フォーチュン・クエスト5
大魔術教団の謎(上)
深沢美潮
登場人物/パーティ紹介[#本来は、イラストの横に解説文章があるレイアウト]
クレイ・S・アンダーソン(ファイター)
黒い髪は、ずいぶん床屋に行ってないせいか伸びてきた。生き生きした鳶色の瞳。身長は一八〇センチ。
武器は修行の旅に出るとき家の倉庫から持ち出したロングソードと冒険中に手に入れたショートソード。ロングソードは背中にしょっている。防具は、すっかり有名になった手作り竹アーマー、そしてサラディーの国王からもらったブレストアーマー。ボロいウッドシールドと中古で買ったヘルメットを持っていたが、どちらも不良品たったようだ(不幸!)。
ヒイ爺さまは伝説の聖騎士という、代々騎士の家に生まれたが、優しい性格がジャマするのか、戦闘より剣の手入れのほうが好き。これは、人一倍責任感の強い彼にとっては大きな悩みであり、もしかしたら自分はファイターに向いていないのではないかと冒険者支援グループのやっているサービスセンターに相談の手紙を送ろうかどうしようか、これまた迷っている。ただし、根っこの部分は坊っちゃまタイプというか、明るくのん気。
トラップ(盗賊)
サラサラした赤毛に明るい茶色の目。ひょろっとした身軽な体つきだが、小さい頃は太っていた。
クレイとは幼なじみ。クレイが修行に出るとき一緒に旅立つ。やはり彼の家も代々盗賊で、彼は盗賊の職業に誇りを持っているが、それにしてはあまりに派手なファッション。明るいカラシ色の丈の短い上着、緑色のタイツ、オレンジ色の帽子…と、とんでもなくはでなスタイル。
武器はお手製のパチンコ。
現実直視型で、逃げ足の速いこと、要領のいいこと、ロか悪いことにかけては天下一品。そのため、パーティ随一のトラブルメーカーとなっている。
取り引きがうまく、金銭の交渉をするなら彼しかいない。しかしギャンブル好きで、持ち金全部賭けるため、勝つとでかいが負けるとスカンピン。「お宝、お宝!」と騒ぐくせに、あまり金自体には執着がないようである。
キットン(農夫)
いつのまにやらパーティの仲間入りをしていた、彼。ボサボサ頭でお風呂が嫌い。彼は風体からさっするところドワーフ族ではないかと本人も思っていたが、実はキットン族という種族の、しかも王家の血筋であることが判明。
しかし、なんらかの事故あるいは事件に巻きこまれたためか、本人はパーティと出会うまでの記憶をなくしている。
キットン族として目覚めてから冴えはじめ、今ではパーティの頭脳となっている。しかし、肝心なときにパニックに陥る。
また、自分にとって興味のあることでないかぎりボワァーッとしているか、バカでかい声で突如笑いだすか。暇なときはひとりでブツブツひとり言をいい、自分の研究に打ちこんでいる。
医学の心得があるようで特に薬草に関しては学者並み。キットン族についての解明が彼のライフワークとなったが、目下のところキノコ頬の分類とモンスターポケットミニ図鑑の加筆修正に燃えている。
ノル(運搬業)
おだやかで優しい気質の彼は、身長二メートルを越す巨人族。不精ひげはヤボったいが、小さなクルッとした目がかわいい。ずばぬけた体力と怪力の持ち主だが、クレイ同様自ら戦いを求めるタイプではない。
ふだんは無口だが、烏や動物(すべての、ではないが)と話すことができ、しばしば重要な情報を聞き出すこともある。
双子の妹が行方不明になり、冒険をしながら彼女を探している。
武器はこん棒。大八車を引きパーティの荷物などを運ぶが、最近は遠出をすることが多いため、パーティが拠点としているシルバーリーブのみすず旅館に預けておくことが多い。
趣味はあやとり。太く無骨な指だが、暇なときは自分でいろいろと創作してはパステルやルーミィに見せる。そのときの照れくさそうな顔が妙にかわいい。
ルーミィ(魔法使い)
エルフ族の子供。ふわんふわんのシルバーブロンドとサファイヤブルーのきれいな瞳。
ズールの森でひとり泣いていた彼女を、冒険者の資格テストを受けに行く途中パステルが見つけた。
使える魔法はファイヤー、コールド、ストップ、フライ。しかし、まだまだレベルが低いためたいした役には立たないし、メモを見ながらでないと呪文を言えないというのが情けない。
武器は銀色の短いロッド。ペパーミントグリーンのジャンプスーツやサファイヤブルーのジャンプスーツのほか、いろいろと服は持っているがみんなパステルが選んだもの。すぐ彼女の口実似をするルーミィのことをパステルは実の妹のように思っており、かわいくてしかたないのだ。ふだんはパステルとシロちやんにくっつきっぱなし。危ないシーンになると、他のメンバーにだっこされている。
シロちゃん
伝説の幸せの竜 ホワイトドラゴンの子供。まっ白の長い毛で黒い大きな目がかわいくまるで子犬のよう。しかし、額に生えた小きな角や背中にたたまれた羽、鋭く大きな爪が紛れもなくドラゴンであることを証明している。、ふだんは子犬ほどのサイズだが少しの間なら体長一〇メートルほどまで大きくなることができる。
母親のドラゴンと会うために必要だというドラゴンの黒い宝玉を持っているが、ふだんは風呂敷で包み背中にしょっている。ちょうどこの風呂敷が背中の羽を隠しているから、一石二鳥なのだ。
熱いのとまぶしいのと二種類のブレスを吹くことができ、そのうえあまり上手ではないが飛ぶこともできる。しゃべることもでき、「ぼく、熱いの吹くデシか?」と抱きしめたくなるくらいにケナゲ。
ホワイトドラゴンということを隠すため、ふだんは大のふりをしているか、つい「わんわんデシ」といってしまう。
パステル・G・キング(詩人・マッパー)
物語の主人公。一四歳の夏、住んでいた町をモンスターが襲い両親をなくした。厳格な祖母の元に行くのを嫌い、冒険者になった。
金色に近い明るい茶色の髪。はしばみ色の目。好奇心旺盛で立ち直りが早く明るい性格だが、かなりおっちょこちょい、しかも泣き虫。
武器は弓とショートソード。
また、マッパーてあるにも関わらず先天性方向音痴。右と左がうまくいえないというから、その程度は察するにあまりある。パーティの財務担当だが、貧乏を絵にかいたようなパーティであるから苦労はたえない。そのうえ、誰からもその苦労をねぎってもらえない。
暇なときは自分たちの冒険談を小説にして売り、生活費の足しにしている。シルバーリーブの印刷屋が発行している「冒険時代」という小冊子て連載中。
いまでないとき。
ここでない場所。
この物語は、ひとつのパラレルワールドを舞台《ぶたい》にしている。
そのファンタジーゾーンでは、アドベンチャラーたちが、
それぞれに生き、さまざまな冒険談《ぼうけんだん》を生みだしている。
あるパーティは、不幸な姫君《ひめぎみ》を助けるため、|邪悪《じゃあく》な竜《りゅう》を倒《たお》しにでかけた。
あるパーティは、海に眠《ねむ》った財宝をさがしに船に乗りこんだ。
あるパーティは、神の称号をえようと神の出した難問にいどんだ。
わたしはこれから、そのひとつのパーティの話をしたいと思っている。
彼らの目的は……まだ、ない。
口絵・本文イラスト  迎 夏生
STAGE 1
夕焼けに染まった空がしだいに落ちつきをとりもどしていく。
「いっちゃったね……」
レディ・グレイスたちを見送った後、わたしたちはまるで夢《ゆめ》でも見ていたような、そんなかんじだった。
「いっちゃったな……」
クレイの横顔も寂《さび》しそうなホッとしたような……そんな顔。
みんながそれぞれに、レディ・グレイスたちがついさっきまでいた場所を見つめていた。冷たい風が、ほてったわたしの額に一瞬だけ手をおいていく。
「万事《ばんじ》解決解決!」
トラップがポンと膝《ひざ》を叩《たた》いて立ち上がり、
「さってとー。お――い、トマスー! それにお宅らー、村にもどって一杯やろーぜー!」
僧侶《クレリック》のトマスや彼の仲間に大声で呼びかけた。
「そいつぁいいや! ここは一発、傷に沁《し》みる冷てぇビールといくか!」
立っているのが信じられないほど体中《からだじゅう》怪我《けが》をしているマックスが大声で答える。
「おまえはミルクがわりにビールかっくらってたんだろ?」
「へっへへ、そうよ。よく知ってんじゃねーか!」
マックスだけじゃない。パーティ全員、傷だらけだというのに。もうすっかり元気をとりもどし冗談《じょうだん》をいいあっている。
「トマス!」
わたしがかけよると、ウギルギさまの腕《うで》を支えていたトマスがニッコリ笑った。
ウギルギさまは、大人数のアンデッドたちを一気に地に還《かえ》すという大仕事を終え、晴れ晴れとした顔。
「ほんとにありがとうございました」
わたしが頭を下げると、気さくな笑顔。
「いやいや、お役に立ててなによりじゃった」
神様に会うのは、これで二回目だけど。
こうして目の前にしてみると、なんだか心の底からあったかくなってくる。
「なーに、泣いてんだよ」
トラップに肩《かた》を叩《たた》かれ、はっと頬《ほお》に手をやる。
「あ、あれ……!?」
なんだかありがたくって……なんでもないのに涙《なみだ》が出てきちゃったみたい。
人々に恐《おそ》れられていた、呪《のろ》われた城へと出向いたわたしたち。
ゾンビ、ゴースト、スケルトン……。アンデッド総出演! というかんじで、ワーワーキャーキャー。一難去ってまた一難。途中《とちゅう》、僧侶《クレリック》のトマスに助けられたり……そりゃ、もーたいへんな騒《さわ》ぎだったのに。
なんだか、ずいぶん昔《むかし》のできごとのよう。
「さーて。そんじゃ、あたしゃ退散するとしよう」
保険屋のヒュー・オーシがだれにいうともなく、そういってがれきを降りていく。その派手《はで》な背広姿に、
「ヒューさん、ヒューさん!」
ウギルギさまが声をかけた。
「へ?」
ヒュー・オーシがひょいとふりかえる。
「保険じゃがな……」
「ああ、気にしないでくださいよ。いくらあたしだって神様にまで営業するはどガッついちゃぁいませんぜ」
「いやいや、そうはいかん。後で必ず使いをやるからな」
ヒュー・オーシは一瞬《いっしゅん》不思議そうな顔でウギルギさまを見たが、ペコリと一礼して再びがれきを降りはじめた。
う――っむ。
でも、神様になんの補償をするっていうんだぁ!?
「またなー!」
「気をつけて帰れよー」
トラップとクレイが声をかけると、
「あんたらも達者でな! 早く一人前になって保険くらい入れる身分になれや」
今度はふりかえりもせず、そういって片手をあげた。
そして。轟音《ごうおん》とともにものすごい土けむりをあげ……例のエレキテル・パンサーちゃんに乗って行ってしまった。
「あれ、いいですね……」
キットンが心底《しんそこ》うらやましそうにいった。
「ほんとね、ヒポちゃんでいいから、またほしいよね」
「たしかに」
ヒポちゃんとは、以前ヒュー・オーシから借りた、大人数乗っても平気というエレキテル・ヒポポタマスのこと。定価で四〇万G、冒険者《ぼうけんしゃ》価格でも三四万Gという……とてもわたしたちのような貧乏《びんぼう》パーティには手のとどかない代物《しろもの》だったが。
そのヒポちゃん。ひょんなところで再会することになるだなんて。まだキットンもわたしも知らなかった。
「じゃ、サバドにもどりましょうか。そろそろ暗くなってきましたし」
トマスがいうと全員賛成した。
「ウギルギさまはどうなさいます?」
「あ、わしか? そうじゃな……おまえともしばらくぶりじゃし。二、三日のんびりしようかのぉ」
「ほんとですか?」
と、いうわけで。
なんと本物の神様も一緒《いっしょ》に今夜は打ち上げ!
わーい! すごいすごい。
「平気か?」
額ににじむ汗と血をぬぐっていたマックスにクレイが声をかけた。
いくら頑強《がんきょう》な冒険者といえど、マックスたち、さすがに歩くのが辛《つら》そう。
「肩《かた》につかまれよ」
「おお、サンクス!」
クレイの肩にマックスが腕《うで》をかける。
「おい、トラップ、おまえも手伝えよ」
「おれよか、ノル! おめー、いっちゃん力あんだからよー……おい、ノルー、運搬業ー!」
トラップがしつこくノルを呼んだが。
ノルはぼーっと立ちつくしたまま何かを考えているふう。
「どったの? レディ・グレイスに惚《ほ》れたか!?」
ひやかし半分でトラップがいうと、
「ちょっと、気になることがある。先に行ってていい」
真顔でこういって。大きな歩幅《ほはば》でサバドの村長のほうへと歩いていった。
「なんだなんだ?」
「いったいどうしたんでしょうね」
「どうかしたの?」
「ろうかしちゃの?」
『先に行ってていい』といわれたってさぁ。
そんなの気になって行けるわけないじゃん。
わたしたちはぞろぞろノルの後をついていった。
「何か用ですかいの?」
サバドの村長が目をしばつかせてノルの巨体《きょたい》を見あげた。
「実は……その謎《なぞ》の行商人《ぎょうしょうにん》のことなんだけど……」
謎の行商人って……例の問題の種を村長に売りつけた奴《やつ》のことでしょ。
「あぁ……あいつか」
村長はゾクっと肩をふるわせ、一瞬《いっしゅん》おびえたような目になった。
「そいつ、どこに行ったか、知らないか?」
「さぁ……会ったといっても、もう一年ほど前の話になるきになぁ……。それに、まだ夜も明けんうちに出て行きんさったから……見たもんもおらんじゃろうなぁ」
しきりに首を傾《かし》げながら答えた。
「…………」
ノルはしばらく村長を無言で見ていたが、すっと目をふせ、
「ありがとう」
といって、わたしたちのほうを向いた。
「ノル、どしたの?」
わたしが聞くと、キットンが重ねて質問した。
「その行商人に何か心当たりでもあるんじゃないですか?」
ノルはふうっとため息ひとつ。
ゆっくりロを開き、
「ある」
と、だけ答えた。
「なんだよ! 心当たりって。そいつが騒《さわ》ぎの元凶《げんきょう》なんだからな。行ってふんづかまえてやろうぜ! そんで、冒険者《ぼうけんしゃ》支援《しえん》グループの委員会に連れてってだな。話ぃつけりゃ、いくらかの報奨金《ほうしょうきん》はもらえるかもしんねーし……や、話の持ってきかたひとつで、けっこうな額ふんだくれるかもしれねーぞー」
トラップが勝手にひとりで盛《も》りあがってるところを、
「トラップ、ちょっと黙《だま》ってろ。ノルの話を聞こうぜ」
クレイが止めた。
みんな黙ってノルを注目する。
彼はすこし緊張《きんちょう》した顔でいった。
「実は……妹がいなくなったのに、関係、あるかもしれない」
ノルの一族は、深い深い森に囲まれた村でひっそりと暮《く》らしていた。
それはそれは美しいところで。なんのいさかいもなく、このまんまずーっと平穏《へいおん》なだけの暮らしであることを疑う人なんかいない……。そんな村だった。
両親を早くになくしたノルの身寄りは双子《ふたご》の妹ひとり。
きこりをして生計をたてている人がほとんどだったが、ノルはその木を他の村まで運ぶ仕事をしていた。
春には若葉の芽ぶく森に出かけ、動物たちと新しい季節の到来《とうらい》を喜びあい。夏には、ぐっしょり汗《あせ》で濡《ぬ》れた体をきれいな川で冷やし。収穫《しゅうかく》の秋には実りの神に感謝をし。厳しい冬は動物たちと肩《かた》を寄せあって耐《た》える……。
毎日が、一年という周期でひっくり返される砂時計の砂のように……音もなくスムーズに流れていた。
ある日。それは、全く突然《とつぜん》。不幸が訪れたのだ。
不幸の元凶《げんきょう》は、どこといって特徴《とくちょう》のないひとりの男だった。
彼は各地を行商《ぎょうしょう》して歩く商人で、遠くの国のめずらしい装飾品《そうしょくひん》などを持ってやってきた。
彼が持っていた品々のなかに、とりわけ変わった彫像《ちょうぞう》があった。それは赤い目をした、どこかの神様みたいな不思議な彫像で。それを持ったとたん人々はなんともいえぬ甘《あま》くてけだるい気分になったという。特に村長がその彫像に執着《しゅうちゃく》しはじめた。
商人は像を売りたがらなかったが、村長は無理矢理《むりやり》買い取ってしまった。
村長は愛妻を早くになくし子供もいなかったため、ずっとやもめ暮らしをしていた。
彼は村の人々から敬愛される温厚な人柄《ひとがら》で。村の女たちが当番制で身の回りの世話をしていた。
しかし、その像を手にしてからというもの、彼は誰《だれ》ひとりとしてまわりに人を寄せつけず家にこもりっきりとなってしまった。
村人たちはあの像に何かまやかしの力があるんだと考え、何とか像を盗《ぬす》みだそうとした。しかし、村長の家に行った者は一様にガタガタと震《ふる》え帰った。
そして、うわごとに、
「赤い、赤い光だ。こわい、こわい光が満ちてくる」
と、繰《く》り返した。
そして、十日後……村長は死んでしまった。
その日の夕焼けは不気味なほどに赤く、村は血に浸《ひた》されたようだったという。
村の男が村長の家を見回りに出かけたとき、大きな物音がした。急いで音のしたほうへ回ってみたところ。堅《かた》く閉ざされていたはずの窓のよろい戸が開いていた。おそるおそる近づき、曇《くも》ったガラス窓|越《ご》しに中をのぞきこんだ。
最初に見えたのは、生白《なまじろ》い手だった。
その手が、ひらひらと空をつかんだり離《はな》したりしていた。
きっとあまりの怖《こわ》さに身動きもできなかったんだろう。男がその場に凍《こお》りついていると、だしぬけにガラス戸が開いた。
はじかれたように尻《しり》もちをついた男は、はっきり見てしまった。
ぶよぶよにふくらんだ村長の顔を。その目はまっ赤に光っていた。しかし、それは生気《せいき》ある輝《かがや》きではなく何かに憑《つ》かれたような目をしていたと、命からがら逃《に》げ帰って皆《みんな》に告げた。
村のなかでも屈強《くっきょう》の者たちが集まり、村長の家へと向かった。手に手に、これまでは木を切る以外使い道を思いつきさえしなかった、斧《おの》を持ち……。
村長の家は臭気《しゅうき》であふれていた。すでに、何もかもが終わったあとだと感じられた。何が終わったのかは、誰《だれ》にもわからなかったが。
家の中は滅茶苦茶《めちゃくちゃ》に荒《あ》れ、村長は変わり果てた姿で倒《たお》れていた。
実際、その遺体はとてつもなく奇妙《きみょう》だった。
腹がはちきれるはどに膨《ふく》れあがり、だらしなく開いたロからはソーセージの端《はし》っこがぶらさがっていたのだから。
医学の心得《こころえ》のある男が、「信じられん!」と首を振《ふ》った。
彼の診断《しんだん》によると、村長の死因は過度の暴飲暴食。
なんと死ぬ直前まで、ものを食べていたらしい。
そして、問題の彫像《ちょうぞう》はなぜかどこにもなかった。
しかし、悲劇の女神《めがみ》はさらに追い打ちをかけてきた。
時を同じくして、ノルの妹のメルが忽然《こつぜん》と姿を消したのだ。
ちょうどその月はメルが村長の身の回りの世話をする当番だった。
気だてのやさしい彼女は村長のことをひどく心配し、毎日毎日扉ごしに追い返されるだけであっても気長に村長宅を訪問していた。
最後に彼女を見たのは、バルという子供だった。
バルはいつものように納屋《なや》の掃除《そうじ》をしていた。ふと外を見ると、メルがふわふわとした足どりで北の森の方へと歩いていく。声をかけたが、彼女は気づかなかったようだったと皆に話した。
バルは、彼女が両手で彫像のようなものを抱《だ》きしめるように持っていたとつけ加えた。
村中総出で捜索《そうさく》は昼夜をいとわず行なわれた。バルが見たという北の森は特に念入りに……、もちろんその他四方八方、それこそ草の根一本にいたるまで探して歩いた。
しかし、何の遺留品《いりゅうひん》も見あたらず消息はふっつりと途絶《とだえ》えてしまったのだ。
村人たちの表情にあきらめが見えはじめたころ、ノルは決心したという。
妹を探す旅に出ることを。
ノルは、もちろんこんなに饒舌《じょうぜつ》じゃあない。
ポツ、ポツッとつぶやくように|淡々《たんたん》とした話し方で、でも、だからこそ胸がしめつけられるようだったし、正直いって怖《こわ》かった。
ノルの妹が行方不明《ゆくえふめい》になって、で、ノルが冒険《ぼうけん》に出たんだっていうのは知っていたけれど、こんなにくわしく聞いたのも初めて。
トラップは話を聞いたとたん、まっ赤《か》な顔で怒《おこ》りだした。
「なんでそーゆーこと早くいわねーんだよ! だったらそっちを優先しただろ!?」
ノルは困った顔で、自分は自分なりに冒険の道すがら情報を集めていたんだとシドロモドロに答えたが、
「水くせーじやねーか! おれたちはパーティなんだぜ。情報集めるったって、ひとりと六人……ま、ひとりは役に立たないとしても、五人じゃちがうぜぇ」
などと食ってかかる。
そのトラップの肩《かた》をクレイがつかんだ。
「ノルにはノルの考えがあったんだろうし、今大切なのはその謎《なぞ》の行商人《ぎょうしょうにん》の行方をつかむことだ。そうだよな?」
ノルは深刻な顔で深くうなずいた。
「で、村長さん。ほんとうに何も覚えてませんか? なにかほんのちょっとした手がかりみたいなもんでもいいんですが」
クレイに改めて聞かれたサバドの村長は、首をひねりながらいった。
「……うん。いや、その行商人の話ではないんだけんど」
「なんでもいいんですよ!」
そうよ。こうなりゃ、たとえワラ一本でもいい。
ほんのささいな情報でも、とにかくありったけかき集めなきゃ。
「実はな、さっきのノルさんの話を聞いててひとつ思いついたことがあって」
ノルは眉《まゆ》をピクリと上げ村長を見つめた。
「ノルさんの妹さんは行方不明になったとき、その謎の行商人が売りつけたっちゅう不思議な像を持っていきんさった……わけですわな?」
「そう、だと思う」
「実は、この村の北のホーキンス山、あそこをさらに北に行ったとこにジナル山ちゅうのがあるんじゃが。その山ん中に変な村ができたんですわ。そうですなぁ、一年半ほど前……例の行商人がサバドに来るより前だったと思うが……」
「変な村!?」
わたしが口をはさむと、村長さん、うんうんうなずいた。
「そう。なにぶん交通の便もない辺鄙《へんぴ》な場所で、そんなところ村もなんもなかったんじゃが。サバドに立ち寄った旅芸人の話によると、なんでも怪《あや》しげな宗教団体が作った村らしゅうて。そのご本尊《ほんぞん》が赤く光る目の不思議な像だったと……」
「それだっ!」
ノルが村長の肩《かた》を両手でガシッとつかんだ。
「それで、そこに大柄《おおがら》な女の子、いたとか、そういう話、聞かなかったか?」
村長は巨人《きょじん》のノルに肩をグイグイゆすられ、目をシロクロさせながら答えた。
「いや、わ、わしが聞いたんはそれくらいで……」
「ノル!」
クレイがノルの太い腕《うで》を両手でつかむと、ノルは村長の一層からパッと手を放し、クレイの顔を見おろした。
「クレイ、頼《たの》む。妹、いないかもしれないけど、でも」
「ばーか! 皆までいうなってば」
トラップがノルの背中をバンバンどついた。
「こうなりゃ、一日でも早く行こうぜ、その変な村ってのにさ」
「そうよ、そうよ! 赤く光る目をした不思議な像なんて、そんなあちこちにあるもんじゃないわ。きっとそれよ。妹さんだって、きっといる!」
わたしが興奮していうと、
「って、きっというおう!」
ルーミィも顔をバラ色に染めて、わたしたちを見上げた。
「そうですねぇ。わたしも実に興味があります、はい」
キットンもニコニコしていう。
「だな。ま、ダメで元《もと》々。きょうはもう遅《おそ》いから、明日の朝出発だ!」
クレイがいうと、
「出発デシ!」
シロちゃんまではりきっちゃって、まぁ。
「みんな、ありがとう……」
ノルはやっとそれだけいって。目をシバシバさせた。
彼のつぶらな瞳《ひとみ》がキラリと光る。
よぉ――し!
ほんとだったら大きなクエストが終わったばっかだし。当分は休養といきたいとこだけどさ。
他ならぬノルの妹の安否がかかってるんだもの。
そだよ、そう!
がぜんファイトがわいてきちゃったじゃん。
と、わたしたちがノルを囲んで大《だい》盛《も》りあがり大会になっていると、
「お―――い、なんか盛りあがってるとこわりーんだけどさぁ。そろそろ村に帰らねーかぁー? おれたち、腹減って腹減って……」
地面にへたりこんだままマックスがいった。
いっけなーい!
彼らのこと、すっかり忘れちゃってた。
ははははは……。
おおいに興奮して眠《ねむ》れなかったか……というと、そうでもない。
さすがに大きなクエストを達成した直後だけあって、おなかがいっぱいになると同時にみんな泥《どろ》のように眠った。
それこそ夢《ゆめ》を見る暇《ひま》がないほど。
目を閉じて。そんで目を開けたら、八時間くらい経《た》ってました! ってかんじ。
「ふわあ、よく寝《ね》た……」
わたしが旅館の庭にある井戸《いど》で顔を洗っていると、クレイが背中やら首筋やらアチコチをもみさすりながらやってきた。
「ほーんと、すっごいよく眠れたよね」
「しかし、あんな冒険《ぼうけん》の後すぐまた旅に出るなんて。パステルたちには辛《つら》いだろ?」
塩をつけた歯ブラシでゴシゴシやりながらクレイが聞く。
「え?」
「いや、だからさ。男のオレだってかなり体にきてるからさ。あれから村長さんに聞いたんだけど、その間題の村があるっていうジナル山だっけ? そこまで行くの、けっこうハードらしいぜ。道もあるにはあるらしいけど、もちろん乗合い馬車なんか通ってないし。全|行程《こうてい》歩きになるからな。で、思ったんだけどさ……なんだったら、パステルたち……」
「待ってよ、待って! そんな、ぜったいいやよ。わたしも行くわ! ルーミィをおぶってでもついてくかんね」
わたしはあわててクレイの言葉をさえぎった。
クレイはやっぱり……というような顔で苦笑した。
「OK! OK! わかった。だからそんな泣きそうな顔すんなよ」
「だって……!」
「だってさ、パステル。城の塔《とう》んとこで足が痛いってヒーヒーいってたじゃんか」
たしかに。
実をいうといまだに足は痛い。
ま、キットンのくれた鎮痛《ちんつう》スプレーのおかげでだいぶいいんだけどね。きのうはゆっくりとベッドで休めたしさ。それでも最初のうちは熱でももっているようにジンジンしてたんだ。
でも、クレイってばやさしい……というか、マメ!
なんか、こうパーティのなかのおふくろさん! ってかんじだよね。
心配性だしさ。
そう思ってクレイを見直したら、なんだかおかしくなってきた。
だって妙《みよう》にエプロンとか似合いそうなんだもん!
「なにニヤニヤしてんだよ。とっとと朝飯にしようぜ」
クレイは憮然《ぶぜん》とした表情でわたしの手からタオルをむしりとった。
「ねえねえ、それよりちょっとわたし変わったと思わない?」
くるっと一回転してみせたが、
「へ?」
クレイはキョトンとした顔。
「んもー! 髪型変えたのお!」
「あ、あ、あぁ……そっかぁ」
これだもんね。
わたしだっていくら冒険者とはいえ、年頃の女の子としてはオシャレくらいしたい。だから、ほんとはショートカットのほうが楽に決まってるのにロングのままでがんばってんだよね。
でも、じゃぁそのオシャレを誰に見せるかっていったら、頭抱えるしかない。せめてクレイくらい気づいてくれたってよかろーに。
まぁ、たしかに劇的な変化はないよ。後ろでしばってたのをひとつ三編みにしてリボンした
っていうだけだし。
ほんとはポニーテールとかにしたいんだけど、あれ、ずっとやってると頭痛くなっちゃうんだよね……。フワフワっと後ろにたらしてヘアバンドするっていうのもいいと思うんだけど、
もつれちゃうもんなぁ。
「や、似合う似合うよ! ん、バッチリ! ひゃー、びっくりした!」
クレイはわざとらしくそういいながら旅館に入っていった。
ふんだ!
「早いですね」
クレイと入れ替《か》わりのようにトマスがやってきた。
「あ、おはよう! 他のみんなは?」
「ああ、マックスたちですか? さすがにまだ寝《ね》てますよ。安心したらドッと疲《つか》れが出たみたいで」
「怪我《けが》のほう、かなりひどいの?」
「いやいや。あいつらは少々|叩《たた》いてもホコリくらいしか出ない体してますからね。しばらくここで休養すれば平気でしょう」
トマスはおだやかに笑った。
「そう……ならいいけど」
「あれ? パステルさん、髪型を変えたんですか?」
「え? あ、そう、そう。ちょっと気分を変えようかと……」
「うん、よく似合いますよ。前の髪型もよかったけど」
ほら見なさい。
見てる人は見てるんだから。
「それより、きょう出発するんですか?」
「うん、そのつもりよ。他でもないからね。一刻も早くと思って」
「ぼくもお手伝いできればいいんだが……いくらじょうぶだからといって、まあ怪我にはかわりありませんからね。ジェリーなんかアバラ骨をやられたみたいだし」
と、とてもすまなさそうな顔。
ジェリーというのは体格のいいファイター(体のわりに言葉使いがかわいいんだよね)のことだ。
たしかにパーティにひとり僧侶《クレリック》がいるのといないのじゃ断然ちがう。
でも、これまでだって僧侶なしでなんとかやってきたんだもの。
ぜいたくをいっててはキリないもんね。
「しかし、もし。ほんとに困ったことがあったら遠慮《えんりょ》なくいってくださいよ」
トマスは真剣《しんけん》な顔でわたしを見つめた。
「ありがとう! でも、だいじょぶだいじょぶ! 平気よお」
にっこり笑ってわたしがいうと、
「実は……いや、旅立ちのときにこんなことをいうのは……」
眉《まゆ》をしかめ、言葉をにごした。
「な、なに?」
わたしが聞き返すと、ふうっと大きく息をついていった。
「実をいうと、なんだかとても……きのうから胸さわぎがするんですよ。パステルさんたちがなにか大きな事故に巻きこまれるような……」
わたしは思わずゴクリとのどを鳴らした。
「たぶん、いやきっとこれは思い過ごしだと思います! でも気をつけてください。注意はしないよりしたほうがいいに決ってますからね。急がば回れという言葉どおり、危険な道は避《さ》けることです」
トマスはそういって、わたしの手をつかんだ。
「う、うん……わかったわ。注意する」
「すみませんね。旅立ちの日にこんなことをいって」
「ううん、いいのよ。トマスは心配していってくれたんだもの。こちらこそありがとう」
少し興奮|気味《ぎみ》で浮《う》き足《あし》だっていたわたしも、キュッと身が引き締《し》まる思い。
ほんとに。トマスの助言は心からありがたかった。
なんだか……ヘアスタイルを変えたりなんて、そういうことやってる場合じゃないんだった。
「やっぱ、これ……よそっと」
ぎこちなく笑いながら、わたしは三編みをほどいた。
「ええー? 似合ってたのに……」
「うん、でも……やっぱりいつものほうがいいみたい」
「そうですか?」
「さて! 朝食、準備できてるよね。行きましょ!」
わたしたちがダイニングルームに行ったときには、もうみんな席についていた。
「や、な、なに? こ、これ……」
わたしはテーブルの上を見て、思わず棒立ちになってしまった。
だってその日の朝食ときたら……。
ミケドリアの照り焼きに、コンダイやマトマのサラダ、川魚のムニエルに小さな巻貝の酒蒸しやらキノコの焼いたの……。
朝食とも思えないほど豪華《ごうか》なメニュー。
しかも宿屋の主人は大きなお盆《ぼん》でまだまだごちそうを運んできているじゃないか。
「ね、これ……」
わたしが不安そうにクレイに聞くと、
「うん。サービスなんだってさ」
「あ、そうなの……」
現金なもので。そう聞いたとたん食欲がわいてきた。
「村のもんはみんなビックリしとりましたよ。あんなパーティが化物《ばけもの》たちを退治《たいじ》してくれんさったちゅうて。だからあたしぁいったんです。そげな失礼なことはいうもんじゃないってね。ええ、ええ。あたしはわかっとりました。あんたがたは、たしかに見かけはパッとしとらんかもしれんが、意外にやるときにはやるタイプじゃて。さあさ、しっかり食べんさい! おかわりは? いんなさらんか?」
宿屋の主人は上機嫌《じょうきげん》。
彼はもちろんのこと、村長をのぞいてサバドの村の誰《だれ》ひとりとして本当の事情は知らない。
でも、化物たちの巣《す》くう城がなくなったということだけで大大感謝らしい。
でもなあ、いくらなんでもこんなには入んないよお。
そうだ!
パックにつめてもらって。んで、お弁当にしよう。
と、思ったとき。どやどやとマックスたちがやってきた。
「おおお! すげーじゃん」
「やったね! オレ、腹減って腹減って……」
彼らは体のあちこちに包帯を巻きつけたまんま、どかどかと椅子《いす》に座って。フォークをつかうのももどかしいようすでガツガツ食べはじめた。
あらま……。
どうやらさっきの心配は無用のようだ。
ちぇ、お昼代|浮《う》くと思ったのになあ。
STAGE 2
クレイのいったとおり変な村までの行程《こうてい》は全部歩き。一日かかって、やっとこさホーキンス山のふもとまでたどりついた。
「ひぇー、これ越《こ》えて。そんで、また山登るんだろ……」
身の軽いトラップも目の前に連なる山脈を見てゲンナリした顔。
日もかなり傾《かたむ》いた。
風も強く冷たい。暗い色の雪がすごいスピードで流れていく。
「ぼく、大きくなって飛ぶデシか?」
シロちゃんがいったが。
「こんなに風の強い場所ではかえって危険ですねぇ。なんとかこの風をうまく利用することができればいいかもしれないけれど」
キットンがいうとおり、残念ながらシロちゃんの飛行能力ではちょっとつらいかもしんない。
「それに足場がないしな」
と、クレイ。
ここから見える山道は細く。うっそうとした森の中に消えていた。
せっかく申し出てくれたシロちゃんには悪いけど。よっぽどのことがないかぎり彼の背中に乗って空を飛ぶなんて……ねえ。
「シロちゃん、ごめんね。でも、ありがと!」
「お役に立てなくて残念デシ!」
あどけない黒目がちの瞳《ひとみ》をクルクルさせながらいう。
うう、ほんとにケナゲでかぁーいい奴《やつ》!
「さて、どうする? きょうはここまでで野宿《のじゅく》でもするか?」
クレイがみんなをふりかえった。
吹《ふ》きすさぶ風が彼の黒髪《くろかみ》をようしゃなくなぶる。
クレイ、髪|伸《の》びたなあ。
「だな。それにしても、そろそろ野宿にゃつれー季節になったもんだ」
トラップも風のなかで肩《かた》をブルッと震《ふる》わせ、よけいな一言《ひとこと》をつけ加えた。
「パステルは平気だろーけどな!」
「なんで?」
「だって、ほら……毛糸の……」
「ば、ばかものぉ!」
カッと顔に血が集結する。
不覚にもこの間、防寒用に毛糸のパンツをはいているのをトラップに発見されてしまったのだ。
「毛糸の……って、なんなんです?」
キットンが聞き、
「あ、あのなー、こいつったら……」
「うるさいっ!」
トラップのロをふさぎ、
「どこか風が来ない場所を探そうよ」
と、提案した。
実は道中、JBのところに泊《と》まろうかという案も出ていた。
JBとは、このホーキンス山のなかにあるダンジョンに住むブラックドラゴン。ドラゴンといってもゲーム好きのひょうきんな奴《やつ》なんだよね。
こんなに寒くて暗くて気味の悪い場所に野宿するより、彼のとこのほうがだんぜん寝心地《ねごこち》はよさそうだし。
「ああ、あの話に聞くドラゴンですね!?」
キットンの顔が輝《かがや》き、
「うちのヒイ爺《じい》さんにも会ったことがあるっていう……」
クレイも大いに乗り気だったが、トラップが即《そく》反対した。
「やめたほうがいいって。わりいこたいわねぇ。だってよ、いままた行ってみそ。ゲームの相手させられるに決まってんじゃん。そんな余裕《よゆう》、いまのおれたちにある?」
たしかに。
今、行ったりしたらたいへん。きっと深夜まで寝《ね》かせてもらえないに決まってる。大歓迎《だいかんげい》はしてくれるだろうけどさ……。
「ま、帰りにでも寄ってみようぜ。時間があればな」
と、いうわけで。
今回はどこかで野宿することにしたのだ。
「みなさーん、こっち、こっち!」
キットンのバカでかい声が山々に木霊《こだま》してうるさいうるさい。まるでキットンが三人か四人いるみたいだ。
ぞろぞろと行ってみると、そこには大きな老木があり、うまいぐあいに風を防いでくれていた。
慣れたもんで、それぞれ黙《もく》々と野宿の準備を始める。
たったひとりをのぞくと……。
「ぱぁーるぅ! ぱあーるぅ!!」
ほっぺを赤くしてルーミィがわたしの足をぐいぐいひっぱる。
「わかってるってば。はい、これ」
ポッケからチョコレートをひとかけ出して、彼女のかわいい口のなかに放りこんだ。
「ムグ・モグ・モグ……」
ルーミィは口のまわりをチョコでベタベタにしながら、にこ――っ! と笑った。
やれやれ。これでしばらくのあいだおとなしくなるだろう。
枯《か》れ木が立ち並《なら》ぶ荒《あ》れ果てた場所だからして、たきぎには不自由しない。
「おお、シロ。さんきゅ」
シロちゃんが口にたきぎをくわえてセッセと運んでくる。
「変なモンスターが来ないよう、たくさん焚《た》こう」
クレイがそういって焚火《たきび》を始めた。
ノルはそのへんにあった岩でカマドを作ってくれていた。
トラップとキットンは何か食べ物を探しに行ってたが、わたしが料理を始めたくらいにはもどってきた。
「なんかあった?」
しかし、ふたりとも首を振《ふ》った。
「でも泉がありました。みなさんの水筒《すいとう》をください。くんできますよ」
「おう、わるいな」
みんなそれぞれ自分の水筒をキットンに手渡《てわた》す。
「さ、行きましょう」
全員の水筒を持ってキットンがトラップをうながしたが、
「またおれも行くわけ? ひとりで行ってこいよ」
と、いいつつ、つまみ食いをしようとしたから、その手をわたしはペチッと叩いてやった。
「何が出るかわかんないんだから。トラップも行ってあげなさいよお!」
「ちぇっ! だりいなあ……」
「うまそうな匂《にお》い! たまんねーな」
クレイのいうとおり。香《こう》ばしい匂いがあたり一面に広がる。
わたしが焚火《たきび》の周囲に立てておいたアラスカパンが、いいぐあいに焼けはじめたのだ。
アラスカパンというのは、棒にホットケーキのタネをくっつけたものを焼いた簡易的なパンのこと。
でも、わたしのアラスカパンはそんじょそこらのアラスカパンとはわけがちがう。ノルとキットンが作ってくれたハチミツをブレンドしてあるから、ほっぺが落ちそうなくらいにおいしいんだ!
「そろそろ食べごろなんだけどなぁ……」
「あいつら遅《お》せぇなあ」
「あぁしゅかぱん! るーみぃ、食べたい」
ほんと、どこまで行ったんだろ。
水をくんでくるだけにしては遅すぎる。
「トラップあんちゃん、キットンしゃん、遅いデシ……」
焚火に照らされたシロちゃんの顔も心配そう。
「おれ、見てくる」
ノルが立ち上がった、そのときだ。
「た、たっすけてくれぇ――!!」
ひょいひょいと枯《か》れ枝《えだ》を避《よ》けながら、まずトラップが走ってくるのが見えた。
「トラップ、待って、待ってください――!」
次いで、キットンも転がるように(枯れ枝にひっかかりながらだけど)走ってきた。
「どしたっ!?」
クレイが老木に立てかけておいたロングソードを持って立ち上がった。
息せききってやってきたトラップ、
「獣人《じゅうじん》だ! それも大勢いる」
「獣人?」
「また、あのリズー?」
「いや、わかんねー。暗かったし目だけ光ってた」
リズーというのは忘れもしない……ヒールニントの冒険《ぼうけん》のときに出くわした獣人。あいつらに負わされた傷のせいでクレイはとても不名誉《ふめいよ》な病気にかかってしまったんだけど……。
クレイももちろんそのことは記憶《きおく》に新しく。
「リ、リズーか!?」
まっ青《さお》な顔で叫《さけ》んだ。
しかし、ようやく到着《とうちゃく》したキットンが、
「ちがいます、ちがいます。あいつらは、あいつらは……!」
といって、その場にへたりこんでしまった。
その襟首《えりくび》をつかみ、
「なんだ? なにものなんだ」
トラップが聞く。
「ひぃ……はぁ、はぁ……」
「はぁはぁいってるだけじゃわかんねーだろ!? なんだよ!」
「あー、ふー……」
「はい、ほら、キットン、水」
わたしは料理に使っていた水をコップでくんでキットンに差しだした。
ゴクゴクと飲みほし、やっと息を整え、
「あ、あ、あれは……ウージョです……」
「ウージョ!?」
キットンの言葉にみんなの顔からさぁーっと血の気がひいていく。
ウージョというのは、狼《おおかみ》の頭を持つ巨大《きょだい》なイソギンチャクのようなモンスター。しかも、その無数に生えたプニュプニュした足は驚《おどろ》くほど速い。
ここ二、三年でやたら増えたという噂《うわさ》だ。
「んで、弱点はなんなんだ?」
クレイがモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》をパラパラめくっているキットンにいった。
「はいはい、ちょっと待っててくださいね……えーっと、ウ、ウージョ、ウージョ……」
と、いってる間に森影《もりかげ》からボコボコと黒いかたまりが現われた。
「きゃあああ――!!」
「く、くそっ!」
クレイがたきぎを一本つかみ、えいやっとばかりに投げつけた。
ボッとあたりの枯《か》れ枝《えだ》に火が燃えうつる。
その火に照らしだされた奴《やつ》らの醜悪《しゅうあく》さといったら!
しかも、ぜんぜん火をこわがらない。
ウネウネした足で叩き消している奴までいる。
「キットンー!! まだ、まだなのお??」
「え――い。貸せ! おれが調べてやる」
「ひぇー、いま見つかったとこなんですよ……あらら、ページが破けた!」
業《ごう》をにやしてキットンからトラップがモンスターポケットミニ図鑑を奪《うば》い取った拍子《ひょうし》に、肝
《かん》心《じん》のページが破けてしまったらしい。
「なにやってんだ! 落ちつけ落ちつけー!」
一番|焦《あせ》った顔をしたクレイがフワフワと焚火《たきび》に煽《あお》られて宙を舞《ま》う、問題のページをつかもうと四苦八苦《しくはっく》。
「きゃー! 近づいてきてるよー!」
「きてうおう!」
泣きだしそうな顔でルーミィとわたしはヒシと抱《だ》き合った。
「熱いの、吹《ふ》くデシか?」
シロちゃんが真剣《しんけん》な顔で聞く。
「だ、だめだ! こいつら火は効かないらしい」
やっとモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》の切れっぽしをつかまえたクレイが叫《さけ》んだ。
「え――!? じゃ、どうするのー?」
「ちょ、ちょっと待て待て。えっとだな……運悪くウージョに囲まれた場合は高い木の上などに逃《に》げるのが得策《とくさく》だろう。んで……彼らの弱点は……と……」
「弱点というと?」
「だあぁぁぁ! だめだ。このページはこれでおしまいだ。キットン、そっちだ。そっちに続きが書いてあるらしい!」
「え? こっちですか?」
「ばっかやろー! また閉じたのか、てめぇ。使えねー奴」
「なにいってんですか。そもそもトラップ、あんたがわたしの図鑑を奪い取ったからですねぇ……」
「ばかばか! そんなことやってる暇《ひま》ないよぉ!」
ウージョたちの気味の悪い顔がもう目前に迫《せま》ってきている。
彼らは無数にある足を枯れ枝にからみつかせながら、狼《おおかみ》そっくりの顔で牙《きば》をむきだしわたしたちを威嚇《いかく》した。
「と、とにかくこの木に登ろう!」
クレイの号令でみんなは老木に急いだ。
「おい、シロ!」
「ほいデシ!」
シロちゃんはトラップの肩《かた》にぴょんと飛び乗った。
わたしはしがみついていたルーミィを抱《だ》きあげ、ノルに木の上へと押《お》し上げてもらった。
キットンも短い足でヒーコラ登ってきた。
最後にノルをみんなで引っばりあげる。
「ガウッ!」
そのノルの足をウージョの一匹《いっぴき》がかみついた。
「ウッ!」
「きゃー! ノル、だいじょぶ?」
「靴《くつ》、取られた……」
見おろすと、すぐ下でウージョたちがノルの靴の片方を奪《うば》いあっている。
「あいつら、なんでも食うのな……」
一番上のトラップがいった。
うぇっ……太いウナギがヌルヌルズルズルと幾重《いくえ》にも重なってのたうちまわっているよう。
「木の上には登って来れないようですね……」
キットンがほっとした表情でいうと、
「いいから、早く調べろよ! 木の上が安全だからって、このまんまずっとここで暮《く》らすわけにはいかねーだろ?」
トラップがどなった。
「ふん! いわれなくってもとっくに調べましたよ」
キットンもすかさずどなりかえす。
「きゃ――あぁー!」
ドシン、ドシン!
すごい音をたてて、ノルの靴に飽《あ》きたウージョたちがわたしたちのいる老木に体当たりをかましはじめたからたまらない。
「わ、ったたた……んで、弱点は!?」
「は、はい、はい……か、彼らは、ちょ、直接|攻撃《こうげき》でしか倒《たお》せないと。んで、足はいくらやってもすぐ再生するからダメだそうです。狙《ねら》うとしたら、あの頭。眉間《みけん》のあたり」
「っていうと、剣《けん》で倒すしかないってことか?」
クレイが手に持ったロングソードを見た。
「だ、だめよ! 今降りてっちゃ。クレイ囲まれちゃうわ」
わたしは必死にクレイの腕《うで》をつかんだ。
「たしかに、いまクレイひとりが降りていくというのはマヌケですね。わざわざ死ににいくようなもので……わ、わたた!」
ドシンドシン!
またまたウージョたちの体当たり。
くそー! こうなりゃわたしの弓で……。
「わたしの弓、これで眉間《みけん》に当ててみるわ! いいでしょ?」
起死《きし》回生《かいせい》の名案! とばかりに、わたしが叫《さけ》ぶと、
「当たりゃぁ、な」
トラップが冷たくいってのけた。
「なによ――!」
頬《ほお》をぷーっとふくらませ、トラップに文句をいおうと見上げると、
「まぁ、見てな」
片目をつぶって彼はお得意のパチンコで狙《ねら》いをさだめていた。
そうか! 飛び道具といえばパチンコだってそうじゃん。
頭にはくるけど、わたしの弓よりトラップのパチンコのほうが命中率はずっとずっと高い。
「ギャッ!」
木のすぐ下でだらだらとよだれを流した……まるで狂犬《きょうけん》のようなウージョの眉間にバチッと石が命中!
パッと血が吹《ふ》き出て両目は血で赤く染まった。
毒々しい緑色の触手《しょくしゅ》が狂《くる》ったように暴れまくる。
「ウギャッ!」
もう一匹《いっぴき》。焚火《たきび》のなかへ、どーっと倒《たお》れこむ。
「すっげー!」
「ひゃぁ!」
「やったやったぁ!」
形勢逆転。やおら元気になったわたしたちは、やんややんやと歓声をあげた。
しかし、
「あれ? まいったなぁ……」
トラップが頭をポリポリかいてつぶやいた。
「どうしたの?」
「石がもうねぇや!」
「ええー!?」
「はははは……こりゃまいった。石がなきゃ、ただのガラクタだもんな、これ」
ったく……。
見直したとこなのにこれだもんな。
「要するに石のようなものであればいいんでしょ?」
と、キットン。ふところからゴソゴソ皮袋《かわぶくろ》をつかみだし、小さなコインをトラップに渡《わた》した。
「おお! コインね。いいかもしんねー」
「元手《もとで》がかかってんですからね。命中させてくださいよ」
「おう、まかしときなっ!」
キットンのコインでまた何|匹《びき》か倒《たお》した。
何匹目だったか……。
突然《とつぜん》、ピコーンピコーン! と、派手《はで》な音とともにトラップの胸元の冒険者《ぼうけんしゃ》カードがまぶしくフラッシュ!
「おお!?」
「あああ! レベルアップしたの?」
照れくさそうな顔のトラップ。
わたしに続いてトラップもレベルアップだなんて!
もちろん、わたしたちはレベルアップおめでとうの歌を大合唱した。
「レーベルアップー、おめでとー
レーベルアップー、おめでとー
レーベルアップー、おめでとー
レーベルアップ、おめでとー」
と、不思議なことに、その歌を聞いたウージョたちは「ひぃー!」とか「ぎゃぁ」とか悲鳴をあげながら大急ぎで退散しはじめたじゃないか!
「ど、どうしたんだぁ?」
「わかんねー」
「おめーらの歌聞いて気持ち悪くなったんじゃねーか?」
まぁ、なにはともあれ……よかったよかった。
あんな方々とは長いおつきあいなんてしたくないもんね。
うじゃうじゃいたウージョたちが全部いなくなったのを確認して、そろそろと注意深く木から降りた。
「おおお! これはこれは」
破れたページを貼《は》り合わせながら、キットンが感心したように叫《さけ》んだ。
「どうしたの?」
「どっひゃっひゃ! よく読んだら、ウージョたちは音楽が嫌《きら》いだと書いてありましたよ。ひゃーっはっはっはっは! こりゃどうもまいったなぁ」
「ば、ばっきゃっろう!」
その後、キットンがトラップやクレイからふくろ叩《だた》きにあったのはいうまでもない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
自分の息がうるさい。
肌寒《はだざむ》いくらいの季節。こんな山の上ではもっと寒いはずなのに汗《あせ》で前髪《まえがみ》が額にはりつく。
ウージョに襲《おそ》われた次の日の明け方出発したわたしたちは、ホーキンス山の中腹にさしかかっていた。
山道はどんどん急勾配《きゅうこうばい》になっていく。
「ちょ、ちょっと休まない?」
タオルで顔をぬぐい、先を行くトラップに声をかけたが、
「甘《あま》い! 甘い! 甘めぇぜ! さっき休んだばっかしだろー。そんなこっちゃ一生かかったって着きゃぁしねーぜ」
わたしの鼻先に指をつきつけ、けんもほろろ。
ううう……。
同じこというにしたってさぁ、もうちっと言い方ってもんがないかあ?
その点、クレイはちがう。心配そうな顔で、
「ほら、その荷物、持ってやるよ。貸しな」
なんちゃって、さすがリーダー。やさしいよねー!
「ありがとう、クレイ。ごめんね……」
わたしが背中のリュックをクレイに渡しているのを見て、トラップが「ケッ!」と悪態《あくたい》をついた。
「クレイ、おめぇがそうやって甘やかすから、こいついつまでたっても体力つかねーんだぞ」
「そうかもしれないけど。ここ何日も休む間もなかったんだしさ。特に城のなかにかけずりまわった直後なんだし」
「だから、それが過保護だっていうんだよ。この先ずーっとおれたちがついててやれるっていう保証はどこにもないんだからな。いざというとき頼《たよ》りになるのは自分しかねーんだってのが、おれのじっちゃんの口癖《くちぐせ》だ」
「うるせーなぁ。そんなこと、おまえにわざわざいわれなくったってわかってるさ」
おいおい!
ちょっと、そんなオオゲサな話なわけ?
クレイとトラップはマジな顔でにらみあっちゃったりして。
「ね、ねぇ! そんなことで喧嘩《けんか》しないでよぉ。わたしが悪いんだから」
わたしがふたりの間に立って必死にいうと、
「おめぇはひっこんでろ!」
と、トラップ。
「そうだ。ジャマすんなよ!」
なんとクレイまで。
「な、な、なによお、なによお!」
わたしは立ち止まって涙《なみだ》まじりにいった。
「どうかしたんですかあ?」
後から来ていたキットンがかけよってきた。
「ぱぁーるぅ、どうかしたんかぁ?」
ノルに肩車《かたぐるま》してもらってるルーミィも心配そうな声。
そのようすを見て、クレイとトラップは顔を見合わせた。
「だああぁぁ! いんだよ! 喧嘩してるわけじゃねーんだから」
「だって……」
「暇《ひま》でしかたねーから『不毛《ふもう》な論争ゴッコ』を始めただけなの!」
「『不毛な論争ゴッコ』!?」
「だって歩くしかねーんだもん。飽《あ》きたぜ、いいかげん」
「じ、じゃ、今の……本気じゃなかったの?」
「ったりめぇだろ? ただでさえ疲《つか》れてるってのに喧嘩《けんか》なんかするわけねーじゃんか」
…………!!
なんてこった。
人騒《ひとさわ》がせな。
こっちは本気で心配してたっていうのに、ふたりともゲラゲラ笑ってる。
「ふんだ! もう知らんもんね」
完璧《かんぺき》に頭にきたわたしはずんずん先に歩いていった。
「おうおう、なんでぇ。元気あんじゃねーか!」
にくったらしいトラップの声。
なおも先に行こうとしたが、角を曲がろうとして。はたと立ち止まった。
「どした? だらしねー。もうへたばったか?」
そういいながら後ろからきたトラップも目の前の光景に絶句した。
「げ、吊《つ》り橋かぁ……」
クレイが眉《まゆ》をしかめる。
見おろすと頭がクラクラするくらいの深い崖《がけ》。そこになんとも危なっかしい橋がかかっていたのだ。
橋の全長は……約五メートルくらいか?
幅《はば》は人がやっとひとり通れるくらい。
「ま、注意すれば渡《わた》れねーこともなさそうじゃん」
トラップはグイグイと橋を吊ったツルをゆさぶった。
と、橋の上にあった小石がバラバラと落ちていった。
ひぇーっ!
深い。深すぎるぅ!
「ギィ―――ッ! ギィ――ッ!」
突如《とつじょ》、不気味《ぶきみ》な鳴き声がはるか頭上からした。
ギョッとして見上げると、黒い大きな鳥が数羽。まるでわたしたちを見張っているかのように、薄《うす》ねずみ色の空を旋回《せんかい》していた。
あれはキケロ鳥……。腐《くさ》った肉を食べるという。
「さ、さっき迂回路《うかいろ》があったよね。あっちから行ったほうがいいんじゃない?」
わたしは崖のほうを見ないようにしていった。
「そ、そうですねぇ……。たしかにここは安全策をとったほうが……」
そういうキットンの声も震《ふる》えている。
「迂回って……まぁた山降りるのかぁ? もしかして、あの道のこと?」
トラップが遠くを指さした。
その先には、たしかに細い道がウネウネと山にはりついていた。
あそこまで降りて、また登るとなると。こいつはかなり辛《つら》い。
でも、でも……。
「うーむ。こっちは大所帯《おおじょたい》だからな。めんどうだが迂回していったほうがいい。よし、引き返そう!」
慎重派《しんちょうは》のクレイは即座《そくざ》に決定した。
やれやれとみんなが引き返そうとしたら、トラップの声がずっと後方から聞こえた。
「お――い! じゃ、おれはこっちから行くからな。ジナル山の登山口で落ち合おうぜ!」
なんてことだ。
トラップはすでに吊《つ》り橋を渡《わた》り切り、向こうの端《はし》で手をグルグルまわしているじゃないか!
「あのばか! 勝手なことをして」
クレイが小さくつぶやき、
「ここでちょっと待ってな」
わたしたちにそういうと、吊り橋の両側を両手でしっかり握《にぎ》りながら渡りはじめた。
ゆらりゆらりと大きくゆれる吊り橋。
「なんだよ! おれはひとりで平気だってば」
トラップが少し焦《あせ》った声でクレイに呼びかける。
「ば、ばかやろう……勝手な……まねは……」
「きゃあぁ!!」
三分の一くらい渡ったところでクレイが橋板をふみはずした。
「クレイ!!」
「クレイしゃん!」
シロちゃんがパタパタと飛んでいき、クレイの腕《うで》をくわえる。
「うっ……」
みんなが手に汗《あせ》にぎって見守るなか、クレイはやっとこさ立ち上がった。
「トラップ! ぼーっとして見てないで。早くこっち来なさいよお!」
「そうですよ! トラップ。そもそもあんたがいけない。パーティというのはですねぇ。チームワーク、これが一番|肝心《かんじん》なんだから」
キットンも興奮してでかい声をあげたが、ふと後ろをふりむき、
「うぎゃああぁええぁぁー!」
さらにバカでかい声で絶叫《ぜっきょう》した。
「な、な、なに?」
わたしもふりかえってみる……。
「きゃああぁぁぁぁぁっぁ―――!!」
大きな大きな……ノルより頭ふたつは大きい紫色《むらさきいろ》の熊《くま》が仁王《におう》立ちになっていた!!
「ク、クレイ!! トラ――ップ!」
「あ?」
「ヘ?」
クレイもクレイを助け起こそうとしていたトラップも、こっちを見て目をまんまるく見開いた。
「う、うあわぁ!」
目にも鮮《あざ》やか。ツヤツヤと輝《かがや》く紫色の毛並《けな》み。
そして、緑色に燃えた目。
「こ。これは……グ、グスフングです!」
キットンが尻《しり》もちをついたまま叫《さけ》んだ。
「きゃあぁ!」
そのグスフングは黄色い牙《きば》をむきだし、太い太い手で空を切り裂《さ》いた。
「ひゃあぁぁー!」
そのへんの木の枝が風圧でしなる。
「キ、キットン、早いとこ弱点を調べてくれ」
いつのまに引きかえしてきたのか、まっ青《さお》なクレイがわたしのすぐ隣《となり》にいた。
「クレイ!」
ロングソード握《にぎ》りしめた両手がガクガクと震《ふる》えている。
二歩、三歩……。
じりじりと前進したところで彼の足はピタッと止まった。
グスフングを前に立ちつくしたままだ。
クレイ! しっかり!
わたしは心のなかで叫《さけ》んだ。
しかし、クレイは硬直《こうちょく》したまま動かない。
巨大《きょだい》な熊《くま》は太い首を傾《かし》げ、彼を見降ろしていたが、
「ウグガアァァ!」
唸《うな》りとも叫びともつかない声で吠《ほ》え、クレイの胸をついた。
どっと倒れるクレイ。
「きゃぁあ!!」
さらに、とどめの一撃《いちげき》を加えようとしたグスフングに、ノルが捨て身の体当たりをした。
一瞬《いっしゅん》ひるんだが、完全に|怒り狂った《バーサークした》目で今度はノルに向かっていった。
「ノル!」
ノルは狂獣《きょうじゅう》の巨体《きょたい》にしがみついたまま、声をふりしぼった。
「早く! この間に、逃《に》げて!」
そ、そんなぁ!!
「うわあぁ! な、なに!?」
さっと目の前に黒い影《かげ》が。
「ギィ――! ギィェ!」
なんともいえない腐敗臭《ふはいしゅう》。
バサバサと羽音《はおと》をたて、空でようすをうかがっていたキケロ鳥たちが今を好機と攻撃《こうげき》を開始したのだ。
「く、くっそぉー!」
やっと起きあがったクレイがロングソードをふりまわし、キケロ鳥たちを追い払《はら》おうとした。
しかし、さっと空中に逃げてはまた舞《ま》いもどってくる。
「ってえ! こら、やめろよ!」
頭や背中をつっつかれながら、トラップももどってきた。
「い、痛い!」
後ろ頭をガツンとやられ、わたしは吊《つ》り橋にしがみついた。
その手を他のキケロ鳥がつっつこうとした。
「うわ!」
思わずよけると、わたしは大きくバランスを崩《くず》し。
そして、そのまま後ろに倒《たお》れこんだ。
「きゃああぁぁぁぁぁああ!!」
「パステル!」
トラップがわたしの足首をつかむ。
「きゃああぁぁぁー! きゃ―――! きゃああ!!」
なんてこと!?
わたしは崖《がけ》にまっさかさま、転落の一歩手前で宙ぶらりんの状態!
「きゃあ! きゃあ! ト、トラップ! た、たすけてぇぇぇ!!」
「うるせぇ! 黙《だま》れ。これ以上|騒《さわ》ぐと、この手放すぞ」
トラップはわたしを怒鳴《どな》りつけながら、ゆっくり引き上げていった。
「ギィッ! ギェッ!」
そのトラップの背中や首をキケロ鳥たちがかわるがわるに攻撃《こうげき》している。
「ええぇーいっ!」
クレイがその鳥たちをロングソードでなぎはらった。
ひやぁ!
わたしの顔のすぐ横をキケロ鳥の首が落下していく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
やっとこさわたしは地上に引っぱりあげられた。
やっとキケロ鳥たちを追い払ったクレイが肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ……ト……ラップ、平気か?」
「あ、ああ、それよりノルが……」
「のりゅぅ――!」
ルーミィが悲鳴をあげた。
見ると、グスフングがノルの体をまるで玩具《がんぐ》を扱《あつか》うように引きずって行こうとしている。ノ
ルはなぜか一切《いっさい》抵抗《ていこう》もせず、なすがまま。その足が不自然に曲がっていて、わたしは嫌《いや》な予感にギュッと胸をつかまれた。
なぜ? なぜなの!?
グスフングの足に執拗《しつよう》に食いさがっているのは、シロちゃん!
小石のように蹴飛《けと》ばされては起き上がり、息を吸いこんでは熱い炎《ほのお》をボォーッと吹《ふ》く。
しかし、奴《やつ》には痛くも痒《かゆ》くもないらしい。
「く、くそったれぇ!」
クレイがロングソードを両手でまっすぐ持ったまま突進《とっしん》していった。
「でええぇーい!」
ロングソードをさっとふりかざし、そのまま背中にグサリと突《つ》き立てる。
ドロリ、紫《むらさき》の毛並《けな》みを染め落ちる血。
手負いの熊《くま》は狂《くる》ったように両手両足をふりまわし暴れたが、足をふらつかせドオッと倒《たお》れこんだ。
そこをすかさず今度はショートソードで背中を突く。
いったん引き抜《ぬ》いて、また突く。
突く。
突く。
突く。
吹《ふ》き出た鮮血《せんけつ》に、クレイの服も顔も腕《うで》もまっ赤に染まる。
「グ、グ、グ、グスフングは……! ああ、あ、ちがうちがう! 行き過ぎた……」
震《ふる》える手でモンスターポケットミニ図鑑《ずかん》のページを繰《く》っていた……そのキットンの肩《かた》にポンッと手をおいたトラップが低い声でいった。
「もう終わったぜ」
ドロドロの体でクレイが立ち上がった。
虚《うつ》ろな目で、すぐ脇《わき》に倒《たお》れているノルを探した。
「ノル!」
「クレイ!」
わたしたちがかけよったとき、クレイは声もなくノルを抱《だ》きしめていた。
「クレイ! ノルは?」
クレイは虚ろな目のまま……わたしを見上げた。
「は……、は……、はぁ……」
肩《かた》で大きく息をして、そして一度|喉《のど》をゴクリと湿《しめ》らせる。
「クレイ! ノルは?」
わたしはもう一度大きな声で聞いた。
全身|汗《あせ》でグッショリ濡《ぬ》れ、顔も、涙《なみだ》でグチャグチャだというのに。口のなかがカラカラだ。キットンがかけより、クレイの胸に抱かれたノルの顔をのぞきこんだ。
静かに閉じたノルのまぶたを無理やり開ける。
う、うそ……!
キットンはパッと耳をノルの胸につけ、そして手首を取った。
うそでしょお!?
うそよ、うそよ!
こんなのって…………!!
しかし、キットンは首を深くたれていった。
「……だ、だめです……」
わたしはガクッと膝《ひざ》をついた。
「ば、ばかやろおお! ダメって……ダメってなんなんだよ」
トラップがキットンを突《つ》き飛ばし、クレイの手からノルを奪《うば》い取った。
そして、ロウのようになったノルの両頬《りょうほほ》をパンパン! と叩《たた》いた。
「起きろよ、ノル! 熊に死んだフリつてなあ、定石《じょうせき》だけどよお。ほら、見ろ! もうあいつはくたばっちまったんだ。な? 起きろ、起きろよお! 起きて……くれよお……」
トラップの声……最後はもう声になってなかった。
「ぱぁるぅー……」
ルーミィがわたしの肩《かた》をぐいぐいと押《お》した。
「のりゆ、ケガしたんかぁ?」
もう、限界だった。
わたしは、その場につっぷして。喉《のど》の底から声をあげた。
わたしたちはノルの体を毛布でていねいにくるみ、二本の丸太《まるた》にくくりつけた。
その簡易《かんい》的な担架《たんか》の前方にはトラップとキットン。後方にクレイ。
そう。
わたしたちは、ノルを連れて。ゆっくりゆっくり来た道をもどっていったのだ。
だれも、なにもいわない。
あの後ようやく事態をのみこめたルーミィはひとしきり泣いていたが、やがて泣き疲《つか》れて眠《ねむ》ってしまった。
そのルーミィをおぶい、鉛《なまり》のように重い足をひきずる。
しかし、重いのは足なんかじゃない。
心の痛みが激《はげ》しすぎて、足の痛みも感じられなかった。
ノルと出会ったのは一年半ほど前。ズールの森の近くにある小さなダンジョンのなかだった。
その当時、すでに他のメンバーたちとは出会っていて。クレイ、トラップ、キットン、ルーミィ、そしてわたしの五人編成。
冒険《ぼうけん》といったって大した冒険に出られるはずもなし。
シルバーリープの鍛冶屋《かじや》さんから頼《たの》まれて、そのダンジョンのなかにあるという鉱石《こうせき》を探しに行ったんだよね。
ダンジョンといったって分かれ道ひとつない、いくら方向|音痴《おんち》のわたしでさえ迷うに迷えないというお粗末《そまつ》なもの。
モンスターも出るには出たが。ちっぽけなスライムが一匹《いっぴき》だけ。
あはは、そうだよなぁ。
あの頃はあんなスライム一匹にギャーギャー騒《さわ》いでたんだ。
もちろんルーミィの魔法《まほう》は役に立たないし。
そうそう。その冒険も小説にして出したけど、そんときは見栄《みえ》をはって巨大《きょだい》なスライムということにしておいたんだ。
で、本当はひと抱《かか》えできるほどの小さなスライム。それに苦戦していたところ、ダンジョンの奥《おく》からやってきた大男に助けられた。
もちろん、それがノルというわけ。
でも最初はびっくりしたよなぁ。
スライム相手にキャーキャーいってたとこ、いきなりヌゥッと暗闇《くらやみ》から現われたんだもの。
ノル、手にカンテラ持ってたんだけど。それがちょうど彼の顔を下から照らしちゃったりしてて。
それからのつきあい……。
一年半というのは短いのか長いのか知らないけど。
少なくとも、かけだしの冒険者であるわたしにとっては、かけがえのない時間だった。
動物と話ができるって聞いたときは、ほんとにうらやましかったし。
ノルにはあやとりも教えてもらった。
あやとりが趣味《しゅみ》だって最初聞いたときはみんなで大笑いしたっけ。
みんながやりたがらないような仕事も、文句ひとついうでもなく。ただニコニコと笑ってやってくれた。
いつも静かだから目立たなかったけど。
こうして考えてみたら、ノルはわたしたちにとって、かけがえのない大きな存在だったんだ。
レディ・グレイスが一目惚《ひとめぼ》れしたのもわかるなぁ。
だって、ほんとにいい奴《やつ》だったもん。
……って。
過去形でノルのことを思い出すなんて、やだ!
早すぎるよ!
レディ・グレイス、約束がちがうじゃない。
こんなにあっけなく。こんなに早くノルを連れてっちゃうなんて、ひどいよ。
しかも、やっと行方不明《ゆくえふめい》の妹の手がかりが見つかったという矢先に……。
そういえば……出発の朝、トマスが注意してくれたんだっけ。
――実をいうと、なんだかとても……きのうから胸さわぎがするんですよ。パステルたちが、なにか大きな事故か事件に巻きこまれるような……気をつけてください。急がば回れという言葉どおり危険な道は避《さ》けることです――
せっかくトマスが警告してくれていたっていうのに。
わたしがもっと彼の言葉を重要視して、みんなにこのことを告げていれば……。
「おれが悪かったんだ……」
クレイがボソッといった。
「よせよ」
前を向いたままトラップもボソッという。
「いや。おれがあの熊《くま》にひるんだりしなかったら……」
「うるさい!」
トラップは声を強めた。
しかし、クレイはやめず、
「トラップ、おまえなら知ってるだろ。やっぱりおれはファイターなんかには向いてないんだよ。このままだとパステルたちまで巻きぞえに……」
「うるさいっていってんだろ!?」
トラップは立ち止まり吐《は》き捨てるようにいった。
「そういうんなら、おれさ。おれさえ勝手な行勤しなかったら、こんなことにはならなかったんだ。そうだろ!?」
「やめてください! ふたりとも」
今度はキットンが大声でいった。
「悪いのはみんなわたしなんですよ。わたしさえ、グスフングの弱点をもっと早くに見つけていれば……。わたしはね、もう冒険者《ぼうけんしゃ》なんかコリゴリです。もう、もう……もうたくさんですよ!」
「そうじゃないわ。実をいうと……出かける前にトマスが警告してくれてたのよ。悪い予感がするから、くれぐれも注意して危ない道は迂回《うかい》するようにって。それ、わたしがみんなに話しておけば迷うことなく迂回路を選んだはずでしょ。いくらトラップだって……。だから、もとはといえば、わたしが悪いのよ!」
わたしが夢中《むちゅう》でいうと、
「ふん、そんなこと関係ないさ。おれだよ、一番の原因は」
トラップがピシャリと否定した。
「いや、すぐ迂回路に引き返してたってグスフングに出くわしたかもしれない。そこでやっぱりオタオタしてたら、誰《だれ》かが犠牲《ぎせい》になってただろうさ」
暗い表情でクレイがいう。
「やっぱりわたしがもっと早くに奴《やつ》の弱点を……」
わたしたちが今さら言ったところで何の役にも立たないようなことをガタガタ言い合っていると。
突然《とつぜん》、シロちゃんがわたしたちの前にまわりこんできてキッパリいった。
「みなしゃん、おかしいデシ」
あまりに意外で、みんなポカンと口を開けてシロちゃんを見つめた。
「ノルしゃん、まだ助かるかもしれないデシ。さっきみなしゃん、そういってたデシ。あれはウソデシか?」
クレイもトラップもキットンも、そしてわたしも。
四人とも顔を見合わせた。
そうだ。
ノルは……今は死んじゃってるかもしれないけど。でも、復活できるかもしれないって。
そうなんだ。
みんながノルの遺体をかこんで、おいおい泣いていたとき。
キットンがひょんなことを言い出したんだ。
「以前、復活の呪文《じゅもん》で生き返った冒険者《ぼうけんしゃ》がいたという話を聞いたことがあります。それも一回くらいじゃない。あちこちでそういう噂《うわさ》があるようです」
「そんなぁ……神様でもなきゃ、復活なんてこと……」
わたしはいいかけて、はたと言葉をのんだ。
「いるじゃん! 神様!」
「そうだ! ウギルギさま!」
もう……ワラにでもすがるとは、まさにこのことだ。
ダメで元《もと》々。
まだ今ならサバドにウギルギさまがいらっしゃるかもしれない。
一刻も早くノルを運んで。そして、相談するだけ相談してみようと。
そういうことになってたんだ。
「そうだったよな!」
クレイが照れくさいような顔でシロちゃんとわたしにいった。
「つい……黙《だま》ってると、いろんなこと考えちまってさ」
「そうでした。わたしもついつい……」
キットンも気を取り直したように力弱く笑った。
「んじゃ、行くべ行くべ! さっさと行かねーと、ウギルギの野郎《やろう》、とっとと帰っちまうかもしれねえ」
「トラップ!! なんて言い方するのよ」
「そうだぞ。ウギルギさまのことを……あ、そうだ!」
「なになに? どうしたの? クレイ」
「いや、おいトラップ!」
「どうしたんだよ。急ぐんだろ?」
「いや、だからさ。おまえ、先に行ってくれないか」
「え?」
「ん。いくら急ぐっていったってノルを連れて帰るんだ。限度がある。トラップ、おまえが先回りして事情を説明してくれよ。ウギルギさまが帰ってしまわれると、たいへんだしな」
そっか。
それは名案だ!
と、いうより。どうして今までそんなことに気づかなかったんだろ。
やっぱり人間、あまりに悲しいことがあったりすると思考能力が低下しちゃうのかもしれない。
「OK! じゃ、ひとっぱしり行ってくっからよ。んで、応援《おうえん》を頼《たの》んでくら。ウギルギの野郎の首、しつかりつかまえとくぜ」
だぁかぁらぁ……。
わたしたちが口を開く前にトラップはもう走り出していた。
その後ろ姿を見送り、クレイはキットンにいった。
「さて。ふたりで運ぶとなると、ちょっとたいへんだぞ」
「なんの、なんの!」
「あら、わたしも手伝うわ!」
ほんと、わたしたちって。
不謹慎《ふきんしん》なくらい、どうしようもなく根が楽天家なのよねー。
まだどうなるともわかっていないというのに。ノルは絶対助かるんだ! と決めてかかっていた。
…………でも。
そうでも考えなきゃ、一歩も前に進む気力もわかなかったのかもしれない。
STAGE 3
十歩か二十歩歩くと手がしびれるらしく、クレイとキットンは膝《ひざ》をついて休憩《きゅうけい》を入れる。その繰《く》り返しで急な山道を下っていくのだ。
ノルの大きな体をかかえホーキンス山から降りるというのは、予想をはるかに越《こ》えて重労働だった。
クレイもキットンもわたしも、最後にはただ気力だけで歩いていた。
しかし、ウージョたちに襲《おそ》われた場所に着いたころ。それももう限界かと思われた。
ひと休みのつもりで腰《こし》を降ろした瞬間《しゅんかん》、おしりに根が生えてしまった。
クレイとキットンはものもいわず、その場にどぉーっと倒《たお》れこんだ。
ハァハァと大きく息をし、目もうつろ。
まっ赤《か》に火照《ほて》った顔からは滝《たき》のように汗《あせ》がふき出ている。
ホーキンス山から吹き降ろしてくる冷たい風が心地《ここち》いい。
しばらくして、
「みんな、あと一息だ。がんばれ」
自分に言い聞かすようにクレイがそういって重い腰《こし》を上げた。
「そだね……ルーミィ、ルーミィ!」
わたしは座ったとたんに眠《ねむ》ってしまったルーミィをゆり起こした。
「ルーミィ、ねみゅいお……」
しかたないよね。大半《たいはん》はわたしがおぶっていたが、彼女は彼女なりに精いっぱい歩いてくれたんだもの。
「じゃ、ほら、またおんぶしてあげるから」
夢遊病《むゆうびょう》のようにフラフラッと立ち上がったルーミィが、わたしの背中につかまろうとしたとき、
「あ、あれ……トラップたちじゃありませんか?」
キットンがサバドの方角を指さした。
深い森を背に、枯《か》れ枝《えだ》を踏み分け二台の荷馬車《にばしゃ》が近づいてくる。
ひと足先にサバドに向かったトラップが、サバドの村長さんや村人たちといっしょに荷馬車を駆《か》ってやってきたのだ。
「おーい! とりあえずウギルギの野郎《やろう》に話すだけは話しといたぞー!」
「いやぁ……トラップさんから話を聞いたときには信じられなかったけど……ほんとだったんですね……」
トマスが、やっとこさサバドまで帰ってきたわたしたちを出迎《でむか》えてくれた。
わたしたちのあまりの痛ましさに、なにをどう話せばいいか決めかねているといった、彼のやさしい顔。
「トマスの予感、当たっちゃったね……。ごめん、せっかく注意してくれたのに」
「あんな予感、当たらなけれはよかったんですが。いや、しかし、起きてしまったことはしかたありませんよ」
荷馬車から降りるのを手伝ってくれながら、そういった。
「それよりウギルギさまがお話があるそうです。疲《つか》れてるでしょうが……」
「そう!?」
パッとクレイのはうを見ると、彼もこっくりうなずいた。
「いい話だといいな!」
「事情はトラップさんから聞いておるが。ようするに、ノルさんを生き返らせる方法はないかということじゃな?」
宿屋の二階。
まばたきもせずウギルギさまの一言一言《ひとことひとこと》を聞いていたわたしたちは、同時に深くうなずいた。
「うむ……」
年季の入った長いローブ。麦の穂《ほ》のようにたれさがった白い髪《かみ》と髭《ひげ》。
ウギルギさまはむずかしい顔で、ひとなめ唇《くちびる》を湿《しめ》らせた。
「不可能なんでしょうか?」
キットンがすがるような声で聞くと、
「残念ながら、わしにはできん。というか、わしは魔法《まほう》などで復活させたりはしとらんのでな……」
一度|枯《か》れた麦は二度と甦《よみがえ》りはしない。しかし、大地の恵《めぐ》みを得てその子孫が祖先の意志を継《つ》いでいく。
ウギルギさまの教えでは、復活とは、そのような自然の成り行きを差[#指?]しているんだそうだ。
だから、魔法の力で人為《じんい》的に復活させたりはしない……と。
わたしたちはその話を聞き、がっくりとうなだれた。
そのようすを見て、ウギルギさまはボソッとつぶやいた。
「……が、方法はないことは、ない」
「ええ!? じゃ……!!」
全員色めきたった。
でも、それをしわだらけの手で制し、
「まぁ、待ちなさい。ないことはないが……。実際、わしは一度死んだが運よく復活した勇者を何人も知っておる。もちろん財産も失ったし、体力も完全に元通り回復するまではかなり時間がかかったようじゃがな」
「ノルが生き返るんなら、おれたちなんでもしますよ! 財産……と呼べるようなものはないけど……」
クレイが必死にいった。
「お願いします! ノルは、ノルは……わたしたちにはどうしても必要な人なんです!」
わたしも、こみあげてくる涙《なみだ》を顎《あご》のところでグッとこらえながらいった。
「やっぱ、金かかるんだ! いくらくれえなん……ですか?」
トラップは慣れない丁寧《ていねい》語で聞いた。
「うむ。アンドゥというのがおってな。復活の神なんじゃが、あいつのところへ行けばタダじゃよ」
「なんだ、そんなら……」
「いや、待て。話は最後まで聞きなさい。まずそこまで行くのが厄介《やっかい》なんじゃ。たいそう遠いから金もかかる。ここからだと、海をふたつ越《こ》えねばならんしな。しかも問題は経済的なものばかりじゃないぞ。復活の成功率は遺体が新鮮《しんせん》であればあるほど高いから……」
「では、そこまで行く間に……遺体の状態が悪くなると……」
キットンがおそるおそる聞いた。
「そうじゃ。無事着けたとしても復活は難しいじゃろう」
う――む……。
氷|漬《づ》けにするとかして、なんとか腐敗《ふはい》を防がないとなぁ。
自分で自分の考えにゾッとした。
腐敗だなんて!!
わたしは目をギュッとつぶった。
「それにのう、問題はそれだけじゃない。奴に復活を願う者が多すぎるんじゃ。前に聞いた話では、順番待ちの列が山ふたつは続いておるという話じゃった。ひとりでさばいておるんじゃから無理もない話。今じゃ、もっと待ち時間は長くなっておるじゃろうなあ」
山ふたつ!
気が遠くなってしまう。
どっと出るため息。
みんなの顔から、みるみる元気がなくなっていく。
「わしから言ってやってもいいんじゃが……公平ではなくなるからのぉ。他の人々も、あんたらがノルさんを思う気持ちと全く同じに自分の家族や友人の復活を願って……最後の最後の希望にすがり、じっと我慢《がまん》しておるんじゃし」
ウギルギさまはすまなさそうにいった後、しばらく黙《だま》ってわたしたちを見ていたが、
「お、おお!! そうじゃ!」
突如《とつじょ》ポンと手を打ち、立ち上がった。
全員がいっせいに顔を上げ、期待に満ちたまなざしで注目した。
「ああ、思い出したぞ。うんうん。いや、トラップさんから話を聞いたときから、なんかこう大事なことを忘れているようで気持ちがスッキリせなんだんじゃが……。あるぞ、ある! ノルさんを復活させる、もうひとつの方法が!!」
「えええー!?」
「そ、それは!?」
「い、いったいなんなんですか!?」
ウギルギさまが思い出した、もうひとつの方法とは。
昔、助けたことがある冒険者《ぼうけんしゃ》が、ある村で復活屋をやっているというのだった。彼のところに行けばなんとかなるかもしれないと……。
その男は名前をエグゼクといい、復活の神を信仰《しんこう》する僧侶《クレリック》だった。
ただ復活の神は自分の仕事に忙《いそが》しすぎて、信者たちを教えたりなどとてもできない。いや、ウギルギさまのように直接教えを授ける神様のほうが珍《めずら》しいんだそうだ。
そりゃそうだよねー。
たいがいは教典とかを元に信者たちが独自で勉強会などを開いたりするんだから。それが高じて、教典にもない、神様が教えもしていないようなことを規則として作ったり……といった、神様不在の宗派も数多くあるらしい。
治癒《ちゆ》の魔法《まほう》などの習得も、すでに習得した人が先生になるなどして自分たちで工夫《くふう》して学ぶんだそうだ。
でも、復活の術を習得するにはそうとうの鍛錬《たんれん》が必要なので、同じ復活の神の信者たちのなかでも実際に習得しょうとする人は少ないんだとか。
いや、術としてはかなり派手《はで》だし魅力的《みりょくてき》だから、とりあえずトライだけはする。でも、たい
がいが志《こころざ》し半ばで挫折《ざせつ》してしまうんだそうだ。
まぁ、復活というのは、素人《しろうと》が考えても尋常《じんじょう》ならざる……ほいほいできちゃたまんない技だものねぇ。
エグゼクの場合は完全な独学だったそうで。
その修行《しゅぎょう》の旅の途中《とちゅう》、誤って滝《たき》に落ち気絶しているところを、ちょうど通りかかったウギルギさまが助けたという。
エグゼクは、宗派は違《ちが》えど本物の神様に直接会ったことに大感激。
復活の術の習得に半分挫折しかかっていた頃《ころ》でもあった彼は、もう一度|頑張《がんば》ってみようと決意した。
それから十年ほど後。ウギルギさまがエグゼクのことなどすっかり忘れた頃に、ひょっこりやってきて、「やっと復活の術を習得することができました。数々の困難にもめげず、あきらめることなく修行を積むことができたのも、ひとえにウギルギさまのおかげです」と涙《なみだ》ながらに報告したんだという。
「うん、たしかに宗派はちがうがの。あいつは根性の座った、たいした奴《やつ》だったよ」
ウギルギさまはなつかしそうな目でそういった。
「で、そのエグゼクという人……」
キットンが聞きかけると、
「うむ。できるだけ多くの不幸な人々を救いたいとな。冒険者《ぼうけんしゃ》はやめ、故郷に帰って復活屋を始めたそうじゃ。といっても法外な値段ではなく、貧しいものでも助けてやっておるらしいぞ。ただし、金持ちからはたっぶりふんだくるんだと話しておった」
ウギルギさまはカラカラと笑った。
「それしかないぜ!」
トラップが立ち上がり、
「で、どこなんでぇ? ……いや、どこなんですか? そのエグゼクって奴がいる村は」
と勢いこんで聞いた。
「うーん、なんという村じゃったかな……うーん……」
「げ、冗談《じょうだん》! じーさん忘れちまったのか!?」
「こら! トラップ!」
興奮するととたんに口が悪くなるトラップをクレイがたしなめた。
でも、でも!
肝心《かんじん》の村の名前がわからないなんて!!
わたしたちは祈《いの》るようにウギルギさまを見つめていたが、
「だめじゃ! わからん。忘れてしもうた……!」
だああああ!!
そんなああ。
もおおお、喜んだりがっくりきたりの連続。
これって胃に悪い。
ポンポン頭を叩《たた》きながらしきりに思い出そうとしているウギルギさまに、トマスが近寄って何事かささやいた。
パッとトマスを見たウギルギさま。
「おお、そうじゃ。アドレス帳があったのおお!」
ええ――い!!
なんてこったい。
身にまとったローブと同じくらい古ぼけたズダ袋《ぶくろ》から、ゴソゴソと皮表紙のノートを取り出し、
「エー、エグゼク、エグゼクと……」
ペロッと舌を出し、指をなめなめページをめくっていたが、
「ふむ。あったわい。タル・リコという村だ!」
「タル・リコ?」
「そうじや。住所は、リーザ国タル・リコ村一〇−三となっとるな」
「リーザってーと……」
トラップがいいかけると、
「ロンザの南ですね。森と湖の国だ!」
キットンが大きな声でいった。
「おう、そうじゃ、そうじゃ。エグゼクもいっておった。それはそれは美しい湖に囲まれた村だそうじゃ」
わーい! わーい!
なんとかなりそうじゃない。
一時はどうなることかと思ったが、わたしたちは確信していた。
ノルは助かるんだって。
いんや、ノル! わたしたちが助けるよ、絶対。
次の日の昼。わたしたちはサバド近くに着いた乗合馬車《のりあいばしゃ》に乗ることにした。
サバドの村長さんが荷馬車を貸してもいいといってくれたんだけどね。
こういっちゃなんだけど、わたしたち全員が乗って、しかもノルも乗せて……というほど元気はつらつな馬じゃないんだものお。なんか、生活に疲《つか》れたっていうか、わたし、それでも働いてますっていう……そんな老馬なんだもんね。
宿屋の主人は、またまた大きなお弁当を作ってくれたし。
まだ包帯だらけのマックスたちも見送ってくれた。
「くそっ! こんな怪我《けが》してなきゃおれたちも行くんだがな」
「さんくす! その言葉だけでし[#じ?]ゅうぶんだ」
ノルをくくりつけるため荷馬車の上に登ったクレイが答える。
そうそう。
できるだけノルの体が新鮮《しんせん》であるようにって。ウギルギさまが『霜柱《しもばしら》の魔法《まほう》』をかけてくださったのだ。
そのおかげでノルはカッチンコッチン。
とはいっても、せいぜいもって数日らしいんだけどね。
「でも、ほんとに……なにかあったらいってくださいよ。ぼくらのことを忘れないで……」
心配そうな顔でトマスがわたしにいった。
「うん、そうする。……でも、ほんとに……トマスと会えてよかった。トマスと会ってなかったらウギルギさまとも知り合えなかったんだもんね」
そのウギルギさまは、
「これ、これを持っておいき」
そういって、わたしに手紙を一通さしだしてくれた。
「わしの紹介状《しょうかいじょう》じゃ。きっと力になってくれるじゃろう。エグゼクにはよろしく伝えておくれ」
「はいっ!」
なんて素敵《すてき》な神様なんだろう。
わたしは感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
そのうえ、
「これ、少ないが旅費の足しにでもしてつかーさい」
そういって村長さんがわたしの手をつかみ小さな袋《ふくろ》を渡《わた》してくれた。
手を開くと、それはポチ袋。
中には、なんと五千Gも入ってた!
「こんなに!?」
「ほんとはもっと出したいんだけど……城のことはないしょじゃけー、村の貯金から出すわけにもいかんし。こりゃ、わしのポケットマネーだて、かんべんしてつかーさい」
「そ、そんなぁ! でも、ほんとに……すっごく助かります!」
これは正真正銘《しょうしんしょうめい》、心の叫《さけ》びだった。
なにせこんなことになるとは思いもかけなかったんだもの。手持ちのお金はあとわずか。銀行に預金はしてあるものの、大きな町にしか銀行はない。
「元気で。朗報《ろうほう》を待っとりますきに!」
「じゃ、行ってきます!」
「気ぃつけてなー!」
「ありがとう!」
みんなの温かな心づくしと言葉に送られ、わたしたちを乗せた馬車は一路リーザへと向かったのだった。
馬車よ、走れ!
もっと早く、もっともっと早く……。
力のかぎり。
馬車よ、走れ!
希望を胸に乗りこんだはずの乗合馬車《のりあいばしゃ》だったのに。
次の日の夕方、リーザ国のはずれにあるトント村という所に到着《とうちゃく》。
ここが終点だという。
「げ、冗談《じょうだん》じゃねーぜ。だって、おっさん。乗る時おいら確かめたら、リーザまで行きますっていったじゃんかあ!」
トラップがブチブチ文句をいうと、
「そうさ。ここも立派にリーザ国さ」
冷たくそういって、わたしたちを放り出した後。さっさと引き返していってしまった。
「トント村って……ここ、どこらへんなんだよ」
「とんと[#「とんと」に傍点] 、見当がつきませんなあ」
「アホ!」
トラップとキットンが漫才《まんざい》をやってる横で、わたしは必死にマップとにらめっこをしていた。
でも、タル・リコは載《の》っているのに、ここトント村はいくら探しても見当たらない。
「そうだ! さっきの乗合馬車のおじさんに聞けばよかったんだぁ!」
あああー、わたしっておばか!
しかし、いくらくやしがっても後《あと》の祭り。
「だいち、ここ……ほんとに村なのかあ? 人が住んでる気配なんかないじゃん」
クレイがいうとおり、バラックのような小屋が立ち並《なら》んでいるだけで。
ひとっこひとり見当たらない。
日もとっぷりと暮《く》れ、ひゅーひゅー寂《さび》しげに吹《ふ》く風のなかでわたしたちは途方《とほう》に暮れてしまった。
「しかたない。道もわからないのに夜歩くこともないし。とりあえずきょうはここで野宿《のじゅく》にしよう」
クレイがいうと、
「でも、せっかくだからどっかの家に泊《と》まらせてもらいましょうよ。バラックはバラックでも野宿よりはマシでしょうしね」
キットンが回りのほったて小屋を見渡《みわた》しながらいった。
「だな。勝手に入るのは気がひけるが……」
「へん、かまやしねーって! どうせ誰《だれ》もいねーんだしよ。もしかしたら干《ほ》し肉のひときれくらいあるかもしれねえ」
もうすでに、トラップは家の物色《ぶっしょく》をしはじめていた。
うーん、さすがに盗賊《シーフ》だよね。
ほったて小屋の一軒、なかでもけっこうましな作りの家に入り(残念ながら、干し肉のカケラさえなかったが)、わたしたちは簡単な食事をとって、あとはめいめい毛布にくるまって寝《ね》た。
「ちょっと、あんたがた! 勝手に人の家人って。ほら、起きとくれ!」
う、う、うぅーん?
いきなりグイグイとゆすぶられ、重い瞼《まぶた》をやっとこさ開けると……。
目の前に、でっぷり太ったおばさんの顔。
吹《ふ》きっさらしの北風に丹念《たんねん》にこすられたような、つやつやした赤ら顔がドアップであった。
眠気《ねむけ》も吹き飛び、ピョンとその場で正座した。
「あっは、はじめまして! い、いま起きます」
「他の連中も起こしとくれ。あたしがいくらいっても起きないんだよ。もう店開ける時間だからね。とっとと起こして出ていっとくれ」
「は、はいはい! ただいま」
ひゃー、おっかない。
ビヤ樽《だる》のような体にチェックのエプロン。
クルクルっと黒い髪《かみ》を頭の上でまとめたおばさんは、ほうきでサカサカ家のなかを掃《は》きだした。
そのほうきにいくら掃かれても、平気な顔して起きないのがトラップ。
いいや。あいつは一番最後。
「ねえねえ、クレイ、キットン! 起きて」
「ううう……い、いま何時だ?」
「まだ眠いですぅ……」
「んもー! グズグズいってないで、起きてったら起きて! ここの家の人が帰ってきちゃったのよー」
「え、ええー!?」
目をゴシゴシこすりながらクレイが家のなかを見回す。
しばらくしてやっと焦点《しょうてん》が合ったようで。
「げ、やべえ! おい、キットン、こら、トラップ!」
「ほら、ルーミィ、シロちゃん。起きて」
「ふゅー、もう……あしゃかあ?」
「わんデシ……」
そりゃもう大騒《おおさわ》ぎで、やっとこさ全員が起きた。
もちろん、ひとりを除いて……ね。
「おい、トラップ! いいかげんに起きろよー」
クレイはしまいに靴《くつ》でけっとばした。
トラップはコロコロ床《ゆか》を転がり、壁《かべ》に頭をゴツンとぶつけた。
一瞬《いっしゅん》だけシーンとなったが、またすぐスースー寝息《ねいき》をたてはじめる。
うーん、しぶとい奴《やつ》!
「キットン、一発ぶちかましたれ!」
「はいはい」
クレイにいわれたキットン。そろそろっとトラップの側に行き耳元に口を近づけ、いきなりボリュームレベル最大《マックス》の声でわめいた。
「[#この一行は強調の太文字]朝デスヨ! オキナサイ!」
「ひゃっ!」
さすがに寝《ね》ぼすけのトラップもハッと顔を上げ、またまた後ろ頭を壁ゴツンとぶつけた。
「ってぇぇー……な、なんなんだよお。何時なんだ?」
頭をさすりながら、ふっと窓の外を見やる。
窓の外は薄暗《うすぐら》い。
「なんでぇ。まだ早えーじゃんかあ……」
「ちがうの!」
「なにが!」
わたしとトラップが言い合っていると、
「なんだい。騒々《そうぞう》しいねぇ!」
さっきのおばさんが奥《おく》の部屋《へや》からドスドスとやってきた。
「あ、すみません!」
わたしとクレイがすかさず頭を下げると、
「ふーん、あんた……よく見ると、うちの死んだ亭主《ていしゅ》に似てるねぇ」
クレイの顔を見て、さっきまでの険悪な眉間《みけん》のしわもどこへやら。ニコニコ笑いだしたじゃあないか。
ひゃぁ!
クレイ、もてるじゃん。
「よっ、マダムキラー!」
トラップが小声ではやしたてる。
「う、うるさい!」
「そうかい……そういう事情があったのかい……」
クレイの男前のおかげでおばさんの態度がすっかり軟化《なんか》。
なんと食事まで出してくれたの。
なんという違《ちが》いだ!
食事中、わたしたちの話を聞いたおばさん。目をまっ赤《か》にして、エプロンのすそでしきりに目をこすりながらさかんに同情してくれた。
「ところで、ここはいったいどういう村なんですか? きのうは誰《だれ》もいなかったと思ったのに……」
キットンが窓の外を見やりながらいった。
窓から見える往来では、野菜や果物《くだもの》をぎっしり積んだ荷車《にぐるま》やたくさんの人々が行き来している。
「ここはね。市場の村なのさ」
「市場の村?」
「そう。十、二十、三十とね。十のつく日にだけ市がたつのさ」
「ほおおー!」
「だから、昔《むかし》は十日市といってたらしいんだけどね。トオカイチがなまってトントイチ、今じゃトントというようになったんだとさ」
「じゃ、ふだんは別の場所で暮《く》らしてらっしゃるわけですね?」
クレイが聞くと、おばさんは赤い顔をもっと赤く染めた。
「そうだよ。わたしは、もうちょっと南のハッキルトという町に住んでるんだ。いい町だよ。一度遊びにおいで。マチルダの家はどこだって聞けは誰《だれ》でも知ってるから」
「は、はぁ……まぁ、機会があったら、ぜひ」
「なんだったら、きょうはうちに泊《と》まるかい?」
「え!? いえいえ、あの、ほら。友人のことがありますから」
冷《ひ》や汗《あせ》もんでクレイがしどろもどろに断わる
あはははは。
よっぽど気に入られちゃったんだなぁ。
マチルダおばさんに問題の村クル・リコへの行き方をくわしく教えてもらった後、ノルは彼女の店にひとまず預け、市場を見てまわることにした。
なにせノルをまた運ばなきゃいけない。
できれば荷馬車のひとつでもレンタルできれば幸いだし。
高くて無理っぽかったら、せめて大八車《だいはちぐるま》くらい買いたかった。ノルの大八車はシルバーリーブに置いてきちゃったしね。
しかし、レンタカー屋を見つけたわたしたちは口をあんぐり開けるしかなかった。
一番安いので一日百G。
レンタル料はまぁなんとかなる。問題は補償《ほしょう》金だ。車を返したときにもどしてもらうシステムになってるんだけど、荷車だって馬つきで一万とか二万とかの世界!
そりゃ冒険者《ぼうけんしゃ》なんかに車貸して、帰って来なかったら丸損だものねぇ。
しかーし……。
手持ちのお金は、サバドの村長さんからいただいた五千Gをあわせても一万Gない。
「ねぇ、みんないくら持ってる?」
各地から買いつけに来た商人や旅行者たちが集まってきて、そろそろ活気にあふれてきた店先でみんなに聞いた。
「高いな……金、ぜんぜん足りないのか?」
料金表を見ながらクレイが心配そうに聞く。
「サバドの村長にいくらかもらったんだろ?」
トラップったら、しっかりチェックしてるし。
「わたしは……六二〇Gですねぇ」
キットンが皮袋《かわぶくろ》の中身を見ながら答えた。
「ルーミィ、五〇個あうよ!」
うんうん、あんたからもらおうとは思ってないからね。
「おれは……げっ! 二三〇しかない」
クレイがポケットをゴソゴソしながら手を広げた。
たしかに大きいのが二つと小さいのが三つ。
おいおい、リーダーだろお? もうちっと持ち歩かんかい!
「おっかしーなぁ……そんなはずぁないんだけど。シルバーリーブ出たときにはもっとあったはずで……」
未練《みれん》がましく、なおもポケットやらリュックやらを探しまわっていたが。
「で、トラップは?」
「あ、おれ?」
「ざっと千ってとこかな」
「あらま、けっこう持ってるじゃん」
「ったりめぇよお。男子たるもの、それくらいは持ってたいよな。いつなんどきマブい女に声かけられるか、わかんねーじゃん。とりあえず最初は男が出さねーとかっこうつかねぇし」
なにいってんだか。
でも、その言葉を聞いて。クレイがいきなりトラップをはがいじめにした。
「う、うげげ! な、なにすんだよ」
「思い出した! 後で払《はら》うからって。サバドの飯代も酒代も、それから乗合《のりあい》馬車《ばしゃ》で買った弁当代もジュース代もおれに立替《たてかえ》させたよなぁ!」
「へ、そうだっけか?」
「なにが『へ、そうだっけか?』じゃねー!」
ったく……。トラップもトラップだけど、クレイもクレイよ。
のん気というか、おおらかというか、マヌ……まぁ、いっか。それがクレイだもんな。
「じゃ、全部で……二千……ないわけね」
「いや、あと千五百あるぜ」
トラップがクレイの手をはらいながらいった。
「え? だって、あんたさっき千だって」
「だぁら、おれの分は千。千五百ってのはノルの分だ。あいつ、意外と持ってやんのなぁ」
「ノルの分? あんた、いつのまに!」
「だって使えねー奴《やつ》がいくら持ってたってしょうがあるめぇ?」
油断ならない奴!
とにかく全部かき集めたところで、えーっと……。
一万三千ちょい……か。
なにかあるといけないし、みんなにはそれぞれ最低でも五百Gは持っててもらいたいし。
と、すると……。
残るは一万ちょっと。でも、それ全部使うわけにはいかんもんね。旅費だって食事代だってかかるし、肝心《かんじん》の復活屋でどれだけかかるか……。
クル・リコ村に銀行があればいうことないけど。
ふつう、村とつくところにはない。わたしたちが本拠地《ほんきょち》にしているシルバーリーブにもないくらいで。知ってるとこでいうと、砂漠《さばく》のなかの都市エべリンくらいだもん。
「無理だね。しかたないや。大八車《だいはちぐるま》でも探そうよ」
ため息ひとつついて、わたしがいうと、
「なさけねー!」
トラップがほんとになさけなさそうにいった。
「早くわたしたちも財布の中身を気にしないですむようになりたいものです」
キットンがしみじみといった。
「ルーミィ、五〇個!」
ルーミィは、小さなコインばかりでパンパンになったスライム模様の財布をわたしに押《お》しつけた。
「うん、ありがと。でも……そんなにたくさん持ってたら重いでしょ」
わたしは彼女の財布を受け取り小さなコインを十個残し、他に大きなコインを四っつ入れ、
「はい、これ、なくさないようにね」
彼女のリュックに入れてしっかり留め金をかけた。
「もう、だあじょうぶかぁ?」
「うんうん、さんきゅ。すっごく助かった」
わたしがそういうと、ルーミィはニ―――ッと白い歯を見せて笑った。
うーむ……。
大八車引いて……クル・リコまで歩くとなると、いったい何日かかるんだろ。
ウギルギさまがノルにかけてくださった『霜柱《しもばしら》の魔法《まほう》』がとけるまでに、なんとか着かないといけないのに……。
「なぁ、マップでいうと。クル・リコまでどれくらいかかりそうなんだ? 歩きで」
クレイも同じことを考えていたらしい。
「うん、今考えてたんだけど……最低でも三日。いや、四日はかかるかも」
「そっか……じゃ、ギリギリ限界だな」
「そう、すんなり行けて……の話ね」
「途中《とちゅう》、また道に迷うかもしれないしなあ……」
「またってなによお! だいじょうぶよ、その点は。マチルダさんにしっかり聞いといたもん!」
「わぁーった、わぁーった。しかし、途中モンスターに出くわすっていう可能性だってあるぞ」
「そうよねぇ……」
わたしとクレイが話しながらいろんな店を見て歩いていると、先に行っていたトラップとキットンが息せき切ってやってきた。
「ハァハァ、おい!」
「ん? なんか出物あった?」
「ハァ、ハァ……」
トラップは肩《かた》で息をしながら後ろを指さした。
「い、いたぜ……」
「いた?? なにがよ」
「ハァ、ハァ……カバだよ、カバ。カバの野郎《やろう》がいやがんの」
「カバぁ?」
「エレキテル・ヒポポタマスですよ! しかも、あの、わたしたちが乗った……プルトニカン生命の……」
遅《おく》れてやってきたキットンが興奮した顔でいった。
「ええ――!? ヒ、ヒポちゃん!?」
「そうです! そうですぅ! 中古車センターに……並《なら》んでるんですよお」
わたしたちが大急ぎでその中古車センターにかけつけると。
たしかに、あのヒポちゃんが一番|隅《すみ》っこにポツンといた。
他の車に比べ、なんというくたびれ方だろう。
目を閉じ、へたりこんでいるヒポちゃん。
その首には「超《ちょう》格安! エレキテル・ヒポポタマス(一年車検付き 程度良好)価格応談」
という札がかかっていた。
でも、その札もホコリまみれ。とても『程度良好』とは信じがたかった。
その札よりもっとホコリだらけのヒポちゃん。胴体《どうたい》には、見覚えのある『冒険者《ぼうけんしゃ》のあなたが主役。未来を保証するプルトニカン生命エベリン支社』という字が読みとれた。でも、そのペンキもはげちょろけであわれを誘《さそ》う。
「ねぇ、ねぇ、ヒポちゃん! ヒポちゃんてばあ。わたしたちよ、わかる?」
「おい、カバ! 目え開けろ!」
店の柵越《さくご》しに一所懸命《いっしょうけんめい》声をかけたが、ヒポちゃんはだるそうにチラッと薄目《うすめ》をあけただけでまた閉じてしまった。
「か、かわいそー!」
「かあいしょー!」
「いったいどうしちゃったんですかねぇ」
「価格応談ってどれくらいなんだろ」
「定価はすっごく高いよー! たしか冒険者価格で三四万Gだったもん」
「ま、どうしよーもなけりゃ……なんとかこっそりくすねる……」
「トラップー!」
「トラップ!」
不謹慎《ふきんしん》なことを言い出したトラップ。わたしとクレイがにらみつけたが素知《そし》らぬ顔。
「だってよ。じゃ、おめぇらこのまんまこいつ見殺しにできるわけ? あーあ、薄情《はくじょう》だよなあ」
「とりあえず店の主人にかけあうだけかけあってみようぜ」
クレイがそういって、ずんずん奥《おく》のバラックに入っていった。
「おっと、お目が高い!」
店の主人がクレイの鼻先に指を突《つ》き出していった。
歳《とし》のころはシナリオ屋のオーシと同じくらいか? だから、三〇から四〇の問ってとこ。ずいぶん小柄《ごがら》だし眼鏡《めがね》をかけているし……風貌《ふうぼう》はまったくちがったけどね。
「あいつぁね。ちょいと見かけは悪いけど、どこも壊《こわ》れちゃいないし。油差しゃ現役《げんえき》まっつぁおの走りしますぜ、旦那《だんな》」
ほんとかいね……。
「実は、あれ、以前乗ったことがあるんですよ」
わたしがいうと、
「おや、おじょうちゃん。それなら運転はお手のもんだね」
「いえいえ、あのヒポちゃん……いや、同じ機種に乗ったってことじゃなくって。あの車そのものに乗ってたってことなんです」
主人は目をまんまるくした。
「じょ、じようだんいっちゃいけねぇ。あれはプルトニカン生命から引き受けたもんだ。正式な手続きもちゃーんと済ませてな。なんなら証文《しょうもん》も見せてやろうじゃないか。変ないいがかりはやめてくれ!」
ひぇー! 何を勘違《かんちが》いしたのか、彼はまっ赤《か》な顔で怒鳴《どな》りだした。
「い、いえ、そんなこと……」
わたしがオタオタしていると、
「誤解だよ、誤解。そのプルトニカン生命のエベリン支社。そこのヒュー・オーシっていう派《は》手《で》なおっさんから借りたことがあったってだけさ」
トラップが助け船を出してくれた。
それを聞いてやっと納得《なっとく》し、
「あぁ、びっくりしやしたぜ。あっしの早とちりだったみてぇで。脅《おど》かしてすんませんねぇ」
今度はペコペコ頭を下げた。
「いえ、こっちこそ……」
「なにね。こういう商売長くやってっと、時々あれはおれのもんだ! 勝手に売るとはどういうことだっていってくる奴《やつ》もいるんでさ。実際、盗品《とうひん》をつかまされた場合もあるがねぇ…。車検なんかいくらでも偽造《ぎぞう》できやすし、あっしらにはそれが盗品なのかなんなのかわかんねーわけで……」
ふーん、そんなこともあるのかぁ。
「ところでオヤジ。ズバリ、あれいくら」
値段の交渉《こうしょう》はトラップに任せるにかぎる。
わたしもクレイも後ろに下がって見守ることにした。
トラップ! がんばれー!
店の主人はズルそうにチラッとわたしたちを見て、指を二本突きだした。
「そっか……二万か……」
トラップがポツリというと、主人は一瞬《いっしゅん》『へ?』という顔をしたが、突然《とつぜん》爆笑《ばくしょう》。
「はっはほっっはっは! 旦那《だんな》も冗談《じょうだん》がきつい。ありゃ、定価で五〇万はするんですぜ。二〇万です、二〇万!」
あ、あれぇ?
「ふっ……ネタぁ割れてんだ。ありゃ、たしか定価で三四万だったよなあ」
トラップが意地悪《いじわる》そうにいう。
「そ、そうかもしれねぇ……いや、そうか、そうか。ちょっと勘違《かんちが》いしてやした。……いや、だけど、それにしても三四万だ。どこの世界にそれを二万で売るバカがいやすか。旦那あ、年寄りをからかっちゃいけやせんぜ」
「それがなぁ、冗談じゃねぇーんだ。いや、おれだってさ。できりゃ、二〇万、ポンと渡《わた》したいとこよ。あんた、良さそうな人だしな。うん、実際、男のおれから見てもいい男だ。商人やらせとくのぁもったいねー。あんた、役者とかにスカウトされたことない?」
誉《ほ》められて悪い気がするはずもなく。しばしニヤニヤしていたが、さっと顔をこわばらせた。
「あぶねぇ、あぶねぇ。あんたも人が悪い。あやうく引っかかるとこだった。ま、しかし。一度乗ったことがあるあんたらがここを通りかかったのも何かの縁《えん》だ。あいつだって、見ず知ずの奴《やつ》に乗られるよりゃ幸せっつーもんでさ」
そこでポンとトラップの肩《かた》に手を置き、
「大まけにまけて、一三万。どうだ」
今度はトラップが店の主人の肩に手をかける。
「まだまだ」
「……じゃ、一二万五千!」
主人はもう片方の手をトラップの肩にかけた。
「いんや、まだまだ」
トラップももう片方の手を主人の肩に。
ちょうどふたりでスクラムを組んでいる形になった。
しばらくそのまんまの状態で、ふたりにらみ合っていたが、
「よぉ――し、きっかし一〇万! 持ってけ、泥棒《どろぼう》!」
主人が大声でいうと、
「よくおれが盗賊《シーフ》だってわかったな。……ま、いいや。とにかくあいつぁ五千で買いたい。そりゃ話にもならねぇ値段だってことは百も承知だぜ。しかし、これには深あーいわけがあって。語るも涙《なみだ》、聞くも涙……おれらの仲間がひとり不幸な事故にあったんだ……」
でも、主人はトラップの話なんか聞いてはいなかった。
ただあっけにとられた顔で口をポカンと開けてトラップの顔を見ていたが、ハッと我に返り、
「さ、出ていってくれ! おれは忙《いそが》しいんだ。おめぇらのたわごとにつきあってる暇《ひま》ぁねぇ!」
そういって、とりつく島など全くない。
つまるところ、わたしたちはそっくり叩《たた》き出されてしまった。
バタンッ! とドアが閉まり、ごていねいに窓のカーテンまでがシャッと閉まる。
そりゃ、そうだよなぁ……。
「はああぁぁぁ……」
大きなため息をつく、わたしとクレイ。
「いくら値段の交渉《こうしょう》のうまいトラップでもちょっと無理ではないんでしょうかねぇ」
キットンはあったりまえのことをえらそーにいった。
「うるせぇ!」
トラップは一言いって。顎《あご》に手をやり、その辺をグルグル回りだした。
「でも、ヒポちゃん……なんとか手に入れたいよね……」
わたしがポツンとつぶやいたとき、
「パステルおねーしやん、ヒポしゃん、気がついたデシよ!」
シロちゃんがトコトコと走りよりながらいった。
「え? ほんと?」
「ひぽー、おなかしゅいたんかぁ?」
かけつけてみると、ルーミィが座りこんでヒポちゃんのほっぺたをさすりながら話しかけていた。
「ぱぁーるぅ、ひぽ、おなかしゅいてんお?」
「さぁ、わかんないけど……ヒポちゃん、わたしよ。わかる?」
わたしもヒポちゃんの前に回りこんで必死に呼びかけた。
ヒポちゃんは半開きの目でわたしを見たが、わたしだってわかったのかどうか……。
「おい、カバ! どうしたい。元気ねぇーじゃんかよ」
トラップもやってきてヒポちゃんの頭をポカッと軽く叩《たた》いた。
ふっとトラップの顔を見上げたヒポちゃん。
「プフフフーゥ」
ひと声鳴いたじゃないか!
「わかったのよ! トラップのこと」
「カバに好かれてもうれしかねーけどな」
でも、ほんとはうれしいんだよ! だって、目がそうだもん。
「ノルがいてくれたらよかったですねぇ。話ができるのに……」
キットンがいう。
「ほんとだよね……」
ヒポちゃんを囲み、ちょっとみんな……またしんみりと黙《だま》りこんでしまった。
するとドアがバタンと開き、店の主人が手をふりあげながら出てきた。
「おいおい! とっとと帰ってくれ。うちの商品に何してんだ!」
思案気にわたしたちは顔を見合わせた。
「どれくらいになるか……わからないけど、ちょっといろいろ相談してきますよ。だから、それまでこいつを売らないでくれませんか? といったって今日中には結論出しますから」
クレイがそういって頭を下げた。
「ふん! 何を相談したってダメに決まってんじゃねーか。あんたらには十年はえーんだよ。車乗って楽しよーなんざ……」
「て、てめぇー! てめぇにそこまで言われる義理ぁねーぞ!」
短気なトラップが食ってかかろうとしたが、
「よせ!」
クレイがふりむき、その肩《かた》をグッと止めた。
「放せ! こーゆーことはキッチリいっとかねーと……」
「いいから!」
クレイとトラップがもみあっていると、
「おんやぁ……?」
クレイのロングソードをしげしげと見た主人。
「旦那《だんな》、これ……ちと見せてくんないすかねぇ」
「え? あ、ああ……いいけど」
クレイから手渡《てわた》されたロングソードを鞘《さや》からスラリと抜いて子細《しさい》に調べていたが、
「ふんふん……こりゃあ、すげぇ! 手入れも行き届いてるが、なにより大した代物《しろもん》だぁ!」
しきりと感心して目を輝《かがや》かせた。
「実をいうと、あっしぁ、ちょっとした珍品《ちんぴん》コレクターなんでさ。ま、冒険者《ぼうけんしゃ》でもなし、眺《なが》めるだけなんすけどね。いやぁ、こいつあぁ見たこともねータイプだ。素人《しろうと》目にゃぁわかんねーでしょうが。それそうとうの謂《いわ》れがあんでがしょ?」
「さ、さぁ……家にあったんだけど」
「家っていいやすと?」
「こいつんちは代々|騎士《きし》の家でな。だからこんなソードくらいゴロゴロしてら」
トラップが代わりに答えた。
「そいつぁうらやましい! 一度拝見してみてぇもんだ。……で、どうでしょ」
「どうって?」
主人はキラキラ目を輝かせたまんまクレイにささやいた。
「これを譲《ゆず》ってくれるんでしたら、旦那《だんな》。あの車、持ってってくれてもよござんすよ」
「……………」
「そ、そんなぁ! そんな、ダメよ、ダメ!!」
「いくらなんでも、そりゃ無理ってもんですよ!」
わたしもキットンも大声でいった。
でも、クレイったら考えこんじゃったりしてるうう!
じょ、冗談《じょうだん》でしょ!
「ね、クレイ。短気起こしちゃダメ。だって、毎日毎日手入れして……。あんなに大事にしてたじゃない!」
「そうですよ。剣《けん》はファイターの命。そりやヒポちゃんがいてくれれば助かりますけどね。でも、引き替《か》えにはできませんよ! それに剣にとったって、そんな眺めているだけで使ってくれないなんてイヤに決まってます」
「……………」
クレイは唇《くちびる》をかみしめていたが、低く押《お》し殺した声でいった。
「……わかった……。譲《ゆず》……るよ」
「えええ―――!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
でも、わたしたちなんか無視して、店の主人はソードを抱《だ》きしめたまま小躍《こおど》りして喜んだ。
「ひゃぁー! そいつあぁうれしい。はいはい、じゃ、あれ。持ってってください。あ、キーと保証書と車検証、今持ってきやすから!」
そ、そんなぁ!
「ダメ、ダメです! クレイがいいっていったって……」
わたしが主人に取りすがろうとしたら、トラップが、
「いいから、ちょっとどいてな」
といって、わたしの前に出た。
彼を見た主人。
「ふ、ふん! ダメですぜ。こいつぁ、あっしとあのファイターの旦那《だんな》との取り引きだ。あんたが出てくる幕あねーんだ!」
そういってクレイのロングソードを後ろに隠《かく》した。
「じゃぁ、今度はおれと取り引きだ。これを見てくんな。これとそのソード、交換《こうかん》といかねーか」
グイッと何かを突《つ》きだした。
なんだ、なんだ!?
トラップが突きだしたそれは、なんか見覚えのある……大きな青い石の入った指輪。強くなってきた陽《ひ》の光を受けてキラキラと輝《かがや》いた。
「ふん……またどうせ盗品《とうひん》なんでしょ」
「そうだ、と言いたいところだがぁ、ちがう! こいつぁなぁ。ホーキンス山のダンジョン奥《おく》深あ――くに住む伝説のブラックドラゴン。畏《おそ》れ多くも賢《かしこ》くも、そのお人……いや、そのドラゴンさまがおいらにくれた指輪よ!」
あ、あぁぁー!?
なにそれ。
「ブラックドラゴンっていったら、あのJBさんとやらですよねぇ」
まだJBには会ったことのないキットンがわたしにいった。
「うん、そうだけど……トラップったらいつの間に……あ、あぁぁー!」
わたしはいきなり思い出した。
「トラップ、あんた返してなかったのね!? ゲームするときに借りた指輪でしょ、それ!!」
「だって返せっていわれなかったもんねー!」
「なんて奴《やつ》!」
ゲームの上で、尼《あま》さんの役になったトラップが防具の代わりになるものをくれとJBに交《こう》渉《しょう》して。不承不承《ふしょうぶしょう》、JBが渡《わた》したのがその指輪。
「やっぱり盗品じゃあねえすか」
そういいつつも興味津々《きょうみしんしん》。
「ま、見るだけ見せてもらいやしょうかねぇ……」
といって、今度は指輪をいろいろな角度から眺《なが》めはじめた。
「こいつが、そのブラックドラゴンのものだっていう証拠《しょうこ》はあるんですかい?」
疑わしそうに聞く店の主人。
「輪っかの裏を見てみそ。ちゃーんとジェローム・ブリリアント・三世と彫《ほ》りこんであんだろ」
「ふむ、たしかにあるが……」
ここで、トラップ。おおげさに肩《かた》をすくめてみせた。
「ちぇ、やだねぇ、素人《しろうと》は。知らねーのか? ブリリアントさまを。いくらなんでも知ってるだろうが、ドラゴンっていやぁ金品宝石、キンキンキラキラが大好きだろ? しかし中でもこのブリリアントさまぁ、そのコレクションのすばらしさでいったら東西|随一《ずいいち》。死ぬ前にいっぺんでいいから拝んでみてぇって代物《しろもの》よお。そんで、あまたの冒険者《ぼうけんしゃ》たちが挑戦《ちょうせん》しては、そのダンジョンの複雑さ難易度の高さに敢《あ》えなく挫折《ざせつ》を繰《く》り返してんだ。おれの知り合いのじいさんなんかな。今わの際に『ブリリアントさまのお宝が見たかった……』っつう言葉いいのこしたくらいなんでぇ。け、ちったぁ本でも読んだらどーだ」
まぁ、ペラペラペラペラと……。
よくもまぁ口からでまかせが湧《わ》いてでること!
主人のはうはパッと顔を赤らめ、あわてていった。
「ああ、ああ、そうか! ブリリアントさまねぇ。思い出した。そうかそうか! あのブリリアントさまの指輪ですかい!」
トラップったら、こっちをチラッと見てペロリと舌を出した。
いかにも、(いーかげんなこといってやがるぜ!)というかんじ。
だよねぇ。ブラックドラゴンのことは知っててもおかしかないけど。彼がなんて名前かなんて知ってる人、そんなにいないはずだもの。
「わ、わかりやした! じゃ、これ。この剣はお返ししやす。でも、もー取り引きはなしですぜ。気が変わったって知りやせんぜ」
「おうおう、おれも男だ。ほんとはなあ、盗賊《シーフ》ギルド行きゃあ、百万……いや、一千万はかてぇ……値のつけようのねーもんだし。おれとしても手放したかないんだぜ。身を切られるように辛《つ》れーんだが。まぁ、しかし、こいつの剣《けん》のためだ。しかたねーや」
「トラップ……」
「ほれ、クレイ。剣はファイターの命だ。二度と離《はな》すんじゃねーぞ」
くっさい芝居《しばい》!
しかし、そのお涙《なみだ》ちょうだい的な芝居に主人はすっかりだまされてしまったようだ。
「うう、泣かせるねぇ。よし、いまキーと書類を持ってきやすぜ。ついでに、こりや洗車もサービスだ!」
そういって、大事そうに指輪を胸ポケットにしまい、店の中へと走っていった。
その後ろ姿を見ながら、
「ねぇ、トラップ……あれってそんなに価値あったっけ?」
「ふん、……なわけねーだろ? ガラス玉よ、ガラス玉」
「だろうな。もし、そんな価値がありゃ、おまえが手放すわきゃねーもん」
あっさりとクレイがいった。
「さすがだねぇ! クレイちゃんよ」
「まあな。伊達《だて》におめーと長くつきあってねーよ」
とかなんとかいっちゃって。ふたりゲラゲラ笑いだした。
わ、わっかんなーい!
STAGE 4
「わったたた……、こ、これのどこが『程度良好』だあ?」
ヒポちゃんを運転しながらトラップが叫《さけ》ぶ。
「きゃぁー! ぶ、ぶつかるーぅ!」
さすが森と湖の国、森のなかを通がうねうねと続いている。その木にあわやぶつかりそうになって、
きぃぃ――――っっ!!
「わああああ!」
「きゃぁ!」
「どああぁぁぁ!」
「わあデシー!」
急停車。みんなダンゴになって前|倒《だお》しに転がった。
「シロ!」
勢い余って放り出されそうになったシロちゃんのしっぽをクレイがつかむ。
「お世話かけるデシ」
「ちぇ、こんなもんによくまぁ二〇万なんて法外な値段つけたもんだ」
トラップがブチブチいいながら、また体勢を立て直す。
「まぁ、でもだまし取ったようなもんなんだしさぁ……」
クレイはちょっと後味《あとあじ》のわるそうな顔。
「だまし取ったったぁ、聞き捨てが悪いな。ブラックドラゴンの指輪と引き換《か》えたんだからな」
「でも、ガラス玉だったんでしょ?」
わたしがいうと、
「あのなあぁ。あーゆーコレクターにとっちゃ、宝石の価値なんかどうでもいいんだ。誰《だれ》かが『こりや珍《めずら》しい! 価値がある!』っていって、みんなもそれを認めたらそれで決まるわけ。わかる?」
「ま、まぁ……ねぇ」
たしかに古ぼけた切手だのコインだのが家一件買えるくらいの値段で取り引きされてたりするのは知ってる。
「それにな、あいつどーせ売る気もなかったんだ」
「どしてそんなことわかるの?」
わたしが聞くと、トラップはハンドルをクルクル回しながら答えた。
「他の車見たろ?」
「うん」
「他のはみんなピッカピッカだったじゃんか。ホコリかぶってたのはこいつだけだ」
「うん、そういわれてみれば……」
「あの商魂《しょうこん》たくましいヒュー・オーシのこった。ギリギリ限界までコキ使ったんだぜ。廃車《はいしゃ》寸前のを、あの中古車屋のオヤジに売りつけたんだな。あのオヤジもヒュー・オーシ同様、転んでもタダじゃ起きねぇタイプだ。こいつの場合、クズ鉄になんのか、クズ肉になんのかしんねーけど。とりあえず廃車にしても元が取れる程度に買い叩《たた》いたに決まってら」
「廃車?」
「そ、スクラップってことだ」
「そんなぁ……!」
ヒポちゃん、もうだいじょうぶだからね。
もうだいじょうぶだけど……それにしても、ずっとほったらかしにされてたみたいで。調子よく走ってるかと思えば、今みたいになっちゃうし。
「ま、でも、だいぶ早く着けそうだな。ほら、見ろよ」
クレイの指さす先に古ぼけた道しるべがあった。
「なんて書いてある?」
「うーんと……ザマ湖?」
「ザマ湖ね! やったぁ。ほら、ここよここよ」
マップを見せる。
ドレドレとクレイもトラップもキットンも……ついでにルーミィも頭をくっつけて覗《のぞ》きこんだ。
「おお、ここまで来たか! じゃ、あと半日ってとこか?」
「うん……でも、できればこのザマ湖の先にある、ロウフェルドっていう村で一泊《いっぱく》したいわね。もう日が暮《く》れてきたし。それにあんまり無理させて、ヒポちゃん走らなくなったらたいへんだし」
「だな。じゃ、後二、三時間ってとこか……」
クレイがいうと、
「おおっし! カバ! 後もうちょっとだ。がんばれよ!」
「ヒポちゃん、がんばれ!」
「ひぽ、ばんあえ!」
みんなの声援《せいえん》がわかったのか、ヒポちゃんはまたひと鳴きして走りはじめた。
「うわあお! きれい!」
「ああーぉ! きえい!」
さっきの道しるべからしばらくして、わたしたちは思わず歓声をあげた。
うすい黄金色から濃《こ》い茶色、そして緑がかった黄色まで……。森の木々は美しく紅葉していたが。その深い森の切れ間からキラキラと光る湖面が見え隠《かく》れした。
今のヒポちゃんの時速は三〇キロ。
森の小道は夕方の気配。ぼんやりと白い霧《きり》がゆらゆらと行く手を包んでいる。
「少しガスが出てきたな……」
クレイがいう。
「さて、ちょいと急ぐかな」
トラップがスピードを上げた。
「ほら、見て見て。湖の色が変わるわ!」
木々の切れ間、急に視界が開けた。
「すっげーなぁ……」
「うーむ、ファンタジックですねぇ。妖精《ようせい》が出てきそうだ……」
夕焼けが始まったのだ。
ザマ湖の鏡のような湖面は空を映し、森の影《かげ》がそれを縁取《ふちど》っている。
浅いブルーだった湖面が徐々《じょじょ》に赤く染まっていく。
キラリキラリと光る、あれは夕日。
キットンがいうとおり、妖精たちが現われても不思議ないくらいにロマンチック。
「そろそろライトを……あ、あれぇ?」
トラップが手元のスイッチをカチカチいわせて、しきりに首をひねった。
「どうしたの?」
「まじい! ライトが点《つ》かねぇでやんの!」
「あらまあ……」
「危ないですねぇ。こんな小道で。最近は日が暮《く》れるの早いですよ」
「くっそー!」
なおもカチカチとスイッチを動かすが、どうやらダメらしい。
「じゃ、カンテラをつけよう」
クレイがそういって、自分のポータブルカンテラを取り出した。
「カンテラつけるったって、道の先を照らさなきゃ意味ねーぞ」
「そっか……じゃ、ヒポの鼻先につけるってのは?」
「ぼく、まぶしいの吹《ふ》くデシか?」
シロちゃんはクレイとトラップの間にチョコンと座って、ふたりを見あげた。
「おおおお!」
「そうだ。こいつのこと忘れてた!」
「えらい、シロちゃん!」
「えりゃい、しおちゃん!」
「へへ、どうもデシ」
みんなに誉められ、シロちゃんは照れ笑い。
「じゃ、いったん止めよう」
ヒポちゃんを停止させ、シロちゃんをヒポちゃんの鼻の上にロープでしばりつけた。
両手両足を広げ、ペッタリヒポちゃんの頭に張りついたような格好。
かわいそうだけど、こうでもしなきゃ転がり落ちちゃうからね。
「痛くない?」
と、わたしが聞いても、
「だいじょぶデシ!」
ううう、けなげな子!
「よし、シロ。あと一時間ってとこだからな。まぁあまりスピードは出さねぇし。それまで頼《たの》んだぞ!」
トラップが運転席から声をかけると、ヒポちゃんの頭にくくりつけられたシロちゃんが前を向いたままいった。
「がってんしょうちデシ!」
ボォ―――ッ! と、シロちゃんが『まぶしいのデシ』を吹く。
もうかなり夜の色が濃《こ》くなった道の先と両端《りょうはし》の木々が明るく浮《う》かびあがる。
「よし、いいぞ。その調子だ!」
「わかったデシ!」
シロちゃんがしゃべると、また元の暗闇《くらやみ》にもどる。
「あ、いい。いい。おめぇは返事しなくって」
「はいデシ!……じゃ、ないデシ……」
あっはっはっはっは……。
わたしはクレイやキットンと顔を見合わせて笑った。
しかし、うまくいったのほほんの一五分かそこら。
「なんか……焦《こ》げくさくないか?」
「うん、そういえばそうだね……」
クレイとふたり後ろを振《ふ》り返って同時に叫《さけ》んだ。
「うわああぁぁ――! 燃えてる! 燃えてるぞー!」
「きゃ――! 燃えてるー! 火事よ火事ぃ」
ヒポちゃんのおしりあたりから、もうもうと煙《けむり》があがっていたのだ。
「う、うわあぁ!」
「きゃあぁ!」
「トラップー!」
「だめだ。ハンドルが効かねー!」
「うぎゃぁっ!」
ちょうど木がまばらになったあたりで、ヒポちゃんはモクモクと煙をまき散らしながら、いきなり湖のほうへと曲がり通から外《そ》れていった。
「止めろ止めろ!」
「ダメだ! ブレーキも効かねー!」
「なんだとお!?」
そういってるうちにも、ヒポちゃんは湖に突進《とっしん》していく。
「きゃあぁぁ!」
ついに湖に飛びこんだ。
「つ、つめてぇぇぇー!」
ザバッとかかる水しぶき。
それでもヒポちゃんの暴走は止まらない。
「げげ――! 止まれ止まれぇぇー」
どんどん深みにはまり、水面がみるみる近づいてくる。
「ヒポちゃん! お願い。止まってー!」
わたしが叫ぶと、またまた急ブレーキ……ではなく、いきなりエンジンがストップした。
とっぷり日も暮《く》れ、あたりは真っ暗闇《くらやみ》。
冷たい風がさっと髪《かみ》を逆なでていく。
「あーあ……」
なにが悲しゅうて、こんな晩秋。湖に全員そろって浸《つ》かってなきゃいけないのか。
「ったくぅ! おめぇ、また水浴びしたかったってーんじゃねーだろうなぁ!?」
トラップが怒鳴《どな》る。
「まぁ、あのまんま火事になってるよかマシかな」
クレイがつぶやいた。
「しかし、なんか怖《こわ》いですねぇ。真っ暗だし寒いし静かだし」
キットンのいうとおり、たしかに不気味《ぶきみ》なほどの静けさだ。
時おり、ザプン、ザプンと水音が聞こえてくるだけ。
まるでこの世にわたしたちしかいないような……。
「あ、シロ! シロはどうした!?」
「え?」
あわてふためいてカンテラに火をいれる。
身を乗り出してヒポちゃんの鼻を照らすと……そこにはゆるんだロープしかなかった!
「シロちゃんっっ!!」
「ちょい、貸せ!」
クレイがわたしの手からカンテラを取り、両側の湖面を照らした。
「お―――い、シロぉ――!」
「シロちゃぁ―――ん」
「しおちゃーーん!」
「シロぉぉぉ―――!」
静かな湖にわたしたちの悲痛な叫《さけ》びが吸いこまれていく。
全員、自分のカンテラに火を灯《とも》し、何十回シロちゃんの名前を呼んだことだろう。
ウ、ウソ!
ノルがこんなことになって……今またシロちゃんまで!?
「ううん、そんなことない! どっかにいる! きっと見つかる!」
わたしは不吉な考えをプルプルッとふり払い、目を皿のようにして湖面をにらみつけた。
ポチャンッ!
小さな水音がしたような気がして、ハッとふりかえった。
「クレイ、こっち、こっち!」
「いたか!?」
「ううん、ただ音がしたの!」
みんなのカンテラで照らしても、そこには黒い水面がゆらいでいるだけ。
「いないな……」
「でも、でも、ほんとに水音がしたのよ!」
「そっか……。よし! ちとこれ持ってて」
クレイはわたしにカンテラを渡《わた》すと、マントやブレストアーマーなど身につけているものを脱《ぬ》ぎだした。
「そうとう水は冷たいですよ。気をつけないと……」
「ああ、わかってる」
キットンにそういって軽く準備体操。水を胸にパシャパシャとつけた。
「ひぇ!」
うう、冷たそう……。
パチャン!
「あ、また……またよ! また聞こえたわ!」
「はい、聞こえましたね。今度はわたしも聞きましたよ」
「でしょ、キットン!」
わたしからカンテラを受け取ったクレイ。
「よし。じゃ、ちと見てくる。トラップ、キットン、後は頼《たの》んだぞ」
「クレイ、無理しないでよー!」
ドポンッ!
わたしが言い終わらないうちに、クレイは湖面に飛びこんでしまった。
「クレイ……」
両手を握《にぎ》りしめ、大きくゆらいだ水面を見つめていると、
「心配はいらねぇよ!」
トラップがわたしの後ろでいった。
「あいつぁ、子供んころから泳ぎは得意だったんだ。水泳大会でもいつも上位入賞してたからな」
「そうなの!?」
「ああ、おれといい勝負だったんだ」
ならいいけど……。
でも、それでも心配だ。
わたしたちは黙《だま》って水面を食い入るように見つめていた。
クレイの頭が見え隠《かく》れする。
たしかに泳ぎに無駄《むだ》がない。カンテラを片手に持って水音もたてずに前進していく。
クレイの掲《かか》げたカンテラの光が移動していく。
もう、それしか見えない。
かなり行ったところで光が止まり、しばらくして右に移動していった。
「見つけたんですかね……」
「さあ‥…」
そして、またピタリと止まり……。
ふつっとそこで消えてしまったではないか!
「きゃあぁあ!」
「ど、ど、どうしたんでしょう!!」
「わかんねぇ。もうちっとようすを見ようぜ」
でも、でも!
カンテラの光は消えたまま!!
「クレーッイ!!」
「くそ……こいつが水陸両用だったらな。カバなんだから、それくらいできねぇのか!」
「こ、これは……非常にまずい事態ではないでしょうか!!」
みんなの焦《あせ》りが頂点に達する。
でも、それでも光は消えたまま。水音も聞こえてこない。
「トラップ!」
見ると、隣《となり》でトラップが服を脱《ぬ》いでいるじゃないか。
「だめよ。そんな……トラップまでいなくなっちゃったら……ど、どうするのよ!」
しかし、上半身|裸《はだか》になった彼は、わたしの頭に自分の帽子《ぼうし》をのっけて言った。
「この前、いったろ? 最後に頼《たよ》りになるのは自分だけだって。おれたちを頼りにするな」
トラップの立てた水音が聞こえるなか、わたしの頬《ほお》をポロポロと涙《なみだ》が落ちていった。
「ぱぁーるぅ、泣いてんのかあ?」
ルーミィがわたしの足をグイグイする。
なにか答えようと口を開いたが、声を出した瞬間《しゅんかん》ほんとに泣き崩《くず》れてしまいそうで……。
「だいじょうぶですよ」
キットンが湖面を見つめたままいった。
わたしは涙《なみだ》にぬれた唇《くちびる》をギュッと噛《か》みしめ、コックリうなずいた。
トラップが持っていったカンテラの光が、クレイのカンテラの消えた位置まで進んでいった。
しばらくして。
その光が大きく左右にゆれた。
「見つかったのかしら!」
「どうなんですかねぇ! こんなとき信号を決めておけば便利なんですが」
そして、またしばらくして。
今度は光がふたつになったじゃないか!!
興奮のあまりキットンの肩《かた》をガクンガクンゆらして叫《さけ》んだ。
「見て、見て! ふたつになったわ!」
「うぐぐ……見てます見てますぅ!」
ふたつの光はゆっくりとこっちに近づいてきた。
やがて、その光を掲《かか》げているのがクレイとトラップであるのがわかった。
彼らの顔もはっきり見えてきた。
「よかった! 無事だったのね?」
「シロちゃんはどうしたんですかぁ?」
わたしたちがたらしたロープをふたりが登ってきた。
全身ズブぬれ。カンテラに照らされキラキラと水滴《すいてき》をしたたらせながら、まずトラップが上がってきた。
その後ろからクレイが。
「シロちゃん!!」
「しおちゃん!」
彼の肩にしっかりつかまっているのは、やっぱりズブぬれのシロちゃんだった。
ふわんふわんの毛がペッタリ体にはりつき目だけが大きくって、まるで別の生き物のよう。
「シロちゃんって、こんなに細かったんですねぇ」
キットンが感心したようにいった。
「心配したのよぉ」
タオルでシロちゃんの体をふこうとしたら、プルプルプルッと全身をふるわせた。
「わっ!!」
「キャッ!」
派手《はで》に水滴が飛び散る。
「あ、ごめんなさいデシ!」
「いいのよ、いいのよー」
まずクレイが行ってみると、水面から出たシロちゃんの後ろ頭を見つけたんだそうだ。
呼びかけると、クルリとふりむき「クレイしゃーん」と犬かきで近づいてきた。クレイも近寄ろうとしたが、急に水流の激しい場所があって足を取られてしまったという。カンテラが消えたのはこの時だろう。
やっと体勢を立てなおしシロちゃんを肩に乗せたとき、トラップがやってきたと。こういうことだった。
「さぁて、とりあえずなんとか岸に上がろうぜ」
「だな。どうせぬれてんだ。ヒポを押すぞ!」
「ちぇ、やっぱおれも?」
「もちろんー」
クレイはまたドプン! と湖面に降り立った。
ちょうど胸くらいまでの深さだ。
反対側にトラップが降りる。
「せ―――のぉー!」
「ん――――っっ、うぐぐぐ」
最初はビクとも動かなかったヒポちゃんだったが。しばらくして、急にとっとこ向きを変えて歩き出したからたまらない。
「ぎゃっ!」
「ひぇぇーい!」
男ふたりのなさけない悲鳴を後に、ヒポちゃんはさっきまでのことがウソのように上機嫌《じょうきげん》で岸へと走っていった。
「へっくしょ――ん!」
「ふぁ、ふぁ……ハックション!」
ズルズルと鼻水をすすりあげ、毛布にくるまって焚火《たきび》にあたるふたり。
「ここで風邪《かぜ》でもひかれちゃたいへんですからねぇ。これを飲んでおいてください」
キットンが風邪の予防薬らしきものを渡《わた》した。
「おい、パステル! 腹減った!」
「おれも死にそーに腹減った!」
キットンの薬をボリボリかみくだきながらクレイとトラップが騒《さわ》ぐ。
「はいはい、ちょっと待って。すぐできるから」
アルミホイルで包んだ根野菜とミケドリアの肉に軽く塩《しお》胡椒《こしょう》。バターをひとかけ足したやつを焚火のなかに放りこむ。
早くいえは単なるホイル焼きだな。後はパンとコーヒー。
この材料は全部、トント村でお世話になったマチルダおばさんからいただいたものだ。
「きょうはここで野宿《のじゅく》だな」
まだ乾《かわ》かない黒髪《くろかみ》を額にたらしたクレイがいった。
「しかたないですねぇ。これ以上行くのは危険ですからして」
アルミホイルをひっくり返しながらキットンが答える。
「あーあ、きょうはお風呂《ふろ》に入れると思ったのになぁ……」
わたしがいうと、
「別におれたちはかまわねーぜ。ほれ、そこで水浴びしろや」
トラップが意地《いじ》悪《わる》そうに笑っていった。
すぐに言い返そうと口を開いたとき、森の奥《おく》深くのどこかから……。
アオォ―――――ン!
オウオウオオ―――ン!
いやぁな声が聞こえてきた。
「お、狼《おおかみ》?」
「さぁぁ……」
「まさか、またウージョじゃないでしょうね」
「げー!」
こわごわあたりのようすをうかがいつつ……声もひそめた。
アオオ―――ンン!
「ひゃあ!」
今度は近い。
もしや後ろに忍《しの》び寄ってるかも、と……パッとふりかえる。
しかし、そこには黒い木々がざわめいているだけ。
風が出てきたようだ。
ふっと焚火《たきび》が大きくゆらぐ。
「まずい! もっとたきぎをくべよう」
クレイが風から焚火を守るように毛布を広げ、キットンがその間にせっせとたきぎを足した。
「まぁ、ただの野犬だとは思うが……」
「ほんとに、そう思うかぁ?」
トラップが目を細める。
「やっぱり無理してでも村まで行ったほうがよかったのかな」
わたしがホイル焼きを長い串《くし》で火の中からかきだしながら言うと、
「うーん、それはどっちともいえないんじゃないですか? 道中|襲《おそ》われるということも充分《じゅうぶん》考えられますからねぇ」
そういうキットンの顔を強くなった焚火が赤々と照らしだす。
結局交代で見張りをたて、みんな寄り集まって寝《ね》ることになった。
きょうは朝も早くから起こされたし。道中いろいろあったからね。
最初はこんなところで寝られるかしらんと思ったが、横になった瞬間《しゅんかん》泥《どろ》のように眠《ねむ》りこけてしまった。
「う、寒い……」
あまりの寒さに目が覚める。
うわぁ、すっごい霧《きり》……。
湖からたちのぼる霧であたりはミルク色。手を伸ばして見ると、爪《つめ》の形がわからないほどだ。
朝日がぼんやりと見える。
上にかけていた毛布が朝露《あさつゆ》をふくんでじっとりと濡《ぬ》れている。
「ふわぁ―――……朝かぁ……」
ゴソゴソと起きて、まわりを見《み》渡《わた》す。
「あれ?」
小さな人影《ひとかげ》がミルク色の霧のなかに立っていた。
「誰《だれ》??」
ペパーミントグリーンのジャンプスーツ。わたしに呼びかけられ、こっちを向いたのはルーミィだった。
「なんだ、もう起きてたの? 早いじゃない」
「ぱぁーるぅ……」
「どしたの? 寒い? ほら、今|焚火《たきび》を強くするから。こっちおいで」
ルーミィはこっくりうなずいてトコトコ走ってきた。
そして、わたしにピトーッとくっついた。
「どうしたのよ。甘《あま》えんぼ!」
彼女はあどけない顔でわたしを見上げた。
「ルーミィの森……」
「ルーミィの森??」
でも、もうそれ以上は何もいわずわたしにくっついたまんま。小さな声で歌いだした。
「えう――ふのー、森ぃーはー
きえ――いなー、森ぃ――……」
いつもルーミィが口ずさむ歌だ。
「あ、そうか……そういえば。ここって、ルーミィのいたところに似てるね」
ルーミィと出会った森もちょうどこんな感じ。
深い森に囲まれた静かな場所だった。でも、山火事でなくなってしまったんだ。ルーミィは奇《き》跡《せき》的《てき》に助かったが、他の人たちは……。
「思い出してたんだね」
ルーミィをだっこしながら彼女のふわふわした髪《かみ》をなでた。
「ルーミィのおうち、湖んなか、らったお」
「湖のなか?」
まさか水のなかで生活してたんじゃないでしょうねぇ。
エルフ族ってどんな暮《く》らしをしているのか、わたしも興味あるけどよく知らない。
ときどき町で見かけるエルフ族はルーミィみたいに食いしんぼじゃなさそう。もっと繊細《せんさい》な……長身で華著《きゃしゃ》な姿の人たちばかり。だから、ちょっと近寄りがたい雰《ふん》囲《い》気《き》なんだよね。
「おふえで行くんだお」
「おふえ??……あぁ、もしかしてお船?」
「しょおしょお。ルーミィのママは、おそあ、飛んだお」
「そっかぁ……でも、ルーミィだってフライの呪文《じゅもん》覚えたじゃない。がんはればママみたいに飛べるようになるよ、きっと」
わたしがそういうと、ルーミィはニ――ッと笑った。
「ぱぁーるぅ」
「ん? なぁに?」
「ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」
ドテッ……!
はははは、お得意のフレーズが出たところで。
そうだな。そろそろみんなを起こそう。
……でも。
ルーミィが自分の生まれ故郷のことを話すなんて珍《めずら》しい。
ときどき家族のことを思い出すらしくって、そのときはわたしに話してくれるんだけどね。
こっちから聞いても、「しあない!」とかっていって。教えてくれなかったんだ。
あんまりいろいろ聞くのも辛《つら》いことを思い出させるようで。だから、こっちもそれ以上は聞かないようにしてたし。
ルーミィもだいぶショックから立ち直ったのかもしれない。
こんなに小さな子にとって、自分の住んでいたところが一夜にしてなくなっちゃうなんて……家族を失ってしまうなんて、どれほどショックなことか。
わたしも似たような経験をしているからすっごくよくわかる。
わたしが十四歳だった頃《ころ》。チャクデスというモンスターが異常発生し町を襲《おそ》ったのだ。ちょうどわたしたち子供がサマーキャンプに行ってる間の出来事で。小さな子供たちが両親を亡くして途《と》方《ほう》に暮《く》れている姿は今でもはっきり覚えている。
わたしの両親もその時に他界した……。
そのことがあって、冒険者《ぼうけんしゃ》になろうと決心し、冒険者の資格を得るために乗合《のりあい》馬車に乗ったんだけど。その途中で出会ったんだよね、ルーミィと。
なんかさ。思うんだけど。
悲しいことって、いやんなるくらいいっぱいある。
でも、避《さ》けようにも避けられない……自分ではどうしようもないことも多いわけでしょ。よくいえないけど、それって。なんとかかんとか、パスしてくしかないじゃない。
思い出すようなものは全部捨てて、一日も早く忘れようと努力するとか。
他のことで気を紛《まぎ》らわせるとか。
それを受け入れて、乗り越《こ》えようと奮起するとか。
引っ越しして、心機一転やりなおすとか。
時が解決してくれるのを待つとか。
泣くだけ泣くとか。
今、ノルが死んでしまって。
わたしたちは必死になって彼を復活させようとしているけど。
でも、でも……もしかしたら、それって……。
『一度|枯《か》れた麦は二度と甦《よみがえ》りはしない。しかし、大地の恵《めぐ》みを得てその子孫が祖先の意志を継《つ》いでいく』
ウギルギさまの言葉が今また浮《う》かんでくる。
ノルの死は辛《つら》すぎる。わたしたちは到底《とうてい》黙《だま》って受け入れるなんてできなかった。
でも、どうしても……どうしようもなかったら……。
…………わかんない!
もしかしたら、わたしたちが今やってることって……間《ま》違《ちが》ってるのかもしれないけど。
でも、でも……。
気がすむまで、やれることはみんなやってみるしかないんだもん。
誰《だれ》が止めたって、間違ったことかもしれなくっても。
そのことをウギルギさまはわかっていたんだと思う。
だからああやって親《しん》身《み》になってくれて。あえて反対もしなかった……。
きっと、そういうことなんだろう。
「お、なんだ、なんだ。この混《こ》みようは……」
早朝、ザマ湖を出発したわたしたち。
今んとこ、ヒポちゃんのご機《き》嫌《げん》もうるわしいようで。わりとスムーズにタル・リコ村近くまでやってこれたんだが。
あまりの混雑にヒポちゃんのスピードをぐんと落とした。
荷《に》馬《ば》車《しゃ》もあれば大《だい》八《はち》車《ぐるま》もある。もちろん歩きの人たちも。
共通していることといえば、みんな棺桶《かんおけ》を運んでいたこと。
それにしてもたいへんな数だ。
「復活屋はたしかにあるようですねぇ」
キットンがいう。
「しかし、もどってきてる連中、ずいぶん悲《ひ》壮《そう》な顔してるな……。ダメだったのかな」
「そうね。復活できる確率は遺体の程度によるって、ウギルギさまもおっしゃってたし。無理だった人もいるんじゃない?」
わたしとクレイが話していると、
「おい、浮《う》かねぇ顔して……ダメだったのかい」
トラップが運転席からひとりの男に呼びかけた。
ストーンゴーレムに二、三発|殴《なぐ》られてもビクともしないような頑《がん》丈《じょう》な体格。そのファイターは、ひとりで棺桶をズリズリと三つも引きずって歩いていた。
彼は疲《つか》れた表情でトラップを見あげ、
「おお、骨折り損のくたびれ儲《もう》けってやつだな。あんたらも復活屋に来たのかい」
赤銅色に日焼けした顔にまっ白の歯をむき出し、ニカッと笑った。
「ああそうだ。仲間がひとりやられちまってな」
「そうか……。でもいいじゃないか。ひとりくらいですんで」
「あんたんとこは全員かい?」
「そうさ。見てのとおりサラマンダーにひと吹《ふ》きされて、このザマさ」
この人、いったいどこから棺桶三つも引きずってきたんだろう。
棺桶と棺桶を鎖《くさり》で結び、その端《はし》を持って歩いているんだけど。ガッチリした肩《かた》にその鎖が食いこんで、見るからに痛々しい。
「たいへんだったんですね……」
わたしが声をかけると、口の端でニッと笑った。
「ま、復活できりゃラッキーだったが、しかたないわな。こいつら弔《とむら》ったら、また冒険者《ぼうけんしゃ》ギルドにでも行ってパーティの募《ぼ》集《しゅう》でもするさ」
「何で復活できなかったんだ? よかったら教えてくれないか」
今度はクレイが聞いた。
そうよね! そこが一番気になるところだもん。
「金さ」
「高かったのか?」
「ああ、話にならんほどな。あの復活屋、こっちの足元見やがって。まぁ、でもあんたらは払《はら》えるんだろうなぁ。そんな上等な乗り物に乗ってるくらいだし」
いやぁ……その、そういうわけじゃ……。
「おれたち、そんなリッチに見える?」
トラップが聞くと、
「いや、見えねぇ!」
ファイターはキッパリ否定した。
そうよねぇ、そりゃ……。
「でも……いくらだったんですか?」
「もう忘れた。とにかくおれにはとうてい払える金額じゃあなかったことだけは、たしかだ」
「そうなんですかぁ……」
なんか話がちがうじゃない?
たしか、貧乏《びんぼう》な人には安くしてるって話じゃなかった?
「ま、いいや。とにかく行ってみねぇことにはな。引き留めて悪かったな」
トラップがいうと、
「いいってことよ。じゃ、幸運を祈《いの》る!」
男は片目をつぶって、また歩き出した。棺桶《かんおけ》三つ引きずって。
彼を見送り、わたしたちは顔を見合わせた。
「なんか話が違《ちが》うなぁ」
「不安だなぁ……」
「お金がないことにかけては、わたしたち自信ありますしねぇ」
キットーン、そんな胸張っていわないでよぉ。
しかし、ここまで来たんだ。
それに、わたしたちにはウギルギさま直筆《じきひつ》の紹《しょう》介《かい》状《じょう》がある。
いよいよ復活屋のあるタル・リコ村を目前にして。
わたしたちはあまり詰もせず、ただただノルの復活を祈りながら進んでいった。
STAGE 5
「旅のお方、どうです? お泊《と》まりはホテル・フェニックスにしませんか?」
「さぁさ、こちらに。いい部屋《へや》を用意してますよー。きょうの汗《あせ》は『きせき旅館』で流しましょう!」
タル・リコ村は、たくさんのみやげもの屋と旅《はた》籠《ご》の立ち並《なら》ぶ……なんか観光地のようだった。
商《しょう》魂《こん》たくましいというか不《ふ》謹《きん》慎《しん》というか。
みやげもの屋の店先では、『復活|饅《まん》頭《じゅう》』、『復活|手《て》形《がた》』、『復活|煎餅《せんべい》』……みたいな、よくわかんないものが並んでいるし。
しかももっとわかんないのが、それを買ってる人たちがいっぱいいるってこと。
『復活の村・タル・リコ』とかって文字が黒々と染め抜《ぬ》かれたタオルを首にかけ、そぞろ歩いている冒険者《ぼうけんしゃ》なんかもいるし。
なんかもっと厳《げん》粛《しゅく》なイメージを抱《だ》いてきたわたしは、拍《ひょう》子《し》抜《ぬ》けしてしまった。
「また、ヒュー・オーシがやってるとかってーんじゃねぇだろうなぁ」
「たしかに……」
いうまでもなく、ヒュー・オーシが例の呪《のろ》われた城の前で似たようなみやげもの屋を開店していたことを差[#指?]している。
でも彼なら、いかにもいかにもってかんじだけど。世の中には似たような発想の人って多いんだねぇ。
「復活屋に直行だな!」
クレイの提案にみんな賛成した。
ルーミィもシロちゃんも、今回はみやげものをねだったりはしなかった。
感心、感心。
復活屋がどこなのか、誰《だれ》に聞かなくったってわかった。
なにせ村の入口から復活屋までの道のりに、ずーっとアーチがかかっていたのだから。
どうやらこの村は復活屋人気のおこぼれで生計を立てているらしい。
『遺体の保管いたします』という看板があちこちに見られた。
安いところで一日三百G。ちょっとした宿賃|並《な》みだ。いや、わたしたちがふだん根《ね》城《じろ》にしているシルバーリーブのみすず旅館なんて一日ひとり百Gだもんね……(なさけなひ!)。
他にも『カンオケあります』なんていう看板もあってさ。
見てみると、自走式のゴージャスなのから、ただ引っ張って歩く車輪付きのまで各種そろっていた。
そうそう。カンオケのレンタルまであんだよー!?
そんな店が立ち並ぶ通り。たくさんの人たちが行きつもどりつしているなか、痩《や》せた背の低い男が体格のいい男に取りすがっていた。
「おねげぇしますだ! 娘《むすめ》を、娘を助けてやってくだせぇ」
「あんたもわかんない人だねぇ。金さえ持ってきてくれりゃぁ、いくらでも助けてやるっていってんだろ?」
「あんな大金、貧乏人《びんぼうにん》にはとても払《はら》えっこねーです!」
「なら、しかたない。すっぱりあきらめて帰るこったな!」
「そんなぁ! ここまで娘を連れてくるのにどれだけ苦労したか……」
「知ったこっちゃねー!」
藤色《ふじいろ》の制服のようなものを着た大男は取りすがる男を無《む》惨《ざん》にもけっとばした。
「おい! こんなに疲《つか》れている人を蹴《け》るこたないだろ?」
見ていられなくなったクレイがヒポちゃんから飛び降り、道に倒《たお》れた男を助け起こした。
「だいじょうぶですか?」
「どうもどうも、冒険者《ぼうけんしゃ》の旦《だん》那《な》、ありがとうごぜぇます」
小《こ》柄《がら》な男がペコペコと頭を下げた。
「ふん、そいつがあんまりしつけーからだ!」
わたしたちだけじゃなく、通りかかった人たち全員が大男を非難の目で見たもんで。決まり悪そうに悪態《あくたい》をついて、肩《かた》をゆすって復活屋のほうに歩いていった。
「あの男が……まさか復活屋の?」
クレイが聞くと、
「いや、あれはただのボディガードですだ。復活さまは、ずっとずっと奥《おく》の部屋にいらっしゃるだに。あたしらなんかにゃ顔は見せてくださらん」
男が膝《ひざ》についた土を払いながら答えた。
「復活さま……かぁ……」
「おまえさまがたもこれから行くところですかい?」
「うん、そのつもりだけど」
「幸運を祈《いの》っておりますだ……」
「ありがとう。……あなたは?」
「あたしは、また明日行ってみるつもりですだ。どうせ今みたいに追い返されるのがオチでしょうが」
そういって、トボトボと小さな棺桶《かんおけ》を引きずって行ってしまった。
「クレイ、行くぜ」
「ああ…‥」
男の寂《さび》しげな小さな後ろ姿を見送っていたクレイだったが、トラップにうながされてもどってきた。
「いよいよもって、雲行きが怪《あや》しいですねぇ」
キットンが心配そうにつぶやく。
ほんとに……。
ウギルギさまのおっしゃっていた人と同一人物とはとても思えないよ。
『奇《き》跡《せき》を呼ぶ、復活屋』
|仰々《ぎょうぎょう》しく金文字でこう書かれた看板が大理石の門柱にあがっている。
「はあぁぁぁ……」
「すごいですねぇ……」
「たはぁ――、すっげー成金《なりきん》趣《しゅ》味《み》」
わたしたちはだらしなく口を開けたまま。ただただ、おそれいった。
「おい、順番だぞ。並《なら》ばんかい」
さっきの大男と同じ服を着た、やはりガッチリした男から怒鳴《どな》られた。
順番を待つ人の列は、そのオオゲサな門から大きくはみでていた。
「どこが列の最後なんだ?」
順番を待つ人たちの後ろへ後ろへと歩いていく。
ヒポちゃんは首のところをトラップが持って引っ張っていった。
一目で冒険者《ぼうけんしゃ》とわかる、重《じゅう》装《そう》備《び》のファイターや紫《むらさき》のロープを着たソーサラーもいたし。さっきのかわいそうな男の人のような一般人《いっぱんじん》もいた。老《ろう》若《にゃく》男《なん》女《にょ》、さまざまな人たち。でも、一様に期待や不安、焦《あせ》りなどが入り交じった……悲しげな表情が見てとれる。
「こりゃ順番が来るまでかなりかかりますねぇ」
やっと列の最後まで行き着いたのだが。キットンがいうとおり、もしかしたら最悪今日中には無理かもしれない。……それほど列は長かった。
「なぁ、ちょっくらウギルギの野《や》郎《ろう》が書いてくれた紹《しょう》介《かい》状《じょう》を、その復活屋に|直々《じきじき》見せるってのはどうだ? すぐ会ってくれるかもしれねーぜ」
トラップがそう提案すると、クレイは腕《うで》組《ぐ》みして考えこんだ。
「そうだなぁ……しかし。なぁ、パステル」
「ん? なに?」
「あの『霜《しも》柱《ばしら》の魔法』って、後どれくらいもつんだっけか」
「うーん、たぶん後二日くらいじゃないかな。ヒポちゃんのおかげで早く着いたしね」
「そっか。じゃ、とりあえず順番は守ろうぜ!」
「そうよね。フェアじゃないもん」
「ここまで来たんだ。焦《あせ》らず行きましょう」
クレイの意見にわたしもキットンも即《そく》座《ざ》に賛成した。
だって、なんか……ズルやるみたいでさ。
案《あん》の定《じょう》、トラップは「ケッ!」と悪態《あくたい》をつき、
「はいはい。ごくろうなこったな。じゃ、おれ、その辺|偵察《ていさつ》に行ってくらぁ。ごゆっくり!」
そういってわたしたちを残し、ひょいひょい身軽に人《ひと》混《ご》みをよけながらどこかに行ってしまった。
「トラップったら、ズルいなぁ」
「それが彼の専売特許ですからねぇ」
わたしとキットンが話していると、
「あいつのことだ。ほんとに偵察に行ったのかもしれないぜ」
ルーミィを肩《かた》車《ぐるま》してやりながらクレイがフォローしたが、
「ほんとは遊びに行ったのかもしんないけどさ」
という一言《ひとこと》もつけ加えた。
どっちかっていうとそっちのほうが正解だと思うがなぁ。
「うわい、高い高い!」
「ルーミィしゃん、いいデシね」
クレイの頭をポンポン叩《たた》きながら喜ぶルーミィをシロちゃんが見上げていった。
「シッ、シロちゃん。ここではしゃべっちゃダメよ」
小さい声でシロちゃんの耳元に囁《ささや》くと、
「わんデシ!」
いけないっ! という顔で、すかさず答えた。
ホワイトドラゴンっていうのはとてもとても貴重な存在らしく。バレてしまうと誰《だれ》かにさらわれてしまう危険があるのよね。だから、こういう……いろんな人がいる場所では小犬のフリをしてもらうことになっていた。
「暇《ひま》ですねぇ……どれ、わたしはこの時間に……」
キットンはゴソゴソとかばんからノートを取り出した。
「それ、なんなんだ? この前からつけてるみたいだけど」
クレイが聞くと、
「これはですね。わたしが採集したキノコのですね、分類表なんです。はい。どへへへ……なかなか手に入らない貴重な資料もありますからねぇ。完成すれば、けっこうな値打ちになると思いますよ」
鉛筆《えんぴつ》をなめなめ、にやらぁっと笑った。
ノートには毒々しい色のキノコのスケッチなんかがしてある。
「ふーん、でも、キットンってけっこう、絵、上《じょう》手《ず》なんだね」
「そりゃ、精密|描《びょう》写《しゃ》ができなきゃ話になりませんからねぇ」
へぇー、そんなもんなのかな。
「しかし……どれくらいなんだろうな。復活の値段って」
クレイが列の前方を見ながらいった。
「さぁ……なんか料金表みたいなのがあればいいのにね」
「まぁ、ケース・バイ・ケースだろうし……」
ヒポちゃんの上にのっけたノルの体に直射日光があたらないようおおいをかけ、わたしたちは気長に待ち続けた。
やっと門をくぐるまで来たときは、もうとっくに日も傾《かたむ》いていた。
「ぱぁーるぅ、ルーミィ……」
「はいはい、わかってるって。わたしもおなかすいた」
よくできたもんで。
順番待ちの人々を見こんだ屋《や》台《たい》なんかが立ち始めた。
「いい匂《にお》いだなぁ」
クレイがいう。
チャーベ(羊に似た動物)の串《くし》焼《や》きやファタテ(貝の一種)の網《あみ》焼《や》き、ホットドッグにクレープ……。
ほんとにいい匂い。
「お弁当にお茶、いかっがっすかぁー?」
「ジュースに、サイダー、生ビール……」
弁当売りの声や屋台の売り声が暮《く》れなずむ町《まち》並《な》みに響《ひび》きわたり。沈痛《ちんつう》な面《おも》もちの人々もさすがに空腹には勝てないらしく、暗い表情のまま彼らに声をかける……という。
なんともいえない不思議な光景だった。
わたしたちもお弁当を買った。
「モグモグ‥‥‥こえ、けっこういけまふねぇ……」
お弁当を大切そうに持ち、その場にしゃがみこんだキットンがいう。
「ほら、ルーミィ、ゆっくり食べるの!」
あーあーあーあー……ルーミィったら。その小さな口より大きそうなミートボールをつめこんだもんだから、目をシロクロ。
ポロッと飛び出たミートボールをシロちゃんがパクッとキャッチ。
「うまい!」
クレイが拍手《はくしゅ》する。
「わんわんデシ!」
ゴックン飲みこんで、シロちゃん。さも満足そうに舌なめずりした。
「それにしても、トラップ……なにしてんだろ。遅《おそ》いなぁ」
わたしがシムルの実をかじりながらいうと、
「どうせ奴《やつ》のことだ。どっかで引っかかってんじゃないのかぁ?」
と、クレイ。
「引っかかってるって……まさかギャンブルじゃないでしょうねぇ」
「さぁねぇ」
「そんな、非常識な!」
「しかし、非常識なのが、まさしくトラップですからねぇ」
クレイもキットンも、何を今さら……という顔。
そりゃ、そうだけどさぁ……。
しかし、ついに順番がやってきてもトラップは帰って来なかった。
あいつぅー!
これで、ほんとにギャンブルでもしてたんなら許さない。
復活屋の中は、あの成金《なりきん》趣《しゅ》味《み》な門がまえ以上に何ともいえない造りだった。
磨《みが》きたてられた大理石の太い柱には金ピカの装《そう》飾《しょく》がほどこされてあるし、ご丁寧《ていねい》にその上部にはスフィンクスのレリーフまである……と、こういえば、その他の造りが想像していただけるだろうか。
そして、そこここに例の藤色《ふじいろ》の制服を着たボディガードたちが腕《うで》組《ぐ》みをして、あたりに睨《にら》みをきかせているのだ。
彼らに顎《あご》で促《うなが》されるまま、わたしたちはおっかなびっくり奥《おく》へと進んでいった。
もちろんヒポちゃんは連れていけないから、外の駐車場に預けておいた(それが、ここだけの話! 駐車料金だけでいくらだと思う? なんと一時間七〇Gもするのよね。冗《じょう》談《だん》じゃないわよ。それじゃ、ヘタすりや一食分以上じゃない!)。
「太枠《ふとわく》の中が必要事項です。もらさず書いて持ってきてください」
奥に入ってすぐのところに受付があり、係りの人に用紙を渡《わた》された。
わたしが備えつけのペンを取ると、みんな用紙をのぞきこんだ。
「住所、名前……って、これ、ノルのだよね?」
「そうじゃないか? だって、受術希望者氏名って書いてあるし」
「そうですよ。我々の名前を書くのは、この下の欄《らん》のようですねぇ。ほら、依《い》頼《らい》人《にん》氏名ってありますから」
「ふむふむ……んと、ロンザ国シルバーリーブ村四四五と……ノルっていくつだったっけ? 生年月日、カードにあったよね」
「えっと、四四三年七月三日ですね」
キットンがノルの服につけてあった冒険者《ぼうけんしゃ》カードを持ってきてくれた。
「さんきゅー……げ、まちがえた!」
「ほら、修正液。落ちついて書けよ」
「う、うん……」
ふだん雑文書きやってるわたしだけど、そういうフリースタイルの文章を書くのは好きなのに、こういう定型文書を書くのってすっごく苦《にが》手《て》。
間《ま》違《ちが》えずに書けたことなんか一度もない。
「んと、死亡時刻と死亡原因……と、あれ、何時くらいだったっけか?」
「さぁ……えっと、たしか昼は過ぎてたよな……」
などと、みんなで頭をひねりながらノロノロと空欄《くうらん》を埋《う》めていく。
最後に「当復活屋のことを何で知りましたか?」という質問があり、ちょっと迷ったが、「人に紹《しょう》介《かい》されて」というのにグルリと丸をつけた。
ほんとは「人」ではなく「神様」に紹介されたんだけどさ。
「よし、これでいいかな」
「いいんじゃないか?」
やっとこさ書き上げ、受付に提出する。
係員はざっと目を通し、
「コースは何にしますか?」
と、聞いてきた。
「コースっていうと……」
「ここにある通り、一番いいのでゴールド、次がシルバー、一番安いのがエコノミーコースとありますが」
「それってどうちがうんですか?」
「そりゃ復活の確率が格段とちがってきます」
「それじゃ、やっぱ一番いいのが……そのゴールドってのがいいよねぇ」
「うんうん」
「でも、いくらになるんでしょうか」
わたしたちが受付の前でゴチャゴチャ言ってると、
「じゃ、ゴールドコースおひとりでよろしいんですね。えーっと、遺体の状態を確認の上、必要な場合は料金がプラスされますが。基本料金はこのようになっております」
係員は全く事務的に、料金表の一|箇《か》所《しょ》をピッとアンダーラインしてみせた。
「いち、じゆう、ひゃく、、」
「ウソ……」
「さ、三百万G……!?」
そうだなぁ、一……いや、十万G以上は一律「たくさん」とか「いっぱい」とかの感覚のわたしたちだもの。
きれいに並《なら》んだ0の数を指折り数えているだけで頭がクラクラしてくる。
三万Gくらいは覚《かく》悟《ご》してたけど、ふたケタ違《ちが》うとは思ってもみなかった。エコノミーコースというのだって話にもならない値段だったし。
「支《し》払《はらい》は、現金、またはそれ相当の金、銀、宝石類でお願いします。ローンはいっさい受けつけておりませんのでご了承ください。万一成功しなかった場合は、その半額を返金いたしますが……」
ショックを受けて立っているのがやっとという状態のわたしたちにはおかまいなく、係員は|淡々《たんたん》と説明を続けた。
しかし、ふっと言葉を切り、
「どうかしましたか?」
と、怪《け》訝《げん》そうにわたしたちを見た。
「い、いやぁ……そのお……ちょっと仲間と相談する時間をください」
クレイは汗《あせ》をかきかきそういうと、わたしとキットンを引っ張った。
「早くしてくださいよ。次がつかえてますから」
係員の感情のない声がその背中に冷たく刺《さ》さる。
「は、はい……今すぐ」
クレイは情けない声でそう答え、眉《み》間《けん》に深くしわを刻みわたしたちの方を向いた。
「ど、どうするの? クレイ……」
「どう逆《さか》立《だ》ちしたって、あんなお金無理ですよ」
「わかってる」
「わたしら一生かかったって、手にできるかどうか怪《あや》しいもんです」
「わかってるってば」
キットンがわかりきってることをしつこくいうもんだから、クレイは声を荒《あら》立《だ》てた。
ちょっと気まずい沈黙《ちんもく》。
「こんな時に、トラップったらどこほっつき歩いてんだろ!」
その沈黙に耐《た》えきれず、ついつい愚痴《ぐち》ってしまったが、
「いや、いくらあいつがいたってどーこーできる金額じゃない。こうなったら、フェアとかアンフェアとか言ってる余《よ》裕《ゆう》ないな」
クレイはピシャリとそういった。
「……ウギルギさまの紹《しょう》介《かい》状《じょう》ね」
「そうだ」
「でも、相手に渡《わた》してしまうのは得策ではありませんよ。まずはとにかく、その復活さまっていう人に直談判《じかだんぱん》するチャンスをつかむことです」
「キットンのいうとおりだ。だから、ここでは手紙は渡さない。神様からの紹介状だからってもったいつけて、直接渡したいというつもりだ」
「OK! じゃ、これ」
わたしはリュックの奥《おく》に大切にしまっておいた、ウギルギさまからいただいた紹介状をクレイに手渡した
「これで、遺体を運ぶように」
ボディガードのひとりが車のついた担《たん》架《か》を指さした。
神様からの紹《しょう》介《かい》状《じょう》があるといったのが功を奏し、では会うだけ会ってやるといわれたのだ。
(しっかし、なんて高圧的な態度なの!?)
(まあまあ、がまんがまん)
わたしたちは小さな声でそんなことをささやきながら、ノルの体をゆっくり注意深く担架にのせた。
「こら、後がつかえてるんだ。急げ!」
ボディガードがキットンの背中をどついた。
「わあっ!」
キットンは派手《はで》によろけて転びそうになった。
「なにするんだ!」
クレイがさっとキットンを支え、男をにらみつけたが、
「復活さまはお疲《つか》れになっていらっしゃる。そもそも、金もないおまえらに会う必要などない。そこをお慈悲《じひ》で会ってくださるんだというのを忘れんようにな。急ぐ気がないなら、次の者を通すまでだ」
「なにをぉ!?」
「クレイ!」
かっと顔を上気させ男につかみかかろうとしたクレイを、わたしとキットンで必死に止めた。
「こんな奴《やつ》、相手にするだけムダよ。さ、急ぎましょ」
「そうです、そうです」
わたしたちがくやしまぎれにそういっているのを男はフンッと鼻で笑った。
くっそ―――!
なんていけすかないんだぁぁ!?
何様だと思ってるんだろ。こちとら一応お客様だぞ……そりやお金ないけどさあ。
まったくもって、もう。
我《が》慢《まん》に限界線というものがあるなら、わたしたちはそのギリギリのところで踏《ふ》みとどまっていた。
その男がそれ以上なにかしたら……危なかったな。プッチン切れてしまってたかもしれない。
しかし、こんな奴らなんてまだかわいいほう。彼らの主人はもっともっといけすかなかったのだから。
長い渡《わた》り廊《ろう》下《か》を歩き、磨《みが》きたてられた(ここはどこもかしこも嫌《いや》みなほどピカピカだ)大きな両開きの扉《とびら》の前に立ったわたしたち。
「次の者、着きました」
と、大きな声で扉のわきにいた男が声をかける。
中から、
「よし、通せ」
などと、えっらそーな声が聞こえてくる。
いよいよ、その声の主が問題の復活様かと思いきや。
部屋《へや》の中に入ってみて、またまたびっくり。
「うへぇ……広いなぁ……」
「天《てん》井《じょう》も高いですねぇ……」
神《しん》秘《ぴ》的《てき》な紫《むらさき》色《いろ》の薄《うす》いベールが高い天井からゆるやかなラインを描《えが》いて幾《いく》重《え》にもおりている。だから、その奥《おく》がどうなってるのかわからないんだけど。
さっきの声の主は、部屋に入ってすぐのところに立ったボディガードのひとりだというのがわかった。
「次の者、通ります!」
「よし、通せ」
「次の者、通ります!」
「よし、通せ」
「次の者、通ります!」
「よし、通せ」
…………!!
延々この繰《く》り返し。
ノルをのせた担《たん》架《か》をクレイが押《お》し、その後ろをキットンと、ルーミィの手を引いたわたし、そしてシロちゃん。
薄《うす》いベールの中をわたしたちは静かに進んでいった。
やっと復活さまのいる場所にたどり着いた頃《ころ》には、さっきの怒《いか》りも紫《むらさき》のベールに吸い取られてしまっていた。
というか、いったいどんな奴《やつ》がいるんだろうっていう好《こう》奇《き》心《しん》で頭がいっぱいになってたんだよね。
背の高い椅子《いす》。
両側にたくさんのボディガードたちを置き、そいつは低くてネチネチした言い方でいった。
「あ、そこ。こしかけなさいよ」
「は?」
「さて、ちょっと見せてもらおうじゃないのぉ。その神様の紹《しょう》介《かい》状《じょう》とやらをさ」
ヒラヒラ大きなフリルのついた金色の長いガウンの裾《すそ》をひきずりながら、男が立ち上がった。
その動作が、なんというか……。
クネクネしてて気持ちわるい!
だって、クレイぐらいの背《せ》丈《たけ》でガッチリした体つきしてるくせして、腰《こし》つきとかが妙《みょう》に色っぽいんだもの。
「ん? どうしたのどうしたのどうしたのぉー。あたしが座ってっていったら、座るの。わかる?」
パンパン手を叩《たた》きながら、ぼ――っとつったったままのわたしたちに近づいてくる。
わたしたちは大急ぎでベンチに腰かけた。
胸元に金色の大きなリボン。ガウンの下はキラキラ光る藤色《ふじいろ》のラメ入りローブ。
うへぇ!
近づいてきた、その顔といったら!
紫色のサングラスをしているから目はわからないけど。
髭《ひげ》のそり跡《あと》も青々として、やたら油っぽい顔じゅうに白い粉をはたいているもんだからマダラなのよね。
「こ、これです」
「ふん、あんた、ちょっといい男ねぇ」
長い鳥の羽でできた扇《せん》子《す》をパタパタもてあそびながら、紹介状を差しだしたクレイの耳元にフッと息を吹《ふ》きかけた。
クレイは微動だにせず耐《た》えてるけど。
その首筋が鳥肌《とりはだ》だってるの、こっちからでもわかった。
しかし、次の瞬《しゅん》間《かん》。
復活屋はさっと厳しい顔つきになり、クレイの手から紹《しょう》介《かい》状《じょう》をむしりとった。
「………………」
無言で紹介状に目を通す復活屋。
わたしたちは祈《いの》るように彼の一挙一動を見守った。
これで、何も効果がなかったら……今までのわたしたちの苦労は。
いや、わたしたちの苦労なんかどうでもいい。次にどうすればいいのか、わからなくなってしまう。
ここであきらめるなんて、いやだ。絶対にいやだ。
しかし、わたしたちの祈りも空しく。
復活屋は読み終わった紹介状をポンッとクレイに投げ返し、クスクスと笑い始めた。
そのクスクス笑いはやがて大きくなり。最後には、お腹《なか》を抱《かか》えての大《だい》爆《ばく》笑《しょう》になった。
いったいなんだというの!?
「ホォーッホッホッホホ……神様の紹介状だっていうから……」
復活屋は肩《かた》を大きくゆらし、息をついだ。
「復活の神、アンドゥさまの紹介状かと思ったのにさ。なによ、それ。ウギルギ? 聞いたこともない。何者よ、それ」
彼は笑うのをピタリとやめ、さっとサングラスを外した。
目の上、パープルピンク!
しかも目張《めば》りバチバチ。
「麦の……小麦の神です」
わたしが小さな声でいうと、
「小麦ぃー? ふん、笑わせんじゃないわよ。そんな土くさいドマイナーな神がどうしたっていうのよ!」
「で、でも……昔《むかし》、あなたを助けたって……で、復活の術を身につけられたのもウギルギさまのおかげだからって、お礼にきたって……」
復活屋の迫《はく》力《りょく》に圧《お》されながらも、わたしが必死にいうと、
「それってさぁ、先代の話なんじゃないのぉー? 何十年前の話よ。失礼しちゃうわねぇ。あたし、そんなジジイと知り合いだと思うぅ?」
そういって鼻で笑った。
「先代? っていうと……」
そう聞いたクレイを見て、
「とっくの昔《むかし》に引退したわよ。老いぼれてね、復活の術も使えなくなったから、息《むす》子《こ》のあたしが引き継《つ》いだってわけ。今じゃ、ただの汚《きたな》いジジイよ」
「じゃ、エグゼクというのは……」
「あんたもちょっと見はハンサムだけど、頭悪いわねぇ。エグゼクは父よ。あたしの名前はリグレク。わかった? だから、そんな紹介状、なんの役にも立ちゃしないってわけ。わかったらとっとと帰ってちょうだい」
そういって左右にいたボディガードたちに合図した。
彼らはその合図と同時にわたしたちを取り囲み、乱暴に追い立て始めた。
「で、でも!」
「ちょ、ちょっと話を聞いてくださいよー」
「そ、そのおとうさまは、どこにいらっしゃるんですか?」
「は、放せ!」
しかし、彼らの力はものすごく。わたしたちの叫《さけ》びは空しく邸内《ていない》にこだましただけだった。
「はあぁぁぁぁ……」
「ふぅぅ……」
何度ついたかわかんないため息をついて、もう真っ暗になった道のはしっこにわたしたちは座りこんでいた。
ルーミイはもう疲《つか》れて、クレイの背中でくうくう寝《ね》ている。
「どうする?」
「とにかく、あいつの父親ってのを……だから、エグゼクさんを探すしかないな」
と、クレイ。
「しかし、あの復活屋の話じゃ、もう復活の術も使えなくなって引退したとか……」
クレイはそういうキットンの言葉をさえぎった。
「実際に会って確かめるまでは信用できねーよ。あんな気持ち悪い奴《やつ》のいうことなんか」
「でも、クレイ……けっこう気に入られてましたよね」
ムッとした顔でキットンをにらみつけたが、大きく深呼吸してゆっくりいった。
「キットン、いいか。あいつのことは、こ・れ・以・上、いうな」
その迫《はく》力《りょく》!
キットンもタジタジとなって、うんうんと何度もうなずいてみせた。
よっぽどあいつが気持ち悪かったんだろーなー。
「よし、じゃ行くぞ!」
と、立ち上がったクレイの首筋がブツブツと見《み》事《ごと》に鳥肌《とりはだ》だってる。
「どうやら、クレイの語られたくない過去シリーズに新たな一ページが追加されたようですねぇ」
キットンたら、わたしにそっと耳打ちした。
「なんかいったか!? キットン」
クルッとふりむくクレイに、キットンはブンブンブンと首をふる。
口が災《わざわ》いしてるっていえばトラップだけど、キットンも懲《こ》りないっていうかなんていうか。
あ、そうだ。
そうだよ!
トラップったら、ほんとにどこ行っちゃったんだろ!?
「ねえねえ……」
不《ふ》機《き》嫌《げん》そうに前をズンズン歩いていくクレイに呼びかけたとき、
「おい、おめぇら、どこ行くんだぁ?」
暗い道からひょいとやってきた、その派手《はで》な緑のタイツ姿。
「トラップ!! どこ行ってたのよ」
「そうですよ、肝心《かんじん》なときにいないんだから」
わたしたちがブイブイ文句をいいはじめたのを、パッと両手で制し、
「まあまあ……こっちの話は後にして。そっちの首《しゅ》尾《び》はどうなんだ?」
わたしたちは顔を見合わせた。
「おい、こんな奴《やつ》、かまわねーで。先を急ごうぜ」
クレイがまたズンズン歩きはじめる。
その前にひらりと回りこみ、
「はっはーん! そのようすじゃうまくいかなかったんだな? うんうん。そうだと思ったぜ」
なんて、したり顔でうなずいてみせた。
「てめぇー!」
クレイは背中のルーミィを左手で支え、右手でトラップの襟元《えりもと》をつかんだ。
「ちょ、ちょっと待てよ、おい!」
クレイの手を払《はら》い、襟元を直し、
「なんだよ。やたらカッカきてやがんなぁ。この人、なんかあったわけ?」
「ええ、それがですねぇ、復活屋の……」
よせばいいのに、またキットンがしゃしゃり出たところを、
「キットン!」
「は、はい……」
クレイに一喝《いっかつ》され、コソコソと後ろに下がる。
そのようすを見て、
「ふーん、ま、いいや。後で教えろよな、キットン。とにかくうまくいかなかったわけだ」
トラップったら、にやにや笑ってるじゃないか!
わたし、もうくやしくってくやしくって。
なんか今までの……順番を待っていた時の疲《つか》れとか、復活屋で味わったくやしさとか、これからの不安とか……。いろーんなものがゴチャゴチャになって。くやし涙《なみだ》がにじんできた。
「そうよ。うまくいかなかったわよ! ノルは、ノルは……だのに、なによぉ。あんた、今までどこをほっつき歩いてたの!?」
こりゃ、もう、八つ当たりとしか思えない。
そうとはわかってるんだけど、我《が》慢《まん》の限界が来ていたんだな。
「バカ! あんたなんか、あんたなんか!」
どこかがブチッと切れたわたしは、泣きわめきながら両手を振《ふ》り回しトラップに突進《とっしん》していった。
「お、おい、こら! やめれって」
「パステル!」
キットンがうしろからわたしを止めたが、そんなんじゃわたしのクレイジー状態は解除されなかった。
「お、おい! クレイ、なんとかしてくれよー」
しかし、なぜかこの時、クレイはただ横で黙《だま》って見ていた。
いつもなら真っ先に止めに入るはずなのに。
彼のようすを見た、トラップ。
グイッとわたしの両手をつかんで、
「わぁーったよ。おれがわるかったって」
神《しん》妙《みょう》な顔でいった。
その悪びれない、のん気そうな顔を見たわたしはその場にしゃがみこんで。わんわん泣き出してしまった。
「わるかったって、いってんじゃんかあ……おい、泣くなよお」
トラップの困りきったような声が遠くから聞こえる。
泣いちゃダメだ。
だめだ……。
そう頭では思っているのに、止まらない。
「なぁ、おい、クレイ! なんとかしてくれよ、こいつ」
でも、一度|堰《せき》を切ってしまったわたしの涙《なみだ》はそう簡単に止まってくれなかった。
そう。やがて、泣き疲《つか》れて……涙も枯《か》れて。後はもう、しゃっくりしか出てこなくなるまで。
はれぼったい目で、ふっとあたりを見回す。
暗い夜道にしゃがみこみ、両手で頬杖《ほおづえ》をついたトラップの顔がボンヤリ見えた。
「もう気がすんだかぁ?」
気のせいかトラップの声がやさしい。
「ヒック……み、みんなは……? ヒック……」
しゃっくりをしながら聞くと、
「エグゼクんちに、先に行った」
「エグゼ……ヒック……?」
「うん、ウギルギの野《や》郎《ろう》がいってた復活屋さ。おめぇらが行った復活屋じゃねーぞ」
「え!! 居《い》所《どころ》がわかったの?」
驚《おどろ》いた拍《ひょう》子《し》にしゃっくりがどこかへ飛んでいった。
「おれが見つけておいたんだ」
「じゃ……ほんとに偵察《ていさつ》してたの?」
「ったりめーだろ?」
「……………………」
それなら、そうと早くいってくれればいいのに。
……そう言おうと口を開きかけたが、トラップに当たり散らした自分が恥《は》ずかしくなって。うつむいてしまった。
「どした、腹でもいてぇのか?」
トラップがわたしの肩《かた》にそっと手をかける。
わたしは黙《だま》って首をふった。
「そんじゃ、行こうぜ。立てるか?」
今度はコックリうなずいて立ち上がった。
心配そうなトラップと顔が合う。
気まずかったけど、ニッと笑った。
そんなわたしを見て安心したのか、
「よーし、急ごうぜ。ノルのことは、もうエグゼクの爺《じい》さんに話してあるからな」
「じゃ……」
「うん、まぁ、助かるって決まったわけじゃねーが。でも、まだ希望を捨てるのぁ、はええってこった!」
そう上って、ポンッとわたしの背中を叩《たた》いた。
うん! そうだね。あきらめるのはまだ早いよね。
目のはしに残っていた涙《なみだ》をグイッとぬぐい、わたしはトラップの背中を追いかけた。
風前《ふうぜん》の灯《ともし》火《び》だった希望が、いままた強さを増して光|輝《かがや》きだしたのだ。
STAGE 6
あの派手派手《はではで》しいアーチがかかった道の途《と》中《ちゅう》を右に折れ、後は一本道。
大きな木の下にエグゼクの家はあった。
でもそこは、あんなに成金《なりきん》趣《しゅ》味《み》のご立派すぎる御《ご》殿《てん》のような店をかまえる復活屋のおとうさんが住む家とは、とても思えないほどみすぼらしい佇《たたず》まい。
庭にはさまざまな野菜が自家|栽培《さいばい》され、日《ひ》頃《ごろ》の質素な暮《く》らしぶりがうかがえる。その片隅《かたすみ》の木にヒポちゃんがつながれていた。
「ほんにのぉ、あのウギルギさまが……わしのことを覚えていてくだすったとはのぉ……」
エグゼクはウギルギさまからの手紙を握《にぎ》りしめ、涙《なみだ》を流しながら何度も何度もそういった。
髪《かみ》も髭《ひげ》もまっ白。顔もしわだらけで腰《こし》も曲がって。彼は想像していたよりずっと年を取った……弱々しい老人だった。
「お師《し》匠《しょう》さまがおっしゃっていたのは本当だったのでございますね!」
茶色のロープを着た、若い男の人がエグゼクの肩《かた》にガウンをかけながら言った。
明るい栗色《くりいろ》の短いくせっ毛で、髪と同じ色の人なつっこそうな目。
小《こ》柄《がら》な彼はモジーラといって、エグゼクの身の回りの世話をしている人なんだそうだ。
わたしたちと別れた後、トラップは村の人々に復活屋の噂《うわさ》を聞いてまわったのだという。
どう考えても、あのウギルギさまがおっしゃっていた人とは同一人物に思えなかったかららしい。
しかし、村人たちは復活屋景気で食べているような人たちばかり。しかも復活屋の権力は誰《だれ》もがおびえるほどに大きい。
だから、「復活さまはすばらしい方だ!」というような話以外聞くことができなかった。エグゼクのことを聞くととたんに言葉をにごし、「忙《いそが》しい」だの「用事を思い出した」だのといってコソコソ逃《に》げ出す始末。
いいかげんくたびれて居《い》酒《ざか》屋《や》で一杯《いっぱい》ひっかけようと歩いているところ、このモジーラに出会ったという。
試しに彼にも声をかけたところ……。
エグゼクさまならわたしがお世話してさしあげている。あの方こそ本物の復活屋だ! と。トラップが頼《たの》むより前に、彼の腕《うで》を引っ張ってこの家まで連れてきてくれたんだそうだ。
「しかしのぉ……。せっかく遠路はるばる来てくださったというのに……わしには、もう復活の術を使える能力がないんじゃよ……」
やせた肩《かた》を落とし、エグゼクはわたしたちを本当にすまなそうに見た。
期待してはガックリして……の繰《く》り返しだったわたしたち。
あの復活屋からもその話は聞いていたから、さほどショックも受けなかったけれど。
やっぱ本人の口から聞くと、ね。
みんな言葉もなくうつむいてしまった。
これからどうすればいいんだろう……。
なんとかノルの体を保存し、一発大金が儲《もう》かるようなクエストに体当たりして。あのイヤったらしい復活屋に頭を下げるしかないのか……。
しかし、お茶を運んできたモジーラがわたしたちのようすを見てテーブルにかけよった。
「そんなことはないんです! お師《し》匠《しょう》さまは、あのリグレクさまにそう思いこまされているだけなんですよ!」
みんなはっと顔を上げ、彼を注目した。
「というと?……何か事情がありそうですねぇ。できれば聞かせてもらえませんか?」
そう尋《たず》ねたキットンに大きくうなずき、彼はわたしたち全員を見回した。
「これはとてもいいチャンスだと思います。これを機会にお師匠さまが再び復活屋をお始めになる……神様のお導きだと思います」
「ま、たしかにウギルギの野《や》郎《ろう》……いや、ウギルギさまは神様だよな」
トラップが相づちをうつ。
「ぜひ聞かせてください。ぼくらにとってノルは家族同様。かけがえのないメンバーなんです。手を尽《つ》くして……それでもダメだった場合は、これも天命とあきらめるしか……ないでしょうが。ぼくらにはまだ何か手の尽くしようがあるような気がしてならないんです。お願いします」
クレイが頭を下げた。
「お願いします!」
わたしも一緒《いっしょ》に頭を下げた。
「わかりました。わたしは十四の頃《ころ》からずっとお師匠さまのお世話になってきました。そして、今は無理をいって身の回りの世話をさせていただいていますが。
それはお師匠さまを心から尊敬しているからです。もはや復活の術を教えていただきたいなどとは思っていません。ただ、今のリグレクさまのやり方にはどうしても賛同しかねるのです。彼のお師匠さまに対する態度にも……。
いつか再びお師匠さまが自信をとりもどしてくださるのを待っておりましたが。きょうがその時だと思います。わたしの知っているかぎりをお話ししましょう……」
そういってモジーラは静かに着席しょうとした。
しかし、その時。
ずっと黙《だま》ってわたしたちのやりとりを聞いていたエグゼクが口を開いた。
「いや、モジーラ。この話はわしがしよう。この方々は大恩あるウギルギさまの紹《しょう》介《かい》で来てくだすった方々じゃからのぉ……わしから話さねばウギルギさまに申し訳ない……」
モジーラはエグゼクの顔をハッとふりかえり、
「出すぎたまねをいたしました!」
と頭を下げたが。再び上げたその顔には、いいようのない喜びが浮《う》かんでいた。
そして。
エグゼクは話してくれたのだ。
なぜ、彼が引退してしまったのか……なぜ、復活の術が使えなくなったと思ってしまったのか……を。
それは、今から数年前のことだった。
復活の術を使えるというのは、人の生死を操《あやつ》るということ。
一歩|間《ま》違《ちが》えばたいへんなことになる。
そう考えたエグゼクは、弟子いりを志願する者は……それこそ数えきれないほどいた(モジーラも、そのひとり)が誰《だれ》にもその術を教えなかった。
復活の術に使う薬草の場所も誰にも教えず、ひとりで取りに行っていた。
そうはいっても、そろそろ後継者《こうけいしゃ》を選ぶ時期にさしかかってきていた。候補者は、ひとり息《むす》子《こ》のリグレクと弟子のモジーラ、このふたり。
当時のリグレクは今のような彼ではなく。よく父や母の仕事を手伝う心やさしい青年だった。息子だからといって、即《そく》後継者に……とは決められるものではないが。息子だということを抜《ぬ》きにして考えても、彼は後継者に値《あたい》する、いい素質を持った賢《かしこ》い人間だと思えた。
だから、できれば……後二、三年は修行を積ませ、リグレクを後継者に、モジーラにはその良き助手に……と、エグゼクは心|秘《ひそ》かに考えていたのだが……。
しかし、そのことを話す前に悲劇は起こった。
いつものようにエグゼクはたったひとりで薬草を取りに出かけていた。
その場所はかなり遠い山奥《やまおく》にある。そのため行って帰るには三週間はゆうにかかる。
悲劇は彼の留守《るす》中《ちゅう》に起こったのだ。
風邪《かぜ》気味だった彼の妻……リグレクの母親の容態《ようだい》が突然《とつぜん》悪化した。
タル・リコ村の医者は彼女を診《み》るなり、エベリンの町医者に診せるべきだと告げた。自分の手にはあまると判断したのだ。
エグゼクに連絡する手だてもなく。
リグレクはモジーラに留守を任せ、母親を荷《に》馬《ば》車《しゃ》に乗せエベリンへと急いだ。
頃《ころ》は吹《ふ》雪《ぶき》の吹《ふ》き荒《あ》れる冬……。後に彼がエグゼクに言った話によると、その道中は……それはそれは厳しかったという。
そして、やっとの思いでエベリンに着き町医者の門を叩《たた》いたが。治《ち》療《りょう》に必要な薬草がとんでもなく高価だというのを知る。
持ち合わせのなかったリグレクは、急いで送金してくれるようモジーラに電報を打った。
しかし、モジーラは家の中をどう探しまわってもそれだけの額を集めることはできなかった。時にはタダ同然で術を施《ほどこ》すような商売のやり方をしていたエグゼクのこと、さして蓄《たくわ》えはなかったのである。
リグレクがいくら泣いてすがっても、エベリンの医者は金が払《はら》えないなら治療はできないと冷たくいうだけ。しまいには、門の前でがんばるリグレクに水をかけて追っばらおうとしたという。
宿屋に母を寝《ね》かせたまま、それでも毎日毎日医者の門を叩き続けたが……。
ある朝のことだった。
その前の晩も遅《おそ》くまで医者の門の前でねばり、倒《たお》れるように宿に帰ったリグレクはそのままの姿で母のベッドの端《はし》に顔を置いて寝《ね》てしまった。
人の気配でふと目を覚ますと、すっかりやつれた母が彼の肩《かた》に弱々しい手で自分の毛布をかけてやろうとしていた。
彼女はリグレクが目覚めたのを見て微《ほほ》笑《え》んだ。
「リグレク、こんなところで寝ていては風邪《かぜ》をひきますよ」
これが彼女の最後の言葉となった。
その後《のち》リグレクがいくら呼びかけても、母は二度と再び目を覚まさなかった。
半《はん》狂《きょう》乱《らん》になった彼は泣きながら母の遺体を運び、タル・リコ村に帰った。
エグゼクがやっとその悲しみの家にもどってきたのは、それから数日後のことだったという。
エグゼクはその話を聞くやいなや、妻を復活させるための準備を始めた。
復活が成功するための条件には、ふたつある。
その遺体の状態と死者のカルマだ。
カルマとは「業《ごう》の深さ」のこと。生前、どれだけ心安らかに暮《く》らしたか……。簡単にいうと、いい人ほど復活の可能性は高いわけで。
しかし、神ならぬ身のする業《わざ》。
すべての条件が満たされていたとしても、百パーセント成功するとは限らない。現に復活の術をかけて成功する率は十人のうち三人か四人。よくて五人……。
しかし、誰《だれ》もがこの時。
他ならぬエグゼクの妻なのだし、必ずや成功するだろうと疑ってもみなかったそうだ。
彼女は控《ひか》えめで、それでいて明るく。復活屋にやってくる人々の面倒《めんどう》をよくみていた。不安と悲しみと期待に満ちた彼らにはあたたかいもてなしを。また運悪く復活に成功しなかった人の遺族には心からの慰《なぐさ》めと励《はげ》ましを。
こんなにいい人はいないと誰もが思っていた。
しかし……復活は無《む》惨《ざん》にも失敗に終わった。
妻の体にすがって声もなく詫《わ》びる父、エグゼクを。
リグレクは憎《ぞう》悪《お》をむき出しにしてなじった。
「あんたが甘《あま》い商売してたおかげでかあさんは救えなかったんだ。かあさんを殺したのは、あんただ!」
……と。
このことがあってからリグレクは人が変わったようになり、誰に対しても心を開かなくなったという。
すっかり自信を喪失《そうしつ》したエグゼクは息《むす》子《こ》のいいなりになった。
彼のいうなりに、大切な復活の術を教えてしまったのだ。
いくらモジーラが止めてもエグゼクの心は空っぽで。モジーラの言葉は、その空虚《くうきょ》な心を素通りするだけ。
復活の術を使えるようになったリグレクはエグゼクの家を飛び出し、今の復活屋を始めたんだという。
情け容赦《ようしゃ》のない……とんでもない値段をふっかける商売を。
当然、貧乏《びんぼう》な人々は今まで通りエグゼクを頼《たよ》りにやってきた。しかし、なぜか……それ以来、一度として復活が成功したことはなかった。
いくら安くても成功しないのでは……と。いつしかエグゼクを頼るものは誰もいなくなった。
たくさんいた使用人も、ひとり去り、ふたり去り……。
最後に、モジーラひとりだけが残ったのだ。
エグゼクはここまで話して。ふーっと辛《つら》そうに息をついた。
みんな黙《だま》りこんで手元を見つめている。
「おまえ、まーた泣いてんのか……涙腺《るいせん》壊《こわ》れたんじゃねーのか?」
そういうトラップの目だって赤いぞ。
トラップだけじゃない。クレイもキットンもしんみりうつ向いている。
あのイヤったらしい復活屋、リグレクにこんなにも悲しい過去があったなんて……。
「しかし、それでは今の復活屋も必ず成功するとはかぎらないんですね?」
キットンが遠慮《えんりょ》がちに聞くと、モジーラがうなずいた。
「リグレクさまの今の腕前《うでまえ》では、十人中二人というところでしょうか……」
「たしか……復活に失敗した場合は料金の半額を返金すると言ってましたね。受付の係員が……。と、しても。額が額だ」
「そうです。あれでは、ほとんど詐欺《さぎ》まがいの商売だと言われてもしかたないでしょう。エグゼクさまの場合、失敗したときはもちろん無料でしたからね」
「なるほど……」
キットンとモジーラの話を聞いていたエグゼクが、いきなりテーブルを叩《たた》いた。握《にぎ》りしめたこぶしが震《ふる》えている。
みんなが驚《おどろ》いて彼に注目すると、
「いかんのじゃ。あんなことを続けていては……! わしは自分の悲しみに溺《おぼ》れ、たいへんなまちがいをしでかしてしまった……」
「お師《し》匠《しょう》さま!」
弟子のモジーラが立ち上がり、エグゼクの傍《かたわ》らにかけよった。
「このままではいつかきっと天罰《てんばつ》が下る。リドゥさまが許しておかれるはずがない……」
「リドゥさま!?」
「復活の神アンドゥさまの兄上で、ご破《は》算《さん》の神じゃ」
「ご破算!?」
わたしたちが口をそろえて聞くと、彼はさも恐《おそ》ろしそうに……どこか遠くを見つめながら話を続けた。
「アンドゥさまとリドゥさまは表裏一体。住む場所はちがえど心は常に共であらせられる。ご破算の神とは、すべてを元《もと》の黙《もく》[#木?]阿弥《あみ》にしてしまう神じゃ。だから復活を司《つかさど》るアンドゥさまとは正反対であり全く同じでもある」
え? え? え?
よ、よくわかんない……。
「な、な……なるほどぉ! すべてを元の黙[#木?]阿弥に……だから、正反対であり全く同じでもある! わ、わ、わかります」
わたしが頭パニックにしてるというのに、キットンが興奮した声でいった。
「どういうことなんだよー」
トラップがキットンに聞くと、
「いいですか? 復活の神アンドゥは死んでしまった者を生き返らすことができますよね」
「ああ」
「でも、ご破算の神リドゥはそれをチャラにすることができるんだと思います。元の死んだ状態に戻《もど》すわけで……。エグゼクさん、そうですね?」
「そうじゃ……」
エグゼクがうなずいた。
「じゃ、正反対じゃねーか」
トラップが口をとがらせると、キットンが大きく手をふった。
「そうなんです、そうなんですけどね。死んでしまった者を生き返らすというのは、つまり……それも『元の状態にする』わけでしょ?」
「あ、そーかぁ!」
「あ、そっか!」
異口《いく》同音《どうおん》、クレイとわたしがつい大きな声を出した。
「そうですそうです! だから、正反対でありながら全く同じであると……」
「ふーん、なんかわかったようなわからねーような……。ま、いいや。そんで? とりあえず、そのリドゥって奴《やつ》が怒《おこ》るとどうなるわけ?『復活したの、今のそれなしね!』ってことになるのかい?」
「と、いうと……」
クレイが顔をしかめた。
「げげげ!」
わたしも……たぶんおんなじことを想像してしまった。
復活したの、今のそれなしね! ってことは。要するに、つまり……たぶん。
「リグレクに復活してもらった人たちが死んでしまうかもってことですね」
ぎゃ――!
キットン、やめてよ――。
「まぁ、まさかそこまでのことはリドゥさまもしないと思うが……。復活してもらった人たちというのには何の罪もないのだからのぉ。むしろ罪深いといえば、元《げん》凶《きょう》であるわしじゃ。わしが罰《ば》っせられるのはよい。当たり前のこと。
ただ、わしが心配なのはリグレクのことじゃ。わしを恨《うら》み、世間を恨み、金を恨み……。あいつは憎《にく》しみに目が見えなくなってしまっておる。あのこがこのまま……憎しみの果てに罰《ばつ》を受けるのはあまりにむごい」
そういって、エグゼクは辛《つら》そうにため息をついた。
「お師《し》匠《しょう》さま、ならばよけいです。いま再び復活屋を始めてくださいまし。人々もあんな法外な値段の復活屋より元の復活屋を希望していますよ」
モジーラはエグゼクの顔をすがるように見つめた。
「そうですよ! そうすれば、誰《だれ》もあんなあこぎな商売やってるとこなんか行かなくなる!」
クレイも立ち上がって言った。
「たしかに! だって値段だけでなく。腕前《うでまえ》だって違《ちが》うんでしょ」
キットンがそういうと、
「ええ。エグゼクさまなら、十人中三人から四人……いや、五〇パーセントの確率で復活できますからねぇ」
モジーラが懸命《けんめい》に答えた。
「だったら話は簡単よね。腕前はいいわ値段は安いわ。そんな復活屋が復活したら、誰もあんな復活屋寄りつかなくなるわ! きっとリグレクさんも考え直すと思う。その時に話し合えばいいんじゃないかなぁ」
わたしも調子に乗っていったが、
「しかし……わしにはもうその能力がない……」
エグゼクは消えるような小さな声でいうと、震《ふる》える手で顔を包みかくした。
わっと活気づいていた家の中がとたんに静まりかえる。
そんな彼のようすがあまりに痛々しくて。弱々しい老人の体がますます小さく見えて……。
まるでわたしたち全員で彼をいじめていたような、そんな気分だった。
わたしたちがしょんぼり席にもどり、黙《だま》りこくっていると、
「能力がない、能力がないってさぁ。あんた、やってもみねーで簡単にいうなよ。おれたち、あんたしか頼《たよ》りにできる奴《やつ》いねーんだぜ」
トラップがいきなりエグゼクに食ってかかった。
「トラップ!」
「いや、何度もやったがダメだったんじゃ……。わしだって、できることなら復活屋を再開したい。そうすれは親として師として……自信を持ってあいつを説得できるような気もする。おじょうさん、あんたがいってくれたとおり、腹をわって話し合ってみたいと思うよ」
エグゼクはわたしをちらっと見たが、
「しかしなぁ……情けないことに、肝心《かんじん》の術が使えないのでは話にならん」
と、再び顔を伏《ふ》せる。
「じゃ、モジーラさんに教えてあげてはどうでしょうか?」
キットンがふと顔を上げた。モジーラがびっくりしたような顔でエグゼクを見たが、彼は首を振《ふ》った。
「モジーラがダメだというんじゃない。わしはもう誰《だれ》にもこの術を教えるつもりはない。復活の神アンドゥさまが誰にも術を授けない理由がやっとわかった。やはり、これは自分で修得するべきものなのだ」
う――む……万《ばん》事《じ》休《きゅう》す。
しばらくして。
クレイがすっと立ち上がった。
そして、エグゼクの前に歩み寄り、
「エグゼクさん。事情はわかりました。わかったうえでお願いします。ぼくらの仲間を助けてください」
「し、しかし……」
「いえ、たとえ万が一失敗に終わっても、それはそれで次の手だてを考えるなりします。決してあなたを責めたり後悔《こうかい》したりしません。お願いします」
クレイは静かにそういうと、深々と頭を下げた。
「お願いします!」
「お願いします!」
「おねあいしあす!」
「わんデシ!」
わたしたちもあわてて立ち上がり、エグゼクに頭を下げた。
しかし、エダゼクはうつむいたまま。
「だあぁぁ!」
トラップがテーブルをバン! と叩《たた》いた。
「あんたはおれたちに手の内さらしてくれたんだ。それでもおれたちはあんたに賭《か》けるっていってんだ。いいじゃんかよー。ダメならダメで、おれたちの賭け損ってだけじゃねーか!」
イライラした口《く》調《ちょう》でトラップがいうと、
「ギャンブルにたとえるとは不《ふ》謹慎《きんしん》じゃのぉ……」
ぽつりとエグゼクがつぶやいた。
「ふん、似たようなもんだろ」
と、トラップぅー!
まぁ、神様に向かって「じーさん!」とか平気でいっちゃうトラップだからして、驚《おどろ》きはしないけどさ。あんたその口の悪さで何度トラブル起こしてると思ってんの!?
などと、ヤキモキしてたら、
「おもしろい!」
エグゼクがふと顔を上げて、そうつぶやいた。
「え!?」
「よし。こんなわしに賭けてくれたんじゃ。わしも命張ってやろうじゃないか!」
「そ、それじゃ……!!」
「お師《し》匠《しょう》さま!」
「モジーラ、復活の用意じゃ。覚えておるじゃろうな。道具は錆《さび》ついてはおらんな?」
エグゼクは、今までと打って変わったようなかくしゃくたる声でいった。
「はい! もちろんです! すべて当時のまま、毎日手入れは欠かしておりません」
胸を張って答えるモジーラ。その日は喜びと涙《なみだ》で光っている。
「さて、ではみなさん方。復活に必要な材料を用意せねばなりませんでのぉ」
今度はわたしたちをぐるりと見《み》渡《わた》す。
「材料!?」
「あなた方に用意してもらわねばならんのは、術をかける者の肉親の血です。ノルさんといいましたな。彼の親もしくは兄弟の血が必要じゃて、一刻も早く連れて来てくだされ」
タル・リコ村のあった森と湖の国リーザとちがい、同じ森でもこっちは殺伐《さつばつ》とした森。黒々とした針葉樹と枯《か》れ落ちた木立《こだ》ちが冷たく林立している。
「しかし、よかったな。ギリギリだけど、こいつ走れる通があってさ」
ヒポちゃんを操縦しながらトラップがいう。
そう。わたしたちは今またホーキンス山を越《こ》えていた。
エグゼクから「復活には彼の親もしくは兄弟の血が必要だ」といわれ、ノルの行《ゆく》方《え》不《ふ》明《めい》の妹、メルのことを思い出した。
いや、思い出したというよりそれしか浮《う》かばなかった。
だってノルのご両親って、もう亡くなってるんでしょ? そんでもって、その双《ふた》子《ご》の妹だけなんでしょ? 家族といえば。
なら彼女を探し出すしか方法はないじゃないか。
「でも、まだ手がかりがあってよかったよな」
と、クレイが言ったが……。
たしかに手がかりにはちがいない。
ノルの話によると、メルは不思議な像を持ったまま行方不明になったんだというし。サバドの村長さんの話では、やはり不思議な像を崇拝《すうはい》する宗教の集団が作った村があるというし。
でも、それだけなんだ。まだ本当にノルの妹がそこにいるのかどうか、何も保証はない。
でもね。わたしたちはちらっとも迷わなかったよ。
だってもー! そら、こ・れ・だ・け難航してるんだもの。一筋縄《ひとすじなわ》じゃいかない……なんて生《なま》やさしい段階じゃないよね。
こうなりゃ意地《いじ》でも、とことんやるだけやったろうじゃん!
彼女に会ったことはなかったし、顔すら知らなかったけれど。名前だってわかってるんだしなんとかなるよ、きっと。
それにもし万が一ノルの妹のメルがその村にいなくたって。わたしたちは探し続けるだろう。
ただ、いつまでも……というわけにはいかないんだ。ほんというと。
「復活が成功するための条件には、ふたつある。
その遺体の状態と死者のカルマだ」
……とのこと。
幸い、というか当然というか。ノルのカルマはすばらしく高い。
エグゼクもモジーラもびっくりしたほどだ。
これだけの善人ならきっとうまくいくだろうと言ってくれた。
そうよね、あんだけいい人ってめったにいないよ。
でも、もうひとつの条件、「その遺体の状態」こいつが問題なんだ。
ウギルギさまのかけてくださった霜《しも》柱《ばしら》の魔《ま》法《ほう》……あれもさすがに効果が薄《うす》れてきた。またかけてくださるかもしれない……とは思ったけど、もしやもうサバドにはいらっしゃらないかもしれないでしょ?
だから、ノルの体は大事をとってタル・リコ村で保管しておいてもらうことにしたんだ。そうそう、例の遺体保管所、あれよ。
エグゼクさんとこも昔は保管|施《し》設《せつ》があったんだそうだけど、復活屋をやめてしまってけっこう生活にも困ってたもんで、売ってしまったんだそうだ。まさか復活屋やめて保管だけする店開くわけにもいかないからって。そりゃそーだよな。
わたしたちがノルを預けた保管所は一日三四〇Gだっていうの。とりあえず十日分の料金を前払《まえばら》いしてきたけど、それでもう三四〇〇G。一か月となると一万G以上になる。ヒポちゃんの燃料費だってバカになんないしさ。こっちは大所帯《おおじょたい》だし。パーティの財布を預かる身としては辛《つら》いとこよねぇ。
それに、やっぱり保管するにも限度があるんだって。
「一日経てば復活の成功率が二パーセント減ると考えたほうがいい。とにかく一日も早く復活させることだ」っていうんだもの。
エグゼクやモジーラにノルの復活の準備をお願いして。わたしたちは大急ぎでいったんサバドにもどった。
トマスやマックスたちはまだいたけど、やっぱりウギルギさまは帰ってしまわれていた。なんか、どっかの村で疫《えき》病《びょう》が流行《はや》ってしまったそうなのね。わたしたちのこと気にかけてくださってたみたいだけど、その村もほっとけないからって……。
マックスたちはわたしたちの話を聞いて、それならいっしょに行こうっていってくれた。でも、かなりよくなってはきてたみたいだけど、骨を折ってる人だっているんだもの。丁《てい》重《ちょう》に断わったんだ。
でも、彼らの気持ちはすっごくうれしかった。
「あ、あれ?」
ホーキンス山を越《こ》え、次のジナル山にさしかかろうとしたあたりで。
クレイが大きな声をあげ、前方の森を指さした。
「なんだぁ!?」
トラップがヒポちゃんを急停止させると同時にクレイがひらりと飛び降りる。
森のなかからふらつく足どりでやってきたその人は、クレイのほうに両手を伸《の》ばしたと思ったら、バタンと倒《たお》れてしまった。
「どうしたんだ?」
「どうしたんでしょうねぇ」
わたしたちも急いでヒポちゃんから降りる。
「おい、しっかりしろよ!」
クレイが彼の肩《かた》をゆすった。
あらま!
人間ではない。
「うーん、ニモラ族のようですねぇ。ちと拝見……」
キットンがクレイの腕《うで》のなかで苦しそうに呼吸している彼の手を取った。
ニモラ族って……わたしは知らないけど。
コリー犬のように尖《とが》った顔。耳が異様に大きくフサフサと垂れている。
青いローブを羽織《はお》っているが、出ているところはみんなフサフサと金色に輝《かがや》く茶色の長い毛がはえていた。
「どうやら、お腹が空いてるようですよ」
彼の胸やお腹に手をあて、キットンがいった。
「な、なんだぁ……それだけ?」
「ええ。おっと、気がついたようで……」
みんなが注目するなか、ニモラ族の彼はふっと目を開けた。
うわぁ! きれいなブルーアイ。
ルーミイみたい……。
「あ、あれ……みなさん、ぼくはいったいどうしたんですか?」
よく通るきれいな声。耳元まで裂《さ》けた口から白い牙《きば》がこぼれる。
「どうしたもこうしたもあるかい。あんた、ふらふらっと出てきたかと思ったら、すぐブッ倒れたんだぜ」
そういうトラップを弱々しく見上げ、
「あぁ……すみません。ちょっと水をいただけないかと思って……」
「水? はいはい、ちょっと待っててね」
わたしは大急ぎでヒポちゃんまでもどり、水筒《すいとう》を持ってきた。
それと、お弁当とね。
お弁当はサバドの宿屋の主人が持たせてくれてたんだ。
「はい、これ」
水筒を差し出すと、両手でしっかり握《にぎ》りしめコクコクと水を飲んだ。
顔は犬のようだけど手は人間に似ている。ただし、長い毛でおおわれてはいたけどね。
「あぁ……生き返る……」
少し生《せい》気《き》をとりもどしたような笑顔。
「よかったら、お弁当もどうぞ」
お弁当のふたを開け彼の前に出した。
肉ダンゴと野菜のソテー、それからおにぎりが入っていて。冷めてはいたけど、とってもおいしそう。
しかし、彼はその中身をゴクリと喉《のど》を鳴らして凝《ぎょう》視《し》したが、
「あ……いえ、その、ぼくは今|修《しゅ》行《ぎょう》中の身でして。断食《だんじき》中なんですよ。だから、ご好意だけで……」
そうはいってるけど、目は食い入るようにお弁当から放さない。
でもねぇ、だったらあまり無理強《むりじ》いしてもわるいし。
「そうだったの? じゃ、ほんとにいいのね?」
「は、はい……」
そうはいってるんだけど……。
グウキュルルルルルル――。
お腹《なか》のほうは切ない悲鳴をあげている。
「無理しないほうがいいぜ。断食なんて体によくないし」
クレイはそういったが、
「いらねーっていってんだ。いいじゃんか」
トラップがヒョイとお弁当を取りあげ、おにぎりをひとつ口に放りこんだ。
モグモグとおいしそうに食べながら、お弁当のふたをピシャリと閉める。
その手をニモラ族の彼がガシッとつかんだ。
「ヘ? なんだ? やっぱほしいのか?」
「い、いえ……いえ、ほしくありません」
「なんでぇ。びっくりさせんじゃねーよ。じゃ、ほら、これ」
そういって、トラップがわたしにお弁当を渡《わた》すと。
今度はその人、わたしの手をガシッとつかんだ。
「ねぇ、やっぱりほしいんでしょ? だって倒《たお》れるくらいお腹すいてんだもん」
もう、ほとんど泣きそうな顔で首を横にふる。
でもさぁ……。
「ルーミィもおなかぺっこぺこ!」
隣にチョコンと座っていたルーミィがわたしの腕《うで》をグイグイひっばった。
「ぼくもおなかすいたデシ」
あらら、シロちゃんまで。
「そういや、そろそろ飯時じゃねーか?」
クレイまで言い出す始《し》末《まつ》。
「でも……断食《だんじき》してる人の前で昼食っての、いくらなんでも酷《こく》なんじゃない?」
「だから、彼もいっしょに食べればいいじゃん」
「え? だって……」
「な? おれたち、腹|空《す》いて死にそうなんだよ。あんたが食べてくんなきゃ、おれたちも食べらんないし。人助けと思っていっしょに食ってくれよ」
は、はーん!
クレイってばやさしい。
そういってキッカケを作ってあげてるわけね。
「そうよね、うんうん。そういってたら、どんどんお腹《なか》すいてきちゃった」
「じゃ、お弁当持ってきましょうかねぇ」
「うん、キットン、お願い!」
泣きそうな顔でわたしたちを見回していた彼は、
「わ、わかりました……それじゃ、ちょっとだけ……」
と、食べ始めたんだけどね。
「どこが『ちょっとだけ』だ!」
「トラップー、そういうこといわないの!」
「だって、こいつ、おれの分まで……こら、肉ダンゴはダメだってば!」
そうなの。
その人、目の色変えて……。そりゃもうすごい勢いで、ものもいわずにガツガツと食べた食べた。
「あ、これ、食べないんですか?」
なんちゃって。人の分まで食べちゃうんだよ。
これには食いしんばルーミィも真《ま》っ青《さお》。
ゴクゴクとお茶を飲んではおにぎりをほおばり、ゴクリと飲みこんでは次のおにぎりをつかんでる。
「見《み》事《ごと》!」
「なんかほれぼれしますねぇ……」
彼の食べっぷりに感心しながら食べたでしょ。いったい何を食べたんだかわかんなかった。
「ふううー……」
やっとお腹《なか》がいっぱいになったとみえて。
木にもたれゲフッとかいいながらお腹をさすっていたが、ワッとその場に顔をふせてしまった。
「ど、どうしたの!?」
「あぁ! こんなに美味《おい》しいと感じるなんて……なんてぼくは罪深いんだ! ぼくはぼくは……! こんなことではメルさまに顔向けができない!」
「メルさま?」
わたしたちは食後のお茶を飲むのをやめ、同時に叫《さけ》んだ。
「は、はい……メルさまのことなら、もちろん存じておりますが?」
ふと顔をあげ、彼は不思議そうにわたしたちを見た。
「メ、メル……って、その人、どんな人? 女の人?」
「ええ、女性ですよ。それはそれは気《け》高《だか》く美しく。きっとあの方の心の美しさがお顔に映《は》えてらっしゃるんでしょうねぇ。誰《だれ》からも好かれる、すはらしい方です」
「え、えっと……その人なんですが、巨人《きょじん》族ですか?」
キットンが聞くと、
「巨人族……、あぁ、そうです。そうおっしゃってましたが、とてもそうは見えません。たかにふつうの人よりは大柄《おおがら》かもしれませんが、たくましいとか無《ぶ》骨《こつ》とか、そういう類《たぐい》のイメージはないですよ」
「で、でも、巨人族だって。そういってたんですね!?」
「ノルっていう兄がいるって、そういう話聞いてない?」
「いまどこにいるの? その人は」
彼に詰《つ》めより、みんなが同時にいろんな質問を浴びせかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください。あなた方はメルさまのお知り合いなんですか?」
事情を知らない彼はブルーアイをまんまるくした。
それで、ノルのこと、今までのこと、いろんなことをかいつまんで話したんだ。
いちいちびっくりしたような顔で相《あい》づちをうっていた彼だったが、特に赤く光る目をした不思議な像の話をしたときには、興奮したようにハァハァロを開け、長いピンクの舌を出したりひっこめたりした。
「知ってます! いや、よ――く知ってますよ。その像のことは」
「じゃ、ほんとに……ノルの妹のメルなのね? 彼女」
「はい、まちがいないと思いますよ。だって、メルさまはよく自分と双《ふた》子《ご》のお兄さまの話をなさってましたし」
「やった!」
「それだ!」
わたしたちは顔を見合わせ、ガッツポーズを決めた。
ノルの妹、メルを知ってる人と出会えたなんてラッキーじゃん!
災難《さいなん》続きだったけど、もしかしたら意外とすんなり彼女に会えるかもしれない。
「じゃ、お願い。メルのところに連れてって! そういう事情で、彼女を一日も早く連れて帰らなくっちゃいけないの。彼女のお兄さんの命がかかってるのよ」
ほとんど安心しきったわたしは、明るく彼に頼《たの》んだ(当然喜んで引き受けてくれると思った)のだが、
「それが……」
彼は、そういうなりいきなり暗く下を向いてしまった。
彼の名前はピーター・ヴィッサーといい、愛称はピート。
ジナル山の中腹に居《きょ》をかまえる宗教団体の一員だったそうだ。
その宗教団体の名称は大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教団といい、偉《い》大《だい》なる魔《ま》力《りょく》を持ったクアーティという教祖の元に集った信者は現在二百人強。
魔力を持たない者でも修《しゅ》行《ぎょう》を積めば魔術を使えるようになる。そして、魔力を持った者は幸福をつかむことができるという教えなんだそうで。教祖のクアーティ自身も元は何の魔力も持たないふつうの人間だったという。
ピートはその教団の若手の幹部として熱心に活動していた。しかしある日を境に、教祖が尊敬できなくなった。
教団では、週に一度教祖の言葉を聞く儀《ぎ》式《しき》を行なっているのだが。教祖は体調が思わしくないからできれば魔術を控《ひか》えたいと話しており、儀式中ところどころ幹部に手伝わせインチキをしていた。しかし、それはそれで納得《なっとく》いかないこともなかった。たしかに、いろいろな国から彼に救いを求めやってくる人々の対応だけでそうとうにハードだったからだ。魔術を使うにはそうとうの精神力を必要とするわけだし。
しかし最近になって、教祖はその対応すらしなくなり主《おも》だった活動はすべて幹部たちに任せっきり。やはり体調が悪いというのを理由にしていたが、ある日とんでもない光景をピートは目撃《もくげき》してしまったというのだ。
信者たちは日々の働きによって得る金をすべて教団に捧《ささ》げている。生活に必要なギリギリの食物、衣類などを配給されるだけで、それを修行の一部とみな納得して暮《く》らしている。
しかし、二百人もの人が毎日|汗水《あせみず》たらして働いた金は、けっこうな額にのぼる。
その日、ピートが教祖の部屋《へや》に食事を運ぼうとしてドアをノックしようとしたとき、部屋のなかから変な笑い声が聞こえてきた。
このドア、内側からしか開けられないようになっていて。だから必ずノックしてクアーティに開けてもらって入るのだったが、このときは少しだけ開いていたのだ。
好《こう》奇《き》心《しん》に勝てず、ピートはこっそりドアの隙《すき》間《ま》から部屋のなかを見てみた。
そして、見てしまったのだ。
教祖のクアーティが金貨を数えては、グフフといやらしく笑うさまを。
これまでの信仰心《しんこうしん》や教祖に抱《いだ》いていた尊敬の念など、すべてが一気に色あせていった。
ピートは思いあまってノルの妹メルに相談をした。メルは教祖クアーティに次ぐNO.2の存在であり、クアーティと共に教団を設立したトップ中のトップ。クアーティの変化にも気づ
いているはずだと思ったからだ。
しかし、メルはピートの話を静かに聞いた後、こういった。
「ピート、そのことはまだ誰《だれ》にも話さないでちょうだい。クアーティにはわたしから話しておきます。実は前々から話し合いを持たねばならないと思っていたのです」
もちろん、メルの信奉者《しんぽうしゃ》であるピートは彼女のいうとおり、誰にも話さないと誓《ちか》った。
しかし、いったん幻滅《げんめつ》してしまった人に仕えるなど、とてもできない。できればひとりで修《しゅ》行《ぎょう》の旅に出たいとメルにいった。
彼女は悲しそうな顔をしたが、
「あなたがそこまで思いつめているのを誰も止めることはできないでしょう。わかりました。後のことはわたしに任せ、あなたは自分の修行のことのみ考えてください」
と、快く送り出してくれたという。
もちろん教団の人々にはないしょで。
しかし、メルのことを思うととても遠くへは行けない。
近くの山で心を鎮《しず》め、クアーティのことも冷静に考えることができるまでひとり修行をしようと決めた。二週間ほど前のことだという。
「そんでその修行中おれたちに出会ったと。そういうわけか」
クレイが聞くと、ピートは大きくうなずいた。
「実は、こうして自分のわがままで教団を飛び出したはいいのですが……メルさまのことが気がかりで気がかりで」
「そうか……。メルさんに会えるよう手引きしてもらえば、それでいいんだがなぁ‥…」
しかし、ピートは困った顔のまま、
「はぁ……すみません。そういうわけで、ぼくあの村に帰れないんですよ。その後どうなったかくわしくは知りませんけどね。幹部のぼくがいなくなったんだ。けっこうな騒《さわ》ぎになったようです。大々的に捜索隊《さうさくたい》を出したようで、最初はジナル山にこもってたんですが、ここまで逃《に》げてきたんです」
「変装《へんそう》すれば……いいんじゃない?」
「変装ですか?」
でもなぁ……、変装といっても彼は人間じゃないものねぇ……。
わたしは自分でいっておいて、すぐさま考えこんでしまった。
しかし、ピートは、
「でも、それっていいかもしれないな」
と、急に乗り気になってきた。
「あ、ごらんのとおり、ぼくは人間じゃないですが、あの村にはいろんな種族が集まっていましてね。ぼくと同じニモラ族の奴《やつ》もけっこういますし。……そうだな。きっとあなたがた人間にとっては、どれも似たよう見えるかもしれない。それに、ぼくの友達にザックって奴がいて。彼に頼《たの》めばなんとかしてくれると思うんです」
「じゃ、行ってくれる?」
そう聞いたクレイに、
「ええ、任せてください。……そうだな、あなたがたもちょっと変装したほうがいいと思いますよ」
にっこり笑って、そうつけくわえた。
「変装? どうして?」
「だって、なぜか教祖は冒険者《ぼうけんしゃ》を嫌《きら》うんですよね。前にも何度か冒険者たちが来たことがあったんですが、なんだかんだいって追い返してしまったし」
「ふ――ん」
「でも、変装っていったってねぇ……」
「いや、簡単でいいと思うな。ぼくとちがって顔はバレてないわけだし。その武器や防具を外すだけでいいんじゃないですか? どっちみちこっそり入ることにしましょう」
「よし、そうと決まったらすぐにも出発しょう。今から行けばちょうど日が暮《く》れたあたりに到《とう》着《ちゃく》できると思うが……」
「ええ、その……変わった乗り物……なんていうんですか?」
「あぁ、これ? ヒポちゃん……いや、エレキテルヒポポタマスっていうんだけどね」
「ふつうの馬車よりは速いんでしょ?」
「うん、速いよ。ちょっと調子が不安定だけど」
「なら、じゅうぶんだ。きっと日が暮れる前に到着しますよ。でも、あまり目立たないように入ったほうがいいしな。早めに着いても、深夜になるのを待ったほうがいいと思いますよ」
「OK!」
話がまとまり、わたしたちがヒポちゃんに乗りこんだときだ。
「ちょっと待った!」
「へ?」
さっきピートが現われた森のあたりから派手《はで》な奴《やつ》がひとり飛び出てきた。
ツンツン立ったブルーと白のシマシマ頭。
ボロボロにやぶれた皮服《かわふく》を着て、手には小ぶりの斧《おの》を持っている。
どこから走ってきたのかは知らないけど、そいつは苦しそうに肩《かた》で息をしながら、
「ここで会ったが……はぁはぁ……百年目……はぁ、このアクスさまを……はぁ」
「まーた、おめぇかぁ」
トラップがうんざりした顔でいう。
そう。あの変な奴だ。
たしかブラックドラゴンのところに行くときにも会ったし、この前もサバドの近くの森で会った。
でも、いったい何の用があるのか、ぜんぜんわかんないんだよねー。
それに今は何の用なのか聞いてる暇《ひま》もない。
「ごめん、わるいけど。わたしたち先を急いでるのよ。用があるなら後にしてくれる?」
わたしがそういうと、
「ケッ! ふざけんない! おめぇら、何度このアクスさまをコケにしたら気がすむんでぇ。いいか、おれさまをこれ以上|怒《おこ》らせたくなかったら、おとなしくそこから降りて来い!」
しっぽを大きくふくらませ、ひげをピンピン怒《いか》らせて怒鳴《どな》った。
「どうする?」
あたしがクレイに聞くと、彼は小さく肩《かた》をすくめてみせた。
「そうかい。そっちがその気なら、いやがおうでも引きずり降ろしてくれるまでよ!」
そいつはそういうと、タッタッタッとこっちにかけよろうとした。
したが、いきなりドテッと転んだ。
「っって―――!」
なんだか靴《くつ》のヒモがゆるんでたみたいね。
「待て、待てよ――!」
と、いいつつ、こっちをにらみながら靴のヒモを結びなおしているんだけどさぁ。
「わりいな。おまえの相手してる暇《ひま》ぁねーんだ」
トラップは無情にもヒポちゃんのアクセルを踏《ふ》みこんだ。
バウンバウン、パパパパパパ……!!
ヒポちゃんは派手《はで》なエンジン音を静かな森に響《ひび》かせ、まだしゃがみこんだままのアクスの横をばく進していった。
「おい! こら――! 待て、待たんか! お――い……」
ほんとに、いったいあのアクスって何者なんだろ。
チラッとふりかえってみたが、そこには曲がりくねった森の小道しか見えなかった。
STAGE 7
またヒポちゃんの調子が悪くなり途中休み休み行ったせいで、その大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教団なる宗教団体の村に着いたのは、もう日もとっぷり暮《く》れてからだった。
暗い森のなかにいきなり開けた場所があり小さな灯《ともしび》が点々と見える。
「もうしばらく待ちましょう」
家々の灯を見おろしながらピートがいった。
「どうして? だってもう遅《おそ》いし……平気じゃないの?」
ピートは懐《かい》中《ちゅう》時《ど》計《けい》をパチリと開け即《そく》座《ざ》に閉めた。
へぇ、ピートってお金持ちなんだな、時計なんて持ってる。
「もう後三〇分ほどしたら休《きゅう》頭《ず》の礼《れい》が始まりますから」
「きゅうずのれい?」
「そう。頭を休めるということで、要するにおやすみなさいの挨拶《あいさつ》みたいなもんですね」
「ふうん……でも、いま何時? かなり遅くない?」
「ええ、今はちょうど一一時半くらいですね」
「まだ寝《ね》てないの? みんな」
「はい。我々は毎日朝五時に起《き》床《しょう》し深夜0時に就《しゅう》寝《しん》します」
「ひぇっ、じゃ……一、二、三……」
指折り数えてみる。
「ばか! 0時からだろ。五時間だ五時間」
横のトラップがそういって、
「ったくよお、それくらいパッとわかってくれよなぁ、頼《たの》むぜぇ」
などとヌカシテオッタが当然無視。ピートに続けて質問した。
「たった五時間しか寝ないの?」
「はい、そうですよ。五時起床後、覚《かく》頭《ず》の礼を行ない……」
「かくず!?」
「そうです。頭を覚ますわけですね。だから、まあ、休頭の礼のちょうど反対で、おはようの挨拶みたいなもんで」
「あぁ、なるほど……」
「で、次に体の鍛錬《たんれん》を一時間。それから正午まで働き、正午には真《しん》上《じょう》術《じゅつ》の会を行ないます」
「しんじょうじゅつ?」
「ええ。約一時間ほど、銀や金、真珠《しんじゅ》の術《じゅつ》師《し》が……あ、幹部のことですが……彼らが皆を集め、黙力《もくりき》や力《りき》視《し》をする会のことです。あぁ、黙力というのはですねぇ……」
彼の話は延々と続いた。
要するに、彼らは毎日毎日ほとんど寝《ね》る間も惜《お》しんで修行をし働いていると。そういうことらしい。
そんな……毎日五時間しか眠《ねむ》れないだなんて。
まずわたしたちはそこで失格だろうなぁ。
冒険《ぼうけん》中は、五時間どころかほとんど眠れないこともままあるけどさ。ふだんは最低でも八時間は熟《じゅく》睡《すい》してるぞー。トラップやキットンなんか寝かしておいたら一生寝てんじゃないかってくらいに寝るぞー。
「あのぉ……それで魔《ま》力《りょく》は身についたんですかぁ?」
ちょっと……なんとなく聞きにくかったが聞いてみた。
すると、ピートは少し間を置いてから、
「はい。おかげさまで身についてきました。まぁ、まだ派手《はで》な術は使えませんが、物体《ぶったい》浄《じょう》化《か》、思《し》考《こう》読《どく》などならぼくにもできます」
「はぁ……」
なんだか、またまたよくわかんない言葉が出てきたけど。
ま、いいや。
とにかくその休頭の礼とやらをおとなしく待つことにした。
|煌々《こうこう》と家の屋根を照らし出していた月がかげっていく。
風も出てきたようだ。
「さみぃなーもー……」
トラップが横でおおげさに両《りょう》腕《うで》をさすった。
「キュウスだか、キュウリかしんねーけど。早えとこ頼《たの》むぜ」
「休頭ですよ!」
ピートがマジな顔でトラップにいった。
トラップはひょっと首をすくめてみせ、
「ひぇ、おっかねー。おめぇなぁ、おれの肉ダンゴ食っといてだなぁ……」
「あ、黙《だま》って。始まったようですよ」
キットンがトラップの口をふさいだ。
どこからか、ピ――ッと笛《ふえ》の音がした。
すると、どうだろう!
家々のドアが開き、中から人がワラワラと出てきた。
「魔術の力は夜宿る。枕《まくら》の影《かげ》にきょう宿るー!」
大きな声で誰《だれ》かが朗々と言った。
「魔術の力は夜宿るー。枕の影にきょう宿るー!」
みんながそれを復唱し、
「エンチラーダ、アンチラーダァァ……」
と繰《く》り返した。
「な、な、なんなんだぁ?」
「わ、わかんねー!」
クレイもトラップも眉《まゆ》と眉の間にしわを寄せて、お互《たが》いに首を振《ふ》った。
ふっと横を見るとピートも目を閉じ、後ろ頭を自分でポンポン叩《たた》き、
「エンチラダ……アンチラダ……」
ブツブツ呪文《じゅもん》のような言葉を繰り返しているではないか。
わたしたちが顔を見合わせているうち、その儀《ぎ》式《しき》(?)は終わったようだった。
人々は隣《となり》近所の人々に何かブツブツ挨拶《あいさつ》をして家々に帰っていった。
そして、さっきまでついていた灯はすべて消えてしまったのである。
「はぁぁぁ――!」
「なんだ、ありゃ!」
「奇《き》妙《みょう》ー!」
わたしたちが目をまんまるくしたまま言い合っていると、
「みなさん、村にご案内する前にひとつご注意申し上げたいことがあります」
と、ここでコホンとひとつ咳払《せきばら》い。ピートは急に厳しい表情でいった。
「いいですね。我々の信仰《しんこう》する大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教をご存じないあなたがたには、たしかに奇妙に見える行ないがあるかもしれません。しかし、それはあなたがたが知らないだけのこと。しばらくの間であれ、ここに滞在《たいざい》するのです。メルさまとお会いになりたいのでしたら、今のような言動は慎《つつし》んでいただきたい」
さっきまでの軽い調子はどこへやら。
急にかしこまった話し方。
「あ、ご……ごめんなさい! いや、別にそのお……変だとか言ってるわけじゃないんですぅ」
「いんや、変だ!」
「ば、ばかっ! トラップ!」
せっかくわたしがフォローしてるっちゅうに。
顔はピートに向けたままで、わたしはトラップの頭をポカッと叩《たた》いた。
「ってぇ! なにすんだよ。変なもんは変だっていって、どこがわるい!」
「あ、あんたねぇぇ」
「おいこら、ここで内《うち》輪《わ》もめしてどーすんだぁ? ま、土地土地に風習があるように、宗教によってもしきたりとかがあるんだよな、きっと。うん、わかりました。おれたちはメルを連れ帰るのが目的なんだし、言動には充《じゅう》分《ぶん》注意するよ。な、トラップ!」
さっすがリーダー。
クレイがビシッと決めてくれ、トラップも口は尖《とが》らせたままだったけど不《ふ》承《しょう》不《ぶ》承《しょう》うなずいた。
「それならけっこう。安心しました。じゃ、行きましょうか」
ピートもまたもとどおりの明るい笑顔を見せた。
やれやれ……。
しかし、大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教団って、いったい……。
なんだかとんでもないところに来てしまったんじゃないかと、わたしは少し……いやだんぜん不安になってきた。
ううう、ウギルギさまぁ……それから|メ《*》ヌーサぁ!
わたしたちをどうかひとつ、お守りくださいませっ!
*メヌーサ
わたしたちが会ったことがある神様のひとり。恋《こい》の女《め》神《がみ》なんだけどね。神様といっても
わたしと同じくらいの年《とし》格《かっ》好《こう》で、とってもかわいいんだ。
(フォーチュン・クエスト2『忘れられた村の忘れられたスープ』で登場)
月も出ていなかったので足場は真っ暗といっていい。
「気をつけて……」
「ゆっくり歩けよ……」
わたしたちはヒポちゃんを引っ張り、コソコソとピートの後についていった。もうおねむのルーミィはクレイの背中でスヤスヤ寝《ね》ている。
「こっちです。この木をぐるっと回って……」
この村ができたのは今から約一年半ほど前のことだという。
でも、とてもそうとは思えないほど道も整備されていたし、家もそこそこ立派だ。質素ではあるけれどね。
「なぁ、このカバ……どこに置く?」
トラップが小声で聞くと、
「ザックの家の表に馬屋があります。そこにしばらく置かせてもらえるでしょう」
ピートも小声で答えた。
そのザックという人の家は村の中心部からちょっと離《はな》れた場所にポツンと建っていた。
「じゃ、先にぼくが入って事情を説明しておきますから、少しここで待っていてください」
「了《りょう》解《かい》!」
真《ま》っ暗闇《くらやみ》のなか、わたしたちは息をこらしてピートを待った。
幸いヒポちゃんもおとなしくしてくれている。
やがてカチリとドアが開き、ピートが顔を出した。
手にはろうそくを持っていて、その小さな光がブルーの瞳《ひとみ》のなかでゆらゆらと光る。
「じゃ、こっちにまわって……」
連れていかれたのは裏の馬屋。馬屋といっても馬は一頭もいない。小さなロバが一頭いただけだ。
ヒポちゃんを隅《すみ》にくくりつけ、休ませていると、
「ようこそいらっしゃいました」
ピートと同じコリー犬のような顔をした、でも彼より体格のいい男の人が現われた。
彼の瞳もきれいなブルーアイ。
「あ、どうも……すみません、こんな夜《や》分《ぶん》に」
「いやいや。話はこっちでしましょう。ささ、どうぞ」
彼の後について裏口から家のなかに入る。
家のなかも暗い。なにせ明かりといったらピートとそのザックって人が持っているろうそく二本きりだったのだから。
「大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教団では、深夜過ぎるとすべての明かりを消す決まりになっているんです。魔力は暗《くら》闇《やみ》のなかに生まれるというわけでして」
なるほど……。
「うっぎゃっ!」
キットンが突然《とつぜん》叫《さけ》んだ。何かをドカドカ落としてしまったようだ。
「し――――――っ!!」
「しぃぃ―――――!!」
「しぃ――――!!」
みんながいっせいに口の前に指をたて、キットンのほうをふりかえった。
「あ、だいじょうぶですか? それ、踏《ふ》まないようにしてください」
「す、すみません。なんなんですか? これは」
キットンが一個取って差しだした。
ピートのろうそくの光に照らし出されたそれは……!
なんて奇《き》妙《みょう》な形の像なんだろう。
木彫《きぼ》りの小さな像で、全長約三〇センチくらい。表面が黒っぼくテカテカと光っている。頭から肩《かた》にかけてなだらかなスロープになっていて、だから首はないといっていい。前で交差させた短い腕《うで》、ほんの付け足しのような短い足、グニャリと曲がった尻《しっ》尾《ぽ》……。
特に気味が悪かったのは、その円形の目だ。まぶたが上下についていて目をかくしている。その隙《すき》間《ま》から糸のように見える目はキラキラと赤く光っていた。なにかガラスか宝石のようなものが埋《う》めこまれているらしい。
その日の下に、ひし形の口がチョコンと開いていた。
「こ、これが……あの不思議な像なの!?」
「なんか不気味《ぶきみ》だなぁ」
そう。見れば見るほど気持ち悪いんだよね。
「それにしても、いくつあるんですか!」
キットンが興奮してさっき落とした像を拾い集めようとした。
「あ、いいです、いいです。そのままにして。踏まないように、それだけ注意してください」
ザックはあわててキットンを止めた。
「これは本物のギャミラさまではありません」
「ギャミラさま!?」
「はい。わたしどもの御《ご》本尊《ほんぞん》ですが……もっと多くの人に大魔術教を知ってもらうために、こうしてギャミラさまのコピーを作っているところなんです」
「ああぁ、なるほど……」
要するに布教活動の一端《いったん》というわけね。
しかーし。いっくらコピーとはいえ、よく見てみればそこらじゅうの台やテーブルの上に何十……いや百や二百はありそうだ……置いてあるわけでしょ。ろうそくの細い光にまるっこい頭だけがボコボコと浮かびあがって……。
ううう、正直いって怖《こわ》いよお。
「ピートからだいたいの事情は聞きました。実をいうと、わたしも最近のクアーティさまのおふるまいには少し疑問に思うこともありまして……。なによりあの、お優しいメルさまの兄上を救うというのであれば、できるかぎりのお手伝いはさせていただきます」
舌をかみそうなほど丁寧《ていねい》な口《く》調《ちょう》。軽いノリのピートとはちょっとちがう。たぶん、彼も同じニモラ族なんでしょうけど。いや、もしかしたらずいぶん年上なのかもね。人間だって大人の年齢《ねんれい》ってよくわかんないけど、彼らの年齢となるとほとんどわからない。
「急にやってきて、しかもたいへん勝手いうようで申し訳ないんですが。ノル……だから、そのメルさんの兄ですが、彼を復活させるには一刻も早く彼女を連れていかなくてはいけないんです。明日にでも会わせていただけませんか!?」
クレイも丁寧な口調で聞いた。
しかし、ザックは眉《まゆ》のあたり(正確には眉はないんだけど、目の上)をギュッと寄せ、黙《だま》ってしまった。
「ザック、どうかしたのか? まさかメルさまの身になにかあったとか?」
ピートが黙ったままのザックの肩《かた》をグイとつかんだ。
ザックはその手を静かにはらい、
「おまえがいなくなってしばらくしてからだ。メルさまが姿を見せなくなってしまったんだよ……」
「な、なんだって!?」
「当然、みんな心配して幹部連中に聞いたさ。しかし、今度の大《だい》術《じゅつ》式《しき》で明らかにされるだろうから、それまで待つようにとな。いくら聞いても、それだけしか答えないんだ」
そういって、ザックはにぎりこぶしを柱にギリギリと押しっけた。
「そ、そんなバカな!……ま、まさか、ぼくのせいで何かメルさまの身に!?」
「わからん。とにかくそれ以上、おれたちには知るすべもなかった」
「くそー! やっぱりぼくは出ていくべきじゃなかったんだ!」
ピートはその場にしゃがみこみ、顔を両手でかくした。
わたしたちといえば、呆然《ぼうぜん》と彼らの話を聞いているしかなく。
とりあえず、すぐにメルと会えるわけではなさそうだぞ、ということしかわからなかった。
「そういうわけです……」
ザックは心からすまなそうにわたしたちを見た。
「その大術式って、なんなんですか?」
キットンが聞くと、
「毎週日曜日の夜に行なわれるわが教団の儀《ぎ》式《しき》です。小さな儀式は毎日行なっていますが、特にクアーティさまのありがたいお言葉がいただけるのは、その大術式のみ。教団の主《おも》な行事その他のお告げは、このときギャミラさまから賜《たま》わります」
「ギャミラって、この像がしゃべるわけ!?」
トラップが手元近くにあった像のコピーをポンポンと叩《たた》いた。
「そうです……ギャミラさまの詔《みことのり》は術《じゅつ》殿《でん》に置かれた巨大《きょだい》なギャミラさまの口を借りて賜わることができます」
トラップの不《ふ》謹慎《きんしん》な調子が気にさわったんだろう。ザックは少しイライラした調子で答えた。
まったく、トラップったら。後でよーく言っておかなくっちゃ。
今度ばかりは彼の口の悪さを笑って許してくれるような雰《ふん》囲《い》気《き》じゃないもの。
「術殿というのは、教会とか神殿《しんでん》とかと同じですか?」
と、キットン。
「まぁ、そのようなものです。主な集会は、そこで執《と》り行なわれますから」
「なるほど」
「じゃ、察するに……巨大なギャミラさまっていうのは、この像を模《も》して作られた大きな像のことなんですね? たぶん祭壇《さいだん》の後ろとかに設置されてたりするんでは?」
「ええ、そのとおりです。巨大なギャミラさまはわたしたちが一か月、骨《ほね》身《み》をおしまず作らせていただきました」
「ザックは、元は有名な工芸家なんですよ」
ビートが補足する。
「いや、実際にあのギャミラさまを設計し最後の仕上げをなさったのはアスダフさまだからな」
「アスダフ?」
「あぁ、幹部のひとりですよ。メルさまがNO.2なら、アスダフさまはNO.3です。建築家だったそうで、術殿やクアーティさまの家などもみんな彼ひとりで設計されたんです」
「人間的にはちょっとわかりかねるところもあるが……しかし、なんにせよたいした方だよな」
「そんで!?」
トラップが前に進みでた。
「は、はい?」
「だぁら、その大術式だっけ? ノルの妹のことを発表するって儀《ぎ》式《しき》。それ、いつやるんだ?」
あぁ……お・ね・が・い! だから、もうちっと言葉を選んでほしい。
しかしザックもピートも、もはやトラップを責めようとはしなかった。きっとこういう奴《やつ》なんだってわかってくれたのかもしれない。
「明日です」
ザックは静かにいった。
「明日か! そいつぁ好都合だ。なぁ、おれたちもその儀式にもぐりこめねーかな。おとなしくしてっからさ。もしかすっと、メルと話つけられるかもしんねーわけだし」
「そうですね。ぜひ参加させてください」
「お願いします」
わたしたちも口をそろえて頼《たの》みこんだ。
ザックとピートは顔を見合わせていたが、
「よろしいでしょう。でも、くれぐれもお願いしますよ。いま、ふつうの状態でないんです。なにか……緊迫《きんぱく》した空気があります。まぁ、外からの入会希望者も多いですしね。あなたがたが参加されても別に不思議には思われないでしょう。ただ、用心しないと……せっかくの機会をぶちこわしにしてしまうかもしれません」
「もちろん、わかってます!」
クレイが慎《しん》重《ちょう》な顔つきでキッパリと答えた。
「あなたはとてもいい目をしてらっしゃる」
ザックはクレイを見つめ、
「いいでしょう。ぼくの知り合いということにしましょう。見学に来たということにして……。そのかわり、いいですね。絶対余計なことはいわないでくださいよ。挨拶《あいさつ》くらいはかまいませんが、口数多くして馬《ば》脚《きゃく》をあらわすといいます。なにか質問されても適当にごまかしてください。とりあえず明日の大術式での結果しだいということで……」
「わかりました」
クレイって、こういうとき頼《たよ》りになるんだよなぁ。
なんていうか、誰《だれ》からも信頼《しんらい》される人柄《ひとがら》なんだ。まぁ、彼の言葉にウソがあるとは思えないし(実際ないんだけど)。
トラップとは大違《おおちが》いだ!
「では、もう夜もふけました。明日は五時起きですが、だいじょうぶですね?」
「はい! がんばります」
胸をはって答えたのはクレイひとり。
「は、はぁ……」
「ま、なんとか」
「善処します……」
後の三人は内心頭を抱《かか》えつつ、しどろもどろに答えたのであった。
しかし、やっぱりといいますか当然といいますか。
ろくに落ちついて体も頭も心も、休むひまのなかったわたしたち。
翌朝《よくあさ》……(たってまだ暗いんだよー!)、なんとか起きることができたのは責任感の強いクレイだけ。
「おい、パステルぅ、起きてくれよ」
きっと何度も起こしてくれたんだと思う。
ようやく夢《ゆめ》から覚めたわたしは、クレイの情けなさそうな顔を目をこすりこすり見つめた。
「なんだっけ?」
「なんだっけ……じゃないぜぇ。朝だよ、朝! ザックさん、もう起きて待ってくれてんだ」
「ああ!」
ガバッと飛び起きる。
「そっか! そうだったね」
パッパッとまわりを見ると、キットンとトラップが大口開けて寝《ね》こけていた。
わたしたちはヒポちゃんを置かせてもらった馬屋の二階で休ませてもらっていた。
二階といってもハシゴで登り降りする……ちょうどロフトのような作りになっていてワラが敷《し》いてあるだけ。小さな窓が上のほうにひとつあったが、そこからはまだ朝の明るい光はさしこんでこない。
「どうする?」
「あいつら起こすの、おれやだ。パステル君、これは君の使命だ!」
「んなぁ、わたしだってやだよお。トラップの寝起《ねお》きの悪さったら、ないもの」
「だよなぁ……それに、あいつらはまだいいとして。ルーミィやシロは、ちょっとかわいそうだし」
「そうよねぇ……」
ルーミィとシロちゃんは部屋《へや》のすみっこで、まるで小猫のようにまるくなって寝ていた。
「とはいっても、一応村のようすは探っておきたいしなぁ……。じゃ、おれたちだけで行くか?」
「だ、だめよ!! だって、クレイ。この連中残しておいて、安心できる? トラップとキットンだよお! あいつらきっとまた変なことやらかして、そんでルーミィとシロちゃんヒョコヒョコ勝手に歩いたりして……」
うあぁ!
考えただけでゾッとする。
「わたし、キットンと偵察《ていさつ》してくるよ。トラップを止めておけるのってば、クレイくらいしかいないもん。絶対変なことしないように首に縄《なわ》つけて見張っておいてね!」
「たしかに。じゃ、なんかあったらすぐ帰ってくんだぞ。ザックさんがついてくれてんだ。別にここの人たちだってモンスターでもなんでもないし。ま、何もないとは思うけどな」
「OK!」
話がまとまり、キットンを起こそうとしたとき、
「もう起きましたか?」
ハシゴを登ってきたピートがひょいと顔を出した。ピートも寝起きらしく、長い茶色の耳が逆《さか》立《だ》っていた。
「ああ、ピート、おはよう。実はね……」
ざっと事情を説明する。
「なるほどね。ぼくもそれがいいと思いますよ。ぼくだって、きょうは一日ここに隠《かく》れてなきゃいけないんだし。なんだったらパステルさんたちもここで隠れていれば?」
「うん、でもちょっと村を見学させてもらいたいんだよね」
「ああ、それならどうぞどうぞ。よかったら昼に行なう真上術の会も見学してみてください」
「ぜひそうさせていただくわ!」
「じゃ、これ、朝食です。これから覚頭の礼があるから……後三〇分はどしたらまた迎《むか》えにきますよ」
そういって、お盆《ぼん》にのせた朝ご飯を床《ゆか》に置いていってくれた。
彼のいった覚頭の礼は夕べの休頭の礼と同じく、ピ――ッという笛《ふえ》の音とともにまもなく始まった。
「魔《ま》術《じゅつ》の力は朝実る。朝日の光にいま実るー!」
誰《だれ》かのすばらしくよく通る声がそういうと、
「魔術の力は朝実る。朝日の光にいま実るー!」
人々がそれを復唱し、やっぱり例の「エンチラーダ、アンチラーダァァ……」という呪文《じゅもん》のような言葉が聞こえてきた。
「へ!?」
突然《とつぜん》キットンが大きな声をあげて飛び起きた。
半分|寝《ね》た目のまま、パッパッとまわりを見て。すぐまた寝ようとした。
そうはさせないもんね!
「ダメ! キットン。起きて起きて」
「おらおら、起きろ!」
わたしとクレイでキットンの両《りょう》腕《うで》をひっばった。
「な、なにをするんですかぁ……痛いですよぉ。わたしはこれからですね、薬草の分類をしなきゃいけなくって……」
「あーに、寝ぼけてんだよ! ほら、朝だ」
「キットン、早く起きて朝ご飯食べよ!」
すると、
「ご飯かあ?」
キットンではなくルーミィが返事をした。
でも彼女は完璧《かんぺき》に寝ぼけているらしく、そう聞いたとたんまたコテッと寝てしまった。
「すみませんね。粗《そ》末《まつ》なものしか出せなくって」
わたしとキットンを広場に案内しながら、ザックさんがすまなそうにいった。
「いいえ、そんなことないです。わたしたちこそ、こんな大所帯《おおじょたい》で押しかけちゃって……」
とはいったものの。
実はほんとに質素な朝食だったんだぁ。
小麦粉を練《ね》ってまるめた小さなお団《だん》子《ご》には少しの塩味しかなかったし、後は青い野菜をゆでたもの少々とチーズひとかけ。それからミルク。
ピートがいってたっけ。
村の人たちは汗水《あせみず》たらして働いて稼《かせ》いだお金の全部を教団に献金《けんきん》し、彼らはほんの少しの配給しか受けていないんだって。
なんだかなぁ……。
修《しゅ》行《ぎょう》の一部だとはいえ、よくまぁそんなに無欲になれるものだ。
貧乏《びんぼう》だ貧乏だって騒《さわ》いでるわたしたちだけど、少なくとも彼らよりは働いてないし、なのにまだましなものを食べて着てる……。
ああ、そうそう。
着るものなんだけどね。
朝になって、明るいところで信者の人々を見てびっくりしちゃった。
みんなおそろいの茶色の服を着ているんだけど、その長さが人によってマチマチなの。
足首まであるような長いローブを着ている人があるかと思えば、膝上《ひざうえ》くらいの長さの人もいるし。なかには胸くらいまでしかない人もいて。あれじゃローブとはいえない。短めのベストってかんじ。下にはあたたかそうな長袖《ながそで》の下着とモモヒキ(?)を着ているんだけど、これがけっこう変なの。
ザックさんはちょうど膝下《ひざした》くらいの長さのローブを着ていた。
彼の説明によると、大魔術教では修行の程度によって服の長さを決めているとのこと。だから、長い服の人ほど修行を積んでいるというわけだ。
マチマチなのはローブの長さだけじゃない。ピートもいってたけれど、ピートやザックのようにニモラ族の人もいたし、背の低いドワーフやコボルトもいた。オレンジ色の髪《かみ》をした、やけに背の高い女性もいたし。手が四本ある人もいた。ケンタウロスのように半身《はんしん》半《はん》獣《じゅう》の人までいた。
まさに種族のるつぼ。
その種々雑多な人々がゾロゾロと広場に向かっているのは、朝の鍛錬《たんれん》をするため。
「ううう、さぶいー」
キットンが隣でガタガタ震《ふる》えていると、
「今に暑くって汗《あせ》びっしょりになりますよ」
と、ザックが笑った。
広場は村の端《はし》っこにあり、入口に係員のような人がいた。
「若草の術師、まいりました!」
ウェストあたりまでのローブを看た、まだ若い男の人がそういうと、
「エンチラーダ!」
と、係りの人が声をかけ、彼の後ろ頭をポンポンと二回|叩《たた》いた。
「青《あお》紫《むらさき》の術師、まいりました!」
「エンチラーダ!」
「褐《かっ》色《しょく》の術師、まいりました!」
「エンチラーダー」
次々と同じようにして、後ろ頭を叩かれた人々が広場のなかに入っていく。
「あ、あのぉ……」
わたしがザックに声をかけようとすると、
「頭を叩くわけでしょ? あれはね、こうして叩くと頭のなかにある邪念《じゃねん》を追い出すことができるからです」
そういって、わたしの後ろ頭をポンポンと叩いた。
「邪念ですかぁ……」
「そう。わたしたちは、そもそも潜在《せんざい》的に誰もが魔《ま》力《りょく》を持っているんです。しかし、そんなものはないと決めてかかる……その邪念が魔力の引き出しに鍵《かぎ》をかけているんです」
「なるほど……」
なんだか、そういわれてみればそうかもしれないなぁ。
わたしだって魔《ま》法《ほう》が使えたらっていつも夢《ゆめ》みてる。だから、ルーミィっていいなあと思うし、魔法こそ使えないけれど、その素質がちょっぴりでもあるトラップやキットンがうらやましくってたまらない。
でも、最初からできないって決めてかかっているというのは当たってるし。
「茶の術師、まいりました」
「エンチラーダ!」
ザックは挨拶《あいさつ》をし、頭を二回叩かれた後、
「きょうは見学者を連れてまいりました。遠縁《とおえん》のものと、その友であります。許可願います、エンチラーダ」
「よし、許可する、アンチラーダ!」
係りの人は偉《えら》そうにわたしたちをジロリと見たが、すぐ次の人の頭を叩く準備をした。
「あの人は幹部なんですか?」
キットンが小声で聞くと、
「そう、銀の術師たちです。その上に金の術師、真珠《しんじゅ》の術師がいるんですが、彼らは昼の真上術の会のときにやってきますよ」
「なるほど。幹部といっても階級があるんですねぇ」
「さぁ、鍛錬《たんれん》が始まりますよ。簡単ですから、パステルさんたちも参加してみてください」
広場のまわりにグルリと階段があって小規模の円形劇場みたいだった。みんなその階段に向かって立っている。つまり中央に背を向けて立っていたのね。
ピ――――ッ  ピッピッピ!
その銀の術師と呼ばれる人々……たしかに彼らはみんな銀色のローブを身にまとっていたが……が笛《ふえ》を吹《ふ》くと、信者たちは階段を一段昇った。
とりあえずわたしたちも階段を昇る。
う、いったいなにが始まるんだろ!?
なんだかちょっと不安半分、ワクワク半分ってかんじ。
しばらくして銀の術師たちが「始め!」と声をかけ、手《て》拍《びょう》子《し》を始めた。
すると信者たちは全員で声をそろえ歌を歌い始めた。
そして、その手拍子と歌に合わせて階段を一段昇っては降り昇っては降り……。
あれ? これと同じようなこと、学生の頃《ころ》体育の授業でやらされた覚えがあるぞ。
そうよ! これ、要するに踏《ふ》み台|昇《しょう》降《こう》じゃないの!?
「魔《ま》ぁー力《りょく》は、だれでも持ぉーってぇーいる――
見えないかーらと、あーせらずに――
し、ん、じ、る、きーもぉちが、かーんじんだぁー
いつかは、おのずと、見ーえて、くーる――
魔ぁー術は、どーこでやぁーくにたつ――
欲で魔力も消ーえ失《う》せるー
ギャーミラさーまの、みーことのりー
心を、豊かに、みーのら、せーる――」
歌は延々何十番までも続いた。
ちょうど踏《ふ》み台|昇《しょう》降《こう》をするのにちょうどいいテンポ。なんだかそれを聞いているうちに、この大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教団のいわんとする教えっていうの? そういうのがわかってきた。
さっきザックが教えてくれたとおり、人はみな魔力を潜在《せんざい》的に持ってはいる。しかし、そんなもの持ってないと決めつけ心を閉ざすことによって、魔力がしまわれている心のなかの引きだしをも閉ざしてしまうことになっている。
邪念《じゃねん》を捨て、心を開き、頭を空白にするまで修行し働くこと。無欲で額に汗《あせ》することによって、汗とともに邪念は消え去る。
ギャミラさま(あの像のことだね)の言葉を信じ、クアーティさま(教祖のことだ)を信じることだけを考えていれは、自然に魔力は引き出されていくのだという……。
要約すると、そういうことだった。
なんとなくうなずけるんだよね。
こうして……わたしも踏み台昇降を続けていると、もちろん太股《ふともも》は痛くなるし、あいかわらず眠《ねむ》いんだけど。晩秋の朝だというのにハァハァいっちゃってさ、体なんかポッポほてってきて。それが、なんともいえずすがすがしいんだ。
ただひとつだけ気になったことがある。
それは、歌のなかであきらかに冒険者《ぼうけんしゃ》を嫌《きら》う一節があったこと。
冒険者とははっきりいってないけれど、「レベル気にし、経験値などを稼《かせ》ぐために魔力を無《む》駄《だ》に使う者を許すな」とか「魔力で宝《たから》箱《ばこ》を開けるなど、もってのほか」とか「モンスターだからと殺していいはずはない。まして魔術で殺《せっ》生《しょう》をするなど野《や》蛮《ばん》きわまりない。奴《やつ》らはいつか滅《ほろ》びるであろう」とか……。
万が一、わたしたちが冒険者だなんて知られたら……。
いや、それよりも!
ルーミィが冒険者で、しかも魔法使いだって知られたら!
そう思うと、なんだか額に吹《ふ》き出ていた汗が一気に冷えてしまったような気がした。
これは後で話しておかなくてはいけない。
特にトラップに。
朝の鍛錬《たんれん》が終わると、三三《さんさん》五五《ごご》仕事場へともどっていった。
ザックの仕事場は家だから、わたしたちもいっしょに家に帰った。
「どうでしたか? 疲《つか》れたでしょ」
長い茶色の毛が汗《あせ》でペッタリしている。
「ええ、でもいい汗をかきました。いいですね、なんか」
「そうでしょお!?」
ザックはいかにもうれしそうに笑った。
「ああやってみんなで声をそろえて歌っていると、頭も心も空っぽになるんですよね。クヨクヨ考えたりなんて、やってる暇《ひま》なんかとてもない。わたしも以前は心配性でね。起こってもいないことを悩《なや》んだり恐《こわ》がったりしてたんですが。この教団に入って、そういうことはなくなりました」
「あぁ、そうなんですか」
「しかし、みなさん声がいいですねぇ!」
汗をふきふき、キットンがいうと、
「ええ。あーやってね、大きな声を出すことが多いですから。自然と腹筋も強くなるし、いいボイストレーニングになるようですよ」
ふうむ。
ピートも教祖のクアーティという人に対して不信感を抱《いだ》いてしまったといってたが、教団の教え自体には何も疑問を持っていないわけでしょ。
ザックだって、こうやってほんとに信じててよかったって思ってるわけで。
だいち、魔《ま》術《じゅつ》を使えるかどうかなんて、あまり問題ではないみたい。
「おお! どうだった? なんか歌が聞こえてきたけど」
馬小屋の二階にもどると、クレイが剣《けん》の手入れの手を休めて聞いた。
トラップやルーミィ、シロちゃんはぐっすり眠《ねむ》ったままだ。
「うん……まぁね……」
「どうした?」
「いや……ちょっと考えちゃってさ。ねぇ、キットン」
「え? ああ、はいはい?」
「あの人たちは魔術を使えるかどうかなんて、あまり気にしてないように思えたんだけどな」
「ええ、まぁ、そりゃそうでしょうねぇ」
キットンたら、別にそんなこと当然でしょってな顔。
「どして、『そりゃそうでしょうねぇ』なの?」
「うーん、だって……潜在《せんざい》的に秘められた、なんていったら何でもそうですからねぇ。人間、どこに何が秘められてるのかわかってないわけだし。ちがう種族になればなおのことでしょ」
「そういうこと聞いてるんじゃないのー!」
キットンたら、わたしの質問とはぜんぜんちがうこと答えてるし。
「いやいや、聞いてください。わたしがいおうとしてるのはですねぇ。結局この教え自体、どうとでもとれる曖昧《あいまい》なものだってことなんですよ」
ピートやザックに聞こえてはまずいと思ったんだろう。ぐっと声のトーンを落とした。わたしもクレイもキットンの近くに寄っていった。
「じゃ、魔《ま》力《りょく》が備わるっていうの、あれ……」
「例のギャミラっていう像ねぇ。あれの本物を見てみないとはっきりしたことはいえませんが。さっきのようすでは、きっとウソですな」
「そんなことぉ!」
「だってそうでしょ。ほんとにそうなら、あんな階段昇り降りなんてやってないで空中|浮《う》かんだり指から炎《ほのお》出したり……もっと派手《はで》な魔法をバシバシやってると思いますよお。だって長い人で一年以上やってんでしょ? 修行」
「ま、そうだけどぉ……でも、やっぱふつうの人が魔法使えるようになるなんて、そんなに簡単にはいかないんじゃないの?」
「さあねぇ……なんか、わたしにはさっきの歌、あれね。みんなごまかしに聞こえましたね。だから、みんなだんだん魔術が使えるかどうかなんて問題じゃなく思えるよう洗脳《せんのう》されちゃってると。しかも冒険者《ぼうけんしゃ》だの魔法使いだのを嫌《きら》うようにいってたでしょ」
「ほんとか!?」
クレイが身を乗り出す。
「うん、そうなのよ……」
「あれ、本物の魔法使いがやってきて、バシバシやられちゃたまらんと思うからこそ、あーやって排除《はいじょ》するよう仕向けてんじゃないんすかねぇ」
「うーむ……」
そういわれてみれば、そうともとれるし。
わ、わたしって……なんて付和《ふわ》雷同《らいどう》な奴《やつ》なの!?
「じゃ、真上術の会に行きますよ!」
正午になってザックが声をかけてくれた。
その会もやはりさっきの広場で行なわれた。
今度は金色のローブや真珠《しんじゅ》色のローブを着た人たちもやってきた。
彼らが広場の中央に座ると、みんな階段の上に座った。
「黙力、始め!」
一番体格のいい、真珠色のローブを着た男の人がそういうと。みんな両手を頭の上に組んで目を閉じた。
「いわゆる瞑想《めいそう》ってやつですね」
キットンがわたしに囁《ささや》くと、
「シッ!」
ザックがピシッとキットンの肩《かた》を叩《たた》いた。
うわっ! きびしい。
わたしもキットンも肩をすくめ、大あわてで同じように両手を頭の上に組み、目を閉じた。
聞こえてくるのは風が木をゆらす音と自分の呼吸。
なんとなく、突然《とつぜん》の沈黙《ちんもく》がぎこちない。
寝《ね》不《ぶ》足《そく》のせいか頭がフラフラして。油断すると、すぅーっと後ろにひっばられるようだ。
いかんいかん! なにか考えなきゃ。
そうそう! さっきキットンがいってたことって……ほんとうなんだろうか。
でも、ザックやピート、それに他の人たちも。
一日五時間しか寝ないで、毎日まじめに働いていて。
なのにあんなに貧《まず》しい食事しかできなくって、服だって家だって必要最低限のものしか与《あた》えられてないのに。なんだか幸せそうなのよね。
あのごーつくばりのシナリオ屋のオーシや計算高い保険屋のヒュー・オーシなんかだったら考えもできないことなんだろうけど。
と、オーシやヒュー・オーシの顔を思い出したら、とたんにおかしくなってきた。
「おめぇら、なにやってんだよ! んな一文《いちもん》の得にもならねーようなことをよ。だぁら、いつまでたっても貧乏《びんぼう》なんでぇ」
「あんたら、そういうことしてる暇《ひま》があったら、さっさと冒険《ぼうけん》でもいってレベル上げて。早いとこあたしの保険に入れるようになったらどうだ?」
彼らならきっとこういうだろうな。
頭上がほのあたたかい。
首筋を冷たい秋風が吹《ふ》きぬけていく。
どこかで烏の鳴く声も聞こえる。
そののどかな鳴き声を聞いていると、今度はノルのことを思い出した。
「ノルって、鳥と話せるのお!?」
初めてノルと知り合ったばかりの頃《ころ》だ。
彼と出会ったズールの森のなかの小さなダンジョンを抜《ぬ》け出したとき、頭に白い羽《はね》をピンとたてた灰色の鳥がノルの肩《かた》に止まった。
「ピーチュクチュク、ピーオピーォ!」
鳥はなにかをしきりに鳴いていた。
「ピーピー、チュク、ぴー!?」
ノルが大きな体に似合わない、やさしくてかわいい声で鳥に話しかけたんだよね。
ほんと、あのときはびっくりしたなぁ。
「この鳥、道を教えるって、いってる」
そうそう。わたしったら、あの頃はいまにもまして方向|音《おん》痴《ち》でさ。マッピングもヘタクソだったでしょ。ダンジョンを抜け出したはいいけど、さぁこれからどっち向いて歩けばシルバーリーブなんでしょって困り果てていたんだ。
「ったくよー! おめぇ、マッパーっつうの、それよくまぁ冒険者《ぼうけんしゃ》支《し》援《えん》グループが認めたよな! パーティ組んだおれたちのこと考えてから認めてもらいてーぜ!」
トラップは今と変わらず口悪いしぃ。
なんだか冒険者としてやってく自信ガラガラ崩《くず》れるしで、涙《なみだ》を必死でこらえてたんだ。
そんなときにノルが鳥に道案内を頼《たの》んでくれたんだよね。
……と、次の瞬《しゅん》間《かん》。
灰色の小さな愛らしい鳥が急に……闇《やみ》のように黒い羽のキケロ烏に変わった。
キィ―――ィ、ギィィ―――ッ!
錆《さ》びついたブランコのようなイヤな鳴き声。
吐《は》きそうなほどの腐《ふ》敗《はい》臭《しゅう》。
頭のなかで、あの吊《つ》り橋でまっさかさまになったわたしが浮《う》かぶ。
グアアァンと頭が大きくゆれた。
パッパッとフラッシュバックするシーン。
あのよだれをたらし黄色い牙《きば》をむきだした紫《むらさき》の大熊《おおくま》。
ノルを、ノルをまるでおもちゃでも扱《あつか》うようにして、片手で引きずっていこうとするグスフングの大きな背中。
なすがままに引きずられていく、不自然に曲がったノルの足。
クレイのひきつった顔とトラップの叫《さけ》び。
うああああぁぁぁぁ…………!!!!
わたしは頭の上で組んでいた手で顔をおおった。
指の間をあたたかな涙《なみだ》がつたってにじむ。
つんつん。
腕《うで》をつっつかれ、ふっと横を見ると……とても心配そうなキットンがいた。
小さく首をふって、
(ううん、だいじょうぶ。なんでもないよ)
と、心のなかでいった。
キットンはちょっと小首を傾《かし》げていたが、また前方を見て目を閉じた。
わたしももう一度手を頭上で組み、目を閉じた。
静かに大きく深呼吸してみる。
ドキドキと速くなっていた動《どう》悸《き》が少しずつ静まっていく。
次に見えたのは、まぶたから透《す》けて見える……陽《ひ》の光だけだった。
STAGE 8
真上術の会は黙力(いわゆる瞑想《めいそう》みたいなのね)を終えた後、力視というのが行なわれた。金色や真珠《しんじゅ》色のローブを着た人々に修《しゅ》行《ぎょう》の成果を見てもらうんだそうだ。
といっても一《いっ》瞬《しゅん》で終わるんだよね。チラッと見て「よし。だいぶ力が出てきたようだな」なんていってもらって、信者たちはお辞儀《じぎ》をして帰っていった。
キットンの話を聞いた後だけに、うさん臭《くさ》いというかなんというか……。
「んなもんウソっぱちに決まってんじゃねーか!」
真上術の会から帰ってみるとトラップも起きていて。まだちゃんと説明してないっていうのに、そう断言した。
超現実主義者だもんな、トラップは。
キットンもどちらかというとそうだし。
でも、こんなふたりにかぎって魔《ま》力《りょく》を持ってるなんて、ちょっとズルイよなぁ。
「まぁ、今晩行なわれる大術式というのを見れば、どういうことなのかだいたいわかると思いますけどねぇ」
もぐもぐとお弁当を食べながらキットンがいった。
昼食は昼食でちゃんといただいたんだけどね。朝食と同じような素《そ》朴《ぼく》なメニューだったし。朝から運動してるわたしたちにはだんぜん足りなかった。そんでまぁ、こうしてサバドの宿屋の主人が持たせてくれていたお弁当を広げていたわけだ。
「だよな。先入観だけで判断すると真実を見誤るというし」
珍《めずら》しくクレイが難しいことをいった。
しかしトラップは、
「ふん、おれが全部見破ってやろうじゃんか!」
はりきっちゃってさ。ニヤリとか笑うのだった。
問題の大術式は夜九時から始まるという。
わたしたちは目立たないよう、帽《ぼう》子《し》をかぶったりスカーフをかぶったりした。
「ちぇ、ブカブカだ」
「文句いわないの!」
特にトラップの服は派手《はで》だからして、ザックに服を借りたのだ。
本当は行きたくてしかたなかったみたいだったけど、やはり全員が顔を出すわけだし、ピートは泣く泣く居《い》残《のこ》ることになった。
「すみません、じゃ、この子たちお願いしますね」
「お願いするおう!」
ルーミィは無《む》邪《じゃ》気《き》にわたしの口真似をしたが……。
万一彼女が魔《ま》法《ほう》使《つか》いだってこと見破られたりしちゃたいへんでしょ。
それに子供と犬を連れて歩くなんて目立ってしまうしね。
「わかりました。じゃ、メルさまのこと、後でしっかり教えてくださいね」
「もちろんよ! それじゃ行ってきます。じゃ、ルーミィ、シロちゃん、いい子にしてるのよ」
「うん、わかったおぅ」
「わんデシ!」
こうしてわたしたちは術殿へと向かったわけなんだけど。
術殿は村のもっとも奥《おく》まった場所にあった。その大きな建物に信者たちが続々と詰《つ》めかけている。
「やはりみんなきょうはいつもとちがって緊《きん》張《ちょう》しているようですね」
ザックが小さな声でいった。
「あぁ、メルのことがあるから?」
「ええ、そうです。いつもならもっとにぎやかなんですが……」
術殿の入口の階段を昇り、中に入る。
あれ? なかから太《たい》鼓《こ》や笛《ふえ》の音が聞こえてくる……。
どわわああ!
す、すごい……!!
足元も見えないほど中は暗かったんだけど。
広いホールの奥にステージがあり、その後ろにあのギャミラ像があった。といってもちょうど肩から上だけなんだけどね。ひし形の口が人間がひとり入れるくらいの大きさ……といったら全体の大きさは想像できるかしら。
大きな円形の目は完全に閉じられていたけれど、あれが開いたら……けっこう怖《こわ》いぞ。
舞台の上では、なにやら淡《あわ》いピンク色の衣装をまとった女の人たち三人が太鼓や笛に合わせて踊っていた。
それはそれで楽しげだし、きれいだったんだけどね。
なんか、こー……『大術式』っていう厳《げん》粛《しゅく》なイメージとはちょっとばかしかけはなれた雰《ふん》囲《い》気《き》。
「あ、あのぉ……」
わたしが彼女たちのことを聞こうとザックに声をかけると、
「ああ、あの踊り子ですか?」
わたしの視線を追って、ザックがニコリと笑った。
「彼女たちは旅芸人ですよ。日《ひ》頃《ごろ》娯《ご》楽《らく》の少ないわたしたちのために、クアーティさまは旅芸人たちを優遇《ゆうぐう》されるんです。彼らが我々の村に訪れると、必ずご自分の家に寝泊《ねと》まりさせ、きょうのように大術式の前座をさせて」
「へぇー!」
「彼らもいたく感激して、また旅先で大魔術教のことを話してくれているらしいですよ」
ふうん……クアーティって人、それほど怖い人じゃないのかも。
「色っペーねぇちゃんたちだなぁ」
わたしの前にいたトラップが指笛を吹こうとしたが、クレイがバシッとその手を叩《たた》いて止めた。
ったく。こいつ、なに考えてんのー!?
「さあ、わたしたちは後ろのほうに座ることにしましょう」
そういってザックがベンチの間をゆっくり進んでいく。
ベンチには、もうかなりの人が座っていた。
うーむ、怖いけどワクワクするぞ。いったい何が始まるんだろ!?
「じゃ、この辺にしましょう」
ザックにうながされ、わたしたちは会場のずっと後方に座った。
ザックの隣がクレイ、そしてトラップ、わたし、キットンの順だ。
やがてすべての人が座ったころ、踊り子たちが舞《ま》うようにおじぎをし、会場からは大きな拍《はく》手《しゅ》が起こった。
そして彼女たちが退場すると、銀色のローブを着た人々が壁《かべ》にともっていたたいまつをいっせいに消した。
「きゃっ!」
「黙《だま》ってろよ」
思わず小さく叫《さけ》んでしまったら、横のトラップが肘《ひじ》でつっついた。
だってー。
完璧《かんぺき》に真っ暗なんだものおお。
エンチラーダ、アンチラーダ……
エンチラーダ、アンチラーダ……
エンチラーダ、アンチラーダ……
その真っ暗闇《くらやみ》のなか例の呪文《じゅもん》が静かに始まった。
信者全員が言ってるんだと思う。
エンチラーダ、アンチラーダ……
エンチラーダ、アンチラーダ……
エンチラーダ、アンチラーダ……
エンチラーダ、アンチラーダ……
だんだんと声が大きくなっていく。
その声に合わせ、どこかから太《たい》鼓《こ》の音が響《ひび》いてきた。
ドン、トントン、ドン、トトドン……
エンチラーダ、アンチラーダ……
ドン、トントン、ドン、トトドン……
エンチラーダ、アンチラーダ……
ドン、トントン、ドン、トトドン……
エンチラーダ、アンチラーダ……
ドン、トントン、ドン、トトドン……
エンチラーダ、アンチラーダ……
ドン、トントン、ドン、トトドン……
どれだけ続いただろう……。
呪文《じゅもん》と太鼓のボリュームが最高点に達したとき。
ジュワアアァァァァ――――ン!
ジャン、ジャンジャン!
ドラが鳴り響いた。
と、同時に呪文も太鼓もピタリとやんだ。
効果|抜群《ばつぐん》。
わたしは真っ暗で何も見えない前方を、目をこらして見つめた。
すぅ――っと青白い光が舞《ぶ》台《たい》中央に差す。
おおおおおお!!??
顔がひとつ、その光を受けて浮《う》かびあがったじゃないか!?
いや、浮かびあがったったって、あーた。
絶対ステージに足をつけているとは思えない高さなんだよ。
男の白い顔が、とんでもなく高い位置……ステージから五メートルくらいの高さ……に浮かびあがったのだ!
遠《とお》目《め》でもわかる、はっきりした目鼻だち。太く黒々とした眉《まゆ》の下は完全に影《かげ》になっていて目を隠《かく》していた。
男の顔はゆるゆると下に降りていき、ちょうどステージ上から三メートルくらいの高さでピタリと止まった。
そして、バサッと黒いマントを後ろにはらった。
なかから現われたのは虹色《にじいろ》に光るローブ。
青白い光を受けキラキラと輝《かがや》いた。
エンチラーダ、アンチラーダ……
ドン、トントン、ドン、トトドン……
エンチラーダ、アンチラーダ……
ドン、トントン、ドン、トトドン……
エンチラーダ、アンチラーダ……
ドン、トントン、ドン、トトドン……
またもあの呪文《じゅもん》と太《たい》鼓《こ》が始まり、その大音量のなか虹色に輝くローブを看た男がフワフワと浮《ふ》遊《ゆう》した。
シュアアワアァァァァ――!
舞《ぶ》台《たい》の両《りょう》端《はし》から、すごい勢いでスモークが吹《ふ》き出してきた。
そのうす紫《むらさき》色《いろ》のスモークに包まれ、男はゆっくりと降りたったのである。
す、すごおお――い!
わたしが感心しきって、大口を開けて見入っていると、
「パステル……」
キットンがわきをつっついた。
「え? え?? なに?」
見ると、なにやらキットンが大きな葉っぱを差し出していた。
「なんなの?」
「この匂《にお》い、まずいですよ」
わたしに差し出したのと同じ大きな葉っぱで鼻と口をふさぎながら、そういった。
「え?」
たしかに、さっきのスモークの匂いなのか……異様な香《かお》りが会場に蔓延《まんえん》している。でも、けっこういい匂いなんだよね。
「わけは後で説明します。とにかく何もいわずに、この葉っぱで鼻と口をおさえててください。トラップやクレイにも渡《わた》して」
「ザックさんには?」
「いや、彼には渡さないほうがいいでしょう」
「う、うん……」
「なにゴソゴソいってんだよお! 静かにしねーか」
「あ、あのね、トラップ……」
トラップにキットンの話を伝え、葉っぱを二枚渡した。
トラップは同じことをクレイに伝え、葉っぱを渡す。
わけわかんなかったけど、薬草|博《はか》士《せ》のキットンだものな。きっとなにかあるんだろう。
葉っぱは少し湿《しめ》り気があり、ちょっとかびくさかった。
わたしたちがゴソゴソやってる間に、舞台のほうでは例の男が中央の教《きょう》壇《だん》の前に立ち、大きく両手を上に広げた。
同時に呪文《じゅもん》と太《たい》鼓《こ》がやんだ。
一《いっ》瞬《しゅん》の静けさの後、
「邪念《じゃねん》の申し子よ!」
すばらしく響《ひび》く声。
「されど魔《ま》力《りょく》を秘めし申し子よ! 我、クアーティがギャミラさまの命により、大魔術のありがたき教え、今説かん!」
そうか。やっぱり彼が教祖のクアーティなのか。
「汝《なんじ》らの力、ここに示せ!」
「示すなり!」
クアーティの言葉を受け、人々が大きな声で答えた。
「どこに示す?」
「ここに示す!」
「こことは何《いず》処《こ》なるや?」
「ギャミラさまの御前《おんまえ》!」
クアーティと信者たちの言葉の掛《か》け合いはとてもリズミカルで、聞いているだけなのに興奮でこっちまで胸が熱くなってくる。
しばらくその掛《か》け合いがあった後、クアーティが大きな声でいった。
「エンチラ――ダァ!」
すると、人々は小さな声で「エンチラダ、アンチラダ」と口のなかで繰《く》り返した。
その声はザワザワとした風のように会場をおおい、波打った。
ジャーン、ジャンジャンジャン!
再びドラが鳴り渡《わた》る。
クアーティが腕《うで》を大きくふりかぶって右を指し示した。
おおおっっとぉ!
その場に忽然《こつぜん》と真珠《しんじゅ》色に輝くローブをまとった人がひとり現われたじゃないか。
その人はフードを目《ま》深《ぶか》にかぶり、クアーティのほうを向いて跪《ひざまず》いていた。
クアーティが同じようにして左を指し示すと、またもそこに真珠色のローブを着た人がひと
り現われた。
ゆっくりと両手を広げたまま後ずさるクアーティ。
す――っと足元から消えていく。
ど、どうなってるのお?
やっぱり彼の魔術は本物なのか……。
彼って、もしかして本物の魔法使いなんじゃないの?
だったら話は簡単だものねぇ。
クアーティが完全に消え去った後、両側に跪いていたふたりが立ち上がった。
そして、ゆっくりと中央に歩み寄る。
教《きょう》壇《だん》の横まで来たとき、
「では、みなさん起立してください」
と、右側の人がいった。
それを合図にみんなが静かに起立していくなか、ボッボッと舞《ぶ》台《たい》上にたいまつが点火され、さっきまでの青白い光とは対照的にオレンジ色の光があふれた。
下からオレンジの光に煽《あお》られた巨大《きょだい》なギャミラ像の顔は、なんにも増して不気味《ぶきみ》だった。
わたしたちも立ち上がる。
「心をこめて歌いましょう。術歌三番『ありがたきはギャミラさま』」
みんな手に手に小さな本を持ち、そのページを開けて待機した。
わたしたちはそんな本持っていないから、居《い》心《ごこ》地《ち》悪く回りをチラチラ見ていた。
笛《ふえ》と太《たい》鼓《こ》が伴奏《ばんそう》を始め、人々は声をそろえて歌を歌いはじめた。
「赤い瞳《ひとみ》が開かるる それはわたくしたちのため
詔《みことのり》をたまわれん それはわたくしたちのため
ギャミラさまは未来
ギャミラさまは世界
ギャミラさまは生命《いのち》
ギャミラさまはすべて
不思議の力を導かん それはわたくしたちのため
光の元に導かん それはわたくしたちのため
ギャミラさまは御《み》愛《あい》
ギャミラさまは不《ふ》滅《めつ》
ギャミラさまは生命《いのち》
ギャミラさまはすべて」
驚《おどろ》いたのは、二百人もの人たちが歌ったにしては一切《いっさい》の乱れもなかったことだ。
歌が終わると、さっきの術師が教《きょう》壇《だん》の前に進み出て、
「では、これより大術式をとりおこないます」
と宣言し、人々は静かに着席した。
みんなが着席したのを見《み》届《とど》けると、今度は左に立っていた術師が進み出た。
「では、これより真珠《しんじゅ》の術師デビッドがギャミラさまのありがたき教えについてお話ししましょう。術善四二ページを開いてください」
パラパラパラとページを繰《く》る音がした。
「よろしいですか?」
そういって、ひと呼吸おく。
「食物についてです。
わたくしたちは日々|殺《せっ》生《しょう》をし、生きながらえております。野菜しか口にせぬという者とて同じこと。野菜にも心があるからです。
その心あるものを食すとき、感謝をしていただくのはもちろんのことですが。わたくしたちは、彼らの心、そして神秘の力をいただいているのだということをゆめゆめ忘れないよう心がけねばなりません。
ひとかみひとかみ、充《じゅう》分《ぶん》にその力を心の奥《おく》で感じとりながら食しましょう。
さすれば、自然と身に備わった力を引き出すことができるのです。
人間の唾《だ》液《えき》は食物の栄養素を引き出すためだけに存在しているわけではございません。食物を分解すると同時に、内に秘められた力を導き出す役割を持っております。
これは、非常に重要なことです。
ひとかみ、ひとかみ……充分に味わい、ゆっくりといただきましょう。
わたくしたちが三月に一度|断食《だんじき》の修行をいたすのも、そのありがたさを確認するためなのです。
愚《おろ》かな者たちは、より美味《おい》しいもの、より高価なものを食べようと目の色を変えています。
改めてここで申すまでもなく、なんと意味のない……なんと下《げ》劣《れつ》なことでしょうか。
どんな味であろうと粗《そ》末《まつ》なものであろうと、その食物に秘められた力を知ろうとするわたくしたちにとっては、贅《ぜい》を尽《つ》くした如何《いか》なる食事にも劣《おと》らないのです」
あぁ、なるほどね。
最初ピートがわたしたちのお弁当を食べ、「あぁ! こんなに美味しいと感じるなんて……なんてばくは罪深いんだ!」と嘆《なげ》いていた理由がやっとわかった。
でもなぁ、美味しいかまずいかって、やっぱあるよ。
特にわたしはお料理が好きでしょ? 限られた材料でいかに美味しく食べることができるかって工《く》夫《ふう》するのって楽しいし。みんなが美味しい美味しいってたくさん食べてくれるの、うれしいもん。
食物にとっても、おいしく料理してもらったほうがいいんじゃないかな。……あ、でも、そんなことこっちの身勝手な考えかも。
まぁ、どっちみち、この大魔術教団にとってはわたしたちって……どうしようもなく愚《おろ》かで下《げ》劣《れつ》な者たちなのね。
真珠の術師デビッドの講話が終わると大きな拍《はく》手《しゅ》が起こった。
その拍手がおさまると、デビッドは退き、もうひとりの術師が代わりに教壇の前に進み出た。
「では、きょうはわが友、青《あお》紫《むらさき》の術師ジョゼと浅《あさ》黄《ぎ》色《いろ》の術師サリーの告白を聞きましょう。最初に青紫の術師ジョゼです」
再び拍手。
膝下《ひざした》までの茶色のローブを着た背の低い男が舞《ぶ》台《たい》の袖《そで》から登場した。
あのローブの色や長さからすると、彼は幹部じゃなくて普通の信者なんだな。
彼は深々とお辞儀《じぎ》をし、少し緊《きん》張《ちょう》した声で話しはじめた。
「きょうは、わたくし青紫の術師ジョゼがギャミラさまのありがたき教えとクアーティさまのご指導により、今の力を目覚めさせることができたくだりをお話したいと思います。
それは、わたくしが魔《ま》力《りょく》など一切《いっさい》信じない愚かな者であった頃《ころ》のことでありました。わたしの運命を変えるひとりの人に出会ったのです。
その人は十代の瞳《ひとみ》と三十代の体、そして三百年の月日考え抜《ぬ》いた頭を持っているような……とても魅《み》力《りょく》的《てき》で不思議な人でした。
当時、わたくしは仕事に行き詰《づ》まりを感じ、自分の道は他にあるんではないかと悩《なや》んでいたのです。そのため家族を残し、ひとり、旅に出ました。
ひとりになり、いろいろな人たちとふれあい、知らない土地を訪れることによって自分の道を見つけることができるんではないかと……そう考えたからです。
しかし、いつまでたっても道は見えてこず、家族のことも気がかりで志し半ばにしてあきらめ帰郷しようかと思いはじめたのですが。この頃、不思議な村に到《とう》着《ちゃく》したのであります。
そこでは人々が何の疑問も持たず額に汗《あせ》し働いていました。
食べるものも着るものも、とても粗《そ》末《まつ》でした。わたくしの家は世間に比べかなり貧乏《びんぼう》だと思っていましたが、彼らの生活よりは恵《めぐ》まれているようでした。
一番不思議だったのが、彼らに貧富の差がなかったことです。
もうお分かりだと思いますが、それがこの大魔術教団だったのです。
わたくしは悩みを抱《かか》えたまま、教祖クアーティさまに会う機会を与《あた》えていただきました。そして驚《おどろ》いたことにクアーティさまは、わたしの顔を見るなりこう仰《おっしゃ》ったのです。
『おまえは悩《なや》んでいるな。自分に合った生き方とは何かを探しているのであろう』
……と。わたくしは驚きのあまり言葉を失いました。
誰《だれ》にも語れなかった胸の内をズバリ言い当てられたからです。
しかし、そんなことはクアーティさまにとっては難しくもなんともないことだというのは後になって知りました。
そして、自分の道を見つけるため、ここに住まわせていただき修行をさせていただくようになったのです。
最初は、クアーティさまが魔《ま》法《ほう》を使えるのは|元々《もともと》魔法使いだからなんだと思いこんでおりました。そうではないと聞きましたが、愚《おろ》かなわたくしはとても信じることなどできませんでした。
しかし、修行を続けるうち、自分の力を見たのです!
突如《とつじょ》見えてきたのです!
具体的に何がどう変わり、どう見えたのか……つたないわたくしの口からはとうていお話しできませんが。
たしかに手ごたえがございました。
それと同時に悩みが消え、自分が自分の道に執着《しゅうちゃく》していたことも愚かに思えてまいりました。自分の道とは自分が決めるものではなく、おのずと開けていくものだ、目の前にある道を指すのだということもわかりました。
重要なのは何をするかではなく、どう感じるか、どう生きるか……なのです!!
そのことがあって、わたくしは人の話を聞く場合でも、表面だけでなく本心がどこにあるのかわかってくるようになりました。
そうです。わたくしは知らぬ間に思考読の術が使えるようになっていたのです。
わたくしが感謝をこめ、そのことをクアーティさまに告げましたところ、たいへん喜んでくださり家族を呼ぶ許しをくださいました。
わたくしの考えをまたもクアーティさまはお見通しでいらしたのです」
彼は自分の言葉に興奮してきたのか……しまいには涙《なみだ》声《ごえ》になり、声を震《ふる》わせ力説した。
彼の話は長々と続いたが、途《と》中《ちゅう》わたしの隣《となり》に座っていたトラップの頭がガクッとわたしの肩《かた》に落ちてきた。
トラップったら熟《じゅく》睡《すい》してるしぃ!!
(ちょっとぉ‥‥‥)
手で彼の頭を押《お》し退《の》け、にらんでやった。
ったくぅう……あんた、一日中|寝《ね》てたんでしょお!?
ジョゼという人の話が終わると次に若い女性が進み出て、やはり同じように大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教団に入りいかに自分が幸せになったかを|得々《とくとく》と語った。
特に、『二、三日中におまえの今までの邪悪《じゃあく》なる膿《うみ》が出てくるであろう』とクアーティに予言され、その通りお腹《なか》をこわしてしまったそうだが。クアーティの術によりすぐ治癒《ちゆ》してもらえたことを熱心に話した。
彼女の話が終わると今度はクアーティが登場し、彼女の話に出てきた治癒を実際にやってみせた。
これが……まったくすごいんだよ!
奇《き》跡《せき》としか思えないの。
だって、ある人がてっぺん禿《はげ》になってしまったということで……(頭を使い過ぎたためだとクアーティが言った)。
ほんとに見《み》事《ごと》な円形《えんけい》脱毛《だつもう》症《しょう》なのだわ、これが。
クアーティが彼の頭に手をかざし、何かを塗《ぬ》りつけたとたん、ワサワサと黒い髪《かみ》が生えてきたじゃあないか!
これには会場中が騒然《そうぜん》となったね。
目の前で、これだけの力を見せつけられると……いやがおうでも彼の力を信じる気にもなってくる。
う――むぅぅ!!
やっぱこの人って本物の魔法使いなんじゃないのお?
禿《はげ》頭《あたま》だった男の人は、いますぐ床《とこ》屋《や》に直行したほうがいいくらいにボサボサ頭になって、感きわまったのかクアーティの足元に跪《ひざまず》いた。
クアーティは彼のボサボサ頭をなで、そして信者たちに向かって両手を広げた。
割れるような拍《はく》手《しゅ》!!
立ち上がって拍手している人たちもいっぱいいた。
わたしも思わず拍手しちゃったもんね。ふっと横を見るとトラップは仏《ぶっ》頂《ちょう》面《づら》してたけど、クレイはザックと何か話しながらしきりと拍手していた。
興奮さめやらぬうち、舞《ぶ》台《だい》の袖《そで》から何やら長い板が運ばれてきた。遠目でよくわからなかったが、板は時おりキラキラと光った。
「これより力《りき》試《し》式《しき》を行なう。我と思わん者、ここにいでよ!」
クアーティがそういうと、自らぴょんと板の上に乗った。
そして軽々と板の上を往復してみせた。
ポツリポツリと人が立ちあがり舞《ぶ》台《たい》へと走っていく。
ザックが教えてくれたんだけど、あの板には何百本と釘《くぎ》が打ちつけられていて、術力のある人にしか渡《わた》れないんだそうだ。
ザックも前に試した経験があるそうで、何度かの失敗の後|見《み》事《ごと》渡れるようになったという。
「最初は痛くって一歩たりと歩けなかったんですよね……」
彼はなつかしそうに話してくれた。
何人かの人たちが次々に挑《ちょう》戦《せん》しては失敗し、クアーティから何か話しかけられ、お辞儀《じぎ》して帰っていった。
なかには見事成功した人もいて、彼は成功した瞬《しゅん》間《かん》大きくガッツポーズを決め、クアーティの膝元《ひざもと》にすがりついた。
クアーティも、
「見よ! ここにまた新たなる術師生まれん!」と大きな声で宣言し、会場中が祝福の拍《はく》手《しゅ》をした。
人々の興奮が頂点に達したとき、再びドラが鳴り響《ひび》いた。
会場が水を打ったように静まる。
クアーティはその場に座り、
「これより黙力を始める。邪念《じゃねん》を追い出し、ギャミラさまのありがたさだけを考えよ!」
そういって両手を頭上で組んだ。
みんな同じように両手を頭上で組み、静かに瞑想《めいそう》を始めた。
「ってぇ! なにすんだよ」
トラップが小さくいって、後ろをふりかえった。
どうやら彼だけ瞑想を始めなかったようで、銀色の術師のひとりに注意されたようだ。
「トラップ!」
わたしとクレイが目をひきつらせて彼をにらんだ。トラップは、
「ふん」
と、小さくいって……不《ふ》承《しょう》不《ぶ》承《しょう》両手を頭にもっていった。
だあぁぁぁ……ほんとにこいつ、油断もすきもない。
今、見破られたらどーすんだよお!
トラップと一緒《いっしょ》に行動するようになってからというもの、心臓が縮みあがることが多い。もしかしたらこいつのおかげで寿《じゅ》命《みょう》も縮んでるんじゃなかろうかと、瞼《まぶた》の奥《おく》で考えるのであった。
そして、ギャミラさまによる予言が始まったのだ。
それは、このセレモニーの最大の見せ場であり、|華々《はなばな》しく、おどろおどろしく、かつ厳《おごそ》かなものだった。
瞑想《めいそう》を終え、会場が静かにその余《よ》韻《いん》に浸《ひた》っていると、またもやドラの音《ね》が何もかもことごとく……徹底的にぶち壊《こわ》すよう、何度も何度も鳴り響《ひび》いた。
「うっせぇなぁ……」
小さな声でトラップがボソリというのが聞こえた。
あぁ、やっぱりわたしの寿命はこいつのおかげで……なんて思っていたところ、クアーティが教《きょう》壇《だん》に進み寄り、またも両手を上に広げた。
どうやらこのポーズ、この人の十八番《オハコ》らしい。
しかし、さっきとは違《ちが》い、片手に小さな像を持っていた。
もしかすると、あれが本物のギャミラ像!?
ノルの村の村長さんが買ったという……そしてノルの妹メルが持ち出したという……。
「ギャミラさまのお告げである。皆、心して聞くよう……」
まるで歌うようにいい(語尾《ごび》は抑揚《よくよう》をつけて消えていった)、深く頭《こうべ》をたれ跪《ひざまず》いた。
舞《ぶ》台《たい》の袖《そで》に灯《とも》されていたたいまつが消され、再び真《ま》っ暗闇《くらやみ》になった。
そして、突然《とつぜん》後ろの巨大《きょだい》なギャミラ像の目がクワァッ! とばかりに開かれたのである。
両目は炎《ほのお》で赤々と燃え、かなりの迫《はく》力《りょく》。
正直、わたしは怖《こわ》くて怖くて。こりゃ、今晩必ず夢《ゆめ》に見るな、と思った。
その巨大なギャミラ像のひし形の口が開いたのである。
ひし形の口がどう開いたかっていうと、口の中にもうひとつ上下に開く扉《とびら》のようなものがあってね。それが開いていったわけ。
口の中も炎でいっぱいだ。
「ギワンバラ、ドゥデ、サゥイラ……」
な、何語??
機械が故障したような金属的な声……。絶対に人間の声じゃない。
「サザパテラ、アンチラーダ、ミエステ……」
その声に反応してロが動き、当然ながら炎《ほのお》が放つ光も大きくなったり小さくなったりした。
「や、やはり……! それはどうあっても変えられませんか!?」
クアーティの慌《あわ》てふためく声がした。
「ギワンバラ、ドウガラン……」
彼の問いかけに答えるように、また金属的な声が響《ひび》く。
「は、はい……申し訳ございません。では、ギャミラさまの御《み》心《こころ》のままに……」
な、なんなんだあぁ?
ちょっと通訳してくんなきゃわかんない!
ギャミラ像の目と口が閉ざされたと同時に舞《ぶ》台《たい》袖《そで》のたいまつが再び灯《とも》された。
わたしの訴《うった》えが通ったとは思えないが、クアーティは沈痛《ちんつう》な面《おも》もちで教《きょう》壇《だん》に進み出てさっきの言葉を通訳した。
「ギャミラさまはこのように仰《おっしゃ》った。来るべき受難の目を迎《むか》えるにあたり、真珠《しんじゅ》の術師メルを差し出せと……」
メ、メル!?
わたしも、隣《となり》のキットンもトラップも思わず半分|腰《こし》を浮《う》かした。さっと横を見ると、クレイもザックもそうだった。
いやいや、驚《おどろ》いたのはわたしたちばかりではない。
会場中がざわついた。
「静かに!」
クアーティがそういい、右を指さした。
彼の指さす先……舞台の上《かみ》手《て》から、何やら奇《き》妙《みょう》な形をした椅子《いす》を高々と掲《かか》げ持った男たちが現われた。
椅子の上には真珠色のローブをまとった、髪《かみ》の長い女性が座っている。
ま、まさか、あれがメル!?
ノルの双《ふた》子《ご》の妹!?
で、でも……メルを差し出せ!?
……差し出せって、どういう意味よ!
舞台の中央で降ろされた椅子から彼女は立ち上がった。
女性にしては大柄《おおがら》かな? と思える彼女に、
「かねてからギャミラさまがわたくしに皆を救うため、メル、汝《なんじ》の命を差し出せというお告げがあった。しかし、わが友であり、わが良き相談者であったおまえひとりを我々の犠《ぎ》牲《せい》にするは忍《しの》びなく……きょうの日まで待ったのだが。願い空しく、やはりギャミラさまのお考えは変わらなかった。メル、受けてくれるか……!?」
クアーティが心底《しんそこ》辛《つら》そうに聞くと、
「心よりお受けします」
ただ一言だけ、メルがいった。
鈴《すず》の音《ね》のような……という形容がふさわしい、とても清らかで美しい声。
小さくとも、よく通る声で。息をのんで見つめる人々の誰《だれ》もが彼女の言葉を聞き取ることができたと思う。
ヒィ――ッという悲鳴があちこちから聞こえ、
「そ、そんなぁ!」
「まさか、そんな……ギャミラさまのお言葉とはいえ信じがたい!」
「メルさまあぁ!」
「他に道はないのですかあ!?」
「メルさまを犠牲にはできません!」
もう会場は大パニック。
人々は立ち上がり、こぶしをふりあげ抗《こう》議《ぎ》した。
「冗《じょう》談《だん》じゃねーぜ! ここまできて、生《い》け贅《にえ》だぁ?」
ザックの家に帰るなりトラップが悪態《あくたい》をついた。
あまりにあまりの展開にわたしたちは呆然《ぼうぜん》としてしまい、いったいどうやって家に帰りついたのかわからないほどだった。
「信じられません!」
わたしたちの話を聞いたピートが叫《さけ》んだ。
「しかし、ギャミラさまのお告げは絶対だ……」
ザックが面をふせて力なくつぶやく。
「なにがギャミラさまだ! あんたらだまされてんだぜ。それがわかんねーのか? あの像だってどうせ裏で人間が操作してんだろ?」
「トラップ、やめろ!」
くってかかるトラップをクレイが止めたが、
「そうです。あれはアスダフさまが操作し、しゃべっておられるのです」
と、ピートが答えた。
「ま、まさか……」
ザックが信じられないという顔でピートを見た。
「いや、本当だ。これは幹部連中しか知らないことだが……」
「でも、人間の声とは思えなかったわ!」
「ボイスチェンジャーでも使ってるんじゃないですかぁ?」
ひとり冷静なキットンがのんびりした口《く》調《ちょう》でいった。
「そんなことより、どーすんだよ。メルが生《い》け贅《にえ》になんかされてみ、ノルは……!」
さすがのトラップも最後まではいえなかったようだ。
みんな黙《だま》りこんだ。
「で、そのメルさまがギャミラさまに差し出される日というのはいったいいつなんですか?」
ピートが聞くと、
「次の大術式に執《と》り行なうということだ……」
ザックが答えた。
「な、なんて……なんてことだ……」
そういってピートは頭を抱えこんだ。
「よし。なんとか忍びこんでメルを助けだそう!」
クレイがかぶっていた帽子をむしりとり、長い黒髪をバサッとかきあげていった。
「そうよね!一刻を争うんだもの」
わたしも同じようにかぶっていたスカーフを取っていったが、
「と、とんでもありません!!」
ピートがあわてふためいて立ち上がった。
「ダ、ダメですよ! クアーティさまの家の警備はとてもとても厳重です。それに、万が一うまく抜け出せたとしても、すぐ村中に知らされます。そうなったら……」
「事情を知らないんだ。みんなあなたたちを総出で取りおさえるでしょうね……」
ザックも眉《み》間《けん》にしわを寄せながら苦々しくいった。
その言葉を聞いたトラップ、ちょっと考えこんでいたが、
「OK! クレイ、パステル、キットン。ちょっと来な」
クイッと顎《あご》を馬屋へ通じるドアのほうに向けた。
「え?」
「ん?」
そして、ピートたちに、
「ちょっとおれたち作戦|練《ね》るからよ。あんたらここで待っててくれ」
そういって、スタスタ馬屋のほうに行ってしまった。
わたしたちの返事も待たずに……。
「作戦って!?」
「何かいい手を考えたのか?」
わたしとクレイが聞くと、
「うっせーなぁ、これから考えるとこだろ?」
なぁーんだぁ……。
どっとでるため息。
「あいつらの前で本当のことを話したって、わかってくれそうにもないしな。余計なことを言い合ってる暇《ひま》もねぇし」
「そうですね。あれはやっばり全部インチキでした」
キットンがうんうんとうなずいた。
「インチキ!?」
「インチキだって?」
わたしとクレイが同時に叫《さけ》ぶと、
「こら、おめぇら静かにしろよ……ったく。あれのどこが魔《ま》術《じゅつ》なんでぇ。説明してくれよ」
「だったら反対に説明してよ。あれのどこがインチキなの? そりゃギャミラさまのお告げはインチキだったかもしれないけど……」
「いいかぁ? 最初の浮《ふ》遊《ゆう》。あれは吊《つ》ってるか後ろから支えるか、台にのっていたかしてたの」
「そうそう。そんで後《あと》のは、いわゆるブラックアートですねぇ」
キットンがいうには、左右に術師が忽然《こつぜん》と現われたのやクアーティが足元からスーッと消えていったのは、黒い布を使った手品だというのだ。
黒をバックに黒い布で隠《かく》し、出現させたい時にさっとその黒い布を取るのだと。
そうねぇ、そう……。
たしかにそういわれてみれば、それも可能なような気もするけど。
「それが証《しょう》拠《こ》にあのブラックアートやってる時は特殊《とくしゅ》な青白い光だったでしょ? 他の時はたいまつの赤い光だったのに」
「うん……」
「あれはね、ブラックライトっていって黒い布には反射しない特殊な光なんですよ」
「で、でも、でも! じゃ、あの禿《はげ》の人。あれは?」
「……あ、あれは……毛生え薬じゃねーの?」
トラップが口ごもると、
「あれはねぇ。あらかじめ禿にする薬を塗《ぬ》っておいて、それで治癒《ちゆ》してんですよ」
キットンが答えた。
「そ、そんな便利なもんあるのお?」
「ええ。わたしは買いませんでしたけどね。わたしが行くエベリンのかなりマニアックな薬草ショップに売ってましたよ。あそこで買ったんでしょうね。あの教祖も」
「そんなもん、何の役にたつんだあ?」
クレイのいうとおりだよ。
「さぁねぇ、人をびっくりさせるとか……。効能書きには、これで恩を売って彼女のハートを射止《いと》めようなんて書いてありましたけどね。うぎゃっはっは」
「笑ってる場合じゃねーだろ!」
ポカッとトラップが叩《たた》き、
「とにかくありゃみ――んなデタラメ。インチキ見え見えなの! あんたらは素直に感心してたみたいだけどな」
そういわれて、わたしとクレイは顔を見合わせた。
「じゃ、あの釘《くぎ》踏《ふ》みは? ザックさんもあれやったって。最初は痛くてとても歩けなかったけれど、何度か挑《ちょう》戦《せん》してくうちに歩けるようになったっていってたじゃないか」
クレイがむきになっていった。
「釘じゃなくたって、剣《けん》でもいいんです。わたしだって歩こうと思えば歩けます」
と、キットン。
「高さが平均であればいいんです。体重が平均に分散されれは痛くもなんともないんですよ。少しでも高さが違《ちが》えば、そりゃ踏《ふ》んだだけで飛び上がりますけどねー」
「な、なるほど……」
クレイはしょんぼり引き下がった。
「とにかく、あれだけアコギなことやってこれだけの人だましてんだ。こいつぁ、とんでもねー裏があるにちがいねーぜ。ピートの奴《やつ》がいってたろ? クアーティが金貨数えてニマニマしてたってさ。あいつがメルを生《い》け贄《にえ》にするっていったら、絶対するんだ。もしかするってーと、メルに弱みを握《にぎ》られたのかもしんねー」
「そうですね。メルはピートに言ってたそうですからねぇ。クアーティに話をしてみるって」
「そうよ、それそれ。そんで、邪《じゃ》魔《ま》物《もの》[#者?]は始末しろってんで、生け贄とかいってんだぜ。ったく、とんでもねー野《や》郎《ろう》だ」
わたしはもう……事の展開があまりに急で、いったい何が何だかわかんなくなってしまった。
その混乱した頭でようやく理解したのは……。
タル・リコ村に連れて行くべきメルが、後一週間で生け贄にされるということ。
どうやら、クアーティは魔《ま》術《じゅつ》師《し》でも魔力を身につけた人間でもなんでもなく、ただの人らしいということ。
メルを助け出すには、かなり手こずりそうだということだった。
うう、これでいいんだよね?
「しかし、敵もかなり悪《あく》どいですからねぇ……あのセレモニーが行なわれる前に出したスモーク、あれはあきらかに幻覚剤《げんかくざい》ですし……」
「幻覚剤!?」
「そうです。なに、体にはたいした影《えい》響《きょう》もありませんし習慣性もないんですが。あれを吸うと人を疑うことがなくなり暗示にかかりやすくなるんです。一度わたしも同じものを吸ってみたことがあるんですが、毛虫を恐《おそ》ろしいモンスターだといわれ、ほんとにそうかと騒《さわ》いだりしましたっけ」
「そっか。それで、あの葉っぱをくれたんだな?」
と、クレイ。
「そうそう。あの薬草はちょっとしたガスマスクの効き目があるんですよ。猛毒《もうどく》には効きませんけどね。それに、あのギャミラ像、あれね……」
「キットンさわってみたの?」
「はい、後学のためにね」
「てめぇ、おれたちにはさわるなっていっておいて」
実はあの予言の後、信者全員|舞《ぶ》台《たい》のほうへ行き、クアーティが持った本物のギャミラ像をなでてから帰ったのだ。そういう決まりになっているらしい。
用心のため、あれには触《さわ》るふりをして実際には触らないはうがいいでしょうとキットンがいうから、わたしもクレイもトラップも触るフリだけしたんだけどね。
「そんで? あれ、どうだったわけ? 触って……」
クレイが聞くと、
「はぁ。まぁ、ちょっとだけ触ったんですがね。なんていいますか、頭がモワァーッとなって……いきなり思ったですよ」
「何を?」
「思う存分、眠《ねむ》りたいって……」
はあぁぁ??
なんだそれ。
「やぁ、よーく考えてみたら、わたしが今一番したいことって、ぐっすり寝《ね》ることでしょ? だから、もしかすると……あれ、今一番したいことが倍増されるような、やはり一種の幻覚作用があるんじゃないかな……と」
「ふうむ……」
「まぁ、これは勝手な推測ですけどねぇ」
「でも、とにかくそうやって、あの手この手でこっちを暗示にかけ幻惑させて金をしぼりとるだけしぼりとろーってわけだろ?」
「さぁ……」
「そうだ! そうに決まってらい! そうと決まりゃ、こっちにはこっちの考えがある!」
トラップは言いきったが、
「どんな考え?」
わたしが聞くと、
「だ、だあぁら、これから考えるっていってんだろお!?」
そういって、ブスッとぶんむくれた顔で座りこんだ。
「だな……。とても正攻法《せいこうほう》が通用するような相手じゃなさそうだ。幸い後一週間は猶《ゆう》予《よ》があるんだし。じっくり作戦を練《ね》ったほうがいい」
クレイもそういうんだけどさぁ。
「でも、一刻も早くメルを連れ帰らなくっちゃ……! 一日延びるごとに復活の成功率は一%下がるってエグゼクさんおっしゃってたじゃん」
「そりゃおめーにいわれなくたってわかってらい。それともなにか? なんか即《そく》っとメルを連れ出せる作戦でもあるっていうのか?」
トラップがチラッとこっちを見て冷たくいった。
そ、そりゃ作戦なんて、ぜんぜん思いつきそうにもないよぉー。
「とにかく。ノルの命だけじゃなくメルの命までかかっているんだ。ない知恵しばるだけしぼって、なんとかしようぜ」
クレイがとりなすようにいってくれた。
そだね、ん、たしかに……。
でも目をギュッとつぶって何か考えようとしたが、頭の中には、あの巨《きょ》大《だい》なギャミラ像の不《ぶ》気味《きみ》な目と口……それとオーバーラップして、本物のギャミラ像をなでるフリをしたときにチラッと見たクアーアィの顔が浮《う》かんできた。
うっすら舞《ぶ》台《たい》化《げ》粧《しょう》をした彼は、すぐ近くで見ると……手にしたギャミラ像よりも不気味な目をしていた。
赤く充《じゅう》血《けつ》し、人を射抜《いぬ》くような……それでいてどこも見ていないような。
『大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教団の謎《なぞ》』(上) END
あとがき
実はいま、フォーチュン5を書き上げたというのにとても落ちこんでます。
なぜなら、またもヤカンを焦《こ》がしてダメにしてしまったからです。
麦茶さん、ヤカンさん、ごめんなさい。
麦茶は水出しじゃなくって、ちゃんと煮《に》だしたのに限る! なんていってね。浄《じょう》水《すい》器《き》も取りつけ「ふふふ、これで美味《》おいしい麦茶ができるわい」などとほくそえみながら火にかけたんですが。
最初はいつも煮こぼしたりしないよう注意しよ、と思ってるんだけどさー。原稿《げんこう》書いたりゲーム始めたりすると、もうダメね。すっぱり麦茶の存在すら忘れてしまうのです。
「いいにおい、するデシ!」
と、シロちゃんならいうかもしれないけど。キッチン中に異様な臭《にお》い!
「ああああ!!」
と叫《さけ》びながら走っていった時には後の祭りがピーヒャラドンドン。
……悲しかったね。
ステンレス製のきれいだったヤカンが、見る影《かげ》もないドス黒い塊《かたまり》に変わり果てていたんだもの。
これからは必ずや火を使う時には一時たりと離《はな》れません! と、ここで誓《ちか》います。火事になったらたいへんだものね。
さて。
今回は、それほどお久しぶりっていう気がしないのはどうしてかな。
みんなはどう?
そんなことないかなぁ。あ、そうだ。バンド・クエストの2巻を書いたすぐ後にこれ書いたからかもしんない。と、すると……みんなのなかにはバンクエ読んでない方も当然いらっしゃるわけで(シクシク)。やっぱり久しぶりってことになるのかな?
ま、いいや。では、改めまして……。
こんにちは! お元気でしたか?
わたしは、ゲームをしこたま買うだけ買ってあるのに……この原稿書かなきゃいけないので遊べないでヤカン焦《こ》がしてる日々です。
だってあーた、ドラクエ4ですらまだクリアしてないって、信じられる?
以前はドラクエの新作が出るってだけで、たっぷり一週間はハマれるように仕事のスケジュールを調整して周囲の顰《ひん》蹙《しゅく》をかっていたくらいなのに。
もちろん最終章の途《と》中《ちゅう》までは来てるんだけどね。その途中で何かの原稿《げんこう》書きが始まってしまって……。再開してみたはいいけど、果たして自分はどこにいるのか、これから何をすべきなのか……さっぱりわからなくなってしまっていたのです。
やみくもに歩き回って、目についたダンジョンに入ってはとんでもなくレベルの高いモンスターに全滅《ぜんめつ》させられるわ迷《まい》子《ご》になるわ……。
結局、自分のクエストを思い出すクエストに出かけなくてはいけないっちゅう、冒険者《ぼうけんしゃ》としては史上最低の情けないパーティと成り下がりました。
こんなわたしですが、毎日いっぱいのお手紙どうもありがとう。
お返事が書けなくってさ。ズキズキ良心が痛みます。この『大《だい》魔《ま》術《じゅつ》教団の謎《なぞ》』の下巻を書き上げたら、一気に書いてしまおうかと計画していますんで許してください。
そうだ。どうやったらCDの注文ができるの? っていう質問が多かったんですが、レコード屋さんのおじさんに(おばさんでもおにいさんでもいいけど)「ビクターから出ている『フォーチュン・クエスト1』をください。CD番号はVICL-110です」といえばだいじょうぶです。
これでもまだ「知らないねぇ」などというようなら、このページを見せて、「おめぇ、商売する気あんのかよお!」とトラップに言わせましょう(冗《じょう》談《だん》だよ、冗談!)。
『忘れられた村の忘れられたスープ』を書いたとき、もう二度と上下巻にはしないぞと心に誓《ちか》ったというのに早くも崩《くず》れさってしまいました。
いやぁ、あっけなかったねー。
だってとても一冊にはまとめきれなかったんですもの。
では、あんまりみなさんをお待たせしては申し訳ないので同時発売します! と編集のじゅんけ姉に大口を叩《たた》いてはみたんですが、それもどうやら(どうやらじゃないだろ? 絶対にだ)不可能となりました。
トホホホ……。
「恐竜《きょうりゅう》の化石をまるごと発見してみせるぞ! もしできなかったら、鼻からスパゲッティ食べてみせる――!」
と、スネオやジャイアンに大口叩いた、のび太君を笑う資格などありません、はい。
でも、今回ばかりはみんな驚《おどろ》いたでしょう!
まぁ、毎回みんなの驚く顔を想像しニマニマしながら書いてるんだけどね。パーティにとっても、最大の危機なわけで……。どこがどう危機なのか、本屋さんでここを立ち読みしている人もいらっしゃることでしょうからいいませんが(買ってねー!)。
たぶん、のっけから「え? え? え?」の連続だと思います。
もしかしたら、わたしって……人を驚かすのが生きがいだったりして。
でも、ふだんのわたしはその逆で。いつも人に驚かされてばかり。たまにその復《ふく》讐《しゅう》を計画しても、すーぐ顔でバレちゃうのよねー。ポーカーフェイスっていうの? あれ、全く下手《へた》なんです。
今回も多くの人たちの協力のもと、書くことができました。何度も泣きを入れてすまんこってす。まだおしまいまで書き上げてないから、まだまだ泣きが入るのは必《ひっ》須《す》ですが。だから、スペシャルサンクスは下巻にまとめさせていただきます。
なお、大魔術教団に関する記述は全くの創作であることをつけ加えておきます。
ではでは、『フォーチュン・クエスト6 大魔術教団の謎』下巻をお楽しみにね!
深 沢  美 潮