霊界物語 第七八巻 天祥地瑞 巳の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第七十八巻』天声社
1974(昭和49)年05月18日 三版発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2006年09月08日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序文《じよぶん》
第一篇 |波濤《はたう》の|神光《しんくわう》
第一章 |浜辺《はまべ》の|訣別《けつべつ》〔一九五七〕
第二章 |波上《はじやう》の|追懐《つゐくわい》〔一九五八〕
第三章 グロスの|島《しま》〔一九五九〕
第四章 |焼野《やけの》の|行進《かうしん》〔一九六〇〕
第五章 |忍ケ丘《しのぶがをか》〔一九六一〕
第六章 |焼野《やけの》の|月《つき》〔一九六二〕
第二篇 |焼野ケ原《やけのがはら》
第七章 |四神出陣《ししんしゆつぢん》〔一九六三〕
第八章 |鏡《かがみ》の|沼《ぬま》〔一九六四〕
第九章 |邪神征服《じやしんせいふく》〔一九六五〕
第一〇章 |地異天変《ちいてんぺん》〔一九六六〕
第一一章 |初対面《しよたいめん》〔一九六七〕
第一二章 |月下《げつか》の|宿《やど》り〔一九六八〕
第三篇 |葦原新国《あしはらしんこく》
第一三章 |春野《はるの》の|進行《しんかう》〔一九六九〕
第一四章 |花見《はなみ》の|宴《えん》〔一九七〇〕
第一五章 |聖地惜別《せいちせきべつ》〔一九七一〕
第一六章 |天降地上《てんかうちじやう》〔一九七二〕
第一七章 |天任地命《てんにんちめい》〔一九七三〕
第一八章 |神嘉言《かむよごと》〔一九七四〕
第一九章 |春野《はるの》の|御行《みゆき》〔一九七五〕
第二〇章 |静波《せは》の|音《おと》〔一九七六〕
第四篇 |神戦妖敗《しんせんえうはい》
第二一章 |怪体《けたい》の|島《しま》〔一九七七〕
第二二章 |歎声仄聞《たんせいそくぶん》〔一九七八〕
第二三章 |天《あま》の|蒼雲河《あをくもがは》〔一九七九〕
第二四章 |国津神《くにつかみ》|島彦《しまひこ》〔一九八〇〕
第二五章 |歓《ゑらぎ》の|島根《しまね》〔一九八一〕
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|序文《じよぶん》
|皇国日本《くわうこくにつぽん》の|国体《こくたい》は、|万世一系《ばんせいいつけい》の|天皇《てんわう》|之《これ》を|統治《とうち》し|給《たま》ふ|神聖無比《しんせいむひ》の|神国《しんこく》である。|畏《かしこ》くも|天皇《てんわう》は|神聖不可犯《しんせいふかはん》にましまして|天立君主《てんりつくんしゆ》であり、|唯一《ゆいつ》|絶対《ぜつたい》にして|宇宙間《うちうかん》|何物《なにもの》も|対立《たいりつ》するものがなく、|憲法《けんぱふ》は|君主立憲制《くんしゆりつけんせい》である。
|日本《にほん》の|天皇《てんわう》は|宇宙《うちう》|絶対《ぜつたい》なるが|故《ゆゑ》に、|時《とき》|到《いた》らば|必《かなら》ず|宇宙《うちう》を|統一《とういつ》|遊《あそ》ばす|御方《おんかた》である。|国防《こくばう》などと|謂《い》ふ|消極的《せうきよくてき》なものでなく、|所謂《いはゆる》|破邪顕正《はじやけんせい》の|絶対的《ぜつたいてき》|境地《きやうち》に|御立《おた》ちにならなければならぬ。|如何《いか》なる|強国《きやうこく》でも、|横暴《わうばう》なれば|押《おさ》へ|付《つ》けねばならぬ、|如何《いか》なる|小弱国《せうじやくこく》と|雖《いへど》も、|正義《せいぎ》であるなれば|援《たす》けねばならぬ。|全《まつた》く|造化《ざうくわ》の|御心持《おんこころもち》で、|宇宙《うちう》を|生成化育《せいせいくわいく》する|事《こと》が|日本天皇《につぽんてんわう》の|御心持《おんこころもち》であらせられる。|故《ゆゑ》に|皇道《くわうだう》は|君《きみ》と|臣下《しんか》と|対立《たいりつ》するものでなく、|絶対《ぜつたい》|唯一《ゆいつ》のものである。|忠孝《ちうかう》と|謂《い》つても、|日本《にほん》の|忠孝《ちうかう》は|絶対《ぜつたい》の|大忠大孝《だいちうだいかう》でなくてはならぬ。
|吾人《ごじん》は|斯《か》かる|尊《たふと》き|天津日嗣《あまつひつぎ》|天皇《てんわう》の|君臨《くんりん》あらせられし|日本《にほん》に、|安逸《あんいつ》なる|生《せい》を|送《おく》り|得《う》る|事《こと》の|大恩《たいおん》を|感謝《かんしや》せなくてはならぬのである。そして|皇道《くわうだう》の|大本源《だいほんげん》に|溯《さかのぼ》り、その|真相《しんさう》を|闡明《せんめい》し|奉《たてまつ》るは|吾等《われら》|臣民《しんみん》の|一大義務《いちだいぎむ》である。
この|物語《ものがたり》も、|余《あま》り|広範囲《くわうはんゐ》に|亘《わた》るが|故《ゆゑ》に、|容易《ようい》に|諒解《りやうかい》し|難《がた》き|憾《うら》みはあれども、|日本人《につぽんじん》にして|皇道《くわうだう》を|知《し》らざる|人士《じんし》の|多《おほ》きは、|非常時《ひじやうじ》|国家《こくか》の|今日《こんにち》|忌々《ゆゆ》しき|大事《だいじ》なれば、|神務《しんむ》の|閑《ひま》を|割《さ》きて、|茲《ここ》に|本書《ほんしよ》を|著述《ちよじゆつ》し、|以《もつ》て|大本信徒《おほもとしんと》をして|宇宙《うちう》の|大本《たいほん》、|皇道《くわうだう》の|本源《ほんげん》を|諒解《りやうかい》せしむべく、|天神地祇《てんしんちぎ》に|祈願《きぐわん》を|怠《おこた》らず、|本書《ほんしよ》を|発行《はつかう》する|所以《ゆゑん》である。
昭和八年十二月二十日 旧十一月四日
於大阪分院蒼雲閣 口述者識
第一篇 |波濤《はたう》の|神光《しんくわう》
第一章 |浜辺《はまべ》の|訣別《けつべつ》〔一九五七〕
|万里《まで》の|大海原《おほうなばら》に|浮《うか》びたる|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》は、その|面積《めんせき》|約《やく》|八千方里《はちせんはうり》にして、|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂《みづほ》の|国《くに》の|発祥地《はつしやうち》なりければ、|土地《とち》|殊《こと》に|肥《こ》え、|春夏秋冬《しゆんかしうとう》の|四季《しき》の|順序《じゆんじよ》|正《ただ》しく、|万物《ばんぶつ》の|発育《はついく》|又《また》|極《きは》めて|良好《りやうかう》なりければ、|味《あぢ》よき|果物《くだもの》や|美《うるは》しき|花《はな》に|害虫《がいちう》の|好《この》んで|簇生《ぞくせい》するが|如《ごと》く、|八十曲津見《やそまがつみ》は|千代《ちよ》の|棲処《すみか》と|此処《ここ》に|暴威《ばうゐ》を|振《ふる》ひ|居《ゐ》たりけるが、|八十柱《やそはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》の|一柱《ひとはしら》とまします|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神宣《みことのり》を|畏《かしこ》み|給《たま》ひ、|十柱《とはしら》の|女男《めを》の|神将《しんしやう》を|率《ひき》ゐて|此《この》|島ケ根《しまがね》に|降臨《かうりん》し、|生言霊《いくことたま》の|剣《つるぎ》を|抜《ぬ》き|持《も》ちて、|荒《あら》ぶる|神等《かみたち》を|山《やま》の|尾《を》ごとに|追伏《おひふ》せ|河《かは》の|瀬《せ》ごとに|追攘《おひはら》ひて|打《う》ち|譴責《きた》め|給《たま》ひ、|心安《うらやす》く|心楽《うらたぬ》しき|神国《みくに》と|定《さだ》め|給《たま》ひける。|折《をり》しもあれ|高地秀《たかちほ》の|宮居《みや》に|親《した》しく|仕《つか》へ|給《たま》ひし|八柱御樋代神《やはしらみひしろがみ》の|中《なか》にても|最《もつと》も|美《うる》はしく|最《もつと》も|面勝神《おもかつがみ》と|射向《いむか》ふ|神《かみ》なる|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》が、|女男《めを》|四柱《よはしら》の|神《かみ》を|従《したが》へ、しばし|此《この》|土《ど》に|御跡《みあと》をとどめ|給《たま》ひしより|俄《にはか》に|国形《くにがた》|新《あらた》まり、|其《その》|威光《ゐくわう》を|日《ひ》に|月《つき》に|加《くは》へ|給《たま》ひけるこそ|目出度《めでた》けれ。|加《くは》ふるに|曲神《まがかみ》の|最《もつと》も|忌《い》み|恐《おそ》るる|真火《まひ》を|切《き》り|出《い》づるべき|燧石《ひうち》を、|此《この》|国土《くに》の|御宝《おんたから》として|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|御手《みて》づから|授《さづ》け|給《たま》ひしより、|日日《ひび》に|国土《くに》|治《をさ》まり、|総《すべ》ての|国津神等《くにつかみたち》は|其《その》|恩恵《おんけい》に|浴《よく》し、|火食《くわしよく》の|道《みち》を|盛《さか》んに|行《おこな》ひにける。|主《ス》の|大神《おほかみ》の|生《う》み|給《たま》ひし|八十国《やそくに》|八十島《やそしま》の|中《なか》にて、|最《もつと》も|早《はや》く|火食《くわしよく》の|道《みち》を|始《はじ》めたるは|狭野《さぬ》の|里《さと》なれども、|国内《こくない》|一般《いつぱん》に|火食《くわしよく》の|道《みち》を|開《ひら》きたるは、この|万里《まで》の|島《しま》をもつて|濫觴《らんしやう》となす。|故《ゆゑ》に|一名《いちめい》|火《ひ》の|国《くに》とも|称《とな》へける。
|是《これ》より|程経《ほどへ》て|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|勧《すす》めにより、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|西方《にしかた》の|国土《くに》を|治《をさ》め、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》に|国魂神《くにたまがみ》の|養育《やういく》を|任《まか》せおき、|照男《てるを》の|神《かみ》をして|西方《にしかた》の|国土《くに》を|守《まも》らしめ|置《お》き、|潮《しお》の|八百路《やほぢ》を|渡《わた》りて|万里ケ島《までがしま》に|天降《あも》り|給《たま》ひ、|茲《ここ》に|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》に|御水火《みいき》を|合《あは》せ|給《たま》ひ、|左右《ひだりみぎ》りの|大神業《おほみわざ》を|終《を》へて|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ませ|給《たま》ひ、|国土《くに》の|基礎《きそ》|定《さだ》まるを|見《み》すまして|再《ふたた》び|高照山《たかてるやま》|北面《ほくめん》の|稚国原《わかくにはら》を|修理固成《しうりこせい》すべく|進《すす》ませ|給《たま》ひしなり。|本巻《ほんくわん》に|於《おい》て|其《その》|経緯《けいゐ》を|略序《りやくじよ》せむと|欲《ほつ》す。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|及《およ》び|女男《めを》|四柱《よはしら》の|神々《かみがみ》が、|万里ケ島《までがしま》を|立《た》ち|去《さ》らむとし|給《たま》ふや、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|十柱《とはしら》の|神々《かみがみ》を|率《ひき》ゐて|御来矢《みくりや》の|浜辺《はまべ》まで|馬上《ばじやう》|豊《ゆたか》に|見送《みおく》らせ|給《たま》ひ、|訣別《けつべつ》の|御歌《みうた》を|互《たがひ》に|交《かは》し|給《たま》ひける。
|茲《ここ》に|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御舟《みふね》に|乗《の》らせ|給《たま》はむとして|駒《こま》を|下《お》り、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》に|対《たい》して|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|新《あたら》しき|国土《くに》の|栄《さか》えを|祈《いの》りつつ
|別《わか》れてゆかむ|西方《にしかた》の|国土《くに》へ
|田族比女《たからひめ》|御樋代神《みひしろがみ》は|平《たひら》けく
|安《やす》らけくませ|国魂《くにたま》|生《う》ますと
|四方八方《よもやも》の|雲霧《くもきり》|晴《は》れて|月日《つきひ》|稚《わか》き
|国土《くに》の|栄《さかえ》の|思《おも》はるるかな
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》にしあへば|汝《な》が|神《かみ》の
|功《いさを》を|審《つぶ》さに|語《かた》り|伝《つた》へむ
|美《うる》はしく|雄々《をを》しくいます|田族比女《たからひめ》の
|神《かみ》の|真心《まごころ》|伝《つた》へまつらな
|短《みじ》かけれどこの|新国土《にひくに》に|留《とど》まりて
|吾《わ》が|魂線《たましひ》は|足《た》らひけるかな
|御樋代神《みひしろがみ》手づからたまひし|宝石《たからいし》を
|清《きよ》き|御魂《みたま》と|朝夕《あさゆふ》|仰《あふ》ぐも
|曲津神《まがつかみ》|荒《すさ》び|狂《くる》はむ|事《こと》あらば
|真火《まひ》の|力《ちから》に|追《お》ひそけたまへ
|海原《うなばら》の|雲霧《くもきり》|晴《は》れて|浪《なみ》の|秀《ほ》は
|天津日光《あまつひかげ》にかがやき|渡《わた》るも
|別《わか》れゆく|今日《けふ》の|名残《なごり》は|惜《を》しめども
|留《とど》まるよしなき|吾《われ》なりにけり』
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|酬《こたへ》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|雄々《をを》しくて|優《やさ》しくいます|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》に|別《わか》ると|思《おも》へば|悲《かな》しも
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|吾事《わがこと》まつぶさに
|宣《の》らすと|言《い》ひし|公《きみ》に|感謝《ゐやひ》す
|此《この》|国土《くに》の|千代《ちよ》の|固《かた》めの|宝《たから》なる
|燧石《ひうち》をたまひし|嬉《うれ》しさに|泣《な》く
|何《なに》よりの|貴《うづ》の|宝《たから》よ|燧石《ひうち》もて
|治《をさ》まる|国土《くに》に|曲神《まがかみ》はなし
|公《きみ》が|御行《みゆき》|天津日光《あまつひかげ》も|祝《ほ》ぎまして
|大海原《おほうなばら》を|晴《は》らさせたまへり
|朝宵《あさよひ》に|公《きみ》の|御幸《みさち》を|祈《いの》りつつ
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|仕《つか》へまつらむ
|万里ケ丘《までがをか》に|公《きみ》が|記念《かたみ》と|美《うる》はしき
|宮居《みやゐ》|造《つく》りて|仕《つか》へまつるも
|八柱《やはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》の|天降《あも》りましし
|此《こ》の|島ケ根《しまがね》は|特《とく》に|尊《たふと》し
|万世《よろづよ》に|伝《つた》へ|伝《つた》へて|朝香比女《あさかひめ》の
|御魂《みたま》を|祀《まつ》り|守《も》り|神《がみ》とせむ
|火《ひ》の|神《かみ》と|御名《みな》を|称《たた》へて|朝香比女《あさかひめ》の
|大宮柱《おほみやばしら》|太《ふと》しく|仕《つか》へむ
|永久《とこしへ》に|公《きみ》が|御魂《みたま》を|止《とど》めおきて
この|新国土《にひくに》を|守《まも》らせたまへよ
|千早振《ちはやぶ》る|神世《かみよ》も|聞《き》かず|朝香比女《あさかひめ》の
|八柱神《やはしらがみ》のいでまし|尊《たふと》し
|今日《けふ》よりは|御空《みそら》の|月日《つきひ》も|光《かげ》|清《きよ》く
|照《て》り|渡《わた》るらむ|公《きみ》の|御稜威《みいづ》に』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御来矢《みくりや》の|浜辺《はまべ》に|公《きみ》を|見送《みおく》りて
|名残《なごり》|惜《を》しさに|涙《なみだ》こぼるる
|如何《いか》にしても|止《とど》めむよしなき|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》のいでたち|惜《を》しまるるかな
|永久《とこしへ》にこの|新国土《にひくに》に|御魂《おんたま》を
|止《とど》めて|吾等《われら》を|守《まも》らせたまへ
|新《あたら》しき|国土《くに》の|宝《たから》を|賜《たま》ひつつ
|旅《たび》に|立《た》たすよ|光《ひかり》の|神《かみ》は
いざさらば|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》も|恙《つつが》なく
|進《すす》ませたまへ|面勝《おもかつ》の|神《かみ》』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|光《ひかり》の|神《かみ》は|帰《かへ》りますかと
|思《おも》へば|惜《を》しき|今日《けふ》の|別《わか》れよ
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》に|賜《たま》ひし|燧石《ひうちいし》は
|公《きみ》の|光《ひかり》と|千代《ちよ》を|照《て》らさむ
|天地《あめつち》に|又《また》なき|宝《たから》を|賜《たま》ひつつ
|出《い》で|立《た》たす|公《きみ》を|送《おく》る|淋《さび》しさ
|曲神《まがかみ》は|如何《いか》に|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふとも
|光《ひかり》|賜《たま》ひし|国土《くに》はやすけむ
|曲津見《まがつみ》の|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|暁《あかつき》は
|焼《や》き|滅《ほろぼ》さむ|山《やま》に|火《ひ》をかけて
|百万《ひやくまん》の|曲《まが》の|猛《たけ》びも|何《なに》かあらむ
ただ|一点《いつてん》の|真火《まひ》の|光《ひか》りに』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国土《くに》|稚《わか》く|春《はる》の|陽気《やうき》の|漂《ただよ》へる
|国土《くに》に|仕《つか》ふる|若春《わかはる》の|神《かみ》
|若春《わかはる》の|神《かみ》も|悲《かな》しくなりにけり
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|旅立《たびだ》ち|送《おく》りて
|瑞御霊《みづみたま》|一日《ひとひ》も|早《はや》く|天降《あも》りませと
|伝《つた》へたまはれ|面勝《おもかつ》の|神《かみ》よ
かくのごと|雄々《をを》しく|優《やさ》しく|美《うる》はしき
|女神《めがみ》に|別《わか》ると|思《おも》へば|悲《かな》しも
|惟神《かむながら》また|時《とき》あらば|此《こ》の|島《しま》に
|天降《あも》らせたまへ|光《ひかり》の|女神《めがみ》よ』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》の|一度《いちど》に|晴《は》れし|思《おも》ひせし
|公《きみ》|帰《かへ》らすと|思《おも》へば|淋《さび》し
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》に|賜《たま》ひし|御宝《みたから》に
|吾《われ》は|仕《つか》へむ|公《きみ》と|仰《あふ》ぎて
|万里《まで》の|島《しま》の|生《いき》の|命《いのち》の|燧石《ひうち》こそ
|千代万代《ちよよろづよ》の|宝《たから》なりけり
|国向《くにむけ》の|鋒《ほこ》にもまして|尊《たふと》きは
|公《きみ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうち》なりける』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|御空《みそら》はさやかに|晴《は》るれども
|吾《わが》|魂線《たましひ》は|曇《くも》らひにけり
|幾千代《いくちよ》も|万里《まで》の|島根《しまね》におはしませと
|祈《いの》りし|心《こころ》も|夢《ゆめ》となりしか
|尊《たふと》かる|八柱神《やはしらがみ》の|天降《あも》りましし
|万里《まで》の|国原《くにはら》は|輝《かがや》きにけり
|此《こ》の|島《しま》の|森羅万象《すべてのものら》おしなべて
|今日《けふ》の|別《わか》れを|惜《を》しみつつなく
|許《ゆる》しあればせめて|西方《にしかた》の|国境《くにざかひ》まで
|御樋代神《みひしろがみ》を|送《おく》りたきかな
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|功《いさを》は|尊《たふと》けれど
|一入《ひとしほ》|貴《たか》き|公《きみ》が|御光《みひかり》
|万世《よろづよ》の|記念《かたみ》と|公《きみ》が|賜《たま》はりし
|燧石《ひうち》は|国土《くに》の|光《ひかり》なるかも』
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》に|向《むか》ひて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》よ|直道比古《なほみちひこ》の
|願《ねが》ひをつばらに|許《ゆる》させたまへ
|直道比古《なほみちひこ》|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》ふるは
|吾《わが》|御手代《みてしろ》と|思《おぼ》し|召《め》しまして』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|酬《こたへ》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|雄々《をを》しかる|直道比古《なほみちひこ》の|真心《まごころ》を
|吾《われ》|嘉《よみ》すれど|許《ゆる》すすべなし
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|定《さだ》めし|十柱《とはしら》の
|万里《まで》の|島根《しまね》の|柱《はしら》ならずや
|束《つか》の|間《ま》も|十柱神《とはしらがみ》の|欠《か》くるあらば
|万里《まで》の|島根《しまね》は|又《また》も|動《うご》かむ
|四柱《よはしら》の|神《かみ》を|従《したが》へ|出《い》でてゆく
|吾《われ》には|何《なん》の|艱《なや》みなければ
|十柱《とはしら》の|神《かみ》を|手足《てあし》と|朝夕《あさゆふ》を
|国土生《くにう》みの|神業《わざ》に|使《つか》はせ|給《たま》へ
|御樋代神《みひしろがみ》の|御言葉《みことば》|否《いな》むにあらねども
|万里《まで》の|新国土《にひくに》|思《おも》ふが|故《ゆゑ》なり』
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|明《あき》らけき|公《きみ》の|言葉《ことば》に|照《て》らされて
|答《いらへ》の|言葉《ことば》|吾《われ》なかりけり
|御教《みをしへ》を|畏《かしこ》みまつり|十柱《とはしら》の
|神《かみ》と|諸共《もろとも》|国土《くに》を|拓《ひら》かむ
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》よ|心《こころ》を|落《お》ち|付《つ》けて
|公《きみ》の|御教《みのり》に|従《したが》ひまつれよ』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|二柱《ふたはしら》の|女神《めがみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》みて
|高鳴《たかな》る|胸《むね》の|火《ひ》を|鎮《しづ》めなむ
|万里《まで》の|海《うみ》は|到《いた》る|処《ところ》に|曲津《まが》|棲《す》めば
|心《こころ》し|行《ゆ》きませ|朝香比女《あさかひめ》の|御神《みかみ》』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|浪《なみ》の|音《おと》はいやさやさやに|響《ひび》かへど
|心《こころ》の|海《うみ》に|浪《なみ》たち|騒《さわ》ぐも
|公《きみ》が|御舟《みふね》かくるるまでも|佇《たたず》みて
|見送《みおく》る|外《ほか》にすべなかるべし
|浪《なみ》の|上《うへ》|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》も|安《やす》かれと
|吾《われ》|真心《まごころ》に|祈《いの》るのみなる
|果《はて》しなき|広《ひろ》き|稚国土《わかぐに》|万里ケ島《までがしま》の
|記念《かたみ》と|賜《たま》ひし|燧石《ひうちいし》はも
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|御言葉《みことば》をかしこみて
|公《きみ》が|宮居《みやゐ》を|仕《つか》へまつらむ』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|会《あ》はすと|出《い》でたたす
|公《きみ》が|旅路《たびぢ》の|遥《はろ》けくもあるか
|八潮路《やしほぢ》の|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》も|恙《つつが》なく
|進《すす》ませたまへ|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》
|四柱《よはしら》の|御供《みとも》の|神等《かみたち》おはしませば
|心《こころ》やすけく|御舟《みふね》を|送《おく》るも
をりをりは|思《おも》ひ|出《いだ》して|万里ケ島《までがしま》に
|清《きよ》き|御魂《みたま》を|通《かよ》はせたまはれ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|真心《まごころ》に
|別《わか》れの|涙《なみだ》|止《とど》めあへぬも
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|御尾前《みをさき》を
|守《まも》り|進《すす》まむ|御心《みこころ》|安《やす》かれ
いろいろと|生言霊《いくことたま》のもてなしに
わが|魂線《たましひ》はよみがへりつつ
なつかしき|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》を|後《あと》にして
|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》を|進《すす》みてゆかむ
|此《この》|島《しま》は|紫微天界《たかあまはら》の|真秀良場《まほらば》と
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|栄《さか》えますらむ
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》に|仕《つか》へて|美《うる》はしき
|万里ケ島根《までがしまね》の|国形《くにがた》|見《み》しはや
いざさらば|名残《なごり》は|尽《つ》きじ|吾《わが》|公《きみ》の
|御尾前《みをさき》|守《も》りて|神国《みくに》に|別《わか》れむ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|幾年《いくとせ》もこの|島ケ根《しまがね》に|村肝《むらきも》の
|心《こころ》|清《きよ》けく|住《す》ままく|思《おも》ひし
|吾《わが》|公《きみ》の|御供《おんとも》なれば|村肝《むらきも》の
|心《こころ》に|任《まか》せぬ|吾《われ》なりにけり
|牛頭ケ峰《ごづがみね》|白馬ケ岳《はくばがだけ》に|立《た》つ|雲《くも》を
|遠行《とほゆ》く|舟《ふね》に|仰《あふ》ぎて|偲《しの》ばむ
|霊《たま》|幸《ち》はふ|神世《かみよ》の|初《はじ》めの|田族国《たからぐに》と
|吾《われ》は|思《おも》ひぬ|万里《まで》の|島根《しまね》を
|雲霧《くもきり》を|吹《ふ》き|払《はら》ひたる|万里ケ島《までがしま》は
|光《ひかり》にみつる|貴《うづ》の|国原《くにはら》よ
|吾《われ》は|今《いま》|光《ひかり》の|国土《くに》を|後《あと》にして
|光《ひかり》の|公《きみ》と|海原《うなばら》|進《すす》まむ
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》は|光《ひかり》の|神《かみ》とまして
|万里《まで》の|新国土《にひくに》を|照《て》らさせたまへ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|新《あたら》しき|国土《くに》の|光《ひかり》を|見《み》ながらに
|吾《われ》は|御供《みとも》に|仕《つか》へて|行《ゆ》くも
|鳥《とり》|獣《けもの》|草木《くさき》の|端《はし》に|至《いた》るまで
なつかしく|思《おも》ふ|万里《まで》の|島根《しまね》は
|森羅万象《すべてのもの》|皆《みな》|吾友《わがとも》と|親《した》しみし
この|新国土《にひくに》に|別《わか》れむとすも
|主《ス》の|神《かみ》の|許《ゆる》しありせば|吾《われ》も|亦《また》
この|新国土《にひくに》に|再《ふたた》び|来《きた》らむ
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|顔《かむばせ》を
いや|永久《とこしへ》に|若《わか》く|守《まも》らむ
この|島《しま》の|別《わか》れにのぞみ|田族比女《たからひめ》の
|神《かみ》の|優《やさ》しさ|若《わか》さを|守《まも》らむ
|十柱《とはしら》の|神《かみ》の|御姿《みすがた》|永久《とこしへ》に
いや|若《わか》かれと|吾《われ》は|祈《いの》るも』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》|十柱《とはしら》の|神《かみ》いざさらば
|名残《なごり》を|惜《を》しみて|今《いま》や|別《わか》れむ
|心若《うらわか》く|永久《とは》にましませ|万里ケ島《までがしま》の
|守《まも》りの|神《かみ》と|光《ひか》らせたまひつ』
かく|互《たがひ》に|歌《うた》もて|訣別《けつべつ》の|辞《じ》を|述《の》べたまひ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|初《はじ》め|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|駒《こま》|諸共《もろとも》に|磐楠舟《いはくすぶね》にひらりと|移《うつ》らせたまへば、|春《はる》とも|初夏《しよか》とも|知《し》れぬ|陽気《やうき》にみてる|清《すが》しき|風《かぜ》は|忽《たちま》ち|吹《ふ》き|来《きた》り、|艪櫂《ろかい》を|用《もち》ひたまはぬに|御舟《みふね》は|波上《はじやう》|静《しづか》に|動《うご》き|出《い》でにける。
(昭和八・一二・二〇 旧一一・四 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
第二章 |波上《はじやう》の|追懐《つゐくわい》〔一九五八〕
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|乗《の》らせる|磐楠舟《いはくすぶね》は、|薄霞《うすがすみ》|棚引《たなび》く|初夏《しよか》の|海原《うなばら》を|悠々《いういう》として|辿《たど》り|行《ゆ》くを、|御影《みかげ》の|隠《かく》るるまで、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は|名残《なごり》|惜《を》しみつつ|見送《みおく》らせ|給《たま》ひ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|光《ひかり》の|神《かみ》は|出《い》でましぬ
|浪《なみ》の|秀《ほ》|隈《くま》なく|照《て》らし|給《たま》ひつ
|懐《なつ》かしき|光《ひかり》の|神《かみ》に|永久《とこしへ》に
|訣別《わか》ると|思《おも》へば|悲《かな》しき|吾《われ》かも
|美《うる》はしき|優《やさ》しき|雄々《をを》しき|比女神《ひめがみ》の
|御舟《みふね》を|送《おく》る|悲《かな》しき|吾《われ》なり
|手《て》をあげて|訣別《わかれ》を|惜《を》しみ|給《たま》ひつる
|比女《ひめ》の|優《やさ》しき|心《こころ》ばせかも
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|天降《あも》らせ|給《たま》ひてし
|思《おも》ひするかな|比女《ひめ》の|出《い》でましは
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|訣別《わか》るる|身《み》のつらさ
|思《おも》ひ|浮《うか》べて|悲《かな》しき|吾《われ》なり
|此《この》|広《ひろ》き|神国《みくに》の|親《おや》と|選《えら》まれて
|吾《われ》は|悲《かな》しき|今日《けふ》に|逢《あ》ひける
|今《いま》よりは|心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなほ》し
|比女《ひめ》の|心《こころ》に|報《むく》ひ|奉《まつ》らむ
|八潮路《やしほぢ》の|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》の|八潮路《やしほぢ》を
|踏《ふ》み|分《わ》け|出《い》でます|功《いさを》|尊《たふと》き
|永久《とこしへ》に|此《この》|島ケ根《しまがね》に|宮居《みや》|建《た》てて
|比女《ひめ》の|御心《みこころ》|安《やす》んじ|奉《まつ》らむ
|片時《かたとき》も|早《はや》く|御舎《みあらか》|仕《つか》へ|奉《まつ》り
|比女《ひめ》の|御魂《みたま》を|斎《いつ》き|奉《まつ》らな
|御姿《みすがた》はよし|見《み》えずとも|神社《かむなび》に
|御魂《みたま》|祀《まつ》りて|御功《みいさを》|偲《しの》ばむ
|刻々《こくこく》に|遠《とほ》ざかり|行《ゆ》く|御舟《おんふね》の
|御影《みかげ》は|吾《われ》を|泣《な》かしめにけり
|万斛《ばんこく》の|涙《なみだ》|湛《たた》へて|御来矢《みくりや》の
|浜辺《はまべ》に|御舟《みふね》を|送《おく》り|奉《まつ》るも
|主《ス》の|神《かみ》の|定《さだ》めと|思《おも》へど|今一度《いまいちど》
|会《あ》はまくほしき|公《きみ》なりにけり
|八潮路《やしほぢ》の|浪《なみ》の|秀《ほ》の|旅《たび》|安《やす》かれと
|神言《かみごと》|宣《の》りて|御神《みかみ》に|祈《いの》らむ』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|海原《うなばら》を|打見《うちみ》やりつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|御舟《みふね》は|遠《とほ》くなりにけり
|吾《われ》は|悲《かな》しさ|弥《いや》まさりつつ
|幾千代《いくちよ》も|公《きみ》の|御姿《みすがた》わが|胸《むね》に
|輝《かがや》きまして|忘《わす》れざるべし
|今日《けふ》の|日《ひ》は|浪《なみ》|平《たひら》かに|天津日《あまつひ》は
うららに|照《て》れり|御舟《みふね》|幸《さち》あれ
|振返《ふりかへ》り|振返《ふりかへ》りつつ|出《い》でませる
|神《かみ》の|姿《すがた》の|優《やさ》しくもあるか
|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》より|天降《あも》りし|神《かみ》なれば
|一入《ひとしほ》|尊《たふと》く|御在《おはし》ましける
|御姿《みすがた》に|再《ふたた》び|見《まみ》えむ|術《すべ》なしと
|思《おも》へば|今日《けふ》の|訣別《わかれ》|惜《を》しまる
|果《はて》しなき|大海原《おほうなばら》の|浪《なみ》|別《わ》けて
|進《すす》ます|公《きみ》の|幸《さち》かれと|思《おも》ふ』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御訣別《おんわかれ》|余《あま》り|惜《を》しさに|悲《かな》しさに
われ|言霊《ことたま》を|参《まゐ》らせざりける
|万里《まで》の|島《しま》の|光《ひかり》を|賜《たま》ひし|比女神《ひめがみ》の
|出《い》でまし|送《おく》りて|何《なに》か|淋《さび》しき
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|珍《めづら》しき|出《い》でましに
|稚国原《わかくにはら》はよみがへりたり
|浪路《なみぢ》|遥《はろ》かに|御舟《みふね》|小《ちひ》さくなりにつつ
|吾《わが》|眼界《まなかひ》を|離《はな》れむとすも』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|白馬ケ岳《はくばがだけ》|清《きよ》き|姿《すがた》は|弥永《いやなが》に
|公《きみ》の|御行《みゆき》を|送《おく》りまつらむ
|吾《わが》|眼《まなこ》|小《ちひ》さくあれば|公《きみ》が|行《ゆ》く
|御舟《みふね》は|早《はや》くも|見《み》えずなりけり
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|峰《みね》|羨《うらや》ましも|比女神《ひめがみ》の
|御行《みゆき》を|永久《とは》に|送《おく》りまつれば
|御来矢《みくりや》の|浜辺《はまべ》に|立《た》ちて|送《おく》り|奉《まつ》る
|御舟《みふね》は|早《はや》くも|目路《めぢ》を|離《さか》りぬ
|永久《とこしへ》に|留《とど》まりたまへと|祈《いの》りてし
|光《ひかり》の|公《きみ》は|帰《かへ》りましける
|此《この》|上《うへ》は|御樋代神《みひしろがみ》に|真心《まごころ》を
|尽《つく》して|国土《くに》に|仕《つか》へまつらむ
|此《この》|国土《くに》の|宝《たから》と|比女《ひめ》の|賜《たま》ひたる
|燧石《ひうち》の|光《ひかり》に|世《よ》をまもらばや』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|此《この》|国土《くに》に|光《ひかり》となりて|天降《あも》りましし
|神《かみ》は|情《つれ》なく|帰《かへ》りましける
|会《あ》ふ|事《こと》の|嬉《うれ》しきものを|今日《けふ》はしも
|悲《かな》しき|訣別《わかれ》に|御舟《みふね》|送《おく》るも
|永久《とこしへ》に|忘《わす》れぬ|公《きみ》となりにけり
|此《この》|稚国土《わかぐに》に|光《ひかり》を|賜《たま》へば
|朝夕《あさゆふ》に|火《ひ》の|若宮《わかみや》に|仕《つか》へつつ
|公《きみ》の|功《いさを》を|讃《たた》へ|奉《まつ》らむ
|心《こころ》|清《きよ》く|優《やさ》しくまして|雄々《をを》しかる
|比女《ひめ》は|真言《まこと》の|神《かみ》なりにけり』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|舷《ふなばた》に|打寄《うちよ》す|浪《なみ》の|響《ひびき》さへ
いや|次々《つぎつぎ》に|遠《とほ》ざかりける
|輝《かがや》ける|白《しろ》き|優《やさ》しき|御面《みおもて》は
|浪《なみ》の|秀《ほ》|高《たか》く|隠《かく》れましけり
|天津日《あまつひ》の|浪《なみ》に|沈《しづ》ます|思《おも》ひかな
|光《ひかり》の|神《かみ》は|目路《めぢ》を|離《さか》れり
|永遠《とこしへ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》ると|思《おも》ひてし
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》は|此《この》|国土《くに》になし
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》に|畏《かしこ》みて
|吾《われ》は|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へまつらむ
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|醜《しこ》の|曲津《まがつ》も|比女神《ひめがみ》の
|功《いさを》に|驚《おどろ》き|逃《に》げ|失《う》せにけむ
|牛頭ケ峰《ごづがみね》|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|頂《いただき》を
|振返《ふりかへ》りつつ|御覧《みそなは》すらむ
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|麓《ふもと》に|小《ち》さき|吾《われ》ありと
|偲《しの》ばせ|給《たま》へ|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|今《いま》となりて|惜《を》しみ|奉《まつ》るも|詮《せん》なけれ
|只《ただ》|真心《まごころ》を|捧《ささ》げ|御魂《みたま》に|仕《つか》へむ
|御舟《おんふね》の|影《かげ》さへ|見《み》えず|歎《なげ》かひの
|涙《なみだ》しげしげまさり|行《ゆ》くかも
|此《この》|島《しま》の|森羅万象《すべてのものら》おしなべて
|公《きみ》に|名残《なごり》を|惜《を》しみつつ|泣《な》かむ
|百草《ももくさ》の|花《はな》も|萎《しを》れて|今日《けふ》の|日《ひ》の
|浜辺《はまべ》の|訣別《わかれ》|惜《を》しむがに|見《み》ゆ
|御空《みそら》|行《ゆ》く|陽光《ひかげ》も|薄《うす》ら|曇《くも》らひつ
|今日《けふ》の|訣別《わかれ》を|惜《を》しませ|給《たま》へる』
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》も|地《つち》も|照《て》らして|隈《くま》なき|比女神《ひめがみ》の
|御姿《みすがた》|今《いま》は|見《み》えずなりける
せめてもの|記念《かたみ》と|賜《たま》ひし|燧石《ひうちいし》は
|万里《まで》の|神国《みくに》の|光《ひかり》なるかも
|宝石《たからいし》の|光《ひかり》は|如何《いか》に|貴《たか》くとも
|国土《くに》を|救《すく》はむ|代《しろ》にはならず
|奉《たてまつ》るものもなければ|止《や》むを|得《え》ず
|卑《いや》しき|宝《たから》を|奉《たてまつ》りける
|心《こころ》よく|受《う》けさせ|給《たま》ひし|比女神《ひめがみ》の
|優《やさ》しき|心《こころ》を|忝《かたじけ》なみ|思《おも》ふ
|如何《いか》にせむ|光《ひかり》の|神《かみ》は|帰《かへ》りましぬ
|万里《まで》の|海原《うなばら》の|浪《なみ》|踏《ふ》み|別《わ》けて
|永久《とこしへ》に|公《きみ》の|功《いさを》を|畏《かしこ》みて
|火《ひ》の|若宮《わかみや》に|仕《つか》へまつらむ』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国土《くに》|稚《わか》き|万里《まで》の|島根《しまね》に|吾《われ》ありて
|今日《けふ》の|悲《かな》しき|訣別《わかれ》に|遇《あ》ふも
|懐《なつ》かしく|優《やさ》しく|雄々《をを》しき|比女神《ひめがみ》に
|吾《わが》|魂線《たましひ》はいつかひにけり
|吾《わが》|魂《たま》は|公《きみ》の|御身《おんみ》にいつかひて
|海原《うなばら》|遠《とほ》く|守《まも》り|行《ゆ》くらむ
|御功《みいさを》の|尊《たふと》くませば|比女神《ひめがみ》の
|霊衣《れいい》は|広《ひろ》く|四方《よも》を|照《て》らせり
|真心《まごころ》の|尊《たふと》さ|始《はじ》めて|覚《さと》りけり
|御身《みま》に|溢《あふ》るる|貴《うづ》の|光《ひかり》に
|天《あめ》も|地《つち》も|公《きみ》の|宣《の》らする|言霊《ことたま》に
|従《したが》ひまつると|思《も》へば|畏《かしこ》し』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|今日《けふ》よりは|比女《ひめ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうちいし》の
|功《いさを》に|清《きよ》き|湯《ゆ》をむすぶべし
|朝夕《あさゆふ》に|火《ひ》の|若宮《わかみや》に|仕《つか》ふべく
|御湯《みゆ》をむすびて|禊《みそぎ》せむかな
みはるかす|大海原《おほうなばら》は|広《ひろ》らかに
|御舟《みふね》の|影《かげ》も|見《み》えずなりける
いざさらば|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の|吾《わが》|公《きみ》よ
|万里《まで》の|聖所《すがど》に|帰《かへ》りまさずや
いつまでも|浪《なみ》の|秀《ほ》|見《み》つつ|偲《しの》ぶとも
|詮《せん》なきものを|早《は》や|帰《かへ》りませ』
|茲《ここ》に|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》|一行《いつかう》は、|目路《めぢ》を|離《さか》りし|御舟《みふね》に|諦《あきら》めの|心《こころ》を|定《さだ》め、|雄々《をを》しくも|駿馬《はやこま》の|背《せ》に|跨《またが》り|蹄《ひづめ》の|音《おと》も|勇《いさ》ましく、|其《その》|日《ひ》の|黄昏《たそが》るる|頃《ころ》、|無事《ぶじ》|万里《まで》の|丘《をか》の|聖所《すがど》に|帰《かへ》り|着《つ》き|給《たま》ひ、|時《とき》を|移《うつ》さず|夜《よ》を|日《ひ》に|継《つ》いで|火《ひ》の|若宮《わかみや》の|工事《こうじ》にかからせ|給《たま》ひけるが、|旬日《じゆんじつ》ならずして|神《かみ》の|幸《さちは》ひ|弥厚《いやあつ》く、|荘厳《さうごん》なる|若宮《わかみや》は|築《きづ》かれにける。
|茲《ここ》に|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|朝夕《あさゆふ》|火《ひ》の|若宮《わかみや》に|仕《つか》へまし、|主《ス》の|神《かみ》を|始《はじ》め|火《ひ》の|神《かみ》と|称《たた》へまつりし|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|生魂《いくたま》に|白湯《さゆ》を|沸《わ》かして|笹葉《ささば》に|浸《ひた》し、|左右左《さいうさ》に|打振《うちふ》り|朝々《きぬぎぬ》の|身魂《みたま》を|清《きよ》め|御湯《みゆ》を|御前《みまへ》に|奉《たてまつ》りて|忠実《まめやか》に|仕《つか》へ|給《たま》ひける。|是《これ》より|今《いま》の|世《よ》に|到《いた》るまで|何《いづ》れの|神社《じんじや》にも|御巫《みかんのこ》なるものありて、|御湯《みゆ》を|沸《わ》かせ、|神明《しんめい》に|奉《たてまつ》る|事《こと》とはなりたるなり。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御来矢《みくりや》の|浜《はま》を|立出《たちい》で|給《たま》ひ、|御舟《みふね》の|中《なか》より|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》に|訣別《わかれ》を|惜《を》しみつつ、|振返《ふりかへ》り|振返《ふりかへ》り|御手《みて》を|挙《あ》げさせ|給《たま》ひ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|御樋代神《みひしろがみ》の|現《あ》れませる
|万里《まで》の|島根《しまね》に|訣別《わか》れむとすも
|神々《かみがみ》の|優《やさ》しき|心《こころ》に|絆《ほだ》されて
|思《おも》はず|月日《つきひ》を|重《かさ》ねけるかも
|永久《とこしへ》に|住《す》みたく|思《おも》へど|主《ス》の|神《かみ》の
|依《よ》さしに|背《そむ》く|術《すべ》なき|吾《われ》なり
|雄心《をごころ》の|大和心《やまとごころ》を|振《ふ》り|起《おこ》し
|惜《を》しき|訣別《わかれ》を|告《つ》げにけるかな
いつまでも|訣別《わか》るる|機会《しほ》のなかるらむ
|雄々《をを》しき|健《たけ》き|心《こころ》|持《も》たずば
|神々《かみがみ》の|心《こころ》|知《し》らぬにあらねども
|神業《みわざ》|思《おも》ひて|吾《われ》は|訣別《わか》れし
|神々《かみがみ》は|浜辺《はまべ》に|立《た》ちて|吾《わが》|舟《ふね》を
|心《こころ》|優《やさ》しく|見送《みおく》り|給《たま》へる
|万世《よろづよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|忘《わす》れまじ
|真言《まこと》|輝《かがや》く|神々《かみがみ》の|心《こころ》は
|百年《ひやくねん》の|親《した》しき|友《とも》に|会《あ》へる|如《ごと》
|隔《へだ》てなかりし|神々《かみがみ》を|思《おも》ふ
|吾《わが》|舟《ふね》は|浪路《なみぢ》|遥《はろ》けくなりにける
|島《しま》の|神々《かみがみ》|安《やす》くましませ
|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》も|悲《かな》しく|聞《きこ》えけり
|万里《まで》の|新国土《にひくに》|去《さ》らむと|思《おも》へば』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|二柱《ふたはしら》|比女神等《ひめがみたち》の|神宣《みことのり》
|聞《き》くにつけても|涙《なみだ》ぐまるる
|斯《かく》の|如《ごと》|優《やさ》しき|清《きよ》き|神々《かみがみ》の
|生言霊《いくことたま》を|聞《き》かざりにけり
|比女神《ひめがみ》は|斯《か》くあるべきを|大方《おほかた》の
|心《こころ》は|嫉《ねた》み|妬《そね》みに|満《み》つるも
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》と|神《かみ》との|言問《ことと》ひの
|其《その》|優《やさ》しさに|涙《なみだ》ぐまれつ
|御来矢《みくりや》の|浜辺《はまべ》にはろばろ|見送《みおく》りし
|神《かみ》の|優《やさ》しき|心《こころ》ばせを|思《おも》ふ
|地《つち》|稚《わか》き|国土《くに》を|拓《ひら》かす|苦《くる》しさを
|思《おも》へば|吾《われ》は|心《こころ》|畏《かしこ》む
|真心《まごころ》の|限《かぎ》りを|尽《つく》し|愛善《あいぜん》の
|道《みち》に|進《すす》ます|百神《ももがみ》|天晴《あは》れ
|吾《わが》|舟《ふね》は|浪《なみ》の|秀《ほ》|遠《とほ》く|離《さか》りつつ
|浜辺《はまべ》に|立《た》たす|神《かみ》|見《み》えまさず
|次々《つぎつぎ》に|舟《ふね》|遠《とほ》ざかり|行《ゆ》く|海原《うなばら》に
|益々《ますます》|近《ちか》く|親《した》しき|神々《かみがみ》よ
|神々《かみがみ》の|御姿《みすがた》|見《み》えなくなりにけり
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|峰《みね》は|光《ひか》りつ
|白馬ケ岳《はくばがだけ》|聳立《そばた》つ|国土《くに》におはします
|神々等《かみがみたち》の|御姿《みすがた》なつかし』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|広《ひろ》き|稚《わか》き|国土《くに》は|吾《わが》|目路《めぢ》|離《さか》りつつ
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|峰《みね》のみ|光《ひか》れる
|万里《まで》の|海《うみ》に|浮《うか》べる|万里《まで》の|生島《いくしま》は
|永遠《とは》に|栄《さか》えよ|天地《あめつち》と|共《とも》に
|刻々《こくこく》に|遠《とほ》ざかり|行《ゆ》く|島ケ根《しまがね》を
|懐《なつ》かしみつつ|吾《われ》は|行《ゆ》くなり
|果《はて》しなき|此《この》|海原《うなばら》の|中《なか》にして
|万里《まで》の|島根《しまね》は|恋《こひ》しき|国土《くに》なり』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|仕《つか》へて|万里ケ島《までがしま》の
|聖所《すがど》に|清《きよ》く|吾《われ》は|遊《あそ》びぬ
|草《くさ》も|木《き》も|百鳥千鳥《ももどりちどり》も|稚国土《わかくに》の
|春《はる》をうたひて|長閑《のどか》なりけり
|雲霧《くもきり》も|隈《くま》なく|晴《は》れて|天津日《あまつひ》の
|御影《みかげ》|清《すが》しき|万里《まで》の|国土《くに》はや
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》|御自《みみづか》ら|御来矢《みくりや》の
|浜辺《はまべ》に|公《きみ》を|見送《みおく》りたまひし
|吾《わが》|舟《ふね》は|浪《なみ》の|鼓《つづみ》を|打《う》ちながら
|比女《ひめ》に|訣別《わかれ》を|告《つ》げにけらしな
|比女神《ひめがみ》の|優《やさ》しき|姿《すがた》|目《め》に|浮《う》きて
|忘《わす》れぬ|君《きみ》となりにけらしな
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|見合《みあ》ひす|其《その》|日《ひ》まで
|若《わか》く|優《やさ》しくいませと|祈《いの》るも』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》も|地《つち》も|晴《は》れ|渡《わた》りたる|海原《うなばら》を
|公《きみ》に|訣別《わか》れて|行《ゆ》くは|淋《さび》しも
|比女神《ひめがみ》を|始《はじ》め|十柱神等《とはしらかみたち》の
|優《やさ》しき|心《こころ》|仰《あふ》がるるかな
|優《やさ》しくて|雄々《をを》しくいます|神々《かみがみ》は
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》を|退《やら》ひ|給《たま》ひし
|漸《やうや》くに|御来矢《みくりや》の|浜《はま》も|遠《とほ》くなりて
|白馬ケ岳《はくばがだけ》はひとりかがよふ
|吾《わが》|舟《ふね》は|太平《たいへい》の|浪《なみ》を|辿《たど》りつつ
|公《きみ》を|守《まも》りていや|進《すす》むなり
|海原《うなばら》を|包《つつ》みし|霧《きり》も|晴《は》れ|渡《わた》り
|楽《たの》しき|今日《けふ》の|舟《ふね》の|旅《たび》かも』
(昭和八・一二・二〇 旧一一・四 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第三章 グロスの|島《しま》〔一九五九〕
|紫微天界《しびてんかい》は|未《いま》だ|国土《くに》|稚《わか》く、|国形《くにがた》も|完全《くわんぜん》には|端々《はしばし》に|到《いた》りては|定《さだ》まらざりければ、あちこちの|稚国原《わかくにはら》には|妖邪《えうじや》の|気《き》|凝《こ》り|固《かた》まりて|種々《しゆじゆ》の|動植物《どうしよくぶつ》を|生《う》み、|特《とく》に|異様《いやう》の|動物《どうぶつ》|数多《あまた》|棲息《せいそく》して|妖邪《えうじや》の|気《き》を|四方《よも》に|飛散《ひさん》せしめ、|森羅万象《しんらばんしやう》の|発育《はついく》を|妨《さまた》ぐるも|是非《ぜひ》なき|次第《しだい》なりける。
ここに|主《ス》の|大神《おほかみ》は|完全無欠《くわんぜんむけつ》の|神《かみ》の|国《くに》を|開設《かいせつ》し|給《たま》はむとして、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|二柱《ふたはしら》に|霊界《れいかい》|現界《げんかい》の|神業《みわざ》を|委任《ゐにん》し|給《たま》ひければ、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は|惟神《かむながら》の|大道《だいだう》を|宣布《せんぷ》し、|日夜《にちや》|倦《う》ませ|給《たま》はず、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|国土《くに》を|治《をさ》むべき|司神《つかさがみ》を|造《つく》らむとして、|国土《くに》のあちこちを|経廻《へめぐ》り|給《たま》ひ、|主《ス》の|神《かみ》の|生《う》ませ|配《くば》り|置《お》き|給《たま》ひし|御樋代神《みひしろがみ》と|見合《みあ》ひまして、|国魂神生《くにたまがみう》みの|神業《みわざ》にいそしみ|給《たま》ふ|神定《かむさだ》めとはなりける。
|邪神《じやしん》の|中《なか》には|数箇《すうこ》の|頭《かしら》をもてる|竜《りう》あり、|大蛇《をろち》あり、|又《また》|翼《つばさ》の|生《は》えし|虎《とら》あり、|狼《おほかみ》、|熊《くま》|等《など》ありて|島《しま》の|中《なか》に|棲息《せいそく》し、|水陸《すゐりく》|両方面《りやうはうめん》を|兼《か》ねて|棲《す》まへるなどありて、|容易《ようい》に|正《ただ》しき|神《かみ》の|日々《にちにち》の|経綸《けいりん》を|許《ゆる》さざりける。|故《ゆゑ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》はこの|妖魔《えうま》を|根底的《こんていてき》に|言向《ことむ》けやはし、|征服《せいふく》し、|全滅《ぜんめつ》せしめむとして|英雄的《えいゆうてき》|素質《そしつ》を|持《も》たせる|神々《かみがみ》を|紫微天界《しびてんかい》の|四方《しはう》に|派遣《はけん》し|給《たま》へるなりける。
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は|総《すべ》て|女神《めがみ》にましませども、いづれも|優美《いうび》なる|容姿《ようし》に|似《に》ず、|勇猛剛直《ゆうまうがうちよく》にして|神代《じんだい》の|英雄神《えいゆうしん》のみを|選《えら》まし|給《たま》ひければ、その|御行動《ごかうどう》の|雄々《をを》しくましますことは|自然《しぜん》の|道理《だうり》におはしましけるぞ|畏《かしこ》けれ。
|万里《まで》の|島根《しまね》を|永久《とこしへ》に |基礎《きそ》を|固《かた》むる|御樋代《みひしろ》の
|八柱神《やはしらがみ》と|生《あ》れませる |朝香比女神《あさかひめがみ》は|雄々《をを》しくも
|長《なが》の|旅路《たびぢ》に|立《た》ち|給《たま》ひ |百《もも》の|艱《なや》みをしのびつつ
あなたこなたの|国形《くにがた》を |〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|固《かた》めつつ
|狭野《さぬ》の|島ケ根《しまがね》|生《う》み|終《を》へて |天中比古《あめなかひこ》を|司《つかさ》とし
いよいよ|進《すす》んで|万里《まで》の|島《しま》 この|稚国土《わかぐに》を|固《かた》めむと
|御樋代神《みひしろがみ》に|迎《むか》へられ |万里ケ丘《までがをか》なる|聖所《すがどこ》に
|生言霊《いくことたま》をとり|交《かは》し |国土《くに》の|宝《たから》と|燧石《ひうちいし》
|田族《たから》の|比女《ひめ》に|贈《おく》らせつ |七日七夜《なぬかななよ》の|逗留《とうりう》を
|漸《やうや》く|終《を》へて|御来矢《みくりや》の |浜《はま》より|舟《ふね》に|乗《の》らせつつ
|永久《とは》の|別《わか》れを|惜《を》しみまし |万里《まで》の|海原《うなばら》|静々《しづしづ》と
|波路《なみぢ》を|分《わ》けて|進《すす》みます ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|言霊《ことたま》|幸《さち》はひて |朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|恙《つつが》なく
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|現《あ》れませる |雲霧《くもきり》|深《ふか》き|西方《にしかた》の
|国土《くに》に|出《い》でます|物語《ものがたり》 |〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|落《お》ちもなく
|述《の》べさせ|給《たま》へと|瑞月《ずゐげつ》が |蒼雲閣《さううんかく》に|端坐《たんざ》して
|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひを |大本皇大神《おほもとすめらおほかみ》の
|御前《みまへ》に|畏《かしこ》み|願《ね》ぎ|奉《まつ》る うすき|冬陽《ふゆび》の|輝《かがや》ける
|蒼雲閣《さううんかく》の|清庭《すがには》に |吾《われ》|立《た》ち|居《を》れば|大空《おほぞら》を
|轟《とどろ》かせつつ|三台《さんだい》の |飛行機《ひかうき》|来《きた》りて|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ
|非常時《ひじやうじ》|日本《につぽん》の|光景《くわうけい》を しみじみ|吾《われ》に|思《おも》はせり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 わが|述《の》べてゆく|物語《ものがたり》
|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひて |非常時《ひじやうじ》|日本《につぽん》を|救《すく》ふべき
よすがとなれば|道《みち》の|為《ため》 |御国《みくに》の|為《ため》の|幸《さち》はひと
|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|述《の》べてゆく |吾《わが》|言霊《ことたま》に|幸《さち》あれよ
|吾《わが》|言霊《ことたま》に|生命《いのち》あれ。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|乗《の》らせ|給《たま》へる|磐楠舟《いはくすぶね》は、|大小《たいせう》の|島々《しまじま》を|右《みぎ》に|左《ひだり》に|縫《ぬ》ひながら|日《ひ》の|黄昏《たそが》るる|頃《ころ》、|曲神《まがかみ》の|集《あつ》まると|聞《きこ》えたるグロスの|島《しま》に|近《ちか》より|給《たま》へば、|名《な》にし|負《お》ふ|曲神《まがかみ》の|島《しま》は|俄《にはか》に|黒烟《こくえん》を|四方《よも》に|吐《は》き|散《ち》らし、|海面《うみのも》を|闇《やみ》に|包《つつ》みて|御舟《みふね》さへ|見《み》えずなりにける。
このグロスの|島《しま》には、ゴロスと|言《い》ふ|猛悪《まうあく》なる|大蛇《をろち》の|神《かみ》|棲息《せいそく》して、|数多《あまた》の|醜神《しこがみ》を|使役《しえき》し、|隙《すき》あらば|総《すべ》ての|島々《しまじま》を|侵《をか》さむとしつつ|待《ま》ちかまへ|居《ゐ》たるに、|今《いま》ぞ|御樋代神《みひしろがみ》の|御舟《みふね》、この|島《しま》に|近《ちか》づきければ、グロスの|島《しま》の|曲津神《まがつかみ》グロノス、ゴロスの|二巨頭《にきよとう》は、あらゆる|曲神《まがかみ》を|呼《よ》び|集《あつ》め、|必死《ひつし》となりて|御舟《みふね》の|近《ちか》づくを|妨害《ばうがい》せむと|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ひける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|二百浬《にひやくカイリ》|吾《われ》|渡《わた》り|来《き》て|黄昏《たそが》れつ
グロスの|島《しま》に|近《ちか》づきしはや
|此《この》|島《しま》にグロノス、ゴロスの|曲津神《まがつかみ》
|潜《ひそ》むと|聞《き》きて|舟《ふね》よせにける
|曲津見《まがつみ》はここを|先途《せんど》と|黒烟《こくえん》を
|吐《は》き|散《ち》らしつつ|四方《よも》を|包《つつ》めり
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|光《ひか》りと|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》のたまひし|燧石《ひうち》にかためむ
|曲神《まがかみ》の|勢《いきほひ》|如何《いか》に|猛《たけ》くとも
|火《ひ》をもて|焼《や》かば|容易《ようい》に|滅《ほろ》びむ
|曲神《まがかみ》は|如何《いか》に|勢《いきほひ》|強《つよ》くとも
|真言《まこと》の|力《ちから》なきものぞかし
|黄昏《たそがれ》の|闇《やみ》に|戦《たたか》ふ|不便《ふべん》さに
|波《なみ》にうかびて|朝《あした》を|待《ま》たばや』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》し|曲神《まがかみ》は
|朝日《あさひ》を|待《ま》ちて|滅《ほろぼ》すぞよき
|天界《かみくに》にさやる|曲津《まがつ》の|種《たね》をたやし
|安《やす》き|神国《みくに》と|定《さだ》め|奉《まつ》らむ
|黄昏《たそがれ》の|闇《やみ》は|海原《うなばら》|悉《ことごと》く
|包《つつ》めど|吾《われ》には|火《ひ》をもてりけり
|御舟《おんふね》に|真火《まひ》を|照《て》らして|明方《あけがた》を
|静《しづか》に|待《ま》たむ|魔《ま》の|島《しま》|近《ちか》く
|面白《おもしろ》き|海路《うなぢ》の|旅《たび》よ|曲神《まがかみ》の
|百《もも》のいたづら|見《み》つつ|進《すす》むも』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|狭野《さぬ》の|島《しま》の|魔神《まがみ》もここに|集《あつ》まりて
|行手《ゆくて》にさやると|伊猛《いたけ》るならむ
|黒雲《くろくも》の|幕《まく》に|包《つつ》めど|吾《わが》|舟《ふね》は
|真火《まひ》の|光《ひか》りに|安《やす》かりにけり
|明《あ》け|方《がた》を|待《ま》ちていよいよ|魔《ま》の|島《しま》を
|焼《や》き|滅《ほろぼ》すと|思《おも》へば|楽《たの》しき
|曲神《まがかみ》よ|吾《わが》|上陸《じやうりく》に|先《さ》き|立《だ》ちて
|服従《まつろ》ひ|来《きた》れしからば|許《ゆる》さむ
|比女神《ひめがみ》に|汝等《なれら》が|生命《いのち》|乞《こ》ひうけて
|真言《まこと》の|道《みち》に|救《すく》ひ|助《たす》けむ
|一夜《ひとよさ》の|生命《いのち》と|思《も》へば|曲神《まがかみ》の
|身《み》こそあはれになりにけるかな』
グロスの|島《しま》より|湧《わ》き|立《た》つ|黒雲《くろくも》は、|次第々々《しだいしだい》に|雲《くも》の|峰《みね》の|湧《わ》く|如《ごと》くふくれ|上《あが》り、|拡《ひろ》ごり、|四辺《あたり》の|海面《うみのも》を|真《しん》の|闇《やみ》と|包《つつ》み、|青白《あをじろ》き|火団《くわだん》は|御舟《みふね》の|周囲《しうゐ》を|螢合戦《ほたるがつせん》の|如《ごと》く|飛《と》び|交《か》ひ|狂《くる》ひめぐり、|凄惨《せいさん》の|気《き》|闇《やみ》と|共《とも》に|漂《ただよ》ひにける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|少《すこ》しも|驚《おどろ》き|給《たま》はず、|平然《へいぜん》として|曲神《まがかみ》の|種々《くさぐさ》の|業《わざ》を|御覧《みそなは》しながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|面白《おもしろ》き|曲神《まがみ》なるかも|闇《やみ》の|海《うみ》に
|青白《あをじろ》き|火《ひ》となりて|飛《と》べるも
|曲神《まがかみ》の|火《ひ》は|青白《あをじろ》く|光《ひか》りなし
|鬼火《おにび》か|陰火《いんくわ》か|熱《あつ》からぬかな
|火《ひ》の|玉《たま》と|見《み》れども|光《ひか》らず|熱《あつ》からず
|海月《くらげ》の|如《ごと》くただよへるかも
|明日《あす》さらばグロノス、ゴロスを|言向《ことむ》けて
この|魔《ま》の|島《しま》を|清《きよ》めむと|思《おも》ふ
|八潮路《やしほぢ》の|長《なが》き|旅路《たびぢ》に|疲《つか》れはてて
|曲津《まが》のすさびを|見《み》るは|楽《たの》しき
|百千万《ひやくせんまん》の|火団《くわだん》となりて|猛《たけ》り|狂《くる》ふ
|状《さま》|面白《おもしろ》く|舟《ふね》の|上《へ》に|見《み》つ
|吾《わ》が|舟《ふね》は|波《なみ》に|浮《うか》べど|動《うご》かざり
|生言霊《いくことたま》の|錨《いかり》につなげば』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|炎々《えんえん》と|御空《みそら》の|月《つき》をかくしつつ
|魔《ま》の|島ケ根《しまがね》ゆ|黒雲《くろくも》|立《た》ちたつ
|曲神《まがかみ》は|黒雲《くろくも》|起《おこ》しおく|深《ふか》く
しのびつ|怖《お》ぢつ|狂《くる》ふなるらむ
|曲神《まがかみ》の|数多《あまた》|集《つど》へるグロスの|島《しま》を
|今日《けふ》|珍《めづら》しく|黄昏《たそが》れて|見《み》つ
|黄昏《たそがれ》の|海《うみ》にうつらぬ|火《ひ》の|玉《たま》は
|正《まさ》しく|陰火《いんくわ》のしるしなりけり
|真火《まひ》なれば|波《なみ》の|底《そこ》まで|輝《かがや》かむを
|青白《あをじろ》きのみ|光《ひか》りだになし
|言霊《ことたま》の|生《い》ける|光《ひかり》に|照《て》らされて
グロノス、ゴロスも|滅《ほろ》び|失《う》すべし
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|出《い》でましに|魔《ま》の|島《しま》は
|清《きよ》きすがしき|国土《くに》と|生《うま》れむ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》こそは|御供《みとも》に|仕《つか》ふる|天晴《あめはれ》の
|比女神《ひめがみ》なるよ|御空《みそら》|晴《は》らさむ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百千万《ももちよろづ》の|神《かみ》|集《つど》ひませ
|大空《おほぞら》の|月《つき》を|照《て》らして|魔《ま》の|島《しま》の
|曲津見《まがつみ》の|頭《かしら》を|現《あら》はさむかも』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|魔《ま》の|島《しま》の|上空《じやうくう》を|包《つつ》みし|黒雲《くろくも》は|次第々々《しだいしだい》に|科戸《しなど》の|風《かぜ》に|吹《ふ》き|散《ち》らされて、|天空《てんくう》|明《あか》く|清《きよ》く|円満清朗《ゑんまんせいらう》の|月影《つきかげ》は|浮《うか》ばせ|給《たま》ひ、|波《なみ》の|底《そこ》|深《ふか》く|輝《かがや》き|給《たま》ひける。
ここにグロノス、ゴロスの|曲津神《まがつかみ》は|夜《よ》の|明《あ》くるまでに|御舟《みふね》の|神等《かみたち》を|滅《ほろぼ》しくれむと|死力《しりよく》を|尽《つく》し|一百有余旬《いつぴやくいうよじゆん》の|竜蛇《りうだ》の|姿《すがた》を|現《あらは》し、|数頭《すうとう》の|頭《かしら》には|各自《おのもおのも》|太刀《たち》の|如《ごと》き|角《つの》をかざしながら、|頻《しき》りに|御舟《みふね》に|向《むか》つて|火焔《くわえん》を|吹《ふ》く|光景《くわうけい》はもの|凄《すご》きまでに|見《み》えにける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|平然《へいぜん》として|微笑《ほほゑ》みながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|勇《いさ》ましやグロノス、ゴロスの|雄猛《をたけ》びは
|吾《わが》|行《ゆ》く|旅《たび》をなぐさめにける
|火《ひ》を|吐《は》けど|角《つの》はふれども|眼《め》は|光《て》れど
|吾《われ》には|何《なん》の|艱《なや》み|覚《おぼ》えず
|力《ちから》|限《かぎ》り|雄猛《をたけ》び|狂《くる》ふ|曲神《まがかみ》の
|心《こころ》|思《おも》へばあはれなるかも
|兎《と》も|角《かく》も|暁《あかつき》まではこの|舟《ふね》に
|吾《われ》|休《やす》らはむ|心《こころ》|安《やす》けく』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|一夜《ひとよさ》の|生命《いのち》と|思《おも》へば|曲神《まがかみ》も
|最後《いまは》の|荒《すさ》びあはれなるかな
|常闇《とこやみ》をうすら|照《て》らして|曲神《まがかみ》は
あまたの|口《くち》より|焔《ほのほ》を|吐《は》くも
|光《ひかり》にぶき|松明《たいまつ》と|思《も》へば|面白《おもしろ》し
|月《つき》は|御空《みそら》に|輝《かがや》き|給《たま》へど
|月読《つきよみ》の|光《ひか》りますますさやかにて
|魔《ま》の|島ケ根《しまがね》の|雲《くも》はあせたり
ところどころ|魔神《まがみ》の|吐《は》き|出《だ》す|黒雲《くろくも》は
|次第々々《しだいしだい》にうすらぎしはや
|斯《か》くの|如《ごと》|浅《あさ》き|奸計《たくみ》の|曲神《まがかみ》の
|雄猛《をたけ》び|見《み》れば|雄心《をごころ》わくも
|明日《あす》さればこの|島ケ根《しまがね》を|悉《ことごと》く
|焼《や》き|清《きよ》むべし|曲神《まがみ》|退《しりぞ》け』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|海中《わだなか》に|永久《とは》に|浮《うか》べる|魔《ま》の|島《しま》の
|雲《くも》は|晴《は》れけり|月《つき》の|光《ひか》りに
|月《つき》|冴《さ》ゆる|万里《まで》の|海原《うなばら》に|浮《うか》びたる
グロスの|島《しま》は|全《また》く|現《あ》れけり
この|島《しま》も|思《おも》ひしよりは|広《ひろ》くして
あまたの|曲神《まがみ》|騒《さわ》ぎ|廻《まは》れり
この|島《しま》も|主《ス》の|大神《おほかみ》の|生《う》みませる
|生島《いくしま》なれば|清《きよ》め|奉《まつ》らむ
|日並《けなら》べて|神《かみ》の|神業《みわざ》に|仕《つか》へつつ
|又《また》も|楽《たの》しき|明日《あす》を|迎《むか》へつ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|黒雲《くろくも》は|島《しま》のあちこちに|太《ふと》く|高《たか》く
|立《た》てども|明日《あす》は|跡形《あとかた》もなけむ
|黒雲《くろくも》を|時《とき》じく|起《おこ》して|天地《あめつち》の
|水火《いき》を|濁《にご》せる|曲神《まがみ》の|島《しま》かも
この|島《しま》の|曲神《まがみ》ことごと|言向《ことむ》けて
|稚《わか》き|国原《くにはら》|生《う》むは|楽《たの》しも
この|島《しま》に|御樋代神《みひしろがみ》の|籠《こも》らすと
|聞《き》きしは|夢《ゆめ》か|黒雲《くろくも》|立《た》ちたつ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》も|悪魔《あくま》の|雄猛《をたけ》びに
|暫《しば》し|御姿《みかげ》をかくし|給《たま》ふか』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》も|地《つち》も|生言霊《いくことたま》の|御光《みひか》りに
|照《て》らして|稚《わか》き|国土《くに》を|生《う》まばや
|天晴比女《あめはれひめ》|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
この|島ケ根《しまがね》の|雲《くも》を|晴《は》らさむ』
|各《かく》|神々《かみがみ》はグロスの|島《しま》に|向《むか》つて|明日《あす》の|征途《きため》を|楽《たの》しみながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ、|一目《ひとめ》も|眠《ねむ》らせ|給《たま》はず|磐楠舟《いはくすぶね》の|上《うへ》に|安坐《あんざ》して、|種々《くさぐさ》のことを|面白《おもしろ》|可笑《をか》しく|語《かた》り|合《あ》ひつつ|夜《よ》の|明方《あけがた》を|静《しづか》に|待《ま》たせ|給《たま》ひけるぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一二・二〇 旧一一・四 於大阪分院蒼雲閣 谷前清子謹録)
第四章 |焼野《やけの》の|行進《かうしん》〔一九六〇〕
|東《ひがし》の|空《そら》は|漸《やうや》く|東雲《しのの》めて、|海面《かいめん》を|飛交《とびか》ふ|鴎《かもめ》の|声《こゑ》は|彼方此方《あちこち》よりものやさしく|響《ひび》き|来《きた》り、グロスの|島ケ根《しまがね》はカラリと|明《あ》けて|鷹巣《たかし》の|山《やま》は|屹然《きつぜん》と|島《しま》の|東方《とうはう》に|聳《そび》えたち、|天津日《あまつひ》は|悠然《いうぜん》として|紅《くれなゐ》の|幕《まく》を|別《わ》けながら|昇《のぼ》らせ|給《たま》ひ、|昨夜《さくや》の|物凄《ものすご》き|光景《くわうけい》はあとなく|消《き》え|失《う》せ、|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》、|鵲《かささぎ》の|声《こゑ》、|冴《さ》えに|冴《さ》えつつ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》を|迎《むか》へまつるものの|如《ごと》し。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御舟《みふね》を|千引巖《ちびきいは》の|碁列《ごれつ》せる|浜辺《はまべ》に|静々《しづしづ》と|寄《よ》せ|給《たま》ひ、|駒《こま》|諸共《もろとも》に|御舟《みふね》を|出《い》でて|陸地《くがち》に|一行《いつかう》|出《い》でさせ|給《たま》ひ、|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御舟《みふね》を|浜辺《はまべ》の|片方《かたへ》にかたく|結《むす》びつけ、|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》|外《ほか》|二柱《ふたはしら》の|女神《めがみ》と|共《とも》に|陸《くが》に|上《のぼ》らせ|給《たま》ひつつ、|萱草《かやくさ》、|葦《あし》の|莽々《ばうばう》と|道《みち》のなきまで|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|原野《はらの》を|御覧《みそなは》しつつ|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|荒《あ》れ|果《は》てし|島《しま》にもあるか|萱草《かやくさ》の
|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|野《の》は|限《かぎ》りなし
よしあしの|道《みち》を|塞《ふさ》ぎて|茂《しげ》りたる
|島根《しまね》は|曲津《まが》の|潜《ひそ》むも|宜《うべ》なり
|駒《こま》の|脚《あし》いるる|隙《ひま》さへなきまでに
|生《お》ひ|茂《しげ》りたるよしあし|原《はら》よ
わが|公《きみ》に|畏《おそ》れ|多《おほ》けれどいや|先《さき》に
|駒《こま》をうたせて|道別《みちわ》けせむかな』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》に|跨《またが》り、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|見《み》はるかす|島《しま》のことごと|醜草《しこぐさ》に
|包《つつ》まれけるかも|曲津《まが》の|棲処《すみか》は
|曲神《まがかみ》はこの|草原《くさはら》に|潜《ひそ》みゐつ
|百《もも》の|災《わざはひ》|起《おこ》すなるらむ
|見《み》の|限《かぎ》り|雲《くも》|立《た》ち|昇《のぼ》り|霧《きり》|湧《わ》きて
|風《かぜ》さへ|冷《ひ》ゆるあらき|国原《くにはら》よ
この|国土《くに》を|拓《ひら》かむとして|葦原比女《あしはらひめ》
|神《かみ》は|早《はや》くも|渡《わた》らせ|給《たま》へる
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》のみあらかに
|進《すす》み|語《かた》らむ|時《とき》の|待《ま》たるる
グロノスやゴロスの|潜《ひそ》むこの|島《しま》は
|鳥《とり》の|鳴《な》く|音《ね》も|悲《かな》しげに|聞《きこ》ゆ
|真鶴《まなづる》は|翼《つばさ》|揃《そろ》へて|鷹巣山《たかしやま》の
|尾根《をね》をよぎりつ|近《ちか》づき|来《きた》るも
この|島《しま》も|真鶴《まなづる》|数多《あまた》|棲《す》みけるか
|翼《つばさ》の|音《おと》の|近《ちか》づき|来《きた》るも』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|仕《つか》へて|今日《けふ》も|亦《また》
|御樋代神《みひしろがみ》に|会《あ》ふぞ|目出度《めでた》き
|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|草《くさ》の|生《ふ》に
|真火《まひ》を|放《はな》ちて|曲津《まが》を|焼《や》かばや
この|島《しま》にありとしあらゆる|曲津見《まがつみ》を
|焼《や》き|滅《ほろぼ》すと|思《おも》へば|楽《たの》しき
|曲神《まがかみ》の|眼《まなこ》を|醒《さま》す|真火《まひ》の|光《ひか》りは
|又《また》と|世《よ》になき|宝《たから》なるかも』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲神《まがかみ》といへどももとは|主《ス》の|神《かみ》の
|水火《いき》より|出《い》でし|神《かみ》なりにけり
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》のたまひしこの|真火《まひ》は
|曲津《まが》を|清《きよ》むる|剣《つるぎ》なるかも
|比女神《ひめがみ》の|生言霊《いくことたま》にグロスの|島《しま》の
|曲神《まがみ》はいつかかげをかくしぬ
ひろびろと|限《かぎ》りも|知《し》らぬグロス|島《じま》の
|雑草《あらくさ》の|野《の》に|風《かぜ》さやぐなり』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|黒雲《くろくも》の|覆《おほ》ひし|昨夜《よべ》に|引替《ひきか》へて
|御空《みそら》|晴《は》れつつ|日光《ひかげ》|清《すが》しも
|曲津見《まがつみ》は|天津日《あまつひ》の|光《かげ》に|驚《おどろ》きて
|草葉《くさば》のかげに|身《み》をひそめけむ
いろいろに|言霊《ことたま》|宣《の》りてさとせども
|曲津《まがつ》の|耳《みみ》は|木耳《きくらげ》なりしよ
かくならばこの|生島《いくしま》を|拓《ひら》く|為《ため》に
|真火《まひ》の|荒《すさ》びも|是非《ぜひ》なかるらむ
|雲《くも》をぬく|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|山麓《やまもと》に
|御樋代神《みひしろがみ》はおはしますらむ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》のまします|清宮居《すがみや》は
|広《ひろ》き|流《なが》れにかこまると|聞《き》く
この|野辺《のべ》に|火《ひ》を|放《はな》つとも|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》の|宮居《みやゐ》は|恙無《つつがな》からむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|科戸辺《しなどべ》の|風《かぜ》は|出《い》でたりいざさらば
|真火《まひ》を|放《はな》てよこの|草《くさ》の|野《の》に』
『|吾《わが》|公《きみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》みいざさらば
|真火《まひ》を|放《はな》たむ|初頭比古《うぶがみひこ》われは』
かく|御歌《みうた》もて|応《こた》へ|給《たま》ひつつ|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|御手《みて》よりうやうやしく|燧石《ひうち》を|受取《うけと》り、|荒金《あらがね》の|如《ごと》き|石《いし》もて|燧石《ひうち》を、|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》しつつカチリカチリと|打《う》ち|出《い》で|給《たま》へば、|真火《まひ》は|辺《あた》りに|飛散《ひさん》し|忽《たちま》ち|幾年《いくとせ》ともなく|積《つも》れる|萱草《かやくさ》の|茂《しげ》れる|根《ね》もとの|枯草《かれくさ》に|真火《まひ》は|移《うつ》りける。|折《をり》しもあれ、|海面《かいめん》よりはげしく|吹《ふ》き|来《きた》る|風《かぜ》に|吹《ふ》きまくられ、|見《み》る|見《み》る|四方八方《よもやも》にひろごり、|紅蓮《ぐれん》の|舌《した》は|四辺《あたり》かまはず、|木《き》も|草《くさ》も|生物《いきもの》もあとを|絶《た》てよとばかり|舐《な》めまはりける。
|幾千里《いくせんり》に|亘《わた》る|大原野《だいげんや》は、|見《み》る|見《み》る|黒焦《くろこ》げとなりて|彼方此方《かなたこなた》に|竜神《たつがみ》、|大蛇《をろち》、|猛獣《まうじう》|等《とう》の|焼《や》け|亡《ほろ》びたる|姿《すがた》、|天日《てんじつ》に|曝《さら》され、|無残《むざん》の|光景《くわうけい》をとどめけるにぞ、|御樋代神《みひしろがみ》は|四柱《よはしら》の|神《かみ》に|命《めい》じて|各自《おのもおのも》その|遺骸《なきがら》を|土中《どちう》に|埋《うづ》めさせ|給《たま》ひつつ、|数多《あまた》の|月日《つきひ》を|費《つひや》し|給《たま》ひけるぞ|畏《かしこ》けれ。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『あはれなる|醜《しこ》の|魔神《まがみ》は|亡《ほろ》びたり
その|遺骸《なきがら》をわれ|葬《はうむ》りつ
グロノスやゴロスの|曲津《まが》の|司等《つかさら》は
|未《いま》だ|滅《ほろ》びず|逃《に》げ|失《う》せにける
|曲津見《まがつみ》は|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|空《そら》|指《さ》して
|雲《くも》を|起《おこ》して|逃《に》げ|去《さ》りしはや
かくの|如《ごと》|焼《や》き|浄《きよ》めたる|大野原《おほのはら》は
|国魂神《くにたまがみ》を|移《うつ》すによろしも
|国魂《くにたま》の|神《かみ》をこの|土《ど》に|移《うつ》し|植《う》ゑて
グロスの|島《しま》を|拓《ひら》かむと|思《おも》ふ
よしあしの|群《むら》がり|生《お》ひしこの|島《しま》は
|土《つち》|自《おのづか》ら|肥《こ》えにけらしな
|曲神《まがかみ》の|棲処《すみか》はことごと|焼《や》かれたり
いざこれよりは|神国《みくに》をひらかむ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|姿《すがた》の|雄々《をを》しさよ
|燃《も》ゆる|火《ひ》の|如《ごと》|輝《かがや》きましつつ
わが|公《きみ》は|光《ひかり》の|神《かみ》にましませば
|常世《とこよ》の|闇《やみ》も|晴《は》れ|渡《わた》るなり
|御空《みそら》|飛《と》ぶ|百鳥千鳥《ももどりちどり》も|驚《おどろ》きて
いづくの|果《は》てか|姿《すがた》かくしぬ
|目路《めぢ》の|果《は》てに|白煙《はくえん》たつはまさしくや
|野火《のび》の|燃《も》えたつしるしなるらむ
|風《かぜ》のあし|如何《いか》に|速《はや》けく|走《はし》るとも
|燃《も》えつつ|進《すす》む|真火《まひ》はおくれむ
|上《うは》べのみは|燃《も》え|尽《つく》せども|草《くさ》の|根《ね》は
|未《いま》だ|燃《も》えつつ|煙《けむり》たちたつ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御供《おんとも》に|仕《つか》へまつりて|今日《けふ》の|如《ごと》
|雄々《をを》しき|楽《たの》しき|日《ひ》はあらざりき
|燃《も》えさかる|野火《のび》の|勢《いきほひ》ながめつつ
|公《きみ》の|力《ちから》の|功《いさを》をおもふ
|何《なに》よりも|尊《たふと》きものと|悟《さと》りけり
|公《きみ》が|持《も》たせるこれの|燧石《ひうち》は
|万里《まで》の|島《しま》も|公《きみ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうち》にて
|魔神《まがみ》の|潜《ひそ》む|棲処《すみか》は|絶《た》えむ
ここに|来《き》て|真火《まひ》の|力《ちから》の|功績《いさをし》を
さとりけるかな|起立比古《おきたつひこ》われは
|数十里《すじふり》の|野辺《のべ》はみるみる|焼《や》け|失《う》せぬ
|風《かぜ》の|力《ちから》と|真火《まひ》の|功《いさを》に』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|黒雲《くろくも》の|包《つつ》みしグロスの|島ケ根《しまがね》も
|晴《は》れ|渡《わた》りつつ|月日《つきひ》かがよふ
|昼月《ひるづき》の|光《かげ》|冴《さ》えにつつ|大空《おほぞら》に
|吾等《われら》が|振舞《ふるま》ひを|見《み》つつ|笑《ゑ》ませり
わが|駒《こま》の|脚下《あしもと》|広《ひろ》くなりにけり
|百草千草《ももぐさちぐさ》|焼《や》きはらはれて
|大野原《おほのはら》にすくすくたてる|太幹《ふとみき》の
|松《まつ》と|楠《くす》とは|蒼《あを》く|残《のこ》れり
|火《ひ》にさへもひるまぬ|常磐樹《ときはぎ》の|心《こころ》こそ
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|操《みさを》に|似《に》たるも』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|棲処《すみか》は|悉《ことごと》く
|真火《まひ》の|力《ちから》に|払《はら》はれにけり
|海《うみ》ゆ|吹《ふ》く|潮《うしほ》の|風《かぜ》の|強《つよ》くして
|見《み》る|見《み》る|荒野《あらの》は|浄《きよ》まりしはや
|今日《けふ》よりは|如何《いか》に|曲津見《まがつみ》|荒《すさ》ぶとも
|恐《おそ》れざるべし|真火《まひ》の|功《いさを》に
|火《ひ》を|吹《ふ》きて|吾等《われら》をおどせしグロノスや
ゴロスの|曲津《まが》はいづらへ|行《ゆ》きけむ
グロノスとゴロスの|曲津見《まがみ》|罰《きた》めずば
この|国原《くにはら》は|安《やす》からざるべし
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》のみあらかを|今《いま》よりは
|勇《いさ》み|進《すす》みて|探《たづ》ねゆくべし
いざさらば|御前《みさき》に|立《た》ちて|仕《つか》ふべし
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》はうたひつ
|果《は》てしも|知《し》らぬ|大野原《おほのはら》
|真火《まひ》の|力《ちから》に|悉《ことごと》く
|焼《や》き|払《はら》はれし|面白《おもしろ》さ
|科戸《しなど》の|風《かぜ》にたすけられ
|真火《まひ》は|忽《たちま》ち|四方八方《よもやも》に
ふくれ|拡《ひろ》ごりゴウゴウと
|火焔《くわえん》の|舌《した》を|吐《は》きながら
|総《すべ》てのものを|焼《や》き|尽《つく》す
その|勢《いきほひ》の|凄《すさま》じさ
|馬背《ばはい》に|跨《またが》り|眺《なが》むれば
|火《ひ》の|海原《うなばら》の|如《ごと》くなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御樋代神《みひしろがみ》の|御尾前《みをさき》に
|仕《つか》へて|進《すす》む|焼野原《やけのはら》
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》もカツカツと
|果《は》てしも|知《し》らに|進《すす》みゆく
この|稚国土《わかくに》の|稚野原《わかのはら》
|未《ま》だあちこちに|煙《けむり》たち
|靄《もや》の|如《ごと》くに|棚引《たなび》けり
|常磐《ときは》の|松《まつ》や|楠《くすのき》は
|彼方此方《かなたこなた》の|原頭《げんとう》に
|緑《みどり》の|梢《こずゑ》かざしつつ
グロスの|島《しま》の|瑞兆《ずゐてう》を
|寿《ことほ》ぐ|如《ごと》く|見《み》えにけり
|鷹巣《たかし》の|山《やま》に|雲《くも》|湧《わ》きて
|峰《みね》の|百樹《ももき》は|青々《あをあを》と
|緑《みどり》に|映《は》ゆる|目出度《めでた》さよ
|御樋代神《みひしろがみ》と|天降《あも》ります
|葦原比女《あしはらひめ》の|神司《かむつかさ》
|五柱《いつはしら》の|神《かみ》|従《したが》へて
|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|山麓《やまもと》に
|広《ひろ》き|流《なが》れをめぐらしつ
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|出《い》でましを
|喜《よろこ》び|迎《むか》へ|待《ま》たすらむ
|駒《こま》の|歩《あゆ》みは|速《はや》くとも
この|高原《たかはら》の|末《すゑ》|遠《とほ》く
|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|麓《ふもと》まで
|進《すす》むは|容易《ようい》にあらざらむ
この|駿馬《はやこま》に|大《おほ》いなる
|翼《つばさ》のあらば|大空《おほぞら》を
|鷹《たか》の|如《ごと》くに|天《あま》|翔《かけ》り
|進《すす》まむものを|如何《いか》にせむ
|焼野ケ原《やけのがはら》をチヨクチヨクと
|吾等《われら》は|気《き》ながく|進《すす》むべし
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|公《きみ》の|御行《みゆき》に|幸《さち》あれよ
|公《きみ》の|御行《みゆき》に|光《ひかり》あれ』
かく|歌《うた》はせつつ、|大野ケ原《おほのがはら》を|五柱《いつはしら》の|神《かみ》は|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》に|御髪《おんかみ》を|梳《くしけづ》りつつ|意気《いき》|揚々《やうやう》と、|葦原ケ丘《あしはらがをか》の|聖所《すがど》を|指《さ》して|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二〇 旧一一・四 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
第五章 |忍ケ丘《しのぶがをか》〔一九六一〕
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は、|際限《さいげん》もなき|焼野ケ原《やけのがはら》を|馬背《ばはい》に|跨《またが》り|進《すす》ませ|給《たま》ふ|折《をり》もあれ、|野原《のはら》の|真中《まんなか》に|小《ちひ》さき|丘《をか》ありて、|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》|数千本《すうせんぼん》、|野火《のび》の|焔《ほのほ》にも|焼《や》かれず、|青々《あをあを》と|茂《しげ》り|居《ゐ》たりける。
|茲《ここ》に|一行《いつかう》は|長途《ちやうと》の|疲《つか》れを|休《やす》めむと、|駒《こま》を|一々《いちいち》|常磐樹《ときはぎ》の|幹《みき》に|繋《つな》ぎつつ、|際限《さいげん》もなき|大野ケ原《おほのがはら》を|国見《くにみ》し|給《たま》ひける|折《をり》しも、いづくともなく|悲《かな》しき|声《こゑ》つぎつぎに|聞《きこ》え|来《きた》るにぞ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|怪《あや》しみに|堪《た》へず、|四辺《あたり》を|見《み》まはしながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|百鳥《ももとり》の|声《こゑ》にもあらず|駿馬《はやこま》の
|嘶《いなな》きならず|怪《あや》しき|声《こゑ》すも
ひそびそと|歎《なげ》き|悲《かな》しむ|声《こゑ》すなり
|国津神等《くにつかみら》のひそみゐるにや
|放《はな》ちたる|野火《のび》の|焔《ほのほ》に|身《み》を|焼《や》かれ
|国津神等《くにつかみら》の|歎《なげ》く|声《こゑ》にや
|国津神《くにつかみ》これの|近処《ちかど》に|住《す》みまさば
とくに|出《い》でませよ|慰《なぐさ》めくれむ
|吾《われ》こそは|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|天降《あも》りてし
|御樋代神《みひしろがみ》よ|心《こころ》|安《やす》かれ
|曲神《まがかみ》をきため|亡《ほろ》ぼし|国津神《くにつかみ》の
|安《やす》きを|守《まも》る|吾《われ》は|神《かみ》なり』
|斯《か》く|歌《うた》ひたまふや、|丘《をか》の|南側《みなみがは》を|穿《うが》ちて|此処《ここ》を|安処《やすど》と|永住《えいぢう》し、|附近《ふきん》の|野辺《のべ》を|拓《ひら》きて、|穀物《たなつもの》を|植《う》ゑ|育《そだ》てつつ、|安《やす》き|生活《せいくわつ》を|送《おく》り|来《きた》りし|数十柱《すうじふばしら》の|国津神《くにつかみ》の|男女《だんぢよ》は、|蟻《あり》の|穴《あな》を|出《い》づるがごとく、つぎつぎに|神言《みこと》の|前《まへ》に|集《あつま》り|来《きた》り、|恭敬礼拝《きようけいらいはい》|久《ひさ》しうし、|歌《うた》もて|答《こた》へらく、
『|吾《われ》こそはこの|島ケ根《しまがね》に|永久《とは》に|住《す》む
|国津神等《くにつかみら》の|群《むれ》なりにけり
|朝夕《あさゆふ》にグロノス、ゴロスの|曲神《まがかみ》に
|虐《しひた》げられて|穴《あな》に|住《す》むなり
|神々《かみがみ》の|御稜威《みいづ》に|曲津《まが》は|逃《に》げしかども
|吾《わが》ははそはの|母《はは》|傷《きず》つけり
|吾《わが》|母《はは》は|煙《けむり》にまかれかしらべの
|髪《かみ》ことごとく|焼《や》かれてなやめり
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》も|如何《いかが》と|思《おも》ふまで
ははそはの|母《はは》はなやませ|給《たま》ひぬ
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐ》みによりて|吾《わが》|母《はは》の
なやみを|直《ただ》に|癒《い》やさせ|給《たま》はれ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》はこれを|聞《き》きて|憐《あは》れみ|給《たま》ひ、
『|火《ひ》に|焼《や》けて|傷《きず》つきし|汝《なれ》が|母《はは》の|身《み》を
ただに|癒《い》やさむここに|出《い》でませ
|曲津見《まがつみ》の|伊猛《いたけ》る|国土《くに》も|今日《けふ》よりは
|安《やす》く|楽《たの》しく|栄《さか》えゆくべし』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|国津神《くにつかみ》の|野槌彦《ぬづちひこ》は、|急《いそ》ぎ|土穴《つちあな》にむぐり|入《い》り、|頭髪《とうはつ》の|焼《や》け|爛《ただ》れて|苦《くる》しみ|悶《もだ》ゆる|老母《らうぼ》を|背《せな》に|負《お》ひ、|御前《みまへ》に|涙《なみだ》ながらに|進《すす》み|寄《よ》り、
『ははそはの|母《はは》は|傷《きず》つき|給《たま》ひけり
|命《いのち》のほどもはかられぬまでに』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|直《ただ》ちに|数歌《かずうた》を|宣《の》り|給《たま》ひつつ|伊吹《いぶ》き|給《たま》へば、|老母《らうぼ》の|焼《や》け|爛《ただ》れたる|頭部《とうぶ》|顔面《がんめん》は|元《もと》の|如《ごと》くに|見《み》る|見《み》るをさまり、|頭髪《とうはつ》は|漆《うるし》の|如《ごと》く|黒々《くろぐろ》と|瞬《またた》く|間《うち》に|若《わか》き|女《め》の|如《ごと》く|生《お》ひ|立《た》ちにける。
|老母《らうぼ》は|嬉《うれ》しさに|堪《た》へず、
『|不思議《ふしぎ》なる|野火《のび》に|焼《や》かれてなやみてし
|吾《われ》もとのごと|安《やす》くなりぬる
|天津神《あまつかみ》の|貴《うづ》の|恵《めぐ》みに|助《たす》けられて
|吾《わが》|気魂《からたま》はよみがへりつも
|比女神《ひめがみ》の|恵《めぐ》みは|永久《とは》に|忘《わす》れまじ
|天《あめ》と|地《つち》との|続《つづ》く|限《かぎ》りは』
|野槌彦《ぬづちひこ》は|感謝《かんしや》の|歌《うた》をうたふ。
『|野槌彦《ぬづちひこ》われは|久《ひさ》しくこの|丘《をか》に
|生《い》きて|始《はじ》めて|真火《まひ》を|見《み》たりき
|天津神《あまつかみ》の|光《ひかり》と|燃《も》ゆるこの|真火《まひ》に
すべての|曲津《まが》は|亡《ほろ》び|失《う》すらむ
わが|母《はは》は|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひに
|神魂《みたま》|安《やす》けくなりにけらしな
この|恵《めぐみ》いつの|世《よ》にかは|忘《わす》れむや
|御樋代神《みひしろがみ》の|光《ひか》り|仰《あふ》ぎつ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国津神《くにつかみ》の|日々《ひび》の|禍《わざはひ》|除《のぞ》かむと
|大野ケ原《おほのがはら》に|火《ひ》を|放《はな》ちつる
|吾《わが》|放《はな》つ|真火《まひ》に|焼《や》かれて|汝《な》が|母《はは》の
なやみし|思《おも》へばあはれなりけり
|曲津見《まがつみ》の|禍《わざはひ》|如何《いか》に|強《つよ》くとも
|天《あま》の|数歌《かずうた》|宣《の》りて|祓《はら》へよ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百千万《ももちよろづ》と|言霊《ことたま》|宣《の》らさへ』
|野槌彦《ぬづちひこ》は|歌《うた》ふ。
『|有難《ありがた》し|天津御神《あまつみかみ》の|神宣《みことのり》
|国津神等《くにつかみら》に|伝《つた》へて|生《い》きむ
|果《はて》しなき|大野ケ原《おほのがはら》のただ|中《なか》に
|永久《とは》の|住処《すみか》と|定《さだ》めし|丘《をか》かも
この|丘《をか》に|生《お》ふる|常磐《ときは》の|松ケ枝《まつがえ》に
|鶴《つる》の|来《きた》りて|時々《ときどき》|休《やす》むも
めでたかる|常磐《ときは》の|松《まつ》を|神《かみ》として
|国津神等《くにつかみら》は|斎《いつ》きまつりし
|今日《けふ》よりは|昔《むかし》の|手振《てぶり》|改《あらた》めて
|主《ス》の|大神《おほかみ》を|斎《いつ》きまつらむ
|有難《ありがた》き|神世《みよ》となりけり|久方《ひさかた》の
|高日《たかひ》の|宮《みや》ゆ|神《かみ》|天降《あも》りまして
|嬉《うれ》しさの|限《かぎ》りなきかな|黒雲《くろくも》の
|御空《みそら》|晴《は》れつつ|神《かみ》は|天降《あも》れり
|耕《たがや》しの|業《わざ》を|損《そこな》ふ|曲津見《まがつみ》も
|焼野ケ原《やけのがはら》に|棲《す》む|術《すべ》なけむ』
|野槌姫《ぬづちひめ》は|野槌彦《ぬづちひこ》のしりへに|蹲《うづくま》りつつ、|感謝《かんしや》の|歌《うた》を|詠《よ》む。
『|有難《ありがた》き|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|照《て》らされて
|母《はは》の|病《やまひ》はをさまりにけり
|今日《けふ》よりは|神《かみ》の|伝《つた》へし|数歌《かずうた》を
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|称《たた》へ|奉《まつ》らむ
この|丘《をか》に|永久《とは》に|住《す》まへる|国津神《くにつかみ》も
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》を|永久《とは》に|称《たた》へむ
|御諭《みさと》しの|天《あま》の|数歌《かずうた》|日並《けなら》べて
|宣《の》りあげにつつ|曲津《まが》を|祓《はら》はむ
この|丘《をか》は|忍ケ丘《しのぶがをか》と|称《とな》ふなり
|曲津《まが》の|荒《すさ》びを|忍《しの》びて|住《す》めば
この|島《しま》を|拓《ひら》かむとして|十年前《ととせまへ》
|竜《たつ》の|島《しま》より|渡《わた》り|来《こ》しはや
|竜《たつ》の|島《しま》は|岩石《がんせき》|多《おほ》く|地《つち》|瘠《や》せて
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|棲処《すみか》なりける
|曲津見《まがつみ》の|猛《たけ》びを|避《さ》けて|此《この》|島《しま》に
|移《うつ》りつまたも|曲津《まが》に|侵《をか》されし』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国津神《くにつかみ》のはや|住《す》ますとは|知《し》らざりき
この|荒《あ》れはてし|曲津見《まがみ》の|島《しま》に
|主《ス》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|経綸《しぐみ》の|尊《たふと》さを
|国津神等《くにつかみら》の|住居《すみゐ》に|見《み》しかな
|御樋代《みひしろ》の|葦原比女《あしはらひめ》の|神司《みつかさ》は
いづくにますか|心《こころ》もとなや
あまりにも|荒《あ》れはてにつる|島《しま》なれば
|御樋代神《みひしろがみ》も|黙《もだ》しゐにけむ
わが|公《きみ》の|功《いさを》にこれの|国津神《くにつかみ》の
|火傷《やけど》は|忽《たちま》ちをさまりしはや
|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》|畏《かしこ》く|数歌《かずうた》の
|光《ひかり》は|神《かみ》を|永久《とは》に|生《い》かせる
|果《はて》しなき|千里《せんり》の|野辺《のべ》を|渉《わた》り|来《き》て
|国津神《くにつかみ》|住《す》む|丘《をか》に|着《つ》きぬる
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|青々《あをあを》|茂《しげ》りたる
|忍ケ丘《しのぶがをか》の|眺《なが》めよろしも
|目路《めぢ》|遠《とほ》く|輝《かがや》くものは|池水《いけみづ》か
|一鞭《ひとむち》|馳《は》せて|見《み》とどけむと|思《おも》ふ』
|野槌彦《ぬづちひこ》は|歌《うた》ふ。
『|目路《めぢ》はろか|白《しろ》く|輝《かがや》く|鏡《かがみ》こそ
|大蛇《をろち》の|棲《す》みし|沼《ぬま》なりにけり
|朝夕《あさゆふ》に|大蛇《をろち》は|沼《ぬま》に|潜《ひそ》みつつ
|黒《くろ》き|煙《けむり》を|吐《は》きいだすなり
|沼底《ぬまぞこ》にひそむ|大蛇《をろち》を|諸神《ももがみ》の
|御稜威《みいづ》にきため|給《たま》へと|祈《いの》るも』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『グロノスもゴロスも|沼《ぬま》に|潜《ひそ》みゐて
この|島ケ根《しまがね》を|汚《けが》すなるらむ
|黄昏《たそがれ》にまた|間《ま》もあれば|一走《ひとはしり》
|駒《こま》に|鞭《むち》うち|吾《われ》|進《すす》まばや』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|沼《ぬま》の|辺《べ》に|進《すす》まむ|道《みち》はいや|遠《とほ》し
|明日《あす》にせよかし|夕《ゆふ》べ|近《ちか》ければ
|兎《と》も|角《かく》も|今宵《こよひ》は|忍ケ丘《しのぶがをか》に|寝《い》ねて
|無限《むげん》の|勇気《ゆうき》を|養《やしな》はむかな』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《わが》|公《きみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》みいざさらば
|曲津見《まがみ》の|征伐《きため》を|明日《あす》に|延《の》ばさむ
|国津神《くにつかみ》の|百《もも》のなやみを|払《はら》ふべく
|進《すす》まむ|明日《あす》のたのもしきかな
|昼月《ひるづき》のかげは|漸《やうや》く|吾上《わがうへ》に
|貴《うづ》の|光《ひかり》を|投《な》げさせ|給《たま》へり
|天津日《あまつひ》は|波間《なみま》にかくれ|給《たま》ふとも
|月《つき》の|光《ひかり》に|夜《よる》は|明《あか》るき』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|時《とき》じくに|黒雲《くろくも》|湧《わ》きし|島ケ根《しまがね》も
|生言霊《いくことたま》に|清《きよ》まりしはや
|沼《ぬま》の|底《そこ》に|潜《ひそ》める|醜《しこ》の|曲神《まがかみ》を
|退《やら》ひて|進《すす》まむ|明日《あす》は|聖所《すがど》へ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》も|地《つち》も|清《きよ》く|晴《は》れたり|今宵《こよひ》はも
|忍ケ丘《しのぶがをか》にあかつき|待《ま》たむか
|天津日《あまつひ》は|漸《やうや》く|海《うみ》に|傾《かたむ》きつ
|黄昏《たそがれ》の|幕《まく》|迫《せま》り|来《く》るかも
|大空《おほぞら》の|月《つき》の|光《ひかり》を|力《ちから》とし
|荒野《あらの》の|果《は》てに|小夜《さよ》を|眠《ねむ》らむ
|国津神《くにつかみ》|数多《あまた》|集《つど》へるこの|丘《をか》に
|駒《こま》もろともに|夜《よる》を|守《まも》らむ』
|野槌彦《ぬづちひこ》は|歌《うた》ふ。
『|五柱《いつはしら》の|尊《たふと》き|神《かみ》よ|心安《うらやす》く
わが|住《す》む|館《たち》に|休《やす》らはせませ
|天降《あも》りましし|神《かみ》の|姿《すがた》の|尊《たふと》さに
|国津神等《くにつかみら》は|畏《かしこ》みてをり
|顔《かほ》を|上《あ》げて|伏《ふ》し|拝《をが》むさへ|畏《かしこ》しと
|国津神等《くにつかみら》は|俯《うつ》ぶしにつつ
|今日《けふ》よりは|神《かみ》の|功《いさを》に|照《て》らされて
|国津神《くにつかみ》たち|安《やす》く|栄《さか》えむ
|吾《われ》は|今《いま》これの|集《つど》ひの|司《つかさ》とし
|耕《たがや》しの|業《わざ》に|日々《ひび》を|仕《つか》ふる
|穀物《たなつもの》これの|島根《しまね》にみちみちて
|国津神等《くにつかみら》の|栄《さか》えをたまへ
|今日《けふ》よりは|忍ケ丘《しのぶがをか》の|頂《いただき》に
|神《かみ》の|御舎《みあらか》つかへ|奉《まつ》らむ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国津神《くにつかみ》の|言葉《ことば》|宜《うべ》なり|主《ス》の|神《かみ》の
|貴《うづ》の|御舎《みあらか》ここにつかへよ
|主《ス》の|神《かみ》をあした|夕《ゆふ》なに|斎《いつ》きつつ
|生言霊《いくことたま》を|朝夕《あさゆふ》に|宣《の》れ
|主《ス》の|神《かみ》の|御霊《みたま》を|斎《いつ》きしあかつきは
|百《もも》の|曲津見《まがみ》もさやらざるべし』
|野槌彦《ぬづちひこ》は|歌《うた》ふ。
『|有難《ありがた》し|御供《みとも》の|神《かみ》の|神宣《みことのり》
|畏《かしこ》み|斎《いつ》き|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
この|丘《をか》に|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|常磐樹《ときはぎ》を
|伐《き》り|透《すか》しつつ|御舎《みあらか》つかへむ
|春《はる》されば|数多《あまた》の|真鶴《まなづる》|集《つど》ひ|来《き》て
|梢《こずゑ》に|巣《す》ぐひ|子《こ》を|生《う》みてゆくも
|真鶴《まなづる》の|巣《す》ぐふ|常磐樹《ときはぎ》を|残《のこ》し|置《お》きて
|御柱《みはしら》|選《え》りて|宮居《みやゐ》を|造《つく》らむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|百神《ももがみ》よ|国津神《くにつかみ》たちいざさらば
|今宵《こよひ》は|安《やす》く|眠《ねむ》りにつかむ
|駿馬《はやこま》は|疲《つか》れけるにや|嘶《いなな》きて
|松《まつ》の|樹《こ》かげに|足掻《あが》きして|居《を》り
|駒《こま》よ|駒《こま》|早《はや》く|休《やす》めよ|明日《あす》はまた
|汝《なれ》が|力《ちから》を|吾《われ》は|借《か》るべし』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|御供《みとも》の|神《かみ》も|国津神《くにつかみ》も|五頭《ごとう》の|駒《こま》も、|月下《げつか》の|丘《をか》に|照《て》らされながら、|平和《へいわ》の|夢《ゆめ》を|結《むす》びける。
(昭和八・一二・二〇 旧一一・四 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)
第六章 |焼野《やけの》の|月《つき》〔一九六二〕
|忍ケ丘《しのぶがをか》の|国津神《くにつかみ》が|潜《ひそ》める|村《むら》に|一夜《いちや》の|雨宿《あまやど》りをなしたる|神々《かみがみ》は、|何処《どこ》となく|心《こころ》|勇《いさ》みて|眠《ねむ》られぬままに、|焼野原《やけのはら》を|彼方此方《あなたこなた》と|逍遥《せうえう》しつつ、|月《つき》を|仰《あふ》ぎながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|晴《は》れ|渡《わた》る|月《つき》のしたびに|照《て》らされて
われは|焼野《やけの》の|風《かぜ》に|吹《ふ》かれつ
|大空《おほぞら》の|蒼《あを》の|限《かぎ》りを|照《て》らしつつ
|焼野ケ原《やけのがはら》を|月《つき》は|覗《のぞ》けり
|焼《や》き|捨《す》てし|百草《ももぐさ》の|根《ね》に|黒々《くろぐろ》と
|積《つも》れる|灰《はひ》に|光《ひか》れる|露《つゆ》かも
|余《あま》りにも|月《つき》の|光《ひかり》の|強《つよ》ければ
|烏羽玉《うばたま》の|黒《くろ》き|灰《はひ》も|光《て》りつつ
|森閑《しんかん》と|静《しづ》まりかへるこの|丘《をか》の
|夕《ゆふ》べの|月《つき》は|一入《ひとしほ》さやけし
|見《み》の|限《かぎ》り|荒野《あらの》の|原《はら》の|真中《まんなか》に
|忍ケ丘《しのぶがをか》の|松《まつ》は|生《は》えたり
|眺《なが》めよき|忍ケ丘《しのぶがをか》の|松ケ枝《まつがえ》に
|今宵《こよひ》の|月《つき》は|宿《やど》り|給《たま》へり
|松ケ枝《まつがえ》を|透《すか》して|仰《あふ》ぐ|月光《つきかげ》は
|千々《ちぢ》に|砕《くだ》けて|風《かぜ》にさゆれつ
|何時《いつ》までも|夜《よ》の|明《あ》けざれと|思《おも》ふかな
|忍ケ丘《しのぶがをか》に|冴《さ》ゆる|月《つき》|見《み》れば
|一点《いつてん》の|雲《くも》かげもなき|蒼空《あをぞら》の
|海《うみ》|渡《わた》りゆく|月舟《つきふね》|清《すが》し
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御霊《みたま》ゆ|生《あ》れましし
|月《つき》は|一入《ひとしほ》かげ|美《うる》はしも
|天《あま》|渡《わた》る|月《つき》の|面輪《おもわ》を|眺《なが》めつつ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|功《いさを》を|偲《しの》ぶも
|西方《にしかた》の|国土《くに》にまします|顕津男《あきつを》の
|神《かみ》も|今宵《こよひ》の|月《つき》|見《み》ますらむ
|遥々《はろばろ》と|遠《とほ》の|海河《うみかは》|渡《わた》り|来《き》て
|忍ケ丘《しのぶがをか》の|月《つき》を|見《み》るかな
グロノスやゴロスのかげも|消《き》え|失《う》せて
|四辺《あたり》|輝《かがや》く|月《つき》の|荒野《あらの》よ
|国津神《くにつかみ》も|黒雲《くろくも》|散《ち》りし|大空《おほぞら》の
|今宵《こよひ》の|月《つき》を|初《はじ》めて|見《み》るらむ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|小夜《さよ》|更《ふ》けて|眠《ね》られぬままに|起立《おきたつ》の
われは|忍ケ丘《しのぶがをか》に|登《のぼ》りし
|丘《をか》の|辺《べ》の|窟《ほら》を|立《た》ち|出《い》で|露《つゆ》|光《ひか》る
|松《まつ》の|梢《こずゑ》の|月《つき》を|見《み》るかな
|松ケ枝《まつがえ》に|月《つき》をかけつつ|外《はづ》しつつ
|忍ケ丘《しのぶがをか》に|遊《あそ》ぶは|楽《たの》しも
|明日《あす》の|日《ひ》の|健《たけ》びおもひてわが|心《こころ》
いきりたちつつ|眠《ねむ》られぬかな
|目路《めぢ》|遠《とほ》く|輝《かがや》く|沼《ぬま》の|水底《みなそこ》に
|潜《ひそ》める|曲津《まが》も|月《つき》を|見《み》るらむ
|輝《かがや》ける|月《つき》の|面輪《おもわ》に|照《て》らされて
|沼《ぬま》の|曲津《まがつ》は|驚《おどろ》きゐるらむ
|今宵《こよひ》われ|沼《ぬま》のほとりに|進《すす》まむと
|心《こころ》はやれど|御許《みゆる》しなきも
そよそよと|夜半《よは》|吹《ふ》く|風《かぜ》の|音《おと》|清《きよ》み
|御空《みそら》に|月《つき》は|軽《かる》くふるへり
|初夏《しよか》ながら|未《ま》だこの|島《しま》は|春《はる》なりき
|鷹巣《たかし》の|山《やま》に|朧《おぼろ》の|雲《くも》|湧《わ》く
|昼《ひる》の|如《ごと》|明《あか》るき|野辺《のべ》にわれたちて
|西《にし》|行《ゆ》く|月《つき》を|惜《を》しみけるかも
|見《み》の|限《かぎ》り|御空《みそら》の|蒼《あを》にわが|魂《たま》は
ひたされにつつ|蘇《よみがへ》りけり
|明《あ》けぬれば|沼《ぬま》の|魔神《まがみ》を|罰《きた》めむと
|心《こころ》の|駒《こま》ははやり|立《た》つなり
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|御許《みゆる》しあるならば
|明日《あす》をも|待《ま》たで|進《すす》まむものを』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|南《みんなみ》の|御空《みそら》の|果《は》てにぼんやりと
|薄《うす》ら|白雲《しらくも》おきたちにけり
|白雲《しらくも》は|次第々々《しだいしだい》に|拡《ひろ》ごりて
|月《つき》のかたへに|及《およ》びけるかも
|大空《おほぞら》に|白玉《しらたま》|真玉《まだま》かけし|如《ごと》
|輝《かがや》き|給《たま》ふ|今宵《こよひ》の|月《つき》の|男《を》
|月読《つきよみ》の|舟《ふね》の|明《あか》るさわが|魂《たま》は
|乗《の》りて|進《すす》むも|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》に
|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》より|天降《あも》らす|御樋代神《みひしろがみ》の
|御魂《みたま》|照《て》らして|清《きよ》き|月《つき》はも
いろいろの|艱《なや》みを|忍ケ丘《しのぶがをか》に|来《き》て
|伊吹《いぶ》き|払《はら》ひぬ|松《まつ》|吹《ふ》く|風《かぜ》に
|右左《みぎひだり》|虫《むし》の|声々《こゑごゑ》|喧《かし》ましく
|常世《とこよ》の|春《はる》を|寿《ことほ》ぎにける
|種々《くさぐさ》の|虫《むし》の|音《ね》さやかに|聞《きこ》えけり
|焼野ケ原《やけのがはら》に|命《いのち》|保《たも》つか
|吹《ふ》く|風《かぜ》に|火《ひ》は|力《ちから》|得《え》て|荒野原《あらのはら》の
|百草千草《ももぐさちぐさ》|焼《や》きつくされぬ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ひぬ。
『|爽《さわや》かに|晴《は》れ|渡《わた》りたる|大空《おほぞら》を
|薄《うす》ら|白雲《しらくも》|包《つつ》まむとすも
|白雲《しらくも》は|御空《みそら》に|軽《かろ》く|遊《あそ》びつつ
|月《つき》の|光《ひかり》にさやらざりけり
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御霊《みたま》と|天《あま》|渡《わた》る
|月読《つきよみ》の|舟《ふね》は|冴《さ》えきらひつつ
|澄《す》みきらひ|澄《す》みきらひたる|大空《おほぞら》を
|澄《す》みきる|月《つき》の|渡《わた》る|清《すが》しさ
|草枕《くさまくら》|旅《たび》の|夕《ゆふ》べを|大空《おほぞら》の
|月《つき》に|照《て》らされ|蘇《よみが》へりつつ
|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》きかそかに|聞《きこ》えけり
|月夜《つきよ》に|駒《こま》は|目《め》を|醒《さま》しけむ
|国津神《くにつかみ》の|安《やす》き|眠《ねむ》りを|醒《さま》しつつ
|嘶《いなな》く|駒《こま》の|心《こころ》なきかな
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|御息《みいき》は|静《しづ》かなり
|草《くさ》の|枕《まくら》にみ|寝《ね》ましながらも』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|御樋代神《みひしろがみ》は|夜半《よは》の|眼《まなこ》を|醒《さま》させ|給《たま》ひ、|御髪《みくし》の|乱《みだ》れを|繕《つくろ》ひながら|静々《しづしづ》と|四柱《よはしら》の|神《かみ》の|月《つき》に|憧《あこが》れゐる|側《そば》|近《ちか》く|現《あら》はれ|給《たま》ひ、
『|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|夜更《よふ》けを|眠《ねむ》らずに
|月《つき》|照《て》る|丘《をか》にさまよへるかも
|虫《むし》の|音《ね》もひたにしづまる|真夜中《まよなか》を
|休《やす》ませ|給《たま》へ|明《あ》け|近《ちか》からむを
|明《あ》けぬれば|生言霊《いくことたま》のあらむ|限《かぎ》り
|言挙《ことあ》げすべき|公等《きみら》ならずや
|草《くさ》も|木《き》も|安《やす》く|眠《ねむ》れる|小夜更《さよふけ》を
ささやき|給《たま》ふはいぶかしきかも
|明《あ》けぬれば|醜《しこ》の|魔神《まがみ》と|戦《たたか》ひて
|烏鷺《うろ》を|定《さだ》むるその|身《み》ならずや』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》に|酬《こた》へて、
『|余《あま》りにも|空《そら》|行《ゆ》く|月《つき》のさやけさに
わが|魂線《たましひ》は|蘇《よみが》へりつつ
|一夜《ひとよさ》をわれ|眠《ねむ》らずも|言霊《ことたま》の
|戦《いくさ》に|立《た》てば|必《かなら》ず|勝《か》たむ
|二夜《ひたよ》ともなき|望月《もちづき》の|光《かげ》なれば
|眠《ねむ》らむとして|眠《ねむ》らえぬわれ』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|国津神《くにつかみ》の|野槌彦《ぬづちひこ》は|恐《おそ》る|恐《おそ》る|五柱《いつはしら》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|這《は》ひより、
『|久方《ひさかた》の|天津神《あまつかみ》たちうら|安《やす》く
これの|清床《すがどこ》に|休《やす》ませ|給《たま》へ
|大空《おほぞら》の|月《つき》はさやかに|照《て》れれども
|明《あ》け|方《がた》|近《ちか》し|御床《みま》に|入《い》らせよ』
|漸《やうや》くにして、|忍ケ丘《しのぶがをか》の|夜《よ》は|明《あ》けぬれば、ここに|神々《かみがみ》は|国津神《くにつかみ》の|歓呼《くわんこ》の|声《こゑ》に|送《おく》られつつ|遥《はるか》の|野辺《のべ》に|水面《みのも》|輝《かがや》く|醜《しこ》の|沼《ぬま》を|眺《なが》めつつ、|馬上《ばじやう》|静《しづ》かに|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二〇 旧一一・四 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
○
|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》|第六巻《だいろくくわん》|第一篇《だいいつぺん》の|口述《こうじゆつ》を|終《をは》りたる|午後《ごご》|六時《ろくじ》なりき。|分院《ぶんゐん》の|清庭《すがには》に|立《た》ち|出《い》で|見《み》れば、|旧《きう》|十一月《じふいちぐわつ》|四日《よつか》の|上弦《じやうげん》の|月《つき》の|右方下《うはうか》に|太白星《たいはくせい》の|影《かげ》|附着《ふちやく》し、|又《また》|五寸《ごすん》ばかり|上方《じやうはう》に|稍《やや》|光《ひかり》|薄《うす》き|星《ほし》|一《ひと》つ|輝《かがや》ける|珍《めづら》しき|御空《みそら》を|仰《あふ》ぎつつ|世《よ》の|移《うつ》り|行《ゆ》く|非常時《ひじやうじ》|日本《につぽん》の|空気《くうき》を|悟《さと》りたり。
口述者識
第二篇 |焼野ケ原《やけのがはら》
第七章 |四神出陣《ししんしゆつぢん》〔一九六三〕
|東《ひがし》の|空《そら》は|漸《やうや》く|東雲《しののめ》の|陽気《やうき》|漂《ただよ》ひ、|忍ケ丘《しのぶがをか》の|森林《しんりん》に|囀《さへづ》る|小鳥《ことり》の|声《こゑ》も|賑《にぎは》しく、|常世《とこよ》の|春《はる》をうたふ。|茲《ここ》に|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|忍ケ丘《しのぶがをか》の|最高所《さいかうしよ》に|幄舎《あくしや》を|造《つく》り、|悪魔征伐《あくませいばつ》の|大本営《だいほんえい》と|定《さだ》め、|野槌彦《ぬづちひこ》を|傍《かたはら》に|侍《はべ》らせ|観戦場《くわんせんぢやう》と|定《さだ》め|給《たま》ひ、|新進気鋭《しんしんきえい》の|英雄神《えいゆうしん》|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》、|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》、|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》、|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》の|四柱《よはしら》をして、|沼《ぬま》の|大蛇《をろち》の|征服《きため》に|向《むか》はしめ|給《たま》ふ。|此《この》|沼《ぬま》の|名《な》はグロス|沼《ぬま》と|古来《こらい》|称《とな》へられ、グロノス、ゴロスの|邪神《じやしん》は|永遠《えいゑん》の|棲処《すみか》としてグロス|島《たう》の|天地《てんち》を|攪乱《かうらん》し、|暴威《ばうゐ》を|振《ふる》ふに|至《いた》りし|邪神《じやしん》の|根拠地《こんきよち》なりける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|生言霊《いくことたま》の|御稜威《みいづ》と|真火《まひ》の|力《ちから》にて、|大蛇《をろち》の|深《ふか》く|潜《ひそ》める|大野原《おほのはら》は|拭《ぬぐ》ひし|如《ごと》く|焼払《やきはら》はれたれども、|邪神《じやしん》どもは|此《この》|沼《ぬま》に|潜入《せんにふ》して|何時《いつ》|又《また》|其《その》|暴威《ばうゐ》を|振《ふる》ふやも|計《はか》り|難《がた》ければ、|其《その》|不安《ふあん》を|一掃《いつさう》してグロス|島《たう》の|平和《へいわ》を|永遠《えいゑん》に|維持《ゐぢ》せむが|為《ため》の|征服戦《せいふくせん》なりけるぞ|畏《かしこ》けれ。
|朝日《あさひ》に|輝《かがや》く|沼《ぬま》の|面《おもて》は|仄《ほの》かに|眼界《がんかい》に|入《い》るとは|雖《いへど》も、|忍ケ丘《しのぶがをか》の|高所《かうしよ》よりの|眺《なが》めなれば|里程《りてい》は|余《あま》り|近《ちか》からず、|茲《ここ》に|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|駿馬《はやこま》に|鞭《むち》うち、|即戦即勝《そくせんそくしよう》を|期《き》しながら|勇気《ゆうき》|凛々《りんりん》として、|御歌《みうた》うたはせながら|一直線《いつちよくせん》に|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
『|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|真言《まこと》の|力《ちから》は|世《よ》を|救《すく》ふ
|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて
|善神邪神《ぜんしんじやしん》を|立《た》て|別《わ》ける
|紫微天界《しびてんかい》を|生《う》まします
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|百八十国《ももやそくに》や|八十《やそ》の|島《しま》
さやる|曲津《まがつ》を|悉《ことごと》く
|生言霊《いくことたま》に|言向《ことむ》けつ
|聞《き》かざる|曲津《まが》は|討《う》ち|罰《きた》め
|荒野《あらの》を|渉《わた》り|山《やま》を|越《こ》え
|河《かは》の|瀬《せ》|渡《わた》り|荒金《あらがね》の
|此《この》|地《ち》の|上《うへ》に|一塵《いちぢん》の
|穢《けが》れも|残《のこ》さじものと|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|任《ま》に|任《ま》に|御樋代《みひしろ》の
|貴《うづ》の|神等《かみたち》|彼方此方《あちこち》に
|配《くば》らせ|給《たま》ふ|畏《かしこ》さよ
|吾等《われら》|仕《つか》ふる|神柱《かむばしら》
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御樋代《みひしろ》は
|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》を|立《た》ち|出《い》でて
|醜《しこ》の|魔神《まがみ》のさやぎをも
|恐《おそ》れ|給《たま》はず|山《やま》|渉《わた》り
|広河《ひろかは》|越《こ》えて|漸《やうや》くに
|万里《ばんり》の|沼路《ぬまぢ》を|渡《わた》りまし
|狭野《さぬ》の|島根《しまね》の|曲神《まがかみ》を
|言向《ことむ》け|和《やは》し|国土《くに》|造《つく》り
|造《つく》り|終《をは》りて|天津神《あまつかみ》
|国津神等《くにつかみら》を|司《つかさ》とし
|永遠《とは》の|礎《いしずゑ》|定《さだ》めつつ
|再《ふたた》び|霧《きり》に|包《つつ》まれし
|黒白《あやめ》もわかぬ|海原《うなばら》の
|浪《なみ》の|秀《ほ》|分《わ》けて|進《すす》みます
|面勝神《おもかつがみ》の|出《い》でましに
|靡《なび》かぬ|曲津《まが》はなかりけり
それより|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》に
|渡《わた》らせ|給《たま》ひつ|八十比女《やそひめ》の
|田族《たから》の|比女《ひめ》の|知食《しろしめ》す
|万里ケ丘《までがをか》なる|聖所《すがどこ》に
|言向《ことむ》け|給《たま》ひ|万世《よろづよ》の
|国土《くに》の|宝《たから》と|燧石《ひうちいし》
|贈《おく》らせ|給《たま》ひつ|神々《かみがみ》に
|惜《を》しき|別《わか》れを|告《つ》げながら
|再《ふたた》び|海原《うなばら》|乗《の》り|切《き》りて
グロスの|島《しま》に|着《つ》き|給《たま》ひ
グロノス、ゴロスの|曲津見《まがつみ》を
|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》と
|真火《まひ》の|力《ちから》に|追《お》ひ|払《はら》ひ
|祓《はら》ひ|清《きよ》めて|大野原《おほのはら》
|駒《こま》を|並《なら》べてかつかつと
|忍ケ丘《しのぶがをか》に|着《つ》き|給《たま》ひ
|野中《のなか》の|沼《ぬま》の|醜神《しこがみ》を
|言向《ことむ》け|和《やは》し|稚国土《わかぐに》の
|曲津《まがつ》の|災《わざはひ》|除《のぞ》かむと
|忍ケ丘《しのぶがをか》に|陣取《ぢんど》らせ
|吾等《われら》を|遣《つか》はせ|給《たま》ふなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|賜《たま》ひたる
|生言霊《いくことたま》の|剣《つるぎ》もて
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》を|悉《ことごと》く
|言向《ことむ》け|和《やは》し|或《ある》は|斬《き》り
|此《この》|国原《くにはら》を|安国《やすくに》と
|治《をさ》めむ|為《ため》の|首途《かどで》ぞや
|勇《いさ》めよ|勇《いさ》め|諸《もも》の|神《かみ》
|進《すす》めよ|進《すす》め|曲神《まがかみ》の
|永遠《とは》に|潜《ひそ》める|野中《のなか》の|沼《ぬま》へ
|生言霊《いくことたま》の|神軍《みいくさ》に
|刃向《はむか》ふ|敵《てき》は|世《よ》にあらじ
|勇《いさ》めよ|勇《いさ》め|進《すす》めよ|進《すす》め
|吾等《われら》は|神《かみ》と|倶《とも》にあり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》に|光《ひかり》あれ
|吾《わが》|言霊《ことたま》に|幸《さち》あれよ。
|地《つち》|稚《わか》きグロスの|島《しま》に|潜《ひそ》みたる
|曲津《まが》を|罰《きた》むと|吾《われ》は|進《すす》むも
|限《かぎ》りなき|広《ひろ》き|大野《おほの》の|真中《まんなか》に
|沼《ぬま》を|造《つく》りて|大蛇《をろち》は|潜《ひそ》むか
|葭葦《よしあし》の|茂《しげ》れる|野辺《のべ》は|焼《や》きつれど
|沼《ぬま》の|底《そこ》ひを|乾《ほ》す|由《よし》もなし
|天津日《あまつひ》は|御空《みそら》に|清《きよ》く|輝《かがや》きて
|沼《ぬま》の|表面《おもて》を|伊照《いて》らし|給《たま》へり
|今日《けふ》こそは|御樋代神《みひしろがみ》の|神言《みこと》|以《も》て
|征途《きため》に|上《のぼ》る|初陣《うひぢん》なりけり
|振返《ふりかへ》り|見《み》れば|忍ケ丘《しのぶがをか》ははや
|霞《かすみ》の|幕《とばり》に|包《つつ》まれにけり
|陽炎《かげろひ》の|燃《も》ゆる|野中《のなか》の|沼底《ぬまそこ》に
|潜《ひそ》む|大蛇《をろち》の|身《み》の|果《はて》なるも
|目《め》に|一《ひと》つさやるものなく|焼《や》かれたる
|大野《おほの》の|中《なか》に|照《て》れる|醜《しこ》の|沼《ぬま》よ
いざさらば|四柱《よはしら》|力《ちから》を|一《いつ》にして
|生言霊《いくことたま》の|征矢《そや》を|射《い》むかも
|次々《つぎつぎ》に|沼《ぬま》の|面《も》|近《ちか》く|見《み》えにつつ
|吾《わが》|駿馬《はやこま》の|息《いき》づかひ|高《たか》し
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|一本《ひともと》そそり|立《た》つ
|樹蔭《こかげ》に|駒《こま》を|休《やす》めて|進《すす》まむ』
|斯《か》く|歌《うた》ひつつ|進《すす》ませ|給《たま》へば、|原野《げんや》の|真中《まんなか》に|屹然《きつぜん》として|立《た》てる|老松《おいまつ》は、|何《なに》ものの|制縛《せいばく》も|受《う》けざるが|如《ごと》く|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|枝《えだ》を|伸《のば》し、|恰《あたか》も|大《おほい》なる|傘《からかさ》を|開《ひら》きたる|如《ごと》き|姿《すがた》にて|天《てん》を|封《ふう》じ、|太陽《たいやう》の|光《ひかり》も|地《ち》に|届《とど》かぬばかり|枝《えだ》|細《こま》やかに|栄《さか》えゐたるを|見《み》たりければ、これ|幸《さいは》ひと|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|駒《こま》を|乗《の》り|降《お》り、|暫《しば》し|休《やす》らひながら、いろいろと|作戦《さくせん》|計画《けいくわく》に|神力《みちから》を|集注《しふちう》し|給《たま》ひける。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|野《の》の|中《なか》に|御空《みそら》を|封《ふう》じて|聳《そそ》り|立《た》つ
|傘松《かさまつ》の|蔭《かげ》は|心《こころ》|安《やす》しも
|吾々《われわれ》は|今《いま》や|曲津《まがつ》の|征服《せいふく》に
|向《むか》はむとして|元気《げんき》を|養《やしな》ふ
|曲神《まがかみ》も|百《もも》の|奸計《たくみ》の|穴《あな》|掘《ほ》りて
|待迎《まちむか》へ|居《を》らむ|心《こころ》し|行《ゆ》かばや
|八千尋《やちひろ》の|底《そこ》ひも|深《ふか》き|沼底《ぬまそこ》に
|潜《ひそ》む|曲神《まがみ》の|罰《きた》めは|難《かた》し
さりながら|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》にて
|水底《みそこ》の|曲津《まが》を|浮《うか》ばせてみむ
|面白《おもしろ》しああ|勇《いさ》ましし|曲津見《まがつみ》の
|罰《きた》めの|戦《いくさ》の|首途《かどで》と|思《おも》へば
|駿馬《はやこま》の|息《いき》を|休《やす》ませ|吾々《われわれ》も
|英気《えいき》を|養《やしな》ひ|敵《てき》に|向《むか》はむ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|醜神《しこがみ》の|伊吹《いぶき》にやあらむ|遠《とほ》の|野《の》に
かすかに|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|涌《わ》くも
|数限《かずかぎ》りなき|曲津見《まがつみ》は|彼方此方《あちこち》に
|吾等《わらら》を|待《ま》ち|伏《ふ》せ|射向《いむか》ひ|来《きた》らむ
|幾万《いくまん》の|曲津《まがつ》の|軍《いくさ》|攻《せ》め|来《く》とも
|言霊剣《ことたまつるぎ》に|斬《き》り|放《はふ》りてむ
|天津日《あまつひ》の|豊栄《とよさか》|昇《のぼ》らす|大空《おほぞら》に
|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》|清《きよ》く|聞《きこ》ゆる
|松《まつ》が|枝《え》に|鶯《うぐひす》までも|止《とど》まりて
|吾《わが》|首途《かどいで》を|言祝《ことほ》ぎ|啼《な》けるも
|迦陵頻伽《かりようびんが》の|啼《な》く|声《こゑ》|聞《き》けば|吾《わが》|軍《いくさ》
かつよかつよと|響《ひび》き|来《く》るかも
|目《め》に|一《ひと》つさやるものなき|焼野ケ原《やけのがはら》に
|一本松《ひともとまつ》の|影《かげ》はしるきも
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|操《みさを》を|心《こころ》とし
ひたに|進《すす》まむ|野中《のなか》の|沼《ぬま》に
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は|忍ケ丘《しのぶがをか》の|上《へ》に
|吾《わが》|戦《たたか》ひを|守《まも》りますらむ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》さやけき|地《ち》の|上《うへ》に
|如何《いか》で|曲津《まがつ》の|射向《いむか》ふべきやは
|吾々《われわれ》は|面勝神《おもかつがみ》と|雄々《をを》しくも
|曲《まが》の|棲処《すみか》に|伊向《いむか》ひ|進《すす》まむ
|進《すす》み|進《すす》み|退《しりぞ》く|事《こと》を|知《し》らざれば
|必《かなら》ず|戦《いくさ》は|勝《か》つものぞかし
さりながら|吾《わが》|勢《いきほひ》に|乗《じやう》じつつ
|軽《かる》く|進《すす》まむ|事《こと》のあやふき
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|落付《おちつ》け|静々《しづしづ》と
|曲津《まが》の|軍《いくさ》に|伊向《いむか》ひ|進《すす》まむ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|稜威《いづ》の|雄健《をたけ》び|聞《き》きながら
|心《こころ》の|駒《こま》の|逸《はや》り|立《た》つ|吾《われ》は
|駿馬《はやこま》は|足掻《あが》きしながら|嘶《いなな》けり
|曲津《まが》の|征途《きため》を|駒《こま》も|勇《いさ》むか
|陽炎《かげろひ》の|燃《も》え|立《た》つ|野辺《のべ》の|奥《おく》にして
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|棲《す》むとも|覚《おぼ》えず
|平和《へいわ》なる|此《この》|天地《あめつち》の|中《なか》にして
グロノス、ゴロスと|戦《たたか》ふ|今日《けふ》かな
いざさらば|諸《もも》の|神々《かみがみ》|出《い》でませよ
|野中《のなか》の|沼《ぬま》はまだ|遠《とほ》ければ
|天津日《あまつひ》の|輝《かがや》き|給《たま》ふ|日《ひ》の|中《うち》に
|言向《ことむ》け|和《やは》さむ|醜《しこ》の|魔神《まがみ》を』
|斯《か》くの|如《ごと》く|神々《かみがみ》は|首途《かどで》の|御歌《みうた》を|詠《よ》ませつつ、|再《ふたた》び|駒《こま》の|背《せ》にひらりと|跨《またが》り、|意気《いき》|揚々《やうやう》として|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二一 旧一一・五 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第八章 |鏡《かがみ》の|沼《ぬま》〔一九六四〕
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は、|際限《さいげん》もなき|焼野ケ原《やけのがはら》の|中央《まんなか》に、|天津日《あまつひ》に|輝《かがや》くグロスの|沼《ぬま》を|目《め》あてに|駒《こま》を|速《はや》めて|進《すす》ませ|給《たま》ひける。|折《をり》しもあれ、|血《ち》にまみれたる|老媼《をぐな》の|一人《ひとり》|路傍《ろばう》に|横《よこた》はり、|息《いき》も|絶《た》え|絶《だ》えに|四柱神《よはしらがみ》に|向《むか》つて|両手《りやうて》を|合《あは》せ、|救《すく》ひを|乞《こ》ふ|事《こと》|頻《しきり》なりければ、|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|駒《こま》を|止《とど》め、|馬上《ばじやう》より|老媼《をぐな》に|向《むか》ひ、|声《こゑ》も|涼《すず》しく|宣《の》らせ|給《たま》ふ。
『|曲津見《まがつみ》の|征途《きため》に|進《すす》む|道《みち》の|辺《べ》に
|何《なに》を|悩《なや》むかこれの|老媼《をぐな》は
よく|見《み》れば|汝《なれ》が|面《おもて》は|無惨《いぢら》しく
|血《ち》のただれあり|理由《ことわけ》|聞《き》かむ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|力《ちから》に|汝《な》が|悩《なや》み
ただに|救《すく》はむ|名《な》をなのれかし』
|老媼《をぐな》は|息《いき》も|絶《た》え|絶《だ》えに|歌《うた》もて|答《こた》ふ。
『|吾《われ》こそは|荒野《あらの》の|奥《おく》に|潜《ひそ》み|住《す》む
|名《な》もなき|小《ち》さき|国津神《くにつかみ》ぞや
グロス|沼《ぬま》に|棲《す》まへる|大蛇《をろち》はかくのごと
|吾《われ》を|傷《きず》つけ|逃《に》げ|去《さ》りにけり
この|病《やまひ》|癒《いや》させたまへ|天津神《あまつかみ》
|大蛇《をろち》の|言向《ことむ》け|取《と》り|止《や》めたまひて
|天津神《あまつかみ》|進《すす》ませたまふも|詮《せん》なけれ
|曲神《まがみ》の|去《さ》りしあとの|沼辺《ぬまべ》は
|吾《われ》こそは|焼野《やけの》の|雉子《きぎす》と|言《い》へるもの
|夫《つま》も|子《こ》も|皆《みな》|殺《ころ》されにけり
|沼底《ぬまそこ》にひそみし|曲津《まが》は|天津神《あまつかみ》の
|出《い》でましと|聞《き》きて|逃《に》げ|失《う》せしはや
この|先《さき》は|醜《しこ》の|曲神《まがみ》の|罠《わな》|多《おほ》し
|進《すす》ませたまふな|危《あやふ》かりせば』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|儼然《げんぜん》として|御歌《みうた》|宣《の》らせ|給《たま》ふ。
『|汝《なれ》こそはゴロスの|化身《けしん》よ|惟神《かむながら》
|吾《わが》さとき|目《め》を|濁《にご》さむとするか
グロノスの|曲《まが》の|言葉《ことば》を|畏《かしこ》みて
|吾《われ》を|止《とど》めむ|心《こころ》なるべし
グロノスもゴロスも|神《かみ》の|言霊《ことたま》に
|射向《いむか》ふ|力《ちから》あらざるべきを
|汝《なれ》は|今《いま》|雉子《きぎす》|老媼《をぐな》と|身《み》を|変《へん》じ
|吾《わが》|神軍《みいくさ》を|止《とど》めむとすも。
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|千万《ちよろづ》の
|神《かみ》の|言霊《ことたま》|幸《さち》はひて
これの|曲神《まがみ》の|化身《けしん》なる
|雉子《きぎす》の|老媼《をぐな》の|正体《しやうたい》を
|現《あら》はせたまへ|惟神《かむながら》
|真言《まこと》の|水火《いき》の|言霊《ことたま》を
|清《きよ》く|打《う》ち|出《い》で|願《ね》ぎまつる
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》に|光《ひかり》あれ
|吾《わが》|言霊《ことたま》に|生命《いのち》あれ』
かく|歌《うた》ひたまふや、|雉子《きぎす》と|言《い》へる|老媼《をぐな》は|忽《たちま》ち|三角《さんかく》|三頭《さんとう》の|長蛇《ちやうだ》と|変《へん》じ、|三箇《さんこ》の|口《くち》より|火焔《くわえん》を|吐《は》き|黒煙《こくえん》を|吐《は》き、|前後《ぜんご》|左右《さいう》に【のたうち】|廻《まは》り、グロス|沼《ぬま》の|方《かた》をさして|一目散《いちもくさん》に|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げ|去《さ》りにける。
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|驚《おどろ》きながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|巧《たくみ》なる|大蛇《をろち》の|化身《けしん》も|汝《な》が|神《かみ》の
|生言霊《いくことたま》に|逃《に》げ|失《う》せにけり
|曲津見《まがつみ》はいろいろさまざまに|身《み》をやつし
|吾《わが》|行《ゆ》く|道《みち》を|遮《さへぎ》らむとすも
|神軍《みいくさ》の|出立《いでた》ち|恐《おそ》れ|曲津見《まがつみ》は
かくも|姿《すがた》を|変《へん》じたりけむ
|傷《きず》つきし|彼《かれ》の|面《おもて》は|燃《も》えさかる
|野火《のび》に|焼《や》かれしあとなりにけむ
グロノスもゴロスも|野火《のび》にやかれつつ
|水底《みそこ》に|潜《ひそ》みて|苦《くる》しみ|居《を》るらむ
かくなれば|醜《しこ》の|曲神《まがみ》の|雄猛《をたけ》びも
|憐《あは》れ|催《もよほ》し|躊躇心《ためらひごころ》わく
さりながら|吾《わが》|雄心《をごころ》に|躊躇《ためらひ》の
わくも|曲神《まがみ》の|経綸《しぐみ》なるべし
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|依《よ》さしを|飽《あ》くまでも
|仕《つか》へまつらで|帰《かへ》るべきやは
|数々《かずかず》の|罠《わな》のありとは|偽《いつは》りか
ゴロスの|化身《けしん》の|言《こと》の|葉《は》|怪《あや》し』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|面白《おもしろ》き|今日《けふ》の|首途《かどで》よ|曲津見《まがつみ》は
|吾等《われら》を|道《みち》に|伊迎《いむか》へまつりぬ
|天日《てんじつ》の|下《もと》にゴロスは|身《み》を|変《へん》じ
|吾等《われら》を|迎《むか》ふることの|雄々《をを》しさ
|何事《なにごと》の|奸計《たくみ》あるかは|知《し》らねども
|神《かみ》と|倶《とも》なる|吾等《われら》は|恐《おそ》れじ
|恐《おそ》るべきものは|心《こころ》にわきたてる
|躊躇心《ためらひごころ》の|曇《くもり》なりける
いざさらば|公《きみ》の|神言《みこと》を|畏《かしこ》みて
ただ|一筋《ひとすぢ》の|道《みち》|進《すす》むのみ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》|清《きよ》く|大地《だいち》は|広《ひろ》く|遠《とほ》の|野《の》に
|陽炎《かげろひ》|立《た》ちて|春風《はるかぜ》|渡《わた》れり
|春風《はるかぜ》に|吹《ふ》かれて|進《すす》む|駒《こま》の|背《せ》の
|吾《わが》|気魂《からたま》の|心地《ここち》よきかも
|春《はる》の|野《の》を|行《ゆ》く|心地《ここち》して|曲津見《まがつみ》の
|罰《きた》めの|戦《いくさ》の|首途《かどで》と|思《おも》へじ
|綽々《しやくしやく》として|余裕《よゆう》ある|此《この》|戦《いくさ》
|曲《まが》の|滅《ほろ》びは|夢《ゆめ》のごとけむ
|張《は》り|切《き》りし|心《こころ》も|俄《にはか》にゆるみけり
ゴロスの|曲津《まが》の|姿《すがた》|見《み》しより
|種々《くさぐさ》に|心《こころ》しゆかばや|曲津見《まがつみ》は
|身《み》を|変《へん》じつつ|現《あら》はれ|来《きた》らむ
|遠《とほ》の|野《の》をふりさけ|見《み》れば|彼方此方《あちこち》に
|曲神《まがみ》の|息《いき》か|黒雲《くろくも》|立《た》ちたつ
|陽炎《かげろひ》のもえ|立《た》つ|春野《はるの》の|奥《おく》にして
|黒雲《くろくも》|立《た》つは|怪《あや》しかりけり
|見《み》の|限《かぎ》り|焼野《やけの》は|広《ひろ》し|醜雲《しこぐも》の
|影《かげ》は|見《み》ゆれどかたまりもせず
いざさらばグロスの|沼《ぬま》に|進《すす》むべし
|吾《わが》|駿馬《はやこま》も|勇《いさ》み|出《い》でつつ』
|茲《ここ》に|四柱《よはしら》の|神々《かみがみ》はグロスの|沼《ぬま》をさして|急《いそ》がせ|給《たま》ひ、|汀《みぎは》に|立《た》ちて|眺《なが》め|給《たま》へば、|殆《ほと》んど|東西《とうざい》|十里《じふり》|南北《なんぼく》|二十里《にじふり》に|余《あま》る|大沼《おほぬま》なりければ、|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|沼《ぬま》の|周囲《めぐり》を|四分《しぶん》し、|東西南北《とうざいなんぼく》に|一柱《ひとはしら》づつ|陣《ぢん》どり|一斉《いつせい》に|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を|宣《の》りあげ、
『|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》、|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|千万《ちよろづ》の|神《かみ》、この|言霊軍《ことたまいくさ》に|加《くは》はりたまへ、|援《たす》けたまへ、|守《まも》らせたまへ』
と|一生懸命《いつしやうけんめい》に|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》ふにぞ、|遉《さすが》にグロノス、ゴロスの|曲神《まがかみ》も|言霊《ことたま》の|力《ちから》に|敵《てき》し|兼《か》ね、|苦《くる》しみ|悶《もだ》えながら|沼底《ぬまそこ》より|大噴火《だいふんくわ》の|如《ごと》き|水泡《みなわ》を|吹《ふ》き|出《だ》し、|六角《ろくかく》|六頭《ろくとう》の|巨大《きよだい》なる|悪竜《あくりう》となり、グロノスは|水面《すゐめん》|高《たか》く|立《た》ち|昇《のぼ》り、ゴロスは|三角《さんかく》|三頭《さんとう》の|長大《ちやうだい》なる|蛇身《じやしん》と|還元《くわんげん》し、|水面《すゐめん》を【のたうち】|廻《まは》り、|遂《つひ》には|黒雲《くろくも》を|起《おこ》し|中天《ちうてん》|高《たか》く|立《た》ちのぼり、|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|方面《はうめん》さして|雷鳴《いかづち》のとどろく|如《ごと》き|音響《おんきやう》を|立《た》てて|馳《か》け|出《だ》し|逃《に》げ|失《う》せける。|其《その》|為《ため》に|沼《ぬま》の|水《みづ》は|大半《たいはん》|雲《くも》となりて|御空《みそら》に|舞《ま》ひ|昇《のぼ》り、|再《ふたた》び|雨《あめ》となつて|地《ち》に|下《くだ》る|勢《いきほひ》は、|高照山《たかてるやま》の|中津滝《なかつたき》を|数百千《すうひやくせん》|集《あつ》めたるが|如《ごと》く、|広《ひろ》く|激《はげ》しく、|到底《たうてい》|晏然《あんぜん》として|起立《きりつ》し|得《え》ざる|凄《すさ》まじき|光景《くわうけい》とはなりにける。|斯《かく》の|如《ごと》く|大蛇《をろち》の|脆《もろ》くも|逃《に》げ|失《う》せたるは、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》を|蔭《かげ》ながら|守《まも》らせたまふ|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》の|力《ちから》なりけるぞ|畏《かしこ》けれ。
|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|各自《おのもおのも》|駒《こま》を|速《はや》めて|元来《もとき》し|道《みち》を|駈《かけ》りつつ|傘松《かさまつ》の|蔭《かげ》にやうやくにして|集《つど》はせ|給《たま》ひ、|勇《いさ》ましく|凄《すさ》まじかりし|戦況《せんきやう》を|互《たがひ》に|語《かた》り|合《あ》ひつつ|哄笑《こうせう》の|幕《まく》をつづかせ|給《たま》ひける。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|千早振《ちはやぶ》る|神世《かみよ》も|聞《き》かず|例《ためし》なき
|曲津《まが》の|軍《いくさ》に|向《むか》ひぬるかな
|四柱《よはしら》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》の|幸《さち》はひに
|曲津見《まがつ》の|神《かみ》は|稍《やや》おとろへぬ
さりながら|大蛇《をろち》の|神《かみ》の|執拗《しつえう》さ
|生言霊《いくことたま》に|容易《ようい》に|亡《ほろ》びず
|百雷《ひやくらい》の|一度《いちど》に|轟《とどろ》く|如《ごと》くなる
ウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》にひるむ|曲津見《まがつみ》
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》を|守《まも》らす|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》の|言霊《ことたま》に|逃《に》げ|失《う》せにけり
|名《な》にし|負《お》ふグロスの|沼《ぬま》の|曲神《まがかみ》も
|今日《けふ》を|限《かぎ》りと|逃《に》げ|失《う》せにけり
|曲神《まがかみ》は|野火《のび》に|焼《や》かれて|傷《きず》つきしか
その|面《おも》|見《み》れば|糜爛《ただ》れゐたりぬ
|恐《おそ》ろしき|六角《ろくかく》|六頭《ろくとう》の|巨大《きよだい》なる
|悪竜《あくりう》|水《み》の|面《も》にのたうち|廻《まは》りし
|三頭《さんとう》|三角《さんかく》の|長蛇《ちやうだ》となりて|曲津見《まがつみ》の
ゴロスは|腹《はら》を|真白《ましろ》く|見《み》せたり
|大《おほ》き|小《ち》さき|数限《かずかぎ》りなき|竜蛇神《りうだしん》の
|狂《くる》へるさまは|見物《みもの》なりけり
|初《はじ》めての|曲津《まが》の|征途《きため》に|向《むか》ひつつ
|如何《いか》になるかと|危《あや》ぶみしはや』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|山岳《さんがく》の|如《ごと》き|荒浪《あらなみ》|立《た》てながら
|狂《くる》ひ|立《た》ちたる|曲津見《まがつみ》あはれ
|水柱《みづばしら》|天《てん》に|冲《ちう》して|噴水《ふんすゐ》の
|吐《は》き|出《だ》す|如《ごと》き|曲津《まが》のすさびよ
|曲神《まがかみ》の|苦《くる》しき|息《いき》より|迸《ほとばし》る
|水《みづ》は|御空《みそら》に|高《たか》くのぼりぬ
かくのごと|勇《いさ》ましき|軍《いくさ》は|見《み》ざりけり
|生言霊《いくことたま》の|比《ひ》なき|力《ちから》に』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|女神《めがみ》|吾《われ》もいかがなるよと|束《つか》の|間《ま》は
|危《あや》ぶみにけり|曲津《まが》の|荒《すさ》びに
|曲神《まがかみ》の|逃《に》げ|去《さ》りしより|沼《ぬま》の|面《も》は
|鏡《かがみ》の|如《ごと》く|光《て》りかがやけり
この|沼《ぬま》を|鏡《かがみ》の|沼《ぬま》と|改《あらた》めて
この|食国《をすくに》のしめりとなさばや
|莽々《ばうばう》と|生《は》え|繁《しげ》りたる|醜草《しこぐさ》も
|焼《や》き|払《はら》はれて|沼《ぬま》のみ|照《て》れる
|御樋代神《みひしろがみ》の|持《も》たせる|真火《まひ》のなかりせば
この|曲津見《まがつみ》は|亡《ほろ》びざりけむ
|葦原比女《あしはらひめ》の|御樋代神《みひしろがみ》の|御艱《おんなや》み
|今日《けふ》の|戦《いくさ》にはじめて|覚《さと》りぬ
|手《て》も|足《あし》も|出《だ》す|隙《ひま》もなき|此《この》|島《しま》に
|御樋代神《みひしろがみ》のおはす|雄々《をを》しさ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲津見《まがつみ》は|黒雲《くろくも》に|乗《の》りて|逃《に》げゆきし
あとの|御空《みそら》は|晴《は》れ|渡《わた》りけり
|言霊《ことたま》の|軍《いくさ》の|功《いさを》|詳細《まつぶさ》に
わが|公許《きみがり》に|復命《かへりごと》せむ
|吾《わが》|公《きみ》の|功《いさを》|尊《たふと》し|曲神《まがかみ》の
|罰《きた》めの|軍《いくさ》に|光《ひかり》をたまへり
|神光《みひかり》は|忍ケ丘《しのぶがをか》の|御空《みそら》より
いや|輝《かがや》きて|曲津《まが》|亡《ほろ》びけり
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》のまします|聖場《すがには》は
またもや|曲津《まが》に|襲《おそ》はれにけむ
|中野河《なかのがは》の|広《ひろ》き|流《なが》れにささへられ
|野火《のび》はここにて|止《とど》まりにけむ
|曲津見《まがつみ》は|中野河原《なかのがはら》の|空《そら》|渡《わた》り
|鷹巣《たかし》の|山《やま》に|棲処《すみか》|定《さだ》めむ
|兎《と》も|角《かく》も|忍ケ丘《しのぶがをか》に|急《いそ》ぎつつ
|公《きみ》が|御前《みまへ》に|復命《かへりごと》|申《まを》さむ』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は、
『|天晴比女《あめはれひめ》|神《かみ》の|言霊《ことたま》|諾《うべな》ひて
いざや|帰《かへ》らむ|忍ケ丘《しのぶがをか》に』
|茲《ここ》に|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|轡《くつわ》を|並《なら》べて、|忍ケ丘《しのぶがをか》の|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|本営《ほんえい》に|凱旋《がいせん》し|給《たま》ひけるこそ、|目出度《めでた》けれ。
(昭和八・一二・二一 旧一一・五 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
第九章 |邪神征服《じやしんせいふく》〔一九六五〕
|忍ケ丘《しのぶがをか》の|本営《ほんえい》には、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》、|野槌彦《ぬづちひこ》を|話相手《はなしあひて》としながら、|今日《けふ》の|戦況《せんきやう》|如何《いか》に|成《な》り|行《ゆ》きしかと|稍《やや》|不安《ふあん》の|面色《いろ》をたたへつつ、|四柱神《よはしらがみ》の|凱旋《がいせん》を|心待《こころま》ちに|待《ま》たせ|給《たま》ひける|折《をり》もあれ、|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》|勇《いさ》ましく|鈴《すず》の|音《ね》もシヤンシヤンと|四辺《あたり》の|空気《くうき》を|響《ひび》かせながら、|四神将《ししんしやう》の|先《さき》に|立《た》ちたる|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|一目散《いちもくさん》に|忍ケ丘《しのぶがをか》の|本営《ほんえい》に|馳《は》せ|参《さん》じ、|御歌《みうた》もて|戦況《せんきやう》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|報告《はうこく》し|給《たま》ひたり。
『|御樋代神《みひしろがみ》の|神言《みこと》もて
グロスの|沼《ぬま》に|潜《ひそ》みたる
|曲津《まがつ》の|軍《いくさ》をきためむと
|四柱神《よはしらがみ》は|大野原《おほのはら》
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》|高《たか》く
|進《すす》む|折《をり》しも|常磐樹《ときはぎ》の
|一本松《ひともとまつ》の|下蔭《したかげ》を
|見出《みい》でてこれに|休憩《きうけい》し
|駒《こま》の|鋭気《えいき》を|養《やしな》ひつ
|言霊戦《ことたまいくさ》の|作戦《さくせん》を
|語《かた》り|合《あ》ひつつ|時《とき》を|経《へ》て
|再《ふたた》び|駒《こま》に|跨《またが》りて
はてしも|知《し》らぬ|焼野原《やけのはら》
|進《すす》む|折《をり》しも|道《みち》の|辺《べ》に
|面《おもて》ただれし|国津神《くにつかみ》
|雉子《きぎす》と|名乗《なの》る|老媼《らうおう》は
|沼《ぬま》の|大蛇《をろち》はいち|早《はや》く
|逃《に》げ|失《う》せたれば|神々《かみがみ》は
|進《すす》ませ|給《たま》ふも|詮《せん》なしと
|言葉《ことば》を|極《きは》めて|止《とど》めける
|媼《おうな》は|泣《な》きつつ|言《い》ひけらく
グロノス、ゴロスの|醜神《しこがみ》は
|吾等《われら》を|悉《ことごと》|傷《きず》つけて
|親子《おやこ》の|命《いのち》を|奪《うば》ひとり
|国津神等《くにつかみら》を|悉《ことごと》く
|滅《ほろ》ぼしおきて|鷹巣山《たかしやま》
|方面《はうめん》さして|逃《に》げ|去《さ》りぬ
|神々等《かみがみたち》は|駿馬《はやこま》を
|忍ケ丘《しのぶがをか》に|引《ひ》き|返《かへ》し
|曲津《まが》の|征途《きため》を|止《とど》めませ
などと|細々《こまごま》|言《い》ひわけを
|言葉《ことば》を|極《きは》めて|宣《の》りけるが
|正《まさ》しく|曲津《まが》の|偽《いつは》りと
|吾《われ》は|早《はや》くも|悟《さと》りしゆ
|生言霊《いくことたま》を|打《う》ち|出《だ》せば
|曲津《まがつ》は|大蛇《をろち》と|還元《くわんげん》し
|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げ|去《さ》りつ
グロスの|沼《ぬま》の|底《そこ》|深《ふか》く
|怪《け》しき|姿《すがた》をかくしけり
ここに|吾等《われら》は|勇《いさ》み|立《た》ち
|駒《こま》を|速《はや》めて|沼《ぬま》の|辺《べ》に
|近寄《ちかよ》り|見《み》ればいや|広《ひろ》し
うす|濁《にご》りたる|沼水《ぬまみづ》は
あなたこなたと|泡立《あわだ》ちて
|数万《すまん》の|曲津見《まがみ》|潜《ひそ》む|状《さま》
|吾目《わがま》のあたり|見《み》えければ
|吾等《われら》|四柱神等《よはしらかみたち》は
|沼《ぬま》の|東西南北《とうざいなんぼく》に
|部署《ぶしよ》を|定《さだ》めて|陣取《ぢんど》りつ
|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を
いや|広《ひろ》らかに|打《う》ち|出《いだ》し
|天《あま》の|数歌《かずうた》|宣《の》りつれば
さすがの|曲津《まが》も|辟易《へきえき》し
ひるむと|見《み》えし|折《をり》からに
|御空《みそら》ゆ|高《たか》く|聞《きこ》え|来《く》る
ウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|幸《さち》はひて
|沼《ぬま》の|大蛇《をろち》は|正体《しやうたい》を
|水上《すゐじやう》|高《たか》く|現《あら》はしつ
【のたうち】|廻《まは》るあはれさよ
|御空《みそら》に|聞《きこ》えしウの|声《こゑ》は
|御樋代神《みひしろがみ》を|守《まも》ります
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|功績《いさをし》か
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひに
|沼《ぬま》の|曲神《まがみ》は|跡《あと》もなく
|雲《くも》を|起《おこ》して|逃《に》げ|去《さ》りぬ
|吾等《われら》はそれより|天地《あめつち》の
|神《かみ》に|感謝《ゐやひ》の|太祝詞《ふとのりと》
|宣《の》り|上《あ》げ|終《をは》りめいめいに
|元来《もとき》し|道《みち》をたどりつつ
|一本松《ひともとまつ》の|下蔭《したかげ》に
|集《つど》ひて|戦況《せんきやう》|語《かた》り|合《あ》ひ
|又《また》もや|駒《こま》に|跨《またが》りつ
|遠《とほ》の|野路《のぢ》をば|恙《つつが》なく
|公《きみ》のいませるこの|丘《をか》に
|勝鬨《かちどき》|揚《あ》げて|帰《かへ》りけり
いざこれよりは|中野河《なかのがは》
|速瀬《はやせ》を|渡《わた》り|御樋代《みひしろ》の
|比女神《ひめがみ》います|聖所《すがどこ》へ
|国津神等《くにつかみら》を|率《ひ》き|連《つ》れて
|進《すす》ませ|給《たま》へ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎ|奉《まつ》る』
と|復命《かへりごと》し|給《たま》ひけるにぞ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|四柱神《よはしらがみ》の|功績《いさをし》を|甚《いた》く|賞《ほ》め|讃《たた》へ|給《たま》ひつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|四柱《よはしら》の|神《かみ》の|功《いさを》の|尊《たふと》さに
|忍ケ丘《しのぶがをか》は|蘇《よみがへ》りたり
|千早振《ちはやぶ》る|神世《かみよ》も|聞《き》かぬ|功績《いさをし》を
|荒野ケ原《あらのがはら》にたてし|神《かみ》はも
|曲津見《まがつみ》は|生言霊《いくことたま》に|怖《お》ぢ|恐《おそ》れ
|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げ|去《さ》りしはや
|今日《けふ》よりは|焼野ケ原《やけのがはら》の|国津神《くにつかみ》も
|心安《うらやす》らかに|世《よ》を|送《おく》るらむ
はてしなき|広《ひろ》き|国原《くにはら》|隈《くま》もなく
|輝《かがや》き|渡《わた》らむ|神《かみ》の|御稜威《みいづ》は
|待《ま》ち|待《ま》ちし|軍《いくさ》の|公《きみ》は|帰《かへ》りけり
|吾《われ》|居《ゐ》ながらに|言霊《ことたま》|放《はな》ちつ
|言霊《ことたま》の|光《ひか》りにまさるものなしと
|今日《けふ》の|戦《いくさ》に|深《ふか》く|悟《さと》りぬ
|曲津見《まがつみ》は|再《ふたた》び|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|根《ね》に
さやらむとして|移《うつ》りけむかも
|今日《けふ》よりは|中野大河《なかのおほかは》を|打《う》ち|渡《わた》り
|鷹巣《たかし》の|山《やま》をさして|進《すす》まむ
|四柱《よはしら》の|神《かみ》の|功《いさを》は|永久《とこしへ》に
グロスの|島《しま》の|語《かた》り|草《ぐさ》とならむ』
|国津神《くにつかみ》|野槌彦《ぬづちひこ》は|歌《うた》ふ。
『|神々《かみがみ》の|貴《うづ》の|恵《めぐみ》に|浸《ひた》されて
|今日《けふ》より|安《やす》けむ|国津神等《くにつかみら》は
|十年《じふねん》の|長《なが》きを|艱《なや》みし|曲津見《まがつみ》の
|禍《わざはひ》|消《き》えて|蘇《よみがへ》りけり
|諸々《もろもろ》の|国津神等《くにつかみら》はことごとく
この|地《ち》の|上《うへ》に|大《おほ》らかに|住《す》まむ
|地《つち》を|掘《ほ》りて|深《ふか》く|潜《ひそ》みし|国津神《くにつかみ》も
|荒金《あらがね》の|土《つち》の|上《うへ》に|生《い》くべし
|土《つち》の|上《うへ》に|家居《いへゐ》を|造《つく》り|今日《けふ》よりは
|天津日《あまつひ》の|光《かげ》の|恵《めぐみ》に|浴《よく》せむ
いざさらば|御樋代神《みひしろがみ》の|御供《おんとも》に
|仕《つか》へ|奉《まつ》りて|聖所《すがど》に|進《すす》まむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国津神《くにつかみ》|野槌彦《ぬづちひこ》の|言《こと》の|葉《は》を
|諾《うべな》ひ|吾《われ》は|聖所《すがど》に|進《すす》まむ
|諸神《ももがみ》よ|駒《こま》の|用意《ようい》を|急《いそ》ぎませ
いざ|立《た》ち|行《ゆ》かむ|河《かは》のあなたへ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《わが》|公《きみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|四柱《よはしら》は
|御後《みあと》に|仕《つか》へ|急《いそ》ぎ|進《すす》まむ
|天津日《あまつひ》は|輝《かがや》き|渡《わた》り|大空《おほぞら》は
|澄《す》みきらひたる|今日《けふ》の|旅《たび》かも
|曲津見《まがつみ》の|影《かげ》を|潜《ひそ》めし|焼野ケ原《やけのがはら》
|照《て》る|天津日《あまつひ》はさやかなるかも
|白梅《しらうめ》の|花《はな》|咲《さ》く|野辺《のべ》を|駒《こま》|並《な》めて
|進《すす》まむ|道《みち》のさやかなるかも
|右《みぎ》|左《ひだり》|丘《をか》の|面《おもて》を|封《ふう》じたる
|梅《うめ》は|漸《やうや》くほぐれ|初《そ》めたり
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|香《かを》りに|送《おく》られて
|聖所《すがど》に|進《すす》む|今日《けふ》の|楽《たの》しさ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|勇《いさ》ましく|曲津《まが》の|軍《いくさ》に|勝《か》ちおほせ
|又《また》も|進《すす》まむ|貴《うづ》の|聖所《すがど》に
|吾《わが》|公《きみ》の|今日《けふ》の|御行《みゆき》を|寿《ことほ》ぐか
|迦陵頻伽《かりようびんが》は|梅《うめ》に|囀《さへづ》る
|真鶴《まなづる》は|翼《つばさ》|揃《そろ》へてこの|丘《をか》の
|御空《みそら》に|円《ゑん》を|描《ゑが》きて|舞《ま》へるも
|鵲《かささぎ》の|声《こゑ》|勇《いさ》ましく|聞《きこ》え|来《く》る
|忍ケ丘《しのぶがをか》は|貴《うづ》の|聖所《すがど》よ
|一夜《ひとよさ》の|露《つゆ》の|宿《やど》りの|忍ケ丘《しのぶがをか》に
|名残《なごり》|惜《を》しみて|吾《われ》は|立《た》つなり』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
|曲津《まが》の|軍《いくさ》に|立《た》ち|向《むか》ひしよ
|言霊《ことたま》の|厳《いづ》の|光《ひかり》の|功績《いさをし》を
|悟《さと》りし|吾《われ》は|恐《おそ》るるものなし
|駿馬《はやこま》は|鬣《たてがみ》ふるひ|嘶《いなな》きぬ
|今日《けふ》の|首途《かどで》を|急《いそ》ぎけるにや
|国津神《くにつかみ》の|艱《なや》みを|払《はら》ひし|今日《けふ》こそは
|天地《あめつち》|晴《は》れし|心地《ここち》するかも
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|高《たか》く|荒金《あらがね》の
|地《つち》は|広《ひろ》けし|吾《われ》|中《なか》を|行《ゆ》かむ』
ここに|御樋代神《みひしろがみ》の|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|四柱《よはしら》の|従神《じうしん》と|国津神《くにつかみ》|野槌彦《ぬづちひこ》を|案内役《あないやく》とし、グロスの|島《しま》を|横《よこ》ぎれる|中野河《なかのがは》の|濁流《だくりう》を|渡《わた》るべく|用意《ようい》|万端《ばんたん》ととのへ|終《をは》り、|暴虎馮河《ばうこひようが》の|勢《いきほひ》にて|御歌《みうた》うたひつつ|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二一 旧一一・五 於大阪分院蒼雲閣 谷前清子謹録)
第一〇章 |地異天変《ちいてんぺん》〔一九六六〕
|御樋代神《みひしろがみ》と|生《あ》れませる |朝香《あさか》の|比女神《ひめがみ》|諸神《ももがみ》を
|従《したが》へ|給《たま》ひ|松《まつ》|茂《しげ》る |忍ケ丘《しのぶがをか》をあとにして
|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|麓《ふもと》なる |葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》います
|聖所《すがど》に|急《いそ》ぎ|進《すす》まむと |駒《こま》の|轡《くつわ》を|並《なら》べつつ
|大野ケ原《おほのがはら》をすくすくと |進《すす》ませ|給《たま》ふ|勇《いさ》ましさ
|彼方此方《かなたこなた》の|野《の》の|面《おも》は |春風《はるかぜ》|薫《かを》り|鳥《とり》うたひ
|陽炎《かげろひ》|燃《も》えたつ|長閑《のどか》さを |嘉《よみ》し|給《たま》ひつやうやうに
グロスの|島《しま》を|横《よこ》ぎれる |中野《なかの》の|河《かは》の|河岸《かはぎし》に
|黄昏《たそが》るる|頃《ころ》|着《つ》き|給《たま》ふ。
|国津神《くにつかみ》|野槌彦《ぬづちひこ》は|河《かは》の|流《なが》れを|指《ゆび》さしながら、
『|上《かみ》つ|瀬《せ》は|瀬《せ》|速《はや》し|下《しも》つ|瀬《せ》は
ぬるくて|深《ふか》し|中津瀬《なかつせ》ゆきませ
|河水《かはみづ》はひた|濁《にご》りつつ|水底《みなそこ》は
いや|深《ふか》くして|渡《わた》るに|難《かた》し
|向《むか》つ|岸《きし》に|渡《わた》らふ|術《すべ》も|無《な》きままに
|御樋代神《みひしろがみ》の|御姿《みすがた》|知《し》らずも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より、|中野河《なかのがは》の|濁流《だくりう》を|打見《うちみ》やりながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲津見《まがつみ》の|息《いき》の|雫《しづく》のしたたりか
この|河水《かはみづ》はいたく|濁《にご》れり
|駒《こま》の|脚《あし》|入《い》るるもきたなきこの|河《かは》を
ただに|渡《わた》らむ|事《こと》のうたてき』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|東《ひむがし》の|河《かは》の|流《なが》れに|比《くら》ぶれば
|濁《にご》りたれども|河幅《かははば》|狭《せま》し
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|言霊《ことたま》に
|天馬《てんば》となして|渡《わた》らまほしけれ
|大《おほ》いなる|翼《つばさ》はやして|東《ひむがし》の
|河《かは》を|渡《わた》りし|吾《わが》|駒《こま》なるも
|駒《こま》よ|駒《こま》|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひに
|二《ふた》つの|翼《つばさ》を|直《ただ》に|生《は》やせよ。
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|千万《ちよろづ》の
|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひに
|駒《こま》は|変《へん》じて|鷲《わし》となり
|河《かは》は|変《へん》じて|土《つち》となれ
これの|流《なが》れは|深《ふか》くとも
|河《かは》の|面《おもて》は|濁《にご》るとも
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|賜《たま》ひてし
|澄《す》みきらひたる|言霊《ことたま》に
|山河《やまかは》|野辺《のべ》もことごとに
|帰順《まつろ》ひ|来《く》べき|国土《くに》なるよ
|地《つち》|稚《わか》く|未《ま》だ|国土《くに》|稚《わか》く|定《さだ》まらぬ
この|島ケ根《しまがね》は|言霊《ことたま》の
|水火《いき》のままなり|言霊《ことたま》の
|光《ひかり》に|総《すべ》ては|固《かた》まりて
|紫微天界《しびてんかい》の|真秀良場《まほらば》と
|茂《しげ》れよ|栄《さか》えよ|永久《とことは》に
|御樋代神《みひしろがみ》は|二柱《ふたはしら》まで
この|島ケ根《しまがね》に|天降《あも》りましぬ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》は|愛《あい》なり|力《ちから》なり
|如何《いか》なる|曲津《まが》も|山河《やまかは》も
|愛《あい》と|善《ぜん》との|力《ちから》にて
|蘇《よみがへ》るべき|国柄《くにがら》よ
わが|駒《こま》の|翼《つばさ》|生《は》えずば|止《や》むを|得《え》ず
この|広河《ひろかは》を|荒金《あらがね》の
|土《つち》と|固《かた》めつ|向《むか》つ|岸《きし》に
|雄々《をを》しく|進《すす》まむわが|首途《かどで》
|守《まも》らせ|給《たま》へと|主《ス》の|神《かみ》の
|御前《みまへ》に|謹《つつし》み|願《ね》ぎまつる
|天津日《あまつひ》は|照《て》る|月《つき》は|盈《みつ》
この|浮島《うきしま》に|春《はる》さりて
|百草千草《ももぐさちぐさ》は|花《はな》|開《ひら》き
|小鳥《ことり》は|歌《うた》ひ|蝶《てふ》は|舞《ま》ふ
かかる|目出度《めでた》き|国中《くになか》に
|公《きみ》の|出《い》でまし|妨《さまた》ぐる
|濁《にご》りも|深《ふか》き|広河《ひろかは》は
|八十曲神《やそまがかみ》の|雄猛《をたけ》びか
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|奸計《たくらみ》か
|引《ひ》けよ|引《ひ》け|引《ひ》け|中野河《なかのがは》
|水《みづ》も|凍《こほ》りて|土《つち》となれ
|高地秀山《たかちほやま》より|天降《あも》りませし
|御樋代神《みひしろがみ》の|出《い》でましよ
グロノス、ゴロスの|醜神《しこがみ》も
|公《きみ》の|光《ひかり》に|怖《お》ぢ|恐《おそ》れ
|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げ|去《さ》りぬ
かかる|尊《たふと》きわが|公《きみ》の
|御行《みゆき》に|障《さは》る|広河《ひろかは》を
わが|言霊《ことたま》の|幸《さち》はひに
|陸地《くがち》と|為《な》して|進《すす》むべし
いろはにほへとちりぬるを
わかよたれそつねならむ
うゐのおくやまけふこえて
あさきゆめみしゑひもせす
|今日《けふ》のよき|日《ひ》のよき|時《とき》は
この|天地《あめつち》の|開《ひら》けしゆ
|例《ためし》もあらぬ|御光《みひかり》の
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御行《みゆき》ぞや
|河《かは》よ|引《ひ》け|引《ひ》け|陸《くが》となれ
|吾《われ》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》
|神《かみ》とともなる|神《かみ》の|子《こ》の
|生言霊《いくことたま》に|帰順《まつろ》はぬ
|山河草木《やまかはくさき》もあらざらめ
|悟《さと》れよ|悟《さと》れ|言霊《ことたま》の
|生《い》きの|生命《いのち》の|功績《いさをし》を
|生《い》きの|生命《いのち》の|御光《みひかり》を』
かく|歌《うた》はせ|給《たま》ふや、さしもに|広《ひろ》き|濁流《だくりう》|漲《みなぎ》る|中野河《なかのがは》も|次第々々《しだいしだい》に|水《みづ》あせ|始《はじ》めける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》はこの|有様《ありさま》を|御覧《みそなは》して|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|初頭比古《うぶがみひこ》|神《かみ》の|言霊《ことたま》|幸《さち》はひて
|広河《ひろかは》の|水《みづ》はあせ|初《そ》めにけり
わが|伊行《いゆ》く|道《みち》にさやれる|広河《ひろかは》を
|生言霊《いくことたま》に|陸《くが》と|為《な》さばや
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》の|宣《の》らせし|言霊《ことたま》に
|中野《なかの》の|河《かは》は|陸《くが》となるべし
|駿馬《はやこま》に|翼《つばさ》|生《は》やせと|今《いま》|宣《の》りし
|生言霊《いくことたま》に|光《ひかり》あらずも
|一度《ひとたび》は|翼《つばさ》を|得《う》れど|二度《ふたたび》の
|功績《いさをし》なきぞ|駒《こま》の|性《さが》なる
わが|駒《こま》は|荒金《あらがね》の|土《つち》をわたりゆく
|真言《まこと》の|貴《うづ》の|駒《こま》となりける
|御樋代《みひしろ》の|葦原比女《あしはらひめ》の|神司《みつかさ》は
|吾《われ》|迎《むか》へむと|出《い》で|立《た》たしける』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|吾《われ》|眺《なが》むれど|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》の|御姿《みすがた》|見《み》えず|怪《あや》しも
|遠《とほ》の|野《の》に|春霞《はるがすみ》たちて|吹《ふ》く|風《かぜ》も
いと|穏《おだや》かに|物《もの》のかげなし』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|汝《なれ》が|目《め》にたしに|見《み》えねど|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》は|御供《みとも》を|従《したが》へ|来《き》ませる
|時《とき》|経《ふ》れば|此《こ》の|河岸《かはぎし》に|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》の|御姿《みすがた》|輝《かがや》き|給《たま》はむ
さりながら|中野《なかの》の|河《かは》の|河水《かはみづ》は
いや|次々《つぎつぎ》に|引《ひ》きはじめけり
|河底《かはそこ》を|陸地《くがち》ちとなして|向《むか》つ|岸《きし》に
|渡《わた》らむ|時《とき》ゆ|比女神《ひめがみ》|来《き》まさむ
|葦原比女《あしはらひめ》|貴《うづ》の|聖所《すがど》は|道《みち》|遠《とほ》み
|思《おも》はず|知《し》らず|時《とき》|移《うつ》るべし
|駿馬《はやこま》の|蹄《ひづめ》|急《いそ》がせ|給《たま》へども
|遠《とほ》き|広野《ひろの》はたどたどしもよ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|初頭比古《うぶがみひこ》|神《かみ》の|宣《の》らせる|言霊《ことたま》に
|中野《なかの》の|河水《かはみづ》あせにけらしな
|河水《かはみづ》よ|速《すみやか》に|引《ひ》けよ|御樋代《みひしろ》の
|光《ひかり》の|神《かみ》の|御行《みゆき》なるぞや
|国土《くに》|稚《わか》きこの|浮島《うきしま》を|照《て》らさむと
|光《ひかり》の|神《かみ》は|此処《ここ》に|立《た》たせり
|醜神《しこがみ》の|水火《いき》よりなりし|中野河《なかのがは》は
|生言霊《いくことたま》にかわかざらめや』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|次々《つぎつぎ》に|河水《かはみづ》|引《ひ》きぬ|河底《かはそこ》の
|百津石村《ゆついはむら》も|姿《かげ》|現《あら》はしつ
|河底《かはそこ》に|数多《あまた》|棲《す》まへる|魚類《うろくづ》の
|生《い》きの|生命《いのち》を|吾《われ》|如何《いか》にせむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|河底《かはそこ》に|数多《あまた》|棲《す》みてし|魚類《うろくづ》は
|上津瀬《かみつせ》|指《さ》して|逃《に》げ|失《う》せにけり
|上津瀬《かみつせ》を|辿《たど》りて|広《ひろ》き|清沼《すがぬま》に
|総《すべ》ての|魚類《うろくづ》|逃《に》げ|入《い》りにけり
|河底《かはそこ》は|真白《ましろ》く|乾《かわ》き|果《は》つるとも
|魚《うを》の|命《いのち》にかかはりもなし。
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|八千万《やちよろづ》の
|神《かみ》の|御水火《みいき》を|凝《こ》らしつつ
|安《やす》く|渡《わた》らむこの|河瀬《かはせ》
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》に|光《ひかり》あれ
わが|言霊《ことたま》に|生命《いのち》あれ』
かく|歌《うた》はせ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|河底《かはそこ》は|百雷《ひやくらい》の|一時《いちじ》に|轟《とどろ》く|如《ごと》き|大音響《だいおんきやう》とともに|地底《ちてい》よりふくれ|上《あが》り、|少《すこ》しの|高低《かうてい》もなき|平面地《へいめんち》となり|変《かは》りけるぞ|不思議《ふしぎ》なれ。
ここに、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は、|新《あたら》しく|生《うま》れたる|河跡《かはあと》の|陸地《くがち》を|駒《こま》|並《な》めて|渡《わた》り|給《たま》はむとする|折《をり》しもあれ、|萱草《かやくさ》の|野《の》に|見《み》えつかくれつ、|駒《こま》に|乗《の》りて|現《あら》はれ|給《たま》ふ|神々《かみがみ》おはしけり。この|神々《かみがみ》は、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|一行《いつかう》を|迎《むか》へ|奉《たてまつ》るべく|鷹巣山《たかしやま》の|麓《ふもと》なる|鷹巣《たかし》の|宮居《みや》を|立《た》ち|出《い》で、ここにやうやう|着《つ》かせ|給《たま》ひたる|八十比女神《やそひめがみ》の|一柱《ひとはしら》なる|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》を|先頭《せんとう》に|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》、|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》、|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》、|八栄比女《やさかひめ》の|神《かみ》、|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》の|三男三女《さんなんさんぢよ》の|天津神《あまつかみ》に|在《おは》しましける。
(昭和八・一二・二一 旧一一・五 於大阪分院蒼雲閣 林弥生録)
第一一章 |初対面《しよたいめん》〔一九六七〕
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|中野河《なかのがは》の|忽《たちま》ち|大地《だいち》と|変《へん》じたる|新《あたら》しき|地《ち》を|踏《ふ》みわたらむとし|給《たま》ふ|折《をり》もあれ、この|島《しま》の|守《まも》り|神《がみ》とかねてより|天降《あも》りましし|八十比女神《やそひめがみ》の|一柱《ひとはしら》なる|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は、|三男二女《さんなんにぢよ》の|従神《じうしん》を|従《したが》へ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》を|迎《むか》へ|奉《たてまつ》るべく、|漸《やうや》くにしてこれの|河岸《かはぎし》に|着《つ》かせ|給《たま》ひ、
『|八十柱《やそはしら》|御樋代神《みひしろがみ》と|選《えら》まれし
|吾《われ》は|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》なり
|醜神《しこがみ》の|醜《しこ》の|曲業《まがわざ》うちはらひ
|光《ひかり》の|公《きみ》は|天降《あも》りましぬる
|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|光《ひかり》の|神《かみ》の|御功《みいさを》に
グロスの|島《しま》は|明《あ》け|放《はな》れたり
|二十年《はたとせ》の|昔《むかし》|妾《わらは》は|此《こ》の|島《しま》に
|天降《あも》りて|国土《くに》を|拓《ひら》かむとせし
さりながら|曲津見《まがみ》の|猛《たけ》び|強《つよ》ければ
|中野《なかの》の|河《かは》の|外《と》に|出《い》でざりき
よしあしのむた|茂《しげ》りたる|大野原《おほのはら》を
|拓《ひら》き|給《たま》ひし|光《ひかり》の|公《きみ》はも
いや|尊《たか》き|光《ひかり》の|神《かみ》の|御功《みいさを》を
|伏《ふ》し|拝《をが》みつつ|涙《なみだ》しにけり
|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》ゆ|天降《あも》りし|朝香比女《あさかひめ》の
|光《ひかり》に|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|晴《は》れたる
グロノスやゴロスの|曲津見《まがみ》は|河《かは》を|越《こ》えて
|鷹巣《たかし》の|山《やま》にかくろひにけり
|今日《けふ》よりは|光《ひかり》の|神《かみ》の|功績《いさをし》に
グロノス、ゴロスの|曲津《まが》|言向《ことむ》けむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|八十柱《やそはしら》|御樋代神《みひしろがみ》にあはむとて
|吾《われ》は|荒野《あらの》をわけて|来《き》つるも
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|出《い》でまし|日長《けなが》くも
|待《ま》たせ|給《たま》ひし|公《きみ》の|雄々《をを》しさ
|吾《われ》もまた|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|見合《みあ》はむと
はろばろ|此処《ここ》に|進《すす》み|来《き》つるも
グロノスの|島《しま》を|今日《けふ》より|改《あらた》めて
|葦原《あしはら》の|国《くに》と|名乗《なの》らせ|給《たま》へ
|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|陽炎《かげろふ》もゆる|春《はる》の|野《の》に
|御樋代神《みひしろがみ》とあひにけるかも
はろばろと|吾《わが》たづね|来《こ》し|比女神《ひめがみ》は
いとまめやかにおはしましける』
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》に|仕《つか》へて|二十年《はたとせ》を
この|国原《くにはら》にいきつきしはや
|力《ちから》なき|吾《われ》にしあれば|曲津見《まがつみ》を
よそに|見《み》るより|他《ほか》なかりけり
|久方《ひさかた》のよき|日《ひ》めぐりて|朝香比女《あさかひめ》の
|貴《うづ》の|光《ひかり》を|拝《をが》み|奉《まつ》るも
|真火《まひ》をもて|荒野《あらの》を|焼《や》かせ|給《たま》ひたる
その|功績《いさをし》に|曲津《まが》は|逃《に》げたり
|曲神《まがかみ》は|暫《しば》し|姿《すがた》をかくせども
|時《とき》|経《へ》て|再《ふたた》び|猛《たけ》び|来《きた》らむ
|公《きみ》こそは|光《ひかり》の|神《かみ》にましまさば
|国土《くに》の|宝《たから》と|燧石《ひうち》をたまはれ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真以比古《まさもちひこ》|神《かみ》の|言《こと》の|葉《は》を|諾《うべな》ひて
|国土《くに》の|宝《たから》と|燧石《ひうち》を|贈《おく》らむ
|光《ひかり》|強《つよ》き|夜光《やくわう》の|玉《たま》も|何《なに》かあらむ
|生《い》きたる|真火《まひ》の|力《ちから》に|及《およ》ばず』
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|光《ひかり》の|神《かみ》の|神宣《みことのり》
|吾《われ》は|頸《うなじ》にうけて|忘《わす》れじ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうちいし》は
|曲津《まが》を|征伐《きため》の|宝《たから》なるかも
|萱草《かやくさ》の|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|鷹巣《たかし》の|山《やま》に
|真火《まひ》を|放《はな》ちて|曲津《まが》を|退《やら》はむ
かくならば|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|永久《とことは》に
|安《やす》く|栄《さか》えむ|神《かみ》のまにまに』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|公《きみ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りて|中野河《なかのがは》に
|生言霊《いくことたま》の|奇瑞《いさを》|見《み》しかな
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》にあはむと|焼野原《やけのはら》を
|夜《よ》を|日《ひ》につぎて|駈《かけ》り|来《こ》しはや
|千早振《ちはやぶ》る|神《かみ》の|依《よ》さしの|御樋代神《みひしろがみ》は
|八十比女《やそひめ》ながらも|光《ひか》らせ|給《たま》へる
|八柱《やはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》に|仕《つか》へつつ
|八十柱比女《やそはしらひめ》にあひにけるかも』
|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はろばろと|来《き》ませる|公《きみ》を|犒《ねぎ》らはむ
|術《すべ》もなきかな|荒野《あらの》の|中《なか》にて
ともかくも|葦原《あしはら》の|宮居《みや》に|急《いそ》ぎませ
|真言《まこと》の|限《かぎ》り|仕《つか》へまつらむ
|漸《やうや》くに|春《はる》の|陽気《やうき》の|漂《ただよ》へる
|大野《おほの》に|立《た》ちて|楽《たの》しき|吾《われ》なり
|真鶴《まなづる》は|天津御空《あまつみそら》に|列《れつ》をなし
|輪《わ》を|描《ゑが》きつつ|公《きみ》を|迎《むか》ふも
|百鳥《ももとり》の|声《こゑ》もさやけくなりにけり
|光《ひかり》の|神《かみ》の|出《い》でまししより
|今日《けふ》よりは|此《こ》の|葦原《あしはら》の|国中《くになか》に
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|立《た》たじと|思《おも》ふ
|今日《けふ》までは|狭霧《さぎり》|立《た》ちこめ|黒雲《くろくも》は
|御空《みそら》|覆《おほ》ひて|冬心地《ふゆごこち》せり
|血腥《ちなまぐさ》き|風《かぜ》の|覆《おほ》ひし|大野原《おほのはら》も
|春日《はるひ》かをりて|梅《うめ》の|香《か》ただよふ
|迦陵頻伽《かりようびんが》|終日《ひねもす》うたへど|今日《けふ》までは
しめりがちなる|醜《しこ》の|草原《くさはら》』
|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代神《みひしろがみ》の|出《い》でましただに|迎《むか》へむと
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》いそがせり
|村肝《むらきも》の|心《こころ》あせれど|黒雲《くろくも》の
|闇《やみ》|深《ふか》ければなやみてしはや
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|放《はな》たせ|給《たま》ひたる
|真火《まひ》の|力《ちから》に|野《の》は|開《ひら》けたり
よしあしの|風《かぜ》に|煽《あふ》られ|燃《も》えさかる
さまをし|見《み》れば|火《ひ》の|海《うみ》なりけり
|疾風《はやかぜ》に|焼《や》け|過《す》ぎにける|大野原《おほのはら》は
ただ|一塵《いちぢん》も|止《とど》めざりける
|葦原《あしはら》の|宮居《みやゐ》に|進《すす》む|道《みち》|遠《とほ》み
|黄昏《たそがれ》せまるを|淋《さび》しむ|吾《われ》なり
|願《ねが》はくはこれの|荒野《あらの》の|松《まつ》かげに
|今宵《こよひ》|一夜《ひとよ》を|宿《やど》らせ|給《たま》へ
|明日《あす》されば|駒《こま》の|轡《くつわ》を|並《なら》べつつ
|貴《うづ》の|聖所《すがど》に|導《みちび》き|奉《まつ》らむ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|厚《あつ》き|心《こころ》に|動《うご》かされ
|吾《われ》は|進《すす》むも|葦原《あしはら》の|宮居《みや》へ
さりながら|今宵《こよひ》は|松《まつ》の|下《した》かげに
わが|公《きみ》と|共《とも》に|雨宿《あまやど》りせむ』
|八栄比女神《やさかひめかみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天津日《あまつひ》は|海《うみ》の|彼方《かなた》に|傾《かたむ》きて
|御空《みそら》に|白《しろ》き|昼月《ひるづき》のかげ
|昼月《ひるづき》の|淡《あは》き|真下《ました》に|一《ひと》つ|星《ぼし》の
かげは|伊添《いそ》ひて|輝《かがや》けるかも
|月舟《つきふね》の|右上方《みぎかみかた》にやや|薄《うす》き
|星《ほし》|一《ひと》つあり|何《なん》のしるしか
つくづくと|思《おも》へば|嬉《うれ》し|顕津男《あきつを》の
|神《かみ》の|出《い》でまし|近《ちか》づきにけむ
|月《つき》の|下《した》に|輝《かがや》き|給《たま》ふ|一《ひと》つ|星《ぼし》は
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御姿《みすがた》なるらむ
|月《つき》の|上《うへ》に|薄《うす》く|光《ひか》れる|星《ほし》かげは
|葦原比女《あしはらひめ》の|御魂《みたま》なるべし
|夕《ゆふ》されば|天津日光《あまつひかげ》はなけれども
|冴《さ》え|渡《わた》るらむ|月舟《つきふね》のかげも』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国土《くに》|稚《わか》く|浮脂《うきあぶら》なす|島ケ根《しまがね》を
|永久《とは》に|固《かた》むと|吾《わが》|渡《わた》り|来《こ》し
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》にあはむと|出《い》でたたす
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御供《みとも》|仕《つか》へつ
|曲神《まがかみ》の|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ひしグロス|島《じま》も
|今日《けふ》はめでたし|葦原《あしはら》の|国土《くに》よ
よしあしの|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|荒野原《あらのはら》
|辿《たど》りつ|分《わ》けつ|吾《われ》は|来《き》にけり
|比女神《ひめがみ》の|身《み》ながら|曲津《まが》と|戦《たたか》ひつ
|吾《われ》は|雄心《をごころ》|湧《わ》き|立《た》ちにけり
|五千方里《ごせんはうり》ありと|聞《きこ》ゆる|葦原《あしはら》の
|島根《しまね》に|御樋代神《みひしろかみ》と|語《かた》るも
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|勇《いさ》みてわが|胸《むね》の
|高鳴《たかな》り|止《や》まず|腕《うで》はふるへり』
|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝夕《あさゆふ》に|御樋代神《みひしろがみ》に|仕《つか》へ|来《き》つ
|今日《けふ》|如《な》す|楽《たの》しき|日《ひ》はあらざりき
|御樋代《みひしろ》の|光《ひかり》の|神《かみ》の|現《あ》れましに
|吾《わが》|魂線《たましひ》はうなり|出《い》でけり
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|宣《の》らせる|言霊《ことたま》に
|吾《わが》|葦原《あしはら》の|曲津《まが》は|失《う》せぬる
|時《とき》じくに|御空《みそら》|包《つつ》みし|黒雲《くろくも》の
|跡形《あとかた》もなく|晴《は》れにけらしな
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしのままに|二十年《はたとせ》を
|仕《つか》へて|功《いさを》なき|吾《われ》を|恥《は》づる
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は|雄々《をを》しくましませど
|御供《みとも》の|神《かみ》の|力《ちから》|足《た》らざり
|二柱《ふたはしら》|御樋代神《みひしろがみ》の|天降《あも》りましし
|此《この》|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|永久《とは》なれ
|常世《とこよ》ゆく|闇《やみ》は|漸《やうや》く|晴《は》れにけり
|光《ひかり》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|功《いさを》に』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御供《おんとも》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りて|今日《けふ》のごと
|勇《いさ》ましき|戦《いくさ》|吾《われ》|見《み》ざりけり
グロノスとゴロスの|曲津見《まがつみ》|言霊《ことたま》に
うたれし|時《とき》のさまのあはれさ
|主《ス》の|神《かみ》の|賜《たま》ひし|厳《いづ》の|言霊《ことたま》と
|燧石《ひうち》しあれば|曲津《まが》はひそまむ
いざさらば|彼方《かなた》の|森《もり》に|進《すす》むべし
|一夜《ひとよ》の|雨《あめ》の|宿《やど》り|求《もと》めて』
|茲《ここ》に|十二柱《じふにはしら》の|女男《めを》の|神々《かみがみ》は、|野中《のなか》のこんもりとした|常磐樹《ときはぎ》の|森《もり》かげさして、|黄昏《たそがれ》の|野路《のぢ》を|急《いそ》ぎ|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二一 旧一一・五 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)
第一二章 |月下《げつか》の|宿《やど》り〔一九六八〕
|一行《いつかう》|十二柱《じふにはしら》の|神々《かみがみ》は、|黄昏《たそがれ》の|野路《のぢ》を|駒《こま》に|鞭《むち》うたせつつ、|常磐樹《ときはぎ》|茂《しげ》る|野中《のなか》に|珍《めづら》しき|広《ひろ》き|森蔭《もりかげ》に|安着《あんちやく》し|給《たま》ひける。|国土《くに》|稚《わか》き|島ケ根《しまがね》にも|似《に》ず、|松《まつ》の|太幹《ふとみき》は|所狭《ところせ》きまで|生《お》ひ|茂《しげ》り、|地《つち》|一面《いちめん》の|白砂《しらすな》は|白銀《しろがね》を|敷《し》きつめし|如《ごと》く、|処々《ところどころ》に|湧《わ》き|出《い》づる|清水《しみづ》は、|底《そこ》の|真砂《まさご》も|見《み》ゆるまで、|夕月《ゆふづき》の|影《かげ》をうつして|鏡《かがみ》の|如《ごと》く|輝《かがや》けりけり。
この|森《もり》の|処々《ところどころ》に|空地《あきち》ありて、|居《ゐ》ながらに|御空《みそら》を|仰《あふ》ぎ|見《み》るを|得《え》たり。|先《ま》づ|二柱《ふたはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》は、|蜒蜿《えんゑん》と|竜蛇《りうだ》の|如《ごと》く|梢《こずゑ》を|四方《よも》に|張《は》れる|笠松《かさまつ》の|根株《ねかぶ》に、|萱草《かやくさ》を|敷《し》き|足《た》らはし、|安《やす》らかに|御息《みいき》をつがせながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|地《つち》|稚《わか》きこの|浮島《うきしま》にかくの|如《ごと》
|老松《おいまつ》の|森《もり》ありとは|知《し》らざりき
|海原《うなばら》の|島《しま》かげ|数多《あまた》くぐりつつ
|初《はじ》めて|見《み》たり|太幹《ふとみき》の|松《まつ》を
|常磐樹《ときはぎ》の|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|森《もり》かげに
|月《つき》を|浴《あ》びつつ|休《やす》らはむかも
|此処《ここ》に|来《き》て|心《こころ》|清《すが》しくなりにけり
|十柱神《とはしらがみ》の|面《おも》|輝《かがや》けば
|大空《おほぞら》を|渡《わた》らふ|月《つき》の|光《かげ》|清《きよ》み
|松《まつ》を|描《ゑが》けり|真砂《まさご》の|上《うへ》に
|彼方此方《あちこち》に|真清水《ましみづ》|湧《わ》けるこの|森《もり》の
|清《すが》しきかもよ|月《つき》の|照《て》れれば
|大空《おほぞら》も|水底《みそこ》も|月《つき》の|輝《かがや》きて
その|夕暮《ゆふぐれ》の|吾《われ》を|生《い》かせり
|草枕《くさまくら》|旅《たび》の|疲《つか》れも|忘《わす》れけり
|常磐《ときは》の|森《もり》に|澄《す》む|月《つき》|見《み》つつ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『グロス|島《じま》のこの|浮島《うきしま》も|今日《けふ》よりは
|公《きみ》の|神徳《みかげ》に|蘇《よみが》へりけり
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》の|雲《くも》も|晴《は》れゆきて
さやけく|照《て》れる|月舟《つきふね》のかげ
|西《にし》へ|行《ゆ》く|月《つき》もあしなみとどめつつ
|吾等《われら》が|上《うへ》に|輝《かがや》き|給《たま》へり
|天心《てんしん》に|月《つき》はいつきて|神々《かみがみ》の
|今宵《こよひ》の|宿《やど》りを|守《まも》らせ|給《たま》へり
|荒《あ》れ|果《は》てしこの|島ケ根《しまがね》をまつぶさに
|拓《ひら》かせ|給《たま》ひし|光《ひかり》の|神《かみ》はや
|何時《いつ》までも|公《きみ》の|恵《めぐ》みは|忘《わす》れまじ
|国土《くに》の|艱《なや》みを|逐《お》ひそけ|給《たま》へば
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|宝《たから》と|賜《たま》ひてし
|貴《うづ》の|燧石《ひうち》は|生《い》ける|神《かみ》かも
この|燧石《ひうち》|一《ひと》つありせば|曲神《まがかみ》の
|潜《ひそ》める|山野《やまぬ》も|焼《や》き|払《はら》ふべし
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|澄《す》みきらふ
|月《つき》の|面《おもて》は|千々《ちぢ》に|砕《くだ》けつ
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》ゆ|透《すか》し|見《み》る
|御空《みそら》の|月《つき》は|一入《ひとしほ》ひろしも』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲津見《まがつみ》の|朝夕《あしたゆふ》べを|荒《すさ》びたる
この|国原《くにはら》も|月《つき》にかがよふ
|真清水《ましみづ》にうつらふ|月《つき》のかげ|見《み》れば
|千々《ちぢ》に|砕《くだ》けて|風《かぜ》そよぐなり
|大空《おほぞら》の|限《かぎ》りも|知《し》らぬ|星光《ほしかげ》は
|真砂《まさご》の|如《ごと》く|輝《かがや》けるかも
|大空《おほぞら》の|星《ほし》を|写《うつ》して|真清水《ましみづ》の
|底《そこ》ひも|深《ふか》く|空《そら》|輝《かがや》けり
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|御空《みそら》は|蒼《あを》く|俯《ふ》して|見《み》れば
|水底《みなそこ》|深《ふか》し|御空《みそら》を|浮《うか》べて』
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|遥々《はろばろ》と|高地秀山《たかちほやま》より|天降《あも》りましし
|比女《ひめ》に|伊添《いそ》ひて|月《つき》を|見《み》るかな
|高地秀《たかちほ》の|神山《みやま》を|照《て》らす|月光《つきかげ》を
ここにうつして|澄《す》める|公《きみ》はも
|今日《けふ》までは|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》ふさがりて
|澄《す》みきらひたる|月《つき》を|見《み》ざりき
|夕《ゆふ》されど|梢《こずゑ》の|千鳥百鳥《ちどりももとり》は
|今日《けふ》の|御行《みゆき》を|祝《いは》ひて|寝《い》ねずも
|梢《こずゑ》より|梢《こずゑ》に|渡《わた》る|百千鳥《ももちどり》の
かげもさやかに|見《み》ゆる|月《つき》の|夜《よ》
|迦陵頻伽《かりようびんが》|時《とき》じく|鳴《な》きて|田鶴《たづ》の|舞《ま》ふ
うましき|国土《くに》となりにけるかも』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『グロノスやゴロスの|潜《ひそ》む|魔《ま》の|沼《ぬま》に
のぞみし|思《おも》へばわが|魂《たま》をどるも
|真昼間《まひるま》の|光《かげ》|冴《さ》えにつつ|魔《ま》の|沼《ぬま》の
|戦《いくさ》を|守《まも》らせ|給《たま》ひし|月《つき》はも
|天津日《あまつひ》は|海原《うなばら》|遠《とほ》く|沈《しづ》みませど
|白玉《しらたま》の|月《つき》|輝《かがや》き|給《たま》へり
いや|深《ふか》き|森《もり》かげながら|冴《さ》え|渡《わた》る
|月《つき》の|光《ひかり》に|明《あき》らかなるも
|蟻《あり》の|這《は》ふ|庭《には》さへ|見《み》ゆる|明《あか》るさに
|夜《よる》の|旅寝《たびね》と|思《おも》はざりけり
はろばろと|焼野《やけの》を|渉《わた》り|河《かは》を|越《こ》え
これの|清《すが》しき|森《もり》に|休《やす》むも
|天地《あめつち》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》のしるければ
わが|行《ゆ》く|道《みち》は|曲津《まが》のかげなし』
|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|春《はる》の|夜《よ》の|月《つき》にはあれど|空《そら》|澄《す》みて
|星《ほし》の|光《ひかり》もまばらなりけり
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|天《あま》の|河原《かはら》は|東《ひがし》より
|西《にし》にめぐりて|夜《よ》はくだちたり
|幾万《いくまん》の|星《ほし》の|真砂《まさご》のきらめける
|天《あま》の|河原《かはら》を|月舟《つきふね》|渡《わた》らふ
|東《ひがし》より|西《にし》に|流《なが》るる|天《あま》の|河《がは》の
|中《なか》を|漕《こ》ぎゆく|月舟《つきふね》|明《あか》るき
|嬉《うれ》しさに|心《こころ》|勇《いさ》みてこの|夜半《よは》を
|眠《ねむ》れぬままに|歌《うた》|詠《よ》みふけるも
|梟《ふくろふ》の|声《こゑ》も|濁《にご》りて|常磐樹《ときはぎ》の
|梢《こずゑ》に|小夜《さよ》は|更《ふ》け|渡《わた》りつつ
|新《あたら》しく|生《うま》れし|国土《くに》の|喜《よろこ》びを
|御空《みそら》の|月《つき》も|寿《ことほ》ぎ|給《たま》ふか
|葦原《あしはら》の|比女《ひめ》の|神言《みこと》のしろしめす
|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|未《いま》だ|稚《わか》しも
|稚《わか》き|国土《くに》に|稚《わか》き|月日《つきひ》のかげ|添《そ》ひて
|千代《ちよ》の|栄《さかえ》の|種《たね》を|蒔《ま》かばや』
|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|初夏《しよか》ながらこの|浮島《うきしま》は|春《はる》めきて
|白梅《しらうめ》の|花《はな》はほぐれ|初《そ》めたり
|常磐樹《ときはぎ》の|森《もり》の|下《した》びに|白々《しろじろ》と
|梅《うめ》の|蕾《つぼみ》は|綻《ほころ》び|初《そ》めたり
|小夜《さよ》を|吹《ふ》く|風《かぜ》に|送《おく》られ|白梅《しらうめ》の
|花《はな》の|薫《かを》りの|親《した》しき|夜半《よは》なり
|神々《かみがみ》は|各《おの》も|各《おの》もに|御歌《みうた》|詠《よ》みて
この|短夜《みじかよ》を|生《い》き|栄《さか》えつつ
|眠《ねむ》らむと|思《おも》へど|心《こころ》わき|立《た》ちて
|御空《みそら》の|月《つき》にいつきけるかも』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|海山《うみやま》をもろもろ|越《こ》えて|今宵《こよひ》はも
|松《まつ》にかかれる|月舟《つきふね》を|見《み》し
|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》き|清《きよ》く|響《ひび》くなり
|月《つき》の|下《した》びに|心《こころ》をどるか
|神《かみ》も|駒《こま》も|梢《こずゑ》の|鳥《とり》も|勇《いさ》みたちて
|春《はる》の|一夜《ひとよ》をうたひ|明《あ》かすも』
|八栄比女《やさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|貴《うづ》の|御歌《みうた》にかこまれて
わが|言《こと》の|葉《は》は|出《い》でずなりける
|荒野《あらの》|吹《ふ》く|風《かぜ》の|響《ひび》きもさやさやに
|常磐《ときは》の|森《もり》に|隔《へだ》てられつつ
|明日《あす》されば|貴《うづ》の|宮居《みやゐ》に|進《すす》まむと
|思《おも》へば|心《こころ》|勇《いさ》みたつかも』
|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|目出度《めでた》さの|限《かぎ》りなりけり|醜神《しこがみ》は
|雲《くも》と|散《ち》りつつ|月《つき》はかがよふ
|御樋代《みひしろ》の|光《ひかり》の|神《かみ》の|出《い》でましに
|御空《みそら》の|月《つき》はいよよさやけし
|二十年《はたとせ》をこの|稚国土《わかくに》に|住《す》みながら
かく|澄《す》みきりし|月《つき》は|見《み》ざりし
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御霊《みたま》と|輝《かがや》ける
|常磐《ときは》の|森《もり》の|月《つき》は|新《あたら》し』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》も|地《つち》も|晴《は》れ|渡《わた》りたる|国原《くにはら》に
|澄《す》みきらひたる|月《つき》はわかしも
|曲津見《まがつみ》の|棲処《すみか》を|焼《や》きしわが|公《きみ》の
|真火《まひ》の|光《ひか》りは|天《てん》を|焦《こが》せし
|久方《ひさかた》の|天《あめ》に|昇《のぼ》りし|焔《ほのほ》にも
|染《そ》まらで|月《つき》は|澄《す》みきらひませり』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《を》りしも、|次第々々《しだいしだい》に|夜《よ》は|更《ふ》け|渡《わた》り、|鵲《かささぎ》の|声《こゑ》、|森《もり》の|彼方《かなた》より|響《ひび》かひ|来《きた》る。
ここに|十二柱《じふにはしら》の|神等《かみたち》は、|東雲《しののめ》の|空《そら》を|寿《ことほ》ぎつつ|生言霊《いくことたま》の|神嘉言《かむよごと》を|宣《の》り|終《をは》り、|白馬《はくば》に|跨《またが》り、|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|麓《ふもと》なる|貴《うづ》の|御館《おんやかた》を|指《さ》して|急《いそ》がせ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二一 旧一一・五 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
第三篇 |葦原新国《あしはらしんこく》
第一三章 |春野《はるの》の|進行《しんかう》〔一九六九〕
|中野河《なかのがは》|以西《いせい》の|大高原《だいかうげん》は、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》が|放《はな》ち|給《たま》へる|真火《まひ》の|力《ちから》によりて|黒焦《くろこげ》となり、|地上《ちじやう》|一片《いつぺん》の|枯葉《かれは》も|留《とど》めず、|晴々《はればれ》しくなりけれども、|中野河《なかのがは》を|劃《くわく》して|以東《いとう》は|草《くさ》|莽々《ばうばう》の|原野《げんや》にして|彼方此方《かなたこなた》に|大蛇《をろち》|棲息《せいそく》し|又《また》は|異様《いやう》の|動物《どうぶつ》|潜伏《せんぷく》して、|深夜《しんや》になれば|総《すべ》ての|作物《さくもつ》に|害《がい》を|与《あた》へ|或《あるひ》は|国津神《くにつかみ》の|老幼《らうえう》を|傷《きず》つけるなど、|未《いま》だ|全《まつた》く|平安《へいあん》の|域《ゐき》に|達《たつ》せざりける。
|茲《ここ》に|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》とまします|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は、|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|麓《ふもと》なる|桜ケ丘《さくらがをか》と|言《い》へる|小山《こやま》に|瑞《みづ》の|御舎《みあらか》を|造《つく》り|給《たま》ひ、|邪神《じやしん》の|襲来《しふらい》を|防《ふせ》ぐために|丘《をか》の|周囲《しうゐ》に|濠《ほり》を|繞《めぐ》らし、|附近《ふきん》|一帯《いつたい》の|国津神《くにつかみ》を|守《まも》り|給《たま》ひつつありける。|故《ゆゑ》に|五千方里《ごせんはうり》の|広袤《くわうぼう》を|有《いう》する|此《この》|島ケ根《しまがね》も、|御樋代神《みひしろがみ》の|恵《めぐみ》に|浴《よく》し|其《その》|生《せい》を|安《やす》んずる|国津神《くにつかみ》|及《およ》び|諸々《もろもろ》の|生物《せいぶつ》は|約《やく》|四五方里《しごはうり》に|過《す》ぎず。|要《えう》するに|御樋代神《みひしろがみ》の|権威《けんゐ》の|及《およ》ぶところは|全島《ぜんたう》の|千分《せんぶん》の|一《いち》|位《くらゐ》のものなり。
|常磐《ときは》の|松《まつ》|生《お》ひ|繁《しげ》る|野中《のなか》の|森《もり》に|月《つき》を|愛《め》でながら、|一夜《いちや》を|明《あか》し|給《たま》ひたる|女男《めを》|十一柱《じふいちはしら》の|神《かみ》|及《およ》び|国津神《くにつかみ》の|長《をさ》|野槌彦《ぬづちひこ》の|一行《いつかう》は、|夜《よ》の|明《あ》くると|共《とも》に|各自《おのもおのも》|馬上《ばじやう》にて|遥《はる》か|東方《とうはう》なる|桜ケ丘《さくらがをか》の|聖所《すがど》を|指《さ》して|一目散《いちもくさん》に|進《すす》む|事《こと》となりけり。
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|真先《まつさき》に|立《た》ち、|馬上《ばじやう》ながら|歌《うた》はせ|給《たま》ふ。
『|今日《けふ》は|如何《いか》なる|吉《よ》き|日《ひ》ぞや
|紫微天界《しびてんかい》の|真秀良場《まほらば》と
|其《その》|名《な》も|高《たか》き|高地秀《たかちほ》の
|宮居《みや》をはろばろ|立《た》ち|出《い》でし
|八柱神《やはしらがみ》と|現《あ》れませる
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|神司《かむづかさ》
|厳《いづ》の|雄心《をごころ》|振《ふ》り|起《おこ》し
|万里《ばんり》の|山野《やまぬ》を|打《う》ち|渉《わた》り
|万里《まで》の|海原《うなばら》|横《よこ》ぎりつ
|地《つち》まだ|稚《わか》き|葦原《あしはら》の
これの|島根《しまね》に|天降《あも》りまし
|世《よ》にも|珍《めづら》し|燧石《ひうちいし》
|切《き》り|出《い》でたまへばピカピカと
|四方《よも》に|飛《と》び|散《ち》る|火《ひ》の|光《ひか》り
|忽《たちま》ち|荒野《あらの》の|草《くさ》の|根《ね》に
パツと|燃《も》えつく|折《をり》もあれ
|海原《うなばら》|渡《わた》る|潮風《しほかぜ》に
|吹《ふ》きあふられて|忽《たちま》ちに
|荒野ケ原《あらのがはら》の|叢《くさむら》を
|一潟千里《いつしやせんり》に|焼《や》き|尽《つく》し
グロノス、ゴロスの|曲津見《まがつみ》は
|煙《けむり》にまかれ|火《ひ》に|焼《や》かれ
|何《なん》とせむ|術《すべ》なきままに
|永久《とは》の|棲処《すみか》のグロス|沼《ぬま》
|水底《みなそこ》|深《ふか》く|忍《しの》びけり
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》は|悠々《いういう》と
|焼野ケ原《やけのがはら》を|打《う》ち|渉《わた》り
|忍ケ丘《しのぶがをか》に|夕暮《ゆふぐれ》を
|着《つ》かせたまひつ|一夜《ひとよさ》の
|露《つゆ》の|宿《やど》りをなしたまひ
|明《あ》くるを|待《ま》ちて|四柱《よはしら》の
|神《かみ》に|曲津《まがつ》の|征服《せいふく》を
|依《よ》さしたまへば|四柱《よはしら》は
|勇《いさ》み|進《すす》んで|出《い》でたまひ
さしもに|深《ふか》き|沼底《ぬまそこ》に
|潜《ひそ》める|曲津《まが》に|向《むか》はせて
|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りつれば
|遉《さすが》の|曲津《まが》も|辟易《へきえき》し
|苦《くる》しみながらも|執拗《しつえう》に
|立《た》ち|退《の》かむとはせざりしが
|忽《たちま》ち|聞《きこ》ゆる|唸《うな》り|声《ごゑ》
ウウウーと|天地《あめつち》も
さけなむばかり|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》の|功《いさを》に|曲津見《まがつみ》は
|雲《くも》をば|起《おこ》し|雨《あめ》|降《ふ》らし
|竜蛇《りうだ》の|正体《しやうたい》|現《あら》はして
|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|谷《たに》の|間《ま》を
|目《め》ざして|霞《かすみ》と|逃《に》げさりぬ
|茲《ここ》に|四柱神々《よはしらかみがみ》は
|忍ケ丘《しのぶがをか》におはします
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御前《おんまへ》に
|一伍一什《いちぶしじふ》の|物語《ものがたり》
|宣《の》らせたまへば|比女神《ひめがみ》は
|其《その》|功績《いさをし》を|嘉《よみ》しまし
|野槌《ぬづち》の|彦《ひこ》と|諸共《もろとも》に
|桜ケ丘《さくらがをか》の|清庭《すがには》に
|進《すす》みゆかむと|密《ひそ》やかに
|経綸《しぐみ》の|糸《いと》を|繰《く》りたまふ
|道《みち》に|当《あた》りし|中野河《なかのがは》の
|広《ひろ》き|流《なが》れを|言霊《ことたま》の
|光《ひかり》に|陸地《くがち》となしたまひ
|河《かは》の|東《ひがし》に|渡《わた》らむと
|思《おも》ほす|折《をり》しも|吾々《われわれ》は
|葦原比女神《あしはらひめがみ》に|従《したが》ひて
|謹《つつし》み|出迎《でむかへ》|奉《たてまつ》り
|此《この》|島ケ根《しまがね》の|曲津見《まがつみ》を
|罰《きた》めたまひし|鴻恩《こうおん》を
|心《こころ》の|限《かぎ》り|感謝《かんしや》しつ
はや|黄昏《たそがれ》に|近《ちか》づけば
|野中《のなか》の|森《もり》の|松《まつ》かげに
|月《つき》の|一夜《ひとよ》を|明《あ》かしつつ
|思《おも》ひ|思《おも》ひに|語《かた》り|合《あ》ひ
|歓《ゑら》ぎ|楽《たの》しむ|其《その》|状《さま》は
|天《あま》の|岩戸《いはと》の|開《ひら》けたる
|嬉《うれ》しき|楽《たの》しき|思《おも》ひなり
|東《ひがし》の|空《そら》は|茜《あかね》さし
|紫雲《しうん》をわけて|天津日《あまつひ》は
|豊栄《とよさか》|昇《のぼ》りたまひける
|百鳥千鳥《ももどりちどり》のなく|声《こゑ》は
|常世《とこよ》の|春《はる》をうたひつつ
|処々《ところどころ》に|咲《さ》き|香《にほ》ふ
|白梅《しらうめ》の|花《はな》|美《うる》はしく
|迦陵頻伽《かりようびんが》に|送《おく》られて
|真鶴《まなづる》うたふ|大野原《おほのはら》を
|十一柱《じふいちはしら》の|神々《かみがみ》は
|野槌《ぬづち》の|彦《ひこ》を|従《したが》へて
|荒野ケ原《あらのがはら》を|渉《わた》りつつ
|桜ケ丘《さくらがをか》の|御舎《みあらか》を
さして|進《すす》むぞ|勇《いさ》ましき
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|真言《まこと》の|御経綸《おんしぐみ》
|吾等《われら》は|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひて
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|禊《みそぎ》しつ
|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひに
|豊葦原《とよあしはら》の|新国土《にひくに》を
|開《ひら》きゆくこそ|楽《たの》しけれ
|桜ケ丘《さくらがをか》も|近《ちか》づきて
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|芳《かむ》ばしく
|遠野《とほの》の|奥《おく》に|燃《も》え|立《た》てる
|陽炎《かげろひ》|豊《ゆたか》に|花《はな》の|香《か》を
|野辺《のべ》|一面《いちめん》に|送《おく》るなり
ああ|惟神《かむながら》|言霊《ことたま》の
|厳《いづ》の|御水火《みいき》に|光《ひかり》あれ
わが|言霊《ことたま》に|生命《いのち》あれ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|光《ひかり》の|神《かみ》はあれましぬ
|葦原《あしはら》の|雲《くも》|吹《ふ》き|払《はら》ひつつ
|二十年《はたとせ》を|忍《しの》び|忍《しの》びて|守《まも》りてし
この|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|生《い》きたり
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|功績《いさをし》に
|豊葦原《とよあしはら》と|開《ひら》けゆくなり
|葦原《あしはら》の|中津神国《なかつみくに》は|曲津見《まがつみ》の
|朝夕《あさゆふ》|荒《すさ》ぶ|醜処《しこど》なりける
|醜国《しこくに》も|豊葦原《とよあしはら》の|安国《やすくに》と
|開《ひら》け|行《ゆ》くかも|生言霊《いくことたま》に
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|天降《あも》らす|朝《あさ》|迄《まで》に
|開《ひら》きおくべしこの|葦原《あしはら》を
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうち》こそ
|葦原《あしはら》を|開《ひら》く|光《ひかり》なりける
|此《この》|燧石《ひうち》|二十年前《はたとせまへ》に|吾《われ》もたば
この|葦原《あしはら》は|栄《さか》えしものを
|国津神《くにつかみ》|数多《あまた》あれども|曲津見《まがつみ》の
|醜《しこ》の|奸計《たくみ》に|滅《ほろぼ》されける
|桜ケ丘《さくらがをか》|宮《みや》の|近《ちか》くの|国津神《くにつかみ》は
|纔《わづか》に|命《いのち》|保《たも》ちけるはも
|今日《けふ》よりは|国津神等《くにつかみたち》|大空《おほぞら》の
|星《ほし》のごとくに|生《う》み|育《そだ》つべし
|国津神《くにつかみ》よ|御子《みこ》を|生《う》め|生《う》め|栄《さか》えよ|栄《さか》え
この|葦原《あしはら》は|今日《けふ》より|安《やす》けし
|四柱《よはしら》の|神《かみ》を|率《ひき》ゐて|天降《あも》らしし
|八柱比女神《やはしらひめがみ》を|迎《むか》ふる|今日《けふ》かな』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》|豊《ゆたか》に|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|領有《うしは》ぐこの|島《しま》を
|吾《われ》|恣《ほしいまま》に|焼《や》き|払《はら》ひけり
|主《あるじ》なき|島《しま》と|思《おも》ひて|曲津見《まがつみ》を
|払《はら》ひ|退《やら》ふと|真火《まひ》を|放《はな》ちし
|進《すす》み|来《く》れば|国津神等《くにつかみら》の|住《す》めるを|見《み》て
|葦原比女《あしはらひめ》のおはすと|悟《さと》りし
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御許《みもと》に|侍《さむ》らふと
|吾《われ》は|旅行《たびゆ》く|道《みち》すがらにて
|由縁《ゆかり》ある|此《この》|島ケ根《しまがね》に|立寄《たちよ》りて
|御樋代神《みひしろがみ》に|会《あ》ひにけらしな
|非時《ときじく》の|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》ゆ|生《あ》れませる
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|清《すが》しさ
|主《ス》の|神《かみ》の|永久《とは》にまします|高宮《たかみや》ゆ
|天降《あも》りし|公《きみ》は|八十比女《やそひめ》の|神《かみ》
|国々《くにぐに》に|八十比女神《やそひめがみ》を|配《くば》りおきて
|国魂《くにたま》|生《う》ます|主《ス》の|神《かみ》|天晴《あは》れ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は|何《いづ》れも|主《ス》の|神《かみ》の
|水火《いき》に|生《うま》れし|神柱《かむばしら》なる
かくのごと|尊《たふと》き|御樋代神《みひしろかみ》をもて
|国魂《くにたま》|生《う》ますと|瑞霊《ずゐれい》たまひぬ
|大家族《だいかぞく》|国《くに》をつくると|主《ス》の|神《かみ》は
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|独《ひと》りを|依《よ》させり
|御樋代《みひしろ》は|主《ス》の|神《かみ》の|御子《みこ》|国魂《くにたま》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御子《みこ》なりにけり
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》よ|吉《よ》き|日《ひ》を|待《ま》たせつつ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|国魂《くにたま》|生《う》みませ
|吾《われ》も|亦《また》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御許《おんもと》に
|進《すす》みて|国魂《くにたま》|生《う》まむとぞ|思《おも》ふ
|遥々《はろばろ》と|曲神《まがみ》の|荒《すさ》ぶ|西方《にしかた》の
|国土《くに》に|進《すす》まむ|吾《われ》なやみつつ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|初夏《はつなつ》の|野《の》も|春弥生《はるやよひ》の|心地《ここち》して
|大原《おほはら》の|奥《おく》に|陽炎《かげろひ》|立《た》つも
|陽炎《かげろひ》の|燃《も》え|立《た》つ|野辺《のべ》を|駒《こま》|並《な》めて
|進《すす》むも|楽《たの》し|桜ケ丘《さくらがをか》へ
ぼやぼやと|吾《わが》|面《おも》を|吹《ふ》く|風《かぜ》のいきに
|吾目《わがめ》ねむたくなりにけらしな
|駿馬《はやこま》も|歩《あゆ》みをゆるめて|眠《ねむ》るごと
|大野《おほの》の|草《くさ》を|分《わ》けつつ|進《すす》めり
|駒《こま》の|背《せ》にゆるく|揺《ゆ》られて|知《し》らず|識《し》らず
ねむけ|催《もよほ》す|春野《はるの》の|旅《たび》なり』
|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|高地秀山《たかちほやま》ゆ|天降《あも》りましし
|朝香《あさか》の|比女神《ひめがみ》|迎《むか》ふる|嬉《うれ》しさ
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|頂《いただき》は
|紫雲《しうん》の|衣《きぬ》をつけて|迎《むか》ふる
|野路《のぢ》を|吹《ふ》くねむたき|風《かぜ》の|息《いき》づかひ
|聞《き》きつつ|進《すす》む|駒《こま》の|遅《おそ》きも
|終夜《よもすがら》|眠《ねむ》りもやらず|月舟《つきふね》の
|下《した》びに|遊《あそ》びて|睡気《ねむけ》|催《もよほ》す』
|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|出《い》でまし|迎《むか》へし
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御上《おんうへ》に
|光《ひか》らせたまへり|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は|御姿《みすがた》|現《あら》はさず
|蔭《かげ》にいそひて|守《まも》らせたまへる
|吾《わが》|公《きみ》に|守《まも》り|神《がみ》なし|如何《いか》にして
この|葦原《あしはら》を|拓《ひら》きますらむ
さりながら|生言霊《いくことたま》の|天照《あまて》らす
|国土《くに》にしあれば|安《やす》く|開《ひら》けむ
とつおひつ|思案《しあん》に|暮《く》れて|二十年《はたとせ》を
|功績《いさをし》もなく|過《す》ぎにけらしな』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|狭野《さぬ》の|島《しま》と|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》|造《つく》りをへし
|朝香《あさか》の|比女神《ひめがみ》ここに|来《き》ませり
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|神業《みわざ》を|補《おぎな》ふと
|出《い》でましにけむ|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》に|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へつつ
|真言《まこと》の|光《ひかり》を|悟《さと》り|得《え》ざるも
|奥底《おくそこ》のわからぬ|御稜威《みいづ》を|保《たも》ちます
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御光《みひかり》なりけり』
|八栄比女《やさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|桜ケ丘《さくらがをか》の|貴《うづ》の|宮居《みやゐ》を|立《た》ち|出《い》でて
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》を|野《の》に|迎《むか》へける
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》を|仰《あふ》ぎてゆ
|吾目《わがめ》|眩《まぶ》しくなりにけらしな
|言霊《ことたま》の|天照《あまて》り|渡《わた》す|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》は|光《ひかり》にましましにけり
|初夏《しよか》なれど|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|風《かぜ》|寒《さむ》く
|桜《さくら》の|花《はな》は|真盛《まさか》りなりけり
|白梅《しらうめ》と|桃《もも》と|桜《さくら》の|一時《ひととき》に
|桜ケ丘《さくらがをか》の|聖所《すがど》に|匂《にほ》へり
せめてもの|旅《たび》を|慰《なぐさ》めまつるべく
|花《はな》|咲《さ》きみつる|聖所《すがど》に|導《みち》びかむ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|梅桜《うめさくら》|桃《もも》も|一度《いちど》に|咲《さ》くと|言《い》ふ
|珍《うづ》の|景色《けしき》を|眺《なが》めまほしけれ
|吾《わが》|公《きみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へて|百花《ももばな》の
|薫《かを》る|聖所《すがど》に|進《すす》む|楽《たの》しさ
もやもやと|四方《よも》の|山野《やまぬ》に|霞《かすみ》|立《た》ちて
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》は|花《はな》の|香《か》|包《つつ》めり
|草枕《くさまくら》|旅《たび》の|宿《やど》りの|楽《たの》しさは
|花《はな》の|盛《さか》りの|春《はる》にあふなり』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《わが》|公《きみ》は|万里《ばんり》の|荒野《あらの》を|渉《わた》りつつ
|国魂《くにたま》|生《う》まむと|来《きた》りますかも
|国魂神《くにたまがみ》あれますまでは|御供《おんとも》に
|吾《われ》|仕《つか》へむと|従《したが》ひ|来《きた》りし
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|遥《はろ》けしさりながら
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|進《すす》まむと|思《おも》ふ
|葦原《あしはら》のこの|浮島《うきしま》の|風光《ふうくわう》を
|眺《なが》めて|国土《くに》の|栄《さかえ》を|偲《しの》ぶも
|遠方《をちかた》の|遠野《とほの》の|奥《おく》に|輝《かがや》ける
|眺《なが》めは|雲《くも》かも|山桜《やまざくら》かも』
|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|目路《めぢ》|遠《とほ》く|雲《くも》か|花《はな》かとまがふなる
|聖所《すがど》に|吾《われ》は|導《みちび》きゆかむ
|桜ケ丘《さくらがをか》の|宮《みや》の|聖所《すがど》の|美《うる》はしさを
|五柱神《いつはしらがみ》に|見《み》せたくぞ|思《おも》ふ
|駿馬《はやこま》の|脚《あし》を|急《いそ》げば|黄昏《たそがれ》に
|桜ケ丘《さくらがをか》に|帰《かへ》り|得《う》べけむ
|夕《ゆふ》されど|月《つき》の|光《ひかり》のさやかなれば
|桜ケ丘《さくらがをか》にひたに|進《すす》まむ』
かく|神々《かみがみ》は|馬上《ばじやう》にて|日長《ひなが》の|退屈《たいくつ》さに|交々《こもごも》|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ、|其《その》|日《ひ》の|黄昏《たそが》るる|前《まへ》、|漸《やうや》くにして|桜ケ丘《さくらがをか》の|聖所《すがど》に|着《つ》きたまひ、|迎《むか》へまつる|数多《あまた》の|国津神等《くにつかみたち》の|敬礼《けいれい》をうけ、|新《あたら》しく|築《きづ》かれし|八尋殿《やひろどの》に|上《のぼ》りて、|月《つき》を|賞《ほ》め|夜桜《よざくら》を|讃《たた》へながら、|短《みじか》き|春《はる》の|一夜《ひとよ》を|過《すご》させたまひける。
(昭和八・一二・二二 旧一一・六 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
第一四章 |花見《はなみ》の|宴《えん》〔一九七〇〕
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|廿年来《にじふねんらい》|鎮《しづ》まりいます|桜ケ丘《さくらがをか》の|聖所《すがど》は、|面積《めんせき》|比較的《ひかくてき》|広《ひろ》く、|東西《とうざい》|一里《いちり》|南北《なんぼく》|二里《にり》に|亘《わた》り、|梅《うめ》、|桃《もも》、|桜《さくら》、|楓《かへで》、|無花果《いちじゆく》、|橘《たちばな》、|椿《つばき》、|山吹《やまぶき》|等《とう》の|果樹《くわじゆ》の|彼方此方《あなたこなた》に|塩梅《あんばい》よく|植《う》ゑ|込《こ》まれ、|其《その》|周囲《しうゐ》には|曲津神《まがつかみ》の|襲来《しふらい》を|防《ふせ》ぐべく|深《ふか》き|濠《ほり》を|囲《めぐ》らし、|表門《おもてもん》には|一筋《ひとすぢ》の|岩《いは》|以《も》て|造《つく》りたる|橋《はし》を|架《か》け|渡《わた》し、|風光絶佳《ふうくわうぜつか》の|妙境《めうきやう》なりける。|今《いま》を|盛《さか》りと|咲《さ》き|揃《そろ》ひたる|梅《うめ》、|桃《もも》、|桜《さくら》の|花《はな》は|芳香《はうかう》を|四辺《しへん》に|薫《くん》じ|小鳥《ことり》は|歌《うた》ひ|蝶《てふ》は|舞《ま》ひ、|此《この》|聖所《すがど》の|彼方此方《あなたこなた》には|丹頂《たんちやう》の|鶴《つる》、|鷺《さぎ》など|春《はる》の|陽気《やうき》をうたひ|喜《よろこ》び|遊《あそ》べる|状態《さま》は、|恰《あたか》も|広重《ひろしげ》の|画《ゑ》を|見《み》る|如《ごと》き|光景《くわうけい》なりける。
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|遠来《ゑんらい》の|客《きやく》を|心《こころ》の|限《かぎ》りを|尽《つく》して|犒《ねぎら》はむとし、|諸神《ももがみ》に|命《めい》じて|種々《くさぐさ》の|珍《めづら》しき|果物《くだもの》|等《など》を|横山《よこやま》の|如《ごと》く|置《お》き|足《た》らはし、|五柱《いつはしら》の|神々《かみがみ》を|正賓《せいひん》として|大宴会《だいえんくわい》を|開《ひら》かせ|給《たま》ひける。
|茲《ここ》に|数多《あまた》の|国津神《くにつかみ》は、|高地秀《たかちほ》の|宮居《みや》より|救《すく》ひの|神《かみ》|現《あ》れますを|伝《つた》へ|聞《き》き、|先《さき》を|争《あらそ》ひ|集《つど》ひ|来《きた》り、|濠《ほり》の|外側《そとがは》に「ウオウオ」と|叫《さけ》びながら|踊《をど》り|狂《くる》ひ|跳《と》び|廻《まは》り、|感謝《かんしや》と|歓喜《くわんき》の|至誠《まこと》を|表《へう》しにける。
|茲《ここ》に|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|百花《ひやくくわ》の|爛漫《らんまん》と|咲《さ》き|乱《みだ》れたる|状《さま》を|珍《めづら》しみ|給《たま》ひ、|庭《には》の|面《おもて》に|立出《たちい》で|給《たま》へば、|数多《あまた》の|国津神《くにつかみ》は|濠《ほり》を|隔《へだ》てて|其《その》|輝《かがや》ける|御姿《みすがた》を|拝《はい》し|奉《たてまつ》り、|天《あま》の|岩屋戸《いはやど》の|開《ひら》けたる|如《ごと》く、|各自《おのもおのも》に|言霊《ことたま》のあらむ|限《かぎ》りを|鳴《な》り|出《い》で、|仰《あふ》ぎつ|俯《ふ》しつ|感謝《かんしや》と|歓喜《くわんき》の|声《こゑ》は、|天地《てんち》も|為《ため》に|覆《くつが》へるばかり|思《おも》はれにける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|四辺《あたり》の|珍《うづ》の|景色《けしき》を|暫《しば》し|眺《なが》めつつ|再《ふたた》び|八尋殿《やひろどの》に|帰《かへ》り、|設《まう》けの|席《せき》に|着《つ》かせ|給《たま》へば|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|敬意《けいい》を|表《へう》すべく、あらむ|限《かぎ》りの|盛装《せいさう》を|尽《つく》して|種々《くさぐさ》の|美味物《うましもの》を|御手《みて》づから|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》に|奉《たてまつ》り、|且《か》つ|打解《うちと》けて|国土《くに》の|現状《ありさま》など|包《つつ》まず|隠《かく》さず|語《かた》らひ|給《たま》ふにぞ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》も|其《その》|隔《へだ》てなき|真心《まごころ》を|甚《いた》く|喜《よろこ》ばせ|給《たま》ひ、|御歌《みうた》もて|心《こころ》のたけを|宣《の》らせ|給《たま》ふ。
『|隔《へだ》てなき|葦原比女《あしはらひめ》の|神宣《みことのり》
|聞《き》きて|吾《わが》|魂《たま》|清《すが》しく|生《い》くるも
|風光《ふうくわう》の|殊《こと》に|勝《すぐ》れし|桜ケ丘《さくらがをか》の
|聖所《すがど》に|吾《われ》は|命《いのち》を|延《の》ばせり
|心《こころ》あつき|神々等《かみがみたち》の|待遇《もてなし》に
|感謝《ゐやひ》の|涙《なみだ》|湧《わ》き|出《い》づるかも
|美《うる》はしき|浄《きよ》き|装《よそほ》ひ|凝《こ》らしまして
|吾等《われら》を|迎《むか》へし|神《かみ》の|尊《たふと》さ
いつの|世《よ》にか|吾《われ》|忘《わす》れめや|清《すが》しかる
|花《はな》の|神苑《みその》に|一日《ひとひ》を|遊《あそ》びて
|美《うる》はしく|装《よそほ》ひませど|光《ひかり》ある
|宝石《はうせき》の|飾《かざ》りなきが|床《ゆか》しき』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|酬《こた》へ|給《たま》ふ。
『|葦原《あしはら》の|国土《くに》には|葭葦《よしあし》|萱草《かやくさ》の
|生《お》ふるのみにて|宝石《はうせき》はなし
|音《おと》に|聞《き》く|万里《まで》の|島根《しまね》はダイヤモンド
|其《その》|他《た》の|宝石《はうせき》|沢《さは》なりと|聞《き》く』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『この|光《ひか》るダイヤモンドは|万里《まで》の|島《しま》の
|田族比女《たからひめ》より|賜《たま》はりしはや
|吾《われ》こそは|光《ひかり》の|神《かみ》となりければ
ダイヤモンドの|光《ひかり》はいらなく
|此《この》|玉《たま》を|燧石《ひうち》と|共《とも》に|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|贈《おく》らむと|思《おも》ふ
いざさらば|受《う》けさせ|給《たま》へ|常闇《とこやみ》の
|夜《よる》さへ|光《ひか》るダイヤモンドよ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》しながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|鎮《しづ》めの|燧石《ひうちいし》を
|賜《たま》ひし|上《うへ》に|玉《たま》を|賜《たま》ふか
|有難《ありがた》し|公《きみ》が|賜《たま》ひし|此《この》|玉《たま》を
|国土《くに》の|宝《たから》と|永遠《とは》に|伝《つた》へむ
|月《つき》のなき|夜《よる》は|此《この》|玉《たま》を|力《ちから》とし
|曲津《まがつ》を|避《さ》けて|国土《くに》を|守《まも》らむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《わが》|贈《おく》るダイヤモンドの|光《ひかり》よりも
|真火《まひ》こそ|夜光《やくわう》の|玉《たま》にぞありける
|此《この》|真火《まひ》の|功《いさを》によりて|常世《とこよ》ゆく
|闇《やみ》の|幕《とばり》も|清《きよ》く|晴《は》るべし』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真言《まこと》ある|公《きみ》の|御教《みをしへ》|畏《かしこ》みて
|国津神等《くにつかみら》を|導《みちび》かむと|思《おも》ふ
|竜《たつ》|大蛇《をろち》|醜《しこ》の|曲津見《まがつ》も|今日《けふ》よりは
|公《きみ》の|光《ひかり》に|滅《ほろ》び|行《ゆ》くべし
|此《この》|国土《くに》を|豊葦原《とよあしはら》の|中津国《なかつくに》と
|永遠《とは》に|定《さだ》めて|国魂《くにたま》|生《う》まむ
|五千方里《ごせんはうり》の|国土《くに》|広《ひろ》ければ|端々《はしばし》は
|未《ま》だ|潜《ひそ》むなり|醜《しこ》の|曲津見《まがつ》は
|今日《けふ》よりは|百神等《ももがみたち》と|村肝《むらきも》の
|心《こころ》を|合《あは》せ|曲津《まが》を|罰《きた》めむ』
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《わが》|公《きみ》は|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|得《え》ましけり
|朝香比女神《あさかひめがみ》の|心《こころ》の|光《ひかり》に
|曲津見《まがつみ》を|焼《や》き|尽《つく》すべき|燧石《ひうちいし》と
|玉《たま》を|賜《たま》ひし|光《ひかり》の|神《かみ》はや
|常闇《とこやみ》を|隈《くま》なく|照《て》らす|御光《みひかり》の
|神《かみ》|現《あ》れましぬ|桜ケ丘《さくらがをか》に
|春風《はるかぜ》に|桜《さくら》の|花弁《はなびら》ひらひらと
|散《ち》り|込《こ》みにけり|八尋《やひろ》の|殿《との》に
|盃《さかづき》の|波《なみ》に|一《ひと》ひら|浮《う》きて|匂《にほ》ふ
|桜《さくら》は|国土《くに》の|花《はな》にぞありける
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|標章《しるし》と|今日《けふ》よりは
|桜《さくら》の|花《はな》を|旗《はた》に|印《しる》さむ』
|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|曲津見《まがつみ》|言向《ことむ》けし
|光《ひかり》の|神《かみ》と|伊向《いむか》ひ|居《ゐ》るかも
|何《なに》よりも|尊《たふと》き|玉《たま》を|賜《たま》ひけり
|真火《まひ》の|燧石《ひうち》と|夜光《やくわう》の|玉《たま》を
|吾《わが》|公《きみ》の|御胸《みむね》に|翳《かざ》し|花《はな》の|丘《をか》に
|立《た》たせ|給《たま》へば|美《うる》はしからむを
|比女神《ひめがみ》の|髪《かみ》の|翳《かざ》しの|桜花《さくらばな》も
|夜光《やくわう》の|玉《たま》には|及《およ》ばざりける』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|此処《ここ》に|来《き》て|春《はる》の|弥生《やよひ》の|心《こころ》しぬ
|花《はな》の|林《はやし》に|百鳥《ももとり》の|声《こゑ》
|百鳥《ももとり》は|花《はな》の|梢《こずゑ》を|飛《と》び|交《か》ひつ
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》に|香《かを》りを|散《ち》らせり
いつまでも|花《はな》の|盛《さか》りのあれかしと
|願《ねが》ふは|一人《ひとり》|吾《われ》のみならじ
|万里《まで》の|島《しま》は|初夏《はつなつ》なりしに|此処《ここ》に|来《き》て
|若《わか》やぎにけり|春《はる》の|花《はな》|見《み》つ』
|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|春《はる》の|日《ひ》の|栄《さか》えを|吾《われ》は|目《ま》の|前《あた》り
|桜ケ丘《さくらがをか》に|清《すが》しみ|見《み》るも
|御光《みひかり》の|神《かみ》の|現《あ》れます|此《この》|丘《をか》は
|梅《うめ》|桃《さくら》|桜《もも》|一度《いちど》に|笑《わら》へり
|花《はな》|笑《わら》ふ|春《はる》の|弥生《やよひ》を|嬉《うれ》しみて
|小鳥《ことり》はうたひ|蝶《てふ》は|舞《ま》ふなり
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|常世《とこよ》の|春《はる》うたふ
|山鶯《やまうぐひす》は|神《かみ》の|御声《みこゑ》か
|鶯《うぐひす》も|迦陵頻伽《かりようびんが》も|花《はな》の|春《はる》を
|終日《ひねもす》あかずうたひ|続《つづ》くる』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|荒《あ》れ|果《は》てし|此《この》|新国土《あらくに》にも|斯《かく》の|如《ごと》
|聖所《すがど》ありとは|知《し》らざりにけり
|葦原《あしはら》の|此処《ここ》は|地上《ちじやう》の|天国《てんごく》か
|国津神等《くにつかみら》の|歓《ゑら》ぎの|声《こゑ》すも
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|緑《みどり》の|下蔭《したかげ》に
|百花《ももばな》|千花《ちばな》|咲《さ》き|匂《にほ》ひつつ
|地《ち》の|上《うへ》に|天国《てんごく》|建《た》つる|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》の|功《いさを》と|仰《あふ》がれにけり
|願《ねが》はくは|幾億万年《いくおくまんねん》の|末《すゑ》までも
|梅《うめ》|桃《もも》|桜《さくら》は|伝《つた》へたきかな
|仰《あふ》ぎ|見《み》る|紫微天界《しびてんかい》の|中《なか》にして
|斯《か》く|麗《うるは》しき|神苑《みその》は|見《み》ざりき
|八十《やそ》の|国《くに》|八十島《やそしま》まぎて|吾《われ》は|今《いま》
|地上天界《ちじやうてんかい》の|苑《その》に|遊《あそ》びぬ
|仰《あふ》ぎ|見《み》る|雲井《くもゐ》の|空《そら》に|屹然《きつぜん》と
|春《はる》めき|立《た》てる|鷹巣《たかし》の|山《やま》かも
|白雲《しらくも》の|帯《おび》を|締《し》めたる|鷹巣山《たかしやま》の
|春《はる》の|姿《すがた》は|一入《ひとしほ》さやけし
|今日《けふ》までは|鷹巣《たかし》の|山《やま》も|黒雲《くろくも》に
|非時《ときじく》|包《つつ》まれ|雨《あめ》を|降《ふ》らしつ
|盃《さかづき》の|数《かず》|重《かさ》なりて|吾《われ》は|今《いま》
|心《こころ》|狂《くる》はしく|勇《いさ》みたつなり』
|八栄比女《やさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|広々《ひろびろ》と|廻《めぐ》れる|濠《ほり》の|面《おも》|蒼《あを》み
|真鯉《まごひ》|緋鯉《ひごひ》の|跳《は》ぬる|春《はる》なり
|水《みづ》の|面《も》に|跳《と》び|上《あが》りつつ|真鯉《まなこひ》は
|春《はる》の|光《ひかり》に|鱗《うろこ》を|照《て》らせり』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|聞《き》くからに|名《な》も|怖《おそ》ろしきグロノスや
ゴロスの|潜《ひそ》みし|島《しま》とは|思《おも》へず
|斯《かく》の|如《ごと》き|浄《きよ》き|清《すが》しき|桜ケ丘《さくらがをか》に
|春《はる》の|旅路《たびぢ》の|疲《つか》れを|慰《なぐさ》む
|気魂《からたま》も|神魂《みたま》も|春《はる》の|光《ひかり》|見《み》つ
|蘇《よみがへ》りたる|桜ケ丘《さくらがをか》かも
|山《やま》も|野《の》も|春霞《はるがすみ》してそよろ|吹《ふ》く
|風《かぜ》は|千花《ちばな》の|香《かを》り|含《ふく》めり
はしけやし|桜《さくら》|咲《さ》くなり|此《この》|丘《をか》に
|御樋代神《みひしろがみ》と|春《はる》を|親《した》しむ』
|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲津見《まがつみ》の|醜《しこ》の|荒《すさ》びに|艱《なや》みてしを
|安《やす》けく|春《はる》に|今日《けふ》を|逢《あ》ひける
|御光《みひかり》の|神《かみ》の|天降《あも》りの|無《な》かりせば
|桜《さくら》の|薫《かを》る|春《はる》は|来《きた》らじ
|七八年《ななやとせ》|梅《うめ》|桃《もも》|桜《さくら》の|花《はな》|咲《さ》かず
|風《かぜ》|冷《ひ》えにつつ|曇《くも》らひにつつ
|花《はな》の|木《き》は|数多《あまた》あれども|曲津見《まがつみ》の
|邪気《いき》に|曇《くも》りて|春《はる》はなかりき
|昨日《きのふ》まで|冷《ひ》え|渡《わた》りたる|天地《あめつち》の
|冬《ふゆ》は|忽《たちま》ち|春《はる》となりける
|二十年《はたとせ》を|此《この》|島ケ根《しまがね》に|住《す》みにつつ
|花《はな》|咲《さ》く|春《はる》に|逢《あ》はざりにけり
|梓弓《あづさゆみ》|春《はる》の|永日《ながひ》も|傾《かたむ》きて
|黄昏《たそがれ》の|幕《まく》は|降《お》りにけらしな
|天津日《あまつひ》は|隠《かく》ろひ|給《たま》へど|大空《おほぞら》を
|渡《わた》らふ|月《つき》の|光《かげ》のさやけさ
|常磐樹《ときはぎ》の|森《もり》に|眺《なが》めし|月舟《つきふね》を
|今宵《こよひ》は|桜ケ丘《さくらがをか》に|見《み》るかも
|桜木《さくらぎ》の|花《はな》の|梢《こずゑ》の|露《つゆ》|照《て》りて
|其《その》|美《うる》はしさ|弥《いや》まさりつつ
|御空《みそら》|行《ゆ》く|月《つき》も|愛《め》でさせ|給《たま》ふらむ
|桜ケ丘《さくらがをか》の|花《はな》の|盛《さか》りを』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|珍《めづら》しき|月《つき》の|光《ひかり》に|照《て》らさるる
|夜《よる》の|桜《さくら》は|又《また》も|珍《めづら》し
|草枕《くさまくら》|旅《たび》の|疲《つか》れも|桜ケ丘《さくらがをか》の
|月《つき》と|花《はな》とに|忘《わす》らひにけり
|爛漫《らんまん》と|咲《さ》き|乱《みだ》れたる|梅《うめ》|桃《もも》|桜《さくら》の
|春《はる》の|姿《すがた》を|公《きみ》に|見《み》るかな
|月《つき》も|花《はな》もたぐはむ|術《すべ》もなかるべし
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|神《かみ》の|光《ひかり》に
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|真秀良場《まほらば》に|新《あたら》しく
|清《すが》しく|建《た》てる|八尋殿《やひろどの》はも
|八尋殿《やひろどの》に|夕《ゆふべ》を|立《た》ちて|花《はな》に|照《て》る
|御空《みそら》の|月《つき》に|吾《わが》|魂《たま》|生《い》かしつ
いつまでも|花《はな》は|梢《こずゑ》に|止《とど》まらで
|嵐《あらし》に|散《ち》り|行《ゆ》く|思《おも》へば|惜《を》しきも
|鶯《うぐひす》も|迦陵頻伽《かりようびんが》も|百鳥《ももとり》も
|今日《けふ》の|一日《ひとひ》を|楽《たの》しく|遊《あそ》べよ
|今日《けふ》こそは|花《はな》の|真盛《まさか》りよ|明日《あす》されば
|此《この》|清庭《すがには》に|花筵《はなむしろ》せむ』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|月《つき》と|花《はな》とを|賞《ほ》め|讃《たた》へ|乍《なが》ら、|終日《ひねもす》|旅《たび》の|疲《つか》れを|休《やす》らひ、|常世《とこよ》の|春《はる》を|言祝《ことほ》ぎ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二二 旧一一・六 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第一五章 |聖地惜別《せいちせきべつ》〔一九七一〕
|広袤《くわうぼう》|五千方里《ごせんはうり》ありと|言《い》ふ|葦原《あしはら》の|島根《しまね》は、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》の|光《ひか》りと|真火《まひ》の|功《いさを》に、|曲津見《まがつみ》の|棲処《すみか》は|焼《や》き|払《はら》はれ、|再《ふたた》び|潜《ひそ》める|鏡《かがみ》の|沼《ぬま》の|永久《とは》の|棲処《すみか》は|打破《うちやぶ》られて、グロノス、ゴロスの|邪神《じやしん》の|巨頭《きよとう》も|苦《くる》しさに|堪《た》へず、|雲《くも》を|起《おこ》して|鷹巣山《たかしやま》の|谷間《たにま》|深《ふか》く|忍《しの》び|入《い》りければ、|一時《いちじ》は|平穏《へいをん》|無事《ぶじ》に|治《をさ》まりたれども、|時《とき》ありて|黒雲《くろくも》を|起《おこ》し|天日《てんじつ》を|覆《おほ》ひ、|寒冷《かんれい》の|気《き》を|四方《よも》に|散布《さんぷ》しければ、|万物《ばんぶつ》の|発生《はつせい》に|大害《たいがい》を|及《およ》ぼし、|再《ふたた》び|元《もと》のグロスの|島《しま》に|帰《かへ》らむとしたるを、この|度《たび》は|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》も|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうちいし》の|真火《まひ》の|功《いさを》によりて、|諸神等《ももがみたち》を|率《ひき》ゐ|邪神《じやしん》の|潜《ひそ》む|山野《やまぬ》を|焼《や》き|払《はら》ひ|給《たま》ひければ、|遂《つひ》には|葦原《あしはら》の|国土《くに》をふり|捨《す》てて|悪魔《あくま》は|遠《とほ》く|西方《にしかた》の|国土《くに》に|逃《に》げ|去《さ》りにける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|桜ケ丘《さくらがをか》の|聖所《すがど》に、|三日三夜《みつかみよさ》|月花《つきはな》を|賞《しやう》しつつ|安《やす》く|過《すご》させ|給《たま》ひ、|神々《かみがみ》に|別《わか》れを|告《つ》げて|再《ふたた》び|海路《かいろ》の|旅《たび》を|続《つづ》け|給《たま》ふ|事《こと》とはなりぬ。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|朝夕《あさゆふ》|神前《しんぜん》に|神言《かみごと》を|宣《の》らせ|給《たま》ひ、|天《あま》の|数歌《かずうた》を|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》ひて、|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|天地《てんち》を|清《きよ》め|給《たま》ひければ、|四季《しき》の|順序《じゆんじよ》よく、|春《はる》は|花《はな》|咲《さ》き、|夏《なつ》は|植物《しよくぶつ》|繁茂《はんも》し、|秋《あき》は|五穀《ごこく》|果実《くわじつ》みのり、ここに|国津神《くにつかみ》の|生活《せいくわつ》を|安《やす》からしめ|給《たま》へり。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|桜ケ丘《さくらがをか》の|聖所《すがど》を|立《た》ち|去《さ》らむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|掛巻《かけまく》も|畏《かしこ》き|神《かみ》のもてなしに
|三日《みつか》の|春日《はるひ》を|遊《あそ》びけるかも
したはしき|神《かみ》に|別《わか》れを|告《つ》げてゆく
|今日《けふ》の|朝《あした》の|名残《なごり》|惜《を》しきも
|花《はな》|匂《にほ》ふ|桜ケ丘《さくらがをか》は|吾《わ》が|為《ため》に
|永久《とは》に|忘《わす》れぬ|記念《かたみ》となりぬ
|百神《ももがみ》の|厚《あつ》き|心《こころ》に|囲《かこ》まれて
|一日《ひとひ》|二日《ふたひ》|三日《みひ》と|過《す》ぎぬる
|曲津見《まがつみ》の|再《ふたた》び|襲《おそ》ひ|来《きた》るあらば
|真火《まひ》の|力《ちから》に|払《はら》はせ|給《たま》へ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|贈《おく》りし|燧石《ひうち》こそ
|吾《わが》|神魂《みたま》ぞや|吾《わが》|生命《いのち》ぞや
|国土生《くにう》みの|旅《たび》に|出《い》で|立《た》つ|道《みち》の|隈《くま》を
|安《やす》く|守《まも》れる|燧石《ひうち》なりけり』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|別《わか》れ|惜《を》しみて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『なつかしの|公《きみ》は|立《た》たすか|悲《かな》しもよ
|長《なが》く|侍《はべ》らむ|願《ねが》ひなりしを
この|丘《をか》の|梅《うめ》も|桜《さくら》も|散《ち》り|初《そ》めて
|公《きみ》が|出《い》でまし|惜《を》しむがに|見《み》ゆ
|公《きみ》|去《さ》らば|桜ケ丘《さくらがをか》の|百花《ももばな》も
|小鳥《ことり》の|声《こゑ》もとみにしをれむ
|願《ねが》はくは|今《いま》|一夜《ひとよさ》の|旅枕《たびまくら》
|許《ゆる》させ|給《たま》へこれの|聖所《すがど》に
|御空《みそら》ゆく|月日《つきひ》の|駒《こま》のその|如《ごと》く
|止《と》まらぬ|公《きみ》を|惜《を》しまるるかな
|御光《みひかり》の|公《きみ》の|恵《めぐみ》に|葦原《あしはら》の
|国土《くに》は|常世《とこよ》に|栄《さか》えゆくべし
|万世《よろづよ》に|伝《つた》へて|公《きみ》の|功績《いさをし》を
たたへ|奉《まつ》らむ|宮居《みや》を|仕《つか》へて
|御樋代神《みひしろがみ》|贈《おく》り|給《たま》ひしこの|燧石《ひうち》は
|神実《かむだね》として|斎《いつ》きまつるも
|曲神《まがかみ》の|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|時《とき》しあらば
この|神実《かむだね》に|祈《いの》りて|防《ふせ》がむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『いざさらば|桜ケ丘《さくらがをか》の|神々《かみがみ》に
|別《わか》れて|行《ゆ》かむ|西方《にしかた》の|国土《くに》へ
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|愛《かな》しき|御心《みこころ》に
ひかれて|立《た》つ|身《み》は|苦《くる》しくなりぬ』
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|別《わか》れの|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天津日《あまつひ》の|如《ごと》く|天降《あも》りし|御光《みひかり》の
|神《かみ》に|別《わか》るる|今日《けふ》ぞ|悲《かな》しき
|言霊《ことたま》の|限《かぎ》りつくして|御光《みひかり》の
|神《かみ》を|止《とど》むる|術《すべ》もなきかな
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|曲業《まがわざ》ことごとく
|治《をさ》め|給《たま》ひし|光《ひかり》の|公《きみ》はも
|御光《みひかり》の|神《かみ》の|出《い》でましし|葦原《あしはら》は
|又《また》も|曇《くも》らむ|曲津《まがつ》の|邪気《いき》に
|月《つき》も|日《ひ》も|御空《みそら》に|輝《かがや》き|給《たま》ひしは
|公《きみ》の|光《ひかり》の|功《いさを》なりけり
|永久《とこしへ》に|公《きみ》の|御魂《みたま》をいつきつつ
|葦原国土《あしはらくに》の|鎮《しづ》めと|為《な》さむ
|御光《みひかり》の|神《かみ》の|御魂《みたま》をいつかひて
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|吾《われ》|仕《つか》ふべし
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|出《い》でます|吉日迄《よきひまで》に
|御舎造《みあらかつく》り|待《ま》ち|侍《はべ》るべし
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御霊《みたま》の|御前《おんまへ》に
この|有様《ありさま》をたしに|伝《つた》へませよ』
|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|七八年《ななやとせ》|花《はな》を|見《み》ざりしこの|丘《をか》も
|公《きみ》のお|成《な》りに|咲《さ》き|出《い》でにける
|草《くさ》も|木《き》も|公《きみ》の|御行《みゆき》をゑらぎつつ
|一度《いちど》に|花《はな》の|咲《さ》き|出《い》でしはや
この|島《しま》の|森羅万象《よろづのもの》はなげくらむ
|光《ひかり》の|神《かみ》のいまさずと|聞《き》かば
|言霊《ことたま》の|限《かぎ》りつくせし|御光《みひかり》の
|神《かみ》は|月日《つきひ》と|共《とも》に|去《さ》りますか』
|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|曲神《まがみ》を|打《う》ち|払《はら》ひ
|功《いさを》しるけき|光《ひかり》の|公《きみ》はも
|久方《ひさかた》の|天津空《あまつそら》より|天降《あも》り|来《き》て
|光《ひかり》の|神《かみ》は|闇《やみ》を|照《て》らせり
|四柱《よはしら》の|御供《みとも》の|神《かみ》のはたらきに
この|稚国土《わかぐに》は|光《ひか》り|満《み》ちつつ
|中野河《なかのがは》の|河底《かはそこ》までも|乾《かわ》かせて
|渡《わた》り|来《き》ませし|功《いさを》を|思《おも》ふ
|草《くさ》も|木《き》も|公《きみ》の|現《あ》れましありし|日《ひ》ゆ
|若芽《わかめ》|萌《も》えつつ|息《いき》づきてをり
|御空《みそら》ゆく|天津日光《あまつひかげ》も|止《とど》まりて
|今朝《けさ》の|別《わか》れを|嘆《なげ》かせ|給《たま》へり
なげくとも|詮《せん》すべなけれ|御樋代《みひしろ》の
|光《ひかり》の|神《かみ》の|今日《けふ》の|御行《みゆき》は』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『この|島《しま》に|公《きみ》に|仕《つか》へて|上《あが》り|来《き》つ
やさしき|神《かみ》のもてなしに|会《あ》ひぬ
|別《わか》れゆく|今朝《けさ》を|惜《を》しけく|思《おも》ふかな
|花《はな》も|実《み》もある|神《かみ》をのこして
はろばろと|荒野《あらの》を|渉《わた》り|海《うみ》を|越《こ》えて
|出《い》でます|公《きみ》に|仕《つか》ふる|吾《われ》なり
いざさらば|御樋代神《みひしろがみ》よ|百神《ももがみ》よ
|安《やす》くましませ|吾《われ》は|帰《かへ》らむ
|濠《ほり》の|面《も》にあぎとふ|小魚《さな》の|影《かげ》|見《み》えて
|春陽《はるひ》はゆたにさしそひにけり』
|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|仰《あふ》ぎ|待《ま》ちし|光《ひかり》の|神《かみ》は|悲《かな》しくも
|別《わか》れて|旅《たび》に|今日《けふ》|立《た》たすかも
|永久《とこしへ》の|春《はる》の|栄《さかえ》を|祈《いの》りつつ
|公《きみ》にいそひて|守《まも》り|仕《つか》へむ
|花《はな》|匂《にほ》ふ|桜ケ丘《さくらがをか》の|聖所《すがどこ》に
|公《きみ》の|御行《みゆき》の|幸《さち》を|祈《いの》らむ
|輝《かがや》ける|御樋代神《みひしろがみ》の|御姿《みすがた》に
|吾《わが》|魂線《たましひ》も|清《きよ》まりしはや』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》にまつろひここに|来《き》て
ゆたけき|春《はる》に|吾《われ》あひにける
ゆたかなる|神《かみ》の|真言《まこと》に|包《つつ》まれて
|思《おも》はず|知《し》らず|日《ひ》は|経《た》ちにけり
|吾《われ》は|今《いま》|春《はる》の|光《ひかり》のただよへる
|聖所《すがど》を|惜《を》しく|別《わか》れむとするも
|今日《けふ》よりは|又《また》も|進《すす》まむ|焼野ケ原《やけのがはら》を
|駿馬《はやこま》の|背《せ》に|鞭《むち》を|打《う》ちつつ
|野辺《のべ》を|吹《ふ》く|風《かぜ》に|鬣《たてがみ》くしけづり
|浜辺《はまべ》をさして|進《すす》む|今日《けふ》かな』
|八栄比女《やさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまさかに|天降《あも》りし|光《ひかり》の|神等《かみたち》を
|見送《みおく》る|今日《けふ》の|涙《なみだ》ぐましも
まめやかに|出《い》で|立《た》ちませよ|曲神《まがかみ》の
|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|闇世《やみよ》なりせば
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|宝《たから》を|賜《たま》ひつつ
|出《い》で|立《た》ちますも|光《ひかり》の|神《かみ》は
せめて|吾《あ》を|浜辺《はまべ》に|送《おく》らせ|給《たま》へかし
|又《また》まみゆべき|時《とき》のなければ
|吾《われ》のみか|葦原比女《あしはらひめ》の|神司《みつかさ》も
|送《おく》らせ|給《たま》へ|御舟《みふね》の|側《そば》まで』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|種々《くさぐさ》の|清《きよ》き|心《こころ》のもてなしに
|吾《われ》は|心《こころ》も|足《た》らひけるかな
|情《なさけ》|深《ふか》き|神々等《かみがみたち》に|別《わか》れゆく
|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》の|惜《を》しまるるかな
そよと|吹《ふ》く|春風《はるかぜ》さへも|香《かを》りつつ
|吾《わが》ゆく|旅《たび》をゆたに|守《まも》らむ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|大空《おほぞら》の|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|吹《ふ》き|散《ち》りて
|天津日《あまつひ》|照《て》らふ|葦原《あしはら》|清《すが》しも
なつかしき|清《すが》しき|国土《くに》を|立出《たちい》でて
|曲神《まがみ》にくもる|国土《くに》に|渡《わた》らむ
|種々《くさぐさ》の|神《かみ》の|親《した》しきもてなしに
あひし|吾身《わがみ》の|幸《さち》は|忘《わす》れじ』
ここに|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|三日三夜《みつかみよさ》の|宿《やど》りを|重《かさ》ね|百神等《ももがみたち》に|別《わか》れ、これの|聖所《すがど》を|立出《たちい》で|給《たま》ふや、|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》はせめて|浜辺《はまべ》まで|見送《みおく》らせ|給《たま》へと|乞《こ》ひつつ、|以前《いぜん》の|神々《かみがみ》を|従《したが》へまして|御後《みあと》より|駒《こま》を|打《う》たせ|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|道《みち》の|案内《あない》といや|先《さき》に|駒《こま》を|打《う》たせ|給《たま》ひつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津月日《あまつつきひ》に|比《くら》ぶべき
|光《ひかり》の|神《かみ》の|御行《みゆき》|尊《たふと》き
|吾《われ》は|今《いま》|光《ひかり》の|神《かみ》の|御前《おんまへ》を
|守《まも》りてゆかむ|御舟《みふね》のかたへに
|草《くさ》も|木《き》も|蘇《よみがへ》りたる|大野ケ原《おほのがはら》を
|見《み》つつ|楽《たの》しも|吾《わが》|駒《こま》|勇《いさ》みつ
|見渡《みわた》せば|醜《しこ》の|醜草《しこぐさ》ことごとく
|焼《や》き|払《はら》はれて|目路《めぢ》はろかなり
|天津日《あまつひ》は|焼野ケ原《やけのがはら》を|照《て》らしつつ
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|春《はる》の|香《か》ただよふ
|一片《ひとひら》の|雲霧《くもきり》もなき|蒼空《あをぞら》の
|下《した》びを|進《すす》む|公《きみ》の|供《とも》かも』
|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|見《み》の|限《かぎ》り|荒野ケ原《あらのがはら》は|清《きよ》らけく
|真火《まひ》の|功《いさを》に|払《はら》はれにけり
|醜草《しこぐさ》の|中《なか》に|潜《ひそ》みし|曲津見《まがつみ》の
|影《かげ》|消《き》え|失《う》せて|天津日《あまつひ》|照《て》らふ
|春《はる》の|野《の》に|駒《こま》を|並《なら》べて|進《すす》みゆく
|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》の|悲《かな》しさゆたかさ
|七重《ななへ》|八重《やへ》|十重《とへ》に|二十重《はたへ》に|包《つつ》みたる
|雲《くも》も|御稜威《みいづ》に|晴《は》れ|渡《わた》りける
|御光《みひかり》の|神《かみ》のこの|地《ち》に|天降《あも》りしゆ
|風塵《ふうぢん》もなくをさまりしはや
|鷹巣山《たかしやま》は|白雲《しらくも》の|上《へ》にぬき|出《い》でて
|公《きみ》の|御行《みゆき》をはろかに|送《おく》るも』
|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》の|中《なか》に|悲《かな》しき|極《きは》みこそ
|光《ひかり》の|公《きみ》を|送《おく》る|朝《あさ》なり
|今日《けふ》よりは|光《ひかり》の|神《かみ》の|御姿《みすがた》を
|拝《をが》むよしなき|葦原《あしはら》の|国土《くに》
さびしさの|限《かぎ》りなるかも|地《つち》|稚《わか》き
この|国原《くにはら》に|公《きみ》のまさずば
さりながら|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|厳《いづ》
|今日《けふ》よりますます|輝《かがや》き|給《たま》はむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『いや|貴《たか》き|御樋代神《みひしろがみ》を|送《おく》りゆく
|焼野ケ原《やけのがはら》の|風《かぜ》はさみしも
|悲《かな》しさとさみしさ|一度《いちど》に|迫《せま》り|来《き》ぬ
|公《きみ》の|御行《みゆき》を|駒《こま》に|送《おく》りて
|天地《あめつち》の|開《ひら》けし|思《おも》ひは|忽《たちま》ちに
|大地《だいち》の|沈《しづ》みし|心地《ここち》となりぬ
|雄心《をごころ》の|大和心《やまとごころ》をふりおこし
|吾《われ》は|仕《つか》へむ|御樋代神《みひしろがみ》と
|葦原《あしはら》の|国土《くに》|稚《わか》けれど|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|光《ひかり》に|造《つく》り|固《かた》めむ
|急《いそ》げども|道《みち》|遠《とほ》ければ|今宵《こよひ》こそ
|忍ケ丘《しのぶがをか》に|露《つゆ》|宿《やど》りせむ』
|神々《かみがみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》みつつ|一行《いつかう》|五柱《いつはしら》の|神《かみ》を|忍ケ丘《しのぶがをか》の|麓《ふもと》まで|送《おく》らせ|給《たま》ふ。|折《をり》しも|春《はる》の|日《ひ》は|黄昏《たそが》れければ、ここに|一夜《いちや》の|宿《やど》をとらせ|給《たま》ひ、|忍ケ丘《しのぶがをか》の|月《つき》を|賞《ほ》めつつ、|一夜《いちや》を|起《お》きつ|眠《ねむ》りつ|明《あか》し|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二二 旧一一・六 於大阪分院蒼雲閣 谷前清子謹録)
第一六章 |天降地上《てんかうちじやう》〔一九七二〕
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》を|送《おく》りまゐらせつつ、|忍ケ丘《しのぶがをか》の|山麓《さんろく》に|春《はる》の|永日《ながひ》は|黄昏《たそが》れければ、ここに|一夜《いちや》の|露《つゆ》の|宿《やど》りを|定《さだ》めまし、|常磐樹《ときはぎ》|生《お》へる|丘《をか》の|上《うへ》に|各自《おのもおのも》|登《のぼ》らせ|給《たま》ひ、|葭葦《よしあし》をもて|国津神《くにつかみ》の|編《あ》み|作《つく》りたる|清畳《すがだだみ》を、いやさやさやに|敷《し》き|並《なら》べ、|御空《みそら》の|月《つき》のさやけさに|溶《と》け|入《い》りながら、|各自《おのもおのも》に|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り、|或《あるひ》は|御歌《みうた》を|詠《よ》ませつつ|暁《あかつき》の|至《いた》るを|待《ま》たせ|給《たま》ひける。
|天《てん》の|一方《いつぱう》を|眺《なが》むれば、|一塊《いつくわい》の|雲片《くもきれ》もなき|紺青《こんじやう》の|空《そら》に、|上弦《じやうげん》の|月《つき》は|下界《げかい》を|照《てら》し|給《たま》ひ、|月舟《つきふね》の|右下方《みぎかはう》に|金星《きんせい》|附着《ふちやく》して|燦爛《さんらん》と|輝《かがや》き|渡《わた》り、|月舟《つきふね》の|右上方《みぎじやうはう》|三寸《さんすん》ばかりの|処《ところ》に|土星《どせい》の|光《かげ》|薄《うす》く|光《ひか》れるを|打《う》ち|眺《なが》めつつ、|三千年《さんぜんねん》に|一度《いちど》|来《きた》る|天《てん》の|奇現象《きげんしやう》にして|稀有《けう》の|事《こと》なりと、|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|御空《みそら》を|仰《あふ》ぎ、|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|改革《かいかく》すべき|時《とき》の|到《いた》れるを|感知《かんち》し|給《たま》ひつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|澄《す》みきらふ|御空《みそら》の|海《うみ》を|照《て》らしつつ
|月《つき》の|御舟《みふね》は|静《しづ》かに|懸《かか》れり
よく|見《み》れば|月《つき》の|真下《ました》にきらきらと
|光《ひかり》の|強《つよ》き|金星《きんせい》|懸《かか》れり
|月舟《つきふね》の|右《みぎ》りの|上方《ほつへ》に|光《ひかり》|薄《うす》く
|輝《かがや》く|土星《どせい》の|光《かげ》のさみしも
|天界《てんかい》にかかる|異変《いへん》のあるといふは
|葦原《あしはら》の|動《うご》くしるしなるべし
|光《ひか》り|薄《うす》き|土星《どせい》は|天津神《あまつかみ》にして
|金星《きんせい》|即《すなは》ち|国津神《くにつかみ》なり
|上《うへ》に|立《た》つ|土星《どせい》の|光《かげ》は|光《ひか》り|薄《うす》し
|月《つき》の|光《ひかり》に|遮《さえ》られにつつ
|下《した》に|照《て》る|金星《きんせい》の|光《ひかり》はいと|強《つよ》し
|月《つき》の|御舟《みふね》の|光《ひかり》|支《ささ》へて
|葦原《あしはら》の|国土《くに》に|天降《あも》りし|天津神《あまつかみ》の
|心《こころ》をただす|時《とき》は|近《ちか》めり
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》よ|月《つき》と|星《ほし》の
|今宵《こよひ》の|状《さま》を|言解《ことと》き|給《たま》はれ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天津神《あまつかみ》の|言霊《ことたま》|濁《にご》り|水火《いき》|濁《にご》り
|光《ひかり》の|褪《あ》せし|土星《どせい》なりけり
|国津神《くにつかみ》の|中《なか》より|光《ひか》り|現《あら》はれて
|世《よ》を|守《まも》るてふ|金星《きんせい》の|光《ひかり》よ
|月舟《つきふね》の|清《きよ》き|光《ひかり》は|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》の|御魂《みたま》の|光《ひか》りなるぞや
|此処《ここ》にます|天津神等《あまつかみたち》|心《こころ》せよ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|神《かみ》を|斎《いつ》きて
|天津神《あまつかみ》は|神《かみ》を|認《みと》めず|国津神《くにつかみ》は
|真言《まこと》の|神《かみ》を|斎《いつ》きまつれる
|千早振《ちはやぶ》る|神《かみ》は|光《ひかり》に|在《おは》しませば
|神《かみ》にかなへる|魂《たま》はかがよふ
|神《かみ》を|背《せ》にし|信仰《あななひ》の|道《みち》|欠《か》くならば
|神魂《みたま》の|光《ひか》り|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|失《う》せむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|光《ひかり》の|神《かみ》の|神宣《みことのり》を
|宜《うべ》よとわれは|頷《うなづ》かれける
|二十年《はたとせ》を|曲津《まがつ》の|神《かみ》に|艱《なや》みしも
|神《かみ》に|離《はな》れし|報《むく》いなりける
|主《ス》の|宮居《みや》に|仕《つか》ふる|天津神等《あまつかみたち》は
|心《こころ》を|清《きよ》め|魂《たま》を|磨《みが》けよ
|主《ス》の|神《かみ》は|天津御空《あまつみそら》に|奇《くしび》なる
|兆《しるし》を|見《み》せて|警《いまし》め|給《たま》ふも』
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|驚《おどろ》きて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|知《し》らず|識《し》らず|心《こころ》|傲《おご》りて|主《ス》の|神《かみ》に
|仕《つか》ふる|道《みち》を|怠《をこた》りにけり
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|御教《みをしへ》に
わが|魂線《たましひ》は|戦《をのの》きにけり
|国津神《くにつかみ》の|艱《なや》みを|思《おも》ひて|朝夕《あさゆふ》に
|主《ス》の|大神《おほかみ》に|祈《いの》りまつらむ
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|御魂《みたま》は|御空《みそら》|行《ゆ》く
|月《つき》の|光《ひかり》と|輝《かがや》き|給《たま》へる
かくの|如《ごと》|輝《かがや》き|給《たま》ふ|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》とは|知《し》らず|過《す》ぎにけらしな
|光《ひかり》|薄《うす》き|土星《どせい》の|魂《たま》を|持《も》ちながら
|月《つき》の|光《ひかり》の|上《うへ》にのぼりつ
|貴身《きみ》|小身《をみ》の|道《みち》を|乱《みだ》しし|報《むく》いかも
|今《いま》まで|曲津《まが》の|猛《たけ》びたりしは
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|守《まも》りの|吾《われ》にして
|御樋代司《みひしろつかさ》をうとみけるかも
|御樋代神《みひしろがみ》よ|許《ゆる》させ|給《たま》へ|今日《けふ》よりは
|真言《まこと》をもちて|仕《つか》へまつらむ』
|御樋代神《みひしろかみ》は|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『|汝《なれ》こそは|真言《まこと》をもちて|大前《おほまへ》に
|仕《つか》へまつらむ|御名《みな》なりにけり
|曲津見《まがつみ》に|清《きよ》き|御魂《みたま》を|曇《くも》らされ
|土星《どせい》の|如《ごと》く|薄《うす》らぎて|居《を》り
とにかくに|土星《どせい》の|光《ひかり》|出《い》づるまで
|地《つち》に|降《くだ》りて|世《よ》に|尽《つく》せかし
|金星《きんせい》は|国津神等《くにつかみら》の|仰《あふ》ぎつる
|野槌《ぬづち》の|彦《ひこ》の|御魂《みたま》なりける
|今日《けふ》よりは|野槌彦《ぬづちひこ》をば|天津神《あまつかみ》の
|列《つら》に|加《くは》へて|司《つかさ》と|為《な》さむ
|真以比古《まさもちひこ》|其《その》|他《た》の|神々《かみがみ》|悉《ことごと》く
|地《つち》に|降《くだ》りて|魂《たま》を|清《きよ》めよ
|野槌彦《ぬづちひこ》は|今日《けふ》より|其《そ》の|名《な》を|改《あらた》めて
|野槌《ぬづち》の|神《かみ》と|仕《つか》へまつれよ』
|野槌彦《ぬづちひこ》は|答《こた》ふ。
『|国津神《くにつかみ》|賤《いや》しき|吾《われ》は|如何《いか》にして
|国土《くに》の|宮居《みやゐ》に|仕《つか》へ|得《う》べきや
|如何《いか》に|吾《われ》|金星《きんせい》の|光《ひかり》|保《たも》つとも
|一柱《ひとはしら》もて|仕《つか》へむ|術《すべ》なし』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》はこれに|答《こた》へて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天津神《あまつかみ》の|野槌《ぬづち》の|神《かみ》よわが|宣《の》れる
|言霊《ことたま》|謹《つつし》み|国土《くに》に|仕《つか》へよ
|国津神《くにつかみ》の|清《きよ》き|正《ただ》しき|魂《たま》|選《え》りて
|天津神業《あまつみわざ》を|言依《ことよ》さすべし
|葦原《あしはら》の|国土《くに》のことごとまぎ|求《もと》め
|清《きよ》き|御魂《みたま》を|選《えら》びて|用《もち》ひむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|大英断《だいえいだん》に|感《かん》じて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|雄々《をを》しさよ
|天《あめ》と|地《つち》とを|立替《たてか》へ|給《たま》ひぬ
|光《ひかり》なくば|黒雲《くろくも》|包《つつ》む|葦原《あしはら》は
|黒白《あやめ》も|分《わ》かぬ|闇《やみ》の|世《よ》なるよ
|常世《とこよ》ゆく|万《よろづ》の|災《わざはひ》|群《むら》|起《お》きるも
|曇《くも》れる|神《かみ》のたてばなりけり
|御樋代神《みひしろがみ》の|上《うへ》に|輝《かがや》く|神々《かみがみ》の
|土星《どせい》の|御魂《みたま》を|浄《きよ》めさせ|給《たま》へ
|今《いま》すぐに|金星《きんせい》の|如《ごと》|光《ひか》らねど
|倦《う》まずば|遂《つひ》に|御楯《みたて》とならむ
|久方《ひさかた》の|空《そら》に|奇瑞《きずゐ》の|現《あら》はれしは
|我国土《わがくに》|生《い》かさむ|御神慮《ごしんりよ》なりける』
|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》は|驚《おどろ》きて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|桜ケ丘《さくらがをか》の|宮居《みや》に|二十年《はたとせ》|仕《つか》へ|来《き》て
わが|魂線《たましひ》は|世《よ》を|濁《にご》らせる
|今《いま》となりうら|恥《は》づかしく|思《おも》ふかな
|御空《みそら》に|魂《たま》の|性《さが》|現《あら》はれつ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|言葉《ことば》を|畏《かしこ》みて
|吾《われ》|今日《けふ》よりは|地《つち》に|降《くだ》らむ
|国津神《くにつかみ》の|列《つら》に|加《くは》はり|斎鋤《いむすき》を
|持《も》ちて|田畑《たはた》を|耕《たがや》し|生《い》きむ
|葦原《あしはら》の|国土《くに》に|涌《わ》き|立《た》ちし|黒雲《くろくも》も
|吾等《われら》が|為《た》めと|思《おも》へば|恐《おそ》ろし
|天地《あめつち》の|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》|深《ふか》くして
わが|過《あやまち》を|許《ゆる》させ|給《たま》ひぬ』
|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》も|亦《また》|土星《どせい》の|魂《たま》となり|果《は》てて
この|国原《くにはら》を|乱《みだ》しけるかも
これよりは|土星《どせい》の|性《さが》にふさはしき
|地《つち》に|降《くだ》りて|田畑《たはた》を|拓《ひら》かむ
|地《つち》の|性《さが》|持《も》てる|賤《いや》しき|魂線《たましひ》の
|如何《いか》で|御空《みそら》に|光《ひか》るべしやは
|今迄《いままで》は|真言《まこと》の|天津神《あまつかみ》なりと
|心《こころ》|傲《おご》りつつ|年《とし》を|経《へ》にけり
わが|魂《たま》の|曇《くも》りは|土星《どせい》と|現《あら》はれて
|忍ケ丘《しのぶがをか》の|地《つち》に|墜《お》ちける
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|言葉《ことば》は|主《ス》の|神《かみ》の
|御水火《みいき》なりせば|背《そむ》かむ|由《よし》なし
|国津神《くにつかみ》の|照《て》れる|御魂《みたま》を|引《ひ》き|上《あ》げて
|豊葦原《とよあしはら》の|国土《くに》|守《まも》りませ
|御供《おんとも》に|仕《つか》へまつるも|畏《かしこ》しと
|思《おも》へばわが|身《み》|戦《をのの》き|止《や》まずも
|久方《ひさかた》の|天津空《あまつそら》より|荒金《あらがね》の
|地《つち》に|降《くだ》りし|今宵《こよひ》の|吾《われ》かも
|知《し》らず|識《し》らず|御魂《みたま》|曇《くも》りて|天津神《あまつかみ》の
|位置《くら》は|地上《ちじやう》にうつらひにけり』
|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|栄春比女《さかはるひめ》|神《かみ》と|仕《つか》へて|朝夕《あさゆふ》に
|御樋代神《みひしろがみ》の|御魂《みたま》|汚《けが》せし
|主《ス》の|神《かみ》の|尊《たふと》き|御前《みまへ》を|知《し》らず|識《し》らず
|礼《ゐや》なく|仕《つか》へしわが|罪《つみ》|恐《おそ》ろし
|鷹巣山《たかしやま》に|雲《くも》わき|立《た》ちて|葦原《あしはら》の
この|稚国土《わかくに》は|風《かぜ》|荒《すさ》びたり
|野槌比古《ぬづちひこ》|神《かみ》の|清《すが》しき|魂線《たましひ》は
|御樋代神《みひしろがみ》の|司《つかさ》となりませり
|今日《けふ》よりは|野槌《ぬづち》の|神《かみ》の|御光《みひかり》の
|隈《くま》なく|照《て》らむ|葦原《あしはら》の|国土《くに》に
|曇《くも》り|果《は》て|乱《みだ》れ|果《は》てたる|国原《くにはら》を
|救《すく》ふは|野槌《ぬづち》の|神《かみ》の|功《いさを》よ』
|八栄比女《やさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|東《ひむがし》の|国土《くに》の|果《は》てなる|桜ケ丘《さくらがをか》に
|仕《つか》へし|吾《われ》の|終《をは》りは|来《き》にけり
おほけなくも|女神《めがみ》の|身《み》ながら|宮居《みや》の|辺《べ》に
|仕《つか》へまつりし|事《こと》を|悔《く》ゆるも
|今《いま》となりて|何《なに》を|歎《なげ》かむ|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|曇《くも》りの|報《むく》いなりせば
|朝夕《あさゆふ》に|神《かみ》の|供前《みまへ》に|太祝詞《ふとのりと》
|吾《われ》|怠《おこた》りつ|今《いま》に|及《およ》べり
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》になりし|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》さげしみし|罪《つみ》を|恐《おそ》るる
|吾《われ》なくば|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|治《をさ》まらじと
|思《おも》ひけるかな|愚心《おろかごころ》に
|愛善《あいぜん》の|神《かみ》は|今《いま》までわが|罪《つみ》を
|許《ゆる》させ|給《たま》ひし|事《こと》のかしこさ
|畏《かしこ》しと|宣《の》る|言《こと》の|葉《は》も|口籠《くちごも》り
わが|胸《むね》の|火《ひ》は|燃《も》え|盛《さか》るなり
|今宵限《こよひかぎ》り|天津神《あまつかみ》なる|位置《くら》を|捨《す》てて
|野《や》に|降《くだ》りつつ|田畑《たはた》を|拓《ひら》かむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|又《また》もや|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《てん》の|時《とき》|地《ち》の|時《とき》|到《いた》りて|葦原《あしはら》の
|国土《くに》の|光《ひかり》は|現《あら》はれにけり
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|標章《しるし》と|今日《けふ》よりは
|◎《ス》の|玉《たま》の|旗《はた》を|翻《ひるがへ》しませ
|◎《ス》の|玉《たま》を|並《なら》べ|足《た》らはし|十《たり》と|為《な》し
|真言《まこと》の|国土《くに》の|標章《しるし》と|定《さだ》めよ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|国土《くに》の|始《はじ》めの|旗標《はたじるし》まで
|賜《たま》ひし|公《きみ》の|功《いさを》は|貴《たか》し
|万世《よろづよ》に|吾《われ》は|伝《つた》へてこの|旗《はた》を
|国土《くに》の|生命《いのち》と|祀《まつ》らせまつらむ
|天津神《あまつかみ》の|野槌《ぬづち》の|神《かみ》は|国《くに》の|柱《はしら》
|定《さだ》めて|吾《われ》に|奉《たてまつ》れかし』
|野槌比古《ぬづちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|葦原比女《あしはらひめ》の|神宣《みことのり》
|吾《われ》|選《えら》ぶべし|四柱《よはしら》の|神《かみ》を
|天津神《あまつかみ》の|列《つら》に|加《くは》はる|神柱《みはしら》は
|高《たか》|照《てる》|清《きよ》|晴《はる》|彦《ひこ》を|選《えら》ばむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|高彦《たかひこ》を|高比古《たかひこ》の|神《かみ》|照彦《てるひこ》を
|照比古《てるひこ》の|神《かみ》と|名《な》を|改《あらた》めよ
|清彦《きよひこ》は|清比古《きよひこ》の|神《かみ》|晴彦《はるひこ》は
|晴比古《はるひこ》の|神《かみ》と|名乗《なの》り|仕《つか》へよ』
|野槌比古《ぬづちひこ》の|神《かみ》は|感謝《かんしや》しながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|天津神《あまつかみ》の|位置《くら》に|選《えら》まれし
|吾等《われら》|五柱《いつはしら》は|身《み》をもて|仕《つか》へむ
|今宵《こよひ》すぐに|駿馬使《はやこまつかひ》を|馳《は》せにつつ
|四柱神《よはしらがみ》を|招《まね》き|仕《つか》へむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|一時《ひととき》も|早《はや》く|此《こ》の|場《ば》に|招《まね》き|寄《よ》せて
この|葦原《あしはら》の|神柱《みはしら》たてよ』
かくして、|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|小夜更《さよふ》くる|頃《ころ》、|駿馬《はやこま》に|鞭《むち》うたせつつ、|此処《ここ》に|集《あつま》り|来《きた》り、|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|宣示《せんじ》のもとに、かしこまり|天津神《あまつかみ》の|列《れつ》に|加《くは》はり|給《たま》ひぬ。
|夜《よ》は|森々《しんしん》と|更《ふ》け|渡《わた》り、|暁《あかつき》|近《ちか》く|百鳥《ももとり》の|声《こゑ》は|爽《さわや》かに|響《ひび》き、|春野《はるの》を|渡《わた》る|風《かぜ》は、かむばしき|梅ケ香《うめがか》を|送《おく》り|田鶴《たづ》は|九皐《きうかう》に|瑞祥《ずゐしやう》をうたひ、|鵲《かささぎ》は|常磐《ときは》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|黎明《れいめい》を|告《つ》げて|寿《ことほ》ぐが|如《ごと》し。
ああ|惟神《かむながら》|恩頼《みたまのふゆ》ぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一二・二二 旧一一・六 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
第一七章 |天任地命《てんにんちめい》〔一九七三〕
|茲《ここ》に|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|守《まも》り|神《がみ》と|生《うま》れませる|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は、|天体《てんたい》に|現《あら》はれし|月星《げつせい》の|奇現象《きげんしやう》に|三千年《さんぜんねん》の|天地《てんち》の|時《とき》|到《いた》れることを、|鋭敏《えいびん》なる|頭脳《づなう》より|証覚《しようかく》し|給《たま》ひ、|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|発揮《はつき》して、|天津神等《あまつかみたち》を|一柱《ひとはしら》も|残《のこ》さず|地《ち》に|降《くだ》し、また|地《ち》に|潜《ひそ》みたる|神魂《みたま》の|清《きよ》き|国津神《くにつかみ》を|抜擢《ばつてき》して、|天津神《あまつかみ》の|位置《くら》につらね、|国土《くに》の|政治《まつりごと》|一切《いつさい》を|統括《とうくわつ》せしめ|給《たま》ふ|大英断《だいえいだん》に、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|感激《かんげき》し|給《たま》ひ、|諸神《しよしん》に|向《むか》つて|宣示的《せんじてき》|御歌《みうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。その|御歌《みうた》、
『|天地《あめつち》の|開《ひら》けし|時《とき》ゆためしなき
|今日《けふ》の|動《うご》きの|大《おほ》いなるかも
|天地《あめつち》も|一度《いちど》に|動《うご》く|心地《ここち》かな
|国土《くに》の|司《つかさ》の|昇《のぼ》り|降《くだ》りは
|荒金《あらがね》の|地《つち》を|拓《ひら》きて|御日光《みひかげ》は
|天津御空《あまつみそら》に|昇《のぼ》りましける
|天《あま》|渡《わた》る|星《ほし》は|御空《みそら》の|高《たか》きより
|降《くだ》りて|地《つち》にひそむ|夜半《よは》なり
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|英断《えいだん》を
|主《ス》の|大神《おほかみ》も|嘉《よみ》しますらむ
|二十年《はたとせ》の|曇《くも》り|汚《けが》れも|今日《けふ》よりは
|隈《くま》なく|晴《は》れて|月日《つきひ》は|照《て》らむ
|神々《かみがみ》の|水火《いき》の|曇《くも》りの|強《つよ》ければ
|天津御空《あまつみそら》に|黒雲《くろくも》|立《た》つも
|新《あたら》しき|国土《くに》の|生《うま》れし|今日《けふ》よりは
|葦原《あしはら》の|国土《くに》はゆたに|栄《さか》えむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御光《みひかり》の|神《かみ》の|現《あ》れます|忍ケ丘《しのぶがをか》に
|国土《くに》の|司《つかさ》を|定《さだ》めけるかな
|国津神《くにつかみ》を|天津神《あまつかみ》とし|天津神《あまつかみ》を
|国津神《くにつかみ》とし|稚国土《わかくに》|生《う》まむ
|国津神《くにつかみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》すと|此《この》|丘《をか》に
|神《かみ》を|祈《いの》りて|千代《ちよ》を|祝《いは》はむ』
かく|宣《の》り|終《を》へ|給《たま》ひて、|国津神《くにつかみ》もろもろに|命《めい》じ、|忍ケ丘《しのぶがをか》の|聖所《すがど》に|主《ス》の|大神《おほかみ》の|斎壇《さいだん》を|造《つく》らせ、|祝詞《のりと》の|声《こゑ》も|恭《うやうや》しく、|天津神《あまつかみ》、|国津神《くにつかみ》、|十柱神《とはしらがみ》の|神任式《しんにんしき》の|祭典《さいてん》を|盛大《せいだい》に|行《おこな》はせ|給《たま》ひける。
|野槌比古《ぬづちひこ》の|神《かみ》は|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に、|恐《おそ》る|畏《おそ》る|進《すす》み|出《い》で、|歌《うた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|守《まも》りと|天降《あも》ります
|御樋代神《みひしろがみ》の|御前《みまへ》|畏《かしこ》し
|卑《いや》しかる|吾《われ》|国津神《くにつかみ》|選《えら》まれて
|今日《けふ》より|仕《つか》へむ|御側《みそば》|近《ちか》くを
|天《あめ》も|地《つち》も|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》ふさがりし
この|国原《くにはら》は|明《あ》け|放《はな》れたり
|真心《まごころ》の|限《かぎ》りをつくし|主《ス》の|神《かみ》を
|朝夕《あさゆふ》|斎《いつ》きて|公《きみ》に|仕《つか》へむ
|荒金《あらがね》の|地《つち》をはひ|出《い》で|久方《ひさかた》の
|御空《みそら》に|昇《のぼ》るわれ|畏《かしこ》しも
|卑《いや》しけれど|御言葉《みことば》なりせば|慎《つつし》みて
|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ|国土《くに》の|柱《はしら》と
|四柱《よはしら》の|国津神《くにつかみ》たちもろともに
|御前《みまへ》を|近《ちか》く|清《きよ》めて|仕《つか》へむ』
|高比古《たかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|依《よ》さしの|言霊《ことたま》を
|畏《かしこ》み|奉《まつ》り|今日《けふ》より|仕《つか》へむ
|天津神《あまつかみ》|国津神等《くにつかみら》のなやみをも
|真言《まこと》の|力《ちから》に|払《はら》ひ|奉《まつ》らむ
われは|野《や》に|久《ひさ》しくありて|天津神《あまつかみ》の
|日々《ひび》に|務《つと》むる|神業《みわざ》に|疎《うと》し
われはただ|真心《まごころ》もちて|朝夕《あさゆふ》に
|百《もも》の|神《かみ》たちの|為《ため》につくさむ
|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|稚《わか》しもはしばしは
まだ|曲津見《まがつみ》の|雄猛《をたけ》び|強《つよ》し
|今日《けふ》よりは|清《きよ》けき|明《あか》き|心《こころ》もて
|公《きみ》と|国土《くに》とに|神魂《みたま》|捧《ささ》げむ』
|照比古《てるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|思《おも》ひきや|天津御神《あまつみかみ》の|位置《つら》に|入《い》りて
|公《きみ》に|親《した》しく|仕《つか》へ|奉《まつ》るとは
|駿馬《はやこま》の|使《つかひ》にわれは|驚《おどろ》きて
|急《いそ》ぎ|御前《みまへ》にかしこみ|来《きた》るも
|主《ス》の|神《かみ》の|生《う》ませ|給《たま》ひし|葦原《あしはら》の
|国土《くに》を|生《い》かして|永久《とは》に|守《まも》らむ
|御樋代神《みひしろがみ》の|例《ためし》もあらぬ|英断《えいだん》に
|吾《われ》は|畏《かしこ》み|馳《は》せまゐりけり
|天津神《あまつかみ》の|務《つと》むるわざは|知《し》らねども
|神任《よさし》のままに|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
|朝夕《あさゆふ》に|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|修《をさ》めつつ
|此《この》|稚国土《わかくに》の|為《ため》に|尽《つく》さむ
|月《つき》も|日《ひ》も|神庭《みには》に|清《きよ》く|照比古《てるひこ》の
|神《かみ》は|功《いさを》を|永久《とこしへ》に|立《た》てむ
これの|世《よ》を|忍ケ丘《しのぶがをか》に|年《とし》さびて
|世《よ》を|歎《なげ》きましし|野槌《ぬづち》の|神《かみ》はや
|吾《われ》もまた|忍ケ丘《しのぶがをか》に|往来《ゆきき》して
|野槌《ぬづち》の|神《かみ》の|教《をしへ》うけをり
|曇《くも》りはて|乱《みだ》れはてたる|国原《くにはら》を
|治《をさ》めむとして|道《みち》を|求《ま》ぎける
|野槌比古《ぬづちひこ》|神《かみ》の|教《をしへ》は|天地《あめつち》の
|神《かみ》の|真言《まこと》の|教《をしへ》なりけり
|国津神《くにつかみ》の|水火《いき》|安《やす》かれと|朝夕《あさゆふ》に
|神《かみ》を|祈《いの》りし|野槌《ぬづち》の|神《かみ》なり
|野槌比古《ぬづちひこ》|神《かみ》の|教《をしへ》に|従《したが》ひて
|永《なが》き|年月《としつき》を|神《かみ》|斎《いつ》きけり
|今日《けふ》となりて|野槌《ぬづち》の|神《かみ》の|畏《かしこ》さを
|悟《さと》りけらしな|愚《おろか》なる|身《み》も
|畏《かしこ》けれど|御樋代神《みひしろがみ》の|御前《おんまへ》に
|仕《つか》へて|神国《みくに》を|安《やす》く|生《い》かさむ』
|清比古《きよひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|真言《まこと》に|召《め》されつつ
|忍ケ丘《しのぶがをか》にわが|来《き》つるかも
|吾《われ》もまた|野槌《ぬづち》の|神《かみ》の|御教《みをしへ》を
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|守《まも》りてしはや
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》|曇《くも》らひ|水火《いき》|汚《けが》れ
|苦《くる》しき|神世《みよ》となりにけらしな
|天《てん》の|時《とき》|漸《やうや》く|来《きた》りて|御光《みひかり》の
|神《かみ》の|力《ちから》に|神世《みよ》|晴《は》れにける
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|御心《みこころ》なやめてし
|国津神等《くにつかみら》の|罪《つみ》を|許《ゆる》せよ
|国津神《くにつかみ》の|穢《きたな》き|水火《いき》の|固《かた》まりて
|天津御神《あまつみかみ》に|及《およ》びけるかも
|荒金《あらがね》の|地《つち》の|司《つかさ》と|降《くだ》りましし
|天津神等《あまつかみたち》をいとしく|思《おも》ふも
|吾《われ》もまた|望《のぞ》む|位置《くら》にはあらねども
|公《きみ》の|言葉《ことば》に|背《そむ》く|由《よし》なし
|貴身《きみ》と|小身《をみ》の|道《みち》を|正《ただ》して|天地《あめつち》の
|神《かみ》の|御心《みこころ》なごめ|奉《まつ》らむ
|今日《けふ》よりは|野槌《ぬづち》の|神《かみ》に|従《したが》ひて
|此《この》|稚国土《わかくに》の|為《ため》に|尽《つく》さむ
たまきはる|命《いのち》のはつる|夕《ゆふ》べまで
|吾《われ》は|尽《つく》さむ|神国《みくに》の|為《ため》に
|貴身《きみ》と|小身《をみ》|田身《たみ》の|真道《まさみち》|明《あき》らかに
|明《あか》して|御前《みまへ》に|真心《まごころ》|尽《つく》さむ』
|晴比古《はるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『かかる|日《ひ》のありとは|予《かね》て|知《し》りながら
|今日《けふ》のよき|日《ひ》に|驚《おどろ》きけるかも
|愛善《あいぜん》の|紫微天界《しびてんかい》に|生《い》き|生《い》きて
すべてのものを|助《たす》け|守《まも》らむ
|鳥《とり》|獣《けもの》|魚《うを》|虫螻蛄《むしけら》にいたるまで
|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|浸《した》し|守《まも》らむ
|新《あたら》しき|国土《くに》の|司《つかさ》と|任《ま》けられて
|吾《わが》|魂線《たましひ》の|戦《をのの》き|止《や》まずも
|主《ス》の|神《かみ》の|水火《いき》の|力《ちから》を|身《み》に|浴《あ》びて
|葦原《あしはら》の|国土《くに》に|力《ちから》を|尽《つく》さむ
|御樋代神《みひしろがみ》の|御稜威《みいづ》|畏《かしこ》み|葦原《あしはら》の
|国土《くに》の|隈々《くまぐま》|拓《ひら》き|進《すす》まむ
|足引《あしびき》の|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|雲《くも》をぬく
|高《たか》き|功《いさを》を|立《た》てむと|思《おも》ふ
|曲津見《まがつみ》はかげを|潜《ひそ》めむ|忍ケ丘《しのぶがをか》の
|今日《けふ》の|喜《よろこ》び|耳《みみ》にしつれば
|御光《みひかり》の|神《かみ》は|現《あ》れまし|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》は|光《ひか》らす|目出度《めでた》き|神世《みよ》かな
|年長《としなが》く|国土《くに》のなやみを|歎《かこ》ちてし
わがおもひねは|晴《は》れ|渡《わた》りける
|主《ス》の|神《かみ》の|生《う》ませ|給《たま》ひし|貴《うづ》の|島《しま》を
|汚《けが》す|曲津見《まがみ》を|憎《にく》みつ|年《とし》|経《た》つ
|久方《ひさかた》の|天《てん》の|時《とき》こそ|迫《せま》り|来《き》て
|吾《われ》|世《よ》に|出《い》でし|今宵《こよひ》ぞ|嬉《うれ》しき
|力《ちから》なく|光《ひかり》なけれど|吾《われ》はただ
|野槌《ぬづち》の|神《かみ》に|添《そ》ひて|仕《つか》へむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|現《あ》れます|御樋代神《みひしろがみ》を
|吾《わが》|公《きみ》として|仰《あふ》ぐ|今日《けふ》かも
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|守《まも》りの|司神《つかさがみ》と
|光《ひか》らせ|給《たま》へ|万世《よろづよ》までも』
かく|各自《おのもおのも》|神任式《しんにんしき》の|挨拶《あいさつ》や|抱負《はうふ》を、|御歌《みうた》もて|国土《くに》の|大神柱《おほみはしら》なる|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|御前《おんまへ》に、|言挙《ことあ》げし、|英気《えいき》をその|面《おも》に|充《みた》し|給《たま》ひけるぞ|畏《かしこ》けれ。
|茲《ここ》に|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は、|天津神《あまつかみ》の|神任式《しんにんしき》を|目出度《めでた》く|終《をは》らせ|給《たま》ひ、ついで|国津神《くにつかみ》の|任所《にんしよ》を|定《さだ》め|給《たま》はむとして、|宣示的《せんじてき》|御歌《みうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真以比古《まさもちひこ》|神《かみ》の|神言《みこと》は|西《にし》の|国土《くに》の
|司《つかさ》となりて|神《かみ》を|治《をさ》めよ
|葦原《あしはら》の|西《にし》の|国辺《くにべ》は|国津神《くにつかみ》
|数多《あまた》|住《す》むとふとく|出《い》で|立《た》たせよ』
|真以比古《まさもちひこ》の|神《かみ》は|感激《かんげき》しながら|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|奉《たてまつ》る。
『|御樋代神《みひしろがみ》の|恵《めぐみ》かしこし|謹《つつし》みて
|西国土《にしくに》|拓《ひら》くと|勇《いさ》み|進《すす》まむ
|今日《けふ》よりは|西《にし》の|国土《くに》なる|国津神《くにつかみ》の
|司《つかさ》となりて|貴身《きみ》に|仕《つか》へむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》に|向《むか》ひ、|宣示的《せんじてき》|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|成山比古《なりやまひこ》|神《かみ》は|南《みなみ》の|国原《くにはら》に
|進《すす》みて|国土《くに》の|長《をさ》と|仕《つか》へよ
|南《みむなみ》の|国土《くに》に|住《す》まへる|国津神《くにつかみ》を
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|労《いたは》り|守《まも》れ』
|成山比古《なりやまひこ》の|神《かみ》は|畏《おそ》る|畏《おそ》る|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|汚《けが》れたる|神魂《みたま》の|吾《われ》も|捨《す》てまさぬ
|貴身《きみ》の|言葉《ことば》に|涙《なみだ》しにけり
|力《ちから》なき|吾《われ》なりながら|御心《みこころ》に
|背《そむ》かじものと|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》に|向《むか》ひ、|宣示的《せんじてき》|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|霊生比古《たまなりひこ》|神《かみ》は|東《ひがし》の|国原《くにはら》に
|司《つかさ》となりて|進《すす》み|行《ゆ》きませ
|鷹巣山《たかしやま》の|東《ひがし》に|当《あた》る|国土《くに》なれば
|曲津《まが》の|猛《たけ》びを|心《こころ》して|行《ゆ》け』
|霊生比古《たまなりひこ》の|神《かみ》は|感謝《かんしや》しながら|御歌奉《みうたたてまつ》る。
『|許々多久《ここたく》の|罪《つみ》も|汚《けが》れも|許《ゆる》しまし
|東《ひがし》の|国主《こきし》に|任《ま》け|給《たま》ひけるはや
|国主《こきし》てふ|尊《たふと》きわざを|任《ま》けられて
|忝《かたじけ》なさに|袖《そで》しぼるなり』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》に|向《むか》ひて、|宣示的《せんじてき》|御歌《みうた》を|与《あた》へ|給《たま》ふ。
『|栄春比女《さかはるひめ》|神《かみ》はこれより|北《きた》の|国土《くに》の
|司《つかさ》となりて|永久《とは》に|栄《さか》えよ
|北《きた》の|国土《くに》はまだ|稚《わか》ければ|国津神《くにつかみ》も
|数多《あまた》|住《す》まなく|曲津見《まがつみ》|多《おほ》し
|曲津見《まがつみ》に|心《こころ》して|行《ゆ》け|栄春比女《さかはるひめ》よ
|汝《なれ》が|功《いさを》を|吾《われ》|守《まも》るべし』
|栄春比女《さかはるひめ》の|神《かみ》は|嗚咽《をえつ》|涕泣《ていきふ》しながら|神恩《しんおん》を|忝《かたじけ》なみ、|御歌《みうた》を|奉《たてまつ》る。
『|吾《われ》もまた|穢《きたな》き|弱《よわ》き|神《かみ》なるを
|恵《めぐみ》の|貴身《きみ》は|捨《す》て|給《たま》はぬを
よしやよし|魂《たま》の|命《いのち》は|失《う》するとも
|貴身《きみ》の|恵《めぐみ》に|報《むく》はで|置《お》くべき
|北《きた》の|国土《くに》を|春《はる》の|弥生《やよひ》の|花《はな》の|如《ごと》
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|拓《ひら》き|奉《まつ》らむ
いざさらば|北《きた》の|神国《みくに》に|進《すす》むべし
まめやかにませよ|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|八栄比女《やさかひめ》の|神《かみ》に|向《むか》ひて、|御歌《みうた》を|与《あた》へ|給《たま》ふ。
『|八栄比女《やさかひめ》は|野槌《ぬづち》の|神《かみ》の|後《あと》をつぎ
|忍ケ丘《しのぶがをか》の|国津神《くにつかみ》|守《まも》らへ
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|真秀良場《まほらば》よ|忍ケ丘《しのぶがをか》は
|光《ひかり》の|神《かみ》の|天降《あも》らしし|丘《をか》よ』
|八栄比女《やさかひめ》の|神《かみ》は|嬉《うれ》しさに|堪《た》へず、|歌《うた》もて|答《こた》へ|奉《たてまつ》る。
『|吾《わが》|貴身《きみ》の|厚《あつ》き|心《こころ》に|包《つつ》まれて
|忍ケ丘《しのぶがをか》の|涙《なみだ》|忍《しの》びぬ
|御光《みひかり》の|神《かみ》の|天降《あも》りし|此《この》|聖所《すがど》の
|司《つかさ》となりし|吾《わが》|幸《さち》|思《おも》ふ
|今日《けふ》よりは|心《こころ》の|限《かぎ》り|身《み》の|限《かぎ》り
|貴身《きみ》の|依《よ》さしに|報《むく》い|奉《まつ》らむ』
|茲《ここ》に|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|一行《いつかう》の|神々《かみがみ》の|立会《たちあい》のもとに、|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|英断的《えいだんてき》|神任式《しんにんしき》は|無事《ぶじ》|終了《しうれう》をつげ、|天津神《あまつかみ》は|国津神《くにつかみ》となり、|国津神《くにつかみ》は|天津神《あまつかみ》と|任《ま》けられて、いよいよ|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|新生命《しんせいめい》は|輝《かがや》き|初《そ》めにけるぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一二・二二 旧一一・六 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)
第一八章 |神嘉言《かむよごと》〔一九七四〕
|妖邪《えうじや》の|気《き》|鬱積《うつせき》して|黒雲《こくうん》|天地《てんち》を|塞《ふさ》ぎ、|殆《ほとん》ど|亡国《ばうこく》に|瀕《ひん》したるグロスの|島《しま》は、|天《てん》の|時《とき》|到《いた》りて、|高地秀《たかちほ》の|宮居《みや》より|天降《あも》りませる|八柱御樋代神《やはしらみひしろがみ》の|一柱《ひとはしら》なる|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|御降臨《ごかうりん》によりて、|天地《てんち》|清《きよ》まり、|国内《こくない》|一点《いつてん》の|風塵《ふうぢん》も|止《とど》めざるに|至《いた》りたれば、|茲《ここ》にグロスの|島国《しまぐに》を|葦原新国《あしはらしんこく》と|改称《かいしよう》し、|国津神《くにつかみ》を|抜擢《ばつてき》して|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|国津柱《くにつはしら》の|御側《みそば》|近《ちか》く|神業《みわざ》を|司《つかさど》らしめ|給《たま》ふ|事《こと》とはなりぬ。|茲《ここ》に|新《あたら》しく|蘇《よみがへ》りたる|葦原《あしはら》の|国土《くに》はグロノス、ゴロスの|曲津神《まがつかみ》、|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》と|真火《まひ》の|功《いさを》に|逃《に》げ|失《う》せければ、|国土《くに》の|中心《ちうしん》なる|忍ケ丘《しのぶがをか》に|宮居《みや》を|移《うつ》し|給《たま》ひ、|八尋殿《やひろどの》を|急《いそ》ぎ|見建《みた》て|給《たま》ひて、|国津神《くにつかみ》の|上《うへ》に|臨《のぞ》ませ|給《たま》ふ|事《こと》とはなりぬ。|十曜《とえう》の|神旗《しんき》は|春風《はるかぜ》に|翩翻《へんぽん》として|翻《ひるがへ》り、|日月《じつげつ》の|光《ひかり》は|殊更《ことさら》に|美《うる》はしく|天《てん》に|輝《かがや》き|地《ち》に|照《て》らひ、|四方八方《よもやも》より|国津神《くにつかみ》を|初《はじ》めとし|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》の|生《い》きとし|生《い》けるものの|限《かぎ》り、|忍ケ丘《しのぶがをか》の|聖場《せいぢやう》に|集《あつ》まり|来《きた》りて、|新《あたら》しき|国土《くに》の|成立《せいりつ》を|寿《ことほ》ぎ|祝《いは》ひ|奉《たてまつ》る|事《こと》とはなりぬ。
|茲《ここ》に|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|新《あらた》に|言依《ことよ》さし|給《たま》へる|天津神等《あまつかみたち》を|率《ひき》ゐて、|忍ケ丘《しのぶがをか》に|宮柱太《みやはしらふと》しき|立《た》て|主《ス》の|大神《おほかみ》を|斎《いつ》き|祭《まつ》り|給《たま》ひ、|大御前《おほみまへ》に|潔斎《けつさい》して|国《くに》の|初《はじ》めの|神嘉言《かむよごと》を|奏《そう》し|給《たま》ひける。|其《その》|神嘉言《かむよごと》に|言《い》ふ。
『|掛巻《かけまく》も|綾《あや》に|畏《かしこ》き|忍ケ丘《しのぶがをか》の|下津岩根《したついはね》に|大宮柱太《おほみやはしらふと》しき|立《た》て、|高天原《たかあまはら》に|千木高知《ちぎたかし》りて、|国《くに》の|鎮《しづ》めと|鎮《しづ》まりたまふ|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大御前《おほみまへ》に、|葦原《あしはら》の|国《くに》の|国津柱《くにつはしら》と|仕《つか》へまつる|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》、|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|畏《かしこ》み|畏《かしこ》みも|白《まを》す、|抑々《そもそも》これの|神国《みくに》は、|未《いま》だ|地《つち》|稚《わか》く、|国形《くにがた》|定《さだ》まらず、|曲津見《まがつみ》の|醜《しこ》の|悪《あ》しき|水火《いき》は|天地《あめつち》に|塞《ふさ》がり、|雲霧《くもきり》|深《ふか》く、|天日《あまつひ》の|光《ひかり》は|地《つち》に|届《とど》かず、|総《すべ》ての|木草《きぐさ》を|初《はじ》め、|五穀《たなつもの》|等《ら》|豊《ゆた》に|稔《みの》らず、|国津神等《くにつかみたち》の|生《いき》の|命《いのち》を|危《あやふ》からしめ、これの|稚国土《わかぐに》は|二葉《ふたば》にして|枯果《かれは》てむとしけるが|故《ゆゑ》に、|如何《いか》にもして|神《かみ》の|依《よ》さしの|美国《うましくに》を|造《つく》り|固《かた》めばやと、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|心《こころ》を|砕《くだ》き|血潮《ちしほ》をしぼり|天《あめ》を|仰《あふ》ぎ|地《つち》に|俯《ふ》して|歎《なげ》かひける|折《をり》もあれ、|高地秀山《たかちほやま》の|貴《うづ》の|聖所《すがど》に|宮柱《みやはしら》|清《すが》しく|立《た》てて|仕《つか》へませる|朝香《あさか》の|比女神《ひめがみ》の|端《はし》なくもこの|稚国土《わかぐに》に|天降《あも》りまし、|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》と|真火《まひ》の|功《いさを》に|曲津見《まがつみ》の|醜《しこ》の|棲処《すみか》を|焼《や》き|尽《つく》しまし、|今《いま》は|全《また》く|風塵《かぜちり》|治《をさ》まりて、|曲津見《まがつみ》の|影《かげ》も|朝《あした》の|御霧《みきり》|夕《ゆふべ》の|御霧《みきり》を|朝風夕風《あさかぜゆふかぜ》の|吹《ふ》き|払《はら》ふ|如《ごと》く|散《ち》らせ|失《うしな》ひ|給《たま》ひければ、|国土《くに》の|東《ひがし》に|偏在《かたよ》れる|桜ケ丘《さくらがをか》の|宮居《みや》を|国土《くに》の|真秀良場《まほらば》なるこれの|聖所《すがど》に|移《うつ》し、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神霊《みたま》を|永久《とこしへ》に|斎《いつ》きまつりて、|国《くに》の|御旗《みはた》を|定《さだ》め|政所《まんどころ》を|移《うつ》して|国土生《くにう》み、|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|心《こころ》|清《すが》しく|真言《まこと》の|水火《いき》を|凝《こ》らして|仕《つか》へまつらむと|思《おも》ふが|故《ゆゑ》に、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|天降《あも》り|給《たま》ひしを|機会《しほ》に、|今日《けふ》の|佳辰《よきひ》の|吉時《よきとき》に|新《あたら》しき|国土《くに》の|生《あ》れの|御祭《みまつ》りを|取行《とりおこな》ひ、|天津神《あまつかみ》|八百万《やほよろづ》の|神等《かみたち》の|神霊《みたま》を|招《お》ぎ|奉《まつ》りて、この|国《くに》の|山野《やまぬ》に|生《お》ふる|種々《くさぐさ》の|美味物《うましもの》を|百足《ももたり》の|机代《つくゑしろ》に|置《お》き|足《たら》はして|供《そな》へまつる|有様《ありさま》を、|平《たひ》らけく|安《やす》らけく|聞召《きこしめ》し|相諾《あひうづな》ひたまひて、これの|新国土《にひくに》を|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|動《うご》くことなく|変《かは》る|事《こと》なく、|五十橿八桑枝《いかしやくはへ》のごとく|茂栄《むくさか》に|栄《さか》えしめ|給《たま》ひ|夜《よ》の|守《まも》り|日《ひ》の|守《まも》りに|守《まも》り|幸《さきは》へ|給《たま》へと、|恐《かし》こみ|恐《かし》こみも|祈願《こひのみ》|奉《まつ》らくと|白《まを》す。
|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|豊葦原《とよあしはら》と|栄《さか》えます
|神《かみ》の|御国《みくに》は|生《うま》れけるはや
|主《ス》の|神《かみ》の|大宮柱《おほみやはしら》|太知《ふとし》りて
|仕《つか》へまつらむ|今日《けふ》ぞ|目出度《めでた》き
|群雲《むらくも》の|天地《あめつち》を|塞《ふさ》ぎし|島ケ根《しまがね》も
|隈《くま》なく|晴《は》れて|月日《つきひ》はかがよふ
|二十年《はたとせ》の|長《なが》き|月日《つきひ》を|包《つつ》みてし
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|晴《は》れ|渡《わた》りけり
|光《ひかり》ある|国津神等《くにつかみら》を|選《え》りあげて
|国《くに》の|守《まもり》の|神《かみ》と|依《よ》さしぬ
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|永久《とは》に|葦原《あしはら》の
|新《あたら》しき|国土《くに》を|光《て》らさせたまへ
|天津神《あまつかみ》|国津神等《くにつかみら》は|各《おの》も|各《おの》も
|任《ま》けのまにまにならはせたまへ
|久方《ひさかた》の|天《あま》の|岩戸《いはと》は|開《ひら》けたり
|常世《とこよ》の|闇《やみ》も|明《あ》け|渡《わた》りつつ
|桜ケ丘《さくらがをか》の|宮居《みや》をこの|地《ち》に|新《あたら》しく
|移《うつ》して|治《をさ》めむこの|新国土《にひくに》を
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|中央《なかご》の|忍ケ丘《しのぶがをか》は
|大政所《おほまんどころ》にふさはしきかな
|忍ケ丘《しのぶがをか》を|常磐ケ丘《ときはがをか》と|改《あらた》めて
|神世《かみよ》のまつり|開《ひら》かむと|思《おも》ふ
|万世《よろづよ》に|神《かみ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうちいし》を
|伝《つた》へて|日継《ひつぎ》の|印《しるし》と|定《さだ》めむ
もろもろの|国津神等《くにつかみら》も|生物《いきもの》も
|今日《けふ》のよき|日《ひ》を|蘇《よみがへ》るかな
|歓《よろこ》びの|声《こゑ》は|天地《てんち》に|響《ひび》かひて
|動《ゆる》ぐがごとし|葦原《あしはら》の|国土《くに》は
|万世《よろづよ》も|動《ゆる》がぬ|国土《くに》の|礎《いしずゑ》を
|立《た》てし|功《いさを》に|天地《てんち》は|動《ゆる》げり
|歓《よろこ》びの|声《こゑ》に|天地《てんち》は|動《ゆる》ぎつつ
|動《ゆる》がぬ|国土《くに》の|基礎《きそ》|固《かた》まりぬ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|功績《いさをし》に
|葦原国土《あしはらくに》は|稚《わか》く|生《うま》れし』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|寿《ことほ》ぎの|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|礎《いしずゑ》|固《かた》まりて
|御空《みそら》の|月日《つきひ》も|冴《さ》え|渡《わた》りける
|天《あめ》|清《きよ》く|地《つち》|又《また》|浄《きよ》く|生《うま》れたる
この|新国土《にひくに》は|永久《とは》に|栄《さか》えよ
|遥々《はろばろ》と|荒野《あらの》を|渉《わた》り|海《うみ》|越《こ》えて
|国土《くに》の|固《かた》めの|吉日《よきひ》にあふかな
|過《あやまち》を|直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞《き》き|直《なほ》し
|罪《つみ》なる|神《かみ》も|許《ゆる》したまひぬ
|天津神《あまつかみ》もゆるされここに|国津神《くにつかみ》と
なりて|永久《とこしへ》に|蘇《よみがへ》りませり
|国津神《くにつかみ》の|清《きよ》き|神魂《みたま》を|選《え》り|抜《ぬ》きて
|依《よ》さしたまへる|神《かみ》の|畏《かしこ》さ
|新《あたら》しき|国土《くに》の|生《うま》れをことほぎて
|生言霊《いくことたま》を|奉《たてまつ》りける』
かく|歌《うた》はせ|給《たま》ふ|折《をり》しも|天津御空《あまつみそら》より|十曜《とえう》の|神旗《しんき》を|振翳《ふりかざ》し、|数多《あまた》の|従神《じうしん》をしたがへて|紫《むらさき》の|雲《くも》に|乗《の》り|此《この》|場《ば》に|天降《あも》り|給《たま》ひしは、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御使《みつか》ひ|神《がみ》なる|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|雄姿《ゆうし》に|在《おは》しましける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》はこの|光景《くわうけい》に|驚《おどろ》きたまひ、|合掌《がつしやう》|敬拝《けいはい》しつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|掛巻《かけま》くも|畏《かしこ》き|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は
|今日《けふ》の|吉日《よきひ》に|天降《あも》りましける
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|功《いさを》に|草枕《くさまくら》
|吾《わが》|行《ゆ》く|旅《たび》は|安《やす》けかりけり
|曲津見《まがつみ》の|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ひしこの|島《しま》も
|公《きみ》の|功《いさを》に|清《きよ》まりにける
|曲津見《まがつみ》の|伊猛《いたけ》る|国《くに》を|進《すす》みゆく
|吾《わが》|道《みち》の|辺《べ》を|守《まも》らせたまへ
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|助《たす》けのなかりせば
|吾《わが》|旅立《たびだ》ちに|光《ひかり》あらまじを』
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は|大宮《おほみや》の|前《まへ》に|降《くだ》らせ|給《たま》ひ、|恭《うやうや》しく|拍手《はくしゆ》しながら、
『|掛巻《かけま》くもこれの|新宮《にひみや》におはします
|主《ス》の|大神《おほかみ》にのりごと|申《まを》さむ
|久方《ひさかた》の|雲路《くもぢ》をわけて|神宣《みことのり》
|畏《かしこ》み|吾《われ》はここに|来《き》つるも
|願《ねが》はくは|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|葦原《あしはら》の
|国土《くに》を|守《まも》りて|栄《さかえ》あらせよ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|出立《いでた》ち|守《まも》らひつ
|目出度《めでた》く|今日《けふ》を|現《あら》はれにける
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》に|新《あたら》しき
|国土《くに》の|生《うま》れをことほぎまつるも
|地《つち》|稚《わか》く|国土《くに》|稚《わか》けれど|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》は|非時《ときじく》|守《まも》りまつらむ
|心安《うらやす》くこの|稚国土《わかくに》を|開《ひら》きませ
|吾《われ》は|力《ちから》を|添《そ》へて|守《まも》らむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|驚喜《きやうき》しながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|思《おも》ひきやこの|新国土《にひくに》に|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|尊《たふと》き|神《かみ》の|天降《あも》りますとは
|力《ちから》なき|吾《われ》にありせば|昼夜《ひるよる》を
|守《まも》らせたまへ|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》
|天地《あめつち》の|雲霧《くもきり》|晴《は》れて|新《あたら》しく
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|国土《くに》は|生《うま》れし
|朝香比女《あさかひめ》|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|二柱《ふたはしら》を
|斎《いつ》きまつりて|永久《とは》に|仕《つか》へむ
|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》よ|御魂《みたま》を|永遠《とことは》に
この|新国土《にひくに》に|止《とど》めたまはれ
|国津神《くにつかみ》|百千万《ももちよろづ》の|生《い》けるもの
|今日《けふ》の|吉日《よきひ》に|蘇《よみがへ》りつつ』
|野槌比古《ぬづちひこ》の|神《かみ》は|祝歌《ほぎうた》をうたひ|給《たま》ふ。
『|掛《かけ》まくも|綾《あや》に|尊《たふと》き|神々《かみがみ》の
|光《ひかり》に|生《あ》れし|葦原《あしはら》の|国土《くに》よ
|葦原《あしはら》の|国土《くに》|稚《わか》けれど|主《ス》の|神《かみ》の
|恵《めぐ》みに|生《い》きていよよ|栄《さか》えむ
|朝香比女《あさかひめ》|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|功績《いさをし》に
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|晴《は》れ|渡《わた》りける
|桜ケ丘《さくらがをか》の|宮居《みや》をここに|移《うつ》しまして
|神国《みくに》を|知《し》らさす|今日《けふ》ぞ|目出度《めでた》き
|国津神《くにつかみ》もろもろここに|集《あつ》まりて
|国土《くに》の|基礎《もとゐ》を|寿《ことほ》ぎ|祝《いは》ふ
|吾《わが》|公《きみ》に|選《えら》まれわれは|今日《けふ》の|日《ひ》ゆ
|天津御神《あまつみかみ》となりて|仕《つか》へむ
|許々多久《ここたく》の|国《くに》の|罪穢《つみけが》れ|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|仕《つか》へまつらむ|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に
|果《はて》しなきこの|新国土《にひくに》を|今日《けふ》よりは
|国津神等《くにつかみら》と|共《とも》に|開《ひら》かむ
|天地《あめつち》の|水火《いき》を|清《きよ》めて|今日《けふ》よりは
|生国原《いくくにはら》と|神世《みよ》を|開《ひら》かむ
|長年《ながとせ》の|雲霧《くもきり》ここに|晴《は》れ|渡《わた》り
|公《きみ》に|親《した》しく|仕《つか》へまつるも』
|高比古《たかひこ》の|神《かみ》は|祝歌《ほぎうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|村肝《むらきも》の|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め
つつしみ|敬《ゐやま》ひ|神国《みくに》に|仕《つか》へむ
|朝夕《あさゆふ》に|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りあげて
|国土《くに》の|栄《さかえ》を|吾《われ》は|祈《いの》らむ
|惟神《かむながら》|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|怠《をこた》らず
|天地《てんち》の|水火《いき》を|清《きよ》め|澄《す》まさむ
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|畏《かしこ》き|神宣《みことのり》に
|常磐ケ丘《ときはがをか》となりし|聖所《すがど》よ
|常磐ケ丘《ときはがをか》の|常磐《ときは》の|宮居《みや》に|朝《あさ》な|夕《ゆふ》な
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りて|仕《つか》へむ
|天界《てんかい》は|愛《あい》と|善《ぜん》との|国《くに》|故《ゆゑ》に
|生言霊《いくことたま》を|怠《をこた》るべけむや
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|守《まも》ります
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》|世《よ》は|安《やす》けれ
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《あ》れし|神司《かむづかさ》
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|光《ひかり》よ
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|光《ひかり》をつつみたる
|醜雲《しこぐも》|晴《は》れし|今日《けふ》の|目出度《めでた》さ
|葦原《あしはら》やいや|永久《とこしへ》に|弥長《いやなが》に
|栄《さか》えましませ|神《かみ》のまにまに』
|照比古《てるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|三柱《みはしら》の|大神等《おほかみたち》の|御功《みいさを》に
|葦原《あしはら》の|国土《くに》|今《いま》|生《うま》れたり
グロスの|島《しま》は|跡《あと》なく|消《き》えて|葦原《あしはら》の
|国土《くに》|新《あたら》しく|生《うま》れましける
|新《あたら》しき|国津柱《くにつはしら》の|比女神《ひめがみ》に
つかへて|真言《まこと》を|捧《ささ》げまつらむ
|野《や》にありて|国津神等《くにつかみら》ををさめつつ
|今日《けふ》の|吉日《よきひ》を|待《ま》ち|佗《わ》びしはや
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|御目《おんめ》に|見出《みいだ》され
|天津神位《あまつみくら》に|仕《つか》へまつるも
|国津神《くにつかみ》の|心《こころ》|濁《にご》りて|大空《おほぞら》に
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|立《た》ち|塞《ふさ》ぎける
|天津神《あまつかみ》|国津神等《くにつかみら》は|隔《へだ》てなく
|親《した》しみあひて|国土《くに》|開《ひら》かばや
|天津神《あまつかみ》と|国津神等《くにつかみら》の|心《こころ》より
|御空《みそら》に|黒雲《くろくも》|湧《わ》き|立《た》ちしかも
|天津神《あまつかみ》と|国津神等《くにつかみら》は|村肝《むらきも》の
|心《こころ》をてらして|国土《くに》は|栄《さか》えむ』
|清比古《きよひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|新《あたら》しく|生《あ》れましにける|新国土《にひくに》の
|千代《ちよ》の|栄《さかえ》を|寿《ことほ》ぎまつる
もろもろの|国津神等《くにつかみら》は|勇《いさ》みたち
|国土《くに》の|生《うま》れをことほぎまつれり
|御功《みいさを》は|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|頂《いただき》を
|光《て》らして|昇《のぼ》る|朝日《あさひ》に|等《ひと》しも
|月《つき》も|日《ひ》も|清《きよ》く|輝《かがや》く|新国土《にひくに》の
この|真秀良場《まほらば》に|神嘉言《かむよごと》|宣《の》る
|喜《よろこ》びの|心《こころ》は|凝《こ》りて|歌《うた》となり
|言霊《ことたま》となりて|鳴《な》り|出《い》でにけり』
|晴比古《はるひこ》の|神《かみ》は|祝歌《ほぎうた》をうたひ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|空《そら》に|月日《つきひ》も|晴比古《はるひこ》の
|吾《われ》は|祝《いは》はむ|新《あたら》しき|国土《くに》を
|新《あたら》しく|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|生《うま》れたる
|国土《くに》の|栄《さかえ》は|久《ひさ》しかるらむ
|天地《あめつち》と|共《とも》に|果《はて》なき|葦原《あしはら》の
|国土《くに》の|礎《いしずゑ》|定《さだ》めし|今日《けふ》かも
|樛《つが》の|木《き》のいやつぎつぎに|葦原《あしはら》の
|国土《くに》の|国魂《くにたま》|知《しろ》しめすらむ
やがて|今《いま》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|天降《あも》りまして
|国魂神《くにたまがみ》を|授《さづ》けたまはむ』
|茲《ここ》に|天津神々《あまつかみがみ》は|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|新《あらた》に|蘇《よみがへ》りたる|祝辞《しゆくじ》や、|桜ケ丘《さくらがをか》の|宮居《みや》を|忍ケ丘《しのぶがをか》の|中心地《ちうしんち》に|移《うつ》し|給《たま》ひし|大神業《おほみわざ》を|謳歌《おうか》しながら|各自《おのもおのも》|言祝《ことほ》ぎたまひ、|新国土《にひくに》の|前途《ぜんと》を|祈《いの》らせ|給《たま》ひける。|又《また》|新《あらた》に|国津神《くにつかみ》の|司《つかさ》に|任命《にんめい》されたる|五柱《いつはしら》の|神《かみ》|及《およ》び|国津神等《くにつかみたち》の|祝《ほ》ぎ|歌《うた》は|数限《かずかぎ》りなくあれども、|余《あま》り|長《なが》ければ|茲《ここ》に|省略《しやうりやく》しおく|事《こと》とせり。
(昭和八・一二・二三 旧一一・七 加藤明子謹録)
本章を口述し初むる折しも
皇太子殿下御誕生遊ばさる
との号外来り、我国民の魂を蘇らせ歓喜せしめたるぞ畏けれ。
第一九章 |春野《はるの》の|御行《みゆき》〔一九七五〕
|茲《ここ》に|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は|建国祭《けんこくさい》の|祭典《さいてん》を|終《をは》りたるより、|再《ふたた》び|光《ひかり》となりて|数多《あまた》の|従神《じうしん》を|伴《ともな》ひ、|紫《むらさき》の|雲《くも》に|乗《の》りて|宇宙《うちう》をウーウーウーと|生言霊《いくことたま》も|爽《さわや》かに|響《ひび》かせながら|天《てん》の|一方《いつぱう》に|御姿《みすがた》を|隠《かく》し|給《たま》ひける。|其《その》|雄々《をを》しき|厳《いか》しき|御有様《おんありさま》を|打仰《うちあふ》ぎつつ|感激《かんげき》の|余《あま》り、|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|光《ひかり》となりて|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》は|御空《みそら》に|帰《かへ》りましける
|朝夕《あさゆふ》に|葦原《あしはら》の|国土《くに》を|守《まも》らすと
|宣《の》らせし|言霊《ことたま》|尊《たふと》くもあるか
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》のいみじき|言霊《ことたま》に
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》は|姿《かげ》を|隠《かく》せり
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|功《いさを》と|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》の|光《ひかり》に|生《あ》れし|国土《くに》はも
|久方《ひさかた》の|空《そら》|行《ゆ》く|月《つき》も|光《かげ》|冴《さ》えて
|葦原《あしはら》の|国土《くに》に|恵《めぐみ》の|露《つゆ》|垂《た》る
|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》に|森羅万象《もろもろ》|生《お》ひ|育《そだ》ち
|月読《つきよみ》の|露《つゆ》に|生命《いのち》を|養《やしな》ふ
|月《つき》も|日《ひ》も|星《ほし》もさやけき|葦原《あしはら》の
|国土《くに》の|御空《みそら》の|高《たか》くもあるかな
|今日《けふ》よりは|天津神等《あまつかみたち》|国津神《くにつかみ》
|司《つかさ》|率《ひき》ゐて|国土《くに》を|固《かた》めむ
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|御魂《みたま》と|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》の|御魂《みたま》を|宮居《みや》に|斎《いつ》かむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御殿《みあらか》の|右《みぎ》に|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|生言霊《いくことたま》を|祀《まつ》り|仕《つか》へむ
|大殿《おほとの》の|左《ひだり》の|清《きよ》き|聖所《すがどこ》に
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御魂《みたま》|斎《いつ》かむ
|三柱《みはしら》の|神《かみ》の|御魂《みたま》を|永久《とこしへ》に
|斎《いつ》きて|国土《くに》の|守《まも》りと|崇《あが》めむ
|朝香比女《あさかひめ》の|御魂《みたま》を|斎《いつ》く|神社《かむなび》に
|国土《くに》の|宝《たから》の|燧石《ひうち》ををさめむ
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|礎《いしずゑ》|固《かた》まりて
|三柱《みはしら》の|神《かみ》の|御魂《みたま》|光《ひか》るも
|永年《ながとせ》を|吾《われ》|艱《なや》みたる|醜神《しこがみ》も
|姿《かげ》|失《う》せにつつ|楽《たの》しき|今日《けふ》なり
|吾《わが》|力《ちから》|及《およ》ばざるため|醜神《しこがみ》の
|醜《しこ》の|荒《すさ》びに|任《まか》せけるはや
|今日《けふ》よりは|三柱神《みはしらがみ》を|斎《いつ》かひて
|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》|照《て》らさむ
|神々《かみがみ》は|力《ちから》を|合《あは》せ|心《こころ》ばせを
|一《ひと》つになして|神世《みよ》に|尽《つく》せよ
|新《あたら》しき|常磐ケ丘《ときはがをか》の|大宮《おほみや》に
|吾《われ》|鎮《しづ》まりて|国土《くに》|拓《ひら》かばや
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|功《いさを》の|貴《たか》ければ
|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|常世《とこよ》なるべし
|弥永久《やあとこせ》|世弥永《よういやな》と|拓《ひら》け|行《ゆ》かむ
|三柱神《みはしらがみ》の|貴《うづ》の|守《まも》りに
|大宮《おほみや》に|十曜《とえう》の|神旗《しんき》|翻《ひるがへ》り
|神世《みよ》の|栄《さか》えを|照《て》らし|居《ゐ》るかも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|功《いさを》によりて|葦原《あしはら》の
|国土《くに》|生《うま》れたる|今日《けふ》ぞ|目出度《めでた》き
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は|御空《みそら》に|帰《かへ》りましぬ
いざ|吾《われ》|立《た》たむ|国土生《くにう》みの|旅《たび》に
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|栄《さか》えも|見《み》えければ
|吾《われ》は|是《これ》より|公《きみ》に|別《わか》れむ
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》よ|永遠《とこしへ》に
|恙《つつが》あらせず|栄《さか》えさせ|給《たま》へ
|天《あめ》も|地《つち》も|晴渡《はれわた》りたる|今日《けふ》の|日《ひ》を
|旅立《たびだ》つ|吾《われ》の|心《こころ》は|勇《いさ》むも
|別《わか》れ|行《ゆ》く|今日《けふ》の|名残《なごり》の|惜《を》しけれど
|国土生《くにう》みの|旅《たび》は|留《とど》まる|由《よし》なき
|今《いま》よりは|又《また》も|曲津《まがつ》の|荒《すさ》ぶなる
|万里《まで》の|海原《うなばら》|浪《なみ》|分《わ》け|進《すす》まむ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|願《ねが》はくは|公《きみ》の|出立《いでた》ちを|浜辺《はまべ》まで
|送《おく》らせ|給《たま》へ|許《ゆる》したまはれ
|亡《ほろ》び|行《ゆ》く|国土《くに》を|生《い》かせし|神《かみ》|故《ゆゑ》に
|一入《ひとしほ》|吾《われ》は|別《わか》れ|惜《を》しまる
|雄々《をを》しくて|優《やさ》しく|清《すが》しくおはします
|公《きみ》に|別《わか》るる|今日《けふ》の|悲《かな》しさ』
|茲《ここ》に|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|一行《いつかう》の|御供《おとも》として、|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|十柱《とはしら》の|天津神《あまつかみ》|国津神等《くにつかみたち》を|率《ひき》ゐて、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|御舟《みふね》を|繋《つな》ぎし|常磐《ときは》の|浜《はま》まで|御見送《おみおく》り|申《まを》すべく|続《つづ》かせ|給《たま》ひける。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|先頭《せんとう》に|立《た》ちて、|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》ひつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|万里《まで》の|海原《うなばら》|渡《わた》り|来《き》て
グロスの|島《しま》に|上陸《じやうりく》し
|天地《てんち》に|塞《ふさ》がる|悪神《あくがみ》の
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|沼底《ぬまそこ》|深《ふか》く|潜《ひそ》みたる
グロノス、ゴロスを|追《お》ひ|散《ち》らし
|茲《ここ》にグロスの|新島《にひじま》は
|月日《つきひ》も|清《きよ》く|輝《かがや》きて
|常世《とこよ》の|春《はる》は|生《うま》れたり
|百花《ももばな》|千花《ちばな》は|咲《さ》き|匂《にほ》ひ
|小鳥《ことり》は|歌《うた》ひ|蝶《てふ》は|舞《ま》ひ
|桜ケ丘《さくらがをか》の|聖所《すがどこ》は
|梅《うめ》|桃《もも》|桜《さくら》|一時《いちどき》に
|咲《さ》き|匂《にほ》ひつつ|天国《てんごく》の
|光景《くわうけい》を|忽《たちま》ち|現《あらは》したり
|朝香《あさか》の|比女神《ひめがみ》|諸共《もろとも》に
|桜ケ丘《さくらがをか》に|花《はな》を|愛《め》で
|三日三夜《みつかみよさ》を|逗留《とうりう》し
|忍ケ丘《しのぶがをか》に|引返《ひきかへ》し
|茲《ここ》にいよいよ|葦原《あしはら》の
|稚《わか》き|国原《くにはら》|生《うま》れけり
|此《この》|島ケ根《しまがね》に|永遠《とこしへ》に
|住《す》ませ|給《たま》へる|神々《かみがみ》は
|国土《くに》の|生《うま》れを|言祝《ことほ》ぎて
|彼方此方《かなたこなた》ゆ|寄《よ》り|集《つど》ひ
|歓呼《くわんこ》の|声《こゑ》は|天《てん》に|満《み》ち
|地上《ちじやう》を|流《なが》れて|果《はて》もなし
いよいよ|国形《くにがた》|定《さだ》まりて
|吾等《われら》は|公《きみ》を|守《まも》りつつ
|再《ふたた》び|万里《まで》の|海原《うなばら》を
|雲霧《くもきり》|分《わ》けて|進《すす》まむと
|今日《けふ》の|生日《いくひ》の|出立《いでた》ちを
|送《おく》り|奉《まつ》ると|宣《の》り|給《たま》ひ
|葦原比女《あしはらひめ》の|神司《かむつかさ》
|諸神等《ももがみたち》を|従《したが》へて
|公《きみ》の|御行《みゆき》を|送《おく》ります
|其《その》|真心《まごころ》は|天地《あめつち》に
|響《ひび》き|渡《わた》りて|天津日《あまつひ》は
うららに|照《て》らひ|昼月《ひるづき》の
|光《かげ》は|清《すが》しく|冴《さ》えにつつ
|大野《おほの》を|渡《わた》る|春風《はるかぜ》は
|真綿《まわた》の|如《ごと》く|軟《やはら》かに
|百鳥千鳥《ももどりちどり》|虫《むし》の|音《ね》も
|弥新《いやあたら》しく|冴《さ》えにつつ
|常世《とこよ》の|春《はる》をうたふなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|今日《けふ》の|御行《みゆき》に|光《ひかり》あれ
|今日《けふ》の|御行《みゆき》に|幸《さち》あれよ。
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へつつ
|葦原《あしはら》の|国土《くに》を|別《わか》れむとすも
|珍《めづら》しき|春《はる》の|眺《なが》めにひたされし
|葦原《あしはら》の|国土《くに》はなつかしきかも
|御樋代神《みひしろがみ》の|優《やさ》しき|心《こころ》に|包《つつ》まれて
|思《おも》はず|知《し》らず|日《ひ》を|経《ふ》りにけり
|空《そら》|高《たか》く|地《つち》|亦《また》|広《ひろ》き|新国土《にひくに》の
|山野《やまぬ》に|別《わか》るる|惜《を》しき|今日《けふ》なり』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|果《はて》しなき|大野ケ原《おほのがはら》に|駒《こま》|並《な》めて
|進《すす》むも|楽《たの》し|常磐《ときは》の|浜辺《はまべ》に
|野《の》の|奥《おく》に|陽炎《かげろひ》|燃《も》えてそよそよと
|面《おも》|吹《ふ》く|風《かぜ》は|春《はる》をひびかふ
|梓弓《あづさゆみ》|春《はる》の|弥生《やよひ》の|大野原《おほのはら》を
|吾《われ》は|霞《かすみ》とともに|立《た》つなり
|雲《くも》の|奥《おく》|霞《かすみ》の|果《はて》も|葦原比女《あしはらひめ》の
|神《かみ》の|知《し》らさむ|食国《をすくに》|天晴《あは》れ』
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|尊《たふと》しや|朝香比女神《あさかひめがみ》の|御後辺《みあとべ》に
|従《したが》ひて|行《ゆ》く|今日《けふ》の|嬉《うれ》しさ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|後姿《うしろで》|仰《あふ》ぎ|見《み》れば
|御身《おんみ》|隈《くま》なく|光《ひかり》にませるも
|御姿《みすがた》は|光《ひかり》となりて|葦原《あしはら》の
|国土《くに》の|天地《てんち》を|照《て》らし|給《たま》ひつ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|光《ひかり》に|比《くら》ぶれば
|吾《われ》は|小《ちひ》さき|螢火《ほたるび》なるも
|螢火《ほたるび》の|吾《われ》に|賜《たま》ひし|燧石《ひうち》こそ
|吾《われ》に|光《ひかり》を|賜《たま》ひたるなり
|賜《たま》ひてし|燧石《ひうち》の|功《いさを》に|吾《わが》|魂《たま》は
|光《ひかり》|放《はな》ちて|国土《くに》を|治《をさ》めむ
|乱《みだ》れたる|吾世《わがよ》を|清《きよ》く|生《い》かしたる
|公《きみ》は|惜《を》しくも|帰《かへ》らむとすも
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|忘《わす》れじと
|神社《かむなび》|建《た》てて|永遠《とは》に|斎《いつ》かむ』
|野槌比古《ぬづちひこ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》|豊《ゆた》かに|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|葦原比女《あしはらひめ》に|仕《つか》へつつ
|光《ひかり》の|公《きみ》を|送《おく》る|嬉《うれ》しさ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は|神国《みくに》に|止《とど》まらで
|遠《とほ》く|行《ゆ》かすか|名残《なごり》|惜《を》しきも
|大野原《おほのはら》|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》もなごやかに
|光《ひかり》の|公《きみ》を|静《しづ》かに|送《おく》るも
|百鳥《ももとり》も|公《きみ》の|出《い》でまし|惜《を》しむにや
|木々《きぎ》の|梢《こずゑ》に|鳴《な》き|叫《さけ》ぶなり
|草《くさ》の|根《ね》に|潜《ひそ》みて|鳴《な》ける|虫《むし》の|音《ね》も
|今日《けふ》は|淋《さび》しく|聞《きこ》え|来《く》るかも
|天《あめ》も|地《つち》も|森羅万象《すべてのもの》もおしなべて
|公《きみ》の|旅立《たびだち》を|惜《を》しみ|歎《なげ》ける』
|高比古《たかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駒《こま》|並《な》めて|帰《かへ》り|行《ゆ》きます|御光《みひかり》の
|神《かみ》を|送《おく》りつ|悲《かな》しき|吾《われ》なり
|御光《みひかり》の|神《かみ》|現《あ》れしより|葦原《あしはら》の
|国土《くに》|新《あたら》しく|生《うま》れ|出《い》でしよ
|高比古《たかひこ》は|光《ひかり》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》にて
|御側《みそば》に|仕《つか》ふる|神《かみ》となりけり
|御光《みひかり》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|永遠《とこしへ》に
|天地《あめつち》|失《う》するも|忘《わす》れざるべし
|天《てん》は|裂《さ》け|地《ち》は|沈《しづ》むとも|御光《みひかり》の
|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|如何《いか》で|忘《わす》れむ
|諸々《もろもろ》の|国津神等《くにつかみら》も|御光《みひかり》の
|神《かみ》の|功《いさを》に|蘇《よみがへ》りつつ
|此《この》|島《しま》に|生《い》きとし|生《い》ける|悉《ことごと》は
|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|霑《うるほ》はぬはなし』
|照比古《てるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|雲霧《くもきり》も|隈《くま》なく|晴《は》れて|照比古《てるひこ》の
|吾《われ》は|御側《みそば》の|神《かみ》となりける
|御光《みひかり》の|神《かみ》を|送《おく》りて|駒《こま》の|上《へ》に
|名残《なごり》の|涙《なみだ》せきあへぬかも
|御光《みひかり》の|神《かみ》|天降《あも》りしゆグロスの|島《しま》は
|弥新《いやあたら》しく|蘇《よみがへ》りたる
|道《みち》|遠《とほ》み|駒《こま》の|脚並《あしなみ》|早《はや》くとも
|浜辺《はまべ》に|着《つ》かば|日《ひ》は|黄昏《たそが》れむ
|彼方此方《あちこち》と|大野ケ原《おほのがはら》にそそり|立《た》つ
|常磐《ときは》の|松《まつ》の|光《ひかり》|新《あたら》し』
|清比古《きよひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》も|地《つち》も|澄《す》みきらひたる|大野原《おほのはら》を
|公《きみ》を|送《おく》ると|駒《こま》に|鞭《むち》うつ
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》に|親《した》しく|仕《つか》へつつ
|光《ひかり》の|神《かみ》を|送《おく》る|楽《たの》しさ
|紺青《こんじやう》の|底《そこ》ひも|知《し》らぬ|空《そら》の|海《うみ》を
|昼月《ひるづき》の|舟《ふね》は|冴《さ》え|渡《わた》るなり
|天津日《あまつひ》は|御空《みそら》に|清《きよ》く|輝《かがや》きて
|光《ひかり》の|神《かみ》の|御行《みゆき》|守《まも》れり
|足引《あしびき》の|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|空《そら》|晴《は》れて
|公《きみ》の|御行《みゆき》を|遥《はろ》かに|拝《をろが》む
|陽炎《かげろひ》の|燃《も》ゆる|春野《はるの》を|進《すす》み|行《ゆ》く
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》の|清《きよ》きも』
|晴比古《はるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|雲霧《くもきり》も|光《ひかり》の|神《かみ》の|功績《いさをし》に
|隈《くま》なく|晴《は》れし|葦原《あしはら》|清《すが》しも
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|柱《はしら》と|任《ま》けられて
|光《ひかり》の|神《かみ》を|今日《けふ》|送《おく》るかも
|神業《かむわざ》の|沢《さは》におはせる|御光《みひかり》の
|神《かみ》を|留《とど》むる|由《よし》なき|吾《われ》なり
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》を|送《おく》りて|春《はる》の|野《の》を
|駒《こま》に|進《すす》めば|陽炎《かげろひ》|燃《も》ゆるも
|有難《ありがた》き|神世《かみよ》は|漸《やうや》く|生《うま》れたり
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|現《あ》れませしより』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|経綸《しぐみ》の|糸《いと》に|操《あやつ》られ
|新《あたら》しき|国土《くに》の|国形《くにがた》|見《み》たりき
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|功《いさを》と|吾《わが》|公《きみ》の
|貴《うづ》の|光《ひかり》に|驚《おどろ》きしはや
|吾《わが》|魂《たま》は|蘇《よみがへ》りたる|心地《ここち》して
|今日《けふ》の|御行《みゆき》の|御供《みとも》|仕《つか》ふる
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|天地《てんち》は|清《きよ》まりて
|御空《みそら》に|冴《さ》ゆる|昼月《ひるづき》の|光《かげ》
|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》は|清《きよ》し|葦原《あしはら》の
|国土《くに》を|隈《くま》なく|照《て》り|渡《わた》しつつ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|梅《うめ》|桜《さくら》|桃《もも》の|花《はな》|咲《さ》く|稚国土《わかくに》に
|吾《われ》|楽《たの》もしく|蘇《よみがへ》りけり
|非時《ときじく》に|梅《うめ》も|匂《にほ》へよ|桃《もも》も|咲《さ》け
|桜《さくら》も|散《ち》らで|神国《みくに》を|祝《いは》へ
|名残《なごり》|惜《を》しき|神々等《かみがみたち》に|別《わか》れ|行《ゆ》く
|今日《けふ》の|広野《ひろの》の|旅《たび》は|淋《さび》しも
グロノスやゴロスの|曲《まが》の|亡《ほろ》びたる
|鏡《かがみ》の|沼《ぬま》を|思《おも》へば|恐《おそ》ろし
|醜草《しこぐさ》を|焼《や》き|払《はら》ひたる|島ケ根《しまがね》を
|旅行《たびゆ》く|駒《こま》は|安《やす》かりにけり』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|澄《す》みきらひたる|稚国土《わかくに》の
|野辺《のべ》を|渉《わた》りて|帰《かへ》り|路《ぢ》につくも
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|守《まも》らす|吾《わが》|公《きみ》の
|功《いさを》|思《おも》へばひたに|尊《たふと》き
|吾《わが》|公《きみ》と|共《とも》にしあれば|曲津見《まがつみ》の
|伊猛《いたけ》る|国土《くに》も|恐《おそ》るることなし
|磐石《ばんじやく》の|上《うへ》に|佇《たたず》む|心地《ここち》して
|吾《われ》は|朝夕《あさゆふ》|御供《みとも》に|仕《つか》へつ』
|真以彦《まさもちひこ》は|歌《うた》ふ。
『|真以彦《まさもちひこ》|吾《われ》も|後方《しりへ》に|従《したが》ひて
|光《ひかり》の|神《かみ》を|送《おく》り|奉《まつ》るも
|地《ち》に|降《くだ》り|国津神等《くにつかみら》と|倶《とも》に|住《す》む
|吾《われ》|心安《うらやす》くなりにけらしな
|雲《くも》の|上《へ》にありし|吾身《わがみ》も|荒金《あらがね》の
|地《つち》に|降《くだ》りて|覚《さと》る|楽《たの》しさ
|卑《いや》しかる|吾身《わがみ》なれども|御光《みひかり》の
|神《かみ》の|御行《みゆき》を|送《おく》る|畏《かしこ》さ』
|成山彦《なりやまひこ》は|歌《うた》ふ。
『|成山彦《なりやまひこ》|吾《われ》は|神言《みこと》を|畏《かしこ》みて
|卑《いや》しき|身《み》ながら|公《きみ》を|送《おく》るも
|荒金《あらがね》の|地《つち》に|親《した》しむ|身《み》となりて
|吾《わが》|魂線《たましひ》の|安《やす》きを|楽《たの》しむ
|二柱《ふたはしら》|御樋代神《みひしろがみ》の|後辺《うしろべ》に
|仕《つか》へて|道行《みちゆ》く|今日《けふ》の|嬉《うれ》しさ
|国津神《くにつかみ》の|卑《いや》しき|司《つかさ》も|捨《す》てまさず
|御供《みとも》に|召《め》さす|神《かみ》の|尊《たふと》さ
|天《あめ》も|地《つち》も|睦《むつ》び|親《した》しみ|葦原《あしはら》の
|国土《くに》|拓《ひら》けとの|御心《みこころ》なるかも』
|霊生彦《たまなりひこ》は|歌《うた》ふ。
『|村肝《むらきも》の|心《こころ》|曇《くも》りし|吾《われ》にして
|御供《みとも》に|仕《つか》ふる|畏《かしこ》さ|思《おも》ふ
|国津神《くにつかみ》の|司《つかさ》となりし|吾《われ》にして
|今日《けふ》の|御行《みゆき》を|送《おく》る|嬉《うれ》しさ』
|栄春姫《さかはるひめ》は|歌《うた》ふ。
『|北《きた》の|国土《くに》の|神《かみ》の|司《つかさ》の|吾《われ》ながら
|忝《かたじけ》なくも|御供《みとも》に|仕《つか》ふる
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|永久《とこしへ》に
|忘《わす》れざるべし|真心《まごころ》|尽《つく》して
|国津神《くにつかみ》の|司《つかさ》となりて|村肝《むらきも》の
|心《こころ》はややに|落付《おちつ》きにけり』
|八栄姫《やさかひめ》は|歌《うた》ふ。
『|忍ケ丘《しのぶがをか》を|廻《めぐ》れる|近《ちか》き|国土《くに》の|長《をさ》と
|吾《われ》|任《ま》けられて|嬉《うれ》しさに|叫《さけ》ぶ
|何事《なにごと》も|神《かみ》の|依《よ》さしの|儘《まま》なれば
|吾《われ》は|嬉《うれ》しく|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
|二柱《ふたはしら》|御樋代神《みひしろがみ》を|守《まも》りつつ
|御供《みとも》に|仕《つか》ふる|嬉《うれ》しさに|泣《な》く』
|斯《か》く|天津神《あまつかみ》|国津神等《くにつかみたち》は|各自《おのもおのも》|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ひつつ、|其《その》|日《ひ》の|黄昏《たそが》るる|頃《ころ》、|漸《やうや》くにして|常磐《ときは》の|浜辺《はまべ》に|近《ちか》づき|楠《くす》の|森《もり》に|着《つ》かせ|給《たま》ひ、|茲《ここ》に|一夜《いちや》の|露《つゆ》の|宿《やど》を|定《さだ》め|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二三 旧一一・七 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第二〇章 |静波《せは》の|音《おと》〔一九七六〕
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|一行《いつかう》をはじめ、|見送《みおく》りまつりし|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》の|主従《しゆじう》は、|漸《やうや》くにして|其《その》|日《ひ》の|黄昏《たそが》るる|頃《ころ》、|常磐《ときは》の|海辺《うみべ》に|近《ちか》き|松《まつ》と|楠《くす》との|天《てん》を|封《ふう》じてそそりたつ|常磐《ときは》の|森《もり》に|着《つ》かせ|給《たま》ひ、|一夜《いちや》を|此処《ここ》に|明《あ》かさせ|給《たま》ひつつ、いづれの|神々《かみがみ》も|心《こころ》の|時《とき》めきに|眠《ねむ》り|給《たま》はず、|広大《くわうだい》なる|森《もり》を|彼方此方《あちこち》と|逍遥《せうえう》しつつ、|御歌《みうた》など|詠《よ》みふけりて、|明方《あけがた》を|待《ま》たせ|給《たま》ひける。
|御空《みそら》の|月《つき》は|皎々《かうかう》として|冴《さ》え|渡《わた》り、|彼方此方《かなたこなた》の|樹立《こだち》まばらなる|清庭《すがには》に、|白金《はくきん》の|光《ひかり》を|投《な》げさせ|給《たま》ひ、|春《はる》の|夜《よ》の|風《かぜ》はおもむろに|梢《こずゑ》を|吹《ふ》き、|実《げ》に|平和《へいわ》の|光景《くわうけい》は|天地《てんち》に|漲《みなぎ》り|渡《わた》れり。|時々《ときどき》に|海《うみ》|吹《ふ》く|風《かぜ》に|煽《あふ》られて、|磯辺《いそべ》によする|潮騒《しほざゐ》の|音《おと》|静《しづ》かに|聞《きこ》ゆるのみなりき。
|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》は、|常磐《ときは》の|森《もり》に|冴《さ》え|渡《わた》る|月影《つきかげ》を|打《う》ち|仰《あふ》ぎながら、|心《こころ》|静《しづ》かに|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|新《あたら》しき|国土《くに》の|徴《しるし》と|大空《おほぞら》に
|白金《プラチナ》の|月《つき》|冴《さ》え|渡《わた》るかも
|御光《みひかり》の|神《かみ》をはろばろ|送《おく》り|来《き》て
|常磐《ときは》の|森《もり》の|月《つき》に|親《した》しむ
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|楠《くす》の|梢《こずゑ》はそよ|風《かぜ》に
|御空《みそら》の|月《つき》の|面《おも》を|撫《な》でつつ
|春《はる》の|夜《よ》の|長閑《のど》けき|空《そら》の|月《つき》|見《み》れば
わが|魂線《たましひ》もうるほひにけり
|潮騒《しほざゐ》の|音《おと》|聞《きこ》ゆれど|春《はる》の|夜《よ》の
|海《うみ》|吹《ふ》く|風《かぜ》は|静《しづ》かなるかも
|天津空《あまつそら》|封《ふう》じて|茂《しげ》る|楠《くすのき》の
|森《もり》の|樹蔭《こかげ》に|月《つき》を|見《み》るかな
こんもりと|永久《とは》に|茂《しげ》れる|楠《くすのき》の
|森《もり》に|夜鷹《よたか》の|啼《な》く|音《ね》|冴《さ》えつつ
|梟《ふくろふ》は|楠《くす》の|梢《こずゑ》に|翼《つばさ》|休《やす》め
|月《つき》の|清《きよ》さに|啼《な》き|渡《わた》るなり
|常磐樹《ときはぎ》のかげまばらなる|砂《すな》の|上《へ》に
かがよふ|月《つき》の|光《かげ》は|白《しろ》しも
|海原《うなばら》を|遠行《とほゆ》く|公《きみ》を|送《おく》り|来《き》つ
|常磐《ときは》の|森《もり》に|黄昏《たそが》れにけり
|天津日《あまつひ》の|昇《のぼ》らす|暁《あかつき》|待《ま》ち|待《ま》ちて
|浜辺《はまべ》に|吾《われ》は|公《きみ》を|送《おく》らむ
|御空《みそら》ゆくさやけき|月《つき》の|光《かげ》の|如《ごと》
|晴《は》れ|渡《わた》るらむ|葦原《あしはら》の|国土《くに》は
|久方《ひさかた》の|高地秀山《たかちほやま》ゆ|天降《あも》りましし
|光《ひかり》の|神《かみ》の|別《わか》れ|惜《を》しまる
|二十年《はたとせ》の|醜《しこ》の|艱《なや》みを|払《はら》ひましし
|公《きみ》は|暁《あかつき》かけて|立《た》たすも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天津神《あまつかみ》|国津神等《くにつかみら》に|送《おく》られて
|月《つき》|照《て》る|森《もり》に|着《つ》きにけらしな
|春《はる》の|日《ひ》の|短《みじか》き|夜半《よは》を|此《この》|森《もり》に
|月《つき》に|照《て》らされ|休《やす》らふ|清《すが》しさ
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|守《まも》らす|食国《をすくに》を
|明日《あす》は|立《た》たなむ|神《かみ》のまにまに
わが|行《ゆ》かば|又《また》もや|醜《しこ》の|曲津見《まがつみ》は
|窺《うかが》ひ|来《きた》らむ|心《こころ》し|給《たま》はれ
|曲津見《まがつみ》の|猛《たけ》びいよいよ|強《つよ》ければ
|燧石《ひうち》の|真火《まひ》に|払《はら》はせ|給《たま》へよ
こんもりと|茂《しげ》れる|楠《くす》の|梢《うれ》|深《ふか》く
|潜《ひそ》みて|鳴《な》ける|百鳥《ももとり》|清《すが》しも
|白々《しらじら》と|庭《には》の|真砂《まさご》も|光《ひか》るなり
この|新国土《にひくに》も|月《つき》の|守《まも》りに
|明日《あす》されば|万里《まで》の|海原《うなばら》の|浪《なみ》|分《わ》けて
ひたに|進《すす》まむ|西方《にしかた》の|国土《くに》へ
|西方《にしかた》の|国土《くに》をめぐらす|顕津男《あきつを》の
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|侍《さむ》らふ|嬉《うれ》しさ
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|守《まも》りに|数々《かずかず》の
|功《いさを》を|建《た》てて|国土《くに》|生《う》みしはや
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|果《は》てなるこの|浜辺《はまべ》を
|明日《あす》は|離《はな》れむ|磐楠舟《いはくすぶね》にて
|葦原《あしはら》の|国土《くに》に|仕《つか》ふる|天津神《あまつかみ》も
|国津神々《くにつかみがみ》もまめやかにませよ』
|野槌比古《ぬづちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|大空《おほぞら》の|月《つき》の|光《ひかり》のさやかなれば
|茂《しげ》らふ|楠《くす》の|樹蔭《こかげ》は|暗《くら》しも
|御光《みひかり》の|神《かみ》を|送《おく》りて|吾《われ》は|今《いま》
|常磐《ときは》の|森《もり》の|月《つき》を|仰《あふ》ぐも
|果《はて》しなき|御空《みそら》を|渡《わた》る|月舟《つきふね》の
|清《きよ》きは|公《きみ》の|心《こころ》なるかも
|海原《うなばら》を|隈《くま》なく|照《て》らして|冴《さ》え|渡《わた》る
|月《つき》にもまして|光《ひか》らす|神《かみ》はも
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》のまします|夜《よ》の|森《もり》は
|真昼《まひる》の|如《ごと》く|輝《かがや》きて|居《を》り
|千早振《ちはやぶ》る|神世《かみよ》もきかぬ|目出度《めでた》さに
あひにけらしな|国津神《くにつかみ》|吾《われ》は
|春《はる》の|夜《よ》の|風《かぜ》|軟《やはら》かき|森蔭《もりかげ》に
|暁《あかつき》を|待《ま》つ|心《こころ》は|淋《さび》しも
|明日《あす》されば|帰《かへ》らす|公《きみ》と|思《おも》ふが|故《ゆゑ》に
この|淋《さび》しさをわが|抱《いだ》くなり
|黄昏《たそがれ》の|森《もり》にも|百鳥千鳥《ももとりちどり》なきて
|明日《あす》の|御行《みゆき》を|惜《を》しむがに|聞《きこ》ゆ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|広野《ひろの》をわたり|終《を》へて
|海原《うなばら》|進《すす》む|時《とき》は|近《ちか》めり
|大空《おほぞら》に|輝《かがや》く|月《つき》の|光《かげ》|見《み》つつ
|思《おも》ふは|瑞《みづ》の|御霊《みたま》なりけり
|潮騒《しほざゐ》の|音《おと》も|静《しづ》かにひびきけり
|海《うみ》|吹《ふ》く|風《かぜ》も|穏《おだや》かにして
この|森《もり》はわが|目路《めぢ》|遠《とほ》くひらかれて
|海《うみ》|吹《ふ》く|風《かぜ》を|永久《とは》に|防《ふせ》ぐも
|御空《みそら》ゆく|月《つき》も|暫《しば》しはこの|森《もり》に
|蹄《ひづめ》を|止《と》めて|休《やす》らひ|給《たま》はむ
はろばろと|光《ひかり》の|神《かみ》に|従《したが》ひて
|日々《ひび》|面白《おもしろ》き|神業《みわざ》|見《み》しかな
|新《あたら》しき|国土《くに》の|生《うま》れし|喜《よろこ》びを
|千代《ちよ》に|伝《つた》へて|寿《ことほ》ぎまつらむ』
|高比古《たかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|霧《きり》|籠《こ》むる|万里《まで》の|海原《うなばら》|渡《わた》らむと
|光《ひかり》の|神《かみ》は|此処《ここ》に|着《つ》かせり
|潮騒《しほざゐ》の|音《おと》も|静《しづ》かに|響《ひび》くなり
|空《そら》|澄《す》み|渡《わた》る|月《つき》の|下《した》びに
|夜《よ》もすがら|月《つき》を|讃《ほ》めつつ|磯《いそ》に|寄《よ》す
|波《なみ》の|音《ね》|聞《き》きつ|暁《あかつき》|待《ま》たむ
|百鳥《ももとり》の|鳴《な》きたつ|声《こゑ》は|夜半《よは》ながら
|森《もり》の|梢《こずゑ》の|彼方此方《あちこち》に|聞《きこ》ゆる
|天《あめ》も|地《つち》も|蘇《よみがへ》りたる|心地《ここち》して
|常磐《ときは》の|森《もり》の|月《つき》に|親《した》しむ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|光《ひかり》に|天地《あめつち》の
|雲霧《くもきり》|晴《は》れてかがよふ|月光《つきかげ》
|万里《まで》の|海《うみ》の|霧《きり》も|晴《は》れなむ|御光《みひかり》の
|神《かみ》の|出《い》でます|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》は
この|森《もり》の|月《つき》に|一夜《ひとよ》を|明《あか》しつつ
|笑《ゑ》み|栄《さか》え|行《ゆ》かむ|万里《まで》の|海路《うなぢ》を
|暖《あたた》かく|夜半《よは》|吹《ふ》く|風《かぜ》にわが|袖《そで》は
|蝶々《てふてふ》の|如《ごと》|翻《ひるがへ》るなり
|白梅《しらうめ》の|花《はな》のかたへに|夜《よ》の|森《もり》の
|水火《いき》|清《きよ》まりて|匂《にほ》ひ|満《み》ちたり
|葦原《あしはら》の|国土《くに》は|目出度《めでた》しところどころに
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|匂《にほ》ひ|出《い》づれば』
|照比古《てるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|乱《みだ》れ|果《は》てしグロスの|国《くに》の|雲霧《くもきり》を
|晴《は》らして|光《ひかり》の|神《かみ》はたたすか
|御光《みひかり》の|神《かみ》の|御後《みあと》に|従《したが》ひて
|常磐《ときは》の|森《もり》に|進《すす》み|来《き》つるも
|明日《あす》よりは|御光《みひかり》の|神《かみ》のましまさずと
|思《おも》へば|淋《さび》し|天津神《あまつかみ》|吾《われ》は
|八潮路《やしほぢ》の|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》を|乗《の》り|越《こ》えて
|光《ひかり》の|神《かみ》は|明日《あす》たたすかも
とどめまつる|術《すべ》さへもなき|悲《かな》しさに
|真心《まごころ》の|限《かぎ》り|送《おく》り|来《き》つるも
|明日《あす》の|日《ひ》の|悲《かな》しき|別《わか》れ|忍《しの》びつつ
|月《つき》|見《み》る|吾《わが》|眼《め》も|曇《くも》らひにける
|御空《みそら》|渡《わた》る|月《つき》のさやけさ|仰《あふ》ぎつつ
|曇《くも》るわが|目《め》の|涙《なみだ》|熱《あつ》きも』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|清《きよ》き|真言《まこと》に|照《て》らされて
|思《おも》ひもかけず|日《ひ》を|重《かさ》ねける
|葦原《あしはら》の|神国《みくに》を|明日《あす》は|立《た》ち|出《い》でて
|万里《まで》の|海原《うなばら》|霧《きり》|分《わ》け|進《すす》まむ
|新《あたら》しき|国土生《くにう》みの|旅《たび》を|重《かさ》ねます
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|神《かみ》の|功《いさを》よ
|言霊《ことたま》の|光《ひか》り|充《み》ちぬるわが|公《きみ》の
|御供《みとも》に|仕《つか》へて|潮路《しほぢ》をゆかむ
|月読《つきよみ》は|常磐《ときは》の|森《もり》の|空《そら》|高《たか》く
|澄《す》みきらひつつ|吾等《われら》を|照《て》らせり
|百鳥《ももとり》も|歓《ゑら》ぎ|勇《いさ》むか|照《て》る|月《つき》の
したびにうたひて|眠《ねむ》らずゐるも』
|清比古《きよひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天津神《あまつかみ》の|列《つら》に|選《えら》まれ|間《ま》もあらず
|光《ひかり》の|公《きみ》を|送《おく》り|来《き》つるも
|力《ちから》なき|吾《われ》なりながら|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》を|送《おく》りて|仕《つか》ふる|畏《かしこ》さ
|天地《あめつち》を|永久《とは》に|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》も
|隈《くま》なく|晴《は》れて|国土《くに》の|秀《ほ》|見《み》ゆるも
|豊《ゆたか》なる|国土《くに》の|秀《ほ》|見《み》えて|月《つき》も|日《ひ》も
|光《ひかり》の|限《かぎ》りを|光《ひか》らせ|給《たま》へり』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あめは》れし|今日《けふ》のよき|日《ひ》に|御光《みひかり》の
|神《かみ》に|従《したが》ひ|此処《ここ》に|来《き》つるも
こんもりと|常磐《ときは》の|松《まつ》や|楠《くすのき》の
|茂《しげ》れる|森《もり》のかげに|休《やす》らふ
|小夜《さよ》|更《ふ》けて|御空《みそら》の|月《つき》は|傾《かたむ》きつ
|声《こゑ》|騒《さわ》がしき|浜千鳥《はまちどり》かな
|浜千鳥《はまちどり》よび|交《か》はす|声《こゑ》のたしたしに
|聞《きこ》えて|小夜《さよ》は|更《ふ》け|渡《わた》りぬる
|明日《あす》されば|公《きみ》に|仕《つか》へて|霧《きり》こむる
|海路《うなぢ》をゆかむ|吾《われ》ぞ|楽《たの》しき』
|晴比古《はるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|公《きみ》が|行《ゆ》く|明日《あす》の|海原《うなばら》|晴《は》れよかし
|風《かぜ》も|穏《おだひ》に|御舟《みふね》を|守《まも》れ
|御舟《おんふね》は|万里《まで》の|海原《うなばら》すくすくと
|艱《なや》みもあらに|進《すす》みますらむ
|有明《ありあけ》の|月《つき》は|白《しら》けて|東《ひむがし》の
|御空《みそら》に|茜《あかね》の|雲《くも》は|湧《わ》き|立《た》ちぬ
|鵲《かささぎ》の|声《こゑ》はさやかに|朝明《あさあけ》の
|御空《みそら》の|幸《さち》を|寿《ことほ》ぎて|鳴《な》くも』
|漸《やうや》くにして|常磐《ときは》の|森《もり》の|一夜《ひとよさ》はからりと|明《あ》け|放《はな》れ、|東《ひむがし》の|御空《みそら》を|明《あ》かしつつ|新《あたら》しき|太陽《たいやう》は|晃々《くわうくわう》と|下界《げかい》を|照《てら》し、|静《しづ》かに|静《しづ》かに|昇《のぼ》らせ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二三 旧一一・七 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
第四篇 |神戦妖敗《しんせんえうはい》
第二一章 |怪体《けたい》の|島《しま》〔一九七七〕
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|葦原比女《あしはらひめ》の|神《かみ》|一行《いつかう》に|常磐《ときは》の|浜辺《はまべ》まで|送《おく》られ、|互《たがひ》に|名残《なごり》りを|惜《を》しみつつ、|朝日《あさひ》の|照《て》らふ|万里《まで》の|海原《うなばら》を|順風《じゆんぷう》に|乗《じやう》じ、|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|舟《ふね》を|進《すす》ませ|給《たま》ふ|折《をり》しもあれ、|晴《は》れ|渡《わた》りたる|大空《おほぞら》の|彼方《かなた》に|屹立《きつりつ》したる|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|頂《いただき》より、|黒煙《こくえん》|濛々《もうもう》と|噴火《ふんくわ》の|如《ごと》くに|噴《ふ》き|出《だ》して|天《てん》に|冲《ちう》し、|次第々々《しだいしだい》に|膨《ふく》れ|拡《ひろ》ごり、|万里《まで》の|海原《うなばら》さして|押《お》し|寄《よ》せ|来《きた》る|状《さま》、もの|凄《すご》きばかりなりける。|黒雲《くろくも》はグロノス、ゴロスの|竜蛇神《りうだしん》の|形《かたち》を|現《あら》はし、|真《ま》つ|先《さき》に|海原《うなばら》さして|進《すす》み|来《きた》る|如《ごと》く|見《み》えにける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|此《この》|光景《くわうけい》を|打仰《うちあふ》ぎながら、
『|鷹巣山《たかしやま》|尾根《をね》に|黒雲《くろくも》|涌《わ》き|立《た》ちて
|大空《おほぞら》|高《たか》く|拡《ひろ》ごれるがに|見《み》ゆ
|鷹巣山《たかしやま》に|立《た》つ|黒雲《くろくも》は|醜神《しこがみ》の
|吾《われ》に|仇《あだ》せむ|下心《したごころ》かも
|澄《す》みきらふ|御空《みそら》の|蒼《あを》を|醜神《しこがみ》の
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》ぬりつぶさむとす
よしやよし|万里《まで》の|海原《うなばら》|包《つつ》むとも
|吾《わが》|言霊《ことたま》に|伊吹《いぶ》き|払《はら》はむ
|曲神《まがかみ》は|棲処《すみか》|焼《や》かれて|鷹巣山《たかしやま》に
|忍《しの》びて|雲《くも》となりて|荒《すさ》ぶも
|吾《わが》|舟《ふね》は|魔神《まがみ》の|黒雲《くろくも》に|包《つつ》まれて
|行手《ゆくて》も|見《み》えずなりにけらしな
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《あ》れし|吾《われ》にして
|如何《いか》でひるまむ|曲津《まが》の|荒《すさ》びに
|曲津神《まがつかみ》|荒《すさ》べば|荒《すさ》べ|千万《ちよろづ》の
|災《わざはひ》|来《きた》るも|吾《われ》はひるまじ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|此《この》|光景《くわうけい》を|見《み》て|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『グロノスもゴロスも|力《ちから》のありたけを
|尽《つく》して|御舟《みふね》にさやらむとすも
|大空《おほぞら》の|蒼海原《あをうなばら》をぬりつぶし
|万里《まで》の|海《うみ》まで|雲《くも》に|包《つつ》める
よしやよし|黒雲《くろくも》|如何《いか》に|包《つつ》むとも
|海原《うなばら》|分《わ》けていや|進《すす》み|行《ゆ》かむ
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|水火《いき》にや|海風《うなかぜ》は
|吹《ふ》き|乱《みだ》れつつ|御舟《みふね》ゆするも』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|海上《かいじやう》|俄《にはか》に|旋風《せんぷう》|起《おこ》り、|雲《くも》は|大《だい》なる|輪《わ》を|描《ゑが》きて|前後《ぜんご》|左右《さいう》に|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ、|磐楠舟《いはくすぶね》は|荒浪《あらなみ》に|翻弄《ほんろう》され、|一進一退《いつしんいつたい》|如何《いかん》ともすべからざる|羽目《はめ》に|陥《おちい》りぬ。|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|平然《へいぜん》として|微笑《びせう》しながら|此《この》|光景《くわうけい》を|静《しづか》に|見給《みたま》ひつつ、|心中《しんちう》に|深《ふか》き|成算《せいさん》あるものの|如《ごと》くに|在《おは》し|坐《ま》しける。
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|咫尺《しせき》|弁《べん》ぜぬ|暴風《ばうふう》の|海原《うなばら》を|眺《なが》めながら、|儼然《げんぜん》として|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲神《まがかみ》はあらむ|限《かぎ》りの|暴力《ばうりよく》を
ふるひて|御舟《みふね》を|顛覆《くつがへ》さむとす
|風《かぜ》も|吹《ふ》け|浪《なみ》も|立《た》て|立《た》て|雲《くも》も|起《お》きよ
|如何《いか》で|恐《おそ》れむ|神《かみ》なる|吾《われ》は
|面白《おもしろ》く|風《かぜ》の|海原《うなばら》に|御舟《おんふね》は
|浮《う》きつ|沈《しづ》みつ|上《あが》りつ|下《くだ》りつ
|荒浪《あらなみ》は|鬣《たてがみ》|振《ふる》ひ|御舟《おんふね》の
|舷《ふなばた》きびしく|噛《か》みつき|来《きた》るも
|主《ス》の|神《かみ》と|朝香《あさか》の|比女《ひめ》に|任《まか》せたる
|吾身《わがみ》は|天《てん》に|任《まか》すのみなる
グロノスやゴロスも|力《ちから》の|種《たね》つきて
やがて|亡《ほろ》ばむ|思《おも》へば|悲《かな》しも
|葦原《あしはら》の|国土《くに》|永遠《とことは》に|治《をさ》むべく
|此《この》|曲津見《まがつみ》を|罰《きた》めで|止《や》まむや』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|奴婆玉《ぬばたま》の|闇《やみ》の|海原《うなばら》に|荒浪《あらなみ》の
|立《た》ちたつ|今日《けふ》の|旅《たび》は|勇《いさ》まし
|曲津見《まがつみ》の|荒《すさ》ぶ|限《かぎ》りを|荒《すさ》ばせて
|吾《われ》|面白《おもしろ》く|眺《なが》めむと|思《おも》ふ
|荒風《あらかぜ》の|響《ひびき》も|高《たか》き|浪《なみ》の|音《おと》も
|何《なに》か|恐《おそ》れむ|神《かみ》なる|吾《われ》は
グロノスもゴロスもここを|玉《たま》の|緒《を》の
|命《いのち》かぎりに|荒《すさ》ぶと|見《み》えたり
|荒《すさ》ぶだけ|荒《すさ》ばせ|狂《くる》はせ|疲《つか》らせて
さて|其《そ》の|後《のち》に|言霊《ことたま》|宣《の》らむか』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《あめ》を|晴《は》らしの|吾《われ》なれば
|御空《みそら》の|黒雲《くろくも》|直《ただ》に|払《はら》はむ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|八千万《やちよろづ》の
|神《かみ》よ|集《あつ》まりましまして
|今日《けふ》の|御舟《みふね》にさやりたる
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|払《はら》はせ|給《たま》へ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|吾等《われら》となふる|言霊《ことたま》に
|命《いのち》あれかし|光《ひかり》あれかし』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|面白《おもしろ》き|醜《しこ》の|猛《たけ》びを|見《み》るものか
|万里《まで》の|海原《うなばら》|過《す》ぎ|行《ゆ》く|度《たび》に
|曲神《まがかみ》もやがて|疲《つか》れむ|斯《か》くの|如《ごと》
|黒雲《くろくも》|吐《は》けば|力《ちから》|尽《つ》きなむ
|黒雲《くろくも》を|起《おこ》し|荒風《あらかぜ》|吹《ふ》かせつつ
|吾《わが》|旅立《たびだち》を|脅《おびや》かさむとするも
|斯《か》くの|如《ごと》き|醜《しこ》の|災《わざはひ》|何《なに》かあらむ
|暫《しばら》く|待《ま》ちて|吾《われ》は|罰《きた》めむ』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ、|闇《やみ》の|海《うみ》の|暴風怒濤《ばうふうどたう》に|舟《ふね》を|翻弄《ほんろう》されながら、|神色自若《しんしよくじじやく》として|少《すこ》しも|恐《おそ》れず、|暫《しば》しを|望見《ばうけん》し|落着《おちつ》き|居給《ゐたま》ひける。
|斯《か》かる|処《ところ》へ|百雷《ひやくらい》の|一時《いちじ》に|轟《とどろ》く|如《ごと》きウーウーウーの|唸《うな》り|声《ごゑ》|響《ひび》き|渡《わた》り、|忽《たちま》ちにして|荒風《あらかぜ》は|鉾先《ほこさき》を|緩《ゆる》め、|浪《なみ》|和《やは》らぎ|渡《わた》り、|四辺《あたり》を|包《つつ》みし|魔神《まがみ》の|黒雲《くろくも》は|次第々々《しだいしだい》に|薄《うす》らぎつつ|四辺《しへん》に|飛《と》び|散《ち》り、|遂《つひ》には|跡形《あとかた》も|止《とど》めず、|浪《なみ》|平《たひら》かに|天津日《あまつひ》は|晃々《くわうくわう》と|輝《かがや》き|給《たま》ふ|平静《へいせい》なる|天地《てんち》と|変《かは》りけるぞ|不思議《ふしぎ》なれ。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ひそやかにわが|祈《いの》りたる|言霊《ことたま》に
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は|現《あ》れましにけり
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》に|破《やぶ》られて
|曲津見《まがつみ》の|奸計《たくみ》は|消《き》え|失《う》せにけり
|荒風《あらかぜ》を|起《おこ》し|荒浪《あらなみ》|振《ふる》はせし
|曲津《まが》は|亡《ほろ》びむ|憐《あは》れなるかも
|主《ス》の|神《かみ》の|厚《あつ》き|守《まも》りと|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》の|功《いさを》に|曲津《まが》は|逃《に》げたり
|黒雲《くろくも》は|次第々々《しだいしだい》に|薄《うす》らぎて
|其《その》|影《かげ》さへも|見《み》えずなりけり
|千重《ちへ》の|浪《なみ》|照《て》らして|御空《みそら》ゆ|日《ひ》の|神《かみ》は
わが|行《ゆ》く|舟《ふね》を|守《まも》らせ|給《たま》ふ
|曲神《まがかみ》は|勢《いきほひ》|強《つよ》く|見《み》ぬれども
|真言《まこと》の|神《かみ》には|脆《もろ》きものかな
|葦原比女《あしはらひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》は|曲津見《まがつみ》に
|襲《おそ》はれ|給《たま》はむ|思《おも》へば|愛《いと》しき
さりながら|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》わが|魂《たま》の
いつかひあれば|国土《くに》|安《やす》からむ
|海原《うなばら》は|春《はる》の|陽気《やうき》の|漂《ただ》よひて
|水面《みのも》に|跳《をど》る|魚鱗《うろくづ》は|光《ひか》れり』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|莞爾《くわんじ》として|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|稜威《いづ》の|守《まも》りに|曲津見《まがつみ》は
|見《み》るも|哀《あは》れに|亡《ほろ》び|失《う》せける
|葦原《あしはら》の|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|谷《たに》|深《ふか》く
|潜《ひそ》める|曲《まが》の|悪戯《いたづら》|可笑《をか》しも
|黒雲《くろくも》の|形《かたち》はさながらグロノスと
ゴロスの|走《はし》る|姿《すがた》なりける
|斯《かく》の|如《ごと》|御空《みそら》は|晴《は》れて|浪《なみ》|凪《な》ぎて
|公《きみ》の|御舟《みふね》の|安《やす》さ|嬉《うれ》しさ
|目路《めぢ》|遠《とほ》く|水《み》の|面《も》に|浮《うか》ぶ|島影《しまかげ》は
しかと|見《み》えねど|巌山《いはやま》なるらし
|主《ス》の|神《かみ》と|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》わが|公《きみ》の
|御稜威《みいづ》に|安《やす》き|磐楠舟《いはくすぶね》かも』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|面白《おもしろ》き|曲津《まが》の|芝居《しばゐ》の|一幕《ひとまく》を
|今日《けふ》の|浪路《なみぢ》の|旅《たび》に|見《み》しかな
|一時《ひととき》は|如何《いかが》ならむかと|村肝《むらきも》の
|吾《われ》は|心《こころ》を|悩《なや》ませにける
|強《つよ》き|言《こと》|言《い》ひつつありしが|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|奥《おく》は|慄《ふる》ひ|居《ゐ》たりき
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》なかりせば
|未《ま》だ|黒雲《くろくも》はさやり|居《ゐ》にけむ
|上下《うへした》に|公《きみ》の|召《め》します|御舟《おんふね》を
|翻弄《ほんろう》したる|曲浪《まがなみ》|凪《な》ぎしよ
|斯《か》くならば|最早《もはや》|安《やす》けし|西方《にしかた》の
|曲津《まがつ》の|国土《くに》にひたに|進《すす》まむ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》は|驚《おどろ》きましまさず
|微笑《ほほゑ》みいませし|雄々《をを》しさ|健気《けなげ》さ
|海原《うなばら》を|闇《やみ》に|包《つつ》みて|御舟《おんふね》を
|浪《なみ》に|弄《なぶ》りし|曲津見《まがつ》の|悪戯《いたづら》よ
|如何《いか》ならむ|曲津《まが》の|災《わざはひ》|重《かさ》ぬとも
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》にひたに|進《すす》まむ
|鷹巣山《たかしやま》に|忍《しの》びてグロノス、ゴロスの|曲津《まが》は
|黒雲《くろくも》となりて|御舟《みふね》|艱《なや》めぬ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天晴《あめは》れ|渡《わた》り|月《つき》も|日《ひ》も
|水面《みのも》に|浮《うか》びて|湯気《ゆげ》|立《た》つ|海《うみ》なり
|御舟《おんふね》は|吹《ふ》く|春風《はるかぜ》にすくすくと
|進《すす》みましけり|万里《まで》の|海原《うなばら》を
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》に|仕《つか》へて|種々《くさぐさ》の
|曲津《まが》の|悪戯《いたづら》|面白《おもしろ》く|見《み》し
|闇《やみ》の|海《うみ》に|荒風《あらかぜ》も|浪《なみ》も|駿馬《はやこま》は
|恐《おそ》れず|静《しづ》かに|嘶《いなな》きて|居《ゐ》し
|吾《われ》は|今《いま》|無心《むしん》の|駒《こま》の|幸《さち》はひを
つくづく|覚《さと》りぬ|荒浪《あらし》の|海《うみ》に
|幾度《いくたび》も|御舟《みふね》あやふき|浪《なみ》の|上《へ》を
|無心《むしん》の|駒《こま》は|嘶《いなな》き|歓《ゑら》ぎつ
|海路《うなぢ》|走《はし》るその|苦《くる》しさに|引替《ひきか》へて
|駒《こま》は|御舟《みふね》を|喜《よろこ》びけるにや
|漸《やうや》くに|島影《しまかげ》|近《ちか》くなりにけり
|魔神《まがみ》よ|永遠《とは》に|潜《ひそ》めるらしも』
|舟《ふね》は|漸《やうや》くにして|海路《うなぢ》に|横《よこた》はる|巨大《きよだい》なる|巌島《いはしま》に|近《ちか》づきぬ。よくよく|見《み》れば、|赤黒《あかくろ》さまざまの|大蛇《をろち》|幾筋《いくすぢ》となく|巌《いは》より|首《くび》をさし|出《い》で、|長大《ちやうだい》なる|身体《からだ》をうねらせながら、|大口《おほぐち》を|開《ひら》き|火焔《くわえん》の|舌《した》を|吐《は》き、|御舟《みふね》に|向《むか》つて|襲《おそ》はむとする|勢《いきほひ》を|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》し|見《み》せ|居《ゐ》たりければ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》はこの|状《さま》を|御覧《みそなは》して、|心《こころ》|穏《おだ》ひに|微笑《ほほゑ》みつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|此処《ここ》も|亦《また》|魔神《まがみ》の|巣《す》ぐふ|巌島《いはしま》の
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》はさやらむとすも
|醜神《しこがみ》は|如何《いか》にさやぐも|猛《たけ》ぶとも
|神《かみ》なる|吾《われ》は|恐《おそ》るべきやも
|曲神《まがかみ》を|言向《ことむ》けまたは|罰《きた》めつつ
|神《かみ》のまにまに|進《すす》む|吾《われ》なり
|千丈《せんぢやう》の|巌《いは》の|上《うへ》より|長々《ながなが》と
|大口《おほぐち》|開《あ》けて|大蛇《をろち》は|火《ひ》を|吹《ふ》けり
|千百《せんひやく》の|大蛇《をろち》が|一度《いちど》に|吐《は》き|出《いだ》す
|炎《ほのほ》は|青《あを》く|真火《まひ》にはあらず
|吾《わが》|伊行《いゆ》く|道《みち》にさやらむ|曲津見《まがつみ》は
|生言霊《いくことたま》に|放《はふ》りて|行《ゆ》かむ
|草木《くさき》|一《ひと》つ|無《な》き|巌山《いはやま》に|真火《まひ》を|避《さ》けて
ここを|先途《せんど》と|曲津見《まがつみ》|潜《ひそ》める
さりながら|生言霊《いくことたま》の|御功《みいさを》に
この|巌山《いはやま》を|火《ひ》の|島《しま》とせむ。
いろはにほへとちりぬるを
わかよたれそつねならむ
うゐのおくやまけふこえて
あさきゆめみしゑひもせす
きやうの|浪路《なみぢ》の|旅立《たびだ》ちに
さやらむ|曲津《まが》は|悉《ことごと》く
|生言霊《いくことたま》の|御功《みいさを》に
|伊吹《いぶ》き|払《はら》ひて|追《お》ひそけつ
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|生言霊《いくことたま》を
|捧《ささ》げて|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
もしも|曲神《まがかみ》|吾《わが》|言霊《ことたま》に
|従《まつろ》はずしてさやりなば
この|巌島《いはしま》は|悉《ことごと》く
|真火《まひ》を|起《おこ》して|灼熱《しやくねつ》の
|炎《ほのほ》に|残《のこ》らず|焼《や》き|尽《つく》し
|曲津《まが》の|在処《ありか》を|絶《たや》すべし
カコクケキ
カの|言霊《ことたま》に|真火《まひ》|出《い》でて
さしもに|堅《かた》き|巌山《いはやま》も
|火《ひ》の|海《うみ》とならむ|惟神《かむながら》
|曲津見《まがつみ》|心《こころ》を|改《あらた》めて
|弥永久《いやとこしへ》に|此《この》|島《しま》の
|守《まも》りの|神《かみ》となれよかし
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》に|光《ひかり》あれ
|吾《わが》|言霊《ことたま》に|命《いのち》あれよ。
|海中《わだなか》に|聳《そそ》り|立《た》ちたる|巌島《いはしま》に
|潜《ひそ》む|大蛇《をろち》を|焼《や》きて|進《すす》まむ
|巌島《いはしま》はカの|言霊《ことたま》の|輝《かがや》きに
|残《のこ》らず|火《ひ》となれ|炎《ほのほ》となれよ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|千尋《ちひろ》の|海底《かいてい》より|御空《みそら》に|高《たか》く|屹立《きつりつ》したる|周囲《しうゐ》|約《やく》|三里《さんり》の|巌島《いはしま》も、|忽《たちま》ち|一面《いちめん》に|火焔《くわえん》に|包《つつ》まれ、|海水《かいすゐ》は|熱湯《ねつたう》の|如《ごと》く|煮《に》えくり|返《かへ》り、|湯気《ゆげ》と|煙《けむり》は|四辺《しへん》を|包《つつ》みて|其《その》|壮観《さうくわん》|譬《たと》ふるに|物《もの》なく、|大蛇《をろち》は|或《あるひ》は|焼《や》かれ|或《あるひ》は|傷《きずつ》き|或《あるひ》は|命《いのち》からがら|雲《くも》を|吐《は》き|出《だ》し、|辛《から》うじて|是《これ》に|乗《じやう》じ、|鷹巣《たかし》の|山《やま》の|空《そら》を|指《さ》して|逃《に》げ|行《ゆ》きにける。|巌島《いはしま》は|瞬《またた》く|間《うち》に|根底《こんてい》より|焼《や》き|尽《つく》され、|海水《かいすゐ》は|熱湯《ねつたう》の|如《ごと》く|沸騰《ふつとう》し|湯気《ゆげ》|立《た》ち|昇《のぼ》りぬ。|此《この》|光景《くわうけい》を|見《み》て|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|感激《かんげき》に|堪《た》へず、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|今更《いまさら》に|吾《われ》|驚《おどろ》きぬ|御樋代神《みひしろがみ》の
|生言霊《いくことたま》に|島《しま》は|滅《ほろ》びぬ
|八千尋《やちひろ》の|底《そこ》の|巌根《いはね》も|火《ひ》となりて
|焼滅《せうめつ》しにけり|公《きみ》の|御稜威《みいづ》に
いつまでもグロノス、ゴロスの|執拗《しつえう》さ
|思《おも》へば|吾《われ》は|憐《あは》れを|催《もよほ》す
|永遠《とことは》に|動《うご》かぬ|巌根《いはね》も|吾《わが》|公《きみ》の
|生言霊《いくことたま》にかなはざりしよ
|巌ケ根《いはがね》は|残《のこ》らず|火《ひ》となり|湯気《ゆげ》となり
|煙《けむり》となりし|時《とき》の|見事《みごと》さ
|面白《おもしろ》き|公《きみ》の|神業《かむわざ》|伏《ふ》し|拝《をが》み
この|天地《あめつち》の|不思議《ふしぎ》を|悟《さと》りぬ
|吾《わが》|公《きみ》の|功績《いさをし》|見《み》れば|初頭比古《うぶがみひこ》
|吾《われ》は|小《ちひ》さき|神《かみ》にぞありける
|曲津見《まがつみ》は|巌《いはほ》の|山《やま》と|変《へん》じつつ
|公《きみ》の|海路《うなぢ》の|旅《たび》にさやりし
|心地《ここち》よく|曲《まが》の|化身《けしん》の|巌島《いはしま》は
|生言霊《いくことたま》に|滅《ほろ》びぬるかな
カコクケキ|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひに
|堅磐常磐《かきはときは》の|巌《いはほ》も|焼《や》けたり』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|尊《たふと》さに|吾《われ》は|言葉《ことば》も|口籠《くちごも》り
あきれ|慄《をのの》くばかりなりけり
|今更《いまさら》に|生言霊《いくことたま》の|尊《たふと》さを
|思《おも》ひけるかな|海路《うなぢ》の|旅《たび》に
|炎々《えんえん》と|巌島《いはしま》|焼《も》ゆる|状《さま》|見《み》つつ
|今更《いまさら》の|如《ごと》|驚《おどろ》き|止《や》まずも
|巌《いは》の|上《へ》に|千万《ちよろづ》の|大蛇《をろち》|垂《た》れかかり
|大口《おほぐち》|開《あ》けて|炎《ほのほ》を|吐《は》きける
|斯《かく》の|如《ごと》き|曲津《まが》の|猛《たけ》びも|平然《へいぜん》と
|公《きみ》は|微笑《ほほゑ》み|御覧《みそなは》しける
|曲津見《まがつみ》は|四度《よたび》|破《やぶ》れて|同輩《ともがら》を
|数多《あまた》|失《うしな》ひ|逃《に》げ|去《さ》りにける
いや|広《ひろ》に|神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|幸《さち》はひて
この|天地《あめつち》は|拓《ひら》け|行《ゆ》くらむ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|今更《いまさら》に|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|吾《わが》|公《きみ》の
いみじき|功《いさを》を|驚《おどろ》きにけり
|斯《かく》の|如《ごと》|光《ひかり》と|功《いさを》の|吾《わが》|公《きみ》に
|仕《つか》へて|進《すす》まむ|思《おも》へば|嬉《うれ》しき
|心《こころ》|弱《よわ》き|女神《めがみ》の|吾《われ》も|魂《たま》|太《ふと》り
いみじき|力《ちから》を|賜《たま》はりにける』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|跡形《あとかた》もなく|滅《ほろ》びたる|曲津見《まがつみ》の
|化身《けしん》の|巌《いは》の|跡《あと》に|湯気《ゆげ》|立《た》つ
|曲津見《まがつみ》は|万里《まで》の|海原《うなばら》に|浪《なみ》を|立《た》て
|雲《くも》を|起《おこ》して|雄猛《をたけ》びにける
|曲津見《まがつみ》の|雄猛《をたけ》び|煙《けむり》となりにけり
|御樋代神《みひしろがみ》の|生言霊《いくことたま》に
|浪路《なみぢ》はるけき|万里《まで》の|海原《うなばら》|安々《やすやす》と
|公《きみ》に|仕《つか》へて|渡《わた》らふ|楽《たの》しさ
カコクケキ|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》は
|千引《ちびき》の|巌ケ根《いはがね》さへも|焼《や》きたり
|巌島《いはしま》の|燃《も》ゆる|火影《ひかげ》はあかあかと
|海底《うなぞこ》までも|輝《かがや》きしはや』
|斯《か》く|各自《おのもおのも》|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ、|順風《じゆんぷう》に|乗《の》り|舟《ふね》の|舳《へさき》を|東南《とうなん》に|向《む》け|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
(昭和八・一二・二五 旧一一・九 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第二二章 |歎声仄聞《たんせいそくぶん》〔一九七八〕
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》はグロノス、ゴロスの|化身《けしん》なりし|巌島《いはしま》の|邪神《じやしん》を|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》に|島《しま》もろとも|焼《や》き|尽《つく》し|給《たま》ひ、|春風《はるかぜ》のそよろに|渡《わた》る|万里《まで》の|海原《うなばら》を、|舳《へさき》を|東南《とうなん》に|向《む》け|悠々《いういう》|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『くさぐさの|曲《まが》の|艱《なや》みを|放《はふ》りつつ
|御舟《みふね》やうやく|安《やす》くなりける
|晃々《くわうくわう》と|浪《なみ》を|照《て》らして|天津日《あまつひ》は
|春《はる》の|海原《うなばら》のぞきたまへり
|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|万里《まで》の|海原《うなばら》に|霞《かすみ》|立《た》ちて
|風《かぜ》|暖《あたた》かき|浪路《なみぢ》|楽《たの》しも
|黒雲《くろくも》に|海原《うなばら》|包《つつ》み|浪《なみ》|立《た》てて
グロノス、ゴロスは|猛《たけ》びたるかも
グロノスもゴロスも|公《きみ》の|功績《いさをし》に
|逃《に》げ|失《う》せたるぞ|勇《いさ》ましかりけり
|海底《うなそこ》に|遊《あそ》べる|小魚《さな》の|姿《かげ》さへも
|透《す》き|通《とほ》り|見《み》ゆ|清《すが》しき|今日《けふ》なり
わが|公《きみ》の|御供《みとも》は|楽《たの》し|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|光《ひかり》を|居《ゐ》ながら|拝《はい》しつ
|万里《まで》の|島《しま》と|葦原《あしはら》の|国土《くに》を|拓《ひら》きまして
|公《きみ》が|渡《わた》らす|万里《まで》の|海原《うなばら》
|月《つき》も|星《ほし》も|白《しろ》く|輝《かがや》く|海原《うなばら》に
|立《た》つ|白浪《しらなみ》は|陽《ひ》に|耀《かがよ》へる
|月《つき》と|日《ひ》と|星《ほし》の|光《ひかり》に|守《まも》られて
|吾《わが》|行《ゆ》く|舟《ふね》は|恙《つつが》あらじな』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|楽《たの》しさの|限《かぎ》りなるかも|吾《わが》|公《きみ》の
|御舟《みふね》に|曲《まが》のたはむれ|見《み》る|今日《けふ》
|生島《いくしま》ゆ|島《しま》に|渡《わた》らふ|水鳥《みづどり》の
|翼《つばさ》は|白《しろ》く|浪《なみ》にうつれり
|水底《みなそこ》を|飛《と》びたつごとく|思《おも》はれぬ
|澄《す》みきらひたる|水鳥《みづどり》の|影《かげ》は
|仰《あふ》ぎ|見《み》る|鷹巣《たかし》の|山《やま》は|紫《むらさき》の
|雲《くも》|漂《ただよ》ひて|日影《ひかげ》は|高《たか》し
|曲津見《まがつみ》は|戦《たたか》ふたびに|破《やぶ》れつつ
|西方《にしかた》の|空《そら》に|消《き》え|失《う》せにけり』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|白馬ケ岳《はくばがだけ》は|雲《くも》に|霞《かす》みて|空《そら》の|奥《おく》に
もやもや|燃《も》ゆる|白雲《しらくも》のどけし
|白雲《しらくも》は|天津日《あまつひ》の|下《した》をよぎりつつ
この|海原《うなばら》に|影《かげ》を|落《おと》せり
|遠《とほ》の|海《うみ》は|青《あを》く|見《み》えつつ|目路《めぢ》|近《ちか》き
|浪《なみ》は|白々《しろじろ》|輝《かがや》けるかも
|鷹巣山《たかしやま》は|白馬ケ岳《はくばがだけ》に|比《くら》ぶれば
|澄《す》み|渡《わた》りつつ|高《たか》さ|及《およ》ばず
|吾《わが》|伊行《いゆ》く|浪路《なみぢ》|遥《はろ》けく|守《まも》りませ
|主《ス》の|大御神《おほみかみ》|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》
|公《きみ》が|旅《たび》を|安《やす》く|守《まも》りて|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》は|折々《をりをり》|唸《うな》らせたまふも
|御光《みひかり》の|神《かみ》の|出《い》でます|海原《うなばら》に
|遮《さや》らむ|雲《くも》は|忽《たちま》ち|消《き》ゆるも
|海中《わだなか》の|岩《いは》に|浪《なみ》の|秀《ほ》|突《つ》き|当《あた》り
|白《しろ》き|飛沫《しぶき》は|高《たか》のぼりつつ
|白浪《しらなみ》は|飛沫《しぶき》となりて|高《たか》のぼり
|再《ふたた》び|水《みづ》に|落《お》つるさやけさ
|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|飛沫《しぶき》|立《た》ちつつ|又《また》|消《き》えつ
|今日《けふ》の|浪路《なみぢ》の|風《かぜ》|静《しづ》かなり』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》も|地《つち》も|隈《くま》なく|晴《は》れし|海原《うなばら》の
|旅行《たびゆ》く|今日《けふ》の|穏《おだや》かなるも
|帆《ほ》を|揚《あ》げず|艫櫂《ろかい》|用《もち》ゐぬ|磐楠舟《いはくすぶね》の
|進《すす》むは|神《かみ》の|功《いさを》なりけり
|何事《なにごと》も|神《かみ》の|心《こころ》に|任《まか》せたる
|公《きみ》の|御舟《みふね》は|安《やす》く|進《すす》むも
|海鳥《うみどり》の|啼《な》く|音《ね》か|国津神等《くにつかみたち》の
|叫《さけ》びか|仄《ほの》かに|響《ひび》き|渡《わた》らふ
|東北《とうほく》の|浪《なみ》に|浮《うか》べる|島ケ根《しまがね》ゆ
|怪《あや》しき|声《こゑ》は|響《ひび》き|来《く》らしも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|浪《なみ》の|秀《ほ》を|渡《わた》り|聞《きこ》ゆる|声《こゑ》は|悲《かな》し
|国津神等《くにつかみら》の|叫《さけ》びなるらむ
|兎《と》にもあれ|角《かく》にもあれや|声《こゑ》すなる
|島《しま》に|向《むか》ひて|吾《われ》は|進《すす》まむ』
かく|歌《うた》はせ|給《たま》ふや、|御舟《みふね》は|心《こころ》あるものの|如《ごと》く、|思《おも》ふ|舳《へさき》を|東北《とうほく》に|変《へん》じ、|波上《はじやう》に|霞《かす》める|島影《しまかげ》さして|進《すす》み|行《ゆ》くこそ|不思議《ふしぎ》なる。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》の|神《かみ》の|心《こころ》か|吾《わが》|舟《ふね》は
|神言《みこと》のまにまに|方向《むき》をかへたる
|風《かぜ》の|方向《むき》|変《かは》りて|公《きみ》が|御舟《おんふね》は
|東北《とうほく》の|島《しま》をさして|流《なが》るる
|彼方此方《あちこち》と|水面《みのも》に|峙《そばだ》つ|巌ケ根《いはがね》は
|草木《くさき》も|生《お》ひず|赫々《あかあか》|映《は》ゆるも
|荒風《あらかぜ》に|立《た》ち|騒《さわ》ぎたる|浪頭《なみがしら》の
|島《しま》を|洗《あら》ひしあとにやあらむ
|島影《しまかげ》も|次第々々《しだいしだい》に|近《ちか》く|見《み》えて
|歎《なげ》かひの|声《こゑ》|高《たか》まりにける
|片時《かたとき》も|疾《と》く|速《すむ》やけく|御舟《おんふね》の
|御行《みゆき》|待《ま》つらむ|歎《なげ》かひの|声《こゑ》は』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|仄《ほの》|見《み》ゆる|島《しま》は|広《ひろ》しも|曲津見《まがつみ》に
|歎《なげ》かふ|神《かみ》の|声《こゑ》にやあらむ
|曲津見《まがつみ》は|島《しま》より|島《しま》に|渡《わた》らひて
|荒《すさ》び|狂《くる》ふかこれの|神世《かみよ》に』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|歎《なげ》かひの|声《こゑ》は|次《つ》ぎ|次《つ》ぎ|高《たか》まりぬ
|進《すす》めよ|進《すす》め|御舟《みふね》よ|速《はや》く
|海原《うなばら》を|右《みぎ》や|左《ひだり》ととび|交《か》ひて
|御舟《みふね》を|守《まも》る|水鳥《みづどり》の|影《かげ》
|水鳥《みづどり》は|空《そら》を|真白《ましろ》に|染《そ》めながら
|歎《なげ》きの|島《しま》ゆ|飛《と》び|立《た》てる|見《み》ゆ
グロノスやゴロスの|曲津《まが》の|片割《かたわれ》の
|国津神等《くにつかみら》を|艱《なや》ますなるべし
|西南《せいなん》の|風《かぜ》は|力《ちから》を|増《ま》しにつつ
|公《きみ》が|御舟《みふね》の|進《すす》みは|速《はや》し』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|歎《なげ》かひの|声《こゑ》は|水鳥《みづどり》ならずして
|神《かみ》の|御声《みこゑ》と|吾《われ》も|思《おも》へり
|束《つか》の|間《ま》も|早《はや》く|御舟《みふね》よ|進《すす》みませ
|歎《なげ》きの|島《しま》を|救《すく》はむがために』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|島影《しまかげ》の|近《ちか》づきしを|打《う》ち|眺《なが》めながら、
『|曲神《まがかみ》に|艱《なや》まされたる|国津神《くにつかみ》の
|最後《いまは》の|際《きは》の|叫《さけ》びなるらし
|主《ス》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》|畏《かしこ》み|片時《かたとき》も
|疾《と》く|進《すす》まなむ|島《しま》の|岸辺《きしべ》に
ただならぬ|百神等《ももがみたち》の|歎《なげ》き|声《ごゑ》
いやますますも|高《たか》まりにつつ』
かかる|折《をり》しも、|浮島《うきしま》の|方面《はうめん》より|荒浪《あらなみ》を|押《お》しわけながら|多角多頭《たかくたとう》の|大悪竜《だいあくりう》、|幾千丈《いくせんぢやう》とも|限《かぎ》りなく、|浪飛沫《なみしぶき》を|立《た》て、|此方《こなた》に|向《むか》つて|数万噸級《すうまんとんきふ》の|船《ふね》の|走《はし》るが|如《ごと》き|凄《すさま》じき|勢《いきほひ》にて|進《すす》み|来《きた》るあり。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》はこの|光景《くわうけい》を|打《う》ち|見《み》やり|給《たま》ひつつ、
『グロノスにあらずゴロスにあらずして
|正《まさ》しく|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》なりける
|吾《わが》|舟《ふね》を|只《ただ》|一口《ひとくち》に|葬《はうむ》らむと
|勢《いきほひ》|強《つよ》く|進《すす》み|来《く》るなり
|舟《ふね》よ|舟《ふね》よ|広《ひろ》くなれなれ|大《おほ》きくなれよ
|八岐大蛇《やまたをろち》の|数百倍《すうひやくばい》となれ』
かく|歌《うた》はせ|給《たま》ふや、|磐楠舟《いはくすぶね》は|次第々々《しだいしだい》に|上下《じやうげ》|前後《ぜんご》|左右《さいう》に|膨《ふく》れ|拡《ひろ》ごり、|堅《かた》き|事《こと》|岩《いは》の|如《ごと》く、|忽《たちま》ち|其《その》|形《かたち》|山《やま》の|如《ごと》くなりければ、|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|余《あま》りの|不思議《ふしぎ》さに|驚《おどろ》き|給《たま》ひて|御歌《みうた》うたはせ|給《たま》ふ。
『|今更《いまさら》に|公《きみ》の|御稜威《みいづ》の|畏《かしこ》さを
|思《おも》ひて|吾《われ》は|心《こころ》|戦《をのの》く
|八岐大蛇《やまたをろち》|来向《きむか》ふ|影《かげ》に|驚《おどろ》きつ
|更《さら》に|御稜威《みいづ》に|畏《かしこ》みしはや
|天界《てんかい》は|意志《いし》|想念《さうねん》の|世界《せかい》とは
かねて|知《し》りつつ|今更《いまさら》|驚《おどろ》きぬ
かくならば|八岐大蛇《やまたをろち》も|何《なに》かあらむ
|御舟《みふね》の|舳《へさき》に|截《き》り|放《はふ》るのみ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|進《すす》み|来《く》る|大蛇《をろち》の|勢《いきほひ》|強《つよ》くとも
|公《きみ》の|御舟《みふね》に|対《むか》ひ|得《う》べしや
|山《やま》のごと|弥拡《いやひろ》ごれる|御舟《おんふね》に
|乗《の》れる|吾身《わがみ》も|大《おほ》きくなりぬ
|吾《わが》|身体《からだ》|次第々々《しだいしだい》に|太《ふと》りつつ
|無限《むげん》の|力《ちから》|備《そな》はりしはや』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|多角多頭《たかくたとう》の|大蛇《をろち》は|御舟《みふね》|間近《まぢか》く|進《すす》み|来《きた》り|余《あま》りの|大船《おほふね》に|驚《おどろ》きにけむ、|大口《おほぐち》を|開《ひら》き|鎌首《かまくび》を|立《た》てたまま、さも|無念《むねん》さうな|面持《おももち》にて、ざんぶとばかり|水中《すゐちう》に|怪《あや》しき|姿《すがた》をかくしける。|茲《ここ》に|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|臍下丹田《せいかたんでん》に|魂《たま》を|鎮《しづ》め、|天《てん》に|向《むか》つて|合掌《がつしやう》し、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|生言霊《いくことたま》を|宣《の》らせ|給《たま》へば、|海水《かいすゐ》は|忽《たちま》ち|熱湯《ねつたう》の|如《ごと》く|煮《に》え|返《かへ》り、|八岐大蛇《やまたをろち》は|潜《ひそ》むに|由《よし》なく|且《かつ》|熱湯《ねつたう》に|焼《や》かれて|全身《ぜんしん》|糜爛《ただ》れ|藻掻《もが》き|苦《くる》しみ、|海上《かいじやう》をのたうち|廻《まは》り、|遂《つひ》には|死体《したい》となりて|赤《あか》き|腹部《ふくぶ》を|現《あら》はし、|水面《すゐめん》に|浮《うか》び|出《い》でたり。|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》はこの|状《さま》を|見《み》て、
『あはれあはれ|公《きみ》の|言霊《ことたま》|幸《さち》はひて
|大蛇《をろち》は|脆《もろ》くも|亡《ほろ》びけるかな
|潮水《しほみづ》は|沸《わ》き|返《かへ》りつつ|湯気《ゆげ》|立《た》ちて
|大蛇《をろち》は|遂《つひ》に|滅《ほろ》びけるかも
|百旬《ひやくじゆん》に|余《あま》る|大蛇《をろち》の|遺骸《なきがら》は
|浪《なみ》の|上《へ》|赤《あか》く|浮《うか》べる|凄《すご》さよ
|物凄《ものすご》き|形相《ぎやうさう》なして|迫《せま》り|来《こ》し
|大蛇《をろち》はあへなく|身《み》|亡《う》せけるかも
|大蛇神《をろちがみ》よ|今日《けふ》より|御魂《みたま》を|立《た》て|直《なほ》し
|再《ふたた》び|神《かみ》と|蘇《よみがへ》り|来《こ》よ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|奇《くし》びなる|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|神言《かみごと》に
|磐楠舟《いはくすぶね》は|拡《ひろ》ごりにけり
|膨《ふく》れ|膨《ふく》れ|太《ふと》り|太《ふと》りて|極《きは》みなく
|公《きみ》の|御舟《みふね》は|巌《いは》となりける
|常巌《とこいは》の|堅《かた》き|御舟《みふね》もかろがろと
|進《すす》みゆくかも|歎《なげ》きの|島《しま》に』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲津見《まがつみ》の|醜《しこ》の|大蛇《をろち》は|亡《ほろ》びたり
|歎《なげ》きの|島《しま》は|蘇《よみがへ》るべし
|黄昏《たそがれ》に|近《つか》づきければ|吾《わが》|舟《ふね》は
|歎《なげ》きの|島《しま》に|急《いそ》ぎ|進《すす》めよ』
かく|宣《の》らせ|給《たま》ふや、|御舟《みふね》は|一潟千里《いつしやせんり》の|勢《いきほひ》をもつて|黄昏《たそがれ》|近《ちか》き|海原《うなばら》を|進《すす》み|行《ゆ》く。
(昭和八・一二・二五 旧一一・九 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
第二三章 |天《あま》の|蒼雲河《あをくもがは》〔一九七九〕
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|召《め》しませる|磐楠舟《いはくすぶね》は、|歎《なげ》きの|島《しま》の|岸辺《きしべ》に|近《ちか》づくにつれて|次第々々《しだいしだい》に|其《そ》の|形量《けいりやう》を|減《げん》じ、|全《まつた》く|原形《げんけい》に|復《ふく》したりければ、|渚辺《なぎさべ》|近《ちか》く|御舟《みふね》を|進《すす》ませ|給《たま》ひ、|駒《こま》もろともに|無事《ぶじ》|上陸《じやうりく》を|遂《と》げ|給《たま》ひける。
|歎《なげ》きの|島《しま》に|上《あが》りて|見《み》れば、|黒煙《こくえん》|濛々《もうもう》と|立《た》ち|籠《こ》めて|咫尺《しせき》を|弁《べん》ぜず、|黄昏《たそがれ》とはいひながら、|御空《みそら》の|月《つき》は|影《かげ》を|隠《かく》し、|脚下《きやくか》に|生《お》ふる|草木《くさき》のかげさへも|目《め》に|入《い》らぬばかりとはなりぬ。
ここに|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|上陸《じやうりく》|早々《さうさう》|天津神言《あまつかみごと》を|奏上《そうじやう》し、|七十五声《しちじふごせい》の|生言霊《いくことたま》をなり|出《い》で|給《たま》へば、|御空《みそら》の|黒雲《くろくも》は|南北《なんぼく》に|輪廓《りんくわく》|正《ただ》しく|別《わか》れ、|恰《あたか》も|銀河《ぎんぐわ》の|如《ごと》く|東西《とうざい》に|蒼雲《あをくも》の|線《せん》を|引《ひ》き、|月読神《つきよみのかみ》は|恰《あたか》も|其《そ》の|正中《せいちう》を|渡《わた》らせ|給《たま》ひつつ、|明皎々《めいくわうくわう》の|光《ひかり》を|地上《ちじやう》に|投《な》げ|給《たま》ひけるにぞ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はろばろと|海原《うなばら》|渡《わた》り|黄昏《たそがれ》を
|歎《なげき》の|島《しま》に|吾《われ》|来《き》つるかも
|黒雲《くろくも》は|天地《てんち》を|包《つつ》みて|烏羽玉《うばたま》の
|黒白《あやめ》も|分《わ》かぬ|歎《なげ》きの|声《こゑ》のみ
|神言《かみごと》を|宣《の》り|上《あ》げ|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を
|放《はな》てば|四辺《あたり》の|雲《くも》は|散《ち》りける
|大空《おほぞら》の|黒雲《くろくも》|左右《さいう》に|別《わか》れつつ
|御空《みそら》の|蒼《あを》は|西《にし》に|流《なが》るる
|大空《おほぞら》の|蒼雲《あをくも》の|河《かは》を|渡《わた》りゆく
|月舟《つきふね》のかげは|冴《さ》え|渡《わた》りたり
|八岐大蛇《やまたをろち》|永久《とは》に|潜《ひそ》みて|荒《すさ》びたる
|歎《なげ》きの|島《しま》も|今日《けふ》より|生《い》きむ
|国津神《くにつかみ》の|歎《なげ》きの|声《こゑ》は|鎮《しづ》まりぬ
わが|言霊《ことたま》に|曲津《まが》の|逃《に》げしか
|今宵《こよひ》はも|月《つき》の|下《した》びに|夜《よ》を|明《あか》し
|明日《あす》さり|来《く》れば|曲津《まが》を|払《はら》はむ
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》よ|現《あ》れませ|国民《くにたみ》の
|歎《なげ》き|止《とど》めて|国土《くに》を|生《う》むべく』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|公《きみ》の|生言霊《いくことたま》の|幸《さち》はひに
|天地《てんち》を|包《つつ》みし|雲《くも》は|別《わか》れし
|大空《おほぞら》の|蒼雲《あをくも》の|河《かは》を|月舟《つきふね》は
|輝《かがや》きにつつ|流《なが》らへるかも
|海《うみ》を|吹《ふ》き|風《かぜ》の|力《ちから》の|強《つよ》ければ
|磯端《いそばた》を|打《う》つ|浪《なみ》の|音《ね》|高《たか》しも
わが|公《きみ》の|御召《おめし》の|舟《ふね》は|磯端《いそばた》に
かたく|繋《つな》ぎぬ|浪《なみ》|高《たか》ければ
わが|公《きみ》の|渡《わた》らす|万里《まで》の|海原《うなばら》は
|静《しづ》かなりけり|惟神《かむながら》ならし
|惟神《かむながら》|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御依《みよ》さしに
|出《い》でます|公《きみ》の|功《いさを》は|著《しる》し
|天地《あめつち》に|著《しる》き|功《いさを》を|建《た》てまして
|光《ひか》らせ|給《たま》ふ|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》よ
|草《くさ》も|木《き》も|海《うみ》|吹《ふ》く|風《かぜ》にしばかれて
|片靡《かたなび》きたりこれの|島根《しまね》は
|月読《つきよみ》の|神《かみ》よ|心《こころ》しましまさば
この|夜《よ》もすがらを|照《て》らさせ|給《たま》へ
わが|公《きみ》の|国魂生《くにたまう》みの|御行《みゆき》ぞや
|御空《みそら》の|月《つき》よ|曇《くも》らせ|給《たま》ふな
|歎《なげ》かひの|声《こゑ》は|俄《にはか》にとどまりぬ
|御樋代神《みひしろがみ》の|上《あが》りましてゆ
|曲神《まがかみ》は|矛《ほこ》を|納《をさ》めて|逃《に》げ|仕度《じたく》
|整《ととの》へ|居《ゐ》るらし|風《かぜ》|出《い》でにけり
|草《くさ》の|根《ね》に|終夜《よもすがら》なく|虫《むし》の|音《ね》も
|悲《かな》しく|聞《きこ》ゆ|歎《なげ》きの|島《しま》は
|向《むか》つ|尾《を》の|茂木《しげき》の|枝《えだ》に|鳴《な》きたつる
|梟《ふくろふ》の|声《こゑ》は|悲《かな》しかりける
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|月《つき》かけて
|今宵《こよひ》の|宿《やど》を|休《やす》らはむかな
|千重《ちへ》の|浪《なみ》|押《お》し|分《わ》け|魔神《まがみ》を|打《う》ち|払《はら》ひ
|公《きみ》に|仕《つか》へて|此処《ここ》に|来《き》つるも
|葦原《あしはら》の|島ケ根《しまがね》たちて|種々《くさぐさ》の
|曲津《まが》の|荒《すさ》びに|遇《あ》ひにけらしな
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|補《たす》けとわが|公《きみ》の
|光《ひかり》に|安《やす》く|此処《ここ》に|来《き》つるも
|曲津見《まがつみ》は|逃《に》げつ|隠《かく》れつ|行《ゆ》く|先《さき》に
|力《ちから》|限《かぎ》りにさやらむとすも
|大空《おほぞら》の|黒雲《くろくも》|次第《しだい》に|別《わか》れゆきて
|天《あま》の|雲河《くもかは》|拡《ひろ》ごりにけり
|月舟《つきふね》の|渡《わた》らふ|御空《みそら》の|雲河《くもかは》に
|真砂《まさご》の|如《ごと》く|星《ほし》かがよへり
|春《はる》の|夜《よ》の|宿《やど》りといへど|梢《こずゑ》|吹《ふ》く
|風《かぜ》の|音《ね》|聞《き》けば|冬心地《ふゆごこち》すも
|曲津見《まがつみ》は|未《いま》だ|力《ちから》の|残《のこ》れるか
|公《きみ》が|宿《やど》りの|松《まつ》を|揺《ゆす》るも』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|起立比古《おきたつひこ》|吾《われ》は|御側《みそば》に|侍《はべ》らひて
|百《もも》の|神業《かむわざ》|珍《めづら》しみ|見《み》つ
|力《ちから》なき|吾《われ》なりながらわが|公《きみ》の
|功《いさを》に|歎《なげ》きの|島根《しまね》に|来《き》つるも
|雲霧《くもきり》を|起《おこ》して|醜《しこ》の|曲津見《まがつみ》の
さやれる|状《さま》のをかしくもあるか
|艱《なや》みたる|大海原《おほうなばら》の|黒雲《くろくも》の
|言霊《ことたま》|匂《にほ》ふと|思《おも》へば|安《やす》けし
|主《ス》の|神《かみ》のなり|出《い》で|給《たま》ひし|言霊《ことたま》に
|刃向《はむか》ふ|曲津《まが》は|亡《ほろ》びゆくかも
|天《あま》|渡《わた》る|月《つき》の|面《おもて》はいやますに
|光《ひかり》さやけくなりまさりつつ
|草《くさ》の|根《ね》に|鳴《な》く|松虫《まつむし》も|見《み》ゆるまで
|輝《かがや》き|強《つよ》し|月舟《つきふね》の|光《かげ》は
|万里《まで》の|島《しま》も|葦原《あしはら》の|島《しま》もわが|公《きみ》の
|光《ひかり》の|水火《いき》に|治《をさ》まりしはや
この|島《しま》も|必《かなら》ず|清《きよ》く|治《をさ》まらむ
|光《ひかり》の|公《きみ》の|出《い》でましし|上《うへ》は
この|島《しま》に|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|集《あつ》まりて
|国津神等《くにつかみら》をなやめ|居《ゐ》るらし
|草《くさ》も|木《き》も|鳥《とり》も|獣《けもの》もことごとく
|蘇《よみがへ》るらむ|公《きみ》の|光《ひかり》に
|暁《あかつき》を|待《ま》ちて|進《すす》まむわが|公《きみ》の
|御供《みとも》|仕《つか》へて|島《しま》の|奥《おく》まで』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|草《くさ》の|野《の》に|立《た》つ|夜嵐《よあらし》は|強《つよ》けれど
|何《なに》かおそれむ|言霊《ことたま》の|吾《われ》は
|吾《われ》も|亦《また》|主《ス》の|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》の
|力《ちから》になり|出《い》でし|小《ち》さき|神《かみ》なり
|妖邪《えうじや》の|気《き》|凝《こ》り|固《かた》まりて|曲津見《まがつみ》と
なりし|思《おも》へば|憐《あは》れなるかも
|主《ス》の|神《かみ》の|水火《いき》の|濁《にご》りの|固《かた》まりし
|曲津見《まがつみ》なれば|憐《あは》れ|催《もよほ》す
さりながら|曲津見《まがつみ》|天地《てんち》に|蔓延《はびこ》らば
|紫微天界《しびてんかい》は|闇《やみ》となるべし
よしあしの|差別《けぢめ》なけれど|天界《かみくに》を
|乱《みだ》す|曲津《まがつ》は|払《はら》ふべきかな
|払《はら》へども|又《また》|湧《わ》き|出《い》づる|曲津見《まがつみ》の
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|詮術《せむすべ》もなき
|善《よ》き|事《こと》の|裏《うら》には|悪《あ》しき|曲業《まがわざ》の
|潜《ひそ》むものかなこの|天地《あめつち》は
|大空《おほぞら》は|次第々々《しだいしだい》に|雲《くも》|晴《は》れて
|御空《みそら》は|蒼《あを》く|星《ほし》は|満《み》ちぬる
|吹《ふ》く|風《かぜ》も|次第々々《しだいしだい》にをさまりて
|光《ひかり》の|神《かみ》の|宿《やど》りは|安《やす》けし』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|光《ひかり》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》に
ぬぐふが|如《ごと》く|御空《みそら》|晴《は》れつつ
|見《み》の|限《かぎ》り|月《つき》のしたびに|輝《かがや》ける
|歎《なげき》の|島《しま》の|山野《やまぬ》は|清《すが》し
|大空《おほぞら》の|黒雲《くろくも》|晴《は》れて|島ケ根《しまがね》は
|小夜《さよ》|更《ふ》けながら|明《あか》るくなりぬ
|夕《ゆふ》さりて|月読《つきよみ》の|神《かみ》のなかりせば
この|天地《あめつち》に|曲津《まが》は|荒《すさ》びむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御空《みそら》の|隈《くま》なく|晴《は》れ|渡《わた》りしを、|主《ス》の|大神《おほかみ》に|感謝《かんしや》しながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》や|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御恵《みめぐみ》に
わが|言霊《ことたま》は|照《て》り|渡《わた》りたり
|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|雲霧《くもきり》|退《しりぞ》きて|大空《おほぞら》も
|地《つち》も|明《あか》るくなりにけらしな
|夜《よる》ながら|小鳥《ことり》の|声《こゑ》も|冴《さ》えにつつ
|生《うま》れむとする|島《しま》を|寿《ことほ》ぐ
この|島《しま》に|国津神等《くにつかみたち》|沢《さは》に|住《す》むか
|歎《なげ》かひの|声《こゑ》|彼方此方《あちこち》|聞《きこ》えし
|彼方此方《あちこち》の|歎《なげ》きの|声《こゑ》もをさまりて
|草野《くさの》を|渡《わた》る|風《かぜ》はかそけし
|月《つき》は|今《いま》|常磐《ときは》の|松《まつ》の|茂《しげ》り|枝《え》に
かからひましつ|夜《よ》は|冷《ひ》え|渡《わた》る
|漸《やうや》くに|小夜《さよ》|更《ふ》け|渡《わた》り|大空《おほぞら》の
|月《つき》は|傾《かたむ》き|初《そ》めにけらしな
|明日《あす》されば|駒《こま》を|並《なら》べて|島ケ根《しまがね》の
あらむ|限《かぎ》りを|経巡《へめぐ》らむかな
|国津神《くにつかみ》の|艱《なや》みを|救《すく》ひ|曲神《まがかみ》の
|棲処《すみか》を|焼《や》かむ|真火《まひ》の|力《ちから》に
|山《やま》も|野《の》も|草《くさ》|生《お》ひ|茂《しげ》り|手《て》も|足《あし》も
|入《い》るる|由《よし》なき|島ケ根《しまがね》なるらし
|曲津見《まがつみ》は|隙《すき》を|窺《うかが》ひ|襲《おそ》ひ|来《こ》む
|四柱《よはしら》の|神《かみ》|眠《ねむ》らで|守《まも》らへ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|公《きみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|終夜《よもすがら》
|守《まも》り|仕《つか》へむ|目《め》を|見張《みは》りつつ
あめつつ|千鳥《ちどり》ましととの|如《ごと》わがさける
|敏眼《とめ》もて|曲津《まが》を|睨《にら》みやらはむ
|只《ただ》ならぬ|吾《われ》の|鋭《するど》き|円《まろ》き|眼《め》の
|光《ひかり》に|曲津《まが》は|照《て》らされ|滅《ほろ》びむ
さりながら|御樋代神《みひしろがみ》の|御光《みひかり》に
|比《くら》ぶる|時《とき》は|螢火《ほたるび》なりけり
わが|公《きみ》の|御身《みま》の|周《まは》りを|見張《みは》りつつ
|曲津《まが》の|襲《おそ》ひを|固《かた》く|守《まも》らむ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|面白《おもしろ》き|旅路《たびぢ》なるかな|万里《まで》の|海《うみ》の
|曲津《まが》を|払《はら》ひて|終日《ひねもす》|来《き》つるも
|天津日《あまつひ》の|光《かげ》はなけれど|月読《つきよみ》の
|清《きよ》き|光《ひかり》に|冴《さ》え|渡《わた》る|島《しま》よ
|明日《あす》されば|言霊戦《ことたまいくさ》に|出《い》で|立《た》たむと
|思《おも》へば|楽《たの》しくわが|眼《め》は|冴《さ》ゆる
|駿馬《はやこま》の|轡《くつわ》|並《なら》べて|草《くさ》の|野《の》を
|焼《や》き|払《はら》ひつつ|又《また》も|進《すす》まむ
|炎々《えんえん》と|燃《も》え|拡《ひろ》ごれる|草《くさ》の|野《の》の
|眺《なが》めは|実《げ》にも|雄々《をを》しかりけり
|明日《あす》もまた|野火《のび》の|燃《も》えたつ|勢《いきほひ》を
|見《み》むと|思《おも》へば|心《こころ》|勇《いさ》むも』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》よ|月《つき》の|下《した》びに|草《くさ》の|野《の》に
|火《ひ》をかけ|給《たま》へば|面白《おもしろ》からむを
|燃《も》ゆる|火《ひ》の|勢《いきほひ》|見《み》れば|面白《おもしろ》く
|心《こころ》の|駒《こま》も|勇《いさ》みたつなり
さりながら|国津神等《くにつかみら》の|住《すま》ひたる
|宿《やど》に|及《およ》べば|憐《あは》れなるべし』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|燃《も》ゆる|火《ひ》の|面白《おもしろ》くあれど|国津神《くにつかみ》の
|艱《なや》みしあれば|明日《あす》を|待《ま》たなむ
この|島《しま》も|小《ちひ》さき|丘《をか》のところどころ
そばだてるらし|月《つき》にほの|見《み》ゆ
|莽々《ばうばう》と|生《は》え|茂《しげ》りたる|草《くさ》の|原《はら》に
|数多《あまた》の|大蛇《をろち》は|潜《ひそ》むなるらむ
|吾《われ》は|今《いま》|夜《よ》の|明方《あけがた》を|待《ま》ち|佇《わ》びて
|心《こころ》|勇《いさ》みつ|雄健《をたけ》びなすも』
(昭和八・一二・二五 旧一一・九 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
第二四章 |国津神《くにつかみ》|島彦《しまひこ》〔一九八〇〕
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は、|歎《なげき》の|島《しま》の|浜辺《はまべ》に|近《ちか》き|常磐《ときは》の|松《まつ》の|下蔭《したかげ》に、|露《つゆ》の|宿《やど》りの|一夜《いちや》を|明《あか》させ|給《たま》ひ、|東《ひがし》の|空《そら》を|紫《むらさき》に|照《て》らしてのぼる|天津日《あまつひ》の|光《かげ》を|伏《ふ》し|拝《をが》みつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|奴婆玉《ぬばたま》の|夜《よ》は|明《あ》け|放《はな》れ|月《つき》|白《しら》み
|海原《うなばら》わけてのぼります|日《ひ》よ
この|稚《わか》き|歎《なげき》の|島《しま》を|生《い》かさむと
|雲《くも》なき|空《そら》に|日《ひ》は|昇《のぼ》りたり
|百鳥《ももとり》の|声《こゑ》|騒《さわ》がしく|遠方此方《をちこち》の
|丘《をか》の|辺《あた》りゆ|響《ひび》き|来《き》にけり
|向《むか》つ|丘《をか》の|常磐《ときは》の|森《もり》に|集《あつ》まりて
|黎明《れいめい》|歌《うた》ふ|鵲《かささぎ》|清《すが》しも
|見渡《みわた》せば|此《この》|島ケ根《しまがね》はあちこちに
|小丘《こをか》|浮《うか》びて|高山《たかやま》はなし
|萱草《かやくさ》の|所狭《ところせ》きまで|茂《しげ》りあひて
まだ|拓《ひら》けざる|国形《くにがた》なるも
|葦原《あしはら》の|島根《しまね》にのぼりし|時《とき》のごと
|所狭《ところせ》きまで|雑草《あららぎ》もゆるも
いざさらば|駒《こま》を|並《なら》べて|進《すす》み|行《ゆ》かむ
|国津神等《くにつかみら》の|住《すま》へる|丘《をか》へ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|東《ひむがし》の|空《そら》を|晴《は》らして|日《ひ》の|神《かみ》は
のぞき|給《たま》へり|稚国原《わかくにはら》を
グロノスやゴロスの|輩《ともがら》|此《この》|島《しま》に
|潜《ひそ》みて|猛《たけ》び|狂《くる》へるらしも
|国津神《くにつかみ》の|歎《なげ》きの|声《こゑ》は|消《き》え|失《う》せて
|迦陵頻伽《かりようびんが》の|声《こゑ》はさやけし
いざさらば|光《ひかり》の|公《きみ》の|御供《みとも》せむ
|彼方《かなた》に|見《み》ゆる|小松ケ丘《こまつがをか》に』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|此《この》|島《しま》に|真火《まひ》を|放《はな》たせ|給《たま》はずや
|行手《ゆくて》に|大蛇《をろち》|数多《あまた》|潜《ひそ》めば
|醜神《しこがみ》の|永久《とは》に|潜《ひそ》める|草《くさ》の|野《の》を
|焼《や》き|払《はら》ひつつ|安《やす》く|進《すす》まばや』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|見《み》の|限《かぎ》り|草《くさ》|莽々《ばうばう》の|原野《はらの》にて
|葦原《あしはら》の|国土《くに》の|始《はじ》めに|似《に》たるも
|昨日《きのふ》まで|閉《と》ぢ|塞《ふさ》ぎたる|雲霧《くもきり》も
あとなく|散《ち》りて|天津日《あまつひ》|照《て》らへり』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|面白《おもしろ》き|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》を|楽《たの》しまむ
|大蛇《をろち》の|潜《ひそ》む|野《の》を|焼《や》きにつつ』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|二柱《ふたはしら》の|国津神《くにつかみ》は|駒《こま》の|轡《くつわ》を|並《なら》べながら|草野《くさの》をわけて|進《すす》み|来《きた》り、|忽《たちま》ち|駒《こま》をひらりと|飛《と》び|降《お》り、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|御前《みまへ》にひれ|伏《ふ》しながら、
『|久方《ひさかた》の|天津空《あまつそら》より|天降《あも》ります
|神《かみ》|迎《むか》へむと|喜《よろこ》び|来《き》つるも
|昨日《きのふ》まで|荒《すさ》び|狂《くる》ひし|曲津見《まがつみ》も
|公《きみ》の|光《ひかり》に|鎮《しづ》まりにける
|親《おや》は|呑《の》まれ|子《こ》は|喰《く》はれつつ|国津神《くにつかみ》は
|歎《なげ》きのうちに|日《ひ》を|送《おく》りたる
|御光《みひかり》の|神《かみ》は|言霊《ことたま》|響《ひび》かひて
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》は|姿《かげ》|潜《ひそ》めたり
|此《この》|島《しま》の|助《たす》けの|神《かみ》と|現《あ》れましし
|公《きみ》の|恵《めぐみ》を|喜《よろこ》び|泣《な》くも
|吾《われ》こそは|島彦《しまひこ》といふ|国津神《くにつかみ》よ
|今日《けふ》|蘇《よみがへ》りたる|心地《ここち》しにけり
|夜《よ》も|昼《ひる》も|醜《しこ》の|曲津見《まがみ》に|襲《おそ》はれて
|歎《なげ》きの|絶《た》えぬ|吾等《われら》なりしよ
|幾万《いくまん》の|大蛇《をろち》はこれの|荒野原《あらのはら》に
|光《ひかり》を|恐《おそ》れて|潜《ひそ》みゐるなり
|今《いま》|暫《しば》しかげ|潜《ひそ》むれど|天津神《あまつかみ》の
いまさずならばまたも|荒《すさ》びむ』
|島姫《しまひめ》は|感謝《かんしや》の|歌《うた》を|詠《よ》む。
『|背《せ》の|君《きみ》と|朝夕《あしたゆふ》べを|歎《なげ》かひし
われは|始《はじ》めて|安《やす》きを|得《え》たりき
|幾万《いくまん》の|国津神等《くにつかみら》も|今日《けふ》よりは
|生《い》きの|命《いのち》をとどめて|歓《ゑら》ぎぬ
|此《この》|島《しま》は|三千方里《さんぜんはうり》|広《ひろ》けれど
|心《こころ》|安《やす》くて|住《す》む|神《かみ》なかりき
|天地《あめつち》を|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》|晴《は》れわたり
はじめて|月日《つきひ》の|光《かげ》を|見《み》たりき
|御光《みひかり》の|神《かみ》は|此《この》|土《ど》に|天降《あも》りまして
|吾等《われら》が|命《いのち》を|守《まも》らせ|給《たま》ふか
|昼《ひる》も|夜《よる》も|歎《なげ》きの|声《こゑ》の|絶《た》えざれば
|歎《なげき》の|島《しま》と|称《とな》へ|来《きた》りぬ
|天津神《あまつかみ》の|光《ひかり》を|浴《あ》びて|今日《けふ》よりは
|歓《ゑらぎ》の|島《しま》と|称《たた》へ|奉《まつ》らむ
グロノスやゴロスの|曲津見《まがつみ》|折々《をりをり》に
|輩《ともがら》|率《ひき》ゐて|来《きた》り|荒《すさ》ぶも
|此《この》|頃《ごろ》は|一入《ひとしほ》|多《おほ》くなりにけり
|国津神等《くにつかみら》の|損《そこな》はるるもの
ありがたや|救《すく》ひの|神《かみ》は|現《あ》れましぬ
|吾等《われら》を|救《すく》ふ|光《ひかり》の|神《かみ》は
|此《この》|島《しま》に|数多《あまた》|住《すま》へる|国津神《くにつかみ》も
|公《きみ》の|天降《あも》りを|歓《ゑら》ぎ|迎《むか》へぬ
|黄昏《たそがれ》の|海《うみ》を|照《て》らして|寄《よ》り|来《き》ます
|救《すく》ひの|神《かみ》を|闇《やみ》に|迎《むか》へつ
|天津神《あまつかみ》|島《しま》に|渡《わた》らしし|夕《ゆふべ》より
|御空《みそら》の|黒雲《くろくも》|晴《は》れわたりける
|幾年《いくとせ》か|見《み》ざりし|御空《みそら》の|月光《つきかげ》を
はじめて|昨夜《よべ》は|拝《をが》みつるかも
|天津日《あまつひ》の|光《かげ》も|久《ひさ》しく|拝《をが》まざる
|吾《われ》には|命《いのち》の|限《かぎ》り|嬉《うれ》しき
|曲神《まがかみ》の|姿《かげ》|一《ひと》つさへなきまでに
|追《お》ひ|退《そ》け|給《たま》へ|御光《みひかり》の|神《かみ》』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》こそは|光《ひかり》の|神《かみ》に|仕《つか》へつつ
|汝等《なれら》を|救《すく》ふと|渡《わた》り|来《き》つるも
|国津神《くにつかみ》|心《こころ》|安《やす》かれ|今日《けふ》よりは
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》を|焼《や》き|払《はら》ふべし
|海原《うなばら》を|渡《わた》り|来《く》る|折《をり》|此《この》|島《しま》に
さやりし|大蛇《をろち》|焼《や》きすてにけり
|醜神《しこがみ》の|司《つかさ》の|大蛇《をろち》|亡《ほろ》びたれば
|此《この》|島ケ根《しまがね》も|蘇《よみがへ》るらむ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国津神《くにつかみ》の|永《なが》のなやみを|今《いま》|聞《き》きて
|吾《われ》は|思《おも》はず|涙《なみだ》にじむも
|今日《けふ》よりは|心《こころ》|安《やす》かれ|御光《みひかり》の
|真言《まこと》の|神《かみ》の|天降《あまくだ》りませば
|醜草《しこぐさ》を|真火《まひ》もてことごと|焼《や》きつくし
|曲津《まが》の|棲処《すみか》を|吾《われ》は|清《きよ》めむ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|女神《めがみ》われ|光《ひかり》の|神《かみ》に|従《したが》ひて
|歎《なげき》の|島《しま》の|歓《ゑら》ぎ|見《み》しかな
|今日《けふ》よりはいよいよ|歓《ゑらぎ》の|島ケ根《しまがね》と
|蘇《よみがへ》りつつ|永久《とは》に|栄《さか》えむ
|果《はて》しなき|大野ケ原《おほのがはら》に|潜《ひそ》むなる
|百《もも》の|曲津《まがつ》も|生《い》きの|果《はて》なり』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国津神《くにつかみ》の|言霊《ことたま》|聞《き》きて|吾《わが》|心《こころ》
|憤《いきどほ》ろしもよ|醜《しこ》の|荒《すさ》びを
|今《いま》よりは|起立《おきたつ》の|神《かみ》の|手《て》をもちて
|曲津《まが》の|棲処《すみか》を|焼《や》き|払《はら》ふべし
|国津神《くにつかみ》をなやます|曲津《まが》を|悉《ことごと》く
|真火《まひ》の|力《ちから》に|焼《や》きて|清《きよ》めむ』
ここに|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は、|御樋代神《みひしろがみ》の|御許《おゆる》しを|得《え》て|燧石《ひうち》を|取《と》り|出《い》で、|枯草《かれくさ》|青草《あをくさ》の|雑《まじ》る|野辺《のべ》に|火《ひ》を|放《はな》ち|給《たま》へば、|折《を》りからの|疾風《はやて》に|煽《あふ》られ、|忽《たちま》ち|原野《げんや》は|一面《いちめん》の|火《ひ》の|海《うみ》と|化《くわ》しにける。
(昭和八・一二・二五 旧一一・九 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)
第二五章 |歓《ゑらぎ》の|島根《しまね》〔一九八一〕
|国津神《くにつかみ》|夫婦《ふうふ》は|始《はじ》めて|真火《まひ》の|燃《も》え|立《た》つ|状《さま》を|見《み》たる|事《こと》とて、|忽《たちま》ち|風《かぜ》に|吹《ふ》かれて|燃《も》え|拡《ひろ》ごる|猛火《まうくわ》に|驚嘆《きやうたん》の|余《あま》り|卒倒《そつたう》し、|暫《しば》し|息《いき》も|絶《た》え|絶《だ》えに|見《み》えけるより、|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|側《そば》|近《ちか》く|寄《よ》りそひ、|天《あま》の|数歌《かずうた》を|数回《すうくわい》|繰《く》り|返《かへ》し|歌《うた》ひけるにぞ、|夫婦《ふうふ》はやつと|気《き》を|取《と》り|直《なほ》し、|頭《かしら》を|擡《もた》げ|驚《おどろ》きの|涙《なみだ》を|絞《しぼ》りながら、
『|斯《かく》の|如《ごと》はげしき|神《かみ》に|在《おは》すとは
さとらざりけり|許《ゆる》させ|給《たま》へ
|国津神《くにつかみ》はみな|穴住居《あなずまゐ》|真火《まひ》に|焼《や》ける
おそれなけれど|恐《おそ》ろしと|思《おも》ふ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》はこれに|答《こた》へて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国津神《くにつかみ》の|驚《おどろ》き|宜《うべ》よこの|真火《まひ》は
|歎《なげき》の|島《しま》の|初光《はつひかり》なる
みるみるに|大野ケ原《おほのがはら》の|雑草《あららぎ》は
|燃《も》えつくされて|塵《ちり》も|留《とど》めず
|曲津見《まがつみ》は|真火《まひ》の|焔《ほのほ》に|焼《や》かれつつ
あるひは|亡《ほろ》びあるひは|逃《に》げむ
この|国土《くに》に|真火《まひ》の|恵《めぐみ》を|与《あた》へむと
わが|公《きみ》は|燧石《ひうち》を|持《も》たせ|給《たま》へり』
|島彦《しまひこ》は|喜《よろこ》びて|歌《うた》ふ。
『ありがたき|天津御神《あまつみかみ》の|神宣《みことのり》に
われは|命《いのち》の|安《やす》きを|得《え》たり
|今日《けふ》よりはこの|島ケ根《しまがね》の|国津神《くにつかみ》の
|生《い》きの|命《いのち》は|永《なが》く|栄《さか》えむ
|国津神《くにつかみ》の|住《す》む|丘《をか》の|辺《べ》は|濠《ほり》|深《ふか》く
めぐらせ|水《みづ》を|湛《たた》へてゐるも
|火《ひ》の|力《ちから》|如何《いか》に|激《はげ》しく|燃《も》ゆるとも
わが|住《す》む|家《いへ》は|恙《つつが》なからむ
|朝夕《あさゆふ》に|八十《やそ》の|曲津見《まがつ》は|襲《おそ》ひ|来《き》て
|吾等《われら》が|命《いのち》を|脅《おびや》かしつつ
|千頭《ちがしら》の|神《かみ》を|一日《ひとひ》に|呑《の》みつくす
|大蛇《をろち》の|荒《すさ》びはおそろしかりけり
|国津神《くにつかみ》は|歎《なげ》きかなしみ|天地《あめつち》を
|祈《いの》れど|神《かみ》にとどかざりしよ
わが|前《まへ》に|真言《まこと》の|天津神《あまつかみ》の|光《かげ》
|伏《ふ》し|拝《をが》みつつ|蘇《よみがへ》りけり
|今日《けふ》よりは|日々《ひび》の|業《わざ》をば|喜《よろこ》びて
|働《はたら》き|暮《くら》さむ|国津神等《くにつかみら》は』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝夕《あさゆふ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》を|斎《いつ》きつつ
すべなき|神《かみ》に|願《ね》ぎごとするな
|天地《あめつち》の|中《なか》には|善神《ぜんしん》|邪神《じやしん》あり
|邪神《じやしん》を|祀《まつ》りて|禍《わざはひ》まねくな
|朝夕《あさゆふ》に|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りあげて
|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|怠《をこた》るなゆめ
|神言《かみごと》と|禊《みそぎ》の|神事《わざ》は|国津神《くにつかみ》の
|永久《とは》の|命《いのち》の|鍵《かぎ》なりにけり
|何事《なにごと》をなすにも|天津主《あまつス》の|神《かみ》の
|御許《みゆる》しを|得《え》て|事《こと》に|当《あた》れよ
この|島《しま》は|邪神《まがみ》を|祀《まつ》りて|曲津見《まがつみ》の
|禍《わざはひ》|時《とき》じく|受《う》け|居《ゐ》たるなり
この|島《しま》の|真秀良場《まほらば》|選《ゑ》りて|主《ス》の|神《かみ》の
|貴《うづ》の|御舎《みあらか》|仕《つか》へ|奉《まつ》れよ
|何《なに》よりも|先《ま》づ|第一《だいいち》に|主《ス》の|神《かみ》を
|麻柱《あなな》ひ|奉《まつ》りて|世《よ》に|栄《さか》えし
わが|賜《たま》ふこれの|燧石《ひうち》は|曲津見《まがつみ》の
ひそむ|荒野《あらの》を|焼《や》き|放《はふ》るなり
|国津神《くにつかみ》の|日々《ひび》の|食物《をしもの》にことごとく
|味《あぢ》はひ|与《あた》ふる|真火《まひ》なりにけり
|国民《くにたみ》の|日々《ひび》の|食物《をしもの》は|悉《ことごと》く
|真火《まひ》にあぶりて|食《くら》ふべきなり』
|島姫《しまひめ》は|喜《よろこ》びて|歌《うた》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|島《しま》の|命《いのち》を|賜《たま》ひけり
|真言《まこと》の|神《かみ》を|斎《いつ》けと|宣《の》らしつ
|曲津見《まがつみ》と|知《し》らずに|今《いま》まで|斎《いつ》きたる
わが|愚《おろか》さを|今更《いまさら》|悔《く》ゆるも
|国津神《くにつかみ》も|今日《けふ》より|真言《まこと》の|主《ス》の|神《かみ》を
|斎《いつ》かせ|申《まう》さむ|教《をし》へ|導《みちび》きて
|曲津見《まがつみ》の|荒《すさ》びを|退《やら》へと|燧石《ひうちいし》
|手《て》づから|賜《たま》ひし|神《かみ》の|尊《たふと》さ
この|島《しま》の|宝《たから》となして|斎《いつ》くべし
|光《ひかり》の|神《かみ》の|御魂《みたま》と|共《とも》に
|食物《をしもの》をあぶりて|食《く》へと|宣《の》らします
|神《かみ》の|尊《たふと》き|神宣《みことのり》かも
|三千方里《さんぜんはうり》の|広《ひろ》きに|住《す》める|国津神《くにつかみ》も
|真火《まひ》の|恵《めぐみ》に|浴《よく》して|栄《さか》えむ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|放《はな》ちたる|真火《まひ》は|次《つ》ぎ|次《つ》ぎひろごりて
|大野《おほの》を|遠《とほ》く|舐《な》め|尽《つく》しけり
|曲津見《まがつみ》はのたうち|廻《まは》り|忽《たちま》ちに
|雲《くも》を|起《おこ》して|逃《に》げ|去《さ》りにけり
この|島《しま》に|曲津見《まがつみ》のかげの|失《う》するまで
|生言霊《いくことたま》のつとめ|忘《わす》れな
|神言《かみごと》の|力《ちから》は|総《すべ》ての|曲津見《まがつみ》を
|払《はら》ひて|国土《くに》を|生《う》む|力《ちから》あり』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『この|島《しま》に|光《ひかり》の|公《きみ》の|現《あ》れまして
|森羅万象《すべてのもの》は|蘇《よみがへ》りたり
|恐《おそ》ろしき|歎《なげき》の|島《しま》も|今日《けふ》よりは
|千代《ちよ》に|歓《ゑらぎ》の|島《しま》と|生《うま》れむ
|御樋代《みひしろ》の|尊《たふと》き|神《かみ》の|御影《おんかげ》を
|忘《わす》れず|斎《いつ》け|国津神等《くにつかみたち》
わが|公《きみ》はまたもや|海路《うなぢ》を|打《う》ち|渡《わた》り
|旅《たび》に|立《た》たせば|御魂《みたま》を|斎《いつ》けよ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|一夜《ひとよさ》をこの|島ケ根《しまがね》に|宿《やど》りして
|国津神等《くにつかみら》を|照《て》らしけるかも
|御光《みひかり》の|神《かみ》にしあれば|歎《なげ》かひの
|島根《しまね》も|今日《けふ》より|照《て》り|渡《わた》るなり
|月《つき》|清《きよ》く|日《ひ》は|明《あき》らけく|永遠《とことは》に
|照《て》らふ|光《ひかり》の|神国《みくに》と|栄《さか》えむ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|歎《なげ》かひの|島《しま》の|生《い》きたるさまを|見《み》て
|光《ひかり》の|神《かみ》の|功《いさを》をおもふ』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|国津神《くにつかみ》|夫婦《ふうふ》に|種々《いろいろ》の|教訓《けうくん》を|施《ほどこ》し、|燧石《ひうち》を|与《あた》へて|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》より|再《ふたた》び|浜辺《はまべ》に|引《ひ》き|返《かへ》し|磐楠舟《いはくすぶね》に|駒《こま》|諸共《もろとも》に|乗《の》り|込《こ》み|給《たま》ひ、|万里《まで》の|海原《うなばら》に|浮《うか》びつつ、|曲津見《まがつみ》の|伊猛《いたけ》る|西方《にしかた》の|国土《くに》をさして|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・二五 旧一一・九 於大阪分院蒼雲閣 内崎照代謹録)
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霊界物語 第七八巻 天祥地瑞 巳の巻
終り