[#表紙(表紙.jpg)]
忍法|陽炎《かげろう》抄
山田風太郎
目 次
忍者 向坂甚内《こうさかじんない》
忍者 車《くるま》兵五郎
怪談 厠 鬼
大いなる伊賀者
忍者 梟無左衛門《ふくろうむざえもん》
淫《いん》の忍法帖
忍法とりかえばや
「甲子夜話《かつしやわ》」の忍者
[#改ページ]
忍者 向坂甚内《こうさかじんない》
伊賀《いが》組の頭領|服部半蔵《はつとりはんぞう》が、江戸を荒らす群盗を詮議《せんぎ》せよと、とくに家康から命じられたのは、次のようなわけがある。
慶長十八年の春、駿府《すんぷ》の大御所が出府したとき、家康は町奉行の嶋田弾《しまだだん》 正《じようの》 忠《ちゆう》 から妙な話をきいた。
一つは、盗賊の話である。江戸には盗賊が多かった。それは江戸が新開地として、武士や商人を集めるとともに、当然盗賊や売笑婦の集まるのをふせげなかったと同時に、まだ諸法度《しよはつと》がかたまらず、治安が確立していなかったためである。群小の盗賊のなかで、ここ十年あまり、とくに町奉行の手をやかせている一団があった。押込む先は大名町人をとわず、人数はいちどに少なくとも十人以上、同夜同時刻二か所を襲うこともあったのに、これが一団とみられるのは、押入る先に内応者があるのではないかと思われるほど、その手口が鮮やかで正確であったことと、もうひとつそれほど劫掠《ごうりやく》ぶりが痛烈で、抵抗するものは片っぱしから大根のように斬《き》ってすてる非情さをもつにもかかわらず、女を犯すことがほとんどなかったからであった。町奉行は、彼らを捕えることはおろか、その正体をつきとめることすらできなかった。
他の一つは、この数年、ときどき江戸の府中に見出されるふしぎな屍体《したい》の話である。埋立地の葦《あし》の中や、寺の境内の松林の中などに、時をおいて、しかし今にして思いあわせればもう十数人、おなじ特徴のある男の屍骸《しがい》が発見された。風態は牢人《ろうにん》風であったり、雲水《うんすい》であったり、虚無僧《こむそう》であったり、それが、縊死《いし》、割腹、それからとくに多かったのは糸のようにやせほそった餓死で、死にかたはさまざまであったが、彼らはことごとく盲目であった。それから、どれほど恐怖がひどかったか、彼らはすべて口をぎゅっとくいしばって、あとでこじあけようとしても不可能であった。
この二つの奇怪事につながりがあることが、ちかごろになってようやくわかった、と町奉行は家康に報告したのである。
「それは」
と、家康はきいた。嶋田弾正忠はこたえた。
「押込みの盗賊は、むろん眼ばかりのぞかせた頭巾《ずきん》をかぶっております。それがこの冬、松倉長門《まつくらながと》どのの屋敷に推参した一味のうちに、片眼を刀痕《かたなきず》でつぶされた曲者《くせもの》がひとりござりました。それをみていた女中のひとりが、先日、とある橋の下に変死人が見出されたさわぎの場に通りあわせ、のぞいてみたところ、その死びとがこの冬にみた盗賊であることに気がついたと申します」
「死んだ男も片眼であったか」
「いや、それはいま申した通り、両眼をとじたままでござりましたが、その一眼をふさぐ刀痕のかたちからまちがいないと申すのでござります」
「片眼の男を、両眼つぶしたのじゃな」
「左様にござります。が、ほかの屍骸と同様、いかなる手段を以て盲目としたものか、まったくわかりませぬ。切り傷も、刺し傷もない。――指でおしあけようとしても、ひらきませぬ。が、このことで、いままでの屍骸も、その風態から、あるいは盗賊の一味ではなかったかと思いあたった次第でござります」
「だれが、何のために」
「一切《いつさい》相わかりませぬ。のみならず、そう申したてた松倉どのの女中が、その夜のうちに盲となり、口もひらかなくなってしまったのでござります」
「どこで」
「松倉家の屋敷内で、しかも朋輩《ほうばい》も枕《まくら》をならべておる寝部屋で」
「ふうむ」
「口がひらかぬゆえ、物いうこともならず、盲目ゆえ筆談もかないませぬ。それのみか、口がひらかぬということは物を食べることも飲むこともできぬということにて、その女中は数日のうちに相《あい》果てたそうにござりますが、朋輩どももわけがわからず、この怪事が手前どもの耳に入ったのは、ずっとあとになってからのことでござります」
家康もしばらく判じかねた風で、嶋田弾正忠の顔をみているばかりであったが、やがて、
「半蔵を呼べ」
と、侍臣に命じた。
伊賀|者《もの》の頭領服部半蔵が伺候《しこう》した。家康はいまの町奉行からの報告を話したのち、じいっと半蔵の眼をみていった。
「忍者だな」
「……左様に心得ます」
「その盗賊のうちに、妖《あや》しき忍法をあやつる者がおる。ただでさえゆるしがたい盗賊の一味、それがそのような幻怪の忍法をつかうとあれば、いよいよ以《もつ》て捨ておけぬ。おまえでのうては、探索も召し捕りもかなうまい。半蔵、おまえの手でその盗賊を捕えよ」
家康はしばらく爪《つめ》をかんでいたが、やがていった。
「捕えたならば……半蔵、成敗するはしばらく待てい」
服部半蔵が、大御所お声がかりで大盗|詮議《せんぎ》にのり出したのは、右のようなわけからであった。
服部半蔵は、春から夏にかけて、影のようにうごいた。
彼はわざと輩下の二百人の同心をつかわなかった。ただひとりで、奉行所の方で調べあげたその盗賊に押込まれた大名、町人たちを訪ねあるいた。
むろん、襲われた方で、盗賊の正体を知るはずがない。気がついたときは、曲者はすでに屋内に忽然《こつぜん》とつっ立っており、よほどの例外でないかぎり、灯をつけさせず、声ひとつたてない。しかも、あらかじめ建物の配置、間取り、金のあり場所まで知っているかのように、闇《やみ》の中を一糸みだれず行動し、目的を達すると迅速《じんそく》にひきあげてゆく。きいただけで半蔵は、かつて甲斐《かい》の武田がひるがえしていたという「疾《はや》キコト風ノ如ク、侵スコト火ノ如ク」云々《うんぬん》という旗の文字を思い出したほどであった。
大名の屋敷でさえ、その手際《てぎわ》の凄《すさ》まじさに胆をつぶして、大半は無抵抗であったらしく、まれに刃向った者があると容赦《ようしや》なく斬り伏せられ、いずれにしても外聞をはばかって、あまり探索に協力的でない被害者たちから、しかし半蔵は、やっと共通したある事実をつかんだ。
それは彼の調べた七十八軒の家のうち、その三十一軒がある傾城《けいせい》屋から遊女を呼び入れており、六十五軒が古着買いを呼びこんでいることであった。いずれも盗賊に襲われる以前数か月以内である。曲者があまりに家の中のことをよく知っていることに不審をいだき、そのまえに外からやってきた人間はいないかと、執拗《しつよう》に追及して、やっと探しあてたことがらであった。
「古着。――」
錆《さび》をおびた声が、暮れなずむ夏の夕空をながく尾をひいて右にながれると、
「買おう。――」
と、左でのどかな声が尻下《しりさ》がりにうける。
両側の家並の軒の下を、長い袋を肩にかけた古着買いが二人あるいてゆく。一方は背がたかく、一方はずんぐりしているが、おなじような鼠色《ねずみいろ》の頭巾《ずきん》をかぶり、鼠色のたっつけ袴《ばかま》をはいた男であった。
町家をはずれ、大名屋敷らしい長い練塀《ねりべい》のあいだに入ってきたとき、向うから二人の武士があるいてきた。二人の古着買いは、片側の塀に身をよけた。
「古着買い」
ゆきすぎかけて、二人の武士がたちどまって、ふいに話しかけた。
「儲《もう》かるか」
「へえ、おかげさまで」
「昼間古着を買うて払った銭の何万倍か、夜、盗賊をはたらいてとりもどす。儲かるはずだ」
二人の古着買いは塀の下に立ったまま、じっと二人の武士を見た。眼はほそく、顔も細く、背もヒョロリとながい方が、ニヤリと笑った。
「うぬら、奉行所の役人だな。いまごろ、やっとわかったか」
突然、背のひくい方が、猛然と武士の方に殺到した。二本の刀身がひらめいた。蒼《あお》く澄んだ夕空に、鮮血が奔騰《ほんとう》した。
「あっ」
さけんだのは、二人の武士の方であった。二条の刀身は、一本は古着買いの脳天からのどぼとけまで、一本は肩からみぞおちまで斬りこんだが、そのまま鉛にくいこんだようにうごかなくなってしまったのだ。その古着買いが、われと身をなげ出して斬られながら、斬られた瞬間ぎゅっと筋肉を収縮させて刀身をくわえこんだと知ったのは、その刹那《せつな》であった。
狼狽《ろうばい》の色が、墨汁みたいに散ったふたつの顔が、柘榴《ざくろ》のように砕けた。もうひとりの古着買いの投げたマキビシのためだ。マキビシとは、四方にねじくれた釘《くぎ》を突出させた鉄金具で、忍者が逃走するとき追手とのあいだにばらまくのを通常の使用法とする。
「お頭《かしら》、早く」
斬られた古着買いがうめくよりはやく、長身の古着買いは、そのまま横っとびに逃げようとした。
そのうしろを、顔面を両眼もろとも粉砕された二人の武士は、ツツと追った。その手に小刀がきらめき、背後に二本の大刀をくいこませたまま、どうと乾分《こぶん》がたおれるのをみると、ようやくこの武士がただものでないことに気づき、古着買いははじめて恐怖の相になって、ふりかえりざま、手をふった。無数のマキビシが、二人の胸にうちこまれ、ついにたまらず折重なって路地にうち伏すのは眼にも入れず、彼は宙をとんで逃げた。
「まだマキビシはあるか」
かけてゆく前方から、そう呼ばれた。
ばねにはじかれたようにとびさり、ふところに手を入れた古着買いの顔が、こんどは狼狽にひんまがる番であった。マキビシはもうなかったのである。
前方に仁王立ちになった武士は、山岡《やまおか》頭巾をかぶっていた。
「大盗|鳶沢甚内《とびさわじんない》」
と、呼んだ、うすく笑った。
「名まで知っておるのだ。神妙にせよ。おれは公儀伊賀同心の頭、服部半蔵」
そう名乗られるまえから、鳶沢甚内は、おのれの輩下が身を以て二人の武士の刃をあつめ、じぶんを逃がそうとしたように、二人の武士もまた最初から死ぬる覚悟でこちらの武器を消磨《しようま》させたことを知っていた。伊賀者ならではの凄烈《せいれつ》な兵法である。
敗北感が全身を萎《な》えさせ、彼ががくと路上にひざをついた。
「安堵《あんど》せい、心ばえ次第では成敗しようとはいわぬ」
服部半蔵は、鳶沢甚内のそばに立った。
「もうひとり、仲間があるな。荒井|宿《じゆく》の傾城屋西田屋の亭主甚内。そこにおれをつれてゆく気があるか」
東海道を往来するたびに、当然この傾城屋のまえを通り、品川の海の色に染まったような風をうけて柿色《かきいろ》ののれんがひるがえり、のれんがひるがえるたびにその先につけた鈴が鳴り、鈴が鳴るたびに白粉《おしろい》をぬった女の顔がのぞくのは見聞きした。のみならず、たしか二、三年前、大御所さまがこのあたりにお鷹野《たかの》にお成りの際、この店にたちよって茶か酒を召しあがったという話さえもきいている。この遊女屋が江戸をさわがす大盗の根城《ねじろ》のひとつだとは、こんどはじめて知って、つきとめた服部半蔵自身が、実は最初|茫然《ぼうぜん》としたくらいである。
荒井の宿《しゆく》というと、すぐ東に鈴ケ森をひかえた宿駅で、この慶長年代の東海道では、六郷《ろくごう》の渡しと大井の宿との中間にあった。
夜更けのことで、星月夜の下には人影もみえず、ただ海ばかりが蒼《あお》いひかりをゆすっていた。遊女屋にちかづきながら、半蔵がいった。
「甚内、見えるか」
「何がでござる」
「あの傾城屋をめぐり、服部一党の外縛陣《げばくじん》が張ってある。庄司《しようじ》甚内はのがれようとしても、もはや袋の鼠だ。さて、そうしておいて、おれはおまえを捕まえにいったのだ」
伊賀者による監視網が張りめぐらされているという意味であろうが、さすがの鳶沢甚内も、何者の姿もみることはできなかった。
「それと申すのも、先刻いったように、おれはおまえたちを誅戮《ちゆうりく》するつもりで捕えようとしているのではない。なるべく穏便《おんびん》におまえらと話しあいたい。談合がまとまらず、一刻以内におれがあの家から出ぬと、伊賀者が鉄環のごとくとりつめることになる」
「仰せの趣《おもむ》き、相わかってござる。それがしより、とくと庄司甚内に申しきかせましょう」
吉原《よしわら》がまだないころの話である。江戸市中にも、いたるところ遊女屋の小集落はあったが、それよりこの江戸の入口にあたる荒井宿の西田屋の方の名が売れていた。この店ののれんに鈴がつけてあったので鈴ケ森という地名が起ったという伝説や、大御所が鷹狩りの際立ちよったという挿話があることからでも、それは推察される。――
西田屋はもう大戸をとじていたが、一歩中に入ると、まだ灯は華やぎ、あちこちで三絃《さんげん》や酔うてうたう声がながれていた。若い者の知らせで出てきた亭主の庄司甚内は、三十七、八のまるまるとふとった愛嬌《あいきよう》顔の男であったが、悄然《しようぜん》とした鳶沢甚内から、
「これは御公儀伊賀同心のお頭服部半蔵さま、ちとわれらと談合のことがあると仰せられ、おつれしてきた」
と、いわれて、面上ひと刷毛《はけ》、さっと蒼いものが走ったが、すぐにまわりを見まわし、おちついた声で、
「何でござりましょうか。……ともあれ、こちらへ」と奥へ招じた。
半蔵がこの傾城屋に入ったのははじめてだが、夜ながら、木口にぜいをつくした普請、数奇《すき》をきわめた庭など、京の柳町の遊女屋にも劣らぬことをみとめた。
奥座敷に通ると、鳶沢甚内のほうからまたいい出した。
「庄司、おぬしがしばしばおれにいい、おれがしぶっていた盗賊廃業のときがいよいよきたようだ。御公儀の伊賀御一党に眼をつけられたとあっては、もうだめだ」
鳶沢甚内は、服部半蔵からきいた――遊女と古着買いの出入によって探索の糸がさぐられた話をした。
庄司甚内は、もはや度胸をきめたらしく、ふてぶてしい表情をくずさなかったが、不審の色は覆えず、
「して、それがしらにお話と仰せなさるは」
と、半蔵の顔をみた。
「さればよ、おまえらの所業はにくむべきではあるが、成敗するには惜しい能をもった奴、ひとつ徳川家のために働いてみる気はないかとの大御所さまの仰せじゃ」
庄司甚内はだまってかんがえこんでいたが、やがていった。
「われらを盗賊と知りつつお助け下さろうというお志はありがとうござるが、服部さま、実はもうひとりの甚内があります」
「なに、もうひとりの甚内?」
「それこそ、われらの盗賊の張本《ちようほん》ともいうべき男、味方ながら恐ろしい男、そやつがはたしていうことをきくか、どうか?」
「それは何と申す奴だ」
「向坂《こうさか》甚内」
盗賊稼業をやめようと思っても心がしぶり、先刻服部さまからせっかくのお言葉をきいても気がかりであったそもそもの原因は、その向坂甚内だ、と鳶沢甚内もいった。二人の話はこうであった。
鳶沢甚内、庄司甚内、向坂甚内。――彼ら三人は北条家の浪人であって、長年盗賊をはたらいてきたのは、主家再興の軍資金を調達するためであった。
「すでに二十三年前に滅んだ北条家の再興など笑うべきことに思《おぼ》し召そうが、それがしらは決してそうは思ってはおりませなんだ。……まだ、西に大坂城というものがござる」
「江戸と大坂が、いつまでもいまのまま無事をつづけおろうとは思いませぬ。遠からずひと悶着《もんちやく》がおこり、手切れになった際。……成行次第では、北条家が武蔵《むさし》にふたたび一旗あげることは夢ではない、そうみておったのでござります」
両人はこもごもいった。
「ただ、ちかごろになって、たとい手切れはあろうとも、徳川どのの天下にまちがいはあるまい。北条家がふたたび坂東《ばんどう》の主《あるじ》となることは、所詮《しよせん》夢だ、とかんがえるようになったのでござります」
と、鳶沢甚内がいった。彼が服部半蔵にとらえられて、意外に唯々諾々《いいだくだく》として屈服したのは、実はそういう下地があったのだ。鳶沢甚内の見解には、庄司甚内も同感であった。むしろ、そんな幻滅感は庄司甚内の方から先に告白したというのがほんとうだ。ただひとり、向坂甚内のみはきかない。――
「おなじ盗賊稼業の一味には相違ござりませぬが、実を申すとこのごろでは、それがしは諸家に呼ばれる遊女から、その間取りや人数をきくのが役目、むろん、遊女どもは何も存ぜぬことでござるが」
「それがしは古着買いと称して外からうかがい、忍び入る口、立ち退《の》く口を見とどけるのが役目、輩下をひきいて押入るのは、たいてい向坂甚内でござります」
「しかも、われらのうち、もっとも年少ながら、その気性もっとも酷烈、きゃつの忍法は紅蜘蛛縫《べにぐもぬ》いといい、味方すら怖気《おぞけ》をふるっております」
そして、このとき鳶沢甚内と庄司甚内の顔色までやや変り、もし向坂甚内が承諾しなければ、半蔵のすすめは水泡に帰するよりほかはないといい、所詮ここまでうちあけた以上、それがしら捕われて御成敗を受けてもやむを得ないというのであった。
「忍法紅蜘蛛縫い。――いままで一味の者で、眼も口もとじて殺されていたのは、向坂甚内の仕業《しわざ》か」
「まさしくあの甚内の飼う紅蜘蛛の仕業でござる。その蜘蛛の這《は》うたあと、蜘蛛糸を以て口も眼も縫いとじてしまうのでござります。いままで殺された奴らは、甚内の意向に叛《そむ》いた酬《むく》いでござるが……眠っておるまにどこからともなく這《は》い寄ってくる蜘蛛、これをふせぐすべは、われらとて存ぜぬ」
「その忍法をだれより学んだのか」
「われら三人、もとは風摩《ふうま》の一族でござりました」
半蔵は思わず二人の顔を見まもった。
戦国のころには、どこの大名も乱波《らつぱ》と称する忍び組をつかっていたが、なかでも北条の乱波風摩一族の幻怪|剽悍《ひようかん》の技はきこえていた。北条家が滅亡してから、その一類が群盗と化して、武蔵|相模《さがみ》一円を荒らしまわり、人々を恐怖させたが、徳川家の必死の追及と時のながれで、いつしか風摩の名を耳にしなくなっていた。が、いまきいてみれば、なるほどさもあらんと思う。
「しかも向坂は、風摩の残党中、ひときわ手練の忍法者でござる」
「向坂甚内はどこにおる」
「それが、われらにもよくわかりませぬ。用あれば向うより出むき、またこちらより急報があれば、合図を以《もつ》て、あの男を呼びます」
「どこにおるかわからぬものを、いかにして」
「ただひとり、さる女人《によにん》の吹く横笛で」
「笛の音で――その女人とは」
「当家にあずかりおりまする北条の姫君|桐《きり》姫さま」
三甚内が、北条家再興など夢みていたのは、夢みるだけのたねがある。この西田屋の庭の離れに、北条家の遺孤《いこ》が住んでいるというのであった。
天正十八年北条滅亡の際、父の氏政《うじまさ》は切腹を命じられたが、子の氏直は命ゆるされて高野山《こうやさん》に放たれ、翌十九年に病死した。時に年三十である。桐姫は氏直の妾腹《しようふく》で、父の死後に生まれた娘だというのであった。
「桐姫……どの、とやらも、おぬしらの盗賊を知っておるのか」
「決して、左様なことは」
と、庄司甚内はきっぱりといった。
向坂甚内に用があるとき、桐姫に笛を吹いてもらう。桐姫は何もしらず、ただひとつの節調で吹くだけである。すると、その笛の音のとどくかぎりに向坂の輩下がいて、この笛の音を受けてまた笛を吹き、これを波紋のようにひろげていって――向坂甚内がどこにいようと、数時間内に忽然《こつねん》とここに現われるという。
盗賊はおろか、桐姫はここが傾城塁であることすらも知らぬはずだ、と庄司甚内はいった。風のようにうごく向坂甚内の足手まといになるため、じぶんがあずかってはいるものの、向坂は姫が傾城屋の淫風《いんぷう》にふれることを最もきらい、とくに彼がえらんだ三人の輩下を以て彼女を護らせている。盗賊の輩下とはいうものの、もとは北条家の家柄の老人で、桐姫に真に北条の姫君にふさわしい教養をさずけるのに余念がないというのであった。
服部半蔵はぶきみさと苦笑を同時におぼえながらいった。
「ともあれ、その笛で向坂甚内を呼んでもらおう」
傾城屋とは思えぬくらい、庭の奥は深かった。樹立《こだち》の向うに土蔵すら三棟もみえるのは、遊女屋商売と古着買いで儲けた金が、いや、盗賊稼業で荒かせぎした財宝が収めてあるのかもしれない。
庭がつきたかと思うと、冠木《かぶき》門があり、また庭がつづいていた。ただしこれは夏樹立と夏草の生いしげった山中のような一画だ。その向うに、灯影がみえた。ちかづくと、小さいながら夜目にも風雅な一屋《いちおく》であった。
「ここにてお待ち下され。お声はたてぬように」
とある樹蔭《こかげ》に半蔵を待たせて、庄司甚内と鳶沢甚内はその離れ家に入っていった。
しばらくののち障子があいて、ひとりの若い娘が出てきた。座敷に、いま入っていった二人の甚内と三人の老人がうやうやしい顔でひかえているのがみえた。
桐姫は縁に坐《すわ》り、手にした一管の横笛を口にあてた。笛の音は、呂々《りよりよ》と星空へながれはじめた。
音よりも、半蔵は、横笛を吹く娘の顔にみとれた。二十二年前に死んだ北条氏直の遺腹とあれば、年もそのころのはずである。白いからだは熟れて、顔だちは豊艶《ほうえん》といってよかろう。――半蔵の眼は、猫のように闇でもみえた。しかし、桐姫全体の印象は、豊熟という感じに遠かった。純潔といおうか、清浄といおうか。
もとより北条家の血をひく姫君である。しかし、いまは大盗に養われ、傾城屋に住む娘のはずであった。にもかかわらず、半蔵はいままでに、どこの大名、どこの公家の姫君にも、これほど玲瓏《れいろう》たる女人をみたことはない。それは完全に無菌状態に育てられた処女のみがもつ月輪のような美しさであった。
笛は淙々《そうそう》とせせらぎのように夜空を翔《か》けわたり、ふとわれにかえった服部半蔵がふりあおぐと、頭上にそのせせらぎが懸《か》かったかとみえる天の川があった。
どこからきたか。向坂甚内はあらわれた。
むろん、服部半蔵と二人の甚内は母家にかえっている。頭巾をとった向坂甚内をみて、これが両甚内の恐怖したほどの大盗かと、半蔵は眼をうたがった。
年は三十ぐらいの美丈夫だ。たんに美貌《びぼう》であるのみならず、まるで清僧のような透明な冷たさがある。が、そこに坐っている半蔵を、ちらとふしんげにみた一瞬の眼光に、さすがの半蔵が背すじに水のはしるのをおぼえたくらい酷薄で非情なものがあった。
「向坂、呼んだのはおれたちだ」
と、庄司甚内と鳶沢甚内はいった。
そして、鳶沢甚内が庄司甚内にしたように、こんどは両人が向坂甚内に、服部半蔵を紹介し、もはや逃れられぬことを説き、それをいままでの所業に眼をつぶるのみか、さまざまの特典を以て召しかかえようと仰せ下さるとは望外の幸運であると説いた。それは熱心というより、必死のようであった。
ききおえて向坂甚内はいった。
「その話以前に、ここ数年うすうす感づいていたことだ。庄司甚内、おぬしは傾城屋稼業に身を入れすぎたな。鳶沢甚内、おぬしも古着買いの商売が有卦《うけ》に入りすぎたようだ」
そして、氷のような美しいうす笑いをうかべると、すっと立った。
「庄司、鳶沢。――そんな用で、あの笛でおれを呼んだところをみると、その御仁《ごじん》に桐姫さまのことを教えたな」
ふたりの顔から血の気がひいて、返事もないのに、
「どれ、それではひさびさに姫の御機嫌をうかがってこようか」
と、向坂甚内は冷たい風をひいて去った。
庄司甚内と鳶沢甚内は、ほとんど思考力を失ったように坐っていた。ややあって「……万事休す」と、鳶沢甚内がうめいた。ふいに庄司甚内が愕然《がくぜん》と顔をふりあげた。
「服部さま、もしかすると向坂めは、桐姫さまをつれて逃亡するやもしれませぬ」
「左様なこともあろうかと、すでにあの離れを外縛陣でつつんであるわ」
おちつきはらっていう半蔵に、庄司甚内はくびをふった。
「余人でない、あれは向坂甚内でござる」
半蔵は何かに襲われたように立ちあがったが、しかしすぐに自信の眼をとりもどした。
「服部一党の伊賀組を、そうばかにするものではない」
三人は走り出た。
あとになってみれば、両甚内の恐怖はなかばあたっていたのである。
離れをとりまき、内部から出る者は一歩も出さぬと監視の網を張っていた七人の伊賀者は、服部一党でも最精鋭の者であったのに、七人のこらず両眼と口を縫いとじられて、芋虫のように悶死《もんし》していたのである。
向坂甚内が桐姫をつれて冠木門まで出てきたとき、その門のあたりで声がした。
「向坂、うごくな」
同時にあたりがくゎっと明るくなった。五人の頭上を覆う樹々の枝が、いっせいにもえあがったかと思われたのである。向坂甚内は桐姫をかばってきっと見上げ、その枝々に無数の黒衣の男が松明《たいまつ》をかざしているのをみた。
「鉄砲か。撃ってみろ」
と、彼は嘲笑《あざわら》った。
「いや、そうでない」
門の下で、服部半蔵はいった。
「うぬの踏む大地は焔硝《えんしよう》だ。松明をなげれば火の海となるぞ」
足もとをみて、その一帯が黒い砂のようなものに覆われているのを知ると、さすがの向坂甚内もたちすくんだ。
やがて、蒼白《そうはく》な仮面のような顔で、
「姫、うごきなさるな」
というと、自分だけつかつかとあるき出した。うごくなといわれた甚内が焔硝の砂漠をつきぬけてゆくのをみても、桐姫がうごかないので、樹上の松明は狼狽し、浮動するのみであった。
半蔵はさけんだ。
「甚内、それ以上ちかづくと、火を投げるぞ」
「まけたよ」
向坂甚内はニヤリと笑った。同時にその位置で大地をたたくと、黒い影は冠木門の屋根にとんだ。
「桐姫さま、向坂甚内はきっとお助けに参る」
虚空《こくう》に声だけをのこし、その影は門の上から銀河の中へ、ふっと消えてしまった。
一夜じゅう、土蔵に入れられた桐姫の胸には、たえず半蔵の匕首《あいくち》がつきつけられていた。半蔵は桐姫を囮《おとり》に、何とかして向坂を徳川の忍者に加えたいという望みのみれんをなお断ちきれなかった。
しかし、朝になって、その土蔵の外を護っていた十数人の伊賀者がことごとく両眼と口を縫いとじられて、声も出せず米俵みたいにころがりまわっているのを見たとき、ついに彼は恐怖と憤怒のさけびを発した。
「向坂甚内。……もはやゆるさぬ」
しかし、もはやゆるさぬ、と歯がみしたところで、彼をとらえるすべはない。それどころか、如法闇夜《によほうあんや》を、どんな微小な隙間《すきま》からでも這い寄ってくる紅蜘蛛の襲撃を思うと、半蔵は全身が鳥肌になるのを禁じ得ない。
すると、おなじ土蔵に入って、不安の眼を見かわしつつ、ヒソヒソと何やら語りあっていた庄司甚内と鳶沢甚内が、ふいにはたとひざをたたき、半蔵を蔵の隅に呼び、思いがけぬことを話しかけてきた。
「服部さま、色いろ案じましたに、向坂を捕える法はひとつしかござりませぬ」
「なんじゃ」
「きゃつには奇病があります。服部さまは、向坂一味が押込みをはたらいた際、女人には決して手を出さぬということを御存じでありましょう。きゃつが輩下を誅戮《ちゆうりく》するのは、その輩下がきゃつのこの禁令を犯したときなのでござります」
「それが奇病か」
「されば、向坂は、女陰をみると瘧《おこり》を発するのでござる」
さすがの半蔵も唖然《あぜん》として、ふたりの顔をみまもった。
「瘧を発すると、四肢おののいて、まったくの金縛《かなしば》りと相成る。この奇病あるがゆえに、きゃつは手下の女犯《によぼん》をにくむのでござる」
「……生まれながらの病か」
「いや、そうではござりませぬ。いま両人話したのでござりまするが、あれは七、八年前でござろうか、たまたま、きゃつがあの桐姫さまの行水《ぎようずい》をつかっておいであそばすのをかいまみてよりのことです」
半蔵は、ちらと蔵の中央に蝋《ろう》人形のように坐っている桐姫をみた。両甚内の小声がきこえるはずはない。
「そのとき、はじめて瘧を発し、おのれみずから怪しんで語りました。それ以来、女陰をみると、かならず瘧を発するようになったそうにござる」
ややあって、半蔵はいった。
「きゃつをおびきよせて、それを見せるか。倖《さいわ》い、ここは傾城屋だ。見世物にはこと欠くまい」
「さて、そのおびきよせること、見せることが大難事でござる。向坂はおのれの奇病をよく知っており、うかと罠《わな》にかかるような男ではござりませぬ。大胆不敵の男ながら、恐ろしくかん[#「かん」に傍点]がよく、罠ありと知れば、うかと寄っては参りませぬ」
半蔵は、じっと桐姫をながめていた。しだいにその眼が、異様なひかりをおびてきた。
桐姫は夢遊病者のように傾城屋をめぐった。それは二重の意味で、彼女にとって悪夢であった。
彼女は服部半蔵という男に、背なかに匕首をつきつけられてあるいている。抵抗しようにも、彼女はなんのためにじぶんがそんな目にあわされるのか、まだよくわからないのだ。
恐ろしいことは、自分たちの姿が、ほかのだれにも見えないらしいことであった。廊下をゆきかう遊女や客は、二人がそこにいるとも眼中にない様子で、まっすぐにやってきて、二人がよけると、そのままふりかえりもせず、通りすぎてゆくのであった。
そればかりではない。廊下や庭のすれちがいばかりではない。彼女は半蔵とともに、各部屋をめぐった。そして、さまざまの男女のさまざまの秘戯を見せられた。それもまた、白い蛇のようにからみあい、うめき、もだえる遊女と客は気がつかない風なのであった。
桐姫には、生まれてはじめてみる光景であった。彼女の眼には火華《ひばな》がちり、耳鳴りがし、全身にはあぶら汗がにじみ出した。はじめ恐ろしさにふるえ、吐気がし、いまにも崩折《くずお》れそうになりながら、しかし、彼女は、しだいに脳膜がぼうと白い霞《かすみ》につつまれ、酔ったように息が匂《にお》い、はては乳房のさきまでうずいて、しびれてくるのをおぼえた。
「こういう人間の世界がある」
耳もとで、声がささやく。
「人がこの世に生まれて、だれしもが味わう恍惚《こうこつ》の法悦境だ」
ひくい声がつづける。
「それを、あなたは知らぬ。知らされなかったのだ。向坂甚内のために。――きゃつは、女がこわい。こういう世界をみると、瘧を起す。それゆえ、こういう男女をにくむ。あかの他人の男女をにくむばかりではない。家来でありながら、あなたがこのような世界の主人公となることを怖れ、にくんでいる。あなたをあの離れ家にとじこめておくのはそのためだ」
声は、蜜蜂《みつばち》の羽音のようにものうく鳴る。
「そして、向坂甚内の生きているかぎり、あなたはこの法悦境に入ることはゆるされないだろう。見られい、あの女の顔を――女の倖《しあわ》せにとろけ、しびれわたっておる顔を。……向坂がついておるかぎり、あなたは、あのような女の倖せを味わうことはできぬ。桐姫さま、向坂甚内からのがれたいとは思わぬか?」
数日後の真昼、桐姫は笛を吹いた。
服部半蔵は、一切の警戒をといた。伊賀者をすべてかえし、おのれは両甚内とともに土蔵に入っていた。彼らはたったひとつあけた網戸の窓に耳をすませた。
数刻ののち、真昼の樹立を、一陣の風のようなものが吹きすぎていった。しかし三人は、それが吹く風とは向きがちがうことを聴きわけた。
時を見はからい、彼らは離れ家にかけつけた。
向坂甚内はあらわれていた。
全身|寒天《かんてん》のようにふるえながら、床上を輾転《てんてん》する甚内を、壁際に立って、喪神《そうしん》したように見下ろしている桐姫は、一糸まとわぬ真ッ白な裸体であった。
罠の疑惑を抱きつつ、桐姫の笛にひかれて忍び寄り、罠のないことを見すまして、いまこそ姫君を助け出す好機とばかり離れ家に一歩入った向坂甚内は、たちまち瘧《おこり》を発したのだ。――それは服部半蔵らの予期していたことであった。
彼らが立ちすくんだのは、そこに鮮血がとびちっていたことだ。向坂甚内のおののく手には小柄がにぎられ、血の海のなかに一つの眼球がころがっているのに気がついて、三人があっとさけんだとき、向坂甚内はふるえ声で笑った。
「こわがるな、見るとおり、瘧の上におれは眼をえぐった」
とじられた両眼からは血の網がながれおちていた。
「見るべからざるものをみて、うぬらの罠におとした眼に成敗を加えたのだ」
「甚内、蜘蛛は? 紅蜘蛛は?」
入口から一歩も入らず、庄司甚内と鳶沢甚内は絶叫した。
それにはこたえず、向坂甚内は見えない眼を白い桐姫にむけてうめいた。
「こやつらの罠はわかったが、桐姫さま、これは強《し》いられてのことでござるか。それとも、知らずして遊ばしたことか?」
たちすくんでいた桐姫は、このとき気力の糸がきれて、壁の下にゆらゆらと裸身を横たえた。
大盗向坂甚内が処刑されたのは、慶長十八年八月十二日のことである。
彼が桐姫の女陰を見たときから瘧になったというのは、精神分析学的にいえば、彼の忠節の目標であった女人に強烈な色欲をおぼえ、聖母を姦淫《かんいん》する妄想にひとしい心理の相剋《そうこく》から発したものであろうか。
彼が磔《はりつけ》になったのは、浅草|鳥越《とりごえ》橋の刑場であったが、それ以来その手前の橋が甚内橋と名づけられ、死後ちかくに九尺二間、庫《くら》造りの祠《ほこら》が建てられた。瘧をなおす神様ということであったが、ほかの病気でも一切瘧として願かけをすればなおるといわれ、ながく繁昌《はんじよう》したという。
これはのちの話で、処刑前ひきまわしの際、炎天の沿道にあつまる群衆の眼は、ただ憎悪と好奇のみにかがやいていた。
庄司甚内と鳶沢甚内は、彼を恐れ、じぶんの心におびえて、さすがに見物にこなかった。
――のちに庄司甚内が、家康のお声がかりで、江戸中の遊女屋をすべてあつめて廓《くるわ》をつくることをゆるされ、吉原の開祖となったことはだれでも知っているし、鳶沢甚内がこれまた江戸じゅうの古着買いの総元締となり、その市をたてる町を鳶沢町というようになったが、その名はいまも富沢町《とみざわちよう》と変って日本橋にのこっている。
群衆のなかに、服部半蔵と桐姫がまじっていた。
桐姫がどうしても向坂の最後の姿をみたいといってきかず、やむなく半蔵がつれて出てきたのである。
ひきまわしの行列が、ふたりのまえにさしかかったときである。半蔵がとめるまもなく、桐姫が走り出した。
「甚内、甚内」
と、泣きさけびながら、裸馬にとりすがった。向坂甚内はとじた眼で見下ろして、
「桐姫さまか」
と、いった。
「甚内、ゆるして下さい。わたしがわるかった。あれはわたし自身からの発心《ほつしん》でした」
甚内の驚愕《きようがく》の色がひろがった。桐姫は泣きむせぶ。
「わたしは女になりたかった。それでおまえを裏切ったのです」
「――左様でござったか」
甚内はうなずいて、顔を痙攣《けいれん》させたが、浮かんだのは冷たい皮肉な笑いであった。
「おれは、おれを嗤《わら》う」
と、彼はつぶやいた。
番卒たちが何かさけびながらかけてきた。うしろ手にくくられた甚内は、馬の背に身をかがめてささやいた。
「姫、おれの右眼を、切り裂いて下され。もういちど姫のお顔がみたい」
「切り裂いて、何とするのじゃ、わたしがみえるのか」
「蜘蛛に縫わせたまぶたでござる。左眼はえぐりとったが、右の眼球《めだま》はのこっておるはず」
桐姫は甚内の右眼のまぶたを懐剣で横に切り裂いた。――中には、何もなかった!
うつろな眼窩《がんか》から、血とともに赤い蜘蛛のようなものがしたたりおちたのを、だれよりも服部半蔵がみて、「あっ」とさけんでかけつけてきた。
彼がひっさらうように桐姫をひきずりもどしたあと、番人の怒号とともに行列はすすみ出した。
砂塵《さじん》の中で、向坂甚内の乾いた笑い声がした。
「未来|永劫《えいごう》、処女《おとめ》のままでおって下され、桐姫さま。――」
蜘蛛はどこへ? と狂気のように土けぶりのなかを探していた服部半蔵は、突如ぎょっとして、桐姫の方を見た。
炎天の下を非人にかつがれた白木の磔《はりつけ》 柱《ばしら》が通っていったとき、何かの苦痛にたえるように蒼白になって立ちすくんだ桐姫の両足のあいだに、一滴の血の花が咲いたように、ポタリと赤い蜘蛛がおちた。
[#改ページ]
忍者 車《くるま》兵五郎
赤坂|溜池《ためいけ》というのは、いまは地名ばかりのこって池の影もとどめていないが、江戸時代は赤坂|見附《みつけ》から虎《とら》の門にかけて茫々《ぼうぼう》とひろがる湖のような池であった。
享保《きようほう》年間のことである。葵坂《あおいざか》を下った溜池のほとりに「忍法指南、車兵五郎」の看板をかかげた者がある。剣法柔術、槍《やり》に馬に弓に軍学まで江戸に武芸の道場は星の数ほどあるが忍法の指南とはめずらしい。
そのうえ、その看板とならんで板が一枚うちつけられ、そこにかかれた十数行の文字が人々の眼を見はらせた。
「願いあげ奉《たてまつ》り候《そうろう》 事《こと》。
浪人車兵五郎申しあげ候。拙者《せつしや》儀尾張中納言様に御奉公相勤め罷《まか》りあり候ところ、旧臘朋輩御厨《きゆうろうほうばいみくりや》 金藤次《きんとうじ》と申す者、仔細《しさい》は相知れず、拙者を闇討《やみうち》にいたさんと謀《はか》り候につき、討ち果たし退転 仕《つかまつ》り候。しかれば御厨一族のもの、拙者を敵《かたき》として相尋ね候えば、これ以後|見合《みあい》次第ことごとく返討ちにいたしたく存じ奉り候。これによって後日のため申しあげおき候。以上。
享保十六|辛亥年《かのといどし》一月
御奉行様
[#地付き]車兵五郎」
実にこれは容易ならぬ文面である。もとより武士でちかづく者はなかったが、文字の読めないあるいは好奇心のつよいあるいはへそのまがった町の江戸ッ子たちが、それでも七、八人入門してみた。
車兵五郎と名乗る浪人は二十七、八の沈鬱《ちんうつ》な男であった。頬《ほお》も蒼《あお》く痩身《そうしん》であるが、名状しがたい精悍《せいかん》さとともに、「忍法指南」という看板はいかさまでも、こけおどしでもないと充分に思わせる妖気《ようき》があった。
無智な入門者のなかには、印《いん》を結べば姿がきえたり忽然《こつねん》と大蛇があらわれたりする幻術をすぐに夢想したものもあったし、それほどにまで思わなくても、指さき一本で畳がかえったり、天井を走ったりするくらいのことは期待していたかもしれない。
しかし、この口数の少ない、陰気な師匠の教えることは、跫音《あしおと》をたてずに歩いたり、ながいあいだ息をつめていたり、逆立《さかだ》ちをしたり、縄飛びをしたり――といった、なんの変哲も面白味もない、地味な訓練ばかりである。しかもそれを退屈そうに、むしろ放心状態でぼそぼそと教えるのだから、稚気《ちき》にみちた弟子たちはすぐに逃げ出した。
それでも車兵五郎は狼狽《ろうばい》も落胆もせぬ顔で、やがて訪れた春の花の下で、ただ茫乎《ぼうこ》たる顔をさらしていた。
ところで、例の「拙者を敵として云々《うんぬん》」の札であるが、このような不敵な広告をかかげた者は、江戸はじまって以来ひとりもなかろう。これは敵討ちを望む者が、あらかじめ町奉行に提出しておく届書を逆用したものである。もしこれが事実ならば、当の復讐者《ふくしゆうしや》はもとより、尾張藩も町奉行所も、手をむなしゅうしてこの表示を見のがしているはずがない。
しかし、春が逝《ゆ》こうとしているのに、兵五郎はぶじであった。だから、あれは売名者の鬼面人《きめんひと》をあざむく売出しの奇手ではないかといい出した者があった。それにしては、これが偽りとしても、尾張藩や奉行所が看過《みすご》しているわけはない。それで、烱眼《けいがん》なものが、ようやく「なるほど」とひざをたたいた。まことにこの浪人が敵《かたき》を持つ身ならば、これはかえって危険をふせぐ苦肉の妙手かもしれない。
そもそも「敵討」には、不文律がある。
原則上のきまりとして、第一に目的が真に復讐であること、第二に死に酬《むく》ゆるに死を以てすること、第三に復讐者は、はじめの被害者のだいたい三等親(甥姪《おいめい》)かせいぜい四等親(従弟妹《いとこ》)以内の、しかも目下《めした》の人間であること。
手続上のきまりとして、第四に主君より敵討ちの免状をうけ、さらに幕府を通じて奉行所の敵討帳に記入をうけていること、第五に敵討ちの場所として禁裡御築地《きんりおついじ》内、江戸城|廓《かく》内をさけること、第六に、目的を達しないうちに相手が死んだ場合、その確証を得て報告すること。
最後に、討たれた者の子がまた討つとあっては、子々孫々あらんかぎりの敵討ちがつづくわけだから、この「復敵討《またがたきうち》」は認めないこと、などである。
さて、この車兵五郎なる男は、尾張藩で人を殺してきた人間であるらしい。したがって、相手に目下の親族があればそれに狙《ねら》われることは当然であるが、それ以外にも藩および町奉行所の追及をうけるおそれは充分にある。この場合、「拙者を敵《かたき》として云々」と公開しておればどうなるか。町奉行所はもちろん藩に連絡するであろう。そしてこれが事実であれば藩は、とくに尾張のごとき大藩であればいっそうのこと、その名誉にかけて、右の敵討ちの不文律により、「正当な資格者をむけて討たせる所存であればおかまい下されまじく」と返答するにきまっている。兵五郎が堂々と宣言しているだけに、敵討ちの慣習にそむいて別の大袈裟《おおげさ》な討手《うつて》をむけては天下の笑いものになるのである。――かくて車兵五郎をおびやかす者は、藩にもあらず奉行所にもあらず、ただ当面の敵討ちの資格者だけに局限される。
もとより兵五郎はじぶんの殺した男の家族および縁辺の顔ぶれを知っていて、絶大の自信をもっているにちがいない。そうかんがえると、この浪人者が底知れぬ奸悪な人間にみえるが、また孤独と憂愁にみちたその顔をみると、あるいは彼は、故意に討たれてやるつもりではなかろうか、とうがった想像をはたらかす者もないではなかった。
いずれにせよ、なんらかの雲を呼ばずにはおかないこの広告に対して、いつまでたっても奉行所は傍観し、討手の影もあらわれないようであった。
逝く春のなかに、しかし、あきらかに車兵五郎は待っていた。
車兵五郎は尾張藩に奉公していた男にちがいなかったが、通常の家臣ではなかった。彼は尾張|御土居下《おどいした》組に属する人間であった。
御土居下組とは、藩祖|義直《よしなお》以来、尾張藩の秘密組織である。元来これは、名古屋城築城のときから、万一この城がおちる事態を想定し、城主は秘密の非常脱出口から空濠《からぼり》の底に出て、城の北方にひろがる一大沼沢地をわたって木曾路《きそじ》へおちてゆく計画をたててあって、御土居下組はその場合の親衛隊だったのである。
むろんこの非常脱出口や親衛隊の職務のことは、藩士のだれに知られてもならぬことだから、このことは藩の上層幹部、および御土居下組のみが知っていることである。ふだん、この組の人々は単なる諸門の警衛として勤務していた。しかし、彼らは三ノ丸北方の御土居下に一団の屋敷をあたえられて一般藩士との交際を断ち、いつ起るかもしれぬ非常の事態にそなえて特別の訓練をつづけていた。
剣槍弓などの武士の表芸はもとより、砲術の奥義をきわめた人間であり、兵法の研究家もあり、泳法の達人あり、忍者あり、さらに詩人画家まであったのである。
そして名古屋城が落城するなどいうおそれがまったくなくなってからは、この秘密の組織と能力から、もうひとつの任務が加わった。それは幕府の御庭番《おにわばん》に匹敵する尾張藩の隠密《おんみつ》としての仕事であった。
車兵五郎は、そのおなじ御土居下組の御厨《みくりや》金藤次を殺害したのである。素性《すじよう》が素性だけに、藩もめったなことで表沙汰《おもてざた》にできないのは当然だ。しかしこの御土居下組創始以来の不祥事の原因にいたっては、藩主の徳川宗春でさえ知らないことであった。
車兵五郎は、御厨金藤次の妻に恋して、彼女に誘い出しの文を出して、それが夫の金藤次に発見されたのである。めんめんと恋慕のこころをのべたあげく、
「いちど是非胸のうちをきいてもらわねばならぬことがある。他聞をはばかることゆえ、某日、御船奉行所裏の船場《ふなば》に待っていて下されい」
悲劇はこの手紙を金藤次が妻にみせず、じぶんでことを処理しようとしたことから起った。御厨金藤次は舟をあやつり、また水を泳ぐことについては御土居下組の第一人者であった。
約束の日、船場に待っていた車兵五郎はお高祖頭巾《こそずきん》に面をつつんだ女の影があらわれるのをみると、小舟にのせて海に出た。そして城の金鯱《きんしやち》が波の果てにうかぶ距離まで漕ぎ出したとき、櫓《ろ》をなげ出して、女のそばへいざりよったのである。
「ようきて下された。おしのどの」
そういったとき、うなだれていた女は、しずかに御高祖頭巾をぬいだ。
「たわけめ。血まよったな、兵五郎」
にやりと笑った顔は、御土居下組随一の美男といわれる御厨金藤次であった。愕然《がくぜん》ととびずさりつつ抜刀した車兵五郎の眼に、もはや説いてもわからぬ狂的なひかりがうかんだのをみてとると、金藤次はあでやかな女|衣裳《いしよう》のまま、海へとびこんだ。
「兵五郎、二度とあのような文をよこさぬと誓えばゆるしてやるが」
四、五メートルもはなれた波の上で、金藤次は最後の忠告をした。その姿は、泳ぐというより、波に腹這《はらば》っているようであった。右手にいつのまにか、たかだかとかかげられていたのは、くさり鎌《がま》の鎌であった。
「うぬにゆるしてもらいとうはない。おれのゆるしてもらいたいのは、おしのどのじゃ」
と、兵五郎は歯をむいていった。
「生きているかぎり、おれはいつまでもおしのどのを恋することはやめぬ」
「それでは、死んでもらうよりほかはない。覚悟はよいか」
波のかむ白沫《はくまつ》の珠が奔騰《ほんとう》すると、そこからびゅっと一条《ひとすじ》の鎖がとんできて、ゆれる小舟の兵五郎の刀身に、黒い蛇のように巻きついた。
それから、どういう光景が展開したか、だれも知らない。御厨金藤次は、車兵五郎の刃のとどかぬ波の上にいた。そして水中にあっては、地上よりも自在とみえる金藤次であった。――それを知ればこそ、敢《あ》えて金藤次は妻に化けて、兵五郎とともに海に出るという着想をいだいたに相違ない。
しかるに、そのあくる日の朝、漁に出た漁師が海にただよう一|艘《そう》の小舟を発見したとき、舟のなかにはただひとつ、女装した金藤次の屍骸《しがい》があったのである。
彼は絞殺されていた。そして車兵五郎の姿はなかった。
車兵五郎が下手人であるとわかったのは、その夜のうちに彼が御土居下の組屋敷から逐電《ちくてん》し、さらに金藤次が二人の弟、銀藤次と鉄藤次《てつとうじ》にあてて、兵五郎の邪恋の恋文とともに、そのうらをかいていっしょに海にいくという手紙をのこしていったことから、はじめてあきらかになったことであった。
第一の選手が江戸の赤坂葵坂の車兵五郎のまえにあらわれたのは、晩春のある月の明るい夜であった。
「兵五郎」
いぶし銀のようにひかる溜池のほとりを歩いていた車兵五郎は、ふりかえってしずかにいった。
「御厨銀藤次か」
虚無僧《こむそう》の天蓋《てんがい》で顔をつつんでいるのに、声だけで看破した。が全身に緊張の色もなく、むしろふしぎそうにいう。ふところ手のままだ。
「遅かったの、兵五郎ここに在りと看板を出しておるのに、御土居下組ともあろうものがいままで何をしておったのだ」
「うぬのその看板がたたったのだ。御土居下組のもので尾州家を退転したものはいまだかつてないうえに、れいれいしくあのような文言をかかげるとは、うぬに尾州を売る何らかのもくろみなきやと、殿より足をとめられて、いままでうぬの動きをみておったのだ」
「尾州に恨みはない。御土居下組は決して尾州を裏切りはせぬ」
兵五郎は昂然《こうぜん》としていった。
「あの看板は、ただ御厨一族を呼ぶためのみのものだ。御厨一族――といっても、金藤次の敵を討つのは、さしあたって、うぬと鉄藤次とそれから……おしのどのだけだがの」
急に声をひそめ、むしろなれなれしい調子でいう。
「おしのどのはどうしておる。あれは敵討ちに出られぬのか」
「たわけ」
御厨銀藤次はさけんだ。
「夫を殺した男から恋文をもらうような女房を敵討ちの旅に出させるか」
「それはちがう。恋文をやったのはまさにおれだが、あのひとの知ったことではない」
「人妻でありながら、他人から恋文をもらうのは、当人に心のすきがあるからだ」
「そんな無情非道なことをいう奴が一族にいては、さぞあのひとも辛い目にあっているだろうなあ」
兵五郎は憮然《ぶぜん》としていった。話が逆だ。まるでそのひとの夫を殺してきた男の言い分ではないかのようであった。なげくがごとくいう。――
「そもそも、あのひとが御厨へ嫁にいったのがまちがいであったのだ……」
もはや声なく、銀藤次がうごいた。何と思ったか、つ、つ、つ、と六、七メートルもとびさがっていったかとみえると、腰にさげていた瓢箪《ひようたん》をとってびゅっとそれをふったのである。きらきらひかる液体が雨のごとく地上にふりそそいだ。本来ならこの場合、銀藤次自身のまわりに円をえがくはずなのが、相手の兵五郎の周囲に半円をえがいてまきちらされたのはいかなる秘術であろうか。
半円といったのは、兵五郎の背後が池だったからだ。そして立ちすくんだ兵五郎のまわりをかこんだ液体は、このときめらめらと炎をあげはじめた。液体は油であった。
「もはや、のがれるすべはないぞ。生き不動となるか。それとも――」
もえる油の手前にぴたと折敷いて、御厨銀藤次は鉄砲を肩にあてていた。袋につつまれて尺八とみえたものは、短銃といっても然《しか》るべき異様に短いものであったが、たしかに火縄をたらした鉄砲であった。火縄はぶすぶすとくすぶってゆく。
炎の彼方《かなた》から、その筒先をみて、兵五郎はうなずいた。
「さすがだ。御土居下組の名に恥じぬ」
「ええ、この期《ご》におよんで何を――兄の敵《かたき》だ、死ね」
轟然《ごうぜん》と、鉄砲が鳴った。一瞬はやく、車兵五郎の姿は、うしろななめにとびずさっていた。――池の中へ。いいや、池の上へ。
御厨銀藤次はかっと眼をむいていた。車兵五郎は水の上にすっくと立っていた。
「車魚眼直伝《くるまぎよがんじきでん》、甲賀忍法|浮寝鳥《うきねどり》――」
兵五郎は、ふところ手のままであった。
「きめ手の秘術は御土居下の仲間にも知らせぬ。それで、金藤次は敗れたのだ」
銀藤次は狂気のように第二の弾をこめた。
そのあたまに、泳法の達人たる兄が、海でなぜ兵五郎のために殺されたかという謎《なぞ》がとけた。まさに浮寝鳥のごとく波に浮かび立つ兵五郎の姿をみたときの、兄の驚愕《きようがく》した顔までがありありと浮かんだ。
「うぬでは討てぬ、代りをよこせ。むしろ、弟の方がこわいな」
うす笑いしていいすてると、車兵五郎は、茫々とひろがる月明の溜池を悠々と遠ざかってゆく。――銀藤次がふたたび鉄砲を肩にあてたとき、兵五郎の影は忽然とまた消滅した。そのまま水中に没したのである。
「にげるな、卑怯《ひきよう》、討手は返り討ちと広言したのを忘れたか」
銀藤次が絶叫したとき、右側のはるかの水際《みずぎわ》ちかく、白いしぶきがあがった。彼は夜風を血相できって、その方へ走った。そのうなじからのどへかけて、一本の|※[#「金+票」、unicode93e2]《ひよう》がつき刺さったのはそのときであった。
車兵五郎は、銀藤次の走ったのと反対の水の上に、ふたたび忽然と姿をあらわしていた。※[#「金+票」、unicode93e2]はその背後から投げたのである。
「返り討ちといったのは、広言ではないわ」
彼はしぶきをちらして横だおしに池におちる御厨銀藤次をながめながらつぶやいた。
第二の選手が車兵五郎のまえにあらわれたのは、それから半月ばかりたった初夏のあるまひるどきであった。
「待て、車――」
そのとき兵五郎は、葵坂のうえの町家のはずれにいた。そこから溜池にむかって坂は下り、片側は旗本屋敷のながい土塀となっている。彼はふりかえっていった。
「御厨鉄藤次か」
相手は深編笠をはねのけた。白い日ざしの下に、くゎっと牡丹《ぼたん》が咲いたような前髪立ちの美少年であった。
「やはりうぬがきたか」
兵五郎はいったが、びんの毛がすこし逆立《さかだ》ったようだ。銀藤次のときにはみせなかった顔色であった。
それも当然だ。この少年は剣をとっては尾張藩で一、二を争う天才児であった。年は十七、この年でこの腕を感服するより、この腕でこの年が恐ろしい。刀の柄《つか》に手がかかるや、心とからだのうごきになんらの濁りもなく文字通り刀身一如となるこの十七歳の少年には、なまじなめくらましは通用しなかった。
「兵五郎、兄を討ったな」
「おお、金藤次、銀藤次両人ともに、やむを得ず討ち果たした。しかし、それはおのれの本意ではない。ましてや、鉄藤次をやだ。まだ花も咲かぬ青若衆、蕾《つぼみ》のままにちらすは惜しい。うぬはかえって、かわりの者をよこせ」
「かわりの者といっても、御厨の男はもはやおれしかない」
「女でもよい。――これ、おしのどのは何をしておる。夫を討たれて、ひたすら泣いている女人《によにん》のはずではない。あれは車|魚眼《ぎよがん》の愛娘《まなむすめ》だ。おれとともに車忍法の秘伝を父の魚眼からさずかっておるはずだ――」
「左様なことにうぬの心配はいらぬ。このおれがいて、どうして女を敵討ちにむける要があるのか。兵五郎、おれがこわいだろう。それそれうぬの眼は、水をもとめて、うろうろさまよっているではないか」
御厨鉄藤次の美しい眼がにっと笑った。
「海、湖、河、池のほとりで、車兵五郎にしかけてはならぬ――これが嫂上《あねうえ》の御忠告であった。どこであろうと、おれはうぬを恐れはせぬが、万全を期してうぬをここでとらえたのだ」
「……おしのどのが、そんなことをいったか。なるほど――」
「みよ、ここに水はない。兵五郎、天命ここにきわまったと知れ」
鉄藤次のからだから稲妻のごとく一刀がきらめきだしたとき、兵五郎のからだは横にまろびとんだ。尾張家中、ほとんどその初太刀から身をかわすか、抜きあわせ得るものはあるまいといわれた御厨鉄藤次の抜き討ちを間一髪《かんいつぱつ》避けたのも車兵五郎の体術なればこそであった。蛇のようにくねって追いすがる鉄藤次の第二撃は、そこにあった天水桶《てんすいおけ》のかげにかくれようとした兵五郎の左腕を、ばさとつけねから斬《き》りおとしていた。
――いや、車兵五郎は、われとその左腕で鉄藤次の刃《やいば》をうけとめておいて、右腕で天水桶をくるっとひっくりかえしたのである。
いかなる指先のはたらきか、次の瞬間、巨大な天水桶は実にふしぎな運動をおこした。それはななめにかたむいたままくるくると坂の上までまわっていって、はじめてそこで横だおしになり、そのまま坂をおちはじめたが、桶の口を片側の土塀にこすりつけるようにして、ほとんど土に水をこぼさなかったのである。ただ、みるみる巨神の刷毛《はけ》でなでたように、塀にはいちめん水のあとがひかった。
一瞬、唖然《あぜん》としてそれを見おろしていた御厨鉄藤次は、その桶のあとを追うように、左肩から血の滝を吐きおとしながら宙をとんだ兵五郎の影を、
「のがすものか」
猛然と追いすがった。その剣尖《けんさき》が相手のからだにせまろうとして、彼はあやうくとびずさった。はじめて車兵五郎も一刀で迎え討ったのである。しかも、それがふつうの姿勢ではなかった。実に彼は、ぬれた土塀に両足を吸着させ、からだを水平にして鉄藤次に相対したのであった。
「あっ……」
さすがの御厨鉄藤次も昏迷《こんめい》におちいった。いうまでもなく彼は、いまだかつてこんな奇怪な位置、姿勢の敵と剣をまじえたことはない。
「見るとおり、水はある」
片腕に刀身をのばしたまま、うす笑いして車兵五郎はひたひたと土塀をあるく。彼にとっては、垂直の土塀が大地と同様であるらしかった。
車兵五郎の身のうごきは、決して不自然でも不自由でもなかった。鉄藤次は垂直にかまえ、兵五郎は水平にかまえる。兵五郎からみれば壁は大地であり、大地は壁であり、じぶんを垂直にして、鉄藤次が水平になっていると同然であった。すなわち両者の条件はまったくおなじなのだ。むろん鉄藤次の方がその異常性に惑乱しているだけに、そのうごきが束縛されていた。
「来ぬか、小童《こわつぱ》」
鉄藤次は土塀の水のかわくのを待つべきであったろう。しかし、むろん彼は待つことはできなかった。しかも、敵はひたひたと坂に沿うて塀上をあゆみ去ろうとしている。――
「おのれ、待て」
兵五郎が疾走をはじめると同時に、鉄藤次も坂をかけ下った。この刹那《せつな》、両者の有利と不利の天秤《てんびん》は一方にかたむいた。兵五郎のはしる塀は依然垂直のままであるのに、坂をかける鉄藤次は当然まえのめりになったからである。
両者の白刃は交叉《こうさ》した。坂の三分の一で、まず鉄藤次の美しい首が切断されて、地におちた。しかもなお、首のないそのからだは、余勢にのって、たたたたと坂をかけ下る。その中段で、車兵五郎の一閃《いつせん》は、さらに少年の腰を切断し、そのままながれるごとく、塀をかけ下っていった。
車兵五郎のまえに、第三の選手があらわれたのは、五月雨《さみだれ》ふるある夕方であった。
「もし、兵五郎どの」
蕭《しよう》 々《しよう》と軒をうつ雨音のなかに、ききちがいではないかと耳をすまし、次の瞬間、兵五郎はがばとたちあがった。
「おしのです。敵《かたき》を討ちにきた。お出合いなされ」
兵五郎は大刀をつかんで外にとび出し、はたと立ちすくんだ。雨にけぶる溜池を背景に、十人ちかい影がずらりとならんでいたからである。一瞬、兵五郎の足は大地を蹴《け》って、その影の頭上をとびこえ、かるがる水面に立っていた。
「御土居下の面々だな」
その位置を占めて、はじめて挨拶《あいさつ》した。
「上意討《じよういう》ちか。敵討ちはあきらめたか」
「いや、敵討ちだ」
と、ひとりしゃがれた声でいった。
「敵討ち? 御厨の縁辺で、しかも敵を討つ資格のある者はだれだ」
「おしのです。御厨金藤次の女房、おしの」
また、やさしい声がきこえた。車兵五郎は眼をひからせて見まわした。しかし、池辺に立つ御土居下組のなかに、おしのの姿はみえない。いかに眼をこらしても、断じてみえない。――兵五郎はうめいた。
「だれだ、声色《こわいろ》をつかう奴は」
「声だけではない。おしのはここにいます」
声がまた耳をうち、さすがの車兵五郎が蒼ざめて、思わず、つ、つーと浮寝鳥のごとく水上を七、八歩さがった。それはまぎれもなく恋する女の声であった。
そもそも兵五郎は車家《くるまけ》の人間ではなかった。
御土居下組の生まれにはちがいないが、幼くして天涯の孤児となったのを、車魚眼にひきとられて、育てられたのである。車魚眼は、御土居下組のうち、甲賀流の忍法者であった。
車家には、兵五郎とは三つちがいのおしのという娘があった。ふたりは真実の兄妹のごとく育てられた。そして、同時に車家秘伝の忍法を教えられた。
ただふしぎなことに、魚眼は、兵五郎を教えるときそれをおしのにみせず、おしのを教えるとき、それを兵五郎にみせなかった。
やや長じてから、兵五郎はその意味を魚眼にきいた。魚眼はこたえた。
「両人ともにおなじことを教えておる。ただおしのの術はおまえの術の裏返しにすぎぬ。おまえに教えた術を陽とするならば、あれは陰の術じゃ、おれの思うところでは、両人その純粋性に徹した方がはるかにふかく至妙《しみよう》の域に達するだろう。おたがいにそれを見せぬのは、見ることによってそれぞれの術に濁りが入るのをおそれるからじゃ。すでにわしがその通り、ひとつひとつの忍法にかけては、もはやおまえら両人の方が、わしよりもすぐれておるかもしれぬ」
妹をみるように育てられた兵五郎は、やがておしのを神秘的な眼で見はじめた。彼はおしのを恋し出したのである。とくに、自分の経験からみて、おしのもまた言語に絶する修行を課せられているのにちがいないのに、一見典雅な武家娘とかわらないのを、彼は眼を見はらずにはいられなかった。
老衰した車魚眼が、兵五郎に対して思いがけぬことをいい出したのは一年前の春のことであった。
「おしのを嫁にくれという者があっての。おまえも知っている御厨金藤次だ。おれとしては、おまえとおしのを夫婦にして車家をつがせるつもりであったが、つらつら思うに、それは賢明ではない。なんとなれば、わが御土居下組たるもの、御家に万一のことがあった際は、男、女をとわずその全能をあげて御奉公申さねばならぬ。しかるにかかわらず、もしおまえとおしのを夫婦とすれば、陰陽融合して、仲はよかろうが、めいめいの忍法が曇るおそれがある。おれはそうみる。じゃによって、おしのは御厨へ嫁にやる。しかしこの車の家はおまえについでもらおう。このことは、すでに殿のおゆるしを得てあることじゃ。そのうちおまえには、べつに可愛《かわい》い女房をもらってやるわ」
しかし、車魚眼はそれからまもなく死んだ。
そのときはそれほど深刻に思わなかったおしのとの別れが、車兵五郎の胸を狂おしいばかりに苦しめはじめたのはそれからまもなくのことであった。兵五郎は、他家へ嫁にいったおしのを忘れかねた。恋もあったが、それに魚眼のいった「おしのの術は、おまえの術の裏返しじゃ。おまえを陽とするならば、あれは陰の術」といった神秘な言葉がまじった。おしのを知りたい、おしのの術を知りたい、それは陰をよぶ強烈な陽の呼び声であった。そして、兵五郎の心はみだれにみだれて、ついにあの悲劇が起った。
御厨金藤次を殺し、主家を退転したものの、兵五郎のおしのを恋う心は毫《ごう》もおとろえてはいない。あの敵云々の表示は、ここにおよんでなおおしのを呼ぶためのはかりごとだ。もとよりあのような札をかかげたうえは、しょせんじぶんのいのちは捨てている。しかし、もういちどおしのを見るまでは、むざと死にたくはない。おそらく、あの札によって銀藤次、鉄藤次の兄弟がじぶんを襲うであろう。これを討ち果たせば、順序として、つぎにはきっとおしのが敵討ちにやってくる破目となる。
おしのを呼んでどうなるのか。もとより、二人が幸福な恋にむすばれる可能性はもはやない。それどころか、おしのはじぶんを討ちにやってくるのだ。それでも彼は、たとえおしのと刃《やいば》をまじえようと、彼女を見たかった。これはすでに地獄の執念であった。
おしのと刃をまじえて、兵五郎は自発的に討たれる意志もなかった。ただじぶんは車魚眼|直伝《じきでん》の甲賀流陽の術をつかう。おしのはおなじく魚眼直伝の甲賀流陰の術をつかうであろう。恋する女と、いのちをかけたその忍法の火花こそ、生死も忘れて彼のとらえたいものであった。
そして、いままさに車兵五郎は、恋するおしのと相まみえたのである。おしのは彼のすぐ下にいた。彼女は水面を境に、水中に逆さに垂れているのであった。
「…………」
さすがの車兵五郎が、われしらず恐怖の足を雨の波上にただよわせた。それにつれて足裏をぴたとあわせ、おしのも水中をただよいうごく。しかも陰と陽との裏返しとはまさにこのことか、彼女の顔は、兵五郎の顔とは正反対の方角をむいていた。
それをみた刹那《せつな》、ふしぎなことに兵五郎は、陰陽|合《がつ》したよろこびよりも、ここまで相反した女に対して、強烈なにくしみをおぼえた。徹底的にそむきあったふたりの宿命への怒りかもしれなかった。彼は白いおしのの背が、水中花のようにはぜわれる幻想をはや夢みて、血笑をうかべた。
「おしのどの、おれはそなたを恋していた」
そういいながら、彼の右腕は一刀を抜き討ちにして水中にふりおろされた。おしのの右腕の一刀が水中をはねあがってきたのは、おなじ瞬間であった。水面でふたりの刀をもった腕が、双方ともに肘《ひじ》から切断された。
二本の腕と刀は、引力の法則によって水におちた。水中をしずむ一本の刀を、おしのが左腕につかむのがみえた。反射的に兵五郎は小刀をぬきかけて、愕然《がくぜん》とした。彼の左腕は鉄藤次のために斬られて、すでになかった。
「わたしは、おまえをにくんでいる。夫の敵。――」
次の刹那、おしのの刀はふたたび水中からはねあがって、車兵五郎の背を縦に斬り裂き、灰色の煙波《えんぱ》に、血の霧がぼうとにじんだ。
[#改ページ]
怪談 厠 鬼
香鳥《かとり》はこんなに困ったことはない。……
きょうのお庭お目見《めみえ》のことはむろん覚悟の上だから決して粗相《そそう》のないようにと、あらかじめよく気をつけてはいたのだが、お城に入ったのが午前十時ごろである。それから、やはりお庭お目見に参集したほかの四人の娘とともに老女からこんこんと注意を受けて、あとの四人はそれで済んだらしいのに、香鳥だけはどういうわけか別室にみちびかれたのだ。
そこで昼餉《ひるげ》をたまわったのはありがたいことであったが、すぐに高貴の女性と対面することになった。高貴の女性――上様|御寵愛《ごちようあい》のお一人、お綾《あや》の方と。
お綾の方は、香鳥にいろいろきいた。平家物語について。
香鳥はお綾の方を知っていた。むろんその人に逢《あ》うのははじめてだが、名はきいていた。上様|御側妾《おそばめ》のうちで才媛《さいえん》のほまれ高いお一人だと。――きょうのお目見で上様から学問のおたずねを受けるということは充分承知していたけれど、その前にこういうお方からこんな試問を受けようとは意外であった。
しかも相手は彼女について何やら知っているらしいのだ。
「ほほう、そなたが旗本八万騎の息女のうち、いちばんの才女と評判の娘かや?」
と、はじめにいったからである。
驚きながらも、香鳥は相手の質問にすらすらと答えた。
それがかれこれ小一時間つづいて、お綾の方は入れ替った。第二の女性とである。
二人めの女性の名も香鳥はきいていた。やはり御側妾のうち歌人として聞えているおきよの方であった。この人からの試問は古今和歌集についてであった。
そしておきよの方も妙なことをいったのである。
「そなた、父は三百石の安旗本でも、自分は大名の娘と同じつもり――と申したそうな」
お綾の方のつぶやきには赤くなった香鳥も、この問いかけには蒼《あお》ざめた。
そんなことを自分がいったかもしれないが、ニュアンスがちがう。それよりも、いったとしてもごく内輪の冗談であったにちがいないそんな言葉が、いつこのような大奥のお方のお耳に入ったのだろう、という恐れのためにぎょっとしたのだ。
しかし、おきよの方はべつに皮肉でいったのでもないらしかった。
「わたしももとは神主の娘、したが、やっぱりそんな心でいましたぞえ」
と、うなずいて誇らかに笑ったからだ。
この訊問《じんもん》が終っても、香鳥はショックのため、しばし先刻から感じていた生理的な要求を忘れていた。それを思い出したとき、三人めの女性が現われた。
これも香鳥は名を知っている。やはり教養の高いことで知られているお萱《かや》の方であった。このひとも源氏物語についての口頭試問を行なったのだが。
わたしは注目されている――という香鳥の胸の動悸《どうき》をなお早くするつぶやきが、ふっとお萱の方の口からもれた。
「そなたが、旗本第一の学者といわれる許婚者《いいなずけ》を捨てたという娘かえ?」
動揺のため、香鳥はしばしば放心状態となり、そこをつっこまれるので、かえって時間が長くなり、これは完全に一時間はかかった。
で、もとの座敷にかえされたのはもう午後四時ごろになっていたろうか。
あと四人の娘は何のこともなくそこで待ちつづけていたようであった。しかも、もうお目見の支度もすませたようなのである。香鳥も支度をと老女にいわれ、卒然《そつぜん》として最前からの肉体的要求を思い出した。いや、どんな激情があろうとも、もはや忘れることが出来ないほどそれはさしせまっていたのである。
「あの。……」
香鳥はそれを老女に訴えた。
「あとになされ。もはや上様お出ましでございまするぞ」
老女はくびをふったが、しかし香鳥は従順に服従していられなかった。
香鳥の顔色を見て、女中の一人はやむなくいちばん近い雪隠《せつちん》に案内した。たまらないほどの長い廊下であった。
その端に女中が三人|坐《すわ》っており、
「ただいま。……」
何とかといった。身分高い女性が目下御使用中であるといったのである。そこには三つの厠《かわや》がならんでいるのだが、三つともふさがっていて、ふさいでいるのは――老女との問答から判断すると――さきほど香鳥に口頭試問をした三人の側妾らしかった。それは女中用の厠なのだが、その三人とも本来の居室から遠く離れているので、たまたま臨時に立寄ったもののようであった。
「では、べつのところへおゆきになりますか。ちと遠うございますが。……」
と、女中がかえりみたのに、香鳥は、
「出来ますなら、ここで待たせていただきとうございます」
と、答えて、うずくまった。
五分……十分……三つの厠からは一人も出て来なかった。そのうちに、廊下の向うから、もう老女がせかせかとやって来た。
「おいでなされ、何をしておられる」
「は、あの。……」
香鳥は狼狽《ろうばい》し、必死の哀訴の眼を投げた。老女は厳然といった。
「上様、御出御《ごしゆつぎよ》あそばします!」
鞭打《むちう》たれたように香鳥は立っていた。
香鳥はもとの座敷にひき戻されて、身支度をした。島田|髷《まげ》の手入れから振袖衣裳《ふりそでいしよう》の身づくろい、化粧直し――すべて老女たちの手にかかる。いよいよ晴れのお庭お目見である。
お庭お目見。――それは将軍の寵姫《ちようき》登用の儀式であった。右の姿で該当の娘が大奥の庭の一画を歩むのを、座敷で将軍が検分するのである。
これは今の世にはじまったことではないが、しかし五人いっしょにというような例があったかどうか、香鳥は知らない。
ただ五人いっしょにということをきき、かつまた城に来てそれら同年輩の美しいライヴァルを見たとたんに、香鳥の心にはげしい敵愾心《てきがいしん》が湧《わ》いたのは事実である。
けれど、いま――老女にみちびかれてその庭へ歩みつつ、香鳥はこのコンテストに対する熱情以外の、まったく別個の感覚にさいなまれ、化粧の下の顔は死相に近かった。
動物は知らず人間の、少なくとも男の本能のうち最大のものは、食欲にあらず性欲にあらず権力欲ではないかと思われるほどで、そのために修羅《しゆら》の歴史がくりひろげられ、現代においても大なり小なりそれぞれの世界でその地位を占めるために男はもがきぬいているわけだが、さてしかし、その権力を行使すべき地位についたとき、果して幸福であるかどうかというと、やや疑問がある。
少なくとも日本の最高権力者で、主観的にも客観的にも、ああ、さぞ幸福であったろうと羨望《せんぼう》にたえないような例はちょっと見当らない。その権力をつかむために精力を消耗し切っていたり、そこに至る闘争過程での憎悪や恐怖の黒煙がまだけぶっていたり、あるいは生まれながらその座にあってもかえって重荷にあえいでいたり――例えば徳川将軍十五代中でも、通俗な意味での幸福人といえばたった一人しかいない。
それが十一代将軍|家斉《いえなり》である。
その地位につくための権力闘争で精力を消耗するということもなく、十五代中数指をかぞえる病弱暗愚の性も享《う》けず――それどころか、結構政治にも興味を以て秀才官僚を頤使《いし》し、さればとて次なる時代への不安に苦しむほど敏感でもなく――要するに、爛熟《らんじゆく》時代の爛熟将軍である。
その泰平を作りあげたのは自分だという自負を持っているだけに、彼は、この世で愉《たの》しみ得るかぎりのことは、何の懸念もなくすべてやりつくして極楽往生をとげた。権力というものに大いに反感をおぼえているはずの作者でも、甚《はなは》だ恥ずかしいことだが、この将軍にならちょっとなり代ってみたいと思っているほどである。
何しろ、一生に生ませた子供が五十四人、当時のことだから流産死産はおそらくそれに劣らず、懐胎しなかった側妾、また側妾にまで至らずたんに数夜の玩弄《がんろう》で終った女まで勘定すれば数百名に上るであろう。とにかく何百人寵愛しようとあと生活の問題などいうあさましい心配は彼の関するところではない。生まれた子供は片っぱしから然るべき大名に押付婿《おしつけむこ》、押付嫁として天下らせてしまうのだからまさに天空|海闊《かいかつ》の心境である。その姫の一人を頂戴《ちようだい》した加賀家が姫用に特別に作った江戸屋敷の赤門がいまの東大の象徴となっているのは首尾相応というべきか。
さて、この春の夕の新・側妾コンテストも、この将軍にしてはじめてやり得た傍若無人なものであった。
いわゆるお庭お目見の恒例によると、ただ振袖姿に着飾った候補者がしゃなりしゃなりと庭を歩くのを、将軍は座敷の奥から黙って見るということになっているのだが、このとき家斉は、五人の――五人というのがそもそも規格はずれだが――娘を庭にならべて坐らせて、一風変った試験をやりはじめたのだ。
それぞれ、五枚の紙に何やら書いたものを一枚ずつ渡して、娘たちに朗読してみよという。――
「光明皇后、仮寝帳中、釈元※[#「目+方」、unicode7706]至、乃以掌敲后股、后帯笑輙張股、元※[#「目+方」、unicode7706]不敢御、附熟視玉※[#「尸<枕のつくり」]、廻指弄之、見※[#「尸<枕のつくり」]底津液生、笑曰、硬※[#「石+渠」、unicode78f2]殿上珊瑚※[#「尸<枕のつくり」]、安養宝池、去此不遠」
第一の娘に渡されたのは、こう書かれた紙片であった。
「読めぬか」
娘は紙に首を垂れたまま黙ったきりであった。
「孝謙帝、握道鏡※[#「尸<求」]、笑曰、於偉神物、真是※[#「尸<求」]中王、当南面服、四海闊大※[#「尸<求」]、朕願浄老※[#「尸<求」]、事之、遂尊道鏡、為法王」
二枚目の紙片を与えられた娘もまた沈黙した。
「そちも読めぬか。読めるだけ、読んでみよ」
と、家斉はいった。
娘はふるえる声で読みはじめた。
「孝謙帝、道鏡の……」
そう読んだだけで、彼女は絶句してしまった。その次の文字が読めないのだ。
この日のお庭お目見が異例であったというのは、選び出されて来たこの五人の娘にもよる。つまり彼女たちは、旗本の娘の中で、才色兼備をうたわれる娘たちであったのだ。
これくらい女に豊富になると、体調により年齢により気まぐれにより、いろいろとその味覚を変えてみたくなる。ある時代はういういしく清純なところ、ある時代は爛漫《らんまん》華麗なところ、ある時代はなまめかしさの極致といったところ、等。――そして家斉は、このころ、ばかに才女にひかれる趣味に凝《こ》っていたのであった。
「三番目はどうじゃ?」
第三の娘は読みはじめた。
「本院左相、亜相|国経《くにつね》の夫人を奪いて、帳内にてまさに。……」
そして彼女は一息のんで、口をとじた。
「そちもそれまでか」
「まさに……せんとす」
「これ、何をせんとする、じゃ?」
「――読めませぬ!」
その娘は、頬を紅に染めてはたとつっ伏した。
むろん、家斉はその文字が媾合《こうごう》という文字であることを承知している。そして前の二者とちがい、娘には読めたはずだと承知している。
「読めぬと、召使わぬぞ。読めるなら、読んでみい。……」
「――読めませぬ!」
娘はつっ伏したまま、蚊の鳴くような声でくりかえした。
これも予定のうちだ。これをからかうのも、きょうの行事の着想の愉しみのうちに入っている。可憐《かれん》、と見る笑顔で、家斉がさらに声をかけようとしたとき、
「わたし、読みまする!」
と、ちがうところから声がかかった。第五の娘であった。
家斉はその方を見た。
美しいという点では、五人のうち飛びぬけた娘であった。読める、といったのは、自分に与えられた紙片の文字のことに相違ない。それをつかんだ両手の細い指はワナワナとふるえていた。
そして、家斉が何もいわないうちに、その娘は勝手に読み出した。
「源義朝の妾《しよう》常盤《ときわ》は国色無双なり、義朝害に遇《あ》って後、平清盛甚だ寵《ちよう》し房を専《もつぱ》らにす。清盛剛強にして宵を通じて欲をほしいままにし、英気|撓《たわ》まず。常盤すでに疲れ、汗、漿《しよう》の如し。……」
声がとまった。彼女は読めなくなったのか、眉《まゆ》をしかめ、歯をくいしばり、美しい顔は苦悶《くもん》の相に変っていた。
へんなやつだ、と家斉は思った。女の教養を試みるもくろみにはちがいなかったが、その娘が自分の順番も待たず、四人めの女を飛び越えてしゃしゃり出たのを、あまりいい感じで見てはいなかったが、何やらようすも妙である。
第五の女は香鳥であった。彼女はすぐにまた読み出した。
「勉強して臀《しり》を揺《ゆ》り、歔欷悽咽《きよきせいいん》してしきりに気を遣《や》る。常盤|曰《いわ》く、宜《むべ》なるかな先君の公のために窘《くるし》められしこと、公の……」
彼女は肩で息をしていた。
「公の……鋒の確乎《かつこ》として鋭きこと、先君の比にあらず。……」
声がかすれた。
「公の……何じゃな、その次に何かあろう?」
家斉はいった。そこは、※[#「尸<求」]とあるはずであった。
「唐土にはない文字でございます。おそらくこの文をお作りなされた方の作字でござりましょう。……」
香鳥は異常なばかりの早口でいった。味もそっけもない、むしろ事務的な声であった。――美貌《びぼう》なのがいっそうつらにくく、家斉は何やら小馬鹿《こばか》にされたような気がして、
「いや、そちは学問がある喃《のう》。しかし、女の恥じらいというものを。――」
と、この場合、彼らしい身勝手な、そして彼らしくない皮肉な言葉を投げようとしたとき、
「あアあ!」
と、その娘がぞっとするような異様な声をたてた。彼女は数分間、のけぞるようにして眼をとじていたが、ふいにがばと前に身を伏せた。
ぎょっとしてからだをひいた家斉が、
「これよ!」
と、呼ぶより早く、庭のどこにいたか、黒い影が三つ風のように駈《か》けて来た。大奥には存在しないはずの男たちであった。彼らは香鳥のからだをひき起し、これまた何に触れたか、その一人が「や?」というような声をもらした。
「どうした?」
「は、……何とも御前にて前代未聞の儀……粗相したようにござります」
「なに、小便をしたとや?」
家斉が甚だ将軍らしくない用語をもらしたのは、その刹那、昨夜、愛妾の一人お萱の方が、寝物語に「小便|組《ぐみ》」の話をしたのを思い出したからであった。
源氏物語を愛読するお萱の方の趣味とは縁遠い巷説《こうせつ》だが、よほど彼女には面白かったとみえる。家斉もきいて笑った。それは江戸でこのごろちょくちょく見られるという新しい詐欺の話であった。つまり、妾に囲われた女が早々に夜尿をもらし、手切金をもらって故意に破談になるという手口で、これを専門にしている女を「小便組」というそうな。
――こやつ!
と、家斉は思った。この娘は、余の側妾となることを拒否しようとしておる、と直感したのである。
しかし、それならみずから焦るがごとく試験の答案を出したことと矛盾するけれども、しかし、その態度も何だか変であったし、とにかくわが前において坐り小便をもらす――いま、見たところによると、もらすどころではない、ありったけ、思いのたけをはらしたように思われる――とは、いま伊賀者がさけんだごとく、徳川十一代、いまだかつてきいたことのない痴《し》れ者。
「ううむ、余に向って小便組の手を使うとは」
怒りの顔色の根源となったのはその先入観だが、しかし相手の犯意は知らず、その行為だけでも将軍の怒りは当然であった。
「どうしてくれようか」
「成敗つかまつりましょうか」
と、庭の三人の男のうち、一人がいった。
女人国大奥とはいえ、一人も男性がいないわけではない。芝居における黒子《くろこ》のように「存在しない存在」だが、庭の掃除や門々の警衛をする男たちがいる。伊賀者であった。
「待て」
家斉はややおのれをとり戻した。
殺すまでもない――と、さすがに思い返したのである。少なくとも、いちどは側妾の候補者として選び出されて来た娘を、お庭お目見のその庭で斬り殺す、などということは彼の趣味ではない。――それに、何やら不審なふしもあった。
「さればじゃ。こやつ――どこぞ、そこらの手水鉢《ちようずばち》にでもつないでおけ、仕置はそのうち考える」
と、彼はいった。
「そのあいだの世話、うぬらにまかせたぞよ」
といって、家斉はすっと立ち、奥へ入りかけて、そこに影のようにならんでいる老女たちにいった。
「あとの四人、みな奥へあげい」
あとの四人の娘たちのことだ。これでは何のための試験であったのか、わけがわからない。
――どうしよう?
――どうしよう?
片足をふとい綱でくくられたまま、香鳥は庭の隅に坐っていた。
むろん、お庭お目見をしたあの庭ではない。大奥に奉公する最も下級の女中たちが住む一画の庭で、その厠のそばである。二メートルばかりの綱のもう一方の端は、そこの手水鉢の石に結びつけられていた。こんな場所でも、さすがに大奥で、その手水鉢の石は彼女の家のものなどよりはるかに巨大であった。くくられた綱は棕梠《しゆろ》でなわれ、しかも爪《つめ》も立たない奇妙な結び方がしてあった。
むろん、ふつうの意味で逃げる気はない。
――どうしよう?
という心の悶《もだ》えは、なんらの解答をも期待しない、文字通りの悶えであった。そして香鳥の全頭脳にひしめいているのはただこの悶えだけであった。
どうしてああいうことになったのか、どうしてこういうことになったのか、ということを思いめぐらす余裕などあり得べくもなかった。あのとき――たまりかねて彼女が渡された紙片を読みあげたのは、一刻も早くあの儀式から解放されたいという一念だけで、読みあげたのも夢遊状態である。何やら上様にお答えしたのも反射行為である。しかも、それすらついに間に合わなかった!
そのことに至るまでの筋道を思い起すいとまは今なかったが、ひょっとしたら香鳥は、たとえ冷静であってもそれについての疑問を何もいだかなかったかもしれない。賢い娘といわれ、自分でも自信を持ち、誇りも高く野心もある香鳥であったが、それだけに素直で、まっとうで、常識はずれの邪念を空想する性質を持っていなかった。
ただ、あのとき、注目されている――とは彼女も感じた。
感じはしたが、そのときは、正直にいえば「自分が第一の候補者だからではあるまいか。だから念を入れてお調べになるのだ」といううぬぼれといっていい推量がひらめいただけで、それっきりだ。それに対する反応は、「だからわたしは合格しなければならない!」というファイトのみで――さすがに彼女もひんやりとした底意地の悪い風は感覚していたが――それなればこそ、いっそう、是が非でも、という炎を煽《あお》られたに過ぎない。
――何はともあれ、繰返すようだが、彼女はあの失態以前のことを熟考するゆとりはない。いや、そのことからいまに至る間のことすら、もはや念頭にない。
とにかく、いま、厠のそばの手水鉢につながれているのだ。時間の経過さえ知らないが、事実はあの夕から夜を越えて、またその日が暮れようとしているのだ。
むろん、そのあいだ、大奥の女中たちはぞろぞろと見物に来た。眼ひき袖ひきしてささやき合ったり、けがらわしそうに口を覆ったり、笑ったり、奇声を発したりしたが、それすらもう幻影のように感じられる。
――どうしよう?
解答のない悶えといったが、一つの解答はあった。死である。
しかし、死ぬべき懐剣はなかった。笄《こうがい》すら抜きとられ、美しく結いあげられた髷は、ばらばらに崩れていた。そして、それよりも、香鳥はこんなところで、こんな姿で死にたくはなかった。
小さな胸に誇りだけは人一倍高い香鳥であった。
――ここで、こんな死にかたはしたくない!
祈りはそれだけであった。
――だれか、ここから逃がして、わたしを死ぬべきところへつれていってくれないか?
父と母の姿が眼に浮かんだ。父や母は、わたしのことについて知らせをきいたであろうか。きいても、もとより助けに来てくれることなどあろうはずもなかった。こんなことをきいたら――いや、上様の前で、あんな途方もない粗相をしたときいただけで、そのまま自害したにちがいない。むしろ彼女の願いは、父母が永遠に何も知らないことであった。
親どころか、この天の下のだれも、いま自分を助けに来てくれそうな者はなかった。たとえ何者かがそう望んだところで、江戸城のこの大奥へ乗り込んで来るなどということは金輪際《こんりんざい》不可能であった。
――ただ一つ浮かんで来た顔がある。
眼鏡をかけた大きな頭が。
あのひとなら、やりかねない、と、いちどちらっとそう思った。しかし再考するまでもなく、それはそんな決死の冒険からは、およそ世の中でいちばん縁の遠い人物であった。武士のくせに剣術は全然知らない、それどころか外出するのに刀も忘れかねない人なのである。
それを、なぜその人間ならやりかねない、と彼女が思ったのか。それは彼が自分を愛していることを知っていたからであった。それを知りつつ香鳥はこのたびのお庭お目見に――指名された上はよほどの理由のないかぎり拒否は出来ないとはいえ――すすんで応じたのだ。
その男は、親同士がきめた許婚者でさえあった。いわば香鳥は裏切ったのだ。
しかし、香鳥にその意識はなかった。将軍さまの側妾になるということは現代の倫理感と異なり、むしろ光栄と誇りの象徴であったし、それにそもそも彼女は、いちどとして彼に恋愛意識を露ほども感じたことはなかったからだ。
それが――いま、はじめて香鳥は彼に罪の意識をおぼえた。
けれどそれは、彼に悪いことをした、という原罪の痛みではなく、このような恐ろしい罰を受けたのは、あのひとのお嫁にならなかったせいではなかろうか、という結果論的な痛恨からであった。ほかに彼女は、こんな運命につり合うどんな罪をも犯してはいなかったし、それにまた彼のところへお嫁にいっていれば、こんな運命を招くはずのなかったことはたしかであった。
しかし、もう遅い。だいいち、その男自身が救援の期待からは最も遠い人間だ。彼女のあがきは、文字通り、粗相をして、折檻《せつかん》を受けて、べそをかいている幼女の涙にひとしいものであった。
いや、べそをかいてすむ事態ではない。幼女のお仕置とは懸絶《けんぜつ》する。
生きてはいられない、といって死ぬにも死にかねるという絶体絶命の地獄は、いまやふたたび第二の極点に近づこうとしていた。
すでにつながれて一昼夜が過ぎ去ろうとしている。――死んでいない以上、人間のからだというものは魂とは別なものなのか。――ふたたび、かなしく恐るべき生理的要求が彼女の内部をさいなみはじめていたのだ。
綱のとどく範囲に、三種の容器が置いてあった。
一つはむすびを盛った皿であり、一つは水を入れた徳利であり、そしてもう一つは漆塗りの樋筐《ひばこ》――便器であった。
むろん、香鳥は食物や水には一粒一滴も口をつけてはいない。にもかかわらず、人間の体内にはむざんな新陳代謝は進行するのだ。
「……ほほう、まだ食べられぬか?」
「こっちも、空じゃ」
「ふうむ?」
ときどきやって来て、それを点検したり、のぞきこんだりする三つの影がある。
実際、影のような男たちであった。波のように大奥女中たちが見物にやって来るあいだはもとより、それ以外の無人のときも、どこにいるのか姿も見えないが、ふいに地から湧《わ》き出したように忽然《こつぜん》と現われるのだ。
自分をとらえ、そしてここにつないだあの三人の男だ。どうやらこれが大奥に仕える伊賀者らしい、といまは香鳥も気がついた。
人間というより、動物に近い。姿かたちのことではない。――それも、いずれもたしかに巨大で、しかも妙にしなやかな肉体の持主ばかりであったが――それよりも、人間離れのした精悍《せいかん》さがだ。あるいは、その全身から発散する動物的な精気がだ。
そして、口数は少ないが、ときたま洩《も》らす言葉が、人間よりも獣めいた野卑なものであった。
「これが、上様のおんまえで小便をした女」
「一つ、われわれも、見たいの」
「男と生まれた甲斐《かい》には、美女の排泄《はいせつ》する姿を。――」
そんなつぶやきをきいてるだけに、香鳥は決して樋筐など使えなかった。が――意志とはべつに、次第に体内に物理的に満ちてゆくもののあるのはどうしようもない。
春の夕風が、花びらを散り迷わせている。その花が貝のように白く浮くばかり、空気は藍色《あいいろ》に暮れて来た。
また彼らはやって来た。
香鳥は肩で息をしはじめていた。
「お、はじまったようだぞ」
「何が出る?」
「上様に小便じゃ。われらにはもっとふさわしいものがあろう。……」
香鳥は身悶《みもだ》えした。もはや、無念とかくやしいとかいう状態を超えた苦悶《くもん》であった。
一人、笑いながら、樋筐をつかんで近寄りかけたときである。ほかの二人が「あ!」といって、あわててその袖をひき、身をひるがえして立ち去ろうとした。
「待ちゃ」
縁側で声がかかった。
歩いて来たのは、三人の女の影であった。そう呼びかけたまま、彼女たちは立ちどまって、じいっと香鳥の方を眺めている。――
香鳥は霞《かす》んだ眼で、それが自分を試問した三人の女性――お綾の方、おきよの方、お萱の方であったことを知り、哀れなことにこの場合にも、ひざをそろえようとした。
どういう人々が見物に来たのか記憶のない香鳥であったが、事実彼女たちがやって来たのは――侍女もつれず、人目を忍んでのぞきに来たのは、これが最初なのであった。
三人の側妾は黙ってこちらを見おろしていたが、
「何をしようとしていたえ?」
と、一人が伊賀者に問いかけた。
「は。……これを使わせようと存じて」
と、樋筐をかかえた伊賀者が答えた。
三人の女は顔見合わせ、さすがにうろたえた表情になり、そのまま背を見せてひき返そうとしたが、ふと一人、ふりかえって、
「まだ褒美をやらぬ。いまつかわすほどに、こちらに来やれ。――」
と、いった。
そして、逃げるように立ち去ってゆく側妾たちを、三人の伊賀者はぽかんと口をあけて見送っていたが、たちまちうなずき合い、鳥の飛び立つように廊下沿いの庭を追っていった。
――褒美?
香鳥の脳に、その言葉が刻印された。
――あのお方さまたちが、伊賀者に褒美?
まだ明確にはわからない。何に対する褒美か、混沌《こんとん》とはしていたが、それにもかかわらず彼女は何かを見たように――恐るべき真相をかいま見たように、凝然《ぎようぜん》と眼を見張っていた。はじめて彼女は、自分が最初から罠《わな》にかけられたことを知ったのだ。
しかし、遅かった。何を知ったとしても、もはや何をすることも出来ない――死ぬことさえも出来ない現実であることは、依然として同じであった。それどころか、今は無人だ、さしせまる生理的要求を果たすなら今だが、しかしその痕跡《こんせき》が残ることを思えば、それすらも叶《かな》わぬ地獄は同じであった。
ふと、地に何やら音がした。
香鳥は、自分の背後の足もとに落ちたものを知って、はっとした。それは一振の懐剣であった。
周囲にも、縁側にも人影はない。何者かが、屋根の上から投げたのだ。彼女はふりあおいだ。大屋根の上の空にはいつのまにか星影さえきらめき出して、ただ風だけがしずかに吹いていた。
香鳥はその懐剣をひっつかんで、小さくさけんだ。
「お志、かたじけのう存じまする!」
――十数分後、帰って来た三人の伊賀者は、そこの大地を血に染めてつっ伏している娘の姿を発見して奇声を発し、ひきずりあげて、両こぶしと乳房の下をつらぬいている懐剣を見て立ちすくんだ。
「これ」
四谷伊賀《よつやいが》町を出て、濠《ほり》ばたに出たところで、呼びとめられて、三人の伊賀者はふりかえって、ぎょっとした。
「これからお城へ出勤か。御苦労である」
「は」
「ところで、わしは塗戸漢学《ぬりどかんがく》」
「は。――」
「と、みずから名乗ることはあるまい。おぬしらはわしを知っておるはずじゃからな。知っていなければ、いまわしの顔を見てぎょっとするはずがない。――」
まさにその通りだが、三人の伊賀者はいよいよぎょっとせざるを得なかった。
濠ばたに立っているのは、蒼白い、むくんだようにふくれあがった顔をした武士であった。背が高くないのでいっそう大きく見えるが、公平に見て、常人より大きな頭蓋骨《ずがいこつ》である。その上、相当なおでこでもある。ふつうなら醜いといっていい容貌《ようぼう》だろうが、しかし見る人が見れば、決して醜いとは感じないにちがいない。というのは、その両眼の――金壺《かなつぼ》まなこながら――冴《さ》えた知的な光のせいであった。ただ、その眼を大きな眼鏡がふちどっているので、極めてユーモラスに見える。
眼鏡がこのころからあったか、といわれるなら、たしかにあった。日本には、大久保彦左衛門どころか、足利時代からあった。それはむろん現代のように精巧なレンズによるものではないが、江戸もこの時代になると、町にめがねやの看板があるくらい普及していた。しかもこの塗戸漢学は、その眼鏡をある長崎帰りの蘭学者からもらったということまで――三人の伊賀者は知っている。
むろん、彼が三百石の旗本で、眼鏡などかけているから老人くさく見えるが、まだ二十代のなかばだということも。
「わしもおぬしらを知っておるが、念のためたしかめておこう。赤沼鶴兵衛じゃな?」
「へ」
「こちらが柿原《かきはら》弁助で、あちらが塙百太夫《はなわももだゆう》」
「は」
「伊賀組切っての猛者《もさ》。それだけあって、その性|甚《はなは》だ剽悍《ひようかん》残忍」
さすがに、赤沼鶴兵衛がにがり切って、
「で、いかなる御用で?」
と、いった。ほんとうは振り払ってゆきたいところだが、こちらは三十俵三人|扶持《ぶち》の軽輩、向うはともかくも旗本だからそうもならない。
「ちょっとききたいことがあってな。広野伝右衛門の娘香鳥について、おぬしらにいろいろと調査を依頼されたお方は、お綾のお方さま、おきよのお方さま、お萱のお方さまの御三人であるな?」
三人は沈黙したが、それは否定の意志からではなくショックからであった。それも、質問の内容よりも、あまりにケロリとして、のっけからさも天下周知のことであるときめこんだかに見える口のききかたに気をのまれたのだ。
彼らの調査したかぎり、こんな口のききかたをする人物ではなかった。ふだん、一言いうにも数分間沈思し、息を吸い吸いいかにも遠慮がちにものをいい、そしてまた――旗本随一の秀才という噂《うわさ》にもかかわらず――いったい何をいおうとしているのかはっきりしない、優柔不断の典型みたいな男のはずであった。
「何のことやらわかり申さぬが。……」
柿原弁助が態勢を立てなおした。
「かりにそうであったら、どうしようというおつもりで?」
「かたきを討つ」
と、塗戸漢学はいった。
「もう、きいたことと思うが、親の広野伝右衛門御夫婦も刺しちがえて自害なされたしなあ。……」
きっぱりと、というより、ものに憑かれたような、へんにしずかな、うす気味悪い調子であった。
穴のあくほど眼をむいて、
「へ、おれたちを?」
「あなたが?」
「おれたちのうしろには、上様最も御|寵愛《ちようあい》の御三方がおひかえになっておるのでござるぞ。もしそれに恨みをむけられるならば、恐れ多くも上様に弓引かれると御同様でござるぞ!」
「その方は追い追いに考える」
と、漢学はゆっくりといった。
「そうとわかれば、第一段階として、さしあたってはおぬしらじゃ。そこでじゃ。こう自分でいうのも妙じゃが、わしは曲りなりにも天下の旗本、おぬしらは匹夫下郎《ひつぷげろう》にひとしき伊賀者、それを無通告で闇討《やみう》ちというのも何じゃから、いまここで、かたきを討つと宣言しておく。……そのために、呼びとめたわけじゃ」
「なにっ?」
三人とも凶暴な声を発して、凄《すさ》まじい眼で相手を見すえた。
が、一息二息おいて、三人、顔見合わせてニタニタ笑い出した。いまそんなえらそうな宣言をした男の手並を思い出したのである。いや、だいいちこの相手に手並などいうものがあるだろうか。調査したところによると、彼は近眼になるほど本ばかり読んでいて、武芸の修行をしたことなどいちどもない。大小さえも重げで、頭ばかりでかくて、手足は少女のごとく細い。……
それが、眼鏡の奥から金壺まなこをひからせていった。
「ことわっておくが、これでもわしは武士、毒や鉄砲など使わぬつもりじゃから安心するがいい。八幡大菩薩《はちまんだいぼさつ》、刀を使う。それならば、おぬしらも、伊賀の……それ、何とかいった、忍者と申したかな? その修練あれば、べつに大奥の方へ助けを求めんでも、堂々とわしを迎え討てるじゃろ?」
「けっ」
塙百太夫が鶏のごとき声を発した。
「で、いつ?」
「それは、そのうち、工夫を凝らして」
「いまではだめでござるか?」
「いま?」
塗戸漢学はきょとんとした。
不敵な挑戦状をたたきつけに来たくせに、即座にここで火ぶたを切ることは全然念頭になかったらしい。刀の柄《つか》に手をかけた三人の伊賀者を前に、眼鏡の奥で見ひらかれた眼には、恐怖の光が満ちたようであった。
三人は、ちらっと周囲を見まわした。四谷御門がすぐ向うに見える場所である。人通りは多い。こちらの立話を妙に感じたと見えて、ちらっちらっとふりむきながら通ってゆく者もある。まさか、ここで刀を振りまわすわけにはゆくまい。
が、相手にも指摘されたように凶暴の性を禁じ得ない三人の伊賀者であった。それを、わずかに声を以て発した。
「かーっ」
三人、満身をふくらませてさけんだのである。すると。――
まさか、そこまでは期待しなかったのに、塗戸漢学はまるで見えない殺気に吹き飛ばされたように、あおむけに濠の中へ墜落し、ざぶうんと盛大なしぶきをあげた。
三人の伊賀者は濠ばたに駈け寄り、のぞきこんで、あっけにとられたような顔をならべていた。
しかし、四谷御門を入ってから。――
「……きゃつではないか!」
と、柿原弁助がさけび出していた。
「あの娘に刀をやったのは?」
――数日前、大奥で、彼らがもとの庭に急ぎ帰ったとき、こときれていた香鳥が持っていた懐剣である。ほんのちょっと監視の眼を離したあいだのことで、むろん彼らはあとでひどい叱責《しつせき》を受けたが、あの懐剣は彼らにとっても不可解であった。
大奥に忍び込んで来る者があろうとは思えないので、おそらく見物に来たおびただしい女中たちのうち、ひそやかな香鳥の同情者があって、それが何かの機会にその懐剣を渡したのではないか、と見るよりほかはなかったが、それにしても彼ら自身にもそれは謎《なぞ》であったのだ。
「まさか?」
と、塙百太夫がいった。
最初のこの声は、一笑のもとに捨て去るひびきを持っていたのに、
「――まさか、あいつが?」
と、繰返した疑惑の声は、その疑惑に対する疑惑の尾をひいていた。
およそなみの人間ならば、そもそも大奥へ忍び込んで来る気など起すはずがない、という常識に加えて、その嫌疑者が、常人以下に運動神経が不器用な男だ。さらにそれ以上に、はじめからその男は、嫌疑の範囲外におかれていた、というのは。――
旗本広野伝右衛門の娘香鳥について、その素行および噂を綿密に調査するように、という依頼を受けて、その周囲を嗅《か》いでまわったとき、まっさきにといっていいほど判明したことだが――塗戸漢学はもののみごとに香鳥に振られた男だったからだ。
塗戸漢学は幼いころに親同士がきめた香鳥の許婚者であった。しかも小童にしてすでに秀才のほまれ高く、近来、まだ若いのに昌平坂《しようへいざか》学問所の未来の統率者は彼であろうという世評すらある。そして、七つちがいの香鳥に幼いころから懇々と学問を教えたのも彼であった。
しかるにこの若き学者は、美しい許婚者に斥《しりぞ》けられた。学問の上ではむろん尊敬されていたが、結婚の相手としては、全然その気がない――というより彼女は、はっきりと、
「そう考えると、あなたさまがきらいになります」
とさえいった。
香鳥が将軍家の御側妾登用の儀に応じたのは、彼女らしい無邪気な野心もさることながら、この醜い許婚者からの逃避の心さえあったかもしれない――と、三人の調査者は判定したほどである。
これに対して塗戸漢学は、めんと向っては香鳥に一語の文句もいわなかったらしいが、十日余り、半病人みたいになって、戸を閉じ切って寝込んでいたらしい。
むせび泣く声をきいたという者もあった。噂だから真偽は知らず、とにかくそんな噂がたつほど彼は朋輩《ほうばい》からの笑い者になったらしい。
その塗戸漢学が。――
おのれを裏切って虚栄の星座につかんとした天罰|覿面《てきめん》、およそ人間の女として最悪の罠におちて悶えぬく娘に、決死の潜入行をこころみて、自決の刀を渡そうとは?
信じられない。
が、その男が、ものに憑《つ》かれたかのごとく、はっきりと復讐の企図を宣言したいまとなっては、あれをやってのけたのが彼であったとしか考えようがない。
「これはお目付さまに御報告申しあげなければならぬ!」
いま、まさかといった塙百太夫がさけび出すと、
「いかにも!」
と、みずから疑惑の語を吐いた柿原弁助がうなずいたが、
「待て、お目付さまへ報告すれば、すべてをぶちまけねばならぬが、それではわれらにひそかに頼みごとなされた御三方に悪《あ》しかろう」
と、赤沼鶴兵衛がいい出した。
「われらの手で片づけようではないか。ただ、あの頭でっかちのめがね旗本が横死をとげた際、それはわれらの正当防衛であることを認めていただくために、御三方にだけはお知らせしておく必要はあると思うが」
「きゃつが、横死。……ひょっとしたら、もう濠で溺《おぼ》れ死したかもしれぬぞ」
「いや、がばがばと、何とか石垣にとりついたようではあった」
「では、改めて片づけるか」
「それでは、万一の際、正当防衛が成り立たぬ。向うから手を出して来たのを機会に討ってみせよう」
「おお、あの頭でっかちめ、腕はへろへろのくせに大きな口をたたきおったぞ、かたきを討つとあらかじめ宣言しておくと」
塙百太夫が満面を朱に染めてうめき出すと、柿原弁助も歯のあいだからきしり出すようにいった。
「まだぬかしおった。うぬら、伊賀の忍者の修練あれば、大奥の助けは求めずとも、堂々とわしを迎え討てるじゃろうと」
先刻の問答を思い出すと、きいたときより腹立たしくなって来た。
そもそも内密の探偵を依頼された天下の伊賀者が、実に易々と自分たちの行為を白状してしまった結果になったのが業腹《ごうはら》である。のっけから分り切ったもののごとき口のききかたをされたので、つい「知らぬ存ぜぬ」とつっぱねることが出来なかったのだが、それというのも相手を当代切っての秀才という意識から、従ってこちらの劣等観念から、実に忍者らしくもなくだらしなく、香鳥への陰謀を肯定してしまったのだ。それにしても、きゃつ、どうして真相を知ったのか。……
「もはや、あとにはひけぬ!」
三人とも、身の毛もよだつような声でさけんで、それから顔見合わせて笑い出した。
期せずして同時に、その敵の眼鏡をかけた大あたまと、かかる闘争における徹底的な無能力を思い出し、自分たちのいまの声の大袈裟《おおげさ》なことにみずから滑稽《こつけい》の感を禁じ得なかったのだ。
「毒や鉄砲を使わぬ、とか申したな」
「おお、刀を使う、八幡大菩薩、と来た。――四書五経の読みッこなら知らず、われら伊賀者を相手にいのちのやりとりとは」
「面白い! きゃつ、いかなる手でわれらにかたき討ちせんとするか。こりゃ愉《たの》しみじゃて。これ以上はない修行の気ばらしとして返り討ちにしてやろう」
事の次第は、例の三人の依頼者だけに報告した。三人の女性は眉《まゆ》をひそめたが、事は公にしたくないという伊賀者の意見には賛成した。それどころか。――
「その男が、何かしゃべりはせぬかえ?」
と、不安そうな顔をした。
「あの男を信じるわけではござりませぬが、事前にしゃべるようには存じられませぬ。またたとえ、何か、しゃべったとしても、そのときは途方もない妄想、いいがかりとはねつければよろしゅうござろう。そもそも、あのような結果になったのが、こちらにとっては予想外の始末」
という返事にやっと安心すると、
「ならばおまえたちの方から手を出してはならぬぞえ」
ともいった。伊賀者にして、すすんで旗本を殺害したりなどすれば、ただではすまぬことは明らかだったからだ。とはいうものの、さすがにそれはそれで心配らしく、
「そなたら、襲われて大丈夫かえ?」
「襲う? あれが? うふふふ」
三人の伊賀者は笑殺した。
ただ、塗戸漢学が襲う、という想定にまちがいはない。その結果を笑っただけのことである。外で襲われれば、ほかに人目《ひとめ》があるであろう。内で襲われれば――ということは四谷の伊賀町の組屋敷においてということになるが、そのときはむろん向うが侵入者になる。いずれにしても加害者は漢学であることは明白になるのだから、その結果彼を討ち果たしたとて、こっちが罪に問われることはない。またその場合は、わたしたちがその筋に然るべく手を打ってつかわそう、と女たちはいい、方針はきまった。
ただし、三人の伊賀者がすすんで反撃せず、受けて立つことを選んだのは、そのような思慮からというより、まったく愉しみのためだ。こっちから攻撃などしてはあっけなさ過ぎることはわかり切っているので、面白味がないからだ。むろん大地を打つような自信はあった。
さて、その日から。
彼らは江戸城への往来には、必ずだれかほかの伊賀者仲間をつれて歩いた。城内での勤務時間中も、極力ほかの人間がいるように注意した。むろん敵を恐れたわけではない。信じられないことだがきゃつがいちど大奥へ潜入したことがたしかな以上、ゆだんは出来ないが、実はそれこそ望むところだ。第三者を加えるのは、正当防衛の証人を作るためであった。
伊賀組の組屋敷に帰ると――こんどはさすがに一人ずつになるが――行住坐臥《ぎようじゆうざが》、背中に眼を持たねばならぬ。眠っているときでさえ、彼らは心眼をひらき、一方の手に匕首《あいくち》を握っていた。常人なら御苦労|千万《せんばん》以上の行為だが、これは彼らにはぞくぞくするような、たまらないスリルの快味なのだ。暗殺のベテランたる伊賀者を暗殺せんとするとは何たる道化《どうけ》、ござんなれ、めがねの福助《ふくすけ》侍。
ところが。――
七日目に、柿原弁助が殺された。
――彼は数年前、もののはずみである伊賀者の恋女房を犯したことがある。女は自殺し、夫は悲憤のあまり気が変になった。しかも彼は手裏剣《しゆりけん》の名人であった。いつそれが襲って来るか知れず、しかも弁助の方は、やったことがやったことだけに、事前に相手をどうするというわけにはゆかない立場にあった。そのころから親しい仲間であった赤沼鶴兵衛と塙百太夫が絶えず弁助を守ってやった。初夏の一日、前夜、城の門番をした弁助は組屋敷に帰って昼寝をした。赤沼と塙は、あけはなした隣座敷でそれを見ながら話をしていた。そのとき、たしかに仰むけになっていびきをかいていた弁助の頭上に光の半円がきらめき、その胸の上に血潮とともに両断された燕《つばめ》が落ちた。光の閃舞《せんぶ》は、弁助自身の抜き打ちであった。彼は眠ったまま、縁側から流れこんだ一羽の燕の影がまぶたをかすめたとたん、反射的にこれを斬り落していたのである。
それほど、敏感なること魔のごとき柿原弁助が。――
晩春非番の一日、まっぴるま、組屋敷の厠《かわや》の外で殺されているのが発見された。心《しん》ノ臓《ぞう》をただ一刺し。
組屋敷の中で、同じ棟の長屋に往んでいた赤沼鶴兵衛と塙百太夫が急をきいて駈けつけ、みずからの眼を疑ったが、しかしほかの伊賀者にはかいもく不明なこの謎を二人は解いた。柿原弁助は厠の戸の外で殺されていたが、その中の床《ゆか》や壁に汚物のあとがかすれ残っていたことから、弁助は戸をあけようとして、内部に待ち受けていたやつに、ふいに刺し殺されたこと、その曲者は雪隠《せつちん》の汲取口《くみとりぐち》から潜入してきたことを推定したのである。
なるほど、人間が厠に入ろうとするときは、いちばんうっかりしている――というより、五感が排泄《はいせつ》の方に集まっているときにちがいない。
しかし、天下の旗本が、便所の汲取口から這《は》い込んで来ようとは! ともあれ昌平坂で第一等の秀才が、糞尿《ふんによう》にまみれて暗殺を試みようとは!
「……ま、まさか? きゃつが?」
「……いや、きゃつじゃ。雪隠虫《せつちんむし》のごとくに弱いきゃつなればこそ思いついた手じゃ。しかし、それにしても堂々と刀を使う、などとはよくぞぬかしおった!」
こんな二人のしぼりあげるような会話に、ほかの伊賀者がきいた。
「心あたりがあるか」
「いや、何でもない」
あわてて二人は打消した。
「しかし遠からず下手人はわれらが見つけてかたきを討つ。そのためにも……また柿原の家を絶やさぬためにも、弁助は病死と届ける必要があるな。理由は何であれ、忍びの者がほかならぬ組屋敷のおのれの家の厠の前で刺し殺されるとは、外には聞かせられぬ大恥辱じゃ」
と、塙百太夫は歯ぎしりしながらいった。
二人がほかの伊賀組の口を封じたのは激烈な復讐《ふくしゆう》欲のためであったが、同じ意志からから二人は人知れずほかのあるものも封じた。
両人の家の厠の汲取口のふたに、べつべつに一本の毛で封をしたのである。何びともそんなものには気がつかない。が、同時に両人ともやはり耳の前後に一本の毛をさしわたして粘着させた。それはそれぞれ同一の女人の陰毛であって、もし厠の毛が切れたら、耳にとりつけた同人物の毛が共鳴現象を起すという秘伝の装置であった。
にもかかわらず。――
それから五日目、塙百太夫が殺され、赤沼鶴兵衛が瀕死《ひんし》の重傷を受けた。これは夜のことであったが、ほとんど同時刻である。
むろん、柿原弁助の怪死の真相は知らないながら、何者かが伊賀組屋敷に忍び込んであの凶行をとげたということだけはだれにもわかっていたので、その当座外部からの潜入者には全員神経を張っていたし、それに、塙と赤沼の陰毛探知器も、いかなる微妙な共鳴をも発しなかったのに、両人ともやはり厠の中で襲撃を受けたのだ。
組屋敷といえばいまの社宅だが、彼らは、五日前に殺された柿原をも含めて、同一の長屋に住んでいた。塙と赤沼はその両端に住んでいたが、その時刻、偶然といっていいか天意といっていいか、二人はほとんど相ついで厠に入ったのである。
まず、塙百太夫だが、これはいざというとき四尺三寸という長大な刀をふるう剣客であった。これがまず厠に入った。陰毛共鳴器になんの警報もきかなかったが、無造作に入ったというわけではない。その長刀を抱いて入ったほどである。たしかに何やら虫の知らせは感じたのだが、戸をあけて、むろん何者の影もなかったから、その大刀を壁の隅にたてかけたまましゃがみこんだ。
そして、排泄の佳境に入った瞬間――頭上から落ちて来た者があるのだ。
「ぐゎっ!」
彼は吼《ほ》えた。反射的に大刀をつかんで抜こうとしたが、三尺未満四方の空間に、四尺三寸の大刀を抜いて果してどうなったか。
いや、それより先に、彼の馬みたいにふとい首に、手とも足ともつかずからみついた物体は――術でからみついたのではない、そうなるよりほかはない狭さであったのだ――ただそれのみが一念であったかのごとく、短刀を以てその首を横につらぬいた。
なんの警報も感知しなかった塙百太夫は、厠の天井板が外されているのに気がつかなかったのだ。そして、そこから落下するものに気づいた数十|分《ぶん》の一秒のあいだに、さしもの彼も、人間として最も無防備な状態から転換するいとまがなかった。
「ぐゎっ!」
むしろ陰《いん》に籠《こも》った悲鳴がただ一声しぼり出されたばかり。――
曲者はやはり厠に潜んでいたのだ!
曲者は、外来者に対して警戒している伊賀組になぜ気づかれなかったか。またどこから塙百太夫の厠に忍び込んだのか。――
曲者は、柿原弁助を討ったときから、逃げてはいなかったのである。あれ以来、おそらく飲まず食わず、また多分排泄さえもろくにしないで、同じ長屋の天井裏に陰獣のごとく潜んでいたのである。天井はすべて共通であった。
――というようなことに気がついたのは、あとになってからのことだ。
気がついたのは赤沼鶴兵衛だが、これまた手遅れであった。彼が瀕死の重傷を受けたあとのことであった。
ほとんど同時刻といったが、赤沼鶴兵衛が厠に入ったのは、塙の凶変があって数分後のことである。
まだ何も知らぬ鶴兵衛は、やはり陰毛探知器の無警報に心ゆるして厠に入り、その下から突如黄濁した飛沫とともにつきあげられた長刀に肛門《こうもん》を刺しつらぬかれた。
「ぎゃおっ!」
化猫のごとき絶叫をあげて厠の外へころがり出した赤沼鶴兵衛の臀部《でんぶ》に、なおその長剣がぶら下がっていたほどであった。
この方の声は聞えたと見えて、隣から伊賀者たちが駈けつけて来て、その刀が塙百太夫のものであることが判明して、さては? とこの方にも馳《は》せつけて、彼の即死体を発見した。
さすがに煮えくりかえるような騒動になり、数分後、やっと赤沼の厠の汲取口から糞汁のあとが組屋敷の外へつづいているのを知って、みんな追っ取り刀で追跡したが、それは伊賀町から濠《ほり》ばたまでつづいて、あとはふっつりと絶えた。
伊賀者赤沼鶴兵衛が瀕死の傷を受けつつ、なお十三日の生命を保ったのは、その負傷個所が肉体の下半身であったことにもよるであろうが、しかし、その重傷の身を以て、十日後、江戸城への勤務に出勤したのは、やはり伊賀者赤沼鶴兵衛なればこそといえる。
が、肛門から腹腔《ふくこう》をつらぬいた刀身は、むろん糞汁と細菌にまみれ、それが彼の内部から腐敗させはじめたと見えて、その全身から異臭がまきちらされていた。顔色|相貌《そうぼう》はもとより死神だ。
彼は、お綾の方、おきよの方、お萱の方に密々にお目通り願って、事件の経過を報告し、かつ陰々といった。――
「きゃつは、われらへの復讐は第一段階と申しました。……第二段階はあなたさまがたにきまっております」
三人の側妾は、恐怖に凍りついたようになった。
「われら面目なき次第ながら、少々きゃつを見そこなっておりました。武術はさておき、五日間、伊賀の組屋敷の天井に潜んで、何びとにも気づかれなんだとは実に恐るべき執念」
「御老中か、大目付にお知らせせねば!」
と、お綾の方がうなされたようにさけんだ。鶴兵衛はいった。
「左様なこと御報告申せば、すべてが明らかになります。さしひき、決して得にはなり申さぬ」
三人の側妾は沈黙した。――
さしひき得にはならない。その通りだ。そう考えたればこそ、すべての始末を三人の伊賀者にゆだねたのであった。
そもそも彼女たちにとって、実はあの旗本の娘の無惨な死は予想以上の出来事であった。はじめ香鳥という娘の才媛ぶりを耳にし、それが将来の大ライヴァルになることを怖れて、その登用をふせぐためにばかばかしいほど陋劣《ろうれつ》な小細工を試みたのだが、それはあくまで将軍家の口頭試問に際し、香鳥の体調を狂わせるためであって、むろんあわよくばゆくところまでゆかせればますます好都合とは願ったが、さればとて将軍家があのような仕置をしようとは計算外のことであった。しかし、その娘の恋人が――恋人とは想定しなかった旗本が――このような思いがけない復讐の挙に出、もしこれをお上の手で捕えさせればすべてが曝露《ばくろ》される。彼女たちが伊賀者にあのような調査を依頼したことがわかっただけでも容易ならぬことになる。
「拙者に討たせて下され」
伊賀者は歯をカチカチ鳴らしながらいった。
「もはや、この手できゃつを討たねば、赤沼鶴兵衛、死んでも死にきれ申さぬ。……」
「――ひそかに、討つかや?」
「いえ、こうとなっては、きゃつがただ殺されただけでこちらに嫌疑がかかり、かくてはすべてぶちこわしとなるは必定。さればきゃつを堂々と無礼討ちにいたし、きゃつにぐうの音も出させず殺すのが拙者の本懐にござりまする。……」
「伊賀者が、旗本を無礼討ち?」
「いや、そのためには。……」
そして赤沼鶴兵衛は三人の側妾にある秘策を授けた。
――三日のち、三人の側妾は向島にある中野|播磨守《はりまのかみ》の別荘へ、つつじ見物に出かけた。中野は石翁《せきおう》とも称し、やはり将軍の寵姫の一人お美代の方の養父として有名な権臣であった。
その日、隅田川を渡ってまもなく――河沿いの樹立の下を、美々しい行列がつづいているさなか――三人の側妾は、どうしたことかいっせいに、はばかりはないかと急を訴え出したのであった。
おりあしく、その近くにはろくな民家もなかった。そこで急遽《きゆうきよ》、河原の手前に女中や家来たちが反対側をむいて盾を作り、三人がようやく生いしげり出した夏草の中へ消えていったとき。――
ふいに行列のうしろの方から伊賀者が駈け出して、その河原の草の中から一人の男をひきずり出した。
襟くびつかんで宙につるしあげられたのは、眼鏡をかけた大あたまの侍であった。いうまでもなく、塗戸漢学である。
「やあ、やんごとなきお方のあられもないお姿をひそかにうかがう痴《し》れ者め、何者たりとも許さぬぞ!」
赤沼鶴兵衛は吼えた。絶叫のあいだ、狂笑ともいうべき声がまじった。その形相はたしかに笑う悪鬼であった。
吊《つ》るしあげられた塗戸漢学は、藍色の鶴兵衛の顔色よりさらに蒼かった。いや、以前の蒼さに妙な黄色味が加わって、まるで厠の水死人みたいな顔をしていた。
「ひゃ、ひゃ、ひゃ」
と、彼は奇声を発した。何かいおうとしているらしい。――彼は、この三人の側妾が大奥から外出すれば必ずついて来る、ついて来ずにはいられないであろうという赤沼鶴兵衛の罠にまんまとはまったのである。
「無礼討ちにしや!」
草の中から立ちあがった三人の側妾がさけんだ。うっかりして、まだ裾《すそ》をつまんでいる姿さえあった。
塗戸漢学は黙りこんで、じいっと彼女たちを眺めた。
「……ごゆるりと、心ゆくまで、出るものは出しておかれい。……出るものを出せぬほど苦しいことは世にござらぬでな……」
ふいに彼はにやっと笑って、そんなことをいい出した。
「これがこの世で最後の御排泄でござるぞ。これよりのちは、おそらく。……」
みなまで言わせず、西瓜《すいか》を割るような音がして、赤沼鶴兵衛の凶剣が、その大きな頭部を頸《くび》から断った。
――赤沼鶴兵衛は、その夜、糞臭をはなちながら死んだ。
将軍の三寵姫が、大奥で、厠に入ろうとすると、その中に必ずしゃがんでいる大あたまの男を見るようになったのは、その夜からのことである。
「……きゃあ!」
たまぎる悲鳴をあげ、立ちすくむのに、その男は眼鏡をかけた顔をふりむけて、にゃっと笑った。
そして、彼女たちが狂気のごとく――はては異臭をひきつつ大奥じゅうの厠を駈けめぐっても、どこの厠の中にも、その眼鏡をかけた男がぼんやりしゃがみこんで彼女たちを待ち受けているのであった。
――いつの日も、いつの夜も。
さて読者よ、あなたがトイレにはいろうとなさるとき、時、ところを問わず、いつもそこに幽霊がしゃがみこんでいたら、どうなさる?
[#改ページ]
大いなる伊賀者
師が女ぎらいで、弟子が女好きであることが、文政三年という泰平の時代には珍しい大殺陣をひき起すもととなった。
ことは、元弟子の下斗米秀之進《しもとまいひでのしん》がやって来て、師の平山子龍《ひらやましりよう》に途方もない依頼をしたことからはじまる。
「先生、兵原塾《ひようげんじゆく》を泥棒女との密会場に使わせては下さりますまいか」
「なんじゃと?」
平山子龍先生は眼をむいて、相手の顔を凝視していたが、案外静かな声で、わけをいってみろといった。で、秀之進はしゃべり出した。
御存じのように、自分はこの夏から赤坂|裏伝馬町《うらでんまちよう》の鉄砲|鍛冶《かじ》近江瓢貫斎《おうみひようかんさい》のところへ、三人の弟子を住み込ませている。それはそれなりの成果を得ているが、それ以外にどうしても瓢貫斎の所持品の中で欲しいものが出来《しゆつたい》した。すなわち国友《くにとも》一貫斎|著《あら》わすところの「風砲辨記《ふうほうべんき》」なる書物である。ただしその書物は瓢貫斎もひどく秘蔵していてだれにも見せず、そのありかは瓢貫斎と娘のお砂しか知らないことになっている。弟子に盗ませることは出来ない。そこで瓢貫斎の娘に盗ませることにした。ただし、ほんとうに盗ませてはかえってあとで困ることになる。たまたま今夕、瓢貫斎が講の集まりに他出し、夜半に帰ることがわかったので、そのあいだに娘がその書物をここに持って来る。それを自分が見て、自分の知りたい要点だけを筆記するなり、暗記するなりして返す。――で、その場所として、この四谷北伊賀町の兵原塾を拝借したい、というのである。
「かかる事柄でござれば、まさかその娘をただいま拙者《せつしや》が逗留《とうりゆう》しておる――人目の多い日本橋の美濃屋に呼ぶわけにも参らず、それより夜分は人気《ひとけ》少なきこの御道場に来てもらった方が好都合だと、実に勝手なことを思い立ってお願いに参った次第です」
下斗米のいう「泥棒女との密会場所」というのは、以上のような意味であったのだ。しかし、これはこれとして、きいて見れば泥棒以上におだやかでない話である。
第三者から見ると、その場所が「兵原塾」すなわち平山子龍の道場であるだけに、ことはいっそうおだやかでない。ここはまず江戸における女人禁制の剣の聖地である上に。――
あるじの平山子龍先生にこんな話がある。
あるとき子龍先生は、御成道《おなりみち》の古道具屋でこれはという大身《おおみ》の槍を見つけ出した。値をきくと、ちょっと所持金が足りない、というより先生のその時点における全財産が足りない。しかも、そういう武具は欲しいとなったら寸刻のがまんも出来ないたちで、暫時|懊悩《おうのう》の結果、とにかく手付金だけを渡したあと、すぐ近くの知り合いの書肆《しよし》山田屋へ駈《か》け込んで主人に逢《あ》って以上の次第を打ちあけた。
「ついては先日、こちらから求めた白氏文集《はくしもんじゆう》、もし不要となれば二分引きでいつでも引受けてくれると申しておったが、急ぎそうしてくれまいか。どうか手代の一人でもわしと同道して白氏文集をうちに取りに来てもらいたい。――」
本屋の主人は笑って手をふった。
「何を申されますやら。平生御懇意に願っておる先生でございます。いかにもその本、せんだって四両二分でお求めいただき、いつでも四両で頂戴《ちようだい》いたしまするが、本はまたついでの折に頂戴に参ります。ただいまのところは御入用の金子《きんす》御用立て申しあげましょう」
子龍先生は頑固に首をふった。
「いや本を返さず金だけもらうというわけにはゆかない。本はまだいちど眼を通しただけじゃが、それでも手摺《てず》れ汚れがあって四両では引取れぬということになるかも知れぬ。ともかく大儀ではあるが、だれか本を取りに来てくれ」
そこでよんどころなく手代がいっしょにはるばる四谷までやって来て、本を見てそれがまだ新本同様であることをたしかめたのち、それを受取って金を渡した。子龍先生はその手代といっしょにまた御成道へ出かけて、右の道具屋に代金を支払い、手ずからその大槍をひっさげて山田屋へ寄り、
「おかげで好い道具が手に入って大慶でござる」
と、厚く礼を述べて、嬉々《きき》として帰っていったという。――
そのとき子龍先生を知る者のあいだでちょっと評判になった話だが、つまり先生はこれほど律義《りちぎ》で、几帳面《きちようめん》で、曲ったこと、いいかげんなことは、これっぽっちも自分に許さない人なのである。
むろん、他人にも許さない。少なくとも、自分一個にはともかく、剣や道場に対してはそれをけがすようなふるまいは寸毫《すんごう》も許さない。
いま聞くと、泥棒女というのはむろん秀之進らしいいいかたで、普通の泥棒とはちがうようだが、しかしあまりよろしくない行為であることは同様のようだ。こんなことを、この先生にぬけぬけと打ちあけて頼む下斗米秀之進だが。――
先生はいった。
「その娘は夜分ここへ来ることになっておるといったな」
「は」
「もう夜に入っておる。では、そろそろ参るではないか」
「左様で」
「ならば、わしに頼むと申して、もうちゃんと承引するものときめ込んでおるではないか」
「恐れいります。先生ならば、必ず御承知下されようと存じまして――」
秀之進はにっと笑って、
「先生、先生も国友一貫斎の風砲辨記をちょっと御覧になりたくはありませぬか」
と、いった。
子龍先生はまばたきをした。珍しく動揺したことはたしかである。
国友一貫斎といえば、そのころ近江国国友村の有名な鉄砲鍛冶、というより製砲術の一大才であって、彼が近年「風砲」と名づける新しい砲を発明したという話は、砲術専門家はだれでも聞いていた。去年彼が出府したとき、それに関する解説書を公儀に提出したという噂《うわさ》も聞いたが、おそらく「風砲辨記」はそれに類するものであろう。それが、子龍先生もよく知っている近江瓢貫斎のもとにあるとは思いがけなかったが、考えてみれば近江瓢貫斎も一貫斎と同じ国友村の出身――おそらくは一族の者で、当時江戸で知られた大鉄砲鍛冶だから、一貫斎が何らかの意味で彼だけに託していったということも特別意外のことともいえないかもしれない。
それにしても国友一貫斎の「風砲辨記」、それは――下斗米秀之進がそんな奇計をめぐらしてでも盗み見したくなったのも無理はないと思われるほどの――やはり剣のみならず砲術にも絶大の知識と関心を持っている平山子龍先生が、垂涎《すいぜん》おく能《あた》わざる秘書に相違なかった。
「どうです、いかな先生でもこればかりはこういう具合に盗み見の法以外に、それを御覧になることは不可能でござりましょうが。むろん、拙者が盗み見した結果は先生に御報告いたします」
「ああ……」
子龍先生はのどの奥で妙な声を発し、それから、何やらいいかけたことをそらすように、明らかにほかのことをいい出した。
「それはそれとして、その近江瓢貫斎の娘、それがおまえのためにそのような真似《まね》をいたすとは。……」
みなまでいわせず、
「左様、その娘と拙者は相愛の仲なのでござる」
恬然《てんぜん》として下斗米秀之進はいった。
「しかし、おまえは国元にちゃんと女房が……」
「ありますが、向うが恋着して来ては拙者としてもどうしようもござらぬ。瓢貫斎のところには若い三人の弟子を住み込ませてあるのですが、お砂はそこに出入りしておるだけの中年の私の方にのぼせあがったらしい。もっとも、右の風砲辨記のことを知って以来、私の方も下心があって少々|煽《あお》ったにまちがいありませんが」
ひとを食ったことをいう。中年というが秀之進は、たしかことし三十二歳、苦みばしった秀麗の容貌《ようぼう》に、常凡《じようぼん》でない活気と精気がみなぎって、以前この女禁制の兵原塾の弟子であったころから、外に出ればたくさんの女が騒いでいるという噂は子龍先生もきいていた。そしてこの師の弟子であるくせに、彼自身もその方では然るべくうまくやっていたらしいということも知っている。しかも、いかんせん、女のみならず、師の子龍先生まで愛さずにはいられない俊秀の下斗米であった。
「しかし、あれは美女ですな。それも、妖艶《ようえん》です」
と、秀之進は顔の筋肉をゆるめていう。
「どうしてあんな美女が、へちまのような近江瓢貫斎の娘に生まれたのかと首をひねっていたが、きくところによると何処からかもらった養女だそうですが。……」
子龍先生は咳《せき》ばらいして、相手の女についての解説をさえぎった。
「それで、ここで逢うのか」
そのことについて秀之進に頼み込まれながら、改めて念をおして子龍先生がまわりを見まわしたのは、ここが先生の居間だからで、その実力では江戸一をうたわれる兵原塾で、道場こそ宏壮だが、平生先生のいるところとしては三部屋だけのこの一棟しかない。しかもほかの二部屋は、兵法剣法武器砲術、それに聖賢の詩文万巻の書に埋まって、この質素な一室もその半ばは書と刀剣類にふさがれている。あとは小者たちの長屋だけだ。
下斗米秀之進もはじめてこの事態に気がついたようすで、
「そうですな、何なら御道場の方でも――」
と、いいかけたら、
「ばかもの!」
と、頭上に大音声《だいおんじよう》がとどろきわたった。
「忠孝心貫流の道場に女はいれぬことを、塾頭であったおまえが知らぬはずはない!」
雷電のごとき一喝に、下斗米秀之進は思わずはっと両手をついてしまった。
「秀之進、そのような用ならば、やむを得ぬ、ここで逢え」
「む、むろん先生さえお許し下さるならば。――いや、先生にも是非お立合いいただき、その書を御覧願いたく――」
「いや、わしがここを出よう」
「えっ?」
秀之進はめんくらった顔をあげた。
「一刻ほどでよいか。――その間、わしは外をぶらぶらしていよう」
「先生、外は雪になっております」
「おまえの乗って来た駕籠《かご》が待たせてあるじゃろう。それに乗って――それ、ここに大徳利がある。それを駕籠の中で抱いて雪見酒とゆこう。やったことはないが、これは面白い風流であるぞ。……」
のちに述べるが、そのストイシズム、類を絶した子龍先生が、ただ一つみずからに許している愉楽は酒だけなのであった。しかし、それにしても。――
「まさか? 先生、拙者はそんなことまでして先生に――」
「たわけ、女泥棒との密会場所にこのわしが同席出来るか。おう、もうそろそろ相手が来るじゃろう。小者《こもの》にもわしから話しておく。どれ」
急にあわてて、しかし徳利は忘れずに子龍先生は立ちあがった。
先生はしかし、「女泥棒との密会」をこの元弟子に許したのである。七分はたしかに、その密会による成果、すなわち砲術の秘書の盗読の余得にあずかりたい、という望みもあったろう。しかし三分は、先生はこの部屋で女人と同席するのをいさぎよしとしない、もっと正確にいえばこわいのだ。と、下斗米秀之進はそれを看破した。そして、ひょっとしたらこの割合は後者の方がもっと大きいかもしれない、と思った。
小者がやって来て、女客の来訪を伝えた。
「来たっ」
と、子龍先生は百万の強敵が襲来したような声を発した。
「よしよし、わしが出てゆこう」
そして、あっというまにそこから姿を消してしまった。笑いをかみ殺して、秀之進が恐縮の声を送る。
「まさか、こんなことになるとは、何ともはや。――」
こうして、女ぎらい、というより、女性恐怖症の平山子龍先生は、女にもてる愛弟子のために、夜の江戸の町をあてどもなくさまようことになったのである。――
「どこへ?」
と、駕籠かきがいう。
「どこへでも――一刻ほど、ぶらついてくれい」
と、子龍先生は答えて、大徳利を抱えなおした。
文政三年の年の暮だ。夕刻からチラチラ舞いはじめた雪は、いまや夜の町を白い微光でけぶらせている。――その中を、あてどもなく歩けとは妙な注文だが、すでに来た客からたっぷり酒手を約束されているらしく、またいま乗った人が江戸で知らない者はない大道場のあるじだということは明白なので、駕籠かきはいやも応もなく走り出す。
「……はてな」
何処へでも、というのだから、でたらめにとにかくも西へゆっくりと走って、しばらくしてからだ。
「変なものがついて来るぜ」
駕籠かきはつぶやいたが、駕籠の中では問い返しもしない。早速、徳利を茶碗《ちやわん》にかたむけて、垂れ越しに雪見酒の風流に余念もないようだ。
駕籠かきたちがおたがいに首をひねったのは、ほかに人影もない雪の町をヒタヒタと追って来る幾つかの黒い影に気づいたからだが、まさかと思い、念のため横の浄雲寺横町へそれて見た。両側は寺が多くなり、やがて暗闇坂《くらやみざか》にかかる。――
一方は寺、一方は杉林で、昼間も暗いからこの名がついたのだが、雪のふるこの夜、かえって異様な明るさが虚空《こくう》に満ちている。
「待て!」
ついに、声がかかった。
うしろからではない、先廻りしたか、前から、また横からむらむらと湧き立った黒い影が、
「その駕籠とまれ」
と、さけびつつ駈け寄ると、先頭の一人が――どんと地に投げ出された駕籠の中へ、いきなり身を低くして大刀を突き込んだ。凄《すさ》まじい悲鳴があがった。それなのに。――
どうしたことか、彼はそのまま地面に蜘蛛《くも》みたいに這《は》ってしまい、動かなくなった。
「どうした?」
敵を怪しむより、まず味方のこの奇妙な反応を怪しんで、三、四人、駕籠をめがけて殺到する。と見るや、そのすべてが、
「うふっ」
「ぎゃっ」
と、怪声を発してつんのめり、のけぞった。夜の雪に真っ黒な――あきらかに血潮をあたりにぶちまいて。
「――おおっ」
まわりの黒影は、輪になったまま棒立ちになった。最初の悲鳴は、尻餅《しりもち》をついた駕籠屋のものであったのだ。
彼らははじめてその駕籠と片側の地福寺という寺の塀とのあいだに立っている人間の姿を見出したのである。
「なにやつだ。兵原、平山|行蔵《こうぞう》、かような闇討《やみう》ちに逢《あ》ういわれはない。名乗れ」
駕籠の棒をくぐって、静かに歩み出て来たその人は、右手に刀身をひっさげているが、左手には大徳利をぶら下げている。駕籠をへだてて、どうして三、四人を斬《き》ったのか、眼にもとまらないからわからない。
「失敗《しま》った!」
だれか、さけび出た。残る影はいずれも真っ黒な羽織に袴《はかま》、頭部もまた黒い頭巾《ずきん》で覆っているが、まだ十三。
「と、いったところを見ると下斗米と間違えたな」
平山子龍に図星《ずぼし》をさされ、数瞬立ちすくんでいた襲撃者たちの中から、
「そこまで知られては、人違いでも生かして帰しては面倒じゃ。殺《や》れ!」
うめく声が聞えると、また七、八人、雪を蹴《け》って馳《は》せ寄って来た。バサ! バサバサバサ! まるで濡手拭《ぬれてぬぐ》いでもはたくような音がして、その七、八人まるで同士討ちでもしたように剣光をもつれ合わさせて、雪つむじ吹く大地に散乱した。
なぜなら――そのときは、その人はもう一|間《けん》も横へ飛んでいたから。
依然、片手斬り、にちがいない、一方にはまだ大徳利をぶらさげたままだ。
徳利はかすかに揺れていたが、その人は息も切らせていないようだ。背は常人より低いくらいだが、筋肉は瘤《こぶ》をなして、老いたる金剛力士のように見える。――あまりの物凄《ものすご》さに、あと残った四、五人はもう身動きもならず、そこにふらりと棒立ちになってしまった。
「抜けば剣は凶器なり」
詠《うた》うようにいうと、その人はまた歩き出して、すでに生きながら亡霊のように立っている残りの面々を流れ作業のごとく斬ってしまった。
計十八人。
刀身を雪明りにかざし、
「はじめて人を斬る機に恵まれたが、存外よく斬れるものじゃ。刀も、よう保《も》った。……」
と、みずから感心したように呟《つぶや》き、それをていねいに懐紙で拭って、ふりむいた。
「駕籠屋。……」
呼んだが、二人とも腰を雪にすえている。その人は歩み寄って、徳利の酒を口にふくみ、ぷっ、ぷっ、と吹きかけた。坐《すわ》っているから気絶しているわけでもなかったろうが、白くむき出したままの二人の駕籠屋の眼にひかりが浮かんだ。
「これ、わしは大丈夫じゃ。……いってくれ」
駕籠屋はぜんまいじかけの人形みたいに立った。その人は駕籠の中に入った。
「申しおくが、このことだれにもいうでないぞ。……」
「へっ」
「まだ刻限が来ぬ。もう化物は出ぬじゃろう。いましばし、どこかを歩き廻ってくれ。……」
血の渦の巻く魔海からのがれる小舟のように、駕籠はゆれにゆれた。走るどころではないが、駕籠かきの足が酔っぱらいみたいにひょろついているのだ。
「これ、そう揺するな、茶碗の酒がこぼれるではないか。……」
――徳川初期は知らず、少なくともこの文政当時、これほど人間ばなれした実戦の力量を持つ剣客はまずいなかったろう。
ただ一人、あった。もっとも今、はじめて人を斬ったと呟いたから、本人もはじめて確認したのだろうが、この平山行蔵、号は兵原、字《あざな》は子龍。遠く上泉伊勢守の孫弟子奥山左衛門太夫の編み出した心貫流に工夫を加え、忠孝心貫流と称したが、一方ではまた、よくぞ唱えたり、「実用流」ともいった。この年実に六十二歳。
――一刻ばかりたって、子龍先生は北伊賀町の自分の道場へ帰っていった。
おそるおそる顔を出して、
「帰ったか」
と、きく。近江瓢貫斎の娘のことだ。もっともその娘がほんの今しがた辞去したことはすでに小者からきいている。
何やら酔ったような顔色をしていた下斗米秀之進は、頭だけ座敷にいれて鼻をピクピクさせている子龍先生の様子に、可笑《おか》しいような、具合の悪いような表情をした。
「おかげさまで。……何か、匂《にお》いますか」
「うむ。……」
「とにかく、お入り下さい。先生の御書斎ではありませぬか。……先生、たしかに風砲辨記は見ました。まことに驚くべきものでござる。その要点はここに書きとめておきましたが。……」
「秀之進」
やっと入って来て、子龍先生はいった。
「ちょっときくが、その女人が来たことをほかに知っておる者があるか」
「いや、お砂しか知りませぬ」
「左様か」
しばらく、考え込んでいる。それからまたあたりを見廻し、鼻をピクつかせて、ひとりごとのようにつぶやいた。
「まだ匂う。……女は、魔物じゃな。気をつけないといかぬ。……」
「先生、どうかなされたのでござりまするか」
「おまえには黙っておるわけにもいくまい。実は、先刻、外でな、左様、暗闇坂で妙なきちがい犬どもに飛びついて来られた。頭巾でみな顔をつつんでおったが、たしかに十八匹――」
「――えっ?」
「斬りかかって来たゆえ、やむを得ずみんな斬ってしまったよ。どうやら、駕籠に乗ってここから出ていったわしをおまえと間違えたらしい。あとで考えると、一人くらい生かしておいた方がよかったかとも思うが、そのときはツイはずみがついて、年甲斐《としがい》もなくみな仕止めてしまったが。……」
みなまで聞かず下斗米秀之進はがばと起《た》ち上がって、
「見て参る!」
と、駈け出していった。子龍先生がとめるいとまもない勢いであったが、またとめてもとまらぬ勢いでもあった。思い当るところがあったらしい。
半刻ほどたって、蒼然《そうぜん》たる顔色で下斗米は帰って来て告げた。暗闇坂にはおびただしい血潮のあとが残っていたが、屍骸《しがい》は一つも残ってはいなかったという。あれから一刻ちかくもたっているにちがいないが、それにしても十八人の屍骸をことごとく運び去るという大がかりな作業をやった者があるのだ。
「それにつけても先生、いよいよ以て申しわけないことをいたしました! そやつらが何者か、拙者にはほぼわかっております。ただ……先生には何もかも打ちあけることを信条としておる拙者ですが……この件については、いましばらく御猶予を」
「きかなくてもいい」
と、子龍先生はいった。
「しかし、襲撃者はわかっておるとして、拙者が今夜この兵原塾から出ることを、何者がそやつらに知らせたのか。……」
と、下斗米は首をかしげ、じいっと自分を見つめている子龍先生にいった。
「いや、先刻、女に気をつけろ、と申されましたが、あのお砂に限ってそんなことはありませぬ。それは、お逢いになればわかる。いずれ改めて、そのうちもういちど連れて参ります」
子龍先生はあわてて、手を振った。
「連れて来なくたって、いい」
子龍、平山行蔵は、武芸と武魂の化身《けしん》であった。
背はむしろ低い方であったが、刀は三尺八寸――普通は二尺三寸――柄《つか》を加えると五尺にちかい大剛刀をさして歩いた。
毎朝、未明に起きると、長さ七尺の巨棒を振ること五百回、長さ四尺の居合《いあい》太刀を抜くこと二、三百回。この習慣は若いころから今に至るまで一日も欠かさない。それから兵学書や聖賢の書をひもとき、読書に倦《あ》きるとまた右の鍛錬をくり返す。彼のことを書いた「善行録」という本に「昼夜少しも間断なし」とあるから、いま未明に起きると、といったけれど、正しくは彼に夜も昼も未明もなかった。
その読書のあいだも両手の拳《こぶし》で、座蒲団《ざぶとん》代りに敷いている欅《けやき》の厚板を絶えず烈しく叩《たた》いていたので、拳は鉄石のごとく、これで突けば人の胸のごとき竹籠のようなものだと、自分でも明言した。武芸は十八般ことごとく奥儀に達したが、――というよりそもそも武芸十八般という名称をつけたのはこの平山子龍なのである。――中でもその刀術はひたすら実戦向きを旨とした。受ける、かわす、防ぐなどという稽古《けいこ》は戦場の槍《やり》ぶすまの前に何の役にも立つものではない。ただ鷹のごとく虎のごとく、必死必殺の突撃を以て敵の心まで貫くのだと主張した。彼の心貫流の解釈であり、実用流と称したゆえんである。以てその剣風の凄絶《せいぜつ》さを知るに足る。その門下から幕末の剣聖とうたわれた男《おとこ》 谷下《だにしも》 総《うさの》 守《かみ》を出したのもむべなるかな。
平生外出の際には、長さ四尺三寸、重さ四貫目の鉄棒を杖《つえ》とし、草鞋《わらじ》を履いて歩き、その鉄棒には「嗚呼棒根、勢如長蛇、天魔盡殺」と銘が刻んであったという。
たんに武芸の修練のみならず、読書をも好んだことは右に述べた通りだが、その知識が一剣客の域にとどまらなかったことは、文化四年、四十歳のときに、北辺をうかがうロシアを憂い、海防についての建白書を幕府に提出したことや、その死後、築城や大砲その他軍事器械の図が四百二十余枚残っていたことからでも知られる。
しかし、何より驚くべきはそのストイックな生活であった。
いい忘れたが、彼の書斎も畳などは敷いていない。板敷に荒むしろである。しかも書を読むときは、いまいったように、わざわざ二尺四方の欅の板に端座する。冬ならば、背を吹きさらしの窓に向ける。そして眠気がきざせば、寒中でも水風呂《みずぶろ》に飛び込む。
それどころか、青年時からこの年まで、いまだかつて夜具というものに寝たことがない。やや老いて、病気になってもまだ荒むしろの上にごろ寝しているときいて、老中松平定信が案じて、夜具の生地《きじ》を贈ってやると、
「武士たるもののからだをつつむのは、討死したときの馬革《ばかく》だけでござる」
といって、それを刀袋にしてしまった。刀だけは数百本所蔵していたのである。
食事に至っては、苦行僧もこれほどではあるまいと思われるほどだ。米は玄米に粟《あわ》や稗《ひえ》を混じえたものをわざわざ水びたしにして食う。茶碗は酒と兼用のものがあるだけでほかの皿小鉢などほとんどなく、おかずはたいてい味噌《みそ》で、それも「かけはんとう」という容器に入ったままだ。後年、弟子の男谷精一郎が御馳走《ごちそう》になったとき、茶碗酒に、生鰯《なまいわし》に味噌をつけて自分もかじり、男谷にもかじれと勧め、男谷は辟易《へきえき》したという。
それほどの平山行蔵だが、ただ酒だけは樽《たる》で書斎の一隅に置いてあったというから面白い。
数百人の弟子を擁する大道場を持って、当人はこれほど質素な生活をして、では金はどこへ消えたのかというと、もともと薄禄の士で、かつ道場も生活のためではなく武道鼓吹の悲願のためで、ろくに束脩《そくしゆう》も取らなかったから大して金があったわけではないが、もし少しでも余裕が出来ると、先生はすぐに刀剣や書物を買った。先生に金がなく、かつ一方で武具を求めるのにつゆ吝《おし》むところのなかったのは、あの白氏文集の事件でも知れる。
さらに常人と異なっていた最大の点は、子龍先生が生涯妻帯しなかったことである。それどころか、おそらく平山子龍は一生童貞ではなかったかと思われる。
「飲食、男女のことは人の大欲存すとあるに、この大欲すら忍ぶほどの大勇、古今絶倫というべきか」
と、「善行録」も感嘆している。
むろん全身全霊を武道に捧《ささ》げるための禁欲だと、だれでも認めているのだが――「善行録」にこんな逸話がある。
「若年のころとや、ある日親友訪ね来たり申しけるは、それがしこと、ふといたせしことより士道の逸《はや》りにて四人の者と刃傷《にんじよう》に及ばずしてはならざること出来《しゆつたい》せり。相手は四人と申し首尾よく本意達すべきも計りがたく、もし存分本意達しぬるとも、その座にて切腹いたしぬることゆえ、平日骨肉にもまさりし交わりにつき、今生《こんじよう》のいとま乞《ご》いに参りたいと述べける。
行蔵も甚だ気の毒に思い、盃《さかずき》 事《ごと》などいたし、充分助太刀もいたしたき心底ながら、母いますときは友に許すに死を以てせず、ということを守り、残念ながら胸をつかみ、一通りのいとま乞いいたし帰しける由。
ややありて母、行蔵を呼び、ただいま某どの今生のいとま乞いとて参られ、殊に相手は四人と承りながら、助太刀の挨拶《あいさつ》もなく、多年の友情にひきかえ信義の道を失いし所行《しよぎよう》なりといいける。
行蔵申しけるは、助太刀いたしたき心底ながら、ほかに母上養いたてまつる者なきことゆえ、歯を食いしばり、無念を忍びはべる由答う。
それは母にかこつけ、腰抜けのいいわけなり。平常の厚き交わりにひきかえ、かかる時節にそしらぬ顔しぬる無道者はわが子にあらず、親の名まで汚しぬる不孝者なりと言いければ、行蔵大いによろこび、しからば急ぎまかり越し申すべし、心得ちがい御免候えとておっとり刀にて駆け出だす。
かの者の屋敷に参りしところ、もはや相手四人をみごとに討ちとめ、屍骸に腰かけ腹切らんとせしところへ参りつき、延引の始末申しわけいたし、さて切腹せしを介錯《かいしやく》いたし帰りける由。
めずらしき賢母なり。ゆえに行蔵、天稟《てんりん》の大勇にて傑出の人物にもなりしことならん」
むろんこれは壮絶な美談として書いてあるのだが、現代の卑小にしてひねくれたわれわれの眼から見ると、息子を死の果たし合いの場に追いやるような「賢母」を持っていたことが、彼をして女性恐怖症に変えたのではないかと思われるが、おそらく彼自身はこんなことは夢にも考えなかったであろう。行蔵がこの解釈をきいたら髪逆立てて、この匹夫《ひつぷ》の不孝者めと立腹するにちがいない。
ともあれ、平山行蔵の禁欲独身についてはみな偉とし、奇とし、かつ残念に思った。あと子孫が絶えてしまうからである。
この件に関し、たったいちどこの師に対し、可笑しいいたずらをしかけた一人の男がある。塾頭時代の下斗米秀之進だ。
彼はみちのくの南部藩から江戸へ出て来て、二十歳《はたち》のとき兵原塾に入った。はじめのころはもちろん人に超えてこの師の童貞を偉としていたのである。しかしやがて彼自身、剣の道にもその他の人生経験にも練磨をつんで、嚢中《のうちゆう》の錐《きり》、やがて塾頭の地位を与えられるころには、かえって甚だこのことを奇と考えるようになった。師のあとの絶たれることを悲しんで、いくどか奥さまをお迎えになってはと熱心に勧めたが、むろん行蔵は受けつけず、はてはその話を持ち出しただけで嫌悪恐怖の相になる。
「わが神聖なる兵原塾に断じてけがらわしい女はいれん!」
のちにも秀之進は子龍先生からこの叱咤《しつた》を浴びせられることになるが――彼がある大いたずらを思い立ったのは、実はそんな先生の一喝であった。
そのころ秀之進は悪友につれられて、一夜|湯島《ゆしま》の蔭間《かげま》茶屋なる魔窟《まくつ》をのぞきにいった。いわゆる男娼《だんしよう》である。べつに男色《なんしよく》の趣味があるわけではなく、江戸遊学の勉強の一つだと本人は称したけれど、それが一夜で終らなかったところを見ると、たんなる見学ともいえないふしがある。
それはともあれ、そのとき彼は、実に珍しい人間に逢った。一度目は美少年として女の客をひき込むのを見たのに、別のときは女として男の客の袖《そで》をひいているのを見たのだ。
三度目に、また若衆として見世先に立っているのを見て、秀之進は友人にきいた。
「あれは、男か、女か」
「左様。――男で、両刀使いというやつもおるそうだが、はてな、あれは。――」
その蔭間には、外観から見てもたしかに人を昏迷《こんめい》におとすものがあったのだ。
「よし、おれがたしかめて見よう」
と、秀之進はいった。これに限らず、疑問と思うことがあれば、その解明には甚だ大胆な秀之進であった。
彼はその蔭間を買ってあがり込み、「彼ないし彼女」の媚態《びたい》には委細かまわず、いきなり相手をひっくり返してその秘所を点検した。そして何とも奇怪なもの――ふたなり、すなわち半陰陽なるものを見たのだ。
知識として、彼はそんなものが世にあることは知っていた。が、これはそれともちがうようであった。なんとなればその「彼ないし彼女」は――多分に金をやるとよろこんで図々しくなって、みずから進んで披露してくれたのだが――自分の手でいじっているうちに、完全な、少なくともそう見える一個の女陰となったり、また一部が膨大化して来て一個の男根となったりする変化《へんげ》ぶりを見せてくれたのである。
あげくのはて、秀之進がふと四谷伊賀町からやって来たといったら、なつかしそうに眼をかがやかせて、
「あたしは伊賀者《いがもの》のなれの果てですよ」
と、つぶやいたのである。
「なに、伊賀者?」
伊賀町には、それによってその町の名がついたように伊賀者同心の組屋敷がある。――彼はさけんだ。
「では、これは伊賀の忍法か!」
すると、蔭間はふき出した。
きいて見ると、その蔭間は伊賀者のなれの果てとはいったが、その祖父か祖母かが伊賀同心に縁があったというだけの話で、この陰陽転変は彼が自分の肉体的特徴にさらに訓練を加えてみずから開発したことだという。
いかになれの果てにしろ、伊賀者が湯島の蔭間になるとは驚いたが、考えてみれば伊賀組の家に生まれた者すべてが伊賀者になれるわけがない。その人数には制限があり、相続出来るのは長男だけだから、次男三男以下、また女などはその後外へ出て、やがては武士ですらない職業に変ってゆかないわけにはゆかない。これはほかの階級の武士にしろ同じことである。もともと伊賀者など、往昔《おうせき》は知らず現在では江戸城諸門の門番という最下級の身分の士である。それがましてや代を重ねれば、蔭間になろうが女郎になろうが、何ら不思議はない。
しかし、以上のことを知ったとき、秀之進の眼はかがやいた。彼はあることを思いついたのである。あとで彼は、それも先生の御独身を憂えればこそだと弁明したけれど、少なからず彼本来のいたずらっ気《け》もあったに相違ない。
それから何日かたって、兵原塾で新入りの弟子ばかりの入門式があった。正面に坐って、道場にずらりといながれた新弟子たちをじろっと見わたした子龍先生は、しわぶき一つ、森厳なる訓示を与えようとしてふいにその面上に斑《ぶち》みたいな赤みがちると、
「その中に女がおるぞ!」
と、さけんだ。
「え、ど、どこに?」
狼狽《ろうばい》する下斗米秀之進に、
「どやつが女かわからぬが、とにかく女がおる。女がおる以上、わしは同席出来ぬ! ああ、兵原塾はけがされた! 塾頭、急ぎ取調べて事の次第を糺明せい!」
顔を両掌で覆って、平山子龍先生は泳ぐように自分の道場から逃れ去った。
捨ておくと、せっかく自分が頼み込んで新弟子のむれにまじっていた蔭間に災《わざわい》が及ぶので、やむなく秀之進は先生のところへいって白状した。そして、このいたずらの張本人は自分であるが、それというのも先生の女ぎらいの御方針をお改めいただかんがため、まず半男半女の人間を道場にいれて験《ため》し、徐々に御|馴致《じゆんち》申しあげようという苦心の計からであったと陳弁した。
「要らざることじゃ! 何たるたわけたことをいたす。あの、ここな、大無道漢めが!」
激怒というより、ショックのため子龍先生は口もきけないありさまで、そのため秀之進はそれ以上の罰からのがれることが出来たほどである。
で、彼の女ぎらいの師を憂うるせっかくの苦肉の計は――あるいは、いたずらは、その劈頭《へきとう》において挫折してしまったわけであるが、それにしてもこの点における子龍先生の物凄い潔癖性、鋭敏性には彼も胆をつぶした。まるで蜘蛛《くも》ぎらいの人間が、蜘蛛がどこかにいるだけで、その影も見えないのにアレルギー現象をひき起すようなものだ。
その次に逢ったとき秀之進は、それも必死の計であったが、自分の方からほかの問題をぶっつけて、先生の怒りをかわそうとした。こういうところが人をくった彼らしいやりくちだが。
「先生、つかぬことをうかがいますが、伊賀者にはやはり忍法など今に伝えられておりますので?」
と、質問したものだ。
子龍先生はじろっと秀之進を見た。
「そんなものは知らん」
と、吐き出すようにいった。
「しかし、その私のつれて来た新弟子が伊賀者の裔《すえ》だと申し、たんなる肉体的|畸形《きけい》のみならず、実に奇怪なるわざを見せてくれましたが」
と、彼は改めて詳しく湯島の蔭間の話をした。
「そんなものは忍法ではない……」
話をきいて先生は、苦々しげにいった。
「第一、伊賀組に奇々怪々なる忍法幻術のごときものが伝えられておるならば、わしが幾十年、かくも刻苦勉励して剣槍の術や兵学を修行するわけがない!」
――そもそも秀之進がその蔭間を使うことを決めた理由の一つは、それが伊賀者の子孫であるということからであった。それがばれた万一の際は、このような弁明の口実にも使えるからだ。――なぜなら、兵原塾の総帥、子龍平山行蔵は、本来――現在も身分としてはそうであるが――「善行録」にも明記してあるように、三十俵二人|扶持《ぶち》の伊賀者同心なのであった!
そう大喝してから、子龍先生はまた――こんどはぎらっという感じで秀之進をにらんだ。
「では、おまえは湯島の蔭間を買いにいったのか!」
「いや、その事情については、またのちほど」
秀之進はすッ飛んで逃げていってしまった。
――伊賀者同心が天下に冠たる大道場のあるじとなって、病めば老中が見舞いの品を贈る。いろいろな意味で、徳川の初期には考えられもしなかったことだ。いまでは平山子龍先生の身分が公式には伊賀者であるなど、思い出すはおろか、知っている者さえ少ないほどだが、それというのも一般には、伊賀者が実に禄も影も薄い存在に過ぎないからでもあった。
思うに平山行蔵が、剣客として立つべく発憤したのは、そんな恵まれない身分であったせいかもしれない。当時薄禄の武士はみな内職を黙認されていた。彼の剣法道場も、見方によっては内職の一つともいうべく、しかも武士として甚だ賞揚すべき内職である。とはいうものの、だれにでもそれが出来るわけではなく、最下級の出身から最高最大の道場をひらくに至るとは、やはりこの子龍先生は特別例外だ。
とにかく伊賀者ときいて、忍法、などという言葉を思い出したのは師に似て博学な下斗米秀之進くらいなもので、しかしそのうち彼もすぐにそんなことはおろか、子龍先生が伊賀同心であるなどいうこともその脳裡から去ってしまった。
が、その影薄い「伊賀者」という名が、思いがけずふたたび、突如|妖《あや》しくまた強烈な色彩を以て下斗米の前に登場して来たのである。
文政四年、早春のある朝であった。下斗米秀之進がまた兵原塾にやって来た。
こんどはいつもとちがい、旅装束で、三人の弟子までつれている。子龍先生が木瓜《ぼけ》の赤い花の咲いている庭で例によって棒を振っていたので、四人ともそちらに廻った。
「先生、おいとま乞いにあがりました」
「ほ、帰るか」
子龍が棒を休めようとすると、秀之進は、
「あいや、そのまま、いつまでも先生のそのお姿を眼にとどめて置きとうござるゆえ」
と、妙なことをいった。
もっとも下斗米は元来南部藩の藩士で、二十歳のとき江戸の兵原塾に入り、その塾頭までやったが、三十歳のとき帰国し、そこに兵原塾のみちのく分校ともいうべき兵聖閣という道場をひらいて、郷党の子弟を教えた。「兵聖」――おそらくその名をつけるとき、彼の頭にはその名を人間化したような子龍先生の姿が浮かんでいたであろう。
それが去年の夏、ぶらりとまた出府して、いっしょにつれて来た三人の弟子を鉄砲鍛冶の近江瓢貫斎にあずけ、自分は、南部藩の物産を一手に扱う日本橋の美濃屋という店に宿泊していたのだから、それがまた帰国するとなると、少なくとも当分はそちらに腰をすえるであろうから、そんな挨拶も妙ではないかもしれない。
江戸滞在中、しばしば兵原塾を訪れたのは、むろん師と道場を懐かしがってのことである。
愁嘆場などというものがきらいで、こう別れの言葉をさりげなく投げた秀之進は、しかしさすがに何やら感慨あるか、珍しく思いの籠《こも》ったまなざしを師の方にそそいでいる。
びゅっ、びゅっ、と六十三歳とも思えないうなりを発して巨棒をふるっていた子龍先生は、運動を中止して彼の方を眺めた。
「いや、やめよう」
「先生、何回です」
「四百五十回じゃ」
「では、お定め通り、五百回までおつづけ下され。そのままで、拙者おうかがい致します」
「何か」
「伊賀組の掟《おきて》について」
「伊賀組の掟?」
「いや、本来の伊賀者はもとより、伊賀者に生を享《う》けた者、いちど籍をおいた者は、その後生涯いかなる運命にあおうと、伊賀組より指令があったときは、一度だけはそれに服せねばならぬという。――」
先生は棒を休めた。
「秀之進、だれからそんなことをきいた」
「お砂でございます」
「お砂?」
「近江瓢貫斎の娘――あれが養女だとはきいておりましたが、伊賀組から出た娘だとまでは知りませなんだ!」
「ほう?」
子龍先生も案外な顔をした。
「お砂が……お前にそんなことを打ち明けたのか」
「拙者なればこそ打ち明ける、黙って消えるに忍びないからそれだけいうけれど、もしよそに漏れれば私は死ぬよりほかはないと申し、それ以上詳しくきくいとまもないうちに拙者の前から消えてしまいました」
「ふうむ、奇怪な話をきく。……」
「拙者も驚倒しました。三日前のことでござる。――このことを拙者も先生にだけ打ち明けて、左様な掟が伊賀組にあるのかとおたずねいたすのです。……何でも、いつのまにやら卍《まんじ》と書いた紙片が本人かその身の回りに貼《は》られ、剥《は》がすと裏に出頭の場所と日付時刻が書いてあるそうでござるが……先生もまた、伊賀組に籍を置かれるお方ゆえ、あながち外に秘をもらすことになるまい、特にそれが拙者でござれば、先生もお砂をお責めにはならぬだろう、と存じ。――」
子龍先生は、ちらっと下斗米の三人の弟子の方を見た。
「いや、この者どもは大丈夫です。拙者の手足同然でござる」
と、秀之進はそれに気づいて、保証した。
「お砂の家に住み込んでおったこれら三人も、お砂の消えたことには気づいてもその意味は知らず、父親の瓢貫斎に至っては、親戚《しんせき》にでもいったのであろうと大して気にもかけておらぬようですが――ついでにいえば、お砂の実家は伊賀組ではありません。もう一つその中間があるらしい。それでなおかつもとの伊賀組の掟に服さねばならぬとは、いや実に驚きいった次第。いったいこれはまことのことでござりまするか」
「お前、どう思う」
先生は、また棒を振り出した。
「それがお砂でなければ、拙者は信じなかったでしょう。もっとも、いまでも半信半疑だからこそおうかがいするわけですが」
「しかし、油断のならぬことだな。してみるとお前には、ずっと伊賀者がくっついていたことになるではないか」
と、からかうように笑って、なお棒を振る。
秀之進は珍しくこの師が話をそらそうとしているのを感じて、なお追った。
「先生は、どう思われます」
「そう申せば、わしも幼いころ、そんな話をきいたことがあるぞ」
「では、やはり。――」
「しかしな、それはあたかも一般の武士が、いつの日か御馬前に討死する覚悟を教えられるようなものだ。いかにもわしは伊賀者同心ではある。が、ここ五十年ちかくもほとんどその方のお勤めはしたことなく、組屋敷の面々とお勤めの話をしたこともないから、このごろの様子はよく知らぬが……このわしがよく知らないということが、いま伊賀組がそんな大したものではないという証拠ではないか。いずれ、そのうち、きいておこう」
さらりといった。本気なのか、逃げたのかよくわからない。
「おまえ、そのお砂とやらにうまく逃げられたのではないか」
稀有《けう》な冗談をいう。下斗米は首をふった。
「いや、いずれにせよ、拙者はきょう帰国の途につくのですが……どうも不思議でござるな。先生のお話を承って、いよいよわけがわからなくなった。たとえ伊賀組出身の女であるにせよ、お砂を拙者は信じているのですが。……」
「ばかに信用しておるな。おまえは、女に甘い」
「先生こそ、女には辛《から》いが、ほかの男を信用なされ過ぎる。だから、こう貧乏なので。……」
二人は笑い合った。おそらくもはや相逢う機はあるまいが、これほど心の通い合った師弟は当代にないであろう――と、下斗米秀之進はみずから感動し、はじめてかすかに涙を浮かべて、
「先生」
と、呼びかけた。
「それはそれとして、去年の暮の暗闇坂の一件、あれ以来なんの釈明もせず申しわけござりませなんだが、あのことについて」
「五百回!」
と、さけんで、ようやく子龍先生は棒振りをやめた。それだけ巨棒を振りながら、息も切らしていない。
「それはこのたびの拙者の帰国にもつながることであります。この件、先生に申しあげれば、かえって御迷惑にもなるかと故意に秘しておりましたが、最後にやはり先生にだけは、拙者の志を知っていただかずば心耐えがたく。……」
「おまえの志はわしにはわからぬ」
と、子龍先生はいった。
「お前ほどの者が思い立ったことじゃ。とめてとまらぬものと承知しておるから、わしの方も黙っておったが、よしたがいい。下斗米秀之進のやろうとしておることは、下斗米秀之進には小さ過ぎる」
「――や、先生、やはり、御存知でござりましたか!」
「知らいでか。秀之進、やめてくれぬか」
と、子龍先生は哀願的にいった。
「北辺には大敵ロシアが蝦夷《えぞ》をうかがっておるのに、みちのくの大藩南部と津軽が兄弟牆《けいていかき》に鬩《せめ》いでおって何とする?」
「兄弟ではござらぬ!」
と、下斗米秀之進はうめくようにさけんだ。これがあの清爽《せいそう》快活な下斗米かと疑われるばかり、恨みと怒りに燃える凶相に変っていた。木瓜《ぼけ》の花が四、五片落ちた。
「南部は主、津軽は臣、臣にして主を蔑《なみ》し、はては凌《しの》がんとする者に一撃を加えるのは、これぞ兵原塾鉄血の教えに、最も忠なるもの、いやさ忠孝心貫流の真髄ではござりますまいか、子龍先生!」
南部藩と津軽藩の抗争は、すでに二百数十年にわたるものであった。
奥州の北部(今の青森県、岩手県の大部分、秋田県の一部)は鎌倉時代から南部氏の領するところであった。北部の支配者が南部とは可笑しいが、南部というのは甲斐《かい》源氏から発した姓であるからいたしかたがない。そして津軽氏はその一家老であった。しかるに天正《てんしよう》のころ、この津軽家に右京|為信《ためのぶ》という梟雄《きようゆう》が出て、秀吉の奥羽平定のときのどさくさまぎれに、まんまと南部家からいまの青森県西半をもぎとって独立することに成功した。
ここに津軽藩というものが出来たわけだが、南部家から見ると、叛臣《はんしん》の横領である。当然、徳川期に入っても両家の反目と確執はずっとつづいたが、このころに至り、津軽家に越中守|寧親《やすちか》という、藩祖為信の再来のごときやりて[#「やりて」に傍点]が出現して、国境《くにざかい》の南部領を、いろいろの奸策をめぐらしてしきりに津軽領にとりいれた。例えば国境の石をひそかに南部領の方へ移動させて埋め、数十年を経てから掘り出して見せるというように詐取に近い手段であったが、それがあまりに巧妙なので、愚直な南部では歯ぎしりしつつもいかんともすることが出来なかった。
特にこのころ津軽藩の江戸家老に笠原《かさはら》八郎兵衛という辣腕《らつわん》家が出て、うまく幕府の実力者にとりいった。例えば、老中水野出羽守のふところ刀といわれる土方縫殿助《ひじかたぬいどのすけ》のひいきにしている芸者、五、六十人にそろいの銀と珊瑚《さんご》のかんざしをプレゼントして、土方の眼をひき、「だれからもらった? 津軽の笠原という者からだと? ふん、田舎者にしては面白いやつだ。いちど逢ってやろう」などといわせて近づきの機会をつかむといったやりかたである。そして金銀を湯水のように使って、津軽家の昇格を計った。
昇格とは、つまり従四位の下とか上とかいう家格だが、これが大名となると殿中の席次、控えの間に関係するのだから、当事者にとっては一笑に付すべき問題ではない。当時南部は二十万石、津軽は十万石と称したが、津軽藩は豊かな地方を領していたから、実質的には南部藩を凌いでいたといわれる。だから津軽では家格の方で南部|大膳《だいぜん》大夫と同列以上たらんとし、貧しい南部はせめて家格だけでも津軽の上にいなくては誇りが満たされなかった。いわんや公称の封禄が上である以上なおさらのことだ。
津軽越中守と笠原八郎兵衛の猛烈な運動による津軽家の家格の急追に、南部藩の内部は沸《わ》きに沸いた。先祖の背叛による横領の家だという歴史は、南部では幼児のころから藩士の脳髄に印されている。もし津軽が南部と同格になるならば、そのとき越中守生きて主君の大膳大夫と同席に並ばせるべからず、という論は久しくあったが、ついにこれを実行に移そうとした者がある。南部の麒麟児《きりんじ》とうたわれた下斗米秀之進である。
兵聖閣をひらいたころから、その目標はこれを指向した。再度江戸に出て、三人の弟子を鉄砲鍛冶に入門させたころから、彼の人間と意志はひそかに津軽藩にも伝わった。文政三年暮、彼とまちがえて平山子龍を襲撃したのは、津軽藩の江戸家老笠原八郎兵衛の手のものであった。
そのころ津軽越中守は、ついに南部と同格の「侍従」の位を得るのに成功している。
下斗米秀之進の胸にも「断」の一字が刻印された。かくて、彼は三人の弟子をつれて、みちのくへ帰った。そしてわざと浪人して変名し、南部家を離れた。
その名、相馬大作《そうまだいさく》。
相馬大作がいそぎ帰国したのは、その四月、江戸から帰国する津軽越中守を街道途上に要撃せんがためであった。
その通り、彼は四月二十三日、羽後《うご》の矢立《やたて》峠に大砲まで用意し、地雷を埋伏し、みずから鉄砲をとって津軽侯の行列に撃ち込んだ。しかし、越中守の駕籠はからであった。越中守は直前にこの情報を受けて、急遽《きゆうきよ》道すじを変え、秋田藩に願って、能代《のしろ》港から小人数で海を渡り、迂回《うかい》して津軽に帰国したのである。
事が洩《も》れたのは、大作の一味、三人の弟子の佐々木大吉、小島喜七、菊池徳兵衛なるものが裏切って、津軽方に駆け込んで訴人したからである。
相馬大作は目的を果たし得なかった。しかも、主家に迷惑を及ぼさないため、ふるさとに身を置くことも出来なかった。彼は江戸へ潜入した。
そのことは江戸でもしきりに伝えられた。
堂々十万石の大名が、一浪人の待伏せを怖れて参勤交代の道程を変えたということは、落首のたねにさえなった。
「海辺を一見などと願い出て、浦(裏)道逃げる臆病之守《おくびようのかみ》」
そのころから、江戸の町のあちこちで、数人ずつの侍が斬り捨てられているのが発見された。
巷《ちまた》の噂《うわさ》は伝えた。あれは津軽藩の侍だ。江戸にいる相馬大作を何とかして仕止めたいと狙《ねら》って逆に返り討ちになったものだ。大作は復讐《ふくしゆう》の鬼と化している。まだ越中守暗殺の志を失っていない。彼はつかまらないだろう、一浪人の身を以て主家の名誉のために隣国の大名を狙う壮士をかくまう者は、江戸の民衆にいくらでもある。――
事実、その通りであった。大作が江戸に入ったと知って、津軽藩江戸家老笠原八郎兵衛は、これを討ち果たすのに狂奔した。しかし成功しなかった。相手がげんに思い知らされたような凄まじい使い手である上に、場所が津軽の手が大々的に動かせない将軍のお膝《ひざ》もとの江戸であったから。
時はいつか、場所はどこか。――ただ天地漆黒の闇の中であった。
「……卍の符牒《ふちよう》を見たか」
しゃがれた声が聞えた。
「拝見」
声が答えた。
「その方は、籍は伊賀同心であれど、実は五十年、それを離れたも同然であるゆえ、かくのごときかたちで指令する。伊賀に生を享けたもの一生一度の御奉公じゃ。――南部浪人、相馬大作を逮捕せよ」
「…………」
「南部津軽の一件は知っておるであろう。津軽では大作に手を焼き、ついにひそかに公儀に願い出た。……御公儀としても、北方の事急を告げるただいま、かくのごとき事件でいつまでも津軽南部が相争うことは好ましう思《おぼ》し召されぬ。一日も早うこの件には結着をつけたい。これはその方も同感であろう」
「…………」
「が、また公儀としては、両家|私怨《しえん》に発する抗争に、公然町奉行の手を動かして介入することも欲せられぬ。……かくて、大作逮捕のことは伊賀組にゆだねられた。……しかも、彼を斬ってはならぬ。闇中《あんちゆう》に斬るより、捕えて、彼の志を天下に明らかにしてやらねばならぬ。これまたその方、同感であろう」
「…………」
「そして兵原塾の師範代まで勤めた剣士相馬大作を斬る、いや、斬らずして捕えることの出来る者はその師平山行蔵をおいて世に人はおらぬ」
「…………」
「なお、津軽では公儀の手を煩わす責めを負うて、この事成らば越中守は隠居する旨申し出ておる。しからば大作は捕えられてもその目的は達したも同様、南部も満足であろう」
「…………」
「相馬大作は、この両三日、日本橋美濃屋に潜んでおる」
「…………」
「伊賀組、卍の秘密、以上」
しゃがれ声はしずかに消えていった。
時はいつか。――天地に暗い風が吹く。文政四年十月十四日の深夜のことである。底知れぬ闇淵《やみわだ》の中に、平山行蔵は総身《そうしん》冷たい汗にぬれて大地に坐っていた。
十月十五日未明である。
日本橋|室町《むろまち》の美濃屋の大戸をしずかにたたく音があった。
「四谷伊賀町の平山子龍じゃ。こちらに下斗米秀之進はおるか。おれば内密に逢いたい。ここに出て来るように申してくれい。……なお、疑いあれば、これを渡すゆえ、下斗米に見せてやってくれ」
彼が渡したのは、いつか下斗米が残していった「風砲辨記」の写し書きであった。
すぐに秀之進がその潜《くぐ》り戸から顔をのぞかせた。
十月の末といえば、いまの暦で十一月の末、凍りつくような星だけがちらばって月のない空の下はまだ夜であった。が、星明りに往来に立つ影を見て。――
「おおっ……先生!」
と、秀之進はさけんで、走り寄って来た。
「お懐かしうござる。いざ、ともかく内へ」
「相馬大作」
と、影は動かず、呼びかけた。
「伊賀同心、平山行蔵、卍の秘命により、一世一代の御奉公を果たすため、おまえを捕えに来た」
声は沈痛を極め、むせぶがごとくであった。
「神妙にお縄にかかれ。……抵抗するなら、忠孝心貫流を以て斬る」
星の冷気が集まったようにそこに凍りついていた相馬大作は、やがてしずかに双刀を鞘《さや》のまま抜き出して、前にさし出した。
「弟子は師にまさらず。……いつぞやの先生の御忠告、当りました。拙者、三人の弟子に裏切られました。しかし、女に裏切られたのではありませぬぞ。……」
大作は、にやっと笑った。
「ところで、あのお砂のこと、その後、わかりませぬか? なぜか拙者、あの女のこと、津軽越中守より気にかかってならんのですが……」
文政五年八月二十五日、相馬大作は伝馬町|牢屋敷《ろうやしき》で斬られた。三十四歳である。
斬首したのは首斬り役五代山田浅右衛門。
――これに対して、憎悪に燃えた津軽越中守はひそかにおのれの差料《さしりよう》延寿国時と三百両を渡して斬らせたと伝えられ、それがまた江戸市民の憎悪を買った。
首は、小塚原に晒《さら》された。この日「天日|惨澹《さんたん》、風雨|蕭殺《しようさつ》」と記録にある。
「吹かば吹け倒さば倒せ野分風《のわきかぜ》、心の山のいかでゆるがむ」
と書いた紙片が貼りつけられた壁の下に「義剣大観信士」という位牌《いはい》が置かれ、その前に香煙がゆらめいている。
おのれの居室で、平山子龍先生は、首を垂れて坐っていた。めっきり白髪がましたようだ。歌は大作が獄中で作ったものであった。
大作の斬られた日の夜である。日中烈しく吹き荒れた風雨は夜に入ってやや衰えたがいまだ止まず、庭の樹々がさわぎ、戸や板が鳴っている。
そのためであったか、それとも、深い想いのせいか――その人間が、いつのまにかうしろに寂然《じやくねん》と坐っているのに、呼びかけられるまで子龍先生は気がつかなかった。
「老先生」
ふりむいて、さすがにかっと眼をむいた。
そこに三つの生首が並べられ、その向うに一人の女が坐っていたのである。女はお高祖《こそ》頭巾をかぶっていたが、あきらかに若く、眼が妖《あや》しいまでに美しく、そしてちらとのぞいた顔の色は白いというより蝋《ろう》のようであった。
「何者じゃ。……」
「同じ伊賀組に生まれながら、はじめてお目にかかりまする。いまは近江瓢貫斎の娘お砂と申しまする。……」
「やあ!」
と、先生は大声を発した。
「そなたか。――」
そして、まじまじと数瞬凝視していたのち、まずきいた。
「ど、どこへいっておったのじゃ?」
この問いをどうとったのか。
「近江へ」
と、女は答えた。
「近江?」
「近江の国友村へ」
「何しに?」
「卍の秘命により。――相馬大作の一件から、わたしを遠ざけるためでございます。それをそのとき、わたしは知りませんでした。わたしはただ卍の命のまま、国友村で一年以上も暮らしておりました。そして、やっと江戸へ帰ることを許されて帰って来たのは、十日前のことでございます」
彼女は静かにいう。――静かに、というより、どこか、病《や》んでいるようだ。むろん子龍先生はほかにききたいことが嘔吐《おうと》のようにつきあげて来たが、彼女の何やらただならぬ気迫に打たれて、声をのんで彼女の言葉のままにまかせた。
「わたしは何も存じませんでした。ただ下斗米秀之進さまをおしたい申しあげておりました。江戸に帰り、すべてを知ったときはもう遅うございました。もっとも、何を知ったとしても、わたしなどどうすることも出来ませぬ。ただ……秀之進さまいまだ御|存生《ぞんしよう》のうちに、この三人の首をお見せすることが出来なかったのが残念でございます」
「この三人の首は? はて、どこかで見たことがあるような」
「秀之進さまを裏切り、津軽へ訴人した佐々木大吉、小島喜七、菊池徳兵衛なる者、すなわちわたしの家に鉄砲鍛冶の修業に来ておった弟子でございます。こやつらが訴人したため、秀之進さまはとうとう越中守さまを討ち参らせることが出来ませんでした。……この三人が裏切ったのは、もとより大名を狙撃《そげき》するなどということに、土壇場になって脅《おび》えたからに違いありませんが、それだけではないのです。いつのころからかこの三人は、秀之進さまさえこの世にいませねば、と悪心を抱くようになっていたのでございます。それは、わたしだけが知っております。この三人は、わたしに横恋慕しておりましたから」
「なに?」
「いまになってみれば、いつぞやわたしがここに参った夜、暗闇坂で先生に襲いかかった津軽の侍たちに、前もって知らせたのはこの三人であったのでございます」
「お、おう。――左様であったか。――それにしてもこの三人は、その後、どこにどうしておったのじゃ?」
「みな百石を以て津軽藩に召し抱えられておりました。それがこのたび秀之進さま御断罪ときき、それを見物するためにひそかに出府して津軽屋敷におったのでございます。……それを知って、わたしが斬りました。津軽屋敷で」
津軽屋敷は本所《ほんじよ》にある。まだ事態がよくわからないが、とにかく津軽屋敷に乗り込んで、三人の男を斬って、この風雨の中を、本所から四谷まで三つの生首を持って来たとは……「伊賀組の女じゃ!」と子龍も舌を巻かずにはいられなかった。
ふいに気がついてさけんだ。
「それも卍の秘命か」
「いいえ、ちがいます。これは人間として――女として」
お砂はあえぐようにいった。
「人間として、女として……わたしは、なお越中守さまの御命《ぎよめい》を頂戴しようと踏み込んで、津軽の侍衆に斬られました。……」
「や!」
はじめて気がついた。三つの生首からもう血は流れていないのに、彼女の坐っているまわりに血の輪がにじみひろがってゆく。――子龍先生は、愕然《がくぜん》として起《た》とうとした。
「いえ、お手当は御無用、どうせわたしは死ぬのでございます。死ななければならないのでございます。ただ、最後のお願いに参りましたのは、先生に津軽越中守さまを。……」
「そ、それはならぬ!」
と、子龍先生は狼狽して、うめいた。
「公然、左様なことをすることはもとより相成らず、秘密に討てば津軽の恨みは南部へ向けられる。果てしなき修羅の争いがつづくばかりじゃ」
「それでも、秀之進さまのほんとうのお望みは越中守さまのお命をいただくことでございました。まして、秀之進さまのお首を斬ったのは越中守さまのお刀であったとか。……恨みはまだ残っておりまする。御隠居くらいではまだ足りませぬ。……」
「いかん、左様なことは――伊賀同心として、平山行蔵、断じて出来ぬ。それどころか、お砂とやら、伊賀同心として相馬大作を捕えたのはこの平山じゃということを知っておろうが」
「存じております。卍の秘命として。――ですから、その罪滅ぼしに」
彼女は這《は》い寄ろうとして、生首の上にはたと伏した。子龍は膝《ひざ》で歩いて、彼女を抱きあげた。それにしがみついて、お砂はいう。
「こんどは、伊賀同心としてではなく、人間として、侍として。――」
平山子龍は凝然と動かなくなった。
「それこそは兵原塾の士道の灯に、そうせいと浮かんでいる文字ではありませぬか。わたしには見えます。……わたしの最後の眼には」
そういうと、お砂はがくりと動かなくなった。
それを抱いて宙をにらんでいた子龍先生の頬に、やがて何とも名状しがたいぶきみな笑いが漂いのぼって来た。
「公儀の禄を食む者として、まさか大名を殺すわけにはゆかぬ。が、人間として、侍として……いや、たった一つだけ忍法を心得た者として、おまえたちを成仏《じようぶつ》させてやる。伊賀者、平山行蔵、一世一代の忍法を使う」
そして、腕の中の女の屍骸をのぞきこんだ。
はじめて、自分の抱いているのが何であるかに気づいて、子龍先生の面上に恐怖の波がひろがった。屍骸であるからではない。それより、それが女であることに。――
「む、むっ」
苦悶《くもん》にちかいうめきがその口からもれた。
が、たちまちその顔色は凄愴《せいそう》な決意に彩られ――彼は、お砂を裸にし出した。それから、おのれも裸になった。男根が現われた。あの「嗚呼棒根、勢い長蛇の如し、天魔を盡殺す」と刻んだ鉄棒さながらの。――
そして、――
女性恐怖症の平山子龍先生は、その女の屍《しかばね》――屍となっても、世にも妖艶《ようえん》たぐいない女体を犯しはじめたのだ。全身の骨をカタカタ鳴らしつつ。
子龍先生は、はじめて不犯《ふぼん》の誓いを破った。その常人に倍する大男根を、凄まじい勢いで何やらが走った。三回も五回も、七回も。
子龍先生から女体へ、ではない。女体から子龍先生へ。
伊賀者平山行蔵は、女人に男の精をそそぐのではなく、女人からいまだ生命を保っているであろう女の精を、強烈に吸引しはじめたのであった。
「四谷兵原塾の平山子龍、白河の御隠居さまよりのお指図にて、北辺海防の儀につき、是非越中守さま御父子に御講義申しあげよとのことで参上つかまつった」
本所の津軽屋敷に、子龍先生が現われてこう申し込んだのはそれから数日後であった。
津軽屋敷ではむろん動揺した。相馬大作が兵原塾の高弟であったということは公然の事実であったからだ。しかし、去年その大作を捕えたのもこの子龍であったということは、ひそかにその筋からきいている。――うす気味の悪い人物にはちがいないが、ともかくも江戸の名士だ。それに白河の御隠居からのお指図だという。白河の御隠居とは、老中をやめて楽翁《らくおう》と名乗ってはいるが、いまなお隠然たる力を失っていない松平定信のことである。
まさか、この人物が。――
「まさかこのわしが、ここで実用流を験《ため》すつもりはござらぬよ。御安心なされ」
本人からも、こう笑いながらいわれては、逢わないわけにはゆかない。――津軽侯父子は逢った。父の越中守は五十四歳、世子の信順は二十一歳であった。
「これは日本の国防についての最重要の秘事でござれば、おん父子以外、御同席はおことわりいたしたい」
と、平山子龍は厳しくいった。
で、やや不安げな主君父子と子龍先生を残し、家老笠原八郎兵衛その他は隣室に刀をひき寄せて耳をすませた。
やがて中から、音吐朗々と子龍先生の声が流れ出した。
「伏しておもんみるに、わが国|開闢《かいびやく》以来ここに千万有余年、いまだかつて外国の辱《はずかし》めを蒙《こう》むらず、国威宇宙に冠絶す。……」
こういう厳かな声が十分ばかりつづき、
「ちょっと失礼、小便をつかまつる」
といって、先生は出てきた。みな唖然《あぜん》としている。
それからまた津軽侯父子のいる書院に戻って、ふたたび声が流れ出した。
「あに計らんや、ロシアの醜虜《しゆうりよ》、北海に出没し、蝦夷《えぞ》を鹵掠《ろりやく》し……」
たしかに襖《ふすま》の外にはこう聞えるのだが、中の津軽侯父子は、ほかの朗読をきいていたのである。
「義経ときに二十六、血気盛りに、したたか強く攻めたてまつれば、太后の奥までゆきわたりけり。太后さすがに心地よくやありけん。淫心《いんしん》むらむらと起り、俄《にわ》かに尻《しり》うちふり腰を巧みに回して迎えいれてよろこびたまいけり。やがて太后淫水をもらし溢《あふ》れぬれば、義経音たてて鳴り参らせるに、太后うれしげに泣きてよろこびたまえり。……」
このとき津軽父子は、そこに白髪《しらが》まじりの筋骨隆々たる老武芸者ではない――なんと妖艶たぐいない絶世の美女を見ていたのである。
――それはこの世のものではなかった。やがて外部には何の異常も感じられないのに、二人はたまりかねてその美女のそばに吸い寄せられ、これを代る代る犯しはじめていたのだ。
まるで夢の世界がそこに進行しているようで、何の変った音も外には聞えなかったが、もし笠原八郎兵衛が唐紙《からかみ》をひらいたら、あっとばかり仰天していたであろう。主人二人は、音に聞えた武骨の大兵学者平山子龍先生に泣声を発してむしゃぶりついていたのだ。
子龍先生は――それだけは、完全な女陰と化していた!
しかもその十数分後、ふたたび厳然と坐り直し、
「ロシアの猖獗《しようけつ》惨毒、悪《にく》むべく、悲しむべし。……」
などと講義する声を津軽侯父子は茫乎《ぼうこ》としてもとの位置できいていたのである。
子龍先生が辞去するとき、笠原八郎兵衛は、この老兵学者が「忍法女精陽転……」と呟いたのをきいたような気がしたが、何のことやら意味もわからなかった。いわんやこのとき子龍先生はもとの大男根に返っていたことなど知りようがない。
津軽侯父子が、父子|相姦《そうかん》という奇怪な行為にふけりはじめていることが発見されたのは、それからまもなくのことであった。両人ともそれを恥じ、大いに苦悩しているのだが、どうしてもあるとき相手の背中が美女に見えてこれに吸いつけられずにはいられないという発作を禁じ得ないのである。むろん事は厳秘に付された。
越中守はやがて隠居し、信順がそのあとをついだ。そのころはさすがにその怪異はおさまっていたが、しかしこの信順は「夜の殿様」などという異名をたてまつられたほど、津軽家歴代中の最大の暗君に変り、やがて奸臣《かんしん》笠原八郎兵衛による津軽のいわゆる「笠原騒動」なるものにつながってゆくのである。
[#改ページ]
忍者 梟無左衛門《ふくろうむざえもん》
梟無左衛門は、いさの相談をきいたとき、いさを彼女の母そっくりに生んだことを後悔した。
無左衛門は御納戸方《おなんどがた》同心であり、いさの父はその上役の御納戸方|頭《がしら》 村上|周防《すおう》であった。
幕府の御納戸方というのは、将軍家の金銀衣服調度の一切の出納《すいとう》をつかさどる役目であって、その頭《かしら》は元方《もとかた》と払方《はらいかた》と二人ある。その下に組頭が四人いて、さらにその下に組衆が二十四人あり、もうひとつ下に四十人の同心が配属されている。無左衛門はその末端の同心で、主として袋物をとりあつかっていた。
しかし、無左衛門が駿河台《するがだい》の村上家に出入りしているのは、たんに職域上の関係ばかりではない。もともと梟無左衛門は、周防の亡妻の実家にふるくから出入りしていた。周防の亡妻の紀伊は、十九年前、いさを生んですぐにこの世を去ったが、実家の服部《はつとり》家にふるい大恩があって、紀伊をまるで主家の姫君のようにとりあつかっていたから、服部家がその後ある事情から改易《かいえき》となってからは、いさを他人でない眼で見て、いまもときどきこの村上家に姿をみせるのであった。
「田沼さまが」
といって、彼はいさの顔をみて息をひいた。
この四十幾つかになる、岩のようなからだつきをした男が、お城では袋物屋みたいに剣袋や槍《やり》袋、弓袋、鼻紙袋に煙草《たばこ》袋に笛袋に薬袋などをとりあつかっているのかと思うと、いさはいつも笑いたくなるのだが、きょうは笑わない。蒼《あお》ざめて、唇をふるわせている。
「あなたさまをなあ」
庭の枝垂《しだれ》桜の下であった。花は春光のなかに瓔珞《ようらく》のように垂れていた。
枝垂桜はむかし服部家にもあった。紀伊は「枝垂小町」と呼ばれていた。そして、おなじ花がやはりこの村上家にもあって、いさもおなじく「枝垂小町」と呼ばれている。死んだ母と生きている娘は、たんに美しいばかりではなく、知るものすべてがおどろくくらいそっくりおなじ顔をしているのであった。
その美しさに、田沼山城守が眼をつけたという。いったいどこでこのいさの姿を見たものか、見たなら漁色《ぎよしよく》で知られた山城守がそれを求めるのにむりはないといえるが、いまその話をきいて、無左衛門は、いさが美しく生まれたのを、はじめて後悔した。母に似たなら、美しいのが当然だからである。
しかし、それは抵抗できない、恐ろしい相手であった。
「周防さまは、何と仰せでござります」
「父上に山城守さまは、もしわたしをさし出すなら御加増とやらをほのめかされたようで、父上はにがいお顔をなされてはいるものの……」
いさは、あえぐようにいった。いま飛ぶ鳥おとす若年寄の田沼山城守の要求を辞退しては、加増などはどうでもよいとして、先祖代々からの御納戸頭の地位など、風のまえの木の葉のように飛んでしまうことはあきらかであった。
「御心痛はお察しいたします。……しかし、お嬢さま」
田沼の妾《めかけ》となる――それはなりませりぬ、とさけび出したいのをおさえて、無左衛門は四十男らしく、沈痛な表情で声をひそめていった。
「お嬢さまは、山城守さまのところへおゆきあそばす気にはなれませぬか。かんがえようによっては、玉の輿《こし》ともいうべきお話で……」
「無左衛門」
いさは絶望的にさけんだ。
「おまえまでが、そんなことをいうのですか。この話では、ほかにたよる者もないと、おまえのくるのを待ち受けていたのに」
ふだんからの無左衛門の愛情はいさにもよく感得されていたとみえて、彼女は無左衛門をじぶんだけの「家老」のように頼りにしているのであった。
いさは身もだえして、はじめての言葉を口にした。
「亡くなられた母上からのこされたお守り袋に、わたしの一生に大難があれば、梟無左衛門にたよれとかいてあった。そのわたしの大難が、いまおとずれてきたというのに」
「何、母上さまが左様なことを」
梟無左衛門は愕然《がくぜん》としたようであった。
「それなのにおまえは、わたしに死ねというのですか。いいえ、わたしは死ねない。わたしが死ねば山城守さまのお怒りを買い、村上家はとりつぶされるだろう。わたしはどうすればよいのか、無左衛門、あのお守り袋のなかの言葉はうそですか」
「お嬢さまは、それほどそのことをおきらいあそばしますか」
「あたりまえです。そんな話をきかれたら、佐野善左衛門さまがわたしを裏切者とお斬《き》りなさるにちがいない」
「佐野善左衛門さま?」
無左衛門はもういちどとんきょうな声をあげた。
「ああ、あの新番衆の!」
そして、すべてを了解した。無左衛門はこの三か月ばかり村上家をおとずれなかったが、そのまえに一、二度その若者が客となってきていたのを思い出したのだ。いさがいまさけんだ言葉の意味は、この三か月にふたりのあいだに生まれたのだ。
無左衛門はわれしらず眼をひからせ、とがめるようにいった。
「お嬢さま、そのことを父上さまは御承知でござりますか」
「わたしの口から、父上に申せることではない。ちかいうち、善左衛門さまからお話し下さることになっていたのです」
いさは、枝垂桜のひと枝のようにうなだれて立っていた。その頬《ほお》につたわる涙は、文字通り花の露のようであった。
梟無左衛門はくいいるようにその姿を見つめていたが、やがてうなずいた。
「佐野善左衛門、あれはよい御旗本だ」
この屋敷で、二、三度話しただけの記憶にすぎないが、禄高五百石の安旗本とはみえぬ颯爽《さつそう》たる風姿の若者であった。当世には珍しい剛毅《ごうき》な気性さえ感じられて、無左衛門も少なからず好意を抱いたことをおぼえている。
「さすがは、お嬢さま、ようおえらびなされました」
無左衛門は、声を沈めていった。いままでの異様なひかりがきえて、こんな場合娘をみる父親のようなかなしげなまなざしになっていた。
「あの佐野さまなら、お嬢さまとお似合いの花婿どのじゃ」
いさは頬をあからめもしなかった。そんな余裕がないのである。ただ涙と祈りをうかべた眼を無左衛門にからみつかせた。
頬をあからめたのはなんと梟無左衛門の方である。しぶい、いかつい顔をしたこの男の頬に、なぜかあか黒い血がぽっとのぼったのだ。
「……母上さまの御遺言はうそではありませぬ。無左衛門がお救い申しあげまするで」
と、彼は嗄《しやが》れた声でいった。
「けれど、どうやって?」
すがりついたくせに、いさは眼を大きく見ひらいた。当代の始皇帝ともいうべき田沼山城守の手からのがれ、しかも家と父を無事に保つという絶体絶命、進退両難のこの窮地をうまく切りぬける方法がこの世にあるだろうか。
それにはこたえず、梟無左衛門はいった。
「お嬢さま、わたくしの宅に、周防さまにはないしょでおいで遊ばすことができましょうか?」
いさは、あおむけに横たわっていた。十九のからだを覆うものは、顔にあてたきものの袖《そで》だけであった。
いさが牛込《うしごめ》御納戸町の梟無左衛門の同心屋敷にきたのは、彼女が二日のちに田沼山城守のところへ上がらなければならないという日の午後のことである。彼女は、やはり牛込の原町にある亡母の墓に詣《まい》り、ついでに乳母の家に泊るといって家を出てきたのであった。こんどのことは、家のために娘をいけにえにすることだと恥じていた父の周防は、いさの外出をとめることはできなかった。
彼女は、そこで梟無左衛門から何をきいたのか。――身の毛もよだつその提案と、ながいながい説得ののち、このたびの大難をのがれるには、じぶんの信頼する無左衛門の「忍法」のままになるほかはないと覚悟して、それでも恐怖と恥じらいのために死んでしまいそうな処女の裸身を横たえたのであった。
障子はたてきっているが、月はおぼろだ。花の影がゆれていた。そしていさのからだそのものも、おぼろなひかりをはなっているようにみえた。それ以外に灯はなかった。
すべてが朦朧《もうろう》とけぶったなかに、梟無左衛門の姿だけが異様に鮮明であった。彼は水色の麻《あさ》 裃《がみしも》をつけて寂然と端坐していた。その顔はふだんとは別人のように白ちゃけて、象牙《ぞうげ》を削《そ》いだような感じにみえる。
彼は、しずかにいさの腹を下方へなでていた。なでるというより、十本の指は琴を奏でるようにうごいていた。
ただ、しずかに、微妙に、柔らかく――いさの裸身が羞恥《しゆうち》にうねったのは最初の数分間だけであった。
いさはやがて、男の指がふれている意識を失った。いや、じぶんが何をされているのかという意識を失った。かたく緊張していた筋肉はしだいに餅《もち》のように柔らかくなり、さらに白い泥と化してこねくられ、トロトロと四方にながれ出すような感覚がひろがっていった。
そして梟無左衛門も無想境に入っている。
忍法「袋返し」
それを彼は、若い日に、いさの祖父服部水翁から教えられたのであった。
服部家は徳川の初期、伊賀の忍者一党をひきいて大御所に仕えた服部半蔵の後裔《こうえい》にあたる一家であったが、服部の宗家はふしぎに悲劇的であって、家が絶えるとともに、その忍法もいつしか消散し、遠く血をひく水翁とても、もとよりそのわざを以て仕えている人間ではなく、八丁堀の与力であったのに、いつ、いかにして体得したのか、またなぜ服部家のものでない梟無左衛門にそれを教える気になったのか、無左衛門自身にもわからないが、彼はその秘伝を授けられたのだ。
もっとも、そのとき水翁はいった。
「これは、いくさの用にはたたぬわざだ。いや、泰平の世にあっても、一生つかうおりはないかもしれぬ。まず、出世の役にはたつまいな」
またいった。
「これをひとたびつかえば、つかった人間の寿命は三年くらいちぢむのではないかと思われる」
――おそらく、服部家に男子がなかったという理由のほかに、その術を修得する人間に異常な性格と素質が必要であって、無左衛門はその珍しい資格者だったのであろうと思われる。
いくさの役にはたたぬ、泰平の世にあっても一生つかう機会はないかもしれぬ、と水翁はいった。いかにもこれは、女性のみを対象とする術で、しかも容易につかってはならぬわざであった。
おそらく元来は、堕胎《だたい》を目的とする按法《あんぽう》から発達してきたものではあるまいか。それは子宮を内翻《ないほん》させる術であった。――子宮は、女の腹腔《ふくこう》に逆さに吊《つ》られた袋といえる。それが、この術の経過に従って、ちょうど袋の底に手を入れて袋そのものを裏返すように、自動的に外部へ出てくるのだ。
これだけでも恐ろしいわざだが、無左衛門がさずかったのは、いわゆる整形外科を加味したさらに恐るべき秘法であった。もしこの場合、女が妊娠しているならば、胎児は胎盤に付着したままいったん外部へ出てくるわけだが、柔らかい――時によっては半水様の胎児に、まるで彫塑家《ちようそか》が微妙な指さきで粘土をこねるように自在に細工をして、ふたたび子宮とともに腹腔へ還納することが可能なのであった。これが時と場合では実に恐怖すべき使用法となることは想像にあまりがあり、一生つかう機会はないどころか、人間としてつかってはならぬ術であるといってよいかもしれぬ。
げんに師の水翁が、この人はのちに事情があって屠腹《とふく》を命じられたのだが、いまや死なんとするに際し、ふいに恐怖したようにさけんだのは、おのれの苦痛の声ではなく、「無左。……やっぱりあれはつかうなよ!」という言葉であったと、無左衛門は人づてにきいた。もとよりつたえた人は、その意味を知らない。梟無左衛門は、たったいちどそれをつかった。
いま邪念妄想なく、「袋返し」の忍法に精根を没入させた無左衛門の脳裡《のうり》に、まじえてはならぬひとつの記憶が、抵抗しがたい霧のようにひろがる。
十九年前の一夜だ。彼は、いさとそっくりのひとりの女にこの「袋返し」の忍法をほどこした。ただちがっているのは、いさは処女であり、その女はいさを身籠《みごも》る妊婦だということであった。
いさの母、紀伊は癆《ろう》|※[#「病だれ<亥」、unicode75ce]《がい》であった。彼は見舞いにゆき、人目のない隙《すき》をぬすんで、子供をおろすことを哀願した。このまま出産の大役を果たそうとすれば、紀伊は死ぬよりほかはないと判断したのだ。
「いいえ、そんなことをしても、わたしはやはり死ぬでしょう」
紀伊はかぶりをふった。それから、病床で透きとおるような顔を無左衛門にむけて、全然ちがうことをいったのだ。
「可哀《かわい》そうに、無左衛門」
黒い眼でじっと見つめられて、梟無左衛門はわれにもなく頬に血がのぼるのを感じた。
「紀伊はやがてこの世からいなくなります」
ふいに彼はたたみにはいつくばって嗚咽《おえつ》した。彼は若かった。彼は紀伊を恋していたのである。
しかし、そんなそぶりは夢にもみせないつもりであったのに、紀伊はそれを知っていたのだ。そして紀伊もそれを知っていたことを、はじめて言葉にもらしたのであった。
「無左衛門、ありがとう。紀伊はまもなく死のうとして、だれがいちばん紀伊を大切に思ってくれていたか、はっきりわかるのです。でも、今となってはどうすることもできない」
紀伊はしみいるようにいった。
「無左衛門、紀伊とそっくりの女の子を見たいとは思いませんか?」
彼ははっとした。紀伊は祈るような眼を天井にむけていた。
「亡くなられた父上からおまえに伝授された術のことをききました。それを信じていなかったけれど、なぜか、紀伊はいまそれを信じます。それをわたしにほどこしておくれ。わたしはいま腹の中にいるやや[#「やや」に傍点]が、女の子であるような気がしてならぬ。男の子であったらしかたがないけれど、もし女の子であったら、この紀伊そっくりの娘をこの世に生ませておくれ。そして、無左衛門、その子を紀伊のように思っておくれ。……」
自分をこの地上に永遠に残してゆきたいという望みは人間の業《ごう》であるが、紀伊のねがいには、無左衛門へのあわれみがあった。が、かんがえようによっては、実に絶大なる女の自信であり、恐ろしいエゴイズムでもあった。
しかし、無左衛門は哀しみと法悦の世界に酔った。そしてその夜、紀伊の癆※[#「病だれ<亥」、unicode75ce]の苦しみをやわらげる祈祷《きとう》を行なうという名目で、夫の周防さえも遠ざけて、最初の「袋返し」の秘法をほどこしたのだ。
のみならず、その胎児を、紀伊の願うとおり、そしてじぶんの望むとおり、紀伊そっくりにつくりあげたのであった。胎児は女の子であった。
「――可哀そうに、無左衛門、紀伊とそっくりの女の子を見たいとは思いませんか? そして、その子を紀伊のように思っておくれ。……」
その言葉を、紀伊はどんなつもりでいったのか。無左衛門にはよくわからない。しかし、娘は紀伊そのままに成長して来、じぶんは老いてゆこうとしている。いまはただ彼は、罪ある父のように複雑な、遠慮ぶかいまなざしでその娘を見まもってきたのであった。
いさは、彼のもっとも好ましい、母よりももっと凜然《りんぜん》とした気性の娘であった。
しかるに、十九になったいさは、はからずもまたおのれの「袋返し」の忍法の祭壇にみずからのぼっている。――そもそもふたりの女の父であり祖父である服部水翁が、そんなことを予測したろうか。水翁はいまわのきわに、それをかたく禁じて死んだのに。
じぶんはその術を娘である紀伊さまにつかい、罪の意識になやまされた。しかし、孫娘のおいささまにつかうこのたびのことは、あの水翁さまもおゆるし下さるだろう。
梟無左衛門は感慨にふけらざるを得ない。――いさは、かすかな声をあげていた。うたうとも泣くともつかない声で。しかも彼女はそれを知らない。無左衛門もそれをまったく聴覚にきかず、手は琴を奏でるようにうごきつづけている。
こんどは、しかし女体の身籠る胎児はない。ただ子宮を内翻させて、処女膜の内面まで膣を埋めるだけで足りるのだ。それこそは、荒淫《こういん》無惨の田沼山城守から女が身をまもる唯一の方法にちがいなかった。
梟無左衛門の水色の裃をつけた姿は森厳《しんげん》であった。
およそ、天下の支配者のなかで、田沼|主殿頭《とのものかみ》山城守父子ほど色と金をほしいままにし、しかもその表現に傍若無人だったものは古今東西にまたとないのではあるまいか。
「金銀は、人々命にもかえがたきほどの宝なり。その宝を贈りても御奉公いたしたしとねがうほどの人ならば、その志、上に忠なること明らかなり。志の厚薄は音信の多少にあらわるべし」
「余日々登城し国家のために苦労して、一刻も安き心なし。ただ退朝のとき、わが邸の表廊下に諸家の音物《いんもつ》おびただしく積みおきたるを見るのみ、意を慰《い》するに足れり」
これがもとは三百俵の西丸御小姓から五万七千石の大名となり、さらに老中筆頭となった田沼主殿頭|意次《おきつぐ》の吐《は》いた警句である。反語ではない、彼の信念の吐露《とろ》である。
大広間に黒びろうどの蒲団《ふとん》をしきつめさせて、その上に土俵をえがき、奥女中一同をはだかにして相撲をとらせ、勝った者には紅白のちりめん一台を引出物にあたえた。あるいは数十人の愛妾《あいしよう》の房をうち通して巨大な蚊帳を吊り、どこの房に入ってもおなじ蚊帳の中に美女のむれが横たわっているように趣向をこらした。
これが意次の子で、いまは若年寄となっている田沼山城守|意知《おきとも》の行状である。
しかも将軍を催眠術にかけたこの父子の威光は一世をはらい、これに抵抗する者は、かならず左遷|減封《げんぽう》などの報復をうけた。他の老中、大名すらもその運命をまぬがれることはできなかった。
かつて、たんなる一与力にすぎない服部水翁が、執権である田沼が赤坂氷川明神の社地に廓《くるわ》をつくり、「御上納所」という番所を設けて玉代から税をとりたてたのに、「天下の君、売女の運上《うんじよう》をとりたまうか」と諷諫《ふうかん》して切腹を命じられたくらいは、この時代の茶飯事である。もっとも、さすがに水翁自裁の原因は他に藉口《しやこう》してあったから、その因果関係を知っている者は、田沼側をのぞけば、いまとなっては水翁にふしぎに愛された梟無左衛門くらいなものであろう。その田沼すら、服部水翁という名など、もう忘れているにちがいない。そうでなければ水翁の孫娘を妾にさし出せなどというわけがない。
さて、右の次第だから、田沼邸には賄賂《わいろ》をおくる人々が雲集した。甚だしきは一日に三回ずつ贈り物をしたという。あるとき新邸成って、田沼が庭園の池をながめつつ、「鯉《こい》がおるとよいの」と独語して登城した。帰邸したときには、その池に数千匹の鯉が躍っていたという。現代の首相の自邸に石が集まるようなものか。
当時、「唐土|阿蘭陀《オランダ》の商人ども、日本にては七曜の模様つきたるものこそよき値《あたい》になりぬと心得、その模様つけたる織物着物のたぐい、つみ来たること多し。これはこの殿の御家紋七曜なるがゆえなればなり」といわれた。
七つ星は、そのころ流行のデザインであり、かつ恐怖のもとであった。
御納戸頭村上周防の娘いさは、築地《つきじ》にある田沼山城守の屋敷にひそかにはこびこまれたが、三日めにかえされた。その理由を知っていたのは、山城守といさと、梟無左衛門だけである。
父の周防は、「お気に召さなんだか。はて」と、美しい娘をふしんな眼でながめ、またほっと安堵《あんど》の吐息をもらしただけであった。
一年後の春、いさは、新御番衆佐野善左衛門のところへ輿入《こしい》れをした。
いさがかつて田沼の愛妾の候補者としてその屋敷に入ったことは、その当時善左衛門も知っていたが、いさはりんとして、「大丈夫でございます。いさはかならずきれいなからだのままかえって参ります」といいきった。もだえつつ、半信半疑で待っていた善左衛門は、事実がその通りになったので、狂喜し、かつあやしんだ。
どうして山城守の凶手からのがれたのか、とおそるおそるきく善左衛門に、死ぬ覚悟で操をまもっただけです、といさはこたえた。いさが処女であったことは善左衛門もみとめるところであったし、それにしてもあの魔王のような暴逆な山城守から、よく身をまもったものだと、あけぼのの枝垂桜のようにたおやかな新妻のからだを、善左衛門は奇蹟《きせき》そのものを抱くように抱きしめるのであった。
祝言のころ、枝垂桜は、この番町の佐野の屋敷にも嫋《じよう》 々《じよう》と花を垂れていた。
「善左」
新御番衆の詰める江戸城時計の間ちかくの廊下で、ふだんそんなところに出てくるはずのない若年寄の田沼山城守から、佐野善左衛門が呼びとめられたのは、初夏のある日のことである。
「そちは、村上周防の娘を嫁にしたということじゃな」
廊下に手をつかえた佐野善左衛門は頬に血をのぼした。――いつかは知れることだとは思っていたが、山城守自身からそのことについて口をきかれようとは思っていなかった。山城守がただひとりで、こんなところまで出てきたわけだ。しかし、あくまでじぶんは、あの件については知らないふりで通そうと思った。
「されば、縁がござりまして――」
「合うか」
「ただいまのところは」
「ただいまのところ? はて、夫婦のちぎりが出来るかときいておるのよ」
善左衛門は、うすくれないに染まった面《おもて》をあげて山城守をみたが、こたえなかった。いかに何でも無礼な問いだと思ったのである。
しかし、山城守は善左衛門の顔色など無視して、あぶらぎった顔をちかづけた。
「あれは、かたわではないのか?」
「ふつうの女でござります」
善左衛門は憤然としていった。それでも山城守は、彼の意志など眼中にないかのように宙を見て、思案をした。
「もしそうならば……あの女、何やら余をたぶらかしおったな。けしからぬ女だ」
じろっと善左衛門を見て、
「とにかく、やや[#「やや」に傍点]が見たいの」
そう冷笑とともにいいすてると、彼はくびをひねりひねり、長い廊下を遠ざかっていった。
善左衛門はこのことを妻にいわなかった。そもそも山城守との一件のことは、あのとき以来口にしないことにきめている。夫婦のちぎりができるのか、かたわではないか、余をたぶらかしおったな。――という言葉から想像させることは、奇怪でもあり、淫《みだ》らでもあり、その悪夢の霧を、いまあくまでも清潔な媚態《びたい》を以てひたすらじぶんにしがみついている妻のあいだにたちこめさせることは、なぜかたえられない気がしたからであった。
田沼山城守が、佐野善左衛門に迫害を加えはじめたのはそれからのことである。
その年六月に、善左衛門の分家の佐野亀之助というものがやってきて、本家の系図をしばらく貸してもらいたいといった。善左衛門は何気なく貸してやったが、あまりいつまでも返さないので、亀之助にきいた。亀之助はあたまをかかえていった。
「あれは田沼さまが、いちど見たいと仰せなさるので持参いたして、そのままになっておる」
善左衛門は愕然とした。
このころ、先祖からつたわる系図というものがいかに大事なものであったかはいうまでもないが、それ以外に善左衛門に、さては、と思わせるものがあったのだ。
元来、むかし田沼は佐野家の家来筋なのであった。佐野家は藤原|秀郷《ひでさと》の後胤《こういん》で、慶長年代まで上州佐野で三万九千石の大名であった。そのころ領内の百姓で十兵衛なるものがいて、これが大男で田沼山と名乗る草相撲をしていたが、領主の佐野肥後守元綱の足軽となった。関ケ原の役に際し、主人の伏見|籠城《ろうじよう》に加わったが城危しとみるや、ひそかに逃げ出して、のちに紀州の鉄砲同心となった。これが田沼開運のもとである。
というのは、この紀州から八代将軍吉宗が出たからで、田沼の家は十兵衛以来二世三世と経るにつれて茶坊主に昇進し、吉宗のころは紀州家の中小姓にまで出世していた。そして、田沼山城の父主殿頭は小姓から老中にまでのしあがったのである。
天下に欠けるもののない田沼一門に、ただひとつ欠けたのは系図だ。先祖をさぐられて、上州の草相撲だといわれるのが、田沼父子のたえがたい苦痛であった。
それに比して、佐野の系図は、佐野家の唯一の誇りであった。三万九千石の封禄はその後一族の失態のためにしだいに削られて、いまはわずか五百石にまで微禄しているが、先祖をたずねれば、いまの老中筆頭田沼さまの主筋にあたる。――もとより善左衛門はそれを自慢にするような男ではないが、この誇りたかき系図を失っては一大事だ。
いかに佐野亀之助にかけあっても埒《らち》があかず、はては逢うことを避けようとする。思いあわせれば、無役であった亀之助が、このごろ急に御小納戸《おこなんど》衆にとりたてられたのもいぶかしい。
善左衛門は田沼邸にいった。用人が出てきて、「これを御縁に当家にお出入りがかない、のちのち見はからって役替えにでもなれば、かえって冥加《みようが》と申すものではないか」と高飛車にいった。善左衛門は憤然として、ただ系図をかえしてもらいたいといった。すると用人は急に言葉をひるがえして、系図のことは知らぬ、天下の老中若年寄にいいがかりの所行無礼である、といい出して、家来たちを呼び出して善左衛門を打《ちよう》 擲《ちやく》させた。
血潮にまみれてかえってきた夫を、いさは驚愕《きようがく》して迎えた。しかし善左衛門は、妻をみて唇をふるわせたが、何もいわなかった。彼はそのまま系図のことは黙したままで、勤仕《きんし》をつづけた。
佐野家の知行所はわずかながら上州|甘楽《かんら》郡にあって、ここにむかしから佐野大明神という神社があった。そこに幕吏がいって、田沼家の定紋七つ星の旗をたて、爾今《じこん》田沼大明神と改称するようにと命じて去ったというのはその夏のことである。
秋になって、将軍の鶴御成《つるおなり》があった。松戸あたりに出猟があって、善左衛門もお供をして、鶴一羽、雁二羽という手並みをみせた。鶴を射たものには時服三領、黄金五枚、雁を射たものには時服一領、白銀一枚の褒美が恒例なのに、善左衛門には何の沙汰《さた》もなかった。
「あれは佐野の射た鶴や雁ではない。わしがしかと見ておった」
こう田沼山城守がいったということをきいたのは、後になってからである。
天下を覆いつくすような巨大な雲からふりそそぐ憎しみの雨であった。
佐野善左衛門の顔色はしだいに暗くなり、しかし、彼は黙々として出仕をつづけていた。
「旦那《だんな》さまの御不幸のもとはわたしです」
やはり枝垂桜の花の下で、いさはうなだれていった。彼女の腹は重げであった。この三月の末にあかん坊が生まれるはずのいさであった。
梟無左衛門は返事のしようもなく、いかつい顔を哀《かな》しげにうつむけて、心の中で、「田沼はたたる」とつぶやいた。
「わたしが佐野家に不幸のもとをもってきたと思うと、わたしは夜もねむられない」
「おなかのややさまに障《さわ》りましょう」
と、無左衛門はおずおずといった。
「ややが生まれても、不倖《ふしあわ》せの星を負ってこの世に出てくるようなもの……すておけば、佐野の家はつぶれましょう」
「そのような」
「いいえ、このままでは、そのうちこの家はきっと田沼さまのためにとりつぶされます。わたしにははっきりとわかる。いままでそのことがなくてすんだのは、旦那さまが歯をくいしばって我慢をかさねておいでになったからです」
いさの睫毛《まつげ》に涙がたまったのを見て、無左衛門はあやうくその肩を抱きしめてやりたかった。それをひかえたのは、歎きばかりではなく、いさの涙のおくに異様なひかりを見たからであった。
「いや、頭をさげておれば、嵐《あらし》は吹きすぎます。もうひとつ我慢をなされい。いまの御時勢に田沼さまにさからえば、お家は滅亡するばかりでござる。お家のため、お家のためでござります」
「旦那さまの御我慢は、家のためではない。旦那さまはもはや家を捨てておいでなさる」
「と、仰せられると?」
「このあいだ旦那さまは、ふと、いさ、旗本をすてて浪人しようか、とぽつりとおっしゃった。よほどお城でたえられぬことがまたあったにちがいない」
「…………」
「それで、わたしはわかったのです。旦那さまが我慢なされているのは、家のためではない、わたしのためだと」
「…………」
「旦那さまの御不幸のもとはわたしだといったのは、田沼さまの一件だけではない。そのことなのです。わたしのために、旦那さまは家だけではなく、武士も捨てようとしていらっしゃる。いいえ、もう武士を捨てていらっしゃる」
「…………」
「さきごろ、わたしは死ぬことをかんがえた」
「お嬢さま」
無左衛門は思わずむかしながらの呼び声をあげた。いさの頬の色は凄愴《せいそう》なほど蝋色《ろういろ》に変っていた。
「すると、旦那さまは、わたしが何もいわないのに、いさ、死んではならぬぞ、そなたが死ねばわしも死ぬ、と仰せられた。――女として、これ以上はないありがたいお言葉ながら、あとでかんがえてみると、わたしはやはり死なねばならぬと決心した。わたしのために旦那さまは侍の面目を失っても我慢しておいでになる。そして女房の顔色ばかりはすばやく読むようなお方になられた。祝言するまえの旦那さまは、決してそんなお方ではなかった。――」
いさの言葉を、無左衛門は認めた。このごろ見る佐野善左衛門は、いつもうなだれて、無気力な、弱々しい男になりはてていた。ときどき人を見る眼は卑屈で、おどおどとしていた。相手が相手だ、むりもない――とは思うものの、かつての颯爽《さつそう》たる彼とは別人のようであった。
「それなのに、わたしは死ぬに死ねない。わたしが死ねば、旦那さまもお死にになる、さればとて、家を捨ててどこへ逃げるというのだろう。旗本でなくなれば、田沼さまの迫害はいよいよひどくなるだろう」
いさは、無左衛門にとりすがった。
「無左衛門、わたしはどうしたらよいのか」
「御運でござります」
梟無左衛門は、思わずうめくようにいった。
「運とは?」
「御祖父さまの水翁さまも、田沼のためにお死になされました。田沼のためにお死になされた、そのことを口にすれば、なおあとにたたりそうな七つ星の威光でござりますゆえ、わざと秘しかくしていたのでござります」
いさの眼が大きくひろがった。やがていった。
「わたしは田沼の家にたたりたい」
梟無左衛門はいさを見つめ、しゃがれ声でいった。
「まこと、左様に思われますか。ならば――」
「無左衛門、何か田沼に仕返しする方法があるか」
「ふつうではござりませぬ。何せ天下の若年寄、往来にても屋敷にても、容易に近寄ることも相成りますまい。――とはいえ、かく追いつめられましては、おっしゃる通り」
しばらく息をつめていたが、やがてその息をながく吐いていった。
「お嬢さま、お死になされますか?」
「わたしが死ねば、田沼に一矢《いつし》をむくいることができるのか」
「されば、もういちどわたしに袋返しの忍法を使うことをおゆるし下され。それによって」
いさがぎょっとして無左衛門を凝視し、ややあって何か口ばしろうとするのを、無左衛門はくるむように見返してつぶやいた。
「水翁さまがつかってはならぬと仰せられたその忍法をつかった酬《むく》いは、やはり来たようでござる。いや、あなたさまをこのような御運に追いこんだ罪は、この無左衛門にござる。お嬢さま、無左もいっしょに、母上さまのところへお供申しあげまする」
闇夜にただひとつの灯をさがすように、佐野善左衛門は愛児の誕生を待った。
あかん坊が生まれたのは、三月の末ちかいある早朝であった。梟無左衛門は、善左衛門といっしょに別室で待っていた。
ただならぬ産婆の悲鳴に、善左衛門はがばとひざをたてた。
無左衛門はそれをおさえて、
「お待ちなされ、わたしが見て参ります」
といって立った。
それっきり、数分がすぎた。善左衛門には数刻とも思われる時間であった。たまりかねて、ふたたびかけ出そうとしたとき、梟無左衛門が白布でくるんだあかん坊を抱いてあらわれた。走り寄り、絶叫をあげて、若い父はとびのいた。
あかん坊は七つ眼であった。眼が七つあった。ひたいの中央に一つ、それをグルリと六つがとりまいて、七曜の紋のように。
梟無左衛門が蒼然《そうぜん》たる顔色で、沈痛につぶやいた。
「あくまでも七つ星がたたるようでござる」
その日――天明四年三月二十四日、午後二時ごろ、江戸城の御用談所から中の間に出てきた若年寄田沼山城守に、新御番佐野善左衛門は刃傷《にんじよう》した。
血しぶきをあげて逃げまわる山城守を、黒龍紋の肩衣《かたぎぬ》をはね、粟田口一竿子《あわたぐちいつかんし》忠綱の一刀をふりかざして追う佐野善左衛門の眼は、すでに常人のひかりではなかった。
彼はぶつぶつと唄《うた》っていた。
「七つ星
恨みかさなる七つ星
佐野の善左で、血はザンザ。……」
おなじ時刻。番町の屋敷で自害したいさの枕頭《ちんとう》に、腹一文字にかっさばいて、梟無左衛門が死んでいたことを彼は知らない。いわんや、その無左衛門の顔に、世にもうれしげな死微笑がニンマリと刻まれていたことを彼は知らない。
[#改ページ]
淫《いん》の忍法帖
「直八、いつまで待てばいいの」
と、お志摩がいった。
その眼を見て、直八は、それが祝言のことであるとすぐに悟った。
「さ、もうしばらく。……」
「いつかお前は、もう三月《みつき》、といいましたね。その三月はもう終ります」
「そうですか」
直八は狼狽《ろうばい》し、思わず口走った。
「では、御家老さまにうかがってみます」
「え、御家老さま。――直八、わたしたちの祝言に、御家老さまのお許しが要るのですか?」
お志摩は眼をまんまるくした。
「そして、御家老さまがもう三月待てとおっしゃったの?」
直八はうっと息をつめた。お志摩の驚きは当然だ。自分たちのような身分低い者の祝言に、本来なら御家老さまが容喙《ようかい》されるはずがないからだ。しかし、事実はお志摩がいまそう問い返した通りであった。そしてそのことを彼は口外してはいけないのであった。
直八が、お志摩の父の鞍谷卯兵衛《くらたにうへえ》に呼ばれて国元から江戸屋敷に出て来たのは半年前であった。すでに病んでいた卯兵衛は、それから一ト月たって、わざわざ直八をつれて江戸家老の芦沢《あしざわ》十左衛門の前にまかり出て、「――鞍谷のあとつぎは、この直八と申す男でござりまする」と紹介したのだ。一か月後、卯兵衛は死んだ。そしてさらに一ト月を経て、ふいに直八は芦沢十左衛門に呼ばれた。
「直八、近いうちにお前に大事な御用を申しつける。そのつもりで待機しておれ」
と、十左衛門は命じたが、その御用が何であるかは明らかにしなかった。
そして退出しようとする直八を、ふと呼びとめて、
「待て。卯兵衛がお前をあとつぎにするといったが、お前まだ卯兵衛の娘と祝言してはおるまいな?」
と、きき、直八がうなずくと、しばらく思案していたが、
「ならば、しばらく待て。左様、あと三月《みつき》待て、そのようなことは、その御用をぶじ果たしたあとがよかろう。――それともう一つ、わしがお前にこのような御用を申しつけたことを、決して他言するではないぞ」
と、命じたのだ。
鞍谷卯兵衛の朋輩《ほうばい》の老門番が、「直八、お志摩との祝言はいつにするかの?」ときいたとき、直八がただ、「さ、それはもう三月ほどたってからのことにしましょうか」と答えたのは、そのすぐあとのことであった。お志摩はそれをきいていたらしい。
しかし、お志摩がそんなことを――「いつまで待てばいいの」というような問いを投げかけたことに、直八も驚いた。第一に、お志摩がそれほど期待していようとは思いがけなかった。第二に、たとえ待ちかねていようと、そんなことを口にするとは意外であった。彼が思わず「御家老|云々《うんぬん》」と口走ったのも、その驚きのためにほかならない。
というのは、お志摩は、いかにこちらが許婚者《いいなずけ》とはいえ、祝言はいつか、などというようなことをきくには、あまりにもつつましい、あるいは自制心に富んだ娘に見えたからだ。
「なぜ、御家老さまが?」
「それは、申せませぬ」
と、直八はあわてていって、お志摩の問いを封じるために逆にきいた。
「しかし、お志摩さま、何かあったのですか?」
「いいえ、何もない」
思いつめたようなお志摩の眼は、ふいに本来のおとなしいものに戻った。いかにも自分がせきたてているように見られたと恥じらったのであろう。頬《ほお》まで赤くなった。
「ただ。……」
と、小さくつぶやいた。
「早く直八のお嫁にならないと、何かこわいことが起りそうな気がするのです。……」
「な、なぜ?」
「なぜだか、わたしにはわからないけれど。――わらわないで、直八」
ふいに直八は、この相手を抱きしめてやりたい衝動をおぼえた。
のちに至って――といっても、わずか三、四日後のことだが――このときのことを思い出して、直八は戦慄《せんりつ》をおぼえたことである。なぜお志摩はこんなことをいったろうと。
追って後命を待て、と家老からいわれた直八でさえ、何が起るか知らなかったのだ。いくら考えても、お志摩がなんの予備知識をも持っていたはずはない。この言葉は、運命が無意識のうちにお志摩の口を通して伝えた恐ろしい予告であったのだ。
江戸に来て、はじめてこのお志摩に逢《あ》ったとき、彼はなんと美しい娘がこの世にいたものだろうと眼を見張った。まもなく彼は、その父の卯兵衛から、自分がこのお志摩と祝言して鞍谷家をつぐべき義務のあることをきき、またそれは自分の亡父と卯兵衛との古くからの約束であったこともきいた。それは了承したが、しかしその当座彼は、このお志摩に対してべつに肉感はおぼえなかった。というのは、お志摩の美しさが、半透明の清麗さともいうべきものであったからだ。それを自分にやる、といわれても、何だか世にもまれなる宝石でももらうような気がしただけであった。
その後彼は、お志摩が――たんに父親からそういわれたせいでなく――自分に対して、たしかに愛情を抱きはじめていることを感じた。そのまなざしに哀切ともいうべきものを意識することもあった。が、それに対して彼がべつに反応を見せなかったのは、最初の第一印象が彼を抑圧していたらしい。
しかし、いまはじめて直八は、お志摩をぎゅっと抱擁してやりたい心にとらえられた。
が、彼はそれをも抑えた。
江戸家老芦沢十左衛門の「祝言はしばらく待て」という言葉が頭をよぎったからである。
それはべつに抱擁まで制禁した言葉ではなかったかもしれないが、それでも彼はそれに拘束された。からすき[#「からすき」に傍点]直八は、甚だストイックな忍者であった。
「もう三日ばかり待って下され、お志摩さま」と、直八はいった。
ちょうど三日のちの話になる。
有明《ありあけ》藩江戸詰めの五人の若侍、宇陀麻之進《うだあさのしん》、比留間《ひるま》茂助、刈俣《かりまた》房五郎、板並鰺兵衛《いたなみあじべえ》、葛見《くずみ》千之助は、ひそかに江戸家老芦沢十左衛門に呼ばれた。
「お家についての大秘事じゃ、このこと他言はせぬと金打《きんちよう》せよ」
と、十左衛門はいった。どういうわけか、そばに老女松ケ枝《え》が坐っていた。
何のことやら知らず、その顔色の厳粛さに打たれて、五人は脇《わき》に置いた大刀をとりあげ、その鍔《つば》を小刀の鍔と触れ合わせた。約定《やくじよう》の誓いである。
「殿はいまお国元におわすが。……」
と、十左衛門は口を切った。
「知っての通り、殿にはいまだお世継ぎがおわさぬ」
沈痛な声調であった。
「御世子がなければ、有明藩はゆくゆく断絶のほかはない、これ幕典じゃ」
「――あいや」
と、宇陀麻之進がいった。
「御世子なきことは拙者どもも心にはかかっておりましたが……しかし、将来ともそのことがない、とは限りますまい。殿はまだおんとし四十三歳。……」
「それでお家断絶とは、またあまりにも不吉な早合点。――」
と、比留間茂助もいった。
「それが早合点ではない」
十左衛門は苦り切った顔でいった。
「殿はもはやお立ちなされぬのじゃ」
「…………」
「四十三にして、おいたわしや御|陰萎《いんい》の状態であらせられる。もともとお弱い方ではあったが、このところ、決定的となった」
「…………」
「お国元にもおいくたりかの御側妾《おそばめ》がおわす。その御報告により、殿のお供して国へ帰っていたこの松ケ枝どのが驚愕《きようがく》し、いかがせんとて殿よりひと足さきに江戸へ戻って来た次第じゃ。……有明藩断絶のおそれは、もはやあらぬ憂患ではない」
五人の若侍の顔色は変った。しばし、声もなかったが、ややあって、
「――それは一大事」
と、刈俣房五郎が唾《つば》をのんできいた。
「い、いかにすればよろしゅうござろう?」
「御世子をお作り申しあげるより、この運命をのがれる法はない」
「しかし、それが。――」
「御世子と目されるお子をな」
と、十左衛門はくり返した。
「こちらにおわす奥方さまか、また四人の御側妾のお腹にお仕込みたてまつるほかはない」
「と、申されると?」
「そのたね[#「たね」に傍点]の供給を、そなたらに頼みたいのじゃ」
「――あっ」
と、五人の若侍は思わずさけび声をたてた。芦沢十左衛門の顔色も変っていた。
「この法を考え、覚悟きめるまでに、わしはあぶら汗をしぼった。が、いかに思案しても、有明藩を救うのにこの策以外はない。――それで、江戸詰めの、まだ妻帯しておらぬ侍どもの中から、候補者を物色した。その結果、選び出したのがそなたら五人じゃ」
――現代でも人工授精まで受けてあとつぎを作りたいという人々がある。いわんや子なければ家断絶という習いの当時である。
この江戸家老の着想はきわめて突飛《とつぴ》に似て、考えてみればいかにも唯一無二の手段であったかもしれない。
「そなたら五人、いまは家臣の身分であるが、そのもとをたどれば、三代前、あるいは五代前、いずれも有明家の血につながる。まったく無縁のたね[#「たね」に傍点]ではない。――」
ここまでいうと、まさに覚悟をきめた人間らしく、十左衛門の声はひどく乾いたビジネスライクなものになった。
「とは申せ、奥方さままた御側妾に、まさか五人みながみなかかるわけにも参るまい。いや、それどころか、それぞれ一回ずつですませたい。で、奥方さまと四人の御側妾に、そなたら一人ずつを割当てることにする。それでどなたが、果して御懐妊になるか、あるいは御懐妊なされても、はたして御男子を御出産あそばすか、それは神のみぞ知る。それらを勘案して、そなたら五人、ともに働いてもらうことにしたのじゃ。事後、しばらく経過を見て、御懐胎の有無《うむ》はこの松ケ枝どのにたしかめさせよう。もしそのうちおふたり、または御三人でもそのことあれば、さらに十月《とつき》待つことにする。おひとりくらいはみごと御男子御出産のことと期待する」
「…………」
「首尾よく、御男子を生ませ参らせた者には、その褒美として、殿のおん妹君|錫《すず》姫さまの婿君にあててつかわそうし、また国家老に抜擢《ばつてき》してもやろう。よしまた御女子であっても、あるいは御懐妊のことがなくても、この大役果たしてくれた以上、ことごとく藩の要職にとりたててつかわそう」
「…………」
「このことは殿にはもとより、奥方さまがたにもまだ申しあげておらぬが、近く御帰府相成り次第、ただちにおはからい申しあげる所存。……十左衛門ほどのものが脳漿《のうしよう》をしぼり、これ以外に有明藩を救う法なしと決したことじゃ。必ずおゆるしを願う。たねつけの手引きはすべてこの松ケ枝どのにたのむ」
「…………」
「従って、そなたらにも否《いな》やはいわせぬ。どうしても気のすすまぬ者があれば――この一件、きかせた以上、ここにいのちを置いていってもらおう」
内容もさることながら、芦沢十左衛門の声には事務的なればこその恐ろしいひびぎがあった。
「きいてくれれば、そなたら、有明藩のおんあとつぎの御尊父じゃ。公表できぬだけに、それにふさわしい待遇は殿とわしが保証する。またもし、おんあとつぎを生ませ参らせることができなんだ者も、有明藩の窮境を救うのに協力してくれた人間として、決してあだおろそかには扱わぬ。――まさに、氏《うじ》なくして乗る玉の輿《こし》じゃ。いや、これは女のことで、かつそなたらはいま申したように氏|素姓《すじよう》はたしかじゃが、このことなければ生涯ただの平侍で終ったであろう。――運命を変える唯一最大の機会が到来したと思え」
五人の若待は顔見合わせた。さすがにもう驚きや狼狽の色は消えている。それどころか、たがいに交わした眼には次第に異様な灯がともりはじめていた。
「……お引受けせねばなるまいな」
板並鰺兵衛がいうと、
「欲心のためでなく、お家のために」
と、葛見千之助もいった。
「その通りじゃ」
家老は大きくうなずいた。
「ところで、そなたらは五人、お借り申す腹は、奥方さまを合わせて五人、だれをどなたに組合わせるべきか、ということじゃが。――まず、奥方さまにおかかり申す気のあるやつは手をあげい」
五人は沈黙した。やおら、宇陀麻之進が、
「それは、あまりに恐れ多し。――拙者《せつしや》は、ほかの御側妾のかたでようござる」
というと、比留間茂助も刈俣房五郎も、
「拙者どもも、――」
と、尻《しり》ごみした。
主君の御側妾がいずれも名だたる美人であることはいうまでもないが、ただ奥方にかぎって――はっきりいえば醜女《しこめ》にちかい。某大藩から輿入《こしい》れされたかたで、これは政略結婚であるからしかたがない。――そのための遠慮かどうかは知らず、
「奥方さまが御懐胎あそばし、かつそのお子が御男子であらせられれば、他の御側妾が何人御懐妊に相成ろうと、むろんそのお子が御世子とならせられるぞ」
と、十左衛門はいった。
すると――板並鰺兵衛がいった。
「拙者、奥方さまを担当いたす」
つづいて、
「拙者も。――」
と、葛見千之助がいい、いま遠慮した三人にもそれぞれ動揺の色が現われた。
「そういうこともある。さらに――ほかのお方にしても、その組合せにいろいろとえり好みを申し立てられてもこまる。その点はあとで文句の出ないように、いずれくじを引いてもらうことにしよう」
と、十左衛門はいって、それからいよいよ厳格な表情をした。
「もう一つ頼みがある」
「なんでござりましょう」
「少なくとも、あと十か月ばかり、そなたらに絶対禁欲してもらいたいのだ。いまの件以外には」
五人はまた顔を見合わせた。宇陀麻之進がきいた。
「それは、奥方さまあるいは御側妾さまたちへの義理立てでございまするか」
「それもある。しかし、実際問題としてもこまるのじゃ。なぜかと申せば、御世子とたねを等しゅうする子が、どこの何者とも知れぬ女の腹からごろごろと出来《しゆつたい》しては、将来わずらいのもととなるおそれがあるからじゃ」
なるほどもっともな心配ではある。
「永遠に、というわけではない。いまもいったように、御世子を生ませ参らせた者は将来錫姫さまの婿にしようとさえ考えておる。そのときは、当方もそのつもりでおる。しかし、だれがその運命をになうことになるか、まったくわからぬいまの時点ではわずらいのもとを作ることは是非避けたい。――」
「い、いかにも。――」
「ただし、御懐胎の有無は、一、二か月もたてばわかること。不成功の者は、解除する。成功した者だけこの禁制を守ってもらうことになるが、だれが成功するかは神のみぞ知るじゃ。従って、五人ともいまは今後十か月禁欲する誓いをたてて欲しいのじゃ」
十左衛門は見まわした。
「そなたらはみな独身の身、それしきのことが十か月守れぬわけはないと思うが、しかしわしがそなたらを選んだのは、ただ殿のおん血につながるゆえばかりではない。その資格ある者はほかにもまだある。ただその中で、いかにも精の強そうなめんめんのみを選び出したのじゃ。それゆえ、とくにこの点は念を押しておく。……さしさわりのある者があるか?」
家老の眼がとまった。
「比留間、刈俣、板並。……こまったような顔をしたが、どうじゃ?」
「いえ、めっそうな」
と、彼らはあわててくびをふった。
「みな、このこと誓えるな?」
「はっ」
「誓いを破った者はいのちをもらう」
家老の声はたたみかけた。五人とも、息をひいて沈黙していた。十左衛門はつづけた。
「かような事前の行為についてまでかようなきびしい禁制を設けるのは、ただ事実としていま申したようなわずらいが起るからばかりではない。そなたらの精神をためすためでもある。このおんたねお仕込みの件、いうまでもなく成功した者も不成功であった者も、生涯断じて口外してもらってはこまることじゃ。それには容易ならぬ精神力を要す。で、事前におけるこれしきの禁制が守れぬような軽々しきやつは、とうてい頼むに足らずと見るほかはない。さればによって、この禁を破った者は、危険人物として処置せざるを得ない」
つまり、抑制力の有無を見るテスト・ケースとするということだ。
「御家老」
と、宇陀麻之進が顔をあげた。
「仰せの趣《おもむ》き、しかと相わかってござる。御尤《ごもつと》も千万《せんばん》と存じまする。ところで、その件、拙者は大丈夫でござるが、だれといわず、万一その禁を破ったとき、それがいかにして相わかりましょう?」
「それは。――」
十左衛門はうなずいて、手を打った。
「直八、参れ」
唐紙《からかみ》がひらいて、一人の男がすべり込んで来て、両手をつかえた。
若いが、実にきびしい風貌《ふうぼう》を持った男だ。が、五人の侍は知らない。
「からすき[#「からすき」に傍点]直八という。からすき[#「からすき」に傍点]とは妙な名で、当人もどういう由来か知らぬ。下屋敷の門番をしておる」
と家老は紹介して、さらにいった。
「この男を以て、爾今《じこん》十か月、そなたらの所業を見張らせる」
「われらを見張る。この男が?」
「そしてそなたらが背約すれば、この男を以て成敗《せいばい》させる」
「われらを成敗する。この男が?」
「実は、これも秘事であるが。――わしの手飼いの忍者じゃ」
十左衛門はかえりみて、
「直八、よいな?」
――かねて任務はきいていたらしく、彼は頭を下げた。一言も発しないが、それだけに迷いもためらいもないその物腰を、呆《あき》れたように見まもっていた五人のうち、
「――ふっ」
と、板並鰺兵衛が鼻で息を吹いた。彼は有明藩でも名だたる使い手であった。
「さて」
芦沢十左衛門はここではじめて日なた水のような笑いを浮かべた。
「この一件、たとえ将来に栄達の門が約してあるとはいえ、いろいろと禁制のことのみでそなたらにはまことに気の毒じゃ。それに人間、禁ぜられるとかえってそれを破りたくなるもの。……で、わしもこのことを考慮して、まず事前にそなたらに大盤《おおばん》ぶるまいをしてやろうと思う」
「と、仰せられると?」
「明日にても、そなたら、女と交合したいだけ交合せい」
「――や?」
「ただし、藩の士分の女はこまる。身分低き者の娘か、町の女か。――それでもそなたら、いちどあれと交合してみたいという女があろうが。よほどの支障のないかぎり、十左衛門、その女を世話してやる。その女に、いまあらんかぎりの思いをはらして、あと心身|爽快《そうかい》と相成ったる上で、改めてこのたびの御奉公に邁進《まいしん》いたせ。……十左衛門の老婆心じゃ」
まことに万全周到な配慮というべきである。――このときの彼の心境は、特攻に飛び立つまえの若い航空兵に、その前夜女を抱かせたという司令官に似たものがあったかもしれない。
「左様な女はないか。あれば……人に知られたくなくば、紙に書いて、わしにさし出せ。直八、紙と墨の用意をしてやれ。そこに硯《すずり》がある」
「御家老」
と、葛見千之助がきいた。
「その女が孕《はら》んだら、どういたします」
「ふびんじゃが、それもこの直八を以て始末させる。そのつもりで考えろ。――そのような女はないか?」
実に冷酷な設問で――怒るか、拒否するか、せめてはしりごみするかと思ったら、五人の侍はみな上唇をなめて眼を宙にすえ、考えこんでいる風であったが、やがていっせいにいった。
「そう仰せられると、ござります。そんな女が!」
「では、それぞれ書いてみい」
直八が、紙と筆を五人にくばった。
五人は書いて、家老に渡した。
十左衛門は受取って、おどろきの声をあげた。
「なんたること。――名は一つじゃ!」
「えっ?」
「それならば、たがいにかくすこともあるまい。名は――さきごろ死んだこの上屋敷の門番頭鞍谷卯兵衛の娘、お志摩じゃ!」
からすき[#「からすき」に傍点]直八は、脳天に鉄の槌《つち》を打ち下ろされたような顔をした。――ただし、それに気がついた者は、五人の中でだれもいない。
ただ、二息、三息ついてから、芦沢十左衛門だけが、ふっと眼を大きくして直八を見た。
「根性《こんじよう》を見たいのは、この面々だけではない」
と、乾いた声でつぶやいた。
「直八、おまえの役じゃな。……その娘、つれて来い。お家のためじゃ」
土蔵に二、三歩入って、その中を見わたすよりも、背後で戸が外から閉じられた音に、お志摩ははっとしてふりかえり、駈《か》け戻ってしがみついた。
「直八! 直八! なぜしめたの? なぜお前は入って来ないの? あけて! 直八!」
板戸はひらかない。のみならず、その外からさらに厚い土戸まで閉じられたようだ。
有明藩江戸屋敷にある土蔵だ。お志摩はいままでこんなところに入ったことはない。ただ許婚者の直八が彼女をそこにつれて来て、
「お家のためにちょっとお手数をかけたいことがある」といったので、おそらく中にあるであろう衣服の整理か道具の掃除であろうと、むしろ好奇心を抱いて、おずおずと入って来たのであった。
なぜ自分一人を入れて、直八は外から戸を閉じた?
という疑惑をさけびつづけるより、いまちらっと見た土蔵の中の光景が網膜《もうまく》によみがえって、ふいにお志摩は沈黙してまたふりむいた。
明るい外から急にうす暗い場所に入ったので、実ははっきり見えなかったが――それにしても恐ろしいものがそこに存在していたようだ。高い網戸の窓から落ちる蒼《あお》い光に。――
「直八?」
「知っておるのか?」
と、ややけげんそうな声がした。――それらの者が見えてきた。
蔵のまんなかが広く空けられて、そこに夜具が一式敷いてある。その枕《まくら》もとに膳《ぜん》をならべ酒を酌み交わしている五つの男の影があった。一斗樽《いつとだる》のかたちさえ見える。
「ま、それはどうでもよい。おれたちの女じゃ」
「やはり、美人じゃのう。どうしてこのような美しい女が門番|風情《ふぜい》の娘に生まれるのか? まったくこの世はふしぎ千万」
「あの卯兵衛のたねではなく、よそから仕込まれたのではないか?」
「わはははは! かっ、ふう!」
「ま、待て、板並、がつがつするな。これより日を暮し、夜を明かし――三日以内ならあらんかぎりの思いをはらせとの御家老のおゆるしじゃ。糧食までもこの通り支度してある。待てと申すに。い、一番|槍《やり》はくじだと決めてあるのだぞ!」
この問答をききつつ、お志摩はそこに凍りついている。
五人の男が、白い観世《かんぜ》よりのくじを引き出した光景を見ていても、なおそれが現実のこととは思えなかった。
しかし、これは現実だ。その五人は、彼女のみな知っている江戸詰めの藩士たちであった。むろん、まともに口をきくような間柄ではない。江戸屋敷のはしため[#「はしため」に傍点]として邸内をゆききしたり、用があって父のいる門番小屋にいったりしているとき、よくすれちがいざまにじろっと粘《ねば》りつくような眼を投げたり、ときには武士にあるまじきいやしいからかいの言葉をからませて来たことのある侍たちだ。
ただお志摩は知らなかったのだ。彼らが、彼らを縛っている身分やら格式やら体面やら功利やらをかなぐり捨て、ただ男として一人の女を――牡《おす》として牝《めす》をえらぶならばこれというほど、彼女に肉欲の炎を燃やしていたことを。それほど自分が美しく生まれついていたことを。
そしてまた、ここに至るいきさつから絶対にこの秘密がよそに洩れるはずはないという共犯意識、またあとで問題になるはずがないという安心感から――一生にいちどの破廉恥無惨《はれんちむざん》の行為をほしいままにするのはこのときにありと、男たちが覚悟をきめていたことを。
「おれだな」
と、宇陀麻之進がいった。嗄《か》れたひくい声に、かえって昂奮《こうふん》のひびきがあった。あとの四人から無念げな鼻息がもれた。
「おぬしが一番とは。――折れはせぬか、へなへな槍《やり》が」
と、板並鰺兵衛があざけりの言葉を投げた。
「わしが一番で、この女のためにも倖《しあわ》せであった。板並などであったらこわしてしまう。……喃《のう》、こちらに来やれ」
宇陀麻之進は立ちあがって、歩いて来て、お志摩の肩に手をかけた。
藩でもいちばん秀才といわれ、また見たところも挙止典雅《きよしてんが》で、いまの手のかけようも気味の悪いほどやさしかったが、粘っこい眼のひかりに、お志摩は蛇にでも触れられたように飛びのいた。
「逃げてもむだじゃ」
「何をなされます」
「いま、そなたをここへ案内して来た男が何もいわなんだか? 御家老さま御公認の輪姦《りんかん》をやろうというのじゃ。心安らかに――これ」
抱きにかかると、お志摩は死物狂いに身をもがいた。
「放して! 直八、助けて!」
別の嘲《ちよう》 笑《しよう》がかかった。比留間茂助の声であった。
「宇陀、だからいわぬことではない。持てあましておるではないか」
「かかる行為に粗暴はもっとも避くべしとなす。和合|和姦《わかん》という言葉もあるではないか。魚の水にたわむれるがごとく、鳥の風に逢うごとく、いちゃつき、もつれ合うてはじめて女が潤《うるお》うて来る。――」
「けっ、それそれ、魚が荒波にはねあげられるがごとく、鳥が強風に吹き飛ばされる趣きがあるぞ」
まさに宇陀麻之進はかきむしられ、ふりはなされ、よろめいて、その白い顔は真っ赤になっていた。いまのもったいぶった講釈はどこへやら。――
「よし、こうなったら当身《あてみ》で落しても。――」
「ばかめ、まだあと四人控えておるのじゃぞ。それこそ手荒にして、怪我《けが》でもさせたらとりかえしがつかん。――それ、手伝ってやれ」
あごをしゃくられて、あとの三人もみな立った。
たちまちお志摩は四人に手足をとられ、夜具の上に仰むけに横たえられた。宇陀麻之進が袴《はかま》をとり、裾《すそ》をめくる。お志摩の狂気の身もだえも、ただ磔《はりつけ》にされた四肢へ無惨なうねりとなって伝わるばかりだ。
麻之進のからだが、その上に重なった。
「何をモタモタしておる。あとがひかえておるのじゃ」
「早くやれ、おまえの腰の方も手伝ってやろうか」
麻之進がはげしく動いたかと思うと、お志摩の口から名状しがたい悲鳴がもれ、その悲鳴の尾も消えぬうちに彼は棒みたいに硬直した。
「もう落城か」
いま、早くしろ、といったくせに、嘲罵《ちようば》の声が浴びせられる。宇陀麻之進がのろのろと動き出した。しかも、女のからだからみれんげに身を離そうとはしない。ゆがんであえいでいるお志摩の唇に吸いついた。
ふり離されると、片手に髪を巻きつけ、片手でひたいを押え、わざとにやっとして、
「花のような唇とはこのことじゃな。おう、沈丁花《じんちようげ》の匂《にお》いがする。肺が濡《ぬ》れるほど吸わせてくれい」
と、また顔を落そうとする。――その間に、妙な指が入った。
「危ない!」
お志摩の左腕を押えていた刈俣房五郎だ。彼は左手の人さし指をお志摩の口につっこんでいた。妙なというのは、歯のあいだの指に白い帽子みたいなものがはめられていたからだ。
「こういうこともあろうと思うてな。半分に切った繭じゃ」
噛《か》まれないための用意だ。ひょっとしたら房五郎は以前に女に噛まれた経験があるのかもしれない。――
「それに、舌を噛まれてもこまる。おまえ、もうよかろう。どけい」
四肢の自由を失い、舌をかむことも封ぜられたお志摩の眼から、涙があふれ出し、こめかみにながれた。そのからだの上に、なお指をつっこんだままの刈俣房五郎がのしかかった。
これは五人の中でも、ふだんから独特の快楽哲学を弁じてやまない男であった。肌はいるか[#「いるか」に傍点]みたいなつるつるしたつやを持ち、かつ動きもいるか[#「いるか」に傍点]みたいにくねくねして、しなやかであった。たしかに平生の弁論には恥じない。――いまも、いう。
「急がせたが、しかし考えてみると二番目も悪くない。風呂も新湯《あらゆ》は肌に強すぎる。二番目に入るのが、いちばん肌ざわりにまろみがある。――おう、まるで吸いつくようじゃ!」
この男は、一方で執拗《しつよう》にお志摩の乳房を玩弄《がんろう》した。撫《な》で、もみ、しぼり、吸う。
「どうじゃ、もう舌をかむ気はなくなったろうが」
いつのまにか、房五郎はお志摩の口から指をぬいていたが、いかにもお志摩はただ異様な声のまじったあえぎをもらしているばかりであった。
泣き声だ。魂からしぼり出される泣き声だ。それを、どうきいたか。――
「その声をきくと、もうたまらん。代れ!」
と、比留間茂助が巨躯《きよく》を震動させた。
からだも大きいが、それがあぶらにギタギタしているようだ。厚い唇が、好色そのものであった。その唇のあいだから吐いた牛の舌みたいな舌を、彼はお志摩の肌に這《は》わせ出した。
お志摩の黒髪はすでにみだれつくし、帯こそなかば解けているだけだが、それ以外はほとんど全裸にちかい。むしろ、帯などまつわりついているために、いっそう惨麗とも形容すべき姿だ。
「いいかげんにせぬか、比留間。あとまだ食い手がいるのだぞ」
と、板並鰺兵衛が吼《ほ》えた。
「なに、ぬぐいきよめてやったのじゃ。では、それ!」
「これ、つぶすなよ」
「いや、からだは離しておる。これ、この通り。――にもかかわらず――それ、どうじゃ!」
お志摩のからだに断続的な痙攣《けいれん》がわたり出した。比留間茂助の臼《うす》みたいな腰の巨大な螺旋《らせん》運動から、お志摩の白い四肢へ、その痙攣は放射状にひろがる。
しかも、その眼はうつろにひらいたままなのだ。もはや涙のきらめきもなかった。
「見るがよい、星眼朦朧《せいがんもうろう》とは、この眼のことをいう。――」
「たわけ、それは失神寸前の眼じゃ!」
板並鰺兵衛が身もだえした。酒の匂いがまき散った。
「気を失うまえに、おれに譲れ。そこまでゆかせるのは、おれがやる。みな手を放せ!」
これは頬骨《ほおぼね》も口もとがり、骨ばって、まるで狼《おおかみ》のような男であった。彼は爪《つめ》をお志摩の肌にくいこませ、剛《こわ》い胸毛が乳房を摩擦し、彼女を抱いたまま、右へ、左へ、ごろごろところがりまわった。そのあいだも、ぴしいっ、ぴしいっと鞭打《むちう》つような音が腰のあたりから発している。
「これ、もうよい、もうよせ!」
と、宇陀麻之進が手をさしのばしてさけんだ。
「気絶しておるぞ!」
「ははあ、もう。……」
鰺兵衛は身を離し、鼻をうごめかした。
「まず、こんなものじゃ」
「ばか、そんなむちゃをやれば、犬でも気絶するわ」
お志摩はまさに失神していた。
春《しゆん》 昼《ちゆう》のうす暗い蔵の中、本来なら冷え冷えとしているはずなのだが、むっとむれたような熱気がたちこめ、酒の香と汗の匂いと、そして常人には吐気のするような、何やら濃厚な異臭の満ちた中に、お志摩は、こわされた人形、というより、白い半流動体のような姿であった。そして、どこかに血の色さえ見える。――
それをまわりから顔をつき出して、彼らが口にする印象批評は、彼らの実感以上に淫猥獰猛《いんわいどうもう》をきわめた。虚勢を張っているところもあるが、それより彼らは、自分たちの恥知らずの行為に酔っぱらっていたのだ。
「おや、葛見、声がないではないか」
「おい、葛見が残っておった。――」
四人は気がついた。板並鰺兵衛が笑った。
「腰がぬけたか、千之助。――」
いかにも神経質な美男の葛見千之助は、顔をしかめて失神したお志摩を見ていたが、すぐに黙って立っていって、ひきちぎられたお志摩の襦袢《じゆばん》に、樽の酒をそそぎ出した。
「何をする」
「一応、浄《きよ》める」
そして彼は、戻って来て、血と粘液にまみれたお志摩のからだをぬぐいはじめた。一同は盃《さかずき》の献酬《けんしゆう》さえをいやがる千之助の平生の衛生趣味を思い出し、この男が最後のくじにあたったことと思い合わせ――それにしても、だからといって彼がこの最後の役を放擲《ほうてき》した風でもないのを見て、げらげら笑い出した。
「そして、わしから最初のつもりでやる」
「そうだ、まだ三日間は愉《たの》しめるのじゃからな」
と、みるみる純白の雪のように晒《さら》されてゆくお志摩のからだを見ながら、刈俣房五郎が舌なめずりした。
「や、気がついたようではないか」
唇のあたりを酒でぬぐわれて、その唇がふるえ、眼がひらかれた。が、まだ放心的なまなざしで、覆いかぶさる葛見千之助のつるりとした細長い顔を眺めている。――
「こわがることはない。わしはほかのやつらとはちがう。やさしゅう扱うてやるぞ」
と、千之助は猫撫《ねこな》で声でいった。
「きれいになった。まず、そのきれいな唇を吸わせてくれ。……舌を見せてくれ」
すると――お志摩は、拡散した眼はそのままに、舌を出した。
恐怖して、ちょっぴり出した舌ではない。あらんかぎり、大きく、長く。――その一個の美しい軟体動物のような蠱惑《こわく》に、葛見千之助がいままでの気どりをも忘れ、ほかの男同様|獣《じゆう》のようにしゃぶりつこうとするのを、板並鰺兵衛がぐゎんと叩き返した。
「き――気が狂っておるぞ!」
――ぎょっとして五人が見まもったとき、背後でかすかにかすかに音がした。土蔵の戸がひらき出したのだ。
それ以上の人間の地獄は、土蔵の外にあった。からすき[#「からすき」に傍点]直八だ。
おのれの許婚者を蔵の中へ送り込んだのは、まさに彼自身であった。それから数十分のあいだに、彼の毛穴からは冷たいものがにじみ、熱いものがあふれ、からだじゅうのあぶらはしぼり出されたかと思われた。
しかし、直八の地獄は、その前日から――「鞍谷卯兵衛の娘を五人の望みのままにさせえ」という江戸家老の命令を受けたときからはじまっていた。
のみならず、家老芦沢十左衛門は、「その女、もし孕《はら》んだことが判明したときは処分せよ」ともいった。直八は、お志摩の妊娠の有無を問わず彼女を自害させ、自分もその罪をあがなおうと決意した。
この運命に耐え、かついま数十分間ここで待つという義務に耐えたのも、忍者なればこそ――いや、克己《こつき》の念に満ちたからすき[#「からすき」に傍点]直八なればこそであったろう。
しかし、ついに彼の克己の心はその限度に達した。
もはや、たまらぬ。――五人の侍たちがいかなる挙動に出ようとお志摩を救い出そう。そしてお志摩がどんな姿であろうと、彼女を抱擁し、許しを求めよう。もし彼女が自分に死ねといえば――いや、それより先に彼女は自害するであろうが、その場合は自分もそのあとを追おう。五人の侍はもとより、御家老さまも万やむなし、と認めてくれるであろう。……
からすき[#「からすき」に傍点]直八は蔵の戸をひらいた。
彼はのぞきこんで、それから飛びずさった。
かっと眼をむき出した直八の前に、足音もたてず、ひとりの人間が出て来た。
女だ。――しかし、これが女か? 黒髪はみだれつくし、胴にまつわりついた帯からきものを曳《ひ》き、その足どりはまるで雲を踏むように。――女だ! 身の毛もよだつ淫美《いんび》の極限にある女の姿だ!
「……お、志、摩。……」
うめきは声にならなかった。
からすき[#「からすき」に傍点]直八のすぐ前を、彼の姿が眼に入るどころか、暗い土蔵の中からまぶしいばかりの春昼の光の下へ出て来たのに、眼は茫《ぼう》といっぱいに見ひらかれて――お志摩は舌を出したまま通り過ぎていった。
からすき[#「からすき」に傍点]直八が、常識的には非道としか思われない芦沢十左衛門のそんな要求に服従したのにはわけがある。
彼の一族、またお志摩の一族は、国元の城やこの江戸屋敷の警衛役だが、それは表面上のことであって、その実は有明藩古来の忍び組なのであった。むろん、こういうカムフラージュは公儀をはじめ、諸藩にもその例は多い。しかし、世の泰平がつづくにつれて、この偽装はその実体をも失った例がまた大半であった。その中に――この有明藩の忍び組のみは、おのれらの相伝の忍びのわざに、連綿として絶えぬ執念を保持していた。
それを陰に庇護《ひご》して来たのが、この江戸家老の芦沢十左衛門なのだ。しかもそれは十左衛門一代にかぎらず数代にわたってのことであった。困窮の際ひそかに手許《てもと》の金をとどけてくれたり、ふとした罪を犯した者を助命してくれたりするというような行為のほかに、彼らの技術を無形文化財的に愛護するという心づかいが、何よりも彼らを感奮させたのである。かくて――十左衛門がいまや「わしの手飼いの忍者」と呼んではばからず、また彼ら忍び組も十左衛門に対して犬のごとく絶対服従の心性がつちかわれるに至ったのである。
「十左衛門さまの御|下知《げち》にそむいてはならぬ」
幼い時から彼はこの言葉を吹きこまれた。
「たとえ、殿の御下知にはそむいても。――」
はずみではあったろうが、ときに父親はこんなことまでいったことさえある。
その中でも、家老と直接接触していたのは、むろん江戸詰めの鞍谷卯兵衛だ。彼はこの忍び組のパトロンのパイプであり、かつ実際上、忍び組内部における首領であった。直八がお志摩に一応敬語を以て対していたのもそのためだ。この首領に、後継者とえらばれた直八が、義務感から家老の命令に服したのは是非もない。義務感というより一種の反射行為である。
直八はお志摩を犠牲にせよと命ぜられて衝撃を受けた。彼の地獄がはじまった。しかし――それを拒否するという考えはついに出なかった。
家老を恨むという気持すら湧《わ》かなかったのは、他人から見れば奇怪である。彼は苦悶《くもん》しつつ考えた。はじめから御家老はお志摩を犠牲者として目していたわけではない。たとえ、その前に自分とお志摩との祝言をさしとめたとはいえ、それはまったく別の見地からで、あとになって五人の侍があのような役にお志摩をえらんだのは、御家老にとって予想のかぎりではなかったことは、あの場のいきさつからしてあきらかである。ただ、御家老に悪意はなかったにしても、このたびの大目的のために、あのような犠牲が必要なのか、どうかというと彼にもわからなくなる。
大目的――有明藩に後継者を作る。そのこと自体は実に至大至重である。これは彼にもよくわかる。その大目的のための準備行動として、しかしそれは絶対必要なことらしい、と家老に対して批判力を奪われた彼は判断せざるを得なかった、五人の侍がお志摩の名をあげたとき、「根性を見たいのはこの面々だけではない」と十左衛門がつぶやいたのは、あきらかに自分への言葉で、その面貌《めんぼう》には、大義|親《しん》を滅《めつ》するという凄まじい気魄《きはく》がみなぎっていた。御家老は自分に対しても犠牲を要求されているのだ!
おそらく、お志摩の父鞍谷卯兵衛が在世していたとしても、この御家老の要求には服したに相違ない。――直八はついにこう考えた。
しかし――お志摩を土蔵の前につれて来て、「お家のために手数をかけたいことがある」といい、それに対して、
「御家老さまのお仰せですか?」
と、お志摩がきき、うなずいてみせると、ぱっと眼をかがやかせたのは、おそらくその用を果たすことと、例の祝言についての返事を二、三日待ってくれ、という自分の言葉を結びつけたからにちがいない。直八はほとんど自分を人間ではないと自覚した。
そして、蔵の外で待っているあいだに、からすき[#「からすき」に傍点]直八は、急速に「人間」に戻っていった。
直八が家老の命に服したということは、義務感や反射行為もさることながら、そもそも彼が鞍谷卯兵衛にその後継者として選ばれたのと同じ理由、すなわち忍者としての根性のゆえであったろうが、それが絞め木にかけられてゆらぎ出したのである。
お志摩をもう許してもらおう。彼女を自害させ、自分も死を以てわびる。――これはすでにふつうの侍としての心情である。そして彼は蔵の戸をひらいた。
お志摩は出て来た。しかし、気の狂った女として。
直八の方は人間に戻ったのに、彼女の方は人間ではない人間に変りはてて。
数日間、からすき[#「からすき」に傍点]直八は、お志摩を抱いて慟哭《どうこく》しつづけた。
芦沢十左衛門からの呼び出しが来た。
「例の下知の通り、爾今、五人を監視せよ」
夜の庭にひれ伏して、直八は答えた。
「承ってござる」
「……ところで、例の女、孕《はら》んだか。いや、それはまだ判明すまい。もし孕んだこと判明した上は処分せよ。ふむ、直八、狂ったときいたぞ。捨ておいて、大事ないか。懐胎の有無を問わず、いま処置しておいた方がよくはないか」
「いえ、もはや人語をも解しませぬ。……卯兵衛娘の儀については、私に免じてしばらくお預けを!」
「そうか」
はじめて十左衛門は感情のある眼で直八を見た。
「悪いことをしたの、直八。事がめでたく落着したら、それなりの償いをしてやるぞ。十左をむごいと思うであろうが、わしもかかる途方もないことをしたと公儀に知られれば、もとより無事にはすまぬ。決死の覚悟でかかったこと。……すべて有明藩存続のためじゃ」
「――相わかっておりまする」
「あの五人、あれも藩存続のためにわしが選び出したたね馬。――いや、貴重な人材じゃ。能力は充分であったろうの」
「それは、もとより。……」
「それも知りたかった。……直八、彼らを恨むでないぞ」
「――は」
「殿はきょうごろ国元を御出立なされたはず。あと二十日もたてば御帰府相成るであろう。御帰府相成り次第、この大事に本格的に乗り出すことになる。それ以後はもとより、それ以前も」
家老の声は厳然と変った。
「あの五人、例の秘事を他にもらせばもとよりのこと、ほかの女人に手を出すようなことがあれば、この大事にあずかる資格なきやつとして処分いたせ」
「――はっ」
「……ところで、五人の男女の組合せがきまった。葛見千之助――お梶《かじ》の方さま。宇陀麻之進――奥方さま。比留間茂助――おせつの方。刈俣房五郎――お満の方。板並鰺兵衛――お久未《くみ》の方、じゃ」
しかし、狂ったお志摩を見る直八の人間はもはや変質していた。
彼女を刺し殺し、自分も死ぬ。それは出来ない。狂った人間を刺し殺すことは出来ない。またそれでは心があき足りない。
では、このまま家老の意志に従うか、有明藩のために眼をつぶるか、すでにここに至るまで、自分も共犯者ではないか。――さらに彼の心は、この期《ご》に及んでもなお忠節の観念に拘束されていた。――とはいえ、からすき[#「からすき」に傍点]直八はやはり人間としてのさけび声をみずからいかんともすることが出来なかった。
よし、きゃつら五人、貴重なるたね馬ども、殺しはせぬ。
しかし、おれの忍法の試練を受けてみよ。その試練に耐えたやつのみ、このたねつけ競争に参加させてやろう。ただし、それに耐え得ぬへなちょこならば、有明藩の命脈をつなぐ精血の糸たり得ぬ者として、おれが失格の宣告を下す。
――からすき[#「からすき」に傍点]直八が、首領鞍谷卯兵衛の婿に目された最大の理由は、何といっても彼がその父から相伝された秘術の卓抜なる体得者であることを認められたからであった。
直八は、よじれた彼の魂の凄惨《せいさん》なかたちそのままの奇妙な「復讐《ふくしゆう》」にとりかかった。
蕭《しよう》 々《しよう》と雨音のきこえる夜であった。宇陀麻之進は端然として書見をしていた。
「子《し》、川上にありて曰《いわ》く、ゆく者はかくのごときか、昼夜をおかず。……」
読んでいるのは論語である。ふだん、藩の重役の子弟たちを集めて講義をするほどの秀才であった。
「子曰く、われいまだ徳を好むこと色を好むがごとくなる者を見ず。……」
それっきり、声はとまった。顔は書見台にむけられているが、眼はぼうと酔ったようになって、何やら思い出している風だ。
まさに彼は五日ほど前の出来事を思い出していたのだ。忘れていたわけではない。強烈な意志で頭からふり払おうとしているのだが、事あればそれは脳髄に妖花《ようか》となってひらく。
彼としても、あんなことをしたのはむろんはじめてのことだ。酔っていたせいだと思う。事前に盃を交わしているあいだに、四人の仲間の武者ぶるい、また特に、秀才的な自分への挑発的|口吻《こうふん》に対する反撥《はんぱつ》反動のせいもあったと思う。しかし、何といっても、対象があの女であったればこそだ。ふだんから、最も自分の好みに合った娘だと思い、かつ高邁《こうまい》な自分の人生計画上、まず縁なき女だと思っていた娘が、千載一遇の公認を以て眼前に投げ与えられたればこそだ。
千載一遇。――まさに、二度とあんなことはあるまい。二度とあんなことは出来まい。――とは思えども。
眼をとじれば、妖花は暗黒の脳髄を魔香でしびれさせる。清純無比の花であっただけに、その花弁が裂け、血の露にぬれつくしたあの姿は――あのような観物《みもの》がまたとあろうか。あの姿を、もう少し見つくしておくべきであった。いや、もう少し味わいつくしておくべきであった!
例のくじ[#「くじ」に傍点]は、自分と奥方の組合せだ。あの娘とのくじが、自分が第一番であったと同様、自分は神に祝福されているのだと思う。公平なる神は、よくおれの値打ちを見ぬいているのだと思う。必ず奥方を身籠《みごも》らせ、自分の栄達を不動のものにしようと思う。――その確信が、しかしあの娘を思い出すと、いささかゆらいでくるのだ。蟇《がま》みたいにぶざまな奥方を抱かねばならぬことが、果して祝福されたことなのであろうか? あのような娘と縁なき衆生《しゆじよう》となって終る人生計画が、ほんとうに有意義なものであろうか?
いや! これは迷いだ。文字通りの妄想だ! いずれにせよ、あの娘はもはや狂ってしまったではないか。――
宇陀麻之進はくびをふり、とじていた眼をまたひらいた。
「子曰く、たとえば山を作るがごとし。いまだ一簀《いつき》を成さざるも、止むはわが止むなり。……」
突然、彼はうしろをふりむき、恐怖のさけび声をあげようとした。
そこに二人の人間が坐っていた。一瞥《いちべつ》して、彼は脳中の妖花がまたひらいたかと思った。お志摩がそこにいた。しかし、彼女ばかりではない。もう一人、あのからすき[#「からすき」に傍点]直八もならんでいた。それが、「――おしずかに」というように片手をあげた、声は出さなかったが、ふしぎな力があった。
「お呼びによって、参上つかまつりました」
声に出していったのは、この言葉であった。
かっと眼をむいていた麻之進はうめいた。
「うぬら、いかにして、ここへ?」
「――忍者でござれば」
と、直八はひくく答えた。
はじめて麻之進は、家老がそんなことをいったのを思い出した。忍者? しかし、それにしても、夜中、だれにも見とがめられず、いや、いまのいままで自分が気づくこともなく、忽然《こつねん》としてこんなところに現われるとは。――
「わ、わしが呼んだといったな」
彼は声をふるわせた。
「わしは呼んだおぼえはないぞ」
「宇陀さまが呼んでいらっしゃる――と、この女が申すのでござる」
麻之進はお志摩を見て、ぞっとした。先刻の自分の妄想を思い出したのだ。――その麻之進を見返して、お志摩はにんまりと笑った。弛緩《しかん》してはいるが、妄想の妖花に寸分変らぬ美しさであった。あの妄想がこの女を呼んだというのか? そんな怪事が世にあり得るか、などと疑うより、その顔を見ているだけで、彼はまた脳髄がしびれてくるような気がした。
しかし、麻之進はからくも理性をとり戻した。あの一件以外は禁欲を命ずる、という家老の言葉がよみがえったのだ。
「下郎、わしを誘惑に来たか!」
「いえ、あなたさまの煩悩《ぼんのう》を消しに来たのでござります」
「なに?」
「御家老さまは、精神をためす、と仰せられました。万一、あなたさまが煩悩の虜《とりこ》とおなりなされ、例の御戒律を破られては、すべてが水の泡となりまする。で、……左様なことのないように、忍者禁欲の法を御伝授に参ったのでござる。このことは、忍者の修行にも、もっとも大事といたすことでござれば」
直八の言葉よりも、麻之進はお志摩の姿態に心を奪われている。彼女は動き出したのだ。
お志摩は立ちあがった。歩み寄った。そして、おのれの裾をみずからかきわけて、麻之進のまえに仁王立ちになった。
「女が近づけば、それを避くべく――まず嗅《か》ぎわける法を」
と、直八はいった。
「嗅ぎわけて、身を護る法を」
「御家老は、この女以外と過ちを犯すなと仰せられた。――」
と、麻之進はあえいだ。くらくらする理性が、彼らしい強引な論理を編み出した。
「この女はべつだ。ひとたび犯そうと、ふたたび犯そうと。――」
吸いこまれるように、お志摩の股間《こかん》に顔をつき出した麻之進の鼻に、横から何やらピシャリと液体がはねかかった。
「な、何をする」
「いたちのふぐりよりしぼり出した精汁でござる」
直八はこぶしに動物質の嚢《ふくろ》みたいなものをにぎっていた。夢中で鼻をぬぐいながら、麻之進は床の間の刀架に身をひるがえした。
「それは、いかに洗っても一ト月はとれませぬ。そして人間の女陰の匂いとまじり合いますれば、自然と悪心《おしん》をおぼえます。――女色に堕するのをふせぐ忍者の秘伝で」
「ぶ、無礼者!」
「そしてまた、ここ一番という男の正念場《しようねんば》には――それを超えてまず奥方さまの御相手をあそばす御根性こそ、御家老さまの最も御期待なされておるところでござりましょう」
宇陀麻之進は、抜刀して走り寄ろうとしたが、二、三歩歩み出して、「うっ」とうめいて口を押えた。強烈なむかつきがこみあげて来たのだ。
「忍者|邪淫戒《じやいんかい》の第一、忍法|葷酒断《くんしゆだ》ち。――」
直八が背を見せ、その背にお志摩がけらけら笑いながら覆いかぶさり、からみ合った二つの影が漂うように消えてゆくのを――宇陀麻之進は見ていなかった。彼は凄まじい嘔吐《おうと》感に腹を波打たせ、からだを二つに折っていた。
おぼろ月の夜であった。比留間茂助は、ほろ酔いきげんで、藩邸ちかくの橋を戻りかかって来た。
藩邸内の侍長屋に帰るには門限に遅れているが、それは何とかなるだろうと茂助は思っていた。きょう屋敷の門番があの直八だということを見て出て来たからだ。
あんな男が藩にいようとはいままで知らなかった。きけば、半年ほどまえ国元から出て来たという。それから最近まで下屋敷の方の門番をしていたという。道理で知らなかったわけだ。もっとも、この上屋敷の門番をしていても、あんなことがなければ記億にもとどまらなかったろう。
それから比留間茂助は、ふと妙なことをきいたことを思い出した。あの鞍谷卯兵衛の娘が、なんとその直八のお嫁になるはずだった――という話だ。身分だけはなるほどつり合ってはいるが、しかしあんな男に、あのような美女をくれてやるとは!
いや、その話、どうなったろう。
「ふ!」
酒くさい息をはいて、比留間茂助はにたっとした。七日前のあの蔵の中の一件を思い出したのだ。そしてまた、あの女を蔵へつれて来たのが直八だったということを思い出したのだ。
あれが忍者か? 忍者とは女房同然の女を他人の餌食《えじき》にして平気なものか?
――もっとも比留間茂助は、からすき[#「からすき」に傍点]直八のことばかり考えて千鳥足で歩いていたわけではない。彼は仲間といま外で盃を交わし、いっしょに廓《くるわ》へくり込もうという話に危く乗りかけて、おっと待て例の禁制、とからくも自制して、いまひとり帰還して来たところだ。みなが、茂助にしては奇怪千万、とふしぎそうな顔をしたのも可笑《おか》しい。可笑しいが、しかしまた残念でもある。苦しくもある。はっきりいえば、精汁が体内で脈を打っているのだ。で、連想が先日の光景にさかのぼる。その記憶のかげに、ちらちらと断続してあの若者の影が断続するに過ぎない。
体内で波打つものがあると、あのとき自分の味わった甘酸《あまず》っぱい娘の蜜《みつ》が舌によみがえり、それが波打つものをさらにかきたてて、まるでからだじゅうの穴という穴からはち切れそうな昂奮にかられる。
――これほどの精力を抑えて来たのだ、と彼はまたふうとふいごみたいな息をした。そうだ、あの直八がおれたちを監視していると? けっ、だいいちきゃつ、今宵《こよい》のおれのこんな犠牲をも知るまい。知るはずがない。――門であの男にそういってやろう。いわんや、門限などがなんだ。とがめだてなどしたら、大屋根まで蹴《け》りあげてくれる。
で、比留間茂助は橋まで帰って来て、ふっと向うに二つの影が立っているのを見た。
「――はてな?」
酔眼にも何か気にかかるものを感じつつ、しかし足もとどめず歩み寄る。
「やあ!」
と、しかしさすがに声をあげてさけんだ。
橋のたもとに白いかげろうと黒いかげろうのように立っているのは、からすき[#「からすき」に傍点]直八と、そしてあのお志摩であった。
眼をむいて、茂助は吼えた。
「うぬは、門番のお役はどうした?」
しかし、その視界にお志摩の顔がうつると、茂助は例の波打つものが一か所に凝《ぎよう》 集《しゆう》したような感じがした。おぼろ月の中ににんまりとした狂女の姿は、神々しい媚笑《びしよう》をえがいて、この世のものとは思えない。
それが、しなだれかかるように直八の肩に頭をのせているのを見ると、比留間茂助は狂暴な嫉妬《しつと》と悪意につきあげられた。
「下郎、きいたぞ」
と、歯をむき出した。
「うぬは、その女を女房にするはずであったとな」
「はい。――」
「通りをよくしてやった。ありがたく思え。――といいたいが、通りがよすぎるようになったかもしれん」
「そのことでござります」
直八はものしずかにいった。
「これが――比留間さまとわたくしと、どっちが強いか――というのでござりまする」
「なに、あの点についてか、そ、その女が、そんなことをいったのか」
「そういう意味のことを申します。それを見せてやらねば承知しない模様なのでござりまする」
「狂っておって、左様なことを。――」
「狂っておればこそ」
なぜ狂ったか、ということを忘れたような平静な直八の表情であった。
「わしが強いか、うぬが強いか、それを見せたいというのか。つまり、交合力を。――」
「はい。――」
「何をちょこざいな。――よしっ、ならばもういちどその女で見せる」
といって、比留間茂助は突然妙な顔をした。例の禁制を思い出したのである。こいつ、おれを罠《わな》にかけるつもりではないか?
「ただし。交合は禁制でござりまする。あなたさまの場合は」
直八は淡々といった。
「では、どうして見せる?」
「足相撲と申すものがござる。足で相手の足をはねあげる相撲でござりまする。指相撲というものがござる。親指で相手の親指を押えつける相撲でござりまする。それを合わせて、筒相撲と申すものをやってはいかが?」
比留間茂助は眼をぱちくりさせた。
「筒相撲?」
「つまり、わたしのものの下にあなたさまのものを交叉《こうさ》させ、あなたさまがわたしを持ちあげられる、わたしがそれを押えつける。――」
「ば、ばかな!」
と、茂助は肩をゆすったが、しかし、気が変った。あまりのばかばかしさにかえって好奇心を起したのだが、ふとこの狂女の前でもういちどおのれの威容を見せてやったら、狂女がいかなる反応を示すだろうという興味を起したのだ。むろん、この竜車に向うかまきりのような男に対する大|軽蔑《けいべつ》もあった。
「なに、よし、特別を以て、うぬの願いきいてやろう、出せえ!」
両人は抜きつれた。
直八は笑った。茂助の半身に半身をぴったりつけて、三十度くらいの角度を作った。直八も決して背の小さい方ではないが、茂助の方が大兵《たいひよう》だから彼はつまさき立ちになり、おのれのものを茂助のものにのせた。――常人同士であったらどうだかわからない。実に両者は、その尖端《せんたん》ちかい部分がたしかに斜めに交叉《こうさ》したのである。
「ふっ」
茂助は鼻で笑うような音をたてた。
「女、よっく見よ。――」
直八がこんなことをいい出したのには、それ相応の理由があると茂助は思った。たしかに人並すぐれたものであり、特にかたちが立派だ。しかし、こちらは――人並どころか、馬にもまさると知るものすべてを驚嘆させるものであった。てらてらとあぶらぎってさえいる。ミドル・ウエート級とヘヴィ・ウエート級以上のちがいだ。
狂女は寄って来た。どういう想念がその頭を彩っているのか。――にたにたと笑いながら、顔をちかぢかと寄せて、その上、ほうっと熱い息まで吐きかけた。
たちまち比留間茂助は、さらにその体積と力感を倍増し、実にちから瘤《こぶ》さえ生ぜしめた。軽く相手を挙上しようとする。
が、動かない。
「なんだ? ううぬ」
狼狽は怒りに変り、彼の満面は月光のために真っ黒に染まった。が――相手は磐石《ばんじやく》のごとく動かない。
「ようござりまするか?」
息も乱さず、直八はいった。
とたんに、茂助はまるで鉄槌《てつつい》で打たれたかと思った。なんたること、相手は下方に向って、まさに鉄棒のごとく押えつけて来たのだ。勃起《ぼつき》という言葉はあるが、勃伏《ぼつぷく》などという語はないはずだが。――
ちょうど腰さえそり返らせ、満身の力をこめて挙上しようとしたところであった。そのはずみを逆に強烈な力で逆にねじ伏せられて、
「ぴいっ」
比留間茂助の口のみならず、格闘の個所のあたりからもそんな音が洩れた。
からすき[#「からすき」に傍点]直八はしずかに離れた。
「忍者邪淫戒の第二、忍法筒折り。……どうあっても、立ってはこまる任務がござりまして、その抑制力なき忍者の筒をかく処置いたします。ただし、時にはそれでもなおかつ立てる強情我慢の男あり、それはそれであっぱれ頼むに足るやつでござるが、あなたさまもおそらく左様でござりましょう。おせつのお方さまにお試しなされませ」
直八が背を見せ、その背にお志摩がけらけら笑いながら覆いかぶさり、からみ合った二つの影がおぼろ月の中へ消えてゆくのを――比留間茂助は見ていなかった。彼は、おのれのものが妙な鈍痛とともにぐにゃりと下方へ折れ曲ったままなのを、茫然《ぼうぜん》と見下ろしているばかりであった。
晩春の真昼であった。刈俣房五郎は侍長屋の裏道を夢遊病者のように歩きまわっていた。その一劃《いつかく》で、彼だけが非番のせいか、あたりはしんかんとしていた。それにしても、猫の鳴声ひとつ聞えない。雪柳のこまかい花の糸がだらりと垂れたきり毛ほども動かない。沈丁花の匂いが、空中に濃く満ちている。
その花の匂いが、あの娘の体臭を思い出させる。――むろん、非番で、ひとり長屋に坐っていて、その花の香で思い出したのではない。あれから十日、夜も昼も彼はお志摩のあの吸いつくような触感をよみがえらせて、重病人みたいにあえぎつづけているのだ。
人間、禁ぜられるとかえってそれを破りたくなるもの、と御家老がいったが、まったくその通りだ。で、いまのうちに思いのたけをはらして、あと心身爽快となって待機せよ、ということであの一儀となったのだが、むしろあれは逆効果というべきだ。
五人のうち、肉体的快楽については最もその意義を認め、かつそれを味わいつくすための技術において最も工夫を凝《こ》らしていると自負している刈俣房五郎であった。
いまから考えると、その快楽哲学の実践において、少なからず不満に思う。その技術をたんのうするほど駆使しなかったと思う。……あとのやつらがせきたてたからだ。その官能の残り火が心熱となって、庭を歩きまわる房五郎のいるか[#「いるか」に傍点]みたいなからだを燃やす。
それでも、あの女はよかったと思う。あんな女がまたとこの世にいるだろうかと思う。いままで何十人かの女を経験したが、あのような味を持っていた女は一人もない。自分の相手ときまっているお満の方、もし以前ならその組合せに恐悦したにちがいないが、それがあの娘ほどの繊細豊潤な味を持っているだろうかと思う。
あれは、しかし、気が狂った。――
狂ってもよい。狂女なればこそ、いっそう蠱惑《こわく》そのものの存在になったといっていい。いっそ、すべてを投げ出し、あの女だけをさらって、有明藩を逐電《ちくてん》しようかとさえ思う。
実は快楽主義者刈俣房五郎が芦沢家老の命令を受けたのは――返上しようとしても出来る事態ではなかったが――たんなる出世欲でなく、その出世に快楽の伴うことを計算したからであった。快楽を味わうには費用のかかることを、彼は体験上痛感していたからだ。そして侍として裕福であるためには、ともかくも地位があがらなければならない。それがこのたびの使命を果たせば与えられるというのだ。
その計算が実現するまで耐え切れぬ心境となり、狂女を抱いて逐電しようか、などとまで発心《ほつしん》したとは、自分まで気が変になっていたにちがいない、とあとで房五郎は考えた。いや、自分をめぐる外界のすべてが、夢の中の世界のように奇怪なものに変っていたのだ。
夢遊病者みたいに春の庭を歩きまわっていた房五郎に、それから起った事件は、まさに悪夢の中の出来事にひとしかったが、それ以前の――その日、長屋全部が死に絶えたようにひっそりとしていたことまで、すべて非現実であったような気がする。
「刈俣さま。……」
うしろで声がした。
いつのまに現われたのか、春日にけぶって庭に立っていたのは、からすき[#「からすき」に傍点]直八とお志摩であった。
「殿さま御帰府まで、御辛抱になれますか?」
と、直八はいった。
その言葉に怒るのを房五郎は忘れている。いや、突然この二人がこんなところに現われたのを驚くことも彼は忘れている。
「御辛抱にならなければなりませぬ」
このとき、お志摩がにんまりと唇をつりあげて笑った。春光に花が燃えたようだ。房五郎は吸い寄せられるように、ふらふらとその方へ歩き出した。
「いけませぬ」
と、直八はそのあいだに立ちふさがった。黙ってそれをにらみつけた房五郎の眼は血ばしってさえいる。
「ただいま、お志摩は――月のもののさなかでござりまする」
「なに?」
さすがに房五郎はちょっとまばたきしたが、すぐにぶつぶつとつぶやいた。
「か、かまわぬ。それもまたよし。むしろ。……」
「刈俣さま、必ずお満のお方さまを御懐妊させられませ」
「うぬにとやかくいわれる義理はない。――」
「そのためには、精を濃くたくわえられなければなりませぬ」
「何を、物知り顔に。――おれのやつは、他人の倍は濃い」
「あなたさまを拝見するに、一見精力御絶倫に見えて――実はお薄うござります。失礼ながら、おいのちまでも影薄う見えまする。それは御不断の御浪費のためでござりまする」
はじめて刈俣房五郎は勃然《ぼつぜん》と怒った。ばかに断定的にいわれた内容もさることながら、いった人間が人間だ。
「うぬは何だ? 下郎!」
たたきつけるようにさけんだ。
「何しに来た?」
からすき[#「からすき」に傍点]直八は恐怖するどころか、首をかたむけて何やら考えこんでいる風であった。
「刈俣さま、人間の精汁というものに、いかにいのちが含まっているか、お見せいたしましょうか?」
と、いった。
「あなたさまの御精汁を以て、それをお目にかけたいと存じまする」
「わしの精汁? そんなものがどこにある?」
「出していただくのでござります」
「どこへ?」
「左様、あの盥《たらい》の中にでも」
と、直八は向うにある井戸のそばを指さした。そしてつけ加えた。
「この女の手を以て」
「な、なんだと?」
直八のいうことは実に矛盾している。精を濃くたくわえるために、その浪費を戒めよう、という。それなのに、いまそれを盥の中へ放出せよという。
しかし房五郎は相手の言葉の矛盾に気づかない。直八がここに現われた意図を疑いもしない。それよりも、いまこの男のいった妙な提案に全関心を奪われてしまったのだ。
「この女の手を以て、あの盥に――わしが精汁を出す?」
「されば」
「それで、どうする?」
きいた声がうわずっている。何やら直八がいったが、房五郎は耳に入れようともしない。嗄《しわが》れた声でうめいた。
「よし、やれ!」
「では、こちらへ」
直八はお志摩の手をひき、房五郎を井戸端にみちびいた。そして盥につるべの水一杯を汲《く》み入れた。
それから彼は、狂女の白い手を以て、刈俣房五郎に放出させたのである。実に房五郎もわれながら自分のもろさに仰天したのだが、ただ一握の触感だけで、大きな身ぶるいとともに放出してしまった。が、盥の水が一瞬乳色に変ったほど、それはおびただしい量ではあった。
虚脱したような房五郎の前で、直八はお志摩を抱いて唇を吸った。お志摩はうめき声をあげつつ、直八にしがみついて腰をうねらせた。唇を離した直八は、しかし冷静な顔であった。それから彼は、房五郎の左眼を指でおしひらいたまま、ぷっと唾《つば》を――おそらくお志摩のものと混合した唾を吐きつけた。
「何をする」
「右眼をとじて、盥の中を御覧なされい」
厳かな声に、房五郎は魅入られたようになり、その通りにした。
盥の水は白濁したままである。白濁しつつ、春の蒼空《あおぞら》を映している。その中にいるか[#「いるか」に傍点]に似た自分の顔が浮かび、ゆらめいている。――ふっと房五郎の脳髄から時間と空間の知覚が失われた。彼の左眼は、そこにウジャウジャとうごめく無数の糸屑《いとくず》のようなものを見た。凝然と眼を吸われていると、それは徐々におたまじゃくしのように拡大されて来た。うなぎみたいに三角形の頭を持ち、長い尾をくねらせている奇怪な生物であった。
何千匹とも何万匹とも知れず、それは泳ぎ、もつれあい、渦を巻いている。――その生物はさらに大きくなった。というより、房五郎の眼がレンズのようになって、倍率が上昇して来たのかもしれない。
彼は、それがみんな小さないるか[#「いるか」に傍点]のように見えて来た。それから――それらの頭部がことごとく人間の顔をそなえて来たのを見た。あれはだれだ? 彼は息をひいた。
それは刈俣房五郎自身であった! 何千匹何万匹かの刈俣房五郎がおし合いへし合い、ウジャウジャとうごめいている!
たとえそれが白日夢であったとしても、これほど恐ろしい白日夢を見た人間はまたとなかろう。眼孔は散大し、全身にはあぶら汗がにじみ出した。そして彼は、
「忍者邪淫戒の第三、忍法虫めがね――」
とつぶやいたからすき[#「からすき」に傍点]直八の背に、お志摩がかぶさり、けらけらと笑いつつ遠ざかってゆくのを見ていなかった。
お志摩に月のものがあったというのはいつわりではなかった。
つまり彼女は、五人の男に犯されて、身籠《みごも》ることはなかったわけである。従ってからすき[#「からすき」に傍点]直八は彼女を処置[#「処置」に傍点]する必要はなかった。神もまたこの哀れな犠牲者に一掬《いつきく》の涙を垂れ給うたのであろう。
しかし、別の意味で、直八は彼女の処置に窮した。彼女を忍法を以て自在にあやつりつつ、彼は彼女を扱いかねていた。
それはお志摩の妖艶《ようえん》さと媚態《びたい》のゆえであった。なんとまあ彼女のなまめかしくなったことであろう。そんな表現ではいい足りない。あのこと以来、たんに気がちがったというばかりではなく、肉体そのものがべつの女に変質したようだ。
直八はお志摩の許婚者となり、かつたぐいまれな彼女の清純美を認めながら、それほど官能をそそられなかった。それが、あれを境にくらくらするような肉感をおぼえはじめたのだ。わずか十日ばかりのあいだに、みるみる咲きひらき、露をしたたらせ、甘美な香を放つ大輪の花に対した昆虫のように。
しかも、それが文字通りの狂い咲きなのだ。みずから花弁をふり落しそうにゆらぎ、みずから露をこぼし、みずからむせかえるような香をまきちらすのだ。「――祝言はいつ?」ときくのさえ、必死の顔をしていた可憐《かれん》なお志摩が、あたりはばからず直八の頬に頬をこすりつけ、なめまわし、乳房を出して見せ、腰を寄せて波打たせるのだ。
直八の命ずることは何でもやる。その素直さに、涙のこぼれるような哀切さがあった。――ただ直八は何でも出来るが、彼女の挑発に応《こた》えることだけは出来なかった。
それは彼の忍法を成就させるためには、女色を断つことが絶対必要だからであった。それを成す念力は、邪淫戒を護持してはじめて可能だからであった。
お志摩の凄まじいまでの誘惑に抵抗しかねて、ときには彼の方が気が変になりかかることさえあった。いまや、妖花のめしべおしべを自在にそよがせつつ、その花粉から逃れようとする虫のごとくもがき苦しんでいるのはからすき[#「からすき」に傍点]直八の方であった。
それでもなおかつ彼は、この罪なき女人を狂わせた男たちへの忍者としての復讐を続行しようとする。
晩春には珍しく風雨の強い夜であった。板並鰺兵衛は侍長屋をそっとぬけ出した。目的は、吉原《よしわら》である。
彼こそは半月前のあの日、それこそ凌《りよう》 辱《じよく》をほしいままにし、その淫虐《いんぎやく》ぶりをいかんなく発揮したはずだが、それだけに――実はあれほど荒れ狂ったことは彼としてもはじめての経験だが――思い出せば思い出すほどその快味が全身の骨も肉も鳴りどよもさんばかりによみがえり、自分で自分を失い、気がついてみると、狼みたいなうめき声をたてながら、部屋じゅうごろごろところがりまわっているという始末なのだ。
とにかく、遊女でも辻君《つじぎみ》でも何でもいい、この思いをはらさねば、かんじんのそのときまでにおれはどうにかなってしまう。
あれから二、三度、彼は屋敷を出ようとした。すると、いつも門にあの直八が立っていて、じいっとこちらを眺めている。むろん、家老からあんな話をきいていなければ、そんな男がいかににらみつけていようと平気だが、外出の動機が動機だけに、あとをつけて来られたら万事休すだ。あの御用命にそむくことに恐縮の念をおぼえるというより、あんな下郎ごときに違反のしっぽをつかまれることが残念なのだ。けっ、きゃつがおれを見張っていると? 生意気な――この御用をぶじすませたあとは、何かの機会にいちど痛い目を見せてくれるぞ。
ともかくも、板並鰺兵衛は凶暴なまでの肉欲をもてあまし、かつは直八の眼をのがれるために、侍長屋の二階から綱を垂らして往来に下り立った。風雨の夜だからこそ出来たことだ。
無我夢中で出ては来たが、むろん傘も合羽もない。ずぶぬれになって歩いていると、まるで自分の所業が泥棒猫のように思われ、あんな下郎のために、有明藩第一の使い手であるおれがこんなまねまでしたのかと、またそれが憤怒のもととなった。
まさか、この風態《ふうてい》で廓にゆけるものではない。屋敷からほど遠からぬある馬場のちかくに、このごろ夜鷹《よたか》が出るときいている。それを買いにゆくつもりだ。
――と、雨の中でけらけらと女の笑い声がした。さすがにぎょっとなり、次に夜鷹がもう出たかと思った。
雷鳴までは聞えないが、稲妻がひらめいた。
青白い閃光《せんこう》の中に、鰺兵衛は路上の人影を見た。土塀に沿って、一人の男が、裸の女を背負ってそこに立っているのを。しかも――それがあの門番と、そしてお志摩であることを。一瞬の視覚ではあったが、印象は強烈であった。
われを忘れて、彼はその方へ走り寄った。
「からすき[#「からすき」に傍点]!」
大刀の鍔をかたかた鳴らし、彼は吼えた。
「あ。……板並さまでござりますか」
向うもこちらを見ていたらしい。
「何をしておる?」
「狂った女をつかまえて、お屋敷に戻るところでござります」
また稲妻がひらめき、直八のくびにしがみついた狂女の凄艶《せいえん》な笑顔が浮かびあがった。雨にべったりと黒髪がねばりつき、人魚みたいにぬれひかる裸身が。
こやつの眼をまぬがれるためにおれはあんな苦労をしたのに、こやつはこんなところをふらふらと歩いている。しかも、この人間とは思われぬ美しい狂女をからみつかせて。
凶悪無比の衝動が板並鰺兵衛のからだをつらぬいた。
「直八っ」
「――は?」
「うぬはわしがどこへゆこうとしておるか知っておるか」
「さあ」
「夜鷹を買いにゆこうとしておる――と申したら、どうする」
「へへえ」
「それでもうぬはわしを見張っておるつもりか。御家老のお申しつけに対し、怠慢にもほどがある!」
「申しわけござりませぬ」
「で、わしが夜鷹を買うとすれば、それを御家老に御報告するつもりか」
「いえ。――」
からすき[#「からすき」に傍点]直八はくびをふり、ゆっくりと背のお志摩を地に下ろした。
「御家老さまは、もしあなたさまが御背約なされば、成敗せよと仰せられました」
「なにっ」
鰺兵衛は改めて眼をかっとむいた。それはきいた。きいて片腹どころか両腹まで痛くなったが、こやつ本気でおれになにかするつもりか。いや、いまこやつに喧嘩《けんか》を吹っかけておれの恐ろしさを思い知らせてくれるつもりではあったが、まさか向うからそんなこわさ知らずの言葉を吐いて来ようとは。
「やるか!」
板並鰺兵衛は鍔鳴りさせて抜刀した。直八はしかし、手ぶらで立っている。稲妻の中に、きらっと白く歯がひかった。
「おいでなされ」
「下郎!」
激怒の絶叫をあげ、地ひびきたてて鰺兵衛は大刀をなぐり落していた。はじめは峰打ちにでもしてやるつもりであったが、もうその余裕を失っていた。
有明藩随一の剣客、いや剣鬼との称すらある板並鰺兵衛の豪刀に、しかし煙を切ったほどの手応えもない。きっさきは凄まじいひびきをたてて大地に斬《き》り込んだ。あっと思いつつ、その刀をはね上げようとする。その腰のあたり――第四|腰椎《ようつい》と第五腰椎の間をどんと何かで打たれたような気がしたが、こぶしであったか足であったかわからない。
「しゃあっ」
板並鰺兵衛は猛然と身を立て直し、大刀をうしろなぐりに払った。――しかし、そこにも何の手応えもない。彼はふりむいた。直八の姿はどこにもなかった。
「?」
まるで狐《きつね》につままれたようである。いかに眼を凝らしてもあたりにその影はなく、いま起ったことはすべて幻覚ではないかと思われるほどであった。
が、もういちどもとの方向へ眼を戻すと――稲妻がそこにありありと裸形《らぎよう》の女を照らし出した。これは幻覚ではない。
「ど、どこへ失せおった?」
顔をゆがめて彼はふうと息をつき、それからお志摩の方へ歩み寄り、その手をつかんだ。
「これ、からすき[#「からすき」に傍点]、出て来ねばこの女、またなぶりつくしてくれるぞ」
すると、裸身の女は自分の方から鰺兵衛にからみついて来た。つかまれない方の腕を彼のくびに巻き、片足さえあげて彼の腰に巻こうとする。――むろん、鰺兵衛の肉体の一部にその反応が強烈に起った。
とたんに。――
「ぎおっ」
と、彼は怪声を発し、へなへなと地上に崩折《くずお》れた。腰のあたりに名状しがたい衝撃を感じたのだ。彼は大地に爪を立てた。が、動こうとするとまた腰にぎくっと激痛が走り、四肢の先までピーンとつっ張って痙攣する。いわゆるぎっくり腰、正しくは椎間板《ついかんばん》ヘルニヤの症状である。
「忍者邪淫戒第四、忍法板ばさみ。――」
どこかでそんな声が聞えたとき、突然痛みが消滅し、鰺兵衛は狼のようにぬかるみからはね起きた。狂気のごとく見まわすと、土塀の上に直八がお志摩を抱いて腰打ちかけ、四本の足をぶらんぶらんとさせている。――
「板並さま、あなたさまはこれから、女に対して欲念起されると、必ず背骨が折れましょう。欲念消えて一方が伏せば背骨はもと通りになりまする。あちら立てればこちらが立たず、という関係で。――」
歯がみして走り寄ろうとする頭上で――直八の膝の上で、お志摩がけらけら笑いながら両足をひらいた。とたんに板並鰺兵衛はまた怪声を発して雨の中に崩折れていた。
白い生暖かい春の靄《もや》のながれる夕方であった。葛見千之助は熱を病んでいるような顔でふらふらと屋敷に帰って来た。
もっとも、それが果して夕方であったか、午後であったか、江戸のどこらあたりを歩いていたのか、あとで考えてみてもはっきりとわからない。彼は妙な見世物を見ての帰りであった。
その見世物は、両国ちかくのある家の、人間の女と白い大きな犬との秘戯であった。その日の忘我はこの印象にうなされてのことであったが、しかし思い出してみると、それ以前から――二十日ちかくも熱を病んでいたような気がする。あの日から。
実はあの日、あの女を犯さなかったのは千之助一人である。潔癖のためではない。いや潔癖のために要らざる手間暇かけているうちに、ついに機会を逸してしまったのだ。それがあとになればなるほど、熟れ切った珍果が、洗っているうちに溶け崩れて手から消えてしまったような、悔いても及ばない心残りとなったのだ。
彼のお相手は、お梶の方ときまっていた。御側妾ではあるが、いまは亡き主君の御母堂が御子息の御教養のために、とくに京の堂上から迎えられたもので、主君と御同年にちかい――つまり、彼よりも二十も年上の女人であった。鶴のように気品があり、優雅なる性愛を心がけている彼としては必ずしも不満ではなく、もしもあのお方と自分とのあいだに御世子が誕生なされたら、それは鳳凰《ほうおう》のようなお子様ではあるまいかと思っていたほどであったが、あとになって、それが――極めてばかばかしくなった。あの涜《けが》されつくし、心狂った女の美しさというものを見てからは。
ふっと、一日、朋輩の雑談から、その両国の見世物の話をきいた。ふだんなら、そっぽをむいてつんとするところだ。道徳的潔癖のためではない。感覚的潔癖のためだ。人は彼を気どり屋というけれど、彼にしてみれば、自分の感覚的な潔癖を、道徳的な潔癖よりもはるかに高尚なものだと考えている。それが、そのときはじめて、その見世物へ自分もつれていってくれといったのは、おそらくあれ以来、彼の心に溜《た》まっているどろどろした悔恨と魅惑への沼から湧《わ》いた泡のような望みのあらわれであったろう。朋輩たちは意外な顔をし、すぐに面白がって、彼をつれていった。で、それを見て来た。友だちとはどこで別れたのか、それも記憶がない。
と、白い靄が動いた。動いて、いくつかの塊《かたまり》になった。――それが、二匹か三匹かの大きな白い犬に見えて来たとき、葛見千之助はぎょっとして立ちどまった。
犬はもつれ合いながら、しかし彼を無視してのそのそと通り過ぎていった。
――幻覚か?
彼はあとを見送り、眼をこすった。犬はすぐ靄の中に消えてしまった。幻覚であったかどうか、よくわからない。靄はぼうとながれる。千之助はふらふらとまた歩き出した。
と、靄が妙なかたちに動いて、白い塊になった。こんどは一つだ。――いや、人間だ。人間の女だ。
それが一糸まとわぬ女の四つン這《ば》いになった姿であることを――しかもあのお志摩であることを知ったとき、彼はかっと眼を見ひらいたが、しかし恐怖のさけびはあげなかった。
すべてが夢幻の世界の出来事であった。彼は近づいて、見下ろした。女は立ち上がらない。四つン這いになったまま、なまめかしく尻《しり》を振った。白い靄の巨大なかたまりが、ひかりつつゆれ動いた。――それを見ているうちに、彼は吸いつけられるようにその背に覆いかぶさっていたのである。
千之助が見て来た犬が、女に対してそのようなふるまいをしたのでは決してなかった。にもかかわらず、彼は無我のうちにそんな姿勢をとり、夢中で腰を浮動させていたのである。天地|晦冥《かいめい》の快美感の波を全身にうねらせながら。
「犬に」
そんな声が聞えた。
「牡犬《おすいぬ》に腕を抱かせますとな。生まれてまもない小犬でも、そういう風な腰つきをいたしまする。ためしてごらんなされ、実に奇態なもので」
靄の中の声を、あのからすき[#「からすき」に傍点]直八の声だと知って、葛見千之助がはっとわれに返ったとき、自分の抱いているものがばかに固いことをはじめて感覚した。
「あなたさまは、例の掟《おきて》に違背なされました。魂の上で。――その罰として、あなたさまはこれから当分、ふとい筒さえ見れば抱きついて、そのように腰を動かさずにはいられなくなりましょう。――」
千之助は自分の抱きついているものが、路傍の一本の椎《しい》の木であることを知った。知ったがなお腰が動いた。
「忍者邪淫戒の第五、忍法|人畜生《ひとちくしよう》。――」
男の笑い声にけらけらという女の笑い声が溶け、それが次第に朦朧《もうろう》と消えていってからも、葛見千之助はしばらくその条件反射運動をつづけていた。
主君有明筑紫守が帰府した。
それから江戸家老芦沢十左衛門とのあいだにどんな話があったか。――五人の侍が次々にひそかに呼び出されて、例のたねつけの儀を命ぜられたのはまもなくのことである。
宇陀麻之進は奥方さまであった。
奥方さまは蟇《がま》のような顔をしていた。自分の不器量なのに反比例して、それだけ自尊心の高い奥方であったが、しかし端整な若侍を閨《ねや》に迎えて、その頬にはじらいの紅《べに》が刷《は》かれた。これに対して宇陀麻之進は、必死に何かを耐えているようすで、次第に肩で息をさえして来た。
「寄りゃ」
奥方さまは待ちかねて、身をくねらせた。
「有明家千年のためにせねばならぬ儀じゃ。苦しゅうない、寄りゃ」
「わ、わかっておりまする」
「麻之進、わたしが不器量なので、きらいかえ?」
「め、滅相もない!」
「では。――早う、それ!」
宇陀麻之進は鼻をつまんだ。が、それも及ばず、次の瞬間、猛烈な嘔吐をはじめていた。
比留間茂助はおせつの方であった。
おせつの方は端麗な、まるで絵にかいたような美女であった。しかし、はじめて枕頭に侍《はべ》らせた茂助の巨大な肉体を見て、その全身がこれまた酔ったようにぼうと染まった。自分を見て、しきりに唇をなめている男を見て、彼女はついに羞恥をも忘れた。
「茂助とやら、抱いてたもれ」
「ぴいっ」
というような音が、男の厚い唇からもれた。同時に彼は、たしかにおせつの方を抱いた。息もとまるほどの力であった。が、この強烈な抱擁にもかかわらず、比留間茂助は一方でぐにゃりとして、ただ、「ぴいっぴいっ」というような息を吹いているばかりであった。
刈俣房五郎はお満の方であった。
これは名の通り、豊満無比、手くびはおろか、ふともものつけねにまでくびれが入り、乳房も腹も臼《うす》のような御側妾であった。そのくせ、ひかるように真っ白な肌で、くらくらするほど艶麗《えんれい》なのである。
「おお……殿さまとはちがう」
と、彼女は乳房をたぷたぷと起伏させた。
「おまえは精がありそうじゃ。……」
しかし、いるか[#「いるか」に傍点]みたいに皮膚のてらてらした刈俣房五郎は、壁に背を貼《は》りつけて、少年のようにおびえた眼を見ひらいているばかりであった。彼の眼は、満々たるこの女人の腹に流れこんでゆく何万人かの房五郎自身の幻影を見ていたのだ。それは幻影というより、生命そのものの洪水的流出という根幹にかかわる恐怖感であった。恐怖は眼ばかりでなく、彼の肉体のすべてを虚脱させていた。
板並鰺兵衛はお久未の方であった。
お久未の方は、よくいえば闊達《かつたつ》、はっきりいえば淫奔《いんぽん》といっていい女人であった。で、鯵兵衛の精悍《せいかん》な、むしろ凶暴な顔と肉体を見て、その眼が燃えあがった。が、その男がいつまでもじいっと眼をとじているのに、焦《じ》れて、腹をたてて、花蕊《かしん》のすべてをさらけ出さんばかりにしてあらわに挑発した。
「眼をおあけ」
と、あえぎ、這い寄って、ゆさぶった。
「眼をあけて、わたしを見や」
とび出した男の口にみずから吸いついていったとたん――板並鰺兵衛は「ぎおっ」と怪声を発して打ち倒れた。それっきり彼は四肢を痙攣させて苦悶《くもん》しはじめた。
葛見千之助はお梶の方であった。
これははじめからお梶の方の胆を奪った。
自分を担当するその男が一番品のいい優男《やさおとこ》だと知って彼女は心うれしく、この宵はまず夜更けまで「源氏物語」か何かの古典をしめやかに語り合い、それから――と思っていたのである。
しかるにこの優男は、しずしずと部屋に入って来るなり、夜具の裾にまるめてあった掛蒲団の筒に乗りかかり、しがみつき、妙な運動を開始したのである。
「こ、これ、おまえ、酔っているのかや?」
彼女は仰天した。
「それは、わたしではない。わたしはここにいるぞえ。……」
夢中でひきはがし、つき飛ばすと、葛見千之助は床柱によろめいていって、こんどはその床柱に抱きついて、はげしく腰をうねらせはじめた。……
「殿。……」
家老芦沢十左衛門は、狼狽と苦悩と畏怖《いふ》のいりまじった顔を出した。
「何ともはや……いうにたえたる役立たずの不覚者ばかりを推挙いたし、十左衛門面目次第もござりませぬ。おそらく殿の御身辺に侍らせられる御|女性《によしよう》の御威光をおそれ、あのような醜態をさらしたものと存ずれど、拙者のめがねちがいの責任も重大でござりまする。さりながら、いまいちど改めて銓衡《せんこう》いたしてから、十左、その責めを果たしとう存じまするが。……」
「いなとよ、十左」
と、有明筑紫守はくびをふった。
長芋のようにのっぺりした顔が、しかし明るく生き生きとしている。芦沢十左衛門は主君のこんな活気にみちた顔色を生まれてはじめてみた。
「余は、立ったぞや」
「――は?」
「きょう、邸内を散策中、はからずもひとりの美女を見た。その姿、窈窕《ようちよう》として雲を歩む蓮《はす》の花のごとく、小姓にきくに、門番の故鞍谷卯兵衛なるものの娘なる由、……」
「あ!」
と、十左衛門はわれ知らず名状しがたい声を発していた。
「あれを然るべきところへ養女に出し、急ぎ側室として召し出せい」
「殿、あれは。……」
「身分などはとやかく申すな。十左、ともかくも余はあの女人を見て、はじめて男になったような気がしたぞや」
お志摩が主君有明筑紫守の寵愛《ちようあい》を受けたのは、それから数日ののちであった。
そして、なんたること――夏の炎にもだえていた花が一颯《いつさつ》の驟雨《しゆうう》を浴びたように――その洗礼の一瞬に、彼女は正気に戻ったのである。
さらに一ト月ばかりたってからである。
御側妾お志摩の方は、きらびやかな駕籠《かご》に乗り、有明家の菩提寺《ぼだいじ》に詣《もう》でるべく表門を出かかった。早くも御懐胎の事が明らかとなり、御世子御安産の祈祷《きとう》を受けるための寺詣でであった。
駕籠にゆられつつ、しかしお志摩の方の清純華麗な顔は、どこか憂わしげであった。
彼女はどうして自分がこんな運命になったのかわからない。彼女の記憶にあるのは、ある春の日、からすき[#「からすき」に傍点]直八にみちびかれて、邸内の土蔵の戸に手をかけたときを最後としている。あれから何が起ったのか、だれにきいても教えてくれない。気がついてみたら、殿さまに抱かれていたのである。
お殿さまの御側妾。
その運命に従うよりほかはないことはもう覚悟しているけれど、しかし彼女は決して玉の輿《こし》に乗って雲上を飛んでいるといった歓喜はおぼえなかった。何よりも、からすき[#「からすき」に傍点]直八のことが気にかかるのだ。それもだれも教えてくれないけれど――おう、直八はどうしたであろう?
「あ。……あれは?」
門を出るとき、ふと彼女は駕籠の網戸のあいだから何かを見た。それから、たまぎるようなさけびをあげた。
「止めてたも、駕籠を止めてたも!」
門番|小舎《ごや》の前に、四つン這いになった男がこちらを見ていた。きょとんとして、眼までが犬のように理性のない眼であった。――しばし、水を浴びたようにそれを見ていたお志摩の方は、突然身もだえしてさけび出した。
「直八! 直八!」
「乱心者をなぜうろうろさせておるか?」
と、駕籠について歩いていた芦沢十左衛門が叱咤《しつた》した。走り寄る中間《ちゆうげん》たちの足のあいだに、その男がうずくまって、嘔吐する姿がちらっと見えた。
「御世子さまを身籠らせ給う御大切なおからだでござりまする。何とぞ、おん母体を安らかにお保ち遊ばすことこそ、有明家への御忠節」
老女松ケ枝の言葉につづいて、厳然として芦沢十左衛門が呼ばわった。
「ゆけ!」
駕籠は動き出した。そして、中にゆられている人の姿は見せぬままに、初夏というより、もうまぶしい夏の光を浴びて、粛々と行列は進んでいった。
[#改ページ]
忍法とりかえばや
四人の青年はまっぱだかで、直立不動の姿勢になって立った。
首領の服部《はつとり》万蔵とその顧問格の朝国《あさくに》甲太夫が、その一人一人の前に立ちどまって、頭のてっぺんから足のつまさきまで、見上げ見下ろしてからまもなく、茨木《いばらき》丈馬は、はげしい劣等感に襲われて来た。
まばゆい初夏の光の中に、べつに裸体にされたからではない。――
これは試験だ。朝から学術と運動機能の試験を受けた二十七人の中から残った四人だ。それまで丈馬は意気揚々としてこの最後の裸体コンテストの場に立ったのだが。――彼は二番目に点検を受けた。それが、一番目の赤目市兵衛には三分間以上も検査官の眼がそそがれていたのに、彼の場合は数秒間で通り過ぎたからだ。
「一|人《にん》一|芸《げい》」
と、朝国甲太夫がつぶやいた。頭の禿《は》げた、痩《や》せて鉛色の顔をした人物であった。
「忍び組には実によい銘でござるな。どこぞに額《がく》にしてかかげられておくとよい」
「忍び組ならずとも、どんな世界においてもそうだろう」
と、服部万蔵がうなずいた。どうやら両人がこの庭に出て来る前の会話のつづきらしい。――二人は、三番目の楢葉《ならは》平九郎をしげしげと眺めながら話している。
甲太夫がいった。
「美しいこともまた芸のうちでござる」
「もとよりだ。修行しても及ばぬことゆえ、いっそう珍重すべき特質といえる。……とくに、眼がよいな。いまさらのことではないが、実によい眼をしておるな」
「この眼で、伊賀組の女という女を悩殺するのでござる。……これ、われらに片眼をつぶって見せてもだめじゃ」
と、甲太夫が苦笑すると、楢葉平九郎がいった。
「いえ、あちらのお方に御挨拶《ごあいさつ》したのでございます」
甲太夫と服部万蔵は母屋《おもや》の方をふりむいた。縁側にむいた障子はぴったりと閉め切られていたが、それで気がつくと、一個所に小指でつついたほどの穴がある。
万蔵が叱《しか》った。
「大事の詮議《せんぎ》じゃ。盗み見するやつがあるか!」
「……しかし、よう見えたの。これは、機能的にもよい眼をしておるとみえる」
と、甲太夫はやや感心したようにいった。
――はてな、障子の穴からのぞいていた人間はだれだろう? と丈馬は心中にくびをかしげた。
ここは朝国甲太夫の屋敷だが、けさから行なわれた試験は厳粛な秘密だから、許しも受けずめったな者が盗み見するはずがない。あるとすれば、首領か甲太夫老のごく親しい人間だが……いまの甲太夫と楢葉平九郎のやりとりをきくと、どうもそれは女であったような気がする。ははあ、あのひとだな。
女が自分の裸体を見ていた。と知ると、丈馬はふいにまた改めて劣等感に打たれた。
こんな問答をしていたために、五分間ちかくも楢葉平九郎の前に佇《たたず》んでいた首領と甲太夫は、やっと第四番目の勾銅骨《まがりどうこつ》のところへ移動した。
「……ほほう!」
という万蔵の嘆賞の声をきいたとき、丈馬はいよいよ打ちのめされた。
実をいうと、自分の点検がほんの一瞥《いちべつ》であったので、はじめて不安をおぼえたのではない。ここに四人ならんで、裸になれと命じられて、仲間の裸体を見たときから彼は、これは、と動揺したのである。
彼自身はべつに劣悪な肉体を持っているわけではない。きょう試験を受けた二十七人の青年のうちでは平均点に達し、ふつうの武士と較べれば水準をはるかに越しているであろう。しかし、その中から選び出された四人の――ほかの三人の肉体を見て、ふいに自信がゆらぎ出したのだ。いまはじめて彼らの裸体を見たわけではないが、下帯もとった全裸の姿となると、印象の迫力が全然ちがう。
赤目市兵衛はまるで鋼鉄の像のようであった。曲げるといたるところ無数の力瘤《ちからこぶ》が浮きながら、蛇みたいに柔軟なその肢体は、彼が剣技において党中第一を誇る由来をまざまざと物語っていた。楢葉平九郎は、女でも珍しいほどの雪のような肌をして、あくまでしなやかでありながら、やはり男性特有のきりっとした線がながれて、実にふしぎな美しさを醸《かも》し出している。そして――これが最も丈馬を打ちのめしたのだが、勾銅骨という男は。
銅骨はやや肥満体であった。とくに下腹がつき出し、背が低いので、いっそうまるく見えた。容貌《ようぼう》も眼細く鼻低く、むしろユーモラスだが、ただ――その男根だけは、実に常人の一倍半はたしかにあったのだ。見るからに重量感があって、
「……ほほう!」
と、万蔵が声をあげたのもむりではない。――
「銅骨」
と、万蔵はきゅっと唇をまげて笑って、呼びかけた。
「おまえ、裸で敵を相手にした方がよいな」
「は」
「それは一つの武器である」
と、甲太夫が口をさしはさんだ。
「お頭の仰せられたことは冗談ではないぞ。それを敵に見せてやれ。見ただけで敵は気押《けお》されて、たたかわざるに怖気《おじけ》づくじゃろう……よし」
と、甲太夫はうなずいた。
「みな、衣服をつけてよし。御苦労であった。――いずれ、その方らには沙汰《さた》することがある。当分、他出せず、組屋敷に待機しておってくれい」
そして、首領の万蔵を眼でうながして、打ち連れて、庭の一画にある土蔵の方へ歩き出した。なんのためにこんな試験をしたのか、ついに一言の説明もない。
「いったい、何のためかな」
「いまさら喃《のう》。……」
「それはそうと、甲太夫老、例によって気力は充分じゃが、顔色がばかにようないの」
「もとからいい顔色のおひとではない。……やはり、女房どのが若すぎるのではないか」
「ありゃ、わしらにとっても手に余りそうじゃ」
「うふ」
そんな仲間三人の小声の会話をききつつ、ともに衣服をつけながら、茨木丈馬は考える。
きょうのことは、おそらくお頭の娘御《むすめご》お七どのの婿えらびであろう。――なんの説明もないのだから根拠はないが、直感的に彼はそう信じた。そして、――
丈馬はその銓衡《せんこう》に自分が落第したと思った。これまた直感であったが。――
朝国家の小さな門を出ながら、三人の朋輩はきょうの行事のお互いへの戯評を談笑している。それをききながら、べつに陰気な性質ではないのに――それどころか、最も鼻っぱしらの強い丈馬なのに、その日はばかに沈みこんでいた。
「や、お帰り。――」
ふいに楢葉平九郎が大声をあげた。
門を出て、しばらくのところで、向うから来た朝国甲太夫の女房お眩《げん》にゆき逢《あ》ったのだ。まだ三十をちょっと出たくらいであろう、大柄で、重げに見えるほどたっぷりふとって、紅い日傘をさしている。日傘のために、顔までが薄紅く染まっていた。
「終ったかえ」
と、彼女は笑いかけた。
「きょう七ツまで外に出ていろといいつかったが」
気がつくと、いかにももう午後四時ごろの日ざしであった。この時刻まで家から逃避しておれと夫の甲太夫に命じられて、いままで外出していたものらしい。――大輪の牡丹《ぼたん》みたいなその顔を見ながら、しかし丈馬はあっけにとられた。
彼は、先刻、障子の穴からのぞいていたのはてっきりこのお眩だと思いこんでいたのである。
茨木丈馬がまた朝国甲太夫の家へ呼ばれたのは、それから十日ばかり後であった。
梅雨《つゆ》のはじまりらしく、霧雨のびしょびしょふる日のことであった。使いの者がそういい、かつ呼ばれたのが自分一人であることをきくと、鬱陶《うつとう》しい天気にもかかわらず、丈馬の顔はぱっとかがやいた。あれ以来、落胆と懊悩《おうのう》のしつづけであったが、ひょっとしたら? と思ったのだ。ひょっとしたら、自分の絶望は杞憂《きゆう》であって、自分が合格したのではあるまいか?
導かれたのは、庭の一隅にある土蔵である。晴れた日でもなお暗そうな土蔵の中には、あぶら皿に灯がともされて、甲太夫とその妻のお眩が坐《すわ》っていた。
母屋の方に招かれたことは何度かあるが、この蔵の中に入ることを許されたのははじめてだ。蔵の壁にはギッシリと書籍が積み重ねられていた。中にはたしかに南蛮文字の背表紙の書物までならんでいる。それ以外の棚には、さまざまの刃物や器具が、ぶきみな光をはなっている。匕首様《あいくちよう》の刃物、錐《きり》、鋏《はさみ》――それから消息子《しようそくし》や鉗子《かんし》――こんなものは丈馬にも名はわからないが、ただ医術用の器具らしいということは感じとった。余分の壁の空間には、五臓六腑《ごぞうろつぷ》をえがいた解剖図や、無数の血管を網の目みたいにえがいた人体図などが貼《は》りつけてある。さすがは伊賀組中第一――どころか、首領の万蔵自身が「稀世《きせい》の大学者」と尊重して、副首領格に扱っている朝国甲太夫の蔵ほどある。
「頼みたいことがあって呼んだ」
と、甲太夫はいった。
その姿に眼を戻して、丈馬は眼を見張った。――実は甲太夫の年はこれでも五十を越えたばかりときいて、以前からみな、「それにしては爺《じじ》いくさいの」「どう見ても六十以上の顔じゃが」「やはり御勉強が過ぎたのではないか」「いや、それより女房どのが若すぎる。あのたっぷりの水気は、みんな甲太夫老から吸いとったものではないか」などと笑いながらささやきあったものだ。五十になる前から、甲太夫老などと呼ばれている人であった。――その甲太夫が、この前の試験の日もその顔色の悪いのに気がついていたが、いま見ると、土気色といっていい。雨の日の蔵の中ということもあって、それは衰死の人を見るようで、丈馬をぎょっとさせた。
「茨木、わしのあとをついでくれぬか」
と、甲太夫はかすれた声でいった。あまり唐突な話なので、丈馬はいよいよ二の句がつけなくなってしまった。
ひょっとしたら? という期待とはどうやらちがうようだ、ということはうすうす感じていたが、これはあまりに意外な頼みであった。
「この前の考査の結果から、おまえがいちばん適任であると信じるに至った」
「あれは……そのようなことのためでござったか」
「いやちがう。あれは服部家のあとつぎを決めるための行事であった」
果然、自分の直感の通りであった。しかし、その結果、自分にこの朝国家のあとつぎになれとはどういう意味か?
キョトンとしている丈馬の前に、甲太夫は一枚の紙片をさし出した。
[#画像(258.jpg、横197×縦423)]
「おまえだけに見せる。これはこの前の考査表じゃ」
丈馬は眼をひからせて、その紙片を眺めいった。
「断っておくが、相当に点がからい。……またこれは常人の世界の評価ではない。例えば楢葉の体格九点のごときは、あの姿勢の美しさを勘案してあるので、必ずしも頑健さの意味ではないし、また同様に勾《まがり》の男根も、ただあの体積の敵に与える威圧感を考慮してあるので、必ずしも本来の実力ではないと思ってもらいたい。……」
甲太夫の声もうわの空に、丈馬は自分に対する採点に食い入るような眼をそそいだ。
点がからいといったが、いかにも、どの項目においても不満である。とくに頭脳があの銅骨ごときと同程度に評価されているのは憤懣《ふんまん》に耐えない。……それよりも彼が意外としたのは、その綜合点だ。要するに自分がやはり最高点ではないか?
服部家のあとつぎを決める試験に最高点をとった自分に、朝国家のあとつぎになれという。――彼はわけがわからなくなった。
「おまえさんは落第じゃ。忍者の宗家のあとつぎとしては」
「は?」
「その意味は。――見るがよい、おまえには飛び抜けたものがない。九点という点が一つもない。ほかのやつらには、それが少なくとも一つはある」
なるほど、そういわれればそうだが。――
「これが官吏などの登用試験なら、あるいはお前が一番であろう。しかし、忍者の世界はべつじゃ。芸術家と同じで、ただ一つ、余人を超える特質があればよい。いわゆる一人一芸じゃ。……忍者、芸術家の世界といったが、あるいはこの世が大体そうではないかと思われるふしもある。いかに綜合で最高であろうと、いかに平均点ですぐれておっても、ある問題についてその指導を受けようとすれば、だれしも七点のやつのところへゆかず、九点、十点のやつのところへゆく。たとえその九点十点の人物が、他の分野では、二点、三点であろうとも。……すべて七点の男は、しょせん、何の取柄もない男、ということになる。試験と人生とが大いにちがうゆえんじゃ」
朝国甲太夫が持論らしい人生哲学をのべるのに、丈馬はいらいらした。何をいっていやがる、と思った。そもそもこの自分をあらゆる項目で七点とした評価に問題があるではないか。
「で、お七どのの婿どのは」
「あとの三人から選ぶことになる」
当然な返事だが、頭がくらくらとした。
「その一人を選ぶのが――お頭、わし、お七どのと、ぜんぶ意見がちがう」
「お七どのも――何ぞ申されたのでござるか」
「されば、あの日、お七どのもわが家へ来て、見ておいでなされたからの」
この場合に、これはこれで丈馬はショックを受けた。あのときの障子の穴を思い出したのだ。あれを盗み見していたのは、あのひとだというのか?
そういえば、楢葉平九郎はあのときからそれを知っていたように思われる。――
「ただ、この問題については、お七どのの一存ばかりにはゆかぬ。それで、三人は、また別の方法で選び出すことにした。――」
お七は三人の中のだれを選んだのか? それから除かれたというおれについては、何の意見も出なかったのか? と、熱くなった頭で考えていた丈馬に、甲太夫の声は遠かったが、
「さて、おまえさんじゃが」
と、顔を凝視されて、われに返った。
「おまえさんは朝国家のあとつぎになってもらいたいのじゃ」
「つまり、残り物ということですか」
丈馬は憤然とした。根性という項目があるが、もう一つ自尊心という項目があったら十点ではないかと思われる若者であった。甲太夫はやや狼狽《ろうばい》した。
「いや、そういうわけではない。わしのあとつぎには、おまえが一番ふさわしいのじゃ。おまえが落ちたということは、天の配剤とさえわしは思うておる。――」
決しておためごかしではない熱心なものが、その眼にちろちろと燃え出した。
「もういちど見い、頭脳の項目では、おまえさんが最高じゃ」
――ちぇっ、たった七点ではないか。
「そこを見込んで、わしはわしの学術をおまえに授け、かつあとを発展させてもらいたいという望み切なるものがある。――」
「弟子になれ、と申される」
「弟子ではない。養子でもない。……このお眩の婿になるのじゃ」
「えっ」
これには、仰天した。
「すると、甲太夫どのは?」
「わしは、間もなく死ぬ」
朝国甲太夫はいった。弱々しい声とも聞えたし、自若《じじやく》たる声とも聞えた。
「以前からわかっておったが、あと二《ふ》タ月も持つまい。先日の考査が、伊賀組におけるわしの最後の奉公じゃ。……癌《がん》というてな、療治の法もない死病じゃ。それがのど[#「のど」に傍点]に出来ておる。……」
くしゅん、というような声がした。お眩が顔に手をあてていた。むっちりとくびれの入った白い指のあいだから、大量に涙があふれ出した。――冗談をいっているのではないらしい。
「実は、わしの開発した秘術は、いささか女房にも伝授してある。おまえが女房の弟子となってもよいが、なお当分朝国家門外不出の秘法とせよ、というお頭の御意向もあり、かつまた女房も見る通り若い……いっそ、スッパリ、おまえをわしのあとがまに据えた方が万事好都合じゃという結論に達した」
こちらは、全然スッパリしない。好都合とも思わない。――しかし、甲太夫の声調は厳粛なものに変った。
「その結論もお頭の御了承を得た」
はっとした。首領服都万蔵の意志は伊賀組において絶対だ。
「朝国甲太夫、心血の結晶、忍法とりかえばや――のためじゃ」
「忍法とりかえばや?」
「されば、わしの秘術によれば、耳、腕、足、舌など、肉体的突出部分は生きながら他人のものととりかえられる。死んだ直後のものもまた有効じゃ。突出部分ならずとも、眼球もまたとりかえられる。――」
丈馬はまたあっけにとられた。が、甲太夫の、先刻まで色も薄く見えた眼には、蒼《あお》い炎が燃えているようだ。
「しかし、なおこれを発展させたいし、五臓六腑もとりかえたい。いや、首そのものもとりかえたい。それが成れば、あるいはわしの命そのものも助かったかも知れぬ。が、それらの研究未完成のうちにわしは死んでゆかねばならぬ。――その妄執を霽《は》らすためにも、このお眩と共同して、頭脳優秀なるおまえにその研究をついでもらいたいのじゃ。どうじゃ、丈馬?」
何と答えていいのか判断を絶し、うっと息のつまったような顔をしている丈馬の手を、朝国甲太夫はとって、ゆさぶった。
「丈馬、いやか、このお眩が」
「……め、滅相な」
「善男善女という言葉がある。わしの口からいうのもおかしいが、あらゆる意味で、このお眩ほどの善女はないぞ」
指のあいだから、濡《ぬ》れた黒い花のような眼で、お眩は丈馬を見ていた。
あらゆる意味で――という言葉を、どういう意味で甲太夫が呟《つぶや》いたのかは知らぬ。善女、という言葉はおかしいが、美女には相違ない。大柄で、ふとり肉《じし》だが、雨に濡れた椿《つばき》の花のような唇をして、あちこちくびれの入った肌は真っ白で、つやつやしていて、いつもあえいでいるような感じがある。心にある影がなかったら、丈馬もこの息づく白牡丹に吸いこまれる虻《あぶ》みたいな気持になったにちがいない。
心に――首領服部万蔵の娘、お七の姿さえなかったならば。
あと二タ月も持つまい。――といったが、果たせるかな朝国甲太夫はその夏の暑い盛りに死んだ。数日のうちに、丈馬はお眩の夫になった。首領万蔵のはからいで、あれよあれよというまに送り込まれてしまった感じである。
これと大同小異の異常事は、伊賀組で珍しいことではない。とくにお頭の命令とあれば、みな必ず何か深い仔細《しさい》があると察し、そしてまたその仔細を糺《ただ》そうとする者もない。
むしろ、この場合は、若い連中を羨望《せんぼう》させた。
「丈馬うまいことをやったではないか」
「まるで醸《かも》しぬいた美酒か、熟し切った珍果を頂戴《ちようだい》したようなものじゃ」
――しかし、この年下の花婿は、むっとにがり切っていた。
むろん、彼自身の恋を失ったからである。彼があの試験の日、いちはやくお頭の娘お七の花婿えらびではないか、と看破したのも、彼がお七に恋していたからだ。どうやらそうと知ったのは彼だけであったらしい。それだけ彼がお七に熱烈に恋していたといえる。
その自分だけが――四人のうち、たった一人だけ除外されるとは、何たる皮肉であろう。
いや、皮肉、などと苦笑いしてはいられない心境である。自尊心を完膚《かんぷ》なきまでに傷つけられた丈馬は、思い出すだにのたうちまわる思いであった。
いったい失恋の苦しみというものは、ただ恋する相手が自分から離れ去ったということばかりではあるまい。その根源をつきとめてゆくと、おのれへの評価を軽んじられたという自尊心の怨念《おんねん》にほかならない。その証拠に、もし相手がちがう同性と結ばれあっても、決して全人的にその男なり女なりになり代りたいとは思わないことからもあきらかである。
とくに完全主義者の茨木丈馬は苦しんだ。
彼の眼で見ると、他の三人はいずれも不完全きわまる。赤目市兵衛の頭脳、容貌のごとき、いずれも五点ではないか、勾銅骨の容貌ごとき、わずか三点ではないか。楢葉平九郎の男根ごとき、実に四点ではないか。……ひとへの低評価は、朝国甲太夫の眼を信じたが、その矛盾を彼は感じない。そんな劣等の単位を持つきゃつらが、あのお七どのの花婿になって、それが天道公平といえるであろうか。
そしてまた彼の眼で見ると、お七こそ完全にちかい女人であった。
その神々しいまでの美貌《びぼう》、窈窕《ようちよう》たる姿態、澄明なる頭脳。……男根、いや、それにあたる対象を脳裡《のうり》にけぶらせたとき、丈馬はうめき声すらたてたほどであった。彼女よりも、あの勾銅骨の巨根が眼に浮かんだのである。
わずかにお七の欠点といえば、その心と同じく、からだがあまりにもやさしすぎることだ。むしろ、かよわげに見えることだ。それだけに――あのたおやかなからだと勾銅骨の凶悪なる巨根を同一意識に上すことは、理性にひび[#「ひび」に傍点]が入るようであった。
もっとも、あの三人の中のだれをお七の花婿にするかは、まだ決定しないらしい。――
その方はじっくりと時間をかけるのに、自分の方はいかにも手軽に、早ばやと始末されたのが、いかにお頭の方針とはいえ、これまた彼の自尊心を傷つけることおびただしいものがあった。
仏頂面《ぶつちようづら》の茨木丈馬――いや、朝国丈馬を、お眩はおどおどと見まもった。
「おい」
と、彼は三年も世帯を持った亭主のような声で呼ぶ。婿入りしてから三日めのことである。
「はい」
「赤目市兵衛、楢葉平九郎、勾銅骨と――その三人の中で、だれが一番お七どのの婿にふさわしいか、甲太夫老の意見はどうであった」
「それは」
お眩はためらった。ためらったので、そのことを彼女がきいたことを丈馬は知った。
「いわないか」
「あの……楢葉平九郎どのでした」
丈馬はまばたきした。彼はお七が平九郎を選んだものとばかり思っていたので、これは意外であった。たしか甲太夫は、お頭、わし、お七どのと、ぜんぶ意見がちがう、といった。――してみると、お七はあの赤目市兵衛を選んだものであろうか?
いずれにせよ、もはや自分とは関係のないことだが――それが、関係ない、とは心の中でふっ切れない。彼はなお憂鬱《ゆううつ》な顔をしていた。その心中をどこまで察しているのか、お眩も祝言以来しおらしく、伏目がちであった。
この女と祝言してみて、やや思いのほかであったのは、お眩のつつましいことであった。いつもうなだれがちなのでよくわからないが、何だか以前のお眩とはちがう女のような気がする。そんなはずはあり得ないのだが、ふしぎにそんな感じがする。
……ふん、猫をかぶっているのだ。
とも、丈馬は思い、
……あたりまえだ。おれに申しわけながるのは。
と、肩をそびやかした。
むろん、夫婦のちぎりは結んだのだが、それが意外におとなしやかである。丈馬の予想としては、華麗な顔だちといい、たっぷりとした肉体といい、以前の自分たちに対する蓮《はす》っ葉《ぱ》な応対といい、甲太夫の消耗ぶりといい、さぞかしへどをつくほど濃厚強烈な女だろう、と思っていたのである。それが眼をとじて――とじるのはいいが、鼻息までスヤスヤと、まるで眠っているようだ。
もっとも、彼の方は昂奮《こうふん》した。大不平のくせに昂奮するのは可笑《おか》しいが、男性の場合、相手の女を憎みさげすみつつも昂奮することさえあるのだから奇態なものである。女を知らないのではないが――いや、知っているだけに、このみずみずしくふとった真っ白な女体は、ただじっとうずたかく横たわっているだけで、たぐいなく魅惑的なものであった。で彼は、ひとりで昂奮し、われながらだらしないと舌打ちしたくなるほど短時間に終了した。
「おまえ、張り合いのない女だな」
と、丈馬はてれかくしに相手の悪口をいった。
「爺いを夫にしていると、そういう女になるのかな」
「こういうことになるかも知れない、と甲太夫は申しておりました」
「――なんだと?」
丈馬は変な顔をした。
「そりゃどういう意味だ?」
珍しくお眩は眼をあけて彼を見ていた。何だか影薄く、しかも笑っているような眼だ。――ふっと、その眼を、どこかで見たような気がした。
「祝言の夜、甲太夫は苦笑しておりました」
どきんとしたが、いよいよ以ってわけがわからない。
「あなた、わたしの眼は甲太夫の眼です」
とお眩はいった。
「死んだあと、わたしの眼に自分の眼をはめかえるようにという遺言でした。おまえと新しい若い夫との交合ぶりをいちど見てやりたい――というのです」
丈馬は甲太夫の、忍法とりかえばや、をやっと思い出した。そういえば、たしか彼は、肉体的な突出部以外に、眼球をもとりかえることが出来るといった。――
「いまわたしが見ています。けれど、とりかえたあと一日一度は」
といって、お眩はくびをかしげた。
「甲太夫が見ていた――ということになるのかどうか、わたしにもよくわかりませんけれど、とにかくあのひとは苦笑いしておりました」
お眩の言葉も非論理をきわめるが、とにかく、そのお眩の眼はたしかに甲太夫の眼らしいという非論理的な事実が、厳然として眼前にある。
「甲太夫が死ぬとき、一心に自分の顔を鏡で見ておりました。鏡を見ながら、死にました。すると、その眼をわたしにはめても、一日一度は、その眼が最後に見たもの――甲太夫の顔を映しているのです。それがわたしに見えるのです。その顔が、あの初夜に笑っておりました」
非論理の論理が、ともかくもこれで一貫した。しかし、むろん依然として丈馬は声もない。――
「そして死ぬ前に甲太夫は申しました。もし丈馬が承知するならば、わしのものを丈馬にとりかえてみてはどうかと」
「わしのもの?」
それが何を意味するかは想像出来たが、丈馬の声は、死ぬ前の甲太夫の声のようにかすれた。
「あれでございます」
そうだ、肉体的突出物には、耳、腕、足、舌などのほかにもう一つあった!
「あれが、どこにある? こ、甲太夫どのはもう死んで二十日以上になるではないか」
「あそこの印籠《いんろう》の中にあります」
お眩は床の間に眼をやった。
「秘伝の処置を施してありますので、一ト月以内にとりかえるなら保《も》つはずだ――と甲太夫は申しておりました。それもふつうの人ならそういうわけにはゆかないでしょうが、とにかく人間離れしてえらいお人でありましたゆえ」
丈馬はうなされたような眼をして、
「あれを持って来い」
と、いった。
持って来た。考えてみれば、この家にこんなものがあるのがふしぎなほどみごとな蒔絵《まきえ》の五重の印籠のうち、いちばん下の筐《はこ》をひき出してみると、そこにはぐっしょりと濡れた綿が入っていた。甘ずっぱいような、乳の腐ったような匂いがしたところをみると、綿を濡らしているのはただの水ではないらしい。
その綿にくるんで、なるほどそこに「あれ」があった。
「…………?」
まさにそれは、生けるがごとく――やや常人以上に黒褐色をおびてはいるが、しかし丈馬のものよりむしろ小ぶりである。
「これととりかえると?」
「はい。その刃さばきに朝国家の秘伝があるのです」
「き、切るのか?」
「切らねば、とりかえることが出来ません。ただ、それほど痛うはございません」
「おまえに、それが出来るのか?」
「その秘法を伝授されたのでございます」
なるほど、甲太夫はそんなことをいった。死後、女房と共同研究をすすめよ、ともいった。げんに、死んだ甲太夫の眼球とじぶんの眼ととりかえたのはお眩自身に相違ない。――
「しかし、これはおれのものより小ぶりだが」
「これの力は大きさではないと故人は申しました」
丈馬はお眩の――いや、甲太夫の笑っているような眼を見ると、われ知らず、
「よし、かえてみい!」
と、叫んだ。
交換手術の器具は、土蔵にあるという。それから二人は、夜ふけというのに例の蔵へいった。
深沈たる夜の蔵の中。油皿に灯をともして、そこにくりひろげられた光景は、自分に手術を加えられながら、丈馬にも妖夢《ようむ》を見る思いであった。
要するに丈馬のものを切りとり、甲太夫のものを切口に接着したのだが、事前に手を洗い、器具を灯にあぶって消毒し、いよいよ切断するときの匕首の手さばき、そのあと緊縛して止血する糸のかけよう、そのあと「肉|貼《は》り」と称する秘薬を塗布してからの接合の案配。――それらを、お眩はいちいち懇切に解説しながら手術した。痛くはない、といったが、なるほどその通りだ。しかしおのれのものを切られながら、痛くも痒《かゆ》くもないということは、それはそれで甚だぶきみであった。ただ「肉貼り」という薬――これは小さなひょうたんに入っている濃厚な肉汁のごとき液体であったが、その正体はお眩も知らないという――それを塗布されたとき、局部に小さな青い火花がちり、からだに軽い震えが走った。
そして、丈馬は甲太夫のものをとりつけたのである。
その結果。――ふたたび閨《ねや》にひき返して、丈馬は驚いた。小ぶりながら、実に緊張度がちがうのである。全然持続力が異なるのである。いままで大鈍刀をふるっていたのが、鋭利|強靭《きようじん》な小太刀に変ったような感じなのである。
そしてまた、まるで魚が水を得たように、お眩は悩乱した。その大柄な肉体は真っ白な波濤《はとう》のようにうねり、丈馬を溺《おぼ》れさせた。
「ううふ」
はじめて――改めて彼は、朝国甲太夫がただものではなかったことを認識した。そしてこのお眩という珍果のうまみと美酒の芳香にむせんで、伊賀|雀《すずめ》たちが彼を羨望したことの的はずれでなかったことを知った。――
ところが――それで彼は安心往生したかというと、満足しなかったのである。このとりかえばやの秘法を知り、かつその成果を味わってみると、彼の眼はなお天上にそそがれた。
そのうち彼は、一つの情報をきいた。――
赤目市兵衛、楢葉平九郎、勾銅骨の三人が隠密を命ぜられて、近く旅に出るというのだ。それは上州の岩殿《いわどの》藩に対するある探索の用であるという。
はて? と丈馬はくびをひねった。お七どのの花婿の件はどうなったのか?
すぐに彼は、そうか、と思った。「三人はまたべつの方法で選び出すことにした」と甲太夫がいったが、それがこの隠密行に相違ない。その探索のしぶりから、ただ一人の合格者を選び出すつもりにちがいない。――
「……よし!」
と、丈馬はうなずいた。
「わしもそれに加わろう」
「そんなこと……お頭がお許し下さるでしょうか」
「断じて、お許し願う」
「丈馬どの。……わたしを捨てて、隠密へ出るというのですか」
「ばかめ、伊賀者の女房がいまさら何を愚かなことをいう」
「甲太夫があなたに頼んだことは、そんなことではありませんでした」
「また甲太夫か。爺いの亡霊はもう消えてなくなれ。おれはおれ、茨木丈馬だ」
と、わざと前姓を名乗り、丈馬は冷たく昂然《こうぜん》といった。
「おれの体得した忍法を験《ため》すのだ」
彼は服部万蔵の前にまかり出た。
そして、三人の朋輩《ほうばい》の遠国御用の風聞を耳にしたことをいい、その一行に自分も参加したいと頼み、それは朝国家に入って以来体得した忍法を実地に験したいためだ、といった。これに対して万蔵は、いまのところ四人目は要らぬと拒《しりぞ》けかかったが、さらに丈馬が、もし許されないならば、そもそも自分がなんのために朝国家に入ったのか意味がないし、またこの実験を経ずしては将来の研究にもさしつかえがあるというに及んで、不承不承にうなずいた。丈馬の言い分よりも、その全身からふき出す、押しつけがましい熱気、凄まじいばかりの野心の迫力に彼は圧倒されたのである。
服部万蔵の命令は――むろん公儀からの密命であろうが、実に奇怪なものであった。
「岩殿|上野守《こうずけのかみ》さまを存じておるか?」
「――は」
大名の顔で、伊賀者の知らないものはない。彼らはいっせいにその颯爽《さつそう》たる青年大名の顔を思い浮かべた。
万蔵はいった。岩殿上野守は目下江戸にあり、この暮までそのまま参勤のはずであるが、ふしぎなことにその国元たる上州岩殿にその上野守が現われているという噂《うわさ》がある。むろん城にではなく、城下の町や村にだが、ただ一人で歩いていることもあり、何人かの供らしい者を連れていることもある。それを見た人間があるというのだが、江戸にいるはずの人が上州にいるということは奇怪千万である。参勤ということは幕府最重の大法だからである。で、いくどか他の用にかこつけて幕府の高官が上野守を招いたり、江戸屋敷に会見を申し込んだりしてみたのだが、そのときはちゃんと江戸にいるというのだ。
「ほほう」
四人の伊賀者は口をあけた。
「で。――」
万蔵はいう。
御用の第一は、岩殿上野守が上州に現われるというのはまことであるか。第二は、もしまことならば、それは何のためであるか。
「われらの調べたことで、岩殿藩ではここ数年、江戸におわす奥方はじめ御側妾《おそばめ》、また在国の御側妾など、四、五人、お子さまをお生みなされたが、いずれも御早世なされて、目下御世子がないという事実がある。それを、右の怪異と何ぞかかわりがあるのではないか、とも思われる。参考までにきいておけ」
「は。――」
しかしこのときは、四人の顔には、何だそんなことか、という表情が現われていた。怪事にはちがいないが、探索そのものとしては、その一国の経済や人心を調べるふつうの隠密御用よりもむしろ単純なものだ、と考えたらしい。
「それだけならば、何もおまえらほどの面々を四人も派遣することはないのじゃが」
と、万蔵はくびをひねりながらいった。
「上州岩殿藩には、その昔、能登《のと》流、諏訪《すわ》流という忍法両流があったときく」
「――ほ、はじめて承った」
と、赤目市兵衛がいった。
「いまは、ききませぬな」
「どうやら能登流は上杉より発したらしく、諏訪流は武田より発したらしい。戦国の世、両家が上州において角逐《かくちく》したときに相争った乱波《らつぱ》の残党がそこに住みついたものときく。慶長のころ、わが祖半蔵どのがいって、そのいずれにも敗れた、という古い記録が服部家にある」
「へへえ」
「寛永のころより、その両家の消息ふっつりと絶え、もはやその跡は絶滅したと思うておったが――このたびの怪異、あるいはそのような妖《あや》しき眷属《けんぞく》がからんでおりはせぬか、さすればなみの者をやっても埒《らち》あくまいと思い、それでおまえらを選んだのじゃ」
「ありがたきしあわせ」
「で、右の探索は三人、べつべつにせい。丈馬は遊軍として、適宜三人の助勢をせい。三人、それぞれの報告を持って江戸に帰れ。それによって万蔵判断をいたす」
「かしこまってござる」
「くりかえすが、もしその忍法古流がからんでおれば、くれぐれも用心せいよ」
「――は」
三人は躍然として平伏した。
一言なかるべからざる丈馬は、珍しく黙っていた。この探索の目的もさることながら、もう一つの目的はやはりお七の花婿えらびだ。その任務の成否、また報告書の内容如何によって、その判断を下すのだ、という丈馬の推量は変らない。従って、彼が二軍的な任務に配置されたのは当然だが、それで彼は黙っていたわけではない。彼には彼の目的があった。
上野の国に、白い初秋の風が吹く。
その白い風が次第に銀鼠《ぎんねず》色に変って、代りに穂すすきが白く浮かびあがってそよぎ出した。岩殿郊外のとある山裾《やますそ》の野であった。
「そうか。……ついに見つけたの」
と、いう声がした。
「これは秘密修法壇のあとじゃ」
五つばかりの黒い影が立っていた。みな深編笠をかぶっている。まんなかの一人が、地を指さしていう。
そこには土を積みあげ、壇とした跡がいくつかある。何か、焼いた跡も残っている。焦げた獣の頭蓋骨《ずがいこつ》がころがり、人間の髪の毛らしいものも夕風にちらばっている。
その深編笠は焼けて一片となった画像らしいものを手にしていた。やはりそこから拾いあげたものであった。
「秘密修法壇には、例えば息災法には円壇、降伏法には三角壇などがあるが、見よ、これは菱形《ひしがた》壇じゃ。しかも四個。このかたちを何と見る。武田菱ではないか。――」
「あ。――」
「しかも、焼いたこの画像は摩利支天《まりしてん》のおん像。不識庵謙信公が信仰なされた軍神じゃ。思うに、何者かがこの地において――おそらくは能登忍法に対して――呪殺《じゆさつ》の修法をしたにちがいない。――」
「と、殿に。――」
と、一人がいって、急に妙なうめきをあげて棒立ちになり、どうと草の中にころがった。同時に、その一群のすべてが、まるで一陣の妖風《ようふう》に吹かれたようにばたばたと倒れ伏した。
遠い穂すすきの中から、これまた黒い影が四つばかり立ちあがった。
「みな倒れたな」
「みな倒れるはずがない」
「一人だけは生きておるはずじゃ」
「うふ、手裏剣《しゆりけん》は四本しか飛ばさぬからの」
野ぶとい声がした。
倒れた五つの影のうち、まんなかの一人がむくと身を起した。いかにも倒れた四人の背や頸《くび》すじにはキラと白く光るものがあるが、立ちあがった一人は五体健全だ。飛んできた手裏剣にいっせいに刺されたと見せかけたらしかったが、襲撃者はそれを知っていた。――
深編笠がぱっと抜刀したのを見て、黒い四つの影はどっと笑った。
「殺すなよ」
「岩殿の町の辻《つじ》に生きながら磔《はりつけ》にしてやろう」
「江戸にあるはずの殿さまが国元で晒《さら》し者になっていたと知られたら、岩殿藩はどうなるか」
深編笠の手にひかる刀身を見つつ、これは抜刀もせず、四つの黒影はその方へ悠々と歩き出した。黒いのは夕闇《ゆうやみ》のせいばかりでなく、全身|黒衣黒頭巾《こくいくろずきん》につつんだ影は、いずれも背は低いが、骨ばって、しかも獣めいた剽悍《ひようかん》さがあった。
「おい、こっちを向けえ」
どこかで、そんな声がながれた。
四つの影ははっとしたようにふり返った。彼らの背後にまた一人、ふらりと立っている影があった。夕風の中に裾がはためいている。着ながしの浪人風の男だ。
四条の光流が走った。四本の手裏剣であった。凄まじい音響がはためいた。浪人の抜く手も見えなかったが、それを悉《ことごと》く叩き落したその手には、いつのまにか一刀があった。
「どうだ?」
笑うような声に、四つの影は立ちすくんだ。が、浪人者がぶらぶらと近づいて来るのを見ると、また三本目の手裏剣をとり出し、しかし顔見合わせると、それを投げずいっせいにおのれののどに刺して倒れたのである。
「や?」
浪人者は、これにはあわてて駈《か》け寄ったが、頭巾の一つをむしってのぞきこみ、さらに驚いた声を出した。またべつの――あと三つの頭巾もひんめくる。
「こうまで奇態なやつらとは思わなんだ。――しかし、なるほど」
「どうしたのじゃ」
と、こちらの深編笠がふしぎそうに声をかけた。
「みな、女でござる」
「なんじゃと?」
「声といい、姿といい、てっきり男と思うたが、屍骸《しがい》になるとみなぐにゃぐにゃと柔らかくなり、女に戻ってしまった――ようでござる」
深編笠は近づいて来て、これものぞきこんだが、別に何もいわなかった。浪人がつぶやく。
「道理でこの野の向うの道にならんでいた五つの駕籠《かご》。――」
と、ふりむいて、
「や、見えぬ。逃げてしまったらしい」
「何が?」
「駕籠が五つ。しかもたしかにお城用の女駕籠。そのうちの四つから黒頭巾が四人飛び出したので、はて面妖《めんよう》なと追って来たのでござるが」
「ほう、城の女駕籠。この近くにたしか岩殿家の菩提寺《ぼだいじ》があるが。――」
「あなたは、岩殿藩のお方ですか」
「ちがう。……いや、その通りじゃ」
と、あわてたように深編笠をゆらゆらさせて、
「その方は?」
と、きいた。どうも、もののいい方が横柄だ。浪人は答えた。
「数日前、食うにこまって知人を訪ね、岩殿に来た奥羽の浪人です。赤目市兵衛と申す。……岩殿藩のお方なら、これも御縁、一つ仕官の口を見つけては下さるまいか? 御覧のごとく、腕にはいささかおぼえのある男。――?」
深編笠はしばし答えず、ふりむいて、倒れたまま動かぬ仲間の姿を眺め、何やら思案をしていたが、
「世話しよう。赤目とやら、その代り、一つ手伝うてくれ」
「手伝う? 何を?」
「岩殿藩の大事じゃ。わけあって詳しいことは今申せぬが、岩殿藩のなみの侍には頼めぬこと。頼りにした奴らはあの通り。――で、無縁のその方に頼み、万一首尾よういったときは、岩殿藩にとり立ててつかわす。……いや、そのように斡旋《あつせん》してやるが」
「ですから、何をです」
「今夜、岩殿の城へ忍び込んで、きょうこのあたりへ来たその女駕籠の出所――どの局《つぼね》から出たものかを探り出してもらいたいのじゃ」
「なるほど。しかし、城へ忍び込む?」
「ふつうならたやすうはゆかぬが、危急の際ゆえ敢《あ》えて教える。城の濠《ほり》の北、そこに庚申《こうしん》堂がある。その床をはがすと穴があいておる。穴は濠の下を通って城中の北井戸につながっておる。横穴が井戸の途中にあいておるのじゃ。そのつるべ縄を伝わって忍び込め」
容易ならぬ城の秘密を打ち明けたが、よほど思い余ったのであろう。
「そして、きき出したら、そのことを書いた紙片を庚申堂に置いてゆけ」
すぐに気がついたらしく、
「その方、そのあと、江戸へいって岩殿藩の江戸屋敷を訪ねろ。かくかくの者に逢《お》うてかくかくのことをしたと重役に申せば、仕官なり褒美なり、その方の望むがままにとりはからってくれるであろう」
浪人もまた考えこんでいる風であったが、やがて大きくうなずいた。
「よろしゅうござる。わけがわからぬが、乗りかかった舟じゃ。ひま持てあましておる風来坊でもある。やってみましょう」
その夜だ。
岩殿城の北井戸のつるべ縄を伝わって、一つの影がスルスルと入っていった。――赤目市兵衛であった。
彼は何やら途方もない事実をつかんだらしく、どこかうわの空の顔で闇《やみ》の中を沈下していった。むろん、数刻前に逆に上っていった道だから、無意識的に、横穴の位置でとまった。
突如、その横穴から噴き出した一閃《いつせん》が、その右腕を肩から断った。ばさ! という凄まじい音とともに、彼は左腕だけでぶら下がって、
「……上野守!」
と、絶叫した。
「だましたな?」
しかし、彼は相手の姿を見たわけではない。闇のせいではなく、キリキリと回るからだのためであった。横穴にひそんで待っていた人間は、その横穴を教えた人物以外にないと思いこみ、用をすませたら城の秘密を明かしたあと始末か、と一瞬判断したのだが、いやしかし、まだかんじんの報告はしていない。と、回転しつつ、赤目市兵衛は疑惑した。
「うぬは?」
驚愕《きようがく》して抜刀しようとしたが、ただ一本残った左腕はこれまた縄をつかんでいる。同時にその左腕もばさと肩から斬《き》り離された。
さしもの彼の凄まじい剣技も水の泡。――どぼうん、と深い底で水の音がした。両腕がなくて水に落ちた男の運命は知るべきのみである。
横穴から一本の手が出た。そして縄をつかんだままぶら下がっている二本の腕を、縄ごめに切りとって、またひっこんだ。
ひたひたと足音が消え、そして井戸の底の水の音もやがて静寂に帰した。
その夜の明け方であった。
城の北側の濠沿いにある庚申堂の扉をあけて、深編笠の武士が一人出て来た。みれんげにもういちどふり返り、それから初秋の朝霧の中をどこかへ立ち去った。
「……あれが岩殿上野守どのか」
「そうらしい」
遠く離れた濠ばたの柳のかげに立って、それを見送っていた二人の男がささやき合った。楢葉平九郎と茨木丈馬である。
「やはり、そうであったか。江戸にいなければならぬお人が国元におる。こりゃ大変なことだぞ」
と、平九郎が息はずませる。
「なぜそのようなことをなされるのか、追っかけてきこうではないか」
「ばかめ。それが大変なことだと承知して帰国している上野守どのだ。いきなり見知らぬ者が駈《か》け寄ってそのわけをきいて、きかせてくれるものか」
と、丈馬はいい、なるほどこの男はしゃっ面《つら》は美しいが、頭は五点だと思った。平九郎がきく。
「しかし、なんのためにあの庚申堂に入っていたのじゃ」
「夜だけあそこにひそんで城を見張っていて、ひるまはどこかへまた身をかくされるという。――とか赤目からきいたが、それにしても御自分の城を、お大名があのようなところからうかがうとは、よほど容易ならぬ事情があると思われるが、しかし可笑しいようでもあるな。いや笑ってはおられぬ。赤目市兵衛はその城に入ったきり出て来ぬのじゃから」
丈馬は憂わしげにいった。
それまでに彼は平九郎にいった。岩殿上野守はたしかにひそかに帰国している。それを知ってつけ狙《ねら》う者が国元にある。しかも城に住む身分高い女性ないしその一味の女たちだ。狙われて危うかった上野守を赤目市兵衛が救って、とり入って、その女人は何者かを探索するために昨夜城に入った。――と、市兵衛からきいた話として平九郎に語ったのである。城に入るまでに市兵衛は丈馬にいい残したという。「明朝までに出て来ねば、わしの身に異変があったと思え」
平九郎は首をかたむけた。
「城に住む女人。――」
「おれの調べたところでは、お国元におわす上野守どのの御側妾は、四、五人はある」
「その御側妾が、殿さまを狙っているのか」
「奇怪千万じゃが、そう見るほかはない。――と、これも市兵衛の意見じゃが」
「それがどの御側妾か、殿さまにもわからぬのか」
「そうらしい」
「それを探らねばならぬな」
「お頭の御意向もそうであった」
「しかも、市兵衛のこと捨ててはおけぬ」
「それだ。それを思うと、いても立ってもおられぬ。――特におれは、みなを助勢することになっておるのじゃから、そこまで話をききながら、万一市兵衛を見殺しにしたということにでもなれば、江戸に帰ってお頭に合わせる顔がない。――」
丈馬は腰の刀に手をかけ、城の方を見あげた。
「おれが探って来ようと思う」
「待て、おまえは遊軍だ」
と、平九郎はいった。
「しかし、せめて市兵衛の安否だけでも。――これは、一刻を争う」
いったかと思うと、丈馬の手から閃光《せんこう》がきらめいた。腰にぶら下げた小さなひょうたんが躍った。鍔《つば》鳴りの音とともに、それはもとの鞘《さや》に納まっている。ただそばに垂れていた柳の枝が四つ五つに切れて濠へ落ちてゆくのを、平九郎は例の美しい眼を見張ってのぞきこんだ。
「――ほ、いつのまにそこまで手をあげた?」
ややあって、息をひいていうのに、丈馬はにやっと笑った。
「これくらいのことは前からよ。だから、城へ入って」
「まさか、隠密が目的の城へ斬り込むわけにはゆくまいが」
と、平九郎はあわてていった。丈馬の意気込みを制止したというより、相手のわざに自分の役割が攪乱《かくらん》されるような脅威をおぼえたらしい。
「待て待て、女だといったな。女ならば、わしの専門だが。――」
これだけは自信満々としていい、しかしその自信のある能力をふるうきっかけが見つからぬらしく、腕こまねいて考えこんだ。
「そうだ」
と、丈馬は立ったまま、ひざをたたいた。
「市兵衛が残していったものがあった」
ふところから紙につつんだ一本の笄《こうがい》をとり出した。
「上野守さまをつけ狙った女が落していったものだという。――これをたねに探りを入れてゆくのが順当じゃろうが、おれの気性に合わぬし、まだるこしい――といって、渡していったものじゃが」
「それをくれ」
と、平九郎は眼をかがやかして、手を出した。
「それを手品のたねにして、わしが城へ入り込んでみる」
「しかし、へたをすると平九郎、かえって向うにとっつかまるぞ」
「ほかのやつならそうなるかも知れぬ。が、わしならば――とっつかまってからが、わしの独壇場じゃ」
――その夕刻、城ちかい辻《つじ》で、そこを通りかかった城からの使いの女中らしい女に駈け寄った扇売りの若者があった。
「もしっ。……これを落されたのはあなたさまではござりませぬか?」
その手の笄を見て、ふしんげな眼を相手に投げて、女中の眼がまばたきした。その若者のあまりな美しさに打たれたのだ。一瞬合っただけで吸いつけるような若者の眼であった。
しかし、ここまでの反応はどの女も同様であった。その扇売りは、城をめぐって、朝から十幾人か、城から出たと見える女に同じ問いを投げていたのである。
「あ。……」
その女中は笄に戻した眼を、改めてまた大きくした。
「それ、どこで拾ったえ?」
「いま、そこで。……あなたさまが落されたのではありませぬか」
「おう、わたしじゃ」
女中はそわそわした。その反応ははじめての経験である。彼女はあたりを見まわし、笄を受けとり、それからいった。
「ききたいことがある。いえ、礼をしてやりたい。おまえ、これからお城へ来れるかえ?」
「へ? 城へ?」
「これから――いえ、日が暮れてから、七ツ門の外へ来やれ。御用達《ごようたし》の出入する門じゃが、五ツのころ、わたしがそこまで迎えに出る」
「へ?」
「きっとじゃえ?」
せいいっぱいの媚笑《びしよう》を浮かべながら、笄をふところにしまい、城へいそいで帰ってゆく女中をぽかんと見送ってから、扇売りはにんまりと笑った。楢葉平九郎である。
日が暮れて、五ツどき――午後八時、七ツ門から男女二つの影が吸いこまれた。
それから数刻、雨になり、闇に屋根の白くしぶくその門がぎいとまたひらいて、一|挺《ちよう》の駕籠が出て来た。傍にお高祖頭巾《こそずきん》の女が一人ついている。それが傘もささず、雨の中をピタピタと歩き出した。
町はずれに河があった。そのほとりに駕籠を置くと、そこからずるずると何者かをひきずり出した。駕籠かきがちかくから大きな石を拾って来て、その手足に結《ゆわ》えつける。
「これでよし」
女がいった。それから、どういうつもりか――石を縛りつけた、あきらかに屍骸《しがい》の口を音たてて吸った。
「沈めや」
屍体は投げ込まれた。駕籠はまた雨の中をピタピタと去ってゆく。
その跫音《あしおと》がまったく闇に消えてから、その河にまた水音がした。何者かが飛び込んだのだ。ややあって、その影は屍骸を抱いて浮かびあがって来た。そのまま河原に抱きあげ、路傍の地蔵堂に運んでゆく。
「こうなるだろうと思うておった。女に向い合いさえすればきっとその心魂をとろかしてみせる。少なくとも命までとられるような破目にはならぬ――とうぬぼれていたろうが、扇の一つに、隠密、と書いてあっては助からぬ」
つぶやきながら地蔵堂に入った。やがてそこにぽっと灯がともった。
「や、絞め殺されておる。それにしても、これがあの平九郎か? 飯を十日も食わなんだほどやつれはてておるが……ううむ、よほど最後にはおもちゃにされたな」
茨木丈馬だ。あぶら灯を半面に受けてのぞきこんだその顔は、屍骸よりもむしろ凄惨《せいさん》であった。
「しかし、眼は大丈夫だろう。おう、恐怖そのもののごとく、まじまじとひらいておる。しかし、おれの顔はもう見えまい。さて、おまえの眼が生きているうち最後に映したものはなんだ?」
二日目の夜明前。
濠ばたの庚申堂の床を下からはねあげて、にゅっと顔をのぞかせた茨木丈馬は、堂の格子戸から内側をのぞいている深編笠の影を見てはっとなり、あわてて床下の穴に身を沈めようとしたが遅かった。――
格子の外からびゅっと飛んで来た縄が、彼の頸に巻きついたのだ。位置が悪く、姿勢が悪く、さすがの彼も防ぎようがなかった。
「うっ」
両手を床にかけたまま、彼の顔は紫色にふくれあがった。
「何やつだ」
と、深編笠はいった。丈馬の頸に巻きついたのは投縄であったが、それにしても格子越しに投縄をふるうとは恐るべき手練ではある。
「……と、殿! 上野守さまっ」
と、死物狂いに丈馬はさけんだ。
「呪殺《じゆさつ》の女人、つきとめてござる!」
「なに?」
縄がゆるんだ。丈馬は床の上にはねあがった。が、縄がぴいんとまた絞まり、それに手をかけたまま彼は立往生した。格子の外でまたきく。
「呪殺の女人、とは? 申せ、そうれ、縄をゆるめてつかわす」
「お城の中で、梅林の中の屋形《やかた》に住むお方。――」
「おう。……それはお左衣《さえ》じゃ!」
愕然《がくぜん》たる声であった。いっきに縄をはずそうとしたとたん、それはまた頸にくいこんだ。
「それより、うぬは何者じゃ? 先日の浪人とはちがうな。名乗れ」
「江戸から参った隠密でござる」
丈馬ではない。往来の方から近づいて来たまるまっちい影が投げた声であった。
「それ申さねば、その男のいのち助かりますまい。岩殿上野守さま、われら公儀より送られた伊賀者でござりまする」
さすがに岩殿上野守は、夜明けの先に満面|蒼白《そうはく》となり、無言のまま立ちすくんでいる。そのあいだに、丈馬は縄をはずした。
「こりゃ、どうしたことだ、丈馬?」
と、数歩離れて勾銅骨はいった。
息は通るようになったが、丈馬は声が出なかった。単独行動をとっていた勾銅骨は、どこかで岩殿上野守を発見し、そのあとをつけて来たものであろう。しかし、この二、三日の自分、市兵衛、平九郎の始末は知るまい、と思ったが、それをいうことは出来なかった。とくに自分のやってのけたことは、八幡、神かけて!
「公儀隠密。――そうときいては、もはや弁解無用であろうな。ふうむ、してみると、例の赤目市兵衛と申すやつもそうであったか?」
深編笠の中の声がやっと苦笑した。苦笑の中に、覚悟をきめた爽《さわ》やかさがある。
「きけ。――ここ数年、余が女どもの生んだ子たち悉く夭折《ようせつ》いたす。このごろ、それがようやく何者かの呪殺であると知った。知ったのは、江戸におる妾の一人、これが岩殿に古くより伝わる能登流の忍者の末孫で、それより余も同じ忍法を伝授されたからじゃ。呪殺の根源はこの国元にあり――と見込みをつけ、一刻も早うそれをたしかめねばならぬと思ったが、余はことし一杯は江戸におらねばならぬ。さればとて、呪殺の妖物に立ち向う者、余をおいてだれがあろうぞ。で、余は国へ立ち戻った。――大法にそむいた顛末《てんまつ》は右の通りじゃ」
忍法大名とは珍しい。それではいまのみごとな縄術も、その能登流であろうか。
「三日のち、御老中に逢う予定がある。そのため心せいて、見ず知らずの浪人など使うたは余が不覚。しかも、いまだ気づかず、もはや今朝早うひとまず江戸へ向って帰らねばならぬと思い、それでもと思うて、その浪人との約束のものを見に来たがこの始末じゃ。――隠密ども、公儀に何とでも報告いたせ」
勾銅骨はお辞儀をした。
「恐ろしや、岩殿家のお子さま方をなあ」
と、長嘆しつつ、格子戸に近づいて、のぞきこんだ。
「丈馬、その呪殺の悪鬼が、お城の梅林の中の屋形に住む女人、とはどうしてつきとめたのだ?」
丈馬はなお沈黙している。
「やっ?」
と、銅骨はさけんだ。
「おまえの眼は!」
丈馬はあわてて眼をとじた。しかし、銅骨はいった。
「平九郎の眼玉じゃな?」
「そ、それで探り出したのだ」
と、丈馬はしぼり出すようにいった。
実は彼自身、平九郎の眼ととりかえてみて、われながら恐怖に耐えなかったのだ。眼前の風物は見える。しかもそれと重なって半透明にもう一つの影像が――一つの女の顔が――じいっと自分を見つめている妖艶《ようえん》きわまる顔があったのである。
平九郎が最後に見たのは、建物か、その内部か、それでも探索の糸口にはなると思っていたが、断末魔の平九郎を凝視している女が最後の映像であろうとは予期以上であった。その顔を求めて、昨夜から彼は城の中を這《は》い回っていたのである。
「例の忍法とりかえばやか?」
しゃがれた声で、銅骨がきいた。彼は、なぜ丈馬が朝国家の婿にされたか、ということを万蔵に問いつめて、そのことをきいていた。
「おお、もしわしが殺されたら、その眼をとりかえて見てくれという平九郎の遺言で」
「あの根性なしの平九郎が喃《のう》。……いや、伊賀者ならば、さもあらん」
「平九郎も死んだ。市兵衛も死んだ。――」
「……よし!」
銅骨はうなずいて、上野守をふりむいた。
「殿。事がかくまで進展しては、殿がたとえいま御帰府なされても御無事にはすみますまい」
「覚悟しておる」
「いえ、公儀のことではござりませぬ。どうせ岩殿藩を潰《つぶ》してもというほどの呪いに狂った女人《によにん》のことでござる。――こちらを成敗すれば、岩殿の国に波風は立たず。――討ち果たしてようござりましょうな?」
「その方がか?」
「されば」
銅骨はうなずいた。
「朋輩たちのかたきでもござれば」
「よし」
と、上野守はさけんだ。
「お左衣と申す女、江戸のその女に対し、国元では最も寵愛した女であった。いまはじめて思いあたったが、あの武田菱の修法壇から推しても、きゃつ諏訪流忍法の末孫であったとみえる。江戸で能登流の女からわしが修行しておるときいて乱心いたしたのじゃな。……よし、成敗いたせ、してくれい!」
「では」
勾銅骨は飄然《ひようぜん》として格子をあけて、庚申堂に入って来た。
「丈馬、わしの男根をおぬしに譲る。とりかえばやをやれい」
「えっ?」
「おまえ、どうやら、市兵衛の腕ももらったな? して見ると、いっそおまえの方が服部家のあとをつぐにふさわしい。わしの男根をつけて、完全無比の男になれ、――わしは諏訪忍者との決闘、必ず目的は達するが、生きてまたここに出られるとは思うておらぬ」
茫然《ぼうぜん》たる茨木丈馬の耳もとに口を寄せ、にやにやしながら勾銅骨はささやいた。
「これ、申しておくがの、婿えらびの中、お頭は赤目を選びなされたが、お七どのが選んだのはこのわしであったというぞや」
――いかにしてそれを奪うか、ということが悩みのたねであったが、あにはからんや、こういうかたちで譲渡されようとは。
ともかくも、茨木丈馬はこれで完全無比の男になった。たとえ三人の仲間のだれがお七を得ようと、その人間すべてになり代ろうとはつゆ思わぬ。しかし、その優秀なる一部分なら、悪魔とひきかえにでも欲しかった。その望みは果たされた。――にもかかわらず、江戸へよろめいてゆく茨木丈馬は、満身|創痍《そうい》の人のようであった。
江戸に帰り、万蔵に事の次第を報告した。ただおのれが彼らの肉体の一部をもらうについての真相は飾って。
服部万蔵は口をあけて聞いていた。そのとき、お七が赤い顔をして父の耳に何やらささやいた。万蔵は動揺した表情になったが、やがて、
「御苦労であった。それでよい。丈馬、しばらくこの家で休養しておれい」
と、ばかにやさしくいった。
その夜、お七は丈馬の寝所に忍び込んで来た。たとえいちどは朝国家の婿になろうと、赤目市兵衛の腕、楢葉平九郎の眼、勾銅骨の男根を兼ね具《そな》えれば、お頭の方針も変る、変らせずにはおかぬ、というのが彼の想定であったが、この夜早々お七が忍び込んで来ようとは意外中の大意外事であった。
そしてまた、天女のようなお七の濃厚さ、執拗《しつよう》さ、淫蕩《いんとう》さは、彼に意外という言葉すら失わせた。まるで白蛇に巻かれ、炎にあぶられるような夜であった。
しかるに――彼のもらった銅骨の肉体は、なんとこれが、風体ばかりで以前の彼自身のものに数段劣る大鈍刀であったのである。
三日にして彼の肉体は、平九郎の屍骸同様に憔悴《しようすい》し、銅骨ばかりか井戸の中の市兵衛のごとくふやけてふくれあがった。朦朧《もうろう》たる彼の脳髄に、はじめてお眩の姿が浮かんだ。牝《めす》象のごとくやさしく、おだやかなお眩が。――
夕暮、服部家の門を這い出そうとする前に黒い影がさした。
「丈馬、この服部の娘を犯して逃げる気か。左様な者は、この伊賀組の歴史に一人もないぞや」
刀身を抜きはらって仁王立ちになっている服部万蔵の恐ろしい顔であった。
[#改ページ]
「甲子夜話《かつしやわ》」の忍者
私は忍術の文献というものを、ほとんど読んだことがないが、読んでみたら面白かろうとは思う。
読まないのに、当推量《あてずいりよう》で申しわけがないが、まず大体の見当はつく。一言でいえば、まず荒唐無稽《こうとうむけい》なものだろう。荒唐無稽も、聖書とか、アラビアンナイトとか、西遊記とか、聊斎志異《りようさいしい》くらいになると、雲煙のかなたにある思いがするが、江戸時代の忍術の本くらいなら、当方の空想力と大したちがいはあるまい、とたかをくくっているところがある。忍術の文献書なるものを読まない理由の一つである。
荒唐無稽にもいろいろある。日本人はとうてい右にあげたような夢魔《むま》的大作品を生み出す独創力はないから、せいぜい、せいいっぱい、合理めかしたものしか創造できない。忍法書の集大成ともいうべき江戸中期の「万川集海」などもそうらしい。その「忍器」篇に、水上をあるく円形の下駄のような「水蜘蛛《みずぐも》」という器具や、組立式携帯用の「忍び舟」などが載っているということだが、これが実用になるくらいなら、何も第二次大戦の敵前上陸に、おたがいがあれほど苦労しやしない。
この「万川集海」は二十二巻にわたるということである。私が面白いというのは、こういう非合理なものを合理めかして、それだけの分量をかいたという作者の心理状態である。
これは寛政年間に、当時衰乏に瀕《ひん》していた甲賀流の末裔《まつえい》たる郷士《ごうし》らが、忍術と生活と、双方の保護を目的として、幕府に訴えるために作成したものということで、まず農地解放で貧乏になったという旧地主階級の陳情運動と同じようなものだろう。
その目的に対する熱情はあったかもしれないが、内容については、作者自身が信じていたかというと、おそらく信じてはいなかったろうと私は考える。本人が信じていないものを、幕府の要路者に信じてもらうために、脳漿《のうしよう》をしぼって、延々二十二巻にわたる忍術の秘伝書なるものを書きあげた作者の惨澹荒涼《さんたんこうりよう》たる心理は、原稿料のために忍術小説を十巻もかいた私にとって大いに同情に値する。
私も――いつであったか、人間が一塊になると、どれくらいの体積になるものかと知る必要が生じて、夜中にいきなり風呂場《ふろば》に入って、垢《あか》の浮いている残り湯に、頭も何もかも沈没させてみたことがある。ふえた分だけの湯をくみ出して、一升瓶につめかえて計算しようというアルキメデスそこのけの実験である。いや、狐《きつね》がひとを化かすまえに、藻《も》をあたまにかぶるようなものかもしれん。が、深夜ひとりで、濡《ぬ》れた頭をふりたてふりたて、黙々として湯を一升瓶で計っている姿は、われながらもの哀しくもあり、ばかばかしくもあった。
高校にいっている親戚《しんせき》の娘が遊びに来ていて、夜中に風呂場でひとりさわいでいる物音をきいて、「何してるの」と起きてきた。
「僕のタイセキをはかっているんだ」と憮然《ぶぜん》としてこたえたら、おなかをかかえて笑い出し、しまいには苦しがって、ヒーヒーという声をたてはじめた。
水上を自由に走る忍者があって、これと対決するのに、それと足の裏を密着させて逆さになって水中を移動する忍者を設定したことがある。ただし、陰と陽との裏返し、というもっともらしい意味をもたせて、からだのむきは正反対とする。これが同時に斬りつけたらどうなるか。いちど図解してみたが、何が何だかよくわからない。そこで、
「おいおい、ちょっときてくれ」
と、女房を呼んだ。たたみをあごでさして、
「そこに寝ろ」
といったら、女房は恐怖の相をうかべて、
「何なさるの」
と、いった。――閾《しきい》を水面と見たて、平面的にためしてみて、
「なるほど、こうなるか」
と、はじめて納得すると同時に、謝国権先生の「智慧《ちえ》」を諒《りよう》としたことがある。
また、幼稚園にいっている女の子と風呂に入っていたら、彼女何をかんがえたか、「お父さんのおちんちん、まわすと、とれるノ?」と、神秘的な表情でいった。
幼女の眼に、まわすととれそうに思われるほどタヨリナゲに見えたのは汗顔のいたりだが、このとたんに急に両腕をこまぬいて、「うーむ、これがラジオの部品のさしこみかネジみたいにとれて、分解掃除や新品取換ができたら、さぞ好都合だろうな。いや、げんに近代医学だって、移植手術の可能性はしだいにひろがりつつあるではないか」という霊感に打たれ、子供をほうり出して湯からとび出していったこともある。……
とにかく、忍術小説をかくのもラクではないのである。
そういう同情があるから、作者の心理状態を想像しつつ読めば、江戸時代の忍法書も面白かろうと思うのだ。それは「机上の空論」の面白さである。
この「机上の空論」の面白さは、それが仔細《しさい》らしい顔をしていればいるほど倍加される。浮かびもしない水上歩行器「水蜘蛛」を、「身ノ指《サシ》渡シ二尺一寸八分、内一尺一寸八分、中ヲ円クトルナリ、外側幅一方ニテ五寸ズツナリ」などと、板の厚さ、掛金《かけがね》、使用する革までこまごまと書いている心理には大いに敬意を表すべきである。これは忍法書にはかぎらない。「甲陽軍鑑」などの江戸時代の一見精妙をきわめた軍学書を読んでも同様だし、また西洋の魔術書、東洋の卜筮《ぼくぜい》書、さらに、「カーマ・ストーラ」とか、「ラテイラ・ハスヤ」とか、「アナンガランガ」などという性愛書の面白さとも共通したものではあるまいかと思う。
ところで、こういう忍法書をかいた「専門家」はべつとして、江戸時代、一般の人士は、はたしてどれくらい忍術なるものを信じていたか。まず、半信半疑というところだったろう。
右の大冊「万川集海」を献上された松平定信首相が、どんな顔をしてこれを読んだか想像のかぎりではないが、とにかく「御苦労であった」と、銀五枚をあたえて、べつにそれ以上補償の予算を組んだ形跡はないが、さりとて、ばかにしちゃいけないと立腹した記録もない。
普通人で、まともに忍術を研究した人はほとんどないようだが、それから三十年ばかりたった文政四年十一月甲子の夜に起稿した松浦静山の「甲子夜話《かつしやわ》」に、突如として忍者が登場する。
松浦静山すなわち松浦|壱岐守《いきのかみ》は、肥前平戸《ひぜんひらと》の藩主だが、おどろくべく好奇心の強い人物で、そのうえメモ魔で、隠居してから二十年にわたり、当時の諸侯の内事とか、庶民|巷間《こうかん》の瑣事《さじ》、外国の風聞などを、日夜見聞するままに、二百八十巻の大随筆集として残した。まず当時最高の知識人であろう。
この「甲子夜話」の巻二十七に、
「先年聞く、忍びの術をなす者は、まず闇夜《あんや》に立ちて四方を見いるに、はじめは何のあやめも知れざるが、のちはやや見え分《わ》きて、ついには四方の物わかるとなり。ちかごろ聞くには、お鷹匠《たかしよう》も夜目をさらすといいて、勤めはじめには暗中進退すれども、これもついには火光をからずして道をゆくこと成るという」
と、ある。当時忍びの者がどこかに存在し、かつ、これを合理的に理解しようとしていたことがわかる。
また次に、その続篇巻五十五には、さらに詳細に、その家臣が信州|高遠《たかとう》侯の家来坂本天山という砲術家からきいたとして、次のような意味の話をかいている。
「天山が松本にいったとき、そこの松平侯の家臣に、代々忍術を伝えた者があった。天山ははじめてその者に逢《あ》ったのだが、その者は高遠城内の大奥の様子までもくわしく知っていた。それで天山はおどろいて、高遠の家臣たるじぶんですら知らないことを、どうして貴公は知っているときくと、彼は笑って、わが職は忍者である。したがって、隣国に関することはどんなことでも偵察している、とこたえた。また彼は、ふだん、夜城門を鎖《とざ》した城に入るのに、門外でただその名を名乗る。門番がこれに応じたときは、忽然《こつねん》として鎖した門の内側に立っているという。――」
「また天山がきいたところでは、この術を相伝したある忍者が、修行のため江戸に出たときに、もとより忍術使いのことだから、将軍家の駒場御成《こまばおなり》のさい、お狩場にいって、ひそかに、騎馬|勢子《せこ》の様子、地形から隊形までのこるところなく図にとったが、帰国の途中、和田峠で急死した。このとき松本にあった老父は、愕然《がくぜん》として立ちあがり、いまおれの子が死んだ、死んだことはやむを得ないが、きゃつは秘密の絵図面を懐中している。これが露見すれば主家の一大事になるとさけんで、駈け出し、峠に急行して死者からその図面をとって帰ったという。――」
「また高遠から松本に嫁にいった女があった。結婚後のある日、夫が妻に微笑していった。おまえはおれのところに嫁にくるまえに、病気になって寝ていたことがあったろう。おれはそっと、そのそばに坐《すわ》って見ておったぞといった。妻は疑って、その様子をきいたところ、まったくその通りであった。びっくりしてききかえすと、夫がいうには、おれは忍者ではないが、知り合いの忍者にとり憑《つ》かせてもらって、おまえを見にいったのだと。――」
どうやら結婚調査のための興信所的な忍者もあったとみえる。とにかく、これで当時、「信濃《しなの》忍法」ともいうべきものが存在していたことがわかる。上田の真田幸村の忍びの者の末孫かもしれない。
そしてまた、静山はつけ加える。
「この修行の次第は、深山をわたり幽谷に入り、そのあいだには怪しむべく恐るべきことが重なるらしいが、よくこれに耐えてはじめて体得するものだという。先年|天満与力《てんまよりき》の大塩平八郎に誅戮《ちゆうりく》された京都の女行者豊田|貢《みつぐ》なる者も、かつて深山で艱苦《かんく》修行したというから、あれは巷間つたえるがごとくバテレンの法ではなく、わが国に古くからつたわる忍法者の一種だったのではあるまいか。――」
「天山はこれを奇として門人たらんことを請うたが、その忍者は笑って、これは決して士大夫《したいふ》のなすべきことではない。私は家業だからやっているが、まったく下忍《げにん》のわざだから、ひとに伝授すべきことではない。それにこの術はすこしでも私欲があれば行なわれないのみか、かならず魔天の冥罰《みようばつ》がある、といって拒否したということである」
さらに静山は、京都から来た医臣《いしん》の話として、次のようなことを記している。
「この医者は、京都である忍者と親しくなったが、この者は宴席などで、座興にひとつ例の術を見せてくれとたのむと、すぐにうなずいて、壁のところに寄り、両手をのばし、からだを壁につけると、忽然として消え失せてしまう。座客がキョロキョロして見まわしているうちに、そりゃといって鼻をつまむものがある。ふりかえると、その人間はそこにいる。また早業《はやわざ》を見せてくれと請うと、一間ばかりの戸板をたてて軽がると飛びこえ、あるいは長押《なげし》に駈けのぼり、壁を横ざまに走ること、人間のわざとは見えなかったということである」
この文章では、半信半疑どころではないが、しかし静山はそれでも半信半疑であったろう。以上の話は、すべて伝聞である。
その静山の前に、ほんものの忍びの者ではあるまいかという人間があらわれたのは、天保三年の初夏のことであった。
忍術小説を書き出したら、いくどか「忍術と現代」とか、「忍法とサラリーマン」とか、「忍術で出世する法」などいうたぐいの文章やら座談をたのまれた。
私は吹き出すとともに、しまいにはにがにがしくなった。忍術と現代となんの関係があるものか。忍術を知っていてトクをするのは泥棒くらいなもので、まさに現代の士大夫たるサラリーマンの知るべきことではない。
忍術が最も存在価値のあった戦国時代ですら、忍者の位置は塵芥《ちりあくた》にひとしいものだったのである。
そりゃコジつけようと思ったら、世の中にコジつけられんことは一つもないが、なんでもかんでも現代にコジつけて、何とかの一つおぼえみたいに孤独だの非情だのという形容詞をとってくっつけて、それで結びつけたつもりでいるのは抱腹させる。それより、なぜ無邪気なナンセンスとして面白がるだけであってはいけないのか。もし忍術なるものが現代と関係があるなら、それは現代からはなれることで関係がある。――私はそうかんがえて、そんな註文は願い下げにしてもらった。
いや、現代どころか、すでに天保年間にさえ、ほんとうに忍術を使ったらどうなるかという話がここにある。
「甲子夜話」は幕府の儒官《じゆかん》林述斎にすすめられて書き出したもので、静山は文成るごとに述斎の添削《てんさく》を求めていたが、その述斎が晩春の一日、本所の屋敷にやってきて、こんなことをいった。
「実はわが家に出入りしておる蝋燭《ろうそく》問屋に、浅草 聖《しよう》 天《でん》 町《ちよう》の阿波屋というものがありますが、そこの亭主と話をしているうち、何のはずみであったか、先日お書きなされた忍術の話が出ましてな。ところが、阿波屋の手代《てだい》に忍者の子がおるそうでござる」
「ほう、蝋燭屋の手代が忍者」
あまり突拍子《とつぴようし》もない結びつきなので、老公は眼をまるくした。
「いや、忍者の子でござる。ききましたところ、いまから十年ばかりまえ、阿波屋の前にゆきだおれになっていた浪人父子がありまして、手当の甲斐《かい》なく父親の方は死にましたが、死ぬにあたって、じぶんは甲賀の忍法者の子孫であると申しましたる由」
「忍者の子孫がゆきだおれとは――食う道に、忍術は役にたたぬものかの」
「そのとき、その男は、当時十一、二であった倅《せがれ》に命じて、壁を走らせ、壁に消えるわざを見せて、われらにこの術はあれど、渇《かつ》しても盗泉《とうせん》の水はのまざればこの始末、と申して死んだ由でござる。その後阿波屋では、その倅の宗助なるものを育て、いまは手代となっておりますが、それ以来、ふっと宗助は例の術を使わず、家人もまったく忘れはてておりましたが、いま左様なことがあったと思い出したと申しておりました」
「当人がその術を使わぬとは、忘れたものであろうか」
「さて、当時幼少にて、それから十年もたちましてはなあ」
「忘れておらぬものならば、是非見たいな」
老公の眼は、天性の好奇心にかがやいた。
老公は使いを阿波屋にやって、手代宗助なるものの忍術を見たい、もし忘れたものなら、父親の話、また本人の生いたちの話などをききたい、もし承知してくれるならば、これを縁に阿波屋の平戸藩出入りをさしゆるすであろう、と伝えさせた。使いは帰ってきて、せっかくではあるが、当人は術のみならず、幼少時の記憶もまったく忘れたと申したてている旨を報告した。
しかし、数日たって、阿波屋の主人が恐る恐るやってきて、何とかして当人に術を思い出させようと努力しているから、いましばらく御猶予をたまわりたいと請うた。実は宗助が娘に懸想《けそう》しているようなので、これはいけないとちかく娘をいそいで嫁にやる話をすすめているが、もしこのことによって松浦さまお出入りがかなうものならば、娘をやってもさしつかえがないとはげましてあるといった。
そして十日ばかりたって、阿波屋は宗助をつれてきた。やっと忍術を思い出したというのだ。宗助はまるで蝋燭の精みたいに、白くてほっそりとした手代であった。素性《すじよう》をきけば、なるほどまがりなりにも武士の子か、と思われる気品もあったが、またこれで忍術が使えるのか、と疑われるような、やさしい、たよりなげにさえみえる美しい若者であった。
ところが、この宗助は「相伝《そうでん》の術を忘れたわけではないが、私欲のために使えば必ず罰がくると、父よりかたく禁じられていたので、忘れたような顔をしていた。しかし、主家の繁昌《はんじよう》のもととなるのは忠義と存じ、ついに決心した」とのべて、そして静山の前でおどろくべき術を見せたのである。
書院で、老公は、腰元たちといっしょにそれを見た。まえもって連絡してあったので、林述斎もやってきていたし、その次男でこのごろ鳥居という旗本の家へ養子にいったという耀蔵《ようぞう》もつれてきたので、これも同座して見物した。
蝋燭屋の手代宗助は、黒|頭巾《ずきん》黒装束に着かえ、座敷の中央に這《は》いつくばるようにして、じっと坐っていた。口の中で何かぶつぶつつぶやいているようであったが、何の意味かよくききとれなかった。あとでかんがえると、ほんの数分のことであった。一刻もすぎたかと思われる時間感覚の錯誤があった。
そして彼は、糸にひかれるようにすうっと立ったのである。彼はあるきはじめた。足だけははだしであった。
同時に、見ていた人々は、あっとさけんだ。座敷が音もなく上下に廻りはじめたのだ。坐っていた畳が垂直になり、そして逆さになった。それもあとになって思うと、宗助の黒衣の垂れ具合から、彼の方が壁をあるき、天井を逆さにあるいて、そこに立ったらしい。しかし、見ていた者は、すべてじぶんの坐っている畳が天井となり、天井が下になったような空間知覚の錯誤を来して、悲鳴をあげ、身をおよがせ、裾《すそ》をみだした。なかんずく、腰元たちの狼狽《ろうばい》は醜態をきわめた。
「やめよ、宗助」
その混乱の中に、手代の姿が忽然と消えていることに気がついて、静山はさけんだ。
座敷はふたたび廻りはじめ、われにかえると、黒衣の宗助は、最初のように寂然《じやくねん》とひれ伏していた。
額をあげると、その白い皮膚はほとんど象牙色《ぞうげいろ》に透きとおり、それが汗にぬれ、いかに彼が精魂を燃焼させたかをあらためて思い知らせた。
事実、彼はもはやものをいう気力さえ消磨して、静山の質問には後日また参上して応じたい、きょうはこのままおいとまをたまわりたいと請うたのである。
「……恐るべき奴」
あと見送って、鳥居耀蔵はつぶやいた。
「あれは、世に害をなす術でございますな」
――死んだ父親が、きびしく禁断していただけのことはある。その術は、蝋燭屋の手代宗助にとって、たしかにとりかえしのつかない害をなした。
後日また参上するという彼の約束が果たされるまえに、世間には一つの大事件が起った。天保三年五月八日の夜、浜町の松平|宮内少輔《くないしようゆう》の屋敷に忍び入った大盗鼠小僧次郎吉なるものがつかまったのである。
この件については、静山は、夜話続篇巻七十八から巻八十一にわたって、詳細に書きしるしている。それによると、この盗賊は、ここ数年のあいだに、実に百一軒の大名や旗本の屋敷に忍びこんで金を盗んだことを白状し、その被害者の名や金額を書きあげてある。もっとも三千百二十一両二分までは本人も記憶しているが、そのほかは忘れたといっているが、そのおぼえているもののなかに、松浦家の屋敷まであるのだから、老公がびっくりしたのもむりはない。
「これを鼠というゆえは、この男、小穴から通うべからざるところに出入し、塀壁をのぼり、梁《はり》を走るなど、鼠のごときを以てなり」
といい、また、
「某侯の奥に忍び入り、縁下に三日隠れいたり。このとき侯、寵《ちよう》 妾《しよう》と酒宴せしありさま、後宮の秘事までよくうかがいおぼえていて、奉行所にて引合せ吟味のとき、侯の留守居役のまえにて明細に白状し、留守居赤面せしとぞ」
などいうことまで、静山は書いている。しかし、あまりにその盗《ぬす》ッ人《と》ぶりが大規模なので、彼の白状したという犯行のすべてが、はたして真実彼の所業かどうか、という疑問も抱いたらしい。「鼠の行為か定め難し」などという文章も見られる。
静山はのちになるまで知らなかったが、この疑いはほかにも抱いたものがあったとみえて、しかもその疑いが、阿波屋の手代宗助にむけられた。当然の連想といえばいえるが、具体的には、鳥居耀蔵の町奉行に対する注意から、宗助に司直の眼がそそがれるようになった。
ほんとうに宗助もまた盗賊の行為をやったのかどうかは知らず、ある日、忽然と彼は阿波屋から消えてしまった。お上《かみ》から眼をつけられている、ということだけで、本人のみならず一家主家までに致命的な恐慌をひき起す時代であった。
そして、消えたことが、さらにぬきさしならぬ悪い影響を残して、彼は永遠にふたたび世間に現われることができなくなってしまったのである。
たよりなげにさえ見える、やさしい、美しい忍者蝋燭屋宗助は、どこへ消えてしまったのか。
秋になって、阿波屋の娘は、同業の小網町《こあみちよう》の蝋燭問屋へお嫁にいった。すると、祝言の夜、怪異が起った。はじめてのひめごとの際、ふいに壁の中からすすり泣く声が起ったように思い、それはききちがいかとききすてたが、朝になってみると、その壁から、おびただしい血がながれおちているのが見出されたのである。
この話を、静山は、晩秋の一日、訪れてきた鳥居耀蔵からきいた。
「巷《ちまた》の噂《うわさ》なれば鳥居もしかとは知らず。されどかの者、まことに盗賊なりしや、あるいはゆえなき濡衣《ぬれぎぬ》なりしや、ともあれ忍法なるもの今の世に験《ため》しては身の不幸となること、これを以て知るべし」
と、静山は続篇巻八十七に書いている。ただし、この挿話だけは、いま流布《るふ》されている「甲子夜話」の松浦伯爵家蔵の稿本を底本としたものには、どういうわけか載っていない。
角川文庫『忍法陽炎抄』昭和58年12月10日初版発行