感じた。
岳星行さんは、それから後、岡《*》美行という名前でUFO界の寵児となる。
横尾忠則さんが日本中のコンタクティーと対談した『UFO革命』というスゴイ本があり、岡さんも登場している。
その時のプロフィールによれば、岡さんは〈一九二八年生まれ。明治学院大学英文科卒業、画家。前衛美術会会員〉とある。『UFO革命』の中で岡さんは、横尾さんを相手に自分のコンタクト体験を語っている。
一九七三年の十二月二日。深夜目覚めると、本箱の前に三、四センチの、青い服の人間が立っているのが見えた。
と思うと、〈急にその人影が消えて、その後に一・五メートルぐらいの黒い影みたいなものがぼくの顔に伸びてきたので、あわてて手を出したら(中略)やにわにパアーッと光るものが見えて、思わずアーッと〉謎の小人によって怪光線を浴びせられて以来、岡さんは宇宙人に奇妙な〈映像〉を見せられるようになる。
〈脳内視で円盤の内部の模様が投影され、(中略)ボタンがたくさんある場所にぼくが坐っていて、「ボタンを押せ」という言葉が耳に入るんです〉
三つのボタンのうち一つを彼が押すと、その途端、映像は消えてしまった。……実は、UFO呼びで有名な秋《*》山真人さんも、まったく同じような体験を語っている。
宇宙人は三択クイズが好きなのだろうか?
謎の映像は〈脳内視〉だけでなく、目の前にも現れるようになる。
〈黒い長方形の板が(眼前に)再び現われて、伸びたり縮んだりしていて――その状態がものすごくリアルに見えました〉
岡さんの体験を、原因が何にしろボクがリアルだと考えるのは、この伸び縮みする黒い板のような、彼の体験した現象のわけのわからなさにもある。もし岡さんが嘘をついているのだとしたら、何もこんなヘンテコな嘘をつかんでもよいではないか。主観、客観はさておき、その時、確かに岡さんは黒い板を見ていたのだ、とボクは思う。
岡さんは他にも、富士山の俯瞰図のようなオシログラフや、さらには自分の〈背中のうしろ〉なんかも見たことがあるという。宇宙人もいろんなもんを見せてくれるものだ。
岡さんは宇宙人からのコンタクトについて、自分はテスト・ケースとして利用されたのではないかと考えている。
〈一人の地球人とコンタクトし、彼らのもっている文明を知らせ〉、やがて地球規模にまでコンタクトを拡大しようと宇宙人はしているのではないか、と岡さんは言う。『コズモ』の読者欄では、ただ単に弱っちゃっていた岡さんだが、『UFO革命』になると、コンタクティーという数奇な自分の人生に対し、真っ向から対峙してやろうという意志が感じられてたのもしい。
ボクが岡さんとお会いしたのは、『UFO革命』から十年以上もたった、ごく最近のことだ。『宝島』の企画で岡さんのお宅を訪問させていただくことになった。取材前に彼を紹介してくれた人物に岡さんの印象を尋ねてみた。すると……
〈俺が会ったのは喫茶店でね、そん時俺、岡さんの顔を知らなかったんだけど、店に入った途端、「あ、あの人だ!」ってすぐに分かったね〉
とのことであった。
『UFO革命』に岡さんの写真はない。一発で当人とわかるということは、いかにも「宇宙人とコンタクトをしそうな風貌」であるということか?
一体そりゃどんなだ。
釈然とせぬまま、岡さんの住むアパートへと向かった。
「あ、あの人だ!」
と、ボクは思った。間違いない。あの人が岡さんだ。
待ち合わせの場所にボクたち取材班は少し早く到着していた。ジュースなど飲みつつ待つこと数分。向こうから、暖かな春の中を、ホテホテとわれわれに近づいてくる男の姿があった。
長身、長い手足、ニタリと笑ったような口元、まぶたの奥で光る瞳……天本英世が演じているような、と言えば何となくわかっていただけるだろうか。ハマーホラーに出てきそうな……という形容もなかなかいいところをついているのではないかと思う。
全身にオーラが漂い、そして背後には震えた文字で「フフフフ」と擬音が描かれていそうな……とにかくいかにも宇宙人からのメッセージを受信してしまいそうな、実に魅力的なルックスである。
岡さんはわれわれの前に来ると、ぶしつけに言った。
「あんたたち? 取材って」
思わずギクリとしたわれわれ。と、彼は手まねきをして、
「こっちだよ。ついて来な」
そしてふいに、なぜか岡さんは笑うのであった。
「エッヘッヘッヘッヘッ」
もうわれわれは、一発で岡さんのカッコよさに圧倒されてしまった。
岡さんを先頭に、われわれはゾロゾロと歩いた。
しばらく行くと、ひどく老朽化したアパートが見えた。「今時スゲーとこもあったもんだなー」
ボクは何気なくつぶやいた。と、岡さんが言った。
「ここだよ」
しまった。アワアワしているボクを見て、岡さんは再び笑った。
「エッヘッヘッヘッヘッヘッ」
岡美行。ただものではない〓
岡さんの部屋は、アパートの二階にあった。
ギシギシと鳴る階段を上る途中、「あたしゃ人生つかれたよ」といった風情のオバチャンとスレ違った。オバチャンはわれわれをチロリと一瞥しただけで、ギシギシと階段を下っていった。
「ここだよ」
案内されたお部屋は六畳ほどの広さで、本やら何やらさまざまな物であふれ、あたかも『D《*》坂の殺人事件』時代の明智小五郎の部屋といった雰囲気である。
……なぜか、天井からぶら下がったソケットには電球が入っていなかった。しげしげとソケットをのぞき込んでいると、岡さんが言った。
「電気止められちまってね」
そしてまた笑うのであった。
……ただものではない。
岡さんは、まずわれわれに彼の撮影したという宇宙機の写真を見せてくださった。確かに円盤型のものもあった。しかし、そのうちのいくつかに関しては、ボクにはたんなる飛行船にも見えなくはなかった。ほとんどが自宅付近で撮ったものだという。しかし世田谷区である。他に目撃者はいなかったのか。
「いないもん、農園だもん」
いや農園って……あの……。
その後さっそく、岡さんのインタビューが始まった。
一時間ほどの短い間であったが、その内容たるやあんた、マイケル・ジャクソンもポーポー叫びながらムーンウォークしたまま逃げ出すぐらいのモノスゴイものである。一度『宝島』でその一部が公開されたが、あれだけではもったいない。『イ《*》レイザーヘッド』もビックリの完全版として、ドーンと公開させていただきたい(岡さん本当にありがとうございます)。
岡部屋にいっぱい置いてある原稿用紙があるでしょ。これみんな宇宙旅行のこと書いたの。世田谷から出て月で一泊して、太陽へ上陸して、いちばん手近な星から順ぐりにね。
大槻はぁ、これ拝見しても――。
岡ヘッヘッヘ、拝見なんて……ノド渇いた。
大槻何枚くらい、書かれたんですか。
岡一万と百枚くらい。宇宙人のグループが紙とエンピツ持って来いって言うんだ。宇宙旅行へ連れて行くって。
杉作連れて行ったんだから書けって?
岡いや、連れて行くから書けって。
大槻はあ。(どう違うのだ?)
岡前に公園があるでしょ。宇宙船が降りてくるわけ。で、連れてかれる。
大槻どうやって?
岡僕を二つにして。
大槻(ちょっと笑いそうになる)……どういうことですか? 心と肉体って意味ですか?
岡体全体を二つにしちゃうの。(死んじゃうよ!)
大槻バラバラ!(笑いをこらえる)
杉作岡さんが二人になるんですか〓
岡そう。それでこっちを乗せてこっちはこっちにいるわけ。
杉作じゃ書いてる岡さんは地球にいるんですね。
岡そう。意外に他の星行くとね、ケンカや戦争や攻撃とか、いろいろな目に遭うわけね。仮に一人やられても、もう一人は地球に残ってるから、やられた体引き取ってまたセットしてやるわけ。
大槻(何かをふっ切るように)イ、イヤー! いいっスね。分身の術だぁ。
岡それで宇宙でスパイ行為したりね。ある星で大きな問題があってね、『インディー・ジョーンズ』みたいな冒険したりね、ヘッヘッヘ。
大槻・杉作ハ、ハッハッハ……。
岡ビックリしたろ。今年になってまた始めたんだよ、旅行を。
編集者ぶ、ぶぶぶっ!(吹き出す)
杉作おい、笑うなよ。(真顔で怒るが……)
岡(テープレコーダーをツンツンとつつきながら)笑うとここに入っちゃうよ〜、ヘッヘッヘッヘ!
編集者ご、ごめんなさい! あまりにも……。
大槻あまりにも不思議な話で、何と反応したらいいのかっていう感じだよね。
(必死にフォロー。俺にフォローさすな編集者よ)
杉作あの、宇宙の星にはいくつぐらい行かれたんですか?
岡もう、ここら辺で三百。
杉作じゃ宇宙人も三百種類ぐらい。
岡宇宙人じゃない。異星人。(こだわる)
大槻(写真を見つつ)これも異星人?
杉作これは知的生物。ホラ、よく見るとゆっくり自転してるだろ。この中で物質が動いてんだよ。(この知的生物、風で飛んだゴミぶくろにも見えなくはない。思わずボクは尋ねた)
大槻あの、非常に素朴な疑問なんですけど……なぜ知的生物が風に吹かれて飛んでいるのでしょうか?
岡おいおい! 凧じゃないっての。(逆につっ込みを入れられてしまった)
杉作こっちの写真は?
岡これは二つコブがあるでしょ。これ、この部屋にやってきたの。それでこの中に吸い込まれるの。
杉作じゃあ大きいものなんですか〓
岡そうねえ。バスぐらいじゃない。
大槻・杉作バス〓
編集者ぶ、ぶぶぶぶぶっ〓
岡こんな生物がたくさんいるんですよ。宇宙知的生物っていうんだよね。
大槻う、宇宙知的生物ですか。
岡こっちはね、自由が丘で、カラスが空中で何かつっつき合ってたんだ。エサを取り合っているのかと思ったら、そしたら白いものがヒューッて落っこちてきたんだよ。
大槻何ですかそれ? まさかそれも知的生物〓
岡いや、これは小型の円盤だった。自由が丘の坂の上に落っこってきたの。
大槻……お話をうかがっていると、普通の生活をしてるわれわれには測り知れない世界ですね。
岡そりゃ当たり前だよ。(言われてしまった)
杉作こっちの一枚は。これもこの辺で?
岡これは目黒通りのところで撮ったの。
杉作自由が丘ってのは何かUFOと関係が……。
岡ここはねぇ、宇宙船の基地にするらしいよ。
大槻自由が丘を〓
岡いえいえ等々力中心にね。
杉作東急グループお手上げですね!
大槻等々力は井上陽水さんも住んでますからね。駅前には亀屋万年堂もあるし。(ボケてどうする)
岡そんなの関係ないよ!(怒られちゃった……)ここら辺はね、区内でいちばん高いとこなの。
杉作ああ土地の値段がね。そうらしいですね。
岡七十七メートルぐらい。
大槻高いって、標高のことですか。
杉作UFOも来やすいわけですね。
岡そうです。ローマの丘っていうんだ。
大槻はあ……あ、あのこの何か光が流れたようなものが写った写真、これは円盤が通った光の帯ですか?
岡そうそう。ボクは毎晩これを使っとるんです。
杉作あ、この円盤に乗って……。
岡いや、自分もこういう風になって、肉体がスーッと帯になって、紐になってくわけ。
杉作ス、スゴイですね。紐になって。
編集者ぶ、ぶぶぶぶぶうっ!
大槻…………。
岡紐になって宇宙へ行く。でも女のひもじゃないよ。ヘッヘヘヘヘヘ。
杉作ハ、ハハハハハハハハハハ……。
大槻しかし岡さん、毎晩行ってらっしゃるんですか? そっちの世界に。
岡毎晩は、もうずっと前からだよ。
大槻寝る暇ないですね。
岡宇宙船が待ってて、それに乗って、また紐みたいになって、また、別のやり方で行くのもあって、手段は無数にあるわけね。それで人材派遣会社みたいのがあるわけ、リクルートみたいのが。で、どの星の人がどの星の人体ってそれぞれ違うからね。センター・システムってのがあって、そこでボクをどこの星へ連れて行くっていう決定がされると、人体にパアッと入っちゃうわけね。そうすると迎えに来るんですよ、光でバーッと。ベッドのところへね、バーッと。そうすると体がバシッー バシッーって……。
大槻あ、あの。
岡何?
大槻それは周りの人には見えないんですか?
岡見えないよ。みんな寝てるもん。(そりゃそうだ)
大槻スイマセン。しかし二十年も毎晩ですか〓 本当に寝る暇ないですよね。
編集者それでいつ戻ってくるんですか?
岡戻ってくる時も、初めは目開かないで目を覚ますの。普通、目開いて目を覚ますでしょ。ボクは開かないで目を覚ますの。それで、その間に肉体にこういう糸みたいのがザーッときて、「今何パーセント入ったか」って聞くと、「五〇パーセント」「じゃあまだ目を開けるな」って。
大槻・杉作・編集者ハァ……。
岡それで「今は?」「八〇パーセントもうちょっと」それで五、六分たつとパッと目を開けちゃう。そういう風になってるの。
杉作……そ、そうすると……その糸みたいなものが……夜は出ていっちゃってると……いうことですかねぇ……。(話の意味を理解できぬままとにかく調子を合わせようとした杉作さんだが……)
岡今のはたとえだよ。(あっさりすかされてしまった)
編集者岡さんの場合、迫害されたりとかないんですね?
岡誰から迫害されるの?
編集者異星人の方々に……。
岡ああ、ケンカなんかしょっちゅうするよ!
大槻異星人とケンカ〓
杉作なんと。
編集者ぶ、ぶぶぶぶうっ!
杉作おい、笑うなって言っただろ!
岡笑うとこんなかに入っちゃうよ〜。ヘッヘッヘッ。
編集者ぶぶぶうっ! す、すいません! 僕ちょっとトイレに行ってきまあす!(編集者やにわに立ち上がり部屋を出ていく。数秒後、廊下から爆発したような編集者の笑い声が聞こえてくる)
岡(気にせず)オレ、絵描きだから、異星人に絵を教えてもらったんだよね。そうすると、版画の総元締めいるでしょ、原画持ってて……版元か。あんな感じのがいるの。で、オレが絵を持ってったら「何だ、こんな絵!」って言うからさ、「何を! 表へ出ろ!」って言ってやったんだよ。
大槻はあ、なるほど。
岡うんうん。で、「これが絵か?」「じゃ表へ出やがれ」ってオレが言ったわけよ。それで表に出て殴り合ったの。
大槻表ってどこですか? 宇宙空間で殴り合ったの? 異星人と。
岡星で。
大槻ああ。
(編集者もどってくる)
岡他でもケンカしちゃったことあったけど。これが失敗しちゃってね。距離感がつかめなかったからねぇ。それでちっちゃい奴だと思っていじめてたんだよ、「おめえ生意気だからちょっと来い!」って。そしたらさー。
杉作そしたら?
岡こっち来たらね、二メートルぐらいあるの。
(一同 大爆笑)
大槻ウヒャヒャヒャ!
杉作二メートルですかあ、アハハハ。
編集者ぶあっはっは、あっはっはっは。
岡それでさ、もうウワ〜ッて。
編集者そりゃビックリしますよねぇ。
大槻西部劇みたいなところなんですかね、異星っていうのは?
岡戦争してるところもあったよ。戦闘訓練がある時はすごいですよ。
杉作岡さんも参加するんですか。
岡ええ。
編集者それは何と戦うために?
岡そうそう。(会話になってない)塹壕戦があって、敵兵を全部並べさせて、そうしたら向こう側に敵兵が一人来たんだよね。それが突然銃を撃ってきてさ、それで目の前が真っ暗になったわけ。で、目開いたら皆かけ出してるんだよね、「バカヤロウ死ぬまねすんな!」って怒鳴ってやったね。パッと見たらピストルが出てきて、それで市街戦なんてすごいよ。宇宙人とバーで話してるとさ、突然宇宙人が伏せろって言うわけ。で、伏せたら機関銃をダダダダダダーッて、壁に機関銃のあとがね。あれ、すごかったねぇ。
(一同 ハーッ!)
大槻い、いやー、なななんとも……ところで円盤の中ってどんな感じなんですか?
岡だいたい暗いんですよ。だから暗闇に慣れろって宇宙人は言うね……ここには電球ないだろ。
大槻あ、闇に慣れるために外してるわけですね!
岡違うって。大家とケンカしてブレーカー取られちゃったんだよ! ヘッヘッへ。
大槻ワハハハハハハハハハハ!
杉作ウヒャヒャヒャヒャヒャ!
編集者ぶ、ぶぶぶぶぶぶうっ!
岡ヘッヘッヘッヘッヘッヘッ。
(一同 ワハウヒャぶぶヘッヘッヘッ)
岡あ、あったよ。これこれ、これがもとで異星人の版元とケンカしたわけね、この絵。
杉作はあ、これですか。
(一同 ググッとのぞきこむ)
岡あ、ごめん。これじゃないや。
(一同 ガクッ)
岡ヘッヘッヘッヘ。
大槻あ、あの、岡さん。最初に異星人とコンタクトされた時のお話をうかがいたいんですが……。
岡コンタクトは一九七三年十二月二日の早朝にね、人が……小さな子が立っているわけ。
大槻この部屋にですか?
岡この部屋じゃない。下目黒にいたからね。それで本棚があって、その上に。
大槻十センチぐらいの人間が立っていたんですね?
岡初めその人の手を見て腕を見て顔見たら、すげえ顔してるから視線そらしたの。そしたらパッとショック受けたの。そしたら背の高さがボクと同じぐらいの人が立ってたんだ。それでボクが寝てるの見えるわけ、パーッとね。その人が左手で棒をボクの方へつき出してるわけ。そうするとまたね、パッと我に返って布団の中の自分で、目の前に棒をつきつけられているから、これはピストルだと思って、手でよけようとしたら間に合わなかった。棒からフラッシュがバーッ!と。(『UFO革命』のインタビューでは、横尾忠則さんに対し実に理路整然と答えていた岡さんだが、われわれ『宝島』の取材では随分とアバウトな説明である……ハッ!……われわれのレベルに合わせてくださったのか?)
大槻最初小人が現れて、その後もう一人の異星人に棒をつきつけられた……と。で、棒をつきつけられている自分自身の姿が岡さんに見えたわけですね。それでアレッと思ったらもう布団の中の自分に戻っていて、光線を浴びせられた……と。
岡そう。それから二十年、毎晩宇宙旅行してるの。朝から夜まで……。夜から朝までっていうね。連日連夜って文字通り、夜中も向こう行って仕事するんですよ。最近はピラミッド族っていう……ピラミッド設計したり造ったりする科学集団ね。科学技術集団がいて、その仲間に入ったわけ。
大槻なるほど。(岡さんの調子に慣れてきた)
岡英語をマスターしてくれって言われて、マスターして。(岡さんの『宇宙旅行リポート』は、一部英語で書かれている)
杉作宇宙人に岡さんがターゲットにされたというのは、それは何か理由があったんでしょうか?
岡別の星でさ、銀河系で人を捜してたんだよ。捜してるからテスト受けないかっていうんで、ボクが受けますって。
杉作なーるほど。(慣れてきた)地球人の方で、他にテスト受けている方もいらっしゃるんですか?
岡ボクみたいのはいないよね。できないよ。だって独身者じゃなくちゃダメなんだよ。
編集者あ、そうなんですか。(慣れてきた)
岡独身者で、言うことを聞かなくちゃダメ。この言うことを聞くっていうのが大変なんだよ。だから異星人が「今、外に出て現場行け」って言ったらすぐ行かなくちゃならないわけ。
大槻異星人が呼び出すわけですね、ツッパリみたいな奴らですね。
岡(無視して)だいたいボクはね、そういう時テレビ見てるの。
大槻はあ、テレビを。何の番組ですか?
岡あれ、いかりや長介の……。
大槻ドリフですか〓
杉作ドリフですか〓
岡ドリフターズのやってたでしょ、TBSで。
大槻『8《*》時だヨ! 全員集合』
岡そうそう。あれ見てる時に限っていつも異星人から呼び出しかかるんだよ。
大槻ワハハハ! ドリフを見てる時に限って! そりゃ一体どういうことですか? やっぱりコンタクティーがそんなバカなもん見ちゃいかんという……。
岡ヘッヘッ。「今から来い」って言うわけ。しょうがないから自転車で一時間くらいかけて現場行くわけ。
杉作ドリフ見てるのも途中でやめて……。
岡やめないで、ちょっと待てって言うの……。
(一同 大爆笑)
杉作ハハハハハハハハハハハハハハ〓
編集者うぷぷぷ……ぶわはははははは〓
岡へッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ。
大槻ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……ひ〜……ひ〜……ド、ドリフを見てから。
岡あと三十分待ってくれって言うの。
大槻ドリフ見たさに異星人を待たせるという……。
編集者「現場」っていうのは何なんですか?
岡一カ所あるわけ、秘密でね。誰も連れてくるなっていうから言わないけどさ。ある公園があって、そこにちゃんとデスクがあって腰かけて待ってね。そうすると儀式があってね。その後喫茶店へ先に入って、ピラミッド物語ってピラミッドに関するストーリーを書けって言われて、英文で書かされてたわけ。一時間ぐらい書くんですよ、パーッとね。それで書き終えてまた現場に行くんですよ。現場はすぐ近くで、そうすると入口近くなると電気がついてて、もう夜の九時か十時頃、冬でね。それで電気消してライト消して、それでずーっと自転車で中入っていくと待ってるわけ。それで儀式やってるうちに人が天井から(なぜ公園に天井が?)降りてくるわけ。パーッとね。これがものすごいですよ。
編集者どんな人〓
岡わかんない。
(一同 ガクッ)
岡連中すごいんだよ。オレの顔絶対見るなって言うの。見るとゲロ吐くから。
大槻気味の悪い顔なんですね。『金星人地球を征服』(一九五〇年代のD級SF映画。グロテスク……というよりユーモラスなカニ型金星人が出てくるのだ)みたいなのかなぁ。
岡顔は見るな、代わりに見せるもんは見せるからって、彼らの胸のあたりに十字のマークが出るの。白くね。ボクはそれを見ながらしゃべるの。ボクはそっちを見ながらこっちで仕事して、それが終わると、すぐ帰れって言うからパーッと家に帰るの。夜中の一時ぐらい。
大槻ドリフが九時に終わるから……四時間も。
編集者その場合は地球上でのコンタクトですね。
岡そうだよ。
編集者いろいろあるわけですね。連れ去られて。
岡だってもう二十年だもん。(ウ〜ン、深いぜ。人生いろいろだ)
大槻少年時代にはそういうことはなかったんですか?
岡空襲の時にB29の下を円盤がスーッとね。それで焼夷弾で家焼かれて、和歌山県へ移ったの。戦争終わって和歌山で流星観測やってる時に何度か見たの。ドーンと来たのがペロッてなったりね。真っ黒なあれもあって赤くなってね、パーッと。低空で。
杉作(??)その時はコンタクトはなかったんだ。
岡その時、朝に白い発光体がボクの寝てる足元に立ってね、ボクがもがき苦しんで。その時、オレたちがしゃべった言葉を書けっていうんで書いたら……「数年後にコンタクトをとる」って……だからしっかりやれって。まあ数十年後だよね結局、コンタクトがきたのは。
杉作その間というのは?
岡それで東京出てきて、宇宙人なんて頭の中にないわけ。で、広島の原爆、戦後史研究会というのを映画作家と組んで二人でやってたわけ。山際永蔵っていうんだけどね。ちょうど*大島渚とか吉《*》田喜重とか、ああいう連中がワッと出た時で、そんな連中とつき合っているうちに日大の映画学科の連中とボクはつき合い出したわけ。それで今度添島豊っていうモダン・ジャズの批評家とつるむようになって、そいつの弟が*大林宣彦の学校にいたわけ。それで大林と知り合いになって、一緒に八ミリ映画作って遊んでたわけよ。大林が絵描きのアトリエが映画に欲しいっていうんで、一緒に撮影やって仲良くなって、大林が「岡さんも出ませんか」って言うからさ、「ああ出てもいいよ」って言って、出た。
編集者『いつか見たドラキュラ』(大林宣彦監督の自主制作映画。映画ファンの間では伝説的な作品)ですね。
岡 で、ボクは絵の学校行ってないからさ、独学で画家になった。その頃、前衛美術会っていうサークルの画壇があって、上野の都美術館で年一回展覧会やってて出したの。その前に読売アンデパンダンにも出したけど、それで左翼の前衛美術会に入って、そしたらすぐ委員にならないかっていうんで委員になって、それでずーっと今まできてる。
大槻なるほど……ところで他のコンタクティーの人が書いた本なんか読みますか?
岡他の人の? 読みますよ、たまに会うこともありますしね。テレビ局で会ったりさ、北海道の藤《*》原(由浩)さんとかさ。
大槻藤原さんは今何を?
岡セメント会社に入ったらしいよ、技術の免許取って。
大槻コンタクティーには、岡さんととても似たような話をする人って多いですよね、「ある日突然小人に会ってしまって、以来コンタクトをするようになった」とか、「謎の光に包まれて、その後、異星人の声が聞こえるようになった」とか。……ただアメリカなんかでは、そういうのは現実に起こった出来事ではなく、精神的、心理的なものを原因とする、いわば「内面的異常体験」にすぎないのではないかとする説なんかもあるみたいですけど。
岡ああ、あるねぇ。
大槻……そういうのとは違うんですかね? 岡さんの場合は。
岡ええ違いますね。(キッパリ)
大槻物質的にそういう奇妙な現象が自分に起こっていると。
岡そう。(キッパリ)向こうと関係してやっているわけ。だからこういう写真を撮らせたいんだろうね。ボクの絵が売れて金が入るのもコンタクトのためなのかね。絵が売れる、宇宙船を撮るカメラが買えると。
大槻……あのう、もう少し異星の様子を聞かせてもらえますか。
岡星で生肉食べたことあるよ。
大槻は?
岡生刺しっていうんですか? 向こうの連中と遊覧船みたいの貸し切って行ったの。そしたら海洋公園かな、動物園があって、そこに恐竜みたいなやつ飼ってんですよ、それで背中に乗ってムチ持ってペッペッペッてやってね。(なんだかとっても楽しそう)そしたらみんなが集まってね、生板ね。寿司屋行くと板があるでしょ。あんなデッカイやつがあってね、肉切ったやつがバーッとあるわけ。で、食べろって言うから食べたの。
杉作どんな味でした?
岡のんじゃった。(ありゃりゃ)
杉作でもそれは二つに分かれた一つの方の自分が食べてるわけでしょ。すると朝になっても腹いっぱいってことは……。
岡ないね。この間は宇宙船でイギリスに行った。そしたら円盤の中で突然「おめえそこで何やってんだ!」って日本語で怒鳴られたんだよ、オレ。しゃくにさわったからコップ投げてやったんだよ、パーッと。そしたらボコッていって壁がカーテンみたいに揺れたわけ。それでストーンと落っこったの。それでまた見えたら、今度は銃をつき出して黒い発射のあれがバッときたの。
杉作撃たれたんですか?
岡撃たれたの。そういう体験もある。後でまたその人と会って、「今度は撃たねぇだろうな」って言ったら、「撃たない」って。
編集者撃たれて……大丈夫なんですか?
岡だからテレポート用の射撃なんだよ。撃つとパッと宇宙船の中に入っちゃう……そういうアレなんだよ。
一同そういうアレなんですか。
岡一対一の決闘もやったもんね。
大槻あらま。
岡真昼の決闘よ。アハハハハハ!
杉作どんな?
岡ある農家の牛小屋でね。(えっ? 異星の?)ピストルを持った男が入ってくるの。ピストルに白い布が巻いてあって、それをほどくわけね。で、ボクが銃をつかんだわけ。そうすると視野が標準になるわけ、プラスとマイナスがパッとね。そうするとこいつの顔と顔の中心がスーッときて、目がスーッと入るわけね。そうすると見えるの。このぐらいの長さの針が目の中に入っていくんですよ、相手の。それで入っていって爆発するの。
編集者(???)そうすると……死んじゃうんですか?
岡そりゃそうよ。
(一同 ???)
岡そうすると相手のピストルは目の前通過していくわけ、後ろに倒れるからね。火を吹いてね、あれは怖かったね。
大槻宇宙人は何のために決闘を?
岡試そうとしたんだろうね。もうそのぐらいの実力は持ってるだろうから、こういう体験も必要だっていうんで……。
(一同 笑)
大槻すごいことを。命懸けですよねぇ。
――ここで岡さんの『宇宙旅行リポート』を見せてもらう。
編集者わあ、英語がいっぱい。これじゃわかんないなあ。セントラル・センターが英語で書けと言ったんですか。
大槻ピラミッド族が英語を習えと。
岡そうそう。でね、アンタレスに大きな教育機関があるんですよ。そこでエデュケーション受けて、牡牛座でね。そこの学者が学問上と政治上の理由でね、流刑に処せられたわけ。それで山奥へ追放されたわけ。それをボクらは助けようと。そのためにアンタレス行ってさらに勉強をしてね。それでその学者助け出して、そいつをメインに学閥つくらせようっていう遠大な計画があるんだよねぇ。(本当に遠大だ)
杉作これからそれをやるわけですね。
岡ところがね。
大槻ところが?
岡ところが、もう今しゃべっちゃったから敵は知ってるわけ、この計画!
(一同 ハレホロヒレハラ)
岡ヘッヘッヘッヘ。
杉作今ここでしゃべっちゃったから。
大槻あららら。ダメじゃないですか岡さん、やばいですよ。
岡いやいや、こちらはその上をいってますから。エッヘッヘッ。裏をかくってことをやるわけ。
大槻……そういった計画がここに書かれているわけですね。
岡そう。ボクね、*カゼットオフィスっていうのを月に造って、ここは第二オフィスなの。第三オフィスは月の近くにあって、第四はもっと地球に近いところにあって、保有機数は数千機。実は数万機だけど数千機っていう公表でやってるわけ。
大槻はあ……あの、たとえばアダムスキー(有名なコンタクティー。いわゆる「アダムスキー型UFO」という言葉は彼から来ている。金星人に会ったと主張し有名になるが、その後トリック写真がばれたり、円盤同乗記を発表するより以前に、彼が「円盤に乗って宇宙を旅するSF小説」を書いていたことが暴露され、信用を失う。しかし、今でもアダムスキーを信奉する人々の団体「GAP」が存在している)なんて人については、どうお考えですか?
岡あんなの眼中にないね。
大槻エドアルド・ビリー・マイヤー(どっからどう見てもトリックとしか思えないUFO写真を大量に公表している人)とか、クロード・ボリロン・ラエル(人類の創造主である宇宙人エロヒムを迎えるために、エルサレムに大使館をつくろうなどとトンデモないことを言っている人)とか、そういうコンタクティーとも岡さんは違うと。
岡うん。ところでちょっとこれ見て。(やおら一枚の紙を出す)
大槻なんですか、これ?
岡*ジャパン・スケプティクスのチラシ。
大槻メンバーが書いてありますね。あ、大槻義彦教授が運営委員やってる! 大槻教授ってサイコップなんだ!(これはボクの明らかな早とちり。サイコップとは、やはり超常現象を科学的に批判しようというアメリカの団体で、ジャパン・スケプティクスとは友好関係にあるが、はっきりと別の団体。ちなみに、サイコップやジャパン・スケプティクスのことを超常現象情報を隠蔽工作するためにCIAが設立したとの噂もあるが、そりゃ嘘、そんなにお金のかかった団体ではないらしい)
岡さらなる情報はまた、来週あたりに入手する。
大槻いやー、これは驚きました。
岡これがわがオフィスの仕事、ヘッヘッ。
編集者でも大変ですね、四つもオフィスを。
岡だから結論として、宇宙人は地球人の知識を平均化するっていう計画を持ってるわけ。
大槻それは何のためにですか?
岡各国力を平均化する。だって今アメリカがかなりいばってるでしょ。ヨーロッパ、イギリス、そしてアメリカね。まあフランスはアメリカ、イギリスと対立してるみたいだけどね、下では手を握り合ってる白人権力だからさ。それで他の人種抑えて長になるっていう感じなんじゃない。だからね……。
大槻はい。
岡だからオタクたち助かったわけよ。知らないだろうから教えてあげようと思ってね。
一同ありがとうございます。
杉作最近も、やっぱり自由が丘周辺ですか? UFOをご覧になるのは?
岡自由が丘ね。
杉作自由が丘っていうのは、宇宙人が基地にしようと争奪戦みたいなことになっているわけですか?
岡じゃなくて、領有地。ここに大きな宇宙基地造るわけ、ヘッヘッヘ。等々力に。
大槻しかし等々力は……目立ちませんかね。(つっ込むが)
岡すごいもの造るんだよ、バーンと。(言い切られる)
杉作すると等々力にある新《*》日本プロレスの合宿所は〓
大槻新日のヤ《*》ングライオンたちは〓(大槻、杉作、さかんに新日若手レスラーの居場所がなくなることを心配するが)
岡すごいよ、でっかいんだ。バーンとね!(んな奴らのことなど当然眼中にない岡さんであった)
杉作宇宙基地建設を阻止しようとする勢力もあるんですか?
岡それは日本政府。っていうよりジャパン・スケプティクス。大槻義彦とかああいう連中が抑えようとしてるんだ。
大槻大槻教授が等々力宇宙基地建設を阻止しようとしているわけですか?
岡あとアメリカのサイコップ、赤狩りの*マッカーシーみたいな団体の、最大のUFO潰し。それにCIAがね。宇宙船とか今見せた写真とかああいうの撮ってね、それで後でお前の撮った写真はニセ写真だっていうことにして、自分たちは技術的にどうとでも理屈づけできるからね。宇宙へ出るにはどういう機体がいいとかって全部科学者に流していくわけ。それが今問題になりつつあるね。それでボクは今やってるんですよ。ジャパン・スケプティクスの活動について、こっちも神経とがらしてるわけ。
大槻日夜努力されてるわけですね。
編集者そろそろ時間の方が……。
大槻そうですね。最後に、何を聞いたらいいものか。
杉作異星人に女性の方はいらっしゃらないんですか。
岡いますよ。
大槻……異星の女性と、恋におちたりなんてことも……。
岡セックスならあるよ。
(一同 大ショック!)
大槻エーッ〓
杉作そ、それは?
編集者一体どんな?
岡男とセックスしたこともある。(キッパリ)
(一同 ドッカーン〓)
大槻エーッ〓 ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、異星人の男と〓
杉作じゃ女の人とももちろんですね。
岡女の人はね、等々力にいた時にね、すっごいの。
大槻何が〓 ワハハハハ。何がすごいの〓 ワハハハハハハハハ。
岡ドアをすりぬけてバーッと来るわけね。それで裾をめくるんだよ、バーッと。わあ大変だっていうんで、見たら女だからさ。机が傍に置いてあって、電話が置いてあったから警察に電話してやろうと思ったら布団の中に引きずりこまれてね……やったことある。
大槻レイプされたんですね、異星人に。
岡レイプされたの。
大槻どうでした。
――ここで岡さんはニヤリと笑い、そして言った。
岡よかった。
(一同 大爆笑)
大槻ワハハハハハハハハハハハハハ!
杉作ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!
編集者ギャハハハハブワッハハハハハ!
岡ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ。
……なんちゅーか本中華、まるで芥川龍之介の『河《*》童』を読むような、不可思議な体験談ではないか。
岡さんは現在も、宇宙旅行を続けているのだという。
このインタビュー再録に際し、岡さんと電話でお話しすることができた。
「ガイコツってあるだろ?」
と、岡さんはいきなりボクに尋ねた。ハ? と聞きかえしたボクに彼はうれしそうに言った。
「こないだガイコツ型のUFOを撮ったよ」
世田谷の青空に、ぽつんと浮かんだガイコツ型のUFOと、それを見上げて微笑む岡さんの姿を想像し、ボクはなぜだか、行《の》雲《ほ》流《ほ》水《ん》という言葉を思い出し、心ならずもホノボノとした気分になったのであった。
いいなあ岡さん、好きだなあ。 岡美行
一九二八年十一月十六日生まれ。五八年には前衛美術会(現在の駒展の前身)の会長にも就任しているれっきとした画家である。二十年前宇宙人に遭遇して以来、UFOで宇宙旅行をしているコンタクティーとして、その世界ではつとに知られた有名人。最近では、『浅草橋ヤング洋品店』(テレビ東京)に出演し、その異様な風貌とキャラクターで一躍人気者に。自由が丘在住。
秋山真人
一九六〇年静岡県生まれ。七四年のユリゲラー来日を機に起こった第一次超能力ブームの時、エスパー清田、関口少年らとともに超能力少年としてテレビに登場。ブームが一段落した後は超能力開発の研究に専念し、現在は超能力研究機関「ボストン・クラブ」代表。UFOコンタクティーとしても有名。
『D坂の殺人事件』
江戸川乱歩が一九二五年に発表した短編小説。SM小説としても楽しめる。
『イレイザーヘッド』
『エレファントマン』で一躍有名になったデビッド・リンチが、一九七六年に自主制作で作った長編デビュー作。深夜の名画座で上映され、映画マニアの熱狂的な指示を得た〓“ミッドナイト・カルト〓”の代表作としても有名。
『8時だヨ! 全員集合』
毎週土曜日の八時から一時間、公開生放送で行なわれていたドリフターズのお笑いバラエティー番組。一九六九年の十月にスタート。七一年の再スタート以降は、たえず試聴率が二〇パーセントを超えていた「お化け番組」。ゴールデンハーフ、後にキャンディーズがレギュラー出演。〓“ちょっとだけよ〓”〓“カラスの勝手でしょ〓”ほか流行語にもなったギャグを数多く生んだ。八五年九月二十八日が最終回。
大島渚
一九三二年京都生まれ。映画監督。日本のヌーベルバーグの旗手として登場。日仏合作の『愛のコリーダ』(七六年)は猥褻か芸術かで賛否両論の議論を巻き起こし裁判にまでなった。
吉田喜重
一九三二年福井県生まれ。映画監督。大島渚らとともにヌーベルバーグの旗手と言われた一人。
大林宣彦
一九三八年広島県生まれ。映画監督。八ミリで自主制作映画を撮っていたが、六〇年代に、『伝説の午後―いつか見たドラキュラ』を一六ミリ自主映画で発表して脚光を浴びた。『転校生』(八二年)『時をかける少女』(八三年)ほか。
藤原由浩
一九七四年四月六日に、頭にアンテナを立てたタコのような宇宙人によって、円盤に吸い込まれたと証言。藤原さんはその後も何度か円盤に吸い込まれ、その際、左右の耳たぶに受信機と送信機を埋め込まれたり、宇宙人から「石」をもらったりしていると主張。また、コンタクト直後から、藤原さんはスプーン曲げなどの超能力がそなわったという。
カゼットオフィス
〓“カゼット〓”とは岡さんが異星人からもらったという〓“宇宙名〓”のこと。つまり月にある岡さんの事務所。
ジャパン・スケプティクス
超常現象を科学的、合理主義的な見地から判断しようという目的でつくられた団体。
新日本プロレスの合宿所
世田谷の砧にある道場兼合宿所。ヤングライオンたちがここで生活している。
ヤングライオン
新日本プロレスでは新人・若手レスラーのことをこう呼ぶ。
マッカーシー
(一九〇九〜五七年)アメリカ共和党上院議員。第二次世界大戦後まもなくアメリカで吹き荒れた赤狩り(共産党党員の公職追放)の煽動者。
『河童』
「ぼんやりとした不安」と遺書に残して昭和二年に自殺した文豪・芥川龍之介の遺稿のひとつ。体力の衰えに加え、精神的にも衰弱していた晩年の芥川龍之介の代表作。
遠藤誠を知れ!
〈対談・遠藤弁護士〉
「のほほん人間革命」もこれにて最終章。結局、大槻ケンヂという人間は、いまだに世俗のアカにどっぷりつかったままである。
幻覚サボテンやタンキングを体験し、宇宙旅行者と語り明かしてさえも、ボクはこれっぽっちも人間的成長をせなんだ。
「だめだこりゃ!」
〓チャッチャッチャッチャッチャカチャッチャチャチャチャチャ〜!(ステージ回転し、野口五郎登場『真夏の夜の夢』を歌い始める)
……と、ドリフターズな終わり方をするのがボクは好きなのだが、読者の中には「おい、こら、ちょっと待て!」と、つっ込まれる方もあろうから、最後に、ボクからみて、「う〜ん見事に『のほほん人間革命』に成功しておられる!」という人物と対談をしようと思う。
ボクは彼の左翼思想に対して肯定も否定もしない(だってよくわかんないんだもん)。ただ、ゴーカイでいながらヒョウヒョウとしていて、少し助平(失礼)なこのおっちゃん(重ねて失礼)の生き方に、何か感ずるものがあるのだ。口から出てくる言葉はどれもこれも血の吹き出るほどギリギリと熱い内容なのに、まるで奇術師がピンポン玉を次から次へと出すように軽やかにお話を聞かせてくださる。
「行《の》雲《ほ》流《ほ》水《ん》」という当て字をボクに教えてくださったのも実はこの人、弁《*》護士・遠藤誠さんである。
*
大槻もともとは何をなさっていたんですか?
遠藤オレ? 弁護士の前は裁判官。裁判官の前は学生運動の闘士。日本の歴史上ね、火炎瓶を初めて発明したのが、俺《*》のグループ。昭和二十七年のことです。
大槻生まれながらの、あのー、左翼思想家なんですか?
遠藤あー、十四歳まではバリバリの軍国少年。もう天皇陛下の御ために鬼畜米英をやっつけねばと思ってました。
大槻だって、今じゃ……。
遠藤今は、ひっくり返った。今はもう完全に左翼。
大槻もう、なんか、けっこう国家権力や天皇陛下に対して滅茶苦茶な書きようじゃないですか。
遠藤「国家権力は存在してること自体犯罪的である」という世界にいるわけだ。
大槻十四歳の時になんかあったんですか?
遠藤僕のおやじが、小学二年の時に戦死したの。で、親の仇を討ちたいと。そのためには一兵卒で討つより大将の方がやりいいだろうと。それで将校生徒養成所の仙《*》台陸軍幼年学校に入ったの。
大槻ハイ、ハイ。
遠藤あともうひとつは、鬼畜米英の魔の手から日本民族を救うためには俺が死なねばならぬという考えもあった。ところが戦後いろいろ考えてみると、どうもあの戦争は侵略戦争であったと。日本の支配階級と国家権力の利益のために、僕の愛する父まで殺されてしまったということがわかったわけ。そこで、戦後は虐げられてる民衆のために「俺が死なねばならぬ」という方向に、そのまんまスーッといっちゃったわけですよ。
大槻はあー。でも、国家権力側でも哀れな人もいるんじゃないスか?
遠藤あー、一人ひとりはね。しかし組織の中に入ったら彼らはもはや人間じゃないですよ。
大槻ああ、なるほどね。
遠藤法律マシーンですよ、マシーン。マシーンには人権はないもん。
大槻ああ、ないっスよね。でも、左翼の人も集まると組織になって……。
遠藤だからね、左翼っていってもあらゆる権力否定だから僕の場合は、左翼というより〓“アナ〓”でしょうね。アナーキーね。
大槻アナーキー。ア《*》ナーキスト。
遠藤かっこいいね。アナはアナでも女性の穴もあるけどさ、そっちじゃないって。
大槻ア、アハハハ……。
遠藤ところで対談は始まってるの? これ。
大槻ええ、もー始まってます。
遠藤なんだ、アハハハハ。
大槻左翼的な弁護活動をしていると当然右翼の人から睨まれるじゃないですか。身の危険とか、そういうことって何度もあったんですか?
遠藤僕は人間の生死についてね、こう思ってるんですよ。別冊宝島(別冊宝島一六九号『裁判ゲーム』に収録の記事、「怪物弁護士・遠藤誠は二度死ぬ」松永憲生・著)にも書かれたことがあるんですが、遠藤誠はもう二度死んでんだと。
まず第一回目がね、えー、僕のおやじ……愛する父親が昭和十三年に戦死したわけね。そん時のおやじの歳が満で言うと三十四歳。だとすれば、俺だって三十四歳で死んでもいいはずなのに。その後の人生は、いわば付録である、オマケだという思いがあるわけ。これがまずひとつ。
もうひとつはね、僕昔はね、一夫多妻主義者だったでしょ。いっぱい女性をつくっちゃってね、にっちもさっちもいかなくなって……。
大槻ワハハハハハハ〓
遠藤昭和五十三年五月二十二日に、大酒食らって、*ブロバリンを二百錠飲んで死んじゃったんですよ。
大槻誰がですか?
遠藤俺が。
大槻はぁ、はぁ、はぁ。にっちもさっちもいかなくなって――。
遠藤こんな男が生きてるとね、次々と若い女性たちが毒牙にかかって、被害にあって……。諸悪の根源は、抹殺することが人類のためだという結論に到達したもんで。ところが、たまたま飲んだ部屋が、そのころ何人かいた女性のうちの一人のマンションなわけ。彼女に発見されちゃったんですよ。
大槻某アイドルみたいですね。
遠藤あっそう。で、九死に一生を取り留めた。そこでね、それまでのドロドロとしたスケベったらしの遠藤誠は完全に死んじゃいまして、それ以後の遠藤誠はまったく別の人間になっちゃったんですよ。
大槻ほぉー、じゃ今は、別に誰に殺されようと……。
遠藤何をされようが、どうでもいいと。
大槻遠藤誠先生の書いた『帝《*》銀事件と平沢貞通氏』を読みまして、これはなんちゅう面白い本かと。あのー、なんというか、こういう読み方をしていいのかどうか、サスペンス小説を読むような。つまり帝《*》銀事件という昭和二十三年一月二十六日午後三時三分。東京豊島区で起こった、大量……。
遠藤……毒殺。
大槻大量毒殺……。
遠藤……強盗。
大槻大量毒殺強盗事件。で、平沢貞通という人が捕まったんですが、実は、本当は冤罪じゃないのかというんで、それがどんどんどんどん暴かれていくという。これは面白いなーとボクは思いまして――。平沢さんはもう亡くなられてしまったわけですよね。
遠藤はい、そうです。昭和六十二年に九十五歳でね。
大槻あら、まぁ、すごいですね。
遠藤第一ね、牢屋というところは生活環境としてはいちばん最悪な場所なんですよ。だから本当に人を殺してる犯人であればね、長くとも大体六十代〜七十代で獄死するらしいですね。九十五歳まで生きるってのは並大抵じゃない。自分はやってないのに死刑囚だと烙印を押されちゃって、その恨みを晴らしたい一念に支えられちゃってたもんだから、九十五歳まで生きちゃったんですよ。
大槻はぁ――。で、だんだん読み始めて、まあ、遠藤先生からいただいたんで読んだわけですが、最初に「うん〓」とまず思い始めたのが、この平沢さんという人は、大正十四年に狂犬病の予防注射のためにコ《*》ルサコフ症候群という病気になっちゃったんですね。
遠藤なっちゃったんですよ。
大槻で、この病気というのが作話症。すなわち作り話をするのと、人からの暗示を受けやすいという――っていうのを読んだ時、なんだこりゃと思ったんですけど、こんな病気があるんですか?
遠藤あるんです。
大槻しかも、平沢さんが飼っていた犬の名前が「ポチ」っていうんですよね、これが(笑)。……愛犬ポチが狂犬病になったがために、平沢さんの人生は変わってしまった。そこで、また次のページをめくると、逮捕後三十四日目に行なわれた取調べの調書の中身が支離滅裂で、随所に仏が現れて平沢さんに教示したと、そういう風に書かれていますよね。そして、この仏とは実は高《*》木一検事のことなのである。――と。
遠藤そうです。そのとおり、そのとおり。
大槻平沢さんは、どうしてまた「仏」と言ったんですか?
遠藤まぁー、それもやっぱり彼の作話症のひとつでしょうね。本当は、「検事さんがそう言えと言っておるので私はそう申します」と言えばそのままになったんでしょうが、やっぱりそこにね、フィクションを加えないと気がすまないというところが、まさに作話症。
大槻えっ、じゃあ、遠藤さんが平沢さんと直接お会いしてる時も、時々アレっていうのはありました? 作話してるなっていうのは――。
遠藤ありました。えーとね……。当時九十三歳でしたが、面会に行ったら、「ここの刑務所の看護婦どもはみんなワシに惚れて困ってんですよ」って言うんですよ。
大槻(笑)あっそうですか。
遠藤「看護婦さん、本当ですか」って聞いたら、「あー、またじーちゃんのホラが始まったんですよ」ってね。最後まで彼はこうでしたね。
大槻でも、本当に昔は女性にはもてたそうですね。
遠藤そうです。しかも超一流の画家ときてるから。
V大槻 やっぱ、結婚詐欺師なんかもそうですけど、作話する人ってもてるんですよね。三《*》浦和義なんかもそうとも言えるのかもしれない。ところで、そういう高名な画家でありながら、帝銀事件のちょっと前に、そのー、軽い詐欺事件みたいのを起こしていたと……。
遠藤そう、そう、そう。ありました。三《*》菱銀行丸ビル支店事件ね。銀行の他のお客の持ってた札を、地ベタに落ちてたんで、それを拾って、「何番さ〜ん」って呼ばれた時に「は〜い」って言って、人の通帳とハンコと金一万円をもらっちゃって。
大槻じゃ、変わった人ではあったんですね。
遠藤……ですね。それは言えます。だから、道徳的に見て、どうかと思われる面はありましたね。だから、百パーセント素晴らしい人格の持ち主でなかったことは確かです。
大槻ほぉー。それでも、なおかつ遠藤さんは平沢さんは白だと確信したんですね。
遠藤ええ。犯《*》罪学の常識なんですが、詐欺ってのは知能犯ですよね。それから、強盗殺人ってのはいわゆる強力犯ですよ。詐欺ができる奴は、強殺は性格的にできないと。それから、強殺ができる奴は、直線的に行動する性格ですから、詐欺などという頭を使う犯罪はできない、ってことが常識になってるんですよ。
大槻そして、また何か、調書の指紋が、実は検事側が……。
遠藤偽造。
大槻……偽造したインチキ指紋だったわけですね。
遠藤そう。
大槻それは、もう、科学的にも……。
遠藤*証明されてんの。
大槻証明されてるのに、検事側は認めようとしてないわけでしょ。
遠藤そのとおり、そのとおり。
大槻いや、これ読んでちょっとゾーッとしましたよ。
遠藤そうなんですよぉー。ほんっとに、そうなんだもん。で、警視庁は、真犯人まで突き止めておった。
大槻えーと、細菌兵器の生体実験を第二次世界大戦の時に行なったといわれる七《*》三一石井部隊の……。
遠藤*諏訪中佐です。
大槻ボクそこまで読んだ時ね、これは全部遠藤さんの創作なんじゃないかなとさえ思いましたよ。
遠藤そう。しかし、*GHQアメリカ軍総司令部は警視庁に対して、七三一に対する捜査中止命令を出した。
大槻それは、アメリカも七三一部隊のつくっていた違法な毒薬兵器をいずれは戦争に使いたいからと。だから、それで七三一部隊が捕まっちゃったりなんかすると……。
遠藤そう、そう。全部それが発覚するわけ。マッカーサーも首とびますよ。だから隠したんです。
大槻マッカーサーが囲い込みたかったわけですね。
遠藤そう、囲い込み。だってパクられたらGHQの国際的犯罪行為が全部明るみに出ますよ。
大槻ほぉー。確か、諏訪中佐はちょっと頭がおかしかったんだそうですね、何とか中毒の……。
遠藤ええ、パ《*》ビナール中毒といって多少頭はおかしかったみたいですね。僕会ってないからわからないんですが、当時の捜査主任の成《*》智英雄という警部が書き残した手記によると、帝銀事件の生き残り証人の言う犯人の人相、風体、骨格にピタリ一致した男だそうです。
大槻ただ、平沢さんも似てますよね。
遠藤この世の中には顔つきの似てる人ってのは結構いるんですよ。あの帝銀事件では犯人のモンタージュ写真がつくられたんですが、それに似てるということで、取り調べを受けた容疑者は全部で約一万人いるそうです。
大槻アラ、まぁ。
遠藤 それぐらいいっぱいいるんですよ。で、しかもね、平沢さんが、いちばん最初の段階に警視庁で生き残り証人の面通しをさせられたんですが、その時は十一人(帝銀と後に述べる安田銀行と三菱銀行の行員)中六人が違うって言ったんですよ。残る五人は似てるけれども断定はできない。だれ一人として、こいつが犯人だって言った証人がいなかったんです。警視庁ももう釈放しようかと思ってたら、その直後に例の詐欺事件、あれが発覚したわけだ。で、そのまんま留め置かれてそれから連日連夜、責めたてられたわけですよ、「やったろう、やったろう」と。で、そのうち今度ね、被害者の供述が、微妙に変化してくるんですよ。
大槻うんうんうん。
遠藤警察は平沢氏に犯人が着てた服装を着せて、犯人がぶらさげてた鞄ぶらさげさせて、また面通しさせるんですよ。これでどうだと。そうすると、だんだんと、「そっくりですね、この人だったような気がしますね」と供述が変わっていくわけ。
大槻ほー、そういう風にやられたら、若人アキラでも郷ひろみに見えますからね。
遠藤見えてきますよ、そりゃそうだよ。
大槻あと、もうひとつなんですけど、まずどこで、捜査線上に、平沢さんがうかんだかといえば、ナゾの名刺事件というのがあったそうで……。
遠藤〈松《*》井蔚医学博士〉という人物の名刺ね。
大槻つまり、帝銀に薬を持ってきた人が持ってた名刺ですか?
遠藤いや、帝銀事件の予行練習として犯人がやった昭和二十二年十月十四日の安田銀行荏原支店事件(未遂)の時に、犯人が荏原支店に置いていった名刺。
大槻で、その名刺を調べていくうちに何枚か怪しい名刺があったと。
遠藤ハイハイハイハイ。
大槻で、その時、遠藤弁護士に言わせれば、ちょっと思い込みの激しい……。
遠藤居《*》木井警部補ね。
大槻その思い込みの激しい居木井警部補が、なんですか、占いの……。
遠藤大田区入新井にあった占い館『*五聖閣』っていったかな。
大槻……に行って、占いの人に見せて、「これだ」って言ったのが平沢さんだったという。
遠藤そうです。
大槻しかし、こんなことがあっていいんですか?
遠藤あってよくないと思うんだけど、あっていけないことがいまだにまかり通ってるんですよ。いまだに彼に対する再《*》審開始決定は出てないんです。ただ、今、第十九次再審請求をやっているんですが、来年中頃までで全部証拠を提出し尽くしますから、その頃から、裁判所は何らかの行動に出るはずです。もしかすると再審開始決定を出すんじゃないかなと思っているんですが、もしそれが出たら、また、大騒ぎだわね。
大槻あの〜、諏訪中佐は、帝銀事件の一年後に死んでるんですよね。
遠藤そっ、原因不明で。
大槻これ、もう、ずばりどう思われますか? GHQが殺したんでしょうかね?
遠藤GHQの秘密警察の部分だと思いますね。口封じ。
大槻やぁー、びっくりしちゃった。そういえば、毒薬といえば、最近、松本のサリン事件とかありましたよね。で、その松《*》本毒ガス事件でもうひとつボク面白いなあと思ったのが、歴然と、マスコミや警察が、Kさんでしたっけ? あの人を犯人に仕立てようとしてましたね。
遠藤してました。
大槻あれ、ボクが見てもわかりましたよ。だって、何か真犯人として逮捕状が出たとか、らしいとか、どんどん報道がそういう風になっていくんだもん。あの人の家が画面に映った時、誰だかわかんないおじさんが映ったんですよ。で、レポーターの人が「この人がKさんです」って言ったんだけど、そのすぐ後に「あの人は、全然関係ない人でした」とか適当なんですよ。どんどんどんどん犯人をKさんにしていこうとしてるのが見えて、「怖いなぁ、これは」と思いましたね。
遠藤そのとおり。で、あのKさんの場合は逮捕前から弁護士がつきまして、彼が一生懸命ガードしたおかげで、いまだに冤罪による逮捕にいたってないんですが、平沢氏の場合はそれがなかったんですよね。
大槻ハイハイハイ。
遠藤あの当時のマスコミもね、やっぱり平沢君を犯人に仕立てよう仕立てようという方向で動いてましたよ。
大槻あのー、たとえば国家権力がそういう方向に持ってこうとしたら、それから逃れるってのは――。
遠藤不可能!
大槻不可能……ですか?
遠藤僕の友人のある検事とだいぶ前飲んだ時ね、彼が言ってたんですよ。「遠藤さん、われわれ検事が自白調書を取ろうと思ったら、どんな人間からでも取る自信がある」って言うんですよ。「やっていようがやっていまいが、そんなのは関係ないんです」って言うんですよね。それを聞いて僕はゾーッとしたね。現実にそうなってるって。
大槻ほぉー、洗脳しちゃうわけですね。簡単に言うと。じゃあ、今ある犯罪事件でも、あいつは何か悪いことしたっていうので罪人扱いされてる被告人の中にも、もしかしたら、冤罪というのも……。
遠藤いますね。おそらく相当いますね。
大槻でもね、中には「自分はやってない、遠藤さん」って言ってきても、〓“こいつやってるなぁ〓”って人、ぶっちゃけた話、いません?
遠藤あるね、あります。
大槻そういう時ってのは、どういう心境ですか?
遠藤そういう時はね、検察側の手持ちの証拠――ま、有罪であるという証拠全部を記録謄写して、眼光紙背に徹して読みますね。で、僕が裁判官になったつもりで、遠藤地方裁判所の判決を下すわけよ。で、その結果、本人はああ言ってるけど本当はやってると思った場合は、「僕はいろいろ検討した結果、あなたの弁護をやってあげる自信がありません。ですから弁護依頼を辞退させていただきます」と、率直に本人に伝えます。
大槻ほぉー。いや、でもしかし、恐ろしい話ですよね。その、やったかやらないかっていうのを他人が決めるわけでしょ、裁判っていうのは。じゃ、たとえば平沢さんに関してそれだけ冤罪だという証拠がありながら、検事側は認めないわけでしょ。
遠藤認めないわけです。
大槻それって、いかなる精神状態なんでしょうね。だって検事の人だって一人ひとりはいい人でしょ。そんなに悪い人じゃないじゃないですか。
遠藤結局ね、権力としてのメンツですよ。
大槻ほぉーほぉーほぉー。人ごとじゃないっスよねぇ。オレなんかも何かでとっ捕まって……。
遠藤「自分は死ぬまで罪を犯さないって断言できる人はいるだろうしかし、自分は死ぬまで罪を犯したと疑われないと断言できる人はいない」と私は自《*》分の本で書きましたが、本当にそうですよ。
大槻あのー、平沢さんの事件に次ぐような、大きいというか、凶悪な事件を担当されたことはありますか。
遠藤そうねー、数年前、最終の最高裁判決が下りて終わっちゃった事件に「*連続ピストル射殺魔」といわれた永山則夫ちゃんの事件がありました。
大槻あぁ、永山則夫。則夫ちゃんね(笑)。則夫ちゃんどうなっちゃったんですか?
遠藤則夫ちゃんは、一九九〇年、最後の最高裁の判決が下りまして、死刑が確定いたしまして――。現在、綾瀬の東京拘置所に収監中。
大槻あら、まー。
遠藤(死刑)執行はされていません。
大槻じゃあ、今は毎日死を待つ日々ですか。
遠藤そうです。
大槻いやぁー。
遠藤で、死刑執行は大体午前十時となっておりますので、毎朝十時になると、このー、看守の靴音が自分のドアの前で止まりはしないかということで、則夫ちゃんを含め死刑囚は、朝、飯がのどを通らないそうですよ。
大槻よく映画とか、コントにもあるシチュエーションですね。カツカツカツと看守の足音が自分のとこで止まるんじゃないかと、死刑囚が、こう……。
遠藤あれ、あれです。あれは、止まったら終わり。で、通りすぎると、「あーあ、今日も一日生き延びるんだ」と。
大槻たまに看守も驚かそうとして止まってみたり……。でも、永山さんがやったのは、完全に、事実ですよね。
遠藤あれは事実。否認はしてません。ただ、僕が彼の弁護をしたのはですね、少年法の関係なんですよ。少年法にね、こういう規定があるの。「罪《*》を犯すとき、十八歳に満たない者に対しては、死刑をもって処断すべきときは、無期刑を科する」と。彼が犯罪を犯した時は十九歳になったばかりなんですよ。ところが、何しろ小学校もろくろく行ってない子ですから、誠に悲惨な少年時代を過ごしておったわけね。それについては、僕がつく前の段階ですが、犯行当時の精神鑑定がでてるんですよ。
大槻ええ。
遠藤これについてはね、戸籍上の年齢ではないですよ。それが十七歳程度の精神年齢しかなかったという鑑定になってるんですよ。
大槻うん、うん、うん。
遠藤そうすると、確かに戸籍上の年齢は十八歳を超えてるけど、実質的にみてこいつは十七歳程度の能力しかなかったと。だとすれば、少年法の規定から「死刑をもって処断すべきときは無期刑を科する」という規定があるんだから、この規定に基づいて無期にすべきだと。
大槻それはまた、大胆な発想ですね。
遠藤いや、いや、いや。だってね、一審の東京地裁は死刑だったの。ところが僕がつく前の二審の東京高裁は、僕が後で出した弁論とまったく同じ論理で死刑判決を破棄してる。無期懲役にしています。ところがそれに対して検事が上告した。そしたら最高裁では二審判決を破棄して無期は軽すぎる、もう一回調べ直せと、また東京高裁に差し戻したわけ。
大槻はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
遠藤そしたら差し戻した後で、弁《*》護団と則夫ちゃんがもめたんですよ。意見の対立が起きてきた。それで則夫ちゃんは弁護団を全部クビにしちゃったんですよ。
大槻永山さんは、もうその頃は、拘置所の中で勉強して……。
遠藤あー、もう本をいくつか出した後。
大槻ハイハイハイハイ。
遠藤彼が獄中から『木《*》橋』とか『無《*》知の涙』とかのベストセラーを出したのは第二審判決の前後です。つまり、死刑から無期に転換する前後にかけて出したのね。だから、もう有名人だったわけ。それで弁護団の首を次々切る、それで誰もやり手がない。困ったのは第二次控訴審の東京高裁。死刑事件ですから弁護人がいないと開廷できないんです。とうとう半年ぐらい法廷が開けなくって、そこで誰か推薦してくださいと、弁護士会の会長と副会長が、朝十時頃、僕の事務所に、何とかこの事件をやってくれませんかと頼みに来たわけ。だけど、僕はね、断ったの。なぜ断ったかというとこれ理由があるんですよ。
大槻何ですか?
遠藤その数年前からね、なぜか獄中の永山則夫ちゃんから毎年年賀状が来るんですよ。で、「僕には今弁護人がいません。あなたが僕の弁護人をやりたければ、やってもいいですよ」って書いてあった。
大槻ハハハ。ずいぶんと――(笑)。やりたいならやってもいいですよ。
遠藤 「ただし遠藤さんが弁護人をやるんだったら僕に百万円差し入れてください」っていう年賀状が僕に来てたんですよ。
大槻それ、年の初めからむちゃくちゃじゃないですか。それこそ無知の涙ですよ。
遠藤ちょっとね。だから僕をくどきに来た会長に対してその年賀状を見せたの。こういうことを言ってくる被告人を弁護する元気は、私にはありませんと。
大槻ハイハイハイ。
遠藤そしたらね、午前十時から午後四時までくどかれてね。最後にこう言われたんです。「これは、日本全国の弁護士一万二千人全員の問題だと思って引き受けてくれませんか」と。
大槻はぁ、はぁ、はぁ。
遠藤で、そう言われるとね、遠藤誠っていうのは弱いんだよねー。さっき言ったように日本民族のために死のうとか、プ《*》ロレタリア階級のために死のうなんて考える男だからさー。いやって言えなくなって。つい、陥落しちゃった。
大槻で、永山則夫さんに何度も会いましたよね、実際。
遠藤何度か会ってるうちに、だんだんとね、かわいくなってきちゃったんですよ。
大槻はぁー。
遠藤事件は事件なりに、なぜこの子がこうなったかと、僕なりに分析をしたわけ。そしたらねー、五歳の時から親に捨てられて。極寒の網走です。そいでね、道端に落ちてる魚のきれっぱしなんかを拾っては喰ったりして。小学校もろくに行かず、誰からも助けられず、最後は社会と世間に対してものすごい恨みと怨念を持って育っちゃったわけね。で、最後は自殺しようとして、横須賀の米軍基地に入って、少し暴れて米軍から射殺してもらおうと思って忍び込んだら、たまたま米軍宿舎の中に女《*》性用のピストルと弾薬が置き忘れてるのを見つけて、それをかっぱらって殺人に入ったんですね。
大槻……なるほど。で、死刑が決まった今でも面会されることってありますか。
遠藤実刑判決が確定するとあらゆる面会は禁止になるんです。
大槻えっ、そうなんですか。
遠藤元弁護人も禁止です。
大槻親でもですか?
遠藤親っていうかね、死刑が確定すると、遺《*》骨引き取り役の身元引受人を決めなければならないことになってます。
大槻いやー、計り知れないですね、今どんな精神状態にあるのかというのは。死刑判決が下った時っていうのは、永山さんは、どんな様子だったんですか。
遠藤死《*》刑判決が下った直後、こう叫びました。「そんな判決を下すと、内乱が起きるぞ!」。
大槻叫びましたか。
遠藤はい、裁判長の前で。
大槻「内乱が起きるぞ!」かあー。
遠藤つまり自分はもういっぱしの名士だから。新日本文学賞ももらったし、自分を殺すなんて判決を下せば、自分の支援者が一斉蜂起してくれると。
大槻また傲慢な。
遠藤幻想だね。
大槻ちょっと精神的にやばいところまでいっちゃってたんですか。
遠藤そういう気はします、僕も。
大槻それで、判決が下った後に、少しは会えたんですか。
遠藤確定後、去年(一九九三年)、会いたいって言ってきたんです。そこで、事前に本人から拘置所に対して遠藤誠に会いたいという許可申請書を提出させてください。その上で許可を出しますという拘置所からの連絡を得まして。
で、けい子ちゃん(遠藤氏の奥さん)と二人で会いに行ったの。何の用かと思ったら、ただ一人の身元引受人と喧嘩しちゃって、クビにしたいと。ついては、*花柳幻舟さんに身元引受人になってほしいと、こう言うわけだ。
大槻何でですか?
遠藤わかんない。
(一同 爆笑)
大槻えっ、面識あるんですか? 花柳幻舟さんと永山さんは。
遠藤前にね、文通かなんかで支援活動をやってたことあるみたいだよ。だって幻舟さんだって、牢獄の経験あるでしょ。
大槻完全に反体制派、反権力。
遠藤反権力、反天皇、反差別、反……。
大槻……本家本元。
遠藤で、幻舟さんに頼んでもらいたいと。
大槻それも、また、何とも――。
遠藤自分は今、自由に手紙を出せないから、遠藤先生から、頼んでもらえませんかと。幻舟さんと僕は、面識ないの。でも、無理であろうが何であろうが頼まれたことはやってあげようと思って。
大槻それで……?
遠藤何か幻舟さんには幻舟さんの取り巻きがあるみたいだな。みんなで相談のうえお返事しますと。その後ね、条件つきで受諾しますって言ってきたの。その条件とはね、「獄中の則夫ちゃんから面会したいって言ってきても、こっちはこっちで忙しいから、必ずしも飛んで行けないかもしれない。そんな時は、文句を言わないこと。とにかく則夫ちゃんの要望にすべてお答えできないけれども、この条件をのんでくださるなら受けてもいいです」と返事がきた。
大槻えーっ、じゃあ、もしかしたら永山則夫の身元引受人は、花柳幻舟になるかもしれないと。
遠藤そこで僕は、則夫ちゃんに連絡して、こういう条件だけどイエスかノーかって。そしたら折り返し返事がきて、その条件をのみますときたわけ。
大槻おおー。
遠藤で、また僕から幻舟さんに連絡したわけ。そうしたらね、またそこで幻舟さん、私の取り巻きと相談しますからって言うの。で、二、三日後に、取り巻きと「相談した結果、条件をのんでいただいても、私としては、身元引受人の任務を遂行する自信がありませんので、ご辞退致します」と。
大槻ほー、知らなかったねー。全然ねー。
遠藤誰も聞きに来なかったから、言わなかったけど。
大槻いやぁー、あっ、そろそろ時間ですね。じゃあ、最後にまとめの方向で。
遠藤まとめの方向、はいっ、どうぞ。
大槻遠藤さんは、突然仏教に帰依なされましたよね。その原因が鬱《*》病だったってのを本で読んで、笑っちゃいけないんだけど、こんな元気な人がどうして鬱病になるかねと思ったんですが。何もかもいやになっちゃって、そこで座禅組んだら治っちゃった……。
遠藤そーそー。それまでね、僕は仏教なんて軽蔑していたわけ。けれども、東大病院の精神科でも、新薬でも治らなかった僕の鬱病を治してくれたのが、確かに座禅でしたね。
で、どうも仏教ってのは、なんかありそうだと。じゃあ、勉強しようかと思いまして、あらゆる宗派の最高経典を、参考書を片手に読み始めたのが昭和四十一年頃。
大槻あぁ、ボクが生まれた年です。
遠藤あーそぉー、そーですか。
大槻それで、あのー先生が書かれた般《*》若心経の本なんかも読んで面白かったんですけど、それによると、結局すべてのものは「空《くう》」であると。でも、「空」って人によっていろんな解釈がありますよね。
遠藤あります、あります。空とは、有と無の両方を超えた世界であるとか。おそらく書いてるご本人もさっぱりわからないで書いてるような本が多いんですが。
大槻その中で遠藤さんの「空」に対する解釈は――。
遠藤「ないこと」=ゼロです。
大槻それはどうして、そう思われるんですか。
遠藤だって、般若心経にそう書いてあるから。
大槻いや、でも般若心経は、色即是空、空即是色……。
遠藤それは、漢訳仏典――原本はサ《*》ンスクリット語なんですが、原本を見ると、「空」のところに、「シュウニャター」って書いてあるんですよ。古代インド語。今のヒンズー語ね。「シュウニャター」ってサンスクリット語辞典を引くと「ゼロ」って書いてある。
大槻はぁー。
遠藤だから要するに、「空」はゼロであると。
大槻この世のすべてのものは、ほんとはないんだよと。結構、面倒臭い時なんか、「イヤー、でも本当はこれ、ないんだから」って――。
遠藤そう。ない、ない。
大槻楽ちん楽ちん。何が楽って、ボクねー、コンサート出る前ってあがるんですよ。でも、色即是空、これはないんだよ〜って。
遠藤そう。あがらなくなる秘訣も、これにちゃんと書いてありますよ。
大槻あぁ、ありましたね。
遠藤なぜあがらなくなるか。
大槻要するに、人からの評価を……。
遠藤そーだよ、そーだよ、そのとおり。遠藤誠も昔はあがっちゃったんですよ。学生時代に。
公衆の面前で、話をする時、あがる人がよくいます。あれはなぜか。あれはみんなからよく思われたいと思ってしゃべるからなのです。みんなからよく思われたい、こんなことをしゃべったら笑われるかもしれない、こんなことを言ったら軽蔑されやしまいか、と思ったとたんにカーッとくるのです。ところがそーじゃなくて、人から悪く思われようが、笑われようが、軽蔑されようが、バカと言われようが演説下手と言われようが、への河童となると、絶対にあがらない。絶対に。
大槻ボクは、これを女の子と会う時に応用してるんですよ。緊張するじゃないですか、最初のデートって。そういう時に、ああ色即是空、色即是空って。
遠藤 (笑)いいですねえ。
大槻きれいなお姉ちゃんがいるけど、別に相手がどう思おうといいの、いいのってなると――。
遠藤そう思って接すると意外ともてるんですよ、逆に。
大槻いやあ「般若心経で、モテモテ」っていうのはなかなかいいっスね。
遠藤いいっス。確かに。
大槻今でも遠藤師匠はモテモテですか? ひところは相当女性の方はもう……。
遠藤いやあ、来る。若い女性がね、次から次へと僕の所へやって来る。ところが、わが仏教会の事務局長は、おかみさん。けい子ちゃんが今やってるわけ。けい子ちゃんの面前で、よそのかわいい子に僕が色目を使うわけにはいかない。教祖然としてね、厳かな顔をしてますと、新しく来た女性はだんだん諦めて去っていくわけだ。
大槻ああそうですか。でも、基本的には一夫一婦制には反対なんですよね。
遠藤もともとは*一夫多妻制が正しいんだと思ってたんだけども、現在は、しようがない。妥協して一婦一夫制で我慢しようと。そういうところに今はいます。
大槻……(笑)今は。なるほどね。いやぁ、話が豪快で、聞いてるとボクも元気が出てきます。
遠藤いいねえ。ケンヂさんは絶対女性と結婚しないと言っていましたが、これはやっぱり今も変わってませんか。
大槻先生に言われたことを覚えてますよ。結局ボクはね、「結婚だなんだって言っても、離婚だなんだってモメるんだから、それだったら夫婦なんてしち面倒臭い。オレは一生独身でいる」と言ったら、先生が、「それは相手の女性に執着する心である」と。「夫婦関係であるとか、愛情であるとかいうものが永久であると思うからいけないのだ」と。
遠藤そのとおり、そのとおり。
大槻そういうもんは執着しない方がいいですかね、やっぱり。そんなのはなくなるのが当たり前?
遠藤当たり前。あのねぇ、結婚というのはこういうものですよ。とにかく「すべての人間はもうみんな我利我利亡者であって、ろくな奴がいないんだ」と、まずそこからスタートする。そうするとね、たとえば、僕の場合はけい子ちゃんと一緒になったんだけれども、このけい子という女は世界でいちばん悪い女だと、まずそこから始まるわけ。だから、僕の面倒を見てくれないのが当たり前だと思うわけ。面倒見てくれなくても、ああこれでいいんだなと思うわけ。
大槻結局生きていくことも、いやなことがあって当たり前、たまにいいことがありゃあいい。
遠藤それをお釈迦さまは四《*》苦と言ってるわけね。生きるのも苦。歳とるのも苦。病気するのも苦。死ぬのも苦と。しかし、次の人生も、またあるんだよと。
大槻いやいや。ありがたいお話で。
遠藤ケンヂさんの場合はさ、特定の女性によって縛りつけられるのがいやだから、結婚しないんだよね。
大槻そう……。
遠藤そういう意味では徹底した自由を望んでいるんですよ、ケンヂさんの場合はね。その自由をとことんまでつきつめていくと、アナーキズムになるんですよ。アナーキズムっていうのは、ギリシャ語の*アナルコス。
大槻アナルコス? わかんない。なんですか。
遠藤アっていうのは否定。ナルコスは権力、体制。つまりあらゆる権力っていうのは人民の自由を縛りつけるから権力ね。そのあらゆる人民を縛りつけてるものを否定する、これがアナーキズムなんです。だからケンヂさんの生きざまをつきつめれば、当然。
大槻じゃ、オレもアナーキスト。
遠藤おお〜! そうそうそう。アナーキストというとすぐテロを連想するじゃない? でもアナーキズムにはテロリズムという思想はまったくないんですよ。あれは非常に誤解されている。本来のアナーキズムはテロ否定ですね。テロとは無縁ということ。
大槻今日は、どうもありがとうございました。本当に、遠藤先生に会うたびに元気になります。ありがとうございました。 弁護士・遠藤誠
一九三〇年宮城県生まれ。東京大学法学部卒。帝銀事件の平沢貞通氏、連続ピストル射殺魔事件の永山則夫氏、反権力自衛官佐藤備三氏の各弁護団長を歴任。暴対法違憲裁判の山口組弁護団代表。また仏教者として「現代人の会」「弁護士仏教会」ほかを主宰。著書に『法華経を読む』『ホウビギナーズ観音経』『道元禅とは何か』『絶望と歓喜』ほか多数がある。
俺のグループ
東大学生行動隊。一九五二年結成。東大生小倉寛太郎(後の日本航空労働組合初代委員長)を隊長に、遠藤誠もその一員。理学部・工学部の学生が史上初の火炎瓶を作ったが、性能が悪く、機動隊にぶつけても、なかなか発火しなかった。
仙台陸軍幼年学校
一九四五年八月まで、日本に六つあった陸軍幼年学校の一つ。約十倍の競争率を突破すれば、中学一年または二年から入学でき、三年で卒業すると無試験で陸軍士官学校に入校、陸軍士官学校四年を卒業すると、二十歳または二十一歳で自動的に陸軍少尉となり、その後も大過なくすごせば陸軍大将まで行くことになる。
アナーキスト
国家権力による管理・支配と収奪がなされているかぎり、人間としての自由はないとする立場。ただし、町内会の世話人的役割をつとめる最小限の連絡調整機関の存在は認める(それを「政府」と呼ぶかどうかは言葉の問題にすぎない)。イギリスのゴドウィン、ロシアのバクーニン、クロポトキン、ドイツのシュティルナー、日本の幸徳秋水、大杉栄、石川三四郎、埴谷雄高など。
ブロバリン
本来は睡眠薬。ただし、二百錠以上飲むと、昏睡状態に陥り、三、四時間後に死ぬ。多量の飲酒をしてから飲むとききめが早くなり、二、三時間後に死ぬ。
『帝銀事件と平沢貞通氏』
遠藤誠著・三一書房・一九八七年七月発行、二千八百円。帝銀事件の全貌と現在もなお続いている再審事件の現状がまとめられている。
帝銀事件
東京・豊島区の帝国銀行(今の第一勧銀と旧・三井銀行)椎名町支店に、東京都のマークの入った消毒班の腕章を巻いた五十歳代の男が訪れ、「集団赤痢が発生したため」と称し、十六名の銀行員ら(うち十二名が死亡)に青酸化合物を飲ませ、合計十六万四千四百五円の現金と小切手を盗み去った事件。画家・平沢貞通氏が逮捕・起訴され、死刑の判決を受けたまま一九八七年五月に獄死したが、今なお遠藤誠を弁護団長とする弁護団により、東京高裁に再審が請求されている。
コルサコフ症候群
ロシアの精神病理学者コルサコフによって、一八八九年発見された。狂犬病の予防注射や脳血管障害・脳炎などから発病し、記憶喪失と作話癖の症状を呈す。とくに、他から暗示されて作り話をしやすくなる傾向がある。
高木一検事
(一九一〇〜九二年)東大法学部卒。検事として、帝銀事件において平沢貞通氏の取調べと起訴と第一審の公判立会いをした。
三浦和義
ロス・アンジェルス銃撃事件の被告人。人に頼んで自分の奥さんをピストルで殺させたということで、一九九四年、東京地裁で有罪判決を受けたが、一九九八年七月、東京高裁刑事部での第二審では逆転無罪の判決。
三菱銀行丸ビル支店事件
帝銀事件が起こる前の一九四七年十二月二十五日、三菱銀行丸ビル支店で、平沢貞通氏が、店内に落ちていた他の客の番号札を拾い、それで現金一万円と長谷川慶二郎名義の普通預金通帳と長谷川のハンコを受け取った事件。
犯罪学
犯罪現象と犯罪の原因を研究対象とする学問。生物学・心理学・精神医学・社会学の助けをかりて、犯罪行動と犯罪者について、総合的に研究する。詐欺犯と強盗犯との間の素質的・性格的差異も、当然、その研究対象となる。
証明されてんの
死刑判決の決め手とされた平沢貞通氏の自白調書三通が、実は白紙に、平沢氏の取調べをしていない出射義夫検事によって、平沢氏の左の人差し指の指紋が捺させられたものであるという、大阪市立大学法医学教室の大村得三博士による一九五九年一月の鑑定書がある。
七三一石井部隊
第二次世界大戦当時、日本陸軍が、満州(今の中国東北部)のハルピン郊外に極秘に作った毒薬やその他秘密兵器の研究部隊。石井四郎軍医中将を部隊長とし、中国人・朝鮮人・ロシア人など数千人の生体解剖を行なった。
諏訪中佐
医博・軍医中佐。帝銀事件当時五十一歳で、人相・風体は、帝銀事件の生き残り証人の供述とぴったりだった。帝銀事件の翌年、九州で原因不明の死亡。
GHQアメリカ軍総司令部
一九四五年九月から五二年四月まで、日本を占領していたアメリカ軍を中心とする連合軍総司令部。総司令官はマッカーサー。
パビナール
麻薬の一種。
成智英雄
帝銀事件当時の警視庁捜査第二課の警視。この事件の捜査主任でありながら、「犯人は平沢ではなくて七三一隊員の諏訪中佐である」と主張、退職後の一九七二年頃までその主張を一般の雑誌等に書きつづけたが、その数年後に死亡した。
松井蔚医学博士
当時は厚生省予防局勤務の厚生技官。帝銀事件の予行演習として犯人がやったとみられる一九四七年十月十四日の安田銀行荏原支店事件(強盗殺人未遂)の時に同支店に残された名刺の持ち主。最初、容疑者と疑われたが、アリバイがあったためシロとなった。その後、松井が名刺交換をした数百名のうち、一九四八年八月、北海道函館から青森に向かう青函連絡船の中で名刺を交換した平沢氏が犯人とされた。
居木井警部補
帝銀事件において、松井蔚の名刺関係を担当した警視庁の警部補。数年前死亡。
五聖閣
大田区入新井にあった姓名判断師。以前から、居木井警部補が出入りし、その霊験あらたかなことを信じていた。平沢氏がニセの自白をさせられたあと、居木井は五聖閣に「明鑑を感謝す」という礼状を出している。
再審開始決定
最高裁で有罪判決が出たあとで、無罪であることを立証する新しい証拠が出てきた時は、事実審理を最後に行なった裁判所に、「有罪判決を取り消して無罪判決を出せ」と請求することができるが、これを受けて裁判所が「なるほど、前の有罪判決はおかしいから、もう一回裁判をやり直しましょう」と決定することをいう。この決定が出されると、もう一回裁判のやり直しとなり、その結果、「この被告人はやってない」ということになると、無罪判決となる。
松本毒ガス事件
一九九四年春、長野県松本市で原因不明の毒ガス(のちにサリンと判明)が発生し、数名が死亡した事件。
自分の本
前出の『帝銀事件と平沢貞通氏』の一四頁。および、『帝銀事件裁判の謎』(現代書館)の三〇頁。
連続ピストル射殺魔
一九四九年、永山則夫少年(当時十九歳)が、飽食暖衣の昭和元禄の生活をヌクヌクと楽しんでいる「市民社会」に怒りを覚え、六八年十月から同年十一月までの一カ月間に、ピストルで四人を殺害した事件。獄中で反省悔悟し、かつ独学で小説を書きはじめ、一九八三年、『木橋』は新日本文学賞を受賞した。一九九〇年四月十七日、最高裁で死刑判決が確定し、'97年執行。
『罪を犯すとき、〜』
少年法五十一条。未成年者においては、教育の可能性があるから、これを殺すのではなくて、教育によって真人間に立ち直らせるべきであるとする、教育刑思想に基づく。
弁護団
鈴木淳一、木谷恭子ほかの弁護士諸氏。
『木橋』
永山則夫氏がみずからの極貧の中の生育歴を小説形式でまとめたもの。一九八四年七月に、立風書房から出版された。
『無知の涙』
一九七一年三月、合同出版発行。自分が四人の市民を殺すまでの心理的軌跡を、率直にまとめたもの。一九八〇年十二月、永山則夫氏と獄中結婚をした大城奈々子(仮名・後に離婚)が、永山氏のことを知ったのも、これを読んだのがきっかけであった。
プロレタリア階級
労働者およびサラリーマン階級。要するに、自分の労働力以外、売ることのできるものを持っていない人たちのこと。結局は、資本家階級、すなわち経営者ないし企業のオーナーにしぼり取られて、カツカツの生活をするしかない人々のことである。
女性用のピストル
アメリカ海軍横須賀基地内の一等兵曹マニエル・タンボアンの宿舎内に置いてあった、同兵曹の妻ジュリアン・タンボアンが護身用に持っていた二二口径の小型ピストル。婦人用のピストルなので、小型であり、永山氏も小柄の少年だったので、つい、盗んでしまったわけである。
遺骨引き取り役
監獄法に規定はないのだけれども、法務省が勝手に決めている制度。身柄引受人というものを死刑囚に決めさせ、死刑確定後は、その者との面会と郵便物の発受信のみを認め、かつ、死刑実行後、死体をその者に引き取らせることにしている。
死刑判決
一九八八年三月十八日、二度目の控訴審である東京高裁第三刑事部(石田穣一裁判長)が言い渡した判決。
花柳幻舟
日本舞踏家。一九七六年頃、「家元制は、日本舞踏界における天皇制である。そして天皇制は倒さねばならぬ」という考えのもと、自分の所属する流派の家元を刺した事件で、逮捕・投獄された。現在は、社会に復帰し、前にも増した元気をもって、創作舞踏の活動に奮闘している。
鬱病
三大精神病のひとつ。ある日ある時、何をするのも、おっくうになってしまう病気。朝起きるのも、勤めに出るのも、電話に出るのも、家に帰るのも、メシを食うのも、セックスするのも、何もかもむなしく、面倒くさくなる病気。もっぱら自殺だけを考えるようになる。
般若心経の本
遠藤誠著の『フォービギナーズ般若心経』(現代書館・一九九四年発行・九百七十八円)のこと。今でも大きい書店に置いてあり、なければ注文で手に入る。般若心経とは、我我が肉眼で見える世界は夢幻であり、本当の世界は、その現象世界の奥底に秘められていると説いているお経である。
サンスクリット語
お釈迦さま時代、すなわち紀元前四世紀頃のインド語。その現代版がヒンズー語である。
一夫多妻制
お釈迦さまは、在家の仏教徒に対し、一夫多妻を認めた。ただし、その一夫多妻制とは、一度手をつけた女性は、これを死ぬまで扶養しなければならないというもので、売春婦やソープ嬢やホテトル嬢などとセックスすることは、当然禁止される。
四苦
生老病死の四苦。生きるということは苦しみであり、老いるということも苦しみであり、病むということも苦しみであり、死ぬということも苦しみである。要するに、この人生というものは、すべて苦しみであるという教え。
アナルコス
anarchos a(無)+narchos(権力支配体制)。人間の自由は、権力による支配管理と収奪を廃絶することなしには、絶対に実現できないという事実を直視する立場。
あとがき
あとがきを書くのが苦手なので、簡単にまとめますね。
おれ、この本、大好きです。だって、自分で読んでも面白いんだもん。
読んでくれた人、ありがとう。
そして、この本をつくるにあたり、携わってくださったすべての皆さん、ありがとう。
なお、注釈の部分に関しては、大槻、編集部の合同執筆です。
「遠藤誠を知れ!」では、遠藤誠氏みずからが、ことこまかな解説を書いてくださいました。ありがとうございます。
文庫版あとがき
たしかこの本は、僕が『レティクル座妄想』という筋肉少女帯のアルバムを録音していた頃に書いていたものではないかと思います。あれから数年、今は『サンフランシスコ』と題した筋少のベストCDを録音中のスタジオで再読しています。
面白いね、この本。
僕の、「妙」「変」なものごとに対する執ようなまでの好奇心は鬼気せまるものがありますな。この人ちょっと狂っとるね。
うばたま……食べたなぁ。私、その後、アンチ・ドラッグな人になりまして、合法であろうと非合法であろうと、ぶっ飛びものは全て大嫌いです。読者の皆さんも、間違ってもうばたまなんぞ食べようとしちゃなんないよ本当。
下着パブ……行ったなあ。アリスちゃんは現在('98年)もランパブで働いているようです。あい変わらずバンドマン好きで、おっかけていたサックス奏者が結婚してしまってもあきらめず、「金で買いもどす〓」とスゴイことを言っとるようです。
タンキング……あー、やったやった。タンキングってのも今や忘れ去られた健康器具だよなー。ぶら下がり健康器みたいなものか。
UFO本……読んだ! 読んだ読んだ! 本書にあるUFO本を読めば、90年代中盤までのUFO界事情はバッチリわかるよ。かなり深いとこまでいっている。いってどうする。
電波傍受……盗聴はいかんよ。
占い師……あんなもんあたんねーよ。オレは未だ独身だぜ。
あの人に近づくための方法……シャレで書いたのですが、編集部に問い合わせ殺到。ついには「このネタで一冊書かぬか」と某出版社より依頼まで来て困った。「いや、これシャレです、インチキです」と答えれば「インチキな本こそ売れるんです!」と力説されて弱った。
セックスは人を癒すか〓……相手によるんじゃないの。
岡さん……何度読み返しても爆笑をおさえられません。好きだな〜岡さん、今どこに?
遠藤誠弁護士……対談から数年後、遠藤さんは麻原彰晃から弁護を依頼された後、一方的に解《かい》雇《こ》されるという騒動に巻きこまれました。戦う人です。なお帝銀事件に関しては、遠藤さんの指摘する人物とは、また別の者を真犯人と主張している人も複数いるようです。
そーとー深い情報がギッシリとつまった一冊ですが、電車の中やお風呂の中でニコニコサクサクと楽しんでいただければ、それでいいです。「大槻ケンヂの本、笑えておかしい」とお友だちに勧めてくれたらなおうれしい。お友だちがいわゆるオタク系であったなら「ん〓 これ、実は無茶苦茶こだわって書いてるぞ」と、一人言をつぶやいてくれることでしょう。そういう本です。
角川文庫の佐藤氏を始め、この文庫本を出すにあたって大活躍してくださった総ての皆さんに感謝。
では録音にもどります。あ、『サンフランシスコ』も買ってね。ロックとモノ書きのボンクラな日々は今日も続く。
章末の註に関しては、以下を参考といたしました。
『平凡社大百科事典』
『人物ファイル'92』(自由国民社)
『アズ』第13号(新人物往来社)
『実証UFO大百科』東京大学UFO研究会編・著(勁文社)
『テレビタレント人名事典』(日外アソシエーツ)
『テレビドラマ全史』(東京ニュース通信社)
『日本漫画家名鑑500』(アクア・プランニング)
『ぴあCINEMA CLUB'90洋画編』
『新潮日本人名辞典』(新潮社) 本書は1995年3月に宝島社より刊行された単行本を文庫化したものです。 のほほん人《にん》間《げん》革《かく》命《めい》
大《おお》槻《つき》ケンヂ
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平成14年1月11日 発行
発行者 角川歴彦
発行所 株式会社 角川書店
〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3
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(C) Kendi OTSUKI 2002
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川文庫『のほほん人間革命』平成10年7月25日初版発行