霊界物語 第七七巻 天祥地瑞 辰の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
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●底本
『霊界物語 第七十七巻』天声社
1982(昭和57)年06月01日 六版発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2006年09月08日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序文《じよぶん》
第一篇 |万里《まで》の|海原《うなばら》
第一章 |天馬行空《てんばかうくう》〔一九三三〕
第二章 |天地七柱《てんちななはしら》〔一九三四〕
第三章 |狭野《さぬ》の|食国《をすくに》〔一九三五〕
第四章 |狭野《さぬ》の|島生《しまう》み〔一九三六〕
第五章 |言霊生島《ことたまいくしま》〔一九三七〕
第六章 |田族島《たからじま》|着陸《ちやくりく》〔一九三八〕
第二篇 |十一神将《じふいちしんしやう》
第七章 |万里《まで》|平定《へいてい》〔一九三九〕
第八章 |征魔《せいま》の|出陣《しゆつぢん》〔一九四〇〕
第九章 |馬上征誦《ばじやうせいせう》〔一九四一〕
第一〇章 |樹下《じゆか》の|雨宿《あまやどり》〔一九四二〕
第一一章 |望月《もちづき》の|影《かげ》〔一九四三〕
第一二章 |月下《げつか》の|森蔭《もりかげ》〔一九四四〕
第三篇 |善戦善闘《ぜんせんぜんとう》
第一三章 |五男三女神《ごなんさんぢよしん》〔一九四五〕
第一四章 |夜光《やくわう》の|眼球《めだま》〔一九四六〕
第一五章 |笹原《ささはら》の|邂逅《かいこう》〔一九四七〕
第一六章 |妖術《えうじゆつ》|破滅《はめつ》〔一九四八〕
第一七章 |剣槍《けんさう》の|雨《あめ》〔一九四九〕
第一八章 |国津女神《くにつめがみ》〔一九五〇〕
第一九章 |邪神全滅《じやしんぜんめつ》〔一九五一〕
第二〇章 |女神《めがみ》の|復命《ふくめい》〔一九五二〕
第四篇 |歓天喜地《くわんてんきち》
第二一章 |泉《いづみ》の|森《もり》|出発《しゆつぱつ》〔一九五三〕
第二二章 |歓声満天《くわんせいまんてん》(一)〔一九五四〕
第二三章 |歓声満天《くわんせいまんてん》(二)〔一九五五〕
第二四章 |会者定離《ゑしやじやうり》〔一九五六〕
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|序文《じよぶん》
|近来《きんらい》|漸《やうや》く|世間《せけん》に|日本魂《やまとだましひ》の|発揚《はつやう》と|国民精神《こくみんせいしん》の|高調《かうてう》を|計《はか》らむとする|種々《しゆじゆ》の|団体《だんたい》が|発生《はつせい》したるを|聞《き》く。まことに|慶賀《けいが》すべき|現象《げんしやう》である。
|吾人《ごじん》は|明治《めいぢ》|三十一年《さんじふいちねん》より|今日《こんにち》に|至《いた》る|前後《ぜんご》|三十六ケ年間《さんじふろくかねんかん》、|日本魂《やまとだましひ》の|高調《かうてう》と|皇道宣揚《くわうだうせんやう》のために|一大獅子吼《いちだいししく》を|続《つづ》けつつ|万難《ばんなん》を|排《はい》して|進《すす》んで|来《き》たが、|天《てん》の|時《とき》|到《いた》りて|現代《げんだい》の|日本国《にほんこく》は|超非常時《てうひじやうじ》に|直面《ちよくめん》したれば、|国民《こくみん》の|各階級《かくかいきふ》を|通《つう》じて|日本精神《にほんせいしん》の|作興《さくこう》、|国民精神《こくみんせいしん》の|高調《かうてう》を|云為《うんゐ》する|者《もの》の|日《ひ》に|月《つき》に|多《おほ》きを|加《くは》ふるに|至《いた》りたるこそ|皇国日本《くわうこくにほん》|更生《かうせい》の|先駆《せんく》として|結構《けつこう》なことであると|思《おも》ふ。|併《しか》し|日本《にほん》には|日本《にほん》|固有《こいう》の|精神《せいしん》があり、|欧羅巴《ヨーロツパ》にはヨーロッパの|精神《せいしん》があり、|亜米利加《アメリカ》にはアメリカ|精神《せいしん》と|言《い》ふものがあつて、|建国《けんこく》の|大精神《だいせいしん》として|国民《こくみん》の|伝統性《でんとうせい》を|象徴《しやうちよう》すべき|事《こと》は|言《い》ふまでもないことである。
|殊《こと》に|東方《とうはう》に|国《くに》し、|万世一系《ばんせいいつけい》の|国家《こくか》として|万邦《ばんぱう》に|冠絶《くわんぜつ》する|日本国《にほんこく》とすれば、われわれのみの|有《いう》する|国民精神《こくみんせいしん》、|即《すなは》ち|日本魂《やまとだましひ》でなくては、|我《わが》|文物《ぶんぶつ》|制度《せいど》の|諸々《もろもろ》の|特異性《とくいせい》が、|世界《せかい》|万邦《ばんぱう》に|強記《きやうき》され|驚嘆《きやうたん》さるる|筈《はず》はないのである。
|特《とく》に|日本魂《やまとだましひ》の|高調《かうてう》によつて、|国民《こくみん》の|覚醒《かくせい》を|求《もと》めなければ、わが|日本魂《やまとだましひ》は|光暉《くわうき》もなく|徳沢《とくたく》もないと|主張《しゆちやう》する|人々《ひとびと》もあるやうだが、|而《しか》もわが|日本国民《にほんこくみん》には|牢固《らうこ》たる|日本魂《やまとだましひ》、|純乎《じゆんこ》たる|国民精神《こくみんせいしん》なるものは、|決《けつ》して|脆《もろ》く|消磨《せうま》し|又《また》は|喪失《さうしつ》すべきものとは|断《だん》じられない、のみならず、この|精神《せいしん》には|益々《ますます》|高《たか》く|清《きよ》く|且《か》つ|明澄《めいちよう》に|常住坐臥《じやうぢうざぐわ》、|磨《みが》きをかけられ|光暉《くわうき》を|放《はな》ちつつあるものと|観《み》なければならない。
|日本魂《やまとだましひ》なるものは|忠孝《ちうかう》、|信義《しんぎ》、|友愛《いうあい》、|大侠《たいけふ》、|義勇《ぎゆう》、|正義《せいぎ》、|自由《じいう》の|各自《かくじ》|純真《じゆんしん》な|意識《いしき》|行動《かうどう》によつて|発励《はつれい》さるるを|本義《ほんぎ》とする。|我《わが》|万邦《ばんぱう》に|比類《ひるゐ》なき|国体《こくたい》を|護《まも》り|国家《こくか》を|支持《しぢ》する|精神《せいしん》は、|咸《ことごと》く|皆《みな》これら|国民性《こくみんせい》の|固有《こいう》する|負誇《ふこ》|矜持《きんぢ》であつて、|他《た》の|国民《こくみん》の|模《も》し|且《か》つ|奪《うば》ふべからざる|独占的《どくせんてき》|所有権《しよいうけん》である。この|占有権《せんいうけん》には|絶対《ぜつたい》の|保障《ほしやう》がなくてはならない。|即《すなは》ち|日本魂《やまとだましひ》の|約束《やくそく》する|一《ひと》つの|手形《てがた》である。この|絶対不可侵的《ぜつたいふかしんてき》|手形《てがた》は|既成宗教的《きせいしうけうてき》|信仰心《しんかうしん》の|裏書《うらがき》によつて|容易《ようい》に|手放《てばな》されぬ。もし|手放《てばな》すものがありとするならば、|茲《ここ》に|日本魂《やまとだましひ》|即《すなは》ち|国民精神《こくみんせいしん》は|奪《うば》ひ|去《さ》られて、|国民《こくみん》の|持《も》つ|処《ところ》の|精神的《せいしんてき》|財産《ざいさん》、|精神的《せいしんてき》|衣糧《いりやう》は|跡形《あとかた》もなく|消《き》え|亡《う》せるであらう。|然《しか》り、この|精神的《せいしんてき》|亡者《まうじや》、|精神的《せいしんてき》|自殺者《じさつしや》が|現代日本国《げんだいにほんこく》に|生《せい》を|享《う》け|生《せい》を|営《いとな》みつつありとせば、それは|日本精神《にほんせいしん》を|賊《ぞく》し|且《か》つ|冒涜《ばうとく》するもので|心外千万《しんぐわいせんばん》の|沙汰《さた》である。
|顧《かへり》みれば|欧米《おうべい》の|文明《ぶんめい》なるものは|果《はた》して|日本《にほん》に|何物《なにもの》をもたらしたか、|只《ただ》その|文明《ぶんめい》の|心酔者《しんすゐしや》が|先走《さきばし》り|上辷《うはすべ》りたる|理智《りち》|本能《ほんのう》と|物質的《ぶつしつてき》|機械的《きかいてき》なる|盛装《せいさう》に|眩惑《げんわく》し、|愛溺《あいでき》し、|重宝《ちようはう》がつただけの|事象《じしやう》は|認《みと》められようが、|得《う》るところ|残《のこ》さるるものは、|思想《しさう》の|偏傾《へんけい》と|荒頽《くわうたい》とを|挙《あ》げ|得《う》る|位《くらゐ》のもので、この|間《かん》|動《やや》もすれば|思想《しさう》の|変遷《へんせん》を|助長《じよちやう》し|促進《そくしん》して、あらぬ|方面《はうめん》への|脱線《だつせん》、|奔放《ほんぱう》を|体現《たいげん》する|一部《いちぶ》の|国民《こくみん》なしとは|断言《だんげん》されない。
|欧米文明《おうべいぶんめい》の|長《ちやう》を|採《と》り|短《たん》を|補《おぎな》ふと|言《い》ふ|本来《ほんらい》の|意義《いぎ》は、|如何《いか》に|固陋《ころう》な|旧道学者《きうだうがくしや》と|雖《いへど》も|否認《ひにん》すべき|道理《だうり》がない。けれども|短《たん》を|補《おぎな》ふの|程度《ていど》を|踰《こ》え、|余《あま》りに|長所《ちやうしよ》を|盲信《まうしん》した|機械《きかい》と|物質《ぶつしつ》のロボツト|化《くわ》せしことによつて、|脱線的《だつせんてき》|思想家《しさうか》を|生《しやう》じ、|自恣奔放《じしほんぱう》なる|似而非《えせ》|自由主義者《じいうしゆぎしや》の|怪物《くわいぶつ》がのさばり|出《だ》すやうになつた。これで|見《み》ると、|凡《およ》そ|世《よ》に|変態《へんたい》と|称《しよう》し|得《う》べき|範囲《はんゐ》に|於《おい》て、|啻《ただ》に|政治《せいぢ》の|上《うへ》に|経済組織《けいざいそしき》の|上《うへ》にのみ|時《とき》に|変態《へんたい》の|称《しよう》を|冠《くわん》し|得《う》る|事実《じじつ》の|発生《はつせい》を|記憶《きおく》する|以外《いぐわい》に|於《おい》て、|人間《にんげん》の|思想《しさう》の|上《うへ》にも|亦《また》|変態的《へんたいてき》|事実《じじつ》の|存在《そんざい》を|否認《ひにん》されぬこととなる。|洵《まこと》に|呪《のろ》はしい|世相《せさう》であり|人間世界《にんげんせかい》である。
|何《なに》をか|人間《にんげん》の|思想《しさう》に|変態事象《へんたいじしやう》ありと|言《い》ふか。いはゆる|欧米文明《おうべいぶんめい》のあまりに|広範囲《くわうはんゐ》に|無際限《むさいげん》にとり|入《い》れられた|為《ため》に、その|長所《ちやうしよ》の|標識《へうしき》が|狂《くる》ひ|出《だ》して、|終《つひ》に|脱線《だつせん》|奔放《ほんぱう》のありの|儘《まま》のすがたをさらけ|出《だ》してしまつた。|即《すなは》ち|国民思想《こくみんしさう》の|一部《いちぶ》に、|左傾《さけい》し|赤化《せきくわ》する|事実《じじつ》の|認定《にんてい》を|首肯《しゆこう》するものは、これを|思想《しさう》の|荒頽的《くわうたいてき》|変態事象《へんたいじしやう》として|指摘《してき》するに|敢《あへ》て|憚《はばか》らざるべしと|思《おも》ふ。|資本主義《しほんしゆぎ》|是正《ぜせい》、|統制経済《とうせいけいざい》|確立《かくりつ》、これらの|組織的《そしきてき》|努力《どりよく》は、|組織《そしき》|構成《こうせい》の|歪曲《わいきよく》を|正《ただ》す|上《うへ》には|一《いつ》の|努力《どりよく》には|相違《さうゐ》ないが、|高所大局《かうしよたいきよく》から|見《み》て|我《わが》|日本魂《やまとだましひ》はこれと|共《とも》に|発揚《はつやう》し|豊潤味《ほうじゆんみ》を|示《しめ》しつつあるであらうか。|一部《いちぶ》の|左傾《さけい》|赤化《せきくわ》の|歪曲精神《わいきよくせいしん》から|報本反始的《はうほんはんしてき》|是正《ぜせい》に|努力《どりよく》せなければ、|我《わが》|日本国民精神《にほんこくみんせいしん》の|全体《ぜんたい》を|滅亡《めつばう》せしむるに|至《いた》るやも|計《はか》り|難《がた》いのである。
|斯《か》かる|事態《じたい》にある|皇国日本《くわうこくにほん》の|真精神《しんせいしん》と、|天壌無窮《てんじやうむきう》の|皇室《くわうしつ》の|尊厳《そんげん》とを|普《あまね》く|国民《こくみん》に|示現《じげん》し、|以《もつ》て|非常時《ひじやうじ》に|直面《ちよくめん》せる|同胞《どうはう》に|対《たい》し|迷夢《めいむ》を|醒《さ》まさしめむがために、|茲《ここ》に『|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》』の|神書《しんしよ》を|著《あら》はしたる|次第《しだい》である。|東洋《とうやう》|特《とく》に|皇国日本《くわうこくにほん》の|天地開闢宇宙創造説《てんちかいびやくうちうさうざうせつ》と|西洋諸国《せいやうしよこく》の|説《せつ》とを|比較《ひかく》し|見《み》るも、|海外諸国《かいぐわいしよこく》の|論説《ろんせつ》は|根拠《こんきよ》なき|神話《しんわ》|物語《ものがたり》にして、|非文明《ひぶんめい》|極《きは》まれる|理由《りゆう》を|覚《さと》り|得《う》るであらう。
|扨《さて》|本巻《ほんくわん》は|八柱《やはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》の|一柱《ひとはしら》なる|朝香比女神《あさかひめがみ》の|英雄的《えいゆうてき》|活動《くわつどう》より、|西方《にしかた》の|国土《くに》を|巡生中《じゆんせいちう》なる|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》とスウヤトゴルの|山《やま》に|会《くわい》し、|大曲津見《おほまがつみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》し、|美《うるは》しき|新《あたら》しき|国土《くに》を|経営《けいえい》し、|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》み|出《い》でますといふ|紫微天界《しびてんかい》に|於《お》ける|大活動《だいくわつどう》の|序幕的《じよまくてき》|物語《ものがたり》である。
昭和八年十二月十日 旧十月二十三日   於大阪分院 口述者識
第一篇 |万里《まで》の|海原《うなばら》
第一章 |天馬行空《てんばかうくう》〔一九三三〕
|高地秀山《たかちほやま》の|聖場《せいぢやう》に  |八柱神《やはしらがみ》と|仕《つか》へたる
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》は|唯《ただ》|一騎《いつき》  |諸神等《ももがみたち》の|諫言《かんげん》を
|耳《みみ》にもかけず|雄々《をを》しくも  |曲津《まがつ》の|猛《たけ》る|大野原《おほのはら》
|果《はて》しもしらに|縹渺《へうべう》と  |雲霧《くもきり》わけて|種々《くさぐさ》の
|艱《なや》みの|坂《さか》を|越《こ》えながら  |由緒《ゆゐしよ》の|深《ふか》き|栄城山《さかきやま》
|尾《を》の|上《へ》に|登《のぼ》り|顕津男《あきつを》の  |神《かみ》の|遺跡《ゐせき》を|追懐《つゐくわい》し
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大宮《おほみや》に  |神言《かみごと》|宣《の》らせやうやうに
|栄城《さかき》の|山《やま》に|仕《つか》へたる  |諸神等《ももがみたち》に|暇乞《いとまご》ひ
|又《また》もや|独《ひと》り|大野原《おほのはら》  |駒《こま》に|鞭《むち》うち|出《い》でたまふ
|日《ひ》も|黄昏《たそがれ》になりし|時《とき》  |八十《やそ》の|曲津見《まがつみ》|驚《おどろ》きて
|比女《ひめ》の|前途《ぜんと》をさやらむと  |曲《まが》の|力《ちから》のありたけを
|尽《つく》して|広《ひろ》き|沼《ぬま》となり  |横《よこた》はれるぞ|忌《いま》はしき
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》はこれを|見《み》て  |天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|生言霊《いくことたま》を|発射《はつしや》して  |沼《ぬま》と|変《かは》りし|曲津見《まがつみ》を
|永遠無窮《えいゑんむきう》に|封《ふう》じこめ  |曲《まが》の|化身《けしん》の|大巌《おほいは》を
|忽《たちま》ち|舟《ふね》と|変《へん》ぜしめ  |駒《こま》|諸共《もろとも》に|悠々《いういう》と
|月《つき》|照《て》りかがよふ|夜《よる》の|湖《うみ》  |彼方《あなた》の|岸《きし》に|着《つ》きたまひ
|再《ふたた》び|御舟《みふね》は|巌《いは》となり  |名《な》さへ|目出度《めでた》き|御舟巌《みふねいは》
|南《みなみ》の|岸辺《きしべ》にそばだてり  |頃《ころ》しもあれや|東《ひむがし》の
|空《そら》はやうやく|東雲《しのの》めて  |遠《とほ》く|聞《きこ》ゆる|家鶏《かけ》の|声《こゑ》
|国津神等《くにつかみたち》の|住《す》む|家《いへ》の  |近《ちか》づきけりと|勇《いさ》み|立《た》ち
|沼《ぬま》を|変《へん》じて|湖《うみ》となし  |真賀《まが》の|湖水《こすゐ》と|名《な》づけつつ
|岸辺《きしべ》を|鞭《むち》うち|進《すす》みます  |雄姿《ゆうし》|水面《みのも》にさかさまに
|駒《こま》|諸共《もろとも》に|写《うつ》らひて  |其《その》|雅《みやび》なる|御姿《みすがた》は
|名画《めいぐわ》もかくやと|思《おも》はれぬ  |朝香《あさか》の|比女《ひめ》は|勇《いさ》み|立《た》ち
|大野《おほの》の|奥《おく》に|霞《かす》みたる  |丘《をか》の|麓《ふもと》に|駒《こま》|打《う》たせ
|急《いそ》ぎたまへば|狭野《さぬ》の|里《さと》  ここに|住《す》まへる|諸々《もろもろ》の
|国津神等《くにつかみたち》|諸共《もろとも》に  |天津空《あまつそら》より|比女神《ひめがみ》の
|降《くだ》らせたまふと|喜《よろこ》びて  |誠《まこと》の|限《かぎ》りを|尽《つく》しつつ
いと|懇《ねもごろ》に|迎《むか》へけり  |朝香《あさか》の|比女《ひめ》は|駿馬《はやこま》の
|背《せな》より|下《くだ》らせたまひつつ  |国津神等《くにつかみたち》に|生活《せいくわつ》の
|道《みち》|伝《つた》へまし|火《ひ》を|切《き》りて  すべてのものを|焼《や》きて|食《く》ふ
|火食《くわしよく》の|道《みち》を|伝《つた》へまし  |国津神等《くにつかみたち》の|酋長《かしら》なる
|狭野彦《さぬひこ》|一人《ひとり》を|伴《ともな》ひて  |再《ふたた》び|広《ひろ》き|荒野原《あらのはら》
|雲霧《くもきり》わけて|出《い》でませば  |前途《ぜんと》を|擁《よう》して|横《よこた》はる
|東《あづま》の|河《かは》の|河岸《かはぎし》に  |黄昏《たそが》るる|頃《ころ》やすやすと
|辿《たど》りたまへば|新月《しんげつ》の  |光《ひかり》は|空《そら》にきらりきたり
|輝《かがや》きわたり|比女神《ひめがみ》の  |前途《ぜんと》を|守《まも》らせたまふなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |恩頼《みたまのふゆ》こそ|畏《かしこ》けれ。
|八十曲津見《やそまがつみ》は、|真賀《まが》の|湖水《こすゐ》の|計略《けいりやく》に|破《やぶ》れ、|部下《ぶか》の|曲津見《まがつみ》は、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》に|封《ふう》じ|込《こ》められて、|大部分《だいぶぶん》|魚貝《ぎよかひ》と|身《み》を|変《へん》じ、|永遠《えいゑん》に|湖底《こてい》の|住所《ぢうしよ》を|与《あた》へられ、|国津神等《くにつかみたち》の|日常《にちじやう》の|食物《しよくもつ》と|定《さだ》められければ、|八十曲津見《やそまがつみ》は|憤慨《ふんがい》の|極《きよく》、|無念骨髄《むねんこつずゐ》に|徹《てつ》し、|如何《いか》にもして|比女神《ひめがみ》の|前途《ぜんと》に|遮《さや》り、|災禍《わざはひ》を|加《くは》へむと|千思万慮《せんしばんりよ》の|結果《けつくわ》、|高地秀山《たかちほやま》の|峰《みね》より|落《お》つる|東河《あづまがは》の|岸辺《きしべ》より、|無数《むすう》の|大蛇《をろち》となりて|比女神《ひめがみ》を|艱《なや》ましまつるべく、|手具脛《てぐすね》ひいて|待《ま》ち|居《ゐ》たるなりけり。
|東河《あづまがは》の|激流《げきりう》は|折《をり》から|輝《かがや》く|新月《しんげつ》の|光《ひかり》に|照《て》らされて|数多《あまた》の|星《ほし》を|流《なが》せしごとく、|浪頭《なみがしら》はキララキララと|光《ひか》り|輝《かがや》き|渡《わた》る|美《うるは》しき|流《なが》れなり。
|比女神《ひめがみ》はつらつら|透《す》かし|見給《みたま》へば、|東河《あづまがは》の|水面《すゐめん》|一帯《いつたい》に|大蛇《をろち》|横《よこた》はり、|浪頭《なみがしら》に|星《ほし》の|輝《かがや》くよと|見《み》えしは|何《いづ》れも|大蛇《をろち》の|鱗《うろこ》なりける。|鱗《うろこ》の|一枚々々《いちまいいちまい》に|月光《つきかげ》|輝《かがや》き|得《え》も|言《い》はれぬ|美《うるは》しき|光《ひかり》の|流《なが》れなりけり。|狭野彦《さぬひこ》は|大蛇《をろち》の|横《よこた》はり|鱗《うろこ》の|光《ひか》れりとは|夢《ゆめ》にも|知《し》らず、さも|美《うるは》しき|流《なが》れやと|歎美《たんび》しながら|歌《うた》を|詠《よ》む。
『|美《うるは》しき|東《あづま》の|河《かは》の|流《なが》れかな
|浪《なみ》のまにまに|月《つき》かがよへり
|比女神《ひめがみ》の|御共《みとも》に|仕《つか》へまつりてゆ
かく|美《うるは》しき|夜河《よかは》を|見《み》るも
たうたうと|流《なが》るる|東《あづま》の|大河《おほかは》の
|夜《よる》の|眺《なが》めはまたと|世《よ》になし
|駿馬《はやこま》の|背《せ》に|跨《またが》りてこの|流《なが》れ
|渡《わた》ると|思《おも》へば|心《こころ》|清《すが》しも』
「いざさらば、|狭野彦《さぬひこ》|瀬踏《せぶ》みを|致《いた》さむ」と|駒《こま》に|鞭《むち》うち|出《い》で|立《た》たむとするを、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|厳《きび》しく|止《とど》めて、|御歌《みうた》もて|知《し》らせ|給《たま》ふ。
『|狭野彦《さぬひこ》の|眼《まなこ》は|広《ひろ》き|河浪《かはなみ》の
|月《つき》にさゆると|見《み》ゆるなるらむ
|河浪《かはなみ》と|見《み》ゆるは|何《いづ》れも|曲津見《まがつみ》の
|変化《へんげ》の|蛇《へび》の|鱗《うろこ》なるぞや
|数限《かずかぎ》りなき|蛇《へび》の|鱗《うろこ》に|大空《おほぞら》の
|月《つき》のかがやく|光《ひかり》と|知《し》らずや
|此《この》|河《かは》に|駒《こま》を|入《い》るれば|忽《たちま》ちに
|大蛇《をろち》の|餌食《ゑじき》となりて|亡《ほろ》びむ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|千万《ちよろづ》の
|神等《かみたち》ここに|出《い》でまして
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》の|曲業《まがわざ》を
|科戸《しなど》の|風《かぜ》に|吹《ふ》き|散《ち》らし
|追《お》ひやらひませ|惟神《かむながら》
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》が|誠心《まごころ》を
|捧《ささ》げて|祈《いの》り|奉《たてまつ》る』
かく|歌《うた》はせ|給《たま》ふや、|四方《しはう》|八方《はつぱう》より、ウーウーウーとウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|響《ひび》き|渡《わた》り、|大河《おほかは》の|面《おも》を|群《むら》がり|塞《ふさ》ぎたる|幾千万《いくせんまん》の|大蛇《をろち》は|次第々々《しだいしだい》に|姿《すがた》を|細《ほそ》め、|見《み》る|見《み》る|影《かげ》も|形《かたち》も|消《き》えうせて、|青《あを》みだちたる|水《みづ》|滔々《たうたう》と|月《つき》に|照《て》らされ|深《ふか》く|広《ひろ》く|流《なが》れゐる。|狭野彦《さぬひこ》は|驚《おどろ》きて、
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|珍《めづら》しき
|智慧《てり》に|大蛇《をろち》は|看破《みやぶ》られける
かくのごと|尊《たふと》き|神《かみ》とは|知《し》らずして
|御供《みとも》に|仕《つか》へし|吾《われ》|恥《は》づかしも
|曲津見《まがつみ》は|数万《すまん》の|大蛇《をろち》と|身《み》を|変《へん》じ
|禍《わざはひ》せむと|待《ま》ち|居《ゐ》たるはや
|吾《われ》は|今《いま》この|河岸《かはぎし》に|黄昏《たそが》れて
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》の|曲業《まがわざ》を|見《み》し
|曲神《まがかみ》の|八十《やそ》のたくみは|賢《さか》しくも
|真言《まこと》の|神《かみ》には|叶《かな》はざりける
|大河《おほかは》の|流《なが》れと|見《み》しは|曲津見《まがつみ》の
|大蛇《をろち》に|化《ば》けし|姿《すがた》なりける
かくならば|吾《われ》は|恐《おそ》れじ|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》にしたがひ|河《かは》|渡《わた》るとも
|駿馬《はやこま》の|勢《いきほひ》|如何《いか》に|強《つよ》くとも
|御稜威《みいづ》ならではこの|河《かは》|渡《わた》れじ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》より|落《お》つる|東河《あづまがは》の
|水瀬《みなせ》は|強《つよ》く|駒《こま》は|進《すす》まず
|神力《しんりき》はいかに|強《つよ》くも|東《ひむがし》の
この|大河《おほかは》は|駒《こま》なやむなり
|吾《われ》は|今《いま》|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》にて
|大空《おほぞら》かけり|河《かは》|渡《わた》らむと|思《おも》ふ』
|狭野彦《さぬひこ》は|歌《うた》ふ。
『|如何《いか》にして|御空《みそら》をかけり|渡《わた》りますか
|吾《われ》|国津神《くにつかみ》は|詮術《せんすべ》なしも
|公《きみ》こそは|天津神《あまつかみ》なり|大空《おほぞら》を
|渡《わた》らせたまふはさぞ|安《やす》からむ
|国津神《くにつかみ》|狭野彦《さぬひこ》われは|肉体《にくたい》の
|重《おも》きを|如何《いか》に|空《そら》|渡《わた》るべき』
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|御尾前《みをさき》|守《まも》りつつ
しのびしのびて|御供《みとも》につかへぬ
|今《いま》|宣《の》りしウ|声《ごゑ》の|清《きよ》き|言霊《ことたま》は
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》のすさびなりしよ』
と|空中《くうちう》に|御声《みこゑ》|聞《きこ》えて|間《ま》もあらず、|霧《きり》の|中《なか》より|白馬《しらこま》に|跨《またが》り、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|悠々《いういう》と|下《くだ》り|給《たま》ひし|神《かみ》あり。よくよく|見《み》れば|御言霊《おんことたま》にたがはず、|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》の|神司《かむつかさ》と|任《ま》けられし|英雄神《えいゆうしん》|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|雄姿《ゆうし》なりける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|一目《ひとめ》|見《み》るより、
『|汝《なれ》こそは|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》の|神司《かむづかさ》
われを|守《まも》りし|功《いさを》をよろこぶ
|狭葦河《さゐかは》の|曲津《まが》のなやみを|言向《ことむ》けし
|著《しる》き|功《いさを》は|汝《な》が|神《かみ》|守《も》りけむ
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|奸計《たくみ》は|破《やぶ》れけり
|鋭敏鳴出《うなりづ》|汝《なれ》の|生言霊《いくことたま》に
いざさらば|此《この》|広河《ひろかは》を|向《むか》つ|岸《ぎし》に
|進《すす》みて|月《つき》の|下《した》びをすすまむ』
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|危《あやふ》さを
|悟《さと》りて|吾《われ》は|追《お》ひしきにけり
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|御尾前《みをさき》を
かくれて|吾《われ》は|守《まも》り|居《ゐ》しはや
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|遥《はろ》けしこの|前《さき》に
|曲津《まが》の|砦《とりで》は|許々多《ここだ》ありつつ
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|砦《とりで》を|悉《ことごと》く
はふり|行《ゆ》きませ|西方《にしかた》の|国土《くに》へ
いざさらば|吾《われ》は|姿《すがた》を|隠《かく》すべし
|道《みち》の|隈手《くまで》もやすくましませ』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふと|見《み》るや、|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|御姿《みすがた》は、|忽《たちま》ち|煙《けむり》となりて|消《き》え|失《う》せにける。
|狭野彦《さぬひこ》は|驚《おどろ》きて、
『|天界《かみくに》は|怪《あや》しき|事《こと》の|重《かさ》なれる
|国土《くに》と|思《おも》へど|驚《おどろ》きにけり
|久方《ひさかた》の|天津神等《あまつかみたち》の|活動《はたらき》を
|見《み》つつ|吾《わが》|魂《たま》ゆるぎ|初《そ》めけり』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|狭野彦《さぬひこ》の|驚《おどろ》きうべなり|国津神《くにつかみ》の
|夢《ゆめ》にも|知《し》らぬ|神業《みわざ》の|国土《くに》は
|国土《くに》を|生《う》み|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》みてゆく
|神《かみ》の|神業《みわざ》はことさら|怪《あや》しき
|国津神《くにつかみ》の|眼《まなこ》ゆ|見《み》れば|吾《われ》も|亦《また》
|怪《あや》しき|神《かみ》の|群《むれ》にぞありける』
かく|歌《うた》ひ|終《をは》り、
『|吾《わが》|乗《の》れる|駒《こま》よ|狭野彦《さぬひこ》の|駒《こま》よ
|翼《つばさ》|生《はや》せよ|大《おほい》なる|翼《つばさ》を
|生《は》えよ|生《は》えよ|大《おほい》なる|翼《つばさ》
|此《この》|駿馬《はやこま》の|天馬《てんば》となりて
|空《そら》をゆくまで』
と|幾度《いくたび》も|繰《く》り|返《かへ》したまひ、
『タトツテチ、ハホフヘヒ』
と|声《こゑ》|爽《さは》やかに|宣《の》らせたまへば、|不思議《ふしぎ》やこの|駒《こま》は|大《おほい》なる|翼《つばさ》を|生《はや》しける。
|比女神《ひめがみ》は|狭野彦《さぬひこ》と|共《とも》に|駒《こま》に|跨《またが》り|給《たま》へば、|天馬《てんば》は|巨大《きよだい》なる|翼《つばさ》を|空中《くうちう》に|摶《う》ちながら、|見《み》も|届《とど》かぬ|広河《ひろかは》の|激流《げきりう》を|遥《はる》か|眼下《がんか》に|眺《なが》めつつ、|月《つき》の|光《ひかり》は|翼《つばさ》をキラキラと|光《ひか》らし、|得《え》も|言《い》はれぬ|愉快《ゆくわい》さに|満《みた》されて、|向《むか》つ|岸辺《きしべ》に|難《なん》なく|着《つ》かせ|給《たま》ひける。|狭野彦《さぬひこ》は|驚歎《きやうたん》|措《お》く|能《あた》はず、
『|吾《わが》|駒《こま》は|翼《つばさ》|生《はや》せて|鳥《とり》となり
|御空《みそら》を|翔《か》けて|河《かは》わたりせり
|比女神《ひめがみ》の|生言霊《いくことたま》の|功績《いさをし》に
わが|乗《の》る|駒《こま》は|鳥《とり》となりけり
|比女神《ひめがみ》の|駒《こま》は|天馬《てんば》となりかはり
|御空《みそら》に|清《きよ》くかがやきたまひし
|天国《てんごく》の|旅《たび》なる|吾《われ》の|楽《たの》しさを
|語《かた》り|伝《つた》へむ|国津神等《くにつかみたち》に
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》|現《あ》れまして|河《かは》の|瀬《せ》に
|満《み》つる|大蛇《をろち》を|退《しりぞ》けたまへり
|比女神《ひめがみ》の|影《かげ》につき|添《そ》ふ|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》の|功《いさを》の|尊《たふと》きろかも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|功《いさを》に|守《まも》られて
|吾《われ》つつがなく|此処《ここ》に|来《こ》しはや
|吾《わが》|駒《こま》に|翼《つばさ》|生《お》ひしも|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》のかくれし|功《いさを》なりける
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|功《いさを》を|今更《いまさら》に
われは|悟《さと》りて|恥《は》づかしみ|思《おも》ふ
|今《いま》よりは|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神宣《みことのり》
|力《ちから》と|頼《たの》みて|荒野《あらの》を|進《すす》まむ
|国津神《くにつかみ》|狭野彦《さぬひこ》|伴《ともな》ひ|吾《わが》|伊行《いゆ》く
|旅《たび》の|行手《ゆくて》を|案《あん》じつつ|居《ゐ》る
|天津神《あまつかみ》は|御空《みそら》をゆけど|国津神《くにつかみ》は
|荒金《あらがね》の|地《つち》ふみゆく|身《み》なれば
|吾《わが》|駒《こま》の|翼《つばさ》はいつか|消《き》え|失《う》せて
|野辺《のべ》の|草葉《くさば》に|嘶《いなな》き|初《そ》めたり
|狭野彦《さぬひこ》の|駒《こま》も|翼《つばさ》をひそめつつ
|息《いき》をやすめて|草《くさ》はみて|居《を》り
|東《ひむがし》の|河《かは》は|漸《やうや》く|渡《わた》りぬれど
わが|行《ゆ》くさきに|海原《うなばら》|横《よこ》たふ
この|海《うみ》は|魔《ま》の|大海《おほうみ》とたたへられ
|八十曲津見《やそまがつみ》の|群《むら》がれると|聞《き》く
|吾《わが》|伊行《いゆ》く|道《みち》の|曲津見《まがつみ》|悉《ことごと》く
|言向《ことむ》け|和《やは》して|岐美許《きみがり》|進《すす》まむ
|初夏《はつなつ》の|風《かぜ》は|吹《ふ》けどもどことなく
この|国原《くにはら》はうすら|寒《さむ》きも』
|狭野彦《さぬひこ》は|歌《うた》ふ。
『どこまでも|比女神《ひめがみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へむと
|心《こころ》の|駒《こま》の|勇《いさ》みたつかも
いかならむ|曲津見《まがみ》の|禍《わざはひ》さやるとも
|吾《われ》は|恐《おそ》れじ|比女神《ひめがみ》の|功《いさを》に』
かく|狭野彦《さぬひこ》は、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|神徳《しんとく》を|讃美《さんび》しながら、|駒《こま》に|跨《またが》り|御後《みあと》より|果《はて》しなく|霞《かすみ》|立《た》ち|籠《こ》むる|稚国原《わかくにはら》を|進《すす》み|行《ゆ》く。
(昭和八・一二・一二 旧一〇・二五 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
第二章 |天地七柱《てんちななはしら》〔一九三四〕
|朝香比女等《あさかひめたち》が|乗《の》らせます  |天馬《てんば》は|地馬《ちば》と|還元《くわんげん》し
|翼《つばさ》|収《をさ》めてかつかつと  |未《ま》だ|国土《くに》|稚《わか》き|青野原《あをのはら》を
|進《すす》ませ|給《たま》ふ|勇《いさ》ましさ  |吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》は|初夏《しよか》ながら
|曲津《まがつ》の|水火《いき》の|混《ま》じ|交《こ》りて  |心地《ここち》は|余《あま》り|良《よ》からねど
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の  |御許《みもと》に|到《いた》る|楽《たの》しさに
|勇気《ゆうき》|益々《ますます》|加《くは》はりて  |生言霊《いくことたま》を|宣《の》りながら
|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|勇《いさ》ましき。
|狭野彦《さぬひこ》は|馬上《ばじやう》より|歌《うた》ふ。
『|高地秀山《たかちほやま》の|聖場《せいぢやう》ゆ
|此処《ここ》に|朝香《あさか》の|比女神《ひめがみ》は
|光《ひかり》となりて|降《くだ》りまし
|稚《わか》き|国原《くにはら》|固《かた》めむと
|女神《めがみ》ながらも|唯《ただ》|一騎《いつき》
|天降《あも》り|給《たま》ひし|雄々《をを》しさよ
|曲津《まがつ》の|沼《ぬま》を|言向《ことむ》けて
|水《みづ》の|底《そこ》まで|澄《す》みきらふ
|真賀《まが》の|湖水《こすゐ》を|固《かた》めまし
|国津神等《くにつかみたち》|年《とし》|普《まね》く
|生命《いのち》の|食餌《ゑば》を|与《あた》へまし
|火食《くわしよく》の|道《みち》を|教《をし》へつつ
|再《ふたた》び|曲津《まが》のすさびたる
|稚国原《わかくにはら》を|拓《ひら》かむと
|進《すす》ませ|給《たま》ふ|健気《けなげ》さに
|感《かん》じて|吾《われ》は|御供《みとも》となり
|千里《せんり》の|荒野《あらの》を|渉《わた》り|来《き》て
|東《あづま》の|河《かは》の|河岸《かはぎし》に
|漸《やうや》く|空《そら》は|黄昏《たそが》れぬ
|御空《みそら》を|渡《わた》る|月舟《つきふね》は
|鋭《するど》き|光《ひかり》を|地《ち》の|上《うへ》に
|投《な》げ|給《たま》ひつつ|大河《おほかは》の
|波《なみ》をきらきら|照《て》らしまし
|曲津《まが》の|大蛇《をろち》の|鱗《うろこ》まで
|隈《くま》なく|照《てら》し|給《たま》ひけり
|恵《めぐみ》は|深《ふか》し|月読《つきよみ》の
|露《つゆ》の|光《ひかり》の|幸《さち》はひに
|吾《わが》|魂線《たましひ》はよみがへる
|折《をり》しもあれや|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》の|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて
|天地《てんち》も|割《わ》れよと|響《ひび》きまし
|曲津《まが》の|大蛇《をろち》は|忽《たちま》ちに
|怪《あや》しの|姿《すがた》|消《き》え|失《う》せて
|清《きよ》けき|深《ふか》き|河《かは》となり
いや|滔々《たうたう》と|永久《とこしへ》に
|流《なが》れ|果《は》てなき|東河《あづまがは》
|渡《わた》ると|駒《こま》に|鞭《むち》うてば
|比女神《ひめがみ》|吾《われ》を|止《とど》めまし
この|荒河《あらかは》は|駿馬《はやこま》も
|渡《わた》らむ|術《すべ》は|無《な》からむと
|宣《の》らせ|給《たま》ひつ|言霊《ことたま》を
|清《すが》しく|浄《きよ》く|鳴《な》り|出《い》でて
|駒《こま》に|翼《つばさ》を|生《はや》せまし
わが|駒《こま》|諸共《もろとも》|天空《てんくう》を
|翔《かけ》りて|難《なん》なく|大河《おほかは》を
|南《みなみ》の|岸《きし》に|渡《わた》り|終《を》へ
やつと|呼吸《いき》する|間《ま》もあらず
|二《ふた》つの|駒《こま》は|一時《いつとき》に
|翼《つばさ》|収《をさ》めて|元《もと》の|如《ごと》
|地上《ちじやう》の|駒《こま》となりにけり
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|尊《たふと》さよ
|生言霊《いくことたま》の|活用《はたらき》を
|今《いま》|目《ま》の|前《あた》り|拝《をが》みけり
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|功《いさを》ぞ|畏《かしこ》けれ。
|見渡《みわた》せば|果《はて》しも|知《し》らぬ|野《の》の|奥《おく》に
|小黒《をぐろ》き|雲《くも》の|峰《みね》は|立《た》ちたつ
|雲《くも》の|峰《みね》|湧《わ》きたつ|辺《あた》りは|霧《きり》の|海《うみ》の
|中《なか》に|浮《うか》べる|魔島《まじま》なるらむ
|霧《きり》の|海《うみ》に|曲津見《まがつみ》|数多《あまた》|棲《す》むと|聞《き》く
|吾《われ》|比女神《ひめがみ》の|案内《あない》せむかも
|霧《きり》の|海《うみ》の|魔神《まがみ》のすさぶ|世《よ》の|中《なか》は
|国津神等《くにつかみたち》おびやかされつつ
|心安《うらやす》く|住《す》まむ|望《のぞ》みは|無《な》かりけり
|曲津《まが》の|荒《すさ》びの|絶《た》えぬ|限《かぎ》りは
|比女神《ひめがみ》に|従《したが》ひ|曲津《まが》を|言向《ことむ》けて
|国津神等《くにつかみたち》の|安《やす》きを|守《まも》らむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》と|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|守《まも》りあれば
|如何《いか》なる|曲津《まが》も|吾《われ》は|恐《おそ》れじ
|狭野彦《さぬひこ》よ|心《こころ》|安《やす》けくあれよかし
|生言霊《いくことたま》にさやる|曲津《まが》なければ
|主《ス》の|神《かみ》の|清《きよ》き|御水火《みいき》に|生《うま》れたる
わが|言霊《ことたま》は|光《ひかり》なりせば
|曲神《まがかみ》は|光《ひかり》を|恐《おそ》れ|常闇《とこやみ》を
|永久《とは》の|棲処《すみか》と|猛《たけ》り|狂《くる》ふも
|曲神《まがかみ》の|籠《こも》れる|島《しま》に|打《う》ち|渡《わた》り
この|天界《てんかい》を|清《きよ》めむとぞ|思《おも》ふ
|月《つき》も|日《ひ》も|曲津神《まがみ》の|水火《いき》に|閉《とざ》されて
|地上《ちじやう》に|光《ひかり》の|届《とど》かぬ|世《よ》なり
|真《ま》つ|先《さき》に|醜《しこ》の|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|月日《つきひ》の|光《ひかり》を|地上《ちじやう》に|照《て》らさむ
|面白《おもしろ》き|天界《みくに》の|旅《たび》を|重《かさ》ねつつ
|楽《たの》しみ|深《ふか》き|吾《われ》なりにけり
|八十曲津《やそまがつ》|力《ちから》|限《かぎ》りに|刃向《はむか》ふも
われには|言霊剣《ことたまつるぎ》ありけり
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|守《まも》りに|吾《わが》|伊行《いゆ》く
|道《みち》の|隈手《くまで》は|安《やす》けかるべし
|上《うへ》も|下《した》も|右《みぎ》も|左《ひだり》も|雲《くも》|湧《わ》きて
|薄《うす》ら|寒《さむ》かり|初夏《はつなつ》の|空《そら》は』
|漸《やうや》くにして|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|非時《ときじく》|深霧《ふかぎり》の|籠《こ》むる|八十曲津見《やそまがつみ》の|永久《とは》の|棲処《すみか》なる、|霧《きり》の|海《うみ》の|岸辺《きしべ》に|着《つ》かせ|給《たま》へば、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大神言《おほみこと》|以《も》て、|比女神《ひめがみ》の|征途《せいと》を|守《まも》り|補《たす》くべく|待《ま》ち|構《かま》へ|居《ゐ》たる|五柱《いつはしら》の|神《かみ》は、|比女神《ひめがみ》の|出《い》でましを|今《いま》や|遅《おそ》しと|待構《まちかま》へ|居給《ゐたま》ひける。|其《その》|神々《かみがみ》の|御名《みな》は|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》、|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》、|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》、|天中比古《あめなかひこ》の|神《かみ》、|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》にましましける。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|高地秀山《たかちほやま》ゆ|降《くだ》ります
|比女神《ひめがみ》|迎《むか》ふと|待《ま》ち|居《ゐ》たるはや
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|比女神《ひめがみ》を
|守《まも》り|補《たす》くとわれは|待《ま》ちつつ
われこそは|初頭比古《うぶがみひこ》の|神司《かむつかさ》
|朝香比女神《あさかひめがみ》の|御前《みまへ》に|仕《つか》へむ
|霧《きり》の|海《うみ》の|曲神《まがみ》の|数《かず》は|五月蠅《さばへ》なして
|言向《ことむ》け|和《やは》さむ|神業《わざ》の|難《むつ》かし』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|真言《まこと》の|諫《いさ》め|踏《ふ》みにじり
|来《きた》りしわれを|守《まも》らす|神《かみ》はも
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐ》みの|深《ふか》さ|今《いま》となりて
われは|嬉《うれ》しく|覚《さと》らひにけり
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神々等《かみがみたち》よ|聞《きこ》し|召《め》せ
われは|顕津男神《あきつをかみ》の|御樋代《みひしろ》よ
|大野原《おほのはら》|駒《こま》に|跨《またが》り|曲神《まがかみ》の
|艱《なや》み|払《はら》ひて|此処《ここ》に|来《こ》しはや』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|健気《けなげ》なる|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|雄心《をごころ》に
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御言葉《みことば》くだりぬ
|力《ちから》なき|吾《われ》にはあれど|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》よ|御供《みとも》に|仕《つか》はせ|給《たま》へ
|何事《なにごと》も|吾《われ》|起立《おきたつ》の|神《かみ》なれば
|比女《ひめ》に|艱《なや》みをかけじと|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》のオ|声《ごゑ》に|生《あ》れし|吾《われ》なれば
|心《こころ》|許《ゆる》して|御供《みとも》に|召《め》しませ
|起立比古《おきたつひこ》|神《かみ》は|朝々《きぬぎぬ》|起《お》き|立《た》ちて
|天津日《あまつひ》の|光《かげ》によみがへるなり』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》いますとは|聞《き》ながら
|珍《めづら》しき|国土《くに》に|逢《あ》ひにけらしな
|起立比古《おきたつひこ》|神《かみ》の|功《いさを》はかねてより
|高地秀《たかちほ》の|宮居《みや》にありて|聞《き》き|居《ゐ》し
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》の|守《まも》りのある|上《うへ》は
われは|勇《いさ》みて|進《すす》み|行《ゆ》くべし
|未《ま》だ|稚《わか》き|国土《くに》を|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》も
|起立比古《おきたつひこ》とともに|払《はら》はむ
あらたふと|主《ス》の|大神《おほかみ》は|吾為《わがため》に
かかる|尊《たふと》き|神《かみ》を|生《う》ませり』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》こそは|栄城《さかき》の|宮居《みや》に|仕《つか》へたる
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》|恵《めぐ》ませたまへ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|御供《みとも》に|側《そば》|近《ちか》く
|侍《はべ》りて|神業《みわざ》に|仕《つか》へまつらむ
|朝夕《あさゆふ》に|四方《よも》に|雲霧《くもきり》|立世比女《たつよひめ》の
|神《かみ》の|力《ちから》に|払《はら》ふ|術《すべ》なき
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|現《あ》れます|今日《けふ》よりは
|四方《よも》に|塞《ふさ》がる|雲霧《くもきり》|晴《は》れなむ
|主《ス》の|神《かみ》のエ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》に|生《な》り|出《い》でし
われは|愛《エロス》を|守《まも》る|神《かみ》はや
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|顔《かむばせ》を
|清《きよ》く|守《まも》りて|永久《とは》に|尽《つく》さむ
いつまでも|其《その》|顔《かむばせ》の|若々《わかわか》しさを
|守《まも》り|仕《つか》へむ|愛神《エロスがみ》われは
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|見合《みあ》はせ|給《たま》ふ|折《をり》は
|一入《ひとしほ》|清《きよ》く|美《うるは》しく|守《まも》らむ
|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|比女神《ひめがみ》の
|清《きよ》き|尊《たふと》き|御姿守《みすがたも》りてむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|立世比女《たつよひめ》|神《かみ》の|現《あ》れます|今日《けふ》よりは
|吾《われ》は|一入《ひとしほ》|若《わか》やぎ|生《い》きむ
|願《ねが》はくは|吾《われ》のみならず|神々《かみがみ》の
|眉目《みめ》|容姿《かたち》まで|清《きよ》く|守《も》りませ』
|天中比古《あめなかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》こそは|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御依《みよ》さしに
|筑紫《つくし》の|宮居《みや》をはろばろ|出《い》で|来《こ》し
|幾万里《いくまんり》の|荒野《あらの》を|渉《わた》り|先立《さきだ》ちて
|比女神《ひめがみ》|守《も》ると|此処《ここ》に|来《こ》しはや
|朝夕《あさゆふ》を|霧《きり》|立《た》ち|昇《のぼ》る|霧《きり》の|海《うみ》の
|曲津《まが》を|退《やら》ふと|此処《ここ》に|来《き》つるも
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|言霊《ことたま》|補《おぎな》ひて
|霧《きり》の|海原《うなばら》を|清《きよ》め|澄《す》まさむ
|果《はて》しなきこの|海原《うなばら》に|浮《うか》びたる
|島《しま》の|悉《ことごと》|魔神《まがみ》の|棲処《すみか》よ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天中比古《あめなかひこ》|神《かみ》の|御名《おんな》はかねて|聞《き》けど
|今日《けふ》を|初《はじ》めて|見《まみ》えけるはや
|雄々《をを》しくて|優《やさ》しくいます|汝神《ながかみ》の
|進《すす》まむ|道《みち》に|曲津《まが》なかるべし
|吾《われ》は|今《いま》|力《ちから》の|神《かみ》を|得《え》たりけり
|八十曲津見《やそまがつみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》すと』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|出《い》でましと
|聞《き》きつつ|吾《われ》は|勇《いさ》みて|待《ま》てる
|主《ス》の|神《かみ》のパ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|鳴《な》り|鳴《な》りて
|筑紫《つくし》の|宮居《みや》に|生《あ》れし|吾《われ》なり
|魔《ま》の|海《うみ》に|叢《むらが》る|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|此処《ここ》に|天晴比女神《あめはれひめがみ》とならむ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|草枕《くさまくら》
|旅《たび》なる|空《そら》を|晴《は》らし|仕《つか》へむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|笑《ゑみ》を|湛《たた》へて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『さやけおけ|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》なれば
|吾《わが》|旅《たび》|守《も》らす|神《かみ》にましける
|吾《わが》|伊行《いゆ》く|旅《たび》の|先々《さきざき》|塞《ふさ》がれる
|雲霧《くもきり》|晴《は》らせよ|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》
|明日《あす》されば|霧《きり》の|海原《うなばら》|晴《は》らしつつ
|曲津見《まが》の|砦《とりで》に|打寄《うちよ》せ|進《すす》まむ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|凝《こ》らして|御舟《みふね》|造《つく》り
|明日《あす》は|渡《わた》らむ|魔《ま》の|棲《す》む|島《しま》へ』
|狭野彦《さぬひこ》は|歌《うた》ふ。
『|稜威高《いづたか》き|朝香《あさか》の|比女《ひめ》に|仕《つか》へ|来《き》て
|力《ちから》の|神《かみ》にまたも|逢《あ》ひぬる
|国津神《くにつかみ》|狭野彦《さぬひこ》|吾《われ》は|身《み》も|魂《たま》も
よみがへりつつ|勇《いさ》み|立《た》つなり
|此処《ここ》に|現《あ》れし|五柱《いつはしら》の|神《かみ》よ|国津神《くにつかみ》の
|狭野彦《さぬひこ》|吾《われ》を|恵《めぐ》ませ|給《たま》へ』
|天津神《あまつかみ》|六柱《むはしら》と|一柱《ひとはしら》の|国津神《くにつかみ》は、|霧《きり》の|海《うみ》の|岸辺《きしべ》に|生言霊《いくことたま》を|各自《おのもおのも》に|奏上《そうじやう》し|給《たま》へば、|忽《たちま》ち|四辺《あたり》の|巌《いは》は|大《おほい》なる|御舟《みふね》となりて、|岸辺《きしべ》に|軽《かる》く|浮《うか》びける。
|茲《ここ》に|神々《かみがみ》は|駒《こま》|諸共《もろとも》に|此《こ》の|御舟《みふね》に|乗《の》り|移《うつ》らせ|給《たま》ひ、|四方八方《よもやも》の|話《はなし》に|時《とき》の|移《うつ》るも|知《し》らで|一夜《いちや》を|明《あか》し|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一二 旧一〇・二五 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第三章 |狭野《さぬ》の|食国《をすくに》〔一九三五〕
|天津神《あまつかみ》|国津神《くにつかみ》|七柱《ななはしら》は、|磐楠舟《いはくすぶね》に|身《み》を|寄《よ》せ|四方八方《よもやも》の|珍《めづら》しき|話《はなし》に|時《とき》をうつし|給《たま》ひつつ、|東雲《しのの》|近《めちか》くなりければ、この|霧《きり》の|海原《うなばら》に|数多《あまた》|棲《す》める|百千鳥《ももちどり》の|囀《さへづ》る|声《こゑ》|漸《やうや》くひびき|渡《わた》り、|時々《ときどき》|大《おほ》いなる|鷲《わし》の|声《こゑ》は、|神々《かみがみ》の|耳《みみ》を|欹《そばだ》たしめたりける。
ここに|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|霧《きり》の|海《うみ》の|波《なみ》にうかびて|吾《わが》|立《た》てる
|東雲《しののめ》の|空《そら》はほの|明《あか》りせり
|百千鳥《ももちどり》|啼《な》く|声《こゑ》さえて|霧《きり》の|海《うみ》の
|波《なみ》は|漸《やうや》くしののめにけり
|天晴比女《あめはれひめ》|神《かみ》の|現《あ》れます|今日《けふ》よりは
|天津日《あまつひ》の|光《かげ》|清《きよ》く|照《て》りまさむ
ほのぼのと|明《あ》け|方《がた》|近《ちか》くなり|行《ゆ》きて
|俄《にはか》に|吾《わが》|魂《たま》かがやき|初《そ》めたり』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|東雲《しののめ》の|空《そら》ほの|明《あか》りつつ|霧《きり》の|海《うみ》の
|霧《きり》はつぎつぎうすらぎにけり
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|光《ひかり》に|霧《きり》の|海《うみ》の
|霧《きり》は|御空《みそら》にうすらぎ|消《き》ゆるも
|東《ひむがし》の|空《そら》ほのぼのと|明《あか》らみぬ
やがて|昇《のぼ》らむ|天津日《あまつひ》の|神《かみ》は
|明《あ》け|方《がた》の|舟《ふね》に|浮《うか》びて|吾《わが》|魂《たま》は
よみがへりつつ|澄《す》みきらひたり
|曲津神《まがかみ》の|永久《とは》にひそめる|霧《きり》の|海《うみ》の
|島《しま》ことごとく|言向《ことむ》けやはさむ
いさぎよき|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御尾前《みをさき》に
|仕《つか》へてわれは|功《いさを》を|立《た》てなむ
アの|声《こゑ》の|生言霊《いくことたま》に|現《あら》はれし
|初頭比古《うぶがみひこ》|吾《あ》は|力《ちから》なりけり
|限《かぎ》りなき|水火《いき》の|力《ちから》を|現《あら》はして
|曲津《まが》の|砦《とりで》を|砕《くだ》き|破《やぶ》らむ』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|東《ひむがし》の|空《そら》|明《あか》らみぬいざさらば
|起立《おきたつ》の|神《かみ》|神言《かみごと》|宣《の》らむ
|天界《かみくに》は|生言霊《いくことたま》に|生《な》りし|国土《くに》よ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|神言《かみごと》|宣《の》らむ
|一日《ひとひ》だも|神言《かみごと》の|水火《いき》|忘《わす》れたる
|日《ひ》は|曲津見《まがつみ》の|襲《おそ》ひ|来《きた》るも
|非時《ときじく》に|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りつづけ
|醜《しこ》の|砦《とりで》に|向《むか》ひて|進《すす》まむ
もうもうと|霧《きり》|立《た》ちのぼる|海原《うなばら》を
|明《あか》し|進《すす》まむ|起立《おきたつ》の|神《かみ》|吾《われ》は
|東《ひむがし》の|雲霧《くもきり》わけて|天津日《あまつひ》は
|大地《だいち》の|限《かぎ》り|照《て》らして|昇《のぼ》れり』
|天中比古《あめなかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》のサ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて
|天中比古《あめなかひこ》と|吾《われ》は|生《うま》れし
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|言霊《ことたま》に
|服従《まつろ》はぬものはあらじと|思《おも》ふ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|言霊《ことたま》を
|補《おぎな》ひ|奉《まつ》ると|吾《われ》は|天降《あも》りつ
|天津日《あまつひ》は|生言霊《いくことたま》に|照《て》らされて
|天地《てんち》のあらむ|限《かぎ》りを|照《て》らせり
|非時《ときじく》に|雲霧《くもきり》|迷《まよ》ふ|稚国土《わかぐに》も
|今日《けふ》より|成《な》らむ|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》に』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『やうやくに|諸神等《ももがみたち》の|言霊《ことたま》の
|水火《いき》|幸《さちは》ひて|天晴《あめは》れにけり
この|海《うみ》を|十重《とへ》に|二十重《はたへ》に|包《つつ》みたる
|霧《きり》うせにつつ|天晴《あめは》れにけり
わが|水火《いき》は|幸《さちは》ひ|助《たす》けて|大空《おほぞら》に
|天照《あまて》り|渡《わた》らす|日《ひ》の|大御神《おほみかみ》よ
|斯《か》くならば|如何《いか》なる|曲津《まが》の|潜《ひそ》むとも
|伊吹《いぶ》きに|払《はら》はむ|生言霊《いくことたま》に
|四方八方《よもやも》を|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》|晴《は》れにつつ
|見渡《みわた》す|限《かぎ》り|光《ひかり》の|野辺《のべ》なり
|果《は》てしなき|霧《きり》の|海原《うなばら》に|浮《うか》びたる
|島《しま》ことごとく|目《め》にうつりけり
いや|先《さ》きに|蟻《あり》の|棲《す》むとふ|魔《ま》の|島《しま》に
|舟漕《ふねこ》ぎよせて|上《あが》らむとぞ|思《おも》ふ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》を|守《まも》りて|立世比女《たつよひめ》|吾《われ》は
|生言霊《いくことたま》に|水火《いき》を|放《はな》たむ
|吾《わが》|舟《ふね》は|次第々々《しだいしだい》に|魔《ま》の|島《しま》を
|指《さ》して|進《すす》めり|岸《きし》とほみかも
|艪《ろ》も|楫《かい》もなけれど|生《い》ける|言霊《ことたま》に
|進《すす》み|行《ゆ》くこそ|不思議《ふしぎ》なるかも
|西北《にしきた》の|風《かぜ》|吹《ふ》き|起《おこ》りわが|舟《ふね》は
|魔《ま》の|島《しま》さして|進《すす》み|行《ゆ》くなり
|駒《こま》よりも|形《かたち》|大《おほ》いなる|蟻《あり》の|群《むれ》
|魔《ま》の|浮《う》き|島《じま》に|集《つど》へりと|聞《き》く』
|狭野彦《さぬひこ》は|歌《うた》ふ。
『|大《おほ》いなる|蟻《あり》の|棲《す》むてふ|魔《ま》の|島《しま》は
|容易《ようい》に|近《ちか》づき|得《え》ざる|島《しま》と|聞《き》く
さり|乍《なが》ら|力《ちから》の|神々《かみがみ》ましませば
|今日《けふ》は|安《やす》らに|島《しま》に|上《あが》らむか』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ|間《ま》もあらず、|数十里《すうじふり》の|波《なみ》を|渡《わた》りて|御舟《みふね》は|魔《ま》の|島《しま》|近《ちか》く|着《つ》きにける。
ここに|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|魔《ま》の|島《しま》を|間近《まぢか》に|眺《なが》めながら、|舟《ふね》を|止《とど》めて|暫《しば》しを|休《やす》らひ、|島《しま》の|様子《やうす》を|窺《うかが》ひ|給《たま》ひつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|黒々《くろぐろ》と|島《しま》|一面《いちめん》に|群《むら》がりて
|動《うご》ける|影《かげ》は|蟻《あり》にやあるらむ
|吾《わが》|乗《の》れる|駒《こま》より|大《だい》なる|蟻《あり》の|群《むれ》
|正《まさ》しく|曲津見《まが》の|化身《けしん》なるらむ
この|島《しま》に|上《あが》れば|忽《たちま》ち|数十万《すじふまん》の
|蟻《あり》は|襲《おそ》はむ|驚《おどろ》きにつつ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|舟《ふね》の|上《うへ》より、|御水火《みいき》さわやかに、
『|曲津神《まがつかみ》の|蟻《あり》と|変《かは》りて|寄《よ》り|集《つど》ふ
この|魔《ま》の|島《しま》よ|海《うみ》に|沈《しづ》まへ
|蟻《あり》よ|蟻《あり》よ|姿《かげ》をひそめて|消《き》え|失《う》せよ
|吾《われ》この|島《しま》を|今《いま》に|沈《しづ》めむ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|曲津見《まがつみ》は|驚《おどろ》き|騒《さわ》ぎ、|前後《ぜんご》|左右《さいう》に|先《さき》を|争《あらそ》ひ|島山《しまやま》を|駈《か》け|廻《めぐ》る|様《さま》、|百万《ひやくまん》の|大軍《たいぐん》|一度《いちど》に|襲《おそ》ひ|来《きた》りし|如《ごと》く|響《ひび》きを|立《た》て、|狼狽《らうばい》のさまありありと|目《め》に|映《うつ》りける。
さてこの|魔《ま》の|島《しま》は|八十曲津見《やそまがつみ》の|地中《ちちう》に|潜《ひそ》み、ただ|頭《あたま》のみを|水上《すゐじやう》に|浮《う》かせゐたるものにして、|数多《あまた》の|蟻《あり》はいづれも|曲津見《まがつみ》の|頭《あたま》にわける|虱《しらみ》なりける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は『|島《しま》よ|沈《しづ》め』と|宣《の》らせし|言霊《ことたま》も、|一時《いちじ》|何《なん》の|功《いさを》もなく、|曲津神《まがつかみ》はますます|狂《くる》ひ|立《た》ち、|島《しま》は|次第《しだい》に|高《たか》く|浮《う》き|上《あが》りて|曲津見《まがつみ》の|巨体《きよたい》は|水上《すゐじやう》に|浮《うか》び、|目《め》|鼻《はな》|口《くち》の|不規律《ふきりつ》に|附着《ふちやく》せる|顔《かほ》は|雲《くも》を|圧《あつ》して|高《たか》く、|足《あし》の|膝頭《ひざがしら》より|中《した》は|海中《かいちう》にあり、|其《そ》の|大《おほ》いさ|形容《けいよう》すべからず。カラカラと|不規律《ふきりつ》なる|歯並《はなみ》の|口《くち》より|笑《わら》ふ|声《こゑ》は|百雷《ひやくらい》の|一時《いちじ》に|轟《とどろ》くかと|思《おも》はれにける。その|声《こゑ》、
『ガアーーハハハハ ギアーーハハハハ ギユーーフフフフ ゲエーーヘヘヘヘ ギヨーーホホホホ ものものしや|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》とは|真《しん》の|神《かみ》にあらず、|天界《てんかい》を|偽《いつは》る|贋神《にせがみ》ならむ。|待《ま》て、|今《いま》に|此《この》|八十曲津見《やそまがつみ》の|神《かみ》が|神力《しんりき》を|現《あら》はし、|一柱《ひとはしら》も|残《のこ》らず|吾《わが》|泥足《どろあし》に|踏《ふ》み|躙《にじ》りくれむ。てもさても|心地《ここち》よやな。ギアーーハハハハ、ギユーーフフフフ、ギヨーーホホホホ、さてもさてもいぢらしいものだわい』
と|言《い》ひつつ|巨大《きよだい》なる|口《くち》より|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|吹《ふ》き|散《ち》らす|唾《つばき》は|滝《たき》の|如《ごと》、|四方八方《よもやも》に|散《ち》り|乱《みだ》るるさま、|何《なに》ものを|以《もつ》ても|言《い》ひ|現《あら》はし|得《え》ざる|光景《くわうけい》なりき。|万一《まんいち》この|口《くち》より|出《い》づる|唾《つばき》の|一滴《いつてき》だも|身《み》に|触《ふ》るる|時《とき》は、|全身《ぜんしん》|固着《こちやく》して、|手《て》も|足《あし》も|動《うご》く|能《あた》はざるに|至《いた》る、|曲津神《まがつかみ》の|魔術《まじゆつ》の|奥《おく》の|手《て》をつくしたるものなりける。|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|少《すこ》しも|恐《おそ》れず、
『|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》の|雄猛《をたけ》びものものし
わが|生霊《いくたま》に|滅《ほろ》ぼしくれむ
|汝《なれ》が|吹《ふ》く|醜《しこ》のみ|水火《いき》は|雲《くも》となり
|霧《きり》となりつつこの|世《よ》を|濁《にご》せり
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》、|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》よ
|巌《いは》となれなれこのまま|巌《いは》と
|手足《てあし》も|動《うご》くな|口《くち》も|利《き》くな
|曲津神《まがつかみ》の|体《からだ》は|立巌《たていは》となれ
その|口鼻《くちはな》は|洞穴《ほらあな》となれ
|二《ふた》つの|目玉《めだま》は|池《いけ》となれ
|蟻《あり》も|虱《しらみ》もことごとく
|土《つち》となれなれその|土《つち》ゆ
|草木《くさき》は|萌《も》えよ|花《はな》は|咲《さ》け
|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》は|非時《ときじく》|結《むす》べ』
と|言霊《ことたま》|宣《の》らせ|給《たま》へば、|八十曲津見《やそまがつみ》の|巨体《きよたい》は|其《その》|儘《まま》|海中《わだなか》に|固《かた》まり、|巨大《きよだい》なる|巌島《いはしま》と|固《かた》められける。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|驚《おどろ》きの|余《あま》り、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|生言霊《いくことたま》の|功績《いさをし》に
|曲津神《まがつ》は|遂《つひ》に|巌《いはほ》となりける
|島《しま》の|上《うへ》に|蟻《あり》と|見《み》えしは|曲津見《まがつみ》の
|頭《あたま》に|生《お》ふる|虱《しらみ》なりける
|比女神《ひめがみ》の|生言霊《いくことたま》に|閉《と》ぢられて
|曲津神《まがつ》は|遂《つひ》に|巌《いはほ》となりける
|今日《けふ》よりはこれの|巌島《いはしま》に|国津神《くにつかみ》
|永久《とは》に|住《す》ませて|拓《ひら》かせむと|思《おも》ふ
|天界《かみくに》は|生言霊《いくことたま》の|御水火《みいき》より
|成《な》りし|国土《くに》とは|今《いま》|悟《さと》りけり
|比女神《ひめがみ》は|御樋代神《みひしろがみ》にましませば
|如何《いな》なる|神業《みわざ》も|果《はた》し|給《たま》へり
|比女神《ひめがみ》の|神業《みわざ》|助《たす》くと|吾《わが》|宣《の》りし
|生言霊《いくことたま》の|恥《は》づかしきかな
|今日《けふ》よりは|畏《おそ》れ|慎《つつし》み|比女神《ひめがみ》の
|神業《みわざ》|謹《つつし》み|仕《つか》へむと|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》のア|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》に|生《あ》れし|吾《われ》も
|比女《ひめ》の|功《いさを》に|驚《おどろ》きしはや』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|掛巻《かけまく》も|畏《かしこ》し|朝香比女神《あさかひめがみ》の
|今日《けふ》の|功《いさを》におどろきにけり
|雲霧《くもきり》を|四方《よも》に|払《はら》ひて|魔《ま》の|島《しま》の
|曲津神《まがつ》を|永久《とは》に|巌《いはほ》となせり
|沼《ぬま》をかため|島《しま》をかためて|比女神《ひめがみ》は
|新《あたら》しき|国土《くに》を|生《う》ませたまひぬ
|魔《ま》の|島《しま》は|次第々々《しだいしだい》にふくれつつ
|見《み》る|見《み》る|草木《くさき》は|生《お》ひ|立《た》ちにけり
|国津神《くにつかみ》の|永久《とは》の|住処《すみか》と|比女神《ひめがみ》は
|曲津神《まがつ》の|島《しま》を|固《かた》め|給《たま》ひぬ
|今日《けふ》よりは|国津神等《くにつかみたち》の|食物《をしもの》を
|育《そだ》つる|国土《くに》と|栄《さか》えますらむ
いやらしき|曲津神《まがつ》の|声《こゑ》に|恥《は》づかしも
われは|一時《ひととき》ふるひ|居《ゐ》たりし
|起立《おきたつ》の|吾《われ》|神《かみ》ながら|震《ふる》ひ|立《た》ちて
|生言霊《いくことたま》も|出《い》でざりしはや
|主《ス》の|神《かみ》ゆ|御樋代神《みひしろがみ》と|選《えら》まれし
|神《かみ》にしませばかくもありなむ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『かくの|如《ごと》|尊《たふと》き|神《かみ》の|側《そば》|近《ちか》く
|仕《つか》ふる|吾《われ》の|幸《さち》を|思《おも》へり
|比女神《ひめがみ》よ|立世比女神《たつよひめがみ》の|真心《まごころ》を
|嘉《よみ》して|永久《とは》に|仕《つか》はせ|給《たま》へ
|吾《われ》はいま|朝香《あさか》の|比女《ひめ》に|仕《つか》へむと
|楽《たの》しみ|待《ま》ちし|女神《めがみ》なるはや』
|天中比古《あめなかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|生言霊《いくことたま》に|固《かた》まりし
この|島ケ根《しまがね》に|舟《ふね》|寄《よ》せむかな
|大《おほ》いなる|蟻《あり》と|見《み》えしは|曲津神《まがかみ》の
|頭《あたま》にわける|虱《しらみ》なりしか
|斯《か》くならば|一度《ひとたび》|島《しま》に|上《あが》り|行《ゆ》きて
|生言霊《いくことたま》の|種《たね》を|蒔《ま》かばや
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》よ|許《ゆる》させ|給《たま》へかし
|草木《くさき》の|種《たね》を|吾《われ》|蒔《ま》かむと|思《おも》ふ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『|天中比古《あめなかひこ》|神《かみ》の|神言《みこと》にこの|島《しま》の
|総《すべ》てをまかせて|国土《くに》|拓《ひら》かせむ』
この|島《しま》は|周囲《しうゐ》|百里《ひやくり》に|余《あま》る|相当《さうたう》に|広《ひろ》き|島《しま》なりける。ここに|天中比古《あめなかひこ》の|神《かみ》は|国津神《くにつかみ》|狭野彦《さぬひこ》を|譲《ゆづ》り|受《う》け、|諸々《もも》の|草木《くさき》|五穀《ごこく》を|生言霊《いくことたま》に|生《う》み|出《い》でましつつ、|遂《つひ》に|狭野《さぬ》の|食国《をすくに》を|生《う》み|出《い》で|給《たま》ひ、|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まり|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一二 旧一〇・二五 於大阪分院蒼雲閣 谷前清子謹録)
第四章 |狭野《さぬ》の|島生《しまう》み〔一九三六〕
|神々《かみがみ》は|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》の|功《いさを》に、いたく|感《かん》じ|給《たま》ひつつ|讃美《さんび》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|掛巻《かけま》くも|綾《あや》に|畏《かしこ》き|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》の|言霊《ことたま》に|曲津《まが》は|亡《ほろ》びぬ
|曲津神《まがかみ》の|災《わざはひ》せむと|待《ま》ち|居《ゐ》たる
|島《しま》は|忽《たちま》ち|天国《みくに》となりける
|善《よ》き|事《こと》に|曲事《まがこと》いつき|曲事《まがこと》に
|善《よ》き|事《こと》いつく|神世《かみよ》なりける
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》と|現《あ》れます|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》の|功《いさを》に|戦《をのの》きにけり
|曲津見《まがつみ》は|力《ちから》の|限《かぎ》りを|搾《しぼ》り|出《だ》して
|魔《ま》の|島ケ根《しまがね》となり|居《ゐ》たりける
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》は|曲津《まがつ》の|奸計《たくらみ》を
|悟《さと》りて|言霊《ことたま》|宣《の》らせ|給《たま》ひぬ
|魔《ま》の|島《しま》も|比女《ひめ》の|神言《みこと》に|敵《てき》し|得《え》ず
|宣《の》らすがままに|固《かた》まりにけり
|八柱《やはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》の|中《なか》にして
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》は|勝《すぐ》れましけむ
かくの|如《ごと》|生言霊《いくことたま》の|光《ひか》りある
|比女神《ひめがみ》こそは|御樋代《みひしろ》なるよ
|御樋代《みひしろ》と|御名《みな》|負《お》ひませる|功績《いさをし》は
|生言霊《いくことたま》に|現《あらは》れにけり
アの|声《こゑ》の|生言霊《いくことたま》に|生《あ》れ|出《い》でし
われ|驚《おどろ》きぬ|比女《ひめ》の|光《ひかり》に
|海原《うなばら》を|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》|晴《は》れにつつ
|目路《めぢ》の|限《かぎ》りは|波《なみ》かがやけり
|魔《ま》の|島《しま》は|次第々々《しだいしだい》に|拡《ひろ》ごりて
|天界《みくに》の|光《ひかり》となりにけらしな
|曲津神《まがかみ》の|潜《ひそ》みし|島《しま》も|比女神《ひめがみ》の
|御水火《みいき》に|生《い》きて|光《ひか》り|充《み》つるも
|今日《けふ》よりは|樹々《きぎ》の|木《こ》の|実《み》も|穀物《たなつもの》も
いや|茂《しげ》らひて|神《かみ》を|生《い》かさむ
|国津神《くにつかみ》の|永久《とは》の|楽土《らくど》と|今日《けふ》よりは
|生《あ》れ|出《い》でにけり|狭野《さぬ》の|島ケ根《しまがね》
|魔《ま》の|島《しま》の|名《な》を|改《あらた》めて|狭野《さぬ》の|島《しま》と
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》は|名《な》を|賜《たま》ひけり
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|功《いさを》に|包《つつ》まれて
わが|神魂《みたま》さへかがやきにけり』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|狭野《さぬ》の|島《しま》の|真中《まなか》に|立《た》てる|山脈《やまなみ》は
|今日《けふ》より|朝日《あさひ》の|山《やま》となりけり
|朝日《あさひ》|照《て》り|夕日《ゆふひ》|輝《かがや》く|朝日山《あさひやま》に
|生《お》ふる|草木《くさき》は|永久《とは》に|栄《さか》えむ
|駿馬《はやこま》の|丈《たけ》より|高《たか》き|黒《くろ》き|蟻《あり》の
|姿《すがた》はいづく|跡《あと》かたもなし
|曲津神《まがかみ》の|頭《かしら》の|虱《しらみ》の|姿《すがた》ぞと
|聞《き》きてゆわれは|驚《おどろ》きにけり
|魔《ま》の|化身《けしん》|蟻《あり》の|棲《す》みたる|浮島《うきじま》も
|生言霊《いくことたま》に|天界《みくに》となりけり
|国土《くに》を|生《う》み|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まさむと
|旅《たび》に|立《た》たせる|比女《ひめ》の|功《いさを》よ
|比女神《ひめがみ》の|功《いさを》は|今《いま》や|目《ま》の|前《あた》り
|狭野《さぬ》の|島根《しまね》に|拝《をろが》みにけり
|天中比古《あめなかひこ》|神《かみ》|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まりて
|狭野彦《さぬひこ》の|神《かみ》と|世《よ》を|拓《ひら》きませ
|国土《くに》を|生《う》み|八十嶋《やそしま》を|生《う》み|国魂《くにたま》を
|生《う》みます|旅《たび》を|尊《たふと》しと|思《おも》ふ
|御樋代《みひしろ》は|八十柱《やそはしら》ませど|比女《ひめ》の|如《ごと》
|雄々《をを》しき|神《かみ》はなしと|思《おも》ふも
|眉目《みめ》|容姿《かたち》|美《うるは》しき|朝香比女神《あさかひめがみ》の
|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|澄《す》みきらへるも
|立世比女《たつよひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|側《そば》|近《ちか》く
|侍《はべ》らしまして|光《ひか》りますらむ
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|清《きよ》く|澄《す》みきらひ
|朝日《あさひ》は|照《て》れり|生言霊《いくことたま》に
かくの|如《ごと》|天津日《あまつひ》のかげ|照《て》り|渡《わた》る
|天界《みくに》に|曲津《まが》は|影《かげ》を|止《とど》めじ
|今日《けふ》よりは|国津神等《くにつかみたち》|悉《ことごと》く
|世《よ》を|楽《たの》しみて|立《た》ち|働《はたら》かむ
|山《やま》も|海《うみ》も|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
|栄《さか》え|果《は》てなき|神《かみ》の|食国《をすくに》よ
|波《なみ》の|秀《ほ》を|右《みぎ》や|左《ひだり》に|飛《と》びかひて
|百鳥千鳥《ももどりちどり》も|世《よ》をうたふなり
|大空《おほぞら》の|晴《は》れ|渡《わた》りしゆ|真鶴《まなづる》は
|翼《つばさ》|揃《そろ》へて|舞《ま》ひ|遊《あそ》ぶなり
|鳳凰《ほうわう》は|翼《つばさ》を|朝日《あさひ》にかがやかせ
わが|頭辺《かしらべ》を|静《しづ》かに|舞《ま》へるも
|大《おほ》いなる|鷲《わし》の|一群《ひとむれ》|雲《くも》の|如《ごと》
|伊渡《いわた》り|来《きた》りて|御空《みそら》に|勇《いさ》めり
|昼月《ひるづき》の|光《かげ》さへ|白《しろ》く|冴《さ》えにつつ
|狭野《さぬ》の|天界《みくに》の|栄《さか》えを|照《て》らせり
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《うま》れたる
この|神島《かみしま》は|栄《さか》え|果《は》て|無《な》けむ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|公《きみ》は|四方《よも》の|天地《あめつち》を|包《つつ》みたる
|醜《しこ》の|雲霧《くもきり》|払《はら》はせ|給《たま》へり
|栄城山《さかきやま》|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《うま》れたる
われはエ|声《ごゑ》の|愛《エロス》の|神《かみ》なり
わが|公《きみ》の|御身《みま》の|廻《まは》りを|朝夕《あさゆふ》に
|守《まも》りて|其《そ》の|美《び》を|保《たも》たせまつらむ
|何時《いつ》までも|花《はな》の|粧《よそほ》ひ|顔《かむばせ》を
|保《たも》たせ|給《たま》へと|朝夕《あさゆふ》|守《まも》らむ
|顕津男《あきつを》の|御前《みまへ》に|進《すす》ますわが|公《きみ》の
|若《わか》き|姿《すがた》を|照《て》らし|守《まも》らな
|幾万年《いくまんねん》の|末《すゑ》の|末《すゑ》までやさ|姿《すがた》
このまま|若《わか》く|居《ゐ》ませと|祈《いの》るも
|朝夕《あさゆふ》に|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りあげて
|公《きみ》の|若《わか》さを|永久《とは》に|守《まも》らむ
|立世比女《たつよひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》は|神々《かみがみ》の
よき|面《おも》ざしを|守《まも》る|神《かみ》なり』
|天中比古《あめなかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代神《みひしろがみ》|生言霊《いくことたま》に|定《さだ》まりし
|狭野《さぬ》の|島根《しまね》は|清《きよ》く|生《うま》れし
|狭野《さぬ》の|島《しま》の|柱《はしら》とわれは|任《ま》けられて
|永久《とこしへ》に|世《よ》をひらく|楽《たの》しさ
|比女神《ひめがみ》の|生言霊《いくことたま》に|生《うま》れたる
この|狭野島《さぬしま》を|清《きよ》く|守《まも》らむ
|国津神《くにつかみ》|狭野彦《さぬひこ》あれば|百千々《ももちぢ》の
|種《たね》を|隈《くま》なく|蒔《ま》きて|育《そだ》てむ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|御供《みとも》せむと
|思《おも》へど|詮無《せんな》きわれとなりけり
|永久《とこしへ》の|命《いのち》|保《たも》ちてこの|島《しま》の
|主《あるじ》と|仕《つか》へ|光《ひか》りとならむ
|曲津見《まがつみ》の|頭《かしら》に|生《お》ひし|大蟻《おほあり》も
|今《いま》は|残《のこ》らず|土《つち》となりける
この|島《しま》の|土《つち》はことごと|黒《くろ》けれど
やがて|拓《ひら》かば|真土《まつち》とならむ
|幾万《いくまん》の|蟻《あり》はことごと|土《つち》となりて
|狭野《さぬ》の|島根《しまね》の|肥料《こやし》とならむか
|地《つち》|稚《わか》く|国土《くに》|稚《わか》けれど|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|凝《こ》らして|固《かた》めひらかむ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》のパ|声《ごゑ》になりしわれ|故《ゆゑ》に
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》といふなり
|大空《おほぞら》はパツと|明《あか》るくなりにけり
|四方《よも》を|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》はれにつ
|朝香比女《あさかひめ》|御樋代神《みひしろがみ》に|従《したが》ひて
われは|御空《みそら》をはらしゆくべし
|地《つち》|稚《わか》き|稚国原《わかくにはら》は|霧《きり》たちて
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》の|棲処《すみか》にはよき
|霧《きり》こむる|稚国原《わかくにはら》をことごとく
パの|言霊《ことたま》にはらし|進《すす》まむ
|限《かぎ》りなき|尊《たふと》き|神《かみ》の|御恵《みめぐ》みに
|天晴比女《あめはれひめ》と|生《あ》れしわれなり
|天《あめ》も|地《つち》も|清《きよ》くはらして|御尾前《みをさき》に
|仕《つか》へまつらむ|神業《みわざ》たすくと
|勇《いさ》ましくやさしくいます|御樋代神《みひしろがみ》の
|生言霊《いくことたま》は|光《ひか》りなりけり
|六合《りくがふ》を|照《て》らし|清《きよ》むる|比女神《ひめがみ》の
|水火《いき》の|力《ちから》にさやるものなし
|心《こころ》|清《きよ》く|神魂《みたま》の|清《きよ》き|比女神《ひめがみ》の
|御水火《みいき》は|光《ひか》りとなりて|出《い》づるも
かくの|如《ごと》|尊《たふと》き|神《かみ》は|天地《あめつち》の
|中《なか》にあらじとかしこみ|敬《うやま》ふ
|天地《あめつち》を|晴《は》らし|清《きよ》むるわれながら
|御樋代神《みひしろがみ》の|光《ひか》りに|劣《おと》れり
|主《ス》の|神《かみ》ゆ|御樋代神《みひしろがみ》と|選《えら》まれしは
|実《げ》に|実《じつ》に|宜《う》べよと|悟《さと》らひにけり
|大《おほ》いなる|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》をあちこちに
ひらかせ|給《たま》ふ|比女神《ひめがみ》かしこし』
|狭野彦《さぬひこ》は|歌《うた》ふ。
『|天津神《あまつかみ》の|中《なか》に|交《まじ》はり|国津神《くにつかみ》われは
よき|言霊《ことたま》を|聞《き》きにつるかも
|狭野《さぬ》の|島《しま》をひらけと|宣《の》らす|言霊《ことたま》を
われ|嬉《うれ》しみて|勤《いそ》しみ|仕《つか》へむ
|狭野《さぬ》の|島《しま》は|未《ま》だ|稚《わか》ければ|天津神《あまつかみ》
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|力《ちから》|添《そ》へ|給《たま》へ
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》を|畏《かしこ》みて
|束《つか》の|間《ま》さへも|忘《わす》れず|勤《つと》めむ
この|島《しま》に|国津神々《くにつかみがみ》|移《うつ》し|植《う》ゑて
|清《きよ》き|天界《みくに》をひらかむと|思《おも》ふ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|諸神《ももがみ》の|称《たた》へ|言葉《ことば》を|聞《き》ながら
|小《ちひ》さき|功《いさを》をわれは|恥《は》づるも
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》と|名《な》を|負《お》ふ|身《み》ながらも
|力《ちから》の|足《た》らはぬわれなりにけり
|今日《けふ》よりは|諸神等《ももがみたち》にたすけられて
|神業《みわざ》に|仕《つか》ふと|楽《たの》しみおもふ
|天中比古《あめなかひこ》|神《かみ》は|狭野彦《さぬひこ》を|守《まも》りつつ
ひらかせ|給《たま》へ|狭野ケ島根《さぬがしまね》を』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、かく|御歌《みうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ひつつ、|天中比古《あめなかひこ》の|神《かみ》|及《およ》び|国津神《くにつかみ》|狭野彦《さぬひこ》をこの|島《しま》に|残《のこ》し|置《お》き、|四柱《よはしら》の|神等《かみたち》とともに、|晴《は》れ|渡《わた》る|霧《きり》の|海原《うなばら》を|順風《じゆんぷう》に|送《おく》られ、|心《こころ》|朗《ほが》らかに|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一二 旧一〇・二五 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
第五章 |言霊生島《ことたまいくしま》〔一九三七〕
|御樋代神《みひしろがみ》と|生《あ》れませる  |朝香比女神《あさかひめがみ》の|神司《かむつかさ》
|曲神《まがみ》の|島《しま》を|言向《ことむ》けて  |狭野《さぬ》の|神国《みくに》を|拓《ひら》きつつ
|天中比古神《あめなかひこがみ》|狭野彦《さぬひこ》を  |後《あと》に|残《のこ》して|四柱《よはしら》の
|神《かみ》を|伴《ともな》ひ|海原《うなばら》の  |浪《なみ》おしわけて|進《すす》みます
|御空《みそら》に|天津日《あまつひ》|照《て》り|渡《わた》り  |昼月《ひるづき》のかげしろじろと
|浪《なみ》に|浮《うか》べる|真中《まんなか》を  |生言霊《いくことたま》を|宣《の》らせつつ
|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ  |抑《そもそも》|霧《きり》の|海原《うなばら》は
|高地秀山《たかちほやま》より|流《なが》れ|落《お》つ  |東《あづま》の|河《かは》の|大流《たいりう》と
|高照山《たかてるやま》ゆ|落《お》ちたぎつ  |月《つき》の|大河《たいが》の|清流《すながれ》の
|西《にし》と|東《ひがし》ゆおちこめる  |大海原《おほうなばら》にありければ
|万里《まで》の|海《うみ》とぞ|称《とな》へられ  |数多《あまた》の|島々《しまじま》|碁列《ごれつ》して
|霧《きり》|立《た》ちのぼり|雲《くも》わきつ  |曲津見《まがみ》の|棲処《すみか》にふさはしき。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|乗《の》らせる|御舟《みふね》は、|舷《ふなばた》に|浪《なみ》の|鼓《つづみ》を|打《う》ちながら、|艪楫《ろかい》もなきに|島々《しまじま》を、|右《みぎ》や|左《ひだり》にくぐりぬけ、|周囲《まはり》|百里《ひやくり》に|余《あま》る|狭野《さぬ》の|島《しま》も、いつしか|眼界《まなかひ》を|離《はな》れける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|後振《あとふ》りかへり、|御空《みそら》を|仰《あふ》ぎて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|狭野《さぬ》の|食国《をすくに》|山々《やまやま》は
わが|目路《めぢ》|遠《とほ》く|消《き》え|失《う》せにけり
|天中比古《あめなかひこ》|狭野彦《さぬひこ》|今《いま》はわがいゆく
|舟《ふね》を|思《おも》ひて|吐息《といき》つくらむ
われもまた|名残《なごり》|惜《を》しけれど|神業《かむわざ》の
せはしきままに|離《さか》り|来《き》にける
|空《そら》を|行《ゆ》く|百《もも》の|翼《つばさ》よ|心《こころ》あらば
|狭野《さぬ》の|島根《しまね》にわが|心《こころ》|伝《つた》へよ
|八千尋《やちひろ》の|浪《なみ》を|湛《たた》へし|海原《うなばら》に
|浮《うか》びてわれは|狭野島《さぬしま》を|思《おも》ふ
|栄城山《さかきやま》|狭野《さぬ》の|島根《しまね》はわが|為《ため》に
|忘《わす》らへ|難《がた》き|聖所《すがど》となりける
|一片《ひとひら》の|雲《くも》きれもなき|大空《おほぞら》を
|鷲《わし》の|翼《つばさ》のひるがへりつつ
|雲霧《くもきり》は|清《きよ》くはれつつ|百鳥《ももどり》は
|月日《つきひ》のかげを|仰《あふ》ぎてたつも
|百鳥《ももどり》の|翼《つばさ》はことごと|輝《かがや》けり
|浪《なみ》にうつりてきらきら|光《て》るも
|荒浪《あらなみ》の|一《ひと》つだになき|此《この》|海《うみ》を
|渡《わた》らふ|今日《けふ》は|心《こころ》|晴《は》れつつ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》のまします|西方《にしかた》の
|国土《くに》は|遥《はろ》けし|舟《ふね》に|浮《うか》びつ
この|海《うみ》を|東南《ひがしみなみ》に|渡《わた》らひつ
|月《つき》の|大河《たいが》の|流《なが》れを|避《さ》けむ
|高照山《たかてるやま》ゆ|漲《みなぎ》り|落《お》つる|月《つき》の|河《かは》の
|水《みづ》は|滔々《たうたう》この|海《うみ》に|入《い》るも
|百鳥《ももどり》の|空《そら》たつかげは|水底《みなそこ》に
うつりて|魚《うを》の|泳《およ》ぐが|如《ごと》し
|水底《みなそこ》にむらがり|棲《す》めるうろくづも
|天津日《あまつひ》の|光《かげ》によみがへりけむ
|月《つき》の|夜《よ》は|一入《ひとしほ》|勇《いさ》まむ|海底《うなぞこ》の
|百《もも》のうろくづ|浮《うか》び|出《い》でつつ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
いとめづらしき|神業《みわざ》|見《み》しはや
|比女神《ひめがみ》の|造《つく》り|給《たま》ひし|狭野《さぬ》の|島《しま》は
|影《かげ》|遠《とほ》みつつ|紫雲《しうん》|棚引《たなび》けり
|今日《けふ》よりは|狭野《さぬ》の|島根《しまね》も|生《い》き|生《い》きて
|紫雲《しうん》|棚引《たなび》き|天国《みくに》とならむ
のたりのたり|浪《なみ》に|揺《ゆ》られて|進《すす》み|行《ゆ》く
|御舟《みふね》の|上《うへ》の|静《しづ》かなるかも
|天地《あめつち》の|水火《いき》はことごと|清《きよ》まりて
|生《い》きの|命《いのち》のさはやかなるも
われわれは|清《きよ》けき|水火《いき》を|呼吸《こきふ》して
|永久《とは》に|天界《みくに》に|住《す》むべき|神《かみ》なり
|天地《あめつち》の|水火《いき》|曇《くも》らへば|天津神《あまつかみ》の
|命《いのち》|保《たも》たむ|糧《かて》だにもなし
|今日《けふ》よりはこの|稚国土《わかぐに》の|雲霧《くもきり》を
|吹《ふ》き|払《はら》ひつつ|水火《いき》を|清《きよ》めむ
|水火《いき》|清《きよ》き|此《この》|海原《うなばら》に|舟《ふね》|浮《う》けて
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御供《みとも》に|進《すす》まむ
|凪《な》ぎ|渡《わた》る|大海原《おほうなばら》の|中《なか》にして
われは|楽《たの》しく|比女神《ひめがみ》と|語《かた》らふ
|比女神《ひめがみ》の|御水火《みいき》はことごと|光《ひかり》なり
|暗《くら》き|心《こころ》のわれは|苦《くる》しも
|朝夕《あさゆふ》を|御樋代神《みひしろがみ》に|仕《つか》へつつ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|清《きよ》めむとぞ|思《おも》ふ
|島ケ根《しまがね》ゆ|島《しま》に|渡《わた》らふ|百鳥《ももどり》も
|鳴《な》く|音《ね》|澄《す》みつつ|風《かぜ》|清《すが》しかり
|吹《ふ》く|風《かぜ》もいとど|清《すが》しき|海原《うなばら》に
|小鳥《ことり》の|声《こゑ》を|聞《き》くは|楽《たの》しも
|見渡《みわた》せば|高地秀山《たかちほやま》は|雲表《うんぺう》に
|紫雲《しうん》|被《かぶ》りてひそかに|覗《のぞ》けり
|東《ひむがし》の|空《そら》|打《う》ち|仰《あふ》げば|高照《たかてる》の
|山《やま》はかすかに|影《かげ》|現《あら》はせり
|高山《たかやま》と|高山《たかやま》の|中《なか》を|渡《わた》りゆく
|此《この》|海原《うなばら》の|広《ひろ》くもあるかな
|東河《あづまがは》|月《つき》の|大河《おほかは》|集《あつ》めたる
|此《この》|海原《うなばら》は|広《ひろ》かりにけり
どこまでも|御供《みとも》に|仕《つか》へ|奉《まつ》らむと
|思《おも》ひ|出《い》だせば|楽《たの》しかりけり
やすやすと|磐楠舟《いはくすぶね》に|浮《うか》びつつ
|紫微天界《しびてんかい》の|国土生《くにう》みに|仕《つか》ふ
|天《あめ》も|地《つち》も|風《かぜ》も|清《きよ》めて|天界《かみくに》の
|国土《くに》を|固《かた》むる|国土生《くにう》みの|旅《たび》なり
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》まむと|出《い》で|給《たま》ふ
|朝香比女神《あさかひめがみ》の|心《こころ》|雄々《をを》しも
|天界《かみくに》に|尊《たふと》きものは|国魂《くにたま》を
|清《きよ》けく|生《う》ます|神業《みわざ》なりけり
|幾万年《いくまんねん》|末《すゑ》の|世《よ》までも|礎《いしずゑ》を
|固《かた》むる|為《ため》の|神生《かみう》みなりけり』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|四方八方《よもやも》に|朝夕《あさゆふ》|雲霧《くもきり》|立世比女《たつよひめ》の
|神《かみ》の|心《こころ》も|晴《は》れわたりたり
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|側女《そばめ》と|仕《つか》へつつ
|広《ひろ》き|清《すが》しき|海原《うなばら》わたるも
|栄城山《さかきやま》|貴《うづ》の|社《やしろ》を|立《た》ち|出《い》でて
|今《いま》は|嬉《うれ》しも|公《きみ》に|仕《つか》へつ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|仕《つか》へて|朝夕《あさゆふ》を
|笑《ゑ》み|栄《さか》えつつわれは|生《い》くるも
|生《い》き|生《い》きて|亡《ほろ》びを|知《し》らぬ|天界《かみくに》の
|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》の|幸《さち》|多《おほ》きかも
|魔《ま》の|島《しま》は|曲津見《まがみ》の|猛《たけ》びに|伸《の》び|立《た》ちて
|濁《にご》りし|言霊《ことたま》|吐《は》き|出《い》でにけり
|目《め》も|口《くち》も|鼻《はな》も|揃《そろ》はぬ|曲津見《まがつみ》の
|宣《の》る|言霊《ことたま》は|雷《らい》の|如《ごと》かり
|天地《あめつち》を|揺《ゆる》がすばかりの|雷声《らいせい》も
|生言霊《いくことたま》にことやみにけり
|曲神《まがかみ》の|姿《すがた》は|忽《たちま》ち|巌《いは》となり
|堅磐常磐《かきはときは》の|島ケ根《しまがね》を|生《う》めり
|曲神《まがかみ》はわが|為《ため》にたくみ|知《し》らず|識《し》らず
|神《かみ》の|神業《みわざ》に|仕《つか》へゐるらし
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》のおはさずば
|此《この》|魔《ま》の|島《しま》は|栄《さか》えざるべし
|魔《ま》の|島《しま》は|生言霊《いくことたま》に|神島《かみしま》と
|忽《たちま》ち|変《かは》りて|水火《いき》|栄《さか》えつつ
|朝香比女《あさかひめ》|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》に
|四方《よも》の|雲霧《くもきり》あとなく|晴《は》れつつ
かくのごと|言霊《ことたま》|清《きよ》き|比女神《ひめがみ》の
|御供《みとも》に|仕《つか》ふと|思《おも》へば|嬉《うれ》しも
わがいゆく|道《みち》にさやらむ|曲津見《まがつみ》も
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|亡《ほろ》びむ
かくの|如《ごと》|雄々《をを》しき|強《つよ》き|美《うるは》しき
わが|公《きみ》|坐《い》ませばこころ|安《やす》けし
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|遠《とほ》の|海原《うなばら》にかすみたる
|山《やま》は|正《ただ》しく|白馬ケ岳《はくばがだけ》かも
|峰《みね》|高《たか》く|白雪《しらゆき》つもりて|永久《とこしへ》に
|冷《つめ》たき|風《かぜ》を|吹《ふ》きおろす|島《しま》
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|尾《を》の|上《へ》より
|黒《くろ》き|煙《けむり》を|吐《は》き|出《い》でにけり
|白馬ケ岳《はくばがだけ》わが|目《め》に|入《い》りて|狭野《さぬ》の|島《しま》
ますます|遠《とほ》くなりにけらしな
|漸《やうや》くに|日《ひ》は|傾《かたむ》けど|白馬ケ岳《はくばがだけ》の
|島根《しまね》はろけし|浪《なみ》をどりつつ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|大空《おほぞら》は|真澄《ますみ》の|空《そら》と|晴《は》れにつつ
|高地秀山《たかちほやま》に|日《ひ》は|傾《かたむ》けり
|高照《たかてる》の|山《やま》より|出《い》でし|天津日《あまつひ》は
|高地秀山《たかちほやま》の|尾根《をね》に|近《ちか》みつ
|海風《うなかぜ》にあほられ|荒浪《あらなみ》|立《た》ちそめて
|磐楠舟《いはくすぶね》を|左右《さいう》にゆするも
|此《この》|風《かぜ》は|八十曲津見《やそまがつみ》のたくみたる
|醜《しこ》のわざかも|御舟《みふね》をさゆらす
|如何程《いかほど》に|八十曲津見《やそまがつみ》の|荒《すさ》ぶとも
|何《なん》のものかは|言霊《ことたま》の|旅《たび》
|曲神《まがかみ》は|言霊《ことたま》の|光《ひかり》|恐《おそ》れつつ
|風《かぜ》を|起《おこ》して|公《きみ》に|刃向《はむか》ふ』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|大海原《おほうなばら》の|浪《なみ》は|刻々《こくこく》に|高《たか》まり|来《きた》り、|殆《ほと》んど|御舟《みふね》を|呑《の》まむとす。|御舟《みふね》は|荒浪《あらなみ》の|間《あひだ》を|木《こ》の|葉《は》の|如《ごと》く|翻弄《ほんろう》されつつ|海中《わだなか》に|漂《ただよ》ふ。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、|平然《へいぜん》として|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲津見《まがつみ》はまたも|手《て》を|替《か》へ|品《しな》を|替《か》へて
わが|行《ゆ》く|先《さき》にさやらむとすも
|千丈《せんぢやう》の|浪《なみ》|猛《たけ》るとも|何《なに》かあらむ
わが|言霊《ことたま》に|巌《いはほ》と|固《かた》めむ。
|浪《なみ》よ|浪《なみ》|巌《いは》となれなれ|浪《なみ》よ|浪《なみ》
|島《しま》となれなれ|天界《かみくに》は
|生言霊《いくことたま》の|助《たす》くる|国《くに》ぞ
|生言霊《いくことたま》の|天照《あまて》る|国《くに》ぞ
|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ふ|国《くに》ぞ|生《い》くる|国《くに》ぞ
|巌《いは》になれなれ|逸早《いちはや》く
|島《しま》になれなれ|片時《かたとき》も
ためらふ|事《こと》なく|固《かた》まれよ』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ひし|浪《なみ》は、|吹《ふ》く|風《かぜ》にも|何《なん》のさはりなく、|忽《たちま》ち|鋸《のこぎり》の|歯《は》の|如《ごと》き|嶮峻《けんしゆん》なる|巌山《いはやま》となり、|泡立《あわだ》つ|小波《さざなみ》は|真砂《まさご》となりて、|一《ひと》つの|生島《いくしま》は|生《うま》れけるぞ|畏《かしこ》けれ。
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|驚《おどろ》きて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|今更《いまさら》に|比女《ひめ》の|神言《みこと》の|言霊《ことたま》の
いみじき|功《いさを》に|驚《おどろ》きにけり
|天界《かみくに》は|言霊《ことたま》の|国《くに》|水火《いき》の|国《くに》と
|言《い》ふ|理《ことわり》を|今《いま》|悟《さと》りけり
|狭野《さぬ》の|島《しま》を|生《う》みましまたも|巌《いは》の|島《しま》を
|今《いま》|生《う》まします|功《いさを》かしこき
|此《この》|島《しま》は|浪《なみ》の|小島《こじま》と|命名《なづ》けませ
|御樋代神《みひしろがみ》の|水火《いき》に|生《な》りせば
|此《この》|山《やま》を|鋸山《のこぎりやま》と|宣《の》り|給《たま》へ
|頂《いただき》ことごと|尖《とが》りてあれば』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|宣《の》りし|生言霊《いくことたま》に|生《あ》れし|島《しま》よ
|言霊生島《ことたまいくしま》とわれは|命名《なづ》けむ
|浪《なみ》の|秀《ほ》は|鋸《のこぎり》のごとさかしければ
|鋸山《のこぎりやま》とわれも|命名《なづ》けむ』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》はまたもや|驚《おどろ》き|給《たま》ひて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|浪《なみ》は|忽《たちま》ち|山《やま》となり
|泡《あわ》は|忽《たちま》ち|真砂《まさご》となりぬ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|尊《たふと》さ|今更《いまさら》に
|〓怜《うまら》に|悟《さと》りぬ|初頭比古《うぶがみひこ》われは
かくのごと|功《いさを》|尊《たふと》き|比女神《ひめがみ》に
|仕《つか》へてわが|魂《たま》ふくれけるかも』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|降《くだ》りましし
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|御助《みたす》けなるらむ
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》は|御空《みそら》にありありと
|清《きよ》きみかげを|現《あら》はし|給《たま》ひぬ
|比女神《ひめがみ》の|神業《みわざ》を|助《たす》け|守《まも》らむと
かげにまします|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》はも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|守《まも》られて
わが|言霊《ことたま》は|冴《さ》え|渡《わた》りつつ
|御姿《みすがた》はたしに|見《み》えねど|鋭敏鳴出《うなりづ》の
|神《かみ》の|功《いさを》のあらはなるかも』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|海原《うなばら》を|御供《みとも》に|仕《つか》へまつりつつ
いとめづらしき|神業《みわざ》|拝《をが》むも
|天《あめ》も|地《つち》も|晴《は》れ|渡《わた》りたる|海原《うなばら》に
わき|出《い》でにける|巌島《いはしま》あはれ
|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|功《いさを》は|海中《わだなか》に
また|生島《いくしま》を|生《う》み|出《い》でにけり』
かく|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》に|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ、|遥《はる》かの|空《そら》に|霞《かす》む|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|方面《はうめん》さして、|舟《ふね》の|舳先《へさき》を|向《む》け|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一二 旧一〇・二五 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)
第六章 |田族島《たからじま》|着陸《ちやくりく》〔一九三八〕
|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|荒浪《あらなみ》を  ものともなさず|比女神《ひめがみ》は
|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》に  |忽《たちま》ち|巌《いは》の|島《しま》となし
|泡立《あわだ》つ|浪《なみ》は|忽《たちま》ちに  |島《しま》の|真砂《まさご》と|変《か》へさせて
いみじき|功《いさを》を|立《た》て|給《たま》ひ  |諸神等《ももがみたち》を|驚《おどろ》かせ
|水火《いき》の|光《ひかり》を|照《て》らしまし  |果《はて》しも|知《し》らぬ|万里《まで》の|海《うみ》
|浪《なみ》|押《お》し|分《わ》けて|悠々《いういう》と  |白馬ケ岳《はくばがだけ》を|目当《めあて》とし
|声《こゑ》も|清《すが》しく|言霊《ことたま》の  |御歌《みうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ひつつ
|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|雄々《をを》しけれ  |御空《みそら》を|渡《わた》る|天津日《あまつひ》は
|高地秀山《たかちほやま》の|頂《いただき》に  うすづき|給《たま》ひて|山影《やまかげ》は
|万里《まで》の|海原《うなばら》|襲《おそ》ひ|来《き》ぬ  |冷《つめ》たき|夕《ゆふ》べの|海風《うなかぜ》は
|女神《めがみ》の|御舟《みふね》に|襲《おそ》ひ|来《き》ぬ。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|浪《なみ》|高《たか》き|万里《まで》の|海原《うなばら》|渡《わた》り|居《を》れば
|高地秀山《たかちほやま》に|陽《ひ》は|落《お》ちにけり
|高地秀《たかちほ》の|山影《やまかげ》|遠《とほ》く|万里《まで》の|海《うみ》の
|面《おもて》に|黒《くろ》く|倒《たふ》れけるかも
|百鳥《ももどり》は|塒《ねぐら》|求《もと》めて|島々《しまじま》の
|茂樹《しげき》の|梢《うれ》をさして|飛《と》ぶなり
|奴婆玉《ぬばたま》の|翼《つばさ》の|黒《くろ》き|夕烏《ゆふからす》は
|西《にし》の|島根《しまね》をさして|急《いそ》ぐも
|浪《なみ》の|音《おと》いや|高《たか》らかに|響《ひび》きつつ
わが|乗《の》る|舟《ふね》はさゆらぎにけり
|数限《かずかぎ》りなき|島山《しまやま》を|縫《ぬ》ひて|来《こ》し
|舟《ふね》も|恵《めぐ》みに|恙《つつが》なかりき
|天津日《あまつひ》は|山《やま》に|沈《しづ》みて|月読《つきよみ》の
|光《かげ》はますます|冴《さ》え|渡《わた》るなり
|月読《つきよみ》の|清《きよ》き|姿《すがた》を|眺《なが》むれば
わが|背《せ》の|岐美《きみ》を|偲《しの》ばるるかな
|御空《みそら》ゆく|月《つき》をし|見《み》れば|背《せ》の|岐美《きみ》の
|清《きよ》き|姿《すがた》の|偲《しの》ばるるかな
|天津日《あまつひ》はかくろひぬれど|月読《つきよみ》の
|御舟《みふね》は|磐楠舟《いはくすぶね》を|照《て》らせり
|月《つき》|冴《さ》ゆる|大海原《おほうなばら》を|渡《わた》りゆく
われ|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》まむと
|百鳥《ももどり》の|声《こゑ》は|聞《き》こえずなりにけり
ただ|潮騒《しほざゐ》の|音《おと》のみにして
|島々《しまじま》の|岸《きし》|打《う》つ|浪《なみ》は|白々《しらじら》と
しぶき|立《た》つなり|風《かぜ》のまにまに
|滔々《たうたう》と|巌ケ根《いはがね》を|打《う》つ|浪《なみ》しぶきの
|音《おと》は|一入《ひとしほ》|高《たか》くなりけり
|海《うみ》の|面《も》に|匂《にほ》はぬ|花《はな》の|咲《さ》き|満《み》ちて
わが|行《ゆ》く|夜半《よは》の|舟《ふね》はさやけし』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|万里《まで》の|海《うみ》|早《は》や|黄昏《たそが》れて|潮騒《しほざゐ》の
|音《おと》たかだかと|鳴《な》り|響《ひび》くかも
|百鳥《ももどり》は|島《しま》の|茂樹《しげき》に|宿《やど》をとるか
|只《ただ》|一羽《いちは》だも|影《かげ》を|見《み》せなく
|吾《われ》もまた|何《いづ》れの|島《しま》にか|舟《ふね》|寄《よ》せて
|雨宿《あまやど》りつつ|夢《ゆめ》を|結《むす》ばむ
|白馬ケ岳《はくばがだけ》|深雪《みゆき》は|月《つき》に|輝《かがや》きて
|霧《きり》の|海原《うなばら》に|影《かげ》をうつせり
|音《おと》にきく|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|生島《いくしま》は
|白馬《しらこま》|数多《あまた》|群《む》れ|棲《す》むときく
|吾《わが》|駒《こま》は|終日《ひねもす》|舟《ふね》に|乗《の》せられて
|苦《くる》しかるらむ|水《みづ》も|飼《か》はねば
|水《みづ》|飼《か》はむ|術《すべ》もなきかな|万里《まで》の|海《うみ》の
|水《みづ》はことごと|塩《しほ》なりにける』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へて|万里《まで》の|海《うみ》に
|黄昏《たそが》れにつつくたびれしはや
|曲神《まがかみ》の|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|海中《わだなか》に
|黄昏《たそが》れてやる|舟《ふね》は|淋《さび》しも』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|起立《おきたつ》の|神《かみ》の|言葉《ことば》ぞあやしけれ
|生言霊《いくことたま》の|旅《たび》にあらずや
さびしみを|語《かた》れば|淋《さび》し|楽《たの》しみを
|語《かた》らば|楽《たの》しき|神世《かみよ》なるぞや
|言霊《ことたま》のたすけ|幸《さちは》ふ|国中《くになか》に
|弱音《よわね》ふかすな|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|立世比女《たつよひめ》|神《かみ》の|言霊《ことたま》うべなうべな
|吾《われ》|言霊《ことたま》をあやまりにけり
|久方《ひさかた》の|月《つき》|照《て》る|夜半《よは》の|海原《うなばら》は
いと|賑《にぎ》はしくかがやきにけり
|浪《なみ》の|秀《ほ》は|花《はな》と|冴《さ》えつつ|岸《きし》を|打《う》つ
|潮《しほ》のしぶきは|玉《たま》と|照《て》るなり
|生《い》き|生《い》きて|吾《われ》は|栄《さか》えむ|永久《とことは》に
|心《こころ》も|魂《たま》も|疲《つか》るることなく
|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|雄々《をを》しさに|比《くら》ぶれば
|吾《われ》は|小《ちひ》さき|弱《よわ》き|神《かみ》かも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|起立《おきたつ》の|神《かみ》の|宣《の》らする|言霊《ことたま》に
|万里《まで》の|海原《うなばら》よみがへりぬる
|大空《おほぞら》の|星《ほし》も|降《くだ》りて|水底《みなそこ》に
|光《ひか》りかがやき|給《たま》ふ|海原《うなばら》
|上《うへ》と|下《した》に|月《つき》と|星《ほし》とを|眺《なが》めつつ
わが|行《ゆ》く|舟《ふね》は|天《あま》の|鳥船《とりぶね》よ
|斯《かく》の|如《ごと》|美《うるは》しき|海《うみ》の|浪《なみ》の|上《へ》を
|月《つき》に|照《て》らされ|行《ゆ》くは|楽《たの》しも』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|白馬ケ岳《はくばがだけ》|影《かげ》はやうやく|近《ちか》みたり
|千重《ちへ》の|浪路《なみぢ》を|遠《とほ》く|渡《わた》りて
|海原《うなばら》の|浪《なみ》の|頭《かしら》は|百千々《ももちぢ》に
またたきにけり|月《つき》の|光《ひかり》に
|右左《みぎひだり》|島根《しまね》はここだく|並《なら》べども
|神《かみ》の|住《す》むべき|所《ところ》だになし
|巌骨《いはほね》をあらはし|島《しま》は|赤々《あかあか》と
|空《そら》|行《ゆ》く|月《つき》のかげをうつせり
|仰《あふ》ぎみる|白馬ケ岳《はくばがだけ》は|青々《あをあを》と
|樹木《じゆもく》|茂《しげ》れり|行《ゆ》きてひらかばや』
|斯《か》く|歌《うた》ひつつ|漸《やうや》くにして|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|麓《ふもと》に|御舟《みふね》は|着《つ》きにけり。この|島《しま》は|万里《まで》の|島《しま》と|称《とな》へ、この|海原《うなばら》に|浮《うか》べる|島々《しまじま》の|中《なか》に、|最《もつと》も|広《ひろ》くして|地《つち》|肥《こ》えたる|貴《うづ》の|島ケ根《しまがね》なりける。|万里《まで》の|島《しま》には|幾千万《いくせんまん》ともなき|野馬《やば》と|羊《ひつじ》|棲息《せいそく》し、|未《いま》だ|一柱《ひとはしら》の|国津神《くにつかみ》も|住《す》みたることなき|田族《たから》の|島《しま》にぞありける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は|船《ふね》を|磯辺《いそべ》に|繋《つな》ぎ、|静々《しづしづ》とのぼり|給《たま》へば、|数多《あまた》の|馬《うま》、|羊《ひつじ》は|先《さき》をきそひて|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|麓《ふもと》をさして|逃《に》げ|出《い》でにけり。|一行《いつかう》は、こんもりと|天《てん》を|封《ふう》じて|立《た》てる|楠《くす》の|大樹《おほき》の|蔭《かげ》に|憩《いこ》はせながら、|各自《おのもおのも》|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|万里《まで》の|海《うみ》やうやく|渡《わた》り|月《つき》の|夜半《やは》を
|田族《たから》の|島《しま》に|着《つ》きにけるかも
こんもりと|空《そら》を|封《ふう》じて|聳《そそ》り|立《た》つ
|楠《くす》の|樹蔭《こかげ》は|月影《つきかげ》|見《み》えずも
この|島《しま》にわがのぼり|来《き》て|生島《いくしま》の
|草《くさ》の|根《ね》に|鳴《な》く|虫《むし》|聞《き》きにけり
|虫《むし》の|音《ね》はいや|冴《さ》えにつつ|天津日《あまつひ》の
|栄《さか》えを|永久《とは》にうたひつつ|居《を》り
|白馬ケ岳《はくばがだけ》|尾《を》の|上《へ》の|雪《ゆき》は|白々《しろじろ》と
|夜目《よめ》にもしるく|輝《かがや》き|渡《わた》れり
この|島《しま》に|群《むら》がり|棲《す》める|幾万《いくまん》の
|馬《うま》と|羊《ひつじ》は|逃《に》げ|失《う》せにけむ
|土地《つち》|肥《こ》えしこの|島ケ根《しまがね》は|百草《ももくさ》の
いや|茂《しげ》らひて|栄《さか》え|果《はて》なき
|幾万《いくまん》の|馬《うま》と|羊《ひつじ》を|養《やしな》ふに
|足《た》らふ|小草《をぐさ》の|萌《も》ゆる|島《しま》はも
|此《この》|島《しま》に|国津神等《くにつかみたち》のたねうゑて
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|拓《ひら》かせ|度《た》きもの』
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|仰《あふ》ぎみれば|白馬ケ岳《はくばがだけ》は|雲《くも》の|上《へ》に
|雪《ゆき》をかぶりてかがやきにけり
|浪《なみ》の|音《おと》|高《たか》く|聞《きこ》えて|遠《とほ》つ|野《の》に
|白馬《はくば》の|嘶《いなな》き|響《ひび》き|渡《わた》れり
|白駒《しらこま》の|嘶《いなな》き|高《たか》く|千万《ちよろづ》の
|声《こゑ》も|一《ひと》つに|響《ひび》かひにけり
この|島《しま》に|吾《われ》は|御樋代神《みひしろかみ》ますと
おもはれにける|駒《こま》の|嘶《いなな》きに
|白駒《しらこま》の|嘶《いなな》き|聞《き》けば|天津神《あまつかみ》の
|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》おぼゆも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国津神《くにつかみ》はただ|一柱《ひとはしら》も|住《す》まねども
|八十御樋代《やそみひしろ》の|神《かみ》はいまさむ
|遠近《をちこち》の|野《の》はひらかれて|穀物《たなつもの》の
|生《お》ひ|立《た》ちみれば|神《かみ》おはしまさむ
|八十柱《やそはしら》|御樋代神《みひしろがみ》の|一《ひと》つなる
|田族比女神《たからひめがみ》の|住処《すみか》なるらむ
|明日《あす》の|日《ひ》はこの|島《しま》ふかく|進《すす》み|行《ゆ》きて
|御樋代神《みひしろがみ》に|言問《ことと》ひせむかな』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『この|島《しま》に|御樋代神《みひしろがみ》のおはしますと
|聞《き》けばかしこし|言問《ことと》ひまつらむ
|御樋代神《みひしろがみ》これの|田族島《たからじま》におはしまして
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ます|日《ひ》|待《ま》たるる』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|万里《まで》の|島《しま》|山野《やまぬ》は|清《きよ》く|見《み》えながら
|谿《たに》の|狭間《はざま》に|黒雲《くろくも》|立《た》つも
|黒雲《くろくも》は|八十曲津見《やそまがつみ》の|水火《いき》ならむ
|明日《あす》は|近《ちか》みて|言向《ことむ》け|和《やは》さむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|田族比女《たからひめ》の
|神《かみ》はこの|地《ち》に|住《す》み|給《たま》ふべし
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|出《い》でまし|待《ま》ちにつつ
この|島ケ根《しまがね》にひそみ|給《たま》はむ』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|八十柱《やそはしら》|御樋代神《みひしろがみ》は|只一人《ただひとり》
この|広《ひろ》き|島《しま》におはしますにや
この|広《ひろ》き|島根《しまね》に|一人《ひとり》おはします
|田族《たから》の|比女神《ひめがみ》は|淋《さび》しかるらむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|十柱《とはしら》の|貴《うづ》の|神《かみ》たち|従《したが》へて
|鎮《しづ》まりいまさむ|御樋代神《みひしろがみ》は
ともかくも|夜《よ》の|明《あ》くるまでこの|森《もり》に
|安《やす》く|眠《ねむ》らむ|潮騒《しほざゐ》|聞《き》きつつ』
|斯《か》く|歌《うた》はせ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|何処《いづこ》よりか|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》、|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》の|二柱《ふたはしら》は、|白馬《しらこま》に|跨《またが》り|進《すす》み|来《きた》りこの|森《もり》の|蔭《かげ》に|駒《こま》を|止《とど》め、
『かしこけれど|言《こと》とひ|奉《まつ》らむこの|森《もり》に
いますは|朝香比女神《あさかひめがみ》にまさずや
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》をかしこみて
|吾《われ》|二柱《ふたはしら》|伊迎《いむか》へまつるも』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『|二柱《ふたはしら》|神《かみ》に|申《まを》さむ|吾《われ》こそは
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》よ|御樋代神《みひしろがみ》よ
|霧《きり》こむる|万里《まで》の|海原《うなばら》|晴《は》らしつつ
これの|島根《しまね》に|今《いま》|来《き》つるはや』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|待《ま》ち|待《ま》ちし|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|御姿《みすがた》を
|拝《をろが》む|今宵《こよひ》ぞ|尊《たふと》かりける
いざさらば|御樋代神《みひしろがみ》よ|諸神《ももがみ》よ
|案内《あない》をなさむ|比女《ひめ》の|館《やかた》へ
|吾《われ》こそは|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》る
|若春比古《わかはるひこ》の|神司《かむつかさ》なり
|今《いま》ここに|現《あら》はれ|来《きた》りし|一柱《ひとはしら》は
|輪守《わもり》の|比古《ひこ》の|神司《かむつかさ》なるよ
いざさらば|館《やかた》に|案内《あない》|仕《つかまつ》らむ
|早《は》や|立《た》たせませ|比女神《ひめがみ》|諸神《ももがみ》』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は、
『いざさらば|若春比古《わかはるひこ》の|宣《の》り|言《ごと》に
|従《したが》ひ|吾《われ》は|御館《みやかた》に|進《すす》まむ』
と|言《い》ふより|早《はや》く|白馬《しらこま》に|跨《またが》り|給《たま》へば、|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》、|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》、|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》、|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》の|四柱《よはしら》の|神《かみ》は、ひらりと|駒《こま》に|跨《またが》り、|月《つき》|照《て》る|夜半《よは》の|野路《のぢ》を|轡《くつわ》を|揃《そろ》へて|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一二・一二 旧一〇・二五 於大阪分院蒼雲閣 内崎照代謹録)
第二篇 |十一神将《じふいちしんしやう》
第七章 |万里《まで》|平定《へいてい》〔一九三九〕
|天津高宮《あまつたかみや》に|鎮《しづ》まりいます|主《ス》の|大神《おほかみ》は、|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を|間断《かんだん》なく|鳴《な》り|出《い》で|給《たま》ひて、|泥海《どろうみ》の|世界《せかい》を|固《かた》むべく、|先《ま》づ|初《はじ》めに|当《あた》りて、|筑紫ケ岳《つくしがだけ》、|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》、|高照山《たかてるやま》の|三大高山《さんだいかうざん》を|生《う》み|給《たま》ひて|後《のち》|万里《まで》の|海《うみ》に|無数《むすう》の|島々《しまじま》をなり|出《い》で|給《たま》ひて、|総《すべ》ての|生物《いきもの》を|生《う》ませ|養《やしな》ひ|給《たま》ふべく|経綸《けいりん》されたり。
|其《そ》の|最初《さいしよ》に|当《あた》りて|万里《まで》の|海《うみ》の|中心《ちうしん》なる|万里《まで》の|島《しま》を|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひぬ。|此《この》|島《しま》は|面積《めんせき》|約《やく》|八千方里《はつせんはうり》にして、|西《にし》に|白馬ケ岳《はくばがだけ》あり、|東《ひがし》に|牛頭ケ峰《ごづがみね》あり、|其《そ》の|中心《ちうしん》を|流《なが》るる|清川《せいせん》を|万里《まで》の|河《かは》と|言《い》ふ。
|大神《おほかみ》は|先《ま》づ|此《この》|島《しま》にツの|言霊《ことたま》を|鳴《な》り|出《い》でて|鼠《ねずみ》を|生《う》みたまひ、クの|言霊《ことたま》を|鳴《な》り|出《い》でたまひて|蛙《かはず》を|生《う》み|出《い》でたまひける。|鼠《ねずみ》と|雖《いへど》も|未《いま》だ|地《つち》|稚《わか》く、|国土《こくど》|調《ととの》はざりし|時代《じだい》なれば、|今日《こんにち》の|牛《うし》よりも|大《おほ》きく、|蛙《かはず》と|雖《いへど》も|現代《げんだい》の|人間《にんげん》よりは|体躯《たいく》|長大《ちやうだい》なりしなり。|其《その》|他《た》|神人《しんじん》をはじめ、|総《すべ》ての|動物《どうぶつ》は|之《これ》に|準《じゆん》じて|知《し》るべきなり。|蛙《かはず》は|此《この》|島《しま》に|幾百千万《いくひやくせんまん》とも|限《かぎ》りなく|発生《はつせい》し、|鼠《ねずみ》|又《また》|日《ひ》に|日《ひ》に|其《その》|数《すう》を|増《ま》しつつ|土地《とち》|最《もつと》も|肥《こ》えたる|此《この》|島《しま》の|全部《ぜんぶ》に|棲《す》みて、|総《すべ》ての|穀物《たなつもの》の|耕作《かうさく》に|従事《じうじ》し|生活《せいくわつ》を|続《つづ》け|居《ゐ》たり。|鼠《ねずみ》は|田《た》を|鋤《す》き、|蛙《かはず》は|鋤鍬《すきくは》をもちて|田畑《たはた》を|拓《ひら》き、|穀物《たなつもの》を|作《つく》りて|生活《せいくわつ》を|楽《たの》しみ|居《ゐ》たりける。
|此《こ》の|島《しま》の|司《つかさ》として|主《ス》の|大神《おほかみ》は、|頭《かしら》に|太陽《たいやう》の|形《かたち》を|印《いん》したる|赤《あか》き|紋《もん》を|頂《いただ》ける|丹頂《たんちやう》の|鶴《つる》を|一番《ひとつがひ》|下《くだ》し|給《たま》ひける。|此《こ》の|鶴《つる》は|天津高宮《あまつたかみや》より|御空《みそら》を|翔《かけ》りて|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》に|飛《と》び|来《きた》り、|万里河《までがは》の|傍《かたはら》なる|小高《こだか》き|丘《をか》の|上《うへ》に、|鬱蒼《うつさう》として|聳《そび》え|立《た》ちたる|一本《ひともと》の|常磐《ときは》の|松《まつ》に|巣籠《すごも》り、|数多《あまた》の|子《こ》を|生《う》み|育《そだ》て|此《この》|島《しま》の|主《あるじ》として|臨《のぞ》む|事《こと》とはなりぬ。
さりながら、|朝夕《あさゆふ》の|区別《くべつ》なく|此《こ》の|島ケ根《しまがね》は|雲霧《くもきり》|塞《ふさ》がり、|殆《ほとん》ど|咫尺《しせき》を|弁《べん》ぜざるに|至《いた》り、|天《てん》に|日月《じつげつ》|輝《かがや》きわたると|雖《いへど》も、|中空《ちうくう》の|雲《くも》と|地上《ちじやう》に|燃《も》え|立《た》つ|深霧《ふかぎり》の|為《た》めに|陽気《やうき》|寒《さむ》く、|万物《ばんぶつ》の|発育《はついく》も|亦《また》|充分《じうぶん》ならざりにける。|陰鬱《いんうつ》の|気《き》は|次第々々《しだいしだい》に|凝結《ぎようけつ》して、|種々《しゆじゆ》の|曲津見《まがつみ》|発生《はつせい》し、|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|谷間《たにま》には|太刀膚《たちはだ》の|悪竜《あくりう》|数多《あまた》|棲《す》み、|大蛇《だいじや》|又《また》|彼方此方《あちこち》の|谷間《たにま》に|潜《ひそ》みて|非時《ときじく》|毒煙《どくえん》を|吐《は》きければ、|其《そ》の|毒煙《どくえん》は|雲《くも》となり|霧《きり》となりて、|万里ケ島《までがしま》に|住《す》める|蛙《かはず》の|一族《いちぞく》は|生活《せいくわつ》を|脅《おびや》かされ|遂《つひ》には|其《そ》の|数《すう》を|減《げん》ずるに|至《いた》りたり。|邪気《じやき》は|次第《しだい》に|凝《こ》りて、|数限《かずかぎ》りなき|鷲《わし》となり|山猫《やまねこ》となりて|狂《くる》ひ|廻《まは》り、|鷲《わし》は|蛙《かはず》を|餌食《ゑじき》とし、|山猫《やまねこ》は|鼠《ねずみ》を|餌食《ゑじき》となして|猛《たけ》り|狂《くる》ふ|惨状《さんじやう》は、|目《め》も|当《あ》てられぬばかりなりける。|然《しか》れども、|蛙《かはず》と|鼠《ねずみ》の|一族《いちぞく》の|中《なか》にて、|朝夕《あさゆふ》を|主《ス》の|大神《おほかみ》に|祈《いの》り|真心《まごころ》の|限《かぎ》りを|尽《つく》して|仕《つか》へまつれる|種族《しゆぞく》のみは、|神《かみ》の|恵《めぐみ》によりて、|僅《わづか》に|其《そ》の|種族《しゆぞく》の|存在《そんざい》を|保《たも》ち、|戦々兢々《せんせんきようきよう》としながらも|春夏秋冬《しゆんかしうとう》の|耕作《かうさく》に|従事《じうじ》し|居《ゐ》たりける。
|主《ス》の|大神《おほかみ》は|此《こ》の|惨状《さんじやう》を|遥《はる》かに|覧《みそな》はして、|竜蛇《りうだ》、|鷲《わし》|等《とう》の|獰猛《だうまう》なる|動物《どうぶつ》を|制御《せいぎよ》すべく、|牛《うし》、|馬《うま》、|鷹《たか》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|獅子《しし》|等《など》を|此《この》|島《しま》に|産《う》み|生《お》はせたまひ、|悪竜《あくりう》、|大蛇《だいじや》、|鷲《わし》の|暴虐《ばうぎやく》を|懲《こ》らしめたまひけるが、|年《とし》を|経《ふ》るに|従《したが》ひて、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|獅子《しし》、|熊《くま》などの|猛獣《まうじう》は|遂《つひ》に|竜蛇《りうだ》の|種族《しゆぞく》を|亡《ほろ》ぼし、|鷲《わし》の|種族《しゆぞく》をも|殲滅《せんめつ》せむとしたりけるが、|鷲《わし》は|大《おほい》なる|翼《つばさ》の|持主《もちぬし》なれば、|地上《ちじやう》の|動物《どうぶつ》の|如何《いかん》ともなし|難《がた》く、|鷹《たか》をもつて|空中《くうちう》よりの|害《がい》を|防《ふせ》ぐより|方法《はうはふ》なかりける。|然《さ》りながら|如何《いか》に|勇猛《ゆうまう》なる|鷹《たか》と|雖《いへど》も、|十数倍《じふすうばい》の|翼《よく》を|保《たも》ち|大力《だいりき》を|有《いう》する|鷲《わし》に|対《たい》しては|如何《いかん》とも|制裁《せいさい》の|道《みち》なかりける。
|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|獅子《しし》、|熊《くま》、|鷲《わし》|等《など》は|肉食動物《にくしよくどうぶつ》なれば、|遂《つひ》には|猫《ねこ》、|牛《うし》、|馬《うま》、|羊《ひつじ》、|猿《さる》|等《など》の|動物《どうぶつ》を|餌食《ゑじき》となさむとし、|昼夜《ちうや》|間断《かんだん》なく|争闘《さうとう》の|惨劇《さんげき》を|続《つづ》け、|収拾《しうしふ》すべからざるに|至《いた》りたれば、|主《ス》の|大神《おほかみ》は|茲《ここ》に|大《おほい》なる|猪《ゐのしし》の|群《むれ》と|犬《いぬ》の|群《むれ》とを|下《くだ》して、これ|等《ら》の|猛獣《まうじう》を|制《せい》すべく|当《あた》らせ|給《たま》ひたるにぞ、|牛《うし》、|馬《うま》の|族《ぞく》は|稍《やや》|小康《せうかう》を|得《え》て|牛《うし》は|牛頭ケ峰《ごづがみね》に|難《なん》をさけ、|馬《うま》は|白馬ケ岳《はくばがだけ》に|難《なん》を|避《さ》けて|両山《りやうざん》の|周囲《しうゐ》は|馬《うま》と|牛《うし》とにて|充満《じうまん》するに|至《いた》りける。|遠方《ゑんぱう》より|之《これ》を|眺《なが》むれば、|白馬《はくば》の|集《つど》ひたる|白馬ケ岳《はくばがだけ》は|雪《ゆき》に|包《つつ》まれたるが|如《ごと》く、|黒《くろ》き|牛《うし》の|集《あつ》まれる|牛頭ケ峰《ごづがみね》は|恰《あたか》も|墨《すみ》の|山《やま》の|如《ごと》く|見《み》えにける。
|茲《ここ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》は、|如何《いか》にもして|此《こ》の|美《うるは》しき|万里《まで》の|島《しま》を|永久《とこしへ》の|楽園《らくゑん》に|定《さだ》めむと|思召《おぼしめ》し、|八十柱《やそはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》の|中《なか》にて|最《もつと》も|神力《しんりき》|強《つよ》き|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》に、ウの|言霊《ことたま》より|生《あ》れ|出《い》でし|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》、ヱ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》、ヰ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》、ヤ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》、ヨ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》、ユ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》、マ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》、ワ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》、プ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》、ヲ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》の|十柱神《とはしらがみ》を|従《したが》へて、|万里《まで》の|島《しま》を|守《まも》るべく|下《くだ》したまひける。
|此《こ》の|神々《かみがみ》の|御降臨《ごかうりん》によりて、|万里《まで》の|島《しま》の|天地《てんち》を|掻《か》き|廻《まは》し、|乱《みだ》し|尽《つく》したる|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|獅子《しし》、|熊《くま》、|鷲《わし》の|輩《ともがら》は、|命辛々《いのちからがら》|島《しま》より|島《しま》に|渡《わた》りて|逃《に》げ|失《う》せたれば、|暫時《しばし》の|間《あひだ》は|小康《せうかう》を|得《え》て、|蛙《かはず》と|鼠《ねずみ》は|元《もと》の|如《ごと》く|耕作《かうさく》に|従事《じうじ》し、|其《そ》の|生活《せいくわつ》を|楽《たの》しむに|至《いた》りぬ。|犬《いぬ》は|蛙《かはず》の|家居《いへ》を|守《まも》り、|猪《ゐのしし》は|鼠《ねずみ》の|安全《あんぜん》を|守《まも》り、|夕《ゆふ》ざれば|山《やま》に|入《い》りて|木《こ》の|葉《は》を|喰《く》ひ、|各《おの》も|各《おの》もの|業《わざ》を|楽《たの》しみ|居《ゐ》たりける。
|茲《ここ》に|弥々《いよいよ》|丹頂《たんちやう》の|鶴《つる》は|常磐樹《ときはぎ》に|平安《へいあん》の|生《せい》を|保《たも》ち、|猿《さる》をつかひて|万里ケ島《までがしま》の|平安《へいあん》を|守《まも》り|居《ゐ》たりける。さりながら|主《ス》の|大神《おほかみ》より|天降《あまくだ》し|給《たま》へる|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》|其《そ》の|他《た》|十柱《とはしら》の|従神等《じうしんたち》の|恩徳《おんとく》を|知《し》らず、|却《かへ》つて|我《わが》|国土《こくど》を|掠奪《りやくだつ》すべく|来《きた》りしものとなし、|昼夜《ちうや》|嫉視《しつし》の|眼《まなこ》を|放《はな》たざりける。
|鳥《とり》はスの|霊《れい》にして|猿《さる》はズの|霊《れい》なり。|猿《さる》は|鶴《つる》の|幕下《ばくか》として|常《つね》に|其《その》|勢力《せいりよく》を|増大《ぞうだい》し、|驕慢《けうまん》の|気《き》|起《おこ》り|遂《つひ》には|鶴《つる》の|如《ごと》く|樹《き》の|上《うへ》に|棲《す》み、|其《そ》の|座席《ざせき》|迄《まで》も|汚《けが》さむと|勤《つと》むるにいたりたり。|又《また》|蛙《かはず》に|対《たい》して|暴虐《ばうぎやく》|限《かぎ》りなく|擅《ほしいまま》に|虐《しひた》げければ、やうやく|小康《せうかう》を|得《え》たる|万里《まで》の|島《しま》は|忽《たちまち》|擾乱《ぜうらん》の|巷《ちまた》と|化《くわ》し、|数万《すうまん》の|蛙《かはず》の|鳴《な》き|叫《さけ》ぶ|声《こゑ》は|天地《てんち》に|響《ひび》き、|其《そ》の|惨状《さんじやう》|譬《たと》ふるに|物《もの》なかりける。
|茲《ここ》に|於《おい》て|蛙《かはず》の|保護《ほご》に|任《にん》じたる|犬《いぬ》と|猪《ゐのしし》は|山《やま》より|野《の》より|群《むら》がり|来《きた》りて、|蛙《かはず》|等《など》の|味方《みかた》となり、|猿《さる》の|群《むれ》に|向《むか》つて|戦《たたか》ひを|挑《いど》み、|遂《つひ》に|其《その》|大猿《おほざる》の|群《むれ》は|殆《ほとん》ど|噛《か》み|殺《ころ》さるるに|至《いた》りける。|此《こ》の|惨状《さんじやう》を|窺《うかが》ひ|知《し》りたる|鷲《わし》、|獅子《しし》、|熊《くま》|等《など》の|悪鳥《あくてう》、|猛獣《まうじう》は|此《こ》の|期《き》|逸《いつ》すべからずとなし、|空《そら》より|地《つち》より|海《うみ》より|一斉《いつせい》に|迫《せま》り|来《きた》りて、|此《この》|島《しま》に|於《お》ける|一切《いつさい》の|動物《どうぶつ》を|殲滅《せんめつ》せしめたり。|然《しか》れども|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》をかしこみて|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》|其《その》|他《た》の|神々《かみがみ》は、|万里《まで》の|島《しま》の|主《あるじ》と|定《さだ》まれる|鶴《つる》の|一族《いちぞく》と|牛《ぎう》|馬《ば》|羊《やう》の|一族《いちぞく》を|守《まも》り|給《たま》ひければ、これ|等《ら》の|動物《どうぶつ》は|幸《さいはひ》に|悪鳥《あくてう》|猛獣《まうじう》の|残虐《ざんぎやく》の|手《て》を|免《まぬが》るるに|至《いた》りたるぞ|畏《かしこ》けれ。
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|田族比女《たからひめ》の
|神《かみ》|天降《あも》らせし|万里《まで》の|島《しま》かも
|十柱《とはしら》の|神《かみ》を|従《したが》へ|田族比女《たからひめ》
|神《かみ》は|光《ひかり》となりて|天降《あも》れり
|四方八方《よもやも》の|雲霧《くもきり》|払《はら》ひ|悪《あ》しき|鳥《とり》
|猛《たけ》き|獣《けもの》も|滅《ほろ》び|失《う》せぬる
|埴安《はにやす》の|神《かみ》と|現《あら》はれし|田族比女《たからひめ》の
|御樋代神《みひしろがみ》は|救《すく》ひ|主《ぬし》はも
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|御樋代《みひしろ》|天降《あも》りしゆ
|万里《まで》の|島根《しまね》はよみがへりたり
|田族比女《たからひめ》この|万里島《までしま》に|天降《あも》りまして
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|神言《かみごと》|宣《の》らせり
|十柱《とはしら》の|神《かみ》も|御後《みあと》に|従《したが》ひて
|禊《みそぎ》を|修《をさ》め|神言《かみごと》|宣《の》らせり
|馬《うま》と|牛《うし》|犬《いぬ》と|猪《しし》とを|世《よ》に|残《のこ》し
|此《この》|生島《いくしま》を|守《まも》らせ|給《たま》ひぬ
|丹頂《たんちやう》の|鶴《つる》は|常磐《ときは》の|松ケ枝《まつがえ》に
|千代《ちよ》ことほぎて|神世《みよ》あれましぬ
|鷲《わし》|熊《くま》も|虎《とら》|狼《おほかみ》も|獅子王《ししわう》も
この|生島《いくしま》は|近《ちか》よらざりけり
(昭和八・一二・一三 旧一〇・二六 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
第八章 |征魔《せいま》の|出陣《しゆつぢん》〔一九四〇〕
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》|及《およ》び|十柱《とはしら》の|神《かみ》の|降臨《かうりん》に|依《よ》りて|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》は|治《をさ》まりつれども、|未《いま》だ|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|谷間《たにあひ》には、|非時《ときじく》|黒雲《くろくも》|立《た》ち|昇《のぼ》り|折々《をりをり》|天《てん》に|塞《ふさ》がり、|日月《じつげつ》の|光《ひかり》を|隠《かく》し|暴風雨《ばうふうう》を|起《おこ》して|国土《くに》を|荒《あら》すこと|再三再四《さいさんさいし》なりければ、|先《ま》づ|此《こ》の|曲津見《まがつみ》を|征服《せいふく》せむと、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|十柱《とはしら》の|神《かみ》を|率《ひき》ゐて|万里《まで》の|丘《をか》を|立出《たちい》で、|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|竜神《たつがみ》のすめる|深谷《ふかだに》を|指《さ》して|出《い》で|立《た》たさむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|清《きよ》く|治《をさ》まりし
|万里ケ島根《までがしまね》に|曲津《まが》の|潜《ひそ》めるか
|白馬ケ岳《はくばがだけ》|谷間《たにま》に|立《た》ちたつ|黒雲《くろくも》は
|曲津見《まがつみ》の|水火《いき》か|天《あめ》を|包《つつ》める
|雨風《あめかぜ》を|折々《をりをり》|起《おこ》して|万里《まで》の|島《しま》の
|木草《きぐさ》を|艱《なや》むる|曲津《まが》|滅《ほろぼ》さむ
|十柱《とはしら》の|神《かみ》を|従《したが》へ|今《いま》よりは
|曲《まが》の|砦《とりで》に|吾《われ》|進《すす》むべし
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|万里《まで》の|島《しま》を
|心安国《うらやすくに》とよみがへらせむ』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|御供《みとも》に|仕《つか》へむとして|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》し|吾《われ》こそは
|十柱神《とはしらがみ》の|御尾前《みをさき》|守《まも》らむ
|谷《たに》|深《ふか》く|潜《ひそ》める|曲津《まが》は|竜神《たつがみ》か
|大蛇《をろち》か|非時《ときじく》|毒気《どくき》|吐《は》くかも
|毒気《あしきいき》|非時《ときじく》|吐《は》きてこの|島《しま》に
|災《わざはひ》を|為《な》す|神《かみ》を|譴責《きた》めむ』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|果《はて》しなき|此《この》|神国《かみくに》に|潜《ひそ》み|居《ゐ》る
|魔神《まがみ》の|在処《ありか》を|攻《せ》め|滅《ほろぼ》さむ
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》の|月日《つきひ》を|隠《かく》しつつ
|邪気《じやき》|漲《みなぎ》らす|醜《しこ》の|曲神《まがみ》よ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|天降《あも》りし|此《この》|島《しま》に
|曲神《まがみ》|潜《ひそ》むとは|吾《われ》|心得《こころえ》ず
さりながら|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|毒気《あしきいき》を
|吐《は》きつつ|空《そら》に|黒雲《くろくも》|起《おこ》すも
|黒雲《くろくも》は|天《てん》に|塞《ふさ》がり|地《ち》を|這《は》ひて
この|食国《をすくに》を|朝夕《あさゆふ》|汚《けが》すも』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|八千草《やちぐさ》の|花《はな》も|曲津見《まがみ》の|毒気《あしきいき》に
|艱《なや》まされつつ|咲《さ》き|萎《しぼ》むなり
|非時《ときじく》に|実《みの》りし|島《しま》の|木《こ》の|実《み》さへ
|虫《むし》に|食《く》はれて|実《みの》らず|落《お》ちつつ
|此《この》|島《しま》は|常春《とこはる》の|国《くに》と|聞《き》きつれど
|曲津《まが》の|荒《すさ》びに|冬心地《ふゆごこち》すも
|黒雲《くろくも》の|中《なか》に|紛《まぎ》れて|丹頂《たんちやう》の
|鶴《つる》は|御空《みそら》に|迷《まよ》ひ|飛《と》ぶなり』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|此《この》|島《しま》に|久《ひさ》しく|棲《す》みし|百蛙《ももかはず》の
|日《ひ》に|日《ひ》に|影《かげ》を|潜《ひそ》むる|憐《あは》れさ
|荒金《あらがね》の|土《つち》を|耕《たがや》す|鼠《ねずみ》|蛙《かはず》は
|曲神《まがみ》の|水火《いき》に|滅《ほろ》び|失《う》せつつ
|猪《ゐ》も|犬《いぬ》も|月日《つきひ》|重《かさ》ねて|其数《そのかず》の
|少《すくな》くなりしも|曲津見《まがみ》の|為《ため》なり
|曲津見《まがつみ》の|害《がい》を|除《のぞ》きて|万里《まで》の|島《しま》の
|百《もも》の|蛙《かはず》を|助《たす》けたく|思《おも》ふ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|従《したが》ひ|白馬ケ岳《はくばがだけ》の
|谷間《たにま》の|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》けてみむ』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|定《さだ》め|給《たま》ひし|天地《あめつち》の
|正《ただ》しき|道《みち》に|刃向《はむか》ふ|曲津《まが》なし
|言霊《ことたま》の|真言《まこと》の|剣《つるぎ》|振《ふ》り|翳《かざ》し
|斬《き》りはふりてむ|醜《しこ》の|曲津見《まがみ》を
|言霊《ことたま》の|功《いさを》に|生《な》りし|天地《あめつち》よ
|生言霊《いくことたま》を|恐《おそ》れぬ|曲津《まが》は|無《な》き
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|谷間《たにま》より
|天《てん》に|冲《ちう》する|八重《やへ》の|黒雲《くろくも》』
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|真言《まこと》に|従《したが》ひて
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|谷間《たにま》に|進《すす》まむ
|吾《われ》はしも|女神《めがみ》なれども|言霊《ことたま》の
|剣《つるぎ》の|光《ひかり》に|曲津《まが》を|照《て》らさむ
|久方《ひさかた》の|月日《つきひ》を|隠《かく》して|荒《すさ》び|狂《くる》ふ
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》を|斬《き》り|放《はふ》るべし
|十柱《とはしら》の|神《かみ》と|雄々《をを》しく|駒《こま》|並《な》べて
|白馬《はくば》の|谷《たに》に|進《すす》む|楽《たの》しさ
|常世《とこよ》|行《ゆ》く|暗《やみ》を|晴《は》らして|天日《てんじつ》を
|終日《ひねもす》|仰《あふ》ぐ|神世《かみよ》となさばや
|夕《ゆふ》されば|月《つき》|朗《ほがら》かに|大空《おほぞら》に
|輝《かがや》き|給《たま》ふ|神世《みよ》とひらかむ』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|白馬ケ岳《はくばがだけ》|千峡《ちがひ》|八百峡《やほがひ》に|潜《ひそ》みたる
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》の|砦《とりで》に|向《むか》はむ
|七男四女《しちなんよぢよ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》|堂々《だうだう》と
|進《すす》むも|楽《たの》し|白馬《はくば》の|谷間《たにま》に
|吾《わが》|伊行《いゆ》く|道《みち》にさやらむ|曲神《まがかみ》は
|躊躇《ためらひ》もなく|斬《き》りて|放《はふ》らむ
|山路《やまぢ》|行《ゆ》く|道《みち》の|傍《かた》への|草叢《くさむら》に
|鳴《な》く|虫《むし》の|音《ね》も|悲《かな》しかりける
|百鳥《ももとり》よ|虫《むし》よ|獣《けもの》よ|安《やす》くあれ
|今《いま》に|曲津見《まがみ》の|影《かげ》|滅《ほろ》ぶべし
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|降《くだ》りたる
|神《かみ》ある|限《かぎ》り|安《やす》き|国原《くにはら》
|曲神《まがかみ》を|生言霊《いくことたま》に|斬《き》り|払《はら》ひ
|清《きよ》め|澄《す》まして|国土《くに》を|拓《ひら》かむ』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|山《やま》も|野《の》も|神《かみ》の|霊気《れいき》に|充《み》たさるる
|此《この》|食国《をすくに》に|潜《ひそ》む|曲津《まが》はも
|曲津見《まがつみ》は|黒雲《くろくも》となり|霧《きり》となり
|嵐《あらし》となりて|荒《すさ》び|狂《くる》ふも
|万里《まで》の|島《しま》に|作《つく》り|育《そだ》つる|穀物《たなつもの》も
|曲津《まがつ》の|水火《いき》に|生《お》ひ|立《た》ち|悪《あし》し
|谷《たに》|深《ふか》く|潜《ひそ》める|曲津《まが》を|言向《ことむ》けて
|心安国土《うらやすくに》と|造《つく》り|固《かた》めむ
|神々《かみがみ》も|生《い》きとし|生《い》ける|森羅万象《ものみな》も
|心安国土《うらやすくに》に|栄《さか》えしむべし』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》の|神《かみ》の|生《う》みてし|言霊《ことたま》の
|真言《まこと》の|道《みち》に|逆《さか》らふものなし
|谷《たに》|深《ふか》く|八十《やそ》の|曲津見《まがつみ》|潜《ひそ》むとも
|生言霊《いくことたま》に|斬《き》り|放《はふ》りてむ
|言霊《ことたま》の|幸《さち》に|生《うま》れし|吾《われ》にして
|言霊戦《ことたまいくさ》の|門出《かどいで》なすも
わが|魂《たま》に|少《すこ》しの|曇《くも》りある|時《とき》は
|生言霊《いくことたま》も|光《て》らざるべきを
|谷川《たにがは》の|清《きよ》き|清水《しみづ》に|禊《みそぎ》して
|吾《われ》は|進《すす》まむ|言霊戦《ことたまいくさ》に
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|光《ひかり》を|恐《おそ》れずに
|潜《ひそ》める|曲津《まが》は|強《したたか》ものなる
|雲《くも》となり|雨風《あめかぜ》となり|霧《きり》となりて
|神世《みよ》を|曇《くも》らす|曲津見《まがみ》|憎《にく》しも
|万里河《までがは》の|源《みなもと》|遠《とほ》し|白馬ケ岳《はくばがだけ》の
|峰《みね》に|湧《わ》き|立《た》つ|雲《くも》に|続《つづ》けば
|行《ゆ》き|行《ゆ》けど|白馬ケ岳《はくばがだけ》は|遥《はろ》かなり
|駒《こま》の|脚並《あしなみ》|速《はや》めて|進《すす》まむ』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|仕《つか》へし|十柱《とはしら》の
|神《かみ》は|言霊戦《ことたまいくさ》の|司《つかさ》よ
|十柱《とはしら》の|神《かみ》の|轡《くつわ》を|並《なら》べつつ
|進《すす》まむ|道《みち》にさやる|曲津《まが》なし
|曲津見《まがつみ》の|醜《しこ》の|司《つかさ》を|言霊《ことたま》の
|剣《つるぎ》に|斬《き》りて|神世《みよ》を|照《て》らさむ
|御樋代神《みひしろがみ》の|稜威《いづ》の|光《ひかり》に|照《て》らされて
|曲津《まが》の|征途《きため》に|上《のぼ》る|楽《たの》しさ』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|曲津見《まがつみ》の|征途《きため》に|上《のぼ》らむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ|各自《おのもおのも》|駒《こま》に|跨《またが》り、|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》を|先頭《せんとう》に|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》、|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》、|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》を|前供《まへども》として、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》を|正中《せいちう》に|其《その》|他《た》の|五柱《いつはしら》の|神《かみ》、|御後辺《みあとべ》を|守《まも》りつつ、|黒雲《くろくも》|立《た》ち|昇《のぼ》る|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|魔棲ケ谷《ますみがやつ》を|目指《めざ》して|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|雄々《をを》しけれ。
(昭和八・一二・一三 旧一〇・二六 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第九章 |馬上征誦《ばじやうせいせう》〔一九四一〕
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》|一行《いつかう》|十一柱《じふいちはしら》の|神《かみ》の|先頭《せんとう》に|仕《つか》へます|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は、|馬上《ばじやう》ゆたかに|出陣《しゆつぢん》の|首途《かどで》を|祝《しゆく》しながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》に|永久《とことは》に
|紫微天界《しびてんかい》を|領有《うしは》ぎ|給《たま》ふ
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|泥《どろ》の|海《うみ》より|湧《わ》き|出《い》でし
|万里《まで》の|島根《しまね》は|神《かみ》の|国《くに》
|千代《ちよ》も|八千代《やちよ》もとこしへに
|栄《さか》えはてなき|神《かみ》の|国《くに》に
|群《むらが》り|棲《す》める|悪《あ》しき|鷲《わし》や
|猛《たけ》き|獣《けもの》のすさびをば
|言向《ことむ》けやはすと|御樋代《みひしろ》の
|田族《たから》の|比女神《ひめがみ》|降《くだ》しまし
|吾等《われら》|十柱神等《とはしらかみたち》も
|比女《ひめ》に|従《したが》ひ|天降《あも》り|来《き》ぬ
そのいさをしに|万里《まで》の|島《しま》
|鳥《とり》|獣《けだもの》の|争《あらそ》ひも
|今《いま》や|全《まつた》くをさまりて
|蛙《かはず》|鼠《ねずみ》はうらやすく
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|野《の》に|出《い》でて
|田畑《たはた》をたがやし|穀物《たなつもの》
|種《たね》を|蒔《ま》きつつ|培《つちか》へど
まだ|曲津見《まがつみ》の|消《き》えやらで
|天《てん》にそびゆる|白馬ケ岳《はくばがだけ》の
|千峡八百峡《ちがひやほがひ》にひそみたる
|醜《しこ》の|曲津見《まがつみ》|太刀膚《たちはだ》の
|竜神《たつがみ》|大蛇《をろち》は|今《いま》もなほ
|日《ひ》に|夜《よ》に|毒気《あしきいき》|吐《は》きて
この|生国《いくくに》の|天地《あめつち》を
くもらせ|破《やぶ》り|荒《あ》らせつつ
その|禍《わざはひ》は|日《ひ》に|月《つき》に
|重《かさ》なり|合《あ》ひて|常闇《とこやみ》の
|神世《みよ》は|再《ふたた》びこの|地《つち》に
|来《きた》らむとするうれたさを
|憐《あは》れみ|給《たま》ひて|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》と|現《あ》れます|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は
|吾等《われら》を|伴《ともな》ひ|竜神《たつがみ》の
ひそめる|魔棲ケ谷《ますみがやつ》さして
|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|雄々《をを》しけれ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》は|影《かげ》ひそめ
|天地《てんち》にふさがる|雲霧《くもきり》は
あとなく|晴《は》れて|天《あま》|渡《わた》る
|月日《つきひ》の|光《かげ》もさわやかに
|地上《ちじやう》ありとし|有《あ》るものら
|生《い》きとし|生《い》けるもの|等《ら》|皆《みな》
おとさず|残《のこ》さず|御光《みひかり》を
|与《あた》へ|給《たま》ひて|永久《とことは》に
|守《まも》らせ|給《たま》へと|願《ね》ぎ|奉《まつ》る
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は|深《ふか》くとも
|竜《たつ》のすさびは|猛《たけ》くとも
|吾《われ》は|恐《おそ》れじ|言霊《ことたま》の
|厳《いづ》の|剣《つるぎ》をぬきもちて
|斬《き》りはふりつつ|天界《かみくに》の
|曲津《まが》をのこらず|掃《は》き|清《きよ》め
|神《かみ》の|依《よ》さしの|楽園《らくゑん》と
|生《い》かせ|守《まも》らむ|楽《たの》しさよ
|駒《こま》の|嘶《いなな》きいさましく
|蹄《ひづめ》の|音《おと》もカツカツと
|雲霧《くもきり》|迷《まよ》ふ|山麓《さんろく》を
|吾等《われら》は|勇《いさ》みて|進《すす》むなり
|吾等《われら》は|勇《いさ》みて|進《すす》むなり』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|駒《こま》にゆられながら、|静《しづ》かに|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|仕《つか》へつつ
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|谷間《たにあひ》に
|深《ふか》くひそめる|曲津見《まがつみ》を
|言向《ことむ》けやはすと|進《すす》むなり
|天津日《あまつひ》の|光《かげ》|曇《くも》るとも
|月《つき》の|姿《すがた》は|虧《か》くるとも
|如何《いか》なる|魔風《まかぜ》のすさぶとも
|雲霧《くもきり》|行手《ゆくて》を|包《つつ》むとも
いかで|恐《おそ》れむ|言霊《ことたま》の
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御水火《みいき》より
|分《わか》れて|生《あ》れし|吾身《わがみ》なり
そも|天界《かみくに》は|言霊《ことたま》の
|水火《いき》より|生《あ》れし|国土《くに》なれば
|生言霊《いくことたま》の|助《たす》けこそ
|世《よ》にまさるべきものあらじ
|進《すす》めよ|進《すす》めよ|十柱《とはしら》の
|生言霊《いくことたま》の|神等《かみたち》よ
|吾《われ》はヲ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》の
|鳴《な》りなり|出《い》でて|生《うま》れたる
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》ぞかし
|白馬ケ岳《はくばがだけ》も|言霊《ことたま》に
いとも|清《すが》しくいと|浄《きよ》き
|霊《たま》の|神山《みやま》と|化《くわ》せしめむ
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》にひそみたる
|醜《しこ》の|竜神《たつがみ》|大蛇《をろち》さへ
|言向《ことむ》けやはし|或《ある》は|斬《き》り
|或《ある》はほろぼし|万里《まで》の|島《しま》を
|洗《あら》ひ|清《きよ》めて|白馬ケ岳《はくばがだけ》も
|東《ひがし》にそびゆる|牛頭ケ峰《ごづがね》も
|清《きよ》きすがしき|霊山《れいざん》と
|造《つく》り|固《かた》めむいさをしを
|今更《いまさら》|思《おも》ひ|廻《めぐ》らしつ
|胸《むね》は|高鳴《たかな》り|腕《うで》うなり
|力《ちから》は|全身《まるみ》に|満《み》ち|足《た》らふ
この|勢《いきほひ》を|満《み》たしつつ
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りつれば
|如何《いか》なる|猛《たけ》き|竜神《たつがみ》も
|大蛇《をろち》もことごと|消《き》え|失《う》せむ
ああ|楽《たの》もしき|今日《けふ》の|旅《たび》
ああ|勇《いさ》ましき|公《きみ》の|御供《みとも》よ』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《わが》|駒《こま》は|今日《けふ》の|征途《きため》に|勇《いさ》めるか
|耳《みみ》をそばだて|鼻《はな》ならせ
|鬣《たてがみ》ふるひ|八《や》つ|房《ふさ》の
|長尾《ながを》を|左右《さいう》に|打《う》ちふりつ
|鈴《すず》の|音《ね》さへもシヤンシヤンと
|蹄《ひづめ》の|音《おと》もいさましく
|千里《せんり》|万里《まんり》も|何《なん》のその
|踏《ふ》み|破《やぶ》らむず|勢《いきほひ》に
|百草《ももぐさ》|生《お》ふる|山裾路《やますそみち》を
|勢《いきほひ》|猛《たけ》く|進《すす》むなり
そもそもこれの|島ケ根《しまがね》は
|蛙《かはず》と|鼠《ねずみ》の|楽土《らくど》にて
スの|言霊《ことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|鶴《つる》は|常磐《ときは》の|松ケ枝《まつがえ》に
|万里ケ島根《までがしまね》の|司《つかさ》とし
|百《もも》の|猿《ましら》を|使《つか》ひつつ
あまたの|蛙《かはず》の|生活《せいくわつ》を
|守《まも》り|居《ゐ》たりし|神《かみ》の|国《くに》
|星《ほし》|移《うつ》り|年《とし》を|閲《けみ》して|漸《やうや》くに
|妖邪《えうじや》の|空気《くうき》は|天地《あめつち》に
|満《み》ちふさがりつ|太刀膚《たちはだ》の
|竜神《たつがみ》|現《あら》はれその|次《つ》ぎに
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》の|群《むれ》わきて
この|国原《くにはら》をくもらせつ
|日《ひ》に|夜《よ》に|悪《あ》しき|禍《わざはひ》を
|下《くだ》しにければ|主《ス》の|神《かみ》は
|猛《たけ》き|獣《けもの》を|生《う》み|給《たま》ひ
|竜《りう》と|蛇《へび》とを|滅《ほろぼ》せと
|依《よ》さし|給《たま》ひし|畏《かしこ》さよ
|竜蛇《りうだ》の|神《かみ》を|倒《たふ》すべく
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》に|熊《くま》
|猛《たけ》き|力《ちから》に|竜《りう》も|蛇《へび》も
|一度《いちど》は|影《かげ》をかくしつれど
|深《ふか》き|谷間《たにま》にひそまひて
|再《ふたた》び|天地《てんち》をくもらせつ
|日《ひ》に|夜《よ》に|禍《わざはひ》|下《くだ》すこそ
げにも|忌々《ゆゆ》しき|次第《しだい》なり
ここに|再《ふたた》び|主《ス》の|神《かみ》は
|御樋代神《みひしろがみ》の|田族比女《たからひめ》に
|十柱神《とはしらがみ》を|従《したが》へて
この|食国《をすくに》を|守《まも》るべく
|依《よ》さし|給《たま》ひし|畏《かしこ》さよ
|百鳥獣《ももとりけもの》のいさかひも
ここに|漸《やうや》くかげひそめ
うら|安国土《やすくに》の|光《ひか》りをば
|天地《てんち》に|照《てら》し|給《たま》へども
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》は|執拗《しつえう》に
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》にしのびゐて
|神《かみ》の|御国《みくに》を|汚《けが》すさま
げに|憎《にく》らしき|次第《しだい》なり
ここにいよいよ|御樋代神《みひしろがみ》は
|曲《まが》の|征途《きため》に|向《むか》はむと
|今日《けふ》の|吉《よ》き|日《ひ》の|吉《よ》き|時《とき》に
|駒《こま》の|轡《くつわ》を|並《な》め|給《たま》ひ
|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|尊《たふと》けれ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
|今日《けふ》の|首途《かどで》をつつがなく
|守《まも》らせ|給《たま》へと|主《ス》の|神《かみ》の
|御前《みまへ》を|遥《はろ》かに|拝《をろが》み|奉《まつ》る
|御前《みまへ》を|謹《つつし》み|拝《をろが》み|奉《まつ》る』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はてしなき
|万里《まで》の|海原《うなばら》に|浮《うか》びたる
|万里ケ島根《までがしまね》はいや|広《ひろ》し
|西《にし》には|白馬ケ岳《はくばがだけ》|聳《そび》え
|東《ひがし》に|牛頭ケ峰《ごづがみね》|立《た》ちて
|中《なか》を|流《なが》るる|万里《まで》の|河《かは》
|八千方里《はつせんはうり》の|真中《まんなか》に
|百樹《ももき》の|茂《しげ》る|万里ケ丘《までがをか》
これの|聖所《すがど》に|天降《あも》ります
|御樋代神《みひしろがみ》の|御尾前《みをさき》に
|仕《つか》へて|吾《われ》は|曲神《まがかみ》の
|伊吹《いぶ》き|払《はら》ひの|神業《かむわざ》に
|加《くは》はり|進《すす》む|嬉《うれ》しさよ
|御空《みそら》に|黒雲《くろくも》ふさがりて
|空《そら》|飛《と》ぶ|田鶴《たづ》の|影《かげ》さへも
|見《み》えず|淋《さび》しき|国原《くにはら》を
|生言霊《いくことたま》を|力《ちから》とし
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》を|柱《はしら》とし
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|谷間《たにあひ》に
ひそめる|曲津《まが》を|言向《ことむ》けやはし
もしも|聞《き》かずば|斬《き》りはふり
|根《ね》を|絶《た》やさむと|進《すす》み|行《ゆ》く
|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》ぞ|畏《かしこ》けれ
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》は|腥《なまぐさ》く
たゆる|間《ま》もなき|醜神《しこがみ》の
|猛《たけ》びの|声《こゑ》は|聞《きこ》ゆなり
|百鳥《ももとり》の|鳴《な》く|音《ね》|悲《かな》しく|虫《むし》の|音《ね》も
|滅《ほろ》びの|声《こゑ》を|放《はな》つなり
|野辺《のべ》の|蛙《かはず》は|非時《ときじく》に
|声《こゑ》を|放《はな》ちて|泣《な》き|叫《さけ》ぶ
その|声《こゑ》|一《ひと》つに|集《あつ》まりて
|天地《てんち》をゆるがせ|震《ふる》はせつ
|常世《とこよ》の|闇《やみ》は|目《ま》のあたり
|万里《まで》の|島根《しまね》に|落《お》ちむとす
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》に|幸《さち》あれよ
|吾《わが》|言霊《ことたま》に|生命《いのち》あれ』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|千年《ちとせ》|経《へ》し|常磐《ときは》の|松《まつ》に|宿《やど》りつつ
|百《もも》の|蛙《かはず》を|永久《とこしへ》に
|守《まも》れる|田鶴《たづ》の|翼《つばさ》なへて
|悪《あ》しき|獣《けもの》や|猛《たけ》き|鳥《とり》の
いたけりくるひ|万里《まで》の|島《しま》は
|今《いま》や|滅《ほろ》びむとせし|折《をり》しも
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|天降《あも》り|給《たま》ひし|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の
|光《ひか》りに|恐《おそ》れもろもろの
|猛《たけ》しき|悪《あ》しき|鳥《とり》|獣《けもの》
|漸《やうや》く|影《かげ》をかくしつれど
|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|巣《す》ぐひたる
|鶴《つる》は|恵《めぐ》みを|悟《さと》り|得《え》ず
|側《そば》に|仕《つか》ふる|猿《ましら》まで
|心《こころ》はおごり|傲《たか》ぶりて
|遂《つひ》には|百《もも》の|蛙等《かはずら》を
|虐《しひた》げければ|百千万《ももちよろづ》の
|叫《さけ》びの|声《こゑ》は|天《てん》に|満《み》ち
|再《ふたた》び|闇《やみ》の|世《よ》となりしを
|時《とき》こそよしと|荒鷲《あらわし》は
|翼《つばさ》を|搏《う》ちて|攻《せ》め|来《きた》り
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|熊《くま》は
|海《うみ》より|陸《くが》より|迫《せま》り|来《き》て
|犬《いぬ》と|獅子《しし》とにわたり|合《あ》ひ
|敵《てき》も|味方《みかた》もあともなく
|滅《ほろ》び|失《う》せにしぞ|忌々《ゆゆ》しけれ
さはさり|乍《なが》ら|御樋代神《みひしろがみ》の
|貴《うづ》の|功《いさを》に|守《まも》られて
|梢《こずゑ》の|鶴《つる》はやすやすと
|御空《みそら》を|翔《かけ》り|舞《ま》ひ|遊《あそ》ぶ
その|御空《みそら》をばいくそ|度《たび》
|曇《くも》らせ|濁《にご》らせ|迷《まよ》はせて
|地上《ちじやう》に|生《お》ふる|草《くさ》や|木《き》や
|生《い》きとし|生《い》けるもの|皆《みな》を
|損《そこな》ひ|破《やぶ》る|曲津見《まがつみ》の
|水火《いき》を|清《きよ》めて|安国《やすくに》の
|元《もと》の|昔《むかし》に|返《かへ》さむと
|征途《きため》に|上《のぼ》る|今日《けふ》こそは
|未《ま》だ|初《はじ》めての|壮挙《さうきよ》なり
ああ|惟神《かむながら》|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|力《ちから》に|幸《さち》あれよ
|吾《わが》|宣《の》り|出《い》だす|言霊《ことたま》に
|真言《まこと》の|神《かみ》の|生命《いのち》あれ』
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|天降《あも》り|来《き》て
|今日《けふ》|初《はじ》めての|征途《きため》に|立《た》つも
|曲神《まがかみ》の|猛《たけ》び|忌々《ゆゆ》しも|生《い》きと|生《い》ける
ものの|生命《いのち》をそこなはむとすも
|万里《まで》の|島《しま》の|司《つかさ》の|鶴《つる》は|翼《つばさ》なへて
|曲津《まが》をきたむる|力《ちから》だになき
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|出《い》でずば|曲津見《まがつみ》を
|言向《ことむ》けやはす|術《すべ》なかるらむ
|千年《ちとせ》ふりし|松《まつ》の|梢《こずゑ》の|真鶴《まなづる》も
|神《かみ》の|力《ちから》を|知《し》る|時《とき》|来《きた》らむ
はてしなく|広《ひろ》く|生《うま》れし|万里《まで》の|島《しま》を
いかで|守《も》り|得《え》む|鶴《つる》のみにては
|神々《かみがみ》の|言霊《ことたま》の|水火《いき》なかりせば
|万里《まで》の|島根《しまね》は|忽《たちま》ち|滅《ほろ》びむ
|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》は|悲《かな》しく|聞《きこ》えつつも
まことの|神《かみ》にたよらぬぞうき
いざさらば|駒《こま》に|鞭《むち》うち|進《すす》むべし
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》のひそむ|谷間《たにま》へ』
|斯《か》く|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ|駒《こま》の|蹄《ひづめ》を|急《いそ》がせて、|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|山麓《さんろく》を|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|雄々《をを》しけれ。
(昭和八・一二・一三 旧一〇・二六 於大阪分院蒼雲閣 谷前清子謹録)
第一〇章 |樹下《じゆか》の|雨宿《あまやどり》〔一九四二〕
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|馬《こま》の|背《せ》に|跨《またが》りながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|頂《いただき》に
|紫《むらさき》の|雲《くも》|横《よこ》なびきつつ
|南《みむなみ》の|深《ふか》き|谷間《たにま》に|群《むら》がりて
|立《た》つ|黒雲《くろくも》は|曲津《まが》の|水火《いき》かも
この|島《しま》に|生《い》きとし|生《い》けるもの|皆《みな》を
そこなひ|破《やぶ》るも|醜神《しこがみ》の|水火《いき》は
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|辺《あた》りに|群《む》れたつ|黒雲《くろくも》を
|吹《ふ》き|払《は》ふべき|時《とき》は|近《ちか》めり
われは|今《いま》|御樋代神《みひしろがみ》に|仕《つか》へつつ
|魔神《まがみ》の|砦《とりで》に|勇《いさ》み|進《すす》むも
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|黒雲《くろくも》|塞《ふさ》がりて
|荒金《あらがね》の|地《ち》に|霧《きり》|籠《こ》むるなり
|霧《きり》の|幕《まく》|透《とほ》して|見《み》ゆる|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の
|南《みなみ》の|谷間《たにま》の|雲《くも》は|怪《あや》しも
|御樋代神《みひしろがみ》|旅《たび》にたたせる|今日《けふ》の|日《ひ》は
|湧《わ》き|立《た》つ|霧《きり》も|稍《やや》|薄《うす》らげり
|科戸辺《しなどべ》の|風《かぜ》よ|吹《ふ》け|吹《ふ》け|公《きみ》がゆく
|道《みち》にさやれる|霧《きり》|吹《ふ》き|払《はら》ひて
|草《くさ》の|根《ね》にひそみて|鳴《な》ける|虫《むし》の|音《ね》も
|一入《ひとしほ》|悲《かな》しき|霧《きり》こむ|野路《のぢ》なり
|笹《ささ》の|葉《は》に|置《お》く|白露《しらつゆ》の|冷《ひ》え|冷《び》えと
|襲《おそ》ひ|来《く》るかも|駒《こま》の|背《せな》まで
|久方《ひさかた》の|天《あま》の|高宮《たかみや》|立《た》ち|出《い》でて
はろばろわれは|此処《ここ》に|来《き》つるも
この|島《しま》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|清《きよ》めつつ
|生国原《いくくにはら》とひらきまつらむ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|天降《あも》りし|無《な》かりせば
|万里《まで》の|島根《しまね》は|永久《とは》に|亡《ほろ》びむ
|曲津神《まがかみ》の|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|万里《まで》の|島《しま》を
|生言霊《いくことたま》に|照《て》らさむ|旅《たび》はも
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》に|従《したが》ひて
|曲津《まが》の|征途《きため》に|上《のぼ》る|楽《たの》しさ』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駒《こま》|並《な》めて|曲津《まが》の|征途《きため》に|上《のぼ》りゆく
|今日《けふ》の|生日《いくひ》に|幸《さち》よあれかし
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|空《そら》を|包《つつ》みし|黒雲《くろくも》も
|公《きみ》の|出《い》でましに|稍《やや》|薄《うす》らぎぬ
|薄《うす》らげる|雲《くも》の|帳《とばり》を|押《お》し|開《あ》けて
ほのかに|見《み》ゆる|天津日《あまつひ》の|光《かげ》
|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|御空《みそら》の|雲《くも》も|散《ち》りゆきて
|天津日《あまつひ》の|神《かみ》|吾等《われら》を|照《て》らせり
|曲津見《まがつみ》を|言向《ことむ》け|譴責《きた》め|斬《き》り|放《はふ》る
|今日《けふ》の|出《い》で|立《た》ちを|守《も》らせよ|日《ひ》の|神《かみ》
|万里《まで》の|島《しま》を|日並《けな》べて|包《つつ》む|黒雲《くろくも》の
|怪《あや》しき|水火《いき》は|総《すべ》てを|悩《なや》ませり
|言霊《ことたま》の|水火《いき》に|生《うま》れし|吾等《われら》はも
|水火《いき》の|濁《にご》れば|苦《くる》しかりける
|曲津神《まがかみ》の|怪《あや》しき|水火《いき》を|科戸辺《しなどべ》の
|風《かぜ》の|力《ちから》に|伊吹《いぶ》き|払《はら》はせ
|東《ひむがし》の|空《そら》に|聳《そび》ゆる|牛頭ケ峰《ごづがね》の
|頂《いただき》ほのかに|日光《ひかげ》は|照《て》るも
|牛頭ケ峰《ごづがみね》|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|中《なか》をゆく
|吾等《われら》が|旅路《たびぢ》に|永久《とは》の|幸《さち》あれ
|万里《まで》の|丘《をか》|老樹《おいき》の|茂《しげ》る|清森《すがもり》も
|遥《はろ》けくなりて|霧《きり》|籠《こ》むるなり
|万里《まで》の|島《しま》の|大川《おほかは》|小川《をがは》|悉《ことごと》く
|魔神《まがみ》の|水火《いき》に|濁《にご》らへるかな
|清《きよ》らけき|泉《いづみ》しあれば|禊《みそぎ》して
われは|進《すす》まむ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》の|限《かぎ》りわが|公《きみ》に
|仕《つか》へまつりて|生《い》きむとぞ|思《おも》ふ
|山《やま》と|海《うみ》|諸々《もろもろ》|越《こ》えてわが|公《きみ》の
|御後《みあと》に|従《したが》ひ|此処《ここ》に|来《き》つるも
|千早振《ちはやぶ》る|神《かみ》も|守《まも》らせ|給《たま》ふらむ
わが|行《ゆ》く|旅《たび》の|言霊《ことたま》の|幸《さち》を
|霊《たま》|幸《ち》はふ|神《かみ》の|御水火《みいき》に|守《まも》られて
|猛《たけ》き|曲津見《まがみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》さむ
|太刀膚《たちはだ》の|猛《たけ》き|竜神《たつがみ》|醜《しこ》の|大蛇《をろち》
|群《むら》がり|棲《す》むとふ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》かな
|力無《ちからな》きわれにはあれど|十柱《とはしら》の
|神《かみ》を|力《ちから》に|進《すす》みゆくなり』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|従《したが》ひ|十柱《とはしら》の
|言霊神《ことたまがみ》は|征途《きため》に|上《のぼ》るも
|万里《まで》の|島《しま》を|荒《すさ》び|破《やぶ》りし|曲津神《まがかみ》は
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》にひそみゐるとふ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|清《きよ》めて|白馬ケ岳《はくばがだけ》の
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》にわれ|進《すす》むなり
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》の|雲《くも》は|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに
|散《ち》り|失《う》せにつつ|日光《ひかげ》はさしけり
|四方八方《よもやも》を|深《ふか》く|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》も
いや|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|晴《は》れ|渡《わた》りつつ
いやらしき|冷《つめ》たき|風《かぜ》もをさまりて
|肌《はだへ》ぬくとき|水火《いき》の|満《み》つるも
|大空《おほぞら》に|円《ゑん》を|描《ゑが》きて|隼《はやぶさ》は
|今日《けふ》の|門出《かどで》を|祝《いは》ひつつ|舞《ま》へり
|真鶴《まなづる》は|翼《つばさ》を|揃《そろ》へてわが|伊行《いゆ》く
|空《そら》|高々《たかだか》に|舞《ま》ひ|遊《あそ》び|居《を》るも
|百鳥《ももとり》の|声《こゑ》|勇《いさ》ましくなりにけり
|御空《みそら》の|雲《くも》の|吹《ふ》き|散《ち》りしより
|草《くさ》も|木《き》も|蘇《よみがへ》りたる|心地《ここち》かな
|葉末《はずゑ》の|露《つゆ》は|日《ひ》にかがやきて
|公《きみ》が|行《ゆ》く|生言霊《いくことたま》の|旅《たび》なれば
|御空《みそら》|晴《は》るるも|宜《うべ》よと|思《おも》ふ
この|島《しま》は|田族《たから》の|島《しま》と|聞《き》くからは
|白馬《はくば》の|山《やま》は|七宝《しつぽう》|満《み》つらむ
|白馬山《はくばやま》|雪《ゆき》と|見《み》えしは|白駒《しらこま》の
|伊寄《いよ》り|集《つど》ひし|影《かげ》なりにけり
|白駒《しらこま》は|猛《たけ》き|獣《けもの》の|牙《きば》の|剣《つるぎ》
|神《かみ》の|恵《めぐ》みに|逃《のが》れたりけむ
|牛《うし》と|馬《うま》の|群《むら》がり|棲《す》めるこの|島《しま》は
|田族《たから》の|島《しま》よ|穀物《たなつもの》|生《な》らむ
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|醜《しこ》の|竜神《たつがみ》|曲津大蛇《まがをろち》
|言向《ことむ》け|和《やは》して|生国《いくくに》とせむ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》と|諸共《もろとも》|十柱《とはしら》の
|力《ちから》|合《あは》せて|国土《くに》を|浄《きよ》めむ
|谷《たに》|深《ふか》く|黒《くろ》き|煙《けむり》の|立《た》ち|昇《のぼ》る
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は|峻《さか》しかるらむ』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|勇《いさ》ましや|駒《こま》を|並《なら》べて|曲津見《まがつみ》の
|征途《きため》に|上《のぼ》る|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》は
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|従《したが》ひ|言霊《ことたま》の
|軍《いくさ》|進《すす》めむ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に
|天《あめ》も|地《つち》も|生言霊《いくことたま》になり|出《い》でし
|言霊《ことたま》の|国土《くに》よ|何《なに》をおそれむ
|天地《あめつち》の|正《ただ》しき|道《みち》を|踏《ふ》みてゆく
われの|真言《まこと》にさやるもの|無《な》し
|白馬山《はくばやま》|麓《ふもと》を|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》は
|漸《やうや》く|晴《は》れて|光《ひかり》|充《み》ちけり
|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》|直刺《たださ》し|白馬ケ岳《はくばがだけ》は
|今《いま》|新《あたら》しくよみがへりける
わが|行《ゆ》かむ|道《みち》を|照《てら》して|天津日《あまつひ》は
|大空《おほぞら》|高《たか》くかがやき|給《たま》へり
|昼月《ひるづき》の|光《かげ》の|白《しら》けて|久方《ひさかた》の
|御空《みそら》かすかに|渡《わた》らひ|給《たま》ふ
|山《やま》も|野《の》も|雲霧《くもきり》はれて|隈《くま》もなく
|目路《めぢ》の|限《かぎ》りはよみがへりたる』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代神《みひしろがみ》の|出《い》でませる
|曲津《まが》の|征途《きため》を|守《まも》らすか
|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|御水火《みいき》にて
|空《そら》に|塞《ふさ》がる|黒雲《くろくも》は
|跡形《あとかた》もなく|散《ち》り|失《う》せて
|青《あを》き|御空《みそら》の|奥深《おくふか》く
|天津日《あまつひ》の|神《かみ》|月読《つきよみ》の
|神《かみ》の|光《ひかり》は|冴《さ》え|冴《ざ》えに
これの|島根《しまね》を|隈《くま》もなく
|伊照《いて》らし|給《たま》ひ|百草《ももぐさ》の
|露《つゆ》を|照《てら》して|荒金《あらがね》の
|地《つち》は|隈《くま》なくよみがへり
|常世《とこよ》の|春《はる》の|光景《くわうけい》を
|忽《たちま》ち|現《げん》じ|給《たま》ひけり
|今《いま》まで|萎《しぼ》みし|百草《ももぐさ》の
|花《はな》は|香《かを》りを|競《きそ》ひつつ
|白《しろ》|赤《あか》|黄色《きいろ》|紫《むらさき》の
|花《はな》は|地上《ちじやう》に|隈《くま》もなく
|開《ひら》き|初《そ》めたり|惟神《かむながら》
ああ|天国《てんごく》か|楽園《らくゑん》か
この|美《うるは》しき|島ケ根《しまがね》に
さやらむ|曲津《まが》は|悉《ことごと》く
|生言霊《いくことたま》の|剣《つるぎ》もて
|言向《ことむ》け|和《やは》し|斬《き》り|放《はふ》り
|天地《てんち》の|災《わざはひ》|除《のぞ》くべく
|御樋代神《みひしろがみ》の|出《い》でましを
|天地《てんち》の|神《かみ》は|嘉《よみ》しまし
|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|月日《つきひ》の|光《かげ》を|地《ち》の|上《うへ》に
|隈《くま》なく|照《てら》し|給《たま》ひける
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|功績《いさをし》に
|勇《いさ》み|進《すす》まむ|吾等《われら》が|旅路《たびぢ》
|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なく
|魔神《まがみ》の|妨《さまた》げあらずして
|千峡八百峡《ちがひやほがひ》|集《あつ》めたる
|流《なが》れ|激《はげ》しき|八十《やそ》の|滝《たき》
|隈《くま》なく|越《こ》えて|竜神《たつがみ》の
|永久《とは》に|潜《ひそ》みてわざを|為《な》す
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》にいち|早《はや》く
|進《すす》みてゆかむ|楽《たの》しさよ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》に|命《いのち》あれ
わが|言霊《ことたま》に|幸《さち》あれよ』
かくして|一行《いつかう》|十一柱《じふいちはしら》の|神々《かみがみ》は、|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|南麓《なんろく》、|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|竜神《たつがみ》の|巣窟《さうくつ》|指《さ》して|進《すす》ませ|給《たま》ふ。|行手《ゆくて》に|当《あた》りて|楠《くす》の|大樹《おほき》の|茂《しげ》れる|稍《やや》|広《ひろ》き|森《もり》の|横《よこた》はれるを|見給《みたま》ひ、|暫《しば》しこの|森《もり》に|息《いき》を|休《やす》めて|樹下《じゆか》に|湧《わ》き|出《い》づる|珍《めづら》しき|清泉《せいせん》に|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|各自《おのもおのも》に|修《しう》し|給《たま》ひつつ|一夜《いちや》を|此処《ここ》に|宿《やど》らせ、|明日《あす》の|準備《じゆんび》と|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|無限絶対的《むげんぜつたいてき》の|英気《えいき》を|養《やしな》はせ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一二・一三 旧一〇・二六 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
第一一章 |望月《もちづき》の|影《かげ》〔一九四三〕
|御樋代神《みひしろがみ》の|一柱《ひとはしら》  |田族《たから》の|比女《ひめ》の|神司《かむつかさ》
|万里《まで》の|島根《しまね》に|降《くだ》りまし  |荒《あら》ぶる|神《かみ》を|言向《ことむ》けて
|永久《とは》にすまへる|百《もも》の|蛙《かはず》  |鼠《ねずみ》のやからを|救《すく》ひつつ
|万里《まで》の|大河《たいか》に|沿《そ》ひてたつ  |風光《ふうくわう》|妙《たへ》なる|万里ケ丘《までがをか》に
|永久《とは》の|棲処《すみか》を|定《さだ》めまし  |白馬ケ岳《はくばがだけ》の|南側《なんそく》に
ひそみて|邪気《じやき》を|吹《ふ》き|散《ち》らし  |生《い》きとし|生《い》けるもの|皆《みな》を
|損《そこな》ひ|破《やぶ》るうたてさに  |十柱《とはしら》の|女男《めを》の|神等《かみたち》を
|従《したが》へ|給《たま》ひ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に  ひそみてわざなす|醜神《しこがみ》を
|言向《ことむ》け|和《やは》すと|出《い》で|給《たま》ひ  |千里《せんり》の|野辺《のべ》を|駿馬《はやこま》の
|背《せ》に|跨《またが》りて|進《すす》みまし  |漸《やうや》く|空《そら》もたそがれて
|楠《くす》の|大樹《おほき》の|茂《しげ》りたる  |泉《いづみ》の|森《もり》に|着《つ》き|給《たま》ひ
ここに|神々《かみがみ》|一同《いちどう》は  |一夜《いちや》の|露《つゆ》の|宿《やど》りをば
|借《か》らむと|駒《こま》を|降《お》りたちて  |月《つき》|照《て》る|夜半《よは》の|森《もり》かげに
|各《おの》も|各《おの》もに|歌《うた》よみつ  |休《やす》ませ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
|抑《そもそも》この|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》は、|未《いま》だ|地《つち》|稚《わか》く|国土《こくど》また|完全《くわんぜん》に|固《かた》まらざりせば、いづれの|大河《おほかは》|小川《をがは》も|池水《いけみづ》も|濁《にご》り|汚《けが》れて、|飲料《いんれう》に|適《てき》せざりしが、|今《いま》ここに|泉《いづみ》の|森《もり》に|降《お》り|立《た》ち|給《たま》ひて、|水底《みなそこ》までも|澄《す》みきらへる|泉《いづみ》の|滾々《こんこん》としてつきざるさまを|見給《みたま》ひて、|神々等《かみがみたち》は|禊《みそぎ》に|恰好《かつかう》の|場所《ばしよ》なりと|喜《よろこ》び|勇《いさ》みたち、|勇気《ゆうき》|日頃《ひごろ》に|百倍《ひやくばい》し|給《たま》ひける。この|森《もり》は|目《め》もとどかぬばかりの|広《ひろ》さにて、|所々《ところどころ》に|清泉《せいせん》わき|出《い》で、|地上《ちじやう》|一面《いちめん》の|真砂《まさご》にして、|夜目《よめ》にも|爽快《さうくわい》なる|聖所《すがど》なりける。
ここに|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|常磐樹《ときはぎ》の|楠《くす》の|大樹《おほき》の|下《した》かげに
たまの|命《いのち》の|清水《しみづ》は|湧《わ》くも
|万里《まで》の|島《しま》|渡《わた》らひ|来《きた》りてかくの|如《ごと》
|清《きよ》き|泉《いづみ》はわれ|見《み》ざりしよ
|月《つき》かげは|楠《くす》の|梢《こずゑ》にさへぎられ
かげうつらねど|清《きよ》き|真清水《ましみづ》よ
|木《こ》かげなき|玉《たま》の|泉《いづみ》に|禊《みそぎ》して
|月《つき》の|光《ひかり》をむねに|宿《やど》さむ』
かく|歌《うた》はせ|給《たま》ひて、|樹立《こだち》まばらなる|真砂《まさご》の|中《なか》に、わき|出《い》づる|清《きよ》き|泉《いづみ》の|傍《かたはら》に|立《た》ち|給《たま》へば、|月《つき》は|皎々《かうかう》として|泉《いづみ》の|面《おも》に|輝《かがや》き|給《たま》ひぬ。
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|月読《つきよみ》の|舟《ふね》|俯《ふ》して|見《み》れば
|泉《いづみ》に|浮《うか》ぶ|月読《つきよみ》の|舟《ふね》
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御霊《みたま》と|仰《あふ》ぎつつ
|泉《いづみ》の|波《なみ》に|月《つき》を|見《み》るかも
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かし》こみわれは|今《いま》
|万里《まで》の|島根《しまね》に|国土生《くにう》みするも
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はいづくにましますか
|月《つき》は|照《て》れども|語《かた》らふ|術《すべ》なし
|真清水《ましみづ》に|浮《うか》びて|清《きよ》き|月光《つきかげ》を
わが|背《せ》の|岐美《きみ》と|仰《あふ》ぎぬるかも
|苔《こけ》むして|神《かむ》さび|立《た》てる|常磐樹《ときはぎ》は
|神世《かみよ》ながらのかたみなるかも
|主《ス》の|神《かみ》の|生《な》り|出《い》でましし|初《はじ》めより
|早《は》や|千万《ちよろづ》の|年《とし》を|経《へ》にけり
|八雲立《やくもた》ち|八重霧《やへぎり》まよふ|万里《まで》の|島《しま》も
|今日《けふ》|初《はじ》めての|月《つき》を|見《み》るかな
|楠《くす》の|樹《き》の|梢《うれ》の|葉《は》|毎《ごと》に|置《お》く|露《つゆ》を
くまなく|照《てら》してさゆる|月光《つきかげ》
かくの|如《ごと》|心《こころ》|清《すが》しき|夕暮《ゆふぐれ》は
まだなかりけり|万里《まで》の|島《しま》には
ざくざくと|真砂《まさご》を|踏《ふ》める|駿馬《はやこま》の
|蹄《ひづめ》の|音《おと》にも|生《い》くる|言霊《ことたま》よ
|斯《かく》の|如《ごと》|冴《さ》え|渡《わた》りたる|月《つき》の|夜《よ》を
|眠《ねむ》らむ|事《こと》の|惜《を》しくもあるかな
|月読《つきよみ》のかげを|初《はじ》めて|見《み》たりけり
わが|背《せ》にまみゆる|日《ひ》も|近《ちか》からむ
|白馬ケ岳《はくばがだけ》にひそむ|曲津見《まがつみ》|言向《ことむ》けて
この|国原《くにはら》を|安《やす》く|守《まも》らむ
|十柱《とはしら》の|神《かみ》の|力《ちから》に|守《まも》られて
|曲津《まが》の|征途《きため》にのぼるわれはも
|木々《きぎ》の|葉《は》にしつとりと|置《お》く|白露《しらつゆ》の
|光《ひか》り|妙《たへ》なり|月《つき》のしたびは
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|御空《みそら》に|星《ほし》は|真砂《まさご》|如《な》して
わがかしらべに|輝《かがや》きませり
いざさらば|楠《くす》の|大樹《おほき》の|下蔭《したかげ》を
|一夜《いちや》の|宿《やど》となして|休《やす》まむ』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|仕《つか》へて|草枕《くさまくら》
|旅《たび》の|今宵《こよひ》の|楽《たの》しきろかも
|四方八方《よもやも》を|深《ふか》く|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》は
はれて|御空《みそら》に|月《つき》|出《い》でましぬ
|乗《の》りて|来《こ》し|駒《こま》も|勇《いさ》みて|嘶《いなな》けり
|風《かぜ》|澄《す》みきらふ|月《つき》のしたびに
あちこちに|月《つき》の|浮《うか》べる|真清水《ましみづ》は
|魂《たま》|洗《あら》へとの|神示《みさとし》なるかも
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|清《すが》しくわれなりぬ
そよ|吹《ふ》く|風《かぜ》に|囁《ささや》く|木々《きぎ》の|葉《は》
|濁《にご》りきり|曇《くも》りきりたる|万里《まで》の|島《しま》に
かかる|聖所《すがど》のあるとは|知《し》らざりき
|虫《むし》の|音《ね》もいやさやさやに|聞《きこ》ゆなり
|小鳥《ことり》は|塒《ねぐら》に|帰《かへ》りてささやく
|百鳥《ももとり》も|初《はじ》めて|月《つき》の|冴《さ》ゆる|夜《よ》を
ゑらぎて|寝《い》ねず|囀《さへづ》るなるらむ
われもまた|心《こころ》は|勇《いさ》み|胸《むね》をどり
|二《ふた》つの|腕《うで》のうなり|止《や》まずも
|天《あめ》も|地《つち》も|澄《す》みきらひつつ|月読《つきよみ》は
われ|等《ら》がかしらべを|照《てら》し|給《たま》へり
|滾々《こんこん》と|果《はて》しも|知《し》らに|湧《わ》き|出《い》づる
|甘《うま》き|清水《しみづ》はわが|命《いのち》かも』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|魂《たま》は|果《はて》なくふくれ|拡《ひろ》ごりぬ
|御空《みそら》の|月《つき》の|露《つゆ》をあみつつ
|天《あま》|渡《わた》る|月《つき》の|光《ひかり》のさやけさに
わが|目《め》さえつつ|眠《ねむ》らえぬかな
またとなき|望月《もちづき》の|光《かげ》いや|清《きよ》み
|守《も》りて|更《ふ》かさむこれの|聖所《すがど》に
|点々《てんてん》と|生《お》ひたつ|楠《くす》の|黒《くろ》きかげは
|月《つき》に|照《て》らされ|墨絵《すみゑ》の|如《ごと》し
|大空《おほぞら》の|月《つき》は|聖所《すがど》にくろぐろと
|楠《くす》の|大樹《おほき》のかげを|描《ゑが》くも
|明日《あす》の|日《ひ》は|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に|進《すす》まむと
|思《おも》へば|心《こころ》いさみて|眠《ねむ》れず
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へつつ
|今日《けふ》|新《あた》らしき|月《つき》を|見《み》るかも』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|永久《とこしへ》の|命《いのち》の|公《きみ》に|従《したが》ひて
|泉《いづみ》の|森《もり》の|月《つき》を|見《み》るかな
|言霊《ことたま》の|命《いのち》をみたす|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》の|功《いさを》は|月《つき》と|冴《さ》えつつ
|百八十《ももやそ》の|曲津《まがみ》の|棲《す》みし|万里《まで》の|島《しま》も
いや|清《きよ》まりて|月日《つきひ》|照《て》らへり
|月《つき》と|日《ひ》の|光《かげ》をかくせし|黒雲《くろくも》は
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|水火《いき》なりにけり
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|頂《いただき》かすかに|見《み》えにけり
|空《そら》ゆく|月《つき》のさやけき|光《ひかり》に
|何《なん》となく|心《こころ》|清《すが》しき|夕《ゆふ》べなり
|命《いのち》の|清水《しみづ》ゆたに|掬《むす》びつ
|大空《おほぞら》の|月《つき》も|清《きよ》けき|真清水《ましみづ》を
|嘉《よみ》し|給《たま》ふかかげを|浮《う》かせり』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|八千歳《やちとせ》の|齢《よはひ》を|経《へ》にし|楠《くす》の|樹《き》の
|森《もり》の|樹《こ》かげに|露《つゆ》の|宿《やど》りすも
|久方《ひさかた》の|高天原《たかあまはら》を|立《た》ち|出《い》でて
|初《はじ》めて|見《み》たる|月《つき》の|森《もり》はも
|地《つち》|稚《わか》き|万里《まで》の|国土《くに》にもかくの|如《ごと》
|浄《きよ》き|聖所《すがど》の|在《あ》るは|珍《めづら》し
|久方《ひさかた》の|天《あめ》も|清《きよ》けく|地《つち》|浄《きよ》し
|御空《みそら》を|渡《わた》る|月《つき》またさやけし
|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|曇《くも》りさやさやに
|晴《は》れわたりけり|望月《もちづき》の|光《かげ》に
|望月《もちづき》の|光《かげ》は|清《すが》しくうつろひぬ
|玉《たま》の|泉《いづみ》の|波《なみ》にさゆれて
|目《め》のしたに|輝《かがや》く|月《つき》とは|言《い》ひながら
|手《て》にとる|術《すべ》もわれなかりけり
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|御空《みそら》の|奥《おく》のその|奥《おく》の
|青海原《あをうなばら》に|浮《うか》べる|月舟《つきふね》
|俯《ふ》して|見《み》れば|玉《たま》の|泉《いづみ》の|底《そこ》|深《ふか》く
|波《なみ》に|浮《うか》べる|明《あか》るき|月舟《つきふね》
|明日《あす》の|日《ひ》は|曲津《まが》の|征途《きため》にのぼらむと
|望《のぞ》みかかへてわれ|眠《ねむ》らえず
|曲津見《まがつみ》は|万里《まで》の|島根《しまね》の|貴宝《うづたから》
|残《のこ》らず|奪《うば》ひて|持《も》てりとぞ|聞《き》く
|国魂《くにたま》の|神《かみ》ともいふべき|貴宝《うづたから》
|光《ひかり》の|宝《たから》を|抱《だ》ける|曲津見《まがつ》よ
|貴宝《うづたから》いかにさやけく|光《ひか》るとも
|御空《みそら》の|月《つき》の|光《かげ》には|及《およ》ばじ
さらさらと|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|梢《うれ》をもむ
|音《おと》|響《ひび》かひて|泉《いづみ》の|月《つき》ゆるる
ちらちらと|月《つき》のしたびにわくら|葉《ば》は
わが|足《あし》の|辺《べ》に|散《ち》りつ|乱《みだ》れつ
かくの|如《ごと》|清《きよ》けき|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》に
|浮《う》くわくら|葉《ば》の|忌々《いまいま》しもよ』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|高天《たかま》の|原《はら》を|後《あと》にして
|遥《はろ》かに|来《き》つる|万里《まで》の|島《しま》かも
|御樋代神《みひしろがみ》の|国魂神《くにたまがみ》をまつぶさに
|生《う》まさむよき|日《ひ》の|待《ま》たれけるかも
|大空《おほぞら》にかがやき|渡《わた》る|月光《つきかげ》に
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|出《い》でまし|思《おも》ふ
|遠《とほ》からず|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|天降《あも》りまさむ
これの|泉《いづみ》に|月《つき》|宿《やど》らせば
|水底《みなそこ》は|深《ふか》からねども|果《はて》しなく
|湧《わ》ける|清水《しみづ》のかがやき|強《つよ》し』
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|女神《めがみ》われは|御樋代神《みひしろがみ》に|従《したが》ひて
|月《つき》|照《て》り|渡《わた》る|森《もり》に|来《き》つるも
|白馬ケ岳《はくばがだけ》|頂《いただき》|冴《さ》えて|大空《おほぞら》の
|月《つき》は|漸《やうや》く|傾《かたむ》きにけり
|西《にし》へ|行《ゆ》く|月《つき》のみかげを|仰《あふ》ぎつつ
|更《ふ》けゆく|夜半《よは》の|宿《やど》りを|惜《を》しむも
|静《しづ》かなる|月《つき》の|夜《よ》なるかな|梢《こずゑ》もむ
|風《かぜ》の|響《ひび》きもはやをさまりて
|千万《ちよろづ》の|真砂《まさご》は|御空《みそら》の|星《ほし》の|如《ごと》
|月《つき》の|光《ひか》りにきらめき|渡《わた》れる
|大空《おほぞら》ゆ|月《つき》の|玉露《たまつゆ》しとしとと
|庭《には》の|真砂《まさご》を|潤《うるほ》して|照《て》るも
|幾千代《いくちよ》も|生《い》きながらへてかくの|如《ごと》
|冴《さ》えきる|月《つき》を|仰《あふ》ぎたきかも
|玉《たま》の|緒《を》の|生《い》きの|命《いのち》は|永久《とこしへ》に
いや|栄《さか》えつつ|神業《みわざ》に|仕《つか》へむ
|果《はて》しなき|広《ひろ》けき|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》を
|隈《くま》なく|照《てら》して|澄《す》める|月《つき》はも』
(昭和八・一二・一三 旧一〇・二六 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)
第一二章 |月下《げつか》の|森蔭《もりかげ》〔一九四四〕
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|月《つき》|照《て》り|渡《わた》る|泉《いづみ》の|森《もり》を、|彼方此方《あちこち》と|彷徨《さまよ》ひながら|美《うるは》しき|夜《よる》の|眺《なが》めに|憧憬《あこが》れ|眠《ねむ》りもやらず、|御心《みこころ》|頓《とみ》に|浮《う》き|立《た》ち|給《たま》へば、|思《おも》はず|知《し》らず|御歌《みうた》を|口《くち》ずさみ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|清《きよ》く
|雲《くも》の|海原《うなばら》|青々《あをあを》と
|御空《みそら》の|奥《おく》に|澄《す》みきらひ
|星《ほし》の|真砂《まさご》はいろいろに
|夜《よる》をかがよひ|天《あま》の|河《かは》
|北《きた》より|南《みなみ》に|流《なが》るなり
|天《あま》の|河原《かはら》を|安々《やすやす》と
|横《よこ》ぎり|給《たま》ふ|月舟《つきふね》の
|光《かげ》はさやかに|澄《す》みきらひ
|兎《うさぎ》と|猿《さる》の|餅《もち》を|搗《つ》く
|杵《きね》と|臼《うす》との|形《かたち》まで
いやあきらけく|見《み》ゆるかな
|泉《いづみ》の|森《もり》の|清庭《すがには》を
|御空《みそら》の|月《つき》は|隈《くま》もなく
|伊照《いて》らし|給《たま》ひ|百千々《ももちぢ》の
|泉《いづみ》のことごとさやかなる
|月《つき》の|御光《みかげ》を|浮《うか》べける
ああ|天国《てんごく》か|楽園《らくゑん》か
|庭《には》の|真砂《まさご》は|露《つゆ》にぬれ
その|露《つゆ》さやかに|伊照《いて》らせる
|月《つき》の|光《ひかり》ぞ|尊《たふと》けれ
この|清庭《すがには》を|踏《ふ》むさへも
|月《つき》の|御光《みかげ》のうつらふと
|思《おも》へば|畏《かしこ》し|惟神《かむながら》
|神《かみ》のまにまに|月《つき》の|夜《よ》を
|吾《われ》は|楽《たの》しみ|遊《あそ》ぶなり
|御空《みそら》にさやる|雲《くも》もなく
|大地《だいち》を|閉《とざ》す|霧《きり》もなく
|醜《しこ》の|嵐《あらし》も|吹《ふ》きやみて
|御樋代神《みひしろがみ》に|仕《つか》へ|来《き》つ
かかるさやけき|月《つき》の|森《もり》に
|一夜《ひとよ》を|楽《たの》しみ|遊《あそ》ぶとは
|夢《ゆめ》か|現《うつつ》かまぼろしか
|吾身《わがみ》ながらも|解《かい》し|得《え》ぬ
|嬉《うれ》しきことの|限《かぎ》りかも
|楽《たの》しきことの|極《きは》みかも』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|泥《どろ》の|海《うみ》に|浮《うか》びて|広《ひろ》き|万里《まで》の|島《しま》に
|今宵《こよひ》はさやけき|月《つき》を|見《み》るかな
|八雲《やくも》|立《た》つ|八重霧《やへぎり》|立《た》ちたつ|万里《まで》の|島《しま》に
|天降《あも》りし|吾《われ》も|月《つき》に|息《いき》せり
|天地《あめつち》の|水火《いき》は|隈《くま》なく|清《きよ》まりて
わが|魂線《たましひ》も|冴《さ》え|渡《わた》りける
|斯《かく》の|如《ごと》|清《きよ》き|清《すが》しき|水火《いき》|吸《す》ひて
わが|魂線《たましひ》はよみがへりたり
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|命《いのち》に|生《うま》れたる
|吾《われ》は|濁《にご》れる|水火《いき》を|苦《くる》しむ
|形《かたち》あるものは|食《く》はねど|澄《す》みきらふ
|水火《いき》を|吸《す》ひつつわが|生《い》きるなり
|天津神《あまつかみ》|吾《われ》は|清《きよ》けき|水火《いき》を|吸《す》ひて
|千代《ちよ》の|命《いのち》を|保《たも》ちこそすれ
|国津神《くにつかみ》その|外《ほか》|諸《もも》の|生物《いきもの》は
|木《こ》の|実《み》|草《くさ》の|実《み》|食《く》ひて|生《い》くるも
|天界《かみくに》に|生《うま》れ|初《はじ》めて|冴《さ》え|渡《わた》る
|御空《みそら》の|月《つき》に|水火《いき》|栄《さか》えぬる
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は|常磐《ときは》の|楠《くす》の|蔭《かげ》に
|息《いき》|安《やす》らけく|眠《ねむ》らせ|給《たま》へり
|吾《われ》もまた|明日《あす》の|旅立《たびだ》ち|重《おも》ければ
|月《つき》のしたびに|臥《ふ》してやすまむ』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|諸神《ももがみ》は|各《おの》も|各《おの》もにいねましぬ
|月《つき》の|下《した》びにいびき|聞《きこ》えて
|斯《かく》の|如《ごと》おだひに|澄《す》める|空《そら》の|下《した》に
|月《つき》を|仰《あふ》ぎて|眠《ねむ》る|楽《たの》しさ
|山《やま》も|野《の》も|月《つき》の|降《ふ》らせる|玉露《たまつゆ》に
よみがへりつつ|夜《よる》を|照《て》らへり
|大空《おほぞら》の|月日《つきひ》の|光《かげ》をさへぎりし
|曲津見《まがみ》の|水火《いき》の|雲《くも》|晴《は》れにつつ
|月《つき》も|日《ひ》も|清《すが》しく|明《あか》し|照《て》り|渡《わた》る
この|稚国土《わかぐに》は|永久《とは》の|楽園《らくゑん》か
この|森《もり》は|御樋代神《みひしろがみ》の|住《す》ませ|給《たま》ふ
|万里《まで》の|丘《をか》にもましてさやけし
|万里《まで》の|丘《をか》の|聖所《すがど》を|此処《ここ》に|移《うつ》しまして
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|宮居《みや》つくりませよ
|主《ス》の|神《かみ》の|御舎《みあらか》|仕《つか》へまつるには
ふさはしき|森《もり》よ|泉《いづみ》の|森《もり》は』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|空《そら》は|澄《す》みきり|荒金《あらがね》の
|地《つち》は|〓怜《うまら》によみがへりたり
|夜嵐《よあらし》の|風《かぜ》の|響《ひび》きも|消《き》え|失《う》せて
|御空《みそら》の|清《すが》しき|月《つき》を|仰《あふ》ぐも
あちこちに|月《つき》にかがよふ|玉泉《たまいづみ》を
わが|手《て》に|掬《むす》べば|和《にご》く|甘《うま》しも
この|水《みづ》は|吾等《われら》が|永久《とは》の|命《いのち》|守《も》る
|生《い》ける|清水《しみづ》よ|真《まこと》の|水《みづ》よ
|斯《かく》の|如《ごと》|澄《す》みきらひたる|真清水《ましみづ》は
|万里《まで》の|島《しま》には|見当《みあた》らぬかな
この|森《もり》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|守《まも》ります
|月《つき》の|泉《いづみ》の|生《い》ける|森《もり》かも』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|田族比女神《たからひめがみ》|始《はじ》めとし
|諸神等《ももがみたち》はいねましにけり
|小夜《さよ》|更《ふ》けて|御空《みそら》を|渡《わた》る|月舟《つきふね》は
|白馬ケ岳《はくばがだけ》に|傾《かたむ》きにけり
|冴《さ》え|渡《わた》る|月《つき》に|夜《よ》ごろを|囀《さへづ》りし
|小鳥《ことり》の|声《こゑ》も|静《しづ》まりしはや
|森《もり》かげに|匂《にほ》ひ|気高《けだか》き|白梅《しらうめ》も
|小夜《さよ》を|眠《ねむ》るか|花《はな》は|萎《しぼ》めり
|虫《むし》の|音《ね》もいや|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|細《ほそ》り|行《ゆ》きて
|泉《いづみ》の|森《もり》の|夜《よ》はふかみかも
ただ|一人《ひとり》|泉《いづみ》の|森《もり》に|眠《ね》もやらず
|十柱神《とはしらがみ》の|夜《よる》を|守《まも》らむ
|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》く|声《こゑ》も|足掻《あがき》の|音《おと》も
|早《はや》とどまりにけり|寝《い》ねにけらしな
|明日《あす》されば|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に|進《すす》まむと
|思《おも》ふ|心《こころ》の|雄健《をたけ》びやまずも
|主《ス》の|神《かみ》の|任《よさ》しの|神業《みわざ》と|思《おも》ふより
わが|魂線《たましひ》は|雄健《をたけ》びなすも
|玉《たま》の|緒《を》の|生《いき》の|命《いのち》は|失《う》するとも
|醜《しこ》の|曲津見《まがみ》を|譴責《きた》めでおくべき
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|御息《みいき》は|静《しづ》かなり
|如何《いか》なる|夢《ゆめ》を|結《むす》ばせ|給《たま》ふか
|黒雲《くろくも》の|非時《ときじく》|湧《わ》きて|立《た》ちのぼる
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》を|明日《あす》は|襲《おそ》はむ
|輪守比古《わもりひこ》|神《かみ》の|寝姿《ねすがた》|眺《なが》むれば
|口《くち》をへの|字《じ》に|結《むす》び|給《たま》へり
|霊山比古《たまやまひこ》|神《かみ》は|木《き》の|根《ね》を|枕《まくら》して
|右《みぎ》の|脇腹《わきばら》を|下《した》にいねませり
|右腹《みぎはら》を|下《した》にさの|字《じ》に|眠《ねむ》らへば
|生《い》きの|命《いのち》の|長《なが》しとぞ|聞《き》く
|若春比古《わかはるひこ》|神《かみ》の|寝《ね》ませる|面《おも》の|上《うへ》に
|楠《くす》の|病葉《わくらば》|一葉《ひとは》|落《お》ちたり
|保宗比古《もちむねひこ》|神《かみ》の|鼾《いびき》は|雷《いかづち》の
|轟《とどろ》く|如《ごと》く|高《たか》かりにけり
|直道比古《なほみちひこ》|神《かみ》は|手足《てあし》を|大《だい》の|字《じ》に
いやひろげつつ|寝言《ねごと》|宣《の》らせり
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|御腹《みはら》を|地《ち》に|伏《ふ》して
|月《つき》の|光《ひかり》を|背《せな》に|負《お》はせり
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|折々《をりをり》|双《さう》の|目《め》を
|開《ひら》き|閉《と》ぢつついねませるかも
|湯結《ゆむすび》の|比女神《ひめがみ》は|大地《だいち》に|端坐《たんざ》して
|左右《さいう》の|手《て》を|組《く》み|眠《ねむ》らせ|給《たま》へり
|正道比古《まさみちひこ》|神《かみ》は|折々《をりをり》|太《ふと》き|息《いき》を
|吹《ふ》き|出《だ》し|吾《われ》を|驚《おどろ》かせにけり
|太《ふと》き|息《いき》を|時々《ときどき》ふき|出《だ》し|口《くち》の|辺《べ》を
もがもが|動《うご》かす|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》よ
|雲川比古《くもかはひこ》|吾《われ》は|夜守《よもり》を|任《ま》けられて
|諸神等《ももがみたち》の|息《いき》を|守《まも》るも
|曲津見《まがつみ》の|襲《おそ》ひ|来《きた》らば|雲川比古《くもかはひこ》の
|生言霊《いくことたま》に|斬《き》り|放《はふ》りてむ
|東雲《しののめ》の|空《そら》はほのぼの|明《あか》らみぬ
|再《ふたた》び|天津日《あまつひ》|昇《のぼ》らせ|給《たま》はむ
|月読《つきよみ》の|神《かみ》は|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|背《せ》に
かくろひまして|東雲《しのの》めにけり』
|斯《か》く|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|夜警《やけい》の|役《やく》を|仰《おほ》せつけられ、|一目《ひとめ》もいねず、|忠実《ちうじつ》に|夜《よ》の|明《あ》くるまで|仕《つか》へ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一三 旧一〇・二六 於大阪分院蒼雲閣 内崎照代謹録)
第三篇 |善戦善闘《ぜんせんぜんとう》
第一三章 |五男三女神《ごなんさんぢよしん》〔一九四五〕
|宇宙《うちう》の|創造《さうざう》、|天地開闢《てんちかいびやく》と|大神業《おほみわざ》に|奉仕《ほうし》したまふ|天界《てんかい》の|正神《せいしん》は、|至粋《しすゐ》|至純《しじゆん》なる|清鮮《せいせん》の|水火《いき》を|呼吸《こきふ》して、|其《そ》の|生命《せいめい》を|永遠無窮《えいゑんむきう》に|保持《ほぢ》し、|無限《むげん》の|力徳《りきとく》を|発揮《はつき》し|給《たま》ふに|反《はん》し、|濁《にご》りと|汚《けが》れと|曇《くも》りより|発生《はつせい》したる|邪神《じやしん》は、|常《つね》に|混濁《こんだく》の|空気《くうき》を|呼吸《こきふ》して|其《そ》の|生命《せいめい》を|保持《ほぢ》し、あらゆる|醜悪《しうあく》なる|行為《かうゐ》をなして、|日夜《にちや》を|楽《たの》しむの|霊性《れいせい》を|持《も》つものなれば、|邪神《じやしん》のある|処《ところ》|必《かなら》ず|邪気《じやき》|充満《じうまん》し、|黒雲《こくうん》|漲《みなぎ》りて|森羅万象《しんらばんしやう》の|発育《はついく》に|大害《たいがい》を|与《あた》へ、|主《ス》の|神《かみ》が|修理固成《しうりこせい》の|神業《みわざ》に|極力《きよくりょく》|反抗《はんかう》し|妨害《ばうがい》せむとするものなり。|併《しか》しながら|邪神《じやしん》|自身《じしん》としては、|最《もつと》も|真正《しんせい》にして|至当《したう》の|所行《しよぎやう》と|感《かん》じ|居《ゐ》るが|故《ゆゑ》に、|極力《きよくりよく》|其《そ》の|悪業《あくげふ》を|改《あらた》め、|生成化育《せいせいくわいく》の|善道《ぜんだう》に|従《したが》はむとはせざるなり。
|茲《ここ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》の|清澄無垢《せいちようむく》にして、|至粋《しすゐ》|至純《しじゆん》なる|言霊《ことたま》の|水火《いき》より|生《な》り|出《い》でたる|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》も|遂《つひ》には|邪気《じやき》|発生《はつせい》して、さも|恐《おそ》ろしき|太刀膚《たちはだ》の|竜《りう》となり、|或《あるひ》は|猛悪《まうあく》なる|大蛇《をろち》と|化《くわ》して|非時《ときじく》に|雲霧《くもきり》を|起《おこ》し、|邪気《じやき》を|吐《は》き、|天地《てんち》を|混濁《こんだく》せしめ、|日月星辰《じつげつせいしん》の|光《ひかり》を|遮《さへぎ》り、|万物《ばんぶつ》の|発育《はついく》を|妨《さまた》げ、|神人《しんじん》|禽獣《きんじう》|等《とう》の|生命《せいめい》を|脅《おびや》かし|且《か》つ|短縮《たんしゆく》せしめて|能事《のうじ》|了《をは》れりとなし、|会心《くわいしん》の|笑《ゑみ》を|漏《も》らし|居《ゐ》るこそ|忌々《ゆゆ》しく、|到底《たうてい》|善言美詞《ぜんげんびし》の|言霊《ことたま》をもつて|完全《くわんぜん》に|済度《さいど》し|得《う》べからざる|難物《なんぶつ》なり。|故《ゆゑ》に|未《いま》だ|地《つち》|稚《わか》く|国土《くに》|定《さだ》まらざりし|紫微天界《しびてんかい》の|頭初《とうしよ》に|当《あた》りては、|生言霊《いくことたま》の|武器《ぶき》をもつて|言向《ことむ》け|和《やは》す|事《こと》|容易《ようい》ならざれば、|神々《かみがみ》は|数億万年後《すうおくまんねんご》の|世界《せかい》の|為《ため》に、|所在《あらゆる》|悪神《あくがみ》|邪気《じやき》の|霊《れい》を|根本的《こんぽんてき》に|絶滅《ぜつめつ》せしめむと|千辛万苦《せんしんばんく》に|堪《た》へ、|其《その》|為《ため》に|全能力《ぜんのうりよく》を|傾注《けいちう》し、|活動《くわつどう》し|給《たま》ひたるなり。
|実《じつ》に|吾人《ごじん》がこの|清明《せいめい》なる|天地《てんち》に|安《やす》らかに|生《せい》を|保《たも》ち|得《う》るも、|四季《しき》の|順序《じゆんじよ》|調《ととの》へるこれの|地上《ちじやう》に|諸々《もろもろ》の|山水《さんすゐ》の|明媚《めいび》なる|風光《ふうくわう》を|観賞《くわんしよう》し、|生命《いのち》の|日月《じつげつ》を|拝《はい》し|得《う》るも、|皆《みな》|太初《たいしよ》の|神々等《かみがみたち》の|舎身的《しやしんてき》|御活動《ごくわつどう》の|賜《たまもの》にして、その|厚恩《こうおん》は|海《うみ》よりも|深《ふか》く|又《また》スメールの|山《やま》よりも|高《たか》く、|到底《たうてい》|吾人《ごじん》の|言語《げんご》をもつて|言《い》ひ|現《あら》はし|称《たた》へ|了《をは》る|事《こと》は|不可能《ふかのう》と|知《し》るべし。|吾人《ごじん》にして|宇宙《うちう》|創造《さうざう》の|神業《みわざ》と|天地開闢《てんちかいびやく》の|神々《かみがみ》の|御苦心《ごくしん》を|幾分《いくぶん》にても|察知《さつち》し|奉《たてまつ》る|時《とき》は、この|鴻恩《こうおん》の|大《だい》なるに|嗚咽《をえつ》|感泣《かんきふ》し、|現代《げんだい》に|処《しよ》して|如何《いか》なる|不遇《ふぐう》の|地位《ちゐ》にあるとも、|唯一言《ただひとこと》の|怨《うら》み|言《ごと》をのべ|又《また》は|神命《しんめい》を|軽《かろ》んずる|無道《むだう》の|罪《つみ》を|犯《をか》す|事《こと》、|夢寐《むび》にもあらざるべきなり。
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|直系《ちよくけい》にして|且《か》つ|太初《たいしよ》に|特《とく》に|全力《ぜんりよく》を|注《そそ》ぎて|修理固成《しうりこせい》したまへる|紫微天界《しびてんかい》の|終結《しうけつ》たる|我《わが》|地球《ちきう》、|特《とく》に|豊葦原《とよあしはら》の|中津神国《なかつみくに》|尊厳無比《そんげんむひ》にして、|其《その》|皇統《くわうとう》は|主《ス》の|大神《おほかみ》より|流《なが》れ|出《い》で、|永遠無窮《えいゑんむきう》に|森羅万象《しんらばんしやう》に|対《たい》し|無限《むげん》の|恩恵《おんけい》を|賜《たま》ふ|事《こと》を|思《おも》へば、|吾人《ごじん》は|敬神《けいしん》|尊皇《そんのう》|報国《はうこく》の|至誠《しせい》を|昼夜《ちうや》|間断《かんだん》なく|尽《つく》しまつり|捧《ささ》げまつりて、|忠孝《ちうかう》、|仁義《じんぎ》、|友愛《いうあい》|等《とう》の|神授《しんじゆ》|固有《こいう》の|精神《せいしん》を|弥益々《いやますます》に|発揮《はつき》せざるべからざるの|天職《てんしよく》|天命《てんめい》ある|事《こと》を|知《し》るべし。
|茲《ここ》に|万里《まで》の|島《しま》の|御樋代神《みひしろがみ》として|天降《あも》り|給《たま》ひし|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は、|如何《いか》にもして、これの|島ケ根《しまがね》を|主《ス》の|大御神《おほみかみ》の|依《よ》さしのままに|清浄無垢《せいじやうむく》、|至喜《しき》|至楽《しらく》、|至善《しぜん》|至美《しび》、|至清《しせい》|至潔《しけつ》なる|天国《てんごく》|浄土《じやうど》に|拓《ひら》かむとして、あらむ|限《かぎ》りの|神力《しんりき》と|神策《しんさく》を|発揮《はつき》し|給《たま》ひけれども、|未《いま》だ|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|南側《みなみがは》にあたる|万谷千谷《ももだにちだに》の|奥処《おくど》には|曲神《まがかみ》の|邪気《じやき》|凝《こ》り|固《かた》まりて、|時々《ときどき》|雲霧《くもきり》を|起《おこ》し、|万里ケ島《までがしま》の|天地《てんち》を|咫尺《しせき》|弁《べん》ぜざるまでに|包《つつ》みて、|動植物《どうしよくぶつ》の|発育《はついく》を|妨害《ばうがい》したりければ、|御樋代神《みひしろがみ》は|止《や》むを|得《え》ず、|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|発揮《はつき》し、|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|悪魔《あくま》を|徹底的《てつていてき》に|掃蕩《さうたう》せむと|思召《おぼしめ》し、|十柱《とはしら》の|従神《そへがみ》を|従《したが》へ、|千里《せんり》の|荒野《あらの》を|駒《こま》の|背《せ》に|踏《ふ》み|破《やぶ》りつつ、|辛《から》うじて|楠《くす》の|大木《たいぼく》の|生《お》ひ|繁《しげ》りたる|目路《めぢ》も|届《とど》かぬ|限《かぎ》りの|泉《いづみ》の|森《もり》の|聖所《すがど》につかせ|給《たま》ひ、|月下《げつか》に|一夜《ひとよ》を|安息《あんそく》し、|夜《よ》の|明《あ》くるを|待《ま》ちて|弥々《いよいよ》、|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|悪霊《あくれい》を|掃蕩《さうたう》すべく、|部署《ぶしよ》を|定《さだ》めて|出《い》で|立《た》たせ|給《たま》ひ、|御身《おんみ》|自《みづか》らは|泉《いづみ》の|森《もり》を|策戦上《さくせんじやう》より|本営《ほんえい》と|定《さだ》め、|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》、|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》を|御側《みそば》に|守《まも》らせおき、|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》、|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》、|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》、|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》、|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》、|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》、|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》の|五男神三女神《ごなんしんさんぢよしん》をして|先陣《せんぢん》を|勤《つと》めしめ|給《たま》ひける。
『|東《ひむがし》の|空《そら》を|茜《あかね》に|染《そ》めなして
|天津日《あまつひ》の|神《かみ》|昇《のぼ》りましぬる
|木々《きぎ》の|葉《は》におく|白露《しらつゆ》も|七色《なないろ》の
|光《ひかり》|放《はな》ちてよみがへりたり
|久方《ひさかた》の|天《あま》の|岩窟《いやど》の|開《ひら》けたる
|心地《ここち》するかも|昇《のぼ》る|朝日《あさひ》に
いざさらば|醜《しこ》の|曲神《まがみ》の|潜《ひそ》むてふ
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に|進《すす》ませ|神等《かみたち》
|輪守比古《わもりひこ》|若春比古《わかはるひこ》の|二柱《ふたはしら》は
|吾《われ》にいそひて|此地《ここ》にありませ
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|奸計《たくみ》の|深《ふか》ければ
|泉《いづみ》の|森《もり》に|控《ひか》へ|守《まも》らむ
|五男神《いつをがみ》|三柱女神《みはしらめがみ》は|主《ス》の|神《かみ》の
|水火《いき》を|御楯《みたて》に|疾《と》く|進《すす》むべし
|曲神《まがかみ》は|千万軍《ちよろづいくさ》を|整《ととの》へて
|十重《とへ》に|二十重《はたへ》に|固《かた》め|居《ゐ》るなり
|束《つか》の|間《ま》も|生言霊《いくことたま》の|太祝詞《ふとのりと》
|絶《た》やさずつづけて|静《しづか》に|進《すす》めよ』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|答《いらへ》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|御樋代神《みひしろがみ》に|選《えら》まれて
けふの|先頭《まさき》に|吾《われ》は|立《た》つなり
|曲神《まがかみ》の|奸計《たくみ》は|如何《いか》に|深《ふか》くとも
いかで|恐《おそ》れむ|神《かみ》の|御為《おんた》め
|雲霧《くもきり》も|隈《くま》なく|晴《は》れし|今朝《けさ》の|春《はる》を
|進《すす》みて|行《ゆ》かむわれぞ|楽《たの》しき
|朝風《あさかぜ》はそよろに|梢《うれ》を|渡《わた》りつつ
|今朝《けさ》は|殊更《ことさら》|水火《いき》|澄《す》みにけり
|泉《いづみ》の|森《もり》|清《きよ》き|清水《しみづ》に|身《み》を|清《きよ》め
|出《い》で|立《た》つ|神魂《みたま》にはむかふ|曲《まが》なし
|天津日《あまつひ》に|春《はる》のみゆきの|消《き》ゆるごと
|滅《ほろ》び|失《う》すべし|曲《まが》の|砦《とりで》は
いざさらば|御樋代神《みひしろがみ》よ|二柱《ふたはしら》よ
わがゆく|軍《いくさ》を|守《まも》らせたまへ』
と|言《い》ふより|早《はや》く、|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|只《ただ》|一騎《いつき》|駒《こま》に|鞭《むち》うち、|南方《なんぱう》の|原野《はらの》の|中央《まんなか》を|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|方面《はうめん》|目蒐《めが》けて|駈《か》け|出《い》で|給《たま》ふ。
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|今《いま》や|出陣《しゆつぢん》せむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|霊山比古《たまやまひこ》|神《かみ》は|先頭《まつさき》に|駈《か》け|出《い》でぬ
|吾《われ》|後《おく》れめや|曲津《まが》の|征途《きため》に
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》に|従《したが》ひて
いざや|進《すす》まむ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》へ
|大空《おほぞら》の|隈《くま》なく|晴《は》れし|今日《けふ》の|日《ひ》は
|心《こころ》の|駒《こま》の|頻《しき》りに|勇《いさ》むも
|曲神《まがかみ》の|日《ひ》に|夜《よ》に|吐《は》ける|黒雲《くろくも》の
|水火《いき》を|払《はら》ひて|国土《くに》を|清《きよ》めむ
|幾万《いくまん》の|魔神《まがみ》の|群《むれ》を|言霊《ことたま》の
|水火《いき》に|払《はら》ふと|思《おも》へば|勇《いさ》まし
|万里《まで》の|島《しま》にさやる|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》ひ
いや|若春《わかはる》の|国土《くに》|造《つく》らばや
|吾《わが》|駒《こま》の|足掻《あがき》せはしも|醜神《しこがみ》を
|踏《ふ》み|躙《にじ》らむと|駒《こま》も|勇《いさ》むか
|此《この》|島《しま》の|開《ひら》け|初《そ》めしゆはじめての
|曲《まが》を|譴責《きた》めの|戦《いくさ》|楽《たの》しも
|千万《ちよろづ》の|奸計《たくみ》の|罠《わな》をしつらへて
|曲津《まが》は|待《ま》つらむ|吾《わが》|行《ゆ》く|道《みち》に
|何言《なにごと》も|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》に
|違《たが》はじものと|慎《つつし》み|進《すす》まむ
|曲神《まがかみ》といへども|元《もと》は|主《ス》の|神《かみ》の
|水火《いき》と|思《おも》へば|憎《にく》まむ|道《みち》なし
|善《よ》き|道《みち》に|帰順《まつろ》ふならば|醜神《しこがみ》も
|吾《われ》は|助《たす》けむ|神《かみ》のまにまに』
かく|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ、
『|田族比女《たからひめ》の|大神《おほかみ》、|二柱《ふたはしら》の|大神《おほかみ》、いざさらば、|吾《わが》|行手《ゆくて》を|守《まも》らせ|給《たま》へ』
と|言《い》ひ|残《のこ》し、|馬背《ばはい》に|一鞭《ひとむち》あてて|大野ケ原《おほのがはら》の|中央《まんなか》を|一直線《いつちよくせん》に|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|出立《いでたち》にのぞみ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代神《みひしろがみ》|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》にもの|申《まを》す
|神言《みこと》|畏《かしこ》み|征途《せいと》に|上《のぼ》らむ
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|谷間《たにま》より
|又《また》も|黒雲《くろくも》|湧《わ》きひろごるも
|曲神《まがかみ》は|再《ふたた》び|天地《てんち》を|常闇《とこやみ》に
|包《つつ》まむとするか|心《こころ》|憎《にく》しも
|漸《やうや》くに|蘇《よみがへ》りたる|生物《いきもの》を
|損《そこな》はむとする|醜《しこ》の|雲霧《くもきり》
|魂線《たましひ》の|光《ひかり》をてらし|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|固《かた》めて|曲津《まが》を|払《はら》はむ
|天地《あめつち》を|隈《くま》なく|照《て》らしたまひたる
|日光《ひかげ》を|今《いま》や|黒雲《くろくも》|包《つつ》めり
|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》を|永久《とは》に|万有《ばんいう》に
|照《て》らさむために|吾《われ》は|進《すす》むも
|天地《あめつち》の|正《ただ》しき|道《みち》を|踏《ふ》みわけて
|進《すす》まむ|吾《われ》に|曲津《まが》さやるべきや
|曲神《まがかみ》は|横《よこ》さの|道《みち》を|彼方此方《あちこち》に
|開《ひら》きて|神世《みよ》を|乱《みだ》さむとせり
|一《ひと》すぢの|生言霊《いくことたま》の|正道《まさみち》に
|横《よこ》さの|道《みち》を|蹴破《けやぶ》り|進《すす》まむ
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|先頭《まさき》に|立《た》ちたまひ
|早《はや》くも|御姿《みすがた》|見《み》えずなりけり
|吾《われ》も|亦《また》|曲津《まが》の|征途《きため》に|後《おく》れじと
|駒《こま》に|鞭《むち》うちいそぎ|進《すす》まむ』
かく|歌《うた》ひながら、|駒《こま》に|一鞭《ひとむち》あて|一目散《いちもくさん》に|駈《か》け|出《だ》し|給《たま》ひぬ。
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|出立《いでたち》にのぞみ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|三柱《みはしら》の|神《かみ》は|早《はや》くも|出《い》でましぬ
|吾《われ》も|進《すす》まむ|曲津《まが》の|征途《きため》に
|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|御空《みそら》は|曇《くも》り|天津日《あまつひ》の
|光《かげ》をかくしぬ|曲津《まが》の|黒雲《くろくも》
|雨《あめ》さへもまじりて|雲《くも》は|大空《おほぞら》を
いや|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|包《つつ》まひにけり
|曲神《まがかみ》の|元《もと》つ|棲処《すみか》に|押《お》し|寄《よ》せて
|湧《わ》き|立《た》つ|雲《くも》の|根《ね》を|断《た》たむかな
|雨嵐《あめあらし》|黒雲《くろくも》いかに|荒《すさ》ぶとも
|吾《われ》は|恐《おそ》れじ|言霊《ことたま》の|武器《ぶき》あり
|曲神《まがかみ》の|勢《いきほひ》いかに|猛《たけ》くとも
|正《ただ》しき|道《みち》の|光《ひかり》に|及《およ》ばじ
|心長《うらなが》くしのびしのびて|正道《まさみち》を
|踏《ふ》みわけ|進《すす》まむ|曲津《まが》|滅《ほろ》ぶまで
いざさらば|御樋代神《みひしろがみ》よ|二柱《ふたはしら》よ
これの|聖所《すがど》に|吾等《われら》を|照《て》らせよ』
と|言《い》ひつつ、|又《また》もや|駒《こま》の|背《せ》に|一鞭《ひとむち》あてて|駈《か》け|出《だ》し|給《たま》ふ。
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御樋代神《みひしろがみ》に|一礼《いちれい》し、ひらりと|駒《こま》に|跨《またが》りながら、
『いざさらば|雲川比古《くもかはひこ》は|五柱《いつはしら》の
|殿軍《しんがり》として|征途《せいと》に|上《のぼ》らむ』
と|言《い》ひつつ|一目散《いちもくさん》に|駈《か》け|出《だ》し|給《たま》ふ。
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》、|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》、|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御樋代神《みひしろがみ》の|前《まへ》に|並立《へいりつ》し、|手拍子《てびやうし》|足拍子《あしびやうし》を|揃《そろ》へて|首途《かどで》の|祝歌《しゆくか》を|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|白馬ケ岳《はくばがだけ》は|高《たか》くとも
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は|深《ふか》くとも
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》は|数限《かずかぎ》り
なく|集《つど》ふとも|言霊《ことたま》の
|清《きよ》き|水火《いき》もて|打払《うちはら》ひ
|斬《き》り|放《はふ》りつつ|万里《まで》の|島《しま》の
|天地《てんち》の|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|清《きよ》め
|森羅万象《しんらばんしやう》|悉《ことごと》く
|月日《つきひ》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》うけて
|千代《ちよ》も|八千代《やちよ》も|永久《とこしへ》の
|生命《いのち》を|保《たも》ち|弥栄《いやさか》え
|五穀《ごこく》は|稔《みの》り|果実《くだもの》は
|虫《むし》の|害《がい》なくよく|育《そだ》ち
|春《はる》の|山野《やまぬ》の|百花《ももばな》は
|艶《えん》を|競《きそ》ひて|咲《さ》き|匂《にほ》ひ
|百鳥《ももとり》|歌《うた》ひ|虫《むし》の|音《ね》は
|清《きよ》くすがしくさえざえて
|万里ケ島根《までがしまね》は|永久《とこしへ》の
|天国浄土《てんごくじやうど》と|生《うま》るべし
|治《をさ》めたまはむ|御心《みこころ》の
|雄々《をを》しき|今日《けふ》の|出《い》でましよ
|御供《みとも》の|神《かみ》と|選《えら》まれて
|吾等《われら》|三柱比女神《みはしらひめがみ》は
|白馬《はくば》の|背《せな》に|跨《またが》りつ
|泉《いづみ》の|森《もり》を|立《た》ち|出《い》でて
|遠《とほ》き|荒野《あらの》を|打《う》ちわたり
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|醜神《しこがみ》の
|醜《しこ》の|荒《すさ》びを|言向《ことむ》けむ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|天晴《あは》れ|国土《くに》|晴《は》れ|草《くさ》も|木《き》も
|生《い》きとし|生《い》けるもの|皆《みな》は
|心《こころ》|晴《は》れ|晴《は》れ|勇《いさ》めよ|勇《いさ》め
|生《い》きよ|生《い》き|生《い》き|永久《とこしへ》までも
|尽《つ》きぬ|生命《いのち》を|保《たも》ちつつ
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|守《まも》らせる
|万里ケ島根《までがしまね》の|禍《わざはひ》を
|払《はら》ひ|清《きよ》むる|旅立《たびだち》ぞ
ああ|頼《たの》もしき|次第《しだい》なり
|御樋代神《みひしろがみ》よいざさらば
|吾等《われら》が|行手《ゆくて》を|守《まも》りませ
|泉《いづみ》の|森《もり》の|聖所《すがどこ》に
|永久《とは》の|光《ひかり》をなげたまひ
|行手《ゆくて》を|明《あか》したまはれよ
|偏《ひとへ》に|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》のスの|水火《いき》に
|勇《いさ》み|進《すす》まむいざさらば』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り|舞《ま》ひ|納《をさ》めて、|三女神《さんぢよしん》は|一斉《いつせい》に|白馬《はくば》の|背《せ》に|跨《またが》り、|悠々《いういう》として|征途《せいと》に|上《のぼ》らせ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一五 旧一〇・二八 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
第一四章 |夜光《やくわう》の|眼球《めだま》〔一九四六〕
|茲《ここ》に|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は、|御樋代神《みひしろがみ》の|屯《たむろ》し|給《たま》ふ|泉《いづみ》の|森《もり》の|本営《ほんえい》を|立出《たちい》で、|大野ケ原《おほのがはら》を|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|駒《こま》を|駈《か》けながら|進《すす》ませ|給《たま》ひけるが、|俄《にはか》に|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|方面《はうめん》より|吐《は》き|出《だ》す|黒煙《くろけむり》は|天《てん》に|塞《ふさ》がり|地《ち》に|這《は》ひて、|咫尺《しせき》を|弁《べん》ぜず、|駒《こま》の|歩《あゆ》みも|捗々《はかばか》しからず、|行《ゆ》き|艱《なや》みつつ|其《その》|日《ひ》の|黄昏《たそが》るる|頃《ころ》、|漸《やうや》くにして|山麓《さんろく》の|稍《やや》|平坦《へいたん》なる|小笹ケ原《をざさがはら》に|着《つ》き|給《たま》ひけるが、|昼《ひる》も|猶《なほ》|暗《くら》きに、|搗《かて》て|加《くは》へて|夕闇《ゆふやみ》の|迫《せま》りければ、|其《その》|身《み》の|乗《の》ります|白《しろ》き|駒《こま》さへも|完全《くわんぜん》に|見別《みわ》け|難《がた》くなりけるにぞ、|流石《さすが》の|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》もひたと|行詰《ゆきつま》り、|当惑《たうわく》の|体《てい》にて、|邪気《じやき》を|晴《は》らすべく|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》ふ。|其《その》|御歌《みうた》、
『アオウエイ|天津高宮《あまつたかみや》の|主《ス》の|神《かみ》の
|依《よ》さしの|旅《たび》ぞ|雲霧《くもきり》|退《しりぞ》け
カコクケキ|輝《かがや》き|渡《わた》る|日月《じつげつ》の
|永遠《とは》に|伊照《いて》らす|神《かみ》の|御国《みくに》ぞ
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|猛《たけ》びの|強《つよ》くとも
|生言霊《いくことたま》に|雲霧《くもきり》|晴《は》らさむ
サソスセシ
|冴《さ》え|渡《わた》る|月日《つきひ》の|影《かげ》を|曲神《まがかみ》は
|隠《かく》さむとするぞ|忌々《ゆゆ》しかりけれ
|五月蠅《さばへ》なす|曲津《まが》の|砦《とりで》を|射照《いてら》して
|吾《われ》は|進《すす》まむ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に
タトツテチ
|玉《たま》の|緒《を》の|水火《いき》の|命《いのち》のある|限《かぎ》り
|万里《まで》の|島根《しまね》を|照《て》らさむ|吾《われ》なり
|高山《たかやま》の|谷間《たにま》に|潜《ひそ》む|曲津見《まがつみ》の
|水火《いき》を|祓《はら》ひて|天津日《あまつひ》を|照《て》らさむ
|魂線《たましひ》の|生《い》きの|生命《いのち》のあらむ|限《かぎ》りを
|尽《つく》して|曲神《まが》と|戦《たたか》はむかな
ナノヌネニ
|七重《ななへ》|八重《やへ》|十重《とへ》に|二十重《はたへ》に|包《つつ》みたる
|雲霧《くもきり》|晴《は》れよ|生言霊《いくことたま》に
|長《なが》き|間《あひだ》|万里《まで》の|島根《しまね》を|閉《とざ》したる
|雲霧《くもきり》|祓《はら》はむ|水火《いき》の|命《いのち》に
|流《なが》れ|落《お》つる|滝《たき》の|響《ひびき》も|濁《にご》りたり
|大蛇《をろち》の|棲《す》める|此《この》|谷川《たにがは》は
|艱《なや》みなき|紫微天界《しびてんかい》の|中《なか》にして
|荒振《あらぶ》る|曲神《まが》を|憐《あは》れみ|思《おも》ふ
ハホフヘヒ
|駿馬《はやこま》の|白《しろ》き|姿《すがた》も|見《み》えぬまで
|曲神《まがみ》の|水火《いき》は|黒《くろ》く|包《つつ》みぬ
|果《はて》しなき|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》にて
|吾《われ》は|払《はら》はむ|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》を
はしけやし|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御水火《みいき》|以《も》て
ヲ|声《ごゑ》に|生《あ》れし|霊山比古《たまやまひこ》ぞや
マモムメミ
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|砦《とりで》をことごとく
|言向《ことむ》け|和《やは》すと|吾《われ》は|来《き》つるも
|万里ケ島《までがしま》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御樋代《みひしろ》ぞ
|服従《まつろ》へ|奉《まつ》れ|醜《しこ》の|竜神《たつがみ》
|摩訶不思議《まかふしぎ》|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|山裾《やますそ》に
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|立《た》ち|迷《まよ》ふとは
まさにこれ|醜《しこ》の|竜神《たつがみ》|大蛇《をろち》|等《ら》が
|吾《われ》|謀《はか》らむと|包《つつ》める|雲《くも》かも
ワヲウヱヰ
|吾《われ》は|今《いま》|御樋代神《みひしろがみ》の|神言《みこと》|以《も》て
|曲神《まが》の|征途《きため》に|立《た》ち|向《むか》ひたり
|悪神《あくがみ》の|醜《しこ》の|奸計《たくみ》をことごとく
|討斬《うちき》り|払《はら》ひ|雄々《をを》しく|進《すす》まむ
|吾《われ》は|今《いま》これの|笹生《ささふ》に|休《やす》らひて
|夜《よ》の|明《あ》くるまで|待《ま》たむと|思《おも》ふ
|進《すす》まむとひたに|思《おも》へど|咫尺《しせき》|弁《わ》かぬ
この|常闇《とこやみ》は|詮術《せんすべ》もなき』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|胸《むね》に|夜光《やくわう》の|玉《たま》をかけ、|悠々《いういう》と|現《あら》はれ|来《きた》れる|三柱《みはしら》の|女神《めがみ》あり。ふと|見《み》れば|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》、|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》、|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》の|三女神《さんぢよしん》にして、|神言《みこと》の|前《まへ》に|軽《かる》く|目礼《もくれい》しながら|夜光《やくわう》の|玉《たま》に|四辺《しへん》を|照《てら》し、|比女神《ひめがみ》の|姿《すがた》は|常《つね》に|勝《まさ》りて|美《うるは》しく、|神々《かうがう》しく、|優《やさ》しく|見《み》えにける。
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は、|三女神《さんぢよしん》は|吾《われ》より|後《あと》に|進《すす》みたる|筈《はず》なるに、|早《はや》くも|先着《せんちやく》したるは|合点《がてん》ゆかずと|双手《もろて》を|組《く》み|暫《しば》し|思案《しあん》に|暮《く》れ|居給《ゐたま》ひけるが、
『|審《いぶ》かしも|汝《なれ》は|三柱比女神《みはしらひめがみ》に
|面《おも》ざし|偽《に》せし|曲津見《まがつみ》なるらむ
|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》は|夜光《やくわう》の|珍《うづ》の|玉《たま》
|持《も》たせしことの|未《ま》だ|無《な》きものを』
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は「ホホホホホホ」と|優《やさ》しき|御声《みこゑ》に|打笑《うちわら》ひながら、
『|愚《おろ》かなる|霊山比古《たまやまひこ》の|言《こと》の|葉《は》よ
|夜光《やくわう》の|玉《たま》はわが|神魂《みたま》ぞや
|吾《わが》|神魂《みたま》まさかの|時《とき》には|斯《かく》の|如《ごと》
|光《ひかり》となりて|闇《やみ》を|照《て》らすも
|常闇《とこやみ》はいや|深《ふか》くとも|吾《わが》|持《も》てる
|夜光《やくわう》の|玉《たま》に|山路《やまぢ》を|照《て》らさむ
|吾《わが》|魂《たま》の|光《ひかり》に|従《したが》ひ|登《のぼ》りませ
|闇《やみ》の|山路《やまぢ》を|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》よ』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|如何《いか》にしても|心《こころ》|落《お》ちゐぬ|汝《なれ》の|姿《すがた》
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》の|化身《けしん》とおもふ
よしやよし|他《た》の|神々《かみがみ》は|闇《やみ》を|照《て》らす
|光《ひかり》に|迷《まよ》はむも|吾《われ》は|認《みと》めじ』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》はニコニコしながら、
『|愚《おろ》かしき|言《こと》を|宣《の》らすよ|汝《な》が|宣《の》りし
|生言霊《いくことたま》に|耀《かがよ》ひし|吾《わが》|魂《たま》よ
|汝《な》が|宣《の》りし|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》なくば
|吾《われ》は|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|得《え》まじきを
|兎《と》にもあれ|角《かく》にもあれや|闇《やみ》の|道《みち》を
|吾《われ》に|続《つづ》きて|登《のぼ》らせ|給《たま》へ
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》の|御尾前《みをさき》|明《あか》さむと
|吾《われ》は|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|照《て》らすも
|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》|何《いづ》れも|汝《なれ》が|為《た》め
|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|照《て》らして|待《ま》つも』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|審《いぶ》かしさに|堪《た》へず、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|兎見斯見《とみかうみ》|汝《なれ》が|面《おも》ざし|眺《なが》むれば
|三柱比女《みはしらひめ》の|神《かみ》とは|思《おも》へず
|兎《と》も|角《かく》も|夜《よ》の|明《あ》くるまでは|吾《われ》は|此処《ここ》に
|生言霊《いくことたま》を|養《やしな》はむと|思《おも》ふ』
|女神《めがみ》『|愚《おろか》なる|言霊《ことたま》|宣《の》らすも|霊山比古《たまやまひこ》の
|神《かみ》の|眼《まなこ》は|迷《まよ》ひましけむ
|斯《かく》の|如《ごと》|夜光《やくわう》の|玉《たま》に|照《て》らされて
|吾《わが》|面《おも》ざしは|変《かは》りて|見《み》ゆるも
|真昼《まひる》|見《み》る|女神《めがみ》と|夜光《やくわう》の|光《かげ》に|見《み》る
|女神《めがみ》の|姿《すがた》はうつらふものを
|山裾《やますそ》の|此処《ここ》は|笹原《ささはら》|露《つゆ》しげし
|吾《わが》|住《す》む|庵《いほり》へ|進《すす》ませ|給《たま》へ』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|益々《ますます》|審《いぶ》かしみながら、
『|三柱比女《みはしらひめ》|神《かみ》の|庵《いほり》の|此《この》|山《やま》に
ありと|思《おも》へず|欺罔言《たばかりごと》|宣《の》るな』
|女神《めがみ》『|言霊《ことたま》の|伊照《いて》り|幸《さちは》ふ|国《くに》なれば
|束《つか》の|間《あひ》にも|庵《いほり》は|建《た》つなり
|世《よ》の|中《なか》の|森羅万象《あらゆるもの》は|言霊《ことたま》の
|水火《いき》に|生《い》くると|思召《おぼしめ》さずや』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|微笑《ほほゑ》みながら、
『|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》|山跡比女《やまとひめ》|千貝比女《ちかひひめ》
|神《かみ》の|争論《いさかひ》|可笑《をか》しくもあるか
|疑《うたが》ひの|雲霧《くもきり》|互《たがひ》に|行《ゆ》き|交《か》ひて
|黒白《あやめ》も|判《わ》かぬ|闇《やみ》の|笹原《ささはら》
|斯《かく》の|如《ごと》|吾《われ》も|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|持《も》ちて
|万里《まで》の|島根《しまね》の|闇《やみ》を|照《て》らすも
あくまでも|疑《うたが》ひ|給《たま》ふは|宜《うべ》ながら
|汝《な》も|言霊《ことたま》の|神《かみ》にあらずや
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》の|疑《うたが》ひ|晴《は》らさむと
|夜光《やくわう》の|玉《たま》をいざや|隠《かく》さむ』
|霊山比古《たまやまひこ》『|山跡比女《やまとひめ》|千貝《ちかひ》の|比女《ひめ》よ|汝《な》が|持《も》てる
|夜光《やくわう》の|玉《たま》も|隠《かく》させ|給《たま》へ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》の|姿《すがた》も|夜光《やくわう》の|玉《たま》も|全《まつた》く|消《き》え|失《う》せて、|四辺《あたり》は|咫尺《しせき》|弁《べん》ぜぬ|真《しん》の|闇《やみ》となり、|小笹《をざざ》を|吹《ふ》き|渡《わた》る|嵐《あらし》の|音《おと》のみ|聞《きこ》え|来《きた》る|其《そ》の|凄惨《せいさん》さ、|譬《たと》ふるにもの|無《な》かりける。
|茲《ここ》に|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|小笹《をざさ》を|渡《わた》る|山嵐《やまあらし》の|音《おと》と|駿馬《はやこま》の|鼻息《はないき》のみ|聞《きこ》ゆる|淋《さび》しき|小笹ケ原《をざさがはら》に、|両腕《りやううで》を|組《く》み|夜《よ》の|明《あ》くるを|待《ま》ちて|戦《たたか》はむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|荒果《あれは》てし|小笹《をざさ》の|原《はら》に|迫《せま》りたる
|闇《やみ》はまさしく|曲神《まが》の|水火《いき》なる
|掛巻《かけま》くも|畏《かしこ》き|神《かみ》の|言霊《ことたま》に
|夜光《やくわう》の|曲津《まが》は|消《き》え|失《う》せにけり
|笹原《ささはら》に|山風《やまかぜ》|立《た》ちて|肌《はだ》|寒《さむ》く
この|一夜《ひとよさ》を|如何《いか》に|明《あか》さむ
|立向《たちむか》ふ|曲神《まが》の|征途《きため》に|黄昏《たそが》れて
|吾《われ》|止《や》むを|得《え》ず|言霊歌《ことたまうた》|詠《よ》む
|何事《なにごと》も|吾《わが》|魂線《たましひ》のささやきに
|従《したが》ひ|進《すす》まむ|曲津《まが》の|征途《きため》に
はからずも|此処《ここ》に|出《い》で|来《こ》し|比女神《ひめがみ》は
|曲津《まが》の|化身《けしん》か|眼《まなこ》|光《ひか》れる
|眩《まぶ》しきまで|光《て》れる|眼《まなこ》を|光《ひか》らせて
|夜光《やくわう》の|玉《たま》と|偽《いつは》る|曲神《まがかみ》
|八百万《やほよろづ》の|醜《しこ》の|曲神《まがかみ》|集《あつ》まりし
|此《この》|山道《やまみち》は|畏《かしこ》かりける
|未《ま》だ|稚《わか》き|国原《くにはら》なれば|曲津見《まがつみ》は
|恣《ほしいまま》なる|振舞《ふるまひ》なすも
|色々《いろいろ》と|姿《すがた》を|変《か》へて|迫《せま》り|来《く》る
この|山下《やまもと》の|曲神《まがみ》|忌々《ゆゆ》しも
|肝《きも》|向《むか》ふ|心《こころ》の|魂《たま》を|光《ひか》らせて
|吾《わが》|神業《かむわざ》を|遂《と》げむとぞ|思《おも》ふ
しきり|降《ふ》るこの|俄雨《はやあめ》は|竜神《たつがみ》の
|業《わざ》にやあらむ|長続《ながつづ》きせず
|千早振《ちはやぶ》る|神《かみ》の|水火《いき》より|生《うま》れたる
|正《ただ》しき|吾《われ》は|進《すす》むのみなる
|俄雨《にはかあめ》|降《お》りて|俄《にはか》に|止《や》みにけり
|曲神《まがみ》の|力《ちから》|斯《か》くも|脆《もろ》かり
|久《ひさ》しきに|堪《た》へて|戦《たたか》ひ|迫《せま》りつつ
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》を|言向《ことむ》けてみむ
|竜蛇神《りうだしん》これの|谷間《たにま》に|集《あつ》まりて
|非時《ときじく》|雲《くも》を|起《おこ》す|憎《にく》さよ
|生言霊《いくことたま》の|水火《いき》の|幸《さちは》ひ|著《しる》ければ
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》も|何《なに》か|恐《おそ》れむ
|浮雲《うきぐも》の|定《さだ》まりもなき|曲津見《まがつみ》の
|脆《もろ》き|奸計《たくみ》を|破《やぶ》りて|進《すす》まむ
|黒雲《くろくも》は|十重《とへ》に|二十重《はたへ》に|包《つつ》むとも
|晴《は》らして|行《ゆ》かむ|生言霊《いくことたま》に
|澄《す》みきらふ|吾《わが》|言霊《ことたま》に|恐《おそ》れしか
|竜蛇《りうだ》は|比女《ひめ》となりて|窺《うかが》ひぬ
|次々《つぎつぎ》に|夜光《やくわう》の|玉《たま》と|見《み》せかけて
|醜女《しこめ》は|吾《われ》を|欺《あざむ》かむとせり
|奴婆玉《ぬばたま》の|闇《やみ》は|迫《せま》れど|吾《わが》|持《も》てる
|神魂《みたま》の|光《ひかり》はますます|明《あか》るし
|吹《ふ》き|荒《すさ》ぶ|醜《しこ》の|嵐《あらし》も|曲神《まがかみ》の
|水火《いき》にありしよ|頓《とみ》に|止《や》みぬる
|睦《むつ》まじき|女神《めがみ》の|姿《すがた》に|体《み》を|変《か》へて
|吾《われ》を|欺《あざむ》く|醜女《しこめ》|探女《さぐめ》|等《ら》
|由縁《ゆかり》ある|比女神《ひめがみ》の|名《な》を|騙《かた》らひつ
|闇《やみ》を|照《て》らして|吾《われ》を|誘《さそ》へり
|美《うるは》しき|比女神《ひめがみ》の|姿《すがた》を|吾前《わがまへ》に
|現《あら》はせ|誘《さそ》ふ|醜《しこ》のたくらみ
|画《ゑ》にさへも|書《か》けぬ|美《うるは》しき|優姿《やさすがた》を
|現《あら》はし|吾眼《わがめ》を|眩《くら》まさむとせし
|健気《けなげ》なる|三柱比女神《みはしらひめがみ》は|斯《かく》の|如《ごと》
|怪《け》しき|言霊《ことたま》|宣《の》らさざるなり
せせらぎの|音《おと》のみ|聞《きこ》ゆる|谷川《たにがは》の
|傍《かたへ》の|笹原《ささはら》は|露《つゆ》のしづけき
|天《あめ》も|地《つち》も|常闇《とこやみ》の|如《ごと》|曇《くも》りたり
|力《ちから》|限《かぎ》りに|曲津《まが》の|謀《はか》るか
|寝《ね》もやらずこれの|笹生《ささふ》に|端坐《たんざ》して
|夜《よ》の|明《あ》くるまで|吾《われ》は|待《ま》たむか
|隔《へだ》てなき|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|守《まも》られて
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》に|勝《か》たむと|祈《いの》る
|目《め》を|閉《と》ぢし|如《ごと》く|見《み》ゆるも|常闇《とこやみ》の
この|山裾《やますそ》は|曲津《まが》の|入口《いりぐち》か』
|斯《か》く|一人《ひとり》|闇《やみ》の|芝生《しばふ》に|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ|一夜《いちや》を|此処《ここ》に|明《あか》し|給《たま》ひける。|東雲《しののめ》の|空《そら》はほの|明《あか》くして|紫雲《しうん》|棚引《たなび》き、|今日《けふ》の|征途《せいと》を|祝《しゆく》するがに|覚《おぼ》えたり。
『|東《ひむがし》の|空《そら》は|漸《やうや》く|東雲《しのの》めて
|紫《むらさき》の|雲《くも》は|棚引《たなび》きにけり
|百鳥《ももとり》の|声《こゑ》も|爽《さや》けく|聞《きこ》え|来《き》ぬ
|早《はや》|昇《のぼ》りまさむ|天津日《あまつひ》の|光《かげ》は
|百千谷《ももちだに》の|滝津瀬《たきつせ》の|音《おと》はいや|高《たか》く
|響《ひび》かひにつつ|夜《よ》は|明《あ》けにけり』
(昭和八・一二・一五 旧一〇・二八 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第一五章 |笹原《ささはら》の|邂逅《かいこう》〔一九四七〕
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は、|小笹《をざさ》の|芝生《しばふ》に|曲津見《まがつみ》の|計略《けいりやく》も|難《なん》なく|逃《のが》れて|一夜《いちや》を|明《あか》し|給《たま》ひけるが、|漸《やうや》く|東《あづま》の|空《そら》を|照《てら》して|昇《のぼ》らせ|給《たま》ふ|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》に、|蘇生《そせい》の|息《いき》を|吐《つ》き|給《たま》ひける。
|折《をり》しも|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》、|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》、|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》の|四柱《よはしら》は、この|場《ば》に|悠々《いういう》と|駒《こま》の|手綱《たづな》をかいくりながら|現《あら》はれ|来《きた》り、|駒《こま》をひらりと|飛《と》び|下《お》り、|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|事無《ことな》くおはせしか
|夜半《よは》を|進《すす》みし|醜《しこ》の|常闇《とこやみ》に
|吾《われ》こそは|道《みち》の|行手《ゆくて》を|塞《ふさ》がれて
|咫尺《しせき》|弁《べん》ぜず|途中《とちう》に|宿《やど》りし
|東雲《しののめ》の|空《そら》を|力《ちから》に|立《た》ち|出《い》でて
|駒《こま》を|急《いそ》がせここに|来《き》つるも』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|答《いらへ》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|待《ま》ち|待《ま》ちし|四柱比古《よはしらひこ》の|姿《すがた》|見《み》つ
わが|魂線《たましひ》は|蘇《よみがへ》りたり
|常闇《とこやみ》の|小笹ケ原《をざさがはら》に|夜《よ》をこめて
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》と|言問《ことと》ひしはや
|醜女《しこめ》|探女《さぐめ》も|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|照《て》らしつつ
|吾《われ》を|魔窟《まくつ》に|誘《いざな》はむとせし
|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》の|姿《すがた》と|体《み》を|変《か》へて
やさしく|吾《われ》を|誘《いざな》ひしはや
|竜神《たつがみ》は|眼《まなこ》を|光《ひか》らし|吾前《わがまへ》に
|夜光《やくわう》の|玉《たま》と|偽《いつは》りにける
いかにして|進《すす》まむ|由《よし》もなかりけり
|咫尺《しせき》|弁《べん》ぜぬ|黒雲《くろくも》の|幕《まく》に
|青臭《あをくさ》き|息《いき》に|囲《かこ》まれ|玉《たま》の|緒《を》の
|生《い》きの|生命《いのち》を|危《あや》ぶみにけり
これよりは|部署《ぶしよ》を|定《さだ》めて|各《おの》も|各《おの》も
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に|進《すす》まむと|思《おも》ふ』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|驚《おどろ》きながら|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》も|亦《また》とある|小《ちひ》さき|森蔭《もりかげ》に
やすらひにつつ|夜光《やくわう》の|玉《たま》|見《み》し
|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》|吾《われ》にも|現《あら》はれて
|夜光《やくわう》の|玉《たま》に|誘《いざな》ひにけり
|如何《いか》にしても|怪《あや》しきものと|思《おも》ひしゆ
|吾《わが》|言霊《ことたま》に|逐《お》ひやりにけり
|三柱《みはしら》の|比女神等《ひめがみたち》の|面《おも》ざしに
|似《に》たれど|少《すこ》しは|怪《あや》しと|思《おも》へり
|兎《と》にもあれ|角《かく》にもあれや|夜《よ》の|明《あ》くるを
|待《ま》たむと|心《こころ》|定《さだ》めたりしよ』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》も|亦《また》|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|化身《けしん》なる
|三柱比女《みはしらひめ》の|神《かみ》に|逢《あ》ひける
|曲津見《まがつみ》の|猛《たけ》び|忌々《ゆゆ》しければ|吾許《わがもと》に
|来《きた》れと|彼等《かれら》は|誘《いざな》ひにけり
よく|見《み》れば|二《ふた》つの|耳《みみ》は|動《うご》きたれば
|正《まさ》しく|曲神《まがみ》の|化身《けしん》と|悟《さと》りき
|言霊《ことたま》の|水火《いき》をこらして|曲神《まがかみ》を
|伊吹《いぶ》き|払《はら》へば|消《き》え|失《う》せにけり
|色々《いろいろ》と|手段《てだて》を|持《も》ちて|曲神《まがかみ》は
|吾等《われら》が|征途《きため》を|防《ふせ》がむとすも』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾前《わがまへ》に|三柱比女《みはしらひめ》は|見《み》えねども
|夜光《やくわう》の|玉《たま》の|地《ち》に|落《お》ちゐたるよ
|吾《わが》|伊行《いゆ》くあたりの|闇《やみ》を|射照《いて》らして
|夜光《やくわう》の|玉《たま》はかがやきにけり
|怪《あや》しみて|吾《われ》|手《て》にふれず|鞭《むち》もちて
|打《う》てば|夜光《やくわう》の|玉《たま》は|動《うご》けり
|闇《やみ》の|夜《よ》を|照《て》らす|真玉《まだま》と|見《み》えけるは
|正《まさ》しく|竜《たつ》の|眼《まなこ》なりけむ
|大《おほ》いなる|騒《さわ》ぎの|音《おと》を|立《た》てながら
|夜光《やくわう》の|玉《たま》は|千々《ちぢ》に|砕《くだ》けぬ
|竜神《たつがみ》の|眼《まなこ》は|砕《くだ》け|破《やぶ》れつつ
|独眼竜《どくがんりう》となりて|逃《に》げしか』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|荒野ケ原《あらのがはら》に|吾《われ》も|漸《やうや》く|黄昏《たそが》れて
やさしき|女《をんな》に|出会《であ》ひけるかも
|先《さき》に|立《た》たす|比古神等《ひこがみたち》は|悉《ことごと》く
|滅《ほろ》び|給《たま》へば|進《すす》ますなと|宣《の》りし
|怪《あや》しかる|女神《めがみ》は|秋波《しうは》をよせにつつ
|吾《わが》|駒《こま》の|首《くび》に|飛《と》びつきにけり
|駒《こま》に|鞭《むち》あつれば|忽《たちま》ちをどり|上《あが》り
|女神《めがみ》を|捨《す》てて|駆《か》け|去《さ》りにけり
ここに|来《き》て|始《はじ》めて|知《し》りぬ|比古神《ひこがみ》の
|事《こと》なく|在《ま》せしを|雄々《をを》しき|姿《すがた》に
いざさらば|天津日《あまつひ》の|光《かげ》|昇《のぼ》りませば
|部署《ぶしよ》を|定《さだ》めて|征途《せいと》に|上《のぼ》らむ
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|奸計《たくみ》はこまやかに
|手筈《てはず》|極《きは》めて|待《ま》ちあぐむらむ
|兎《と》も|角《かく》も|今日《けふ》の|首途《かどで》に|先立《さきだ》ちて
この|笹原《ささはら》に|神言《かみごと》|宣《の》らむか』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》|其《その》|他《た》の|諸神《ももがみ》は、|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》の|提言《ていげん》に|賛意《さんい》を|表《へう》し、|天地《てんち》も|割《わ》るる|許《ばか》りの|言霊《ことたま》をはり|上《あ》げて、|貴《うづ》の|神言《かみごと》を|宣《の》らせ|給《たま》ひぬ。|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|小笹ケ原《をざさがはら》を|流《なが》るる|細谷川《ほそたにがは》の|清水《しみづ》に|禊《みそぎ》し|給《たま》へば、|四柱《よはしら》の|神《かみ》も|吾《われ》|後《おく》れじと|健《たけ》びの|禊《みそぎ》を|修《しう》し|給《たま》ひ、|各自《おのもおのも》|首途《かどで》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|細谷川《ほそたにがは》に|禊《みそぎ》して
|吾《わが》|言霊《ことたま》は|清《きよ》まりしはや
|斯《か》く|迄《まで》も|禊《みそぎ》の|神事《わざ》の|畏《かしこ》さを
|悟《さと》らざりしよ|愚《おろ》かなる|吾《われ》は
みそぎして|吾《わが》|気体《からたま》も|魂線《たましひ》も
|清《きよ》めし|上《うへ》は|恐《おそ》るる|事《こと》なし
|吾《わが》|魂《たま》は|冴《さ》えに|冴《さ》えつつ|鳴《な》り|出《い》づる
|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》|満《み》ちぬる
|玉《たま》の|緒《を》の|生《い》きの|生命《いのち》もさやさやに
|清《きよ》まりにつつ|光《ひかり》を|増《ま》しけり
|奴婆玉《ぬばたま》の|闇《やみ》より|黒《くろ》き|曲神《まがかみ》の
|魂《たま》を|照《て》らして|勝鬨《かちどき》あげむか
はてしなき|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》もて
|進《すす》まむ|今日《けふ》の|出《い》で|立《た》ち|楽《たの》しも
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|砦《とりで》も|近《ちか》づきぬ
いざや|進《すす》まむ|言霊《ことたま》|照《て》らして
|八十曲津《やそまがつ》|谷間《たにま》に|深《ふか》くひそむとも
|現《あら》はしくれむ|言霊《たま》の|光《ひかり》に
|鷲《わし》の|棲《す》みしこの|森林《しんりん》の|谷間《たにあひ》を
|安《やす》く|開《ひら》きて|吾《われ》は|進《すす》まむ』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|禊《みそぎ》して|吾身《わがみ》はあかくなりにけり
いざや|進《すす》まむ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に
|万里《まで》の|島《しま》に|永久《とは》にさやりし|曲神《まがかみ》の
|滅《ほろ》ぶる|時《とき》は|今《いま》や|来《き》にけり
|雲《くも》を|起《おこ》し|霧《きり》を|湧《わ》かしてすさびたる
|曲神《まがかみ》|滅《ほろ》ぶと|思《おも》へば|楽《たの》し
|千引巌《ちびきいは》あまた|並《なら》べて|構《かま》へゐる
|醜《しこ》の|砦《とりで》も|何《なに》か|恐《おそ》れむ
|黒雲《くろくも》の|中《なか》にかくれて|邪気《じやき》を|吐《は》く
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》の|終《をは》りなるかも
|主《ス》の|神《かみ》のたまひし|厳《いづ》の|言霊《ことたま》を
|今日《けふ》の|禊《みそぎ》に|清《きよ》めて|進《すす》まむ
|月《つき》も|日《ひ》も|包《つつ》みかくして|荒《すさ》びたる
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|砦《とりで》を|放《はふ》らむ』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|頂《いただき》までも|黒雲《くろくも》を
|起《おこ》して|曲津《まが》は|待《ま》ち|構《かま》へ|居《を》り
|白馬ケ岳《はくばがだけ》|百谷千谷《ももだにちだに》に|黒雲《くろくも》を
|湧《わ》かせて|曲津《まがつ》は|吾等《われら》を|遮《さへぎ》れり
アオウエイの|生言霊《いくことたま》に|荒《すさ》び|狂《くる》ふ
|竜《たつ》も|大蛇《をろち》も|生命《いのち》をたたむか
おとなしく|服従《まつろ》ひ|来《く》れば|吾《われ》も|亦《また》
|愛《エロス》のこころを|起《おこ》して|救《すく》はむ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|天降《あも》りし|万里《まで》の|島《しま》を
|清《きよ》むも|吾等《われら》が|務《つとめ》なりける
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》は|泉《いづみ》の|森蔭《もりかげ》に
|吾《わが》|戦《たたかひ》を|守《まも》りますらむ
|溪川《たにがは》をおつる|滝津瀬《たきつせ》|高《たか》けれど
|水《みづ》は|残《のこ》らず|赤濁《あかにご》りたり
|溪川《たにがは》の|流《なが》れを|見《み》れば|曲津見《まがつみ》の
こもれる|水火《いき》の|濁《にご》りなりけり
この|水《みづ》の|流《なが》るる|所《ところ》|浸《し》みる|所《ところ》
|木草《きぐさ》は|育《そだ》たず|穀物《たなつもの》|実《みの》らず
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|砦《とりで》を|打《う》ち|破《やぶ》り
|清《きよ》き|清水《しみづ》の|滝津瀬《たきつせ》とせむ
さりながらこの|一筋《ひとすぢ》の|細谷川《ほそたにがは》は
|禊《みそぎ》の|為《ため》に|澄《す》みきらひたり
|主《ス》の|神《かみ》の|禊《みそぎ》せよとて|造《つく》らしし
|小川《をがは》と|思《おも》へば|尊《たふと》かりける』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|両肩《りやうかた》に|重荷《おもに》を|負《お》ひし|心地《ここち》して
|神《かみ》の|神言《みこと》をかしこみ|進《すす》むも
|夕《ゆふ》されば|曲津《まがつ》の|荒《すさ》び|強《つよ》からむ
|真昼《まひる》の|間《うち》によく|戦《たたか》はむ
|昨夜《よべ》の|如《ごと》|曲津《まがつ》の|化身《けしん》|現《あら》はれて
|吾等《われら》を|迷《まよ》はす|事《こと》の|憎《にく》ければ
|曲神《まがかみ》は|真昼《まひる》を|恐《おそ》れ|真夜中《まよなか》を
|吾世《わがよ》となして|猛《たけ》び|狂《くる》ふも
|夕《ゆふ》されば|戦《たたかひ》|休《やす》み|時《とき》じくに
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りて|明《あか》さむ』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|雲霧《くもきり》となりて|天地《てんち》を|塞《ふさ》ぎたる
|曲津見《まがつみ》|今《いま》や|滅《ほろ》びむとすも
|五男三女《ごなんさんぢよ》の|雄々《をを》しき|神《かみ》の|行《ゆ》く|道《みち》に
いかなる|曲津《まが》もさやる|術《すべ》なけむ
|兎《と》も|角《かく》も|醜《しこ》の|曲津《まがつ》と|戦《たたか》はむ
|陽《ひ》のある|間《うち》ぞ|勝利《しようり》なるべし
ほしいままに|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|真夜中《まよなか》に
|曲津《まが》を|攻《せ》むるは|益《えき》なかるべし
|曲津見《まがつみ》は|真昼《まひる》の|光《ひかり》を|恐《おそ》れつつ
|雲霧《くもきり》となりて|地《ち》を|包《つつ》むなり』
|斯《か》く|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》は|駒《こま》の|轡《くつわ》を|並《なら》べてこの|場《ば》に|悠々《いういう》と|現《あら》はれ|給《たま》ひ、|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|馬上《ばじよう》より|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|五柱《いつはしら》の|比古神《ひこがみ》ここに|在《おは》せしか
|昨夜《さくや》の|闇《やみ》を|案《あん》じつつ|来《こ》し
|吾《われ》こそは|御樋代神《みひしろがみ》の|計《はか》らひに
|後《おく》れて|征途《せいと》に|上《のぼ》り|来《こ》しはや
|曲神《まがかみ》は|吾等《われら》|三柱比女神《みはしらひめがみ》の
|姿《すがた》まねぶと|思《おも》ひて|後《おく》れしよ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|言葉《ことば》に|従《したが》へば
|曲津《まが》は|吾等《われら》に|身《み》を|変《か》へしと|聞《き》く』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代神《みひしろがみ》の|水《みづ》ももらさぬ|御計《みはか》らひに
われは|驚《おどろ》き|畏《かしこ》むばかりよ
|山跡比女《やまとひめ》|神《かみ》の|宣《の》らせる|言《こと》の|葉《は》の
|畏《かしこ》さ|吾身《わがみ》に|迫《せま》るものあり
|曲津見《まがつみ》は|三柱比女《みはしらひめ》の|神《かみ》と|化《くわ》し
|吾《われ》|誘《いざな》ふと|計《はか》らひしはや
さりながら|吾《わが》|魂線《たましひ》はささやきぬ
|曲神《まがみ》の|化身《けしん》よ|心《こころ》|許《ゆる》すなと
|吾《わが》|魂《たま》の|囁《ささや》き|言葉《ことば》に|従《したが》ひて
|曲《まが》の|奸計《たくみ》の|罠《わな》をのがれし』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|五柱《いつはしら》|比古神等《ひこがみたち》に|後《おく》れ|来《こ》しも
|曲《まが》の|奸計《たくみ》を|思《おも》ひてなりけり
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》のさとき|目《め》に
|吾《われ》も|今更《いまさら》|驚《おどろ》きにけり
|吾《わが》|来《きた》る|道《みち》はほのぼの|明《あか》るみて
|月《つき》のかかれる|野辺《のべ》なりにけり
|小笹原《をざさはら》|芝生《しばふ》に|五柱神《いつはしらかみ》ますと
|宣《の》らせ|給《たま》ひぬ|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は
|御言葉《みことば》の|如《ごと》く|五柱《いつはしら》|比古神《ひこがみ》は
|小笹ケ原《をざさがはら》に|待《ま》ち|給《たま》ひける
|斯《か》くの|如《ごと》|神《かみ》の|守《まも》りの|強《つよ》ければ
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》も|何《なに》か|恐《おそ》れむ』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》|夜《よる》の|大野ケ原《おほのがはら》を
ほのかな|月《つき》に|照《て》らされて|来《こ》し
|吾《わが》|来《きた》る|大野ケ原《おほのがはら》に|夜《よ》は|明《あ》けて
|駒《こま》の|歩《あゆ》みも|早《はや》くなりける
|言霊《ことたま》の|天照《あまて》り|助《たす》くる|神《かみ》の|世《よ》に
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》のいかで|栄《さか》えむ
いざさらば|諸神等《ももがみたち》と|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|合《あは》せて|進《すす》みに|進《すす》まむ』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|斯《か》くの|如《ごと》|五男三女《ごなんさんぢよ》の|神柱《かむばしら》
|集《つど》ひし|上《うへ》は|急《いそ》ぎ|進《すす》まむ
さりながら|神々等《かみがみたち》は|各《おの》も|各《おの》も
|部署《ぶしよ》を|定《さだ》めて|攻《せ》め|上《のぼ》らむかな』
ここに|五男三女《ごなんさんぢよ》の|神《かみ》は|各《おのおの》の|部署《ぶしよ》を|定《さだ》め、|遥《はる》か|彼方《かなた》の|空《そら》に|巍峨《ぎが》として|峙《そばだ》つ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》さして|進《すす》み|給《たま》ふ|事《こと》とはなりぬ。
(昭和八・一二・一五 旧一〇・二八 於大阪分院蒼雲閣 谷前清子謹録)
第一六章 |妖術《えうじゆつ》|破滅《はめつ》〔一九四八〕
|一行《いつかう》の|先頭《せんとう》にたち、|醜《しこ》の|曲津《まがつ》に|対《たい》し|征服戦《せいふくせん》|主将《しゆしやう》と|任《ま》けられたる|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は、|思《おも》ふところありてか、|三柱比女神《みはしらひめがみ》の|言霊戦《ことたません》の|部署《ぶしよ》を、|広原《ひろはら》の|片方《かたへ》にこんもりと|立《た》てる|楠《くす》の|樹《き》の|根元《ねもと》と|定《さだ》め、|如何《いか》なる|事《こと》ありともアオウエイの|言霊《ことたま》の|聞《きこ》ゆる|迄《まで》は、|一歩《いつぽ》も|此処《ここ》を|動《うご》き|給《たま》はず、|吾等《われら》が|戦闘《せんとう》を|援《たす》くべく|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》を|放《はな》ち、ひかへさせ|給《たま》へと、かく|命《めい》じ|置《お》き、|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|深谷川《ふかたにがは》の|右側《みぎがは》を、|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|左側《ひだりがは》を、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|第二《だいに》の|谷間《たにま》の|右側《みぎがは》を、|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|第二《だいに》の|谷川《たにがは》の|左側《ひだりがは》を、|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|最左翼《さいさよく》を、|各自《おのもおのも》|言霊《ことたま》を|間断《かんだん》なく|宣《の》り|上《あ》げつつ|登《のぼ》らせ|給《たま》ふこととはなりける。
ここに|曲津神等《まがつかみたち》は、|五柱《いつはしら》の|神《かみ》の|激《はげ》しき|鋭《するど》き|清《きよ》き|赤《あか》き|照《て》り|渡《わた》る|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|力《ちから》に|怖《お》ぢ|恐《おそ》れ、|登山《とざん》を|防《ふせ》がむとして|八十《やそ》の|曲津見《まがつみ》を|駆《か》り|集《あつ》め、|何《いづ》れも|巨大《きよだい》なる|千引《ちびき》の|巌《いは》と|化《くわ》せしめ、|神々《かみがみ》の|登《のぼ》らす|道《みち》の|前途《ぜんと》に、|折《を》り|重《かさ》なりて|遮《さへぎ》りたれば、|一歩《いつぽ》も|進《すす》みたまふこと|能《あた》はざるに|至《いた》りたり。されど|神々《かみがみ》は|何《いづ》れも|神世《かみよ》に|於《お》ける|無双《むさう》の|英雄神《えいゆうしん》におはしましければ、かかる|曲津神《まがつかみ》の|全力《ぜんりよく》をつくしての|防禦《ばうぎよ》も|何《なん》のものかはと、|強行的《きやうかうてき》に|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|上《あ》げながら|各自《おのもおのも》に|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|雄々《をを》しかりける。
ここに|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は、|駒《こま》を|小笹ケ原《をざさがはら》の|楠《くす》の|樹蔭《こかげ》に|遊《あそ》ばせ|置《お》き、|右側《みぎがは》の|谷間《たにま》を|強行的《きやうかうてき》に|攀《よ》ぢ|登《のぼ》らせ|乍《なが》ら、|心《こころ》|静《しづ》かに|言霊歌《ことたまうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|白馬ケ岳《はくばがだけ》はさかしとも
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は|深《ふか》くとも
|千引《ちびき》の|巌《いは》はさやるとも
|山気《さんき》は|怪《あや》しく|濁《にご》るとも
|主《ス》の|大神《おほかみ》のヲの|声《こゑ》に
なり|出《い》でここに|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》と
|御名《みな》を|賜《たま》ひし|吾《われ》なれば
|如何《いか》でひるまむ|魔《ま》の|山《やま》も
|霊《たま》の|神山《みやま》と|浄《きよ》めつつ
|万里《まで》の|島根《しまね》の|雲霧《くもきり》を
|生言霊《いくことたま》に|伊吹《いぶ》き|払《はら》ひ
|雲霧《くもきり》|隈《くま》なく|晴《は》らしつつ
|国土《くに》にわざ|為《な》す|太刀膚《たちはだ》の
|大蛇《をろち》を|始《はじ》め|肝《きも》|向《むか》ふ
|心《こころ》きたなき|大蛇《をろち》の|輩《やから》を
|言向《ことむ》け|和《やは》しならざれば
わが|言霊《ことたま》の|剣《つるぎ》もて
|百段千段《ももきざちきざ》に|斬《き》り|放《はふ》り
|国土《くに》の|災《まが》をば|永久《とこしへ》に
|除《のぞ》きまつらむ|惟神《かむながら》
|神《かみ》は|吾等《われら》と|倶《とも》にあり
|吾《われ》はもとより|主《ス》の|神《かみ》の
ヲ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|御子《みこ》なれや
|永久《とは》に|鎮《しづ》まる|主《ス》の|神《かみ》の
|貴《うづ》の|宮居《みや》なり|生《いき》の|宮居《みや》よ
かくも|尊《たふと》き|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|保《たも》ちて|世《よ》に|出《い》でし
われは|真言《まこと》の|主《ス》の|神《かみ》の
|貴《うづ》の|御樋代《みひしろ》|御手代《みてしろ》よ
ああ|勇《いさ》ましき|今日《けふ》の|旅《たび》
|魔神《まがみ》は|如何《いか》にさやるとも
|大蛇《をろち》の|荒《すさ》びしげくとも
|百津石村《ゆついはむら》の|千引巌《ちびきいは》
|吾等《われら》が|行手《ゆくて》を|囲《かこ》むとも
|何《なに》かあらむや|言霊《ことたま》の
|貴《うづ》の|剣《つるぎ》をぬきかざし
|力《ちから》|限《かぎ》りに|進《すす》むべし
ああ|面白《おもしろ》や|面白《おもしろ》や
|天地《あめつち》|開《ひら》けし|初《はじ》めより
かかるためしはあら|尊《たふと》
|万里《まで》の|島根《しまね》を|永久《とこしへ》に
うら|安国《やすくに》と|定《さだ》むべく
|魔神《まがみ》の|征途《きため》に|向《むか》ふこそ
|実《げ》に|勇《いさ》ましき|次第《しだい》なり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》に|幸《さち》あれや』
かく|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ひつつ  さしもに|嶮《けは》しき|荊蕀《いばら》の|道《みち》を
|深谷川《ふかたにがは》に|添《そ》ひ|乍《なが》ら  ただ|一柱《ひとはしら》|悠々《いういう》と
|進《すす》ませ|給《たま》へば|曲津見《まがつみ》の  |群《むれ》は|見上《みあ》ぐるばかりの|巨石《きよせき》となり
|幾百千《いくひやくせん》とも|限《かぎ》りなく  |道《みち》の|前途《ぜんと》を|塞《ふさ》ぎつつ
|崩《くづ》れかからむと|揺《ゆる》ぎ|出《だ》す  その|光景《くわうけい》の|凄《すさま》じさ
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|曲津見《まがつみ》の  いたづらならむと|恐《おそ》れげも
なく|巌《いはほ》をば|飛《と》び|越《こ》えて  |登《のぼ》らせ|給《たま》へば|百千々《ももちぢ》の
|千引《ちびき》の|巌《いは》は|各《おの》も|各《おの》も  |綿《わた》の|如《ごと》くにゆるぎ|出《だ》し
|事《こと》の|意外《いぐわい》にあきれたる  その|活劇《くわつげき》のをかしさに
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|其《そ》の|中《なか》の  |最《もつと》も|巨大《きよだい》なる|巌《いは》の|上《へ》に
|突《つ》つ|立《た》ち|給《たま》ひつつ  |化身《けしん》の|巌《いは》を|悉《ことごと》く
タトツテチ、カコクケキと  |生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|上《あ》げて
|真言《まこと》の|巌《いは》と|為《な》し|給《たま》へば  さすがの|邪鬼《じやき》も|動《うご》き|得《え》ず
かすかに|呻吟《うめき》の|声《こゑ》たてて  |進退不動《しんたいふどう》となりにける。
『|曲津見《まがつみ》の|醜《しこ》の|奸計《たくみ》の|浅《あさ》はかさ
われを|奸計《はか》らひ|謀《はか》られけるも
|曲津神《まがかみ》は|数《かず》の|限《かぎ》りを|集《あつ》めつつ
|巌《いはほ》となりてわれにさやれり
さやりたる|曲津見《まがみ》の|神《かみ》の|化《ば》け|巌《いは》を
わが|言霊《ことたま》に|真巌《まいは》と|固《かた》めし
かくならば|曲津神等《まがつかみら》も|動《うご》くべき
|力《ちから》なからむああ|面白《おもしろ》し
|曲津神《まがかみ》の|奸計《たくみ》は|深《ふか》く|見《み》ゆれども
|生言霊《いくことたま》に|容易《たやす》く|亡《ほろ》ぶる
|亡《ほろ》ぶべき|運命《さだめ》を|持《も》てる|曲津見《まがつみ》の
|雄猛《をたけ》びこそは|憐《あは》れなりけり
わが|立《た》ちしこれの|巌《いはほ》も|曲津見《まがつみ》の
|中《なか》に|勝《すぐ》れし|輩《やから》なりける
|東側《ひがしがは》の|谷間《たにま》の|悪魔《あくま》ことごとを
|率《ひき》ゐし|曲津《まが》を|足下《そくか》にふまへるも
|曲津神《まがかみ》は|身動《みうご》きならぬ|常巌《ただいは》と
なりてかすかにうめきゐるかも』
かく|歌《うた》はせ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|百千《ももち》の|巌《いは》は|谷間《たにま》に|向《むか》つて|百雷《ひやくらい》の|落《お》つるが|如《ごと》き|大音響《だいおんきやう》をたて、|佐久那太理《さくなだり》に|落《お》ちくだち|始《はじ》めたり。
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は、この|光景《くわうけい》を|面白《おもしろ》しと|大巌《おほいは》の|上《うへ》に|立《た》ちて|瞰下《みおろ》し|給《たま》ふ|折《をり》しもあれ、|三柱比女《みはしらひめ》の|神《かみ》は|静《しづ》かに|登《のぼ》り|来《き》まし、|千引《ちびき》の|巌《いは》に|圧《あつ》せられ|泣《な》き|叫《さけ》び|給《たま》ふ|声《こゑ》、|天地《てんち》も|割《わ》るるばかり|聞《きこ》えける。ここに|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|三柱比女神《みはしらひめがみ》を|救《すく》はむと、|巨巌《きよがん》の|上《うへ》より|飛《と》び|下《お》り|給《たま》はむとせしが、|俄《にはか》に|心付《こころづ》き|給《たま》ひて、|待《ま》てしばし、|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》は|楠《くす》の|大樹《おほき》の|下蔭《したかげ》に|言霊《ことたま》|照《てら》して|鎮《しづ》まりいませば、この|谷間《たにま》を|登《のぼ》り|来《き》まさむ|理由《りゆう》なし。|曲津神《まがかみ》は|一計《いつけい》を|案《あん》じ、|吾目《わがめ》をくらまし、|三柱比女神《みはしらひめがみ》と|見《み》せかけわが|救《すく》ひゆく|谷道《たにみち》に、|上《うへ》より|巨巌《きよがん》となりし|悪魔《あくま》は|落《お》ち|来《き》て、わが|気魂《からたま》を|砕《くだ》かむ|奸計《たくみ》なるべしと|思召《おぼしめ》すより、|平然《へいぜん》として|三柱《みはしら》の|神《かみ》の|悲鳴《ひめい》を|瞰下《かんか》し|給《たま》ひつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|三柱比女《みはしらひめ》の|神《かみ》にはあらで|醜神《しこがみ》の
|醜《しこ》の|奸計《たくみ》よ|面白《おもしろ》きかな
|如何程《いかほど》に|泣《な》き|叫《さけ》ぶとも|曲津神《まがかみ》の
|醜《しこ》の|奸計《たくみ》よ|比女《ひめ》は|無事《ぶじ》なり
|比女神《ひめがみ》をわれ|救《すく》はむと|下《くだ》りなば
これの|巌《いはほ》はわれを|打《う》つべし
|永久《とこしへ》にこの|巌ケ根《いはがね》を|地《つち》|深《ふか》く
|埋《うづ》めて|千代《ちよ》のこらしめとせむ』
ここに|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は、|大巌《おほいは》の|上《うへ》に|四股《しこ》|踏《ふ》みならし|給《たま》へば、|未《ま》だ|地《つち》|稚《わか》きこの|谷川辺《たにがはべ》は、|一足《ひとあし》|踏《ふ》ます|毎《ごと》に|巨巌《きよがん》は|土中《どちう》に|一尺《いつしやく》|余《あま》りも、め|入《い》り|込《こ》みて|遂《つひ》には|其《そ》の|表面《へうめん》を|地上《ちじやう》に|現《あら》はすばかりとなりにける。
ここに|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は、この|巌《いは》を|憩所《やすど》とし、|暫《しば》し|水火《いき》を|休《やす》めて、|作戦《さくせん》|計画《けいくわく》に|時《とき》を|移《うつ》し|給《たま》ふ。|折《をり》しもあれ、
『|霊山比古《たまやまひこ》|神《かみ》の|功《いさを》の|尊《たふと》さを
|見《み》むとてわれは|天《あま》|翔《かけ》り|来《き》つ
|清水《しみづ》|湧《わ》く|泉《いづみ》の|森《もり》を|立《た》ち|出《い》でて
われいや|先《さき》に|此処《ここ》に|来《き》つるも
かくの|如《ごと》|功《いさを》のしるき|汝《なれ》なれば
いざや|進《すす》まむ|竜《りう》の|巌窟《いはや》へ
われこそは|御樋代神《みひしろがみ》の|田族比女《たからひめ》よ
ゆめ|疑《うたが》ふな|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|応《こた》へ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》と|白《まを》すは|偽《いつは》りなるよ
わが|眼《め》は|清《すが》しわが|魂《たま》|明《あか》し
|曲津見《まがつみ》は|御樋代神《みひしろがみ》と|身《み》を|変《へん》じ
われ|亡《ほろ》ぼすと|奸計《たくら》み|居《ゐ》るも
わが|敏《と》き|眼《め》|迷《まよ》はさむとする|曲津神《まがかみ》の
|奸計《たくみ》の|罠《わな》の|浅《あさ》はかなるも
|真《まこと》|汝《なれ》は|御樋代神《みひしろがみ》にあるならば
わが|言霊《ことたま》に|応《こた》へまつれよ
カコクケキ|輝《かがや》き|渡《わた》る|主《ス》の|神《かみ》の
|水火《いき》の|力《ちから》に|曲津《まが》を|照《て》らさむ
|汝《なれ》こそは|魔棲ケ谷《ますみがやつ》にたてこもる
|竜《りう》に|仕《つか》ふる|魔神《まがみ》なるべし』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|御樋代神《みひしろがみ》に|変装《へんさう》したる|邪神《じやしん》は、|何《なん》の|応《いら》へもなく、|言句《げんく》つまり、|身体《しんたい》|震《ふる》ひ|戦《をのの》き、|次第々々《しだいしだい》に|姿《かげ》|細《ほそ》り、|煙《けむり》の|如《ごと》く|消《き》え|失《う》せにける。
『|面白《おもしろ》し|曲津《まがつ》の|神《かみ》の|奸計《たくらみ》は
|今《いま》や|煙《けむり》となりて|消《き》えぬる
|百千々《ももちぢ》の|巌《いはほ》と|変《かは》り|三柱《みはしら》の
|比女神《ひめがみ》と|化《な》りさやぐ|曲津《まが》かも
|曲津見《まがつみ》は|再《ふたた》び|御樋代神《みひしろがみ》となり
われ|悩《なや》ますと|現《あら》はれしはや
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|力《ちから》に|敵《てき》しかねて
|煙《けむり》と|失《う》せけり|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》は
|白馬ケ岳《はくばがだけ》|百谷千谷《ももだにちだに》に|潜《ひそ》みたる
|曲津《まが》はしきりに|黒雲《くろくも》|吐《は》くかも
|曲津神《まがかみ》もここを|先途《せんど》と|戦《たたか》ふか
|百谷千谷《ももだにちだに》に|黒雲《くろくも》たちたつ
|巌《いは》となりてころげ|落《お》ちたる|曲津神《まがかみ》の
|猛《たけ》びの|音《おと》は|天《てん》にとどけり
いざさらば|生言霊《いくことたま》の|剣《つるぎ》もて
|曲津《まが》の|砦《とりで》に|直《ただ》に|向《むか》はむ
|見渡《みわた》せば|千峡《ちがひ》|八百峡《やほがひ》ことごとく
あやめもわかぬ|黒雲《くろくも》|包《つつ》みぬ
わが|立《た》てるこの|巌ケ根《いはがね》の|四方八方《よもやも》は
|雲霧《くもきり》|晴《は》れてそよ|風《かぜ》|渡《わた》るも
|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》もしも|登《のぼ》りませば
われは|魔神《まがみ》にあやまたれけむ
|三柱《みはしら》の|神《かみ》は|何処《どこ》までも|動《うご》かじと
|誓《ちか》ひ|給《たま》へばわれ|憚《はばか》らじ
|三柱《みはしら》の|神《かみ》の|悩《なや》みと|見《み》せかけて
われを|奸計《はか》らふ|曲津《まが》ぞ|浅《あさ》まし
|御樋代《みひしろ》の|田族《たから》の|比女《ひめ》の|神柱《かむばしら》と
なりて|曲津《まがつ》は|欺《あざむ》かむとせり
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》は|泉《いづみ》の|清森《すがもり》に
いまして|光《ひかり》を|送《おく》らせ|給《たま》ふも
|曲津神《まがかみ》の|奸計《たくみ》は|深《ふか》く|見《み》ゆれども
|為《な》す|業《わざ》|見《み》れば|浅《あさ》はかなるも
|曲津見《まがつみ》の|一部《いちぶ》は|巌《いは》と|固《かた》まりて
わが|魂線《たましひ》はしばし|休《やす》らふ
|今《いま》よりは|向《むか》つ|谷辺《たにべ》に|渡《わた》らひて
|保宗比古《もちむねひこ》の|神業《みわざ》たすけむ』
(昭和八・一二・一五 旧一〇・二八 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
第一七章 |剣槍《けんさう》の|雨《あめ》〔一九四九〕
『|主《ス》の|言霊《ことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|紫微天界《しびてんかい》の|中《なか》にして
|万里《ばんり》の|海《うみ》に|浮《うか》びたる
|万里《まで》の|島根《しまね》は|地《つち》|稚《わか》く
|国内《くぬち》|未《いま》だに|定《さだ》まらず
|雲霧《くもきり》|四方《よも》に|塞《ふさ》がりて
|時《とき》じく|邪鬼《じやき》は|跳梁《てうりやう》し
|森羅万象《すべてのもの》の|生命《せいめい》を
|損《そこな》ひ|破《やぶ》る|忌々《ゆゆ》しさに
|御樋代神《みひしろがみ》と|生《あ》れませる
|田族《たから》の|比女《ひめ》の|神柱《かむばしら》
|此《この》|土《ど》の|司《つかさ》とましまして
|森羅万象《すべてのもの》を|守《まも》らむと
|万里ケ丘《までがをか》なる|聖所《すがどこ》に
|仮《かり》の|御舎《みあらか》|建《た》て|給《たま》ひ
|十柱神《とはしらがみ》を|従《したが》へて
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|太祝詞《ふとのりと》
|宣《の》らせ|給《たま》へど|如何《いかが》せむ
|国土《くに》の|初《はじ》めに|生《うま》れたる
|邪気《じやき》のかたまり|太刀膚《たちはだ》の
|醜《しこ》の|竜神《たつがみ》|大蛇《をろち》|等《ら》は
|吾物顔《わがものがほ》に|跳梁《てうりやう》し
|万里《まで》の|島根《しまね》は|常闇《とこやみ》の
|淋《さび》しき|世界《せかい》となりにけり
|田族《たから》の|比女《ひめ》の|神司《かむづかさ》
この|惨状《さんじやう》を|除《のぞ》かむと
いよいよ|十柱神々《とはしらかみがみ》を
|従《したが》へ|泉《いづみ》の|森林《しんりん》に
|其《そ》の|本営《ほんえい》を|定《さだ》めまし
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|南側《なんそく》の
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に|立《た》て|籠《こも》る
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》に|言霊《ことたま》の
|征矢《そや》を|放《はな》ちつ|照《て》らさせつ
|吾等《われら》|八柱神司《やはしらかむづかさ》
いよいよ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|奥深《おくふか》く
|進《すす》ませ|給《たま》ふ|今日《けふ》こそは
|天地《あまつち》|開《ひら》けしはじめより
|例《ためし》もあらぬ|神業《かむわざ》ぞ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|幸《さちは》ひいちじるく
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》を|悉《ことごと》く
|言向《ことむ》け|和《やは》せ|此《こ》の|国土《くに》の
|雲霧《うんむ》も|隈《くま》なく|掃蕩《さうたう》し
|心安国《うらやすくに》の|心安《うらやす》く
|生《い》きとし|生《い》けるものみなの
|生命《いのち》を|永久《とは》に|守《まも》るべく
|吾《わが》|言霊《ことたま》に|極《きは》みなき
|生命《いのち》と|光《ひかり》を|賜《たま》へかし
|谷《たに》の|流《なが》れは|淙々《そうそう》と
|木霊《こだま》に|響《ひび》き|山風《やまかぜ》は
|吾等《われら》の|前途《ぜんと》に|吹《ふ》き|荒《すさ》ぶ
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》は|今日《けふ》の|日《ひ》の
|言霊戦《ことたまいくさ》に|辟易《へきえき》し
|周章狼狽《しうしやうらうばい》せし|結果《けつくわ》
いろいろ|雑多《ざつた》に|身《み》を|変《へん》じ
あらゆる|詐術《さじゆつ》を|施《ほどこ》して
|必死《ひつし》となりて|防《ふせ》ぐなる
|此《こ》の|首途《かどいで》の|面白《おもしろ》さ
|曲津《まが》の|奸計《たくみ》の|深《ふか》くとも
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は|暗《くら》くとも
|谷《たに》の|流《なが》れは|濁《にご》るとも
|道《みち》の|難所《なんしよ》は|多《おほ》くとも
|如何《いか》で|恐《おそ》れむ|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|力《ちから》にいや|進《すす》み
|曲津《まが》の|砦《とりで》に|立《た》ち|向《むか》ひ
|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》もて
|根本的《こんぽんてき》に|顛覆《てんぷく》し
|此《こ》の|世《よ》の|害《がい》を|除《のぞ》くべし
|吾等《われら》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》
|生言霊《いくことたま》の|水火《いき》かりて
|現《あら》はれ|出《い》でしものならば
|進《すす》まむ|道《みち》に|仇《あだ》をなす
|曲津《まが》はことごと|消《き》え|失《う》せむ
ああ|面白《おもしろ》や|勇《いさ》ましや
|神《かみ》の|依《よ》さしの|今日《けふ》の|旅《たび》
|守《まも》らせ|給《たま》へと|主《ス》の|神《かみ》の
|御前《みまへ》に|慎《つつ》しみ|願《ね》ぎ|奉《まつ》る
|御前《みまへ》に|慎《つつ》しみ|願《ね》ぎ|奉《まつ》る』
|斯《か》く|歌《うた》ひつつ、|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|谷間《たにま》を|伝《つた》うて|登《のぼ》らせ|給《たま》ふ|折《をり》もあれ、|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》の|神力《みちから》に、|巌《いはほ》と|固《かた》まりし|曲津《まがつ》の|化身《けしん》なる|石村《いはむら》は、|雨霰《あめあられ》と|谷底《たにそこ》に|向《むか》つて|矢《や》を|射《い》る|如《ごと》く|急転直下《きふてんちよくか》し|来《きた》り、|前後《ぜんご》|左右《さいう》に|落下《らくか》するさま、|百雷《ひやくらい》の|一時《いちじ》に|轟《とどろ》く|如《ごと》く、|百狼《ひやくらう》の|一時《いちじ》に|吠《ほ》え|猛《たけ》るが|如《ごと》く、|川底《かはぞこ》の|石《いし》と|石《いし》と|相打《あひう》ちて|迸《ほとばし》る|火光《くわくわう》は、|恰《あたか》も|電光《でんくわう》の|閃《ひらめ》けるが|如《ごと》くにして、|其《その》|凄惨《せいさん》のさま、|形容《けいよう》すべからざるに|到《いた》りける。|岩飛礫《いはつぶて》の|雨《あめ》の|中《なか》に|悲鳴《ひめい》をあげて|号泣《ごうきふ》する|女神《めがみ》あり。|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は、|声《こゑ》する|方《かた》に|眼《まなこ》を|注《そそ》がせ|給《たま》へば、|豈計《あにはか》らむや、|御樋代神《みひしろがみ》にまします|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は、|巨巌《きよがん》に|圧《あつ》せられ|九死一生《きうしいつしやう》の|苦難《くなん》に|遇《あ》ひ|給《たま》ふにぞありける。
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は、|素破《すは》|一大事《いちだいじ》、|身命《しんめい》を|賭《と》しても|御樋代神《みひしろがみ》の|御身《おんみ》を|救《すく》ひ|奉《まつ》らむと、|今《いま》や|谷間《たにま》に|向《むか》つて|飛《と》び|込《こ》まむとし|給《たま》ひし|刹那《せつな》、|何神《なにがみ》の|声《こゑ》とも|知《し》らず、|空《そら》より|一口《ひとくち》「|待《ま》て」との|大喝《たいかつ》|一声《いつせい》|耳《みみ》に|響《ひび》きければ、|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は、はつと|気《き》が|付《つ》き、|御樋代神《みひしろがみ》は|泉《いづみ》の|森《もり》の|本営《ほんえい》におはしまして、|一歩《いつぽ》も|進《すす》ませ|給《たま》はざれば、かかる|谷間《たにま》におはす|筈《はず》なし、|全《まつた》く|醜神《しこがみ》の|吾等《われら》を|苦《くる》しめむとする|奸計《たくみ》なるべしと|思《おぼ》ほすより、|俄《にはか》に|勇気《ゆうき》|百倍《ひやくばい》し、|谷底《たにそこ》に|雨霰《あめあられ》と|時《とき》じく|落《お》ちくだつ|巌《いはほ》の|雨《あめ》を|打《う》ち|見《み》やりつつ、|平然《へいぜん》として|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|面白《おもしろ》し|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|曲津見《まがつみ》の
|力《ちから》|限《かぎ》りの|演劇《わざをぎ》なるかも
|千引巌《ちびきいは》の|降《ふ》るよと|見《み》しは|曲神《まがかみ》の
|醜《しこ》の|輩《やから》の|断末魔《だんまつま》なる
|霊山比古《たまやまひこ》|神《かみ》の|宣《の》らせる|言霊《ことたま》に
|曲津《まがつ》は|石《いは》となりて|落《お》ちしよ
|斯《か》くならば|此《これ》の|谷《たに》|沿《そ》ひ|曲津見《まがつみ》の
その|大方《おほかた》は|潰《つひ》えたるらし
|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》たちの|宣《の》り|給《たま》ふ
|生言霊《いくことたま》かあたり|明《あか》るし
|耳《みみ》すませ|滝津瀬《たきつせ》の|音《おと》を|窺《うかが》へば
|三柱神《みはしらがみ》の|御声《みこゑ》|響《ひび》けり
|百条《ももすぢ》の|谷《たに》の|流《なが》れを|集《あつ》めたる
この|大谷《おほたに》の|水《みづ》は|濁《にご》れり
|谷底《たにそこ》ゆ|湧《わ》き|立《た》つ|霧《きり》は|膨《ふく》れ|膨《ふく》れ
|竜《たつ》の|形《かたち》となりて|昇《のぼ》り|来《く》
|面白《おもしろ》く|姿《すがた》を|変《か》ふる|谷《たに》の|間《ま》の
|霧《きり》は|次第《しだい》に|薄《うす》らぎゆくも』
|斯《か》く|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|空《そら》|俄《にはか》に|黒雲《くろくも》|襲《おそ》ひ|来《きた》り、|咫尺《しせき》を|弁《べん》ぜず|常闇《とこやみ》となり、|雷《いかづち》|轟《とどろ》き|電光《いなづま》|走《はし》り、|驟雨沛然《しううはいぜん》として|臻《いた》り、|白馬下《はくばおろ》しの|風《かぜ》は、さしもに|重《おも》き|千引《ちびき》の|巌《いは》を|木《こ》の|葉《は》の|如《ごと》く|吹《ふ》き|散《ち》らし、|槍《やり》の|雨《あめ》、|剣《つるぎ》の|雨《あめ》、|間断《かんだん》なく|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》の|身辺《しんぺん》に|向《むか》つて|殊更《ことさら》しげく|降《お》り|注《そそ》ぎ、その|危険《きけん》|到底《たうてい》|言語《げんご》のつくし|得《う》べからざるに|迫《せま》りける。|曲津神《まがつかみ》は|此処《ここ》を|先途《せんど》と|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》して|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》の|征途《せいと》を|扼《やく》し、|且《か》つ|滅亡《めつばう》せしめむと、|必死《ひつし》の|力《ちから》をここに|集注《しふちう》せしなり。
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は、|曲神《まがかみ》の|猛烈《まうれつ》なる|邪気《じやき》に|囲繞《ゐねう》されて、|呼吸《いき》つまり|胸《むね》|苦《くる》しく、|頭《かしら》は|痛《いた》み|出《だ》し|手足《てあし》の|働《はたら》き|全《まつた》く|止《とど》まり、|生言霊《いくことたま》に|使用《しよう》すべき|天《あま》の|瓊矛《ぬぼこ》なる|舌《した》は、|硬《こは》ばりて|如何《いかん》ともするに|由《よし》なく|進退《しんたい》ここにきはまりて|唯《ただ》|曲津見《まがつみ》の|為《な》すがままに|任《まか》せ|死《し》を|待《ま》つより|外《ほか》|何《なん》の|手段《てだて》もなかりける。
かかる|所《ところ》へ|泉《いづみ》の|森《もり》の|彼方《あなた》より、|巨大《きよだい》なる|火光《くわくわう》|轟々《がうがう》と|大音響《だいおんきやう》をたて、|天地《てんち》を|震動《しんどう》させながら、|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》の|頭上《づじやう》|高《たか》く|光《ひか》りて、|前後《ぜんご》|左右《さいう》に|舞《ま》ひ|狂《くる》ひければ、|谷間《たにま》の|邪気《じやき》は|跡形《あとかた》もなく|消《き》え|失《う》せ、|巌《いはほ》の|雨《あめ》も|槍剣《さうけん》の|暴雨《はやあめ》も|影《かげ》をかくし、|天地《てんち》|寂然《せきぜん》として|太陽《たいやう》の|光《ひかり》|隈《くま》なく|伊照《いて》らし|給《たま》ひければ、ここに|始《はじ》めて|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》は|活動《くわつどう》の|自由《じいう》を|得《え》、|身心《しんしん》|忽《たちま》ち|爽快《さうくわい》となりて、|幾千億《いくせんおく》の|敵《てき》にも|屈《くつ》せざる|大勇猛心《だいゆうまうしん》に|蘇《よみが》へり|給《たま》ひけるぞ|畏《かしこ》けれ。
『|面白《おもしろ》き|曲津《まがつ》の|神《かみ》のすさびかな
|醜言霊《しこことたま》のわざをぎ|始《はじ》めし
|剣《つるぎ》|槍《やり》|巌《いはほ》の|雨《あめ》を|降《ふ》らせつつ
|吾身《わがみ》の|周囲《まはり》を|驚《おどろ》かせける
|吾《われ》もまた|醜《しこ》の|曲津《まがつ》に|囲《かこ》まれて
|身動《みうご》きならず|苦《くる》しみしはや
|曲津見《まがつみ》も|侮《あなど》り|難《がた》き|力《ちから》もちて
|神《かみ》のいくさをなやませしはや
|時《とき》じくに|生言霊《いくことたま》を|唱《とな》ふべき
|道《みち》|忘《わす》れをり|心《こころ》あせりて
|吾《わが》|神魂《みたま》|進退《しんたい》ここにきはまりしを
|助《たす》けたまひぬ|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は
|知《し》らず|識《し》らず|心《こころ》|驕《おご》りて|曲津見《まがつみ》の
|醜《しこ》の|奸計《たくみ》におちいりにけり
|今更《いまさら》に|吾《わが》|魂線《たましひ》の|緩《ゆる》みたる
こと|悔《く》ゆれども|詮《せん》なし|恥《は》づかし
|今《いま》よりは|心《こころ》の|駒《こま》を|引《ひ》きしめて
|時《とき》じく|宣《の》らむ|貴《うづ》の|神言《かみごと》を
|曲津見《まがつみ》の|影《かげ》はあとなく|消《き》え|失《う》せて
|谷間《たにま》を|渡《わた》る|風《かぜ》の|音《ね》|清《すが》しき
|淙々《そうそう》と|落《お》ちて|流《なが》るる|滝津瀬《たきつせ》の
|水音《みなおと》さへも|冴《さ》え|渡《わた》りける
|曲津見《まがつみ》は|第一戦《だいいつせん》に|敗北《はいぼく》し
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|奥《おく》に|隠《かく》れしか
|飽《あ》くまでも|追撃戦《つゐげきせん》を|継続《けいぞく》し
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《みわざ》を|遂《と》げむ
|向《むか》ふ|岸《ぎし》の|巌《いはほ》の|上《うへ》に|言霊《ことたま》の
|光《ひかり》を|放《はな》ちて|霊山比古《たまやまひこ》は|立《た》たすも
|霊山比古《たまやまひこ》|神《かみ》の|祈《いの》りに|御樋代神《みひしろがみ》は
|光《ひかり》となりて|出《い》でましにけむ
|霊山比古《たまやまひこ》|神《かみ》の|著《しる》けき|神力《みちから》に
|比《くら》べて|吾《われ》は|小《ちひ》さきものなり
|知《し》らず|識《し》らず|曲神《まがみ》をきたむと|吾《わが》|心《こころ》
|驕《おご》りしものか|憂《う》き|目《め》に|遇《あ》ひしよ
|第一《だいいち》の|曲津《まが》の|作戦《さくせん》かくのごと
|激《はげ》しきものとは|思《おも》はざりしよ
|次々《つぎつぎ》に|醜《しこ》の|曲津《まがつ》は|全力《ぜんりよく》を
|尽《つく》して|吾等《われら》に|迫《せま》り|来《く》るらむ
|寡《くわ》をもちて|衆《しう》に|対《たい》する|此《こ》の|神業《みわざ》
なみなみならぬ|言霊戦《ことたません》なり
|霊山比古《たまやまひこ》|神《かみ》の|姿《すがた》はつぎつぎに
|小《ちひ》さく|見《み》えつ|高《たか》のぼりませり
|吾《われ》もまた|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》にて
これの|谷間《たにま》をのぼり|進《すす》まばや
|谷《たに》の|間《ま》を|深《ふか》く|包《つつ》みし|黒雲《くろくも》の
|影《かげ》|消《き》え|去《さ》りて|輝《かがや》く|日《ひ》の|光《かげ》』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》はかく|述懐歌《じゆつくわいか》をうたひながら、|岩根《いはね》|木根《きね》|踏《ふ》みさくみつつ|神言《かみごと》を|不断的《ふだんてき》に|宣《の》りあげて、|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|森林《しんりん》さしてのぼらせ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一六 旧一〇・二九 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)
第一八章 |国津女神《くにつめがみ》〔一九五〇〕
『|永久《とは》に|動《うご》かぬ|万里ケ丘《までがをか》
|下津岩根《したついはね》に|立《た》たせます
|御樋代神《みひしろがみ》の|大御前《おほみさき》
|仕《つか》へ|奉《まつ》りて|荒野原《あらのはら》
|駒《こま》に|跨《またが》りとうとうと
|泉《いづみ》の|森《もり》に|立《た》ち|向《むか》ひ
ここにやうやく|黄昏《たそが》れて
|月下《げつか》の|清水《しみづ》に|禊《みそぎ》しつ
|一夜《いちや》の|露《つゆ》の|雨宿《あまやど》り
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|曲神《まがかみ》を
|征服《せいふく》すべく|事謀《ことはか》り
|御樋代神《みひしろがみ》はこの|森《もり》を
|大本営《だいほんえい》と|定《さだ》めまし
|輪守《わもり》の|比古神《ひこがみ》|左守《さもり》とし
|若春比古《わかはるひこ》を|右守《うもり》とし
|五男三女《ごなんさんぢよ》の|吾々《われわれ》は
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|曲津見《まがつみ》を
|征服《せいふく》せむと|勇《いさ》み|立《た》ち
|駒《こま》の|手綱《たづな》を|引《ひ》きしぼり
|馬背《ばはい》に|鞭《むち》を|当《あ》てながら
|果《はて》しも|知《し》らぬ|萱野原《かやのはら》
|一目散《いちもくさん》に|馳《は》せ|渡《わた》り
|小笹ケ原《をざさがはら》の|楠《くす》の|森《もり》
|此処《ここ》に|一行《いつかう》|相会《あひくわい》し
いよいよ|作戦《さくせん》|計略《けいりやく》を
|定《さだ》めて|各《おのおの》|一条《ひとすぢ》の
|道《みち》をたどりて|攻《せ》めのぼる
|今日《けふ》の|生日《いくひ》は|御空《みそら》|晴《は》れ
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》もさはやかに
|谷間《たにま》を|落《お》つる|滝津瀬《たきつせ》の
|音《おと》|淙々《そうそう》と|聞《きこ》ゆなり
|吾《われ》はヰ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》に
|鳴《な》り|出《い》で|茲《ここ》に|神《かみ》となり
|御樋代神《みひしろがみ》に|従《したが》ひて
|万里《まで》の|島根《しまね》に|仇《あだ》をなす
|八十曲津見《やそまがつみ》の|禍《わざはひ》を
|残《のこ》る|隈《くま》なく|払《はら》はむと
|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》もて
|岩石《がんせき》|崎嶇《きく》たる|近道《ちかみち》を
|岩《いは》の|根《ね》|木《き》の|根《ね》|踏《ふ》みさくみ
|登《のぼ》り|行《ゆ》くこそ|楽《たの》しけれ
|今《いま》まで|晴《は》れし|大空《おほぞら》は
|忽《たちま》ち|黒雲《くろくも》ふさがりて
|天日《てんじつ》|光《ひかり》を|失《うしな》ひつ
|谷間《たにま》に|湧《わ》き|立《た》つ|深霧《ふかぎり》は
ふくれ|拡《ひろ》ごり|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに
あやしき|形《かたち》をあらはして
|煙《けむり》の|如《ごと》く|燃《も》え|上《あが》り
わが|行《ゆ》く|道《みち》をさへぎりぬ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》に
|醜《しこ》の|曲津見《まがつ》の|曲業《まがわざ》を
|退《しりぞ》け|散《ち》らし|元《もと》の|如《ごと》
|清《きよ》くさやけき|天津日《あまつひ》の
|光《ひかり》を|照《て》らさせ|給《たま》へかし
わが|身辺《しんぺん》を|包《つつ》みたる
|雲《くも》と|霧《きり》とにひそみたる
|曲津見《まがみ》の|邪気《じやき》はものすごく
|吾《われ》に|迫《せま》りて|息《いき》さへも
|全《また》く|苦《くる》しくなりにけり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
わが|言霊《ことたま》に|命《いのち》あれよ
|生言霊《いくことたま》に|幸《さち》あれよ』
|斯《か》く|歌《うた》はせたまひつつ、|谷川《たにがは》の|難路《なんろ》を|攀《よ》ぢのぼりたまふ|折《をり》しもあれ、|前後《ぜんご》|左右《さいう》より|飛《と》び|出《だ》したる|凄《すさま》じき|猪《ゐのしし》の|群《むれ》は、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》の|前後《ぜんご》|左右《さいう》を|取《と》り|巻《ま》き、|鳥《とり》のごとく|頭上《づじやう》を|飛《と》び|交《か》ひ、|鋭利《えいり》なる|爪《つめ》をとがらせ、|比古神《ひこがみ》の|両眼《りやうがん》を|掻《か》きやぶらむと|迫《せま》り|来《く》るにぞ、|今《いま》はこれまでなりと、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|臍下丹田《せいかたんでん》に|息《いき》をこらし、|芝生《しばふ》の|上《うへ》に|端坐《たんざ》しながら、|天《てん》に|向《むか》つて|両手《りやうて》をあはせ、
『|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》
|九《ここの》|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》の|神《かみ》よ
|集《あつ》まりましまして
|曲津見《まがつ》の|征途《きため》に|立《た》ち|向《むか》ふ
わが|行《ゆ》く|道《みち》にさやりたる
|曲津見《まがつ》の|群《むれ》をことごとく
|追《お》ひそけ|給《たま》へ|惟神《かむながら》
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御前《おんまへ》に
|赤《あか》き|清《きよ》けき|村肝《むらきも》の
|心《こころ》|照《て》らして|願《ね》ぎ|奉《まつ》る
ああ|惟神《かむながら》|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|力《ちから》に|光《ひかり》あれ』
|斯《か》く|歌《うた》はせ|給《たま》ふや、|四辺《あたり》を|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》は|次第々々《しだいしだい》にうすらぎて、|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》はほのぼのと|谷間《たにま》を|照《て》らし|給《たま》ひければ、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|神徳《しんとく》の|宏大《くわうだい》なるに|感泣《かんきふ》しつつ、|道《みち》の|傍《かたへ》の|巌《いは》の|上《うへ》に|端坐《たんざ》して|息《いき》を|休《やす》め、|且《か》つ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|行手《ゆくて》|閉《と》ぢふさぎたる|雲霧《くもきり》も
|宣《の》る|言霊《ことたま》に|散《ち》り|失《う》せにけり
|曲神《まがかみ》はわが|行《ゆ》く|先《さき》にさやりつつ
|力《ちから》かぎりに|刃向《はむか》ひ|来《きた》るも
|醜草《しこぐさ》を|薙《な》ぎて|放《はふ》りて|進《すす》みゆかむ
|言霊剣《ことたまつるぎ》ふりかざしつつ
|万里《まで》の|島《しま》の|曲津見《まがみ》|悉《ことごと》|集《あつ》まりし
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は|清《きよ》めでおくべき
|醜神《しこがみ》を|斬《き》りて|放《はふ》りて|万里《まで》の|島《しま》の
あらゆるものの|水火《いき》を|守《まも》らむ
|濁《にご》りたる|水火《いき》に|包《つつ》まれ|森羅万象《ものみな》は
|生気《せいき》|褪《あ》せつつ|萎《しな》びゐるかも
|雨《あめ》となり|雲霧《くもきり》となり|巌《いは》となりて
|曲津見《まがみ》は|前途《ぜんと》をさへぎらむとすも
|霊山比古《たまやまひこ》|保宗比古《もちむねひこ》の|二柱《ふたはしら》
|神《かみ》の|功《いさを》を|知《し》りたくぞ|思《おも》ふ
|谷《たに》べりの|荊蕀《けいきよく》|分《わ》けて|進《すす》み|行《ゆ》く
|道《みち》の|隈手《くまで》を|守《まも》らせたまへ
|仰《あふ》ぎみれば|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|空《そら》|高《たか》み
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》しきりに|湧《わ》き|立《た》つ
|百千谷《ももちだに》|飛《と》び|越《こ》え|草《くさ》むら|分《わ》け|登《のぼ》る
わが|行《ゆ》く|道《みち》に|恙《つつが》あらすな
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|守《まも》られて
|曲津《まが》のすみかを|吾《わが》|登《のぼ》り|行《ゆ》くも
|尾《を》の|上《へ》|吹《ふ》く|風《かぜ》の|響《ひびき》もさやさやに
わが|踏《ふ》む|山路《やまぢ》の|草《くさ》はなびけり
|雲霧《くもきり》となりてさやりし|曲津見《まがつみ》は
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に|逃《に》げ|去《さ》りにけむ
|曲津神《まがかみ》の|醜《しこ》の|奸計《たくみ》のあさければ
またもや|破《やぶ》れむ|生言霊《いくことたま》に
|五柱《いつはしら》の|神《かみ》の|打《う》ち|出《だ》す|言霊《ことたま》に
|千万《ちよろづ》の|曲津《まが》は|遂《つひ》に|滅《ほろ》びむ
|御樋代神《みひしろがみ》|三柱比女神《みはしらひめがみ》|遠《とほ》くより
|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》|照《て》らせり
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|尊《たふと》さを
|初《はじ》めて|知《し》りぬおろかしき|吾《われ》は
|遠《とほ》くおもひ|深《ふか》く|計《はか》りて|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》は|泉《いづみ》の|森《もり》にいますか
|清水《しみづ》|湧《わ》く|泉《いづみ》の|森《もり》は|主《ス》の|神《かみ》の
|水火《いき》の|凝《こ》りたる|御舎《みあらか》ならむ
|夕《ゆふ》されば|曲津《まが》は|猛《たけ》ばむ|天津日《あまつひ》の
ある|間《ま》に|進《すす》まむ|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|大《おほ》いなる|巌《いは》の|蔭《かげ》より、|朱《あけ》に|染《そ》みたる|布《ぬの》を|抱《かか》へながら、|両眼《りやうがん》を|腫《は》らせ、|泣《な》き|沈《しづ》みつつ|降《くだ》り|来《きた》る|女神《めがみ》あり。この|女神《めがみ》は|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|近《ちか》み|来《きた》り、|両手《りやうて》を|合《あは》せ、うづくまり、|嗚咽《をえつ》|涕泣《ていきふ》し、|何事《なにごと》か|訴《うつた》ふるものの|如《ごと》く、|全身《ぜんしん》に|波《なみ》を|打《う》たせゐる。
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は、こは|様子《やうす》あらむと|女神《めがみ》の|背《せ》を|撫《な》でさすり、|言葉《ことば》|淑《しとや》かに、
『|何神《なにがみ》におはしますかは|知《し》らねども
|名乗《なの》らせ|給《たま》へ|汝《なれ》がありかを
|邪神《まがみ》|棲《す》むこの|高山《たかやま》に|如何《いか》にして
|一人《ひとり》いますかいぶかしみ|思《おも》ふ』
|女神《めがみ》『|吾《われ》こそは|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|峡《かひ》に|住《す》む
|尾上《をのへ》と|申《まを》す|国津神《くにつかみ》なり
|時《とき》じくに|醜《しこ》の|曲津《まがつ》に|攻《せ》められて
|吾《われ》は|一人《ひとり》を|苦《くる》しみつづくる
|天津神《あまつかみ》|曲津《まが》の|征途《きため》にのぼりますと
|聞《き》くより|吾《われ》は|迎《むか》へ|奉《まつ》りぬ
|朝夕《あさゆふ》を|涙《なみだ》に|暮《く》らす|国津神《くにつかみ》の
|淋《さび》しき|境遇《すぐせ》を|助《たす》けたまはれ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|仕《つか》へし|汝《な》が|神《かみ》の
|力《ちから》にすがると|迎《むか》へ|来《き》つるも
わが|庵《いほ》は|千引《ちびき》の|巌《いは》の|片蔭《かたかげ》よ
いざや|暫《しば》しを|休《やす》ませたまへ
いざさらばわが|住《す》む|庵《いほ》に|導《みちび》かむ
|続《つづ》かせ|給《たま》へ|天津大神《あまつおほかみ》』
|斯《か》く|歌《うた》もて|答《こた》へつつ|静々《しづしづ》と|前《まへ》に|立《た》ち、|立居物腰《たちゐものごし》も|淑《しとや》かに|進《すす》むにぞ、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|怪《あや》しき|者《もの》|御参《ござん》なれと|思召《おぼしめ》しつつ、さあらぬ|体《てい》にて|女神《めがみ》の|後《あと》に|従《したが》ひ、|千引《ちびき》の|巌蔭《いはかげ》のささやかなる|萱《かや》もて|葺《ふ》きたる|庵《いほり》の|前《まへ》に|近《ちか》づき、|内《なか》にも|入《はい》らず|佇《たたず》ませ|給《たま》ひける。
|比女神《ひめがみ》は|庵《いほり》の|内《なか》より、|細《ほそ》き|悲《かな》しき|声《ごゑ》を|張《は》り|上《あ》げて、
『|直道比古《なほみちひこ》|神《かみ》の|神言《みこと》よみにくけれど
わが|家《や》に|入《い》りて|休《やす》ませ|給《たま》へ
|願《ねが》ひたきことの|山々《やまやま》ありぬれば
|入《い》らせ|給《たま》へよ|庵《いほり》の|内《なか》に
|父《ちち》も|母《はは》もわが|同胞《はらから》もことごとく
ほろびてかなしき|一人住居《ひとりずまゐ》よ
|曲津《まが》の|棲《す》む|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は|道《みち》|遠《とほ》し
しばしを|休《やす》らひ|出《い》で|立《た》ちまさね
|雄々《をを》しかる|神《かみ》の|助《たす》けに|吾《われ》もまた
|邪神《まがみ》の|棲処《すみか》を|知《し》らせ|奉《まつ》らむ
|兎《と》も|角《かく》も|曲津《まが》の|奸計《たくみ》のことごとを
さとりし|吾《われ》をうべなひ|給《たま》はれ』
|女神《めがみ》は|小《ちひ》さき|庵《いほり》の|内《なか》より|細《ほそ》き|優《やさ》しき|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げて、|頻《しき》りに|比古神《ひこがみ》を|庵《いほり》の|内《なか》に|入《い》らせ|給《たま》へと|勧《すす》めたりけれども、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|頭脳《づなう》|明敏《めいびん》にして|容易《ようい》に|迷《まよ》ひ|給《たま》はず、|万一《まんいち》この|庵《いほり》に|吾《われ》|入《い》りなば、|千引《ちびき》の|巌《いは》は|忽《たちま》ちわが|頭上《づじやう》に|倒《たふ》れ|来《きた》り、|身体《しんたい》を|木端微塵《こつぱみぢん》に|打《う》ち|砕《くだ》くべき|邪神《まがみ》の|計略《けいりやく》ならむと|一歩《いつぽ》も|動《うご》き|給《たま》はず、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『くさぐさの|甘《あま》き|言葉《ことば》に|誘《いざな》ふも
|吾《われ》は|迷《まよ》はず|曲津見《まがみ》の|罠《わな》には
|汝《なれ》こそは|大蛇《をろち》の|化身《けしん》よ|巌ケ根《いはがね》に
|永久《とは》にひそみて|禍《わざ》なせし|神《かみ》よ
いざさらば|汝《なれ》が|正体《まさみ》をあらはして
|神《かみ》の|力《ちから》を|照《て》らして|見《み》むかも
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|千万《ちよろづ》の|神《かみ》よ
|生言霊《いくことたま》の|光《ひか》り|照《て》らさせ|給《たま》へ
|惟神《かむながら》|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》おはしませ』
と|大音声《だいおんじやう》に|呼《よ》ばはり|給《たま》へば、|以前《いぜん》の|女神《めがみ》は|忽《たちま》ちものすごき|長大身《ナーガラシヤー》と|還元《くわんげん》し、|黒雲《くろくも》を|起《おこ》し、|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|方面《はうめん》さして|一瀉千里《いつしやせんり》の|勢《いきほひ》をもつて|逃《に》げ|出《いだ》すこそ|恐《おそ》ろしき。
『|醜神《しこがみ》は|奸計《たくみ》の|裏《うら》を|看破《みやぶ》られ
|生言霊《いくことたま》に|逃《に》げ|失《う》せにけり
|比女神《ひめがみ》となりてわが|身《み》をあざむきし
|大蛇《をろち》の|奸計《たくみ》は|破《やぶ》れけるかも
|千引巌《ちびきいは》そよ|吹《ふ》く|風《かぜ》にもゆらゆらと
|動《うご》き|出《いだ》せり|邪神《まがみ》の|化身《けしん》か
|邪神《まがみ》ならばわが|言霊《ことたま》に|吹《ふ》き|散《ち》れよ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》』
|百千万《ももちよろづ》と|皆《みな》まで|宣《の》らせ|給《たま》はぬに、さしもに|高《たか》き|広《ひろ》き|大《おほ》いなる|千引《ちびき》の|巌ケ根《いはがね》は、|枯木《かれき》の|倒《たふ》れる|如《ごと》く|谷間《たにま》に|向《むか》つて|顛落《てんらく》し、|百雷《ひやくらい》の|落《お》つるが|如《ごと》き|声《こゑ》たてて|百千万《ももちよろづ》の|破片《はへん》となり、|脆《もろ》くも|溪流《けいりう》に|落《お》ち|入《い》りにける。
『|曲津見《まがつみ》の|醜《しこ》の|奸計《たくみ》のあさはかさ
|千引《ちびき》の|巌《いは》も|千々《ちぢ》に|砕《くだ》けつ
|大空《おほぞら》の|雲《くも》もやうやく|吹《ふ》き|散《ち》りて
この|山道《やまみち》に|陽《ひ》はかをるなり
|百千花《ももちばな》|道《みち》の|左右《さいう》に|咲《さ》き|満《み》ちて
|吹《ふ》きくる|水火《いき》も|芳《かむ》ばしきかな
|澄《す》みきらふ|水火《いき》をくまなく|呼吸《こきふ》して
|吾《わが》|気魂《からたま》はよみがへりたり
|今《いま》よりは|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|邪神《まがみ》の|砦《とりで》を|粉砕《ふんさい》せむかな』
(昭和八・一二・一六 旧一〇・二九 於大阪分院蒼雲閣 内崎照代謹録)
第一九章 |邪神全滅《じやしんぜんめつ》〔一九五一〕
|茲《ここ》に|五柱《いつはしら》の|男神《をがみ》は、|谷間《たにま》の|嶮《けん》を|千辛万苦《せんしんばんく》を|重《かさ》ねつつ|辛《から》うじて|突破《とつぱ》し、|魔棲ケ谷《ますみがやつ》を|囲《かこ》める|丘《をか》の|廻《まは》りに|佇《たたず》み|給《たま》ひて、|各自《おのもおのも》|力《ちから》|限《かぎ》りに|生言霊《いくことたま》の|征矢《そや》を|間断《かんだん》なく|放《はな》ち|給《たま》ひければ、|遉《さすが》の|曲津見《まがつみ》も|居耐《ゐたたま》らず|此処《ここ》を|先途《せんど》と|必死《ひつし》の|力《ちから》を|現《あら》はし、|百千《ももち》の|邪神《まがかみ》は|雲霧《くもきり》となり|岩《いは》となり|火《ひ》の|玉《たま》となり、|前後《ぜんご》|左右《さいう》に|狂《くる》ひ|廻《まは》り、|幾度《いくど》となく|五柱神《いつはしらがみ》の|身辺《しんぺん》を|襲《おそ》ひ|危険《きけん》|刻々《こくこく》に|迫《せま》りければ、|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》はもはやこれ|迄《まで》なりと|臍下丹田《せいかたんでん》に|力《ちから》を|籠《こ》め、
『ア オ ウ エ イ』
と|繰《く》り|返《かへ》し|繰《く》り|返《かへ》し|宣《の》らせ|給《たま》ひければ、|山麓《さんろく》の|小笹ケ原《をざさがはら》の|傍《かたはら》なる|楠《くす》の|森《もり》に、|手具脛《てぐすね》ひいて|待《ま》ち|給《たま》ひける|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》は、わが|乗《の》り|来《きた》りし|駿馬《はやこま》に|向《むか》ひ、
『タ ト ツ テ チ
ハ ホ フ ヘ ヒ』
と|力《ちから》|限《かぎ》りに|言霊《ことたま》を|宣《の》り|給《たま》ひけるにぞ、|駒《こま》は|忽《たちま》ち|大《おほい》なる|翼《つばさ》を|生《はや》し、|長大《ちやうだい》なる|鷲《わし》と|化《くわ》しけるにぞ、|三柱比女神《みはしらひめがみ》はこれぞ|全《まつた》く|神《かみ》の|賜《たまもの》なりと、|鷲馬《じうめ》の|背《せ》に|跨《またが》り、|一目散《いちもくさん》に|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|邪神《じやしん》の|巣窟《さうくつ》さして|中空《ちうくう》|高《たか》く|翔《かけ》りつき|給《たま》ひ、|天上《てんじやう》より|大《おほい》なる|鷲《わし》の|嘴《くちばし》もて、|竜神《たつがみ》の|頭《あたま》を|啄《つつ》き、|或《あるひ》は|太刀膚《たちはだ》を|傷《やぶ》り、|獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》をもて|挑《いど》み|戦《たたか》ひ|給《たま》へば、|遉《さすが》の|曲津見《まがつみ》も|敵《てき》し|得《え》ず、|谷川《たにがは》は|忽《たちま》ち|血《ち》の|川《かは》となりて|邪神《まがかみ》の|影《かげ》は|跡《あと》もなく|清《きよ》まりける。この|大勝利《だいしようり》を|見《み》るよりも、|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》は、|其《その》|儘《まま》|中空《ちうくう》を|翔《かけ》り、|御樋代神《みひしろがみ》の|屯《たむろ》し|給《たま》ふ|泉《いづみ》の|森《もり》をさして、|一目散《いちもくさん》に|復命《かへりごと》|申《まを》し|給《たま》ひ、|御樋代神《みひしろがみ》の|感賞《かんしやう》の|言葉《ことば》を|頂《いただ》き|給《たま》ひける。
|扨《さ》て|五柱《いつはしら》の|比古神《ひこがみ》は、|大蛇《をろち》の|群《むれ》の|永久《とことは》に|棲《す》みし|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|巣窟《さうくつ》に、|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りつつ|進《すす》み|給《たま》へば、|周章狼狽《しうしやうらうばい》のあとありありと|見《み》えて、|数多《あまた》の|宝玉《ほうぎよく》は|彼方此方《あちこち》に|飛《と》び|散《ち》りて、|目《め》も|眩《まば》ゆきばかりなりければ、|五柱《いつはしら》の|男神《をがみ》は|戦利品《せんりひん》として|悉《ことごと》く|拾《ひろ》ひ|帰《かへ》り、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》に|奉《たてまつ》らむと|評議《ひやうぎ》|一決《いつけつ》し、|金銀《きんぎん》、|瑪瑙《めなう》、|瑠璃《るり》、|〓〓《しやこ》、|白金《はくきん》、|金剛石《こんがうせき》なぞ、|数《かず》|限《かぎ》りなき|宝玉《ほうぎよく》を|五《いつ》つの|苞《つと》に|包《つつ》み、|勝鬨《かちどき》あげて|一先《ひとま》づ|泉《いづみ》の|森《もり》に|引《ひ》き|返《かへ》し|給《たま》ふ|事《こと》とはなりぬ。
|総《すべ》て|真言《まこと》の|天津神《あまつかみ》はスの|言霊《ことたま》より|生《うま》れたるさまざまの|声《こゑ》の|水火《いき》より|生《あ》れませる|神《かみ》にましませば、|全身《ぜんしん》|悉《ことごと》く|光《ひかり》に|輝《かがや》き、|恰《あたか》も|水晶《すゐしやう》の|如《ごと》く|透明体《とうめいたい》にましませば、ダイヤモンドまたは|金銀珠玉《きんぎんしゆぎよく》の|装飾物《さうしよくぶつ》を|要《えう》せずとも|其《その》|光彩《くわうさい》|妙《たへ》にましましにけり。|之《これ》に|反《はん》して|曲神《まがかみ》は、|身体《しんたい》|曇《くも》りに|満《み》ちぬれば|種々《しゆじゆ》の|宝玉《ほうぎよく》を|全身《ぜんしん》に|附着《ふちやく》して|光《ひかり》に|包《つつ》まれ、|真言《まこと》の|神《かみ》を|真似《まね》むとするものなり。|例《たと》へば|真言《まこと》の|神《かみ》は|孔雀《くじやく》の|如《ごと》く|曲津神《まがつかみ》は|烏《からす》の|如《ごと》し、|烏《からす》は|孔雀《くじやく》の|翼《つばさ》の|美《うるは》しきを|羨《うらや》みて、|其《その》|落《お》ちし|羽根《はね》を|拾《ひろ》ひ|吾《わが》|翼《つばさ》の|間《あひだ》に|挿《はさ》み|置《お》きて|数多《あまた》の|烏《からす》に|其《その》|美《うるは》しさを|誇《ほこ》るが|如《ごと》く、|曲津神《まがつかみ》は|競《きそ》ひて|宝玉《ほうぎよく》を|集《あつ》め、|其《その》|輩《ともがら》に|対《たい》して|光《ひかり》を|誇《ほこ》るものなれば、|曲神《まがかみ》の|強《つよ》きもの|程《ほど》|数多《あまた》の|宝玉《ほうぎよく》を|身《み》に|附着《ふちやく》し|居《を》りしものなり。|此《この》|度《たび》の|言霊戦《ことたません》によりて|太刀膚《たちはだ》の|竜神《たつがみ》も、|長大身大蛇《ナーガラシヤーをろち》も、|百《もも》の|竜神《たつがみ》も、|装《よそほ》ふべき|宝《たから》を|取《と》り|纒《まと》むる|暇《ひま》もあらず、|倉皇《さうくわう》として|天《てん》の|一方《いつぱう》に|逃《に》げ|去《さ》り、|天日《てんじつ》の|光《ひかり》に|照《て》らされて、|次第々々《しだいしだい》に|亡《ほろ》び|失《う》せけるこそ|目出度《めでた》き|限《かぎ》りなりけれ。
|併《しか》し|乍《なが》ら|太古《たいこ》の|神々《かみがみ》は、|光《ひかり》なき|天然《てんねん》の|石《いし》を|琢磨《みが》きて|五百津御須麻琉《いほつみすまる》の|珠《たま》をつくり|首飾《くびかざり》、|腕飾《うでかざり》|又《また》は|腰《こし》の|辺《あた》りの|飾《かざり》となし|給《たま》ひしかども、|決《けつ》して|金剛石《ダイヤモンド》の|如《ごと》き|光《ひかり》を|放《はな》つものを|身《み》に|帯《お》ぶることを|卑《いや》しめ|給《たま》ひしものなり。|何故《なにゆゑ》なれば、|神《かみ》の|御身体《ごしんたい》はすべて|光《ひかり》にましませば、|光《ひかり》の|宝玉《ほうぎよく》を|身《み》に|纒《まと》ふ|時《とき》は|神《かみ》|自身《じしん》の|光《ひかり》の|弱《よわ》きを|示《しめ》す|理由《りゆう》となりて、|他《た》の|神々《かみがみ》に|卑《いや》しめらるるを|忌《い》み|給《たま》ひたればなり。|今《いま》の|世《よ》にも|貴婦人《きふじん》とか|称《しよう》するもの、|令嬢《れいぢやう》とか|言《い》へるものはさておき、すべての|婦人《ふじん》|等《たち》が|競《きそ》ひてダイヤモンドの|光《ひかり》に|憧憬《あこが》れ、|千金《せんきん》を|惜《を》しまず|競《きそ》ひ|購《あがな》ひ、|身体《しんたい》の|各部《かくぶ》に|飾《かざ》りつけて|其《その》|豪奢《がうしや》を|誇《ほこ》り、|美《び》を|誇《ほこ》り、|光《ひかり》を|誇《ほこ》れるは、|恰《あたか》も|烏《からす》が|孔雀《くじやく》の|落羽根《おちばね》を|吾《わが》|翼《つばさ》の|間《あひだ》にさして|誇《ほこ》れるのと|何《なん》の|選《えら》ぶところなかるべし。|全身《ぜんしん》を|光《ひかり》|強《つよ》き|金剛石《ダイヤモンド》につつむなればまだしも、|唯《ただ》|一局部《いつきよくぶ》に|小《ちひ》さき|光《ひかり》を|附着《ふちやく》して|誇《ほこ》るが|如《ごと》きは、|実《じつ》に|卑劣《ひれつ》なる|心性《しんせい》を|暴露《ばくろ》せる|卑《いや》しき|業《わざ》と|言《い》ふべし。
|愛善《あいぜん》の|徳《とく》に|満《み》ち|信真《しんしん》の|光《ひかり》|添《そ》はば、|身《み》に|宝石《ほうせき》を|附着《ふちやく》せずとも、|幾層倍《いくそうばい》の|光《ひかり》を|全身《ぜんしん》に|漲《みなぎ》らせ、|知《し》らず|識《し》らずの|間《あひだ》に|尊敬《そんけい》せらるるものなり。|吾人《ごじん》は|婦人《ふじん》|等《ら》の|指《ゆび》|又《また》は|首《くび》のあたりに|鏤《ちりば》めたる|種々《しゆじゆ》の|宝石《ほうせき》の|鈍《にぶ》き|光《ひかり》を|眺《なが》めつつ、|浅《あさ》ましき|卑《いや》しき|心《こころ》よと、|常々《つねづね》|嘔吐《おうと》を|催《もよほ》し、|其《その》|人々《ひとびと》の|醜《みにく》さを|層一層《そういつそう》|感《かん》ぜしめらるるなり。
|五柱《いつはしら》の|神《かみ》は、|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|醜神《しこがみ》を|根底《こんてい》より|剿滅《さうめつ》し、|歓喜《くわんき》に|堪《た》へず、|常《つね》に|黒煙《こくえん》を|吐《は》きて|国土《くに》をなやませたる|曲津見《まがつみ》の|棲処《すみか》を|瞰下《かんか》しながら、|稍《やや》|小高《こだか》き|丘《をか》の|上《うへ》に|立《た》ち、|御歌《みうた》うたひつつ|踊《をど》り|舞《ま》ひ|狂《くる》はせ|給《たま》ひける。|其《その》|御歌《みうた》、
『|天晴々々《あはれあはれ》|四方《よも》の|国原《くにはら》|晴《は》れにけり
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|南側《なんそく》の
|百谷千谷《ももだにちだに》を|集《あつ》めたる
|大谷川《おほたにがは》の|上流《じやうりう》に
|潜《ひそ》みて|醜《しこ》の|曲神《まがかみ》の
|猛《たけ》び|狂《くる》ひしそのありか
|世《よ》を|曇《くも》らせし|元津場《もとつには》
|雲《くも》を|起《おこ》せし|醜《しこ》の|山《やま》
|霧《きり》を|涌《わ》かせて|物《もの》|皆《みな》の
|育《そだ》ちを|妨《さまた》げ|荒《すさ》びたる
|元津砦《もとつとりで》は|亡《ほろ》びけり
|万里《まで》の|島根《しまね》は|今日《けふ》よりは
|醜《しこ》の|荒《すさ》びの|黒雲《くろくも》も
|冷《つめ》たき|霧《きり》の|涌《わ》きたちも
|跡《あと》なく|消《き》えて|久方《ひさかた》の
|蒼《あを》き|御空《みそら》の|奥《おく》|深《ふか》く
|天津陽《あまつひ》の|光《かげ》|輝《かがや》きたまひ
|月読《つきよみ》の|神《かみ》はさやかなる
|光《ひかり》を|雲井《くもゐ》にとどめまし
|地上《ちじやう》に|恵《めぐみ》の|露《つゆ》ふらし
すべてのものの|命《いのち》をば
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|守《まも》りまし
この|神国《かみくに》は|永久《とこしへ》に
|花《はな》|咲《さ》きみのり|穀物《たなつもの》
|豊《ゆたか》になりて|牛馬《うしうま》も
|肥《こ》え|太《ふと》りつつ|日《ひ》に|月《つき》に
|栄《さか》ゆる|神世《みよ》となりぬべし
|此《この》|国原《くにはら》は|未《ま》だ|稚《わか》く
|国津神等《くにつかみら》の|影《かげ》もなし
|蛙《かはず》と|鼠《ねずみ》の|輩《ともがら》は
|田畑《たはた》を|耕《たがや》し|穀物《たなつもの》
|育《そだ》てて|命《いのち》を|保《たも》ちつつ
|弥永久《いやとこしへ》に|永久《とこしへ》に
|月日《つきひ》と|共《とも》にやすらはむ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|三柱比女神《みはしらひめがみ》|逸《いち》はやく
|鷲馬《じうめ》の|背《せな》に|跨《またが》りて
|大空《おほぞら》|高《たか》く|翔《かけ》り|来《き》つ
|吾等《われら》のなやみし|戦《たたかひ》を
たすけたまひし|雄々《をを》しさよ
|曲津《まがつ》の|神《かみ》の|秘《ひ》めおきし
|百《もも》の|宝《たから》は|欲《ほ》りせねど
|今日《けふ》の|戦《いくさ》の|勝鬨《かちどき》の
|印《しるし》と|集《あつ》め|包《つつ》みとし
|駿馬《はやこま》の|背《せ》に|積《つ》み|満《み》たし
|御樋代神《みひしろがみ》の|御前《おんまへ》に
|供《そな》へまつらむ|勇《いさ》ましや
|天地《あめつち》|創《はじ》めし|昔《むかし》より
かかる|例《ためし》はあら|尊《たふと》
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》を
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|仕《つか》へし|吾等《われら》は
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|伝《つた》はりつ
|世《よ》の|語《かた》り|草《ぐさ》となりぬべし
|思《おも》へば|嬉《うれ》し|勇《いさ》ましし
|思《おも》へば|畏《かしこ》し|主《ス》の|神《かみ》の
|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》なれ
|貴《うづ》の|御水火《みいき》の|力《ちから》なれ
|久方《ひさかた》の|天《あま》はせ|使《つか》ひ
|事《こと》の|語《かた》り|言《ごと》も|是《こ》をば。
|烏羽玉《うばたま》の|夜《よ》は|迫《せま》り|来《こ》むいざさらば
|下《お》りて|帰《かへ》らむ|泉《いづみ》の|森《もり》まで』
|五柱《いつはしら》の|神々《かみがみ》は|数多《あまた》の|宝玉《ほうぎよく》を|戦利品《せんりひん》として|背《せな》に|負《お》はせつつ、|百津石村《ゆついはむら》の|碁列《ごれつ》せる|難所《なんしよ》を|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》しつつ|漸《やうや》くにして|山麓《さんろく》の|小笹ケ原《をざさがはら》の|楠《くす》の|森《もり》に|着《つ》かせ|給《たま》ひければ、|五頭《ごとう》の|神馬《しんめ》は|主《あるじ》の|帰《かへ》りを|待《ま》ち|佗《わ》びつつ、|樹下《じゆか》に|頭《あたま》を|並《なら》べ|整列《せいれつ》し|居《ゐ》たりける。
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|之《これ》を|見《み》て|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《わが》|駒《こま》は|雄々《をを》しく|正《ただ》しく|待《ま》ち|居《ゐ》たり
|生言霊《いくことたま》の|耳《みみ》にさへしか
|白馬ケ岳《はくばがだけ》|荒《あら》ぶる|神《かみ》を|打《う》ち|払《はら》ひ
|勝鬨《かちどき》あげて|帰《かへ》りきつるも
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|晴《は》れたりわが|魂《たま》は
|駿馬《はやこま》なして|勇《いさ》みつるかも
|復命《かへりごと》|確《たし》に|申《まを》さむ|嬉《うれ》しさに
この|黄昏《たそがれ》も|心《こころ》|明《あか》るき』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《わが》いゆく|道《みち》に|遮《さや》りし|曲津見《まがつみ》も
|煙《けむり》と|消《き》えて|今日《けふ》の|勝鬨《かちどき》
|中空《なかぞら》を|翔《かけ》り|来《き》ませる|比女神《ひめがみ》の
|力《ちから》に|曲津《まが》は|苦《く》もなく|破《やぶ》れし
|今日《けふ》よりは|白馬ケ岳《はくばがだけ》に|立《た》ち|昇《のぼ》る
|雲《くも》はいづれも|紅《くれなゐ》に|映《は》えむ
|稚《わか》き|地《つち》|稚国原《わかくにはら》の|草《くさ》も|木《き》も
|今日《けふ》を|限《かぎ》りと|繁《しげ》り|栄《さか》えむ
かくのごと|雄々《をを》しき|正《ただ》しき|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へし|吾身《わがみ》の|幸《さち》を|思《おも》ふも
|非時《ときじく》に|黒雲《くろくも》|立《た》ちし|白馬ケ岳《はくばがだけ》の
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は|晴《は》れ|渡《わた》りつつ
|面白《おもしろ》し|曲津《まが》の|砦《とりで》を|打《う》ち|破《やぶ》り
|明日《あす》は|御前《みまへ》に|復命《かへりごと》せむ』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|岩根《いはね》|木根《きね》|踏《ふ》みさくみつつ|登《のぼ》りゆく
|谷間《たにま》の|道《みち》は|嶮《さか》しかりけり
|曲津見《まがつみ》は|女神《めがみ》となりて|吾《わが》|行手《ゆくて》に
|遮《さや》らむとせり|浅《あさ》はかなるも
|五柱《いつはしら》|水火《いき》を|合《あは》せて|宣《の》り|上《あ》ぐる
|生言霊《いくことたま》に|曲津《まが》はさやぎぬ
|岩《いは》となり|火《ひ》の|玉《たま》となりいろいろに
|力《ちから》|尽《つく》して|射対《いむか》ひ|来《きた》りぬ
|危《あやふ》しと|見《み》るより|霊山比古神《たまやまひこがみ》は
|水火《いき》を|凝《こ》らして|言霊《ことたま》|宣《の》らせり
|言霊《ことたま》の|終《をは》る|間《ま》もなく|比女神《ひめがみ》は
|鷲馬《じうめ》に|跨《またが》り|翔《かけ》り|来《き》ましぬ
|後《のち》の|世《よ》に|語《かた》り|伝《つた》へむ|今日《けふ》の|日《ひ》の
|生言霊《いくことたま》の|奇《くし》びの|神業《みわざ》を』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|村肝《むらきも》の|心《こころ》にかかりし|神業《かむわざ》も
|苦《く》もなくすみて|空《そら》|晴《は》れ|渡《わた》りぬ
|天津日《あまつひ》は|白馬ケ岳《はくばがだけ》に|傾《かたむ》きて
|大《おほ》いなる|影《かげ》さし|来《きた》りつる
|山蔭《やまかげ》は|横《よこ》に|倒《たふ》れて|御空《みそら》より
|地《つち》より|闇《やみ》は|迫《せま》り|来《く》らしも
|顧《かへり》みれば|吾《われ》|勇《いさ》ましよ|諸神《ももがみ》と
|水火《いき》を|合《あは》せて|曲津《まが》を|退《やら》ひし
|黒雲《くろくも》と|霧《きり》に|艱《なや》みし|万里《まで》の|島《しま》の
|天地《てんち》は|清《きよ》く|明《あ》け|渡《わた》りぬる』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|諸神《ももがみ》の|功《いさを》は|千代《ちよ》に|万代《よろづよ》に
|輝《かがや》きたまはむ|語草《かたりぐさ》にも
いざさらば|駒《こま》に|鞭《むち》うち|大野原《おほのはら》
|急《いそ》ぎ|帰《かへ》らむ|泉《いづみ》の|森《もり》まで』
ここに|神々《かみがみ》は|駒《こま》の|背《せ》に|跨《またが》り、|黄昏《たそがれ》の|野路《のぢ》を、|轡《くつわ》を|並《なら》べて|泉《いづみ》の|森《もり》へと|急《いそ》がせ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一六 旧一〇・二九 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
第二〇章 |女神《めがみ》の|復命《ふくめい》〔一九五二〕
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は、|曲津《まが》の|征途《きため》に|遣《つか》はせし|五男三女《ごなんさんぢよ》の|神々等《かみがみたち》の|成功《せいこう》を|祈《いの》りつつ|夜《よる》も|眠《ねむ》り|給《たま》はず、|侍神《じしん》なる|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》、|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》と|共《とも》に、|西南《せいなん》の|空《そら》に|向《むか》つて|生言霊《いくことたま》を|間断《かんだん》なく|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》ひつつ、いよいよ|神々《かみがみ》の|無事《ぶじ》|曲津見《まがつみ》を|掃蕩《さうたう》し|給《たま》ひたることを|覚《さと》らせ|給《たま》ひ、|喜《よろこ》びの|余《あま》り|月《つき》|照《て》り|耀《かがよ》ふ|泉《いづみ》の|森《もり》の|清庭《すがには》に|立《た》ちて、|御声《みこゑ》さはやかに|言祝《ことほぎ》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。|其《その》|大御歌《おほみうた》、
『|白馬ケ岳《はくばがだけ》|魔棲ケ谷《ますみがやつ》に|向《むか》ひたる
|諸神《ももがみ》の|軍《いくさ》|勝《か》ち|了《おほ》せたるよ
|谷々《たにだに》の|巌《いはほ》を|渡《わた》り|百千々《ももちぢ》の
|艱《なや》みを|越《こ》えて|勝《か》ちし|神《かみ》はや
|今日《けふ》よりは|此《この》|稚国土《わかぐに》も|心安《うらやす》く
|弥栄《いやさか》えまさむ|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に
|主《ス》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|恵《めぐみ》の|言霊《ことたま》に
|万里《まで》の|島根《しまね》は|治《をさ》まりしはや
|曲津見《まがつみ》は|非時《ときじく》|濁《にご》れる|水火《いき》を|吐《は》きて
|黒雲《くろくも》|起《おこ》しさやりけるかも
|未《ま》だ|稚《わか》き|地《つち》の|面《おも》より|湧《わ》き|立《た》つる
|霧《きり》の|艱《なや》みも|今日《けふ》より|晴《は》れむ
|楠《くす》の|葉《は》の|葉末《はずゑ》の|露《つゆ》に|輝《かがや》ける
|月《つき》の|光《ひかり》の|神々《かうがう》しさよ
|天《あま》|渡《わた》る|月《つき》の|光《ひかり》は|一入《ひとしほ》に
|冴《さ》え|渡《わた》りたり|青澄《あをず》める|空《そら》に
|真砂《まさご》みな|黄金《こがね》|白銀《しろがね》|色《いろ》なして
|月《つき》の|光《ひかり》に|耀《かがよ》ひはゆるも
いや|広《ひろ》き|八千方里《はつせんはうり》の|島ケ根《しまがね》も
|蘇《よみが》へるべし|曲津見《まがつみ》|亡《ほろ》びて
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《みわざ》|吾《われ》も|亦《また》
|仕《つか》へ|奉《まつ》りし|嬉《うれ》しさに|居《を》り
|非時《ときじく》に|雲《くも》|湧《わ》き|立《た》ちし|魔棲ケ谷《ますみがやつ》も
|今日《けふ》より|晴《は》れむ|水火《いき》|清《きよ》らかに
|牛《うし》も|馬《うま》も|兎《うさぎ》|鼠《ねずみ》も|百蛙《ももかはず》も
|生《い》きの|生命《いのち》を|安《やす》く|保《たも》たむ
|此《この》|国土《くに》は|地《つち》|肥《こ》えたれば|穀物《たなつもの》も
|豊《ゆた》にたゆたに|稔《みの》りこそすれ
|国津神《くにつかみ》を|此《この》|国原《くにはら》に|移《うつ》し|植《う》ゑて
|弥永久《いやとこしへ》の|栄《さか》え|見《み》むかな
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》に|巣《す》ぐへる|真鶴《まなづる》の
|声《こゑ》も|今日《けふ》より|冴《さ》え|渡《わた》るらむ
|大空《おほぞら》をはばたきなして|隼《はやぶさ》の
|群《むら》がり|舞《ま》へる|月夜《つきよ》は|清《すが》しも
|円々《まろまろ》と|盈《み》ち|足《た》らひたる|月光《つきかげ》の
さやかなる|夜《よ》を|曲津《まが》は|亡《ほろ》びし
|三柱《みはしら》の|比女神等《ひめがみたち》の|健気《けなげ》さよ
|御空《みそら》|翔《かけ》りて|仇《あだ》に|向《むか》へり』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|月《つき》|冴《さ》ゆる|庭《には》にし|立《た》てばそよそよと
|梅花《うめ》を|撫《な》で|来《こ》し|風《かぜ》の|香《かを》るも
|白梅《しらうめ》は|月下《げつか》の|露《つゆ》に|綻《ほころ》びて
|奇《く》しき|香《かを》りを|公《きみ》に|捧《ささ》ぐる
|吾《わが》|公《きみ》の|功《いさを》|著《しる》けく|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の
|戦《いくさ》を|居《ゐ》ながら|助《たす》けたまひぬ
|吾《わが》|公《きみ》の|生言霊《いくことたま》の|水火《いき》|照《て》らひ
|光《ひかり》となりて|御空《みそら》|翔《かけ》りし
|公《きみ》が|放《はな》つ|光《ひかり》の|玉《たま》にあてられて
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》は|亡《ほろ》びたりけむ
|斯《か》くなれば|万里《まで》の|島根《しまね》は|固《かた》まらむ
|生《い》きとし|生《い》けるもの|等《ら》|勇《いさ》みて
|黒雲《くろくも》の|立《た》ち|塞《ふさ》ぎたる|稚国原《わかくにはら》も
|永遠《とは》の|月日《つきひ》を|仰《あふ》ぐ|嬉《うれ》しさ
|御側《みそば》|近《ちか》く|仕《つか》へ|奉《まつ》れる|吾《われ》にして
|公《きみ》の|尊《たふと》き|功《いさを》|知《し》らざりき
|御側《みそば》|近《ちか》く|長《なが》き|月日《つきひ》を|仕《つか》へつつ
|御稜威《みいづ》の|高《たか》きに|驚《おどろ》きしはや
|斯《かく》の|如《ごと》|尊《たふと》き|神《かみ》とは|知《し》らずして
あだに|仕《つか》へしことの|恥《は》づかし
|吾《わが》|公《きみ》よ|許《ゆる》し|給《たま》はれ|輪守比古《わもりひこ》の
|暗《くら》き|心《こころ》を|見直《みなほ》し|給《たま》ひて
|大空《おほぞら》の|月《つき》は|冴《さ》えつつ|吾《わが》|公《きみ》の
|貴《うづ》の|光《ひかり》を|愛《め》でさせ|給《たま》へり
|月《つき》|見《み》れば|笑《ゑ》ませる|如《ごと》し|地《つち》|見《み》れば
|百花《ももばな》|千花《ちばな》|輝《かがや》きつよし
|天地《あめつち》の|中《なか》に|光《ひかり》の|公《きみ》まして
|稚国原《わかくにはら》を|固《かた》め|給《たま》ひぬ』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御側《おんそば》に|近《ちか》く|侍《さむ》らふ|吾《われ》にして
|著《しる》き|功《いさを》の|公《きみ》を|知《し》らざり
|言霊《ことたま》の|生《い》きの|生命《いのち》は|大《おほ》いなる
|火光《くわくわう》となりて|飛《と》び|去《さ》りしはや
|吾《わが》|宣《の》りし|生言霊《いくことたま》の|螢火《ほたるび》に
|比《くら》べて|強《つよ》き|赤《あか》き|公《きみ》なり
やがて|今《いま》|三柱比女神《みはしらひめがみ》|帰《かへ》りまさば
|戦《たたかひ》の|状況《さま》|委曲《つぶさ》に|聞《き》かむ
|束《つか》の|間《ま》も|早《はや》く|聞《き》きたし|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の
|雄々《をを》しき|猛《たけ》き|戦《たたかひ》の|状況《さま》を
|梢《こずゑ》|吹《ふ》く|風《かぜ》の|響《ひびき》も|澄《す》みきりて
|公《きみ》の|功《いさを》を|称《たた》へ|顔《がほ》なる
|滾々《こんこん》と|果《はて》しも|知《し》らず|湧《わ》き|出《い》づる
|泉《いづみ》に|似《に》たり|公《きみ》が|力《ちから》は
|真清水《ましみづ》に|影《かげ》を|浮《うか》ぶる|月読《つきよみ》の
それにも|似《に》たる|公《きみ》の|光《ひかり》よ』
|斯《か》く|歌《うた》はせ|給《たま》ふ|折《をり》しもあれ、|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》は|中空《ちうくう》を|響動《どよも》しながら|鷲馬《じうめ》に|跨《またが》り、|泉《いづみ》の|森《もり》の|樹立《こだち》|稀《まれ》なる|清庭《すがには》に|悠々《いういう》と|降《くだ》らせ|給《たま》ひて、
『|駒《こま》よ|駒《こま》よ|翼《つばさ》|収《をさ》めて|元《もと》の|如《ごと》
|白馬《はくば》となれなれ|公《きみ》の|御前《みまへ》ぞ』
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》に、|鷲馬《じうめ》は|忽《たちま》ち|元《もと》の|白駒《しらこま》と|変《へん》じ、|月下《げつか》の|清庭《すがには》に|高《たか》く|嘶《いなな》きにける。|今《いま》|帰《かへ》り|給《たま》ひし|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》は、|駒《こま》に|水飼《みづか》ひ|終《をは》り、|柔《やはら》かき|芝生《しばふ》の|萌《も》え|出《い》づる|清庭《すがには》に|駒《こま》を|飼《か》ひ|放《はな》ち|置《お》き、|御樋代神《みひしろがみ》の|御前《みまへ》に|進《すす》み|出《い》で|給《たま》ひ、|先《ま》づ|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》より|御歌《みうた》|以《も》て|戦《たたかひ》の|状況《さま》を|復命《かへりごと》|白《まを》し|給《たま》ふ。その|御歌《みうた》、
『|漸《やうや》くに|公《きみ》の|御稜威《みいづ》に|照《て》らされて
|曲神《まがみ》の|砦《とりで》を|打《う》ち|払《はら》ひけり
|駒《こま》|並《な》めて|進《すす》まむ|道《みち》に|曲津見《まがつみ》は
|種々《くさぐさ》の|罠《わな》を|造《つく》りて|待《ま》てりき
|霊山比古《たまやまひこ》|神《かみ》の|計《はか》らひ|畏《かしこ》みて
|小笹ケ原《をざさがはら》の|森《もり》に|待《ま》ち|居《ゐ》し
|霊山比古《たまやまひこ》|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|聞《き》きしより
|中空《なかぞら》|翔《かけ》り|戦《たたかひ》に|向《むか》へり
|吾《わが》|公《きみ》の|言霊《ことたま》の|光《ひかり》なかりせば
|此《この》|戦《たたかひ》は|勝《か》たざりにけむ
|非時《ときじく》に|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》りにつつ
|鷲馬《じうめ》に|跨《またが》り|戦《たたか》ひしはや
|吾《わが》|公《きみ》の|御前《みまへ》に|今日《けふ》は|復命《かへりごと》
|白《まを》すと|思《おも》へば|心《こころ》|勇《いさ》みぬ
|五柱《いつはしら》|比古神《ひこがみ》はやがて|帰《かへ》りまさむ
|今日《けふ》の|戦《いくさ》の|勝《かち》に|勇《いさ》みて』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|以《も》て|復命《かへりごと》|白《まを》し|給《たま》ふ。
『|御樋代神《みひしろがみ》|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|畏《かしこ》みて
|力《ちから》なき|吾《われ》も|戦《たたか》ひに|立《た》ちけり
|千万《ちよろづ》の|曲神《まが》|悉《ことごと》く|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|力《ちから》に|亡《ほろ》び|失《う》せけり
|今日《けふ》よりは|魔棲ケ谷《ますみがやつ》も|雲《くも》|晴《は》れて
|生《い》きとし|生《い》けるものを|生《い》かさむ
|谷々《たにだに》の|水《みづ》は|暫《しばら》く|血《ち》の|川《かは》と
なりて|流《なが》れむ|曲《まが》の|血潮《ちしほ》に
|明日《あす》よりは|此《この》|谷川《たにがは》は|真清水《ましみづ》と
|澄《す》みきらひつつ|永遠《とは》に|流《なが》れむ
|真清水《ましみづ》となりて|国原《くにはら》ひたしつつ
|百《もも》の|草木《くさき》を|養《やしな》ひまつらむ』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|復命《かへりごと》|白《まを》しの|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『いや|果《はて》に|吾等《われら》|三柱比女神《みはしらひめがみ》は
|曲《まが》の|戦《いくさ》に|進《すす》みたりしよ
|小笹原《をざさはら》|楠《くす》の|森蔭《もりかげ》に|時《とき》|待《ま》ちて
|御空《みそら》を|高《たか》く|吾《われ》|進《すす》みけり
|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》|鷲馬《じうめ》に|跨《またが》りて
|空《そら》より|言霊《ことたま》|打《う》ち|下《おろ》しけり
|曲津見《まがつみ》は|雲霧《くもきり》となり|巌《いは》となり
|荒風《あらかぜ》となり|防《ふせ》ぎ|戦《たたか》へり
|折々《をりをり》は|氷雨《ひさめ》を|降《ふ》らし|千引巌《ちびきいは》を
|霰《あられ》の|如《ごと》くに|降《ふ》りそそぎけり
|色々《いろいろ》と|手《て》を|替《か》へ|品《しな》を|替《か》へながら
|曲神《まがみ》はここを|先途《せんど》と|戦《たたか》ふ
やうやくに|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|御光《みひかり》に
|守《まも》られ|曲津《まが》を|亡《ほろ》ぼせしはや』
|比女神《ひめがみ》は|各自《おのもおのも》|戦状《せんじやう》を|復命《かへりごと》し|給《たま》ひければ、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|満面《まんめん》|笑《ゑみ》を|湛《たた》へて|嬉《うれ》し|気《げ》に、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|健気《けなげ》なる|三柱比女《みはしらひめ》の|神業《かむわざ》を
|吾《われ》は|遥《はろ》かに|見《み》つつありしよ
|優《やさ》しかる|比女神《ひめがみ》ながら|魔軍《まいくさ》に
|向《むか》ひし|姿《すがた》の|雄々《をを》しかりける
|曲神《まがかみ》の|深《ふか》き|奸計《たくみ》を|打《う》ち|破《やぶ》り
|汝《なれ》|比女神《ひめがみ》は|能《よ》くも|戦《たたか》ひしよ
|今日《けふ》よりは|万里《まで》の|島根《しまね》にさやるべき
|醜神《しこがみ》もなく|月日《つきひ》|晴《は》れつつ
|八百万《やほよろづ》|神《かみ》の|集《つど》へる|此《この》|森《もり》に
|吾《われ》|屯《たむろ》して|手配《てくばり》せしはや
|神々《かみがみ》の|向《むか》はむ|戦《いくさ》に|幸《さち》あれと
|夜《よ》もすがら|吾《われ》は|言霊《ことたま》|宣《の》りつつ
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|言霊《ことたま》の
|光《ひかり》に|曲津《まが》は|苦《く》もなく|亡《ほろ》びぬ
|草《くさ》も|木《き》も|喜《よろこ》びの|色《いろ》を|湛《たた》へつつ
|月下《げつか》の|露《つゆ》にきらめき|渡《わた》れり
|千早振《ちはやぶ》る|神世《かみよ》も|聞《き》かぬ|今《いま》の|如《ごと》
|目出度《めでた》き|神業《みわざ》はまたとあるまじ
|太刀膚《たちはだ》の|竜《たつ》も|大蛇《をろち》も|八十《やそ》の|曲津《まが》も
|汝等《なれら》が|進《すす》みし|軍《いくさ》に|亡《ほろ》びし
|主《ス》の|神《かみ》も|嘉《よみ》し|給《たま》はむ|三柱《みはしら》の
|比女神等《ひめがみたち》の|雄健《をたけ》び|覧《みそな》はして
|久方《ひさかた》の|空《そら》|行《ゆ》く|月《つき》も|澄《す》みきらひ
|汝《なれ》が|功《いさを》を|照《て》らし|給《たま》へり』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|三女神《さんぢよしん》に|対《たい》し、|感謝《かんしや》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|優《やさ》しき|身《み》ながら|恐《おそ》ろしき
|曲津《まが》の|征途《きため》に|上《のぼ》らししはや
|吾《われ》も|亦《また》この|清森《すがもり》に|神言《かみごと》を
|非時《ときじく》|宣《の》りて|公《きみ》を|守《まも》りし
|五柱《いつはしら》|比古神《ひこがみ》の|功《いさを》は|言《い》ふもがな
|雄々《をを》しき|比女神《ひめがみ》の|功《いさを》|尊《たふと》し
|千早振《ちはやぶ》る|神《かみ》の|造《つく》りし|万里《まで》の|島《しま》の
|礎《いしずゑ》なるよ|公《きみ》の|功《いさを》は
|天地《あめつち》を|永遠《とは》に|包《つつ》みし|黒雲《くろくも》も
|隈《くま》なく|晴《は》れて|月日《つきひ》は|照《て》らへり
|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》|地上《ちじやう》に|刺《さ》さざれば
|森羅万象《すべてのもの》は|栄《さか》えざるなり』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》|事《こと》なく|曲神《まがかみ》を
|斬《き》り|放《はふ》りつつ|帰《かへ》りませしはや
|白梅《しらうめ》の|花《はな》は|匂《にほ》へり|桜木《さくらぎ》の
|梢《こずゑ》の|蕾《つぼみ》もふくらみて|祝《いは》ふ
|白梅《しらうめ》の|香《かを》るが|如《ごと》き|艶姿《あですがた》を
|照《て》らして|汝《なれ》は|戦《いくさ》に|臨《のぞ》みましぬ
|十重二十重《とへはたへ》|黒雲《くろくも》|包《つつ》みし|大野原《おほのはら》を
|公《きみ》は|雄々《をを》しく|進《すす》み|給《たま》ひし
|吾《わが》|公《きみ》の|御側《みそば》に|侍《はべ》りて|比女神《ひめがみ》の
|戦《たたかひ》の|状況《さま》|隈《くま》なく|見《み》しはや
いざさらば|此《この》|清庭《すがには》に|安々《やすやす》と
|憩《いこ》はせ|給《たま》へ|疲《つか》れ|給《たま》はむ
|霊《たま》|幸《ち》はふ|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|照《て》らされて
|今日《けふ》は|清《すが》しき|便《たよ》り|聞《き》くかも』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ、|月下《げつか》に|映《は》ゆる|楠《くす》の|大樹《おほき》の|下蔭《したかげ》に|狭筵《さむしろ》を|敷《し》き、|心《こころ》も|清々《すがすが》しく|朗《ほがら》かに|憩《いこ》はせ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一六 旧一〇・二九 於大阪分院蒼雲閣 森良仁謹録)
第四篇 |歓天喜地《くわんてんきち》
第二一章 |泉《いづみ》の|森《もり》|出発《しゆつぱつ》〔一九五三〕
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》|始《はじ》め|二男三女《になんさんぢよ》の|神等《かみたち》は、|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|曲神《まがかみ》の|跡《あと》もなく|全滅《ぜんめつ》したるを|喜《よろこ》び|給《たま》ひて、|月《つき》|照《て》りかがよふ|泉《いづみ》の|森《もり》の|真砂《まさご》を|踏《ふ》みしめ|乍《なが》ら|心《こころ》|朗《ほがら》かに|各自《おのもおのも》|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|千早振《ちはやぶ》る|神《かみ》の|御水火《みいき》の|澄《す》みきらひ
|万里《まで》の|島根《しまね》も|蘇《よみが》へりたり
|時《とき》じくに|雲《くも》の|包《つつ》みし|大空《おほぞら》も
|晴《は》れて|清《すが》しき|万里《まで》の|島ケ根《しまがね》
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》へる|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》の|神業《みわざ》も|成《な》り|初《そ》めにけり
かくならば|恋《こひ》しきものは|顕津男《あきつを》の
|神《かみ》の|神言《みこと》の|御姿《みすがた》なりけり
|長年《ながとせ》を|待《ま》ちつ|暮《くら》せど|背《せ》の|岐美《きみ》は
|万里《ばんり》の|外《そと》にいますがつれなき
|国津神《くにつかみ》を|万里《まで》の|島根《しまね》に|植《う》ゑ|移《うつ》し
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まむとぞ|思《おも》ふ
|八十柱《やそはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》と|選《えら》まれて
|吾《われ》はさみしく|月日《つきひ》を|送《おく》るも
|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》を|立《た》ち|出《い》で|遥々《はろばろ》と
この|稚国土《わかぐに》に|来《きた》りて|久《ひさ》しも
|年《とし》さびむ|事《こと》をおそれつ|今日迄《けふまで》も
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|待《ま》ち|佗《わ》びしはや
|仰《あふ》ぎ|見《み》る|御空《みそら》の|月《つき》のさやけさに
|恙《つつが》あらせぬ|岐美《きみ》を|思《おも》ふも
|天《あま》|渡《わた》る|月《つき》の|面《おもて》を|仰《あふ》ぎつつ
|夜《よ》な|夜《よ》な|恋《こ》ふる|淋《さび》しき|吾《われ》なり
ややややに|万里《まで》の|島根《しまね》は|固《かた》まりぬ
いざこれよりは|国魂《くにたま》|生《う》まむか
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》まむと|思《おも》へども
|背《せ》の|岐美《きみ》まさねばせむ|術《すべ》もなき
この|島《しま》の|永久《とは》の|司《つかさ》と|定《さだ》まりし
|鶴《つる》もゑらぎて|御空《みそら》に|立《た》ち|舞《ま》ふ
はてしなき|思《おも》ひ|抱《いだ》きて|岐美《きみ》を|待《ま》つ
|吾《わが》|魂線《たましひ》は|御空《みそら》の|白雲《しらくも》
|折々《をりをり》は|思《おも》ひ|悩《なや》みて|吐息《といき》しつ
わが|気魂《からたま》も|細《ほそ》りけるかな
さらさらと|梢《こずゑ》に|風《かぜ》は|流《なが》れつつ
|露《つゆ》|照《て》る|月《つき》はきらめき|渡《わた》る』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|仕《つか》へて|吾《われ》は|今《いま》
|泉《いづみ》の|森《もり》の|月下《げつか》に|遊《あそ》ぶも
いやさゆる|月《つき》の|下《した》びに|夜《よ》もすがら
|歌《うた》うたひつつ|眠《ねむ》らえぬ|吾《われ》よ
|嬉《うれ》しさと|楽《たの》しさ|一度《いちど》に|迫《せま》り|来《き》て
|春《はる》の|短夜《みじかよ》さへも|眠《ねむ》り|得《え》ず
|白梅《しらうめ》の|月《つき》にかがよふあで|姿《すがた》は
|御樋代神《みひしろがみ》の|粧《よそほ》ひに|似《に》し
|未《ま》だ|春《はる》は|若《わか》くあれども|桜木《さくらぎ》の
|梢《こずゑ》の|蕾《つぼみ》はほぐれ|初《そ》めつつ』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|小夜《さよ》|更《ふ》けて|月《つき》の|下《した》びに|歌《うた》|詠《よ》みつ
|踊《をど》りつ|舞《ま》ひつ|楽《たの》しき|吾《われ》なり
|真清水《ましみづ》の|泉《いづみ》に|浮《うか》ぶ|月光《つきかげ》を
|砕《くだ》きて|過《す》ぎぬ|春《はる》の|夜風《よかぜ》は
|余《あま》りにも|月《つき》の|光《ひか》りのさやかなれば
|楠《くす》の|樹蔭《こかげ》は|一入《ひとしほ》|暗《くら》きも
|紫《むらさき》の|花《はな》|匂《にほ》ひつつ|池《いけ》の|辺《べ》に
あやめはここだ|咲《さ》き|出《い》でにけり
|真白《ましろ》なる|花《はな》を|交《まじ》へて|池《いけ》の|辺《べ》の
|菖蒲《あやめ》は|春《はる》の|夜《よ》を|匂《にほ》ひつつ
|所《ところ》どころ|水鏡《みづかがみ》|照《て》る|湧《わ》き|水《みづ》を
ふさぎてあやめは|咲《さ》き|出《い》でにけり
|曲神《まがかみ》の|影《かげ》は|地上《ちじやう》に|消《き》え|失《う》せて
|月《つき》のみひとりさやかなるかも』
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲神《まがかみ》の|征途《きため》の|戦《いくさ》をさまりて
|泉《いづみ》の|森《もり》の|聖所《すがど》に|遊《あそ》ぶも
|村肝《むらきも》の|心《こころ》も|魂《たま》も|清々《すがすが》し
|泉《いづみ》の|森《もり》に|公《きみ》と|遊《あそ》びて
|心安《うらやす》の|国土《くに》のしるしか|真砂《まさご》|照《て》る
|泉《いづみ》の|森《もり》に|月《つき》は|冴《さ》えつつ』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|草《くさ》も|木《き》も|若返《わかがへ》りたる|心地《ここち》かな
|空《そら》に|澄《す》みきる|月《つき》の|下《した》びに
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|幾億万《いくおくまん》の|星《ほし》の|砂《すな》
|俯《ふ》してし|見《み》れば|真砂《まさご》に|星《ほし》|照《て》る
|星《ほし》と|星《ほし》|月《つき》と|月《つき》との|中空《なかぞら》に
|雲《くも》の|如《ごと》くにうけるこの|森《もり》
|常磐樹《ときはぎ》の|梢《うれ》の|濡葉《ぬれば》にきらめきて
|千々《ちぢ》に|照《て》らせる|今宵《こよひ》の|月光《つきかげ》
|新《あたら》しく|蘇《よみが》へりたる|心地《ここち》すも
|曲神《まがみ》|征途《きため》の|戦《いくさ》|終《をは》りて
|吾《わが》|駒《こま》も|疲《つか》れたるらむ|草《くさ》の|生《ふ》に
|身《み》を|横《よこ》たへて|安《やす》く|眠《ねむ》れり
はてしなき|荒野《あらの》を|渡《わた》り|進《すす》みてし
|駒《こま》の|功《いさを》を|照《て》らす|月光《つきかげ》
|小夜《さよ》|更《ふ》けて|森《もり》の|傍《かたへ》のこもり|枝《え》に
かすむが|如《ごと》くふくろふの|鳴《な》くも
これの|世《よ》に|吾《われ》|生《うま》れ|来《き》て|始《はじ》めての
|清《すが》しき|思《おも》ひに|満《み》たされにける』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|鷲馬《わしうま》の|背《せ》に|跨《またが》りて|御空《みそら》はろか
|渡《わた》りし|思《おも》へば|怖気立《おぢけた》つかも
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|威猛《ゐたけ》り|曲神《まがかみ》の
|醜《しこ》の|砦《とりで》に|空《そら》よりのぞみし
|心安《うらやす》き|神世《みよ》にありせば|斯《か》くの|如《ごと》
|放《はな》れし|危《あや》ふき|業《わざ》はなさじを
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》の|限《かぎ》り|吾《わが》|公《きみ》に
|真言《まこと》|捧《ささ》げて|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
|月《つき》|冴《さ》ゆる|泉《いづみ》の|森《もり》に|夜《よ》もすがら
|御樋代神《みひしろがみ》と|楽《たの》しく|遊《あそ》ぶも
|東雲《しののめ》の|空《そら》は|漸《やうや》く|明《あか》るみて
|紫《むらさき》の|雲《くも》ただよひにけり
|五柱《いつはしら》|比古神《ひこがみ》やがて|駿馬《はやこま》の
|轡《くつわ》|並《なら》べて|帰《かへ》り|来《き》まさむ』
|斯《か》く|歌《うた》はせ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|東《あづま》の|空《そら》はからりと|明《あ》け|放《はな》れ、|百鳥《ももどり》の|声《こゑ》は|樹々《きぎ》の|梢《こずゑ》に|囀《さへづ》り、|朝露《あさつゆ》はさし|昇《のぼ》る|天津日《あまつひ》に|照《て》らされて|七色《なないろ》の|光《ひか》りを|放《はな》ち、その|美《うるは》しさ|譬《たと》ふるにものなかりける。
かかる|所《ところ》へ|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》を|先頭《せんとう》に|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》、|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》、|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》、|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》の|五柱《いつはしら》は、|勇気《ゆうき》を|満面《まんめん》に|充《み》たせつつ、この|度《たび》の|戦《いくさ》に|大本営《だいほんえい》と|定《さだ》まりし|泉《いづみ》の|森《もり》の|聖所《すがど》に|無事《ぶじ》|帰陣《きぢん》し|給《たま》ひける。|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御樋代神《みひしろがみ》の|側《そば》|近《ちか》く|進《すす》みより、|恭《うやうや》しく|拝跪《はいき》しながら|凱旋報告《がいせんはうこく》の|御歌《みうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|尊《たふと》きろかも|吾《わが》|公《きみ》の
|水火《いき》の|光《ひか》りに|曲津《まが》は|滅《ほろ》びし
|千万《ちよろづ》の|曲津《まが》の|奸計《たくみ》をふみ|越《こ》えて
|神《かみ》の|力《ちから》に|勝鬨《かちどき》あげしよ
|曲津見《まがつみ》は|千引《ちびき》の|巌《いは》と|身《み》を|変《か》へて
|吾《わが》|登《のぼ》りゆく|道《みち》を|塞《ふさ》ぎし
|三柱《みはしら》の|比女神《ひめがみ》となりて|曲津見《まがつみ》は
|吾《われ》を|詳《つぶさ》に|謀《はか》らむとせり
|曲津見《まがつみ》の|化身《けしん》の|巌《いは》を|踏《ふ》み|固《かた》め
|暫《しば》しの|憩所《やすど》と|吾《われ》なしにけり
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》と|曲津《まがつ》は|変《へん》じつつ
|吾《われ》を|屡々《しばしば》ためらはしける
|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|玉《たま》をとぎすまし
|吾《われ》ためらはず|戦《たたか》ひにけり
|三柱《みはしら》の|比女神等《ひめがみたち》の|放《はな》れ|業《わざ》に
もろくも|曲津《まが》は|滅《ほろ》び|失《う》せぬる
|七宝《しつぽう》をとり|散《ち》らしつつ|曲津見《まがつみ》は
|雲井《くもゐ》の|空《そら》に|消《き》え|失《う》せにけり
|心地《ここち》よく|曲津《まが》の|軍《いくさ》を|滅《ほろ》ぼして
|御前《みまへ》に|復命《かへりごと》するぞ|嬉《うれ》しき
|五柱《いつはしら》の|比古神《ひこがみ》いづれも|曲津見《まがつみ》に
|悩《なや》まされつつ|戦《たたか》ひましける
なかなかに|侮《あなど》り|難《がた》き|曲津見《まがつみ》の
|禍《わざ》のがれしも|公《きみ》の|功績《いさをし》
かなはじと|思《おも》ひて|神言《かみごと》|宣《の》りつれば
|光《ひか》りとなりて|助《たす》けし|吾《わが》|公《きみ》
|遥《はろ》かなる|泉《いづみ》の|森《もり》の|空《そら》|照《て》らし
|吾《わが》|戦《たたかひ》を|助《たす》け|給《たま》ひぬ
|年《とし》|古《ふる》く|曲津《まが》の|棲《す》まひし|魔棲ケ谷《ますみがやつ》は
|堅磐常磐《かきはときは》の|巌城《いはしろ》なりける
|曲神《まがかみ》の|砦《とりで》をことごと|言霊《ことたま》の
|水火《いき》に|退《やら》ひし|心《こころ》の|清《すが》しさ』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|千万《ちよろづ》の|悩《なや》みしのびて|曲津見《まがつみ》を
|討《う》ち|滅《ほろ》ぼして|帰《かへ》りし|嬉《うれ》しさ
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》と|変《へん》じて|曲津見《まがつみ》は
|吾《わが》|魂線《たましひ》を|迷《まよ》はせにけり
|曲津見《まがつみ》は|女神《めがみ》と|変《へん》じて|吾《わが》|行手《ゆくて》に
いより|集《つど》ひて|謀《はか》らひにけり
|何事《なにごと》も|公《きみ》の|言葉《ことば》に|従《したが》ひし
|功《いさを》は|曲津《まが》に|欺《あざむ》かれざりしよ』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|遥々《はろばろ》と|大野《おほの》を|渡《わた》り|醜神《しこがみ》の
|百《もも》の|奸計《たくみ》を|踏《ふ》みにじりつつ
|曲津見《まがつみ》の|浅《あさ》き|奸計《たくみ》の|可笑《をか》しさに
|吹《ふ》き|出《だ》すばかり|思《おも》はれにける
|太刀膚《たちはだ》の|竜神《たつがみ》|大蛇《をろち》|数限《かずかぎ》り
|百谷千谷《ももだにちだに》に|潜《ひそ》みて|戦《たたか》ふ
|溪々《たにだに》ゆのこる|隈《くま》なく|黒雲《くろくも》を
|吐《は》き|出《い》でにつつ|吾等《われら》を|悩《なや》めし
|曲神《まがかみ》の|水火《いき》の|黒雲《くろくも》は|十重二十重《とへはたへ》
|包《つつ》みて|行《ゆ》く|手《て》を|閉《とざ》したりけり
|千万《ちよろづ》の|曲津《まが》の|砦《とりで》に|立《た》ち|向《むか》ひ
|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|事《こと》なく|勝《か》ちしよ
ありがたき|尊《たふと》きものは|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|光《ひか》りと|深《ふか》く|悟《さと》りぬ』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|公《きみ》がます|泉《いづみ》の|森《もり》に|帰《かへ》り|来《き》て
|朝《あした》の|空《そら》に|復命《かへりごと》せむ
|天津日《あまつひ》は|豊栄《とよさか》|昇《のぼ》り|四方八方《よもやも》の
|草木《くさき》|諸々《もろもろ》|蘇《よみが》へりたり
|何《なん》となく|心《こころ》|勇《いさ》まし|曲神《まがかみ》を
|跡《あと》なく|討《う》ちて|帰《かへ》りし|朝《あした》は
|種々《くさぐさ》の|醜《しこ》の|奸計《たくみ》に|悩《なや》まされ
|漸《やうや》く|曲津《まが》をきため|帰《かへ》りぬ
|海《うみ》を|抜《ぬ》く|八万尺《はちまんじやく》の|白馬ケ岳《はくばがだけ》に
|登《のぼ》りて|見《み》はらす|国土《くに》は|遥《はろ》けし
|曲津見《まがつみ》の|滅《ほろ》びし|後《あと》の|清《すが》しさに
|四方《よも》の|国形《くにがた》|望《のぞ》み|見《み》しはや
|牛頭ケ峯《ごづがみね》の|頂《いただき》いよいよ|高《たか》くして
|白馬ケ岳《はくばがだけ》と|丈《たけ》をくらべつ
|空《そら》に|飛《と》ぶ|鷹《たか》も|烏《からす》も|百鳥《ももどり》も
はろかに|吾《われ》より|下空《したぞら》にありき
|魔棲ケ谷《ますみがやつ》の|丘《をか》に|登《のぼ》りて|見渡《みわた》せば
|万里《まで》の|海原《うなばら》|波《なみ》かがやけり
ここに|来《き》て|心《こころ》|漸《やうや》く|和《なご》みけり
|御樋代神《みひしろがみ》の|御前《みまへ》に|仕《つか》へて』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》は|今《いま》|申上《まをしあ》ぐべき|事《こと》もなし
|四柱神《よはしらがみ》の|復命《ふくめい》ありせば
|勇《いさ》ましき|曲津《まが》を|征途《きため》の|戦《いくさ》して
|吾《われ》|天地《あめつち》の|心《こころ》を|悟《さと》りぬ
|天地《あめつち》の|心《こころ》を|永久《とは》に|抱《いだ》きつつ
|稚国原《わかくにはら》を|拓《ひら》かむと|思《おも》ふ
|限《かぎ》りなきこの|広《ひろ》き|国土《くに》を|如何《いか》にして
|造《つく》りまさむかと|公《きみ》を|思《おも》ひぬ
|曲津見《まがつみ》は|雲井《くもゐ》の|奥《おく》に|消《き》えし|上《うへ》は
|総《すべ》てのものはゆたに|栄《さか》えむ
|天津日《あまつひ》は|豊栄《とよさか》|昇《のぼ》り|吾《わが》|公《きみ》の
|功《いさを》を|清《きよ》く|照《て》らさせ|給《たま》へり
いざさらば|万里ケ丘《までがをか》なる|吾《わが》|公《きみ》の
|聖所《すがど》をさして|急《いそ》ぎ|帰《かへ》らむ』
|斯《か》く|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》の|提言的《ていげんてき》|御歌《みうた》に、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》を|始《はじ》め|一行《いつかう》|十一柱《じふいちはしら》の|神々《かみがみ》は、|朝日《あさひ》|照《て》る|大野ケ原《おほのがはら》を|駒《こま》の|嘶《いなな》き|勇《いさ》ましく、|万里ケ丘《までがをか》さして|一目散《いちもくさん》に|帰《かへ》らせ|給《たま》ひけるぞ|目出度《めでた》けれ。
(昭和八・一二・一六 旧一〇・二九 於大阪分院蒼雲閣 谷前清子謹録)
第二二章 |歓声満天《くわんせいまんてん》(一)〔一九五四〕
|万里ケ丘《までがをか》の|聖所《すがど》に|凱旋《がいせん》したる|十一柱《じふいちはしら》の|神々《かみがみ》は、|喜《よろこ》びのあまり|祝宴《しゆくえん》を|開《ひら》くべく|万里《まで》の|国原《くにはら》の|生《い》きとし|生《い》けるものの|悉《ことごと》くに、|駿馬使《はやこまづかひ》を|遣《つか》はし|給《たま》ひければ、|定《さだ》めの|日《ひ》の|来《きた》るを|待《ま》ちつつ|八千方里《はつせんはうり》の|国土《こくど》に、|生《い》きとし|生《い》けるもの|等《ら》|悉《ことごと》く|先《さき》を|争《あらそ》ひ|雲霞《うんか》の|如《ごと》く|集《あつま》り|来《きた》りて、|異口同音《いくどうおん》に|凱旋《がいせん》を|寿《ことほ》ぎ|歌《うた》ふ|声《こゑ》は|天地《てんち》も|崩《くづ》るるばかりなりけり。|幾千万《いくせんまん》の|馬《うま》も|牛《うし》も|羊《ひつじ》も|鼠《ねずみ》|蛙《かはず》も、|先《さき》を|争《あらそ》ひ|万里ケ丘《までがをか》の|聖所《すがど》を|十重二十重《とへはたへ》にとり|巻《ま》き、|立錐《りつすゐ》の|余地《よち》なきことこそ|前代未聞《ぜんだいみもん》の|大慶事《だいけいじ》なりける。
ここに|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は、|新《あら》たに|造《つく》り|了《を》へたる|高殿《たかどの》に|登《のぼ》らせ|給《たま》ひて、|群衆《ぐんしう》の|歓《ゑら》ぎ|喜《よろこ》ぶ|状《さま》を|遥《はる》かにみそなはし|歓喜《くわんき》|身《み》に|溢《あふ》れて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|群集《ぐんしふ》せる|総《すべ》ての|生物《いきもの》は、|御樋代神《みひしろがみ》の|御歌《みうた》につれて|各自《おのもおのも》|手《て》を|拍《う》ち|足《あし》を|踏《ふ》みならし|怪《あや》しく|腰《こし》を|振《ふ》りながら|踊《をど》り|狂《くる》ふぞ|勇《いさ》ましかりける。
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|久方《ひさかた》の|天津御空《あまつみそら》に|迷《まよ》ひたる
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|吹《ふ》き|散《ち》りぬ
|天津日光《あまつひかげ》は|澄《す》みきらひ
|御空《みそら》を|渡《わた》る|月読《つきよみ》の
|舟《ふね》は|冴《さ》えつつ|諸々《もろもろ》の
|星《ほし》は|御空《みそら》に|輝《かがや》きぬ
|科戸《しなど》の|風《かぜ》も|軟《やはら》かに
|常世《とこよ》の|春《はる》を|撫《な》でて|行《ゆ》く
|百花《ももばな》|千花《ちばな》はこの|春《はる》を
|千歳《ちとせ》の|楽土《らくど》と|笑《ゑ》まひつつ
|豊《ゆた》にたゆたにかむばしき
|香《かを》りを|四方《よも》に|散《ち》らすなり
|雲《くも》に|聳《そび》ゆる|牛頭ケ峰《ごづがみね》
|御空《みそら》に|高《たか》き|白馬ケ岳《はくばがだけ》も
|水火《いき》|澄《す》みきらひ|紫《むらさき》の
|雲《くも》の|色帯《いろおび》しめまはし
|万里《まで》の|海原《うなばら》のぞみつつ
|常世《とこよ》の|春《はる》の|目出度《めでた》さを
|寿《ことほ》ぎまつる|如《ごと》くなり
|百鳥千鳥《ももどりちどり》の|囀《さへづ》りは
|伽陵頻迦《かりようびんが》の|声《こゑ》に|似《に》て
|聞《き》くも|清《すが》しき|音色《ねいろ》なり
|御空《みそら》に|高舞《たかま》ふ|真鶴《まなづる》は
|翼《つばさ》|揃《そろ》へて|潔《いさぎよ》く
|万里《まで》の|聖所《すがど》の|森《もり》の|上《へ》に
|翼《つばさ》|休《やす》めて|千代《ちよ》うたふ
|花爛漫《はならんまん》のこの|春《はる》を
|白《しろ》き|黄色《きいろ》き|胡蝶《こてふ》は|来《きた》り
|松虫《まつむし》|鈴虫《すずむし》きりぎりす
|秋《あき》まだ|来《こ》ねどこの|庭《には》に
|伊寄《いよ》り|集《つど》ひて|万世《よろづよ》を
|清《すが》しくうたへる|目出度《めでた》さよ
|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|山麓《さんろく》に
|白雲《しらくも》|遊《あそ》び|牛頭ケ峰《ごづがね》の
|頂《いただき》|深《ふか》く|包《つつ》みたる
|濃《こ》き|紅《くれなゐ》の|雲《くも》の|色《いろ》は
|天津日光《あまつひかげ》の|寝床《ふしど》かと
|疑《うたが》ふばかり|冴《さ》えにけり
|駒《こま》は|鬣《たてがみ》うちふるひ
|右《みぎ》と|左《ひだり》に|尾《を》をふりて
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》を|打《う》ち|払《はら》ふ
|今日《けふ》の|喜《よろこ》び|永久《とこしへ》に
|語《かた》り|伝《つた》へて|後《のち》の|世《よ》の
|神《かみ》のためしとなりぬべし
|奴婆玉《ぬばたま》の|黒《くろ》き|毛《け》|生《お》へる|真牛《まなうし》は
|二本《にほん》の|角《つの》をふり|立《た》てて
|右《みぎ》や|左《ひだり》や|前《まへ》|後《うしろ》
|前《まへ》つ|太脚《ふとあし》ふり|上《あ》げて
|直立《ちよくりつ》しつつ|手《て》の|如《ごと》く
|踊《をど》り|狂《くる》ふぞ|面白《おもしろ》き
|羊《ひつじ》は|勇《いさ》み|白兎《しろうさぎ》は
|月《つき》の|形《かたち》にまろまりて
|毬《まり》と|変《へん》じつ|四方八方《よもやも》に
まろびつかへりつ|踊《をど》るなり
|鼠《ねずみ》は|勇《いさ》み|百蛙《ももかはず》は
|掌《てのひら》うちて|舞《ま》ひ|狂《くる》ふ
|青《あを》き|御空《みそら》を|眺《なが》むれば
|鳶《とび》も|烏《からす》も|隼《はやぶさ》も
|翼《つばさ》|揃《そろ》へて|月《つき》の|輪《わ》を
|描《ゑが》きつ|消《け》しつ|歌《うた》ひ|舞《ま》ふ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|八千方里《はつせんはうり》の|万里《まで》の|島《しま》は
|宛然《さながら》|主《ス》の|神《かみ》|永久《とこしへ》に
|鎮《しづ》まりいます|天界《てんかい》か
|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》の|荘厳《さうごん》さも
|今日《けふ》のよき|日《ひ》の|賑《にぎ》はひに
|勝《まさ》らざらめや|惟神《かむながら》
ただこの|上《うへ》は|千万《ちよろづ》の
|国津神等《くにつかみら》を|移《うつ》し|植《う》ゑ
|稚国原《わかくにはら》の|真秀良場《まほらば》を
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|鋤《す》き|固《かた》め
|木草《きぐさ》の|種《たね》を|植《う》ゑおふし
|稲《いね》|麦《むぎ》|豆《まめ》|粟《あは》|黍《きび》の|類《るゐ》
|所狭《ところせ》きまで|蒔《ま》きつけて
うら|安国《やすくに》のうら|安《やす》く
|生《い》きとし|生《い》けることごとを
|天国浄土《てんごくじやうど》の|楽《たの》しみに
|遊《あそ》ばせ|生《い》かせ|永久《とこしへ》の
|神《かみ》の|御国《みくに》と|定《さだ》むべし
ただわれ|御樋代神《みひしろがみ》にして
|国土《くに》の|司《つかさ》と|臨《のぞ》むべき
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まざるを
|今日《けふ》のよき|日《ひ》の|喜《よろこ》びの
|一《ひと》つのうらみと|思《おも》ふなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|依《よ》さしの|時《とき》|待《ま》ちて
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の
みゆきを|待《ま》たむ|村肝《むらきも》の
|心《こころ》を|洗《あら》ひ|魂《たま》|清《きよ》め
|御空《みそら》に|輝《かがや》く|日月《じつげつ》の
|清《きよ》きを|保《たも》ちて|相待《あひま》たむ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|万里《まで》の|島根《しまね》を|永久《とこしへ》に
|守《まも》らせ|給《たま》へと|久方《ひさかた》の
|天津高宮《あまつたかみや》に|在《おは》します
|主《ス》の|大神《おほかみ》を|始《はじ》めとし
|従《したが》へ|給《たま》ふ|百千々《ももちぢ》の
|畏《かしこ》き|神《かみ》の|御前《おんまへ》に
|畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる
|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|請《こ》ひまつる』
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|今日《けふ》の|生日《いくひ》の|目出度《めでた》さよ
|総《すべ》ての|生物《いきもの》|伊寄《いよ》り|集《つど》へば
わが|公《きみ》の|御稜威《みいづ》|畏《かしこ》し|国原《くにはら》は
|挙《こぞ》りて|御前《みまへ》に|寿《ほ》ぎ|言《ごと》|宣《の》るも
|雲《くも》を|抜《ぬ》く|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|頂《いただき》に
|紫雲《しうん》|棚引《たなび》き|天津日《あまつひ》てらふ
|昼月《ひるづき》の|光《かげ》は|東《あづま》の|大空《おほぞら》に
|白《しろ》く|冴《さ》えつつ|昇《のぼ》りましけり
|月《つき》も|日《ひ》も|今日《けふ》の|慶事《けいじ》を|寿《ことほ》ぐか
|相並《あひなら》ばして|昇《のぼ》りましけり
|千早振《ちはやぶ》る|神世《かみよ》もきかぬ|今日《けふ》の|日《ひ》の
|寿《ことほ》ぎ|言葉《ことば》|国土《くに》に|充《み》ちつる
|地《つち》|稚《わか》き|国土《くに》とは|言《い》へどかくの|如《ごと》
|数多《あまた》の|生物《いきもの》あるは|楽《たの》しき
|野《の》に|出《い》でて|田畑《たはた》を|耕《たがや》す|蛙《かはず》まで
この|斎場《いみには》に|集《つど》ひて|踊《をど》れる
|上《うへ》も|下《した》も|心《こころ》|合《あは》せて|曲津神《まがかみ》の
|亡《ほろ》びし|今日《けふ》を|祝《いは》ふ|宴《うたげ》なり
|山《やま》も|野《の》も|皆《みな》おしなべて|蘇《よみがへ》り
|命《いのち》の|露《つゆ》を|照《て》らして|果《は》てなし
|限《かぎ》りなき|万里《まで》の|海原《うなばら》に|浮《うか》びたる
この|稚国土《わかぐに》の|栄《さか》え|果《は》てなき
|女神《めがみ》われも|曲津《まが》の|征途《きため》に|立《た》ち|向《むか》ひ
|今日《けふ》の|楽《たの》しき|宴《うたげ》に|会《あ》ひぬる』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|果《は》てしなき|喜《よろこ》びにわれも|満《みた》されて
|手《て》の|舞《ま》ひ|足《あし》の|踏《ふ》み|所《ど》を|知《し》らず
|月《つき》も|日《ひ》も|豊《ゆたか》に|光《ひかり》をなげ|給《たま》ひ
|百《もも》の|草木《くさき》の|露《つゆ》を|照《て》らせり
この|島《しま》に|生《い》きとし|生《い》けるもの|皆《みな》は
|今日《けふ》のよき|日《ひ》を|祝《いは》はぬはなし
|真鶴《まなづる》の|永久《とは》に|治《をさ》めし|稚国土《わかぐに》も
|御樋代神《みひしろがみ》の|神世《みよ》となりける
|丹頂《たんちやう》の|鶴《つる》は|千歳《ちとせ》の|常磐樹《ときはぎ》の
|松《まつ》を|飾《かざ》りて|千代《ちよ》をうたはむ
かくならば|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》みまして
|国土《くに》の|司《つかさ》と|定《さだ》めますべし
そよと|吹《ふ》く|風《かぜ》も|寿《ことほ》ぐかさやかなる
|音色《ねいろ》|放《はな》ちて|森《もり》を|過《す》ぎゆく
|高殿《たかどの》に|御樋代神《みひしろがみ》は|上《のぼ》らして
|歌《うた》はす|御歌《みうた》の|声《こゑ》|朗《ほが》らなる
わが|公《きみ》の|冴《さ》えに|冴《さ》えたる|言霊《ことたま》に
|総《すべ》てのものは|蘇《よみがへ》るなり
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|御空《みそら》の|海《うみ》は|限《かぎ》りなく
いやふかぶかに|青《あを》みたるかな
|大空《おほぞら》の|青《あを》き|海原《うなばら》|渡《わた》りゆく
|月読《つきよみ》の|舟《ふね》は|波《なみ》きり|進《すす》むも
|大空《おほぞら》に|漂《ただよ》ふ|魚鱗《ぎよりん》の|雲《くも》|見《み》れば
|宛然《さながら》|海《うみ》の|波《なみ》に|似《に》しかも』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》の|開《ひら》けし|時《とき》ゆかくの|如《ごと》
|目出度《めでた》きためしは|聞《き》かざりにけり
もろもろを|日《ひ》に|夜《よ》になやめ|苦《くる》しめし
|曲津《まが》の|滅《ほろ》びし|今日《けふ》ぞ|目出度《めでた》き
みはるかす|万里《まで》の|丘辺《をかべ》のほとり|皆《みな》
|伊寄《いよ》り|集《つど》へる|喜《よろこ》びの|声《こゑ》
|昨日《きのふ》まで|歎《なげ》きの|声《こゑ》と|聞《きこ》えしは
うら|吹《ふ》く|風《かぜ》となりにけらしな
|喜《よろこ》びの|声《こゑ》は|天地《てんち》にみちみちて
|国土《くに》の|栄《さか》えを|物語《ものがた》るなり
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|功《いさを》に|地《つち》|稚《わか》き
|万里《まで》の|国原《くにはら》|蘇《よみがへ》りたり
この|島《しま》に|生《い》きとし|生《い》ける|物等《ものら》|皆《みな》
|御樋代神《みひしろがみ》の|功《いさを》をうたへり
わが|公《きみ》は|尊《たふと》き|御身《おんみ》を|起《おこ》しつつ
|曲津《まが》の|征途《きため》に|上《のぼ》らせ|給《たま》ひぬ
|健気《けなげ》なる|公《きみ》の|雄健《をたけ》びに|励《はげ》まされ
|女神《めがみ》のわれも|征途《きため》に|向《むか》ひし
わが|公《きみ》の|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》に
|曲津《まが》の|軍《いくさ》を|逐《お》ひやりにけり
|今日《けふ》よりは|慶事《よろこびごと》の|重《かさ》なりて
|栄《さか》え|果《は》てなし|万里《まで》の|国原《くにはら》は
|馬《うま》も|牛《うし》も|今日《けふ》より|初《はじ》めて|新《あたら》しき
|水《みづ》も|飲《の》むべし|草《くさ》も|食《は》むべし
|鳥《とり》|獣《けもの》|虫《むし》けらまでも|澄《す》みきらふ
|水火《いき》に|万世《よろづよ》を|蘇《よみがへ》るべき
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》に|仕《つか》へてわれは|今《いま》
この|喜《よろこ》びを|目《ま》のあたり|見《み》るも』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|群衆《ぐんしう》の|歓《ゑら》ぎ|喜《よろこ》ぶ|声《こゑ》は|刻々《こくこく》に|高《たか》まり、|万里《まで》の|島根《しまね》の|天地《てんち》は|覆《くつが》へらむかと|思《おも》ふばかりの|有様《ありさま》を|現出《げんしゆつ》したるこそ|目出度《めでた》けれ。
(昭和八・一二・一六 旧一〇・二九 於大阪分院蒼雲閣 林弥生謹録)
本巻第二十二章を口述し終りたる昭和八年十二月十六日の夕刻なりき。冷雨は大阪分院の広庭に沛然として臻り、時ならぬ雷鳴は深夜の二時轟き渡りて、大地震の勃発せしかと疑ふばかり凄まじき光景を現じたりける。
口述者識
第二三章 |歓声満天《くわんせいまんてん》(二)〔一九五五〕
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|高殿《たかどの》にのぼらせ|給《たま》ひ、|歓喜《くわんき》のあまり|雀躍《じやくやく》せる|数万《すうまん》の|生物《いきもの》に|対《たい》して|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|水火《いき》に|生《うま》れし|万里《まで》の|島《しま》に
|御樋代神《みひしろがみ》となりて|臨《のぞ》みぬ
|今日《けふ》までは|荒《あら》ぶる|神《かみ》の|世《よ》なりけり
|鶴《つる》の|守《まも》れる|国土《くに》にしあれば
|大空《おほぞら》を|自由《じいう》にかけりめぐるとも
|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》なき|鶴《つる》なり
|今日《けふ》よりは|真鶴国土《まなづるくに》の|名物《めいぶつ》と
|守《まも》り|育《そだ》てむ|松《まつ》の|梢《こずゑ》に
この|島《しま》に|生《い》きとし|生《い》ける|物《もの》|皆《みな》を
|今日《けふ》より|吾《われ》は|領有《うしは》ぎ|守《まも》らむ
|鳥《とり》|獣《けもの》|木草《きぐさ》のはしに|至《いた》るまで
|永久《とは》に|守《まも》らむ|厳《いづ》の|力《ちから》に
この|島《しま》は|紫微天界《しびてんかい》の|愛児《まなご》なり
|造《つく》り|固《かた》めて|神《かみ》に|報《むく》いむ
この|島《しま》を|造《つく》り|固《かた》めて|永久《とこしへ》の
|松《まつ》の|緑《みどり》のよき|国土《くに》とせむ
|諸々《もろもろ》の|歓《ゑら》ぎ|喜《よろこ》ぶさま|見《み》つつ
この|稚国土《わかぐに》の|栄《さか》えを|祝《いは》ふ
|足引《あしびき》の|山《やま》の|尾《を》|包《つつ》みし|雲霧《くもきり》も
|隈《くま》なく|晴《は》れし|今日《けふ》ぞ|清《すが》しき
|黒雲《くろくも》の|影《かげ》は|隈《くま》なく|空《そら》に|消《き》えて
あした|夕《ゆふ》べを|紫雲《しうん》|棚引《たなび》け
|海《うみ》を|出《い》で|海《うみ》に|入《い》るてふ|日月《じつげつ》の
|光《ひかり》さやけく|神国《みくに》を|生《い》かさむ
|永久《とこしへ》の|命《いのち》|保《たも》ちて|此《この》|島《しま》は
|地震《なゐふる》もあるな|嵐《あらし》も|吹《ふ》くな
|諸々《もろもろ》のいより|集《つど》ひて|動《うご》くさまは
|打《う》ち|寄《よ》す|波《なみ》の|秀《ほ》に|見《み》ゆるかな
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》と|仕《つか》へて|此《こ》の|島《しま》に
|天降《あも》りし|吾《われ》は|国土《くに》の|親《おや》なり
|生《う》みの|子《こ》のいやつぎつぎに|栄《さか》えませと
|万里《まで》の|島根《しまね》の|生《お》ひ|立《た》ち|祈《いの》るも
|瑞御霊《みづみたま》|天降《あも》り|給《たま》ひて|国魂《くにたま》の
|御子《みこ》|生《う》ますまで|吾《われ》は|動《うご》かじ
この|丘《をか》に|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御舎《みあらか》を
つくりて|天《てん》の|時《とき》を|待《ま》たなむ
|平《たひら》けく|安《やす》らけくあれ|永久《とこしへ》に
|吾《わが》|司《つかさど》る|万里《まで》の|島根《しまね》は
|天地《あめつち》と|共《とも》に|栄《さか》えて|遠永《とほなが》に
この|生島《いくしま》の|命《いのち》あれかし
|若返《わかがへ》り|若返《わかがへ》りつつ|幾千代《いくちよ》も
|生《い》きて|守《まも》らむ|万里《まで》の|島根《しまね》を
|万世《よろづよ》に|動《うご》かぬ|国魂神《くにたまかみ》の|裔《すゑ》は
この|生島《いくしま》を|司《つかさど》るらむ
|吾《わが》|宣《の》りし|生言霊《いくことたま》は|幾代《いくよ》|経《ふ》るも
|動《うご》かざるべし|主神《すしん》の|依《よ》さしなれば』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》はしもワ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|地上《ちじやう》を|開《ひら》く|輪守比古《わもりひこ》はや
|荒金《あらがね》の|地《つち》のことごと|生《い》かせつつ
|森羅万象《すべてのもの》の|命《いのち》を|守《まも》らむ
この|島《しま》は|紫微天界《しびてんかい》の|中心《なかご》なるか
|大海原《おほうなばら》の|波《なみ》に|浮《うか》べる
|波《なみ》の|音《おと》|風《かぜ》のうなりも|新《あたら》しく
|響《ひび》かひ|来《きた》るも|今日《けふ》のよき|日《ひ》は
この|島《しま》の|生《い》きとし|生《い》ける|数《かず》の|限《かぎ》り
いより|集《つど》へる|聖所《すがど》めでたし
|天《あめ》も|地《つち》も|新《あら》たに|開《ひら》けし|此《この》よき|日《ひ》に
|堅磐常磐《かきはときは》の|礎《いしずゑ》|固《かた》めばや
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》は|今日《けふ》より|万里《まで》の|島《しま》の
|真言《まこと》の|親《おや》と|仰《あふ》ぎまつらむ
もろもろの|百姓《おほみたから》よ|御樋代神《みひしろがみ》は
|吾等《われら》が|真言《まこと》の|親《おや》と|崇《あが》めよ』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『この|島《しま》を|開《ひら》き|初《そ》めたる|百蛙《ももかはず》
|百《もも》の|鼠《ねずみ》の|功《いさを》は|尊《たふと》き
|主《ス》の|神《かみ》の|水火《いき》に|生《うま》れし|百蛙《ももかはず》
|鼠《ねずみ》は|神国《みくに》を|守《まも》る|神《かみ》はや
|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》|現《あ》れませる|今日《けふ》よりは
|安《やす》けく|生《い》きよ|蛙《かはず》よ|鼠《ねずみ》よ
|馬《うま》も|牛《うし》も|山《やま》を|下《くだ》りて|広野原《ひろのはら》に
|安《やす》き|命《いのち》を|保《たも》ちつ|働《はたら》け
|国津神《くにつかみ》|数多《あまた》この|国土《くに》に|植《う》ゑ|移《うつ》し
|鼠《ねずみ》|蛙《かはず》を|守《も》り|神《がみ》とせむ
|国津神《くにつかみ》を|知食《しろしめ》さむと|主《ス》の|神《かみ》は
|御樋代神《みひしろがみ》を|天降《あも》らせ|給《たま》ひぬ
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》まむと|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》はこの|土《ど》に|天降《あも》りましける
|吾《わが》|公《きみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へて|霊山比古《たまやまひこ》の
|神《かみ》もこの|土《ど》に|降《くだ》り|来《き》つるよ
|万里ケ島《までがしま》のすべての|生物《いきもの》を|安《やす》らかに
|守《まも》り|育《そだ》つと|吾《わが》|公《きみ》|天降《あも》らせり
|百蛙《ももかはず》|百《もも》の|鼠《ねずみ》よ|今日《けふ》よりは
まこと|捧《ささ》げて|公《きみ》に|仕《つか》へよ』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|濛々《もうもう》と|雲霧《くもきり》たちて|曲津見《まがつみ》の
|猛《たけ》り|狂《くる》ひし|島《しま》は|晴《は》れたり
|吾《わが》|公《きみ》の|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》に
|照《て》らされ|曲津見《まがみ》は|亡《ほろ》び|失《う》せけり
|春夏秋冬《はるなつあきふゆ》とつぎつぎ|天地《あめつち》は
めぐりて|神国《みくに》の|栄《さか》えはてなき
|青雲《あをくも》の|棚引《たなび》く|極《きは》み|白雲《しらくも》の
|向伏《むかふ》す|限《かぎ》りは|公《きみ》の|国土《くに》なり
この|国土《くに》に|命《いのち》を|保《たも》つものみなは
|公《きみ》の|恵《めぐ》みに|浴《よく》せざるなし』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『めでたさの|限《かぎ》りなるかも|天地《あめつち》の
|水火《いき》|清《きよ》まりて|曲津《まが》は|失《う》せぬる
|国津神《くにつかみ》の|姿《すがた》|見《み》えねど|鳥《とり》|獣《けもの》
|蛙《かはず》の|声《こゑ》は|地上《ちじやう》に|満《み》ちたり
|八十日日《やそかひ》はあれども|今日《けふ》の|生《い》ける|日《ひ》は
|天《あめ》の|足日《たるひ》よ|世《よ》の|創《はじ》めなるよ
|貴身《きみ》と|小身《をみ》|親子《おやこ》の|道《みち》を|永久《とこしへ》に
|定《さだ》むる|今日《けふ》の|言祝《ことほ》ぎ|尊《たふと》し
|高殿《たかどの》は|天《あめ》の|浮橋《うきはし》よ|浮橋《うきはし》に
|立《た》たせて|千代《ちよ》の|固《かた》めを|宣《の》らす|公《きみ》
|右《みぎ》|左《ひだり》|上《うへ》と|下《した》との|差別《けぢめ》をたてて
|正《ただ》しく|清《きよ》く|国土《くに》|開《ひら》くべし
|高《たか》き|低《ひく》きの|差別《けぢめ》なければ|神《かみ》の|国《くに》は
また|乱《みだ》るべし|曲津《まが》わき|出《い》でで』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|鳥《とり》の|尾《を》のいやながながと|包《つつ》みたる
|雲霧《くもきり》はれて|新国土《にひくに》|生《うま》れぬ
|新《あたら》しき|国土《くに》のはじめの|言祝《ことほ》ぎの
|庭《には》にかためむ|貴身《きみ》|小身《をみ》の|道《みち》
|貴身《きみ》|大身《おほみ》|小身《をみ》|田身《たみ》の|道《みち》を|明《あき》らかに
たてて|拓《ひら》かむ|万里《まで》の|島根《しまね》を
|今日《けふ》よりは|万里《まで》の|島根《しまね》を|改《あらた》めて
|万里《まで》の|神国《みくに》と|永久《とは》に|讃《たた》へむ
|万里《まで》の|海《うみ》に|浮《うか》べる|百《もも》の|島々《しまじま》は
この|新国土《にひくに》の|御子《みこ》なりにけり
|国魂《くにたま》の|神《かみ》|生《あ》れまししあかつきは
|万世《よろづよ》|変《かは》らぬ|貴身《きみ》と|仕《つか》へむ』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》の|神《かみ》の|心《こころ》を|心《こころ》とし
|貴身《きみ》|小身《をみ》|親子《おやこ》の|正道《まさみち》|開《ひら》かむ
|貴身《きみ》|大身《おほみ》|小身《をみ》と|田身《たみ》とのことごとは
|主《ス》の|大神《おほかみ》を|親《おや》とし|仕《つか》へよ
|田族比女《たからひめ》|神《かみ》は|吾等《われら》が|親《おや》にして
|万世《よろづよ》|動《うご》かぬ|貴身《きみ》にましける
|吾《わが》|公《きみ》の|御稜威《みいづ》は|天地《てんち》に|輝《かがや》きて
|万里《まで》の|神国《みくに》に|荒《あら》ぶる|神《かみ》なし
|牛《うし》|馬《うま》は|田畑《たはた》を|耕《たがや》し|蛙《かはず》|鼠《ねずみ》は
|穀物《たなつもの》らの|命《いのち》を|守《まも》れ
|永久《とこしへ》に|蛙《かはず》は|田《た》を|守《も》り|鼠《ねずみ》|等《ら》は
|木草《きぐさ》を|守《も》りて|安《やす》らかに|住《す》めよ』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ありがたき|神世《みよ》となりけり|万世《よろづよ》に
|動《うご》かぬ|貴身《きみ》と|親《おや》あれませり
|貴身《きみ》と|讃《たた》へ|親《おや》と|尊《たふと》み|師《し》とたのみ
|永久《とは》に|生《い》きなむ|生《い》きの|命《いのち》を
|水《みづ》|清《きよ》く|風《かぜ》|澄《す》みきりて|日月《じつげつ》の
|光《ひかり》|明《あか》るき|万里《まで》の|神国《みくに》よ
|限《かぎ》りなき|広《ひろ》き|荒野《あらの》をまつぶさに
|開《ひら》きて|命《いのち》の|神苑《みその》となさばや
うごなはるすべての|生物《いきもの》の|祝《いは》ふ|声《こゑ》
この|新《あたら》しき|国原《くにはら》に|満《み》てり
もろもろの|言祝《ことほ》ぐ|声《こゑ》は|牛頭ケ峰《ごづがみね》
|白馬ケ岳《はくばがだけ》に|高《たか》き|木霊《こだま》す』
かく|神々《かみがみ》は、|各自《おのもおのも》|祝歌《しゆくか》をうたひ|高殿《たかどの》を|下《くだ》らせ|給《たま》ひければ、あらゆる|生物《いきもの》は|心安《うらやす》らけく|何《なん》の|憚《はばか》りもなく|各自《おの》が|得手々々《えてえて》をつくして、|踊《をど》り|狂《くる》ひ|歌《うた》ひさへづり、その|歓声《くわんせい》は|天地《てんち》も|震《ゆら》ぐばかりなりけり。
(昭和八・一二・一七 旧一一・一 於大阪分院蒼雲閣 白石恵子謹録)
第二四章 |会者定離《ゑしやじやうり》〔一九五六〕
|万里ケ島《までがしま》の|天地《てんち》を|塞《ふさ》ぎたる|邪神《まがかみ》の|潜《ひそ》みし|雲霧《くもきり》はくまなく|晴《は》れて、|日月《じつげつ》は|清《きよ》く|光《ひかり》を|地上《ちじやう》に|投《な》げ|万物蘇生《ばんぶつそせい》の|思《おも》ひして、|茲《ここ》に|新《あたら》しく|国名《こくめい》を|万里《まで》の|神国《みくに》と|称《とな》へ、|総《すべ》ての|基礎《きそ》を|万世《よろづよ》に|固《かた》め|給《たま》ひ、|生《い》きとし|生《い》けるものを|悉《ことごと》く|万里ケ島《までがしま》の|聖所《すがど》に|集《あつ》めて、|寿《ことほ》ぎの|宴《むしろ》を|開《ひら》き|給《たま》ひしが、|七日七夜《なぬかななよ》の|後《のち》、|総《すべ》ての|生《い》きとし|生《い》けるものは|各自《おのもおのも》|常住《じやうぢう》の|地《ち》に|帰《かへ》り、|水《みづ》を|打《う》ちたる|如《ごと》く、|御樋代神《みひしろがみ》の|御舎《みあらか》は|静寂《せいじやく》に|帰《き》したり。
かかる|所《ところ》に|西《にし》に|聳《そび》ゆる|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|背後《はいご》にあたれる|夕暮《ゆふぐれ》の|空《そら》は、|一種《いつしゆ》|異様《いやう》の|光《ひかり》に|満《み》ちぬれば、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|高殿《たかどの》に|立《た》ちて、この|様《さま》を|覧《みそな》はし、|尊《たふと》き|御樋代神《みひしろがみ》の|降臨《かうりん》なりとして、|直《ただち》に|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》、|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》をして|御樋代神《みひしろがみ》を|迎《むか》へ|奉《たてまつ》るべく、|黄昏《たそがれ》の|月下《げつか》を|鞭《むち》うたせ|給《たま》ひける。
|茲《ここ》に|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》は|神言《みこと》のまにまに、|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|西《にし》に|当《あた》る|御来矢《みくりや》の|浜辺《はまべ》に|馳《か》けつけ|給《たま》へば、|常磐《ときは》の|森《もり》に|憩《いこ》はせ|給《たま》ふ|五柱《いつはしら》の|天津神等《あまつかみたち》に|出会《であ》ひまし、|恭《うやうや》しく|言葉《ことば》を|交《かは》し、|万里ケ丘《までがをか》の|聖所《すがど》に|神々《かみがみ》を|導《みちび》きつつ、|翌日《あくるひ》の|黄昏頃《たそがれごろ》やうやくに|復命《かへりごと》|申《まを》し|給《たま》ひける。|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|八柱《やはしら》の|尊《たふと》き|御樋代神《みひしろがみ》|一行《いつかう》を|導《みちび》き、|無事《ぶじ》に|帰《かへ》りたることを|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の|大前《おほまへ》に|奏上《そうじやう》し|給《たま》ひぬ。
『わが|公《きみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|二柱《ふたはしら》は
|御来矢《みくりや》の|浜《はま》に|急《いそ》ぎ|着《つ》きけり
|御来矢《みくりや》の|浜辺《はまべ》に|着《つ》けば|森蔭《もりかげ》に
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|休《やす》らひ|給《たま》ひぬ
|恐《おそ》る|恐《おそ》る|吾《われ》|御前《みまへ》に|跪《ひざまづ》きて
|公《きみ》の|真言《まこと》を|宣《の》り|伝《つた》へける
|御樋代神《みひしろがみ》|朝香《あさか》の|比女《ひめ》は|頷《うなづ》きて
|諸神《しよしん》を|従《したが》へ|此処《ここ》に|来《き》ませり』
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》はこれに|答《こた》へて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|高地秀山《たかちほやま》より|降《くだ》りましし
|御樋代神《みひしろがみ》をよくも|迎《むか》へ|来《こ》しよ
|兎《と》も|角《かく》もこれの|高殿《たかどの》に|導《みちび》けよ
|吾《われ》も|階段《みはし》を|下《お》りて|迎《むか》へむ』
|茲《ここ》に|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》、|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》の|二柱《ふたはしら》は「オー」と|一声《ひとこゑ》|畏《かしこ》まりつつ、|御庭《みには》に|待《ま》たせ|給《たま》へる|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|一行《いつかう》の|前《まへ》に|言葉《ことば》も|恭《うやうや》しく、
『いざさらば|御樋代神《みひしろがみ》の|朝香比女《あさかひめ》
|進《すす》ませ|給《たま》へこれの|高殿《たかどの》へ
|四柱《よはしら》の|神《かみ》も|後《あと》よりつづきませ
|吾《われ》も|御後《みあと》に|従《したが》ひまつらむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|軽《かる》く|目礼《もくれい》しながら、|静々《しづしづ》と|高殿《たかどの》さして|進《すす》みたまふ。|茲《ここ》に|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|高殿《たかどの》の|階段《かいだん》を|降《お》りて|恭《うやうや》しく|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|一行《いつかう》を|待《ま》たせ|給《たま》ひけるが、|比女《ひめ》の|御姿《みすがた》|目前《もくぜん》に|迫《せま》りけるより、
『あらたふと|御樋代神《みひしろがみ》の|天降《あも》りましし
|尊《たふと》さに|吾《われ》は|迎《むか》へ|奉《まつ》るも
いざさらばこの|高殿《たかどの》に|案内《あない》せむ
のぼらせ|給《たま》へ|五柱《いつはしら》の|神《かみ》』
|茲《ここ》に|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|音《おと》に|聞《き》く|田族《たから》の|比女《ひめ》の|御樋代《みひしろ》は
|汝《なれ》なりしかも|愛《めぐ》しと|思《おも》ふ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|終《をは》り、|悠然《いうぜん》として|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の|後《しりへ》より、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|高殿《たかどの》さしてのぼらせ|給《たま》ひける。|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|所々《ところどころ》に|御樋代神《みひしろがみ》は|八十柱《やそはしら》
いますと|聞《き》きしを|今日《けふ》|会《あ》ひにけり
|地《つち》|稚《わか》き|国土《くに》を|固《かた》むる|御樋代神《みひしろがみ》の
|苦《くる》しき|神業《みわざ》を|思《おも》ひやらるる
|国土《くに》は|未《ま》だ|定《さだ》まらずして|曲津見《まがつみ》の
|猛《たけ》る|国原《くにはら》|拓《ひら》くは|苦《くる》しき
|諸々《もろもろ》の|艱《なや》みに|堪《た》へて|万里ケ島《までがしま》を
|拓《ひら》き|給《たま》ひし|公《きみ》の|功《いさを》を|思《おも》ふ
|吾《われ》は|今《いま》|西方《にしかた》の|国土《くに》に|進《すす》まむと
その|道《みち》すがらを|立《た》ち|寄《よ》りしはや
この|島《しま》に|八十比女神《やそひめがみ》のましますと
かねて|聞《き》きしゆ|立《た》ち|寄《よ》りて|見《み》し
まめやかに|在《おは》せる|公《きみ》の|御姿《みすがた》に
|吾《われ》は|嬉《うれ》しさ|堪《た》へやらぬかも
|永久《とこしへ》の|命《いのち》|保《たも》ちて|若々《わかわか》しく
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ませ|給《たま》はれ』
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|感激《かんげき》に|堪《た》へず、|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『ありがたし|尊《たふと》し|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の
|優《やさ》しき|言葉《ことば》に|蘇《よみがへ》りける
|八柱神《やはしらがみ》|尊《たふと》き|比女《ひめ》の|御自《みみづか》ら
|吾《われ》を|訪《と》はせし|今日《けふ》の|畏《かしこ》さ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|出《い》でまし|待《ま》ちまちて
|今《いま》はやうやく|年《とし》さびにけり
|眺《なが》めよきこの|高殿《たかどの》に|安《やす》らかに
|光《ひかり》|放《はな》ちて|在《おは》しましませ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》もまた|同《おな》じ|思《おも》ひの|御樋代《みひしろ》よ
|背《せ》の|岐美《きみ》に|会《あ》ふと|求《ま》ぎて|来《きた》れり
|背《せ》の|岐美《きみ》は|西方《にしかた》あたり|曲津見《まがつみ》の
|百《もも》の|軍《いくさ》と|戦《たたか》ひ|給《たま》はむ
|一水火《ひといき》の|契《ちぎり》なれども|主《ス》の|神《かみ》の
|依《よ》さしなりせば|忘《わす》れ|難《がた》く|思《おも》ふ』
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|愛《いつ》くしき|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|言《こと》の|葉《は》に
|吾《われ》はおもはず|涙《なみだ》しにけり
|背《せ》の|岐美《きみ》を|恋《こ》ふる|心《こころ》の|苦《くる》しさを
|味《あぢは》はひ|給《たま》ふ|女神《めがみ》いとしも』
|茲《ここ》に|二柱《ふたはしら》の|御樋代神《みひしろがみ》は|百年《ひやくねん》の|知己《ちき》の|如《ごと》く、|互《たがひ》に|心《こころ》の|底《そこ》より|解《と》け|合《あ》ひ、|同情《どうじやう》の|涙《なみだ》にくれ|給《たま》ひつつ|思《おも》はず|知《し》らず|日《ひ》を|重《かさ》ね|給《たま》ひける。|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は、|白馬ケ岳《はくばがだけ》の|魔棲ケ谷《ますみがやつ》にて|神々《かみがみ》の|戦利品《せんりひん》として|持《も》ち|帰《かへ》りたる|数多《あまた》のダイヤモンドを|取出《とりいだ》し、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》に|奉《たてまつ》りければ、|実《げ》に|珍《めづら》しき|物《もの》よと|賞《ほ》め|讃《たた》へながら、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の|奉《たてまつ》るままに、こころよく|受《う》け|取《と》らせ|給《たま》ひぬ。|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》の|奉《たてまつ》りたる|宝石《はうせき》は、|最《もつと》も|光《ひか》り|眩《まばゆ》く、|最《もつと》も|大《おほ》いなるダイヤモンドにして|稀《まれ》なる|珍《めづら》しき|物《もの》なりける。
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|其《そ》の|謝礼《しやれい》として、|懐中《くわいちう》より|燧石《ひうちいし》を|取出《とりいだ》し、|火《ひ》を|切《き》り|出《い》で|四辺《あたり》の|枯芝《かれしば》を|集《あつ》めて|火《ひ》を|燃《もや》し|給《たま》ひければ、|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》を|始《はじ》めとし|十柱《とはしら》の|神々《かみがみ》は|初《はじ》めて|真火《まひ》の|燃《も》ゆるを|見給《みたま》ひしこととて、|何《いづ》れも|感嘆《かんたん》の|声《こゑ》を|放《はな》ち|給《たま》ひけるが、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|宝石《ほうせき》の|謝礼《しやれい》として|手《て》づからのこの|燧石《ひうち》を|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》に|贈《おく》り|給《たま》ひける。
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『あら|尊《たふと》|明《あか》るき|熱《あつ》き|火《ひ》は|燃《も》えぬ
|闇夜《やみよ》を|照《て》らす|神《かみ》なるよ|真火《まひ》は
この|国土《くに》に|真火《まひ》の|功《いさを》のある|限《かぎ》り
|曲津見《まがつ》の|神《かみ》は|荒《すさ》ばざるべし
|曲神《まがかみ》の|潜《ひそ》む|山野《やまぬ》を|焼《や》き|払《はら》ひ
|清《きよ》むるによき|真火《まひ》なりにける
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|給《たま》ひし|燧石《ひうちいし》は
|万里《まで》の|神国《みくに》の|貴《うづ》の|宝《たから》よ
|石《いし》|打《う》ちて|真火《まひ》|出《い》づるとは|今日《けふ》の|日《ひ》まで
|愚《おろか》しき|吾《われ》はさとらざりけり
この|宝《たから》|賜《たま》ひし|上《うへ》は|万里《まで》の|国土《くに》の
|総《すべ》ての|曲津《まが》を|焼《や》き|滅《ほろ》ぼさむ』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|鋭敏鳴出《うなりづ》の|神《かみ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうち》なれば
|国土《くに》の|鎮《しづ》めと|公《きみ》に|贈《おく》るも
この|燧石《ひうち》|一《ひと》つありせば|稚国土《わかぐに》も
|忽《たちま》ち|固《かた》らに|栄《さか》えゆくべし
|穀物《たなつもの》その|外《ほか》すべての|食物《をしもの》を
|真火《まひ》にてあぶれば|味《あぢ》はひよろしも
|真清水《ましみづ》も|真火《まひ》の|力《ちから》に|湯《ゆ》となりて
|神《かみ》に|捧《ささ》ぐる|代《しろ》となるべし』
|田族比女《たからひめ》の|神《かみ》は|又《また》もや|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》に|捧《ささ》げし|宝石《はうせき》は
|光《ひかり》あれども|熱《あつ》からず|燃《も》えず
|命《いのち》なき|光《ひかり》を|公《きみ》に|奉《たてまつ》り
|命《いのち》ある|光《ひかり》を|賜《たま》はりしはや』
|茲《ここ》に|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》はダイヤモンド、|燧石《ひうちいし》の|贈答《ぞうたふ》|終《をは》り、|再《ふたた》び|寛《くつろ》ぎて|歓談《くわんだん》に|耽《ふ》けらせ|給《たま》ふ。
|初頭比古《うぶがみひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|波《なみ》の|秀《ほ》を|渡《わた》りて|万里《まで》の|神国《かみくに》に
|求《ま》ぎて|来《き》つるも|公《きみ》を|守《まも》りて
|珍《めづら》しく|輝《かがや》く|玉《たま》を|見《み》たりけり
この|新国土《にひくに》に|着《つ》きし|間《ま》もなく』
|起立比古《おきたつひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|高山《たかやま》と|高山《たかやま》の|中《なか》に|斯《か》くの|如《ごと》
|聖所《すがど》のあるは|珍《めづら》しきかな
|御樋代神《みひしろがみ》と|御樋代神《みひしろがみ》の|出会《であ》ひませる
この|神国《かみくに》は|永久《とは》に|栄《さか》えむ』
|立世比女《たつよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|公《きみ》に|従《したが》ひ|奉《まつ》りて|万里《まで》の|国土《くに》に
|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|拝《をが》みけるかも
|夜光《やくわう》の|玉《たま》は|美《うるは》しかれども|命《いのち》なし
|燧石《ひうち》の|真火《まひ》の|真言《まこと》にしかざり』
|天晴比女《あめはれひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|諸々《もろもろ》の|曲津《まが》をやらひし|燧石《ひうちいし》を
|贈《おく》らせ|給《たま》ひしわが|公《きみ》|畏《かしこ》し
|貴宝《うづたから》|数多《あまた》あれども|真火《まひ》|出《い》づる
|燧石《ひうち》にまさる|宝《たから》なきかな』
|輪守比古《わもりひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝香比女《あさかひめ》|神《かみ》の|賜《たま》ひし|燧石《ひうち》こそ
この|新国土《にひくに》の|生《い》ける|宝《たから》よ
|宝石《はうせき》の|光《ひかり》は|如何《いか》に|輝《かがや》くも
|邪神《まがみ》の|持《も》ちし|宝《たから》なりける』
|霊山比古《たまやまひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|畏《かしこ》しや|天降《あも》りましたる|八柱《やはしら》の
|比女神《ひめがみ》の|言葉《ことば》|直《ただ》に|聞《き》く|吾《われ》は
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|出会《であ》ふと|数万里《すまんり》の
|海山《うみやま》|渡《わた》らす|比女《ひめ》ぞ|雄々《をを》しき』
|若春比古《わかはるひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『やうやくに|雲霧《くもきり》|晴《は》れし|万里《まで》の|国土《くに》に
|二柱《ふたはしら》の|御樋代神《みひしろかみ》|天降《あも》らせり
わが|公《きみ》は|尊《たふと》しされど|八柱《やはしら》の
|比女《ひめ》の|功《いさを》はひとしほ|高《たか》し』
|保宗比古《もちむねひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|珍《めづら》しや|御樋代神《みひしろがみ》は|二柱《ふたはしら》まで
この|神国《かみくに》に|天降《あも》り|給《たま》ひぬ
|西方《にしかた》の|国土《くに》に|出《い》でます|朝香比女《あさかひめ》の
|神《かみ》の|心《こころ》を|雄々《をを》しとおもふ』
|直道比古《なほみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|一柱《ひとはしら》の|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|恋《こ》ひ|恋《こ》ひて
ねたみ|給《たま》はぬ|御樋代神等《みひしろがみたち》よ
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|依《よ》さしの|御樋代《みひしろ》なれば
|清《きよ》くすがしく|在《おは》しましけるよ』
|山跡比女《やまとひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代《みひしろ》の|二柱神《ふたはしらかみ》の|御面《みおもて》は
|月日《つきひ》の|如《ごと》くかがよひませり
|拝《をろが》むもまばゆきばかり|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》のおもざし|輝《かがや》き|強《つよ》し』
|千貝比女《ちかひひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はろばろと|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|慕《した》ひまして
|出《い》でます|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》|雄々《をを》しも
|雲霧《くもきり》をいぶきわたりて|海原《うなばら》の
|波《なみ》の|秀《ほ》ふみて|来《き》ませし|公《きみ》はも』
|湯結比女《ゆむすびひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ためしなき|雄々《をを》しき|御樋代神等《みひしろがみたち》の
|赤《あか》き|心《こころ》に|照《て》らされしはや
|帰《かへ》りまさむ|日《ひ》は|近《ちか》づきぬ|美《うるは》しき
|神《かみ》に|別《わか》るとおもへばかなしも』
|正道比古《まさみちひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|御樋代神《みひしろがみ》これの|神国《みくに》に|賜《たま》ひたる
|燧石《ひうち》は|千代《ちよ》の|宝《たから》と|仰《あふ》がむ
|斯《か》くの|如《ごと》|尊《たふと》き|生《い》ける|力《ちから》あらば
|万里《まで》の|神国《みくに》におそるるものなし』
|雲川比古《くもかはひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|新《あたら》しく|国土《くに》は|生《うま》れぬ|新《あたら》しき
|真火《まひ》|輝《かがや》きぬ|神《かみ》の|恵《めぐみ》に
|身《み》を|清《きよ》め|心《こころ》|清《きよ》めて|燧石《ひうちいし》の
|神霊《みたま》を|永久《とは》に|斎《いつ》かむとおもふ』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》の|訪問《はうもん》や、|燧石《ひうちいし》を|国宝《こくはう》として|賜《たま》ひしことなどの|嬉《うれ》しさに|国土《くに》の|前途《ぜんと》を|祝《しゆく》し|給《たま》ひけるが、|御樋代神《みひしろがみ》の|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|長《なが》らくこの|国土《くに》に|留《とど》まるを|得《え》ず、|以前《いぜん》の|四柱《よはしら》の|神《かみ》を|従《したが》へまし|諸神《ももがみ》に|別《わか》れを|告《つ》げ、|御来矢《みくりや》の|浜辺《はまべ》より|磐楠舟《いはくすぶね》に|乗《の》り|万里《まで》の|海原《うなばら》を|東南《とうなん》の|空《そら》さして|静《しづ》かに|静《しづ》かに|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一二・一七 旧一一・一 於大阪分院蒼雲閣 内崎照代謹録)
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霊界物語 第七七巻 天祥地瑞 辰の巻
終り