小林 信彦
ビートルズの優しい夜
目 次
ビートルズの優しい夜(1966年)
金魚鉢の囚人 (1974年)
踊  る  男(1978年)
ラスト・ワルツ(1982年)
あとがき
文庫版のためのあとがき
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ビートルズの優しい夜    1966年
柔らかいシートの背に凭《もた》れた姿勢で、篤《あつし》は窓の外を見た。
台風は去ったものの、天候がはっきりしない。外を流れてゆく雑木林や畠は湿って、小川が茶色く濁っていた。
「降ったあとじゃないかな」
ディレクターの紀田が、向い側の席で、自信なさそうに呟《つぶや》いた。
「逗子《ずし》に着いたころ、また、降り出すんじゃないかしら」
ひとを脅かす気味のある紀田の物言いに篤は馴れていた。
「明日も、こんな天気ですかね」
そう応じたが、泳ぎのできない篤は、さほど晴天を待ち望んでいるわけでもなかった。
会話が跡切《とぎ》れた。
窓ガラスの面を、音もなく、水滴が斜めに流れた。三つ、四つ、と続き、景色がぼやけた。二人は黙って眺めていた。
「武道館、どうでした?」
紀田の眼には、悪意からではない揶揄《やゆ》の色があった。
「ひどい騒ぎだったのじゃありませんか」
そうだ、武道館を出たとき、小雨が降り始めたのだ、と、篤はちらと想った。
「殆ど、ききとれませんでした。曲目の紹介が終らないうちに、女の子がいっせいに金切り声をあげるんだから」
「だから、ぼくは行かなかったんだ」
紀田は短い笑い声を立てた。
「湯浅さんの観た回の演奏は、うちの局が録画したの。今夜、オン・エアされます」
自分の物好きを嗤《わら》われたような気がした。
たしかに、中継録画を観ればすむことと、いえなくもない。あれほどの喚声にもかかわらず、音は間違いなく〈拾われて〉いるだろうし、演者たちのこまかい仕草も、テレヴィ・カメラは正確にとらえているにちがいなかった。
しかし、それだけでは、こぼれ落ちてしまう部分が多過ぎるばかりか、スーパースターたちを核とする常軌を逸したあの熱狂の渦を真に感じとることはできまいと彼は思う。そうした熱狂に包まれながらも、演者たちの一挙一動を仔細《しさい》に観察することを篤は自分に義務づけていたのだ。
彼の席は、演奏グループの横手の、高い、見にくい位置にあった。そこからはビートルズを斜めに見おろす形になったが、手をのばせば触れられそうにも感じられた。
青年たちは、予想していたよりは華奢《きやしや》な体付きで、身軽な動きを見せた。演奏ぶりは飽くまで冷静であり、とめどなく熱してくるところはなかった。とはいえ、手を抜くわけでもなく、期待されているだけのものを過不足なく見せるべくつとめているようだった。
印象に残ったのは、ドラムのリンゴ・スターがわずかに身体《からだ》を動かしただけで、洗いたてのような赤みを帯びた長髪が大きく揺れることであった。毛髪の質が日本人とは異なるのであろうか、その大きな、ふわりとした動きには、鏡獅子《かがみじし》を連想させるものがあった。ジョン・レノンやポール・マッカートニーははげしく動いているのだから当然としても、リンゴ・スターは動きが少く、それだけに、ときおり揺れる赤い髪は美しく、いつまでも彼の眼底に灼《や》きついていた。
「刺戟《しげき》的でしたよ、とにかく」
「お役に立ったなら……」
紀田はあっさり言った。
入手不可能と篤が初めから諦《あきら》めていた切符を、紀田は、まるで食券でも配るような態度で、さりげなくくれたのだった。買いとらせてくれと頼むと、紀田は自分は局内で只で貰ったのだから、と固辞した。
もし紀田が狂乱の坩堝《るつぼ》と化した会場に居合せたら、どういう反応を示すであろうか。紀田は決して感動を知らない人間ではなかったが、ファナティシズムを嫌っていた。ファナティシズムに伴う野暮ったさ、といった方が、より正確であろうか。
ビートルズの来日が決り、自分の属する局が公演の中継をすることになっても、紀田は昂奮《こうふん》をあらわには見せなかった。紅毛の不良少年どもが武道館を使用するとは、という老警世家たちのヒステリックな言辞は黙殺したが、だからといって、ビートルズに肩入れするわけでもなく、むしろ、異常なまでの歓迎ムードを冷ややかに見ていた。その点は、紀田の上司であるプロデューサーの平山も同じであった。
ロックンロールに縁遠いはずの篤が、心情的にビートルズ擁護の側に押しやられた経緯は皮肉だった。数年前にビートルズの最初の主演映画が公開されたさい、彼は新聞のコラムでその映画を激賞したのだが、ドキュメンタリー風の作り方を誉めたのであって、ビートルズそのものを認めたわけではなかった。しかし、すぐに新聞社に呼びつけられて、ああいう愚連隊めいた連中の出る映画を誉めそやすのはやめて欲しいと言い渡されたとき、彼は自分が、何のかかわりもない英国のロックンローラーの方に突き動かされるのを覚えた……
「本降りになってきたな」
陽灼けした紀田の鼻のあたまに脂が浮き出ていた。
「どうでした、ワイキキは」
篤は話頭を転じた。
「泳げたのは二日間だけ。あとは豪雨で、ホテルに閉じこもってました」
激務の合間に、たとえ一週間でも日本を脱出できるのが、篤は羨《うらやま》しかった。経済的なゆとりがまったくないのは措《お》いても、そうした行動をさりげなくおこなえる軽さを、自分はいつまでたっても身につけられないだろう。
「湯浅さん、いくつ?」
煙草の封を切りながら紀田がたずねた。
「三十三」
「あたしゃ、今日で三十になるんです」
はにかんでいるせいか、下世話な口調になった。
「どうですか、気分は?」
相手との距離のとり方に自信を持てない篤は、自分の言葉にぎごちなさを覚えた。
「どうってこともないですがね」
紀田は煙草を咥《くわ》えて、
「こういう世界で歳をとってゆくのは、妙なものだなあ」
語調には、おそらく紀田が意識している以上の切実さがこもっていた。
たしかに、四十を過ぎた紀田が若い女性歌手と友達のような口調で話し合うのを想像するのは困難であった。いってみれば、若者同士が遊びの気分を混《まじ》えて楽しみながら仕事をし、それが企業を躍進させるエネルギーになってきた世界なのだ。
「どういうことになるのですかね」
「管理職に追いやられるでしょう」
紀田は紫煙に眼を細めた。
「紀田さんは、それだってつとまる人だから」
「だけど、それじゃ、商社にでも入ってた方がよかったことになる。なんたって面白いのは現場だもの」
篤はかすかに頷《うなず》いた。
「三十五過ぎたら、考えなきゃいけない」
紀田はひとりごとのように言った。
テレヴィがこんな巨大な産業になるとは、だれも予測できなかったのだ。有能な作り手がそのまま優秀な社員と判定された草創期の混沌《こんとん》状態、連日お祭りをしているような熱っぽい日々が、いつまでも続くように思われたのだった。トーク番組に出演するために、年に何度か、テレヴィ局を訪れた篤は、自分が祭りの渦に加われないのを残念に思っていた。
平山プロデューサーから、ぜひお目にかかりたい、という電話があったのは、何年か後だった。篤が新聞や週刊誌に書いている映像関係のコラムが面白いので、新しい番組を手伝ってくれないか、というのだった。
テレヴィのプロデューサーといえば、山師めいた風貌《ふうぼう》の持主と考えがちな篤は、白皙《はくせき》の秀才風の平山を珍しいタイプと感じた。芸能界の出来事だけではなく、ベストセラー小説の動向から週刊誌の消長にいたるまでを、平山は鮮やかに分析してみせた。そして、台本執筆のメンバーに加わるよう熱心に慫慂《しようよう》したが、平山自身が仕事に惚《ほ》れ込んでいるかどうかは篤には判断できなかった。
テレヴィ台本を手がけたことのない彼が、自信のないままに承知したのは、経済的な安定を欲していたためだった。だが、もうひとつ、かつての日、祭りに加われなかった心残りがそうさせたといえなくもなかった。
人気者とはいえ、下り坂の鳥羽邦彦をホストに据えたそのショウ番組がヒットしたのは、平山の企画力によるところが大きかった。おかげで篤にも他の局から注文がくるようになり、収入の大半はテレヴィ関係で、新聞にコラムを書くことは殆どなくなっていた。
「平山さんは、どうしたのだろう」
と篤はきいた。
「もう少しあとの電車か、社の車でくるでしょう。……あの人、最近、エラくなったから」
逗子にあるリゾート・ホテルにくるようにという電話を平山から受けたのは、ゆうべだった。何かあるのですかという篤の問いに、平山は、一晩遊ぶつもりできて下さい、と、いつもの柔らかい調子で応じた。結婚してからしばらく、葉山に住んだことがある篤は、何度か食事をしにそのホテルへ行っていた。
「エラくなったって、どういう意味です?」
「要するに、エラくなったんですよ。もともと敗《ま》ける戦争には手を出さない人だから、こまかく当ててはいたんだけど、今度のが決定打になった……」
紀田の観察はそのまま首肯できた。
テレヴィの台本書きとして、基礎の修業をしていない篤は、一年足らずで才能の涸渇《こかつ》を意識した。台本の出来が遅くなり、自分で読みかえしても少しも面白くなかった。
にもかかわらず、平山は篤を番組から外そうとはしなかった。
テレヴィ作家には台本を書く以外の仕事があった。新聞記者のインタヴュウに応じたり、関西地区の視聴率が下ると、ただちに西下して、なぜそうなったか、ネット局関係者の意見を徴したりする。そうした時には、新聞のコラムによってわずかではあれ名が知られている篤が表に出た方が便利なのであった。
自分がスタッフに加えられたのは、このためではなかったか、と篤は考えることがあった。自分は平山の代りに口を動かす人形のようなもので、そうした価値だけで存在を許されているのではないか。
すでに崩れかかっている彼の自負心を支えているのは、自分は放送作家ではないという意識だけだった。|ここでは《ヽヽヽヽ》役に立たなくても、活字のコラムニストとしてはプロなのだと考えようとした。
だが、そう考えたにせよ、降りてくれと、いつ、平山に言われるかわからない怯《おび》えが消えるわけでもなかった。その宣告は、彼にとって、定収を失うのを意味した。そうなった時は、また、それなりに思案するしかないだろうと彼は考える。当事者ではあるが、あくまで、外部の人間でもある矛盾が、彼の立場を微妙にしていた。
「今日は、かなり集るのかしら?」
「と思いますよ。ぼくは、明日、録画《とり》があるんで、万事、平山さんが采配《さいはい》をふってるんです」
夏の初めのリゾート・ホテルに人を集めるのは、いかにも平山の好みだと思った。
「邦彦もくるんですか」
「きますよ」
そう答えてから、窓ガラスにひたいを押しつけるようにした紀田は、「ここら辺は降ってねえんだなあ」と言った。
「よく、時間があるな」
「え……」
紀田は篤の顔を見た。
「鳥羽邦彦のことですよ」
その表情を想い浮べながら篤は言った。有名な喜劇役者の二世として早くから芸能界に入ったせいか、若いのに、素顔は老けていて、気心の知れぬところがあった。
「自分の番組だもの。いくら忙しいったって、やりくりして貰わなきゃ」
紀田は二本目の煙草を咥えた。
「いま、どうなんですか、人気は?」
「まだ、保《も》ちますよ」
「このところ、生気がないな」
「それは、ずっと、ないです」
紀田はきめつけるように言った。
「どうも、わからないな、あの男。本当は何をやりたいのか……。ひとを笑わせることが好きでたまらないとか、そういう感じがないでしょう」
「まあ、嫌いでもないでしょうがね」と紀田は笑った。「でも、虚像としての邦彦は、どうして大変なものですよ。公開録画の前に、観客に、拍手の入れ方やなんか説明するのを、ぼくもずいぶん、やってきたけど、いまの邦彦の客みたいなのは知らなかったな。大半がハイティーンの女の子だけど、ぼくが舞台に出てゆくと、なんとも形容できない匂いと熱気に包まれるんです。先週なんか、センター・マイクに向って喋《しやべ》ろうとすると、前歯がさーっと乾くのがわかったから」
ホテルのフロント付近は冷房がきき過ぎているようであった。
チェックインすると、お二人で一部屋をご使用なさるように承っておりますが、とフロントの男が言った。
篤は困惑を覚えた。待遇が落されたように感じたのもさることながら、他人といっしょだと寝つけないたちなのだ。
「どうします?」と紀田が促した。「あたしがごいっしょするか、作家同士ということで瀬木さんと組まれるか」
「作家仲間は勘弁して下さい」
篤は答えた。
いままでにも、番組の仕事で、あちこちのホテルに泊る機会があったが、独立した部屋をあたえられないのは初めてだった。リゾート・ホテルの混み合う時期なので、こうした扱いになったのであろうか。
七階の部屋は狭いツインで、床の近くまである大きな窓から、白い波が無数に立っている海が見えた。ヨット・ハーバーに掲げられた赤い旗は風に千切られそうで、ホテルの脇の防波堤に波が大きく砕けていた。
シャワーをひと浴びしてから、篤は部屋を出た。
エレヴェーターを降りた辺りからロビイにかけて、降りこめられたビーチウェアの若い男女や親子連れが群がっていた。ずいぶん大衆化したな、と彼は軽い失望を覚えた。オープンした当時のこのホテルは、大衆が気軽に足を踏み込めぬ雰囲気《ふんいき》を湛《たた》えていたのだ。
湯浅さん、という声がきこえた。
ふり向くと、GIカットと強度の近眼のために小学校の優等生のように見える瀬木が、ロビイの長椅子から立ち上り、頭をさげた。
篤は、反射的にではなく、一瞬ずらして、挨拶をかえした。相手の率直さに立ち向うためには、そのようにふるまうしかないのだった。
「いつ、着いたの?」
「十分ぐらい前です」
瀬木はにこりともしなかった。
「部屋は決った?」
「広報の親玉といっしょです。えらいことになりそうで」
「えらいこと?」
「これですよ」
瀬木は麻雀《マージヤン》パイをつむ手つきをして、
「もう部屋に雀卓が用意されてます。寝られないですよ、今夜は」
「ホテルとか、海岸でやる奴の気が知れないな」
篤は瀬木のとなりに腰をおろそうとして、長椅子の背に左手をかけた。模造皮革特有のじっとりした感触があった。
「親玉の十八番ですよ。部下と組んで、新聞記者に負けてやるんですって」
「そういえば、ここのところ、番組の記事があまり出なかったな」
篤は無感動な口調で言うと、
「コーヒー・ショップにでも行かないか」
「あれ、観てるんです」
ロビイの隅のカラー・テレヴィ受像機に写っている漫画を瀬木は指さした。
「面白いの?」
大学生やいい大人が漫画週刊誌を手にしている昨今の風潮を篤は想起した。
「面白くありません」
と瀬木は答えた。
「絵が古臭いし、ギャグが、まるで、決らない。最低です」
音が殆どききとれぬほど絞ってあるのに、専門的な批評をする瀬木を、篤は興味深く思った。
ラジオの新進作家だという瀬木を掘り出してきたのは、平山であった。今春、まだ、暖房が入っていたころだ。地味な服装の瀬木は、「ごいっしょさせて頂きます」と篤に一礼すると、番組内容についての細かい説明を平山からきいた。平山が笑いかけたり、冗談を言ったりしても、蒼《あお》ざめたままの瀬木は表情を変えなかった。やがて、机に向うと、左手でときどき眼鏡のふちを押えながら、ペン先の太い万年筆を動かし続けた。インクの乾ききっていない原稿をまわし読みした平山と紀田は笑い崩れた。……篤の心は平静ではあり得なかった。どうかね、と、あとで平山に感想をきかれた篤は、才人だ、と答えた。いつまで続くだろうか、という留保をこめたつもりだった。
「これはね」と瀬木が言った。「スペース・オペラのパロディになっていなきゃいけないんです。でも、これでは、ただ、不出来なスペース・オペラというだけだ」
ロケットが炎上したところで、次週につづく、という黄色い文字が出た。
「それなら、観なきゃいいのに」
「ぼくの脚本だから観てたんですよ」
あ、と篤は思った。漫画の脚本まで手がけているのか。
忿懣《ふんまん》を押えきれぬ表情の瀬木は、参りましょうか、と言った。
「正義が必ず勝つなんて話なら、ぼくにたのむことはないんだ」
歩きながらも、瀬木は思いつめた調子でつづけた。
「正義の側が、じつにだらしなくて、|ずっこけてる《ヽヽヽヽヽヽ》という発想で始めたんです。あんな風に脚本《ほん》をいじられるんだったら、降りてしまおう」
好調の波に乗っている人間の底知れぬエネルギーに、篤は圧倒される思いだった。
低い天井に魚網を張りめぐらしたコーヒー・ショップは、窓に飛沫《しぶき》がかかるのではないかと思われるほど、水平にひろがる海が間近に見えた。じっと見ていると、いまにも海水が盛り上って、テラスの外側で揺れている無数のヨットのマストをへし折り、窓ガラスを粉砕して侵入してくるような恐怖にも捉《とら》えられた。
「沖の方にヨットが一隻出ていますよ」
窓ぎわのテーブルに向いながら瀬木はポケットから煙草を出した。
「晴れていたら、いい眺めでしょうねえ」
「外のテーブルでコーヒーが飲めるからね」
雨に打たれているコンクリートの殺風景なテラスに篤は眼を向けた。
「そういえば、湯浅さんはこの近くにお住いだったのですね」
「そう近くでもない。バスで二十分ぐらいかかるかな」
わずか一年間、子供が生れるまでだった、と心の中でつけ加えた。
……その家は、海に面した山の中腹にあった。山道を登って家に辿《たど》りつくまでに、二度ほど息を整えなければならなかったが、見晴しのきくテラスの椅子に腰をおろすと、彼は疲れを忘れた。
そこから眺められる青い海は水平ではなかった。きわめてゆるやかではあるが、弧を描いており、地球が丸いということが実感された。その上に無限にひろがる空、色の淡い小さな江ノ島、それらを一望におさめる、かつて彼が見たことのない広大な風景が、明るい外光に包まれて、そこに存在した。海面に点在するヨットや漁船の動きは這《は》うようでしかなかった。
しかし、その家で生活するのは、予想したほど快適なものではなかった。
庭の雑草の繁り具合は猛々《たけだけ》しく、草刈り鎌を叩きつけるようにしなければ刈りとれなかった。また、急に風が南に変ったときは、塩害でテレヴィが写らなくなった。家具に付属するあらゆる金属はたちまち錆《さ》びつき、書物は湿りけを帯びた。自然は、篤が考えていたような優しいものではなかった。
妻の出産が近づき、東京に引揚げる時がきた。晩秋の一日を荷作りに費した彼が、疲れた身体をデッキチェアに沈めていると、真正面の海に夕陽が落ちかかるのが眼に入った。
一年間住んだのに、夕陽が沈んでゆく光景を完全に見たことがなかったのに彼は気づいた。
忙しいといえば間違いなくそうであったし、自然との馴れぬ戦いに手を焼いていたのも確かだが、こんな美しいものになぜ今まで気づかなかったのかと思った。
夏の残りの缶《かん》ビールを冷蔵庫から出した彼は、ゆっくり飲みながら、真赤な太陽を見つめた。海の彼方《かなた》の、雲が棚引いているように見える伊豆の山なみに向って、それは沈んでゆき、やがて、下の端が欠けた。
全体が見えなくなるのは驚くほど早かった。すぐに、風が冷えてきた。
日が経つにつれて、その光景は彼の内部で重みを増した。生れた時からアスファルト以外の道を知らなかった自分は、おそらく、あの瞬間、もっとも自然に近づいていたのではないだろうか。
「ここらに住んだら、いいでしょうねえ」
そう言って、瀬木はコーヒーを注文した。
「よくないよ」
篤は首をかすかにふった。
「きみのような仕事には、特に向かない」
「そうでしょうか」
瀬木は納得がいかぬようだった。
「ところで、今夜の会は、げんみつには何なの?」
「スタッフの慰労じゃないですか。ぼくはそんな風にきいておりますが」
「作家グループでは、山路敏彦さんがこられないらしい。忙しいんだな」
瀬木に向って話をしていると、不意に虚《むな》しくなってくる。ひとりごとを呟くのに近い気がする。
まったく違う世界にいる男だからな、と彼は思った。瀬木のまわりには眼に見えぬ殻があって、その中で独自の精神活動をおこなっているのだ。喜びも哀しみも、他人とは、どこか異なっており、自分ではそれに気づいていない。……スタッフの中でも有名なのは、女性に対する瀬木の奇妙な潔癖さであった。艶っぽさで知られた女優が酔って、瀬木の腕につかまったときなど、ふり払った瀬木は、不潔な奴だと、いつまでも怒りつづけていた。
突然、フラッシュが光った。見ると、鉢植えゴムの木の蔭《かげ》で、白髪の多い、顔色の悪い男が、ポラロイド・カメラを構えていた。大手代理店のテレヴィ制作局部長で、「鳥羽邦彦ショウ」を担当している青柳だった。
「そのまま、そのまま」
四十代後半のはずなのに、初老に見える青柳は片手をあげた。
青柳はポラロイド撮影を対人サーヴィスと心得ているふしがあった。仕方なく、篤は、フラッシュが閃光《せんこう》を発するまで、カメラのレンズを眺めていた。
「はいっ、どうも」
近づいてきた青柳は、ぼやけたカラー写真を、名刺のように、篤の前に置いた。
「こんち、また、お忙しい中を……」
勝手に椅子を持ってきて、二人の脇に坐った。
「こんち、また……」という流行語は、鳥羽邦彦がブラウン管を通して広めたものだが、アドリブではなく、篤が台本に書き込んでおいたものである。そうした事情を知らぬ青柳は、番組関係のだれかれをつかまえては、この言葉を繰返した。そうすることが、お世辞になり、自分を愛嬌《あいきよう》者に見せると信じているらしいのだが、落語で使用される軽薄きわまる言葉を、まさか流行するとまでは考えずに書き記した篤にしてみれば、居心地の悪さや恥ずかしさを通り越して、不快に近い感情を味わされるのだった。
篤が奇妙な笑いを浮べるのを認めた青柳は、さらに大声で、「こんち、また、雨降りの中を……」と言った。
「すでに流行してるのはやめて、専用のフレーズを作ったらいかがですか」
瀬木が冷やかした。
「ついでに、テーマ曲も決めとくといいですよ。それが口笛できこえてきたら、あなたが現れるとわかるように」
「趣向ですな、それも」
青柳は応える気配がなかった。
「どんな曲がいいか、瀬木さん、考えて下さいよ」
「そうだな。トルコ行進曲なんか、ぴったりじゃないですか」
「賑《にぎ》やかに出てくるわけですか」
急に笑い出した。
篤はコーヒーを啜《すす》ってから、
「今日の会は、おたくの仕掛ですか」とたずねた。
青柳はあいまいに頷いたが、あやしいものだった。
番組が発足するさい、青柳はゲストのタレントは自分の顔で集められると公言したが、一人として実現しなかったのだ。それどころか、胃を患って、しばしば入院し、手術に到ったこともあった。失敗はすべて病気のせいになり、放置した穴を埋める作業は、芸能プロダクションとレコード会社に顔がきく紀田に押しつけられた。
地下の廊下の高い位置にある窓に、雨が叩きつけるように当っていた。特殊効果係がホースで吹きつけているようだと篤は思った。
突き当りに中華料理屋の扉があり、代理店の青年が立っていた。
「平山さんの挨拶が始まったところです」
青年は右手で扉を押した。
「どこに坐ったらいいの?」
「マイクの前のテーブルです」
プールに飛び込む者がそうするように篤は呼吸を整えた。パーティーのような場に入ってゆくとき、彼はいつも緊張し、惧《おそ》れた。
店内は思ったより広く、六、七人で囲んだ卓が幾つあるか、とっさには数えられなかった。少くとも、六十人以上が席についているだろう。
篤が自分の椅子を探しかけた瞬間、鳥羽邦彦の痩《や》せた上半身が浮んだ。右手で招き猫のような恰好をしてみせる邦彦を、よく気がつく青年だ、と彼は認めた。
人々の背のあいだを縫って、テーブルに近づくと、
「どこにいたんですか?」
ひとの頭越しに、邦彦は低く話しかけてきた。
篤は右手首を首筋にあて、頭を傾けて、眠っていたことを示した。邦彦は、礼儀ででもあるかのように怪しむ眼つきをしてみせた。
空いている椅子に坐ると、右隣の水町プロダクション社長が、慇懃《いんぎん》に笑いかけてきた。
「車が混んで、ぎりぎりで間に合いました。危うく、平山さんのお叱りを蒙《こうむ》るところで……」
仕立ての良い古風な背広を着た老人には不思議な愛嬌があった。六十を過ぎていると思われる水町の風貌は、芸能プロの社長というよりは、大店《おおだな》の老主人にふさわしく、適度の重厚さとユーモアによって、対する者の心をほぐした。初対面の印象によって、意外にぼけた爺さんだと評する者もあったが、そうした批評ほど、この辣腕家《らつわんか》を喜ばすものはなかった。
――料理の方は、やむなく画一化されておりますが、飲み物はなんでもボーイにお申しつけ下さい。ホテルのバーにあるものでしたら、ここに取り寄せられます。
面長な平山は、微笑を絶やさずに続けた。マイクにのり易い滑らかな声で、語尾がやや不明瞭なのが、かえって垢抜《あかぬ》けた印象をあたえた。
――ここは九時まででございますので、ひきつづき、召し上る方は、バーをご利用下さい。それから、ボウリング場、屋内プール、ビリヤードは、特別に深夜まであけてあります。……なお、さらに欠けているものをお求めの方は、自前でご入手頂ければと思います……。
背後で笑声が起った。
「どういう連中なのだろう?」
左隣で前菜を突ついている瀬木に、篤は小声できいた。
「新聞記者が多いですねえ。大半、スポーツ紙ですよ」
――どうぞ、ご自由に。……もう挨拶はございませんので、ご安心下さい。
拍手を浴びて平山が消えると、マイクが片づけられた。
「スピーチが短くていい」
水町は篤に囁《ささや》いた。
「平山さんらしくて粋《いき》だ。駈け出しのプロデューサーに限って、邦彦に挨拶させたり、芸をやらせたがったりする」
声がおのずと大きくなった。
「やれとおっしゃれば、やりますよ」
水町の向う側で、邦彦が、突っかかるような言い方をした。
平生の鳥羽邦彦は、間違っても、〈社長〉にそんな口のきき方をする青年ではなかった。顔には出ていないが、少し酔っているらしい。
水町はきこえぬふりをした。
「社長、なにか、やりましょうか」と邦彦はなおも言った。「ただし、出演料《ギヤラ》はとれませんよ」
洒落《しやれ》がきつい、と篤は感じた。
邦彦のギャラに触れる冗談はタブーになっていた。芸能界のトップ・ランクともいうべき破格の高さにまで引き上げたのは水町の力量であるが、実力がともなわぬことがあまりにも明らかなのだ。
不意に、邦彦は首筋をまっすぐにして、得意の鶏の真似を始めた。瞬きをして、首の向きを急に何度か変え、次に前に倒して、小皿のくらげを咥えた。
ある閃《ひらめ》きは認められるが、べつに自慢できるほどの芸でもない、と篤は思った。かりに二流の芸人が相手でも、長く番組を続けていると、つい、なにがしかの長所を見つけて、惚れ込んでしまうものだが、邦彦にはそうした魅力が奇妙なほど欠けていた。観客を笑わせるだけでなく、歌も、楽器も、一通りはこなすのだが、その器用さが、いまでは短所になっている。
「死んだ親父さんの酒席での芸だったのですよ、あれは」
紹興酒《しようこうしゆ》を篤の杯に注ぎながら水町は言葉少なに言った。
どこにでもいるような顔立ちの剽軽《ひようきん》な少年を大衆のアイドルに仕立てあげるという着想は、六、七年まえにおいては、非凡といってよかった、と篤は考える。面皰《にきび》だらけの邦彦がブラウン管の中で活躍し始めたのは、政府が所得倍増計画なるものを発表し、レジュアという言葉が大衆化した年であった。喜劇的演技がすぐれているわけでもなく、歌がうまいのでもない邦彦が爆発的人気を呼んだのは、|個 性《パーソナリテイ》もさることながら、平凡人を好む時代の要請が大であったと、今にして思い当るのだ。
もちろん、だからといって、だれでもがスターになれるわけではなく、だれでもがスターを作り得るわけでもない。邦彦という絶好の素材を得た水町は、可能な限りの手はすべて用いたのだ。鳥羽邦彦はわずか半年で第一級のスターになり、ヒット曲を幾つか持っていた。〈大衆のアイドル・ボーイ〉を作るという水町の作戦は、当初の予想以上に成功したのではないだろうか。
問題はそのあとだ。鮮度が落ちてきた邦彦から、まず、作詞家と作曲家が離れた。つづいて、邦彦の番組専門の脚本家が身を引いた。邦彦はかつてのヒット曲を歌いつづけながら、それとは見えぬ形で、しずかに転落した。
そうした姿を見定めてから、平山は番組にとりかかったのだ。まずお断りしておきますが、と平山は、はじめに篤に言った、鳥羽邦彦には何の才能もありませんよ。……それで、どうするんです? 篤は茫然とした。
――大丈夫ですよ。あいつには、生れつき大衆性があるんです。どんなに歌や芝居がうまくても大衆が好まないタレントは困るんだが、あいつには大衆性だけがある。だから、ぼくらが協力して、あいつが喜劇、歌、踊り、なんでもこなせるスーパースターであるかのように大衆に信じさせるべく、作り上げればいいんです。……水町の親父の躓《つまず》きは、邦彦に若干の才能があるという幻想を捨てきれなかったためですよ。今度は、こっちの自由にやらせて貰う、と、親父には念を押してあるんです……
「これ、なに? すごく、うまい」
かに入りのふかひれスープを啜った邦彦が頓興《とんきよう》な大声を発した。
本当に知らないのだろうか、と篤は不審に思った。タレント連中は人気者といえども、概して粗食だから、あり得ないことではないが。
「あと、四、五杯、飲みたい。すみません、そのくらい、残しといてくれませんか」
「邦坊、いいかげんになさい」
水町は顔を背けたまま、くぐもり気味の声で言った。
「だって、うまいんだもの。すげえや、これ」
マネージャーである水町への当てつけのように響いた。
「全部、平げたって、いいんだぜ」
紀田がテーブルの向い側から揶揄するように言った。
「その代り、明日は絶対に|とちり《ヽヽヽ》なしだよ」
「それは別なはなしよ」
邦彦は小鉢の底をあげるようにして、いっきに飲み込み、
「ここのばかりじゃ悪いから、となりのテーブルのを貰ってくる」
と立ち上った。
「躾《しつけ》の悪さをお見せして面目ない」
水町は篤に向って鹿爪らしく頭をさげた。
「率直でいいじゃありませんか」
瀬木が口をはさんだ。
「表面だけ礼儀正しいタレントが増えている中で、見処《みどころ》がありますよ」
「そうおっしゃって頂けると、救われます」
「本当に、いい奴だな。ぼくは彼を見直しましたね」
本気でそう考えているのだろうか、と篤は思い惑った。
瀬木は軽々しく世辞を口にする男ではないはずであった。本気だとしたら、よけい、つき合いきれない、と思った。
篤は黙って紹興酒のオン・ザ・ロックを作り、水町にすすめた。
「タレントを管理する能力は忍耐だけですな」
水町はだれにきかせるともなく言った。
篤は水町に同情する気持を抱かなかった。なんといおうと、水町が豪勢な暮しをつづけられるのは、鳥羽邦彦の働きによるのだった。水町の家族が高原と海岸の二つの別荘で夏のたのしみを満喫しているのを、邦彦はどのように見ているであろうか。
「私のモットーは、タレントを家族の一員と考えて、大切に扱う。この精神ですと、管理できるタレントは五人が限度でしょう」
「なるほど、邦坊は優秀なマネージャーに恵まれたんだなあ」
瀬木の嘆声には皮肉の翳《かげ》がなかった。
「水町プロの精神はよくわかりますが」と篤は言った。「タレント・マネージメントってのは、所詮《しよせん》、近代企業にはならんのじゃないでしょうか。生き身の物を扱うだけで厄介なのに、大世帯になると、人件費がかさむでしょう」
気を悪くするかな、と篤は危ぶんだ。
「仰《おお》せの通りです」
水町はおもむろに頷いた。
「こぢんまり、欲張らずにやるのが、いいんです。何十人てタレントを抱えて喜ぶのは、ど素人か、虚栄心でかっとなった若僧か、どっちかですな」
こんな風に老人が感情をあらわにするのは珍しいことだった。おそらく、会が始まるまえから飲んでいたのだろう。
「どうも、意外なところに知己がおられるもので……」
水町は右手をのばしかけて、
「瀬木さん、紹興酒ですか、ウイスキイですか」
「あまり飲めないのですが、ウイスキイを頂きましょうか」
「失礼して、私が……」
水町はかなり濃い水割りを作った。
「先生方にだけは理解して頂きたいと思っておりました」
「解ってますとも」
瀬木の声が高くなった。
水町は左手の親指をチョッキのポケットにかけ、猫背気味になる独特の姿勢のままで沈黙した。
篤は鶏の白蒸に箸《はし》をつけてみたが、さして、うまいとは思わなかった。ふかひれスープも大味であった。ふかひれスープで店の水準がわかると考えている彼は、あとの料理も期待できないと考えた。
「邦坊!」
水町の大声に、篤は驚かされた。
すでに席に戻っていた邦彦は、にっこりしながら、首をかしげた。テレビの画面でおなじみのポーズだった。
「明日は本番だろう。アルコールは、ほどほどにしなさい」
「大丈夫です」と邦彦は答えた。「運転の坊やがきてますから」
「帰りの運転を心配しているのではない」
水町は妙に毅然たる態度になった。
「おまえのタレントとしての心構えを言ってるんだ」
邦彦の表情が変った。細められた眼から笑みが消え、ひたいに縦皺《たてじわ》が刻まれていた。公衆の面前ではめったに見せぬもう一つの顔が現れてきた。
「ききずてなりませんね」
邦彦の眼の鋭さは、横須賀で鳴らしたと噂《うわさ》される過去を窺《うかが》わせるに充分だった。上体を、さらにのけぞらせるようにして、
「どういう意味ですか」
と低くたずねた。
水町自身、思いがけぬ反応に驚いたようにみえた。篤の知る限り、番組関係者の前で、邦彦がこうした態度をとったのは初めてであった。
「いま言ったばかりだ」
水町はたじろぐようであった。
「明日、録画《とり》がある、と注意しただけだ」
「わかってますよ」
邦彦はうす笑いを浮べた。
「ぼくが、一度だって、本番に遅刻したことがありましたか」
「おまえは、酔っている。私は酔っぱらい相手に議論はしたくない」
水町は視線を逸《そ》らせた。
だれか、止めに入るだろうか、と篤は息をつめた。このさい、二人が徹底的にやり合うのを見たい気がした。だれも口をはさもうとしないのは、同じ気持からだろうか。
「少しは酔ってます」
邦彦は声を弾ませた。
「でも、社長と話ができないほどじゃありません」
「酔っぱらいの相手はせん」
水町は無視するように言い、紹興酒をグラスに注いだ。
「ぼくはこの番組に自分を賭《か》けているんです。心構えといえば、そういうことです」
「結構だ。それをきいて安心した」
「ぼくは手を抜いたことなんか一度もありません。これが失敗したら、もう、おしまいだと思ってます。だから、皆さんに支えられて、なんとか、やっているんです」
〈皆さんに支えられて〉とつけ加えるところは、さすがに利口者だった。だが、芸人としての魅力が邦彦にないのは、まさに、その部分においてなのだ。
「社長は、テレヴィに出るのはお付き合いで、勝負をするなら映画だ、と、いつも、おっしゃってますね」
邦彦は抉《えぐ》るように言った。卓を囲んでいる者にとっては、ききずてならぬ言葉だった。
「……莫迦《ばか》を言うな。あれは、映画会社の重役向けの台詞《せりふ》だ……」
そう答えながらも、水町は周囲の空気を意識せぬように装っていた。
「あやふやにきき齧《かじ》ったことを、人様の前で、口にするんじゃない。皆さんに誤解されたら、どうする?」
引っ込みがつかなくなったのだ。内輪の発言をあばかれたのもさることながら、飼い犬に反抗される光景を関係者の眼に晒《さら》したことで自尊心を傷つけられ、邦彦をこの場で押え込まなければ、おのれが納得できぬようであった。
「大衆へのアピールという点で、テレヴィほど大事なものはない。映画の意味は、また、別なところにある。どっちが上とか下とかいうものではない」
「ぼくはテレヴィの方が上だと思いますよ」
「それは私が考えることだ」
「わかってます。でも、秋に映画の仕事が入るんでしょう?」
この場のだれもがきいていない予定だった。水町は険しい眼つきで、言葉を探す様子だったが、やがて、吐息とともに、
「まだ確定していない」と答えた。
「じゃ、言いますが、そのために、スケジュールがきつくなる。……ぼくの身体《からだ》がきついのは、いいんですよ。馴れっこになってますから。でも、テレヴィの溜《た》め撮りが多くなって、ここにいる皆さんに迷惑をかけるのは厭《いや》だな。二本撮り、三本撮りが重なると、手を抜くつもりはなくても、結果として、そうなるでしょ。一日一本で、じっくり、やりたいんです」
酔って、われを忘れるような奴じゃなかった、と篤はひそかに苦笑した。言いたかったのは、ここだ。自分がいかに酷使されているかを第三者に訴えたいのだ。
「そういう話は、事務所でするものだろうが……」
かがみ気味の姿勢のままで、水町はかすかにわらった。
「邦坊、おまえは大切なことを忘れているぞ」
「なんですか」
昂奮《こうふん》の冷めきらぬ、ききとりにくい早口で、青年は問いかえした。
「平山さんがこの席にいないで幸いだった」
水町は背後を確かめるそぶりをしてみせた。
「番組の契約書には、公の場では、おまえはいつも微笑を浮べていなければならないと記入してある。おまえも、写しを見ているはずだ」
「あれは……」
悲鳴に近い声を挙げた青年は、思わず、絶句した。
「……だって……あれは、テレヴィの公開録画の場合じゃないですか」
「ちがうね。今夜のような会も含まれる」
「ぼくは、カメラの前だけだと思いますけれども」
「鏡で自分の眼を見てみろ」
水町は強い態度に出た。
「平山さんは、いみじくも、笑顔千両とおっしゃった。にこにこしていれば、おまえは、かけがえのないタレントだよ。庶民性とか茶の間のアイドルなんて褒め言葉は、おまえの笑顔について言われてるんだ。……だが、そんな眼つきで、私の方針に噛《か》みついているのは、皆さんのお好きな鳥羽邦彦じゃない。私の言っていることが間違っているかどうか、記者の皆さんを集めて、きいてみるがいい」
邦彦は何も答えずに、細い眼の奥から水町を凝視した。身じろぎもしないさまは、追いつめられたけものに似ていた。
やがて、みずから、はぐらかすように立ち上ると、紀田に、「帰ります」と言った。
おい、まずいよ、と紀田は止めた。
「社長、さっきの話は、明日、つづけましょう」
邦彦は念を押した。
「酔って忘れたなんて言わないで下さいよ」
「ああ、覚えとく」
水町はグラスを挙げてみせた。
料理の最後に出される杏仁《あんにん》豆腐を散り蓮華で抄《すく》っていると、顔見知りの新聞記者が傍にきて、「ちょっと、いい?」ときいた。
篤はあいまいに頷《うなず》いた。
少し前まで水町が腰かけていた椅子に、新聞記者は不安定な姿勢でかけた。
テーブルに残っているのは、篤のほかは、紀田のアシスタントである若者ひとりだった。瀬木は背後のテーブルにいる青柳の横にすわって、声高に話しかけている。
「なんか揉《も》めたんだって?」
記者は鎌をかけてきた。
「べつに……」
「邦坊、帰ったっていうじゃない?」
「朝が早いんだ、明日」
「だけど、水町社長と……」
「どうってことはない」
篤はぬるくなった花茶を口に含んだ。
「鳥羽邦彦のタレント性について、喋《しやべ》って貰えますか?」
語調を変えて、記者はメモ用紙をめくった。招待されたために、形だけでも仕事をしなければと考えているのが見えすいていた。
「大して変った意見もないけど」
「いいんだ、適当で。邦坊の記事の中に嵌《は》め込むんだから」
もう少し言葉に神経を使って欲しいものだ、と篤は自嘲《じちよう》気味に呟《つぶや》いた。いかに自分が〈適当〉な解説《コメント》のために雇われている人間だとしても。
鳥羽邦彦は独りでは何もできない、あれはスタッフが創り上げた傀儡《かいらい》だ、と不意に答えたら、この男はどうするだろうか。
「どう? 亡くなった親父さんとくらべて?」
「親父さんは立派な芸人だった。ただ、苦労し過ぎて、八方破れな面白さに欠けていたがね……」
自分の言葉の響きに篤はうんざりした。大脳皮質のもっとも表面に近い部分から、殆ど自動的に発せられる退屈な解説《コメント》。不幸にして、その気にさえなれば、自分は、この種のもっともらしい言葉を、蜘蛛《くも》が糸を吐き出すように、いくらでもつづけることができるのだ。
「その点、邦坊はのびのびしている。まだ、二十四、五のはずだから……」
「可能性大なり、ということですね」
「まあね……」
篤はひとりになりたかった。
新聞記者がメモをしまったのをしおに、立ち上り、瀬木の傍に寄った。初対面に等しい青柳と顔をつき合せている瀬木に声をかけてから、外に出るつもりだった。
「瀬木よ」
青柳はブランデーのグラスを手で暖めながら睨《ね》めつけた。
「一度、うちの社にこい。うまい昼飯を食わせてやる」
「必ず、行きますよ。その時になって、知らないは無しですよ」
「本当にうまい飯を食わせてやる」
篤はそっと、瀬木の左腕に手をかけた。青柳の酒癖を瀬木は知らぬはずであった。
「湯浅さん、こいつ、酔ってるんですよ」
瀬木は相手の顔を指さした。自分だって酔っているのに、と篤は可笑《おか》しかった。
「外へ行かないか」
「こいつを説得してるんですよ」
瀬木は大きな声を出した。
「逃げるなよ、瀬木」
青柳は荒い息をした。どうしてこんな空気になったのだろうか。
「わずかばかりの才能を鼻にかけやがって。おまえみたいなやつの屍《しかばね》が、東京タワーの下には、ごっそり埋まっているんだ。あのタワーはな、言ってみりゃ墓標みたいなもんさ」
「こいつの発想の陳腐さには失笑しますよ」
瀬木の眼鏡レンズの片方には茶っぽい汁がかかっているのだが、気にならないのだろうか。
「頭の中までテレヴィ・ドラマなんですよ。しかも、紋切り型――どんなドラマも、夕焼けをバックにした黒っぽい東京タワーが写って、エンド・マーク……」
瀬木はエンド・マークが飛び出してゆく手つきをしてみせた。
どう仕様もないと篤は吐息した。たぶん、瀬木自身も、こんな風に縺《もつ》れ合うのが好きなのだろう。
「盛り上ってるじゃないの」
肉体労働者のような体躯《たいく》の男が篤に声をかけてきた。ネクタイをゆるめ、ワイシャツを腕まくりした広報係は、テレヴィ局勤めとは、とうてい、見えなかった。
「やらせとけよ。ストレス解消にいいんじゃないか」
腕組みをして店内を眺めまわす広報係は、満足そうだった。
「湯浅さんは飲まんのか」
「弱いんです。あなたは?」
「底なしだけど、徹夜のおつとめが控えているから」
そう言って挑むように笑った。
「平山さんは、どこへ行ったのですか」
「向うの隅で、じっくりお話をしてるよ。……絶対に平山の番組を褒めない批評家がいるだろ。あいつを、おれが強引に呼んだのだ。ここに来ちまえば、こっちの勝ちだから」
「さすがだな」
「仕事の内だよ。それより、邦坊、大丈夫かよ。雨の中で車がスリップしたら、えらいことになるぜ」
それだけ言うと、急に片手を挙げて、他《ほか》の男に近づいて行った。
ビートルズの中継録画が流れるまでには、まだ時間があった。篤は部屋に戻りたかったが、カラー・テレヴィがロビイにしかないので、また降りてこなければならない。
「瀬木……食べ物に対するおまえの態度を見ていると、腹が立ってくるよ」
衰弱した身体を気力だけで支えているようにみえる青柳は執拗《しつよう》に続けた。顔が蒼《あお》ざめ、|顳※[#「需+頁」]《こめかみ》に血管が浮き出ていた。
「おれを見ろ。米粒を残しているか。胃が悪くても、一粒残さず、食べている。……おまえは何だ。食い散らかすだけで、飯は茶碗に半分も残した。しかも、お代りをしてだ。残すくらいなら、お代りなんかするな」
椅子の背に凭《もた》れたまま、瀬木は青柳を見つめていた。何を言われているのか理解しがたいようにも見えた。
やがて、眼鏡を外し、ハンカチでレンズの汚れを拭いながら、呟いた。
「冗談じゃないよ」
「ああ、冗談じゃない、おれは真面目だ。真面目だからこそ、おまえが食べ物を粗末にするのが苦々しいんだ」
「それが、どうしたんですか」
分厚いレンズの奥の眼に偏執的な小さな光が宿った。
「おまえに、人の心を搏《う》つものが書けない理由がわかった。おまえは、飢えを知らない」
そう言いきって、青柳は、篤に、椅子にすわれという手ぶりをし、
「湯浅さんには解るでしょう、こいつが駄目だってことが。なんたって、飢えたことがないんだから……」
逆らわずに篤は椅子にかけた。若い世代に対して自分がひそかに抱いている違和感が、青柳の発言によって戯画化され、グロテスクに拡大されるようで、息苦しかった。
「たしか、湯浅さんは、集団疎開と個人疎開と両方、体験されたはずだ。それが湯浅さんの原点なんだ」
篤は鳥膚立つようだった。原点《ヽヽ》などという言葉を、青柳が口にするのが信じられなかった。
「焼跡で雑炊を啜《すす》った経験のない奴に、なにができる」
やや余裕をとり戻した青柳は、ケントの箱から一本抜き出した。
「ずいぶん、苦労をなさったようですが」
瀬木の眼に見馴れぬ翳があった。
「それが、どうだというのですか。戦争を知らなきゃいけないとでも言いたいのですか? ぼくに、そんなこと要求したって、無理じゃないですか」
「だから、おまえには、なにもわからんと言ってるんだ」
「どんな体験をしたって、陳腐な人間は陳腐な発想しかできやしない」
瀬木は乾いた声でゆっくり言った。
「おたくの頭の中にあるのは、一種のパターンですよ。それも、テレヴィ・ドラマなんだ。……戦中派の人物が御馳走を眼の前にしている場面《シーン》。そんな場面《シーン》になると、決って、戦時中の貧しい食卓、買出しの光景がオーヴァーラップして、主人公の箸の動きが止る。そのあと、中支で死んで行った戦友の顔とか、そんなのが浮んだりするわけ……」
どこかちがう、と篤は考える。才気にみちた表現のために瀬木の発想は鋭くきこえるが、それ自体、きわめて薄っぺらなもう一つのパターンではないだろうか。
もし、自分が脚本を書くとしたら、今夜のこの会を、飢えた少年の幻想として構成するだろう。すべてを、戦争末期の飢えた少年の夢と考えるのが、篤にとって自然な方法であった。食料と衣料の氾濫《はんらん》、林立する高層建築群を、現実として信じきれぬものが、彼のなかには蟠《わだかま》っているのだから。
「飢餓の体験なんかなくたって、仕事には差し支えないんだ」
瀬木は疲れた声を出した。
「ぼくは、このあいだ、八・一五の記念番組の構成をやったんだもの」
「できない! おまえが終戦記念日の番組を手がけるなんて!」
「うるせえな。げんに、やったんだから、いいじゃないの。局の前の道に、贋《にせ》の闇市を作って、中継するだけだもの」
「闇市を見たことがあるのか、おまえ?」
「ないですよ。でも、〈この辺り、スイトン、ゾウスイ等の用意よろしく〉と書いたら、通っちゃいましたよ。あとの考証はディレクター任せです」
「許せない! そんな仕事のやり方は許せない!」
「関係ないじゃない、おたくとは」
そう答えた瀬木は、冷えた卵巻揚《エツグ・ロール》の皿を左手で持ち上げ、スープの鉢に、卵巻揚《エツグ・ロール》を落した。さらに、豚の角煮と炒飯《チヤーハン》の残りを鉢に叩き入れ、大きなスプーンでかき混ぜ、練るようにした。
「もう、よせよ」
吐き気がしそうな篤は、抑えた声で言った。
「こいつ、このくらいやって、丁度、いいんですよ」
「どうしても続けたいなら、ほかでやれ」
「ほかって……どこですか」
「ボウリング場でもプールでも」
「ボウリングでやろう!」
青柳がよろけながら立ち上った。
「玉転がしで決着をつけようじゃないか」
「ほう、おたく、やるの」
瀬木は冷ややかに笑った。
青柳の部下たちはどこへ行ったのだろうか。
番組のレギュラー・メンバーである脇役の喜劇役者二人が隅でなにか演じており、大半の者はそのまわりにいた。ひっきりなしに起る笑声が、本番の時よりも大きいのが皮肉だった。
自分がついてゆくよりないのか、と篤は思った。
「いくぞ、瀬木!」
「上等だよ、アオ!」
右肩を激しく動かしながら、瀬木は先に立って歩き出した。
ボウリング場がどこにあるのか篤は知らなかった。瀬木は心得ているらしく、ドアを上体で押すと、まっすぐに歩いた。
昼のように明るい廊下は、ところどころから脇の狭い廊下につながっており、胎内めぐりさながらに起伏に富んでいる。階段を数段登ると、ゆるやかではあるが上り気味の傾斜になり、肩が薄い青柳は息を弾ませた。
自分の部下にでも絡んでおけばよかったのに、と篤は呟いた。どんなに酔ったように見えても、平山や紀田には決して絡まないのだ。かりに絡むように見えても、それは媚態《びたい》の一種に過ぎず、鋒先《ほこさき》が向けられるのは必ず弱い者であった。今夜は、たまたま、相手の選択を誤っただけだ。
突き当りの右手から、乾いた木が触れ合うような大きな音が続けざまに響いてくる。金属の響きも混っているようだ。
「ここだ、アオ!」
瀬木がふり向いた。
広くはないが、天井の高いボウリング場であった。時間が遅いせいか、ボウラーズ・ベンチには、アロハシャツを着た若者が数人いるだけだ。
「やるか」と青柳は夏上着を脱ぎかけた。
「びびってるんじゃないだろうな」
細くなった眼が青柳を見た。
「変ったルールでやろうじゃないか」
「え?」
青柳は気を呑まれたようだった。
「レーンをまっすぐに転がすのは、ありきたり過ぎる。上に投げるんだ。どっちが高く上げられるかだ」
青柳が応ずる間もなく、瀬木の右腕が動き、黒いものが宙に浮いた。
鈍い音とともにそれは床に落ちた。床には小さな凹みができ、ブルーの制服の男が走ってくるのが見えた。
画面の中の四人組は妙に行儀が良く、フレームをはみ出る動きを見せなかった。
これが自分が観たのと同じ演奏だろうか、と篤は考える。そのようでもあり、そうでないようでもある。
画面外からの歓声はここでも凄《すさ》まじい。しかし、歌がきこえなくなることはなかった。彼らの歌がはっきりとききとれること、それだけが中継録画の利点《メリツト》であった。
これは篤が肉眼で観たあのビートルズではなかった。よぶんな部分(と中継担当者が考えたもの)を削りとられ、茶の間の人々の神経に触れないように入念に包装された、巧みな模造品であった。
だが、テレヴィの前の人々は、これで、自分はビートルズを観た、と安心することだろう。〈どんな異様な連中かと思っていたけど、案外、かわいらしいじゃないか!〉愛される、皆様のビートルズ――そんなものを大衆に押しつけるのは、途方もない傲慢《ごうまん》ではないだろうか。
スケールこそちがえ、鳥羽邦彦に関して自分が従事している作業も似たようなものだ、と彼は思いかえす。ビートルズの場合とは逆に、非力なタレントを万能のごとくに見せる詐術。そのために費される夥《おびただ》しいエネルギーは、つまるところ、だれのためになるのか?
「やってますね」
平山の声がした。
画面外の見えない部分まで読みとろうとする、柔和ななかに鋭さを秘めた眼でテレヴィを凝視しながら、平山は長椅子に腰をおろした。
「いま、どの辺?」
「『イエスタデイ』が終ったところ」
「いいところを見逃したか」
と呟きながら、平山は、咥《くわ》えた煙草に火をつけた。
「うちの中継班は、なんともお粗末で」
「そうも思わないけど」
「もう少し、カメラ、引けばいいのに……あ、莫迦だな、なにやってるんだ」
不意にコマーシャルになった。ホテルのロビイにしては音が大き過ぎる気がした。
「湯浅さんに相談したいことがあるの」
微笑を漂わせた平山は声を低めた。
とうとう、きたか、と篤は思った。顔がおのずとこわばるのを覚えた。
「青柳のことなんだけど」
平山は身体をすり寄せるようにして、
「また、荒れたんだって?」
篤はほっとした。他人のことで相談を持ちかけられるうちはまだ大丈夫だ。
「もう、きいたのですか?」
「ホテルのマネージャーから苦情がきたの。ボウリング場で暴れたって」
「暴れたっていうのかな、あれ」
「あの男、もう駄目だよ。これでも、我慢してきたつもりだけど、外して貰おうと思うの」
チームワークの上からいえば、反対する理由はなかった。だが、そうなったら、あの男の将来はどうなるのだろう?
「できるんですか、そんなこと」
「できますよ」
平山の眉がかすかに動いた。相談とはいうものの、もう決めているのだ。
「向うのテレヴィ制作局長と話し合ってみる。番組が当っているから、いまなら、こっちの言いぶんが通ると思う。担当者を代えるだけのことだし、はっきりした理由があるんだから」
篤は答えをためらった。
「瀬木君と張り合ったのが、もとですよ」
「瀬木も変ってはいるけれど、青柳からみれば、息子ぐらいの歳だろ。むきになって張り合うことないじゃない?」
「でも、ボウリング場で暴れたのは瀬木君ですよ」
「あとがあったのよ」
平山は小指で眼のふちをこすった。
「瀬木が部屋へ帰ったので、小父さん、口惜《くや》しがって、また、ボウリング場に戻ったの。ボールを三度ぐらい、宙に投げ上げたらしい……」
ドアの下の隙間から麻雀《マージヤン》パイをかきまぜる音がきこえた。わずかにためらってから、篤はドアをノックした。
だれ、とききなれぬ声がして、ドアが内側からあけられた。
何ですか、とランニングシャツ姿の男が立ちふさがるように彼にたずねた。
「瀬木君がいるはずですが」
篤が覗《のぞ》き込むと、部屋はかなり広く、絨緞《じゆうたん》に置かれた雀卓を半裸の男たちが囲んでいた。煙草のけむりが立ちこめたなかで、濡れ手拭いを首に巻いた広報係が篤を見上げて、お、と頷いた。
「瀬木君は戻ってますか」
「ぶっ倒れて、寝ちまったよ」
相手は右側の障子を眼で示した。絨緞の床を挟《はさ》んで、一段高くなった日本間が左右にある、奇妙な造りだった。
「よく寝てられるな、この音で」
「おれの顔が判らねえようだった」
篤は後退《あとずさ》りして、ドアを締めた。
彼の部屋は二つ先の左側であった。軽くノックすると、あいてますよ、と紀田の声がきこえた。
シャワーを浴びたあとらしく、髪が濡れている紀田は、素肌に新しいワイシャツを着ているところだった。
「出かけるんですか」
篤は訝《いぶか》しく思った。
「ええ」
紀田は屈折した笑いを浮べた。
「湯浅さんは寝て下さいよ。あたしは、何時に帰れるかわからない」
「暴風雨ですよ」
「仕方ない」
臙脂《えんじ》のネクタイをつまみ上げた紀田は、締める気にならないらしく、ベッドに投げた。
「この夜更けに、船を出そうって物好きがいたんだから」
「時化《しけ》じゃありませんか」
「さすがに、やめたんですがね。水町の親父は、言い出したら、なかなかきかない人で」
「彼ですか」
篤は意味がわからなかった。
「船って何です?」
「早めに会を抜け出して、横須賀からフェリーで木更津に渡って、芸者を揚げるつもりだったらしい」
紀田の顔には疲労の翳《かげ》が濃かった。気難しさがあらわれそうになるのを抑制しているが、声がしだいに低くなってきた。
「夕方には、諦《あきら》めてたらしいんです。ところが、皆の前で邦坊に噛みつかれたものだから、悪酔いして、自分でも収拾がつかなくなった。無理を承知で、フェリーをチャーターしたいとかね」
「甘えてるのか」
「ひどい甘えですよ」
「ショックだったんだな。あんな邦坊、初めて見たもの」
「金看板の邦坊を完全に押え込んでいるようにわれわれに見せてたから」
紀田は窓際の椅子にかけると、カーテンの隙間から窓外の闇に眼を向けた。
「木更津が駄目になったもので、せめてナイトクラブへ行きたいと駄々をこねるんです。あたしはお守り役だから、茅《ち》ヶ崎《さき》辺りまで行かなきゃならない。そうそう……」
紀田は身をかがめて、床のバッグから、紙袋をとり出した。
「さっき、配ったとき、湯浅さん、もう会場にいなかったから」
「なんです、これ」
「Tシャツです。色はいいんだけど、ローマ字でKUNIと白く抜いてあるので、みんな、いい顔しないんですよ。残り物で申しわけないけど、三枚入ってます」
衣料品ときくだけでもったいないと思う気持が強い一方、名入りというのは困るな、と篤は考えた。
「そんな顔しないで」
紀田は笑った。
「邪魔だったら、横須賀線の網棚にでも置き忘れて下さい」
It's been a hard day's night
And I've been working like a dog
……容易には寝つけぬ彼の耳に、たえず、「|ひどく働いた日の夜《ア・ハード・デイズ・ナイト》」のメロディが繰返されていた。彼が歌詞を覚えているのは最初の四行――ひどく働いた日の夜だった/おれは犬みたいに働いたもんだ/ひどく働いた日の夜だった/いまごろは丸太ん棒みたいに眠っているはずだ――それだけだった。メロディはとどまりそうになく、朝まで続くかのようであった。
闇の中でリンゴ・スターの長髪が優雅に揺れている。ほかのメンバーの姿は見えず、リンゴの輪郭だけがはっきりしていた。わずか十二時間まえに自分は確かにそれを見たのだ。
だが、まるで遠い日の夢の中か、幻想のように思えてくるのは何故《なぜ》だろうか。……それどころか、夜に起った幾つかのことも、彼には、ルイス・キャロルの描く〈気違いのお茶の会〉のような、なにかしら非現実的なものとしか感じられないのだった。
常識的に考えれば、決して〈|つらい一日《ア・ハード・デイ》〉ではなかったはずである。ビートルズを観たのは特別としても、海辺のホテルにきて、まずは御馳走と呼ばれるであろうものを口にし、テレヴィを少し観て、バーで酒を飲んだ。彼個人に限ってみれば、それだけの一日であった。いったい、どこが〈つらい〉のかと問われるかも知れなかった。
しかし、彼は依然として、不安定で、ひどく居心地が悪かったという思いから自由になれずにいる。それは、彼が、自分に向いていない場所におり、しかも、思いきってそこから離れる度胸のないままに漂っているからであろうか。
自分は、根っから、こうした世界向きではないんだ、と彼は心の奥深い所で声にならぬ呻《うめ》き声を発した。……そうだ、自分は本心を包み隠して、行動の大半を一片のジョークに洒落《しやれ》のめしてしまうような態度が、どうしても、とれない。どこかで本当の言葉を吐こうとせずにはいられないのだ。
そうした男が、あなたも、もう、すっかり、テレヴィ作家ですね、などと外部の人に皮肉|混《まじ》りに言われる状態にあるのは、ふつうではなかった。が、私はちがうのです、と、いかに繰返したところで、彼がそのように見られていることは確実であり、そして、なによりも彼の名がテロップで画面にあらわれる頻度《ひんど》がそれを決めていた。あの〈湯浅篤〉というのは、真の私ではないのです、と、さらに強弁するわけにはいかなかった。……しかし、と彼はにわかに心細くなる。いったい、他人の眼に触れぬ〈真の自己〉というものが本当にあるのだろうか? それは、そうでありたいという強い思い込み、一種の倨傲《きよごう》ではないのか?……
×     ×
眼覚めたとき、紀田の姿が室内になかった。
ゆうべ、戻らなかったのだ、と彼は思った。紀田のベッドは整えられたままであった。
厚いカーテンのわずかな隙間を洩れてくる光から、晴れ上ったらしいことがわかった。どうやら快晴のようだが、かくべつ嬉しくも感じられなかった。
眠りにつくためにとり寄せたドライ・シェリーのグラスがベッドの脇に転がっていた。グラスをテーブルに戻した彼は、ぼんやりした頭のままで、浴衣の帯をほどきにかかった。
シャワーを浴びようとして、先に、瀬木に声をかけておこうと思いついた。朝食をとりながら、次回の台本の打合せをする約束だったのだ。
彼はナイト・キャビネットに嵌め込まれた時計を見た。もう少しで十時になるところだった。ゆうべの様子では、瀬木はまだ眠っているかも知れないと考えた彼は、電話で直接にコールするのをやめた。
とにかく、部屋を覗いてみようと思った。彼はポロシャツとズボンを身につけ、裸足《はだし》で靴を突っかけた。
廊下には人影がなく、遠くで掃除機を使う音がするだけだった。瀬木たちの部屋のドアは大きくあけられて、幅広の光の帯が廊下の絨緞を明るくしている。
篤はそっと足を踏み入れた。室内はきれいに掃除されており、二つの日本間の障子は開け放されていた。
みんなで食事に行ったのかも知れない、と彼は考えた。
エレヴェーターで一階に降り、海に突き出た形の、陽光が眩《まぶ》しいメイン・ダイニング・ルームと、コーヒー・ショップを覗いた。知っている顔は、ひとつもなかった。
引返しかけた彼は、フロントまえを過ぎた所で立ち止った。絶えず、客の動きに注意を向けているクラークの眼に、落ちつきを失った自分の動きは、さぞ胡散《うさん》臭くうつるだろうと思った。
ややためらってから、フロント・デスクに近づいた彼は、瀬木のキイがあるかどうかを、クラークにたずねた。
「瀬木様はチェックアウトなさってますね」
若い男は答えた。
篤は、広報係の名を挙げて、同じ質問をした。
「……お発《た》ちになってます」
新聞記者たちが出勤するのに同行したのかも知れなかった。
「平山さんはどうなってますか?」
「お待ち下さい」
男は平山のルーム・ナンバーを確認してから、キイ・ボックスをみた。
「ゆうべ、外出されたまま、お帰りになってないですね。メッセージが、だいぶ、溜《たま》っておりますが」
平山も紀田といっしょだったのかも知れない、と篤は思った。おそらく、そうだ。
だが、瀬木がなんのメッセージも残さずに姿を消したのは何故《なぜ》だろうか? 堅苦しいまでに几帳面《きちようめん》なはずのあの男が……。
単なる偶然だ、と自分に言いきかせようと試みながら、彼はフロント・デスクを離れた。みんなが気をそろえて姿を消すはずもあるまい。
あと、顔見知りがいるとしたらプールサイドだと考えた彼は、地下の廊下に降りた。戸外へ続く狭い廊下の絨緞は磨《す》り減って、色が薄くなっていた。
サングラスなしではきつ過ぎる陽射しに眼を細めながら、毒々しい緑色の人工芝が敷かれたプールサイドに出た。ひょうたん型の大きなプールは、大胆な水着の娘たちと浮き袋につかまった子供らで湧《わ》き立つように賑《にぎ》やかだが、見覚えのある顔はないようだった。
どういうことだろう、と心の中で押し殺すように呟きながら、彼は人工芝のはしに立ちつくした。
……青柳は、昨夜、とりかえしのつかぬ状態にみずから陥ってしまった。淋しく、つらいことだが、それは、もう決ったも同然であった。……自分は奴とはちがうはずだ。しかし、もしかして、近い将来に、青柳と似たような立場に自分がなることも、また、あり得ないことではないだろう。
それ以上のことを彼は考えたくなかった。
塀《へい》を兼ねた防波堤に遮《さえぎ》られて水平線は見えなかったが、強い波音がする方角に向って、彼は大きく息を吸い込んだ。ゆうべは風に飛ばされていた潮の匂いが戻ってきていて、彼の鼻腔を充たした。
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金魚鉢の囚人    1974年
タクシーを降りるとき、釣銭に触れた指がかすかに痺《しび》れた。
静電気だ。今日は二度目だ、とテディ・ベアは思った。
空気が乾いて、わずかではあるが喉《のど》に痛みがあった。夕方からレモンの味がするトローチを舐《な》めているのに癒《なお》りそうもない。
彼は上半身の重みをかけるようにして、鉄扉《てつぴ》を押した。
蛍光灯《けいこうとう》の光で昼も夜もない廊下の、手前の囲いの中にいる守衛が、彼の姿を認めた。テディ・ベアは、自分では愛想笑いと信じている、あいまいな笑顔を制服の男に向けて、そこを通り抜ける。
早寝の人なら床についているかも知れぬ時刻に、彼の一日が始まろうとしていた。
控え室に顔を出すと、植物的な印象をあたえるディレクターがデスクから顔をあげて、
「遅かったですね」
と言った。
「三十分ぐらいまえから、インタヴュウの人が待っているんだけど」
「ああ」
ようやく約束を想い出した。
「どこで待ってるの」
「Gリハです」
二十代前半のディレクターはそれだけ言うと、デスクにひろげた予定表に視線を戻した。
「テディさん、大丈夫ですか」
彼の前の時間を担当しているフォーク・ソング歌手が冷やかすように声をかけてきた。
「なんだか、ぼんやりしてるみたいだけど」
彼は自分よりも確実に十歳は若いその男の顔に眼を向けると、
「感電のし過ぎだよ」
と笑った。
「とくにホテルがひどい。手洗いの把手《とつて》に触ると、びりっとくる」
「副調整室《サブ》の機械に気をつけて下さい」赤いセーターを着た長髪のアシスタントが言葉をはさんだ。「さっきから、ぼく、感電してばかりいるんです」
「テディさんは、ボルテージが高いのかな」
歌手の皮肉を彼はきき流すことにした。
「葉書、この中に、ぜんぶ、入っています」
アシスタントは大きな紙袋を彼に渡した。
「リクエスト曲は、いちおう、リストアップしておきましたが……」
「今日の選曲は、あなたに任せるよ。ぼくの好みを入れると、すぐ古いとか言われて、面倒くさいから」
「そう、おっしゃらずに……」
アシスタントはジーンズの腰に手を当てて笑った。
「五十年代の音楽を懐古する風潮もあることですから」
「ぼくが懐古するとしたら、四十年代だよ」
テディ・ベアは奇妙に孤立するのを意識しながら、その意識の底に自虐の悦びがあるのを認めた。それは年老いた道化師の自嘲《じちよう》に通じているようにも思われた。
だが、彼がそうした|ずれ《ヽヽ》を冗談として口に出せるのは、自分の感覚が老いていない、ひそかな自信を抱いているせいでもある。
ここに集ってくる〈若い世代〉の外見だけではないふけ方、諦《あきら》めきった口ぶり、平静な動作が、彼には不思議なものに見えた。老成という言葉が似つかわしいディレクターの態度に至っては、彼が一生かかっても身につけられないものだろう。が、それは〈老成〉というよりは、生命力の稀薄《きはく》さのあらわれではないのか。
「じゃ、五十年代についてはどう思いますか」
歌手がギターをいじりながらきいた。
「五十年代ってのは」と彼は言った。「ぼくにとっては現代《ヽヽ》なんだ」
テディ・ベアは紙袋を抱えて廊下に出た。彼は仕事と関係のない会話を、若者(それも若者の代表と自負している男)と交すのが好きではなかった。
Gリハーサル室に入るまえに、彼は洗面所に寄って鏡を覗《のぞ》いた。
蛍光灯に四方から仮借なく照らされて、陰影を失った顔が、枠《わく》の向う側から彼を窺《うかが》っている。若いころ、彼はその顔に漂う分別臭さに深いコンプレックスを抱いていた。なによりも、そこには〈若さ〉が感じられなかった。そのことを彼にはっきり手紙で指摘してきた女性もいた。……それから十年以上たった現在、そこにあるのは、〈若さ〉は失っているが、老けているのでもない、奇妙な何かだった。それは彼の年齢がそうである以上に、職業病の一種ではないかとさえ感じられた。
風のために乱されてしまった髪を彼は水で撫《な》でつけた。柔らかいわりには癖の強い毛は、なかなか思うようにならず、どうやっても撥《は》ね上っているひとかたまりが後頭部に残った。彼はそれらをそのままにしておくことにした。どうせ大したインタヴュウではない。
ダフル・コートを脱ぐと、茶色い極太の手編みセーターでふくれ上った上半身があらわれた。……|玩具の熊《テデイ・ベア》。深夜のラジオをきく人々には親しみのあるこの愛称をつくった大柄な青年の姿を彼はちらと想い浮べる。それから、ズボンのポケットをまさぐり、小さなリング状のトローチを出して、口に含むと、鏡の前を離れた。
カーペンターズの「ジャンバラヤ」が廊下の外れからきこえてくる。彼がその歌を口ずさむと若者に奇異な眼で見られることがあった。ふたむかしまえ、彼の大学生時代に流行《はや》ったことを知らないのだ。そして、その事実を口にすると、彼はいよいよ前世紀の遺物のように見られる。
広いリハーサル室――かつては一つのラジオ・ドラマを作るのに、ここを一杯にするくらいの人々を要したのだろう――には、長髪の若者が二人いた。一人は黄色いセーター、もう一人は白いセーターの下にピンクのシャツを着ていて、大学の放送研究会員だと自己紹介した。彼らの顔にテディ・ベアを知り抜いているといった微笑が漂うのを認めた彼は、いつものことながら、表情が硬くなるのを抑えねばならなかった。
黄色いセーターの方がカセット・レコーダーのスイッチを入れ、質問が始まった。
――テディさんと呼ぶべきか、ミスター・ベアと呼ぶべきか迷っているのですが……。
軽薄な相手の口調に彼は軽い嫌悪を覚えた。その喋《しやべ》り方は、彼、テディ・ベアの模倣にほかならない。
――テディさんのディスク・ジョッキイは、ひたすら饒舌《じようぜつ》でありつづけることによって沈黙の重さと等価になりつつあるというのがわれわれの意見なのですが、その点をどうお考えですか?
彼は相手が何を言っているのかが、よく分らなかった。一週間にたった二時間、|決りきった仕事《ルテイーン・ワーク》として、適当にマイクの前で喋っていることが、そんな風に意味づけられるのであろうか。
「要するに、これしかできないのです」
トローチが舌の奥にへばりつくのを感じながら彼は答えた。
「芝居や歌をやったこともあるのですが、結局、ここに戻ってきてしまう」
彼の答えを韜晦《とうかい》的なものとして受けとったらしい青年たちはかすかに笑った。
――それで、その歳になったというわけですか。
白いセーターを着た、やや鈍そうな相手に悪意がないとみて、テディ・ベアは怺《こら》えることにした。
――ぼくらが面白く思っているのは(と黄色いセーターの青年がゆっくり言った)……あなたが、ほかのDJのように、受験生や浪人を励ます言葉を口にしたりしないことなんです。じっさい、あなたは、そういう態度を排除していますね。
この質問はテディ・ベアにとって馴染み深いものであった。
「媚《こ》びるのが大儀でね」
と彼は言った。
「だって、本当に勉強している人なら深夜放送なんてきかないと思うんだ。励まして欲しいなんて甘ったれていますよ」
それは本心であった。放送の中でもこれに近い言葉を口にするので、反撥する投書がきたが、適度の反感が番組を生き生きさせることを彼は充分に承知していた。
黄色いセーターの青年が頷《うなず》いた。
――あなたは、自分の私生活の瑣事《さじ》をことこまかに喋って、それがとても魅力的なのですが、でも、あなたにとって無害なこと、痛みを伴わないことしか喋らない……。
「ええ。いけませんか?」
――そうじゃないんです。自分の私生活の中から毒をとり除いて、公開してもいい事柄だけをマイクに乗せる。……そこにあなたのマスコミに対する理解度をぼくらは読みとるわけです。マスコミを通した表現は擬制でしかありえないことを、あなたは知っている……。
いつものインタヴュウアとは少しちがうな、とテディ・ベアは思った。だが、ディスク・ジョッキイを職とする男への質問にしては大袈裟《おおげさ》すぎて、滑稽な気もした。
「ぼくは……」
フラッシュが光った。
「ぼくは、物事を深くは考えないのです。考えても、どうにもならないからでもあるのですが。……私生活のことをこまごまと喋るのも、ほかに喋ることがないからですよ。きわめて狭い生活範囲しかもたないから、それについて喋るとすれば、行きつけの病院のバリュウムに変った味がついていたとか、そんなことしかないので……」
――今年は、結婚の相手が見つかりそうですか?
白セーターの青年が、カメラをテーブルに置きながらたずねた。
テディ・ベアは自分がいつの間にか少し|むき《ヽヽ》になっていたのに気づいた。こいつらも、他の連中と同じで、〈今年もまた結婚の相手を探しているテディ・ベア〉というキャッチフレーズを信じておれを眺めにきただけなのか。
「どうでしょうかね?」と彼は職業的な早口になった。「ぼくが見つけたと思っても、相手が見つけられたと思うかどうか」
待ち構えていたように、青年たちが必要以上の大声をあげて笑うのを、彼の内部の眼は冷たく眺めていた。典型的なテディ・ベア的ジョーク。それは今日の午後に、彼のアパートのベッドの上で、髪の長い人妻に囁《ささや》いたジョークの裏返しだった。
――ご主人が裸でいるぼくを見つけたとしても、ぼくが見つけられなかったと思っていればいいじゃないか。
もう一|抉《えぐ》りして、こいつらを帰してしまおう、とテディ・ベアは思った。
「これでも、お袋が心配して、若い娘さんのいる家を御用聞きに歩いているんです。(「御用聞き」という言葉だけで青年たちは吹き出した。)だけど、駄目なんです。ここぞと思う家の娘さんの台詞《せりふ》は決ってましてね。――テディ・ベアなら寝室に一匹おりますから、だって……」
青年たちは笑い崩れた。
テディ・ベアはさりげなく左手首の時計に眼をやり、紙袋に手をかけた。察してくれればいいが。
――いろいろ質問をメモしてきたのですが……。
黄色いセーターの青年がメモ用紙に眼を近づけながら、うろたえ気味に言った。
――もう一つだけ、答えて下さい。……テディさんの番組が、ぼくらの研究会では、いちばん人気があるし、色んな意味ですごくユニークだと思っているのですけど、それが、どうして夜明けまえの三時から五時なんて、不利な時間になっているのですか?
――あれ、一時から三時までの第一部の時間帯にはならないものでしょうか? 三時過ぎというと、やはり、眠くなって……。
白いセーターの青年がレコーダーの具合を気にしながら念を押した。
テディ・ベアの冷えきった心の中で何かが動いた。
「あの時間にやるのは、ぼくだって眠いですよ」
彼はかすかに笑った。
「だけど、それは、ぼくが、どうするという事柄じゃないから」
第一部を担当する者と第二部の者のあいだにある差、扱いの上でのある種の差別を知っていたら、青年たちもこんな質問はしなかったろう、と彼は思った。
「それは、ぜひ、局の人に言ってきかせて下さい。言ったところで、別に、変りはないだろうと思うけれども」
――すごく変だと思うんだなあ。
白いセーターの青年が後頭部に手をあてた。
――明らかに質が良くて面白いものを、人が聞かなくなる時間に流しているなんて。
「人気というか、知名度の問題じゃないですか」
テディ・ベアは醒《さ》めた口調になった。
「ぼくが制作サイドの人間だったとしたら、やっぱり、第一部には、いま人気のある司会者やフォーク歌手をならべると思いますよ。あなた方の中ではともかく、一般的にいって、ぼくには、あの人たちのような人気も若さもないもの」
――気を悪くされると困りますが、テディさんは、おととしまで第一部に入っていたじゃありませんか? あの春から第二部に移ったのは、じゃ、左遷ですか?
この質問も、テディ・ベアは、馴れっこになっていた。その問いじたいは、さして彼を傷つけるものではなく、また、そのたびごとに傷ついていたのではこの世界で生きていけはしない。
だが、彼はその問いが喚起する別な記憶のために、鬱屈した眼差《まなざ》しになった。
机の上に小さな山をなした郵便物を眺めて、彼は下唇を突き出し、老眼鏡をかけた。眼鏡はほんのひと月まえに作ったもので、おかげで葉書を読むのが大分らくになった。
彼はまず、ボールペンで葉書一杯に丹念に描かれたボブ・ディランの似顔絵を眺めた。よく描けているとはいえ、なんというエネルギーの浪費だろう! それに英語で書かれたディランの名前の綴りはaが抜けていた。
いつも彼は封書をあとまわしにする。封を切って、中の手紙をひき出すのが面倒なのである。……それにしても、日本人はいつから文字を横書きにするようになったのだろうか。葉書の大半は横書きで、しかも溜息《ためいき》が出るほど、こまかい文字が書きつらねてあるのだ。
いかに仕事とはいえ、蟻《あり》の群れが襲ってきたように全面が黒くなっている葉書を彼は排除することにした。丁寧に読めば、面白いことが書いてあるのかも知れないが、自分が笑い出すようなものがもうめったにないことも彼は知っていた。それらに眼を通すのは、義務の一つにすぎないのだ。そして、たまに縦書きのまともな文字の葉書にぶつかると、それは彼の軽薄さへの非難の投書だった。貴様のような人間は世を毒するから死んでしまえ、といった文面はわずかな時間ではあるが彼の心を暗鬱にした。
ミスター・ベア
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僕の趣味は女装です。自分の家が洋服屋ですので、いろいろ身につけることができて非常に楽しいのです。(僕の家は有名ですので、郡名や町名を読まないでください。)又僕は自分の家でアルバイトをしているので、自分が着たのを女の子が買っていくことがあるので非常におもしろいのです。足が長いけど身長165p、腕も細いので女物がちょうどいいことがあります。今の女物はとても大きくできていますからね。僕は異常ですか。リクエストは、ギルバート・オサリバンの「ウー・ベイビイ」
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[#地付き]匿名希望
テディ・ベアさん
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今日は。初めておたよりを出します。没にしないで下さいね。私が深夜放送をきくようになったのはベアさんのせいなのよ。はじめて聞いた時からもうベアさん、いえ深夜放送の魅惑にとりつかれてしまったのです。その時は、童話なんかも読んでくれて、すてきだったな。甘い声で。……私、今、悩んでいるのです。必要単位数があと22で、受講したのが44単位、いったい、どの課目を落せばよいのでしょうか。迷える小羊に一条の光明を。
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[#地付き]京都市北区の白い小羊
ごめんなさい。
[#ここから1字下げ]
先週のミスター・ベアの放送をきいていてトイレに行きたくなったので、トランジスターラジオにイヤホーンをさしこんで行ったのです。そしてしゃがもうとした時にイヤホーンが耳からはずれて水がたまっている中にポチャッとおちてしまったのです。ぼくはあわててひろって耳にあててみて、ミスター・ベアが生きていたのでほっとしました。先週の放送中に息苦しくなりませんでしたか?
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[#地付き]板橋区 水虫より
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ベアさん、三年B組のすべての人からこんばんわ! 私が初めて深夜放送を聞いたのが、あなたでした。そのとき受けた印象はおかしな人!!≠ニいうところでした。でも、その時から、あなたのおかしさ≠ニ、そしてほめわすれましたが、あなたの声の美しさにひかれて現在まできき続け、あなたの放送の日は予備校を休むようにまでなったのです。/今、私は、恋をしています。片思いなのです。ところでベアさま、友達と賭《か》けをしたのです。女の子の身でありながら。どうか、この手紙、あなた様の声で読んでいただきたいのです。三年B組のすべてが、たのしみにしています。それからもう一つ――片思いの憎きあいつに、歌をプレゼントしたいのです。城南中の弓ちゃんより、大好きな、大好きな晃雄君へ「噂《うわさ》の男」(ニルスン)を――
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[#地付き]金子弓子 十五才
〈三年〉と書かれたのを彼は高校三年だとばかり思っていたのだった。「噂の男」という曲名に赤いマジックで印をつけると、その葉書を、マイクの前で読み上げる候補の方に入れた。
テディ・ベアは眼鏡を外すと、両|瞼《まぶた》を強く押えた。どの葉書も似通っていて、よく読まないと、中学生か大学生か判然としないのだ。週に一回ではあるが、これは苦役《くえき》だった。
気分を変えるために彼は右側にまとめてある封書に手をのばした。あけるまえからすでに内容が察しられるような封筒の、わずかに厚く感じられる封じ目を指で切るさいに、こわばった糊と紙が一体となって示す抵抗は、疲れているときには、意外に強く感じられる。分厚い封書ほど、封じ目が堅かった。暇で孤独な人間がいかに多いことか。いっぱしの大人が、仕事の上での悩みや、恋愛をはじめとする身の上相談を、便箋《びんせん》十枚ぐらいに書き記してくるのは珍しくなかった。七年まえ、この仕事を始めたころには、彼も、毎週、何通かの返事を書いたものだ。相手が女性の場合には、特に親身になって解決法を考えた。(親身になり過ぎて、ベッドを共にしてしまった女が、二人ほどいた。)やがて、|彼ら《ヽヽ》がもっとも安直な暇つぶしの対象として自分を見ているのに気づいた時、彼は返事を書くのをやめた。
[#ここから1字下げ]
拝啓 お兄様 初めて、お手紙差し上げます。
私、受験勉強中の、十七才の少女です。
お兄様に恋をしているのです。貴方《あなた》に恋をしているのです。
好きです。結婚して下さい。
年の差なんて、関係ないのです。
お兄様の時間には、いつも、勉強が手につきません。
どうして下さるのですか?
そうです。私が貴方の家にお嫁に行けば、すべて、解決するのです。
結婚して下さらなくてもよいのです。貴方を一目見たいのです。
今年、東京に受験に行ったら、局に寄って貴方に逢いたいのです。お兄様、どうか、逢って下さい。
お兄様、これ、Love Letter のつもりです。
私、本気です。
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]夕霧より
〈お兄様〉か、とテディ・ベアは思った。封筒の裏には、下手な字で、〈群馬 夕霧〉とあるだけだった。
本気とも冗談ともつかぬこんな手紙が、毎週一通はあった。彼は封筒の表側の下の方に Love Letter と鉛筆でメモして、読む側に分類した。
風変りな手紙が一通あった。
それは、見るからに日本製とは思えぬ、横書き用の黄色い大判の便箋にボールペンで記したものであった。
女だてらに徹夜で会社のレポートを書くことが多いという前置きに始まり、アメリカの大学を卒業後、永住権をとって自動車会社で十年近く働き、つい最近、日本に出張してきたという自己紹介につづいて、アメリカでの〈一般旅行者には経験できぬ苦労〉の数々がくわしく述べられていた。
テディ・ベアには、もう若いとも思えないこの女が何を言おうとしているのかが分らなかった。漠然とした反感を覚えながら読みつづけた彼は、最後の数行に至って、ようやく納得がいった。
[#ここから1字下げ]
――先日の放送で、あなたは英語を勉強し直したいとおっしゃっていましたね。私はぜひ一度、その件でお話をしたいと願っております。機会を作っていただけましょうか?
下記の番号をまわしていただければ連絡がつきます。私がいない時には、私の秘書にあなたの連絡先を伝えておいて下さい。折り返し電話いたします。以上お願いまで。
[#ここで字下げ終わり]
横文字の名刺をはさみ込んだその手紙を、テディ・ベアは、手紙にふさわしい、大きめの封筒に戻した。女が秘書を使っているというだけで彼は拒絶反応を起していた。慇懃《いんぎん》な尊大さとでも呼ぶべきものにみたされた文面の蔭に、彼は他の投書家と同じ心の動きを読みとった。
この手合に限って、彼の自宅にまで電話をかけてきたりするのだ。
テディ・ベアの電話番号はどんな名簿にも載っていないはずであった。それを知っているのは仕事の関係者(彼らはテディ・ベアによって厳重に口止めされていた)と少数の友人、それから二、三の異性だけであった。
それなのに金沢や北海道の未知のファンから電話がかかってくる。北海道の少女などは、もう、未知の人とは言えないくらいだ。放送の日の夕方、彼が眼覚める時刻を見計らって、その朝のテディ・ベアの出来を批評してくる少女は、今では彼にとって欠かせぬモニターといってもよかった。
中学を卒業したことしか語らぬ彼女は、テディ・ベアが殆ど意識していない、語尾のかすかな変化や手紙を読むまえの独り言を微細に記憶していて、あの部分の呟《つぶや》きは低くてとてもよかったとか、同じ言いまわしを三度繰返したのは少ししつこく感じられる、などと感想を述べた。その細かさに彼はおどろかされると同時に、少女は彼の放送をきくことだけを生き甲斐《がい》にしているのではないかとさえ考えた。
少女の電話は、いつも、きっかり十五分で切れた。どのような境遇かは知らないが、北海道の東端からの十五分は、料金が大変であろう。
パジャマ姿のまま、ダイニング・キッチンの床に胡座《あぐら》をかき、冷えた牛乳を飲みながら、思いつめた口調の電話の声に耳を傾けている彼は、このような形で姿の見えぬ人々とつながっている自分を不思議に思うことがあった。
彼は、ディスク・ジョッキイのほかにもラジオの仕事を幾つか持っていたが、名前が出るのは深夜の二時間だけであった。
深夜の彼の声は、ふつうに話している時、彼自身の鼓膜に響いてくるそれとは違っていた。彼の耳に入ってくるのは、歳相応の、疲れた、いくぶん投げやりな調子の声である。それが、マイクを通すと――緊張しているせいもあるにせよ――彼自身、違和感を覚えるほど柔らかく若い声に変化する。それは音質と機械のあいだに生ずる何かによるものだった。そして、外の世界にひろがってゆくのは、彼自身には奇妙に人工的にさえきこえる〈その声〉であった。
人々は〈その声〉から、おのおのの夢想の繭をつくり上げる。テディ・ベア自身の学生時代を顧みても、自分の好きな声が送り出される場所は、眩《まぶ》しくて輪郭のはっきりしない小宮殿みたいに想われたものだった。だから、いま、彼自身にさえ自分のものとは考えにくい〈その声〉が人人に安価な幻想を抱かせ、ときとして思わぬ反応を惹《ひ》き起すことを、彼はさして意外にも思わなかった。
投書を整理し終えたテディ・ベアは、マイクの前で読み上げる分をゴムバンドでとめた。放送が終れば、不採用の分とともに焼却炉へ送られてしまうものだった。
夜食までには少し間があった。彼は壁ぎわにならべられた椅子に横たわり、眼をつむった。微熱が出たような気がする。
第二部に移ったのは、左遷ですか、という若者の問いが彼の内部のどこかにこびりついていた。そうしたことが気になるのは、身体《からだ》の調子の良くない証拠だった。今日は、うまく行かないかも知れない……。
このところ、調子の良くない回がつづいていた。このままだと、春の編成替えのときに危いかも知れない……。だが、そうした予想に怯《おび》え、気に病むことが、以前ほどはげしくはなくなっていた。
二年まえの春に第二部に移されたとき、彼が屈辱を感じなかったといったら嘘になるだろう。一部を担当していた者が、このような形で格下げされたのは初めてであった。このとき、番組を降りてしまわなかったのには彼なりの心の動きがあるのだが、いらい、彼は自尊心を失ったかのように生きてきた。
いっさいに逆らわずに、あるがままに生きるのが、こんなに楽なものだとは彼は知らなかった。Let it be――あるがままに、物事を深く考えずに生きること。
仕事が少しでも減ることを自分がなぜあれほど惧《おそ》れていたのか、いまの彼には分らなかった。収入がまったく無くなったとしたら、また、それは、その時に考えればすむことだ。
――病気になったら、あたしのマンションにくればいいのに、テディ・ベア。
PR雑誌の編集者で、いつも薄い色のサングラスをかけている娘が言った言葉を彼は記憶していた。
――忙しいから、面倒はみてあげられないけれども。
……一週間ぐらいは、置いて貰えるだろうか、と本当に熱が出てきたらしい頭で彼は考える。それから先は、また、なんとかなる。
真夜中であるにもかかわらず、スナックのテーブルはほぼふさがっていた。肉を焼く煙が厨房《ちゆうぼう》から溢《あふ》れ出ても、気にする客はいなかった。
「まだ、平気ですよ」
顔の皮膚に脂が滲《にじ》んでいるようにみえるフォーク歌手が右手の腕時計を眺めて、言った。
「具合悪そうですね」
「風邪だよ」
テディ・ベアは、ポーク・ジンジャーの最後の一切れを口に入れた。
「薬を貰ったら、どうです?」
「本番中に眠くなると困る。まえに失敗したことがあるんだ」
テディ・ベアは紅茶が欲しいと思った。本番まえにレモン片を浮べた紅茶を飲むと、つつがなく終るというのが彼のジンクスだった。
だが、今日は水分を摂り過ぎていると思い返した。ここに来てからでも、ミネストロン・スープとコップの水二杯は飲んでいる。本番まえにしては充分過ぎた。
「今度のレコードは、どう?」
テディ・ベアは当り障りのない話題をえらんだ。
「動いているらしいんだけど」と歌手は言った。「まだ、はっきりとは、つかめませんね」
青年と呼ぶには若さが欠けてみえる歌手は、「戦争のあとに生れて」というフォーク・ソング調の歌でヒット・チャートの一位を独占しつづけたばかりであった。しかも、すぐに同じ題名の、世代的主張をこめたエッセイを出版し、それはずっとベスト・セラー表の上位を動かずにいた。
テディ・ベアもその本を一冊貰っていたが、ベッドの下に押し込んだきり眼を通していなかった。二年近く、週に一度このように話し合うだけで、相手については分り過ぎるほど分っている気がした。
歌手もまた、テディ・ベアの前では、表向きの顔をつくるのを放棄しているようであった。ただ、会話の中に〈ぼくらの世代は〉という言いまわしが多くなっていることにテディ・ベアは気づいていた。久々に登場したこの〈世代の代表〉をめぐって、どのように奇怪な思惑が交錯しているかを想像すれば、この程度のことは仕方がないとも思われる。
「でも、日本国内でいかに売れても、高が知れてますよ」
歌手は妙にふけた口調で、低く、殆ど呟くように言った。
「アメリカで当らなきゃ駄目ですね。つくづく、そう思いますよ」
「だいぶ、欲が深くなったな」
テディ・ベアは親愛の色を示す笑みを浮べた。
「絶えず、次の曲をヒットさせるのに追われて一生を終るなんて、地獄じゃないですか」
背中を丸めた、不安定な姿勢で、青年はテディ・ベアの顔を見つめた。
「その点、アメリカで当てれば、かなり長いサイクルで仕事ができるし、立場も安定しますからねえ」
「『スキヤキ』の例もあるしね」
テディ・ベアはかすかに笑った。
「しかし、アメリカで当てるためには、音楽的に高度なものじゃなければ駄目だろう。毛唐は日本語の歌詞なんか分らないし、世代論だって関係ないんだから、要するに、メロディだけだろ?」
「まあ、そうですねえ」
青年はテーブルにのめるような恰好になった。
「次のLPに、そういう曲を入れてみよう。至難のわざだと思いますがね」
テディ・ベアは、半年まえの歌手の姿を想い浮べた。いまよりもさらに貧相で、自分が中心となっているグループを解散するための記念LPを作るのに腐心していた。半ば自棄で作られたLPの中の一曲が「戦争のあとに生れて」であった。
青年は外見から想像されるよりは、はるかに苦労をしている、とテディ・ベアは見ていた。年齢も、公称より五つほど上であって、本当の年齢が明らかになると、世代的主張の方までが怪しくなるので、関係者は糊塗するのに懸命なのだとも教えられていた。
「でも、テディさんたちの年代の人はよく頑張りますねえ」
青年はのめるような姿勢のまま首を傾けて言った。
「まったく感心しますよ」
「おれを除いてはね」
「テディさんだって粘りますよ。ラジオの仕事を十何年もつづけるなんて、ぼくには考えられない……」
「おれだって、十何年もこんなことをやっていようとは思わなかったもの」
青年は心持ち意外そうな眼でテディ・ベアを見返した。
「そういう風につとめてきたのじゃないのですか」
「つとめるものかね」
テディ・ベアは独り言ともつかぬ言い方をした。
「気がついてみたら十何年も経っていたということさ」
「中学生のころ、テディさんの声をよくきいたなあ」
懐しそうに青年は椅子の背に倚《よ》りかかった。
「そうすると、テディさんの持続力はどこから出てくるのだろう?」
「強迫観念だよ」と彼は答えた。「いつ食えなくなるか分らないという恐怖があった。いくら仕事をしても、消えないんだ。持続力なんて大層なものじゃない」
「分らないな」
青年は伸びをしながら言った。
「食べられなくなることぐらいで、すごく働くというのがぼくには分りませんよ」
「そうかねえ」
テディ・ベアは相手の発想が理解できなかった。
「行きますか」
伝票をつまんで立ち上ると、青年は他人に見られるのを意識した表情になった。
ガラスのこちら側から見る、人気《ひとけ》のないスタジオは、水族館の空の水槽《すいそう》を想わせる。それは小さな魚たちのためのものではなく、鮫《さめ》や|たいまい《ヽヽヽヽ》のための巨大な水槽だ。
にもかかわらず、局内の人はそれを金魚鉢と呼んでいる。いくぶんか侮蔑《ぶべつ》的でもあるその呼び方に、テディ・ベアはさして抵抗を感じてはいなかった。
おそらく大昔に――なにしろこの世界では五年まえが〈昔〉なのだから――生計のためにやむをえず放送の仕事に携わらざるをえなくなっただれかが、自嘲《じちよう》的に呟いた言葉からそれは発したのだろう。そして、その呼称は、時とともに、付随する毒っ気や哀しみの響きを失い、いまでは事務的な名称でしかなくなっている。そこで働く人たちが――たとえそれが錯覚だったにせよ――創造の喜びを皮膚で感じていたかつての人々と入れ代ってしまったように。
それは仕方ないことだ、とテディ・ベアは考える。そしてこの建物に車で乗りつけることが、まるで王宮にでも招かれたように心はずむものだった頃から、倉庫と貸しスタジオの間《あい》の子みたいになった薄汚れた現在に至るまでを、つぶさに眺めてきたテディ・ベアは、ここでは歴史の生き証人だった。尊敬はされないが、無視されることもない、酒場の隅の故老。テディ・ベアにとってはどうということもない過去のエピソードが、若者たちにとっては驚くべき事実なのだ。
自分は異星人の中にいるみたいだ、とテディ・ベアは考えた。彼をこの場につなぎ止めているのは、きわめてささやかな人気――それは今しも金魚鉢に入りつつあるフォーク・ソング歌手のそれとは比較すべくもない――だけであった。それがどのように果敢《はか》ないものかをテディ・ベアは知りつくしているつもりである。
……フォーク・ソング歌手がマイクに向って喋り始めた。若者の反抗心、受験生の苦しみの代弁者。そして自分のレコードの宣伝。あとは聞かなくても、だいたい、分る。
テディ・ベアがガラスの向う側に入るまでには、まだ二時間あった。
いつもの場所で冬眠をしよう。キュウ・シートと数枚のLPと大きな鍵《かぎ》を受けとった彼は、洗い熊のような恰好でそれらを抱えて、ドアを押した。
造られてこのかた、一筋の陽光もさしたことがないであろう、人工照明のために奇妙に眩《まばゆ》い廊下の果てに、音楽資料室があった。大きな鍵でドアをあけ、ゆっくり閉めると、テディ・ベアは急に解放感に浸った。
スチール製の棚に無数の索引、レコード、録音テープのたぐいが眠っているほか、その空間には人の気配がない。これこそはテディ・ベアを安堵《あんど》させるものであった。一人でも人間がいると、彼は緊張し、その気分を表面にあらわすまいとするために疲れてしまうのだ。
彼はLPレコードをカウンターにのせると、模造皮革のソファーに腰をおろした。彼の仕事は、今夜かける曲をあらかじめ聴いておくことだが、そのためには二時間は長過ぎた。いつもなら煙草を吸いながらぼんやりしているのだが、今夜は喉《のど》のかげんで、そうもいかない……。
テディ・ベアは発作的に友人と話をしたくなった。
彼は深夜に長電話をする数人の友人を持っていた。彼らの会話の特徴はまず、これといった用件を持たぬことだった。
自室では、カティ・サークと氷と水を用意して電話に向うのが常である。先方も酒か睡眠薬を用意して、テディ・ベアに立ち向う。そして二時間、三時間と、なんということもない、だが根柢《こんてい》には自分たちが時流から離れつつあることへの恐怖を秘めた会話をつづけるのだった。
その会話は、時として叫び声に近くなることがあった。睡眠薬によって激した友人の恐怖の深さが、受話器を握り締めているテディ・ベアを震撼《しんかん》させ、周囲の壁が音もなく崩れ落ちるように感じられた。
……一時間は大丈夫だ、とテディ・ベアは計算した。話が深刻になりそうにない友人をえらびさえすれば。
彼は手帖《てちよう》をひらき、千葉に住む友人に電話した。その友人も電話仲間の一人だったが、テディ・ベアとしてはやや距離を置いて接している相手だった。
呼出音が闇の中で鳴りつづける。
彼は受話器を置いて、もう一度ダイアルをまわした。
呼出音が十回鳴ったときに彼は受話器をおろした。一家で外出しているのだろうか?
テディ・ベアは不安を覚えた。反射的に受話器を外すと、確実に記憶している別な友人の番号をまわしてみた。
彼は呼出音を二十回まで鼓膜に刻んだ。そして、切った。
何かが起っている、と彼は呟いた。友人が外出していても、夫人や母堂がいるはずであった。世間の常識からいえば遅い時刻だが、いつもなら難なくつながるのだ。
一家で旅行に出たのかも知れない、と彼は考え直した。その友人はおよそ家庭サーヴィスなどする人間ではなかったが、法事かなにかのために東京を離れることはあり得た。
自分は物事を大げさに考え過ぎる、とテディ・ベアは思った。
ややためらってから、彼は鎌倉に住む友人の家に電話した。その友人とは、昼間、短く話したのだが、そのときは睡眠薬がまだ先方の体内に残っている様子だったので、遠慮したのだ。
いまのような時には、なるべく避けた方がよい相手だった。放送まえに、その種の中毒者特有の悲観的な雰囲気《ふんいき》にひきずり込まれるのが危険なのは分りきっていたが、それでもなお、彼はそうせずにはいられなかった。
呼出音は鳴りつづけていた。
電話が書斎にまわったきりになっているのかも知れなかった。いちど眠りに落ちた友人は、どんな騒音をきかせても、びくりともしないはずだった。
そういった場合を考慮に入れた上でなおかつ、彼は友人たちがすべて姿を消してしまったのではないかという怯えから自由になれなかった。
悪夢の中にいるようだと考えながら彼は受話器を置いた。叫び声をあげたいのは、自分だった。もしこのカウンターの上の電話が鳴って、友人のだれかの声がきこえたならば、自分はただ、救《たす》けてくれ、と叫ぶしかないだろう。ぼくを置き去りにしないで下さい、見捨てないで下さい、と涙を浮べながら哀願するしかないだろう。
テディ・ベアはその渾名《あだな》にふさわしい姿勢でソファーに横たわり、本当に涙が滲んできた眼をつむった。
最悪の状態が近づいていると彼は思った。
以前、彼は放送終了の直前に絶句し、突如、みなさん、来週まで発狂しないでいて下さい、と叫んだことがあった。
終ったあとで、ディレクターは何も言わなかった。他の者も口を開かなかったが、それ自体が一つの叱責《しつせき》だと彼は思い、ふさぎ込んだ。どうしてそんな言葉を叫んだのか自分でも分らず、憂鬱なままで数日を過した。
だが、聴取者からの反応では、それが好評だったのだ。〈テディ・ベアならではのジョークだと思います。〉ブラック・ユーモアなどという気恥ずかしい(そして、テディ・ベアの嫌いな)言葉で褒めてきた大学生もいた。自分が錯乱し、不幸になるほど、人々は喜ぶみたいだとその時、テディ・ベアは独りごちた。
しかし、今夜は違っている。初めからこんな状態だったことはないし、このままいけば、冗談ではすまされぬ失敗が起るのは眼に見えている。
彼は眼をひらき、手帖の終りの住所録にある名前をゆっくりと見て行った。どれも、こんな時刻に電話したら、気違い扱いされるか、相手にはなってくれても切羽詰った彼の心意をつかみかねるだろう名前ばかりだ。
彼は手帖を閉じ、冷たく、しかも、べとつく感触の模造皮革に頬を押しつけた。そして靴の爪先で、カウンターの下のスピーカーのスイッチを押した。
――いやあ、このところの物価の上昇は、ただごとじゃないですね。これは、ひとつ、偉い方方になんとかして貰いたいと思うのですがねえ。少くとも、インフレの責任は痛感していただきたい、と不肖わたくし、かように考えております。では、次の曲、いきましょう……。
明晰《めいせき》で鋭くもあるが、聴く者の心に錘《おもり》をつるすようなエリック・アンダースンの歌声が響き始めると、彼はスイッチを切った。ひとりでアンダースンを聴いていると、気が滅入ってくる。
乳白色を帯びた瞼の内側の視界がぼやけ、無数の黒い点が舞い始めた。それらは竜巻のように漏斗状に垂下して動いていたが、下端がしだいに捲《まく》れ上る気配を示した。あんなものを、まえに見た、と彼は思った。黒い塊りは拡散し始めた……
その名前の意味を問い返した彼に、宿の女中は、
――ゴミに似てるから。
とぶっきらぼうに答えた。
――ゴミドリ、か。
寒風のために細くせざるをえない眼を彼は暗緑色の海に向けた。大きな流氷の上に、まさに黒いごみをぶちまけたように鳥の群れがいる。
――本当に流氷は、くるのかね?
彼はスエードのオーヴァー・コートの襟《えり》を立てながら白い息を吐いた。
――おたくの親父さんが保証したから、もう、四日も待っているんだが。
――このあいだ、近くまできて、沖に戻って行ってしまったんです。
その言葉を嘘とは思わなかった。げんに、ぶつかり、重なりあったまま接岸している流氷が幾つかあった。波に揺れ動いているものに至っては数えきれない。
――沖の方を光ったものが通るでしょう。あれが流氷ですよ。
女中は嘘をついているのではないことを証拠立てようとするかのように言った。
――ぼくらが待っているのは、あんなのじゃないんだ。
彼は呟いた。
――水平線まで歩いて行けるほどのやつさ。一晩のうちに、そんな状態になることがあるものかね。
――風の具合によっては、そんな風にもなります。
――たよりない話だな。
背後で雪を踏む音がしたようだった。毛糸の帽子で耳まで被《おお》っているために聴覚の鈍くなった彼は、おもむろに振り返った。
細い黒ぶち眼鏡をかけた、丸顔の、コートの上からでも肥満していることが分る大柄な青年が歩いてくる。妙に脂ぎって、動きが鈍かった。
――そのオーヴァーは、やっぱり、皮衣《かわごろも》という感じですよ。
青年は悪意の感じられぬ声で言った。
――あなたがテディ・ベアに似ているというぼくの印象は間違っていないと思いますがね。
――流氷はいつ張りつめるか分らんそうだ。
彼は呟くように言った。
――ディレクターとして、どう判断するかね?
――もう少し、粘ってみましょうよ。
その口調は、およそ〈粘る〉という語感からは程遠いものであった。
昨夜、青年は、これではきりがないから、見事に張りつめた流氷をあたかも眼前にしているかのような情景描写をやってはくれまいかと彼に持ちかけた。彼はあいまいに笑って、「ペンギン鳥を入れますかね?」とだけ答えた。
――明日の朝には、すっかり凍結しているかも知れない。
自分でもあまり信じていないように青年は唇を動かした。
――テレヴィはどうなっている?
――変化なしですよ。
――あれっきりかね。
――膠着《こうちやく》状態です。いまは撃ち合いも止《や》んでるし、どうってことないすね。
――人質は生きているのかしら。
――さあ。
――あのニュースを知ったのは札幌のホテルだったろ。あれから幾日になる?
雪と強過ぎる暖房のなかで彼は時間の感覚を失っていた。
青年は凍てついた雪の上を要心深く歩くと、岸に癒着《ゆちやく》している大きな流氷にとびのり、さらに、不安定な恰好で、片足を漂っている一つにかけた。そして這《は》うような形で、その流氷に身を移した。
――こいつは揺れますよ。
おそるおそる立ち上りながら青年は無邪気な笑いをテディ・ベアに向けた。
――この程度のものばかりじゃ希望はなさそうだな。
テディ・ベアは接岸している流氷を踏みしめて言った。
――本物の流氷がすぐにきてくれない方が有難いのですよ。
青年はぼやくような口調になった。
――この分じゃ、東京に帰ると、ぼくは北軽井沢行きですよ。……あそこはここよりもっと寒さが厳しいようですからね。事件が片づくまで、暖い部屋でビールでも飲んでいた方が気がきいてますよ。
青年と自分のあいだの距離がさらに大きくなったのをテディ・ベアは感じた。
烈風に眼を細めながら彼は彼の直前の流氷に立つ青年を眺めた。こちらを向いた青年は革の手袋で睫《まつげ》に付いた粉雪を払い落そうとしていた。
この男の顔に不安の翳《かげ》を見たい、とテディ・ベアは思った。そう思うのと殆ど同時に彼は彼のさらに奥深い部分からの衝動につき動かされて、ゴム靴の踵《かかと》で、前方の流氷の端を押した。
彼が予期したよりも大きく流氷が動いたのに彼は愕《おどろ》いた。青年は上半身の均衡を失った……
おお ベイビイ ぼくを
きみの愛するテディ・ベアにしておくれ
ぼくの首に鎖をつけて
どこにでも連れて行っておくれ
おお しておくれ
きみのテディ・ベアに
気持を浮き立たせるために、彼は、彼の青年時代にプレスリイがヒットさせた「テディ・ベア」を口ずさんでいた。
レコードを全部聴き終えて、もうすることがなかった。少くとも、昔の歌を口にするところまでは気分が回復しているとはいえるのだった。
一時的に陥っていた憂鬱は、明らかに、あの学生たちの質問から発したのだと彼は考える。
――あの春から第二部に移ったのは、じゃ、左遷ですか?
〈左遷〉という無神経な言葉は会社員じみていて、滑稽でもあったが、他人の眼にそう映っているのはまず確かであった。
|それ《ヽヽ》が、オホーツクでの出来事と関係があるという噂《うわさ》は、たぶん、本当だろう。ズボンが裂けるのではないかと思われるほど肥満したあの青年は、テディ・ベアが自分を憎んでいたと局内を触れ歩いたらしい。
テディ・ベアはそれに対して、弁解をする気にはならなかった。憎しみがまったくなかったとも言いきれない。だが、そんなことを言い出したら、彼は時として殆どの人間を憎むことさえあるのだ。
要するに、他人がそう決めたのなら、それでいい。
……制作副部長が彼を呼んで、様々な質問をした。
中に、こんな問いがあった。
――きみには、罪の意識がないようだね。
罪の意識! なんと大袈裟な言葉を使うのだろう!
――生きていたから良かったものの、とにかく、きみを信頼している人間を海に突き落したのだからな。
テディ・ベアには相手が何を言おうとしているのか、よく分らなかった。確かなのは、自分が〈罪の意識〉といったものに苦しめられる状態には決してないことだった。また、青年が自分を〈信頼して〉いた、というようなことは軽々しく口にして欲しくないとも思った。
おお しておくれ
きみのテディ・ベアに
「乗ってますね、今夜は……」
足音を忍ばせて入ってきたアシスタントが、ジーンズのポケットに両手を突っ込んだままで声をかけた。
テディ・ベアは青年が入ってくるのに気づいていた。その気配を感じると同時に彼は往年のプレスリイの所作を真似てみせたのだ。ようやく、|見られている自分《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》に戻りつつあることを彼は喜ばしく感じた。
「さっき顔色が悪かったので、ぼくら、心配してたのですよ」
「喉をやられているだけさ」
とテディ・ベアは答えた。
「少し声が低くなるけれど、そのことは番組の|あたま《ヽヽヽ》で断っておくよ」
「そんなに変ってはいませんよ」
アシスタントは元気づけるように言った。
「心配することはないよ。それに今日の曲の中に初期のシナトラを加えてくれたから、元気が出てきた。きみの配慮だろ?」
青年は白い歯をみせた。
「敬老精神を失わない人がいてくれるのが嬉しいよ」
「必要以上に老人ぶるのがテディさんの趣味なんだな」
青年が言った。
「これでも九度以上の熱で三時間、お座敷をつとめたことがあるのだから、心配しなさんな。ディレクターにもそう伝えておいて欲しい」
青年はブースの中のLPをまとめると、外に運んで行った。
テディ・ベアは自分の態度・言葉が青年にあたえた印象を計算していた。……あれこそプロというものですよ、と言い触らしてくれるかも知れない。
自分の心が立ち直ってきたのを彼は感じた。自分の番組を失いたくないとはっきり自覚したのがその証拠だった。あるがままに、という諦念《ていねん》は動かないにしろ、このまま、自分が消されてしまうのには抗さなければならない。
自分の時間が近づいてくるとテディ・ベアはいつもこうなるのだ。そして、このような時に妙に身構えるとかえって失敗することも彼は知っていた。わざと四肢の力を抜き、なにも考えないようにしていればいい。
このような道化の生理学とでも呼ぶべきものを、彼はずいぶん長い時間をかけて身につけてきた。
それを自分の血肉とする過程の裏側には、無数の失敗の記憶が恐怖の粟粒《ぞくりゆう》とともに張りついていた。……その初めは、冬休みが近い小学校の教室だった。ある落語の下げで同級生たちが誰も笑ってくれなかったために噺《はなし》が止らなくなり、いつまでも低徊《ていかい》していた冷汗が出るような想い出があった。
現代の宮廷道化師ともいうべきテディ・ベアにとって、人々がしばしば口にする、道化師の仮面と素顔の使い分けほど滑稽なものはなかった。道化師の素顔ほど哀しいものはないといった感傷的な台詞《せりふ》はだれが言い出したものであろう? 素顔が疲れて哀しげなのは、どんな職業人だってそうではないか。道化師だけがそうだというのは、とんでもない思い上りだ。
テディ・ベアの知っている、彼よりも有名なこの分野の専門家たちは、まず何よりも市民に奉仕し、彼らを笑わせることが好きなのであった。拍手さえ貰えるなら何でもやるこれらの人々をテディ・ベアは愛していた。
その点、テディ・ベアの場合は、少々違っている。彼においては、それは奉仕という以上に自己本位のもので、創り出す笑いも、自分自身の快楽追求の結果ともいえるのであった。
テディ・ベアはそれでいいと考えていた。彼の仕事は、後世に名を残す落語家や喜劇役者のそれとは異《ちが》っている。放送という、文字通り〈送りっ放し〉の、仕事ともいえない仕事であった。テディ・ベア自身が、本来の彼とは別の性格となって、あたえられた時間を充たし、それが聴き手にいくらかでも歓びをあたえれば、それでいいのだ。
彼は狭いブースの中の椅子から立ち上り、部屋を出た。深呼吸を一つしてみる。
副調整室に戻ると、フォーク歌手が話の締めくくりにかかっているのが見えた。
若いわりに奴はうまい、とテディ・ベアは思う。
フォーク歌手に限らず、いまの若者の冗談のうまさに彼は呆《あき》れることがある。彼自身の若いころを想い返してみれば、ちょっと信じがたい器用さなのだ。彼らは、いったい、真面目な話を、どこで、いつ、するのだろう?
あの歌手のまえに、この時間を担当していた青年(彼もまたフォーク歌手だった)は、〈反体制的〉言辞が激し過ぎて、番組をおろされていた。
その青年は、ふだんは女の話しかしない、学生運動にも特に関係のない男だったが、そういう手合いに限って麻疹《はしか》にかかったみたいに過激なことを口走るようになるのだ。そして、その言葉の内容じたいはそれなりに反対すべき筋合いのものでもなかったし、そうした言葉が迎え入れられる時代的背景があったために、人気は爆発的になり、そのために当人がいよいよ過激になるといった滑稽な循環が起った。
テディ・ベアは成行きのすべてを冷ややかな眼で眺めていた。このような無邪気さもまた、彼には耐えにくいものであった。
そうしたたぐいの愚かしさを、ガラスの向う側の青年は巧みに避けていた。
いま青年が歌によって大衆に呼びかけているのは〈やさしさ〉の強調であった。これもまた、反対する筋合いのないのは明らかである。そして、歌の基調となっている日本的な叙情によって、若者だけではない広範囲の人々を魅了しつつあった。
テディ・ベアは、優しさとあまり縁のない青春を過してきた男だったから、たまに示される他人の(おそらくは相手の記憶にも残らないであろう)優しさにもきわめて敏感であった。ある日、ふと気がついてみると、彼の接する若い男たちは、どれも、優しいのだった。初めのうちは、その心底を測りかねていた彼も、彼らのおとなしさ、柔らかさ、思いやりが決して演技ではないことをしだいに納得するようになった。
しかしながら、飽くまで疑い深いテディ・ベアは、彼らが優しいのは、単に彼らが優しさを失う状況に置かれたことがないせいではないだろうかとも考えていた。彼らは、人間が他人に対して優しくできないときの痛み、一片の食物のために他人を裏切らざるをえないときの苦痛をまったく知らないのではないか……。
テディ・ベアは長髪のアシスタントと、その問題について話し合ったことがあった。彼は同世代の者がなにかというと戦時中の体験に固執するのを冷たく見ている男だったが、この時だけは、それを持ち出さざるをえなかった。
――恐《こわ》いですよ、食い物がなくなるなんて仮定は!
長髪の青年は首をはげしく振りながら叫んだ。
――ぼくらがまったく経験してない状態を想像しろなんて無理ですよ! ぼくら、物がないなんてことを知らないんだから!
それ以上の会話を青年は殆ど生理的ともみえる恐怖から拒否した。
……あの反応ぶりと、いま最後の挨拶を終えて、ゆっくりとマイクの前から離れつつある歌手がことあるごとに強調している〈やさしさ〉とは、どういう関係にあるのだろう、とテディ・ベアは考える。たとえ、あの歌手の場合、〈やさしさ〉がコマーシャルなものに過ぎないにせよ……。
歌手と入れ違いにテディ・ベアが金魚鉢に入る。その間隔は一分四十秒しかなかった。
青年がギターをケースに納めようとしている脇を抜け、彼はマイクの前に腰かける。そして、テーブルの上に残ったコーヒー・カップの跡を藁半紙《わらばんし》の原稿用紙で拭い、そこにキュウ・シートをひろげる。テーブル脇の時計を見ると、まだ六十秒あった。赤く塗った秒針がこまかく時を刻むのをテディ・ベアは眼の隅に入れる。
物の位置に対する彼の感覚は鋭くなっていた。テーブルの左隅に葉書の束を置き、古風なケースを開いて老眼鏡をとり出した。
――テディさん、電話に出てくれませんか?
ディレクターの声がスタジオ内に響き渡った。
テディ・ベアはガラスの向う側を見た。
左手で受話器を持ったアシスタントの顔が小動物のようにみえた。向う側も動物園のガラスの檻《おり》みたいじゃないかという想いが頭を掠《かす》め、彼は時計を指さした。
中腰になったディレクターはなおも彼を招く手つきを続けた。
テディ・ベアは無表情のまま、卓上のボタンを押した。赤ランプが点《つ》いたので、彼は早口に言った。
――電話は番組終了後にして下さい。もう時間がない……。
――分ってますが、とにかく電話に出て下さい。|つなぎ《ヽヽヽ》は考えますから。
彼はためらった。だが、ディレクターの緊張した声には、絶対的な力があるようだった。彼は怒ったハリネズミのように感じられる呼吸を一つして、椅子から立ち上った。
ドアを押すと同時に、弾《はじ》かれたようにフォーク歌手が飛び込んできた。
「なんとか、つなぎます」
「たのむ」
副調整室に踏み込んで行く自分を、もう一人の彼はまるで役者(それもかなり重要な役だ)が舞台に登場したようだと感じていた。蒼白《そうはく》になったディレクターが長身をかがめ気味にして彼を見つめている。
送話孔を掌で押えた青年は「変なのです」と言って、受話器をテディ・ベアに渡し、急いで自分の椅子に戻った。
テディ・ベアの時間を知らせるテーマ曲が流れ始める。
いつもより早く秒を刻んでいるかに見える時計と、ディレクターの背中に素早く眼をやった彼は、送話孔に押しつけるような声で、もしもし、と言った。
――もしもし……。
若い男の声が繰返すのを彼は苛立《いらだ》たしく感じた。
――電話だったら番組のあとで……。
――ミスター・ベアですね。
何者とも知れぬ声が確認するのを彼は半ば恐怖をもって聞いた。それは彼の自宅にかかってくる電話の最初の声に共通した、安堵と疑いの混ったものだ。テディ・ベアの声は放送の時より張りのない、醒《さ》めたものなので、電話の向うの人間は、まず、それがテディ・ベア自身ではないと思うのだ。
――そうですが……きみ……。
――ぼく、いま、自殺しようとしているんです。
奇妙な瞬間がきた。彼あてにかかってくる脅迫電話、女のまったくふざけているだけでもなさそうな喘《あえ》ぎ声まじりの電話、それら無数のまともではない電話の中にまったく同じような自殺予告の電話があったように思えたのである。……そうだ。錯覚ではない。たしかにそんなのが自宅にかかってきて、彼はウイスキイを飲みながら、やめるまで説得したことがある。
――どうして?
テディ・ベアはたじろがなかった。どんな突飛な電話も彼の職業的な、|たこ《ヽヽ》ができた心の守りを崩すことはできない。
相手は沈黙していた。
――きみは、まえに電話してきた人かね?
――ちがいます、ミスター・ベア。初めてです。
相手は異様なほど冷静だった。
――分った。……でも、いまは仕事中なんだ。
――知ってます。
電話の中に別な声が混った。それは、ガラスの向うでマイクに向って両手を動かしている歌手のそれであった。
――ラジオをきいているのなら、どういうことになっているか分るだろう。ぼくの放送が終って五分後にかけてくれたまえ。
ディレクターたちの視線を意識しながら彼は不機嫌な声を出した。彼の時間、大切な彼の二時間が、あのフォーク歌手によって蚕食されている……。
――怒ってるんですね、ミスター・ベア?
彼が黙っていると、相手はなにかを読むような調子でつづけた。
――怒らないできいて下さい。放送が終ってからじゃ、ちょっと遅いのです。ぼくはもう、睡眠薬を五錠飲んでいるんですから。
――何という薬だね?
テディ・ベアは反射的に、自分の声がふるえるのを覚えながらたずねた。
――それは、まだ、言えません。
相手が緩慢な口調で答えるのを耳にした彼は、自分が蜘蛛《くも》の巣のようなものに搦《から》め捕られつつあるのを感じた。
もしこれが友達と賭《か》けなどをした挙句の悪戯《いたずら》だったならば――それはしばしばあることだったが――テディ・ベアは受話器を置いてしまえばすむのだ。……だが、彼の経験はこの電話がそうしたたぐいのものではないことを告げていた。おそろしく歪《ゆが》んではいるものの、相手はなにか思い詰めたことがあって受話器を握り締めているのだ。
――分った、こういうことにしよう。
テディ・ベアはディレクターに、もう少しだというサインを送りながら、吐息まじりに言った。
――この受話器をとりあえず局の人にあずける。こっちからは絶対に切らないことを約束しよう。……分って欲しいんだ。ぼくはもうスタジオに入らなければならない。きみはラジオをきいていたまえ。ぼくはマイクの前で事情を説明した上で、きみに呼びかける。きみの名前も、年齢も、職業も分らないが、とにかく、きみが自殺をやめるように呼びかけよう……。
――あなたが、いつも、不特定多数の人を元気づけるあの調子でですか?
相手の舌の動きはさらに鈍くなっていた。
――ミスター・ベア……あなたの顔に暗い翳がさしているのが見えるみたいですよ。電話を切りたいんでしょう? 早く逃げたいんじゃないですか?
テディ・ベアは答えなかった。
――でも、ミスター・ベア……ぼくはもっと、あなたと話をしたいんです。……だって、あなたとぼくたちの関係っていうのは、すごく自由なように見えて、実は、まったく一方的なんですものね。
――きみが言おうとしていることは分るよ(とテディ・ベアは猫撫《ねこな》で声を出した)。……しかし、これ以上、ここできみの相手をしているわけにはいかないんだ。
――分ってますよ。スタジオに入って下さい。この電話の会話を電波に乗せて、つづけましょうよ。
テディ・ベアの心は愕きに充たされた。相手の要求が意外だったからではなかった。彼もまた相手と同じことを考えていたからだ。
――ぼく、名前も、死ぬ理由も全部お話しします。ぼくの声は、沖縄にだって届くはずですね。もちろん、ミスター・ベアはいつもと同じに……とはいかないかも知れないけど、喋《しやべ》って下さい。リクエスト曲もかけて下さい。こんなディスク・ジョッキイは世界にも例がないと思いますよ。……それから、ひとことお断りしておくと、ぼくは、この電話も、これから始まる放送も、テープに自動録音しておきます。およそ類のない遺言が出来ると思うのですけど……。
彼の眼の下の弛《ゆる》んだ皮膚がかすかに動いた。受話器をゆっくり押しつけるようにして彼は電話を切った。
ディレクターが椅子にかけたままで様子を窺《うかが》っているのが彼の眼に入った。彼はいつもと変らぬ足どりで副調整室を出、スタジオのドアを押した。
「ミスター・ベアが、やっと見えました。どうかしたんですか?」
フォーク歌手はわざとたずねながら椅子を譲った。
「乗ってたタクシーが追突されてね……」
彼はテーブル脇の、一分ごとにランプが点く時計に眼をやってから、マイクに向った。
――遅くなりました。おなじみ、テディ・ベアです。よろしかったら、今日も朝五時までおつき合い下さい……。
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踊 る 男    1978年
喜劇役者を志望する若者たちの劇団、〈東京バーレスク〉の公演が新宿東口に近い小ホールでおこなわれたのは三月半ばだった。
須永修が足を向けた初日の夜は、冬物のコートでも寒さがしみた。公演の途中でビルの暖房が止められたのか、満員の客席の中にいても、寒気が足元から這《は》い上ってきた。観客の大半は若い男女であるが、修の顔見知りのテレヴィ・ディレクターの顔も、二、三、見受けられた。
修が〈東京バーレスク〉を観るのは初めてであった。幾度か機会があったのに今日まで逸していたのは、若い人たちが、なぜみずからバーレスクと名乗ってまで軽演劇を演じたがるのか、心底を図りかねたからである。バーレスクとかヴォードヴィルといった言葉は、修の内部では、観客席の片隅にいた彼自身の貧困、また、舞台上の役者たちの痩《や》せ細った姿の記憶と結びついて分ちがたいものであった。それは、僅かな糧を得るために、死に物狂いで他の役者を押しのけることが先立つような、時として輝かしい部分もあるが、汚れた熱気に包まれた見世物としか言いようがないなにかであった。謔《おど》けた男たちが愚かしい行為をくりひろげる光景を観て、いっときの慰撫を得るために、修は劇場に足を運んだのだ。
そうした思いを、電話で誘ってくれた奈良史郎に語るわけにはいかなかった。奈良もまた、ふたむかし以上まえの小劇場の寒々とした舞台を記憶に留めている一人であり、喜劇を作ったり、演じたりすることが、なによりも、まず、ハングリー・ビジネスである事実を熟知しているはずだった。……そしていま、修のまえで演じられているのは、予期したよりもはるかに達者で、生き生きしたアンサンブル演技であり、それじたいは文句のつけようがなかった。役者たちは懸命に飛び跳ねていたが、修は舞台というよりも、テレヴィのヴァラエティ・ショウを観ているような気がしてならなかった。
彼が興味を覚えたのは、さして面白くもないギャグに笑い転げる若い観客たちであった。〈東京バーレスク〉の公演というだけで、彼らは、笑わねばならぬとでも思い込んでいるようであった。
笑いを求めて劇場に入りながら、めったなことでは笑わぬ、かつての観客を修は想い浮べた。また、そのように屈折した人々を笑わせるべく、誇張した身ぶり、ジョーク、固有の滑稽な言葉遣いを用意し、心の中で研ぎ澄ましていた喜劇役者たちの姿も。
廊下に出た修は、紺のコートを着た奈良が壁ぎわに身を避けるようにしているのを見出《みいだ》した。おそらくは真白になっているであろう長髪を染めた上に、若作りにしているので、三十代後半にしか見えない。芝のテレヴィ局に勤めていたころとちがうのは、頬の輪郭が鋭さを失ったことだった。
「面白かった……」
表情を変えずにそれだけ言うと、修は奈良とともに、若者たちのあいだを縫って、出口の方へ歩いた。
「役者たちに|駄目出し《ヽヽヽヽ》があるのですが、あとまわしにしました」と奈良が言った。「久しぶりで、お話を伺いたいのですが、御都合はいかがですか」
「ぼくは、帰って、寝るだけですから」
修は答えた。
「近くに知っている店があります」
奈良は馴れた調子で先に立った。
民放のプロデューサーとして、多くの喜劇タレントを育てたことで知られた奈良が、数年まえに退社して、下請け会社を作ったものの、経営が思わしくない、という噂《うわさ》は、風の便りで修の耳にも入っていた。奈良が野に下るとともに、彼が育てたタレントたちの多くが彼と疎遠になったというのも、珍しいはなしではない。そうした中で、奈良が、無名だった〈東京バーレスク〉の若者たちの面倒をみ始めたときいた時には、修は、業《ごう》という古めかしい文字を想起せずにはいられなかった。
靖国通りを渡って、右側の露地を入ったところにならぶ飲食街の中でも特に小さい、急|勾配《こうばい》の狭い階段を登る店が、奈良の馴染みらしかった。五、六人で一杯になってしまう店のはしに、一畳の畳が敷いてあるのが奇異に映じた。
「もと青線という雰囲気《ふんいき》でしょう」
奈良はゆっくりと止り木に腰かけ、俺のボトル、残ってたっけ、とカウンターの中の女にたずねた。
「あの畳が、なんともいえないな」
修はもの珍しそうに見やって、
「昭和二十年代のままですかね、この建物は」
「いちど、焼けたそうですよ」
女が答えた。
「不思議ですよ、めったに客がいないんですから」
奈良は声を立てずに笑った。
修はコートを着たままで水割りを手にした。
「観ている間じゅう、気になっていたのですが……」
「何ですか」
奈良は修の顔を見た。
「あなたはどういう立場なのですか、〈東京バーレスク〉の中で」
「そうですね」
奈良は少し考えるようにして、
「文芸部主任と演出顧問ですかな」
それじゃ、全部じゃないか、と修は言いそうになった。
「変らないな、あなたは……」
修はひとりごちた。思いなしか、奈良の眼はあかみを帯び、潤んでいた。
「須永さんの台本《ほん》で記念番組作った時はたのしかった……」と奈良はコースターを指で押えて、「開局十周年だったな」
「放送日にケネディが暗殺されたんだ。それで憶えている」
修はカウンターの奥の壁に立てかけてある大判のグラフ雑誌を指さした。
増刊と銀色で刷られた下に、〈テレビ放送25年史〉の朱文字があり、表紙いっぱいに、かつて、ふたりが知っていた人物の似顔が描かれていた。
「御真影という雰囲気ですな」
奈良は細長い顔を崩すような独特の苦笑を浮べた。
「偉くなったものですねえ」
「いま、日本の各界から十人の人物を選ぶとしたら、ミスター・テレヴィは彼だな」
「そうなるでしょうねえ」
「さいきん逢いましたか、彼に?」
修はたずねた。
「いえ……」
「ぼくも、久しく、逢ってないですよ」
と修は言い、さし出されたホウレン草のバター炒《いた》めに箸《はし》をのばした。
天才的なコメディアンが浅草に出現したという情報が、奈良から齎《もたら》されたのは、昭和四十一年の春だったと修は記憶する。
自由業とは名ばかりの、収入が不安定な映画批評から離れたいと念じていた修は、小さな番組企画会社からコンサルタントにならないかと交渉され、引受けたばかりであった。
彼の仕事は、週に一度、日比谷交差点に近い戦前からのビルにある会社に顔を出して、他の二人のコンサルタントとともにテレヴィ番組の企画会議に加わるのだった。思いつきを述べるだけではなく、自分向きの番組であれば、台本執筆を申し出ることもできた。修はヴァラエティ・ショウを好んで手がけたので、様々なジャンルの新人の噂に無関心ではいられなかった。
――なんという名前ですか?
送受器を左手に持ちかえて、修はメモ用紙を探した。
――ぼくら、フウテンと呼んでいるのですがね。芸名はカザマノリオ。ノリオは、典雅の典に、夫です。
――略して風典《ふうてん》ですか。
期待が持てぬ名前だと思った。
――都心に出たついでに、一度、ごらんになって下さい。
奈良は熱心に慫慂《しようよう》した。
――あなたをそれだけ昂奮《こうふん》させるからには、なにか、あるのでしょうが……。
修は口ごもった。前年の暮に、四谷から杉並の外れに引越した彼は、めっきり、出不精になっていた。
奈良の鑑賞眼が高いことは弁《わきま》えていたが、無条件で信用しているわけではなかった。いっしょに仕事をして判ったのだが、奈良ディレクターは、一流の芸人よりも、|二、三流《マイナー》の芸人の中に光るものを見出し、そこにのめり込みがちであった。彼らの面倒をみる時、奈良は寛《くつろ》ぎ、生気を帯びてみえたが、そうした優しさは、長所であると同時に、奈良の弱さのあらわれだと修はみていた。
――待って下さいよ。
修は早口に言った。
――風間典夫って、NBSで味噌をつけた若い人じゃないですか。
半年ほどまえに、NBSテレヴィのあるドラマ番組で、端役の青年を生《なま》コマーシャルに起用したところ、本番でまったく喋《しやべ》れなくなり、VTRを何度か止めた小事件があった。
――あ、あの男です。
奈良の声は笑いを含んだ。
――番組を降ろされて、当人は、芸能界から足を洗うつもりでいたのですが。
――で、舞台では|受けて《ヽヽヽ》いるんですか?
――大変な受け方で、風間自身、びっくりしているんです。
――どういうことだろう。
修は思わず呟《つぶや》いた。
――それだけの力を持っている男に、十五秒か三十秒のコマーシャルが出来ないのでしょうか。
――自信がないんですよ。
奈良は庇《かば》うように答えた。
――極度に内気なんで、この世界には向かないと、自分で見切りをつけたのです。ただ、消え去るまえに、一度だけ、色物の劇場《こや》で、一人芸を演じたいとぼくに言いました。いわば、自分の青春への記念のつもりだったのでしょう。
――一人芸?
――そう言ってたのです。ぼくは、浅草向きじゃないとは思ったけど、チェーホフの「煙草の害について」を推しときました。
――チェーホフねえ。
――ところが、観に行ってみたら、まるで違うことをやってたので、びっくりしました。相方《あいかた》を探してきて、二人芸になってるんです。
――漫才ですか?
修は拍子抜けした。
――漫才じゃないんです。風間は、コントと称していますが。
ふつう、コントといえば、数人で演じられるものである。二人きりのコントというのは、きいたことがなかった。
――どんなことをやっているのですか?
――父親が実の子供を自動車にぶつけて賠償金を取っていた事件があったでしょう。人道問題だって、新聞が騒いだ……。
――当り屋の親子ですね。
――あれをネタにしてるんです。相方は肥った男で、これが父親を演じます。子供の扮装《ふんそう》をした風間に、走ってくる自動車へのぶつかり方を教えるわけです。
――残酷な笑いですねえ。
――いま、持ちネタはこれ一つです。〈猛烈コンビ〉の名で演芸場に出てますから、おひまな時に覗《のぞ》いて見て下さいよ。
だが、修は浅草に出向く気にならなかった。
風間という青年に才能があったとしても、それは一時《いつとき》の舞台に輝くもので、普遍性がないのではないかと思われた。また、浅草という畑も香《かんば》しくなかった。
下町に生れて、昭和十年代の六区の殷賑《いんしん》を記憶に留めている修にとって、近年の浅草は廃墟《はいきよ》に近かった。幼い日の彼がハット・ボンボンズの演奏や高瀬|実乗《みのる》の実演に接した劇場は、閉館になるか、取り壊されるかしていた。そのような廃墟にまともな芸人が育つはずはなく、また、新しい才能に喝采《かつさい》を送る観客も存在し得ないと彼は考えていた。
風間典夫が第一線に浮上してくるのは驚くほど早かった。
はじめ、修は、一部で評判になり始めている〈パンチ・ガイズ〉が、一年まえの〈猛烈コンビ〉の改名であるのに気づかなかった。〈パンチ・ガイズ〉は、新作落語家や漫談家を寄せ集めた安直な昼の番組に出ており、多忙な修の眼に触れることがなかったのだ。
その年の秋、レヴュウを観に日劇へ出かけた彼は、はからずも、踊りの合間に寸劇を演ずる〈パンチ・ガイズ〉を観た。初の大劇場出演のせいか、二人組は舞台の広さをもて余したように見え、寸劇の出来も冴《さ》えなかった。
ジェリー・ルイスに似た髪型の痩せて神経質そうな青年が風間であることは、すぐにわかった。相方の鹿内虎五郎がストリップ劇場出身者特有の|あく《ヽヽ》を身につけた中年男であるのに対し、青年は奇妙に透明で存在感に乏しかった。なにかに怯《おび》えているように弱々しい、時としてヒステリックな声が、観客の笑いたい気持を妨げた。
修が注目したのは、風間の身軽さであった。殆ど動く必要がない時でも、風間は手足の関節が外れてしまったような不思議な身ぶりを絶やさなかった。そして、一歩前に出る時は、信じられぬほどの大股《おおまた》開きで、うしろの爪先《つまさき》で撥《は》ねる恰好をした。ほんの一瞬ではあるが、重力と無縁なように見える瞬間があった。
「〈パンチ・ガイズ〉ってのは、どうなのかねえ」
定例のコンサルタント会議の席で、ある民放のプロデューサーが発言した。才能の真贋《しんがん》にきびしいので知られた男だった。
「ぼくは少し観ただけだが、面白くなかったよ。須永さん、面白いと思う?」
「ぼくも、よくわからないのです」
修はためらいがちに答えた。
「面白い時とつまらない時の差が極端なんだ」
と、コンサルタントの一人である気鋭の舞台演出家が口をはさんだ。
「それはプロじゃない証拠じゃないか」
プロデューサーが追及すると、
「そうとも言えない。テレヴィ馴れしていないのでしょう。それに、同じネタを二度とやらないのだから、練度に欠けるのは仕方がない」
「ネタを使いすてているの?」
修は驚いた。
「おかしいじゃないか。持ちネタを大切にしないのか」
プロデューサーも不機嫌な声になった。
「風間の考え方らしい」と演出家は言った。「テレヴィの場合はそういう方針だそうだ。彼らは一日に二、三回はテレヴィに出るわけだから、同じネタを繰返していたら、視聴者に飽きられてしまうと考えてるらしい」
「そういうものかねえ」
修は納得できなかった。
風間の考え方に一理あるとは思うものの、十八番の材料を練り上げ、磨き上げた上で、何度演じても観客を笑わせる、芸人の古典的な在り方に、修は執着していた。
「すると、毎日やってるコントは、自分たちで考えてるの?」
プロデューサーは演出家の顔を見た。
「座付作者が一人いて、書きまくっている」
「気違いじみた話だな」
「アイデアは風間から出ているらしい。あいつは書いてる暇なんかないからね」
「とにかく、あの二人が出ると、視聴率が跳ね上ることは確かだ」
プロデューサーは顎《あご》を引いたまま言った。
「そもそも、あれはどういうものだろう? 漫才? 須永さん、詳しいんじゃないの、そういう方面に……」
修はすぐには答えられなかった。
週刊誌などでは、アクション漫才と名づけているようだが、特定の人物に扮するのだから漫才ではない。まだ形が明瞭になってはいないが、いままでわが国にはなかったジャンルの芸かも知れなかった。
半年後に、修はまた日劇で二人の寸劇を観た。
舞台の広さに怯えたような風間の姿を覚えている修には、端から端までを自在に飛び跳ねている青年が別人にしか見えなかった。たんに馴れたとか自信を得ただけではなく、風間のなかで何かが吹っ切れたのだと感じた。
その寸劇は、道に迷った鹿内虎五郎の通行人が、風間典夫扮する医者に、方角をたずねることから始まった。
玄関に出て来た医者は、居丈高《いたけだか》で、見るからに偏執的な人物である。きみは道をたずねるために私を玄関まで呼び出したのか、医院という看板が見えないのか、と詰問する。鹿内はただうろたえるだけである。
医者は、まったく一方的に、せっかくだから、きみの身体《からだ》を診てやろう、と断言する。鹿内が自分は健康ですからと遠慮すると、相手は「どうしてそう自信が持てるのかね?」とじっと鹿内の眼を見つめる。その挙句、やっぱり思った通りだ、とか、だいぶ重症だぞ、などと呟いてみせる。
次第に不安になってきた鹿内は、私のどこが悪いのですか、とたずねる。医者は急に背中を向けて、いや、気にしないでくれたまえと、上手《かみて》の診察室に足早に入る。鹿内は靴のまま、診察室に駆け込み、どうぞ、私の身体を診て下さい、と懇願する。
かっとなった医者は、きみの言葉と態度をその靴が裏切っている、と叫ぶ。ここに至ると、どこまでが狂気の医者で、どこからが風間自身なのか、見当がつかぬほどの感情の高ぶりを風間は全身で表現し、右手を踊るように上下に振ってみせる。そして、感情が極限まできた瞬間、両足を大きく開いたまま、宙に飛び上ってみせるのであった。
風間は偏執狂を演じているだけではなく、どこか狂っている、と修は感じた。観客が息をのむのは、狂気が演技だけでないことがわかるからだ。
また、それが狂っているだけではない証拠は、風間独特の踊るような手つきであり、飛び上る動きである。バレー・ダンサーのように鮮かなそれは、一瞬のうちに、これまでのすべてが芸であることを観客に印象づける。観客はそこで解放され、笑い崩れるのだった。
やがて、医者は途方もない病状をならべたてて、鹿内を混乱に陥れ、馬に用いるような太い注射器をとり出し、しまいには舞台の上手から走ってきて、相手に飛び蹴《け》りを加えようとする。鹿内が身を躱《かわ》したために、医者は宙を飛んで、下手《しもて》の隅に突っ伏すのだが、その瞬間でさえ、片足は曲げられており、フォームが決っていた。
十五分ほどのこの劇を、修は軽演劇のコントという風には感じなかった。軽演劇にしては、|突っ込み《ヽヽヽヽ》役の風間のヴォルテージが異常なまでに高過ぎた。彼が演じるのは、古めかしい喜劇に出てくるあの〈そそっかしいが、根は善良な医者〉ではなく、他人の中にあらゆる病気の徴候を見出そうと手ぐすねひいている狂人なのだ。
一方、|ぼけ《ヽヽ》役の鹿内が、頭の足りない人間として設定されていないのも新しかった。観客と同じ次元の平凡人である鹿内が、執拗《しつよう》にいびられることによって、常軌を逸した行動に追い込まれる――その対立、断絶が生み出す滑稽さが、画期的であった。
修は、オールビーの「動物園物語」とか、イヨネスコの「授業」といった芝居を、ごく自然に連想していた。それらの芝居は、風間のような体技によって演じられるべきではないのかと考えると、彼は昂奮してきた。
修が関係している番組に、〈パンチ・ガイズ〉が出演する日がきた。彼が積極的興味を抱き始めたことを知っている局側のプロデューサーは、録画の会場である公会堂に顔を出して欲しいと言った。
「もう少し出演して欲しいのだが、年内のスケジュールが一杯らしい。年末までの半年間に、あと一回出て貰えるかどうか」
「それとなく、風間典夫にきいてみましょうか」
「そうして貰える?」
「仕事のうちですから」
と修は答えた。
当日、彼は早めに会場に入ったが、舞台では、すでに二人組が稽古を始めていた。人気タレントには食傷気味の現場スタッフが、いつにない活気を帯びているのが感じられ、会場の空気が新鮮だった。彼は最前列に近い席に身体を沈めるようにして、二人を見上げた。
――滑り易い、ここは……。
ポロシャツに細いズボンの風間は、上手《かみて》から走ってきて、両足を揃《そろ》えたまま、スケートのように滑ってみせた。
――二|間《けん》は、軽くいける。
すぐに、風間が滑ってきて鹿内に体当りする練習が始まった。五秒に充たぬ動きが、風間の意に添わぬらしく、二人は執拗に繰返した。
――足を開いた方がいいんじゃないか。
鹿内が意見を述べると、風間は上手の袖に戻り、真剣な表情で呼吸を計った。
――駄目だよ。
風間は慎重に言った。
――当り方がきつくて、|そっち《ヽヽヽ》が怪我をする。
また、こまかい動きの打合せが始まった。靴の裏に特殊な仕掛でもあるのではないかと思えるほど、風間はなめらかに滑り、中年肥りしている鹿内は何度も床に倒れるので、絹のシャツが汗で濡れてきた。
だれかが肩を叩いた。ふり向くと、白い夏背広姿の奈良が立っていた。
隣の椅子に身体をずらしながら、修は、しばらく、と挨拶した。
「風間の事務所でスケジュールをききまして……」
修の横に腰をおろしながら、奈良は途惑ったような笑みをみせた。
「この番組だったら、あなたが見えてるんじゃないかと思って……」
こんな風に出会うのが望ましかったのだ、と修は考えた。下請け会社内で閑職につかされた奈良が、ミュージック・ホールの踊り子の楽屋に入り浸っているときいてから、一年の余になるのだった。
「いかがですか、風間は?」
奈良はもの静かにたずねた。
「発見者のあなたに、どう言ったらいいんですか」
修は冗談めかして、
「正直なところ、こんな急速にスターになるとは思わなかった」
「驚きましたよ」
奈良は感慨深げだった。
「芸能界から足を洗うと言ってたのは、たかだか二年前ですもの」
「あなたに逢ったら、伺おうと思ってたことがあるんです」
修は舞台から眼を離さずにつづけた。
「風間君のあの動きの原型は何だろう。浅草のものじゃないと睨《にら》んだのですがね」
「ちがいますね。浅草はたまたま身を寄せてただけです」
「何だろうな。たとえば、バスター・キートンとか……」
「知らないでしょう、その辺は。辛《かろ》うじて、チャップリンの映画を観ているぐらいで。……アルバイトで高校を卒業するまで、映画も観られないほどの生活だったはずです」
修は首をかしげた。
「そういう感じがありませんねえ」
「生活臭が出るのを極度に嫌いますからね、彼は。湯島天神の傍《そば》で生れたことと関係がありますかな」
「照れ屋なんだろうな」
「初対面の人と口がきけないほどですよ」
奈良も舞台の動きを眼で追っていた。
「すると、突然飛び上ったり、叫んだり、腕を上下させたりするのは、彼にとって生理的なものかも知れない……」
奈良は答えなかった。
――無名だった二人組が、渋谷・浅草間を往復する地下鉄を稽古場にしていた事実は、今では美談にさえなっていたが、付き添っていた奈良については報じられることがなかった。修が仄聞《そくぶん》したところでは、奇妙な特訓を思いつき、週に三日ずつ、四カ月にわたって指導したのは奈良であった。稽古場がないという事情もさることながら、二人から羞恥《しゆうち》心をとり除くのが目的で、すぐに馴れた鹿内はシートで笑っている乗客たちに話しかけ、風間は最後まで居心地が悪そうだったときいていた。
「嬉しいですね」
奈良はゆっくりと言った。
「風間にこんなに興味を持ってくださるとは思わなかった」
修は何も言えなかった。たかだか浅草まで足を運ぶ労さえ惜しんだ自分が、何を言えるというのか。
奈良の存在に気づいた二人は囁《ささや》き合っていたが、やがて舞台上から最敬礼をした。
片手を低く挙げた奈良は、抑え気味の乾いた声で言った。
「もう、ぼくの突っかえ棒なしでやっていけますよ、連中は……」
――パンチさんたちの動きが大き過ぎる!
修たちの背後で大きな声がした。
――フレームから飛び出して、画面に何も写らなくなるんだ。
両手を開いて着地した風間は、凍てついたようだった。
――どうしたらいいんですか?
立ち竦《すく》んだ鹿内が客席に問いかけた。
――横の動きを抑えてもらう。いま、テープで床に目印をつけるから、その範囲内で……。
うまくない、と修は思った。風間の型破りな動きは、観客をたのしませるものであると同時に、彼なりの自己表現でもあるはずだ。それを抑え込むのは、面白さを殺すだけでなく、風間を欲求不満におとしいれるのではないか。
「何も写らなくたっていいじゃないの」
修は小声で言った。
「そうはいかないです」と奈良は笑った。「技術的に無能に見られるのを恐れるんですよ」
「テレヴィの初期には、ざらにあったことじゃないですか」
「あの二人に関する限り、どこの局でもああいう注文が出ています。注意してみてると、動きの幅が小さくなってますよ」
「まずいなあ」
修は嘆息した。
「宙に躍り上らない風間なんて、何の魅力もない。もっと大きく飛んでくれと注文するなら、わかるけれど」
休憩になり、二人組は舞台の袖に消えた。
「楽屋へ行ってみませんか」
奈良は立ち上って、
「風間をご存じですか?」
「まだです」
「丁度いい、ご紹介します」
奈良は先に歩き出した。
二階にある楽屋は、他のゲスト出演者と付け人らしい若者たちで混雑していた。週刊誌記者らしい男が十代の歌手に話しかけながら、フラッシュを焚《た》いている。靴を脱いで、畳に上ると、奥の鏡の前で、ランニングシャツとパンツだけで胡座《あぐら》をかいた風間が色紙にサインをしているのが見えた。舞台を離れた青年は、意外なほど小柄であった。
「ごぶさた……」
奈良は立ったままで声をかけた。
顔をあげた風間は小さく口をあけ、正座して、畳に両手を突いた。
「びっくりしたですよ、さっきは」
「どうして?」
「客席に奈良さんがいるよ、って、相方が耳打ちしたんです。一瞬、出る局を間違えたんじゃないかと、ひやーっとして」
奈良は笑って、
「ちょっと、いい?」
「どうぞ。出番まで、だいぶ、あります。ぼく、失礼して、ズボンをはきますから」
奈良は胡座をかいた。風間がズボンのファスナーをしめ終えたところで、
「こちら、須永さんだ。今日の台本を書いているけど、放送作家じゃない」
「へえ……」
風間は飲み込めぬ表情だった。短い頭髪の下の長い顔はとぼけていて、憎めなかった。
「須永さんは、戦争中のエノケン、緑波《ろつぱ》の舞台から観ている人で、きみのファンだ」
「またまた」
風間は奇妙な眼つきをした。
「本当だよ。さっき、カメラがきみの動きを制限するのを怒ってたぐらいだ」
芸人を寛がせるこつを弁えきった言い方だった。
「どうぞ。いま、坊やがめしを食いに行ってて、お茶も差し上げられませんが……」
風間は薄い座布団を引き寄せて、修に勧めた。
「日劇で拝見していました」と修は坐りながら話しかけた。
「あ、そうですか」
「あのくらいの劇場《いれもの》で、丁度良い動きですね」
「思いきり動ける代りに、あそこは疲れますよ」
風間は小さな声で言った。
「鹿内さんは、日劇が苦手なんです」
「彼の姿が見えないね」
奈良は背後を確かめた。
「この建物のどこかで寝てるはずです。あのくらい練習しただけで、暫《しばら》く動けなくなるんですよ、彼は」
二人組の番組出演回数を増やすのは、風間個人の意向ではどうにもならぬようであった。
マネージャーに会って交渉するのは、修の役ではなかったが、成行き上、彼が事務所まで出向くことになった。そのためにも、改めて、奈良の知恵を借りる必要が生じた。
――ぼくで出来ることなら、お手伝いします。
電話できく奈良の声には気遅れが感じられなかった。
――利敵行為をお願いするわけで恐縮ですが。
――構いません。うちの会社は、いま、風間たちの番組を持っておりませんから。
修は、ややためらってから、
――あなたは彼らのマネージャーに対しても発言力があるのでしょう?
――少し前まではありましたね。
奈良は正確を期すように答えた。
――マネージャーの塚本は悪い男ではないのですが、なんせ、下積みが長過ぎましたからね。おいしいことを言う人間だけ相手にするようになった。マネージャーみずから、舞い上っては、いけないのですが。
――惜しいですね、風間君は。
思わず、そんな言葉が漏れた。
――須永さん、そう思われますか?
――あの調子では、早晩、視聴者に飽きられるし、身体が参ってしまう。……相方とは、考えもちがうようだし。
――鹿内は、いまの過密スケジュールに嬉々としてるんです。北海道から出てきて、不遇時代が十五年もあったコメディアンですから。
――奈良さんに同道して頂きたいのは、事務的な用件のためばかりじゃないんです。
修の語調が変った。
――もう少し、突っ込んだ話をしたいのです、あの男と……。
――風間、ですか。
――ええ。
――わかりますよ。
奈良の語尾が低くなった。
――気になって仕方がない男なんですよ、ぼくにとっても。……ただ、今のところ、いっしょに仕事ができるあてがないから。
――あの男の将来をどう考えているのか、お節介かも知れないけど、マネージャーにききたい気持がありましてね。
――わかりました。
奈良は手短かに応じた。
――その席に、風間が居合せるように計らいます。
溜池《ためいけ》に新しくできたビルの一室を修が訪れたのは、数日後の夜であった。スチルデスク三つと応接セットがあるだけの小さな事務所で目立つのは、タレントの日程が一杯に書き込まれた黒板だけで、九時過ぎのせいか、色白で小肥りのマネージャー以外には、女子社員がひとり残っているだけだった。
社長兼マネージャーの塚本は、つかみどころのない微笑を湛《たた》えていた。
「わざわざおいで願って申し訳ないのですが、あの番組に協力したくても、できない事情があるのです」
正面のソファーにいる塚本の顔を修はまっすぐに見た。
「ここだけの話に願いたいのですが、先日、あの番組のリハーサルの時、二人がディレクターの方にきついお叱りを蒙《こうむ》ったようで」
「本当ですか」
修は初耳であった。
「ご存じのようなスケジュールなので、台本をよく読んでいなかったのでしょう。非はこちらにあると思います。……ただ、風間は神経質なので、怯えてしまいましてね。あそこの仕事はしたくないと申しております」
おそらく、本当のことだろうと修は思った。そして、風間がそう思い込み、被害|妄想《もうそう》的になっているとすれば、これ以上、話の進めようはなかった。
「塚本さんも、大変ですな」
含みを持たせた修の言葉を、どう受けとったのか、
「連中も、私も、まさか、こんな状態になるとは思ってもいなかったので」と塚本は言った。「なんだか、ブレーキの故障した車で暴走しているみたいです」
少し遅れて、奈良と風間が入ってきた。風間は修に挨拶すると、ソファーの端に、低く乗り出す恰好で坐った。
「どんな具合ですか」
奈良は修の顔を見た。
「たったいま、断られたところ」
修は仕方なくそう答えた。
「ぼくはまったく知らなかった。……怒られたんですって?」
風間は素直に頷《うなず》いた。
「いつ?」
「前日のリハーサルの時」
「でも、それは悪意からじゃないと思いますよ」
「わかってるんです」
一日の疲れが窺《うかが》える腫《は》れぼったい眼が修を見た。
「……ただね、ぼくは萎縮《いしゆく》しちゃうんですよ。こだわっちゃいますから、もう、あのディレクターとはお友達になれないと思うんです。とにかく、台本通りにやって、早く帰ろう――これだけです。笑いがふくらまないですよ」
変った男だ、と修は思った。〈お友達〉という言葉遣いからして幼稚園の生徒のようであった。だが、そうした感受性を、この世界でもちつづけているのは、稀有《けう》なことではないだろうか。
「一度、苛《いじ》められると……」
「べつに苛めたわけじゃないでしょう」
修は笑い出した。
「一度、それがあると、また、苛められる、と先に思っちゃいますからね。たのしくやれなかったら、ぼくは駄目ですよ」
風間は被害者めいた眼つきをした。お世辞にも二枚目とは言いかねるこの男が、なぜファンの女の子たちに追いまわされるのだろうかと、ふと思った。
気不味《きまず》い沈黙がきた。
「ぼくはこだわりません」
と修は言った。
「番組のことは、脇に置いときましょう。……風間さん、芝居には興味ないですか?」
風間は顔をあげ、修の肚《はら》をさぐるように眼を細めた。
「芝居?……」
「そう、コントじゃなくて、ふつうの芝居」
「どういう意味かな?」
風間は弱々しい視線で修の顔を見た。話題の突然の変化に、奈良は無表情で、風間の反応を見守っていた。
「芝居をやってみたいとは思いませんか」
と修は、思いきって言った。
「夜遅くに、小さな劇場でやるんです」
塚本が異議をさしはさむだろうと修は予期した。テレヴィ番組出演と実演で二人を動かすのに精一杯の塚本にとって、第三者の思いつき的発言は迷惑なものにちがいなかった。
「やりたいと思う」
風間が言った。
「ほんとう?」
「やりたいです」
修を見つめながら頷いた。
「私も、そんなことを考えていたのです」
不意に、塚本が口をはさんだ。修たちは塚本の白い顔を見つめた。
「二人が、次にどういうステップを踏み出したらいいか、迷っていたのですが、どうやら舞台ではないかと思えてきました。いきなり、丸の内の大劇場では危険なので、そのまえに浅草で小手調べをして……」
「もう、浅草の時代じゃないです」
修は意識的に断定する口調をとった。
「新宿ですよ。映画が|はねた《ヽヽヽ》あと、深夜に芝居ができるのは新宿しかない。アングラとかサイケとかいって若い連中が熱に浮かされたようになっている真只中で、〈パンチ・ガイズ〉が深夜に芝居、それも真面目《まじ》なやつをやるとなれば、大騒ぎになりますよ」
「あ、それはいい。真面目《まじ》というので、ぴんときた」
奈良が大きく頷いた。
「|受ける《ヽヽヽ》のかな、そういうもので」
風間は考え込んだ。
「真面目《まじ》といっても、色々あるわけで、そこは、〈パンチ・ガイズ〉風に崩せばいいんだよ」
「登場人物二人で出来る芝居がありますかな」
塚本が反問した。
「ありますよ。ただし、外国の芝居になるけど」
「赤毛物ですか」
塚本は失望したようだった。
「その方が意外性があります。大きな話題にするのが狙いですから」
修ははっきり言った。
彼の考えでは、この深夜公演が実現すれば、〈パンチ・ガイズ〉は、喜劇チームとしての格が、一つ上るはずであった。
修の内奥では、いつか、風間の動きによって触発された黒い笑いの感覚がうごめき始めていた。欧米のいわゆる不条理劇は、若い優れた喜劇役者によって上演されるべきではないかという、ここ数年の彼の疑問は、しだいに確信に近くなっており、それを試みるとしたら、いま、風間典夫以外の役者は考えられなかった。
ごくさいきん、彼は、新劇界の名優と呼ばれている老役者の「ゴドーを待ちながら」を観たのだが、〈名優〉ともう一人の役者が、各々の山高帽子を交換する仕種《しぐさ》のぎごちなさに、いたたまれぬ思いをした。彼らは欧米の道化師の演技の基本の一つである〈帽子の交換〉の基礎を知らないのだった。
二、三人が、おのおのの帽子を正しくかぶろうとしながら、うまくゆかず、いつのまにか他人の帽子をかぶってしまう演技を、修は高校生のころにマルクス兄弟の喜劇映画で観ていた。級友たちとその真似をして遊んだ体験を持つ修の眼に、荘重に演じられる「ゴドーを待ちながら」は、きわめて胡散《うさん》臭く見えた。
「いまからだと、早くて秋ですな」と塚本が言った。「うちは、意外に、夜が空いてるんです。秋だったら、芸術祭参加にしますか」
自分でも信じていないように笑った。
「いや、芸術祭不参加と名乗ればいい」
風間が低い声で応じた。
「何をやりますかな」
抑制した口調にもかかわらず、奈良の声に弾みが感じられた。
「それは、奈良さんの方が専門だから……」
修はバトンタッチするように答えた。奈良が中心になった方が、風間が安心するはずであった。
「ほんとに、二人きりで出来る芝居があるの?」
奈良の顔を風間は見上げるようにした。
「いろいろ、ある」
奈良は下唇を噛《か》んで、
「ただ稽古時間のことを考えると、すぐには決められない」
「ぼくで、出来る?」
「練習量の問題だ。中途半端だったら、やらない方がましだ」
「やろうよ。やる方向で進めましょう」
風間は言いきった。
「鹿内さんは、ぼくが説得します」
「チェーホフの笑劇《フアース》あたりは、どうでしょうか」
奈良は考え考え、修にきいた。
「あたりまえ過ぎませんか。……新しいものでないですかね、イヨネスコとか」
「『二人で狂う』が面白いんですが、片っ方が女なんだな。……ピンターはどうだろう? 『殺し屋』なんか……」
「ああ、あれはいい」と修は即座に言った。
いずれにせよ、実現するとなれば、演出に当るのは奈良であろう。風間の持っている奇妙な感覚と動きを生かせる演出家は、ほかに思いつかなかった。
「『ダム・ウエイター』だったな、原題は」
そう呟く奈良に、風間がたずねた。
「どんなはなし?」
「……殺し屋二人が、ビルの地下室で、組織からくる指令を、えんえんと待ってるんだ。いやになるほど、待って、喧嘩《けんか》を始めるんだよ」
「待って下さいよ」
風間は不審そうな顔をした。
「まいったなあ。ぼくが、いま温めているコントで、二人の殺し屋がじっと待機してるのがあるんです。そういうの考えてたんですよ、ぼくも……」
あくる日は、コンサルタント会議の日であった。
皇居の蒼《あお》い濠《ほり》が眺められる明るい一室の卓子《テーブル》を、修を含めて三人のコンサルタント、局側のプロデューサー、ディレクター数名が囲み、進行役は企画部長がみずからつとめた。コンサルタント会議とはいうものの、時間の半分は、確保されたゲスト出演者に何をやらせるかについての議論に費された。どこの局の番組でも同じ歌をうたい、同じ芸を演じているタレントたちから新味を感じさせる何かを引き出すのは容易ではなかった。
会議が始まって三十分ほどで、電話が鳴った。送受器をつかんだ部長は煩わしげに応答していたが、修を見て、あなただ、と言った。
――名前を言わないんだ。
立ち上った修は、部長の背後から送受器を受けとった。
――ぼくです……。
男のはっきりしない声が響いてきた。
――どなたですか?
――ぼく、風間です。
あ、と思わず、声を出した。
――すみません。お宅にお電話したら、奥さんが、そこにいるからって……。
――いま会議中だけど、なにか……?
修は声を低めた。
――知ってます。日比谷の角っこでしょう。
――なにか急用ですか?
――そこへ……ぼくが伺ってもいいでしょうか?
――ここに?
――ええ。
――だって、会議中ですよ。
――お邪魔にならないように、ちっちゃくなってますよ、隅っこで。
修は困惑した。
いま論議しているのは、風間をなんとか番組に引っ張り出せないかという問題であった。ディレクターを交替させるし、正規のギャラの数倍の金を用意できる、とプロデューサーは言いきっていた。
――あなた、いま、日劇に出ているんじゃないですか?
修は不審に思った。
――そうですよ。でも、映画と休憩で二時間ぐらい空くんです。いま、一回目の実演が終ったところで、ぽかーんとしてます。日比谷なら、眼と鼻だもの。
――待ってください。
おかしな立場になったようだ、と思いながら、修は、送話孔を左掌でふさいで、
「この電話、風間典夫からです」と部長に言った。「ぜひ、ここに来たいと言ってるんですが、どうしましょうか」
一同は呆気《あつけ》にとられた態だったが、すぐに、にやにや笑いだした。大いに歓迎するが、そのために会議の時間があとに引きのばされるのは困るという雰囲気であった。
「来たいというなら、仕様がないわな」
部長は腕時計を確かめながら呟いた。
「良いと言って下さい」
――じゃ、どうぞ。
修は送話孔に向って答えた。
――十分で伺いますよ。
風間は言った。
狐につままれたような気持で修は送受器を置いた。
「いかに芸人とはいえ、非常識だね」
部長は会議の中断が苦々しそうであった。
「かなり変った男らしい」とプロデューサーは笑い出しそうになって、「このあいだも、自分の出ている番組の放送時間になったら、車を降りて、道路に面した仕舞屋《しもたや》にとび込んで、テレヴィを観せて下さい、とたのんだって」
「その話は本当です」と頭髪を短く刈った代理店の男が頷いた。「相手はびっくりしますよ。テレヴィの中でしか観たことがない男が、ごめん下さいって、いきなり入ってきて、勝手に自分の姿に見入っているわけですから……」
「カフカの世界だな」
プロデューサーが呟いた。その言葉じたいが修には可笑《おか》しく思えた。
風間は背筋をのばして、悪びれずに入ってきた。舞台|衣裳《いしよう》らしい黒ズボンに紺のポロシャツという軽装で、謙虚に頭をさげたが、悪戯《いたずら》っぽい光を帯びた眼の奥に不逞《ふてい》なものが潜むのを修は見落さなかった。
一同の視線を浴びているのを充分に意識しながら、風間は卓子の端の台本を手にとり、数頁めくって、
「あ、ぼくの出番はなかったんだ」
と言った。
一同はかすかに笑った。
「きみが出演可能になるのを待ってるんだ。どうにかならんかね」
部長は真剣な口調になった。風間は眼を大きく見開き、右掌で口を押えてみせた。
「日劇ではどんなコントをやっているの?」
修は助け船を出した。
「几帳面《きちようめん》なやくざと弱気なサラリーマンが銭湯で出会って、一つしか残ってない籠に、いっしょに衣類を入れるネタです」
風間は答えた。
「几帳面で神経質なやくざをぼくがやるんです」
「そいつは面白い。ちょっと、やってみて」
プロデューサーが注文した。
「相手役がいなきゃ出来ませんよ」
「いいじゃない。きみのパートだけを、パントマイムでやってくれれば……」
「そうですか」と、風間は演ずる意志はあるにもかかわらず、遠慮してみせた。「でも、お仕事の邪魔になるんじゃないかと思って」
「こうなりゃ、同じことさ」
プロデューサーが拍手をし始め、修たちも和した。どうせ仕事にならないのなら、このさい、風間の芸を徹底的に、貪欲《どんよく》にたのしんでやろうという、積極的な拍手だった。
風間はドアの近くまで後退して、立ち止った。
「本当はダボシャツを着て、腹巻して、派手な縞の背広をひっかけてるんです」
そう言って、急に険しい顔つきをした。片方の眉がつり上り、頬が交互に痙攣《けいれん》した。
「いざ……」
摺《す》り足で、二、三歩前に出ると、顔を正面に向けたままで、右手と左の肱《ひじ》を空手のように激しく動かした。ちょわーっ、と叫んで、右足を高く蹴《け》り上げ、さらに全身を宙に浮かす得意の動きを決めると、急に静かになり、上着についた塵《ちり》を指で軽く弾く仕種をした。
修たちの反応をそれとなく確認しながら一歩前に出た風間は、左手で暖簾《のれん》を払う手つきをし、右手でドアをあける手つきを見せる。そして、腹巻の中を探って、湯銭をつまみ出し、番台にのせながら、首をのばして女湯を覗き、しきりに瞬きをする。
プロデューサーが大きな声で笑ったのを|しお《ヽヽ》に、風間はふと、われにかえったポーズで、渋面を作ってみせた。釣銭を腹巻に入れると、いかにも神経質そうに指の腹を丹念にズボンにこすりつけ、気むずかしげな細い眼で左右を鋭く見た。おもむろに右足をのばし、籠のふちにひっかけて、引き寄せる。それから、上着を脱いで、異常なまでに入念に畳み始め、途中で首をかしげて、もう一度、初めから畳みなおす辺りで、修は笑いが止らなくなった。たんに笑うだけではなく、身体が軟かくなり、腹に力が入らなくなるのがわかるのだった。
風間から家に電話が入った時、修は机に向っていた。
――どうも、先日は……。
風間の声は笑いを含んでいた。
――御迷惑をかけたんじゃないでしょうか。
――どうも分らない。いったい、何のために、あそこへきたんですか?
あれから一時間にわたって、広い会議室をとびまわった風間のパントマイムは、いま想い出しても、おかしかった。ひとつひとつのギャグは決して粒よりではないのだが、身動きの柔軟さとタイミングの絶妙さで、見る者が息をつくいとまもなく畳み込み、終るな、と思うところで、さらに、ひと抉《えぐ》りするのだった。
――自分の水準が、どのくらいか、試してみたかったんです。ギャグにうるさい人たちが集るときいてましたから。
――あの日は、あれだけでお開きになりましたよ。
そう答えながら、これ以上の讃辞はないだろうと修は思った。
すべてを演じ終えて、部屋を出て行った風間が、もう一度、ドアの隙間から顔をのぞかせて、「ところで……ぼくの出番はなかったのでしたね?」と執拗《しつよう》に念を押してみせた時、最後の最後まで笑わさずにはおかぬといわんばかりの気迫に、一同は笑い崩れながら、なにか気味悪ささえ覚えたのだった。
――降参しましたよ。……暇もないでしょうけど、いつか、ゆっくり、ギャグの話をしたいですね。
――お目にかかりたいんです。
風間の小さな声には駄々っ子のような響きがあった。
数年まえ、四谷三丁目の交差点に近い借家に住んでいたころには、多くの喜劇役者たちが修を訪れてきたものであった。彼らは役者という特別な人種の中でも、もっとも繊細で、自分たちの芸を真に理解する者を貪欲に求めていた。そして、才能のある者ほど、一般性のある滑稽さではない、そうした役者独特の、大衆には通じぬおそれのある微妙な滑稽さをほんの一瞬示し、その〈微妙な瞬間〉に、間髪を入れず反応する者を、良き理解者として認めた。彼らと修の関係は、そのような微妙さの上に成立していた。
どうやら、風間も、自分を理解者として認めたらしい。家の近くの広い道路まで迎えに出ながら修はそう思った。
風間は背中を丸め気味にしてタクシーから降り立った。
「ようこそ、杉並くんだりまで」
修は声をかけた。
「とんでもない」
風間は肩をすぼめるように頭をさげた。
「こんなに暇なのは、珍しいんじゃないですか」
「そうです」
「フル回転だろうからなあ。寝る時間はあるのですか」
修は家の方へと踵《きびす》を返した。
彼が借りている家は狭く、二階の仕事部屋が応接間を兼ねていた。階段が急なので、足を滑らさないようにしてくれと注意すると、浅草時代にこんな二階を借りてましたから、という返事だった。
天井の低い六畳で風間と向い合った修は落ちつかぬ気がした。俯《うつむ》き気味でソファーにかけた風間は沈んだ様子で、自分からは口を開かなかった。
どうかしたの、と修はたずねた。
「べつに……」
「元気がないようだけど」
「仕事がまったくない日は、調子がおかしくなるんです。忙しい方が身体《からだ》にいいのかも知れない」
しだいにソファーの隅にうずくまる姿勢になる風間は、鬱病の小動物のようでもあった。この男は躁鬱気質だったのか、と修は思った。舞台での並外れた、破天荒ともいえるあの激しい動きは、ひょっとしたら、躁状態の昂揚《こうよう》した気分の表現ではないのか。
「神経の使い過ぎじゃないですか」と修は言った。「もう番組を選んでもいい時期でしょう。自分がやりたいことだけをやっても、だれも文句を言わんでしょうが」
「塚本さんの立場があるのですよ」
細い、弱々しい眼が修に向けられた。
「一年位まえまで、ぼくらを使って貰えるように、あちこち頼んで歩いたのですから」
「もっと、自分を大事にしないと潰《つぶ》れてしまう」
修は低く言った。
「一度、人気が落ちないと駄目ですよ」と、風間は自分自身を突き放すようだった。「ほんとうに、ぼくがやりたいことをやれるとしたら、それからじゃないでしょうか」
そうかも知れない、と修は心の中で呟《つぶや》いた。しかし、いま、絶頂にいるこの青年は、人気が落ちるというのがどんなことか、想像もできないであろう。
修の妻が紅茶とケーキを運んできた。風間は恐縮した笑顔を見せ、やがて、再び、沈黙した。
いったい、何を話しにきたのだろう、と修は訝《いぶか》った。
「やりたいことって、なんですか?」
喉《のど》が弱いのでめったに吸わぬ煙草に修は手をのばした。風間の過敏さが移ったかのように、マッチの軸木をつまんだ指が、かすかにふるえた。
風間は答えなかった。答えたくないのではなく、自分でも答えを見つけられずにいるようであった。
「ギャグでも演技でも、ぼくと本気で話してくれる人がいなくなりましたよ」
風間は上眼遣いに修を見て、
「みんな、義理で話してるだけなの。本心は、〈おまえ、いつ、うちの番組に出てくれる?〉――これだけですよ。どうやって、ひとを笑わせるか、本気でディスカッションする気なんかありゃしない。淋しくなっちゃいますよ」
自分もまた、そう問いかけたいのを堪えている一人だ、と修は思った。
「例の舞台の話、塚本さんと煮詰めてるんです」
ようやく心の均衡をとり戻したように風間は低い声で告げた。
「舞台に限らず、テレヴィや映画の企画も、須永さんと奈良さんに御相談したいのですが、どうでしょうか?」
そっと窺うような眼つきをした。
「ぼく自身は、もう、決めているんです。ほかにギャグの話が通じる人がいないんだから」
風間典夫にそのように見込まれるのは、光栄であった。どこか気持が通じ合う部分があったのだろう、と修は嬉しかった。
「ぼくで出来ることでしたら……」
「そんな他人行儀な返事しないでよ」
舞台での厚かましい語調が、風間の口からとび出した。
「出来ると睨《にら》んだから、頼んだのだもの。軽い調子で受けて欲しいの」
「わかった。……奈良さんといっしょなら、引き受けますよ」
頷いた修は、改めて、相手の偏執的なしつこさが地であるのを確認した。
「この三人が組めば、絶対に強いですよ」
風間は期するところがあるかのようであった。
「まず、最強のブレーンを揃《そろ》えることだとぼくは思ってたんです。いま、若いギャグマンが一人いるけど、まだまだです。……自分のまわりを固めといて、将来、仕事の選択から番組作りまで、全部、自分でやりたいの」
「塚本さんと別れるのですか」
修はきいた。
風間は首を横にふって、
「彼には集金をやって貰います」
そううまくゆくものだろうか。苦労を重ねてきたはずの塚本が、そうした役に甘んじるとは、とても思えなかった。
思いつめていたことを吐き出してしまったためか、風間はケーキを食べ、冷めた紅茶を飲んだ。
まだ二十六、七のはずの青年の身体に性の匂いがないのを、修は不思議に思い、ひたいの陰翳《いんえい》のせいで老けてみえる顔をじっと見つめた。
秋になっても、二人組の人気は衰える気配がなかった。
十月の番組改編で、深夜のショウ番組に、連日、出演するようになったために、舞台公演の夢は自然消滅した。
風間を中心とする企画を幾つか心に温めていた修は憮然《ぶぜん》とした。風間も、所詮は、人気タレントの枠《わく》を踏み壊すことができぬ一人だったのだ。奈良からは何の連絡もなかったが、自分よりもっと落胆しているはずだと察した。
年が改まってから、修は、あるテレヴィ局の地下食堂で二人組を見かけた。
粗末なテーブルに向い合せになった二人は、豚カツをのせたカレーライスを黙々と口に運んでいた。食事というよりは、とりあえず、胃袋をふくらませるだけの殺風景な行為であった。
修が声をかけると、風間は頬張ったままで立ち上り、身体を縮める独特のお辞儀をしてみせた。顔色が悪く、眼が濁っているのを修は見逃さなかった。
「あと五分でスタジオに駆け込まなきゃならないもんで……」
風間は口を押えながら言った。
修は少し離れたテーブルを選んだ。
いつかの申し出はどうなったのかというこだわりが修の裡《うち》に燻《くす》ぶっていないわけではなかった。だが、いまの風間に向ってそれを持ち出しても仕方あるまい。
彼が不愉快に感じているのは、そんなことではなかった。まれにみる才能が磨滅し、風化してゆくのを、自分が、腕を拱《こまね》いて眺めていなければならないことであった。
――おい、風間!
顔を赤くした中年の喜劇タレントが二人のテーブルに近づいてゆくのが見えた。
――おまえ、まだ、こんなの、やってんのか?
男は、風間の踊るような手つきを真似てみせた。
相手が悪い、と修はみた。男は、他局の番組をおろされたばかりで、暴力団との交際が噂《うわさ》されていた。
――もう、やってませんよ。
風間の声は呟きに近かった。
――そりゃ、結構だ。こうやっただけで、どっとくるんだから、俺たちは浮ばれねえよ。
男はもう一度、片手をひらひらさせた。
もうやっていない、というのは本当だ、と修は思った。それどころか、二人は、寸劇すら殆ど演じていないのだった。二人が顔を見せただけで観客が沸き、番組が成立してしまうのだ。たまに寸劇を演じたとしても、|めりはり《ヽヽヽヽ》に欠け、風間が舞台を跳ねまわるだけで、落ちがつかぬまま、なんとなく終ってしまった。
そんなものが高視聴率を得ているのは一つの謎《なぞ》であった。人気とか芸とかを超えた何かが炸裂《さくれつ》しつづけていると考えても、まだ腑《ふ》に落ちなかった。流行歌手なら知らず、喜劇役者をめぐるこうした騒ぎは、修の記憶の範囲内にはなかった。
顔を見せただけで人々が笑い出すのは、危険な状態だ、と修は考えていた。
彼の経験では、番組関係者や有識者が、どうも面白くない、とか、もう終りだね、と見放した時点では、タレントの人気は決して落ちなかった。だから、ぶつぶつ言いながらも、関係者はひきずられて、ついてゆくのだ。
没落は、ある日、突然、くるのだ。大衆は熱狂しつづけたあまり、ふと自分の熱狂ぶりに嫌気がさすのであろうか。それは、有識者が見放してから、半年ないしは数年遅れるのが常であった。
テレヴィのなかった時代には、人気の衰退は、もっとなだらかなものだったのであろう。だが、現在では、殆ど垂直ともいえる落ち方を示すのだ。
自分が関係している番組の成績を知るために、毎週、視聴率表を仔細《しさい》に点検する修は、〈パンチ・ガイズ〉がレギュラーで出演している番組の数字にも眼を通すようになった。若干の上り下りはあるにせよ、それらは、いちおう好成績といえた。強力な人気者が現れぬ限り、二人組の立場は安泰なように見受けられた。
春になってから、修は、風間が、ひとりで脚本、監督、主演を兼ねた映画を自主製作する噂をきいた。屈折した自負心の持主は、二人で一人前といった扱いに堪えられなくなったのであろうか。
風間の映画製作が、新聞や週刊誌の話題になり始めたのは、初夏であった。
単独で仕事をするのは、チーム解散と同じではないのかという質問が、風間に殺到した。それに対して、風間は、〈パンチ・ガイズ〉を解散する気持はない、と答えていた。チームの仕事と並行して、自分個人の意欲的な試みを続けるつもりだ、と繰返し語った。では、チームの仕事は意欲的ではないのか、と反問する記者もいた。いずれにせよ、風間の答えは説得力が乏しかった。
塚本は赤坂のホテルで記者会見をおこない、〈パンチ・ガイズ〉は決して解散しない、と宣言した。だが、塚本の左右にならんだ風間と鹿内の態度のよそよそしさは 中継録画の画面から視聴者に伝わった。風間さんの映画製作をあなたはどう思うか、という質問に、鹿内が「成功して欲しいと思う」と笑いながら答えたのも不謹慎にみえた。
〈疲れているパンチ・ガイズ〉、〈笑いを忘れたお忙氏《いそがし》たち〉といった見出しが、翌日のスポーツ紙を大きく飾った。
一般紙のテレヴィ評までが〈パンチ・ガイズ〉には、初期の、フレームから飛び出してしまうあの迫力と面白さが欠けている、と批判し出した。読者による短評は、もっとあけすけで、コントを演じない二人にはもう飽きたとか、嫌いになった、という声が多かった。視聴者をなめるのもいいかげんにして欲しい、という厳しい意見も見受けられた。
だが、真に致命的だったのは、視聴率の低下である。初めは、裏番組の野球中継のせいではないかとも思われたが、蚕食された数字は元に戻らなかった。幾つかのレギュラー番組の視聴率が急速に下降している事実が、悪意ある記事になった。あくどい書き方に反撥を覚えながらも、それらの記事が大衆の気分の反映であることを、修は認めぬわけにはいかなかった。
夏の終りに、修はコンサルタントの任を解かれた。
企画のコンサルタントをやめたからといって、各局の台本執筆までやめる必要はないのだが、彼はすべてを降りてしまおうと思った。分刻みでものごとが二転三転する世界に彼は疲れていた。
とりあえず、依頼される書評や映画評で、なんとか生活して行けるだろう。三十代の前半をテレヴィ界の片隅で過したことが、果してプラスかマイナスか、彼には判定できなかった。
久々に幼い娘と公園へ行ったり、家の近くの寺の境内を散歩したりしながら、何のために自分はテレヴィの仕事をしてきたのだろうと、彼は考えた。
生活のため、というだけでは、説明しきれぬものが多過ぎた。芸事と芸人への抜きがたい関心が彼の裡《うち》にあって、血肉化しているのは確かだった。芸の〈間《ま》〉とか〈乗り〉についての彼の感覚は、中学以前に身につけたものといって過言ではなかった。
……小学校に上るまえであったが、彼は生家の片隅の暗がりでおこなわれる、芸についての特殊な訓練に参加していた。ラジオからきこえる落語家の声に耳を傾けた家族たちの中で、|まくら《ヽヽヽ》が終り、それとなく噺《はなし》に入るところで、「入った……」と声をかけた者が勝ちであった。小学校に入ってからは、人形町末広が近いので、笑いを創り出す人々を観るのには苦労せず、やがて、その足は丸の内の大劇場にまで及んだ。本当の喜劇役者を観たのはその時だった……。
あれから、もう四半世紀も経つのであった。喜劇を演ずる者の誇りや劣等感について、心の襞《ひだ》の奥の部分まで感じとり得る自分に、可能なことがあるとすれば、遠くから眺めたり、親しくつきあったりしたそれらの人々の姿を記録しておくことではないかと彼は考えた。その適格者は、おそらく、自分以外には、あまり、いないだろう。自分より深く彼らの世界に浸っている者は、批判的に書くことができないだろうし、外側から眺めている者には、彼らの生理がつかめないだろうから。
少くとも、一年はかかる仕事だと彼はみた。雑文を書きながらだと、もう少しかかるかも知れないが、執筆は可能だった。
新聞のテレヴィ評のコラムを引受けたために、修は、週に何度か、受像機のスイッチを入れる習慣をとり戻した。
夜遅く、家族たちが寝静まったあとで、彼は奇妙な番組を観た。
桜田門に近いお濠を見おろす草むらに、トレイナーとパンツを身につけた風間典夫が立っていた。画面が暗いのは、天候のせいらしく、舗道がまだらに濡れている。
――また雨が降ってきそうです。それでなくても寒くて寒くて。
カメラに向って語りかける息が白かった。風間は大袈裟《おおげさ》に両手足をふるわせ、顔を顰《しか》めた。
――これから、皇居のまわりを一周します。ぼくの前にはカメラを積んだ車がいて、ぼくが走り始めると同時に車も動き出します。ここんとこ、鍛えてないから、ぼくもふらふらしたり、立ち止ったり、ことによると、ぶっ倒れるかも知れません。……この番組が変ってるのは、それでも、カメラが止らないことです。一周し終って、この位置に戻るまで、一台のカメラがぼくを撮り続けます。途中で別なカメラに切り換えたり、あとで編集したりはしません。だから、どんな風に進行するかは、ぼくにもわからないんです……。
また、妙なことをやっている、と修は思った。マラソンを一つのショウとして、しかもドキュメンタリーの手法でとらえるのは、独創的な試みであった。ただ、風間の意気込みに反して、この試みには大衆を魅了するものが乏しい。
――では、出発します。
右手を高く挙げた風間は、自分でスターターを鳴らし、その音にわざとよろけてから、ようやく走り出した。霧雨が降り始めていた。
長くなりそうだな、これは……。
修はそう思った。台所へ行き、バーボンと氷を持ってきた。ストーヴのある部屋で観るのが、贅沢《ぜいたく》なように感じられた。
単調になるのを恐れる風間は、不思議そうに立ち止っている通行人に手をふったり、若い女性とすれ違うと、見惚《みと》れる表情で、うしろ向きに走ったりした。また、通行人がいなくなるのを見すまして、体力を示すかのように、飛び上るルティーン演技を見せた。
修にとって意外な発見は、濡れた街路を飛び跳ねる風間の動きに悲哀《ペーソス》が滲《にじ》み出ていることであった。それは、風間自身、意識せぬ部分と修にはみえた。信号が赤になると、立ち止って、シャドウ・ボクシングを試み、また、彼を追い抜こうとする本物のランナーと競走してみせた。
やがて、息切れしてきた風間は、それでも飽くまで陽気に、がんばれ、と声をかけた女子高校生のまわりをまわったり、労務者風の男から煙草を貰ったりした。
雨脚が繁くなるにつれて、喜劇的な印象は薄れてきた。ずぶ濡れの風間は走りながら、なおも、抜き手を切る恰好をしてみせた。自分の肉体を痛めつけながら彷徨《ほうこう》を続けている一人の男がそこにいた。
修が温めていた企画に興味を示す小出版社があらわれたのは翌年だった。
「日本の喜劇役者」と仮に名づけられたその著作のために、彼は改めて役者たちを眺め、現段階での個々の実力を確認しなければならなかった。
執筆にとりかかって否応なしに気づかされたのは、現役の人々に触れる部分の記述のむずかしさであった。ある程度は予期していたものの、それらの人々を傷つけぬように心がけながら、自分なりの評価を下すのは至難のわざであり、どうしても遠慮と突っ込みの浅さが生じた。
登場が最近なので、触れなくてすむ若い役者は、問題がなかった。もっとも困るのは〈パンチ・ガイズ〉のような場合で、デビューして数年ではあるが、登場時の衝撃力が日本の喜劇史に残るのは自明であり、しかしながら、現在は人気が凋落《ちようらく》し、低迷しているのを、どう書きとめるべきだろうか。
それでも、鹿内虎五郎が選びつつある道は、修には読みとれるのだった。風間に小突きまわされる存在でしかなかった鹿内は、ようやく自分なりの演技を会得し、真面目な役柄を志向し始めたようであった。プロレスなみの体力を要する風間との仕事から逃れたい中年男の気持は、修にもわからなくはなかった。
少くとも、|なにか《ヽヽヽ》に扮することのできる鹿内に比して、風間典夫はつねに風間自身《ヽヽヽヽ》でしかなかった。時代劇映画の中でも、彼は髷《まげ》をつけただけの彼自身《ヒムセルフ》として現れた。そして、やむなく、|なにか《ヽヽヽ》に扮さねばならぬ時は、明らかに不満げで、不貞腐れてみえた。
大劇場の舞台でさえ、風間は気分が乗らぬのを隠そうとはしなかった。そして、〈パンチ・ガイズ〉の全盛期が遠いむかしででもあるかのように、広い客席は閑散としていた。
長いあいだ、御蔵入りしていた風間の自主製作映画が、新宿の外れの小さな映画館で公開されたのは、同じころであった。大衆社会の人気者の淋しさを描こうとした作品そのものの出来映えには感心しなかったにもかかわらず、多忙な中で一時間半もの長さの映画を作った男の孤独な執着に、修は思いをいたさずにはいられなかった。
意欲には溢《あふ》れながら、風間は目指すべき方向を見失い、何をしたらよいかが判らなくなっているのだった。そして、その通りの感想を、修は「日本の喜劇役者」の中に記した。
類書がなかったせいもあろうが、「日本の喜劇役者」は好意的に世に迎えられた。
だが、反動もないわけではなかった。芸人らしい口調の厭《いや》がらせの電話が幾つかかかってきた。鹿内の芸が上達したために〈パンチ・ガイズ〉の均衡《バランス》が崩れたという修の記述は間違いだ、と風間が批判していたと、修はひとからきかされた。自分の見方は間違っていたのだろうか、と彼はひそかに動揺した。少くとも、感じ易い風間を、〈お友達〉だったはずの自分が〈苛めた〉のは確かだと考えると、後味がよくなかった。
むかし取った杵柄《きねづか》ともいうべき映画ジャーナリズムの世界に修は戻った。
べつに心がけたわけではなく、彼はテレヴィ局に足を踏み入れなくなった。要は歳をとり、なんとなく、ひとに会う機会がなくなったのだ。
市ヶ谷駅に近いある出版社に仕事の打合せに行ったさい、一時間ほど余裕ができたので、彼は近くのテレヴィ局に立ち寄った。プロデューサーは局長になって不在だったが、昔仲間のディレクターの一人が喫茶室で彼を迎えてくれた。
椅子が少し良くなっただけで、喫茶室の喧噪《けんそう》はまえと変らなかった。
「風間典夫がNBSの新番組をやるって話、知ってる」
相手の口調はごく日常的で、数年間の空白を無視していた。
そうした噂はおろか、風間がテレヴィに出ているのかどうかさえ、修は疎かった。ひとりでクイズ番組の司会をしているときいたことがあるが、観てはいない。眼が疲れるので、ニュースのほかは、テレヴィをめったに点《つ》けないのだった。
「知らないよ。ぼくは、いま、外の世界の人間だ」
「そうか」
相手は苦笑した。
「ひとりで一時間半やるんだって。信じられる?」
「何をやるにせよ、よほど、まわりを固めないと無理だろうな」
修はむかしの口調になった。
「そう思うだろ? ところが、風間ひとりでやるんだ」
「むちゃだね、それは」
「はっきり言えば、忘れられた存在だからねえ。裏番組を妨害するための当て馬だよ。NBSも残酷なことをする」
「風間は、どうして、そんな企画に乗ったのだろう」
修はあとの言葉を抑えた。
その時間帯は、裏に、数年間、視聴率のトップの座を占めている漫画番組があって、内容の低俗さが非難され、子供への悪影響が云々《うんぬん》されても、びくともしなかった。悪評を呑み込んで、さらに肥大するのは、怪物《モンスター》番組の渾名《あだな》にふさわしかった。
「まったく違うものをぶつけなければ歯が立たない。うちは、野球かプロレスで対抗してるけど、それでも、むずかしい」
「何をやるつもりなの、風間君は?」
「コントをやるんだって……」
「また、鹿内と組むのか」
「彼は入らない」
「鹿内抜きでかい?」
修はわからなかった。
「若い歌手を相方にして、新機軸を出すと言っている」
怪物《モンスター》番組を相手にして寸劇を演じるのは、蟷螂《とうろう》の斧《おの》に思えた。風間は、かつての輝かしい成功の色褪《いろあ》せた模写を作ろうとしているかのようであった。
「風間典夫ショー」と古めかしく名づけられたその番組を修は観なかった。丁度、食事時間にあたるせいもあるが、彼の脳裡《のうり》にとどまっている溌溂《はつらつ》とした青年の像を毀《こわ》したくない気持が強かったのだ。
そのような修が、テレビのスイッチを入れてみる気になったのは、半年ほど経った秋の夜だった。
「風間典夫ショー」が、視聴率の上で、裏の怪物《モンスター》番組に迫ったばかりか、追い抜くのではないかという話題が、新聞や週刊誌で白熱化していた。不敗を誇る番組が、たったひとりの、しかも最近まで落魄《らくはく》していた喜劇役者によって脅かされるドラマは、すでにテレヴィ界の出来事の枠を越えた事件として報じられていた。それらの記事の中の風間は、謙虚ではあるが、一匹|狼《おおかみ》的ヒーローの面影があった。
夕飯をすませてから観たので、番組は、すでに半ばであった。
漁港が近いらしい田舎町を、カーディガンを着た風間典夫が歩いていた。すでに中年に入っているはずだが、外見は殆ど変化が見られない。ゴム長をはいたおかみさんたちが立ち話をしているのを見かけると、風間は早足になった。背筋をのばして歩く身軽さも変ってはいなかった。
風間が割り込んでくると、おかみさんたちは一様に信じられぬ顔つきをした。「ほんとに、風間さん?」と念を押す者もあった。その表情で、修は、これが〈やらせ〉でないことが判った。おそらく、遠く離れた自動車の中から望遠レンズで隠し撮りをしているのだろう。
「ぼく、本物」と風間は全身を微妙にくねらせながら答えた。飄々《ひようひよう》としているために、おかみさんたちは警戒心を抱く必要がないのだろう。「やだ、本物だよ」と、風間の身体に触ってみる女もいた。
やがて、風間はポケットから短いコントを書いた紙をとり出し、おかみさんの一人を選んで、演じようと提案した。相手は同意し、台詞《せりふ》を読み始めたが、すぐに、つかえた。すると、風間はどこが悪いのかを容赦なく指摘した。十八番の|突っ込み《ヽヽヽヽ》はまだ衰えていず、しかも、貶《けな》されたおかみさんは、風間と共演したことに嬉々として、はしゃぎ気味だった。
少し間を置いて、風間は、これまでの会話がすべて、胸ポケットの小型マイクに入っており、しかもカメラで狙われていたことを、おかみさんたちに打ち明けた。驚いたおかみさんたちは恥ずかしげな表情をしてみせたが、心底からそうなのかどうか疑わしかった。
番組の面白さは、風間が隠しカメラの存在をばらした瞬間にあるようだった。怒って掴《つか》みかかる者はひとりもいなかった。それどころか、カメラの位置を教えられると、荒くれ男が幼児のようなポーズをとったり、急に飛び上ったりするのだった。タレント願望といわぬまでも、テレヴィに出たい、カメラにおさまりたい、という気持が大衆の心に根強くあるらしい。
修がもっとも面白く思ったのは、新宿の路上に立っている初老の酔漢であった。辛うじて立っている男は、話しかけてきたのが風間典夫であるのを疑っていた。こんな早朝に、有名なタレントが路上にいるはずはないと主張し、本物ならば証拠を見せろと迫った。風間はすばやく、|ぼけ《ヽヽ》役に変身して、自分は本物だと哀れっぽく繰返してみせた。
そのやりとりは、中途半端に作られたコントよりもはるかに滑稽で、修を笑わせた。日本全土を舞台にし、無名の大衆が出演者である番組が、視聴者に衝撃をあたえたのは当然だった。安上りなようにみえて、驚くべき手間と時間がかかっているのが彼にはよくわかり、もっと早く観るべきだったと思った。
なによりも、風間が大衆に溶け込むすべを肌で知悉《ちしつ》しているのが、強みであった。巷《ちまた》の人々を|ぼけ《ヽヽ》役にして、さまざまな|突っ込み《ヽヽヽヽ》をみせるのは容易なことではないはずだ。|突っ込み《ヽヽヽヽ》役としての長年の蓄積と、素人相手の司会の経験が、みごとに結びついていた。ドキュメンタリーの手法も、経験から出たものにちがいなかった。
翌週から、修は、その番組を欠かさずに観た。
裏番組を追い抜くのは、あっという間だった。個人ショウとしては空前の視聴率を獲得し、各週刊誌は競って、風間典夫の不幸な生いたち、現在の生活と意見を伝えた。マスコミ嫌いだったはずの風間は、すすんで、多くのインタヴュウに応じるようであった。
三十代半ばの風間が、独身でいる事実は、女性週刊誌の好餌《こうじ》となった。
――家庭を持ちながら、納得のゆく仕事ができるなんて、ぼくは思っていない。
風間はそう答えていた。
――そういう意味では、自分は死んだと思っているわけです。……
ある週刊誌に、波瀾に富んだ自伝が連載され始めるに及んで、風間はにわかに〈人生の教師〉じみた扱いを受けるようになった。それが厭味《いやみ》にならないのは、人生、洒落《しやれ》ですよ、といった自己|韜晦《とうかい》がまぶされているからであった。
風間の過去に対する興味は修にはなかった。彼が知りたいのは、ニュースとスポーツ中継しか観ない視聴者までも惹《ひ》きつけた、風間独自の方法論であった。無手勝流のようにみえるその演技に緻密《ちみつ》な計算があるように、番組作りにも充分な計算があるはずだった。
番組そのものについて風間が口をひらいたのは、さらに半年のちであった。長いインタヴュウの中で、風間はその一端を披瀝《ひれき》した。
――テレヴィ的なるものとは何か、と改めて考えたのは、ひとつには浅間山荘事件をみたからです。一週間以上、何も起らない画面を流していて、アナウンサーが「今日は何もありませんでした」と断るだけで、視聴率が四十パーセントもとれるとはどういうわけか。……ということは、ぼくの言葉で言えば、企画がいいわけだ。根本は企画、アイデアだと思いました。台本《ほん》や演出は枝葉です。ブレーンになる若い人たちを集めて、自分の企画会社を作ったのは、そのためです。
――良いディレクターとは、ぼくの才能を充分に発揮させてくれる人です。だから、台本《ほん》がぼく任せで、「とにかく、面白いことをやってよ」と頼まれるのが、いちばん、いい。そんな番組ができたらいいなあというのが、ひとつの夢だった。それが初めて実現したわけです。
――この企画を、あちこちの局に持って行ったけど、どこでも断られたんです。ただひとり、「面白い、やろう」と言ったのが、いまの番組のプロデューサーです。……あとできいたのですけど、報道部からきた人で、芸がどうのこうのといった理窟《りくつ》は何も知らなかった。笑い方が素直なんです。なまじっか、知識がなかったのがプラスに出たのですね。
語り方は控えめであるが、強烈な自信が漲《みなぎ》っていた。高視聴率を得たためでもあるが、むしろ、風間が〈テレヴィを把握《はあく》した〉からだと修はみた。そこに語られているのは、タレントを素材としかみない大方のテレヴィ関係者への反撥と挑戦であった。
風間は、カメラさえ正確に自分の芸を記録してくれるならば、企画・脚本・演出・主演を、すべて、ひとりでやると主張しているのである。局側のお膳立て抜きで、直接、大衆に相対したいというのだ。
おそらく、風間は、テレヴィ局という存在を信用していないのだろう。かつて、〈パンチ・ガイズ〉時代の風間を持ちあげるだけ持ち上げておいて、見棄てたことを忘れようはずはなかった。
テレヴィ局だけではない。風間はマスコミも批評家もそして大衆をも信用してはいないのだと、修は思った。
「日本の喜劇役者」が出版されて、五年の歳月が流れていた。
出版契約を更新するに際し、新たな章をつけ加えたいと修は申し出た。この五年間に、とくに新しい人材が現れたわけではないが、何人かの役者、とくに風間については、その後の変貌ぶりを記しておかねばならぬ気持に追い込まれていた。
改めて〈パンチ・ガイズ〉に関する部分を読み返した修は、自分の見方が間違っていなかったのを確認できた。少くとも、書かれた時点ではこうでしかなかったのだ。
ただ、書き方に、ある素っ気なさ、冷たさが感じられるのは事実だった。過度の期待がはぐらかされた時、ともすれば攻撃的になりがちな自分の癖を抑制しようとしたためと思われた。
無関心を装ってはいるが活字に過敏な風間が、この部分を読んで、どれほど傷つけられたことだろうか。そして、修は、まさか、「日本の喜劇役者」が、芸能界で、〈権威を帯びた〉ものとして読まれるようになるとは、予想だにしなかったのだ。
「日本の喜劇役者」は、きびしい批評を浴びせられたことがない本であった。しかしながら、風間に関する部分は、風間自身の努力と活躍によって痛烈に批判し返されたことになるのだ。
彼は風間についての新稿を、次のように書き出さざるを得なかった。
〈どうしても補足しなければならないと、私が重荷に感じている人が、ひとりいる。……〉
十一
書店を何軒か歩いて、修はやっと、風間典夫の似顔が表紙になったグラフ雑誌を求め得た。
テレヴィ放送が始まって二十五年もの時が流れたという実感を、修は持てなかった。様々な番組にまつわる記憶は生々しく、雑誌の中で回顧趣味に浸っている評論家たちのように無邪気にはなれなかった。
どの記事も掘り下げ方が不足で、正確さに欠ける部分があった。ただひとつ、修が興味を惹かれたのは、風間典夫の一週間の行動につきそった記者の記録だった。
それを読むと、風間が、NBSとは別の局で始まった新番組「風間典夫アワー」に熱中しているのが、よくわかった。夜の九時台に放送されるその番組が、「風間典夫ショー」を凌《しの》ぐ視聴率を得たことにより、風間は自分が中年以上の視聴者にも支持され得る自信を強めたようであった。「風間典夫アワー」は、ホームドラマの笑劇《フアース》化という新形式で、裏番組の幾つかのドラマを追い落していた。
だが、修がもっとも面白く感じたのは、風間と塚本の共存関係であった。仕事の選択から番組作りまでをひとりでやり、塚本には〈集金をやって貰う〉という十年前の風間の言葉が実現されているのが読みとれて、修はおかしかった。
かつて奈良と組んで作った一時間の記念番組――番組の単位が三十分だったころ、一時間というのは画期的な長さだったのだが――を観たいという依頼が、親しい放送批評家から修にもたらされた。
番組のヴィデオテープが保存されているかどうかが、まず問題であった。わずかな希望は、それが開局十周年の特別番組であることだが、すでに消されているか、テープそのものが紛失している可能性が大きかった。
――ある時期まで保存されていたことは確かです。ぼくは何度か観ていますから。
奈良は出張先の大阪からの電話でそう答えた。
――しばらく、こっちで仕事しなければならないので、ご面倒でも、直接、局の資料部の者に会って下さいませんか。ぼくからも頼んでおきますが。
とっくに退社している奈良にそれ以上の負担をかけるわけにはいかなかった。洋画の試写を観に出た帰りに、修は地下鉄で神谷町に出、歩いても遠くないテレヴィ局に向った。
数年ぶりに観る建物は、想っていたよりは小さく、汚れていた。右手に、増築したらしい高層の建物があるために、見窄《みすぼ》らしさがよけい目についた。
だが、受付の前に立つと、そうした感想はかき消された。受付の女性が数人いるのも民放局としては珍しく、彼女らの背後に無数にある短冊型の貼紙《はりがみ》が、スタジオの使用状況やタレント控え室を告げている。それは強引なまでに他局を追い上げにかかっている会社のなりふりかまわぬ姿であり、発散される泥臭い熱気は、ごく初期のテレヴィ局を想わせた。そして、それらの貼紙の中に「風間典夫アワー」の名を見出《みいだ》した修は、風間が、野心的な仕事の場としてこの局を選んだのが、納得できる気がした。
受付の一人にたずねると、資料部の男は席を外していた。約束なのですが、と修が当惑の様子をみせると、相手は、応接室でお待ち下さいますかと言った。呼び出しのアナウンスをしてみるというのだ。
教えられた番号の部屋を修は自分で探した。狭い建物ながら廊下が入り組んでおり、通りかかった掃除婦にきいて、ようやく見つかった。少しまえまで、打合せにでも使われていたらしく、薄い台本がテーブルに積み上げたままになっていた。
三十分ほど待ったが、なんの連絡もなかった。変っていない、と修は苦笑した。彼が了解しているテレヴィ局とは、まさに、このような場所であった。
自分が待っていることを示すためにバッグをテーブルの上に置いて,彼は部屋をあとにした。広い通路に出るとコーヒーの自動販売器があった。彼はズボンのポケットをさぐり、硬貨を穴に落した。コーヒーが紙コップを八分目までみたすと、コップをとり出し、ミルクと砂糖抜きで、ゆっくりと飲んだ。
まるで浦島太郎だ、と彼は感慨深かった。佇《たたず》んでいる彼に声をかけてくる者はいなかったし、慌しげに往来する局員やタレントらしき人物を、彼はひとりとして知らなかった。
紙コップを指で二つに折った彼は、風間のいるスタジオを覗《のぞ》いてみようと思い立った。貼紙によれば、いまはドライ・リハーサル中のはずだった。
自信の持てぬままに、修は玄関と反対の方向に歩いた。突き当りの左右にスタジオが幾つかあったはずであった。……そう、たしか、地下にもあったようだ。
こっそり覗いて立ち去るのは自分の自由だと彼は考えた。いまの自分が風間に対するあり方としては、それがもっともふさわしいであろう。
小道具係が入ってゆく後から彼は右側のスタジオの重い扉を押した。彼にとって懐しい暗闇がそこにあり、大きな仕切りの向うで、きき覚えのある甲高い声が響いていた。
自分の勘も、まだ、捨てたものではない。心の中で呟きながら、彼はガードマンの前をすり抜けて、明りの見える側に足を踏み入れた。
観客を入れていない仄暗《ほのぐら》い客席では少数のスタッフが正面の明るい小舞台を見つめていた。過度に眩《まぶ》しい照明ではなく、ひとの眼に馴染み易い、柔らかい明るさだった。
天井の高いスタジオの床に近く、低めに作られた舞台は、浅草の小劇場のそれを想わせた。闇の底に沈んでいるせいか、水族館の水槽のようにも見え、静止している役者たちは色とりどりの魚だった。
動いているのは、黒セーターに黒ズボンの風間典夫だけだった。
――ちがう、ちがう。こうだ。
台本を片手に持ったまま、風間は軽く踊り上ってみせた。
――よく見といて。身体全体を浮かせるんだ。
もう一度、やってみせた。かつての気違いじみた迫力が失せ、優雅さが増していた。
女性タレントが真似をしたが、足を滑らせた。
――この動きはやめよう。
風間は声をかけた。
――あとの会話に続け易いギャグを、いま、考える。
台本を片手に難しい表情になった。
これだけで充分わかる、と修は思った。極端な体技で売り出した喜劇役者の危機のひとつである中年期を、風間は巧みに乗り越えつつあるようだった。舞台上の姿は自信に充ちているだけでなく、成熟し、安定した内面を示していた。
やがて、修はスタジオを退出した。
応接室に戻ると、急用で一時間ほど外出しているがお待ち願いたいという受付係からのメモと冷めかけたお茶が、テーブルに乗せてあった。
修はバッグから老眼鏡ケースを出して、カナダの映画評論誌を読み始めた。
ドアがしずかにあけられ、だれかが入ってきた。
「どうも……」
修は慌てて老眼鏡を外した。ドアの脇で身体を固くしているのは風間典夫だった。
「そのまま、そのまま」
腰を浮かしかかる修を、風間は制した。
「須永さんらしい人が、暗闇でちらついた気がしましてねえ。探したんですよ、あちこち」
風間は立ったままで言った。
「あまり居ると、邪魔になると思って……」
ようやく、それだけ言えた。
「それは、ないでしょう。その言い方は、ないですよ」
風間は笑いだして、
「声ぐらい、かけてくれなきゃ」
おどおどした、神経質そうな翳《かげ》は消えていた。態度は細心であるが、低めの声には、ある図太さが感じられた。
「感心しましたよ」と修は言った。「よく、あれだけ、動ける……」
「いえ」と風間は両手を腰に当てた姿勢のままで、「スピードが落ちてます。昔は、とん、と転んで、すっ、と起きられました。いまは、起きるまでに、一瞬、間《ま》が出来ましたからね」
「あなたが指導してるのを見てて、思ったんだけど、あんな簡単な動きが女の子には出来ないのですかねえ」
「出来るんですが、やらないのです」
表情を変えずに、風間は答えた。
「人気が出てきて、意識が二枚目になってるんです……」
会話が跡切《とぎ》れた。何を話題にしたらよいのか、風間は途惑っているようにみえた。
「実はね」
修はためらいがちに言った。
「あなたが気を悪くしているんじゃないかと思って……」
「どうしてですか」
風間は怪訝《けげん》な顔をした。
「『日本の喜劇役者』の定本版、出版社から送るようにしたんだけど……」
「頂きました」
「あれでね、あなたを傷つけたのじゃないかと気になっていたんです」
暗に、前の版の内容をさしたつもりであった。あとで補足したからといって、傷を負わせた事実が消えるわけでもあるまい。
「いえ……そんなこと、全然、ありませんよ」
風間は首を横にふった。
「ぼく、最初から終りまで、二度読みましたよ。読み終って、ふっと須永さんに逢いたくなりました」
修は救われる思いだった。それだけではなく、歓びがこみ上げ、身体じゅうに溢れた。
「須永さんに逢って、また、いろんなギャグの話をききたいと思いましたよ」
「ぼくが……そんな話、したっけ?」
修は怪訝な顔をした。
「忘れちゃ困りますよ。ほら、本が天井まで詰ってる部屋で……」
「いまでも、あそこにいるんです。あなたが来たのはよく憶えている」
「ぼくが帰ろうとしたら、突然、外国映画のギャグの話を始めたじゃないですか。キートンのお化け屋敷はこうだったとか、マルクス兄弟のギャグではこんなのがあったとか……つっかえると、本棚から本を出して調べて、また、喋《しやべ》るんです。それが、おかしくて、憶えています」
「そうでしたか……」
彼は苦笑した。翳《かげ》りのある風間の表情しか憶えていないのだが、記憶とは恣意《しい》的なものだと思わざるを得なかった。
「気を悪くするなんて、とんでもない。だって、丹念に読めば、日本の喜劇は風間典夫が頑張らなければ駄目だと言ってるんですもの」
おそらく、風間は、意識的に、こだわりを棄てたのだと修は感じた。自分にとってプラスになる言葉だけを吸収すべくつとめているのだ。
修はかすかに頷《うなず》きながら、
「動きが洗練されたのはけっこうだけど、昔のむちゃくちゃなやつが懐しいなあ」
「こういうのですか」
風間は右手を蛇のように上下させてから、
「このごろは、狂わなくなりました。身がもたないですから。……すべてを忘れて狂うのは、年に三回ってとこでしょうか」
修は思わず笑った。
「どうですか」
風間は窺《うかが》うような態度で、
「ああいうギャグの話を、今度、カメラの前でやってくれませんか」
「どうして?」
修はきき返した。
「今度、この局の片隅に住み込むんですよ、ぼく」
風間はあっさり言いきった。
「VTR装置からモニター・テレヴィまで一式備えてある部屋です。思いついたギャグをメモしといて、あとで演じると、鮮度が落ちるでしょ。だから、思いついたら、すぐ、ヴィデオに撮ってしまおうと思って……」
そう説明されても、修には意味がわからなかった。
「ここに寝起きするの?」
「考えていることがありましてね」
風間はかすかに笑って、
「手だけ出るのは、どうですか? 手と声だけ。ぼくのやるコントを見て、つまんないと呟いたり、笑ったりする、その声が欲しいんです」
「どういうこと?」
修は見当がつかなかった。
「発想がマンネリになりかかったんで、洗い直そうと思ってるんです。ギャグとは何かを、初心に戻って考えてみたいんで」
付け人らしい青年が入ってきた。修に気兼ねしながら、
――すみません。みんな、待ってるんですけど……。
と言った。
「では、また。……いまの件、ひとつ、考えておいて下さい」
念を押してから、舞台から退出するときのような小刻みな後退《あとずさ》りをしてゆき、丁寧なお辞儀とともにドアを締めた。
どういう意味だろう?
修はひとりごちた。いったい、風間は何を目論《もくろ》んでいるのか?
だが、と彼は考える。自分は、いや、自分を含めただれでもが、かつて、風間の目論見を見抜いたことが一度でもあっただろうか。いつもそれが実現した段階で、もっともらしく意味づけをしたに過ぎないではないか。
今度だって、その例に漏れまい。そして、今度の狙いが判ったころには、風間は、さらに次の構想にとりかかっていることだろう。
吹き零《こぼ》れるような異常さこそ感じられなくなったものの、あの男は、やはり、尋常な人間ではない、と修は感じた。あれほど野心をあらわにしているにもかかわらず、依然としてつかみどころがなく、異次元からきた生物ででもあるかのように、濃密な存在感に欠けるところがあると考えながら、たったいま、風間が立ち去ったばかりのドアを、修は凝然と見つめた。
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ラスト・ワルツ    1982年
二十代のころ、敏彦は、三十歳を過ぎてからの自分を想像したことがなかった。
三十代半ばに達しても、年齢についての彼の意識は二十代の終りごろと、そう大きくは異《ちが》っていなかったように記憶する。彼は依然として、四十歳を過ぎた自分の姿を想い泛《うか》べられなかった。
結果からみれば、楽天的と嗤《わら》われても仕方がないそうした在り方は、敏彦の職業と関係があるようにも思われる。
大学卒業と同時に、彼が、当時の花形産業である映画会社に就職できたのは、奇蹟《きせき》に近かった。ひどい不況の中で彼といっしょに文学部を卒業した者たちは、高校教師として地方に散って行った。
敏彦は宣伝部に配属されたが、いずれは脚本家として一本立ちするつもりでいた。映画の脚本家になるのは、高校のころからの念願だった。
高校の映画研究会の仲間は、自動車の販売部員になったり、小さな出版社に勤めたりしていた。彼らにとって、撮影所は、いまだに〈夢の工場〉であるらしく、なにかにつけて、敏彦をたずねてきた。脚本家や映画批評家になる希望を、まだ、捨てていない彼らにとって、自分はさしずめ〈夢の工場〉の門衛というところだろうか、と敏彦は思った。
撮影所では、彼が映画史の本でその名を知っている監督たちが次々に作品をつくりつつあった。サイレント映画の時代から活躍している監督をはじめ、彼らはいずれも若々しく、一寸見《ちよつとみ》では歳の見当がつけにくかった。
無限につづく祭典に参加しているようだと敏彦は考えた。眩暈《めまい》をおぼえながら彼は毎日を走っていた。気違いじみたこのパレードは永遠につづくのだと信じていた。
入社した翌年、日本映画の観客数は頂点《ピーク》に達し、それからにわかに減り始めた。
華やかなパレードが終ったことを敏彦はなかなか認めようとはしなかった。彼だけではなく、映画会社の人間は、観客数の落ち込みを、テレヴィ受像機の急増による一時的なものと解釈したがった。
だが、敏彦の心の奥深い部分では、これは一時的なものではないと認めるなにかが動いていた。それを無視するかにふるまっていたのは、もし認めたとしたら、今日までの彼を支えてきたものが崩壊するおそれがあったからだ。
ある朝、彼は自分の会社の建物がひどく古び、汚れているのに気づいた。
永遠の青年であったはずの監督たちにも同じことが起った。仕事を失った彼らは若造りした老人の群れに過ぎなかった。服装には隙がないが、皺《しわ》が目立ち、入れ歯のあいだから息が漏れた。
敏彦の脚本が映画化されたのは、邦画の衰退が覆うべくもなくなった後だった。基地周辺の貧しい若者の群れとドロップアウトした元GIが、米軍の兵器庫を破る計画をたて、成功はしたものの、分け前をめぐって殺し合い、自滅するというプロットである。
映画は好評だった。基地のまわりの風俗が目新しかったために得をしたともいえる。だが、観客動員は悪く、彼の脚本は二度と使われまいと社内で噂《うわさ》された。
それを機会に、彼が軽侮しているテレヴィ界からドラマ執筆の依頼がきた。新たに始まる刑事物のレギュラー作家になって欲しいというのだった。
映画会社の一事務員として勤めつづけるか、テレヴィ・ドラマの作家になるか、彼は心ならずも岐路に立たされた。頑固過ぎて、とかく周囲と摩擦を起しがちな自分の性格を考えると、後者の道を選ぶしかないとは考えても、――彼の眼から見ると――明らかに一段低い仕事に移行するのは、ためらいを覚えずにはいられなかった。
かつて夢想したころとはまったく違った形で〈一本立ち〉した時、敏彦は三十を過ぎていた。
――山路さんのお好きなように書いて下さって結構です。
プロデューサーはそう言った。
――あなたのイメージを規制したくありませんから。山路敏彦らしさを充分に発揮して下さい。
〈山路敏彦らしさ〉とはどういうことだろう、と彼は思った。シナリオ研究誌に何作か発表したとはいえ、映画化されたのは一本だけである。〈らしさ〉も、なにも、あったものではない。
敏彦は、とにかく、第一話を書き上げた。それを読んだプロデューサーは、しばらく沈黙していたが、やがて、「山路さんらしさが、もっと出てもいいんじゃないかな」と言った。
テレヴィの脚本の仕事が、映画とはまったく異なる、という一事を認識するために、彼は三十代の大半を費やした。〈好きなように書いて下さい〉とは、どうせ、当方が直してしまうのだから、との意味だったとわかった時は、もう手遅れだった。
脚本家と監督の衝突は映画界ではよくあることだった。むしろ、意見が対立したときに秀作が生れるとさえいわれた。
だが、テレヴィ界では真の意味での対立はあり得なかった。敏彦の相手はプロデューサーや演出家であると同時に、気に入らぬ脚本家を忌避できる局員であるのだ。対立が徹底した場合、罷免されるのは脚本家に決っていた。
これなら勤め人と変らないと思うほど、敏彦の三十代は妥協と協調の連続だった。屈辱と怒りを外に表せぬために彼は胃を悪くした。それでも、なおかつ、彼は〈うるさく、気難しい〉作家と見られ、徐々に仕事を失っていった。
テレヴィの世界に入るとき、友人に、「四十までは忍耐するよ」と言ったのを彼は覚えていた。ということは、四十を過ぎたころは物心ともに自由になっていると考えていたのだろう。
現実に四十歳になったとき、自分はどうしてあのように無邪気な言葉を吐けたのだろう、と思った。
一方、不惑に達した実感がないのも事実だった。いかにしてこの世界で生きのびてゆくかを考えるだけで彼は精一杯であった。石油ショックの直後で、テレヴィの放送時間がさらに短縮されると囁《ささや》かれていた。
ささやかながら持っていた実験的野心や意欲を捨てた彼は、テレヴィ映画の脚本執筆に方向を変えた。
一般の視聴者にとっては、スタジオ・ドラマとテレヴィ映画の差は殆ど意識されないであろうが、作る側からみれば大きな違いがある。スタジオ・ドラマは、脚本家と演出家にとって、毎回が一つの勝負であるための緊張を強いるものだ。演出家が脚本に注文を出し、脚本家が自分の意図と外れた演出に不満を抱くのも、外部のきびしい眼を意識するからだった。
その点、テレヴィ映画は、時代劇であれ、刑事ドラマであれ、人気のあるスターを中心にした一種の見世物である。勧善懲悪の物語は定型《パターン》を踏み外してはならず、とはいえ、それはそれなりの職人的技術を要するのだ。
テレヴィ映画においては、脚本や演出が注目されることはまずなかった。スターの個性さえ生かされれば、スタッフはだれでもいいのだった。物語の方も、定型《パターン》を踏み外さぬ範囲でなら、多少の脱線が許され、脚本家としての遊びを入れることができた。拗《す》ね者の気味がある敏彦は、注文主の要求をみたしながら、侍同士の会話に外国の戯曲の名|台詞《せりふ》をしのび込ませたりする遊びをたのしんだ。
ときたま、テレヴィ局をおとずれると、知り合いのプロデューサーたちが、あなたは脚本家をやめたの、と彼にたずねた。
秋の終りの京都で、仕事の打合せを終えて、ホテルの部屋に戻った敏彦は、不意に、パニック状態に陥った。
誕生日が近い、と思ったのが発端だった。だが、四十八歳になることじたいは、さほど愕《おどろ》くものではなかった。
めったに想い出したことがない父親の死にぎわの光景が脳裡《のうり》に閃《ひらめ》いた。父が死んだときは満五十歳だった。
そう思った瞬間に恐怖が背筋から肩のあたりにひろがった。それはひろがるだけではなく、羽交い絞めに彼の胸をしめつけ始めた。
ベッドに横たわった彼は、あと二年だ、と心の中で繰返した。父親の死の原因が病気であることは、このさい、どうでもよかった。
無名に近い状態に埋もれる、などと斜《しや》に構えるうちに、いつの間にか、七年経ち、しかもなお、先があると思っていたのだった……。
脚本家として誇り得る仕事を、なにひとつ残していないことが敏彦の最大の恐怖であった。自分に才能がないとは認めたくない。しかし、この歳になって責任を他に転嫁することはできなかった。
問題はそれだけではないのだった。
彼自身は、ホテルから旅館へと宿を転々としながらの戯作者《げさくしや》めいたおのれの身をたのしむ部分があったとしても、借家住いの彼の家族は放置されたままになっていた。
――どうするの、お家?
育ちざかりの二人の男の子は、ときどき、彼にたずねた。とうに手狭になった上に、隣家が二階をつけたために日がまったく射さなくなっているのだ。
突然、自分が死んだりすることがあれば、子供たちは、敏彦自身が少年時代に辿《たど》ったのと似た道を歩まねばならなくなる、と彼は恐れた。
十二月に入って間もなく、工藤と名乗る男から彼の家に電話があった。
彼は外出中だった。帰宅してから電話の脇の小黒板に書かれた名前をみたが、心当りがなかった。
翌日、再び、電話があった。
――東広の工藤です。
男は抑揚のない口調で言った。
――至急、山路さんにお目にかかりたいのですが、いかがでしょうか。
言葉こそ丁寧だが、有無を言わせぬ気迫が感じられた。広告業界で東広といえば随一の会社だが、男の語調の迫力はそこからくるものではなさそうだった。
――どういうご用件ですか。
敏彦は押しかえすようにきいた。
――お目にかかってから話します。
男は、敏彦が承知するものと決めたかのように答えた。
――できれば、大雑把《おおざつぱ》なところをうかがいたいのですが……。
敏彦はなおも押しかえした。
――東広の方《かた》と、直接、お目にかかることは、めったにないもので。
――当然のお言葉だと思います。
男の声には、依然、抑揚がなかった。
――ただ、これは電話で申し上げることがらではないのです。三十分、時間を頂ければと思います。
飯倉にあるその喫茶店は、広くはないが、落ちついた雰囲気《ふんいき》で、クラブと呼ぶ方がふさわしかった。会員制の喫茶店というものに敏彦は初めて入るのだった。
工藤の名を告げると、和服姿の若い女性が、もうお見えになっています、と答えた。
奥のテーブルにいた、髪を短く刈った色の黒い男が立ち上った。中背で痩《や》せた肉体からは年齢の見当がつけにくかったが、軍隊経験者のような眼つきをしている。
「工藤です」
頭を軽くさげて、名刺をさし出した。
「私は名刺を持っていなくて……」
敏彦が詫《わ》びるように言うと、
「よく存じておりますから」
工藤は初めて、かすかに笑った。名刺の肩書は〈東広 精神開発局 次長〉となっている。
「精神開発局って、どういうことをするのですか」
敏彦がたずねた。
「いろいろ、誤解を招いておりまして。広告会社にもあるまじきネーミングのミスです」
そう言ってから、工藤は敏彦の注文をきいた。
「ゆっくりご説明いたします。ゆうべ、アンカレッジから帰ったばかりで、頭が少し、ぼけてましてね」
それから、工藤は、アラスカにおける自然破壊の現状について滔々《とうとう》と述べ始めた。
自分は何のために呼ばれたのだろう、と敏彦は怪訝《けげん》に思った。工藤の唇から迸《ほとばし》るのは独白《モノローグ》だった。それがある種の情熱に支えられているのはたしかだが、必ずしも、相手が敏彦である必要はないように思われた。
運ばれたウインナ・コーヒーを啜《すす》りながら、敏彦は視線を窓の外に向けていた。
「山路さん」
工藤はようやく敏彦の存在を思い出したように、
「一九八五年に名古屋でおこなわれる地球博にご興味をお持ちですか」
敏彦はとっさには返事ができなかった。
「いかがですか」
「さあ……そういうものがおこなわれることを知っているだけで」
「興味が持てませんか」
「というより、予備知識がないのです。新聞を読まないもので」
工藤は不思議そうな顔をした。
「山路さんは、新聞をお読みにならないのですか」
「ええ」
「どうしてですか」
敏彦は答えなかった。
「それじゃ、世界で何が起っているか、まったく、わからないでしょう」
「そんなことはない」と敏彦は微笑んだ。「週刊誌を読みますから」
「あ、週刊誌は見るわけですね」
工藤は、また、かすかにわらった。
「でも、地球博の趣旨ぐらいはご存じでしょう」
「地球をきれいに、とかいうのでしたな」
「地球よ、よみがえれ、です。案はいろいろ出たのですが、キャッチフレーズとしては平凡なところに落ちつきました」
アラスカの自然破壊について喋《しやべ》ったのは、これと結びつくのかと、敏彦はようやく思い当った。
「週刊誌しか読まないあなたの眼にも触れるような大キャンペーンが、いずれ、始まりますよ。徹底したものをやります」
「工藤さんも、キャンペーンの関係者なのですね」
「キャンペーン・オルガナイザーです」
低い声で答えた。
かつての大阪万国博や沖縄海洋博に東広が参画していたのを敏彦は記憶している。万国博の時は各パビリオンの企画、施工といったプロデュース業だけであったが、五年後の海洋博では実施主体に社員を送り込んで、トータル・プロデュースに近かったはずだ。それ以後は、さまざまな大会において運営のための資金づくりを含むゼネラル・プロデュースをおこなっているときいている。
広告会社がこのように力を持ってもよいのだろうか、と敏彦は空《そら》おそろしく感じることがある。一つの広告会社が保守党の政治キャンペーンをおこない、同時に国鉄の赤字キャンペーン、また春闘共闘委員会のキャンペーンを企画、立案する。広告会社である以上、当然のことかも知れないが、なにかしら釈然としないものを覚える。
地球博についても、くわしい内容は知らないが、自然保護・公害防止キャンペーンが政府主導でおこなわれるところに、敏彦は、いかがわしさを嗅《か》ぎとっていた。そのいかがわしさを薄め、国民の総意の祭典のごとくに演出するのが広告会社の腕の見せどころであろう。
「いかがでしょう」
工藤はやや語調を柔らげて、
「われわれのプロジェクトに腕を貸してくれませんか。あなたの昔の映画を、われわれのチーム全員で、こないだ、拝見しましたし、テレヴィ・ドラマのVTRも何本か観ました。率直に言って、テレヴィの方は、ぴんときませんでした。やはり、あの映画です。十八年も前の作品とは、とても思えません。あのヴァイタリティというか、荒々しさが、私の求めているものです」
相手の喋り方は依然として独り合点であり、なにを言わんとしているのか不明だった。
「地球博のPR映画ですか?」
敏彦はきいた。この種のナショナル・イヴェントでいえば、万博の時に、脚本をたのまれて、不快な思いをしていた。
「そんな失礼なことをお頼みするものですか」
工藤はわらうように言った。
「あなた方の言葉でいう本篇《ほんぺん》の脚本をお願いしたいのです。どうでしょうか?」
「本篇?」
敏彦は思わず、ききかえした。
映画会社に在籍した人間にとって、これほど懐しく、魅力のある言葉はなかった。安直なテレヴィ映画とは違って、劇場で堂々と公開される劇映画を示すその言葉を敏彦は久々に耳にした。
「映画をお作りになるのですか」
「プロジェクトの一環としてですが……」
工藤はききとりにくい早口でつづけた。
「日本の片隅に生き残っている動物たちと人間との交流を描いて、自然保護を世界に訴えるのが、狙いです。舞台も北海道と決めてあります。世界にセールスするからには、カナダ、アラスカ辺りを舞台にしたかったのですが、監督がお歳なので、北海道まで後退せざるをえなかった……」
「どなたが監督なさるのですか」
敏彦は相手の細い眼を見つめた。
「醍醐《だいご》潔さんです」
工藤はさりげなく答えた。敏彦は驚きを隠せなかった。
黒沢明、木下恵介よりやや遅れて、戦後すぐに華々しく登場したのが醍醐潔だった。技巧倒れ、と批評家たちに評されたモダンな作風は、未完成さゆえに、敏彦を含めた学生層を魅了してやまなかった。
昭和三十年代は醍醐潔の時代だったといえなくもない。その技巧は円熟の境地に達し、やがては、耽美《たんび》的、映像美の極致といった讃辞で飾られるまでになった。
だが、巨匠の名で呼ばれるようになった醍醐監督に敏彦は積極的な興味を持てなかった。
新作が完成するごとに、試写室か劇場で早目に観る習慣は変らないが、胸が高鳴ることがなかった。一作に少くとも二、三個所は新しい技巧がみられたが、そうした〈うまさ〉は感動にまでは到らなかった。それでもなお、醍醐監督の次作が気になるのは、過去の作品群が敏彦にあたえた衝撃が大きかったためであろうか。
「醍醐さんがおやりになるのですか」
警戒心を弛《ゆる》めずに敏彦は言った。
気がついてみたら、いなくなっていた、というのが、その後の醍醐潔であった。日本映画の地盤沈下と運命をともにしたとも言いきれぬ奇妙な消え方であった。何本かのテレヴィ・ドラマ演出と旧作の海外での評判が、わずかに彼の存在を知らせるだけだった。
「醍醐さんは、いまは外国で評価が高いのじゃないですか」
「そうですよ」
工藤は小声で認めた。
「溝口、黒沢、小津には遠く及びませんがね。しかし、作品を外国でPRするときの|とっかかり《ヽヽヽヽヽ》程度の知名度はあります」
敏彦は頷《うなず》き、沈黙した。
工藤も、すぐには口を開かなかったが、やがて、
「醍醐さんをあのまま埋もれさせておくのは、日本映画界の恥ではないでしょうか。まだ鋭い感覚を持っておられます。組んでみられる気はありませんか」
「どうも、信じられない気持です」
敏彦は率直に言った。
「とても光栄なお話のはずですが、納得できない部分がある。……醍醐さんの映画の脚本家といえば、塩田一樹と決ってたはずですが……」
「塩田さんは、この春、高血圧で倒れて、入院中です」
「知っています。しかし、それで、すぐに、ぼくと決ったわけじゃないでしょう」
工藤の顔を不快げな翳《かげ》が走った。自分が単純に感動して引き受けると思ったのか、と敏彦は思った。
「瀬木さんをご存じでしょう。あの方に頼んだのですが、スケジュールがきつくて、こちらで遠慮したのです……」
嘘だ、と敏彦は思った。テレヴィの人気作家である瀬木のメタル・フレームの眼鏡をかけた顔を想い泛べると、追い抜かれた口惜《くや》しさよりも懐しさが先立った。いまや瀬木は自分と意見が合わないディレクターを更迭できるほどの力を持っていた。
「瀬木君には久しく会ってませんが、寝る間もないそうじゃありませんか」
「まあ、きいて下さい。その時、瀬木さんに、どなたか適当な方を推して下さいとたのんだのです。瀬木さんはしばらく考えた末に、自分の名を絶対に出さないことを条件にして、あなたを推薦したわけです」
今度は納得できるようだった。瀬木なら、それくらいの神経の使い方はわきまえているはずだ。
「あなたのキャリアや作品も、瀬木さんから教えられた、と正直に申し上げましょう。その方が良さそうです」
「よく、わかりました」
敏彦は相手の顔を見た。
「すると、脚本は白紙ですか」
「白紙の状態です」
「その方が都合がいい」と彼は笑い、「で、醍醐さんは、ぼくでもいい、と考えているのですか」
「もちろんです」
工藤は無表情に戻っていた。
「ぜひ、お願いしたい、とおっしゃってます。あなたの作品の参考試写を、われわれといっしょに観たのですから」
敏彦はにわかに恥ずかしさを覚えた。あの映画が封切られたころ、醍醐はまさに邦画界の神殿の奥にいて、批評家や記者のインタヴュウを拒否し、撮影現場での取材を拒むほどの存在だった。……その醍醐が、所詮はプログラム・ピクチュアの一本に過ぎない自分の作品を観て、なにを感じたであろうか?
「ありがたいですね」
敏彦は映画青年のむかしに戻ったような気持だった。大学の映研にいた彼の夢は、自分の書いたシナリオを醍醐監督に読んで貰うことであった。
「なにか、おっしゃってましたか」
「褒めてましたよ」
工藤の口調は素っ気なかった。
「若い人に珍しく構成がしっかりしている。フィーリングで流してない。――そんな風に呟《つぶや》いてたようでした」
若い人といわれるのは奇妙だったが、醍醐潔からみれば、自分はまだ若者のうちに入るのかも知れなかった。それに、あの脚本を書いたころの彼は、たしかに若かった。
「具体的なお話をきかせて下さい」
心のなかにふくれあがるものを抑制するように敏彦は言った。
「進行は、私どものたてたスケジュールより大幅に遅れています」
工藤は独白調でつづけた。
「去年の冬にロケハンをすませたので、私は安心していたのです。ところが、間もなく撮入といういまになって、あまりにも何もしていないので慌てたのが実状です。これから流氷がくる三月まで、遮二無二《しやにむに》カメラをまわして、やっとでしょう。この冬を逃すと、一年、まるまる遅れるわけで」
「醍醐さん、どうかなさったのですか?」
「塩田さんが倒れて再起不能になったのも一因です。しかし、テレヴィ・コマーシャルの仕事で、醍醐プロダクションは忙し過ぎる」
「この仕事は醍醐プロに委託したものですか」
「醍醐さんの希望で、そういう形をとっています」
「悠長過ぎますね、それにしても」
「そこらが難しいのです。醍醐さんのペースは私どもと違いますから。完全主義というか、腰を上げて貰うまでが大変です」
「そういうものですかね」
敏彦は考え込んだ。
「久しぶりの映画というので、とても燃えておられますよ」
工藤は先まわりするように言った。
「お会い頂ければわかります。山路さんのご承諾を得たことを、すぐ、監督に電話します」
あまり良い状況とはいえない、と敏彦はみた。
だが、そうででもない限り、醍醐監督と仕事をする機会が、彼にめぐってくるはずはなかった。少くとも、醍醐潔は世界的水準に達している映画人であり、敏彦は邦画界でさえ忘れられた存在である。……仕事が軌道に乗れば、これは、敏彦にとって、自分がいまだに映画人でありつづけることを立証する最後の機会となるように思われた。
……数年前に、テレヴィ映画のロケハンで、ロンドンに立ち寄ったさいに、敏彦は、ウォータールー橋を渡ったところにあるナショナル・フィルム・シアターを訪れた。ヒッチコックの英国時代の旧作を観るつもりだった彼は、建物内部の壁に貼《は》られたポスターに、ローマ字綴りの自分の名を見出《みいだ》して、愕いた。それは一週間後に開催される日本映画祭のポスターで、大島渚、山田洋次、深作欣二といった監督たちの旧作群に、なぜか、彼が脚本を書いた一本が混っているのだった。
その時の誇らしい気持を敏彦は忘れることができずにいる。ローマ字の綴りが間違っているのさえ気にならぬほど彼は高揚し、そうだ、たった一本でも、映画は、このように残ってゆくのだ、と心の中で繰りかえした……。
「とにかく、まず、お会い頂いて……」
工藤は手帖《てちよう》をひろげた。
「ギャラその他は、それからでよろしいですか。条件がおありですか」
急ぎの仕事になりそうだった。こうした場合、割り増しを要求するのも可能だ。
「あとで結構です」
敏彦は答えた。
工藤は大きく頷いて、
「私どもの局では、山路さんに期待しているのです」とつけ加えた。
「精神開発局の説明を、まだ伺っていませんよ」
相手に笑いかけながら敏彦は促した。
「私どものセクションは、一昨年、つまり一九八○年に設置されたものです。大きな仕事としては、今度の地球博、及び、そのキャンペーンが初めてです」
工藤は慣れた調子でつづけた。
「広告が企業や商品のためにある時代は、七十年代で終ったというのが、私どもの判断です。つまり、大衆や社会が|いま《ヽヽ》何を求めているかを私どもでディスカッションして、そこから発想された新しい価値観を大衆に提案してゆく。今度でいえば、〈地球よ、よみがえれ〉というコンセプトですが、これが大衆に受け入れられるかどうかに、われわれ広告人のアイデンティティがかかっていると思います」
「どうも、わからない」と敏彦は呟くように言った。「そういうキャンペーンによって、あなた方にどういうメリットがあるのですか」
工藤の細い眼が嗤ったようであった。
「社会に貢献するだけでいいのですよ」
「その提案に反対する者は、まず、いないと思いますがね。少々、立派過ぎませんか。……人間の生き方を高所から教えられると、ぼくなんか、抵抗を覚える方ですがね」
「同じ趣旨の投書が新聞にのっていました」
と工藤は冷静に答えた。
「精神の変革を広告業者に強いられる理由はないというのです。予想された批判です。……山路さんには、仕事を通じて理解して頂くほかはありません」
別れぎわに、敏彦は精神開発局のPR誌を渡された。贅沢《ぜいたく》な紙を使った、重たい雑誌だった。
帰りの地下鉄の中で、目次をみると、新しい世代の意識構造研究の特集が中心になっている。執筆者は、この種の記事の定連ともいうべき社会学者、CM作家らであるが、かつて〈新左翼系〉と呼ばれた評論家が名を連ねているのが敏彦の眼を惹《ひ》いた。
映画人が定宿にしている赤坂の旅館に出向いたのは、翌日の夜であった。連絡をしてきた工藤は、急に北海道へ行く用ができたので、同席できない、と詫びたが、敏彦は気にしなかった。
薄暗い玄関に立って声をかけると、女中が走ってきた。つづいて、白髪が多い、小肥りの、腰の低い男があらわれて、秘書の杉本です、と自己紹介した。
「監督は、さきほどからお待ちです」
醍醐潔への畏敬《いけい》の念を強調するように言った。
二階の奥の部屋に通された。薄色のサングラスをかけ、茶色のタートルネックのセーターに顎《あご》を埋めるようにして炬燵《こたつ》に入っていた男が、ゆっくり顔をあげた。それから、初めて敏彦に気づいたかのように炬燵から足を抜いた。
「山路です」
敏彦は畳に両手をついた。極めて自然な動作だった。
「ご足労願って恐縮です」
醍醐の声はさわやかで、気取りが感じられなかった。
敏彦は顔をあげた。かつては人まえに姿さえ見せなかった醍醐監督が炬燵の向う側で微笑《ほほえ》んでいた。髪が白くなっているほかは、敏彦が高校生のころに映画雑誌でみた顔写真とさして変っていないようだった。
「きみが何を考えているか、わかるつもりだがね」
醍醐は脂《やに》で黄色くなった歯を見せて笑った。
「サングラスをかけたままで失礼する。目の下のたるみと目尻の皺を見せたくないんだ」
敏彦は相手の顔を見た。皮膚のたるみや皺は見えず、サングラスの奥の柔和な眼だけが見えた。
「この歳になって、きつい仕事をやろうとは思わなかった」
醍醐は、楽にしてくれという手つきをして、
「黒沢さんみたいに海外で仕事ができるほどエラくはないし、といって、低予算でB級のたのしい映画を作るほど若くはない。しんどくても、仕事ができるだけ、幸せかも知れない……」
敏彦は返事の仕様がなかった。杉本が茶を運んできた。
「お酒、飲みますか」
醍醐が不意にたずねた。飲みます、とは答えかねるたずね方だった。
「お菓子を出して」
と醍醐は杉本に命じた。
「工藤君からおききになったと思うけど、人間に馴染まない野生の狐と人間との交情が映画《しやしん》の狙いなんだ。社会から弾き出された孤独な男がひとり、人里離れた風雪の中で暮している……」
杉本が大きな皿を炬燵の上に置いた。敏彦には名称がわからぬ様々な餅菓子がのせてある。このような打合せは珍しかった。
「狐の取り扱いはむずかしいのだが、専門家をたのむ手筈がついている。問題は、孤独な男の方だ。なにしろ、人間はこの男ひとりしか出ないのだから、魅力がないと困る。雪の中に立つ後ろ姿ひとつでも、滑稽さと哀愁《ペーソス》が欲しい」
醍醐は両手でカメラを覗《のぞ》く恰好をしてみせて、
「役者の選定が容易でない」
「作品の出来を左右しますね」
敏彦が言うと、醍醐は大きく頷いた。
「だれが演《や》る予定ですか」
「ぼくの挙げていた第一候補は風間典夫だ、コメディアンの」
「いいですね」
醍醐の感覚は|ずれて《ヽヽヽ》いない、と敏彦は感じた。〈巨匠〉にありがちな、テレヴィ番組を軽蔑《けいべつ》する発想からは、風間典夫の名は出てこないはずだ。
「……しかし……風間は猛烈に忙しいんじゃないですか」
醍醐は苦笑を浮べて、
「物凄《ものすご》いよ、それは。……しかし、脚本しだいでは演《や》ると言っていた。ここまで押しつまっては無理だろうがね」
「哀愁《ペーソス》とうかがった時、まず、風間を思い浮べたんです。彼の表情がいいんだなあ」
「いや、顔は必要ない」と醍醐は言い切った。「ぼくが欲しいのは、手と足の芝居、それから全身――これだけだ。世界にセールスする時に、顔が出てきたら、ぶちこわしだよ。日本人の顔のアップは、欧米の人間にとっては、醜悪で、不快なだけなんだ。手、足のアップだけで、ぼくは感情を表現できるつもりだ」
敏彦は答えなかった。
醍醐は誤解したらしく、つけ加えた。
「大言壮語と思われては困る。ぼくは、手と足だけで映画を作ったことがある……」
「『蒼《あお》い野獣』――昭和二十九年でしたね」
敏彦が言った。相手のサングラスの奥の眼が柔らかみを失った。
「シャープな傑作でした、あれは……」
「……あの年は、凄かった。黒沢さんの『七人の侍』、溝口さんの『近松物語』、成瀬さんの『晩菊』、木下さんの『女の園』と『二十四の瞳《ひとみ》』があった。……ぼくは三本ぐらい撮ったが、全部、黙殺された……」
「『触媒』と『白い街』ですか」
どちらも、時代より早過ぎた作品だった。
「記憶力抜群だね、きみは」
醍醐は呆れたような顔をした。
「ぼくについて、ぼくより詳しい」
「その辺の数年だけですよ」と敏彦は低く答えた。「昭和三十四、五年を過ぎると、あまり覚えていないんです。映画を仕事にしてからは駄目になりました」
「『蒼い野獣』を観てくれているのなら、話が早い」
醍醐は唇のはしに煙草をくわえて、
「あのタッチでいきたいんだ」
「でも、風間典夫がつかまらないのでは……」
「風間は、もう、無理だから、念頭に置かないで書いて欲しい。ぼくが用意したシノプシスを頭に叩き込んでおいて、いっきに書くと、いい。日数がないんでね」
「どのくらいですか」
おそるおそる、きいた。
「十日間だ。これが、ぎりぎりなんだ」
敏彦は相手の眼を見た。サングラスの奥の眼は冷えて、とらえどころがなかった。
「……でも……」
敏彦は途方に暮れた。
「現地を見るだけでも、三日はかかると思いますが……」
「取材なしでやるよりない。資料と、塩田君の取材メモが、ここにある」
無理なはなしだ、と敏彦は思った。
初めから自分が噛んでいたのならば、|つめ《ヽヽ》の作業を十日でやるのは、必ずしも不可能ではないだろう。だが、この場合は、土台ができていないところに、いきなり、家を建ててくれと注文されるに等しかった。
「深刻に考えることはない」
醍醐は無表情のままで、
「きみは構え過ぎている。地球博とか、映画を世界に売るとか、そんなことが頭にあるからだ。……九十分のテレフィーチュアの脚本を書くつもりで、肩の力を抜くといい。傑作意識を棄てると、かえって良い仕事ができるものだ」
敏彦は混乱してきた。醍醐の言葉は経験に裏打ちされたようでもあるが、どこか信用できなかった。
「十日間なら、まだ、いい方でね。戦前に京都で脚本を書いていたころは、五日とか三日で一本書いた。それが『キネマ旬報』のべスト・テンに入った作品だからね。まあ、演出のお蔭《かげ》だろうが……」
妖術をかけられていると敏彦は感じた。が、自分の内部に、醍醐潔の映画のクレジット・タイトルに名を連ねたい野心がある限り、そうとわかっていても、席を立つわけにはいかなかった。
持ち帰った資料を明け方まで読み耽《ふけ》ったので、目覚めたのは昼近くだった。必ずしも疲労しているためだけではなく、ベッドの上で身体《からだ》を起すのが辛かった。
質《たち》の良くない仕事を引受けたとき、叛乱《はんらん》を起すのは、まず、肉体であった。疲れているはずがないのに疲労感を覚えるのは何故《なぜ》だろうと考えてゆくと、たいていは原因を突きとめられる。
ふつうの場合だったら、こちらから電話をかけて、|降りて《ヽヽヽ》しまうところだ、と敏彦は思った。そうしたことを繰りかえして、彼は世間を狭めてきたのだった。
醍醐監督がどんな人間なのか、彼にはまだわからなかった。胡散《うさん》臭い感じがあるのはたしかだが、ごく少数の潔癖な人を除いて、それは、高名な監督に共通の要素でもあった。会社やスポンサーを欺き、それぞれ癖のある役者たちやスタッフを、自分の思う方向に引き摺《ず》ってゆくためには、時と場合で、百八十度異なる発言を平気でする必要があったし、映画が完成に近づくと、マスコミ向けの台詞や、批評家を誘導するキイ・ワードを準備しなければならなかった。そうした詐欺師的性格とカリスマ性は、フェデリコ・フェリーニのような大監督にも、より顕著な形で存在する、と敏彦は考えている。
妻が外出した様子なので、敏彦は冷凍のピザをオーヴンに入れ、カップのインスタント・コーヒーに湯を注いだ。
無糖のままで、ひとくち啜った時、電話が鳴った。
コーヒー・カップを右手に持ったまま、彼は仕事部屋に入り、送受器を左手でとり上げた。
――醍醐です。
奇妙に愛想の良い口調だった。
――今日の午後に、東広本社で、例のキャンペーンについての会議があるのを忘れていましてね。突然で恐縮だけど、きみ、代理として顔を出してくれないか。
新橋駅東口の向い側の東広本社には何度か来ていたが、別館の二十三階にある大会議室は初めてだった。
正面の壁にある、左右の上限に角笛を吹く天使を配した浮彫《レリーフ》の銀色の世界地図と、各都市の現在の時刻を示すデジタル時計の群れが敏彦の眼を奪った。アメリカ最大のJ・W・トンプスン社をひき離して、世界一の取扱利益を誇る広告会社にふさわしい眺めだと思った。
工藤の話はすでに始まっていて、若い社員が唯一の空席に敏彦を案内した。どのような人たちがキャンペーンに参加しているのかと考えた彼は、着席し、卓上のパンフレットを手にとってから、工藤を正面にして左右に居流れる人々をそっと眺めた。
真向いの席にいる男が黙礼したので彼はひそかにうろたえた。男は、いわゆる社会派の映画監督で、大衆性のある作品を常にヒットさせることで知られていた。それにしても、前衛党の党員であるはずの男が、なぜ、ここにいるのか、敏彦は奇異に感じた。
その右隣には、挑発的な言辞を弄《ろう》して言論界を騒がせることで知られたタカ派の評論家がいた。極度に反動的な言動で識者の神経を逆撫《さかな》でするのが、しばしば、道化師のようにも見えたが、軽軽しいその態度を、敏彦は生活のためとみていた。
左隣には外国の漫画に描かれる日本人にそっくりな男がいた。古めかしい黒ぶち眼鏡をかけ、学者型知識人のもっともらしい態度を維持しようとつとめている。ふたむかしまえには映画批評を書いていたことがあり、敏彦はその文章に注目しないでもなかったが、テレヴィの隆盛とともに、映像批評なるあいまいなジャンルをつくり、野球中継からCMの批評まで、なんでも引受けた。それとともに公式的な左翼評論が、大衆が喜ぶものはすべて正しいといった論旨に変ってゆき、いまでは立場というものがあるのかどうかさえ解らなくなっている。いずれにせよ、広告業者にとって、もっとも便利で有用な存在であるのは確実だった。
敏彦が知っている顔といえば、ほかに、アンダーグラウンド演劇の一方の旗頭として知られ、現在は商業演劇の演出家である二枚目風の風貌の男がいた。また、自主製作映画のスター監督を自任するサングラスの青年や、敏彦も何度かつき合ったことがあるテレヴィ局のチーフ・プロデューサーの平山の面長な顔があった。パンフレットを読むために平山が洒落《しやれ》た老眼鏡をかけるのが、時の流れを感じさせた。
――過去のデータから判断しまして、このキャンペーンが女性を動員するのは間違いないと考えております。
工藤はマイクに向って喋りつづけた。
――ひとつの意志が、戦略的に巧みなマス・コミュニケーションを継続すれば、女性の大量動員は容易です。……問題は男性です。私たちのマーケティングのさいに、いつも、問題になるのは、現在、三十代半ば以下の自閉型の男性で、マニア的傾向を有する人々なのです。むかしなら、マニア人種というのは、無視すれば、よかった。まったくの少数派だったからです。……しかし、現在は違います。オーディオ機器、カメラ、自動車、映画、旅行、と、分野こそ違いますが、彼らは多数派で、しかも、専門家はだしの知識、同好組織や独自のメディアを持ち、私たちの見えぬところで情報交換をおこなっています。十六、七の子供だと思って侮《あなど》ると痛い目に会うのです……。
敏彦にも覚えがあった。若者が四十年代のアメリカ映画の小品を観ているはずがないと決めてかかったら、相手は外国の名画座やヴィデオで繰りかえして観ており、敏彦よりも、はるかに細部に詳しかったのだ。
――私たちがマニア人間を重視するようになったのは、消費者大衆のブランド選択にかなりの影響力を持つ存在としてです。それ以上でも、以下でも、ありませんでした。……しかし、今回のキャンペーンは、彼らを無視しては成り立たないのです。政治はおろか、社会というものを冷笑して、自分の穴の中に閉じこもっている青年たちを、私たちの共通の広場に連れ出して、人間の連帯感がいかに貴重か、それだけが、汚染されてゆくこのかけがえのない地球を救うことを、彼らの頭に叩き込む必要があるのです。
果して、そうだろうか、と敏彦は思った。そんな必要が本当にあるのだろうか? 理解し得ない傾向を持つ世代への工藤の苛立《いらだ》ちと特殊な思い込みではないのか。
工藤に対して反論する者はなかった。独特の断定的な口調が反論の余地をあたえないともいえたが、それだけではないと敏彦はみた。
左右両翼の文化人が、〈人間の連帯感〉を重んずる点で一致するのは、考えてみれば当然であった。だが、彼らのみならず、集っている男たちの大半が、工藤の言葉の中に同感するものを見出しているのではなかろうか。
ここに集った連中と自分の間には大きなギャップがある、と思った。むろん、自分は青年ではなく、いうところのマニア的人間でさえないが、〈穴の中に閉じこもっている〉タイプの人間だった。なんらかの信条を強制されたり、熱い体験とやらを他人と共有したりするのは、ごめんだという思いがあった。
いつの間に、こんな風潮になったのであろう。彼と同世代の人間であれば、中学、高校を通じて、個人の尊厳を徹底的に教え込まれたはずではないか。
少くとも、サングラスをかけた若い映像作家は、賛成ではあるまい、と彼は想像した。だが、俯《うつむ》きがちの顔から感情を読みとるのは困難であった。
――私の表現は、きつ過ぎたかも知れません。
工藤は呟くように言った。
――このキャンペーンになると、つい、かっとなるもので。
かすかに一同が笑った。
――共通の広場に連れ出すなんて僭越《せんえつ》な言い方をしてしまいましたが……本当は、彼らがちらっとでも、こっちに顔を向けてくれればいい、と考えているのです。彼らが少しでも気にとめてくれたら、このキャンペーンは、私にとって成功なのです。逆に申しますと、なんとしてでも、そこまで持って行きたい。インパール作戦なみの苦しみが待ち受けているかも知れませんが。
工藤の冗談は不発に終り、一同は黙したままだった。
――視覚的《ヴイジユアル》なキャンペーンは、来春からスタートします。初めは、たぶん、「地球よ、よみがえれ」のタイトル・ロゴが入っているだけの、なんだかよくわからない写真のポスターが氾濫《はんらん》すると思います。それを見た人が、なんだろうと考えたら、私の勝ちです。駅頭でも電車の中吊《なかづ》りでも、しつこく眼に止るようにして、あれはなんだろうという疑念だけが見る人の意識下に残るようにします。……本日、ご検討願いたいのは、そこから先の問題です。お手元のパンフレットをごらん頂きたいのですが、主題曲という項目があります。つまり、全キャンペーンを統一する強いテーマ曲が欲しいのです。将来、スポットCMをテレヴィで流す場合も、その曲を短く使用して、極端にいえば、テレヴィを観ないでも、音だけで、ああ、あれかと思われるようにしたい。いわば、キャンペーンの国歌です。
工藤はマイクから顔を離し、また、近づけた。
――大げさな言い方をすれば、ナショナル・コンセンサスが得られるものでないと困る。こういう言い方は語弊があるかも知れませんが、戦時中の「君が代」に匹敵するようなものが、私は欲しい。まあ、第二の「君が代」ですね……。
敏彦は真向いの男の様子を窺《うかが》った。映画監督は眼をつむっているだけだった。
――そういったものが、今日、果して、あるかどうか。……いかがですか、平山さん?
――そうだな。
老眼鏡を外した平山は、上体を工藤の方に向けて、
――少くとも日本の曲では無さそうですね。
――ありませんか。
――私は、そう思います。
――外国の曲でも、かまわないのですよ。私、べつに国粋主義者ではないので。
苦笑してみせる工藤に、平山は答えた。
――ごく、常識的にいえば、ビートルズじゃないですか。
あ、と敏彦は思った。
――私たちのチームでも、そういう声が高いのですが……。
と、工藤は言葉を区切って、
――やはり、そうでしょうか?
――じゃないですか。最大公約数という点からみて、ほかに代るべきものがあるとは思えない。
平山は言った。
最大公約数か、と敏彦は心の中で繰返した。
……ビートルズが羽田空港に降り立つのを〈天孫降臨〉と形容した敏彦に向って、きみは本気でそんなことを言うのかと問い質《ただ》したのは、ほかならぬ平山プロデューサーであった。平山はビートルズの理解者であったが、敏彦の大仰さを冷やかしてみたかったのであろう。「本気ですよ」と敏彦は答えたが、三分は冗談であった。ビートルズという、旧世代を脅かす存在への熱っぽい共感を、彼はそんな極端に時代錯誤な言葉で表現して面白がっていたのだ。……当時、平山の下で仕事をしていた彼は、ビートルズの武道館公演の夜に、湘南《しようなん》のどこかのホテルでおこなわれた、番組関係のパーティーに出席しなかった。武道館公演の中継録画放送を観るためだ。彼の家のテレヴィは白黒なので、カラー受像機を持っている友人の家で観せて貰ったのだった。友人の奥さんは、テレヴィの画像を横眼で見ながら、四人の青年がなんとも下品だ、と評した。それは、ビートルズは世の大人に許容されてはならないのだという敏彦の思い込みを、いっそう強固にしただけであった……
――もう少し具体的にうかがいたいな。
工藤はボールペンのキャップを外しながら、
――どの曲ですか、たとえば?
――それは、皆さん、好みがちがうでしょうから。
平山は飽くまで謙虚さを装った。
――いいじゃないですか。言ってみて下さい。
――そうねえ……All You Need Is Loveなんかは、キャンペーンのテーマに合うように思いますがね。
――派手で、賑《にぎ》やかですね。
映像評論家が大きく頷いた。
敏彦は納得できなかった。ジョン・レノンが射殺された時の衝撃を、この人たちは忘れてしまったのだろうか。あるいは、過去の一事件としか認識していないのか。
――ビートルズの曲だと、他のイヴェントとの関係は非常に円滑になるでしょう。
工藤は意を強くした様子だった。
――文化庁主催の五時間ぶっ通しのロック・コンサートの計画があるのですが、オープニングにその曲を使うとか、万事やりよくなります。
会議が終ったのは夕方だった。
エレヴェーターの前で、敏彦は平山と顔を合わせた。ご活躍で、と平山は柔和な眼を細めた。
「醍醐さんと組んだのですって?」
「ええ」
敏彦は小声で答えた。
「大変でしょう?」
「まだ、よくわかりませんが……」
「むかし、うちの局に演出指導にきたんだ、あのひと。それで、大変だとわかった……」
平山は微笑している。他人がいるので、どんな意味で大変なのか、たずねることができなかった。
地下鉄で赤坂に出て、醍醐のいる旅館に向った。あんな会議に自分が出席しても、なんの意味もないではないかと疑問に思えてならなかった。
旅館の玄関には杉本が出迎えた。
「いかがでした?」
杉本は笑いかけた。かえす言葉もなく、敏彦は階段を登った。
格子縞の派手なシャツの上に綿入れを羽織った醍醐は、炬燵に入って、蜜柑《みかん》を食べていた。
「ご苦労さん……」
まるで会議の内容を知っているかのように、にやにやした。
「あの雰囲気《ふんいき》を、きみにも知っといて貰おうと思ってね」
敏彦は炬燵の前に座った。
「どうだった?」
「決ったのは、キャンペーンのテーマ曲にビートルズを使うことだけでした」
「放送だったら、それができるんだ」
と醍醐は頷《うなず》いて、
「ぼくがテレヴィの演出をやった時の唯一のたのしみが、それだった。外国のどんな新しい曲でも自由に使える」
醍醐は思いついたように蜜柑をすすめた。
「映画では、そうはいかん。特に、ビートルズなんか使ったら、著作権使用料をどれだけ取られるか見当もつかん」
自分にとって貴重な時間の損失であったことにこの人は気づかないらしい、と思いながらも、敏彦は相槌《あいづち》を打ってみせた。
「工藤君は演説をぶったかい」
「ええ」
「あの声をきくと、疲れる。脱広告とかいって、新しい生き方を大衆に教えるというのだから、恐れ入る」
「新聞の投書欄で批判されたと言ってましたが……」
「奴さんが仕掛けたんだよ」
醍醐は薄笑いを浮べた。
「話題を作るためなら、どんな真似でもする男さ。……自分で批判の投書をする。それを皮切りに、批判が集中したところで、堂々と自分の名を出して反論の投書をした。彼としては生真面目に書いたのだろうが、傲慢《ごうまん》な内容だったね」
「ヴォルテージの高い人ですね」
「……しかし、醒《さ》めた男だ。かっとなった時ですら、醒めている」
遠い過去において、そんなタイプの男に出会ったことがある、と敏彦は思いかえした。名前も、顔も、想い出せないが、たしか、復員者だった……。
「工藤さんは戦中派ではないですか」
「昭和二年生れとかきいた。……戦中派後期、ということになるか」
「私の偏見かも知れませんが……あの年代の人は、どうも、他人の精神の領域に踏み込みたがるようで……」
「工藤君の場合は、はっきりしたポリシーがあるようだ。日本人は精神面について、あれこれ論じるのが好きだ、大衆は指導されたがっている、と信じているのじゃないか」
そこまで見抜いて、なおも、仕事をする気なのか、と敏彦は思った。
「ゆうべの今日で恐縮ですが、うまいアイデアが浮びそうですか」
醍醐の語調が変っていた。
「資料はいちおう拝見したのですけど……」
敏彦はためらいがちに言った。
「正直に申し上げて、大変な仕事だと思いました。塩田さんの取材メモは、キタキツネの研究家にきいた話だけですし」
醍醐はかすかに頷いた。
「しかも、キタキツネは人間に懐《なつ》かない、と資料にあります。主人公が狐の子供をひろって育てるという話じたいに無理があると思います」
まるで、往年のアメリカ映画「仔鹿物語《イヤリング》」と同じです、とつけ加えようとして、はっとした。醍醐のくれたシノプシスは、主人公が自分の育てた狐を殺す結末まで、「仔鹿物語《イヤリング》」にそっくりなのだ。
「そう……きみの言う通りだ」
サングラスの奥の眼が笑っていた。
「根本に嘘があるような気がして、ひっかかっていたのだ。……良い知恵があるかい?」
この人の才能が涸渇《こかつ》したという噂は本当のようだ、と敏彦は感じた。演出の才腕もさることながら、それ以前の、脚本執筆段階における着想のすばらしさで、醍醐は他の追随を許さなかったはずである。
「どうかね?」
相手は促した。
「……かなり違う設定になってしまうのですが」
「かまわんよ、それは」
「主人公と狐を切り離しても、ドラマは成立すると思うのです。世に容《い》れられない動物学者か、研究家か、社会的ドロップアウトか、主人公についてはもう少し煮つめるとして――彼が遠くから野生の狐を観察しているだけにしたらどうでしょうか? 双眼鏡で見つめている行為だけで、主人公の孤独感や狐への愛情は、浮び出ると思います」
醍醐は煙草に火をつけて、しばらく考えていたが、
「一案だな」と言った。
「……面白い。それに画面《え》にもなり易そうだ。狐と人間をいっしょに動かすのは、むずかしいと思っていたんだ。……きみの案にそって考えようじゃないか」
あっさり言われて、敏彦はかえって不安になった。
「飽くまでも私案ですから」
「いや、いいですよ。良いと思ったら、こだわりなく採り入れるのが、ぼくの取り柄なんだ」
うまいことを言うと思いながらも、敏彦は嬉しかった。
「あと九日で出来るかね?」
「そうですねえ……」
敏彦は炬燵板のはしを見つめた。
「キタキツネについて、もう少し調べてみたいのです。それに、一泊程度でも、現地を見てみないと、イメージがはっきりしないので……九日間というのは、ちょっと。……執筆にかかるまえに、もう少し、ディスカッションが必要でしょうし」
「あと九日という線は守ってくれないと困る。ゆずっても、一日ふえるぐらいだ」
「とにかく、私としては、こういう脚本は初めてなので……」
その言葉に、被《かぶ》せるように、「初めてという意味なら、ぼくだって同じだ」と醍醐が言った。
「……しかし、ぼくは、きみに、脚本を要求しているわけではない」
敏彦は相手の焦げ茶色のサングラスを見つめた。
「脚本ではないのですか?」
「ゆうべ、考えを変えた。お互いが納得できる脚本を、十日間で仕上げてくれと、きみに要求したのは失礼だった。だから、これは脚本ではない……」
敏彦は黙していた。
「誤解しないでくれたまえ」と醍醐は言った。「きみを軽視しているわけではない。ぼくとしては、第一線の脚本家に対するのと同じ敬意をはらっているつもりだ」
「脚本でないとすると、なにが必要なのですか?」
敏彦の口調はおのずと皮肉な響きを帯びた。
「脚本的ストーリーだ」
醍醐は表情を変えずに言った。
きいたことのない言葉だった。少くとも、敏彦は初めて耳にするのだった。
「つまり、シノプシスですか?」
「いや、シノプシス程度では困る。脚本の形をしていなければならないんだ。これはぼくの造語だが、いわば、脚本形式のストーリーだな。九日間で出来るのは、そこらが精一杯だと思う」
自分がどんな立場に陥ったのか、敏彦は判断できなくなっていた。醍醐という人物への疑惑も含めて、相談できる相手となると、きわめて限定される気がした。
このさい、もっともふさわしいのは瀬木であろう。工藤が接触したのが嘘でなければ、瀬木は醍醐に対してなんらかの見方を持っているのではないか。
人気作家になった瀬木とは日常の交渉が絶えていた。
数年まえの歳末、自分の生き方を考え直すつもりで、敏彦は都心のホテルに閉じこもったことがある。純白の壁に囲まれた部屋のベッドに横たわったまま、彼は呆《ほう》けたような数日を過した。これといった考えは、なにひとつ、閃《ひらめ》かなかった。
ある夜、さして食欲もないのにグリルに降り、奥の隅のテーブルについた。タオルで手を拭ってから、彼は、家族づれの食事をたのしむ瀬木の姿を中央のテーブルに見出《みいだ》し、動揺した。
晩婚の瀬木は、若く美しい夫人とともに二人の幼児の面倒を見ていた。若年にして成功した才人が中年にさしかかった時の脆《もろ》さが瀬木には感じられなかった。自己の才能への自信が、瀬木の態度を優雅にさえみせていた。
敏彦の心を揺さぶったのは嫉妬《しつと》ではなかった。羨望《せんぼう》ですらなかった。……かつては同格で仕事を共にしたことがある自分が落魄《らくはく》し、片隅で食事をとろうとしているのが、瀬木の眼にどのように映じるかという虞《おそ》れだった。
先に気がつけば、グリルに入ってこなかったのだが、と彼は思った。自分のことで頭が一杯で、注意を怠ったのが、失敗のもとだった。いまは瀬木の視野に入らなくても、自分が出てゆく時は、いやでも先方の眼に触れることだろう。
……あのとき、会釈ひとつせずに立ち去ったことで、瀬木は気を悪くしているかも知れない、と敏彦はためらった。ひとことでいいから挨拶をしておくべきだったのだ……。
にもかかわらず、敏彦を踏み切らせたのは、瀬木が別人のように圭角が取れたという最近の噂だった。その噂にすがる思いで、彼は、放送作家名簿にのっている瀬木の電話のダイアルをまわした。
呼び出し音が止り、鬱病患者の呟きめいた声が敏彦の鼓膜に響いた。
――山路敏彦ですが……。
思いきって、そう名乗った。
――ああ……。
暖かみが相手の声に宿った。
――これは、意外ですな。
――五分ばかり、よろしいでしょうか。
敏彦は遠慮がちにたずねた。
――いいですよ、五分と限らなくても。
余裕の感じられる声に、敏彦はほっとした。
――実は、いま、醍醐潔の作品を手伝っておりまして……。
――行きましたか、そちらに。
――なんでも、あなたのスケジュールと合わなかったとか……。
――ええ。
――工藤氏は、自分の方で遠慮したと言ってますが、ぼくは、あなたが断ったものとみました。
――そんなこと、言ってますか。
瀬木の声音が微妙に変化した。
――ぼくは映画とは合い性《しよう》が悪くてね。醍醐潔に限らず、だれでも厭《いや》ですね。過去に不愉快な目に遭い過ぎた。映画屋は、ひとを利用しようとするだけでね。
敏彦は、はあ、とだけ言った。
――山路さんが気を悪くなさると困るけど、ぼくは純粋のテレヴィ育ちで、古き良き映画界への郷愁なんてものはありませんからね。テレヴィ屋にも変な奴が多いが、少くとも、映画屋よりは明晰《クリア》です。ビジネス精神がありますよ。
――なるほど。
――ビジネス面を無視して、良い作品をつくろうなんて言われると、眉唾ものだと思いますよ。相手が世界的な監督だろうと、なんだろうと、自分の時間を無駄にされるのはたまらないな。
――あなたは特にお忙しいから。
――いま、仕事はまったくしてないです。半年間、休養ですよ。
瀬木の声が落ちつきをとり戻したので、敏彦は重ねてたずねた。
――醍醐潔には、いちおう、お会いになったのですか?
――会った上で、断ったのです。
――いまの醍醐潔を、どうお考えですか? 正直に言って、ぼくは、解らなくなりましてね。
敏彦は〈脚本的ストーリー〉の件を打ち明けた。
――そんなことを言うのですか。
瀬木は呆れたようだった。
――ぼくの場合を話しますと、二度会ったのですが、脚本を書いてくれとは言われなかったですね。原案をたのみたいという話でした。……ぼくはテレヴィ専門だから、お断りすると言いました。その時、だれか、適当な人はいないかというので、失礼ですが、あなたの名を挙げたのです。……むかし、新宿御苑のそばにあったスナックで、あなたが、いまに醍醐潔の脚本を書くようになってみせるぞ、とぼくを怒鳴りつけたのを覚えていたもので。
――そんなことがありましたか……。
敏彦は覚えがなかった。
――ありましたとも。「鳥羽邦彦ショウ」の台本で御一緒してたころですよ。……そうだ、あの時、湯浅さんも同席してたんだ。あとで小説家になった湯浅篤さんが、たしか、いたはずですよ。
送受器を置いて、顔を伏せたい思いだった。テレヴィ育ちの瀬木は、敏彦の夢想をどんなに奇妙に感じたことだろう!
――お話を伺っているうちに、醍醐潔という監督が、なぜ、現在のような袋小路に入ったか、わかってきました。
瀬木は含みのある言い方をした。
――……山路さんが意見を述べているあいだに、脇で、秘書と称する人が、メモをとっていませんでしたか?
あ、と敏彦は声を発した。醍醐監督が自分の言葉に耳を傾けてくれるのを喜ぶあまり、杉本の行為を眼にしていながら、気にかけなかったのだ。
――やはり、同じですな。
と瀬木は声を低めて、
――ぼくは途中で気づいたのですが、あれは、こちらが口にするアイデアを片っぱしから書きとっているのではないですか。
声を出そうとしたが、喉《のど》がふさがったようだった。
――ぼくの|かんぐり《ヽヽヽヽ》かも知れませんが。
――おっしゃる通りです。
ようやく、感情を抑制しながら、敏彦は答えた。
――はっきり解りました。この仕事は降りた方がよさそうだ。
――待って下さい、山路さん。
瀬木は早口で制した。
――あなたの気性《きしよう》を知っていますから、そういう結論が出るのは、ぼくは当然だと思います。ただね、あなたは、原案というか、設定というか、それを、もう創ったわけじゃないですか。……いま、あなたが降りてしまうと、只働きをした上で、アイデアをそっくり盗まれる結果になって、しかも、文句が言えないのですよ。
気の乗らない仕事ではあったが、とりかかってみると、敏彦は手を抜く気持にならなかった。自分は、ふつうの脚本を書くしかないと肚を据えた。
彼の仕事を妨害するものは、醍醐の言葉の記憶や、家の周囲の物音ではなかった。支障のもとは、彼自身の肉体にあった。首筋や肩の痛みを最悪の状態に到らせないように気をつかいながら、彼は机に向わねばならなかった。
四十代の初めだったら、と彼は嘆息した。五年まえだったら、彼の筋肉は、もっと無理がきいたはずだった。九日間で百二十余枚を書きあげるのに鍼《はり》や灸《きゆう》を必要としなかったのは確かだ。
そのあいだにも、外界では様々な事件が起っていた。
大きな政変があり、新幹線の車内で強盗事件が起き、中年のディスク・ジョッキイがガス中毒で事故死した。〈テディ・ベア〉の愛称で知られたそのDJの深夜放送を敏彦がたのしんだのは、七十年代初頭だったと記憶する。十年経つか経たぬかなのに、それは遥《はる》か昔のことのように思われた。
赤坂の旅館で醍醐に原稿を手渡すとき、前夜、一睡もしていない敏彦の頭は朦朧《もうろう》としていた。
一枚一枚、丹念に眼を通した醍醐は、これで結構だが、まだアイデア不足の部分があると言い、数個所を指摘した。
「この場で考えられんかね」
醍醐が追いつめられているのは明らかだった。セットの打合せが隣室でおこなわれており、醍醐はサングラスを外しては、血走った眼に眼薬をさした。
その日のうちに処理するのは敏彦も望むところだった。間《ま》を置くと、徒労感がつのってきて、原稿の束を見るのも厭になるにちがいなかった。
彼は近くの喫茶店に原稿を持ってゆき、夕方までに、さらに十枚ほど書き足した。醍醐の指摘が適確であることが、訂正個所を読みかえすごとにわかってきて、さすがだと感じ入った。
書き足した部分を拾い読みした醍醐は顔を綻《ほころ》ばせて、「これだよ、きみ。これが欲しかったんだ」と大声で言った。
どんなささやかな仕事でも、書き終えた瞬間には、それなりの喜びがあるものだが、今度に限って、少しも湧《わ》いてこないのだった。まだ完全には終っていないからだろうか、とも考えたが、なおも割り切れぬものが残った。
とまれ、無理をのんで、醍醐の要求を充たしたのは確かだった。工藤に電話をすると、出張中だったので、一段落したことのみを記した葉書を出しておいた。
なか二日休んだだけで、敏彦は、来春から始まる時代劇の脚本にかかった。
原作である捕物帳の人物関係をのみ込むためにメモを作り、江戸の地図を眺めていると、電話が鳴った。
――杉本です。
くぐもり気味の声がきこえた。
――山路さん、お忙しいでしょうね?
奇妙なたずね方をした。
――仕事はしていますが……何でしょうか?
――お忙しいところを恐縮ですが、ぜひ、お目にかかりたいので……。
予感が当ったようだった。
――脚本の件ですか?
――ええ……。
――|直し《ヽヽ》ですね?
――そこらを、お目にかかって、私からご説明したいので。
クレイムがついたのだな、と彼は察した。
――はっきり、おっしゃって下さい。かなり、大幅な|直し《ヽヽ》なのですか?
――……大変申しにくいのですが、監督が、あなたの脚本を使えない、とおっしゃっているのです。
――|使えない《ヽヽヽヽ》?
敏彦の声が高くなった。
――おかしいじゃないですか、それは。
相手は答えなかった。
――きこえますか?
――はあ。
――さきおととい、原稿を渡した時、あなたは傍にいたじゃありませんか。
――ええ。
――やりとりを聞いていたでしょう。醍醐さんは、ぼくの原稿を終りまで読んで、注文をつけた。ぼくは、すぐに直しました。……それで、醍醐さんは一応満足した――と、ぼくはみています。第一稿ですから、さらに、不満足な部分が出てくるだろうとは考えていました。……しかし、|使えない《ヽヽヽヽ》と言われては……。
――言葉がお気に障ったら、私の責任です。監督は、すべてが気に入らないとおっしゃっているのではありません。光った部分は、随所にある。それらを、もっと効果的にしたいというのが、監督のお気持です。言いかえれば、脚本が醍醐流になっていない……。
――それは仕方がないでしょう。ぼくにはぼくの方法がある。
――当然です。
杉本はめげなかった。
――監督は、みずから、あの脚本を、全面的に書き改めるのが最良と判断されたのです。
ようやく、醍醐の意図が視えてきた、と敏彦は思った。
まず、脚本を依頼したいと言って敏彦を誘い込み、次に、脚本ではなく、〈脚本的ストーリー〉だ、と要求を変える。そして、脚本が出来上ったところで、〈使えない〉と烙印《らくいん》を押し、原案も細部のアイデアも、すべてを|自分のものにしてしまう《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》……。
――そういうわけですか。
と敏彦は言った。
――ご諒承頂けますか?
――とんでもない。それに、工藤さん抜きでは、ぼくは何も話したくありません。
――しかし、監督は仕事をお進めになりますよ。
杉本は嗤《わら》うようだった。
――いいですか。
敏彦は激しい口調になった。
――念のために申し上げますが、ぼくの原稿は、書き足した分も含めて、コピイが取ってあります。つまり、無断でぼくのアイデアを使うと、盗作になるわけですね。
杉本は沈黙した。
送受器を握りしめた敏彦は息をつめた。すべてはブラッフであった。
――あの……。
杉本が鈍い語調できり出した。
――今夜、監督にお会い頂けませんか。
――いまは、お断りします。
敏彦は答えた。
工藤による事態収拾は、素早くおこなわれた。
電話できかされたところでは、敏彦が会うのを拒否したことに、醍醐は〈大きな衝撃〉を受けたとのことだった。だれでもが自分の言葉に従うはずだと、まだ、信じていたのだろうか。
敏彦の方も、充分に、衝撃を受けていた。すぐれた美的感覚を持つからといって、その人の人格や倫理観が高いとは限らないのだ。醍醐は、いってみれば、美しい布を織る職人の一人に過ぎなかった。
……工藤は、まず、敏彦の書いた脚本を手離してはどうか、と醍醐にきいた。撮入の迫っているのを理由に、醍醐は拒否した。
次に、工藤は、〈原案 山路敏彦〉というクレジット・タイトルを提案した。原案の半分は自分のものだ、と醍醐は反論した。チャップリンやオースン・ウエルズのように、原案・脚本・監督の三つのクレジットは自分の名にしたい、と言い張った。
ひと晩話し合った末に、醍醐が個人的に企画料を敏彦に支払い、クレジット・タイトルには敏彦の名を出さないという結論が出た。
「山路さんは御不満でしょうが……」
会員制の店で、ウイスキイ・ティーを啜りながら工藤は敏彦の顔を見つめた。
「あれ以上は譲りませんな。算盤《そろばん》を間にはさんで、交互に玉一つを上げ下げするような交渉を何時間やっても、まったく疲れを見せない人です。私の方も粘りましたが……」
敏彦はかすかに頷いた。
「正直に言って、どういう名目であれ、あの人が金を出すとは思えなかった」
「ぼくも期待していませんでした……」
「クレジットの問題で、こちらが折れたからでしょう。そこが、どうも……」
「気になさらないで下さい」
敏彦は言葉をはさんだ。醍醐作品のタイトルに名を連ねたい気持は、とうに、失せていた。
「しかし、プロデューサーとしてみれば、まことに心外です。山路さんだけの問題じゃなくて、他《ほか》のトラブルも色々ある。醍醐プロの内情をもう少し調べておいたら、おそらく、私は依頼しなかったでしょう」
工藤は憮然《ぶぜん》たる面持だった。
「そんなに複雑なのですか」
「借金で身動きがとれないのです。東広が渡した製作費なんか、とっくに、なくなっているらしい。……そう、山路さんへの支払いは、|うち《ヽヽ》が立て替えますから、心配しないで下さい」
「コマーシャル・フィルムを作ったり、手をひろげているようですが……」
「自転車操業です」
工藤は言下に評した。
「あの巨匠意識を棄てない限り、泥沼から這《は》い出るのは不可能です。茶室とか庭作りとか、国際的映画人にふさわしい生活を維持しながら、作品をまったく発表していないのですから……」
「発表しない、って、作れないのではないですか」
「そうです。今度のことで、私にも、よくわかりました。作らないのじゃなくて、作れない。餅菓子を食いながら、こまかい計算ばかりしていたのでは、クリエーティヴな仕事はできません」
「やはり、餅菓子が出ましたか」
敏彦は笑いを堪えた。
「出ました。あれが、弱ります……」
工藤はにこりともせずに、
「片づいたあとですからお話ししますが、醍醐さんは、初めから、あなたに脚本料を払う気持はなかったのです」
「そんなことじゃないかと思ってました」
敏彦は屈折した笑みを浮べた。
「われわれには、まったくない発想です。その点を突っ込みますと、無名に近い人間はおれの仕事を手伝うだけでメリットがあるはずだ、と開き直りましてね。醍醐潔流の映画作りを学べるのだ、と言って……」
「無名に近い、というのは、当っていますがね」
敏彦の声はこわばっていた。
「おそらく、映画は出来ませんよ」
相手は強く言いきってから、
「いや、完成はするかも知れないが、世界セールスなんて、とても考えられない。国内の配給業者でも、二の足を踏むようなものにしかなりますまい。……私は投げました」
工藤は独特の思いつめるような口調になった。
「いま、取りやめると、あの相手では、違約金のなんのという問題になりますから、ほうっておきます。プロジェクトから外しておけばいいのですから」
そう言って、自分自身を元気づけるように笑った。
「……映画が駄目とわかったことで、かえって、ファイトが湧いてきましたよ。また、新しいプロジェクトで挑戦すればいいんだ」
その言葉は敏彦を驚かせた。自分とは違う人種だと改めて思った。
「山路さんにはご面倒をおかけしただけの結果になって……」
工藤は背筋をのばしたまま頭をさげ、腕時計に眼をやった。
「社に戻って会議です。……山路さんは?」
「家で仕事をします」
「正月は休めるのでしょう」
「ええ」
「私は正月がニューヨークです。休めませんね」
まっすぐ家に戻る気がしなくなった敏彦は、新宿三丁目で地下鉄を降りた。
眼を刺戟《しげき》しない、柔らかい蛍光照明がつづく地下通路のショウ・ウインドウの中は、クリスマスの飾りつけがなされていた。坐り心地が良さそうな輸入物の応接セットが置かれ、大きな兎の人形をのせた暖炉の下では、数葉の薄い布と風と照明が作り出す火が燃えさかっていた。
その眺めから逃れるように早足になった彼は、人にぶつかり、よろけた。
――失礼。
革コートの青年が立ち止り、声をかけてきた。
いや、と口の中で呟いて、彼は歩き出した。
気づいてみると、低い天井の下を歩いている大半が若者であった。とくに、ひとりで歩く青年は、足早で、上体で人混みを縫うようにしている。
いつから、こんな風になったのだろう、と彼は思った。
いや、ここは昔から、若者が集る街だった、と、すぐに気づいた。彼自身、かつては、殆ど駆け出さんばかりの勢いで歩いていたのだ。変化したのは街ではなく、自分だった。
映画のポスターを貼《は》りめぐらした掲示板の前で彼は立ち止った。酒場があくまでの時間つぶしには好適だが、正月作品には、これというものがなかった。
下の隅に貼られた、折り目のついたポスターが彼の注意を惹《ひ》いた。この近くの名画座のもので、六十年代から七十年代にかけて活動したアメリカのロック・バンドの解散記念コンサートの記録映画だった。
ロックそのものにはさして興味がなかったが、六十年代にエネルギーを燃焼させた人々の記録となると、他人事《ひとごと》とは思えなかった。劇場の名を、もう一度、確認して、歩き出した。
彼はゆっくり階段を登り、寒風の強い地上に出た。プラカード型の看板を手にした人々や、待ち合せの若い娘たちが背中を丸めているあいだを抜けて、横町に入った。一本目の道を左折した左側に、時代にとり残されたような、くすんだ一角があり、うっかりすると見落すような平屋建ての映画館があった。前に立っても、何を上映しているのか判然としないほどで、次週上映らしい西部劇のポスターのみが眼についた。
切符を売る窓口はなく、自動販売機が二つあった。硬貨を孔に落すと、レジのレシートのような紙が出てきた。
……暗闇は埃《ほこり》と煙草の匂いに充たされていた。スクリーンが小さく、明るさが不足しているようだった。
装飾の多いシャンデリアに照らされた、どこかの劇場らしい広い舞台に大勢のロック・ミュージシャンがいた。歌劇の装置を想わせる大時代で優雅な背景とセピア調の光が、宮廷コンサートのような雰囲気を醸し出す中で、不意に、赤みがかった短い頭髪の、髭《ひげ》を濃く生やしたドラマーの上半身が大写しされた。
リンゴ・スターだ、と敏彦は胸を衝かれた。特徴のある大きな鼻と優しそうな眼は忘れようがなかった。見知らぬ人たちばかりのパーティーで、旧知の人物に出会ったような気さえした。
が、それは、敏彦の記憶にある、三枚目風で、悪戯《いたずら》っぽい目つきをしたあの青年ではなかった。
詰め襟《えり》の服を着たリンゴ・スターは、髪を短く刈っているせいか、永らく隠棲《いんせい》していた東洋の僧侶が、突然、姿をあらわしたかに見えた。瞑想《めいそう》的にすらみえるリンゴには、そこにならんだ、ボブ・ディランをも含むミュージシャンたちとは隔絶したなにかが感じられた。
生きながら埋葬されてゆく時代の若者たちを無言で見送るかのように、上半身をまっすぐにしたままで、リンゴ・スターはドラムスティックを動かしつづけた。
[#改ページ]
あとがき
周囲に逆らわずに現代に漂っている男を描こうと思うのですが、と「新潮」編集部のS氏に言った。
それは、まぎれもなく、私自身の姿であった。石油ショックによる物価高騰の中で、私はもはや焦る気にもならず、自棄《やけ》気味になっていた。当時、そのような私の発想にまともに取り合ってくれたのはS氏だけだった。
こうして生れたのが「金魚鉢の囚人」である。中短篇が苦手な私としては、珍しく自分で納得がゆき、愛着も特に深い。
活字になったあと、S氏は再び、長文の手紙で私を励ましてくれた。私も、自分の世界を掴《つか》んだことは感じたが、その〈世界〉が、従来の〈純文学〉にしばしば扱われる世界と程遠いことも、また、考えざるを得なかった。「ビートルズの優しい夜」の着想も、当然のことながら、その延長線上にあるもので、私にしてみれば、自分の生活圏内を舞台にしているのだが、テレヴィ界を扱ったというだけで、険しい眼つきをする向きもあったようだ。
「踊る男」にとりかかった時、私は、これらの作品を一冊の本にまとめることを考えていた。そのためには、最後の部分は書き下ろしでなければならないと思った。
「ラスト・ワルツ」が、一九八二年という、この〈あとがき〉を書いている時点からみて近未来を舞台にしているのは、〈近未来小説〉に興味があるからではない。しかしながら、この最終部分が、現在より先を舞台にしていなければならないというのは、確固たる考えにもとづくものであり、当否は読者の判断に任せるしかない。前三作の人物が再登場するという意味においても、「ラスト・ワルツ」は、やはり、書き下ろしでなければならなかったのである。
左に発表誌を記しておく。
ビートルズの優しい夜 新潮   昭和五十三年二月号
金魚鉢の囚人     新潮   昭和四十九年七月号
踊る男        野性時代 昭和五十四年二月号
ラスト・ワルツ    書き下ろし
戦争も公害問題も出てはこないが、一九六六年に始まり、八二年に終る、これらの〈現代生活情景〉は、私にとって、のっぴきならぬ現実であり、逆にいえば、私の現代史というものは、こうした姿でしか現れてこないのである。
一冊にまとめるにあたっては、新潮社出版部のお世話になり、「ラスト・ワルツ」について適切なアドヴァイスを受けた。記して感謝の意を表する。
[#地付き](一九七九年三月)
文庫版のためのあとがき
文庫版のためのゲラ刷りに眼を通しながら、奇妙なことに気づいた。
〈やさしさ〉を押し売りする若者の風潮に対して批判的な中年のDJ(「金魚鉢の囚人」の主人公)や、コミックなタレント二人組によって演じられる不条理劇(「踊る男」のなかのエピソード)は、もとより、執筆当時の作者の想像力、夢想の所産に過ぎないのであるが、このあとがきを書いているいま、それらは、|現実に存在し《ヽヽヽヽヽヽ》、|動きまわっている《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》、という事実である。
もっとも、私は、そんなことに、いちいち驚いているわけではない。一九七八年暮れに執筆した「ラスト・ワルツ」は、一九八二年という〈近未来〉を描いたつもりだったが、皮肉にも、文庫版『ビートルズの優しい夜』は、|その《ヽヽ》一九八二年に出版されるのだ。
なお、「ラスト・ワルツ」の中の〈ジョン・レノンが射殺された時の……〉以下の二行は、文庫版で入れた。まさか、あのようなことが起るとは〈夢想〉さえしていなかったのだから……。
[#地付き](一九八二年四月)
この作品は昭和五十四年五月新潮社より刊行され、昭和五十七年六月新潮文庫版が刊行された。