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ミッドウェイ
森村誠一
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プロローグ
昭和十四(一九三九)年六月二十一日曇り空の下に千葉県館山沖を巨大な鋼鉄の化け物が水|飛沫《しぶき》をあげながら全速で航行していた。全身を水煙に包まれ鎖から解かれて海に放たれたのを喜ぶように身震いしながら進む姿は、誕生したばかりの鉄の恐龍の将来を予告するように闘志にあふれた緊迫感を孕《はら》んでいる。
この日、日本海軍四隻目の正規空母飛龍二万二百五十トン、搭載機数七十五、十五万二千七百三十馬力が公式運転において三十四・五九ノットを記録した。
一九三六年(昭和十一年)四月四日アメリカバージニア州ノーフォークの海軍基地から誕生したばかりの巨大な赤児が大統領ルーズベルトはじめ米海軍の将星たちに見守られながら進水した。
大統領夫人エレーナがシャンペンのボトルを艦首に投げて、「ヨークタウンと名づけます」と宣言した。二万トン、搭載機数九十三の米海軍がレキシントン、サラトガに次いで三隻目に建造した大型空母ヨークタウンが産声《うぶごえ》をあげた瞬間である。わずか六年二か月二日(就役後四年八か月七日)の短い寿命であったが、その間百八十二日間の戦歴は米海軍、いや世界の運命の岐路に立った戦闘であった。
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目 次
プロローグ
艶麗《えんれい》な拒否
復讐《ふくしゆう》受験
継続した転向
逆行する潮流
青春の聖域
過保護の手当
最後の夜景
許されざる卒業
よみがえらざる夜景
瓜《うり》二つの女神
死を予感した詩
天への投身
要視察の裏切り
若者の義務
ぜいたくは素敵
幻影との交わり
美しい凶器
実体のない性媒
面目のための時間
操縦|桿《かん》を握った鬼
私生児の勝利
播種《はしゆ》された妻
晒《さら》された女神
火矢の一本
死装への転換
火のカーテン
浮かぶ熔鉱炉《ようこうろ》
免刑なき死刑台
国の破片
ただ一編の詩
終 章
主要参考文献
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艶麗《えんれい》な拒否
1
「全員起立!」
昼食後の昼休みの時間に三年生の人相の悪い一団が、手に手に竹刀《しない》や棒の折れなどをもってぞろぞろ入って来た。雨で外へ出られなかったクラスに緊張が走った。
(お説教だ)
教室の中でふざけ合っていた一年生は、硬くなって不動の姿勢を取った。中学恒例の「お説教」と称する下級生のしごきである。当時の軍事立国主義世相を反映して、中学にも軍事教練が幅をきかしていた。配属将校の下、少年たちを徹底的に軍の色に染めていくのである。
上級生は軍学校並みに下級生に気合を入れると称してしごいた。服装、持ち物、態度などなにかと難くせつけては殴る。難くせがつけられないときは顔つきが気に入らないとか、根性が足りないと因縁《いんねん》をつける。上級生から下級生への申し送りであり、いま殴られている者も、新入生が入って来れば殴る側にまわる。学校側もよほど目に余る行為がないかぎり、見て見ぬ振りをしている。
「今日は持ち物検査をする。各自かばんの中身を机の上に出せえ」
三年生のリーダー格で、その凶暴性から「鬼山」と恐れられている大山雄一がどなった。父親が特高課長で四年生も一目おいている。持ち物を調べて自分が気に入ったものは没収≠キる。体《てい》のいい略奪である。
「もたもたするな」
副将格の山岡が竹刀で机をバシッと叩《たた》いた。後頭部に五銭硬貨大のハゲがあるので「ゴセン」と諢名《あだな》されている。
一年生はビクリとして持ち物を机の上に並べた。
「きさま、なんだこの写真は」
たちまち一人が女学生の写真を見つけられた。
「はい、姉の写真です」
「なんだと、きさま姉の写真を肌身離さずもっているのか」
ゴセンがにきびの一面に浮き出た顔を突き出した。
「没収しろ」
鬼山が顎《あご》をしゃくった。次いで絵葉書や雑誌が取り上げられた。学校へもってくるべきではない品は容赦なく没収の対象になる。
降旗圭《ふるはたけい》の前に来た。鬼山はジロリと降旗の所持品に目をくれた。教科書の他に藤村の詩集がある。
梅村弓枝から借りた詩集である。
「なんだ、この本は」
ゴセンは詩集をつまみ上げた。
「藤村の詩集です」
「とうそんだと」
ゴセンは藤村を知らないらしい。
「はい、島崎藤村です」
「坊っちゃんを書いた小説家か」
「それは夏目漱石です」
クラスの何人かがクスリと笑いを漏らした。
「なにがおかしい!」
ゴセンがどなったので、いま笑った者が顔色を引きしめた。
「まあいい」
ゴセンが次の者へ行きかけたとき、大山が、
「ちょっと待て。その本を見せてみろ」
と言った。大山はゴセンから受け取った詩集の頁をパラパラと繰っていたが、ある頁に視線を固定した。
「この頁の詩を、声を上げて読んでみろ」
大山が詩集を開いて差し出した。それは「おくめ」という恋愛歌であった。
「どうした。読めと言っているんだ」
大山がドスをきかせた声でうながした。止むを得ず降旗は、音読を始めた。
[#ここからゴシック体]
「こひしきままに家を出で
ここの岸よりかの岸へ
越えましものと来て見れば
千鳥鳴くなり夕まぐれ
こひには親も捨てはてて
やむよしもなき胸の火や
鬢《びん》の毛を吹く河風よ
せめてあはれと思へかし
河波暗く瀬を早み
流れて巌《いは》に砕くるも
君を思へば絶間なき
恋の火炎《ほのほ》に乾くべし
しりたまはずやわがこひは
雄々しき君の手に触れて
嗚呼《ああ》口紅をその口に
君にうつさでやむべきや
恋は吾身《わがみ》の社《やしろ》にて
君は社の神なれば
君の祭壇《つくゑ》の上ならで
なににいのちを捧《ささ》げまし」
[#ここでゴシック体終わり]
「もういい」
そこまで朗読したところで大山が遮《さえぎ》って、
「きさまはこの国家非常の折にこのような軟弱な詩を読んでおるのか」
ぎらりと目の底が光ったように見えた。
「あのう、藤村の詩は古典です」
「きさま、日本人でよくこのような非国民的な詩を読めるな」
大山の唇の端に薄笑いが刻まれた。目は少しも笑っていない。降旗にはなぜ藤村が非国民的なのかわからない。
「きさま、わからぬか」
大山が獲物を嬲《なぶ》る表情になった。彼がこのような顔つきをした後は、必ず鉄拳《てつけん》制裁がくる。降旗が黙っていると、
「きさま名前は」
と問われた。
「降旗《ふるはた》といいます」
「どんな字を書くか」
「旗を降ろすと書きます」
「旗を降ろすだと。降ろした後に白い旗を上げるのか」
クラスがどっと笑った。今度はなにがおかしいとは言わない。降旗は唇を噛《か》みしめたまま黙っていた。もともと降旗は降伏の意味がある。先祖代々の姓が時局に似つかわしくなく、冷笑や嘲罵《ちようば》の的となる。いまの時局は、降旗家の家史に比べれば、ほんの一時にすぎないという反駁《はんばく》はできない。
「きさまのような軟弱にふさわしい詩だ。恋は吾身の社にて、なににいのちを捧げましとは何事か。我々日本男子は生まれ落ちたときより、祖国と天皇陛下に命を捧げることに決まっている。恋に命を捧げるような者は日本人ではない。きさまの腐った根性を叩きなおしてやる」
いきなり鉄拳が浴びせられた。無防備のところを殴られたものだから、目から火花が迸《ほとばし》った。痛みがツーンと脳天に突き抜け、おもわずくらくらとしてよろめいた。
「なんだ、なんだ、そのザマは。ふらふらするな」
つづけて連打がきた。口の奥がなま暖かくなり血なまぐさい味が口中に広がった。奥歯で口を切ったらしい。
降旗が鼻血を吹き出してようやく鉄拳制裁は終った。藤村詩集は没収された。
2
降旗圭は数日口中が腫《は》れ上がってものがよく食べられなかった。奥歯の根が揺れて、唾《つば》を吐くと血が混じっている。
だが、口の痛みよりも、梅村弓枝が貸してくれた藤村の詩集を没収されたことのほうが、心のダメージが大きかった。弓枝になんと申し開きをすべきか。藤村をはじめ白秋、啄木、牧水、高村光太郎、与謝野晶子などの詩歌に心酔し、自分も将来そのような詩人になりたいと願っていた降旗にとって、藤村の詩集を没収されたことは、心の大切な宝を奪われたようなものであった。
弓枝に詫《わ》びると、
「あら、あの詩集は圭君に差し上げたつもりだったのよ。没収されたのは残念だけど、そんなに気にすることはないわ」
と彼女は慰めてくれた。そして代りにと言って与謝野晶子の歌集をくれた。
このころから軍部が次第に横暴となり、軍国主義の暗い影を日本の前途に投げかけてきた。昭和七年五月十五日犬養首相が過激軍人グループに暗殺され、政党政治の命脈に終止符が打たれた。
関東軍がデッチ上げた満州国を昭和七年九月十五日日本が正式に承認、これに先立つ九月八日から満州移民が始まっている。
昭和八年に入ると、二月二十日プロレタリア作家の中心人物小林多喜二が虐殺され、言論の封殺が公然と行なわれるようになった。四月二十二日京都大学|滝川幸辰《たきがわゆきとき》教授の『刑法読本』と『刑法講義』がマルクス思想に基き、我が国の醇風《じゆんぷう》美俗を破壊するとして内務省から発禁処分を受けた。時の鳩山文相は滝川教授の辞職を要求した。京大では全学挙げて抵抗したが、結局敗れた。
当時京大生は軍歌の替え歌を、
「ここはお江戸を何百里、離れて遠き京大も、ファッショの光に照らされて、自治と自由は石の下」と歌った。
ここに学問の自由を踏み躪《にじ》られたのである。
昭和九年に入ると陸軍統制派の永田鉄山が皇道派を抑えて軍務局長に就任し、陸軍内の派閥対立が強く打ち出されてきた。それを面白くおもわない皇道派青年将校が士官学校生徒を抱き込みクーデターを企図したが未遂に終った。
同年十二月日米仏英伊五か国が締結した海軍軍縮条約の破棄をハル米国国務長官に一方的に通告して日本は国際間の孤立を深めていった。
日本が暗黒化の斜面を一路転がり落ちて行く時期、降旗圭は詩人を夢見てせっせと内外の抒情詩《じよじようし》を読みあさり、自分でも詩作をしていた。
そんな彼を父親は「時世に合わない」と心配した。父親の兄は軍医大佐であり、羽振りがよい。家業は洋品屋であったが、
「おまえも伯父《おじ》さんの後を追って軍人になれ。いまは詩などつくっているご時世ではない。男は軍人になってお国にご奉公しろ」
と父親は言った。父親の言う「国への奉公」は抽象的なものであり、兄の羽振りのよさから、我が子も軍人にしたいと単純におもっただけである。
まだ日中戦争開始前であり、軍人になることが即死ぬことではなかった。軍部が台頭して、その力を政官財界の諸面に伸ばしつつある時期であった。
男子たるもの軍人(兵隊ではない)を志し、名をあげたいという野心をもった。家族も家から軍人が出るのを最高の名誉とした。社会一般の職業よりも軍人が一段上位とみられる社会風潮となっていたのである。
このような時代に軟弱な詩にうつつを抜かしている圭は、降旗家にとってまことに心配の種であった。
そんな彼を励まし、勇気づけてくれたのは、隣家の和菓子屋「梅月堂」の娘梅村弓枝である。彼女も詩の愛好者で、古今東西の名詩集をもっていた。藤村をはじめ弓枝から教えてもらった詩人や詩は少なくない。
特に弓枝はヘルマン・ヘッセの小説や、立原道造の詩が好きで、彼に『車輪の下』『ペーター・カーメンチント』『デミアン』などを紹介してくれた。
ヘッセはともかくとして、まだ道造が本格的な詩作に入る以前、校友会雑誌に発表した物語を、降旗より、二、三歳年長で目をつけていたのであるから大したものである。
「道造の作品は夢のように甘たるくて美しいのよ。いまの世の中とまったく関係ないみたい。街へ出ると軍人さんが軍刀ガチャつかせて威張っているでしょ。寄るとさわると非常時非常時って言っている中で、道造はまったくべつの世界に所属しているような作品を書いているのよ。
私そこに惹《ひ》かれているの。この人、こんな優しい詩を書いていながら、きっと芯《しん》の凄《すご》く強い人だとおもうの。時代を超越しているような作風だとおもうけど、本当はそうではなくて、いまの世の中を拒否しているんだとおもうな。いまの世が嫌いで拒否しているから、こんな美しい詩が書けるんだわ」
ようやく道造が「四季」の詩人として脚光を浴びた時期に弓枝は彼の本質を見抜いていた。
「いまの世の中のなにを拒否しているんだろうか」
漠然とはわかっているが、具体的に言葉に表わせない。
「自由のないことね。最近の風潮、息が詰まりそうだとおもわない」
「おもうよ」
「男の人は軍人になる以外に途がないみたいに言われるし、いまにも戦争が起こりそうなラッパばかり吹いていて、そのうち本当に戦争が起こっちゃいそうだわ。戦争反対だの、平和だのって言っただけで国賊扱いされちゃうわ。人生ってそんな鋳型《いがた》にはまったものじゃないでしょ。軍人になる人がいてもいいけど、それと同じくらいに詩人や大工さんや魚屋さんや八百屋さんになる人がいてもいいはずよ。道造は選択の幅のない自由のない世の中を拒否しているのよ。彼の作品はこれからもっともっと美しくこの世のものならぬように磨かれてくるわよ」
「ということは、これからもっと不自由な世の中になるということかい」
「そうおもうわ。そうなる前に私、フランスへ脱出するの」
「フランスへ?」
「フランスには自由と良識《ボンサンス》があるわ。フランスには素晴しい詩人がいるわよ。ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー、マラルメ、ラマルティーヌ。
[#ここからゴシック体]
わが児《こ》、わが妹、夢に見よ、かの
国に行き、ふたりして住む心地よさ。
長閑《のどか》に愛し、愛して死なむ。
君にさも似し かの国に。
翳《かげ》ろふ空に 潤《うる》みたる日は、
涙の露を貫きて輝く 君の
心を洩《も》らす 眼相《まなざし》の いと
神秘《くしび》なる魅力あり わが霊《たましひ》に。
かしこには、ただ序次《ととのひ》と 美と、
栄燿《えいえう》と 静寂と 快楽。」
[#ここでゴシック体終わり]
弓枝は夢見るような目つきになって朗読した。
「その詩は?」
「ボードレールよ。私、この詩が好きなの。こういう詩をいまの日本では大きな声で読めなくなっているわ」
降旗は、大山に藤村詩集を没収されたことをおもいだした。あのときは没収されただけですんだが、これからはもっているだけで罰せられるようになるかもしれない。すでに社会主義関係の本は街の書店から姿を消している。それらの本をもっているだけで、危険思想の持ち主のレッテルを貼《は》られる。
雑誌や単行本は××の伏字だらけで意味をなさない個所が多い。反戦反軍的文章、天皇制批判、社会主義的思想や文言はもちろんのこと、どうということのないラブシーンの描写なども伏字にされた。
抱擁や接吻《せつぷん》などの文字も使えないので、大山に没収された藤村詩集の「嗚呼口紅をその口に 君にうつさでやむべきや」の文言もいま出版するとしたら伏字にされたであろう。伏字にされた詩など、もはや詩ではない。
「圭君も道造に負けないような詩をつくってね」
弓枝は言った。
「きっとつくるよ」
「圭君ならきっと素晴しい詩人になれるわよ」
「いまに詩人を必要とする世の中が来るだろうか」
「必ず来るわよ。人間の世の中に軍人は必要なくとも、詩人は必要なのよ」
「弓枝さんは軍人は世の中に必要ないとおもうのかい」
降旗は弓枝の大胆な発言に驚いた。いまの軍人中心社会で言うも憚《はばか》られる言葉である。
「おもうわ。軍人がいるから戦争が起きるのよ。軍人なんて戦争がなければ、ちっとも尊敬されないわよ。だからなんとか戦争をつくりだそうとするのよ。軍人は死と不幸をつくりだすわ。詩人は人間に希望と喜びをあたえるわ。どちらが必要か言うまでもないでしょ」
「弓枝さんの言葉を聞いて勇気が出たよ。おやじはぼくに詩人なんか止めて、軍人になれと言うんだ」
「そんなものに絶対なっちゃだめよ。圭君は軍人なんかに適《む》かないわ。軍人になったら、人を殺さなければならないのよ。圭君にそんなことできる」
「できない」
「詩人は人を生かすわ。殺すより、生かすほうへまわりなさいよ」
弓枝に励まされて、揺れていた心が定まった。弓枝は町の女学校を卒業して市役所へ勤めた。いっぺんにおとなびて、美しくなった。
化粧した彼女は、降旗とは別世界の住人のように見えた。胸や腰の実りぐあいはすでに完全に成熟しており、降旗には眩《まぶ》しいばかりであった。彼女と一緒にいる場面を見られただけで上級生からお説教されそうである。
弓枝は非常時という時局など意にまったく介さぬように華やかに装っていた。軍国色が日本国中を支配していく中で、彼女はそれを拒否するかのように派手に振舞っていた。立原道造が詩作において時代を拒否したように、弓枝は女らしく美しい形で精いっぱいの拒否をしていたのである。
3
降旗が中学二年の秋、事件が起きた。弓枝が特高に逮捕されたのである。彼女は県の「共青組織」の同盟員であり、オルグであるということであった。彼女は市の特高に連行されて残虐な拷問にかけられた。女ということは一切|斟酌《しんしやく》されなかった。むしろ若い美しい女であったことが特高の嗜虐《しぎやく》性を煽《あお》り立てたようである。
連行された弓枝は、三階の取調室に連れ込まれると、いきなり下半身の下着を毟《むし》り取られた。三階だと少々音をたてても階下へ聞こえない。両足首をロープで別々に縛られた弓枝は、天井の梁《はり》に逆さに吊《つ》り下げられた。二本のロープによって吊り下げられたので、当然|股《また》が開く。衣類は折れた花弁のように頭のまわりにたれ下がる。
それを取調べに当たった特高警官はにやにや笑いながら眺めた。
「仲間の名前と住所や連絡場所を言えば、痛い目を見ずにすむぞ」
取調べの指揮を取った特高課の大山警部が言った。大山は降旗の中学上級生の大山雄一の父親である。その仮借ない残虐な取調べから左翼関係者から「大鬼」と呼ばれて恐れられている。親子二代の鬼であった。
「知りません」
弓枝は苦痛と屈辱に耐えて言った。
「ふん、頑張れるのもどれくらいかな」
大山は嘲笑《あざわら》って、部下に顎《あご》をしゃくった。部下は心得てロープを引いた。ロープを引くほどに股間《こかん》が開くようになっている。
「いい眺めじゃないか」
大山が目を細めた。こんな機会でもなければ覗《のぞ》けない若い娘の股間を楽しんでいるのである。だがそれはまだ「序の口」であった。
もう一人の部下がモグサに火をつけて開き切った弓枝の股間に絆創膏《ばんそうこう》で固定した。弓枝にはなにを固定されたのかわからない。
じりじりと火熱が迫ってくるにしたがい、弓枝は身体《からだ》をよじった。だが両足を縛られて逆さ吊りにされているので、精いっぱい身体をねじり、折り曲げてはねるだけである。
「踊れ、踊れ、もっと踊れ」
大山は目を細めて手を打った。これを「逆さ踊り」と称《よ》んでいる。モグサの火が陰毛に燃え移った。さすがの弓枝も悲鳴をあげた。
「どうだ。しゃべる気になったか」
大山が声をかけた。声が出なくなっていた弓枝は、首を振った。
「しぶとい女だな。そのきれいな顔を二目《ふため》と見られないようにしてやろうか」
「死んでも言わない」
弓枝がのどの奥から声を絞り出した。
「いやいや死なせないよ。女は責め甲斐《がい》がある。そんな勿体《もつたい》ないことはしない」
大山はゆっくりと煙草《たばこ》に火をつけると、うまそうに一息吸って煙を弓枝の顔に吹きつけた。
「煙草の火は温度が高い。これを押しつけると痕《あと》が消えなくなる。どこへ押しつけてやろうかな」
大山はニタリと笑った。その間もモグサは燃えつづけている。
「悪魔」
「どういたしまして。きさまら国賊から国を守る聖なる衛兵だよ。国賊から悪魔呼ばわりされる筋合はないねえ」
大山は煙草の火口を剥《む》き出しになっている弓枝の真白い股に押しつけた。一際勢いよくはねて弓枝は意識を失った。
「水をかけろ」
大山は無情に命じた。失神の中に逃げ込ませないように、隙間《すきま》もなく責め立てるのである。
時刻は昼をまわって、さすがに大山も疲れてきた。
「時間はたっぷりある。急いで責めることもなかろう。腹もへってきた。飯にするか」
大山は昼休みを宣した。あまり早く自供されてせっかくの楽しみを終らせたくない。今日の獲物はめったにかからない上物である。料理に時間をかけなければならない。
事件は、大山らが楽しみを午後に延ばして昼食を摂っている間に起きた。昼食の間、弓枝は天井から床に下ろされた。縛ったままであったが、拷問中にロープが緩んでいた。
そのことに特高課員は気づいていたが、半死半生で横たわっている弓枝に油断していた。たとえ動けたとしても警察から逃げられるものではない。
彼女は逃げなかった。だが予想もしなかった行動をとった。彼女は死力を振り絞ってロープを解くと、屋上への階段を駆け上った。おおかたの署員は一階にいたので彼女の動きに気がつかない。屋上へ出た弓枝は、頭からダイブする形で地上へ身を投げた。足から落ちたらあるいはたすかったかもしれない高度である。だが頭から地上に激突した弓枝は頭蓋《ずがい》の骨を折って即死した。
弓枝が飛び下り自殺を図ったのを知って、さすがに大山は愕然《がくぜん》となった。まさかうら若い女がそこまでするとはおもっていなかった。
弓枝は死をもって黙秘をしたのである。
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復讐《ふくしゆう》受験
1
弓枝の死は降旗に衝撃をあたえた。衝撃と同時に深い感動を受けた。立原道造は詩をもって時代を拒否したが、弓枝は生命をもってそれを拒否したのである。それは自分の信念を貫いての壮絶な戦死であった。彼女はフランスへ脱出する前に戦死したのである。ボードレールの詩に託した「ふたりして住む心地よさ」のパートナーを聞き洩《も》らしてしまった。
「おまえ、弓枝さんと親しかったようだけど、変な関わりはもっていないだろうね」
降旗の母親は不安げに彼を見た。弓枝の葬儀は寥々《りようりよう》たるものであった。近所の者も故人と親しかった者も、当局を憚《はばか》って近づかない。アカというだけで黴菌《ばいきん》のように恐れた。
降旗は会葬して焼き場まで従《つ》いて行った。
弓枝を焼く黒い煙が、焼き場の煙突から宙天に上った。黒い煙が上るときは、死者がこの世に想いを残しているとなにかの本で読んだ記憶があった。
弓枝が残したものは怨《うら》みであろう。彼女の深い怨みを示すように青い空に高く一筋の黒い煙が垂直に立ち昇って行く。その煙を眺めているうちに、降旗の頬《ほお》が濡《ぬ》れていた。
数日後、弓枝の逮捕のきっかけは、大山雄一が、弓枝に横恋慕して後をつけまわし、肘鉄《ひじてつ》を食わされた腹いせに父親に密告したという噂《うわさ》が耳に入った。大山は弓枝を密かに尾行している間に「共青」のオルグであることを嗅《か》ぎつけたらしい。
弓枝は現世を拒否して現世に殺されてしまったのである。警察署の屋上から投身せずとも、他に方法はなかったのか。まだ二十歳前の前途のある身を、一時の現世相を拒否して自ら死なずとも、生きていれば世相が変るかもしれない。
「弓枝さん、なぜ死んだ」
問いかけると、
「圭君、素晴しい詩人になってね」
という弓枝の声が聞こえるような気がした。
弓枝が予言したように世の中はますます暗くなっていくようであった。この暗黒への傾斜が一時の世相ではなく、傾斜を強めながら日本は奈落《ならく》へ向かって転がり落ちて行くようである。もしかすると奈落へ落ちる前に弓枝は日本そのものを拒否したのかもしれない。
それとも夜明けの前が闇《やみ》が最も深いというように、日本の夜明けが迫っているのだろうか。
弓枝が死んで間もなく、降旗は教練の時間に配属将校の安西中尉に顔が腫《は》れ上がるほど殴られた。
「気をつけ」の号令がかかった後、降旗の前に足長蜂が飛んで来たのである。顔すれすれに飛んで来たので、反射的に手で追いはらった。安西中尉が飛んで来て、
「きさま、不動の姿勢をなんと心得るか」
とどなった。
「蜂が飛んで来たのであります」
「馬鹿者! 蜂くらいがなにか。不動の姿勢はなにがあろうと動いてはいかん」
安西中尉の言葉を黙って聞いていれば無事にすんだのだが、
「戦場の真ん中で弾が飛んで来ていても、不動の姿勢中は動いてはいけないのですか」
と問い返したのがいけなかった。安西中尉がグッと詰まったので、数人が笑った。
「きさま、教官に口答えするか」
安西は顔を真っ赤にして、降旗を殴りつけた。生徒にやり込められた悔やしさを両拳にこめて殴った。数日間口中が腫れ上がり、食物がよく噛《か》めなかった。歯の根が緩んで歯髄炎を起こしかけた。
2
安西中尉から殴られたことは、降旗の軍事一辺倒の世相嫌いをうながした。歴史の中に皇国史観が幅をきかし、教練ではワラ人形を木銃で突く刺突《しとつ》訓練や、手榴弾《しゆりゆうだん》の投擲《とうてき》訓練が行なわれた。
なにかヘマをすると校庭のトラックを一周させられる。ヘマが大きいと二周も三周もさせられる。
降旗は軍事教練にはなんの興味も情熱もおぼえなかった。教練のある日は仮病《けびよう》を使って学校をサボッた。学校へ行く振りをして町の郊外の堤に寝転がって詩集を読み耽《ふけ》ることもあった。
藤村や啄木の瑞々《みずみず》しい詩に没頭していると、死んだ弓枝と対話しているような気がした。
降旗は学校を拒否しているが、彼女は現世を拒否して死んでしまった。降旗には弓枝のように死ぬほどの勇気はない。すなわち、死ぬほどには現世を拒否していないのである。
降旗はその中途半端な自分が弓枝に対して恥ずかしかった。死ぬだけの勇気がないので、現世を部分的に拒否しながらも生きて行くのである。彼にできることは精々《せいぜい》登校を拒否して詩集の中に埋没するくらいである。それでも好きな詩に触れていると、学校へ行くより、はるかに人生の本質に近づいているような気がした。
「圭君の詩ができたら見せてね」
と弓枝が言った。
「まだ見せられるような詩ができないんだよ」
降旗はおずおずと答える。
「決して急ぐことはないわよ。一生涯かけて、自分が生きていた証《しるし》となるような一作をつくればよいのよ」
「生きている証のような」
「そうよ。圭君ならきっとできるわよ」
弓枝のおもかげが励ました。習作はいくつかつくっていたが、いずれも既成の詩人の真似で、まだ「自分の詩」に至っていない。とても「生きている証」には及ばない。
弓枝が心酔していた立原道造がそろそろ本格的な詩作にとりかかっていた。その時代錯誤のような、夢のように甘く切ない作品には滔々《とうとう》たる戦時色は一抹も反映していなかった。
これを弓枝が言ったように拒否とすれば、完璧《かんぺき》な拒否である。道造は詩作をしなければ、きっと弓枝のように一死をもって拒否したかもしれない。いやそれはすでに死を予感させるような作品であった。
「自分にはとてもこんな詩はつくれない」
降旗は道造が達した詩境とその才能に絶望的なものをおぼえた。道造の詩はあまりに美しすぎて人を絶望させるようなところがある。深い美しさは人間を感動させると同時に、どこかに拒絶的な色調を帯びている。我が身と比べてとうてい及び難い美域に達しているものに対する絶望である。
美しいものを見ることはできるが、それに触れることのできない絶望である。
そういえば弓枝も降旗にとって眺めていただけの存在であった。触れるのも畏《おそ》れ多い異性であった。弓枝が帯びていた拒絶的な美しさは、世の中だけでなく、降旗をも拒絶していたのであろうか。
「そんなことはないわよ。圭君が勝手に敬遠していたんじゃないの」
また弓枝の声が聞こえたような気がした。もしそうであったとしたら降旗は取り返しのつかない逡巡《しゆんじゆん》をして機会を逸したことになる。
3
大山雄一が中学四年時に海軍兵学校へ入った。当時の海兵は陸軍士官学校と共に競争率四、五十倍の、一高以上の難関とされていた。これに合格すると、将来は海軍士官として、未来の提督までの道が開ける。特に海兵の純白の第二種軍装(夏服)と腰の短剣は、全国青少年の憧《あこが》れの的といってよい。
「おい、凄《すげ》えぞ。鬼山が海兵へ入ったんだってよう」
「あいつだったらきっと強い海軍将校になるぞ」
「でも鬼山はカンニングの名人だったというぜ。海兵の試験でもカンニングやったんだろうか」
「まさか。海兵の試験はそんな甘いことねえよ」
「鬼山は要領がいいから受かったんだよ。海兵だって要領がモノをいうんだ」
「おれも海兵受けようかな」
「止めとけ。また鬼山にお説教されるぞ」
「大丈夫。その前に受からない」
全校大山の噂でもち切りであった。純白の制服と短剣に魅せられて受験した少年も少なくなかったが、憧れだけで合格できるほど海兵の入学試験は生易しいものではなかった。
学力体力抜群の意志強固な若者のほんの一握りだけが選ばれる超難関であった。大山得意のカンニングが通用するはずがなく、海兵目ざしての努力が実を結んだのである。
海兵と陸士の生徒は休暇中に母校へ来て後輩たちを勧誘する。彼らにとってそれは母校へ錦《にしき》を飾ることになる。
翌年の一月一日、大山は颯爽《さつそう》として母校へ現われた。冬だったので白い服ではなかったが、腰に海兵のシンボルの短剣を吊《つ》って、すでに一人前の海軍士官のような顔をしていた。一緒に陸士へ行った先輩も来ていたが、野暮ったいカーキ色の制服に身を固めた陸士よりもネービーブルーと呼ばれた濃紺のジャケットの大山のほうが断然スマートであり、在校中上級生を圧倒した堂々たる体格は、迫力があった。
彼は正月の全校年賀に登校した全生徒の前で大演説を打《ぶ》った。演説は在校中のお説教で馴《な》れたものである。
「我が海軍兵学校は、明治二年九月十八日明治政府の下に、西欧植民地主義の東洋進出から海国日本の国土を防衛するために海主陸従を建前とする海陸軍の創建が必要であり、海軍力の充実を焦眉《しようび》の急として創設された海軍操練所をもって嚆矢《こうし》とする。爾来《じらい》大日本帝国海軍の首脳者の揺籃《ようらん》として六十余年にわたり済々たる多士を輩出し、赫々《かくかく》たる武勲を奏し、国家の威武を八紘《はつこう》に燿《よう》し、帝国海軍の存在を世界に重からしめたるは敢《あ》えて呶々《どうどう》(くどくど言う)を要せず。実に我が海兵の隆替は直ちに帝国海軍の盛衰に及び、ひいては国運の消長に関わるといえども決して過言ではない。
しかるに我が母校より海兵入学者のなんと寥々たるか。我が祖国日本は北にロシヤの脅威あり、四囲に米英仏伊等の圧力を受けて累卵《るいらん》の危うきにある。いまや日本は未曾有《みぞう》の非常時に直面しているといってよい。かかる時期に我が母校の後輩が井戸の中の偸安《とうあん》の夢を貪《むさぼ》っていてよいのか。後輩諸君、諸君の中に愛国の情にあふれ進んで国の御楯《みたて》として立たんとする者は、海兵へ来たれ。海兵こそ、諸君の志を雄飛させ、国威を発揚させるべき檜《ひのき》舞台となるであろう。海兵志願者は後刻おれの所へ来い。以上だ」
大山は校長や諸教師の居並ぶ演壇に立って吼号《こうごう》した。教師の中には大山を教えた陸軍の配属将校もいた。生徒たちは大山のどなっている言葉の半分も理解できなかったが、彼が「海主陸従」の演説をしていることはわかった。
だが配属将校も陸士の生徒もなにも言わなかった。大山の迫力に圧倒されてしまったらしい。
式が終って解散すると、かなりの数の生徒が陸士海兵の先輩の話を聞くために残った。陸士より海兵の人気のほうが圧倒的であった。
大山の「海主陸従」の演説が効いたようである。本来陸士志望の者までが海兵の方へ移って来た。
降旗は軍人など最もなりたくない職業であったのでそのまま帰ろうとすると、大山が彼に目を向けて、
「きさまは軟弱な詩人の卵だったな。これからの日本に詩人など要らぬ。そんな者になるやつは非国民だ。きさま残れ」
と命じた。そう言われては逃げるわけにはいかない。海兵志願者は教室の一つに入った。
「きさまたち海兵を志すからには、ガリ勉だけではどうにもならんということをまず肝に銘じておけ」
大山は開口一番言った。蒲柳《ほりゆう》の質の降旗の体格を皮肉っているように聞こえた。だが人殺しの勉強とは関係ない一般の学校へ進むつもりだった降旗には、そんな皮肉はなんでもなかった。
「健全なる身体に健全な精神が宿る。国家の御楯たる有能な人材にはまず頑健な身体が求められる。江田島の試験の特徴は、学科試験に先立って身体検査が行なわれることであーる。視力、聴力、身長、体重、胸囲等基準に達しない者、遺伝の病気、発作性の病気、性病などをもっている者は悉《ことごと》くはねられる。特に目を大切にしろ。受験勉強のために参考書をうんと読まなければならんが、必ず十分な照度と、三十センチ以上の距離をおいて読むことだ。くだらん小説や詩などを読んで目を疲れさせてはいかん」
と大山が言ったので一同が降旗の方を見てどっと笑った。
「だが多少目が悪くてもがっかりしてはいけない。色盲でないかぎり視力検査は、試視力表の文字や図形を暗記してしまえばよい。ただしこれは最後の手段でめったに用いてはならん。目が悪くても海軍には使い途があるからな。
次に海兵の試験の特徴は学科試験のフルイオトシだ。一科目でも所定の成績に達しない者はそこで落とされて次の試験を受けられない。初日は代数と英語、これで半数が落ちる。二日目は国漢と物理化学、最終日は歴史と幾何だ。最後まで生き残った者は最終継続者と呼ばれる。
だがまだ安心できない。最後に地元の憲兵隊による身許《みもと》調査がある。妻のある者、禁錮《きんこ》以上の刑に処せられた者、品行不正な者、家が身代限りをした者、共産主義者、家族に共産主義者がいる者ははねられる。憲兵隊の目は鋭いぞ。ごまかそうとしてもごまかせない」
「軟弱な小説や詩を愛読している者は身許調査に引っかかりますか」
だれかが阿《おもね》るように質問した。みながまた笑った。降旗を意識している。
「読んでいるくらいなら引っかからんだろう。憲兵隊は学校へ来て持ち物検査をせんからな」
大山が答えたのでどっと沸き立った。
「江田島の四年にわたる厳しい課業と特訓に耐えた者が卒業式に臨む。卒業式に天皇陛下の御名代として御差遣宮殿下が御成りになる。式においては誉れの曲が吹奏される中、殿下お付武官から卒業生総代、次席、以下成績優秀なる者が恩賜の短剣を拝受する。
式後は、卒業生は生徒服から金モールの袖章《そでしよう》がついた海軍少尉候補生服に着替え、抱き茗荷《みようが》に桜の徽章《きしよう》がついた士官帽と新しい短剣、純白の手袋に身を固め謝恩会に臨む。謝恩会の後八方園神社に参拝し、堂々と隊伍《たいご》を組み、校長、全教官、父兄、在校生一同が居並ぶ前を挙手の答礼をしながら行進して表桟橋から内火艇に乗り込む。『帽振れ』と軍艦マーチに送られて湾内に碇泊《ていはく》する練習艦隊に配乗する。そして|蛍の光《ロングサイン》の吹奏の中を出航して行くんだ。どうだ、感動的な光景だろう」
大山が身振り手振りを加えて振う熱弁を少年たちは目を輝かして聞き入った。それは十分に少年たちの夢をかき立てる光景である。大山は生徒の興味を引きつけると、一段と声を張り上げた。
「少尉候補生の身分を得た卒業生は、練習艦隊に配乗して遠洋航海に出かける。まず近海航海を行なった後、アメリカコース、ヨーロッパコース、オーストラリアコースあるいは世界一周コースの遠洋航海だ。この航海によって海軍士官としての広い視野と国際的な見聞を培《つちか》うのだ。どうだ、晴しいだろう」
聞いている少年たちからおもわず溜息《ためいき》が出た。当時の人々にとって外国はべつの星のように遠かった。少年たちにとっては外国は未知の夢をいっぱいに孕《はら》んだ美しい惑星である。
大山に呼び留められて渋々居残っていた降旗であるが、遠洋航海の話には魅せられた。特に弓枝が行きたがっていたフランスとヘッセの郷里のドイツへ行きたかった。いつの日になるかわからないが、将来必ずドイツやフランスへ行くつもりである。それが海兵に入ると、遠洋航海で行けるという。海兵の目的と過酷な修業がすっぽりと忘れられて、そのご褒美だけが羨望《せんぼう》の対象として拡大された。
「コースは毎年決まっているのですか」
一人が少年たちの興味を代表して質問した。
「そのときの国際情勢によって変る」
「どうせなら世界一周がいいな」
と言ったので、またわっと沸き立った。
4
大山の来校は、全校に影響をあたえた。降旗の中学は県下の名門校であり、進学者が多かったが、大山の来校以後、海兵の志願者がぐんと増えた。
海兵の受験資格は十六〜二十歳の中学校四学年一学期終了程度となっている。中学を卒業前に海兵に入学する者もいる。同程度の学力をもっていれば、中学へ行かずに検定試験をパスして受験資格を取得した者や水兵からも受験できる道が開かれていた。
数日後降旗は難しい顔をした父から呼ばれた。父はいきなり、
「お前を上の学校へやることが難しくなった」
と言った。降旗は一高へ進むつもりで受験勉強をしていた。
「どうして」
と問い返すと、
「商売の方が苦しくなってな。店を閉めなければならんかもしれんのだよ」と言った。
このところ売上げが減って家計が苦しくなっている気配は察していたが、これほど追いつめられているとはおもわなかった。
「このところ景気が悪いのに、近所に商売|敵《がたき》ができてね、お父さん、商売替えを考えているんだよ」
母がかたわらから口を添えた。
「すると進学をあきらめて働けと言うのかい」
寝耳に水で降旗はびっくりした。
「軍の学校へ行ったらどうかな。軍の学校なら学費は一切要らない。これからは軍人の天下だ。降旗家からは伯父《おじ》さんも軍医になっていることだし、おまえも陸士か海兵へ行ったらどうかの。我が家から将校が出たらお父さんもお母さんも鼻が高い。圭の学力があれば、陸士も海兵も受かるだろう」
「ぼくに軍人になれと言うのかい」
おもってもみなかったことを勧められて、降旗は唖然《あぜん》とした。
「一つ考えてみたらどうかの。偉い軍人になってお国のために役立てば一門の誉れじゃ。陸士や海兵は破産した家の子はとらんと聞いておるから、おまえが受かるまでお父さんも頑張ってみるよ」
「ぼくは軍人になんかなりたくないよ。詩人か小説家になりたいんだ」
一高から帝大の外国文学科へ進むつもりでいた降旗にとって、軍の学校への進学はまったく意識にない。
「詩や小説ではこれからの世の中を生きていけないぞ。いま日本は非常時体制だ。外国に伍《ご》して一等国として頑張っている。軍人になってお国の役に立つことが日本男子として最も生き甲斐《がい》のある生き方だろう」
「詩人や小説家でも立派にお国の役に立つよ。一等国だからこそ、詩や小説が必要なんだよ。父さんはシェークスピアやゲーテや漱石や藤村などが国のために役に立たないと言うのかい」
降旗は憤然として反駁《はんばく》した。
「そんなことは言ってないよ。ただ詩人や小説家はだれもが簡単になれるもんじゃない。それに詩や小説は平和なときに必要なもので、いまの日本にとって迫られているものは国防だ。この非常時にのんびりと詩をつくってはいられまい」
「軍人だってだれでも簡単になれるもんじゃないよ。ぼくは軍人なんかになりたくない。あんなもの一番なりたくないよ。一生の間にぼくのただ一編の詩がつくれればいいんだ」
「そんな夢のようなことを言ってお父さんを困らせるもんじゃありません。いまのうちの状態ではとてもおまえを大学へ入れてやれないのよ。軍人になれば大臣になるのも夢ではないし、おまえが行きたがっている外国へも官費で行けるのよ」
母がなだめた。母の言葉に、大山が言っていた「遠洋航海」が想起された。アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、世界一周の各コースがあり、海兵卒業生は練習艦隊に配乗してまわるという。
降旗の瞼《まぶた》に未知の異邦の風景がよぎった。
「まあいますぐに決めろとは言わないから、よく考えておいてくれ。おまえは伯父さんの血を引いているから軍人になってもきっと出世するよ」
父は懐柔するような口調で言った。
父の言葉は、降旗にとって大きな圧力となった。家業がかなり追いつめられている気配はその後ひしひしと伝わってきた。父は転業なら「身代限り」に引っかからないと言うが、新しい職業も見つからないらしい。
海兵の受験資格欠格者として「復権を得ざる破産者」とあるのが、父親の言った身代限りのことであろう。また風俗営業家庭の子弟もはねられるという。
もし海兵を受験するとすれば、陸軍軍医大佐の伯父の存在は憲兵の身許調査で大いに有利に働くであろう。
海兵の試験科目は科学兵器を多く使う関係で理数が重視されるという。これに海軍士官としての国際的常識を涵養《かんよう》するために英語が要求される。一時期、数学、物理、地理などは出問も解答もすべて英語で記述したということである。
降旗は文科を志望していたので、理数はあまり重視していなかった。だが英、国漢、歴史などは自信がある。もし海兵を受験するとすれば、理数に集中すればよい。落ちてどうせもともと、外国へ行く方便として受けるだけだ。
降旗はいつの間にか海兵を意識してその「傾向と対策」を考えていた。陸士はまったく念頭になかった。大山と同時に母校を訪れて来た陸士生徒が下士官兵と一見同じ服装で、海兵と比べて野暮ったく見えたのと、大山の迫力の前にかすんでいたからである。
だがなんといっても降旗の心を強く捉《とら》えたのは、海兵の「遠洋航海」である。練習艦隊に配乗して世界をまわる。想像しただけで胸が躍る。
傾きかけた降旗家にぶら下がっているかぎり、絶対に外国へ行く機会はあるまい。伯父も軍の医学生時代にドイツへ留学している。留学後ヨーロッパ各国とアメリカをまわって帰国して来た。伯父の想い出話は、宇宙旅行から帰って来た宇宙飛行士のように降旗少年を魅惑したものである。
家業の窮状を知ってから降旗の胸の中に海兵行の気持が次第に育ってきた。同時にフランスへ脱出できないまま死んでいった弓枝の無念がよみがえってきた。
彼女が逮捕されるきっかけとなったのは、大山の密告であるという。大山は降旗の女神を殺した許し難い仇《かたき》である。彼を追って海兵へ行けば、将来報復する機会が得られるかもしれない。そんな想念がチラリと降旗の胸をよぎった。
いつどんな形で復讐《ふくしゆう》できるかわからないが、仇の近くへ行けば、復讐のチャンスが大きくなることは確実である。その意味でも海兵には魅力がある。
降旗は海兵に対するおもわくを胸に秘めたまま、受験勉強を理数中心に切り換えていた。
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継続した転向
1
世相はますます暗くなっていった。昭和十年八月十二日軍務局長永田鉄山が皇道派の相沢三郎中佐に斬殺《ざんさつ》された。この事件が翌年の史上に名高い二・二六事件の引金となる。
永田局長が殺された後、伯父《おじ》が青い緊張した顔で、
「これから軍が暴走しなければよいが」
と案じていた。伯父の言う軍の暴走とは皇道派の暴走である。中学生の降旗には難しいことはわからなかったが、永田鉄山は軍医団のよき庇護者《ひごしや》であったらしい。
同じ年、美濃部達吉の天皇機関説が排撃された。美濃部学説は天皇を国家を代表し総攬《そうらん》する国の最高機関としながらも、万能無制限な権力ではなく、憲法に従って行なう行為が国家の代表行為たる効力を生ずるとするもので、それが天皇大権の干犯、国体破壊の反逆とされたのである。機関説は口実であり、美濃部の人脈に連なる宮中の自由主義勢力の駆逐を本命目的としていた。
岡田内閣は初めは美濃部を支持したが、天皇の絶対的権限を望む軍部や右翼の圧力の前に貴衆両院で機関説排撃決議をし、美濃部著書を発禁処分に付した。美濃部自身も貴族院議員を辞した。天皇機関説の抹殺は、学問の自由を失ったことを意味する。
報道や出版、言論、映画などに対する統制も厳しくなる一方であった。国民は伏字だらけの新聞、書物を読まされ、検閲でずたずたに切り刻まれた映画を見せられた。
永田鉄山が暗殺されてから一週間ほど後、降旗は予想もしなかった事件に巻き込まれた。
近所に住んでいる馬島《まじま》という、印刷工場に勤めている青年から面白い読書会があるから来てみないかと勧められた。馬島は読書家であった。降旗の本好きを知っていて、面白い本を貸してくれたり、よい本を紹介してくれたりしていた。
ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』やトーマス・マンの『魔の山』を教えてくれたのも彼である。
「どんな本の読書会ですか」
「行ってみればわかるよ」
馬島はニヤニヤした。降旗は興味をかき立てられた。馬島に連れて行かれた先は、彼の勤め先の工場の当直室である。先に数人の若い男女が来ていた。
裸電球を囲んで馬島の仲間の工員らしいのや学生風の男や得体の知れない女などが屯《たむろ》していて、なにやら異様な雰囲気であった。降旗が一番年少のようである。
「詩人の卵の降旗圭君だ」
と馬島が紹介すると、いずれも人なつこい微笑を浮かべて暖かく迎えてくれた。床には江戸川乱歩、甲賀三郎、大下|宇陀児《うだる》、海野|十三《じゆうざ》などの探偵小説が堆《うずたか》く積まれている。
持ち寄った酒と食べ物を囲んで読書会が始まったが、床に積まれた探偵小説についてはまったく触れられない。彼らが話し合っていることは、降旗にはほとんどわからない。
レフトとかコミンテルンとか階級闘争などという単語が頻繁に飛び出した。集まった者に共通していることは、熱っぽさである。だれもが一様の熱感を帯びている。意味はよくわからないながらも、彼らが共通の理想を掲げて、それに向かって情熱を燃やしていることはわかった。
(もしかすると、これが弓枝が所属していた「共青」の集まりではないだろうか)
チラリと胸に萌《きざ》したとき、突然表の方に多数の乱れた足音がした。
「しまった。特高だ。みんな逃げろ」
馬島が立ち上がって灯を消すと、
「圭君、もし捕まったら、きみは関係はない。ぼくに誘われてなんだかわけがわからずに来たと言うんだ。さあ逃げろ」
と降旗の耳にささやいた。ほとんど同時にドアが蹴破《けやぶ》られた。多数の警官がなだれ込んで来た。
「きさまらアカネズミめ、一匹残らず捕まえてやる」
警官隊の隊長が叫んだ。大鬼、大山の父親の声であった。暗闇《くらやみ》の中で凄《すさ》まじい格闘が始まった。床の本が散乱し、酒や食べ物が蹴飛ばされた。集会者も果敢に抵抗した。何人かが囲みを破って外へ逃れ出た。だが逃げ出して来る者に備えて外でも待ち伏せていた。
集会者は一網打尽にされた。
「その子供は関係ない。本を持ってきてくれただけだ」
馬島が一緒に捕まった降旗を庇《かば》ってくれたが、
「うるさい。きさまらみんな同じ穴のドブネズミだ」
と大鬼は容赦しなかった。
降旗はグループと共に町の特高課へ引き立てられた。弓枝が飛び下り自殺した同じ建物である。彼らは署内の留置場へ入れられると、一人一人取調室へ呼び出されて苛烈《かれつ》な取調べを受けた。取調べから留置場へ帰って来た者は全身に殴る蹴るの暴行を受けた痕《あと》が歴然とあった。中には目が見えなくなるほど顔が腫《は》れ上がった者や、一人で歩けなくなり、取調官に両腕取られて引きずられて来た者もいた。
「いいか、圭君はなんにも知らなかったんだ。ぼくが誘ったばかりにすまない」
馬島は呼び出されるまで言っていた。馬島は首領株と見られたらしく一際厳しく責められたようである。係官に手足を取られて帰って来たときは、顔面血だらけでほとんど意識がなかった。
仲間が介抱すると、血反吐《ちへど》と共に白い小石のようなものを吐き出した。折れた前歯だった。
女性といえども容赦されなかった。弓枝の前例があるので、警戒は厳重である。
「ちくしょう。ひでえことをしやがる」
「これが本当の男女同拳[#「拳」に傍点](権)だな」
仲間は憤慨したが、彼らも同じ獲物にされている身分である。日本中のありとあらゆる自由の息の根を止めていった特高(反政府、反体制的思想の取締りにあたった特別高等警察)は、「特拷」の別名があるほど容疑者に対して仮借なき拷問を加えた。
彼らは古今東西の拷問に関する文献を研究して、できるだけ最小の手間で最大の苦痛をあたえられる効率のよい拷問を工夫していた。
拷問の方法もただ手足で殴る蹴るの暴行を加えるだけではない。棒、ロープ、石等の道具や水や火やあるいは心理的な方法を用いて多岐にわたる。これを「東海道五十三次」と加、被害者共に呼んでいた。
拷問の目的が見失われて、拷問そのものを楽しむ特高刑事もいた。大鬼はその典型的人物である。
「旗屋の坊主がなんでこんな所にいるのだ」
やがて取調室に引き出された降旗の顔を見て大鬼は驚いた顔をした。「旗屋」とは降旗の家の屋号である。
「本を貸してくれと言われてもって行っただけです」
降旗は馬島から言われた通りの台詞《せりふ》を言った。
「坊主、そんな言い抜けが通るとおもっているのか」
大鬼はせせら笑った。
「本当です。ぼくはなんにも知りません」
「そうかい、そうかい。あんた中学四年か五年だろう。立派なおとなだよ。陸士の予科や海兵団、海兵に入ってお国のお役に立てる年齢だ。あんな国賊共の集まりには出てはいけないねえ」
大鬼は自分の息子と重ね合わせたらしい。
「ぼくはただ読書会と聞いただけです」
「どんな本を読んでいたのか知っていたのかね」
「探偵小説です」
「探偵小説か、この非常時にそんなくだらないものを読んでいてはいかんな」
大鬼は猫が捕えたねずみを嬲《なぶ》るような目つきをしている。
「探偵小説はくだらなくありません」
「生意気言うな。あんなものは犯罪を勧誘する俗悪本だ。青少年は国策に副《そ》った健全な本を読まなければいかん。今夜集まっていた以外の仲間がいるんだろう。正直に言えば、まだ徴兵検査前の体だから、傷をつけずに帰してやるよ」
「ぼくは今夜初めて行ったのです」
「あんたも意外に強情だね。だがその強情がどこまで張り通せるかな」
降旗は特高に捕まったことより、これで世界一周の遠洋航海が夢となったことがこたえた。特高に引っ張られたような人間は海兵の受験資格を失うだろう。
だが未成年だったせいか、それともべつの理由からか、降旗は拷問されることもなく間もなく釈放された。
「いいかね、二度とあの一味には近づいてはいかんぞ。次は知らなかったではすまんぞ」
釈放に際して大鬼が凄《すご》みをきかした。
「きさまは運がいいよ。伯父さんに偉い軍人がいてよかったな。これに懲《こ》りてこれからはアカなんかにカブレるんじゃねえぞ」
署の建物を出るとき係官の一人が言ったので了解した。伯父の顔がきいたのである。特高課には両親が迎えに来ていた。
「今日は不問に付しますが、ご両親もよく監督していてくださいよ。アカは隙を見せたらどんな所にも入り込みますからな。どうやらご子息は我々の目をごまかすために利用されたらしい。まあ私の所でよかったが、他の所に捕まったらこんなものではすみませんぞ」
釈放に当たって大鬼は両親にたっぷりと恩を着せた。
そのとき降旗は「治安維持法」という恐しい法律の存在を教えられた。主として共産党を弾圧する目的で制定されたものであり、国民の思想を統制するために、行動から推測して取り締まる。だからちょっと覗《のぞ》きに集会に出たという降旗のような関わり方をした程度でも、見えない個人の心の内面にまで立ち入って行動と思想を結びつけてしまう。
このやり方だと、日常生活のなにげない行動のすべてにわたって口実をつけることができる。降旗はまさに「目的遂行のためにする行為」とされて引っ張られたのである。
極刑には死刑と無期まである。伯父の存在で危うくたすかったが、そうでなければ弓枝の二の舞になりかねなかったところである。
馬島たちはそのままどこかへ送られたらしく、そののち姿を見かけなくなった。
2
家業は倒産直前の所を低空飛行をつづけていた。降旗はいまの家の状況では進学がとうてい無理なことを悟った。当時は小学校卒が大部分で、中学へ進むのは富裕な家庭やインテリの子弟にかぎられていた。商家の子は他家へ丁稚《でつち》奉公に行くか、よくて商業高校へ行った。
中学へ行けただけでも親に感謝しなければならない。だが降旗は詩人になるために上級学校へ進んで「文学」を勉強したかった。できることなら帝大へ行ってフランス文学を勉強したい。
だがそれがだめなら、軍学校か、国策学校へ行く以外にない。満州経営のためのハルピン学院以下いくつかの国策学校はあったが、どうも満州には惹《ひ》かれなかった。以前に弓枝から満州は日本が中国から無理矢理に毟《むし》り取った国だと聞いたことがあった。
一方満州は日露戦争の犠牲によって日本が得た生命線だとも聞いている。どちらにも理があるようであるが、降旗は地図を見ても隣りの満州よりも、はるか遠方のヨーロッパの方に惹かれた。馬賊とスパイの跳梁《ちようりよう》する高粱《こうりやん》畑が茫漠《ぼうばく》と広がる満州よりも、歴史と文化の濃密なヨーロッパに心を惹きつけられていた。
昭和十年は波乱含みの中に押しつまった。十年の終りは繭《まゆ》景気が上昇して農村にも活気が出た。この好景気に救われて家業がやや保《も》ち直した。
父親は洋品から呉服に鞍替《くらがえ》して仕入れたのが意外に捌《さば》けて、どうにか年の瀬を乗り越せそうである。
「この調子で行けば、おまえの行きたい学校へ進ませてやれるかもしれないぞ」
と父は言った。だが密《ひそ》かに海兵受験に切り換えていた降旗は、そのまま同じ路線を進むことにした。海兵にはねられた後、一般上級学校を受験しても間に合う。
この時期になると、降旗の海兵受験の意志は定まっていた。少年の心の中で軍隊と海軍はべつのものと割切られていた。
この年度海兵の入学試験は全国二十五か所において行なわれた。降旗はもよりの海兵団で受験することになった。降旗の中学校から三沢、石岡、大西、早水の四名が受験願書を出した。降旗が海兵を志願すると知って全校は驚いた。文学少年、軟弱のレッテルを貼《は》られていたからである。
「あのシロハタが海兵とは驚いたな」
「海兵も落ちたもんだよ」
「大丈夫、どうせ受からねえよ」
「シロハタがオチハタになるか」
クラスはそう言って嘲笑《あざわら》った。海兵の人気は抜群で、短剣と遠洋航海に憧《あこが》れる全国の少年を惹きつけた。だが海兵の試験は憧れだけで通るほど甘くはなかった。
この年度採用予定人数三百名に対して全国から一万五千名以上の応募者が殺到した。五十倍強の倍率である。一月下旬に身体検査があった。降旗は蒲柳《ほりゆう》の質であるが、特に持病はない。目もいいし、運動神経も人並みである。
軍事教練が嫌いで配属将校から軟弱とレッテルを貼られている。だが軟弱は「劣弱」ではない。嫌いでやらないだけであり、やる気になればできるとおもっていた。
「落ちてもともと」という意識があるから気が楽である。だがここで降旗は軍隊の正体を垣間見せられた。身長、体重、胸囲は順調にパスした。視力も左右一・〇で基準ぎりぎりで通る。色盲もない。レントゲン、運動神経、握力、背筋力テストと通過していく。
次の検査場の隅の小部屋へ入った。白衣の軍医と水兵がいて、いきなり「パンツを脱げ」と命じられた。
どぎまぎしていると、
「なにをもたもたしておるか。下半身裸になれ」と叱声《しつせい》が飛んだ。おずおずとパンツを脱ぐと、軍医の前に立たされて筒先をつかまれぐいとしごかれた。
これが「M検」と呼ばれる性病検査であったが、降旗はど肝を抜かれた。降旗の驚きなど斟酌《しんしやく》せず、軍医は、
「両手を床につけて四つ這《ば》いになれ」
と命じた。言われるまま床に犬のように這うと、肛門《こうもん》に検便用のガラスの棒を突き立てられた。これが「カマ検」である。降旗は屈辱感で身体《からだ》がわなわなと震えた。
「よし、パンツ穿《は》いてよろし」
検査が終った後も、降旗は屈辱感が鎮《しず》まらなかった。降旗は人間ではなく、検査される物体≠ノすぎなかった。軍隊が求めているものが人材ではなく、「生きている兵器」であることが、身体検査を通してわかったような気がした。
降旗は身体検査に落ちればよいとおもった。だが幸か不幸か検査にパスして、学術試験に進んだ。最も有望視されていた三沢が身体検査ではねられた。視力がわずかに基準に達しなかったのである。
「ちくしょう。おれは海機に行くぞ」
三沢は悔やしがった。海軍機関学校は視力の基準が海兵よりも甘い。検査の結果によって志願の変更を許される。降旗は身体検査の屈辱が少しまぎれて、ヨーロッパが一歩近づいたような気がした。身体検査で約半数が篩《ふる》い落とされた。及第基準がわかっているのに七千五百人もが受験したのである。
学術試験の初日は英語と代数である。英語はとにかく、代数と幾何は途中から進路変更しての俄《にわか》勉強であるので、最大の弱味であった。
その日の午後五時ごろに合格者が発表になる。降旗のほか三人共無事であった。
四人は手を握り合ってたがいの無事を喜び合った。だが海機へ変更した三沢は初日で討ち死にをした。
二日目は物理化学と国漢である。国漢は得意であるが物理化学は難敵であった。だが幸いに二日目も生き残った。ここで早水がはねられた。
「海軍は偉大な人材を失ったよ」
早水は負け惜しみを言いながら去って行った。
最終日は日本史と幾何である。日本史は得意中の得意科目であるが、幾何が最後の強敵である。問題を一瞥《いちべつ》した瞬間、自分には手に負えないと直感した。
ヨーロッパが一気に遠のいた。すると気が楽になった。初めはとても手に負えないように見えた問題に手がかりが見つかった。時間いっぱい使って答案を書き、試験場を出ると清々《すがすが》しい気分がした。
「どうだった」
大西と石岡が寄って来た。
「フランスは遠くなりにけりだよ」
と降旗が言うと、
「おれなんか、満州もかすりそうもない」
「おれは朝鮮だ」
と石岡と大西が言って、声を合わせて笑った。中学在校中はあまり親しくなかった三人だが、同じ海兵を受験したことで仲間意識が生じている。
結局降旗と大西の二人だけが生き残った。ここに彼らは「最終継続者」として翌日の口頭試問に臨む資格を得たのである。
3
降旗が最終継続者となると周囲の目が変ってきた。最初は嘲笑《ちようしよう》していた者が態度を改めた。阿《おもね》るような態度を見せる者もいる。
両親はすでに合格したかのように喜び、親戚《しんせき》や近所は一族と町内の名誉だと称讃《しようさん》する。海兵はそれだけの難関であり、それほどの権威をもっていたのである。
彼を軟弱としごいた配属将校の安西中尉までが、口頭試問に臨む注意事項をいろいろと教えてくれた。ここまで来ると、降旗に欲が出た。いまさら落ちたら笑い者にされる。カマ検の屈辱に耐えてここまで残ったのであるから、どうしても合格したくなった。遠洋航海が忘れられて、合格自体が目的になった。
翌日口頭試問に臨んだ。前夜興奮して寝不足であった。
緊張で石のように固くなっている降旗に、穏やかな風貌《ふうぼう》の面接官が、降旗の志願書類を見ながら、
「趣味はなにかね」
といきなり問うた。趣味について聞かれるとおもっていなかった降旗は、咄嗟《とつさ》に、
「詩です」
と答えてしまった。
「ほう、どんな詩が好きかね」
面接官が興味をもった目を向けた。しまったとおもったが、いまさら訂正するわけにはいかない。軟弱な趣味はマイナス材料になるだろう。だが国策詩人や戦意|昂揚《こうよう》的な詩はおもい浮かばない。
「そのう藤村とか、高村光太郎とか……白秋とかです」
降旗はへどもどした。
「きみの最も好きな詩を一つ諳《そら》んじてみたまえ」
意外なリクエストに降旗は完全に上がってしまった。頭の中が空白になってなんと答えてよいかわからない。
「どうしたね、どんな詩でもいいぞ。きみの一番好きな詩を言ってみたまえ」
面接官に顔を覗き込まれて、降旗は、
[#ここからゴシック体]
「まだあげ初《そ》めし前髪の
林檎《りんご》のもとに見えしとき
前にさしたる花|櫛《ぐし》の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅《うすくれなゐ》の秋の実に
人こひ初めしはじめなり……」
[#ここでゴシック体終わり]
うながされるままに諳んじて途中ではっと立ちすくんだ。海兵の口頭試問でこんな軟弱な詩を朗読したら、自分から落としてくれと言っているようなものである。
「どうしたね、藤村の初恋じゃないか。いい詩だ。あと二節残っているぞ」
「は、はい、忘れました」
「私が諳んじるから一緒に唱えてみなさい。
[#ここからゴシック体]
わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃《さかづき》を
君が情《なさけ》に酌みしかな」
「林檎畠の樹《こ》の下に
おのづからなる細道は
誰《た》が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ」
[#ここでゴシック体終わり]
面接官に誘導されてようやく暗誦《あんしよう》し終えた。降旗は暑くもないのに全身びっしょりと汗をかいていた。その後、海兵を志願した理由を聞かれたが、最初に虚をつかれたために頓珍漢《とんちんかん》な返答をしたようである。
なぜ初恋の詩など諳んじてしまったのか。選《よ》りに選って軟弱中の軟弱詩をこともあろうに海兵の最終審査で諳んじる馬鹿があるか。面接官ができた人で調子を合わせてくれたが、あれで降旗の不合格は決まったようなものだ。
地元の憲兵による身許《みもと》調査で、「読書会事件」のことも明るみに出るだろう。もはや絶望的である。
それにしても面接官は初《しよ》っぱなからなぜ趣味のことなんか聞いたんだろう。あれですっかり作戦が狂ってしまったのだ。初めに海兵志願の理由を問うてくれれば備えを立てていた。その後に趣味を聞かれても、もう少しマシな答えができたかもしれない。いまにして面接官が怨《うら》めしい。
帰途落ち込んでしまった降旗を、大西が慰めてくれた。
「そんなにがっかりすることはないよ。おれなんか好きな女性がいるかといきなり聞かれて、おもわずオフクロと答えてしまったよ」
「気がきいている答えじゃないか。おれは海兵志願の理由を聞かれて、遠洋航海と短剣と正直に答えたら、時局によって遠洋航海を中止したらどうすると聞き返されて詰まってしまった。面接官に馬鹿なやつだとおもわれたにちがいない」
そんなことを語り合いながらも、大西にはかなり自信がありそうである。家に帰ると、赤飯が炊かれていた。
「海兵の口頭試問まで行けば、大したものだ。降旗家からは伯父さんが出ているから、まず大丈夫だよ。一族に軍人がいると有利だし、特高課には大山さんがいるからな」
と父は言った。
「大山さんってあの大鬼の?」
降旗は問い返した。大鬼に一番にらまれていたのではなかったか。
「大鬼なんて言っちゃいけない。大山さんは前に伯父さんに診てもらったことがあるのだよ。この前の読書会でも無傷で出て来られたのは、大山さんのおかげなんだぞ」
なるほどそんなウラがあったのかと、降旗は初めて合点《がてん》がいったおもいであった。
繭《まゆ》景気のおかげでその年の正月は、ホッと一息つけた。この調子だと、たとえ海兵を落ちても一般の上級校へ行けそうである。降旗は「海兵以後」に備えて受験勉強をつづけていた。海兵の合否発表以後受験できる学校をリストアップしてめぼしい所へ願書を出しておく。ハルピン学院、同文書院、軍の少年見習技術員なども一応視野に入れておいた。
[#改ページ]
逆行する潮流
1
昭和十一年一月十五日、日本はロンドン軍縮会議からの脱退を通告した。ここにワシントン軍縮条約成立以後、紆余《うよ》曲折を経てきた海軍軍縮体制は空中分解してしまった。
対米国均等の海軍兵力を主張していた日本は、軍備無制限時代に向けて突っ走るようになった。軍縮条約を破棄した時点での日本の戦艦保有量は、米国の八十万トンに対して七十万トンであった。
米国に追いつき追い越せの建艦競争に入ったわけであるが、彼我の工業力、資源、総合技術力等の差によって隻数では対抗できない。そこで個艦の戦力をアップすることによって補おうとした。
その発想から大和《やまと》をはじめとする大艦巨砲主義が前面に押し出されてきた。海軍兵力増強策は、当然国民の間に海軍の人気を高める。もともと泥くさい陸軍より、諸事スマートな海軍のほうが人気があったところへ、守るも攻めるもの軍艦マーチと共に打ち出された巨艦建造計画は、国民の海軍熱を煽《あお》った。
海兵の発表は紀元節の二月十一日である。その日が近づくにつれて降旗は落ち着かなくなった。父は近所の親戚にすでに受かったようなことを言っている。いまさら引くに引けない気持に追い込まれていた。
紀元節の当日、学校で式が行なわれた。その朝は晴れていたが、風の強い寒い日であった。校長が恒例の如く紫の袱紗《ふくさ》に包んだ桐の箱からおもむろに教育勅語を取り出して厳《おごそ》かに朗読した。
「朕惟《ちんオモ》フニ我ガ皇祖皇宗国ヲ肇《ハジ》ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹《タ》ツルコト深厚ナリ我ガ臣民|克《ヨ》ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一《イツ》ニシテ世々|厥《ソ》ノ美ヲ済《ナ》セルハ此レ我ガ国体ノ精華《セイカ》ニシテ教育ノ淵源亦《エンゲンマタ》実ニ此《ココ》ニ存ス……」
の文言で始まる勅語を寒風の中に不動の姿勢を保ってじっと聞いているのは、祝日の度の行事であるが、辛くもあり、退屈でもあった。この時間全国約三万に及ぶ各学校で、校長の朗読する教育勅語に日本の全生徒が聞き入っているはずである。
だが降旗はいつになく勅語にしんみりと聞き入っていた。難解でほとんど意味のわからない言葉の羅列であったが、じっと聞いていると、不安がまぎれて心が落ち着いてくるようである。それは国民を催眠状態に陥れる集団催眠誘導の効果があるようである。
朗読の後、校長の訓話がつづいた。この方が長く退屈であった。その後、配属将校の威勢のいい訓示があって、式が終ったのは午《ひる》近くである。合格しているものならもう家に連絡がきている時間である。
式が終っていったん教室へ入ると、担任の教師が飛んで来た。
「おい、降旗やったぞ。いま家から電話があって海兵から合格の電報がきたそうだ」
クラスからどっと喚声が湧《わ》き上がった。降旗は茫然《ぼうぜん》としていると、クラスの者に取り囲まれて胴上げにされていた。
べつのクラスの大西にも合格電報がきていた。二人は校長室へ呼ばれた。校長のかたわらに安西中尉もいる。
「本校から大山君につづいて海兵合格者が一度に二人も出たことは校長としてまことに鼻が高い。これからはなお一層|切磋琢磨《せつさたくま》して立派な海軍士官となってお国にご奉公してもらいたい」
校長は我が事のように喜んだ。鬼の安西中尉も今日は満面笑みをたたえている。校長室の壁面には歴代校長の写真が掲げられている。その写真も二人の合格を言祝《ことほ》いでいるように見えた。
家に帰ると、もう近所の人が集まって来ていて家中お祭り気分であった。
「とうとう降旗家から海軍士官が出た。これで陸海軍軍人が揃ったことになった。いや名誉なことだ」
父は祝盃《しゆくはい》で顔を真っ赤に染めて手放しの喜びようである。知らせを聞いた近隣の人々が続々と駆けつけて来て祝詞を述べる。近所の主婦が集まって来て、台所で赤飯や祝いの料理がつくられている。海兵が難関であることは知っていたが、その合格がこれほどの名誉とされるとはおもわなかった。
合格電報を受け取った者は「海軍兵学校生徒採用予定者」になったのであり、まだ「海兵生徒」になったわけではない。折返し「サイヨウキボウ」の返電を打って初めて生徒になるわけである。この段階で「サイヨウキボウセズ」の電報を打って辞退することもできる。
「圭もこれからは海軍士官の卵だから、軟弱な小説やくだらない詩とはきっぱり手を切って、お国のために役立つ勉強をしなければならんぞ」
父は上機嫌で言った。近所の者の祝詞を受けて自分が合格したような気分になっている。
父の言葉を聞いたとき、詩人になる夢が胸をよぎった。藤村や道造の詩や、これまでに読んだ小説の内容が一挙によみがえった。
「圭君ならきっと素晴しい詩人になれるわよ」
「いまに詩人を必要とする世の中が来るだろうか」
「必ず来るわよ。人間の世の中に軍人は必要なくとも、詩人は必要なのよ」
「弓枝さんの言葉を聞いて勇気が出たよ。おやじはぼくに詩人なんか止めて、軍人になれと言うんだ」
「そんなものに絶対なっちゃだめよ。圭君は軍人なんかに適《む》かないわ。軍人になったら、人を殺さなければならないのよ。圭君にそんなことできる?」
「できない」
「詩人は人を生かすわ。殺すより、生かすほうへまわりなさいよ」
かつて弓枝と交わした会話が耳許《みみもと》によみがえってくる。弓枝が降旗の海兵合格を聞いたらなんと言うだろうか。これは弓枝に対する裏切りではないのか。
弓枝は軍国主義を拒否して自ら命を絶った。それなのに自分は軍国主義の尖兵《せんぺい》になろうとしている。
まだ間に合う。いまから「サイヨウキボウセズ」の返電を打てばよいのだ。
だがそんなことがはたしてできるか。親戚《しんせき》や近隣の人に取り囲まれて祝い酒で顔を染めている父、台所で手伝いの人たちを督励して祝いの料理づくりに精を出している母、母校の名誉と興奮している校長や安西中尉、合格は伯父《おじ》の耳にも達しているだろう。
それらの人々の喜びや期待に背《そむ》いて「サイヨウキボウセズ」の電報を打ったらどんなことになるか。
降旗は渦に巻き込まれるような気がした。それは自分の意志とは関わりない時代の渦である。
弓枝が自殺したころからその渦の触手に捕えられたのだ。これに家業の左前《ひだりまえ》と大山の海兵入学が潮流をうながし、降旗をしっかりと咥《くわ》え込んだ。
そしていま完全に渦に巻き込まれてしまった。日本国中が同じ渦に巻き込まれたといってもよい。その渦を拒否するためには、弓枝のように死ぬ以外にないのか。
「さあ早く返電を打つんだ。代りに打とうかとおもったんだが、おまえの手で打たせるために待っとったんだ」
父がうながした。
「なんて打ったらいいのかな」
降旗は敢えて問うた。
「なにを言うておる。決まっておるだろう。さあ早く電報局へ行って来ないか」
父は渦に巻き込まれているのを全身で喜んでいる。電報局へ行って電報用紙に電文を書き込むとき、手が震えた。
生徒採用試験委員長|宛《あて》の「サイヨウキボウス」の文言を記入した後も、しばらく用紙を窓口に出すのがためらわれた。おもいきって用紙を差し出したとき、降旗は自分の精神の一部分を自らの手で確実に絞め殺したような気がした。
現世相を拒否する部分を殺し、それを受け入れる部位を生かした。自分の中の対立に自ら決着をつけて時代の潮流に乗ったのである。
それの行き着く先がどこかわからない。だが確実なことは、詩人が軍人の上位に据えられる社会ではないということである。
2
降旗が海兵合格の電報を受け取って間もなく、日本全国を震撼《しんかん》させる大事件が起きた。
二月二十六日早朝、皇道派の青年将校二十一名に率いられた第一師団の第一、第三連隊、近衛《このえ》歩兵第三連隊の兵約千四百名が「昭和維新」の旗印の下《もと》に政府首脳や重臣を一斉に襲い、これを殺傷した。
尊皇|倒奸《とうかん》・昭和維新の中身も要するに軍部独裁政権(皇道派による)の樹立であった。
軍首脳は当初彼らの反乱を是認するような態度をとり、彼らを義軍として認める形をとった。
だが川島陸相より事件の報告を受けた天皇は激怒し、「朕自ら鎮定に当たらん」と言いだした。この時点で義軍から反乱軍に逆転したのである。
反乱軍の将校は態度を硬化し、徹底抗戦の姿勢を見せた。
反乱軍将校の黒幕であった皇道派の首領真崎甚三郎大将は、昭和維新成功後は「真崎内閣」を期待していたが、天皇の意志が鎮圧にあると知ってから、反乱軍支持の態度を変えた。
戒厳司令部は二十九日朝九時を攻撃開始時限としてそれに先立ちラジオで「兵に告ぐ」放送をした。
「――いまからでも遅くはない。直ちに抵抗を止《や》めて、原隊に復帰せよ」
と繰り返し兵に呼びかけた。この言葉はたちまち当時の流行語となった。降旗は「いまからでも遅くはない」という言葉が自分に向かって呼びかけられているような気がした。
「サイヨウキボウ」の返電を打っても、まだこちらの意思表示をしただけであり、生徒を命ぜられたわけではない。
電報に対して再び採用試験委員長から採用予定通知書が郵送されてくる。葉書で採用希望の返事を出し、指定着校期日に入校手続きを取って初めて海兵生徒の身分を取得する。
これは採用内定者の中から若干辞退者が出た場合の補欠採用のためである。本当にいまからでも遅くはないのである。
降旗はその呼びかけを弓枝の声で聞いたようにおもった。
「圭君、お止めなさい。まだ遅くはないわよ」
「国のために役に立ちたいんだよ」
「国のために役に立つのは、軍人になることだけではないわよ」
「平和時なら詩人も国の役に立てるかもしれないけど、いまは非常時だ。非常時には男は進んで国防の第一線に立つべきだとおもう」
「圭君の口からそんな言葉を聞くとはおもわなかったわ。いまの軍人は日本を戦争に駆り立てようとしているのよ。圭君は武器を取って国を守る前に、国に戦争をさせないようにすべきよ」
「ぼくになにができる?」
「詩をつくりなさい。与謝野晶子のような詩を。君死にたまふことなかれの詩を知ってるでしょ」
「知ってる」
その詩は弓枝にもらった晶子歌集の中にあったものである。
「諳《そら》んじてごらんなさい」
[#ここからゴシック体]
「ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ。
末に生れし君なれば
親のなさけは勝《まさ》りしも、
親は刃をにぎらせて
人を殺せと教へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四《にじふし》までを育てしや」
[#ここでゴシック体終わり]
「圭君、いくつになった」
「十七歳」
「だったらなおさらよ。ご両親、圭君が人を殺して死んだりしたら悲しむわよ」
「親は一族の名誉だと喜んでいるよ」
「軍人の正体を知らないからよ。ただ将校になることだけを喜んでいるんだわ。騙《だま》されているのよ」
「ぼくは騙されてなんかいない」
「だったらすぐ取り消すことね。いまからでも遅くはないわ」
弓枝と問答を交わしている間に入校日が迫ってきた。
すでに採用予定通知書が郵送されてきており、四月一日の入校が指定されている。降旗の心は揺れ動きながらも、すでに逃れられない軍国主義の潮流に引き込まれていた。
[#改ページ]
青春の聖域
1
合格者は三月三十日夕方までに江田島にある生徒|倶楽部《くらぶ》まで到着し、兵学校の受付に申告する旨の通達を受けていた。入学前にもう一度、再身体検査が行なわれる。これに通って晴れて海軍兵学校生徒になれるのである。
出発日が迫り、降旗はもって行く私物をまとめた。採用予定者に被服類はすべて官給するので私有物は一切使用しないこと、入校まで着用した衣類は入校後返送する旨指示してあった。また参考書類は不要であるが、馴《な》れた辞書類は持参してもよいということである。愛読書についてはなんの指示もないが、不要のものはもっていかないに越したことはない。
降旗はさんざん迷った末に啄木歌集をトランクの底に忍ばせた。
愛読書の持込みが禁止されれば、衣類と共に送り返してもよい。
三月二十九日夜、降旗は両親や親戚に囲まれて東京駅へ来た。
夜の九時に発する下関行急行に乗り、翌日午後二時ごろに広島県の呉《くれ》に着く。
呉線は前の年の十一月二十四日全線開通していたが、手前の糸崎からよりは、海田|市《いち》から行ったほうが連絡がよく、呉に早く着く。
両親や親戚友人が東京駅まで送って来た。二人の見送りなので、なかなか盛大である。万歳万歳の中で母は涙ぐんでいる。海兵合格は一族と郷土の名誉であるが、実際に十七歳の子供を手放してしまう母の心は切ない。彼女はこのまま江田島まで従《つ》いて行きたそうである。
「ほら母さん、圭の晴れの鹿島立《かしまだ》ちだ。そんな泣きベソかいていないで笑って送ってやりなさい」
と父に言われて泣き笑いになった。降旗にとっても生まれて初めての大旅行である。
他にも盛大な万歳の見送りを受けている少年グループが何組かいた。いずれも試験場で顔馴染みになった合格者である。
盛大な歓送を受けているうちに降旗の心は昂揚《こうよう》し、進んで国の防衛に立つ者としての自意識に酔い痴れた。
これでよかったのだ。日本男子たる者、自分は最も正しい方途を選んだのだ。降旗は母の泣き笑いの顔を見ながら、母が自分を息子にもったことを誇りにおもうような海軍軍人になってやろうとおもった。
2
生まれて初めての長い列車の旅であった。合格少年たちは集まって席を取っていた。同じ海兵の合格者という共通項が、少年たちを昔からの仲間のように打ち解けさせている。仲間の存在が初めての長途の旅行の不安を忘れさせている。そして彼らがこれから死生を共にする骨肉も及ばぬ戦友となっていくのである。東北や北海道の方から列車を乗り継いで来た少年もいた。
関ヶ原|辺《あたり》で夜が明けた。前日に引きつづいてよい天気である。この数日、日本列島は優勢な移動性高気圧に覆われて好天が持続している。大西も他の少年たちも一様に目を赤くしている。みな興奮してよく眠れなかったらしい。
大阪、神戸で合格者らしい少年をまた乗せて、午後二時ごろ広島県の海田市へ着いた。ここから呉線に乗り換える。広島始発の列車には中国、九州方面からの合格者らしい少年たちが大勢乗っていた。東から来た少年グループとなんとなく対立意識が生じて、たがいにじろじろ見合っているだけで言葉は交わさない。
江田島への連絡船発着場の川原石桟橋まで来ると、輝く海が前面に開いて、沖に碇泊《ていはく》している艨艟《もうどう》が青い影となって浮かんでいた。いずれも頼もしげな艦影をきらめく海に乗せて動かない。少年たちの口から期せずして嘆声が上がった。早くもそれらの船に乗って世界の海へ船出して行く自分の颯爽《さつそう》たる姿を想像している。
間もなくフェリーボートが来た。焼き玉エンジンのポンポン船で、海兵行きの少年たちでほぼ定員に達した。江田島は呉から西へ六キロほど行った小用《こよう》が島の入口になる。
以前は小さな漁港だったのが、明治二十一年八月兵学校が移転して来ると共に島の玄関口として整備された。フェリーボートに約二十分乗って小用に着いた。すでに海には暮色が忍び寄っている。ここから兵学校まで約二キロの山道となる。少年たちはそれぞれ重いトランクを下げて山道を登った。腹も北山《きたやま》(空いてきた)だったが、少年たちには食事などしている心の余裕がない。いよいよ憧《あこが》れの兵学校の門前まで来て、心が弾んでいる。
峠を越えると兵学校が見えてきた。海の方からにじみ寄って来る蒼茫《そうぼう》たる暮色の底に、兵学校の校舎は満開の桜を美しい衛兵のように侍らせていた。
峠を下って校舎敷地へ近づくほどに江田島の桜がその本領を発揮してきた。兵学校の桜の見事さについては耳学問で知っていたが、その数二千本といわれる桜に埋もれたような校舎に少年たちの口から嘆声が洩《も》れた。
裏門から生徒館前までの白い砂を敷いた道の両側につづく桜並木が、豪勢な桜吹雪を新入生の頭上に舞わせる。その先に青い海が広がっている。
杳々《ようよう》と暮れまさる夕闇《ゆうやみ》の中に重なり合い簇《むら》がり合う花びらが濃く浮かび上がってくる。空気に甘い花の香りがある。山の方角は小豆《あずき》色に烟《けむ》り、海から来る暮色には落日の反映がある。花の香りと共に生徒倶楽部の方からうまそうな煮物のにおいが漂ってきた。
少年の腹の虫がグーと鳴くのがはっきりと聞き取れた。
「花より団子だな」
だれかが言ったのでどっと沸いた。それで東組と西組の隔意《かくい》が除《と》れたようである。
その夜は指定の生徒倶楽部に泊まり、翌朝八時から再身体検査が行なわれる。ここではねられたら、盛大な歓送会を開かれ、郷里の名誉を一身に担って出て来た身がおめおめと帰れるものではない。まして目の前に春|爛漫《らんまん》の江田島の校舎を見せつけられては、死んでも帰れない意識に少年たちを追い込んだ。
身体検査は採用試験に先立って行なわれたものと同じであったが、体力測定が加えられている。走力、八ポンド砲丸投げによる投擲《とうてき》力、跳躍力、懸垂力、握力、平衡力などの測定が行なわれる。
降旗はすべての項目をパスした。大西も無事通過した。
「よかったなあ」
二人は肩を叩《たた》き合った。
「おれは懸垂が苦手で基準ぎりぎりだったよ。ここで合格取り消されたらどうしようかと、目の前が暗くなったよ」
大西がホッとした表情をした。
「いまさら家へ帰れないもんな。万一、合格取り消されたら自殺しようかとおもっていた」
降旗も肩の荷を下ろしたような気がした。
3
翌日四月一日いよいよ入校の日である。
晴れの日にふさわしい一点の雲もない朝であった。午前八時全員赤|煉瓦《れんが》の東生徒館東側にある大講堂前に集合して、私服での最後の記念撮影後各分隊に編成された。海軍ではすべて分隊単位の編成になっている。分隊長は少佐、大尉クラス、分隊士には中、少尉、兵曹長クラスがなった。各実施部隊だけでなく、教育部隊や各科学校においても分隊編成になっている。
兵学校では一班を三個分隊により編成し、一個分隊は十二〜三名の四号生徒、ほぼ同数の三号、十名前後の二号、一号計四十余名で構成されていた。各分隊には成績優秀な一号生徒(四年生)が伍長《ごちよう》(生徒長)、伍長補として付く。
各分隊には生徒から「おやじ」と親しまれる大尉クラス分隊監事が付き、その上に生徒隊監事、監事長が付く。
第一班は第一分隊、第七分隊、第十三分隊、第二班を二、八、十四の各分隊、第三班を三、九、十五分隊とした。分隊数と班数は各期の採用生徒数によって増減する。現在六班、十八個分隊あった。各課業や訓練は班単位に行なわれ、棒倒しなどの競技は奇数分隊と偶数分隊に分れて行なわれる。
降旗は第一班の第七分隊、大西は第三班の第九分隊となった。各分隊の長として一号生徒の伍長および伍長補が付く。分隊を総称して生徒隊と呼ぶという。
各分隊編成が発表されると、各分隊|毎《ごと》に集合し、それぞれの伍長と伍長補が紹介される。第七分隊の伍長は村上という色白、細面の一見|華奢《きやしや》な一号である。金井という伍長補は村上伍長とは対照的に角張った浅黒い顔とタンクのようなずんぐりした体躯《たいく》の持ち主であった。第七分隊の伍長ということは席次が一号の七席ということである。
村上は簡単に自己紹介しただけであったが、その後、金井が立って、タニシのような目を剥《む》き出し、
「きさまらよく聞け。今日からきさまらは光栄ある海軍兵学校の生徒である。昨日までのオフクロ様のオッパイにぶら下がっていたような気分は許さん。これよりおれたち一号が、世界最強の帝国海軍将校生徒として、きさまらの娑婆《しやば》(一般社会)でたるんだ精神を鍛えなおしてやるから覚悟しておけ」
とのどが張り裂けるような声で叫んだ。村上はそれをニヤニヤしながら聞いている。
「それではまず、きさまらの娑婆の垢《あか》落としをする。全員おれに従《つ》いて来い」
娑婆の垢落としがなんのことかわからず、全員ぞろぞろ従いて行くと、
「なんだ、そのたるんだ歩きざまは。幼稚園の遠足ではないぞ。全員顔を仰角三十度に保ち、背筋をシャンと伸ばして歩け。階段はすべて二段ずつ駆け上がる。わかったか」
早速どやしつけられた。一同が連れて行かれた先は浴室であった。ここで娑婆の垢を落とした後、褌《ストツパー》、下着から海軍兵学校の制服一式があたえられる。着替えた後、入校式に参列することになる。
ここで生徒は第一種(冬服)正装に装い、憧れの短剣と錨《いかり》の徽章《きしよう》のついた軍帽を着ける。「馬子にも衣装」でいくらか海兵生徒らしくなった。
「娑婆のゴミは郷里に送り返すから一まとめにして、所定の袋に入れ荷札に宛先《あてさき》を書いておけ」
金井が指示した。いままで身に着けていた私服は、兵学校では「娑婆のゴミ」なのである。
新しい制服制帽に身を固めたぴかぴかの新入生二百四十八名は、大講堂に集められて入校式に参列することとなった。
四号生徒を最前列に以下期数順に並ぶ。全校生徒、全教官威儀を正して居並ぶ中に、時の第三十六代校長出光万兵衛中将が姿を現わす。厳粛な空気が張りつめる中を代表生徒が二百四十人の生徒の誓約書を一括して校長に提出し、辞令を受け取った。海軍校なので入校許可ではなく、
「海軍兵学校生徒を命ずる」という命令書の形を取るのである。
次いで校長の訓示があった。その大要は、
「国家非常の折、名誉ある海軍将校生徒としての矜持《きようじ》を保ち、常に修養と鍛練を怠ることなく、皇軍の要枢たるべく、もって皇国守護の大任を果たし、大元帥陛下に帰一し奉るよう。海軍兵学校の今日を築き上げた諸先輩の名を恥ずかしめることのないよう立派な海軍将校となってもらいたい。今日の諸君は、決して諸君一人の力でここに在るのではない。ご両親、恩師、諸先輩、友人などの薫陶《くんとう》と指導の賜《たまもの》として今日の諸君がある。本日諸君は全国より選ばれて、海軍兵学校が創立以来六十余年|堆《つ》み重ねてきたピラミッドの頂上に坐《すわ》っている。諸先輩が堆み上げた智恵と汗の結晶を一滴の無駄なく掬《すく》い取り、諸君の血となし肉となし、国家悠久の大計に役立ててもらいたい」
同じ様な心構えをすでに中学の配属将校から聞かされていたが、兵学校の入校式で校長から直接訓示されることは生徒たちに特別の感銘をあたえた。
入校式が終ると、いよいよ四号生徒の海兵生活第一日目の課業が始まる。普通の学校なら父母と共に花見にでも行くのだが、四号生徒には一か月余の酷《きび》しい入校教育が待っている。
だが校内は桜がいまを盛りと咲き誇っている。特に裏門から大講堂をめぐり、イギリスから運んだ赤煉瓦を積み重ねた東生徒館に至るまでの、兵学校のメインストリートともいうべき白砂を敷きつめた道の両側につづくソメイヨシノの並木は見事である。どの建物からも必ず桜が見られ、校庭を課業から訓練へと忙しく走る生徒たちの頭上に惜しみない花吹雪を舞わせた。
当時は軍歌としてあまりにも有名な「同期の桜」はまだつくられていない。
だがその歌詞にある
「貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
咲いた花なら散るのは覚悟
見事散りましょ国の為」
という文言は、兵学校の校庭の桜を知っている者ならだれしも魂の底からの共感をおぼえるにちがいない。それほど兵学校の桜は、反戦、反軍、軍国主義教育の賛否、左右のイデオロギー論争などを越えた象徴的な美しさをもっていた。
まだ童顔の少年たちを骨の髄から海軍色に染めた海軍兵学校七十六年の歴史も、振り返ってみれば日本軍国主義が産んだ「兵《つわもの》どもが(悪?)夢のあと」にすぎないかもしれない。
だが年端もゆかぬ少年たちが祖国を至上のものとして愛し、進んで国のために殉ずるのを無上の栄誉として切磋琢磨《せつさたくま》した学校が、単なる悪夢の跡でないことは、兵学校卒業生の戦いぶりと生き残ったOBの社会の全方位における活躍を見ればよくわかる。
当時は軍国主義という言葉はほとんど用いられていなかった。軍国主義というなら、世界の主要国が第二次世界大戦前の露骨な侵略主義を打ち出し、程度の差はあっても全世界が軍事色に濃く染められていたのである。
日本の軍国主義の特色は、欧(独伊を除く)米のシビリアンコントロール型と異なり、天皇の統帥権に服するファシズム型であり、鎌倉以来の武士団の君主に対する忠誠の伝統を薩長《さつちよう》主導の明治政府が天皇におきかえ、建軍以来、天皇を軍部が政権を握る帽子として利用したことである。
世界を包む戦雲の下で愛国の熱情に燃える少年たちにはそんなことは関係ない。そういうことは戦争が終ってからの結果的論議である。彼らにとっては兵学校は、青春の聖域であり、その象徴として校庭の春|爛漫《らんまん》の桜があったのである。
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過保護の手当
1
期待と憧《あこが》れに胸を脹《ふく》らませて入校した四号生徒は、入校の日から過酷な教育と訓練に晒《さら》された。兵学校の生活は要約すれば、躾《しつけ》と敏速である。
戦争とは走ることであり(陸軍でなくとも)、先手を取ることが勝利の必須《ひつす》条件であってみれば、敏速を尊ぶのはどこの国の軍隊でも当然であると言える。
海軍の場合、機動部隊の空母対空母の対決は先に敵を発見した方が勝つ。飛行甲板を破壊された空母からは、どんな優秀な戦力を抱えた艦載機も飛び立てないからである。海兵の「早く早く」はそんな所からきているのであろうか。
限られた期間に海のものとも山のものともわからぬ少年たちを軍の中堅たる将校に養成するのであるから、その教育は猛烈をきわめる。教育の目的は「人間改造」にある。海軍士官の卵として、百人百色の人間を同一の鋳型《いがた》に入れて鋳造する。着校早々|風呂《ふろ》へ入れて浮き世の垢を洗い落とさせ、娑婆のゴミを生家へ送り返させたのも、鋳型の中に不純物を持ち込ませないためである。
明治二十一年兵学校を江田島に移転したのも、離島に隔離して浮き世の不純物を締め出すためであった。江田島移転の主導者といわれる伊地知弘一中佐は、その理由を、
一、生徒ノ薄弱ナル思想ヲ振作セシメ、海軍ノ志操ヲ堅実ナラシムルニ在リ
二、生徒及ビ教官ノコトタル 務メテ世事ノ外聞ヲ避ケシメ 精進勉励ノ一途ニ赴カシムルニ在リ 以下略――
と書いていることからも、娑婆の不純物から隔離した環境で、人間をみっちりと練り上げようとしたことがわかる。まだ世俗の垢に汚れていない少年たちは、離島に三年余から四年(大戦末期はさらに短縮された)閉じ込められて、まるで日本刀の地鉄のように均質のものに鍛練されていったのである。
彼らは海軍というファミリーの幹部|成員《メンバー》として人間を改造される。娑婆の人間と区別するために独特の厳格な躾をする。その躾こそ、ファミリーメンバーとして認められる規格なのである。一見その規格がどんなに厳しくとも、それを守っているかぎりファミリーの庇護《ひご》のカサの下に入れられる。
海兵生徒に「なぜ」という疑問は不要である。疑問を口にする生徒は、規律を守れず、鋳型にはまり込めない。天皇陛下の御為、進んで祖国に殉ずることを至上の光栄とする者に、個人としての疑問があってはならないのである。その疑問こそ浮き世の不純物であり、海兵在校中に全力を挙げて絞り出さなければならない異質の夾雑《きようざつ》物であった。
入校式後、事業服に着替えた四号生徒は、大食堂の前で食事ラッパが鳴るのを待っていた。
「四号聞け。兵学校ではすべて合図はラッパでする。起床、食事、定時点検、課業始め、止め、自習始め、止め、巡検などラッパで行なうからよく憶えておけ。それぞれのラッパ節に合調音語すなわち音声の意味をつけると憶えやすい。例えば食事は、兵学校の食事はニンジンゴボーたまには加薬(まぜ飯)か辛《カレ》いライスという風にだ。夕食のときはG一声、ドレミファのソが一声入る。ラッパが鳴り出したら校内どこでなにをしていても不動の姿勢を取る。最後の音と共に行動を起こす。わかったか」
金井が言った。
「わかりました」
「それからきさまら四号はラッパを待つ間、休めの姿勢のまま頭を下げていなくてはならん。腕を組んだりしてはならん」
と言われて食事ラッパ待ちの間も各号生徒によって待つ姿勢が定まっていることがわかった。腕を組んだり突っ張った格好をしているのは一号だけであり、二号が辛うじて腰に手を当てるのが許されているようである。
やがてニンジン、ゴボーたまには加薬の食事のラッパが鳴り終ると同時に全校生徒大食堂へ入る。約千名の在校生が一度に食事を摂れる食堂だけに壮観である。各食卓に分隊名を示す札が立っている。整然と各自席の前に立ち、当直監事の「着け」の命令と共に一斉に食事にとりかかる。白い事業服の全校生徒の食事風景はあたかも鶏舎の白色レグホンが餌《えさ》をつついているように見える。
「聞け」
今度は村上|伍長《ごちよう》が口を開いた。
「兵学校では食事は単に空腹を満たす生理的行為ではない。将校生徒としての礼法でもある。したがって常に厳格なマナーに則《のつと》って食事をしなければならない。食物を口に入れたまま話をすることはもちろん、人に聞こえるような音をたてて物を食べたり、汁を吸ったりするのはよくない。箸《はし》を握ったまま食器を動かしたり、箸の先で食器を動かしてはならない。食器はなるべく音をたてぬように取り扱う。味噌汁《みそしる》を飲むときは左手は膝《ひざ》におき、右手のスプーンですくって飲む。左手は原則として使わない。
犬食い、睨《にら》み食い、箸についた飯粒を口先で取るモギ箸、舌で箸の先を舐《な》めるネブリ箸、碗《わん》の中を箸でかきまわすマワシ箸、箸を握って魚などを割る握り箸、なにを食おうか迷う迷い箸、茶碗等に箸をさし渡す渡し箸、箸を三分の一以上食物で汚すヨゴシ箸、箸を食器と一緒に取る諸起《もろおこし》、食後食器の位置を乱す福並べ等すべて慎むように。まだ細かいマナーはあるが順次達示する」
これを聞いているうちに四号は萎縮《いしゆく》して箸がおもうように使えなくなってしまった。
今日は入校日とあって食卓は賑《にぎ》やかである。赤飯、鯛《たい》の塩焼、海老フライ、豚カツ、キントン、ケーキなどが並んでいるが、半分も食べないうちに週番生徒が「課業始め五分前」とどなった。四号生徒は慌ててのみ込んだ食物をのどにつっかえさせて目を白黒させながら立ち上がった。
これが江田島生活の基本となっている「五分前精神」である。すべてにおいて五分前に発動の姿勢をととのえている心構えのことをいう。
このようにして箸の上げ下げから厳しい躾を施して、少年たちを海軍ファミリーのメンバーとして人間を改造していくのである。分刻みで次々に為すべきことが決められている日課は、一種の過保護でもある。だから優秀な軍人(軍ファミリーの成員)にとっては自由こそ天敵であり、娑婆《しやば》の最大の不純物であった。夾雑物を取り除き、軍人が「戦う純物」となったとき一般社会から優位に立てるのである。
降旗は入校初日からそこが「早く早く」と「べからず」の世界であることを体でおぼえ込まされた。ここではすべきこととしてはならぬことがほとんどで、してもよいことはきわめて少ない。だがどんなに厳格な規律ずくめに縛られていても、それを身につけてしまえば、規格品の部品がピタリと合うように海軍という巨大な戦う組織に迎え入れられるのである。
入校日に、降旗は密かに持参してきた「啄木歌集」を家に送り返す荷物の中に入れた。
兵学校生徒懲戒規則第二条第二十項に「構内に於て允許《いんきよ》を得ざる書籍、器械その他物品を所持したるとき」と規定されていた。
降旗が心酔した藤村や啄木も、ここでは社会の不純物であった。だがそれを返送することに悔いはない。たった一日で降旗は海軍の鋳型に組み込まれることを喜んでいた。
2
昼食後、村上伍長と金井伍長補に引率されて校内見学をした。見学といってものんびり見てまわるわけではなく、きびきびと歩く。
大講堂横の太平洋池を横目に見て、まず校内敷地のほぼ中央にある小高い丘の上にある八方園神社へ参詣《さんけい》する。次いで赤|煉瓦《れんが》の東生徒館の裏手を通って、教育参考館で東郷元帥やネルソンの遺髪や、今日の日本海軍を築き上げてきた卒業生の遺品を見せられた。
生徒たちに特に深い感銘をあたえたのは、戦死卒業生の名前を彫った大理石の英霊|名牌《めいはい》である。だれもがいつかそこに刻まれる自分の名前を想った。
教育参考館の内部は、森閑と静まり返り、荘厳な気が屯《たむろ》している。それは諸先輩の築き上げた歴史と伝統の重みであり、後に続く者に対する無言の督励となっていた。生徒たちはその重みに圧されて、寡黙になり、足取りが粛々として重くなった。二段跳びに駆け上らなければならない階段も、教育参考館の磨き込まれた中央階段だけは、一歩一歩踏みしめながら神妙な足取りで上下した。
教育参考館を出た第七分隊の四号は、建築中の乳白色の西生徒館の前から海岸へ出た。兵学校の敷地は西南西が海に面し、裏手北方に古鷹山を背負っている。廃棄潜水艦を利用した桟橋の先に廃墟《はいきよ》になった巡洋艦「平戸」と駆逐艦「時津風」が逆L字型に係留されている。
平戸の南方に表桟橋が突き出ている。
裏門から入校した降旗は、表門はどこにあるのかとおもっていたが、これが表門であることを教えられた。
「卒業式のときの御差遣殿下をはじめ、貴賓はすべてこの表門からご送迎する。きさまらが四年後卒業するときもこの表門から練習艦隊に配乗するのだ。ただしその日まで頑張れたらの話だ」
村上の細い顔がニヤリと笑った。そのとき降旗の目には村上の表情がひどく酷薄に映じた。
表桟橋の南、海に向かって左手には戦艦「陸奥《むつ》」から取りはずした四十サンチ主砲二門が沖の方角をにらんでいる。陸奥砲台の東が練兵場となっていて四百メートルのトラックが一周している。トラックをはさんだ形で北東に千代田艦橋、南側に明石マストがある。校内見学は一応そこで終った。
朝から分刻みにびっしり詰まったスケジュールに四号はかなり疲れていたが、まだ一日の日課の約半分を消化したにすぎない。この後、四号にとって「恐怖の行事」が待っていた。
「これより自習室へ行き、軍人精神の根本則である軍人勅諭と江田島健児の五省の暗誦《あんしよう》をする。自習室へ向かって駆け足」
後方のドアは一号専用であり、先任(席次)順に三号二号と坐《すわ》る。
ここで上級生から「坐り方」を教えてもらう。伍長の「着け」の号令と共に右手で一斉に椅子《いす》を後方へ引き、二で右足を椅子の前へ踏み込み、左足を右足に揃《そろ》え浅く腰を下ろし、三で腰を浮かして椅子を引いて背を伸ばす。その動作が一糸乱れず、四号は目を見張った。つづいて四号がやらされたが、とても上級生のようにうまくいかない。ともかく坐ったが、ホッと一息|吐《つ》く間もなく軍人精神を頭に叩《たた》き込まなければならない。降旗は表紙に「軍人に賜わりたる勅諭」と書かれた本を開いて愕然《がくぜん》とした。軍人勅諭として忠節、礼儀、武勇、信義、質素の五か条は知っていたが、その前後を難解な長文が埋めている。
何度読んでも意味がわからなかった。途中から思考が空白になり、目だけが活字の上を空滑りしている。そのうちに眠けをもよおしてくる。
とたんに雷が落ちた。
「こら、居眠りするな。今度見つけたら血反吐《ちへど》を吐くほど修正するぞ」
一瞬ビクリとして眠けが吹っ飛ぶ。ここで一号が最後列に坐った理由がわかった。一号からは全生徒の背中が監視でき、しかも自分は気づかれずに居眠りすることができる。
ようやく夕食の時間が迫った。昼食をせかされて中途半端に打ち切られているので、目がまわりそうに腹がへっている。家にいれば間食をつめ込んでいるところである。
食事ラッパが鳴り、食堂へ入ってがっかりした。麦めしといかにもまずそうにグチャリとした煮魚、味噌汁とたくあんだけである。質もひどいが、量も足りない、昼間食べきれなかった食物が怨《うら》めしい。
体重六十八キロ以上の者には「増食」という真鍮《しんちゆう》のコの字型板がはめ込まれ、主食二割を増やされた。降旗はとても増食の体重に及ばない。このときほど体重の多い者を羨《うらや》ましくおもったことはない。
食事が終っても食ったという気が少しもしない。しかもまだ午後五時半である。これから夜の自習を経て明朝までの長い夜をどうしのぐのかとおもうと絶望的になった。
降旗は家の夕食を想った。彼の母は料理が得意で降旗の好物をたくさんつくってくれた。菜など六、七品あって食べ切れなくて残すことがあった。父親がよくもったいないから一、二品へらせと言っていたものである。我が家の夕食の余り物でもあったらと、降旗はさもしいことを考えていた。
食事が終り、事業服から一種軍装に着替えて自習室へ戻ると、村上伍長が、
「四号全員黒板正面に整列」と命じた。
「これよりたがいに姓名の申告を行なう。上級生の名前をよく憶えておけ。一度申告したら二度は言わん。いいな」
村上がニヤリと笑うと、
「まず自分から申告する。第七分隊伍長、馬術部主任、図書係村上純一」
次に金井が立った。
「第七分隊伍長補、相撲部主任、相撲係金井大助」
つづいて先任順に一号が次々に申告する。一度に大勢に名乗られるのでとても憶え切れない。一号は一人が一つか二つの係をもっている。短艇係、弓道係、小銃係、銃剣術係、軍歌係などはわかったが、ゲットヒン係やシュホヨーコーカン係など申告されてもなんの係だかわからないものもある。
「きさまら聞いてばかりいないでどのくらい憶えたか復唱してみろ。村尾、いま谷口生徒はなんと申告したか」
金井が突然四号の一人を指名した。
「はい。サミセン係……」
「なんだと!?」
金井の目が釣り上がった。
「はい。三味線係です」
上級生がくすりと笑った。
「馬鹿者、兵学校は料亭じゃないぞ。それは弥山《みせん》係のことだ。毎年秋、宮島最高峰の弥山に分隊対抗の登山競技を行なう。一人でも登頂するのが遅ければ分隊の所要時間が多くなる。きさまらが死ぬほどのおもいをする山だ。よく憶えておけ」
金井が床をドンと踏んだ。上級生の申告が終り、四号の番になった。先任順に次々に申告する。だがどんなに大きな声を出して申告しても、
「なにも聞こえん。なにを言っとるかわからん」
「声が小さい。やり直し」
を命じられる。何度もやり直しをさせられている間にのどが嗄《しわ》がれて声が出なくなる。大きい声を出せば出したで、
「きさまなにをうなっとるか。命令ははっきりと告げる。そんな犬の遠吠《とおぼえ》のような声を出しても部下にはわからんぞ」
とどやされる。
「なんだと、もう[#「もう」に傍点]やだようだと。きさま姓名申告をなんと心得ておるか」
「毛利弥太郎です」
「牛の遠吠のような声を出すから聞きまちがえるのだ」
ここでクスリと笑おうものなら鉄拳《てつけん》が飛んでくるので、みな必死に笑いを噛《か》み殺している。降旗の番がきた。
「降旗圭、神奈川県|相模《さがみ》中学校出身」
「わからん」
「降旗圭、相模中学校出身」
「古畑だと?」
「ふるはたであります。天孫降臨の降に、旗という字を書きます」
降旗の最もいやな場面になってきた。
降旗は苦心の末、自分の姓を示す字を「降臨」に当てた。これが一番無難な借字である。
「なに天孫降臨だと」
金井がぎろりと目を光らせた。
「はい」
降旗はその目の光にサディスティックな色を見た。
「畏《おそ》れ多い字を使うな。降ろす旗の降旗、降参という意味ではないか」
「ちがいます。掲げた旗を一時取り込んだだけであります」
降旗は抗議をしたが、これでコウキという諢名《あだな》を奉られるにちがいないとおもった。
だが幸いにして、一号は彼だけに長くかかずらっていなかった。新入り四号全員に申告させなければならないので時間が足りない。
この夜四号は恐怖の姓名申告によって兵学校の洗礼を受ける。
一号生徒から三号ないし四号の最下級生に兵学校の伝統を叩き込むための洗礼であるので、どんなにうまく申告しても必ず文句をつけられる。その期の一号生徒によって、その指導を受ける三号ないし四号が変ってくる。厳しい一号についた最下級生は獰猛《どうもう》なクラスとなり、彼らが一号になったとき、その指導をバトンタッチしていく。
このようにして兵学校の伝統は、二期、三期毎にその気質を受け継いでいく。
海軍兵学校の教育は訓練と学術教育に分れ、低学年では普通学、進級するにつれて軍事学に重点がおかれるようになる。全カリキュラムを通して学術に比重がおかれているが、入校後約二か月の「入校教育」は体力練成を目的とする訓練によってほとんど占められている。
特に午前の陸戦訓練と、午後の短艇《カツター》訓練が圧倒的に多く、柔剣道、体操などが次ぐ。
海軍だから陸戦の訓練などはあるまいとおもっていた生徒たちは、いきなり小銃をもたされて歩兵のようにオイチニをさせられて面喰《めんく》らった。
それに苦情を言っている間もなく、短艇に乗せられ、オールを握って漕《こ》がされた。カッター訓練は、海軍軍人の基本訓練として荒天であろうとおかまいなく行なわれるので、波をかぶっておもうように漕げない。十二名の艇員のオールも呼吸が揃わない。馴《な》れない生徒たちは船酔いする。
だが舵手《だしゆ》の一号は容赦なく、
「なんだ、そのだらしない漕ぎ方は。敵前でそんな悠長な漕ぎ方をしていたら上陸する前にやられてしまうぞ。もっと気合を入れろ」
と容赦なく発破をかける。ふらふらになったとき、
「橈《かい》立て」
の号令がかかる。ようやく全員橈を立てると、
「橈降ろせ」
の号令が追い討ちする。再び長いオールを橈座に備える。手がしびれて、橈を取り落としそうになるのを必死に怺《こら》える。
「橈漕《とうそう》始め」
泣き面に蜂のような号令が追いかけてくる。手は肉刺《まめ》だらけになり、尻《しり》の皮が破れてズボンが赤く染まる。
入校教育期間中は生徒にものを考える余裕がまったくあたえられない。兵学校の校風と海軍軍人としての基礎体力づくりを理屈ではなく、体からおぼえ込ませようというやり方である。
入校時の春から初夏にかけてはまだしも、冬期や厳冬期の訓練の厳しさがおもいやられた。
午後九時自習|止《や》めのラッパが鳴り、ようやく寝る時間がきた。一号の命令によって洗面所で歯を磨き寝室へ集まる。それから寝るのだからのんびりと待ってもいいはずであるが、そうはいかない。
歯磨きもそこそこに階段を二段跳びして二階の寝室へ駆け戻ろうとしていた降旗に、「待て」がかかった。これがかかったときはその場に直立不動の姿勢を取らなければならない。
ぎくりとして声の方へ横目を向けると、見憶えのある顔がニヤリと笑った。
(鬼山)
その言葉|半《なか》ばに降旗はのどの奥にのみ込んだ。
「来たか、シロハタ。そのだらしない上り方はなんだ。かんかんのうを踊っているのか」
鬼山は近づいて来るなり、いきなり火の出るような鉄拳を降旗の頬《ほお》に叩《たた》き込んだ。これが入校後降旗が初めて味わった鉄拳である。どこの分隊か知らないが、郷里の中学の鬼山が、文字通り鬼の一号として降旗の前に現われた。
降旗はしばらく口が痺《しび》れたようになった。
「なにをボケッと突っ立っておるか。上り直せ」
大山が命じた。上り直したが、再度やり直しを命じられた。三度目にようやく、
「よし、そんな所でかんべんしてやろう。いいか、同郷だからと甘ったれるんじゃないぞ。これからみっちりとしごいてやる」
と放免された。寝室に戻ると、早速、
「歯を磨くのになにをもたもたしておるか」
とどやしつけられた。言い訳をしようものならまたどやされる。
これでようやく寝られるとおもうと、「就床動作」の訓練がある。毛布をベッドに敷き、服を脱いで畳み、寝衣に着替え、ベッドに横たわって「就眠準備完了」までの時間を測る。
まず三号が模範動作を見せる。彼らは二分以内に準備完了をしていた。だが四号は最も遅いのが四分を越えた。
「きさまらは寝るのになぜ急がなければならんとおもっとるだろう。就床動作は起床動作につながる。敵襲時に四分もかかって起床していたのでは、確実に殺されている。軍隊で早くということは生きるということだ。生きのびたかったら、なんでも早くすることだ、わかったか」
村上伍長が言った。
返事が小さいとやり直しを命じられる。
3
その夜初めての兵学校の夜とあって体は綿のように疲れていたが、心機が昂《たか》ぶっていて四号はなかなか寝つかれなかった。腹も空いてきている。いずれも郷里の家の様《さま》を想起して輾転《てんてん》反側している。
それでも疲労に圧倒されていつの間にか眠り込み、気がつくと起床時間が迫っている。眠ったようでも精神の一部が目醒《めざ》めていて、起床ラッパに起こされるということはない。
四号のベッドはいずれもゴソゴソしている。毛布の下で服を着ているのである。五時三十分起床ラッパと共に全員ベッドからはね起きる。十五分後に練兵場で海軍体操が始まる。その間に起床、カーテンを引き開窓、毛布を畳む、事業服を着る、寝衣|整頓《せいとん》、洗面、乾布摩擦、用便、集合、整列を消化しなければならない。
その後掃除当番は十五分以内に体操を終えて生徒館へ駆け戻り、室内と床の拭《ふ》き掃除をしなければならない。
「生きのびたかったら、なんでも早くすることだ」と諭した村上伍長の言葉が耳によみがえってくる。
いつもならまだ家の寝床の中でぬくぬく寝ている時間である。目を覚ましていても、起きようかどうしようかぐずぐずしている時間帯に、目白押しに詰まった課業と格闘している。ここでは昨夜から楽しみにしていた朝食も格闘すべき課業であった。
だが毎日、分刻みで定められた課業を消化《こな》している間に、兵学校という鋳型《いがた》にすっぽりとおさまっている自分を見出す。馴れてみると、これが意外に楽なのである。為すべきことがすべて課業として事細かに決められているので、なにを為すべきか自分で判断する必要がない。各課業に耐えられるだけの体力さえあれば、日課表に従い行動し、さらにこうしろああしろと教官と先輩が手取り足取り教えてくれるので、精神的には意外に楽である。
課業第一主義の兵学校の生活に馴れた身が、休暇で帰省して完全な自由の中に放り出されると、かえって時間をもてあましてしまう。そのときはすでに民間人から軍人としての鋳型の中にはめ込まれてしまっているのである。
鋳型にうまく適合しない部分を「修正」という名の鉄拳制裁で矯正していく。
入校後初の日曜日がきたが、四号には外出が許されない。平日の課業はなく、校内見学と自習ということになる。だがそれだけでなんとなくのんびりした気分が四号の間に漂う。午後は上級生のほとんどが外出しているので、鬼の居ぬ間の洗濯《せんたく》のような気分であった。
だがだれも見ている者がないとおもったのが他の分隊の上級生に見られていて、村上|伍長《ごちよう》に報告されていた。
夕食後自習時間が始まると四号は黒板前に整列を命ぜられた。いままでと一号の様子がちがう。
「ぐずぐずするな」
「きょろきょろするんじゃない」
「胸を張れ」
「目を見張れ」
「背筋をシャンと伸ばせ」
一号が口々に罵声《ばせい》を浴びせかけた。整列した四号の前に村上伍長が立った。
「きさまらを迎えて今日ほど情けないおもいをしたことはない。他の分隊の一号より、きさまらののびたウドンのような態度を報告された。おれたちがちょっと目を離した隙《すき》に、とたんにのびたウドンになるきさまらの根性が情けない。我が一号が一人でもいたらそんな態度はとらなかったはずだ。将校生徒としてかげ日向《ひなた》ある態度は最も恥ずべきことだ。将来多数の部下をもつ身が、そのような根性では部下から甘く見られる。部下が従《つ》いて来なければ軍の指揮は成り立たない。きさまらのような四号が入校して来たことは、兵学校の今日を築き上げた諸先輩に対して顔向けできないおもいだ。
よってきさまらの曲がった根性を叩《たた》き直してやるから足を一歩間隔に開け。歯を食い縛れ」
村上に命じられても、四号はなぜ文句を言われるのかよくわからない。たしかにいつもの秋霜烈日たる気合は入っていなかったかもしれないが、休日の自習時間である。上級生は外出して生徒|倶楽部《くらぶ》で好きなものを食い、寛《くつろ》いで来たのであるから、四号が自習室で少しぐらいのんびりしてもよいではないかという肚《はら》がある。
「きさまら、なんだ、その顔は。不服がありそうだな。きさまらの顔を見ていたら、おれも黙っていられなくなった」
金井伍長補が出て来た。まず村上が一人ずつ殴り、金井がつづいた。村上の打撃は大したことはなかったが、相撲部主任の金井の鉄拳《てつけん》はツーンと頭の奥に響いた。ほとんどの者がよろけた。
だが鬼山の鉄拳を郷里の中学時代も含めてすでに何度か受けている降旗には、それほど響かなかった。むしろそれが過保護の手当《てあて》≠フように感じられた。
かゆい所へ手が届くようにさしのべられた保護、多少痛覚を伴うが、それを保護の手とおもってしまえば、さしたる苦痛でもない。
兵学校名物の修正を過保護の手当と悟った降旗は、自衛のためのサバイバルテクニックを本能的に身につけたといってもよい。
降旗が江田島で海軍将校生徒の途をひた走っているころ、世情は騒然として日本も軍国ファシズムへ一路|驀進《ばくしん》していた。
二・二六事件の反乱は最強硬論者の野中大尉と安藤大尉の自殺(未遂)によって終止符を打たれ、首謀者全員が投降した。陸軍は戒厳令を解除しないまま、緊急勅令による特設軍法会議でこの事件を審理した。非公開、弁護人なし、上告不許の暗黒裁判によって七月五日事件関係者十七名(民間人を含む)に死刑判決がおり、十二日に刑が執行された。
首謀者の一人、磯部浅一は獄中で怨念《おんねん》に満ちた手紙を書き連ねた。
「殺されてたまるか、死ぬものか、千万発射つとも死せじ、断じて死せじ/悪鬼となって所信を貫徹するのだ/全幕僚を虐殺して復讐《ふくしゆう》したい」――等と怒りと怨念に満ちた文書を書き連ね、さらに天皇に対して、
「――朕は事情をまったく知らぬと仰せられてはなりません。かりにも十五名の将校を銃殺するのでありますぞ/何という御失政でありましょう/かくのごとき不明をおかされあそばすと、神々のお怒りにふれますぞ。いかに陛下でも、神の道をおふみちがえあそばすと、ご皇運の涯てることもござります」
と怨《うら》みの言葉を書き連ねた。
二・二六事件の引金となった永田軍務局長暗殺の犯人の相沢三郎が問いつめられる都度「尊皇絶対だ」と陳述したのと好対照をなしている。
二・二六事件によって岡田内閣は総辞職し、軍部の露骨な干渉の許《もと》に軍部追随型の広田内閣が誕生した。ここに太平洋戦争へ至る軍部独裁のレールが敷かれたのである。
軍部においても皇道派は完全に息の根を止められた。新統制派軍人による一体化が進められ、軍部独走の道が開かれた。
昭和初期に輝いたアメリカ型のリベラリズムはまったく駆逐された。むしろリベラルは悪と頽廃《たいはい》の代名詞のようにされ、マスコミのドイツナチズムの礼讃《らいさん》が煽《あお》られてファシズムへの傾斜と加速度をいっそうに強めた。
二・二六事件を境に昭和は明確に色分けされるほど暗黒化への急カーブを切ったのである。
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最後の夜景
1
「命中!」
ロバート・ウッドは快哉《かいさい》を叫んだ。五階のテラスから地上の芝生にいる小さなターゲットに命中させるのは、かなり難しい芸当である。まして相手は生きている標的であるので一発失中すると、せっかく勢揃《せいぞろ》いしている獲物に逃げられてしまう。
高さ、風向、風速、的の位置、爆弾≠ネどの総合計測によって命中に導かれる。爆弾≠ェ地上に到達した音に誘われて、さらに数匹の的が集まって来た。そこを狙《ねら》って数発つづけざまに落とす。それが連続的に的に命中した。
「やった、やったあ」
ロバートはおもわず声を出した。
「まあ、ひどいわ」
地上から抗議の声が上がってきた。だれも見ている者がいないとおもっていた芝生の木陰に、東洋人の少女が立ってロバートの方をにらみつけている。黒い長い髪を風にそよがせて肌が透き通るように白い。たしか一階に住んでいる「ナカガワ」という日本人商人の娘である。
「ぼ、ぼくは餌《えさ》を投げていたんだ」
ロバートは慌てて、口ごもった。
「この辺の猫は何を食べるの」
地上から娘が詰問した。目鼻立ちの整ったノーブルな顔が怒っている。日頃密かな好意を寄せている東洋の少女に最もまずい場面を目撃されてロバートは窮した。
「小さな石でも五階から落とせば加速度がついて痛いわよ。当たり所が悪ければ死ぬかもしれないわ」
少女の顔が怒りに上気している。
「ソリー」
「私に謝ったって仕方がないわよ」
「反省しているよ」
「今後絶対にしないって誓いなさい」
「今後絶対にしない」
五階のテラスと地上でロバートと少女が問答している間に、標的にされた猫はみな逃げてしまった。
憧《あこが》れていた日本の少女中川|寛子《ひろこ》とロバート・ウッドが初めて言葉を交わしたのは、この猫爆撃事件≠フときである。寛子に芳《かんば》しくない印象を残した初会話であったが、とにかくこの事件によって彼女がロバートを憶えたのは確かである。
寛子とロバートは同じアパートメントに住んでいた。中川一家がロバートのアパートに移転して来たのは、約一年前である。ロバートより二、三歳年下のこのエキゾチックな少女にロバートは魅せられていたが、少女にまつわる侵し難い気品が、言葉をかけるのをためらわせていた。
寛子の陰翳《いんえい》を帯びたミステリアスな表情には拒絶的な雰囲気がある。美しい女はどこかに拒否的な要素を含んでいるものであるが彼女の拒否の底には「東洋の神秘」がある。その謎《なぞ》を解いた男だけが、彼女にアプローチする権利と資格をあたえられる。そんな感じであった。
それがひょんなきっかけから寛子と言葉を交わしたが、それ以後ロバートとアパートメントの出入口やエレベーターなどで出会っても知らん顔をしている。視野の中に確実に入っていながら、木や石でも見るように無反応である。だがその極端な無反応ぶりが、彼を意識している証拠である――とロバートは自分に都合のよい解釈をした。
寛子に「誓った」手前、ロバートは密かな楽しみを失った。彼の一家が住んでいる五階から地上まで十メートル以上の高度がある。南面するテラスの前の芝生に、いつのころからか野良猫が集まるようになった。芝生のおもいおもいの場所に位置を占めてのんびりと日向《ひなた》ぼっこをしている。特に朝、多数の猫が集まる。
ロバートはそれを狙って小石を落とす遊びを発明した。約十メートルの距離があるのでなかなか当たらない。ようやく命中コースに入ったとおもうと、横風を受けて逸《そ》れた。
そのうちに猫の方が馴《な》れて途中で石が落ちる気配に気がついて、ヒョイと躱《かわ》してしまう。ロバートは猫にからかわれているような気がした。猫を傷つけない程度の小石を集めて、猫のなるべく胴体を狙って落とす。猫の方もロバートが狙っているのを承知で悠々と寝そべっている。「守るも攻めるも」の攻防がつづいてロバートは次第に腕≠上げていった。最近ではほとんど百発百中になりかけたところで、中川寛子に見つかってしまったのである。
寛子に誓ったものの、ロバートはあの楽しみが忘れられない。必中コースに入った爆弾≠ヘ、命中する前から手応えがある。その手応えがたまらない。
ロバートはとうとうがまんできなくなって寛子の姿のないのを確かめてから、また猫の爆撃を再開した。だが男の誓約は守らなければならない。
ロバートは石の代りにパン屑《くず》や猫の好みそうな魚肉や肉の塊を小石ほどに切って爆弾とした。これだと石より命中率が悪くなったが、猫が逃げなくなった。訓練を重ねるうちに、代用爆弾≠ナも以前と変わらないほどに命中率が向上してきた。
そのうちに下層階の住人が野良猫が集まって困ると苦情を言いだした。
「だれか上から餌を落とすのよ。だから猫が集まって来るんだわ」
「いやあねえ。猫の排泄物《はいせつぶつ》でくさいし、食べ残した餌が腐って不潔だわよ」
「いったいだれが餌を落とすのかしらね」
住人の奥さん連が集まり、上の階をにらんで苦情を言い合った。この高級住宅街に野良猫は招かれざる存在であった。ロバートはテラスのフェンスのかげに身をすくめてその苦情を聞いていた。
それから二日後、ロバートは驚くべき光景を見た。日曜日の早朝ロバートはテラスに立った。五月の早朝、海の方から来る微風が快い。
この季節、雨はほとんど降らない。年間を通して心地よい気温であるが、特に初夏から夏にかけての気候が快適である。街はまだ日曜の朝の眠りの中にある。ロバートの家族もベッドの中だ。
サンフランシスコ湾の対岸に昇った朝陽が光の第一矢を射ち込んで来ている。西海岸に沿った国道、現在の35号線パシフィック・シニック・パークウェイに車の影も少ない。
ロバートはテラスに立って深呼吸をした。ロバートは朝のこの時間帯の街の風景が好きである。この住居も気に入っている。
サンフランシスコ南部の高級住宅地、緑豊かな環境に宏壮《こうそう》な邸宅や瀟洒《しようしや》なアパートメントが散在し、住人もエリートである。広い舗装路を走るのは、高級車ばかりである。アメリカ人の最も住みたがっている地域に住んで、いまカリフォルニアサンシャインを独占している。
夜の間、すっぽりとサンフランシスコの街を埋めた霧は、夜明けと共に美しい魔物のように太平洋のかなたへ消え去ってしまう。
ロバートは夜明けの最初の光を独占してからもう一度ベッドに潜り込む。つまりインチキな早起きであるが、今朝は本当の早起きである。ロバートの高校とパシフィカ地域のエドジエマール高校との親善野球試合があり、レギュラーとしてロバートは出場することになっていた。
太平洋の方角からテラス前面の芝生に視線を転じたロバートは、おやと目を地上の一角に据えた。
まだ猫の現われる時間ではない。
朝靄《あさもや》の揺れる芝生に人影を認めたのである。
「ヒロコ」
ロバートは語尾をのどの奥にのみ込んだ。中川寛子がロバートが見ているとも知らず、芝生でなにかしていた。ロバートは寛子がしていることを悟って凝然《ぎようぜん》とした。
彼女は芝生に散らばった猫の食べ残した餌や排泄物をせっせと掃除していたのである。それは本来、ロバートがしなければならないことである。
ロバートは声をかけようとして言葉がのどの奥に引っかかってしまった。もしいま声をかければ、彼女の作業を手伝わなければならない。それはロバートの仕事として彼が率先してやらなければならない性質のものである。
だがそんな作業をしていれば、確実に試合に遅れる。今日は地域の強豪同士の対決とあって大勢の見物人も来る。チームのエースとしてロバートは絶対に欠かせない戦力である。
(今度手伝えばいい)
ロバートは自分に言い聞かせてテラスから引っ込んだ。だが卑怯《ひきよう》なことをしたというおもいは拭《ぬぐ》えない。その日ロバートのコントロールが乱れて、チームは大敗を喫した。
2
それから間もなくロバートのハイスクールの創立記念日に開いた校友会ダンスパーティに、中川寛子が来ているのを見つけた。だが彼女の周囲は親衛隊がびっしりと厚い壁を築いている。エキゾチックで神秘的な東洋の美少女には取巻きが多く、|新たな参入《エントリー》を許さない。
ロバートは多数のナイトを侍らせて蝶《ちよう》のように舞う寛子を遠方から指を咥《くわ》えて見守っていた。彼女の視線が時にロバートの方を向くことがあった。勇を鼓《こ》してダンスのプロポーズをしようとおもうのだが、その都度彼女の目に宿っている拒否的な光にはね返された。
その目がロバートの卑怯な振舞いを知っていると詰《なじ》っているようである。
少なくとも無視はしていない。それは軽蔑《けいべつ》している眼光である。ロバートにしてみれば、軽蔑されるくらいなら無視されたほうがましであった。
彼女の軽蔑に耐えてプロポーズするのは、ロバートのプライドが許さない。
パーティが終った。取巻きたちが彼女をエスコートする役を争っている。エスコートの争いがあるということは、まだ彼女にステディ(肉体関係)の相手がいないことである。
争い合っているのは、様子の美しい女の子の尻《しり》ばかり追いまわしているニヤケたやつらばかりであった。そんなやつらのどこがいいのかと、ロバートは心密かに憤慨していたが、先日の卑怯な振舞いをおもうと忸怩《じくじ》たるものをおぼえる。
その際、試合に遅れても寛子と共に作業をすべきであった。それが試合に勝つことよりもはるかに男として価値ある行為であった。そしてその行為によって彼女にアプローチすべき絶好のチャンスを逸したことになる。かえすがえすも残念であった。
学校の花形チームのエースのロバートに盛んにモーションをかけてくる女の子は多い。だがロバートは彼女らに目もくれなかった。彼女らが束になっても、「東洋の神秘」をいっぱいに孕《はら》んだ寛子にはかなわない。美しい女の子は会場にいくらでもいた。そしてロバートがその気になればより取り見取りである。
だが寛子を包む美しさは、ロバートがこれまでに知った他のいかなる少女とも異なっていた。アメリカの少女たちはカリフォルニアの太陽のように明るく直截的《ちよくせつてき》な輝きを発しているのに対して、寛子は間接照明のようにほんのりとした微光に包まれていた。身体《からだ》から発する後光《ごこう》が、いったん周囲の物体に反射して、本人を黄昏《たそがれ》の光の中に浮かぶ花びらのように柔らかく包装している。柔らかいが深い色光の中に女の謎が包み込まれている。
彼女にアクセスするためには、その何重もの包装を一枚一枚根気よく丁寧に解いていかなければならない。包装を開いていく間に実体が杳々《ようよう》たる霧の底に溶けてしまうような頼りなさがある。これが「東洋の神秘」なのであろうか。
ロバートは多数の少女たちの色目を躱《かわ》して一人車を駆った。夜気がパーティで熱せられた身体に快い。北にマーシド湖を抱え、西方の海岸線から広大なゴルフ場が散在している。太平洋から這《は》い出した夜霧が東方のサンブルーノ山地に堰《せ》き止められたように堆《つ》み重なっている。庭を十分に取った各家の灯が森の奥ににじんで見える。碁盤の目のようにアベニューとドライブが交わる中に、樹齢の古い木が霧の奥に枝をおもうさま広げている。各家の敷地が広いので、灯が霧の海に呑《の》み込まれると、本当の海の上を漂流しているような心細さをおぼえる。ウエストムアアベニューからハイスクールの敷地に沿ってハンティントンドライブを南へ下る。
ウエストムア公園の近くまで来たところで、ロバートは霧の奥に女の悲鳴を聞いたような気がした。ロバートは車を停めて耳を澄ましたが、乳白の霧の壁がひたひたと蠕動《ぜんどう》しているばかりである。
耳の錯覚かとおもってエンジンをかけようとしたとき、「タスケテ!」という若い女の声が霧の帳《とばり》を破ってロバートの耳に達した。
意味はわからなかったが、女性がなんらかの危難に瀕《ひん》しているのは明らかである。ロバートはためらうことなく、車を公園の中に乗り入れて悲鳴が来た方角へ走らせた。悲鳴は公園の方からきている。この公園は面積はさほど広くはないが、ハイスクールの敷地と隣接しており、樹齢の古い木が繁茂している。周囲の家並みは疎《まば》らである。
ロバートは公園の芝生を蹂躪《じゆうりん》しながら車を加速した。ヘッドライトに切り裂かれて、争っている数個の人影が浮かび上がった。彼らはいきなり公園の中に車がフルスピードで乗り入れて来たので仰天した。若い女を数人で取り囲んで乱暴しようとしていた若者たちは、ロバートの車に蹴散《けち》らされた。
地上に倒れていた女のそばへ車を寄せたロバートは、「早く乗れ」と言った。女を奪い取るように車に乗せたロバートは、ベンチをはね飛ばし、柵《さく》を踏み破って逃げた。後から追いかけて来る気配がしたが、霧のカーテンが彼らを隠してくれた。
「どうも有難う。おかげでたすかったわ」
「きみは!」
救った少女は中川寛子であった。
「公園の近くまで来たところで車が故障してしまったの。そうしたら後から来たあの人たちに公園に引きずり込まれて」
寛子は衣服のあちこちに泥をつけていたが、怪我《けが》はしていないらしい。実害もなかったようである。
「エスコートはいなかったのかい」
ロバートはパーティ出席者たちが寛子の帰途のエスコート役を奪い合っていた光景を見ていた。
「それが、みんな逃げちゃったのよ」
「ずいぶんだらしないエスコートだな」
ロバートは憤慨した。そういうとき命をかけて女性を守るのがエスコートなのである。
「私の責任よ。私に見る目がなかったんだわ」
寛子はべつに悔やんでもいないような口調で言った。
「襲って来た連中の顔を憶えているかい」
「見かけない顔だったわ。きっとパーティウルフかもね」
パーティウルフは、各学校で催すパーティ帰りの女性を専門に狙《ねら》う不良少年団である。この地域にはあまり出没したことはないが、サンフランシスコの方から流れ込んで来たのかもしれない。
「怪我はしなかった?」
ロバートは目の隅で寛子の様子を探った。一見無傷のようだが、女は衣服の下にどんな被害を受けているかわからない。
「大丈夫よ。あなたのおかげでなにもしないで逃げちゃったわ」
寛子は無傷であることを強調した。
「車を取り戻しに行かなければいけないな」
「明日、家の者に行ってもらうわ」
「警察に届けなくともいいかな」
「届ける必要はないわよ。べつに被害はなかったのだから」
おもわぬアクシデントによってロバートと寛子は親しくなった。
3
ロバートと寛子はたちまち恋に陥った。もともとロバートの方は片想いの素地があったので、寛子の合意が得られれば、二人の仲を阻むなにものもない。彼らは間もなく「ステディ」になった。
だがまだ二人とも学生なので両親には知らせていない。しかも国籍が異なる男女の恋愛は、いかに自由の国のアメリカでもハンディキャップがあった。
ロバートの父は独立宣言に署名した一人の子孫である東部旧家の出身である。サンフランシスコの弁護士であり、西のウォール街と呼ばれる|金 融 街《フイナンシヤル・デイストリクト》のモンゴメリー・ストリートに法律事務所を構えている。将来は、ロバートに後を継いでもらいたいとおもっている。母親も東部の銀行の重役の娘であり、地元の私立大学で会計学の講師をしている。
こんな両親であるから息子が日本娘と恋に陥っていると知ったら、すんなり許してくれそうもない。
一方寛子の親も西海岸の諸都市で手広く木材を中心に諸雑貨を商《あきな》っている富裕な商人である。いずれは日本へ帰ってしまうかもしれない。彼らは両家の家史からしても二人の恋愛が認められないのを察して、二人の関係をたがいの両親に秘匿していた。
だが彼らは交際している間に将来を固く誓い合った。
「大学を卒業したらきみのことを両親に言うつもりだ。残念ながら我が家は頭が古くて国際結婚に理解があると言えないのでね。いま話すときみと引き離されてしまうような気がする」
「私の家もよ。あなたとのことを父が知ったら、きっと私を日本へ送り返してしまうわ」
「たとえきみを太平洋のかなたに引き離されても、ぼくは追いかけて行くぞ」
「太平洋どころか、べつの星へ行っても追いかけて行くわ」
そんな稚《いとけな》い誓いを繰り返している間に、彼らは自分たちが悲劇のロメオとジュリエットになったような気分にさせられていた。だが家よりももっと巨《おお》きな、彼らが所属する祖国の離反による悲劇が二人を待ち受けていた。
間もなくハイスクールを卒業したロバートは、サンフランシスコ大学の法学部へ進学した。入学と同時にロバートは航空クラブへ入った。万能スポーツ青年であったロバートは、ハイスクールの野球チームのエースとして活躍するかたわら空に憧《あこが》れていた。父の希望で法学部へ進んだものの法律にはまったく興味がない。
「父の仕事を見ていると、どうも弁護士の仕事が好きになれない。弁護士の使命は正義の実現であり、弱者の味方であるはずなのに、父を見ていると、法律の盲点を突いて、金持の味方、強い者のサイドに付いているように見えてならない。たまたま父が金持の側に雇われた弁護士なので、そのように見えるのかもしれないが、金をもっていなければ、よい弁護士を雇えないことも事実だよ。それは父の依頼人《クライエント》を見ているとよくわかる。クライエントは父の所へ来て、デスクに札束積んで、先生これでなんとかしてくださいと言うんだ。父はその札束の高さを目で測って依頼の諾否を決める。父はぼくに後を継がせたいらしいんだけど、そんな仕事にどうしても関心をもてないんだよ」
ロバートは寛子に言った。
「弁護士がいやだったらなにになりたいの」
寛子が問うた。
「パイロットになりたい。鳥のように大空を自由に翔《と》びまわりたいんだ」
「パイロット、素晴しいわ」
「素晴しいとおもってくれるかい」
「おもうわ。私もよく自分が空を翔んでいる夢を見るのよ。あなたがパイロットになったら、私をあなたの飛行機に乗せてくださる?」
「もちろん、一番最初に乗せてやるよ」
ロバートは寛子と共に自家用飛行機でハネムーントリップをする夢を見ていた。ロバートよりも二年遅れて寛子もハイスクールを卒業し、同じ大学の文学部へ進学した。寛子は将来作家になりたいと望んでいた。幸いに日英両国語に通じているので、将来は日米両文学の架け橋になりたいとおもっていた。
だがこのころ、アジアをめぐって国際情勢が緊迫していた。一九三六年日本はロンドン軍縮会議から脱退、国際間の孤立を深めていた。
米英両国の好意によって日露戦争に勝利し、満州における優位を強めたが、米英は日本の満州進出を警戒していた。
日本の軍事力(特に海軍力)をソビエットや中共に対するアジアの歯止めとしてある程度認めていた米英も、日本軍部の増長に敵意をもってきた。
ロンドン軍縮会議から脱退した孤立化を補うため、日本はドイツに接近した。ドイツでは一九三二年ナチス党が第一党となり、絶対多数を確保した。翌三三年ヒットラーが首相となって独裁体制を固めていた。
ヒットラーは三五年ヴェルサイユ条約の軍備制限を破棄して、ライン非軍事地域に軍隊を駐留し、イタリアとの提携を深めながら軍備拡張路線をひた走っていた。
一九三六年(昭和十一年)、日本はドイツと「日独防共協定」を締結した。これはソビエットの脅威に対する協定であったが、米英の神経を逆撫《さかな》でするものであった。
ヒットラーと天皇を帽子に戴《いただ》く独日が手を結べば、ファシズム国家群が、米英仏等の民主主義国家群と対立の構図を打ち出して来るのは明らかである。
ロンドン会議から脱退した日本の海軍力の無制限の膨張を、アメリカは強い警戒をもって見つめていた。日本の海軍力は米国太平洋岸地域に対する直接的脅威となる。
若い二人にとってそんな国際情勢は関係ない。たまたま出会い愛し合った男と女が、それぞれアメリカと日本を祖国にしていただけであった。
大学二年のとき、ロバートはワシントン民間航空局から民間自家用操縦士養成課程卒業の証書を送られ、国家試験にパスした。彼は早速、初の単独飛行に寛子を乗せた。富裕な両親にせがんで買ってもらった自家用軽飛行機を自分の身体《からだ》のように操《あやつ》ってサンフランシスコ上空を飛んだ。海と起伏の多い市街地の入り組んだサンフランシスコを空から眺めると、立体感が強調され、海の青さと市街地の白と山地の緑や山肌の茶褐色が鮮やかな彩色を施して圧倒的な美観となって迫って来た。
「次は夜飛ぼう。高層ビルの灯がサンフランシスコ湾に投影して、まるで無数の宝石を砕いたようだよ」
ロバートは自分の庭を見下すような顔をして言った。自動車の普及しているアメリカでも、ロバートの年齢でパイロットライセンスを取得して自家用機を操縦している者は珍しい。
高校時代から飛行機の練習を始めていたロバートは、自分の身体のように自由自在に操った。彼の操縦は自信に満ち、機体は安定感をもって空間に浮揚していた。
寛子と初の同乗飛行をした後、帰宅すると、両親が改まった表情で待ち受けていた。
「ちょっと話したいことがあるので夕食後書斎へ来なさい」
と父に言われたとき、ロバートの胸を不吉な予感が走った。夕食後恐る恐る父の書斎へ入って行くと、両親が揃《そろ》って待っていた。
「おまえ、近所の日本娘と交際しているそうだな」
父が一切の前おきぬきに言った。ある程度両親の用件を予想していたロバートは、素直にうなずいた。寛子との関係は秘匿していたが、いずれ両親の耳に入るだろうことは、予測していた。
「おまえのガールフレンドの中に日本の娘がいることは、前から知っていたよ。異性を知るために大勢の女性と交際するのは、悪いことじゃないとおもって今日まで黙っていたんだ。しかし、人の噂《うわさ》ではおまえ、その日本娘とだけつき合っているそうだが、それは本当なのかね」
父はロバートの面《おもて》を一直線に見つめた。かたわらで母が心配そうに様子をうかがっている。
「本当です」
「それはどういうつもりなのかね」
「大学を卒業したら結婚するつもりです」
ロバートはおもい切って言った。どうせ表明しなければならない意図を、両親の方から機会をつくってくれた形である。母が長い溜息《ためいき》を吐《つ》いた。
「本気かね」
「本気です」
「相手の娘の意志を確かめたのかね」
「彼女もぼくとの結婚を望んでおります」
「相手のご両親の承諾は得ているのか」
「まだ話していません。卒業を待って話すつもりでいました」
「私たちとしてはこの結婚を許すことはできないね」
「どうしてですか。彼女が日本人だからですか」
「それもある。おまえたちが結婚しても幸福になれないことがわかっているからだよ」
「結婚もしないうちに、どうしてそんなことが言えるのですか」
「我がウッド家は合衆国独立宣言に署名した一人の由緒ある家柄であることはおまえも知っているだろう。その家にジャップの血を入れるわけにはいかんのだ」
「彼女をジャップなんて言わないでください」
「私にとってはジャップも日本人も同じことだがね。とにかく日本人の血を私の代にウッド家に入れることはできんのだよ。おまえの息子や娘がだれと結婚しようとなにも言わん。だが私の息子であるおまえが日本人の娘と結婚することは、私が絶対に許さない」
平素、優しい父親が、威厳に満ちた表情で言った。
「それが幸福になれないという理由ですか」
「祖先や両親の祝福を受けない結婚は、幸福になる重大な要素を欠いていると言えるだろう。しかしそれだけじゃないよ」
「それだけじゃないというのは?」
「私は仕事の関係で政府のVIPとコネクションがある。VIPから得た情報によると、我が国と日本との関係はきわめて緊張してきている。このまま日本が軍備を拡張して帝国主義の路線を突っ走ると、近い将来米日が正面衝突という事態も十分予想されるそうだ」
「それは日本と戦争になるということですか」
「その可能性もあるということだ」
「戦争になっても結婚していれば問題ないのではありませんか」
「なにを言うのだ。両国が戦争状態になれば、おまえは敵国の女を妻にしていることになるのだぞ。ウッド家がイタリア系やロシア系の移民であればそれもよいだろう。だが独立宣言署名者子孫としてそれは許されないことなのだ」
父は日本人女性との結婚がアメリカの独立を侵すような深刻な表情で言った。実際に署名者の子孫であることを最大の名誉と心得ている父にしてみれば、それは祖国の独立を侵されるような重大事にちがいない。
「ボブ、おねがいよ。パパの言うことを聞いてちょうだい。おまえならどんな良家の令嬢とでも結婚できるのよ」
母親もかたわらから口を添えた。
「私の人生の配偶者は、家柄や国籍に縛られずに私が選びます。ウッド家も合衆国独立の前はイギリスの木樵《きこり》の出身と聞いています。家柄を言うなら彼女の家も由緒ある日本の旧家です。家柄などナンセンスです。独立宣言でも自由と幸福の追求は侵すことのできない天賦の権利であることを保証しています。署名者の子孫であるならそれを守る義務があるとおもいます」
「ボブ、おまえは結婚ということがよくわかっていない。結婚は短期間の|遊び友達《プレイメイト》を選ぶことじゃない。男と女が長い人生を共にして家庭を築こうという契約なのだ。一時の感情だけで決めることではない」
「ぼくは一時の感情で決めたのではありません」
「まあ最後まで聞きなさい。結婚前の恋しい感情など結婚して一年もすれば消えてしまうものだ。おまえが愛とおもっているものは異性に対する餓えやもの珍しさにすぎない。男と女の関係には経済学の原則が働く。おまえたちはいまたがいに相手の供給《サプライ》が不足しているので、相手が恋しくてならない。供給不足による餓えを愛と錯覚しているのだ。結婚して十分なサプライを受ければ、結婚前の飢餓感が嘘《うそ》のように消失してしまう。
その後の長い夫婦生活を支えてくれるものは、たがいの協力と周囲の結婚に伴うさまざまな要素の援助なのだよ。結婚は決して本人同士だけのものではない。二人がそれまで育ってきた家庭環境や彼らの両親や知人や郷土や歴史や国などの総合的結びつきなのだ。それが結婚に伴うさまざまな要素なのだよ。男と女が結婚して異性に対する飢餓を充たされた後、これらの要素をすべて敵にしていると、外から二人を支えてくれるものがない。要素が味方についているのと、それを敵にまわしているのとでは天地のちがいがある。由緒ある家柄ということは結婚に随伴する要素が多いということだ。夫婦二人の協力だけでは乗り切れないほど世の中の波は高く荒いものだ。そして、夫婦二人だけでは、最初の愛情は、もの珍しさが醒《さ》めた後では冷却しやすい。おまえは幸福追求の権利は天賦の権利だと言ったが、結婚の正体を知っている親としては、みすみす不幸になる危険率の高い結婚を黙って見過ごすわけにはいかないのだよ。先方の娘さんの両親もおそらく私と同じことを言っているにちがいない。おまえたちの行先にはそれほど多くの危険が待ちかまえているのだ」
父の言葉を母が我が意を得たりと言うようにうなずいた。父の言葉には一分の隙《すき》もなかった。人生の先輩としてまた結婚の体験者として、一言の反駁《はんばく》も許さない理論で構成されている。
だが父も母も青春のころ味わったにちがいない熱い恋の疼《うず》きを忘れている。それはいまの父母の年輪を重ねた者には相手の供給不足から生ずる飢餓と欠乏感であり、もの珍しさにすぎないということになる。父は恋愛は経済学の原則が働くと言ったが、同時に恋愛当事者には計算ができなくなる。恋は思案(計算)の外にあり、恋は盲目である故に恋なのである。
危険が行手に待っているからといって、親や先輩の勧める「安全コース」へ行く若者があるだろうか。そんな連中は若者ではない。両親たちもかつて若者の時期に「安全お勧めコース」に背《そむ》いて、危険コースを進んで今日に至っているのではないのか。
自分たちが危険の多いコースを歩いて来たので、せめて子供たちにはその危険を避けさせたいという親心であろうが、親たちは青春の特権である挑戦の精神と熱い血のたぎりを忘れている。
だが危険に対する挑戦と情熱は常に非論理的である。非論理的であるが故に危険に挑戦できるのであり、情熱的たり得る。
完璧《かんぺき》な理論武装を施した人生の先輩に対しては初めから勝負にならない。ロバートは両親と論戦しても勝てないことがわかっていた。
両親の言う「要素」を敵にまわして初志を貫けばよいのだ。初志を貫いた後、親の言う通りの結果になったとしても、それはそれで仕方のないことである。初めから悲観的な観測をして親の勧《すす》める安全コースを進む人生は、たしかに危険が少ないかもしれないが、ずいぶんと退屈な人生である。
ロバートは両親から水をさされて、ますます恋をかき立てられた形になった。ロバートの固い決意にもかかわらず、彼らの恋愛は意外な形でピリオドを打たれた。
4
「なに、日本へ帰るんだって!?」
数日後、ロバートは親に反対された経緯と自分の決意を伝えるために寛子に会ったとき、彼女から寝耳に水のことを告げられて愕然《がくぜん》となった。
「ごめんなさい。私も父から突然言いだされてどうしていいかわからないでいるの」
寛子もおろおろしている。
「どうしてまた急にそんなことになったのだい」
最初の驚愕をとにかく意志の力で鎮めてロバートは問うた。
「アメリカでの仕事がうまくいかなくなったらしいの。父は、このままアメリカに留まっていると全財産を失うだけでなく、日本へ帰れなくなるかもしれないと言うのよ。いまが帰国する潮時だと言うの」
ロバートはそれが父の言った米日間の緊張関係かとおもった。寛子の父も仕事を通して情報を入手したのであろう。
「それできみはなんと返事したんだ」
「私だけ残るわけにはいかないわ」
「結婚すれば残れるよ」
「結婚! いますぐに」
寛子は驚いた顔をした。
「べつに驚くことはないだろう。卒業時の結婚を少し早めるだけだよ」
「無理よ。私、両親を納得させられないわ。だいいち二人とも学生よ」
「ぼくは大学を止《や》めて働くよ」
「あなたにそんなことをさせられないわよ。お願い、学校を止めないでちょうだい。日本へ帰っても二人の意志さえしっかりしていればチャンスはあるとおもうわ」
「きみはご両親と一緒に日本へ帰るつもりなのか」
「いまは他に方法はないわ。二人でチャンスを待つのよ」
ロバートは寛子がすでに帰国を前提として話していることに著しく落胆した。このような際、女は常に男よりも現実的である。両親に逆らって一人米国に留まり、ロバートとの結婚を強行しても決してうまくいかないことを本能的に察知しているのである。
「それではまだご両親にぼくとのことを話してないのだね」
「こうなった以上、あなたのことを話したら逆効果になるだけだわ。私を信じて。日本へ帰っても、あなたのことは決して忘れないわ」
「ぼくも忘れない」
二人はすでに別離を前提として誓い合っていた。
5
男と女の愛はどんなに固く誓い合っても、双方のどちらかが冷《さ》めればそれまでである。それがわかっていながら誓い合わずにはいられない。脆《もろ》い誓いである。あらゆる契約の中で最も破棄されやすいが、誓い合っている当事者にとっては、永遠に不変の約束を信じている。
ロバートと寛子は別れたら最後になることを予感していた。彼らの属する祖国の関係が険悪になり、二人を引き離す最大の原因になっている。そのときロバートは寛子を奪い去って行く日本という国が憎かった。日本が彼女をロバートから毟《むし》り取って行くような気がした。
両親の反対ならなんとかねじ伏せられそうである。ねじ伏せられないまでも彼らを敵にまわしても結婚を強行できる。だが国の反対にあっては為すすべがない。すでに寛子が祖国の帰国命令に無条件に従っている。
いまにしておもえば、寛子は日本の伝説にあるような、日本という国から預けられた羽衣をまとった天女であったのだ。いまその本来所属している国へ帰ろうとしている。ロバートにはそれを阻むことができない。
寛子の帰国の日が迫ってきた。
「帰国する前にきみに約束したシスコの夜景を見せたい」
ロバートは帰国数日前に寛子を誘った。
「私もぜひ見たいわ」
ロバートは日没前に寛子を乗せて飛び立った。日が太平洋に没し、サンフランシスコ湾のかなたから墨のような夕闇《ゆうやみ》がにじみ出してきていた。
空と海面がまだ残照に染まり、よみがえったばかりのサンフランシスコ市街の無数の灯火のきらめきが明滅して海に投影しかけていた。いまシスコがその美しい本領を発揮しようとしている時間帯である。
昏《く》れまさる夕闇の中に電飾はますます鮮やかにきらめき、街を彩り、海を光の粉を塗《まぶ》したように染めた。市街に起伏があるので、街を彩る光が多層に重なって見える。あたかも二重露出した写真のように光の上に光が重なり、イルミネーションの下にイルミネーションがにじんだ。それを投影する市街を取り巻く海面が、いっそう複雑で美しい夜景を構成する。
市街に凝縮して飽和量に達した光が、完成して間もないゴールデンゲイトブリッジと一九三六年に完成したオークランドベイブリッジを伝《つた》う光の帯となって対岸へ流出している。機はサンフランシスコ湾を北上した。オークランドベイブリッジの上空を横切り、太平洋上の残照を追う形で半島のまわりをゆっくり旋回してゴールデンゲイトブリッジの上空へ向かった。中心街の高層ビル群が、水面から直接|屹立《きつりつ》する光の塔のように簇《むら》がり立っている。圧倒的な夜景をかすめるようにしてロバートの機は飛んだ。寛子にシスコの夜景をよく見せるために制限高度ぎりぎりに飛ぶ機上に、地上の照明が届くばかりに光が氾濫《はんらん》している都市の夜景であった。
寛子は声もなく夜景を見つめていた。ゴールデンゲイトブリッジの上空でロバートはやや高度を上げた。洪水のような光が、一大|燭光《しよつこう》の集落となって煮つまっている。
「私、この光景を忘れないわ」
寛子がつぶやいた。
「ぼくもだ。きみと見たシスコの夜景を瞼《まぶた》に刻みつけておく」
「私、きっとこの輝きの中に戻って来るわ。あの輝きの中であなたと共に暮らすために」
「そのときはあの光はもっと明るく輝かしくなっているよ」
「その日のために私、日本で生きているわ」
機は光の帯と化したゴールデンゲイトブリッジの上を越えた。その先は夕映《ゆうばえ》が完全に消えた太平洋が暗黒を孕《はら》んで無限に広がっている。
ロバートはそのときこのまま操縦|桿《かん》を押して、その暗黒の中に寛子と共に突っ込みたい衝動に駆られた。そうすればこれから無期限に寛子を待つ孤独の地獄から救われて、永遠に彼女を自分のものにできる。
「いいわよ」
寛子が暗い海原へ目をひたと据えて言った。彼女もロバートと同じことを考えたらしい。ロバートはほとんどそうしかけた。このまま操縦桿を押すだけでよい。寛子もそれを求めている。
だがロバートは操縦桿を逆に引いて機首を上げた。
「チャンスを試《トライ》してみよう。どんなに|薄い《スライト》チャンスでもそれを放棄すべきではない」
ロバートは決然と言った。束の間彼らに誘惑の触手をのばした死神を振り切って、機は飛び立った飛行場へ近づいていた。サンフランシスコの夜景は、いまや満開に達している。
「地上に下りるのが勿体《もつたい》ないわ」
「このままきみを乗せて燃料が切れるまで飛びつづけてみたい」
「そうしたらチャンスをトライできなくなるわよ」
「欲張ってはいけないな。ぼくたちのチャンスのためにもう一度地上へ下りて行こう」
ロバートはエンジンをゆっくりと絞った。
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許されざる卒業
1
「待て」
小便所から出ようとしたところで降旗圭の背後から一号の声がかかった。降旗はその場に硬直した。振り向くことも許されない。声はべつの分隊の一号である。
「まわれ右。分隊、姓名を申告せよ」
精悍《せいかん》な面《つら》構えの一号が突っ立っていた。
「第七分隊降旗圭であります」
「下を見ろ。きさまが小便をした甲板(床)に異常はないか」
下を見て、降旗は唇を噛《か》んだ。雫《しずく》が一、二滴落ちている。
「少し濡《ぬ》れているようであります」
「ようではない。濡れているではないか」
「はい、濡れております」
「きさま、乃木大将が兵学校を参観されたとき、なんと言われたか知っておるか」
「知りません」
「知らなければ教えてやる。乃木大将は『兵学校の便所はきれいであった』と言われた。わかったか」
「わかりました」
「わかったら乃木大将の言われたようなきれいな便所に戻さんか。便所の床とおもうな。ここは神聖な甲板である。きさまはそれを小便で汚した。舐《な》めるようにソーフできれいに拭《ぬぐ》え」
降旗は早速清掃用具収納所からソーフ(モップに似た甲板掃除用具)を取り出して、床を拭った。
「甲板掃除終りました」
「よし。舐めるほどきれいになったか」
「はい」
「それでは舐めてみろ」
さすがにたじろぐと、
「今日はこれで許してやる。小便をするときは両足の靴先を半分くらい甲板から出し、絶対に雫を甲板に落としてはならん。わかったか」
「わかりました」
「甲板の上に落とすな竿《さお》の露、夜半に嵐《あらし》の吹かぬものかは。復唱」
「朝顔の外に落とすな竿の露……」
「馬鹿者、兵学校には朝顔はない。甲板だ。もう一度」
降旗圭の兵学校生活はつづいていた。もし本土と陸つづきであったら逃亡したくなるような規則ずくめと一号生徒による修正の毎日であった。彼らをそこに辛うじて踏み留まらせたのは、離島という絶対的な地理的条件と、郷土の期待を担った「選ばれたる者」としての矜持《きようじ》である。仮に逃げ出したところで、郷里へは帰れない。彼らは逃げて行く先をもたなかった。
兵学校生活がどんなに辛くとも、いまさらどの面下げて逃げ帰れるかという気持である。この苛酷《かこく》な生活に耐えて休暇に漕ぎつければ、純白の第二種軍装に身を包み腰に短剣を吊《つ》って颯爽《さつそう》と帰省できる。それを目的に入校して来た者がかなり多いのである。
兵学校教育は海軍将校としての戦闘を目的としている。将来多数の部下を率いて戦うことを第一の任務としているのであるから、学問や専門知識の修得を目的としている一般の学校とは存在理由《レーゾンデートル》が異なる。
だが受験して来るおおむね十六〜十九歳の少年たちはそんな兵学校の第一義などほとんど認識していない。
当時若い女性の憧《あこが》れの的は、純白の軍服と腰の短剣にピシリと固めた海兵生徒であり、若い女に最もモテる者になりたいという単純な理由から志望して来た少年たちが圧倒的に多い。表には一命をもって国の御楯《みたて》になると突っ張った看板を掲げていても、本音はシャープな軍服と腰の短剣の格好よさにある。
そのような少年たちの「不純な」精神をまず叩《たた》き直して、海軍将校としての徳性を涵養《かんよう》し、体力を練成し、知識技術を身につけさせるのである。
海軍は科学兵器を駆使するので、学科は、科学技術が中心になっている。訓練は戦闘のための体力練成を目的にしているので、すべて戦いを模している。短艇、水泳、柔剣道、相撲、射撃、登山、棒倒し、各種陸上競技、洋式ゲームなどの各種スポーツは、一般学校のスポーツではない。それらはすべて戦いである。参加することに意義はなく、勝つことを目的にしているので、競技は熾烈《しれつ》である。
兵学校名物の相撲の「負け残り」も勝ち抜きの反対で、勝つまでは土俵から下りられない。体力の劣弱な者には残酷なルールである。ここで生きていくためには基礎体力を養わなければならない。それは戦場で生き残るための基礎体力に通ずるのである。
戦いは勝たねばならない。勝つためには手段を選ばないはずである。戦争はどんな汚ない手を使っても勝てばよい。核兵器や細菌科学兵器の使用に戦争の本質がよく現われているが、兵学校の教育方針の一つとする徳性の涵養は、ここが単なる戦争技術屋の養成を目的としていないことを示している。
それは終戦後、兵学校出身者の社会の全方位における実に多彩な人材の活躍をみてもうなずける。本来、軍人は武技戦闘を特技とするプロフェッショナルである。その源流は平安期の武士から発しているが、戦場における生死を賭《か》けた戦いの中から名誉を重んずる美意識が生まれた。名誉や徳義のために生命を賭《と》す姿勢が、武士道として武士を律する根本規範となった。
戦闘が白兵主義(刃物中心の戦い)の一騎討ちから火兵中心(銃)の組織的な集団戦闘に移行した後も、武士道は主義や国家に対する忠誠を第一義とする形で生き残った。
戦争が科学兵器万能の経済学となり、最小の費用と労力で最大の戦果を狙《ねら》うようになっても、武士道は軍人精神として連綿と受け継がれた。
戦争プロフェッショナルの軍人に人間性など不要である。知性や徳性など優秀な戦争機械の人間部品《パーツ》には不必要な夾雑《きようざつ》物でしかないはずである。
だが生まれながらの武士階級と異なり、ごく普通の市民を優秀な軍人に仕立て上げなければならない現代の軍隊では、彼らに「戦う理由」をあたえなければならない。戦う理由をもたない兵士は、兵士ではない。武器で武装する前に思想で武装しなければならない所以《ゆえん》である。
兵学校が知性と徳性の涵養を重視し、躾《しつけ》教育を厳しく施したのは、真っ白な少年たちに「戦う理由」を身につけさせるためである。過酷な訓練と上級生による修正は戦う理由を体でおぼえこませるためであった。
軍隊の第一義は勝利の追求である。オリンピックのように参加するためだけに存在する軍隊などあり得ない。
海軍兵学校は、国家の暴力装置の幹部構成員の養成校として設立されながら、戦う理由として独特の美意識を生徒たちに植えつけた。
それが戦後、戦う必要のなくなった(戦争を失った)生徒たちを一般社会に復帰させる橋になったようである。
毎日の日課として黙読を命じられる軍人勅諭と五省の中に兵学校教育のエッセンスがこめられている。前者は少年たちには難解で荘重な言葉が連なっていたが、後者は東郷元帥の遺訓として海軍軍人の基本姿勢を示したものである。
一、至誠に悖《もと》るなかりしか
一、言行に恥ずるなかりしか
一、気力に欠くるなかりしか
一、努力に憾《うら》みなかりしか
一、不精にわたるなかりしか
以上五省の中四省まではべつに海軍に限らず社会一般にも通用する規範である。第五省はスタイリスト海軍士官の面目躍如たるものである。戦争プロフェッショナルになぜ体面《スタイル》が必要かと問うのは、海軍独特の美意識を知らない者である。
陸軍のように敵の血|飛沫《しぶき》を直接|身体《からだ》に浴びるような歩兵戦闘(訓練はする)のない海軍においては、戦争にもスタイルを求める。
海軍のスタイル重視は「海軍初級士官心得」にさらに明確に打ち出されている。
――上陸して飲食や宿泊するときは、一流の店を選べ。海軍士官は品位を重んずる種族である。あまり下品なところに出入りして、酒色の上などで士官たるの品位を失し、体面を汚すようなことがあれば、海軍士官全体にかかわる重大事である。――
本来軍隊は平和な一般社会では必要のない戦闘専門職を要求する。人間性や知性よりも「生きた兵器」として優秀であればよい。海軍独自のスタイル重視は、彼らが生きた兵器になり切ることを阻んだ。彼等のスタイルが海軍軍人精神として思想武装を強化し、スタイルを守るために生命を賭すという海軍独自の美意識を産み出した。太平洋戦争中期以後日本海軍の有為な将軍が、脱出を拒み、艦と運命を共にしたのも、江田島で培われたスタイルのためである。
彼らが真の戦争機械であるなら、敵を撃滅するまで断乎《だんこ》死を拒否して戦うはずである。勝利を第一義とする軍隊にあって、彼らは勝利になんの貢献もしない美意識をもちつづけていた。
勝たなければ存在意義のない軍人として奇妙な矛盾と言える。その矛盾が海軍のスタイルであり、江田島教育が重視していたものである。
降旗はその矛盾の真只中《まつただなか》に放り込まれて特訓を受けていた。
入校早々に受けた姓名申告がその矛盾の皮切りであった。どんなに大きな声で自分の姓名をどなっても、一号全員は「聞こえん、わからん」の一点張りである。
こいつら耳に障害でもあるのかと反問したくなるほどの聞こえんぶりであるが、そこに軍隊の不条理がある。
「砲煙弾雨の中で部下に号令をかけるとき、そんな蚊の鳴くような声で部下に命令が伝わるとおもうか」
と言われると、あながち不条理でもない。だがそれは新入校生に上級生の恐さと威厳を示すためのセレモニーであった。兵学校の一号は神であり、常に正しいのである。
一か月の入校教育期間中は実の兄のように手取り足取り優しく指導してくれた上級生が、期限明けと共に鬼になる。
翌朝の起床ラッパと共に怒号と鉄拳《てつけん》が四号に浴びせられた。
態度がだらけている。目つき、しゃべり方、歩き方、食事の仕方、服装、階段の上り方が悪い。敬礼を忘れた。自習時間に居眠りをした。芝生を踏んだ。などと事々に「お達示《たつし》」という形のクレイムをつけられて殴られる。
西も東もわからぬ四号生徒のアラを探すつもりならいくらでも見つけられる。修正には個人修正と総員修正がある。前者は個人の落度によって本人だけに加えられる制裁であり、後者は分隊の四号全員が連帯して加えられる制裁である。
なんのために殴られるのかよくわからない場合もある。文句を言葉で言うより、まず体に覚えさせるというやり方である。
戦う理由で精神武装させた生徒を、事に臨んで生死を顧みず、家族を捨て使命の遂行を最優先して戦う軍人に仕立て上げるために、所属部隊単位の連帯感を植えつける。部隊が負ければ全員が死ぬ。自分が生き残るためには部隊を勝たせなければならない。戦局を左右するのは、小部隊単位の勝敗の積み重ねである。
兵学校の分隊単位の修正はこのような発想から出ている。陸軍の内務班単位の制裁も同じ発想による。だが陸軍や海兵団で道具を用いたのに対して、兵学校では道具の使用は厳禁されていた。殴るのも、一、二発で連打するということはない。中学で鬼山の「お説教」を受けていた降旗には、兵学校の修正はさしてこたえなかった。
日本軍隊の制裁が古兵による新兵のリンチの色彩が強かったのに対して、兵学校ではあくまでも上級生による教育が主眼となっていた。修正という言葉が示すように、それは罰でも刑でもない。あくまでも正しく矯正するための教育なのである。
スタイリストの海軍将校を育成する学校として、軍学校でありながら第五省に見られるような娑婆気《しやばけ》を残していた。
殴られる都度、角を削られ、兵学校の鋳型《いがた》の中に嵌《は》め込まれていく。嵌め込まれていくのを喜んでいる自分を発見したとき、すでにかなりの将校生徒になっている。
鋳型は狭ければ狭いほど優秀な規格品ができる。新入生十数名を含む各四十名前後の分隊に刻んで、分隊単位の教育を施すのも、鋳型を狭くするためである。その「狭い鋳型」の中に閉じ込め、否応なく思想と行動の空間を限定することによって、海軍という巨大な戦争装置の重要部分品に少年を改造していく。
2
入校教育は、無我夢中に過ぎた。降旗は毎日修正を受けながらも兵学校の生活に馴《な》れていった。とうてい耐えられそうにないとおもったハードな訓練にもどうにかついて行き、プライバシーのまったくない生徒館生活にも馴れてきた。
動物的な自己保存本能が、生きるために環境に順応してきたのである。だが降旗は心のどこかに自分の向かうべきではない方角へひた走っているような後ろめたさを拭《ぬぐ》えなかった。
生きるということがなにかの軍隊に所属することであるなら、所属すべきでない軍隊に属してしまったような後ろめたさなのである。
兵学校教育の中にあるスタイルが、狭い鋳型に閉じ込めておきながら、その鋳型の形に完全に鋳造しきれなかったのかもしれない。
厳しい訓練の間はなにも考える余裕がない。巡検ラッパの後、就床するときなどふと、梅村弓枝の「軍人は死と不幸をつくりだすわ。詩人は人間に希望と喜びをあたえるわ。どちらが必要か言うまでもないでしょ」という言葉がよみがえった。
弓枝は降旗が軍人には適《む》かない、そんなものに絶対なるなとも諌言《かんげん》した。
その彼女の言葉に背いて自分はいま海軍軍人としての道をひた走っている。弓枝の悲しげな顔が目に浮かんできた。
「しかし、日本がアメリカやロシヤの属国になり、日本語の使用を禁止され、先祖伝来の名前を××スキーなどと改名させられても、戦うのは、人間として許されないことなのか」
と弓枝のおもかげに問うたが、首を横に振るだけで答えは返って来ない。代りに与謝野晶子の歌を諳《そら》んじている弓枝の声が耳の奥に聞こえた。
[#ここからゴシック体]
「ああ弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ」
[#ここでゴシック体終わり]
弓枝はもしかすると晶子の歌に託して降旗に死ぬなと訴えていたのだろうか。
[#ここからゴシック体]
「親は刃をにぎらせて
人を殺せと教へしや
人を殺して死ねよとて
廿四《にじふし》までを育てしや」
[#ここでゴシック体終わり]
その声の途中で、昼の疲れに圧倒されて降旗は睡魔の触手に引きずり込まれていった。ここでは眠ることが生きるための最上の自衛手段であった。
「待て!」
夕方自習中の休み時間、練兵場に出て外気を吸ってから生徒館へ帰りかけた降旗は、呼びとめられた。鬼の一号の「待て」の後にはお達示と共に修正がある。
降旗は体を硬直して声の方角に視線だけ向けると、大山がニヤニヤとして立っていた。
「どうだ、だいぶ馴れたようだな」
大山は妙に馴れなれしい態度で近寄って来た。一号がこういう態度で来るときは、たいていなにか含んでいる。
脇《わき》にベグ(教材を入れる鞄《かばん》)をかかえている。各号生徒によってそれを左脇に密着させる度合が異なる。
「はい」
降旗は直立不動の姿勢を取った。
「シロハタのきさまもだいぶ将校生徒らしくなったな」
「おかげさまであります」
「今日はきさまによいものを返してやろう」
大山はベグの中から一冊の本を取り出して差し出した。
「これは?」
「きさまから預かっていたものだ」
なにげなく受け取った降旗は、はっとなった。中学時代大山に没収された弓枝の「藤村詩集」である。
「それをどうして」
「後で読んでみたが、なかなかいい詩だ。休暇で帰省したとき、偶然見つけたので、きさまに返そうとおもって密かに兵学校へ持ち帰って来たんだ」
一号なればこそそのような本を持ち込めたのであろうが、そんな禁書≠いまさら返されても迷惑するばかりである。入校時ただ一冊もってきた「啄木歌集」すら他の私物と共に送り返したほどである。
「それじゃあ返したぞ」
困惑している降旗の手に藤村詩集を押しつけた大山は、さっさと生徒館へ入って行ってしまった。
捨てることもならず降旗は藤村詩集を私物の中に隠しておいた。
翌日夕食後自習室に帰り、自習時間が始まったとき、金井|伍長補《ごちようほ》が、
「四号は正面に整列」とどなった。
正面黒板を背にして整列させられるときは総員修正のときである。四号は暗い顔をして整列した。その前に村上伍長が立った。彼もなんとなく浮かぬ表情をしている。
「きさまらよく聞け。本日昼食後本伍長は他分隊伍長より悲しむべき報告を受けた。きさまらの中に本校へ持ち込みを禁止されている軟弱なる本を密かに持ち込んでいる者があるということだ。本校生徒懲戒規則第二条第二十項により構内において允許《いんきよ》を得ざる書籍その他の物品を所持せざることが規定されていることは知っているだろう。多くは言わん。心に恥ずる者は名乗り出ろ」
村上の言葉に降旗は愕然《がくぜん》となった。まさか大山がそんな汚ないことをしたとはおもいたくなかった。
だが昨日「藤村」を返してもらっての今日のことである。「允許を得ざる書」を四号が何人ももっているはずがない。分隊の四号はきょとんとしている。だいたいそんな本を読んでいる余裕などまったくない。
「おれに同じことを二度と言わせるな。心に恥ずる者はいないのか」
村上は悲しげな顔になった。村上としては本人に名乗り出させることによって分隊内の修正に留めて、表沙汰《おもてざた》の懲戒に付するのを防ごうという肚《はら》があるらしい。
将校生徒として最も忌《い》み嫌われることは不正とごまかしである。自分の過失を糊塗《こと》し、戦況報告をメーキャップする危険の芽を事前に摘み取るために、規則違反そのものよりも徹底的に修正された。だが軍の上層部は「大本営発表」で国民を欺瞞《ぎまん》していたのである。
降旗は意を決して手を上げた。
「降旗生徒は第二条第二十項違反の書籍を所持しておりました」
降旗が名乗ったので村上がホッとした表情になった。彼はすでに違反者の名前を知らされていたようである。
「よし。言い訳は聞かぬ。一号全員で修正してやる。覚悟はいいな」
このような際の言い訳は、卑怯《ひきよう》とされる。まして一号生徒から返されたなどと抗弁すれば、大山の分隊の一号全員からも修正される。一号全員から鉄拳制裁を受けながら、降旗はなぜ大山がこのような卑怯な間接修正≠加えたのかと考えていた。
兵学校の修正はあくまでも教育である。殴っても悪意はなく、リンチではない。どんなに痛烈に殴られても悪意の有無はわかる。
だが大山のやり方には悪意があった。それも尋常の悪意ではない。それは中学時代からつづいている悪意である。
「なにをふらふらしておるか。足を開いて歯を食い縛れ」
金井の痛烈なパンチを受けてよろめいた降旗に、次に拳《こぶし》を構えた村上がどなった。
言われた通りにしながら降旗は、はたとおもい当たったことがある。藤村の表紙には弓枝の名前が記入してあった。弓枝を密告したのは、大山だと言われていた。密かに言い寄って肘鉄《ひじてつ》を喰《く》らわされたのを逆怨《さかうら》みしたという専《もつぱ》らの噂《うわさ》であった。
大山は弓枝に片想いしてそれが受け入れられなかったものだから、「坊主憎けりゃ」で弓枝と親しかった降旗にまで執念深い憎しみを向けてきたのかもしれない。
村上の鉄拳が降旗の頬《ほお》に炸裂《さくれつ》して目に火花が迸《ほとばし》った。束の間の閃光《せんこう》の中に降旗は大山の悪意の構図をまざまざと読み取っていた。
3
入校して一年はまたたく間にたった。入校教育期間中は、はたして自分が兵学校のハードな生活に耐えていけるかとはなはだ心細いおもいをした四号も、鋳型の中にぴたりと嵌《は》まり込み、兵学校生徒らしい風貌《ふうぼう》と挙措《きよそ》になってきた。
三月が再びめぐってきて、鬼の一号生徒の卒業式がきた。卒業式は兵学校最大行事の一つである。三月二十六日、朝から晴れて絶好の卒業式|日和《びより》となった。
当日朝、天皇陛下の名代として来校した御差遣宮のお召艦が江田島|碇泊《ていはく》中の諸艦の撃つ皇礼砲に迎えられて入港、表桟橋沖合に投錨《とうびよう》した。内火艇に移乗した宮は、軍楽隊の吹奏する君が代と共に表桟橋に上陸、海軍大臣や校長、全職員、全生徒、卒業生父兄に迎えられる。
宮の来臨の許《もと》に卒業式が大講堂で挙行される。卒業式の後、卒業生は生徒用軍装から海軍少尉候補生服に着替え新しい士官帽、短剣、白手袋に身をかためて、表桟橋からお召艦に乗って帰る宮を奉送、その後大食堂の別れの宴に臨む。
彼らはすでに鬼の一号ではなく、少尉候補生である。残る在校生が順次一号二号三号へと繰り上がる。
別れの宴の終了後、新候補生は八方園神社に参詣《さんけい》してから表桟橋までの白砂の道を行進して行く。赤|煉瓦《れんが》の東生徒館前から西生徒館前を経て表桟橋まで教官、在校生、父兄が居並んで見送る。
候補生は表桟橋へ行進しながら見送りの人たちと別れの挨拶《あいさつ》を交わす。
「候補生、ご武運を祈ります」
「我々も、すぐに後から追いかけて行きます」
「きさまたちも頑張れよ」
「あとは頼むぞ」
鬼たちの頬も薄く光っている。在校生がボロボロ涙をこぼし、猛烈にしごいた鬼ほど在校生から別れを惜しまれている。不条理な修正を受けたときは、殺したいような憎しみをおぼえたこともあったが、いまはそれが上級生の愛情≠セったとわかるのである。
「兵学校三勇士」の中に次のような歌詞がある。
[#ここから改行天付き、折り返して4字下げ]
淡い生活四年も過ぎて
ロングサインで別れて見れば
許せ殴った下級生
さらば海軍兵学校
おれも今日から候補生
我等兵学校の三勇士――
[#ここで字下げ終わり]
この歌詞の意味が、見送る在校生の胸にジンと迫るのである。
「降旗、きさまも今日から三号だ。しっかりやれ」
見送りの列に並んでいた降旗の前に大山が来た。降旗は黙って挙手の礼をした。村上伍長や金井伍長補との別れには感傷が残ったが、大山に対しては一片の感慨もわかなかった。
沖の練習艦隊から迎えの内火艇や短艇が候補生を乗せて桟橋を離れると、それまで演奏されていた軍艦マーチが|蛍の光《ロングサイン》に変る。送迎双方共に「帽振れ」となる。
在校生は事業服に着替え、分隊のカッターに飛び乗って候補生の短艇を追う。一号を送り出して新一号になったこれまでの二号の態度が急に大きくなっているが、別離の感傷に圧倒されて気にもならない。
これから候補生は、八雲、磐手《いわて》の練習艦隊に配乗してヨーロッパコースの遠洋航海の途に就く。
在校生は練習艦のそばに漕《こ》ぎ寄せ「橈《かい》立て」をして再び帽子を振った。練習艦の上からも卒業生が盛んに帽子を振り返している。やがて練習艦隊は抜錨してロングサインが演奏される中を静かに出航して行く。在校生のカッターもそれを追って瀬戸の入口近くまで行く。
洋上に徐々に遠ざかって行く練習艦隊の艦影を見送りながら、降旗は大山を決して許していない自分を確認した。
おれは弓枝を死に追いやったきさまを絶対に許さない。命あるかぎりきさまの後を追いかけて行ってやるぞ――と水平線上に薄れて行く艦影に向かって誓っていた。
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よみがえらざる夜景
1
「今日も帰って来ていないわ」
少女は屋上の鳩舎《きゆうしや》を覗《のぞ》いてがっくりと肩を落とした。彼女が可愛《かわい》がっている鳩のアポロンが飛び立ったまま今日で五日も帰って来ない。
「間に合わなくなっちゃうわ」
彼女は気が気ではなかった。アメリカの通信社のパリ特派員をしている父が、近く任期が切れて本国へ帰ることになっている。すでにあらかたの荷物はアメリカへ送り出している。早く帰って来ないと、アポロンをフランスへ置き去りにしてしまう。
悪い猫に捕まったのか、それともいたずらっ子に石でも投げつけられて飛べなくなったのか。想像は悪い方にばかり傾く。
アポロンは利口な鳩で、マルセイユ―パリ間のレースに出場して上位入賞した記録を保持している。帰るものならとうに帰っているはずである。まだあきらめるのは早いが、ここ数日悪い天候がつづいているので心配である。
脚に飼い主の名前と住所を記入したバンドが巻きつけてあるので、親切な人に保護されれば無事に連れ戻される可能性があるが、日数が経過するほどに希望が薄くなってくる。
動物は出国手続きが複雑である。
「アポロンはあきらめなさい。またアメリカで新しい鳩を飼えばいい」
父はなんでもないことのように言った。だが彼女にとっては弟のような存在である。弟そのものと言ってもよい。
いよいよ最後の日となった。一家は明日マルセイユへ向かうことになっている。家の中はガランとなり、今夜の寝具は借り物である。
彼女もアポロンはあきらめざるを得ないとおもった。その日の午後五時ごろ一人の訪問者が玄関に立った。
なにげなくドアを開いた彼女は、おもわず声をあげた。その訪問者の手にアポロンが抱かれていたのである。訪問者はぎこちない英語で彼女の名前を確かめた。
訪問者は東洋系の青年士官で、凜々《りり》しい白服に短剣を吊《つ》っていた。彼女がうなずくと、
「私は日本の海軍士官候補生で、遠洋航海でパリに来ております。本日市内見学をしておりますと、路地の隅にあなたの鳩が翼に怪我《けが》をして飛べなくなっているのを見つけました。脚のバンドにあなたの名前と住所が記入されていましたので、お届けに上がりました」
と告げた。アポロンは久しぶりに飼い主の許へ戻って嬉《うれ》しそうにクークーと鳴いている。薄汚れて衰弱はしているが元気である。父や母も出て来た。
一家でとにかく上がるように勧めたが、
「団体で行動しておりますのでみなの所へ戻らなければなりません。これで失礼します」
と固辞した。
「せめてお名前を」
「大日本帝国海軍少尉候補生大山雄一です。海軍兵学校を卒業してヨーロッパ諸国を遠洋航海中であります」
と彼は折目正しく言って挙手の礼をした。
2
この年昭和十二(一九三七)年七月七日|盧溝橋《ろこうきよう》事件が発生した。北京西南郊盧溝橋で日中両軍が銃火を交えた。これがその後八年にわたる日中戦争の発端となった。
昭和七年|傀儡《かいらい》国満州国をでっち上げた支那《しな》駐屯軍は、中国に対する侵略作戦をとりつづけていた。
盧溝橋の戦闘は七月十一日現地両軍の間に停戦協定が結ばれ、いったん解決したが、これを機会に中国を叩《たた》こうとする支那駐屯軍が強く出兵をうながした。政府は慎重で不拡大方針であったが、遂に強硬派が大勢を制して華北派兵を決定した。
政府は、基本的には不拡大方針であるが、武力の示威によって中国に謝罪を求め、日本の安全保障を取りつけるという苦しい説明をした。
二十八日派兵による増援を受けた支那駐屯軍は、支那西北軍閥二十九軍に対する総攻撃を開始した。蒋介石《しようかいせき》は対日抗戦を唱え、中国共産党も抗日の態度を固めた。
日本の対中国侵略作戦は欧米諸国に強い警戒をさそった。
盧溝橋事件以後、政府による言論統制が一段と強化されてきた。新聞は新聞紙法二十七条「陸軍大臣、海軍大臣及外務大臣ハ新聞紙ニ対シ命令ヲモツテ軍事モシクハ外交ニ関スル事項ノ掲載ヲ禁止シ又ハ制限スルコトヲ得」の規定が発動されて厳しい報道管制が実施された。
内務省警保局図書課に、軍部、警視庁から担当係官が派遣されて、記事の事前検閲が行なわれ、写真は「陸軍省許可済」のもののみ掲載を許された。新聞はこれまでの事後検閲に加えて、事前の二重検閲を受けることになった。
書籍、雑誌等も「時局に関する出版物取締に関する件」の通牒《つうちよう》が内務省から出され、厳しい統制下におかれた。
日本全国に軍事色が濃厚になり、国民の自由が戦争という国家目的によって押しつぶされつつある時期に、中川寛子の一家はアメリカから引き揚げて来た。一家は横浜の磯子区の知人の家に一時身を寄せた。
だが帰国して間もなく父は神奈川県の特高警察へ引っ張られた。
その朝、家族が朝食の卓を囲んでいたとき、いきなり目つきの険しい数人の男たちが家の中へどやどやと踏み込んで来て、父に警察まで出頭するように求めた。
「警察へなんの用事ですか」
父はわけがわからぬままに一行の指揮者らしい男に問うた。後頭部が丸く禿《は》げた目の細い四十前後の男である。
「署へ来ればわかる」
彼は、好色そうな目を寛子の方へ光らせながら言った。
「私は警察へ呼ばれるようなことはなにもしていない」
「それも来ればわかるよ」
禿げた男は薄く笑った。後でわかったことだが、彼が特高課長の大山という男で、左翼関係者から「大鬼」と恐れられている辣腕《らつわん》の警部であった。
その間も彼の部下は傍若無人に本棚、押入れ、戸棚、箪笥《たんす》、机の引出しの中などを探しまわっている。寛子がアメリカから持ち帰った英語の小説や英米文学の原書などを持参して来た大風呂敷《おおぶろしき》に片端から包み込んでいる。部屋内部はたちまち雑然として、本や書類で足の踏み場もなくなった。静かで平和な朝食はめちゃくちゃに踏み荒らされた。
「それは私の本です」
と寛子が抗議すると、
「日本の女がなぜ英語の本を読むのか」
と反問された。
「英語の本を読んではいけないのですか。日本の学校でも英語を教えているじゃありませんか」
と寛子にやり込められて詰まったとき、禿げた指揮者がなぜか穏やかな声を造って、
「お嬢さんの本はもって行かなくともよい」
と部下に命じた。
「心配しなくともいい。これはなにかのまちがいだよ。すぐに帰って来る」
父はおろおろしている寛子と母親に言った。刑事の一人がテーブルの上のパンやコーヒーを見て、
「日本人のくせして、こんなもの食いやがって」
と口の端を歪《ゆが》めた。禿げた指揮者が母に父の身のまわりの品をもたせるように告げた。
「当座の肌着、手拭《てぬぐ》い、石鹸《せつけん》、チリ紙、歯|刷毛《ブラシ》、などを用意しなさい」
「どうしてそんなものを用意しなければいけないのですか」
と母が不安に駆られた表情で問うたが、指揮者は薄笑いしたまま答えない。
父はその場から引き立てられた。父にかけられた嫌疑はあろうことか「スパイ」であった。アメリカ帰りという素地の上に、帰国後アメリカの知人と音信を交わしていたことが当局の疑いをまねいたらしい。
まずいことに帰国後父が撮影した写真の中に撮影禁止の軍事地域があった。それは久しぶりに日本へ帰った父が、散歩の途次に撮ったスナップの中の数枚であったが、これが父の立場を深刻なものにした。
特高(特別高等警察、戦時中政治犯や思想関係の取締りにあたった)は、父が帰国するにあたり、アメリカのヒモつきになったと疑った。
改めて特高課から刑事が来て徹底的な家宅捜索を受けた。今度は天井裏、床下から畳を上げ、床板を剥《は》ぎ、額の裏まで探された。
刑事の一人が、サンフランシスコのロバートから来た手紙を寛子の机の引出しから発見した。もちろん英語の内容は彼にはわからない。それも押収しようとしたので、寛子が、
「それは私のアメリカの友達から来た手紙です」
「どんなことが書いてあるんだ」
刑事が面に好奇の色を塗りつけている。
「それはプライベートで言えません」
「プライベートってなんだね」
当時はそんな言葉はポピュラーではない。
「個人的なということです」
「個人的か。つまり内密なということか」
刑事が胡散《うさん》くさそうな顔になった。寛子が黙止すると、
「怪しい手紙だ。預かる」
と言って押収してしまった。
父はそのまま特高課に留置された。父だけでなく、家族も身を寄せた知人一家もスパイ扱いである。このままでは知人の家に迷惑をかけるので、家族は中区の方へアパートを見つけて引き移った。
そのアパートの世話をしてくれたのが、なんと父を引っ張った特高課長の大山であった。大山はどんな下心があったのか、父を連行後家族に親切にしてくれて、帰国後|馴《な》れない日本で大黒柱を失って途方に暮れている一家になにかと面倒を見てくれた。
「ご主人の嫌疑は深刻ですが、私は無実を信じております。外国、特に共産圏や自由主義《リベラル》の国から帰国して来た人たちは、だれでも当分の間は当局の取調べを受けるのです。まああまりご心配なさらないように」
と大山は猫なで声をだして母を慰めた。大山の下心が無気味であったが、とりあえず彼以外に頼る人間がいない。それにこのような際の特高警官はなによりも頼り甲斐《がい》があった。
アメリカでは手広く商売を営み、サンフランシスコの高級住宅地に豊かに暮らしていた一家が、設備の悪いアパートの狭い部屋に押し込められて身をすくめるようにしている。
父の仕事も日本では開店休業の状態である。取引先のほとんどがアメリカにあり、日本でスパイの嫌疑を受けては、従来の顧客と取引をつづけるわけにはいかないだろう。幸い今日明日の生活には困らない蓄えがあるが、それもいつ没収されてしまうかわからない。
一家にとって心細い日がつづいた。
3
寛子は横浜のある私立女子高等学院に編入していた。山手の、港がよく見える高台の上に学校はあった。港には大型船や軍艦が出入りして、サンフランシスコに似た雰囲気があった。下町の繁華街には、シスコのダウンタウンのようなエキゾチックなムードがあって、寛子は好きだった。
街には軍人が幅をきかし、港の中も軍艦が諸船を圧倒していたが、ヨコハマには世界から流れ込んで来るリベラルの風があるようだった。軍の圧力をもってしても、その自由の風を完全にシャットアウトできない。
前年|勃発《ぼつぱつ》した二・二六事件以来、日本でにわかに罪悪視されるようになったアメリカンリベラリズムが、ヨコハマには濃厚に残っているようである。その中に寛子はサンフランシスコのにおいと、懐かしいロバートの体臭を嗅《か》ぐような気がした。
寛子は港に出入りする艦船を眺めによく山下公園へ出かけて行った。星条旗を立てた船が入港して来ると、ロバートが乗っているような気がしていつまでも見入っていた。アメリカ船が出航して行くとき、それにロバートへの想いを託して船影が見えなくなるまで見送っていた。
自分が埠頭《ふとう》にたたずんでロバートへの想いを飛ばしているとき、ロバートも同じ様にサンフランシスコのポートサイドに立って寛子を偲《しの》んでいるにちがいないとおもった。
特高に押収されたロバートの手紙に書いてあった文章を寛子はそっと口中に諳《そら》んじた。
「きみと最後に飛んだサンフランシスコの夜景をぼくは瞼《まぶた》に刻みつけている。あの後同じ時間帯に一人で何度か飛んだけれど、あの夜景は決してよみがえらない。あの夜ぼくたち二人だけでシスコを共有した。二人のどちらが欠けてもあの夜のシスコはよみがえらない。大学を卒業したら長距離飛行機《ロングフライト》のパイロットとなってきっときみの所へ飛んで行く。それまで待っていて欲しい。愛するヒロコへ、きみのロバートより。――」
「ああ、ロバート。会いたいわ」
寛子の胸にロバート恋しさが衝《つ》き上げてきた。
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瓜《うり》二つの女神
1
七月に入ると兵学校の生徒たちは落ち着かなくなる。彼らの関心事は専ら夏季の休暇にある。一般の学校なら夏休みは必ずあるが、軍学校であるので、時局の影響を受けていとも簡単に取り消されてしまう。
平時ならば七月二十五日から八月二十五日まで夏季休暇になるはずであるが、七月七日に盧溝橋事件が勃発《ぼつぱつ》してから大陸の戦雲が急である。とうてい兵学校の生徒のみ一か月の休暇を楽しめるような雰囲気ではなかった。
降旗にとっては兵学校二度目の夏である。三号になってから四号時代より殴られる数は減ったが、それだけ悪達者にもなっている。兵学校の色に悪く染まったのである。
このころになると一号の修正が下級生を不屈の海軍将校に鍛え上げるための「愛の笞《むち》」ではないことを察知していた。
要するに一号という兵学校の最高権力者に順送りに坐《すわ》った者に許された特権の行使なのである。一号がサギをカラスだと言えばカラスなのであり、白を黒と言えば黒で通る。無理偏に拳骨《げんこつ》ですべてを押し通し、兵学校の暴帝として君臨する。
獰猛《どうもう》な一号に殴られた三号ないし四号が一号になったとき、その伝統を引き継いで獰猛なクラスになる。その根底には殴られた分だけ殴り返さなければ損だという小姑《こじゆうとめ》根性があることを否めない。それが結果として下級生を肉体的に鍛えることになっても、科学兵器万能の近代海軍に通用する将校となるかどうか疑問である。むしろ殴られた分だけ殴り返すという根性のほうが、いじましい。
七月半ばを過ぎると、生徒の中に今年の夏季休暇はなさそうだという悲観的な見方が強くなった。
未来の海軍将校の卵として精々突っ張っていても、十六〜十九歳の少年たちである。夏休みを死ぬほど楽しみにして毎日の過酷な課業と訓練に耐えてきたのだ。
彼らにとって夏季休暇は単なる楽しみであるだけでなく、志願動機にすらなっている。純白の第二種軍装と短剣に固めた格好よい姿を郷里の肉親や母校の後輩たちに見せてやりたい。それにまさる故郷に飾るべき錦《にしき》があるか。
彼らとほぼ同年輩の軍学校に「予科練」があったが、後者は一般水兵と同じ|セーラー服《ジヨンペラ》を着せられたので、休暇にもあまり帰郷したがらなかったという。いかに海兵の白服白手袋短剣姿が人気があったかを示す一例である。
連日の水泳訓練で生徒たちは真黒に日焼けしたが、その表情は冴《さ》えなかった。
盧溝橋事件はいったん現地協定が成って生徒一同ホッと胸を撫《な》で下ろしたが、たちまち雲行きが怪しくなった。
七月二十日閣議で内地三個師団の派兵を決定したというニュースに生徒たちは絶望的になった。
休暇のために休戦と和平協定の持続を願っていたのである。もっとも海軍は中国における戦火拡大に批判的であった。
「満蒙は日本の生命線」というのは陸軍、特に関東軍が自分たちの存在価値をアピールするために打ち出したプロパガンダだとおもっている。
海軍の目は太平洋の南方に向けられている。海のないソ満国境や中国大陸では海軍は活躍する余地はない。海軍にとって「盧溝橋」は対岸の火事のような意識が強かった。
それがあったせいか、生徒たちがすっかりあきらめていたところへ、十日間の休暇決定という朗報がきた。生徒館に歓声が湧《わ》いた。
このときばかりは一号も歓声に加わり、下級生の娑婆気《しやばけ》を怒らなかった。例年に比べて三分の一に短縮されたが、それでもこの非常時に十日間の休暇は「御《おん》の字」である。
七月三十一日生徒隊監事から休暇中に関する細かい注意があり、午後休暇前の大掃除をした。四号が一号に床のソーフがけでしきりにまわれまわれをかけられている。三号になった降旗は床よりややましな窓ガラス拭《ふ》きを担当している。
大掃除の後、養浩館に出入りの商人がやって来て土産物の店を開く。生徒の心はすでに郷里へ飛んでいる。土産物で最も人気の高いのは江田島|羊羹《ようかん》である。
この夜就寝前の十五分は生徒館も騒《ざわ》めいている。鬼の一号も大目に見ている。彼ら自身が最も娑婆気をよみがえらせているのであるから叱《しか》ったところで迫力がない。
「おれの家は横浜なんだが、休暇中よかったら遊びに来ないか」
同じ分隊の上条《かみじよう》が誘った。上条とは分隊の中で最も気が合う。
「そうだなあ」
「港の近くで眺めがいいぞ」
「それじゃあ一日邪魔しようか」
「ぜひ来てくれ。両親も家族も喜ぶよ」
上条は家族に兵学校の友人を紹介したいらしい。
兵学校生活は地獄の苦しみであるが、生徒は時代のまさに寵児《ちようじ》である。
八月一日がきた。いよいよ待望の休暇の始まりである。七月二十八日には支那駐屯軍による総攻撃が伝えられていたが、生徒たちにはそんなことは関係ない。
朝食後、帰郷の晴れ衣装に身を装って外出点検を受ける。当直監事からパターン通りの簡単な訓示があって、いよいよ校門を出る。
校門にはバスが待っていたが、これに乗るのは一号二号だけである。帰心矢の如き三号四号にとって小用《こよう》までの峠越えの山道がひどく長く感じられた。
降旗にとっては二度目の夏季休暇であるが、休暇は何度でも新鮮である。呉からは上下の臨時急行が出る。
江田島の離島から本土へ渡ると、娑婆のど真ん中である。江田島ではまったく感じなかった世間の目が集中して来るのを全身に感じる。特に若い女学生の目を意識するとき、兵学校生徒になった幸福を実感する。街の中でも駅のフォームでも列車内でも「海兵だ」というささやき声が聞かれる。
上条とは横浜駅で別れた。ここから上条はバスに乗り、降旗と大西は私鉄に乗り換えて行く。東京、東北方面へ帰る生徒たちは列車の旅をつづける。
「それじゃあ必ず来いよ。待っとるぞ」
別れ際に上条が念を押した。
降旗の海兵入校後父は洋品屋からタクシー業に転業していた。呉服屋を手放した金でビュイックとシボレーの乗用車を二台購入して始めたタクシー屋が意外に繁盛して、運転手を雇い入れていた。父は当時のいわゆるモボ(モダーンボーイ)で、趣味で取っていた運転免許が意外に役に立った形である。当時はタクシーはまだ選ばれた人の乗物で、町に何台もなかった。
「初めはカフェでもやろうとおもったんだが、海軍将校の生家がカフェもやれないので、タクシーにしたんだ。警察や憲兵隊などからも御用がかかる。おまえのおかげだ」
と父は言った。
降旗の存在が父の町での位置をよくしていることは確かである。海軍兵学校の倍率の高さと、海軍そのもののイメージが国民の間に浸透して、海兵生徒はいまでいうアイドル扱いであった。
海軍も海兵生徒をイメージアップに利用していた節が見える。
「おまえに海兵卒業したらと縁談が持ち込まれているのよ」
母が言った。
「まさか」
降旗は信じられない。まだ十八歳の少年なのである。
「本当だよ。ほらこんなに写真が送られてきている」
母は分厚い写真の束を取り出した。
「ぼくはまだ結婚のことなんか考えていないよ」
降旗は閉口した。一瞬梅村弓枝のおもかげが瞼《まぶた》をよぎった。
「でもいずれはお嫁さんをもらわなければならないよ。写真だけでも見ておいたらどう」
「海軍士官の奥さんになりたいという娘さんがわんさといるんだ。より取り見取りだ。いい家のお嬢さんばかりだよ。男とちがって女はすぐに年増になってしまうからな」
父がかたわらから口を添えた。
「ぼくにはまだそんな気はありません。それに軍人はいつ死ぬかわかりませんから、結婚しないほうがいいんです」
降旗はいっぱしの口をきいた。いつの間にか国のために死ぬのを当然とする意識構造に改造されている。兵学校教育の成果である。弓枝から教えられた「君死にたまふことなかれ」はきれいに駆逐されていた。
「だからこそ結婚して胤《たね》を残すんだよ。女も将来お国の役に立つ優秀なる子種を授けてもらいたがっている。結婚することは、軍人の義務といってもよい」
父の口調が説教調になった。どうも彼の商売にとって有利な縁談があるらしい。
「兵学校生徒は結婚を許されていません」
「約束をしておくだけでいい。先方もそれで安心する」
今度は懇願調になった。
2
兵学校の生活に比べて久しぶりの休暇の我が家は天国であった。朝は寝たいだけ寝坊をし、母が心をこめてつくってくれた家庭の料理をゆっくりと味わいながら食べられる。どんなだらけた格好をしていても修正されることもない。起床ラッパも巡検ラッパもない。鬼の一号もいない。
ここでは自分が中心であり、世界は自分を軸にしてまわっている。
たっぷりと朝寝坊をし、好物を腹いっぱい食った後は、白服に短剣を吊って中学時代の級友に会いに行く。どこへ行っても大モテであり、畏敬《いけい》の目で見つめられる。
この町で彼は大スターであった。人々は兵学校の地獄の苦しみを知らず、格好のいい所だけを見る。そして校外の生徒はそれでよいのである。格好のいい所を娑婆の人たちに十分に見せつけて、兵学校と、ひいては海軍のPRに役立っているのだ。
休暇数日後に降旗は約束した通り横浜の上条を訪れた。上条家は横浜山手の閑静な住宅街の中にあった。土地の旧家らしく、昔ながらの建物の構えは周囲の住宅に比べて一際大きい。広い庭には樹齢の古い木が老いた家臣のように何本も母家に侍っている。
降旗は一家を挙げて歓待された。上条家は祖先がこの付近の大地主である。父親は教師をしているということである。
料理や茶菓を母親と一緒にお下げ髪の十五、六歳の可愛《かわい》らしい少女が運んで来た。上条が妹の早苗と紹介した。
「ふだんは凄《すご》いお転婆なのだが、今日は降旗が来ているので猫をかぶっているのだ」
と上条が言ったので、早苗が、
「お兄様ひどいわ。私猫なんかかぶっていません」
「ほら、それが猫をかぶっている。いつもはお兄ちゃんと言うくせに」
「うんもう」
早苗は顔を赤く染めて逃げてしまった。その様子が初々《ういうい》しい。
引きとめられるままについ長居をして、上条家を辞去したころは、夜になっていた。上条や両親が泊まっていけと勧めたが、初めての家でもあり、自宅では母親が馳走《ちそう》をつくって待っているのをおもって暇《いとま》を告げた。
バス停まで上条と早苗が送って来てくれた。
「また兵学校で会おう」
別れ際に海軍式の挙手の礼を交わした。爽《さわ》やかな夏の夜で、夜気の中にかぐわしい緑の香がたちこめている。丘陵の端から港の一角が覗《のぞ》いている。
降旗はそのまま帰るのが惜しくなった。降旗は港の近くでバスを下りた。港を見てから帰ってもいい。だいいちこのまま帰ったのでは、せっかくの母のご馳走が食べられない。上条家でもてなされた馳走の腹ごなしに港ヨコハマを見物していくのも悪くないとおもった。
バスから下りた降旗は、港に沿った公園の中に歩み入った。さすがに東洋一と謳《うた》われた国際港だけあって、各国の各種船舶が港内に舷《げん》を接するように碇泊《ていはく》している。帝国海軍の艦影も認められる。
降旗は海岸通りの銀杏《いちよう》並木に沿って散歩した。街の灯が港に投影してエキゾチックな夜景を描いている。江田島風に言うなら娑婆気満々であり、娑婆のど真ん中にどっぷりと浸っている。しかも異国風の娑婆である。
降旗は外国船が運んで来た異国の香りを嗅《か》ぎながら、遠洋航海でそれらの国を訪れる自分を想像した。今春卒業した大山は、いまごろヨーロッパ諸国をまわっているはずである。
非常時であるが、並木通りにチラホラと二人連れが見える。降旗はいま別れてきたばかりの早苗の愛らしい顔をおもいだして慌てて顔を振った。その背後に梅村弓枝のノーブルな顔が浮かび上がった。
そのとき降旗は公園の方角から若い女の悲鳴を聞いたようにおもった。はっとして耳を澄ましたが、埠頭《ふとう》にたわむれる波の音だけが聞こえる。
空耳かとおもい直して行き過ぎようとしたとき、今度ははっきりと助けてという声と、数名の走って来る足音を聞いた。足音は降旗の方へ近づいて来る。ただならぬ気配であった。
降旗が何事かと気配の方へ急ぐと、若い女子学生風の女の子がよろよろと走って来た。髪が乱れ、衣類の諸所に泥がついている。
「弓枝さん!」降旗は愕然《がくぜん》とした。一瞬弓枝が生き返ったかとおもった。まさに瓜《うり》二つであったが、弓枝より少し若いようである。ようやく他人の空似《そらに》と悟って、
「どうしたのですか」
と降旗が問うても、女は息が切れてすぐには答えられない。彼女を追って数人の若い男が走って来た。彼らは女のそばに降旗がいるのを見て一瞬たじろいだようであったが、一人と知ってたちまち立ち直った。
「なんだ、海兵の坊やか。その女を渡せ」
地《じ》まわりらしい三人の若い男が、降旗と女を取り囲んだ。いずれも降旗よりも二、三歳上のようである。
「この女《ひと》になんの用事ですか」
降旗は背後に女性を庇《かば》って問うた。
「てめえの知ったことか。おとなしく女を渡さねえと痛い目を見るぞ」
いずれも見るからに凶悪な顔をしたのが凄《すご》んだ。相手が悪かったが、いまさら後へ引き下がれない。
「ちゃんとした理由がないかぎり引き渡せません」
「なんだと、この野郎」
「まあまあ海兵の坊や、あまり突っ張らないほうがいいよ」
リーダー株らしい一際凶悪な風貌《ふうぼう》をしたのが、余裕をみせて出て来た。
「たすけてください。この人たちいきなり乱暴しかけてきたのです」
ようやく呼吸を整えた女が訴えた。
「この人がそのように言ってます。警察を呼びますよ」
降旗は言葉で牽制《けんせい》しながら活路を探した。いかにもけんか馴《な》れしているような三人を相手にとうてい勝ち目はない。また万一チャンスがあったとしても、地まわり相手に女性を争って乱闘を演じたとあっては、弁明のしようがない。
「警察だと、笑わせるな。海兵でもかまうことはねえ、たたんじまえ」
リーダーのかけ声と共にいきなり殴りかかって来た。兵学校の訓練で柔剣道をやっていたおかげで咄嗟《とつさ》に身を開いて躱《かわ》した。それが余計相手をいきり立たせた。
降旗がどんなに頑張っても三人相手ではかなわない。身に帯びたものはリンゴの皮も剥《む》けない短剣だけである。しかも兵学校のシンボルのような短剣を地まわりとのけんかに使ったらどんなことになるか。
降旗は見込みのない闘争の前に、免生(退校処分)の宣告を予感して絶望的になった。
このとき、降旗に突っかけてきた一人がいきなり吹っ飛ばされ、二人目が地に這《は》った。リーダーはなにが起きたのかわからずに茫然《ぼうぜん》と突っ立っている。
「海兵さん、後は任せろ。あんたは彼女を連れて早くこの場から立ち去ったほうがいい」
耳許に歯切れのよい声がしてたくましげな水兵服《ジヨンベラ》の男が立っていた。目が大きく、いかにも精悍《せいかん》な面構《つらがま》えをしている。
偶然通り合わせたジョンベラが、同じ海軍のよしみから降旗の危難を救ってくれたらしい。
「あなたは」
降旗が救いの神の恩人の名を聞こうとすると、ジョンベラは、
「そんなことはどうでもいい。人が来るとまずい。早く行け」
とうながした。地上にノックアウトされた二人がもそもそと立ち上がりかけている。ジョンベラは彼らが立ち直る前に残ったリーダーに猛烈なアッパーカットを喰《く》らわせた。ようやく遠方から人が駆けつけて来る気配がした。憲兵や警察に捕まると、せっかくのジョンベラの好意が無になる。
降旗は女の手を引いて走った。ようやく安全圏に達した所で手を離した。
「お怪我《けが》はありませんか」
落ち着いて改めて見ると、弓枝の妹のようによく似ている。
「おかげで助かりました。海を見ていたら、いきなりいまのならず者たちに乱暴をしかけられて」
「助けたのは自分じゃない。いまの水兵ですよ」
「いえあなたが通り合わせてくださらなかったら、どんな目にあわされたかわかりません。本当に有難うございました。私は中川寛子と申します。おさしつかえなかったら、お名前教えてください」
「大したことをしたわけではありませんので」
「私にとっては大恩人ですもの」
「大恩人なんて大袈裟《おおげさ》だな」
降旗は苦笑して、
「降旗圭と申します」
と名乗った。
「あのうご住所も教えていただけませんか」
「本当に、当たり前のことをしただけですから」
「恩人のご住所もうかがわないと、母に叱《しか》られます」
中川寛子は泣きそうな表情になった。
翌日午後、降旗の家に中川寛子は母親を伴って訪れて来た。涼しい廊下で浴衣《ゆかた》がけで昼寝をしていた降旗は、母から客が来たと取り次がれた。
「お客? だれかな」
「中川さんとか言ってるけど」
「なかがわ?」
「なんでもおまえに大変お世話になったと言ってるけど」
と言われてもまさか昨夜の娘が訪問して来たとはおもわず、寝ぼけ顔で出て行った降旗は仰天した。
「あ、あなたは!」
「昨夜は有難うございました」
寛子はしとやかに挨拶《あいさつ》をした。昨夜は洋装だったが、今日はしっとりした和服をまとっている。降旗の眠けは吹っ飛んだ。
「昨夜は娘が危ないところを助けていただいたそうで」
かたわらから目許《めもと》が寛子によく似ている母親が、菓子折を差し出した。
「いえ、そのう、たまたま通り合わせただけでして……」
降旗はどぎまぎして言葉が滞《とどこお》った。こうして明るい中で相対してみると、寛子の顔が眩《まぶ》しい。弓枝との相似はさらに強くなっている。ちょうど仕事から帰って来た父も出て来た。
「この子は港の夜景が好きで、よく見に行くのです。女の子が一人で物騒だからと言うのですが、とうとうこんなご迷惑をかけてしまいまして。本当に有難うございました」
「そうですか。うちの圭が、お嬢さんをね。大したものだ」
父は息子が若い娘の危難を救ったと聞かされて、すっかり気をよくした。「軟弱」と言われながらも、兵学校へ行ってそんなにたくましくなったのが嬉《うれ》しいのである。
「救ったのは自分ではありません。あのとき駆けつけた水兵です」
降旗は言った。
「最初に駆けつけてくださったのは、降旗さんですわ」
寛子が濡《ぬ》れているような目を降旗にひたと据えた。またしても弓枝に見つめられているような気がした。
中川母娘が辞去すると、父が、
「いい娘じゃないか」
と言った。
「本当に」
母が相槌《あいづち》を打った。
「しかし、あの娘に似ていないか」
「あの娘って?」
「ほら、アカにかぶれて特高の屋根から飛び下りて死んだ梅月堂の娘だよ」
「ああ弓枝さん」
「そうそう弓枝と言ったっけな」
「私もさっきからだれかに似ていると考えていたのよ」
「瓜二つだよ」
「他人の空似だわよ」
「それにしてもあの娘が生き返ったみたいによく似ていたぞ」
やはり両親の目にもそのように映じたようである。
3
この世に弓枝と瓜二つの少女が生きている。その事実は降旗にバラ色の幻想をあたえた。しかも生きている弓枝≠ヘ降旗と同年輩である。降旗家には早くも彼の花嫁候補の写真が殺到している。
兵学校の生徒の中には婚約者のいる者もいる。寛子を婚約者として街を連れて歩く光景を想像して、降旗は一人顔を赧《あか》らめた。
短い休暇はたちまち終りかけた。八月十日午後下関行急行に乗るためにトランクを下げて横浜駅へ来ると、フォームに中川寛子が立っていた。降旗が奇遇に夢かと驚いて、
「どなたをお見送りですか」
と挙手の礼の後問うと、
「お母様に電話でお尋ねして、今夜の夜行でお発《た》ちになると知りましたので」
「それでは自分を見送りに!?」
「はい」
寛子は頬《ほお》を薄く染めてうなずいた。
「やあ、多分きさまもこの列車だとおもったよ」
背後に声がして、振り向くと上条がにこにこ笑いかけている。その背後から早苗がそっと頭を下げた。
上条は寛子を視野の隅において、
「きさまもなかなか隅におけんな。恋人《エンゲ》か」
と耳許にささやいた。
「そんなんじゃないよ」
降旗が慌てて打ち消すと、
「いいって、いいって」
と肩を叩《たた》いた。寛子が遠方から上条に目礼を送ったので、上条が慌てて敬礼した。寛子は控えめな口調でケーキの箱を差し出して、
「あのう、お二人でこれを列車の中で召し上がってください」
と言った。上条が、
「ぼくも相伴してよろしいのですか」
と問うと、
「どうぞ」
と答えた。早苗が茶目っ気たっぷりの表情で兄の方へウインクを送った。発車ベルが鳴って列車が動きだした。
兵学校に家郷から食品を持ち込むことは禁止されている。家からもたされた飲食物は、江田島へ帰り着くまでに全部処分してしまわなければならない。
寛子からもらった高級洋菓子をパクつきながら、降旗は彼女と知り合った経緯を語った。
「そいつは危なかったなあ」
上条が凄《すさ》まじい速度でケーキの処分≠手伝いながら言った。
「あのジョンベラが助けに入ってくれなかったら危うく免生ものだったよ」
「しかし、その代りにあんな別嬪《べつぴん》と知り合えたんだからな」
上条の口調が羨《うらや》ましそうになった。
「だが海兵たる者、女の危難を見過ごしにはできなかった」
「うん、おれも同じようにしただろうな」
「女を救うために地まわりと闘っても、けんかには変りない。海軍将校生徒としての品位を失したということで免生は免れないだろうな。だがその場合、女性の危難を見て見ぬ振りをしたら、卑劣な振舞いとして大いに心に恥ずるだろうなあ」
「免生の危険を冒しても女性を救うか、それとも見て見ぬ振りをするか。将校生徒としての誇りにかけても、見過ごしにはできない」
「しかしそれで免生になっても一切言い訳は許されない。|沈黙の海軍《サイレントネービイ》の伝統だが、おれは正当な理由なら堂々と申し立てるべきだとおもう。言い訳と正当な理由はちがうとおもうんだが」
「理屈はそうだが、海軍では通るまい」
「この場合正当な理由を認めず免生になるのがいやで、他人の受難を見過ごすような者ばかりが残ったら、兵学校は卑怯者《ひきようもの》の巣になってしまうぞ」
「たしかに余計に殴られるのがいやで、正当な理由も申し立てず黙ってポカポカ殴られることが多いな。考えてみればそのほうが心に恥ずることかもしれない」
上条がケーキを咥《くわ》えかけたまま、深刻な表情になった。
中川寛子と知り合ってから、休暇で帰省する都度彼女と会うようになった。会っても一緒に映画を見たり、食事をしたりするだけである。それだけでも降旗にとって無上の幸福であった。
入校時、兵学校から父兄|宛《あて》に送った注意書の中に「女性ト交ヲ深クシ本務ヲ忘レ道ヲ誤リタル者ハ生徒ヲ差免セラル」という文言がある。
だが寛子とのこの程度の交際ならば「交を深くし、道を誤りたる」とは言えないだろう。兵学校が異性との交遊で特に厳しく禁じているのは、風俗女性との交際である。だが生徒の中には密かに遊廓《ゆうかく》に登楼している者もいる。兵学校内の|筆下ろし《ペンダウン》という隠語は、この辺の事情を暗黙裡《あんもくり》に物語っている。
とにかく十六歳から十九、二十歳の血気盛んな若者を離島に三〜四年閉じ込めて、ストイックな軍事教育を施すのであるから、刑務所以上に苛酷《かこく》な生活である。
少年たちがそれに耐えられるのは、将来日本海軍を背負って立つべき人物となり、国家の干城《かんじよう》たらんとするエリート意識である。選ばれたる人間が娑婆《しやば》のドングリ人間とちがう教育と訓練をうけるのは当然という自意識が少年たちを支えていた。
将来いずれも多くの部下を率いる身となる。彼らにただ死ねと命じても死なない。彼らが実際に死ぬのは国のためでも、天皇のためでもない。この上官のためなら死ねるとおもったとき死ぬのだ。
部下が喜んで死んでくれるような上官たり得るために、世界で最も苛酷と言われた兵学校の教育がある。兵学校が徳性の涵養《かんよう》をやかましく言ったのはそのためである。軍人たる前に紳士たれというわけである。
ここにも海軍独特のスタイルがあったが、降旗は江田島で心身に刻みつけられたストイシズムよりは、弓枝のおもかげに縛りつけられていた。
弓枝は彼の心の祭壇に祀《まつ》られた永遠の女神である。女神は崇《あが》むべきものであって、まちがっても交わるべきものではない。それは想像するだに畏《おそ》れ多い冒涜《ぼうとく》であった。
弓枝と寛子はちがうと自らに言い聞かせるのであるが、もっと寛子に近づこうとする都度、弓枝のおもかげとぴたり重なり合って、彼の接近を阻んだ。
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死を予感した詩
1
中川寛子の父は約一か月特高警察に留置された後、ようやく釈放された。それももっと長引くところを大山の尽力で釈放されたということである。
父はげっそりと窶《やつ》れて帰宅して来た。容疑はどうにか晴れたものの、特高に一か月も引っ張られたアメリカ帰りの人間を世間は冷たい目で見た。
父はアメリカで手がけていた仕事を日本で新たに始めようとしていたが、スパイの嫌疑をかけられた人間と新たに取引しようとする者はいなかった。
「こんなことならアメリカに留まるべきだった」
と父は後悔した。アジアの情勢が険悪になったとはいうものの、まだ日米関係が断絶するまでにはなっていなかったのである。アメリカでは手広く商売をやっていた。人脈も広く、諸事おおらかで自由であった。時に「ジャップ」という蔑称《べつしよう》を浴びることはあったが、世界諸民族による複合国家のアメリカでは、だれでも先祖は、それも二、三代前はどこかの「馬の骨」である。
努力さえすれば、だれにも「アメリカンドリーム」の実現が可能である。寛子の父もアメリカンドリームの成功者であったが、アメリカにいる間に日本人の国民性を忘れてしまった。
いや父がアメリカへ行ったころは、日本にもリベラルの風が吹き、陽気なアメリカニズムが生きていた。
それが久しぶりに帰国してみると価値観が一変していた。リベラリズムは悪の代名詞のようになり、大正期を彩っていたデモクラシーは反国家的な傾向として駆逐されていた。
日本は昭和十二年に入ると、軍事色一色に塗り込められ、軍人天下となっていた。
国の第一義は国防であり、反軍、平和主義的な思想は国家に対する裏切りとされた。日本全国民が密告者となり、国中どこへ行っても疑心暗鬼の目が光っている。
この年九月十四日ルーズベルト米大統領は武器弾薬および戦争器材の対日輸出禁止を声明、十月五日ルーズベルトは日独を侵略者として非難した。
彼は侵略者を伝染病患者にたとえて、侵略者は世界から隔離すべきであるとアピールした。だがアメリカでは当時まだ独立主義的世論が支配しており、国民から批判を浴びた。ルーズベルトの好戦的な論調が国民を警戒させたのである。
ルーズベルトは敏感にそれを察して、以後論調を和らげるが、日独に対する警戒を国民的関心に高めなければならないと胸に期するところがあった。
この時期一九三七年十二月十二日日本海軍機が揚子江航行中の米砲艦パネー号を誤爆撃沈するというアクシデントが起きた。日本は陳謝して賠償金を支払ったが、この事件をきっかけにアメリカは社会保障よりも国家の安全保障の方に重大な関心をもつようになった。
この状況を踏まえてルーズベルトの巧妙な誘導により、アメリカの対外政策は徐々に日独敵対路線へと向けられていく。
日米関係は険悪となり、父は特高へ引っ張られたものの、父の判断の正しさを実証していた。アメリカに残った日本人は間もなく全財産を没収され、荒地の収容所に敵性人として隔離されてしまうのである。
この当時内務省が発行した防諜《ぼうちよう》講演資料に次のような文言がある。
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この防諜観念の基調をなすものは、無意味、無条件の外国崇拝観念の一掃である。「これは舶来だぞ」といふ言葉が正直に白状してゐるやうに、日本国民の殆《ほと》んど全部が無意識にいだいてゐる外国崇拝外人崇拝の観念が、外国の組織網を喜んで国内に導き入れたのである。恐るべきスパイの活動を容易ならしめてゐるのもこの観念である。
無条件の外国崇拝こそは、諸外国にとつて対日秘密戦の最も良い足場であり、スパイ活動の温床体をなしてゐるのである。
スパイの正体は外国の合法的組織の網であることは既に述べた。然らば防諜の根本問題は、この秘密戦の主体たる外国の組織網を取除くことである。即ち資本、技術、学術、宗教等あらゆる部面における外国依存を、一日も早く脱却することである。
欧米依存を続けてゐる限り、防諜は絶対にできない。どうしても外国の御世話にならぬ、自主独立の日本を作らねばならない。即ち高度国防国家を一日も早く建設しなければならないのである。
高度国防国家の建設は、防諜の立場からいつても、極めて緊要な事柄である。
経済、学術、宗教、その他あらゆる部門において外国依存を脱却すると同時に、現在のやうに日本人がたゞわけもなく外国人を崇拝し外国人と交際するのを誇りとするやうな状態を一日も早く矯正せねばならない。
然るに日本の現在の状態はどうだらう。国民は今一度冷静になつて自己の周囲を見廻せ。広告であれ、看板であれ、商品であれ、あらゆるものに如何《いか》に多くの外国文字が使用されて居るか、又如何に多くの指導者達が日本に住み乍《なが》ら外国語を得々と使つて居るか。全く外国の植民地であり属国的存在ではないか、実に日本のこの現状は三等国以下である。かゝる状態にあり乍ら之《これ》が是正が国民の声として起らぬ程日本の国民は麻痺《まひ》して居るのである。この状態から奮然起ち上つて日本人は真の日本人らしく、日本の国は日本人の手で世界一の国としなければならぬとの運動が展開されることが最も必要である。かくて外国の組織は日本の国内に不要となり恐るべきスパイ網が退陣する。
第二は言論出版の統制である。
国民の思想を統一することは国家の大をなす根本条件であらう。この為には日本の言論、出版を現在のまゝで放置してはならない。又一面かゝる統制不十分な言論、出版の実状では、たとへ外国のスパイ網を除去しても防諜の完璧《かんぺき》は期し難いであらう。
其の他に取り立てればいろ/\あるであらうが以上二点について改善されゝば、其《そ》の他の点は自ら改まるべき小なる問題である。
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政府は防諜(国の秘密を守る)という名目で全国民に監視網を布《し》き、密告社会に仕立て上げた。このような状況下ではアメリカ帰りというだけで白い目で見られた。
アメリカの自由の息吹《いぶ》きを吸ってきた一家にとって日本での生活は息が詰まりそうであった。だがアメリカを恋《こ》うこと自体が反国家的であり、祖国に対する裏切り的行為となるのである。
大山は時々訪れて来て、
「当分の間窮屈だろうが、旅行や派手な動きはしないほうがよいでしょう。疑いは晴れましたが、当局が神経質になっていますからね」
と注意した。
「ああ言ってあいつは監視しているんだよ」
父は忌々《いまいま》しげに言った。だが大山の庇護《ひご》のおかげで留置中も一度も拷問を受けず、家族とも比較的自由に面会が許されたのである。
「あいつの親切にはなにか下心があるにちがいない」
と父は警戒していたが、実際に大山の援庇がなければ身動きできなかった。
2
ナカガワヒロコ一家が帰国した当座は、連絡があったが、間もなく音信が途絶えた。ロバートの手紙はヒロコに届いているのかどうかわからなかった。
日本は中国に対して戦争をしかけ、戦火は中国大陸に燃え広がっていた。日米関係は険悪の一途をたどった。太平洋のかなたの騒然たる気配は、アメリカ西海岸に直接伝わってくる。
ロバートには日本でヒロコとその一家があまり幸せではないような気がした。幸せに暮らしていれば、あれほど固い約束を交わしたヒロコからの音信が絶えるはずはない。通信はロバートからの一方通行になったが、これ以上手紙を送ると、ヒロコに迷惑をあたえそうな予感がしたので、書くのを止めた。
この時期、ロバートのファミリーにも日中戦争の余波が及んだ。八月三十日上海|呉淞《ウースン》港外に仮泊していた米客船プレジデント・フーバー号を中国軍機が誤爆し、七名が負傷したが、被害者の中に折から同船に乗って世界周遊中のロバートの伯母《おば》がいたのである。
ヒロコが去った後は埋められない寂しさとなってロバートの胸に残ったが、当分の間平穏な学生生活がつづいた。大学の飛行クラブに所属して軽飛行機で飛びまわる一方、このころ山登りやハンティングにも熱中した。ヨセミテのエルキャピタンの岩峰でロッククライミングに興じ、オレゴン山中で熊や鹿を射った。
彼は天賦のバランス感覚の持ち主で、垂直の岩壁を全身が吸盤になったように楽々と上り下りした。またライフル射撃競技では州大学対抗試合のチャンピオンになった。友人は彼にスパイダーマン(蜘蛛《くも》男)やフライングキッドなどの諢名《あだな》をおくった。
スポーツ万能でしかも知的な雰囲気、正義感が強く、アメリカ人には珍しい屈折した陰翳《いんえい》の濃いハンサムなロバートに多くの娘が惹《ひ》きつけられた。
当然新たな恋もした。ロバートの身辺にはいつも美しい娘たちが群がっており、より取り見取りであった。
だがロバートの心の奥にはいつもヒロコが棲《す》みついていた。「|去る者日々に疎し《アウトオブサイト・アウトオブマインド》」という諺《ことわざ》はロバートにはまったく逆に作用するようである。時間が経過するほどにヒロコが刻みつけていった心の残像は濃くなる。
「とてもかなわないわ」
最近のガールフレンドの中では最も気に入っているシャロン・ピアスが言った。燃え上がるような金髪、均斉のとれた肢体、肉感的にくびれた腰からたくましい尻《ヒツプ》につづく挑発的な曲線、盛り上がった胸の揺らめき、彼女と連れ立っていると、ほとんどの男たちが振り返り、同性は嫉妬《しつと》のまなざしを向ける。
通信社の特派員の父親に従ってパリに長く住んでいただけあって、そのファッションセンスは抜群である。彼女が身につけると、ごく平凡な布片やアクセサリーがトップモードになってしまう。まるで手を触れると木や石コロを金に変えてしまう魔術を見せられているような気がした。
ロバートはシャロンが見かけだけでなく、中身がそれを上まわることを知っている。ベッドの上でメスそのものと化して男の貪《むさぼ》るにまかせる甘い蜜壷《みつつぼ》の味がどんなものか、ロバートは知っていた。
「なにがかなわないんだ」
ロバートは問うた。
「あなたの心の中にはあの日本娘がまだ生きているわ」
ロバートは言い当てられてぎょっとなった。
「ほら、図星でしょう。あなたは私を抱いていても、心の中では彼女を抱いているわ」
「そんなことはないさ」
ロバートは弱々しく反駁《はんばく》した。
「隠さなくてもいいのよ。私、彼女と張り合うつもりはないわ。現実にあなたのそばにいる女とならどんなことをしても張り合うけど、この場にいない人間とでは張り合えないわ。彼女はあなたにとって、永遠の女になっているのよ。永遠の女がライバルではとても勝ち目はないわ」
シャロンが言い当てた通り、ヒロコはロバートの「永遠の女性」として心の聖域に棲みついていた。彼女が去った後の空虚は、だれを当てても埋められなくなっている。おそらくヒロコ本人を連れ戻しても完全には埋められないだろう。
ヒロコはロバートの中で異性の理念として美化されている。手足を失った人が、ない手足の先に疼痛《とうつう》をおぼえることがあるように、ロバートはすでに在り得ない女性に恋していたのである。
昭和十三(一九三八)年三月、国民の使命と財産のすべてを戦争に動員する「国家総動員法」が成立した。ここに総力戦のシステムが完成した。この法律は国民の身体、生命、財産、自由を無条件に提供させることで帝国憲法に認められた臣民の権利と義務を変更し、天皇の大権を犯すとして議会で強く反対されたが、軍部の圧力に押し切られた。三月ドイツはオーストリアに侵入した。五月ドイツとイタリアは事実上の同盟関係を結んだ。
六月にはニューヨーク万博に日本館が建設された。米国労働者が日本人大工を排斥するという一幕があったが、まだ両国間に国交が保たれていた。
だが七月には日本はオリンピック東京大会の中止を決定して、スポーツにおいても世界の中で孤立を深めていった。
十一月には日独間に文化協定が調印され、ファシズム国家がさらに接近した。すでにヨーロッパではナチスが全ドイツを支配し、ヨーロッパ最大の空軍と世界最強と謳《うた》われた機械化部隊を完成して世界の脅威となっていた。
イタリアではムッソリーニがエチオピアを併合して、ドイツと提携し、スペインの内乱に干渉して一九三九年に同国をファシズム国家とした。
滔々《とうとう》たるファシズムの波がヨーロッパを覆い出した。アメリカだけがその波から超越しているわけにはいかなかった。
一九三九年八月ドイツは英、ポーランドの相互援助協定に対し、ソ連と不可侵条約を結び英仏と戦う姿勢を見せた。独ソ戦を望んでいた英仏は見事に裏をかかれた形となった。
九月一日ドイツはポーランドに進撃、ポーランドと援助条約を結んでいた英仏は、九月三日ドイツに宣戦した。ロバートはヨーロッパの戦火が彼の祖国アメリカにどう影響するか興味深く見守っていた。
アメリカはまだ態度を明らかにしていない。ファシズム国家の侵略に対して自由主義国家の旗色が悪くなれば、後者を応援せざるを得ない。
英仏はファシズム反対、民主主義防衛を旗印にしているが、これは独伊対英仏の帝国主義的戦争であった。
このころからロバートは世界の脅威となっているファシズム国家群に対する憎しみが強くなった。もしアメリカが民主主義を守るために参戦することになれば、自分も身を挺《てい》してファシズムと戦おうと密かにおもうようになった。
ファシズム陣営の一国にヒロコを奪った日本がいることも、彼の反ファシズム的姿勢をうながしていた。
3
昭和十四年七月二十五日、降旗圭ら二百四十八名は海軍兵学校を卒業した。在校年限四年制は前年三月の卒業生をもって打ち切られた。
降旗らの在校年限は三年四か月に短縮されていた。遠洋航海もヨーロッパ、アメリカ、世界一周コースなどの正規コースは、国際情勢の悪化のため取り止めとなっていた。練習航海も短縮され、降旗らは旅順、大連、青島、上海、馬公、高雄、厦門《アモイ》などの近海巡航の後、天皇に拝謁してからハワイへ向かった。
だがホノルル沖で国際情勢の悪化により、アメリカ西海岸各地歴訪の計画を中止し、内南洋コースを巡航して、十二月横須賀へ帰投して来た。
降旗は寛子が住んでいたサンフランシスコを訪れるのを楽しみにしていたが、国際情勢がそれを許さなかった。
練習航海の後、同じ兵学校で三年余共に研鑽《けんさん》した同期生たちは、それぞれの実施部隊や各術科学校に散りぢりに分れる。
普通の学校の同期生と異なり、彼らは戦闘という目的のために配置される。会社や一般の仕事に就くのとはわけがちがう。兵学校の同期生の別離には特別の感慨があった。
すでにヨーロッパでは第二次世界大戦が始まっており、中国での戦争は泥沼化しつつある。ロシヤの脅威が肉薄している日本にとって、独ソ不可侵条約はショックであった。
もしかするとこれが「今生《こんじよう》の別れ」となるかもしれない。
降旗は重巡「愛宕《あたご》」に乗り組んで第二期実務練習をすることになっている。上条は戦艦「山城」、大西は駆逐艦「吹雪」への乗組みが決まっている。
愛宕に赴任する前に一週間の特別休暇が許可された。実施部隊に配属後は、兵学校のように夏冬の長期休暇はあたえられない。まことにハードな兵学校生活であったが、卒業してみれば、日本海軍の鳳雛《ほうすう》としていかに手厚く保護されていたかがわかる。
最後の休暇に中川寛子と会った。寛子もすでに二十歳となっていた。初めて出会ったときに比べてめっきり女っぽくなっている。
「圭さんも立派な海軍士官になったわね」
寛子は降旗の士官姿に眩《まぶ》しげな視線を向けた。
「まだ士官じゃない。少尉候補生です」
「でもすぐになるんでしょう」
第二期実務練習が終れば、少尉に任官する。いつものように映画を見て食事をする。食後二人が出会った海岸公園を散歩した。時局を反映して外国船が減り、軍艦が幅をきかせている。
「ねえ、圭さん」
並んで海の方を見ていると、寛子が呼んだ。改まった口調である。
「なに」
寛子の方に目を向けると、いきなり寛子の熱い身体《からだ》が飛び込んで来た。突然のことで降旗はどぎまぎした。兵学校はこういう場合の対応方法を教えてくれなかった。
「抱いてください」
寛子が降旗の胸の中でささやいた。降旗がおずおずと手をまわすと、
「私のことどうおもっていらっしゃるの」
と一直線に問うた。
「好きです」
降旗はかすれた声で答えた。
「それだけ?」
寛子は降旗の顔を覗《のぞ》き込んだ。形のよい唇が花のようにあえいでいる。
「本当に好きだ」
「バカ、鈍感」
寛子は言うと、降旗の口を自分の唇でひたと塞《ふさ》いだ。降旗は目の前が真っ赤に炸裂《さくれつ》したように感じて、全身がカッと熱くなった。接吻《せつぷん》はほんの束《つか》の間であったが、時間が凍結したように感じられた。
気がつくと二人はいつの間にか身体を離してたがいに気まずそうに佇《たたず》んでいた。降旗が多少でも女性の扱い方を心得ていれば、この後彼女を連れて行く場所を知っていたであろう。
その後二人ともに寡黙となって、当てもなく歩いた。いつの間にか繁華街に歩み入っていた。二人だけでいるのに息苦しくなったのである。二人は本屋の前へ出た。
「私、欲しい本があるのよ」
とりあえず二人の間の気まずさを埋め立てるものを見出して、寛子がホッとしたような声を出した。
「何の本が欲しいのですか」
「まだあまりよく知られていない詩人なの。本屋においてあるかどうかもわからないわ」
寛子は言って書店の詩集コーナーへ行った。文芸本や実用本のコーナーに比べて、詩集コーナーは閑散としている。
寛子は熱心に書棚を探した。
「やっぱりないみたい」
寛子は落胆した声を出した。
「何という名前の詩人? 一緒に探してあげますよ」
「立原道造よ」
「立原道造!」
「道造をご存じなの」
寛子が驚いた表情をした。
「知っています」
それは梅村弓枝から教えられた詩人である。弓枝が「時代を超越しているような作風だとおもうけど、本当はいまの世の中を拒否している」と言っていた詩人である。
彼の作品はこれからもっともっと美しく、この世のものならぬように磨かれてくると弓枝が予告していた詩人の名前を、中川寛子から聞こうとはおもっていなかった。
弓枝が死に、彼女の諌言《かんげん》に逆らった形で軍人になった降旗は、立原道造を心にかけながらも、その詩から意識的に遠ざかろうとしていた。
詩と軍人は正反対の方角の両極にある。かつて自分が志望したものと正反対な方途へひたすら進むために、道造一人のみならず、詩すべてから目を背けるようにした。そうしなければとうてい海軍兵学校の生活に耐えられなかった。
道造は弓枝の遺詩≠ナもある。それを寛子が探している。それは因縁《いんねん》というより、弓枝が寛子の形を借りて再生したように感じられた。
二人は書店の従業員に立原道造の詩集の有無について尋ねた。店員は道造を知らなかった。
「あなたは道造の詩のどんなところが好きなのですか」
書店を出た降旗は問うた。
「とってもきれいなの。この世のものでないように。道造の詩を読むと、作者が長生きしないような気がするのよ」
「それはまたどうして」
「道造の作品を読むと、作者はこの世に属すべき人間でないような気がするのよ。だからこそあんな詩が書けるんじゃないかしら。私も最近知ったばかりで、道造がどんな人かよく知らないのよ。でもあの詩の輝きには魂の深い所から来る光があるわ。その魂は俗世に所属していたのではとてもあんな深い光は発せられないわ」
「時代錯誤とはちがうのかな」
「かもしれないわね。でも道造の詩が時代錯誤であれば、道造を時代錯誤にしたいまの世の中のほうが、誤っているとおもうわ」
用いる言葉は異なっているが、それはかつて弓枝が言ったことと同義である。弓枝が寛子に再生して、なるべきではないものになった降旗を柔らかく諭《さと》しているように聞こえる。しかしそれがいまさらどうなるというのだ。もういまとなっては引き返すことはできない。降旗はすでに海軍軍人としての道を歩き初めているのである。
そのとき二人は知らなかったが、立原道造はすでにこの年昭和十四年三月二十九日肺結核で夭逝《ようせい》していたのである。
寛子が「この世のものでないように」と形容した作品は、死を予感してつくられたものであった。
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天への投身
1
中川寛子は降旗圭の中にロバートのおもかげを重ねていた。二人の間に身体的相似はまったくなかったが、一脈似通っている雰囲気があった。ロバートと別れたとき、彼は学生であり、降旗と初めて出会ったときは彼は兵学校の生徒であった。
その後ロバートからの音信は絶えた。寛子の方からも便りをしない。便りをしてはならないような気がした。二人の意志ではどうにもならない時代の潮流が、彼らの間をどんどん引き離して行くようであった。
ロバートに代るように現われた降旗には、軍人らしからぬ屈折した陰翳《いんえい》があった。
それが軍人でありながら、軍人になることを拒否させている。本人自身も意識していないようであるが、アメリカのリベラルな価値観の中で育った寛子には感じ取れるのである。
ロバートもなにかを拒否していた。なにを拒否しているのか、本人も寛子もわからなかったが、それが彼に陽気なアメリカ青年らしからぬ陰翳を彫っていた。
寛子に関心をもった日米二人の青年が拒否していたものが、時代の潮流であり、そして拒否しながらも潮流に押し流されて行かざるを得ない運命の共通項が、寛子に彼らの間に似たような雰囲気を感じ取らせたとしたら、それは寛子自身の運命でもあり、共通項でもあった。だからこそ寛子は道造の詩に共感し、降旗はそれから目を背けるようにしたのかもしれない。
艦隊勤務に就いた降旗は、艦隊が母港に入港したとき上陸して寛子と会った。入港中世帯持ちが艦外で泊まっても、朝食時までには帰ってこなければならない。
降旗は決して陸《おか》に泊まらず、その日のうちに艦へ帰って来た。寛子との仲は、横浜の海岸公園でキスした以上に進展しなかった。
「間もなく霞《かすみ》ヶ浦《うら》へ行きます」
ある休日に上陸して来た降旗は寛子に告げた。降旗は愛宕乗組み中に少尉に任官して、甲板士官の任務に就いていた。
「カスミガウラになにがあるのですか」
寛子はその地名を知らなかった。
「飛行機に乗るんです」
「飛行機!?」
「飛行学生を命ぜられたのです。霞ヶ浦で適性試験を受けます。それにパスすれば飛行機に乗ります」
一瞬寛子の脳|裡《り》にロバートとの最後の飛行で眺めたサンフランシスコの夜景がよみがえった。その夜景が不吉な予感に連なった。ロバートも民間パイロットの資格を取得している。降旗は軍のパイロットを志すと言うけれど、この二人の運命が将来空で交叉《こうさ》するようなことにならないだろうか。
「私、飛行機のことはよくわからないけど、お船より危険が多いんじゃないの」
「軍人になった以上一命は国家に捧《ささ》げています。危険という意味では艦でも飛行機でも同じですよ」
「必ず地上に下りて来ると誓って」
「馬鹿だなあ。地上に下りない飛行機なんてない。燃料がある間だけ空を飛ぶんです」
「私、あなたがパイロットになると、空へ飛び立ったまま地上に下りて来ないような気がするの」
「どうしてそんなことを考えるのですか」
降旗が呆《あき》れたような表情をした。
「だってあなたは地上よりも空の方が好きなような顔をしていらっしゃるんですもの」
寛子はそのときはたとおもい当たった。降旗とロバートの面に彫りつけられていた共通の陰翳は、深い空の色だったのである。明るすぎて暗く感じる空の真心。あの空の奥から発して来る深い色が二人の面を染めていたのだ。この地上を拒否して空に憧《あこが》れている。それが彼らに共通の雰囲気を醸《かも》しだしていたのである。
寛子の気のせいならよいが、降旗もロバートも地上のものでない触手につかまれているのではないのか。
「地上があっての空だよ。鳥だって必ず地上へ還ってきます。あなたは変なことを言うなあ」
「変でもなんでもいいから誓って。必ず地上へ下りて来るって」
「あなたが誓えと言うなら誓います」
2
翌年、昭和十五年四月、降旗は「愛宕」から下りて霞ヶ浦の教育航空隊で艦上機の操縦教育を受けることになった。ここで飛行練習生として約八か月の教程を卒業すると、延長教育部隊へ配属されて実用機の操縦の教育を受ける。また四号生徒からやり直しである。
降旗が霞ヶ浦へ赴《おもむ》く前、艦が対空兵装の一部不良を修理するため佐世保へ入港した。降旗は、その間に上陸した。短期臨時入港なので、寛子を呼ぶこともできない。この地には海軍|工廠《こうしよう》があり、海軍の町である。市内の旅館や下宿は、入港する軍艦の乗組員が家族を呼び寄せて会うための海軍指定のクラブとなっている。
だが、家族を呼んでいない降旗は、ただ当てもなく市中をぶらぶらした。会うべき恋人や家族がいなければ、殺風景なだけの騒がしい街であった。
降旗は街を染めた海軍色からすこしでも逃れるように山手の方へ歩いて行った。海から遠ざかるほどに、多少とも海軍色が薄くなるようである。
霞ヶ浦へ行けば、もはや日曜祭日のない猛訓練の毎日が待っているはずである。寛子にもこれまでのように会うこともできないだろう。
となるとこれが当分の間、最後の休日になるかもしれない。そんな貴重な休日を行く先ももたず、見知らぬ街を一人ほっつき歩きながら虚しく費している。一滴一滴血を失っていくような空費の時間を、せめて海軍の色のない所で使いたいとおもった。
自分自身海軍の一部分であるが、せめて一日|身体《からだ》に沁《し》みついた海軍の色をまっさらな水の中で洗い流したいような気持であった。降旗はいつの間にか古い家並みの中に歩み入っていた。昔ながらの古い建物が建ち並び、軍人の姿は見られない。降旗も私服を着ている。家の間に寺が散在している。そんな山手からも海が覗《のぞ》いた。降旗は海を視野に入れないようにしながら、古い街並みをぼんやり歩いていた。
寛子との関係にもそろそろ結論を出さなければならないと考えていた。彼女の好意はよくわかっている。彼女から「鈍感」と柔らかく譏《そし》られたこともある。これ以上彼女を中途半端な状態においておくことはできない。
それはわかっていながら寛子に会うと、なにも積極的な行動に出られなくなってしまう。二人の間を阻むものはなにもないはずでありながら、寛子と弓枝が重なり合ってしまうのである。
降旗にとって寛子は弓枝である。弓枝は神聖にして侵すべからざる女性である。降旗は弓枝を裏切った形になっている。弓枝の諌止《かんし》に背いて、彼女が行くなと言った方角へ進んで来てしまった。その進路の先に弓枝が寛子の形をして現われたのである。
寛子の許容を知りながらも、踏み出せないのは、寛子の中の弓枝が降旗の進路を阻止しているからである。
「あなたは軍人には適《む》かない。軍人になったら人を殺さなければならない。あなたにそんなことができるか」
と問いかけた弓枝の言葉がいまも耳に刻まれている。その声に耳を塞《ふさ》いで寛子の許容に甘えられなかった。
寛子と弓枝はべつの女だといくら自分に言い聞かせてもだめである。
降旗は一体化をした寛子と弓枝のおもかげを孤独な休日の中に追いながら、佐世保の古い街を歩いていた。
そんな街の一隅に古本屋があった。店の奥は薄暗く、店番も客の姿も見えない。古本屋でもこんな場所で客が来るのだろうかと、他人事ながら心配になりそうな寂《さび》れた街角にカビの生えそうな古本を並べている。
降旗はその古本屋の店のたたずまいになにか心を惹《ひ》かれるものを覚えて、ふらふらと吸い寄せられるように店内へ入った。森閑とした店先に、時流を拒んでいるような頑《かたくな》なものを覚えて、それに共感したのかもしれない。
店の中は暗い。しばらく目が馴《な》れない。ようやく瞳孔《どうこう》が暗い周囲に同調して、店内が見えるようになった。雑多な古本が積まれていた。不思議なことに時局を反映した書物がほとんど見当たらない。政治、経済、学術、芸術等すべてにおいて軍事思想の及ばぬものはない当時にあって、軍事色を一切排除した本ばかりおいているのは奇蹟《きせき》に近い。降旗はそこに自分が本来属すべき世界のコーナーへ来たような不思議な懐しさを覚えた。
歴史書や文芸書が主体で、哲学や医学の本なども書棚に見える。文芸書のコーナーに目を泳がせていた降旗は、その一角に凝然《ぎようぜん》と視線を固定させた。
「立原道造詩集」
背文字に書名が読めた。降旗にはその本の周囲に淡い後光《ごこう》が漂っているように、背文字の書名が薄闇《うすやみ》の中に浮き上がって見えた。それは本そのものから発光しているように見えた。
そのとき降旗の背後でモソリと動いた影があった。だれもいないとおもっていた店内に人がいた。店内の薄闇に同化したかのように店の主《あるじ》が坐《すわ》っていたのである。
「これをください」
降旗は「道造」を書棚から抜き取った。ちょうどその日は寛子の二十歳の誕生日に当たっていた。
3
数日後寛子は降旗から誕生日の贈り物として送られてきた「道造詩集」を受け取った。「道造」に一通の手紙が付けられていた。
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「不時入港した佐世保の裏通りの古本屋で偶然、道造を見つけました。人目に触れ難い裏通りの古本屋のその中でも目立たない書棚の隅の方に道造は体をすくめておりましたが、私には本の周辺が薄明るく輝いて見えました。きっと私に拾い上げてもらいたくて、いえ、私を介してあなたの手許《てもと》へ行きたくて、精いっぱいの存在主張をしたのかもしれません。
古本で失礼ですが、今時道造にはなかなか出会えません。きっと道造はあなたがおっしゃったように現世を拒否しているのでしょう。この本をあなたの二十歳の誕生日に見つけたのも浅からぬ縁があるような気がします。今度いつお会いできるかわかりませんが、お元気にお過ごし下さい。間もなく霞ヶ浦へ赴任します。空を飛びながら地平線のあなたのおられる方角を見ています」
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海軍士官らしからぬ感傷的な手紙であった。この手紙にさりげなく降旗の寛子に対する想いが篭《こ》められている。
寛子は降旗の手紙を読んでいるうちに、ある箇所の文言にはっとなった。
「きっと道造はあなたがおっしゃったように現世を拒否しているのでしょう」と降旗は書いている。
だが寛子はそんな言葉を言った記憶はない。似たような言葉として「道造はこの世に属すべき人間でないような気がする。道造の詩が時代錯誤であれば、道造を時代錯誤にしたいまの世の中のほうが誤っているとおもう」と言ったが、それも初めに降旗が言った言葉を受けたものである。
似たような言葉が降旗に誤って記憶されたのか。それとも他の人の言った言葉を寛子の言葉として記憶してしまったのであろうか。
寛子にはおもい当たることがあった。降旗は寛子を見ていながら、いつも遠方を見ているような目をしていた。
あれは、寛子にだれかべつの人間のおもかげを重ねていたのではないのだろうか。そしてその人の言った言葉を、寛子の言葉とおもい込んでしまった。
その人とはだれか。そうおもったとき、降旗恋しさが衝《つ》き上げてきた。寛子自身、降旗とロバートのおもかげを重ね合わせている事実をそのとき忘れていた。
降旗が贈った道造詩集には、彼の死を予感した詩や散文がおさめられていた。ぱらぱらと頁を繰っていると、次の文章が寛子の目を捉えた。
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悲劇のやうに思つてはいけない。これは何でもないことなのだから。
ラムダは山の頂にくらしはじめた。それはラムダが、人がうつくしい水に身投げするやうに、天に身投げがしたかつたからだ。人は死ぬとき明るい青い海で日が底までまつすぐにさす海を欲しがるものだ。だがラムダは天を欲しがつた。彼が白や黄の雲の間に浮んで、それから手や足が溶けてゆくのはどんなにしづかであらう。人は海に沈むとき、きれいに光る白いあぶくをたてて行く。海では魚は溶けない。天でラムダは死にたかつた。
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寛子は愕然《がくぜん》としてその詩文に目を膠着《こうちやく》させた。降旗はラムダのように天に身投げをするためにパイロットを志したのであろうか。彼は地上へ下りて来ることを誓った。
寛子はさらに頁を追った。――ラムダは空へ上るために山へ上り、算《かぞ》えられないくらいの長い年月をそこで暮らし、再び地上へ下りて来た。人々はラムダを乞食《こじき》とまちがえた。人さらい、悪い鬼が来たと人々はラムダを嫌悪して千の石を投げた。ラムダは安らかに眠りたくてうそを吐いた。綱を張ってサアカスで、人が飛ぶように飛んで見せると。ラムダ自身も雲となって飛び去ることを信じだした。あの山で夢みたことがいよいよ本当になるのだと。
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ラムダは綱に足をかけた。気のとほくなる程、青空は高かつた。下では皆が声をひそめた。ゆつくりと最初の一足が動いた。次にはもう駈《か》け出さずにはゐられなかつた。だが足の下には綱がなくなつた。
青空に白い雲が流れた。平野が光つた。海をかすめて鴎《かもめ》が飛んでゐた。冬の星が窓に見えた。ああ、あのなかに人のくらしがあるのだな。みやまうすゆきさうの朝やけだな。……それきりだつた。 ――ラムダは落ちた。
人の群が揺れ動いた。つなわたりの落ちて行くあたりに余計はげしく。子供たちが叫んだ。それから群はざわめきながら散りだした。また戻つて来たときにラムダは死んでゐた。
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降旗も地上へ帰るときは死んでいるのではないのか。彼は「生きて還る」と誓ったわけではないのだ。そしてロバートも同じ様に空へ身投げするためにパイロットライセンスを取得した?
「縁起でもないわ」
寛子は頭を振った。
せっかくの心を篭めた降旗の誕生日プレゼントにこのような不吉な連想を託すべきではない。降旗は進んで国の守りにつくために大空へ駆け上って行こうとしているのである。自分はそれを素直に祝福してやるべきである。今度会ったら、降旗が単独飛行できるようになったとき、彼の操る飛行機に乗せてもらうように頼んでみよう。
もし降旗がそのまま空に身投げをすることがあっても、自分も一緒に道連れになってやれる。またしても不吉な想像へと連なるのを、今度は寛子は打ち消そうとしなかった。
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要視察の裏切り
1
日本で降旗圭が飛行学生を命ぜられて霞ヶ浦に赴任したころ、アメリカではロバート・ウッドが海軍航空隊への志願を表明して両親から猛反対を受けていた。
まだ大学在学中であり、ロバートに弁護士事務所を引き継いでもらうつもりでいた父親にとって、ロバートの海軍志願は寝耳に水であった。すでにヨーロッパでは戦争が始まっていた。アメリカの青年たちは全ヨーロッパを呑《の》み込みそうなナチスドイツの勢いに、ファシズムを食い止めるため進んで起《た》ち上がろうとする風潮にあった。一九四〇年からアメリカは選抜徴兵制度を採用した。
だが両親にしてみれば、ヨーロッパの戦火はあくまで「対岸の火事」である。そんな火の粉を大切な跡取り息子が進んで浴びに行く必要があるのか。
「慎重に考えて欲しい。おまえが後を継いでくれなければ、ウッド法律会計事務所は一代限りで終ってしまうのだ」
父親は諌《いさ》めた。
「ぼくには法律や会計業務にはまったく興味がないのです。このまま行けば世界はヒットラーのものになってしまいます。そうなったらお父さんの法律会計事務所どころではなくなるでしょう。ぼくは祖国と自由を守るため役に立ちたいのです」
「国と自由を守るための役に立つのは、なにも海軍へ入ることだけではあるまい。おまえはまだ学生だ。戦争をすることより、勉強をするのが本務じゃないのかね」
「私たちの祖国の安全が脅かされているときにのんびり勉強なんかしていられません」
「まだアメリカの安全が脅かされたわけじゃない。ヨーロッパの戦争になぜおまえが出て行かなければならないのだ」
「イギリスはアメリカの母国です。ヨーロッパがナチスに征服されてしまえば、その鉾先《ほこさき》は必ずアメリカに向けられてきます。そうなってからでは遅いのです」
「それにしても、なにもおまえがわざわざ危険な航空隊を志願することもなかろう。国家がおまえを必要とする以上に私たちがおまえを必要としているんだよ」
「本当よ。お父さんや私を悲しませないようによく考えておくれ」
かたわらから母が口を添えた。
「お父さんやお母さんは自分たちの幸せさえ守られていればヨーロッパがどうなろうと、全世界がファシズムになろうと、かまわないとおっしゃるんですか」
「そんなことは言ってないよ。おまえにはいま他にすべきことがあると言ってるんだ。いまはしっかり勉強をしておいて、国が本当におまえを必要とするときになってから志願しても遅くはあるまいと言っているんだよ」
「いま国が本当にぼくたちを必要としているんです。いまぼくたちが起ち上がらなかったら手遅れになります。いやもう遅いかもしれない。こうしている間もヨーロッパではヒットラーがその野心の版図《はんと》をのばしているのです」
熱に浮かされたような若者の目には、両親の訴求が入らなかった。思案に余った両親は、ロバートと仲のよいシャロン・ピアスに頼んだ。シャロンとの関係はステディであり、いずれ彼らが結婚すると予想されていた。両親もシャロンなら歓迎するつもりである。
「ボブが海軍を志願することはずっと前から聞いていました。私も反対したのですが、ボブは聞き入れてくれませんでした。私が言ってもだめなのです」
シャロンも悲しげに首を振った。
「あなたが頼んでもだめですか」
ロバートの父親は肩を落とした。
「ボブの胸にはいまでもナカガワヒロコが棲《す》みついています」
「ナカガワヒロ……?」
「ボブが愛した日本娘です」
「ああ、あの娘」
父親はおもいだした。日米関係の将来図から諦《あきら》めるようにロバートに忠告した娘である。二年ほど前に日本へ帰国したはずである。
「私はあの娘の代用にすぎません。ボブは日本が彼女を奪い去ったとおもい込んでいるのです。日本から彼女を取り戻すために海軍を志願したのです」
「日本から取り戻す。まさか」
「本当です。ボブの志願を止めさせられるのはヒロコ以外にいません」
シャロンは首を振った。ロバートは周囲の反対を押し切って、一九四〇年五月初めに大学を中退して海軍予備学生になった。
このころヨーロッパではドイツが電撃作戦の下にベルギー、オランダ、フランスに侵入、五月十五日オランダ、二十八日にベルギーが相次いで降伏した。六月四日には英仏連合軍がダンケルクに追いつめられ、英本土へ脱出した。
十四日にはドイツ軍がパリを占領し、二十二日に独仏休戦となった。
フランスはドイツに妥協したペタン政府と、ドイツに抵抗したドゴール派の真っ二つに割れてフランスの東北部大半はドイツの支配下に入った。
最後に残ったイギリスもドイツに制海権、制空権を奪われて風前の灯になった。
フランスの降伏はアメリカに深刻なショックをあたえた。ドイツに対して高をくくっていたところのあるアメリカは、ドイツの強大さを見せつけられ、にわかにヨーロッパの戦火が足許《あしもと》に迫ってきたような危機意識をアメリカ国民の間に植えつけた。
もはやヨーロッパの戦火は対岸の火事≠ナはなかった。陸軍長官スティムソン、海軍長官ノックスと共和党の大物が任命され、挙国戦時体制と共にこの年九月平時の最初の徴兵制が施行された。
またアメリカ史上初のルーズベルト三選が果たされた。彼の好戦的姿勢が、時代のニーズに合ったのである。だがまだルーズベルトに対して反英的孤立主義、反戦的な警戒心も根強く残っていた。ルーズベルトとしては挙国一致の戦争体制へもっていくためにはもう一つ大芝居を打つ必要があった。
ドイツの破竹の勢いに日本も影響された。いまこそドイツとの提携を強めて、日本の国威を東亜に確立すべきであるという世論が支配的になってきた。特に独伊との軍事同盟を強く望んでいた陸軍主戦派は、米国寄りの時の米内(海軍大将)内閣を嫌い、陸相が辞任して倒閣に追い込んで行った。
米内内閣を崩壊させた陸軍主戦派は、九月二十七日日独伊三国同盟を調印することに成功した。ここにファシズム国家群による世界制覇体制は成ったのである。
日本国内では軍部による国民生活の搾《し》めつけが一段と強化されていた。
この年の二月二日第七十五議会において民政党代議士斎藤隆夫が勇気ある発言を行なった。彼は軍部主導の戦争政策全体を厳しく批判して、日本を中心とした世界平和の実現のための聖戦が欺瞞《ぎまん》であることを暴いた。
斎藤の演説は深い共鳴を得たが、激怒した陸軍によって、斎藤発言は速記録から削除され、斎藤は懲罰委員会にかけられて除名された。軍の横暴が政治を圧したのである。
このころからカタカナ語が駆逐されるようになった。外国かぶれは国体に反するという理由でカタカナ芸名をもつ芸能人が内務省警保局によって改名を指示された。ドレミファもハニホヘトイロハに改められた。
間もなく始まる敵性語@ツ語運動のこれが幕開けである。
ゴルフが芝球、フライが洋天、サイダーが噴出水などの珍妙な和訳が考案されたのはこのころである。
生活必需品は次々に配給制となり、贅沢品《ぜいたくひん》の製造販売が禁止された。「贅沢は敵だ」の標語の下に街を彩っていた華やかな風俗や奢侈品《しやしひん》が駆逐され、重苦しい軍事一色に塗り込められていった。
アメリカ帰りの中川一家にとってますます辛《つら》い時代にさしかかってきた。
2
特別高等警察は中川一家のような外国帰り、特に米、英、仏などから帰って来た者を「思想関係要視察人」として共産主義者や自由主義者に次ぐ要注意人物としてマークしていた。
特高の手口は巧妙であり、共産主義者や左翼関係者などは反国家的危険人物として容赦なく取り締まったが、帰国者は懐柔して彼らと海外とのコネクションを情報工作に利用しようとした。
大山の中川一家に対する特高にしては穏やかな取扱いの底には、そんな下心があったのである。
内閣情報部情報官杉本陸軍中佐から大山は内密の依嘱《いしよく》を受けていた。
「同盟通信で世界に国際宣伝をするために英、仏、独、西、中国語の堪能な人間を求めている。横浜は国際都市だから欧米諸国から帰って来た者が多く住んでいるとおもう。特に米英との関係が一触即発になっている現在、対米英謀略用の英語能力者が急遽《きゆうきよ》求められている。きみの力で探し集めてくれんか」
杉本中佐の言葉に大山は直ちに中川一家をおもい浮かべた。
「それは女性でもよろしいのですか」
「男女は問わない。いまのところ放送ニュースの翻訳が主たる仕事であるが、間もなく放送も考えているので、女性アナウンサーが望ましいところだ。心当たりがあるのかね」
「放送に適するかどうかわかりませんが、心当たりのないこともございません」
この年十五年十二月に内閣情報部は局に昇格し、国策通信社「同盟通信社」を使って国際宣伝戦をいっそう強化しようとしていた。
この外国語能力者の動員が、昭和十八年以後の対米謀略放送「ゼロアワー」のアナウンサー「東京ローズ」の素地となっていくのである。
内閣情報部の外国語を武器≠ニする発想は、カタカナ追放運動と矛盾している。内閣情報部の方針は、国粋主義的な外国語追放運動に反対した津田英学塾教授の藤田たきの「――殊に対米英関係のけはしき今日、もし英語不用論の如きが唱へらるゝならばそれこそ大いなる心得ちがひである。――英語も亦《また》武器である」と主張した言葉と皮肉にもぴたりと一致する。
だが一般世間では英語をしゃべれるというだけで白い目を向けられた。中川家の者も、英語能力を秘匿して暮らしていた。大山から意外な要請を受けて、中川は当惑した。
「英語は忘れましたよ」
「まあ、そんなことを言わずに、せっかくの能力をお国のために役立ててもらえませんか」
大山はねばった。大山には特高へ呼ばれたとき庇護《ひご》してもらい、それ以後もなにかと便宜をはかってもらっているので、むげには断われない。
だが大山の要請を受ければアメリカを裏切ることになる。知人の大半はアメリカにおり、中川はアメリカという国が好きであった。日米関係の悪化に伴い、家族の安全を考えて帰国してしまったが、いまだにアメリカへの想いを捨て切れないでいる。
「これを断わると、今後いろいろとまずいことになるよ」
大山は半分|恫喝《どうかつ》した。要請という形をとってもほとんど強制である。
「私に役に立つことがあればご協力しましょう。しかし、娘はまだ学生の身なので、せめて卒業するまで待っていただけませんか」
中川は時間を稼ぐことにした。大山も中川の承諾を得たので、それ以上押さなかった。
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若者の義務
1
霞ヶ浦航空隊に入隊した降旗と上条に猛訓練の毎日がつづいた。まずいくつかの適性検査――機上操作実地訓練を受ける。この結果によって操縦と偵察に振り分けられる。
どちらへまわされても任務に軽重はないと言われても、航空隊を目ざしたからにはだれでも操縦を希望している。
まず検査は医学と心理学の面から行なわれる。医学面から視力、聴力、呼吸器、平衡器官を調べる片足直立、跳躍歩行、転倒テスト、回転|震盪《しんとう》テストなどを中心に行なう。心理面では操縦動作、手足の臨機応変能力を調べる協応動作、選択反応、突発緊急事態の即応能力、形象記憶などの検査の後、地上操縦訓練機による総合テストを行なう。
これにパスした者は実際に練習機に乗って一か月間飛行テストが行なわれた。教員が同乗しての三式初歩練習機で自ら操縦|桿《かん》を取り、離着陸、直線飛行、旋回などのテストをじっくりと受けるのである。
兵学校時代に呉海軍航空隊で航空実習は受けている。
霞ヶ浦には海軍飛行予科練習生すなわち「予科練」と称《よ》ばれる高等小学校卒業程度の十五〜十七歳の少年を航空機搭乗員に養成する制度に応募した者たちが入隊して来ていた。彼らは各練習航空隊で三か年の基礎教育をみっちりと受けた後で操縦術専修者は霞ヶ浦航空隊に入隊して来る。兵学校卒業者はすでに兵学校でこの基礎教育を終っている。
霞ヶ浦に来て訓練に寧日《ねいじつ》ない八月のある日、降旗は一人の練習生から声をかけられた。予科練から入隊して来た練習生である。目の大きな精悍な風貌《ふうぼう》に遠い記憶がある。
「以前、横浜でお目にかかりましたね」
彼は顔を綻《ほころ》ばせながら言った。笑うと意外に童顔となる。
「ああ、あなたは!」
「お久しぶりです。意外な所でお目にかかりました。お変りありませんか」
「あの節はおせわになりました。あなたも霞ヶ浦におられたとは知りませんでした」
彼は、横浜の海岸公園で地まわりにからまれていた中川寛子を救ったとき、応援に駆けつけてあっという間に三人の地まわりを叩《たた》き伏せてくれた水兵であった。
彼は坂上棋一《さかがみきいち》と名乗った。
「その後あのお嬢さんはお元気ですか」
坂上は問うた。
「元気です」
降旗は言葉少なに答えた。それだけで坂上は、その後の彼らの関係を察したらしい。
意外な邂逅《かいこう》によって二人は親しくなった。日曜日の外出には同じ下宿に沈澱《ちんでん》して、たがいの身上を語り合ったりした。
坂上の郷里は埼玉県秩父の山村で、幼いころから空に憧《あこが》れ、高等小学校を卒業すると海軍少年航空兵に応募して予科練へ来たということだった。
「子供のころ凧《たこ》上げが好きでしてね、村の子供たちが集まっては凧合戦をするのです。相手の凧に糸をからませて切り、飛ばし合うけんか凧というやつです。隣りの村にどうしても勝てない強いけんか凧がいましてね、こいつをやっつけようとしていろいろ工夫を凝らしました。凧糸にがんぎりという鉄の歯をつけてやがるんです。こっちも負けないがんぎりをつけて応戦しましたよ」
「凧合戦に負けたのが悔やしくて飛行機乗りを志願したのか」
「そうです。だから戦闘機乗りになりたいとおもっています。降旗さんはどんな機種を志望ですか」
「どうせなら戦闘機だな」
練習生はだれしも操縦を目指し、操縦の中でも華やかな戦闘機に憧れた。降旗の場合は、それが梅村弓枝が行ってはいけないと言った方角であったからである。彼女の諌止《かんし》に背いて軍人になったからには、彼女の最も望まない方角へ行ってみようとおもった。
そうすることが、かつて自分が志望した詩人から遠ざかることである。
おれは立原道造のように現世を拒否しない。現世に生まれ合わせたからには、現世が要求するものになるのが、男子たるものの務めではないか。たとえ現世が誤っていてもだ。――
降旗は自分に言い聞かせた。
2
降旗は適性検査をパスして操縦にまわされた。
坂上と上条も念願通り操縦予定員となった。適性検査の最後の仕上げとして特に優秀な者には単独飛行が許された。その中に三人は入っていた。霞ヶ浦で猛特訓を受けている間に、昭和十六年になった。いまや日曜祭日もない月月火水木金金の訓練が毎日つづいて降旗も男っぽい痩《や》せた精悍な風貌になってきた。
練習機も六十馬力三式初練から百三十馬力七十五ノットの九三式中練となり、単独飛行から編隊飛行や8字飛行や各種高等技術飛行を習得していった。
昭和十六年に入るとヨーロッパの戦雲はますます急となった。
三月にはアメリカで武器貸与法が成立した。これまで維持してきた孤立主義をアメリカは放棄し、民主主義連合国に対する武器援助を表明した。これはアメリカの実質的参戦である。主たる援助国はイギリスであったが、中国、ソ連にも援助が拡大された。
すでに日独伊三国同盟は成立し、独ソ不可侵条約を踏まえて日ソ中立条約が四月モスクワで調印された。
「もしかしたらおれたち、アメリカと戦うことになるかもしれないな」
そのニュースを聞いたとき、降旗はふとおもった。
「アメリカと戦うと、どうなりますかね」
坂上が問うた。
「わからない。だが、世界のいかなる国よりも強敵になりそうな気がする」
降旗は中川寛子からアメリカの科学の進歩や工業力について聞いていた。日常生活の端々《はしばし》にまで日本にはない物質文明の厚みがあるような気がしていたのである。
「将来アメリカの戦闘機とやり合うことになると、これは隣り村のけんか凧のような強敵ということになりますか」
坂上が闘志を煽《あお》られたような顔をした。日中戦争は泥沼にはまり込んでいたが、戦況は日本軍の優勢が伝えられている。だがアメリカが乗り出して来るとなると、これまでの様相ががらりと変ってしまうかもしれない。
坂上が少年のころ郷里の空で戦ったけんか凧が、太平洋の空にこれまで見たこともない巨大な姿と形をもって戦いを挑みかけてきたようなおもいがした。
一月八日東条陸相が全軍に示達した「戦陣訓」には、「生きて虜囚の辱《はずかしめ》を受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」と規定していた。それは全軍兵士に死を強制するものであり、近代的科学兵器を扱う海軍とは矛盾する。
これは日本の軍隊が技術的に近代化を目指しながら、死ぬための理由を重視し、封建時代の武士の「葉隠」から一歩も出ることのない死の哲学を部下の管理に導入したからである。
肉体的な制裁によって精神を鍛えられるという日本軍隊式スパルタ訓練の発想の底流には、人命軽視がある。それが遂に戦陣訓となって姿を現わしたのである。
降旗はこの戦陣訓をもって、科学兵器で武装したアメリカ機と戦うことに本能的な不安をおぼえた。
(おれが死ぬのは、こんな戦陣訓のためではない)
ではだれのために死ぬのか。国のためというのはあまりにも漠然としている。天皇のためか。それは軍人の合言葉《キイワード》のようなもので実感がない。
かつて兵学校で、部下が死ぬのは国のためでも天皇のためでもない。上官のために死ぬのだ。部下が自分のために死ぬような上官たれと教えられたが、自分が部下に命令を下す立場にあるときは、だれのために死ぬのか。
中川寛子や両親や親しい人たちのおもかげが瞼《まぶた》をよぎった。だが彼らは異口同音に「死ぬな」と訴えた。
軍隊の唯一の目的である勝利に向かって突き進むためには精神武装が強く求められる。だがそれは、国が兵士に死を強制することではあるまい。軍が兵士に求めるものは使命の遂行であり、死を強制することではない。
命あるかぎり、生き長らえて戦うのが、兵士の義務であり使命ではないのか。人が国のために死ぬのは、その国が生命を賭《か》けるに値するからである。だが国が死を強制したら、そんなもののために死にたくない。
兵学校時代に完全に拭《ぬぐ》い落としたとおもっていた反戦の洗礼が、戦陣訓と共によみがえってきた。
3
日本で東条が戦陣訓を示達して全軍および全国民に戦う気合を入れていたとき、アメリカ海軍はまだのんびりしていた。ルーズベルトが民主主義国家援助を発表しても、アメリカ海軍は、近い将来日本海軍と太平洋で対決することになると考えていた者は少なかった。
アメリカは空母八隻と戦艦十九隻を保有しているにすぎず、すでに実戦を経験している日本軍とは戦力、練度、性能、装備等においてはるかに劣っていた。
昭和十六年開戦時日本の海軍兵力は空母十、戦艦十、巡洋艦四十一、駆逐艦百十一、潜水艦六十四、その他合わせて二百五十四、九十八万四千トンの勢力であった。
これは世界第三位の海軍力とされていたが、一位のアメリカが太平洋と大西洋に兵力を割《さ》かなければならないために、太平洋では日本が断然優位であった。特に空母は米英をしのぎ実力は世界一と見られていた。
米国海軍が優れているものは栄養だけであった。米海軍各艦船の乗組員はアメリカの独立主義がもたらした平和と栄養によって丸々と肥え、退屈をもてあましていた。
空母ヨークタウンの一九四〇年一月十五日版の艦内新聞に掲載された詩が、彼らの退屈を如実に物語っている。
おれはただ突っ立っている
まだ当分突っ立ちぱなしだろう
おれの仕事はひどく退屈だ
おれの筋肉はぶよぶよたるみ足は萎《な》えている
なぜだ? おれは戦争してるほうがましだから
この詩に象徴されるようにヨークタウンの乗組員の生活は、日本海軍のそれに比べて牧歌的ですらあった。日本海軍が「総員起こし」のラッパと共にハンモックの格納に寸秒を争っているとき、ベッドで眠り足りたヨークタウンではてんでんばらばらに起き出す。朝食時間まで上甲板でおもいおもいに体操したり、マラソンをしたりしている。
日本海軍がソーフで甲板洗いに「まわれまわれ」をかけられているとき、米海軍《ヨークタウン》には甲板|拭《ふ》き掃除をしなければならない露天甲板はまったくない。飛行甲板は赤く塗られていて、ときたま塗りかえ時に掃除するだけでよい。
朝食はセルフサービスのカフェテリアで摂り、フルーツ、アイスクリーム、コーヒーまでつく。日本海軍が乏しい食事を争い、「テーブル支え」の罰直を喰《く》らっているとき、ヨークタウンでは新聞やラジオをかたわらに悠然とコーヒーをすすっている。それで足りない者には、艦内のソーダファンテンがあり、各種ソフトドリンクが揃《そろ》っている。
昼と夕食は軍楽隊のバックサウンド付きでフルコースを楽しみ、オフの時間には各種スポーツ、夕食後は映画がある。図書室には地方都市の図書館並みの蔵書がある。娯楽室にはトランプやチェスが揃っている。
世界で最も栄養の行き届いた海軍が閑《ひま》をもて余しているとき、太平洋を隔てた日本では極度の精神主義で武装した兵士たちが、非人間的なスパルタ訓練で狼のように牙《きば》を磨いていたのである。
東条はその磨いた牙に迷いが出ないように戦陣訓の鎖で縛ったのである。
4
だが米国海軍がそれほどたるみ切っていたわけではない。訓練も作業もやるべきことはやっていた。ただ彼らの耳目は大西洋をはさんだヨーロッパの方へ向けられていた。
日ソ中立条約によりソ連の脅威を脱した日本が、東南アジアの仏蘭《ふつらん》植民地への進出を始めると、米英に欧亜どちらの防衛に比重をおくべきかという論議が起きた。結局ヨーロッパ第一主義の戦略が決定された。アメリカの戦争政策はドイツを主敵として、太平洋では戦略的守勢を決定したのである。アメリカとしては日本の中国や南方進出は認められないが、日本と事を構えてヨーロッパ戦線の戦力を割きたくないというのが本音であった。ドイツを叩《たた》くために、「太平洋の平和」が必要だったのである。日米関係は悪化していたが、まさか東洋の一小国が世界最強の大国アメリカに向かって戦争をしかけるはずがないという見くびりがあった。
後に「アメリカは日本の海外暗号をとうに解読しており、真珠湾に対する奇襲攻撃を事前に察知していながら日本に罠《わな》(先に戦端を開かせるための)をかけた」と言われたが、結果論的な推測であり、日本の奇襲を許した素地には日本に対する見くびりがあった。
ロバート・ウッドは一九四一年四月十五日、海軍飛行予備学生としてフロリダ州ペンサコラの訓練航空基地で猛訓練を受けていた。航空技術、偵察、爆撃、通信、編隊飛行、夜間飛行などの訓練を受ける。一日十二時間以上の訓練はザラで、夜間飛行が重なると十五時間以上になる。休日もめったに許されない。日本海軍の月月火水木金金とまったく同じである。
ただちがっていることは「海軍精神注入棒」などによる肉体的制裁がないことであった。その代り、精神に対して制裁が加えられる。
苛酷《かこく》な訓練に少しでも泣き言を言おうものなら、
「きさまのようなやつは人間のくずだ。生きるに値しない」
「少しでも国のために役に立ちたいとおもったら、膝《ひざ》をかかえてなにもするな」
「きさまの両親はおおかたオカマか淫売《いんばい》だろう。さっさと除隊して両親の後を継げ」
「きさまはアメリカの恥だ。きさまと同じ息を吸うのも汚らわしい」
とこんな調子で精神を痛めつける。戦うための精神武装を施すために、肉体の代りに精神をこれでもかこれでもかとしごく。それに耐えられないような者は、戦場の孤独に耐えられない。
どこの国の軍隊でも勝利の追求を目的にしない軍隊はない。一人一人の兵士が戦場では想像を絶する惨苦に耐えなければならない。敵の血|飛沫《しぶき》を浴びる白兵戦から、ボタンを押すだけの核戦争に至るまで、勝つという唯一の目的は同じである。
そこでは一人一人の兵士が験《ため》される。自分が生き残るためには敵を殺さなければならない。それだけが唯一のルールであり、それに従えない者は死ななければならない。一人の兵士のルール違反が全軍の崩壊につながりかねない軍隊の非人間的体質は同じである。
日本軍隊の底流には人命軽視があったが、米国軍隊(のみに留まらず)には人格無視があった。人命を日本軍よりも大切にしたのはそれが「生きた兵器」として価値があったからである。人格を無視または軽視しなければ、人間を生きた兵器に改造できないのである。
ロバートは入隊二か月後、シャロン・ピアスに次のような手紙を書き送った。
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「ここへ来て海軍の正体を見せつけられました。ここでは人間≠ゥらできるだけ遠ざけるようにしています。ものを考えさせない、批判させない、ただ命令だけを忠実に履行する機械にするための訓練と教育があるばかりです。最初は地獄のような毎日ですが、日が経つうちに不思議にそれがあまり苦にならなくなりました。命令を遂行することに喜びをおぼえるようになったのです。それだけ自分が人間から遠ざかり、命令遂行機械に近づいたのかもしれません。どんな非人間的な命令でも遂行できる機械、しかし、軍隊に人間的な命令というものがあるだろうか。敵を撃滅せよ。しかしその敵も人間です。我々は牛や馬や豚を相手に戦争するわけではありません。ファシズムから自由を守るために軍に応募したのですが、人間としての自由を守るために、人間から遠ざからなければならない矛盾をおもっています。
こんなことを考えるようではまだ自分は優秀な軍人になり切っていないのかもしれませんね。――後略」
[#ここで字下げ終わり]
シャロンはこの手紙を受け取ったとき、ロバートが海軍に入隊したことを後悔しているのではないかとおもった。両親の反対を押し切って入隊しただけに、いまさら泣き言を言えず、シャロンにそっと本音を打ち明けてきたのではないのか。
彼女もロバートの入隊には反対した。だがロバートは海軍に骨を埋める意志はないと言った。ヒットラーの世界制覇を阻むために、自由主義社会の安全が脅かされている時期だけ、若者としての義務を果たすだけだとシャロンに説明した。シャロンはロバートの手紙を「よい傾向だ」とおもった。彼が海軍に嫌気がさせば、早く自分の許へ帰って来てくれる。
だいたいアメリカ青年に「自由を守るために起《た》ち上がれ」と鼓吹したのはルーズベルトである。日本の軍部が天皇を戦争の旗印にしたように、ルーズベルトは自由を旗印にしてアメリカの若者の心に火をつけた。
自分《きみ》が起ち上がらなければ、だれが自由を守るために起ち上がるかと格調高いトーンでアピールしたルーズベルトの言葉は、アメリカ青年の心を射抜いた。一種の集団催眠にかかったのである。
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ぜいたくは素敵
1
昭和十六年、戦争の気配は日本国内でますます濃く煮つまっていた。六月には米英の出方次第で武力南進を決定した。この月の二十二日独ソ戦争が開始された。
これによって戦争規模は一挙に拡大した。これまで独伊対英仏の帝国主義の衝突であったのが、ファシズム対民主・社会主義という二大体制間の戦争に性格が一変したのである。
独ソ戦の開始は、日本に衝撃をあたえると同時に日本の好戦派を勢いづけた。軍部が一切の反対を押し切って始めた日中戦争の戦局も優勢を伝えながらも、中国の反攻が激しく、しばしば日本軍は苦戦に陥っていた。長期化した戦争に国民経済は疲弊していた。
だが国民の手前日中戦争を未解決のまま、撤兵は軍の威信にかけてもできない。たとえ中央政府が撤兵を命じても、関東軍以上の大兵力に成長した支那派遣軍がおとなしく服するはずがなかった。東条は「数十万の戦死傷者、数億の遺族、戦場にいる数百万の将兵とまたすでに費した数百億の国帑《こくど》(国の金庫)のために撤兵は断じて譲れない。靖国の方を向いて寝られない」と主張した。
軍部は日中戦争の行きづまりを打開するために、なにか新しい手を打ち出す必要に迫られた。ここにヒットラーの独ソ戦開始が手本にされた。ヒットラーと膠着《こうちやく》した対英戦を打開する一手としてソ連に戦争をしかけた。ソ連が屈服すれば、イギリスも降伏するだろうという構想である。
中国の抵抗の背後にはアメリカがいる。アメリカは日本軍の中国撤退を要求しつづけている。
九月六日「十月上旬頃ニ至ルモ我《わが》要求ヲ貫徹シ得ル目途ナキ場合ニ於《おい》テハ直チニ対米開戦ヲ決意ス」と御前会議において対米戦が決意された。
この後も対米戦が不可避か、開戦の場合の勝算、長期戦の場合の国力などについて討議が繰り返されたが、日中戦争をあくまで継続という大前提を踏まえての討議であるから、中国の(自動的)崩壊、イギリスの降伏、アメリカとの有利な講和などと都合のよい解釈しか出てこなかった。
十月十八日遂に開戦派の東条英機内閣が成立した。対米開戦すれば、太平洋が主たる戦場となる。だが海軍は日米の人的資源、工業力、生産力などの格差から開戦に消極的であった。
海軍の現有勢力こそ互角であったが、開戦してアメリカの戦争体制が本格化すれば、たちまち差をつけられるのは明らかである。
世界最強の海軍、無敵海軍を標榜《ひようぼう》してきた手前、いまさら戦争反対を唱えられない。いま開戦を抑えようとすれば、クーデターか、反対者の暗殺は必至の状勢となっていた。
軍の威信や個人の面子《メンツ》が国家の存続よりも優先したのである。このような場合常に積極派が大勢を支配する。消極派は臆病者《おくびようもの》の誹《そし》りを受け、口を噤《つぐ》むことによって本当の臆病者となる。
すでに海軍は九月から全軍戦時編制に入っていた。日本の戦力(海軍力)が連合軍の戦力を圧倒するチャンスは緒戦期である。日本にとって長期消耗戦にもつれ込むのが最大の危険である。山本五十六連合艦隊司令長官は開戦|劈頭《へきとう》ハワイの米太平洋艦隊を叩く奇襲作戦を構想していた。奇襲以外に彼我の総合戦力の格差を縮めて、有利な戦争終結へもって行く方法はないと考えたのである。
十一月五日の御前会議で十二月一日までに日米交渉不成立ならば開戦を決議した。大本営海軍部(軍令部)は連合艦隊に対して作戦部隊を作戦開始前の準備地点に進出せしむべき旨を指示した。連合艦隊の主兵力はその巨躯《きょく》を十二月八日の開戦に向けて密かに動かし始めたのである。
十一月二十六日ハル米国務長官による「ハル・ノート」が提示された。その大要は中国からの全面撤退、中国における重慶政府以外のいかなる政権も支持しない。日独伊三国同盟の取消しである。
これはとうてい日本、特に東条の受け容れられないことである。
日本はハル・ノートによって開戦に踏み切った。
十二月一日の御前会議で米英蘭に開戦の決断が下った。これに先立つ十一月二十二日南千島の単冠《ヒトカツプ》湾に集結していた南雲忠一中将|麾下《きか》の機動部隊は、二十六日午後六時ハワイ方面に向かって出撃して行ったのである。
2
「お宅はこの間の興亜奉公日に出席しなかったので配給切符にハンコ押せません」
中川寛子は隣組の組長に突然言われて当惑した。
「ごめんなさい。その日は両親も私も仕事で留守にしていましたものですから」
切符にハンをもらえないと生活必需物資の配給を受けられない。
「仕事はだれでももっています。その中からみなさん奉公日には出て来るのです」
組長は冷たく言った。
「今度から必ず出ますから」
「お宅、敵性語の通信の仕事をしてるんだってね。チャーチルやルーズベルトから配給受けたらどうかね」
組長は意地の悪い目で見た。居合わせた近所の者がどっと笑った。特高の依嘱《いしよく》の許《もと》に一家で同盟通信の仕事をしていることへの皮肉がこめられている。同盟通信の国際宣伝戦の仕事に携っていることは、立派に国の役に立っているはずでありながら、国民からスパイの片棒をかついでいるような白い目を向けられていた。
なんとかハンをもらったものの、寛子は悔やしくて涙が出そうになった。日本へ帰って来てから四年になるが、少しもこの国に馴染《なじ》めない。むしろ、ますます日本が嫌いになっていく。反比例してアメリカでの生活が懐しくおもいだされる。それだけ彼女の心身にアメリカが濃く沁《し》みついているのだろう。
いまの日本は、だれもがたがいに信じ合っていない。国民精神総動員の名目で全国民が戦争に協力させられ、これに対する批判や反対は一切許されない。「ぜいたくは敵だ」のスローガンの下にダンスだめ、パーマだめ、禁酒禁煙勤倹節約、ネオン抜き、飲食店、映画館休業、オールだめ、ないない尽くし、女性は自ら長い髪を切り、振袖《ふりそで》の袂《たもと》を切って時局へ迎合する。
日本国中「感化院に入れられたようだ」と嘆かれるほどである。単に禁制の鎖で国民を縛るだけでなく、これに違反する者を密告する、密告社会をつくり上げた。
隣組はファシズムの毛細血管であり、国民を監視するための最末端組織であった。日本で市民として生きていくためには隣組に入らなければならない。このようにして国民のすべてを「進め一億火の玉だ」と総力戦体制の中に組み込んでいったのである。
寛子も日本国民の一人として戦争に協力しようとおもった。現に協力している。だが戦争に対する批判が許されてもよいはずだとおもった。これがアメリカなら、祖国の危難に協力はする、だが同時に批判も許されているはずである。戦争に批判的態度をとったからといって非国民や国賊にされることはない。
八紘一宇《はつこういちう》(世界を一つの屋根の下に治める)のための天皇の聖戦を看板にしているが、少し醒《さ》めた目で見れば、日本の世界制覇の侵略戦争であることがわかる。
国民のすべての自由と権利を縛り国民を盲目にして総力戦に駆り立てて行く戦争が、国民の幸福を追求するための戦いではないことはわかる。わかっている国民もいるはずであるが、非国民にされるのが恐いので黙っている。
寛子はそんな日本がどうしても好きになれない。アメリカリベラリズムの洗礼を受けている寛子は、軍や政府の宣伝する聖戦≠ノ騙《だま》されなかった。
しかし自分はあくまでも日本人である。日本人になり切らなければと、自分に言い聞かせるのである。
そんなとき懐しくおもいだされるのは、降旗圭である。兵学校を卒業して霞ヶ浦航空隊へ入隊したと便りがあったが、その後音信が絶えている。
きっと訓練で忙しいのだろう。霞ヶ浦へ会いに行きたいとおもったが、同盟通信での仕事が忙しくて、休日返上で連日帰宅が深夜になる。
ここ数か月繰り広げている国際宣伝から、近い将来日米間に戦争が起きる気配を寛子は察知していた。
その日仕事で外出した寛子は銀座通りを歩いていた。銀座の空は青く晴れ、街角には爽《さわ》やかな秋風が立っていたが、通行人の服装は単色であり、街全体に陰惨な雰囲気が屯《たむろ》していた。ビルからネオン看板が取りはずされ、代って「ぜいたくは敵だ」の看板が諸所にかけられている。
商店の店先にあるのは「代用品」ばかりである。平和な時節にこそ本領を発揮する銀座が、非常時にあって死んでいた。
銀座四丁目の角を曲がり有楽町の方へ行きかけたとき、寛子はあっと頭を押えた。突然風が吹いてきて、帽子をさらわれたのである。帰国前サンフランシスコの服飾店で求めた気に入りのキャプリン型帽子である。一目で材質の上等なことがわかる縁《ブリム》の広い華やかな帽子である。
少し派手かなとおもったが、新たに買い求めたわけでもなく日除け帽にちょうどいいので着用していた。
慌てて追いかけた寛子の先を、くるくる転がりながら飛んで行った。そのとき反対方面から襷《たすき》をかけた婦人のグループが来た。その中のリーダー株の年輩の女性がいきなり足をあげて飛んで来た帽子を踏みつけた。
寛子は婦人の乱暴な行為に抗議するのも忘れて唖然《あぜん》となった。
「この帽子はあなたのですか」
婦人は詰問調に問うた。
「は、はい」
寛子はうなずいた。
「ぜいたくは敵です。時局柄このような帽子は慎みなさい」
その女性は「ぜいたく監視隊員」であった。
「あのう古い帽子でもいけないのですか」
寛子はおずおずと反問した。まだ十分使用できるものを使用しないで、新たに非ぜいたく品を購入することのほうが、ずっとぜいたくだとおもった。
「日本人ならこんなぜいたくな帽子はかぶれないはずです。あら、この帽子舶来もののようだわね」
監視隊長の目が獲物でも見つけたようにギラリと光った。最も悪い相手に捕まってしまったのである。
「あら、アメリカ製よ」
「まあ、敵性国家製の帽子を日本人がよくかぶれるわね」
脇《わき》から監視隊員が口を出した。たちまち通行人の人垣が彼女らを取り巻いた。
「あなた、パーマネントをかけているわね」
寛子は格好の吊《つる》し上げの対象となった。人垣はさらに物見高い弥次馬《やじうま》を集めて、現場はたちまち黒山のような人だかりとなった。人垣の後ろの人はのび上がってなに事が起きたのかと覗《のぞ》き込んでいる。
寛子は途方に暮れて立ちすくんでいるばかりである。
「あなたのような日本人がいるかぎり、聖戦を国民一丸となって遂行できません」
「前線の将兵の苦労を偲《しの》びなさい」
監視隊員は居丈高になって決めつけた。無責任な弥次馬がそうだと唱和する。ぜいたく駆逐運動は、日頃ぜいたくに縁のない民衆階級の、特権階級や富裕階級に対する反感と不満に巧妙につけ込み、生活の公事化のカムフラージュの下に国民の自由を圧迫していった。
寛子が監視隊員の獲物にされていると、一人の海軍士官が人垣をかき分けて出て来た。前線から帰って来たばかりとみえて、真っ黒に日灼《ひや》けした顔が純白の第二種軍装と対照的である。
士官は寛子の顔を見ると、「弓枝」と驚いたような声を出した。かすかに記憶のある顔であるが、咄嗟《とつさ》におもいだせない。大尉の階級章をつけている。
「ご存じの方ですか」
監視隊長は軍人が出て来たので少したじろいだ様子である。
「私の知人です。この帽子は私が兵学校卒業後の遠洋航海土産に買って贈ったものですが、なにかご不審がありますか」
と逆に問い返した。監視隊長はうろたえて、
「いえべつに不審はございません。ご苦労様です」
と言うと、踏みつけていた帽子を取り上げて寛子に返すと、這《ほ》う這うの体《てい》で立ち去った。
「どうも有難うございました。おかげでたすかりました」
寛子はホッとして礼を言った。
「いや。たまたま通り合わせたものですから。しかしひどいことをするなあ」
大尉は踏みにじられてつぶれた帽子に憤慨した顔を向けた。
「いえいいんです。どうせこの帽子はもうかぶれませんから」
「いい帽子なのに勿体《もつたい》ないですね。実際ぜいたくは敵だには息が詰まります。あの看板に素という字を書き込みたいくらいだ」
「ぜいたくは素敵……まあ」
「大山と申します」
すかさず大尉は名乗って挙手の礼をした。機先を制されて、
「申し遅れまして。中川寛子と申します」
寛子も慌てて名乗った。二人はなんとなく肩を並べて歩く形となった。
「以前どこかでお会いしましたかしら」
大山大尉の顔にかすかな記憶があるのが気になっていた。それもあまりよい印象ではない顔である。大山本人は精悍《せいかん》な軍人の風貌《ふうぼう》であるが、その底に不快な記憶が潜在しているようなのである。
「以前の私の知合いの女性にそっくりだったのでびっくりしました」
そう言えば大山は「ゆみえ」と呼びかけていた。その呼び方からしてかなり親しい間柄の女性らしい。
「するとお会いするのは初めてですわね」
「そうです。あの場は知合いを装ったほうがよいと判断しまして失礼しました」
「いいえ。おかげでたすかりました」
だがそうなると、この既知感はどこからきているのか。間もなく別れなければならない街角に来た。
「これもなにかのご縁です。さしつかえなかったらご住所を教えていただけませんか」
大山大尉が言った。寛子はちょっとためらった後住所を告げると、大山は驚いた表情になって、
「これは奇遇です。私の生家の近くです」
と言った。その言葉に寛子ははっとした。
「もしかしてお身内の方に特高警察の方はいらっしゃいませんか」
「ぼくのおやじが県の特高課におります」
「それでは大山課長さんの……」
「おやじをご存じでしたか」
大山大尉は大山特高課長の息子であった。
「これはますます奇遇です。こんな所でおやじの知合いに出会うとは思いませんでした。いま軍務の途中ですが、間もなく休暇が取れますので、今度はお宅へお邪魔いたします」
大山大尉は、寛子の返事も聞かないうちに挙手の礼をして立ち去って行った。
その颯爽《さつそう》とした自信に満ちた足取りを見たとき、寛子はむしょうに降旗に会いたくなった。だが降旗からの音信は途絶えたままである。軍機保護の理由から霞ヶ浦以後の赴任地は秘匿されている。
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幻影との交わり
1
昭和十六年五月一日、降旗は飛行学生の教程を卒業した。機種選考の結果、降旗と坂上は戦闘機、上条は艦上攻撃機に決まった。
「よかったですね、また一緒にやれます」
坂上は念願が叶《かな》って喜んだ。
「しっかり護衛してくれよ」
上条が言った。重い魚雷を抱えて敵艦を攻撃する雷撃機は、戦闘機の護衛なくしては、敵艦まで辿《たど》り着く前に敵戦闘機の餌食《えじき》にされてしまう。
「心配するな、命にかえても守ってやるよ」
脳裡《のうり》をチラリと早苗のおもかげが走った。だがそのおもかげを寛子と弓枝の顔がオーバーラップして打ち消した。
「とうとう私の反対した方角へ来てしまったわね」
弓枝の幻影が悲しげに言った。
五月一日、戦闘機操縦専修者は大分県の佐伯航空隊に実用機操縦の訓練のために配属された。ここでさらに六か月みっちりと戦闘機パイロットとしての技倆《ぎりよう》を磨かれるわけである。
降旗の人生は戦闘機乗りとしての軌道に完全に乗った。太平洋にたれこめた戦雲はますます急で、昼も夜もないような猛訓練がつづいた。
「おれたちの相手はどうやら支那ではなく、太平洋の向こうにいるようですね」
訓練の性質から坂上は主敵は誰かを察知した。延長教育の間に空母の発着艦訓練をさせられる。これもこれまでの延長教育期間中にはなかったことである。すでに新鋭戦闘機十二式艦上戦闘機、後の零戦《ゼロせん》が配備されていた。
優秀な性能は中国大陸の戦場で実証されている。飛行場で何度も定着訓練を繰り返し、限定位置にピタリと降りられるようになってからいよいよ空母に着艦する。
初めて空中から空母を見下ろしたとき、海上に浮かぶマッチ箱のように見えた。あんな狭い場所に本当に降りられるのかと疑った。しかも空母は動いており、飛行甲板は波で揺れているのである。
陸の定着訓練で同じ面積に降りられるはずであるが、陸は土地がつづいている。空母は海の上に浮いている。
初めは着艦姿勢を取りながら降下して行き、着艦直前で上昇する擬接艦訓練を反復する。この後接艦訓練をする。ワイヤーの張ってない飛行甲板に降りた後、そのまま甲板を滑走して発艦する。これを何度か繰り返していよいよワイヤーの張ってある甲板へ本番の着艦を行なう。
空母は風上に艦首を向けて、飛行甲板上の合成風速十五メートルになるように速度を調節して走る。飛行甲板最後部左側に赤と青の指導標が点灯される。
母艦前方千メートル。高度二百メートルで編隊を解き単機ずつ誘導コースに入る。|脚下げ《ギアダウン》、フラップダウン、フック下げ、母艦の後方八百メートルの随伴駆逐艦上で降下旋回をして第五経路《フアイナルレツグ》(着艦態勢)に入る。
母艦は風上に向かい艦尾を左右に震わせながら走っているので、母艦のキール線(艦軸)に合うように自機を絶えず修正しなければならない。
飛行甲板の最先端から白い蒸気が噴出してキール線上を白い筋となって流れている。
スロットルを絞り、エンジン出力を下げながら降下飛行に入って行く。機体が一定降下《パス》角度より高ければ青ランプが高く、パスより低ければ赤ランプが高く見える。赤青ランプが水平に並ぶように修正しながら、零戦を五十八〜九ノットに維持して降下して行く。
最もよい条件で降下するときも機の性能を徐々に殺していく着艦は、神に祈りたくなる。いよいよ接近して飛行甲板がエンジンのかげに隠れてまったく見えなくなる。赤と白の甲板の彩色が翼の下を帯のように流れ去るのが視野に入った瞬間エンジンを完全に絞り操縦|桿《かん》を引く。ホッとした全身は脂汗にまみれている。
夜間の着艦となると、指導灯とキール線上の甲板灯だけを頼りに着艦しなければならない。実戦では、機体やパイロットが傷ついているかもしれない。これが連続収容の場合は前機を格納する間飛行甲板上にバリケードが立てられ、やり直しができなくなる。緊急のときワイヤーにフックがかからないとバリケードに突き当たったり、オーバーランして前機に追突したり、艦橋やマストに激突したりする。
延長教育を五か月に短縮されて、九月十日いよいよ実施部隊へ戦闘機搭乗員として配属されることになった。
降旗は、坂上と共に佐世保鎮守府の空母「飛龍」の乗組を命ぜられた。
「えらい所に転勤になりましたね。佐鎮の飛龍鬼より恐いといわれる所です」
坂上が肩をすくめながらも嬉《うれ》しげに笑った。日本海軍を代表する制式空母の乗組を命ぜられたのが嬉しいらしい。総排水量二万二百五十トン、水線長二百二十二メートル、速力三十四・六ノット、搭載機数七十五機、昭和十四年|竣工《しゆんこう》の日本海軍の誇る最新鋭空母である。
降旗は飛龍で意外な人物と再会した。
2
「降旗少尉、ただいま佐伯から転勤してまいりました」
搭乗員室へ行き型通り申告しても、みなジロリと無愛想な視線を向けただけでろくに挨拶《あいさつ》も返さない。中には目も向けない者もいる。いずれも一くせある面構《つらがま》えの持ち主で教育部隊を出て来たばかりの新品(任官したての少尉)など眼中にないと言わんばかりである。取りつくしまもなくうろうろしていると、入って来た者があった。
「よう、白旗《シロハタ》来たか」
古い諢名《あだな》で呼ばれて声の方角を見ると、脳裡に刻みつけられた顔がニヤリと笑った。
「鬼山……」
「腐れ縁だな。しっかり腕を磨いてきたか」
大山は大尉になって飛龍艦攻(雷撃機)搭乗員の分隊長となっていた。
大山と同じ艦に乗り合わせるとは、因縁《いんねん》である。
「きさまに護衛してもらうとは因縁だな。まちがえて味方を射つなよ」
大山も同じようにおもったらしい。初めはなにげなく聞き過ごしたが、一拍おいてから降旗ははっとなった。「まちがえて味方を射つな」と大山は言ったが、まちがえなくとも、初めからそのつもりで味方を射つことができる。
いや大山は味方などではない。弓枝を死に追いやった不倶戴天《ふぐたいてん》の仇敵《きゆうてき》である。これは天が弓枝の仇《あだ》を討てとあたえた機会ではあるまいか。
重い魚雷を抱いた雷撃機など戦闘機の前には狼の前の豚のような存在でしかない。そのとき降旗の心をよぎった危険な発想の気配を察知したのか、
「しっかり護ってくれよ」
と言うと大山は早々に立ち去って行った。
3
飛龍は台湾方面の作戦に出撃して佐世保に帰投して来たばかりである。降旗は転勤直後ながら連日の激しい訓練にいそしんだ。艦戦隊(戦闘機)は空中戦、艦爆(艦上爆撃機)は急降下爆撃、艦攻(雷撃機)は水中爆撃と雷撃(魚雷による攻撃)を実戦さながらに訓練する。これに次いで航行中の母艦に夜間連続急速収容の発着艦と、訓練の度合は日増しに激しく複雑になっていった。
教育部隊出たてのヒヨコもたちまちたくましい若|鷲《わし》に成長して行く。
「このごろ防寒具をしきりに積み込んでいますよ」
坂上が転勤して一か月|経《た》ったとき言った。
「これから寒くなるからな」
「それにしても羽毛服は大袈裟《おおげさ》ですよ」
「樺太《からふと》の方へでも行くのかなあ」
「ロシヤを牽制《けんせい》に行くんですかね」
「さあね」
彼らはささやき合った。そのうちに搭載機に濃緑色の迷彩が施され、エンジンに防寒用カバーがかけられた。
「こいつはいよいよロシヤと戦争ですぜ」
坂上が言った。
迷彩を施された機は全身に殺気を塗《まぶ》したような獰猛《どうもう》な気配に満ちている。機体は戦、爆、攻各機種共に各部の改装が昼夜兼行で行なわれている。
戦闘機も兵装が強化され、増槽取付部、滑動部などが改装されている。部外者に対する警戒は厳しくなり、異常な気配が張りつめていた。
十一月八日第一、第二、第五航空戦隊、制式空母六隻の搭載機全機による鹿児島湾における総合演習が行なわれた。
「これはどうみても只事《ただごと》じゃありませんよ」
坂上が首を傾《かし》げた。
「鹿児島湾に似ている敵地となるとどこだろうか」
「ロシヤのウラジオストクあたりへ行くんでしょうか」
ふとアメリカ領のハワイが頭をかすめたが、多量に積載した耐寒用品と機の防寒装備が打ち消した。
総合演習の後三日間の特別休暇が出た。
「生きて帰れないかもしれないから、身内の者にそれとなく別れを告げて来いという休暇ですよ」
坂上の言葉の通りであれば、それが娑婆《しやば》の見納めになるかもしれない。降旗は帰郷した。往復の列車に二日取られるので、中一日しかない。その一日を使って寛子に会った。
寛子と会うのは霞ヶ浦へ行って以来である。寛子は完全に「おとなの女」になっていた。
「圭さんも立派な軍人さんになられて」
寛子は濡《ぬ》れたような視線を降旗に向けた。兵学校、霞ヶ浦、実用機訓練、延長教育、飛龍艦戦搭乗員として成長してくる間に、かつての文学青年のおもかげはまったくなくなり、精悍《せいかん》な戦闘機乗りに変貌《へんぼう》していた。
「あなたも見ちがえるようになってしまった」
降旗は寛子にまともに目を向けられないような眩《まぶ》しさをおぼえていた。寛子は弓枝のおもかげと重なり合って偶像化していると同時に、彼に生《な》ま身の女の感触を伝えてくれたただ一人の異性である。つまり女神と、女の代表が合体して、至近距離で触れなば落ちん風情を見せている。
寛子の好意はわかっている。彼女から唇を重ねられ、鈍感と誹《そし》られたほどである。もしかするとこれが最後の出会いになるかもしれない。大袈裟でなく今生の名残りに彼女を抱いていけ。
だが一方では、弓枝のおもかげが、彼女の阻止した方角へ進んだ降旗を拒否している。いや弓枝が拒否しているのではなく、降旗自身が拒否しているのである。自分には彼女を抱く資格がないのだと。
寛子と弓枝はべつの女だと言い聞かせても、一歩踏み込もうとすると、二人は一体となってしまう。
「圭さん、お別れに来たのでしょう」
突然寛子がささやくように言った。
「は」
「私にはわかるわ。危険な作戦に出かけるのでしょう。圭さんの顔に書いてあるわよ。生きて帰れないかもしれないって」
「そんなことはありません。私は帰って来ますよ」
「私をあげるわ」
「え?」
「私を圭さんにあげる。あなたの好きなようにして」
いきなり熱く熟れた躰《からだ》が降旗の胸に飛び込んで来た。これまでされてなにもしないようなら男を止めたほうがよい。降旗の心から弓枝の拒否が吹っ飛び、寛子の熱っぽい許容のみが艶《あで》やかな花弁を開いていた。
彼らはそのままもよりの目立たない旅館へ入った。激しく需《もと》め合いながら、彼らはたがいに幻影と交わっていた。降旗は寛子の躰を借りて弓枝のまぼろしと交わり、寛子は降旗の奥にロバートを追っていた。
これ以上はない密着の体位の達成の上で、二人共たがいのパートナーを恋の代理人として利用していたのである。そしてその事実に両人は気づかなかった。
別れる時間がきた。
「必ず帰っていらして」
寛子は降旗の胸にすがって訴えた。
「必ず帰って来るとも」
降旗は誓った。そのとき降旗は弓枝から軍人になったことを許されたような気がした。
南雲忠一中将|麾下《きか》の機動部隊は、十一月二十二日までにそれぞれの所属軍港から南千島|択捉《エトロフ》島|単冠《ヒトカツプ》湾に集結していた。その編成は攻撃部隊が南雲中将直率の第一航空戦隊「赤城」「加賀」、山口多聞少将指揮の第二航空戦隊「蒼龍《そうりゆう》」「飛龍」、原忠一少将指揮の第五航空戦隊「瑞鶴《ずいかく》」「翔鶴《しようかく》」の六隻の制式空母から成り、支援部隊が戦艦|比叡《ひえい》、霧島および重巡利根、筑摩《ちくま》、それに第一水雷戦隊軽巡|阿武隈《あぶくま》以下九隻の駆逐艦が警戒護衛部隊としてつき、前路掃航|哨戒《しようかい》部隊「伊十九」「伊二十一」「伊二十五」の潜水艦が先行し、補給部隊として給油艦八隻が随航した。
単冠湾を埋めつくした南雲機動部隊の威容は、まさに七つの海を圧するようであった。
集結を終った南雲艦隊は十一月二十六日波高い北太平洋を一路東に向かって出航して行った。先駆に重巡利根と筑摩を配し、旗艦赤城、その左に加賀、その後ろに蒼龍、飛龍、瑞鶴、翔鶴各姉妹艦二隻ずつ並んで梯形陣《ていけいじん》を組む。これを駆逐艦、戦艦が直衛し、給油艦、潜水艦が従うという堂々たる第一警戒航行序列である。
そのとき艦隊乗組員はすでに敵はだれかを知らされていた。目指すはハワイの米太平洋艦隊、乗組員たちの武者震いを伝えるように日本海軍最強の戦力を結集した大機動部隊は荒れ模様の北太平洋を身震いしながら航行して行った。
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美しい凶器
1
一九四一年十一月、ロバート・ウッドは予備少尉に任官した。この間、ペンサコラ、アラメダ、サウスカロライナなどの基地で戦闘機パイロットとして猛訓練に明け暮れていた。
フロリダ州ペンサコラにあるエグリン訓練基地で第一初級操縦教育課程を再履修した。この間不適格とみなされた者は容赦なく除去《エリミネート》される。エリミネートに次ぐエリミネートで同期生はどんどん減っていった。
民間機とちがい戦闘を目的とする軍用機パイロットは、はるかに厳しい適性を要求される。ロバートはすでに民間機パイロットの資格を取得していたが、一からやり直しをさせられた。チェックに次ぐチェックでエリミネートされた者は整備や通信にまわされる。
第二級操縦課程にステップアップすると、定点着陸、空中集合、編隊飛行、夜間飛行、各種隊形、特殊空中操作など訓練はいっそう高度に複雑になってくる。
飛行学生は|考 課 表《チエツクスリツプ》を渡され、地上操作、離着陸、空中操作等二十数項目にわたり、飛行の都度指導官から採点される。飛行技術以外に判断力、即応力、飛行規則遵守の有無、命令違反、理解力等チェックの対象になる。
これらのうち一項目でも「不可」となると、評価表が白からピンクに変えられる。同じ項目に三枚ピンクがつづくと「|進歩なし《ノープログレス》」と判断されて、指導班長のプログレスチェックを受ける。それで「不可」とされるとピンクから|赤い《レツド》スリップに変えられて飛行隊長からエリミネートチェックを受ける。ここで「不可」と判断されると、操縦能力審査会《エリミネーシヨン・ボード》にかけられて操縦能力有無の判定を受ける。
体力と気力の限界に挑むような二級課程を卒業した者にのみ、実用機操縦の資格があたえられる。二級卒業者は機種選考委員会にかけられ、戦闘機、偵察機、輸送機、爆撃機などに振り分けられた。
ロバートは戦闘機操縦課程に進み、マイアミ基地で六か月の訓練の後、一九四一年十一月首尾よく同課程を卒業した。その卒業者にのみ、「ウイングマーク」があたえられる。
卒業後、ロバートはシャロン・ピアスにプロポーズした。
「私でもよろしいの?」
シャロンはロバートの好きな、謎《なぞ》をたたえた地中海の深みを帯びたような青い瞳《ひとみ》をまっすぐ彼に当てて聞いた。
「ぼくこそきみに聞きたいよ。ぼくでいいかと」
「そんなこと聞くだけ野暮というものでしょ」
「それじゃあぼくも同じだ」
「バカ」
二人は唇を寄せ合った。そのときシャロンの意識にチラリとナカガワヒロコのことがよぎったが、それこそ聞くだけ野暮だと意識から振り落とした。
彼らはサンフランシスコ郊外サウサリトの小さな教会で挙式し、一週間の結婚休暇にコロラドへ新婚旅行に出かけた。旅行の後、ロバートは、ノーフォークの基地に入港している空母エンタープライズ乗組が決まっていた。
コロラドで甘い蜜月《みつげつ》に陶酔していたロバートとシャロンは、そのころハワイを奇襲すべく日本機動部隊が枚《ばい》を銜《ふく》んで忍び寄っていると知る由もなかった。
ヨーロッパでヒットラーが確実に版図《はんと》を拡大していたが、日本が主敵として彼らの前に立ちはだかろうとは考えてもいなかった。日本は新婚の二人にとって、太平洋のかなたの最近羽振りをきかしている無縁の小国であったのである。
2
だがアメリカ側が日本機動部隊の動きに対して完全に蚊帳《かや》の外にいたわけではない。大本営政府連絡会議は対米交渉打切り時間を八日午前三時とし、外務省は外交交渉に最後の望みをかけていた。十二月六日東郷外相は野村大使に対米最終覚え書を打電した。
「日本と戦争になるのはまちがいない」
ホワイトハウスのルーズベルトは解読されたパープルコード(日本の外交暗号)を前に断言した。
「情報部のフリードマンが、日本の機動部隊が北太平洋を南下しつつあるという情報を確認しました。彼らが目指しているのはオアフ島基地太平洋艦隊以外に考えられませんが、キンメルに至急連絡すべきかと存じますが」
側近から報告を受けたルーズベルトは奇怪な行動を取った。
そのころワシントンの海軍通信情報部では暗号解読班員が窓一つない厳密な機密室に閉じ込められたまま、不眠不休で無限の文字と数字の配列に取り組んでいた。
情報班員は日本の海外向け短波放送が「東の風雨」という不思議なアナウンスをしきりに繰り返しているのを聞きつけた。これは日本外務省から在外公館に対する暗号《メツセージ》で「東の風雨」ならば日米関係が危険であり、開戦準備。日ソ関係が悪ければ「北の風曇」、日英間が険悪であれば「西の風晴」という暗号であることがわかっていた。
時期を同じくして情報部では、駐米野村大使に対する対米交渉打切りを十二月八日午前三時(日本時間)とするという暗号電報を解読していた。
情報部は午前三時という時間を重視した。「これは日本政府の宣戦布告を意味しているのではないか。午前三時に日本軍は合衆国のどこかを攻撃しようとしているのではないか」
参謀本部の情報分析会議でマーシャル参謀総長は一同の意見を問うた。
「空母数隻を含む日本の機動部隊が十一月末ごろから、南千島の基地に集結した後|行方《ゆくえ》不明になっているが、これの動きと関係ないか」
スターク作戦部長が言った。
「十一月末ごろから北太平洋を南下すれば、十二月八日前後ハワイに達しますが。日本の午前三時はハワイでは七日午前八時に相当します。まさか日本機動部隊がハワイを……」
ウイルキンソン情報部長の言葉に、一同は血の気の引いた顔を見合わせた。
ハワイには太平洋艦隊が投錨《とうびよう》している。
「ともかくハワイのキンメル司令長官に連絡してはいかがでしょう」
ウイルキンソンの示唆に、いったんハワイへのホットラインを取りかけたスタークは、
「まず大統領に報告しよう」
とその手を宙に留めた。
スターク作戦部長から報告を受けたルーズベルトは、
「日本と戦争になるのはまちがいない」
と確信した。相前後して陸軍情報部の解読専門家フリードマンから日本の機動部隊がハワイに接近しつつあるという情報を確認したという報告が寄せられた。
これで彼らの狙《ねら》いがハワイの米太平洋艦隊にあることが明瞭《めいりよう》になった。
「直ちにキンメル提督に連絡すべきと存じますが」
側近からうながされたルーズベルトは、奇妙な質問を発した。
「ハワイには空母が何隻か配置されているはずだが、彼らの八日前後の予定位置を調べてくれ」
質問の真意がわからないままグラント特別補佐官はハワイの太平洋艦隊司令部に問い合わせて、
「現在四隻が配備されており、レキシントンは海兵隊をミッドウェイに輸送中で、九日帰港予定、エンタープライズはウエーク島に戦闘機中隊を輸送しての帰途であり月曜日の八日(ハワイ時間)帰着予定、ホーネットは南太平洋で訓練中、サラトガはカリフォルニア沖を航行中でサンディエゴに入港準備をしております」
「そうか、空母はいないか」
ルーズベルトはホッと救われた表情になって、
「スターク作戦部長に空母を八日までパールハーバーに入れさせぬように手配させたまえ」
と命じた。グラントはそれを日本軍の攻撃からの退避作戦の一環かとおもい、
「キンメル提督に早速連絡いたしましょう」
と言った。ワシントンの作戦部長を経由するよりホワイトハウスのホットラインを使ってハワイの艦隊司令長官へ急を知らせたほうが手っ取り早い。
だがルーズベルトは奇妙な行動を取った。
「その必要はない」
グラントはその意味を取り損なった。
「その必要はない」
大統領は繰り返した。
「それでは握りつぶせとおっしゃるので」
ルーズベルトは黙ってうなずいた。その深沈たる瞳は大統領特別補佐官の推測を越える謎をたたえている。
「太平洋艦隊が全滅するかもしれません」
特別補佐官は驚愕《きようがく》を抑えて言った。
「ヨーロッパを救うためには止むを得ん。いや合衆国を救うためには全アメリカ国民を一丸としなければならん。国民の戦意と宣戦の名目のためにハワイを餌《えさ》にするのだ。まず日本に戦争へ入るためのドアを開かせるのだ」
大統領特別補佐官にようやくルーズベルトの深慮遠謀の一端が見えてきた。特別補佐官はこのときほどこの好戦的な大統領が恐しくおもえたことはない。
ニューヨークの警視総監を経験後、米西戦争には自ら「荒馬乗り」と称せられる勇敢な義勇騎兵隊を率いてキューバに出征した。
海軍次官を経験して、いまや合衆国大統領としてアメリカの舵《かじ》を取るだけでなく、世界の政策の決定権を握る巨神となった。
自由主義と社会主義陣営がファシズムに押しまくられているいま、アメリカだけが自由・社会主義国家群の最後の砦《とりで》である。世界を洪水のように覆いつくそうとしているファシズムから救うキイをルーズベルトは委ねられている。そのキイを彼はいま悪魔的な方法で用いようとしている。
それができる男は、いまルーズベルト以外にいないのである。まさしく彼は神であった。
「厳重な箝口《かんこう》令を布くように。この情報が一切外部に漏れぬように情報入手に携った者は十二月八日まで帰宅させぬようにしたまえ。関係者の外部との一切の連絡を禁ずる」
ルーズベルトは断乎たる口調で命じた。アメリカ人の大部分が日本と戦争が始まるとは信じていない。ヨーロッパの戦雲すら「対岸の火事」である。
アメリカに根強い反戦気運が支配しており、アメリカの若者を戦場へ送らないと公約しつづけて大統領選に当選したルーズベルトとしては、こちらから戦端を開くわけにはいかない。議会一致しての承認も得られないだろう。全国民を奮起させ、宣戦布告のための議会の承認を得るためには大芝居を打つ必要がある。
ハワイには三隻の空母の他にアリゾナ、ウエストバージニア、オクラホマなどの戦艦群、巡洋艦など太平洋艦隊の主力がいる。
この他オアフ島には陸海軍六つの飛行場があり、戦爆主体に各種飛行機が五百機以上配備されている。それだけの戦力と兵員を、日本に先に宣戦させるための餌にしようとしているのである。日本が先に宣戦すれば、ドイツとも自動的に交戦国となり、アメリカはヨーロッパを救う大義名分を得る。
太平洋艦隊の喪失はアメリカにとっても海軍兵力の半分を失うことを意味している。
だがルーズベルトはアメリカが宣戦して戦争体制が軌道に乗れば、その工業力によって半年〜一年で挽回《ばんかい》できるという自信があった。空母だけ避難させれば、後は鈍重な戦艦ばかりだ。
日本が暴れまわれるのは、その国力からしても精々半年が限界とルーズベルトは読んでいた。
大統領側近はルーズベルトの凄《すさ》まじいばかりの意志に圧倒された。個人の尊重と、民主主義を標榜《ひようぼう》する超大国アメリカの運命を委ねられた大統領は、自由主義国家群のために、ハワイを切り捨てたのである。ルーズベルトの唯一の誤算は、日本機動部隊の威力を見くびっていたことであった。
十二月八日未明、降旗は飛龍艦上から日の出前の暁暗の空へ駆け上がっていた。戦、爆、攻の順で発艦した各機は、戦隊上空で編隊を組むと一路ハワイを目指した。戦闘機四十三機、雷撃機四十機、水上爆撃機四十九機、急降下爆撃機五十一機計百八十三機の艦隊の虎の子たちが、恐るべき破壊力を腹いっぱいに孕《はら》んで今日のために磨いてきた牙《きば》を、真珠湾にぬくぬくと眠っている肥えた獲物に突き立てるために小躍りしながら飛んで行く。
刻々と明るくなって行く巨大な濃紺の画布をのべたような太平洋上を、空を圧して飛ぶ編隊の僚機と翼を並べながら、降旗は、これまでの半生で眺めた最も美しい日の出だとおもった。これから幕を切って落とされるべき破壊と殺戮《さつりく》の使者が、見事な編隊を組んで天と海の光と闇《やみ》が交代する狭間《はざま》を飛んでいる姿は、溜息《ためいき》をつきたくなるほど美しいものであった。月齢十九の残月が雲間に急速に色褪《いろあ》せ、僚機の翼端がキラリと光った。水平線上に太陽が光の第一矢を射ち上げてきたのである。
この一瞬、凶悪な意志を秘めた兵器の機能美というものを、どんなに人間の善意を信ずる者でも認めざるを得なかった。
3
このときロバート・ウッドは、コロラドスプリングスのホテルで夜明け前の心地よいまどろみの中にあった。かたわらにはシャロンのかぐわしい躰《からだ》がある。彼の妻となってますます瑞々《みずみず》しくなったようである。
彼女と一緒にあと三日間いられる。一日一日が貴重な宝石のようである。ロバートは妻の躰のぬくもりを生きている証として自分の中に蓄え込むようにしながら、夜明け前の一時をまどろんでいた。
そのとき、ロバートははっとして上体をベッドの上に引き起こした。彼の唐突な動きに、シャロンが目を覚ました。
「どうなさったの」
「いや、起床アナウンスを聞いたようにおもったものだから」
「いやあねえ、ハネムーンの間だけ海軍さんを忘れて」
シャロンが甘えた鼻声を出した。
「海軍が嫉《や》いたのかもしれないな」
「だったらもっと嫉かせるようなことをしましょうか。せっかく目を覚ましたついでに」
ぐっすり眠って体力を回復したシャロンが目に淫《みだ》らな色を塗った。
起床前にたがいをたっぷり貪《むさぼ》った後、彼らは満ち足りた気分で朝の食堂で向かい合った。
「いつもおいしいけれど、朝は特においしいな」
ロバートがオレンジフレッシュジュースを一息に飲み干しながら言った。
シャロンがベーコンエッグを口の中に入れながらうなずいた。若い健康な食欲がテーブルの上の食べ物をみるみる片づけていく。
「ん、なにが?」
ロバートが悪戯《いたずら》を含んだような目でシャロンを覗《のぞ》き込んだ。
「お食事がでしょ」
なにげなく答えてからはっと気がついた。
「あら、いやらしいわ」
ロバートの際どい掛け言葉を悟ってシャロンは頬《ほお》を薄く染めた。ロバートはそんな新妻の初々しい様子を楽しんでいる。
そのとき黒服を着たボーイ長が、
「ミスター・ウッド、お電話が入っております」
と呼びに来た。
「きっと家からだろう」
ロバートはシャロンに言うと、食事を中止して席を立った。電話室に入ると、受話器から直属上官のジミー・フラットレイ少佐の声が話しかけてきた。
「やあボブ、せっかくのハネムーンを邪魔してすまんな。父君からこのホテルを聞き出して電話したんだよ」
フラットレイは彼の結婚式にも出席してくれた。彼の声にただならぬ気配がある。
「なにかあったんですか」
「ハネムーン中をすまんが、すぐ基地へ戻ってくれ」
「ドイツの爆撃機でも来たのですか」
「ジャップだ」
「ジャップ!?」
「いまパールハーバーが日本の機動部隊の空襲を受けている。母艦はすぐにも出動しなければならない。大至急帰って来てくれ」
フラットレイ少佐の声は緊張している。ロバートは一瞬|茫然《ぼうぜん》とした。日本との関係が険悪になっている気配は察していたが、まさかいきなりハワイへ殴り込みをかけて来るとはおもわなかった。
ハワイにレキシントン、ホーネット、エンタープライズの三隻がいるが、彼らがみなやられてしまったとすれば、最後の稼動空母はヨークタウン一隻のみである。
ダイニングルームへ帰って来ると、彼のただならぬ顔色からシャロンが異常事態の発生を察知したらしい。
「なにかあったのね」
「とにかく食事をすませよう」
「話して。なにを聞いても驚かないわ」
「パールハーバーがジャップの空襲を受けた。すぐに基地に帰らなければならない」
シャロンに告げたとき、ナカガワヒロコの悲しげなおもかげがオーバーラップした。そのときロバートはヒロコに永遠に訣別《けつべつ》したとおもった。
4
淵田美津雄中佐率いる第一次攻撃隊はハワイ時間午前七時四十九分攻撃を開始した。静かな日曜日の朝、まだ十分に覚め切っていない軍港は、突如地獄の修羅場の中に叩《たた》き込まれた。ようやく訓練ではないことを悟った基地から対空砲火が応射したが、大して効果はなかった。
約一時間にわたる第一次攻撃の後、午前九時ごろ第二次攻撃隊百七十機が追撃した。
この二波にわたる攻撃によって米軍の受けた損害は戦艦四、重巡一、輸送船二が撃沈、戦艦四、重巡一、軽巡六、駆逐艦三が大中破、飛行機約三百機撃破、飛行場、港湾諸設備等の損害である。
日本側の損害は戦、爆、攻二十九機が未帰還で五十五名の搭乗員を失った。日本側は大勝利ととらえていたが、肝心の空母群が港内に居合わせず、惜しくも長蛇《ちようだ》を逸した。
淵田中佐は攻撃を続行し、空母群を誘い出し、これを仕留めるべきだと主張したが、燃料が切れかけていて反転帰投せざるを得なかった。
「パールハーバー空襲《エアレイド》される。|訓練にあらず《ノードリル》」の電報がホワイトハウスにもたらされたとき、ルーズベルトは遂に来たかとおもった。つづいて詳細な損害報告に彼の面から血の気が引いていった。
太平洋艦隊の誇る戦艦群が枕《まくら》を並べて討死にした。東洋の半未開国の海軍がまさかこれほどの破壊力をもっていたとは、認識不足であった。
「空母は、レキシントンやエンタープライズはどうした」
ルーズベルトはノックス海軍長官に問い合わせた。
「幸いに港外におり無事です」
「無事か。よかった」
空母群が無事であったのが、せめてもの不幸中の幸いであった。
「やられたのは艦隊ばかり……役立たずの肥満恐龍か」
と言いかけてルーズベルトは、ふと口中の奥に抑えたようにククと笑った。かたわらに居た特別補佐官や国務長官は、大統領が泣いているのかとおもった。だがルーズベルトが怺《こら》え切れない笑いを哄笑《こうしよう》に近い形で爆発させたのを知って唖然《あぜん》とした。オールアメリカがパールハーバーの奇襲に憤激の涙を抑えているとき、大統領が笑っている。
彼らはルーズベルトが発狂したとおもった。
「そうか、ジャップはあの図体《ずうたい》のでかい戦艦どもが役立たずの鉄の塊だということを命をかけて我々に教えてくれたのじゃよ。早晩スクラップにしなければならない鉄の塊を、ジャップはあいつらの費用で処分してくれたのだ」
ルーズベルトは独り言のようにつぶやいていた。
5
第三次攻撃を加えるべきだという源田実航空参謀や第一次攻撃隊長の強い主張を抑えて南雲長官は反転引揚げを命じた。分離行動を取った補給部隊との会合に遅れる危険もあったが、真珠湾奇襲の目的を十分果たしたとおもったからである。この作戦の主たる目的は南方資源地帯を手に入れるまで米太平洋艦隊の動きを封ずる時間稼ぎである。
これでまず一年は米艦隊は身動きできまいというのが大勢《たいせい》の観測である。半年も稼げれば十分と考えていたのが、一年を稼ぎ取れば目的は十分果たしたというべきであろう。これ以上危険を冒すべきではないと南雲長官と草鹿龍之介参謀長は判断した。
だが彼らの意識の奥に討ちもらした米空母が引っかかっていた。いずれはこの敵と真正面から対決して雌雄を決しなければなるまい。それまでひとまず命を預けておいてやる。
彼らの気がかりは、第二航空戦隊をウエーク島に分遣した後、主力が内地に帰り着いたところで吹っ飛んでしまった。日本全国戦勝気分に沸き立ち、大本営、連合艦隊司令部も戦果に十分満足していた。
天皇からも「偉功」として「朕《ちん》深く之を嘉尚《かしよう》す。将兵益々奮励して前途の大成を期せよ」という勅旨が下賜された。
日本全国津々浦々に至るまで勝利の美酒に酔い、都市では提灯《ちようちん》行列がつづいているころ、アメリカでは反戦気運が吹っ飛び全国民が団結した。
十二月九日ルーズベルトは全国民に対して訴えた。
「日本は突如として犯罪的な攻撃をしかけてきた。十年にわたる国際的背徳行為が頂点に達したのである。まさにギャングに等しい行為であり、人類に対する暴挙である。
いまのところ悪いニュースばかりに取り巻かれているが、国民はアメリカの勝利を信じてもらいたい。卑劣で強力な山賊に似た日本との長い戦争を我々は耐えなければならない。ヒットラーも同じような山賊である。合衆国は最後の完全な勝利以外はなにものも望まず、日本に卑劣な行為の結果をおもい知らせると同時に、国際的な蛮行の根を徹底的に排除することをここに誓う」
そして一九四一年十二月七日(アメリカ時間)を「屈辱の日」と呼び、リメンバー・パールハーバーとつけ加えた。ルーズベルトのアピールはアメリカの全国民から熱狂的に迎えられ、上院は八十二対ゼロ、下院三百八十八対一票という全員一致に近い形で対日宣戦布告に賛成した。まさにルーズベルトのおもう壷《つぼ》になったのである。アメリカの孤立主義は強風下のスモッグのように吹き飛ばされてしまった。
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実体のない性媒
1
「はたしてこれでよいのか」
広島から専用内火艇で旗艦|長門《ながと》へ帰って来た山本五十六は、ふと自問した。連合艦隊司令部主催の戦勝の祝宴からいま旗艦長門へ帰って来た。酒が入った身体《からだ》が重い。内火艇から舷梯《げんてい》へ乗り移るとき、山本は少しよろめいた。
「長官、お足許《あしもと》にご注意を」
副官が注意した。長門の長い舷梯を山本は従兵に支えられて上った。司令長官室は一流ホテルのスイート並みである。寝室、居室、応接室、バストイレット、従兵室、司令長官付コックと板前がいて専用|烹炊《ほうすい》所では和洋いずれの料理も調理できる。
居室にいるとこれが船の中とはおもえない静けさである。三万二千七百トンの巨体は、波の揺れを少しも伝えない。山本は長門の長官個室にいるときが陸のどこにいるときよりも落ち着くのである。
本当にこれでよかったのか。山本は従兵が運んで来た玉露で酒に荒れたのどを湿しながら再び問うた。ハワイの戦果に日本国中が勝った勝ったと浮かれ立っている。
連合艦隊の将兵も連日の勝利の祝宴でメートルを上げっぱなしである。
だが本当にこれを勝利と呼べるのか。
戦艦八隻撃沈破はたしかに大した戦果であるが、第一目標の空母群は逸した。さらに地上の修理|工廠《こうしよう》と燃料タンクはほとんど無傷のまま残されている。真珠湾の水深は十二メートルである。そんな浅い海に沈めてもすぐに引き揚げて無傷の工廠で修理してしまうだろう。山本にしてみれば、物足りない攻撃であった。
軍艦も飛行機も燃料がなければ鉄の塊でしかない。攻撃目標を兵器中心に据える悪いくせが出たようである。敵飛行場を制圧して制空権は我にあったのであるから、第三次攻撃をかけて止どめを刺すべきではなかったか。
真珠湾の奇襲で全米が一致団結してしまった。ルーズベルトはこの奇襲をトリーチェラス スニーク・アタック(欺瞞《ぎまん》に充ちたコソ泥のような攻撃)と称《よ》んで国民を煽《あお》り立てている。さらに山本を愕然《がくぜん》とさせたのは、十二月十日ルーズベルトが発表したパールハーバーの損害である。ルーズベルトは損害を少しも隠さず、発表していた。むしろそれは山本が攻撃部隊から受けた戦果報告を上まわるものであった。
「アメリカは真珠湾を国民を起ち上がらせるための材料に使っている」
さしも豪胆な山本が腹の底から戦慄《せんりつ》が湧《わ》き上がってくるのをおぼえた。アメリカは本気でやるつもりでいる。
「有利な条件の講和どころか、真珠湾が日本を破滅へ導く玄関ではないのか」
アメリカの「大損害」に対して、日本は「僅《わず》かに」未帰還機二十九機搭乗員五十五名を失った。だがこれを「僅かに」と言えるか。
これだけの練達の搭乗員を養成するのにどれだけの日時を費したか。日本海軍の精鋭主義が培った五十五名の搭乗員は永久に補えないのである。
山本は少佐以後駐在武官として二度渡米してアメリカの国力を自分の目で確かめている。このままアメリカが黙っているはずがない。アメリカが本気で戦争に取り組んできたとき、その恐るべき生産力と工業力に日本が立ち向かえるか。
そのための早期決戦を狙《ねら》ったのだが、かえって眠っている恐龍を起こしてしまったのではないだろうか。
もしかしたら自分はルーズベルトにはめられたのではないのか。そんな不安がうそ寒い冷気となって足許から這《は》い上がってくるようである。
アメリカの恐さも知らず、僅か、それこそ本当に僅か八隻の老朽戦艦を十二メートルの浅海に腰を下ろさせただけで、無敵スペイン海軍や七つの海を制覇したイギリス海軍を日本海軍が引き継ぐようなことを言いだしている者さえいる。
だが連合艦隊司令長官として、この戦果に水をさすわけにはいくまい。
山本は、南雲艦隊がハワイに決死の殴り込みをかけ、ともかく戦艦八隻以下の戦果を|※[#「てへん+宛」、unicode6365]《も》ぎ取って来たのに指一本貸さなかったのだ。
十二月八日まで柱島|錨地《びようち》に安居していて、八日から十三日まで南雲機動部隊の援護という名目で直率三十隻の艦隊を引き連れて小笠原列島のあたりをうろうろして来ただけである。彼の動きは燃料を無駄に使っただけで戦闘になんの役にも立っていない。
いまさら恐龍に止どめを刺し損ったどころか、その鼻面を引っかいて怒らせてしまっただけだなどと言えた義理ではない。
だからいくら酒を飲んでも、身体の底に分離して澱《よど》むようで、少しも酔えない。
十二月二十一日戦艦「大和」が完成した巨躯《きょく》を初めて柱島に現わした。六万九千百トン、全長二百六十三メートル、最高速力二十七ノット、四十六サンチ砲九門、十五・五サンチ砲十二門、十二・七サンチ砲十二門を備えた世界最大最強の戦艦である。
山本がその建造に反対した艦であるが、周囲を圧する堂々たる雄姿に碇泊《ていはく》中の諸艦から歓声が上がった。それを山本は苦々しく聞きながら、
「こんな鉄の化け物がいまになってなんの役に立つ。日本海軍自ら真珠湾で戦艦がすでに戦史の遺物であることを示したばかりではないか」とつぶやいた。
「戦闘機など無用の長物だったな」
第一次攻撃から帰り、母艦へ着艦した大山は、降旗の方を見て嘲笑《あざわら》った。そう言われても返す言葉がない。迎撃して来る敵戦闘機は皆無に等しかったのだ。
日本軍が最も重要視したのは、まず飛行場を叩《たた》くことであった。飛行場を使用不能にして、敵機の迎撃を封じ込めてしまう。ハワイにある六つの飛行基地で最もマークしたのがホイラー基地である。ここにハワイ配備の戦闘機の大半が集められていた。
地上にいる間に破壊された米機は、日本機の蹂躪《じゆうりん》を虚しく見過ごしていなければならなかった。数百キロの魚雷を腹に呑《の》んだ雷撃機は戦闘機の格好の餌《えさ》である。その敵戦のいない空で悠々と戦艦横丁に魚雷を振り撒《ま》くことができた。
敵戦のいない空域で護衛の役を失った戦闘機は、精々地上対空砲火に機銃を浴びせるだけであった。戦艦群に次々に大型魚雷、爆弾を命中させている雷撃機や爆撃機の目ざましい活躍に比べて、戦闘機は戦闘空域を忙しく駆けまわって来ただけである。それでも護衛の役は立派に果たしているのであるが、この日の主役は敵の主力の戦艦群を、悉《ことごと》く屠《ほふ》り去った雷撃隊である。次いで爆撃隊であった。
中でもアリゾナと認められる戦艦に命中弾をあたえた大山の意気は、当たるべからざるものがあった。
「爆撃針路に入ったとき、戦闘機がうじゃうじゃ駆けまわるので、かえって邪魔だったよ」
「格納庫や地上列機もおれたちがやっつけてやったから、戦闘機さん、オアフ島の上で昼寝をしていたってよ」
艦爆の連中が同調した。艦上爆撃機は空戦能力をもっており、爆弾投下後は戦闘機としても使える。
なんといわれても今日の大戦果の立役者は彼らである。今回の出撃者の中には中国戦線で実戦の場数を踏んでいる者が多い。
降旗は初陣で敵戦闘機にこそ見《まみ》えなかったが、戦争というものの実態を目のあたりに見た。近代戦は名乗りを上げての一騎討ちではなく、科学兵器を用いての大量破壊戦である。
数万トンの戦艦が火煙をあげて傾き、地上施設が炸裂《さくれつ》する。逆流する赤い火の雨のような対空砲火の交錯する中を次々に翼を翻《ひるがえ》して突っ込んで行く我が攻撃機、破壊され蹂躪された地上から噴き上げる黒煙の渦で視界が濁っている。そこでは確実に大量の生命が失われている。そんな感慨に耽《ふけ》っている余裕もない。空間も曳光弾《えいこうだん》が隙間《すきま》もなく射ち上げられ、死が充満している。ここでは生きていることが奇蹟《きせき》なのである。
生還できたのは幸運なクジに当たっただけである。これから、ずっとそのクジを捕まえつづけなければならない。帰って来た者もほとんど被弾している。降旗機も胴体に三発受けていた。おいしい餌を十分に食わせてもらった雷撃隊と爆撃隊は大満足であるが、ご馳走《ちそう》を食いそこなった戦闘機隊は不満顔である。戦いの暗い興奮は凶暴な血を沸騰させて、幸運のクジを抽《ひ》き当てて生還したばかりなのに、再度生死のクジを抽きたがっている。
降旗自身その一人であった。だがパイロットたちの強い要望にもかかわらず艦隊は反転した。
2
帰路飛龍の所属する二航戦はウエーク島の上陸作戦の支援にまわった。ここで降旗は初めて敵戦闘機に見えた。降旗は爆撃部隊の掩護《えんご》についた。爆撃隊が爆撃針路に入ったとき、突如頭上の一角からグラマンF4Fワイルドキャット三機が襲いかかって来た。日本機の接近を知って高空に待ち構えていたのである。
彼らは三条の火矢となって日本爆撃編隊の斜め上方から下方へ駆け抜けた。零戦隊の掩護の及ばぬ早技であった。
いきなり真っ向から袈裟懸《けさが》けを浴びせられた先頭機は、ガクリと跪《ひざまず》くように機首を下げ、たちまち黒煙に包まれた。
眼前で味方機を撃墜された降旗は、全身の血が逆流した。このまま敵機を生かして帰すようなことがあっては爆撃隊に合わす顔がない。
先頭機を一刀の下に斬《き》り捨てた敵戦は、反転急上昇して切り返し、次の獲物を狙った。反航しながらすれちがいざまの一撃で先頭機を落とした敵は、かなりの腕の持ち主である。
降旗はスロットルレバーを全開にして敵機に迫った。敵機は爆撃編隊に同航追尾の姿勢を取って攻撃しかけている間に降旗機の肉薄を許してしまった。味方機が食われる直前、降旗の照準器が敵機を捉《とら》えた。照準器からはみ出しそうな敵機に向かって降旗は祈るように二十ミリ機銃の発射|把柄《レバー》を握りしめた。強い反動と共に二十ミリ機銃弾が敵機の胴体に吸い込まれるようにのびていった。一瞬にしてパイロットがのけぞり、風防が血|飛沫《しぶき》で染まった。戦死したパイロットを乗せたまま敵機は、錐《きり》もみとなって海へ落ちて行った。
その間に列機が一機を撃墜、残る一機は戦意を失って遁走《とんそう》した。
初めての空戦で降旗は興奮していた。もし他の敵機が残っていれば後尾に食いつかれたかもしれない。
これまでの敵は、艦であり地上施設であり、敵機であり、人間ではなかった。大量の人命を殺傷していても、自分の手を血で汚し、血煙を浴びたことはない。
それが初めての空中戦で自分の射った弾で人間を殺した。風防ガラスを血で染め、苦痛に歪《ゆが》む表情を間近に見た。
だがクジを抽きちがえれば、それは自分の姿なのである。敵機を呑み込んだ海面には大量の油膜が広がったが、パイロットが浮かび上がった様子がない。機体と共に海底に沈んだのであろう。
その日着艦すると、大山が、
「きさまらがボヤボヤしてるから先頭機が食われたのだ」
と詰《なじ》った。そのとき降旗は落とされたのが先頭機でなく、大山であればよかったのにとおもった。
3
飛龍はウエーク島攻略作戦の支援後、十二月二十九日午後柱島錨地の呉軍港に帰投し、すでに二十三日に帰っていた本隊と合流した。
飛龍の次の作戦予定は一月十一日呉出港、蘭印方面作戦に参加することになっている。搭乗員には一週間の休暇が出た。
降旗はこの休暇に帰郷して中川寛子に求婚するつもりであった。真珠湾出撃前にもし生還したらそうしようと決めていたのである。
今度の蘭印作戦に従事すれば数か月は帰れない。だがハワイ出撃前のような緊迫感はない。ハワイの戦勝が降旗のみならず全軍に、いや日本全国にアメリカくみし易しの楽観と傲《おご》りを生んでいた。山本五十六が最も恐れていた姿勢である。
帰郷すると、ゆっくりする暇もなく、英雄扱いであった。大西が横浜へ転居していたので、彼一人が郷里の英雄としてもてはやされた。
連日講演に引き出され、家にいると近所の者が押しかけて来た。ようやく一日を割いて寛子に会いに行った。そこで降旗は彼女から愕然《がくぜん》とすべき事実を告げられた。
「私、結婚します」
降旗は最初その言葉を彼女からのプロポーズとして受けとめた。
「私も同じことを言いに来たのです」
「まあ偶然ね。それでパートナーはどなた?」
降旗は妙なことを聞くとおもった。
「決まってるじゃありませんか」
「ちょっと待って。まさか……」
「まさかって……」
二人はようやくおもいちがいに気がついた。
「私、すでに承諾したのです」
「本気ですか。ぼくをからかっているんじゃないでしょうね」
「こんなことで冗談を言うはずがないでしょ。私圭さんを愛しています。でもあなたとは結婚できないわ」
「なぜなんだ。それじゃあこの間のことは単なる遊びだったのですか」
おもわず声が強くなった。
「遊びじゃないから結婚できないのよ」
「なぜ」
「あなたは私を見ながらだれか他の女を見ているわ。私はだれかのピンチヒッターなのよ」
指摘されて、ぐっと詰まった。
「そして私も圭さんを見ていながらべつの人を見つめていたことに気がついたの。おそらく圭さんもそのことを察していたとおもうわ」
「その人と結婚するのか」
「ちがうわ。全然無関係の人よ。あなたからその人から遠ざかるために結婚するの。幻と結婚してはたがいに不幸でしょう。だから幻影を断ち切るためにも、圭さんと結婚すべきではないと考えたの」
まさに寛子の言う通りである。出撃前に寛子から許容されたとき、寛子の躰《からだ》を借りて梅村弓枝と交わっていたのだ。二人の肉体は幻(永遠)の恋人と交わるための性媒≠ノすぎなかった。
性媒と交わることはできるけれど、結婚はできないと寛子は言っている。
「せめて相手の名前を聞かせてくれないか」
そんなものを聞いてもどうにもならないが、性媒に対する断ち難い未練から敢えて尋ねた。
「同じ海軍の軍人です」
「海軍軍人?」
降旗に不吉な予感が走った。だが彼らの間に接点はないはずである。
「ご存じかもしれないわ。大山と言います。圭さんより三、四歳年上で航空母艦に乗り組んで圭さんと一緒にハワイに行って来たわ」
「大山、ああ」
降旗はうめいた。弓枝を冒涜《ぼうとく》し、死に至らしめた大山が、弓枝を降旗の心の祭壇から引きずり下ろして独占しようとしている。
降旗の視野は絶望で暗黒になった。
「やっぱり圭さんのご存じの人なのね」
「私たちの関係を話したのですか」
「まさか。圭さんと私が知合いだなんてあの人知らないわよ。これからも言うつもりはないわ」
だからあなたも黙っていてと寛子の表情が口止めをかけている。
「いつ結婚式を挙げるのですか」
「一月十一日に出撃するので、仮|祝言《しゆうげん》だけして、帰還後に正式の挙式をすることになったの」
「ぼくは祝福すべきなんでしょうね」
「ごめんなさいね。でも私たち結婚すべきじゃないのよ。どんなに愛し合ってもおたがいに幻を愛していたのよ。大山は幻じゃないわ。だれの代りでもなく、実体なのよ。私は幻の愛よりも実体を選んだの。圭さんならそのことわかってくださるとおもうわ」
「わかるよ。でも幻が実体になることもある」
「だめよ。実体に近づくことはあっても、そのものにはなり切れないわ。あんまり似ているんですもの」
寛子は悲しげに首を振った。似ているが故におもかげを重ねてしまう。性媒を実体化することは不可能なのである。
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面目のための時間
1
山本五十六の脳裡《のうり》には、ルーズベルトにはめられたというおもいがおりのように澱《よど》んでいた。それは容積を広げながら違和感を大きくしている。
連合艦隊の旗艦は二月十五日に長門から大和へ移った。さすが六万九千トン余の巨艦だけあって居住性は長門よりも抜群によい。司令長官の個室は、豪邸である。およそ陸上にあるすべての贅《ぜい》が尽くされている。どんなに海が荒れても、ここでは海上にあるのを忘れてしまうような静謐《せいひつ》な空間が保障されている。
だがそんなものが戦力としてなにになるか。ハワイ作戦を指揮し、いま乾坤一擲《けんこんいつてき》のMI《ミッドウェイ》作戦を立案している山本には、いかにも頼もしげに虚空をにらんでいる四十六サンチの主砲が、飛行機の前には虚仮威《こけおど》しにすぎないことを悟っている。
淵田が批判したようにパールハーバーに擱座《かくざ》している米戦艦群と動かないことにおいては同じなのである。山本は大和の長官個室に入って沈思していた。
南方資源獲得と将来の米豪遮断のために南雲艦隊はハワイ作戦の後南方作戦に従事した。昭和十七年一月中旬柱島基地を抜錨《ばつびよう》した機動部隊は、南洋群島からポートダーウィンに接近して空襲を行ない、フィリピン、マレー、ジャワ、スマトラと版図《はんと》を拡大し、四月五日インド洋を渡りコロンボの英基地を攻撃した。
その間踏破した航程五万|浬《り》、連戦連勝、向かう所敵無しであった。米太平洋艦隊が身動きできぬ間、南方を抑えるのが目的であった。が、連合艦隊の主敵である米空母群は生き残っている。
南雲艦隊が制覇した海域は広大であり、戦果は華々しいが、主敵アメリカに対する直接的ダメージにはなっていない。
この間にアメリカは生き残った空母を主軸に戦力の再編成を急いでいるにちがいない。
南雲艦隊の南方転用作戦には批判もある。真珠湾第一次攻撃隊を指揮した淵田中佐は次のように率直な疑問を投げかけている。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
―前略―真珠湾から帰って以来の作戦は、大きな道草だったような気がする。私にはラバウル攻撃以来、第一段作戦中ずっと私の胸につかえていた南雲部隊使用方法への疑問が、結果によって裏書きされたように思われる。つまり南方のどこに、南雲部隊のような強大な戦力を必要とする敵がいたか、南雲部隊を南方作戦に転用しなかったとしても、南方作戦は南方部隊だけで支障なく経過したであろうことは間違いない。いわば、南方部隊に無用の応援をしに来ていたようなものである。
大本営や連合艦隊司令部は、南雲部隊が真珠湾から帰ったあと、手があいたと思ったのではないだろうか。そして遊ばせておくのももったいないから、使ったという格好である。使って見ると重宝だから、次から次へ第二義的作戦をこしらえていった。
しかし、ほんとに南雲部隊は手があいていたのだろうか。わが主敵であるべき東正面のアメリカ海軍をほったらかしといて、これはまたなんとぜいたくな兵力の使用法だったろう。遊ばせておくのももったいないどころか、事実は好んで遊兵にしたようなものである。
遊兵といえば、第一段作戦中、終始柱島錨地に在泊している戦艦部隊は、これはまたどうしたことだろう。これこそ全くの遊兵だった。南方作戦には別に使いようもないことだし、それよりも主力部隊は決戦に備えて待機しているつもりだろうが、どんな決戦を夢みているのだろうか。
真珠湾攻撃の戦果は、目的通り、わが南方戦争遂行中、米太平洋艦隊の戦艦部隊を動けないものにした。しかし等しくわが戦艦部隊も、同じその期間、柱島錨地から一歩も動かなかったのである。すると、動けなかったのと、動かなかったのとの差はあるけれど、作戦に寄与しなかったことでは、どちらも同じではないか。―後略―(淵田美津雄・奥宮正武共著『ミッドウェー』)
[#ここで字下げ終わり]
淵田の意見は正鵠《せいこく》を得ている。山本自身、ハワイ作戦の立案者として米太平洋艦隊が蘇生《そせい》する前に止どめを刺すべきことはだれよりもよく知っている。
だがここで山本が第三次攻撃をかけたなら、南雲艦隊の攻撃が失敗だったことを認めるようなものである。そんなことをしたら南雲艦隊の面目はまるつぶれであり、海軍の威信は失墜する。今後陸軍が絶対的イニシアチブを握ってしまう。
国家の存亡のためには威信や面目などを考えるべきではあるまい。だがそれは日本海軍の官僚性を知らぬ者である。いや暴力組織は常に威信や面目で動く。組織の存続を面目にかける。暴力組織が威信(脅威)を失ったら、もはや暴力組織たり得ないからである。
いま南雲艦隊の面目を司令長官自らが失わせたら全海軍の士気に関わる。山本としては止むを得ずある程度の冷却時間をおかなければならなかった。「面目を立てるための時間」である。
ハワイ作戦はアメリカに究極兵器が戦艦から空母へ移ったことを教えてしまった。いまごろアメリカはあの驚異的な工業力にものをいわせて空母の建造に全力を挙げているにちがいない。
日本海軍の大艦巨砲主義の迷妄を醒《さ》ますために断行したハワイ作戦であるが、自ら航空機の威力を実証しておきながら官僚的な日本海軍の首脳は依然として戦艦第一主義を固執している。救いようのない石頭である。
山本にしてみれば、敵はアメリカではなく、日本海軍の石頭どもであった。米太平洋艦隊が息を吹き返さないうちに止どめを刺さなくてはならない。
米本土に対する太平洋上の橋頭堡《きようとうほ》としてハワイが最適である。だが二度の奇襲をアメリカが許すはずがない。ハワイを攻撃可能圏内に入れるまでにミッドウェイの哨戒域《しようかいいき》に引っかかる。山本の目は太平洋上の小さな環礁ミッドウェイに向けられた。これを手中に納めればハワイへ到達できる。
ミッドウェイに米空母群を誘い出してこれを撃滅すれば、ハワイ失陥は当然の帰結となり、太平洋の制海権を得て、米西海岸は連合艦隊の蹂躪《じゆうりん》するがままとなる。
さらにと山本は考えた。ドイツが現在の優勢に乗ってイギリスを圧倒すれば、英国艦隊は太平洋へ脱して米艦隊に合流する恐れがある。そうなれば連合艦隊は米英艦隊を相手にしなければならなくなる。そうなる前に、現在の我が方の圧倒的空母戦力をもって米空母群を撃滅しなければならない。
ハワイ失陥は米国に脅威をあたえ、有利な早期講和への道を開くだろう。
「次はミッドウェイだ。それ以外にはない」
山本は定まった視線を海図の上のシミのようなミッドウェイに固定した。
主敵は一にも二にも米空母である。米空母さえ斃《たお》せば英豪蘭連合国など熟れた柿のように落ちる。米空母をミッドウェイに誘い出し、日本海軍の全兵力をかけて叩《たた》く。日本海軍はいまが絶頂期である。持久戦にもつれ込めば、アメリカの強大な国力の前に彼我勢力は間もなく逆転する。
機は熟した。いまだ。いまをおいてない。一刻失えば日本はそれだけ消耗の坂を転がり落ちて行く。まだその気配がきわめて緩やかであるので気がつかないのだ。すでに国民生活は生活必需物資のすべてに制限を受けて著しく圧迫されている。
正月にはついに陶器でつくった代用|鏡餅《かがみもち》が登場した。アメリカでクリスマスを粘土でつくったクリスマスケーキで祝ったであろうか。おそらく米国民の日常生活は戦争による影響をほとんど受けていないだろう。
だがまず軍令部や陸軍の石頭どもを説得しなければならない。山本は米空母の前にこれらの難敵と戦わなければならなかった。
山本は自分の腹案を腹心宇垣|纏《まとめ》参謀長に打診した。宇垣は山本の意を受けて長門の自室に四日間閉じこもり、山本腹案をベースに慎重に南方作戦後の日本海軍の進路を検討した。
その結果、宇垣はハワイを本命の的としたミッドウェイ攻略作戦を立案した。
宇垣案はハワイを狙《ねら》っており、米空母を直接の照準としてとらえている山本案と多少ズレていたが、おおかたのところで一致した。
これをMI作戦と名づけて、その推進に取りかかった。彼は、戦務参謀の渡辺安次中佐に自分の意を含めて、
「きみ、ご苦労だが、東京へ行き軍令部の連中を説き伏せてくれんか。日本が生き残るにはこの作戦しかない。まず軍令部次いでロシヤの熊に脅えている陸軍を納得させなければならん。彼らを説得できるかどうか、きみにかかっておる。頼むぞ」
山本から依嘱《いしよく》されて渡辺は責任の重さを痛感した。もともと軍令部はハワイ作戦に反対であり、南方作戦を支持していた。それを押し切って強行したハワイ作戦が不十分であったことを認めた上にMI作戦は成り立つのだ。そんな作戦に軍令部が簡単に賛成するはずがない。
案の定軍令部は大反対をした。軍令部の三代辰吉中佐は、
「ミッドウェイの戦略的価値はきわめて疑問である。仮に多くの危険と困難を冒してミッドウェイを手中におさめたとしても、我が偵察機の行動半径は千百二十キロ、ミッドウェイ、ハワイ間は千八百キロあり、カバーできない。それに反して同島はハワイ配備の米PBY飛行艇の航続距離内にある。次に補給が困難であり、ハワイの敵機の行動圏内でこれを維持することは難しい。百歩譲ってこれを維持したとしてもミッドウェイの陥落はハワイの陥落につながらず、ハワイを占領したとしても有利な講和への道を開くとは考えられない」
と一々反論した。
「ミッドウェイを抑えるということは米艦隊の撃滅ということである。米潜水艦の活動も封じ込めることができ、艦隊の護衛を失った米本土西海岸は我が連合艦隊の制海域となる。これがアメリカにとって脅威でなくてなんであるか」
山本の負託を一身に背負った渡辺は、声を大にして叫んだ。三代の背後には永野修身軍令部総長や伊藤整一次長が黙然として二人の論争の行方《ゆくえ》を見守っている。
「当面の敵は米ではなく豪である。豪州が必ず対日反攻の拠点となるであろう。いまや南方の石油資源を手に入れた我が軍としては豪州を制圧すべきである。それが無理とあらば、米豪連絡交通線を遮断すべきである。豪州を孤立させれば、アメリカを太平洋のかなたへ封じ込められる」
これが軍令部の立案した米豪分離作戦であった。
だが最も難物と目していた陸軍がMI作戦を支持し、米豪分離案に反対した。ソ連を主敵としている陸軍は、ソ連との反対の方角にある豪州に大兵力を割かなければならない作戦など論外であった。
それに対してMI作戦は海軍だけでやれる。国を挙げての総力戦に陸海共に国家レベルで考えていない。驚いたことに主敵が米ソいずれかもはっきりしていなかったのである。陸軍の賛成は海軍だけでやれるなら勝手にやってくれというものであった。
連合艦隊司令部、軍令部いずれも譲らず、もの別れに終った。連合艦隊内部でもMI作戦に一致して賛成していたわけではない。
第五艦隊司令長官|細萱《ほそかや》戊子郎中将、第八艦隊司令長官塚原二四三中将は賛成、第四艦隊司令長官井上成美中将は反対であった。
反対の理由は、
「多大の危険を冒して米空母群を叩いたとしても、米国の戦時生産体制が軌道に乗ればすぐに新しい空母が補充されるだろう。また連合艦隊がハワイ陥落後アメリカ西海岸の制海権を得るというのは幻想にすぎない。ハワイ失陥後アメリカは全力を尽くして西海岸の防衛を固めるであろう。そうなれば陸と海との対決となり、兵站《へいたん》(軍需供給)線ののび切った連合艦隊は苦境に立たざるを得ない」というものである。
第二艦隊司令長官近藤信竹中将と第一航空艦隊司令長官南雲忠一中将はMI作戦が討議されているころ南方作戦に出動中であり、まだなにも知らされていなかった。
2
ハネムーンから呼び戻されたロバート・ウッドは、新婚の閨《ねや》のぬくもりも冷めぬうちにヨークタウンに乗り組み、十二月十六日慌しくノーフォークから出航して行った。行先は艦の首脳以外は知らない。
夜までに搭載機の全機収容が終り、午後九時八分、巨艦は静かに岸壁から離れた。暗い岸壁にはシャロンが乗員の他の家族と共に見送っている。結婚|旬日《じゆんじつ》を満たずして夫を生還するかどうかわからぬ戦いの海へ送り出さなければならないシャロンの心は、その夜の闇《やみ》のように暗く閉ざされていた。
「必ず帰って来て」
「必ず帰って来るとも」
別れる前に何度となく約束を交わした。その約束の虚しいことを知りながら交わさずにはいられなかった。
「この戦争が終れば、海軍を止《や》めるつもりだ」
ロバートは言った。
「いつ戦争は終るの」
「すぐに終るさ。ジャップには奇襲が精いっぱいで長く戦えるはずがない」
だが「すぐ」がどのくらいかだれにも約束できない。暗い海のかなたへ次第にその巨躯《きょく》を同化させて行くヨークタウンを見送りながら、シャロンはナカガワヒロコが夫を奪い去って行くような気がした。
3
連合艦隊司令部と軍令部が第二段作戦について意見をたがえたまま対立しているとき、彼らにとって青天の霹靂《へきれき》のような事件が発生した。
四月十八日午後、山本五十六は大和の長官個室で幕僚たちと第二段作戦について詳細な検討を加えていた。中心議題の討議が済み、雑談に入ったとき、戦務参謀の渡辺安次中佐が足音高く入って来た。
山本は彼の足音に異常な気配を嗅《か》ぎ取った。目を転ずると渡辺の顔が蒼白《そうはく》に引き攣《つ》っている。(なにかあったか)と目で問うた山本に、渡辺が一切の前置きを省いて、
「東京が空襲を受けました」
「なに」
山本は我が耳を疑った。
幕僚たちが総立ちになった。
「ただいま報告が入りました。太平洋方面から侵入した米機が東京、横浜、横須賀、川崎、名古屋、神戸などを爆撃しました。被害は取るに足りません」
渡辺は早口に報告し、被害|僅少《きんしよう》というところだけは口調を緩めた。
「陛下は、ご無事にあらせられるか」
山本はまず問うた。
「ご無事にあらせられるということを侍従武官に確認いたしました」
「信じられぬ。いったいどこから来たのか」
「空母からです」
「空母――、しかし、艦載機がそんな長い航続距離をもっているのか」
この日朝東京東方千百五十キロの海上を日本本土に向かって高速で航行中の謎《なぞ》の艦隊を見かけたと漁船「第二十三日東丸」から無電連絡を受けていた。
当時その海域で行動中の日本艦隊はない。渡辺の計算ではこれを米空母と仮定しても、艦載機が東京航続圏内の発進可能点に達するのは早くて十九日未明のはずであった。
山本は直ちに対米艦隊作戦第三法を発令し、南洋方面に向け進出中の潜水艦に索敵攻撃を命じた。第二艦隊に出動を命じ、戦爆連合四十四機を哨戒《しようかい》飛行に飛び立たせて、航続距離ぎりぎりまで捜索した。折から南方作戦を終って帰路にあった第五航空戦隊にこの敵に向かうように下令したが、米艦影を発見できなかったのである。
レーダーのない日本の本土防空態勢がザルに等しいものであることが実証されてしまった。
「米機はB25十数機とみられております」
渡辺はさらに驚くべきことを告げた。
「B25 !? それは陸軍機ではないか」
「はい、陸軍機を空母に搭載し、はるか遠洋から発艦したものと考えられますが」
「陸軍機なら航続距離は長いが、着艦できないぞ」
「発艦だけの片道自殺飛行を覚悟していたのだとおもいます。爆撃後、潜水艦との会合海域に不時着したと考えられます」
「アメリカにそんな勇敢なパイロットがいるのか」
真珠湾作戦の際、特殊潜航艇による特攻が併せて立案されたが、乗員の収容方法を欠いていたので反対したことをおもいだした。それにしても空母から陸軍機を飛ばすなどという発想は、日本軍では考えもつかない。
山本はこのとき自分たちが途方もない化け物を敵にしてしまったような気がした。
「どうして我々の哨戒網を破ったのか」
「超低空で進入して来たために見過ごしてしまったのだとおもいます」
この空襲は空母ホーネットから飛び立ったドーリットル隊B25十六機によるものであったが、連戦連勝気分に浮かれ立っていた軍部に深刻なショックをあたえた。山本としては本土防衛を怠っていたわけではない。
レーダーをもたぬ日本は、本土東海岸千〜千百キロ沖に南北六百キロに及ぶ漁船による前哨線を布き、連日海軍機による長距離哨戒飛行を行なっていた。
それが十数機の米機に切り破られてしまった。
「ふふ」
そのとき山本が薄笑いした。渡辺中佐や幕僚たちがあっけにとられた。この重大な事態に山本は笑ったのである。
「これは日本版パールハーバーだよ」
山本は独り言のようにつぶやいた。
「なにかおっしゃいましたか」
「これで軍令部の石頭共がMI作戦に賛成するだろう」
渡辺はおもわずうなった。山本は衝撃を克服して、この日本初空襲をMI作戦の意志統一に利用しようとしている。渡辺は山本の不退転の意志をまざまざと見せつけられたようにおもった。山本が予測した通り強硬に反対していた軍令部も掌《てのひら》を返すように態度を変えて、ここにMI作戦は挙国一致態勢で動き始めた。
まさしく山本が言ったようにドーリットルの日本本土初爆撃は軍の意見を一本にまとめて団結させたのである。
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操縦|桿《かん》を握った鬼
1
昭和十七年四月二十五日、降旗圭の搭乗する飛龍は母港佐世保に帰投した。一月十一日に呉を出航してより三か月余の帰投である。
この間、ハワイ、ウエークの攻略を経て、モルッカ群島、豪州最北端のポートダーウイン、ジャワ、トラック諸島、セイロン島まで遠征して多大の戦果を挙げた。降旗も初陣以来数々の実戦を潜り抜けて百戦錬磨の戦闘機乗りになっていた。
大山、坂上、上条も生き残った。セイロン島のトリンコマリ攻撃後英空母ハーミスを轟沈《ごうちん》し、ハリケーンと交戦した。
ウエーク島で初めてグラマンを撃墜して以来、降旗の胴体の撃墜マークも増えた。
四日前、コロンボ港の襲撃時にハリケーンの大群に待ち伏せされて大空中戦に入った。この間雷撃の神と呼ばれた上飛曹機を失った。ハリケーンに阻まれて零戦の掩護《えんご》の及ばない間の出来事であった。
大山は怒り、零戦隊はどこで遊んでいたのかと詰《なじ》った。零戦も全力を尽くして戦い、僚機二機が負傷して辛うじて生還している。零戦隊の活躍が雲に隠れて大山らに見えなかっただけである。大山のあまりの言い方にむかっときた降旗が状況を説明すると、「言い訳するな」と歯の根が揺れるほど殴られた。
坂上が怒って、「あの野郎、弾は敵からばかり来るとは限らねえぞ」とにらんだ。
そんなことがあったが、ともかく無事に帰って来た。一週間の休暇中に久しぶりに我が家へ両親の顔を見に行こうとおもっていると、大山がやって来て意外なことを告げた。
「結婚するから出席してくれ」
彼が中川寛子と仮|祝言《しゆうげん》したことはすでに彼女から聞いていたが、挙式に招かれるとはおもわなかった。一瞬寛子の意志かとおもった。
「きさまとは腐れ縁だが、これからもつき合わねばなるまい。時局柄身内だけが集まってささやかにやるが、きさまにも是非出席してもらいたい」
どうやら大山の意志で招んでくれたらしい。
「奥さんは、私の知っている人ですか」
それとなく探りを入れてみた。
「いや、関係ないだろう。街で偶然知り合ったのだ」
「一目|惚《ぼ》れというやつですか」
「そんな大袈裟《おおげさ》なものではないがね、おれもいつ死ぬかわからん身だからタネを仕込んでおきたいんだよ」
「タネを?」
「あんたもいい畑を見つけてタネを撒《ま》いておいたほうがいいぞ。この世に男として生まれてタネも撒かずに死ぬのは寂しいからな」
一瞬降旗の頭にカッと血が上った。大山は降旗の女神をタネを撒く畑にしようとしている。だがこれは当時の風潮である。生きて還らぬ戦場へ行く男の子孫を銃後に残すために、男女は慌しく結婚した。夫婦の生活などもつ閑《ひま》もなく、ただ播種《はしゆ》の儀式としての非人間的な結婚がまかり通っていたのである。人間として生むのではなく戦力として生むために、国が奨励していた。
大山の招待を断わる理由はなかった。
大山と寛子の結婚式は芝の水交社で行なわれた。降旗の他に隊からも何人かの戦友が出席した。時節柄簡素な結婚式であった。
花嫁衣装をつけた寛子の姿に、降旗はまたしても弓枝の姿を重ね、弓枝を大山に掠奪《りやくだつ》されたような気がした。
披露宴の間、彼女の目は凝《じ》っと降旗に固定されているようであった。
(あなたが私をしっかりと捕まえてくださらないから、私は大山と結婚したのよ)
と彼女の目が怨じているようである。降旗は寛子の花嫁姿に、心の祭壇が音を立てて崩れていくのを感じた。彼の祭壇は破壊された。壊したのは大山ではない。降旗自身である。自分が独占していると信じていた偶像を掠奪されたのである。それもタネを仕込む畑として。もはや祭壇に安置すべき偶像はない。空になった祭壇を降旗は自虐的に壊していた。
披露宴が終って来賓が新郎新婦によって送り出されるとき、降旗が挨拶《あいさつ》すると、寛子は他人行儀に「今日はようこそいらっしゃってくださいました」と挨拶を返した。
大山は隊友たちに取り囲まれて談笑している。その束《つか》の間を捉《とら》えて寛子が降旗の耳許《みみもと》にささやいた。
「大山を護ってあげて」
自分の耳を疑ったとき、寛子はすでによそ行きの顔に戻り、他の人の挨拶を受けていた。だが降旗にちらりと向けた目が、
(おねがい)
とひたむきな色を塗りつけている。かつて自分を死に追いつめた原因をつくった男を護れとライバルに頼み込む女心の変遷が、降旗には信じられない。弓枝と寛子は別人なのだと言い聞かせても、降旗に大山を護れと依嘱《いしよく》したのは、まぎれもなく弓枝のおもかげであった。
2
「パールハーバー以後」アメリカにとって辛い日がつづいた。南太平洋方面で日本機動部隊は独走をつづけ、ホンコン、マレー半島、蘭印、ジャワ、マニラ、ラングーンなどでも日本軍の為すがままであった。
ヨーロッパでもフランスが降伏し、イギリスが一方的に押しまくられ、ドイツはその勢いをロシヤに伸ばしている。
いずれの方面にもなに一つ明るい兆《きざ》しが見えない中で、アメリカは再起のための努力をつづけていた。
ただこの時期にドイツがすでに力を出し尽くしロシヤ戦線で押し戻され始めていることが、唯一の明るい兆しといえば、言えた。パールハーバーの奇襲の日に、ドイツは東部戦線攻勢打ち切りの声明を発した。
日本が連戦連勝ムードに乗って浮かれ立っているとき、ドイツはすでに絶頂期を過ぎて敗北の斜面を転がりかけていたのである。
日本海軍に航空兵力の威力を教えてもらった米海軍は、全力を挙げて戦艦から空母への切換えを図っていた。その変り身の素早さは驚異的であった。日本は自ら戦艦の幻想を吹き飛ばしていながら依然として大艦巨砲主義に固執している。起床や集合の速さを秒刻みに競いながら、肝腎《かんじん》の兵器に関しては恐るべき保守性を維持していた。日本軍の伝統である精神主義が、精神の柔軟性を欠き、硬直した官僚主義を生んだのである。
ロバート・ウッドが乗り組んだヨークタウンは、サンディエゴに一週間寄港後、一九四二年一月六日、「東京へ行こう」を合言葉に太平洋へ乗り出していた。だが東京までの距離は遠い。合言葉は東京であったが、本当の行先はだれも知らされていない。サモアへ行くという者もあった。上層部でもヨークタウンをどう動かすべきか作戦が固まっていないようである。
一月十一日、そのサモア島基地が日本潜水艦の砲撃を受けたというニュースが入った。前後して僚艦サラトガが日本潜水艦の雷撃を受けて大破、ワシントン州ブレマートン軍港に向けて曳航《えいこう》中という無線を傍受した。この無線は乗組員の士気を著しく阻喪《そそう》した。サラトガの運命がいつ増幅されて自分たちの上に落ちてくるかわからないという恐怖に襲われた。米本土の近海に日本潜水艦が跳梁《ちようりよう》している事実が彼らを打ちのめした。
東京よりはアメリカへ帰りたいというのが乗組員の本音となった。
一月二十三日僚艦エンタープライズがようやく視野に入った。乗組員はいくらか元気を取り戻した。
間もなくヨークタウンの行先が発表された。日本軍最前衛東端基地のあるギルバート諸島マキンを攻撃せよという命令である。初陣に乗組員たちは張り切った。
攻撃は雷雨を冒して行なわれた。だがロバートの戦闘機隊は敵機の攻撃に備えて母艦上で待機を命ぜられた。
この作戦は損害に比して戦果が少なかったが、パールハーバー後初の報復として誇張して報道され、乗組員の士気は上がった。
二月六日ヨークタウンは二か月余の作戦の後パールハーバーに入港した。ロバートは戦争の傷痕《きずあと》を目のあたりに見た。一見したところパールハーバーはなんの修復も施されずに放置されているようである。
「こいつはひでえや。まるで船の墓場じゃねえか」
「墓場なんてもんじゃねえよ。戦争のゴミ捨て場だぜ」
乗員たちは上甲板に鈴なりに群れて、あまりの惨状に茫然《ぼうぜん》とした。
「酸素マスクが欲しいくらいだ」
重油のにおいが濃く漂っていて呼吸困難になるほどである。
「みんな許可があるまで煙草を吸ってはならん。ガスに引火して爆発するぞ」
当直士官が再三厳しく注意した。そんな注意がなくとも酸素不足で煙草など吸う気になれない。
艦が港内に進入するほどに惨状はひどくなった。戦艦横丁では戦艦群はマストをへし折られ、上部構造物を破壊され艦橋は吹っ飛び、砲身は折れ曲がり、一物たりとも原型を留めないような鉄屑《てつくず》の塊となって重なり合い、重油の膜に覆われた黒い海の上に残骸《ざんがい》を覗《のぞ》かせている。どれがどの艦なのか識別もつかないような残骸の中には、まだ行方不明になっている乗員の死体が閉じ込められているはずである。
あまりに大きな破壊の爪跡《つめあと》に、修復班もどこから手をつけてよいのかわからないらしい。下手にいじると、いまだに黒煙を噴き出す個所から誘爆の危険があるという。視野からはずれている地上施設の損害はもっと大きい。
死体や血の痕は取り除かれていたが、この巨大な破壊の跡は、大規模すぎて人間の悪意によるものではなく、天災のように見えた。そして我がヨークタウンも同じ様な破壊力を秘めていることに気がついて、ロバートは凝然《ぎようぜん》となった。
ヨークタウンの入港はハワイ在留の全将兵や民間人を勇気づけた。ハワイが日本軍の襲撃に晒《さら》されているとき、ノーフォークに係留されて、ハワイを救うためになにもしていなかったのであるが、彼女の堂々たる姿は、一方的に蹂躪《じゆうりん》されたままのハワイの人心を、アメリカの反撃が始まったかのように鼓舞したのである。
ヨークタウンはここで不良部位を修理し、燃料、軍需物資の補給を受け、十日後の二月十六日朝出港した。二隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦が護衛していた。
三月六日ヨークタウンは、僚艦レキシントンおよび随伴巡洋艦四隻、駆逐艦八隻の艦隊と合流した。その喜びも束の間、レキシントンはヨークタウン一隻を残して対空火器新装のためにパールハーバーへ帰って行った。それから七週間ヨークタウンは南太平洋の迷子のようになんらなすところなくさまよった。
太陽の光が強く海の色が濃く煮つめられてきた。赤道を越えて、艦隊はさらに南下をつづけた。目的地はオーストラリアかとおもっていると反転した。艦隊は当てもなくさまよっているようであった。
どうやら無期限の哨戒《しようかい》任務に就いているようである。毎朝同じ赤い朝陽と共にスタートした日は、前日とまったく同じ海の光景の中の気が狂いそうな単調な反復であった。そのうちに唯一の楽しみである食事の内容までが風景と同じ様に単調になった。
来る日も来る日もコマ切れ肉と豆のスープと、トマトジュースになった。日本海軍の専売特許のようなギンバエ(食糧のちょろまかし)が夜間を狙《ねら》って行なわれた。
乗員はパールハーバーの報復よりもうまい食い物を食うことが目標になった。ヨークタウンが飢餓艦隊≠ニなってオーストラリアとニューギニアの間の珊瑚海《コーラルシー》をさまよっている間に、日本はセレベス、スマトラの要地をほとんど制圧してしまった。
パールハーバーの奇襲を事前に察知した米暗号解読班は、日本軍の第二段作戦も暗号を解読していた。日本軍の次の狙いは米豪連絡交通線遮断を期してのフィジー、サモア攻略(FS作戦)である。
その手始めとして連合軍の要衝であるニューギニア東南端のポートモレスビー航空基地を攻略することになった。この作戦を察知した米軍は、ヨークタウンに全力を挙げてこれを阻止せよと命令した。
全軍の将兵に歓声が上がった。食い物の妄想に悩まされながら当てもなく海の上をさまよっているより、「戦争のほうがまし」というわけである。
実際彼らは戦争をしたくてうずうずしていた。
五月一日、新兵装成ったレキシントンが再合同した。その直前の四月二十九日、ヨークタウンはトイレットペーパーまでがなくなっていた。
奇しくもこの日はニミッツ司令長官と日本の天皇の誕生日に当たっていた。連戦連勝の勢いに乗って珊瑚海水域に進出して来た日本軍に対して、米軍の稼動兵力は劣弱であった。
当時アメリカが太平洋艦隊に保有していた五隻の空母のうち、サラトガは雷撃を受けて修理中、エンタープライズとホーネットは日本本土爆撃航海の帰途にあり、とても間に合わない。結局ヨークタウンとレキシントン二隻だけで、いまや世界最強の日本機動部隊と対決せざるを得ない。
このころヨークタウンの艦内に奇妙な噂《うわさ》が流れた。
「日本の船はトイレットペーパーが要らないそうだ。ジャップはトイレットに洗滌器《ビデ》が取りつけられていて、用足し後水が噴出してきれいに洗ってくれるんだとよ」
トイレットペーパーの代用品を探すことに四苦八苦していた乗員たちの間にその噂はたちまち広まった。このとき彼らがトイレットペーパーの代りに用いた品は、ハンケチ、ボロ布、古い書類、スプーン、万年筆、綿などである。特にスプーンで汚物をそぎ落とした後、洗って食事に使用したのは、後々までの語り種《ぐさ》になった。
「洗えば同じ」という合理精神が、途方もない代用の発想を生んだのである。
3
珊瑚海に戦機は刻々煮つまっていた。
「いいか、零戦《ジーク》と一対一で格闘戦に入るな。必ず二機以上連係してやれ。ワイルドキャットは零戦に比べて重い。速度、火力、上昇力、空戦性能なに一つとしてかなわない。腕が同じなら必ず食われるぞ。ましてやつらは歴戦のベテランだ。おまえら初陣のヒヨコとはちがう。生き残りたかったら一騎討ちをしようなどとはおもうな」
ロバートらは飛行隊長から零戦の優秀性について何度もレクチャーを受けていた。
すでに零戦の優秀性については、パールハーバー以後の各戦線で実証されている。P40Eキティホーク、P36モホーク、バッファロー、ハリケーン、スピットファイアなど、立ち向かうものはすべて叩《たた》き落とされた。グラマンF4Fワイルドキャットだけが連合軍に残された切り札であった。
「やつらをただのねずみとおもうな。操縦|桿《かん》を握った空の鬼だ」
飛行隊長は最後につけ加えた。
食糧とトイレットペーパー不足に悩まされていた米軍に比べて、日本軍の士気はきわめて高い。
ポートモレスビー攻略を担当した井上成美中将|麾下《きか》の第四艦隊は、正規空母「瑞鶴」「翔鶴」を中核として軽空母「祥鳳《しようほう》」、重巡六、軽巡四、駆逐艦十五、水上母艦一、総兵力約七十隻という陣容である。しかも歴戦のパイロットと無敵の零戦を擁している。日本軍は戦う前から米軍を呑《の》んでいた。
戦端は五月四日米軍によるツラギの日本軍基地の攻撃によって開かれた。この戦果は大したことはなかったが、珊瑚海海戦の嚆矢《こうし》の役を果たした。
五月六日ヨークタウンとレキシントンは合流し、互角兵力になった日本空母は相互に懸命な索敵行動を繰り広げた。これは史上初の空母同士の対決である。
戦機は刻々と煮つまってきていた。だれにもこの戦いが世界海戦史上の画期的な戦いになることがわかっていた。この戦いの帰趨《きすう》が今後の戦局に投げかける影響は大きい。
空母甲板上には弾薬と燃料を腹いっぱいに呑んだ搭載機が、命令一下発艦できるように青白い焔《ほのお》を噴いている。かたわらで整備員が受持機に別れの言葉を告げている。砲員、対空砲火班は、いつでも射撃できるように持場に就いて空をにらんでいる。医療室では緊急手術と応急手当の手配を整え、機関区では、機関室員が戦闘航行に備えてボイラーの圧力から目を離さず、烹炊《ほうすい》所では備蓄の乏しい食糧庫を漁って戦闘配食に備えている。射撃管制員、レーダー観測員、信号員等すべて弓に番《つが》えられた矢のようにピンと張り切ってそれぞれの職能を忠実に遂行している。
ロバート・ウッドも乗機のかたわらで発艦命令をいまや遅しと待っている。
七日朝日本偵察機が米給油槽艦ネオショーを発見した。艦型が広く平らな油槽艦を空母と誤認してこれを攻撃、ネオショーを大破させ、護衛駆逐艦シムスを撃沈(前者は漂流後自沈)した。これが米軍にとって幸運な囮《おとり》となった。
その後日本機は空母を発見したが、すでに攻撃力を費《つか》い切っていた。
米軍は午前十時二十二分祥鳳を発見した。祥鳳搭載機はポートモレスビー攻撃に出動していた。ほとんど直衛機をもたなかった祥鳳は米機の攻撃を受けて沈没した。六機の直衛機は阿修羅《あしゆら》の如き奮戦をしたが、衆寡敵せず、母艦を護り切れなかった。
日本側は軽空母一隻を失っただけであったが、それによって受けた心理的打撃は深刻であった。これまでの連戦連勝気分が吹っ飛び、米軍が日本軍以上に勇敢であることをおもい知らされたのである。彼らはスコールのような対空砲火をものともせず舷側《げんそく》ぎりぎりまで迫って来て魚雷を放ち、爆弾を落とした。
これまでの日本軍の楽観的姿勢はシャンと改められ、面目にかけても報復しなければならなかった。
フレッチャー司令官は本当の戦闘はこれからであることを十分承知していた。
「中核兵力であるショーカクとズイカクは健在である。やつらはショーホウをやられて怒り狂ってやって来るぞ。索敵と哨戒を怠るな」
と祥鳳撃沈の戦果に沸き立つ乗員を戒めた。これで彼我互角の兵力となった。だが搭乗員の練度を考えるとき、日本軍が依然として優位に立っていることを否めない。
ロバートは祥鳳攻撃隊の護衛として出撃したが、零戦は不在で、ほとんど手合わせしないまま引き揚げて来た。欲求不満が体に内攻している。
4
一方日本軍はネオショーを誤認した攻撃隊が帰投すると、再度米空母攻撃を計画した。
天候が悪化して、夕闇《ゆうやみ》が洋上に忍び寄っている。第五航空戦隊司令官原忠一少将はためらった。帰艦時にはもっと条件が悪くなっている。艦隊の虎の子を悪天候で失うわけにはいかない。
「行かせてください。我々は夜間着艦ができます。薄暮攻撃は対空火器に対して有利です。敵空母を前に虚しく手を拱《こまぬ》いていては、なんのための今日までの猛訓練ですか。部下も全員行きたがっています」
ネオショーを攻撃した急降下爆撃隊の高橋|赫一《かくいち》少佐は原少将に強く出撃許可を求めた。遂に原少将は薄暮攻撃を断行することを決定した。
午後五時四十七分ヨークタウンレーダーは距離十八マイル東方から接近中の機影群をとらえた。
ヨークタウン戦闘機隊に緊急発進命令が下った。
「ジャップが来やがった。やつらを一機残らず叩き落として来い」
ジミー・フラットレイ少佐が叫んだ。ヨークタウンとレキシントンから戦闘機隊が手綱を放された悍馬《かんば》となって駆け上った。
すでに洋上には夕闇が濃く煮つめられている。いったん晴れるかに見えた空は、再び厚い雲に塗り込められて、いま飛び立ったばかりの母艦を隠した。
そこへ高橋少佐に率いられた雷撃機十五機、艦爆機十二機からなる攻撃隊が殺到した。彼らは足許《あしもと》の雲の下に目指す米空母がいることに気がつかなかった。
日本機はそこへ辿《たど》り着くまでに激しい風雨に叩かれ、今日二度目の出撃でへとへとになっていた。彼らの不運は戦闘機の護衛のないことであった。
そこへロバート・ウッドのワイルドキャットが襲いかかって行ったのである。重い魚雷を腹に妊《みごも》った雷撃機はワイルドキャットの格好の餌《えさ》であった。まるでライオンに狙われたインパラのように日本雷撃機はばたばたと射ち落とされた。爆弾を落として身軽になった爆撃機が健《けな》げに立ち向かって来た。
ロバートは雷撃機一機を撃墜した後、初めて日本機と空中戦を交えた。ワイルドキャットの性能が優れていたのと日本機が専門の戦闘機でなかったのが幸いして、空戦に有利な位置を占めることができた。
この日、米軍は八機の雷撃機と一機の爆撃機を撃墜した。その中の二機は初陣のロバートの戦果である。
だがロバートはまだ零戦と立ち会っていない不満が体内にくすぶっていた。
日本軍は戦闘機に護衛されない雷撃隊の脆弱《ぜいじやく》さを露呈してずたずたに引き裂かれたまま敗走した。
米空母が搭載機の収容を始めたとき、驚くべき事件≠ェ発生した。すでに日は没していた。
ヨークタウンが搭載機を収容していると、一機がオルジス信号灯で着艦許可を求めてきた。
「着艦準備よし」
ヨークタウンの管制塔が応答すると、その機は着艦態勢に入った。機脚が甲板に接触間際になってヨークタウンの甲板作業員が絶叫した。
「ジャップだ!」
慌てて対空機銃が火を噴いたが、あまりに接近しているために狙いが定まらない。その間に日本機は再上昇して逃れ去った。驚いたことに後続機も日本機である。ヨークタウンの対空砲火が火を噴いた。それがまだ上空に残っていた米機を同士討ちした。
これが珊瑚海海戦中に生じた誤着事件であるが、フレッチャーは、
「あれは誤着ではない。日本機は故意に我が艦へ着艦しようとしたのだ」
と言った。
「なぜ敵艦へ降りようとしたのですか」
高角砲指揮官のノーウッド・キャンベル大尉が問うた。
「日本機はワイルドキャットとの空戦のために爆弾を捨てていた。その後我が空母を発見したのだ。百マイルも離れた海域にいる日本空母と我々をベテランの日本パイロットが誤認するはずがない。真下に絶好の獲物がいるのに、武器を捨ててしまった。彼らは大胆にも我が艦に斬《き》り込んで乗っ取ろうとしたのだ」
「空母を乗っ取る」
キャンベル大尉は、そのあまりにも大胆不敵、奇想天外な発想に唖然《あぜん》とした。
「日本人ならやりかねない。いま我々が相手にしている敵は、これまでのいかなる敵ともちがう。そのことを銘記しておかないと、合衆国は未曾有《みぞう》の危機に追い込まれるだろう」
フレッチャーは全軍を戒めた。彼が予言した通り、間もなく米軍は日本軍の特攻に戦慄《せんりつ》させられることになる。
日本機動部隊の薄暮攻撃は失敗に終った。この後、日本機は闇と悪天候に阻まれて、母艦に帰り着いたのはわずかであった。二十七機中九機が失われたのである。これは機動部隊全航空兵力に致命的な影響をあたえる。しかも彼らは夜間戦闘に馴《な》れた粒|選《よ》りの搭乗員であった。原司令官はあまりに大きな犠牲に茫然《ぼうぜん》となった。
だがいつまでも犠牲を悔やんでいる閑はない。米空母はかすり傷も負わずに健在である。原は夜間攻撃を考えた。同じころフレッチャーも同じことを考えていた。
だがそれはあまりにも危険が大きい。もし夜の闇の中に敵艦と機位を失えば、艦隊は一戦もせずにその虎の子を喪失することになる。搭載機を失った機動部隊はもはや機動部隊ではない。空母はだだっ広い甲板をもつただの役立たずの空船≠ノなってしまう。
「決戦は明日だ」
両将共に翌日に賭《か》けることにした。
5
五月八日未明日米双方から偵察機が飛び立った。昨日米軍に有利なスクリーンを張ってくれた前線は北東に移動して、日本機動部隊に有利に働きつつある。
米軍側はやがて始まるであろう史上空前の海戦を予告するような太陽を水平線上に望みながら、日本側は暗雲の下のシノ突くような雨に濡《ぬ》れながら搭載機の発艦準備を進めていた。
すでに両軍共上空直衛機を飛ばして、空母の頭上を固めている。
午前八時二十四分日本偵察機が米空母発見を打電し、つづいて八時四十八分米機が日本空母を発見した。原忠一少将は零戦、九九式艦爆、九七式艦攻、計六十九機に出撃を命じた。攻撃隊長は不死身の高橋赫一少佐である。
ほぼ同時にフレッチャー少将もワイルドキャット戦闘機、ドーントレス爆撃機、デバステイター雷撃機から成る攻撃隊七十三機に発進を命じた。
「頼むぞ」
次々に発艦していく攻撃機に留守部隊の熱い祈りが込められる。たとえ攻撃に成功しても留守中に母艦がやられれば、彼らは降りるべき場所を失う。出撃する者も留守を守る者も決死であった。このような切迫した訣別はこれまでの戦いにはなかったものである。
両軍の攻撃隊は洋上ですれちがった。いずれも脇目《わきめ》もふらず攻撃目標に向けて全速で飛んでいる。両軍攻撃隊が出会いながら一弾も交えずにすれちがったのも、初めての経験である。
敵が来た方角に狙《ねら》う獲物がいるのだ。いまや敵空母は搭載機を失ってガラ空きになっている。だがそれは我が母艦の運命でもある。
母を殺しに行く敵をかたわらに見送りながら、彼女を守るために一指もあげられない悔やしさを噛《か》みしめて、攻撃隊は一路敵の母艦へ急ぐ。
日本機のパイロットは教育部隊で盛んにやった棒倒しをおもいだしていた。空母同士の対決はまさに棒倒しである。空母が戦いのキャスチングボートを握る前から棒倒しを訓育実科に取り入れていた日本海軍は、近い将来の空母中心の戦いを予測していたのかもしれない。
この戦いの帰趨《きすう》にオーストラリアの運命がかかっている。そして太平洋戦争の方向が定まるのである。日米両軍共に必死であった。
日米の攻撃機はほぼ同時に敵の空母頭上に達した。
ロバート・ウッドのヨークタウン戦闘機隊の前方にはあの恐るべき敵戦闘機《ゼロ》が待ち構えていた。彼らは空母の頭上に肉薄するドーントレス爆撃機に食いついた。重い爆装のハンディキャップをつけられたドーントレスは、鍛えたゼロにとって絶好の餌であった。
たちまち数機のドーントレスが火を噴いた。そうはさせじとワイルドキャットがゼロの前に立ちはだかる。ロバートはたちまち凄《すさ》まじい空中戦の渦に叩《たた》き込まれた。
右にも左にも日の丸をつけた敵機が犇《ひしめ》いている。ロバートは操縦|桿《かん》を引いて急旋回をしたとたん機体に強いショックを感じた。振り向くとゼロがピタリと尾部に食いついている。
絶体絶命の体勢に持ち込まれている。もはや雷撃機の護衛どころではなくなった。この地獄の使者をどう振り切るか。
ロバートはゼロが急降下に不適というレクチャーをおもいだして咄嗟《とつさ》に機体を左にひねり垂直降下をした。だがゼロはピタリと食いついたまま二十ミリ機銃を射ちつづける。風防が打ち抜かれ破片がばらばらと顔に降りかかった。背骨が痺《しび》れたようなショックが走った。敵弾が背中の厚い装甲板に当たったのである。
右旋回、左旋回、急上昇、機体をぎりぎりまで痛めつけながら振り切ろうとするが、振り切れない。なにをしてもゼロは食いついて離れない。このままでは撃墜される前に無理な操作で空中分解してしまうかもしれない。ロバートは腹の芯《しん》から恐怖が湧《わ》いてきた。
ゼロは絶対有利な機位を占めたまま、獲物を玩《もてあそ》んでいるように見える。やはりやつらは「操縦桿を握った鬼」であった。
ロバートはもはやこれまでと観念した。
「ヒロコ」
絶望の底で叫んだのは妻の名ではなく、ナカガワヒロコである。その瞬間|曳光弾《えいこうだん》がゼロの後尾をかすめた。機銃弾に驚いたゼロは、急旋回を打った。
ロバート機危うしと見てフラットレイ少佐機が駆けつけてくれた。間に合わずと見て遠方から機銃で牽制《けんせい》したのである。
ホッとする間もなく対空砲火が隙間《すきま》もない曳光の弾幕となって翼端をかすめた。無理な機体操作のために低空に降りていたのである。
ようやく高度を取り直したかたわらを、火を噴いて墜ちて行く機がある。空中衝突でもしたのかからまり合いながら墜落して行く機もある。
ドーントレスは噴水のような対空砲火とゼロ戦の迎撃にもめげずに肉薄している。だがほとんどの機が空母に到達する前にゼロと対空砲火によって海に叩き落とされた。墜《お》とされているのは、米軍機ばかりである。
ビル・バーチの率いるドーントレス爆撃隊はゼロによってずたずたに引き裂かれていた。だがバーチ隊がゼロを引きつけている間にレキシントンから発進したジョジョ・パワーズが、対空砲火を受けてよろめきながらもショウカクの頭上に到達して千ポンド爆弾を落とした。パワーズ機は自分の落とした爆弾がショウカクの飛行甲板に大火柱を上げたのを認めてから海中に突っ込んだ。
ズイカクはその間に厚い雨雲の下に逃げ込んだ。爆撃隊につづいて低速のデバステイター雷撃隊がようやく戦場に到達した。日本戦闘機はドーントレスの応対に気を取られて新たな訪問客に気がつかなかった。
だが雷撃隊は一発の命中弾も出さないまま避退した。
6
同じころに日本攻撃隊もヨークタウンとレキシントンに取りついていた。そこには驚くべきものが待っていた。菅野兼蔵兵曹長の操縦する偵察機が敵海域に留まり、攻撃部隊を米空母の位置まで誘導したのである。
「燃料がもう切れるのではないか」
高橋隊長は驚いた。
「我帰還を止め攻撃隊を敵空母に誘導す」と菅野機からの電報を受信した翔鶴乗組員は全員泣いた。攻撃隊を誘導して行けば、確実に生還できない。
菅野機の国を想う犠牲に攻撃隊は全軍奮い立った。この戦いでは日米両軍共に信じられないほど勇敢であった。
米空母はレーダーによってすでに日本機の接近を知っていた。レーダーに関するかぎりこの戦いは対等ではなかった。米軍は四十機の直衛機を上空に上げていた。
迫り来る日本機に対して米軍はすべての火器の砲門を開いて応接した。迎撃機の網を突破した攻撃隊は密集した火線のカーテンの中へ突撃した。最先頭に立っていた菅野機が火を噴き、一塊の火焔《かえん》になってヨークタウンの舷側の海面に激突した。同機が上げた水|飛沫《しぶき》が舷側で射ちつづけていた対空火機銃手の顔にはねかかったほどである。
日本機は次から次に襲いかかって来た。日本九七式艦上攻撃機は高々度爆撃と低高度雷撃の両方をやることができた。しかも米デバステイター雷撃機の二倍以上の高速をもって肉薄して来るのを見て米軍は肝をつぶした。
ヨークタウンとレキシントンは機関の全力を挙げ、操舵《そうだ》技術の限りを尽くして日本機の爆撃と雷撃を躱《かわ》そうとした。両艦の周囲には爆弾の水煙が林立し、海面には雷撃機から放たれた数十本の魚雷が槍《やり》のように海面を切り裂いて襲いかかる。
日本雷撃機は海面に翼が触れるばかりに低空で接近した。これに対応して射角を下げすぎた巡洋艦の射弾が海面を叩いて盛大な水柱を噴き上げた。そこへ雷撃機が突っ込んで来てもんどり打って海面に墜《お》ちた。
べつの雷撃機は高度を下げすぎて、雷撃後機首を立て直せず舷側に激突した。同時に彼の放った魚雷がレキシントンの横腹に深々と突き刺さった。この日本パイロットの名前は判明していないが、翔鶴に命中弾をあたえたパワーズに劣らぬ勇敢さを示した。
ヨークタウンは九本の魚雷と十・五トンに及ぶ爆弾を悉《ことごと》く躱したが、最後の二百五十キロ爆弾が飛行甲板を貫通して第四甲板の飛行機倉庫をめちゃめちゃに破壊した。さらに至近弾によって燃料タンクに割れ目が生じ、ネオショーを失って補給不能の燃料が流れ出していた。艦内には水葬しきれなかった死体の断片が至る所に動物解体場のように山積されていた。ヨークタウンでは食糧が不足していたが、烹炊《ほうすい》長が機転をきかせて食堂通路に死体の破片を集めさせた。このため乗組員が食欲を失い、乏しい食糧でなんとかつないだ。
低速のレキシントンはさらにみじめな状態に追い込まれていた。魚雷二本、爆弾四発を受け瀕死《ひんし》の状態で航行をつづけていたが、午後十二時四十分ごろ燃料パイプから漏出した燃料が気化し、それに発電機の火花が引火して大爆発を起こした。爆発は爆発を誘い、もはや手の施しようがなくなっていた。
午後四時半レキシントンは洋上に停止したままになり、臨終の時を待つばかりとなった。五時過ぎ全乗員が離艦を始め、午後八時味方駆逐艦フェルプスの魚雷に介錯《かいしやく》されてレキシントンは二万七千トンの巨体を静かに珊瑚海に沈めて行った。
[#改ページ]
私生児の勝利
1
翔鶴でも惨憺《さんたん》たる状況がつづいていた。飛行甲板前方がまくれ上がり飛行機の着発艦不能となっていた。前甲板|右舷《うげん》下方の燃料庫が燃え出し、黒煙が天に沖《ちゆう》した。いつ大誘爆が発生するかわからない危険な状況であったが、その前に煙が目印となって新たな米機を引き寄せるかもしれない。
後甲板、艦橋下の臨時指揮所にも命中弾を受けて死傷者が折り重なっている。艦橋下の一番三連装二十五ミリ機銃座では全員が海中に吹き飛ばされ、射手の片手が指を引金にかけたまま銃把《じゆうは》にぶら下がって生きているように揺れていた。
指揮官はメインデッキへのタラップを上りかけて、そこにたれ下がっているウインナーソーセージのような物体を見つけた。なにげなく手に取りかけ、それを人間の腸と知って海軍将校らしからぬ女性的な悲鳴をあげた。
間もなく攻撃を終えて帰投して来た攻撃隊は翔鶴に着艦できず、瑞鶴に収容された。瑞鶴からはみ出した機は海に降り、搭乗員は駆逐艦に拾い上げられた。翔鶴は燃えながらも必死に北上して戦場から離脱した。
こうして珊瑚海海戦は終りを告げた。米軍はレキシントンを失い、ヨークタウン大破、油槽船、駆逐艦各一隻、未帰還飛行機六十六機。日本軍は小型空母祥鳳、駆逐艦菊月、艦艇三隻沈没、空母翔鶴大破、未帰還機七十七機の損害を受けた。
一見物質的な損害は米軍の方が大きそうだが、ベテラン搭乗員の多くを失った日本海軍の痛手は償《つぐな》えるものではなかった。
井上中将は敵空母二隻を撃破(レキシントンの沈没未確認)したものの、我が方の航空兵力の喪失は甚大であり、これ以上の損害は今後の作戦に影響すると判断して戦闘中止を命じた。
この報告を受けた山本五十六司令長官は激怒した。
「MI作戦の目的は一にかかって米空母部隊の撃滅にある。せっかく米空母二隻がおびき出され、しかもその二隻を撃破し、我が方は瑞鶴が健在であるのに、敵の息の根を止めぬ法があるか。即刻敵を追尾してこれを完全撃滅すべきである」
山本長官の怒りの無電命令に高木少将は早速再反転して米空母部隊を追跡したが、時すでに彼らは戦闘海域を離れていた。
珊瑚海海戦は史上初めての空母同士の対決である。彼我艦艇は一発の直接砲火も交わしていない。たがいの射程外で航空機による戦闘であった。そしてその戦いの熾烈《しれつ》さ、凄惨《せいさん》さ、被害の甚大性においてこれからの戦いの決定権を航空兵力が握ることを世界に示した。
この海戦は戦術的に日本の勝利、戦略的にはアメリカの勝利としてとらえられている。翔鶴、瑞鶴はミッドウェイ作戦に参加できなくなり、ベテラン搭乗員の大量喪失はミッドウェイの戦況に大きく響いた。珊瑚海海戦での喪失がなければ、ミッドウェイで赤城以下四隻の空母を失ってもまだ翔鶴、瑞鶴があり、戦勢を挽回《ばんかい》するチャンスは十分に残されていた。
2
ドーリットルの東京空襲、珊瑚海海戦の結果は、山本五十六のミッドウェイ海戦を確固たるものにした。前者は米空母から発進した飛行機によるものである。後者は空母同士の対決であり、両者共に空母の威力をまざまざと見せつけた。
ミッドウェイ作戦反対論者が空母の威力を実証されて賛成に傾いた。やるなら早いほうがよい。いま米太平洋艦隊はレキシントン喪失、ヨークタウン大破で戦列から退き、サラトガは修理中、残る空母はエンタープライズ、ホーネット、ワスプしかない。ワスプは所在不明で、大西洋に回っているらしい。戦艦部隊は全滅に近い。
それに対して我が方は五隻稼動できる。これを支援すべき戦艦部隊は健在である。山本が「無用の長物」と罵《ののし》った世界最大最強の「大和」も戦列に加わった。
山本は確実に米空母をおびき出すための布石としてアリューシャン攻略作戦を追加した。ミッドウェイを攻略しても劣勢にある米機動部隊が出て来なければ、山本にとってなんにもならない。
そこで米領土北方の橋頭堡《きようとうほ》であるアリューシャンを攻略すれば、米太平洋艦隊としても見過ごしにはできまい。アリューシャンを我が手に納めれば米ソの連絡を遮断し、同地を哨戒《しようかい》基地として米空母の本土接近を困難にする。軍令部も賛成した。
ここにMI作戦はいよいよ煮つまってきたのである。
ヨークタウンは息も絶えだえに洋上を漂っていた。それは漂流とほとんど同じ状態であったが、乗員は帰り着こうという意志をもって必死に艦を操っていた。乗員のこのネバーギブアップ精神がなかったらとうに珊瑚海の藻屑《もくず》となっていたであろう。
何度もあわや絶望、総員退艦という瀬戸際に追いつめられながらも乗員の不屈の意志が海底からの甘い誘惑に逆らうというよりは、騙《だま》しすかしながら、なんとかヨークタウンの満身|創痍《そうい》の巨体をパールハーバーまで引きずって来た。五月二十七日ヨークタウンは全港挙げてのホイッスルと歓呼の中を狭水道を通過してフォード島をまわってドックに入った。
「この鉄屑の塊を三日以内にとにかく戦えるように修理しろ」
ニミッツは厳命した。彼には山本の手の内が見えていた。山本はこの絶好の好機を逃がさないだろう。いまや太平洋艦隊は空母をずたずたにされ、戦艦を屑鉄にされて、日本の歴戦の連合艦隊と向かい合っている。
山本はアメリカに立ち直る隙《すき》をあたえず、連合艦隊をもって太平洋へ押し出して来るだろう。
それまでに、瀕死の巨人を戦列に復帰させなければ、アメリカは必ず敗れる。
「この屑鉄を三日間で戦列に復帰させるのはとても無理です」
海軍|工厰《こうしよう》のメイトランド技術少将は言った。
「ハワイと西海岸をジャップにやってもよければ、できなくともかまわん。パールハーバーに日の丸が立ち、ヨークタウンにジャップの飛行機を載せて西海岸を空襲させてもよければ、ゆっくり時間をかけて修理しろ。これはできるできないの問題ではない。やらねばならんのだ」
ニミッツの一喝の下に、千四百人の修理従業員が動員され、昼夜ぶっつづけの作業が開始された。彼らは三日三晩不眠不休で働いた。
それは修理などというものではない。大破口を鉄板でふさぎ、損傷された隔壁には材木の支柱があてがわれた。船体はいたる所つぎはぎだらけで、すべてが間に合わせのやっつけ仕事である。とにかく作業員が受けた命令は「なおす」ことではなく、飛行機を発着艦させるためにこの屑鉄の塊を「浮かしておく」ことだった。
作業と並行して燃料、弾薬、食糧、医薬品、衣料などの積み込みが行なわれた。埠頭《ふとう》の引込線の貨車から搭載物資がクレーンで飛行甲板に山積みされていく。その夥《おびただ》しい搭載物資を眺めてヨークタウンの乗員は、本国へ戻ってゆっくり修理作業が行なわれるという希望を捨てなければならなかった。
「おい、司厨《しちゆう》係のトビイが七十五日分の酒保(売店販売用)物品の納品書にサインしたそうだぜ」
「なんだと! おれたち百日の無補給の作戦から帰って来たばかりじゃねえか」
「これでまた七十五日も出ずっぱりだったら女房に逃げられちゃうよ」
「パイナップルや桃の缶詰がやけに多いぜ。その他の食糧や燃料を見ても本国までの搭載物資にしては多すぎる。まさか本国までの輸送船に代用するわけではあるまい」
「この間に合わせのオンボロ船でまた太平洋へ出て行くのかよ」
「おれはジャップが沈めない程度に爆弾落としたとき、しめた、これで上陸休暇にありつけると、ジャップにほとんど感謝したのによ」
「精々ギンバエ《くすねる》して、七十五日も海の上にいられないようにしてやろうぜ」
ヨークタウンの乗員はささやき合って落胆した。彼らはギンバエに精を出したが、搭載物資の山は少しも減らない。彼らがギンバエするのはパイ缶や桃缶が関の山で、大量の三百五十キロ爆弾や四百五十キロ爆弾には手の出しようがなかった。
乗員の絶望は、さらに大量のじゃが芋と玉ねぎが積み込まれるのを見て確定した。これが搭載されるときはたいてい長期の航海になることを知っていたからである。
ヨークタウンの虎の子も一新された。
ヨークタウン乗組の第五偵察隊は珊瑚海で手ひどく叩《たた》かれたので、マックス・レスリー少佐|麾下《きか》SBDドーントレス十八機の「サラトガ」の第三爆撃隊と交替して他の乗員を羨《うらや》ましがらせた。日本軍なら陸上勤務にまわされた不運を嘆くところである。
雷撃隊はランス・マッセイ少佐率いるTBDデバステイター十四機から成る第三雷撃隊が「サラトガ」から転属して来た。
ロバートが所属した第四十二戦闘隊は第三戦闘隊と改編され、ジョン・サッチ中佐が隊長として任命された。
ロバートを含む珊瑚海海戦を生き残ったベテラン搭乗員にサッチ中佐以下十一名の若手パイロットが新たに戦列に加わった。サッチ中佐はマイアミの教育部隊でのロバートの教官であった。
「腕を上げたようだな」
サッチ中佐はたくましく成長した教え子との再会を喜んだ。ロバートはワイルドキャットでもゼロを落とせることを証明したアメリカの最初の戦闘機乗りであった。いまやヨークタウンのパイロットたちは、米海軍のどのパイロットよりも多くの戦闘を体験していた。そしていかなる訓練や優秀な教官よりも実戦に勝るものはない。
「はい、教官に教えてもらったことを忠実に守ったので生き残ってこられました」
「きみの実戦での体験を若いパイロットに教えてやってくれ」
サッチ中佐とロバートはヨークタウンの甲板上で固く手を握り合った。第三戦闘機隊は、新たなパイロットと共に、ワイルドキャットF4F―3から一段とパワーアップされたF―4の切換え補充を受けた。
だがF4F―4をもってしても、まだゼロの性能には遠く及ばないことをロバートは知っていた。TBDデバステイターに至っては、日本の九七式艦上攻撃機の半分の速度も出ないことが珊瑚海で実証されている。
だがいまはヨークタウンの「間に合わせオンボロ船」と、もてる劣悪な兵器をもって日本の優秀な機動部隊と対決しなければならない。
五月二十八日「ホーネット」と「エンタープライズ」がパールハーバーから出撃して行った。そして二日後の三十日午前九時ドックに注水され、「ヨークタウン」は出渠《しゆつきよ》して死の海に向かって出撃して行った。全速でも二十七ノットしか出ない珊瑚海の後遺症を引いたままの出撃である。
ヨークタウンは航海中も修理をつづけた。船も間に合わせなら搭乗員もサラトガの孤児たちをかき集めたものである。これは日本の翔鶴が半身不随のまま呉の工厰に縛りつけられていたことと比較すると、一隻の正規空母を撃沈したことに相当する。しかも翔鶴の僚艦瑞鶴も搭乗員の四十パーセントを失い、それを養成補充するまでに相当期間訓練を積まなければならない。米軍のように、翔鶴の生き残りと「合わせて一本」にするという発想の柔軟性はない。空母そのものは健在であっても作戦に使えないことは同じであるので日本側は二隻の正規空母を喪失したことになる。
これに対してヨークタウンは生き返った。この差が大きくミッドウェイに響いてくる。生き返ったおかげで、ヨークタウンの乗員は一九四〇年十二月十六日ノーフォークを出港して以来四百六十日以上洋上にいたことになる。
パールハーバーから出撃するに当たって、ロバートは今度は生きて還れないような予感を抱いた。彼は出撃に先立って妻のシャロンに手紙を書いた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
「私はいまほど海軍に入ったことを後悔していることはない。ファシズムから祖国を防衛する楯《たて》となろうとして進んで海軍に入ったけれど、海軍は戦うための十分な武器をあたえてくれない。穴だらけの楯と錆《さ》びた槍《やり》を手にしてファシズムの鬼と戦わなければならない。もし生きて還れたら、卑怯者《ひきようもの》と謗《そし》られても海軍を止めてきみの許《もと》へ帰るつもりだ。もしパールハーバーから泳いで還れる距離なら海へ飛び込んで泳いでも帰りたい。
いまは祖国を裏切ってもきみの愛に浸りたい。しかしきみを守るためなら世界を相手にしても戦うだろう。そうおもって出撃します。もしも、本当にもしもという仮定として聞いてください。もしぼくが還らないときは、ぼくのことは忘れて、新しい幸せを探すように。きみを愛している。ロバート」
[#ここで字下げ終わり]
夫のロバートからの手紙を読んだシャロンは、不吉な連想が胸を走った。彼女の記憶にパリにいたとき、愛鳩のアポロンを送り届けてくれた日本の海軍士官候補生の顔がよみがえった。すでに顔の特徴も忘れているのであるが、記憶の中で固定した輪郭となっている。
色の浅黒い精悍《せいかん》な面立ちであった。もう一度会えばおそらくべつの顔をしているのだろうが、追憶の中で彼女が勝手に造形してしまっている。
夫の手紙を読んだとき、夫と、あの日本の士官候補生がミッドウェイで対決するような予感がしたのである。
そのときシャロンは戦争は悲しいとおもった。平和時に一羽の鳩を救うために異国の見知らぬ街を飼い主を探して尋ね歩いた心優しい異邦人《エトランジエ》が、敵国人となって夫を殺しに来る。いや夫が逆に彼を殺すかもしれない。
ロバートは自分の身に万一のことがあったら、新しい幸せを探せという。しかし女の幸せはバスでも乗り換えるように探し直せるものではない。
戦争は勝っても負けても、後に遺《のこ》される者に不幸しかもたらさない。
(あなた死なないで)
(そしてあの日本士官候補生も殺さないように)
シャロンは祈った。
3
珊瑚海海戦の日米の戦果比率は六対四で、日本側の勝利としてきこえていた。後に翔鶴が航行可能と知り、ヨークタウンが三日間で蘇生《そせい》したとは知らない日本側はこれを圧勝と認識した。
当時一、二航空戦隊の中では、
「メカケの子でも勝てた」と言い囃《はや》された。つまり海軍内部では正規空母四隻を擁する一、二航戦が嫡出子とみなされ、昭和十六年九月に編成され、搭乗員の大多数が陸上航空部隊から移動して来た五航戦を「私生児」とけなしていた。珊瑚海海戦はこの私生児だけで戦って勝利したのであるから、嫡出の一、二航戦をもって、珊瑚海で息も絶えだえになっている米空母などはまさに「鎧袖《がいしゆう》一触」で決着《かた》をつけられると強気になったのである。
この強気と傲《おご》りが機密保持の弛緩《しかん》となって現われた。
降旗が驚いたことに海軍部内だけでなく、巷《ちまた》にまで次期作戦がMIであることが知れわたっていたことである。降旗自身一般民間人から「次はミッドウェイだそうですね」と問われて当惑したことが何度もあった。
すでに佐世保や横須賀の軍港地では、全市民が知っている公然の秘密となっている。ハワイ作戦が軍上層部だけに限定され、空母の副艦長や機関長すら行先が出撃後知らされたのに比較して、天地の差があった。ある陸戦隊では将兵の郵便物の転送先をミッドウェイと郵便局に連絡していた。
ハワイ出撃時には私物を陸揚げして生還を期さない悲壮な緊張感が全軍にみなぎっていたが、MI作戦に際しては私物もすべて搭載してまるで演習航海気分であった。
そこに降旗は不吉な予感をおぼえていた。珊瑚海では勝利したと浮かれ立っているが、降旗は同郷で海兵同期の大西を失っている。歴戦の搭乗員の損失を考えるとき、単純に勝利と喜べないような気がする。
搭乗員たちは、他の海軍関係者のように浮かれておらず、機密がアメリカに漏れていないか真剣に案じていた。
事実アメリカ側では日本のMI作戦に関する暗号を解読して、日本の次の作戦目標がミッドウェイであることを知っていた。
パールハーバーの奇襲を予知したアメリカの暗号解読チームは、ミッドウェイ海戦の時期にはさらに充実していた。
パールハーバーの旧行政ビルの地下にあるジョー・ロシュフォート中佐の戦術情報室では日本艦隊の無線呼出符号別受信状況を傍受していたが、その中にAFという符号が大量に使用されることに気づいた。
AFがどうやら地名を示す符号であるらしいことは推測できたが、そこがどこかわからない。戦術情報室にホノルル大学から派遣されていた数学教授ジャスパー・ホルムズ博士は、パールハーバー奇襲後日本機パイロットがAFの基地を通過中と基地に打電しているのに目をつけ、パールハーバー以後日本機が飛行したと推測されるコースをすべて地図の上で追って、AFに相当する地点がミッドウェイ以外にないと確信した。だがまだ確認ができない。
ホルムズ博士から報告を受けたロシュフォートは情報参謀レイトンと諮《はか》り、日本軍に罠《わな》を仕掛けた。
「ミッドウェイ基地の蒸留装置が故障して真水が不足している」
という偽電報をいっさい暗号を使わず平文で打電させたのである。
たちまち日本軍の無電に反応があった。クェゼリンの米基地は連合艦隊司令部|宛《あて》の無電を傍受した。
「AFは真水が不足している」
AFはミッドウェイであることが確認された。アメリカ側は日本海軍の次の作戦目標がミッドウェイであることを知っていた。日本国内に張りめぐらした諜報《ちようほう》網からも次の作戦はMIと報告してきている。
だがアメリカ側でも直ちにその反応を鵜飲《うの》みにしたわけではない。
「これは日本が我々が暗号を解読した事実を知っていて、逆に日本が我々に仕掛けた罠ではないか。AFをミッドウェイの符号として開戦以来使いつづけているのは、あまりにも無防備である。また日本の軍港で民間人にまでMI作戦が知れわたっているのはあまりにもできすぎている。ミッドウェイは囮《おとり》ではないか」
マーシャル参謀総長は疑問を提起した。もしAFが日本軍が逆に仕掛けた囮であり、アメリカがそれに引っかかれば、獲物にされるのはアメリカである。
だがニミッツはロシュフォートの報告を信じた。
「ジャップがパールハーバーを叩《たた》くころからミッドウェイを次の目標として罠を仕掛けておいたとは考えられない」
たしかにニミッツの言う通り、MI作戦はパールハーバー襲撃が完全であったら、本来不必要なものである。暗号解読班は日本軍のミッドウェイ攻撃開始日が六月三日(米国時間)であることを探り出した。ニミッツはその報告に基いてミッドウェイ島の防衛を強化することにした。
同じころ日本側でも「ミッドウェイの水不足」情報について小さな反応が起きていた。
東京の同盟通信海外無線傍受班はミッドウェイから発信された「蒸留装置故障」の打電を傍受した。
「ミッドウェイで水が不足か。連合艦隊はこんな水無島を占領してなにを飲むつもりかな」
「心配ご無用、ハワイから冷えたビールを運ばせるよ」
公然の秘密となっていたMI作戦に関する敵のささやかな情報を傍受班員は笑殺しようとした。
そのときかたわらを通りかかった中川寛子がその会話を小耳にはさんだ。
「いまのミッドウェイの水不足の件ですけど、米軍の暗号を解読したのですか」
そうだとすれば日本の暗号解読術も大したものだと寛子はおもった。日本ではまだ情報の重要性というものを十分に認識していない。暗号解読も個人レベルで、戦力として組織的に研究されていない。
特高が思想の取締りや軍機|漏洩《ろうえい》防止に躍起になっているかたわらで、MI作戦のような最高軍機が公然の秘密と化している。
「いや、平文で発信しているよ」
「平文? それはおかしいわ」
寛子は首を傾《かし》げた。
「なにがおかしいんだね」
「ミッドウェイから他の通信も平文で行なわれていますか」
「いや暗号《コード》で発信されている。平文なので我々にもわかったのさ」
「だったら、なぜその電報だけ平文で打ったのかしら」
「大して重要な内容ではなかったからだろう」
「水不足は作戦に影響する重大な情報だとおもうわ。水がないと兵員の飲食物や生活、兵器の保持にも重大な支障をきたすんじゃないかしら」
「きみはこの電報がなにかを意味しているとでも言うのかい」
「罠じゃないかしら」
「罠? いったいどんな罠だというんだ」
「よくわからないけれど、この電報だけ平文で打ったということに引っかかるわ。海軍に一応連絡しておいたほうがいいとおもうわ」
アメリカに長く生活して、アメリカ人の思考と行動様式を知っている寛子は、彼らが無意味な行動を取らないことを知悉《ちしつ》している。一見無意味な行動も合理的な根拠に基いているはずである。
無線傍受班員は寛子の意見を容《い》れて、海軍軍令部作戦第一課に「平文の疑問」を連絡した。だが軍令部は一顧だにしなかった。たとえ、アメリカがMI作戦を予知して待ち伏せをしていたとしても、すでに作戦は動きだしている。
そして待ち伏せであろうと、罠であろうと米空母と雌雄を決することがこの作戦の目的である以上、アメリカがミッドウェイに出て来ることは、我が方のおもう壷《つぼ》とも言えるのである。
[#改ページ]
播種《はしゆ》された妻
1
アメリカ側は日本の次の作戦目標をミッドウェイと知ったものの、絶対的な兵力不足に悩まされていた。健在な空母はエンタープライズとホーネット二隻だけである。ヨークタウンはやっつけ修理で強引に出渠《しゆつきよ》したが、搭乗員は寄せ集めで艦体はつぎはぎだらけの息も絶えだえに浮いている飛行島にすぎない。実戦に際して、どの程度の戦力を発揮できるかわからない。
これに対して日本軍は正規空母だけでも五隻は稼動できる。珊瑚海では損傷したショウカクがヨークタウン同様の応急修理で出て来れば日米空母の兵力比は六対三となってしまう。しかも支援戦艦群は日本がまったく無傷なのに対してアメリカ側は全滅に近い。日本軍の乗員は百戦錬磨である。
圧倒的な物量を誇る日本艦隊に対して、アメリカはあまりにも劣弱な兵力で立ち向かわなければならない。これを補うのはヤンキースピリッツしかない。ミッドウェイ海戦は太平洋戦争中、精神主義の日本が物量を武器とし、物量を誇るアメリカが精神力で戦った唯一の戦いとなった。
この時期にアメリカにとって、「泣き面に蜂」のようなアクシデントが発生した。珊瑚海の実戦指揮を取った「猛牛」と諢名《あだな》されたハルゼーが悪質の皮膚病となり、入院を余儀なくされたのである。
ハルゼーは日本空母との対決を前にしての入院を呪《のろ》ったが、ニミッツの厳命に服さざるを得なかった。ハルゼーは自分の後任としてレイモンド・スプルーアンス少将を推薦した。
ニミッツは突然の抜擢《ばつてき》に驚いた。スプルーアンスは巡洋艦の艦長であったからである。
「ハルゼー、きみは本気で巡洋艦屋にエンプラ、ホーネット、ヨークタウンを任せると言うのかね」
「彼以外に適任者はいません。スプルーアンス以外の後任であったら、私がベッドの上から指揮を取ります」
ハルゼーは断乎《だんこ》として主張した。スプルーアンスの履歴は巡洋艦の前が高角砲指揮官、機関区検査官で、空母とはなんの関わりもない。
「いまのアメリカ海軍にスプルーアンス以上に空母戦術について知っている男はありません。私を信じてくださるなら彼がヤマモトにスカウトされる前に私の後任に任命してください」
ハルゼーの強い要請の前に、ニミッツはスプルーアンスを起用することにした。これで米空母部隊は臆病者《おくびようもの》のフレッチャーに加えて巡洋艦屋のスプルーアンスの指揮するところとなったのである。
ニミッツはスプルーアンスの任命に当たって、「きみの役目は勝つことではない。刺しちがえても日本空母を阻止するのだ。日本は五隻、ショウカクが間に合えば六隻だ。ナグモが予定通り六月四日(米時間)以後に来ればヨークタウンが間に合う。それより早くやって来たらエンプラとホーネットだけで五隻以上を相手にしなければならん。沈めなくともよい。飛行甲板を叩け。頼むぞ」
と命じた。
勝利を究極の目的にする軍において、勝たなくともよい、刺しちがえろと命じなければならないニミッツもコーナーに追いつめられている。ミッドウェイが日本の仕掛けた逆|陥穽《かんせい》でなけなしの米空母を配備すれば、ハワイはガラ空きになる。
だがニミッツは賭《か》けざるを得ない。まことにミッドウェイはアメリカの、いや自由主義諸国全体が土俵際に追いつめられた第二次世界大戦を通しての最大の決戦場となったのである。
戦機は刻々と熟していた。五月二十二日飛龍は佐世保で兵器、弾薬、燃料、食糧、医薬品などを積み込んだ。このころヨークタウンはパールハーバー手前のトンガタブに投錨《とうびよう》してハワイまでの燃料の補給を受けていた。
南方作戦から帰還して一週間の休暇後、降旗は九州各基地で訓練に入っていた。母艦搭乗員は戦闘のないときは燃料節約のため艦内でぶらぶらしているために、陸上パイロットに比べて腕が落ちる。
搭乗員も大幅に人事異動が行なわれてほぼ半数の顔ぶれが入れ替った。降旗と坂上は従来通り飛龍に留まった。大山も飛龍艦攻隊に留任した。新たに異動して来た艦爆搭乗員の中に珍しい顔がいた。
「上条じゃないか」
「降旗か。ここで一緒になるとはおもわなかった。よろしく頼む」
海兵で同期の上条に再会して降旗は嬉《うれ》しかった。
「その後早苗さんは元気かい」
「元気だよ。休暇中になぜあんたを連れて来なかったかとだいぶ怨《うら》まれたぞ」
ただ一度会っただけだが、早苗の好意はわかった。
「この作戦を無事に生きのびられたら、また会いに行きたいとおもってるよ」
降旗が言うと、上条が真顔になって、
「あんたも今度の作戦になにか感ずるところがあるのかい」
と声を低めた。
「出撃前にこんなことを言ってはなんだが、真珠湾に比べてなんとなく士気がたるんでいるような気がするんだよ」
「あんたもそうだったのか。実はおれもいやな感じがしていたんだ。珊瑚海で勝った勝ったと浮かれ立っているが、翔鶴も瑞鶴も搭乗員の半数以上を失って今度の作戦では使いものにならん。大西も死んだし、おれには勝ったような気がしないんだなあ」
「アメリカはおもった以上に手強《てごわ》い。褌《ふんどし》を締めてかからないと苦しいことになりそうな気がする」
「きみが護ってくれるので心強いよ」
上条もめっきり軍人らしい精悍《せいかん》な風貌《ふうぼう》になっていたが、久しぶりに降旗と再会して海兵の同期生に戻った。
2
飛龍搭乗員の猛訓練は連日つづけられた。母艦搭乗員は戦、攻、爆別の基地に分れて新編成によるチームワークの乱れと練度の低下を回復するために「毎日が月曜日」の訓練に励んだ。
降旗は母艦が佐世保にいる間佐伯空において戦闘機の訓練を再開した。佐伯基地は降旗が戦闘機操縦専修の延長教育を受けた母校≠ナもある。
ここで射撃の基本である反航接敵、後上方攻撃から再スタートして同航同速、同航異速、射撃訓練を曳的《えいてき》機が引く吹き流しに喰《く》いついては反復する。各人の成績は吹き流しについた色によって識別される。降旗の成績は群を抜いていた。曳的機は地上から訓練の成果を視認できるように二十メートル前後を飛ぶ。このためエンジン全速急降下から機体を引き起こす操作が一拍遅れると地上に激突する危険がある。
現に教官の教えを守らず中途半端な切り返しをやったために垂直に地上に突っ込んだ事故が発生した。
新編成の練度を前のレベルへ戻すには日数が不足していた。山口司令官や源田参謀は、
「現在の搭乗員の練度では作戦の成功はおぼつかない。せめて一か月作戦を延期してもらいたい」
と連合艦隊司令部へ訴えた。
「一か月遅れれば敵もそれだけ立ち直る。この作戦は時間が勝負である。延期は一日たりともできない」
と司令部はニベもなかった。
佐伯基地から、母艦へ収容される前日、一日休暇をもらった降旗は佐世保の街へ出た。ふとおもいついて中川寛子に贈った立原道造の詩集を買った古本屋へ行ってみた。
街並みは変りなかったが、その古本屋は戸が閉ざされていて、「都合により閉店します」と貼紙《はりがみ》が貼られていた。
降旗は心の中からまた重要な部品がポロリと欠け落ちたような寂しさをおぼえた。たまたま通りかかった近所の住人らしい人間に、その古本屋について問うと、
「特高に引っ張られたとたい」
と答えた。
「特高に。なにかしたのですか」
「なんでも共産主義《アカ》の本を売ったごたるな」
「アカの本を」
降旗は立ちつくした。そう言えば、書棚の隅に社会主義関係の古書が何冊かあったような気がする。こんな裏通りの古書店の隅の忘れられた本までも狩り取って行く自由の圧迫に、降旗は息苦しいものをおぼえた。彼らが立原道造の抒情《じよじよう》性の中に秘められた抵抗に気がつけば、それすら禁書≠ノするかもしれない。
自分は詩人志望をあきらめて軍人になったが、自分が生命を賭けて守ろうとしている祖国は、一冊の本を読む自由もない国ではないはずである。
降旗は母艦から飛び立ったまま、道造の詩中のラムダのように空に身投げをする自分を想った。
五月二十三日陸上訓練を終った艦載機は母艦に収容され、別府湾で艦隊襲撃訓練を行なった。
空中集合に各分隊の練度が一目|瞭然《りようぜん》に現われる。ハワイ海戦時には艦の動揺最大十五度の中で四隻の空母から百八十三機全機発艦し、一糸乱れぬ編隊を組むのに十五分もかからなかったのが、いまは波静かな内海で四十分かかっても各機の高度が揃《そろ》わない。
「こんなことで大丈夫かな?」
降旗は不安を抱いた。搭乗員の練度も士気も真珠湾とは雲泥の差である。高いのは傲《おご》りだけのようである。
3
五月二十四日飛龍は僚艦蒼龍と共に広島湾の柱島泊地に入った。連合艦隊旗艦大和を中心に、赤城、加賀の空母群、開戦以来、満を持して碇泊《ていはく》している戦艦群、それを取り巻く巡洋艦群、駆逐艦群、潜水艦群その総数、七十隻が集結していた。
空母と戦艦群は真珠湾の教訓から防雷網に守られている。さしも広い柱島泊地が大小の艨艟《もうどう》によって埋め立てられて壮観であった。これらの諸艦の間を内火艇や気動艇が忙しく行き交っている。
すでに初夏の塗装が山と海を彩っている。内海の美しい風光の中に日本海軍の誇る巨艦が綺羅星《きらぼし》の如き有能な将星と共に集められている。日本の国力の誇示であり、国民の寄せる信頼の象徴であった。
連合艦隊を一目見ようとして民間の船が柱島周辺に集まって来た。民間船のデッキには物見客が鈴なりに群れて手に手に日の丸の小旗を打ち振っている。
しかもこの大艦隊はMI作戦に参加する兵力の一部でしかない。山本司令長官の指揮下に全艦艇約三百五十隻、飛行機七百機、将兵十万名、総トン数百五十万トンの大兵力がMI作戦に投入される。
実に世界最大最強の大艦隊であり、半身不随の米太平洋艦隊の遠く及ばない大戦力である。
この大艦隊の威風堂々たる周囲を圧する姿を見た者は、だれも勝利を疑わなかった。山本はじめ帝国海軍の最も経験豊かな指揮官たちは、戦いの勝敗よりは、米海軍によって日本海軍の挑戦を敬遠されるかもしれないことを恐れていた。
戦力、指揮官の経験、兵員の練度、どれ一つをとっても米艦隊に勝ち目はない。負けるとわかっている戦いにニミッツがなけなしの空母を出して来るか。その見込みについて悲観的とならざるを得ない。つまり、ニミッツが受けて立ったとき、この戦いは勝ったも同然となる。
連戦連勝の傲りと大兵力を頼む心が士気の弛緩《しかん》を生んでいた。一見頼もしいかぎりの大艦隊であったが、ハワイ作戦時のような叩《たた》けばはね返すような緊張感と、研《と》ぎすまされた凶器のような気迫が失われている。
傲りは出撃に先立つ図上演習でも如実に現われていた。米陸上機による我が空母群に対する攻撃が演習審判規則に従って命中弾九発と査定したのを宇垣参謀長の独断により、「いまの命中率は三分の一とする」と訂正させられた。沈没するはずの赤城はたちまち浮かび上がって小破となった。このような手前勝手な審判にもかかわらず加賀は沈んだ。だが加賀はいつの間にか戦列に復して次期オーストラリア作戦に参加したのである。
図上演習の結果も我が軍の圧倒的勝利となった。ここにすべての作戦準備は終り、出撃するばかりとなった。
五月二十七日午前四時、黎明《れいめい》の揺れる柱島泊地から南雲機動部隊はその巨体を動かし始めた。この日は日本艦隊がロシヤのバルチック艦隊を破った三十七回海軍記念日であった。縁起をかついだのであるが、すでに艦隊はお祭り気分であった。この朝広島の空は曇り、湾内は霧雨に烟《けむ》っていた。
早朝にもかかわらず多数の民間船が柱島周辺に見送りに押しかけて来ていた。出撃日は機密にされていたはずなのに、将兵たちは盛大な見送りに面喰らっていた。
軽巡|長良《ながら》の先導により第十戦隊の駆逐艦十二隻が先頭グループを形成し、第八戦隊の重巡利根と筑摩、第三戦隊の戦艦|榛名《はるな》、霧島がつづき、一航戦、二航戦の空母赤城、加賀、飛龍、蒼龍の順で単縦陣をつくった。
先導艦が出航してから、殿艦《しんがり》が出るまで三時間もかかった。
4
大山寛子は小型連絡船に乗って柱島から出撃して行く夫≠フ搭乗した母艦を含む艦隊を見送っていた。
まだ夫としての実感が少しもわかない束《つか》の間の新婚生活であった。十日間の結婚休暇の間に挙式、挨拶《あいさつ》まわり、夫婦生活のすべてを行なわなければならない。それはママ事とすら言えないような慌しい時間の急流に押し流されている間に過ぎ去った出来事であった。
夫婦とは男と女が長い人生を共にしながら家庭を築こうという契約である。それは日常生活の中で一つ一つ石を積んでいくような日々の連続である。
だが、日常というものが許されない男と結婚した女にとっては、尋常の夫婦生活はない。大山はあたえられた短い時間を最大限に利用して自分の子を残そうとするかのように、寛子の躰《からだ》を貪《むさぼ》った。
食事や生理的必須の行為以外は、一分一秒も惜しむように寛子を引きつけて放さなかった。それが当時第一線の軍人の結婚≠ニいうものであり、妻もその期間に夫の播種《はしゆ》を女の全機能を挙げて効率よく胎内に捉《とら》えなければならない。それは沈み行く船の中から限られた時間内にできるだけ多く救い上げようとしているのに似ている。
結婚休暇が終ると、大山に従《つ》いて九州の富高基地へ来た。そこで数日旅館暮らしをして、大山は母艦へ帰った。
陸上基地での訓練中は旅館から基地へ通えたが、母艦に搭乗機と共に収容されると、上陸できなくなる。
母艦の後を追って家族が佐世保、別府、広島と従《つ》いて来た。見送船の中には艦隊乗員の家族が大勢乗っている。妻子、両親、きょうだい、その他の親族、恋人、友人などが手に手に日の丸の小旗を打ち振って万歳を叫んでいる。
だが、はたして自分はなにか。見送人の熱狂の渦の外で寛子は妙に醒《さ》めていた。すでに入籍して法律的には自分はまぎれもなく大山の妻となっている。でも実感がない。
愛し合って結婚したわけでもない。結婚後、愛が湧《わ》くほどの夫婦生活を過ごしていない。ただ男と女が性急に結婚という形式をととのえただけで、夫婦の日常が欠落していて心身がついていかないのである。
寛子の女としての原体験には、依然としてロバート・ウッドが在る。降旗圭との一度の交情もロバートの原体験に基いている。
艦隊は単縦陣を組んで伊予灘《いよなだ》から豊後《ぶんご》水道へ向かっている。その先には太平洋が茫漠《ぼうばく》と広がっている。そして太平洋の彼岸にはロバートのいるアメリカがある。
夫となった男が乗っている艦隊は、アメリカと戦うために出撃して行くのである。ロバートと大山は戦場で相|見《まみ》えるかもしれない。そのとき自分はどちらの無事を祈ったらよいのか。
万歳の声が一際強くなった。船が激しく揺れた。目の前を空母が歓送船をかき分けるようにして進んでいる。巨大な艦首が切り裂いた航行波が、見送りの小船を木の葉のように揺らしている。
「飛龍だ」
見送人の声に、寛子は改めて視線を凝らした。山のようにそそり立つ空母の上部甲板の上に乗組員がびっしりと群れて盛んに手を振っている。その中に大山や降旗もいるかもしれない。だが空母は巨大過ぎて、そこに群れる乗員は多過ぎて個人の顔を見分けられない。先方からもこちらの識別ができないだろう。
寛子も見送人の一人として日の丸を打ち振った。見送人が花束を海に投げ込んだ。海面にはすでに投げ込まれた夥《おびただ》しい花束が波にかき立てられ、渦に巻かれながら海面に時ならぬ水中花≠フ群落を生じさせた。
そのとき、寛子はおもわず「あ」と小さく嘆声を漏らした。昨夜最後の上陸を許された大山と一時を過ごした残滓《ざんし》がツルリと股《また》の間に滴り落ちたのである。
「あなた、ご無事で帰ってらして」
寛子はすでに後ろ姿となって遠ざかりつつある飛龍に向かって祈るように語りかけた。
霧雨が飛龍の巨体を幻影のように烟らせている。寛子はふと不吉な予感をおぼえた。アメリカに長く住んで彼女はその底の厚い国力を知っている。艦隊のすべてが生きて再び帰らぬ幽霊船団のように見えた。
そのとき降旗のおもかげが寛子の瞼《まぶた》に浮かんだ。
「おねがい、大山を護ってあげて」
寛子はそのとき大山の妻になり切っていた。
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晒《さら》された女神
1
五月三十日パールハーバーから出撃したヨークタウンにロバート・ウッドはジョン・サッチ中佐率いる第三戦闘(機)隊の一員としてワイルドキャットF4Fを操縦して着艦した。艦載機なき空母は、単なる「浮かぶ鉄板」にすぎない。
いま空母は虎の子を得て、浮かぶ巨大な戦力と化した。搭載機七十八機、この一艦だけでトウキョウを、連合艦隊を破壊できるだけの恐るべき火力を秘めている。
六月三日早朝北緯三十二度、西経百七十三度のミッドウェイ北東約六百キロの、スプルーアンスがポイントラックと名づけた予定会合点でエンタープライズ、ホーネット、巡洋艦六隻、駆逐艦六隻から編成される第十六戦隊(機動部隊)と合流した。
ヨークタウンを中軸とする第十七戦隊は、巡洋艦二隻、駆逐艦六隻の兵力である。総兵力二十六隻で三百隻以上の日本艦隊に立ち向かわなければならないのである。しかもアメリカには戦艦は一隻もない。
兵力は日本軍が圧倒的に優勢であるが、直衛艦と索敵機が少なく緻密《ちみつ》な索敵線を構成できなかった。
空母一隻に対し対空直衛艦は最小限十二隻必要であるのにもかかわらず実際は十七隻にすぎなかった。これは実質四隻の機動部隊に対して三十一隻直衛艦が不足していたことになる。
しかも戦艦大和を中心とする「主力部隊」は四百|浬《り》後方にあってなんの実戦力にもならなかった。
それに対抗する米軍は空母三隻に対して二十二隻の直衛艦を配していた。
米軍の士気は今川二万の大軍に三千の寡勢で立ち向かった織田軍のように旺盛《おうせい》であった。
ニミッツはミッドウェイの備えを強化していた。ミッドウェイはホノルルの北西約二千百キロの太平洋上にシミのように浮き出た砂州《さす》である。西側のサンド島と東のイースタン島から成り、二十五キロの珊瑚礁《さんごしよう》が取り囲んでいる。上空から眺めると青い洋上にできた湿疹《しつしん》のように見える。
一八六七年にアメリカが領有を宣言し、一九〇三年に海軍の管理地となった。
アメリカ本土の最も近い地点からも五千キロ以上離れているこの島がアメリカの領土であることを知らないアメリカ人が大多数であり、その地名すら知らない者が多い。
この島に俄《にわか》に守備隊三千六百名以上、爆撃機、雷撃機、哨戒機《しようかいき》合わせて百二十機以上が配備され、海岸線は鉄条網と地雷によって隈《くま》なく固められた。さらに対空砲台と火器が増強された。魚雷艇十一隻が島の周囲を、潜水艦が南西方面から北方にかけて百六十キロ、二百四十キロ、三百二十キロの三段哨戒を行なった。
もともと狭い島は滑走路、兵舎、無線基地、格納庫、砲台、銃座、燃料タンク、弾薬貯蔵庫、地雷原などによって一寸の隙《すき》もなく活用されて、前からの住人であったあほう鳥やトビムシは容赦なく追い立てられてしまった。人間の娯楽的要素のなに一つない島が軍事施設に埋め立てられて、守備隊員は戦争をする以外にすることがなかった。
この島を攻撃する場合、島のどこかに砲弾を落とせば、必ずなにかに当たるほど、都心の密集地域並みの混雑であった。しかもそのすべてが危険物であり、一般には立入り禁止地域が立錐《りつすい》の余地もないほど隣り合っている。
だがその内部は見かけほど頼もしくなかった。守備隊は陸海軍の混成部隊である。飛行機は老朽機が多い。パイロットは経験不足であった。彼らの大半はなんの魅力もなく、危険だけがふんだんにあるこの絶海の孤島に配属された不運を嘆いていた。
日本の艦隊が来れば、その島が最前線になることだけは確実であった。
ヨークタウンとホーネット、エンタープライズがポイントラックのランデブーに成功した翌日の六月四日、日本海軍第五潜水戦隊の潜水艦群が補給を終えてハワイ―ホノルル間の哨戒線に就いた。ヨークタウンは哨戒線上を三日前に通過していた。
もし日本潜水艦がヨークタウンを発見していれば、MI作戦はべつの展開になったかもしれない。
2
豊後水道を通過した南雲艦隊は空母四隻を四辺形各コーナーに配し、その外郭を戦艦群、巡洋艦、駆逐艦によって何重もの|箱 形 陣 形《ボツクスフオーメーシヨン》を組んだ。
第十一警戒航行序列を取り速力十八ノット(時速三十三キロ)で南東へ進む。霧雨の密度は濃くなり、天候は悪化していた。
MI作戦に参加した連合艦隊は三つのグループに分れていた。
第一グループが主役の空母を中心とする南雲機動部隊、第二グループが山本司令長官率いる旗艦大和以下の戦艦部隊、第三グループが、近藤信竹中将|麾下《きか》の攻略部隊で、高速戦艦金剛、比叡を基幹として重巡愛宕以下八隻より編成されており、南雲機動部隊のミッドウェイ空襲後同島に上陸する。
これを支援する栗田健男少将が巡洋艦隊を率いてグアムを発し、攻略部隊の南西五十六キロの洋上を平行航行している。
すでに五月二十六日角田覚治少将指揮の空母|龍驤《りゆうじよう》、隼鷹《じゆんよう》を擁するアリューシャン攻略部隊は大湊《おおみなと》から出撃している。
実に壮大な大布陣である。だがなぜか山本長官直率の大和以下の戦艦部隊は南雲機動部隊の後方を五百五十キロも離れて進んだ。
南雲機動部隊の乗組員はこれを密かに評して、
「東京から神戸くらい離れて戦艦がいても、いざというときなんの役にも立たんじゃないか」
「大和が全速で進んでも射程に入るまで十時間以上は確実にかかるよ。その間に戦闘は終っている」
「空母の対決は最初の一撃で勝負が決まることを珊瑚海で学んだはずじゃなかったのか」
「まったく司令部のお偉方の考えることはわからん」
「要するに形式なんだよ。戦闘に参加した形式をつけたいだけなのさ」
「それじゃあオリンピックと変らない」
「その通り、メダルが欲しいのさ。勲章という名のメダルがね」
「源田参謀が言ってたそうだよ。戦艦などクソの役にも立たん、あんなものは足手まといになるだけだ。小まわりのきく駆逐艦が欲しいとね」
「それじゃあ主力部隊でなくて死力部隊≠セな」
とささやき合っていた。事実山本率いる戦艦群は無線封止にかたくなに固執し、なんの指示をあたえることもできず、南雲艦隊を支援するために指一本あげられなかったのである。
アメリカ側が十六、十七機動部隊と巡洋艦の兵力を集中して戦ったのに対して、山本は世界最強最大の艦隊をばらばらに分散して兵力を減殺し、命令系統を錯綜《さくそう》させてしまった。
布陣は大規模であるが、戦線が拡大し、多過ぎる参加部隊の関係は複雑をきわめる。
そのくせ、珊瑚海の教訓を学ばず、空母群を一塊にしておいた。アメリカ側が空母を分散させたのと対照的である。
3
艦隊は一路ミッドウェイ目指して進んでいた。途中でいったん天候は回復したが、六月二日濃霧に包まれた。濃霧は三日になってもつづいた。行けども行けども霧の海で世界の果てまで霧がつづくかとおもわれるような灰色の帳《とばり》にすっぽりと包まれたまま、艦隊は速力九ノットで針路七十度を保ってのろのろと航進した。視界きわめて悪く僚艦の影も霧に隠れている。
ウエーク島から発進した我が哨戒機からミッドウェイの六百浬(千百キロ)圏で敵潜水艦と飛行艇を発見したことを報告してきた。すでに敵海域に入っているのである。
五日作戦通りミッドウェイを攻撃するためには右に大きく変針しなければならない水域に達しているが、濃霧に阻まれて変針の信号を全艦に送ることができない。全艦が従いて来ているかどうか不安になるような濃い霧である。だが無電は使えない。もし米軍が無電傍受すれば、我が艦隊の位置を教えてしまう。日本軍は米軍が暗号を解読している事実を知らなかった。
米空母をおびき出してこれを撃滅することを目的としておりながら、その標的がパールハーバー、ミッドウェイ、南太平洋、あるいは本国にいるのかまったく情報をつかまないまま出撃したのである。
南雲艦隊に課せられた第一目的は米空母の撃滅である。空母同士の戦いは先手必勝以外にない。したがって我が所在を隠したまま、敵の居所をつかめば、すでに勝ったも同然である。
米空母の居所が不明のまま、まずミッドウェイを攻撃して米空母をおびき出そうという作戦であるが、そのときは敵は我が位置を知る。剣でいう「後の先」を取られることになる。
しかもいつどこへ出て来るかわからぬ米空母に対して、六月五日ミッドウェイ攻撃という限定をかけることは南雲艦隊を特定の時間と場所に縛りつけることを意味する。フリーな米空母に対して時間と行動の制約を受けた南雲艦隊はこれだけで重大なハンディキャップとなる。
赤城の艦橋では南雲司令官が無線封止を破って変針命令を出すべきか否か苦慮しているとき、飛龍の搭乗員室では搭乗員たちが閑《ひま》をもて余していた。
搭乗員たちは飛べないときはなにもすることがない。そんなとき「搭乗員整列」の号令がかかった。出撃には中途半端な時間である。この濃霧に訓練でもあるまいと不審におもいながら集まった搭乗員の前で大山大尉がにやにやしながら、
「きさまら退屈そうだからいいものを見せてやろう」
と言った。みなの好奇心が集まったところで、大山はポケットから封筒を勿体《もつたい》ぶった手つきで取り出した。
「これはめったに拝めるものではないぞ。本来なら心身のお浄めをしてからでなければ拝観させないところであるが、同じ艦の飯を食う仲間として特別に拝まさせてやる。目の玉を開いてよく見ておけ」
大山は封筒の中に指を入れて恭しい手つきで黒い糸の断端のようなものをつまみ上げた。
「よく見ろ。これはおれの新婚の女房の畏《おそ》れ多くも隠し所の毛である。まだホカホカと湯気が立っておる。きさまらもよく拝んでフクマンのご利益に与《あずか》れ。搭乗員待機室の壁に貼《は》りつけておくから、これから朝な夕な参拝しろ。ガハハハ」
大山は豪傑笑いをした。大山が新婚であるのを知っている搭乗員たちがわっと喚声をあげた。一瞬降旗の全身の血が逆流した。大山は降旗の女神を祭壇から引きずり下ろして独占しただけであき足らず、それを多数の面前に晒《さら》し物にした。降旗の信仰の偶像を冒涜《ぼうとく》したのである。
だが大山にはそれほど深い故意はないらしい。単純に妻ののろけをしたかっただけなのであろうが、降旗には大山がすべてを知っていて寛子を辱めているようにおもえた。
(こんな男でもあなたは護れと言うのか)
降旗は心中に問うていた。
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火矢の一本
1
搭乗員室での太平楽をよそに空母は濃霧をかき分けながら難航をつづけている。無限につづく灰色の褶襞《しゆうへき》のかなたには恐るべき敵が牙《きば》を研《と》いで待ち構えているような凶暴性を帯びた霧であった。いや危険は敵だけでなく、味方同士の衝突の恐怖を孕《はら》んでいる。
「進路変更をしないと間に合いません」
窓をにらんでいた三浦義四郎航海長が訴えた。変針点にとうに達している。だが濃霧に阻まれて探照灯による発光信号が全軍に通達する可能性はきわめて少ない。変針命令の通達が不十分のまま進路変更すれば、迷い子艦が出るのは避けられない。
「低出力の隊内通信電波を使用してはいかがでしょう」
小野寛治郎通信参謀が意見を具申した。艦橋右側の通称猿の腰掛け≠ノ坐《すわ》っていた南雲長官は、
「敵信諜報《しんしんちようほう》から米空母の気配はないか」
と問うた。
「敵信班からまだなんの兆候も傍受しておりません」
「大和からなにか連絡はないか」
「ありません」
南雲は長い息を吐いて、
「この際止むを得まい。低出力で変針命令を出すように」
と命じた。これは大きな賭《か》けである。もし米軍がこの無線をキャッチすれば奇襲は成らない。だが幸いにしてこの変針命令を米軍は捕捉《ほそく》し損った。
無事に全軍の変針を終り、六月四日を迎えた。南雲艦隊はミッドウェイ飛行|哨戒圏《しようかいけん》に突入していた。全軍の緊張が高まっていた。霧は夜半から次第に薄くなり、視界がよくなった。同時に敵に発見されやすくなっている。
艦隊は軽巡長良を先頭に次に利根、榛名、筑摩を横隊に、その後ろに赤城以下四隻の母艦を四辺形各コーナーに配し、殿艦《しんがり》を霧島で固める第五警戒航行序列に改めて航進をつづけた。
艦隊を苦しめた霧は夕刻に晴れ上がった。艦隊は霧のスクリーンを失った代りに夜の帳の中へ逃げ込んだ。
依然として敵空母の気配はない。だが南雲には彼らが息を殺して近くに待ち伏せしているような気がしてならない。
南雲は赤城の艦橋にじっと坐って刻々と煮つまってくる戦機を全身におぼえながら、不安が今朝まで悩まされた霧のように濃くなってくるのを禁じ得ない。
いまさら総指揮者たる者が作戦に懐疑的なことは言えないが、もともと彼はMI作戦に乗気ではなかった。
将兵は緒戦以来の連闘で疲れ切っている。作戦を立てるのは開戦以来柱島に錨《いかり》を下ろしたまま一度も実戦に参加したことのない司令部であり、戦うのはいつも機動部隊である。
しかもベテラン乗組員の半数は交替し、新搭乗員は母艦への着艦もおぼつかない。練度不足であり、士気は著しく緩んでいる。
そこへ来て出撃間際に南雲が股肱《ここう》と頼む淵田中佐が急性盲腸炎で手術を受け、前後して源田中佐が感冒で高熱を発した。
南雲艦隊は「源田艦隊」とかげ口をきかれるほどに南雲は航空作戦指導に頼っていた。建国以来最大規模の大作戦を前に、彼が最も頼みとする参謀と斬込《きりこ》み隊長を欠いてしまったのである。
すべてが味方してくれた真珠湾に比べて、今回は戦力、天候、士気、索敵すべてにケチがついているようにおもえて仕方がない。
いかんな、こんな弱気では。南雲は自らの消極性を立て直すように猿の腰掛けの上で姿勢を改めた。
ほぼ同じ時刻大和の敵信班からミッドウェイの北方洋上に敵空母らしい呼出符号を傍受したと司令部に報告してきた。
「赤城に知らせてはどうか」
と山本は言った。通信参謀和田雄四郎中佐が、
「無線封止中でもあり、赤城は優秀な敵信班を擁し、我々よりも敵に近いので特に連絡する必要はないでしょう」と答えた。
この判断は明らかにおかしい。無線封止の目的は交戦兵力たる南雲機動部隊の所在を隠すためである。その後方五百キロ以上にあってなんの役にも立たない戦艦グループの所在を敵に知られたところで主兵力に影響はない。
たとえ戦艦グループが敵の標的にされても、これを囮《おとり》として敵を引きつけ、南雲部隊に主敵の存在を教えて先手を取らせることが作戦の根本目的に叶《かな》っているというべきである。
和田中佐の意見に対して、だれも反論しなかった。攻撃至上主義の日本海軍が、無線封止という守勢に固執して、大局の作戦を忘れたのである。
南雲の「虫の知らせ」は誤っていなかった。
日本海軍はこのときすでに大惨敗の坂道の入口にさしかかっていたのである。
2
六月四日午前一時ヨークタウン全搭乗員はハムサンドとコーヒーの朝食を摂った。
すでに日本軍によるダッチハーバー空襲の報告を受けている。だがニミッツはこれが陽動作戦であり、日本機動部隊の主力がミッドウェイに向かっていることを確信していた。
未明の空母甲板上に搭載機がいつでも発進できるように勢揃《せいぞろ》いしている。いずれも凶暴な破壊力をもてあますばかりに孕《はら》んで発艦命令が待ち切れないように艦の震動に合わせて身震いしている。母艦を囲んで駆逐艦ハンマン、ヒューズ、モリソン、アンダーソンが円陣を組み、巡洋艦アストリアとポートランドが前後を固め、さらに両翼を駆逐艦ラッセルとグウインが衛《まも》り、蟻《あり》も這《は》い込めないような布陣である。
午前二時全搭乗員に飛行甲板へ集合の号令がかけられた。
愛機のかたわらに不動の姿勢を取ったパイロットの前にフレッチャー提督がバックマスター艦長、航空参謀アーノルド中佐を従えて一人一人握手を交わしてから、
「いまや我がアメリカ合衆国は建国以来最大の危難に直面していると言っても過言ではない。この危機を救える者は、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットの搭乗員である。諸君はアメリカの安否を背負って戦うのだ。もてる能力のすべてを傾けて戦ってもらいたい」
と訓示した。全合衆国の運命が二百四十名の肩にかかっていると言われて、各パイロットは責任の重大さを痛感した。そして熾烈《しれつ》な闘志をかき立てられた。
ミッドウェイ海域は好天の周期に入っており、空母甲板上から望む未明の空は水平線に限られるまであふれこぼれるばかりの星が埋めつくしている。まだ黎明《れいめい》の一抹もないが、東方の水平線にはエネルギッシュな気配が揺れている。それは激しい戦いの予兆のように殺気立った気配であった。
「凄《すげ》え星だな」
「おれにはあれがみんなジャップの飛行機に見える」
「遠慮することはない。みんな叩《たた》き落としてやるさ」
新鋭パイロットのガロンスキーとマンセンが意気|軒昂《けんこう》たる口調で話し合っている。彼らはみなこれが初陣である。その能力と勇気を試される最初のテストで恐るべきゼロと対決しなければならないのだ。
ロバートには洋上に降りこぼれる星屑《ほしくず》が本当にゼロの大群に見えてきた。
各機はエンジンのウォームアップを始めた。青白い炎を噴く艦隊の虎の子たちは、いまやなんのためらいもなく凶暴な意志を獲物の方角に向けていた。
3
六月五日午前一時(ハワイ時間四日午前四時、以後日本時間)南雲艦隊は二十四ノット(時速四十四・四キロ)の高速で北西方四百キロの海上からミッドウェイに肉薄していた。空は銀砂子を撒《ま》いたような星に塗《まぶ》されている。高速航行のため艦体の|縦揺れ《ピツチング》は相当に大きい。舳先《へさき》に切り裂かれた波が奔流のように舷側《げんそく》を洗っている。
総員戦闘配置に就き、艦上には叩けば割れるような緊張が張りつめている。すべての対空火器は暗黒の空に向かって鎌首をもたげ、いつ襲いかかって来るかもしれぬ敵機に備えている。
「搭乗員整列!」
とスピーカーが叫んだ。搭乗員待機室に集合した搭乗員の前に加来止男艦長が立った。
「この戦いがいかに重要か、いまさら説明するまでもない。勝敗は一に諸君の双肩にかかっている。勝利を確信すると共に全員無事に生還することを心より祈る」
加来艦長の慈愛に満ちた訓示は全員の胸に迫った。軍人勅諭と忠君愛国精神を骨の髄まで吹き込まれた軍人として、出撃に当たって生還を期すのは女々しいこととされた。送る側も祖国と天皇陛下のために死んで来いと告げたものである。
死ぬことを義務づけられた身が、初めて生きて還れと説かれて心の琴線に触れられたようにおもった。同時にこの艦長のためなら喜んで死ねると奮い立ったのである。
「かかれ」
飛行隊長友永丈市大尉の命令一下各搭乗員は愛機に散った。
「発艦配置に就け」
「エンジン発動」
全機のエンジンが一斉に始動し、飛行甲板上は耳を聾《ろう》する轟音《ごうおん》で充たされた。青白い炎が排気孔から迸《ほとばし》り、夥《おびただ》しい鬼火が燃え立ったような悽愴《せいそう》な気が周囲を圧する。母艦は風に向かって立ち、甲板上の合成風速は十五メートル(約三十ノット)に調節される。
「全機始動しました」
「全機整備完了」
伝令が次々に川口益飛行長に報告に来る。
「行ってまいります」
友永大尉が挨拶《あいさつ》した。
「頼みます」
川口は答礼して、
「攻撃隊発艦準備完了」
と艦橋に報告した。飛行甲板の鬼火から赤と青の航空灯に切り換わった。鮮やかな色彩が夜の闇《やみ》ににじみ、重なり合い、恐るべき破壊の使者とはとうてい信じられないような美しいイルミネーションを施されている。それは幻想的ですらある。彼らは平和と善意の使者としても通用する先鋭で優雅な機能美をもっていた。飛行甲板が真昼のように明るくなった。夜間発艦照明が点じられたのである。
発着艦指揮所の風速計が十五メートルを示した。
「雲量八、雲高五百ないし千、南東の風二メートル、高空は快晴、ミッドウェイ付近は晴」
副長が天候を報告する。
「発艦始め」
艦橋から命令が出た。飛行長が緑色のランプでオーケーマークを描く。戦闘機の一番機がエンジンをブーストして甲板を滑り始める。エグゾーストパイプから青白い炎が迸り、機体が手綱を放たれた悍馬《かんば》のように走り出した。艦橋やポケットから歓呼の渦が起こり、一斉に帽子や手が振られる。
四空母から艦戦、赤城・加賀から艦爆、飛龍・蒼龍から艦攻の順で次々に暁闇《ぎようあん》の空に駆け上って行く。先発機の機尾を追うようにして、後続機がキール線上に乗り出して来る。
降旗の番が来た。フラップダウン、エンジン全開、一挙にスロットルレバーを入れる。愛機は降旗に生命を吹き込まれたように甲板を滑り出す。車輪が前甲板を切るとすでに洋上に浮いている。先発機の乱渦流にいったん海面に沈降しかかるのを全能力を振り絞って揚力を取り戻し、途方もない奥行きをもつ空に向かって駆け上る。その瞬間降旗はふと道造の詩を想起した。
「おれはいま空に身投げをしたのだ」
降旗は艦隊上空で先発機と編隊を組み、旋回しながら後続機を待った。一機射ち上げられる都度東の空が明るさを増してくる。
発艦十五分で四隻の空母から飛び立った第一次攻撃隊百八機は、雷撃機、急降下爆撃機、戦闘機各三十六機の編成である。
それはあたかも発艦した攻撃機が光を招き寄せるかのように母艦上で見送る将兵には見えた。日の出は午前一時五十二分の予定、天候は完全に回復している。南東の微風、海は油を流したように凪《な》ぎ、艦隊はコースを維持するのになんの支障もない。
絶好の攻撃|日和《びより》であると同時に、敵からも理想的な標的となる。
「全機つつがなく翼を揃《そろ》えて帰って来てくれ」
と艦隊上空に堂々たる編隊を組んでいる攻撃隊に熱い祈りをこめた視線を向けても、彼らが帰還して来たとき、母艦が浮いている保証はどこにもない。
行く者も必死、留守を守る者も必死であった。
各攻撃機は総指揮官友永機を最先頭に飛龍、蒼龍の艦攻隊、赤城、加賀の艦爆隊、殿軍《しんがり》を一、二航戦の零戦隊の順で高度を取り、艦隊上空に三層の巨大なV字形段丘を堆《つ》み上げた。
Vの先端には世界最強の艦隊の攻撃力と破壊力が結集されており、それはいまやなんのためらいもカムフラージュもなくミッドウェイを指している。これを阻む力のある者は、地球上のどこにもあるまい。
折から東の水平線の処女膜が光の矢の先端によって突き破られた。
太陽はまだ水平線下にあるが、光の第一矢は、対空砲火のように上空の断雲を射抜いた。朝焼けに染色された雲は、これから流されるべき大量の血を予告するかのように鮮烈な朱の色に彩られている。
夜の王国の支配が崩れ、光の侵入の前に闇の領土を明け渡して行く。光を背負ってミッドウェイを攻撃に行く彼らは、光の先兵となってまだ暁闇の屯《たむろ》する夜の領域に斬込《きりこ》みをかけるような昂揚《こうよう》した気分の中にいた。それは絶対的な勝利を約束された先兵である。
光を背負って自分も光の構成要素のようにきらきらと輝きながら飛ぶ大編隊と、それを射ち上げた空母四隻を囲む大艦隊を見た者は、だれも戦いの帰趨《きすう》を疑わなかった。およそこれほどの威力をもった艦隊が地球上のどこにあるか。一抹の疑いでも抱く者がいれば、それはこの艦隊に対する冒涜《ぼうとく》である。
降旗は無上の幸福感に包まれていた。軍人になってよかったとおもった。おそらく自分の人生においてこれほど美しい日の出を見るのは、これが初めてで最後だろう。
真珠湾の日の出も印象的であったが、あのときは無我夢中であった。艦隊もいまほど強大ではなかった。
いま世界最強の艦隊に属し歴史を分ける戦いにエースの一人として参加できるのは、男子の本懐ではないか。
「そんなことがなんになるのよ」
そのときふと梅村弓枝の声を聞いたようにおもった。
「死と破壊しかもたらさない戦いに参加してなにが本懐なの。そういうことを防ぐのが、あなたが為さねばならないことではなかったの? あなたが為すべきことは他にあったはずだわ」
愕然《がくぜん》として周囲を見まわした降旗の視野に空中集合を終り、見事な編隊を完成した攻撃隊が映じた。足下には機動部隊の箱形陣形が珊瑚礁《さんごしよう》のように浮いている。
総指揮官機がバンクした。弓枝がなんと言おうと、降旗はいま巨大な火矢の一本となって弦《つる》から切って放たれたのである。
時、昭和十七年六月五日午前一時四十五分、進撃高度千五百、機速二百三十一キロ。
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死装への転換
1
第一次攻撃隊の発進と同時に索敵機が出た。捜索線を七本とし、ミッドウェイをはさみ東方と南方をカバーする。南方から東北方にかけて赤城、加賀の艦攻各一機、利根と筑摩の水上偵察機各二機、榛名の一機、計七機が、三百|浬《り》の海域まで進出して索敵にあたる。北方海域を担当する榛名機のみ航続距離が短く百十浬である。
「一段索敵かい」
まだ手術後の傷がなおり切らない身で発着艦指揮所に出て来た淵田美津雄中佐が問うた。
「そうです」
「一段では不十分ではないかな」
淵田が不安の色を濃く面に刷いた。
「攻撃機がその分|割《さ》かれますので」
そんな会話を交わしている間、利根、筑摩の索敵機がカタパルトとエンジンの不調で発進が遅れた。淵田の不安の色が濃くなっている。
レーダー装備のない我が偵察機が日の出と共に出て行ったのでは遅いので、三百浬まで出した所で夜明けになるようにする。その途中は見えないので、二番機が夜明けと同時に出て一番機の見えなかった海域をカバーするのが二段索敵である。だがこのためには常時二倍の索敵機を待機させていなければならない。
攻撃第一主義の日本海軍は、空母同士の対決が先手必勝であることを自ら証明しておきながら偵察を軽視していた。偵察に兵力の三分の一を割くアメリカと雲泥の差がある。
教育も普通科課程だけで専門教育課程は組まれていない。あくまでも攻撃の後備的存在であった。
淵田は米空母の所在も不明のままミッドウェイ攻撃に発進したことに不安をおぼえた。敵がすでに我が機動部隊を発見して発進していたら?
もちろん南雲長官はその備えを立てている。第一次攻撃隊が発進して間もなく、
「第二次攻撃隊用意」
のアナウンスをスピーカーが伝えた。全リフトがチンチンと警鐘を鳴らしながら搭載機を格納庫から飛行甲板へ運び上げる。第一次攻撃隊が出てガラ空きになった甲板が、たちまち第二次攻撃隊で埋まった。
これは米空母に対する備えである。索敵機の報告と共に、攻撃と迎撃に飛び立つ手筈《てはず》になっている。
だがもし敵が我が索敵機の網の目からこぼれ落ちたら、もし索敵機が敵を見落としたら、またもし索敵機が敵を発見する前に敵が発進していたとしたら、先手を取られる。
もしこの瞬間敵機が襲いかかって来たら、飛行甲板は爆撃機や雷撃機のご馳走《ちそう》を満載した豪華な宴のテーブルになる。各攻撃機は二百五十キロ爆弾や八百キロ航空魚雷をかかえ込んでいる。甲板には爆弾や燃料が不用意に山積みされている。
あんな所に米機の大群が突っ込んで来て、爆弾の雨を降らせ、その中の一粒でも命中したらと考えるだけで淵田の背筋は冷えた。
2
そのころ米機動部隊はミッドウェイ北方五百キロの洋上をミッドウェイ目指して全速力で航行していた。
午前一時三十分、ミッドウェイから発進したオーディ大尉のカタリナ飛行艇から、第一報が入った。
「日本空母二、戦艦一隻発見、ミッドウェイに対して方位三百二十度、距離二百四十キロ、針路百三十五度、速力二十六ノット(時速四十八キロ)」
つづいて数分後にウイリアム大尉のカタリナ艇から、ミッドウェイに向かって進撃中の友永隊を発見したと無線連絡が入った。
「飛行機多数ミッドウェイに向かいつつあり。リピート、ミッドウェイに向かいつつあり。方位三百二十度、距離二百四十キロ」
ウイリアム機は暗号に組むことなどせずに平文ではっきりと伝えた。信じられないことだが、日本側通信員はこの電文を傍受しながら理解した者がいなかった。
ウイリアム機の連絡を受けて、ミッドウェイに在駐していた全機が直ちに発進した。戦闘機は迎撃に、雷撃機と爆撃機は日本空母の攻撃に、老朽機は空中退避するために舞い上がり、基地はガラ空きになった。
そこへ軍令部情報班の海兵隊七百五十人、飛行機六十機の貧弱な守備という甘い情報を信じた友永隊が、一もみにもみつぶすべく襲いかかって来た。
カタリナ機からの無線はまずエンタープライズに傍受され、ヨークタウンに転送された。
米雷撃機の航続距離は三百キロである。往復させるためには百五十キロまで近づかなければならない。
日本空母の位置は米空母より西南西約三百六十キロ以上である。この距離では搭載機は日本空母に辿《たど》り着けない。
「針路西南西、全速航行」
スプルーアンスは命じた。もし日本空母部隊がいまの方向と速度を維持して進むなら、午前三時には彼我の距離は二百キロを割る。
せめて百八十キロまで近づきたい。搭載機を発進させた後も全速で進航すれば、攻撃後帰還して来る我が機の航続距離に到達できる。
だがその間に日本機の攻撃を受けないという保証はない。
午前三時前に二百キロラインに達した。スプルーアンスは重大な判断の岐路に立たされた。そろそろ日本攻撃隊はミッドウェイに取りかかるころである。夜が明けていつ日本|哨戒機《しようかいき》が米空母を発見するかわからない状況になった。
攻撃の成否は、天候が味方し、パイロットが完璧《かんぺき》に機を操り、目標上で一秒も無駄にせず、母艦が阻止されずに収容予定海域に到達するという五条件を充足することにかかっている。
これらの一条件でも欠ければ、米艦隊はその虎の子を一挙に喪失してしまう。
「ジャップは我々をまだ発見しておりません。発見していれば、攻撃隊がミッドウェイに向かわずに我々に向かって来ているはずです。もしいま直ちに発進すればへとへとになったミッドウェイ攻撃隊を収容中にやつらを叩《たた》けるかもしれません。距離を縮めている間にジャップも我々を発見するチャンスが大きくなり、攻撃隊に燃料と弾薬を補給する時間をあたえてしまいます」
航空参謀のブラウニング大佐がスプルーアンスの決断をうながすように言った。往復四百キロに対し航続距離三百キロの飛行機を出撃させるのである。
「よし、全機発進させよう」
スプルーアンスは決断した。これが太平洋戦争の分岐点となる世紀の決断となった。
「全員搭乗せよ」
の命令一下ロバート・ウッドは乗機のF4Fワイルドキャットに乗り込んだ。ラモス、マンセン、ノヴェルリなどの僚友がそれぞれの乗機のコックピットによじ登っている。
今日こそはライバルのゼロとたっぷり渡り合うことになるだろう。腹の底から武者震いが這《は》い上がってくる。母艦が風に立ち向かって全速で航行する。
「エンジン始動用意、整備員プロペラより離れろ」
「エンジン始動」
たちまち百雷が一時に落ちるような轟音《ごうおん》が耳を聾《ろう》した。
「発艦してよし」
発着艦コントロールタワーより指示が出て一番機が飛び立った。
ロバートの番がきた。エンジン全開、先発機を追って暁闇の空へ舞い上がった。毎分六百メートルの最大上昇力を駆使して、暗黒の空に吸い込まれるように駆け上がって行く。
このF4Fだけがゼロと辛うじて渡り合える戦闘機なのである。
「シャロン、おれを護っていてくれ」
ロバートは暁暗の底に沈んでいる本土の妻をチラリと想って、機首を黎明《れいめい》の光が揺れる日本空母のいる海域へ向けた。
3
第一次攻撃隊は友永総指揮官機を最先頭に立て飛龍艦攻、蒼龍艦攻の第一集団、赤城、加賀の艦爆より成る第二集団、殿軍《しんがり》を四空母の戦闘機隊の三層布陣で基準高度を千五百メートルに保ってミッドウェイに接近しつつあった。攻撃隊は、ミッドウェイ基地から全機舞い上がって待ち伏せしていることを知らない。
零戦隊を二分して前衛として押し立てないのは、兵力分散と指揮統率の乱れを避けるためである。
発進当時空中に散在していた断雲は次第に少なくなり、目標に接近するにつれて天候はよくなってきた。雲量一〜三、雲高二千メートル、海面に近い低空に千切《ちぎ》った綿のような雲が点々と浮いている。水平線に積雲の頭が連なり、上層には絹のような層雲が日を受けて窓辺のレースのように輝いている。
東の風九メートル、視界六十キロ、絶好の攻撃|日和《びより》である。
空は朝の新鮮な光を充たし、攻撃隊の独走を阻むようなものはなに一つ見えない。だが攻撃隊は、青空に同化して潜んでいる凶悪なものの気配を確実に感じ取っていた。
発進して一時間四十分、ミッドウェイ環礁が視野に入ってきた。コバルトブルーの海に美しい突然変異のように浮いたミッドウェイ環礁は、太平洋戦争を分ける重要な戦略地点とはおもえない平和な縞模様《しまもよう》を描いていた。珊瑚礁によって囲まれた海の色はそこだけ際立ってエメラルドグリーンを呈し、光の加減で微妙な色調に輝いている。
降旗はサンド島とイースタン島を囲んだ珊瑚礁を見て海の環状湿疹《タムシ》のようだとおもった。
午前二時四十分、攻撃隊はミッドウェイ上空に達した。編隊は高度四千に上げて攻撃針路に入った。その一瞬攻撃隊の後方上空がきらと光った。青空に浮いた微細な金属の粉が、たちまち容積を大きくしながら先頭集団の艦攻隊に駆け下りて来た。ずんぐりした虻《あぶ》のような機体、グラマンワイルドキャットが待ち伏せていた。援護の零戦が増槽を切り放して駆けつけて来る。
艦攻隊は健《けな》げに寄り添って弾幕を集めた。ライオンに襲われた縞馬が円陣を組んで後足で必死に蹴《け》っているのに似ている。
零戦隊の援護の及ばぬうちに、グラマンは次から次につるべ落としに艦攻隊に襲いかかった。グラマンは鈍重な艦攻隊の抵抗をせせら笑いながら、零戦の援護のないのを幸いに蹂躪《じゆうりん》した。総指揮官機が煙に包まれた。
獰猛《どうもう》な機体をよたよたと走る艦攻隊に接触せんばかりに肉薄しては一撃浴びせて垂直に降下し、反転上昇して切り返して来る。
たちまち艦攻隊は次々に火を噴き、炎の帯を引きながら必死に目標物へ向かっている。
「零戦なにをしている」
艦攻隊は歯がみをしていた。降旗はグラマンの待ち伏せに全速で駆けつけて来た。敵に完全に裏をかかれていた。艦攻集団の一中隊、二中隊共グラマンにさんざん食い荒らされて全機|悉《ことごと》く炎や煙を噴いているよう見える。
「保《も》ってくれ、おれたちが行くまで頼むから保ちこたえてくれ」
降旗は祈りながらエンジンにオーバーブーストをかけた。
「大山を護ってあげて」
寛子の声が聞こえた。我が身を楯《たて》にしても大山を護らなければならない。歯がみをしながら降旗は艦攻隊を翻弄《ほんろう》しているグラマンの中に斬《き》り込んだ。
三中隊の大山機がどうなっているか見届ける閑《ひま》がない。
「一機も生かして帰すな」
零戦隊は怒りの形相《ぎようそう》も凄《すさ》まじくグラマンに食いついた。降旗は艦攻に一太刀《ひとたち》浴びせて上昇反転しようとして機速の鈍った一機のグラマンに、必殺の二十ミリを送り込んだ。照準器の先で一瞬にして風防が吹っ飛び、敵機は錐《きり》もみとなって墜落した。ホッとする間もなく、後方に敵機が食いついて来ている。左上昇旋回を打って敵をやり過ごすと、グラマンの影が腹の下をくぐって前へのめった。そこをすかさず追い討ちをかける。
降旗の眼前で|曳 光 弾《アイスキヤンデー》の束が小気味よく敵機の翼のつけ根に吸い込まれて、黒煙を噴いた。煙が顔に吹きつけるような至近距離である。
周囲は凄絶《せいぜつ》な空中戦が渦を巻いている。旋回、上昇、下降、反転、そしてひねり込みと零戦とグラマンが格闘をし、彼我の曳光弾が交叉《こうさ》する、火を噴きながら墜ちて行く機や、黒煙を引きながらのたうちまわる機や、一瞬の間に空中爆発して破片も見えなくなる機が空に凄惨な模様を描く。
その間を艦攻、艦爆隊はよろめきながらも懸命に目標物に向かって飛行をつづけた。脱出した米パイロットの落下傘が白い花を点々と開いている。
降旗の眼前を撃墜されたばかりの米パイロットがパラシュートで脱出した。
落下傘に吊《つ》り下がった敵が彼の方を見た。敵の青い目が彼に「たすけてくれ」と必死に訴えているようであった。降旗と同年輩の若い金髪のパイロットである。降旗の機銃に射たれたらしく飛行服の肩から背にかけて赤く染まっている。すでに空中での勝負は終っている。
降旗はふと揺れかけた心にピリオドを打つように発射レバーを握った。
いま命乞《いのちご》いをしている敵は、味方艦攻を何機も食っている。放っておけば、これからも食いつづけるにちがいない。
落下傘を射ぬかれ、加速度をつけて落下する物体となった米パイロットは地上へ激突した。
空中戦は依然としてつづいている。グラマンに食いついた零戦の背後にべつのグラマンが忍び寄り、その後にまた零戦が取りつく。グラマンを食ったばかりの零戦が火を噴き、そのグラマンがまた墜《お》とされる。空中の食物連鎖≠ナある。
降旗は脱出パイロットを葬り去った直後、背後から一連射を浴びせられた。幸いに弾道は逸《そ》れたが、いつの間にか追尾されている。機首を上げて巴《ともえ》戦に持ち込もうとしたが、慌てていたので機を横に滑らせた。機勢を失い、敵機に絶対優位な態勢を許してしまった。
しまったと唇を噛《か》んだとき、敵機からの射線が来ずに、降旗機の横を急降下して行った。その背後から一機の零戦が矢のように追跡する。坂上機だった。たすかったとおもうと同時に全身から冷汗が噴き出した。
零戦隊の活躍によって敵戦闘機は蹴散らされた。抵抗の排除された空間を艦攻、艦爆隊が高度三千四百メートルからミッドウェイ上空に進入した。友永機の火災もどうやら鎮まったようである。
友永機は左翼の燃料タンクを射たれていったん火を噴いたが、風圧で火が消えた。タンクを使い切ってから右に切り換えた。
第二中隊長機が被弾して脱落後、爆撃|嚮導機《きようどうき》が隊長機の位置に就いている。戦闘機の迎撃と交替して、地上の対空火器が火を噴いた。
それはかつて攻撃隊が経験したことのないような凄まじい弾幕であった。まるで火のシャワーのように射ち上げられる一斉射撃は空中にどんな微細な浮遊物の存在も許さないかのように、空間を一分の隙間《すきま》もなく埋めつくした。
島一面が狂い立ったかのように、熱い火花を一斉に放射している。そこへグラマンによれよれに叩きのめされた攻撃隊が這い寄って行ったのである。
「島には七百五十人の守備隊と六十機のロートル機があるだけだと言ったのはだれだ」
攻撃隊は軍令部から受け取った「甘い敵情」を呪《のろ》った。太平洋上の平和なエメラルドの島はいまや人工の火山島と化している。
だが攻撃隊はより大量の火力をもって火山を黙らせるために進入して行ったのである。サンド島には飛龍隊、蒼龍隊、加賀隊の一部が向かい、イースタン島には赤城、加賀隊が向かう。
「攻撃隊突撃準備隊形|制《つく》れ」
指揮官機から命令が下った。今度はおれたちの番だ。グラマンと対空砲火を潜り抜けて肉薄して来た攻撃隊は、武器の鞘《さや》をはらった。
「全軍突撃せよ」
友永機からト連送(突撃命令)がきた。「打《てー》!」満を持していた各攻撃機は、目標物の上に八百キロ爆弾の雨を降らせた。グラマンと対空砲火の翻弄にじっと耐えながら母体にしがみついていた凶悪無類の嬰児《えいじ》たちは、分娩《ぶんべん》の時を迎えて、いまこそ本領を発揮すべく雀躍《こおど》りしながら眼下の肥え太った獲物目がけて一直線に吸い込まれていった。
滑走路、格納庫、燃料タンクなどが盛大な火柱を噴き上げて爆発する。爆撃高度三千を保っていても八百キロ爆弾の衝撃波は機体に伝わった。
艦攻隊につづいて艦爆隊が急降下爆撃に移った。絹層雲のたなびく高空の領域から自ら銀色に輝く光の切片のようになって逆落としに落ちて行く彼らの姿は、神が地上に投げ下ろした槍《やり》のように先鋭でだれも否定できない美しさをもっていた。
地上の火薬と天から降り撒《ま》かれた火力が合してミッドウェイは全島が爆発していた。前の爆発の炎が十分に発達しきらないうちに次のより大きな爆発が吸収して、火炎と黒煙を積乱雲のように噴き上げた。
爆発と共に地上構造物の破片と粉砕された人体が空中高く噴き上げられたが、巨大な噴煙に隠されて目には見えない。
あまりに大規模な破壊と殺戮《さつりく》は、単なるスペクタクルシーンとして戦争の過酷さを隠している。
このときサンド島に来て「本物の戦争」を撮影していたジョン・フォードは、どんなに金をかけた戦争映画もこれだけ凄絶でスケールの大きな破壊のシーンを撮れないだろうとおもった。映画監督は、その破壊をもたらした火力の費用を胸算用し、両軍の戦果と被害を経済学的に測っていた。
残酷性はたがいの手を敵の血で汚す白兵戦のほうがより強く打ち出される。近代科学戦の残酷性は、距離をおいて見物したときの見せ場%I要素にある。機械的な破壊のかげに流れる人間の血を見過ごしてしまうのである。
午前三時四十分、投弾を終えた攻撃隊は帰路に就いた。だが友永大尉は第一目標の敵機がほとんど空中に逃げ、零戦隊の活躍によって四十機以上を撃墜したものの、効果不十分と見た。格納庫や滑走路は破壊したものの、修理可能である。
午前四時、彼は南雲司令官に「第二次攻撃の要あり」と打電した。
友永の無線に赤城艦橋は当惑した。第二次攻撃隊は米機動部隊に備えて魚雷を装備していた。魚雷では陸を叩《たた》けない。第二次攻撃隊はいつでも飛び立てるように甲板に勢揃《せいぞろ》いしている。いまこの瞬間にも米空母が現われるかもしれない。
南雲も智恵袋の源田航空参謀も咄嗟《とつさ》にどう対処すべきかわからなかった。源田はまだ熱のある体を押して艦橋へ来ていた。
全機雷装から陸用爆弾に切り換えるとなると、一機ずつリフトで格納庫へ下ろし、兵装を魚雷から爆弾に換えて再びリフトに乗せて飛行甲板へ運び上げなければならない。
赤城艦橋を当惑させた無線を発して第一次攻撃隊は帰途に就いた。友永大尉直率の飛龍艦攻第一中隊六機のうち第二小隊三番機がエンジンの故障で引き返した後、グラマンに二機撃墜されたので、三機に討ち減らされた。
この後地上の対空砲火によって艦攻一機、艦爆一機を失った。戦闘機の損害は二機である。それだけの損害でほぼ同数の敵戦闘機と渡り合い、そのほとんどを撃破した零戦隊の活躍は華々しい。
帰路第二中隊長菊地六郎大尉機が対空砲火を浴びてキューア島付近の海域に不時着した。僚機がしばらく上空を飛んで励まし、機上食を落とした。
第一次攻撃隊がよれよれになって母艦上空へ帰り着いたとき、母艦隊はミッドウェイから飛来した米機の空襲の最中であった。
4
赤城艦橋が困惑しているとき、午前四時〇五分対空戦闘ラッパが鳴り渡り、対空監視員から「敵襲」の連絡がきた。
「なんだと! 兵力と機種を確認しろ」
艦橋は騒然となった。
「アベンジャー雷撃機四機、左舷《さげん》三十度方向より接近」
監視員の声がうわずった。駆逐艦が「敵機見ユ」の信号旗を掲げ、対空火器を満開にした。つづいてマストの監視員がどなった。
「大型陸上機六機右舷二十度より進入」と叫んだ、敵は赤城を狙《ねら》っている。
赤城は最大戦速三十二ノットに加速した。母艦からも盛んに対空火器を射ち上げ始めた。対空砲火の射程に入る前に三機が直衛の零戦にあっさりと撃墜された。残った一機は戦意を失い逃走した。
つづいて大型陸上機三機が零戦の阻止をかい潜って魚雷投下射点に達した。対空火器が零戦を同士射ちしそうな至近距離まで迫って魚雷を発射した。だが赤城の巧みな操艦によってすべての魚雷を回避した。機種はB26と確認された。
ともあれ、第一波の襲撃は、零戦の奮戦と対空火器によって悉《ことごと》くはらいのけ、艦隊はかすり傷一つ負っていない。
ミッドウェイからの来襲機は赤城艦橋の混乱をうながした。
「いまの来襲機はミッドウェイから発進して来たものです。ミッドウェイの脅威は依然として取り除かれていないと考えるべきです」
草鹿参謀長が意見を具申した。彼は最初から主力の第二次攻撃隊をミッドウェイに向けるべきであるという意見であった。第二次に較べて技倆《ぎりよう》の劣る第一次攻撃隊を充てたものだから、このような効果不十分な攻撃となったという不満が内攻している。
「索敵機からまだなにも言ってこないかね」
「まだ連絡はありません。所在不明の米空母に備えて第二次攻撃隊を虚しく待機させるよりも、現実の脅威のミッドウェイを叩くべきです」
草鹿はいらだたしげに言った。こうしている間にも敵の第二波が来るかもしれない。だがそのためには米艦隊に備えた雷装(魚雷装備)を陸用爆弾に切り換えなければならない。
南雲は源田の顔をうかがった。源田が渋々うなずいた。
午前四時十五分、
「よかろう。雷装から陸用に兵装転換。準備でき次第発艦せよ」
南雲は命じた。艦内は騒然となった。リフトは狂ったように警鐘を鳴らしつづけ、甲板の発艦位置に並べられていた攻撃機は一々格納庫へ下ろされ、魚雷から陸用爆弾につけ換えられる。
飛行甲板に爆弾を運び上げて転換したほうが能率がよいが、直衛戦闘機が絶えず発着艦をしているので甲板はクリアしておかなければならない。赤城と加賀の艦攻各十八機は格納庫に下ろされ、魚雷から八十番(八百キロ爆弾)に転換された。
飛龍、蒼龍は第一次攻撃に搭載艦攻をすべて供出したので、艦爆各十八機がそのまま待機していた。
転換作業は防空戦闘と並行して行なわれるので、能率はきわめて悪い。兵装転換は平常航海の訓練でも魚雷から八十番で一時間半、艦船用徹甲爆弾だと二時間半かかる。この逆は一時間半から二時間である。
取りはずされた魚雷や搭載準備中の爆弾が格納庫内にごろごろと転がっている。
弾庫へ収納している閑がないのである。急激な回避運動をすれば、敵の爆弾が命中する前に積み重なった魚雷や爆弾がぶつかり合って自爆するかもしれない。
「急げ」
「もたもたするな」
格納庫内は怒号の渦であり、整備員、搭乗員、手の空《あ》いている者が総出で働いている。
こんなところへ一発でも命中したらとおもうと背筋が冷えた。兵装転換の最中、あるだけの戦闘機を飛ばして上空の警戒に当たらせる。
約半数の兵装転換を終えたところに「敵襲!」と見張りの声が響いた。
すわと色めき立った艦隊上空へ巨大な四発爆撃機が十五機、五千メートル付近の高度から接近して来た。「空の要塞《ようさい》」といわれるB17である。たちまち四隻の空母は林立する水柱に取り巻かれた。だが高々度からの及び腰の爆撃なので一発も当たらない。
B17が悠々と飛び去った後にドーントレス急降下爆撃機十五機が飛来した。
「まるでアメリカさんの航空ショーだな」
次々に飛来する米機を淵田は多少の余裕をもって見上げていた。米パイロットの技倆はいずれも拙劣であり、しかも攻撃が分散している。我が方の腕に比べて雲泥の差がある。この敵襲の最中に第一次攻撃隊が帰投して来た。彼らは燃料切れ直前の上に全機被弾していた。一刻も早く収容しないと、海に落ちてしまう。
零戦がドーントレスに食いついた。たちまち八機が叩き落とされ、残存機は逃げ散った。零戦の圧倒的強さが度重なる米機の襲撃を悉《ことごと》くはねのけて、母艦に一指を触れさせない。
この空襲の最中、利根四号機から「敵らしきもの十隻見ゆ〇四二八」の報告が入った。
ミッドウェイより方位十度、二百四十|浬《り》(四百四十キロ)、針路百五十、速力二十ノットの報告に艦橋は愕然《がくぜん》となった。利根四号機は出発が三十分遅れて午前二時ごろの日の出前後に百度(東やや南)の方向へ飛んだ。七十七度(東北東)を偵察した筑摩一号機が米艦隊の上空を飛んでいたが、雲の下に隠れていた敵を見過ごしてしまった。
報告された艦位は、我が方から二百十浬離れている。両軍共に攻撃圏内である。「第一航空艦隊戦闘詳報」によれば赤城艦橋がこの報告を受けたのは午前五時ごろとされている。利根から転信されたために手間取ったということである。
この「戦闘詳報」も戦闘中の記録なので誤りが多い。
南雲長官が利根四号機からの報告に基いて米空母の存在を推測し、兵装転換保留(雷装のまま)の命令を出したのが四時四十五分であるから、五時に利根の報告を受けたのであれば、そんな命令を出すはずがない。
もし筑摩機が艦隊を発見し、あるいは利根機が発進が遅れなかったなら、午前四時の友永機からの第二次攻撃の要請前に利根機からの報告が入り、発艦準備ととのっていた第二次攻撃隊が直ちに出撃して、ミッドウェイ海戦の様相はまったく異なった展開になったであろう。
歴史はもしの堆積《たいせき》であるが、このとき日本軍に不運な要素が堆《つ》み重なった。この「もし」に、豊田穰氏の利根四号機のコンパス故障説がある。同機のコンパスは右へ十度ブレており、もし正常に作動しておれば、三十分早く米空母を発見できたはずという新説である。
「敵らしきものとはなんだ」
赤城艦橋はこの曖昧《あいまい》な報告にとまどった。
「艦種を知らせよ」
利根四号機に返電された。
「空母はいるのか、いないのか」
艦橋はいらだった。南雲長官は「敵らしきもの」の中に米空母がいる場合に備えて、四時四十五分「雷装|其《ソ》ノ儘《ママ》」と進行中の兵装転換作業の保留命令を出した。
ようやく五時九分になって、
「敵兵力巡洋艦五、駆逐艦五」の第二報がきた。
「やはり空母はいないのか」
一同にホッとした表情が現われる。空母がいなければ心おきなくミッドウェイに取りかかれる。だが五時二十分になって、
「敵は空母らしきもの一隻伴う」
と打電してきた。
「出たぞう」
「いやがった」
艦橋がざわめいた。まだ「らしき」と推測の域に留まっているが、ここに南雲長官は、米空母の存在は確実と判断した。
ここで彼は重大な判断の岐路に立たされた。すでに赤城、加賀の雷撃隊はあらかた陸用爆装に切り換えている。飛龍、蒼龍の急降下爆撃隊は直ちに発進可能の状態にある。全戦闘機は来襲米機の迎撃に舞い上がっている。
一方ではよれよれになった友永隊がエンジンを息切れさせながら緊急着艦のバンクをしている。米機はいつまた攻撃をしかけてくるかわからない。
二航戦の山口少将はじりじりしていた。
「いったい赤城はなにを悠長に構えているのか。雷装でも陸用でもかまわん。直ちに発進して敵空母の甲板に一発当てるだけでよい。そうすれば浮かぶ鉄の島になってしまう。その後でゆっくり料理すればいいんだ」
山口は「現装備のまま直ちに発進の要ありと認む」と南雲司令官に信号を送って猛烈に突き上げた。ここでも、もし山口の意見が取り上げられていたら、もし山口が全軍の総指揮を取っていたらという歴史の分岐の堆積がある。
だが山口の意見を容れるためには第二次攻撃隊の発進を優先させるので、友永機を洋上へ投げ捨てなければならない。さらに戦闘機の護衛なしの裸のままで出さなければならない。それは自殺命令に等しい。
戦闘機の援護のない雷撃機がどんなに脆《もろ》いものか、いま目の前の防空戦闘でまざまざと見せてもらったばかりである。
「どうする、どうする」
全軍の目が南雲に集まった。その間に力尽きた友永隊の機が不時着水を始めた。彼らをすべて見殺しにしろと言うのか、それはあまりにむごい。
五時四十分、
「艦攻の兵装元へ。空襲の合間に第一次攻撃隊の収容を急げ」
南雲は判断を下した。友永隊を収容して補給すれば兵力は倍になる。戦闘機もたっぷり付けてやれる。
彼我の距離は二百十浬(日本側情報)、艦攻や艦爆の攻撃可能範囲であるが、戦闘機は届かない。戦闘機なしの攻撃なら我が直衛戦闘機によって十分に阻止できる。
もし敵が戦闘機を付けて来るとすればもっと距離をつめなければならない。となると米空母機の来襲までにはまだ多少時間の余裕がある。南雲の情が正攻法を取った。母艦上は蜂の巣を突ついたような騒ぎになった。二度目の兵装転換だけでも初めての経験であるところへもってきて、友永隊の急速収容と重なったのである。
収容開始と同時にくずれるように下りて来る。着艦と同時に力尽きて、救護班にかつぎ出される者もいる。死体となって着艦した者もいる。
その間も兵装転換が行なわれている。交換された爆弾が片づける間もなく甲板や格納庫にごろごろ転がされている。
5
敵機は次から次に来襲したが、日本艦隊はびくともしていなかった。
この間に来襲した米機は、第一波が午前四時七分から同十五分にかけてB26九機、B17(高々度爆撃機)九機、単発雷撃機《アベンジャー》九機、第二波が四時四十五分から五時四十分までB17九機、急降下爆撃機《ドーントレス》十五機、B17十八機、急降下爆撃機十二機、戦闘機四機と一航艦戦闘詳報に記録されている。戦闘中の記録なので、その確度は低い。
攻撃を受けたのは四空母と榛名であるが、損害は皆無である。直衛戦闘機が失われたが、これは味方の対空砲火によるものらしい。
淵田中佐が「航空ショー」と形容した如く、米軍はありとあらゆる機種を繰り出して攻撃をかけて来たが、徒《いたず》らにその技倆の拙劣さと日本軍の練度の高さを証明する結果に終った。
この間の戦闘によって日本軍が米機動部隊恐るるに足りずという慢心傾向になってきたことは否めない。
「どうも面白くないな」
山口少将は眉《まゆ》をひそめた。
「どうなさいました」
かたわらから加来艦長が顔を覗《のぞ》き込んだ。
「敵機悉くはらいのけて将兵の士気はすこぶる高いが、要するに防戦一方ではないか」
「私もそのことが気になっておりました。一見戦勢は我が方に有利なようですが、どうも敵さんのペースで戦闘が進められています」
「司令室ではミッドウェイ大戦果と浮かれ立っているようだが、オンボロ飛行機を四十機ほど落として地上施設を叩《たた》いたにすぎん。そんなものはすぐに復旧してしまう」
「我が方の戦闘機はもうへとへとです」
「それに比して敵の空母部隊はまだまったく戦いに参加しておらん。目先の現象に目を眩《くら》まされて司令部の連中は近視になっているのじゃないかな。戦勢は有利どころか、我が方は敵の空母の所在さえつかんでおらん」
山口は憂慮の色を濃くしている。
「どうも源田君は戦闘機を信頼しすぎているようですな」
加来大佐がかねてからの懸念を口に出した。
「源田君は戦闘機出身だからね。戦闘機を頼る気持は無理もないが、戦闘機の阻止線を一機も通さぬという保証はだれにもできぬ」
山口は口をへの字に引きしめた。
彼は、空母を集団使用すれば防空戦闘機を多数動員できるので敵の攻撃を阻止できるという源田の用兵思想が不安なのである。
戦闘機は所詮《しよせん》、個々の格闘戦用であり、これを戦略的兵器に用いるのは無理である。たとえ戦闘機が雷撃機や爆撃機の阻止に有効であるとしても、敵が同数あるいはそれ以上の戦闘機に伴われて来れば、阻止線を守り切れないだろう。
零戦の性能と搭乗員の技倆《ぎりよう》は世界無比であるが、それを究極兵器として頼るのは危険である。それが山口の不安であり、加来の懸念するところであった。
赤城、加賀艦上では混乱をきわめていた。雷装から陸用爆装へ転換後、雷装へ再転換するように命令が下ったのである。
「急速雷爆転換の競技でもやっているつもりなのか」
兵員はとまどったが、上官の命令は陛下の命令と心得る日本軍の鉄の規律の下に、再転換作業を急いだ。
「其《ソ》ノ儘《ママ》」という命令表現の中に南雲のためらいと苦慮が現われている。午前四時十五分兵装転換を下令した後、同二十八分利根機より「敵らしきもの発見」の報告に接し、南雲はこの中に米空母を含むと推測した。
とすれば雷装へ転換命令を発してからまだ十数分しか経過しておらず、転換作業はあまり進んでいないだろう。
ミッドウェイは一度叩いており、二次攻撃は焦眉《しようび》の急ではない。兵装転換を保留しておけば、米空母の存在が確認されたとき、その分時間が稼げる。ミッドウェイ攻撃と決まったときもすでに爆装した機はすぐに使える。
このように思案して艦船、陸地両用攻撃の構えで保留《ソノママ》としたのである。
南雲長官が米空母の存在を確認してこれを攻撃するために雷装へ再転換に踏み切ったのは、五時二十分利根機より「空母ラシキモノ一隻伴フ〇五二〇」の報告を受けてからである。
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火のカーテン
1
降旗圭はミッドウェイ攻撃から母艦上空へ帰投して来ると、敵襲の真最中であった。母艦は水煙に包まれ、駆逐艦は煙幕を展張しながら走りまわっている。輪型陣は各艦の回避運動によって乱れている。上空には凄《すさ》まじい対空弾幕が張られて、うっかり近づくと味方の対空火器にやられてしまいそうである。
「弾薬と燃料に余裕のある者は、防空戦闘に参加せよ」
菅波政治隊長機から命令がきた。命令前に戦闘の渦に身を挺《てい》している機もある。降旗は単発雷撃機に食いついた。対空砲火を恐れず母艦に肉薄している。機体が太く、尾部の細いアベンジャー雷撃機である。
のそのそと低速で迫って行くが、対空弾幕にも零戦の追尾にもいっさい目をくれずひたすら突っ込んで行く。果敢な攻撃であった。
射っては切り上げ、切り返してまた射つがなかなか落ちない。二十ミリ機銃弾はミッドウェイで射ち尽くし、七・七ミリだけ使っている。ようやく投下射点に達する直前で降旗機の鋭射を受けて、海に盛大な飛沫《しぶき》をあげて突っ込んだ。
戦闘機の護衛のない雷撃機はかたはしから零戦の餌食《えじき》となっている。それでも次から次に勇敢に突っ込んで来る。それは愚鈍な豚の群が狼の大群の中に突撃して来るように見えた。
だがその恐しいばかりの愚鈍さこそ、雷撃機の真骨頂なのである。快速で重武装の戦闘機に寄ってたかって叩き落とされながらも、ただ一機でも目標に辿《たど》り着けば、数万トンの巨大空母や戦艦を一発で仕留める威力をもっている。平時訓練の命中率は水平爆撃が十パーセント前後であるのに対して、雷撃は六十パーセント以上である。
この鈍重な豚は数万トンの巨艦と膨大な火力を一発で仕留める恐るべき武器をその腹中に孕《はら》んでいる。空母艦隊のプリンスは、戦闘機でも爆撃機でもなく、この雷撃機であった。たったの一機を目標に辿り着かせるために夥《おびただ》しい犠牲を払う。一機でも命中すれば犠牲は生きる。犠牲のピラミッドの上のただ一機になるために食われても食われても突っ込んで来る。戦闘機にはこのような発想はない。近代兵器の最先端に位置していながら、格闘性能を重視する設計と、格闘戦によって敵を撃滅することを任務とする戦闘機は、その根元に一騎討ち至上主義の思想がある。チームによる連係戦闘を行なっても、詰まる所は個々の戦技がものを言う。戦闘機パイロットが胴に撃墜マークを誇るのも、昔の武士が挙げた敵の首級《しゆきゆう》の数を競い合うのと似ている。
つまり彼らが行なっているものは、戦略としての戦争ではなく、個人の技の競い合いとしての戦闘なのである。戦闘機パイロットに多い名人気質もそのような心理に由来している。近代兵器の粋を駆使しながら、その思想は中世の武士とあまり変らない。
だが雷撃機はまさに戦略としての戦争をしていた。一機よく巨艦を屠《ほふ》り、戦局まで左右する。だからこそ虻《あぶ》のように戦闘機に取りつかれても、突っ込んで来られるのである。
日本空母がまだ健在でいられるのは、彼らが兵力を集中せずにばらばらにやって来ているからである。
無数の精子の中から卵子に到達するただ一個の精子のようにかたまってやって来たら防ぎきれまい。そしてただの一機でも阻止線を潜り抜けさせたら、他のすべてを撃墜しても戦闘機の敗北なのである。
降旗は射ち落としても射ち落としてもやって来る米雷撃機に次第に恐怖をおぼえてきた。彼らはただ死ぬためだけに突っ込んで来るようである。一機一機にかけ替えのない人生を乗せて、それを国家の戦略に捧《ささ》げることになんのためらいももたない。
我が方の雷撃機は彼ら以上に勇敢である。その勇敢さは雷撃機の鈍重さに比例している。
戦争のないときは一人一人が個人の人生の目的をもっていたはずなのに、どうしてああも素直になんのためらいもなく、自分の命と、人生の可能性を国家の戦略に捧げられるのだろうか。
その死は僚機を一歩でも敵に近づけるためである。僚機も他の僚機を一歩近づけるために死んで行く。彼らの夥しい死屍《しし》は、戦闘機パイロットの撃墜マークとはべつの次元にある。生還率は搭載三機種の中艦攻が最も低い。
降旗が恐怖をおぼえたのは、彼らとの思想のちがいにあるのかもしれない。
一機落として、弾薬が尽きた。ようやく母艦上で友永隊の収容が始まった。
発艦時と逆に艦攻、艦爆と下り、戦闘機が最後となる。降旗が着艦したとき兵装を魚雷へ再転換作業の最中で母艦は混乱をきわめていた。
飛龍の艦攻は全機出撃しており、艦爆の二十五番通常爆弾を徹甲爆弾に切り換え、収容したばかりの艦攻に雷装を施せばよい。
雷装へ再転換の赤城、加賀の混乱が目に浮かぶようである。兵装作業が終っても、それを格納庫から飛行甲板へ引き揚げ、攻撃隊の編成をもって発艦態勢を完成するまでに四十分はかかる。友永隊の収容と重なったために兵装成った二次攻撃隊を発進させるまでには一時間以上を要する。
その間に米艦載機が到着しないか。南雲や山口が恐れていたのは、まさにそのことであった。
ともあれ五時四十分に開始した友永隊の収容は、六時十八分に終った。
着艦して搭乗員待機室へ行くと、そこに大山がいてものも言わずに降旗を殴りつけた。なぜ殴られたのかわからない。
「なんだ、今日の援護は。きさまらがもたもたしておったから菊地中隊長機は未帰還、角野大尉は重傷を負ったではないか」
大山は床を靴で鳴らしてどなりつけた。飛龍艦攻第三中隊長角野博司大尉は重傷を負い、何度か自爆を図りながらも同乗の偵察員や列機に励まされて母艦へ還り着いた。友永機も被弾しているので、飛龍艦攻隊の全中隊長機がやられたわけである。
だがそれは降旗の責任ではない。菊地機と角野機は対空砲火による損傷である。この日のミッドウェイ上空での戦闘機隊は、同数以上の敵戦闘機から自隊の二倍の味方機を守り一機の脱落もなく目標上に到達させたのである。この功績は淵田中佐から今次大戦を通して類を見ないと賞賛されたほどである。
だが大山にはグラマンに襲われたとき、後段に付いていた零戦の進出の遅れたことだけしか目につかない。
弁解はできない。しても仕方がない。正当な理由があっても申し開きするのを潔《いさぎよ》しとしない日本海軍の悪弊である。
「きさま、直ちに水偵を誘導して菊地大尉を救出に行って来い」
艦戦隊菅波大尉の指揮下にある降旗が、艦攻隊の大山から命令を受ける筋合はなかった。身体《からだ》はミッドウェイ攻撃後母艦上の防空戦闘に参加したので、立っていられないほど疲れている。
だが大山に言われて敵海域を味方の救援を待って心細げに漂流している菊地大尉以下三人の搭乗員の姿が瞼《まぶた》によみがえった。
ゴム筏《いかだ》に取りついていた菊地がいつまでも去り難《がて》に上空を旋回している列機に「帰れ、帰れ」と言うように手を振っていた。菊地らの姿にパラシュートを射った敵のパイロットが重なった。戦争とはいえ胸がズキンと痛んだ。あそこまでやる必要はなかったのではないのか。
「自分はこれより菊地大尉の救援に水偵を誘導します」
降旗は自らに命令するように言った。降旗と大山大尉の強い要請によって艦橋司令部は、飛行長と諮《はか》って菊地大尉の探索に水上偵察機を出すことにした。護衛に降旗が付けられた。米空母機来襲がいつあるかもわからぬ切迫した状況下で零戦と水偵一機を敢えて割いたのである。
降旗と水偵は発艦した。激しかった敵機の空襲はばったり途絶えている。それが嵐《あらし》の前の静けさに見えた。
2
午前九時(日本時間午前六時。以後日本時間)ヨークタウンを発進したロバート・ウッドら第三戦闘中隊F4Fワイルドキャット戦闘機六機は、第三爆撃中隊と共に高度二千メートルを一路日本機動部隊に向けて飛んでいた。
第三爆撃中隊SBDドーントレス爆撃機十七機は各機四百五十キロ爆弾を搭載している。珊瑚海で日本軍から喰《く》らった二百五十キロ爆弾のお返しをいまこそしてやると全搭乗員は報復の念に燃えている。ランス・マッセイ少佐|麾下《きか》の第三雷撃中隊TBDデバステイター雷撃機十二機は、高度四百メートルの低空を進んでいる。
「第三爆撃中隊マックス・一番機《ワン》、あと十五分で宴会のテーブルに就く。ご馳走《ちそう》は早い者勝ちだ。安全装置をはずせ」
総指揮官のマックス・レスリー少佐が列機に指示した。だがここで意外なアクシデントが発生した。安全装置解除スイッチを入れたとたん、機体が急に軽くなった。虎の子の一千ポンド爆弾が太平洋を爆撃するために落ちて行った。
「なんてこった。ジャップへのお土産が海へ落ちやがった」
後部銃手のウイルソン伍長《ごちよう》が毒づいた。
「プレゼントなしではテーブルに就けないぜ」
同じ事態がアイザマン、レイン、メリル少尉機に発生した。
「隊長どうします。爆弾を取りに引き返しますか」
アイザマン少尉が聞いた。
「ショーの時間に遅れる。解除スイッチを入れてない者は手動装置を使え」
「爆弾のない者はどうするんです。ジャップに小便でも引っかけてやりますか」
レイン少尉が腹立たしげに言った。
「まだ機銃が残っている。小便よりはましなプレゼントになるよ」
「だれか爆弾を一発残しておいてくれ。帰ったら兵器|廠《しよう》の上に一発ぶちかましてやりたい」
メリル少尉が呼びかけた。解除しなかった者は、手動装置を使って解除し、編隊は飛行をつづけた。
ほぼ同じ時刻ホーネットからジョン・ウオルドロン少佐率いる第八雷撃中隊十五機と、スタンホープ・リング少佐麾下の第八爆撃中隊SBDドーントレス爆撃機三十五機および第八戦闘中隊F4F十機、エンタープライズのユージン・リンゼイ少佐の第六雷撃中隊TBD十四機が発進していた。
信じられないような事故が起きた。発艦すると間もなく、スー族の血を引くウオルドロン少佐は、あたえられたコースを無視して、
「こっちにジャップのにおいがするぞ」
と言って右に変針した。雲の上にいてそんなことは知らない爆撃隊や戦闘隊は同じ針路を維持した。間もなく雲が晴れて予定海域に到着したホーネットの爆撃隊と戦闘隊は、日本艦隊もウオルドロン隊もいないことに気がついた。同じ海域を三十分も探しまわったが、小船一隻見当たらない。
「いったいどこへ消えちまいやがったんだ。間もなく燃料が切れる」
スタンホープ少佐は焦った。そして日本艦隊がミッドウェイへ向かったと判断して、ウオルドロンと日本空母から正反対の方角へ編隊を導いて行った。
一方ウオルドロン隊も味方戦闘機隊を探していた。無線で懸命に僚友に呼びかけても応答がない。ウオルドロン隊は隊長の嗅覚《きゆうかく》のおかげで戦場に一番乗りしつつあった。
「前方にジャップの艦隊!」
「凄《すげ》え、空母が四隻、あとわんさかいるぜ」
「とてもおれたちだけじゃ食べ切れねえ」
紺碧《こんぺき》の画布の上に鮮やかな輪型陣を組んだ日本空母艦隊が、白い航跡波を引いて針路を北東にとっている。それは大海原に組み込まれた息を呑《の》むばかりの人工美であった。
「お腹の爆弾《ベイビー》が腹を空かして泣いている。戦闘機隊《ベイビーシツター》が来るまで待っていられない。おれたちだけでやる。兵力を集中して一隻を狙《ねら》え。右手のでかいのをやる。第一、第三小隊は右手から第二、第四小隊は左から行け。零戦《ジーク》がわんさと出迎えている。|幸運を祈る《グツドラツク》」
ウオルドロン少佐が送信機から渋い落ち着いた声で命じてきた。
眼下には世界最強の大艦隊が手ぐすね引いて待ち構えている。それに向かうのは戦闘機の護衛のない老朽雷撃機十五機である。舷側《げんそく》まで辿《たど》り着けたらお慰《なぐさ》みだが、烈々たるヤンキースピリッツと腹にかかえた四百五十キロ爆弾の威力は本物である。
ウオルドロン機が先頭を切った。日米決戦の最大の山場がいま幕を切って落とされようとしている。
そのころ山本五十六司令長官座乗の旗艦大和を中心とする主力部隊は、南雲部隊の後方五百キロの海上から戦況の推移を息を殺して見守っていた。
そろそろ攻撃を開始している時間なのに、うんともすんとも言ってこない。山本司令長官以下幕僚はじりじりしていたが、無線封止をしているので問い合わせるわけにはいかない。
米空母の存在をキャッチしながらも無線封止に自縛されて、南雲艦隊になんの連絡もしなかったのである。米軍が暗号すら使わず自由交信しているのと対照的であった。
ようやく午前五時五十五分になって、
「〇五〇〇敵空母一、巡洋艦五、駆逐艦五ヲミッドウェイノ十度二四〇浬ニ認メ此レニ向カフ」という報告がきた。
このとき山本はふと一抹の不安が胸をかすめた。
「此レニ向カフ」という言葉は「直ちに攻撃する」とも、「敵に接近中」とも両様に釈《と》れる。南雲の性格からして、敵を完全な攻撃圏内に捉《とら》えてから攻撃する確率が高いので、後者のニュアンスが濃い。だいいちミッドウェイの二百四十浬では彼我の距離がわからない。我が方はすでにミッドウェイ島を攻撃したということであるので、彼我共にミッドウェイの近海にいることはまちがいない。とすると彼我空母は相互に攻撃可能圏内に入っている。距離など確かめている閑《ひま》はない。先手を打ったほうが勝ちだ。
「すぐやれと言ってやらなくともいいかな」
山本は黒島先任参謀に自分の不安を問うてみた。
「機動部隊は米空母に備えて搭載機半数を待機させておりますので、いまさら言わずもがなのことだとおもいますが」
懐刀《ふところがたな》の黒島に言われて山本はいくらか納得したが、心の芯《しん》に不安が異物のように残っている。山本も黒島も南雲艦隊がミッドウェイ二次攻撃のために兵装転換したとは知らない。仮に兵装転換したとしても艦爆隊は海陸両用に使えるから直ちに発進できる。
だが武器を取って戦うのは南雲艦隊であり、こちらははるか後方にあって指揮を取るだけである。その指揮すら無線封止に自縛されて一言の指示もできない。いまさら用兵のイロハを口出しできない雰囲気になっている。
米空母発見の報告に大和艦橋はざわめき立った。
「これで敵空母は俎《まないた》の鯉だな」
「一航戦(第一航空戦隊)二航戦が揃《そろ》い踏みしてるのだから、敵はイチコロだろう」
「あとは南雲艦隊の包丁|捌《さば》きを見せてもらうだけだ。さぞやおいしい刺身を振舞ってくれるにちがいない」
そんな傲《おご》った言葉が幕僚の間でささやかれる。戦いの帰趨《きすう》に不安をもっている者は一人もいなかった。艦橋はすでに祝杯気分である。
「五航戦ですら珊瑚海で勝てたのだ。最精鋭の一、二航戦が万に一つも後《おく》れを取ることはあるまい」
山本は胸底深くからメタンガスのような気泡を出しつづける不安の澱《よどみ》を無理になだめた。昭和十六年九月編成されたばかりの、主力空母中最も練度の低い五航戦すら珊瑚海で勝利を|※[#「てへん+宛」、unicode6365]《も》ぎ取っているのだ。案ずることはあるまい。山本は自分に言い聞かせた。
優勢の中に敵を叩《たた》かなければ、いずれは敗ける。アメリカの恐るべき国力を知っているはずの山本自身が、優勢の中に潜んだ楽観と慢心の悪魔に蝕《むしば》まれていたのである。
3
キューア島海域に水偵を誘導して引き返した降旗は、洋上に漂う空気の抜けかけたゴム筏を発見した。だが三人の姿は見えない。しばらく周辺海域を捜索したが、三人を発見できなかった。燃料が少なくなっている。止むを得ず帰途につきかけたとき、降旗はミッドウェイの方角にキラリと光った微細な金属の破片を発見した。
「敵機接近、収容作業を止めて急ぎ帰投せよ」
降旗は水偵に合図をすると迎撃態勢を取った。菊地機はキューア島付近の海上に不時着して機長を含む搭乗員三名は戦死したと記録された。
午前六時十五分南雲艦隊は三十ノットで北上を開始した。艦体が奔流のような水|飛沫《しぶき》に包まれて大きくピッチングをする。公試運転では三十四ノットぐらい出したが、いまは飛行機、弾薬等を満載しているのでこれが限界である。午前六時二十分、監視員が敵機接近を告げた。
「艦載機だ」
「とうとう来やがった」
これがウオルドロン少佐の率いる第八雷撃中隊である。日本空母上にこれまでの楽観が吹っ飛んで悽愴《せいそう》な気が張りつめた。遂に米空母が先手をかけてきたのである。だがまだ我が方は兵装再転換が終っていない。迎撃の戦闘機が押っ取り刀で飛び立って行く。いまとなっては彼らだけが頼みの綱である。
全艦隊の負託を受けて阻止|防禦《ぼうぎよ》線に立つ零戦隊も必死である。早朝からの防空戦闘でパイロットも疲れ切っている。米艦載機の数は増加する一方である。彼らの一機でも直衛戦闘機の網を潜《くぐ》ったら。戦慄《せんりつ》が乗組員の背筋を走った。
「攻撃隊発艦準備急げ」
言われなくとも整備員、兵器庫員、搭乗員が一丸となって必死に作業を進めている。
ウオルドロン雷撃隊は海面を這《は》うようにして肉薄して来た。これまでの拙劣な攻撃とは比較にならない気迫に充ちた攻撃隊形をがっちりと組んで突っ込んで来た。
零戦が食いついた。鈍重なデバステイター雷撃機がボロボロ射ち落とされて行く。
午前六時十八分、ウオルドロン雷撃中隊は日本艦隊の攻撃を開始した。
「|繰り返す《リピート》。突撃隊形を崩すな。ジークに目をくれるな。目標は空母だけだ。第二、第四小隊は左手、第一、第三小隊は右手から行け。幸運を祈る」
ウオルドロンは最後の指示を下すと、眼前に迫った巨大な日本空母を目がけてにじり寄った。零戦が狂ったように射かけ、対空弾幕が、逆流する火のカーテンとなって視野を塞《ふさ》ぐ。どんな豪胆な者でもその光景を見ては一パーセントの可能性も信じられなくなるだろう。
怒り狂った零戦の大群が二十ミリ機関砲の牙《きば》で中隊をずたずたに引き裂いた。
ウオルドロンは右舷《うげん》より部下六機を率いて迫った。雷撃機は全速で飛んでいたが、まだ空母まで絶望的に遠い。列機が火だるまとなった。つづく一機が対空砲火に捉えられて空中分解を起こした。海面に盛大な水飛沫を上げて落下しながらも、一インチでも敵に近づこうとするかのようにのた打ちながら沈んで行く機もある。
ウオルドロンの周囲で彼が手塩にかけた部下たちが次々に海に叩き落とされていった。日本空母の対空火器は射角を下げ海面を射った。盛大な水柱に捉えられて列機が次々に海面にもんどりうった。珊瑚海で米軍が発明した作戦を踏襲したのである。部下を呑《の》み込んだ海は蒸気を噴き上げ、本領を発揮しないまま海中に沈められていく彼らの無念を示すように海面が煮えたぎった。
だがただの一機も進撃を止めようとしない。「我が合衆国の安全を脅《おびや》かす者があれば、いかなる敵であってもそのすべてと戦う」と誓った第八雷撃中隊は比類なく勇敢であった。
「おれを射て。おれに火線を集めろ」
せめてその分部下を射つ火力が減るように。――
ウオルドロンはつぶやきながらまっしぐらに飛龍に駆け寄っていた。あと十数メートルで投下射点に達する直前でウオルドロン機が爆発した。彼の機体は火の玉となりながら海面を転がった。すぐ後につづいたジョージ・ゲイ少尉機の風防に、飛び散ったウオルドロンの機の破片と水飛沫が当たるほどであった。
ウオルドロンの犠牲のおかげでゲイ機が投下射点に達した。
「神よ」
ゲイ少尉は祈りをこめて魚雷発射レバーを引いた。ガクンと機体が軽くなり、増速した。
「ベイビイ行け。たっぷりと乳房に喰《く》らいつけ」
雀躍《こおど》りするように発射された魚雷の雷跡につぶやいたとき、凄《すさ》まじい衝撃が機体に伝わった。操縦席に鮮血と肉片が飛び散り、銃手のハンティントンが零戦の二十ミリを喰らって挽《ひ》き肉のようにされていた。
だがもう一つの地獄がその先に待っていた。ゲイ機はよろめきながら隙間《すきま》ない対空弾幕の中へ突っ込んでいた。弾幕を潜ると空母の飛行甲板が目の位置より高い所に聳《そび》えている。舷側の高角砲台に取りついた日本兵の唖然《あぜん》とした顔が目の前に迫っている。ゲイは目をつむって操縦|桿《かん》を引いた。そのときゲイは「もう一度野球をやりたい」とおもった。不思議に母もガールフレンドの顔もおもいださなかった。
気がついたときは、対空砲火が後方から追いかけて来ている。なんとか飛行甲板を乗り越えたらしい。だがそこでゲイ機は余力を費《つか》い果たした。機勢を立てなおせないまま海面に落ちた。天蓋《キヤノピイ》を開いて脱出するとほとんど同時に機体が爆発した。
ゲイは束《つか》の間意識を失っていたらしい。我に返ったときは、彼の体はライフジャケットによって海に浮かんでおり、乗機は波間に消えていた。
狙った空母は攻撃前とまったく同じ姿で海に浮いている。僚機の影は一機も見えない。戦闘はゲイ機が海中に没すると同時にスイッチを切ったように終っていた。ウオルドロン中隊はゲイ一人を残して全滅したのである。
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浮かぶ熔鉱炉《ようこうろ》
1
ともかく第一波の空母雷撃機群を全機はらいのけてホッとしたものの、日本空母はその凄まじい攻撃ぶりに肝を冷やした。いま戦った敵は、それまで戦ったいかなる敵よりも勇敢で、死を少しも恐れていない。
ハワイ以来の連戦連勝に慢心していた南雲艦隊の将兵は、自分たちの相手にしているアメリカの恐ろしさを垣間見たようにおもった。
山本司令長官はアメリカを少し恐《こわ》がりすぎているのではないかというかげ口がきかれていたが、いまにしておもい知らされた気がした。死を恐れぬ大和魂は日本軍の専売特許ではないことを知らされただけでも、その衝撃は大きい。
だが一息つく間もなく監視員が新たな敵機の接近を告げた。
「敵雷撃機十数機、右舷三十度、低空にて進入」
「敵雷撃機十数機、左舷四十度、低空接近中」
敵機はすでに赤城に対して突撃隊形を取り、一本の糸のように連なって肉薄して来る。波が機底を洗うような超低空である。再び戦闘機の護衛のない裸部隊である。零戦に取りつかれてハエのように叩き落とされているが、怯《ひる》まずに突っ込んで来る。射点に達する前にあらかた落とされたが、生き残った右手の数機が魚雷を投下した。
「面舵《おもかじ》一杯」
巧みな回避によって魚雷は後落(転舵によって魚雷を艦尾へ流す)した。零戦と対空砲火と回避運動プラス敵の低|技倆《ぎりよう》にたすけられて、なんとか攻撃をはらいのけているが、敵機は次から次に来襲した。いまや日本艦隊は防戦一方になっている。火煙を噴いて堕ちているのは、米機ばかりであるが、艦隊はすでに息切れしていた。
「発艦準備まだ終らぬか」
赤城艦橋は焦った。だが直衛戦闘機の発着艦に精いっぱいで、兵装終った攻撃機を甲板へ上げることができない。
ウオルドロン雷撃中隊が全滅した後、六時四十分ごろユージン・リンゼイ少佐の第六雷撃中隊が戦場に到着した。
「だれかが一番乗りしたようですぜ」
彼らは海面に墜落機の痕跡《こんせき》を示す夥《おびただ》しい油膜を見た。油膜は光を反射して紫に輝き、外周が灰色の澱に縁取られている。無数の機体の破片が激戦の跡を物語る。一機や二機のものではない。回避運動のためにばらばらになった日本艦隊は、再び整然たる輪型陣を組み直してびくともしていない。
「こちらリンゼイ・一番機《ワン》、第六戦闘中隊、聞こえるか。応答せよ」
リンゼイ少佐はF4F戦闘機隊に呼びかけたが応答はない。快速の戦闘機隊が雷撃機隊を置き去りにして迷い子になってしまったのである。足の短い戦闘機がべつの機種と編隊を組んでいると燃料切れになるので、このような事態がよく起きる。
「あの馬鹿共が、また戦場を跳び越しやがった」
リンゼイは役立たずの戦闘機隊を呪《のろ》ったが、現実の前に仲間を責めている閑《ひま》はない。
「リンゼイ・ワン、止むを得ぬ。援護無しで突っ込む。運がよかったらまた会おう」
リンゼイ少佐は突撃を命じた。
ヨークタウンから発進した各攻撃中隊は、最も遅れて七時数分過ぎに戦場に到着した。彼らが参戦したときはリンゼイ中隊が十機を失って撃退された後であった。
「下を見ろ。先客がすでにだいぶ到着したようだがご馳走《ちそう》は手つかずにテーブルに並べられているという塩梅《あんばい》だ。より取り見取りだよ。手前の空母に攻撃を集中する。ジークのお傅《も》りを頼む」
マッセイ少佐の声が呼びかけた。ヨークタウン隊は全中隊迷わずに到着したが、戦闘機はわずか六機である。十九機は母艦の直衛に残されている。これで雲霞《うんか》の如き零戦を相手にしなければならない。
日本空母は度重なる攻撃を回避するために輪型陣を崩したまま北上している。先頭に巡洋艦二隻、つづいて東側に加賀、西側に蒼龍と赤城が展開している。飛龍一隻のみ、三隻の僚艦より北方へ突出している。
「目標は最先頭の|空 母《フラツトデツキ》、第一、第二小隊は右手、第三、第四小隊は左から行け。グッドラック」
マッセイ少佐の呼びかけと同時に第三雷撃中隊は零戦二十四機の迎撃を受けた。まだ目標は十五マイル(二十四キロ)のかなたにある。魚雷の射程は二、三キロにすぎない。
零戦の二十ミリ機銃がマッセイ中隊を雨霰《あめあられ》のように叩《たた》いた。
「ちくしょう。我が戦闘機はなにをしているんだ」
マッセイ機につづいた第一小隊のウイルヘルム・エスダース上等航空兵曹は絶望の視野に味方戦闘機を探した。だが目に入るのは鬼のような零戦ばかりである。
「だめだ、とてもテーブル(空母)まで辿《たど》り着けない」
僚機のデイビッド・ローチェが悲鳴を上げたとき、零戦の機関砲が彼の機体を引き裂いた。つづいてスーセンス、オスムス機が火を噴いた。マッセイ隊長機が二機の零戦の集中砲火に捉《とら》えられて火だるまとなった。マッセイは座席から立ち上がり天蓋《てんがい》を開こうとしたが開かない。エンジンに被弾した火は三百度から八百度の熱風となって操縦席に吹き込み、マッセイ少佐を生きながら焼いた。座席から立ち上がったのは、脱出しようとしてではなく凄まじい火熱に焙《あぶ》られての本能的な行動であったかもしれない。
マッセイ機が盛大な蒸気を噴き上げて海中に突っ込んだとき、搭乗員の生命はすでに絶えていた。
マッセイ直率の第一小隊と共に突撃したパット・ハート大尉以下の第二小隊は、もっと悲惨な地獄に翻弄《ほんろう》されていた。ハース、パワーズ、スミス、ハワード、オズベルク機が相次いで零戦の餌食《えじき》となり、投下射点のはるか前方で海に叩き落とされていた。
「どうしてあんないいやつらが死ななきゃならんのだ」
エスダースは涙を流しながらまっしぐらに空母目がけて絶望の飛行をつづけた。ボロボロと頬《ほお》を伝い落ちる涙は、破れた風防から吹き込む風にたちまち乾いて濡《ぬ》れる間もない。
僚機が撃墜されると、その分残存機に零戦の攻撃が集中して来る。いまや生き残っているのは奇蹟《きせき》である。
エスダースは打ちのめされた雑巾《ぞうきん》のようになりながらも射点に達した。祈りをこめて投下レバーを引くと右急旋回を打った。投下射点に達したのはエスダース一機だけである。
だがエスダースの祈りも虚しく、飛龍は彼の魚雷を回避してしまった。接近するのも地獄なら離脱するのはそれ以上の地獄である。怒りの形相凄まじい零戦の追撃をどのようにして振り切ったか記憶にない。
第三雷撃中隊十二機中生き残ったのは、エスダース機とハリー・コール機の二機だけである。
マッセイ隊が零戦に食い荒らされているとき、サッチ少佐の第三戦闘中隊は千五百メートル上空で零戦十五機と空中戦に入っていた。性能、火力共に劣るF4F六機と、圧倒的優勢を誇る零戦との絶望的な戦闘である。
それが日本艦隊の上空で行なわれた戦闘機同士の唯一の空中戦であった。
ロバート・ウッドはいきなり前後左右を零戦に取り囲まれていた。四方八方からのアイスキャンデーの檻《おり》の中に閉じ込められて、ロバートははっきりと自分の死を予感した。機体は二十ミリ弾によって岩なだれを浴びたように叩かれている。
急上昇し、急降下し、急旋回を打ち、左右にひねり込み、機を極限まで操って躱《かわ》しているが、零戦はピタリと食いついて来る。急激な加重で翼がたわみ、皺《しわ》が寄っている。空中分解直前であった。
「シャロン、きみにもう一度会いたい」
ロバートは絶望の視野の中に妻の笑顔を見た。
「私に会いたかったら、ゼロを振り切るのよ。死んではだめ」
シャロンが励ました。だがどうやって?
この操縦桿を握った鬼どもは狙《ねら》った獲物を絶対に逃がさない。目の前でエド・バセット少尉機が撃墜された。縦の巴《ともえ》戦に入ろうとして宙返りを打ち、頂点で背面になったときを狙われて一撃の下に斬《き》り捨てられた。空中戦の見本のような撃墜である。運動性能に優れた零戦と空中格闘の巴戦に入ったら、F4Fに勝ち目はない。ゼロをよく知っているパイロットは、決してゼロと一緒に上昇しない。
いまこの窮地を切り抜けるものは、スピードしかない。スピードを落とさずに敵の射弾を躱す以外に方法がない。
上昇力、水平速度、横転、反転、旋回能力どれ一つをとっても零戦にはかなわない。だが急降下だけは零戦は苦手のようである。この手は一度だけしか使えない。
サッチ隊が倍以上の零戦相手に苦戦を強《し》いられている足下の低空でマッセイ隊の雷撃編隊が突撃隊形を取った。食いついて来る零戦をものともせずV字編隊を組んで日本空母に肉薄している姿は健《けな》げでもあり、勇壮であった。
味方の雷撃編隊を視野の隅に認めたとき、不思議な勇気がロバートの体に湧《わ》いてきた。彼らは自分よりはるかに悪い条件で戦っている。いまは一機でも多く零戦を引きつけて彼らの攻撃を援《たす》けてやらなければならない。
そうおもったときロバートは逃げまわってばかりいた態勢から立ち直った。逃げてばかりいてはシャロンの許《もと》へ帰れない。さあ来い、おれはまだ戦えるぞ。
ロバートは翼を|※[#「てへん+宛」、unicode6365]《も》ぎ取られそうな急旋回で背後に迫った零戦をやり過ごすと、射弾を送り込んだ。零戦は意外な反撃を食って面喰《めんく》らったらしい。一瞬あの獰猛《どうもう》な零戦が素直に空中に固定したように感じられた。これまでならあっという間に急旋回、宙返りを打たれて尾部に食いつかれているはずである。
零戦の機体が妙に頼りない揺れ方を始めた。止どめを刺そうとした瞬間、錐《きり》もみ状態となって落ちていった。ロバートの射弾がパイロットを射ぬいたのである。パイロットは操縦桿を握ったまま即死していた。
2
キューア島に菊地機の救援に行き虚しく帰投して来た降旗は、母艦上空に殺到している敵機編隊を認めた。母艦から全戦闘機が舞い上がって必死の防空戦闘を展開している。
「我これより戦闘に参加する」
と機速を合わせていた水偵に合図すると、降旗は空中戦に身を挺《てい》そうとした。そのとき彼は層雲の上の高空にキラキラ光る金属の破片を見たようにおもった。母艦の直衛戦闘機は低空で侵入して来た米雷撃機を阻止するために全機舞い下りて来ている。
あの高みにいるのはなにか。戦慄《せんりつ》が降旗の背筋を走り抜けた。もし敵の急降下爆撃機がガラ空きになった空母上空へ来たら、対空火器だけでは防ぎ切れない。
降旗は零戦の上昇力の全能力を上げて高空へ駆け上がった。高度五千メートルにまで上がった降旗は絶望で目の前が暗くなった。海に貼《は》りついたような白雲の上に光のみなぎる空が広がっていたが、降旗にはそこに展開した光景が、死の色に塗りつぶされているように見えた。
空を埋めるばかりの夥しい米急降下爆撃機の大編隊が、舌なめずりをしながら母艦上空に忍び寄っている。仲間の零戦は低空で雷撃機を阻止するのに夢中で気がつかない。気がついてももう遅い。
すでに爆撃編隊は攻撃針路に入っている。降旗単機ではとても防ぎ切れない大群である。
「敵爆撃編隊約五十機上空に接近中」
降旗は母艦に無電を発しながら単機でドーントレス爆撃機の大群に立ち向かおうとした。
後部の銃座に各二挺、戦闘機対爆撃機の機銃の命中率は七対一と言われるが、約五十機の大編隊百挺の機銃を集められたら、死角がまったくなくなる。そこへ単機で突っ込むのは自殺に等しい。単純計算でも命中比率は逆転することになる。
だが襲来する米機編隊の前に、いま降旗一機しかいなかった。自殺を承知で敢えて飛び込むのが、彼にあたえられた任務であった。
このとき降旗が発見したのは、ヨークタウンから発進したマックス・レスリー少佐|麾下《きか》の第三爆撃中隊十七機とエンタープライズから発進したクラレンス・マクラスキー少佐率いる第六爆撃中隊三十三機である。彼らは指示された海域に到着したものの、日本空母を発見できなかった。北に転針して二十五分燃料が乏しくなったころ、眼下にマッセイ機の攻撃を受けて交戦中の日本艦隊を発見したのである。レスリー隊は発進が一時間遅かったが、目標に向けて最短距離を飛び、その頭上でマクラスキー隊と出会った。空母頭上はガラ空きである。
雷撃隊に気を取られて料理の最もおいしい所が、彼らの前に蓋《ふた》を除《と》られて差し出されているようなものである。
日本空母上には発艦準備成った搭載機が翼を寄せ合って発進命令を待ち構えている。
飛び立てば一機一機が恐るべき破壊力をもっているそれら搭載機が、母の懐に抱《いだ》かれている雛鳥《ひなどり》のように可愛《かわい》らしくすら見える。
「見ろ。美味《おいし》そうな|ヒヨコ《チツキン》が勢揃《せいぞろ》いしてる」
雲上に忍び寄った米機は狼のように牙《きば》から唾《つば》をたらした。
このとき、アメリカ側は百四十八機を繰り出し、ウオルドロン隊十五機全滅、リンゼイ隊十機、マッセイ隊十機喪失、六機がボロボロになって帰還、ホーネットの戦爆連合四十五機は迷い子になって戦闘に参加せず、サッチ隊六機が零戦相手に交戦中であり、グレイ隊六機は燃料不足で引き返し、残存兵力、エンタープライズとヨークタウンの爆撃機五十機となっていた。
この中レスリー隊の四機は、安全解除装置の故障で爆弾を失っている。だが残存機四十六はまったく無傷で日本艦隊の頭上に犇《ひしめ》いている。
マクラスキー隊をエスコートして来たジェイムズ・グレイ大尉率いる第六戦闘中隊六機は、コースを迷っている間に燃料が乏しくなって途中から引き返した。
またしても米爆撃隊は戦闘機の援護なしに突っ込む破目になった。だが三艦から発進した雷撃隊三個中隊は、彼らに素晴しいプレゼントをした。彼らの犠牲のおかげで零戦は本来の持場を離れてしまったのである。
「雷撃機がボロボロ食われてるぜ」
「彼らの犠牲を無駄にするな」
眼下に足長蜂の群に襲われた蜜蜂《みつばち》のような味方雷撃隊の悲惨な最期を見ながら、レスリー隊とマクラスキー隊は報復の決意を固めた。
「前方にゼロ一機、編隊を固めて集中射撃せよ」
レスリー少佐が呼びかけた。ただ一機の降旗機が大編隊の前に立ちはだかった。大編隊の集中砲火が隙間《すきま》もなく犇く空間を、前上方から側方へ背面がかって真っ逆さまに駆け下りざま、降旗は最先頭機に一撃を加えた。
零戦の機体がハンマーで叩かれたような音をたてガクガクと揺れた。一撃離脱して機勢を整えようとしたが、パワーが戻らない。敵の編隊は白煙に包まれているが、それは降旗を狙《ねら》った集中射撃の硝煙である。
見る間に先頭機の機速が衰え、編隊から脱落して沈降して行った。同時に降旗機のエンジンが息を継ぎ始めた。いまの集中砲火で被弾したらしい。風防ガラスが破れて風圧で身体《からだ》が押された。
編隊の先頭集団は母艦上空に達し、突撃態勢に入った。まだ母艦は気がつかない。網でもあったら張りたい気持である。
視野が曇った。手で拭《ぬぐ》うとべっとりと血がついてきた。破れた風防から吹き込む風が傷口の血を吹き飛ばしていく。止血帯を押し当てて、応急手当をする。幸いに破片が額に当たっただけで、深刻な怪我《けが》ではなさそうである。フットバーを踏もうとしてぎょっとなった。左足が異様に重く、機底に血がたまっている。飛行靴が破れてそこからじくじく血が溢《あふ》れている。
機体のコントロールも怪しくなってきた。左右両翼に数発、フラップに三発、胴体の至る所に弾痕《だんこん》がある。方向|舵《だ》は破れた団扇《うちわ》のようになり、いつ吹っ飛ぶかわからない。百挺の機銃の集中射撃を潜り抜けて来たのであるから、曲がりなりにも空中に浮いているのが奇蹟である。
だがこのよれよれの機が帰るべき母艦は風前の灯であった。米爆撃編隊の中を駆け下りた降旗機が必死になって態勢を立て直そうとしている前に、突然一機のF4Fが現われた。全弾射ち尽くして空戦圏から離脱して来たロバート・ウッド機である。
避けも躱《かわ》しようもなくいきなり同位戦に入った形の両機は愕然《がくぜん》とした。彼我いずれも戦える状態にない。両者はたがいの顔が見えるまで接近して離れた。ロバートの機も満身|創痍《そうい》であった。どちらも相手が自分を見逃してくれたとおもった。
3
一機の零戦の迎撃にあってぎょっとさせられたものの、ヨークタウンとエンタープライズから発進した爆撃編隊は機数に応じて獲物を分け合い突撃隊形に入った。左翼先端に目標を見ながら機を左にひねり込みダイブに移る。
超低空で突撃して来たウオルドロン隊の雷撃をはらいのけた日本艦隊はへとへとになっていた。大奮闘した零戦もそれぞれの母艦に戻り、弾薬と燃料の補給を受けている。残存直衛機も低空にいる。この束《つか》の間日本空母群は、まったくの無防備であった。
このとき赤城艦橋では激しかった第二次空襲が一段落してホッと一息ついていた。
ようやく兵装準備が終り、全攻撃機が飛行甲板に勢揃いした。
南雲長官は頼もしげな彼らの姿に満足げな目を向けていた。
「これだけ多数の敵機の襲撃を受けてかすり傷も負っておらん。我が軍の練度は素晴しいものだ。いよいよ本領を発揮するときがきた」
これまで防戦一方であったが、いよいよこちらから反撃するときである。彼らは眼前に展開された大スペクタクルシーンに陶酔していた。自分の生命を賭《か》けた者だけが見られる決戦であったが、彼らは戦いのむごたらしさを忘れ、素晴しいショーを見せられたように興奮している。見る者も自らを死の淵《ふち》に臨んだ席においての観戦であるが、その事実を忘れていた。
群がる敵機を蚊か蝿のように片端から叩《たた》き落とした無敵の零戦が、世界無比の雷撃機や爆撃機を援護して行けば勝利は手に入れたも同然とおもった。
乗組員に五目にぎり飯の戦闘食が配られた。七時二十分赤城以下各母艦が風に向かって立った。燃料と爆薬を満載した各攻撃機が、出発位置で発進命令をいまや遅しと待ち構えている。エンジンが起動し、飛行甲板上に轟音《ごうおん》が耳を聾《ろう》した。十五分間で全機の発艦が終る。米機動部隊は完全に彼らの射程に入っている。
雲高千ないし千五百メートル、雲量六、雲は次第に増えてきている。視界六十キロで良好であったが、上空に雲があった。雲の切れ間からの見通しは悪く、見張員は疲れていた。雲の上に忍び寄った悪魔にだれも気がつかなかった。直衛機は低空を相変らず旋回し、数百門の矢先(対空火器)はすべて水平に向けられている。
七時二十三分、待ちに待った「発艦始め」の命令が伝えられた。飛行長が白旗を振った。最先頭の機が飛行甲板を滑り始めた。艦橋やポケットから盛大な歓呼の声が起きる。
「今度はおれたちの番だ」
全搭乗員が眉宇《びう》に決意をみなぎらせている。そのときであった。見張員の「敵機上空」という悲鳴のような声が湧《わ》いた。
全機の発動機の轟音の中を、見張員の声は飛行甲板に居合わせた者の耳に確実に届いた。愕然として振り仰いだ乗組員の目に高空からダイブに移った急降下爆撃機の黒い機体が、雲間からみるみる容積を大きくしてくるのが映じた。それは彼らに悪魔の使者のように見えた。
ほとんどの対空火器が、矢先を向けかえる閑《ひま》がない。わずか数挺の機銃が射角を上げて火蓋《ひぶた》を切った。だが時すでに遅く、投弾距離に迫った機体から悪魔の申し子が分娩《ぶんべん》されたように黒い物体が切り離されている。四百五十キロ爆弾である。
4
マクラスキーは自分が雷撃隊の犠牲の上に絶好のチャンスをあたえられたことを知っていた。しかも彼の下には四百五十キロ爆弾を一個ずつ咥《くわ》え込んだ爆撃機が三十三機いる。これで一発の命中弾も出さなかったら、死んだ戦友に顔向けできない。
マクラスキーは攻撃に当たって兵力を二手に分けた。だが勇み足の部下たちの大半は隊長機につづいてもよりにいた最も大きい艦「加賀」に突入した。
ベスト大尉は残存機四機を率いてやや離れている艦に向かった。それが赤城であった。彼らが艦名を知ったのは後であるが、迎撃機一機もなく、対空砲火の弾幕もなく、妙に平穏な空間を操縦限界の七十度で急降下しているとき、彼らは標的艦に投弾練習しているかのような錯覚に陥った。こんなはずはない。やつらはなにか大きな罠《わな》を張って待ち構えているにちがいない。
ほぼ同じ時刻に戦場に到着したヨークタウンのレスリー隊は、マクラスキー隊に比べて兵力が少ないので兵力を一艦に集中した。彼らが狙ったのは蒼龍である。雷撃機の攻撃を一手に集めた飛龍は、三僚艦から離れた位置にいて雲の下に隠れていた。
中隊の十七機中、爆弾をもっているのは、十三機だけである。残りの四機は本当に唾でも吐きかけたい気持であった。しかも爆弾を失ったのは最も熟練したパイロットであり、後生大事にかかえ込んでいるキャンベル、ハンセン、ワイズマン、シャーウッドなどは今日が初めて爆弾をかかえての飛行である。できることなら機を交換したい。
戦力を失ったレスリー少佐は、自機の最も効率よい利用方法を考えついた。まず自分が先頭に立って無爆弾機《ボムレスプレイン》三機と共に爆撃コースを嚮導《きようどう》すれば、対空砲火を吸収し、残った攻撃機を適正射点へ導くことができる。
これ以上の廃物利用≠ヘない。レスリー少佐はゾッとするようなおもいつきを直《ただ》ちに実行に移した。
「いいか、教えられた通りにやれ。チャンスはただ一度だけだ。男だったらドカンと一発|喰《く》らわせてやれ。おれの後に従《つ》いて来い」
レスリー少佐は先頭に立って目標を左翼のつけ根に引き寄せると機を左下にひねり込んだ。爆弾はもっていないが部下を投弾位置へ嚮導することはできる。それこそ技倆《ぎりよう》不足の部下のために目と足になってやるのだ。
ウイルソンが高度のカウントを始めた。下方の目標物が炸裂《さくれつ》した。ようやく彼らに気づいて対空砲火を射ち上げて来た。
「爆弾のない機に当たれ」
レスリー少佐は彼と部下の家族が知ったら身慄《みぶる》いするようなことを祈りながら、眼下の地獄目がけて真っ逆さまに突っ込んで行った。七十度近い降下角度のために身体が操縦席の外へ放り出されそうに不安定になる。
距離四百で機体を引き起こす。マッチ箱のように小さかった空母の甲板が視野いっぱいに広がり、右往左往している乗組員の姿が見える。もし自分が四百五十キロ爆弾をかかえていたら、あの甲板のど真ん中に打ち当てる自信があった。彼は空の投下レバーを引いた。唾の代りに機銃掃射をかけて反転上昇に移る。
「うまくやってくれよ」
投弾位置を部下に譲って機体を引き起こす間の背中のうそ寒さは、地獄に密着したパイロットの感覚である。地獄に向かって突っ込んで行くときより、このときの方が恐い。生に向かって駆け戻る間、忘れていた恐怖が目覚めるというよりは、自衛本能の恐怖であろう。
機体を引き起こして空母を振り返ったが、何事も起きていない。発狂したような対空砲火が追いかけて来る。
ホルムベルク、シルゲル、キャンベル、ハンセン機が反転上昇にかかっている。つづくシャーウッド機が投下位置よりはるか上空で投弾して引き起こしにかかった。
「あの臆病者《おくびようもの》が、あんな上から落としていたらオアフ島にも当たるまい」
役たたずめ! レスリーが口中に罵《ののし》ったとき空母の中部甲板が炸裂した。つづいて前部甲板に閃光《せんこう》が迸《ほとばし》った。衝撃波に上昇中の機体がガクッと持ち上げられたようである。
「やった。役たたずどもが遂にやった」
レスリーは腹の底から歓喜が突き上げてきた。シャムウェイ、ワイズマン、メリル、ベンソンの各機が次々に投下位置へ駆け下りている。レスリーが嚮導したコースを忠実になぞり、教科書通りに投弾している。メリルは爆弾をもっていないはずである。レスリーはこのときほど部下の姿がいじらしく健げでそして愛らしく見えたことはない。
「あいつらできるくせに隠してやがった」
憎いやつらだとおもったとき、彼らが衝撃波に捕まらないかと心配になった。この高度にいても機体を揺り上げられた。投弾位置で先発命中弾の衝撃を受けて無事でいられるか。
噴き上がる爆煙に隠されてシャーウッド以下の機が見えない。案じているとシャーウッド機につづいてシャムウェイとワイズマン、メリルの機が駆け上がって来た。
「よかった」
ホッと一息ついたとき後部甲板からまた火炎が噴き上がった。だれの投弾が命中したのかわからないが、理想的な命中部位である。
爆弾は飛行甲板に待機していた搭載機の燃料と爆薬に引火して盛大な誘爆を惹《ひ》き起こしつつあった。
バトラー、エルダー、クーナーの三機は、これ以上の攻撃は無用と判断して目標を付近の戦艦と軽巡に変えた。
蒼龍と相前後して加賀、赤城も被弾した。加賀は舳先《へさき》部分、中部甲板左寄り、前部リフト付近、艦尾|右舷《うげん》に計四発、赤城は飛行甲板左舷後縁、中部リフト付近に計三発、被弾時刻は前者が七時二十三分、後者が同二十四分、蒼龍が同二十五分以後となっているが、蒼龍が最も早く被弾したという説もある。となるとヨークタウン攻撃隊が殊勲の一番乗りということになる。
「すでに勝利は手にしたも同然」
赤城艦橋では発進命令を武者震いしながらいまや遅しと待ち構える攻撃機の勢揃《せいぞろ》いを見下ろしてだれ一人として勝利を疑う者がなかった。
そこを衝いて雲間を這《は》い、太陽を背負って一撃必殺の刺客は忍び寄っていたのである。愕然として防禦《ぼうぎよ》の構えを取りかけたときは、のど笛を深々と抉《えぐ》られていた。
轟音が耳を劈《つんざ》き、閃光が視野を白くした。艦体が激しく震動し、艦橋の参謀は固定された物体にすがりついた。最初の爆発は三度つづいて台風の目のような異様な静寂が圧した。
「被害を調べよ」
敵機はすでに去ったらしい。
「被害を調べよ」
南雲司令官は繰り返して命じながら不吉な予感におののいていた。初発の爆発そのものは大したことはない。二、三発の爆弾で沈むような艦ではない。
だが飛行甲板には爆薬と燃料を満載した搭載機が犇《ひしめ》いている。
「加賀、蒼龍火災発生」
自艦の損害より僚艦の被害が報告された。そんな報告を受けなくとも、両艦から黒煙が天に沖《ちゆう》しているのが見える。
「消火作業急げ」
愕然として色を失った艦橋に茫然《ぼうぜん》としている時間はない。次の瞬間艦橋の首脳は、初期爆発とは異なる赤黒い閃光と、腹の芯《しん》から衝き上げるような衝撃を感じた。至近距離の落雷のような轟音が耳を聾し、爆風が甲板にいた者を薙《な》ぎ倒した。
南雲の恐れていた誘爆が始まったのである。艦隊の悪魔の申し子たちは敵に向けるべき刃《やいば》を母体に向けてきたのだ。
中部リフト付近に落ちた一弾は、甲板に大きな破孔をつくり、折しも発艦中の戦闘機を吹き飛ばし、逆立ちさせた。そのタンクから漏出した燃料が艦の傾斜と共に搭載機の列へ帯を引き、火が舌なめずりする蛇のように伝わった。火の蛇の上で魚雷や二百五十キロ爆弾が焙《あぶ》られている。甲板には取りはずされたばかりの陸用爆弾が積まれている。ゾッとする光景であった。
「総員防火配置に就け」が下令された。機関科の消防ポンプが全力運転される。
誘爆を恐れず泡沫《ほうまつ》消火器を手にした勇敢な防火班が駆け寄って行く。
「遅い、退避しろ」
だれかがどなった声を半ばに閃光が迸った。遠方にいた者は機体の破片と共に防火班員や整備員の首、手足、胴などが千切れて吹き飛ぶ光景をはっきりと見た。
まだ誘爆しない魚雷や爆弾も弾体が熱くなっている。連続する爆発に艦体は絶え間なく揺れ、立っていられないほどであった。飛行甲板に黒煙と炎が這《は》い、その下を搭乗員や整備員が逃げまどっている。甲板上には火を噴く機体破片や人体の部分が散乱した。全身火だるまとなった整備員が海へ飛び込み、逃げ場を失った者がボロボロとこぼれ落ちるように後を追った。
黒煙の後から赤い炎が追いかけて来ると、誘爆はますます本格的になった。凄《すさ》まじい爆風を受けて火を噴きながら海中に吹き飛ばされる機体、飛行甲板を火流に載って人間が焼芋のように転がる。
その間も艦は風に向かって最大戦速で航行しているので火煙は後方へ吹き流され、後部甲板にかたまっている搭載機や持場を死守していた搭乗員を容赦なく追いつめた。
「搭載機を海へ捨てろ」
整備科分隊士が咄嗟《とつさ》の機転でまだ火の手のまわっていない機を海中へ投棄しはじめた。せめてこれ以上誘爆を広げないために虎の子の搭載機を海へ捨てようというのである。
だがそんな姑息《こそく》な手段ではもはや手遅れだった。ガソリンに乗ってまたたく間に版図《はんと》を広げた火魔は、飛行甲板を舐《な》め尽くし海中に落ちた機体まで追いかけて来た。火は海面に漏出した燃料に燃え移り、海の上まで燃えていた。
投棄する機体ごと海へ飛び込んだ兵員は、煮えたぎる海水の中で焼け死んだ。
破壊された燃料タンクから漏出したガソリンは、破壊口から艦の傾斜に従って滝のように上中下段格納庫や船底のボイラー室へ流れ落ちて行く。それを流下速度より速く火の蛇が鎌首《かまくび》をもたげて追いかけて行く。それはまさに火の滝であった。
格納庫には兵装転換で取りはずされた陸用爆弾が弾庫へ収納する間もなく転がされている。誘爆が上部から艦の深部へと波及していった。
火薬庫、爆薬庫への注水が始まっていたが、消火管系が被爆して水圧が下がり、ほとんど使用不能となっている。
「格納庫密閉」
の命令が下った。すでに格納庫密閉消火ドアが被弾している。残るは移動式の泡沫消火器だけであるが、全艦規模の大火災の前に「焼け石に水」である。
艦内部の爆発と火災は、各区画に隔絶されているために上部よりもいっそう悲惨である。格納庫内で一斉誘爆の渦に取り囲まれた整備員は、一千度を超える超高熱に焙られて、一瞬の間に血液が沸騰し、血管を爆竹のように破裂させ、蒸発し、そして炭化してしまった。
いまや火の手は艦内のあらゆる部位に及んでいた。鉄の支柱や防水扉がアメのように曲がり塗料は溶けて泡を噴き、たちまち粉となった。通路には火炎放射器を浴びせたように火流が走り、破孔から吹き込んだ酸素を補給されては侵略の版図を広げていく。まだ火の手のまわらない個所には濛々《もうもう》たる煙がたちこめて兵員を窒息させた。
通信系統はずたずたにされ、艦内は停電になった。もはや消火どころではない。兵員は逃路を求めて血眼になった。だがその視野は煙に塞《ふさ》がれ、呼吸が困難になっている。
逃げる通路に横たわっている死体につまずいて倒れた上に、また後から来た者がつまずく。そこへ天井が抜けて燃える鉄板が蓋《ふた》をした。全艦体が断末魔の痙攣《けいれん》を始めた。
艦橋にも火の手が迫っている。いまや空母はその機能を完全に喪失して「浮かぶ熔鉱炉《ようこうろ》」となっていた。
「長官、今後の戦闘指揮のために旗艦を長良に変更しますので、ご移乗ください」
草鹿参謀長が進言したが、南雲は生《なま》返事をするだけでいっこうに動かない。眼前に進行している光景が悪夢のように信じられないのである。
「長官、時機を失しますと、ここから脱出できなくなります。まだ飛龍と艦隊の大部分は健在です。長官には全軍の指揮を取っていただかなければなりません」
源田も気が気でないように勧めた。すでに艦橋にも火の手が迫っている。
「まだ艦内には多数の兵員が残っておる。部下を見すてて将旗を移すわけにはいかん」
南雲がようやく答えた。南雲の表情は悲痛であった。自分の作戦指導の下に帝国海軍の虎の子空母を一挙に三隻失い、多数の将兵を死に追いつめてしまった。元はといえば温情から発した用兵がこの悲惨な結果を招いたことをおもうと、南雲はその重大な責任に心身共に押しつぶされそうであった。
「まだ負けたと決まったわけではありません。長官、赤城は私が責任をもってお引受けいたします。一刻も早くお移り下さい」
青木艦長が声涙|倶《とも》にくだる口調で訴えた。
それでもまだ南雲は動かない。そのとき全身から煙を立てながら反保機関長が熱くなった梯子《はしご》をよじ上って艦橋に這い上がって来た。
「ボイラー室では全員窒息しかけながらも必死に機関を動かしております。全員退避させてよろしいでしょうか」
反保機関長は息も絶えだえに訴えた。衣服が至るところ焦げてくすぶっている。彼がここまで辿《たど》り着くまでに潜り抜けて来た地獄を如実に物語っていた。
艦橋の首脳は愕然《がくぜん》とした。まだ艦が最大戦速で航行していたことを忘れていたのである。地獄の釜《かま》と化した艦底で機関科員は持場を離れず艦を動かしていた。
「直ちに全員退去させよ」
電話が通じないので、伝令がロープを伝い艦長の退去命令を伝えに艦底へ向かって炎と煙の充満したラッタルと通路を走ったが、彼がボイラー室へ辿り着けたかどうかだれも知らない。ボイラー室を死守していた機関科員は、全員閉じ込められて生きながら燻製《くんせい》にされたのである。
火の手はいよいよ艦橋に迫った。通路はすべて火に塞がれていた。艦橋のフロントウインドウからロープをたらしてそれを伝って下りる以外に方法がなかった。
「火がロープに移りかけています」
鈴木副長が悲痛な声をあげてうながした。ロープを焼かれたら脱出路を完全に絶たれてしまう。
火魔はいまや全艦を版図におさめて、仕上げを施そうとしていた。誘爆の間隔がようやく開いてきた。爆発がおさまり、火が主役となって盛大な群舞を始めている。最大の好物であるガソリンと火薬を食い尽くした火は、可燃物のすべてに貪欲《どんよく》な赤い舌をのばしていた。
艦の構造材、支柱、床、食糧倉庫、衣料倉庫、医薬品、兵員私物、汚物貯留所、ゴミ集積所、防弾用ロープ、廃油すべてが燃えていた。
機関室のボイラーが破損したらしく蒸気の塊が噴煙のように噴き上げてきた。
炎に焙られ、熱湯に茹《ゆ》でられた兵員の死体が逃路の障害となり、それが新たな死体の山を築いている。
ようやく上部甲板に逃《のが》れ出ても、そこは熔鉱炉のように燃え盛り、わずかに焼け残った個所はフライパンのように熱せられている。赤城は左舷に緩《ゆる》やかに傾斜したまま、まだ動いていた。機関科が全滅したはずなのに、断末魔のあがきのようにのたうっている。いまや巨大空母はその機能を完全に失い、なんの役にも立たない屑鉄《くずてつ》の塊と化していた。
だがまだ赤城は虫の息ながら生きていた。戦闘力の悉《ことごと》くを失いながらも海上に浮いていた。それはせっかく火魔がありついた獲物を海に引き渡すのを拒んでいるかのように、浮かせたまま燃え得るすべてのものを、最後の小骨の一片までも漁るハイエナのように燃やし尽くそうとしている。
中部リフト付近に落下した爆弾から発生した誘爆は、飛行甲板、上部、中部格納庫、搭載機、魚雷、爆弾、燃料、搭乗員待機室、兵員居住区等に次々に触手をのばし、一挙に合体して大火災となった。
急激で激烈な一次火災の後、残忍で執拗《しつよう》な二次火災が残存する可燃物を狩り取って行く。
七時四十五分、南雲長官がようやく動いた。副長や幕僚にたすけられながらロープを伝い下りた。艦橋が急にガランとなった。残っているのは青木艦長、三浦航海長、増田飛行長、淵田中佐の四人である。彼らは艦と運命を共にするつもりである。
唯一の脱出ルートであるロープ先端が燃え始めている。いまや艦橋は落城間際の天守閣であった。停電で消防ポンプは使用不能となり、わずかに手押しポンプで火の大軍に手向かっている。
火煙が航行に従って後方に吹きなびくために前部の飛行甲板のみ焼け残っていた。そこへ生き残った者が集まって来た。
みな煤《すす》と油で汚れ、目が充血し、顔面に火傷を負っている。ひどい火脹《ひぶく》れで識別できない者もいる。戦友にたすけられてここまで来た負傷者も多い。ここに顔の見えない者は、海に落ちたか、艦内に死体を放置、あるいは閉じ込められた者である。飛行甲板で身動きできず生きたまま火葬≠ノ付されている者もあるが、どうすることもできない。
たすかった者も、自分が生きているとはおもっていなかった。茫然として、帝国海軍の誇りであった四万一千トンの巨大空母の臨終に立ち会っている。僚艦加賀、蒼龍も同じ運命を辿っている。信じられない悪夢を信じないまま茫然自失しているのである。十六時二十五分全員退艦した。十五時四十三分日没後の退艦であったが、燃える母艦の反映で海は赫々《かつかく》と照らされている。
四百五十キロ爆弾四発を艦体全身にわたって受けた形の加賀の被害は、被爆三艦の中で最も悲惨な状態に叩《たた》き込まれた。
艦橋近くの中部甲板に命中した一発によって、艦長岡田次作大佐以下の艦首脳部が戦死した。艦橋は破壊されたものの、加賀の機能は生きていた。
致命傷となったのは飛行甲板上の燃料トラックの引火である。火の噴水となって爆発したトラックはあっという間に飛行甲板を火の海として、必死に立ち上がろうとしていた加賀に止どめを刺した。
十四時ごろ、戦死した艦長に代って指揮を取っていた飛行長天谷孝久中佐が全員退艦を命じた。退艦後二時間加賀は「燃える墓場」となって漂流した。やがて弾火薬庫に火がまわり艦体が引き裂かれた。十六時二十六分裂け目から猛烈な蒸気を噴出しながら海に吸い込まれるように沈んで行った。北緯三十度二十・三分、西経百七十九度十七・二分の水域とされる。
5
蒼龍が陥った状況も救い難かった。中央リフト艦橋付近で炸裂《さくれつ》した一弾は、艦橋のフロントウインドウを吹き飛ばして熱風で中にいた者を焙《あぶ》り立てた。髪は焼け焦げ、顔面火脹れになり、見分けがつかなくなった者もいた。固定されていない物体はすべて吹き飛ばされていた。
飛行甲板はさらに悲惨であった。発進命令を待って出発位置に就いていた各攻撃機は、爆風に薙《な》ぎ立てられ、操縦席に乗っていた搭乗員もろとも飛行甲板の上で凄《すさ》まじい破壊の渦を巻いた。機体と人間が千切れ、重なり合い、爆風に攪拌《かくはん》された。そこへ後続する誘爆により燃える航空燃料がシャワーのように降りかかって来る。
飛行甲板のオーブンの上で燃料にまぶされた人体と機材と艦橋建物の破片がごたごたにされて焼き立てられ、焙られていた。死者も生死不明の者も、まだ生きている者も、同じ焦熱地獄の中で恐しいごった煮の素材とされている。
艦はだれの目にも絶望的に映じたが、艦長柳本柳作大佐は艦を救うべくあらゆる手段を講じていた。
十時四十分、ボイラーが沈黙し、艦は漂流を始めた。ひっきりなしに誘爆がつづいていた。もはや打つ手はなしと判断した柳本大佐は総員退艦を命じた。艦橋にも火が迫り、柳本艦長は艦橋にいた者にも退去するように命じた。だが艦長は一人動こうとしなかった。
「艦長は艦と運命を共にするおつもりらしい。艦長を死なせてはならん。おまえ艦長を説得してなんとしてでもお連れしてくれ。止むを得ぬ場合は引っかかえて海に飛び込め」
小原副長から頼まれた運用科の阿部一曹は、艦橋へ引き返した。阿部は海軍相撲の横綱であり、海軍内切っての膂力《りよりよく》の持ち主である。阿部が艦橋へ引き返すと、柳本艦長は、艦橋右舷の信号台に立っていた。軍刀を手に迫る火の手を背負い、逆光の中に動かざるシルエットとなった艦長には、侵し難い威厳があった。
「艦長をお連れに阿部まいりました。乗組員全員がお待ちしております。どうか自分と同道願います」
阿部は挙手の礼をして言った。
「志は有難いが、自分は艦長として艦に最期までつき合う。責任を取るのではない。また死んで取れるわけでもない。蒼龍を一人で海の底へ沈めたくないだけだ。みなの者によろしく伝えてくれ」
柳本は淡々とした口調で言った。
「それでは私もお伴します」
「それはならぬ。艦と運命を共にするのは、艦長一人で十分だ。おまえにはべつの死に場所がある。早く行け」
「艦長」
「退路を断たれるぞ。私にかまうな」
柳本は断乎《だんこ》たる口調で言った。阿部はその気迫に打たれた。こざかしい膂力など用いられる相手ではない。柳本艦長は日本海軍の中で最も人望のある艦長であった。
「艦長は艦と運命を共にする」という海軍の伝統に従ったわけでもない。むしろそれは責任を取る形を取りながら、自己の死をもって責任の追及に終止符を打つという発想かもしれない。武士の切腹と相通ずるところがある。
生き抜いて自分の能力を究極の勝利を|※[#「てへん+宛」、unicode6365]《も》ぎ取るために役立てるほうが、艦の喪失を償うという考え方もあるだろう。
そのときの柳本の姿には事後の詮索《せんさく》や批判を超絶した侵し難い人生の完成美があった。
柳本は蒼龍と運命を共にすることによって自分の人生を完成したのである。もし阿部一曹が力ずくで柳本を連れ出したとしても、それ以後の余生≠ヘ柳本にとって不本意なものとなったであろう。
阿部一曹には柳本の言外の意志が伝わった。
「艦長、お別れします」
豪気の阿部が滂沱《ぼうだ》たる涙に頬《ほお》を濡《ぬ》らしながら訣別《けつべつ》の敬礼をした。火熱がたちまち涙を乾かしていく。
「うむ」
柳本も答礼した。影となった柳本の顔は読めなかったが、常のように慈愛に満ちた表情であることがわかった。
艦橋の温度が上がっている。体内から汗が噴き出てたちまち蒸発していく。艦の傾斜が増してきたようである。もはや一刻の猶予もならない。蒼龍はその後十六時十五分ごろに沈んだ。暗い海を焦がしながら艦尾からゆっくりと沈んでいく蒼龍の姿は、だれも否定できない悲愴美《ひそうび》の極致にあった。
乗組員が移乗した駆逐艦浜風、磯風艦上でだれかが「海ゆかば」を歌いだした。歌声はたちまち全員の唱和となった。
十六時十二分、蒼龍は艦尾からゆっくりと海に吸い込まれ、艦首が垂直に近い形で高々と空を指したところでいったん停《と》まり、そして一挙に水中に没した。それは蒼龍の六年五か月十五日の短い生涯の完成であった。
十六時二十分、深海の超高水圧に圧《お》し潰《つぶ》された蒼龍の巨体は、海底火山のような凄まじい爆発を海面に伝えた。北緯三十度四十二・五分、西経百七十八度三十七・五分の水域とされる。
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免刑なき死刑台
1
十五時四十三分日没後も三艦は燃えながら、しばらく海面に浮いていた。暗くなった空と海を染めて盛んに燃えつづける三艦は、世界最強を誇った日本海軍がその傲《おご》りの絶頂から奈落《ならく》へ突き落とされる葬送の送り火であった。
まず蒼龍が沈み、つづいて加賀が逝き、赤城のみ、依然として浮いていた。燃えるべきものはすべて燃え、骨格だけになって浮いている赤城は浮かぶ火葬場であり、遠目には燃える檻《おり》のように見えた。
戦闘が終息した後の海域には、日米両軍の生存者が漂っていた。日本軍の兵員は、母艦の被弾後、あるいは沈没後海に放り出されたものであり、米軍は撃墜された飛行機の搭乗員である。日本駆逐艦ができるだけ救出に当たったが間もなく日没となり、漂流者は暗い海面に置き去りにされた。
海面には油膜が蔽《おお》い、多様な浮遊物が漂っていた。置き去りにされた漂流者はそれらの浮遊物にすがって、当てのない救出を待っていた。一個の材木の破片に日米の兵士が取りすがっている場面もあった。彼らは絶望という共通の連帯の下に暗い海を漂流していた。漂流者の数比は圧倒的に日本軍のほうが高かった。多数の日本軍の漂流グループに辿《たど》り着いた米軍の少数または一人の漂流者の運命は、悲惨であった。米軍兵士はたちまち多数の日本軍漂流者によって突き放され、海に沈められた。
彼らが共有した絶望も、数に比例し、一対一では船板を共有した両兵士が、数比に応じて漂流しながら敵意をよみがえらせ、戦いを継続した。そんな戦いが、味方の救援が来ぬ限りまったく無意味であることを知りながらも、母艦を沈めた敵兵に対して憎悪をむき出しにした。
戦場では人間性も非人間性もむき出しにされる。敵を殺さなければ自分が殺されるという絶対的な戦いの構図の枠の中で、自分一人が生き残るためには戦友をも見捨てなければならないという場面も展開する。友を見捨てるにしのびず共に死んで行った者もいれば、生き残る意志の下に友を見捨てた者もあるだろう。生者死者いずれにしても同じ地獄を覗《のぞ》いた。死んだ者は永久に語らず生き残った者は口を閉ざした。
2
三艦が被弾したとき、飛龍のみ北方に突出しており、雲の下に隠れて健在であった。飛龍の乗組員たちは、三艦が被弾して炎上している様を呆然《ぼうぜん》として見ていた。
飛龍艦上にいる者は、僚艦を襲った悲運に対して遠方から歯ぎしりをしているだけでなんの救援もしてやれなかった。
だが戦いはまだ終っていない。七時四十六分、南雲長官以下駆逐艦野分(風雲説もある)に移乗した。第二航空戦隊の山口多聞少将が「我コレヨリ航空戦ノ指揮ヲ取ル」と打電してきた。その後八時三十分、さらに長良に移乗し、将旗を掲揚した。この間次席指揮官阿部|弘毅《ひろあき》第八戦隊司令官が機動部隊の指揮を取っていた。山口としてはもう任せてはおけないという気持であったであろう。
それはそれまで度々《たびたび》直ちに発進すべきだと赤城艦橋を突き上げてきた山口の、もうこれ以上任せておけないという意志表明であった。
菊地機の救援から虚しく帰還して来た降旗が、弾丸を費《つか》い果たして飛龍艦上へ着艦したとき、三艦が相次いで被弾した。
弾薬を補給して僚艦の報復に飛び立とうとしたとき、艦橋から発艦中止命令が出た。いまや健在なのは飛龍一艦である。その戦力は南雲機動部隊の貴重な残存戦力である。それを目的を達した敵機の追撃などに費うべきではないという山口司令官の判断である。
爆弾を落としてへとへとになった敵機を追いかけて行ったところで、いまさら戦局がどうなるものでもない。いまこそ残った全兵力を挙げて敵空母に当たるべきである。
飛龍乗組員にとって茫然《ぼうぜん》自失している時間は少なかった。日本艦隊にとってせめてもの幸せは飛龍が健在であり、そこに山口多聞少将が第二航空戦隊司令官として坐乗《ざじよう》していたことである。山口は積極果断の人間であった。南雲のように戦場に温情を持ち込んで時間を失うようなことはしなかった。
艦隊の実際の指揮を赤城艦橋から引き継いだ山口は間髪を入れず反撃を開始した。
次席指揮官の阿部弘毅少将の指令を待たず、「全機今ヨリ発進、敵空母ヲ撃滅セントス」の決意を報告した。
彼は残った搭乗員を飛行甲板に集めた。
「いまや戦闘に加わっているのは我が飛龍のみとなった。敵空母は二隻と推定される。敵が何隻いようと問題ではない。僚艦三隻の仇《かたき》を討ってもらいたい。帝国海軍と飛龍の名誉が諸君の双肩にかかっている。いまこそ諸君の本領を遺憾《いかん》なく発揮してくれたまえ。頼むは諸君だけだ」
山口少将の訓示は切々として全搭乗員の胸を搏《う》った。まず小林道雄大尉以下十八機の艦攻と六機の零戦に出撃が命じられた。米艦載機の数から判断して山口少将は米空母は少なくとも二隻はいると判断した。
まず小林隊を発進させ、継いで友永丈市大尉率いる二次攻撃隊を出すつもりである。
ミッドウェイの第一次攻撃での損傷機が修理されて一時間後には稼動可能になる予定である。
降旗機は防空戦闘で被弾したために友永の第二次隊に入れられた。額の傷は被弾時風防ガラスの破片がかすめたもので幸いに軽傷である。
小林隊の発艦前に坂上が来た。彼は小林隊の零戦隊に編入された。
「おせわになりましたが、これがお別れになるとおもいます。もしご無事に生還できましたらこれを郷里の母へ送ってください」
坂上は着用していたマフラーを降旗に差し出した。
「自分もすぐ後から行きますが、もしあなたが生きて還ったら、これを宛名《あてな》の人に届けてください」
降旗は密かにつけていた「メモ」を坂上に渡した。どちらも生き残れる保証はないが、危険を二分の一に分散して形見を交換したのである。
「それでは行きます」
「ご武運を祈ります」
「おたがいに」
二人は挙手の礼を交わすと別れた。飛龍は風に向かって立ち、飛行甲板上の合成風速は十五メートルとなった。小林隊は日本艦隊の最後の期待と責任を背負って発艦して行った。ミッドウェイ攻撃時に比べて寥々《りようりよう》たる機数であり、損傷機を間に合わせ修理でかき集めた攻撃隊である。だが小林隊はインド洋で英東洋艦隊の重巡ドーセットシャーや、英空母ハーネスに九十パーセントの命中弾を出して轟沈《ごうちん》させた最精鋭部隊である。
艦隊上空に堆《つ》み上げられたミッドウェイ攻撃隊のような圧倒的な迫力はなかったが、報復の怒りの形相|凄《すさ》まじく、全機から噴き上がるような殺気に塗り固められていた。
七時五十八分小林隊は発進した。技倆《ぎりよう》拙劣な米搭載機群ですら三隻の我が空母を撃沈した。歴戦の小林隊の決死の報復の成功を山口司令官以下の幕僚は信じていた。
米空母は攻撃機の収容中で混乱している最中であろう。そこへ小林隊の怒りの報復の鉾先《ほこさき》を受けるのだ。頼むぞ、小林。山口以下は攻撃の成功を確信しながら祈っていた。
午前八時山口司令官は艦隊に宛てて、
「我飛龍を率い全力を挙げ敵機動部隊を撃滅せんとす。我に続かれたし」
と信号を発した。山口が小林隊を発進させた後も飛龍は最大戦速三十ノットの高速でどんどん進出した。ついて来られたのは二隻の駆逐艦だけであり、艦隊は後方から追いかける形となった。南雲が赤城から長良に将旗を移している間、艦隊の総指揮は先任の阿部弘毅少将が取ることになったが、いまや艦隊の主導権は完全に山口が握っていた。山口は怒っていた。敵よりも、優柔不断にして時期を失した司令部に対して怒っていた。自分の意見を採り入れていれば、空母三隻を失わずにすんだ。
だがまだ負けと決まったわけではない。敵空母は二隻、我が飛龍の精鋭をもって当たれば、不利な戦勢から終局の勝利を|※[#「てへん+宛」、unicode6365]《も》ぎ取ることも不可能ではない。
山口少将の烈々たる闘魂が、空母三隻を失いながらも日本艦隊に敗北を認めることを拒否させ、全軍を奮い立たせている。
指揮が山口少将の手に移った時点から、ミッドウェイ海戦の後半の山場が開幕したのである。
山口はいま敵は攻撃力を出し切った後で、二次攻撃の余力はないと判断した。
「敵との間合をつめれば、それだけ攻撃力を十分に発揮できる。間をおかずに第二次攻撃隊を発進できる。攻撃隊の収容もできる。我が方はいま後の先を取った」
と考えての積極的な作戦である。山口は可能なかぎりの零戦を上空直衛に飛ばして第二次攻撃隊の準備を急いでいた。
午前八時十分筑摩五号機より「敵は味方より方位七十度九十|浬《り》なり」と連絡、つづいて同十六分「付近天候晴、雲量五、雲高一万ないし八千、風向八十五度、風速五米、視界三十浬」と報告してきた。小林隊もこれを受信して米空母艦隊にまっしぐらに駆け寄って行った。
3
八時十五分(日本時間)ロバート・ウッドは、他の生き残った僚機と共に息も絶えだえになって母艦に帰って来た。零戦の迎撃網を潜《くぐ》り抜けて生還できたのは、奇蹟《きせき》である。エンタープライズの第六爆撃中隊が三十三機中十五機を失ったのに対して、ヨークタウンの第三爆撃中隊は全機帰還した。これはサッチら戦闘機隊の援護がいかに有効に作用したかを物語るものである。
だがサッチ戦闘機隊は全機被弾し、空に浮かんでいるのがやっとの状態であった。ジム・ホーキンス機が緊急着艦のバンクを振ったが待ち切れずに母艦の近くに着水した。つづいてチーク機が着艦に失敗し、飛行甲板の上でもんどり打つと、機体が真っ二つに折れた。吹っ飛んだエンジン部が火を噴き、機体破片が飛行甲板にばら撒《ま》かれた。
飛行甲板が使用不能になったために、ロバートはしばらく上空待機を命ぜられた。
その間に重巡アストリア、ポートランド、駆逐艦ハンマン、アンダーソン、ラッセル、モーリス、ヒューズの七隻がヨークタウンを囲んでV字型陣形を組んだ。
日本軍にはまだ空母一隻が生き残っている。その搭載機がいまこの瞬間にも報復の反撃を加えてくるかもしれない。
いま彼らが来たら、弾丸は一発もなく、燃料も乏しい。ようやく飛行甲板が整理されてロバートが着艦したときは、タンクに一滴の燃料もなくなっていた。
そのときヨークタウンのレーダーは、接近しつつある十数機の機影をとらえた。敵の急降下爆撃機である。
「全員戦闘配置につけ。本艦は日本機の攻撃を受けようとしつつあり」
全艦に緊急アナウンスが発せられた。戦闘機は迎撃に発進し、着艦順序を待って母艦上空を旋回していたマックス・レスリーの爆撃中隊は雲の上に退避した。
「燃料と爆薬を補給してくれ」
ロバートは着艦したばかりの乗機から下りずに言った。
「あんた、この飛行機の骸骨《がいこつ》が空に浮くとおもってるのかい」
整備科のウエスター上等兵曹が呆《あき》れたように言った。
「なんでもいいから補給しろ。さもないと、ジャップの前にあんたの首をへし折るぞ」
「いやなこったね。おれたち飛行機には補給するが、スクラップには補給しないよ。燃料タンクを見てみろよ。スプリンクラーのように穴があいてるぜ」
ウエスター上等兵曹が首を振って、
「まあ早く場所を空けてくれ。あんたも手当が必要だよ」
と力ずくでも引きずり出すような構えをみせた。その間を僚機のF4Fが緊急発艦して行く。
小林隊の接近はエンタープライズ、ホーネットも察知して、F4F十数機が応援に駆けつけて来た。彼らは小林隊が到着する前に高空、中空、低空の三段の迎撃網を母艦上空に布《し》いて待ち構えていたのである。
4
小林隊はヨークタウンに触接をつづけている筑摩五号機の発する方位測定用|長 波《ラジオビーコン》に誘導されて目標に接近していた。途中来攻中の敵雷撃機六機に遭遇してこれを攻撃した零戦一機が弾を射ち尽くし、一機が被弾して引き返したために戦闘機の護衛は四機に減ってしまった。
八時五十五分小林隊は前方にヨークタウンを発見した。
「前方三十浬にエンタープライズ型空母発見、空撃準備隊形|制《つく》れ」
小林は命じた。いよいよおれたちの出番だとおもった。
「前方二千メートルに敵戦闘機の大群」
重松康弘大尉率いる零戦四機が増速して前方に立った。たった四機でF4Fの大群から味方爆撃機編隊を守らなければならないのである。
小林隊十八機は重松隊の援護を受けて高度を四千メートルに取り、小林機を先頭に爆撃コースに入っている。
零戦対F4Fの空中戦はすでに始まっている。ヨークタウンの対空火器が火を噴いた。ヨークタウンに加勢してアストリアやハンマン、アンダーソンなどの援護艦艇からも一斉に射ち上げる。ヨークタウンを中心にV字型|防禦《ぼうぎよ》陣形を組んだ米艦隊から射ち上げられる集中砲火は、まったくつけ込む隙間《すきま》がなく、空中に火襖《ひぶすま》を張りめぐらしたように見えた。
零戦は果敢に戦ったが、なんとしても寡数である。零戦の援護の及ばないワイルドキャット十二機が小林隊に食いついた。投射点に達する前に小林隊がボロボロ撃ち墜《お》とされた。
ワイルドキャットが反転した。味方の対空火器の射程に入ったのである。そこまで到達した小林隊は十機である。ワイルドキャットの後に対空弾幕を潜り抜けなければならない。そこは零戦の援護も及ばない。
艦攻、艦爆隊が独力で潜り抜けなければならない孤独な煉獄《れんごく》である。そして生還するためにはまた独力で離脱して来なければならない。
「全軍突撃セヨ」
小林隊長機は心もちバンクすると、火柱のスコールの中へ飛び込んで行った。後続する第三小隊二番機をつとめた土屋孝美二飛曹は、小林機が火を噴くのと投弾するのを同時に見た。小林機が火だるまとなってヨークタウン舷側《げんそく》の海面に転がるのを横目にしながら、土屋自身が火のカーテンの隙間をかい潜っていた。先行機が片端から海に叩《たた》き落とされて水柱を吹き上げているが、だれが落とされたか確認している閑《ひま》がない。僚機の第三小隊長今泉保一飛曹機と、三番機小泉直三飛曹機が相次いで対空弾幕に捕えられて投弾前に海に激突した。
いま第一中隊で残っているのは、土屋機だけであった。土屋は高度二百五十まで迫った。機体引き起こし限界の高度である。ここで敵弾に当たればそのまま突っ込むつもりである。
十分に引き寄せて投下レバーを祈るように引いた。機体を起こしながら土屋は全中隊の祈りが込められている一発の行方《ゆくえ》をうかがった。
彼が投下した二百五十キロ通常爆弾は艦橋近くの飛行甲板に炸裂《さくれつ》していた。このとき日本海軍は三母艦をやられた報復の第一矢を敵空母の胴体に深々と射込んだのである。
つづいて山下途二大尉率いる第二中隊九機が突っ込んで来た。山下機は被弾して機体を引き裂かれて海に落ちたが、後続四機が二百五十キロ通常爆弾三個、陸用爆弾一個を艦橋付近の中部甲板から後部甲板寄りに命中させた。さらに艦尾に一発いずれの中隊のものともわからぬ命中弾を得て、合計六発、攻撃機数の三十パーセントの命中率であった。投下した爆弾はすべて命中したのである。
第二中隊第二小隊二番機の瀬尾鐡男一飛曹が投下した通常爆弾は、甲板を撃ち抜きボイラー室で爆発した。この一弾がヨークタウンの内臓を引き裂き大火災を発生させた。
珊瑚海から生き返ったヨークタウンは、瀕死《ひんし》の重傷を負ってあがいていた。だれの目にも、再起不能に映った。
だが小林隊の被害も甚大である。指揮官小林大尉機以下艦爆十三機、零戦三機が交戦中自爆し、帰還したのは艦爆五機、零戦一機である。帰還したものの艦爆一機は使用不能となった。
艦爆第一中隊第三小隊二番機土屋孝美二飛曹は九時十分、「敵空母火災」を報告した。本来は隊長の小林大尉が報告すべきことである。
第二中隊第三小隊長中川静夫飛曹長は、離脱した味方飛行機のあまりに少ないのに驚き、しばらく戦闘空域に留《とど》まって残留機を待ったが、九時四十五分、「敵空母炎上中、味方機視界内に無し、我帰途に就く」と打電した。
小林隊が陸用爆弾と艦船攻撃用の通常(徹甲)爆弾を混載していたのは、兵装転換が間に合わなかったためではない。
山口司令官は最初から米空母攻撃に備えて独自の兵装を行なっていたのである。陸用爆弾は貫通力は劣るが、威力は通常爆弾の一・五倍ある。小林大尉直率の第一中隊第一小隊および山下大尉の第二中隊第一小隊の計六機が陸用爆弾を搭載したのは、まずこれを投下して対空火器を制圧し、通常爆弾を抱いた各中隊、第二、三小隊によって止どめを刺させようという作戦であった。
5
小林隊の誘導を果たした筑摩五号機は、敵機の追撃を受けて退避中、偶然にべつの米艦隊を発見した。
「基点《ミッドウェイ》より方位十五度、距離百三十浬、敵大巡らしきもの二隻、敵空母らしきもの一隻見ゆ、針路北方、速力二十ノット」
九時二十分、筑摩五号機からの報告を受けた山口司令官は、
「敵空母一隻は撃破した。残るは一隻だ。これをやっつければ逆転勝利にもっていける」と考えた。
使用できる機を全部かき集めて第二次攻撃隊が編成されている。生き残っている敵空母からいまにも飛龍に向けて再報復攻撃をしかけて来るかもしれない。いまや一刻の猶予も許されなかった。
「最後の攻撃隊」が飛行甲板に集められた。指揮官は友永丈市大尉である。友永の乗機はミッドウェイ攻撃の際、左翼メインタンクに被弾して損傷が大きく応急修理が間に合わない。
「右タンクと胴タンク、補助タンクを合わせて八百リットル積める。母艦が距離を縮めてくれているから、なんとか保《も》つだろう」
友永はなんでもないことのように言った。初めから片道燃料を搭載しての出撃は、もとより生還は期していないが、自ら帰路を閉ざすものである。
友永大尉の片道燃料出撃に第二次攻撃隊の士気は高まった。他の攻撃機もツギハギだらけで満足な機体は一機もない。しかも艦攻十機、艦戦六機の貧弱な編成である。彼らは広い飛行甲板にいかにも寂しそうに翼を寄せ合っている。だがこれだけが飛龍の現在もてる総兵力であった。
第一次攻撃隊は速力も速く相当な空戦能力を保有する艦爆を主体にしていながら、大きな損害を出した模様である。
これが艦爆よりも鈍重な艦攻を中核にした第二次攻撃隊の損害は、さらに上まわるものと予想される。だがそれを押して出撃しなければならない。
「搭乗員整列」
の号令がかかった。すでに各攻撃機が暖機運転を始めている。搭乗員の前に艦長加来大佐が立った。
「すでに諸君も知っておるように、第一次攻撃隊により敵空母一隻を撃破、残る一隻と対《むか》い合って強力に戦闘を続行中であります。いまや一対一の互角の条件に立ち、戦勢|挽回《ばんかい》は偏《ひと》えに諸君の働きにかかっております。このような寡勢で損傷機や未修理機をもって送り出すのはまことに忍び難いところですが、戦局は一刻の猶予も許されない。諸君は世界最強の第一機動部隊の最後の精鋭です。帝国海軍の面目にかけても敵空母を撃滅せしめんことを切に祈ります。本日まで長い間本当にご苦労様でした。ではさようなら、もしもこれが諸君との永遠の別れになるならば」
加来大佐の訣別《けつべつ》の辞は、切々として搭乗員の胸に迫った。送る者も送られる者も生きて会える保証はない。たった十六機の攻撃隊の前に敵艦載機の大群と対空弾幕が何重にも待ち構えている。
また残る母艦は直衛機まで繰り出して丸裸である。ここを敵艦載機に襲われたら、一たまりもない。
加来大佐は攻撃隊を送り出すのが本当に辛《つら》かった。いかに祖国を守るためとはいえ、自分はどうしてこんな素晴しい若者たちに死を命じなければならないのか。そしてまた彼らはどうしてこんなに素晴しいのか。はたして自分にそんな資格があるのか。
加来大佐は自分の子供の年齢に近い少年航空兵出身の搭乗員たちの健《けな》げさに、胸を引き裂かれるようなおもいがした。できることなら自分が代ってやりたいとおもった。彼らは出撃を争って少ない乗機を奪い合ったほどである。平時ならばまだ親がかりの年齢である。恋も知らず、無限の可能性を残した蕾《つぼみ》のまま戦争という死刑台に乗せられてしまう。
だがいまはこれだけでやらなければならない。
搭乗員たちも朝からのたび重なる出撃と防空戦闘で乗機同様傷つき疲れている。傷口からの出血がまだ止まらない者もいる。せっかく稀少《きしよう》な確率に当たって生還して来た者を、再度後次の攻撃隊に組み入れることは、死刑台から生きて帰った者を再度、再三生きている限り死刑台へ追い上げることである。
死刑ですら生き残れば免刑されるという。これは「免刑なき死刑」である。そしてそれを命ずるのが加来の職務であった。資格があろうとなかろうと彼らに死ねと命ずるのが、加来の任務であった。それはすでに指揮権の限界を超えている。
行く者も残る者も泣いている。泣いていることに気がつかなかった。加来は、もし来世というものがあるなら、二度と軍人にはなるまいとおもった。
軍人を志したときから自らの死は覚悟の上であるが、この素晴しい若者たちに死を(何度も)命ずる辛い職務は一世限りにしたいとおもった。
乗組員の盛大な歓呼の中を一機また一機発艦した第二次攻撃隊は、母艦上空で編隊を組んだ。それは今朝未明空を圧した大編隊に比べていかにもみすぼらしく、傷つき疲れていた。
だが片道燃料だけの指揮官機につづく各攻撃機は、鞘《さや》をはらった白刃を連ねたように凄愴《せいそう》な殺気を孕《はら》んでいた。十時三十一分友永隊は一路目標に向かって発進した。
降旗圭は第二次攻撃隊制空隊第二小隊長として参加していた。出撃までに応急修理が間に合い、乗機が使用可能となっていたのである。大山は第二中隊を率いている。
「今度は帰れねえかもしれねえ。カアちゃんにタネの仕込みが十分でないのに死ぬのは残念だが、軍人の務めだ。頼むぜ、せめて魚雷を当てるまで、グラマンを寄せつけないでくれよ」
大山は発艦に先立って降旗に言った。常とちがって殊勝な口調であった。
山口司令官は二隻目の空母は小林隊が攻撃した空母の近くにいるにちがいないと判断した。友永隊の任務はその空母の撃滅である。
友永隊が一路目標に向かって飛行中、前方から反航して来る数機のグループとすれちがった。小林隊の生き残りが攻撃を終えて帰投するところであった。艦爆五機、零戦一機、各機とも打ちのめされ、よろめきながら必死に飛んでいる。傷ついた機体を寄せ合い庇《かば》い合いながら飛んでいる彼らの姿はいかにも寂しげであり、いじらしかった。
「坂上一飛曹!」
生き残ったたった一機の零戦は機番号から坂上機と識別された。両隊は激しくバンクし合った。圧倒的な敵の優勢下で出会った友軍同士には悲壮感があった。
「頑張れよ」
「あとは頼むぞ」
彼らはすれちがいながら訣別した。坂上機も降旗機を識別したようである。
「また生きて会えるだろうか」
彼らは同時におもった。降旗の生還率はきわめて低い。その稀少な確率に当たって生還したとしても、母艦がそれまで無事でいられる保証はない。小林隊は間もなく帰還して戦果を報告した。山口司令官は戦果以上に小林隊の損害が大きいのにショックを受けた。
蒼龍から発進した艦上偵察機は友永隊が発進した後、飛龍に着艦して「敵空母三隻」と報告した。
「そうか。三隻いたのか。他の二隻の搭載機が応援に駆けつけたので小林隊の被害があれほど多かったのか」
山口はいま飛龍がきわめて深刻な事態に直面しているのを悟った。
「小林隊が一隻を撃破し、いま我々は二隻の敵空母と対《むか》い合っている。しかも我々にはもはや残存兵力はない。いま敵に襲われたら、万事休すだ」
「第三次攻撃隊の準備をする必要がありますな。可能な限りの飛行機を修理させましょう」
加来大佐が山口の意を汲《く》んだ。友永隊を発進させた後も、格納庫では損傷機の修理が必死に進められている。
第三次攻撃隊にはいま帰還して来たばかりの小林隊の生き残りも加えられる。まさに免刑なき死刑である。
小林隊が攻撃して火災を発生させた一隻の空母から退避した搭載機を収容して、敵の二隻の空母には三隻分の搭載機が待ち構えている。そこへたった十六機のオンボロ機で攻撃に向かわせたのだ。
「友永隊には二隻残っていることは知らせずにおこう」
山口が言った。たった十六機、それも足の重い艦攻中心の友永隊が、強力な三隻の米空母搭載機を相手にして生きて還れるチャンスはほとんどない。
「そうですな。知らないほうが、一艦に攻撃を集中できるでしょう」
加来艦長が山口の意を察した。コンビを組んでいる間に二人は以心伝心の間柄になっている。攻撃を集中させるためでもあり、知らせぬほうが少しでも絶望を緩和させるだろうとおもった。
だが片道燃料で出撃して行った友永隊にその斟酌《しんしやく》は無用であった。
彼らはなにがなんでもやらねばならないという心境である。万に一つも生還を期していないが、決して絶望してもいなかった。彼らにとって任務の達成あるのみであり、生死は度外視されている。魚雷さえ命中させればよいので、それ以外のことはなにも考えていない。
その意味では友永隊長以下、全機が片道燃料だったのである。友永隊には、小林隊として出撃し、途中米機に遭遇して機銃弾を射ち尽くして引き返して来た峯岸機や、ミッドウェイ攻撃時にエンジン不調で引き返して来た赤松特務少尉が編入されている。いずれもせっかく逃れた死の|※[#「月+咢」、unicode816d]《あぎと》の中へ突っ込んで行くのである。だがだれも死の道連れとはおもわない。彼らにとっていま飛んでいる方角以外に行くべき方角がなかったのである。
6
ヨークタウン艦上でも飛龍搭乗員ほどではなかったにしても、「免刑なき死刑」は進行していた。
いったん絶望的な死相を示したヨークタウンは、損害制圧班の超人的な活躍で次第にもち直してきた。艦橋構造物の付け根から飛行甲板を貫通してボイラー室で爆発した一弾が、ヨークタウンの命取りになるところであった。
ボイラー室から発生した火災は下部格納庫を包み込み、次期攻撃に備えて燃料と爆弾を搭載したばかりの七機の爆撃機の翼に燃え移った。格納庫甲板には爆弾や魚雷が転がっている。あわや日本三空母と同じ運命を辿《たど》るかに見えた直前、エイス・エマーソン大尉が、
「スプリンクラー全開せよ。燃えている翼を切り落とせ」
と命じた。格納庫甲板は四つの区画に分けられている。スプリンクラーは非常の際に四区画を区分する水のカーテンとなる。エマーソン大尉の冷静な行動によって、火災を第四区画に閉じ込めることができた。防火作業班が檻《おり》に閉じ込めた火魔を寄ってたかって消した。
火さえ消し止めれば誘爆の危険は去る。二時間足らずのうちに飛行甲板は修復され、十八ノットで自力航行できるまでに回復した。
「驚いたな。死にかけていた重傷者が棺桶《かんおけ》から立ち上がったぞ」
バックマスター艦長は機関室から六基のボイラーが全部使用可能となり、十八ノットを維持できるという報告を聞いて奇蹟《きせき》を見せられた気がした。ボイラーが死ぬということは艦の全動力を失うことである。リフトも回転砲台も動かない。ジャイロコンパスも使用不能となり操舵《そうだ》不能となる。ボイラーの回復と共にヨークタウンは戦う力を蘇生《そせい》した。艦内至る所、千切《ちぎ》れた死体が散乱し、傷口は修復されないまま残っていたが、戦闘可能なまでに回復したのである。
「レーダーに機影キャッチ、距離六十キロ接近中、低空より進入しつつあり」
レーダー室から報告が入った。
「今度は雷撃機だな。戦闘機はいま何機飛べるか」
バックマスター艦長は副長のディキシー・キーファー中佐に問うた。
「六機です」
とキーファーは答えてから、ロバート・ウッドとウエスター上等整備兵曹が言い争っていた場面をおもいだした。
「いや、F4Fは七機出せるかもしれません」
ロバート機の修理が成っていれば――と言い直した。機数が少ないのは、母艦の被爆によって搭載機が僚艦に収容されたからである。
「直ちに全機発進させてくれ。総員戦闘配置だ」
バックマスターは闘志に溢《あふ》れた表情で命令した。何度でも来い、何度でも相手をしてやる。二十九年の海軍歴は伊達《だて》ではない。いまや世界最強といわれる日本海軍を相手に、彼の艦が主役をつとめているのである。おれの目の黒い間はヨークタウンは戦いを放棄しないぞ。彼の不屈の闘志は全乗組員に伝わった。
「すまんが、もう一度行ってくれ」
キーファー中佐から肩を叩《たた》かれたロバートは、ようやく間に合わせ修理の成った乗機に乗り込んだ。
「やっつけ仕事だからな。無理な操作をすると空中分解するぞ」
ウエスターが忠告した。
「空に浮かべばジャップの楯《たて》ぐらいにはなるだろう」
ロバートはべつに大した悲壮感もなく発艦して行った。肉薄して来る敵機に対して迎撃に飛び立つ。それは警官が犯人を追いかけ、消防士が火事に立ち向かうのとなんら変りない。
「よし行け。ジャップを叩き落として来い」
誘導員の合図に従い、ロバートはスロットルを開いた。
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国の破片
1
午前十一時三十分、友永隊は断雲の間から右九十度、距離三十五|浬《り》(六十五キロ)の海域に白い航跡を発見した。V字型陣形の中央に空母の艦型が認められる。
「よく見ろ。火災を起こしていないか」
友永は偵察員の赤松少尉に言った。
「被爆認められず、飛行甲板に損傷なし、艦の傾斜なし。無傷の空母のようです」
赤松が報告した。その位置は発艦前あたえられたものとずれていたが、無傷の敵空母が目の前にいるのは、まさにあつらえたような据え膳《ぜん》である。
空母の攻撃に十六機という機数は、用兵上あり得ないことである。米雷撃機が空母だけからでも四十一機繰り出されて悉《ことごと》く撃退されてしまったほやほやの実例をみても、十六機という機数は自殺に等しい。
だがここで友永隊に幸運が味方した。ヨークタウンとエンタープライズから発進した上空直衛機九機が、友永隊が高空から来るものと判断して高々度に機位を取って待ち構えていたのである。
当時のレーダーは高度までは表示せず、友永隊はレーダービームの下をかい潜《くぐ》る低空から接近していた。このため第一次迎撃網はやすやすと潜り抜けてしまった。
レーダーがようやく友永隊を捕捉《ほそく》したときはすでに三十浬に迫っていた。
ヨークタウンからロバート・ウッドを含むF4F七機がござんなれと迎撃に発艦した。
友永隊は突撃準備隊形をつくらぬまま飛びつづけた。わずか十機なので目標物に接近するまで編隊を固めたまま敵戦闘機に対応したほうが、火器を集中できて有利なのである。
零戦が増速して駆け抜けて行った。
「前方に敵戦闘機二十機。行くぞ」
指揮官機が武者震いするようにバンクした。
敵戦闘機は我が零戦の三倍以上と咄嗟《とつさ》に読み取った降旗は、その一機たりとも味方の攻撃機に取りつかせてはならないと心に誓った。
片肺に重い魚雷をかかえてやって来た友永機以下十機の艦攻が、魚雷投下前に敵に食われたら死んでも死に切れまい。
「大山を護ってあげて」
またしても寛子の声が耳許《みみもと》に聞こえた。
彼我の距離はまたたく間に縮まった。ゴマ粒が団子ほどに脹《ふく》れ上がり、グラマンの虻《あぶ》のような機影がはっきり読み取れるようになった。その数十六、それらのすべてをこちらに引きつけなければならない。
艦攻隊は海面を這《は》うようにして超低空で一路敵空母に迫っている。
敵機は零戦に気を取られて、艦攻隊に気がつかない。戦闘機パイロットは戦闘機に対して戦意をかき立てられるもので、異種機の混成編隊と遭遇したときは、まず戦闘機に鉾先《ほこさき》を向けて来る。
雲量五、雲高八百ないし千、視界三十浬、海は青く輝き、断雲が散らばっている。敵機は雲の上下に二段構えの布陣をしているかもしれない。
敵との高度差約五百メートル、艦攻隊の直衛が任務なので彼らから離れるわけにはいかない。指揮官機がキュンと前へ出た。六機の零戦は単縦陣となって敵機の真下へ潜り込んだ。敵機の群と重なり合った瞬間一斉に突き上げた。敵の編隊は散開しながら急降下に移り、穏やかに晴れていた空は一瞬の間に彼我の曳光弾《えいこうだん》の交錯する空戦圏となった。
零戦の優秀な性能と搭乗員の技倆《ぎりよう》をもってすれば、ワイルドキャットと一騎討ちなら必ず勝つ。一対二でも互角の戦いをする。だがそれ以上の多数を相手にすると危い。
今日の敵は約三倍である。だがどんなに敵が優勢であっても、艦攻隊を守り切らなければならない。
零戦隊がワイルドキャットと空中戦に入ったのに脇目《わきめ》も振らず友永機に率いられた艦攻隊は、ひたすら空母に這い寄った。空母を護衛艦艇グループがV字型陣形で取り巻いて対空火器を一斉に打ち上げてきた。
まだ射程外であり、弾煙の花が進路前方の空間に咲き乱れている。一輪一輪が死神の供花であるが、あたかも歓迎の花火のように華やかに映じる。
「突撃準備隊形|制《つく》れ」
友永機からようやく指令が出た。隊形を開いた攻撃隊は、対空弾幕の中へ遮二無二《しやにむに》突っ込みかけた。
零戦の援護網を潜り抜けたグラマンが数機食いついて来た。第一中隊第二小隊機が危くなりかけたとき、グラマンが反転して逃げた。その後方から零戦の機影が駆け抜けた。
敵戦闘機の攻撃の及ばない安全圏≠ヘ、敵艦の対空火器圏内に逃げ込むことである。そこまではグラマンも追って来ない。雷撃機パイロットは敵戦闘機の餌食《えじき》になるよりは、一歩でも目標に肉薄する対空火器の圏内に入りたがる。
接敵するにつれて第一中隊は右、第二中隊は左手から左右挟撃隊形をとりながら空母に迫って行く。編隊はすでに凄《すさ》まじい弾幕に捕えられていた。空母の数百門の対空火器が火を噴き空母を取り巻く五隻の巡洋艦、十二隻の駆逐艦からも十字砲火を集めて来る。全身火を噴く針ねずみに向かって友永隊はますます高度を下げ、横に散開した。高角砲が海を射ちはじめた。海面に水柱を立てて叩き落とそうとする作戦である。そのほうが命中率≠ェよい。
対空火器の矢先はすべて水平に向けられた。ヨークタウンでは総員が舷側《げんそく》や甲板に出て火器に取りついた。烹炊《ほうすい》兵までがスプリングフィールド銃を雷撃機に向けた。
友永隊は凄まじい弾幕を冒《おか》して目標に向かって飛びつづけた。いまや眼前に対空砲火は満開となっている。炸裂《さくれつ》する砲煙が犇《ひしめ》き立ち、空母の巨体を隠してしまうほどである。
第一中隊の友永直率の第一小隊二番機が火を噴いた。火だるまとなりながら水平の火矢となって飛びつづける。つづいて三番機が炸裂した。夥《おびただ》しい火の断片となって海面に散乱する。その背後から第二小隊の三機がつづいて行く。火の針ねずみとなった空母は、必死の回避運動をつづけている。
日本の雷撃機は彼らにとって予想以上に高速であった。そのため対空砲火はほとんど雷撃機の後方で炸裂していた。その誤差を量で埋め立てるように弾幕を厚くした。
ロバート・ウッドは、海面を舐《な》めるように進入して来る日本の九七式艦《ケイト》攻隊に取りついた。彼らの勇敢さは驚嘆すべきものであった。射っても射っても突っ込んで来る。
すぐそばまで迫っては切り返して再攻撃をかけるのだが、ひたと空母に目を据えたまま戦闘機の接近などには目もくれない。彼らには空母以外は眼中にないのだ。つまり、自分の死が眼中にないのである。
それに対して味方の対空砲火はどうだ。敵味方の見境なく射ち上げている。いまや米パイロットにとって味方の対空砲火はゼロ以上の脅威なのである。怒って味方の艦に銃撃を加えた者もいるほどである。
いまや我が方に戦勢は有利に傾いているが、戦意は逆転している。それは死を恐れぬ者と恐れている者との戦いになっていた。
「シャロン、おれは生き残りたい。生きてきみに会いたい」
射っても射っても突撃を止めない日本雷撃隊にロバートは恐怖をおぼえていた。海面を這って来る日本機に対して、戦闘機は急降下あるいは下から切り上げる攻撃ができないので歯がゆい。それを見越して雷撃機はロバートらの攻撃を尻目《しりめ》にヨークタウンに迫って行った。
2
空戦圏の中に身を挺《てい》しながら、降旗圭は、ふと寛子のおもかげを描いていた。一瞬の油断が死を孕《はら》んでいる空戦の最中に女のことなど考えるのは、自殺行為であるが、照準器のかなたに浮かぶ寛子の幻影は消えなかった。
その幻影を打ち消すために引金を引く。二十ミリ機銃弾が敵機の胴体に糸を引いたように吸い込まれ、瞬時に爆発した。寛子のおもかげが消えた。だが代って視野に浮かんだおもかげに降旗は愕然《がくぜん》とした。
「梅村弓枝」
寛子のおもかげに重なって弓枝が笑いかけていた。
「あなたはべつの軍隊に属すべきだったのよ」
弓枝がささやきかけた。
「べつの軍隊? それはどんな軍隊ですか」
「人に希望をあたえ、人を生かす軍隊よ」
「そんな軍隊があるのですか」
「それを探すのよ」
そのとき後上方から曳光弾が流れた。いつの間にか一機のワイルドキャットが後方に忍び寄っている。援護に入った第三小隊山本昇一飛曹機が、二十ミリを発射して牽制《けんせい》してくれたのである。前後左右に敵機が乱舞している。
降旗は弓枝のおもかげを瞼《まぶた》に貼《は》りつかせたまま、次の敵機と格闘戦に入った。視野の片隅に扇状に開いて空母に肉薄している艦攻隊が見えた。
第一中隊はすでに投下射点に到達しつつあり、大山率いる第二中隊が左手から迫りつつある。零戦隊の阻止陣を潜り抜けたワイルドキャット数機が取りついていた。まだ投下射点まで遠い。このままでは食われてしまう。空戦で熱くなっていた降旗の全身の血が冷えた。
第一中隊は魚雷の射点に達しようとしていた。十分に引きつけておいて投下した。会心の狙《ねら》いであった。機体が軽くなりガクンとはね上がった。その一瞬友永機が火炎に包まれた。紅蓮《ぐれん》の炎を赤い裾《すそ》をひるがえすように機尾に吹き流しながら、友永機は編隊最先頭の指揮官機の位置を維持している。後続機が次々に投下した。ヨークタウンは必死に回避運動をつづけているが、すでに第二中隊の雷撃の網に捕えられている。
友永機が機種を上げた。燃えながら敵艦をまたぎ越そうとして力尽きた。全身、火炎で塗《まぶ》された友永機は艦橋構造物《アイランド》に激突した。
艦橋根元から凄まじい炎の塊が盛り上がり、燃える燃料と機体の破片を飛行甲板にばら撒《ま》いた。凄絶《せいぜつ》な体当たりであった。
もはや助からぬのを悟って自機を炎で包装して敵艦にプレゼントしたのである。そのつもりで機首を引き起こしたのであろう。
後発機の魚雷が散華《さんげ》した友永の霊に導かれたように、空母の舷側に相次いで高い水柱を噴き上げた。艦体が痙攣《けいれん》した。そこを大山大尉に率いられた第二中隊が止どめを刺すべく射点に達しつつあった。
だがバックマスター艦長はまだギブアップしなかった。
彼は面舵《おもかじ》(右転)一杯で回避運動をつづけた。空母が右へ転舵《てんだ》したために第二中隊の射点がずれた。せっかくの機位がヨークタウンの巧みな回避運動のために後落しかけている。
友永隊の魚雷を二発受けていたが、不死身のヨークタウンにとってまだ致命傷となっていない。
大山は断雲のスクリーンを利用しながら機を大きく左旋回させてしばらく直進した後右へ旋回した。必死に逃げる空母の左舷へ出て、今度こそ必殺の機位を得ようとした。グラマンがそうはさせじと追いすがって来た。
空母の回避運動によって護衛艦艇のV字型陣形は乱れ、対空砲火の射線が混線した。いまや空母を含む八隻の艦艇がそれぞれ勝手に射っていた。各艦が最大戦速で動きまわり、めちゃくちゃに射っているので、攻撃機に四方八方から砲火が集まった。
プロペラが波を叩《たた》くほどの超低空で迫って来る日本機を各艦が水平に射撃するので、たがいに射線が妨害し合い、同士射ちを演じた。
第一中隊は友永隊と相前後して対空砲火とグラマンに捕捉《ほそく》されて全滅した。しかもまだ敵空母は生きている。
降旗はワイルドキャット多数と空戦を交えながら、彼らを艦攻隊から引き離そうとしていた。わずか六機の零戦であったが、その技倆と性能を最大限に発揮して三倍のワイルドキャットをむしろ圧倒している。だが僚艦から応援に駆けつけて来るとみえて、墜《お》としても墜としても敵機の数はいっこうに減らない。零戦隊は機銃弾が不足してきていた。
敵機ががむしゃらに射ちまくってくるのに対して急旋回、急上昇、ひねり込みなどで躱《かわ》しながら銃弾を節約して戦っている。
大山は空母までの距離を測った。まだ一千メートルはある。この距離では回避されてしまう。その距離を五百メートルまで詰めたい。第一中隊が全滅した後は、第二中隊の魚雷を是が非でも命中させなければならない。
だが彼の前にワイルドキャットが立ちはだかっている。
「零戦、なにをしている。この野良猫《ワイルドキヤツト》をなんとかしろ」
大山はどなった。後部座席の銃手がしきりに七・七ミリ機銃で応戦しているが、四丁の十二・七ミリ機銃と運動性能のよいワイルドキャットの敵ではなかった。
対空弾幕はますます厚く一寸の隙間《すきま》もないほどに空間を埋め尽くしている。まるで真横から吹きつける豪雨のようである。ワイルドキャットは味方の火器圏内に入るのを恐れず食いついてきた。
突然大山は背後から赤ペンキを打《ぶ》ち撒《ま》けられたようにおもった。背後の偵察員と電信員の搭乗席がワイルドキャットの掃射を受けて虐殺場と化していた。二人とも機銃の連射を浴びて頭蓋《ずがい》を吹き飛ばされ、内臓をずたずたにされていた。
だが大山は依然として無傷であり、機体は空中に浮揚している。空母の艦橋が眼前にぐんと立ちはだかってきた。あとわずかで射点に達する。だが上昇反転した敵機が止どめを刺すべく迫って来た。
「零戦、おれを助けろ」
大山は破れた風防ガラスからどなっていた。
射っても射ってもその雷撃機は墜ちなかった。パイロット一人を残して後部座席の搭乗員は、ロバートの射弾を受けて血を噴く肉塊と化した。砕けた風防ガラスが赤く染まった。後部銃座が沈黙した。
ロバートはそのとき猛烈な怒りが体内から衝《つ》き上げてきた。彼はこれまで戦争をしてきたが、人間を殺した意識はなかった。彼が相手にしてきたものは、あくまで敵機であった。それがいま彼の眼前で人間が血煙を噴き上げて死んだ。ロバートが殺したのである。引金の手応えが伝わり、血|飛沫《しぶき》が顔に降りかかってくるような至近距離である。
すでに何人も殺しているはずだが、殺人の実感はなかった。戦争に参加はしても、自分は人殺しではないとおもっていた。
それが生まれて初めて殺人を実感した。自分がしていることは、まぎれもなく殺人である事実を目の前の雷撃機がまざまざと見せつけたのである。
「早く墜ちれば、殺さずにすんだのだ」
ロバートは依然として敵機の撃墜と殺人を切り離して考えていた。
「きさまが早く墜ちないから殺してしまったのだ」
それだけでは飽き足らず、我が母艦を執拗《しつよう》に狙《ねら》っている。もとはといえばパールハーバーでこいつらが先にしかけてきたのではないか。
矛盾した怒りに衝き動かされたロバートは、必殺の照準を射点に達しようとしている日本雷撃機に据えた。
大山機に取りついていままさに止どめを射ち込もうとしたロバート機を認めた降旗は、援護に入ろうとして束《つか》の間ためらった。これまで大山からされた仕打ちが記憶に一気によみがえった。
大山こそ、梅村弓枝を殺し、降旗の女神を冒涜《ぼうとく》し、降旗の心の祭壇を土足で蹂躪《じゆうりん》した生涯許すべからざる讐敵《しゆうてき》である。海軍へ入ったのも、初めの動機は、弓枝の仇《かたき》を討つためである。
その機会がいまきたのではないのか。敵機に撃ち墜とさせるくらいなら、むしろ自分が撃ち墜としてやりたい。
降旗は日米戦争の分岐点ともなるべき決戦場の戦局を左右する重大な局面に際会《さいかい》しながら、沸騰した私《わたくし》の憎しみにむしろ驚いていた。
そのような私情は、海軍兵学校の軍事教育によって完全に洗い落とされ、国家に心身を捧《ささ》げる軍人になり切ったとおもっていた。
だが、いまグラマンの餌食《えじき》になりつつある大山を見て、少しも彼を許していない自分を知ったのである。
弓枝の仇を討ちたいという少年のころの宿願は、まったく変質することなく埋《うず》み火のように心の奥深く潜《ひそ》んでいたのだ。
もし戦争が起きなかったら、自分は弓枝が勧めたように詩人になっていた。そして「ただ一編の詩」をつくるのだ。それが戦争という国家目的の中に個人の人生の目的を統一されて、いまミッドウェイの死の空にいる。
平和な時代なら、一人一人がそれぞれの人生の目的を掲げてそれを追求できる。それが戦争のために一つ一つかけがえのない人生と、その目的を「国を守る」名目で徴用≠ウれてしまう。人生のすべて、個人の目的、幸福、生命、財産、自由、そして可能性までを国家の意図のために徴用するのが戦争である。
弓枝は「あなたが属すべきものは他にある」と言ったが、いま零戦を駆って飛んでいる空は、「ラムダが身を投げた空」でないことは確かである。ラムダはだれの強制も受けず、空に投身した。
「グラマンに食わせるくらいならおれが討ち果たしてやる」
降旗はいったん照準器に大山機を捕えた。照準器の十字線の中央に大山機が来た一瞬を狙って発射|把桿《レバー》を握ろうとした。そのとき、
「止《や》めて」
という声を聞いた。弓枝の声であった。
「それはあなたの役目ではないわ。あなたの役目は大山を護ることよ」
後半、弓枝の声が寛子の声と重なった。長い時間回想と逡巡《しゆんじゆん》に費したようであったが、一瞬の間のことである。
降旗はいままさに大山機を餌食にしようとしていたワイルドキャットを遮《さえぎ》った。絶対優位の射距離から一撃しようとして引金を握ったとき、降旗の全身の血が凍った。機銃から一発の弾も出ない。すでに全弾射ち尽くしていた。
3
いままさに必殺の止どめを射ち込もうとしたロバートは、過熱した機銃が突然仮死状態に陥ったのを悟った。F4Fの機銃は突っ込み(発射不能)を起こしやすいとパイロットから度々《たびたび》指摘を受けている。
それがこの土壇場で起きたのである。
しぶとい雷撃機はいまや投下射点に達している。距離五百、射角六十度、絶好の射点である。この位置から発射されたらもはや母艦は逃れようがない。これ以上近づくと、魚雷が艦底を通過してしまう。
ロバートは母艦にシャロンのおもかげをオーバーラップさせた。妻が救いを求めているような気がした。ロバートはその雷撃機を身をもって阻止しようとした。そのとき、後尾から迫った黒い影をロバートは見た。二機の機影は一瞬折り重なり、もつれ合ったが、たちまち炸裂《さくれつ》する閃光《せんこう》となって彼我混然とした破片を空間に振り撒いた。
二機の衝突による衝撃波を受けて大山機はよろめきながらも魚雷を投下した。
魚雷は、ようやくきた自分の出番を喜ぶように空母の横腹目がけて直進した。
八百キロの肥満児を分娩《ぶんべん》して身軽になった大山機は、機首を上げ、ようやく舷側《げんそく》をクリアして右舷の艦橋をまたぎ越そうとした。すでにグラマンと対空砲火によって存分に損傷を受けていた大山機にとって、艦橋構造物の高さは絶望的であった。それでも余力を集めて艦橋をまたぎ越そうとした直前を旋回機銃が追いついた。尾翼が|※[#「てへん+宛」、unicode6365]《も》ぎ取られて方向性を失った機体は、艦橋上部構造物に激突した。友永機が衝突した上部であり、二重の打撃を受けて艦橋は原形を失った。一拍おいて大山機の発射した魚雷が左舷中央部に水柱を噴き上げた。
魚雷はヨークタウンの第二ボイラー室および第六ボイラー室の燃料タンクを貫通して、両ボイラー室の隔壁で炸裂した。防水隔壁を破壊されて浸水の圧力が破壊口を広げた。
つづいて二番機の放った魚雷が発電機室に命中した。さすが不死身のヨークタウンも動力系統を破壊され、左舷横腹に大穴を開けられ、そこから数百トンの浸水を受けて大きく左に傾斜した。このまま浸水が進めば二千名以上の歴戦の乗組員を閉じ込めたまま転覆してしまうかもしれない。
間もなくヨークタウンは全動力が失われ、停電となった。傾斜は二十六度から三十度の間を揺れ動いていたが、動力ポンプが動かないので傾斜を復元する方法はなかった。
十四時五十八分(日本時間午前十一時五十八分)バックマスター艦長は総員離艦を命じた。
第二次攻撃隊は十二時四十五分飛龍に帰投して、
「エンタープライズ型空母左舷中央部に魚雷三本命中、高さ四、五百メートルに達する爆発を認めた」と報告した。
生還機は雷撃機五機、戦闘機三機である。
未帰還機の中には友永隊長機、大山機、降旗機があった。
帰還機のうち四機は修理不能であった。山口司令官はこの報告に基き、
「敵空母二隻は撃破した。残るは一隻だ。これで戦いの条件は互角になった」
と判断した。敵は三艦の搭載機を収容してなお強力な兵力を擁していると認められるが、我が方は盛り返す勢いに乗っている。
「第三次攻撃をかけて一挙に敵空母を撃滅せしめん」
と烈々たる闘魂を燃やした。山口司令官はヨークタウンの復旧があまりに速かったので、第二次攻撃隊が魚雷命中させた空母を、べつの空母と判断したのである。
決戦場は午後に向かって傾いている。空は皮肉なほど晴れ上がり、海が眩《まぶ》しく反射している。激戦の痕《あと》を呑《の》み込んで懶《ものう》げなうねりを繰り返している。ふと眠けをおぼえるような静寂が屯《たむろ》した。三隻の僚艦はまだ盛大に炎を噴き上げながらはるか南西の海上に漂流している。
米空母二隻も同じように燃えながら漂流しているはずだ。あと一隻追加すれば、損害は五分となり、米空母は全滅する。あと一歩で最後の勝利を※[#「てへん+宛」、unicode6365]ぎ取れる、と山口は判断した。
だが第三次攻撃をしかけたくとも、兵力がない。第二次攻撃隊の帰還機を加えても、使用可能機は艦爆五機、戦闘機六機しかない。この貧弱な兵力ではとても成功はおぼつかない。
しかも搭乗員は朝からの相次ぐ防空戦闘と出撃でくたくたに疲れている。立ったまま眠っている兵もある。これまでに飛龍は百十五機の攻撃、二十六本の魚雷、七十発の爆弾を悉《ことごと》く躱《かわ》していた。
ここで鬼の山口にふと温情が萌《きざ》した。夕方まで待てば艦攻四機、艦戦四機の修理が間に合う。薄暮の攻撃は対空砲火を躱し、十分な効果が予想できる。搭乗員にも休養を取らせられる。一石何鳥もの利点がある。ただし、その間に米空母が再反撃して来なければという但し書きを忘れたわけではなかったが、山口司令官は意識の隅に押し込めた。
十四時少し前、主計科|烹炊《ほうすい》員の心づくしの大きなぼたもちが配られた。腹をへらし疲れ切っている乗組員にとって夢のようなご馳走《ちそう》であった。これが母艦上の最後の食事となった。
4
このころヨークタウンのサム・アダムス大尉の偵察機は飛龍を発見し、その位置を、
「北緯三十一度十五分、西経百七十五度五分、十五ノットで北上中、空母一に戦艦一、重巡二、駆逐艦四随伴」と正確に報告していた。
実際の日本駆逐艦は三隻であり、アダムス大尉は、軽巡「長良」を駆逐艦と誤認したのである。
十四時五十分(アメリカ側記録、日本時間午前十一時五十分)エンタープライズから爆撃機二十四機が発進した。飛龍に最期《さいご》のときが迫った。
坂上は、第一次攻撃から帰還すると休む間もなく母艦上空の警戒に当たっていた。敵の雷撃隊には全滅に近い損害をあたえているので、今度来るとすれば高々度からの爆撃機が予想される。
母艦から上空警戒に十三機が舞い上がり、高度四千と六千の二段構えに布陣していた。
坂上の心は悲しみと怒りに満たされていた。降旗は遂に第二次攻撃から還って来なかった。生還した坂東三飛曹の話によると、雷撃隊を援護して敵戦闘機に体当たりしたということである。
「降旗中尉、とうとうあなたの形見を預かってしまいましたね」
坂上は出撃前降旗と交換したメモを胸に押えた。坂上が降旗に託したマフラーは、彼と共に敵空母上空で散華《さんげ》したのである。もし命ながらえて帰国できたら宛名《あてな》の人に届けてやるつもりであるが、その確率は低い。
十三時四十分、坂上は東南東から進入して来る二十四機のドーントレス爆撃機に気づいた。案の定《じよう》敵機は六千メートルの高々度からやって来た。
彼は僚機に合図すると敵の爆撃編隊目指して急上昇に移った。
母艦上で最も早く敵機を発見したのはトップ見張所の吉田少尉である。
「敵急爆編隊、本艦直上」
悲鳴のような報告が艦橋と結ぶ伝声管を走ったときは、十四時一分ギャラハー大尉率いるエンタープライズ艦爆隊十一機と、シャムウェイ大尉以下のヨークタウン隊十三機がダイブに入っていた。
彼らも上級指揮官を失い、二番手が指揮を取っている。
零戦が必死に追いすがっているが、寡勢のため、防禦《ぼうぎよ》しきれない。燃料節約のため飛龍は速力を落としていたので、咄嗟《とつさ》の回避運動ができなかった。対空砲火も黙止したままである。配食中に太陽を背負って忍び寄った刺客に気がつかず、直ちに戦闘配置に就けない。一瞬の油断を衝かれたのである。
加来艦長は少しも慌てず、「面舵《おもかじ》一杯」と命じた。ようやく三十ノットを回復した艦は右へ急回頭した。このためギャラハー隊は肩すかしを食わされたが、シャムウェイ隊は太陽を背負う形の絶好の攻撃位置を占めた。
三発目までははずれた。シャーウッド中尉は必死に食いついて来る零戦をものともせずに急降下に入った。シャーウッド機に追いすがったのは坂上機である。彼の二十ミリ機銃弾を受けてシャーウッド機は完膚《かんぷ》なきまでにされていた。
主翼、フラップ、胴体、風防、エンジンなどに弾痕《だんこん》がリベットのように射ち込まれていた。後部機銃手は右手首を吹き飛ばされて、左手だけで応射している。
坂上は射ちながら、敵機がすでに墜落しているのではないかとおもった。墜落と同じ状態でありながら、搭乗員が攻撃の意志を止めていないだけである。シャーウッドは加賀を狙《ねら》って失中(的を失する)しているので、今度は絶対に当てるつもりである。
シャーウッドは高度四百まで迫って一千ポンド(四百五十キロ)爆弾を投下した。シャーウッドの一弾は、前部リフトの近くで炸裂した。リフトは爆風に巻き上げられ、艦橋前壁に激突した。前壁にかけられた見張速報盤が、甲板を転がり作業員を薙《な》ぎ倒した。つづいて三発が艦橋横の中部甲板に密集して命中した。
飛行甲板は火の海となり、艦内は煙で充満した。搭載機数が少なく、被爆時の条件は三艦よりよかったが、命中弾が密集しており、破壊を決定的にした。格納庫内の爆弾に誘爆の輪が広がり、火災が全艦規模に広がった。
不幸中の幸いにまだ機関室が健在で二十八ノットを保っていた。
「火さえ消せば、日本まで帰れるぞ」
と乗組員は励まし合って消火に努めた。だが吸水弁が作用せず、消火栓から水が出なかった。海面から海水を汲《く》み上げてのバケツリレーの消火などまったく役に立たない。飛龍はいまや浮かんでいるだけの戦闘能力をまったく失った廃艦であった。
火災は次第に艦の深部におよび、遂に機関部にまで広がった。機関室との連絡は絶え機関科員百名は艦底に閉じ込められた。浸水が増え、艦体は左舷《さげん》十五度に傾斜した。
坂上ら上空直衛機は奮戦して三機を撃墜したが、遂に母艦を守り切れなかった。飛行甲板を破壊され、彼らは下りるべき母艦を失った。燃料の尽きるまで母艦上空を旋回して海に下りる以外になかった。
坂上は黒煙を噴き上げる母艦上空を巣を失った鳥のように旋回しながら、自分が守るべきものを失ったのを悟った。
「勝敗は時の運」などという言葉はスポーツだけのものだ。おれはいったいなんのために戦ったのか。世界最強の海軍の一員として、今朝の雄々しくも猛々《たけだけ》しかった兵力は、いま消滅しようとしている。日没が近づいていた。西に傾いた太陽が赤みを増し、雲と海が茜《あかね》色に染まっている。夕映が煮つめられてくるにつれて海の朱の染色が濃くなる。それは流された夥《おびただ》しい将兵の血の色に見えた。
そのとき戦闘機に乗るために生まれてきたような坂上は虚しさをおぼえた。
おれはきっと疲れているのだろうと坂上はおもった。もう十数時間も戦いつづけている。優秀な兵士とは戦うことに疑いをもたない者のことだ。坂上は自分に言い聞かせた。
坂上は機首をめぐらせた。飛龍を仕止めて帰路に就いた米爆撃機の方角を追った。このまま燃料が尽きるまで追いかけて、ただ一機の攻撃を米空母にしかけるつもりである。それが母艦を失った搭載機の行き着くべき所ではないか。攻撃の成否は問題ではない。燃料がつづくかぎり、敵のいる方角へ飛びつづけよう。飛龍の最後の搭載機として、坂上は戦いを止めることを拒否していた。
5
二十三時三十分、加来艦長は総員退艦を決意した。鎮火の見込みがなくなり、艦を救う手だてはなくなったと判断したのである。
二十三時五十分生き残った総員が艦橋前の焼け残った飛行甲板に集められた。
東の空に月齢二十一の下弦の月がかかっている。青く澄んだ月光が空と海原を満たしていた。月光の弾む空には、星が光の粉を塗《まぶ》したようにあるいは密集してあるいは散開してまたたいている。まだ戦いは終っていないが、無気味なほど静かな海であり、平穏な夜である。
その夜の海面で飛龍は燃えつづけている。可燃物を燃やし尽くして鉄骨だけになった艦体は、まるで無限のマグマを内蔵しているかのように、艦の深部から火炎を闇《やみ》の中に噴き出して、月光を消した。
この焼け爛《ただ》れた巨大な廃船の中から、どこにいたのかとおもわれるほど多数の将兵が集まって来た。それでも総員千百名の半数に充たない数である。全員|煤《すす》と油にまみれ、無傷の者はいなかった。
目ばかりぎらぎら光っていたが、それはすでに戦意ではなく、虚無的な眼光であった。
まず加来艦長が挨拶《あいさつ》に立った。
「諸君の奮励努力によって敵空母二隻を撃破、僚艦の仇《かたき》を討ったことは艦長としてまことに満足であり、感謝にたえません。我が飛龍の戦いは永久に戦史に留《とど》められるでしょう。しかしながら、我も被弾して遂に艦を放棄せざるを得なくなりました。総員共それぞれの職務を十分に果たしてくれました。心から礼を申し上げます。陛下の艦を沈める責任は艦長が取ります。総員退艦を命じます」
つづいて山口司令官が立った。
「諸君の奮闘に司令官はただ感謝のほかはない。陛下の船を沈めるのは断腸のきわみであるが、戦いは終ったわけではない。諸君はこの戦いから学び取り、誓って敵を撃滅してもらいたい。これをもって、諸君と別れるが、ミッドウェイの海底より、母艦および戦死した多数の将兵と共に護国の鬼となり、この戦いの行方《ゆくえ》を見守っていくつもりである。長い間本当にご苦労であった」
両人の訣別《けつべつ》の辞にむせび泣きの声が起きた。司令官と加来艦長は艦と運命を共にするつもりである。
「艦長、私もお供させてください」
参謀たちが我も我もと殉死を希望した。
「それはならぬ。責任を取るのは自分一人で十分。諸君は生きて任務を全うしてもらいたい」
山口は断乎《だんこ》たる口調で言った。
「本艦の責任は、私一人で結構です。司令官には二航戦の指揮を取っていただかなければなりません」
加来艦長が山口の「自分一人」に異議をさしはさんだ。
「いや、二航戦はいまやない。指揮を取る必要はなくなったのだから、私は残る。きみこそこれから必要とされる人間だ」
「艦長として艦と運命を共にするのは、私の義務であり、責任でもあります」
加来は主張した。加来はそのときふと妻子のことを想った。妻は軍人と結婚をしたとき国家非常の折りの覚悟は定めていたであろう。だが子供たちにとっては加来は軍人である前に父である。
そんな家族に対する一家の主《あるじ》としての責任はどうなるのか。しかし自分は軍人である。一個の市民としての責任の前に、軍人としての倫理が要求される。兵学校を志願したときからすでに市民としての人生は放棄していたはずである。軍人は人間であって人間ではない。軍人の第一義は、戦闘にあり、戦闘に勝つことを至上の目的とする。人間的な野心や幸せや家族との団欒《だんらん》とはべつの次元に、軍人の生き方は設定されているのである。
いま母艦の最期に当たって、一家の主としての責任よりも、艦長としての義務が優先されるのは当然である。
それは警察官や消防士が、家族よりも他人の生命を先に救わなければならない職業的責任と一脈通じているが、軍人は守るべき対象が国に拡大される。そして艦長にとって艦こそ「国の破片」なのだ。
一瞬よぎった妻子のおもかげを意識の外に追い出した加来は、多数の戦死者や閉じ込められた機関科員とこの艦を置き去りにして退艦することはできないと意志を固めた。そんなことをすれば、余生をずっと後悔するだろう。彼の人生は母艦と共に終ったのである。
山口と加来の間でなお問答が交わされたが、結局二人残ることになった。首席参謀が退艦を説得したが受けつけなかった。
六日午前零時十五分総員退艦が命じられ「君が代」のラッパと共に軍艦旗と将旗が下ろされた。
別れの時が迫っていた。伊藤清六先任参謀以下幕僚、鹿江隆副長以下飛行長、整備長、航海長など各科員が山口と加来のまわりに集まった。一人一人と別れの言葉が交わされ水盃《みずさかずき》を酌《く》み交わした。濡《ぬ》れたような月光が潺々《せんせん》と降りそそぎ、なにか雅《みや》びな集まりと錯覚するようであった。
「司令官、なにかお形見を」
もはや説得不能とあきらめた伊藤参謀が申し出た。山口は戦闘帽を脱いで伊藤に渡した。
伊藤はそれと交換する形で二本の襷《たすき》を差し出した。
「こんなものでもお役に立つなら」
あとは言葉が詰まった。艦に縛りつけるためのひもである。残酷なプレゼントであるが、なければ困る死の道具≠ナある。
「有難う」
山口は白い歯並みを見せて笑った。生きながら艦と共に沈む者と、明日の命は保証されぬものの、とにかくいま生き残って行く者との訣別は重い。
二人を残して幹部を乗せた最後のランチが飛龍の舷側を離れた。
飛龍の宿敵ヨークタウンも最期のときを迎えようとしていた。この不死身の艦は、珊瑚海から奇蹟《きせき》的に生き返り、飛龍から二次にわたる攻撃を受けて機関部に致命傷を負いながら、まだ沈まなかった。
全身|麻痺《まひ》しながらもヨークタウンは曳航船《えいこうせん》ビレオによって曳航されながら三ノットの低速で真珠湾に向かいつつあった。真珠湾まで辿《たど》り着けばこの不死身艦はまた蘇生《そせい》したであろう。
だが遂にヨークタウンも命運尽きるときがきた。六月七日午前十時三十八分、田辺弥八艦長の伊百六十八号潜水艦の魚雷二本によって止どめを刺された。伊百六十八潜の魚雷は、護衛の駆逐艦ハンマンを道連れにした。
ハンマンの艦体は中央から真っ二つに折れた。破断口から艦首と艦尾をV字形に折って沈むうちに、自ら搭載していた爆雷が水中誘爆を起こした。
ハンマンの死者は艦同様原型を失っていた。首や手足や体の断片が、多様な浮遊物と共にその海域に漂っていたが、間もなく集まって来た鮫《さめ》が始末をつけた。
6
絶対の勝利を信じていた大和の艦橋は、我が空母三隻被弾大火災の電報を受け取り愕然《がくぜん》として色を失った。あり得ようはずのないことが起きた。
開戦以来連戦連勝、向かうところ敵なしと傲《おご》り昂《たか》ぶっていた連合艦隊に、仮借ない鉄槌《てつつい》が下されたのである。
その悲報を受け取ったとき山本五十六は、心の片隅にあった不安が裏書きされたとおもった。真珠湾のときから、心の奥に潜んでいた不安が遂に姿を現わしたのである。
真珠湾で米空母を取り逃がしたとき、ルーズベルトが損害を隠すところなく、むしろ誇張して公表したとき、いやな予感がしたものである。
日本全国が戦勝に沸き立っているとき、ルーズベルトの罠《わな》にはめられたのは自分ではないかという不安が、胸底にうずくまっていた。
その不安を押しつぶすために乾坤一擲《けんこんいつてき》の勝負に出たのが、惨敗に終った。いや空母三隻被弾しただけの問題ではない。国力、人的物的資源、工業力、生産力、国際的位置、すべてにおいて一枚も二枚も格が上の相手と戦争を始めてしまったのだ。
そんなことは開戦前からわかっていたはずである。わかっていながら好戦派に引きずられてしまった。
自分が国防の責に任ずるためには、日本に無謀な戦いをさせぬように身命を抛《なげう》って開戦を阻止すべきであった。
山本は、悲報に動転し、混乱している艦橋の中央で口をへの字に結んだまま佇立《ちよりつ》していた。
無敵艦隊の驕慢《きようまん》の鼻をこのような形でへし折られる場面を、彼は密かに予期していたところがあったのである。
幸いに一隻生き残った飛龍を押し立てて敵空母二隻を撃破したという追報に、大和幕僚は少し気を取り直したようであるが、頼みの綱の飛龍も十四時〇三分に被弾したという報告がきた。
山本は夜戦にかけることにした。残存兵力をもって敵を追撃し、ミッドウェイを攻撃しようという作戦である。
だが航空兵力を失った艦隊だけで、なお健在の空母と陸上基地に多数の航空機を擁している敵を攻撃することの無謀は、少し頭を冷やせばわかる。
戦勢を挽回《ばんかい》しようとして無謀な作戦を強行すれば、傷をますます大きくする恐れがある。
二十三時五十分山本はMI作戦の中止を命じた。
「陛下に対し奉りなんと申し開きをすべきか」
幕僚たちが言った。
「陛下には自分がお詫《わ》び申し上げる」
山本は強く言った。だが、死んでいった多数の将兵の遺族に対しては、なんと言って詫びればよいのか。一人一人かけがえのない命に対して責任の取りようがない。
「これが戦争なのだ」
――国のために死ねて本望――それだけで死ぬための理由は十分である。だが遺族の心を抉《えぐ》る深い悲しみを、自分は生涯背負っていかなければなるまい。それが将たる者に課せられた荷なのだ。山本は自分に言い聞かせた。
六月五日十六時十五分蒼龍、十六時二十六分加賀が相次いで沈んだ後、六日午前二時赤城が味方駆逐艦野分以下四隻の雷撃により、止どめを刺されて沈没した。同日五時十分、巻雲は飛龍に魚雷を発射した。巻雲は飛龍の沈没確実と判断してそれを確認せずに現場を離脱した。
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ただ一編の詩
1
一九四九年七月の暑い日、神奈川県横浜市域のある私鉄駅に一人の男が下り立った。筋肉質の鍛え上げたような体躯《たいく》に精悍《せいかん》な風貌《ふうぼう》をしているが、眼光がどことなく虚《うつ》ろであった。
彼は手にしたメモを頼りに住宅街を探し歩いていたが、ようやく一軒の柴垣をめぐらした小住宅の前に立ち止まった。そこに彼が探していた表札を見出したのである。
終戦後の混乱もようやくおさまり、猛威を振ったインフレも鈍化の萌《きざ》しを見せ始めた時期である。だが戦争の爪跡《つめあと》は至る所に残り、国民生活は依然として「戦後」であった。
その男のメモには、彼が立ち止まった家の住所と「中川」という名前が書かれていた。男はメモの名と表札を照らし合わせると、形ばかりの木戸を通り玄関に立った。
玄関から呼びかけると、さして広くもない家の中に人の気配があって、玄関の引戸が開けられた。玄関の内側から五十代とみられる上品な女が顔を覗《のぞ》かせた。
「中川寛子さんのお宅はこちらですか」
男は問いかけた。
「寛子はこちらへ帰って来ておりますけど、あなた様は」
母親らしい初老の女は不審げな視線を男に当てた。
「失礼しました。私は坂上と申します者ですが、降旗圭さんからこちらの中川寛子さんにお渡しする物を頼まれて、本日持参いたしました」
「降旗さんとおっしゃいますと、たしかミッドウェイで戦死された……」
母親の表情が記憶を探っている。
「そうです。私は降旗さんの戦友でしたが、米軍の捕虜になりまして、戦後もあちらに残留しておりましたもので、お届けするのが遅くなってしまいました」
「それはまあ。寛子はいま横浜のホテルに勤めておりますが、間もなく帰ってまいりますので、どうぞお上がりなさってお待ちくださいませ」
母親は坂上の訪問に驚いていた。戦後、占領軍による「東京ローズ」らの追及が行なわれ、その一人のアイバ戸栗はこの年の十月サンフランシスコの連邦地裁で国家反逆罪に問われて懲役十年の判決を受けることになるが、寛子は日本国籍であったのでなんの追及を受けることもなかった。
戦後は夫の大山が戦死したので、実家に帰って来ている。結婚したとはいうものの、わずか二週間の生活を共にしただけで、夫婦としての実感はまったくない。本人の意志を無視した国策結婚に近かったので、戦後実家へ戻るのになんのためらいもおぼえなかった。
その後語学の能力をかわれて横浜のホテルに就職した。米軍将校の専用宿舎のようなホテルなので、寛子にとっては適《む》いた職場であった。もしかするとロバート・ウッドの消息にも触れられるかもしれないという淡い期待が心の隅にあった。しかしそれはもう遠い青春の幻影となっている。
寛子は間もなく帰って来た。寛子は降旗圭の名前に心のざわめきをおぼえた。ただ一度だけであるが、大山と結婚する前に降旗に許した。降旗とロバートはいま彼女の心の中で一体となり、青春の幻影として烟《けむ》っている。
それが突然姿を現わして、具体的な形見を送りつけてきたのである。
「まあ、降旗さんが私に? いったいなにかしら」
坂上から差し出されたものを受け取るときおもわず手が震えた。それは古びた一冊の手帳であった。坂上が降旗から託されてから七年も経過している。その間坂上が寛子へ渡すためにずっと肌身離さず持っていたものであろう。表紙はボロボロに傷み、頁は茶褐色に変色していた。
寛子は息をつめるようにして頁を開いた。それは降旗が折々につけていた日記であった。毎日ではなく、おもいついたときにつけていたらしく日付が飛んでいる。普通のメモ帳を日記に代用したもので、昭和十六年十一月下旬から、ミッドウェイで戦死するまでの間の日記である。おもいついたときの天候と感想や出来事をごく簡潔に記してある。
十二月八日ハワイ襲撃については「未明、真珠湾第一次攻撃に発進、雲上快晴」とだけ記入されている。
四月五日には「コロンボ空襲、ハリケーン一機撃墜」と書いてある。日記というよりはごく簡単な覚え書であり、わざわざ戦友に託すほどのものではなさそうである。
自分に向ける想いの丈《たけ》でも書き連ねてあるのかとおもいながら頁を開いた寛子は、いささか拍子抜けのするおもいでなおも頁を繰った。
寛子の目は六月五日最後の頁にきたところで固定した。そこには「生涯の一作」と冒頭に書かれて、次の詩文がつづいた。
[#ここからゴシック体]
――私は海を憎む。
この海がなければ多くの友は死なずにすんだであろう。
私は海を呪《のろ》う。
この海が求めなければ
私は母や父や親しい人たちと別れずにすんだはずだ。
私は海を怨《うら》む。
この海が呼ばなければ
あなたと共にべつの人生の可能性を探せたかもしれないのに――
[#ここでゴシック体終わり]
寛子は凝然となった。きっとミッドウェイの出撃前に作詩したものであろう。なぐり書きで字も乱れている。
降旗が詩の中で「あなた」と書いている人間は寛子のことにちがいない。
だったらなぜ? いまとなっては遅すぎるではないか。なにもかも遅いのだ。世の中は平和になったけれども、戦争で失われたものは、決して戻らない。
平和の回復によって新しいものはつくりだせる。だが平和も失われた者をよみがえらすことはできない。戦争に摘み取られた生命と残された遺族の悲しみ、切り離された男と女の間の想い出、死者の形見、それらは平和がよみがえった後、心の傷をかきむしることはあっても心の慰めにはならない。
そのとき寛子は涙にうるんだ視野の奥にロバート・ウッド、降旗圭、大山雄一の、戦争と共に彼女の中を通り抜けていった三人の男を重ね合わせていた。
「それでは私はこれで」
坂上は立ち上がった。彼も長い間心にかかえていた債務をいま返して身軽になったような表情をしていた。
2
一九六二年(昭和三十七年)六月五日ミッドウェイ海戦二十周年に、アメリカ・サンフランシスコ市在住の実業家で第二次世界大戦中のヨークタウン艦攻搭乗員であったヘンリー・ハガード氏が後援して、ペンシルベニア州ハリスバーグにあるクラシック・プレーンズ・オブ・フェイム航空博物館と日本の零戦搭乗員会の共催で、日米合同慰霊祭を神奈川県厚木飛行場で執行し、鎮魂飛行を行なうことになった。
この日鎮魂飛行に使用される機種は日本の零戦をはじめ、アメリカのグラマンF4Fワイルドキャット、TBDデバステイター雷撃機である。同博物館が数年がかりで修復して往時の性能で飛べるように復元された。
当日はハガード氏自身もデバステイターを操縦するとあって、日米のマスコミが派手に取り上げた。
日本側からは往時の零戦搭乗員で現在民間航空会社でヘリコプターのパイロットをしている坂上棋一が、零戦を操縦することになった。
彼は自家用操縦士のライセンスをもっていたが、零戦がアメリカ籍なので米国ライセンスを申請取得した。この日のために渡米してハリスバーグの航空博物館飛行場で特訓を積んだ。なんといっても昔取った杵柄《きねづか》である。往年のカンがすぐに戻った。
五月十六日零戦は他の機種と共に自動車専用運搬船「ザイファー」号に乗って日本へ来た。
二十年ぶりに里帰りした零戦は、最初の量産型「二一型A6M2」で真珠湾攻撃に参加した初期の機種である。その精悍な風貌と優美な機体は、かつての神話的性能を留めて少しも年を取っていない。
パイロットを始め、整備員、製作に携わった者、その他零戦に関わった者すべてにとって零戦こそ彼らの青春の象徴であった。幾|星霜《せいそう》を経て再会した零戦におもわず感慨が込み上げて涙を流した者もいる。
その零戦と翼を並べてかつての宿敵ワイルドキャットやデバステイターがいる。すでに敵意は風化して、日米の老兵たちが同じ戦場を共有した苛烈《かれつ》な体験が星霜のかなたに感傷として烟《けむ》っている。
いよいよ当日がきた。最終整備を受けた各機は、デモンストレーションフライトに備えて厚木飛行場に勢揃《せいぞろ》いした。ワイルドキャットは当時の元米空軍少佐でロスでスーパーマーケットを経営しているジム・クルーガー氏が操縦する。
この日厚木飛行場には日米関係者やマスコミ陣が詰めかけた。危ぶまれていた夜来の雨が上がって空は眩《まぶ》しく晴れ上がった。
定刻がきてまずワイルドキャットが離陸した。つづいてデバステイター雷撃機が離陸し、三番目に坂上の操縦する零戦が出た。口の悪いマスコミ陣が「老人ホームの空中戦ごっこ」などと揶揄《やゆ》していたが、さすが昔取った杵柄で操縦になんの危なげもない。三機は機速の遅いデバステイターを一番機、零戦が二番機、ワイルドキャットが三番機に占位して編隊を組んだ。
首が痛くなるほど仰向けて空を眺めている老兵たちは、かつての戦場の空を重ね合わせていた。零戦やF4Fは還って来たが、これらの機種を駆って南溟《なんめい》の空に散華《さんげ》した戦友たちはもう還って来ない。
悲惨な青春であったが、それこそ彼らの青春であり、それ以外の青春はなかったのだ。
いずれも地上から熱いまなざしで飛行を見守っている。みな瞼《まぶた》に熱いものをおぼえているのである。手を振る者、茫然《ぼうぜん》として見つめている者、万歳をしている者、みなそれぞれの形で空に舞う機体を追っているが、その機影に亡き戦友のおもかげを重ねていることは同じである。
間もなくデモンストレーションのハイライトである曲技飛行が始まった。高速度低空飛行、垂直上昇横転、背面飛行、緩横転、急横転、連続横転、宙返りなど零戦の運動性能を最大限に引き出した曲技飛行が繰り広げられた。その都度地上から歓声と拍手が湧《わ》く。「老人ホームの云々《うんぬん》」と揶揄したマスコミは自らを恥じた。
鈍重なデバステイターは置き去りにされ、健《けな》げに従《つ》いて来たワイルドキャットも途中で振り切られた。
曲技飛行が終り、着陸する時間が迫った。三機は編隊を組み直し、旋回しながら着陸態勢に入った。着陸順は離陸順と同じワイルドキャット、デバステイター、零戦である。
二機が着陸して零戦の番になった。零戦に着陸許可が出た。零戦は最終旋回を行ない、スロットルを絞り、高度を下げつづけた。ワイルドキャットはすでに駐機地点へ達している。
零戦は接地間際までアプローチしたところでなにをおもったのかパワーを上げ再上昇した。そのまま離昇出力にエンジンを増力して、一気に空へ駆け上がって行く。
唖然《あぜん》としている地上を尻目《しりめ》に零戦は東方の海の方角に向かって矢のように駆け去って行った。
零戦はそのまま帰って来なかった。搭載燃料は一時間分ほど残していたのでその方角へ一直線に飛びつづけたなら、野島崎南方四、五百キロの洋上に墜落した公算が大きい。
木更津の陸上自衛隊ヘリコプターと銚子海上保安部から巡視艇が出て空と海から捜索にあたったが、零戦の消息はつかめなかった。
二日後その海域に大量の油膜が浮いているのを漁船が認めたが、漂流者や浮遊物は発見できなかった。
ミッドウェイ海戦記念日に集まって来た人々は、坂上が零戦を駆って戦友たちの所へ戻って行ったのだろうと推測した。
そのニュースを新聞で読んだ寛子は、坂上の人生もミッドウェイで終り、その後の余生にピリオドを打ったのだとおもった。そのピリオドとして零戦こそ彼に最もふさわしいものであり、海以外に向かうべき方途はなかったのであろう。きっと重く辛い余生だったにちがいないと寛子はおもった。
3
一九七×年七月下旬のある日、東京都心のホテルにアメリカの観光団体《ツアー》が到着した。
観光予定地は日光、箱根、京都、奈良で、滞在日数は、東京を含めて十日間である。そのうちフリータイムが一日あって希望の場所へ行けるようになっている。
ホテルのインフォメイションにそのツアーの一人らしい上品な婦人が来た。
「フリータイムにヒロシマへ行きたいのですが、どのように行ったらよろしいでしょうか」
その婦人は問うた。アメリカ人観光客で広島へ行きたいという人は珍しい。加害者の立場から被害地を訪れるのは、心の痛みを伴うものであり、観光旅行の訪問地としては重苦しい。
インフォメイション係は広島への行き方を教えた後、
「平和記念資料館へ行かれるのですか」
と問うた。
「それなにですか」
婦人は反問した。
「平和の祈りをこめて原子爆弾の資料を蒐《あつ》めた所です」
「そういう記念館があったのですか。それはぜひ訪れたいとおもいます」
婦人は熱い関心を示した。
「広島にお知合いでもいらっしゃるのですか」
平和記念資料館を第一目標としていなかったところをみると、他に目的があるのだろうとインフォメイション係はおもった。
「いいえ、海軍兵学校の跡を見学したいのです」
婦人は言った。若いインフォメイション係は「|海 軍 兵 学 校《ネイバルオフイサーズ・スクール》」を知らなかった。
たまたまその場にアメリカ婦人と同年輩ぐらいの女性ロビーマネジャーが来合わせた。彼女はアメリカ婦人とインフォメイション係の会話を小耳にはさむと、
「海軍兵学校は広島の近くの江田島という島にあり、高速船で二十五分くらいです。いまは海上自衛隊の基地になっています」
と流暢《りゆうちよう》な英語で説明した。
「一般の人間でも見学できますか」
アメリカ婦人はロビーマネジャーの方へ視線を向けた。
「一日に三回か四回案内人が構内を案内してくれますわ。海軍兵学校にご興味がおありのようですね」
彼女がこのホテルに転入社して十数年たつが、海軍兵学校を見学したいと言った外国人は初めてである。
「世界の三大兵学校の一つと聞きました。日本の海軍将校が巣立った母校をぜひ見学したいのです」
――それはなぜ?――と問おうとして|ソーシャルディレクター《ロビーマネジヤー》はのど元で留めた。アメリカ婦人の目に深い悲しみの色を見たからである。
海軍兵学校になにかアメリカ婦人の悲しみの縁由《えんゆう》があるような気がした。
二人はそのまま別れた。アメリカ婦人は、シャロン・ウッド、ホテルのロビーマネジャーは中川寛子である。どちらも三十数年の星霜を経た後の再会に気がつかなかった。
まして彼女らが一羽の鳩によって結ばれた二重の因縁《いんねん》の糸を知るすべもなかった。
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終 章
ミッドウェイ海戦時、私は小学校(当時国民学校)四年生十歳の少年であった。太平洋戦争の分岐点になったミッドウェイでの惨敗は国民に固く秘匿され、我々が同海戦の真相を知ったのは、戦後になってからである。
私の心にはいつもミッドウェイが重く引っかかっていた。開戦には消極的であった日本海軍首脳が、有利な休戦にもっていくために総力を上げて戦ったミッドウェイには、戦争の悲劇に膨張一途の国家意志の前に第一線におかれた軍人たちの悲劇が二重に織られているようにおもう。
戦力の質量からみても日本軍が圧倒的に優勢であったミッドウェイが、反転して日本の惨敗に終った。この逆転は織田、今川の桶狭間《おけはざま》の戦いに匹敵するものである。また秀吉の艦隊が一五九二年朝鮮沖玉浦、露梁で李舜臣の亀甲船に敗れて以来の決定的敗北であった。
国家が総力戦状態におかれたときは、国民一人一人の人生の目的が、国家の戦争政策のために統一される。それぞれが自分の自由意志によって選んだはずの市民生活を送っていた国民が、兵士として国家の網にすくい取られて、戦場に投入されるのである。
兵士になれない者は「銃後」として戦力の後ろ備えとされる。「戦争はいやだ」などと言うことは許されない。そういう者は非国民であり、国賊とみなされる。
このような総力戦体制の中に否応なく組み込まれて、平和な時代であったなら追求できたはずの個人の夢を虚しく抱えながら死んで行った多数の若者がいるにちがいない。生きていればどんな可能性の花を開いたかわからない。
太平洋戦争を通して無数の若者の夢が花開かぬまま摘み取られていったことであろう。私は戦火の中に散った若者の夢を、太平洋戦争の帰趨《きすう》を分けたミッドウェイに重ね合わせて一編のドラマを組み立ててみた。
現実には私の想像を超えるドラマがあったにちがいない。だが、自由が氾濫《はんらん》し、どんな夢でも意志さえあれば自由に追いかけることができる現代から、夢の一かけらも許されなかった当時の若者たちの夢の残渣《ざんさ》をミッドウェイの海底からすくい上げてみたいとおもった。
そんな試みはミッドウェイで死んで行った人たちにとってなんの鎮魂にもなるまい。だがそこに死んで行った夥《おびただ》しい人たちのことを、後世代の我々が決して忘れていないというささやかな証拠にはなるだろう。
その証拠の一つとして、私は以前『火の十字架』という作品を書いた。だがそれは推理小説を構成する背景の一つとして取り入れただけで、ミッドウェイを主たるテーマに据えたものではない。
『火の十字架』以後、ミッドウェイに真正面から取り組んだ作品を書きたいという想いは次第に強くなった。その想いをひとまず実現したのがこの作品である。
我々がいま享受している平和は、あの大戦で死んだ無数の犠牲者の上に成り立っている。
我々が個々の人生で自由に設定できる目標は、戦争目標のために押しつぶされた犠牲者の数だけの目標の犠牲の上にあるのである。
執筆に先立って広島県江田島にある旧海軍兵学校へ行った。構内の教育参考館の東郷元帥室正面の「海軍兵学校出身者霊銘牌」に刻まれた四千名を超える氏名は、彼らの夢の重さを物語っている。
国家の干城《かんじよう》として全国の俊秀から選び抜かれた彼らにとって、この銘牌に自分の名前を刻み込まれることは一つの夢の達成であったにちがいない。
だが彼らも戦争という網にすくい取られた若魚であった。もし網にすくい取られなければ人生の全方位に泳いで行ける可能性をもっていた。
館内は撮影禁止である。展示室には、戦死した卒業生や特攻予備学生の手紙や遺品が展示されている。いずれも二十歳前後や二十代前半の若者たちの遺書≠ナある。現代ならまだ親がかりか若葉マークの若者たちが、どうしてこんな毅然《きぜん》たる覚悟を定めた文章が書けるのだろうか。それは悟り切った高僧の心境のような「凄《すご》い手紙」であった。
撮影禁止の薄暗い展示室に数時間立ち尽くして、私は心に刻み込むように遺書を読んだ。
気がつくと私の見学グループはとうに去り、次の見学グループがやって来て、また去った。
軍国主義教育にどっぷり浸《ひた》されて、ここまで思考を鋳造されたのであろうが、それにしても精々二十歳前後の若者たちである。普通の若者並みの夢や欲望があったはずだ。
彼らの遺書には軍国主義を超越させる健《けな》げさがあった。進んで国の楯《たて》となるために喜んで死んで行った若者たちは、彼らが生命を捧《ささ》げた国からまだほとんどなんの恩恵も受けていない若さであった。そんな若者(少年もいた)を前線に立たせなければならぬ戦争の是非は、改めて問うまでもない。
次に遺書の一部を引用する。遺族のプライバシーのために筆者の名前は敢えて秘匿するが、教育参考館の展示室では一般に公開されている。また一部は他の文献に収録されている。不十分な照明下でメモを取ったり、諳《そら》んじてきたものなので用語や送りがな等は多少原文と異なる。
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身はお母さんの許《もと》へ帰らずとも、いつまでもお母さんの心の中に生きています。お母さんもすでに覚悟を定まったこととおもいますが、特攻隊員の母として強く強く生き抜いてください。国難に際して国恩に報ずるは臣たるの道であり、家門の誉であります。お母さんは私の幼ないときのことを言って時折涙を流すそうですが、私は決してお母さんの考えるような可哀想《かわいそう》な子ではありませんでした。
君がためただ君がため君がため捧げまつらんおのが命を。
悠久二千六百余年の大日本に生をうけ、日本男児としての誇りを感じ御稜威《みいつ》(天皇の威光)[#「悠久二千六百余年の大日本に生をうけ、日本男児としての誇りを感じ御稜威《みいつ》(天皇の威光)」はゴシック体]の下一億こぞって米英撃滅に邁進栄《まいしんは》えある海軍飛行兵として陛下のご馬前に討ち死にせんとする光栄を有す。国土の恩恵長らくお世話になったご両親様に感謝し、末長くご寿命あられるよういずれかよりお守りせん。
七生報国、護国の鬼となり、邦家(国)を守らん。
[#地付き]――十七歳
私の心の奥底には大きな願いがあるのです。大義に生きることです。お母さん、決して悲しんでくださるな。いま母上が悲しんでいるようにその悲しみに打ち耐えて強く生きる一億の母のあることをおもいおこしてください。一億の悲しみは一億の怒りとなって強くたくましく宿敵破砕の泉とならなければなりません。(後略)
海行かば水浸《みづ》く屍《かばね》、空行かば雲染む屍
明日知らぬ海軍軍人ことに飛行将校なれば結婚等は心配ご無用に候。武運強くして生き長らえることあればそのときはそのときで、ご心配かけ申すやも知れざる次第、しかしながら生き長らえるなど毛頭これなく候。また小生女性との交際これなく候えばご安心くだされたく候。いよいよ時局は重大にして我ら飛行将校にまつこと極めて大にして小生血わき肉躍る感いたし候。
[#地付き]――二十一歳
私、戦死いたすも決して悲しみくだされたまふな、天皇陛下のため、国家のため、××は戦死せりと喜んでください。見事敵艦|轟沈《ごうちん》したるときはよくやったとほめていただきます。突然のことなので、だれも便りすることができません。みな様によろしく。
[#地付き]――二十二歳
お父さんお母さん喜んでください。××は遂に来たるべき秋《とき》がきました。征《ゆ》くにあたって、改めて申し上げることはありませんが、ただ二十年この方××は孝行という孝行はしたことがありません。お許しください。海軍に入って××は泣いたことはありませんでした。しかし今日はあまりの嬉《うれ》しさに泣けました(特攻隊に選ばれて――作者注)。ほめてやってください。私もやるからには立派にやります。
[#地付き]――十九歳
君がため なにを惜しまん若桜
散りて甲斐《かい》ある命なりせば
[#地付き]――二十一歳
煙草のケースは××に、万年筆は姉上に、仁丹入れは○○に記念品としてさし上げてください。金子《きんす》はご両親様に最初にして最後に小生よりさし上げるお小遣いとしてお納めください。小生亡き後各同胞を立派な大和民族の一員たるべくご教育賜わらんことを切望しております。
若桜 嵐《あらし》の戦場《には》に散り行くも
永遠《とは》の命に生くる嬉しさ
天皇陛下万歳
[#ここでゴシック体終わり]
[#ここで字下げ終わり]
遺書には未練やめめしいことは一切書かれていない。天皇と国家の楯となって死ぬことに喜びを見出し、逆に後に遺《のこ》る人々の悲しみを慰め、心構えを説いている。
すべての遺書に共通することは個人を滅していることである。自分の生命を国に捧げることを第一義として、それ以外のすべての人間的な自由や感情や欲望や可能性を放棄している。そんなむごいことをかつての日本は二十歳前後の若者たちに求め、強制したのである。そして国は彼らに対してなにを為したのか。
今日の日本の繁栄を想うとき、若くして死んで行った彼らの無念をおもわないわけにはいかない。
この教育館に展示されている特別攻撃隊員の資料はおおむね故近江一郎翁が全国を行脚して集めたものである。翁は太平洋戦争に散華した隊員の行績を蒐集《しゆうしゆう》整理し後世に伝えるために遺族弔問、慰霊参拝、資料蒐集の全国行脚の途に就いた。六年間一笠一杖を携え乏しい旅費のもと草に伏し野に寝て、遂に過労のため昭和二十七年一月逝去されるまで特攻隊員の行績を尋ねてその足跡は北は礼文島から南は種子島にまで及んだ。
翁も進んで国の楯となった若者たちの崇高な精神と、彼らの無限の可能性を蕾《つぼみ》の中に散らした無念さをすくい取りたかったのであろう。
死んでいった若者たちが、見せかけの自由と繁栄の中で高度の物質文明の毒に腐った現代を見るとき、はたして満足してくれるかどうか甚《はなは》だ疑問である。おれたちはこんな世の中のこやしになるために死んで行ったのではないと言うかもしれない。彼らの無念さを少しでもこの作品の中にすくい取れたら幸せである。
ミッドウェイの資料は日米共に大量にある。あまりに多過ぎて資料の海に溺《おぼ》れかかるほどである。戦闘の中での記録は、混乱があり、数字(時間、人数、機数、艦艇数など)に異同がある。それぞれを比較して、なるべく一致している数字を採用した。
ミッドウェイの海戦に参加していないが、実際の参加者よりもはるかに大量の情報に恵まれているのは後世代の特権である。特にアメリカ側の資料は、当時の日本の戦争指導者ですら手に入れられなかった情報である。
もちろん歴史の暗部の中に隠されてしまった事実もあるだろうが、大量の情報と研究によってその暗部すら次第に照らし出されてくる。後世代に立って振り返る者として、その特権をフルに利用して、この作品を書いた。
主人公は作者の創作であるが、ミッドウェイの海戦は史実に基いて書いた。ただし作者が書きたかったものは「ミッドウェイ」の忠実な記録による再現ではなく、国家の目的によって個人の可能性を踏みつぶされた若者の無念さである。
その無念を書くためにミッドウェイの舞台が必要であった。作者の意図する年代の主人公を設定すると、実際の年代の事実関係や制度と合わなくなる点がいくつかあるので、敢えて主人公の海軍兵学校の期数は特定しなかった。
本作品の執筆に際して多数の日米の資料を参照した。作者自身がミッドウェイに参戦したわけではなく、仮に参戦したとしても米国側の情報や総合的な体験を個人で得ることは不可能である。
先人たちが遺した多くの資料や記録の堆積《たいせき》の上に立ってこの作品は成った。人々が築き上げたピラミッドの頂上に後から行く者は立つことができる。今日の日本の繁栄が戦争の犠牲の上に立っているように、ある意味ではこの作品はミッドウェイの犠牲の上に完成した。
ミッドウェイの悲劇、いや戦争の悲劇は二度と繰り返してはならない。激戦の跡ほど、歴史の風化後に振り返ると平和に見える。流された大量の血が二度と同じ過《あやま》ちを繰り返さぬように平和の塗装をするからであろうか。
いまミッドウェイ海域はかつての激戦の名残《なご》りもなく、平和で単調なコバルトブルーのうねりを繰り返しているであろう。
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主要参考文献
この作品を終るに当たって多数(約八十点)の資料記録、文献の中から特に資せられるところの大きかった左記の資料を銘記してその著者、編者に感謝の意を表します。(順不同)
『ミッドウェー海戦』防衛庁防衛研修所戦史室 朝雲出版社
『ミッドウェイ』P・フランク、G・ハリントン 谷浦英男訳 白金書房
『蒼海よ眠れ』澤地久枝 毎日新聞社
『ミッドウェー』A・J・バーガー サンケイ新聞社
『海軍兵学校・機関学校・経理学校』水交社 秋元書房
『海軍兵学校物語』鎌田芳朗 栄書房
『ミッドウェーの奇跡』G・W・プランゲ 千早正隆訳 原書房
『アメリカ現代史』斉藤真 山川出版社
『アメリカ現代史』W・マンチェスター 鈴木主税訳 草思社
『サンゴ海の戦い』エドウィン・ホイト 志摩隆訳 角川書店
『勇断提督山口多聞』生出寿 徳間書店
『ミッドウェイ』O・S・サンフォード 小菅正夫訳 KKベストセラーズ
『昭和二万日の全記録』講談社
『ミッドウェー戦記』豊田穣 文藝春秋
『ミッドウェー』淵田美津雄、奥宮正武 朝日ソノラマ
『空母零戦隊』岩井勉 今日の話題社
『日本海軍史』毎日新聞社
『連合艦隊かく戦えり』佐藤利正 光文社
『ドキュメント昭和史』平凡社
『大海戦史《グレート・シー・ワー》』C・W・ニミッツ、E・B・ポッター
『江田島教育』豊田穣 新人物往来社
『夕日のミッドウェー』江戸雄介 光人社
『日本史小百科 海軍』外山三郎 近藤出版社
なお資料蒐集と取材に当たっては文藝春秋オール讀物前編集部和賀正樹氏、同佐藤敏雄氏、前編集長藤野健一氏、編集長中井勝氏、出版局萬玉邦夫氏から多大のご協力をいただいた。厚く感謝の意を表します。
角川文庫『ミッドウェイ』平成12年12月25日初版発行