やりなおし基礎英語
山崎 紀美子
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やりなおし基礎英語
山崎紀美子
【目次】
はじめに
第一章 単語の意味
1.時計 = clock + watch
2.water = 水 + 湯
3.Right Angle = 正しい角度?
4.天地無用
5.空間的前後(まえ・うしろ)
6.時間的前後(さき・あと)
7.「もっと」と「いちばん」
8.「本当に」
9.あげる人、もらう人
10.行く:来る = go:come?
*辞書の話
第二章 代名詞
1.アレコレ考える
2.人称・物称・所称
3.人間 vs 場所
4.me は無格にもなる
5.代表者としての you
6.複数 we とは誰のこと?
7.不特定の人に使う they
8.疑問詞は強く発音する
9.誰か、何か、どこか
10.冠詞の出自
11.しりとりゲーム he,she,it
*英語の歴史
第三章 センテンスの構造
1.動詞文と名詞文
2.他動詞と自動詞
3.2つの目的語
4.目的語と補語
5.受動態が必要になるとき
6.「させる」と「してもらう」
7.仮主語と本主語
8.仮場所と本場所
*日本語についての誤解
第四章 動詞と助動詞
1.「やさしい」命令法
2.動詞の活用
3.現在分詞と過去分詞
4.現在進行形の「今」
5.現在完了形の「今」
6.2本の時間軸
7.助動詞の選択
8.ていねい体としての過去形
9.infinitive(不定詞)について
10.「すれば」と「しても」
はじめに
近頃、英語と言えば英会話、というくらい英会話の学習に熱が入っているようです。
駅の周辺は英会話学校の看板があふれ、新聞には聞き取り(リスニング)練習用の教材が、これでもか、これでもか、というように大々的に宣伝されています。まるで、日本全体が英会話コンプレクスに陥っているかのようです。
なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。
一般に、外国語を習うときは、単語、文法、読解、会話を並行して学んでいきます。文法を理解するには、それなりの単語数が必要です。そして、ある程度の単語数(語彙数)と文法の知識があれば、自然に読解力は増していきます。そして、もちろん、会話力も、単語と文法の知識を土台として成り立っています。単語がすらすら思い出せないようでは、会話はおぼつきません。
それにもかかわらず、英会話を勉強したいという人の中には、文法や読解はいいから、「会話だけ」を学びたいという意識をもっている人がかなりいます。これは大きな間違いです。
読解力が本当にあれば、会話もかなりできるはずです。ここで言う読解力とは、辞書を引き引き解読していくのではなく、辞書なしで、すらすら読めることです。
たとえば、中学2年の英語の教科書をのぞいてみてください。きっと、すらすら読めることでしょう。そして、すらすら読めれば、暗記するのも簡単です。暗記した表現は、会話のときに簡単に利用することができます。
中学3年の教科書はどうでしょう。もしかして、忘れている単語や表現もあるかも知れません。それらの意味を確認しながら最後まで読んでください。そして、すらすら読めるようになったら、暗記します。暗記ができたら会話に利用します。
仕事で会話力が必要になった人もいるでしょう。あるいは、趣味として英会話を楽しみたい人もいることでしょう。
それには、まず、簡単な英文をたくさん読むことをお勧めします。基礎語彙を正確に理解する作業です。これは、それほど簡単なことではありません。英和辞典に出ているのは、いくつかの可能性としての和訳であって、自分が読んでいる文脈には、当てはまらないこともあります。
次に、相手をしてくれる人をみつけて、英語だけで話してみてください。最初はゆっくりでも、段々とスピ−ドが出てくるはずです。
そう言えば、「とっさの一言」というテレビ番組がありましたね。会話とは、「とっさの一言」+「自分の意見」です。とっさの一言が言えても、自分の考えを伝えることができないと、会話は途切れてしまいます。会話を続けるには、相手の言うことを理解しなければならないのはもちろんのこと、自分の意見を発表することも必要です。
ここで、一つ、大事なことを言っておきます。別に自分の意見などない、という人は、いくら会話を勉強しても無駄です。会話というのは「言いたいこと」があるから成立するのであって、それがなければ、勉強のしようもありません。
さて、自分の意見を述べるには、口頭で自分の意見を作文しなければなりません。翻訳ではなく、作文です。
口頭での作文、つまり、会話のコツは、まず、相手が使用した表現を再利用すること。聞き取れなかった場合は、何度でも繰り返してもらうこと。第二は、自分が知っている表現のなかで、なるべく簡単な表現を使うことです。
この2つを守るだけで、会話はかなりスムーズになることと思います。
英会話とは、英作文の連続です。完全なセンテンスを作るのが間に合わない場合は、単なるフレーズでもかまいません。機会があったら、ぜひ、会話を楽しんでください。
また、現在、英会話学校へ通っている人は、自分のもっているいろいろな考えを先生に伝えてください。その際、あなたは、先生と対等な関係にあることをくれぐれも忘れないで下さい。
確かに、英語を正しく話す点では、先生に及ばないでしょう。でも、あなたは、先生より深い考えをもっているかも知れません。それを自信を持って発表するのです。
英語を間違って話すことは、ちっとも恥ずかしいことではありません。恥じるべきは、自分の意見を持っていない人たちです。
私自身は、英語は日本で勉強しただけですが、今では「アメリカに住んだことがあるのですか」と、アメリカ人からお世辞を言われるようになりました。
本書は、英語をある程度知っているけれど、会話はどうも、という人のためのものです。例文も単語もなるべく簡単なものを選んであります。余裕があったら、ぜひ、それらを暗記して、利用してください。
また、本書は、日本語の文法にも触れています。それは、会話の根幹をなす英文法を理解し納得してもらうための土台となるからです。英文法も、納得できると、記憶が確かになってきます。つまり、ふつうの会話の速度で利用することができるようになります。
本書が、英会話コンプレクスを吹き飛ばすきっかけとなれば幸いです。
なお、本書でとりあげた例文の多くはアメリカの漫画 The Essential Calvin and Hobbes(Bill Watterson 著、Andrews and McMeel 社)より引用させていただきました。また、日本語文法については、三上章著『現代語法序説』(くろしお出版)を参考にしました。
1999年12月
山崎紀美子
第一章
単語の意味
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1.時計 = clock + watch
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「時計を見たら、3時になっていた。」これは、日本人にとっては、何気ない表現ですが、いざ英語に訳せと言われると、ちょっと困ります。
何が問題かと言うと、最初の「時計」という単語。日本語では、どんな時計も、時計は時計。でも英語では、壁に掛かっている clock なのか、腕にはめている watch なのか決めなければなりません。
どうやって決めるのか。それは、前後の文脈から判断するしかありません。もし、それもなければ、お手上げです。
日本語の「時計」という単語は、壁に掛かっている時計、置き時計、そして腕にはめている時計も指すことができます。一方、英語では、「時計」全体を指すことのできる単語はなく、clock や watch が使われています。つまり、日本語の「時計」は、英語の watch と clock を合わせた範囲を意味しているのです。
時計
壁掛け時計、置き時計 clock
腕時計 watch
ついでながら、「日時計」は sundial(太陽のダイヤル)、「砂時計」は sandglass(砂入りガラス)と言います。clock でも watch でもありません。おもしろいですね。
このように、日本語の「時計」は、時を刻むものなら何でもかまわないのですが、英語では、いろいろな単語が使われています。
つまり、日本語では1つの単語ですむところを、英語では、2つ以上の単語を使い分けなければならないことがよくあります。
たとえば、日本語の「海老(エビ)」は、海老フライのエビにも、かき揚げに入っている小エビにも使われていますが、これらのエビは、英語ではまったく別の単語が使われます。
エビ
イセエビ lobster
小エビ shrimp
また、動物実験にはネズミがよく使われますが、このネズミにぴったり一致する単語も英語にはありません。動物実験では、ラットによるものか、マウスによるものか区別しています。
ネズミ
ドブネズミ rat
ハツカネズミ mouse
ミッキーマウスのマウスは、ハツカネズミなのです。
このように、日本語では「時計」「エビ」「ネズミ」というように1つの単語で済ましているところを、英語では、2つ(以上)の単語が使い分けられているわけです。
何やら、日本語は大雑把で、英語は面倒くさい、という感じですが、早とちりしてはいけません。
逆の場合もあります。1つの英語の単語に対して、日本語では2つの単語を使い分けなければならない場合があるのです。
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2.water = 水 + 湯
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英語の water は、日本語の何に当たりますか? と聞かれたら、即座に「水」と出てくるでしょう。例えば、「水と油」という場合の「水」は、もちろん、water です。
では、英語の hot water は? 「熱い+水」という意味になりますが、日本語では「熱い水」という表現は使われていません。よほどひねくれた人は別として、ふつうの人は「熱い湯」あるいは単に「湯」と言います。
ですから、hot water の意味は「熱い+水」で正解ですが、訳語は、「熱い湯」あるいは「湯」にしないと正解とは言えません。意味と訳語は同じではありませんから、気をつけましょう。
水 + 湯 = water
では、cold を使った次のセンテンスは、どんな意味になるでしょうか。
The water's too cold !
まず思い浮かぶのは、「水が冷たすぎる!」という状況でしょう。例えば、湖や川で泳ごうとして、足を水につけた途端、「わー、冷たい」という時に使えます。
でも、これだけではありません。この同じセンテンスがお風呂に入った時にも使えるのです。
たとえば、お風呂に入っている子供(カルヴィン)が次のように叫んでいます。
The water's too cold !
お湯がぬるいよ。
母親がやってきて、熱い湯を出してあげます。すると、今度は、
It's too hot.
今度は、熱すぎる。
と文句を言っています。母親が水を足すと、今度は、
Now it's too cold.
今度は、ぬるすぎる。
あきれた母親が、再び、お湯を足してやると、どうでしょう。カルヴィンは、またも文句を言っています。
Now it's too deep.
深すぎるよ。
というわけで、お風呂に入っているカルヴィンにとって water は、「水」ではなく「湯」の意味です。
日本語では、H2Oの温度によって、「水」と「湯」を使い分けていますが、英語では、そのような使い分けはなく、どちらの場合にも water が使えます。
cold water 冷たい水、ぬるい湯
hot water 熱い湯、湯
boiling water 沸騰している湯
このように、英語では、冷たいか熱いかは形容詞によって決まるもので、water 自身は、どちらでもかまいません。
水が冷たすぎる!
お湯がぬるいよ!
この2つの日本語表現は、まるきり違って見えますが、どちらも「H2Oの温度が低すぎる」という点で一致しています。そして、この意味を英語にすると、
The water's too cold !
となるわけです。
このように1つの英語の単語について、日本語では2つの単語が対応している例は、他にもあります。
たとえば、英語の brother は、日本語の「兄」、「弟」、どちらの意味にも使えます。
兄 elder brother
big brother
弟 younger brother
little brother
ですから、次のようなセンテンスは、和訳が決まりません。
Mary has a brother named John.
メアリーには、ジョンという名の兄か弟がいる。
つまり、英語の brother の意味範囲は、日本語の「兄」と「弟」の両方を含む範囲に対応しています。
兄 + 弟 = brother
同様に、英語の sister の意味範囲は、日本語の「姉」と「妹」の両方を含む範囲に対応しています。
姉 + 妹 = sister
このように、英語の単語と日本語の単語は1対1で対応するとはかぎりません。むしろ、意味がずれていることの方が多いのです。ですから、和訳、英訳、どちらも、単語の意味範囲をしっかりとらえておかないと、奇妙な訳文が出てきてしまいます。
英語の単語と日本語の単語が、ぴったり1対1対応することは、ほとんどないと考えた方がよいでしょう。
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3.Right Angle = 正しい角度?
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皆さんは、right という単語を見ると、どんな意味を最初に思い出しますか。
私は、はじめて “right angle” に出会ったとき、一瞬、「正しい角度」とはどんな角度なのか、と考え込んだのを覚えています。しばらくして、前後の文脈から、90度つまり「直角」であることがわかりました。
では、right triangle とは、どんな三角形でしょう。これは、直角三角形です。
直角の「直」は、垂直の「直」でもあります。垂線とは、糸に重りをつけて垂らしたときに、地球の引力の方向に「まっすぐ」になる線のことです。
傾きがなく、まっすぐな線を作る角度。やはり、直角は「正しい角度」なのでしょう。
ついでに、図形についての用語をいくつか思い出しておきましょう。
正方形 square
三角形 triangle
五角形 pentagon
六角形 hexagon
円 circle
楕円 ellipse
中心 center
線分 section
立方体 cube
球 sphere
面積 area
体積 volume
知らない単語はありましたか。知っているけれど意味が違う単語もあることでしょう。area は地域、section は節あるいはセクションのように。
「軸」は、数学では axis ですが、工業用語では、太さのある shaft になります。shaft を受ける軸受は bearing と言います。
形容詞も少し足しておきます。
vertical 垂直の、縦の
horizontal 水平の、横の
parallel 平行な
では、right に話を戻します。right には「正しい」という意味があるのはおわかりですね。
Can you tell me the right answer ?
正解を教えてもらえないかな。
See that you take the right train.
乗る列車を間違えないように。
You are right.
君の言う通りだ。
このような意味での right(正しい)の反意語(antonym)は、wrong(まちがった)です。
He took a wrong train.
彼はまちがった電車に乗ってしまった。
His clothes were wrong for the occasion.
彼は、場違いの服を着ていた。
What's wrong with that ?
それがなぜいけないの。
ところで、rightには、もう1つ大事な反意語がありましたね。そう、left です。
right 正しい  wrong まちがった
right 右  left 左
このように、単語 right には、2つの反意語があります。これは、right に2つの意味がある、ということの証明にもなります。
英和辞典を引くと、1つの単語に、たくさんの意味(あるいは訳語)が並んでいることがありますが、あれをいちいち覚える必要はありません。第一、暗記しても、あまり意味はありません。
どの単語も、基本的意味は、たいてい1つです。その他の意味は、文脈によって左右される付加的意味にすぎません。
right のように、反意語が2つある、というような明確な証拠がないかぎり、単語の意味は1つ覚えておけばたくさんです。ただし、その「意味」は、自分が納得できる意味でなければだめです。そうでないと、訳語を考えることができないからです。
さて、right hand は、日本語に訳すなら「正しい手」ではなく、「右手」になるわけですが、これは大多数の人間が右利きであることと関係あるのかも知れません。ちなみに、ロシア語でも、「正しい、権利、右」は、同じ1つの単語(語幹)で表しています。
日本語では、「左右を見て」のように、左をさきに言いますが、英語では right and left というように、右をさきに言います。
なお、機械の説明などでは、「右回り」というのは、「時計回り」(clockwise,略してCW)と言い換えることがあります。「左回り」は、「反時計回り」(counterclockwise,略してCCW)です。
なお、right は名詞として「正当な権利、資格」の意味で使われることもあります。
You have no right to do that.
君には、そんなことをする資格はない。
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4.天地無用
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ときどき、「天地無用」と書かれたダンボール箱を眼にすることがありますね。天にも地にも用がないのかと、長らく不思議に思っていた漢字です。この意味が「上下をさかさまにしてはならない」とわかったのは、大人になってからでした。
このように、日本語では「上下」の関係を「天地」と表現することがあります。例えば、自分で組み立てる机を買ってくると、説明書には、「天板」という単語が出てきます。この天板とは、4本の脚の上にのせる板のことです。
上下の意味で使われる「天地」は、英語なら top と bottom でしょう。
top 上、てっぺん
bottom 下、底
ダンボール箱なら、蓋の方が top で、底の方が bottom です。
また、最近では、天地無用の代わりに、英語で “up” と書かれているのを見かけることがあります。これは、ダンボール箱の側面の上の方に書かれています。「こちらを上に」という意味です。
up と対になる単語は down です。もっとも、注意書きとしては、“down”(こちらを下に)というのは、ないようですが。
up や down は、副詞として動詞につけたして使うこともあります。
look up 上を見る、見上げる
look down 下を見る、見下す
一方、top や bottom は、名詞です。
名詞 副詞
top up
bottom down
日本語でトップダウンと言えば、上意下達、つまり、上の者が考えたことを下の者に命じる方式です。でも、このごろは、下の者の意見を上の者が取り入れるというボトムアップの重要性も認識されているようです。
ついでに、ものの上下が逆になってしまった状態は、
upside down さかさまに
と言います。
up と down は、接頭辞としても、よく使われます。
upstairs 上の階で
downstairs 下の階で
また、株式市場での格の上げ下げには、次のような単語が使われています。
upgrade 格上げする
downgrade 格下げする
では、1枚のコインの表と裏は、何と言うと思いますか。コインを投げて、落ちてくるのをつかんで「表か裏か」どちらが上かを言い当てるゲームがありますが、その場合は、
head or tail 表か裏か(頭か尾か)
と言います。
でも、一般的には、面を surface として、上下には、形容詞 upper と lower を使います。lower は、low(低い)の比較級で、これが upper と対になって使われています。
upper surface 上面
lower surface 下面
この upper と lower の形容詞セットは、上限、下限、と言うときの上下にも使います。
upper limit 上限
lower limit 下限
ついでに、日本語の「右上」は、英語では、「上の右」と言います。
upper right 右上
lower right 右下
upper left 左上
lower left 左下
また、lower の方は動詞として使われることもあります。「下げる」という意味の動詞です。反対の「上げる」には raise という動詞があります。
raise 上げる
lower 下げる
ただし、「スピードを上げる、下げる」といった場合の「上げ下げ」のように、増減を表すには、ふつう次の動詞を使います。
increase 増やす
decrease,reduce 減らす
ただし、デジタルに増減する場合は、
increment(by one) (1つ)増やす
decrement(by one) (1つ)減らす
を使います。
ところで、上下と言えば、前置詞も気になります。
上下の対をなす前置詞として、まず above と below を考えてみましょう。これは、upper と lower の関係に近いものです。つまり、何か基準になるものに対して、それより高い位置にあれば above、低い位置にあれば below です。
寒暖計では、ゼロを基準として、上か下かが問題となります。
above zero プラスの温度
below zero マイナスの温度、氷点下
温かい地方に住んでいる人にとっては、プラスの気温が当たり前になっていますが、寒い地方に住んでいる人にとっては、プラスかマイナスかは大問題。ちなみに、モスクワで売っている寒暖計は、マイナス側もプラスの側と同じくらいの長さがあります。日本では、マイナス側の方が短くなっているのがふつうですね。
above と below は、もちろん空間的にも対をなしています。♪屋根より高い鯉のぼり〜の「屋根より高い」は、
above the roof 屋根の上の方で
一方、「テーブルの下で」丸くなっている猫は、
below the table テーブルの下の方で
あるいは、テーブルがそれほど高くなければ、
under the table テーブルの下で
となります。では今度は、over と under の関係を見てみましょう。まずは、次の単語をくらべてください。
overcoat オーバー
underwear 肌着、下着
日本語でも「上に着る」「下に着る」というのは、高低ではなく、重ね着の上下です。つまり、「かぶさる」と「かぶせられる」ないし「もぐる」の関係です。
たとえば、under the water は、水より低い位置にあるのではなく、水に潜っている状態です。
一方、over の 方は、「かぶさる」だけでなく、「越えて」という意味にも発展します。
overhead 頭上に
overseas 海外に
over the mountains 山を越えて
この over の「越える」という意味は、「度が過ぎる」という意味にもなります。日本語でも「ちょっと、オーバーだ」なんて言いますね。
最後になりましたが、前置詞 on の意味も確認しておきましょう。
on the floor 床(の上)に
on the wall 壁に
on the ceiling 天井に
床でも、壁でも、天井でも、「その表面に接している」ものについては、どれも、英語では on になります。壁に絵が掛かっていれば、on the wall、天井に世界地図が貼ってあれば、on the ceiling です。
このように、英語の on は、引力方向の上下関係とは別の次元にあるのです。
ですから、on の反対を意味する語は、under というより、むしろ off なのです。ご存じのように、off は、離れていることを意味します。電源(電気的接続)の on と off を思い出せば、納得いただけることでしょう。
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5.空間的前後(まえ・うしろ)
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日本語では、「前後不覚」という表現がありますが、辞書を見ると、「前後の区別もつかないほど正体がなくなること」(『岩波国語辞典』第3版)と書いてあります。
では、「前後」とは何か。辞書には、面白いことが書いてあります。
イ.空間上のまえとうしろ
ロ.時間上のさきとあと
つまり、空間的表現なら「まえ」「うしろ」の関係になり、時間的表現なら「さき」か「あと」かの問題になる、というわけです。前後不覚とは、きっと、空間的にも時間的にも区別がつかなくなった状態なのでしょう。
では、まず、空間的前後(まえ・うしろ)から始めましょう。人間で言えば、顔(face)がまえで、背(back)がうしろです。
「前を向きなさい」というのは、もちろん、顔を前に向けることです。英語の face も、名詞としての「顔、面」の他に、動詞として「面する、対する」を意味することもあります。
ふつうの人は、顔は1つに決まってますが、なかには、2つある人もいるようです。
He has two faces.
彼には顔が2つある。
彼には二面性(裏表)がある。
顔は1つでたくさんですね。
一般に、前後(左右)が問題となる場合の、「前」は、front と言います。
front view 正面図(前から見た図)
side view 側面図(脇から見た図)
天気予報、つまり気象で出てくる「前線」も、front です。
cold front 寒冷前線
warm front 温暖前線
上空の冷たい気団が張り出して地上あるいは海面と接するところが寒冷前線です。同様に、温かい気団が地上と接するところが温暖前線です。
また、前線(front)という用語は、戦争でもさんざん使われました。敵と接する部分です。
アメリカの西部開拓史では、インディアンと衝突しながら、前線が西へ西へと進んでいきました。その時の気分が「フロンティア(frontier)精神」と呼ばれているものです。
さて、英語の front は名詞ですが、in front of となれば、まとめて前置詞のように使うことができるんでしたね。文字通り、「〜のまえに」という意味になります。
in front of the post office
郵便局のまえに
これに対する「〜のうしろに」が、behind でしたね。
behind the post office
郵便局のうしろに(裏手に)
ちなみに、at the back of という表現もありますが、こちらは、少し意味合いがちがうようです。
There must be someone at the back of this.
この背後には誰か(黒幕が)いるにちがいない。
いかがです? やはり、今のところ、in front of とペアを組むのは、behind の方でしょう。もっとも、言葉は変わってゆくものなので、将来どうなるかはわかりませんが。
以上は、「場所」の前後の話です。
「方向」が問題になる場合、back の方は、そのまま使えますが、front は 使えません。
back and forth 前後に、行ったり来たり
形容詞としては、forth と同じ意味の forward が使われています。
forward direction 順方向(まえに向かって進む)
backward direction 逆方向(うしろに向かって進む)
ここでも、back の方は、-ward を足すだけで、そのまま使えます。
back は、複合語にも、よく使われています。
backbone 背骨、主力
background 背景
background music BGM
backdoor 裏口の、秘密の
backup バックアップ
では、空間的前後はこれくらいにして、時間的前後に話を移します。
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6.時間的前後(さき・あと)
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今度は、時間的前後の話です。
たとえば、「今から20年前」というように、「今」(発話の時点)を起点として、時間をさかのぼる場合は、ago を使います。
twenty years ago (今から)20年前に
a long time ago むかしむかし
この ago は、名詞のあとに置きますが、やはり、前置詞の仲間に入れています。
では反対に、今から20年後は、どうなるのでしょうか。
O. Henry の短編小説に、
After Twenty Years (20年後)
というのがありましたね。学校を卒業する男の子二人が、ちょうど20年後に再会する約束をします。その約束は果たされたのですが、一人は警察官、もう一人はお尋ね者になっていた、という話です。この場合は、文字通り「20年経過後」の意味です。
ところで時間の表現は、「今」が基準になるとはかぎりません。何らかの「事件」あるいは時刻を基準として、それより前か後かを言うこともあります。このような場合は、before と after が対になって使われています。
before lunch 昼食のまえに
after lunch 昼食のあとに
正午(noon)のあとは afternoon (午後)になります。では、午前は英語で何と言うのでしょう。before noon は、あまり聞きません。ふつうは、
in the morning 朝、午前中
で済みます。
午前を表すのに、before lunch も良いかも知れませんが、人によって、国によって、昼食を取る時間がちがうこともありますから、注意が必要です。
こんな話もあります。旧ソ連大使館で働いていたロシア人と会う約束をした日本人が、after lunch(に当たるロシア語)と言われたので、午後2時ごろ行ってみたら、まだ食事の最中だったとのこと。
さて、日本語の「おととい」とは、昨日のまえの日。そして「あさって」とは明日のあとに来る日です。英語の表現は、まさに、この解説をしています。
the day before yesterday おととい(一昨日)
the day after tomorrow あさって(明後日)
時間的順序としては、次のように並びます。そして、今日が「水曜日」だとしましょう。
おととい――きのう――今日――あした――あさって
月 火 水 木 金
木曜日は金曜日よりさきに来ます。
Thursday precedes Friday.
木曜日は金曜日よりさきに来る。
これを金曜日の方から見ると、木曜日のあとに来ることになります。
Friday follows Thursday.
金曜日は木曜日のあとに来る(続く)。
このように、順序を表す動詞としては、precede(〜に先行する)と follow(〜のあとに続く)があります。さきに来る方を主語にするなら、動詞は precede、あとに来る方を主語にするなら、動詞は follow ということになります。
また、金曜日は、木曜日を基準にすれば、
the following day 翌日
となります。
もうひとつ、時間の表現で、前置詞 in が使われることがあります。たとえば、「5分くらいで終わるよ」というような場合は、after ではなく、in で済ましてしまう方がふつうです。
I'll finish it in five minutes.
5分で終わるよ。
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7.「もっと」と「いちばん」
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日本語の「もっと」を英語に訳すには、どうしたらよいのでしょうか。日本語の「もっと」は単なる副詞ですが、英語では、比較級が使われています。
もっとしっかり勉強しなきゃだめだよ。
You must study harder.
この例では「もっと」は、harder の接尾辞 -er という形に対応しています。
hard しっかり
harder もっとしっかり
では、次の例はどうでしょう。
Mt. Fuji is higher than Mt. Aso.
富士山は、阿蘇山より(もっと)高い。
この英文を和訳と比較すると、than は「より」に当たります。では、higher はどうなるのでしょうか。日本語では、「より」があれば、比較の意味だということがわかりますから、higher の部分を、ただ「高い」と言えば通じてしまいます。
学校の英語の授業では「higher = より高い」というように習ったかも知れませんが、「より」は、比較級というより、むしろ than の意味であると考えるべきでしょう。
The pen is mightier than the sword.
ペンは、剣よりも強し。
This is much better than that.
これは、それより、ずっといい。
形容詞や副詞でも、長くなると -er をつけることができません。代わりに、more を使うんでしたね。
more beautiful もっときれいな
more exciting もっとワクワクする
この more は、もともと数量を表しますから、独立して使うこともできます。
Give me some more.
もう少しちょうだい。
また、more のあとには名詞が来ることもあります。
He has more money than enough.
彼は、ありあまるほどのおかねを持っている。
ついでに、more の反対は、less でしたね。
More haste, less speed.
急がば、回れ。
いろいろのものを比較した結果、「いちばん」になったものには最上級が使われます。
Mt. Fuji is the highest mountain in Japan.
富士山は、日本で、いちばん高い山です。
The Nile is the longest river in the world.
ナイル川は、世界で、いちばん長い川です。
このように、日本語の「いちばん」は、英語では、最上級の接尾辞 -est に当たります。ただし、-est をつけられない長い形容詞には、most を使います。
Fishing is the most boring sport in the world.
釣りは、この世でいちばん退屈だ。
釣りほど退屈なものはないね。
学校の授業では、たいてい最上級には「最も」をつけるよう教えているようですが、口語では「いちばん」の方がいいのではないでしょうか。
最上級は、これまでの経験の中で「いちばん」のものにも使えます。
This is the most beautiful rose I have ever seen.
これまでに見たなかでいちばんきれいなバラだ。
こんなきれいなバラを見るのは初めてだ。
こんなきれいなバラ、見たことない。
現在完了には、「経験」という用法がありましたね。この用法は、上の例(I have ever seen)にあるように、しばしば、最上級と組み合わせて使われます。
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8.「本当に」
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日本語の「本当に」に当たる英語の表現にどんなものがあるか考えてみると、いろいろ思い浮かびます。
まずは、in fact と indeed。
In fact, he liked it very much.
本当に、彼はそれが大好きだった。
I'm indeed tired.
僕は、本当に疲れたよ。
もうひとつ、really もよく使われます。
My sister really likes chocolate.
私の妹(姉)は、チョコレートが本当に大好きなんです。
We both got really tired.
僕たちは、二人ともすごく疲れた。
相手の言ったことに対して「本当?」と聞き返すときは、ふつう、この really を使います。
I passed the exam.
僕、試験に受かったよ。
Really ?
本当?
これは、相手の言ったことが事実かどうかの確認です。英語では、really という副詞が使われますが、対する日本語では、「本当に?」より「本当?」の方が多く使われているようです。
事実は隠しておきたいこともありますが、隠せないこともあります。
to tell the truth
本当のことを言うと
この場合の truth は名詞です。形容詞 true も、「本当の」という意味で使われています。
a true story
本当の話(実話)
副詞の truly は、あまりお目にかかりません。新約聖書には、次のような表現がときどき出てきます。
Truly, truly I say to you,...
よくよくあなた方に言っておく、……
以上、「本当」を巡る表現を見てきましたが、もうひとつ忘れられている表現があります。強調の助動詞 do(did)です。
I passed the exam.
僕、試験に受かったよ。
Really ?
本当?
Yes, I did pass the exam.
そう、本当に受かったんだ。
最後のセリフにある did が強調になっています。何を強調しているかと言えば、passed を強調しているのです。ただし、強調の did のあとでは、passed という過去形ではなく、原形の pass を使います。
もうひとつ、現在形の例も出しておきましょう。
This is not a bird, but it does have feathers.
これは鳥ではありませんが、本当に羽毛があるのです。
ちなみにこれは、中国で発見された化石の話です。
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9.あげる人、もらう人
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あげる人がいれば、必ず、もらう人がいます。
John gave Mary a book.
ジョンはメアリーに本をあげた。
この例では、もちろん、ジョンが本をあげた人で、メアリーが本をもらった人になります。
動詞 give の意味は、と問われると、「与える」と答えることが多いようです。でも、日本語の「与える」には、親が子供に「与える」というように、何か、目上の人から目下の人へ、という感じが伴います。
英語の give には、そのような付加情報はありません。ですから、もし、対等の人だったら、「あげる」と訳す方が無難です。
I gave Mary a dictionary.
私はメアリーに辞書をあげた。
ただし、「あげる」という訳が使えないこともあります。それは、もらう人が話し手自身の場合です。
John gave me a book.
ジョンは、私に本を()。
かっこの中は、「くれた」が正解です。このように、日本語では、もらう人が自分か他人かによって、表現がちがってきます。
話し手(私)を中心にして「あげる」と「くれる」を図にすると、次のようになります。
このように、私の領域から出てゆくものについては「あげる」になり、反対に私の領域に入ってくるものについては「くれる」になります。
日本語の「あげる」「くれる」は、このような贈与の関係だけでなく、さまざまな動詞につけて使われています。
I showed John my photo.
私はジョンに自分の写真を見せてアゲタ。
John showed me his photo.
ジョンは、私に自分の写真を見せてクレタ。
このように、英語ではおなじ動詞(showed)であっても、日本語では、「アゲル」「クレル」という使い分けがあります。このことを意識するだけでも、和訳の腕前がぐんと上がることでしょう。
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10.行く:来る = go:come ?
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毎年、大晦日になると、「行く年 来る年」という番組をやっています。番組の内容を的確に表している見事なタイトルだと感心しているわけですが、あれを見ていると、英語の go と come を思い出します。
日本語の「行く」と「来る」の関係は、おおよそ、英語の go と come の関係に当たります。
John went to Hokkaido.
ジョンは、北海道へ行った。
John came back from Hokkaido.
ジョンは、北海道から帰って来た。
このような例ばかりなら、go:come = 行く:来る、と言えるでしょう。
ところが、この公式が成立しない領域もあるのです。たとえば、次のようなセンテンスが問題となります。
I'll come to see you.
これからそちらへ伺います(行きます)。
日本語では、話し手が自分の領域を出る場合は「行く」になります。一方、英語では、相手の領域に入る場合は、come を使うのです。
I'm coming.
今、行きますよ。
このように、日本語の「行く」は、英語の come の領域に入り込んでいるのです。
なぜ、このようなことになるのでしょうか。ここで、英語の come の意味を確認しておきましょう。手元の英英辞典(The American Heritage) を引くと、第1の意味として、次のように書いてあります。
come: To advance toward the speaker or toward a specified place ; to approach
この意味を日本語に訳すと次のようになります。
come:話し手または指定された場所に向かって進むこと;近づくこと
このように、come には、「話し手」だけでなく「指定された場所」に向かうという意味があるのです。
一方、日本語の「来る」は、話し手(および話し手の領域)に向かう行為に限定されます。
つまり、come の意味範囲と、「来る」の意味範囲はずれているわけです。
先に見た例、I'll come to see you. の意味は「私は、あなたに会うべく移動する」となりますが、これをふつうの日本語に訳すのに、「来る」という動詞は使えません。なぜなら、この場合の come は、話し手ではなく、相手の領域に向かう行為を指しているからです。日本語では「行く」を使うのが妥当です。
これを逆から見ると、日本語の「行きます」を英訳するのに、come を使うことがある、ということです。
もうひとつ、日本語では、「行く」と「来る」がセットで使われることがよくあります。
ジョンは、図書館へ行って来たところだ。
二人は互いの家に行ったり来たりしている。
これらのセンテンスを英訳する場合、go や come を使うのは無理です。まったく別の動詞が使われます。
John has been to the library.
ジョンは、図書館へ行って来たところだ。
They visit each other.
二人は互いの家に行ったり来たりしている。
このように、日本語の単語の意味と英語の単語の意味との間には、必ずズレがあります。そのズレが分かったときに、本当に単語の意味が分かった、と言えるのです。
英和辞典に並べてある和訳語は、暗記するのではなく、理解するための一助にしてください。
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辞書の話
皆さんは、今、どんな辞書を使っていますか。辞書を引くのは面倒だ、という人も、1冊くらいは持っていることでしょう。
英語の学習段階、特に、初級段階では、辞書なしで学習できる教材の方がありがたいですね。ちょっとした単語をいちいち辞書で調べていたら、えらく時間がかかってしまいます。
たいていの教材では、新出単語には、訳語が書いてあります。これを、順々に覚えていけば、どんどん語彙力が増していきます。
問題は、出てきた単語を忘れてしまうと、次の課に進んだときに、わからなくなってしまうことです。既出単語にまで訳語のついている教材は、まず、ありません。
こんなときは、辞書のお世話になればよいのです。ちょっとおっくうかも知れませんが、ここで辞書を引いておかないと、先に進んでから、ますます難儀することになります。
英語上達のコツは、出てきた単語を、その場で、素直に覚えることです。たいした単語でなくても、出てきたものは、すべて覚えてしまうことです。発音、つづり、訳語を覚えるのです。次回に回してはいけません。その場で暗記してしまうことです。これが、最も効率の良い方法です。
単語も覚えられないようでは、センテンス(文)を暗記することは、ほとんど不可能です。最終目標は、センテンスやテキストの暗記ですから、単語の段階でつまずかないように、気をつけましょう。
それでも、忘れてしまったら、英和辞典を引けば、ちゃんと訳語が出ています。ありがたい、とは思いませんか。辞書を引くのはめんどうだ、と思うかもしれません。でも最初に辞書を作った人は、どんなに大変な思いをしたか、知っていますか。
たとえば、動詞 come の使われている例文を集めて、用法によって、いくつかのグループに分類し、それぞれの意味を記述していきます。この作業を、見出し語にするすべての単語について行うのです。こうして、英英辞典ができあがります。
英和辞典は、このようにしてできあがった英英辞典の語義を翻訳することによって、作られます。つまり、英和辞典というのは、翻訳によって作られているのです。
また、初級学習者用の辞書として、見出し語の数を減らした辞書、つまり、基本語辞典も編集されています。
さらに、電子通信英和・和英辞典というように特定分野の技術用語だけを集めた辞書もいろいろあります。このような辞書には、代名詞や前置詞、副詞は出ていません。動詞や形容詞もごくわずかで、大部分が名詞です。
このほかに、日本では、「豆単」や「出る単」などという単語集があります。不思議なくらいよく売れていますが、そこには、たくさんの単語をなるべく早くつめこもうという、あせりのようなものが感じられてなりません。
先に言ったように、たいていの初級教材には、新出単語に訳語がつけてあります。ですから、辞書なしで勉強できるようになっています。センテンスがあるからこそ、単語の訳語が決まるのであって、もし、センテンスがなかったら、訳語は決まりません。
単語集を見て単語を暗記するというのは、なんだか本末転倒のような気がします。
だいいち、単語集で単語を暗記する、などというのは、ずいぶんと退屈な作業ではありませんか。単語集を暗記して、英語ができるようになった、という話は、まだ聞いたことがありません。
あせりは、禁物です。勉強は、楽しんでやった方がいいと思います。その方が、結局は、よく身につくことでしょう。
英語のテキストを読み、それも、たくさん読み、忘れてしまった単語は辞書を引く。これが自然な学習方法だと思います。ここでいう辞書は、英和辞典のことです。
話変わって、和英辞典の方は、引くのに、かなり注意が必要です。
私は、現在、中学3年になる子供に英語を教えています。英語で日記を書かせているのですが、その子は、和英辞典を調べては、新しい単語を見つけてきます。でも、たいていは、はずれです。
たとえば、学校で勉強する科目の名前として「社会」というのがありますが、これを和英辞典で引くと society という単語が出てきてしまいます。これは、科目の名前ではありません。
中学生の「社会」なら、歴史(history)か地理(geography)になるでしょう。
どうしても「社会科」にしたければ、social studies という表現があります。
また、卓球部の「朝練」の話を書こうとして、辞書を調べたけれど、「朝練」は載ってなかった、とがっかりしています。その子にとって、朝練は、ひとつの単語なのでしょうが、このように「朝」と「練習」を組み合わせたような単語は、和英辞典には載っていません。これを英語にするには、morning と training または practice を組み合わせるほかないでしょう。
このように、和英辞典を引くには、ひと工夫が必要です。また、和英辞典で見つけた単語は、英和辞典で引き直して意味を確認した方が安全です。
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第二章
代名詞
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1.アレコレ考える
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この世の中、あれこれ考えても始まらないことも多いようですが、代名詞アレとコレは、大いに考えるに値します。
アレコレをアレとコレに分けてみると、アレの方がコレより遠くにあるような感じがします。
ちょっと、アレ取って。
と頼むからには、アレは、自分では手の届かない所にあるはずです。これに対して、
ちょっと、コレ見てよ。
と言う時は、自分(話し手)の、すぐそばにあるものを指しています。
このように、アレとコレでは自分(話し手)からの距離感がちがいます。
アレとコレを英語に訳すなら、that と this を使うしかありません。
this and that
あれこれ
英語では近い方(this)を先に言うのがふつうです。なぜでしょうか。学校の試験には、およそ関係のなさそうなことですが、ちょっと気にもなります。
日本語では、自分(話し手)の近くにあるものについては、コレ、ココ、コチラというように「コ」の字がつきます。反対に、自分から遠くにあるものに対しては、アレ、アソコ、アチラというように「ア」の字がつきます。
話し手の距離感としては、コが近く、アが遠い、というわけです。
近称 コレ、ココ、コチラ
遠称 アレ、アソコ、アチラ
ここまでは、誰も異存はないでしょう。
問題は、「ソ」です。ソレ、ソコ、ソチラは、どのあたりを指すのでしょう。
ちょっと、ソレ取って。
と言われた人(聞き手)は、自分のすぐ近く、手の届くところに、ソレはあるはずだ、と思うでしょう。アレでもコレでもなく、ソレと言われたのですから。つまり、ソレは、相手(聞き手)の領域にあるのです。
もうひとつ、例をどうぞ。
A子 コレ、あげようか?
B子 ソレは、いらない。
A子の「コレ」は、お菓子だとしましょう。お菓子は、話し手であるA子のものです。一方、B子の「ソレ」も同じお菓子を指しているわけですが、そのお菓子は、自分のではなく、相手(聞き手)のA子のものです。だからこそ、ソレと言っているのです。
もし、B子が、日本語の勉強不足で、近くにあるからといって、「コレは、いらない。」と答えたらどうなるでしょう。まるで、お菓子が自分のものであるかのように響きませんか。A子は、ムッとするにちがいありません。
このように、ソレは、相手(聞き手)の領分にあるものを指します。
さらに、「ソ」系は、相手(聞き手)自身を指すことさえあります。
ソッチの言い分は、どうなんだ。
ソチラのご意見をお聞かせください。
同様に、「コ」系は、自分(話し手)自身を指すことがあります。
コッチの言うことが聞けないなら勝手にしろ。
食事は、コチラで用意いたします。
というわけで、コとソというのは、自分(話し手)と相手(聞き手)の領域を区分しているのです。英語で言うなら一人称と二人称の区別に近いものです。
「ア」系にも名前をつけておきましょう。話し手でも聞き手でもない第三者を指すので、その他の「他」にしておきます。
以上の「物称」と「所称」を表にすると、次のようになります。ついでに「人称」も加えておきます。
表1
いかがですか。これが日本語の代名詞の表です。実に見事な表ではありませんか。と私がいばるまでもなく、日本人なら誰でも、この表が頭の中に入っています。意識せずとも、しっかり、この表を利用しているのです。
英語の文法で習う「人称」とは、人についての指示の仕方の区別です。同様に、日本語の「物称」とは、モノについての指示の仕方です。
日本語の「所称」は、先に例を出したように、場所だけでなく、人の指示にも代用されています。つまり、人称代名詞の代わりもします。
ところで、この表の左上は、「ソレ」で始まっています。「ソレ」は特別重要な代名詞なのです。なぜなら、「ソレ」には中立的用法があるからです。
A氏 風邪を引きましてね。
B氏 ソレは、いけませんね。
この場合のソレは、「風邪を引いたコト」を受けています。風邪を引いたのが相手(聞き手)ですから、相手の領分の事柄にはちがいありませんが。
では、次の例はどうでしょう。
A氏 アイツ、また遅刻だぜ。
B氏 ソイツは、まずい。
この例のソイツは、「アイツが遅刻したコト」を受けています。遅刻したのは相手ではなく、まったくの別人です。それでも、その「遅刻したコト」は、ソイツで受けることができるのです。
このような「ソレ」(「ソ」系)の用法は、中立的用法と呼ばれています。
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2.人称・物称・所称
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私たちは、英語の代名詞を見るとき、無意識のうちに、日本語の代名詞の表を通して理解しています。つまり、英語の代名詞が次のように見えてしまいます。
表2
これは、英語の人称代名詞と指示代名詞を一緒にした表です。副詞の here と there も入れてあります。日本語とまったく同じというわけにはいきませんが、一応、表を埋めてみました。
人称代名詞も、一人称と二人称は、人を指示する代名詞。つまり、人を指すのに使う立派な指示代名詞です。
一人称単数は、話し手自身を指しています。
I have a question.
質問があります。
目的格(me)も、同様です。
Will you call me Willy ?
僕のことウィリーって呼んで。
所有格(my)は、何かの所属先が話し手自身であること、同様に、所有代名詞(mine)も、話し手自身が所有主であることを示します。このように、「所有」というのは、明確な縄張り、領分を表しています。
This is my umbrella.
これは、私の傘です。
This is mine.
これは、私のです。
話し手の領分は、場所としては here です。
A氏 May I see your photo album ?
あなたのアルバムを見せてもらえますか。
B氏 Sure. Here it is.
いいですとも。これですよ。
そして、話し手の領分 here にあるモノは this です。
This way, please.
こちらへどうぞ。
あるいは、電話で自分を名乗るときも、this のお世話になります。
Hellow Susie, this is Calvin.
もしもし、スージー、こちらカルヴィンです。
同様に、相手称は、you,your,yours が並びます。
Watch your step.
足元に気をつけて。
そして、場所として相手の領分を表すのは、there です。話し手と相手(聞き手)との間の距離は、わずか数メートルのこともあれば、国際電話で話し中ということもあるでしょう。どちらにしても、相手の領分は there です。
You just wait there.
そこで待っててくれればいい。
Is it cold there ?
そっちは、寒いのかい?
そして、相手の領分にあるものは、that です。
What's that in your hand ?
手に持っているそれは何?
ところで、英語では、モノと場所について、他称(遠称)専用の代名詞というものはありません。つまり、日本語の「ア」系(アソコ、アチラ、アレ)は、空欄(表2の表の*1,*2)になってしまいます。
ただ、空欄のままでは、日本人には困るので、英和辞典を引くと、次のように書いてあります。
there そこに、あそこに
that それ、あれ
英語の there と that は、相手称だけでなく、他称にも使われている、と解釈します。
言い換えると、英語では、モノと場所については、日本語の「ソ」系と「ア」系の区別がないのです。日本人にとっては、なんとも割り切れない気分になるところですが仕方ありません。
たとえば、「あれ」と言いたいときは、that と言いながら指で示すことにでもなるのでしょうか。
また、日本語の「あそこ」に当たるものとしては、over を足して over there というように、表現することが多いようです。
反対に、英語から日本語に訳すときは、「ソ」系にするか「ア」系にするか、注意が必要です。頻度としては、「ソ」系の方がずっと多いようですが、文脈から判断するしかありません。
たとえば、次のように「コ」系とセットになっている場合は、there,that が「ア」系に訳されています。
here and there あちこちに
this and that あれこれ
ただし、英語では、日本語の組み合わせとは逆に、「話し手称」(here,this)の方が先に出ています。
このような例を除くと、that と there は、たいていは「ソ」系に訳されています。特に、中立的用法として、よく登場します。
A氏 Well, I have a cold.
実は、風邪を引きましてね。
B氏 That's too bad.
ソレは、いけませんね。
A氏の言葉を受けて、B氏は代名詞 that を使っています。この that を「アレは」と訳してはおかしなことになります。もっと、有名な例を出しておきましょう。
To be or not to be − that is the question.
生か死か、ソレが問題だ。
この場合の that も、前半を受けているだけであって、遠くのモノを指しているわけではありません。
ここで、ちょっと意地悪をしてみましょう。次の日本語を英訳してください。
アレかコレか、ソレが問題だ。
日本語では、アレ、コレ、ソレと3つ揃っていますが、英語では、そうはいきません。機械翻訳なら、次のような解答が出てくるかも知れません。
? That or this − that is the question.
いかがですか、なんだか頭がくらくらしませんか。
英語の that には、中立的用法がありますから、いきなり that と言われても、いまひとつピンと来ません。これに対して、this の方は、単純に話し手の周囲のモノを指すだけなので、いきなり this と言われても、別に問題はありません。近くのモノに目をやるだけです。
つまり、いきなり使うには、that より this の方が使いやすいのです。そして、that の方も、this の直後に使われれば、近称と遠称の対比としても理解できます。
翻訳するのが機械ではなくて人間なら、たとえば、次のように訳す努力をすることもできます。完全とは言えないまでも、少し、ましになるとは思いませんか。
This one or that one − that is the question.
前半を this one or that one としておけば、そのあとに使われる中立的用法の that が区別しやすくなります。
このように、人間は、いろいろな工夫をすることができます。機械翻訳とはちがいます。そもそも、機械翻訳というのは、単語が1対1対応する場合にしか機能しません。ところが、実際には、1対1対応する単語というのは、ほとんどないのです。専門用語でさえ、限界があります。
solution[数学]解
[化学]溶液
ですから、機械翻訳には幻想を抱かないことです。
さて、日本語の「アレコレ」が、英語では、なぜ、順番が入れ代わって this and that になるのか、答が出たとは思いませんか。
英語の that には、中立的用法があるので、いきなり使っても、指示範囲がよくわからないのです。それに対して、this は、近称と決まっているので、いきなり使っても支障がありません。そして、this の直後なら、that も対比の相棒としての役割を果たすことができるというわけです。
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3.人間 vs 場所
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では、ここであらためて、先に掲げた日本語と英語の代名詞の表(表1・表2)を比べてみてください。
日本語は、物称、所称が、実に美しい体系をなしています。人称は、おまけのような存在で、ちょっとぶざまです。日本人にとっては、今ひとつなじめない部分があります。そもそも、日本語は、人称なしでも結構やっていけそうです。
時折、日本語は主語を言わないので表現が曖昧になる、と非難されることがありますが、そんなことを鵜呑みにしてはいけません。
人称の代わりに、ちゃんと、場所を言っています。所称を使っています。
コチラは、みんな元気です。
ソチラで、判断してください。
なんと、美しい日本語ではありませんか。「日本語には主語がない」などと騒ぐ人の気が知れません。
一方、英語は、人を指すのに遠慮はいりません。場所などという遠回りをせずに、直接的に、人を指すのです。
We are all fine.
コチラは、みんな元気です。
You should decide yourself.
ソチラで、判断してください。
人を人として指す。なんと、はしたない、と感じる人もいるかも知れませんが、これが英語なのです。
たとえば、映画を見ていて、次のようなセリフ、
I need you.
を初めて耳にした時、一瞬ぎょっとしたものですが、字幕を見たら、「頼むよ。」になっていました。なるほど、と感心したのを今でも覚えています。いかにも、英語らしい表現なのかも知れません。
英語らしい表現といえば、こんな例もあります。
You are right.
君の言う通りだ。
「正しい」のは、「君の考え方」であるのに、「君」自身を主語にするのがふつうです。
次は、目的語に注目してください。
I can't hear you.
声が聞こえないんですが。
聞こえないのは「あなたの声」なのですが、英語では、your voice とは言わないで、you 自身を目的語にしてしまいます。
一般に、日本語では、モノ・コトについて述べているのに、対応の英語表現では、「人」が主語や目的語に使われるのは、よくあることです。
英語では、人称代名詞が中心となって、話し手と相手つまり聞き手の関係ができあがっているのに対して、日本語では、前面に出てくるのは、話し手の領域と聞き手の領域という場所の関係です。
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4.me は無格にもなる
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中学1年の時、I − my − me と何度も言わされたことでしょう。主格、所有格、目的格。me は目的語として使われる形です。
John took me to the zoo.
ジョンは僕を動物園へ連れていってくれた。
Leave me alone.
放っといてよ。(一人にしておいて)
これらは、me が直接目的語になっている例です。
次は、me が間接目的語になっている例です。
John gave me a dictionary.
ジョンは僕に辞書をくれた。
Will you tell me the truth ?
本当のことおしえてもらえないかい。
直接目的語の me も、間接目的語の me も、主語でないことは確かです。
ところが、me には主語のような使い方もあるのです。
たとえば、カルヴィンと父親の会話をごらんください。
I've decided I want to be a millionaire when I grow up.
僕、決めたんだ。大人になったら、百万長者になるんだ。
Well, you'll have to work pretty hard to get a million dollars.
そうかい。100万ドル稼ぐには、うんと働かなくちゃね。
No, I won't. You will.
そんな気ないよ。パパが働くんだ。
Me ?
私が?
I just want to inherit it.
僕は、相続したいだけだよ。
最後から1つ前の父親のセリフにある“Me ?”は、形の上では目的格ですが、目的語として使われているわけではありません。意味を考えると、主語と呼びたいくらいです。
でも、このようなコンテクストで、主格の I を使うことは、まずありません。me です。
このように、話し手自身を強調する場合は、格とは関係なく、me が使われています。
学校英語で、この強調の me が登場したかどうか、どうも記憶が定かではないのですが、会話ではよく使われています。
この me については、ちょっとした個人的経験があります。ヨルダンの首都アンマンで、一泊した時のこと。ちょうど、ラマダン(断食)月で、アラブの人々は、太陽の出ているうちは、ひたすら断食。ホテルのレストランで相席になった女性も、水しか飲みません。それでも、しゃべる元気はたっぷりあるらしく、私が食べている間中、かたことの英語で、よくしゃべってくれました。
その女性が me を連発するので、最初のうち、主語は誰なのだろうかと考えていたのですが、しばらくして答が出ました。その女性は、主格、所有格、目的格、そのどれにも me を使っていたのでした。
聞けば涙の物語。でも、その内容はともかく、最後まで、一度たりとも、主格の I を使わなかったのです!
大発見でした。英語の一人称単数は、I,my,me の代わりに、me ひとつでも、結構、通じてしまう!
me には無格としての用法があり、彼女はそれを拡大解釈して使っていたのです。
考えてみれば、二人称では、主格も目的格も you です。ふつうの名詞とおなじです。また、目的格を所有の意味に使う言語は、いくらでもあります。
というわけで、強調の me があるということは、me には無格としての用法がある、ということです。
念のため、主格の I は、主格というレッテルをはがすことができませんから、me のように、万能にはなれません。
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5.代表者としての you
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英語では、話し手は常に I であり、その相手は、常に、you です。この you の使用範囲は、「あなた」「君」などをいくら並べ立てても間に合わないほど広大な範囲です。この you を使いこなすだけで、ずいぶん英語がうまくなりそうな気さえします。
you を主語にしたセンテンスを探してみると、たいてい疑問文です。
Do you speak Japanese ?
日本語をお話しになりますか。
Why don't you take a week off ?
1週間ぐらい、休みを取ったら?
では、you を主語にした平叙文の例をあげよ、と言われたら、どうしますか。まずは、助動詞を使った例を思いつくでしょう。
You can go home, if you like.
なんなら、帰ってもいいよ。
You must come again.
ぜひまた、いらしてください。
このような例における you は、確かに、聞き手である「あなた」を指定しています。
では、次の例はどうでしょう。
You can go to Osima by plane.
大島なら、飛行機で行けますよ。
大島への飛行機なら、切符を買えば誰だって乗れる。あなた一人の特権というわけではありません。このような例における「あなた」は、人の代表になっているだけで、この例は、次の英文と意味的に同等です。
It is possible to go to Osima by plane.
大島へは飛行機で行くことができる。
ただし、これは文体的に堅いので、会話では、“You can...” を使う方が一般的です。
次の例も同様です。
A氏 Hagi-yaki is a kind of pottery.
萩焼というのは、陶器の一種です。
B氏 Oh, I see. Can you buy it in Tokyo ?
ああ、そうですか。それは東京で買えますか。
萩焼に興味を示したB氏は、それが東京で買えるかどうかが知りたい。でも、“Can I buy it in Tokyo ?” とは言わないで、“Can you buy it in Tokyo ?” と聞いています。なぜでしょう? その方が一般性があるからです。
もし、ここで、“Can I buy it in Tokyo ?” とたずねると、それは、B氏だけが使える特別購買ルート、あるいは、B氏の持ち金で足りるか、というような話になってしまいます。つまり、一人称文の I は、あくまでも個人的な問題であって、人の代表にはなれません。一般性を持たせるには、二人称の you を使います。
この例における “Can you buy it in Tokyo ?” は、次の英文と意味的に同等です。
Is Hagi-yaki sold in Tokyo ?
萩焼は東京で販売されていますか。
ただし、会話では、なるべく受動文は避けて、“Can you...?” を使う方がよいでしょう。
一般に、何かのやり方を説明する場合に使われる you も、このような「代表」としての意味になります。たとえば、「この単語はどう発音するのですか」という質問は、主語は誰にしようかなどと頭を痛めることなく、素直に、次のように言えばいいのです。
How do you pronounce this word ?
この単語は、どう発音するのですか。
こう聞かれた人は、単語の発音をしてみせてくれることでしょう。それは、その人独特の発音の仕方ではなく、一般に通用する発音の仕方であるはずです。
次は、トースターの使い方を、友達に説明しているところ。説明している人自身が、パンを持っています。
Watch. You put the bread in the slot and push down the lever.
見ててごらん。パンを穴に入れるでしょ。それからレバーを下に押す。
ここで、もし、説明者が “I put...” というように一人称で言ったらどうなるか。それは、その人の個人的トースター使用法ということになってしまいます。
次は、道を尋ねたとき、返ってくる答。
Go to the right, and you'll find the station on your right.
右に曲がれば、駅は右手にありますよ。
この答の you も、代表者としての「あなた」です。たとえば、「あなた」が行ったら右手にあるが、別の人が行ったら左手になる、なんてことは決してありません。誰でも、右に曲がりさえすれば、駅は右手にあるはずです。このような場合の「あなた」も、代表にすぎません。
以上のようなハウ・ツーもののほかに、you は、一般的事実を述べるのにも使われます。
You can never tell.
こう言われて、「いや、私には言える」などと頑張らないように。「あなた」は単なる代表者で、「あなた」の個人的資質について述べているわけではありません。
これは、よく使われるイディオムのようなもので、意味は次の通り。
どうなることやら(わかったものではないよ)。
「あなた」だけがわからないのではなく、誰にもわからない、という意味です。そして、その代表として「あなた」が選ばれているにすぎないのです。
それなら、いっそのこと、we でも使ってくれれば、分かりやすいのに、と思われるかも知れませんが、we を使うと、「われわれには、わからない」というだけで、他の人にはわかる、という可能性が残されてしまいます。つまり「誰でも」という意味は出てきません。
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6.複数 we とは誰のこと?
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ところで、we は、ふつう一人称複数と言っていますが、一人称複数の縄張り、つまりインデクス(称)には、2通りあります。
ひとつは、複数形を使っている話し手が、聞き手を相手としている場合です。
We are asking you to help us.
手伝ってくださいとお願いしているんですよ。
これは、発言者が複数の人間を代表して、お願いしていることになります。
では、次の例はどうでしょうか。
When I visit my friends, all we do is watch television.
友達を訪ねても、することといえばもっぱらテレビを見るだけだから。
ここでも、we の内訳は I + my friends であり、聞き手である相手は、we には含まれていません。
これに対して、話し手と聞き手が一体となって、共通の縄張りを作ることがあります。
Hurry up ! We may be late for the concert.
急がないと、コンサートに遅れちゃうよ。
この場合の聞き手は、うかうかしていられません。遅れないように、話し手と一緒に急ぐ必要があります。
次の例の we も、聞き手を巻き込んでいます。
It's almost noon. Shall we go out for lunch ?
そろそろ昼ですね。食事に出ませんか。
こう言われた聞き手は、自分が食事に誘われているのである、と理解します。
このように、we は、聞き手を含む場合と含まない場合とがあるのです。
inclusive we 聞き手を含む
exclusive we 聞き手を含まない
ですから、先の代名詞の表には、we は入れていなかったのです。
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7.不特定の人に使うthey
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人称代名詞の中で、三人称は別格です。三人称は、指示代名詞ではなく、名詞の代わりに使う、文字通りの代名詞です。
This is my friend, John. He is a student.
こちらは、友達のジョン。学生です。
この例では、my friend を繰り返す代わりに、he という代名詞を使っています。次も同様です。
I have two brothers. They both live in Tokyo.
私には兄弟がふたりいて、ふたりとも東京に住んでいます。
ここでは、two brothers の代わりに、they を使っています。このように、三人称代名詞というのは、名詞の代わりに使う代名詞なのです。
このような代名詞は、承前代名詞と呼ばれています。そして、承前代名詞に取って代わられる名詞の方は、先行詞です。
これに対して、I や you や we のように、いきなり人を指すことのできるものは、指示代名詞の仲間に入ります。
というわけで、機能から見ると、英語の人称代名詞は、次のように分けることができます。
指示代名詞 I you we
承前代名詞 he she it they
表2の代名詞の表を、もう一度、よく見てください。三人称代名詞は、他称の欄に入れてありますが、ここは、承前代名詞の欄になっているのです。
ただし、三人称代名詞にも例外があります。複数の they です。they は、先行する名詞なしに、いきなり使うこともあります。それは、「不特定の人」を表しています。ここには「話し手と聞き手」は含まれません。
They say that we are going to pay more tax.
増税になるそうだよ。
このセリフを言っている人は、自分で確認したわけではなく、誰かから聞いたか、あるいは新聞で読んだかして、増税のことを知ったのでしょう。
誰ということなく、不特定の人を表すのが they です。誰だかわからないけれども、主語が必要だ、という場合に、they はとても便利です。
たとえば、家族でドライブしているときに、橋を渡ります。すると、橋のわきに “Load Limit 10 Tons”(重量制限10トン)という標識が立っています。これを眼にした子供(カルヴィン)が、次のように父親にたずねることができます。
How do they know the load limit on bridges, Dad ?
パパ、橋の重量制限って、どうやってわかるの?
ここで使われている they は、重量制限にかかわる関係者という程度の意味で、誰も特定の人は指していません。便利ですね。
すると、父親が、やはり they を使って答えます。
They drive bigger and bigger trucks over the bridge until it breaks. Then they weigh the last truck and rebuild the bridge.
小さなトラックからはじめて、だんだん大きなトラックを通すんだ。そして橋が壊れたら、最後に渡ったトラックの重さを計って、橋を作り直すんだよ。
なお、上の内容については、当方、責任を持ちかねますので、悪しからず。
言うまでもなく、they は三人称(他称)ですから、ここには、話し手や聞き手は含まれません。
ですから、代表者の you と不特定の they を組み合わせて使うこともできます。
たとえば、
You can never tell if they're listening or not.
人に聞かれてるかどうか、わかったものじゃない。
まず、文頭の you は、誰でもかまわない「あなた」、代表として選ばれたにすぎません。そして、後半に登場する they は、その代表を除く誰かです。
たまたま、この例文の和訳に「人」を使ってしまいましたが、日本語では、「人」が重宝されていますね。たとえば、こんな具合に。
人に知られたら困る。
絶対、人に言うなよ。
このような例における「人」は、話し手と相手以外の人、まさに、他人という意味です。
でも、「人」には、もっと面白い使い方もあります。話し手が、自分のことを、「僕」とか「私」とか言わずに、「人」と言うことがあるのです。
自分が悪いんだから、人のせいにしないでよ。
人に頼んでおきながら、自分は何してるんだ。
ここでは、聞き手の方が「自分」として表現され、話し手の方が「人」になっています。つまり「自分:人」の関係が、「聞き手:話し手」の関係になっているわけです。
このように、日本語の、「人」や「自分」は指示作用がないので、使い方も自由です。一語だけをとりだして英語に訳せと言われても、具体的状況が決まらないと、どうしようもありません。
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8.疑問詞は強く発音する
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日本語の疑問詞(代名詞疑問称)は、どんな発音をしても疑問の意味は伝わります。つまり、疑問詞は疑問詞のままです。
一方、英語の疑問詞は、強く発音することがポイントです。弱く発音すると、意味がよくわからなくなってしまいます。
では、早速、始めましょう。まずは、who の例です。
Who is this speaking ?
どちら様ですか。
これは、電話で使う表現です。相手が誰であるかを知るための疑問文ですから、文頭の who をいちばん強く発音します。一般に、疑問詞のある疑問文では、疑問詞を強く発音して、文末はトーンを下げます。
次の例は、どうでしょうか。
I don't know who came here yesterday.
僕は、誰がきのうここへ来たのか知らない。
この例では、who が、動詞 know の目的語の位置にありますが、疑問の意味は残っています。ですから、やはり、強く発音します。
では、次の例は、いかがですか。
This is the professor who came here yesterday.
この方が、きのうここへいらした教授です。
この例の who には疑問の意味はありません。この who は、手前にある語(先行詞) the professor という「人」を説明するのに使われているだけです。いわゆる関係代名詞という役割をしているのです。この場合の who は、強く発音しません。
日本語には関係代名詞がないので、ピンと来ない人もいるかも知れません。もう一度、次の英語と日本語をくらべてみてください。
1.The professor came here yesterday.
教授は、きのうここへ来た。
2. the professor who came here yesterday
きのうここへ来た教授
英語は、the professor と came here yesterday の間に、who があるかないかだけのちがいです。例2のように who が使われると、フレーズ(句)になり、センテンス(文)の資格を失います。
一方、日本語は、「教授」と「きのうここへ来た」の順序が入れ代わっているだけです。動詞「来た」は、終止にも、連体にも使えてしまうのです。
では、話を戻します。疑問詞は強く発音する、と言いましたが、疑問の意味を失って、関係詞になった時は、あまり強く発音しません。無理に強く発音すると、疑問の意味が出てきてしまい、つじつまが合わなくなります。
今度は、モノの話です。
Which apple is heavier ?
どっちのりんごが重いか。
I don't know which apple is heavier.
どっちのりんごが重いのかわからない。
このような例の which は、疑問の意味がありますから、しっかり強く発音します。
同じ which でも、関係詞になったら、遠慮がちに発音してください。関係詞のあとに来る動詞の方を強く発音します。
the dictionary which helped me much
僕の役に立ってくれた辞書
この例の which は、あとに続く動詞 helped の主語になっています。
次の例では、which が、あとに続く動詞の目的語の役割をしています。
the dictionary which I bought yesterday
きのう僕が買った辞書
このような目的語としての which は、弱く発音するどころか、省略されてしまうのがふつうです。
the dictionary I bought yesterday
きのう僕が買った辞書
who と which は、人(ダレ)や物(ドレ)を特定するための疑問詞です。これに対して what (ナニ)は、内容説明を要求します。
What's your favorite sport ?
どんなスポーツがお好きですか。
I don't know what to do with it.
それをどう処理したらよいのかわかりません。
次も同様です。
What do you think people have feet for ?
何のために、人には足があると思ってるの。
「何のために」というのは、英語では for what ですが、その際、for は、what から離して、文末に置くのがふつうです。
では、今度は、場所の疑問詞 where の例を見てみましょう。
Where did you go yesterday ?
昨日は、どこへ行ったの。
I don't know where he went yesterday.
彼が昨日どこへ行ったのかは知らないよ。
このような例では、where は強く発音します。疑問の意味があるからです。
では、次の例は、どうでしょうか。カルヴィンと母親の会話です。
Where's my jacket ?
僕の上着はどこ?
It's right on the floor where you left it.
床の上に脱ぎっぱなしになっているでしょ。
カルヴィンのセリフは、文字通りの疑問文です。
一方、母親のセリフの中の where の手前には、on the floor という場所を表す先行詞があり、where は、この場所と関係しています。どういう関係かというと、「あなたが it = jacket を置き去りにする」という行為を行った場所です。つまり、母親のセリフにある where は、疑問の意味を失った関係詞にすぎません。
ですから、カルヴィンは where を強く発音しますが、母親は、where より、あとに来る動詞 left の方を強く発音します。
ついでに、時の疑問詞 when の例も見ておきましょう。疑問詞は、常に、強く発音します。
When did you come here ?
いつ、ここに来たの。
次の例も同様です。
I don't know when he came here.
彼がいつここへ来たのか知らない。
ここでも、when には疑問の意味が含まれています。つまり、疑問の意味があるので、強く発音します。
そして、when の直前に時を表す先行詞がある場合、when は関係詞と呼ばれます。
on the day when I came here
僕がここに来た日に
この場合、when は強く発音しません。when は、その前にある on the day と I came here をつなげているだけだからです。
さらに、when は、先行詞なしでも使われています。この場合は、ただの接続詞です。
When I came here,...
僕がここに来たとき、……
この例では、when より動詞(came)の方を強く発音します。もし、ここで when の方を強く発音すると、「いつ」という疑問の意味が出てきてしまい、意味がおかしくなってしまいます。
以上、who,which,what,where,whenという5つの疑問詞について例を見てきました。英語の疑問詞には、疑問の意味をもたない使い方(関係詞)もあり、それは、発音の仕方によっても区別されているのです。
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9.誰か、何か、どこか
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日本語では「疑問詞+か」で、不定代名詞ができあがります。
誰+か=誰か
どこ+か=どこか
何+か=何か
たとえば、次のセンテンスは疑問文ではありません。
誰か来た。
「誰か」というのは、誰であるかわからない、つまり誰であるか定まらない、「不定の人」を表しています。
同様に、「何か」は「不定のモノ・コト」を表し、「どこか」は「不定の場所」を表しています。
英語でも、場所については、日本語のような造語があります。
some + where = somewhere(どこか)
ただし、人やモノについては、このような疑問詞からの造語はできません。
誰か somebody, someone
何か something
このように、人については、-body と -one、モノについては、-thing のお世話になります。
Someone is coming.
誰か来るよ。
誰が来るのかはわからないけれど、誰か来る人が「ある」ということを表しています。このように、some は、「存在」の意味と深くかかわっています。
ちなみに、日本語では、「ある」が、述語動詞だけでなく、名詞にかかる連体としても使われています。次の2つのセンテンスをくらべてみてください。
こう言った人がある。(存在文)
ある人が、こう言った。(動詞文)
この2つのセンテンスは、文型はちがいますが、実質的意味はおなじです。
something と存在の意味とのかかわりは、目的語になってもおなじです。
John bought something in the store.
ジョンは店で何か買ったんだ。
ジョンが店で何を買ったのかはわからないけれど、何か買ったものが「ある」ということを表しています。
では、あるかないかがはっきりしない場合は、どうなるのでしょうか。some に代わって、any が登場します。
Did you buy anything in the store ?
店で何か買ったの?
この場合は、店で買ったモノがあるかどうか、まだわからない状態ですから、any- を使います。
次も同様です。
Is anything wrong ?
どうかしたのですか。
Does anybody know the answer ?
誰か答のわかる人はいますか。
おなじ「誰か」「何か」でも、すでに決まってしまった「誰か」「何か」と、まだ決まらない「誰か」「何か」があるわけです。
なお、疑問文であっても、存在を問うものでなければ、some を使います。
Will you have something sweet ?
何か甘いものはいかがですか。
これは、客に甘いものはどうかと勧めているセリフです。もちろん、勧めているぐらいですから、存在に疑いの余地はありません。ただ、相手が口にしたいかどうかをきいているだけです。
これとは反対に、存在自体がまだ決まらないうちは、疑問文でなくとも、any の方を使います。
If anyone calls me, tell him I'll be back in 10 minutes.
もし誰かから電話があったら、10 分ぐらいで戻ると言っておいてくれ。
まだ電話がかかってくると決まったわけではありませんが、もし、電話をしてくる人があったら、という話です。ですから、その電話をする人は anyone になります。
モノの場合は、anything になります。
If anything happens, it's my fault.
もし何か起きたら、私のせいだ。
このように、if で始まる条件文では、ふつう any が使われます。
また、否定文では、存在していないわけですから、もちろん any の方が使われます。
I didn't buy anything.
何も買わなかったんだ。
そして、さらに、any は、条件文以外の平叙文にも使われることがあります。
You can get anything if you really want to.
もし本当に望むなら、何でも手に入るよ。
何が手に入るかはまだわかりませんが、強く望みさえすれば、それは手に入る、という表現です。その得ることのできるモノの範囲は限定されていません。
以上、存在の意味を巡る some と any の使い分けについて例を見てきました。
では、存在が否定されたら、どうなるのでしょうか。そのときは、nobody,no one または nothing というように、迷わず、no を付けてください。
Nobody knows the answer.
誰も答を知らない(答を知る人は誰もいない)。
I have nothing to tell you.
別にあなたに言うことは何もない。
このように、nobody や no one または nothing は、単語の意味自体が存在の否定を表していますから、動詞に否定の not をつける必要はありません。
any,some,no は、以上の例だけでなく、一般の名詞と一緒に広く使われています。
No problem.
問題ない。
Any question ?
何か質問は?
存在を表す some は、否定文に使われることはありません。否定文では、any の方だけが使われます。
I don't want any coffee. I prefer tea.
コーヒーは結構です。お茶の方がいいんです。
なお、any,some は、次のような合成語に使われることもあります。
anyway いずれにしても、とにかく
somehow どうにかこうにか
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10.冠詞の出自
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不定冠詞 a と an というのは、歴史的には、数詞の one が縮まってできた形です。
one pencil:a pencil
one apple:an apple
学校では、母音で始まる名詞の前では、a を an にすると習いますが、もともと n はあったのです。それが、母音の前では残っている(an apple)のに、子音の前では落ちてしまった(a pencil)というわけです。
そういえば、ニックネームという単語がありますね。あれは、もともと「an + ekename」だったのですが、いつの間にか、冠詞の n が名詞の方に移ってしまい、現在では、「a nickname」が正しいことになっています。
いずれにしても、不定冠詞は、one の親戚です。
Will you have a cup of coffee ?
コーヒーを一杯、いかがですか。
2杯目を勧めるときは、another(他の1つ、もう1つ)を使います。another というのは、「an + other」という内訳になります。
Will you have another cup of coffee ?
コーヒーをもう1杯、いかがですか。
カップは、1つ、2つと数えることができますから、問題ありません。
では、cup という単語を使わないで、コーヒーを勧める時はどうしますか。コーヒーだけでは、数えることはできません。こういう場合に some が使えます。
Will you have some coffee ?
コーヒーなど、いかがですか。
some と any は、数えられるものにも、数えられないものにも使える便利な冠詞の仲間です。
同様に、否定の no も、数えられるかどうかに関係なく使えます。
Sorry, we have no icecream.
すみませんが、アイスクリームはありません。
ところで、数えられるかどうか、という問題は、便宜的なもので、どちらとも決まらない名詞も結構あります。
大事なことは、a や an を使うと、「丸ごと1つ」が連想される、という点です。
たとえば、こんな話もあります。ある人が“I ate a chicken.”と言ったところ、これを聞いた人は、「1羽のにわとりを、料理もせずに、丸ごとかじっているのを連想して、びっくりした」とのこと。
このように、不定冠詞 a には、丸ごと1つを想起させる力があるわけです。もし、これを some chicken にすると、生きたにわとりは消えて、料理としての、にわとりの肉が連想されます。肉の量は、1つ2つでは数えられないからです。
つまり、おなじ名詞でも、a のあとか、some のあとかによって、意味がちがってくるわけです。
ところで、指示代名詞 that には、中立的用法があると言ったのを覚えていますか。この中立的 that が、名詞と一緒に使われる時は、the という短い形を使います。いわゆる定冠詞です。
つまり、定冠詞 the というのは、歴史的には、指示代名詞 that から派生したものです。
that boy:the boy
おなじ名詞が2度目に登場する場合、それがおなじものを指しているのなら、定冠詞 the をつけることになっています。
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11.しり取りゲーム he,she,it
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同じ名詞を繰り返したくない場合は、三人称代名詞を使うことができます。
たとえば、次の3つのセンテンスをご覧ください。
1.This is Dr. Mikami.
2.He has a sister.
3.Her name is Mineko.
これらのセンテンスは、どれも、文法的には、いっぱしの独立文。でも、何となく、つながっているように感じませんか。ちょうど、しり取りゲームのように。
そう、いきなり使うことができるのは、最初の一文だけで、残りは、手前のセンテンスに寄り掛かっているのです。その寄り掛かりの手掛かりとなるのが、he や she または her という承前(専用)代名詞(anaphoric pronouns)、俗に三人称代名詞と呼ばれるものです。
三人称代名詞は、名詞の代わりに使う代名詞です。つまり、先行詞がないと使えません。一人称や二人称とは、まったくちがう性質の代名詞なのです。
このような承前専用代名詞は、本来の日本語にはありません。いや、ある、と主張する人は、次のような訳文を当てることでしょう。
1.こちらは、三上博士です。
2.彼には、妹さんがいます。
3.彼女の名前は、峰子です。
なんとなく仰々しい感じの日本語です。準機械翻訳、というところでしょうか。
ふつうの日本語に訳せと言われたら、彼や彼女は使わない方がいいでしょう。たとえば、次のようになります。
1.こちらは、三上博士です。
2.博士には、妹さんがいます。
3.名前は、峰子です。
ここでも、ちゃんとしり取りゲームは成立しています。「三上博士」は、次に登場するときは、ただの「博士」になっていますが、三上博士であることは、間違えようがありません。つまり、「博士」が「三上博士」の代理をしているのです。
こういう省略をしながら、代理によるしり取りゲームを続けるのが日本語です。承前専用代名詞がない代わりに、名詞を省略しながら反復するという手法が使われているわけです。
ただし、この反復自体が、省略されることもあります。たとえば、第3番目のセンテンスは、いきなり「名前」で始まっていて、「誰の」という情報は含んでいません。こういう場合は、直前にある「妹さん」の名前である、と理解されるのがふつうです。
誤解される心配がない限り、省略は、いくらでも行われます。これによって、しり取りゲームが中断されるわけではなく、かえって、ゲームに張りと締まりが出てくるくらいです。
1.こちらは、三上博士です。
2.博士には、妹さんがいます。
3.()名前は、峰子です。
しり取りゲームによって、つながったものは、1つのテキストとなります。というか、しり取りゲームというのは、テキストのパターンの1つなのです。
ただし、英語と日本語では、しり取りゲームのやり方がちがいます。
英語では、承前代名詞 he,she,it を使ってゲームをするのに対して、日本語では、名詞(または名詞句)を省略しながら反復するのです。
なお、英語では、承前代名詞(三人称代名詞)を使う代わりに、関係代名詞でつなげてしまうこともあります。
This is Dr. Mikami
who has a sister
whose name is Mineko.
こちらは、峰子という名の妹さんのいる三上博士です。
こちらは三上博士で、峰子という妹さんがいます。
先行詞を前提とするという意味では、三人称代名詞は、関係代名詞と限りなく近い関係にあるのです。
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英語の歴史
英語は、今や世界中で話されていますが、母語として話されているのは、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカなどです。
また、アジアやアフリカの多くの国々では、第2言語として使われています。
たとえば、同じ中国人でも、北部と南部とでは、方言の差があまりに大きくなってしまったため、互いに通じなくなってしまいました。それで、北部出身者と南部出身者が話し合うときは、なんと、英語を使っています。
この英語(English)なる言語は、どこから来たのでしょうか。それはイングランド(England)です。それでは、いつのころからなのでしょうか。
今から2000年以上も前のこと、紀元前55年、かの有名なローマの将軍ジュリアス・シーザー(Julius Caesar)の軍隊が、この島にやってきて、Britainと名付けました。でも、長居はしませんでした。
それから、約100年後(紀元43年)、また、別のローマの軍隊が Britain に侵入してきました。彼らは、400年ほどの間に、立派な都市や道路を建設しました。
ロ−マ人は、ラテン語を話していましたので、Britain の南西部の都市にいる人達に大きな影響を与えました。
ラテン語は、はじめ、ラティウムとよばれたティベル河畔のごくせまい地域の言語にすぎなかったのですが、ローマの政治力が拡大するにつれ、ラテン語が話される地域も拡大していったのです。
でも、ローマ帝国の衰退と共に、道路や町を残して、ローマ人は、Britain を去っていきました。
次に、2つの民族が中央ヨーロッパから侵入してきます。アングル人(Angles)とサクソン人(Saxons)です。どちらも武力的に、ブリテンの人々より上でした。次々に町を支配するようになり、紀元5世紀から6世紀の間には、現在のスコットランドまで北上し、西では、現在のウェールズまで侵入しています。
アングル人とサクソン人は、ほとんど国全体を自分たちの手中に収めたのです。そしてこの島は、“Angleland” と呼ばれるようになりました。この Angleland がなまって、England という単語になったのです。
ブリテンの人々は、アングル人の言語を自分たちのものとしていきました。つまり、ブリテンの人々は English を話すようになったのです。
8世紀の末ともなると、今度は、北からの侵入が始まります。デーン人(Danes)やバイキング(Vikings) がやってきて、じわじわと南下してきました。
最終的には、アルフレッド大王(Alfred the Great, 849-899)が、彼らの侵入を食い止めました。王は、法やいろいろな制度を整備し、ラテン書の英訳もさせました。
そうこうするうちに、アングル人とサクソン人は、キリスト教徒になっていました。教会では、ラテン語が使われていたので、たくさんのラテン語の単語が英語に入ってきました。
ついでながら、キリスト教会で使われていた言語は、当初、ラテン語(ローマカトリック)と、ギリシャ語(ギリシャ正教)と、ヘブライ語の3言語だけでした。
旧約聖書はヘブライ語で書かれ、新約聖書はギリシャ語で書かれ、それがラテン語に訳されたのです。
11世紀後半、イングランドは、またもや、異民族の侵入を受けます。1066年、ノルマンディー公ウィリアム(William of Normandy)が、強大な軍隊を従えてやってきたのです。ウィリアムは、イングランドを征服してしまいます。Norman Conquest(ノルマンの征服)と呼ばれているものです。
ウィリアムの軍隊は、ノルマン人とフランス人の混合民族からなり、言語はフランス語でした。
フランス語というのは、ラテン語の子供の1人です。各地に浸透したラテン語は、それぞれ独自の変化をとげて、今日のロマンス諸語(フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語)になったのです。
それからの200年間、フランス語が都市の公用語となりました。その頃、英語を使い続けていたのは、なんと、農民だけだったのです。
こうして、英語は、文法も語彙も大きく変わっていくことになります。
その後は、異民族による侵入もなく、英語は、少しずつ成長していきました。チョーサー(Chaucer) やシェイクスピア(Shakespeare)は、英語の発展に多大な貢献をしています。
そして、1620年、Mayflower 号がアメリカの Plymouth に入港し、その後、アメリカでも English つまり英語が話されるようになったのです。
英語に近い親戚としては、ドイツ語、オランダ語があります。これらは西ゲルマン語というグループをなしています。また、北ゲルマン語としては、アイスランド語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語が1つのグループをなしています。
ゲルマン語の1つである英語は、現在、世界中に広まり、かつてのラテン語にも似た役割をしています。
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第三章
センテンスの構造
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1.動詞文と名詞文
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日本語にはデス・マス体という文体がありますが、どういう場合に「デス」がつき、どういう場合に「マス」がつくのか考えたことがありますか。
こちらは、太郎です。
太郎は、教師です。
太郎は、毎日、学校へ行きます。
太郎は、数学を教えています。
ご覧のように、「デス」の手前には名詞(太郎、教師)が、「マス」の手前には動詞(行く、教える)があります。述語に動詞があるのは動詞文、名詞があるのは名詞文と呼ぶことにします。
では、述語が形容詞だったら、どうなるでしょう。形容詞には、「デス」がつきます。
太郎は、たくましいです。(イ形容詞文)
太郎は、正直です。(ナ形容詞文)
このように、形容詞には「デス」がつきます。なお、「正直な、正直だ」は、学校では形容動詞として習ったと思いますが、最近では、「ナ形容詞」とも呼んでいます。
さて、形容詞文は、デスがつきますから、名詞文の仲間です。
つまり、「デス・マス」は、動詞で終わる動詞文と動詞以外の成分で終わる非動詞文とに分けるリトマス試験紙のような役割をしています。
動詞文(行く、教える)
非動詞文
名詞文(教師だ、太郎だ)
形容詞文(たくましい、正直だ)
動詞文と非動詞文の区別は、次のようなテストをすると、さらに、はっきりします。それは、代動詞を使う書き換えです。
学校へ行く。→ 行きはスルが、
数学を教える。→ 教えはスルが、
教師だ。→ 教師ではアルが、
正直だ。→ 正直ではアルが、
このような書き換えをすると、動詞文では「スル」が、非動詞文では「アル」が出てきます。おもしろい見分け方だとは思いませんか。これに気がついたのは、三上章という日本語学者兼数学者です。
ところで、英語では、動詞のないセンテンスはありません。日本語の動詞文と非動詞文の区別は、英語では、一般動詞文か、be 動詞文か、という区別に当たります。つまり、日本語の名詞文や形容詞文は、英語では、be 動詞文となります。
John is a math teacher.
ジョンは数学の教師です。
John is very kind to me.
ジョンは私に親切にしてくれる。
このような例の「数学の教師」や「親切な」のように、存在の仕方を表す形容詞や名詞は、「補語」(complement)と呼ばれています。次も同様です。
I'm a student.
私は学生です。
I'm very busy now.
私は今とても忙しい。
be 動詞文と一般動詞文のちがいは、いろいろありますが、なかでも目立つのは疑問文の作り方です。be 動詞文は、位置を調整するだけですむのに、一般動詞文は do のお世話になるんでしたね。
Are you a student ?
あなたは学生ですか?
Do you know the way to the station ?
駅までの道わかりますか?
このように、英語のセンテンスは、大きく、一般動詞文と be 動詞文(名詞文、形容詞文)に分かれます。
なお、be 動詞でも、一般動詞とおなじように使用されることがあります。次のような例です。
Mary is in the kitchen.
メアリーは台所にいます。
これは、名詞文や形容詞文ではなく、居場所を示す動詞文です。次の動詞文とおなじ構成になっています。
John lives in Los Angeles.
ジョンはロスアンジェルスに住んでいる。
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2.他動詞と自動詞
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日本語では、動詞によって他動詞であるか自動詞であるかは決まっています。
他動詞変える覚ます増やす減らす
自動詞変わる覚める増える減る
一方、英語では、同じ形の単語が他動詞にも自動詞にも使われることがよくあります。
たとえば、動詞 change は、「変える、変わる」どちらの意味にも使われます。
Failure changed his mind.
失敗が彼の考え方を変えた。
この場合は、changed のあとに、his mind という名詞句つまり目的語がありますから、changed は他動詞です。
では、次の例はどうでしょうか。
The weather will change.
天気は変わるでしょう。
この場合は、動詞の後に目的語がありませんから、変わるのは、主語の「天気」になります。つまり、change は自動詞ということになります。
このように、英語では、多くの動詞が他動詞・自動詞の両方で使われています。つまり、目的語がつく場合とつかない場合があります。
さらに、change は名詞としての用法もあります。
a change of seasons
季節の移り変わり
a change of heart
回心、気持ちの変化
ですから、change という語を見たら、まず、名詞か動詞かを見分け、さらに、動詞だったら、他動詞か自動詞かを見破らなければなりません。
もうひとつ例を出しておきます。形容詞 cool は、動詞としても使われます。そして、動詞としては、他動詞にも自動詞にも使用されます。
I've cooled a bottle of beer.
ビ−ルを1本、冷やしておいたよ。
His passion has cooled.
彼の情熱はさめた。
このように、英語の単語には、同じ形のまま、ちがった品詞に使われたり、さらに、動詞では他動詞と自動詞の両方に使われることがよくあります。
では、自動詞文の例を少し見ておきましょう。
John gets up early in the morning.
ジョンは、朝早く起きる。
この例では、early in the morning は省略できない大事な情報です。でも、early は、目的語でも補語でもありません。時の副詞です。
John goes to school every day.
ジョンは毎日、学校へ行きます。
この例では、to school というフレーズ(前置詞句)が、動詞 goes の目的地として重要な情報となっていますが、前置詞 to があるので、目的語にはなりません。また、every day は時の副詞です。つまり、動詞 go は自動詞なのです。
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3.2つの目的語
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目的語は、1つあれば、すでに他動詞文になります。そして、目的語が2つある場合も、やはり他動詞文です。
まずは、目的語が1つある場合の例です。
I made a bookcase.
私は、本箱を作った。
John bought a dictionary.
ジョンは辞書を買った。
このような例は、今さら説明されなくても、充分理解されていることでしょう。
なお、主語として、人間を含む生物(animate subject)以外に無生物(inanimate subject)が使われることもあります。
Books broaden your horizons.
本は、あなたの境界線を広げる。
本を読めば、教養が広がる。
この場合の目的語は your horizons 1つです。
次の例でも目的語は1つです。
I didn't get much sleep last night.
昨晩は、あまり眠れなかった。
(=今日は、寝不足です。)
この例では、much sleep が目的語です。そのあとに、さらに、last night という時の副詞が続いています。
次の例も、目的語は1つです。
I have little money in my wallet.
私の財布はほとんど空です。
He wanted everything his way.
彼は、何でも自分の思いどおりにしようとした。
では、目的語が2つ必要になる場合とは、どんな場合でしょう。たとえば、次のような例があります。
I gave Mary a dictionary.
私は、メアリーに辞書をあげた。
「あげる」という行為には、あげる物ともらう人が必要になります。そして、あげる物は直接目的語、もらう人は、間接目的語と呼ばれています。
上の例のように、「間接目的語+直接目的語」というのがふつうの順番です。
ただし、これは、間接目的語が短い場合に限られます。ちなみに、次の例をごらんください。
? I gave one of my students a dictionary.
私は、自分の生徒の一人に辞書をあげた。
これは、文法的には正しい文ですが、まず、このような例は使われない、と思ってください。その代わりに、次のような表現が使われます。
I gave a dictionary to one of my students.
私は、自分の生徒の一人に辞書をあげた。
いかがですか。この方が読みやすいとは思いませんか。直接目的語を先に言ってしまってから、後に間接目的語となるはずのものを言うこともできるのです。ただ置き換えるだけではなく、後回しにする場合は前置詞を使うことを忘れないように。
一方、間接目的語が代名詞なら、つまり、短いなら、このような書き換えは必要ありません。
○ I gave her a dictionary.
× I gave a dictionary to her.
一般に、センテンスは、短い成分を先に言ってしまうのが原則です。
なお、間接目的語つまり「人」を移動させるときに使う前置詞は、to だけでなく for も使われます。
I bought Mary a dictionary.
→I bought a dictionary for Mary.
私は、メアリーに辞書を買ってあげた。
I'm making Susie Derkins a valentine.
→I'm making a valentine for Susie Derkins.
僕は、スージー・ダーキンズにバレンタインの贈り物を作っているんだ。
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4.目的語と補語
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センテンスの基本成分は、英語では、次のように呼ばれています。
subject(S) 主語
verb(V) 動詞
complement(C) 補語
object(O) 目的語
ここには、時や場所の副詞あるいは前置詞句は含まれていません。そのようなものをぜんぶ取り払うと、残る成分の種類は、たった4つになってしまいます。
主語と動詞は、命令文は別として、どのセンテンスにも必要ですから、残りの補語と目的語があるか否かによってセンテンスは5つに分類されています。
SV……………補語のいらない自動詞文
SVC……………補語のいる自動詞文
SVO……………目的語が1つの他動詞文
SVOO……………目的語が2つの他動詞文
SVOC……………目的補語のある他動詞文
まず、補語のいる自動詞文(SVC)については、すでに例を見ました。
This is John.
こちらはジョンです。
He is a math teacher.
彼は数学の教師です。
He is honest.
彼は正直です。
これらは、日本語の非動詞文(名詞文、形容詞文)に対応します。
なお、SVC構文は be 動詞にかぎられるわけではありません。be 動詞以外にも補語を必要とする動詞があります。
John looks happy.
ジョンはうれしそうだね。
You look pale.
顔色が悪いよ。
さて、他動詞文のなかにも、補語を含む例(SVOC)があります。目的語の後に来る補語です。
We called him Martian.
僕たちは彼のことを火星人と呼んでいた。
SVCでは、S=Cの関係であるのに対して、SVOCでは、O=Cの関係になります。この例では「彼=火星人」という具合です。
I found the book very interesting.
その本は、とてもおもしろかったよ。
もちろん、ここでは、the book = interesting という関係です。ただの「面白かった」だけなら、SVC(It was interesting.)でも言えますが、「読んでみたら」とか「聞いてみたら」という文脈でしたら、SVOCがぴったりです。
補語として、形容詞の代わりに現在分詞が使われることもあります。
I can feel it working.
それ(薬)が効いているようだ。
なお、主語は、人であるとは限りません。
The news made him happy.
その知らせは、彼を喜ばせた。
その知らせを聞いて、彼はうれしくなった。
ふた通りの和訳をつけてみました。最初の訳は、英語に忠実な訳、2つ目の訳は、日本語としてよく使われる表現です。
学校英語、つまり文部省英語では、第1の訳を正統派としている気配がありますが、その程度なら、機械翻訳にだってできます。
皆さんは、人間です。ぜひ、第2の訳、つまりピンと来る訳を考える癖をつけてください。そうすれば、もやもやしていた英文の意味が、はっきりと分かるようになるでしょう。
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5.受動態が必要になるとき
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日本語の「疲れる」は、ただの自動詞ですが、この意味に対応する英語の単語は、他動詞 tire(疲れさせる)になります。その過去分詞 tired を、be 動詞のあとに連ねたものが、受動態です。
もっとも、過去分詞 tired は、すでに形容詞としても辞書に登録されていますから、ただのSVC型と考えることもできます。
I'm tired.
疲れたよ。
言い換えると、SVC構文のCの位置に過去分詞が使用されているのが受動態です。
「驚く」も、日本語ではただの自動詞ですが、英語では、ふつう、他動詞(surprise, astonish, astound)の過去分詞のお世話になります。
She was surprised by a knock at the door.
彼女はドアのノックの音にびっくりした。
このように、日本語では自動詞なのに、対する英語では、わざわざ他動詞の過去分詞を使わなければならないことがよくあります。つまり、受動態でしか表現できない意味というのもあるわけです。
「戦死する」も、英語では受動態になります。
John was killed in the war.
ジョンは戦死した。
戦場でジョンは死んでしまったという意味です。誰がジョンを殺したのかは、わかりませんから、この文は能動文に書き換えることはできません。
学校文法では、能動文と受動文の書き換えを練習させられたことでしょう。これは、文法を理解させるための練習ですが、肝心なことが抜けています。
その1つは、受動文のなかには、能動文に書き換えることのできないものもあるということ。
第2は、能動文と受動文では、主題がちがってしまうという点です。
まず、能動文で言えることは、能動文で言うこと。そして、能動文が使えないときに、受動文を使うというのが原則です。
たとえば、次の例をご覧ください。
Michael Ende wrote Momo.
ミヒャエル・エンデは「モモ」を書いた。
これはSVOという立派な能動文です。これを受動文に書き換える必然性は特にありません。でも、受動文に書き換えることはできます。
Momo was written by Michael Ende.
「モモ」はミヒャエル・エンデによって書かれた。
「モモ」はミヒャエル・エンデが書いた。
受動文に書き換えると、topic − comment(主題 − 解説)の関係が違ってきます。能動文では、作者であるエンデ氏が主題ですが、受動文では、作品としての「モモ」が主題となります。そして、それを書いた人が誰かというと、ミヒャエル・エンデという答が出てきます。
日本語では、動詞は能動態のままでも目的語(「モモ」)を主題(〜は)にすることができます。そのせいか、日本語で受動態にすると、いかにも翻訳文という感じがします。
一般に、受動文が使われるのは、「誰が」をいう必要のない場合です。
In this second book, each lesson is divided into five sections.
この第2巻では、各課は5つのセクションに分かれています。
また、能動文と受動文では、意味がちがってくる場合があることを指摘している人(ケリー伊藤氏)もいます。
能動文
Everybody in the class speaks two languages.
クラスの誰でもが2つの言語を話す。
受動文
Two languages are spoken by everybody in the class.
2つの言語がクラスの皆によって話されている。
能動文では、「2つの言語」の可能性として、日本語と英語、英語とロシア語、ロシア語とフランス語などいろいろな組み合わせが考えられます。
一方、受動文では、「2つの言語」が主語つまり主題になっていますから、その2つの言語は、1つの組み合わせしかありません。たとえば、英語と日本語という1つの組み合わせです。
このように、能動文を受動文に換えると、主題の意味まで変わってしまう場合があることをお忘れなく。
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6.「させる」と「してもらう」
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動詞 make は、使役動詞としても使用されています。つまり、目的語のあとに、動詞原形を伴う形式です。この場合、その原形動詞が示す動作を行うのは主語ではなく目的語になります。これが使役文の特徴です。
I can make her believe anything I choose.
彼女には、僕の言うことを何でも信じさせることができる。
この例では、「信じる」人は、動詞 believe の直前にある目的語の her です。
次は、否定形が使用された例です。
I can't make you come if you refuse.
いやなら、無理に来させるわけにはいかない。
いやなら、来なくてもいいよ。
このように、動詞 make は使役動詞としても使われている重要な動詞です。
命令文では、使役動詞として let がしばしば使われています。
Let me do it myself.
自分でやらせてくれ。
Let me see.
えーっと。
日本語で「使役」というと「無理にさせる」という意味合いが出てきます。それに対応するのが動詞 make です。一方、動詞 let は「させてあげる」という感じになります。
次は、動詞 have を使用した例です。動詞原形の位置に、前置詞句が使用されていますが、意味的には使役です。
My character will have everyone in tears.
僕の役は、皆を泣かせるんだ。
このような使役文に対して、目的語つきの受身文というものがあります。目的語のあとに過去分詞が来ます。
I had my hair cut.
僕は散髪してもらった。
この例では、cut が過去分詞です。カットされたのは髪の毛ですが、その髪の毛の所有者は「私」です。つまり、私にとっては受身です。
次も同様です。
I had my bicycle stolen.
僕は自転車を盗まれてしまった。
この場合、had は確かに他動詞能動態ですが、センテンスの最後にある stolen は、過去分詞、つまり受動分詞。ですから、「僕」にとっては受け身文になります。
日本語でも、「足を踏まれた」のように、「〜を…される」という表現がよく使われていますね。
動詞 want にも同様の用法があります。カルヴィンが床屋さんで、やっかいな注文を出しています。
I want the top of my head shaved, and the sides dyed pink, and cut in horizontal stripes.
頭のてっぺんは剃って、両サイドはピンクに染めて、横縞にカットしてください。
カルヴィンのこの突飛な注文に対して、床屋さんは、母親の意見を聞きます。
Ma'am ?
奥さん、どういたしましょう。
Give him the usual, Pete.
いつものにしておいて。
カルヴィンは悔しがりますが、仕方ありません。こんなセリフをはいています。
Well, I guess this guy knows which side his bread is buttered on.
コイツ、どっちの言うとおりにした方が得かがわかっているな。
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7.仮主語と本主語
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さて、英語のセンテンスは、必ず、主語と動詞の2点セットで登場します。主語と動詞がないと、センテンスの資格が与えられないのです。命令文を除いて無主語文などというものはありません。
主語に当てるべきモノがない場合も、形式的に it を立てて、センテンスの形式を整えます。
まずは、時刻と天気の例です。
It's eleven o'clock now.
今、11時です。
It's raining.
雨が降っている。
時刻や天気も主語にできないことはないのですが、それでは回りくどい表現になるので、ふつうは it で済ませてしまいます。
距離の場合も同じです。
It's one kilometer from here to the park.
ここから公園まで、1キロあります。
この例の意味を伝えるには、次のような表現も可能です。
The distance from here to the park is one kilometer.
ここから公園までの距離は1キロです。
ただし、このようにすると、主語が長くなり、頭の重い不格好なセンテンスになってしまいます。主語Sは、なるべく軽いに越したことはありません。
主語が長くなる場合は、最初に it を使ってしまう方が一般的です。
たとえば、次の例をごらんください。
? To be able to laugh helps.
笑うことができることは役に立つ。
意味は通じますが、まず、こうは言いません。ふつうは、仮主語 it を使って、次のように言います。
It helps to be able to laugh.
笑うことができることは役に立つ。
ここでは、本当の主語(to be able to laugh)が、あとになって登場します。
次も同様です。
It's not so difficult to learn English.
英語を学ぶことはそれほど難しいことではない。
ここでも、to learn English という本主語を、文頭の仮主語 it が支えています。
it ... to の他に、it ... that という構文もあります。
It is during this time that we dream.
私達が夢を見るのは、この期間です。
この場合の it は、あとに来る that we dream を意味しています。
以上は仮主語の話ですが、仮主語だけでなく、仮目的語というのもあります。
I found it difficult to reach there by three.
3時までにそこへ到着するのは無理だとわかった。
これは、SVOC文ですが、目的語Oの位置に仮目的語としての it があります。そして、本当の目的語(to reach there by three)は、補語C(difficult)のあとに置きます。
このように、仮の it を使うことによって、重たい成分は後回しにすることができるのです。
以上は、SV型センテンスについての話です。
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8.仮場所と本場所
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今度は、VS型のセンテンスについての話です。つまり主語の前に動詞が来る型です。
All around him were men in uniform.
彼の周囲には、制服を着た男の人たちが(取り巻いて)いた。
この例のように「場所(時間)+動詞V+主語S」の構成をもったセンテンスを、存在文と呼ぶことにします。
次の例も存在文です。
In the beginning was the Word...
はじめに言《ことば》ありき……
これは、新約聖書のヨハネによる福音書の冒頭のセンテンスです。ギリシャ語からの逐語訳で、Word というのは、ギリシャ語の logos(ロゴス)に当たります。
英語でも、昔話は、たいてい、存在文から始まります。そして、存在文には、ふつう there を使います。
Once upon a time, there was a boy named Calvin.
むかしむかし、カルヴィンという名の男の子がいました。
この場合の there は、「そこに、あそこに」という指示の意味はなく、単に「あった、いた」という意味を補強しているだけです。
there で始まる存在文で、具体的な場所が必要なら、それはあとに出てきます。
There is a clock on the mantelpiece.
暖炉の上に時計がある。
この場合の there は、具体的な場所はあとに出てくるよ、という合図をするだけです。つまり、仮場所です。そして、「暖炉の上」が本場所です。
次も同様です。
There are 40 students in our class.
僕たちのクラスには生徒が40人いる。
このように動詞のあとに来る主語は、日本語に訳すときに「は」ではなく「が」を使うのが鉄則です。
カルヴィンも時々存在文を使います。しゃべっている相手はトラのぬいぐるみ Hobbes です。
There's a new girl in our class.
僕たちのクラスに女の子が転校してきたんだよ。
Well, what's her name ?
そう、名前は何というの。
カルヴィンは、その女の子(スージー)に興味津々なのですが、素っ気ない振りをしています。
なお、同じ存在文でも、here は、仮場所ではなく、本場所(ここに)ですから、お間違えのないように。
Here is something for you.
ここに、あなたのためのモノがあります。
これを差し上げます。
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日本語についての誤解
日本語は、主語が省略されるので表現が曖昧になる、というような批判が時々なされていますが、そもそも、日本語には、英語の「主語」のような成分はないのです。
英語では、主語が決まると、それによって、動詞に s をつけるかどうかが決まります。be 動詞なら、am,are,is のどれにするかが決まります。
一方、日本語では、そのように、動詞の形を支配するような成分はありません。
日本語のセンテンスは、大きく、有題文と無題文に分かれます。「何々ハ」のあるのが有題文で、ないのが無題文です。
無題文
太郎が辞書を買いました。
有題文
太郎は、辞書を買いました。
辞書は、太郎が買いました。
いかがですか。「何々ハ」となっているのが、センテンスの「題」です。主語でも目的語でもない「題」です。このように、動詞文では、無題文と有題文の区別がなされています。
名詞文や形容詞文は、原則として、有題文です。
太郎は、数学の教師です。
象は、鼻が長い。
「象は、鼻が長い」を英訳するとしたら、たとえば、
The elephant has a long trunk.
と言えますが、厳密には、次のようになる、という指摘もあります。
As for the elephant, it has a long trunk.
象について言えば、それは長い鼻をしている。
このように、日本語の「ハ」は、英語の主語とは別の次元にあるのです。
日本人にとって、英語がしゃべりにくいとしたら、その理由のひとつは、日本語には英語の主語に当たるものがない、という事実から来るのではないでしょうか。
日本語の文法界では、一時、主語論争が華々しく行われていました。「象は、鼻が長い」の「象は」は総主語で、「鼻が」は小主語である、といった二重主語を主張した人もいます。
確かに、「ガ」は、部分ないし部面を表すことがよくあります。
太郎は、背が高い。
二郎は、頭がいい。
三郎は、声が大きい。
でも、「辞書は、太郎が買った」の「辞書は」は、総主語と呼ぶわけにはいきません。
このように、日本語文法で「主語」という用語を使おうとすると、混乱が生じるばかりです。この混乱から抜け出すために、三上は、「題」(題目、主題)という用語を導入したのです。
残念ながら、文部省つまり学校の教科書では、いまだに「題」を認めず、「主語」という用語を使っています。定義は曖昧にならざるを得ません。先生方は、どのように対処しておられるのか、気になります。
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第四章
動詞と助動詞
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1.「やさしい」命令法
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英語では、動詞原形が、そのまま命令形に使えます。
日本語の命令形、たとえば、「行け」は、かなりきつく響きますが、英語の “Go.” は、それほど強くありません。英語の “Go.” を日本語に訳すとしたら、少なくとも次の6つの可能性があります。
日本語の命令法には「言いつけ」だけでなく、「勧め」や「頼み」もあるのです。どの訳を使うかは文脈によって決めます。
英語の命令法は please(あるいは will you)をつけるていねい体か、それをつけない普通体のどちらかです。
まず、ことわざには、please はつけません。
Strike while iron is hot.
鉄は熱いうちに打て。
また、簡潔を旨とする広告宣伝文も please をつけません。
Call now.
今すぐお電話を。
Renew Your Subscription Now.
今すぐ、購読更新を。
一般の会話でも、もちろん命令法が使われます。
Don't worry.
心配しなくていい。
特に、友達同士では、気軽に命令法が使われています。
Calvin, pass this note to Jessica.
カルヴィン、このメモをジェシカに渡して。
be 動詞の命令法でも、否定にするときは don't を使うんでしたね。
Don't be silly.
馬鹿なことを言うんじゃない。
それから、会話では、please よりも、むしろ will you を足すことによって、ていねいな表現にしています。
Get the syrup out, will you ?
(棚から)シロップを出しておくれ。
Don't forget me, will you ?
僕のこと忘れないでね。
では、please は、どこに使われているかというと、ビジネスレターです。
Please return the postcard enclosed and let us know no later than March 20.
ご都合のほどを同封の葉書にて3月20日までにお知らせいただければ幸甚に存じます。
このような長文でも、最初に please があると、その後が命令文だということがすぐにわかります。ビジネスレターは、簡潔を旨としています。ですから Would you please... などのような回りくどい表現は使いません。
なお、学校では、please の場所は、命令文の頭でも最後でもいい、というように習ったと思いますが、ビジネスレターでは、必ず動詞の前においてください。最初にこの please があればこそ、それが合図となって、その後が命令文だということがわかるのです。
もうひとつ、命令法で注意しなければならないことがあります。それは、使役動詞 let が使われる例です。
Let me see your dictionary a minute.
ちょっと君の辞書見せて。
この場合、「見る」という行為を行うのは、聞き手ではなく、話し手本人です。次も同様です。
Please let us know if you have any questions, or if we can be of further assistance.
何か不明な点がありましたら、また何かお役に立てることがありましたら、お知らせください。
Let us の短縮形 Let's は、「勧誘」に使われるんでしたね。
I brought my report card home, Dad.
パパ、通信簿もらってきたよ。
Well ! Let's see it.
そうかい、見てみようじゃないか。
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2.動詞の活用
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近頃のように、外国人への日本語教育がさかんになると、国語の時間に習う活用表では、日本語もやっていけません。思い思いの活用表が出てきましたが、現在、主流をなしているのは、三上式活用表です。
概《がい》言《げん》というのは、「意思や推量」を含む名前です。概言という名前になじめない人は、意思・推量形と呼んでくださっても結構です。概言形も、センテンスを終えることができるという意味では「終止」形です。
自立形は終止にも連体にも使われます。自立形が終止に使われた場合、それは、「きっぱり言い切る」定《てい》言《げん》になります。それに対して「おおよそ」に表現するのが概言です。
定言と概言の区別は、動詞文だけでなく名詞文(述語が「名詞+ダ」になる文)にもあります。
定言と概言の気分のちがいが、おわかりいただけたでしょうか。
一方、英語では、動詞の活用というと、現在、過去、過去分詞として暗記しましたね。実用的には、それで充分ですが、次のように、きれいな表を作ることもできます。
定言は、助動詞なしのセンテンス、あるいは do を使うセンテンスです。
概言は、do 以外の助動詞(can,may,must,will など)を伴う形です。助動詞のそれぞれの意味については、あとでゆっくり見ることにしましょう。
定言のなかで、be 動詞文は別として、一般動詞文は、疑問文や否定文を作るとき、あるいは強調形にしたいときには、助動詞 do のお世話になります。
Do you like smoked salmon ?
鮭の燻製は好きですか。
I don't like smoked salmon.
鮭の燻製は好きじゃないんです。
I do like smoked salmon.
私は鮭の燻製が大好きなんです。
一方、be 動詞文の方は、疑問文も否定文も do のお世話になる必要はありません。また、強調したければ、強く発音するだけです。
Are you hungry ?
おなかがすいたの。
I'm not hungry.
別に、おなかはすいてない。
I AM hungry.
おなかすいてるんだ。
最後の例にあるように、be 動詞を強調したいときは、大文字あるいはゴチック体にして、強く発音せよ、という合図にします。
定言は、単に、事実を事実として述べるだけです。
これに対して、話し手の気分(ムード)を補足する概言の助動詞(modals)がいろいろあります。can,may,must,will などです。
定言と概言を合わせて、直叙法(=直説法)と呼んでいます。つまり、定言と概言は、直叙法の下位分類ということになります。
直叙法は、命令法と並ぶムードです。
命令法(imperative)
直叙法(indicative)
定言(assertive)
概言(probable)
英語の indicative mood は、ふつう直説法と訳していますが、このチョクセツホウという呼び名は、直接話法と混同されることが多いので、ここでは、直叙法としておきます。
定言の動詞には現在形と過去形(write と wrote)があり、同様に、概言の助動詞にも現在形と過去形(たとえば can と could)があります。
そして、定言と概言を組み合わせるときには、現在か過去かどちらか一方にそろえます。それがテンスつまり時制の一致です。
I think he will come.
彼は来ると思います。
I thought he would come.
彼は来ると思っていました。
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3.現在分詞と過去分詞
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さて、英語には現在分詞と過去分詞、2つの分詞がありましたね。
現在分詞は、be 動詞と組み合わせると進行形になります。
I'm writing a letter.
私は手紙を書いているところです。
I was writing a letter.
私は手紙を書いているところでした。
過去分詞は、have 動詞と組み合わせると完了形になります。
I have written a letter.
手紙を書き上げたところです。
I had written a letter.
手紙を書き上げたところでした。
そして、どちらの分詞にも、形容詞的用法があります。
その場合、それぞれ能動分詞、受動分詞として機能していることに注意してください。
現在(能動)分詞
a sleeping boy 眠っている男の子
a running train 走っている列車
過去(受動)分詞
smoked salmon 鮭の燻製
canned soup 缶詰のスープ
繰り返しますが、過去分詞は、形容詞的用法では、受動分詞として機能しています。
鮭は自ら進んで燻製になるのではなく、人間によって燻製にされるのです。同様に、スープも人間が缶詰にしたものです。
さらに、過去分詞を be 動詞と組み合わせると、受動文になるんでしたね。ここで復習しておきましょう。
Mt. Fuji is covered with snow.
富士山は、雪におおわれている。
Mt. Fuji was covered with snow.
富士山は、雪におおわれていた。
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4.現在進行形の「今」
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「be 動詞+現在分詞」は、進行形と呼ばれています。be 動詞が現在形なら、現在進行形です。
Dinner's ready, Calvin.
夕食の準備ができたわよ、カルヴィン。
I'm watching television.
僕、今、テレビ見ているんだ。
この例では、テレビを見ながら、「今、テレビを見ているんだ」と言っているので、進行状態であることが一目瞭然、明快です。
次も同様です。
This tree is dying.
この木は枯れかかっている。
ちかごろは、樹木のお医者さんが活躍しています。枯れかかっている木を生き返らせるお医者さんです。
ここで、ちょっと日本語に注目してください。
動詞「見る」に対する「見ている」は進行状態を表せますが、「枯れる」に対する「枯れている」は、結果状態しか表せません。つまり、日本語の「テイル形」(デイル形を含む)は、進行状態を表すとは限らないのです。これは、それぞれの動詞の(語彙的)意味によるものです。
ですから、英語が進行形だからと言って、機械的に「テイル」と訳せるとは限りません。つまり、英語の進行形と日本語の「テイル形」は別次元の問題なのです。
さて、進行形の話を続けます。進行状態の時間的範囲は、漠然としています。「今」(発話時)を含んでいることは確かですが、その前後にどれくらいの時間を想定しているかは文脈によってかなりちがいます。
「テレビを見ている」だったら、長くても数時間、「木が枯れかかっている」だったら、数カ月あるいは数年の単位かも知れません。
どちらにしても、時間的限定は特にありません。とにかく、現時点において進行中であればよいのです。
たとえば、母親が買い物に出かけようとして、バッグに財布を入れながら、次のように言うこともできます。
C'mon, Calvin. We're going to the shop.
いらっしゃい、カルヴィン、買い物に行くわよ。
母親は、まだ家の中にいるのですが、母親にとっては、買い物へ行くことがすでに進行状態に入っているわけです。カルヴィンは、母親が、すぐに出かけるのだ、ということを了解します。そして、母親に連れていってもらいたければ、そそくさと、おもちゃから離れることになります。
つまり、一般に、準備段階に入ったら、もう現在進行形が使えるというわけです。
現在進行形の時間的範囲を示すとしたら、次のようになります。
その少し手前、まだ準備は始めていないけれど、頭の中では予定として入っている段階、つまり心づもりの段階では、be going to が使えます。
By the way, what are you going to do this afternoon ?
ところで、午後は、どうするつもり?
ここで注意することは、「心づもり」というのは、あくまでも、「現在の」心づもりである、という点です。決して、未来の心づもりを言っているのではありません。be 動詞が現在である限り、現在の話なのです。未来が感じられるとすれば、それは to do という infinitive(不定詞)から来るものです。
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5.現在完了形の「今」
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「have 動詞現在+過去分詞」つまり現在完了というのも、現在の話です。つまり、発話の時点が問題になります。たとえば、
John has come.
ジョンは来ている。
というのは、「今、ジョンがここにいる」という意味です。もし、ジョンが、来たけれど、もう帰ってしまった、という状態では、現在完了は使えません。単純過去を使って“John came.” になります。
動詞 go を使った例も見ておきましょう。
He's gone to London.
彼はロンドンに行っちゃったよ。
これは、彼が「今ここにいない」という意味です。それはロンドンへ行ってしまったからです。
一般に、現在完了は、行為そのものよりも、むしろ「今」出ている結果を表しています。
たとえば、
I've done my homework.
宿題は終わったよ。
と言えば、宿題が終わって、ほっとしている感じが伝わってきます。さて、これから、何をしようか、と考えている状態かも知れません。
次の例も同様です。
I've just written a letter.
手紙を(1通)書き上げたところだ。
これは、書きあがった手紙が、今、目の前にある状態です。書くという行為はすでに過去のもので、現在はその行為の結果があるだけです。つまり、現在完了は、現在から過去をふりかえるのです。
このように、過去にさかのぼる機能は、日本語の「したことがある」という表現と対応します。
I've once been to Alaska.
私は、アラスカへ行ったことがある。
これは、アラスカへ行ったことがあるという経験を「今」もっているということで、やはり、現在の話です。 つまり、完了形は過去にさかのぼり、進行形は未来に向かうという感じです。どちらも、起算点は現在、今、しゃべっている瞬間です。これを、文法では発話の瞬間とか発話時と言います。
現在完了の時間的範囲を図にすると、次のようになります。
現在進行形の「今」の範囲とは、ずれていることを確認しましょう。
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6.2本の時間軸
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進行形と完了形について、発話時つまり「今」の視点から見てきましたが、視点は過去に移すこともできます。そして、現在進行形に対しては過去進行形、現在完了形に対しては過去完了形があります。
現在時か過去時かというのは、テンス(時制)の問題ですが、進行形、完了形、単純形のちがいは、アスペクト(相)のちがいです。
英語のテンスは、現在時と過去時の2つだけ。この2つは混ぜて使うことはできません。過去時で話を始めたら、最後まで過去時で通す。これが本来の時制の一致です。
簡単なようですが、日本人にとっては、注意が必要です。なぜなら、日本語のスル・シタには、このような制約がないからです。
動詞のテンスを説明するのに、しばしば、次のような1本線での説明を目にしますが、これは、非常にまずい方法です。誤解の元凶とも言えるものです。
英語では、現在の時間軸と過去の時間軸は、まったく別のものであり、簡単に乗り換えることはできません。
現在の時間軸
過去の時間軸
どちらの時間軸においても、時間は過去から未来に流れています。それぞれ、「発話時」「事件時」という起算点があり、そこから未来に向かったり、過去にさかのぼったりしているわけです。つまり、どちらの軸にも、ちゃんと過去と未来があります。
いったん、現在時で話を始めたら、最後まで、現在時で通します。途中で、過去と現在の間を行ったり来たりすることはできません。そして、過去時の動詞で話を始めたら、その続きも過去時を使います。進行形も完了形も、過去進行形、過去完了形にしなければなりません。これが「時制の一致」です。
過去時の例を見ていきましょう。
Calvin, how did you break this dish ?
カルヴィン、どうしてお皿を割っちゃったの。
I was carrying too much and it dropped.
たくさん持ちすぎて、落ちちゃったんだよ。
母親は単純過去で、お皿を割った原因をたずねています。これに対してカルヴィンは、過去進行形と単純過去を使って答えています。
次は、過去完了と単純過去の組み合わせです。
The winter was much colder than they had expected.
冬は、彼らが思っていたよりずっと寒かった。
ここでは、be 動詞の単純過去 was が使われているので、事件時が、点ではなく、幅のあるものに感じられます。それでも、過去完了(had expected)は、その事件以前のことを指すことができます。
もうひとつ例を見ておきましょう。
I called on you yesterday, but you had already left.
きのう君のところへ寄ったけど、君はもう出かけたあとだった。
ここでは、「きのう訪ねた時」が事件時となって、そこから過去にさかのぼるのに過去完了が使われています。こうして、過去としての時制が一致して、過去の時間軸ができあがります。
過去の時間軸は未来に向かうこともあります。
I thought he would come.
彼は来ると思ってた。
ここでは、定言過去 thought が使われると、概言も過去形 would にしてそろえます。こうして、過去の話は過去の話としてまとめます。
英語では、過去は過去(単純過去、過去進行形、過去完了)、現在は現在(単純現在、現在進行形、現在完了)なのです。過去時と現在時では、次元が異なるのです。
これは、日本語とちがう点なので、しっかり頭に入れておいてください。日本語では、過去の話をしている時に、動詞がスル・シタ両方使われています。ためしに、手元にある小説などを観察してみてください。
日本語を勉強する外国人にとって、これは頭の痛い問題ですが、日本語のスル・シタは、テンスとしての現在:過去では割り切れません。未完了:完了というアスペクトにも関係しているのです。
さて、英語に話を戻します。
英語の過去形は、過去の話にしか使えません。これに対して、現在形の使用範囲は、かなり広いものです。
次の例をごらん下さい。単純現在は、名詞に書き換えることができます。ふたつのセンテンスはほとんど意味がおなじです。
John works hard.
John is a hard worker.
ジョンはよく仕事をする。
また、現在形は、マニュアル現在という重要な用法があります。たとえば、カルヴィンの友達のスージーがおうちごっこのやり方を次のように説明しています。
First, you come home from work. Then I come home from work. We'll gripe about our jobs, and then we'll argue over whose turn it is to microwave dinner.
まず、あなたが仕事から戻って来るの。次に、私が仕事から戻ってくるでしょ。自分たちの仕事のグチをひとしきりこぼして、それから夕食のチンをするのがどっちの番か決めるのよ。
ちょっと長い例になってしまいましたが、定言(come,is)も概言(will gripe,will argue)も現在形になっていますね。
さらに、現在形は、すでに起きたことを語るのにも使われることがあります。
たとえば、新聞の見出しには、過去形は、ほとんど使われていません。
Patrol car plunges into river
パトカー川に飛び込む
Cold wave brings snow
寒波、雪をもたらす
考えてみれば、日本語の新聞も、見出しには「シタ」はまず使いません。とにかく、どういう事件なのかがわかればよいので、現在形で十分なのです。
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7.助動詞の選択
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話し手は、自分の気分に合わせて、さまざまな助動詞(modals)を使うことができます。
助動詞にまつわる和訳には、いろいろな表現が出てきますが、助動詞の基本的意味は、おおよそ次のように整理することができます。
can 可能性
mustとmay 必然と偶然
willとshall 意思と宿命
では、can の例から始めましょう。
can の「可能性」として、能力が問題になることもあります。ある日、カルヴィンが台所に来て見ると、父親がいます。そこで、こんな会話が交わされます。
You can cook ?
パパに料理ができるの?
Of course I can cook.
もちろんだとも。
この場合の can は、能力を表しています。次の例は、どうでしょうか。
I can't finish the work in an hour.
私には、その仕事を1時間で終えるのは無理です。
この場合は、能力と状況の両方から不可能になっているようです。次の例は、能力というよりは状況による可能性をたずねています。
Can you spare me a few minutes ?
少し時間を割いてもらえるかな?
では、次の例はどうでしょう。カルヴィンのセリフです。
Can I ride my tricycle on the roof ?
屋根の上で三輪車に乗ってもいい?
これはカルヴィンが「屋根の上で三輪車に乗る」能力が自分にあるかどうかをたずねているわけではなく、「乗ってもよいか」という許可願いです。もちろん、母親の答はノーです。
次も同様に、許可願いです。
Can I have a cookie ?
クッキー食べてもいい?
Can I ... ? は、気軽な許可願いです。これに対して、May I ... ? は、少し丁重な許可願いになります。
May I use your car this afternoon ?
今日の午後、あなたの車をお借りできますか。
Sure. Go right ahead. Here are the keys.
ええ、どうぞ。はい、鍵です。
May I ... ? は、ていねいな許可願いですが、許可を出す人は、ここの例にあるように “Sure” をよく使います。ここで、“Yes, you may.” などと答えると、ひどくいばった感じがしますから、これは避けた方がいいでしょう。
では、be 動詞を使った例を見てみましょう。
It cannot be true.
本当のはずがない。
It may be true.
本当かも知れない。
It must be true.
きっと、本当だ。
いかがですか、それぞれの助動詞の意味の違いを感じていただけたでしょうか。こういう例とくらべると、助動詞なしの定言は、冷静沈着という感じ。使いようによっては、かなりきつい感じさえ出てきます。
It's true.
本当だ。
It's a lie.
嘘だ。
なお、may be は、つなげると、副詞 maybe になります。日本人は、この副詞の maybe を好んで使うようですが、助動詞+動詞としての may be も使ってみてください。
一人称でも二人称でも使えます。
I may be late this evening.
今晩は遅くなるかも知れない。
Ah − you may be right.
あなたの言う通りかも知れない。
may が偶然を表すとすると、must は必然を表します。
I studied all afternoon.
午後はずっと勉強していたんだ。
You must be tired.
さぞ、疲れたでしょ。
この点、can は、ただの可能性を表すだけです。
The young can sometimes be wiser than we are.
若者の言うことは、時として私たちより賢いこともある。
可能性は、もちろん現在の可能性です。
同様に、意思をあらわす will も現在の意思を表しています。決して未来の意思を表しているわけではありません。
I'll be back around five o'clock.
5時ごろには戻るよ。
“Will you ... ?” は、相手の意思についての質問で、依頼や勧めを表します。
Will you open the window ?
窓を開けて下さいませんか。
Will you have some coffee ?
コーヒーはいかがですか。
ところで、can,may,must などの助動詞は、言うまでもなく、「今」(発話時)の話し手の気分、態度、判断などを反映しています。これとおなじ意味で、will も、今という発話時の意思を表明するもので、決して、未来、将来の意思を表しているわけではありません。
Dad, I want a bedtime story !
パパ、寝る前のお話してよ。
I'm busy, Calvin. I'll read you one tomorrow.
パパは仕事があるんだ。明日、何か読んであげるよ。
「読んであげる」のは明日ですが、その意思は現在のものだということです。
学校文法では、will や shall を未来の助動詞として習いますが、can,may,must と同様に、will 自体は現在の意思、shall 自体は、現在の宿命を表すものです。
will が行為者の意思を表しているとすれば、shall は神様の意思。つまり人間にとっては、どうしようもない宿命のようなものということになります。
Promise me not to let Professor Higgins wake me ; for if he does I shall forget everything ...(My Fair Lady)
ヒギンズ教授に私を起こさないように言っておいてください。もし、起こされたら、何もかも忘れてしまいそうなの。
なお、助動詞のあとには、完了形が使われることもあります。
It must have been true.
きっと本当だったんだ。
My sister cannot have made such a stupid mistake.
姉(妹)が、そんな馬鹿な間違いをするはずありません。
以上は、助動詞現在形の例です。助動詞は過去形にすると、ていねいな表現になります。
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8.ていねい体としての過去形
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英語には、敬語がないと思っている人もいるようですが、実は、英語にも敬語表現があるんです。
たとえば、次の例をごらんください。
Can you complete the new project by Friday ?
新しい企画案は金曜日までにまとまるかな。
Could you give me some more time ?
もう少し、お時間いただけませんか。
ここには、上司と部下との関係が現れています。上司は部下に向かって “Can you ... ?” と言っていますが、部下は上司に向かって “Could you ... ?” と言っています。
つまり、“Could you ... ?”は、“Can you ... ?” のていねい体に当たります。
Could you tell me the way to the station ?
駅までの行き方を教えていただけませんか。
一人称の場合も同様に、過去形の方がていねいになります。
Could I use your phone ?
電話をお借りできますか。
同様に、will の場合も、過去形 would の方がていねいな表現になります。
Would you care for some tea ?
お茶など、いかがですか。
カルヴィンは、学校でいたずらをして、スージーと一緒に校長室に呼ばれます。校長先生は、2人に対して、ていねいに would you を使っています。
Calvin and Susie, would you come in my offce, please.
カルヴィンにスージー、ちょっと私の部屋に寄ってもらえないかね。
このように、助動詞の過去形は、ほとんどの場合、ていねいな表現となります。
ただし、本当に過去のことを表すのに使われる過去形もあります。
We couldn't solve that problem, because it was very difficult.
その問題はとても難しくて、解けなかった。
この例では、was があるので、couldn't も過去の話であることがわかります。
次の例では、前にも見た通り、thought があるので、would も過去の話であることがわかります。
I thought he would come.
彼は来るのかと思っていた。
この場合の would は過去の意思を表しています。
一方、shall は、過去形 should にすると、おだやかな表現になります。これは、過去の宿命などではなく、現在の必要性を表すのに使います。should は、目上の人にも使うことができます。
You should take your umbrella.
傘を持っていった方がいいですよ。
ついでながら、「〜すべき」という意味の had better は、ふつう目下の人に対する強い表現になりますから、使いすぎないように注意してください。
なお、may の過去形 might は、ていねい体と呼ぶのは当たらないかも知れませんが、多少の遠慮は感じられます。日本語で言うところの「ひょっとして」というニュアンスです。
That might be difficult.
それは、ちょっと無理かも知れません。
We might go to the theater.
劇場へ行くことになるかも知れません。
というわけで、助動詞にも、ふつうは、現在形と過去形があります。ただし、must は、現在形と過去形の区別がありません。
これらの助動詞から will と shall だけを取り上げて「未来」時制を設定してみても、あまり意味はありません。その他の助動詞も「未来」を表すことができるのです。
それよりも、助動詞(modals)がついているかどうかによって、直叙法を定言と概言に分ける方が、賢明な策だと思われるのですが、皆さんは、どう思われますか。
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9.infinitive(不定詞)について
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動詞の原形をそのまま使うのは命令法。では、原形の前に to を付けると何でしょう? 答は、infinitive(不定詞)です。この用語について、ちょっと考えてみましょう。
まず、頭にある in- は、否定を表す接頭辞です。
incredible 信じられない
inconvenient 不便な、不便だ
infinity 無限(限界なし)
というときの in- と同じ。
そして、infinitive の最後の -ive は、形容詞を作る接尾辞です。
negative 否定の
affirmative 肯定の
imperative 命令の、命令法
という場合の -ive と同じです。
残る中身は、finit(e)だけです。finite は、「有限の」という意味です。ただし、文法では「定形(の)」と訳します。日本語ならば、自立形(ある・あった、する・した)に当たります。
英語の be 動詞なら、am,are,is,was,were というように、5つの定形があります。直叙法のセンテンスを作るには、どれか1つを選ばなければなりません。そして、どれか1つを選んだとたんに、テンスと人称・数が決まってしまいます。
これに対して、to be や to do という形には、テンスや人称・数というカテゴリーは関係ありません。言うなれば、何にでも使える自由な形なのです。つまり「不定」なのです。
文法用語として、「定形」に合わせるなら「不定形」、「命令法」に合わせるなら「不定法」となるはずなのですが、日本の英語界では、不定詞と呼んでいます。
もちろん、不定詞という品詞があるわけではありません。動詞の1つの形式にすぎません。
ついでながら、分詞(participle)というのは、動詞から分家したもの、という意味です。この訳語は、英語だけでなく、ドイツ語やフランス語でも共通ですから、問題ないし、便利です。
困るのは、infinitive。英語界だけが、不定詞と訳しています。いきさつは知りませんが、今から変えるのは、ほとんど無理でしょう。
では、この不定詞なるものの用法を見てみましょう。まずは、名詞的用法。
To know him is to love him.
彼について知ることは、彼を愛すること。
次も名詞的用法です。SVOOの2つ目のOの位置に使用されている例です。
He promised me to come at four this afternoon.
彼は、午後4時に来ると私に約束してくれた。
不定詞は、名詞に寄りかかって登場することもあります。つまり、形容詞的用法です。
It's time to go.
行く時間(時刻)だよ。
このように、名詞の直後に使われる不定詞は、名詞を修飾するという意味で、形容詞的用法と呼ばれています。
次も同様です。
He wanted more time to think it over.
彼は、それについてもう少し考える時間が欲しいと言っていた。
That's the way to do it.
そういうやり方なのさ。
残るは、副詞的用法。つまり、名詞的用法にも形容詞的用法にも含まれないものを副詞的用法と呼んでいるわけです。
I went to Yokohama to see a friend of mine.
私は友達の一人と会うために横浜へ行った。
この場合、「会う」ことは、「行った」ことの目的になります。副詞的用法は、たいていの場合、この目的の意味で使われています。
では、次のような例は、どのように考えたらよいのでしょうか。
I'm glad to hear that.
それを聞いて嬉しいよ。
「私が嬉しい理由は、それを聞くこと」というような解釈をすると、「原因・理由」という項目が出てきます。
ただし、「原因・理由」の例文を注意してみると、不定詞の直前にあるのは形容詞です。つまり、不定詞(この場合は to hear)を形容すること(glad)によってある評価(嬉しい)を下していると考えられます。
上の例文を次の例文とくらべてみましょう。
It's hard to tell.
言い当てることは難しい。
さあ、どうなることやら。
この例では、文頭に仮主語 it があり、不定詞は、本主語の役割をしています。ですから、この場合は、名詞的用法に入れることができます。
これと同様に、“I'm glad to hear that.” も名詞的用法と考えたらどうでしょう。ただし、to 以下は主語の役割ではなく、「〜を喜ぶ」の〜の部分の目的語として。
たとえば、次の例のように、glad のあとには that 節が来ることもあります。
I'm glad that you are going abroad.
外国へ出られるそうですね。
これは「あなたが外国へ行くことを、私は嬉しく思いますよ」という意味です。そして、that 節は、ふつう、名詞扱いです。
それなら、“I'm glad to hear that.” も、名詞扱いにしたらいいではありませんか。そうすれば、副詞的用法の中に、「原因・理由」という項目を設ける必要もなくなります。
「目的」と「原因・理由」では、正反対になってしまいます。副詞的用法では、「目的」だけを残し、「原因・理由」は名詞的用法に入れる方がすっきり理解できると思います。
初対面のあいさつとしての「よろしく」も名詞的用法にしましょう。
I'm glad to meet you.
お会いしたことを嬉しく思う。
お会いできて嬉しい。
よろしく。
最後に1つ、おもしろい例を出します。
「ボタンを押すと蓋が開くようになっている箱」があったとしましょう。その箱を操作する方法として、次の2つの説明文があったとします。どこがちがうのか、よく見比べてください。
1.Press the pushbutton and open the cover.
2.Press the pushbutton to open the cover.
もし学校で習うことを忠実に守ると、この2つからは、次のような和訳が出てきます。
1.ボタンを押せ、そして蓋を開けろ。
2.蓋を開けるために、ボタンを押せ。
ただし、元の英語表現1と2の間には、それほどの距離はありません。どちらも、
ボタンを押して、蓋を開ける。
となります。
逆に言うと、「ボタンを押して、蓋を開ける」という日本語を英語に訳す場合、先の2つの例文のどちらにでも訳せる、ということです。どちらを使うかは、前後の文脈によって決まります。
つまり、不定詞の基本的意味は、あくまでも「目的」であって、一般的に、「原因・理由」になることはありません。
前置詞の to も目的地を表しますね。
I go to school every other day.
僕は1日おきに学校へ行っている。
不定詞の to は、もともと、この前置詞の to から来たものなのです。to の後に名詞があれば、to は前置詞と呼ばれ、後に動詞が来れば、to +動詞で不定詞となるだけです。ですから、「目的」を表すのは、当然すぎるくらい当然なのです。
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10.「すれば」と「しても」
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日本語では、「もし……すれば」は条件を表し、「たとえ……しても」は譲歩を表しますが、英語の if は、どちらにも使われます。
If I'll be late, I'll call you.
遅くなるようだったら、電話入れるよ。
There are very few trees, if any.
木は、あるとしても、わずかだ。
ただし、譲歩の場合は、even if が使われることもあります。
Even if it is finished in a week, it will not be in time.
たとえ1週間で終えても、間に合わないだろう。
また、条件が非現実的な場合は、動詞を過去形にして、仮定法にします。
It would be awful if you lost your passport.
パスポートをなくしたら、大変だよ。
この場合は、パスポートをなくしたわけではなく、しっかり持っていますが、「万が一、なくしたら」、大変なことになる、という意味です。
条件文が過去形になると、帰結文の助動詞も過去形にします。テンス(時制)の一致です。
なお、仮定法では、if の後の be 動詞は、主語に関係なく、were だけを使います。
If it were me, I'd go and look for one.
私なら、自分で探しに行くわ。
仮定法も譲歩を表すことがあります。
You wouldn't care if I were dead.
たとえ私が死んだって、あなたには、どうでもいいことだわね。
They wouldn't come to the party if you invited them.
彼らは、たとえ招待されても、パーティーには来ないだろうよ。
英語のifを単なる条件に訳すか、譲歩に訳すかは、文脈から決まります。
ただし、完了仮定法のifは、条件だけを表します。譲歩の意味になることはありません。
The monster never would've come if he had known.
あの怪物も、このことを知っていたら、ここへは来なかっただろうね。
完了仮定法は、すでに結果の出ているものについて、そうではないことを仮定する表現です。この場合は、「来てしまった」という事実の後で、「もし知っていたら」という仮定をしているわけです。
山崎紀美子(やまざき・きみこ)
1947年東京生まれ。小学6年からラジオ「基礎英語」を始め、国内学習だけで高校在学中に英検1級合格。東京外語大学ロシア語学科修士課程修了後、モスクワ大学、ブルガリア科学アカデミーに留学。帰国後、東京外大講師を経て、現在、英語・ロシア語・ブルガリア語の通訳・翻訳・教育と多方面に活躍中。特に初級者向けの外国語教育に深い関心を持つ。著書に『英語速修マニュアル』『英文法の核心』(ともにちくま新書)、『スペリングと発音のしくみがわかる本』(研究社)、『ロシア語の構文』『現代ブルガリア語』(ともにくろしお出版)など。
本作品は2000年1月、ちくま新書として刊行された。
やりなおし基礎英語
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2002年3月22日 初版発行
著者 山崎紀美子(やまざき・きみこ)
発行者 菊池明郎
発行所 株式会社 筑摩書房
〒111-8755 東京都台東区蔵前2-5-3
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