山田風太郎
地の果ての獄(上)
上巻/目次
石狩・明治十九年秋
樺戸集治監
囚 徒 行 伝
苦役の曠野で
五寸釘の仁義
煉獄脱管届
邏卒報告書
[#改ページ]
石狩《いしかり》・明治《めいじ》十九|年秋《ねんあき》
一
気のせいか、海峡から日本海へ出ると、海の色まで変ったようだ。波のくだける岩礁のちかくは、ぶきみなほど鮮やかな碧色《あおいろ》をしているのに、海原《うなばら》は黒檀《こくたん》のように黒い。
船の右舷の手すりには、無数の顔がならんで、その海や、海の向うの陸影に眼を投げていた。兵隊もいる。行商人もいる。人足もいる。百姓もいる。女もいる。浮浪の徒としか思えない男もいる。
「蝦夷《えぞ》地か。なるほど。──」
こうつぶやいた声があった。
北海道を見るのはいまになってのことではなく、だいいち汽船は函館にも寄って来たのだが、荒涼たる北の日本海のかなたにその大地を眺めて、改めてその感慨がそんな嘆声となったものらしい。
その声が代表しているように、北海道へは、はじめて来る人間が大半らしかったが、新しい土地にゆくという希望に満ちた明るい顔は、ほとんどなかった。よくて殺伐、たいていはうらがれた落魄《らくはく》の顔ばかりであった。
この明治十九年のころ──それは一般の人にとって、まさしく地の果ての島にちがいなかったのだ。
半島をまわり、船が舳先《へさき》を北に向けてからまもなく、その海が沖からけぶって来たかと思うと、波しぶきではない、たしかに雨が、顔を打ちはじめた。微雨ではあったが、それは氷滴のように冷たかった。まだ甲板に残っていた人々は、あわてて船室へ逃げ込んでいった。
「どこからおいでですか」
手すりにもたれて、|※[#「革+堂」]鞳《とうとう》たる波がしらを飽きもせず眺めていた有馬四郎助《ありましろのすけ》は、ふいに呼ばれてふり返った。
黒い山高帽に、粗末な黒い詰襟《つめえり》の洋服を着、黒い脚袢《きやはん》にわらじをはいた三十半ばの男であった。ただ、黒ずくめの中に、頸《くび》をとりまいた細い鎖だけが、キラキラと銀色にひかって見えた。
蒼白く痩《や》せてはいるが、ふしぎなほど明るい笑顔につられて、
「上方《かみがた》ごわす」
と、四郎助は答えた。この船は、神戸から出て、横浜を経て来たのであった。
「おや、あなたは鹿児島のおかたですか」
「はい」
彼は鹿児島から来て、神戸でこの船の出航を待っていたのであった。
「それで、北海道のどこへ?」
四郎助はちょっと考えて、
「月形ごわす」
と、いった。
「えっ、あの樺戸集治監《かばとしゆうじかん》のある月形へ。──」
相手は、眼をまろくした。四郎助がちょっと考えたというのはそのせいであったが、相手が眼をまろくしたのは、ただそのことに驚いただけではなかった。
「実は私もそこへゆくのです」
こんどは、四郎助がまばたきした。
「あんたは……お役人ごわすか」
「いえ、キリスト教の教誨師《きようかいし》で、原胤昭《はらたねあき》と申します」
「耶蘇《やそ》ごわすか。耶蘇の……何でごわすと?」
わからないなりに、四郎助の表情には、反射的な拒否感が浮かんだ。
「教誨師。──監獄で、囚人たちにイエス・キリストさまのお教えを説くのが私の仕事です。……もっとも、樺戸集治監へ、招かれてゆくのではありません。いまのところ、私のほうから出かけていって、まず典獄にその必要を説かねばならない段階ですが」
原教誨師は落着いた口調でいって、小首をかしげながらまた訊《たず》ねた。
「あなたは月形へ何しにゆかれるのです」
本能的な反撥は消えなかったが、答えずにはいられない原胤昭のやさしい眼であった。
「看守ごわす」
「ほう? あなたは集治監の看守なのですか。そうは、見えないが。──」
「向うへいって、任務につくことになっておりもす」
四郎助は昂然《こうぜん》と答えた。
彼はそれまで巡査であったが、その制服は捨てて、普通人の旅行姿になっていた。それは北海道の新しい職務で制服が変るためであったが、またそれまでの過去を捨てたいという意志のためもあった。
雨ざらしの乗馬帽に、白いシャツの出た着物を尻っからげにして、股引をはいた姿は、普通人というよりいかにも田舎者然としていたが、スラリとのびた四肢は、駿馬《しゆんめ》のように若々しかった。相手が、看守らしくないといったのは、服装より、その若々しい肢体や覇気《はき》に満ちた面《つら》だましいにもあったろう。有馬四郎助は、まだ数え年で二十二歳であった。
この「石狩丸」の中で、奇妙に明るい顔をしていたのは、この二人だけであったかも知れない。──そして、その奇妙な明るさに、二人はおたがいに好奇心を持った。
船ゆれが、心もち大きくなったようだ。なお霧のように吹きつける氷雨《ひさめ》の中に平気で立って、二人は話した。
「ところで、それならあなたは、横浜からこの船に囚人たちが乗り込んだのを御存知でしょう?」
と、原は訊《き》いた。
四郎助はうなずいた。
知ってるどころではない。横浜から乗せられた二十人近い赤い獄衣の一団が、そのまま船倉の一つに閉じ込められるのまで見ていた。
それ以後、これまで三夜を経た船旅に、四郎助は活溌に船内を歩きまわり、汽罐室まで見せてもらったが、さらにいくどかその囚徒たちがいれられている船倉の近くまでいって、扉の外に番をしている巡査に、自分の素性を打ち明けようか、と思ったほどであった。
ただ、話しかけたところで、そのあとどうするという思案もないので、まあすべては北海道へいってからだ、と、引返して来たのだ。
囚人たちは、二人ずつ足を鎖でつながれて、おまけに船に乗ってから鎖に鉄丸をとりつけられたようであった。
「あれでは、牛馬の輸送のほうがまだましだ。あなたは、どう思いますか」
「どう思うか、と、いわれても……北海道へ徒刑になるほど凶暴なやつらごわすで、万一船ん中であばれ出されたら大事《おおごつ》じゃ。しかたなか」
原は黙って、何やら考えている風であった。四郎助は、囚徒より原のほうになぜか気の毒なような気がしたが、ほかに返答のしようがない。
それより四郎助は、さっき聞いた相手の職業への好奇心をとどめかねた。彼はそれまで巡査をやっていたが、監獄教誨師などいうものの名を耳にしたことがない。耶蘇教は知っているが、切支丹バテレンといったほうが、まだ彼の理解に叶《かな》う。
「それよりあんたは、どげんして、そげな仕事をはじめられもしたか」
と、彼は訊いた。原はしずかに答えた。
「私も監獄へはいっていたからですよ」
「えっ? 樺戸集治監に、でごわすか?」
「まさか。北海道へゆくのはこれがはじめてです。実は東京の石川島監獄にぶち込まれたことがあるのです」
「へえ? あんたが?」
改めて、四郎助は相手を見まもった。
相手の山高帽に詰襟の洋服、わらじばきというのは、いかにも異装だ。ただしこの当時は、普通人が洋服を着ているということ自体がすでに異装であって、こういうとり合わせにもかかわらず、原という男にはどこか垢《あか》ぬけしたところがあった。四郎助などより、はるかに都会人の匂いがあった。言葉は鮮やかな東京弁だし、何より妙に品のいいところがある。
どう見ても、石川島監獄にぶち込まれるような人柄には見えない。
「三年ほど前、福島事件というものがありましたろう。あれに巻き込まれましてね」
福島事件というのは、福島県令三島|通庸《みちつね》の弾圧に抵抗して暴動を起した福島自由党の河野広中らが、捕縛され、東京に護送され、石川島監獄に送り込まれた事件だ。その三島県令が鹿児島県人だということもあって、事件は四郎助も知っているが。──
「あんた。……自由党ごわすか?」
「いや、そうじゃないが、当時私は東京で本屋をひらいておりましてね。少々オッチョコチョイのところがありまして、その福島事件でつかまった六人の自由党幹部を、派手な錦絵にして売り出したのがひっかかって、石川島へ放り込まれたというわけです」
原胤昭は白い歯を見せて笑った。
やさしい顔だちで、そんな大変なことをするとは想像もつかなかったが、改めて見直すと、その笑顔には、いかにも思いがけない不敵なものがあるようでもあった。
「その石川島で、いやえらい目にあいました。ちょうど冬でしたが、吹きさらしの牢屋に百人も二百人もぶち込まれ、そこに腸チフスが発生して、囚人はバタバタと死んでゆく。私もやられまして、気がついたら、何十人という屍体の山の中に放り込まれていたという始末です。……そんな体験から、悲惨な囚人のために、何とか役に立ってやりたいものだと思いたち、それで監獄教誨師になったというわけです」
そのとき、どこかで異様な音がしたようであった。一息、言葉を切って、原胤昭はつづけた。
「囚人といっても、やはり人間なのですから。──」
船の下部のほうから、ただならぬ絶叫が聞えた。
「なんだ?」
四郎助がふり返ったとき、わらわらと船室のほうから男や女が湧《わ》き出し、恐怖に顔をひきつらせてさけんだ。
「囚人が鎖を切った!」
「船倉を破って、囚人があばれ出した!」
二
窓一つない八|帖《じよう》ばかりの広さのその船倉には、十八人の囚人が詰め込まれていた。彼らは二人ずつ「連鎖」でつながれ、それぞれ足に四キロの鉄丸をとりつけられていた。
中には飲料水をいれた大盥と、便器代りの大盥《おおだらい》が二つずつ置いてあるから、空間はもっと狭くなる。とにかく、水を飲むことと排泄《はいせつ》だけは自由にまかされたのだが、この闇黒とこの狭さとこの拘束で、どれほど自由にそれらの行為が出来たろうか。
おまけに、船のローリング、ピッチングのために、その水も排泄物も遠慮なく溢《あふ》れ出る。それに船酔いの嘔吐《おうと》が加わって、床の上はまるでぬかるみみたいになっている。もう北の海にはいっているというのに、人間と汚物の充満した密室は、熱気と異臭のいりまじった一種のガス室と変って、すでに囚人の大半は、横浜からここへ来るまでの三夜四日の間に半死半生であった。
それでも、三度三度の食事は与えられる。扉を少しあけて、握り飯を盛った桶《おけ》をいれてやるのだ。一人あたり三個のその握り飯が、きのうあたりから余ったまま残るようになり、
「もしっ、ここを出して下せえ」
「三分でも、五分でも──」
「そこの戸だけはあけておいて下せえ」
と、扉のあくたびに湧きあがっていた声が、最初のうちの咆哮《ほうこう》から、次第に息絶え絶えのうめきに変っていった。
「もう少しの辛抱じゃ」
「がまんせえ」
「やかましいっ」
巡査は、こう叱りつけ、悪臭に鼻をつまみながら所用だけすますと、すぐに扉をしめて、錠を下ろしてしまう。
もう少しの辛抱だ、がまんしろ、といっても、そのゆくさきは天国ではない。地の果ての牢獄であった。
さて、その日、ちょうど正午《ひる》になったので、巡査は握り飯の桶をさしいれるために、扉を開けた。
護送の巡査は六人いたが、食事の世話は交替で三人ずつがやることになっていた。で、三人が扉をあけた瞬間──その顔に、何やらぐしゃっとたたきつけられた。
「わっ」
二人の巡査は、眼が見えなくなった。それは糞塊であった。
そのまま、二人は腕をとらえられ、ひきずり込まれた。一人の巡査だけが、あやうくこの糞の目つぶしをまぬかれ、飛びずさった。
「何をするか!」
かっとむいた眼の前に、船倉から二人の囚徒が出て来た。糞まみれの手に、いまひきずり込んだ巡査の剣を、もう抜身にして、ぶら下げている。二人をつないでいるはずの鎖は切り離され、一人の足には鉄丸さえもなかった。
むろん、そのサ─ベルで切ったのではない。サーベルで簡単に切断出来るような鎖ではない。船倉に凶器などあるべくもなかったし、あらかじめ囚人たちは髪の毛まで身体を改めてあった。いつ、どうして鎖を切ったのか?
その二人の囚人が、「五寸釘」と「牢屋小僧」というやつであることを認めると、巡査はもう抜剣していたが、
「大変だっ」
と、狂気のように、通路を駈け出していった。
五寸釘と牢屋小僧は、船倉の扉を大きく開けた。凄《すさま》じい悪臭と熱気を渦《うず》巻かせて、赤い獄衣を着た囚人たちが、鎖と鉄丸を鳴らしながら出て来た。その輪の中に、いまつかまえた巡査をとりかこんで、羽がいじめにしていた。
「これだけか、あとはどうした?」
あとにつづいた囚人たちが十人内外なことを見て、五寸釘がのびあがった。三十二、三の、小兵《こひよう》ながら筋肉ふしくれだち、ギョロ眼が火のようにひかって、みるからに凶猛無類の男であった。
「あとはへたばって、動けねえ」
と、囚人の一人が答えると、
「待ってくれ」
「おれたちを捨てねえでくれえ」
と、船倉から鎖でつながったままの数組が這《は》い出して来た。船酔いのため半分死にかかっていたのが、扉をあけられて、流れ込んで来た外の空気に、やっと生き返ったものらしい。
「連れてってやれ」
五寸釘があごをしゃくった。
「甲板へ。──」
囚人たちは、通路をゾロゾロと歩き出した。五寸釘と牢屋小僧は、捕えた巡査のうしろにまわって、奪った刀をつきつけている。
そのゆくてに、いま逃げた巡査がひき返して来て、現われた。ほかに三人の同僚を連れていた。そして、急報に狼狽《ろうばい》しながら、あとから船員たちが、手に手に棒などをとって、続々と駈け加わりつつあった。
巡査たちは二人は抜刀し、二人は騎兵銃を持っていた。
「神妙にせい! 船倉に帰れっ」
「みな手をあげろ、抵抗すると射殺するぞっ」
騎兵銃を持った巡査は、それを囚人たちに向けた。
「撃つなら、撃ってみろ」
と、五寸釘はあざ笑った。
盾《たて》にされた囚われの二人の巡査は、満面糞まみれになり、両腕が背にねじあげられているので、それをぬぐうことも出来ず、苦しさと怖ろしさに、顔の筋肉をのびちぢみさせていた。
そのまま囚人のむれはなお進んだ。鎖と鉄丸が物凄いひびきを反響させた。
「やむを得ん、撃て!」
後退した巡査たちは、あやうく停止し、だれか狂ったように絶叫すると、二人の巡査が騎兵銃を肩にあてた。
「待て、待て」
こんどは、五寸釘のほうがあわてたようだ。
「とにかく甲板まで出してくれ。あそこじゃ、小樽へつくまでに、みんな死んじまう。苦しまぎれに暴れ出したんだ。甲板に出してくれたら、おとなしくしてやる」
巡査たちは、顔見合わせた。一人がいった。
「とにかく、その人質を返せ。それを返してからの話じゃ」
「いや、小樽へ着くまでは返せねえ」
「それなら、撃つぞ」
「撃て!」
最後の声は、同時に二個所から発した。
一つは、牢屋小僧の口からであった。小僧とはいうが、これはヒョロリと背が高く痩せこけて、長い髪をたらした男で、何だか死人《しびと》みたいで、みるからに陰惨そのものであった。顔の半分までかぶさった髪のかげから、眼が燐光《りんこう》を放っていたが、左は糸のようにとじられて、その眼は右眼ただ一つであった。最初から一語も吐かなかったこの男が、はじめて嗄《か》れた声でうめいたのだ。
もう一つは、巡査たちの背後で聞えた。船室のほうから下りて来る階段の下には、乗客がひしめいていた。さっきからのただならぬ音響にのぞきに来た人々だ。それをかきのけるようにして出て来た青年が、つづいてさけんだ。
「ならん。……それ以上の問答は無用じゃ! 撃ち殺せ!」
巡査らも囚人たちも、変な顔をした。
「なんだ、あいつは?」
五寸釘は唇をひんまげてつぶやいたが、すぐに、
「お巡りさんよ、それじゃ一つ取引きしよう」
と、いい出した。
「人質を返しゃ、どんな目に会うかわからねえ。といって、そっちの事情もわかるから、この人質にしているお巡りは返す。その代り、べつに人質をもらうことにしよう。どうだね?」
「代りの人質? だれを」
「横浜で十人ほど、組になったおんな衆が乗りやしたね。編笠の中から、ちゃんと見ていたんだ。ありゃ北海道へ女郎になってゆくおんな衆だとにらんだが、あれを寄越して下せえ」
「………」
「それを受取り、甲板に出してくれりゃ、このお巡りさんは返す。おとなしくする。この取引きはどうだね?」
「甲板は、雨がふっておるぞ」
「へえ? 雨──それでもいい。雨でこの身体を洗ってもらいてえくれえなもんだ」
巡査たちはまた話し合い、すぐにうなずき合った。
「よし、待っちょれ、女を連れて来る」
一人が、乗客のいるほうへ駈け戻って来た。そして、「そこどけ、みんな退散せい!」と、客たちをはねのける前に、さっきの青年が立ちふさがった。
「そげなことはいかん。何をこわがるか、囚人どもの大半は、足に鎖をつけたままじゃごわせんか!」
「うぬは何だ、じゃますると、うぬも捕縛するぞ!」
巡査は血相のまま相手をつき飛ばし、船室のほうへ駈け上っていった。
「バテレンさん、ちょっと来て下され」
と、青年はそばの教誨師の腕をとらえた。有馬四郎助であった。
「どこへ?」
「こっち、こっち」
と、彼は原教誨師をひっぱって、階段ではない別の通路を駈け出した。
三
数分後、さっきの巡査が、女たちを追いたてて来た。
「何の御用?」
「あたいたちに、何しろっていうのさ?」
女たちはさけんでいた。五寸釘が女郎だとにらんだといった通り、白く塗った頸《くび》に布などを巻いた、いかにもあばずれ然とした女が多かったが、二、三人はまだうら若い、娘々したのもいた。おびえ切っていたのはみな同様だ。
待っていた巡査たちは、有無《うむ》をいわさずこれをとらえ、囚人のほうへ押し出した。
「あそこへゆけ。──それ、受取れ」
「その代り、人質を返せ」
向うから牢屋小僧がやって来て、女たちの逃げ道をふさいだ。この男ばかりは、鎖と鉄丸から完全にのがれていて、手に白刃をさげている。
「そらよっ」
五寸釘がわめくと、囚人たちはいっせいに女たちをつかまえた。しかし、人質の巡査を離す気配はなかった。
こちらの巡査たちは狼狽した。
「こら、人質を戻せ。戻すと約束したではないか!」
「甲板へ出てから返す」
五寸釘はしたたかな顔でいい、
「甲板は雨だといったなあ? 雨の中で強姦《つつこみ》をやっちゃ、おんな衆に気の毒だ。たまったものは、早いとこ、一つここで流しちまったほうがいいかも知れねえ」
と、ふりむいた。
相談するまでもなく、囚人たちは女を抱きすくめ、もう頬ずりしているやつがあった。まさか、はじめからここでどうしようという気はなかったろうが、そんな風に女の肉体と接してみると、まさに飢え切っていた本能が反射的に爆発現象を起そうとしていた。
そこに五寸釘の指示だ。囚人たちは、いっせいに女たちを抱いたまま、転がった。
女たちの恐ろしい悲鳴があがった。ただでさえこの世の人間とは思われない囚人が、汚物にまみれつくしているのだ。委細かまわず、男たちは、女の襟をかきひらく。裾をまくる。乳房をひっつかみ、口でむしゃぶりつく。決して笑うべきことではないが、さっきまで半死半生になっていた連中までが、死物狂いに女の白い手足にとりついていた。
糞汁の中の集団強姦。……野獣のむれが獲物をかみちぎる光景も、これほど凄惨《せいさん》ではなかったろう。
女を野獣に与えた巡査たちも、しばし息をのんで見まもるだけであった。女たちの悲鳴に応えるのは、囚人たちの高笑いだけであった。
「兄貴、やんな」
と、牢屋小僧がいった。五寸釘にだ。
五寸釘は、いちばん若くていちばんきれいな娘を、ちゃっかりと片腕でとらえていたが、一方の手には依然白刃を握って、巡査につきつけていたのである。
「おれが見てる」
「おめえ、いいのか」
「いい」
「じゃあ」
と、五寸釘が刀を牢屋小僧に渡し、娘をおさえつけた。すでに半分喪心していた娘は、盤石《ばんじやく》におしひしがれたように、ペシャリと床《ゆか》に膝を折った。
そのとき、通路の向うから、
「どけどけ!」
と、つん裂くようなさけびをあげて、有馬四郎助が駈けて来た。
手に金属性の細い筒を持ち、うしろにひらべったい長い蛇みたいなものをひきずっていた。あまり思いがけないものなので、客はむろん巡査たちも眼をまろくして道をあけた。
「先生、ひらいて下さい、一秒!」
四郎助はふりむいてさけび、筒先を囚人たちの手前の天井に向けた。
と、そのひらべったい蛇が、向うからふくらんで来ると、筒から水が噴出して天井にしぶきを散らし、その飛沫が傘みたいにひろがった下で、
「熱っ」
「熱いっ」
と、叫喚があがった。濛《もう》──とあたりに湯気が渦巻いた。
まさしく一秒ほどでとまったが、それは水ではなく熱湯であった。四郎助のひきずって来たのは、亜麻のホースだ。
彼は船内見学の間に、船火事に具える消火用のポンプや汽罐室などを見せてもらった。そのとき、若い好奇心から、いろいろしつこいばかりに訊《き》いたので、さっきその蒸気ボイラーにホースをつなぐというアイデアがひらめいたのだ。
その作業は火夫にやってもらったが、ホースをここまでひっぱって来るのは、原胤昭に手伝わせた。のみならず、その熱湯の噴出と停止が、汽罐室とホースの筒先とでは距離がありすぎて連絡がうまくゆかないと見て、すぐうしろで原に麻縄で縛ってもらい、こちらの合図次第でそれをゆるめたり、縛ったりしてもらうことにした。
「人質は返して、船倉に戻れ!」
四郎助は叱咤《しつた》した。
「さもなければ、熱湯の滝を浴びせるぞ!」
囚人たちは、さっきの飛沫の洗礼で、すでに女たちから離れて、われさきに後方へまろび逃げていた。しかし、女たちや巡査の手前には、なお五寸釘と牢屋小僧が背中合わせになって立ちふさがっていた。
「兄貴、こうなったら、やれるところまでやるよりしようがねえなあ」
こちらを向いているのは、牢屋小僧であった。
「だろうな」
と、五寸釘が答えた。
「おい」
牢屋小僧はいった。
「湯ぐれえが何だ。火傷《やけど》ぐれえがなんだ。火傷《やけど》するなら、巡査も女郎も同じ釜の中だ。いや、その前に、巡査は五寸釘の兄貴に切身《きりみ》にしてもらう。そのほうがいいダシが出るだろう」
ひどく抑揚《よくよう》のない声でいう。
「こうなりゃ、こっちもゆくところまでゆくぜ。いや、この船を、小樽じゃねえどっかの陸地に着けろ」
その一つ目に殺気が燃えて来たのを、有馬四郎助はあきらかに見てとった。
「それに、そこの若僧、巡査でも船員でもねえらしいが、てめえは何だ。てめえから、まず片づけてやる。──おい、とにかく甲板に出るぜ、みんな、ついて来い!」
牢屋小僧はまた足を踏み出した。
二、三歩さがって、四郎助はさけんだ。
「やむを得ん、原先生、出して下さい!」
そして、筒先を向うの顔に向け、ホースの脈搏を待った。
それは、脈打って来なかった。牢屋小僧は、すぐ向うへ近づいた。四郎助は狼狽してふりむいた。
すると、原胤昭自身がやって来ていた。手にはただ、ホースを縛るのに使った麻縄を輪にしてぶら下げている。
「玉石|倶《とも》に火傷《やけど》させるのは、やっぱりいかん。私に何とかなるかも知れない」
と、いった。そして四郎助の前へ出た。
「野郎」
と、牢屋小僧がうめいた。そのヒョロリとした枯木みたいな姿が、凶暴凄惨な光にふちどられた。
両者の間隔が一|間《けん》ばかりになったとき、牢屋小僧は躍りかかった。その白刃がみごとにかわされると、逆にぴしいっとその顔を縄の束《たば》が殴った。おそらく、その一つ目をななめに打たれたのかも知れない。
「わっ」
よろめく牢屋小僧の身体に、一本にのびた縄がキリキリと巻きついた。腕ごめに縛りあげられて、その手から刀が落ちた。
蒲柳《ほりゆう》のたちとも見えるこの耶蘇教教誨師の妙技を、四郎助たちはあっけにとられて見まもっていた。
「昔、これでも徳川《とくせん》の与力をやっておりましてね」
と、原教誨師は山高帽の下で、しずかにいった。蓑虫《みのむし》みたいになって床に転がった凶漢を見下ろした眼には、得意の色は毛ほどもなかった。
四
「──あ、原先生」
客車の中にはいって来た山高帽を認めて、有馬四郎助は、呼んだ。
小樽から札幌へ行く汽車の中だ。
「やあ、ここにいましたか」
原教誨師は笑顔で近づいて来た。手には布製の四角なカバンをぶら下げている。
──あの汽船の騒ぎのあと、心胆を奪われた囚人たちは屈服し、またもとの船倉に追い込まれてしまったのだが、いかなる思案によるものか、また、何たる度胸か、原胤昭は、自分もその船倉にはいってしまったのだ。
海でさらに一夜を経て、早朝に小樽に着いたのだが、それまでついに船倉から出て来ない。港に着いてから汽車に乗るまでの間、囚人が鎖をひきずったままどこかへ連れてゆかれ、それにくっついて原教誨師がトコトコ歩いてゆくのをやっと見かけたが、この汽車には何とか乗り込んだと見える。
「有馬さん、この汽車は何という名か知ってますか」
四郎助の隣りに坐るやいなや、原の第一声がこれであった。
「汽車に名があるのでごわすか」
「義経号というんだそうです。義経が奥州|衣川《ころもがわ》で死なないで、蝦夷《えぞ》まで逃げたという伝説がありますな。それでこの名をつけたものでしょうが、ほかにも、静《しずか》号、弁慶号ってえのがあるそうで、文明開化の汽車に、これはまた愉快な名をつけたものですな」
ラッパのような煙突のある機関車には四十五センチもある真鍮《しんちゆう》の鐘がとりつけてあって、汽車はカーンカーンとそれを鳴らしながら走っていた。そのスピードはというと──このころ小樽から札幌までの三十四キロを走るのに、途中の各駅の停車時間もふくめてだが、二時間半かかったという。
四郎助は、神戸で汽車を見ている。東京─横浜につづいて、大阪─神戸、そして四年ばかり前、日本で三番目についたのがこの小樽から札幌を経て幌内《ほろない》に至る鉄道だという知識はあらかじめ得て来たが、汽車にそんな名がつけられているという話までは知らなかった。
それは面白いとは思ったが、いまの四郎助には、もっと頭を占めているべつのことがあった。窓外の、はじめて見る北の大地の珍しい景観にすら、眼を吸われる余裕もないほどであった。
「囚人はどげんしましたか」
と、彼は訊いた。
「ああ、あれはとりあえず小樽の警察署に拘留しましてね、明日の汽車に乗せるそうです。病人もあるし、何にしても、あのままじゃ汚くて汚くて、とうていこの汽車には乗せられない」
と、原は笑った。ただし、この教誨師も、ざっと衣服は洗ったのだろうが、どこやらまだ船倉の異臭がくっついているようだ。
「明日の汽車? きゃつら、即刻罰せられんのでごわすか」
「さあ、それが問題でしてね。やはり樺戸へ送ってからのことにしたほうがよかろう、と私は具申した。そのせいかどうか、とにかく明日樺戸までは送る、という保証を得たし、私は、ちょっと札幌に用があるのでこの汽車に乗ったわけですが」
原はいった。
「いずれ樺戸へいって、私から典獄へ寛大な処置をお願いするつもりでおりますが、あなたもよろしくお頼み申しますよ」
「いや、私は新米《しんまい》ですから、そんなことは。──何にしても、あれだけ大暴行を働いた連中を──」
「有馬さん、あの船倉にいれられた者でなくちゃ、あいつらがいちかばちか暴れ出した気持はわからんでしょう」
四郎助は、一息沈黙した。彼は、この教誨師とともに、あの船倉にはいる勇気は持たなかった。
しかしまた、はいる理由も見いだし得なかった。きゃつらは根本からわれわれとはちがうのだ。
「とくに、あの騒ぎをひき起した張本人と見える二人は捨ておきがたい、と思いもすが」
「いかにも、あれだけの土性骨を持ったやつは、昔の侍の中にも、ちょっとなかったでしょうな」
故意か、かんちがいか、原教誨師は四郎助の見解の筋をそらした。
「一人は、五寸釘の寅吉といって──ああ、小柄だが、金剛力士みたいに精悍《せいかん》なやつのほうです──強盗にはいって、五寸釘を打った板を踏みぬいたが、それを足にくっつけたまま、追跡隊から二里半も逃走したというやつだそうで」
先刻小樽警察署に同行したときに得た知識か、あるいはその前に、例の船倉にみずからはいったときに聞いた事実だろう。
「もう一人のヒョロリとしたほうは、旧幕時代、伝馬町のおんな牢で生まれたから牢屋小僧という異名を持っておる。足鎖を切ったのはあの男で、どうやらヤスリをのみこんで船に乗って、糞の中からとり出して、三日三晩かかって鎖を切ったものらしい」
「ほう?」
「そもそもあの男は、手をかえ品をかえ、いままで何度破牢したか数え切れない牢ぬけの名人だというが、むろん明治政府になってからの話でしょう、伝馬町の牢は、そうやすやすと破牢なんかさせやしなかったが。──」
「あんた」
四郎助は、最大の疑問事を口にした。
「あんた……もと、与力をしていなされたと?」
「ああ、つい口走ったようですな」
原は苦笑した。
「なに、まったく子供のころの話でしてね」
「子供のころ、与力をやっておられたとおっしゃるのでごわすか」
「まさにその通り、旧幕のころの制度なればこその話です。十三で家督をつぎまして、十七歳まで──瓦解の年まで、お役を勤めました。捕縄の術など、そのころに修業したものですが、いや、ああいうことは、奇妙にいつまでも身体がおぼえているものですな。そのときの担当が石川島の人足寄場《にんそくよせば》でしてね、それがあとで自分が石川島監獄にはいることになったのだから、人生というものは可笑しい。はははは」
そのとき、通路をうしろから前へゆきかけた男が、その笑い声にヒョイとふりむいて、
「おや、十字屋さんじゃありませんか」
と、立ちどまった。
紺と白との大柄な大名|縞《じま》に鎖のような模様を刺繍《ししゆう》した奇妙な衣服を羽織った二十歳《はたち》ばかりの青年であった。原は顔をあげて、
「やあ、幸田君。──」
と、驚きの声をあげた。
「あなた、どうしてこんなところへ?」
「いや、訊きたいのはこっちのほうです」
若者は息をはずませていい、ふり返って、
「お前、先に帰れ」
と、あごをしゃくった。
そのうしろに立っていた若い女が、あわてながら、しかし小腰をかがめて通り過ぎていった。どうやら二人は、手洗いにでもいった帰りらしい。この北海道の汽車は、日本ではじめてのトイレ付きの客車を走らせていたのである。
「ま、ま、ここへ」
原胤昭は、涙さえ浮かべて、あいていた前の席をさし、四郎助に、
「これは幸田|成行《しげゆき》君といって、東京での知人です。いや、知人といっちゃ失礼か。私が銀座三十間堀通りに十字屋という書店をひらいていたころのお客さんでね」
と、いい、幸田には、
「こっちは、船中でお知り合いになった鹿児島県人の有馬四郎助さん。これから樺戸集治監に看守となってゆかれる方《かた》」
と、紹介した。
「ほう、樺戸集治監の看守。──それは奇特な」
目礼して、坐りながら、幸田は老人くさい感嘆詞を発した。しかし、四郎助より、原胤昭との奇遇になお心を奪われた態で、すぐに訊き出した。
「十字屋さん、あなたがテンプク六花選の件で石川島に放り込まれたことを知ってびっくりし、さすがは元与力、大したことをやるもんだと敬服しましたが──さて、いつ釈放になられたのか、うっかりしてそれ以後のことは知らない。いったい、どうしたのです?」
テンプク六花選の件とは、例の福島事件関係者を錦絵にした事件のことらしい。原は、それ以後のことについて、船中で四郎助に話したのと大体同じことをしゃべった。そして、
「幸田君、それより君が北海道に来ているなんて、もっと怪事だ。こりゃどうしたことです」
と、訊いた。
「僕が芝の電信修技学校へいってたことは御存知でしょう。御存知のように、お城坊主のなれの果ての家で貧乏だったから、実は給費生ではいったのです。そこで卒業後三年は、お上の命《めい》のまま、どこにでもいって勤務する義務が生じたのです」
と、幸田成行は答え、
「しかし、最初の赴任先が北海道は|後志 国余市《しりべしのくによいち》だとは驚いた。もっとも例の高慢で、上司ににらまれた自業自得の始末ともいえますが。──あはははは」
と、白い歯を見せて笑った。声は闊達《かつたつ》であった。
「余市?」
「小樽の西、五里ほどの漁村です。鰊《にしん》がばかにとれるので、電信局が作られたらしい」
「いつから?」
「一年と──何カ月になりますか」
「ふうむ。……で、きょうはどこへ?」
「札幌へ、ビール飲みに。──ときどき這い出して浩然の気を養いに来ないと、まるで身欠鰊《みがきにしん》みたいになりそうで」
「失礼だが、あの女人は何者ですかな」
「あれでも芸者です。こんな妙なものを作ってくれる積丹《シヤコタン》生まれの芸者で」
と、幸田は笑いながら、羽織っている衣服の広い袖をひっぱった。のろけて見せた、というより、彼にとっては可笑し味のあるいまの生活を自嘲したのだろう。しかし、ふり返るまでもなくその芸者は、いかにも土くさいけれど、とりたての鰊みたいな新鮮美にあふれていたようだ。
「いや、あなたも大人《おとな》になられたな。は、は、そりゃ何です」
「アツシというアイヌの着物です。木の皮からとった繊維で織ったもので。──そのうちこちらも、口のまわりに入墨《いれずみ》するようになるかも知れない」
彼はそれを外套の一種みたいに着ていたが、その内側は内地の書生風と同じ姿であった。
しかし、肩広く、胸厚く、なかなかみごとな体格で、それを羽織った姿は堂々としている。近似した年齢の青年の敏感さで、四郎助は、この幸田を自分より一つか二つ若いと見ていたが、しかし、その話しぶりといい、内容といい、自分などよりずっと大人だ、と感じた。
だれに対してもおだやかな口をきく原胤昭ではあるが、このはるか年下の友人を見る眼には、心なしか畏敬の光さえある。しかも、いま、大人になった、といったが、その敬意は以前から持っていたようだ。
もっとも、二人の会話から放り出されたかたちになった有馬四郎助は、注意して二人の会話を聞いていたわけではない。改めて、窓外を流れる風景に眼をむけている。
カーン、カーン、と鐘を鳴らしながら汽車は走りつづけていた。
内地では、秋のはじめであったが、ここはもう初冬であった。両側は林だ。ときどき、朱色、金色に、燃えるような紅葉黄葉のかたまりが流れ過ぎるが、多くは落葉して、その幹の林立が鮮やかに見えた。これが、汽車が走っていて、どこまでもどこまでもつづく上に、眼に見える林の果てが、また無限としか思われない。しかし、落葉樹のおかげで、そのかなたの野は見えた。動くものとてない、果てなしの野の果てであった。ただ、吹きちぎられた機関車の煙が、奇怪な鳥のようにときどき林の中をうしろへ飛んでいった。
──これが石狩か?
この世界に人が住んでいるのだろうか、このゆくさきに町があるのだろうか、と、ふと心もとなくなるような北の大地であった。
「……何にしても、瓦解《がかい》後二十年にもならないというのに、江戸城お坊主衆のお子が北海道で電信技師をやっているとは、世の運命というものは、何といっていいやら。──」
「僕なんかより、南町奉行所与力がクリスチャンとなり、監獄教誨師となったというほうが、もっと変てこな運命ですよ」
幸田成行は、しげしげと、改めて原胤昭の顔を眺めて、
「そして、教誨師はわかるとして、内地にも監獄は何十とあるでしょうに、どうしてまた北海道へおいでになったのです」
と、尋ねた。
「それはね」
原はうなずいて、ふいに、
「おう、有馬さん、あなたは看守としてこれから樺戸へゆかれるのだから、参考のためこれを御覧になっておいたほうがいいだろう」
と、呼んだ。
四郎助はわれに返り、原が四角なカバンをとりあげて、膝の上で中から数葉の書類をとり出すのを見た。
「実は一カ月ほど前、ふとしたことでこういうものを手にいれたので、──むろん、これは書き写したものです──それで、北海道へ来る決心をしたのですよ。まあ、読んで御覧なさい」
と、原はいって、一通を幸田に、一通を四郎助に手渡した。
「私が朱筆で圏点《けんてん》を打った個所だけでもよく心にとめて下さい」
四郎助が受けとった文書には、表に、
「北海道視察復命書。
太政官大書記官 金子|堅太郎《けんたろう》。
明治十八年十月十日」
と、あった。
彼はひらいた。朱線をひいた見出しが眼に飛び込んだ。
「集治監ノ囚人ヲ道路|開鑿《かいさく》ノ事業ニ使役スルコト」
つづいて、圏点を打った文章には、こうあった。
「……彼等ハモトヨリ暴戻《ぼうれい》ノ悪徒ナレバ、ソノ苛役ニ耐エズ斃死《へいし》スルモ、尋常ノ工夫ガ妻子ヲ残シテ骨ヲ山野ニ埋ムルノ惨状ト異ナリ、マタ今日ノゴトク重罪犯人多クシテ、イタズラニ国庫支出ノ監獄費ヲ増加スルノ際ナレバ、囚徒ヲシテコレヲ必要ノ工事ニ服セシメ、モシコレニ耐エズ斃《たお》レ死シテソノ人員ヲ減少スルハ、監獄費支出ノ困難ヲ告グル今日ニオイテ、万止ムヲ得ザル政略ナリ。……」
「──明治政府ですなあ!」
幸田が、嘆声を発した。むろん、向うの書類を読んでのことである。
そして彼は、四郎助にそれをさし出した。四郎助も代りに自分の見た文書を渡した。
第二の書類の表には、
「山県内務卿訓示。
明治十九年八月四日。
秘第三十九号」
と、あった。
そして、圏点を打った文章は、
「……ソモソモ監獄ノ目的ハ懲戒ニアリ。懲戒駆役耐エガタキノ労苦ヲ与エ、罪囚ヲシテ囚獄ノ恐ルベキヲ知リ、再ビ罪ヲ犯スノ悪念ヲ断《た》タシムルモノ、コレ監獄本分ノ主義ナリトス。……自今司獄官タルモノ、ヨロシク懲戒主義ニモトヅキ、監獄ノ効果ヲ空《むな》シクセシムルナキヲ努メシムベシ。……」
「一将功を成さんとして、万骨を枯らす、ですか」
と、幸田がつぶやいた。
「ごまめの歯ぎしりというか、蟷螂《とうろう》の斧《おの》、というか、それにも当らんだろうが、これを見て、いまの政府の禄をはむのがいよいよイヤになった」
「有馬さん、あなたはどうですか」
「相当なもんじゃ、と思いもすが。……」
顔をあげて、重い口調で、しかし正直に四郎助はいった。
「じゃが、根本においては、べつに間違うとる、とも考えもさんが。……」
「そうですか」
と、原は不快な顔も見せずにいった。こういう考え方をする者がいまの世の中の大半だ、ということを知りつくしている人間の表情であったろうが、なぜか四郎助は、逆にちょっと不安になった。
彼はその書類を返しながら、いまの自分のえたいの知れぬ動揺をねじ伏せ、こんな文章に眼をむくのは、やはりこの二人は東京人だな、と、一種の軽蔑を感じた。
「これであなたが北海道へ来られたわけはわかりましたが、これからどうなさいます?」
と、幸田が訊《き》いた。原は答えた。
「まず一応、札幌にいって、出来たら岩村長官に陳情して了解を求めておいたほうが好都合だろう、と思っておりますが」
「ああ、この春、初代北海道庁長官になった岩村|通俊《みちとし》ですな」
幸田は呼び捨てにして、しばらく宙を見ていたが、
「監獄教誨のことなど陳情して、かえって藪蛇になりはしませんか。あれは、山県、金子と同類の──それにまさるとも劣らぬ鬼官僚ですぞ」
と、いった。
「出身地の土佐でも、岩村鬼兄弟と呼んでいるそうで──その長兄です」
四郎助の耳から、カーンカーンという汽車の鐘の音《ね》が薄れ、彼は二人の話に改めて聞きいった。
五
「さっきわれわれ二人の運命について、感慨を交し合いましたがね」
と、幸田成行はいい出した。
「こう北の果てに追い出されて、一人で日本を見ていますと、生意気をいうようですが、かえって東京の渦の中にいるより、人間の運命というものが、一種|俯瞰《ふかん》的によく見られるような気がします。しかも、過現未にわたってです」
「いや、あなたは、東京にいた──少年時代から、世の中をそんな眼で見ていましたよ」
「そうでしたか知らん? とにかく、まあ聞いて下さい。こんど北海道にはじめて道庁というものが置かれて、その初代長官となった岩村通俊、これはもともとが北海道に縁のない人間じゃない。明治初年、開拓判官として来道しておりますが、当時札幌は、前任の判官|島義勇《しまよしたけ》が鍬《くわ》を下ろして地割りした豪壮きわまる大設計のもとに町並が作られつつあったとはいえ、何といってもあのころのことです、そのほとんどが茅《かや》ぶき屋根だった。だから、ちょっとした小火《ぼや》が起ると大火となる怖れがある。そこで岩村は、せめて柾《まさ》ぶき屋根にせよと命じた。命じたが、なかなかこれが行われない。そこで岩村は業を煮やして、みずから出動して、それまで出来ていた札幌の町をいっきょに焼き払った。爾来、札幌の市民は、岩村の命《めい》のままに従ったという。これを、いまに岩村判官の御用火事と伝えます。……それほど思い切ったことをやる男です」
「ほう」
「その剛腹《ごうふく》さが買われて、彼はやがて、当時難治県の一つといわれた佐賀県の県令となった。──」
「そうそう思い出した」
と、原胤昭は膝をたたいた。
「維新の北越戦争のとき、長岡藩に河井継之助という傑物があった。これが官軍に談判に来て、会津を説得するからしばらく待ってくれと、理をつくして切願したのに対し、相手になったのが土佐の若い参謀で、これが頭から高飛車にはねつけたために、ついに北越会津ぐるみ、死物狂いの抗戦をひき起すことになった。──その土佐の参謀が、たしか岩村軍監とか聞いたおぼえがありますが、その人物ですか」
「いや、それは、通俊とは五つちがいの弟|高俊《たかとし》のほうです。もっとも通俊のほうも、やはり官軍の軍監をやっていましたが」
ただちに幸田は訂正した。
「岩村は、三兄弟でしてね。その間にもう一人、他家に養子に出されたから姓はちがうが、林有造という人物がいて、下にゆくほど気性が烈しいという。──この林有造はヒョンなことで兄や弟と異なって、板垣の下で土佐自由党の大立者となりました。ただし道こそちがえ、やはり兄や弟同様、一種の出世主義者じゃないか、と僕は見ていますが──それはともかく、同じ官僚の道を選んだ通俊、高俊の兄弟同士の出世争いこそ物凄じい」
いまの長官一族の話には相違ないが、それに詳しいのに、四郎助はいささか呆れた。幸田の眼には、自分の話に酔ったような光さえ浮かんでいる。同伴していた女など、どこへやら忘れはてたようだ。
「運命の面白さ、大きくいえば歴史の面白さというのは、例の佐賀の乱における岩村兄弟を思うときひとしおなるものがありましてね、さて、いまいったように岩村通俊は佐賀県令になったが、時至って明治七年、佐賀に不穏の動きが起ると、彼は弟の高俊にとって代えられたのですな。高俊のほうが、佐賀の新県令に命じられたのです。これは高俊が、いまの佐賀を鎮圧するのは兄貴じゃだめだ、おれに限ると当時の大久保内務卿に強引に売り込んだという説もあるし、反薩長の江藤新平、島義勇を抹殺したい大久保が、むしろ佐賀党を暴発させるために、より荒っぽい高俊を選んだという説もある。双方ともに事実でしょう」
「ふうむ。……」
「果せるかな、高俊は、佐賀党に火をつけた。──運命の奇といえるのは、故郷の風雲急なりと見て帰る佐賀の豪傑島義勇と、鎮圧に赴く新県令岩村高俊が、横浜から同じ船に乗っていたことです。呉越同舟、とはこのことで、そういう事実が現実にあったのだから面白い」
「ははあ、私と有馬さんが、同じ船に乗って来たようなものか」
と、ふいに原が笑い出した。
そんな冗談をいう人とは思っていなかったので、四郎助はまごついて、とっさに何の言葉も出なかった。
「もっとも、どっちもそんな大物じゃないが。は、は、は」
幸田はつづける。
「その船中で、高俊は、聞えよがしに、佐賀県人は口だけ達者な臆病者だと悪口して、義勇を憤怒させ、ついに彼をして江藤とともに叛旗をひるがえさせる風の神となった。第二の河井継之助です。その結果、戦い敗れて島は、江藤とともに斬首されたのですが、その処刑に高俊は検視として立ち合っている。この島義勇は、さっきもいったように札幌という町の原型を築いた人で、あの碁盤の目のような大道路は大したものだ。僕は、あれは西洋の都市の真似かと思っていたのですが、そうじゃなくて、発想のもとは京都らしい。島義勇は、さいはての大地に大京都を建設するつもりだったのですな。一種の日本的創造者といっていい。──そのあとを通俊がついだわけで、高俊はいわば兄貴の大先輩を打倒したようなものです」
「しかし。……」
と、原は感嘆の吐息をもらした。
「歴史好きは昔からだったが、大した知識ですな」
「なに、岩村通俊という人が長官になったというので、こりゃどんな人物かと調べた、いわば一夜漬けですよ」
「……それで、高俊のほうは、あとどうなりました?」
「それが、それほどの猛烈漢にもかかわらず、意外に出世していない。むしろその猛烈ぶりがたたったというべきか、今は、やはり難治県として知られた石川県の県令をやっているそうです。もっとも、それが順当な出世なのかも知れない。僕なんぞには、そんな高級官僚の階段の具合はよくわからない」
「兄は、そのとき佐賀県令をやめさせられて。──」
「とうてい、そのままへこたれているような男じゃない。二年後|勃発《ぼつぱつ》した萩の乱では山口裁判長となって、叛乱軍二千余人を一週間の取調べで断獄するというあらわざをやってのけています。その功をもって、西南役中には鹿児島県令に任ぜられ、次がこんどの北海道庁長官です。抜きつ抜かれつの、兄弟出世争いですな」
「………」
「その出世の道に立ちふさがる者は、何びとであっても打ち倒さずにはおかない兄弟で、さればこそ|いごっそう《ヽヽヽヽヽ》の土佐でも、岩村の鬼兄弟と呼んでいるそうで」
「………」
「ともあれその通俊が、かつて御用火事で焼き払った札幌に、こんどは北海道の王者として帰って来て君臨しているわけで、しかも、いまあなたに見せられたような山県内務卿の凄じい秘命を受けておる。こういう人物を相手にして……十字屋さん、あなたの仕事には、これは相当の覚悟が必要ですよ」
「いや、私ははじめからこれは気の長い仕事だと考えている」
原胤昭はべつにひるんだ表情でもなく、しずかに答えた。
「それより。──」
と、彼はまじまじと幸田を見やってつぶやいた。
「あなたは、いよいよ電信技師にしておくには惜しい」
「はははは、何になればいいと思いますか」
「何になればいいか、それは私にも見当がつかないが、とにかく北海道で、そんなアイヌの着物を着て、鰊《にしん》くさい芸者と遊ばせておくのはもったいない」
「実はね、十字屋さん、僕は遠からず官命に違反して、この北海道から突貫して東京に帰ろうと計画しているんですよ」
幸田は、依然酔ったような顔色でいった。
「そして、小説家というやつになってみようか、と考えているのです」
「小説家?」
「ええ、人間の運命をかく小説家に」
──ときに、幸田露伴、数え年二十歳。
六
札幌駅で、原教誨師と幸田青年と芸者は下りた。
別れる前、幸田成行は、やっと有馬四郎助の存在を思い出したようで、
「僕もいちど樺戸へいって見たいな。……あそこには、いわば人間の運命の吹きだまりがあるだろうから」
と、真剣な顔でいったが、すぐに、
「しかし、そりゃ看守にでもならなきゃ見られんだろうし、看守は御免だからやはりだめだね」
と、笑った。ふしぎに相手に不愉快を与えない、闊達な笑いであった。
「ではまた、早ければ数日中にも樺戸で」
と、再会を約したのは、原教誨師だ。
それから起ちあがって、四郎助を見下ろし、笑顔で妙なことをいった。
「勇猛無比の新看守君、しっかりやんなさい、といえないのが私の立場だが、しかし私は、どういうわけか、あなたが好きだ。そのうち、ほんとにいい友人になれるような気がする」
歩廊《ほろう》を下りて、しばらくしてから、窓をたたく者があるので、見るとまた原教誨師であった。
「あの船の中の女人連だがね。客車《はこ》はちがうが、同じ汽車に乗っているのをあなたは知ってましたか」
「知っておりもした」
と、四郎助は答えた。知ってはいたが、見るのも無惨で、わざと知らない顔をしていたのだ。
「あれは札幌で下りるものとばかり思っていたが、どうやらこのままこの汽車でゆくようだ。ひょっとしたら月形にゆくのかも知れない。……ふうむ、月形へねえ」
と、首をかしげながら、原胤昭は窓から離れていった。
車窓から、札幌の町が見えた。ここまで来る途中、この曠野《こうや》の果てに町があるのかと疑ったが、なるほど町はあった。板ぶきの家並の向うには、煉瓦の建物も五つ六つ浮かんでいた。ただ、四郎助の眼には、それは話に聞いた御用火事の焼け跡がまだひろがっているように感じられた。それは建築中の家が多いのと、怖ろしく道路が広いせいもあるらしい。──彼は、この町が、幅八十間という馬鹿馬鹿しいほどの大道路を中心に、幅十二間道路を碁盤の目のように通した町だということは聞いていた。
彼はむろん、自分もこの町へ下りて見たいという気持はあった。しかし、下りても知る人ひとりいないので、あきらめた。とにかく樺戸へいって、職に就いてから、また来る用もあろうと考えた。
義経号は、そのまま発車した。
車内はほとんどガラガラに空《す》いていた。しかし、汽車はまだ奥にはいり、その向うに、少くとも二つの町があるのである。
ゆくてに、低い山脈《やまなみ》がはじめて見えて来た。
彼は、北海道に来て最初に知り合った二人の男の言葉をいま思い出していた。
──勇猛無比の新看守君、しっかりやんなさい、といえないのが私の立場だが、……
あの原教誨師の言葉は、おそらく船中の囚人の暴動に、熱湯のホースを持ち出して鎮圧しようとした自分の行為を見ての感想だろうが、
──しかし私は、どういうわけか、あなたが好きだ。そのうち、ほんとにいい友人になれるような気がする。
という言葉は不可解だ。
「あの人と自分とはちがう」
四郎助は、心中につぶやいた。どうやらあの二人は、幕臣か、幕臣一家のなれの果てらしい。彼らがどんな感慨を持とうと、自分とは運命がちがうのだから、そんなに気にすることはあるまい。
──ほんとうをいうと、二十二歳の有馬四郎助も、故郷薩摩で彼なりの挫折を経験した。それは彼自身どうすることも出来ない「運命」的なものであった。
そうだ、あの幸田という男は、この北海道から突貫して東京に帰ろうと思う、といったが、自分もその運命を打開するために、逆に突貫して北海道へやって来る気になったのだ。
自分はここで、新任務に全力をあげて──少くとも将来は典獄くらいに出世しなければならない。
有馬四郎助の夢は、汽車のゆくさき──月形に、虹みたいにかけられた。
札幌から五里ばかり進んで、江別《えべつ》という集落で下車した。石狩川のほとりであった。
煙を残して、汽車はなお東へ消えていった。
その終着駅はさらに八里ばかり奥へはいった幌内という土地で、そこに大炭鉱があり、かつもう一つ空知集治監という監獄があることを四郎助は知っている。日本で三番目の鉄道は、その炭鉱から小樽まで石炭を運び出すために作られたのだ。そして、空知集治監は、囚人をその炭鉱で使うために設けられたものであった。
すなわち、札幌からの汽車のゆくさきに、二つの町があるというのは、どちらもいわば監獄の町であったのだ。
その一つ、樺戸集治監のある月形村へは、この江別で下車して、石狩川を北へ、船で遡《さかのぼ》ってゆくのであった。
船は古風な外輪船だ。
その船に、なるほど例の女たちが乗り込んで来るのを四郎助は見た。女たちは、少くとも一見したところでは、あの海の上での地獄図絵をケロリと忘れはてた顔をして、鳥みたいにさえずり合っていた。鼻唄さえうたっている女もあった。
船の外輪が波をかきたててゆく暗緑色の石狩川は、このあたりでも四郎助が河でまだ見たことのないほど汪洋《おうよう》として大きく、両側には、何千年そのままとしか思われない密林が水にひたっていた。さすがの四郎助が、見ていてちょっと心細くなるほどであった。
──あそこには、人間の運命の吹きだまりがあるだろうから。
幸田成行の声が、耳によみがえった。
明日にも、あの凶暴な新しい囚徒たちがこの河を遡って来るだろう。そしてまた、あの監獄教誨師も追って来るだろう。
有馬四郎助は首をふり、その首をたてなおし、若い鷹みたいな勇猛果敢な眼を北の空へ投げた。石狩の秋の雲は凄愴《せいそう》な鉛色の光をおびていた。
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樺戸集治監《かばとしゆうじかん》
一
途中から河面に霧がたちはじめた。それは灰色で、うすら冷たくて、霧というより瘴気《しようき》のように感じられた。
太古そのままの河と森の中を遡《さかのぼ》っていって、やっと左岸に家らしいものが見え出したとき、船上の人々に安堵《あんど》の吐息がもれず、みな、しーんと黙りこくって眺めるばかりであったのは、その霧のため、それがこの世のものならぬ魔界の家であるかのように見えたからに相違ない。
しかし、たしかに人間の住む家々だ。木ッぱ葺《ぶ》きの屋根の細い煙突からは白い煙があがっている。その向うに、石狩川に流れ込むもう一つの河があった。そして、河の向うに、もっと大きな集落があった。
汽笛を鳴らしながら、船はその集落の船着場に外輪をとめた。午後五時前であったが、霧のせいか、もっと夕暮のような印象を受けた。
有馬|四郎助《しろのすけ》は、まっさきに船から下りた。
「ここが、月形か。──」
彼は、しばしそこに佇《たたず》んだ。のちに知ったところによると、それは監獄波止場と呼ばれる場所であった。
船からは、少数ながらほかの乗客も下りて来る。巡査以外は、大きな荷を背負った商人風の連中が多かった。むろん例の女たちもいた。そして、人間より、人夫によってかつぎ下ろされる荷物のほうがはるかに多かった。月形へ来る船は、人間より物資を運ぶための船としか思われなかった。
札幌でさえ、この曠野の果てに町があるのかとふしぎに思ったが、ここはさらにその奥の町だ。江別からの水路だけでも十里半あるそうだが、その間、ほとんど町らしい町はない。その石狩川だけが、外界とつながれる唯一の道といっていい。──荷役の男たち以外にも、わっと船着場に人が集まって来て、みな笑いながら何かわめいているのは、ただ荷物が着いたというよろこびのためだけではないようだ。
船から下りて来た女たちを見て、彼らははやしたてた。野卑な歓声が、この場合、人間のなまなましい活気と感じられて、かえってうれしかった。
──ここにも人間の町があったのだ!
女たちは、出迎えの、やはり頸《くび》の白い女たちに連れられてどこかへいってしまった。ほかの人々も、荷物も散った。
四郎助は、大股に歩き出した。船着場からまっすぐに、あらくれた広い道がついていた。
両側は家並だが、どうやらここも、小規模ながら、縦横《たてよこ》碁盤の目のような道筋になっているらしい。家々はまだ新しい。あちこちで、槌の音がひびいていた。この月形は、ここに人間が住み出してから、まだ五年ほどしかならないのであった。
はじめて来た者の眼には瘴気と見えた霧の中に、町の人々は元気よく動いていた。道具をぶら下げあるいは荷をかついだ人々が通る。馬のひく荷車が通る。子供たちもはねまわっている。内地の田舎の町などより、それはもっと活溌な風景に見えた。
しかし、大道路のつきあたりに、やがてふとい格子塀に挾まれた大きな鉄の門が見えて来た。右の門柱に、「樺戸集治監」と筆太《ふでぶと》に書かれた大標札がぶら下がっていた。やはりここは魔界の町であった。
もっとも四郎助は、その門を魔性《ましよう》のものとは考えない。彼はそこに勤務するためにやって来たのだ。彼は、銃をかかえて立っている門番にその旨を伝えた。
すぐに彼は、別の看守に案内されて、正面の庁舎《ちようしや》に案内された。頑丈な二階建ての西洋式の建物であった。
その奥まった一室のドアをあけると、もう洋燈《ランプ》をつけたテーブルに向って、典獄はまだ執務中で、そばに一人の看守風の男が直立して何か報告していた。
「新任の者じゃと。──かまわん、来い」
と、典獄はあごでさしまねいた。
それが安村治孝《やすむらはるたか》という名で、長州人であることはすでに四郎助も知っている。彼は敬礼して名乗り、必要書類をさし出した。
「早いな。きさまが、一番早い」
と、安村典獄はいった。こんど新看守として採用された者はほかにもあるはずだが、四郎助が一番早く着任したという意味だ。
「なにしろ、南国育ちでごわすで、一日も早う寒さに馴れようと思いもして」
と、四郎助はいった。
「ほう、きさま、薩摩っぽか」
典獄は、書類から顔をあげて、
「若いな。それじゃ例の戦争は知るまい」
と、いった。西南役のことだ。
「あんときは、まだ十三でござりました」
「そうか。吾輩も鹿児島へいった。城山を攻めて、西郷どんを殺した官軍の一人じゃて」
こともなげにいった。
この安村治孝が、警視庁警視隊──田原坂《たばるざか》で、いわゆる抜刀隊として薩軍を震駭《しんがい》させたのは、この警視庁部隊である──の一中隊長として、城山攻撃に参加した経歴も四郎助は承知している。
それについて何の感慨もないといえばうそになるが、四郎助はもうこだわらないことにしている。
安村典獄は、小柄ながら、精悍《せいかん》きわまる風貌の持主であった。
「おや、きさま、有馬という姓じゃが、もとは益満《ますみつ》といったのか」
典獄は、四郎助の履歴書にふと眼をとめていった。
「は、五つのときに有馬という家の養子になったのでござります」
と、四郎助は答えた。
安村典獄は、そのことにはもう関心を示さず、
「そうか。いかにも薩摩っぽらしく、きかぬ面《つら》がまえをしとる。──騎西《きさい》、お前の所属とする。しっかり仕込んでやれ」
と、そばをかえりみて、
「看守長の騎西銅十郎じゃ」
と、紹介した。
その看守長がうなずいた。四十過ぎの、八の字にふとい鬚をはねた、顔も身体も真四角な、岩のような感じのする男であった。
そのとき、カーン、カーン、と、すぐ近くで鐘が鳴り出した。いや、近くの一つだけではない。遠いところでも、十以下ではない数の鐘の音だ。──午後六時であった。
小樽からの義経号の鐘はどこやら牧歌的であったが、ここの鐘は鼓膜をたたくような、凶々《まがまが》しい、むきだしに金属的な音がした。
「勤務の心得は明日申し聞かせることにして、騎西、きょうは官舎のほうへ案内してやれ」
と、安村典獄は命じた。
騎西看守長は、敬礼し、四郎助を促して出た。そして、監獄庁舎の前で、
「ちょっと待っておれ」
と、また自分だけ引返していった。
待っている間に、安村典獄が馬車に乗って門を出てゆくのが見えた。日は落ちて、もう薄暗く、さだかではないが、あまり立派な馬車とは見えなかったけれど、ともかく二頭立てであった。
六時が退庁の時間らしく、つづいて門を出てゆく官服のむれがあった。
やがて、騎西銅十郎が、包みをかかえて出て来た。
「きさまの官服じゃ。だいたい見つくろったが、それで合わんけりゃ、身体を合わせろ」
と、それを手渡し、
「来い」
と、先に立って歩き出した。
門を出ると、騎西はすぐに訊《き》いた。
「きさま、もと益満といったと? それじゃ益満休之助というのは、お前に縁のある者か?」
二
「は、一族の者にちがいござりませんが。……私の幼少時に亡くなった人で。──」
四郎助は平静に答えたが、ちらっと騎西銅十郎を見た眼には、異様な光があった。
「なに、益満は死んだか」
相手には意外だったようだ。
「いや、それはそうだろうな。そういえば、あれほどの男が、御一新以来、その名を耳にしたこともない。それで、いつ、どこで?」
「上野のいくさのときに、戦死したと聞いておりもす」
「ほう、彰義隊にやられたのか。それは知らなんだ。おれも、はじめて聞いたぞ。──」
「あんたは、益満休之助を御存知なのでごわすか」
「いや、話に聞いただけじゃ」
しばらく、黙って歩いた。
集治監の門から左へ、塀に沿ってゆく。これも広い道で、のちに四郎助はこれを監獄道路と呼んでいることを知った。監獄とは反対側の、さっき通って来た町からは夕暮のざわめきが聞えて来るが、この道路は人影もまばらであった。
四郎助はワクワクしてまた訊いた。
「あんたは……あんころ東京に──江戸におられたのでごわすか」
「あんた、あんたと呼ぶな。看守長どのと言え、騎西看守長どのと言え」
騎西はふいに叱ったが、
「きさま、益満に縁のある人間と聞いたからいうがな。──御用盗、という言葉を聞いたことがあるか」
と、もとの話にもどった。
「ありもす」
四郎助は、沈んだ声でうなずいた。
「幕末に、江戸で、火つけ、強姦、殺人いたらざるなき大強盗団が横行した。それが、自分のほうで勤王のための軍資金を作る御用盗と称したが、その通り薩摩屋敷がその巣窟で、何百人もの浪人たちをかき集めてやらせたのじゃ。江戸の治安を撹乱《こうらん》し、幕府を挑発するための奸策《かんさく》で、ついに幕府はその工作にまんまとひっかかって、薩摩屋敷の焼打ちをやる破目となり、それが火ぶたとなって、一挙に鳥羽伏見のいくさ、そして幕府の土崩瓦解ということになったんじゃ」
うす暗い暮色の中に、騎西看守長の息が、白く、あらあらしく吐き出された。
「おれはそのころ、町奉行所も旗本もからっきし役に立たんから、別に江戸の治安をまかされた新徴組の一員でな。その新徴組でいろいろ探索したが、その御用盗をあやつる闇の手が、西郷の息のかかった益満休之助という男だということはつきとめた。……天下をとるためには手段をえらばん。きさまの素性を聞いて、あえていう、いくら大西郷でも、感心せん所業じゃったな」
四郎助は、一言もない。
「実はその後、おれも西南戦争には警視庁警視隊として参加した。もっともこっちは軍曹じゃったが、武功抜群の感状を頂戴した。が、長州人ならざる悲しさに、いまだもって樺戸監獄の看守長の身分じゃ」
自嘲の笑いも見せずにいう。
「それで西郷の首をとって、そっちはまあ胸のつかえが下りたとして、そうか、益満のほうも、とっくの昔上野のいくさで死んでおったというのか。天網|恢々《かいかい》疎にしてもらさず、とは、このことじゃな」
にくにくしげにいい、ジロリと見て、新しく自分の部下となった若者が、あまり沈痛な表情をしているのを知ると、
「いや、きさまを責めておるのじゃない。江戸で御用盗が跳梁《ちようりよう》したころ、まだ薩摩であかん坊だったはずのきさまに罪はないわい」
と、いったが、依然笑顔は見せない。
「ただし、おれは看守長としてきさまをしごくぞ。徹底的に鍛えてやるが、しかしそれはいまいったような因縁からではないと承知しておいてくれ。騎西銅十郎は、職務において正々堂々たる男じゃ」
──本来の四郎助なら、憤然とした顔を見せるところであった。しかし彼は、首をたれて歩いていた。
騎西看守長は、四郎助の一族の益満休之助なる者について悪口に類したことを平気でいう無神経な男であったが、それでも、それがこの若者に与えた打撃は思いのほかであったろう。
それは、薩摩の益満家にとって、不吉な英雄の名であった。
益満休之助。──
──この名前を御存知の読者は多いだろうが、しかしこの人物が世上に有名になったのは、昭和期にはいって、直木三十五の「南国太平記」以来のことではないかと思われる。それはちょうど益満の片腕となって働いた下総《しもうさ》の郷士|相楽《さがら》総三が、長谷川伸の「相楽総三とその同志」や映画「赤毛」によって、はじめて一般に知られたのと同様である。維新後、薩摩のいわゆる御用盗事件について知っている世人はむろん少くなかったろうが、それでもそのリーダーの名まで承知していた人は少かったようだ。
だから安村典獄も、さっき益満という名に触れながら、それ以上の特別な反応を示さなかったのだ。
御用盗活動期の当時から、薩摩は頬かぶりしていた。そして、すべてがうまくいって、天下をとってからも、なおこの件については隠蔽《いんぺい》のまま通そうとした。天下とりの立場になってみれば、あまり誇りに出来る謀略ではなかったからだ。
鹿児島でさえ、この一件については、人々は口をつぐんだ。
しかし、益満一族は、むろん休之助の人間や働きや運命について、それぞれある程度知っている。──
維新のとき三つであった四郎助に、休之助の記憶はない。が、成長するに従って、しばしばその名を耳にすることが多かった。──かがやかしい妖光をおびた快男児として。
何かのはずみで、一族の古老の話にふともれるその名は、
「あれは凄かやつじゃった」
「剣は強いし、しゃれッ気はあるし。──」
「天衣無縫で、面白か男じゃった」
というような哀惜のひびきを伝えていた。
ところで、もう一人、同様の印象で追憶話に出る者があった。四郎助の長兄の矢藤太だ。四郎助とは二十三も年上の異腹の兄であったが、これも益満と同じタイプで、西郷どんにひどく可愛がられて、西郷のゆくところ、たえずそのそばに侍していたという。
「あれは惜しか男じゃった」
「若年ながら、頼もしかやつじゃった。生きておったら、どげんえらか人間になりおったか。──」
しかし、矢藤太もまた維新の嵐の中に、この世から消えたのだ。幕府の脱走軍との下野《しもつけ》のいくさで、あっさり戦死してしまったという。
さて、益満休之助のほうは、薩摩屋敷が焼打ちにあった騒ぎのとき、幕府方につかまった。それが勝海舟によって助けられ、山岡鉄太郎が、幕府まで進駐した西郷に勝からの書面をとどけたとき、山岡の道案内の役を勤めている。益満休之助がいたからこそ、幕臣山岡が官軍を突破して西郷に会見することが出来たのである。
てっきり幕府方に処刑されたと思われていた益満が颯爽と現われたので、薩軍は目をまるくして、その不死身の姿を眺めたという。
それが三月九日のことであったのに、五月半ばには、その英雄は地上になかった。──上野のいくさのとき斥候を買って出て行動中、流弾に当って死んだのである。ときに二十八歳であったという。
爾来、鹿児島で益満一族は、甚《はなは》だぱっとしなかった。そもそもが下級士族であったのだから、益満一族には出来過ぎといわれた若き俊傑を二人失って、もとに戻ったともいえるが、そればかりではなかった。
どうやら益満休之助という名は、鹿児島ではタブーになっているらしい、と、やがて四郎助は気がつくようになった。
そういえば、一族の古老の休之助に対する懐旧の片言隻句も、ただ内々にかぎっていた。そして外部の者もその名を口にすることを憚《はばか》っているようであった。
「なぜだ、兄さん」
と、四郎助は兄の一人矢之助に訊いたことがある。
その矢之助は西南戦争のとき西郷とともに城山で死んだが、たしかその前年のことであったと思う。矢之助は悲しそうに答えた。
「西郷先生は、益満休之助の名を聞くと、浮かぬ顔をなされるそうじゃ」
「な、なぜだ? 休之助さんは、西郷先生のために働いたのじゃなかか?」
「そいがな、なにしろ、やったのが火つけ強盗じゃ。西郷先生の名誉にゃならんで」
そのころ四郎助は、もう有馬姓に変っていた。維新後、士族の名を継《つ》げるのは長男だけで、次男以下は、平民とされることになったので、男子のない士族の家に養子にゆく例が多かった。ただ戸籍の上からの便法なので、四郎助も有馬平八という人の養子になったが、依然として益満家で暮していたし、自分もむろん益満一族のつもりでいた。
だから、この件について、他人の遠い昔話として、とうてい無関係な気持でいられなかったが、それはただ彼の被害妄想とばかりはいえなかった。
実にぶきみな話を聞いたのは、西南役のあとになってからだ。
たまたま上京したもう一人の兄の圭治《けいじ》が、帰国してからのある日、ただならぬ顔で四郎助にささやいた。
彼は、東京の靖国神社に詣でて、そこに祭られている勤王の烈士の名簿を見せてもらったところ、上野のいくさで戦死した益満休之助の名は、たしかに記されていた、と、いった。
「それには、明治元年五月十八日、上野東叡山、隊外斥候役、益満休之助|行高《ゆきたか》、二十八歳、とあったよ」
休之助の戦死の話は聞いている。
彰義隊とのいくさのあった日、上野広小路に、編笠をかぶって昼ごろから立ったままの浪人風の侍があって、夕方、一帯が暮色につつまれて来ても、そのままの姿勢でいる。軍用の荷駄を運んでいた人足の一人がそれに気がついてそばに寄って見ると、足もとは血の海であった。ぎょっとして手をさしのばしたとたん、その武士はドサリと倒れた。──あわてて近くの薩軍の屯所に急報した結果、それが益満休之助であったことが判明したという。彼は流弾によってこめかみを撃ちぬかれ、即死していたのである。
──立往生とは、いかにも休之助の死にざまらしい。
そういう評語も耳にしたことがある。あのいくさで薩軍で戦死したのはたった八人か九人であったというのに、その中の一人にはいったとは、不運もまたきわまれりというしかない。
「それが?」
どうした、と四郎助はふしんな顔をした。
「おい、聞くがよか、上野のいくさのあったのは五月十五日の事《こつ》じゃぞ」
と、圭治はいった。
「そいが、十八日とはどげんしたわけじゃ?」
「あ。──」
四郎助は、はっとした。──彼は、休之助の死は戦争当日のことだ、としか聞いていなかったのだ。
鸚鵡《おうむ》返しに彼はさけんだ。
「そりゃ、どげんしたわけじゃ?」
「おいは、いろいろ考えた。考えて見りゃ、戦争当日戦場で、流弾《ヽヽ》によって死んだ、と伝えられちょるのもいぶかしか。流弾じゃなか、思うに休之助さんは、狙われて暗殺されたんじゃ」
「彰義隊にか?」
「馬鹿言え、戦争は終って三日目のことじゃというとるじゃなかか。……ゆけばわかるが、あげな場所に、死んで三日も立っていたわけはなか」
「では、だれに?」
「味方にじゃ」
「味方のだれに?」
圭治の顔は、灰色に変っていた。
「おいは、いろいろ考えた。そして、怖ろしか事《こつ》に思い当った。そういえば、矢藤太兄さんの戦死のようすが──えらものじゃったといわれるわりに──もひとつ、ハッキリせん、とは思わんか。下野のいくさで死んだという事《こつ》になっちょるが。──」
「兄さん、おはん何をいいたいんじゃ?」
「おいも怖ろしか。おいは……ひょっとしたら、矢藤太兄さんは下野で死なず、生きていて……やったのは、矢藤太兄さんじゃなかかと。──」
「なぜ、矢藤太兄さんが?」
「益満休之助はもう用済みの人間じゃからの。しかも、薩藩の恥部の中枢にあった人間じゃからの」
「恥部とは何じゃ、恥部とは。──」
四郎助は、圭治の胸ぐらをつかまんばかりにしていったが、その意味はわかった。
「そりゃ、矢藤太兄さんのひとりでやった事《こつ》か、それともだれかの命令か」
「わからん」
「それで矢藤太兄さんは、どこへいったのか」
「わからん」
ふるえる息を吐いて、圭治はいった。
「何にしても矢藤太兄さんは、もう世に出て来れん。死んだか知らんが、生きちょるとしても、死んだも同然じゃ」
少年四郎助は、肩で息をしていた。ふつうなら信じられない話だが、いわれて見ると、思い当るふしがあった。
たとえば古老の話で、右の二人についての追憶談が、同時に語られたことがないようだ。それはさりげなく、しかし注意深く、同じ陰電気をおびた二つの妖精みたいに、たがいに接触することがなかった。
「兄さん、そげな話を、みんな知っちょるのか」
「おいでさえ、いま、ひょっとしたら……と思いついた事《こつ》を、みながみな知っちょるはずはなか。しかし、知っちょる人もある、と思う。うすうす知っちょる人もある、と思う。……」
四郎助は、西郷先生が、かつてきわめて信愛したという休之助に関し、その想い出を忌避《きひ》するかに見えたという話を、いまさらのように思い出して、脳天をたたかれたような気がした。それは事実だったのだ。そして、その原因はそのことにあったのだ、と、彼は考えた。
西郷といえば──西郷は、明治十年に死んだ。しかし薩摩はなお西郷の魔力から解き放たれなかった。それどころか、カリスマ西郷は、死んでさらに神的な毫光《ごうこう》を加えたかの観があった。人々はその光に眩惑されて、西郷に闇部はないとみずからにいい聞かせた。
益満休之助や益満矢藤太は、いよいよ西郷とは無関係な「闇」の世界へ葬られた。
にもかかわらず、だれもがあのことを知っていて、しかも知らない顔をしている、と四郎助は感じた。もともとが気力旺盛な若者であっただけに、なおそのコンプレックスに悩まされた。
そのくせ、どういうわけか、休之助や矢藤太が若い快男児としての残像を自分の心に刻んでいるのがいらだたしかった。
四郎助は十五歳で、県の北端の村の小学校の先生になった。しかし、えたいの知れぬ空しさと圧迫感にたえず、十七歳でこんどは巡査になった。
とうてい鹿児島にいたのじゃだめだ、と、また彼は思いこむようになった。益満の妖気のたちこめた地元では、いつまでもうだつがあがらない。そして、たとえ東京に出ても、出世の道には薩摩人が充満しているから、そっちも気が進まない。──
その自意識に苦しんで、ついに彼は、さきごろ北海道集治監の看守百七十一人を求めるという全国的な募集に、思い切って応じたのである。
有馬四郎助が、故郷で彼なりの挫折を経験したというのは、ざっと右のようなわけからであった。
三
書けば長い。また四郎助が長年苦しんだのも事実で──しかもいま、新しい上司となった男に、ふり捨てて来た不吉な亡霊を持ち出されて、彼はショッキングな困惑に打たれたが、しかし騎西銅十郎と彼はまだ一町ほど歩いただけであった。
「おれは正々堂々たる男じゃ」
と、いってから、騎西はもう益満休之助のことなど放り出して、
「有馬、これからの勤務の心得として、まず最初に承知しておいてもらいたいことがある。それは、相手にするのは、けたはずれの悪党ばかりだということじゃ」
と、いった。
「ここに送られて来る囚人を人間と思うな」
「は」
四郎助は、石狩丸の囚人たちを思い出した。
「きゃつらを懲罰するこそ、われらの至上の義務である。ここでは毛ほどの慈悲も有害無益じゃ。──このことは、しかと胸に刻んでおけ。明日、また新しい囚人が来ることになっておるが。──」
ふいに騎西銅十郎は立ちどまって、
「だれか!」
と、叱咤した。
四郎助は、ゆくての道路を、三つの影がふさいでいるのを見た。薄暗い夕霧の中ではっきりとはしないが、どうやら土方風の男たちのようだ。
「騎西という看守の旦那でござんすね?」
と、一人が声をかけて来た。
「キイタップの万治を殺《や》った騎西の旦那でごぜえますね?」
酔った声だが、殺気があった。
「ばくち打ち仲間か」
と、騎西は軽蔑の鼻息をもらした。
「やくざども、集治監内での事件に文句をつけに来たのか」
「いくらやくざだって……たかがばくちで挙《あ》げられた者を、斬り殺すことはねえでしょう」
「あれは逃亡を計ったから処罰しただけじゃ。……それで、うぬら、何しに来た」
三人は半円形にとりかこんだ。酒の匂いが吹きつけた。
「身体を張って待ってたんだ。ちょっと来てもれえてえ」
「万治のおふくろに、土下座してあやまってくんな」
「そうでねえと、胸がおさまらねえ。おとなしくいうことをきかねえと、こっちにも覚悟があるぜ」
三人の手に匕首《あいくち》がひらめくのを見て、四郎助は、はっとした。
「有馬看守、見ておれよ」
と、騎西はふりかえった。
「脅迫罪ならびに抗拒罪によって処分するぞ!」
わめくと、抜剣した。
あまりの猛烈さに、三人の無頼漢は、胆をつぶして飛びずさった。──どうやら彼らは、仲間の一人のかたき討ちに待ち伏せしていたらしいが、この看守長の物凄さを、まだよく知らなかったのではないかと思われる。
どすっ……どすっ……と、異様な音がして、匕首を握ったまま、あいついで二本の生腕が地上に転がり落ちた。
残りの一人は、泳ぐように逃げかけた。その肩から袈裟《けさ》がけに、騎西看守長のサーベルが追い打ち、これまた悲鳴をあげてつんのめった。
「馬鹿者ども」
と、騎西は吐き出すようにいった。
なるほど、不当な脅しをかけて来た無頼漢たちに相違ない。しかし、それにしても騎西の行動が迅速過ぎ、その対応が激烈過ぎたので、有馬四郎助は度胆をぬかれ、満面から血の気をひいて立ちつくしている。
夕霧のけぶる地上に、墨のようにぶちまけられた血の中に、のたうちまわっている三人のやくざを見下ろして、
「……これじゃから、北海道の監獄勤めがやめられん」
と、騎西は妙なことをつぶやいた。
その岩みたいな身体に、人間が酔ったときのようなウットリしたやさしい線が描かれたのを見て、四郎助はぞっとした。
「正当防衛で、やむを得ん」
騎西は四郎助をふりかえっていったが、それを要《い》らざる弁解だと思ったらしく、すぐに、
「手本を見せてやった。これくらいのことに平気になれぬと、ここの勤めはむずかしいぞ」
と、傲然《ごうぜん》とそらうそぶいた。
それから、ポケットから呼笛《よびこ》をとり出して、はじめて吹いた。監獄のほうから、巡査が二人駈けて来た。
さすがにあっとさけんで立ちすくむ巡査に、騎西は手短かに説明し──驚いたことに、
「きさまは来い」
と、四郎助を促し、その凄じい現場はそのままに残して、先に立った。
ゆきついたのは、そこからほんの目と鼻の先の官舎街であった。
官舎街といっても、四郎助の案内されたのは、コの字型になった木造の長屋の中の一戸で、騎西は鍵をとり出して上りこみ、洋燈《ランプ》をつけた。
「新参者のために、台所に当分の米、味噌、薪が用意してあるはずじゃ」
と、いった。
「もっとも、ふだんはみな集治監の食堂で用はすむ」
そして、この長屋の奥に、看守長たちの独立家屋があるといい、この一劃のいちばん奥まったところに、さっき見えた──窓にもう灯をともした煉瓦作りの宏壮な建物が典獄の住居だといった。
「ちょっとした大名屋敷だな」
と、彼はいった。長屋塀をめぐらした昔の江戸藩邸のしくみのことだ。
さっき典獄が、二頭立ての馬車で帰っていったことをちらっと思い出し、これだけの距離なら、わざわざ馬車でかようこともあるまいに、と、四郎助は考えた。
しかし、やがて知ったことだが、典獄という身分は、この町の警察署長をかねているのみならず、樺戸、雨龍、上川三郡の郡長をもかねていたのである。すなわち、樺戸集治監の典獄は、この一帯の王者であったのだ。
もっとも四郎助は、いまは典獄のことなどより、さっきの惨劇の件について頭を占められている。
「では、ちょっとあの始末をして来る」
やっと騎西看守長は──かつて新徴組であり、かつまた西南役の鬼軍曹であったというこの恐ろしく強い男は、それでも先刻のことを忘れていたわけでもないらしく、そういって、落着きはらって出ていった。
制服をつつんだ風呂敷包みをかかえたまま、冷たい薄闇の中に、放心したように四郎助は立っている。
薩摩には豪傑風の人間にことかかないはずだが──四郎助は、はじめて剣豪なるものを見た思いがした。
四
翌日、有馬四郎助は、看守の官服を着て出勤した。
ピーンと空気が音をたてそうな秋晴れの朝だ。
帽子は紺の小倉に、真鍮《しんちゆう》製の旭日の徽章《きしよう》、制服はやはり紺で質は悪いが、すでに毛織物の冬服であった。これにサーベルがつく。
この姿で集治監にゆくと、背は高く、彫りのふかい精悍な顔だちなので、
「うむ、颯爽たるものじゃ」
と、騎西看守長もほめたくらいである。
昨夜、あれだけのことをやってのけたのに、べつに何のとがめもないらしい。それはおかしい、とも四郎助は考えない。
こうして、有馬四郎助の看守としての最初の一日が始まった。
彼は、騎西から、ほかの看守長や看守を紹介された。看守長はぜんぶで八人、看守は四十五人いて、あと二、三日中に、四郎助と同じく新規に採用された看守が四人加わることになっていた。
「現在囚人は、一千五百七十二人おる」
と、いうことであった。
そして彼は、集治監の内部に案内された。門からすぐに庁舎をふくむ一劃があるが、その奥に、広大な監獄用の建物が群立していたのだ。
「最初は獄舎区域だけでも十一万坪、収監数も一万一千人を目標としたそうじゃが、その後、計画が縮小された。──が、獄舎や附属の建物の総坪数は、いまでも七千三百八十六坪ある」
と、騎西は説明した。
附属の建物とは、主として作業場や倉庫で、それにとりまかれるような配置で、北側にH型に獄舎がある。これは直径一尺の丸太を横に組み重ねた、いわゆる丸太組みになり、さらに内側は八分板が張りつめられていた。そして、そのすべては──現代式にいうと、高さ五・五メートル、厚さ十五センチという物凄い塀に囲まれ、さらにその外側に、物を投げることによって内外連絡が出来ない距離に柵をめぐらし、四隅には高い櫓《やぐら》を組んだ監視哨が置かれ、騎兵銃を持った看守が不断に立っていた。
これだけ広大な獄舎区域に、靄《もや》のように妙な匂いが満ちている。四郎助は、各檻房の中に、それぞれ三つの大桶が置かれているのを見た。
「一つは水、一つは痰唾《たんつば》用、一つは糞小便用じゃ」
と、騎西が平然という。
石狩丸の船倉における囚人の待遇は特別のものでなく、ここが一つの巨大な囚人船であることを四郎助は知った。
「最初の年にはな、五百人ほど送られて来て、一年のうちに百二十何人か病死したという。これでもだいぶ衛生的になったんじゃ」
むろん四郎助は、いたるところの作業場で働いている囚人たちを見た。
作業場は、鍛冶工場、煉瓦工場、木挽《こびき》小屋、木工場、竹細工場、藁《わら》細工場、精米所、醤油味噌製造場、養豚場などがあり、柿色の筒袖、股引という獄衣の囚人たちが働いていた。看守の監視つきだが、その笑い声、怒号は、まるで野犬収容所みたいに傍若無人であった。──
ただ、騎西看守長がはいってゆくと、どこでもその喧嘩がピタリとやんだ。この看守長の威厳が囚人たちを慴伏《しようふく》させていることは疑いない。
「なんだ、新米か」
そんな声を、しかし四郎助はどこでも背後に聞き、凍るような侮蔑と、灼《や》けつくような憎悪の眼を感じた。
作業の時限ごとに、合図として例の無数の鐘がとどろきわたる。
一応の見学ののち、四郎助は監獄則その他服務の心得についての教習を受けた。
……夕刻が近づいた。
そして彼は、一日遅れてやって来たあの石狩丸の囚徒たちを迎えたのである。彼らは鉄丸こそはずされていたが、みな手錠をかけられ、やはり二人ずつ鎖でつなぎ合わされていた。むろん、庁舎前の広場に、五十人を越える看守長、看守その他の獄丁たちは勢ぞろいして出迎えた。四郎助は、その中に、例の五寸釘と牢屋小僧がつなぎ合わされ、この二人だけが尻に鉄丸を吊るされているのを見いだした。
「ははあ、うぬらか」
と、騎西看守長は二人の前に立った。
「船の中で暴動を起した首謀者は」
「その通り」
五寸釘は平然とそっくり返った。
「なに? うぬらがここまで無事到着したことが奇怪千万。……」
「ふふん、おれも奇妙だと思ってるんだ」
「ここは、悪党が年貢《ねんぐ》を納める樺戸集治監じゃ。そのことはよく覚悟しておけ」
そういった騎西銅十郎のひたいに、かあっ、ぺっ、という音とともに何か貼りついた。ヒョロリとした一つ目の牢屋小僧が吐きかけた青痰であった。
見ていた四郎助の全身が粟立った。騎西自身、あっけにとられた顔をしていたが、数秒後、その痰を左手でぐいと拭うと、右手が佩剣《はいけん》のつかにかかった。
「待て」
遠くで声がかかった。
四郎助はそれが安村典獄であることと、典獄の前に書類|様《よう》のものをさし出して立っている黒い洋服の男を認めた。いつのまに来ていたか、あの原|胤昭《たねあき》にまぎれもなかった。
原はこちらを見て、何かいった。
「騎西看守長、しばらく待て」
ふきげんな表情ながら、安村典獄は厳然といった。
「処罰はあとでよい。──とにかく今夜は、みんな独居房にいれておけ。いま乱暴を働いたやつは闇室でもよい。いまは手を下すな」
五寸釘が、高笑いした。
別の看守の号令で、囚徒たちは、ふたたび鎖を鳴らしながら行進を開始した。
彼らもまた船中のときのままの赤い獄衣を着ていて、さすがに汚物はどこかで洗ったらしいが、その代り、妙にすすけて、どす黒い行列に見えたが、あとで知ったところによると、小樽から江別までの汽車に、彼らは石炭を運んだ帰りの空車輛《からばこ》に乗せられて来たそうで、そのせいらしかった。
原胤昭のことも気がかりであったが、囚人の監視を命じられていた四郎助は、彼らといっしょに、中門を通って獄舎区域にはいった。すっかり服装が変っているのと、ほかの看守にとりまぎれたのとで、それが船中で熱湯のホースを持ち出した青年だとは、囚人たちはまだ気づかなかったようだ。
新来の囚人たちは、ふつうの獄舎とはべつの独居房──正確には「厳正独居監房」に、一人一人別々にいれられた。それはまるで地蔵堂がならんでいるような、小さな──むろん、さらに厳重な丸太組みの小屋であった。
そして、五寸釘と牢屋小僧がいれられたのは、それとはまたべつの建物で、なんと中は三尺四方の──いまでいえば、ロッカーとしか思えない箱がズラリとならんでいるのだ。それが「闇室」であった。
彼らはそこに、獣みたいに蹴込まれたのだが、その前に、
「なに、ここへ入《へえ》れってえのか?」
さすがに五寸釘は仰天した顔をしたが、もう一方の牢屋小僧は、
「まあしかし、変な野郎と離されて、セイセイしたよ」
と、うす笑いした。五寸釘とつながれていた鎖から離されたことらしい。そして、
「いっておくがな、おれをどんなところへ閉じ込めても、そのうちきっと牢ぬけをやってみせるから、せいぜい用心しな」
と、不敵なことを、陰気な声でつぶやいた。
中にいれると、厚い木の戸を閉じ、錠をかけてしまう。身動きも出来ないことはそのための設備だからいたしかたないとして、これでは窒息《ちつそく》してしまうのではないか、と、四郎助は不安になった。看守の一人に訊いてみると、これは三日が限度で、むろん息絶え絶えになるけれど、いままでのところまだ死んだやつはいない、ということであった。
四郎助たちがそこを去るとき、五寸釘のほうの闇室は内部から物凄い震動を伝えていたが、牢屋小僧のほうは、それこそ闇そのもののようにひっそりしていた。
五
さて、この作業を終えて、夜にはいり、赤ちゃけた洋燈《ランプ》をいくつか吊るした食堂で、看守たちが長いテーブルにならんで食事をとっていると、騎西看守長がはいって来た。彼は典獄に制止されて、抗議のためかあとに残り、囚徒たちの収容には立ち合わなかったのだ。
「やあ、看守長どの」
四郎助が呼びかけると、騎西はちょっと放心状態でやって来て、そばに坐った。
何のためか、手に一条の鎖をぶら下げている。よく見ると、囚人二人をつなぐ例の「連鎖」というやつだ。
「酒をくれ」
賄夫《まかないふ》に命じたその頬に、二、三滴血の斑点があるのに、四郎助は気がついた。
「看守長どの、左頬に血がついておりもす」
「あん? うん、これか」
と、彼はそれを手で拭った。
「あれから、おれも独房のほうにいって見た。何が気にいらんか、気がちがったようにあばれるやつが一人おったので、搾衣《さくい》を着せたところ、急に血を吐きおった。それが飛んだらしい」
「搾衣?」
「皮で出来た戒具じゃ。これを着せてバンドで締め、水をかける。これが乾き出すと皮が縮んで、身体を絞めつける。──しかし、血を吐いたのは、そのせいじゃない。どうもひどい肺病のやつだったらしい」
「あの牢屋小僧というやつごわすか」
「いや、ちがう。独房にいれた残りのやつらの一人じゃ。……闇室のほうには、そのあとでいって見た。あれであの二人は、相当に懲りるじゃろ」
あまり笑わない騎西看守長だが、このときは、酒を一口飲んで、ニヤリとした。が、すぐにいっそう険悪な表情になって、
「闇室から出て来ても、きゃつら、ただではおかぬ。……」
と、あらい息を吐き、同時に何かを思い出したらしく、
「それにつけても、妙なやつらが飛入りして来おった。部外者の分際で、獄舎の中を臆面もなくフラフラ徘徊しおって。……」
と、にがり切った。
「あの原っちゅう教誨師の事《こつ》ごわすか」
「おや、きさま知っておるのか」
騎西はけげんな顔をした。
「は、北海道へ来る船の中で、ちょっと知り合いもして」
四郎助は、原胤昭の元の身分と、彼が船中で牢屋小僧を、文字通り「捕縛」したことを話した。
「ふうむ、あの男が。……」
騎西はいささか鼻白んだようだ。ふとい頸をななめにしていたが、
「それがキリシタンとなり、囚徒をあわれむがごとき口吻をもらすとは解《げ》せんな。あんな人物を集治監に出入りさせるお墨付を出した岩村長官はいよいよ解せんが、切支丹バテレンの妖術で、コロリとたぶらかされたのじゃないか。……」
「ほう? お墨付を──どげなお墨付を?」
「読んじゃいないが、きゃつ、もらって来たらしい。そうでなくては典獄が認められるはずはない。──しかし、耶蘇《やそ》だろうが坊主だろうが、そんなものの説教で少しでもききめがあるなら、はじめから監獄はいらん。ましてや、北海道の果てに、これだけ手間暇かけて大集治監を作る必要はない。そもそもここは、十二年以上の刑に処せられた凶徒ばかりが送られて来るのじゃが、実をいうとおれは、こんな集治監を作るより、なぜはじめからぶッた斬って始末せんかと首をひねっておるくらいじゃからな」
「しかし、おかげで私どもの働き口が出来た事《こつ》にもなりもす」
四郎助は、相手の猛気にいささか辟易して、彼には珍しい冗談をいった。
「うん、ま、そういえば、そういうことになるが。……」
どういうわけか、騎西はこれまた珍しく素直にうなずいたが、すぐに、
「とにかくきゃつ、何日かここに滞在して、あとこんどは空知集治監のほうに廻るといっとる。おれから見ると、毒麦のたねをまいてゆくとしか思われん。……」
と、憤懣にたえぬかのようにいった。
そのとき四郎助は、ドアがあいて、そこにだれか立ったのを見た。
「医者はいませんか?」
と、その黒い服を着た男がいった。原胤昭であった。
「ここに監獄医はいませんか?」
がばと騎西看守長が立ちあがった。
「あの血を吐いたやつの治療か」
その前に仁王立ちになっていった。
「そうです。あの男は、ほうっておけば死んでしまいます」
「ほうっておけ」
「そうはゆきません。ここは政府の作った集治監です。収容した囚人を見殺しにしてはならない義務があります」
原教誨師は、相手の見幕にいささかもひるんだようすもなくいった。
「監獄医を呼んで下さい」
「そんなものはおらん」
「これだけの集治監に、監獄医がいないという法はない。もしそれが事実だとすれば、典獄の責任となりますぞ」
静かだが、きっとした声音《こわね》であった。
ほかの看守が、ヘドモドしていった。
「いや、おります。おったのです。それが、一ト月ほど前、急用があるといって札幌へいったきりなのです。……どうやら東京に帰ってしまったらしいので、こちらも困っておるのです」
それは事実であった。その監獄医は、ここに半年ばかり勤めて、神経症にかかって、とうとう逃げ出していったらしい。
「それで典獄のほうも、至急代りの医者を要請されておるのですが、まだ到着しない始末で。……」
「町に医者がいるでしょう」
と、原はいった。
「それを呼んで下さい」
この問答の間、騎西看守長は、気圧《けお》されたように黙りこんで、棒立ちになっているだけであった。──安村典獄に異例の申し入れを聞かせたのは、岩村長官のお墨付などではなく、この原胤昭という人間の持つこの力かも知れない、と四郎助は、はじめて思い当った。
ほかの看守たちがささやいた。
「町医者といっても……あれでいいのかね」
「あれしかおらんじゃないか」
「しかたがない、呼ぼう。……それに、あれでなかなかの名医だという噂もある」
原が叱咤した。
「早く!」
看守の一人が、はじかれたように駈け出していった。
「私は独居房第十三号にいます」
と、原胤昭はいって、ドアのところから背を見せた。
しばらくたって、騎西看守長はそのあとを追った。四郎助もそれにつづいた。騎西はちらとふりむいたが、べつにとめもしなかった。
例の独房群の中に、一点の灯が見えた。
近づいて見ると、その中の一つの独居房の戸があけられて、床に提灯《ちようちん》が置かれていた。朱色で「集治監」と書かれた提灯だ。
入口に看守の一人がボンヤリ立っているが、中には囚人が一人横たわり、横に原教誨師がしゃがみこんでいた。
騎西と四郎助がのぞきこむと、
「医者はまだですか」
と、原がふりむいた。看守長が返事もしないので、四郎助がかぶりをふった。
はじめて原は、それが石狩丸で逢った青年だと気づいたらしく、眼を見ひらき、かすかに微笑んで見せたが、すぐにもとの姿勢にもどって、
「しっかりつかんでいなさい、いま、お医者が来る」
と、いった。
四郎助は、原の頸から銀の鎖がのびて、そのさきにある銀の十字架を囚人の手に握らせているのを見た。そういえば、船でも頸にその鎖を見たような記憶があるが、その先にはあんなものが隠されていたのか。
それからまた四郎助は、病人の身体の下の床にひろがっているおびただしい血と、独房の隅に投げ出されている皮の布やバンドを見た。あれが、さっき聞いた搾衣というものだろう。血は囚人の吐いたものだが──そういえば、その骸骨みたいに痩せこけた顔は、船の中で見たおぼえがある──肺病だというその囚人に血を吐かせたのは、その搾衣を着せるときの騒ぎのせいにちがいない。
その搾衣をぬがせたのはあきらかに原教誨師にちがいないが、それを見つつ騎西看守長は何もいわなかった。
時間が経過した。夜は黒い氷海のようにまわりをつつんだ。空にはその氷のかけらのように星がひかっていた。病人のぜいぜいという乾いたあえぎ以外は、男たちは重苦しく黙りこんでいた。
三十分ほどたって、遠い表門のほうに蹄《ひづめ》の音が聞えた。それがとまったのは、馬を庁舎裏の|馬繋 所《うまつなぎじよ》につないだものと見える。医者は馬で駈けつけて来たらしい。
やがて、二、三人の看守とともに、そこに姿を現わした人間を見て、四郎助は眼をまろくした。
──これが、町の医者か? アイヌ人じゃないのか?
この月形に来て、チラホラするアイヌ人の異形《いぎよう》の姿を彼は非常な好奇心をもって眺めたが、そこにやって来たのは、まさにそれであった。
幸田の羽織っていた例のアツシを着て、これに細い帯をしめて房を前にたらし、足には毛皮の靴みたいなものをはいている。右手にふとい一メートルほどの杖をつき、左手にカバンをぶら下げ、頭には刺繍をした頭巾をかぶっていた。ちょっと日本人の山岡頭巾というものに似ているが、うしろに紐がピンと立っていた。
そして顔は──頬から口のまわり、あごにかけて、いちめん髯《ひげ》に覆われている。
待っていた連中をジロリと見たが、一言も口をきかず、独房に横たわっている囚人のそばに杖とカバンを置き、どっかと坐った。これだけの動きで、四郎助はひどい酒の匂いに鼻をつかれた。
どうやら馬で来たらしいのに、あきらかに酔っぱらっているようだ。
しかし彼は、囚人の顔をじっとのぞきこみ、手頸をとって脈を見た。
「逢いてえ者があるか?」
と、いった。やや舌のもつれた──が、錆《さび》をおびた日本語の言葉であった。
「無《ね》え」
と、囚人は首をふった。
「癒《なお》ったら、何かしてえことがあるか?」
「……無《ね》え」
と、囚人はまた首を弱々しくふった。
「ただ、ラクにさせてもらえてえ」
「そうか」
うなずいて、獣の皮で作ったカバンをあけて、ゴソゴソと中から何やらとり出した。掌にのせたのは、三粒ばかりの黒い丸薬であった。やはり、医者ではあるらしい。
「これをのめ。すぐにラクになる」
と、いって、病人の口にそれをいれた。
数秒後、囚人の四肢に痙攣《けいれん》が走り、それっきり静かになった。
「──何をする!」
原胤昭が驚愕してさけんだ。
「あんた……殺してしまったじゃないか!」
「ラクにさせてやったんだ」
と、医者は髯の中から、ニヤリとした。
「こちらは医者を呼んだはずだ。病人を助けてもらうつもりで呼んだ。それなのに、それを殺してしまうとは……そんな医者があるか!」
さすがの原教誨師も、それ以上絶句して、ただ相手をにらみつけた。
「この世に逢いてえ者もなければ、してえこともねえ肺病の囚人を、これ以上生かしておいて何になるな? それにこの男は、ひどく肺を病んでおる。実はわしも肺病じゃから、この病人がもう余命のねえことはようわかる。……」
医者は、カバンと杖をとって、立ちあがろうとして、ヨロリとした。
「生きててムダな野郎は死なせる。それがわしの方針でな。……ああ、ここは監獄じゃったな。つかまえるなら、つかまえてもいいぜ」
酔っぱらっているにちがいないが、ひどく伝法な口をきく医者だ。頭巾と髯に覆われてよくわからないが、四十代以上ではあるらしい。
「ただし、生かしておいたほうがよさそうなやつは生かす。そんなやつは、めったにいねえが……フ、フ」
ふくみ笑いした。
「ここらあたりに、ドクトル・ヘボンの直弟子なんて医者はあんまりいねえはずだ。この月形の町から、ヒトリ・キューアンがいなくなったら、困る町民が多かろうぜ。……」
ゲップを吐いて、彼は外に出た。
「いいのかえ? それじゃ、ゆくぜ」
そして、そのアイヌ姿の医者は、杖をついて、飄々《ひようひよう》とひとり中門のほうへ歩いていった。
人々はあっけにとられて、眼の前であっさりと「一服盛られた」死人を見下ろしているばかりであった。表門のほうで、また蹄の音がし、パカパカと冷たい夜気の中へ消えていった。
「あれは何者です?」
と、原胤昭がやっといった。
「自分たちがここに来る前から……この月形の町にいる名物医者で。……」
と、看守の一人が答えた。
「名物医者が、人を殺すのですか?」
「いわれてみれば、ひどく苦しむ、見込みのない病人をラクに死なせるという話は聞いたことがあるが……まさか、この集治監でやるとは思わなかった。……」
「ありゃ、アイヌの人ですか。何か、妙な名を名乗ったようだが」
「いや、ヒトリとは独《どく》、キューアンとは休みの庵と書くらしい。独《ひとり》 休庵《きゆうあん》、という日本人にちがいないが。……」
「そういえば、ドクトル・ヘボンの弟子とか何とかいいましたな。ヘボン先生なら私は知っている。幕末から横浜居留地に住み、脱疽《だつそ》にかかった役者の沢村田之助を手術したりしたアメリカの大医です。しかし、その弟子だとは、いつごろの話か?」
「とにかく、いつも酔っぱらっている先生なので、そんな来歴はあてにならんが。……」
「何はともあれ、いま見た通り、あきらかに殺人を犯した医者を、なぜつかまえないのです?」
すると、いままで黙っていた騎西看守長が、何か軋《きし》るような調子でいった。
「あの医者はきらいだが、悪いやつを始末する、というのは、おれはきらいじゃない。それより、貴公、原教誨師、あんたのやっていることのほうが有害無益だとおれは信じる。……まさか、貴公、この集治監に泊るつもりじゃないだろう。今夜はひきとりなさい」
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囚《しゆう》 徒《と》 行《ぎよう》 伝《でん》
一
有馬四郎助《ありましろのすけ》の新しい生活がはじまった。
最初の一日の印象は、甚《はなは》だ殺伐であった。同時に、なぜか、きわめて充実した一日に感じられた。
ずっとあとになって考えると、その充実は、その一日に、騎西銅十郎──これは前夜の事件もふくめてだが──原|胤昭《たねあき》、独《ひとり》 休庵《きゆうあん》という三人の男に逢い、それぞれの異様にして強烈な行為を目撃したことによるものではなかったか、と思われるが、しかし、二日目からも彼は充実感を失わなかった。
彼は看守としての勤務に興味を持ったし、これならやってゆけそうだ、という自信を持った。殺伐なことは薩摩という土地、それまでやっていた巡査という体験からある程度馴れていたし、彼自身少からず勇猛な性格の持主だったのである。
十日目の夕刻であった。
それまでの間、四郎助はほとんど例の官舎に帰らなかった。むろん集治監には夜勤があり、それは交替制になっているのだが、夜勤の日でなくても、彼はみずからその役を買って出たのだ。この精励ぶりがいつまでつづくかわからない、と思いながら、しかし彼は面白がっていた。
が、その夕方、久しぶりに帰宅することにして、門を出ようとすると、
「おう。……有馬君」
と、うしろから呼びかけられた。
ふりむくと、原胤昭であった。山高帽をかぶり、もう公然と胸に銀の十字架を垂らし、手に例の四角なカバンをぶら下げていた。
「あ。──」
四郎助は、にこっとした。わけもなく人懐しさをおぼえたのだ。
この十日ばかりの間、原|教誨師《きようかいし》はたしかに集治監の中にいた。典獄と話したり、獄舎区域を歩いたり、あるいはその一室にはいり込んで出て来なかったりした。それは知っているが、四郎助はいそいでおぼえなければならない勤務事項が山ほどあって、とうてい彼をつかまえて話などするいとまはなかったのだ。
それに、ほかの看守たちも、集治監にとってはえたいの知れない異質物としかいいようのないその男に、みなよそよそしい、ぶっきらぼうな態度をとっているようであった。
原は訊《き》いた。
「お帰りですか」
「はい」
「官舎はどちら?」
「この門を出て、左へいって──いや、官舎といってもほんの小屋で、何もありもさんが──いってごらんになりもすか?」
うっかりいって、四郎助はとまどいを感じた。看守たちの白い眼を思い出したし、彼自身も原教誨師の行為と目的に不可解の念をぬぐい切れなかったからだ。それにしても、なぜこの人物に懐しさをおぼえるのか。自分でもよくわからない。
「見せていただこうか」
原は、四郎助のまごつきなど意に介しない風であった。
二人は、門を出た。原はどうやら町の木賃宿に泊っているらしいが、もう十日も毎日やって来ているので、門衛も顔なじみになったようで、そのまま見送る。
ふり返って、門を見あげ、原はつぶやいた。
「ここをはいる者はすべての望みを捨てよ、かね」
「………」
「西洋の地獄の門にはそう書いてあるそうで」
原は立ちどまった。
「有馬君、入舟町って知っていますか?」
「入舟町というと……たしか、シベツ川の河口あたりの……」
「官舎もいいが、それはまたいつか再来のときのことにしていただいて、きょうはそこにいって見たいのです。私はあした空知《そらち》のほうへゆくものですから」
四郎助はほっとするとともに、また別のいい知れぬさびしさに襲われた。
「こんどは空知集治監ごわすか。……ここの御用は済んだのでごわすか」
「用が済んだわけじゃない。済むわけもない。しかし岩村長官からいただいた許可証がそうなっておりますのでね。それから、釧路《くしろ》集治監へまわるつもりでいます」
「へえ。……あ、入舟町ならこっちじゃごわすまいか」
二人は、いわゆる監獄道路を、官舎とは反対の方角へ歩き出した。
「岩村長官はよろこんで教誨の許可証をくれもしたか」
「よろこんでじゃない。こっちも札幌に来ている政府お傭《やと》いのアメリカ人の名など持ち出して……ま、投げつけるようにしてくれたわけです」
原は笑った。そして、左側の夕暮の町のほうを見て、
「十日間もいて、はじめて来たこの町の中をゆっくり歩きまわったこともないが……これは、どこかで見たことがあるような感じがする」
と、変なことをいい出した。すぐに彼はまた笑い出した。
「思い出した。そりゃ日本の町じゃない。何かの本の写真で見たアメリカ西部の町の風景でした」
「アメリカ西部?」
いわれても、四郎助には、見当もつかない。
──この月形の村は、五年前の明治十四年、樺戸集治監が設置されたのちに出来たものだ。監獄がまず生まれて、その後にそれをとり巻いて集落が発生したのである。
初代典獄の、内務省御用掛|権少《ごんの》書記官、月形|潔《きよし》がはじめて来たときは、ただ大河石狩川とその流域にひろがる昼なお暗い大樹林ばかりの土地であった。月形という地名は、むろん月形潔から来ており、自分が支配者となった土地に自分の名をつけるとは、いかにも明治らしい野放図さといおうか。
それを切りひらいてともかくも作った集治監には、いま一千六百人近い囚人が収容されている。それに典獄、看守長、看守、獄丁《ごくてい》、炊事夫、雑役夫及びその家族が附随している。囚人は監禁されているにしろ、とにかくそれだけの人数が生活しているのだ。そのためにさまざまな商人がやって来、さらにその店や家や倉庫を作るために土方が来る。で、このころすでにこの集落の人口は、戸籍の上だけでも囚人を除いて千二百人ばかりあったといわれる。当時の日本では、これは村というより町といったほうがいい。
その町の景観だが──いま原胤昭は、アメリカ西部の町に似ている、といった。むろんあいまいな写真からの印象で、だいいちこの町を作った人々がそんなものを真似するわけもなく、建築はむろん日本風で、しかも掘立小屋といった態のものが多いが、しかし寒冷の土地に材木だけは豊富だとなると、天然自然に丸太式のものとなり、かつ道幅だけは広く、ふつうの日本人の眼からすると、たしかにどこか異国風に見えないこともなかったかも知れない。
それに、泥んこの道をゆく馬や、馬車や、活気というより殺気立ってゆきかう男たちや──喧嘩が多く、ときにはその武器に銃が使われる、という話は、もう四郎助も聞いたことがあった。
二人は知らなかったが、実際アメリカは当時まだ「西部劇」の時代を終っていなかったのである。
インデアンとの戦いで、カスター将軍が戦死したのが、日本でいえば明治十年。有名な保安官ワイアット・アープが、いわゆるO・K牧場の決闘をやったのが明治十四年。西部の無法者ビリー・ザ・キッドが射殺されたのも同じく明治十四年。「駅馬車」に登場するリンゴ・キッドが死んだのが明治十五年の話なのであった。
「空知へゆかれるそうでごわすが、もすこしたてば、この月形から直接ゆけもしたろうが」
と、四郎助は話しかけた。
それは月形と空知集治監のある市来知《いちきしり》という土地を直接結ぶ約五里の道路作りが、この四月から囚人たちの労働で始められているが、まだ完成には間のあることをいったのだ。その労役の監視を、まだ四郎助は命じられていないが、毎日集治監から出てゆく囚人の行列は見ている。
何にしても、いまのところは、ここから空知へゆくには、一応石狩川をまた江別まで下り、それから例の汽車を利用しなければならない。
「いや、あの道は、たとえ出来ていたとしても通りたくありませんな」
原教誨師はかぶりをふった。
それから四郎助を見ていった。
「有馬君、いま私が君に何をいっても容易に受けいれてはくれないだろうと思うから、話はまた私がここへ来る日にのばしますが、ただ一つお願いがある」
「何でごわす」
「囚人は罰してもいい。しかし、罰する前に、とにかく囚人の話を聞いてやってもらいたい」
「囚人の話とは?」
「何でもいい、家族の話でも、過去の話でも、いまの気持でも。──君に頼みたいのはそれだけです」
「………」
「それだけのことだが、それがなかなか簡単ではない。さすがにここまで来ると、内地では見られない難物がいるようだ」
彼は嘆息した。
「特にあの牢屋小僧という男などは。──」
「牢屋小僧──あれがともかくも無事でおるのは、あんたのお力でごわしょう?」
闇室にいれられた牢屋小僧と五寸釘は、四日目に出された。むろん二人とも半死半生になっていたが、なお眼をひらかせて、参ったようすは見せなかった。以後両人はまた別の形態の仕置《しおき》を受けているが、ともかく、生存はしている。
「あの男はね、伝馬町のおんな牢で生まれたそうで、牢屋小僧という以外名前もない。いままで何をして来たかというと、子供のころからただ牢にはいり、牢ぬけをやり、その罪でまた牢にはいり、また牢ぬけをやるということばかり繰返して来た人生らしい。話をしても、人間世界の話は通じない」
原は、四郎助の問いに答えずそういったが、
「しかし、よく考えてみると、牢屋以外にも──牢の外にも、もっと救われない魂があるような気もする」
と、首をふってつぶやいた。だれのことをいったのかわからない。
「お、入舟町はたしかここを曲った向うと思いもすが」
四郎助は指さした。
二人は橋のたもとに着いていた。その下の河は、最初この町へ来たとき石狩川に流れ込んでいる河を見たが、それがその河でシベツ川ということを、四郎助は知っている。
二
橋の手前を、左に折れ、シベツ川に沿って歩くと、そこがやはり入舟町であった。──
「西部劇」の町に似た町を作りながら、しかしここを開いた人々は、この入舟町とか、ほかにも小柳町とか桜木町とか、おそらく内地のそれぞれの故郷にあるやさしく美しい町の名をつけていたのである。
「やあ、ここは?」
四郎助は、ちょっと辟易《へきえき》した顔をした。
彼もまたこの十日あまり、新しい勤務に懸命になっていて、まだよく町を見物していないのだが、とくにこの通りにはいちども来たことがない。
そこは飲食街であり、同時に売色街であった。同じ店がそれを兼ね、むしろあとのほうが商売だ。彼はあまり知らないが、おそらく東京や上方《かみがた》で銘酒屋といっているのはこのたぐいの店ではないかと思われる。しかも、これはもっと下級だろう。──
もう灯のはいった軒燈に、油じみたのれんや煤《すす》けた格子の見える店々の前で、夕暮の毒蝶みたいに女たちがならび、けたたましい嬌声でゆきかう客を呼んでいた。
原教誨師が、こんな町へ、いったい何の用で来たのだろう?
「河骨《こうほね》屋ってどこですか」
原は、平気で、女の一人をつかまえて訊《き》いていた。
「あそこよ。けど、その前にうちへ寄ってよ。そうそう、あたい前から、山高帽をかぶった旦那と、そのまま一丁やってみたいと思ってたんだよ。──」
「いや、ありがたいが、その一丁はあとにしよう」
原は、四郎助にいった。
「河骨って知ってますかな」
「いえ。──」
「植物の名です。沼地に生え、夏にただ一輪の黄色い花を咲かす。アイヌ語でカパドといい、樺戸郡や樺戸集治監の樺戸はそこから来たのですな。よほど河骨の生える沼沢《しようたく》地の多い土地だったらしい」
「へへえ。……しかし、先生はどうしてまあ、そげな店を?」
「船の中で、女たちを見たでしょう。あの連中のいった先がそこなのです。その中の一人の娘に、いちど来てくれと頼まれたのです」
四郎助はまじまじと相手を眺めた。彼は、原教誨師が、いつそんな約束をしたのか知らなかった。ただ、船がこの月形に着いたとき、その女たちが頸の白い女に連れられてどこかへいったことだけは思い出した。
「それが集治監のほうにかまけて、いままで来てやることが出来なかった。明日《あした》この月形から出発するというきょう、やっとやって来たわけで……たしか、あれはお篠《しの》さんといったが。……」
向うから、真っ赤なものが駈けて来た。
「あっ、バテレンさん!」
それが、飛びついて、そのままゲクゲク泣き出した。
原もめんくらった顔をしたが、四郎助も眼をまろくした。正気の沙汰とは思えない赤い派手な着物を着せられているが、それは石狩丸で見た女の一人であった。しかも、五寸釘の寅吉《とらきち》につかまっていたいちばん美しい娘だから、よくおぼえている。
「バテレンさん。どうしてもっと早く来てくれなかったの?」
「いや、相すまない。いろいろと所用があって、な」
原は、女の泣きじゃくる肩を撫《な》でた。
「さ、とにかくあなたのお店にゆこう。……」
「いいえ、来ないで! あたしのお店なんかに来ないで!」
娘ははげしく首をふった。こんな娘が、どうして女郎に? と、船中でも疑った弱々しい美貌が、化粧こそしているが、白蝋を削《けず》ったような憔悴《しようすい》を見せていた。
「それじゃ、どこへ?」
「いますぐ、あたしを連れて、どこかへ逃げて!」
当惑した顔の原教誨師に、娘はしがみついた。
「こんなところで、あんなことをするのはイヤ! バテレンさん、助けて下さい。あたしをどこかへ連れてって下さい! ね、ね、お願い。──」
文字通り戦慄している娘の細い頸から、原は眼を移して四郎助を見た。
「有馬君」
「は。──」
「君への頼みはさっきいったことだけのつもりでしたが、もひとつお願い出来んでしょうか」
「何でごわす?」
「この娘さんですがね、御覧のように、ここに置いておくのは甚だいたましい。出来たら連れ出してあげたい。いや、ここへ来るまではそんな気もなかったが、いまこうして救いを求められては、とうてい見捨ててはおけない気持になりました。と、いって、私はこれから空知、釧路へと監獄めぐりをやる用事があるので、それが出来ない。そこで──」
原はいいにくそうにいった。
「私がまたここへ帰って来るまで、君がひとつ預ってくれんでしょうか?」
「私が?」
四郎助は、眼を白黒させて、絶句した。
いまのなりゆきを眺めていて、彼もその娘に同情はした。原の気持にも同感した。しかし、この依頼には狼狽《ろうばい》せずにはいられなかった。
「いつ帰って来るとはいま約束出来ないが、とにかくそんなに永い間じゃありません。それまで、君がこの娘さんを飯炊きにでも傭《やと》っていてくれませんか。その後は、私が連れて内地へ帰ります」
「しかし、店のほうが承知せんでしょう」
「それは私のほうから話します」
「しかし、私は独身《ひとり》者で、新米《しんまい》で……しかもなにしろ官舎でごわすで、そげな事《こつ》が許されるかどうか。──」
「典獄にもお願いして見ましょう」
すると、背後で声がした。
「そんな馬鹿げたことは、おれが許さん」
二人は、ふりむいた。騎西看守長が立っていた。
もう暗くなりかかっていたのと、まわりの喧騒で、いままで気がつかなかったが──偶然そこにいたものではない、あとからつけて来ていたのだ、ということを四郎助は直感した。
「貴公、女郎の脱廓《だつかく》を幇助《ほうじよ》するのか」
「脱廓? 吉原じゃあるまいし」
原は苦笑した。
「借用証文とともに身を売った以上、同じことじゃ。あまつさえ、綱紀厳正なるべき看守にその女郎を世話するとは、何たる言語道断。……どうにも気にかかるから監視しておったが、見逃していたらどういうことになったか、はじめから貴公、危険人物と見ておったが、看守の堕落まで企《くわだ》てるとは。──」
騎西銅十郎は歯をむき出した。
「とんでもない、私は女一人を堕落の沼から救い出したい、と念じただけで」
と、原教誨師はいった。
「しかし、有馬君にお願いしたのは、こりゃいけなかったかも知れない。おとがめなら、この思いつきは撤回します」
「貴公、ゆきがけの駄賃に、囚人どもに妙なものを配《くば》ったな」
「え。──ああ、聖書ですか」
「あれはみんな没収して、焼却したぞ」
原は黙りこんで、騎西看守長を見つめていたが、
「あなたは何のために樺戸集治監に勤務しておられるか」
と、いった。
「あなたはすでに十何人かの囚人を斬殺されたと聞いた。また、私がここへ来る前夜にも、三人の人間を殺傷されたそうな」
「みな逃亡を計った囚人か、その処罰を逆恨みして本官に暴行を働こうとした凶漢どもだ。集治監に職を奉ずる者として正当の行為だと、上からも認定されておる」
「ひょっとしたら、あなたは公然と殺人が出来るので看守長になられたのではないか」
手に汗を握りしめてこのやりとりを聞いていた四郎助は、このとき騎西看守長がふっと息をとめたように感じた。すぐに騎西はふとい息を吐き、傲然《ごうぜん》といった。
「おれの剣は文字通り破邪顕正の剣じゃ」
そして、ズカズカと歩み寄り、原の胸にかかっていた銀の十字架をつかんでひっぱった。あまりの傍若無人さに、さすがの原胤昭も棒立ちになった一瞬に、細い鎖はちぎれて、十字架は騎西の手に奪われた。
「これが気にくわん」
彼はそれを地面にたたきつけ、片方の靴をのせた。
「そこに土下座して、もう二度と月形へ来ないと誓ったら返してやる」
原教誨師はそこに氷結したようであった。
「それとも、力ずくでとり戻して見るか。……貴公、元与力だったそうだな。おれは新徴組に籍をおいておった。当時は敵か味方かわからん仲じゃったが、いまは……主義がちがう。まさしく敵同士じゃ。やるかね?」
その手が佩剣《はいけん》にかけられ、しかも岩乗《がんじよう》な体躯に奇妙な曲線が浮かび出ているのを見て、四郎助は息をのんだ。いつか、三人の無頼漢を斬ったときに見たのと同じ、騎西看守長の異様な変化であった。
──この看守長は、またほんとにやる気だ!
「そりゃ公平じゃあねえなあ」
どこかで、しゃがれた声がした。
三
四郎助はふり返った。もうこの殺気みなぎる応酬に通行人がみな気がついて、往来に不安げな顔の輪が出来ていたが、その一角に、女たちに囲まれるようにして、あの異形《いぎよう》の医者|独《ひとり》 休庵《きゆうあん》が、杖をついて立っているのが見えた。
「一方はサーベルを持っているのに、相手は素手じゃあねえか」
この前と同じく、酔った声だ。どうやら彼は、そこの居酒屋から出て来たばかりのような感じであった。
「バテレン、これを貸してやるから使いな。そらよ」
手の杖が弧を描いて飛んで来たのを、反射的に原胤昭は片手で受けた。
「それでも不公平だが、そいつはただの杖じゃあねえ。アイヌの人がシュトというが、日本語でいえば刑棒だな。悪い野郎を罰としてぶちのめす棒さ。この場合は、効験あらたかだと思うがな」
見物人が、どっと笑った。
原が受けとったのは、なるほどふつうの杖ではなく、握りの部分は細いが、先にゆくほどふとくなり──現代でいえばバットのような──それに幾筋かの環状の刻みのはいった棍棒であった。まるで長大な摺古木《すりこぎ》みたいにユーモラスな形状が、休庵先生のせりふでいっそう可笑《おか》しみを増したのだが、その笑いにはあきらかな痛快のひびきがあった。
騎西銅十郎の満面は、夜目にも赤く染まり、猛然とその怪医のほうへ歩いた。
「きさま……官憲を愚弄するか!」
群衆はあわてて逃げたが、休庵先生は動かない。
「おや、こんどは風向きがこっちに廻ったか」
笑って、
「こっちにはこういうハイカラなものがある」
と、アツシの襟《えり》のあいだで手をうごめかせた。そこからピストルの銃口がむけられているのを見て、騎西銅十郎は棒立ちになった。
「狼や熊の出て来る場所へ往診にゆかなくちゃならんことがあるのでな。しかし、いま酔っぱらっとるから、熊狼と人間と見さかいがつかんで」
ゲップを吐く声がした。
「なに、酔っぱらっておらんでも……はばかりながら正気でも、独休庵が相当にムチャな人間なことは、看守長も知っとろうが。いや、お前さんにいっても目糞が鼻糞にへりくだるようなものか。お前さんもムチャなことにおいて、人後には落ちんからな。やるかね?」
さっき騎西が原にいったのと、同じ調子であった。騎西は、相手がほんとうに一発くらわせかねないことを見てとった。
「ピストルとサーベルじゃ不公平じゃが、サーベルと素手の喧嘩よりゃましだろう。そっちに文句はねえはずだ。では」
「ま、待ちなさい」
さすがの騎西看守長も飛びずさった。
「独先生と喧嘩する気はない。挨拶はいずれ別のかたちでしよう。……有馬看守、来い」
と、うめくようにいった。
そして、四郎助が口をあけたまま聞えないようなのに、二度と催促はせず、嘲笑を浮かべた見物人たちの眼をぎろっとにらみ返し、そのむれを割って、靴音高く歩み去った。
原胤昭が動き出した。それまで騎西が踏んでいた地上の十字架を拾い、泥をぬぐって内ポケットにおさめ、独休庵のところへ歩み寄った。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
と、お辞儀して、さっきの変な棍棒をさし出した。
「いや、なに」
休庵先生は受けとって、
「あんた、これであいつとやり合えば面白いと思ったが、こっちに鋒先《ほこさき》を向けられて、おかげで酔いが醒めたよ。あれはおっかねえ」
と、首をすくめた。
「しかし、あの看守長、面白い男ではあるな。むやみやたらに人をぶった斬りたがるところが面白い」
「私は生かしておいてもムダじゃない人間とお考えになりましたか」
「お前さんには興味はねえ」
休庵は横を向いて、
「おい、もういちど飲みなおすぜ」
と、女たちにいって背を見せた。
原胤昭はなお追いすがった。
「私は、あなたにお話ししたいことがあります。あなたは、ドクトル・ヘボンの弟子だとかおっしゃいましたが──」
ふいに休庵は立ちどまり、首を折った。がぼっ……というような奇妙な声がもれ、その足もとにバシャバシャと散ったのは、まぎれもなく血であった。
「あ?」
原胤昭は眼を見張った。
休庵は女の袖をつかみ、びりっと肩のつけねから裂きとって、口を抑えた。
「おれは肺病でね。耶蘇は肺病にききめはなさそうだな」
と、くぐもった声で自若としていい、あともふり返らず、そのまま居酒屋ののれんをくぐっていった。
原はあっけにとられたようにそののれんを眺めていたが、まだまわりをとりまいている人々に気がつくと、われに返ったようにひき返して来た。そして、そこに立ったままの娘──お篠の前に立った。
「気の毒だが、いま私はあなたを連れてゆくことは出来ない」
しゃがみこんで、カバンから黒い小さな本をとり出した。
「ただ、ここでどんなつらい暮しをしても、この本を読んで下さい。はじめはわからなくてもいい、ただ、繰返し、繰返し読むのです」
と、それをさし出した。
娘は受けとって、不審そうに原を見た。
「私が訳した聖書──イエス・キリストのお教えの本です。本も私が作ったのです。いま私があなたのために出来るのは、これをあげることだけです」
そして彼は、首うなだれ、何やら考え込んでいる風で、有馬四郎助のことなど忘れたように、河口の方角へその町を歩いていった。
四郎助は、ひたすら茫然としてそこに立ちつくしている。
四
──とにかく囚人の話を聞いてやってくれ。
教誨師原胤昭はそういい残して去ったが、有馬四郎助の頭から、そんな依頼はたちまち飛び去ってしまった。
囚人の話など、聞く機会がない──と、いうより、そもそも、そんな状態ではないのだ。
独房はむろん文字通り囚人を独りにして閉じ込めたままだし、普通の獄舎にいれた囚人は、日中の労役中まんべんなくゆだんなく監視の眼をくばっていなければならない。そして、夜になって獄舎に帰しても、それはまるで獣群の檻であった。
獄舎は、七、八十人を一組にした雑居房が幾つかならんでいるのだが、廊下沿いの格子以外は、三面、厚い板壁になっている。そこには上下二段に分けた棚が作られて、各自の夜具や衣服、食事道具が乱雑にならべられている。
夜具といっても、北海道はすでに冬にはいっているといってもいいのに、一人当り薄い藁蒲団《わらぶとん》一枚、糸の見える毛布二枚。食事道具は椀二個に箸だけだ。これがすべて汚穢《おわい》をきわめている。例の排泄《はいせつ》用の大桶が同居していることは前に述べた。
食事は、半分以上割麦をいれた飯に、朝が大根かカブの味噌汁だけ、昼が漬物だけ、夕食がこれまた大根か芋かゴボウの煮付だけ。
──塩イワシなどが出るのは、十日に一度くらいなものだ。これでも視察に来た金子大書記官は、監獄費がかかり過ぎるという報告を提出したほどなのである。
この夕食を餓鬼のごとく食ったあとは、廊下の吊り洋燈《ランプ》の遠明かりに、それぞれのグループで、漫談したり、放歌したり──という平穏らしいが、その実、後年大逆事件にひっかかって死刑になった奥宮健之が、この当時自由党員としていわゆる名古屋事件でつかまって、明治二十二年にこの樺戸へ送られて来たのだが、その獄中記に、
「夜間監房を閉鎖さるるや、各々|空罐《あきかん》を打ち鳴らし、或は歌い、或は躍《おど》り、其《そ》の喧騒|殆《ほとん》ど狂人の所為《しよい》に外ならず、誰一人安眠するものなし」
と書いたようなありさまであった。
この粗悪だが、それだけにいっそうギリギリの生命のもとともいうべき食事を賭けて、サイコロ遊びをやっている連中もある。こういうことが許される、というより、それは放棄のあかしであったのだ。
それはまだしも、眼を覆わずにいられないのは鶏姦の横行であった。
「……独リ黴毒《ばいどく》ハ多ク見ルトコロニシテ、コレマッタク鶏姦ノ結果伝搬ヲ逞《たくまし》クセルモノニシテ、肛囲扁平腫、胼胝《たこ》腫ノ多キハソノ好例トス」
と、当時の報告書にある通りだ。
むろん犠牲者は若くて比較的女性的な男だが、それだって巷間の色男者とちがい、髯ぼうぼうの垢《あか》だらけというありさまにまちがいないのだから、その光景は異次元的だ。
とうてい、「囚人の話」など聞いてやるどころではない。
四郎助は、一方でまた五寸釘の寅吉《とらきち》と牢屋小僧に対する刑罰も見た。
彼らは規程通り三日間で、ともかくも子宮胎内のごとき「闇室」から解放され、独房に移された。そして、一般囚人のような作業の代りに、別の作業を科せられていた。
闇室のある建物の前の空地にひき出され、両手に鉄丸を持たせられ、歩行させられるのである。鉄丸は三貫目あった。
それを、ぶら下げるのではない。前に水平にさしのばした両掌の上にのせられるのだ。鉄丸は短い鎖で両手首に緊縛してあるから、放り出すことは出来なかったが、その腕が下がると、うしろについて歩いている看守の鞭《むち》が遠慮会釈もなくうなる。
二人の腕はくの字型になり、頸と腰と膝は稲妻型に折れ曲り、ほとんど人間のかたちとは思えない怪奇な姿勢になった。
これを毎日、騎西看守長は監視に来て、厳然と眺めていた。
たまたま彼に用件があって四郎助もそこに来て、この苦役を見る機会があり、「ああ。……」と思わず嘆声をもらしたのに、騎西看守長はふりむいて、呪文のごとくつぶやいた。
「……そもそも監獄の目的は懲戒にあり。耐えがたき労苦を与え、罪囚をして囚獄の恐るべきを知り、ふたたび罪を犯すの悪念を断たしむるもの、これ監獄本分の主義なりとす。……」
四郎助が、車中で原胤昭から見せられた山県内務卿の訓示の一節であった。
あの命令書は、いうまでもなくすでにこの樺戸集治監でも徹底|遵守《じゆんしゆ》されている。そして騎西看守長は、その訓令の化身《けしん》そのものであった。
このダンテの地獄篇にもない刑罰は、集治監における罰則の第三則にあたり、イギリスの監獄の砲弾運びという罰からヒントを得た当時の日本独特のものであったらしい。
嘆声は発したが、四郎助に、むろんそれをとめる権限などあろう道理はなかった。それに、あれほどの暴動を起して、ともかく極刑をまぬがれた以上、これくらいの刑罰もやむを得まい、と思い直した。
しかし、さすがにこの苦役も一週間ばかりでやっと許されて、彼らは一般の獄舎に移された。ちょうど原胤昭が去った翌日のことであった。
それからわずか三日目に異変が起った。
それまで第三雑居房の牢名主格であった棺桶熊という男が殺されたのだ。
なんでも内地では何人か人を傷害したという相撲取り崩れのやくざで、人並みはずれた巨大漢であったのが、夜中にいつのまにか冷たくなっていたのである。調べると、左の胸に錐《きり》で刺したような穴があり、そこから血が流れていた。そこで、睡眠中に錐様《きりよう》のもので心臓を刺されて、うめき声すらもらすいとまもなく即死したものと判断された。
ところが、そんな凶器は牢内にない。あるはずもない。
むろんこの獄舎の囚人たちは毎日作業場に駆り出されるけれど、その往復時には大検身場で厳重な検査を受ける。作業用の獄衣と着換えするとき、みな一糸まとわぬ丸裸にされ、両手をあげて自分の番号を大声で唱えながら、「馬」と称する跨《また》ぎ台を、足の裏まで見えるようにして跨がせられるのだ。そんな凶器が持ち込めるわけもなく、事実、屍体発見後、その雑居房内を天眼鏡で捜《さが》すように捜したが、針一本落ちていなかった。
ただ、疑われる人間はいた。
三日前にそこにいれられた二人の新入りだ。
これが新入りのくせに、そして、例の鉄丸運びの罰で身体の全関節もねじまげられるほど痛めつけられたくせに、はじめから凄かった。
「大泥棒の五寸釘だ!」
と、五寸釘の寅吉は名乗った。
みんな、どよめいた。みずから誇ったその明治の大盗の勇名は、ここにはいるほどの男たちには、たいてい予備知識があったからだ。
「キメ板は御免こうむる。牢名主、よろしく頼むぜ」
キメ板とは、新入りの尻を殴打してまずヤキをいれる牢法で、旧幕時代の習慣が、集治監になってもまだ受けつがれていたのだ。
棺桶熊も、五寸釘の名は知っていたのか、それともその新入りの名状しがたい迫力に気圧《けお》されたのか、むっとふくれあがってにらみつけているだけであった。
さて、それから二日目の夜、喧嘩が起った。
棺桶熊が、御|寵愛《ちようあい》の十六歳の少年囚をつかまえて一義に及ぼうとしたのを、
「よさねえか!」
と、牢屋小僧が一喝したのだ。
ここにはいって以来、ほとんど口をきかず、陰気に黙り込んでいて、これは五寸釘ほど有名人ではないと見えて名も名乗らず、しかもどうやら五寸釘のほうが、その片目の痩せ男に一目も二目もおいている気配で、凶暴な囚人たちにも闇の精みたいにぶきみな印象を与えていたが、これがはじめて牢名主をどなりつけたのであった。
「おりゃ、そういうことを見るのはきれえだ。やめろといったら、やめろ」
「な、なにを、てめえ。……」
それまでの二日間、何となく険悪な雲ゆきであったところに、こうまで横柄《おうへい》に叱りつけられては、牢名主格の体面にかけてももうがまんが出来ない。
「えらそうな口をききやがって──野郎!」
棺桶熊は、少年囚を放り出し、地ひびきたてて牢屋小僧に殺到した。
「来たか。──よいしょ、おれにまかせろ」
横から迎え討ったのは、しかし五寸釘であった。
一方は元力士の肥大漢だ。これに対して五寸釘は、精悍《せいかん》とはいえむしろ短躯の男であった。その精悍さも、実は気迫だけで、みるからに弱り果ててはいって来たのがわずか二日前だ。もうムチャクチャといっていい。
それなのに、組んずほぐれつの格闘をやって──その騒ぎに看守が駈けつけて来たときは、五寸釘のほうが上になって、両足で棺桶熊の両腕を踏みつけて、相手の巨大な顔面が血まみれになるほど殴りつけているところであった。
こういうことがあって、翌夜の棺桶熊の急死だ。
両人が疑われないわけはない。しかし、凶器がない。むろん、二人は、知らん顔をしている。
とにかく牢屋小僧が北海道へ来る船の中で、持っているはずのないヤスリで鎖を切ったという事実はむろん通知されていて、しかも彼がそれをのみこんで糞の中からとり出したということも判明していたから、この集治監に来て以来数日間、そのほうの検査はやっていたのだが……といっても、彼みずからに、彼が排泄したあとの糞桶をひっかきまわさせるという法で──その後、そのほうに異常はない、ということは明らかになっていた。
それでも、二人は裸にされ、改めて身体の穴という穴はみな調べられた。しかし、何も見つからなかった。
「そりゃ……自殺だと思うがなあ」
昏迷《こんめい》している係官を横目で見て、獄衣を着ながら五寸釘がいった。
「自殺? なぜじゃ?」
「おれと喧嘩して、負けたからね」
「自殺なら……自分を刺した凶器がそばに残っているはずだ。それがない」
「のんじまったんじゃあねえかね」
「自分の心臓を刺したあとでか? そんなことが出来るか!」
「時と場合によっちゃ、出来ねえこともねえだろう。カイボウというやつをやってみな」
「なんのためにのんだ?」
「おれたちに罪をなすりつけるためだろ」
五寸釘はニヤニヤし、牢屋小僧はひとごとみたいにそっぽをむいていた。
現代ならほんとうに解剖に付されるところだが、そのころの樺戸に解剖医などいるわけもない。だいいち、ふつうの医者さえいない始末なのだ。──で、この一件は、それっきり謎のままで終ってしまった。そもそも監獄のほうで、囚人一匹の生命など虫ケラ同然だったのだ。その虫の図体が大きければ大きいほど、食い扶持《ぶち》がへっていい。
それにしても、やったのが五寸釘か牢屋小僧のいずれかとするなら、たとえそうでなくともまっさきに二人が疑惑の対象になる立場にあったのだから、まったく大胆不敵以上の所業だといわなければならない。
この事件には、四郎助は直接立ち合わず、ただ報告を聞いただけだが、それでも眼をまろくせずにはいられなかった。
とにかくこの二人は、雑居房入監三日目にして、猿群のボスのごときその地位を確保した。
五
二度目の異変が起ったのは、それからまた五日ほどたってからだが、これには四郎助も立ち合う破目になった。
ちょうど昼休みであったが、四郎助はすばやく昼食を片づけて、中門内の広場で乗馬をやっていた。よく晴れていたが、身を切るような風が吹いていた。
集治監には厩舎《きゆうしや》があって、そこに安村典獄の馬車用の馬以外に、非常用の馬が十頭ばかり飼われており、もともと鹿児島でも馬にはよく乗った四郎助が、練習のための許可を申し出て見ると、案外たやすく許されたので、早速やっていたところであった。
そのとき、獄舎区の作業場のほうで、火の手があがったのである。──そして、あきらかに争闘の叫喚も流れて来た。
四郎助は、馬首をそちらに向けた。
火元は藁細工場で、それは完全に炎上し、まわりは混乱の渦であった。
「水だ、水だ! 早くポンプを──」
「破獄者をとらえろ」
「延焼をふせげ、あっ、木工場があぶない──」
「逃げろっ」
「看守をやっつけろ」
「梯子《はしご》はないか、屋根に上るんだ」
「いや塀を越える梯子だ」
「逃げるより、火を消せ!」
「集治監ぜんぶ焼き払え!」
いやもう、何をいっているのかわからない。混乱は、ただ起るべからざるところに火事が起ったという驚愕のせいばかりではなかった。風の強い日で、延焼の危険があるという恐怖のせいばかりでもなかった。
看守たちが、火災の拡大と囚人の逃亡をふせぐ二途に狼狽したからであり、また囚人にとってもこれは意外事の勃発《ぼつぱつ》であったらしく、これまた消火と逃走の二途に戸惑ったからであった。──偶然、近くにいたと見えて、勇猛騎西看守長も現場に到着していたが、わけのわからない怒号をあげて、ただ空中にはねあがり、はねあがりしているだけのていたらくであった。
囚人はしかし、ようやく逃亡の本能を甦《よみがえ》らせ、その半ばは火の粉みたいに散ろうとしていた。
そこへ駈けつけた四郎助の馬は、砂塵をひいてその外側に円周を描いた。
「逃げるな、火を消せ」
馬上からきらめくものがふり下ろされ、囚人たちがもんどり打った。それはサーベルの鞘《さや》のままの打撃であったが、見ていた者はだれも抜身だと思った。血しぶきさえ飛んだし、それほど彼の行動は猛烈であった。
──数年後、有馬四郎助が空知集治監の看守長をしていたとき、やはり暴動が起って、囚人たちが建物を占拠し、一物もとどめぬまでに破壊するという大あばれのまっただ中に、四郎助一人が突入すると、囚人たちがいっせいに動けなくなったという記録がある。またその武者ぶりを、白馬にまたがって威風堂々、といった感があったという記録もある。
もっと若かっただけに、その姿はさらに颯爽《さつそう》としていたろう。
彼は馬で円周を描きながら、逃げようとする囚人を、かたっぱしからサーベルと馬蹄で火事場のほうへ追い返した。
藁細工場は焼け落ちたが、火は消された。
「ううむ。おぬしは」
と、さすがの騎西看守長が感嘆の眼をむけて手をさしのばした。
「たいしたやつじゃ!」
さて、このあとで、どうして火災が起ったか、ということが問題になった。むろん火の気のあるはずもなく、そんな危険物が、作業場に持ち込まれるはずは絶対にないからだ。
しかし、現実に火は突然燃えあがった。そこで、そのとき最もその近くにいた者、かつ火災発生後、最もあばれて消火の妨害をしたり、かつ看守に抵抗甚だしかった者を調べて絞《しぼ》ってゆくと、結局七人残った。そして、これを徹底的に拷問した結果、ついにその一人が、前日に監房の棚にマッチの軸木一本と、マッチ箱の一片を発見したことを白状し、それがことの始まりだということが明らかになった。
マッチは頭だけ残して軸木は半分ほどであり、箱は小指の先ほどのかけらであったが、それは充分発火可能であった。
その藁細工場で働いていたのは、第三雑居房の連中ばかりであった。
掌に握ればだれにもわからないほどの発火材。それを文字通り掌中にしたとき、その男の心に怖ろしい誘惑が起ったのだ。彼は無期徒刑の男であった。火事を起しても、果して樺戸から逃亡出来るかどうかは保証出来なかったが、しかし死に至るまでの苦役にくらべれば、一縷《いちる》の望みがありそうであった。そこで彼は自分のグループに打ち明け、とうとうやってしまったのだという。
彼らは特別の監房に移された。
が──もしその犯人の言を信ずるとすれば──だれがそこにマッチを置いたのかわからない。
疑わしい人間はまだいた。例の五寸釘と牢屋小僧だ。
ところがこの二人は、その作業場にいなかったのである。彼らはまだ牢から外に出すのは危険視されて、ほかの囚人たちが作業場にゆくのに、二人だけあとに残されて、閉じ込められたままだったのだ。火事騒ぎが起っても──全監炎上、などということでもなければ、彼らは逃げることは出来ない。
それに、彼らがマッチの置き手だとしても、どこからそれをとり出したのだ。
前にいったように、二人はすでに、身のまわりはもとより、口から鼻、耳、肛門まで調べぬいてある。騎西看守長など、いちど念のため、牢屋小僧のつぶれた左眼のまぶたまで上下におしあけて見たことがあったが、そこにはぶきみな白っぽい眼球が、ドロンとふさいでいるばかりであった。
そして、改めて彼らをとり調べる意欲を失わせるほど、二人はどこ吹く風といった顔をしていた。
一週間ほどたって、伺い書をたてた札幌の道庁長官岩村通俊閣下から指令が来た。放火に関係した七人は死刑を執行せよ、消火に協力した囚人は、その協力度に従い、無期は十五年の有期刑に、あとは三年から一年以内、それぞれ減刑せよ。──
明治ならではの即断即決であった。
これを伝えた安村典獄に、たまたま有馬四郎助はほかの看守たちとともについていったが、七日以内に斬刑に処する、と宣告された特別監房のほうでは、すでに覚悟していたらしく、格子の奥はしんとして何の反響もなかったが、雑居房のほうでは歓喜のどよめきがあがった。減刑された者は十五人であった。
六
それから六日目の午後だ。囚人たちが作業に出払ったあとの獄舎の中を巡回していた四郎助は、ふいに呼びかけられた。
「お若いの」
格子の向うに、五寸釘の顔が見えた。牢屋小僧もいる。二人はその日も、ぽつねんとそこにとり残されていたのだ。
「石狩丸以来の御縁ですな。まさかあのとき、お前さんがここの看守になるとは知らなかったが……何にしてもおなつかしい」
五寸釘がめんとむかって四郎助に話しかけたのは、それがはじめてだ。馬鹿に、なれなれしい。
「用はなんだ」
四郎助は厳しい表情でいった。この両人はゆだんがならない。
「騎西の旦那を呼んで下せえ」
「看守長を? 用は何だといっちょる」
「それは騎西看守長どのに話しやす」
「おれにいえばよか」
「まだ新米のお前さんにゃいえねえほど大事な話なんだ。聞いてくれねえと、また大変なことが起る。……」
薄暗の中に、ニヤリと白い歯が見えた。
四郎助はドキリとし、しばらくにらみつけていたが、足早にそこを立ち去ろうとした。すると、背後から声が追った。
「他聞を憚《はばか》りやすから、看守長の旦那だけ来るようにいっておくんなさい」
四郎助は看守詰所にいって、騎西に報告した。騎西はけげんな顔をしたが、すぐに佩剣《はいけん》を吊って出かけようとし、四郎助をふり返った。
「きさまも来んか」
「それが……看守長だけに話したいちゅう事《こつ》で。……」
騎西はいよいよ変な顔をしたが、しかしそのまま第三雑居房のほうへ歩いていった。
だから四郎助は、五寸釘が看守長に何を話したか知らなかった。
やがて、夕方が来た。それぞれの作業場へいっていた囚人たちが、行列して帰って来た。物騒な連中は、五寸釘ら同様、はじめから除外してあるし、一種の五人組に似たおたがい同士の監視制が作られているし、たとえまちがってあばれ出すやつがあっても、とうてい集治監の外へ逃げるなどということは出来ないことは、もう囚人たちも承知している。
行列についている看守たちはそう思っていたのである。その中に、四郎助もいた。
しかるにこの日、横に長い行列のまんなかが、突然垂直に盛り上った。──五人ほどが一団となり、その肩に二人を乗せたのである。二人は手をのばして、廊下の天井に吊るされていた洋燈《ランプ》をはずした。
もう日の暮れが早くなって、そこの洋燈には灯がはいっていた。それはふだん看守が、長い竿《さお》でかけたりはずしたりする洋燈であった。
看守たちは文字通り仰天して、あっといって眼をむいている間の出来事であった。
一人がそれを手にとったとき、一人は柿色の筒袖の獄衣をぬいでいた。高いところで、洋燈の炎が獄衣に移されると、山型の人は崩れ、二人は廊下に飛び下りた。火は次々に移った。そこにいた十人以上もの囚人がことごとく獄衣をぬいで火をつけ、それをふりまわしながら突進した。
彼らが駈けつけていった先は、特別監房であった。
その格子のすきまから、彼らは燃える獄衣を押し込んだ。
「兄貴、助けに来たぞっ」
「みんなこの火を消せ!」
「火を消しゃ罪が軽くなる。──」
「ほうっときゃ、おめえら、みんなあしたバッサリだぞ!」
彼らは怒号した。この怒号の内容が実に奇怪なものであったことに気がついたのは、あとになってからのことであった。そのときはだれも、内部からもこの火をつけろといったものと思い込んだ。
この突発事に、いままで唖然《あぜん》としていた看守たちは、やっとこのときわれに返って追いかけようとした。その足に、別の囚人がしがみついて、何組もの人間が廊下に転倒した。
それを飛び越え、抜剣して四郎助は走った。
そのとき──格子にこちら側からむしゃぶりついていた囚人たちのうち、三、四人が、仰むけに倒れて尻もちをついた。それは内部からだれかにつき飛ばされたというより、まるで雷《らい》に打たれたかのようであった。
つっこまれている燃える獄衣のきれっぱしの火光で、格子のすぐ内側に一つの顔が、大きな鬼灯《ほおずき》みたいに赤く浮かんで見えた。
それを見たとたん、四郎助もあやうく尻もちをつきそうになった。それは騎西看守長であった。
「馬鹿者!」
彼は咆哮《ほうこう》し、戸前口をあけて外に出て来た。
「中のやつらは、みんな手錠をかけてあるわい!」
そして彼は、そこに仁王立ちになって哄笑《こうしよう》した。
「こやつら、逮捕せい。みんなそろって斬首じゃ。わははははは!」
この途方もない冒険を試みた一味の連中は、みなそのまま、腰がぬけたようにへたりこんでいた。
火は消され、彼らはことごとくその特別監房に放り込まれた。それはすべて第三雑居房の──しかも、六日前の火事騒ぎで消火に協力し、罪一等を減じられた連中ばかりであった。
事件のあと、四郎助は、六日前の事件のときより数々の昏迷におちいった。
第一は、むろんその連中が、どうしてあんな馬鹿げたことをやったのか、ということであった。この前の「手柄」で罪一等を減じられながら、なぜそんな飛んで火を運ぶような愚行をやってのける気になったものか。
彼らは白状したという。この前の手柄で、たしかに自分たちは罪が軽くなった。しかし、あとでつらつら考えてみれば、それはこんど死罪に処せられることになった七人のおかげである。あの七人を助けなければ、同じ釜のモッソウ飯を食った仁義にそむく。
といって、ふつうの手段でその七人が救えるはずはない。そこで思いついたのが、あのやりかただ。火を放って、それで破牢させることが出来るとは、その前の例からしても考えていなかった。しかし自分たちが火だねを作って、その連中に消させれば彼らもまた死刑をまぬがれるに相違ない。
そしてまた自分たちも、はじめから放火破牢を計画したわけでなく、それどころかその火を消せといったくらいで、ただ仲間の仁義のためにそういうことをやったとわかれば、お上のほうでも、まさかこっちを斬罪にする、などということはなさるまい。
聞くところによると、先年滋賀県の某集治監でも、同様の目的で放火した囚人の騒動があったが、結局双方とも死刑はまぬがれたという。──
──この奇妙|奇天烈《きてれつ》な動機について、そんなことがあり得るのか、と、のちに四郎助は書類倉庫にはいって調べて見たことがある。すると、たしかに明治十四年滋賀県でそういう事件があり、その届け書の写しがあった。
「……すでに客年《かくねん》二月廿七日藁業場に放火をいたし、のち右放火犯の者六名入監中のところ、その際囚人のうちにて消防に尽力せる者減等の処分を受け、その減等を受けたる囚徒、かく減等せられしはまったく前六名の放火せしゆえなるゆえ、その恩に報い、さらに放火しこれを消防せしめ、その死を救わんと放火を企て反抗を謀る。……」云々。
ただし、その結果はすべて処刑されたとある。当然のことで、どこかで話が混線したにちがいない。
ともかくこの白状で、彼らの心情は一応わかった。あのとき彼が火のついた獄衣を押し込んで、それで中からも火をつけろ、といわないで、その火を消せ、といった意味もわかったが、その届け書を読む前の四郎助をおとした第二の昏迷は、囚人たちにそんな「仁義」があったのか、ということであった。いままで観察したところでは、彼らの間には獣群のとも食いのような争いしかないように見えたからだ。
しかし、それが事実とすれば──事実にちがいない──四郎助は、ちょっと感心した。まるで子供のように単純な動機だけに、いっそう打たれた。
いわんや、実際にその翌日の夕方、集治監内の斬罪場で、第一の放火者七人、第二の放火者十五人、すべてが処刑されたのを見てはなおさらのことだ。
彼らの幼稚な望みはむろん通らなかったのだ。滋賀県の例と同様である。
二十二人、全部一人で騎西銅十郎が斬った。内地での死刑はもうほとんどが絞首刑になっていたが、ここではまだ斬首刑であった。それがいつも騎西看守長のみずから買って出た役目だと四郎助は聞いた。
この人物の怖るべきことは、もうとっくに承知していたが、見ていて四郎助は改めて胴ぶるいを禁じ得なかった。鼠《ねずみ》色の寒風が血の霧に染まり、その中で、
「それっ、次っ──おおりゃっ」
と、大喝して、首をはねてゆく騎西看守長の姿は、まるで血に酔っぱらったようであった。
人を斬るとき、変に身体の線が柔かくなる騎西銅十郎──それをまた、本格的に見る機会を得て、ふと四郎助は原胤昭の、「……ひょっとしたら、あなたは公然と殺人が出来るので看守長になられたのではないか」という言葉を思い出し、それは当っている! と、心にさけばずにはいられなかった。
四郎助の第三の疑問は、あのときどうして騎西看守長が特別監房にいたのか、と、いうことであった。いや、それは、五寸釘の話──密告で、騎西が囚人たちの計画を知り、あらかじめ先まわりしていたに相違ないが、もし前もって知っていたとするなら、はじめからなぜそれを防がなかったか、ということだ。
しかし、いまの大処刑を見ていた四郎助は、これはこうなることを騎西看守長が望んだからだ、と考えざるを得なかった。
疲れることを知らぬかに見える剣鬼看守長の舞踏はつづく。
「うぬら、生まれて来たのがまちがいじゃったと思え。……それっ、次っ」
──その翌日、何事もなかったかのように、ふだんの通りの集治監の時間が過ぎて、囚人たちが作業場にいったあと、一人、しんかんとした廊下を巡視していた四郎助は、ふいにはっと足をとめた。
そのときになって、きのうおとといの出来事のみならず、以前の藁細工場以来の事件は、すべてある人間の企んだことではなかったか、と思い当ったのだ。
彼は怖ろしい勢いで、第三雑居房の前へ歩いていった。
「五寸釘!」
と、四郎助はさけんだ。
「おとといの放火の手口を、やった連中に教えたのはお前じゃな?」
格子の向うにならんであぐらをかいていた二つの影は、三つの白い眼を向けたきり、返事をしなかった。
「その放火の火だねとして、その前の藁細工場の放火事件を起したのもお前たちじゃ。その二つを、牢仲間の仁義というやつを持ち出して、結びつけた。あの連中を煽動し一方で密告した。──」
「おれが煽《あお》ったくれえで、あの連中があんな馬鹿なことをやると思いますかい?」
笑いをおびた声が返って来た。
しかし四郎助は、直感によるいまの自分の質問の意味を、たちどころに了解したらしい五寸釘の反応ぶりに、かえって自分の直感の的中していることをたしかめ得たような気がした。が。──
「だいいち、そんなことをやって、おれたちに何の役に立つんですかい?」
という次の反問には、うっと沈黙せずにはいられなかった。
五寸釘はふてぶてしくいった。
「まさか、だからといって、おれたちがここを釈放になるわけでもござんすめえ。……そんなことァ騎西看守長どのが、とっくの昔御承知だ。あっちに相談してから口をきいておくんなさい」
四郎助が棒をのんだようにつっ立っていると、格子のすきまから変なものが出て来た。
ぎょっとして眼をそそぐと、それは黒い小さな本をつまんだ指であった。
「旦那。……」
珍しく牢屋小僧の声であった。
「こりゃ、あの原ってえひとからもらったものでござんすがねえ。……」
四郎助は反射的にそれをひったくったが、眼をまろくしていた。それはたしか、原胤昭が入舟町の魔窟で酌婦お篠にわたしたあの聖書という本と同じものであった。
「ど、どうして、こんなものが。……」
そういえば、原が囚人たちにこれを配ったという話を聞いた。しかし、それはことごとく没収されたはずだ。そもそも先日から何度か房内を探索したはずなのに、こんなものがどうして見つからなかったのだ?
まるで手品師みたいなやつだ、と、唖然《あぜん》としていると、
「いや、ちゃんと棚の上においてあるのに、お役人さんの眼にふれねえ。こっちも、おかしいなあ、と首をひねっていたんで……そりゃ、いよいよキリシタン・バテレンの本にちげえねえ」
と、牢屋小僧はいった。決してこちらをからかっているのではない。珍しく大まじめにいっている、ということが感じられる牢屋小僧の声であった。
「それなら、おれも読んでみてえが。……」
悲しそうに、彼はいった。
「それが、読めねえ。字を知らねえんでね。──五寸釘も、いろはくれえしか読めねえそうで、ほかの連中も御同様らしいし、だいいち読んでるところを見つかると、とりあげられるにきまってまさあ。そこで、旦那お願えでごぜえます。なぜかこの旦那なら大丈夫きいてくれる、と見込んだんでござんすが、そいつをお預けしますから、毎日いまごろここに来て、一枚ずつでも読んで聞かせてくれませんかねえ?」
四郎助はめんくらいつつ、ともかくも表紙をひらいた。
すると、黒い表紙の赤い裏に、これは原教誨師の自筆らしい一行の墨の文字がまず眼に飛び込んだ。
「人が殺すところの者を神は甦らしめ給う。祈れよ。信ぜよ。父なる神は彼処《かしこ》に在《いま》す」
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苦役《くえき》の曠野《こうや》で
一
月形の町に、水霜《みずしも》のおりた朝であった。
有馬四郎助《ありましろのすけ》が出勤して看守|詰所《つめしよ》にはいってみると、騎西看守長が一人いて、一条の鎖を両手に持って眺めていた。それより四郎助は、その前の大テーブルに、同じ鎖が小山のように積みあげてあるのを見て、眼をまろくした。
「お早うござります。そりゃ何で?」
「連鎖じゃ」
それはわかっている。
「町の鍛冶《かじ》屋に注文して作らせたのを、昨夜おそく届けて来たんじゃよ」
と、騎西は答えた。
四郎助は、いつか五寸釘の寅吉たち新しい囚人が到着した夜、騎西看守長が連鎖をぶら下げて食堂にはいって来たことを思い出した。
連鎖は、二人の囚人を結びつける鎖だ。長さは約三メートル、両端についた環《かん》をいれると八キロ近い重量がある。この環を二囚人の片足ずつの足首にはめる。往来など歩くときは、べつに腰に鈎《かぎ》をつけさせ、足首からたくしあげてこれに懸《か》けさせるから、二人の間隔はもっと短縮される。
「むろん、この樺戸にも十組くらいはあったんじゃが、こないだの囚人護送を見て、ふと思いついた。いや、囚人護送に連鎖を用いるのも知っておったんじゃが、いままで思いつかなんだ」
「何をでごわす」
「外役に使役する囚人にこれを使うということをじゃよ」
と、騎西は鼻うごめかした。
「きさまも知っとるように、道作りや農耕に囚人を外に出す。外に出せば逃亡のおそれがあるから、比較的従順な連中をあてることにしておるが、逆に考えれば従順な連中のほうが苦しい労働を強《し》いられとることになる。凶暴なやつはあぶないからこの苦役をまぬがれ、甚だしきは集治監内の作業までまぬがれておる。この予盾を解決するのが連鎖じゃ、と思いついて典獄閣下に具申した結果がこれだ」
「すると、二人ずつ結びつけるのでごわすか。大丈夫でごわしょうか」
「その二人ずつの選定に工夫を凝《こ》らせば、逃亡をふせぐことが出来る。たとえば、刑期の長いやつと短いやつ、おたがいに嫌い合っておるやつ、という風に。──」
騎西看守長は、あきらかに悪意に眼をかがやかせた。
「それで極悪の連中を新しく苦役に従わせることが出来るのみならず、また別種の苦しみ方をさせてやることが出来る。その組み合わせようによってな」
彼は、四郎助を見た。
「有馬、きさま、外役に出たことがあるか」
「いえ、まだごわす」
「そうか、それじゃ、きょうからゆけ。きょうは、おれもいって見よう」
それから、またいった。
「例の五寸釘たちも出してやる」
「えっ?」
四郎助は、まばたきした。
先日の例の相つぐ放火事件が五寸釘らのさしがねによるものではないか、という自分の推測はすでに騎西に報告してある。彼はその後も調べて見て、囚人たちに合牢《あいろう》の仁義なるものを吹き込んだのも、果せるかな、いまや雑居房のボスとなった五寸釘にまちがいない、ということをつきとめたのだ。もっとも、その威令はよく行われていて、積極的にそう白状するやつはなかったが。──
しかし、そう聞いても、騎西看守長は、「ふん」といったきり、べつに驚いたようすもなかった。
いま、四郎助は首をかしげた。
「きゃつら、外へ出すのは危険じゃごわせんか」
「なに、この連鎖でつなげば大丈夫じゃ。きゃつらを遊ばせておく法はない。──それに、もう約束したわい」
と、騎西は答えた。どうやら五寸釘との間に何かとりひきがあったらしい。
二
騎西看守長がいったように、樺戸集治監では、以前から囚人たちを農地開拓や道路建設に当らせていた。
囚人にただで飯を食わせるのにも舌打ちしかねまじき明治政府は、ここに集治監をひらくと、もうその翌日から囚人を追い出し、一人一日あたり実に二十五坪という開墾のノルマを科している。まだ一帯は昼なお暗い原始林と丈余の熊笹に覆われた土地へ、鋸《のこぎり》と鍬《くわ》と鎌《かま》だけの労働であった。しかも、虻《あぶ》の大群、まむしの跳梁《ちようりよう》、それどころか、熊そのものの出没する中へ、である。
とにかくそうして開いた農地に、いろいろの野菜、はては稲まで植えて見たが、大豆、小豆《あずき》、唐黍《とうきび》、馬鈴薯《ばれいしよ》、胡瓜《きゆうり》、人参《にんじん》、キャベツ、葱《ねぎ》など、すべて成功せず、ただ、|えんどう《ヽヽヽヽ》と茄子《なす》と|ごぼう《ヽヽヽ》だけが何とか収穫があった。稲はまったくだめであった。
それでも、ともかく今でも、囚人たちの一部は農耕に駆り出される。
もう一つ、それより集治監が大々的にやり出したのは、月形と東南の幌内を結ぶ新道路の開鑿《かいさく》であった。幌内に空知集治監があるのだ。
北海道の地理に詳しくない人のために、この物語にいままで出て来た地名を図示すれば、大きなYの字を頭に描かれればよい。その下端が小樽である。縦《たて》の線の中間に札幌がある。分岐点が江別だ。そして右へゆくと幌内へ達し、左へゆくと月形に達する。
小樽から幌内までは鉄道がついているが、江別から月形までは石狩川の水路による。従って、月形から幌内へゆくには、いったん江別まで水路で下って汽車に乗り換えなければならない。
これでは北海道にまず出来た二大集治監の連絡に何かと不都合であるというので、この春から、両者を直接つらねる道路を双方の囚人の労働で作りはじめたのであった。
それが毎日、集治監の門から隊をなして出てゆくのは、月形の町の人々ももう見馴れていて、こと新しく見物する者もないが、この朝は、ふと気がついた人々の眼を見張らせた。
囚人たちのうち、二人ずつ鎖でつながれた組がある。──いかに監獄の町でも、鎖につながれたまま外役にゆくむれを見るのは、もの凄《すさま》じい眺めであった。
しかし、連鎖組は、その鎖も意識していないかのように、ケラケラと笑い声をたてていた。編笠を通してかがやいている眼玉が見えるようだ。とにかく外光の下へ出られたことが、うれしくてたまらないらしい。
もっとも、その日は曇天であったが。──
囚人たちは、江別と結ぶ汽船が発着する監獄波止場からちょっと離れた渡船場に着いた。ここには二本の大きな柱が立てられ、そこから、より合わせた二条の針金が石狩川の上を越え、対岸の同様な二本の柱とつらねられている。河を渡る船は、その針金《はりがね》にとりつけられた滑車に従って動くしかけになっていた。
そのしかけが面白くて、ここにはいつも子供たちが集まっている。
「おういっ」
その子供たちに向って、連鎖の一人が、編笠の中から呼んだ。
「来い、ここへ来い。いいものをやる」
囚人に馴れている子供たちが寄って来ると、彼は小さな藁《わら》細工の馬を与えて訊いた。
「どうじゃ、天皇陛下は御無事か。お変りはないか。──」
顔見合わせて話し合っていた子供たちが、何やら答えると、
「そうか、天子さまは御安泰か」
うなずいた笠の中の声は涙声であった。
見ていて、四郎助は感動した。
「ありゃ何者でごわすな」
「あれ? きゃつ第四雑居房、赤蜘蛛の市松というやつじゃな。あれは強姦致死の無期のやつじゃが」
と、騎西看守長が、その赤い獄衣の背番号を見ていった。
「ほほう? それが、なお陛下の御安否を何より気にかけておるらしゅうごわすが、感心なものでござりますな」
「なに、あれは大赦《たいしや》を待っておるんじゃ」
騎西は苦《にが》り切っていった。
「え、すると。──」
「天皇陛下がお亡くなりになりゃ、大赦がある。きゃつらには、それ以外にこの樺戸から解き放たれる見込みはないからの。それで何はともあれそのことを訊いたんじゃよ」
四郎助は呆れ返って、二の句がつげなくなった。
曇天の下に、石狩川は灰白色に濁って漫々と流れている。水面は、大地とほとんど同じ高さに感じられた。一帯がそれほど低い平野だということで、だから河は蛇行《だこう》する。そもそもイシカリという名が、回流という意味のアイヌ語から来たものなのである。この月形は、その一つの大蛇行地点の北西側にあるので、もう何度か町が水にひたったこともあるそうだが、対岸の土地も低いので、百メートル近い河幅は、それ以上に広く見えた。
船は四艘あった。囚人たちは次々にそれに乗せられて、河を渡った。渡し船は櫓《ろ》で漕ぐ式のものだが、上に張られた針金にとりつけられた滑車から、ロープが船をつないでいるので、水流におし流されることはない。
「なるほど、うめえしかけを考えやがったな。……」
と、感心した声が聞えた。四郎助がのぞいて見ると、編笠で顔は見えないが、五寸釘らしい。
そして、そばに鎖でつながれて──これはひっくり返るほどあおのいているから顔も見えたのだが、まさしく牢屋小僧であった。その一つ目は久しぶりに生き生きとひかって、頭上をキリキリと鳴りながらすべってゆく滑車に吸いつけられていた。
この両人がともかくもこうして外へ出られたのは、例の「密告」は少くとも騎西看守長にとって甚だ有益であったから、その報酬にちがいない、と、四郎助はまた考えた。
しかし、作業からの隔離という差別待遇を解かれるということだけが望みで、彼らはあれほど手の込んだ細工をやったのだろうか、という疑問を四郎助はまだぬぐいきれなかったのだが、いま外役に出た二人の満悦のようすを見ると、あるいはほんとうにそれだけの望みであんなことをやったのかも知れない、とも思う。
やがて、四郎助たちは対岸に着いた。
対岸の土地は、東南の果てに低い連山がうすく赤く見えるが、まず一望の大平原といってよかった。山がうす赤いのは、終りの紅葉のせいだろう。そのはるかかなたに空知集治監があるのだ。
そこへむけて、いかにも道は作られつつあった。その道を半里ばかり歩いた。そこに三つ掘立小屋があった。看守たちは中から泥だらけの鍬やシャヴェルやモッコなどをとり出して、囚人に配った。囚人たちはそれぞれ分隊を作らされて、働き出した。
はじめてこの現場に来た四郎助は、眼を見張り、しばし茫然《ぼうぜん》とたたずんだ。
この大平原には、森が少い。それは一帯が泥炭の湿地帯であったからだ。原胤昭が、よほど河骨《こうほね》の生える沼沢地の多い土地だったらしい、と、いったのは、まさしくその通りであった。いたるところ沼が冷たくひかっているが、一見そうでもない場所も、一丈の竿《さお》をつっこんで見ると、片手でズブズブと根もとまではいるありさまだ。
だから、最初から二本の小運河を掘り、それに水をみちびき、運河のあいだに土を盛ってそこを道路にするという面倒で大がかりな法がとられた。
材木を筏《いかだ》としてその運河で曳《ひ》き、これを道にならべて横たえ、その上に石狩川から浚《さら》って来た砂利や土を重ねてゆくのだ。いつの日か地中の材木が腐れば道が陥没することは目に見えているのだが、そうでもしなければ、底なし沼へ砂利を投げ込んでゆくのと同様で、際限がないのである。
それでも、いま見る通り道は出来ているが、前途はいつ完成するのか見当もつかない曠野の中であった。
筏を曳いているむれ。
材木をかついでいるむれ。
砂利をモッコで運んでいるむれ。
杭《くい》を打っているむれ。──
総勢、その日だけでも三百人以上は出ていたろうか。これが分隊に分けられ、いたるところ鞭と騎兵銃を持った看守が監視していて、ちょっとでもズルをきめこんでいる連中があると、すぐに怒号しながら駈けていってその鞭をふるう。
石狩の野に、ドンヨリとひくく垂れ下がった初冬の雲の下に、それは邏卒《らそつ》と亡者のうごめく、いわゆる地獄絵巻なるものが現実の世界に存在することを、改めて思い知らせる凄愴《せいそう》な壮観であった。
その光景は、いまでも「囚徒峯延道路|開鑿《かいさく》之図」として、月形町に残る当時の樺戸集治監の庁舎をあてた資料館に伝えられている。
現代では、これは樺戸道路と呼ばれ、地の果てから地の果てへ、車で走っても気の遠くなるほどの一直線の大道路となっているが、別名なお囚人道路ともいわれている。その原図は、この明治十九年春からくりひろげられたこの絵にほかならない。そして、それはまた、数年後、札幌から旭川を経て網走にいたる北海道中央道路を、囚人の屍《しかばね》を積んで建設する大苦役のはじまりでもあったのだ。
四郎助の頭には、
「……彼等ハモトヨリ暴戻《ぼうれい》ノ悪徒ナレバ、ソノ苛役ニ耐エズ斃死《へいし》スルモ……囚徒ヲシテコレヲ必要ノ工事ニ服セシメ……」云々。
という太政官大書記官金子堅太郎の「北海道視察復命書」の文章が浮かんだ。
次に、さる日、原胤昭が、空知へゆくのに、「あの道はたとえ出来ていたとしても通りたくない」といった言葉を思い出し、その意味を知った。原は集治監ばかりに出入していたように見えて、いつのまにかこの苦役を見に来たものと思われる。
それからまた、五寸釘たちが外役を望んだのは、彼らのとんでもないかんちがい、笑止千万なあてはずれではなかったか、と思い、これには苦笑した。
──当時の有馬四郎助は、まだ、この巨大な惨景に、重っ苦しい暗雲が胸にひろがるような感じをおぼえつつ、しかしまた、やがてこれも二大集治監をつらねるという目的のためにはしかたがなかろう、と思い直し、理由は何であれ、ともかくもここに至って苦笑さえ浮かべる剛毅な若者であったのだ。
すこし離れた小高い場所に、焚火《たきび》を焚き、そのそばに騎西看守長がつっ立ってあたりをへいげいし、そのまわりの囚人たちが狂気のように働いているのが見えた。先日の大処刑のききめはあらたかであった。
三
烈しい労働ののち、やがて正午《ひる》になった。
囚人たちは、なるべく湿気のない土の上や材木の上などをえらんで、それぞれ一団となって、集治監から携帯して来た冷たい握り飯に沢庵だけの弁当を、かぶりつくように食い出した。それに見張りの看守が一人ずつついて、これも昼食をとる。
「ええ、旦那。……」
枯草の上で、囚人と大差ない弁当を食べていた四郎助は、背後に鎖の音を聞いてふりむいた。
鎖でつながれたままの牢屋小僧と五寸釘が立っていた。五寸釘はまだ片手に握り飯をつかんで、これを口に運んでいる。
「ちょっとおうかがいしますが、あのキリシタン・バテレンの本はどうなりやした?」
と、牢屋小僧がいった。
「うん、あれか」
四郎助は狼狽《ろうばい》した。牢屋小僧からあずかった聖書は、そのままになっていたのだ。
「毎日、読んで聞かせて下せえとお願いしたはずで……いえ、旦那なら聞いて下さると思ったんだが、見そこなったかね。それなら、返して下せえ」
「返すと、とりあげられるぞ」
四郎助は、顔をあげて問い返した。
「お前が……なぜあげな本を読みたがるのか」
「そりゃ、こないだ申しあげた通りで。……」
「何といったな?」
五寸釘が、指にくっついた飯粒をしゃぶりながらいった。
「キリシタン・バテレンの本だからでさあ。……こいつはね、あの山高帽のバテレンにすっかりいかれちまって、ありゃ妖術使いにちげえねえ、だからあの人のくれた本なら、妖術の本にちげえねえ、という。──」
「原さんが、妖術師。……あの石狩丸の中の事《こつ》でそういうのか」
「いえ、そればかりじゃねえ。ここに来てからの、監獄の中のあの人のすること、いうことが、どう考えてもいままでに見たこの世の人間とはちがう、どうしたって妖術使いだ、と。──しょっちゅう、こんな風な妙な手つきをして呪《まじな》いをかけやしてね」
と、牢屋小僧は大まじめにいって、手を胸の前でフラフラと動かした。──十字を切ったのである。
ふっと、このとき四郎助は、この凶悪無知な囚人のいっていることが真実ではないか、あの原胤昭はほんとうの妖術師ではなかったか、という錯覚にとらえられた。
しかし、すぐに彼は笑った。
「何を馬鹿げた事《こつ》をいっちょるか。あの人はそげな人じゃなか。またあの本はそげな本じゃなか」
四郎助は、牢屋小僧から渡された聖書という本を、あのあとで読んだ。読んだが、さっぱり意味がわからない。──
そのことは、騎西看守長にも報告し、囚人が読んでもべつに危険なものとも思われないし、だいいち、全然理解を絶しているだろう、といって、その聖書を見せた。
「なんじゃと? 雑居房にまだ一冊残っておったと?」
騎西は狐につままれたような顔をし、前に没収したとき自分もちょっと目を通したが、わけのわからぬ本だと思った、と、白状した。
「おれの気にくわんかったのは、あの教誨師《きようかいし》でな。あいつの持ち込んだものにろくなもののあるはずはないと考えて、焼却した」
と、いい、
「その本はお前の処置にまかせる」
と、とりあげようとはしなかった。彼は四郎助が大いに気にいっているらしい。
そして四郎助も、その理解不可能な本を捨てなかった。原胤昭という人間の残像が、彼にそういう行為を許さなかったのである。──それどころか、何となく身体から離せない大事なもののような気がし、実は彼は、いまもそれを内ポケットにいれて持ち歩いていたのだ。
「ヘヘヘ」
五寸釘は笑った。
「この野郎はね、その本を読んでキリシタン・バテレンの妖術をおぼえて、それで牢破りをやらかそうって考えているんでさあ」
「こ、この馬鹿野郎、何をぬかしやがる」
と、牢屋小僧はあわてふためいた顔をした。
その表情で、四郎助はまた、この陰惨な囚人が、ただ相棒のすっぱぬきを笑殺したのではなく、本気でそう考えているらしい、と知って呆れ返った。
「待て待て、それじゃ、おいが読んでやる」
「えっ、旦那、そこにあれをお持ちなんで?」
「うん。……たとえば、こげな事《こつ》じゃ」
四郎助は弁当の残骸を横に捨て、内ポケットから聖書をとり出して、いいかげんに頁をひらいて読み出した。
「……イエス、ガリラヤの海辺に至り、山に登り、そこに坐し給う。大いなる群衆、跛者《あしなえ》、不具《かたわ》、盲人《めしい》、唖者《おうし》など連れ来りて、イエスの足下《あしもと》に置きたれば医《いや》し給えり。群衆は、唖者《おうし》の物いい、不具《かたわ》の癒え、跛者《あしなえ》の歩み、盲人《めしい》の見えたるを見て、これを怪しみ、イスラエルの神を崇《あが》めたり。……」
牢屋小僧は、キョトンとしている。五寸釘がいった。
「何のこってす、そりゃ?」
「イエスちゅうのは、つまり耶蘇《やそ》じゃ。この本は、耶蘇の一代記らしい。で、その耶蘇が、自分を信心する盲《めくら》や唖《おし》を癒してやったっちゅう話じゃ」
彼は、次を読んだ。
「イエス、弟子を召していい給う、『われこの群衆をあわれむ。飢えたるままにて帰らしむるを好まず。パン幾つあるか』彼らいう、『七つ、また小さき魚《うお》少しあり』イエス、群衆に命じて地に坐せしめ、七つのパンと魚とをとり、これを割《さ》きて、群衆に与え給う。すべての人くらい飽《あ》き、割きたる余りを拾いしに七つの籃《かご》に満ちたり。食《くら》いし者は、女と子供を除きて四千人なりき。……」
読みながら、四郎助は首をひねっていた。
「これはじゃ、耶蘇が自分の説教を聞きに来た連中に、パンを──西洋の饅頭《まんじゆう》じゃな──七つのパンで接待したところ、四千人に食わせてまだ余ったちゅう事《こつ》らしか。……こげな、荒唐無稽な話が書いてある」
「……じゃ、やっぱり妖術師の話じゃありませんか?」
四郎助はめんくらいながら、またいいかげんにほかの頁をひらいた。
「……イエス、ただちに弟子たちを舟に乗らせ、みずからは祈らんととて山にゆき給う。夕《ゆうべ》になりて舟は海の真中《まなか》にあり。イエスはひとり陸《おか》に在《いま》す。風逆らうによりて弟子たちの漕ぎわずらうを見て、夜明けの四時ごろ、海の上を歩き、その許《もと》に至らんとし給う。弟子たち、その海の上を歩み給うを見て、変化《へんげ》の者ならんと思いて叫ぶ。イエス、彼らに語りていい給う、『心安かれ、我なり、なんじらの信仰いずこにある』」
「こんどは、その耶蘇ってえ男が海の上を歩いたってえ話ですか」
「そうらしか」
「そりゃ、面白え本だ!」
と、牢屋小僧がさけんだ。
「しかし、どうしてその野郎はそんなことができたんです? その奥義《おうぎ》ってえやつが、どこかに書いてありやせんか?」
「奥義は、どうやら耶蘇教を信心する事《こつ》らしか。しかし……」
牢屋小僧のギラギラひかる一つ目を見つつ、四郎助はいよいよまごついた。
「おうい」
どこかで、声が聞えた。
ふりむくと、騎西看守長がこちらを眺めて怒鳴っていた。
「有馬看守、ちょっと来い。──」
「しまった。見つかったようじゃ。……じゃから言わんこっちゃないか」
四郎助は、あわててその本をポケットにしまいこみ、駈け出した。
四
ちょうど焚火の煙が顔にかかったせいばかりでなく、騎西看守長は怖ろしくふきげんな顔をしていた。
聖書の処分はまかせるとはいったものの、牢屋小僧たちに読んでやることまでは認めてくれたわけではなかったろうから、四郎助は少からず弱って、その前に直立不動の姿勢になった。
「あの高野看守長が、お前に用があるそうじゃ」
と、騎西銅十郎は指さした。
それまで気がつかなかったが、一間ばかり離れたところに、見知らぬ四人の男が立っていた。一人は看守長の制服をつけて、ちょうど双眼鏡を眼にあてて、東南の地平線を眺めていた。あと三人は赤い獄衣を着た囚人だ。
「お前も知っとるように、この道路は空知のほうからも作っとる。それで時々、たがいに連絡の必要があるんじゃ。それでいま、向うからやって来たんだが。──」
何となく、来た人間が意外であったような声のひびきであった。
四郎助は、自分が呼ばれたのは、聖書の一件を見とがめられたのではないということをやっと知ったが、さて、いまその空知集治監から来た高野という看守長が、自分に用があるといったというのがいぶかしい。
彼は、そんな人は知らない。双眼鏡を眼にあてているその人物は、なぜか看守というより、神戸の港で見た軍艦の海軍士官みたいな感じがした。
空知集治監のある市来知《いちきしり》という土地からも囚人が道を作りつつあるということは、四郎助も聞いている。樺戸集治監と空知集治監のあいだ五里を、こちらから四里、向うから一里の分担だ。その分岐点の地名を峯延《みねのぶ》という。この工事割当は不公平なようだが、空知のほうは囚人の主力を幌内炭鉱にむけているからだ、ということも承知していた。
で、そちらから、その四人が、まだ常人には通行が不可能な、道のない沼だらけの曠野を、おそらく乾いた地面をえらびえらびやって来たのを、注意すれば認め得たろうが、手前に延々と散らばった囚人の群にとりまぎれたか、それまで四郎助はつい気がつかなかったのだ。それにしても、正午《ひる》のいまごろここに着いたとは、あちらを早朝に出発したものにちがいない。
「高野看守長、有馬看守が来たが」
と、騎西は呼んだ。
高野看守長は、ちらとこちらを見て、
「だいたい測量に狂いはないようだ」
と、いいながら、そばの囚人に、
「のぞいて見たまえ、空知のほうを」
と、双眼鏡を渡して、歩いて来た。その三人の囚人は、明らかに彼が空知集治監から連れて来た囚人に相違なかったが、まるで友人同士のような言葉とふるまいに、心中四郎助は一驚した。むろん、三人は鎖などでつながれていない。
「やあ、高野|襄《ゆずる》です」
と、相手はさきに、快活に名乗った。
年は三十半ばか、ギロリとした大きな眼、厚目だがよくしまった唇、小柄だが、決してそう感じさせない、しかも俊敏無比の雰囲気を持った人物であった。
「樺戸集治監看守有馬四郎助でござります」
四郎助は、挙手の敬礼をした。
「私に、何か、御用だと──?」
「いや、たいしたことじゃないんだ」
と、高野看守長はいった。
「原さんから、よろしくということだった」
「原胤昭どんでごわすか!」
四郎助はさけんだ。
原教誨師は、たしかに空知集治監へゆくといって去った。それはもうかれこれ一ト月ほど前のことになるが、あの人はまだ空知にいるのか。──
「いや、昨日、いってしまった。こんどは釧路集治監へゆくといっていた」
それにしても、空知集治監には、意外に長くいたものだ。
「それできょう、おれがこっち廻りでここへ来る予定になっていることを話したら、樺戸には有馬四郎助という、新米だが非常に優秀な看守がいる。もし逢うことがあったら、自分の頼んだことをくれぐれも忘れないでくれと伝言してくれ、ということでね。で、騎西さんに、有馬君っているか、と、訊いたわけだ」
「有馬、あの男に何を頼まれたのだ」
と、騎西看守長がいった。
四郎助は、首をかしげた。とっさに思い出せなかったのだ。
「ああ、あん事《こつ》か。なに、ただ、囚人の話を出来るだけ聞いてやっちょくれっちゅう事《こつ》じゃごわすまいか。それ以外に思いあたりもさん」
と、彼はいった。なるほど大した伝言ではない。
「あんなやつのいうことにとり合うな」
と、苦々《にがにが》しげにいう騎西を、ちらっと見て、
「うん、囚人の話を聞いてやってくれということはこっちにもよくいってたな。あの原さんのいうことに無意味なことはない。その依頼は、出来るだけ果してあげたらいいだろう」
と、平気で高野看守長はいった。
「あれは立派な人だ。うちの渡辺典獄も熱心に話を聞かれていたし、どういうものか、おれとも馬鹿にウマが合ってね。あの双眼鏡も、実は原さんがくれたものなんだよ」
「へへえ?」
どうやら原のカバンの中には、聖書以外に、そんなものもはいっていたらしい。それでどうやら、原教誨師が空知監獄のほうに意外に長く滞在していたわけも納得出来た。
高野は騎西のほうをふりむいた。
「一つ御覧になって下さい。何でもフランスの宣教師からもらったものだそうで、ブラウンジャー双眼鏡とかいい、大したものですよ」
「見る必要はない」
と、騎西看守長はそっぽをむいた。何だか、だだッ子みたいで、四郎助にも可笑《おか》しかった。
「それじゃ、有馬君。──おい、横川君、それをこの人に渡して、火に当り給え」
と、高野看守長はいい、
「これが加波山《かばさん》事件の河野|広躰《ひろみ》君と横川省三君、これが静岡事件の鈴木|音高《おとたか》君」
と、三人の囚人を紹介した。
加波山事件とは、福島自由党の残党が栃木県令三島通庸を襲撃暗殺しようとして発覚し、そのアジトとした加波山で警官隊と決戦した事件だ。静岡事件とは、岳南自由党が箱根|離宮《りきゆう》に天皇が行幸されるというので、それを機にお供の大官らを襲撃しようとしてこれまた発覚し、捕縛された事件だ。
話には、四郎助も聞いている。いずれも爆裂弾など製造していたそうだが、何にしても凄いことを企む連中があったものだ。
双眼鏡を受けとったまま、四郎助は口をあけて彼らを眺めた。みんな、まだ若い。四郎助とほとんど同年配だろう。柿色の股引《ももひき》に筒袖半纏《つつそではんてん》という獄衣や髯《ひげ》だらけの点は同じだが、さすがに樺戸の囚徒とちがって、みな凛然《りんぜん》たるものが眉宇《びう》にある。
──のちに奥宮健之なども樺戸に送られた例もあるように、いちがいにはいえないが、空知が政治犯、樺戸が凶悪犯という具合に大別されていたのである。
「ま、一服やれ」
高野看守長にいわれて、三人の囚人は、それぞれ腰の煙管《きせる》と煙草をとり出して、焚火で火をつけて、スパスパやりはじめた。
樺戸では、考えられないことだ。
「いいかげんにせんか!」
たまりかねたように、騎西が怒号した。──四郎助は、騎西がイライラしていたのは、ただ原胤昭の件に関するのみならず、同行した囚人に対する高野看守長のそういう放胆《ほうたん》な態度のせいであったことを知った。騎西は、ついに堪忍《かんにん》袋の緒を切ったのである。
「高野看守長、囚人に喫煙を自由に許すとは……そりゃ規律違反も甚だしいではないか!」
「なに、ここだけのことですよ」
高野は、平然としている。
「空知へ帰りゃ、ここより地獄だ。──幌内炭鉱があるからね」
騎西はなおにらみつけていたが、すぐにくるっと背を見せて、大股に向うへ歩いていった。そして、雷みたいにさけんだ。
「おういっ、作業にかかれっ、何をしとるか!」
作業開始のラッパが鳴っていた。
──のちに四郎助は知ったが、この高野看守長は、まだ三十半ばなのに、空知集治監でも渡辺|維精《これあき》典獄の代理を勤めるほど信任されている人物で、それで騎西も一目置かざるを得なかったのである。
午後の作業が始まったと見て、四郎助も一礼してそこを立ち去ろうとした。
「待ち給え」
と、高野看守長が呼びとめた。
「君は薩摩だな」
「は、左様でごわす」
「おれは、官軍にやられた越後長岡藩の出だよ」
「そいじゃ、あの河井継之助という人の──」
「うん、河井さんは家老で、あのいくさで亡くなったが、おれの祖父《じい》さまも、七十七歳という年で官軍に斬り込んで戦死した。おやじも、長岡で敗けたあと、会津までいって戦った」
「では、父上も会津落城と運命を共にされたのでごわすか」
「いや、重傷は受けたが生き残って、いまじゃ故郷《くに》で小学校の校長をしとる。いや、えらい元気者でな」
高野は、カラカラと笑った。
「ことし五十八になるが、おととし、おれとは三十二も年のちがう弟を生んだくらいだ。長男のおれは北海道の監獄に勤務して苦労しとるというのに、だ。あははは」
そして、彼はいった。
「それはそうと、君、非番のとき、許可を得てときどき空知へ見学に来なさい。渡辺典獄は鹿児島の士族だ。うん、空知集治監への連絡役は君にするよう、頼んでおこう。騎西さんににらまれるといかんから、じゃ、きょうはこれで」
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五寸釘《ごすんくぎ》の仁義《じんぎ》
一
日は、十一月にはいった。
凍りつくような北西の季節風をおかして、囚人たちは相変らず河向うの大原野の道路工事に駆り出された。それに、ほとんど毎日、有馬四郎助《ありましろのすけ》はついていった。
さすがに工事現場には、いたるところ焚火《たきび》が燃やされるようになった。作業中に囚人があたることなどとんでもないが、監督の看守たちのほうがたまらないのだ。そこからあがる無数の黒煙が曠野《こうや》に吹きなびき、ちょっとした戦場みたいな風景を現出した。
そして、昼の弁当のときは囚人たちがその焚火のまわりに集まることを許され、休憩時間もちょっぴり長くなった。火を囲むと、ふしぎに人は人懐しくなり、話もはずむ。自然と四郎助も、彼らと話し合うことが多くなった。
それに、彼の耳の奥には、
「……とにかく囚人の話を聞いてやって下さい。何でもいい、家族の話でも、過去の話でも、いまの気持でも。──君に頼みたいのはそれだけです」
という原胤昭の声がひびいていた。
最初に聞いたときはそれほど気にとめず、すぐに忘れてしまったくらいなのだが、空知集治監の高野看守長を介して再度の依頼に、あの教誨師《きようかいし》のしずかな、しかし異様な炎の燃えているような眼がよみがえり、そうか、それでは出来るだけ、そう努めて見ようか、という気になったのである。
そういう意志をもって対しているのが、囚人たちにも、何となくほかの看守とはちがう、という印象を与えたのであろう。彼らは、あるいは能弁に、あるいは訥弁《とつべん》に、あるいはうわごとのごとく、あるいはとぎれとぎれにいろいろな話をするようになった。
以下は、その一つ、五寸釘の寅吉《とらきち》──すでにもう明治を代表する大盗賊という声価を得ていた男の物語である。
二
──ええ、旦那、旦那はこないだ合牢の連中に「牢仲間の仁義」ってなものを吹き込んだのはお前だろう、と、おっしゃいましたねえ。
へへ、実はそうなんです。ちょっと思うところがあって、みんなに教えてやったんです。もっとも、あれだけ効目《ききめ》があろうとは思わなかったが。……え、ちょっと思うところがあって、とは何を思った、と、おっしゃいますんで? そいつァ、いまはいえねえ。それァ、あとのおたのしみってやつで、まあ、いまのところ、あのおかげで騎西看守長どのから、こうして外役に出してもらえるようになった、それが狙いだったと申しあげておきやしょう。いえ、この仕事もラクじゃあねえが、しかし牢の中にひとりつくねんと離されているつらさよりゃマシだ。あっしゃァ元気者ですからね。
ところで、お話ししてえのは、そのあっしの仁義ってことですがね。いえ、牢仲間の仁義の話じゃねえ。あれはあれっきりの、まあ、あんな騒ぎを起させる方便で──ヘ、ヘ──それより、それから思い出した、あっしの仁義の話なんでさあ。
と、いっても、ちょっとわからねえかも知れねえが、まあ聞いておくんなさい。
──その話をするについちゃ、しかし、そもそもあっしの凶状のはじまりのころのことをしゃべらなくちゃ筋道がわからねえ。まったくお恥かしい話なんだが、五寸釘の異名をとった大泥棒のあっしが、いまさら昔のことを隠したってしかたがねえ。そいつをここでしゃべっちまいやしょう。
あっしゃァ、安政元年三月の生まれです。ことし三十三になりやす。生まれたところは伊勢の松坂の近くの……まあ、ある村といっておきやしょう。
いや、ひでえ水呑百姓でね、あっしゃ廿歳《はたち》近くになるまで、白いおまんまなんぞ、ひと粒も食ったことがなかった。──で、十四の年の秋、あんまりひもじいから、村の庄屋の家の台所にフラフラはいって、お櫃《はち》から手づかみで食ってるところをつかまったんです。このときはまだ生きてたおやじが土下座してあやまってかんべんしてもらったんだが、そのおかげで、その庄屋から、猫のひたいほどの小作の田圃《たんぼ》をとりあげられちまった。しかたがねえから、おやじはそれから毎日松坂の町へいって、下駄の歯入れや雪駄直しなどして暮しをたてていたんだが、その翌年の春、浮世をはかなんで、とうとう裏の柿の木に首を吊って死んじまいやした。
そこで、しようがねえから、あとはあっしが雪駄直しをやっておふくろを養うことになったんだが、おやじでさえ食いかねた商売を、まだ餓鬼といっていいおれにつとまるわけァねえ。村のやつらは泥棒泥棒といいやがるし──もともと村はずれの一軒屋だったんだが、まるで流人島《るにんじま》みてえな哀れな暮しで、いま思い出しても涙がこぼれやす。
ところが、忘れもしねえ、明治四年の松の内──あっしが、十八のときでござんした。松坂の町の道ばたで、例のように雪駄直しをやってると、眼の前に羽根が一つ、ヒラヒラと飛んで来た。──羽根つきの羽根ですね。
ヒョイと拾って、顔をあげたところへ、女が一人駈け寄って来た。往来にはもう一人、お嬢さま風の娘が立ちどまって、羽子板をかかえてこちらを見ている。どうやらそれを持って通行中、羽根を落して、それが風に吹かれて転がって来たらしい。そして、それを拾いに来たのは、女中らしい。
で、それはそのまま返してやったんだが、あっしゃ、そのお嬢さまに見とれちまった。
ちょうどお正月で、向うも晴着を着て文金高島田ってえ姿だったせいもあるが、これがまるで絵で見たお大名の姫君みたいな気高い美人で、一目見ただけであっしの魂は天に飛んじまいやした。
女中が礼をいって羽根を受けとり、二人がいっちまったあとでも、あっしゃ口をあけて、いつまでもそのゆくえを見送っていた。
「おいおい、寅《とら》、いくらそんな眼で見送ったって、高嶺《たかね》の花どころか、お月さまをどうかしようってなもんだよ」
と、そばに坐ってた鋳掛《いか》け屋の勘に笑われて、あっしゃ、やっとわれに返りやした。
「ありゃ、だれだね?」
「あれはこの松坂町で一番の呉服店、双見屋《ふたみや》のお嬢さまさ。名はたしか小雪さまとかいったっけな」
さあ、あっしが、寝ては夢、起きてはうつつといったありさまになったのはこれからでござんす。
しかし、勘にいわれたように、まったくどうにもならねえ。その後、そのお嬢さまのことを調べたら、琴三味線はおろか、歌まで作るってえおひとで、年はおれより一つ上の十九、むろん縁談はふるほどあるんだが、親御さまのほうで惜しがって、まだ手許《てもと》から離さねえというお嬢さまだ。
あっしゃ、病人みてえになっちまってね、そのころ、ついフラフラと町の芝居小屋にはじめてはいって見る気になったのも、その苦しさをごまかすためだったにちげえねえ。
ところが、かかっていた狂言が、何と「楼門五三桐《さんもんごさんのきり》」。
ドサ廻りの嵐何とかいう役者でござんしたが、とにかく例の千日|鬘《かつら》の石川五右衛門が南禅寺の山門で、「絶景かな絶景かな、春の眺めは値《あたい》千両」と、銀の大|煙管《ぎせる》で、ミエを切るのを見物して、ぼうっと外へ出て、さてつくづくと考《かんげ》えたのは、昔から日本に生まれた人間は何億人か知らねえが、何とか名前だけでもおれが知ってるやつはってえと、百人もいねえ。たいていの人間がそうだろう。その百人のうちに、たしかに石川五右衛門ってえ名がはいってる。──泥棒でも、あそこまでゆきゃたいしたもんじゃあねえか、ってえことでござんした。
ま、これがあっしの泥棒稼業への志ってえやつを立てたきっかけといえますかね。
もっともこれで一足飛びに泥棒になったわけじゃあねえ。その前に、ばくち打ちになりやした。
とにかく雪駄直しじゃどうしようもねえってわけで、芝居を見たあと、雪駄直しの道具を川へ放り込んで、それから賭場出入をはじめたわけなんですがね、最初のうちは銭もねえから、三下奴《さんしたやつこ》相手にほんのサイコロ遊びをやってたんだが、そのころからあっしゃ妙にいこじなところがありやして、いったん丁と決めたらいくら負けてもその日は丁で張り通す。半なら半と決めて動かねえ。そのときはまだ知らなかったが、こいつをあの世界じゃ「片面打ち」といって、よほど肚《はら》の坐った男じゃねえとやれねえものだそうで──これを、ふと、ある親分がのぞきやしてね、
「こいつ、素人《とうしろ》に似合わねえ度胸のいいやつだ。さきざきがたのしみだ」
といって、元手《もとで》を貸してくれやした。
これからまあ、勝ったり負けたり、だんだん一人前のばくち打ちになったわけなんだが、それでもあの双見屋のお嬢さまのことが頭から離れねえ。……雪駄直しはやめたものの、そのお嬢さまと縁もゆかりもねえ身分であることは同じでさ。
そのうちおれは、はたと膝を打った。妙案を思いついたんです。おッそろしく手荒《てあら》な妙案ですがね。
その年の暮|近《ちけ》え、こがらしの吹くある夜ふけ、石油の鑵《かん》をかかえてあっしゃ双見屋の塀を乗り越えて庭に忍び込み、石油をあちこちまいて火をつけた。……お嬢さまのいるらしい部屋のあたりは見当がついてやしたから、いちばんはじめにそこらの雨戸をたたいて、
「火事だあ! 火事だあ!」と知らせてやりましたがね。
何しろ風の強え晩だったから、ひとたまりもねえ。双見屋はみるみる火の海になってその騒動はいうもおろかなりだ。みんな身一つで逃げ出して来て、それでも男の奉公人たちは反物《たんもの》をかつぎ出そうとして駈けまわってるようだったが、おんな衆や子供たちは、近くの空地や往来にかたまって、歯をカチカチ鳴らしながら、燃える家を眺めている。泣きさけんでるやつもある。まわり一帯は、それこそ火事場騒ぎで気がちがったようだ。
その間にね、空地に女中たちといっしょに立ってふるえていたお嬢さまを──女中たちが火消しの水運びの手伝いにそこを離れたすきに、おれはいきなりうしろからお嬢さまの口に猿ぐつわをかけて、横抱きにして駈け出したんだ。おりゃ、背は高くねえが、力は人一倍あるからね、声もたてさせねえ。
もっとも、近くの路地にちょいと盗んだ俥《くるま》が置いてあったんだが、そこへついたときお嬢さまは気を失ってた。そいつを、これも用意してあった帯でぐるぐる巻きにして俥の中に縛りつけ、そのまま韋駄天《いだてん》みてえにおれの村へ駈けていったんだ。
あっしの家はさっきもいったように村はずれの一軒屋だが、そこへかつぎこむとおふくろは眼をまろくして、こりゃどうしたことだとうろたえる。わけはあとでいうよ、その帯も猿ぐつわも解いちゃいけねえぜ、と、いいおいて、また俥を返しに町へ走っていった。
双見屋はきれいに焼け落ち、火傷《やけど》した人や怪我《けが》した人も何人かあったようだが、死人は出なかったようだ。という話を聞いて、おりゃまた村へ飛んで帰った。
お嬢さまは、そのままだ。もっとも気絶からさめて、身もだえしていた。あっしゃ、その縄を解いた。猿ぐつわも解いた。それどころか、裾《すそ》を腹までまくりあげてやった。
「あっ、お前、何するんだ」
悲鳴をあげたのは、おふくろのほうだ。猿ぐつわははずされたが、お嬢さまは声も出ねえ。
「ばばあ、黙って見てろい、騒ぎたてやがると、この女、絞め殺しちまうぞ」
と、おふくろを怒鳴りつけておいて、おりゃお嬢さまをやりはじめた。
やりながら、こりゃ夢の中の出来事じゃあるめえか、と、おりゃ考えていた。もともと夢にまで見ていた女をこんな目に会わせているということがふしぎで、次に、見れば見るほど、抱けば抱くほど女の美しいのがこの世のものではないようで……あっしもばくち打ちになってから三日にあげず女郎買いはやったが、この女が女なら、あの女郎たちは女じゃねえ、あの女郎たちが女なら、こりゃ天女だ、と思ったくれえでござんす。忘れもしねえ、なんとその晩七番犯しやしたからね。
あくる日は、さすがのおれも腰がぬけたように、女とならんで寝ているばかりだった。女はまるで死人になったようでした。ただ、しずかに涙を流してたから、生きているのがわかった。おふくろはどうしてたか、まったくおぼえがねえ。
おれも可哀そうになってね、
「かんべんしてくんねえ、これもお前さんに惚れてのことだ」
と、いった。
「あなたはだれですか」
と、はじめて訊《き》くから、
「西川寅吉というばくち打ちだ」
と、答えた。
「ここはどこ?」
あっしは、あっしの村の名を教えた。
「逃げて帰るかね? 逃げて帰っても、お前さん、もうキズモノだぜ。お前さんがキズモノになったってことが世間に知られるばかりじゃなく、松坂一の呉服屋双見屋の名がメチャメチャになる」
と、いってあっしは、その双見屋に火をつけて焼いちまったことを思い出したが、さすがにそのことは白状出来なかった。そして、小雪も、おれがまさかそこまでやったとは知らなかったらしい。ただ火事場騒ぎにまぎれてさらわれただけだと考えたらしい。
逃げ帰られて訴えられちゃ、こっちの手がうしろに廻る。とどのつまり放火の件までいぶり出されちゃ、手どころか首にまで縄がかかるから、こういっておどしてやったんだが、それだけじゃ不安で、かつは白い泥みたいになってる裸のお嬢さまを見てると、またムラムラして来て、
「それよか、お前さん、男がはじめてだってことァ昨晩でわかったが、どうだ、悪くなかったろ? しかし、男はだれでもみんな同じだと思ったら大まちがいだぜ。おれは特別|誂《あつら》えなんだ」
と、その手をとって握らせた。こりゃ法螺《ほら》じゃねえ、何なら旦那のお目にかけたっていい。──で、その日中また三番。
いや、それから七日七晩、まるでメチャクチャさ。まあ、ありとあらゆるやりかたでやった。それから十何年か、おれも色餓鬼に近え所業はだいぶやったが、このときの七日七晩ほど凄《すさま》じかったことはねえ。
──と、どうです、お嬢さまは、そのうちとうとう、眼をうるませて、自分からしがみついて来るようになったじゃあござんせんか?
あとは、あっしが家を留守にしても、もう逃げようとはしなかった。
そして、翌年の春早々、おふくろが、「お前……お嬢さまはどうやら……」と、へんな顔をしていったが、はじめおれは何のことだかわからなかった。二度、耳もとにささやかれて、
「なにっ、赤ん坊が出来たってえのか!」
と、あっしは飛びあがった。
三
お嬢さまが──いえ、もうお嬢さまでもありますめえ──女房の小雪が赤ん坊を生んだのは、その年の秋でござんした。女の子で、お蝶と名づけやした。
これが、世にもありがてえことに、おれに全然似ていねえ、母親そっくりの可愛らしい子でござんしてねえ。いえ、この子があっしの仁義の話と関係があるんだが、そのためにゃ、やっぱりそれからのあっしのことをしゃべらなくちゃわからねえ。
さて、その前に、こうして小雪はおれの家で暮すことになったんだが、御|大家《たいけ》のお嬢さまがそんなあばら家で暮して、よく逃げ出しもせず、またよく見つかりもしなかったものだと、ふしぎでござんしょう。あとから考えるとおれもふしぎなんだが、実際その通りでござんした。
一つには、家が村から離れていて、以前から村八分になってた上に、あっしがばくち打ちになってからは、前からの恨みもあって、何かのはずみでゆき逢った村の百姓を何人か殴りつけてやったものですから、いよいよ近づく者もなかったからでしょう。
二つには……いや、そのばくち打ち仲間でね、たった一人眼をつけたやつがあったんです。おれがいくらばくちに負けても金まわりが悪くねえものだから、はてなと首をひねったらしく、ある日おれのあとをつけて家まで来て、ちょうど井戸端で洗濯してた小雪を見かけた。しかも、たまたま以前に小雪の顔を見たことがあったものだから、そこでおそれながらと訴えて出られりゃそれで終りだったんだが、本人も何かとうしろ暗えところのあるやつだった上に、半信半疑なところがあったらしく、まずおれをとっつかまえて、おどしをかけた。まあそれが不幸中の倖《さいわ》いで、こいつは金をやって話をつけてね、松坂町|界隈《かいわい》から追っぱらっちまいやしたよ。(のちに四郎助は思案の結果、この男が五寸釘に眠らされた疑いは充分ある、と考えた)
その三つには、これがおそらく一番でござんしょうが、村の者も仲間も、まさか松坂町一番の呉服屋の娘があっしの家に声もたてねえで暮しているとは思いもよらなかったらしいんで、そりゃ寅吉のところにきれいな女がいる、くれえのことは知ってたでしょうが、まあ女郎か何かをひきずり込んで女房にしたんだろう、と考えたようです。それというのも、小雪がまったくおとなしく、あっしの女房になっちまったからなんでさあ。
おふくろにはいったそうです。
「もうこうなったら、双見屋には帰れません。知られれば、親を苦しませるだけです。わたしはあきらめました」
さいわいに、おふくろとはよく合いました。おふくろは、あっし可愛さに共犯者になっちまったが、むろん小雪が双見屋の娘だってことは知っている。それで申しわけながって、ふびんがっていたわるし、小雪もまたおとなしい女でね。
ただ、あっしゃ、なに、あいつはおれに惚れたのさ、と、そらうそぶいていた。
まあ、こうして、おれには娘が一人出来やした。
ところで、おれがどうして家族を養ってたかというと、泥棒です。こいつはおふくろも女房もまったく知らなかった。ばくちでかせいだものとばかり思って、それさえ小雪は首をかしげて、何とか早くかたぎになってくれないものだろうか、と、大まじめにあっしをかきくどいたくらいでさあ。
ばくちは勝ったり負けたりだから、暮しのもとにゃならねえ。どこかの親分の乾分《こぶん》になりゃ、てめえだけの食扶持はくれるだろうが、あっしゃ、親分持ちってえのが窮屈で、きれえでね、あっちこっちの賭場を飛んで歩いたから、さっきいった一人を除いては、だれもがよその賭場で稼いだものだろうと思っていた。だからばくちは、あっしにとって裏の稼業に煙《けむ》を張るごまかしの表芸だったんでさあ。
むろん、あの石川五右衛門の芝居で発心したことをやり出したんで、松坂でもチョイチョイやったが、たいていはそこから三里、五里、ときには十里も飛んだ町や村をえらんだ。
それも、コソ泥じゃあねえ、前の日にその近くの物蔭とか草むらに刀を隠しておいて、それをぶら下げて押しいるんです。しかもね、ここが少々ぜいたくなんだが、ただの金持じゃなく、なるべく女房か娘か、美人のいる家を狙った。むろん、強姦《つつこみ》をやるんです。
こいつをやると、向うが泣寝入りをすることが多い。こっちもまた、そこがツケメであとでとうていひとにはいえねえような真似をしてやる。が、ただそれだけが狙いじゃあねえ、実は……あっしゃァ強姦《つつこみ》そのものに凝《こ》っちゃってね。
もとはあの小雪を手籠めにしたときの味でね、あのときのことを思い出すと、血がウズウズするどころか、頭の中がひっかきまわされるようになりやしてね。極楽といおうか、地獄といおうか、あんなに身体じゅうしびれ果てるような思いのしたことはちょっとねえ。そりゃ小雪はいまでもおれの女房だが、可笑《おか》しなことに、いくら抱いても、もうあんな味は二度と味わえねえんで。……こりゃ強姦《つつこみ》のせいだ、強姦《つつこみ》じゃあねえと、あの味は味わえねえ、と思いこんでやったんですがね。まあ、それなりの面白味はありやしたが、正直いって、やっぱりあの味は二度と味わえませんでしたよ。へ、へ、へ。
小雪といえば、赤ん坊が出来てからというものは、すっかりおれの姉《あね》さん女房になっちまってね、そんなこんなでおれが帰らねえ夜がよくあるもんだから、
「お前さん、どっかにいいひとがあるんじゃないか」
と、何度も心配そうにいった。一人前にやきもちをやくようになったんです。
そうなると、おれはまたそういう世話女房というやつが鼻につく性分でね、痴話喧嘩の末に、「三行《みくだ》り半をかいてやるからさっさと実家《さと》へけえれ」なんて、無理なことを怒鳴ったこともありやしたっけ。
さあ、けえるにも何にも、その女房の実家《さと》ってえのが、世にも哀れなことになっちまっていました。
とにかく家も反物《たんもの》も丸焼けになって、そのあとまたいちどは店を建てたんだが、あの火事がケチのつきはじめで、ゆくえ不明の娘を案じたあまりか、間もなく向うの母親は病んで亡くなる。客足はバッタリ落ちる、とうとう三年目の秋に店をたたんで、主人は知り合いのある寺に養われるってな境涯に落ちてしまいやした。
そのなりゆきは知っちゃいたんだが、こっちはどうすることも出来やしねえ。噂を聞いて女房がふさぎこんでるから、何度かおれも、これはほんとの同情心から、「どうだね、いっぺん顔を見せにいってやっちゃあ」といったこともあったんだが、女房はたてに首をふらねえ。また実際に顔を見せにいったらどうなるか、あっしも思案に窮してはいましたがね。
しかし、おやじさんがとうとう寺へいったという話を聞いてから数日後のある日、小雪はたまりかねたか、あっしにその寺へいって、お父さんはどう暮してるか、そっとようすを見て来てくれまいか、と、いい出した。
このことに関するかぎり、おれも寝覚めのよくねえことがあるから、合点だ、とばかり早速おれはその寺をのぞきにいった。
ところが、旦那。……こいつがおれの身の破れのもととなった。
そいつを天意たあ思わねえが、少くとも親子としての虫の知らせというものがあったんだねえ。おれがその──松坂をはさんでおれの村とは反対の村の、蓮城寺ってえ法華《ほつけ》の寺だったが、そこへ近づいてゆくと、向うをカバンをかかえた一人の婆あが歩いてゆく。それがどうやらおれも見かけたことのある、松坂でも噂の高えからす金のお種という高利貸しの婆あらしい。
で、その金貸し婆あが、双見屋のおやじさんを責めはたく問答を立ち聞く破目になりやした。だんだんわかって来たことだが、双見屋の御主人は、ただで蓮城寺に養われていたのじゃねえ、なんと寺男兼墓番に庸《やと》われていたんでさあ。それが店じまいする前後についてその婆あから借りて、これはおっかねえから大半は返したんだが、ちょっぴり残ったやつが利に利を生んで、三十五円という借金になってたんですね。
まあ、貸した金の督促に、やさしい口のききかたをする高利貸ってえのはねえが、女だてらに金貸しをやるお種婆あだ。いや、万事荒っぽいおれが、聞いていて血が逆流するような催促ぶりだったが、とにかく返せねえものは返せねえ。泣き声あげてあやまるおやじさんに、
「ええ、それじゃ明日《あした》だ明日の正午が半時《はんとき》遅れても、こんどはまちがいなく裁判沙汰にするからそう思いな、まったく飛んだ貧乏神にひっかかって、どれくらい無駄足を踏まされるか知れやしねえ」
と、にくていな口をきいて、お種婆あは帰っていった。──
その晩、あっしはお種のところへ押し込んだ。なあに、三十五円くれえよそで盗んで、代って払ってやってもよかったんだが、あんまり癪《しやく》にさわったから、ついそんな手順を踏むのがまどろっこしかったんで。
で、その婆あに日本刀をつきつけて、有金はもとより用|箪笥《だんす》からあるだけの貸金の証書を出させ、こっちは洋燈《ランプ》の火でみんな燃やしたあげく、うしろ手にくくった婆あの股ぐらに石油をたらして、火をつけてやった。
のたうちまわる婆あに、
「糞婆あというが、なるほどそんな匂いをたてやがる。やい、今夜はこれでかんべんしてやるが、これからまた因業《いんごう》なことをしやがると、こんどは命ぐるみもらいに来るぞ」
と、高笑いしてひきあげた。
あっしゃァお種婆あを知ってるが、お種のほうはおれなんか知らねえはずだ。それにおれはむろん覆面してたから、わかるはずはねえと思っていた。また、ほんとに婆あのほうはおれとは知らなかったんだ。ただ、双見屋のおやじさんのところへ催促にいったその日の夜に押し込んだのは、おれも少々気が短か過ぎたと思いやす。
とにかくその夜ふけには家に帰《けえ》ってね、心配そうに蓮城寺のことを訊《き》く小雪に、「おやじさんは達者で暮してるよ」と、いい、「だから安心して、あと久しぶりに賭場で遊んで来た」と、お種からとりあげた金を渡した。ところが、小雪のほうはひどく気にかけていただけに、おれのいいかげんな返事に、どうも釈然としない、という気持になったらしいんでござんすね。
で、そのあくる日、おれは一応お種婆あのその後のようすを探りに松坂へ出かけたんだが、そのあとで小雪も、娘の手をひいて、これは蓮城寺のほうへ、父親の安否を自分の眼でたしかめにいったんです。お高祖《こそ》頭巾で顔をかくしていたそうだが、とにかく小雪がそんな遠出《とおで》をしたのは、うちへ来てはじめてのことじゃあなかったかと思う。
ところが、蓮城寺じゃあ、ちょうど双見屋のおやじさんが拘引されたあとだった。……どうやらお種婆あが、「強盗にはいったのは若い男だったが、どう考えても双見屋から頼まれて来たものにちがいない」と訴えて、警察のほうでもそうにらんで、連累者としてしょっぴいていったんです。
そういう話を聞いて、小雪がどこまでほんとうのことを悟ったか、そして何を考えたかはよくわからねえ。おそらくかっとのぼせあがったものでしょう。そのまま自分も、子供の手をひいて、松坂警察署に出頭しちまったんでさあ。
そのあとでおれはまたそのことを聞いて、
「いけねえ」
と、舌打ちした。舌打ちどころか、眼の前が真っ暗になった。万事休す、というやつですね。小雪が何をしゃべるかしゃべらねえかは別として、とうとうおれという人間に警察の眼が向けられるのァまちげえねえことでござんすからね。
「高飛びだ」
あっしはそう考えやした。
それよりほかはねえが、しかし高飛びするについちゃあ、金が要る。小雪に渡した金はどうなったかわからねえが、あと、おふくろもいるし──、また女房とお蝶だって、自分が泥棒したわけじゃねえから、そのうち放免になるにきまってるし──何とか、もう少し、そっちにもまとまった金を残しておいてやりてえ。
そこで、もうおれに警察の眼がつけられてるおそれが充分あるのに、その晩またおれは強盗にはいろうとした。
はいったのは松坂の三好屋という質屋だったが、そんなわけで、やっぱりあっしもだいぶあわてていたんですね。ちょうど三好屋は土蔵を普請《ふしん》中で、高く足場が作ってあった。それだけを見て、これに決めた、と、その足場伝いにはいろうとしたんだから。──
ところが、運悪く、その晩はよく秋の月が照っていた。そこを動く影を、近くを巡邏《じゆんら》中のお巡りが三人、ふと頭をあげて見たらしいんだ。しかもだ、ポリスたちは、もう西川寅吉という男の捜索をかねての巡邏だったんだからたまらねえ。
往来を駈けて来る靴音に、おれは仰天して、足場を伝って逃げ下りた。そのときあわてて、すぐ下の地面に落ちていた──五寸釘を打った木片《こつぱ》をもろに右足で踏み抜いた。
さすがのおれも、「痛《い》てて!」といちどはひっくりかえったが、すぐにはね起きて抜きとろうとした。ところが、ちょいと抜けねえんだね、こいつが。何しろ足の裏から甲へ串刺しになってつき抜けてるんだから。──ところへ、巡査の靴音は乱れながら近づいて来る。そこでおれは、五寸釘と木片《こつぱ》を足にくっつけたまま、一目散に逃げ出しやした。
いや、釘の痛みもさることながら、板が往来にパタパタ音をたてるのには往生した。呼笛《よびこ》とともに、ほかからも巡査が駈け集まって、そのわめき声に町のやつらまで飛び出して、いっしょになって黒つむじみたいになって追っかけて来やがる。夜にまぎれてどこかに隠れてやり過ごそうとしても、板の音がそうさせてくれねえんだよね。
とにかくおれは、そのまま、逃げた、逃げた。そしてとうとう追手《おつて》をふり切った。
やれ、何とかふり切ったようだ、と、草むらへひっくりけえったのが、飯高《いいたか》郡伊勢寺村のある山の中でね。そこは松坂から二里半のところで。
それから自分で、やっとばかりその釘をひっこ抜いたんだが、いやその痛えことったら、背骨から脳天までズーンと何かが走って、おりゃ卒倒しましたよ。
そしてまた、ズキンズキンと脈を打つ痛みのために気絶からさめた。もう走るのはおろか、歩くことだって出来やしねえ。そこで這いずるようにして、山の中の木小屋へやっところげ込んで、そこでうなってたんでさあ。
しかし、やっぱり駄目でござんした。巡査たちが何十人も、犬まで使いやがって、蚤《のみ》とり眼《まなこ》で追っかけて来やがってね、あたりの山中を大捜索の結果、とうとう見つかって、大格闘の末につかまっちまった。
あっしが五寸釘の寅吉なんて異名をつけられたのは、いうまでもなくこの一件からでござんす。
で、すぐに松坂警察署にひったてられて、ここでいままでの旧悪ぜんぶが露見してしまったというわけでさあ。そこで、女房と娘にひき逢わされてね。娘のお蝶が──こいつも、もう三つになってましたが、腰縄打たれたおれを見て泣き出して、
「おまわりさん、父《ちやん》をしばっちゃあ、イヤ!」
と、巡査のところへ駈け寄って、小さいげんこでぶったのにゃ、あっしも胸がえぐられるようでござんした。
とにかくこれであっしの正体はばれちまったわけだが、このことを、ほかのだれよりも──おふくろよりも、女房につらくあっしゃ感じやした。
小雪は、眼を、やせた顔が眼だけになったんじゃあねえかと思われるほどいっぱいに見ひらいて、じっとあっしを見つめて立っていました。
それからあっしは、終身懲役を宣告されやしてね、安濃津《あのつ》監獄で服役しやした。
四
安濃津監獄で服役すること一年未満、北海道札幌の牢屋に送られることになったのは、明治八年の夏のことでござんす。
どうしてあっしだけがそんなことになっちまったのかわからねえんだが、何しろ安濃津監獄じゃあ、きちげえみてえにあばれたから、持て余したか、特別の懲罰のつもりか、とにかくちょっと内地にゃ帰って来られねえ流罪にしてしまえ、ということになったのかも知れません。
つまり、あっしゃ、もう十年も前に、いちどはこの北海道へ来ることになってたんです。
それがどうしてこんどがはじめてのことになったかってえと、こういうわけでござんす。
北海道で服役することになったが、そのころ北海道へあっしを送る適当な船が横浜からしか出ねえってんで、あっしゃ安濃津から横浜まで、東海道を歩き通すことになった。むろん各地の警察署の順送りで、交替しながらも巡査が二人ずつついている。あっしゃ赤い着物に編笠、手錠、てえ姿です。
どうもお国ってえのは、金がねえ、金がねえと、税金だけは高利貸ほどぶったくるくせに、つまらねえことにゃ手数や費用を平気でかけるもんですね。
いや、あのときの東海道の暑かったことは忘れられねえ。巡査もカンカン照りの中の護送役に気分を悪くして、途中、水がありゃてめえはガブガブ飲むくせに、意地悪くあっしにゃ飲ませてくれねえしね。
それでも日を経て、相州平塚から馬入《ばにゆう》川にかかったのは夕暮のことです。
馬入川の橋のまんなかあたりにかかったとき、あっしゃ手錠をはめられたままの両腕をいきなりふりあげて巡査の一人の頭を殴りつけ、もう一人の巡査に身体ごとぶっつけた。身体をぶっつけられた巡査は、欄干《らんかん》からあおのけざまに河へ落ちた。手錠で殴られた巡査はいちどフラフラ起きあがって来たが、そいつののどぼとけに手錠の鎖をおしつけて、これも欄干越しに河へつき落しちまいました。
そして、あっしは逃走した。
道中そればかりを考えて、機会を狙ってたんだ。あっしは逃げたかった。どんなことをしても逃げたかった。
何より、故郷《くに》に残した女房と子供の安否が知りたかったんでござんす。
安濃津監獄でね、あっしゃァ看守から、おふくろが、おれがつかまってから間もなく、裏の柿の木に首を吊って死んだことは聞きやした。つまりおれの親は、両親とも同じ柿の木に首を吊って死んじまったわけでさあ。もとはといえば、どっちもおれの泥棒がもとですがね。
ところが、女房と子供はどうなっちゃったのかわからねえ。いえ、ほんとうに看守も知らねえらしいんです。
とにかく亭主が大泥棒だってことが世間に知られちまった。たった二人残された女房と子供が、あの村にいたたまれるわけはねえ。以前は大呉服店の娘だった女が、大泥棒を亭主にしていたということも知られちまった。小雪が松坂の町にいられるわけはねえ。ねえが、おやじさんでさえいま、寺の墓番をしているありさまで、だれを頼ってどこへいったか、おれにもまったく心当りがねえ。
あれこれ考えると、おれは息も苦しくなるようで、それで千番に一番の脱走をやってのけたんだ。
さて、それから夕闇にまぎれておれは走りつづけ、夜にはいって、とある村で鍛冶屋を見つけると、そこに押しいっておやじをおどし、手錠をこわさせ、ついでに古布子《ふるぬのこ》と三尺帯を出させると赤い着物をぬぎ捨てて、着換えをやった。そこを出ると、近くの神社でね、社殿|普請《ふしん》の奉納金の札を月光ですかして、その近郷の物持ちの名を調べて、そのまっさきに五十円と書いてあった大百姓の家へまた押し込んだ。ここで七十円だか奪いとると、そのまま伊勢松坂ヘ一散走りです。
いや、実際はそうラクにゃゆかなかった。松坂へ近づいても、まさか大手をふって町へはいるわけにゃゆかねえ。町のまわりの闇の中を這いまわって、小雪のゆくえを探して歩いた。
そして小雪とお蝶は、なんと東京へいった、ということを耳にいれやした。東京へ? と、あっしも首をひねったが、よく聞くと、昔の店の番頭の一人が気の毒がって、東京本所番場町とかに住んで土方請負業をやってる遠縁の家へ逃がしてやった、ということがわかった。おふくろが首を吊ったあとのことです。
あっしは東京へ向いやした。
ところがね、その本所の土方の親玉の家を探しあてると、その男がばかに小雪に親切にし、そこのおかみさんが大やきもちをやいて一騒ぎを起し、とうとう小雪|母子《おやこ》はいたたまれずに黙ってそこを出て、それっきりもうどこへいったかわからねえ、というんです。それがちょうど三カ月前のことでした。
あっしは東京じゅう探してまわりやした。
しかし、もうまったく手がかりはなかった。
こういっちゃなんだが、小雪はやつれてもまだきれいな女でね、いまいった頼り先での騒動を起すくれえだから、本人がその気になりゃ水商売も充分出来ると思うんですが、子連れじゃどうしようもねえだろう。それにあっしの見るところじゃ、そうなっても小雪は決して水商売の出来る女じゃあねえんです。大泥棒の五寸釘の寅吉の女房でありながら、まだどっか御大家のお嬢さまの名残《なご》りがあって、そして可笑しいことに貞節でした。
死んだにちげえねえ。一年たち、二年たち、三年たつうちに、とうとうあっしはそう考えるよりほかはなくなりました。
むろんその間、こちらはそんなきれいごとばかりで暮してたわけじゃあねえ。それどころか、十日に一度は強盗《タタキ》をやった。しかも、このころはもうそのほうの大家になっちゃってね。なにしろ、たすき十文字に、まるでやくざの殴り込み同然のいでたちで押し込むんだから。
もっともあっしゃ、ふだんはたいてい遊び人の風態で、風呂敷包みを持って歩いてたが、その中にゃ特別製のカバンが包んであり、カバンの中にゃ洋服や山高帽や靴がいれてある。金鎖の懐中時計や|つけ鬚《ヽヽひげ》もいれてある。おまけに故買者《けいずかい》からピストルまで仕入れた。あっというまに紳士姿に変っちゃうんですな。
どうも小雪たちのことが気にかかるから、あっしゃ東京から遠く離れられなかった。その間にゃ、さっきいった本所番場町の土方の親玉の家へも押しいって、小雪にじゃけんにしたというその女房を、これはえらいふとっちょで、まるでお相撲《すもう》してるようで可笑しかったが、とにかく強姦《つつこみ》をして仕返しをやりやしたよ。へ、へ。
もちろん、そのころは、あっしの名も割れている。神出鬼没の凶盗五寸釘の寅吉なんて新聞に何度か出て、あっしが有名になったのは、主として東京|界隈《かいわい》を荒らし廻ったからでござんしょう。
そんなことをやりながら──暗え風の中を、たすき姿で刀とピストルを両手にぶら下げて歩いていたり、ポリスをまくために馬車の中で紳士姿で葉巻をくゆらしてゆられていたりしながら、頭のどこかに、故郷《くに》のあばら家の炉端《ろばた》で糸ぐるまをまわしていた女房や、だれもともだちがいねえから路ばたでひとり手鞠《てまり》をついていた娘や、春の裏山でわらびとりをやりながら笑っていた母子《おやこ》の姿などが、浮かみつ消えつしていやした。
ありゃ、いったい何だったんだろう? あれはほんとうにあったことだろうか?
あっしゃァ何度も頭をふりやした。とくに娘は、別れたときは可愛いさかりの三つで、しかも、地獄から這いあがったようなおれとは全然似ていねえ、天からふって来たようにきれいな娘でござんしたから、思い出せば思い出すほど夢か幻みてえな気がいたしやした。
あっしが東京やその近郊で悪名をとどろかしたのは、実は二人がまだどこかに生きているなら、おれは生きているぞ、五寸釘の寅吉はここにおるぞ、ということを二人に知らせてやりてえ気もどっかにあったのでござんす。怖ろしい証明《あかし》だが、あっしにゃそれよりほかに法はなかったんでさあ。
しかし、途中で、どうしても二人は死んだと考え、いくらなんでも東京界隈はもう危《やば》くなって、あきらめ半分に地方へいったこともありやす。
ところが、可笑しいことに、そっちで──場所は甲府ですが、そこでつかまったことがある。それが賭博現行犯でやられて、なんと甲府監獄に一年|喰《くら》い込みやした。むろんあっしゃァ偽名で押し通し、警察《さつ》のほうも間ぬけ野郎で、五寸釘をつかまえたとはとうとう気がつかねえで、一年後に満期釈放ということになった。それはまあありがたかったが、それとは別に、こういうときにはおれもつくづくと、もう生きてるのがイヤになって、放免後にも、どっかの柿の木の下ヘフラフラ寄りかけたこともありやしたよ。
ところが、女房と別れて五年目くれえのときですか、いちど、女房と娘が生きてるらしい、ということを聞いた。ところは新潟で、しかもここで五寸釘としてつかまったあとなんです。
いや、このときはとんだドジを踏んだもので、あっしゃ新潟くんだりまで来て警察《さつ》に尾《つ》けられるとァまったく気がつかなかった。で、うっかり宿の風呂にはいってるときにやられたんで、刀もピストルもそばにねえ。それでもまっぱだかのまま二階に逃げ上って、ポリととっくみ合ったまま外へころがり落ちるなんて大あばれをやりやしたが、結局つかまって東京に送られることになりやした。
護送されるのは、あっしだけじゃなくて、ほかにも三人ばかり、その中に、なんと昔、松坂で知っていたばくち打ちが一人いたんです。その野郎がどうして新潟くんだりまで流れて来ていたかという話は別にして、とにかくこいつが、新潟警察署の監房で、おれと逢ってのよもやま話の中に、ふと、
「おい、寅兄い、そういや、おれは東京で、松坂の双見屋のお嬢さん……いえ、お前の女房を見たような気がするぜ」
と、いい出したから、あっしゃ脳天まで何かがつきあげたような気がした。
「な、なんだと?」
それが……まあ、旦那、聞いておくんなさい、東京の上野広小路で、母子《おやこ》で路傍にお椀をならべて坐っていたというんです。
「しかし、ちがうかも知れねえぜ。おりゃ、道を歩いてて、はてな? とふり返ったが、小雪さんが東京に出てるなんて知らねえし、だいいち小雪さんを見たのは、お前の女房なんかになる前の、双見屋のお嬢さんのころだからな。まさか、と思ったし、連れもあったからそのままいっちまったが」
「そ、そりゃ、いつの話だ?」
「こうっと、もう三年ほど前の冬の話だよ」
それなら、あっしも東京にいたはずだが、むろんあっしは知らなかった。
その東京へ、これからおれは送られてゆくんだが──いかんせん、手には手錠がはめられている。しかも、この前東海道でいちど逃げたことがあるから、巡査は十人もついているんでさあ。金輪際《こんりんざい》、あっしから眼を離さねえ。
そいつを、おれはまた逃げた。
ちょうど秋のことでね、三国峠を越えて上州にはいったとき、嵐になった。むろん嵐にまぎれて逃げる、なんてことァ、問屋が卸さねえ。高崎を過ぎ、倉賀野を過ぎ、東京へあと二十四、五里のところだ。ここが、ありゃ柳瀬川とかいいましたかね、当時はまだ橋じゃなくって、渡しになっていた。しかも、数日前の嵐で水がふえて、それどころか上《かみ》のほうから大きな木なんかプカプカ流れて来る。
そこへあっしは、巡査の手をふりちぎって、手錠をかけられたまま飛び込んだんでさあ。そして、眼で測ってた通り、流れて来る木に両足を巻きつけた。
船の上じゃポリたちが気がちがったように両手をふってわめいていたが、舳先《へさき》を廻すより先に、こっちは木といっしょに流れていっちまった。そうはいうものの、なにしろ手が使えねえんだから、あっしゃこのときは何べんも、もうお陀仏かとあきらめたね。
とにかく、こうまでして逃げて、それからまた東京で探したんだが、やっぱり見つからねえ。だれに聞いても、そんな母子《おやこ》の乞食なんか見たことがねえという。
それでもこのことが、そのころもうだいぶ生きてるのがいやになってたおれを、元気づけたことはたしかでさあ。それにしても、小雪とお蝶が乞食にまでなってたということがもしほんとうなら、それはそれで胸も張り裂けるようでござんしたがね。
まあ、そんなこんなで、安濃津監獄を出てから約十年、あっしもただ孫悟空みたいに自由自在に飛びまわってたわけじゃなく、つかまったり、つかまえられかけたりしたことは何度かあるが、結局何とか無事に強盗《タタキ》稼業を勤めて来られたのはね──笑わねえでおくんなさい──その秘訣ってえと、どうもあっしが仲間を売らず、売ったやつには相当の罰を与えてやる、というやりかたでやって来たせいらしい。
おれには、泥棒仲間も、ばくち打ち仲間もうんといる。しかし、いちども仲間を裏切ったことはなく、裏切った野郎には消えてもらった。こりゃないしょの話ですが、しかしおれがこんど最後につかまって縛り首にもならなかったのは、強盗《タタキ》をやって刀やピストルでおどしても、怪我《けが》はさせたことはあるがとにかくあまり人を殺さなかったせいだと思うんですが、お上じゃ、仲間同士の仕置のほうは、うすうす知ってるんじゃあねえかな。しかしそのほうにゃ眼をつぶってくれたんじゃあねえか、と思いやす。仲間もこのことはみんな知ってるからおっかながって、たとえば甲府監獄でも、だれもがおれの本名をばらさなかった。
ま、これが大泥棒の五寸釘の仁義といや、仁義といえる話で。──
ところが、はからずもおれのこの仁義が、変な野郎から験《ため》される事件が起った。
五
去年の春のことでござんす。あっしは横浜《はま》のある賭場《とば》へいった。
そこの親分はね、波止場の長五郎といって、居留地へ人足の人入れ稼業をやってる男でござんしたが、もともとばくち打ちで、自分が貸元になって賭場を開帳する。いわば、まあ二足の草鞋《わらじ》ってえやつですね。場所柄、勝負の荒っぽいのが気にいって、あっしゃ前からわざわざそこまでよく出かけたものだが、このところちょっと無沙汰をして、そのときいったのは、たしか半年ぶりくらいでござんした。あっしは「片面打ちの虎」と名乗っていたが、親分のほうじゃあっしの正体を知っていたか、どうか、そいつはわからなかった。ただ、あっしをなかなかひいきにゃしてくれやしたよ。
で、その晩ゆきやすとね、長五郎親分のそばに変なものがいます。赤髪、赤い髯《ひげ》モジャの大きな毛唐が、ラシャメン風の女と、椅子に坐って盆ゴザを見物してるんです。
もっとも場所が居留地の近くで、貸元の稼業がいまいったようなものだから、それまでもチョイチョイ、刺青《いれずみ》をした毛唐のマドロスなんかがのぞきに来ていたものです。しかし、そいつらはただ日本のばくちってえものが物珍しくって見物に来たように見えたんだが、その毛唐は片手に葉巻を持って、赤茶けた髯の中から笑ってはいるが、眼つきがちがう。碧《あお》い眼がガラスみてえにひかってる。
「ありゃ何だ」
と、知り合いに訊《き》くと、
「ここずっと来ているよ。クーガンとかいう名だがね」
と、教えてくれました。
「ただ見物に来てるのか」
「いや、やるんだ」
「あの毛唐が、丁半をか?」
「うん、日本の言葉もうめえもんだよ。おとといなんか、たまげちゃったい」
「どうしたんだ」
「闇燈台《やみとうだい》の伝助を知ってるだろ? あれがさ、あの毛唐とやってさ、大負けに負けて、頭に来て、イカサマをやったんだ」
「ふふん、で?」
闇燈台の伝助って野郎が、イカサマばくちの名人だということは聞いていやした。しかし、少くとも、あっしが来てるときには、妙なことはやらなかったと見ていましたがね。
「こちとら、だれも見破ったやつはいねえのに、あのクーガンに、いきなり火のついた葉巻で右の掌を盆ゴザに押えつけられた。そして、あの毛唐、ニタリとしていいやがるんだ、イカサマばくち、ジンギに反しますネ、日本のバクトの仕置《しおき》通りなら、スマキになる、親分から聞きました」
「へへえ?」
「伝助の掌のかげから、たしかにイカサマ賽《さい》がころがり出たよ。毛唐にイカサマばくちを見破られて、日本のばくち打ちの仁義を説教されりゃ、ザマはねえ」
さて、丁半をやり出したが、あっしゃその晩は丁を張った。例の片面打ちでさあ。ところが、変な毛唐に見られているせいか、どうもよくねえ。トコトンまで負けたが、しかしあっしゃ、トコトンまで丁を張り通した。
夜ふけて、ボロ負けに負けて、ひきあげようとするとね、波止場の親分が呼ぶんだ。毛唐があっしに用があるという。どういう知り合いか、親分もひどく気を使ってるように見えた。
「あなた、これから私と、いっしょに来て下さいませんか」
と、その毛唐が笑いながらいいやす。なるほど、調子は変だが、日本語がうめえ。
「来て下されば、今夜、あなた、負けた分、私、あげます」
「ど、どこへ?」
「居留地、中の、私の知ってる酒場」
「何しに?」
「来て下されば、話します。私、あなたのドキョー、気にいりました。あれは、カタメンウチですね?」
「まあ、ひとつゆくだけでもいって見な」
と、長五郎親分もいいやす。
金よりもあっしは、片面打ちまで知っているその変な毛唐と、居留地の中の居酒屋の物珍しさで、ついてゆく気になりやした。
いくらあっしでも毛唐のところへ強盗《タタキ》にはいる気はねえから、山下町の居留地へはいるのははじめてでござんした。真夜中近かったから人通りはなく、煉瓦作りの洋館ばかりならんで、ただガス燈だけがずっと霧にけぶっている。日本にこんなところがあったのか、と、あっしゃ変な夢でも見てるような気がしやしたよ。そして、その中の暗い酒場に連れ込まれた。
そんな時刻なのに、長い台に毛唐が何人もならんで酒を飲んでいやしてね、やはり毛唐の女が西洋|琵琶《びわ》みてえなものを鳴らしてるかと思うと、壁際の長椅子には、おそろしく長い煙管《きせる》で臭《くせ》え匂いのする煙をたてている連中がある。こりゃ、ただものの来る酒場じゃあねえな、と、あっしは思った。
クーガンという男は、わがもの顔にそこを通りぬけて、石で挾まれた廊下を裏の一部屋へ連れ込んだ。途中でラシャメンはいなくなっちまいやした。
眼をパチクリさせながら、そこへはいったあっしは、洋燈《ランプ》の下に、椅子にボンヤリ坐ってる二人の男を見て、思わず眼をまるくした。
一人は、さっき話に聞いた闇燈台の伝助で、もう一人はこれも顔見知りのチャブ安《やす》という巾着切なんです。伝助が右手を繃帯で巻いていたのは、二日前|火傷《やけど》させられたあとでがしょう。裏はすぐ海で、よごれたガラス越しに、暗い沖合に船の灯がいくつか見えた。
「待たせて、失礼」
クーガンがいいやした。
「オサケ、飲みながら、話しますか?」
と、ガラスの戸棚から、変な恰好の瓶とコップを取り出すから、
「何が何だかわからねえが、その話というのを早くしてもらおうじゃあねえか」
と、あっしはいった。
すると、クーガンはふり返って、ニヤリとして、
「ミスター・カタメンウチ、あなた、大泥棒ありますね?」
と、いったから、あっしゃ、ぎょっとしやしたね。
「私、見た眼にまちがいない。──あなた、イカサマばくち、あなた、スリ。──」
と、伝助とチャブ安を見て、片眼をつぶりやがった。どうもチャブ安も、この毛唐からすろうとして、つかまったんじゃあねえかと思う。
「心配いりません、私、日本で、悪漢、探していたのです」
妙なところへ集められちまった日本の三人の「悪漢」は、馬鹿みてえに立ってるだけでござんした。
「実は、私、頼みたいこと、あります。私の頼み、きいてくれたら、たくさん、お礼あげます。ノー……いやというなら、ポリスにひき渡します」
「おいっ……それよりおれが、その何だとァ、どうしてわかったんだ?」
あっしは何よりそれを訊《き》かずにいられなかった。スリのチャブ安やイカサマばくちの伝助はともかく、この毛唐が、どうしておれの正体を見ぬいたんだろ?
「そうではありませんか?」
と、相手はコップの行列に黄色いあちらの酒をつぎながら、平気でいいやした。
「私、わかるのです。なぜなら、私、ジャック・クーガン、アメリカの盗賊ですから」
「ひえっ」
と、あっしたちゃ、眼をむいた。
アメリカ人にも、泥棒がいるのか。──考えて見りゃ、浜の真砂《まさご》は尽きるとも、世に盗人のたねは尽きまじで、アメリカにだってイギリスにだって泥棒はいるにちげえねえんですが、まさかアメリカの泥棒が日本に現われるとは夢にも思わなかった。
「で、何をしろってんで?」
と、あっしはともかくも訊いた。
「あるアメリカ人から、ある物を取ってもらいたい」
「それなら、お前さんが泥棒なら、お前さんが取ったらいいじゃあねえか」
「私、取れば、ジャック・クーガンが日本に来てること、向う知ってますから、私、犯人、すぐわかります」
と、クーガンはいって、三人の前にコップをならべた。
「飲んで下さい」
「物とは、何だね?」
「書類です。相手、外へ出るとき、家に置かないで、いつも、カバン、持ってゆきます。それ、取るか、または、家に忍び込んで盗むか。……犯人、日本人なら、相手、どうしようもないでしょう」
「なるほど。──で、その相手は、どんな人ですかい?」
「この依頼、承知してくれるなら、その名、いいます。うまくいったら、三百円あげます」
「三百円!」
三人はうなりやした。
「それほど、難しい仕事……いや、相手かね?」
「イエス、その人、ピストルの名人あります。飛んでる雀、撃ち落すほどです」
「おらよした」
と、チャブ安が手をふりやした。
「おら、お前さんにさえドジを踏んだんだ。そんなおっかねえやつからは、すれねえよ。それより警察《さつ》へひき渡してもらおう」
「あなた、落第」
クーガンは、伝助とおれを、碧《あお》ガラスみてえな眼で見やした。
「そちら、どうですか」
「その相手は、丁半やりますかね」
と、訊いたのは伝助でござんす。
「とんでもない、まじめな人です」
「イカサマばくちで書類を取りあげるってえのも難しいが、ばくちもやらねえんじゃ、おれにゃ手の出しようがねえ」
伝助は首をふったが、やっぱり三百円にゃみれんがあると見えて、
「しかし、何だな、仲間を集めて往来で喧嘩を吹っかけて、両腕つかまえさせて何とか取るってえ手もあるな。それでもいいんですかい?」
「方法、何でもよろしい。だれか、頼まれてやった、見えなければね」
クーガンはいいやした。
「それから、もう一つ、重大な条件あります。たとえしくじっても、決して、私の名、出さないこと。この約束、日本人、守れますか?」
あっしゃ、これでこの仕事を引受ける気になりやした。
「面白え、やって見よう」
「あなたも、承知してくれますか。どうします」
「どうするか、まだ考えてねえが、とにかくうまくやるよ」
「いまの約束、つかまっても、依頼者の名いわない、アメリカの悪漢、契約したら守ります。これ守れますか?」
「くどいな。あたりめえよ、日本の悪……やくざをなめちゃいけねえ。そもそもおれは、いままで一度でも仲間だけは売らなかった男だ」
あっしは胸を張った。やる気になったのは、クーガンのそのせりふを聞いたからだ。
「しかし、もっと詳しい話を聞かなきゃどうにもならねえ。いったい、相手はどんな人間で?」
「ウイル・ローランドという退役陸軍少佐あります」
「ふうん、軍人か。なるほどそれじゃピストルがうめえわけだ」
あっしゃ、ひるんだが、もうあとにはひけねえ。
「そいつァ、どこに住んでるんだね?」
「それなら、明日、また来て下さい。ミスタ・ヤミトーダイとミスタ・カタメンウチ、いえ、ここじゃない、明日、正午、海岸通り、グランド・ホテル前。そこで改めて、話します。いいですね?」
クーガンはいって、チャブ安には、
「あなたには、もう少し話したい。もうちょっと、ここ、いて下さい」
と、笑いかけやした。
さて、あっしと伝助は、やがて外へ出た。霧がいよいよ深くなっている居留地を出ても、あっしゃまだ夢でも見ているようで、伝助にそれまでのいきさつを訊く気にもなれなかった。いまの毛唐が、賭場で見てたときよりていねいで、やさしい人間に思われてたのが、別れると、やっぱりおっかなくなって来てね。なんかヌラヌラした大蛇《おろち》と話してたような気味悪さが、ジワジワと這《は》い上って来るんでさあ。
「おれとお前と、どっちがやることになるのかな?」
やがて、あっしが訊くと、
「おれか。……おりゃ、やっぱり御免こうむるよ」
と、伝助がいった。伝助も、同じように怖《こわ》くなったに相違ござんせん。
「いまさら、ことわっていいのかね?」
「三百円の礼金なんて途方もねえことをいいやがって、かえって眉に唾《つば》つけたくならあ。あの、平気でひとに葉巻の火なんか押しつけやがった野郎が。……」
伝助は、いまいましそうに、繃帯した手をなでさすりやした。
「お前がそれならそれでいいが、おれにはおれの考えがあるから、まちがっても警察《さつ》なんかに告《さ》すなよ」
と、いって、別れた。
あくる日、正午少し前、あっしは海岸通りにいった。約束通り、グランド・ホテル前で待ってたが、伝助は来ていねえ。で、馬車や俥《くるま》や異人たちが波みてえに動いてる道に眼をやって、キョロキョロしていると、ホテル正面の大時計が、きれいな音で鳴り出した。
同時に、うしろから肩をたたく者がある。ふり返るとクーガンが、葉巻をくわえて、にゅっと立っていやした。
「やっぱり、来てくれましたね。サンキュー」
「伝助が来ねえんだが。……」
「あの人、落第です」
あっさりと、クーガンはいった。
「私、あなただけ、見込んでたのです。……あそこのベンチ、ゆきましょう」
それから、海際の長椅子に腰かけて、おれはクーガンから話を聞きやした。
左様、これから一時間ほどたったら、あのホテルの玄関からローランド少佐が出て来て、待たせてある──それ、あそこに見える馬車に乗って、山手《やまて》居留地に帰るはずだから、そいつを追っかけて、自分の眼でその家をつきとめてくれ、といいやす。
どんな人が少佐だかわからねえ、と首をひねると、その人相を教えた上、十三、四の日本人の女の子を連れているからすぐわかる、とにかくあの馬車を見張ってりゃまちがいねえ、といいやす。
そして、きょうのところはそれだけでいい、自分が向うに見つかるとまずいから、ひとまず退散するが、あすのいまの時刻、もういちどここへ来て、改めて指図しよう、というのでござんす。
「わかった。ところで、チャブ安はどうしたんで?」
別れぎわに、あっしが、ふと気にかかってたことを訊くと、クーガンはニヤリとして、
「あれも、この世から落第しました」
と、いって、人混みの中へ消えちまいました。
お恥かしいが、その意味がわかったのは、あとになってからのことでござんす。そして、ひょっとしたら闇燈台の伝助のいのちも消されたんじゃあねえか、と気がついたのは、またそのあとのことでござんす。
あっしは、教えられた馬車の近くで、ブラブラしながら待っていた。一時間ほどたって、二人が出て来た。
ローランド少佐は、身体の大きな、細い口髭をはやした立派な男でござんした。それがその人だとわかったのは、たしかに十三、四の女の子を連れてたからでござんすが──あっしゃ、はじめその女の子を、やっぱり異人の娘かと思いやしたよ。
なぜって、鍔《つば》の広い帽子をかぶって、真っ白な、裾のひろがった洋服を着て、スラリとして、顔も西洋人みてえに白いし、少佐とあちらの言葉で何やらしゃべっている。まるで美しい鳥でも見ているようだ。
すぐにそれが日本の娘だと知ったあとで、なるほどここは横浜《はま》だと改めて感心しやしたが、この娘が、薄い、四角な、茶色の革カバンを大事そうにぶら下げていやした。
一目見て、あれだ、あの中にはいってるな、と、あっしゃァうなずいた。
やがて馬車は動き出し、山手居留地に上ってゆきやした。あっしゃ二人|曳《び》きの俥で追っかけ、ローランド少佐が、そこの、小さいけれどきれいな洋館に住んでいることをつきとめた。
六
あくる日、あっしは海岸通りで、またクーガンに逢いやした。
「例の書類ってえのは、あの革のカバンの中にはいってるんじゃあねえかね」
と、訊くと、「さすがです、その通りだ」とクーガンはうなずき、そして、ローランド少佐は、外出するときはあんな風に必ず持ち歩く。家にいるときは二階の寝室においているらしい、といいやした。
いったい、その書類とは何だ、と尋ねようと思ったが、訊いたところであっしにゃ関係ねえことだからやめた。とにかく盗み出しゃ、三百円もくれるってんだから、よほど大事なものなんでしょう。おりゃ三百円の仕事になりゃァいい。
「ところで、あのきれいな女の子は何者です?」
と、それだけは訊いた。
すると、ローランド少佐の近くに、アルフレッド・マーチとかいう古くから横浜に住んでいる大きな貿易商の屋敷があって、そこのメイド──女中だってんです。ローランド少佐は一年半ばかり前に日本に来たんだが、知り合いのマーチ家に出入して、そのメイドが英語ペラペラだから、少女だけれどいい通訳として借りている、とのことでござんした。だから、外出するたびに、ああして連れてゆく。
「そのマーチ家へ、少佐、毎週水曜日、晩餐《ばんさん》会、招かれてゆきます。通訳の必要、ありませんが、あのメイド、もとはマーチ家のメイドだから、これも連れてゆきます。そして、そのときだけ、カバン持ってゆきません。……その水曜日、明日です。そのときしか、ありません」
と、クーガンはいいやした。
「ところが、マーチ夫妻、来週火曜、上海《シヤンハイ》の支社、出かけます。そして、ローランド少佐も、あのメイドもいっしょにゆく。ですから、明日しかチャンス、ありません」
「それじゃ明日やりやしょう」
と、あっしはいった。
「何時ごろから、留守にするんですかい」
「午後五時ごろから……十時ごろまで」
「それだけありゃ、大丈夫だ。寝室ってえと、どこらへんです」
「二階の南向きの……庭に大きなケヤキの木のある、そばの部屋です」
「わかった。それで、そのカバン取ったら、三百円たしかにくれますね?」
「その約束、まちがいありません。が、あなたのほうも、約束、守って下さい」
「なんの約束だっけ?」
「万一、つかまっても、依頼人の名、白状しないこと」
「あたりきよ。日本の泥……やくざの仁義にかけて、口が裂けたってそんなこというもんか」
クーガンは笑って、いいやした。
「それじゃ、おぼえていて下さい、私もアメリカの悪漢、ジンギかけて、そんなとき、あなた、何とかして、救いにゆきます」
そのまたあくる日、日が暮れてからあっしは、ローランド少佐の家へ忍び込んだ。少佐とメイドが、その前に出かけたのは、たしかめてある。ほかに台所のほうにもだれかいるようだが──念のため、出刃庖丁とピストルだけは持ってゆきやしたが、そんなものは使うまでもねえ。あっしはやすやすと、庭の欅《けやき》の木伝いに、窓の鎧戸《よろいど》をコジあけて、二階の寝室にはいった。
マッチを一本つけると、例の革カバンは寝台のそばの箪笥《たんす》の上にちゃんとあった。そいつをかかえたとたん、ふいにうしろからドアのあく音といっしょに灯がさした。
「ホルダップ!」
そんな声が聞えやしたが、あっしはふりかえりざまピストルを構えやした。
いや、驚いたのはそのあとで──なんと、さっき出かけたはずのローランド少佐が、片手にランプを持ち、片手にピストルを構えてそこに立っているじゃあござんせんか?
二人は、お互いに、ピストルをつき出してにらみ合った。
それは数秒間のことでござんしたが、あっしの指はひきがねにかかったまま、凍りついたようでした。五寸釘の寅吉、いままで何度修羅場を踏んだことがあるかわからねえ、ピストルも撃ったことはあるんだが、手も身体も動かねえんです。洋燈《ランプ》で照らされた少佐の眼は、碧《あお》ガラスみてえにひかって、それほど怖ろしいものでござんした。
実に、向うも、たいしたやつだ。結局あちらも撃たねえでね、ノソリノソリ近づいて来て、洋燈《ランプ》を卓におくと、片手であっしをつかまえた。鉄みてえに怖ろしい力で、押えられただけで、膝がガクンと崩れそうでござんしたよ。
何かいったが、さっぱりわからねえ。だいいち、おりゃこうなったら、殺されたって口をきくもんか、と覚悟をきめやした。
それで結局、ポリが呼ばれてすぐに警察《さつ》にひき渡されて、それからひでえ取調べを受けた。ただの泥棒じゃあねえ、だれかに頼まれてあのカバンを盗みにはいったにちげえねえ、と、少佐が警察《さつ》にいったものでしょう。しかし、あっしゃァ、ただの泥棒だといい張った。──ただ、そのときはね、まだあっしが五寸釘の寅吉とは警察《さつ》も知らなかったらしいが、しかし、そのうち、それもわかるだろう。そうなると、二年や三年じゃあすまねえ、と、おれもゲンナリしたが、とにかくクーガンと約束したこともござんすから、殴られても蹴られても、あとは石になったように黙り通した。
すると、そのあくる日の夕方のことでござんす。ポリが来てね、事情がわかったからローランド少佐が訴えをとり下げた、その上、お前の身柄をひきとりたい、といって、また出頭して来ているっていうんでさあ。
で、あっしゃ、狐につままれたような顔で迎えの馬車に乗ったんだが、すぐに、こりゃ警察《さつ》につかまってたほうがよかったかも知れねえ、と、後悔した。というのは、同じ馬車に、そのローランド少佐が坐ってて、怖ろしい眼であっしをにらんでたからでさあ。それから、警察《さつ》にそんな話をするためか、通訳の例のきれいな小さい女中も乗っていた。
少佐は黙っていたが、あっしはだんだん身体じゅうちぢみあがって来やした。そこへ、少佐が吐き出すように何かいった。
こっちにゃわからねえが、こっちのいうことも向うにわからねえだろうと思って、その女の子に訊いて見やした。
「おい、ねえちゃん、何といったのかね。これから連れていって、ピストルで穴だらけにしてやるとでもいったのかね?」
「何という間ぬけな泥棒だろう、と、おっしゃったのです」
と、つんとして答えた。その小娘も、見下げ果てた顔をしているんです。──まったくザマはねえ。
連れてゆかれたところは、むろん例の山手居留地の洋館で、しかもあの寝室でござんす。あっしをそこにいれると、ローランド少佐は自分だけはいって、ドアの鍵をかけやがった。
仁王立ちになって、何かいった。そばの用箪笥の上に例のカバンが乗っかってて、それを片手でたたきながら吼《ほ》えたから、おそらく、これをなぜ盗もうとしたのか、頼んだやつはだれだ、といったんでしょう。それを知りたくって、警察《さつ》からおれをまた連れて来たにちげえねえ。
ここだ、あのクーガンと約束したのは、と、おれは肚《はら》をすえ、口をへの字にして立ったきり、一|言《こと》も声を出さなかった。
すると少佐は、その箪笥からピストルと、何か赤い毛のたばみてえなものをとり出した。そしてピストルを、あっしに向けた。
「聞きやがれ、五寸釘の寅吉は、泥棒の日本代表だ」
と、あっしゃ、はじめて吼《ほ》えた。タンカを切ったって向うにゃちんぷんかんだろうと思いながら、
「何を訊かれたって、知らねえといったら知らねえんだ。さあ殺せ、さあ撃ちやがれ!」
と、胸をどんとたたいた。
が、ピタリと向けられた銃口を見てるうちに目まいしそうになり、身体じゅうに冷たいあぶら汗がにじみ出しやしたね。これが最後だと、あっしゃァ眼をつむった。すると、
「ミスタ・カタメンウチ、よくジンギ、守りましたね」
という声が聞えた。それがあのクーガンの声だったから、あっしゃ、どきっとしましたよ。
ピストルでよく見えなかったが、ローランド少佐が赤い毛を持った片手をあげて、口のあたりをぬぐったようだ。すると、少佐の細い口髭がすうと消えちまいました。
「このピストル、あなたのピストルです」
少佐はそいつをあっしのほうに投げた。あっしゃ受けとめたが、それをきのう取りあげられたままになっていたあっしのピストルだとたしかめる余裕なんかねえ。
「私も、約束通り、あなた、救い出しました」
と、いいながら、少佐は例の赤い毛を頭にかぶりやした。それから、まだ残ってた毛を頬からあごにあてて、撫《な》でまわしやした。
すると、そこにはまったく別の人間が笑いながら立っているじゃあござんせんか?
「お、お前さんは。……」
あっしの眼は飛び出さんばかりでした。
鬘《かつら》はかぶったことはねえが、おれも付け髯はしたことがある。しかし、あとで見せられたんだが、そいつのつけた鬘や付け髯は、なんか薄いゴムの膜みてえなものに植えてあって、皮膚との区別が全然つかねえ、実によく出来たしろものでござんした。
「クーガン。……」
それでは、クーガンがローランド少佐に化けていたのか。いや、いま見たところじゃあ、ローランドがクーガンに化けたとしか思えねえが。……
「ジャック・クーガンつまりウイル・ローランド、ウイル・ローランドつまりジャック・クーガン」
と、その化物毛唐はすましていいやす。
あっしゃ、胆をつぶし、何が何だかわからなくなり、次にカンカンに腹を立てた。
「てめえ……なぜこんな手の籠《こ》んだいたずらをしやがるんだ? ひ、ひとに何度も冷汗をかかせやがって。……」
「恐縮、ただ、あなた、信頼出来るか、それ験《ため》したかったのです」
「な、なんだと?」
あっしゃ、また眼をむいた。
「そいつは、きのう、おれだけを見込んだといったじゃあねえか?」
「いえ、念には念をいれなければなりません。どうなっても、依頼人の名、白状しない。その試験、あなた、合格しました。そのこと、さっき、警察いって、たしかめました。りっぱに、あなた、契約守った。……」
クーガンは、といっていいか、ローランドは、といっていいか、とにかくそいつは、こちとらとの間にある低い卓に十円紙幣の札束をおきやした。
「あなた、頼まれた泥棒、失敗したけれど、そのあとの約束、守った。それで契約通り、三百円あげます」
泥棒のほうはしくじった、というけれど、クーガンとローランドが同じ人間じゃ、しくじるのはあたりまえだ、と思ったが、とにかく三百円はありがてえ。それにあっしは、それよりもっと変てこな疑いにとりつかれやした。
「それじゃあ……あの書類ってえのは要らねえんだね?」
「イエス。あれは試験の道具」
「それじゃあ……そんな試験をして、いったいおれに何を頼もうってんだ?」
「人殺し」
あっしゃ、棒をのんだようになった。
「だから、念には念をいれて、選ばなければならなかったのです」
「いったい、だれを?」
「アルフレッド・マーチ氏を」
どこかで聞いたような名だ。
「私、使ってるメイドあるでしょう。その主人です」
ああ、そいつはここに住んでいる貿易商とかで、このクーガンは日本に来てからそこに出入し、通訳としてあの女の子を借りたといったっけ。げんに、きのうもこのクーガンはローランドとしてその家に晩飯を食いにゆくとかいって出かけたふりをして、おれに一杯食わせやがったんだ。……
「私、アメリカから頼まれて来たのです。マーチ氏の殺害を」
あっしゃ、また思い出した。
「そのマーチってえ人……たしか来週支那へゆくとか聞いたが、あれもうそかね?」
「それはほんとうです。マーチ氏、たしかに、上海、ゆきます。けれど、来年の春にはまた日本に帰り、それからいよいよほんとにアメリカに帰る予定あります。あの人に、アメリカに帰られると、困る人、あるのです。ある悪いこと、ばれるのです。だから、それまでに、マーチ、片づけてくれ、そう依頼されて、私来たのです」
「へへえ?」
「私、アメリカの盗賊兼殺し屋、ジャック・クーガン。それまちがいありません。ローランド少佐、これ偽装です」
あとで考えると、マーチに帰られると困る、というのは、何か財産でも横領してるやつがあったんじゃねえかと思うんだが、それはよくわからねえし、何にしても、あっしにゃ関係ねえことだ。
あっしゃ、まばたきしながらいいやした。
「なぜ、お前さんがやらねえんだ?」
「きのう頼んだ泥棒の用件と同じことあります。もっと、重大な心配あります。殺したのがアメリカ人、それわかると、みなブチコワシ、なるのです。そのこと、わかりました。だから、日本人、頼んだほうがいい。その人、探すのに苦労しました。それが、あなたです。……」
クーガンは、まるで蛙を見る蛇みてえな眼つきをしていいやした。
「うまくやってくれれば、こんどは、千円、あげます」
「千円!」
千円ありゃ、栄耀栄華《えいようえいが》で一生暮せやす、もう強盗《タタキ》なんぞしなくったっていい。もっともあっしは、道楽にやるかも知れねえが。……
「日本人ならわからねえだろうったって。……」
あっしゃ、別のことを思い出した。
「あの女中、そのマーチってえ人の家の女中だっていいやしたね。それをお前さん、使ってらっしゃるが、ありゃ、あんたの正体を知らねえんですかい?」
「知りません。マーチ氏だって知らないくらいなのですから。……私、あの女中から日本語おぼえました。しかし彼女、私が日本語おぼえたことさえ、まだ知らない。私はローランド少佐、そう思ってます」
クーガンは、赤い髪と髯をとり、またもとの少佐の顔に戻りやした。
「ミスタ・カタメンウチ、いや、あなたはいま、ゴスンクギ・トラキチといいましたね。その名、聞いたことあります。私、あなた、泥棒と見ていましたが、日本を代表する、そんな偉大な泥棒とは、知りませんでした。私の眼、やはりたしかでした」
あっしゃ、眼を白黒でござんす。
「あなた、引受けてくれますね?」
クーガンは近づいて来やした。
「引受けない、いわせない。私、約束通り、あなた救いました。日本の悪党の仁義、守って下さい」
──おれを警察《さつ》から救ったといったって、その顛末《てんまつ》に、何だか納得出来ねえふしもあるような気がするんだが──とにかく、千円にもなりゃ、あかの他人のアメリカの金持の一人くれえ、片づけてやったっていい。
「やったっていいが……どうやるんだね?」
「とにかくマーチ氏は、来週、火曜、出帆します。急がなければなりません。時と場所、私、連絡します」
クーガンはいいやした。
「その前に、マーチ氏を知ってくれる必要、ありますが、そのときは、そのヤクザみたいな姿、見えないようにして……しかし、殺す法は、日本人らしく、ドスか、デバボーチョーのほう、いいかも知れない」
驚いたことに、ジャック・クーガンは、それから例のカバンから紙をとり出して、人殺しと代金の約束の証文を書けっていうんです。
名を書けっていうから弱ったが、とにかく金釘流で名だけ書いて、そんなに心配するならって、あっしゃ、あっちを安心させるために血判まで押した。
七
そのあくる日のことでございます。あっしゃァ、そのマーチってえ人の家を見にいった。りっぱな建物の多い山手居留地の中でも、ひときわりっぱな──大きな、しゃれた鉄格子の門のある──お屋敷でござんした。
クーガンに注意されたので、あっしゃ、ステッキをついて、洋服に山高帽、付け鬚までした紳士姿でした。あっしの紳士姿なんてお笑い草だが、しかしとにかく何度もやってるから、いつのまにか何とか恰好がついて、そんな場所を、二度、三度往復しても、だれも眼にとめる者もありませんでしたよ。
そのうち、ふとふりむいて、あっしのほうが、あっとばかり声をたてそうになった。
俥《くるま》が一台やって来てね。そのマーチ家の門の前へとまったんだが、そこから下りて来たのが、あのローランド少佐の通訳をやってる女の子じゃありませんか?
それがね、その日は洋服姿じゃあなかった。お召の単衣《ひとえ》に|しゅちん《ヽヽヽヽ》の丸帯をしめて、桃割れに結《ゆ》いあげた髪に、|かんざし《ヽヽヽヽ》がキラキラゆれて──まるで御大家のお嬢さまですね。ちょうど春の午後のことで、どこから飛んで来たか、桜の花まで散りかかりやがる。それにまあ、どうしたことか、その季節だってえのに、羽子板までかかえていやがるんでさあ。
それが、あっしをちらっと見た。あっしゃ、棒立ちになった。──見つかったか、と思ったんだね。
が、向うは、あっしの姿があんまり変ってるので気がつかなかったらしい。そのまま俥夫に駄賃をやって、門の横のくぐり戸をあけて中にはいっていった。
どうも、クーガンの家から来たようじゃねえ、町から帰って来たとしか思えねえが、いってえどこへいってたのだろう? あのおめかしは何のためだろう? 桜のころ、羽子板までかかえているとァ、気がちがったんじゃあねえか、と、あっしは首をひねりやした。見つからなかったと知って胸撫で下ろしたはずなんだが、どういうわけか胸の底の波がおさまらなくて、実に変てこな気がいたしやした。
三十分くらいすると、その鉄の門が八文字にひらいて、傭人《やといにん》たちが、七、八人出て来た。大半洋服を着ているが、みんな日本人ばかりです。女もいる。さっきはいっていったあの娘もいる。そしてまもなく、屋敷の植込みの奥のほうから、馬車が現われた。みんなが左右に別れてお辞儀している中を、馬車は出て来て、前の通りを走っていった。ちらっと窓から見えた白い髪の品のいいお爺さんが、どうやらマーチという人らしい。──
あっしゃ、近くの郵便ポストのかげに立ってこれを見ていたんです。見送りに出た傭人たちは、ゾロゾロとまた家にひき返した。例の娘もその中にいた。ところが、もう一人、残っている女がある。年は三十幾つかで、これは日本の着物を着て、丸髷《まるまげ》を結《ゆ》ってるんだが、これがじっとあっしのほうを眺めている。──
あっしゃ、その前から、金縛りになったようだった。
それは、小雪だったんでごぜえます。
小雪は近づいて来ましたが、声は出さず、ただ蒼い顔でうなずいて見せて、それから歩き出しやした。あっしは糸にひかれる木偶《でく》人形みてえにそのあとを追った。
マーチ家のすぐななめ前が、小さなあちら風の庭になっていましてね、公園ってんですか、小雪はそこにはいって、木蔭に立ちどまりやした。
「お久しぶりでございます」
と、お辞儀した。
明治七年秋、松坂警察署で別れたっきり、足かけ十二年目のめぐり逢いでござんした。十二年間、西へ東へ、ポリに追っかけられてつむじ風みてえな凶盗の暮しをやりながら、一日として忘れたことがなく、しかもどうしても見つからなかった女房がこんなところにいたんだ。
しかし、あっしがそのとき考えたのは、そんなことばかりじゃなかった。いろんなことが頭の中を、白い渦みてえにグルグルまわってるようでござんした。
「おれが、すぐにわかったか?」
あっしゃ、とりあえず、そう訊いた。小雪は黙ってうなずいた。十二年間も紳士姿も、なんのひっかかりもねえような眼でござんした。
向うも、いかにも年増にゃなってるけれど、やっぱりきれいだ。こっちが年くったせいか、黒っぽい地味な着物を着て、どこかさびしそうなのに、妙に色っぽさが加わったように見えて、しかもばかに品がいいんだ。いや、元来がお嬢さまだったんだが、途中相当に五寸釘の女房くさくなってたのが、また気品をとり戻して、まるで御大家の奥さまみてえに見える。
「お前、どうしてあんなところにいるんだ?」
「御存知なかったんですか」
と、小雪は意外そうにいった。
「知るもんか。ずっと探してたんだ。……いま、見つけて、びっくりした、といっても言葉が足りねえくれえだ」
「旦那さまに助けていただいたのです」
「旦那さま──ってえのは、あのマーチさんかね?」
「やっぱり御存知ではありませんか?」
あっしゃ、あわてた。そのおれをじっと見つめて、小雪はいい出しやした。
「私たちは東京へ来て、もうどうにもならなくなって、芝や上野などで、母子《おやこ》で道ばたに坐って……乞食にまでなったのです。それを芝で、マーチさま御夫妻が馬車で通りかかって、御覧になって、わたしたちをここへ連れて来て、私を女中に使って下すったのです。お二人とも神様のように御親切なお方です。私だけじゃなく、まだ小さかった娘まで……」
「お、おいっ」
あっしゃ、さけんだ。
「あれがお蝶か、さっきみたきれいな娘、あれがお蝶か!」
「御覧になったのなら、おそらくそうでしょう。……」
あっしゃ、馬鹿みてえに春の空を眺めているきりでござんした。頭の中に、いまの桃割れ姿や先日の英語ペラペラの洋服姿や、最後に別れたときの、「父《ちやん》をしばっちゃあ、イヤ!」と泣きさけんだ三つのお蝶が、きれぎれになって廻っていたんです。
「あれが、お蝶か。──」
あっしは、くり返した。
「羽子板まで持ってたが、ありゃどうしたんだ」
「お蝶はもう三、四日たったら、マーチさま御夫妻と上海へゆき、来年の春まで帰って来ません。そして来年暮にはアメリカヘゆくことになっています。お正月にはいないし、そのあと何かと忙しいから忘れるかも知れない、いま思い出したのを機会に、お蝶のお正月の姿を写真にとっておきなさい、とマーチさまがおっしゃったので、あれは町の写真館へいって来た姿ですわ。……」
マーチが上海へゆくってえ話は聞いた。それにクーガンと通訳の女の子もついてゆくのだといったのは嘘っぱちだと思っていたが、それではお蝶のゆくのはほんとうのことか。
あっしは、さっきあの子の羽子板をかかえた姿に、何とも変てこな感じがしたわけを知った。ありゃ松坂の町で、はじめて小雪を見たときの姿と重なったからなんだ。
「お蝶が、上海へ? お前さんは?」
「私は上海へはゆきませんけれど、アメリカヘはゆくことになるかも知れません。マーチさまもお蝶も、そうしたほうがいいといいますから」
「………」
「マーチさまは、私たちの素性を御承知です。私が申しあげたのです。でも、マーチさまは、それならいっそう可哀そう、とおっしゃって、何のわけへだてもなさったことはありません。ただ、お蝶の人生は、それならいっそアメリカにいったほうが幸福かも知れないといって、しかも向うへいったらお蝶を養女にするつもりだ、とおっしゃるのです。……」
「………」
「私たちのことばかりいってすみません。でも、お蝶が出て来て見られると困るので、いつまでもこうしてお話ししていることは出来ません。お蝶は、あなたがいま何をしているか、知らないのです。父親の名さえ、知らないのです。……」
「お前さん、おれがいま何をしてるか、知ってるのか?」
「五寸釘の寅吉という名は、新聞でときどき見ています」
紳士姿もなんのききめもねえ。あっしゃ、ギャフンとなりました。
「私は、あなたが私たちがここにいると知っておいでになったものと考えて、胸が押しつぶされそうになりました。そうではないことはわかりましたけれど……でも、マーチさまのお家を見張っていたところから見ると、何かまた悪事をたくらんでのことではありませんか」
あっしの顔色は悪くなっていたでしょう。悪事も悪事、マーチってえ人を殺すためにおりゃ見張ってたんだ。
「もしそうだったら、それだけはやめて下さい。お願いです。あなた」
遠くで声が聞えました。
「ママ……ママ!」
お蝶でござんした。お蝶が、母親だけ家にはいって来ないものだから、また門の前に現われて呼んで探しているのでござんした。
あっしはそのほうへ駈け出そうとした。その前に小雪は立ちふさがりました。小雪の頬には涙がつたわっていやした。
「姿を見せないで下さい。あの子の倖せをこわさないで下さい。……あなた、あなたはあの子の前から消えて下さい!」
あっしゃ立ちすくんだ。その前で小雪はお辞儀し、涙をぬぐい、そしてはたはたとマーチ家のほうへ小走りに走ってゆきやした。……
そのまたあくる日のことです。
前からいわれていた通り、あっしゃまた海岸通りでクーガンと逢った。クーガンは、明日午後五時前、外人墓地へ来てくれ──そして、やくざ姿で、酔っぱらったふりをして、そこらの墓石《はかいし》を棒でたたいてあばれてくれといいやす。そこへ自分はローランド少佐として、マーチ夫妻といっしょにゆく。マーチの息子の一人が何年か前に横浜で死んでそこに葬られているから、上海へゆく前に墓参にゆくことになった。そこでクーガンがあっしをとめ、喧嘩になり、あっしが狂乱状態になってマーチのどてっ腹をドスで刺して逃げる──という筋書をくれたんでさあ。
翌日、その時刻、あっしゃあ、ほんとに酒を飲んで、港の見える白い外人墓地へゆきやした。これからやることを考えると、ほんとに酔っぱらって、異人の墓の頭でもたたいて廻らずにゃいられなかった。
ちょうど五時ごろでござんす。待ってた連中がそこへやって来た。きのう馬車でちらっと見かけたマーチ氏と、おそらくその奥さんでがんしょう、品のいい老婦人と、ローランド少佐に化けたクーガンと、うすうす予想はしていたが、洋服を着たお蝶と──それから、なんと、小雪までいっしょじゃあござんせんか? 小雪とお蝶は、花を投げ込んだ手桶《ておけ》を下げていやした。
一行は、あっしの狂態を見て立ちどまりやした。中でも、紙みてえな顔色になったのは小雪でござんす。
筋書通り、つかつかとやって来たのはクーガンでござんした。と、あわててお蝶が追って来たのは、クーガンをローランド少佐と思ってるから通訳の必要があると思ったからでしょうが、こいつにはあっしも少々弱った。しかし、しかたがねえやね。
「待った!」
と、あっしは怒鳴った。
「これからやることァ、黙ってやろうと思ったが、約束したことがあるから、やっぱり一言|断《ことわ》っておく」
お蝶が眼をパチクリさせながら、英語でクーガンに何かいい出した。間《ま》があきすぎておれも困ったが、どうしようもねえ。
「まことに相すまねえが、例の仁義は守れねえ」
「ジンギ?」
と、お蝶が、鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。おれはまごついたが、
「悪漢同士の男の約束だ」
と、いった。お蝶がそれを通訳した。
「それは、もっと大きな仁義が、出て来やがったからなんだ!」
と、あっしはさけんだ。このとき、どういうわけか、大粒の涙が眼に湧いて来やしてね。それは小雪|母子《おやこ》を助けて下さった人への恩義が、改めて胸につきあげて来たからでござんす。
「だから、お前さんとの約束は破る。お前さんは黙っちゃいねえだろう。お前さん自身が手を出すだろう。そうされちゃ困るから、おれはお前さんを殺《や》らなくちゃならねえ。しかし、黙ってやると仁義にそむくから、いまここで通告する。──」
お蝶が変な顔して通訳する前から、クーガンの野郎は口をポカンとあけていやした。なに、おれのいってることははじめからわかってたんですが、呆《あき》れ返って二の句がつげなかったものでござんしょう。
あっしはさけんだ。
「ジャック・クーガン、抜け!」
はっとしたのは、クーガンより、向うのマーチ氏でした。そのアメリカの殺し屋の名だけは聞いていたんじゃあねえかと思う。
抜けといったのはピストルのことでさあ。いま弁明した通り、だまし討ちは気にくわねえから、向うがピストルを出してからあっしも出すつもりだった。
このときに至って、はじめてわれに返ったように、クーガンがピストルをつかみだした。同時にあっしもつかみ出した。
銃声とともに、あっしはひっくりけえった。
地べたでもがきまわりながら、あっしはクーガンもまた崩折《くずお》れるのを見やした。あっしの弾のほうがクーガンの胸に命中していたんでさあ。あっしは左肩を撃たれただけだった。飛ぶ雀さえ撃ち落すクーガンがこのドジを踏んだのは、あっしゃ、その一瞬にクーガンが、おれを撃とうかマーチ氏を撃とうか、とっさに迷ったせいじゃあねえかと思うんですがね。
もっとも、そのときはむろんそんなことは考えねえ。あっしゃ自分の血の海を這《は》いまわりながら、ただ碧《あお》い海を背に、花の桶を下げて立つ小雪とお蝶の姿だけを見て、
「いのちがあったら、船出を見送りにいってやるぜ!」
と、わめいて、それっきり気を失った。……
──それから、気がついたら、横浜警察署の中です。とにかく異人を一人殺したんだからただごとじゃすまねえ。そのあと横浜監獄に移されて、さらにこの北海道へ送られて来たわけなんだが、それでも無期徒刑ですんだのは、おれの殺《や》ったクーガンが悪漢だとわかったからじゃあねえかと思う。
これがあっしの、仁義の──仁義を破ったってえ話でごぜえます。へ、へ、へ。
明治の大盗五寸釘の寅吉の、凶悪で、哀切で、そして滑稽な話は終った。
北風に吹きなびく焚火から眼をあげて、有馬四郎助は、自分でもよくわからない感動の息をおさえて訊いた。
「それで、あと小雪さんとお蝶さんはどげんしたか?」
「お蝶は予定通り上海へいったようです。お蝶は、あっしが父親《ちやん》だとァ、とうとう知りやせんでしたからね。あっしもそれっきり監獄暮しだからよくわからねえが、おそらくこの春にゃまた横浜に帰って来ていて、ことしの暮にゃ、小雪といっしょにアメリカヘ渡るんじゃあねえかと思いやす」
五寸釘はうなだれたまま、牢屋小僧とつながれた連鎖を撫でて、小さな声で、変なことをつぶやいた。
「それであっしゃ、そのときかげながら見送りにいってやろうか、どうしようかって、いまも迷ってるんでさあ」
牢屋小僧が、そっぽをむいて陰気な声でいった。
「そりゃ、ほんとの話かね? なんだか、講談みてえな話だなあ。……」
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煉獄脱管届《れんごくだつかんとどけ》
一
外役がどんなに辛《つら》くても、牢の中にいるよりはマシだ、と、五寸釘《ごすんくぎ》の寅吉《とらきち》はいったけれど、その寅吉も、一時間でも早く牢屋に帰りたい、と考えるようになったのではあるまいか、と、思われる季節になった。
大原野での道路工事の作業を終えて、石狩川を渡って帰るころは、以前より作業の時間を繰りあげているのに、無数の氷刃のような河のさざなみ以外には見えないほどの暗さになっている。鎖でつながれた囚人たちは、だれもが舷《ふなばた》に手をかけて、近づいて来る月形の町の灯に、飛び出すような眼を投げた。
しかし、彼らは、舟から町へ上ったところで、その灯の下の団欒《だんらん》に加わることは許されない。その家並の前を鎖の音をひびかせながら通過して、曠野の寒さを一室に籠めたような牢獄へ帰ってゆかなくてはならないのだ。当然のことだが、毎日そのことを思い知らされて、戦慄《せんりつ》しない囚人はなかったろう。
十一月半ばのそんな夕暮であった。
騎西《きさい》看守長や有馬四郎助《ありましろのすけ》が、外役から帰る囚人たちの一団を引率して船着場に上ると、
「おい、看守長」
と、呼びかけた者がある。
ふり返ると、独《ひとり》 休庵《きゆうあん》先生であった。例のアイヌ風の姿で棍棒をついている。
「お前さん、いつかのバテレン、どこへいったか知らねえかね?」
「知らん!」
と、騎西看守長は、反射的に答えた。
教誨師《きようかいし》原胤昭《はらたねあき》のことだ。彼のゆくえは騎西も知らないことはなかろうに、いつかこの町の怪医とやり合ったことに、まだこだわっているらしい。
「原先生なら、あの夜の翌《あく》る朝、空知へゆかれもしたが」
と、四郎助が口を出し、さらに、その空知集治監の高野看守長の話を思い出した。
「いや、それも前の事《こつ》で、もはや釧路集治監へ去られたと聞きもした」
「おや。……お前さん、薩摩かえ?」
と、休庵先生は顔をこちらに向けた。訛《なま》りで気づいたらしい。二人が直接言葉をかわしたのは、それがはじめてだったのだ。
熟柿くさい匂いがするところを見ると、休庵は相変らず酔っているらしい。なるほど狸みたいに、腰に大きな徳利がぶら下がっている。
「は、左様ごわす」
「名は何とおっしゃるね」
「有馬四郎助と申します」
「有馬。──」
休庵は、じろっと四郎助を見つめて、
「薩摩の有馬という人には、昔逢ったことがあるが」
と、つぶやいた。
「ほう、有馬、何という……?」
「名は忘れた」
「おいは、ほんとうは益満っちゅう家の出でごわすが」
そのとき、騎西看守長が、いらだった声をかけた。
「何をのんきな話をしとるか。有馬、ゆくぞ」
「待ってくれ」
休庵先生はわれに返り、あわてた。
「実は、あのバテレン──原胤昭という人に逢いたいと内地から訪ねて来た御婦人があるのさ。それならおれより、集治監の連中のほうがよく知っとるはずじゃと、それでわざわざここで待ってたんだが」
「御婦人が?」
「あの人じゃがね」
休庵がかえりみたほうに、一つの影が立っているのを、はじめて四郎助は見とめた。もう黄昏《たそがれ》というより薄墨色の世界であったせいばかりではない。その影は、頭から真っ黒な衣服をかぶっているので、それまで気がつかなかったのだ。
「や、女バテレン。……」
と、さすがの騎西銅十郎も、眼をまろくした。
その奇怪な衣裳をつけた姿は、四郎助も、神戸で、二、三度見たことがある。それは西洋のキリスト教の尼僧にちがいなかった。
「とにかく、有馬、そんなものにかかり合うな。ゆこう。……おい、歩けっ」
と、騎西看守長は命じ、立ちどまって好奇の眼で見まもっていた囚徒たちはゾロゾロと歩き出した。
「有馬看守ってえのかね、また逢おう。……あんた、原教誨師は釧路へいっちまったってよ。それじゃあ、しようがねえなあ」
と、休庵先生がもういちどふり返ったとき、黒い長衣に靴をはいた修道尼が、二、三歩、こちらに歩き出し、
「あっ……あなたは?」
と、さけんで棒立ちになった。
それで四郎助は、はじめてそれが日本の女であることを知った。
騒々しい鎖の音の中に、ひときわ高く鳴ったひびきがある。連鎖でつながれた二人の囚人が立ちどまった。それが第一雑居房の第十七番と第二十三番だということを四郎助は認めた。
「なんだ、てめえ……あんな女を知ってるのか」
女が見つめているのは、あきらかに第十七番であったが、そうさけんだのは第二十三番の男であった。
「女なんかとァ縁のねえ男だと思っていたが、こりゃお見それした。……しかし、耶蘇《やそ》の尼とァ大変な女を知ってるもんだなあ」
第二十三番は手を打った。
「うん、あれァ、ひょっとすると……」
「何をしとるか、早く歩けっ」
また騎西看守長が吼《ほ》えた。
さきに歩き出したのは、病身な十七番のほうであった。行列は動き出した。
何が何だかわからないし、また、どうするというわけにもゆかないが、有馬四郎助はもういちどふり返り、路傍に立ちつくしている黒衣の尼僧の大きく見ひらかれた眼を、夕闇の中にも星のようにまざまざと見た。
二
その第一雑居房の第十七番は、以前から四郎助の気になっている囚人の一人であった。
何よりも、まず囚人らしくない。年は三十七、八だろう。蒼白く痩《や》せて、たえず咳《せき》をしている。あきらかに肺病だが、ほかにも肺病の囚人は少くないから、それはいたしかたがないとして、その端正な容貌がいかにも潔癖で、神経質で、どうして樺戸へ来ることになったのかふしぎなくらいなのだ。
ふだん、ほとんど口をきかない。他の囚人と話をかわすのもけがらわしいと思っているように見える。しかも、ほかの凶暴な囚人たちに、反撥よりも怖れさせるような意志力が眉宇《びう》にあるのだ。
それから四郎助が気になるもう一つの理由は、例の外役の焚火《たきび》のそばで彼が牢屋小僧に聖書を読んでやっているとき、この十七番が近くに来て、じっと耳をすましているのを、何度も見たことがあるからだ。
──そうか、あの男は耶蘇の信者じゃったのか。道理であの女キリシタンと知り合いだったわけじゃ。
と、四郎助はいちど腑《ふ》に落ちた表情をしたが、しかしまたすぐに首をひねった。
その第十七番が、はじめおずおずと、「その本は何という本ですか」と訊《き》いて来たことを思い出したのだ。実は彼が話しかけて来たことは、その一度だけといっていい。してみると、あの男が耶蘇だということは少々疑わしい。
それにあの女キリシタンも、原胤昭を訪ねて樺戸に来たもので、偶然懲役人の行列の中にその男を見いだしてびっくりしたらしいことは、あのときの光景を思い出してもあきらかだ。……どうも、耶蘇の世界での知り合いではないような気がする。
で、その翌日、四郎助は彼について、騎西看守長に訊いてみた。
「ああ、あれか、あいつは綱木和三郎といって、桑名の男だ」
と、騎西はいった。
「役人を傷つけた罪で送られて来たんじゃが、その刑期も満了して、来年の春には釈放されるはずだ」
「あ、左様でごわすか」
四郎助は、ほっとした。
「その役人を傷つけたという件じゃが、これは変っとる。きゃつ、『日本政府|脱管届《だつかんとどけ》』というものを出して、そのあげくの果てにそんな事件をひき起したんじゃよ」
「脱管届?」
「管を脱する。管とは──おれもひとに訊いたことがある。ええと何であったかな──そうそう、たしかツカサドルとかいう意味で、管内とか管轄《かんかつ》とかいう言葉があるな。つまり日本政府の支配から脱する、換言すれば、日本国民であることを拒否する、という届けを出したのじゃ。……待て待て」
と、いって、騎西は隣室にはいっていったが、やがて一通の古ぼけた書類を手にして戻って来た。
「おれもあんまり可笑《おか》しな話だから、その届けのことは記憶に残っておった。これがその写しじゃ」
眼をパチクリさせていた四郎助は、黄ばんだその書類に眼を落した。
「日本政府脱管届
原籍 三重県桑名郡桑名町大字矢田
士族 綱木和三郎(二十六歳)
謹んで申しあげ候。私儀従来より日本政府の管下にありて、法律の保護を受け、法律の権利を得、法律の義務を尽しいたれども、現時に至り大いに覚悟するところありて、日本政府の管下にあるを拒絶いたしたく、以後法律の保護、権利を失うとも、法律の義務は果さざるべく候。爾今《じこん》脱管の事お認め下されたく候|也《なり》。以上。
明治八年三月十日
日本政府太政大臣殿」
あまり笑わない騎西銅十郎が、珍しく笑っていた。
「何でも、もう警察に守ってもらわんでもいい、火事になっても消防に来てくれなくったっていい、その代り税金は払わん、その他一切の国民としての義務は果さん、と、いい出したらしいんじゃね」
「そげな事《こつ》が通りもすか」
「通らん。そこで徴税の役人と争って、何人かの役人を半死半生の目に会わせるという罪を犯したのじゃ」
してみると、この届け書は、綱木和三郎にとって、いたずらや冗談ではなかったのだ。
しかし四郎助から見ると、これはまったく精神病の発想であり、行為というしかない。彼は改めてあの囚人の、潔癖さと神経質が異常の域にまで達している顔を眼にえがいた。
それで、騎西にもう一つ質問することが生じた。
「しかし、一見したところおとなしか囚人に見えもすが、あれでも連鎖でつながんけりゃならんほど凶暴な男でごわすか」
「いや、あの連鎖は、おれもいろいろ考えたあげくの組み合わせでな。……」
四郎助は、騎西が外役の囚人同士を連鎖で結ぶ発想をしたとき、逃亡防止のため刑期の長いやつと短いやつ、おたがいに嫌い合っているやつを組み合わせる、と、しゃべったことを思い出した。
「綱木はまもなく出獄するが、赤川は強姦の常習犯で無期のやつだ」
「………」
「綱木のほうも、あれはあれでなかなか凶暴なやつだぞ。以前には、ほかの囚人と死物狂いの喧嘩を何度もやったことがある。それが、ふつうの囚人同士の喧嘩とちがって、相手を、不潔だ、下劣だ、もうがまんならぬといって殴りかかるものだから、ほかの連中が、ここをどこだと思ってるんだ。監獄に不潔も下劣もあるものか、自分を何さまだと考えてやがるんだ、と腹を立てておったが、そのうち呆れ返り、はてはこわがるまでになった」
「………」
「そこで一番下劣なやつとつないでやった」
騎西看守長の眼には、自己陶酔の光が浮かんだ。
「綱木は、どんな苦役もかまわんが、あいつと鎖でつなぐことだけはかんべんしてくれ、と身をよじって哀願したが。──ふ、ふ、ふ」
その第一雑居房第二十三番の囚人は、名は赤川呂助といった。
年は綱木和三郎とほぼ同じだろう。秀麗ともいえる綱木にくらべ、これはズングリムックリ型だ。大きな頭が禿《は》げかげんで、ちょっと見たところでは綱木より老《ふ》けて見えるが、しかし精力絶倫の観は圧倒的だ。蒼黒い顔色をしているのに、あぶらぎって、唇はブヨブヨして恐ろしく分厚く、異様な赤味を持っている。
これが、いつも猥談《わいだん》をしゃべっている。──
四郎助は、数回、ちらっと耳にさしはさんだだけだが、しかしその男のしゃべることといえば猥談以外にないのではないか、という印象を持っていた。
むろん、それを聞きたがる囚人は多い。多いどころか、その大半はそうではないかと思われる。雑居房の中や外役の焚火のそばで、そのまわりに集まって、あるいは野卑な半畳をいれ、あるいは舌なめずりし、あるいは眼をトロンとさせて聞いている。
それはまあやむを得ないこととして、鎖につながれた相棒の綱木がよく黙って聞いているものだ、と、はじめちょっと首をかしげたことがある。
一方でまた、自分が牢屋小僧に聖書を読んでやるとき、綱木が近くにうずくまって聞いていることがあり、むろんそばに相棒の赤川もくっついているわけだが、これもとにかく文句もいわないで相伴《しようばん》しているものだ、と、このほうにも首をひねらないわけにはゆかなかったが。──
ただ、この不審は最近氷解した。
十日ほど前のことであったが、野で四郎助が聖書を読んでやっているとき、その二人組も例によって近くに来ていたが、赤川が途中で横をむいて、ほかの囚人とニヤニヤ笑いながら話をはじめた。
すると、牢屋小僧が、
「うるせえぞ、色きちげえ!」
と、一喝した。
なに? というように赤川はこちらをにらみつけたが、闇黒の精のような牢屋小僧には、囚人仲間にも通用する物凄さがあると見えて、彼は声は出さず、そっぽをむいた。
そのあと、五寸釘の寅吉がうす笑いしてしゃべったのである。
「あの二人がね、一ト月ほど前、大喧嘩したそうですよ。綱木が赤川に、いろ話はやめろといい出して、シャモみてえなとっくみ合いをやって、そのあげく二人の間で和睦が成立したらしいが、それがね、赤川がいろ話をしても綱木が文句をいわねえ代り、綱木がこっちのほうに寄って来るのに、赤川が黙ってつき合うってえことになったらしいんで。──」
五寸釘は笑った。
「どっちが辛《つれ》えかなあ。……そのちんぷんかんの西洋阿呆陀羅経を聞いている赤川も辛《つれ》えだろうが──ま、待て、牢屋小僧、おれのことじゃあねえ──あの赤川のいろ話を聞いてる綱木も辛かろう。なにしろ以前は、赤川がしゃべってる間、綱木は耳を両手で押えてもまだ足らず、顔色を変えて、あぶら汗を出すってえ始末でしたからね。おれも元来猥談は大好きなはずなんだが、どういうものか、あの赤川の猥談だけはいやでござんすよ」
こういうことがあったのだ。
そしてまた、そんな二人の囚人を連鎖でつないだ騎西の考えも、それなりにわかった。おたがいにイヤなやつを組み合わせて苦痛を与えるという点はどうかと思うが、出獄近い男にまだ長い刑期を残している囚人を監視させるという着想は、さすがだと考えないわけにはゆかない。
「うん、ここに桑名の士族とあるが」
と、いま、騎西は、脱管願いの届け書に眼を落して、思い出したようにいった。
「あの綱木は、元桑名藩の武士だったそうな」
「ほう」
「それからな、こっちはもっと驚いていいが、あの赤川も元は尾張藩の侍の出じゃという。──」
「ヘヘえ!」
四郎助はめんくらった。
「元侍も薩長でなけりゃ二足三文の運命におちいったことはいずこも同じじゃが、せめて武士の魂を失っておらんけりゃ何とか正業で過せたものを。心がけ次第で、縛る者と縛られる者に分れることになる。──」
看守長たる自分と思いくらべたらしい。
「ま、いまじゃ侍もシャケの頭もあるものか。ごらんの通りのあのざまじゃ!」
三
その翌々日、有馬四郎助は別の用件を命じられて外役についてゆかず、その仕事を終えて夕暮、集治監の門を出た。
そして、そのままだれの待つ者もいない官舎に帰宅するのもわびしくて、久しぶりに月形の町をぶらつくことにした。しかも、同じ月形だが、石狩川に流れ込むスベト川の向うの村を歩いて見ることにした。
スベト橋を渡ると、その一帯はいっそうわびしい集落であった。家よりも竹藪《たけやぶ》のほうが多い。その上、鉛色の夕雲から、チラチラ雪片までも落ちて来た。本格的につもるとは思えないが、その年の初雪にちがいなかった。
ふつう初雪という言葉には、歳時記的な美しさがあるが、いま見る風景はただ荒涼たる印象だ。
「や、これはいかん」
職務上の苦労ならどんなことでもがまんするが、それ以外の場合に雪の中を散歩する酔狂は何も持ち合わせていないから、これには首をすくめて退却することにした。すると、
「いよう。……益満君じゃあねえか」
と、ふいに呼びかけられた。
そこは低いひさしに何十本も青竹を立てならべたオンボロ小屋を少しゆき過ぎた路上であった。いましもその戸をあけて出て来た男がうしろから呼びとめたのだ。
四郎助はふりむいて、まばたきした。独休庵であった。
「どこへゆく、益満君」
「いや、ただ、見物ごわす。……先生、往診ごわすか」
休庵はしかし、例のカバンも棍棒も持っていないようだ。その代り、長い太い竹を──どうやら唐竹割りにしたものを二本、両手に握って、地面について立っている。
「なに、ここは竹細工の職人の家でな。ちょっと頼みごとがあってやって来たのさ」
彼は自分の持っている二本の竹を見あげた。その先端は楔《くさび》型にとがり、その部分が奇妙にそり返っていた。
休庵は唐突にいった。
「お前さん、スキーという名前を聞いたことがあるかい」
「そりゃ、何でごわす?」
「西洋の雪上歩行具だ。いや、この竹はその物真似だがね。……日本人というのは、いやになるほど小利口なくせに、ふしぎに発明という能力が欠落した人種でね。よその国が教えてくれなきゃ、何百年たっても駕籠《かご》は駕籠どまり、行燈《あんどん》は行燈どまりってえ国さ。冬になりゃ国じゅう雪国になるくせに、何千年も雪中を歩くのに、せいぜい|かんじき《ヽヽヽヽ》で済まして来たんだが」
と、ふりかかる雪片を吹いた。例の熟柿の匂いはない。珍しく酔っていないようだ。
「いやなに、ひとのことは言えねえ。おれもおんなじさ。ただこのごろね、遠いアイヌの村などへ往診にゆくのに、とくに冬は往生するものだから、何とかうめえ工夫はねえかと首をひねっておるうちに──ずいぶん前、横浜でおれに医術を教えてくれたドクトル・ヘボンが、スキーというものを見せてくれたっけ、と、思い出したのよ」
「………」
「あちらにゃ、ずいぶん昔からそういう道具があるらしい。そいつを見せて、使い方も教えてくれたんだが、雪の上で実際に使うのを見たことはねえから、詳しいことは忘れちまった。それをこのごろ思い出してよ、ひとつ作って見ることにしたんだ」
「………」
「こいつのまんなかに足を結びつけて、杖《つえ》をついて走る。坂道はむろん滑って下りるんだが、平地だって、|かんじき《ヽヽヽヽ》なんかよりよっぽど速く歩けるそうだ。それくらいはおぼえてるんだが、さてうまくゆくかね。ほんものは竹なんかじゃなかった。木で作ったやつに蝋《ろう》が塗ってあったが、ま、日本にゃせっかく竹ってえものが沢山あるんだから、それを使って見ることにした」
休庵先生は歩き出している。しかたなく四郎助もならんで歩く。
「雪につっかからないために、こんな具合にさきを曲げる。お前さん、竹の曲げ方を知っとるかね。おれもはじめて見たが、割った内側を炭火であぶり、熱い油がにじみ出たところで曲げて、水の中へつける。すると、曲ったまま、もとに戻らなくなる。──ただ、その炭火の具合にコツがあってね。なかなか難しいが面白くもあったよ」
よほど面白かったらしく、休庵先生がこんなにしゃべるのははじめて聞いた。
生きていて無益な人間は死ぬがいい、と、病囚を見殺しにするどころか、なんと一服盛った独休庵、鬼神のような騎西看守長に平然と敵対した独休庵とは別人のような稚心、ひとなつこさが感じられた。
スキーの話もさることながら、そのことのほうに四郎助は心を動かされた。
「しかし、ただ竹を割ったものじゃなく、もう少し平たくしたい。足にとりつける締具《しめぐ》も宿題というところだ。うまくいったら、集治監に売り込んでやろう、そっちでも、なかなか役に立つことがあると思うがね。──どうだ、益満君」
「先生」
四郎助は、さっきから気にかかっていた呼称の訂正を求めた。
「おいはいま、有馬四郎助と申します。益満は実家でごわすが」
「ああ、そうか、そうじゃったな」
休庵先生はやっと気がついた。
「あまり珍しい姓なので、そっちのほうが頭に残ったと見える。──その実家のおやじさんの名は何といったね?」
「益満喜藤太、と申しますが。……」
「ふん、それならおれが昔知ってたひととちがうな。……」
と、休庵先生はかぶりをふった。──はて、おとといはたしか、昔知っていたのは有馬という人間だといったようだが。……
ちらっとその横顔を見たが、休庵は何の変哲もない表情で熊のようにノソノソ歩いている。
「おお、そうだ、おれは君に頼むことがあったっけ」
と、突然休庵が思い出したようにいった。
「おとといの、例の耶蘇の修道尼のことだがね」
「やあ」
四郎助はさけんだ。あれ以来気にかかっていた女人だ。
「あのひとは、どげんしもした?」
「おれの知り合いの家に泊めてあるが」
「へえ?」
「実はね、あのひとは原教誨師を訪ねてやって来たのさ。ドクトル・ヘボンの紹介でね。──ヘボン先生というのは医者のほうでも名医だが、一方じゃ熱心な耶蘇だ。おれはその医者のほうの弟子で、耶蘇は願い下げにしてもらったが、あの原教誨師は耶蘇のほうの弟子らしい。その上、時日がくいちがって、おれはここではじめてあの教誨師を見たわけだが、まあヘボン先生から見りゃ、おれが|あに《ヽヽ》弟子、あの男が|おとうと《ヽヽヽヽ》弟子という縁になるわけだな」
休庵は面白そうに笑った。
「もっとも、どうやら|おとうと《ヽヽヽヽ》弟子のほうが、その道ではずんとえらいようだ。|あに《ヽヽ》弟子のほうは見た通り、相当にインチキな医者だが。──ふ、ふ、それでもヘボン先生は、おれをドクトル・ホリデイ、略してドク・ホリデイと呼んでくれてたがね。ホリデイとは休日ってえことだそうで、おれの休庵にひっかけたのさ」
「………?」
「もっとも休庵はともかく、独ってえいまの名は、そのドクのほうからつけたものだがね」
「へえ、すると前の名は何とおっしゃりましたので?」
「昔の名は忘れた」
そこでまた、
「おお、そうだ。あの女人の件じゃった」
と、日本のドク・ホリデイは話の千鳥足《ちどりあし》をもとに戻した。
「ところが、あのひとは、教誨師には逢えなかったが、囚人の中に思いがけぬ人を見た」
「知っておりもす。あれは綱木和三郎っちゅう囚徒で。──」
「ほう」
休庵は、案外そうに四郎助を見た。四郎助のほうから訊《き》いた。
「あの女キリシタンは、綱木の何でごわす?」
「知らんな」
と、休庵は首をふった。
「おれは人の過去は訊かねえことにしてるのでね」
と、そっけなくいったが、また頼みごとのあるのは自分のほうだ、と気づいたらしく、
「ただ、名はお沢《さわ》さん、いま教名をイザベラというそうだが、それが、どうしてもあの囚人に逢いたいという。どうだ、そういう具合にとりはからってもらうわけにはゆかんか」
と、やっと依頼の筋を持ち出した。
「そのひとが、集治監においでになるっちゅう事《こつ》でごわすか」
「うん」
「せっかくごわすが、それは見込みごわすまい」
と、四郎助は当惑した表情でいった。当時、面会の制度などはない。
「だめかね」
「とにかくあそこは女人禁制でごわすで」
「外役の現場はどうだ」
「それはいよいよいかんでごわしょう。なにしろ女と見たらキチガイみたいになる連中でごわすで、仕事にならんと思いもす」
四郎助は、考え考えいった。
「やはり、それには外役に出たときの往復しか機会はごわすまい。そのときを盗んで、先日のようにおいで下されば、私に関するかぎり眼をつぶってあげもそう」
しかし彼は、騎西看守長がいるなら、もうそれも難しかろう、と考えていた。
ふいに四郎助は眼をかがやかしていった。
「おう、しかしあの囚人は来年春には刑期満了とか聞きもしたぞ。それほど先のことじゃごわせん。それまで待たれたらいかがごわす?」
「その前に、北海道の冬があるが」
休庵先生はとくに|北海道の《ヽヽヽヽ》という言葉をつけ加えて、竹でまた雪片をふりはらい、
「雪がふっても、監獄じゃ囚人をあの道路の作業に使うのかなあ?」
「去年は、どうでごわした?」
「や、あの仕事はことしの春から始まったのでね、この冬はどうするか知らんが……やるね、おそらく」
四
初雪は一応消えたが、野は寒冷の度をいっそう増した。身を切るような風の中に、相変らず囚人の大群は追い出された。集治監の予定を訊いてみると、いかにもよほどの大雪でない限り、工事は続行するということであった。
それはそれとして、四郎助はあの綱木和三郎という囚人にいよいよ興味を持った。「日本政府脱管届」などいう可笑《おか》しな願いを出して、しかも当人は真剣で、その願書のために役人を傷つけてこの樺戸監獄に送られて来た男の、それ以前の過去を知りたいと思った。
しかし、質問してみても、どうも当人はしゃべりそうにない。
それにいつか彼が聖書について、「その本は何か」と訊いて来たとき、彼のことはまだよく知らず、
「おい、聞くならここへ来るがよか」
と、四郎助が招いたのに対し、「いや」と首をふっただけであとずさりしていった動作を思い出しても推しはかられる。それは怖ろしく頑固な拒否の表明であった。
翌日の外役の昼の休憩時だ。
例によって牢屋小僧にせがまれて、焚火のそばで聖書をひらいた四郎助は、ふとまわりを見まわして、
「きょうは綱木・赤川組がおらんな」
と、いった。
なるほどいない。しかしその両人がいつも必ずそばにいるとはかぎらないので、四郎助がいいかげんに「馬太《マタイ》伝」の章を読みかけたとき、
「おういっ」
と、遠くでさけぶ声が聞えた。
「この野郎、血を吐きやがった!」
曠野を延々とのびる工事現場に沿って、あちこちに、道具を収納する丸太小屋が作られている。その一つの近くで、赤川呂助が口をあけていた。
四郎助は躍りあがって駈け出した。五寸釘・牢屋小僧の組も、ガチャガチャと連鎖を鳴らしながら追っかけて来た。
赤川とつながれた綱木和三郎は、四つン這いになってあえいでいた。冷たい地面に、大量の血が飛び散っていた。──四郎助は、綱木がいつも、空洞にひびくような咳をしていたことを思い出した。
「こりゃいかん。……おい、そこへはいれ」
と、四郎助は、あわてて納屋へ走ってゆき戸をあけた。
中の土木用具は大半持ち出されているが、秣《まぐさ》を積みあげた一劃があった。材木運びには馬も使っているからだ。桶や秣《まぐさ》切りなどをどけて筵《むしろ》に空間を作り、そこに綱木を横たえ、どうしていいかわからないから、とにかく毛布代りに秣《まぐさ》で覆ってやった。
「おい、五寸釘、入口の外で火を焚いてやれ」
と、四郎助は命じ、ほかの囚人に、
「騎西看守長どのに、このことを報告し、綱木は午後の作業を休ませるがよかか──」
ちょっと考えて、
「赤川はどげんするか──それから、町から独休庵先生に来てもらってはどうじゃろか、おうかがいして来てくれ」
と、いった。
鎖でつながれた赤川呂助は、むろん病人のそばに坐っており、その連鎖をはずす鍵は騎西看守長が持っていたからだ。
病人は大きく胸を起伏させながら、
「すまない。……すまない」
と、弱々しい声で繰返した。
それを見ながら四郎助は、「──はて、この男は来春釈放になるのだが、それまで大丈夫か知らん?」と、新しい不安にとらえられた。
「少し休んだら、働きます。ただ。……」
と、綱木はこちらに顔をむけた。珍しく、すがりつくような眼であった。
「ただ、お願いしたいのは、一時間でも三十分でも、この鎖を離してもらいたいことで。……」
「うん、その事《こつ》はいま訊きにいった」
四郎助が戸口のほうをふり返ったとき、さっき騎西の指示を仰ぎにやらせた二人の囚人が帰って来た。
「看守長は、鎖をはずしてはいかん、といってますぜ」
「離すと、赤川のほうが逃亡するおそれがあるからって。──それから、医者も呼ぶ必要はねえそうです」
と、彼らは報告した。
「けっ」
と、赤川は下顎をつき出したが、
「ありがてえ。それでおれも休める」
と、いって舌を出した。分厚い、牛みたいな舌であった。──血を吐いた男とつながっているのは、苦にはならないと見える。
綱木は眼をとじたまま一言の口もきかなかったが、殺《そ》いだような頬にアリアリと失望の翳《かげ》が彫られた。
「綱木。……何とかがんばれ。春になりゃ、おはんは釈放になる。それまで辛抱せえ」
と、四郎助はいったが、彼は返事もしなかった。
が、三十分ほどたって、午後の作業開始を告げるラッパの音がひびいて、五寸釘やほかの囚人たちが去り、四郎助も腰をあげようとしたとき、綱木がいった。
「お願いでございます。もうしばらく、いて下され。……どうか、その男の間に坐っていて下され。……」
「へっ」
赤川が横をむいて、ぺっと唾《つば》を吐いた。
四郎助は、とっさに何のことかわからなかったが、やがてその衰弱した囚人のいまの最大の望みは、鎖を離されないまでもせめて嫌悪すべき相棒の姿を見なくてもいい──外形的な分離にあるらしい、と、気がついた。
「うん、それじゃ、もうしばらく」
と、いって、彼は入口に坐り、赤川は、納屋の外の焚火をへだててその向うに坐らせた。連鎖はのばせば三メートルもあるから、それは何とか可能であった。
また二十分ばかりたつと、スヤスヤと寝息が聞えた。焚火の温気と秣《まぐさ》のしとねのおかげで、病人は虚脱的な眠りにおちたらしい。
「おい。……あの男、どげな男か、お前、知っちょるか」
と、四郎助は赤川呂助にささやいた。
「どんな男とは?」
「まあ、過去じゃ」
赤川はしばらく考えて、うなずいた。
「大体はね」
「お前、昔から知っちょるのか」
「昔ったって、この集治監でいっしょになってからでも、もう五年。その前は無関係だったが、とにかく五年も同じ牢にいりゃ、何となくね。……その前は、無関係といっても、どうもおれと似ているね」
「何が?」
これほど、似ても似つかない二人はない。
「ここまで落ちぶれるきっかけというやつが。……おれは、こう見えて御一新までは尾張の藩士、あいつは桑名藩士、そもそもの身分が似てるんだが、それ以上に運命ってえやつが。……」
赤川呂助が侍だったことはすでに四郎助も知っていたが、それにしてもこの男が、御三家の一つ尾張藩の藩士であったとは。──四郎助は、大袈裟にいえば、悪夢を見る思いで、焚火の向うの醜悪下劣な面貌を見やった。
五
「ええ、旦那、旦那は御一新当時、尾張の殿様と桑名の殿様が御兄弟だったってえことを知ってますかい?」
と、赤川はいった。四郎助は正直に眼をまろくした。
「それは初耳じゃ」
「旦那はお若《わけ》えからね」
明瞭に赤川は、四郎助を馬鹿にした顔でいった。そもそもこの囚人は、ふだんから若い看守をなめているところがあった。
「ついでに言やあ、例の有名な会津の松平|容保《かたもり》公、これがまんなかになる御兄弟で、三人とも美濃高須の松平家から出た御養子で、それぞれ尾張、会津、桑名の殿様になったんでさあ」
「では、会津と桑名も藩主が兄弟じゃったのか」
「いくら旦那でも、幕末に会津と桑名が幕府のいちばん頼りにした助《すけ》ッ人《と》だったことは御存知ですね。そのおかげで、瓦解のあとは、双方ともいやひでえ目に逢わされたが、尾張藩はまっさきに官軍に降参して、何とか無事に切りぬけた──と、お前さんなんか思ってるんでしょう」
旦那が、いつのまにかお前さんになってしまった。しかし、尾張藩についての知識はその通りだ、と、四郎助はうなずかないわけにはゆかなかった。
「ところが、実際はそんなもんじゃあねえ。大変な騒ぎがあった。あたりめえだ。なにしろ尾張藩は御三家の筆頭で、しかもいまいったように、殿様の弟の会津と桑名は、それぞれ京都守護職、京都所司代ってえお役についてるんだから。……もっとも、御多分にもれず、幕末近くなりゃ尾張藩の中にも、幕府にいつまでもヘイコラ、ヘイコラ頭を下げていられるかってえ連中が出て来た。身分は軽輩が多く、これを金鉄党と呼んだ。──」
尾張藩の話を聞くつもりではなかったが、まあ黙って耳をかたむけることにした。
「むろん大半は佐幕党で、その中の上級の連中が、ふとどきな金鉄党をとろかそうってんで、|ふいご《ヽヽヽ》党と名乗った。──」
「そりゃ、ほんとうか」
「まじめな話でさあ。……と、いいてえが、当人たちゃ大まじめのつもりでも、やっぱりどこか金鉄党をなめていたのかも知れねえ」
「お前はどっちか」
「いや、おりゃそのころ、まだ廿歳前《はたちめえ》でね。おやじは木曾御材木奉行でござんしたが。──」
「ほほう。……」
「これでもそのころは、おやじの名代としてよく木曾へいって、大威張りしていたもんでさあ。おやじはむろん頑固な|ふいご《ヽヽヽ》党で、おりゃそんなことはどうでもよかったが、まあ|ふいご《ヽヽヽ》党のほうでした」
ぺっ、ぺっと呂助は唾を吐いた。この男は、唾液の分泌量が異常に多いと見えて、しゃべり出すと口のはたに唾があふれ、数分毎にそれを吐き飛ばす。
「へっへっ、この唾ですか。それについて話があるんでさあ。……その木曾にね、世良万蔵ってえ手代がいやしてね。これが、若《わけ》えくせにダブダブ肥《ふと》って、くせのように唾を吐く。……」
「………?」
「こいつが大変なおべっか使いで、おやじの前へ出ると土をなめんばかりに平伏して、聞いているおれまでが恥ずかしくなるようなおべんちゃらをいう。それどころか、おやじのくせを──たとえばおやじは、百姓などに何か命令すると、最後に必ずぐいと横を向くってえくせがあるんですが、万蔵が百姓にものをいうと、そっくりその真似をやるんでさあ。おりゃ、そいつがでえっきれえで、あんな野郎やめさせろと何度かいったことがあるんだが、おやじはそのまま使ってた。何しろ、なかなかの腕ききで、こういっちゃ何だが、ただ威張ってるだけで奉行としての能はねえおやじにゃ、とうてい手放せなかったらしい。そのころうちが裕福だったのは、そいつが百姓から巻きあげた冥加金《みようがきん》のせいだったんで」
また吐いた唾が、焚火に、じゅん、と音をたてる。それほど神経質な四郎助ではないが、やっぱり気にかかる。
「さて、それはともかく御一新のときが来た。鳥羽伏見で、会津、桑名が負けた、という知らせで、藩は上を下への大騒動でさあ。そしてね、殿様の御上意で、突如|ふいご《ヽヽヽ》党の親玉連中三人が即刻切腹を命じられた。その中の一人の年寄二千五百石の渡辺新左衛門ってえのは、おれの家の遠縁にあたる人でね」
彼は首をかしげた。
「そうそう、その息子の勝《まさる》ってえのが、その後新聞記者になって、まだ若えのに霞亭《かてい》とかいうえらそうな名をつけて小説を書き出したって、風の便りに聞きやしたが、お前さん、知りませんかえ?」
「知らんな」
「聞いたことねえかね。そうかね。──ところで、いまの切腹事件ってえのが、鳥羽伏見のいくさからわずか七日目の一月十日のことで、そのあと半月ほどの間に|ふいご《ヽヽヽ》党が合計十四人処刑された。まあ、恥も外聞もなく官軍に降参したといやァそれまでだが」
「お前のおやじはどげんしたか」
「それそれ、そのことだ。さて官軍はつづいて、宮さん宮さん、と東海道を下って来た。尾張としちゃあその露払いをしなくちゃならねえんだが、侍はみんな腰ぬけ同然になっちまって、ものの役にはたちそうもねえ。そこで領内のやくざや百姓をかき集めて、集義隊だの正気隊だのえらそうな名をつけてお供をさせたんだが、その集義隊の副隊長が、なんとあの世良万蔵だったから、みんな驚いたの何の。──隊長は東三河一帯を縄張にしている雲龍《うんりゆう》の亀吉っていう、例の甲州の黒駒の勝蔵と兄弟分の盃をかわした野郎で」
「へへえ」
「あとで聞いたら、万蔵の野郎、それまで金をくすねては、ないしょで金鉄党に渡してたそうで、目先の早いやつだ、ちゃんと御一新を見通していたんだなあ」
ぺっぺっと、また唾を吐いた。しかし、顔は面白そうだ。
「さて、その世良万蔵が改めて尾張に帰って来た。|ふいご《ヽヽヽ》党の連中は生きた心地がしねえ。おやじは、以前まあ何とか万蔵を使ってたから大丈夫だろうと立ったり坐ったりしてたが、それが逆の目に出て、奉行のころどうもよくねえことをしてたようで、そいつをすっかり万蔵に握られてるからかえってあぶねえ、という噂が聞えて来た。そこでおやじは悶々のあげく──万蔵に女を献上したんでさあ」
「女を?」
「おれの家の家来筋に、お夏ってえ娘がいた。おれより二つ年上だが、これが大変な美人でね。身分の低い家のくせにまるでお姫さまみてえな気品があって、そのくせ怖ろしく色っぽい。以前、|ふいご《ヽヽヽ》党で切腹させられた大番頭の一人が妾にもらいたいと申し込んだという話があって、おれもヨダレをたらして聞いたものだがね。──そいつを、恩義をかさに泣き落して、万蔵に人身御供にした。しかもおやじは、そのときの気疲れのために、翌年にゃ火の消えるように死んじまったんだから馬鹿げた話でさ」
「そりゃ。……」
「そのうち藩が県になって、尾張に名古屋県のほかに、今尾県、額田《ぬかだ》県なんてえのが出来たが、その世良が額田県大参事ってえやつになり──おれは県庁に小役人として勤めることになった。このころにゃ、世良もおれをひいきにして、県庁の仕事よりゃ自分の私用に使うことが多く、毎日のようにその私宅に呼びつけられたが、こいつどういうつもりか、蒲団の中で妾と寝たままおれに用をいいつけるんだ。その妾ってえのが、お夏なんでさあ」
「………」
「色っぽいところはあったが、お姫さまみてえに見えた女がねえ。いつのまにかクラクラするような、ただ色っぽいだけの女になって──いや、まだお姫さまみてえに見えるところがいっそう色っぽいんだが、こいつがおれの目の前でこれみよがしに世良にしがみついて、やりたい放題の真似をして見せやがる。そしてある日、あんた気がついているか、あの赤川はだんだんあんたに似て来たよ、と、いった」
「………」
「そういわれて気がつくと、おりゃデブデブ肥《ふと》って、世良に毎日お世辞タラタラで、しかも何かといえば唾を吐くくせまで、世良にそっくりなんだ」
四郎助は怪談でも聞いているような気になった。
「世良は、おれをしげしげと見ていたが、やがて、なるほど、気味のよくないやつだ。さきざきたたるかも知れん、と、いって、その日から|くび《ヽヽ》にしてしまいやがったんでさあ」
唾が焚火に大きな音をたてた。それが何だか膿汁でも煮ているような臭い匂いをひろげる。
「さあ、これでおれは、がらっと変った」
赤川は|いもり《ヽヽヽ》の腹みたいな色をした厚い下唇をつき出した。
「ま、いろいろあったが、結局おりゃ、俥夫《しやふ》になったよ。身体だけが丈夫な以外、小商売をやるような能もねえ。もっとも、はじめはせっぱつまって、ただ食うためだけだったが、やがてこの稼業が、県庁で小役人なんかやってるより、よっぽどおれに向いてることを知りやした。──」
眼が酔っぱらったようにかがやき、口のはしの唾液量がいよいよふえた。
「めぼしい女客を乗せるとね、途中でこいつを強姦《つつこみ》してやるんだ。ま、市内じゃめったやたらにそんなわけにはゆかなかったが、名古屋は西にも東にもわりに遠出の客があるから、結構十日に一度くれえ、いいカモがあった。……こいつを、人気《ひとけ》のねえ適当な場所で、いきなり梶棒《かじぼう》を離してひっくり返《けえ》す。なに、まかりちげえば、もののはずみで手が離れたといやあいい。しかし、たいていは、うまくいったね。俥《くるま》ごとひっくり返《けえ》った女は、たいてい悲鳴はただ一声《ひとこえ》だ。まあ、仰むけに天から落ちた女の恰好を考えてごらんなせえ。地面に放り出されるか、俥の中で両股ひろげてもがいている。……そいつを……」
「おい、待て、そんな話はいま聞きたくなか」
と、四郎助はあわててとめた。
「若い娘もありゃ、年増もあり、町女房もあれば、官員の妻もありやした。手応えは千人千様、それがどんな声を出し、どんな顔をしたか、一つずつ思い出しても血がウズウズして……」
「よさんか」
と四郎助はまた一喝した。
「へ、照れなくたっていいでよう。お前さん、若《わけ》えからね。……けど、みんなよろこんで聞くよ。ほかの看守さんだって、遠くから眼をトロンとさせて聞いてるよ。その体験談を聞かせりゃ、おれは無期だが、毎日しゃべったってたねはつきねえほどだ。ま、|ぶら《ヽヽ》ねえで聞きなよ」
赤川は唾の泡の中から牛の舌を出して、ダランとした唇をなめずりまわした。
「この強姦《つつこみ》には余禄《よろく》があってね。その中の何人かをおどして、おれの女にして、|つつもたせ《ヽヽヽヽヽ》をやらせた。この|つつもたせ《ヽヽヽヽヽ》の話がまた。……」
「こら、よさんか!」
「えっ、ほんとにいいんですかい? 本気ですかい? こりゃ案外だった。実はこれから聞かせてえことをしゃべるつもりで、いままでの話はそのマクラだったんだが。……」
「おいの聞きたかことは、お前の話じゃなか。あの綱木のことじゃ。キリキリ神妙に話せ!」
六
「驚いたね。……こりゃ、明治八年に、おれがとうとう俥に乗ったお夏をやったのが身の破れとなって、名古屋警察にとっつかまったときみてえだ」
と、赤川呂助は禿《は》げあがった頭をかいた。
「さあ、そういわれると、綱木のことはよく知らねえ」
「お前、知っとるといったじゃなかか!」
「なに、ざっとです。それも、あの通りあんまりものをいわねえ男だから。……」
「それでよか。とにかく話せ」
赤川は上眼づかいに四郎助を見て、どういうつもりかニタリと笑いかけて、四郎助の眼に猪首《いくび》をすくめ、またしゃべり出した。
「ええ、さっきいった通り、綱木は桑名藩の人間です。幕末に桑名の殿様は京都所司代ってやつだったから、守護職の会津といっしょになって、徹底的に勤皇の浪人とやらを絞めあげた。桑名じゃ、その役に何とか奉行の何とかいう人をあててね──ええと、よその藩のことだから、名も忘れちまったが──綱木のおやじは、その下で与力をやってたという。綱木はおれと同い年だから、そのころやっぱり廿歳前《はたちめえ》だったはずだが、これも京都へいって、一通りの手伝いはしたらしい」
「………」
「この綱木のおやじってえのが、そのときもう年は五十近かったが、いやはや凄えおやじさんでね。そのころ京都で暗殺専門の浪人五人組がいた。そのうちの三人を、奉行の命令で、自分も大怪我をしながらとっつかまえたんだそうだ。伜《せがれ》の綱木はむろんそばにいたが、それとはべつに、国元の桑名から、綱木の姉にあたる娘が、怪我の看護にやって来たんだが、これが災難のもとになりやした」
「………」
「怪我はたしか、ふとももを斬られた傷だったそうだが、これもだいたいふさがったころに──その娘さんがさらわれた。さらったのは、まだ残ってた二人の浪人で、こいつが何とかいう寺に立て籠《こも》って、人質とひきかえに、つかまっている三人の仲間を釈放しろ、さもなくば、人質を殺す、という使いを送って来た。……こりゃ、うめえ手だね」
「………」
「傷口はふさがったが、おやじは立てねえ。床の上で、腕組みして考え込んでる。伜の綱木のほうが七転八倒して、ともかく奉行のところへ、おやじの手柄に免じて牢の三人を出してくれ、と、頼みにいった。すると奉行《ぶぎよう》は、首をたてにふらねえ。そんなことをすればあとに悪例を残す、といってきかねえんだ。押問答のあげく、とうとうだめで、ともかくも家に駈け戻ってみると、おやじはさっき駕籠でその寺へ出かけたという」
「………」
「はっとして、あわてて綱木も寺へいってみると──寺はまだ捕方に包囲されていたが、もう|かた《ヽヽ》がついていた。おやじがひどいちんばをひきひきはいって、その二人の浪人をまたつかまえていたんでさあ」
「………」
「ただし、娘は殺されてた。本人も、こんどはもう一本の足に重傷を受けていた」
「………」
「綱木が、奉行の意向を伝えたら、おやじは顔色も動かさず、それはお奉行の仰せの通りだ、おれが奉行でもそういうだろう、だから、おれはこうしたんだ、と、いったそうで」
ふしぎに赤川は、こんどは唾を吐かなかった。四郎助は、むろん感嘆した。
「そげな父親の子の綱木が、どげんして──いや、そのおやッどんは、その後どげんなされたか知っちょるか」
「さあ、それだ。やがて間もなく鳥羽伏見のいくさになる。桑名はじかに官軍とやって負けた組だから、その騒ぎは尾張どころじゃなかったろう。殿様はむろんどこまでもやるという。桑名の侍あげて会津へいって、会津といっしょにたたかうという。ふつうなら殿様の御意向がそうならみんな一議もなく従うんだが、このときはそうはゆかなかった。なにしろ、故郷《くに》を捨てて遠い会津へゆくってんだから、そいつァ、と、ひるむやつが出て来た。この際官軍に降参して、何とかお家を残したほうがいいんじゃあねえか、という連中が出て来た。そこで、おもだった藩士を集めて入れ札をさせて、右か左かを決めることになった」
「入れ札?」
いまの投票だ。
「そりゃほんとうか」
「ほんとうの話らしい。その降参組の旗ふりが、さっきいった例の何とか奉行でね」
「ほう?」
「それが、入れ札の前日、綱木のおやじのところへ、是非恭順派の札をいれろ、と、いって来た。おやじはむろん佐幕派だが、前に受けた傷がこんどは悪化して、まだ寝たきりだった。そこで綱木に、おれの代りにお前がいって入れ札をしろ、と、命じたそうで」
「ふうむ」
「で、綱木はいれた。恭順派のほうへ」
「なに?」
「実はね、その奉行の妾に妹がありやしてね。これが綱木といい仲だったらしい。……で、綱木は、おやじの意向はわかってたんだが、自分が会津までゆくことになると、あとどうなるか心配《しんぺえ》で、とうとう恭順派のほうへいれたってんで」
「………」
「ところが、たった一票のちげえで、桑名藩は降参と決まっちまった」
「綱木のおやじはどげんしたか。怒ったろう」
「いや、それが、綱木が入れ札から帰って来ると、おやじはもう腹を切って死んでたそうだ。綱木にひとことも訊《き》かねえで、息子のやることァわかってたんだね」
四郎助は、しばらく声もなかった。
「まあ、お前の好きようにやれ、というつもりだったらしい。ところが殿さまのほうは、どうしても恭順は出来ねえってんで、とうとう戦争やるってえ家来だけ連れて会津までいったんだが、その恭順派に札をいれたはずの綱木は、いってえまあどうしたんだか、それにくっついていっちまったんです」
「………」
「そして会津はおろか、馬鹿なことに函館までいって戦争して、とどのつまりはやっぱり降参ってえことになった。まあ何とか命だけは助けてもらって、乞食みてえになって桑名へ帰った。すると桑名じゃあ、例の奉行が生きていて、県の大参事ってえやつになっていた。……ええ、旦那、おれと運命が似てるっていったのァ、こういうところなんで」
四郎助は瞳《ひとみ》をひろげずにはいられなかった。
「その何とか奉行は、幕末に京都で志士を厳重に取締った男なんだがね、こいつが無事であったばかりに、そんな地位についたのァ……へ、へ、人間、同じ立場になると、だれでも同じようなことをやるもんで、おれのおやじとそっくり、自分の妾の妹を、御一新のとき桑名へ乗り込んで来た官軍の隊長に献上したおかげだという。献上してききめのあるほどきれいな娘じゃああったらしい」
「ふうむ」
「それでも、帰って来た綱木を何とか県庁の下役人に世話してくれた。ところが、人間、似た立場だと似たことをやると、いまいったが、そこが綱木でさあ、まるでゆうずうがきかねえ。この樺戸で冬死んでカチカチになった囚人の屍骸《しげえ》をなんどか見たことがあるが、生きてるうちからそんな風なのがあの男でね。上役が袖の下をとってるのを見て、小役人のくせにこれに文句をつけたから、たちまち|くび《ヽヽ》になってしまった。それがその後、何か建築請負みてえな商売をはじめたらしいんだが、こんどは役人に袖の下を使わねえもんだから、これも失敗」
「………」
「とにかく何をやってもうまくゆかねえ。あたりめえよ、ああなんでも汚がっちゃ、だれだって相手にしねえよ。てめえはまっとうなことばかりしてるつもりなのに、だんだん不幸になるって、不平いったってしようがねえやね。あげくの果てに思いつめて、カンシャクを起して、ええと、日本脱管とか何とか、とにかくもう日本人をやめてえってえ願い書をお上に出したんだってねえ。それで役人と喧嘩して、とうとうここへ送られて来るような始末になった。日本政府脱管を願った男が、日本政府の監獄に鎖でつながれちまったんだから、こりゃポンチ絵だ。ケケケケケ」
四郎助は、黙って焚火を眺めていた。
「あいつのことはこれくれえしか知らねえ。いいかね?」
四郎助は顔をあげた。
「うん、わかった。ただ、もうひとつ訊きたか事《こつ》がある。その官軍の隊長に献上された娘は、その後どげんなったか」
「そりゃ知らねえ。知らねえが。……」
と、赤川はギョロ眼を宙にあげた。四郎助はうしろをふり返り、病囚の寝息をたしかめたあと、ささやいた。
「あの女バテレンがそうだとは思わんか?」
「それよ、おれも、ひょっとしたら……と、思ったんだが、そいつは何ともいえねえね」
四郎助はつぶやいた。
「夕暮に見ただけでよくわからんかったが、あの尼僧は年は三十半ばに見える。御一新のとき以来もう十九年、だれにもいろいろなことがあったはずじゃからなあ」
「あれで、もう三十半ばかね。いや、おれにも年はよくわからねえが、馬鹿にきれいに見えやがった」
赤川呂助の分厚い唇に、また唾がにじみ出した。
「お前さん、ああいうのが、いざとなると面白えんだ。バテレンじゃあねえが、おれはいちど若え尼を俥に乗せたことがあるが。……」
「うるさい。もうよか、黙れ!」
七
赤川は、あるときから「がらっと変った」といったが、それはあてにならない。その父親もふくめてもともとがあまり感心出来ないたちの男だったようだ。一方の綱木は──とくにその父親はみごとである。その父をいちど裏切ったことで、以後かえって綱木は父親の生き方にとり憑《つ》かれたように見える。
とにかく、御一新を境に、運命はもとより性情まで変化したことはたしかだ。
人が背信せざるを得なかったこの世の逆転期に、一人は無際限の破廉恥漢となり、一人は病的なまでの潔癖漢となったことはまちがいない。その二人の男が、いま一条の連鎖で結びつけられている。──
何か忙しいことがあったと見えて、騎西看守長は納屋をのぞきにもやって来なかった。もっとも、囚人が血を吐いたり、怪我をしたりすることはしょっちゅうで、騎西にとっては、馬の一頭がどうしたくらいの報告と同様であったかも知れない。
それどころか、その日、病人を何とか集治監に連れ帰ったあと、四郎助が、当分綱木は赤川と離して静養させてやったらどうか、と伺いをたてると、きびしい眼を四郎助にそそいで、
「──若《も》しこれに耐えず斃死《へいし》してその人員を減少するは。……」
と、呪文のごとく唱えただけであった。囚人が死ねばそれだけ監獄費が節約出来るという、例の金子《かねこ》大書記官の復命書の一筋だ。
それでもとにかく様子を見て、と、四郎助は考えていたのだが、翌朝、綱木に訊くと、大丈夫、外役に出るという。
朝から底冷えのする曇天であったが、河を渡ったころから、野にはことし二度目の雪がふりはじめた。しかもこんどはだいぶつもるのではないかと思われるふりかたであった。しかし、作業中止の命令は出なかった。
そして、午前の労役がはじまって二時間もたたないうちに、綱木はふたたび喀血《かつけつ》した。
そこで四郎助は、彼をかかえて、また納屋にいれてやった。
その納屋の戸をあけて。──
「ほい、しまった」
という声を聞いて、四郎助は棒立ちになった。
納屋の奥に、二つの影が凝然と立っている。
「やあ、益《ます》……有馬君か。これは助かった」
休庵先生の声だ。もう一つ、そのうしろに立っている影を見て、四郎助は眼を見張った。それはあの黒衣の修道尼であった。
「先生、いつからこんなところに……」
「けさ、お前さんたちが来る前からよ。秣《まぐさ》があって助かった。あれは暖かいもんじゃのう。……」
休庵は笑っていた。なるほど二人の身体のあちこちには、秣《まぐさ》の藁《わら》や枯草がいっぱいくっついている。ここから作業道具を持ち出したはずだが、二人の姿は秣《まぐさ》に埋まって発見されなかったのか。
「まず君をとっつかまえようと思っておったんじゃが、あの鬼看守長も来ておるな。それに見つからんで、どうしてお前さんに近づこうかと思案しておった。いつまでもこうしてはいられねえから、とにかくおれだけでも出て見ようと立ちあがったところに、お前さんのほうからやって来たんだ」
彼はかえりみて、
「しかも、幾つか納屋のあるなかで、だ」
と、髯《ひげ》の中から白い歯を見せた。
「イエスさまのお導きだ、といわねえかね、イザベラ」
黒衣の修道尼は、黙って佇《たたず》んでいる。四郎助はふたたびあの星のような瞳を見た。納屋の中だが、戸はあけてあるので、先夜の暮色よりは明らかに見える。色の白さは貞潔そのものであり、眼にひかる涙は悲哀そのものであった。その女人は、四郎助の眼には、やっぱり西洋人のように見えた。
四郎助にかかえられた綱木和三郎も、一語も発しない。あごをつき出し、飛び出すような眼で相手を眺めている。
「まあ、二人で話しな」
と、休庵はいい、
「有馬君、われわれは出よう」
と、歩き出した。
綱木を腕から離して、四郎助はその足の鎖に赤川がつながっていることに気がついた。珍しく赤川呂助も声をたてなかったのは、さすがに異様な雰囲気に打たれたのだろう。
「出ろ」
四郎助は、赤川だけをひったてて外へ出て、うしろ手に戸をピッシャリしめた。鎖は戸のすきまから中へつながっている。赤川に逃走のおそれはない。
その赤川を、納屋から一メートル以上も離して、
「お前はここに坐っちょれ。動くと承知せんぞ」
と、命じてから、四郎助は休庵を連れて、作業現場からは見えない側《がわ》の納屋の横にまわった。
「先生、あの御婦人は、綱木と桑名でのお知り合いじゃごわせんか」
「そうらしいな」
「どげな?」
「そりゃ知らん。昔、桑名での知り合いと聞いただけよ」
休庵は首をふった。人の過去は訊かないことにしている、と彼はいった。とはいえ、何も知らないで、あの修道尼をここまで連れて来る世話を、この休庵がやくだろうか。
委細かまわず四郎助は、桑名藩崩壊前後の綱木の話をした。あれが桑名の女、と聞いただけであの女だ、という直感があった。「ほう? ほう?」と、休庵もさすがに、ときどき興味をおぼえたらしい声をもらした。してみると、あの女人に何も訊かなかったということはほんとうかも知れない。
十分くらいたったろうか。
納屋のほうでただならぬ音がした。うめきと、悲鳴と。──
はっとして四郎助が、身をひるがえして納屋の前に駈け戻ると、そこに赤川がいない。──戸はあいている。そして、その中から、赤川呂助が出て来た。
四郎助は悪夢でも見るような気がした。
赤川は、一人ではなかった。尼僧を羽がいじめにしていた。そして、あっというまに駈け出した。その片足をひきずった鎖は、三メートルうしろで切れていた。薄白くなりかかった地上に、細く血痕が曳《ひ》かれていった。
休庵が納屋の中にはいり、一分ほどで出て来た。
「綱木は足頸《あしくび》を切断しておる」
「………」
「秣《まぐさ》切りで、自分で切ったそうだ」
「………」
なぜ? など訊く余裕はない。納屋の中をのぞくいとまもない。秣切りなどいうものがあったかと思い出すゆとりもない。
四郎助の脳髄から血がひき、全身はしびれ果て、彼はかっと眼をむいたまま、赤川が尼僧をひきずるようにして走ってゆくのを見ていた。
彼ばかりではない。ちょうどそこを、材木を運んだ帰りの空馬《からうま》が三頭通りかかっていたが、それを曳く囚人もこの異変に、口をアングリあけて棒立ちになった。
その馬の一頭に赤川が飛びつくのを見て、四郎助はやっと喪神《そうしん》状態からさめた。最初異変に気づいてから、ものの二分もたっていまい。
「待て」
走り出した四郎助に、
「追って来やがると、この女|絞《し》め殺すぞ!」
と、赤川は吼《ほ》えた。すでにその醜怪な姿は、ぐったりした尼僧とともに裸馬の上にあった。
怖ろしい怪力だ。のみならず、女一人をとらえたまま、裸馬に乗るとは、あとで考えても信じられないほどの出来事であったが、この元木曾奉行の伜は、若いころ木曾馬などで、馬だけはよく乗りこなしていたのかも知れない。いや、それよりも、彼はこの千載一遇の脱走のチャンスをつかんで、死物狂いだったのだろう。
そのまま彼は、片手に手綱をにぎって、しがみつくように馬腹を蹴った。
その奇怪な人馬の影が、野にふりしきる雪のかなたへ薄れようとして。──
「あっ、撃っちゃいけねえ!」
と、休庵がさけんだ。
銃声が野面《のづら》を渡って、遠い馬が黒い影を一つふり落すのが見えた。しかし馬は、まだ一つの影を乗せて、そのまま遠ざかってゆく。
工事現場のほうから騎兵銃をふりかざし、何かわめきながら走って来る騎西看守長をちらっと見て、
「追おう、有馬君」
と、休庵は残った馬に駈け寄り、飛び乗った。あのノソノソした酔いどれ医者とは思えない動作であった。
四郎助も、もう一頭の馬にはね上った。これまた馬首にしがみつくようにして駈ける。
「そこは沼じゃ。気をつけろ。そっちも沼だ」
と、休庵がさけぶ。湿地だらけだから道路を作らなければならない大平原であった。
「待て。──おおっ、あのひとだ」
薄白い雪の上に倒れているのは、黒衣の尼僧であった。
「有馬君。君はその人を運べ。おれは地形を知っとるからあいつを追っかける。いいか!」
四郎助は馬から転がり落ち、尼僧のところへ駈け寄り、抱きあげた。その白い顔はがっくりと仰のいたままだ。背にまわした手にベットリついたのは血であった。
騎西看守長の弾は、この尼僧に命中したのだ。彼女はもうこときれていた。
十数分後、途中まで駈けて来た囚人たちに手伝わせて、四郎助は修道尼を納屋に運びいれた。
納屋の中では、騎西が立ちはだかって怒号していた。
「自分で切ったと? 気でもちがったか。来年春には出獄出来るっちゅうのに、なぜそんな馬鹿なことをしたんじゃ!」
綱木は入口のほうに顔をむけて、四郎助に抱かれた尼僧を見た。
「春まで、私は間に合わない、私は、あの男と離れて死にたかった。……」
凄じい流血のため、顔はまるで蝋《ろう》のようであった。四郎助は、囚人の足のほうに、足頸から先の足が、切断されて一つ転がっているのを見た。
「死にましたか」
と、綱木は四郎助にいった。
「耶蘇では自殺禁制だそうだが、いっしょに死んでくれるとはいいましたが、思いがけない気の毒なことをした。……お願いです。ここにならべて下さい」
四郎助は夢遊病者のように、その通りにした。
綱木和三郎は、顔をとなりの死者にむけ、手をさしのばしてその手をとった。
「これで私たちは、日本を脱管します。……」
彼は眼をとじて──それっきり、笑った表情は動かなくなった。
これは心中だ、と、四郎助は考えていた。さっき納屋の中でこの二人が何を話したかわからない。この尼僧が、あの桑名で官軍の隊長に捧げられた昔の恋人であったかどうかさえさだかではない。しかし、囚人と尼僧と、白い手の鎖でつながった二人の死顔は、二十年ほど前にさかのぼったように美しかった。
騎西看守長も妙に黙り込んでつっ立っていたが、ふいに何か妙な声をもらしたので、四郎助がふりむくと、あいたままの入口から、大空をうずめる雪と──白い大地のかなたから帰って来る馬上のアイヌ風の人影が見えた。
「この野郎みてえに、人一人抱いて裸馬に乗るなんて芸当はおれにゃ出来ねえ」
と、駈け寄った五寸釘と牢屋小僧にいう独休庵先生の声が流れて来た。
「もっとも、沼に落ちて溺れた屍骸《しげえ》を、乗せてやってもしようがねえやね」
その馬のうしろから、たしかに鎖にひきずられた泥まみれの物体が見えた。
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邏卒報告書《らそつほうこくしよ》
一
赴任して三カ月近くなり、有馬|四郎助《しろのすけ》も、八人の看守長や五十人余りの看守を、名や顔はむろん、だいたいどんな人間か、という点でもほぼ知るようになった。大まじめで勤務している者が大半であったが、中には、その残忍なこと、卑屈なこと、異常性のあること、囚人とおっつかっつ、それどころか、制服と獄衣をまちがって着せられているのではないか、と思われる男もあった。
いま、例としてあげた特徴を、みんなそなえているかに見える一人の看守がいた。堂目《どうめ》七郎次という看守であった。
年は四十を少し超えたくらいだろう。馬のように長い顔をして、身体も長大だ。それが、上司の命令を受けるときその大きな身体を二つに折らんばかりにして、「ヘヘーっ」と、芝居みたいな声を出す。規律を重んじること人後に落ちない四郎助も、大時代過ぎる、と苦笑するほどであった。一方で、囚人に向っての傲慢《ごうまん》さは、これまた人間離れしていた。
囚人に対して厳酷である、というのは、ほかの看守長、看守の大部分が然《しか》りで、とくにその典型を騎西看守長に見るが、しかし彼らの厳しさにはそれなりに筋が通っている。騎西に至っては、信念のごときものさえあるようだ。
ところが、その堂目看守は、どこか異常だ。
馬面といったが、それが蒼白くて、平生はむしろ陰気なのである。これが激怒すると、囚人を張り飛ばす。何しろ身体が大きいから、殴られた囚人は一間くらいはね飛ばされるほどだ。しかもその怒りが発作的で、なぜ怒ったのか、はたの者はむろん殴られた当人にさえわからない。
ただ、よく見ていると、それでも彼が凌辱《りようじよく》する囚人は特定の者らしかった。しかし、その対象には、どうにも脈絡がない。要するに、彼には虫の好かない囚人があり、それに対して、虫のいどころが悪いと凶暴性を発揮するらしいのだ。
どうやら彼は、ここの看守になる前は東京で巡査をやっていたのだが何か失敗があって、ここに左遷されて来た男らしい。ふだん鬱屈したものをかかえているかに見えるようすは、その失意の名残《なご》りかと思われる。
ただ膂力《りよりよく》がすぐれているばかりでなく、彼は射撃もうまいという。
先日、逃亡を計った第一雑居房二十三番を撃ったのは騎西看守長で、その弾はそれて別人に命中したが、四郎助が赴任する前──囚人を連鎖でつなぐというアイデアが浮かばなかったせいもあって、道路工事の現場で逃亡を試みる囚人がはるかに多かった。その中で、この堂目看守が五人射殺した実績があるそうだ。
何にしても、あまり近づきたい人間ではなかった。よく知りたい人間ではなかった。活溌な四郎助も、その年上の同僚は敬遠気味であった。
その四郎助が、堂目看守についてやや詳しい事実を知る機会を持ったのは、十二月上旬のある午前であった。この日は凍りつくような雨がふりしきって、さすがに外役は休みとなった。二つの長大な獄舎をH型に結ぶ廊下のまんなかに看守詰所が設けられている。そこへ、騎西看守長を探してはいっていった四郎助は、
「その返答は何じゃ! 馬鹿者!」
という怒号とともに、一人の囚人が殴り倒された光景を目撃する破目になって、めんくらって立ちすくんだ。
殴りつけたのは、堂目看守だ。ひっくり返ったのは、見知らぬ囚人であったが──その獄衣の新しさから、すぐにそれが、きのう新しく送り込まれて来た囚人の中の一人らしい、と、直感した。
もう一人、囚人が床に坐らせられて口をアングリあけていたが、これもたったいま殴られたらしい瘤《こぶ》がひたいになまなましく盛りあがっていた。
「ここをどこだと思っとる? 樺戸はなまぬるい内地の監獄とはちがうぞっ」
起きあがろうとするのを、また靴で蹴りつけようとしたとき、
「待て」
と、テーブルの向うに腰かけて厳然と眺めていた騎西看守長が声をかけた。
「有馬看守、何か用か」
「は、実は第四雑居房に、このごろ蔓延《まんえん》しておる皮膚病の件について……」
「そんな話は、あとで聞く」
騎西は、堂目看守にむかい、
「その二人、あしたから外役に出せ。いまからこの連鎖でつないでおけ」
と、いって、卓上にあった例の連鎖をつかんでさし出した。
連鎖は、最初のうちは外役のときだけ装着させることにしていたが、出かけるとき、帰ったとき、いちいち何百組という数にはめたり、はずしたりするのが大変な手数なので、いつのまにか、集治監の中でも、その組は鎖でつないだままにしてある。──さればこそ、綱木和三郎が赤川呂助とつながれて苦しがったのだ。
「この二人を?」
堂目看守は改めて囚人たちを眺め、
「なるほど」
と、うなずいて、その連鎖をとりつけるのにかかりながら、
「畑寺」
と、呼んだ。瘤を出した囚人が、哀れな顔をむけた。
「お前、やっと高戸をつかまえたわけだの。……もう離すな」
堂目看守はニヤリとした。
「もっとも、離そうとしても、離れはせんが」
「連れてゆけ」
と、騎西看守長があごをしゃくった。
足から鎖の音をたて出した二人の囚人を連れて、堂目看守は出ていった。
「いまのは何でごわす?」
とじられたドアから眼を戻して、四郎助は訊いた。
「きのう来た新入りのやつだよ。まだ樺戸の怖さを知らんと見えて、小生意気なせりふを吐いたから堂目がヤキをいれたんじゃ」
「もう一人の囚人も新入りごわすか」
「いや、あれは第三雑居房に前からおるやつだが──」
「ははあ? 左様でごわしたか」
何しろ囚人は千六百人前後はいるのだから、四郎助のまだ知らない人間が沢山いてもふしぎではない。──もう四十前後の、まんまるい顔に下がり眉の、見るからに可笑《おか》し味があって、しかも哀れな顔をした男であった。そういえば、こっちの獄衣は新しくなかったようだ。
「畑寺重蔵といい、明治八年に入獄し、十三年の刑で、この樺戸が開かれてからすぐに移されて来た。再《さ》来年で満期じゃな」
と、騎西はいった。
「新入りのほうは高戸宇之助というやつだそうだが、両人、昔の知り合いで、こんど何年ぶりかでここで再会したというわけじゃ。どういう知り合いかというと、畑寺は巡査として、また高戸は畑寺の手を焼かせ、あげくの果ては十三年の刑を受けるほどの大失敗をやらせた賊として」
「ほほう?」
「いや、そのことを当人たちより先に知った者がある。堂目看守じゃ」
面白そうに、騎西看守長は──と、いいたいところだが、そんな表情をめったに見せたことのない男だ。しかし、みずからこんな話をしたところを見ると、やはり面白く思ってはいたのだろう。
「堂目は、当時畑寺の上司でね、それが畑寺の|へま《ヽヽ》で責任をとらされて左遷されて、結局この樺戸集治監がひらかれるとこっちに回されることになった。──じゃから、いまでも、畑寺に対して、甚だ邪険ではあったな」
堂目看守が特定の囚人に凶暴ぶりを発揮するのは承知していたが、畑寺に対しては──その男も知らなかったくらいだから──暴力をふるうのは、四郎助も見たことがなかった。しかし、そういう因縁があるなら、充分、あり得ることだが、あの看守に遺恨を持たれたら、たまるまい。
「で、ここで改めて対面させたのだが、高戸がひとを小馬鹿にしたような口をきいて一喝され、それを畑寺がかばって殴られ、さらに高戸が怖さ知らずに文句をつけたものじゃから、堂目がかんしゃく玉を破裂させたんじゃ。いま、巡査と賊、といったが、畑寺と高戸は、それ以前、同じ御家人の家に生まれた親友であったらしい」
「へへえ?」
四郎助は、もういちどまばたきして、ドアのほうへ眼をやった。
彼は、五寸釘の寅吉の話や、日本脱管届の綱木和三郎の行為を見て、ふかく打たれた。ここへ赴任したとき、何千匹かの獣の大群のような気がしないでもなかった徒刑囚たちが、それぞれ人間としての過去を持っていることを感じさせられた。
それは当然のことだ。そして彼らは、現在もまた人間であるかも知れない。──
四郎助は、さまざまな囚人の、それぞれの人生の話を、もっと聞きたかった。
──以下は、このあとで四郎助が、騎西看守長や堂目看守や、そして畑寺重蔵や高戸宇之助の外役場での焚火《たきび》起しの話をかき集めて、彼が組み立てた、かつての「邏卒と泥棒」の物語である。
二
畑寺重蔵と高戸宇之助は、江戸本所、南割下水《みなみわりげすい》と双葉町と、家も近い、安御家人の伜《せがれ》であった。
たしか慶応三年のことであった。支配のところから、こんな廻状が回って来た。
「今般|御浜《おはま》御殿海軍所において、航海術伝習お開きに相成り候につき、旗本御家人ならびに伜厄介等まで、二十歳以下の者、有志の輩まかり出で、真実に修行いたすべく候。伝習受けたき志願の者は伝習|掛《がかり》お目付《めつけ》へ名前差し出さるべく候。ただし天性伝習に叶わざる向きは無用の儀なるをもって、某月某日、右海軍所において読み書き算術の試験を行い、格別見込みの者にかぎり稽古おさし許し相成るべく候」
そのころ幕府は、三十余隻の軍艦や汽船を持っていた。それは以前に、海軍伝習所や軍艦操練所で異人から学んだ連中によって動かされていたのだが、いよいよ急に迫って、ここに新しく乗組員を製造する必要を生じてこの急募となったのである。
畑寺重蔵と高戸宇之助は、当時二十歳であった。二人はこれに応募することにした。
彼らはむろん、どうにもならないほど貧乏であった。しかし、貧乏は御家人ぜんぶのことで、もともと重蔵は鈍重のたちで、宇之助はどこか遊び人の天性を見せかけていた。
顔までみるからに好人物でユーモラスな重蔵にくらべて、宇之助は、ややしゃくれて、受け口でいかにも軟派的な印象を与える。
その二人が、場ちがいと見える海軍伝習などいう勇ましい修行をする気になったのは、別にわけがある。
すぐ近い緑町に住む関徳兵衛というやはり御家人の娘で、十八になるお節が、
「ね、やってみたら?」
と、それぞれにいったからである。
なぜ御家人の娘がそんな突飛な勧誘をしたかというと、父親の徳兵衛が軍艦奉行の勝安房のところへ、平生出入していたからだ。
勝安房──それこそは彼ら安御家人のかがやける星であった。勝もまた重蔵と同じ南割下水の町に育った御家人の子で、これも赤貧洗うがごとき暮しの中からみごとに立身した。しかも、律義な重蔵から見ると、オカラを食いながら昼夜ほとんど眠らず勉強したという勝の青春は彼を鞭《むち》打つ逸話であり、一方、遊び人の宇之助から見ると、それにもかかわらずどこか遊び人風のところがある勝の性向は、これまたきわめて希望と親近感をいだかせるものであった。
これもむろん彼らを発奮させた原因だが、しかし直接の原動力は、やはりお節であったといっていい。彼女は貧しいながら、白梅のようにりんとした気性と、夢みるような瞳を持った美しい娘であった。
そして、実際に父親の徳兵衛は、重蔵と宇之助のどっちに娘をやろうかと思案している、というようなことを口にしたことがあったのだ。
しかし、さしあたってこの海軍伝習の件は、現実の問題として彼らを困惑させた。
「おい、試験とはどういう試験だ?」
「読み書き算術、とあるぞ。読み書きもあやしいが、算術となると、これは難題じゃて」
二人は顔見合わせた。
すると、何日かたってから、お節が一冊の本を持って来た。
「父が、勝さまのとこからお借りして来たのよ、これを勉強したら、算術のほうは大丈夫らしいって」
だれがいつ翻訳し、いつ印刷したものか。その本には「仏蘭西《フランス》初歩算術大意」とあった。──明治になったあとで重蔵が思い出してみると、それは小学校の四、五年あたりの算術の教科書にひとしいものであった。
「代りばんこに貸し合って、勉強して」
お節がその本を置いて去ってから、二人は、どっちが先にそれで勉強するか話し合った。
「五回ジャンケンをしよう」
と、宇之助がいった。重蔵は、絶望的な顔をした。
五回ジャンケンするまでもなく、四回で、宇之助は三勝した。それははじめから、ほぼ重蔵にわかっていた。宇之助とジャンケンを何回かやると、彼は必ず負ける。ふしぎではない。こっちの頭が悪いせいだ、と、彼は昔から認めていた。
「いや、お前が先に勉強したほうがおれにも好都合かも知れん。あとでおれに教えてくれ」
と、彼はいった。
ところが、十日たっても、十五日たっても、宇之助はそれを渡してくれない。訪ねていってその老母に訊くと、二、三日は勉強していたようだが、あとはいつもの通り、夜となく昼となく遊び歩いているという。
「それじゃあもう、あいつはすましてしまったのかも知れない。なにしろ頭のいいやつだから」
と、重蔵はいった。
頭はいいが、ぞろっぺいな宇之助であった。実は、その飛ばっちりで、なんど重蔵はひどい目にあったか知れない。少年時代から、いくど、してやられた! といった思いにさせられたか、数え切れない。しかし、それでも、眼から鼻へぬけるように才気|煥発《かんぱつ》で活溌な宇之助を、彼は「畏友」としていた。
例の徳兵衛も「あいつはお若いころの勝麟太郎さまにちょっと似ておる」と評したことがあって、重蔵をがっくりさせたが、一方で、「たしかにあいつはただものではない」という彼の見解を、いよいよ不動のものにした。
お節のことについても、彼は心の底で、「あのひとをほんとうに愛してるのはおれのほうだと思うんだが」と考えつつも、いつしかもう恋の敗北者を自認しかけていた。
おふくろと話しているところへ、ブラリと当の宇之助が帰って来た。まだ明るいのに、いい顔色をして楊子《ようじ》をくわえている。
「やあ、算術大意か。あれはまるで子供だましで、馬鹿馬鹿しいや」
と、いう。そこで重蔵が、それじゃ持ってっていいか、というと、
「いや、もうちょいと待ってくれ」
と、ケロリとして首を横にふる。重蔵は考えて、
「では三日間だけ貸してくれ。その間におれは写本して、あと本物は返すから」
と、頼んだ。おふくろも口添えした。
「じゃあ、三日だけ貸してやるか」
と、宇之助は、まるではじめから自分の所有物であるかのようにしぶしぶ承諾した。
やっと手にはいった本は、地の文は翻訳してあるものの、アラビア数字だらけの横書きで、重蔵にとっては呪文同然であった。彼は三日三晩、不眠不休でそれを筆写した。筆写しながら彼は、若い日の勝海舟が一年がかりで日蘭辞書「ヅーフハルマ」五十八巻を二部写本し、一部を売って借りた損料にあてたという話を思い出した。
写本したあとも、重蔵は近くの蘭学者に書いてある内容を訊きにいった。仏蘭西も阿蘭陀《オランダ》も彼にはその区別がつかなかったのである。
間もなく、試験の日が来た。
算術もあった。むろんアラビア数字など不要ではあったが、しかしちょっと頭をひねらなければならない応用問題が出されていた。……あれでも、あの勉強をしておかなかったら、おれには手も足も出なかったろう、と彼は考え、「初歩算術大意」とお節に感謝した。
ところが、このときそばに坐っていた高戸宇之助が、肘《ひじ》でつついてはささやくのである。
「おい……三番は何だ」
「その問題の意味は、だな……」
「意味なんかどうだっていい。答えを教えろ」
しばらくすると、
「おい……七番は?」
と、またささやく。
「そ、そんなことを教えていいか。……」
「しっ、声が高い。早く、そっと教えろ。友達じゃないか。航海伝習を二人でやったほうがたのしいじゃないか。……」
重蔵は、宇之助に五つも教えてやった。
やがて、合格者が発表された。──そして重蔵は落っこち、カンニングをやった宇之助は、みごとに合格していたのである。
算術ばかりではなく、読み書きの成績の差に相違ない。
不合格そのものには、重蔵はそれほど落胆しなかった。考えてみれば自分のように愚鈍な人間が航海術を習おうなど思い立ったことがまちがいだったのだ、と苦笑した。
ただ、これでお節をどうとかする望みは完全に断たれたと思うと、やはり哀愁を感ぜずにはいられなかった。それにしても、高戸宇之助の頭のよさには舌をまかないわけにはゆかない。
それから毎日、意気揚々と御浜御殿に「通学」する宇之助の姿が見られるようになった。襟《えり》に金の錨《いかり》を刺繍《ししゆう》した制服にダンブクロ、刀だけは落し差しにして、レキションと称するコートを羽織った颯爽《さつそう》たる姿であった。
重蔵は黙々と父母弟妹と傘張りの内職をやっていた。
半年ばかりたった秋のある夜、関徳兵衛がやって来た。
「重蔵、うちのお節をもらってくれんか」
彼は、あっけにとられた。
「いや、先ごろ宇之助がやって来てな。お節を嫁にくれという。で、お節に気持を訊いてみたら、なんと、宇之助はいやだというんだ。わしも意外に思ったが、そのわけを尋ねるともっともだ、あれは狡《ずる》い上に、ヤッコ凧《だこ》みたいにあてにならんからきらいだという」
徳兵衛は、頭をかきかきいう。
「それにくらべて、お前は、その何だ、誠実味があるから、もし重蔵さんがもらって下さるなら──と、赤い顔をしていうんだよ」
重蔵も顔を真っ赤にした。羞恥《しゆうち》もあるが、驚きと悦《よろこ》びのためであった。
「いや、よく考えてみると、宇之助はたとえ海軍にはいっても、とてもとても勝さまのようにはゆかんわい。いっそう手のつけられぬ暴れ者になるか、悪くすれば戦争で死ぬか。──いわれてみれば、お前のほうが安全じゃ、と、わしも思う」
「安全どころか……誓っておれは、お節さんを幸福にします!」
と、重蔵は満身の筋肉をふくらませてさけんだ。
帰るとき、徳兵衛はしばらく思案の顔を見せたのち、つぶやいた。
「どうせわかることじゃが、この話、宇之助には当分伏せておいてくれ。あれは少々軽はずみなところがあるでな」
げんきんなものだ。
が、それからまもなくこのことを知ったと見えて、路上でばったり逢った宇之助がいった。
「お前、お節をもらうことになったそうだな」
重蔵は、少々間がわるかった。しかし宇之助は、べつにそれほどこだわっている顔色でもなく、
「お前にはちと過ぎた女房だが、ま、貧乏御家人同士で相縁《あいえん》だろう。……おれも砲術方のお嬢さまからいま話があるんだがね」
と、意気昂然と肩をそびやかして歩いていった。
重蔵の祝言は、あくる年の春ということになった。
ところが、その春が来たとき、徳川家はもうなくなっていたのである。
何もかも、メチャクチャになった。関徳兵衛のごときは、一家あげて下総流山《しもうさながれやま》の知人を頼っていって、そこまで追っかけて来た戦火にまきこまれ、流弾にあたって死んでしまったのである。
彰義隊の戦争が終ってから、放心状態でひとり帰って来たお節から、重蔵はそのことを聞いた。
──そして、そのまま二人は夫婦になった。
とうとう祝言らしい祝言はあげずじまいで、妻となったその翌日から、お節は内職に精を出さずにはいられないありさまであったが、むろん彼女は不平などもらさなかった。
重蔵も、けんめいに働いた。といっても、彼には何の特技もなく、また商売の才覚があるわけではない。彼は、土方になった。──ともかくも幕府の御家人であった男が、である。それでも、瓦解後数年の間に、年老いた両親が栄養失調に近い状態で相ついで世を去ったくらいである。
そして、明治四年になった。その春彼は、東京の町角に、邏卒大募集の貼紙が貼ってあるのを見つけた。──
三
維新後、東京は官軍の藩兵をもって治安に当らせ、のちにこれは府兵と名は変えられたが、実態は同様であった。それで三年ばかりを過したが、この明治四年に至って、ようやく西洋のポリス制度にならい、邏卒なるものを置くことにしたのである。
三千人の所要人員のうち、二千人は薩摩人をもってあてる。あと千人は一般から募集する、というのであった。月給は六円。
そのころ、土方をやっていても重蔵は月に八円くらいの収入があった。それでも両親を栄養失調で死なせたくらいの暮しである。弟妹はそれぞれ奉公口を見つけて出ていったが、新しく子供がもう二人生まれていた。六円では、何としても苦しい。
しかし重蔵は、その募集にひかれた。邏卒とは昔の岡っ引に毛の生えたようなものではないかとも考えたが、それでも土方よりはましであった。また収入も、土方よりは確実性があった。
おずおずと女房のお節に相談すると、
「それはあなたがお望みなら。……」
と、彼女は素直に賛成した。そして、足りない分は私が内職に精を出すから、といった。
そう決心はついたが、「──また試験か!」と、彼は辟易《へきえき》しないわけにはゆかなかった。あとでわかったところによると六倍の志願者があったということであったが、とにかく詔勅や日本史略の読み書き、それから「いま身投げがあったら、邏卒としてどう処置するか」などいう問題も出たのである。
重蔵は、以前の失敗の記憶にうなされながら、土方の仕事から戻って来ると、そのまま眠らないで、暗いランプの下で頭をたたきながら勉強した。──お節のごときは、近所の井戸で水垢離《みずごり》までとった。
この努力の甲斐があって、彼は何とか合格した。
辞令とともに、紺羅紗の制服、帽子、靴に棍棒まで下賜されたとき、彼は大得意でお節の前でそっくり返って見せた。まんまるい顔に、それでも依然下がった眉を見あげて、
「まあ、御立派よ!」
と、お節は涙ぐんで見とれた。
当時東京は二十万余戸、人口は八十万ほどであったが、これを六大区に分け、一大区を十六小区に分け、一小区ごとに一屯所が設けられた。つまり東京には九十六屯所が置かれ、一屯所あたり三十人の邏卒が割りあてられたことになる。
そして邏卒は、勤務中の取扱い事項と見聞した事項はすべて手帳に記入してあとで組長に報告し、組長が一括して毎日邏卒総長に提出することになっていた。総長は薩摩の川路利良である。
畑寺重蔵は、第六大区第七小区──彼の住居区域──に配置された。
実際に勤務についてみると、予想していたほど颯爽《さつそう》としたものではなかった。家は同区域内であったが、在宅出勤は許されず、休日以外は屯所内の勤務を命じられたのも意外であった。
最初何より困ったのは、管轄区域の巡邏はともかく町角における立番で、後年のようにまだ交番というものがなく、雨の日も風の夜もただ町角に立たされたのだが、これは町に知り合いの多いことがかえって具合が悪かった。
「いやだおっかさん
巡査の女房
出来たその子は
雨ざらし」
というのは、一年後に邏卒が巡査という名に変えられてからの町の子の唄だが、つまり邏卒時代からの光景が巡査になってもまだつづいていたからである。
明治五年の春、ある雨のふる日の暮れ方であった。立番を交替して巡邏に出かけた重蔵は、双葉町のある場所に立っている一人の男を見た。番傘をさした遊び人風の男であった。
そこはかつて御家人がいぶせき軒をならべていた一劃で、その中にはあの高戸宇之助の家もあったのだが、二、三年前火事があって、いまは畑地になっている。
その男は路ばたに立って、その畑を眺めていた。雨が傘にあたるので、近づいてゆく重蔵の靴の音が聞えなかったらしい。
「何しとるか」
と、重蔵は呼びかけた。邏卒の三人に二人は薩摩人なので、一種の邏卒用語として彼もそんな言葉遣いになっている。
ふりむいたしゃくれ顔を見て、彼は眼を見張った。
「宇之助じゃないか!」
「おや、重蔵だな」
男はしげしげと、帽子に雨覆いをつけ、粗末な外套を着た重蔵を見あげ、見下ろした。
「邏卒か。……ふうん、お前《めえ》、そんなものになってるのか」
「宇之助。……生きていたのか!」
重蔵はあえいだ。
「お前は、軍艦に乗って函館へいって、戦死したものとばかり思っておったよ。……」
戊辰《ぼしん》の混乱時、別れたきりであったのだ。むろん幕艦に乗って五稜郭へいって官軍と戦い、降伏し、生きのびて帰って来た者も多いが、あれから五年、宇之助がふっつり姿を見せないところから、てっきり彼は死んだものと考えていた。その後も何かのはずみに思い出すことがあり、若くして幕府のために殉じた「畏友」に、哀惜の念とともにみずからを恥じる思いを禁じ得なかったのだ。
「宇之助、お前のおふくろさんも、あの騒ぎのとき鴻巣《こうのす》在へ避難して、そこで亡くなられたそうだ。あとは、家もこの始末だ。……」
「わかってる、わかってる」
と、宇之助はうなずいた。
「それより、どうしたんだ? あれから、どうしたんだ?」
とりすがるようにいって重蔵は、相手が落ちぶれ果てた姿で、さしている番傘も、どこかで拾って来たものであろうか、破れて一部骨まで出たしろものであることに気がついた。
「とにかく宇之助、聞きたいことは山ほどあるが、この雨の中では長話も出来ん。すぐうちへ来い、一杯飲みながら話そう」
と、涙をこぼしながらいってから、重蔵はわれに返った。
「いや、いまは残念ながら勤務中じゃ。七時に屯所に帰ったら、ちょっと外出許可を得て帰らしてもらおう。お前、さきにうちへいって待っててくれ。お前が生きていると知ったら、お節も泣いてよろこぶじゃろう。……」
「お節さんは、達者かね?」
と、宇之助はいった。
「ああ、相変らずの貧乏だが、おかげさまで」
「いくつになったっけ?」
「こうっと、二十三か」
どういうわけか、宇之助はニヤリとした。
「それじゃ、そちらにお邪魔させてもらおうか」
と、そそくさと歩き出した。重蔵はうしろから声をかけた。
「小さな家に餓鬼が二人おるが、がまんしてくれ」
破れ傘をななめにして宇之助が南割下水のほうへ急いでゆくのを見送ってから、重蔵はまた巡邏の足を運びはじめた。
感動のため、涙はあとからあとから湧きあがった。どういう運命で宇之助が生きのびて来たのかわからない。ただ、いま見た印象では昔の軽やかな活気が、妙に陰惨な精悍《せいかん》さに変ったようだが──よくよく苦労したにちがいないと思う。彼は、遠い戦地から傷ついて帰って来た戦士の友人とめぐり逢ったようなよろこびと、そして自分へのうしろめたさを感じた。
「おいこら」
ふいに、ぶつからんばかりの勢いで駈けて来た二人の男に声をかけられた。
「おはん、このあたりにふしんな男を見んかったか」
「しゃくれ顔の、遊び人風のやつだ」
第七小区の屯所の薩人の組長と、もう一人、はじめて見る、乗馬帽をかぶり、尻からげに股引《ももひき》をはいた、馬みたいに長い顔の男であった。
組長が息を切らしていう。
「この人は、賊を追って東京まで来た横浜の探偵じゃ。いまいった人相風態の賊がさきほどこの第七小区にはいり込んだを見かけたとのことで至急手配したが──おはん、見かけんかったか」
重蔵は全身棒のようになった。夕暮の雨の中でなかったら、その顔色の変ったのを見破られたかも知れない。
いや、事実、自分を見ているその馬面の男の凄味をおびた眼光を意識すると、
「そんな男なら……」
と、思わず重蔵は声に出していた。
「なに、見たか」
「どっちへいったか」
と、二人はかみつくようにさけんだ。
重蔵は腕をあげて、北のほうをさした。
「あっちです」
それは宇之助が消えた南割下水とは反対の石原町の方角であった。
「いつだ?」
「ほんの十分ほど前でござります」
屯所の組長と横浜のポリスが、路上の水たまりにしぶきをはねあげながら駈け去ったあと、重蔵はまだ身体じゅう麻痺したように立ちつくしていた。いっしょに追いかけてゆくなどいうお芝居は、彼には出来なかった。
彼らが賊として追っているのが高戸であることは明らかであった。あいつ、いったいどうしたのだ? それより重蔵は、一瞬いつわりを教えた自分の心理を怪しんだ。
邏卒たる自分が、賊をかばった。──いや、五年ぶりに再会した親友をかばうのは当然だ。──だいいち、あの俊才の宇之助が賊などになるわけはない。それは何かのまちがいだ。
その高戸宇之助は、いま南割下水の自分の家にいる。自分がそこへゆかせたのだ。彼はそこで何をお節に話しているのだろう?
あれを思い、これを思って重蔵の胸はちぢに乱れ、そのうち不安の波に心臓までおしもまれるのを感じた。
やがて巡邏を終ったが、交替時間になるまでまだ指定された町角に立っていたところが畑寺重蔵らしい。
七時になって、やっと屯所に帰った。その様子が少し異様なので、同僚が「どうかしたのか」と訊いた。
「うむ、どうやら雨に打たれて、風邪をひいたらしい」
と、彼は歯をカチカチ鳴らしながらいった。
「今夜は申しわけないが、臨時に帰宅させてもらう。明日届けは出すが、組長に断わっておいてくれ」
と、彼はいって、泳ぐように屯所を出た。──さっき探偵と同行していた組長は、まだ帰っていなかったのだ。そのことはこの際好都合であったが、また別の意味で不安であった。
南割下水の陋宅《ろうたく》に駈足で帰って、戸をあけて彼は棒立ちになった。
妻のお節は、赤茶けた畳の上に、髷《まげ》の崩れたままつっ伏していた。部屋の隅に、四つの男の子と二つの女の子がうしろ手に縛られ、猿ぐつわまでかまされて、転がってもがいていた。
「きゃつか!」
と、重蔵は絶叫した。お節は惨澹《さんたん》たる顔をあげてさけんだ。
「ほんのいま、出てゆきました……」
重蔵はまた外へ飛び出した。あたり一帯を、血相変えて駈けまわった。しかし、暮れつくした町はただ雨ばかりで、人影はおろか、猫の子一匹も見えなかった。
夢遊病者みたいにまたひき返して、彼はお節が泣きながら訴えるのを聞いた。高戸宇之助は、縛った子供に匕首《あいくち》をつきつけながらお節を犯したのみならず、いちど外から「この界隈に賊がはいり込んだという知らせがあったが、異常はないか」と、戸をたたいた声があったのに、子供を刃物で脅して、お節に「変りござりませぬ」と、答えさせたという。
──ばかっ。
女房にもらって、はじめてこの声をあげようとして、
「殺して下さい!」
ひしとしがみついて来たお節に、重蔵は口をモガモガさせ、下がり眉をいよいよ下げて、
「いいや、おれが悪かった! おれを許してくれ!」
と、しぼり出すようにいった。
彼は組長に、ついに報告書を出さなかった。
四
明治五年夏になって、司法省警保寮が丸ノ内に設けられ、官等機構が変り、邏卒の名も巡査と改められた。
そして畑寺重蔵は、三等巡査として、本所から警保寮詰めとなった。どういうわけでそういうことになったのか見当もつかなかったが、いわば本庁勤務なので、これは悪いことではあるまいと、彼は素直によろこんだ。
それはいいが、警保寮詰めになって、重蔵は、新しく自分の上司の一人となった人間の顔を見て、あっとばかりに驚いた。
「あ、あんたは!」
その馬面をした大男は、いつか横浜から来たという探偵だったのだ。相手は重蔵に記憶がなかったと見えて、けげんな表情をした。
「あんたとは何じゃ。──お前、おれを知っとるのか? どこで知った?」
「いや、その、なんで。……」
と、重蔵は口をパクパクさせて、ごまかした。
その|権少 警視《ごんのしようけいし》は、堂目七郎次といった。あのときは明治の岡っ引同然の姿をしていたが、横浜のポリスとしてはもとからえらかったのか、それとも、こんどの改革と異動で大|抜擢《ばつてき》されたのか。──
すぐに重蔵は、堂目権少警視がえらい意味も抜擢された意味も知った。とにかく上司に対して大袈裟なほど服従の態度を見せるのである。しかも、本来の仕事にも甚だ励精だ。彼がしょっぴいて来た容疑者で、三十分以内に服罪しない者はほとんどない。警察勤めで、次第に荒っぽいことに馴れて来た重蔵が、見ていて恐怖心を起したほど、その訊問ぶりは猛烈であった。
巡邏中の重蔵が、その堂目権少警視と、秋葉原の裏町でばったり逢ったのは、秋のある午後であった。
「おう、いいところで逢った。大賊の潜伏しておる家をつきとめたのじゃ」
と、堂目は息はずませていった。
「大賊?」
「高飛びの宇之助というやつだ。何年も横浜界隈を荒らしおって、おれが追っかけまわしておった賊だ。さっきそいつを神田でちらっと見かけて、やっと隠れ家《が》をつきとめたのじゃが──とにかく高飛びのうまいやつで、一人や二人ではあぶない。また飛ばれるおそれがある。じゃから、これから網を張る」
堂目は、重蔵の手をひっぱった。
「こっちだ、こっちだ」
ある町角の天水|桶《おけ》のかげで、向うの長屋のまんなかあたりの一軒を指さした。
「おれはこれから十人ばかりポリスを集めて来る。それまでお前はここで見張っておれ。十分か二十分で来る。……向うに感づかれてはならんから、いいか、ここを動くなよ」
そして、堂目権少警視は駈け去った。
突っ立った重蔵の心臓は、太鼓みたいな音をたてていた。
高飛びの宇之助が、高戸宇之助であることはまちがいない。その高戸宇之助が悪の道を躍《おど》ってゆく人間であることも、もはや疑うことは出来ない。
去年の春のことを思い出すと、いまでも重蔵は頭がクラクラとなる。
あのあとお節が自殺しなかったのは、ただ幼い子供がいたからこそだと思う。重蔵も、脳溢血でも起しそうに怒った。しかし彼は、妻を叱ろうとも責めようとも思わなかった。怒りは、その悲劇の根源を作った自分自身に向けてであった。それまで、貧しいながら生き生きと内職にはげんでいたお節が、それ以来めっきりと影薄い女になり、ときどきは放心状態にさえなっている姿を見て、彼はその哀れさに胸をつかれ、無理に陽気に冗談をいったりしたくらいである。……そして、いまお節は、三人目の子供を身籠っている。
忘れようと努力していたその凶々《まがまが》しい「親友」の居場所があそこだと知って、重蔵の血はふたたび煮えたぎった。
彼は、堂目権少警視の言葉を忘れて、そこへ突進しようとした。が、四、五歩歩いて、彼は立ちどまった。
逃げられる危険がある、と、思い直したからではない。重蔵は、いま宇之助を捕えても、自分個人が宇之助と落着いて話などする機会はない、と考えたのだ。警察の新機構を知ればこその判断であった。それなら、いまのうちに訊くにしくはない。いや、どうしても二人だけで話したいことがある。──
それは高戸宇之助が、なぜ幼な友達の自分の妻にあんなことをしたか、という疑問であった。彼の常識ではまったく想像もつかない奇怪な仕打ちであった。
それを訊こう……。それだけは訊いておかねばならん。
重蔵はふたたび歩き出し、その長屋に近づき、戸をたたいた。返事はなかったが、中で動く物音を聞くと、彼はその戸をあけた。中で男が、四つン這いになって押入れを半分あけた姿勢で、ぎょっとしてふりむいているのが見えた。──
「ポリス、来やがったか!」
と、その男はうめいて、ふところに手をいれた。つかんだのはあきらかに匕首《あいくち》の柄《つか》であった。
「おれだ。畑寺じゃ」
と、重蔵はあわてていった。外光を背にしているため、相手にはとっさに顔がわからなかったようだ。
しかし重蔵のほうは、まさしくそれが高戸宇之助であることを認めた。どういうわけか宇之助は、そのころはやり出した書生風の姿であったが、いっそうとげとげしい顔に変っていた。
「なんだ、お前か」
宇之助はがくりと筋肉をゆるめかけたが、すぐにまた羽毛を逆立てた軍鶏《しやも》みたいになって、
「お前が、何しに来た?」
と、さけんで立ちあがった。去年自分のやった所業を思い出したらしい。
重蔵の心は急《せ》いていた。しかし、とにかく相手を安心させるために、低い、おだやかな声でいった。
「宇之助。……去年、なぜ、あんなことをした?」
「あれか。あれは悪いことをした。フ、フ、まあ、友達だから許せ」
笑いさえした相手に、重蔵はまた脳に血が充満するのを感じた。
「それにあのとき無事に逃げるには、あの手しかねえと思ってね。女を黙らせるにゃァ、あれが……」
と、宇之助は重蔵の顔を見て、急にひらき直った表情になって、
「おい、重蔵、お前が怒るのァもっともだが、あのお節さんは……もともとおれの女房になる女だったんだぜ」
と、いった。
「なんだと?」
「あの破談のいきさつァ、だれよりお前が知ってるだろ。宇之助は狡いやつだ、何をするかわからんやつだってえことで、おれはふられた。海軍伝習の試験のとき、おれがお前に教えてもらったことも、お前、告げ口したらしいな」
「ち、ちがう!」
重蔵はめんくらい、狼狽《ろうばい》した。
「おれは、あんなこと、だれにもしゃべってはおらんぞ」
「まあいい。とにかくお前はおれの女をとったんだ。おれはしんそこ、お節さんに惚れていた。そいつをお前に横どりされて、おれはヤケクソになり、死んでもいい気になった。──」
はじめて聞くことだ。重蔵は棒をのんだように立ちつくしていたが、やがてオズオズといい出した。
「宇之助、それはお前の誤解だが……それにしても、あの秀才のお前が賊にまでなるとは。……」
「賊? おれは泥棒じゃあねえ」
「えっ、ちがうのか」
「いや、そりゃそうともいえる真似をしねえでもねえが……それは、ある志あってのことだ。おれはある目的のために軍資金が欲しいんだ」
「そ、その目的とは何だ」
「それは、巡査のお前にはいえねえ。ほかにも、同じ目的のために働いている同志が何人もいるとだけはいっておこう。……おれを執念ぶかく追っかけている探偵がいるのは、そのためだよ」
重蔵は、まじまじと、かつての畏友を見まもった。……そうだろう、この男が、ただの泥棒などに堕《お》ちるはずがない。彼は宇之助の変身の謎がいちどに解けたような気がした。その目的というのは不明だが、ひょっとしたらその同志とは、同じく函館で戦った旧幕海軍の連中ではあるまいか──そんな気もした。
「しかし、何にしても、ひとの女房を手籠めにするとァ、よくねえことにきまってる。重蔵、いまごろ、あやまったって追っつかねえが。──」
宇之助は、近づいて来て、重蔵の手をとった。
「あれはいい女房だなあ。子供も、可愛らしい。……その女房や子供をあんな目に会わせたのは面目ねえが、ひょっとしたらおれはあのとき、お前の倖《しあわ》せらしい家庭がにくらしくなったのかも知れねえ」
宇之助の声はふるえていた。
「おれには、まだ女房もなけりゃ、子供もいねえ。吹きさらしの風の中を、ひとりで歩いてるようなものだ。……」
重蔵の胸は潰《つぶ》れた。彼はこの不幸な友人に同情した。警察から追われながら、何やら大事をたくらんでいるらしいこの男に、怖ろしさより悲壮感をおぼえた。小さな幸福な家庭を作ろうとあくせくしている自分に恥じいった。
「宇之助、早く逃げるがいい」
と、彼は決然としていった。
「え? 逃げる?」
「そうだ。実はこの家にはもう眼がつけられていて、いまのいまポリスが押しかけて来ることになっておるんじゃ。早く逃げろ、和泉《いずみ》橋のほうへ。──」
宇之助は、じっと重蔵を見つめていたが、
「そうか、かっちけねえ」
と、うなずくと、身をひるがえして、押入れから風呂敷包み一つをとり出し、すれちがいざまに、
「おい、それにしても、お前の女房はよかったよ。……」
と、こんな場合に、ひとを食ったせりふを耳たぶに吐きかけて、蝙蝠《こうもり》みたいに戸口から外へ出ていった。
その姿が和泉橋のほうへ消えたのを見すますと、重蔵は反対へ駈け出し、また天水桶のかげに直立不動の姿勢を作った。
堂目権少警視が十人余りのポリスを連れて、砂けぶりをあげて走って来たのはその数分後であった。重蔵は顔色を赤くしたり青くしたりしながらさけんだ。
「逃げました。……たったいましがた、あの家から、男が一人出て来て、あっちの方角へ逃げました!」
「なんじゃと?」
堂目は眼をむき、
「逃すな。すぐ追跡せい!」
と、わめいて、ポリスたちといっしょにつむじ風みたいに駈け出したが、たちまち彼だけ両腕を宙にふりまわしながらひき返して来て、凄じい怒りの眼で重蔵をにらんだ。
「お前、それを見て、黙ってここに立っておったんか!」
「はっ……ここを動いちゃならんという御命令でありましたので。……」
「この、間抜けえっ」
五
畑寺重蔵が、高飛びの宇之助の逃亡を許した三度目は、その翌々年の梅雨どきのある夕方のことであった。
大胆にも宇之助は、湯島天神の開化楼という牛鍋屋の二階で飲んでいて、それを警視庁の探偵に発見されたのである。警保寮はこの明治七年一月に、こんどは警視庁という名に変っていた。
堂目大警部は、躍りあがらんばかりになって、数十人の配下に出動を命じた。堂目が大警部になっていたのは、昇進ではない。大警部は権少警視より数等低いのである。──彼はいろいろと失態があって、そこまで降等させられていたのである。それだけに彼の馬面はいよいよ凄味をおび、失点を回復する機会があると悍馬《かんば》のようにいなないた。
ポリスたちが急行し、開化楼をとりかこんだ。指揮は堂目がとった。
まずはじめに開化楼の主人が呼び出された。主人は仰天した。どうやら宇之助は、大広間ではなく、小座敷で牛鍋をつつきながら一杯やっているらしい。それはいいのだが、修羅場になってはほかのお客に申しわけないし、器物も特別製なので、なるべく損じてもらいたくないし、だいいち襖《ふすま》を隔てた隣りの入れ込みの大広間には、土火鉢《どひばち》という火の気《け》が無数にあるので、万一捕物騒ぎの余波で火事などになっては大変だ、どうかそんなことのないようにくれぐれもお頼み申したいと、土下座せんばかりに切願するのであった。
堂目大警部がこの哀願に耳をかたむけたのは、一つにはその開化楼の主人が以前は横浜で営業していて、そのころ彼は何度もただ飲み、ただ食いをやらしてもらった縁があった上に、火の心配だけはたしかにあったからだ。
それに、彼が降等された原因というのが、無能というより、むしろやり過ぎの失敗によるものらしい。横浜からおひざもとの本庁に抜擢されては来たのだが、川路大警視という人がむしろ冷静で綿密な人柄で、どうも自分は猪突のほうでにらまれているようだ、と、彼もこのごろ反省するところがあったのだ。
そこで、一応突入はさしひかえ、女中たちにいいふくめ、犯人に気づかれないように、大広間の客を徐々に避難させる策に出た。
──その最中に、これは何も知らず、ほかの事件の聞き込みで上野へ出かけていた畑寺重蔵が、そこを通りかかったのだ。
雨の夕方ながら、さすがにポリスの包囲に気がつき、同僚を見つけて、何事が起ったのだと訊いた。同僚は、大賊高飛びの宇之助がいま開化楼におり、それをかくかくの理由で逮捕の下準備をしているのだ、と答えた。
開化楼の二階に騒ぎが起ったのは、その直後だ。
まっさきに店の奉公人が二、三人、転がり出て来て、駈け寄ったさきに、重蔵は、はじめて堂目大警部の姿を発見した。つづいて客が逃げ出して来る。──重蔵も堂目のそばへ走っていった。
奉公人は、犯人がまわりの異常に気がついて、若い女中を人質にし、警察が囲みを解いて逃走を保証しなければ、大広間の土火鉢ぜんぶを蹴飛ばしてまわるぞ、と脅迫していることを告げた。
「──もう、がまんならぬ」
堂目は吼《ほ》えた。
「突《つ》っ──」
込め、と、いおうとする前に、畑寺重蔵が直立した。
「お待ち下さい」
「何だ!」
「私がいって、犯人を説得します」
「お前が?」
「賊は例の高戸宇之助だそうで──去年の秋葉原での私の失敗を償《つぐな》わせていただきたいのであります」
「お前が?……お前なんかの手には負えん!」
「高戸は、旧幕のころからの私の幼な友達なのでござります」
堂目は穴のあくほど重蔵を見つめた。彼はその秋葉原の事件を思い出していたに相違ない。──実際に、顔に穴があくような熱さを感じながら、重蔵は懸命にいった。
「牛鍋屋の火鉢を転がして歩かれては、大火事になるのは必定。──ここは私にまかせて下さい。こんどは大丈夫です」
「………」
「私がいって、十分たっても、私がきゃつをつかまえて出て来なかったら、そのときは一斉乱入して下さい」
「よし。……眼をつぶってやらせる。やって見い、十分間だぞ!」
堂目大警部は軋《きし》るようにいった。
開化楼からは、波のようにおし合いへし合い、なお客のむれが逃げ出して来る。それをかきわけて、重蔵は店にはいった。大きな階段の下には、もう数人の巡査が立って、飛び出すような眼を客に投げていた。
「堂目大警部の御命令で、犯人の説得にゆく」
と、重蔵はいった。
「十分間だけ待ってくれ」
そして彼は階段を上っていった。
彼は、本気で高戸宇之助をつかまえる気でいた。
それは、あれ以来、高戸と目される賊の強盗事件が東京でつづいてやまないのと、それからもう一つ、あっけにとられるようなことを知ったからだ。宇之助は函館の戦争なんかにいっていない。その前年に幕府海軍の伝習をはじめたばかりの連中が、軍艦に乗り込めるわけがない。──というより、そもそも宇之助は、幕艦が北へ脱走する以前に、彼自身が伝習所から脱走してしまっていた、という思いがけない事実を、偶然知り合った当時の高戸の「同期生」から耳にしたからだ。
それから宇之助はどうしたか。闇の世界で盗賊ばかり働いていた、と考えるしかない。
重蔵は、「……してやられた!」と、何度目かの痛嘆のさけびをまたあげた。そして、ただの大泥棒になり下がった宇之助をわざわざ逃がしてやった大ドジに、内心おのれを責めつづけてやまなかった。
だから、こんども宇之助を捕える機会があったら、おれの手で捕える、捕えずにはおかぬ、と、かたく決意するところがあったのだ。
彼は二階に上った。
大広間は惨澹《さんたん》たる光景であった。ここは沢山の衝立《ついたて》で区切られて、中で今戸焼の土火鉢に鉄鍋をかけて牛《ぎゆう》を食うことになっているのだが、客が逃げ出すとき、皿や徳利や薬味箱はむろん、いくつかの衝立も倒したと見えて、いたるところの土火鉢から炭が赤い炎をあげているのが見渡せるし、それまで火事にならなかったのがふしぎなくらいだ。
その向うに、まがうかたなき高戸宇之助が仁王立ちになっていた。片腕に若い女中を抱きかかえ、その頸《くび》に匕首《あいくち》をつきつけている。悲鳴をあげていた女中は、重蔵の姿を見ると、いよいよ|のど《ヽヽ》も裂けんばかりの泣声を送って来た。
「お巡りさん、助けてえ!」
重蔵はまばたきした。──彼もこの開化楼にはいくどか同僚と牛鍋をつつきに来たことがあるのだが、その十五、六の、まだあどけない顔をした女中に見おぼえがあったのだ。
「お前が来たのか」
と、宇之助はわめいた。眼は血走り、凶相というよりすでに狂人の相であった。
「いいやつが来た。ポリスの囲みを解かせろ」
「宇之助、とにかくその娘は離せ。そして神妙におれの縄にかかってくれ。……いや、友達甲斐に、縄はかけまい。おれといっしょにゆこう」
「そうは問屋が下ろさねえ」
宇之助はあざ笑った。
「おれはつかまらねえよ。開化楼を火にしてもおれは逃げる。おい、早くいってポリスどもに、囲みを解かなきゃこの火鉢を蹴倒して歩き、この女中を刺し殺すぞと告げろ」
「お巡りさん、助けてえ!」
と、また女中が泣きさけんだ。
重蔵の心に、ひどい動揺が起っていた。彼は、宇之助はもう絶体絶命助からないのだから、自分がゆけば観念して、せめて旧友たる自分の縄にかかってくれるだろう、と考えて、疑わなかったのだ。
「こら、小娘を人質にするなど、武士の風上にもおけぬ卑怯な行為とは思わんか」
「おれは武士じゃあねえ」
宇之助はせせら笑った。
「早くしろい!」
声とともに、女中がたまぎるような悲鳴をあげた。匕首のふれた頸から、血がタラタラと糸をひいた。警察で拷問の光景など、何度も見ているはずの重蔵が、この場合、自分の頸でも突かれたような感覚の衝撃を受けた。
「やめろ。……やるなら、おれをやれ」
夢中で彼はさけんでいた。
「人質なら、おれがなる。おれを人質にしろ!」
「お前を人質にする?」
宇之助は眼をひからせ、すぐに首をふった。
「いや、だめだ。あの堂目の野郎なら、お前もろともおれを焼き殺して平気かも知れねえよ。しかし、お前はうまい智慧《ちえ》をおれに授けてくれたよ。……おい、階段の上へいってな、下にいる巡査に、これから、おれが──お前のことだよ──女中をひっかかえて駈け下り、駈け出すから、間髪をいれずそのあとポリスに雪崩《なだ》れ込むように、と外に伝えさせろ」
重蔵はまたまばたきした。それならこっちの望むところではないか。
彼は宇之助がついにあきらめたのか、と思った。宇之助があきらめたのなら、わざわざそんなきわどい真似をしなくてもいいわけで、あとになって自分の愚鈍さに頭を打ちたたいたのだが、そのときは許可を得た十分間という時間に追われて、それ以上相手を疑う余裕はなかった。
「そうしてくれるか」
彼はむしろほっとして、階段の上に駈けてゆき、下の巡査にその通りのことを告げた。
そして、引返して来ると宇之助は、娘を足もとに坐らせていたが、髷《まげ》の解けた髪を左腕にからませたまま、
「おい、重蔵、お前の官服をぬげ」
と、あごをしゃくった。重蔵は、あっけにとられた。
「早くしねえと、この女中、刺し殺すぞ!」
その眼の殺気は、ほんものであった。実際に匕首をまた女中の頬にあてて、そこからも血が溢れ出した。
「ま、待ってくれ」
重蔵のほうが脅《おび》えて、あやつり人形みたいに制服をぬぎ出した。──まことに馬鹿げた行動であったが、そのときは「どんなことがあっても、罪のないその小娘を犠牲にすることは出来ない」という叫びが、彼の胸をわななかせつづけていた。
「それをこっちに放れ。……靴も、帽子もだ!」
宇之助は命じた。そして、女中への威嚇《いかく》の姿勢を保ったまま、彼は自分の着物をぬぎ、その巡査の制服を着るという動作を、手品師のごとく迅速にやってのけた。
ちょうど許された時間の八|分目《ぶんめ》くらいであった。巡査姿となった宇之助は、小脇に半失神状態の女中をひっかかえ、嵐のように階段を駈け下り、外へ駈け出した。
日はほとんど暮れ、雨はふりつづけている。堂目大警部すら、まさかそれがめざす賊だとは思わず、
「やったっ。……それっ」
と、その脱出者とすれちがいざまに、巡査のむれとともに突入し、二階へ駈け上っていった。
そして彼らは、大広間のまんなかに、シャツとフンドシだけで茫然《ぼうぜん》と突っ立っている畑寺重蔵の下がり眉の顔を見いだしたのである。
血だらけの女中が、雨の町角に、気を失ったまま放り出されているのが発見されたのは、そのあとのことであった。
六
即刻免職にならなかったのが不思議である。
重蔵も信じられなかった話だが、この大失敗の報告を受けた川路大警視は「畑寺巡査の行為はしかたなか」といい、破顔さえしたということであった。その代り──信賞必罰にきびしいといわれる川路大警視の処置にしても、どういうわけかわからないが──堂目大警部のほうが、それから間もなく少警部にまた降等されてしまったのである。
だから警視庁の中でゆき逢ったとき、堂目少警部から、
「……畑寺、おれは、お前と高飛びの宇之助が幼な友達じゃったと知らなんだことを恥じる。その怠慢《たいまん》だけでもおれは降等に値する」
と、爆発を抑えた陰気な声でいやみをいわれたときは、彼への申しわけなさに、重蔵はまさに消えいらんばかりになった。
その二人が、はからずも妙なコンビを組まされることになったのは、その年の初冬のことだ。二人は、東京─高崎間の郵便御用馬車の警護を命じられたのである。
この明治七年のころ、長距離の馬車輸送というと、東京と高崎の間しかなかった。──妙な話に聞えるが、当時日本の最大の輸出産業はというとまず生糸で、そのまた最大の産地は上州だったからだ。そこで上州の中心地たる高崎と東京の間には、生産品はもとより、商人、相場師のみならず、現金、郵便の為替金などの往来が忙しかった。そこでこの区間だけに特別の馬車が仕立てられたのだ。
民営とはいうものの政府の保護下にある「広運社」という通運会社の馬車で、一日に、午前五時、午後十時、それからその間に適時のものと、三台ずつが双方から出発するのだが、特にこの午後十時のものは夜馬車といい、現金や郵便為替金も輸送した。ところが、二、三年前、途中の熊谷で六人の強盗に襲撃され、馭者《ぎよしや》は傷つきながら鞭をくれて、あやうく難を逃れたという事件があってから、警視庁から毎回、警部と巡査一人ずつが、ピストル携帯でこれを護衛することになったのである。
それは交替で命じられる勤務であったが、重蔵ははじめてで、それはいいが同行する警部が堂目だと聞いて、実のところ内心閉口した。しかし、上からの命令だから、どうするわけにもゆかなかった。
その勤務の前夜のことだ。もう日の暮れた両国橋を、重蔵が帰宅を急いで渡っていると、その途中、橋のらんかんに寄っていた影が三つ動き出して彼の前に立った。
それが、一つは大人だが、あと二つはまだ小さい。──その大人の顔を、寒月の下にすかして見て、重蔵は棒立ちになった。
「宇之助!」
反射的に彼は、腰にぶら下がっている捕縄《ほじよう》の輪に手をかけた。
宇之助は、しかし、うなだれていた。ザンギリ頭というより髪は蓬々《ほうほう》とし、着物の裾《すそ》など川風にはためくせいか芭蕉みたいに破れているようで、落魄《らくはく》し切った風態であった。
「お前の前に出せる面《つら》じゃあねえが、かんべんしてくんねえ」
と、彼は弱々しくいった。
「いますぐ縛るというなら、縛ってくれ。──」
あれ以来、重蔵は、高飛びの宇之助のやったらしいと聞いた強盗事件の現場には、志願してまっさきに急行した。あいつはおれの手で捕える。捕えずにはおかぬ、というのは、巡査としての彼の、いまや必死の念願であったのだ。
「ただ、その前に聞いてもれえてえことがある。──」
と、宇之助はいった。
「実はおれは追われてるんだ。──いや、警察《さつ》じゃあねえ、仲間にだが──こうしているのも、どこかで見張られてるおそれがある。そこでてっとり早くいうが──重蔵、お前|明日《あした》の晩、郵便御用馬車で高崎へゆくってね?」
「そんなことを、お前、なぜ知っておるんじゃ?」
「広運社の掲示板に、予定の巡査の名が書いてあったよ」
ぎょっとしたようにむき出した重蔵の眼に、宇之助はあわてていった。
「いや、大丈夫だ。ピストル携帯のお巡りが二人まで乗ってる御用馬車に、いくら何でも手は出せねえ。また、おれがそんなものを狙《ねら》ってるなら、わざわざこんなことはいいやしねえ。おれがここに来たのァ、別のお願いがあるからなんだ」
こいつの口ぐるまにはもう乗るものか、聞く耳持たぬ、と、さけび出そうとした重蔵の口を封じたのは、次の宇之助の言葉であった。
「その馬車で、この二人の子供を運んでもれえてえんだ」
「なんだ、この子は?」
「面目ねえが、おれの餓鬼だよ」
「えっ、お前の子供?」
重蔵はめんくらった。
「お前にこんな子供があったのか。いや、いつか、おれは女房も子供もねえ、吹きさらしの風の中を一人歩いてるようなものだ、といったではないか。……」
「そのあとで出て来たんだ」
「?」
「実はね、御家人のころからのおれが道楽者だったことァお前も知ってるだろ。そのころ乳繰《ちちく》り合った女が、あとでこの子供たちを連れて現われたんだ。双生児《ふたご》だよ。──いや、その女が双生児《ふたご》を生んだってことァそのころから聞いてたんだが、そのときゃその女と切れてたからね。切れてたつもりなんだが、そいつが二人の手をひいて眼の前に現われてきたときにゃ、おれもめんくらったよ。しかし、顔を見りゃわかるように、おれの子供にゃちげえねえ。なあ、お前たちゃ、父《ちやん》の子だなあ?」
二つの坊主頭が、コックリした。
宇之助に似ているかどうかは、よくわからなかったが──それにしても、そんな事実がありながら海軍伝習にゆこうとしたり、お節に縁談を申し込んだり、この男の奔放、無責任さにはいまさら呆れる。
「いや、そのいきさつをいま詳しく話してるひまはねえ。それより、いまのおれの決心をいおう。重蔵、おれはお前に年貢《ねんぐ》を納めるよ。まちげえなく、お前の捕縄《ほじよう》に縛られるよ。何度もひでえ目に会わせたからなあ」
宇之助は、重蔵の手をとって、頭を下げた。
「いや、まただますんじゃあねえ。おれは本気だ。その決心を仲間に見ぬかれて、先ごろ、この二人の子供を人質にとられておどされたくれえなんだ。自首なんかすると、子供の命はねえぞ、と。──」
「この子供たちの母親はどうしたんだ」
「去年、肺病で死んじまったよ。……とにかくいまのおれは、自首するのにもこの二人の子が手枷足枷《てかせあしかせ》だ。おれの作った因果といやあそれまでだが」
宇之助の眼には、たしかに涙がひかっているのが見えた。
「で、いまのいまも、おれはむろん、この子供たちも狙われてるんだ。いろいろ考えたあげく、この子供たちを鴻巣《こうのす》の親戚へあずけることにした」
重蔵は、瓦解のとき宇之助のおふくろが鴻巣に逃げていって、そこで死んだということを思い出した。
「ところが、おれが連れてゆくことが出来ねえ」
「どうしてだ?」
いつのまにか、性懲《しょうこ》りもなく重蔵は、宇之助の話にひき込まれている。
「いまいったように、仲間に狙われてるからよ。親子三人、中仙道を旅して歩くなんて到底出来ねえありさまなんだ。子供を鴻巣へやったということさえ、知られたくねえんだ、といって、高飛びの宇之助が警察に保護を頼むわけにもゆかねえしさ」
その事情はよくわからないが、その心情はよくわかる──ようでもある。
「だから、重蔵、頼む、その御用馬車にこの子供たちを乗っけていってくれねえか? 実は、事態はそれほど急を告げているんだ」
重蔵は、眼をむいた。
「とんでもないことをいう。それは駄目だ。だいいち、おれと同行するのが堂目少警部じゃ」
「そいつも知ってる。──だから、子供を牛肉に化けさせて」
「な、なんだと? 何といった?」
「東京や横浜じゃ牛鍋がさかんだが」
と、宇之助はいって、この場合にかすかに変な笑いかたをした。あとで考えると、開化楼のことを頭に浮かべたものと思われる。
「上州あたりじゃ、食いてえやつがあるのに、まだ牛《ぎゆう》を肉として売る店がねえ、そこでこのごろは、冬場に限るが、東京から牛肉のかたまりをとり寄せるやつがある。で、子供を牛肉の包みに見せかけて、乗っけていってくれねえかね?」
「何を、馬鹿な! 郵便馬車に。──」
「ところが、あの馬車にゃ通運会社の連中が、ちょいちょい、私物として魚なんぞも運んで、運賃を役得にしてるってえ話だぜ」
「かりにそんなものを運ぶとして、どんな風に乗せて、どんな風にして下ろすんだ」
「明日《あした》の晩までに、広運社の第三倉庫に、子供を俵《たわら》にいれて置いておく。赤い絵符をつけておくから、そいつを──鴻巣の町はずれの道祖神の前に放り出しておいてくれ。あとで子供は勝手に中から俵を切り破って、おれの親戚のところへ歩いてゆかせる。──」
ふいに宇之助は、本所のほうを見やって、
「あっ」
という小さなさけびをあげた。
「どうした?」
「あいつらかも知れねえ。とにかく、今夜のところはそれだけお願いして」
彼はあわてて、二人の子供の手をひいて、反対のほうへ急ぎ足で歩き出しながら、
「もしこれをやってくれたら、重蔵、お前が帰京次第、おれは警視庁のお前のところへ自首して出ることを誓う!」
と、祈るようにいうと、子供と三人、もつれ合いながら両国の方へ逃げていった。
「あ、待て。──」
重蔵は呼びかけようとしてあきらめ、反対側の本所のほうから三つ四つの影がやって来るのを見て、そちらへ駈足で近づいていった。
しかしこれは、銘酒屋の女らしい女をとりかこんだ酔っぱらいの若者たちで、駈けて来たのが巡査と知って、ぎょっとしたように笑いを止めたが、どう見ても高飛びの宇之助を脅かしている仲間とは見えなかった。宇之助は何か錯覚したのだろう。
重蔵は変化《へんげ》にでもあったような気持で、茫然と家に帰った。お節には、宇之助に逢った話はしなかった。彼は、妻の耳に、宇之助という名さえ聞かせるのもいやだったのである。
七
あくる日の夜、彼は神田淡路町の通運会社、広運社にいった。──
あまりにも大それた、あまりにも荒唐無稽な依頼なので、彼は半信半疑だったのだが、おそるおそる第三食庫とやらへいってみると、郵便物の袋に混って、隅に、赤い絵符のついた二つの俵が転がされていたのでぎょっとした。
「あなたのお品だそうで」
と、案内した係がいう。
だれが、どういう風に運び込んだのだ、と訊く余裕もなく、
「うん」
と、重蔵は|のど《ヽヽ》のつまったような声でうなずいた。
護衛役の巡査が「私用」の物品を便乗させるのは珍しくないと見えて、当然事のような顔をして係の男が倉庫を出ていったあと、彼は俵の間にしゃがみこんで、
「おい。……おじさんだ。お前の父《ちやん》の友達の畑寺じゃ」
と、ささやいて見た。すると、
「うん」
という小さな声が、二つの俵の中から聞えた。──宇之助の依頼はほんものだったのだ。
重蔵はいよいよ悪夢にうなされているような思いになった。──いくら悪い仲間に狙われているとはいえ、小さな子供を逃がすのになんたる方法を使うものか。
──寒くはないか?
──腹はへってないか?
──小便はがまんできるか?
夢遊病みたいに問いかけ、それぞれの返事を聞くと、彼は逃げるようにフラフラと倉庫を出た。
──もし、同行者が堂目少警部でなかったら、彼はこの珍事を報告したろう。しかし、ときと場合では常人とも思われぬ発作的憤怒を示す堂目を考えると、彼の口は打ち明けることにひるんだ。自分に対してはともかく、その子供たちにどんな仕打ちをするかわからない、という恐怖を感じたのだ。
ときどき牛肉のかたまりを送る者があると聞いたが、いつもこうして送るものか。俵の中身は藁《わら》で、その内部に牛肉が──いや、子供が包まれているのだ。呼吸は出来るだろうが、あんな十くらいの子供が手足をちぢめて、牛肉然とおとなしくしているかと思うと、彼はたまらないふびんさにかられた。
──いずれにせよ、子供たちだけは、ともかく鴻巣へ送りとどけてやろう。すべては、それからだ。
と、彼は一応決心した。
やがて、午後十時になった。重蔵が馬車に乗り込んでみると、前半分の両側が棚になっていて、袋詰めの郵便物が詰め込まれていた。むろん為替金もその中にあり、聞くところによると当夜は実に十六万円という巨額の金だそうであった。そして例の俵は、棚にはいらなかったと見えて、いちばん後部の座席の前に置かれていた。
ほかに二人の駅逓《えきてい》寮の役人、一人の広運社社員が同乗した。
いろいろと見馴れぬ物品が乗せられていることには疑心を起さなかったと見えて、一番うしろの席に坐った堂目が、足もとの俵を、これは何だと訊かなかったのはありがたかったが、さて馬車が神田を出て走り出してから、待っていたとばかり早速いやみがはじまったのには往生した。むろん、過去に何度か重蔵が故意に高飛びの宇之助を逃がしたのではないか、というのだ。それだけは重蔵は誠意をこめて否定したが、堂目の不平はもっともなので、一方では彼は素直に相手の非難の鞭を受けた。
しかしそのうち、堂目少警部は、当夜特別に二人に渡されたピストルについて講義をはじめた。巡査はだれでもふだんピストルを携帯しているものではない。それだけに珍しく、うれしかったのだろうが、堂目のそれを扱う手つきは驚くべく馴れたもので、重蔵は感心した。彼はひきがねをひけば弾が出る、ことくらいしか知らない。
「おれはこれでも昔、某藩で砲術師範だったのじゃからな」
と、得意げにいう堂目に、なるほど、と、うなずき、重蔵ははじめて堂目少警部に対して敬意をおぼえ、かつはこういう人を降等させた自分の責任にいよいよ心苦しさをおぼえた次第であった。
ゆれにゆれる馬車の、二人の頭上のランプがはげしくゆれ、二人の足もとで二つの俵が物理的に猛烈に上下している。……それにしても二人の子供も声をたてないのは、よほどよくいいふくめられてのことだろうが、驚くべきものだ。
午後十時に神田を出た二頭立ての馬車は、中仙道を二十八里走って、翌朝八時前後に高崎に到着することになっているそうだ。
東京から鴻巣までは、たしか十一里か十二里のはずだが。──
「少警部、鴻巣を通るのは何時ごろになりましょうか?」
「真夜中過ぎじゃろ」
いやみと自慢のおしゃべりをしゃべりつくして、もううつらうつらしかけていた堂目は、ふと、
「鴻巣?……お前、鴻巣に何か用があるのか?」
と、訊き返したが、重蔵がムニャムニャとあいまいな答えをしている間に、大きな首を垂れて寝入ってしまった。
まあ、堂目少警部が寝ている間に、この俵を運び出すことにしたい。眼をさまして問われたら、鴻巣の友人から頼まれた牛肉のかたまりだ、と答えるよりほかはあるまいが、堂目が眠りつづけてくれていたら、それに越したことはない、と、重蔵は考えた。彼は眠るどころではなかった。
──あとになって知ったことだが、ところは鴻巣の手前、桶川で、時刻は午前二時ごろであった。
馬車は、ただ暗い風の吹く枯野の中の道を走っていた。そのとき重蔵は、ふと外から伝わって来る鉦《かね》の音《ね》を聞いた。
「……はてな?」
びくっと聴耳《ききみみ》をたてた。
蹄《ひづめ》と車輪のひびきのみが耳たぶを鳴らしていた深夜の武蔵野で、鼓膜を打つような妖《あや》しい鉦《かね》の音──それは、次第に近づいて来た。
ふいに馬車が大ゆれをして停《とま》った。わっという悲鳴が聞えた。
「少警部!」
重蔵がわめき、眼をさました堂目少警部が、がばとピストルをひっつかんで起《た》ち上ろうとしたとき、すぐ足もとから、
「うつよ!」
「うつよ!」
と二つの声が聞えた。
重蔵は、固いものが自分の股間に突きつけられているのを感じた。ピストルの銃口であった。そのピストルをつかんだ小さな手が、俵の中からにゅっとのびていた。彼は、俵と藁《わら》のすきまから、つぶらな、よく光る眼がじっとのぞいていることにはじめて気がついた。
「こりゃなんだ?」
堂目少警部が驚愕《きようがく》のうめきをあげた。彼もまた同様に股間にピストルを押しつけられて、まるで異次元の世界に投げ込まれたような顔をしていた。
最初から俵の中に子供がはいっているということを承知していた重蔵でさえ、ピストルそのものより、その子供がピストルを突き出したという怪事に夢魔的恐怖に襲われて、全身を麻痺させていたが、そのとき、停った馬車の入口に日本刀をぶら下げて立った影を、覆面はしているがまぎれもなく高戸宇之助だと知って、
「うぬは!」
と、絶叫してはね上ろうとしたとき、下腹部のあたりに凄じい音響と灼熱《しやくねつ》感をおぼえ、座席の上にひっくり返った。
前方の席で起《た》ち上っていた駅逓寮の役人たちも、この驚天動地の突発事に、腰をぬかしてまた尻もちをついた。
……あとで明らかになったことである。
襲撃者は三人の男であったらしい。それがまず馭者を竹槍みたいなもので突いて地上に落し、一人がこれに馬乗りになって押えつけた。重蔵が聞いた、わっという悲鳴はそのときに馭者が発した声であった。一人が負傷した馭者を縛っている間に、高戸たち二人が馬車にはいって来て、股間のピストルに威嚇されている堂目少警部や、腰をぬかした役人たちをこれまた縛りあげた。実際に、動いて撃たれた畑寺巡査を見ているだけに、さしもの堂目少警部も手も足も出なかった。
そして高戸たちは、十六万円の為替金はむろん、俵の中の子供も切りほどいて出し、おまけに二頭の馬まで奪って、闇にまぎれて消え失せたのだ。
その当時は、それっきり高戸のゆくえはわからず、共犯者たちが何者であったか、あの奇怪な双生児はいったい何であったのかもついに不明であった。
ともあれ、凶賊高飛びの宇之助は、十歳前後の子供を公金強盗の手伝いに仕込むという、実に途方もない悪智慧をめぐらして、まんまと巨額の金を奪い去ったのである。鉦は、自分たちの出現を子供たちに知らせる合図であったらしい。
そして、もののみごとにまたも一杯はめられた畑寺重蔵は、むろんこんどは大目に見てもらうことは出来なかった。幸か不幸か、彼の下腹部を撃った弾は、彼が動いたために左大腿部のつけねに命中して、のちのちまで寒期に痛むという後遺症を残すだけで癒《なお》ったけれど、知らなかったとはいえ、巡査としてあるまじき犯罪の幇助《ほうじよ》者として、懲役十三年の刑を宣告され、あげくの果てにこの樺戸監獄へ送られることになったのだ。
東京の監獄で服役している間に、重蔵は、堂目少警部が、やはりこの事件の責任を問われて、ただの巡査に降等されたことを聞いた。──そして数年後、自分が樺戸へ来るのとほとんど同時に、看守として赴任して来た堂目七郎次を見ることになったのであった。
八
そして、それから十年近くなお東京や横浜を荒らしていた大盗高飛びの宇之助も、その後についに逮捕されて、無期徒刑囚として、こんど監獄へ送られて来た。──
有馬四郎助は、彼ら三人の物語を知った。
それではじめて注意して観察したり、またほかの看守や囚人に聞いたりして見ると、果せるかな、堂目看守の畑寺重蔵への虐待は甚だしい。以前から、彼の凶暴性の最も酷烈に向けられる対象の一人であったようだ。いま見ても、畑寺は堂目を見るたびに、怖ろしい主人を見る犬のように脅えていた。畑寺にとってこの牢獄は、この世の地獄そのものに相違なかった。
四郎助は暗然としたが、どうすることも出来なかった。ただ先輩看守への遠慮というだけでなく、堂目がこの馬鹿げた旧部下の不始末のために陥《おちい》った運命を思えばなおさらだ。高戸宇之助に対してはむろんのことだが、畑寺重蔵についても彼が目のかたきにするのも尤も千万だというしかない。
それにしても、畑寺重蔵という囚人の愚かしい好人物ぶりは何と評すべきか。──
彼がここに送られる原因となった巡査としての失態の数々だけではない。その失態の元凶ともいうべき高戸宇之助が来たというのに、これに怒りの眼をむける気配は全然ない。
そもそも最初にこの二人が連鎖でつながれることになったときも、高戸をかばって堂目看守に殴られたような始末だ。
あれ以来、二人はつながったまま外役に出たが、その間も畑寺は、いろいろと新入りの高戸の面倒を見、しかも高戸に兄事しているように見えた。むろん、彼が憂鬱そうに考え込んでいることはあった。しかしそれは、高戸と連鎖でつながれているという事実のためではないらしかった。畑寺は、高戸と別れてから十何年かの間に、以前高戸に何度か飲まされた煮湯の熱さはすべて忘れ、さらにその前の、江戸の下町での幼な友達のころの記憶の懐しさのみに憑《つ》かれているようであった。
──畑寺重蔵の憂鬱の原因を四郎助が知ったのは、十二月も半ば過ぎのことであった。
もう消えることのない雪が五寸ほどつもった外役場での焚火話で、ふとだれか東京のことをいい出したら、黙って聞いていた畑寺が、いきなり号泣しはじめたのだ。
雪の上を転がりまわり、大地を打ちたたかんばかりの悶《もだ》えぶりに、平生鈍重な男と見ていただけに、四郎助もあっけにとられ、
「どげんしたか」
と、声をかけた。
「いえ、何でもござりませぬ」
畑寺は起き上り、悲嘆にいよいよ下がった眉のあたりをぐいとおしぬぐって、
「さ、宇之助、ゆこう」
と、作業場のほうへ足の鎖をひきずっていった。つもった雪をかきのけて、道路工事はつづけられていたのである。
高戸宇之助は、うす笑いしてついていった。この新しい囚人の軽薄なしゃくれ顔は、四郎助は何となく好きになれない。
あとに、五寸釘と牢屋小僧だけが残ったとき、五寸釘がささやいた。
「旦那。……ありゃあね、東京が恋しくなったんでさあ」
「そりゃわかる。わかるが、あれはあんまり大仰じゃなかか」
「それがね、あの高戸から、その後の自分の家族についての消息を聞いたからなんで。……畑寺は子供が四人もあったらしいんだが、その母親もろとも、何人か病気になって、それァ哀れな境遇になっちまったってことで、そのありさまを、あの杓子《しやくし》野郎がまた、さも愉《たの》しそうに話すんでさあ。……で、いま、東京の話が出たんで、またその家族のことを思い出して、あの始末になったのにちげえねえ」
しばらくして、牢屋小僧が陰気につぶやいた。
「あの杓子はともかく、もう一人の湿気《しつけ》の来た|ぼたもち《ヽヽヽヽ》みてえなおじさんのほうは、何とか東京に帰してやりてえね。……」
畑寺重蔵と高戸宇之助が、外役場から脱走を計ったのは、それから三日後のことであった。
作業も終りにちかい午後四時ごろ──突如、絶叫が聞え、囚人たちが指さすかなたに、雪の野を、二人が南へ駈けてゆく姿が見えたのである。
二人の連鎖は離れていた。
どうしてそれが離れたのかわからない。──いや、それはあとで、たしかに鍵ではずされたものとわかったが、鍵など持っているはずのない囚人が、どうしてはずしたのか、それはのちのある時期までついに謎であった。
ただ畑寺重蔵の語ったところによると、とにかく高戸がはずしたというのだが、高戸のほうは、何かのはずみで偶然はずれたといい張るばかりであったのだ。
鎖から離れて、しかし、石狩の野をどこまで逃げ切れるのか。そんなことを考えるいとまもなく、夢中で畑寺重蔵は南へ走った。その足が一歩でも東京に近づくようにと。──そのとき彼の頭には、愛する妻や子供たち、いちどとして楽な暮しをさせてやったことがなく、あげくの果ては自分の愚鈍さのために悲惨な境涯に落ちた家族の幻影ばかり浮かんでいたという。
「あっ、撃つのはやめてたもっし!」
まろぶように駈けていった四郎助は、堂目看守の騎兵銃を構えた腕に飛びついた。空を向いた銃口から、音響が広い天へ飛び去った。
「馬鹿っ、貴公、囚人の脱走を幇助《ほうじよ》するのか!」
馬面を朱に染めて、堂目が怒号した。
「いや、おいが捕えもす!」
四郎助は、あともふり返らず駈け出した。
野はすでに黄昏《たそが》れかかり、雪は白いというより蒼味がかっている。雪はまだ五寸もなかったが、四郎助は何度も転んだ。はるかうしろで、やはり追跡にかかった看守たちも転がっていた。
その大雪原を、ただ逃れたいという一心だけで、その一心がどんな超人的な足を与えたのか、二人の囚人は、もう地の果てを豆粒のようになって消えてゆく。──
四郎助が、その囚人たちを見いだしたのは、背後にだれもいない距離まで駈けて来てのことであった。
鉛色というより、もう暗みがかった空の下に、雪ばかり逆に銀色に浮かびあがった平原のかなたから、一応逃れ切ったはずの畑寺が、灰色の帯のようなもので高飛びの宇之助を縛り、余った部分をしっかと握りしめて、身体を折りまげて懸命にこちらに歩いて来るのを彼は発見したのである。
何事が起ったのか知らず、茫乎《ぼうこ》として立つ四郎助の前に、二人の囚人の姿は近づいて来た。
うしろの高戸宇之助は、しゃくれた顔に口をあけて、あきらかに放心状態であった。その獄衣は、ただ逃走のせいとは思われない、怖ろしい格闘のあとを見せていた。──それより、あとでわかったところによると、灰色の帯は両人のふんどしだったのである。
畑寺重蔵は、下がり眉の下に、異様な笑いと涙を浮かべた──半分正気を失った顔で、直立不動の姿勢になり、挙手の敬礼をしていった。
「邏卒畑寺重蔵、重罪人高戸宇之助を逮捕いたしました。こんどこそ、確実に捕縛いたしました! 右御報告申しあげます!」
[#地付き](下巻につづく)
〈底 本〉文春文庫 昭和五十八年九月二十五日刊