霊界物語 第七五巻 天祥地瑞 寅の巻
出口王仁三郎
--------------------
●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第七十五巻』天声社
1984(昭和59)年03月03日 八版発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2006年09月08日作成
2008年06月23日修正
-------------------------
●目次
|序文《じよぶん》
|総説《そうせつ》
第一篇 |玉野神業《たまのしんげふ》
第一章 |禊《みそぎ》の|神事《しんじ》〔一八九五〕
第二章 |言霊《ことたま》の|光《ひかり》〔一八九六〕
第三章 |玉藻山《たまもやま》〔一八九七〕
第四章 |千条《ちすぢ》の|滝《たき》〔一八九八〕
第五章 |山上《さんじやう》の|祝辞《しゆくじ》〔一八九九〕
第六章 |白駒《しらこま》の|嘶《いななき》〔一九〇〇〕
第二篇 |国魂出現《くにたましゆつげん》
第七章 |瑞《みづ》の|言霊《ことたま》〔一九〇一〕
第八章 |結《むすび》の|言霊《ことたま》〔一九〇二〕
第九章 |千代《ちよ》の|鶴《つる》〔一九〇三〕
第三篇 |真鶴《まなづる》の|声《こゑ》
第一〇章 |祈《いの》り|言《ごと》〔一九〇四〕
第一一章 |魂反《たまがへ》し〔一九〇五〕
第一二章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(一)〔一九〇六〕
第一三章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(二)〔一九〇七〕
第一四章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(三)〔一九〇八〕
第一五章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(四)〔一九〇九〕
第一六章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(五)〔一九一〇〕
第四篇 |千山万水《せんざんばんすゐ》
第一七章 |西方《にしかた》の|旅《たび》〔一九一一〕
第一八章 |神《かみ》の|道行《みちゆき》〔一九一二〕
第一九章 |日南河《ひなたがは》〔一九一三〕
第二〇章 |岸辺《きしべ》の|出迎《でむかへ》(一)〔一九一四〕
第二一章 |岸辺《きしべ》の|出迎《でむかへ》(二)〔一九一五〕
第二二章 |清浄《せいじやう》|潔白《けつぱく》〔一九一六〕
第二三章 |魔《ま》の|森林《しんりん》〔一九一七〕
------------------------------
|序文《じよぶん》
|本巻《ほんくわん》は|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》、|玉藻山《たまもやま》の|聖場《せいぢやう》に|坐《ま》しまして、|国土生《くにう》み|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》を|完成《くわんせい》し|給《たま》ひ、|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|諸神《しよしん》と|共《とも》に|厳修《ごんしう》し、|日南河《ひなたがは》の|激流《げきりう》を|渡《わた》りて、|八柱《やはしら》の|神《かみ》に|迎《むか》へられて|再《ふたた》び|禊《みそぎ》の|神業《みわざ》を|終《をは》り、|柏木《かしはぎ》の|森《もり》の|曲津神《まがつかみ》を|言向和《ことむけやは》すべく、|轡《くつわ》を|並《なら》べて|進《すす》み|給《たま》ひし|段《だん》までの|物語《ものがたり》なり。
|本巻《ほんくわん》はその|発端《ほつたん》を|十一月《じふいちぐわつ》|一日《いちにち》に|書《か》き|始《はじ》めたるが、エスペラント|全国《ぜんこく》|大会《たいくわい》や、|西南《せいなん》の|旅行《りよかう》や|大祭《たいさい》、|歌碑除幕式《かひぢよまくしき》|及《およ》び|末女《まつぢよ》の|婚礼《こんれい》、|舎弟《しやてい》の|帰幽《きいう》|等《とう》にて|寸暇《すんか》なきまま|漸《やうや》くにして|本日《ほんじつ》|完成《くわんせい》を|告《つ》げたるなり。
|文中《ぶんちう》に|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》とあるは|邪神《じやしん》にして|曲津日《まがつひ》の|神《かみ》にあらず。|曲津日《まがつひ》の|神《かみ》はその|曲津見《まがつみ》の|罪《つみ》を|照《てら》し|譴責《きた》め|給《たま》ふ|神《かみ》の|職掌《しよくしやう》なれば、|同視《どうし》せざる|様《やう》|注意《ちうい》し|置《お》くものなり。
昭和八年十一月三十日 旧十月十三日
於水明閣 口述者識
|総説《そうせつ》
|大虚中《たいきよちう》に|◎《ス》の|言霊《ことたま》|鳴《な》り|鳴《な》りて、|遂《つひ》に|皇神国《すめらみくに》と|皇《すめらぎ》の|極元《きよくげん》を|成就《じやうじゆ》し|給《たま》へり。|吾人《ごじん》が|此《こ》の|極元《きよくげん》の|◎《ス》を|明《あきらか》に|知《し》り|得《え》むと|欲《ほつ》する|時《とき》は、|朝夕《てうせき》|斎戒《さいかい》|沐浴《もくよく》して|鞠躬《きくきう》|謹慎《きんしん》しつつ、|可成的智慧証覚《かせいてきちゑしようかく》を|満天《まんてん》に|豊満《ほうまん》せしめて、|智慧《ちゑ》の|力《ちから》を|以《もつ》て|至大天球《しだいてんきう》を|一呑《いちどん》し、|以《もつ》て|之《これ》を|腹中《ふくちう》に|収《をさ》めて|真空之定《ヲヒ》に|入《い》り、|而《しか》して|観《くわん》じ|見《み》る|事《こと》|三日三夜《みつかみよさ》、|空中《くうちう》の|言《げん》を|聴《き》く|事《こと》|三日三夜《みつかみよさ》、|空気《くうき》を|嗅《か》ぐ|事《こと》|三日三夜《みつかみよさ》、|以《もつ》て|精神《せいしん》を|練《ね》り|鍛《きた》ふ|時《とき》は、|如何《いか》なる|愚者《ぐしや》と|雖《いへど》も|応分《おうぶん》の|智慧光《ちゑくわう》を|得《う》べし。|其《その》|智慧証覚光《ちゑしようかくくわう》を|資力《しりよく》として、|以《もつ》て|◎《ス》の|謂《いは》れを|聴《き》く|事《こと》を|得《う》べきなり。
|故《か》れ|撒霧《さぎり》に|撒霧《さぎり》たる|◎《ス》の|機《き》の|一極《いちきよく》に|純窒《つまりきり》て、|至大《しだい》|浩々恒々《かうかうごうごう》たるの|時《とき》に|当《あた》りて、|其《その》|両極端《りやうきよくたん》に|於《おい》て|自然《しぜん》の|理《り》として|対照力《タタノチカラ》を|起《おこ》すなり。|実《げ》に|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》が|雙手《もろて》を|等《ひと》しく|差出《さしだ》して|対照《たいせう》し|給《たま》ふ|形《かたち》なり。|誠《まこと》に|億々兆々《おくおくてうてう》|万里《ばんり》の|距離《きより》を|両掌《りやうて》に|貫《つらぬ》き|保《たも》ちたるの|義《こころ》なり。|是《これ》と|同時《どうじ》に|北《きた》と|南《みなみ》の|両極端《りやうきよくたん》にも|此《こ》の|対照力《タタノチカラ》が|起《おこ》りつつ、|衝々《しようしよう》に|六合《りくがふ》|八角《はちかく》|八荒《はつくわう》|皆《みな》|悉《ことごと》く|其《その》|両極端《りやうきよくたん》に|等《ひと》しく|此《こ》の|対照力《タタノチカラ》を|起《おこ》して、|至大《しだい》|浩々恒々《かうかうごうごう》の|至大気海浩々《しだいきかいかうかう》の|外面《ぐわいめん》を|全《まつた》く|対照力《タタノチカラ》にて|張《は》り|詰《つ》むるなり。|而《しか》して|此《この》|時《とき》|始《はじ》めて|球《たま》の|形《かたち》|顕《あら》はるる|也《なり》。|蓋《けだ》し|球《たま》と|言《い》ふ|二声《にせい》の|霊《こころ》は、|対照力《タタノチカラ》が|全《まつた》く|張《は》り|詰《つ》めて|成《な》り|定《さだ》まりたりと|言《い》ふの|義《こころ》なり。
|復《ま》た|此《こ》の|至大天球《しだいてんきう》を|全《まつた》く|張《は》り|詰《つ》めたる|億兆劫々《おくてうごふごふ》|数《かず》の|限《かぎ》りの|対照力《タタノチカラ》は、|皆《みな》|悉《ことごと》く|両々《りやうりやう》|相対照《あひたいせう》して|其《そ》の|中間《ナカゴ》を|極微点《コゴコ》の|連珠糸《サヌキ》にて|掛《か》け|貫《つらぬ》き|保《たも》ち|居《を》るなり。|此《こ》の|義《こころ》を|声《こゑ》に|顕《あら》はして「|対照《タ》」「|掛貫力《カ》」「|全く張り詰め玉と成る《マ》」といふなり。|故《か》れ|此《こ》の|至大天球《しだいてんきう》は|極微点《コゴコ》の|連珠糸《サヌキ》なる|神霊分子《しんれいぶんし》を|充実《じうじつ》して|以《もつ》て|機関《きくわん》とし、|活機臨々乎《くわつきりんりんこ》として|活《い》きて|居《を》る|也《なり》。|此《こ》の|義《こころ》を|称《しよう》して|一言《いちごん》に「|神霊活機臨々《ガ》」と|言《い》ふ|也《なり》。|復《ま》た|其《その》|膨脹焉《ばうちやうえん》として|至大熈々《しだいきき》たる|真相《しんさう》を|一言《いちごん》に「|至大熈々《ハ》」と|言《い》ふ|也《なり》。|復《ま》た|其《その》|造化《ざうくわ》の|機《き》が|運行循環《うんかうじゆんくわん》しつつ|居《を》る|義《こころ》を|称《しよう》して|一言《いちごん》に「|循環運行《ラ》」と|言《い》ふ|也《なり》。|故《ゆゑ》に|此《こ》のタカマガハラと|言《い》ふ|六言《ろくげん》の|神霊機《しんれいき》を|明《あきらか》に|説《と》き|明《あ》かす|時《とき》は、|天地開闢《てんちかいびやく》の|秩序《ちつじよ》を|親《した》しく|目撃《もくげき》したる|如《ごと》く|聞《き》く|者《もの》の|心中《しんちう》|確乎《かくこ》として|愉快《ゆくわい》に|感得《かんとく》するに|至《いた》るべし。|嗚呼《ああ》|言霊《ことたま》の|幸《さちは》ふ|国《くに》、|言霊《ことたま》の|照《て》り|渡《わた》る|国《くに》、|言霊《ことたま》の|生《い》くる|国《くに》よ。|故《か》れ|斯《かく》の|如《ごと》く|球《たま》の|形《かたち》|備《そな》はる|時《とき》は、|其《その》|中心部《ちうしんぶ》に|不動力《ふどうりよく》|備《そな》はり、|自定力《じていりよく》と|約力《やくりよく》|起《おこ》り|来《きた》るなり。
|故《か》れ|斯《か》く|至大天球《しだいてんきう》|成《な》り|定《さだ》まりて、|其《その》|内部《ないぶ》は|極微点《コゴコ》の|連珠糸《サヌキ》が|綸々《りんりん》として|比々聊々《ひひれんれん》|誠《まこと》に|正《ただ》しく|織機《はたいと》よりも|真整《まただ》しく|組織《そしき》|実相《じつさう》しつつ、|浩々湛々恒々《かうかうたんたんごうごう》として|充実《じうじつ》しつつ、|神々霊々《しんしんれいれい》|活機臨々《くわつきりんりん》として|極乎《きよくこ》たる|也《なり》。|此《こ》の|事実《じじつ》を|僅《わづか》に|十四声《じふしせい》に|約示《つづめ》て、タカマガハラニカミツマリマスと|言《い》ふ|也《なり》。|此《こ》の|十四声《じふしせい》の|意義《いぎ》は、「|至大天球之中《タカマガハラ》」に「|神々霊々活機臨々兮極微点連珠糸《カミ》」「|充実実相而《ツマリ》」「|在矣《マス》」と|言《い》ふ|也《なり》。|故《ゆゑ》に|此《こ》の|十四声《じふしせい》の|言霊《ことたま》を|詳細《しやうさい》に|説明《せつめい》する|時《とき》は、|義理《ぎり》|判然《はんぜん》として|誠《まこと》に|愉快《ゆくわい》|極《きは》まり|無《な》きなり。
|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》|第三巻《だいさんくわん》|寅《とら》の|巻《まき》|口述《こうじゆつ》の|初頭《しよとう》に|当《あた》りて、|吾人《ごじん》は|爰《ここ》に|◎《ス》の|大神《おほかみ》|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》の|御神命《ごしんめい》の|起原《きげん》と|御活動《ごくわつどう》と|御名義《ごめいぎ》に|就《つい》て|略解《りやくかい》を|試《こころ》み、|読者《どくしや》の|参考《さんかう》に|資《し》せむとするなり。
天之峯火夫の神 アマノミネヒオ
【ア】は|大本初頭《たいほんしよとう》の|言霊《ことたま》と|顕《あら》はれ|出《い》で、|世《よ》の|中心《ちうしん》となり|◎《ス》の|本質《ほんしつ》と|生《な》り|出《い》づる|言霊《ことたま》なり。|又《また》|無《む》にして|有《いう》なり、|天《てん》にして|地《ち》なりの|言霊《ことたま》|活用《くわつよう》なり。
【マ】は|全《まつた》く|備《そな》はりて|一《いち》の|位《くらゐ》に|当《あた》り、|一之精体《アノイキミ》にして|廻《まは》り|囲《かこ》む|言霊《ことたま》なり。
【ノ】は|天賦《てんぷ》の|儘《まま》に|伸《の》び|延《の》び|支障《ししやう》|無《な》く、|産霊《むすび》の|言霊《ことたま》なり。
【ミ】は|霊《ミ》にして|又《また》|体《ミ》なり、|玉《たま》となり、|屈伸《くつしん》|自在《じざい》なり、|産霊《むすび》の|形《かたち》を|現《あら》はし、モイの|結晶点《けつしやうてん》なる|言霊《ことたま》なり。
【ネ】は|声音《ネ》にして|納《をさ》まり|極《きは》まり、|根本《こんぼん》にして|一切《いつさい》を|収《をさ》むる|言霊《ことたま》なり。
【ヒ】は|光《ひか》り|暉《かがや》き、|最初《さいしよ》|大本《たいほん》の|意《い》にして、|霊魂《れいこん》の|本体《ほんたい》なり。|太陽《たいやう》の|元素《げんそ》となり、|月《つき》の|息《いき》となる|言霊《ことたま》なり。
【オ】は|興《おこ》し|助《たす》くる|言霊《ことたま》にして|大気《たいき》|大成《たいせい》の|活用《はたらき》あり。|先天《せんてん》の|気《き》にして|億兆《おくてう》の|分子《ぶんし》を|保《たも》ち|出入自在《しゆつにふじざい》なる|義《ぎ》なり。
|之《これ》に|依《よ》りて、|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》の|如何《いか》なる|神格《しんかく》を|具有《ぐいう》し|給《たま》ふかを|推知《すゐち》すべきなり。その|他《た》|神々《かみがみ》の|御名《みな》によりその|御活動《ごくわつどう》の|情態《じやうたい》を|伺《うかが》ひ|知《し》るには、|何《いづ》れも|言霊学《ことたまがく》の|知識《ちしき》に|依《よ》らざるべからず。
|吾人《ごじん》は|今後《こんご》の|物語《ものがたり》に|於《おい》て、|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|言霊学《ことたまがく》の|大要《たいえう》を|示《しめ》さむとするなり。
昭和八年十一月一日 旧九月十四日
於水明閣 口述者識
第一篇 |玉野神業《たまのしんげふ》
第一章 |禊《みそぎ》の|神事《しんじ》〔一八九五〕
|我《わ》が|神国《しんこく》には、|大虚中《たいきよちう》に|◎《ス》の|言霊《ことたま》より|生《あ》れ|出《い》で|給《たま》ひし|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》の、|聖代《せいだい》より|今日《こんにち》に|至《いた》るまで|伝来《でんらい》せる|禊《みそぎ》の|神事《しんじ》あり。|此《こ》の|神事《しんじ》は|紫微天界《しびてんかい》の|神々《かみがみ》と|雖《いへど》も|一日《いちにち》も|怠《おこた》り|給《たま》ふ|事《こと》なく、|今日《こんにち》に|及《およ》べる|主要《しゆえう》の|事柄《ことがら》なり。|抑《そもそも》|禊《みそぎ》は|大《だい》にしては|治国平天下《ちこくへいてんか》となり、|小《せう》にしては|修身斉家《しうしんせいか》の|基本《きほん》たり。|而《しか》して|禊《みそぎ》にも|種々《しゆじゆ》の|方式《はうしき》|伝《つた》はれり。|吾人《ごじん》は|是《これ》より|諸種《しよしゆ》の【みそぎ】に|就《つい》て|略述《りやくじゆつ》せむとす。
|禊《みそぎ》に|関《くわん》する|行事《ぎやうじ》の|内《うち》にて|最《もつと》も|至要《しえう》なる|神事《しんじ》は|振魂《ふるたま》の|行事《ぎやうじ》なり。|之《これ》には|種々《しゆじゆ》の|方式《はうしき》あれども、|普通《ふつう》の|場合《ばあひ》には、|両掌《りやうて》を|臍《ほぞ》あたりの|前方《ぜんぱう》に|於《おい》て|十字形《じふじけい》に|組《く》み|合《あは》せ、|渾身《こんしん》の|力《ちから》を|籠《こ》めて|神名《しんめい》を|称《とな》へながら、|自己《じこ》の|根本《こんぽん》|精神《せいしん》を|自覚《じかく》して、|盛《さか》んに|猛烈《まうれつ》に|数十分《すうじつぷん》|乃至《ないし》|数時間《すうじかん》|連続《れんぞく》して|全身《ぜんしん》を|振《ふる》ひ|動《うご》かす|行事《ぎやうじ》なり。|神代《かみよ》の|禊《みそぎ》には|神々《かみがみ》|何《いづ》れも|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》の|御名《みな》を|称《とな》へ|奉《まつ》られたるが、|現代《げんだい》にては|吾人《ごじん》の|禊《みそぎ》には|天之御中主之大神《あめのみなかぬしのおほかみ》の|御名《みな》を|称《とな》へ|奉《まつ》るなり。
|此《こ》の|振魂《ふるたま》の|行事《ぎやうじ》に|由《よ》りて、|精神《せいしん》|内包《ないはう》の|妄念《まうねん》|邪想《じやさう》を|鎖鎮《さちん》すると|共《とも》に、|身体《しんたい》|各部《かくぶ》の|反対的《はんたいてき》|孤立的《こりつてき》の|活動《くわつどう》を|制御《せいぎよ》し、|自己《じこ》の|根本《こんぽん》|精神《せいしん》を|中心《ちうしん》としたる|全身《ぜんしん》の|統一的《とういつてき》|活動《くわつどう》を|為《な》すなり。|禊《みそぎ》の|間《あひだ》は|日々《ひび》の|食事《しよくじ》を|減《げん》じて、|朝夕《あさゆふ》に|一合《いちがふ》の|粥《かゆ》と|三粒《みつぶ》の|梅干《うめぼし》、|小量《せうりやう》の|胡麻塩《ごましほ》|以外《いぐわい》|一切《いつさい》を|食《しよく》せざるも、|全《まつた》く|自己《じこ》の|根本《こんぽん》|精神《せいしん》(|本守護神《ほんしゆごじん》)に|対《たい》する|全身《ぜんしん》の|抵抗力《ていかうりよく》を|減殺《げんさい》し、|偏《ひとへ》に|心身《しんしん》の|統一《とういつ》を|計《はか》るに|便《べん》ずる|用意《ようい》なり。|然《しか》るに|身体《しんたい》は|其《その》|減食《げんしよく》のために、|疲《つか》れ|又《また》は|病《や》み|困難《こんなん》に|陥《おちい》るといふ|心配《しんぱい》はなし。|内部《ないぶ》の|根本《こんぽん》|精神《せいしん》が|興奮《こうふん》|緊張《きんちやう》の|度《ど》を|増《ま》し|来《きた》る|故《ゆゑ》に、|却《かへつ》て|元気《げんき》|全身《ぜんしん》に|充足《じうそく》し、|頭脳《づなう》は|冷静《れいせい》|明快《めいくわい》となり、|全身《ぜんしん》|爽快《さうくわい》にして|神《かみ》の|気分《きぶん》|漂《ただよ》ふ。|内省《ないせい》して|疚《やま》しき|罪穢《ざいゑ》もなければ、|仮令《たとへ》|百千万《ひやくせんまん》の|強敵《きやうてき》|現《あら》はれ|来《きた》るとも|恐《おそ》れず、|大海高山《たいかいかうざん》を|突破《とつぱ》し、|宇宙《うちう》を|呑吐《どんと》する|気概《きがい》|勃発《ぼつぱつ》して、|一合《いちがふ》の|粥《かゆ》|以外《いぐわい》に|何物《なにもの》をも|食《しよく》せずと|雖《いへど》も、|更《さら》に|飢餓《きが》を|覚《おぼ》ゆる|事《こと》なし。|恰《あたか》も|自己《じこ》は|神代《かみよ》の|昔《むかし》に|蘇《よみがへ》りたる|心地《ここち》となり、|日本民族《やまとみんぞく》の|自性《じせい》を|明瞭《めいれう》に|感得《かんとく》するに|至《いた》るなり。
|次《つぎ》に|天《あま》の|鳥船《とりぷね》と|称《しよう》する|禊《みそぎ》の|神事《しんじ》あり。|之《これ》は|神代《かみよ》の|神々《かみがみ》が|天《あま》の|鳥船《とりぶね》に|乗《の》り|給《たま》ひて|大海原《おほうなばら》を|横《よこ》ぎり|給《たま》ひし|大雄図《だいゆうと》を|偲《しの》びつつ、|渾身《こんしん》|特《とく》に|臍《ほぞ》の|辺《あた》りに|力《ちから》を|込《こ》め、|気合《きあひ》と|共《とも》に|艫《ろ》を|漕《こ》ぐままの|動作《どうさ》を|百千回《ひやくせんくわい》|反復《はんぷく》する|行事《ぎやうじ》にして、|運動《うんどう》|夫《そ》れ|自身《じしん》に|価値《かち》あるのみならず、|之《これ》に|依《よ》りて|気合術《きあひじゆつ》の|練習《れんしふ》も|出来《でき》、|不知不識《しらずしらず》の|間《あひだ》に|衆心《しうしん》の|一和《いちわ》する|禊《みそぎ》なり。
|次《つぎ》に|雄健《をたけび》の|禊《みそぎ》あり、|生魂《いくむすび》、|足魂《たるむすび》、|玉留魂《たまつめむすび》、|大国常立之尊《おほくにとこたちのみこと》の|神名《みな》を|唱《とな》へつつ、|天之沼矛《あまのぬぼこ》を|振《ふ》りかざして|直立不動《ちよくりつふどう》の|姿勢《しせい》を|構《かま》ふる|行事《ぎやうじ》なり。|即《すなは》ち、
|一《いち》に|直立《ちよくりつ》して|左右《さいう》の|両手《りやうて》を|以《もつ》て|帯《おび》を|堅《かた》く|握《にぎ》り|締《し》め、|拇指《ぼし》を|帯《おび》に|差《さ》し『|生魂《いくむすび》』と|唱《とな》へつつ、|力《ちから》を|全身《ぜんしん》に|充足《じうそく》して|腹《はら》を|前方《ぜんぱう》へ|突《つ》き|出《だ》し、|体躯《たいく》を|後方《こうはう》に|反《そ》らせ、
|二《に》に『|足魂《たるむすび》』と|唱《とな》へつつ、|力《ちから》を|全身《ぜんしん》に|充足《じうそく》して|両肩《りやうかた》を|挙《あ》げ、|然《しか》る|後《のち》、|腰《こし》、|腹《はら》、|両足《りやうあし》とに|充分《じうぶん》の|力《ちから》を|込《こ》めて|両肩《りやうかた》を|下《おろ》し、
|三《さん》に『|玉留魂《たまつめむすび》』と|唱《とな》へつつ、|更《さら》に|力《ちから》を|両足《りやうあし》に|充足《じうそく》して|両《りやう》の|爪先《つまさき》にて|直立《ちよくりつ》し、|然《しか》る|後《のち》|強《つよ》く|全身《ぜんしん》に|力《ちから》を|込《こ》めて|両《りやう》の|踵《かがと》を|下《おろ》すなり。
|四《し》に|左足《さそく》を|一歩《いつぽ》|斜《ななめ》|前方《ぜんぱう》に|踏《ふ》み|出《だ》し、|左手《ひだりて》はそのまま|帯《おび》を|握《にぎ》り|締《し》め、|右手《みぎて》は|第二第三指《だいにだいさんし》を|並立直指《へいりつちよくし》し、|他《た》の|三指《さんし》は|之《これ》を|屈《くつ》し(|之《これ》を|以《もつ》て|天之沼矛《あまのぬぼこ》に|象《かたど》る)|之《これ》を|脳天《なうてん》に|構《かま》へ、|真剣《しんけん》|以上《いじやう》の|勇気《ゆうき》と|覚悟《かくご》とを|持《ぢ》する|行事《ぎやうじ》なり。|要《えう》するに|雄健《をたけび》の|禊《みそぎ》は、|神我一体聯想《しんがいつたいれんさう》の|姿勢《しせい》なり。
|次《つぎ》に|雄詰《をころび》の|禊《みそぎ》あり。|雄詰《をころび》といふは|神我一体《しんがいつたい》として、|禍津見《まがつみ》を|征服《せいふく》し、|之《これ》を|善導神化《ぜんだうしんくわ》する|発声《はつせい》なり。|雄詰《をころび》は「イーエツ」といふ|声《こゑ》を|発《はつ》すると|共《とも》に、|右足《うそく》を|左足《さそく》に|踏《ふ》み|付《つ》け、|同時《どうじ》に|脳天《なうてん》に|振《ふ》りかざしたる|天之沼矛《あまのぬぼこ》を|斜《ななめ》に|空《くう》を|斬《き》つて、|一直線《いつちよくせん》に|左《ひだり》の|腰元《こしもと》に|打《う》ち|下《おろ》すや|否《いな》や、|更《さら》に「エーイツ」と|発声《はつせい》すると|共《とも》に、|右肘《みぎひぢ》を|胸側《きようそく》に|着《つ》けたる|儘《まま》|前臂《ぜんぴ》を|直立《ちよくりつ》し、|然《しか》る|後《のち》|更《さら》に|天之沼矛《あまのぬぼこ》を|脳天《なうてん》に|構《かま》へ、|前後《ぜんご》に|通《つう》じて|続《つづ》けさまに|三回《さんくわい》|反復《はんぷく》して|行《おこな》ふなり。|神我一体《しんがいつたい》として「イーエツ」と|打《う》ち|込《こ》むは、|四囲《しゐ》の|悪魔《あくま》を|威圧《ゐあつ》|懲戒《ちようかい》するの|作法《さはふ》にして、|之《これ》を|反対《はんたい》に「エーイツ」と|打《う》ち|上《あ》ぐるは、|悪魔《あくま》を|悔悟《くわいご》|復活《ふくくわつ》せしむるが|為《ため》なり。|即《すなは》ち|鬼《おに》も|神《かみ》と|化《くわ》し、|禍《わざはひ》も|福《ふく》と|化《くわ》し、|之《これ》を|吸収《きふしう》|同化《どうくわ》して|共《とも》に|神我一体《しんがいつたい》たらしめむとするが、|大祖神《たいそしん》の|垂示《すゐじ》にして、|神人《しんじん》の|膨脹的《ばうちやうてき》|大理想《だいりさう》なり。
|次《つぎ》に|雄詰《をころび》を|終《をは》りて、|直《ただ》ちに|両掌《りやうて》を|臍《ほぞ》の|位《くらゐ》に|置《お》き、|勢《いきほひ》よく|十字形《じうじけい》に|組《く》み|合《あは》せ、|然《しか》る|後《のち》|腹式《ふくしき》|深呼吸《しんこきふ》を|三回《さんくわい》|行《おこな》ふ。|而《しか》して|最後《さいご》の|吸気《きふき》を|全部《ぜんぶ》|呑《の》みて|呼出《こしゆつ》せず、|之《これ》を|伊吹《いぶき》の|神事《しんじ》と|言《い》ふなり。
|現今《げんこん》にては|禊《みそぎ》の|行事《ぎやうじ》|其《その》|根元《こんげん》を|失《うしな》ひ|真相《しんさう》|伝《つた》はらざれ|共《ども》、|大要《たいえう》|右《みぎ》の|如《ごと》き|形式《けいしき》にて|一部《いちぶ》の|神道家間《しんだうかかん》に|残《のこ》り|居《を》るなり。|紫微天界《しびてんかい》にても|禊《みそぎ》の|神事《しんじ》を|以《もつ》て|万事《ばんじ》の|根元《こんげん》と|定《さだ》められたれば、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》を|始《はじ》め|百神達《ももがみたち》は、|玉野丘《たまのをか》の|玉泉《たまいづみ》に|各自《おのもおのも》|禊《みそぎ》を|修《しう》すべく|集《あつま》り|給《たま》ひて、|修祓《しうばつ》の|業《わざ》に|奉仕《ほうし》し|給《たま》ひぬ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|初《はじ》め|其《その》|他《た》の|諸神《しよしん》は、|玉野丘《たまのをか》の|霊泉《れいせん》の|汀《みぎは》に、|各自《おのもおのも》|座《ざ》を|定《さだ》め、|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|修《しう》せむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天《あま》|渡《わた》る|月日《つきひ》もうつる|玉泉《たまいづみ》の
|清《きよ》きは|神《かみ》の|心《こころ》なるかも
|水底《みなそこ》の|真砂《まさご》も|光《ひか》る|玉泉《たまいづみ》に
わが|罪《つみ》|汚《けが》れくまなく|洗《あら》はむ
|国土造《くにつく》り|御子生《みこう》む|神業《みわざ》の|尊《たふと》さを
|悟《さと》りて|我《われ》は|禊《みそぎ》|仕《つか》へむ
|振魂《ふるたま》の|禊《みそぎ》に|水底《みそこ》の|真砂《まさご》まで
|揺《ゆる》ぎ|出《い》だせり|神《かみ》のまに
|神々《かみがみ》の|振魂《ふるたま》の|禊《みそぎ》つばらかに
この|水底《みなそこ》に|写《うつ》りけるはや
|真鶴《まなづる》の|稚《わか》き|国原《くにはら》|固《かた》めむと
|玉《たま》の|泉《いづみ》にまづ|禊《みそぎ》せむ
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》は|水底《みなそこ》に
みどりに|栄《は》えて|波《なみ》|静《しづか》なり
|波《なみ》の|面《も》に|波紋《はもん》|描《ゑが》きて|泡立《あわだ》つは
|水底《みなそこ》にすむ|小魚《さな》の|呼吸《こきふ》か
この|清《きよ》き|玉《たま》の|泉《いづみ》に|永久《とこしへ》に
|住《す》む|魚族《うろくづ》はすがしかるらむ
|西南《せいなん》の|空《そら》より|下《くだ》りし|我《われ》にして
この|清泉《きよいづみ》に|住《す》みたくぞ|思《おも》ふ
その|昔《むかし》|鰻《うなぎ》となりて|仕《つか》へてし
|我《われ》はなつかし|泉《いづみ》の|水底《みなそこ》
この|水《みづ》に|鰻《うなぎ》とかへりて|永久《とこしへ》に
|我《われ》は|住《す》みたくなりにけらしな
|及《およ》ばざること|繰《く》り|返《かへ》し|主《ス》の|神《かみ》の
|依《よ》さしに|背《そむ》かむ|事《こと》のおそろし
|種々《くさぐさ》の|苦《くる》しみなやみを|忍《しの》びつつ
|今《いま》この|泉《いづみ》にみそぎするかも
わが|御霊《みたま》くもりにくもり|濁《にご》らへり
この|清泉《きよいづみ》に|甦《よみがへ》らむかな
|神生《かみう》みの|業《わざ》|初々《はつはつ》に|終《を》へぬれど
|心《こころ》にかかる|何《なに》ものかある』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|非時《ときじく》の|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》ゆ|現《あらは》れし
われは|水際《みぎは》にたちばなの|神《かみ》
|瑞御霊《みづみたま》やすくましませ|岐美《きみ》が|霊《たま》は
|玉《たま》の|泉《いづみ》のごとく|清《きよ》けし
|禊《みそぎ》して|此《この》|国原《くにはら》を|固《かた》めむと
|思《おも》ほす|岐美《きみ》を|尊《たふと》くぞ|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》かかりし|香具《かぐ》の|実《み》は
|八十柱比女《やそはしらひめ》の|神《かみ》となりぬる
|八十柱《やそはしら》|神《かみ》の|一《ひと》つに|加《くは》へられ
われは|神業《みわざ》に|後《おく》れしを|悔《く》ゆ
|一《ひと》つ|国《くに》に|一《ひと》つの|国魂《くにたま》|生《う》ませつつ
|神代《かみよ》を|永久《とは》に|開《ひら》かす|主《ス》の|神《かみ》よ
|一《ひと》つ|国《くに》に|一《ひと》つの|御樋代《みひしろ》|定《さだ》めましし
|主《ス》の|大神《おほかみ》のこころ|尊《たふと》し
|此《この》|国《くに》の|御樋代《みひしろ》となりし|吾《われ》にして
|神業《みわざ》に|後《おく》れしを|今更《いまさら》|悔《く》ゆるも
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|後《おく》れし|過《あやま》ちは
わが|魂線《たましひ》の|曇《くも》りなりけり
|曇《くも》りたるわが|魂線《たましひ》の|御樋代《みひしろ》に
|如何《いか》で|国魂神《くにたまがみ》の|生《うま》れむ
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|御子生《みこう》みは
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|経綸《しぐみ》なるらむ
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》いまさずば|真鶴《まなづる》の
|国魂神《くにたまがみ》は|生《あ》れざらましを
|瑞御霊《みづみたま》を|吾《われ》は|恨《うら》まじ|生代比女《いくよひめ》の
|神《かみ》も|恨《うら》まじ|惟神《かむながら》なれば
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしたまひし|神業《かむわざ》を
|軽《かろ》んじ|居《ゐ》たる|罪《つみ》なりにけり
|御樋代《みひしろ》と|心《こころ》おごりしたまゆらに
わが|生魂《いくたま》はくもりたりけむ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|真鶴《まなづる》の|山《やま》のみたまと|現《あらは》れて
|吾《われ》は|知《し》らずに|神業《みわざ》|仕《つか》へし
|瑞御霊《みづみたま》|水火《いき》に|生《うま》れし|吾《われ》なれば
わが|魂線《たましひ》は|岐美《きみ》にいつきぬ
|道《みち》ならぬ|恋《こひ》ゆゑ|吾《われ》は|諦《あきら》めむと
|幾度《いくたび》こころを|省《かへり》みしはや
|魂線《たましひ》の|縁《えにし》の|糸《いと》に|縛《しば》られて
|岐美《きみ》の|御水火《みいき》に|御子《みこ》を|孕《はら》みぬ
|一度《ひとたび》の|御手《みて》に|御肌《みはだ》にふれずして
|岐美《きみ》の|真言《まこと》に|想像妊娠《おもひはらみ》ぬ
|玉野比女《たまのひめ》|許《ゆる》させたまへわが|心《こころ》
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|公《きみ》をおそれつ
わが|思《おも》ひ|燃《も》えあがりつつ|黒雲《くろくも》と
なりて|御空《みそら》を|鎖《とざ》せしを|恥《は》づ
|今《いま》よりは|是《これ》の|泉《いづみ》に|禊《みそぎ》して
|許々《ここ》|多久《たく》の|罪《つみ》|汚《けが》れを|払《はら》はむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御子《みこ》に|生《あ》れませばわが|気体《きたい》
|煙《けむり》となりて|天《あめ》にのぼらむ
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》よ|生《あ》れます|神《かみ》の|子《こ》を
|汝《な》が|御子《みこ》として|育《はぐ》くみたまはれ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》にかかる|雲《くも》もなし
わが|縺《もつ》れたるおもひも|解《と》けつつ』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|百神《ももがみ》の|姿《すがた》すがしく|水底《みなそこ》に
|月日《つきひ》とともに|冴《さ》え|渡《わた》るかな
|月《つき》も|日《ひ》も|水面《みのも》に|写《うつ》る|玉泉《たまいづみ》の
|面《おもて》は|鏡《かがみ》のごとく|光《ひか》れり
|天地《あめつち》の|合《あは》せ|鏡《かがみ》の|真清水《ましみづ》に
|洗《あら》はむ|魂《たま》に|汚《けが》れあるべき
|水底《みなそこ》に|白梅《しらうめ》|薫《かを》り|常磐樹《ときはぎ》の
|松《まつ》の|翠《みどり》は|静《しづか》にそよげり
|神々《かみがみ》の|姿《すがた》も|水底《みそこ》にさかしまに
うつりて|清《きよ》く|面《おも》かがやけり
|吾《われ》は|今《いま》|天《あめ》と|地《つち》とに|頭辺《かしらべ》を
むかはせて|立《た》ちぬ|清《きよ》き|汀《みぎは》に
|天《あめ》と|地《つち》の|中心《なかご》になるかわが|足《あし》は
|上《うへ》と|下《した》とにふまへ|居《を》るなり
|天地《あめつち》の|中心《なかご》に|立《た》ちて|国土《くに》|造《つく》ると
|禊《みそぎ》の|汀《みぎは》にかがやき|居《を》るも
|天《あめ》も|地《つち》も|一《ひと》つになりし|瑞御霊《みづみたま》
この|玉水《たまみづ》にすみきらひますも
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|功《いさを》を|今《いま》ぞ|知《し》る
|御空《みそら》の|月日《つきひ》も|下《お》りて|浮《うか》べば
この|水《みづ》は|生命《いのち》の|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》よ
この|稚国《わかぐに》の|生命《いのち》の|元《もと》よ
|玉野森《たまのもり》とこれの|泉《いづみ》のなかりせば
この|国原《くにはら》をいかに|生《い》かさむや
|二柱《ふたはしら》|比女神《ひめがみ》の|姿《すがた》|水底《みなそこ》に
すがしく|映《は》えて|四柱《よはしら》となれり
|二柱《ふたはしら》|比女神《ひめがみ》|力《ちから》を|一《ひと》つにし
これの|世柱《よはしら》とならさせ|給《たま》はれ
|国土生《くにう》みと|御子生《みこう》みの|神業《わざ》に|仕《つか》へます
|世柱比女《よはしらひめ》の|神《かみ》ぞかしこき
|水底《みなそこ》に|真鶴《まなづる》|翼《つばさ》を|搏《う》ちながら
|舞《ま》へる|姿《すがた》の|勇《いさ》ましきかな
|伽陵頻迦《からびんが》の|声《こゑ》も|水底《みそこ》に|聞《きこ》ゆなり
|泉《いづみ》は|薫《かを》る|白梅《しらうめ》の|花《はな》
|主《ス》の|神《かみ》の|降《くだ》らせたまふも|宜《うべ》なれや
この|玉泉《たまいづみ》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ
かくのごと|清《きよ》きみたまの|岐美《きみ》なれば
|御子生《みこう》みの|神業《わざ》やすくますらむ
|永久《とことは》に|濁《にご》りを|知《し》らぬ|玉泉《たまいづみ》の
|深《ふか》きは|岐美《きみ》の|心《こころ》ともがな』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『まるまると|月《つき》の|形《かたち》の|玉泉《たまいづみ》
|写《うつ》して|清《きよ》き|瑞御霊《みづみたま》かも
|月《つき》と|日《ひ》を|浮《うか》べて|圓《まろ》き|泉《いづみ》なれば
|玉《たま》の|泉《いづみ》とたたへけるにや
|吾《われ》は|今《いま》この|玉水《たまみづ》に|禊《みそぎ》して
|岐美《きみ》の|神業《みわざ》を|助《たす》けむと|思《おも》ふ
そよと|吹《ふ》く|風《かぜ》にも|縮《ちぢ》む|水《みづ》の|面《も》の
すなほに|吾《われ》は|心《こころ》を|洗《あら》ふ
|吹《ふ》くとしもなき|風《かぜ》ながら|玉泉《たまいづみ》の
|水面《みのも》に|小波《さざなみ》うてる|素直《すなほ》さ
|素直《すなほ》なる|泉《いづみ》の|面《おも》の|小波《さざなみ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|真心《まごころ》なるべし
|大《おほい》なる|事《こと》にも|動《うご》きささやけき
|事《こと》にも|動《うご》かす|瑞御霊《みづみたま》かも
|月《つき》と|日《ひ》を|浮《うか》べて|清《きよ》き|玉泉《たまいづみ》も
そよ|吹《ふ》く|風《かぜ》に|動《うご》かす|素直《すなほ》さよ
この|清《きよ》き|直《なほ》き|御霊《みたま》を|照《てら》しまして
|国土造《くにつく》りませ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ
|圓屋比古《まるやひこ》|神《かみ》は|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
|岐美《きみ》が|正《ただ》しき|心《こころ》|悟《さと》りぬ
|生代比女《いくよひめ》に|真言《まこと》のらせどあやしかる
|心《こころ》もたさぬ|岐美《きみ》ぞかしこき
|玉野比女《たまのひめ》の|清《きよ》き|心《こころ》は|玉泉《たまいづみ》の
|面《おも》に|似《に》まして|深《ふか》くすませり
|玉《たま》の|丘《をか》にかくも|清《すが》しき|神々《かみがみ》の
|国土造《くにつく》りせむと|禊《みそぎ》ますはや
|天《あめ》も|地《つち》も|一度《いちど》に|開《ひら》くこの|禊《みそぎ》
|神《かみ》の|心《こころ》とかしこみ|仕《つか》へむ
|濁《にご》りなき|玉《たま》の|泉《いづみ》と|村肝《むらきも》の
|心《こころ》|洗《あら》ひて|御前《みまへ》に|仕《つか》へむ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天界《かみくに》の|鳴《な》り|出《い》でし|時《とき》ゆためしなき
|今日《けふ》の|嬉《うれ》しさ|清《すが》しさに|居《ゐ》るも
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》も|漸《やうや》くなりなりて
|玉《たま》の|泉《いづみ》に|立《た》たす|嬉《うれ》しさ
|生代比女神《いくよひめがみ》の|禊《みそぎ》は|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》を|固《かた》めの|基《もとゐ》なるらむ
|玉野比女《たまのひめ》の|清《きよ》き|心《こころ》は|玉泉《たまいづみ》の
|面《おも》に|月日《つきひ》の|浮《うか》べるがごとし
|鳳凰《ほうわう》は|翼《つばさ》を|天《あめ》に|搏《う》ち|搏《う》ちて
|今日《けふ》の|禊《みそぎ》をことほぎにつつ
|幾度《いくたび》の|禊《みそぎ》はすれど|今日《けふ》のごと
すがしき|泉《いづみ》にあはざりにけり
|玉野森《たまのもり》に|数多《あまた》の|泉《いづみ》は|湧《わ》きながら
この|清《すが》しさはあらざりにけり
|八千尋《やちひろ》の|底《そこ》まで|清《きよ》く|澄《す》みきらふ
|玉《たま》の|泉《いづみ》の|珍《めづら》しきかも』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|玉野丘《たまのをか》の|麓《ふもと》に|謹《つつし》みて|時《とき》|待《ま》ちし
|吾《われ》|尊《たふと》くもゆるされにけり
みはし|比古《ひこ》の|神《かみ》にしあれど|玉野丘《たまのをか》に
のぼらむ|御橋《みはし》かけ|得《え》ざりけり
わが|魂《たま》をこれの|泉《いづみ》に|禊《みそぎ》して
みはしの|業《わざ》に|清《きよ》く|仕《つか》へむ
|真鶴《まなづる》の|稚《わか》き|国原《くにはら》|今日《けふ》よりは
|甦《よみがへ》るべし|目路《めぢ》の|限《かぎ》りを』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|神々《かみがみ》の|禊《みそぎ》の|神業《みわざ》すがしくも
|水底《みそこ》にうつらふ|今日《けふ》ぞ|尊《たふと》き
|澄《す》みきらふ|玉《たま》の|泉《いづみ》にわが|魂《たま》を
|洗《あら》ひて|生《あ》れます|御子《みこ》を|守《まも》らむ
この|水《みづ》は|生《あ》れます|御子《みこ》の|産盥《うぶだらひ》
|産釜《うぶがま》なれや|澄《す》みにすみきらふ
|澄《す》みきらふ|玉《たま》の|泉《いづみ》の|産盥《うぶだらひ》に
つつしみ|吾《われ》は|御子《みこ》|育《はぐ》くまむ』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|魂機張《たまきはる》|命《いのち》の|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》は
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御姿《みすがた》なるも
この|清水《しみづ》|掬《むす》べば|千歳万歳《ちとせよろづよ》の
|玉《たま》の|生命《いのち》は|笑《ゑ》み|栄《さか》ゆべし
|神《かみ》の|代《よ》の|開《ひら》けし|遠《とほ》き|昔《むかし》より
まだ|見《み》ぬ|清《きよ》き|玉《たま》の|泉《いづみ》よ
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》に|巣《す》ぐひし|真鶴《まなづる》は
|御子《みこ》の|千歳《ちとせ》をことほぎまつらむ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|甘《あま》き|水《みづ》|柔《やはら》かき|水《みづ》|清《きよ》き|水《みづ》
|万食物《よろづをしもの》|美味素《うましもと》の|水《みづ》よ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天《あめ》と|地《つち》と|結《むす》び|合《あは》せてすみきらふ
この|玉泉《たまいづみ》は|神《かみ》の|姿《すがた》よ
この|丘《をか》にかかるすがしき|玉泉《たまいづみ》
|光《て》れるは|神《かみ》の|御心《みこころ》なるらむ
|天地《あめつち》を|結《むす》び|合《あは》せてすみきらふ
|玉《たま》の|泉《いづみ》にみそぎせむかも
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|鏡《かがみ》と|輝《かがや》けり
|玉《たま》の|泉《いづみ》の|深《ふか》さ|清《すが》しさ
ためしなきこの|玉水《たまみづ》にわが|魂《たま》を
|洗《あら》ふもうれし|岐美《きみ》に|仕《つか》へて』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|言霊《ことたま》の|幸《さち》はふこれの|天界《てんかい》に
|吾《われ》はみそぎて|真言《まこと》を|生《い》かさむ
|主《ス》の|神《かみ》の|感応《うつろひ》ありしか|水《みづ》の|面《も》の
みるみる|波《なみ》は|高《たか》まりにけり
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》|固《かた》めむと|禊《みそぎ》|終《を》へて
いづの|言霊《ことたま》われ|宣《の》らむかな
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》を|助《たす》けて|吾《われ》は|今《いま》
|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》らむと|思《おも》ふ』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|真鶴山《まなづるやま》は|少《すこ》しく|震動《しんどう》し|始《はじ》め、アオウエイの|音響《おんきやう》いづくともなく|高《たか》らかに|聞《きこ》え|来《きた》る。
(昭和八・一一・二 旧九・一五 於水明閣 加藤明子謹録)
第二章 |言霊《ことたま》の|光《ひかり》〔一八九六〕
|抑《そもそも》|紫微《しび》の|天界《てんかい》はスの|言霊《ことたま》の|水火《いき》によりて|鳴《な》り|出《い》でませるが|故《ゆゑ》に、|天地万有《てんちばんいう》|一切《いつさい》のものいづれも|稚々《わかわか》しく、|柔《やはらか》く、|現在《げんざい》の|地球《ちきう》の|如《ごと》く|山川草木《さんせんさうもく》|修理固成《しうりこせい》の|域《ゐき》に|達《たつ》し|居《を》らず、|神《かみ》また|幽《いう》の|幽《いう》にましまし、|意志想念《いしさうねん》の|世界《せかい》なれば、|到底《たうてい》|現代人《げんだいじん》の|想像《さうざう》も|及《およ》ばざる|程《ほど》なり。|清軽《せいけい》なるものは|高《たか》く|昇《のぼ》りて|天《てん》となり、|重濁《ぢうだく》なるものは|降《くだ》りて|地《ち》となる。これの|真理《しんり》によりて|紫微天界《しびてんかい》は|五十六億《ごじふろくおく》|七千万年《しちせんまんねん》の|後《のち》、|修理固成《しうりこせい》の|神業《しんげふ》|完成《くわんせい》すると|共《とも》に、|其《その》|重量《ぢうりやう》を|増《ま》し、|次第々々《しだいしだい》に|位置《ゐち》を|大空中《たいくうちう》の|低処《ていしよ》に|変《へん》ずるに|至《いた》りたれば、|我《わが》|地球《ちきう》こそ、|紫微天界《しびてんかい》のやや|完成《くわんせい》したるものと|知《し》るべし。
|紫微天界《しびてんかい》に|於《お》ける|数万丈《すうまんぢやう》の|山岳《さんがく》と|雖《いへど》も|殆《ほとん》ど|気体《きたい》なれば、|柔《やはら》かく|膨《ふく》れあがり、|伸《の》びひろごりたるもの、|次第々々《しだいしだい》に|収縮作用《しうしゆくさよう》を|起《おこ》し、|最高《さいかう》|二万数千尺《にまんすうせんじやく》の|山岳《さんがく》を|止《とど》むるに|至《いた》りたるなり。|紫微天界《しびてんかい》に|於《お》ける|国土生《くにう》み、|神生《かみう》みの|神業《みわざ》も、この|柔《やはら》かき|一切《いつさい》の|気体界《きたいかい》を|物質界《ぶつしつかい》に|修理固成《しうりこせい》する|迄《まで》の|年処《ねんしよ》は、|五十六億《ごじふろくおく》|七千万年《しちせんまんねん》の|久《ひさ》しきを|経《へ》たるなり。|故《ゆゑ》に|紫微天界《しびてんかい》の|神々《かみがみ》の|御活動《ごくわつどう》は、|無始《むし》より|無終《むしう》に|連続《れんぞく》して|止《や》む|時《とき》なし。|故《ゆゑ》に|神代《かみよ》に|於《お》ける|愛《あい》の|情動《じやうどう》も、|亦《また》|現代人《げんだいじん》の|如《ごと》く|濃厚《のうこう》|執拗《しつえう》ならず、|時《じ》、|処《しよ》、|位《ゐ》に|応《おう》じて|愛《あい》の|情動《じやうどう》|起《おこ》り、|忽《たちま》ち|消散《せうさん》して|後《あと》なき|極《きは》めて|淡泊《たんぱく》なる|情動《じやうどう》なりしなり。|併《しか》しながら|世《よ》の|次《つ》ぎ|次《つ》ぎ|下《くだ》るに|従《したが》ひて、|山川草木《さんせんさうもく》|其《そ》の|硬度《かうど》を|増《ま》し、|人情《にんじやう》|又《また》|濃厚《のうこう》|執拗《しつえう》となりて、|遂《つひ》には|愛恋《あいれん》の|乱《みだ》れ、|争闘《さうとう》を|起《おこ》すに|至《いた》れるも|自然《しぜん》の|結果《けつくわ》|止《や》むを|得《え》ざる|事《こと》と|言《い》ふべし。|故《ゆゑ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》は|紫微天界《しびてんかい》の|最初《さいしよ》にあたり、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》をして、|世《よ》の|混乱《こんらん》を|防《ふせ》ぐべく、|天津真言《あまつまこと》の|道《みち》を|天地《てんち》|万有《ばんいう》に|永遠無窮《えいゑんむきう》に|教《をし》へ|導《みちび》き|給《たま》ひ、|乱《みだ》れゆく|世《よ》を|建正《けんせい》すべく|経綸《けいりん》されたるは|深《ふか》き|神慮《しんりよ》のおはします|事《こと》なり。
|紫微天界《しびてんかい》に|於《お》ける|山川大地《さんせんだいち》は、|浮脂《うきあぶら》のごとく|漂《ただよ》へるを|以《もつ》て、|現代人《げんだいじん》の|如《ごと》き|重濁《ぢうだく》なる|身《み》をもつては、|殆《ほと》んど|空中《くうちう》を|行《ゆ》く|如《ごと》く、|水上《すゐじやう》を|歩《あゆ》むが|如《ごと》く、|如何《いかん》ともすべからざれども、|神代《かみよ》の|神人《しんじん》は|気体《きたい》にましませば、|浮脂《うきあぶら》のごとき|柔《やはら》かき|地上《ちじやう》を|歩《あゆ》みて|何《なん》の|支障《ししやう》なく、|恰《あだか》も|現代人《げんだいじん》の|現界《げんかい》|地上《ちじやう》を|歩《あゆ》むと|異《こと》なるところなきなり。|国土《くに》の|修理固成《しうりこせい》なりて|硬度《かうど》を|増《ま》すに|従《したが》ひ、|神々《かみがみ》も|亦《また》|体重《たいぢう》を|増加《ぞうか》し、|遂《つひ》には|人《ひと》となりて|地上《ちじやう》に|安住《あんぢう》するに|至《いた》りたるなり。|我《わが》|地球《ちきう》の|今日《こんにち》の|如《ごと》く|確固不動《かくこふどう》に|修理固成《しうりこせい》さるるまでは、|五十六億《ごじふろくおく》|七千万年《しちせんまんねん》の|年処《ねんしよ》を|経《へ》たるを|思《おも》へば、|神界《しんかい》の|経綸《けいりん》の|幽遠《いうゑん》なるに|畏敬《ゐけい》の|念《ねん》をはらはざるべからざるなり。
|斯《か》くの|如《ごと》く|主《ス》の|大神《おほかみ》を|初《はじ》め、|種々《しゆじゆ》の|神等《かみたち》の|努力《どりよく》の|結果《けつくわ》|完成《くわんせい》したる|地上《ちじやう》に|人《ひと》と|生《うま》れ、|安住《あんぢう》せしめらるる|其《その》|広慈大徳《くわうじだいとく》は|到底《たうてい》|筆紙《ひつし》に|尽《つく》すべき|限《かぎ》りに|非《あら》ず。|況《いは》んや|全地《ぜんち》の|中心《ちうしん》にして|四季《しき》の|順序《じゆんじよ》|調和《てうわ》したる|中津国《なかつくに》に|生《せい》を|享《う》けたる|人生《じんせい》に|於《おい》てをや。|我々《われわれ》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|住《すま》はせ|給《たま》ひし|紫微天界《しびてんかい》の|完成期《くわんせいき》に|近《ちか》づける|地球《ちきう》の|中心《ちうしん》|葦原《あしはら》の|中津国《なかつくに》なる|日《ひ》の|本《もと》に|生《うま》れ、|万世一系《ばんせいいつけい》の|皇神国《すめらみくに》の|天皇《すめらぎ》に|仕《つか》へまつりて、|神《かみ》の|宮居《みやゐ》となり、|神《かみ》の|子《こ》となりて|仕《つか》へまつる|幸福《かうふく》は、|三千大千世界《さんぜんだいせんせかい》の|宇宙《うちう》の|世界中《せかいぢう》|到底《たうてい》|求《もと》め|得《う》べからざる|仁恵《じんけい》に|浴《よく》せるものと|知《し》るべし。|故《ゆゑ》に|我《わが》|皇神国《すめらみくに》に|生《うま》れたる|大御民《おほみたから》は、|海外《かいぐわい》の|諸国《しよこく》に|比《ひ》して|特《とく》に|敬神尊皇報国《けいしんそんのうはうこく》の|至誠《しせい》を|披瀝《ひれき》し、|其《その》|大慈洪徳《だいじこうとく》に|報《むく》いまつらずむばあるべからず。|紫微天界《しびてんかい》の|完成《くわんせい》したる|神国《みくに》なるが|故《ゆゑ》に、|我国《わがくに》を|皇神国《すめらみくに》と|称《とな》へ、|其《そ》の|君《きみ》を|天皇《すめらぎ》と|申《まを》し|奉《たてまつ》るなり。
ためしなき|此《この》|神国《かみくに》に|人《ひと》と|生《うま》れ
|清《きよ》き|身魂《みたま》を|濁《にご》すべきかは
|久方《ひさかた》の|天津皇国《あまつみくに》を|生《う》みませし
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》を|夢《ゆめ》な|忘《わす》れそ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》は|次《つ》ぎ|次《つ》ぎ|固《かた》まりて
この|美《うるは》しき|天地《あめつち》は|成《な》れり
|智者学者《ものしりびと》|数多《あまた》あれども|天界《かみくに》の
なり|出《い》で|初《そ》めたる|真相《まこと》を|知《し》らずも
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》|思《おも》へば|地《ち》の|上《うへ》に
|住《す》むもつつしみの|心《こころ》|湧《わ》くなり
|神々《かみがみ》の|恵《めぐみ》も|知《し》らず|世《よ》の|中《なか》を
はかなみ|思《おも》ふ|愚《おろ》かなる|人《ひと》よ
|愛善《あいぜん》の|光《ひかり》にみつる|神《かみ》の|国《くに》を
|火宅《くわたく》とをしへし|曲津《まがつ》の|教《のり》かな
|現世《うつしよ》も|亦《また》|幽界《かくりよ》も|主《ス》の|神《かみ》の
|領有《うしは》ぎたまふ|国土《くに》と|知《し》らずや
|久方《ひさかた》の|天《あめ》より|降《くだ》りて|中津国《なかつくに》を
|永久《とは》に|知召《しろしめ》す|主《ス》の|神《かみ》の|御子《みこ》よ
|葦原《あしはら》の|国《くに》なり|出《い》でし|遠因《ゑんいん》を
|思《おも》ひて|敬神尊皇《けいしんそんのう》に|尽《つく》せよ
|言霊《ことたま》の|生《い》ける|活用《はたらき》|白雲《しらくも》の
|空《そら》に|迷《まよ》へる|学者《ものしり》あはれ
もろもろの|学《まな》びあれども|言霊《ことたま》の
|真言《まこと》の|学《まな》び|悟《さと》れるはなし
|世《よ》の|中《なか》に|学《まな》びは|数多《あまた》ありながら
|学王学《がくわうがく》の|言霊《ことたま》|知《し》らずも
|言霊《ことたま》の|学《まな》びは|総《すべ》ての|基《もとゐ》なり
|其《その》|他《た》の|学《まな》びは|末《すゑ》なりにけり
|根本《こんぽん》を|悟《さと》らず|末《すゑ》の|学《まな》びのみ
|栄《さか》ゆる|此《この》|世《よ》は|禍《わざはひ》なるかな
|世《よ》の|中《なか》の|一切万事《いつさいばんじ》は|言霊《ことたま》の
|光《ひかり》によりて|解決《かいけつ》するなり
|言霊《ことたま》の|真言《まこと》の|道《みち》を|知《し》らずして
|此《この》|神国《かみくに》の|治《をさ》まるべきやは
|我《われ》は|今《いま》|神《かみ》の|依《よ》さしの|言霊《ことたま》の
|学《まな》びに|真道《まみち》を|説《と》かむとするなり
|皇神国《すめらみくに》の|大本《たいほん》を|知《し》るは|言霊《ことたま》の
|生《い》ける|学《まな》びによるの|外《ほか》なし
(昭和八・一一・三 旧九・一六 於水明閣 加藤明子謹録)
第三章 |玉藻山《たまもやま》〔一八九七〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|玉《たま》の|泉《いづみ》の|汀《みぎは》に|立《た》たせ|給《たま》ひて、|真鶴《まなづる》の|国土《くに》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|造《つく》り|固《かた》めむと、|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》へば、|玉野丘《たまのをか》は|次第々々《しだいしだい》に|際限《さいげん》もなく|膨《ふく》れ|上《あが》り、|右《みぎ》に|左《ひだり》に|南《みなみ》に|北《きた》に|四方八方《よもやも》に|膨脹《ばうちやう》して、|真鶴山《まなづるやま》の|頂上《ちやうじやう》も|真下《ました》に|見《み》るばかり|高《たか》まり|聳《そび》ゆるに|至《いた》りぬ。|此《この》|間《かん》|殆《ほと》んど|七日七夜《ななかななや》を|費《つひや》し|給《たま》ひける。|百神《ももがみ》はおはしませども|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|如《ごと》く|澄《す》み|切《き》り|給《たま》はざれば、|異口同音《いくどうおん》に|言霊《ことたま》を|奏上《そうじやう》し|給《たま》ふよしなく、|先《ま》づ|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|生言霊《いくことたま》を|宣《の》らせ|給《たま》ひ、|次《つぎ》に|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|清《きよ》き|言霊《ことたま》を|奏上《そうじやう》して、|真鶴《まなづる》の|国土《くに》を|無限大《むげんだい》に|拓《ひら》き|膨《ふく》らせ|拡《ひろ》ごらせ|給《たま》ひけるぞ|畏《かしこ》けれ。
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|全《まつた》く|澄《す》み|切《き》りあらざる|神《かみ》の|水火《いき》を|交《まじ》ふる|時《とき》は、|宇宙《うちう》に|混乱《こんらん》を|起《おこ》し、|修理固成《しうりこせい》の|神業《みわざ》|成《な》り|難《がた》ければ、|斯《か》く|取計《とりはか》らひ|給《たま》へるなりき。
|我《われ》|曾《かつ》て|四尾山《よつをやま》に|登《のぼ》り、|数多《あまた》の|信徒《まめひと》と|共《とも》に|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|神言《かみごと》を|宣《の》り、|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》の|限《かぎ》りを|尽《つく》して|奏上《そうじやう》しけるに、|山麓《さんろく》を|隔《へだ》てて、|程遠《ほどとほ》き|大本《おほもと》の|事務所《じむしよ》に|明瞭《めいれう》に|聞《きこ》えたるは、|我《わが》|言霊《ことたま》のみにして、|其《その》|他《た》の|人々《ひとびと》の|声音《せいおん》は|混乱《こんらん》|其《その》|極《きよく》に|達《たつ》し、|只《ただ》ワアワアと|聞《きこ》ゆるのみなりしと、|大本《おほもと》の|役員等《やくゐんたち》は|我《われ》に|語《かた》りたることあり。|斯《かく》の|如《ごと》く|濁《にご》りたる|言霊《ことたま》を|異口同音《いくどうおん》に|一度《いちど》に|唱《とな》ふるは、|反《かへ》つて|天地《てんち》の|水火《いき》を|乱《みだ》すものなることを|知《し》るべし。|朝夕《あさゆふ》|神前《しんぜん》に|唱《とな》へ|奉《まつ》る|神言《かみごと》と|雖《いへど》も、|常《つね》に|信徒《まめひと》の|濁《にご》れる|声音《せいおん》にかき|乱《みだ》されて、|清澄《せいちよう》なる|言霊《ことたま》を|奏上《そうじやう》し|得《え》ざるを|以《もつ》て、|大本大祭《おほもとたいさい》の|外《ほか》は|信徒《まめひと》と|共《とも》に|奏上《そうじやう》する|事《こと》を|神《かみ》に|恐《おそ》るるが|故《ゆゑ》に、|中止《ちうし》し|居《を》るものなり。
|大祭《たいさい》の|時《とき》と|雖《いへど》も、|我《わが》|言霊《ことたま》を|衆人《しうじん》の|為《た》めに|乱《みだ》さるるは|甚《はなは》だ|不愉快《ふゆくわい》にして、|神明《しんめい》に|対《たい》し|恐《おそ》れ|多《おほ》きを|自覚《じかく》しつつあり。|然《しか》るが|故《ゆゑ》に|遠《とほ》き|神代《かみよ》の|紫微天界《しびてんかい》の|国土造《くにつく》りの|言霊《ことたま》も、|異口同音《いくどうおん》に|宣《の》り|給《たま》はざりし|理由《りゆう》を|知《し》るべきなり。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|澄《す》みきらひたる|言霊《ことたま》の|持主《もちぬし》なる|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》を|選《えら》みて、|交《かは》る|交《がは》るに|生言霊《いくことたま》を|奏上《そうじやう》し|給《たま》ひ、|其《その》|他《た》の|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|一柱《ひとはしら》づつ|言霊《ことたま》を|宣《の》りて|神業《みわざ》を|助《たす》け|給《たま》ひたるなりき。|斯《かく》の|如《ごと》く|言霊《ことたま》の|清濁《せいだく》|美醜《びしう》は|天地《てんち》の|水火《いき》に|大関係《だいくわんけい》を|有《いう》し、|神界《しんかい》の|経綸《けいりん》に|就《つ》いても|大《だい》なる|逕庭《けいてい》あれば、|謹《つつし》むべきは|言霊《ことたま》の|応用《おうよう》なり。
|故《ゆゑ》に|本書《ほんしよ》を|拝読《はいどく》せむとする|人《ひと》は、|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|清《きよ》め、|平素《つね》に|言霊《ことたま》を|練《ね》り、|円満清朗《ゑんまんせいらう》の|持主《もちぬし》とならねば、|聴者《ちやうしや》に|感動《かんどう》を|与《あた》へ、|神明《しんめい》の|気《き》を|和《やは》らげ|且《か》つ|神業《みわざ》を|補佐《ほさ》する|事《こと》を|得《え》ざるなり。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|国土造《くにつく》りの|御歌《みうた》。
『アオウエイ
タトツテチ
|伸《の》びよ|膨《ふく》れよ|玉野森《たまのもり》
ハホフヘヒ
|膨《ふく》れ|拡《ひろ》ごれ|弥高《いやたか》に
|伸《の》びよ|拡《ひろ》ごれ|玉野丘《たまのをか》
マモムメミ
|圓《まろ》くなれなれ|玉野丘《たまのをか》
|御子《みこ》よ|生《あ》れませ
アオウエイ
|国原《くにはら》|栄《さか》えよ
サソスセシ
|月日《つきひ》も|輝《かがや》け
カコクケキ
|地《つち》よ|固《かた》まれ
ナノヌネニ
|水《みづ》よ|湧《わ》け|湧《わ》け
サソスセシ
|草木《くさき》も|繁《しげ》れ
ヤヨユエイ
|生物《いきもの》ことごと|生命《いのち》を|保《たも》て
ヤヨユエイ
|地《つち》の|限《かぎ》りは|水《みづ》よ|乾《かわ》けよ
ワヲウヱヰ
|運行循環《めぐれ》よ|運行循環《めぐれ》
ラロルレリ。
|此《こ》の|神業《かむわざ》は|永久《とこしへ》に
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御霊代《みひしろ》と
なりて|栄《さか》えて|神《かみ》と|人《ひと》との
|永久《とは》の|住所《すみか》となれよかし
|万代《よろづよ》かはらぬ|神《かみ》の|子《こ》の
|只一筋《ただひとすぢ》の|生命《いのち》の|綱《つな》を
|幾万劫《いくまんごふ》の|末《すゑ》までも
|弥《いや》つぎつぎに|続《つづ》けかし
|此《この》|霊線《たましひ》を|御霊代《みひしろ》に
|至大天球《たかあまはら》を|固《かた》め|終《を》へ
|皇神国《すめらみくに》の|栄《さか》えをば
|堅磐常磐《かきはときは》に|固《かた》めむ|主《ス》の|神《かみ》の
|清《きよ》き|正《ただ》しき|言霊《ことたま》の
いと|永々《ながなが》と|栄《さか》えませ
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|皇神国《すめらみくに》は|神《かみ》の|聖所《すがど》
|神《かみ》の|御裔《みすゑ》のすめらぎの
|堅磐常磐《かきはときは》に|鎮《しづ》まりて
|世界《せかい》|悉《ことごと》く|知《し》らしませと
|言霊《ことたま》|清《きよ》く|宣《の》り|上《あ》ぐる』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|玉野丘《たまのをか》を|中心《ちうしん》として|目《め》のとどかぬ|国原《くにはら》は、|次第々々《しだいしだい》に|湯気《ゆげ》|立《た》ち|昇《のぼ》ると|共《とも》に|膨《ふく》れ|拡《ひろ》ごりて、|其《その》|高《たか》さは|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|弥高《いやたか》まり、|其《その》|広《ひろ》さは|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|弥拡《いやひろ》ごりて、|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|瑞祥《ずゐしやう》を|目《ま》のあたり|見《み》るに|至《いた》れり。|茲《ここ》に|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|言霊《ことたま》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『タトツテチタタの|力《ちから》の|功績《いさをし》に
この|国原《くにはら》は|拡《ひろ》ごり|行《ゆ》くも
アオウエイ|神《かみ》の|水火《すゐくわ》の|幸《さちは》ひに
この|国原《くにはら》はよみがへりつつ
|月《つき》も|日《ひ》もわが|目路《めぢ》|近《ちか》くなるまでも
|弥高《いやたか》みける|玉野《たまの》の|丘《をか》は
|見渡《みわた》せば|玉野湖水《たまのこすゐ》は|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに
|膨《ふく》れあがりて|干潟《ひがた》となりぬ
|玉野湖《たまのうみ》の|水《みづ》は|次第《しだい》に|乾《かわ》き|行《ゆ》きて
|残《のこ》るは|青《あを》き|玉藻《たまも》のみなる
|八千尋《やちひろ》の|湖《うみ》の|底《そこ》まで|言霊《ことたま》に
|膨《ふく》れあがりて|山《やま》となりつつ
|勇《いさ》ましも|嗚呼《ああ》|楽《たの》しもよ|国土生《くにう》みの
|神業《みわざ》に|光《ひか》る|厳《いづ》の|言霊《ことたま》よ
|厳《いづ》と|瑞《みづ》の|生言霊《いくことたま》の|水火《いき》|合《あは》せ
|玉藻《たまも》の|山《やま》はわき|立《た》たせけり
|玉野湖《たまのうみ》の|水底《みなそこ》までも|玉藻山《たまもやま》の
|傾斜面《なぞへ》となりし|今日《けふ》の|目出度《めでた》さ
|瑞御霊《みづみたま》|生言霊《いくことたま》に|風《かぜ》|起《おこ》り
|雨《あめ》は|大地《だいち》をたたきて|降《ふ》るも
|地《つち》は|揺《ゆ》り|空《そら》に|雷《いかづち》|轟《とどろ》きて
|稲妻《いなづま》|光《て》らす|言霊《ことたま》の|水火《いき》よ
|天《あめ》も|地《つち》も|揺《ゆす》り|動《うご》きて|風《かぜ》|起《おこ》り
この|国原《くにはら》を|生《い》かしますかも
|地《つち》|揺《ゆ》りて|百《もも》の|汚《けが》れも|曲神《まがかみ》も
|亡《ほろ》び|行《ゆ》くこそ|目出度《めでた》かりけり
|天地《あめつち》の|汚《けが》れ|払《はら》ふと|風《かぜ》も|吹《ふ》け
|雨《あめ》も|降《ふ》れ|降《ふ》れ|雷《いかづち》|轟《とどろ》け
アオウエイ|生言霊《いくことたま》の|功績《いさをし》に
|玉藻《たまも》の|山《やま》は|伸《の》び|立《た》ちにける
タトツテチ|水火《いき》の|力《ちから》に|浮脂《うきあぶら》
なす|国原《くにはら》は|固《かた》まりて|行《ゆ》く
カコクケキ|月《つき》は|御空《みそら》に|輝《かがや》きて
|光《ひかり》の|限《かぎ》り|神国《みくに》|照《て》らすも
|主《ス》の|神《かみ》の|御霊《みたま》なるかも|天津日《あまつひ》の
|貴《うづ》の|光《ひかり》の|隈《くま》もなければ
|久方《ひさかた》の|天之道立神《あめのみちたつかみ》の|道《みち》
こもらせ|給《たま》ふ|天津日《あまつひ》の|影《かげ》
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御霊《みたま》の|輝《かがや》ける
|月《つき》は|御空《みそら》の|鏡《かがみ》なるかも
|玉泉《たまいづみ》わが|言霊《ことたま》にわき|立《た》ちて
|山《やま》の|傾斜面《なぞへ》を|落滝津《おちたきつ》かも
|玉泉《たまいづみ》あふれて|終《つひ》に|滝《たき》となり
この|国原《くにはら》をうるほし|助《たす》けむ
|今日《けふ》よりは|玉野《たまの》の|山《やま》を|改《あらた》めて
|玉藻《たまも》の|山《やま》と|称《たた》へまつらむ
|玉泉《たまいづみ》ゆ|湧《わ》きて|落《お》ち|行《ゆ》く|滝津瀬《たきつせ》を
|玉藻《たまも》の|滝《たき》と|今日《けふ》より|称《たた》へむ
|万丈《ばんぢやう》の|空《そら》より|落《お》つる|滝津瀬《たきつせ》の
|音《おと》は|四辺《あたり》に|響《ひび》き|渡《わた》るも』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|千早《ちはや》|振《ふ》る|神代《かみよ》ゆ|伝《つた》はる|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|功《いさを》のたふときろかも
|瑞御霊《みづみたま》|生言霊《いくことたま》に|玉野丘《たまのをか》は
|天津空《あまつそら》まで|立《た》ち|伸《の》びにける
|国土《くに》を|生《う》み|神《かみ》|生《う》ますなる|岐美《きみ》なれば
|生言霊《いくことたま》の|冴《さ》えのよろしも
|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》|畏《かしこ》し|瑞御霊《みづみたま》
|今日《けふ》の|神業《みわざ》を|見《み》つつ|嬉《うれ》しも
|吾《われ》は|只《ただ》|畏《かしこ》み|奉《まつ》り|今日《けふ》よりは
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神業《みわざ》に|仕《つか》へむ
|国原《くにはら》は|弥《いや》|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|拡《ひろ》ごりて
|玉藻《たまも》の|山《やま》はわき|出《い》でにけり
|万斛《ばんこく》の|水《みづ》を|湛《たた》へし|玉野湖《たまのうみ》も
|生言霊《いくことたま》に|干《ひ》あがりにけり
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|功《いさを》を|今《いま》ぞ|知《し》る
|吾《われ》は|側《そば》にも|寄《よ》れぬ|神《かみ》なり
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》と|名乗《なの》れど|今《いま》となりて
|吾《われ》は|近見男神《ちかみをかみ》なりにけり
|遠《とほ》く|見《み》る|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》なく
|吾《われ》は|近《ちか》くを|見《み》る|御魂《みたま》なるも
|今日《けふ》よりは|神《かみ》の|賜《たま》ひし|御名《みな》に|依《よ》りて
|近見男神《ちかみをがみ》となりて|仕《つか》へむ
|足許《あしもと》の|事《こと》さへ|見《み》えぬ|吾《われ》にして
|遠見男《とほみを》の|名《な》はすぎたりと|思《おも》ふ
|紫微宮《かみのみや》ゆ|二柱神《ふたはしらがみ》|生《あ》れまして
|国土造《くにつく》りの|神業《わざ》|助《たす》けますかも
この|国土《くに》に|天降《あも》りましたる|瑞御霊《みづみたま》の
|功《いさを》は|千代《ちよ》のいしずゑなるらむ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神生《かみう》みの|神業《みわざ》を|負《お》ひます|瑞御霊《みづみたま》の
|生言霊《いくことたま》の|水火《いき》のたふとさ
|天《あめ》も|地《つち》も|一度《いちど》に|動《うご》く|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|持《も》たせる|岐美《きみ》の|功《いさを》よ
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|功績《いさをし》|今《いま》ぞ|知《し》る
|生言霊《いくことたま》はみなぎらひたり
|真鶴《まなづる》の|稚《わか》き|国原《くにはら》|今日《けふ》よりは
|堅磐常磐《かきはときは》に|固《かた》まり|栄《さか》えむ
わが|立《た》てる|玉藻《たまも》の|山《やま》はつぎつぎに
うなりうなりて|高《たか》くなり|行《ゆ》くも
|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》り|轟《とどろ》きてはてしなき
|生言霊《いくことたま》に|国土《くに》を|生《う》ませり
|玉野比女《たまのひめ》|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|神業《かむわざ》を
|詳細《つばら》にわれは|今《いま》|覚《さと》りける』
(昭和八・一一・三 旧九・一六 於水明閣 森良仁謹録)
第四章 |千条《ちすぢ》の|滝《たき》〔一八九八〕
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|並《ならび》に|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》に、|真鶴《まなづる》の|広《ひろ》き|国原《くにはら》は|天地《てんち》|震動《しんどう》して|前後《ぜんご》|左右《さいう》に|揺《ゆ》り|動《うご》き、|暴風雨《ぼうふうう》|頻《しきり》に|臻《いた》り、|遂《つひ》に|玉野丘《たまのをか》を|中心《ちうしん》とする|一帯《いつたい》の|地《ち》は、いや|次々《つぎつぎ》にふくれ|上《あが》り|拡《ひろ》ごりて、|驚天動地《きやうてんどうち》の|光景《くわうけい》を|現《げん》じたれば、|神々《かみがみ》は|言霊《ことたま》の|威力《ゐりよく》に|感歎《かんたん》|措《お》く|能《あた》はず、|各自《おのもおのも》|生言霊《いくことたま》の|御歌《みうた》を|詠《よ》みて、|国土造《くにつく》りの|神業《みわざ》を|寿《ことほ》ぎ|給《たま》ひぬ。
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|此処《ここ》に|来《き》て
この|神業《かむわざ》を|初《はじ》めて|見《み》るも
ときじくの|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》に|生《な》り|出《い》でし
|吾《われ》は|主《ス》の|神《かみ》の|分霊《わけみたま》なるかも
|二柱《ふたはしら》|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|降《くだ》りまし
この|神業《かむわざ》を|助《たす》け|給《たま》ふか
|久方《ひさかた》の|天《あめ》は|轟《とどろ》きあらがねの
|地《つち》は|揺《ゆす》りて|国土《くに》|固《かた》まりぬ
|久方《ひさかた》の|空《そら》に|閃《きら》めく|稲妻《いなづま》の
はやきは|神《かみ》の|神業《みわざ》なるらむ
|雷《いかづち》のとどろき|強《つよ》し|曲神《まがかみ》は
|恐《おそ》れ|戦《をのの》き|消《き》え|失《う》せにけむ
|罪穢《つみけが》れ|過《あやま》ち|洗《あら》ふと|玉泉《たまいづみ》
|滝《たき》と|流《なが》れて|世《よ》を|生《い》かすなり
|神生《かみう》みの|業《わざ》に|後《おく》れし|吾《われ》にして
|国土生《くにう》みの|場《には》に|立《た》つぞ|嬉《うれ》しき
|月読《つきよみ》の|御霊《みたま》と|現《あ》れし|顕津男《あきつを》の
|神《かみ》の|功《いさを》のたふときろかも
|玉泉《たまいづみ》|清《きよ》くあふれて|玉藻山《たまもやま》の
|尾《を》の|上《へ》ゆ|高《たか》く|落《お》ちたぎちつつ
|落《お》ちたぎつ|滝《たき》の|響《ひびき》に|言霊《ことたま》の
|水火《いき》|籠《こも》らひて|世《よ》を|生《い》かすなり
|年月《としつき》を|玉野宮居《たまのみやゐ》に|仕《つか》へつつ
かかる|目出度《めでた》き|神業《みわざ》を|拝《をろが》むも
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|栄《さか》えを|目《ま》のあたり
|吾《われ》は|玉藻《たまも》の|山《やま》に|見《み》るかな
|久方《ひさかた》の|天《あめ》に|伸《の》びたつ|玉藻山《たまもやま》の
|生《い》ける|姿《すがた》は|神《かみ》にぞありける
|天地《あめつち》の|総《すべ》てのものは|主《ス》の|神《かみ》の
|清《きよ》けき|水火《いき》の|固《かた》まりなるかも
|万世《よろづよ》の|礎《いしずゑ》|固《かた》め|給《たま》はむと
|現《あ》れ|出《い》でますか|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は
|厳御霊《いづみたま》|宣《の》らせ|給《たま》へるまさごとを
|普《あまね》く|神《かみ》に|宣《の》りて|生《い》かさむ
いきいきて|生《い》きの|果《はて》なき|天界《かみくに》に
|生《い》きて|栄《さか》えむ|身《み》の|楽《たの》しさよ
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|尊《たふと》き|言霊《ことたま》に
|玉野《たまの》の|湖水《うみ》も|乾《かわ》きたるかな
もうもうと|湯気《ゆげ》|立《た》ち|昇《のぼ》り|玉野湖《たまのうみ》は
|底《そこ》ひの|水《みづ》も|次《つぎ》にかわける
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|柱《はしら》となりませる
|顕津男神《あきつをがみ》の|姿《すがた》いさましも』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|寿《ほ》ぎ|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|御魂《みたま》と|生《うま》れたる
わが|神生《かみう》みの|神業《わざ》を|畏《かしこ》む
|天《あめ》も|地《つち》も|澄《す》みきらふ|中《なか》にそそりたつ
|玉藻《たまも》の|山《やま》に|御子《みこ》を|生《う》まむか
|厳御霊《いづみたま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|水火《いき》|凝《こ》りて
|御子《みこ》わが|腹《はら》に|宿《やど》らせ|給《たま》ふか
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて
|四方《よも》の|国原《くにはら》いや|拡《ひろ》ごりぬ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|力《ちから》を|目《ま》のあたり
|見《み》つつ|尊《たふと》き|神世《かみよ》をおもふ
|天界《かみくに》に|気体《きたい》のかろき|身《み》をもちて
|御子生《みこう》む|神業《わざ》の|難《かた》きをおもへり
さりながら|主《ス》の|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》の
|功《いさを》を|見《み》つつわが|胸《むね》やすけし
|安々《やすやす》と|御子《みこ》の|生《あ》れます|日《ひ》を|待《ま》ちて
この|神国《かみくに》につくさむと|思《おも》ふ
|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|湯気《ゆげ》むらむらと|立《た》ち|昇《のぼ》るは
|水火《すゐくわ》のいきの|燃《も》ゆるなるらむ
|見渡《みわた》せば|四方《よも》の|国原《くにはら》に|湯気《ゆげ》|立《た》ちぬ
|国土生《くにう》みの|神業《わざ》あざやかにして
|立昇《たちのぼ》る|湯気《ゆげ》に|御空《みそら》の|月《つき》も|日《ひ》も
うすら|霞《かす》めり|真鶴《まなづる》の|国《くに》は
|玉野森《たまのもり》の|聖所《すがど》は|膨《ふく》れ|拡《ひろ》ごりて
|御空《みそら》に|高《たか》く|聳《そび》えたるかも
|玉藻山《たまもやま》の|名《な》を|負《お》ひまししこの|峰《みね》に
われ|謹《つつし》みて|玉《たま》の|御子生《みこう》まむ
|玉《たま》の|御子《みこ》の|生《あ》れますよき|日《ひ》を|楽《たの》しみて
|朝夕《あさゆふ》|宣《の》らむ|生言霊《いくことたま》を
|朝夕《あさゆふ》を|玉藻《たまも》の|滝《たき》に|禊《みそぎ》して
|国魂神《くにたまがみ》を|育《はぐく》みまつらむ
|時《とき》を|追《お》ひてわが|腹《はら》|膨《ふく》れ|拡《ひろ》ごりぬ
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|生《うま》れしに|似《に》て
|玉野比女《たまのひめ》の|清《きよ》き|心《こころ》にほだされて
われ|怯気《おぢけ》なく|聖所《すがど》に|立《た》つも』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|寿《ほ》ぎ|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ときじくに|科戸《しなど》の|風《かぜ》は|天地《あめつち》の
|塵《ちり》を|払《はら》ひて|清《すが》しき|国原《くにはら》よ
|地《ち》の|上《うへ》の|百《もも》の|汚《けが》れを|悉《ことごと》く
|水分《みくまり》の|神《かみ》は|洗《あら》ひ|給《たま》ふも
|科戸辺《しなどべ》の|神《かみ》と|水分《みくまり》の|神《かみ》まして
|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|罪穢《つみけが》れなし
|雷鳴神《なるかみ》は|天《あめ》に|轟《とどろ》き|天地《あめつち》の
|曲《まが》を|払《はら》ひて|新《あたら》しき|国原《くにはら》
|永久《とこしへ》の|闇《やみ》と|曇《くもり》を|照《てら》すべく
かがやき|走《はし》る|稲妻《いなづま》あはれ
|瑞御霊《みづみたま》|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《わざ》|終《を》へて
|鎮《しづ》まりゐませこの|神国《かみくに》に
|永遠《とことは》にこの|神国《かみくに》に|鎮《しづ》まりて
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》にひらかせ|給《たま》へ
|主《ス》の|神《かみ》の|聖所《すがど》と|現《あ》れし|玉藻山《たまもやま》は
|幾千代《いくちよ》までも|動《うご》かざるべし』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|寿《ほ》ぎ|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉泉《たまいづみ》に|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|禊《みそぎ》して
|今日《けふ》の|神業《みわざ》を|興《おこ》させ|給《たま》ひぬ
|玉泉《たまいづみ》の|面《おも》にうつりし|月《つき》かげを
|見《み》る|心地《ここち》すも|岐美《きみ》の|面《おもて》は
|雄々《をを》しくてやさしくいます|瑞御霊《みづみたま》の
|生言霊《いくことたま》はわれを|泣《な》かしむ
|味《あぢは》ひの|良《よ》き|言霊《ことたま》を|宣《の》らす|岐美《きみ》の
|功《いさを》は|遂《つひ》に|国土生《くにう》ましける
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|御霊《みたま》は|久方《ひさかた》の
|天之道立神《あめのみちたつかみ》の|御樋代《みひしろ》よ
|道立《みちたつ》の|神《かみ》の|御樋代《みひしろ》と|悟《さと》りけり
|宣《の》り|給《たま》ひたる|言霊《ことたま》の|光《ひかり》に
|主《ス》の|神《かみ》のよさし|給《たま》ひし|玉藻山《たまもやま》に
|厳《いづ》と|瑞《みづ》との|霊《たま》|生《あ》れましぬ
|道立《みちたつ》の|神《かみ》の|御樋代《みひしろ》と|吾《われ》|知《し》らず
|居《ゐ》たりし|事《こと》を|恥《は》づかしみ|思《おも》ふ
|生代比女《いくよひめ》の|御腹《みはら》の|御子《みこ》を|安《やす》らかに
|生《う》ませまつらむ|産玉《うぶだま》われは
|生代比女神《いくよひめがみ》よ|安《やす》けくおはしませ
|産玉神《うぶだまがみ》は|御子《みこ》をまもらむ
|大《おほい》なる|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|吾《われ》ならず
|貴御子《うづみこ》|守《も》ると|生《あ》れし|神《かみ》はや
|玉泉《たまいづみ》の|汀《みぎは》に|立《た》たせる|生代比女《いくよひめ》の
|神《かみ》のすがたは|光《ひかり》なりける
|真鶴《まなづる》の|山《やま》より|生《あ》れし|神《かみ》なれば
|生《い》きの|生命《いのち》の|永《なが》かれと|祈《いの》る
|生《あ》れまさむ|御子《みこ》の|生命《いのち》を|永久《とこしへ》に
われは|守《まも》らむ|真言《まこと》をこめて
|此処《ここ》に|来《き》てわが|神業《かむわざ》の|一端《ひとはし》を
|仕《つか》へむことの|嬉《うれ》しかりけり』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|寿《ほ》ぎ|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》|清《きよ》く|地《つち》|明《あき》らけくなり|出《い》づる
この|目出度《めでた》さを|如何《いか》に|称《たた》へむ
|真鶴《まなづる》の|国土生《くにう》みはなり|生代比女《いくよひめ》の
|神《かみ》は|国魂神《くにたまがみ》を|孕《はら》ます
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》は|〓怜《うまら》に|生《う》みをへて
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ますたふとさ
たまきはる|御子《みこ》の|生命《いのち》を|永久《とこしへ》に
|守《まも》ると|吾《われ》は|現《あらは》れにけり
|見《み》るからに|気高《けだか》くなりし|玉藻山《たまもやま》の
|常磐《ときは》の|松《まつ》は|色《いろ》まさりつつ
|玉野森《たまのもり》のあなたこなたに|湧《わ》き|出《い》でし
|泉《いづみ》は|残《のこ》らず|滝《たき》となりける
|万丈《ばんぢやう》の|高《たか》きゆ|落《お》つる|玉藻滝《たまもだき》の
|外《ほか》に|千条《ちすぢ》の|滝《たき》|現《あ》れにけり
|神々《かみがみ》は|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|謹《つつし》みて
|禊《みそぎ》なすらむ|千条《ちすぢ》の|滝《たき》に
|言霊《ことたま》の|幸《さちは》ひ|助《たす》くる|神世《かみよ》なり
|如何《いか》で|禊《みそぎ》を|怠《おこた》るべきかは
|朝夕《あさゆふ》に|心《こころ》|清《きよ》めて|禊《みそぎ》する
|神《かみ》の|常磐《ときは》の|生命《いのち》|守《まも》らむ
|主《ス》の|神《かみ》のよさしに|吾《われ》は|魂機張《たまきはる》
|生命《いのち》の|神《かみ》となり|出《い》でしはや
|久方《ひさかた》の|天《あめ》にも|地《つち》にも|神々《かみがみ》にも
|木草《きぐさ》にも|皆《みな》|生命《いのち》あれかし
わが|魂線《たま》を|総《すべ》てのものに|分配《まくば》りて
|永久《とは》の|生命《いのち》を|守《まも》らむと|思《おも》ふ
|八十日日《やそかひ》はあれども|今日《けふ》のいく|日《ひ》こそ
|真鶴国《まなづるくに》の|創始《はじめ》なりけり
|玉藻山《たまもやま》|尾《を》の|上《へ》に|立《た》ちてをちこちの
|国形見《くにがたみ》れば|湯気《ゆげ》|立《た》ちのぼるも
むらむらと|湯気《ゆげ》|立《た》ち|昇《のぼ》る|国原《くにはら》を
はらし|固《かた》めむ|水火《いき》の|生命《いのち》に』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|寿《ほ》ぎ|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|嬉《うれ》しさの|限《かぎ》りなるかも|玉藻山《たまもやま》
|天津御空《あまつみそら》にそそり|立《た》ちぬる
そそり|立《た》つ|玉藻《たまも》の|山《やま》にひかされて
|玉野湖水《たまのこすゐ》は|山《やま》となりけり
|天地《あめつち》に|例《ためし》も|知《し》らぬ|目出度《めでた》さを
|眺《なが》めて|嬉《うれ》し|涙《なみだ》にくるるも
|喜《よろこ》びの|満《み》ち|足《た》らひたる|神国《かみくに》に
|何《なに》を|歎《なげ》かむ|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》
|空《そら》|見《み》れば|嬉《うれ》したのもし|地《つち》|見《み》れば
わが|魂線《たましひ》はよみがへるなり
|愛善《あいぜん》のこの|神国《かみくに》に|喜《よろこ》びの
|魂線《みたま》|配《くば》りて|総《すべ》てを|生《い》かさむ
|天《あめ》も|地《つち》も|嬉《うれ》し|嬉《うれ》しの|神《かみ》の|国《くに》に
|生《うま》れし|神《かみ》の|幸《さち》をおもふも
|歎《なげ》かひの|心《こころ》|起《おこ》れば|主《ス》の|神《かみ》の
|生言霊《いくことたま》によりてはらはせよ
|歎《なげ》くべき|何物《なにもの》もなき|神国《かみくに》は
|嬉《うれ》し|嬉《うれ》しの|花《はな》ぞ|匂《にほ》へる
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|薫《かを》りにあこがれて
|神世《かみよ》をうたふも|迦陵頻伽《かりようびんが》は
|鳳凰《ほうわう》も|玉藻《たまも》の|山《やま》に|下《くだ》り|来《き》て
|世《よ》を|祝《しゆく》すべく|翼《つばさ》うつなり
|真鶴《まなづる》はこれの|神山《みやま》により|集《つど》ひ
|神世《みよ》をうたへる|声《こゑ》の|清《すが》しも
|神世《かみよ》よりかかる|目出度《めでた》きためしあるを
|吾《われ》は|嬉《うれ》しみ|待《ま》ちゐたりける
|喜《よろこ》びの|極《きは》みなるかな|真鶴《まなづる》の
|国《くに》の|栄《さか》えと|御子《みこ》|孕《はら》ませり
|何事《なにごと》も|喜《よろこ》び|勇《いさ》め|喜《よろこ》びの
|満《み》ち|足《た》らひたる|神国《みくに》なりせば
|天地《あめつち》の|真言《まこと》の|水火《いき》に|育《そだ》てられて
われは|生命《いのち》の|嬉《うれ》しさをおもふ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|尊《たふと》き|瑞御霊《みづみたま》
|潤《うるほ》ひに|生《い》くる|真鶴《まなづる》の|国《くに》よ
|月読《つきよみ》の|露《つゆ》の|雫《しづく》のしたたりて
|玉《たま》の|泉《いづみ》は|湧《わ》き|出《い》でにけむ
|玉泉《たまいづみ》|溢《あふ》れ|溢《あふ》れて|滝《たき》となり
この|国原《くにはら》を|清《きよ》めたまはむ
|天《あめ》も|地《つち》も|喜《よろこ》びに|満《み》つる|神《かみ》の|国《くに》
|常世《とこよ》にませとわが|祈《いの》るなり』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|寿《ほ》ぎ|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|言霊《ことたま》の|水火《いき》|幸《さちは》ひて|真鶴《まなづる》の
|国《くに》は|〓怜《うまら》に|生《うま》れましける
|国原《くにはら》に|味《あぢは》ひなくば|如何《いか》にせむ
|百《もも》の|木草《きぐさ》も|生《お》ひたつ|術《すべ》なし
|神々《かみがみ》の|心《こころ》に|味《あぢ》はひなかりせば
|貴《うづ》の|神業《かむわざ》|如何《いか》でなるべき
|美味素《うましもと》の|神《かみ》と|現《あらは》れ|天地《あめつち》の
|総《すべ》てのものの|味《あぢ》を|守《まも》らむ
|玉泉《たまいづみ》|湧《わ》きたつ|水《みづ》も|味《あぢ》なくば
すべての|生命《いのち》を|守《まも》る|術《すべ》なし
|主《ス》の|神《かみ》のよさしのままに|美味素《うましもと》
|神《かみ》は|永遠《ときは》にあぢはひ|守《まも》らむ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|濁《にご》れば|天地《あめつち》の
|味《あぢ》はひ|消《き》ゆるも|是非《ぜひ》なかるらむ
|言霊《ことたま》の|味《あぢ》はひありて|天地《あめつち》の
すべてのものは|生《い》き|栄《さか》ゆなり』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|寿《ほ》ぎ|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|厳《いづ》と|瑞《みづ》の|生言霊《いくことたま》を|結《むす》び|合《あは》せ
|玉藻《たまも》の|山《やま》は|固《かた》まりにけり
|厳《いづ》と|瑞《みづ》と|結《むす》び|合《あは》せの|水火《いき》をもて
|笑《ゑ》み|栄《さか》えゆかむ|真鶴《まなづる》の|国《くに》は
|山《やま》と|河《かは》を|結《むす》び|合《あは》せて|真清水《ましみづ》を
いや|永久《とこしへ》にわかせ|生《い》かさむ
|真清水《ましみづ》の|露《つゆ》の|味《あぢ》はひなかりせば
|百《もも》の|木《こ》の|実《み》もみのらざるべし
|吾《われ》は|今《いま》この|神国《かみくに》に|天降《あも》りして
|岐美《きみ》の|神業《みわざ》をたすけむと|思《おも》ふ
|玉野比女《たまのひめ》|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|御心《みこころ》の
|味《あぢ》|幸《さちは》ひて|国土《くに》は|栄《さか》ゆも
なりなりてなりの|果《は》てなき|言霊《ことたま》に
この|天地《あめつち》はめぐり|栄《さか》ゆく
|大空《おほぞら》に|轟《とどろ》き|渡《わた》りし|雷《いかづち》も
|音《おと》やはらぎて|御空《みそら》はれたり
|見渡《みわた》せば|目路《めぢ》の|限《かぎ》りは|真鶴《まなづる》の
つばさかがよふ|神《かみ》の|国《くに》はも
|白梅《しらうめ》は|玉藻《たまも》の|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》まで
|咲《さ》き|満《み》ちにつつ|辺《あた》りに|匂《にほ》へり
|白梅《しらうめ》の|清《きよ》き|薫《かを》りに|包《つつ》まれて
|国形《くにがた》を|見《み》る|今日《けふ》の|楽《たの》しさ』
|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|寿《ほ》ぎ|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|来《き》まさむよき|日《ひ》|待合《まちあは》せ
|今日《けふ》の|目出度《めでた》きよき|日《ひ》にあふも
|玉野丘《たまのをか》の|聖所《すがど》は|厳《いづ》の|言霊《ことたま》に
|雲井《くもゐ》の|空《そら》まで|飛《と》び|上《あが》りつる
|鳳凰《ほうわう》は|翼《つばさ》を|並《なら》べ|真鶴《まなづる》は
この|国土生《くにう》みを|寿《ことほ》ぎてなくも
|幾年《いくとせ》を|待合《まちあは》せたる|吾《われ》にして
|清《きよ》く|生《な》り|出《で》し|国形《くにがた》|見《み》るも
|月《つき》も|日《ひ》も|御空《みそら》に|高《たか》く|輝《かがや》きて
|玉藻《たまも》の|山《やま》をてらし|給《たま》へり
|今日《けふ》よりは|玉藻《たまも》の|滝《たき》に|禊《みそぎ》して
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神業《みわざ》を|守《まも》らむ』
かく|神々《かみがみ》は|真鶴《まなづる》の|国《くに》のいやひろに、いや|遠《とほ》に|膨《ふく》れ|上《あが》り|拡《ひろ》ごりしを|喜《よろこ》び|寿《ことほ》ぎ、|歌《うた》をうたひをへて、|頂上《ちやうじやう》なる|玉野大宮《たまのおほみや》に|感謝《ゐやひ》の|神言《かみごと》を|宣《の》らせ|給《たま》ひしぞ|目出度《めでた》けれ。
(昭和八・一一・三 旧九・一六 於水明閣 林弥生謹録)
第五章 |山上《さんじやう》の|祝辞《しゆくじ》〔一八九九〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》を|始《はじ》め、|百《もも》の|神等《かみたち》は|生言霊《いくことたま》の|功《いさを》によりて、|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|広《ひろ》き|国原《くにはら》|豊《ゆた》けく|膨《ふく》れ|上《あが》り、|玉野湖水《たまのこすゐ》の|底《そこ》ひまで|水《みづ》|乾《かわ》きて、|土地《とち》はいよいよ|高《たか》く|空《そら》に|伸《の》びたち、|横《よこ》に|拡《ひろ》ごり|膨《ふく》れ|膨《ふく》れて|果《はた》しなき|光景《くわうけい》を|目撃《もくげき》しながら、|喜《よろこ》びのあまり|玉野宮居《たまのみやゐ》の|聖所《すがど》に|立《た》たせ|給《たま》ひて、|各自《おのもおのも》|主《ス》の|大神《おほかみ》の|洪徳《こうとく》を|感謝《かんしや》しつつ、よろこびの|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|天降《あも》ります
|神《かみ》の|功《いさを》に|国土《くに》うまれたり
はしけやしこの|国原《くにはら》を|眺《なが》むれば
|目路《めぢ》の|限《かぎ》りは|湯気《ゆげ》|立《た》ちのぼる
もやもやと|湯気《ゆげ》|立《た》ち|昇《のぼ》り|国原《くにはら》は
かわき|固《かた》まり|栄《さか》えむとするも
わが|立《た》ちし|玉野《たまの》の|丘《をか》の|聖所《すがどころ》
|膨《ふく》れあがりて|高根《たかね》となりぬる
|高照《たかてる》の|山《やま》の|高《たき》きに|比《くら》ぶべき
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|稚々《わかわか》しもよ
|山《やま》|稚《わか》く|地《つち》|柔《やはら》かにありながら
|常磐《ときは》の|松《まつ》はみどりいやます
|白梅《しらうめ》の|花《はな》のかをりの|芳《かむば》しさは
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御旨《みむね》なるかも
|真鶴《まなづる》の|千歳《ちとせ》の|栄《さか》えを|寿《ことほ》ぐか
|九皐《きうかう》に|鳴《な》く|鶴《つる》の|音《ね》|清《すが》しも
|紫微《かみ》の|宮《みや》|立《た》ち|出《い》で|吾《われ》は|方々《かたがた》の
|宮《みや》に|侍《はべ》りて|細《くは》し|国土《くに》|生《う》みぬ
つぎつぎにわが|言霊《ことたま》は|清《きよ》まりて
うまし|神国《みくに》は|生《うま》れたりける
|国魂《くにたま》の|神《かみ》|生《う》む|神業《みわざ》|慎《つつし》みて
われは|来《き》つるもこれの|聖所《すがど》に
|宮柱太《みやはしらふと》しきたてて|永遠《とことは》に
|鎮《しづ》まりいます|主《ス》の|宮居《みやゐ》はも
|幾万劫《いくまんごふ》の|末《すゑ》の|神世《かみよ》のかためぞと
われ|雄健《をたけ》びの|禊《みそぎ》せしはや
|振魂《ふるたま》の|禊《みそぎ》|伊吹《いぶき》の|禊《みそぎ》まで
|我《われ》は|委曲《つばら》に|行《おこな》ひしはや
|雄詰《をころび》の|禊《みそぎ》の|神業《わざ》に|玉野丘《たまのをか》の
|霊《みたま》は|笑《ゑ》みて|山《やま》となりぬる
|鳥船《とりふね》の|禊《みそぎ》|畏《かしこ》み|玉泉《たまいづみ》に
わが|言霊《ことたま》を|甦《よみがへ》らせり
|玉泉《たまいづみ》|万丈《ばんぢやう》の|滝《たき》と|落《お》ちたぎつ
|四方《よも》に|響《ひび》かふ|言霊《ことたま》さやけし
|言霊《ことたま》の|天照《あまて》り|助《たす》け|幸《さちは》へる
|国土《くに》となりけり|稚《わか》き|真鶴《まなづる》は
|地《つち》|稚《わか》き|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|言霊《ことたま》の
|伊吹《いぶき》と|禊《みそぎ》にひろごりにける
|有難《ありがた》し|尊《たふと》し|天之峰火夫《あまのみねひを》の
|神《かみ》の|功《いさを》に|国土《くに》|造《つく》りをへぬ
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》の|主《ス》の|神《かみ》は
|天降《あまくだ》りまして|我《あ》を|救《すく》ひませり
|瑞御霊《みづみたま》|如何《いか》に|言霊《ことたま》|清《きよ》くとも
いかでなるべき|此《この》|国原《くにはら》は
|主《ス》の|神《かみ》の|清《きよ》き|御稜威《みいづ》を|蒙《かかぶ》りて
|我《われ》は|正《まさ》しく|国土《くに》を|生《う》めりき
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|正《まさ》しく|厳御霊《いづみたま》
|天之道立神《あめのみちたつかみ》におはせしか
|厳《いづ》と|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》の|水火《いき》|合《あ》はざれば
この|美国《うましくに》は|生《な》り|出《い》でざるべし
|久方《ひさかた》の|天之道立神《あめのみちたつかみ》の|功《いさを》
|隈《くま》なく|悟《さと》りし|今日《けふ》ぞ|嬉《うれ》しき
|千万里《せんまんり》|駒《こま》に|跨《またが》り|玉野森《たまのもり》に
|進《すす》みて|永久《とは》の|国土《くに》を|生《う》みしよ
|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|〓怜《うまら》に|生《あ》れましぬ
いざ|国魂《くにたま》の|神《かみ》よ|出《い》でませ』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》の|主《ス》の|神《かみ》の
|神言《みこと》のままにわれは|天降《あも》りつ
|瑞御霊《みづみたま》|国土生《くにう》みの|神業《わざ》|助《たす》けよと
|神言《みこと》かしこみ|吾《われ》は|来《き》つるも
|紫微天界《たかあまはら》|開《ひら》けし|昔《むかし》ゆかくの|如《ごと》
|目出度《めでた》き|例《ためし》はわれ|聞《き》かざりき
|千代《ちよ》|八千代《やちよ》|万代《よろづよ》までも|栄《さか》えかし
|常磐樹《ときはぎ》しげる|真鶴《まなづる》の|国《くに》は
|瑞御霊《みづみたま》|来《き》まさむ|先《さき》に|主《ス》の|神《かみ》の
|神言《みこと》のままに|待《ま》ち|居《ゐ》たるかも
|目路《めぢ》はるか|遠《とほ》の|国原《くにはら》|見渡《みわた》せば
|瑞光《ずゐくわう》|輝《かがや》き|紫雲《しうん》たなびくも
|紫《むらさき》の|雲《くも》のとばりを|押《お》し|分《わ》けて
|天津日《あまつひ》の|神《かみ》かがやき|給《たま》ひぬ
|昼月《ひるづき》のかげはさやかに|大空《おほぞら》に
かかりて|今日《けふ》の|喜《よろこ》び|寿《ほ》ぎませり
|天地《あめつち》も|揺《ゆ》り|動《うご》きつつ|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》は|常磐《ときは》に|固《かた》められける
アオウエイの|生言霊《いくことたま》の|生《う》みませる
|伊吹《いぶき》の|風《かぜ》の|音《おと》の|強《つよ》しも
サソスセシ|生言霊《いくことたま》の|御稜威《みいづ》より
|恵《めぐみ》の|雨《あめ》は|降《ふ》りしきりたり
パポプペピ|生言霊《いくことたま》は|雷《いかづち》と
なりて|天地《あめつち》に|響《ひび》き|渡《わた》れり
|雷《いかづち》の|厳《いづ》の|雄健《をたけ》び|雄詰《をころび》に
|四方《よも》の|醜雲《しこぐも》|散《ち》り|失《う》せにける
|東《ひがし》より|西《にし》に|閃《ひら》めく|稲妻《いなづま》の
いとはやばやと|国土《くに》は|生《うま》れし
|見《み》の|限《かぎ》り|葭《よし》と|葦《あし》との|茂《しげ》りたる
|国土《くに》は|忽《たちま》ち|稲田《いなだ》となれかし
|八束穂《やつかほ》の|稲種《いなだね》|普《あまね》く|蒔《ま》き|足《た》らはして
|神《かみ》のいのちを|永久《とは》につながむ
|樛《つが》の|木《き》のいやつぎつぎに|国土生《くにう》みの
|神業《わざ》を|仕《つか》へて|神国《みくに》を|守《も》らせむ』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
われ|玉野森《たまのもり》に|気永《けなが》く|仕《つか》へし
|朝夕《あさゆふ》に|生言霊《いくことたま》は|宣《の》りつれど
かかる|例《ためし》はあらざりにけり
|二柱《ふたはしら》|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|降《くだ》りまし
|厳《いづ》と|瑞《みづ》とに|国土《くに》は|生《あ》れけり
|厳御霊《いづみたま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|水火《いき》|合《あは》せ
|生《う》ませる|国土《くに》の|清《すが》しくもあるか
|今日《けふ》よりは|真心《まごころ》の|限《かぎ》りを|主《ス》の|神《かみ》に
|捧《ささ》げまつりて|国土《くに》|造《つく》らむかも
|水《みづ》|清《きよ》き|玉《たま》の|泉《いづみ》に|朝夕《あさゆふ》を
|禊《みそぎ》のわざに|仕《つか》へ|来《こ》しはや
|朝夕《あさゆふ》に|洗《あら》へど|濯《そそ》げどわが|魂《たま》の
|時《とき》じく|曇《くも》るを|恥《は》づかしく|思《おも》ふ
|一日《ひとひ》だも|禊《みそぎ》のわざをつとめずば
ただちに|曇《くも》る|霊魂《みたま》なりけり
|時《とき》じくの|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》の|主《ス》の|霊《たま》ゆ
|生《うま》れし|吾《われ》もにごるをりをり
|大神《おほかみ》の|生言霊《いくことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|天津祝詞《あまつのりと》の|功《いさを》たふとし
|大前《おほまへ》に|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|太祝詞《ふとのりと》
|白《まを》せば|清《すが》しわが|玉《たま》の|緒《を》は
|幾年《いくとせ》もこの|神国《かみくに》に|生《い》き|生《い》きて
はてなき|神業《みわざ》に|仕《つか》へまつらむ
|足引《あしびき》の|山《やま》はあちこちに|生《あ》れ|出《い》でぬ
|地《つち》を|固《かた》むる|神《かみ》の|経綸《しぐみ》に
あらがねの|地《つち》は|総《すべ》てのものの|生命《いのち》
|永久《とは》に|生《う》ませる|御手代《みてしろ》なるも
|見渡《みわた》せば|紫《むらさき》の|雲《くも》たなびきて
|神世《かみよ》の|栄《さか》えを|彩《いろど》りにけり』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|山《やま》に|生《うま》れてわれは|今《いま》
これの|聖所《すがど》に|岐美《きみ》と|立《た》つかも
|惟神《かむながら》|俄《にはか》に|恋《こひ》しくなりしより
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|水火《いき》|合《あは》せけり
|水火《いき》と|水火《いき》|合《あは》せて|御子《みこ》を|孕《はら》めども
|怪《け》しき|心《こころ》はつゆだに|持《も》たず
|一柱《ひとはしら》|御子《みこ》|生《あ》れませしあかつきは
|真鶴山《まなづるやま》に|一人《ひとり》|住《す》むべし
|国中比古《くになかひこ》|神《かみ》の|神業《みわざ》を|朝夕《あさゆふ》に
|助《たす》けまつりて|神国《みくに》を|開《ひら》かむ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御尾前《みをさき》|近《ちか》く|仕《つか》へ
この|喜《よろこ》びにあひにけらしな
|南《みんなみ》の|国《くに》を|知《し》らせとのたまひし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|言葉《ことば》かしこし
|真鶴《まなづる》の|国《くに》|生《な》り|出《い》でし|今日《けふ》よりは
|御子《みこ》を|助《たす》けて|永久《とは》に|仕《つか》へむ
|玉野比女《たまのひめ》の|心《こころ》つくしの|功績《いさをし》を
|今《いま》|目《ま》のあたり|見《み》るぞかしこき
|生代比女《いくよひめ》の|御腹《みはら》にいます|貴御子《うづみこ》の
|国魂神《くにたまがみ》とならすたふとさ
|真鶴山《まなづるやま》|玉藻《たまも》の|山《やま》の|神社《かむなび》に
|天《あま》かけりつつ|仕《つか》へまつらむ
|天《あま》|翔《かけ》り|地《くに》|駆《かけ》りつつ|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》の|栄《さか》えを|永久《とは》に|守《まも》らな
|天界《てんかい》は|愛善《あいぜん》の|国土《くに》よろこびに
|満《み》てる|神国《みくに》と|漸《やうや》く|悟《さと》りぬ
|曇《くも》りたるわが|魂線《たましひ》は|愛善《あいぜん》の
|国《くに》の|光《ひかり》をおぼろげに|見《み》し
おぼろげにわが|見《み》し|紫微《しび》の|天界《てんかい》は
いよいよ|明《あか》くきよく|見《み》えたり』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉野湖《たまのうみ》の|百《もも》のなやみを|乗《の》り|越《こ》えて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|国土《くに》|生《う》ましませり
|一時《ひととき》は|如何《いか》になるかと|危《あや》ぶみし
|心《こころ》づかひも|夢《ゆめ》となりける
かくのごと|深《ふか》き|経綸《しぐみ》のあらむとは
|圓屋比古《まるやひこ》われさとらざりける
|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》とひとしき|高山《たかやま》の
|尾《を》の|上《へ》に|立《た》ちて|見《み》る|国土《くに》さやけし
|玉藻山《たまもやま》|千条《ちすぢ》の|滝《たき》のしろじろと
|落《お》ちたぎちつつ|言霊《ことたま》|響《ひび》くも
|玉藻山《たまもやま》|滝《たき》の|水音《みなおと》|響《ひび》かひて
|曲神《まがかみ》たちは|眼《まなこ》|醒《さ》まさむ
|五日目《いつかめ》に|風《かぜ》は|吹《ふ》けかし|十日目《とをかめ》に
めぐみの|雨《あめ》は|降《ふ》れかし|神国《みくに》に
|雨《あめ》も|風《かぜ》も|神国《みくに》の|栄《さか》ゆる|基《もとゐ》ぞと
|思《おも》へば|尊《たふと》し|科戸辺《しなどべ》|水分《みくまり》の|神《かみ》』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|雲井《くもゐ》に|高《たか》く|聳《そび》えたる
|玉藻《たまも》の|山《やま》は|紫微《かみ》の|宮《みや》はも
|玉藻山《たまもやま》|尾《を》の|上《へ》に|建《た》ちし|大宮《おほみや》は
|紫微《かみ》の|宮居《みやゐ》に|等《ひと》しかるらむ
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りますなる|大宮《おほみや》は
|雲井《くもゐ》の|上《うへ》にそそりたつかも
|玉野丘《たまのをか》は|次第々々《しだいしだい》に|高《たか》まりて
|今《いま》は|雲井《くもゐ》の|上《うへ》に|立《た》たせり
|目《め》の|下《した》に|湧《わ》き|立《た》つ|八重雲《やへくも》いとほして
|下界《げかい》に|天津日《あまつひ》かげはさせり
|玉藻山《たまもやま》|尾《を》の|上《へ》に|仰《あふ》ぐ|月《つき》かげは
|一入《ひとしほ》さやけく|思《おも》はるるかな
|吾《わが》|駒《こま》はいかがなしけむ|森《もり》の|外《と》の
|並木《なみき》に|永久《とは》に|繋《つな》ぎ|置《お》きしを
|言霊《ことたま》の|水火《いき》に|生《あ》れます|白駒《しらこま》の
|行方《ゆくへ》|思《おも》ひて|安《やす》からぬかも』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》もあれ、|玉野森《たまのもり》の|外廊《ぐわいくわく》|遠《とほ》く|繋《つな》ぎ|置《お》きたる|駒《こま》は、|玉藻山《たまもやま》の|膨脹《ばうちやう》とともに|大地《だいち》|膨《ふく》れあがり、|山《やま》の|七合目《しちがふめ》あたりに|清《きよ》く|嘶《いなな》き|居《ゐ》たりしが、|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》に|感《かん》じけむ、|蹄《ひづめ》の|音《おと》もかつかつと、|山《やま》の|傾斜面《なぞへ》を|真白《ましろ》に|染《そ》めて、|単縦陣《たんじうぢん》をつくり、|神々《かみがみ》の|前《まへ》に|駆《か》けのぼり|来《き》つ、|新《あたら》しき|神国《みくに》を|祝《しゆく》する|如《ごと》く、|声《こゑ》もさはやかに|嘶《いなな》きける。
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『めづらしもわが|言霊《ことたま》の|澄《す》みぬるか
|言下《げんか》に|駒《こま》はあらはれにけり
|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》き|清《すが》し|新《あたら》しき
|国土《くに》の|生《うま》れを|寿《ことほ》げるにや
|主《ス》の|神《かみ》の|七十五声《ななそまりいつつ》のみいきより
|生《うま》れし|駒《こま》ぞたふとかりける』
(昭和八・一一・三 旧九・一六 於水明閣 白石恵子謹録)
第六章 |白駒《しらこま》の|嘶《いななき》〔一九〇〇〕
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》に|感《かん》じて|集《あつま》り|来《きた》れる|駿馬《はやこま》は、あたりを|真白《ましろ》に|染《そ》めながら、|列《れつ》を|正《ただ》し|玉藻山《たまもやま》の|尾《を》の|上《へ》の|広所《ひろど》に|月《つき》の|輪《わ》をつくりて、|真鶴《まなづる》の|国土《くに》の|生《な》り|出《い》でし|瑞祥《ずゐしやう》を|祝《いは》ふものの|如《ごと》く、|嘶《いなな》き|廻《めぐ》ること|一時《ひととき》に|及《およ》べり。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこの|態《さま》をみそなはして、|喜《よろこ》びの|余《あま》り|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|国《くに》|始《はじ》まりぬ|駿馬《はやこま》は
これの|斎庭《ゆには》に|輪《わ》をつくり|躍《をど》るも
ハホフヘヒ|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りながら
あはれ|駿馬《はやこま》|聖所《すがど》に|舞《ま》ふも
ハホフヘヒの|嘶《いなな》き|清《きよ》く|玉藻山《たまもやま》の
|百谿千谷《ももたにちだに》に|響《ひび》きわたらふ
|鬣《たてがみ》を|勇《いさ》ましくふり|尾《を》をふりて
|駒《こま》はいさみぬ|今日《けふ》のよき|日《ひ》に』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》き|高《たか》くなり|出《い》でて
|四方《よも》にひびかふ|真鶴《まなづる》の|国《くに》
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|前途《ゆくて》を|寿《ことほ》ぎて
のぼり|来《き》にけむあはれ|駿馬《はやこま》
|神々《かみがみ》を|送《おく》り|助《たす》けて|駿馬《はやこま》は
この|喜《よろこ》びに|集《つど》ひぬるかも』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駿馬《はやこま》は|玉藻《たまも》の|山《やま》の|頂上《いただき》に
のぼりて|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》るも
ハホフヘヒの|生言霊《いくことたま》ゆ|生《うま》れたる
|駒《こま》のいななき|清《きよ》くもあるかな』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|国《くに》のはじめと|駿馬《はやこま》は
のぼり|来《き》にけむ|神《かみ》のまにまに
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|功《いさを》に|感《かん》じけむ
|駒《こま》のいななき|冴《さ》え|渡《わた》りつつ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|乗《の》りし|駒《こま》も|交《まじ》りて|玉藻山《たまもやま》の
これの|尾《を》の|上《へ》に|言霊《ことたま》|宣《の》るも
|荒河《あらかは》を|渡《わた》り|大野《おほの》を|遠《とほ》く|越《こ》えて
われを|助《たす》けし|駿馬《はやこま》あはれ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉藻山《たまもやま》|清《きよ》く|冴《さ》えつつ|常磐樹《ときはぎ》の
|樹下《こした》をかざる|白《しろ》き|駒《こま》はや
|天界《てんかい》の|塵《ちり》にそまらぬ|白駒《しらこま》の
|毛《け》の|艶《つや》ことに|美《うるは》しきかも』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駿馬《はやこま》も|国土《くに》の|創始《はじめ》を|嬉《うれ》しみて
のぼり|来《き》にけむこれの|聖所《すがど》に
|神々《かみがみ》も|勇《いさ》み|給《たま》へば|駿馬《はやこま》も
|勇《いさ》みて|嘶《いなな》く|声《こゑ》のさやけき』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉藻山《たまもやま》の|御橋《みはし》なけれど|駿馬《はやこま》は
|生言霊《いくことたま》にのぼり|来《き》つるも
|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》を|助《たす》くる|駿馬《はやこま》の
|嘶《いなな》き|聞《き》けば|神《かみ》の|声《こゑ》あり』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天界《てんかい》に|生《い》けることごと|言霊《ことたま》の
|幸《さち》にしあれば|尊《たふと》かりけり
|月《つき》の|輪《わ》をつくりて|駒《こま》は|勇《いさ》ましく
|躍《をど》りまはるも|嘶《いなな》きつづくも』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》あるものことごとく
|国土《くに》の|創始《はじめ》を|喜《よろこ》ばぬはなし
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|栄《さか》えを|寿《ことほ》ぎつ
|駒《こま》は|勇《いさ》むか|嘶《いなな》き|高《たか》し
|見渡《みわた》せば|遠《とほ》の|御空《みそら》に|紫《むらさき》の
|雲《くも》たなびきて|風《かぜ》|澄《す》みきらふ
|山《やま》も|野《の》も|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
|甦《よみがへ》りたる|今日《けふ》ぞ|目出度《めでた》き
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》り|給《たま》ひて|助《たす》けます
この|国原《くにはら》はとこよにもがも
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》のみどりの|玉露《たまつゆ》を
|照《て》らして|月《つき》は|澄《す》みきらひたり』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神《かみ》と|駒《こま》と|結《むす》び|合《あは》せて|道《みち》を|行《ゆ》く
|隈手《くまで》にさやる|醜神《しこがみ》もなし
|醜神《しこがみ》はよし|忍《しの》ぶとも|駿馬《はやこま》の
|蹄《ひづめ》に|蹴散《けち》らし|安《やす》く|進《すす》まむ
|駿馬《はやこま》の|功《いさを》は|高《たか》し|玉藻山《たまもやま》の
|尾《を》の|上《へ》にのぼりて|神世《みよ》を|寿《ことほ》ぐ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|見渡《みわた》せば|真鶴《まなづる》の|国《くに》はうまし|国《くに》
|元津御国《もとつみくに》よ|神《かみ》の|食《を》す|国《くに》よ
|月《つき》も|日《ひ》も|清《きよ》くかがよふ|真鶴《まなづる》の
|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》に|国見《くにみ》するかも
|玉藻山《たまもやま》|尾《を》の|上《へ》の|清《きよ》き|神社《かむなび》に
|祈《いの》るも|清《すが》し|国《くに》の|栄《さか》えを
|駿馬《はやこま》と|共《とも》に|斎庭《ゆには》にひざまづき
|神世《みよ》の|栄《さか》えを|祈《いの》りこそすれ』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|三度《みたび》|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あま》の|原《はら》ふりさけ|見《み》れば|月《つき》も|日《ひ》も
|光《ひかり》のかぎりを|光《ひか》りけるかも
|大空《おほぞら》の|雲《くも》のあなたに|澄《す》みきらふ
|月《つき》こそ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》なるらむ
|天津日《あまつひ》の|輝《かがや》き|給《たま》ふ|功績《いさをし》は
|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|光《ひかり》なりけり』
|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》かしこき|玉野比女《たまのひめ》の
|今日《けふ》のよろこび|何《なに》にたとへむ
|玉野比女《たまのひめ》の|喜《よろこ》び|給《たま》ふ|顔《かんばせ》を
|伏《ふ》し|拝《をが》みつつわれも|栄《さか》ゆる
|真鶴《まなづる》の|国《くに》はつばらに|生《な》り|出《い》でぬ
|待《ま》ちに|待《ま》ちたる|今日《けふ》の|嬉《うれ》しさ
|迦陵頻伽《からびんが》|梅《うめ》の|梢《こずゑ》に|春《はる》うたふ
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|風《かぜ》の|清《すが》しも
いかづちの|轟《とどろ》き|止《や》みて|稲妻《いなづま》は
|御空《みそら》の|奥《おく》にかくろひにけり
|常磐樹《ときはぎ》の|梢《こずゑ》をもみし|荒風《あらかぜ》も
とまりて|静《しづ》けき|玉藻山《たまもやま》はも
|降《ふ》りしきる|雨《あめ》はあとなく|霽《は》れにつつ
|御空《みそら》の|月《つき》はかがやき|給《たま》へり
|非時《ときじく》に|鳴《な》り|轟《とどろ》きしあらがねの
|地《つち》のさゆれもひたと|止《とま》りぬ
かくの|如《ごと》|静《しづ》まりかへりし|真鶴《まなづる》の
|国《くに》の|栄《さかえ》は|極《きは》みなからむ
|白梅《しらうめ》の|梢《こずゑ》にうたふ|鶯《うぐひす》の
|啼《な》く|音《ね》|清《すが》しも|春心地《はるごこち》して
|百木々《ももきぎ》の|緑《みどり》|萠《も》え|立《た》つ|春《はる》の|山《やま》に
|匂《にほ》ふも|清《すが》し|白梅《しらうめ》の|花《はな》
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《あ》れし|白梅《しらうめ》の
|花《はな》のかをりのしるくもあるかな
|駿馬《はやこま》は|国《くに》の|創始《はじめ》を|寿《ことほ》ぐか
そのいななきも|一入《ひとしほ》|清《すが》し
|玉泉《たまいづみ》|清《きよ》くあふれて|滝《たき》となり
この|国原《くにはら》をうるほしひたさむ
|玉泉《たまいづみ》あふれて|千条《ちすぢ》の|滝《たき》となり
|玉藻《たまも》の|山《やま》に|襷《たすき》かくるも
|高照《たかてる》の|山《やま》にひとしく|聳《そび》えたる
|玉藻《たまも》の|山《やま》は|稚《わか》くあたらし
|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|十字《じふじ》にふみなして
いやかたらかに|造《つく》り|固《かた》めむ
アオウエイ|神《かみ》の|御声《みこゑ》に|国原《くにはら》は
|栄《さか》え|栄《さか》えて|果《はて》なく|美《うるは》し
カコクケキ|厳《いづ》の|言霊《ことたま》かがやきて
この|国原《くにはら》をかたらに|照《て》らふ
|百木々《ももきぎ》の|梢《こずゑ》の|露《つゆ》に|久方《ひさかた》の
|御空《みそら》の|月《つき》は|宿《やど》らせ|給《たま》へり
|夜《よる》もなく|昼《ひる》なきこれの|国原《くにはら》に
|月日《つきひ》は|一度《いちど》にかがやき|給《たま》ふ
|或《ある》は|盈《み》ち|或《ある》いは|虧《か》くる|月《つき》ながら
|今日《けふ》の|姿《すがた》はまろかりにけり
まるまると|御空《みそら》に|輝《かがや》く|月舟《つきぶね》の
|渡《わた》らふ|雲井《くもゐ》ははろけかりけり』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》に|祝《ほ》ぎ|歌《うた》をうたひ|給《たま》ひ、|再《ふたた》び|玉野宮居《たまのみやゐ》の|聖所《すがど》に|威儀《ゐぎ》を|正《ただ》して|進《すす》ませ|給《たま》ひ、|茲《ここ》に|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《しんげふ》|成就《じやうじゆ》を、|生言霊《いくことたま》の|声《こゑ》も|清《すが》しく|祈《いの》らせ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一一・三 旧九・一六 於水明閣 内崎照代謹録)
第二篇 |国魂出現《くにたましゆつげん》
第七章 |瑞《みづ》の|言霊《ことたま》〔一九〇一〕
|爰《ここ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|大前《おほまへ》に|跪座《きざ》して、|国土生《くにう》み|御子産《みこう》みの|神業《みわざ》|成《な》りたれば、|万神人《よろづしんじん》の|為《ため》に|生言霊《いくことたま》の|太祝詞《ふとのりと》を|奏上《そうじやう》し、|天界《てんかい》|永遠《えいゑん》の|無事《ぶじ》を|祈《いの》らせ|給《たま》ひぬ。
『|謹《つつし》み|畏《かしこ》み|敬《ゐやま》ひも|白《まを》さく、|高天原《たかあまはら》の|紫微宮《かみのみや》に|大坐《おほま》します|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》、|高鉾《たかほこ》の|神《かみ》、|神鉾《かむほこ》の|神《かみ》を|始《はじ》め|奉《まつ》り、|天津神《あまつかみ》|国津神《くにつかみ》|八百万《やほよろづ》の|神等《かみたち》の|御前《みまへ》に|白《まを》さく。|此《かく》|産霊《むすび》に|成《な》れる|神々《かみがみ》は、|其《その》|身体《まし》の|大本源《おほもと》なる|大御須麻留《おほみすまる》の|上《うへ》|無《な》き|産霊《むすび》に|依《よ》りて|産霊《むすび》の|極《きは》み|極《きは》み|尽《つく》し、|産霊《むすび》の|限《かぎ》り|限《かぎ》り|尽《つく》して、|此《かく》も|霊妙《くすし》く|此《かく》も|霊端《ひづら》に|産霊《むすび》|成《な》れる|身《み》にしあれば、そが|地水火風空《あめつち》|円《まろ》く|備《そな》はり、|秋田《あきた》の|刈穂《かりほ》|仮初《かりそめ》にも|競争《あらそ》ふ|事《こと》なく、|些少群竹《いささむら》|聊《いささか》も|一方《ひとへ》に|片寄《かたよ》る|事《こと》の|無《な》ければ、|深山《みやま》の|葛《かづら》|懸《かか》り|止《とどま》る|事《こと》|無《な》く、おどみにおどみ|滞《とどこほ》ることなくして、|身魂《みたま》|永久《とこしへ》に|白玉《しらたま》なす|伊澄《いす》み|渡《わた》り、|赤玉《あかたま》なす|赫《て》らひ|照《て》らひて、|此《この》|一《ひとつ》の|身《み》|大御須麻留《おほみすまる》が|中《うち》に|充塞《ふたが》り|塞《ふさが》り|満《みち》て、|大御須麻留《おほみすまる》の|極《きは》み|別《わか》らざる|所《ところ》しなければ、|殊《こと》に|底《いた》る|事《こと》なく、|高天原《たかあまはら》の|限《かぎ》り|我身《わがみ》の|在《あ》らざる|所《ところ》なく、|更《さら》に|此《この》|身《み》に|有《あ》らざる|処《ところ》なし。|更《さら》に|此《この》|身《み》を|吾身《わがみ》と|限《かぎ》る|思《おも》ひ|無《な》し。|此故《これのゆゑ》に|久方《ひさかた》の|天《あめ》は|我身体《わがみ》の|中《うち》に|伊澄《いす》み|渡《わた》り、|荒金《あらがね》の|地《つち》は|我身体《わがみ》の|中《うち》に|堅身《かたみ》|同身《やはみ》を|顕《あら》はして|動《うご》く|事《こと》なく|揺《ゆる》ぐ|事《こと》なく、|天《あめ》に|照《て》る|日《ひ》も|心《こころ》の|内《うち》より|六合《よもやも》に|伊照《いて》り|貫通《とほ》り、|世《よ》の|中《なか》を|照《て》らし|明《あきら》めて|落《お》つる|隈《くま》なく、|大和田《おほわだ》の|潮水《しほ》も|我身《わがみ》の|内《うち》に|底《そこ》を|深《ふか》めて|潮《うしほ》を|六合《よもやも》に|廻《めぐ》らし、|風《かぜ》の|共《むた》|白浪《しらなみ》を|立《た》て|起《おこ》して|嶋《しま》の|崎々《さきざき》|伊《い》せき|廻《めぐ》る。|故《か》れ|羽叩《はばた》きも|心《こころ》を|起《おこ》せば、その|心《こころ》|即《やが》て|神《かみ》と|顕《あら》はれ、|僅少《すこし》にても|身《み》|活用《はたら》けば、|立所《たちどころ》に|森羅万象《ちよろづのもの》の|妙体《かたち》を|現《あらは》し、|八百万《やほよろづ》|千万《ちよろづ》|諸《もろもろ》の|神《かみ》、|一《ひと》つも|心《こころ》の|内《うち》に|現《あら》はれずと|言《い》ふ|事《こと》なし。|此故《これのゆゑ》に|一《ひと》つの|心《こころ》に|思《おも》ふ|所《ところ》、|直《ただ》に|億兆《やほよろづ》|無量《ちよろづ》の|神《かみ》の|心《こころ》となりて、|無量無辺《かずのかぎり》の|御子《みこ》の|為《ため》となり、|無量無辺《かずのかぎり》の|神《かみ》の|心《こころ》は|亦《また》|立返《たちかへ》りて|我為《わがため》となる。|一《ひと》つの|身《み》|動《うご》く|所《ところ》、|億兆《やほよろづ》の|神《かみ》の|行《おこなひ》となりてその|幸《さちは》ひを|得《え》、|億兆《やほよろづ》の|人《ひと》の|行《おこな》ひ|我身《わがみ》に|帰《かへ》りて|亦《また》その|幸《さちは》ひを|受《う》く、|微塵程《ちりほど》も|吾為《わがため》に|心《こころ》を|移《うつ》す|事《こと》なく、|且《しばら》くも|身《み》の|為《ため》に|行《おこな》ひ|為《な》す|事《こと》なし。|此故《これのゆゑ》に|天津神《あまつかみ》|国津神《くにつかみ》|八百万《やほよろづ》|千万《ちよろづ》の|神《かみ》、|大《おほ》き|小《ちひ》さき|神《かみ》てふ|神《かみ》の|悉々《ことごと》、|樫《かし》の|実《み》の|唯《ただ》|一柱《ひとはしら》も|碗《もひ》の|水《みづ》の|漏《も》るる|神《かみ》なし。|空《そら》|飛《と》ぶ|塵《ちり》の|半分《なから》も|天津水《あまつみづ》|影遺《かげのこ》る|神《かみ》なく、|現身《うつそみ》を|顕《あら》はし|荒魂《あらみたま》|和魂《にぎみたま》を|幸《さちは》へ、|常《つね》に|来《きた》りて|藤葛《ふぢかづら》の|木《き》を|纒《まと》ふが|如《ごと》く、|目蓋《まぶた》の|目《め》を|守《まも》るが|如《ごと》く、|茜刺《あかねさ》す|昼《ひる》の|守《まも》り|烏羽玉《うばたま》の|夜《よ》の|護《まも》りと、|弥守《いやまも》りに|護《まも》り|弥幸《いやさちは》ひに|福《さちは》ひ、|其《そ》が|神《かみ》の|御名《みな》のまにまに、そが|神《かみ》の|道《みち》の|任々《まけまけ》、|久方《ひさかた》の|空《そら》に|天《あま》|〓翔《かけ》り、|荒金《あらがね》の|地《つち》に|入《い》り、|海中《わだなか》に|潜《かづ》き|入《い》り|潜《かづ》き|出《いで》て、|愛《うつく》しみ|玉《たま》ひ、|憐《あはれ》み|玉《たま》ひ、|扶《たす》け|玉《たま》ひ、|幸《さちは》ひ|玉《たま》ひ、|恵《めぐ》み|玉《たま》ひ、|福《さちは》ひ|玉《たま》へば、|真心《まごころ》に|思《おも》ふ|所《ところ》、|立所《たちどころ》に|成《な》り、|正身《まさみ》に|行《おこな》へば|直《ただ》ちに|成《な》る。|是故《これゆゑ》に|百千万《ももちよろづ》の|願《ねが》ひ、|億兆《やほよろづ》の|祈《いの》り|事《ごと》|一《ひと》つも|成《な》らずと|言《い》ふ|事《こと》なく、|億兆《やほよろづ》の|業《わざ》|微塵程《ちりほど》も|遂《と》げずと|言《い》ふ|事《こと》なし、|無《む》に|形体《かたち》を|顕《あら》はせるものは、|神《かみ》を|始《はじ》め|人《ひと》の|身《み》、|獣類《けもの》、|禽鳥《とり》、|魚介《うろくづ》、|昆虫《はふむし》、|木草《きぐさ》の|螻虫《うじむし》、|萱草《かやくさ》の|片葉《かきは》に|至《いた》る|迄《まで》、|其《その》|現身《うつそみ》の|世《よ》に|産霊《むすび》て、|形体《かたち》なせる|物《もの》てふ|物《もの》は|一《ひと》つだも|遺《おつ》る|物《もの》なく、|飛《と》ぶ|塵《ちり》の|塵《ちり》の|半分《なから》も|欠《か》くる|物《もの》なく、|夜《よ》の|仕《つか》へ|昼《ひる》の|仕《つか》へに|来《き》たり|仕《つか》へ、|朝《あした》の|活用《はたらき》|夕《ゆふべ》の|活用《はたらき》に|来《き》たり|活用《はたら》けば、|且《しばら》くも|身《み》に|乏《とぼ》しき|事《こと》なく、|身《み》に|残《のこ》るも|煩《わづら》ふ|事《こと》なし。|故《か》れ|此故《これのゆゑ》に|其《そ》が|名《な》を|自《おのづか》ら|神人《ひと》となむ|言《い》ふなる。|折々《をりをり》の|諸《もも》の|煩《わづら》ひ|病苦《いたづき》の|悲《かな》しみの|如《ごと》き|災《わざはひ》は、|禽獣《とりけもの》|虫魚等《はふむしうろくづら》が|道《みち》の|内《うち》に|備《そな》はれる|事《こと》|方《まさ》にして、|貴《たふと》き|霊《くし》き|神人《ひと》の|道《みち》には|更《さら》に|更《さら》にその|影《かげ》だにも|有《あ》る|事《こと》なきものを、|紫微天界《たかあまはら》の|神人《ひと》の|病《や》み|悶《もだ》へ|苦《くる》しみ|悩《なや》む|事《こと》あるは、|禽獣《とりけもの》|虫魚《はふむしうろくづ》に|均《ひと》しき|道《みち》を|行《ゆ》きて|神人《ひと》の|道《みち》を|失《うしな》へるより、|諸《もも》の|災難《わざはひ》|五月蠅《さばへ》|如《な》す|皆《みな》|湧《わ》き|起《おこ》るになむある。|抑《そもそ》も|爰《ここ》に|水《みづ》|腐《くさ》り|果《は》つれば|昆虫《はふむし》|湧《わ》き、|木《こ》の|葉《は》|茂《しげ》れば|自《おのづか》ら|鳥《とり》|集《あつま》り|来《き》たる。|如此《かく》て|其《そ》が|穢《きたな》き|道《みち》を|歩《あゆ》みぬれば、|遂《つひ》に|其《そ》が|獣鳥《けものとり》|虫魚《はふむしうろくづ》の|身《み》としも|成果《なりは》てて、|永《なが》く|獣鳥《けものとり》|虫魚《はふむしうろくづ》と|成《な》らむ。|畏《かしこ》きかもよ、|比類《たぐひ》なき|貴《たふと》き|霊《く》しき|神人《ひと》の|身《み》を|産霊《むすび》|得《え》ながら、おどみの|水《みづ》のおどみ|帰《かへ》りて、|卑《いや》しき|身魂《みたま》と|成《な》らむ|神理《ことわり》を、|真玉《まだま》|如《な》す|深《ふか》く|知《し》り|明《あきらか》に|悟《さと》り|極《きは》めぬれば、|是《これ》をしも|恐《かしこ》み|畏《かしこ》み|深《ふか》く|思《おも》ひて、|身《み》|震《ふる》ひ|恐懼《をのの》く|迄《まで》に|畏《かしこ》み|恐《かしこ》み|過《あやま》ちて、|今日《けふ》まで|起《おこ》しつる|獣鳥《けものとり》の|心《こころ》、|虫魚《はふむしうろくづ》の|行《おこな》ひは|朝津日《あさつひ》の|露霜《つゆしも》を|消《け》し|尽《つく》す|如《ごと》く、|朝《あした》の|深霧《みきり》|夕《ゆふべ》の|深霧《みきり》を|志那戸《しなど》の|風《かぜ》の|吹攘《ふきはら》ひ|清《きよ》むるが|如《ごと》く、|清《きよ》め|尽《つく》し|攘《はら》ひ|極《きは》めて、|照《て》り|渡《わた》ります|陽《ひ》の|一進《ひとすす》みに|神人《ひと》の|道《みち》に|進《すす》み|入《い》り、|空《そら》|飛《と》ぶ|塵《ちり》の|塵《ちり》の|半分《なから》も|私《わたくし》の|思《おも》ひを|起《おこ》す|事《こと》なく、|吾身《わがみ》の|為《ため》に|行《おこな》ふ|事《こと》なく、|神人《ひと》の|名《な》のまにまに|行《おこな》ひ|澄《す》まし、|獣鳥《けものとり》|虫魚《はふむしうろくづ》の|心《こころ》を|持《も》たず、|行《おこな》ひを|為《な》さず、|迷《まよ》ふ|事《こと》なく|欲《ほ》りする|事《こと》なくして|神人《ひと》の|道《みち》に|入《い》りぬれば、|紫微宮《かみのみや》に|坐《ま》す|◎《ス》の|大神《おほかみ》|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》も、そが|神名《みな》のまにまに|神《かみ》の|道《みち》のまにまに、|夜《よ》の|守《まも》り|日《ひ》の|守《まも》りに|幸《さちは》ひ|玉《たま》ひて、|真言《まこと》|為《な》す|神人《ひと》の|道《みち》|自《おのづか》ら|思《おも》ひ|願《ねが》ふがまにまに、|天界《かみよ》の|本《もと》より|備《そな》はれる|自《おのづか》らなる|大真道《おほまみち》|永久《とこしへ》に|伝《つたは》りて、|天津日蔭《あまつひかげ》|普《あまね》く|照《て》らし、|天雲《あまぐも》の|普《あまね》く|潤《うるほ》ひて|八隅知《やすみし》し|◎《ス》の|大神《おほかみ》の|惟神《かむながら》の|大御座《おほみくら》は、|天地日月《あめつちひつき》と|共《とも》に|常永《とこしへ》に|八十連《やそつづき》に|伊継《いつ》ぎ|給《たま》ひて、|且《しばら》くも|失《うしな》はせ|給《たま》はず、|諸《もも》の|神達《かみたち》おのもおのも|生《う》みの|子《こ》の|八十継《やそつづ》きいや|継《つ》ぎ|伊継《いつ》ぎて、|己《おの》が|位《くらゐ》のまにまにいや|遠永《とほなが》に|麻柱《あなな》ひ|仕《つか》へまつり、|神人等《ひとたち》が|各自々々《おのもおのも》|仕《よ》さしの|神業《みわざ》を|守《まも》り|仕《つか》へて、|◎《ス》の|大神《おほかみ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》り|楽《たの》しみつ、|神人《ひと》の|道《みち》に|背《そむ》く|事《こと》なく、|奥山《おくやま》の|深山《みやま》の|奥《おく》、|海《うみ》の|草《くさ》、|塩焼《しほや》き|漁《あさ》る|小《ちひ》さき|神《かみ》も|飢餓《うゑ》に|苦《くるし》む|事《こと》なく、|暑《あつ》さ|寒《さむ》さの|悩《なや》みを|知《し》らず、|上中下《かみなかしも》の|各位《くら》の|神人《ひと》は、|共《とも》に|一《ひと》つの|歓楽《よろこび》を|受《う》け、|真《まこと》の|大◎《おほス》の|御国《みくに》と|成《な》し|玉《たま》へと|願《ね》ぎ|奉《まつ》る|事《こと》の|由《よし》を、|高天原《たかあまはら》の|紫微《かみ》の|宮居《みやゐ》の|三柱《みはしら》の|神《かみ》、|百千万《ももちよろづ》の|神等《かみたち》|共《とも》に|聞召《きこしめ》し|玉《たま》へと、|畏《かしこ》み|畏《かしこ》みも|拝《をろが》み|白《まを》す。
|玉野丘《たまのおか》|膨《ふく》れ|拡《ひろ》ごり|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》は|固《かた》らに|定《さだ》まりにけり
|久方《ひさかた》の|空《そら》にのび|立《た》つ|玉藻山《たまもやま》の
|千条《ちすぢ》の|滝《たき》は|白絹《しらぎぬ》の|旗《はた》よ
|神々《かみがみ》の|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|玉野湖水《たまのこすゐ》はほしあがりたり
|玉野湖《たまのうみ》の|湖水《みづうみ》|次第《しだい》に|高《たか》まりて
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|傾斜面《なぞへ》に|生《お》ふる|藻草《も》
カコクケキ|生言霊《いくことたま》にあかときを
うたふ|家鶏鳥《かけどり》|生《あ》れ|出《い》でにけり
|家鶏鳥《かけどり》の|晨《あした》を|歌《うた》ふ|声《こゑ》さやに
|真鶴《まなづる》の|国《くに》はあけ|渡《わた》りけり
|未《いま》だ|国土《くに》|稚《わか》くありせばもやもやと
|霧《きり》|立《た》ちのぼる|六合《よもやも》のうち
|玉藻山《たまもやま》|霧《きり》|立《た》ちのぼり|白駒《しらこま》の
|嘶《いなな》き|高《たか》し|朝《あさ》しづの|庭《には》に
|未《ま》だ|国土《くに》は|稚《わか》くあれども|主《ス》の|神《かみ》の
|御稜威《みいづ》にここまで|固《かた》まりしはや
|万代《よろづよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|固《かた》めゆく
この|国原《くにはら》のさかえを|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|森羅万象《すべてのもの》は|日々《ひび》に|栄《さか》ゆくも
|天《あめ》も|地《つち》もわかくるすばら|若《わか》くへに
|立《た》ちて|神国《みくに》を|固《かた》むる|楽《たの》しさ
やうやくに|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|固《かた》まりぬ
やがて|生《あ》れまさむ|国魂《くにたま》の|神《かみ》は』
かく|御歌《みうた》うたひて|大前《おほまへ》を|静々《しづしづ》と|退《しりぞ》き|給《たま》ひ、|我《わが》|居間《ゐま》さして|帰《かへ》り|給《たま》ひぬ。|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|二柱《ふたはしら》も、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御後《みあと》に|従《したが》ひ、|大御前《おほみまへ》を|退《しりぞ》き|一間《ひとま》に|御姿《みすがた》をかくさせ|給《たま》ひける。
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉藻山《たまもやま》|頂上《いただき》に|立《た》ちて|国見《くにみ》すれば
|目路《めぢ》の|限《かぎ》りは|靄《もや》|立《た》ちのぼれり
|瑞御霊《みづみたま》|依《よ》さし|給《たま》ひし|南《みんなみ》の
|稚国原《わかくにはら》の|秀《ほ》は|見《み》えにけり
|圓屋比古《まるやひこ》|神《かみ》はこれより|三笠山《みかさやま》の
|聖所《すがど》に|鎮《しづ》まり|国守《くにまも》りませ
|真鶴《まなづる》の|稚国原《わかくにはら》は|国中比古《くになかひこ》の
|神《かみ》とこしへに|依《よ》さしたまはれ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ひし|折《をり》しも、|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|玉藻山《たまもやま》の|新《あらた》に|生《うま》れたるを|喜《よろこ》び、|神々《かみがみ》の|功《いさを》を|言祝《ことほ》ぎまつらむとして、|天《あめ》の|斑駒《ふちこま》に|跨《またが》り|御歌《みうた》|終《をは》らぬに、|早《はや》くもこの|聖場《せいぢやう》につかせ|給《たま》ひ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》のままに|国土《くに》|造《つく》り
|国魂《くにたま》|生《う》ます|瑞御霊《みづみたま》はや
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|神言《みこと》に|従《したが》ひて
われは|治《をさ》めむ|真鶴国原《まなづるくにはら》
|玉野湖《たまのうみ》の|底《そこ》は|膨《ふく》れて|玉藻山《たまもやま》
|東《ひむがし》の|方《かた》の|傾斜面《なぞへ》となりぬ
|立《た》ち|昇《のぼ》る|湯気《ゆげ》もやもやと|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》の|窪所《くぼど》はかわき|初《そ》めにき
|生《あ》れまさむ|国魂神《くにたまがみ》を|守《も》り|立《た》てて
|千代万代《ちよよろづよ》に|国土《くに》ひらかばや
|百神《ももがみ》の|貴《うづ》の|功《いさを》に|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》の|形《かたち》は|定《さだ》まりにけり
|広々《ひろびろ》と|果《はて》しも|知《し》らぬ|国原《くにはら》に
|森羅万象《しんらばんしやう》もえ|立《た》ち|初《そ》めたり
|鳥《とり》|獣《けもの》|昆虫《むしけら》までも|瑞御霊《みづみたま》の
スの|言霊《ことたま》にわき出でにけり
わき|出《い》でし|総《すべ》てのものは|天地《あめつち》の
|御魂《みたま》なりせばおろそかにせじ
|神人《かみ》は|神人《かみ》|獣類《けもの》は|獣類《けもの》|鳥《とり》は|鳥《とり》
|虫《むし》にも|魚《うを》にも|道《みち》はありけり
|禽獣《きんじう》は|禽獣《きんじう》の|道《みち》ゆきてこそ
この|天界《てんかい》は|永久《とは》に|栄《さか》えむ
|神人《かみ》にしてもし|禽獣《きんじう》の|道《みち》ゆかば
この|天界《てんかい》はただちに|乱《みだ》れむ
|禽獣《きんじう》の|道《みち》はやすけし|神《かみ》の|道《みち》を
|踏《ふ》むは|容易《ようい》にあらずかしこし』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|国《くに》をうしはぐ|国中比古《くになかひこ》の
|神《かみ》の|神業《みわざ》のただならぬを|思《おも》ふ
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|神言《みこと》に|従《したが》ひて
|東雲《しののめ》の|国《くに》を|永久《とは》に|守《まも》らむ
|南《みんなみ》の|国《くに》のすべてを|治《をさ》めます
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|功《いさを》かしこし
いざさらば|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りあげて
|生《あ》れます|御子《みこ》の|幸《さち》を|祈《いの》らむ
|玉泉《たまいづみ》|滝《たき》の|清水《しみづ》にみそぎして
|玉野大宮《たまのおほみや》に|御子《みこ》を|祈《いの》らむ
|惟神《かむながら》|神《かみ》のよさしの|神業《かむわざ》と
|思《おも》へば|楽《たの》し|今日《けふ》の|禊《みそぎ》は
|神《かみ》と|生《うま》れ|獣《けもの》と|生《うま》れ|御空《みそら》とぶ
|鳥《とり》ともなりて|神世《みよ》を|守《まも》らむ
よしや|身《み》は|獣《けもの》の|群《むれ》に|下《くだ》るとも
|神国《みくに》の|為《ため》には|惜《をし》まざるべし』
(昭和八・一一・一七 旧九・三〇 於水明閣 加藤明子謹録)
第八章 |結《むすび》の|言霊《ことたま》〔一九〇二〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》が|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》み|給《たま》ふ|神業《みわざ》に|就《つ》き、|言霊応用《ことたまおうよう》の|大要《たいえう》を|示《しめ》さむとす。|即《すなは》ち、
アオウエイは|天位《てんゐ》にして、
ワヲウヱヰは|地《ち》の|位《くらゐ》なり、|又《また》、
ヤヨユエイは|人位《じんゐ》なり。
|故《ゆゑ》にア、ワ、ヤの|言霊《ことたま》の|区別《くべつ》を|正《ただ》しくせざれば、|天地人《てんちじん》の|真理《しんり》を|説《と》き|明《あ》かすこと|最《もつと》も|不便《ふべん》なり。|現代《げんだい》は|言霊《ことたま》の|応用《おうよう》|乱《みだ》れてアワヤ|三行《さんぎやう》の|音声《おんせい》の|区別《くべつ》なく|複雑《ふくざつ》|極《きは》まれりと|言《い》ふべし。
|又《また》
アカサタナハマヤラワは、|天位《てんゐ》にして、|天《てん》に|座《ざ》し、|貴身《きみ》の|位置《ゐち》なり。
オコソトノホモヨロヲは、|地《ち》の|座《ざ》にして、|田身《たみ》の|位置《ゐち》なり。
ウクスツヌフムユルウは、|結《むす》びの|座《ざ》にして、|隠身《かみ》の|位置《ゐち》なり。
エケセテネヘメエレヱは、|水《みづ》の|座《ざ》にして、|小身《をみ》の|位置《ゐち》なり。
イキシチニヒミイリヰは、|火《ひ》の|座《ざ》にして、|大身《おほみ》の|位置《ゐち》なり。
|故《ゆゑ》に|貴身《きみ》は|君《きみ》、|田身《たみ》は|民《たみ》、|隠身《かみ》は|神《かみ》、|小身《をみ》は|小臣《をみ》、|大身《おほみ》は|大臣《おほみ》の|意《い》と|知《し》るべし。
アカサタナハマヤラワをア|列《れつ》といふ、|其《その》|他《た》は|準《じゆん》じて|知《し》るべし。|故《ゆゑ》に、
ア|列《れつ》は|森羅万象《しんらばんしやう》の|天位《てんゐ》に|居《を》り、
オ|列《れつ》は|森羅万象《しんらばんしやう》の|地位《ちゐ》に|居《を》り、
ウ|列《れつ》は|森羅万象《しんらばんしやう》の|結《むす》びに|居《を》り、
エ|列《れつ》は|森羅万象《しんらばんしやう》の|水位《すゐゐ》に|居《を》り、
イ|列《れつ》は|森羅万象《しんらばんしやう》の|火位《くわゐ》に|居《を》るなり。
|是《これ》を|以《もつ》て|一切万有《いつさいばんいう》の|名義《めいぎ》の|出《い》づる|根源《こんげん》を|悟《さと》るべきなり。
|今《いま》、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》が、|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ます|時《とき》の|迫《せま》りければ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|大前《おほまへ》に|額《ぬかづ》きて|神嘉言《かむよごと》を|奏上《そうじやう》し|給《たま》ひ、『ウクスツヌフムユルウ』と|声音《せいおん》|朗《ほがら》かに|言霊《ことたま》を|奏上《そうじやう》し|給《たま》へば、|他《た》の|神々《かみがみ》は|御後《みあと》に|従《したが》ひて、|異口同音《いくどうおん》に『ウクスツヌフムユルウ』を|繰返《くりかへ》し|繰返《くりかへ》し|宣《の》らせ|給《たま》ひしぞ|畏《かしこ》けれ。
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ウーウーウーウ ウ |国魂神《くにたまがみ》の|生《あ》れまして
|神国《みくに》の|柱《はしら》と|立《た》たせ|給《たま》はれ
クークークーク ク|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神御霊《かむみたま》
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|御腹《みはら》に|宿《やど》らす
スースースース ス|生代《いくよ》の|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》に
|宿《やど》らせ|給《たま》ふ|国魂《くにたま》の|神《かみ》よ
ツーツーツーツ ツ|月《つき》|満《み》ち|足《た》らひ|日《ひ》を|重《かさ》ね
|今《いま》|生《あ》れまさむ|御子《みこ》ぞ|畏《かしこ》き
ヌーヌーヌーヌ ヌ|奴羽玉《ぬばたま》の|世《よ》をまつぶさに
|照《てら》させ|給《たま》ふ|御子《みこ》|生《あ》れませよ
フーフーフーフ フ|振魂《ふるたま》みそぎ|清《きよ》らかに
|宿《やど》らす|御子《みこ》の|光《ひかり》たふとし
ムームームーム ム|結《むす》びの|神業《みわざ》の|鳴《な》り|鳴《な》りて
|今《いま》|生《あ》れまさむ|国魂《くにたま》の|神《かみ》
ユーユーユーユ ユ|白雪《しらゆき》よりも|清《きよ》らけき
|畏《かしこ》き|御子《みこ》の|生《あ》れます|今日《けふ》はも
ウーウーウーウ ウ|美《うるは》しの|神《かみ》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》
|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》|近《ちか》づきにけり』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ウーウーウーウ ウ|美《うるは》しの|岐美《きみ》|美《うるは》しき
|神《かみ》の|御子《みこ》をば|宿《やど》し|給《たま》へり
クークークーク ク|国魂神《くにたまがみ》を|孕《はら》みつつ
これの|聖所《すがど》にわが|来《き》つるかも
スースースース ス|清《すが》し|美《うるは》し|玉野宮《たまのみや》に
|祈《いの》りて|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まなむ
ツーツーツーツ ツ|月読《つきよみ》の|神《かみ》の|神御霊《かむみたま》
|宿《やど》らせ|給《たま》ふ|御腹《みはら》かしこし
ヌーヌーヌーヌ ヌ|奴羽玉《ぬばたま》の|世《よ》を|伊照《いて》らすと
|今《いま》|生《あ》れまさむ|瑞《みづ》の|御子《みこ》はも
ツーツーツーツ ツ|真鶴国《まなづるくに》の|国魂《くにたま》は
|玉藻《たまも》の|山《やま》に|生《あ》れまさむかも
フーフーフーフ フ|応《ふさ》はしき|御子《みこ》|生《あ》れませよ
|千代《ちよ》を|固《かた》めむ|真鶴《まなづる》の|国《くに》に
ムームームーム ム|蒸《む》しつ|蒸《む》されつ|瑞《みづ》の|子《こ》の
|宿《やど》らせ|給《たま》ひしわが|身《み》は|重《おも》し
ユーユーユーユ ユ|雪霜《ゆきしも》よりも|白《しろ》く|清《すが》しき|御子《みこ》なれや
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御子《みこ》にしあれば
ウーウーウーウ ウ|嬉《うれ》しさの|限《かぎ》りなりけり|吾《われ》は|今《いま》
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》む|日《ひ》|足《た》らひて』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|美《うるは》しき|玉藻《たまも》の|山《やま》の|頂上《いただき》に
|今日《けふ》の|吉日《よきひ》を|迎《むか》へけるかも
|国魂《くにたま》の|神《かみ》の|生《あ》れます|今日《けふ》の|日《ひ》は
|天地《あめつち》|一度《いちど》にひらく|心地《ここち》す
|清《すが》しさの|極《きは》みなるかも|玉藻山《たまもやま》の
これの|聖所《すがど》に|生《あ》れます|瑞子《みづこ》は
|月《つき》も|日《ひ》も|今日《けふ》の|吉日《よきひ》を|祝《いは》ひてや
|雲《くも》を|霽《は》らして|輝《かがや》きつよし
|奴羽玉《ぬばたま》の|闇《やみ》もいよいよ|晴《は》れ|行《ゆ》かむ
|瑞子《みづこ》の|岐美《きみ》の|生《あ》れます|今日《けふ》より
|吹《ふ》き|送《おく》る|風《かぜ》の|響《ひびき》のたしたしに
|聞《きこ》えて|常磐《ときは》の|松《まつ》はゆらげり
|昔《むかし》より|例《ためし》も|知《し》らぬ|喜《よろこ》びに
|吾《われ》|遇《あ》ひにけり|国魂《くにたま》|生《あ》れます
|夢《ゆめ》うつつ|幻《まぼろし》なせる|稚国土《わかぐに》を
|御子《みこ》|生《あ》れまして|生《い》かせ|給《たま》はむ
|浮雲《うきぐも》の|漂《ただよ》ふ|国土《くに》も|今日《けふ》よりは
うまらにかたらに|栄《さか》えますらむ』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|美《うるは》しき|楽《たの》しき|今日《けふ》の|生日《いくひ》こそ
|瑞子《みづこ》の|生《あ》れます|喜《よろこ》びの|日《ひ》なり
|国魂《くにたま》の|神《かみ》のいよいよ|生《あ》れませる
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|今日《けふ》ぞ|目出度《めでた》き
|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》の|御水火《みいき》より
|森羅万象《すべてのもの》は|生《あ》れましにける
|月《つき》も|日《ひ》も|御空《みそら》の|雲霧《くもきり》|押《お》し|分《わ》けて
|光《ひかり》を|地上《ちじやう》になげさせ|給《たま》ふ
ぬえ|草《ぐさ》の|女《め》にしあれども|生代比女《いくよひめ》
|神《かみ》は|雄々《をを》しき|御子《みこ》|生《う》ませませよ
|伏《ふ》し|拝《をが》む|玉野宮居《たまのみやゐ》の|大前《おほまへ》に
|今日《けふ》の|生日《いくひ》の|心《こころ》|清《すが》しも
|結《むす》び|結《むす》び|水火《いき》|合《あ》ひまして|瑞《みづ》の|子《こ》の
|生《あ》れます|今日《けふ》の|月日《つきひ》さやけし
|行《ゆ》く|先《さき》のことを|思《おも》へば|嬉《うれ》しもよ
|永久《とは》に|栄《さか》えむ|真鶴《まなづる》の|国《くに》は
|嬉《うれ》しさの|極《きは》みなるかも|瑞《みづ》の|子《こ》の
|国魂神《くにたまがみ》と|生《あ》れます|今日《けふ》なり』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|浮脂《うきあぶら》なす|稚国土《わかぐに》の|真秀良場《まほらば》や
うまらにかたらに|定《さだ》まる|今日《けふ》はも
|国魂《くにたま》の|神《かみ》の|生《あ》れます|嬉《うれ》しさに
|身《み》の|置所《おきどころ》|知《し》らずなりけり
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》みわが|岐美《きみ》は
|真鶴国《まなづるくに》の|魂《たま》を|生《う》ませり
|月読《つきよみ》の|神《かみ》の|御霊《みたま》の|露《つゆ》うけて
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|輝《かがや》き|給《たま》ふ
|緯《ぬき》となり|経糸《たていと》となり|主《ス》の|神《かみ》は
|国土生《くにう》み|神生《かみう》み|依《よ》さす|尊《たふと》さ
|降《ふ》る|雨《あめ》も|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|功績《いさをし》と
|思《おも》へば|畏《かしこ》し|真鶴《まなづる》の|国《くに》に
|結《むす》ぼれし|糸《いと》の|乱《みだ》れも|解《と》けにけり
|心《こころ》にかかる|雲霧《くもきり》なければ
|行《ゆ》き|行《ゆ》きて|行《ゆ》きの|果《はて》なき|大野原《おほのはら》
|拓《ひら》かす|岐美《きみ》の|功《いさを》かしこき
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|心《こころ》は|勇《いさ》むなり
|嬉《うれ》し|楽《たの》しも|今日《けふ》の|吉日《よきひ》は』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|美《うるは》しき|此《こ》の|神国《かみくに》の|世《よ》を|拓《ひら》く
|神《かみ》の|御橋《みはし》をかけまく|思《おも》ふも
|国土《くに》|稚《わか》く|草木《くさき》は|稚《わか》く|神《かみ》|稚《わか》く
|比女神《ひめがみ》|稚《わか》き|真鶴《まなづる》の|国《くに》
|主《ス》の|神《かみ》の|高《たか》き|功《いさを》は|目《ま》のあたり
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|尾根《をね》に|見《み》るかも
|鶴《つる》は|舞《ま》ふ|家鶏鳥《かけどり》は|鳴《な》く|梅《うめ》|香《かを》る
これの|聖所《すがど》に|生《あ》れます|御子《みこ》はや
|奴羽玉《ぬばたま》の|闇《やみ》をつぎつぎ|明《あか》さむと
|月日《つきひ》にまさる|御子《みこ》|生《あ》れませよ
|二《ふた》つなき|真鶴国《まなづるくに》の|真秀良場《まほらば》に
|生《あ》れます|御子《みこ》の|生命《いのち》は|永久《とは》なり
|燃《む》ゆる|火《ひ》の|火中《ほなか》に|立《た》つも|厭《いと》はまじ
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|艱《なや》み|思《おも》へば
|斎庭《ゆみには》に|御魂《みたま》|清《きよ》めて|今日《けふ》の|日《ひ》を
|待《ま》つも|嬉《うれ》しき|御子《みこ》の|生《あ》れまし
|浮雲《うきぐも》の|漂《ただよ》ふ|如《ごと》き|国原《くにはら》を
|固《かた》めの|神《かみ》は|生《あ》れまさむとするも』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|産玉《うぶだま》の|神《かみ》と|現《あらは》れ|真鶴《まなづる》の
|国《くに》に|来《きた》りて|御子《みこ》を|守《まも》るも
|国土《くに》は|未《ま》だ|稚《わか》くあれども|瑞御霊《みづみたま》
|御水火《みいき》に|生《あ》れます|御子《みこ》は|尊《たふと》し
|澄《す》みきらふ|天《あめ》と|地《つち》との|中《なか》にして
|生《あ》れます|瑞子《みこ》は|世《よ》の|宝《たから》かも
|月読《つきよみ》の|神霊《みたま》は|月《つき》を|足《たら》はして
|真鶴国《まなづるくに》の|魂《たま》を|生《う》ますも
ぬるみたる|玉《たま》の|泉《いづみ》に|魂線《たましひ》を
|洗《あら》ひてわが|身《み》|清《すが》しくなりぬ
|吹《ふ》く|風《かぜ》も|暖《あたた》かなれど|瑞《みづ》の|子《こ》の
|生《あ》れます|今日《けふ》は|清《すが》しすずしも
むくむくと|煙《けむり》の|如《ごと》く|立昇《たちのぼ》る
|霧《きり》は|神山《みやま》をつつまひにけり
|湯気立《ゆげだ》ちて|生《あ》れます|御子《みこ》を|守《まも》りつつ
これの|聖所《すがど》は|八重垣《やへがき》|築《きづ》けり
|上《うへ》も|下《した》も|狭霧《さぎり》つつみて|瑞《みづ》の|子《こ》の
|生《うま》れやすかれと|八重垣《やへがき》つくるも』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|生《うみ》の|子《こ》の|弥永久《いやとこしへ》に|生《お》ひ|立《た》ちて
この|国原《くにはら》を|守《まも》りますらむ
|国魂《くにたま》の|神《かみ》と|生《あ》れます|瑞《みづ》の|子《こ》の
|生命《いのち》を|永久《とは》に|吾《われ》は|守《まも》らむ
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》へる|魂機張《たまきはる》
|生命《いのち》|守《まも》らむ|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに
|月《つき》も|日《ひ》も|霧《きり》に|隠《かく》れて|風《かぜ》もなし
|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》|響《ひび》くのみなる
ぬくもりを|与《あた》へて|御子《みこ》を|生《う》まさむと
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|八重垣《やへがき》|畏《かしこ》し
|吹《ふ》く|風《かぜ》もあたらせまじと|八重霧《やへぎり》を
|起《おこ》して|守《まも》らす|主《ス》の|神《かみ》|畏《かしこ》し
|蒸《む》し|蒸《む》して|生《あ》れます|御子《みこ》の|水火《いき》なれや
|天地《あめつち》|四方《よも》は|霧《きり》の|幕《まく》なり
|湯気立《ゆげだ》ちて|天地《あめつち》|四方《よも》はやはらかく
|豊《ゆたか》なりけり|御子《みこ》|生《あ》れます|今日《けふ》は
|生《うま》れ|出《い》づる|御子《みこ》を|守《まも》りて|天地《あめつち》を
|包《つつ》みし|霧《きり》の|深《ふか》くもあるかな』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ウの|声《こゑ》に|生《あ》れます|御子《みこ》の|産声《うぶごゑ》を
|待《ま》ちに|待《ま》ちつつ|今日《けふ》とはなりぬ
|国土《くに》を|生《う》み|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ます|岐美《きみ》の
|功《いさを》は|御世《みよ》の|柱《はしら》なりけり
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしの|言葉《ことば》|畏《かしこ》みて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御子《みこ》|生《あ》れますも
|剣太刀《つるぎたち》|鏡《かがみ》の|如《ごと》く|照《て》り|渡《わた》る
みすまる|玉《だま》の|御子《みこ》|生《あ》れませよ
|荒鉄《あらがね》の|地《つち》にぬき|足《あし》なしながら
よき|御子《みこ》|生《あ》れよと|吾《われ》|祈《いの》るなり
|振魂《ふるたま》の|禊《みそぎ》かしこし|生代比女神《いくよひめがみ》の
|御子《みこ》はいよいよ|生《あ》れまさむとすも
|蒸《む》し|蒸《む》して|水火《いき》と|水火《いき》とを|凝《こ》らしつつ
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|月《つき》は|足《た》らへり
|斎《ゆ》み|清《きよ》め|玉《たま》の|泉《いづみ》の|滝津瀬《たきつせ》に
|洗《あら》ひし|御魂《みたま》の|美《うるは》しきかも
|浮雲《うきぐも》のいやつぎつぎに|集《つど》ひ|来《き》て
これの|聖所《すがど》を|包《つつ》まひにけり』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『うまし|御子《みこ》はや|生《うま》れませと|祈《いの》るかな
われ|美味素《うましもと》の|神《かみ》の|心《こころ》に
|奇《くし》びなる|水火《いき》と|水火《いき》との|活用《はたらき》に
|国魂神《くにたまがみ》は|生《あ》れまさむとすも
|澄《す》みきらふ|御空《みそら》の|月日《つきひ》を|隠《かく》したる
この|深霧《ふかぎり》の|心《こころ》たふとき
|月《つき》と|日《ひ》を|霧《きり》に|隠《かく》して|御子生《みこう》みの
はぢらひつつむ|八重《やへ》ぶすまかも
ぬえ|草《ぐさ》の|未《ま》だ|年《とし》|若《わか》き|生代比女《いくよひめ》の
|御子生《みこう》み|守《まも》れ|主《ス》の|大御神《おほみかみ》
|吹《ふ》く|風《かぜ》も|今日《けふ》は|止《と》まりて|八重霧《やへぎり》の
ふすまに|神山《みやま》は|包《つつ》まれにけり
|結《むす》び|合《あ》ひて|生《あ》れます|御子《みこ》の|幸《さちは》ひを
|永久《とは》に|守《まも》らむ|美味素《うましもと》われは
ゆるやかにいと|静《しづ》やかに|安《やす》らかに
|生《うま》れましませ|国魂《くにたま》の|神《かみ》は
|美《うるは》しき|真鶴国《まなづるくに》の|国魂《くにたま》と
|生《あ》れます|御子《みこ》を|待《ま》つぞ|久《ひさ》しき』
(昭和八・一一・一七 旧九・三〇 於水明閣 森良仁謹録)
第九章 |千代《ちよ》の|鶴《つる》〔一九〇三〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|始《はじ》め、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》、|其《そ》の|他《た》の|神々《かみがみ》は、|玉野宮《たまのみや》の|大前《おほまへ》に|生言霊《いくことたま》の|祈願《きぐわん》をこらし|給《たま》へば、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》はここにいよいよ|月《つき》|足《た》らひ|日《ひ》|経《た》ちて、|玉《たま》の|御子《みこ》を|安々《やすやす》と|産《う》み|落《おと》し|給《たま》ひける。
この|御子産《みこう》みの|神業《みわざ》を|助《たす》け|奉《まつ》りたるは、|産玉《うぶだま》の|神《かみ》にぞありける。
|生《あ》れませる|御子《みこ》の|御名《みな》を、|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》と|称《とな》へ|奉《たてまつ》る。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|御子《みこ》の|生《あ》れませる|瑞祥《ずゐしやう》を|喜《よろこ》び|給《たま》ひて、|大御前《おほみまへ》に|感謝《ゐやひ》の|神嘉言《かむよごと》を|宣《の》らせ|給《たま》ふ。
『|掛巻《かけまく》も|綾《あや》に|畏《かしこ》き、|玉藻山《たまもやま》の|下津岩根《したついはね》に|宮柱太敷立《みやばしらふとしきた》て、|高天原《たかあまはら》に|千木高知《ちぎたかし》りて|鎮《しづ》まりいます|玉野宮《たまのみや》の|大神《おほかみ》の|大前《おほまへ》に、|慎《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|畏《かしこ》み|畏《かしこ》みも|白《まを》さく。|八十日日《やそかひ》はあれ|共《ども》、|今日《けふ》の|吉《よ》き|日《ひ》の|吉《よ》き|時《とき》に、|千代万代《ちよよろづよ》と|栄《さか》え|果《は》てなき、|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|貴《うづ》の|真秀良場《まほらば》|玉藻《たまも》の|山《やま》の|頂上《いただき》に、|清《すが》しくも|天降《あも》り|鎮《しづま》りいます|主《ス》の|大御神《おほみかみ》|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》の|大前《おほまへ》に|感謝言《ゐやひごと》|奉《たてまつ》る。|抑々《そもそも》|此《これ》の|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|未《いま》だ|地《つち》|稚《わか》く、|朝夕《あしたゆふべ》の|御霧《みきり》は|時《とき》じくに|立《た》ち|籠《こ》め、|月日《つきひ》の|光《ひかり》さへ|折々《をりをり》に|曇《くも》らひぬるを、|生言霊《いくことたま》の|御稜威《みいづ》によりて|国魂神《くにたまがみ》と|神定《かむさだ》めてし|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》は、ここに|目出度《めでたく》|大御産声《おほみうぶこゑ》を|挙《あ》げさせ|給《たま》ひぬ。|故此《かれこれ》を|以《も》て|大御前《おほみまへ》に|海河山野《うみかはやまぬ》の|種々《くさぐさ》の|美味物《うましもの》を|八足《やたり》の|机代《つくゑしろ》に|置《お》き|足《たら》はして、|御子《みこ》の|生《お》ひたちを|守《まも》らせ|給《たま》へと、|天《あめ》に|跼《せぐくま》り|地《つち》に|蹐《ぬきあし》して|恐《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎ|奉《まつ》るさまを、|平《たひら》けく|安《やす》らけく|聞召《きこしめ》し|相諾《あひうづな》ひ|給《たま》ひて、|天《あめ》と|地《つち》とのあらむ|限《かぎ》り、たまきはる|生命《いのち》|永久《とは》に|生《お》ひ|栄《さか》えて|大御依《おほみよ》さしの|神業《みわざ》に|仕《つか》へしめ|給《たま》へと、|恐《かしこ》み|畏《かしこ》みもこひのみ|奉《まつ》らくと|白《まを》す。
|天地《あめつち》も|一度《いちど》に|開《ひら》く|心地《ここち》かな
|国魂神《くにたまがみ》は|今《いま》|生《あ》れましぬ
|呱々《ここ》の|声《こゑ》|聞《き》くもさやけし|玉藻山《たまもやま》の
|玉野宮居《たまのみやゐ》に|月日《つきひ》かがよふ
|八重垣《やへがき》となりて|包《つつ》みし|深霧《ふかぎり》も
|産声《うぶごゑ》とともに|晴《は》れ|渡《わた》りける
|天地《あめつち》の|開《ひら》く|思《おも》ひや|家鶏《かけ》の|声《こゑ》
|御子《みこ》の|泣《な》かせる|声《こゑ》につれつつ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》の|行末《ゆくすゑ》に|幸《さち》あれと
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|聖所《すがど》に|祈《いの》るも
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|神業《かむわざ》を
やうやく|終《を》へて|御子《みこ》|生《あ》れましぬ
|生《あ》れませる|御子《みこ》の|面《おもて》を|眺《なが》むれば
|真玉《まだま》|白玉《しらたま》のよそほひなるも
|月《つき》と|日《ひ》になぞらへ|得《う》べき|二《ふた》つの|目《め》も
|澄《す》みきりてあり|神《かみ》のいさをに
つんもりと|姿《すがた》|正《ただ》しき|鼻《はな》の|峰《みね》
|二《ふた》つの|穴《あな》もほどほどにして
|澄《す》みきらふ|玉《たま》の|泉《いづみ》の|口許《くちもと》に
|紅《くれなゐ》さして|薫《かを》りこそすれ
|紅梅《こうばい》の|露《つゆ》にほころぶ|御子《みこ》の|口《くち》の
そのやさしさに|我《われ》|見《み》とれける
|兎《と》も|角《かく》も|真鶴山《まなづるやま》の|国柱《くにばしら》
|生《あ》れます|今日《けふ》は|嬉《うれ》しかりけり
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|栄《さかえ》を|言祝《ことほ》ぎて
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》|生《あ》れける
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|司《つかさ》と|生《あ》れませる
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|太《ふと》りたるかも』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉藻山《たまもやま》ふくれ|上《あが》りて|空《そら》|高《たか》き
これの|聖所《すがど》に|御子《みこ》|生《あ》れましぬ
|生《あ》れませる|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》はも
|真鶴国《まなづるくに》の|御柱《みはしら》なりける
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|功績《いさをし》なかりせば
|国魂神《くにたまがみ》は|生《あ》れまさざるを
|天《あめ》も|地《つち》も|今日《けふ》は|一入《ひとしほ》|澄《す》みきりて
|生《あ》れます|御子《みこ》を|寿《ことほ》ぎにけり
|天《あま》|渡《わた》る|月日《つきひ》の|光《かげ》もさやかなり
|国津柱《くにつはしら》の|生《あ》れましぬれば
|主《ス》の|神《かみ》の|神業《みわざ》に|後《おく》れし|吾《われ》にして
|今日《けふ》の|喜《よろこ》びたへがてに|思《おも》ふ
|今日《けふ》よりは|玉野宮居《たまのみやゐ》に|額《ぬか》づきて
まことの|限《かぎ》り|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|神《かみ》の|命《みこと》の|生《お》ひ|先《さ》きに
|幸《さち》|多《おほ》かれと|日夜《にちや》を|祈《いの》らむ
|白梅《しらうめ》の|花《はな》はいみじく|香《かを》るなり
これの|聖所《すがど》に|姫《ひめ》|生《あ》れまして
|真鶴《まなづる》は|今日《けふ》の|喜《よろこ》びことほぐか
|常磐《ときは》の|松《まつ》に|群《む》れつうたへり
|家鶏鳥《かけどり》は|時《とき》じく|歌《うた》ひ|姫命《ひめみこと》の
その|生《お》ひ|立《た》ちを|寿《ことほ》ぐがに|聞《きこ》ゆ
|白駒《しらこま》の|嘶《いなな》き|高《たか》く|聞《きこ》ゆなり
|御子《みこ》|生《あ》れませる|朝《あした》の|庭《には》に
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|四方八方《よもやも》|包《つつ》みたる
|深霧《ふかぎり》|晴《は》れて|月日《つきひ》は|照《て》らふ
|昼月《ひるづき》の|光《かげ》|白々《しらじら》と|久方《ひさかた》の
|空《そら》にすみきりのぞかせ|給《たま》ふ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|浮雲《うきぐも》の|空《そら》にそびゆる|玉藻山《たまもやま》の
|聖所《すがど》に|御子《みこ》は|生《あ》れましにけり
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|神言《みこと》の|水火《いき》こりて
|国魂神《くにたまがみ》と|命《みこと》|生《あ》れましぬ
|国魂《くにたま》の|御子《みこ》の|泣《な》かせる|産声《うぶごゑ》は
|天津御空《あまつみそら》にひびき|渡《わた》れり
|六合《よもやも》にひびき|渡《わた》りし|言霊《ことたま》は
|国魂神《くにたまがみ》の|産声《うぶごゑ》なりけり
|今日《けふ》よりは|真鶴《まなづる》の|国《くに》もかたらかに
いと|安《やす》らかに|栄《さか》え|行《ゆ》くかも
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》の|守《まも》りに|千代鶴姫《ちよつるひめ》の
|命《みこと》は|安《やす》く|生《あ》れましにける
|神々《かみがみ》は|言《い》ふも|更《さら》なり|後《のち》の|世《よ》の
|人《ひと》にも|幸《さち》あれ|産玉《うぶだま》の|厳《いづ》
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|今日《けふ》より|万代《よろづよ》の
|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|産屋《うぶや》|守《も》りませ
|昔《むかし》よりためしもあらぬ|高山《たかやま》の
|尾根《をね》に|生《あ》れます|御子《みこ》は|気高《けだか》き
うち|仰《あふ》ぎ|御子《みこ》の|面《おも》ざし|眺《なが》むれば
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》によくも|似《に》ませる
|言霊《ことたま》の|水火《いき》と|水火《いき》とのむつび|合《あ》ひて
|生《あ》れます|御子《みこ》のうるはしきかも
|産声《うぶごゑ》を|始《はじ》めて|聞《き》きしたまゆらに
わが|魂線《たましひ》は|笑《ゑ》み|栄《さか》えける
|果《はて》しなき|望《のぞ》み|抱《いだ》きて|果《はて》しなき
この|国原《くにはら》に|栄《さか》えむとぞ|思《おも》ふ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|神《かみ》の|命《みこと》を|朝夕《あさゆふ》に
|守《まも》りて|国《くに》を|治《をさ》めむとぞ|思《おも》ふ
わが|恋《こひ》はつもり|積《つも》りて|千代鶴姫《ちよつるひめ》の
|国魂神《くにたまがみ》と|生《な》り|出《い》でにけり
はしけやし|国魂神《くにたまがみ》の|御声《おんこゑ》に
|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|立《た》ち|去《さ》りにけり
|天《あま》|渡《わた》る|天津陽光《あまつひかげ》もさやかなり
|白梅《しらうめ》|薫《かを》るこれの|聖所《すがど》は
|万代《よろづよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|国魂神《くにたまがみ》の
|御稜威《みいづ》|照《て》れよと|吾《われ》は|祈《いの》るも
|朝夕《あさゆふ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》を|祈《いの》りてし
むくいは|今日《けふ》の|喜《よろこ》びなりける
|真鶴《まなづる》の|山《やま》に|帰《かへ》りて|国魂神《くにたまがみ》を
|永久《とは》にはごくみ|育《そだ》て|守《まも》らむ』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》に|仕《つか》へて|今《いま》ここに
この|喜《よろこ》びに|会《あ》ひにけらしな
|東雲《しののめ》と|真鶴《まなづる》の|国《くに》を|治《をさ》めゆく
|吾《われ》は|嬉《うれ》しも|命《みこと》|生《あ》れましぬ
|白駒《しらこま》の|嘶《いなな》き|強《つよ》く|家鶏鳥《かけどり》の
|鳴《な》く|音《ね》さやけし|御子《みこ》|生《あ》れし|今日《けふ》は
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》にむらがりて
|神世《みよ》をことほぐ|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》
|玉藻山《たまもやま》|千条《ちすぢ》の|滝《たき》の|音《おと》|冴《さ》えて
|吹《ふ》く|風《かぜ》すがし|宮《みや》の|清庭《すがには》
|種々《くさぐさ》のなやみ|苦《くる》しみしのびつつ
|御子《みこ》を|生《う》ませり|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は
|八十年《やそとせ》を|待《ま》たせ|給《たま》ひし|玉野比女《たまのひめ》の
|御心《みこころ》|思《おも》へば|嬉《うれ》し|悲《かな》しも
|玉野比女《たまのひめ》の|御手代《みてしろ》となりし|生代比女《いくよひめ》
|神《かみ》は|功《いさを》を|立《た》て|給《たま》ひけり
|滝《たき》の|音《おと》もいとさやさやに|聞《きこ》え|来《く》る
|宮居《みやゐ》の|庭《には》はいとも|清《すが》しき』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉手姫《たまてひめ》|命《みこと》を|守《まも》る|吾《われ》ながら
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|生《あ》れに|会《あ》ひける
|圓屋比古《まるやひこ》|神《かみ》は|御魂《みたま》を|現《あらは》して
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひ|来《きた》りぬ
|御子産《みこう》みの|業《わざ》をへ|給《たま》ふ|今日《けふ》よりは
|急《いそ》ぎ|帰《かへ》らむ|三笠《みかさ》の|山《やま》に
|三笠山《みかさやま》の|百神等《ももがみたち》はわが|帰《かへ》り
|待《ま》ちわぶるらむ|空《そら》を|仰《あふ》ぎて
いざさらば|化身《けしん》のわれは|帰《かへ》るべし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よすこやかにませ
|百神《ももがみ》の|御前《みまへ》に|白《まを》す|吾《われ》こそは
|圓屋比古神《まるやひこがみ》の|御魂《みたま》なるぞや
|圓屋比古《まるやひこ》|神《かみ》の|御魂《みたま》は|右左《みぎひだり》
|二《ふた》つに|分《わか》れて|守《まも》りゐたりき
いざさらば|三笠《みかさ》の|山《やま》に|帰《かへ》るべし
|百神等《ももがみたち》よすこやかなれかし
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》の|生《お》ひ|先《さき》を|朝夕《あさゆふ》に
|吾《われ》は|祈《いの》らむ|三笠《みかさ》の|山《やま》に』
|斯《か》く|述懐歌《じゆつくわいか》を|歌《うた》ひ|終《をは》り、|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|白駒《しらこま》の|背《せ》に|跨《またが》りて|玉藻《たまも》の|山《やま》を|下《くだ》り、|一目散《いちもくさん》に|雲《くも》を|霞《かすみ》と|駆《か》け|出《い》で|給《たま》ふぞ|雄々《をを》しけれ。
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《あめ》は|晴《は》れたりあらがねの
|地《つち》は|澄《す》み|澄《す》み|射照《いて》らひにけり
|天地《あめつち》も|開《ひら》くる|思《おも》ひ|今日《けふ》の|日《ひ》の
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|生《あ》れまし|目出度《めでた》し
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|柱《はしら》と|生《あ》れませる
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御子《みこ》ぞうるはし
|美《うるは》しく|雄々《をを》しくやさしくましまして
|国魂神《くにたまがみ》と|生《あ》れます|貴御子《うづみこ》よ
|玉藻山《たまもやま》|廻《めぐ》れる|四方《よも》の|国原《くにはら》も
|今日《けふ》の|吉《よ》き|日《ひ》に|霧《きり》|晴《は》れ|渡《わた》りぬ
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》にむらがる|真鶴《まなづる》の
|鳴《な》く|音《ね》に|千代《ちよ》のひびきありける
|東雲《しののめ》の|空《そら》に|鳴《な》きたつ|家鶏鳥《かけどり》の
|声《こゑ》|清《すが》しもよ|御子《みこ》|生《あ》れし|今日《けふ》は
|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》き|殊《こと》に|美《うるは》しも
|千代万代《ちよよろづよ》のこゑをそろへて
たまきはる|御子《みこ》の|生命《いのち》の|永《なが》かれと
|御名《みな》|賜《たま》ひけむ|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》と
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|司《つかさ》は|生《あ》れましぬ
|恐《おそ》れつつしみ|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へむ
|四方八方《よもやも》に|朝夕《あしたゆふべ》の|霧《きり》|立《た》ちて
|小暗《をぐら》き|国原《くにはら》|今日《けふ》より|晴《は》れなむ
|四方八方《よもやも》に|霧《きり》なす|湯気《ゆげ》の|立昇《たちのぼ》る
わが|国原《くにはら》の|果《はて》もなきかな
|果《はて》しなく|拡《ひろ》ごり|拡《ひろ》ごり|限《かぎ》りなき
|稚国原《わかくにはら》を|知食《しら》す|御子《おんこ》よ
|今日《けふ》よりは|姫《ひめ》の|命《みこと》の|御尾前《みをさき》に
|仕《つか》へて|国土《くに》を|拓《ひら》きゆくべし』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|産声《うぶごゑ》を|清《すが》しく|聞《き》きぬ|吾《われ》はただ
|心《こころ》をどりてたへがたく|思《おも》ふ
|喜《よろこ》びの|極《きは》みなるかも|真鶴《まなづる》の
|国魂神《くにたまがみ》は|生《うま》れましける
|嬉《うれ》しさは|何《なん》にたとへむ|物《もの》もなし
かたじけなしと|思《おも》ふのみなる
|天《あま》|渡《わた》る|月日《つきひ》の|駒《こま》も|歩《あゆ》み|止《と》めて
みそなはすらむ|生《あ》れし|貴御子《うづみこ》を
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》の|生《あ》れまし|寿《ことほ》ぐか
|今日《けふ》は|梅ケ香《うめがか》|殊《こと》に|芳《かんば》し
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|梢《こずゑ》に|鳴《な》きたつる
|迦陵頻伽《かりようびんが》の|声《こゑ》も|冴《さ》えたり
|天《あま》そそるこれの|高根《たかね》に|産声《うぶごゑ》を
|挙《あ》げたる|御子《みこ》の|姿《すがた》たふとし
|白玉《しらたま》のいすみ|渡《わた》らひ|赤玉《あかだま》の
|輝《かがや》き|給《たま》ふ|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》よ
|赤玉《あかだま》は|緒《を》さへ|光《ひか》れど|白玉《しらたま》の
|御子《みこ》のよそほひ|尊《たふと》かりけり
たまきはる|生命《いのち》を|永久《とは》に|保《たも》ちまして
|真鶴《まなづる》の|国《くに》を|知食《しろ》しめしませ』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天津日《あまつひ》もこれの|聖所《すがど》に|降《お》りまして
|今日《けふ》の|吉《よ》き|日《ひ》を|照《て》らしましつつ
|天《あま》|渡《わた》る|月読《つきよみ》の|舟《ふね》は|白玉《しらたま》の
|光《かげ》|澄《す》みきらへり|白雲《しらくも》のあなたに
|白雲《しろくも》のとばり|破《やぶ》れて|青雲《あをくも》の
|肌《はだ》ふかぶかと|輝《かがや》きにけり
|主《ス》の|神《かみ》の|澄《す》みきらひたる|御霊《みたま》かも
この|貴御子《うづみこ》の|面《おも》ざし|清《すが》しも
|足引《あしびき》の|玉藻《たまも》の|山《やま》は|高《たか》けれど
|御子《みこ》の|功《いさを》の|高《たか》きに|及《およ》ばず
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|尊《たふと》さを
|生《あ》れます|御子《みこ》の|面《おも》に|見《み》るかな
|生代比女《いくよひめ》|恋《こひ》の|炎《ほのほ》の|燃《も》え|立《た》ちて
|固《かた》まり|生《あ》れし|貴《うづ》の|御子《みこ》かも
|天界《かみくに》は|愛《あい》と|善《ぜん》との|世《よ》にしあれば
いかで|恐《おそ》れむ|恋《こひ》の|思《おも》ひを
|天界《かみくに》に|恋《こひ》てふ|恋《こひ》は|多《おほ》けれど
かかるためしは|始《はじ》めなりける』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》の|産声《うぶごゑ》まつぶさに
|聞《き》きしゆ|心《こころ》とみに|和《なご》めり
|平《たひら》けくいと|安《やす》らけく|産《う》みませし
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|幸《さち》を|思《おも》へり
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|要《かなめ》よ|生代比女《いくよひめ》の
|誠《まこと》の|恋《こひ》は|御子《みこ》を|生《う》ませり
|水火《いき》と|水火《いき》|結《むす》び|合《あは》せに|生《あ》れませし
|御子《みこ》は|国魂神《くにたまがみ》にましける』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》を|永久《とは》に|守《まも》るべし
|国魂神《くにたまがみ》と|生《あ》れます|御子《みこ》を
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》ながらへ|天界《かみくに》に
|若返《わかがへ》りつつ|道《みち》に|仕《つか》へむ
|八雲《やくも》|立《た》つ|玉藻《たまも》の|山《やま》の|頂上《いただき》に
|天地《あめつち》|開《ひら》く|神声《みこゑ》|聞《き》くかな
|駿馬《はやこま》は|御子《みこ》の|生《あ》れます|幸《さちは》ひを
うたふが|如《ごと》く|嘶《いなな》きて|居《を》り
|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》|勇《いさ》ましく|聞《きこ》ゆなり
|常磐《ときは》の|松《まつ》のこずゑこずゑに
|迦陵頻伽《からびんが》|時《とき》じく|歌《うた》ひ|家鶏《かけ》の|鳴《な》く
この|神山《かみやま》は|神《かみ》の|御舎《みあらか》よ
|玉野宮《たまのみや》の|清庭《すがには》に|立《た》ちて|国魂《くにたま》の
|神《かみ》の|出《い》でまし|寿《ことほ》ぐ|今日《けふ》かな
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|装《よそほ》ひ|永久《とこしへ》に
|幸《さき》くあれませ|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》よ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|堅磐常磐《かきはときは》の|松ケ枝《まつがえ》に
|月日《つきひ》|宿《やど》して|幸《さき》くいませよ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|水火《いき》と|水火《いき》|結《むす》び|合《あは》せて|生《あ》れませる
|国魂神《くにたまがみ》のすがた|清《すが》しも
|生代比女《いくよひめ》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|水火《いき》|合《あは》せ
|結《むす》び|合《あは》せて|生《あ》れます|御子《みこ》はも
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|吾《われ》はしも
|結《むす》び|合《あは》せの|神《かみ》と|仕《つか》へし
むつかしき|恋《こひ》てふ|恋《こひ》もやすやすと
|遂《と》げさせ|給《たま》はむ|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は
|山《やま》と|海《うみ》|結《むす》び|合《あは》せて|燃《も》え|上《あが》る
|木草《きぐさ》も|湯気《ゆげ》も|神世《みよ》をうるほす
|国魂《くにたま》の|神《かみ》|生《あ》れましぬ|生代比女《いくよひめ》の
|神《かみ》のよろこび|思《おも》はるるかも
|一度《ひとたび》は|雄猛《をたけ》び|給《たま》ひし|生代比女《いくよひめ》も
なごみて|御子《みこ》を|生《う》ませ|給《たま》ひぬ
|玉野湖《たまのこ》の|波《なみ》ををどらせ|荒風《あらかぜ》を
|吹《ふ》かせすさびし|比女《ひめ》|思《おも》ひ|出《だ》すも
|今《いま》となりて|白玉《しらたま》の|御子《みこ》を|生《う》みましし
|恋《こひ》のすさびをあやしと|思《おも》ふ
|神《かみ》を|恋《こ》ふるならば|生代《いくよ》の|比女《ひめ》のごと
つらぬき|通《とほ》せ|御子《みこ》を|生《う》むまで』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|生《あ》れませる|国魂神《くにたまがみ》の|御魂《おんたま》に
|美《うま》し|味《あぢ》はひおくり|奉《まつ》らむ
|美味素《うましもと》の|神《かみ》のさづくる|味《あぢ》はひに
|四方《よも》の|神々《かみがみ》|従《まつ》ろひこそすれ
|味《あぢ》はひのなき|御魂《みたま》ならば|如何《いか》にして
この|国原《くにはら》の|治《をさ》まるべきやは
|天界《かみくに》のよろづのものはことごとく
|味《あぢ》はひありて|栄《さか》ゆくものなる』
|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|述懐《じゆつくわい》を|歌《うた》ひ|給《たま》ひて、|黄昏《たそがれ》になりければ、|各自《おのもおのも》|寝所《ふしど》に|入《い》りて|休《やす》ませ|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一一・一七 旧九・三〇 於水明閣 谷前清子謹録)
第三篇 |真鶴《まなづる》の|声《こゑ》
第一〇章 |祈《いの》り|言《ごと》〔一九〇四〕
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|漸《やうや》くに|国魂神《くにたまがみ》の|安《やす》らに|平《たひら》に|生《うま》れ|給《たま》ひて|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|基礎《きそ》の|固《かた》まりしを|喜《よろこ》び|給《たま》ひて、|玉野大宮《たまのおほみや》の|清庭《すがには》に|立《た》ち|出《い》で、|白衣《しろたへ》の|長袖《ながそで》を|山風《やまかぜ》にひるがへし|乍《なが》ら、|左手《ゆんで》に|白扇《はくせん》を|持《も》ち、|右手《めて》に|五百鳴《いほなり》の|鈴《すず》を|持《も》ちて|踊《をど》りつ|舞《ま》ひつ、|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|完成《くわんせい》を|祝《しゆく》し|玉《たま》ふ。|即《すなは》ち|二女神《にぢよしん》は、
『タータータラーリ タラリーラー
タラリ アガリ ララーリトー
チリーヤ タラリ ララリトー』
と|宇気伏《うけふ》せて|踏《ふ》み|轟《とどろ》かし|給《たま》ひて、
『アメツチ ヒラク トコヨナル
カミハキニケリ イサゴ イサゴ
イササゴ イサゴ ヤハレ ヤハレ
アハレ アハレ ワハレ ワハレ
イヒレ イヒレ イヒレ イヒレ
ヰヒレ ヰヒレ タラナ タラナ
チリニ チリニ ツルヌ ツルヌ
テレネ テレネ トロノ トロノ
コゴコ ククズ ケゲデ キギヂ
タラナ トロノ ツルヌ テレネ
チリニ ハサザ ホソゾ フスズ
ヘセゼ ヒシジタリ カムナガラホギス
いろは にほへど ちりぬるを
わがよたれそ つねならむ
うゐの おくやま けふこえて
あさき ゆめみし ゑひもせす
アア|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さちは》ひおはしませ』
|斯《か》かる|所《ところ》へ|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|薄《うす》き|白衣《ぴやくえ》を|纒《まと》ひ|給《たま》ひて|大宮《おほみや》の|沙庭《さには》に|現《あらは》れ、|大麻《おほぬさ》を|打振《うちふ》り|打振《うちふ》り|御声《みこゑ》も|円満清朗《ゑんまんせいらう》に、|少《すこ》しの|淀《よど》みもなく|神言《かみごと》を|宣《の》り|給《たま》ひぬ。|其《そ》の|祝詞《のりと》の全文を|此処《ここ》に|示《しめ》し|奉《まつ》らむとす。
|祈《いの》り
『|掛巻《かけまく》も|畏《かしこ》き|紫微天界《しびてんかい》に|八隅《やすみ》|知《し》らす|◎《ス》の|大神《おほかみ》の|御霊代《みひしろ》なる|高天原《たかあまはら》は、|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》の|住《す》み|極《きは》まり|玉《たま》ふなる|大御◎《おほみス》にしあれば、|◎《ス》の|神《かみ》の|弥広殿《いやひろどの》にして、|天津《あまつ》|諸々《もろもろ》|数《かず》の|極《きは》み|孕《はら》み|備《そな》はり|神《かみ》|充実《つま》りに|充実《つま》りて、|一《ひと》つの|大御玉《おほみたま》なるが、|◎《ス》の|巣《す》|定《さだ》まるが|故《ゆゑ》に|天地火水《あめつちひみづ》の|位《くらゐ》を|分《わか》ち、|其《その》|天《あめ》は|道反《ねがやし》の|御玉《みたま》を|保《たも》ち、|其《その》|地《つち》は|足御玉《たるみたま》を|保《たも》ち、|其《その》|火《ひ》は|幸御玉《さちみたま》を|保《たも》ち、|其《その》|水《みづ》は|豊御玉《とよみたま》を|保《たも》ち|保《たも》ち、|其《その》|産霊《むすび》は|死反《まかるかへ》しの|御玉《みたま》を|保《たも》つ。|故《か》れ|地《つち》は|高天原《たかあまはら》の|中心《なかご》に|澱止《まいとま》り、|水《みづ》は|地《つち》の|守《まも》りとなり、|火《ひ》は|磨擦《すれ》て|発《おこ》り|又《また》|相搏《あひう》ちて|燃《も》え|騰《のぼ》る。|天《あめ》は|常《とこ》しく|定《さだ》まりて|伊機佐志《いきさし》を|建《た》つる、|産霊《むすび》は|往来《ゆきかひ》て|誠《まこと》を|保《たも》つ、|之《これ》を|内外《うちと》|裏表《うらおもて》とに|結《むす》び|統《す》べ|摂《たす》けて|大霊元球《もとつみたま》と|称《とな》ふ。|霊元球《みたま》|活用《はたら》きて|大御心《おほみこころ》となる。|大霊元球《もとつみたま》の|精体大御身《すねおほみみ》と|成《な》る。|是故《これのゆゑ》に|世《よ》の|皇腺《すめろぎ》は、|◎《ス》の|大神《おほかみ》の|大玉体《おほみみ》の|内《うち》に|全《まつた》く|備《そな》はれる|大御目《おほみまなこ》なり、|大御鼻《おほみはな》なり、|大御耳《おほみみみ》なり、|大御口《おほみくち》なり、|大御手《おほみて》なり、|大御足《おほみあし》なり、|大御胸《おほみむね》なり、|大御腹《おほみはら》なり、|御肺《みふくし》なり、|御心《みほぐら》なり、|御脾《みよこひ》なり、|御肝《みきも》なり、|御腎《みむらと》なり、|御筋骨《みすぢほね》なり、|御腸《みわた》なり、|御腺《みもろもろ》なり、|御爪毛《みつまげ》なり。|一《ひと》つの|大玉体《おほみま》にして|諸《もろもろ》の|御名《みな》を|分《わか》つ|大元素《おほもと》は、|是《これ》|◎《ス》の|神《かみ》の|項掛《うなが》け|玉《たま》ふ|美須麻留《みすまる》の|大皇玉《おほみたま》なるが|故《ゆゑ》に、|其《その》|組織分子《まるこ》の|一条《ひとくだ》る|脈《すぢ》にして、|機臨旺精《みいづ》|産霊《むすび》て|神人《かみ》となり|出《い》でたるものにしあれば、|敢《あへ》て|独神《ひとり》|立《た》つ|事《こと》ならず、|皆《みな》|諸共《もろとも》に|産霊活《むすびな》りて|全《また》く|纒《まとま》り、|更《さら》に|私《わたくし》なく、|更《さら》に|離《はな》れ|散《ち》る|事《こと》なく、|身挙《みこぞ》りて|◎《ス》の|神《かみ》の|皇腺《みすぢ》なり。|爰《ここ》に|◎《ス》の|大神《おほかみ》は|大御心《おほみこころ》を|主《つかさ》どり|玉《たま》ひて、|紫微《しび》の|天津《あまつ》|高御座《たかみくら》に|大座《おほま》しまし、|大臣神《おほみかみ》は|智慧《てり》を|主《つかさ》どりて|御火座《みひくら》に|位《くらゐ》し、|小臣神《をみかみ》は|誨教《さとし》を|主《つかさ》どりて|水座《みくら》に|位《くらゐ》し、|田身《たみ》の|神《かみ》は|手業《てわざ》|足業《あすわざ》を|主《つかさ》どりて|地座《つちくら》に|位《くらゐ》し、|一《ひと》つに|産霊《むすび》て|天津《あまつ》|大政事《おほみまつりごと》に|事《つか》へ|奉《たてまつ》る。|有《あ》りて|久《ひさ》しき|大神世《おほみよ》を|前後《みをさき》|長《なが》く|常《とこ》しへに|弥遠長《いやとほなが》く|連《つら》らぎて、|其《その》|条脈《すぢ》を|守《まも》り、|其《その》|姓《かばね》を|姓《かばね》とし、|其《その》|職《つかさ》を|職《つかさ》とし、|其《その》|家《いへ》を|家《いへ》とし、|交代《かはるがはる》|生《うま》れ|来《きた》りて、|愛《はは》しく|愛《は》しく|愛《めぐ》く|愛《え》く|愛《いつく》しく|思《おも》ひやらる。|其《その》|機綱《きづな》に|写《うつ》り、み|入《い》りて、|天津《あまつ》|大至祖《おほみおや》より|幾万《いくよろづ》|数々《かずかず》の|世《よ》を|経《へ》て、|今《いま》|此《この》|身《み》に|至《いた》り、|此《この》|身《み》よりして|子孫《こまご》、|曽孫《ひまご》、|玄孫《ひひご》、|来孫《ひひひこ》、|昆孫《みはこ》、|仍孫《やしこ》、|雲孫《ややしこ》、|脈孫《やややしこ》、|系孫《すさこ》、|紀孫《すささご》、|遠孫《すさささご》、|裔孫《やすさご》、やすささ|孫《ご》、|種孫《やややすさご》、|仁孫《やややすささご》、|素孫《やややすさささご》と|成《な》りて、|数《かず》の|限《かぎ》り|継《つ》ぎ|継《つ》ぎ|連《つら》なりて|常永《とことは》に|運《めぐ》りめぐる。|其《その》|時々《ときどき》の|色《いろ》として、|◎《ス》の|大霊元球《もとつみたま》の|組織経綸《くみたて》の|条脈《すぢめ》を、|糸経《いとたて》、|日次《ひなみ》、|月次《つきなみ》、|年次《としなみ》を|貫緯《つらぬき》て|大神世《おほみよ》を|造《つく》らす。|神御衣《かむみそ》の|神織《かみはた》に|連《つら》なり、|梭執《ひと》る|天津真言《あまつまこと》を|織《お》り|立《た》て|奉《まつ》り、|錦《にしき》の|花《はな》を|開《ひら》き、|天津《あまつ》|◎腺《みたま》の|真実《み》を|産霊《むす》ぶ。|故《か》れ|◎《ス》の|大神《おほかみ》の|大玉体《おほみま》は、|世《よ》の|◎腺《みたま》を|統《す》べ|坐《ま》せる|大霊元球《もとつみたま》にして|坐《ま》せば、|大霊元球《もとつみたま》の|◎腺《すぢ》なる|神人《ひと》として、|独《ひと》り|我《われ》|立《た》ち|己《おのれ》|立《た》ち、|身勝《みか》ち|取《と》り|勝《か》ち|優勝劣敗《まきたふす》|類《たぐ》ひの|穢《きたな》き|汚《けがら》はしき|鳥《とり》|獣《けもの》らの|心《こころ》を|起《おこ》し、|魚虫木草《うろくづはふむしきぐさ》らの|行《おこなひ》を|行《おこな》ひて、|神人《ひと》の|道《みち》に|背《そむ》く|事《こと》しあれば、|忽《たちま》ち|正《まさ》しく|天津誠《あまつまこと》の|糸条《いとすぢ》を|紊《みだ》り、|大霊元球《もとつみたま》の|組織《くみたて》を|破《やぶ》り、|親心《おやごころ》を|亡《ほろ》ぼすにしあれば、|即《すなは》ち|◎《ス》の|大神《おほかみ》|其《その》|儘《まま》の|大玉体《おほみま》を|乱《みだ》り|奉《まつ》り、|傷《そこな》ひ|奉《まつ》り、|悩《なや》め|奉《まつ》り、|掛巻《かけまく》も|綾《あや》に|尊《たふと》く|言巻《いはまく》も|綾《あや》に|霊妙《くすし》き|◎《ス》の|大神《おほかみ》の|大玉体《おほみま》を|穢《けが》し|汚《よご》し|奉《まつ》る|事《こと》にしあれば、|諸《もも》の|神人《ひと》の|悪《にく》む|品《しな》となり、|神《かみ》の|譴責《きたむ》る|所《ところ》となり、|御祖《みおや》の|祟《たた》る|所《ところ》となり、|必《かなら》ずしも|溺《おぼ》れ|漂《ただよ》ひと|諸々《もろもろ》の|災《わざはひ》にかかり|苦《くる》しみ|果《は》てなむを、|畏《かしこ》きかもよ|醜《おず》しきかもよ、|◎《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》を|痛《いた》め|奉《まつ》り、|世《よ》を|穢《けが》し|己《おのれ》を|苦《くる》しめ|己《おのれ》を|亡《ほろ》ぼし|奉《たてまつ》る。|迷《まよ》ひ|溺《おぼ》るる|事《こと》の|甚《はなはだ》しき|憂《うき》とし|思《おも》へば、|現《まさ》しく|是《これ》|禍津神《まがつかみ》の|禍事《まがごと》なれば、|迅速《はや》く|大麻《おほぬさ》を|執《と》り|奉《まつ》り、|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞《き》き|直《なほ》し|奉《まつ》りて、|其《その》|過《あやま》ちを|改《あらた》め|奉《まつ》り、|其《その》|穢《けがれ》を|潔《そそ》ぎ|奉《まつ》り、|其《その》|紊《みだ》れを|理《をさ》め|奉《まつ》り、|其《その》|破《やぶ》れをつなぎ|奉《まつ》り、|清《きよ》め|潔《さや》め|奉《まつ》りて、|再《ふたた》び|犯《をか》し|奉《まつ》らじものをと|誓《ちか》ひ|奉《まつ》り、|大《おほ》き|神《かみ》|小《ち》さき|神人《ひと》の|悉々《ことごと》|見慎《みつつし》み|聞《き》き|慎《つつし》み、|伊澄《いす》み|渡《わた》り|奉《たてまつ》る。かくて|◎《ス》の|大御神《おほみかみ》|其《その》|儘《まま》の|大玉体《おほみま》は|弥全《いやまた》く、|弥尊《いやたふと》く、|弥貴《いやたか》く、|弥霊妙《いやくすび》に|弥明《いやあか》りに|澄《す》み|透《とほ》らひ、|大御稜威《おほみいづ》|貫《つらぬ》き|徹《とほ》りて、|感伏《まつろ》ひ|奉《まつ》らざるものなく、|大智慧《おほみてり》の|光《ひか》りかがやきて、|暗《くら》けき|所《ところ》なく、|大御和《おほみにご》みに|賑《にぎ》み、|大御温《おほみなご》みに|穆《なご》み、|産霊《むすび》|徳《な》り|奉《たてまつ》る。|故《か》れ|今《いま》|此《こ》の|紫微天界《たかあまはら》の|豊秋津洲《とよあきつしま》の|大御国《おほみくに》に、|神人《ひと》と|産霊《むすび》|成《な》り|出《い》でたる|神人《ひと》は、|即《すなは》ち|今《いま》の|現《うつつ》に|◎《ス》の|大御神《おほみかみ》を|五層《いつきだ》の|天界《かみよ》を|知《し》ろしめし、|大御座大神《おほみくらおほかみ》の|大玉体《おほみま》の|皇脈《みすぢ》なれば、|◎《ス》の|神《かみ》の|大御心《おほみこころ》のまにまに|畏《かしこ》み|慎《つつし》み、|世《よ》の|為《ため》|神人《ひと》の|為《ため》と|励《いそ》しみ|勉《つと》め|奉《まつ》り、|事《こと》に|臨《のぞ》みては|火《ひ》に|水《みず》に|入《い》る|事《こと》をも|厭《いと》はず、|誠《まこと》の|大神言《おほみこと》とし|知《し》らば、|道《みち》のまにまに|白刃《やいば》の|林《はやし》に|入《い》るも、|亦《また》|烈《はげ》しく|射向《いむか》ふ|矢玉《やだま》の|中《なか》も|更《さら》に|厭《いと》はず、|神進《かむすす》みに|進《すす》みて、|禍《わざはひ》を|攘《はら》ひ|国《くに》を|清《きよ》むる、|其《その》|麻柱《あななひ》の|鋭《するど》き|事《こと》、|雷《いかづち》よりも|烈《はげ》しく、|其《その》|程利《ききめ》の|当《あた》れる|事《こと》、|太陽《おほひ》の|往《ゆ》きます|道《みち》よりも|明白《あきらか》なり。|諸々《もろもろ》|皆《みな》|此《かく》の|如《ごと》くなれば、|◎《ス》の|大神《おほかみ》は|天津高御座《あまつたかみくら》にまし|坐《ま》して、|天津国《あまつくに》を|無窮《とこしへ》に|知《し》ろしめし、|御褥《みしとね》の|上《うへ》に|拱手《たむだき》まして、|御褥《みしとね》の|神紋《かみかた》を|融《の》び|徹《とほ》して、|十六面《くにづら》に|普《あまね》からしめ、|数《かず》の|限《かぎ》り|理《をさ》まりたる|天津誠《あまつまこと》の|大経綸《おほみすぢ》を|五《い》ツ|五《い》ツに|整《と》き|立《た》て、|大霊元球《もとつみたま》の|組織《すぢ》のまにまに、|世《よ》の|事毎《ことごと》を|明《あきら》かに|統《す》べ|知《し》り|玉《たま》ひて、|天津法言《あまつのりと》の|太法言《ふとのりと》を|以《も》て、|礼《ゐや》のまにまに|道《みち》のまにまに、|明《あきら》かに|導《みちび》かせ|給《たま》ひて、|助《たす》け|玉《たま》ひ|育《そだ》て|玉《たま》へと、|高天原《たかあまはら》に|有《あ》りとある|大神等《おほら》|小神等《をら》、|大臣神《おほみ》|小臣神《をみ》たち|田身神等《たみら》|諸々《もろもろ》を、|乳児《ちご》の|神《かみ》に|至《いた》るまで、|一柱《ひとはしら》だも|落《おと》し|玉《たま》ふ|事《こと》なく、|生《い》きとし|生《い》ける|諸々《もろもろ》は、|塵《ちり》の|半分《なから》も|残《のこ》し|玉《たま》はず、|助《たす》け|玉《たま》ひ|恵《めぐ》ませ|玉《たま》ひて、|幾万億々世々《よろづよ》の|後《のち》の|後《のち》をも、|政《まつ》り|治《をさ》め|玉《たま》ひて、|天津◎《あまつス》の|神《かみ》の|天津誠《あまつまこと》を|祭《まつ》らせ|玉《たま》ひ、|斎《いつ》かせ|玉《たま》ひて、|肝◎《きもス》む|天《あま》の|誠《まこと》を|手握《たにぎ》り|玉《たま》ひ、|無為《すみ》て|事《こと》なき|大神世《おほみよ》を|弥脩《いやをさ》めに|理《をさ》め、|弥平《いやたひら》かに|平《たひ》らげ|玉《たま》ひて、|天津神代《あまつみよ》の|神律《みのり》その|儘《まま》に、|平《たひら》けく|安《やす》らけく、|天津高御座《あまつたかみくら》に|天津誠《あまつまこと》を|聞《きこ》しめし|玉《たま》ひて、|此《これの》|皇脉《みわざ》を|守《まも》り|幸《さきは》へ|玉《たま》へと、|畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|伊宣《いの》り|奉《たてまつ》る』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|堅《かた》まりぬ
|国魂神《くにたまがみ》は|生《あ》れましにける
|◎《ス》の|神《かみ》の|任《よ》さしの|業《わざ》のその|一《ひと》つ
|目出度《めでた》く|成《な》りし|今日《けふ》の|嬉《うれ》しさ
|玉野比女《たまのひめ》|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|真心《まごころ》に
|真鶴国原《まなづるくにはら》|輝《かがや》き|初《そ》めたり
|男神《をがみ》|我《われ》は|高日《たかひ》の|宮《みや》を|出《い》でしより
|四柱《よはしら》の|命《みこと》|生《な》り|出《い》でにけり
|八十比女神《やそひめがみ》|我《われ》を|待《ま》ちつつ|年《とし》さびむ
ことの|悔《くや》しも|独《ひと》り|神《がみ》われは
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|誠《まこと》に|玉藻山《たまもやま》の
|常磐《ときは》の|松《まつ》の|色《いろ》|深《ふか》みたるかも
|麒麟《きりん》|鳳凰《ほうわう》|迦陵頻伽《かりようびんが》の|声《こゑ》|冴《さ》えて
|家鶏《かけ》|鳴《な》き|高《たか》し|真鶴国原《まなづるくにはら》』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|畏《かしこ》しや|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は
|生言霊《いくことたま》に|国魂《くにたま》|生《う》ませり
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》のあらざらば
|貴《うづ》の|神業《みわざ》は|遂《と》げざらましを
|右左《みぎひだり》|水火《いき》|合《あ》はさねど|斯《かく》の|如《ごと》く
|御子《みこ》|生《あ》れまさば|何《なに》を|歎《なげ》かむ
|天《あま》|渡《わた》る|月《つき》さへ|流転《るてん》の|影《かげ》を|見《み》る
われは|全《また》きを|望《のぞ》むべしやは』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|今《いま》となりて|愧《は》づかしきかも|比古神《ひこがみ》を
|想《おも》ひて|荒《すさ》びし|其《そ》の|日《ひ》おもへば
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|御言《みこと》を|聴《き》くにつけて
|足《た》らはぬわが|身《み》の|心《こころ》|恥《は》づるも
よしやよし|想《おも》ひ|死《し》なむとも|慎《つつし》みて
あるべきものと|思《おも》へば|面《おも》ほてる
|貴《うづ》の|御子《みこ》|生《あ》れましし|今日《けふ》は|嬉《うれ》しくもあり
|愧《は》づかしくも|亦《また》ありにけるかな
|省《かへり》みれば|諸神《ももがみ》たちの|御面《みおも》さへ
|見《み》まゐらすも|恥《は》づかしと|思《おも》ふ
|玉野湖《たまのうみ》の|底《そこ》までかわきし|情熱《じやうねつ》の
|焔《ほのほ》は|遂《つひ》に|消《き》えてあとなし
|今日《けふ》よりは|怪《あや》しき|心《こころ》を|立直《たてなお》し
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神業《わざ》さまたげじ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》|生《あ》れまし|真鶴《まなづる》の
|国《くに》に|一《ひと》つのわづらひもなし
わが|業《わざ》は|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|生《あ》れましに
いよいよ|重《おも》くなりにけらしな
|別《わか》るべき|岐美《きみ》とし|知《し》れど|生《あ》れし|御子《みこ》の
|稚《わか》きを|思《おも》へば|岐美《きみ》と|在《あ》りたき
|岐美《きみ》|恋《こ》ひて|狂《くる》ひし|心《こころ》のたまゆらの
|万世《よろづよ》までも|残《のこ》らむと|悔《く》ゆる
|鬼《おに》となり|大蛇《をろち》となりて|狂《くる》ひたる
わが|恋《こひ》ごころ|消《け》さむ|術《すべ》なし
|成《な》り|遂《と》げし|恋《こひ》にはあれど|狂《くる》ひたる
そのたまゆらの|今《いま》に|解《と》けなく
|恐《おそ》ろしきものは|恋《こひ》かも|身《み》も|魂《たま》も
|忘《わす》れ|他《た》の|目《め》も|愧《は》ぢざりにけり
|玉藻山《たまもやま》|千条《ちすぢ》の|滝《たき》に|禊身《みそぎ》して
この|恋《こひ》ごころ|万代《よろづよ》に|消《け》さむ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|心《こころ》をなやませし
|吾《われ》にも|主《ス》の|神《かみ》は|赦《ゆる》し|給《たま》ひぬ
この|上《うへ》はわが|為《な》せし|業《わざ》を|改《あらた》めて
|只《ただ》ひたすらに|御子《みこ》|育《はぐく》まむ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|御魂《みたま》と|永久《とこしへ》に
|神《かみ》のよさしの|国土《くに》を|守《まも》らむ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|神生《かみう》みの|職《つかさ》なれば
やがて|真鶴国《まなづるくに》を|立《た》たさむ
|万代《よろづよ》の|別《わか》れは|吾《われ》に|惜《を》しけれど
|神業《かむわざ》なれば|諦《あきら》めむと|思《おも》ふ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|心《こころ》のすがしさに
われ|安《やす》らけく|旅立《たびだ》ちやせむ
|我《われ》とても|同《おな》じおもひの|苦《くる》しさを
しのびて|別《わか》れむ|神生《かみう》みの|為《ため》に
|永遠《とこしへ》の|妻《つま》ならなくに|悲《かな》しもよ
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神示《のり》|重《おも》くして
たとへ|我《われ》|万里《ばんり》の|遠《とほ》きに|離《はな》るとも
|汝《なれ》がまことは|永久《とは》に|忘《わす》れじ
|一度《ひとたび》の|水火《いき》と|水火《いき》との|結《むす》び|合《あは》せも
|御子《みこ》|生《うま》るまで|深《ふか》き|赤繩《えにし》よ
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|心《こころ》を|思《おも》ふ|時《とき》
われは|涙《なみだ》に|曇《くも》るのみなり
|玉野森《たまのもり》に|久《ひさ》しく|待《ま》たせ|給《たま》ひたる
|比女《ひめ》に|対《こた》へむ|言葉《ことば》|如何《いか》にせむ
|荒野原《あらのはら》|万里《ばんり》の|旅《たび》に|立《た》ちながら
|思《おも》ふは|今日《けふ》の|別《わか》れなるべし
|生《あ》れし|御子《みこ》の|生長《なりたち》さへも|知《し》らずして
|万里《ばんり》の|旅《たび》に|立《た》つ|身《み》は|苦《くる》しき
|八十柱《やそはしら》|比女神《ひめがみ》たちに|次々《つぎつぎ》に
|逢《あ》ひつ|別《わか》れつ|苦《くる》しき|我《われ》なり
|木石《ぼくせき》にあらぬ|身《み》なれば|我《われ》とても
もののあはれは|悟《さと》り|居《を》るなり
|固《かた》まり|初《そ》めし|真鶴《まなづる》の|国《くに》|今《いま》|生《あ》れし
|御子《みこ》を|残《のこ》して|立《た》たむ|苦《くる》しさ
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》も|栄《さか》えよ|白梅《しらうめ》も
|時《とき》じく|匂《にほ》へわれはなくとも
|凰《おほとり》も|田鶴《たづ》も|家鶏鳥《かけす》も|諸鳥《ももとり》も
この|神山《かみやま》に|常永《とは》にうたへよ
|迦陵頻伽《からびんが》|清《すが》しき|声《こゑ》も|今日《けふ》よりは
|聴《き》くすべなしと|思《おも》へば|惜《を》しまる
|千木《ちぎ》|高《たか》く|清《きよ》く|建《た》ちたる|玉野宮《たまのみや》に
|別《わか》る|思《おも》へばわが|胸《むね》さびしも
わが|行《ゆ》かむ|西方《にしかた》の|国土《くに》は|地《つち》|稚《わか》し
|如何《いか》にせむかとこころ|悩《なや》めり
|真鶴国《まなづるくに》の|神人等《かみたち》の|心《こころ》|治《をさ》めむと
われは|御前《みまへ》に|神言《かみごと》|祈《の》れり
|天津御祖《あまつみおや》|◎《ス》の|大神《おほかみ》の|誠《まこと》こそ
|神人《かみ》の|習《なら》ひて|進《すす》むべき|道《みち》よ』
(昭和八・一一・二六 旧一〇・九 於高天閣 出口王仁識)
太元顕津男の神
|本書《ほんしよ》|紫微天界《しびてんかい》を|説《と》くに|当《あた》り、|同天界《どうてんかい》に|於《お》ける|国土生《くにう》み|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》に|関《かん》して、|最《もつと》も|関係《くわんけい》の|深《ふか》き|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|神名《みな》に|就《つ》いて、|言霊学上《ことたまがくじやう》より|略解《りやくかい》を|試《こころ》むる|必要《ひつえう》を|感《かん》じたれば、その|一言々々《いちごんいちごん》に|依《よ》りて|活用《はたらき》を|示《しめ》し|置《お》くなり。
オホモト|四言《しげん》の|言霊解《ことたまかい》は、|大正《たいしやう》|八年《はちねん》|九月《くぐわつ》の「|神霊界《しんれいかい》」|雑誌《ざつし》「おほもと」|号《ごう》に|略述《りやくじゆつ》しおきたれども、|種々《しゆじゆ》|訂正《ていせい》すべき|箇所《かしよ》|多《おほ》く、|且《かつ》|茫漠《ばうばく》として、|捕捉《ほそく》するに|難《かた》き|点《てん》|多々《たた》あれば、|今回《こんくわい》|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|神名《みな》を|解釈《かいしやく》せむとする|機会《きくわい》に|際《さい》し、|今《いま》|改《あらた》めて|其《その》|真相《しんさう》を|言霊学《ことたまがく》の|上《うへ》より|説明《せつめい》を|加《くは》へ、|以《もつ》て|瑞霊神《ずゐれいしん》の|御職掌《ごしよくしやう》を|明示《めいじ》せむと|欲《ほつ》するものなり。
|太元《おほもと》|即《すなは》ちオホモトの|言霊《ことたま》を|略解《りやくかい》すれば、
オ|声《ごゑ》は、ア|行《ぎやう》の|第二段《だいにだん》に|位《くらゐ》して|即《すなは》ち|出《いづ》なり、|厳《いづ》|也《なり》、|稜威《いづ》なり。|総《すべ》てア|行《ぎやう》は|天位《てんゐ》にして、|父音《ふおん》なり、|母音《ぼおん》なり。アオウエイの|五音《ごおん》は|何《いづ》れも|横音《よこおん》に|響《ひび》くなり。|是《これ》を|天津祝詞《あまつのりと》には|筑紫之日向之橘《つくしのひむかのたちばな》の|大戸《おど》(音)と|示《しめ》されたり。
オ声の言霊
|起《おこ》る|也《なり》、|貴《たふとき》|也《なり》、|高《たかき》|也《なり》、|於《うえ》なり、|興《おこ》し|助《たす》くる|也《なり》、|大気《たいき》|也《なり》、|大成《たいせい》|也《なり》、|億兆之分子《おくてうのぶんし》を|保有《ほいう》し|且《か》つ|分子《ぶんし》の|始終《しじう》を|知《し》る|也《なり》。|心《こころ》の|関門《きど》|受納《うけいれ》の|義《ぎ》|也《なり》、|真《しん》と|愛《あい》の|引力《いんりよく》|也《なり》、|権利《けんり》|強烈《きやうれつ》なり、|先天之気《チチハハノモノ》|也《なり》、|大地《だいち》を|包蔵《はうざう》し|居《を》る|也《なり》、|漸次《ぜんじ》に|来《きた》りて|凝固《ぎようこ》する|也《なり》、|外及《とにある》|也《なり》|等《とう》の|言霊活用《ことたまくわつよう》を|有《いう》せり。
ホ声の言霊
|天地万有《てんちばんいう》の|始《はじめ》なり、|母《はは》なり、|矛《ほこ》なり、|隠門《ほと》なり、|臍《ほぞ》なり、|ヽ《ほち》|也《なり》、|袋《ふくろ》なり、|日《ひ》の|霊《れい》なり、|上《うへ》に|顕《あらは》る|言霊《ことたま》なり、|天《てん》の|心《こころ》なり、|照《て》り|込《こ》む|義《ぎ》なり、|火《ひ》の|水《みづ》に|宿《やど》る|也《なり》、|掘《ほる》なり、|帆《ほ》なり、|父《ちち》なり、|太陽《たいやう》の|名分《めいぶん》なり、|心《こころ》に|写《うつ》るなり、|恋《こ》ふる|也《なり》、|見止《みとどま》る|也《なり》|等《とう》|種々《しゆじゆ》の|活用《はたらき》あり。
モ声の言霊
|舫《もや》ふなり、|塊《かたま》るなり、|亦《また》なり、|者《もの》なり、|累《かさね》なり、|与《く》むなり、|円満《ゑんまん》を|主《つかさ》どるなり、|下《した》に|働《はたら》くなり、|世《よ》の|芽出《めだ》しなり、|天之手《あめのて》なり、|数寄《すうよ》り|数成《すうな》る|也《なり》、|伸縮《しんしゆく》|有《あ》る|也《なり》、|遂《つひ》に|凝固《ぎようこ》して|物《もの》と|成《な》るなり、|本元《ほんげん》なり、|土《つち》の|上面《じやうめん》なり、|水《みづ》の|座《ざ》なり、|分子《ぶんし》の|精《せい》なり|等《とう》|種々《しゆじゆ》の|活用《はたらき》あり。
ト声の言霊
|男《をとこ》なり、|轟《とどろ》くなり、|解《と》くなり、|基《もとゐ》なり、|人《ひと》なり、|昇《のぼる》|也《なり》、|万物《ばんぶつ》の|種《たね》を|司《つかさ》どつて|一《いち》より|百千万《ももちよろづ》の|数《すう》を|為《な》す。タ|行《ぎやう》は|総《すべ》て|前駆《ぜんく》の|意義《いぎ》あり、|十《とう》|也《なり》、|能《よ》く|産《う》み|出《だ》す|也《なり》、|結《むす》び|徹《とほ》り|足《た》る|也《なり》、|皆《みな》|治《をさ》まる|也《なり》、|結《むす》びの|司《つかさ》|也《なり》、|形《かたち》の|本源《ほんげん》なり、|八咫《やあた》に|走《はし》る|也《なり》、|世《よ》の|位《くらゐ》なり|等《とう》|種々《しゆじゆ》の|活用《はたらき》あり。
ア声の言霊
|天《てん》|也《なり》、|地《ち》|也《なり》、|現《あらはるる》|也《なり》、|無《む》にして|有《いう》|也《なり》、|顕出《あらはれいづる》|也《なり》、|世《よ》の|中心《ちうしん》|也《なり》、|大物主《おほものぬし》|也《なり》、|昼《ひる》|也《なり》、|御中主《みなかぬし》|也《なり》、|地球《ちきう》なり、|円象入眼《ゑんしやうにふがん》なり、|光線《くわうせん》の|力《ちから》を|顕《あらは》す|也《なり》、|眼《め》に|留《とどま》るなり、|顕《けん》の|形《かたち》なり、|近《ちか》く|見《み》る|也《なり》、|大本《たいほん》|初頭《しよとう》なり、|名《な》の|魂《たましひ》なり、|大母公《おほみはは》なり、|普《あまね》くして|仁慈《アマミ》|也《なり》、|◎《ス》の|本質《ほんしつ》|也《なり》、|心《こころ》の|魂《たましひ》なり、|其《その》|方面《はうめん》を|見《み》る|也《なり》、|低《ひく》く|居《を》る|也《なり》、|全体《ぜんたい》|成就《じやうじゆ》|現在《げんざい》なり、|幽《いう》の|形《かたち》|也《なり》、|遠《とほ》く|達《たつ》す|也《なり》、|陽熱《やうねつ》|備《そなは》る|也《なり》、アツクマリホトリマル|也《なり》、|悉皆帰之《しつかいヲサマル》|也《なり》、|隠《かく》れ|入《い》る|義《ぎ》なり、|夜《よる》|也《なり》、|一切含蔵《いつさいがんざう》する|也《なり》。
キ声の言霊
|上《うへ》|無《な》き|言霊《ことたま》|也《なり》、|君《きみ》なり、|一《ひと》ツに|尽《つく》し|極《きは》め|居《を》る|也《なり》、|貫《つらぬ》き|続《つづ》き|居《を》る|也《なり》、スミキリなり、|世《よ》を|一眼《ひとめ》に|見定《みさだ》め|居《を》る|也《なり》、|霊魂球之精機《ミタマノキ》|也《なり》、|霊魂現之神機《みたまうつつのしんき》|也《なり》、|打《う》ち|返《かへ》す|也《なり》、|立返《たちかへ》す|也《なり》、|世《よ》を|統《す》べ|極《きは》まり|居《を》る|也《なり》、|持《も》たざる|物《もの》|無《な》き|也《なり》、|世《よ》の|極祖極元《きよくそきよくげん》の|真《しん》|也《なり》、|現在《げんざい》|世《よ》を|統《す》べ|主《つかさ》どり|居《を》る|也《なり》、|世《よ》を|子《こ》に|持《も》つなり、|本《もと》を|結《むす》び|結《むす》べ|極《きは》まる|也《なり》、|限《かぎ》り|極《きは》まり|帰《かへ》る|也《なり》、|人心《じんしん》|一切《いつさい》に|帰《き》する|也《なり》、|神霊魂之極元府《しんれいこんのきよくげんふ》|也《なり》、|極母《きよくぼ》なり、|下《した》に|這《は》ひ|渡《わた》るなり、|世界一切《せかいいつさい》に|帰《き》し|居《を》る|也《なり》、|動植一切《どうしよくいつさい》を|握《にぎ》り|居《を》る|也《なり》、|打《う》ち|砕《くだ》く|也《なり》、|築《きづ》き|堅《かた》むる|也《なり》、イ|声《ごゑ》の|極上《ツカサ》なり、|下《しも》を|助《たす》くる|義《ぎ》なり、|機《き》|也《なり》、|木《き》|也《なり》、|城《き》なり、|生《き》なり、|精《き》なり、|気《き》なり。
ツ声の言霊
|強《つよ》き|也《なり》、|続《つづ》く|也《なり》、|機臨《サシ》の|大元《たいげん》なり、|速力《そくりよく》の|極《きはみ》|也《なり》、|大造化《だいざうくわ》の|極力《きよくりよく》|也《なり》、テウの|結《むす》び|也《なり》、|突《つ》き|貫《ぬ》く|也《なり》、|皆《みな》|治《をさ》まる|也《なり》、|大金剛力《だいこんがうりき》|也《なり》、|帰《かへ》る|事《こと》|無《な》き|也《なり》、|天神心気機地妙体不離《ウボスレギアオウエイ》|也《なり》、|是《これ》をツと|謂《い》ふ。|実相真妙《じつさうしんめう》|是《これ》をツと|曰《い》ふ。|間断《かんだん》|無《な》き|也《なり》、|玉《たま》の|蔵《くら》|也《なり》、|霊々神々赫々《ツララギアル》|也《なり》、|平均《ナレ》の|極《ツカサ》|也《なり》、|◎《ス》の|編羅紋《アヤ》|也《なり》、|是《これ》をツと|曰《い》ふ、|此《この》ツを|身《み》に|私《わたくし》するを|罪《つみ》と|曰《い》ふ|也《なり》、|智量之府《てりのみやこ》|也《なり》、|敢《あへ》て|生死《せいし》|無《な》き|也《なり》、|機関《きくわん》の|太元《たいげん》|也《なり》、|大元明王《だいげんみやうわう》なり、|決断力《けつだんりよく》|也《なり》、|凝縮《こりちぢ》まる|也《なり》、|宇《う》の|全象《ぜんしやう》を|保《たも》つ|也《なり》、|産霊《むすび》の|大元《たいげん》|也《なり》、|切《き》り|離《はな》す|也《なり》、|対偶力《トロロギ》|也《なり》、|螺旋力《ツララギ》|也《なり》、|照応力《テレレギ》|也《なり》、|極度循環力《スルルキ》|也《なり》。
ヲ声の言霊
|結《むす》びて|一《いち》と|成《な》る|也《なり》、|食《を》|也《なり》、シシモノ|也《なり》、|霊魂脈管《タマシヒ》|也《なり》、ウオの|結《むす》び|也《なり》、|霊《たま》の|緒《を》|也《なり》、|形《かたち》を|使役《しえき》|為《な》す|也《なり》、|自在《じざい》に|使役《しえき》|為《な》す|也《なり》、|尾《を》なり、|細長《ほそなが》き|形《かたち》なり、|緒《を》なり、|長《をさ》|也《なり》、|治《をさ》まる|也《なり》、|教《をしへ》|也《なり》、|躍《をどる》|也《なり》、|祭令守《マツリマモラシム》|也《なり》、マツヲレツク|也《なり》、|居《を》る|也《なり》、|己《おのれ》|也《なり》、|呼声《よぶこゑ》|也《なり》、をめく|声《こゑ》なり。|向《むか》ふものを|緒《を》を|以《も》て|繋《つな》ぎ|引《ひ》き|御《ぎよ》する|義《ぎ》|也《なり》、|男《をとこ》の|陰茎《ヲ》|也《なり》。|唏承諾《ヲヲヲ》|也《なり》、|上命下諾《オオ》|也《なり》、|大気《オ》の|一条《ひとすぢ》|也《なり》、|青《あを》|也《なり》、|劣《おと》り|降《くだ》る|也《なり》、|別派《べつぱ》の|形《かたち》|也《なり》、|解《と》き|分《わ》け|掌《つかさど》る|也《なり》、|遠《とほ》く|至《いた》る|所《ところ》|也《なり》、|息《いき》|也《なり》。
|以上《いじやう》の|言霊解《ことたまかい》に|由《よ》りて、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|御名義《ごめいぎ》、|御活動《ごくわつどう》の|大要《たいえう》を|窺知《きち》し|得《う》べきなり。
(昭和八・一一・二六 旧一〇・九 於更生館 出口王仁識)
第一一章 |魂反《たまがへ》し〔一九〇五〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|御魂《みたま》を|招《まね》くとして、|八種《やくさ》の|神歌《みうた》を|歌《うた》ひ、|鎮魂祭《ちんこんさい》を|行《おこな》ひ|玉《たま》ふその|御歌《みうた》。
(一)
アチメ オオオオ アメツチニ
キユラカスハ サユラカス カミハカモ
カミコソハ キネキコウ キユラカス
(二)
アチメ オオオオ イソノカミ
フルノヤシロノ タチモカト
ネカフソノコニ ソノタテマツル
(三)
アチメ オオオ サツヲラガ
モタキノマユミ オクヤマニ
ミカリスラシモ ユミノハスユミ
(四)
アチメ オオオ ノボリマス
トヨヒルメガ ミタマホス
モトハカナホコ スエハキホコ
(五)
アチメ オオオ ミワヤマニ
アリタテル チガサヲ
イマサカエデハ イツカサカエム
(六)
アチメ オオオ ワキモコガ
アナシノヤマノ ヤマヒトト
ヒトモミルカニ ミヤマカツラセヨ
(七)
アチメ オオオ タマハコニ
ユウトリシデテ タマチトラセヨ
ミタマカリ タマカリマカリ
マシシカミハ イマゾキマセル
(八)
アチメ オオオ ミタマカリ
イニマシシカミハ イマゾキマセル
タマハコモチテ サリタルミタマ タマカヤシスヤナ
|斯《か》く|招魂《せうこん》の|神歌《みうた》をうたひ|給《たま》ふや、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|神霊《しんれい》|忽《たちま》ち|感応来格《かんおうらいかく》して、|春風《しゆんぷう》|到《いた》り|芳香《はうかう》|薫《くん》じ、|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》は|前後《ぜんご》|左右《さいう》に|揺《ゆ》れ|動《うご》きて、|他神《たしん》の|目《め》にも|歴然《れきぜん》と|御姿《みすがた》を|拝《はい》し|得《う》るに|至《いた》れり。|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》はく。
『|神去《かむさ》りし|如衣比女神《ゆくえひめがみ》は|大前《おほまへ》に
|珍《めづら》し|御姿《かげ》を|顕《あらは》し|給《たま》へり
|我《われ》と|倶《とも》に|在《あ》りし|其《そ》の|日《ひ》と|比《くら》ぶれば
|一入《ひとしほ》|御姿《すがた》たふとくおはすも
|四柱《よはしら》の|御子《みこ》|生《う》みをへし|今日《けふ》の|日《ひ》を
|祝《いは》ひて|比女《ひめ》の|御魂《みたま》|招《まね》きぬ
|霊界《れいかい》によし|坐《ま》しますともわが|造《つく》る
|紫微天界《たかあまはら》を|守《まも》らせたまへ
|如衣比女《ゆくえひめ》|神《かみ》の|神去《かむさ》りましてより
われは|心《こころ》を|建《た》て|直《なほ》したり
|公《きみ》の|魂《たま》わが|身辺《しんぺん》を|守《まも》りますか
|今日《けふ》まで|事無《ことな》く|神業《みわざ》|仕《つか》へし
|朝夕《あさゆふ》に|公《きみ》を|慕《した》ひしわが|霊《たま》も
|神業《みわざ》せはしくかへりみざりき
|漸《やうや》くに|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|生《な》りたれば
|公《きみ》の|功《いさを》をおもひてまねきし
|在《あ》りし|日《ひ》の|事《こと》|思《おも》ひ|出《い》で|比女《ひめ》の|魂《たま》を
わが|真心《まごころ》に|招《お》ぎ|奉《まつ》りける』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神霊《しんれい》は、しとやかに|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|何言《なにごと》も|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》ぞ
|御魂《みたま》となりてわれ|仕《つか》へゐるも
|瑞御霊《みづみたま》われを|招《まね》かす|真心《まごころ》に
ほだされ|此処《ここ》に|降《くだ》りつるはや
|八雲《やくも》|立《た》つ|出雲《いづも》の|雲《くも》の|八重雲《やへくも》を
かきわけ|玉藻《たまも》の|山《やま》に|降《くだ》りし
|身体《からたま》は|大蛇《をろち》に|呑《の》まれ|失《う》するとも
わが|魂線《たましひ》の|生命《いのち》は|永久《とは》なり
|中津滝《なかつたき》にわが|魂線《たましひ》は|洗《あら》はれて
|罪穢《つみけが》れなき|今日《けふ》の|身軽《みがる》さ
|幽界《かくりよ》に|吾《われ》|生《い》き|生《い》きて|瑞御霊《みづみたま》
|大御神業《おほみみわざ》を|守《まも》りまつらむ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》の|生《お》ひ|先《さ》き|朝夕《あさゆふ》に
|岐美《きみ》の|御霊《みたま》と|思《おも》ひて|守《まも》らむ
|頼《たの》みなき|顕世《うつしよ》を|吾《われ》のがれ|出《い》でて
|永久《とは》の|生命《いのち》の|天国《みくに》に|栄《さか》えつ
|八十比女神《やそひめがみ》|御魂《みたま》|守《まも》りて|主《ス》の|神《かみ》の
よさしの|神業《みわざ》あななひまつらむ
いざさらば|雲路《くもぢ》を|別《わ》けて|帰《かへ》るべし
|主《ス》の|神《かみ》います|天津高宮《あまつたかみや》へ
|恋《こ》ひなづむ|心《こころ》なけれど|別《わか》れゆく
このたまゆらの|惜《を》しまるるかな』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|果《は》てしなき|紫微天界《たかあまはら》の|中《うち》にして
|水火《いき》と|水火《いき》とを|合《あは》せたる|公《きみ》よ
|天路《あまぢ》はろか|下《くだ》り|来《き》まして|今《いま》|直《す》ぐに
|帰《かへ》らす|公《きみ》を|惜《を》しくも|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》のよさしの|神業《みわざ》をへぬれば
われも|天界《みくに》に|昇《のぼ》らむと|思《おも》ふ
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》|主《ス》の|神《かみ》の
|御前《みまへ》|恋《こ》ふしくわれなりにけり
|真鶴《まなづる》の|国《くに》はやうやく|生《うま》れたり
この|行《ゆ》く|先《さ》きの|悩《なや》みを|如何《いか》にせむ
さまざまの|悩《なや》みにあひて|国土《くに》|造《つく》る
われをたすけよ|如衣比女《ゆくえひめ》の|御魂《みたま》』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|軽《かろ》き|御姿《みすがた》を|現《あらは》しながら、|御空《みそら》の|雲《くも》を|押《お》し|別《わ》け|神馬《しんめ》に|跨《またが》り、いういうとして、|天津高日《あまつたかひ》の|宮《みや》のあなたをさして|帰《かへ》らせ|給《たま》ひぬ。
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は、そのやさしく|神々《かうがう》しき|御姿《みすがた》を|拝《はい》しまつりて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|畏《かしこ》しや|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》の|神《かみ》の|御魂《みたま》
|紫微宮《しびきう》の|状《さま》を|具《つぶ》さに|宣《の》らせり
|仰《あふ》ぎみるさへも|眩《まばゆ》きばかりなる
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》の|姿《すがた》たふとき
|生死《いきしに》の|差別《けぢめ》さへなき|天界《てんかい》と
|悟《さと》りてわれは|神世《みよ》を|楽《たの》しむ
|死《まか》りたる|神《かみ》も|姿《すがた》を|現《あらは》して
|言霊《ことたま》|宣《の》らす|神世《みよ》ぞ|畏《かしこ》し
|朝夕《あさゆふ》を|玉《たま》の|泉《いづみ》に|禊《みそぎ》して
|清《きよ》まりし|目《め》にうつらす|御姿《みすがた》
|魂《たましひ》は|幾万代《いくよろづよ》の|末《すゑ》までも
|生《い》きてはたらく|由《よし》を|悟《さと》りぬ
|吾《われ》は|今《いま》|年《とし》さびぬれど|魂線《たましひ》の
|生命《いのち》の|若《わき》きを|思《おも》へば|楽《たの》しも
|生替《いきかは》り|死替《しにかは》りつつ|神《かみ》の|世《よ》に
|永久《とは》に|仕《つか》へて|国土《くに》を|守《まも》らむ
|中津滝《なかつたき》の|大蛇《をろち》の|腹《はら》に|葬《は》ふられし
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》は|生《い》きてゐませし
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|悲《かな》しき|御心《みこころ》を
|思《おも》へば|知《し》らず|涙《なみだ》こぼるる
|鶏《とり》の|尾《を》の|長《なが》の|別《わか》れと|思《おも》ひてし
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》に|岐美《きみ》はあひませり』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神去《かむさ》りし|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》の|御姿《みすがた》を
いま|目《ま》のあたり|拝《をが》みて|驚《おどろ》きぬ
かねてよりかかる|例《ためし》のある|事《こと》は
|聞《き》けども|今更《いまさら》おどろきにけり
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》に|仕《つか》へます
|如衣比女神《ゆくえひめがみ》の|御姿《みすがた》|清《すが》しも
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御心《みこころ》|推《お》しはかり
われは|思《おも》はず|涙《なみだ》にくれたり
|生《い》き|生《い》きて|神《かみ》の|御殿《みとの》に|仕《つか》へます
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》の|幸《さち》を|思《おも》ふも
|愛善《あいぜん》の|天界《てんかい》なれば|◎《ス》の|神《かみ》の
|厚《あつ》き|心《こころ》に|護《まも》られにけむ
|生死《いきしに》のなき|天界《てんかい》に|玉《たま》の|緒《を》の
|生命《いのち》を|保《たも》つ|身《み》こそ|幸《さち》なれ』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|玉藻山《たまもやま》の|上《うは》つ|岩根《いはね》の|清庭《すがには》に
|天降《あも》りて|御言《みこと》|宣《の》り|給《たま》ふ|比女《ひめ》よ
|隠《かく》り|世《よ》に|坐《い》ませし|神《かみ》の|瑞御霊《みづみたま》の
|生言霊《いくことたま》によみがへり|坐《ま》しぬ
たまきはる|生命《いのち》を|常永《とは》に|天国《てんごく》に
|保《たも》ちて|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|比女神《ひめがみ》よ
|愛善《あいぜん》の|光《ひかり》と|徳《とく》に|充《み》たされし
|神国《みくに》の|神人《かみ》の|姿《すがた》やさしも
|御子生《みこう》みの|神業《かむわざ》をへて|神国《かみくに》に
のぼりし|神人《かみ》の|姿《すがた》|生《い》きたり
|玉藻山《たまもやま》の|此《こ》の|清庭《すがには》に|天降《あも》りたる
|如衣比女神《ゆくえひめがみ》のいとしき|心《こころ》よ
|瑞御霊《みづみたま》の|神《かみ》の|心《こころ》の|雄々《をを》しさよ
すべての|執着《おもひで》を|打《う》ち|払《はら》ひつつ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|足引《あしびき》の|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》に|禊身《みそぎ》して
|死《まか》りし|神人《かみ》に|逢《あ》ひし|不思議《ふしぎ》さ
|死《まか》りたる|神人《かみ》と|思《おも》ひしを|目《ま》のあたり
|生《い》ける|御姿《みすがた》|拝《をが》みけるかも
|玉《たま》の|緒《を》の|生《い》きの|命《いのち》の|果《は》てしなきを
|見《み》つつ|天界《みくに》に|生《あ》れしを|嬉《うれ》しむ
|真鶴《まなづる》の|国《くに》|生《あ》れ|出《い》でし|目出度《めでた》さに
|天降《あも》り|坐《ま》しけむ|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》は|嘸《さぞ》かし|嬉《うれ》しからむ
|国魂神《くにたまがみ》の|子《こ》やすく|生《う》まして
|御子《みこ》|生《あ》れし|玉藻《たまも》の|山《やま》の|頂上《いただき》に
|玉《たま》の|神《かみ》の|子《こ》|生《あ》れし|嬉《うれ》しさ
みまかりし|神《かみ》も|御山《みやま》に|降《くだ》りきて
|御子《みこ》|生《あ》れますを|寿《ことほ》ぎ|玉《たま》へり』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|久方《ひさかた》の|空《そら》にも|御橋《みはし》の|架《かか》れるか
|如衣比女神《ゆくえひめがみ》|往来《ゆきき》ましけり
|久方《ひさかた》の|天《あめ》の|浮橋《うきはし》|渡《わた》らひて
|天津高宮《あまつたかみや》に|帰《かへ》らす|女神《めがみ》はも
|真鶴《まなづる》の|国《くに》やうやくに|固《かた》まりて
|死《まか》れる|神《かみ》もことほぎに|来《きた》る
|目出度《めでた》さの|限《かぎ》りなるかも|真鶴《まなづる》の
|国魂神《くにたまがみ》は|産声《うぶごゑ》|冴《さ》えにつ
|瑞御霊《みづみたま》|御魂反《みたまがへ》しの|宣《の》り|言《ごと》に
|如衣比女神《ゆくえひめがみ》|天《あま》かけり|来《き》ませる
|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》の|力《ちから》|今更《いまさら》に
|覚《さと》らひにけり|魂反《たまがへ》しの|祝詞《のりと》に
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|正《ただ》しき|神司《みつかさ》の
|生言霊《いくことたま》の|神妙《くしび》なるかも』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『かくり|世《よ》の|神《かみ》も|来《きた》りて|玉藻山《たまもやま》
|御子《みこ》|生《あ》れし|日《ひ》をことほぎ|玉《たま》へり
|神妙《くすし》くもあるかな|既《すで》に|身死《みまか》りし
|神《かみ》も|天降《あも》りて|国《くに》を|祈《いの》らす
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|苦《くる》しき|御心《みこころ》を
|偲《しの》びまつれば|吾《われ》|堪《た》へ|難《がた》きも
|地《つち》|稚《わか》き|国土《くに》は|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|固《かた》まりて
|隠世《かくりよ》の|神《かみ》さへ|天降《あも》り|坐《ま》しぬる』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|魂機張《たまきは》る|神人《かみ》の|神言《みこと》の|尊《たふと》さよ
|生死一如《いきしにひとつ》に|栄《さか》え|果《は》てなき
|万有《ものみな》の|主宰《つかさ》と|現《あ》れし|神人《かみ》の|身《み》は
とこしへまでも|亡《ほろ》びざるべし
|常遠《とことは》の|生命《いのち》|保《たも》ちて|天界《かみくに》の
|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|神人《かみ》ぞ|幸《さち》なる
|鎮魂《たましづ》の|八種《やくさ》の|神言《かみごと》|宣《の》りまして
|死《まか》れる|神人《かみ》を|招《お》ぎ|給《たま》ひしはや
|言霊《ことたま》の|天照《あまて》り|助《たす》くる|国《くに》なれば
|斯《か》かる|例《ためし》もあるべかりける
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》の|生《あ》れますこの|山《やま》に
|鶴《つる》のうたへる|声《こゑ》は|澄《す》めるも
|幾千年《いくちとせ》|万年《よろづとせ》まで|姫命《ひめみこと》
しづまりいまして|国土《くに》|守《まも》りませ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天国《てんごく》は|尊《たふと》き|国《くに》よ|甘美《うま》し|国《くに》よ
|常永《とは》に|生死《いきしに》の|境《さかひ》なければ
|生《い》き|生《い》きて|生《い》きの|栄《さか》えの|果《は》てしなき
|天津神国《あまつみくに》の|住居《すまゐ》たのしも
|吾《われ》は|今《いま》|生死一如《いきしにひとつ》の|真諦《まさみち》を
|悟《さと》りて|心《こころ》|勇《いさ》み|立《た》つなり
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆはろばろと
|天降《あも》りし|神《かみ》の|心《こころ》|愛《うる》はし
|愛善《あいぜん》の|天津神国《あまつみくに》の|真諦《まさみち》を
いま|目《ま》のあたり|見《み》つつ|楽《たの》しも
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》は|永久《とは》に|亡《ほろ》びざるを
|覚《さと》る|今日《けふ》こそ|楽《たの》しき|吾《われ》なり
|地《つち》|稚《わか》き|玉藻《たまも》の|山《やま》の|山《やま》の|尾《を》に
|死《まか》りし|神《かみ》の|御姿《みかげ》をがめり
|瑞御霊《みづみたま》の|生言霊《いくことたま》の|味《あぢ》はひに
|天降《あも》り|給《たま》ひぬ|如衣比女神《ゆくえひめがみ》は
|愛《あい》の|善《ぜん》|信《しん》の|真《しん》をも|旨《むね》として
|生《あ》れし|天国《みくに》は|歓喜《よろこび》の|園《その》なり
とこしへの|生命《いのち》を|保《たも》つ|天界《かみくに》に
|生《うま》れし|幸《さち》をたふとみ|思《おも》ふも』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|高《たか》しあらがねの
|大地《おほぢ》は|広《ひろ》し|生命《いのち》はながしも
|生死《いきしに》の|別《わか》ちなき|天界《よ》に|生《うま》れあひて
|楽《たの》しきものは|言霊《ことたま》の|幸《さち》なり』
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|地《つち》|稚《わか》き|真鶴国《まなづるくに》の|国中《くになか》に
|珍《めづら》しき|神事《みわざ》をろがみにけり
アチメオオ オオ|魂反《たまがへ》しの|行《わざ》に
|如衣比女神《ゆくえひめがみ》|天降《あも》りましけり』
(昭和八・一一・二六 旧一〇・九 於更生館 出口王仁識)
第一二章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(一)〔一九〇六〕
|天地《てんち》の|一切万有《いつさいばんいう》は、|総《すべ》て|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|活用《はたらき》によりて|生《うま》れ|出《い》でたるものなる|事《こと》は、|前巻《ぜんくわん》|既《すで》に|述《の》べたるが|如《ごと》し。|例《たと》へばカコクケキの|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて|烏《からす》、|家鶏鳥《かけどり》、|鵲《かささぎ》|等《とう》の|鳥族《てうぞく》|生《な》り|出《い》で、|其《その》|声音《せいおん》も|亦《また》カコクケキを|発《はつ》するは|其《その》|象徴《しやうちよう》なり。|雀《すずめ》、|鼠《ねづみ》、|其《その》|他《た》の|禽獣《きんじう》は、タトツテチの|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて|生《うま》れたるをもつて、|今《いま》に|其《その》|声音《せいおん》を|保《たも》ち、|猫《ねこ》の|如《ごと》きはナノヌネニに|生《うま》れ、|牛《うし》の|如《ごと》きはマモムメミより、|馬《うま》の|如《ごと》きはハホフヘヒより、|犬《いぬ》の|如《ごと》きはワヲウヱヰより、|其《その》|他《た》|各《かく》|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》は|生《うま》れたる|言霊《ことたま》の|声音《せいおん》を|万世《ばんせい》に|通《つう》じて|発《はつ》するものなり。
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|真鶴国《まなづるくに》の|修理固成《しうりこせい》やや|緒《ちよ》につきたれば、|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を|宣《の》り|給《たま》ひて、|天界《てんかい》に|必要《ひつえう》なる|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》|及《およ》び|木草《きくさ》のはしに|至《いた》るまで、|生言霊《いくことたま》の|水火《いき》によりて|生《う》み|出《い》で|給《たま》ひたるこそ|畏《かしこ》けれ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
|百《もも》の|翼《つばさ》はなり|出《い》でにけり
|畏《かしこ》くも|生言霊《いくことたま》の|天照《あまて》りて
|国土《くに》は|次《つ》ぎ|次《つ》ぎ|固《かた》まりにける
|冴《さ》えわたるスの|言霊《ことたま》に|天地《あめつち》を
|包《つつ》みし|雲《くも》も|消《き》え|失《う》せにける
|立《た》つ|雲《くも》のかげも|消《き》えたり|言霊《ことたま》の
|御稜威《みいづ》は|天地《あめつち》に|澄《す》みきらひつつ
|長《なが》き|世《よ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|言霊《ことたま》の
|水火《いき》は|栄《さか》えて|生命《いのち》を|守《まも》らむ
|花《はな》|咲《さ》きて|稔《みの》り|豊《ゆた》けき|国原《くにはら》は
スの|言霊《ことたま》の|幸《さちは》ひにこそ
まろまろとわが|言霊《ことたま》は|響《ひび》くなり
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|柔《やはら》かにして
|安国《やすくに》と|治《をさ》め|澄《す》まさむ|言霊《ことたま》の
|厳《いづ》の|力《ちから》を|腹《はら》に|充《み》たして
|若草《わかぐさ》の|妻《つま》は|御子《みこ》をば|生《う》ましけり
この|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|柱《はしら》と
いすくはし|生言霊《いくことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|森羅万象《すべてのもの》に|生命《いのち》ありけり
|木《き》に|草《くさ》におく|白露《しらつゆ》の|光《ひかり》さへ
|生言霊《いくことたま》の|水火《いき》のこもれる
|白雲《しらくも》の|墜居向伏《をりゐむかふ》すそのかぎり
|◎《ス》の|大神《おほかみ》の|御水火《みいき》に|生《うま》れし
|塵《ちり》|芥《あくた》|積《つも》り|積《つも》りて|地《つち》となり
|木草《きぐさ》の|種《たね》は|萌《も》え|出《い》づるなり
|賑《にぎは》しく|栄《さか》ゆる|国土《くに》は|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|力《ちから》の|功《いさを》なりけり
|日《ひ》も|月《つき》もスの|言霊《ことたま》の|御水火《みいき》より
|生《あ》れしを|思《おも》へば|畏《かしこ》くぞある
|水《みづ》|清《きよ》き|千条《ちすぢ》の|滝《たき》も|非時《ときじく》に
|宣《の》る|言霊《ことたま》はさやかなるかも
|五十鈴《いそすず》をふれるが|如《ごと》く|常磐樹《ときはぎ》の
こずゑは|風《かぜ》に|言霊《ことたま》|宣《の》るも
|生《い》き|生《い》きてまかるべきもの|一《ひと》つなき
わが|天界《かみくに》は|言霊《ことたま》の|国土《くに》よ
|美《うるは》しき|天津神国《あまつみくに》のなり|立《た》ちも
スの|言霊《ことたま》ぞはじめなりける
|国土《くに》|造《つく》り|御子《みこ》|生《う》む|神業《わざ》も|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|力《ちから》の|功《いさを》なりけり
スの|声《こゑ》は|総《すべ》てのものの|元津親《もとつおや》
|◎《ス》の|神《かみ》これに|現《あ》れましにける
|月《つき》も|日《ひ》も|澄《す》みきらひつつ|大空《おほぞら》に
|輝《かがや》きたまふも|言霊《ことたま》の|水火《いき》
|奴羽玉《ぬばたま》の|闇《やみ》も|晴《は》れゆく|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|力《ちから》の|大《おほ》いなるかな
|吹《ふ》く|風《かぜ》の|音《おと》にも|見《み》ゆる|言霊《ことたま》の
|強《つよ》き|力《ちから》のたふとき|功《いさを》よ
|蒸《む》しわかし|天地《あめつち》なりし|其《その》|元《もと》は
|水火《いき》と|水火《いき》とのむすびなりけり
ゆがみなき|誠心《まことごころ》の|言霊《ことたま》は
|生《い》きて|活用《はたら》きすべてを|生《う》ませり
|美《うるは》しき|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
この|天界《かみくに》は|生《あ》れ|出《い》でしはや
ゑらゑらに|歓《ゑら》ぎ|賑《にぎ》はふ|言霊《ことたま》の
|水火《いき》と|水火《いき》とは|神《かみ》を|生《う》ませり
|景色《けしき》よき|真鶴国《まなづるくに》の|国形《くにがた》は
|皆《みな》|言霊《ことたま》ゆ|生《あ》れ|出《い》でしはや
|跼《せぐく》まりぬきあしなしつ|天地《あめつち》の
|中《なか》に|生《い》きたるわが|言霊《ことたま》よ
|光《て》り|照《て》りて|神国《みくに》を|清《きよ》むる|天津日《あまつひ》の
|光《ひかり》もいづの|言霊《ことたま》なりける
|音色《ねいろ》よき|虫《むし》の|鳴《な》く|声《こゑ》|耳《みみ》すませ
|聞《き》けばのこらず|言霊《ことたま》の|水火《いき》よ
|荒野原《あらのはら》|経廻《へめぐ》りここに|真鶴《まなづる》の
|生国原《いくくにはら》は|生《あ》れ|出《い》でにけり
|目出度《めでた》さの|限《かぎ》りなるかも|国魂《くにたま》の
|神《かみ》|生《あ》れましぬ|生言霊《いくことたま》に
|選《えら》まれて|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|生《うま》れたる
|我《われ》は|言霊《ことたま》の|局《つぼね》なるかも
|笑《ゑ》み|栄《さか》え|果《はて》しも|知《し》らぬ|喜《よろこ》びの
|国土《くに》|言霊《ことたま》に|永遠《とは》を|生《い》くるも
|起《お》きて|見《み》つ|寝《ね》てみつ|玉藻《たまも》の|山《やま》の|上《へ》に
|心《こころ》|楽《たの》しき|真鶴《まなづる》の|国《くに》
|衣手《ころもで》を|撫《な》でゆく|風《かぜ》も|言霊《ことたま》の
|水火《いき》と|思《おも》へば|尊《たふと》かりける
そよと|吹《ふ》く|風《かぜ》の|響《ひびき》も|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|力《ちから》の|幸《さちは》ひにこそ
|鳥《とり》|獣《けもの》|虫類《むしけら》までも|言霊《ことたま》を
のらざるはなし|神《かみ》の|御国《みくに》は
|野《の》に|山《やま》に|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|百花《ももばな》|千花《ちばな》|咲《さ》きみつるなり
ほのぼのと|遠山《とほやま》|霞《かす》み|近山《ちかやま》は
|緑《みどり》に|萌《も》ゆる|言霊《ことたま》さき|国《くに》よ
もろもろの|鳥《とり》|獣《けだもの》や|草木《くさき》|虫《むし》
|魚《うを》も|残《のこ》らず|生《う》みし|言霊《ことたま》
|夜昼《よるひる》の|差別《けぢめ》わかちて|万有《もろもろ》を
|動《うご》かせやすます|言霊《ことたま》の|幸《さち》よ
|面白《おもしろ》し|心《こころ》|爽《さや》けし|言霊《ことたま》の
|水火《いき》にみちたる|国土《くに》に|生《うま》れし
|国魂《くにたま》の|神《かみ》|生《あ》れましぬ|生代比女《いくよひめ》
|育《はぐ》くみまつれ|神《かみ》のちからに
|我《われ》は|今《いま》|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》みをへて
|西方《にしかた》の|国土《くに》いざや|拓《ひら》かむ
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》は|玉藻山《たまもやま》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|永遠《とは》に|仕《つか》へよ
|国中比古《くになかひこ》|神《かみ》は|国魂《くにたま》|神《かみ》|守《も》りて
|真鶴《まなづる》の|国《くに》を|永遠《とは》にひらかせ
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|南《みなみ》の|国原《くにはら》を
すべ|守《まも》ります|職掌《つとめ》なるぞよ
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|千代鶴姫御子《ちよつるひめみこ》の
|生《お》ひたたすまで|守《まも》りたまはれ
|美波志比古《みはしひこ》|神《かみ》は|往来《ゆきき》の|道芝《みちしば》を
|永遠《とは》に|守《まも》りて|神業《みわざ》たすけよ
|魂機張《たまきはる》|神《かみ》は|真鶴《まなづる》|国魂《くにたま》の
|命《みこと》を|守《まも》れ|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に
|万有《もろもろ》の|水火《いき》と|水火《いき》とを|結《むす》び|合《あは》せ
|国《くに》の|栄《さか》えを|永遠《とは》に|守《まも》らへ
|真鶴《まなづる》の|国《くに》に|生《な》り|出《い》づる|万有《もろもろ》に
|味《あぢ》はひ|与《あた》へて|世《よ》を|守《まも》りませ
いざさらば|我《われ》は|別《わか》れむ|玉藻山《たまもやま》
ふたたびふまむ|時《とき》|楽《たの》しみて』
|斯《か》く|生言霊《いくことたま》を|宣《の》らせつつ|玉野宮居《たまのみやゐ》の|神霊《しんれい》に|別《わか》れをつげ、|天《あめ》の|白駒《しらこま》にひらりと|跨《またが》り、|単騎《たんき》|出発《しゆつぱつ》せむとし|給《たま》ひしぞ|雄々《をを》しけれ。
『|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|雲《くも》の|彼方《かなた》にかすみたる
|西方《にしかた》の|国《くに》の|遥《はろ》けくもあるか
|国土《くに》を|生《う》み|御子《みこ》を|生《う》みつつ|果《はて》しなき
|旅《たび》ゆく|我《われ》はやすらふ|間《ま》もなし
|万代《よろづよ》の|基礎《もとゐ》を|定《さだ》むる|言霊《ことたま》の
わがゆく|旅《たび》に|曲《まが》なさやりそ
|久方《ひさかた》の|天《あめ》の|高日《たかひ》の|宮《みや》を|出《い》で
けながくなりし|国土生《くにう》みの|旅《たび》
わが|思《おも》ひはろけかりけり|◎《ス》の|神《かみ》の
います|宮居《みやゐ》にかへり|言《ごと》|申《まを》すまで
|八十比女《やそひめ》はあれどもわが|身《み》|一《ひと》つにて
|国魂《くにたま》|生《う》まむことの|苦《くる》しき
|御子《みこ》|生《う》まばすぐ|立《た》ち|出《い》づる|言霊《ことたま》の
わが|旅《たび》こそは|何《なに》かさみしき
|玉野比女《たまのひめ》|生代比女神《いくよひめがみ》のやさしかる
|心《こころ》|思《おも》ひて|去《さ》りがてに|居《ゐ》るも
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|鳴《な》く|鶴《つる》の
|声《こゑ》も|一入《ひとしほ》|今日《けふ》はかなしき
|家鶏鳥《かけどり》の|鳴《な》く|音《ね》も|曇《くも》る|心地《ここち》して
|名残《なごり》|惜《を》しみつ|別《わか》れむとすも
|行《ゆ》く|先《さき》は|如何《いか》にならむとわづらひつ
スの|言霊《ことたま》を|力《ちから》と|出《い》でゆかむ
|国土《くに》|稚《わか》き|大野《おほの》の|原《はら》をはしりゆく
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》のゆきもなやまむ
いざさらば|百神達《ももがみたち》よ|別《わか》れむと
|駒《こま》に|鞭《むち》うちいでむとしたまふ』
|茲《ここ》に|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》をはじめ、|御供《みとも》に|仕《つか》へ|来《きた》りし|神等《かみたち》は|別《わか》れを|惜《を》しみ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|乗《の》らせる|駒《こま》の|轡《くつわ》をとり、|暫《しば》しの|間《ま》と|引《ひ》きとめながら|名残《なごり》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一一・二七 旧一〇・一〇 於水明閣 加藤明子謹録)
第一三章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(二)〔一九〇七〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|白駒《しらこま》に|跨《またが》り、|西方《にしかた》の|国土《くに》を|指《さ》して、|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》に|立《た》たむとし|給《たま》ふや、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御馬《みうま》の|轡《くつわ》を|片御手《かたみて》に|採《と》り、|片御手《かたみて》に|御盃《みさかづき》を|捧《ささ》げて|訣別《わかれ》を|惜《を》しみつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|岐美《きみ》は|今《いま》|旅《たび》に|立《た》たすかも
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|御前《みまへ》に|仕《つか》へむ|吾《われ》は|淋《さび》しも
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|経綸《しぐみ》と|思《おも》へども
あまり|本意《ほい》なき|今日《けふ》の|訣別《わかれ》よ
|栄《さか》え|行《ゆ》く|国土《くに》の|秀《ほ》|見《み》つつ|出《い》で|立《た》たす
|岐美《きみ》の|心《こころ》を|愛《いと》しとおもへり
|立《た》ち|別《わか》れ|出《い》で|行《ゆ》く|岐美《きみ》を|懐《なつ》かしみ
|燃《も》ゆる|心《こころ》を|消《け》すすべもなし
|何事《なにごと》も|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》と
|思《おも》へど|苦《くる》しき|訣別《わかれ》なるかも
|白梅《しらうめ》の|花《はな》|白々《しろじろ》と|匂《にほ》へども
|岐美《きみ》なき|春《はる》は|淋《さび》しかるらむ
|真清水《ましみづ》に|心《こころ》|清《きよ》めて|岐美《きみ》が|行《ゆ》く
|道《みち》の|隈手《くまで》の|幸《さち》を|祈《いの》らむ
|八洲国《やしまぐに》|水火《いき》を|凝《こ》らして|国土《くに》を|生《う》み
|御子《みこ》|生《う》ます|岐美《きみ》の|雄々《をを》しくもあるか
|若草《わかぐさ》の|妻《つま》は|彼方此方《あちこち》|岐美《きみ》を|待《ま》てど
|忘《わす》れ|給《たま》ふな|玉野《たまの》の|比女《ひめ》を
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》は|国魂神《くにたまがみ》の|御子《みこ》
|育《はぐ》くみながら|岐美《きみ》|慕《した》ひまさむ
|霧《きり》|立《た》ちて|玉藻《たまも》の|山《やま》の|中腹《なかはら》に
|迷《まよ》ふを|見《み》ればわれはかなしも
|白雲《しらくも》の|向伏《むかふ》す|彼方《かなた》の|稚国土《わかぐに》に
|立《た》たさむ|岐美《きみ》を|思《おも》へば|悲《かな》しも
|千早《ちはや》|振《ふ》る|神《かみ》も|諾《うべな》ひ|給《たま》ふらむ
|今《いま》のかなしきわが|心根《こころね》を
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|曲神《まがかみ》|沢《さは》ありと
|聞《き》けば|一入《ひとしほ》|岐美《きみ》をあやぶむ
|昼《ひる》も|夜《よる》も|岐美《きみ》のみゆきに|幸《さち》あれと
|吾《われ》は|祈《いの》らむ|玉野宮居《たまのみやゐ》に
|瑞御霊《みづみたま》|進《すす》まむ|道《みち》に|仇神《あだがみ》は
なしと|思《おも》へど|心《こころ》もとなき
|幾千代《いくちよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|岐美《きみ》の|神業《みわざ》
|幸《さき》くあれかし|栄《さか》えあれかし
|玉泉《たまいづみ》|滝《たき》となる|世《よ》のためしあり
|再《ふたた》び|会《あ》はむ|日《ひ》こそ|待《ま》たれつ
|美《うるは》しく|国土《くに》|生《う》み|御子《みこ》を|生《う》みをへて
|岐美《きみ》は|立《た》たすも|西方《にしかた》の|国土《くに》に
|国土《くに》|稚《わか》く|国魂《くにたま》の|神《かみ》|稚《わか》くして
|旅《たび》に|立《た》たする|岐美《きみ》ぞ|畏《かしこ》き
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|片時《かたとき》も
|心《こころ》ゆるめぬ|雄々《をを》しき|岐美《きみ》よ
|月《つき》も|日《ひ》も|岐美《きみ》の|行手《ゆくて》を|照《て》らしつつ
|貴《うづ》の|神業《みわざ》をたすけ|給《たま》はむ
|奴羽玉《ぬばたま》の|闇《やみ》|迫《せま》るとも|月読《つきよみ》の
|神《かみ》は|岐美《きみ》の|辺《べ》|照《て》らし|給《たま》はむ
|降《ふ》る|雨《あめ》も|雪《ゆき》|霜《しも》|霰《あられ》も|心《こころ》せよ
|国魂《くにたま》|生《う》ます|岐美《きみ》の|旅路《たびぢ》を
むつまじく|仕《つか》へ|奉《まつ》りし|瑞御霊《みづみたま》に
|今《いま》は|悲《かな》しき|訣別《わかれ》となりぬる
|夢《ゆめ》うつつ|幻《まぼろし》のごと|思《おも》ふかな
|岐美《きみ》に|別《わか》るるこのたまゆらを
|浮雲《うきぐも》の|空《そら》に|聳《そび》ゆる|玉藻山《たまもやま》の
|聖所《すがど》に|今日《けふ》は|心《こころ》しづむも
|縁《えにし》あらばまた|逢《あ》ふ|事《こと》のあらむかと
|頼《たよ》りなき|日《ひ》を|頼《たよ》りにまつも
|汚《けが》れたる|心《こころ》もたねど|瑞御霊《みづみたま》
|岐美《きみ》に|別《わか》るる|今日《けふ》は|悲《かな》しも
|背《せ》に|腹《はら》は|代《か》へられぬ|世《よ》と|覚《さと》りつつ
|岐美《きみ》の|旅出《たびで》を|止《と》めたく|思《おも》ふ
|手《て》を|合《あは》せ|神《かみ》の|御前《みまへ》に|祈《いの》れども
|岐美《きみ》の|旅立《たびだち》|止《とど》むる|由《よし》なき
|懇篤《ねもごろ》に|教《をし》へ|給《たま》ひし|言霊《ことたま》の
|光《ひかり》は|吾《われ》に|添《そ》はりてあるも
|上《うへ》もなき|生言霊《いくことたま》の|清《すが》しさに
|玉藻《たまも》の|山《やま》は|高《たか》らみにけり
めきめきと|伸《の》び|拡《ひろ》ごれる|玉藻山《たまもやま》も
|汝《な》が|言霊《ことたま》の|水火《いき》のたまもの
|神々《かみがみ》は|歓《ゑら》ぎ|喜《よろ》び|万代《よろづよ》の
|端《はし》まで|岐美《きみ》が|功《いさを》をあがむ
|選《えら》まれて|神生《かみう》みの|神業《わざ》|仕《つか》へます
|恋《こ》ふしき|岐美《きみ》と|別《わか》るる|悲《かな》しさ
|畏《かしこ》しや|訣別《わかれ》むとして|今更《いまさら》に
|恋《こ》ふしくなりぬ|瑞御霊《みづみたま》の|岐美《きみ》を
|心《こころ》より|慕《した》ひ|奉《まつ》りし|岐美《きみ》ゆゑに
|今日《けふ》の|訣別《わかれ》は|一入《ひとしほ》つらし
いざさらば|神酒《みき》きこしめせ|永久《とこしへ》の
|訣別《わかれ》の|涙《なみだ》ささげ|奉《まつ》らむ
|常永《とことは》に|忘《わす》れ|給《たま》ひそ|御盃《みさかづき》に
|漂《ただよ》ふ|神酒《みき》はわが|涙《なみだ》ぞと
この|神酒《みき》を|半《なか》ば|飲《の》ませて|其《その》|半《なか》ば
|吾《われ》に|賜《たま》はれ|恋《こ》ふしきの|岐美《きみ》
|一夜《ひとよさ》の|水火《いき》の|契《ちぎり》は|交《か》はさずも
われは|正《まさ》しく|汝《なれ》が|妻《つま》ぞや
|茂久栄《もくさか》に|栄《さか》えましませ|万世《よろづよ》の
|終《はて》なき|神世《みよ》の|果《は》つる|時《とき》まで
|世《よ》を|固《かた》め|国土《くに》を|治《をさ》むる|神業《かむわざ》の
|一方《ひとかた》ならぬ|岐美《きみ》の|旅《たび》はも
|太元《おほもと》の|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|瑞御霊《みづみたま》
|御名《みな》は|心《こころ》の|永久《とは》の|光《ひかり》よ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|訣別《わかれ》を|惜《をし》みて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|可惜《あたらし》も|岐美《きみ》ははろばろ|今日《けふ》の|日《ひ》を
|限《かぎ》りに|訣別《わか》れて|旅《たび》に|立《た》たすも
|悲《かな》しきは|今日《けふ》の|訣別《わかれ》よ|真鶴《まなづる》の
|声《こゑ》もさびしく|梢《こずゑ》に|鳴《な》けり
|冴《さ》え|渡《わた》る|御空《みそら》はひたに|曇《くも》らひつ
|岐美《きみ》が|訣別《わかれ》を|惜《をし》むがにみゆ
たらちねの|母《はは》はあれども|父《ちち》のなき
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》|愛《かな》しも
|涙《なみだ》もて|別《わか》るる|岐美《きみ》の|御姿《みすがた》を
|永久《とは》に|偲《しの》びて|吾《われ》は|泣《な》くなり
|果《はて》しなき|荒野《あらの》が|原《はら》を|旅立《たびだ》たす
|雄々《をを》しき|岐美《きみ》を|思《おも》ひて|涙《なみだ》す
まめやかに|生《い》き|栄《さか》えつつ|国土生《くにう》みの
|神業《みわざ》いそしみ|栄《さか》えませ|岐美《きみ》
|八洲国《やしまぐに》|国土《くに》のことごと|御子《みこ》|生《う》みて
|主《ス》の|大神《おほかみ》に|報《むく》い|給《たま》はれ
|若草《わかぐさ》の|妻《つま》は|彼方此方《あちこち》|岐美《きみ》|行《ゆ》かす
|吉日《よきひ》|待《ま》ちつつ|指《ゆび》|折《を》らすらむ
いすくはし|岐美《きみ》の|姿《すがた》は|永久《とこしへ》に
いのち|死《し》すまで|忘《わす》れざるらむ
|岐美《きみ》|坐《ま》さぬ|真鶴山《まなづるやま》に|淋《さび》しくも
|鎮《しづ》まり|御子《みこ》を|吾《われ》は|育《そだ》てむ
|白駒《しらこま》の|嘶《いなな》きさへも|今日《けふ》の|日《ひ》は
|別《わか》れ|惜《をし》むか|悲《かな》しげなりけり
|千早《ちはや》|振《ふ》る|神《かみ》の|神国《みくに》を|固《かた》めむと
|岐美《きみ》は|朝夕《あさゆふ》|心《こころ》なやますも
|和衣《にぎたへ》の|綾《あや》の|薄衣《うすぎぬ》まとひつつ
|風《かぜ》に|吹《ふ》かるる|岐美《きみ》ぞいたまし
|昼夜《ひるよる》の|差別《けぢめ》もわかずなりにけり
|訣別《わかれ》の|涙《なみだ》に|目《め》はくもらひつ
|瑞御霊《みづみたま》|今日《けふ》の|訣別《わかれ》を|思召《おぼしめ》し
|思《おも》ひ|起《おこ》せよ|生代《いくよ》の|比女《ひめ》を
|五百鳴《いほなり》の|鈴《すず》|打《う》ち|振《ふ》りて|瑞御霊《みづみたま》
|今日《けふ》の|旅立《たびだ》ち|送《おく》りまつらむ
いざさらば|踊《をど》り|奉《まつ》らむみそなはせ
|生言霊《いくことたま》の|鈴《すず》の|音《ね》の|冴《さ》えを』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ひて、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|左手《ゆんで》に|鈴《すず》を|持《も》ち|右手《めて》に|榊葉《さかきば》を|振《ふ》り|翳《かざ》しながら、しとやかに|歌《うた》ひ|踊《をど》り|舞《ま》ひ、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|旅立《たびだ》ちを|慰《なぐさ》め|給《たま》ふ。
『|美《うるは》しの|国土《くに》は|生《うま》れし|美《うるは》しの
|岐美《きみ》は|今日《このひ》を|旅立《たびだ》ち|給《たま》ふ
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》みをへ|国魂《くにたま》の
|又《また》|神《かみ》|生《う》まむと|出《い》で|立《た》つ|岐美《きみ》はも
|澄《す》みきらふ|御空《みそら》も|今日《けふ》は|曇《くも》りたり
|訣別《わかれ》のなみだ|雲《くも》とのぼりつ
|月《つき》も|日《ひ》も|隠《かく》るるまでに|包《つつ》みたる
|御空《みそら》の|雲《くも》はわが|思《おも》ひかも
|奴羽玉《ぬばたま》の|心《こころ》は|闇《やみ》にあらねども
|今日《けふ》の|訣別《わかれ》にふさがりにけり
|吹《ふ》く|風《かぜ》も|力《ちから》なきまで|弱《よわ》りたり
|岐美《きみ》の|旅《たび》だち|惜《を》しむなるらむ
|生《うま》れ|逢《あ》ひてかかる|悲《かな》しき|日《ひ》に|逢《あ》ふも
|神《かみ》の|御為《みため》と|思《おも》ひて|慰《なぐさ》む
ゆるせかしわが|繰言《くりごと》をとがめずに
|女神《めがみ》のよわき|心《こころ》はかりて
|憂《う》きことの|次《つ》ぎ|次《つ》ぎ|重《かさ》なる|神世《みよ》なれや
|紫微天界《たかあまはら》の|貴《うづ》の|真秀良場《まほらば》にも
|天地《あめつち》の|縁《えにし》の|糸《いと》にむすばれて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御子《みこ》|生《う》みにける
|怪《け》しき|心《こころ》|永久《とは》に|持《も》たねど|汝《な》が|岐美《きみ》に
|訣別《わか》る|思《おも》へば|涙《なみだ》あふるる
せきあへぬ|涙《なみだ》とどめて|雄々《をを》しくも
|旅立《たびだ》つ|岐美《きみ》を|送《おく》る|今日《けふ》かな
|手《て》も|足《あし》も|動《うご》かぬまでにゆるぎたり
|訣別《わか》るる|今日《けふ》を|力《ちから》おとしつ
ねもごろなる|言霊《ことたま》の|水火《いき》|凝《こ》り|凝《こ》りて
|国魂神《くにたまがみ》はうまらに|生《あ》れましぬ
|隔《へだ》てなき|水火《いき》と|水火《いき》との|結《むす》び|合《あは》せも
|今日《けふ》を|終《をは》りと|思《おも》へば|悲《かな》しも
|目《め》に|涙《なみだ》あらはさじものと|思《おも》へども
とどめあへぬかな|滝津涙《たきつなみだ》は
|笑顔《ゑがほ》して|訣別《わか》るる|岐美《きみ》の|心根《こころね》を
|思《おも》へば|一入《ひとしほ》|悲《かな》しかりけり
|永久《とことは》の|訣別《わかれ》と|思《おも》へば|悲《かな》しもよ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》を|抱《かか》へしわが|身《み》は
|大野原《おほのはら》|駒《こま》に|跨《またが》り|出《い》で|立《た》たす
|岐美《きみ》のみゆきに|御幸《みさち》あれかし
|越国《こしぐに》の|果《はて》に|居《ゐ》ますも|時折《ときをり》は
|千代鶴姫《ちよつるひめ》をかへりみましませ
そよと|吹《ふ》く|風《かぜ》の|響《ひびき》も|心《こころ》して
|岐美《きみ》の|言霊《ことたま》とうかがひ|奉《まつ》らむ
|遠《とほ》き|近《ちか》き|差別《けぢめ》なけれど|別《わか》れ|行《ゆ》く
|岐美《きみ》の|御姿《みすがた》|悲《かな》しかりけり
|野《の》に|山《やま》に|百花《ももばな》|千花《ちばな》|匂《にほ》へども
|岐美《きみ》なき|春《はる》は|楽《たの》しくもなし
ほのぼのとあらはれ|初《そ》めし|真鶴《まなづる》の
|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》は|空《そら》に|霞《かす》めり
もろもろの|生命《いのち》を|生《う》ます|言霊《ことたま》の
|岐美《きみ》に|別《わか》るる|今日《けふ》とはなりぬ
|世《よ》の|中《なか》に|斯《か》かる|悲《かな》しき|例《ためし》ありと
|今《いま》の|今《いま》までさとらざりしよ
|大方《おほかた》の|春《はる》はふけつつ|白梅《しらうめ》の
|花《はな》も|今日《けふ》より|散《ち》り|初《そ》めにけり
|晴《は》れし|空《そら》に|雷《いかづち》|轟《とどろ》く|心地《ここち》して
|悲《かな》しきものは|今日《けふ》のおどろき
|果《はて》しなき|思《おも》ひ|抱《いだ》きて|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》のうしろで|送《おく》る|悲《かな》しさ
|駿馬《はやこま》の|脚許《あしもと》|遅《おそ》くあれかしと
|思《おも》ふもわが|身《み》の|誠《まこと》なりけり
|束《つか》の|間《ま》も|止《とど》まりませと|祈《いの》るかな
われ|愚《おろか》なる|恋心《こひごころ》より』
(昭和八・一一・二七 旧一〇・一〇 於水明閣 森良仁謹録)
第一四章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(三)〔一九〇八〕
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|中津神国《なかつみくに》を|固《かた》めまし
|今《いま》|立《た》たすかも|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は
|朝夕《あさゆふ》に|仕《つか》へまつりし|瑞御霊《みづみたま》に
|別《わか》るる|今日《けふ》を|惜《を》しまるるかな
|神風《かみかぜ》はそよろに|吹《ふ》きて|玉藻山《たまもやま》の
|常磐《ときは》の|松《まつ》は|囁《ささや》きそめたり
|笹《ささ》の|葉《は》にうつや|霰《あられ》のたしたしに
|国魂御子《くにたまみこ》は|生《あ》れましにける
ちちのみの|父《ちち》まさずともははそはの
|母《はは》に|千代鶴姫《ちよつるひめ》は|育《そだ》たむ
|旅立《たびた》たす|岐美《きみ》を|送《おく》らむ|今日《けふ》こそは
めでたくもあり|悲《かな》しくもあり
|涙《なみだ》もて|嬉《うれ》しく|迎《むか》へしわが|岐美《きみ》を
|今日《けふ》は|涙《なみだ》に|送《おく》らむとすも
|春《はる》たけし|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》に|瑞御霊《みづみたま》と
|別《わか》るる|朝《あさ》を|白梅《しらうめ》の|散《ち》る
|真鶴《まなづる》の|国《くに》はつぎつぎ|固《かた》まりて
|百《もも》の|生物《いきもの》わきいでにけり
|八百万《やほよろづ》|神《かみ》を|生《う》みまし|千万《ちよろづ》の
ものを|生《い》かせて|旅立《たびだ》たす|岐美《きみ》よ
|若草《わかぐさ》の|妻《つま》の|神言《みこと》に|別《わか》れゆく
|岐美《きみ》の|旅路《たびぢ》は|雄々《をを》しかりけり
いすくはし|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|御姿《みすがた》を
その|折々《をりをり》に|偲《しの》ばせ|給《たま》へ
|岐美《きみ》|待《ま》ちて|気永《けなが》く|仕《つか》へし|玉野比女《たまのひめ》の
|真心《まごころ》ゆめにも|忘《わす》らせ|給《たま》ふな
|白梅《しらうめ》の|花《はな》より|清《きよ》き|玉野比女《たまのひめ》の
|姿《すがた》|拝《をが》めばわれも|悲《かな》しき
|力《ちから》おちしおもひするかな|今日《けふ》よりは
|岐美《きみ》に|別《わか》れて|国土造《くにつく》りすも
|西方《にしかた》の|国《くに》に|立《た》たさむ|瑞御霊《みづみたま》の
|行手《ゆくて》|遥《はろ》けきを|思《おも》へば|悲《かな》しき
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》に|永久《とこしへ》に
いませる|神《かみ》も|嘉《よみ》し|給《たま》はむ
|瑞御霊《みづみたま》|今日《けふ》を|限《かぎ》りと|真鶴《まなづる》の
|国《くに》を|立《た》たすも|空《そら》|曇《くも》らひつ
|百神《ももがみ》の|水火《いき》のくもりて|雲《くも》となり
|霧《きり》となりつつ|空《そら》をふたげり
いささ|川《がは》|水《みづ》のながれは|涸《か》るるとも
われは|忘《わす》れじ|岐美《きみ》の|功《いさを》を
|現世《うつしよ》も|幽世《かくりよ》もまた|天界《かみくに》も
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|水火《いき》の|中《なか》なる
|国《くに》といふ|国《くに》は|多《おほ》けれど|主《ス》の|神《かみ》の
|生《い》きの|命《いのち》の|照《て》らざるはなし
|主《ス》の|神《かみ》はいや|永遠《とことは》の|天地《あめつち》を
|固《かた》めむとして|岐美《きみ》を|降《くだ》せり
|月読《つきよみ》の|神《かみ》の|御霊《みたま》と|生《あ》れませる
|岐美《きみ》にしあへば|心《こころ》|豊《ゆた》けし
|豊《ゆたか》なりし|岐美《きみ》に|別《わか》れて|只一人《ただひとり》
|真鶴国土《まなづるくに》を|開《ひら》くは|淋《さび》しも』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|美《うるは》しき|国土《くに》を|造《つく》りて|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|嬉《うれ》しかりけり
|国土《くに》も|神《かみ》も|嬉《うれ》し|嬉《うれ》しの|花《はな》|咲《さ》かせ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|今《いま》や|立《た》たすも
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《な》りし|白梅《しらうめ》の
|花《はな》は|散《ち》れども|実《みの》り|嬉《うれ》しき
|月読《つきよみ》の|神《かみ》は|御庭《みには》の|白梅《しらうめ》に
|露《つゆ》を|宿《やど》してかがやき|給《たま》ふ
|奴羽玉《ぬばたま》の|闇《やみ》はなかりき|月読《つきよみ》の
|神《かみ》の|光《ひかり》のかがよふ|限《かぎ》りは
ふさがりし|心《こころ》も|開《ひら》く|白梅《しらうめ》の
|花《はな》の|粧《よそほ》ひ|愛《は》しき|岐美《きみ》はも
|結《むす》び|合《あ》ひし|水火《いき》と|水火《いき》との|固《かた》まりて
|生《あ》れます|御子《みこ》や|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》
|雪《ゆき》よりも|白《しろ》き|肌《はだへ》の|御子《みこ》なれば
|一入《ひとしほ》|清《すが》しくましましにけり
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》の|力《ちから》に|生《あ》れし|御子《みこ》は
|玉《たま》にもまして|清《きよ》くまします
|歓《ゑら》ぎまして|旅立《たびだ》ちませよ|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》は|万世《よろづよ》までも|動《うご》かじ
|現世《うつしよ》の|神《かみ》と|生《あ》れましし|瑞御霊《みづみたま》は
|今日《けふ》を|限《かぎ》りに|旅《たび》に|立《た》たすも
|背《せ》の|岐美《きみ》に|別《わか》れて|一人《ひとり》|玉藻山《たまもやま》に
|宮仕《みやづか》へせむ|玉野比女《たまのひめ》あはれ
てらてらと|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|天津日《あまつひ》は
|輝《かがや》き|給《たま》ひて|国土《くに》|固《かた》めましぬ
|山《やま》も|野《の》も|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|言霊《ことたま》に
いや|栄《さか》えましぬこれの|国原《くにはら》は
われはただうれしうれしほ|神《かみ》にして
|岐美《きみ》の|出《い》で|立《た》ち|笑顔《ゑがほ》に|送《おく》るも
いすくはし|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|山《やま》も|野《の》も
|百花《ももばな》|千花《ちばな》|咲《さ》き|匂《にほ》ひつつ
|岐美《きみ》が|行《ゆ》く|大野《おほの》の|果《は》ても|百千花《ももちばな》
|咲《さ》き|匂《にほ》ひつつ|慰《なぐさ》めまつらむ
|白梅《しらうめ》の|花《はな》は|漸《やうや》く|散《ち》り|初《そ》めぬ
|後《あと》の|実《みの》りを|思《おも》へば|楽《たの》し
|真鶴《まなづる》は|言《い》ふも|更《さら》なり|百千鳥《ももちどり》
|林《はやし》に|鳴《な》きて|岐美《きみ》を|送《おく》るも
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|広《ひろ》けく|限《かぎ》りなし
はてなき|望《のぞ》み|持《も》たす|岐美《きみ》はも
|右左《みぎりひだり》の|契《ちぎ》りを|終《を》へて|御子《みこ》|生《う》ませ
|立《た》たさむ|岐美《きみ》の|功《いさを》を|思《おも》ふ
|充《み》ち|満《み》ちて|隙間《すきま》もあらぬ|言霊《ことたま》の
|生《い》きの|力《ちから》の|大《おほ》いなるかも
|勇《いさ》ましく|駒《こま》|嘶《いなな》きぬ|今《いま》|立《た》たす
|岐美《きみ》のすがたは|此上《こよ》なく|勇《いさ》まし
|水火《いき》と|水火《いき》|凝《こ》り|固《かた》まりし|真鶴《まなづる》の
|国魂神《くにたまがみ》のみさち|多《おほ》かれ
|甘美国《うましくに》|尊《たふと》き|国土《くに》よ|真鶴《まなづる》の
|稚国原《わかくにはら》に|月日《つきひ》|照《て》らひて
|天津日《あまつひ》は|隈《くま》なく|照《て》らひあしびきの
|山野《やまぬ》の|木草《きぐさ》|日々《ひび》に|栄《さか》ゆも
|御栄《みさか》えのいやますますもあれかしと
|朝夕《あしたゆふべ》をわれは|祈《いの》るも
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|守《まも》らす|南《みんなみ》の
|国土《くに》にめづらし|真鶴《まなづる》の|国《くに》
|住《す》み|心地《ごこち》よき|天界《てんかい》に|生《うま》れあひて
|如何《いか》で|心《こころ》の|濁《にご》らふべきやは
|瑞御霊《みづみたま》よさしの|言霊《ことたま》|畏《かしこ》みて
|吾《われ》は|仕《つか》へむ|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|今日《けふ》の|旅立《たびだ》ち|守《まも》りつつ
われは|行手《ゆくて》にみはしを|架《か》けむ
|天《あめ》に|照《て》る|太陽《おほひ》のかげも|時折《ときをり》は
|曇《くも》らふ|世《よ》なり|心《こころ》して|行《ゆ》きませ
かき|曇《くも》る|空《そら》のしたびを|走《はし》り|行《ゆ》く
|駒《こま》の|脚《あし》なみ|安《やす》かれと|思《おも》ふ
さまざまの|悩《なや》み|苦《くる》しみ|凌《しの》ぎつつ
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ます|旅《たび》かも
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》の|限《かぎ》り|仕《つか》ふべし
|岐美《きみ》のみゆきのみはし|守《まも》りて
|鳴《な》く|鶴《つる》の|声《こゑ》もかすみて|聞《きこ》ゆなり
|岐美《きみ》|旅立《たびだ》たす|今日《けふ》の|神苑《みその》は
|春《はる》たけて|白梅《しらうめ》の|花《はな》は|散《ち》りぬれど
|岐美《きみ》の|心《こころ》に|開《ひら》く|百花《ももばな》
|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|広《ひろ》けし|一日二日《ひとひふたひ》
|駒《こま》|駈《か》けらすもなほ|余《あま》りあり
|七日七夜《ななかななよ》|駒《こま》に|鞭《むち》うち|走《はし》らせて
いよいよ|西《にし》の|国《くに》に|着《つ》かさむ
|山《やま》を|生《う》み|地《つち》を|固《かた》めて|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》の|功《いさを》の|重《おも》くもあるかな
|吾《われ》もまた|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御尾前《みをさき》に
|仕《つか》へてみゆきを|安《やす》く|守《まも》らむ
|五百鈴《いほすず》の|清《きよ》き|小鈴《こすず》を|駒《こま》の|尻《しり》に
|飾《かざ》りてしやんしやん|野路《のぢ》を|行《ゆ》かなむ
|今日《けふ》よりは|岐美《きみ》の|旅立《たびだ》ち|駿馬《はやこま》の
しりへに|鈴《すず》を|飾《かざ》りまつらむ
|万世《よろづよ》の|末《すゑ》まで|駒《こま》に|鈴《すず》かけて
|岐美《きみ》のみゆきの|形見《かたみ》となさばや
|白駒《しらこま》も|五百鈴《いほすず》の|音《ね》に|勇《いさ》み|立《た》ち
|蹄《ひづめ》も|軽《かろ》く|逸《はや》り|進《すす》まむ
|右左《みぎひだり》|草《くさ》にひそみてなく|虫《むし》の
|声《こゑ》にも|似《に》たり|五百鈴《いほすず》の|音《ね》は
|清《すが》しくも|岐美《きみ》ゆく|野辺《のべ》に|鈴虫《すずむし》や
|松虫《まつむし》なきて|行手《ゆくて》を|慰《なぐさ》めむ
|鳳凰《ほうわう》は|御空《みそら》に|舞《ま》ひつをどりつつ
|駒《こま》は|地上《ちじやう》を|嘶《いなな》きて|行《ゆ》かむ
|言霊《ことたま》のア|声《こゑ》に|生《な》りし|顕津男《あきつを》の
|神《かみ》の|出《い》で|立《た》ち|勇《いさ》ましきかも
|吾《われ》も|亦《また》ウの|言霊《ことたま》に|生《うま》れあひて
|今日《けふ》のみゆきを|送《おく》る|楽《たの》しさ
|空《そら》|高《たか》み|道《みち》|遠《とほ》みつつ|大野原《おほのはら》
|駒《こま》をうたさす|岐美《きみ》ぞ|勇《いさ》まし』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『いつまでも|名残《なごり》はつきじ|瑞御霊《みづみたま》の
やさしき|神《かみ》は|今日《けふ》を|立《た》たすも
|情《なさけ》|深《ふか》き|岐美《きみ》に|別《わか》れて|真鶴《まなづる》の
|国《くに》に|仕《つか》へむ|御子《みこ》を|守《まも》りつ
いすくはし|岐美《きみ》の|御水火《みいき》の|現《あら》はれて
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|御姿《みすがた》くはし
ははそはの|母《はは》に|抱《いだ》かれ|育《そだ》ちます
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》やあはれ
|年月《としつき》を|御子《みこ》に|仕《つか》へて|真鶴《まなづる》の
|国《くに》の|千歳《ちとせ》の|礎《いしずゑ》|守《まも》らむ
|生《あ》れし|御子《みこ》の|生《お》ひ|立《た》ちまさむよき|月日《つきひ》
|岐美《きみ》の|御霊《みたま》とわれは|待《ま》つなり
|生代比女《いくよひめ》|淋《さび》しかるらむ|背《せ》の|岐美《きみ》に
|生《い》きて|別《わか》るる|心《こころ》|思《おも》へば
|玉藻山《たまもやま》この|頂上《いただき》の|聖所《すがどこ》に
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》を|補《たす》けて|仕《つか》へむ
|玉藻山《たまもやま》|真鶴山《まなづるやま》と|日毎夜毎《ひごとよごと》
|天《あま》|翔《かけ》りつつわれは|守《まも》らな
|果《はて》しなき|稚国原《わかくにはら》を|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》の|雄々《をを》しき|心《こころ》を|思《おも》ふ
|万世《よろづよ》の|名残《なごり》|惜《をし》みて|別《わか》れゆく
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|思《おも》へば|悲《かな》しも
さりながら|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御旨《みむね》なれば
|吾《われ》|如何《いかん》ともせむ|術《すべ》なけれ
|主《ス》の|神《かみ》は|皇神国《すめらみくに》を|固《かた》めむと
|任《ま》け|給《たま》ひけむ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を
|何一《なにひと》つなき|大空《おほぞら》に|天津国《あまつくに》を
|生《な》り|出《い》でましし|主《ス》の|神《かみ》|尊《たふと》き
かたちなき|生言霊《いくことたま》の|凝《こ》り|凝《こ》りて
うつしき|天界《みくに》は|生《な》り|出《い》でしはや
|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》を|思《おも》へば|有難《ありがた》し
|万世《よろづよ》|生《い》きて|神《かみ》に|報《むく》いむ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|麓《ふもと》を|白雲《しらくも》は
|深《ふか》く|包《つつ》めり|岐美《きみ》を|惜《をし》むか
|玉藻山《たまもやま》わきたつ|雲《くも》のつぎつぎに
|膨《ふく》れあがりて|空《そら》|曇《くも》らへり
|落《お》ちたぎつ|千条《ちすぢ》の|滝《たき》も|見《み》えぬまでに
|白雲《しらくも》つつみて|風《かぜ》|静《しづか》なり
|見渡《みわた》せば|真下《ました》の|国原《くにはら》|霧《きり》|立《た》ちて
あやめもわかずなりにけらしな
|百鳥《ももどり》の|声《こゑ》は|聞《き》けどもその|姿《すがた》
|霧《きり》の|中《なか》なる|今《いま》のながめよ
|玉藻山《たまもやま》|尾《を》の|上《へ》に|立《た》ちて|見渡《みわた》せば
この|国原《くにはら》は|霧《きり》の|海《うみ》なり
|大空《おほぞら》の|雲《くも》ちりゆきて|紺碧《こんぺき》の
|空《そら》はつぎつぎあらはれにけり
|大空《おほぞら》を|包《つつ》みし|雲《くも》の|破《やぶ》れより
|天津日《あまつひ》かげはさし|初《そ》めにける』
(昭和八・一一・二七 旧一〇・一〇 於水明閣 白石恵子謹録)
第一五章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(四)〔一九〇九〕
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|名残《なごり》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はろばろも|御供《みとも》に|仕《つか》へ|今《いま》ここに
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|別《わか》るる|惜《を》しさよ
あきたらず|吾《われ》は|思《おも》ふも|岐美《きみ》に|仕《つか》へて
|楽《たの》しかりしを|今日《けふ》|別《わか》るとは
|斯《か》くあるはかねて|覚《さと》りつ|今更《いまさら》に
|名残《なごり》|惜《を》しくも|別《わか》れがてに|居《ゐ》る
|栄《さか》えます|岐美《きみ》の|御姿《みすがた》|伏《ふ》し|拝《をが》み
|別《わか》るる|今日《けふ》の|名残《なごり》|惜《を》しけれ
|立《た》ち|別《わか》れ|神《かみ》の|御為《おんた》め|国《くに》の|為《た》め
|今日《けふ》より|淋《さび》しく|仕《つか》へむと|思《おも》ふ
|嘆《なげ》かじと|思《おも》ひ|諦《あきら》め|居《ゐ》る|身《み》にも
|今《いま》は|堪《た》へがたくなりにけらしな
はしけやし|岐美《きみ》の|御姿《みすがた》|今日《けふ》よりは
|懐《なつか》しむよしもなかりけるはや
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|生《お》ひ|先《さき》おもひつつ
|岐美《きみ》なき|神世《みよ》をかなしみ|思《おも》ふ
|八洲国《やしまぐに》|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|岐美《きみ》の|行手《ゆくて》の|安《やす》くあれかし
|玉藻山《たまもやま》|後《あと》に|別《わか》れて|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》を|一入《ひとしほ》かなしみ|思《おも》ふ
|幾千代《いくちよ》を|経《ふ》るとも|吾《われ》は|忘《わす》れまじ
ゆたけき|岐美《きみ》に|抱《いだ》かれし|日《ひ》を
|岐美《きみ》まさぬ|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|山河《やまかは》は
|草木《くさき》の|端《はし》までしをれこそすれ
|白雲《しらくも》も|今日《けふ》ははばかり|山裾《やますそ》に
まよひて|岐美《きみ》のみゆきを|送《おく》るも
|八千草《やちぐさ》の|色《いろ》も|変《かは》りて|見《み》ゆるかな
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|旅《たび》ゆかす|今日《けふ》は
|西方《にしかた》の|国《くに》ははろけし|岐美《きみ》が|行《ゆ》く
|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なかれと|思《おも》ふ
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|降《くだ》りましし
|岐美《きみ》は|今日《けふ》より|御姿《みすがた》|見《み》えずも
|水《みづ》|清《きよ》き|千条《ちすぢ》の|滝《たき》もとどろきを
をさめて|岐美《きみ》を|送《おく》るがに|思《おも》ふ
|五百鳴《いほなり》の|鈴《すず》|打《う》ち|振《ふ》りて|神《かみ》も|駒《こま》も
|岐美《きみ》のみゆきを|送《おく》る|今日《けふ》なり
いさぎよき|岐美《きみ》の|姿《すがた》を|背《せ》に|乗《の》せて
|天《あめ》の|駿馬《はやこま》|勇《いさ》みいななく
|現世《うつしよ》の|総《すべ》てのものを|生《う》みまして
|国土《くに》つくりをへし|岐美《きみ》は|畏《かしこ》し
|国原《くにはら》は|未《ま》だ|稚《わか》けれど|岐美《きみ》が|行《ゆ》く
|蹄《ひづめ》のあとは|花《はな》|咲《さ》きみのらむ
|進《すす》み|行《ゆ》く|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》|清《きよ》く
|鳴《な》り|響《ひび》くらむ|貴《うづ》の|言霊《ことたま》は
|白雲《しらくも》の|帳《とばり》を|開《あ》けて|月読《つきよみ》は
|淡《あは》き|姿《すがた》をあらはし|給《たま》へり
|月読《つきよみ》の|御霊《みたま》に|生《あ》れし|岐美《きみ》なれば
|奴羽玉《ぬばたま》の|世《よ》は|永久《とは》になからむ
ふみてゆく|稚国原《わかくにはら》の|百千草《ももちぐさ》
|花《はな》をかざして|岐美《きみ》を|待《ま》つらむ
むしむして|生《お》ひ|栄《さか》えたる|足引《あしびき》の
|山野《やまぬ》の|木草《きくさ》もしをれ|顔《がほ》なる
|縁《ゆかり》ある|人《ひと》に|別《わか》れて|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》の|心《こころ》の|雄々《をを》しさを|思《おも》ふ
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》に|貴御子《うづみこ》|任《まか》せつつ
|安《やす》く|行《ゆ》きませ|顕津男《あきつを》の|神《かみ》
|草《くさ》も|木《き》も|葉末《はうれ》の|色《いろ》を|変《へん》じつつ
|嘆《なげ》くが|如《ごと》し|岐美《きみ》の|出《い》で|立《た》ちを
すずやかに|尾《を》の|上《へ》を|渡《わた》る|松風《まつかぜ》の
|音《おと》に|鳴《な》きたつ|田鶴《たづ》の|数々《かずかず》
|清庭《すがには》に|家鶏鳥《かけどり》なきて|白梅《しらうめ》の
|花《はな》はこぼれぬ|春《はる》の|山風《やまかぜ》に
|朝《あさ》に|夕《げ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りしわが|岐美《きみ》に
|別《わか》るる|今日《けふ》のおもひはろけし
|久方《ひさかた》の|天《あめ》にかへらす|瑞御霊《みづみたま》の
|神《かみ》の|功《いさを》をわれ|祈《いの》るなり』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『あはれあはれ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|今日《けふ》の|日《ひ》を
|限《かぎ》りとなして|旅《たび》に|立《た》たすか
かけまくも|畏《かしこ》き|神《かみ》の|出《い》でましを
われは|謹《つつし》み|寿《ことほ》ぎ|奉《まつ》るも
さまざまの|悩《なや》みに|堪《た》へて|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》をつくりし|岐美《きみ》ぞ|畏《かしこ》き
|霊線《たましひ》の|力《ちから》のあらむその|限《かぎ》り
つくして|神国《みくに》を|生《う》ませし|岐美《きみ》はも
|泣《な》かむとも|止《とど》むる|術《すべ》はなかりけり
ただ|勇《いさ》ましく|岐美《きみ》を|送《おく》らな
|花《はな》|匂《にほ》ふ|弥生《やよひ》の|春《はる》も|更《ふ》けにつつ
|岐美《きみ》に|別《わか》るる|神山《みやま》|淋《さび》しも
|迦陵頻伽《からびんが》の|声《こゑ》はかすみて|聞《きこ》ゆなり
|松《まつ》|吹《ふ》く|風《かぜ》もしのばひにつつ
|山《やま》の|上《へ》のこれの|聖所《すがど》に|永久《とこしへ》の
|別《わか》れを|告《つ》ぐる|今日《けふ》ぞかなしき
まだ|稚《わか》き|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|生《お》ひ|先《さ》きを
われは|守《まも》らむ|心《こころ》|安《やす》かれ
いきいきて|生《い》きの|果《はて》なき|天界《かみくに》に
いや|栄《さか》えまさむ|千代鶴《ちよつる》の|命《みこと》は
|岐美《きみ》|行《ゆ》かば|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|淋《さび》しからむ
ただ|生《あ》れし|御子《みこ》を|力《ちから》とたのむも
|白妙《しろたへ》の|薄衣《うすぎぬ》に|朝夕《あさゆふ》|包《つつ》まれて
|命《みこと》は|日々《ひび》に|生《お》ひ|立《た》ちまさむ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》の|生《お》ひ|立《た》ちを|村肝《むらきも》の
|心《こころ》にかけず|旅《たび》に|立《た》ちませ
|吾《われ》も|亦《また》|西方《にしかた》の|国《くに》の|境《さかひ》まで
|駒《こま》をうたせて|従《したが》ひ|奉《まつ》らむ
|西方《にしかた》の|国《くに》の|境《さかひ》に|日南河《ひなたがは》
|広《ひろ》く|流《なが》ると|吾《われ》|聞《き》きしはや
|滔々《たうたう》と|流《なが》るる|水瀬《みなせ》|打《う》ち|渡《わた》り
|山越《やまこ》え|野越《のこ》え|行《ゆ》きます|岐美《きみ》はも
|水火《いき》と|水火《いき》|稜威《いづ》に|結《むす》びし|駒《こま》なれば
|日南《ひなた》の|河瀬《かはせ》も|安《やす》く|渡《わた》らむ
いすくはし|天《あめ》の|白駒《しらこま》に|鞭《むち》うちて
|渡《わた》らむ|其《そ》の|日《ひ》の|雄姿《みかげ》を|思《おも》ふ
|魚族《うろくづ》も|水《みづ》の|面《も》に|浮《う》きて|岐美《きみ》が|駒《こま》を
|迎《むか》へ|奉《まつ》らむ|日南《ひなた》の|河《かは》に
|国見《くにみ》すれば|西方《にしかた》の|国土《くに》|雲《くも》の|奥《おく》に
かすみて|見《み》えず|心《こころ》はろけし
|澄《す》みきらひ|澄《す》みきらひたる|大空《おほぞら》は
|岐美《きみ》のみゆきにふさはしきかも
|月《つき》も|日《ひ》も|光《ひかり》|冴《さ》えつつ|玉藻山《たまもやま》を
|下《くだ》らす|岐美《きみ》の|御尾前《みをさき》|照《て》らせり
|奴婆玉《ぬばたま》の|闇《やみ》を|晴《は》らして|進《すす》みます
|岐美《きみ》は|光《ひかり》の|神《かみ》にぞありける
|葭葦《よしあし》の|生《お》ふる|国原《くにはら》|踏《ふ》み|別《わ》けて
|進《すす》まむ|道《みち》に|恙《つつが》あらすな
|虫《むし》の|音《ね》も|道《みち》の|左右《さいう》に|冴《さ》えにつつ
|岐美《きみ》のみゆきを|寿《ことほ》ぎ|奉《まつ》らむ
|行《ゆ》きゆきて|日南《ひなた》の|河《かは》の|河岸《かはぎし》に
|立《た》たさむ|日《ひ》こそ|待《ま》たれけるかも
|浮雲《うきぐも》のあそべる|彼方《かなた》の|大空《おほぞら》の
|下《した》びに|横《よこ》たふ|日南河《ひなたがは》はも
|億万年《よろづよ》の|末《すゑ》まで|国土《くに》を|固《かた》めむと
|心《こころ》をくだき|給《たま》ふ|岐美《きみ》はも
|八雲《やくも》|立《た》つ|紫微天界《かみのみくに》は|皇神国《すめらみくに》の
|基《もとゐ》とおもへば|尊《たふと》かりけり
|主《ス》の|神《かみ》は|億万年《ちよよろづよ》の|末《すゑ》までも
|永遠無窮《とは》に|主《ス》の|国《くに》|守《まも》りますらむ
|滔々《たうたう》と|流《なが》るる|日南《ひなた》の|河《かは》の|瀬《せ》を
やがて|渡《わた》らす|岐美《きみ》ぞいさまし
よき|事《こと》に|曲事《まがこと》いつく|神世《みよ》なれば
|心《こころ》しづかに|岐美《きみ》|進《すす》みませよ
|森羅万象《もろもろ》の|稚《わか》き|国原《くにはら》|永久《とこしへ》に
|固《かた》めて|生《い》かす|岐美《きみ》の|旅《たび》はや
ふくれふくれ|拡《ひろ》ごり|果《はて》しなき|国土《くに》を
|固《かた》むる|岐美《きみ》の|神業《みわざ》かしこし
|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|八雲《やくも》たちたち|曲神《まがかみ》は
|果《はて》なき|国《くに》にむらがると|聞《き》く
|永久《とこしへ》の|礎《いしずゑ》|固《かた》むる|国土生《くにう》みの
|神業《みわざ》|仕《つか》ふる|苦《くる》しかる|岐美《きみ》よ
かかる|世《よ》に|生《うま》れあひたる|嬉《うれ》しさは
|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|吾《われ》なり
|雄々《をを》しくもあれます|岐美《きみ》の|御姿《みすがた》を
|今日《けふ》より|拝《をが》まむ|術《すべ》なき|神山《みやま》よ
|越国《こしぐに》の|果《はて》まで|岐美《きみ》の|御功《みいさを》は
かがやき|渡《わた》らふ|月日《つきひ》とともに
|上《うへ》も|下《した》も|右《みぎ》も|左《ひだり》も|打《う》ち|揃《そろ》ひ
うら|安国《やすくに》をひらかす|岐美《きみ》はも
|永久《とこしへ》の|生言霊《いくことたま》の|生命《いのち》もて
|百《もも》の|神《かみ》たち|守《まも》らす|岐美《きみ》なり
|野《の》も|山《やま》も|今日《けふ》はことさら|明《あか》るかり
|岐美《きみ》の|旅立《たびだ》ち|守《まも》らす|月日《つきひ》に
|万世《よろづよ》のほまれとならむ|瑞御霊《みづみたま》の
|今日《けふ》の|苦《くる》しき|心《こころ》づかひは
|百鳥《ももどり》の|声《こゑ》|勇《いさ》ましくなりにけり
|岐美《きみ》の|出《い》でましを|諦《あきら》めにけむ
|夜昼《よるひる》の|差別《けぢめ》もしらに|進《すす》みます
|岐美《きみ》の|功《いさを》は|世《よ》の|鏡《かがみ》なる
|音《おと》にきく|天津高宮《あまつたかみや》の|荘厳《いかし》さを
おもへば|岐美《きみ》の|尊《たふと》くなりぬ
|天《あめ》と|地《つち》の|水火《いき》をつばらに|結《むす》び|合《あは》せ
あれますかもよ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『うまし|国《くに》|元津神国《もとつみくに》を|生《う》みをへて
|出《い》でます|岐美《きみ》を|止《とど》むる|術《すべ》なき
|諦《あきら》めてみむと|思《おも》へど|堪《た》へやらぬ
|今日《けふ》の|出《い》で|立《た》ち|吾《われ》はかなしも
|輝《かがや》ける|岐美《きみ》の|面《おもて》は|曇《くも》らひぬ
|今《いま》あらためて|繰言《くりごと》|宣《の》らじ
|玉野宮《たまのみや》に|常永《とは》に|仕《つか》ふる|玉野比女《たまのひめ》の
たすけとならむ|神《かみ》ぞほしけれ
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|清《きよ》く|冴《さ》えにつつ
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|清《すが》しみ|送《おく》るも
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》の|限《かぎ》り|仕《つか》へむと
|思《おも》ひし|岐美《きみ》は|今《いま》やたたすも
|永《なが》き|世《よ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|真心《まごころ》を
|捧《ささ》げて|仕《つか》へむと|思《おも》ひたりしよ
|春《はる》たちて|夏《なつ》は|漸《やうや》く|来向《きむか》へど
|何《なに》か|淋《さび》しきわれなりにけり
|西方《にしかた》の|国土《くに》の|境《さかひ》に|横《よこた》はる
|日南《ひなた》の|河《かは》まで|送《おく》り|奉《まつ》らむ
|松《まつ》を|吹《ふ》く|風《かぜ》の|響《ひびき》も|静《しづか》なり
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|松《まつ》も|惜《を》しむか
|四方八方《よもやも》にふさがる|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|月日《つきひ》|照《て》らして|出《い》でます|岐美《きみ》はも
|若草《わかぐさ》の|妻《つま》のみことを|後《あと》におきて
|旅《たび》に|立《た》たさむ|岐美《きみ》を|偲《しの》ぶも
|五百鈴《いほすず》の|音《ね》は|冴《さ》えにつつ|駿馬《はやこま》は
|早《はや》たたむとや|勇《いさ》み|出《い》でけり
きぎす|啼《な》くこの|高山《たかやま》の|頂上《いただき》に
われは|千歳《ちとせ》をおもひてなみだす
|白雲《しらくも》のたなびく|遠《とほ》き|国原《くにはら》に
|出《い》でます|岐美《きみ》に|別《わか》るる|惜《を》しさよ
わが|力《ちから》とみに|落《お》ちたる|心地《ここち》して
|岐美《きみ》を|送《おく》らむ|国境《くにざかひ》まで
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|曲神《まがかみ》|沢《さは》ありと
|聞《き》けば|一入《ひとしほ》こころわづらふ
|滝津瀬《たきつせ》の|水《みづ》の|流《なが》れはさかしとも
おそれ|給《たま》はじ|御稜威《みいづ》の|岐美《きみ》は
|幾千代《いくちよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|神々《かみがみ》の
かたらひ|草《ぐさ》とならむ|今日《こ》の|日《ひ》は
|生《う》みの|子《こ》のいや|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|至《いた》るまで
かたり|伝《つた》へむ|今日《けふ》の|別《わか》れを
|奇《くし》びなる|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》はうまらになりぬ
|澄《す》みきらふ|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》は|固《かた》まりにけり
|罪穢《つみけが》れかげだにもなきわが|岐美《きみ》の
|行《ゆ》く|先《さ》き|先《ざ》きにさやるものなし
|天《あめ》と|地《つち》の|水火《いき》と|水火《いき》とに|温《あたた》めて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|御子《みこ》を|生《う》ませり
|二柱《ふたはしら》|水火《いき》を|合《あは》せて|国魂《くにたま》の
|神《かみ》を|生《う》ませしことの|尊《たふと》さ
|紫《むらさき》の|雲《くも》は|次《つ》ぎ|次《つ》ぎ|重《かさな》りて
|玉藻《たまも》の|山《やま》を|包《つつ》まひにけり
|夢《ゆめ》なれや|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|現《あ》れましし
|日《ひ》より|百日《ももか》の|日《ひ》はたちにけり
|美《うるは》しき|山《やま》となりけり|玉野湖《たまのうみ》の
|底《そこ》はかわきて|傾斜面《なぞへ》となりぬ
|斯《かく》の|如《ごと》|尊《たふと》き|言霊《ことたま》もたす|岐美《きみ》の
|功《いさを》は|天界《みくに》の|宝《たから》なりけり
|葭葦《よしあし》を|踏《ふ》み|別《わ》け|進《すす》ますわが|岐美《きみ》の
|旅《たび》はまさしく|幸《さち》|多《おほ》からむ
|吾《われ》も|亦《また》ウの|言霊《ことたま》に|生《うま》れ|出《い》でて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りし
|天地《あめつち》の|生《う》みの|司《つかさ》と|任《ま》けられし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|功《いさを》|美《うる》はし
|瑞御霊《みづみたま》|七十五声《ななそまりいつつ》の|言霊《ことたま》に
|真鶴国土《まなづるくに》を|生《う》みましにけり
|地《つち》|稚《わか》くふくれ|上《あが》りし|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》はやうやく|固《かた》まり|初《そ》めたり
|目《め》に|見《み》えぬ|国土《くに》の|果《はて》まで|言霊《ことたま》の
|幸《さち》にうるほふ|神世《みよ》は|尊《たふと》き
|神々《かみがみ》はゑらぎ|楽《たの》しみ|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》の|千歳《ちとせ》を|祝《いは》ふなるらむ
|斯《か》くまでも|固《かた》め|給《たま》ひし|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》|汚《けが》さじと|吾《われ》は|仕《つか》へむ
|惜《を》しむとも|詮術《せんすべ》なけれ|主《ス》の|神《かみ》の
|御旨《みむね》にしたがひたたす|岐美《きみ》なり
|木《き》も|草《くさ》も|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|現《あ》れし|日《ひ》ゆ
|光《ひかり》を|増《ま》して|栄《さか》え|初《そ》めけり
|栄《さか》えゆく|神世《みよ》|寿《ことほ》ぐか|真鶴《まなづる》も
|常磐《ときは》の|松《まつ》にさやかにうたふ
|今《いま》ははや|迦陵頻伽《かりようびんが》も|真鶴《まなづる》も
|家鶏鳥《かけす》の|鳴《な》く|音《ね》も|冴《さ》え|渡《わた》りけり
|百鳥《ももどり》も|岐美《きみ》の|出《い》で|立《た》ちあきらめて
|神国《みくに》のためと|勇《いさ》むなるらむ
|遠《とほ》き|近《ちか》き|国土《くに》のことごと|守《まも》ります
|岐美《きみ》の|功《いさを》ぞたふとかりけり
|長閑《のどか》なる|春《はる》の|終《をは》りを|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》の|行手《ゆくて》に|匂《にほ》へ|百花《ももばな》
|万世《よろづよ》のほまれなりけり|玉藻山《たまもやま》の
|今日《けふ》の|別《わか》れは|国土生《くにう》みの|為《ため》と
|百鳥《ももどり》は|千歳《ちとせ》を|歌《うた》ひ|百千草《ももちぐさ》は
|神世《みよ》|寿《ことほ》ぎて|風《かぜ》にそよげる
|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》の|御供《みとも》|仕《つか》へつつ
|今日《けふ》は|悲《かな》しき|別《わか》れするかも
|大空《おほぞら》の|雲《くも》かき|別《わ》けて|天津陽《あまつひ》は
|岐美《きみ》が|行手《ゆくて》を|照《て》らさせ|給《たま》へる』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|馬上《ばじやう》より|諸神《しよしん》に|向《むか》ひ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|百神《ももがみ》の|心《こころ》かしこしわれは|今《いま》
|今日《けふ》の|門出《かどで》にかたじけなみ|思《おも》ふ
わが|姿《すがた》ここに|見《み》えねど|霊線《たましひ》は
|永久《とは》に|鎮《しづ》めて|国土《くに》を|守《まも》らむ
|玉野宮《たまのみや》に|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|仕《つか》へ|奉《まつ》る
|神《かみ》をくだして|形見《かたみ》とやせむ
|玉野比女《たまのひめ》|心《こころ》|安《やす》かれ|汝《な》が|為《ため》に
たすくる|神《かみ》のいまや|降《くだ》らむ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|終《をは》り、|諸神《しよしん》に|名残《なごり》を|惜《を》しみつつ|駒《こま》に|鞭《むち》うち、|玉藻山《たまもやま》の|傾斜面《なぞへ》を|右《みぎ》に|左《ひだり》に|折《を》れ|曲《まが》りて|静《しづか》に|下《くだ》らせ|給《たま》ふ。|百神《ももがみ》は|各自《おのもおのも》|国境《くにざかひ》まで|御供《みとも》に|仕《つか》へむとして|駒《こま》にまたがり、|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へ|給《たま》ふ。さり|乍《なが》ら|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》を|守《まも》りつつ、|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|神《かみ》を|育《はぐ》くまむと|駿馬《はやこま》に|跨《またが》りかへらせ|給《たま》ひ、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|玉藻山《たまもやま》に|残《のこ》りて、|大宮《おほみや》に|親《した》しく|仕《つか》へ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一一・二七 旧一〇・一〇 於水明閣 内崎照代謹録)
第一六章 |鶴《つる》の|訣別《わかれ》(五)〔一九一〇〕
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、その|神業《みわざ》の|成《な》れるを|機会《しほ》に、|諸神《しよしん》におくられて|玉藻山《たまもやま》をしづしづ|下《くだ》り|給《たま》ひければ、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|淋《さび》しさに|堪《た》へかねて、|玉野宮《たまのみや》の|大前《おほまへ》に|蹲《うづく》まりつつ|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し|終《をは》りて、|静《しづか》に|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|国土生《くにう》み|御子生《みこう》みの
|神業《みわざ》|終《をは》りて|帰《かへ》りましける
|神《かみ》の|世《よ》を|固《かた》めむとして|出《い》でましし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|後姿《うしろで》なつかしも
|冴《さ》え|渡《わた》る|月日《つきひ》の|光《かげ》も|何処《どこ》となく
|淋《さび》しかりける|岐美《きみ》のなければ
|高地秀《たかちほ》の|山《やま》より|下《くだ》りし|瑞御霊《みづみたま》
その|御姿《みすがた》は|雄々《をを》しかりける
|南《みんなみ》の|国土《くに》を|固《かた》めむと|出《い》でましし
|岐美《きみ》は|今《いま》なし|白梅《しらうめ》は|散《ち》る
|春《はる》の|陽《ひ》は|静《しづか》に|更《ふ》けて|夏草《なつぐさ》の
|萌《も》ゆる|玉藻《たまも》の|山《やま》の|淋《さび》しさ
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|三笠《みかさ》の|山《やま》の|根《ね》に
|帰《かへ》らせ|給《たま》ひていよよ|淋《さび》しも
|八洲国《やしまぐに》ことごとめぐり|神《かみ》|生《う》ます
|岐美《きみ》はやさしも|又《また》つれなしも
わが|岐美《きみ》と|名乗《なの》る|言葉《ことば》も|口《くち》ごもり
ただ|一言《ひとこと》の|名乗《なの》りさへせず
いすくはし|神《かみ》の|姿《すがた》の|目《め》に|浮《う》きて
いよよ|恋《こ》ふしく|淋《さび》しくなりぬ
|岐美《きみ》の|姿《かげ》|玉藻《たまも》の|山《やま》に|現《あ》れしより
|早《はや》も|百日《ももか》を|過《す》ぎにけらしな
|白梅《しらうめ》の|花《はな》にも|似《に》たる|粧《よそほ》ひを
|持《も》たせる|岐美《きみ》は|懐《なつ》かしきかも
|主《ス》の|神《かみ》の|誓《ちか》ひは|重《おも》しさりながら
|気永《けなが》く|待《ま》ちて|年《とし》さびにける
|西《にし》|東《ひがし》|南《みなみ》や|北《きた》とめぐらして
|神生《かみう》みのわざ|仕《つか》へますはも
|日《ひ》を|重《かさ》ね|月《つき》をけみしてわが|岐美《きみ》は
|四方《よも》の|国々《くにぐに》めぐりますかも
|右《みぎ》り|左《ひだり》|契《ちぎ》りなけれどわが|岐美《きみ》の
|御姿《みすがた》|思《おも》へば|恋《こ》ふしかりける
|水火《いき》と|水火《いき》|合《あは》せて|御子《みこ》をたしたしに
|生《う》まむ|術《すべ》なきわが|身《み》を|悲《かな》しむ
いろいろに|花《はな》は|匂《にほ》へど|白梅《しらうめ》の
|薫《かを》り|床《ゆか》しも|主《ス》の|種《たね》|宿《やど》せば
|梅《うめ》は|散《ち》り|桜《さくら》は|散《ち》りて|夏《なつ》の|日《ひ》も
いや|深《ふか》み|草《ぐさ》|深《ふか》くなりぬる
|奇《くし》びなる|縁《えにし》の|綱《つな》にからまれて
|背《せ》とし|名《な》のれど|水火《いき》あはざりき
|主《ス》の|神《かみ》はわれをたすけむ|司神《つかさがみ》
|天降《あも》らせ|給《たま》ふと|聞《き》くぞ|嬉《うれ》しき
|独《ひと》りのみ|只独《ただひと》りのみ|清庭《すがには》に
|神世《みよ》を|祈《いの》れどうら|淋《さび》しもよ
|月《つき》と|日《ひ》と|二《ふた》つ|並《なら》べる|世《よ》の|中《なか》に
われは|淋《さび》しもひとり|住《す》まひて
|奴婆玉《ぬばたま》の|闇《やみ》は|迫《せま》りぬわが|心《こころ》
|岐美《きみ》に|別《わか》れしそのたまゆらに
|再《ふたた》びは|会《あ》はむ|術《すべ》なきわが|心《こころ》に
|別《わか》れし|今日《けふ》のつれなさおもふ
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》はあれども|年《とし》さびし
われには|何《なん》の|甲斐《かひ》なかりけり
|豊《ゆたか》なる|岐美《きみ》のよそほひ|見送《みおく》りて
ふたたび|涙《なみだ》あらたなりける
|浮雲《うきぐも》の|流《なが》るる|見《み》つつ|思《おも》ふかな
わが|行《ゆ》く|道《みち》のはかなかる|世《よ》を
|玉野丘《たまのをか》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|言霊《ことたま》に
ふくれ|上《あが》りつ|淋《さび》しさまさる
|景色《けしき》よき|玉藻《たまも》の|山《やま》の|眺《なが》めさへ
|今日《けふ》はうれたく|思《おも》はるるかな
|背《せ》の|岐美《きみ》は|今《いま》やいづくぞ|大野原《おほのはら》
|醜草《しこぐさ》わけて|鞭《むち》うたすらむ
|天地《あめつち》にひとりの|岐美《きみ》を|慕《した》ひつつ
|長《なが》の|訣別《わかれ》を|生《い》きて|見《み》るかも
|虫《むし》の|音《ね》もいとど|悲《かな》しく|聞《きこ》ゆなり
わが|目《め》の|涙《なみだ》かわき|果《は》てずて
|隔《へだ》てなき|岐美《きみ》の|心《こころ》を|悟《さと》りつも
かすかにうらみ|抱《いだ》きけるはや
|愚《おろか》なるわが|魂線《たましひ》をたしなめて
|笑顔《ゑがほ》に|迎《むか》へし|時《とき》のくるしさ
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|国魂神《くにたまがみ》の|御子《みこ》
|安々《やすやす》|生《う》ませ|給《たま》ひけるはや
|生代比女《いくよひめ》|若《も》しなかりせば|真鶴《まなづる》の
|国魂神《くにたまがみ》は|生《うま》れざるべし
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|功《いさを》を|喜《よろこ》びつ
|何《なに》かうらめし|心《こころ》の|湧《わ》くも
|恐《おそ》ろしきものは|恋《こひ》かも|心《こころ》かも
よしとあしとの|差別《けぢめ》なければ
わが|心《こころ》|乱《みだ》れけむかも|生代比女《いくよひめ》の
|貴《うづ》の|功《いさを》をうらやましみおもふ
|背《せ》の|岐美《きみ》と|水火《いき》を|合《あは》せて|生《う》みませる
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》めぐしも
わが|腹《はら》に|宿《やど》らす|御子《みこ》にあらねども
わが|子《こ》となりし|国魂神《くにたまがみ》はや
|国魂《くにたま》の|御子《みこ》の|生《お》ひたつあしたまで
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|育《はぐ》くみ|給《たま》はむ
|生代比女《いくよひめ》|国魂神《くにたまがみ》の|乳母神《ははがみ》と
なりて|仕《つか》へむさまのめぐしも
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|心《こころ》を|持《も》ちながら
ややともすれば|色《いろ》|褪《あ》せにつつ
|長閑《のどか》なる|春《はる》の|心《こころ》も|恋《こひ》ゆゑに
|曇《くも》ると|思《おも》へば|恥《は》づかしのわれよ
|愛《いと》しさと|恋《こ》ふしさまさり|背《せ》の|岐美《きみ》の
|御前《みまへ》にふるふ|言《こと》の|葉《は》うたてき
|百千々《ももちぢ》に|砕《くだ》く|心《こころ》を|語《かた》らはむ
|暇《いとま》もあらに|別《わか》れけるはや
|主《ス》の|神《かみ》にいらへむ|言葉《ことば》なきままに
われは|許《ゆる》しぬ|恋《こひ》の|仇神《あだがみ》を
|起《お》きて|見《み》つ|寝《ね》て|思《おも》ひつつ|御子《みこ》のなき
われを|悲《かな》しむ|玉藻《たまも》の|山《やま》に』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|玉藻山《たまもやま》の|常磐《ときは》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》を|前後《ぜんご》|左右《さいう》にさゆらせつつ、|雲路《くもぢ》を|別《わ》けて|玉野宮居《たまのみやゐ》の|清庭《すがには》に、|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》|悠然《いうぜん》として|天降《あも》りまし、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|御側《みそば》|近《ちか》く|立《た》たせ|給《たま》ひつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『われこそは|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
ここに|降《くだ》りし|魂結《たまゆひ》の|神《かみ》
|中津柱《なかつはしら》|神《かみ》は|天降《あも》りぬ|主《ス》の|神《かみ》の
|神言《みこと》|畏《かしこ》み|汝《なれ》たすけむと』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は、|且《か》つ|喜《よろこ》び|且《か》つ|驚《おどろ》きつつ、|謹《つつし》みて|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》に|向《むか》ひ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝夕《あさゆふ》のわが|願《ね》ぎ|言《ごと》の|叶《かな》ひしか
|尊《たふと》き|神《かみ》の|現《あ》れませしはや
|中津柱《なかつはしら》|神《かみ》の|天降《あも》りしと|聞《き》くからに
わが|魂線《たましひ》はよみがへりつつ
|魂結《たまゆひ》の|神《かみ》のこの|地《ち》に|天降《あも》りまさば
わが|神業《かむわざ》も|易《やす》く|成《な》るべし
|背《せ》の|岐美《きみ》の|旅《たび》に|立《た》たせる|淋《さび》しさに
われは|神前《みまへ》に|繰言《くりごと》|宣《の》りぬ
|二柱《ふたはしら》|神《かみ》の|神言《みこと》の|耳《みみ》に|入《い》らば
|吾《われ》は|消《き》えなむ|思《おも》ひするかも
さすがにも|女神《めがみ》なるかもかへらざる
ことをくどくど|繰返《くりかへ》しつつ
|今更《いまさら》にわが|身《み》|恥《は》づかしくなりにけり
|神《かみ》に|仕《つか》ふる|身《み》ながらにして』
ここに|魂結《たまゆひ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|国《くに》|漸《やうや》くになりたれば
|汝《なれ》たすけむとわれは|天降《あも》りぬ
|玉野比女《たまのひめ》|心《こころ》|安《やす》けくおはしませ
|汝《なれ》の|真心《まごころ》|天《あめ》にかよへり
|主《ス》の|神《かみ》は|汝《な》が|真心《まごころ》をさとりまし
|神業《みわざ》たすくとわれを|降《くだ》せり
|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|広《ひろ》けし|遠見男《とほみを》の
|神《かみ》|一人《ひとり》して|如何《いか》で|治《をさ》め|得《え》む
|今日《けふ》よりは|玉野宮居《たまのみやゐ》の|清庭《すがには》に
|仕《つか》へて|汝《なれ》を|補《たす》けまつらむ
|有難《ありがた》き|神世《みよ》となりけり|主《ス》の|神《かみ》の
|折々《をりをり》|天降《あも》らす|玉藻《たまも》の|神山《かみやま》』
|中津柱《なかつはしら》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|広国原《ひろくにはら》の|中津柱《なかつはしら》
|神《かみ》と|現《あらは》れわれ|天降《あも》りけり
|主《ス》の|神《かみ》の|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|畏《かしこ》みて
われ|治《をさ》めむと|降《くだ》りけるはや
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》のまことの|願《ね》ぎ|言《ごと》を
|主《ス》の|大神《おほかみ》は|許《ゆる》し|給《たま》ひぬ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御水火《みいき》の|正《ただ》しさに
われ|紫微宮《しびきう》ゆ|天降《あまくだ》りたり
|新《あたら》しく|造《つく》り|固《かた》めし|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》の|木草《きぐさ》の|稚々《わかわか》しもよ
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|守《まも》りて|気永《けなが》くも
|待《ま》たせる|玉野《たまの》の|比女《ひめ》のかしこさ
|国魂《くにたま》の|神《かみ》|生《あ》れませり|生代比女《いくよひめ》の
|御子《みこ》には|非《あら》ず|汝《なれ》が|御子《みこ》なり
|汝《な》が|腹《はら》ゆ|生《あ》れます|御子《みこ》と|諾《うべ》なひて
めぐしみ|給《たま》へ|国魂《くにたま》の|御子《みこ》を
|今日《けふ》よりは|真鶴国《まなづるくに》を|経巡《へめぐ》りて
|汝《な》が|神業《かむわざ》をあななひまつらむ
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|総《すべ》ての|司《つかさ》ぞや
|玉野宮居《たまのみやゐ》の|司《つかさ》は|汝《なれ》ぞや
|永久《とこしへ》に|玉野宮居《たまのみやゐ》に|仕《つか》へまして
|国魂神《くにたまがみ》を|守《まも》らせたまへ
|三笠山《みかさやま》|真鶴山《まなづるやま》と|経巡《へめぐ》りて
|国土《くに》のはしばしひらき|守《まも》らむ
|真鶴《まなづる》の|国原《くにはら》|詳細《つぶさ》に|固《かた》まらば
われは|帰《かへ》らむ|天津高宮《あまつたかみや》へ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|代《かは》りてわれは|今《いま》
|国土《くに》|固《かた》めむと|降《くだ》りつるはや
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》はあちこち|経巡《へめぐ》りて
|何時《いつ》か|姿《すがた》をかくしましける
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|功《いさを》に|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》すみずみまでひらかれて|行《ゆ》く。
アカサタナ
ハマヤラワ
ガザダバパ
いく|言霊《ことたま》の|幸《さちは》ひて
|真鶴国《まなづるくに》は|生《あ》れましぬ
|国魂神《くにたまがみ》は|健《すこや》かに
|生《うま》れましける|千代《ちよ》|八千代《やちよ》
|栄《さか》ゆる|神世《みよ》は|真鶴《まなづる》の
|千歳《ちとせ》の|齢《よはひ》と|諸共《もろとも》に
|月日《つきひ》と|共《とも》に|動《うご》かざれ
|国《くに》の|宮居《みやゐ》の|清庭《すがには》は
|雲井《くもゐ》の|上《うへ》にいや|高《たか》く
そそり|立《た》ちつつ|主《ス》の|神《かみ》の
|光《ひかり》を|四方《よも》に|照《て》らすなり
われは|主《ス》の|神《かみ》|神言《みこと》もて
|中津柱《なかつはしら》と|現《あらは》れつ
|魂結《たまゆひ》の|神《かみ》と|諸共《もろとも》に
これの|聖所《すがど》を|永遠《とことは》に
|守《まも》り|守《まも》りて|主《ス》の|神《かみ》の
|栄《さかえ》を|委曲《うまら》に|開《ひら》くべし
|幾億万《いくおくまん》の|年月《としつき》を
|隔《へだ》ててやうやう|皇国《すめらくに》
|大《おほ》やまと|国《ぐに》|固《かた》むべき
|今日《けふ》の|神業《みわざ》の|尊《たふと》さよ
|今日《けふ》の|神業《みわざ》の|畏《かしこ》さよ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|言霊《ことたま》|御稜威《みいづ》|尊《たふと》けれ』
(昭和八・一一・二七 旧一〇・一〇 於水明閣 林弥生謹録)
第四篇 |千山万水《せんざんばんすゐ》
第一七章 |西方《にしかた》の|旅《たび》〔一九一一〕
|古来《こらい》|文学者《ぶんがくしや》|等《たち》が、|天地開闢《てんちかいびやく》|以後《いご》の|史実《しじつ》を|説明《せつめい》せむとするに|当《あた》り、|二《ふた》つの|方法《はうはふ》を|用《もち》ゐて|来《き》た。|其《その》|一《ひと》つは|史詩《シヤンソン》であり、|其《その》|一《ひと》つは|伝奇物語《ロマン》であつた。|而《しか》して|史詩《シヤンソン》は|歴史《れきし》と|空想《くうさう》との|交錯《かうさく》であり、|伝奇物語《ロマン》は|史的要素《してきえうそ》を、より|濃厚《のうこう》な|空想《くうさう》で|賦彩《ふさい》したものである。ダンテの|詩《し》の|如《ごと》き、|又《また》は|竹取物語《たけとりものがたり》の|如《ごと》きは、|総《すべ》て|伝奇物語《ロマン》の|形式《けいしき》を|取《と》つたものである。|中《なか》にも|史詩《シヤンソン》は|其《その》|大多数《だいたすう》を|占《し》めて|居《ゐ》たやうであるが、|後世《こうせい》に|至《いた》つて|学者達《がくしやたち》が|散文体《さんぶんたい》に|翻訳《ほんやく》し、|之《これ》を|広《ひろ》く|発表《はつぺう》するに|至《いた》つたものである。|併《しか》しながら|我国《わがくに》は|言《い》ふも|更《さら》なり、|泰西諸国《たいせいしよこく》に|流布《るふ》さるる|史的物語《してきものがたり》にも、|英雄《えいゆう》、|神《かみ》、|悪魔《あくま》|等《とう》を|取扱《とりあつか》つて|居《ゐ》るもの|多《おほ》く、|吾《わ》が|述《の》ぶる『|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》』の|如《ごと》く、|言霊《ことたま》を|取扱《とりあつか》つた|書籍《しよせき》は|絶無《ぜつむ》である。|要《えう》するに|言霊学《ことたまがく》は|深遠《しんゑん》|微妙《びめう》にして、|凡庸学者《ぼんようがくしや》の|脳髄《なうずゐ》に|到底《たうてい》|咀嚼《そしやく》し|能《あた》はず、|又《また》|夢《ゆめ》にも|窺知《きち》するを|得《え》ざる|玄妙《げんめう》なる|学理《がくり》なるが|故《ゆゑ》に、|今日迄《こんにちまで》|閑却《かんきやく》されて|居《ゐ》たのである。|一知半解《いつちはんかい》の|頭脳《づなう》をもつては、|到底《たうてい》|言霊学《ことたまがく》を|題材《だいざい》とする|史詩《シヤンソン》|又《また》は|伝奇物語《ロマン》は|絶対《ぜつたい》|不可能《ふかのう》である。|私《わたし》は|大胆《だいたん》にも|不敵《ふてき》にも、|大宇宙《だいうちう》の|極元《きよくげん》たる|言霊《ことたま》の|活用《くわつよう》に|基《もと》づき、|宇宙《うちう》の|成立《せいりつ》より、|神々《かみがみ》の|御活動《ごくわつどう》に|就《つ》いて、|史詩《シヤンソン》の|形式《けいしき》を|借《か》り、|弥々《いよいよ》|茲《ここ》にその|大要《たいえう》を|述《の》べむとするものである。
|未《いま》だ|天地茫漠《てんちばうばく》として|修理固成《しうりこせい》の|光《ひかり》|輝《かがや》かざりし|時代《じだい》の|物語《ものがたり》にして、|言霊《ことたま》の|妙用《めうよう》より|発《はつ》する|意志《いし》|想念《さうねん》の|世界《せかい》を|説明《せつめい》せむとするものなれば、|現代人《げんだいじん》の|目《め》より|耳《みみ》より|不可思議《ふかしぎ》に|感《かん》ずる|事《こと》|最《もつと》も|多《おほ》かるべし。|人間《にんげん》は|神《かみ》の|形《かたち》に|造《つく》られたりと、|総《すべ》ての|学者《がくしや》は|言《い》つて|居《ゐ》る。|故《ゆゑ》に|神《かみ》は|総《すべ》て|人間《にんげん》の|形《かたち》をなしたるものと|想像《さうざう》して|居《ゐ》る|人々《ひとびと》が|多《おほ》いのである。|然《しか》れども|意志《いし》|想念《さうねん》の|情動《じやうどう》によりて、|最初《さいしよ》の|世界《せかい》は|一定不変《いつていふへん》なる|形式《けいしき》を|保《たも》つ|事《こと》の|出来《でき》ないのは|明瞭《めいれう》なる|真理《しんり》である。|竜体《りうたい》の|神《かみ》もあれば|獣体《じうたい》の|神《かみ》もあり、|又《また》|山岳《さんがく》の|形《かたち》をなせる|神《かみ》もあり、|十数箇《じふすうこ》の|頭《かしら》を|有《いう》する|大蛇身《だいじやしん》もあり、|千態万様《せんたいばんやう》である。|何故《なにゆゑ》なれば、|意志《いし》|想念《さうねん》|其《その》ものの|形《かたち》の|現《あらは》れであるからである。|人間《にんげん》の|面貌《めんばう》は|精神《せいしん》の|索引《さくいん》なりと|称《とな》ふるも|此《この》|理由《りゆう》である。|併《しか》しながら|今日《こんにち》にては|人間《にんげん》の|形態《けいたい》|定《さだ》まりたれば、|意志《いし》|想念《さうねん》によりて|其《その》|体《たい》を|変《へん》ぜず。|唯《ただ》|面貌《めんばう》に|変化《へんくわ》を|来《きた》すのみとなつたので、|表面《へうめん》より|見《み》ては|其《その》|性格《せいかく》を|容易《ようい》に|知《し》る|事《こと》が|出来《でき》なくなつて|居《ゐ》る。|外面如菩薩《げめんによぼさつ》、|内心如夜叉《ないしんによやしや》の|如《ごと》き|悪魔《あくま》の|横行《わうかう》するのも、|善悪《ぜんあく》|共《とも》に|同一《どういつ》|形態《けいたい》を|備《そな》ふるに|至《いた》りしより、|悪魔《あくま》に|便宜《べんぎ》を|与《あた》へて|居《ゐ》るのである。|細心《さいしん》に|注意《ちうい》する|時《とき》は、|形態《けいたい》は|人間《にんげん》なれども、|其《その》|面貌《めんばう》に、|声音《せいおん》に、|動作《どうさ》に、|悪魔《あくま》の|状態《じやうたい》を|現《げん》ずるものなれども、|一般《いつぱん》の|人間《にんげん》の|目《め》よりは、|其《その》|精神《せいしん》|状態《じやうたい》の|善悪《ぜんあく》を|容易《ようい》に|窺知《きち》する|事《こと》が|出来《でき》ないやうになつたのである。|正《ただ》しき|神《かみ》の|道《みち》を|踏《ふ》み、|日夜《にちや》に|魂《たま》を|清《きよ》め、|智慧証覚《ちゑしようかく》を|得《え》たる|真人間《まにんげん》の|眼《まなこ》よりは、|容易《ようい》に|之《これ》を|観破《くわんぱ》する|事《こと》が|出来《でき》るのであれども、|盲《めくら》|千人《せんにん》|目明《めあ》き|一人《ひとり》の|世《よ》の|譬《たとへ》に|漏《も》れず、|大多数《だいたすう》の|人《ひと》は|欺《あざむ》かれ|禍《わざは》ひにかかるものである。|茲《ここ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》は、ミロクの|神柱《かむばしら》を|地上《ちじやう》に|下《くだ》して、|正《ただ》しき|教《をしへ》を|天下《てんか》に|布《し》き|施《ほどこ》し|人類《じんるゐ》の|眼《まなこ》を|覚《さま》させ、|光《ひか》らせ、|悪魔《あくま》の|跳梁《てうりやう》を|絶滅《ぜつめつ》し、|以《もつ》てミロクの|神世《みよ》を|樹立《じゆりつ》せむとし|給《たま》へるこそ、|有難《ありがた》き|尊《たふと》き|限《かぎ》りなれ。
|茲《ここ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|聖所《すがどこ》に
|二柱《ふたはしら》の|女神《めがみ》|残《のこ》しおき
|玉野宮居《たまのみやゐ》に|礼辞《ゐやひごと》
|宣《の》り|終《を》へまして|悠々《いういう》と
|駒《こま》に|跨《またが》り|鈴《すず》の|音《ね》も
いと|勇《いさ》ましく|百神《ももがみ》に
その|御尾前《みをさき》を|守《まも》られて
|傾斜面《なぞへ》の|坂路《さかみち》|右左《みぎひだり》
|伝《つた》ひ|伝《つた》ひて|下《くだ》りまし
|千条《ちすぢ》の|滝《たき》よりおちくだつ
|谷《たに》の|清水《しみづ》に|禊《みそぎ》して
|馬《うま》に|水飼《みづか》ひ|荒野原《あらのはら》
|勇《いさ》み|進《すす》みて|出《い》でたまふ
|其《その》|御姿《みすがた》の|雄々《をを》しさよ
|百神等《ももがみたち》は|御尾前《みをさき》に
|仕《つか》へまつりて|霊光《れいくわう》の
|輝《かがや》きたまふ|御後《みあと》より
|畏《おそ》れ|謹《つつし》み|出《い》でたまふ
|紫微天界《たかあまはら》の|国土生《くにう》みや
|御子生《みこう》みの|旅《たび》の|物語《ものがたり》
|水明閣《すゐめいかく》に|端坐《たんざ》して
|東雲社員《しののめしやゐん》に|筆《ふで》とらせ
|心《こころ》いそいそ|述《の》べてゆく
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さちは》ひて
|此《こ》の|物語《ものがたり》いや|広《ひろ》に
いや|審《つばら》かに|後《のち》の|世《よ》の
|鏡《かがみ》ともなり|塩《しほ》となり
|花《はな》ともなりて|世《よ》の|人《ひと》の
|御魂《みたま》に|光《ひかり》|与《あた》ふべく
|守《まも》らせ|給《たま》へと|願《ね》ぎ|奉《まつ》る。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》、|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》、|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》、|美味素《うましもと》の|神《かみ》の|四柱神《よはしらがみ》と|共《とも》に、|玉藻山《たまもやま》の|千条《ちすぢ》の|滝水《たきみづ》の|集《あつま》れる|大滝川《おほたきがは》の|清流《せいりう》に|禊《みそぎ》し|給《たま》ひ、おのもおのも|駒《こま》に|水飼《みづか》ひながら、|主《ス》の|大神《おほかみ》を|遥《はる》かに|伏《ふ》し|拝《をが》み、|西方《にしかた》の|国《くに》の|国土造《くにつく》り|神生《かみう》みの|神業《みわざ》を、|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|完成《くわんせい》すべく、|声《こゑ》も|清《すが》しく|祈《いのり》の|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》の|主《ス》の|神《かみ》に
|禊《みそぎ》|終《をは》りて|願《ね》ぎ|言《ごと》|申《まを》さむ
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》はやうやく|固《かた》まりぬ
|西方《にしかた》の|国土《くに》|生《う》み|守《まも》らせたまへ
|玉野丘《たまのをか》|膨《ふく》れ|上《あが》りし|神業《かむわざ》に
ならひて|我《われ》は|国土生《くにう》みせむとす
もろもろの|曲神等《まがかみたち》を|言向《ことむ》けて
|神《かみ》の|依《よ》さしの|国土生《くにう》みをせむ
わが|伊行《いゆ》く|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なく
|進《すす》ませたまへ|主《ス》の|大御神《おほみかみ》
|科戸辺《しなどべ》の|風《かぜ》も|静《しづか》にふくよかに
わが|行《ゆ》く|道《みち》に|幸《さちは》ひあれかし』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|岐美《きみ》の|御後《みあと》に|従《したが》ひ|進《すす》みゆく
|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》あらすな
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|境《さかひ》の|日南河《ひなたがは》
|向《むか》つ|岸《きし》までおくらせたまはれ
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》はやうやく|固《かた》まれど
まだ|地《つち》|稚《わか》し|駒《こま》はなづまむ
|玉藻山《たまもやま》|千条《ちすぢ》の|滝《たき》の|集《あつま》りし
|大滝川《おほたきがは》の|水底《みそこ》は|澄《す》めり
|澄《す》みきらふ|大滝川《おほたきがは》の|真清水《ましみづ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|心《こころ》なるかも
|大滝川《おほたきがは》|清《きよ》き|流《なが》れに|禊《みそぎ》して
わが|魂線《たましひ》は|甦《よみが》へりぬる
|水底《みなそこ》の|砂利《じやり》さへ|小魚《さな》さへ|透《す》きとほる
|大滝川《おほたきがは》の|清《きよ》くもあるかな
|駿馬《はやこま》は|嘶《いなな》き|鶴《つる》は|万代《よろづよ》を
うたひて|岐美《きみ》がみゆき|送《おく》るも
|大滝川《おほたきがは》|岸辺《きしべ》に|萌《も》ゆる|夏草《なつぐさ》の
|緑《みどり》の|若草《わかぐさ》わけて|進《すす》まむ』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|魂機張《たまきは》る|命《いのち》の|清水《しみづ》よ|真清水《ましみづ》よ
|千条《ちすぢ》の|滝《たき》より|落《お》つる|流《なが》れは
たうたうといや|永久《とこしへ》におちたぎつ
|滝《たき》のごとあれ|岐美《きみ》の|齢《よはひ》は
|永久《とこしへ》に|涸《か》るるためしはあらたきの
いや|高長《たかなが》に|流《なが》るる|生命《いのち》よ
かかる|世《よ》に|生《うま》れてかかる|楽《たの》しさを
|味《あぢ》はひにけり|岐美《きみ》に|仕《つか》へて
|玉藻山《たまもやま》|千条《ちすぢ》の|滝《たき》の|音《おと》|高《たか》く
|響《ひび》きわたらへ|岐美《きみ》の|御名《おんな》は
|百千草《ももちぐさ》|四方《よも》に|香《にほ》ひて|百鳥《ももどり》の
|声《こゑ》|冴《さ》え|渡《わた》る|大滝川《おほたきがは》の|辺《へ》
|川水《かはみづ》に|五《いつ》つの|駒《こま》の|水飼《みづか》ひて
|進《すす》まむ|今日《けふ》の|旅《たび》|面白《おもしろ》し
|行《ゆ》く|先《さき》に|如何《いか》なる|神《かみ》のさやるとも
|退《しりぞ》けたまへ|言霊《ことたま》の|水火《いき》に
|旅立《たびだ》たす|岐美《きみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
わが|身《み》わが|魂《たま》わくわく|躍《をど》るも
|極《きは》みなき|望《のぞ》みかかへて|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》の|面《おも》わを|勇《いさ》ましく|思《おも》ふ
|御面《おんおも》は|月日《つきひ》の|如《ごと》くかがやきて
|射向《いむか》ふ|神《かみ》とならせたまひぬ
わが|神《かみ》は|面勝神《おもかつがみ》よ|射向《いむか》ふ|神《かみ》
|如何《いか》なる|曲《まが》もさやらむすべなし
|大野原《おほのはら》|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|柔《やはら》かに
みゆきことほぐ|響《ひびき》をつたふ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|大滝川《おほたきがは》|清《きよ》き|流《なが》れは|永久《とこしへ》の
|岐美《きみ》の|生命《いのち》と|澄《す》みきらひたり
|雲《くも》の|上《うへ》に|浮《う》きたつ|玉藻《たまも》の|神山《かみやま》は
|紫《むらさき》の|雲《くも》に|包《つつ》まれにけり
|紫《むらさき》の|雲《くも》の|上《うへ》より|玉野比女《たまのひめ》
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|岐美《きみ》を|送《おく》らむ
|生《あ》れませし|御子《みこ》の|生《お》ひ|立《た》ち|楽《たの》しみて
|西方《にしかた》の|国土《くに》に|立《た》たす|岐美《きみ》はも
|真鶴山《まなづるやま》|玉藻《たまも》の|山《やま》や|三笠山《みかさやま》は
|真鶴国《まなづるくに》の|要《かなめ》なるかも
|月《つき》も|日《ひ》も|清《きよ》く|流《なが》るる|大滝《おほたき》の
|川《かは》は|底《そこ》まで|澄《す》みきらひたり
|夕《ゆふ》ざれば|星《ほし》の|真砂《まさご》の|数々《かずかず》は
|水面《みのも》に|清《きよ》く|浮《うか》ぶなるらむ
|霊線《たましひ》の|結《むす》びの|力《ちから》に|月《つき》も|日《ひ》も
|星《ほし》も|虚空《こくう》にやすく|定《き》まれり
まだ|稚《わか》き|国原《くにはら》なれど|月《つき》|日《ひ》|星《ほし》の
|霊線《たましひ》の|糸《いと》に|動《うご》くともせず
|天《あま》の|川《かは》|南《みなみ》ゆ|北《きた》に|大空《おほぞら》を
くぎりて|清《きよ》き|真鶴《まなづる》の|国《くに》』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉藻山《たまもやま》|玉《たま》の|泉《いづみ》ゆおちたぎつ
|千条《ちすぢ》の|滝《たき》の|水《みづ》はあまきも
|地《ち》の|上《うへ》の|総《すべ》てのものを|霑《うるほ》して
|育《はぐ》くみ|守《まも》れ|千条《ちすぢ》の|滝水《たきみづ》
|神々《かみがみ》の|食《く》ひて|生《い》くべき|稲種《いなだね》は
この|川水《かはみづ》に|育《はぐ》くまるなり
|天《あめ》の|狭田《さだ》|長田《ながた》に|注《そそ》ぐ|大滝《おほたき》の
|川《かは》の|清水《しみづ》の|味《あぢ》はひよきかも
|言霊《ことたま》の|水火《いき》こもらずば|真清水《ましみづ》も
あまき|味《あぢ》はひ|備《そな》はらざらむを
|天地《あめつち》の|総《すべ》てのものら|美味素《うましもと》の
|神《かみ》の|守《まも》りの|味《あぢ》はひもてるも
|神々《かみがみ》の|魂線《たましひ》までも|味《あぢ》はひを
|授《さづ》けて|守《まも》る|美味素《うましもと》の|神《かみ》よ
|川《かは》の|辺《べ》に|鳴《な》く|鈴虫《すずむし》の|声《こゑ》さへも
|味《あぢ》はひうましく|耳《みみ》に|響《ひび》けり
おちくだつ|千条《ちすぢ》の|滝《たき》の|響《ひびき》さへ
|耳《みみ》なぐさむる|味《あぢ》はひなりけり
いざさらば|岐美《きみ》よ|召《め》しませ|駒《こま》の|背《せ》に
|吾《われ》は|御供《みとも》に|仕《つか》へまつらむ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|終《をは》り|給《たま》へば、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、
『|美味素《うましもと》|神《かみ》の|言葉《ことば》の|味《あぢ》はひに
|我《われ》は|進《すす》まむ|駒《こま》に|鞭《むち》うちて』
と|宣《の》らせつつ、|馬背《こまのせ》に|跨《またが》り、|五色《ごしき》の|絹《きぬ》もて|造《つく》りたる|御手綱《みたづな》を|左手《ゆんで》にもたせ、|右手《めて》に|玉鞭《たまむち》を|打《う》ち|振《ふ》りながら、|駒《こま》に|翳《かざ》せる|鈴《すず》の|音《ね》もさやさやに、|神跡《みあと》なき|若草原《わかくさばら》を|進《すす》ませ|給《たま》へば、|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|案内《あない》の|為《た》めと|御前《みまへ》に|立《た》ち、|三柱神《みはしらがみ》は|御後《みしりへ》に|従《したが》ひまつり、|湯気《ゆげ》|立《た》ち|昇《のぼ》る|大野原《おほのがはら》を、|西《にし》へ|西《にし》へと|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|勇《いさ》ましき。
(昭和八・一一・二九 旧一〇・一二 於水明閣 加藤明子謹録)
第一八章 |神《かみ》の|道行《みちゆき》〔一九一二〕
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》|豊《ゆたか》に、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|立《た》ちて|進《すす》ませながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|紫微天界《たかあまはら》の|中《なか》にして
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|固《かた》まりし
|真鶴国《まなづるくに》の|尊《たふと》さよ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|出《い》でまして
|未《ま》だ|地《つち》|稚《わか》き|国原《くにはら》を
|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
|造《つく》らせ|固《かた》めなし|給《たま》ひ
|国魂神《くにたまがみ》と|定《さだ》まりし
|千代鶴姫《ちよつるひめ》の|命《みこと》まで
|生《う》み|落《おと》しまし|漸々《やうやう》に
|玉藻《たまも》の|山《やま》を|立《た》ち|出《い》でて
|黒雲《くろくも》ふさがる|常闇《とこやみ》の
|西方《にしかた》の|国土《くに》|生《う》まさむと
|出《い》でます|今《いま》の|旅立《たびだち》を
|送《おく》る|吾《われ》こそ|楽《たの》しけれ
|天地《てんち》に|黒雲《くろくも》ふさがりて
|行方《ゆくへ》もわかぬ|西方《にしかた》の
|国土《くに》に|曲神《まがかみ》|五月蠅《さばへ》なし
|万《よろづ》の|災《わざはひ》|日《ひ》に|月《つき》に
|起《おこ》ると|聞《き》けば|主《ス》の|神《かみ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|遣《つか》はして
|堅磐常磐《かきはときは》の|天津国《あまつくに》を
|開《ひら》かせ|給《たま》ふぞ|尊《たふと》けれ
|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なく
|万里《ばんり》の|駒《こま》に|跨《またが》りて
|胡砂《こさ》|吹《ふ》く|風《かぜ》をあびながら
|縹渺千里《へうべうせんり》の|荒野原《あらのはら》
|右左《みぎりひだり》に|鳴《な》く|虫《むし》の
|音《ね》もさやさやに|草《くさ》の|根《ね》に
|響《ひび》き|渡《わた》りて|肝《きも》|向《むか》ふ
|心《こころ》は|勇《いさ》み|駒《こま》|勇《いさ》み
|出《い》で|立《た》つ|今日《けふ》ぞ|楽《たの》しけれ
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|美波志比古神《みはしひこがみ》は|今《いま》|何処《いづこ》
|岐美《きみ》のみゆきを|守《まも》らむと
|先《さき》に|立《た》たせる|功績《いさをし》は
|今《いま》|目《ま》の|前《あたり》|見《み》えにつつ
|岐美《きみ》がみゆきの|道芝《みちしば》は
|弥固《いやかた》まりて|駿馬《はやこま》の
|蹄《ひづめ》を|運《はこ》ぶあらがねの
|地《つち》を|進《すす》むも|安《やす》けかり
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|恩頼《みたまのふゆ》の|幸《さちは》ひて
|今日《けふ》の|御空《みそら》に|雲《くも》もなく
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》もなごやかに
|吾等《われら》が|面《おも》をなでて|行《ゆ》く
げに|天国《てんごく》の|旅立《たびだち》と
|思《おも》へば|楽《たの》し|吾《われ》は|今《いま》
|日南《ひなた》の|河《かは》の|河岸《かはぎし》に
|岐美《きみ》を|送《おく》りて|進《すす》むなり
|岐美《きみ》を|送《おく》りて|進《すす》むなり』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|暫《しば》し|駒《こま》を|止《とど》めて、|来《こ》し|方《かた》を|顧《かへり》み|給《たま》ひつつ、|遠《とほ》く|霞《かす》める|玉藻山《たまもやま》を|仰《あふ》ぎて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|振返《ふりかへ》り|眺《なが》むる|空《そら》に|玉藻山《たまもやま》は
|紫雲《しうん》の|衣《ころも》|着《つ》けてかすめり
|紫《むらさき》の|雲《くも》のとばりを|引《ひ》き|廻《まは》し
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》は|宮仕《みやづか》へまさむ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》|遠《とほ》みつつ|見《み》えねども
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|安《やす》くいまさむ
わが|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なかりけり
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|守《まも》らす|恵《めぐみ》に
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|行手《ゆくて》|遥《はろ》けし|西方《にしかた》の
|国土《くに》の|御空《みそら》に|黒雲《くろくも》|立《た》つも
|日々《かか》|並《な》べて|神生《かみう》みの|神業《わざ》に|仕《つか》へ|行《ゆ》く
|我《われ》はせはしき|御霊《みたま》なるかも
|醜神《しこがみ》の|醜《しこ》の|災《わざはひ》|免《のが》れつつ
|我《われ》は|今日《けふ》まで|進《すす》み|来《こ》しはや
|今《いま》となりて|高日《たかひ》の|宮《みや》に|仕《つか》へます
|八柱神《やはしらがみ》の|偲《しの》ばれにける
|東南《とうなん》の|空《そら》を|眺《なが》めて|八柱《やはしら》の
|比女神《ひめがみ》われを|偲《しの》ぶなるらむ
|一日《ひとひ》だも|御霊《みたま》|安《やす》むるいとまなく
|旅《たび》に|立《た》つ|身《み》は|苦《くる》しかりけり
|国土《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》まむと|出《い》でて|来《こ》し
|我《われ》は|世《よ》の|味《あぢ》つぶさに|覚《さと》りぬ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|功《いさを》を|今更《いまさら》に
さとりけるかな|大野《おほの》の|旅路《たびぢ》に
|四方八方《よもやも》に|雲《くも》|立《た》ちのぼり|月《つき》も|日《ひ》も
かくろひし|国土《くに》を|照《て》らし|行《ゆ》く|岐美《きみ》よ
|百鳥《ももどり》の|声《こゑ》は|千歳《ちとせ》をうたひつつ
|八千草《やちぐさ》の|根《ね》に|虫《むし》|鳴《な》き|渡《わた》る
|若草《わかぐさ》の|萌《も》ゆる|大野《おほの》を|進《すす》み|行《ゆ》く
|岐美《きみ》の|行手《ゆくて》に|幸《さち》あれと|思《おも》ふ
もうもうと|霧《きり》|立《た》ち|昇《のぼ》る|国原《くにはら》を
|照《て》らして|出《い》でます|岐美《きみ》の|旅《たび》はも
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|眼《まなこ》くらまむ|顕津男《あきつを》の
|神《かみ》より|出《い》づる|貴《うづ》の|光《ひかり》は
|御空《みそら》|行《ゆ》く|大鳥《おほとり》|小鳥《ことり》|悉《ことごと》く
|岐美《きみ》の|御後《みあと》に|従《したが》ひ|奉《まつ》るも
|幾千万《かずかぎり》の|鶴《つる》は|翼《つばさ》を|揃《そろ》へつつ
|岐美《きみ》がみゆきを|送《おく》りて|舞《ま》へるも
|大空《おほぞら》は|明《あか》らみにけり|真鶴《まなづる》の
|数多《あまた》の|翼《つばさ》|白《しろ》く|光《ひか》りて』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駒《こま》|止《と》めて|四方《よも》の|国形《くにがた》|眺《なが》むれば
|目路《めぢ》の|限《かぎ》りは|雲界《うんかい》なりけり
|雲界《うんかい》の|中《なか》に|漂《ただよ》ふ|心地《ここち》して
|岐美《きみ》の|御後《みあと》に|従《したが》ひ|行《ゆ》くも
|雲《くも》の|浪《なみ》|立《た》ち|騒《さわ》ぎつつ|岐美《きみ》が|行《ゆ》く
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|遥《はろ》けくもあるか
|真鶴《まなづる》は|千歳《ちとせ》をうたひ|駿馬《はやこま》は
|万世《よろづよ》いななく|今日《けふ》の|旅《たび》なり
|岐美《きみ》が|生命《いのち》|幾億万年《かきはときは》の|末《すゑ》までも
|国土《くに》|守《まも》るべく|保《たも》たせ|給《たま》へ
たまきはる|神《かみ》は|守《まも》らむ|瑞御霊《みづみたま》の
|生命《いのち》を|永久《とは》に|若返《わかがへ》らせつつ
|若返《わかがへ》り|若返《わかがへ》りつつ|幾億万世《よろづよ》の
|岐美《きみ》は|神国《みくに》の|柱《はしら》とならせよ
|行先《ゆくさき》に|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇神《をろちがみ》
|岐美《きみ》が|出《い》でまし|迎《むか》へまちつつ
この|大蛇《をろち》|幾山脈《いくやまなみ》に|跨《またが》りて
|怪《あや》しき|水火《いき》を|四方《よも》に|放《はな》てる
|西方《にしかた》の|国土《くに》を|曇《くも》らす|大蛇神《をろちがみ》の
|水火《いき》|祓《はら》はむは|言霊《ことたま》の|幸《さち》なり
わが|力《ちから》|如何《いか》で|及《およ》ばむ|大蛇神《をろちがみ》の
|怪《あや》しき|水火《いき》に|立《た》ち|向《むか》ひなば
わが|岐美《きみ》の|生言霊《いくことたま》の|御水火《みいき》には
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》も|服従《まつろ》ひ|奉《まつ》らむ
|日南河《ひなたがは》を|前《まへ》に|控《ひか》へて|醜《しこ》の|大蛇《をろち》は
|山《やま》の|姿《すがた》と|化《な》りて|待《ま》たなむ
|山《やま》と|化《な》り|河《かは》とも|化《な》りて|醜神《しこがみ》は
|岐美《きみ》のみゆきを|艱《なや》めむとすも
|如何《いか》ならむ|事《こと》のありともたまきはる
|岐美《きみ》の|生命《いのち》は|永久《とは》に|落《おと》さじ
|果《はて》しなき|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|岐美《きみ》なれば
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》もものの|数《かず》かは』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|高《たか》し|地《つち》|広《ひろ》し
この|中国《なかくに》を|行《ゆ》きます|岐美《きみ》はも
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|玉藻《たまも》の|山《やま》は|雲《くも》の|上《へ》に
その|頂上《いただき》をかがやかし|居《を》り
|玉藻山《たまもやま》|傾斜面《なぞへ》に|一処《ひととこ》|黒《くろ》き|影《かげ》の
|走《はし》るは|雲《くも》のうつれるなるらむ
ちぎれ|雲《ぐも》ちぎれぬ|雲《くも》のはざまより
|玉藻《たまも》の|山《やま》の|肌《はだ》は|見《み》ゆるも
|玉藻山《たまもやま》の|貴《うづ》の|姿《すがた》はくづれつつ
|遠《とほ》く|来《き》にけり|大野《おほの》が|原《はら》を
|立《た》ち|迷《まよ》ふ|霧雲《きりぐも》の|野《の》を|照《て》らしつつ
|出《い》でます|岐美《きみ》の|御稜威《みいづ》は|高《たか》し
|玉藻山《たまもやま》|立《た》ち|出《い》で|給《たま》ひしわが|岐美《きみ》は
|光《ひかり》ますます|強《つよ》まりにけり
かくの|如《ごと》|畏《かしこ》き|岐美《きみ》と|知《し》らずして
|吾《われ》は|光《ひかり》に|包《つつ》まれにけむ
|今《いま》となりてわが|目《め》|覚《さ》めしか|瑞御霊《みづみたま》の
|強《つよ》き|光《ひかり》を|仰《あふ》ぎぬるかな
|行先《ゆくさき》に|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》すむと|聞《き》きて
わが|魂線《たましひ》は|立《た》ち|勇《いさ》むなり
わが|岐美《きみ》の|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|光《ひかり》にて
|服従《まろつ》ひ|奉《まつ》らむ|醜《しこ》の|大蛇《をろち》は
|山《やま》となり|又《また》|河《かは》となり|雲《くも》となりて
|道《みち》にさやらむ|醜《しこ》の|大蛇《をろち》は
|心《こころ》して|行《ゆ》きませわが|岐美《きみ》|山《やま》も|河《かは》も
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》の|化身《けしん》なりせば
|行先《ゆくさき》を|醜《しこ》の|大蛇《をろち》はいろいろに
|身《み》を|変《へん》じつつさやらむとすも
|河《かは》も|沼《ぬま》も|木草《きぐさ》も|悉《ことごと》|言問《ことと》ひて
|世《よ》を|乱《みだ》さむとするぞゆゆしき
|五月蠅《さばへ》なす|醜神等《しこがみたち》の|雄猛《をたけ》びを
|祓《はら》ふは|岐美《きみ》の|言霊《ことたま》あるのみ
いすくはし|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》に
この|地《ち》の|上《うへ》の|曲津《まが》は|亡《ほろ》びむ
|天界《てんかい》は|言霊《ことたま》の|国《くに》よ|意志《いし》の|国《くに》よ
|想念《さうねん》の|国《くに》よ|果《はて》のなき|国土《くに》
|意志《いし》|想念《さうねん》|曇《くも》りて|醜《しこ》の|醜神《まがかみ》は
|生《うま》れ|出《い》づると|聞《き》くぞ|恐《おそ》ろし
|掛巻《かけまく》も|畏《かしこ》き|皇大神《すめらおほかみ》の
|水火《いき》の|光《ひかり》を|力《ちから》ともがな
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしの|儘《まま》に|旅立《たびだ》たす
|岐美《きみ》の|行手《ゆくて》に|功《いさを》あれかし
|八柱《やはしら》の|女神《めがみ》を|宮《みや》に|残《のこ》し|置《お》きて
|御子生《みこう》みに|立《た》たすヒーローの|岐美《きみ》よ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》|豊《ゆたか》に|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駒《こま》|止《と》めて|岐美《きみ》と|休《やす》らふ|大野原《おほのはら》に
|吹《ふ》き|渡《わた》る|風《かぜ》も|言霊《ことたま》の|水火《いき》よ
|心地《ここち》よくわが|面《おも》を|吹《ふ》く|科戸辺《しなどべ》の
|風《かぜ》は|正《まさ》しく|神《かみ》の|水火《いき》なり
|八千草《やちぐさ》の|蔭《かげ》に|潜《ひそ》みて|鳴《な》く|虫《むし》の
|声《こゑ》も|残《のこ》らず|言霊《ことたま》の|水火《いき》なり
|岐美《きみ》が|功《いさを》|慕《した》ひて|玉藻《たまも》の|山鶴《やまづる》は
|翼《つばさ》|揃《そろ》へて|見送《みおく》り|来《きた》るも
|何処《どこ》となく|白梅《しらうめ》|香《かを》りさやさやに
|音楽《おんがく》|響《ひび》く|岐美《きみ》の|旅立《たびだ》ち
|玉藻山《たまもやま》|西《にし》|吹《ふ》く|風《かぜ》に|梅《うめ》|桜《さくら》
|清《きよ》き|花弁《はなびら》|舞《ま》ひ|来《きた》るかも
|久方《ひさかた》の|雲井《くもゐ》の|上《うへ》にも|梅《うめ》|咲《さ》くか
|岐美《きみ》の|頭上《づじやう》に|花《はな》びらの|散《ち》る
|心地《ここち》よく|澄《す》みきらひたる|大空《おほぞら》の
したびを|伊行《いゆ》く|吾《われ》ぞ|楽《たの》しき
|昼月《ひるづき》の|光《かげ》は|御空《みそら》に|白々《しろじろ》と
|円《まろ》き|姿《すがた》を|浮《うか》べ|給《たま》へり
|昼《ひる》ながら|彼方此方《かなたこなた》の|大空《おほぞら》に
|輝《かがや》き|初《そ》めぬ|大《おほい》なる|星《ほし》は
|駒《こま》|止《と》めてゆるゆる|憩《いこ》ひ|玉《たま》へかし
この|行先《ゆくさき》に|曲津《まが》の|待《ま》てれば
|曲神《まがかみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》す|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|固《かた》めて|用意《ようい》せむかな
|地《つち》|稚《わか》き|八雲《やくも》|立《た》ちたつ|国原《くにはら》は
|醜《しこ》の|魔神《まがみ》の|棲所《すみか》なりけり
|月《つき》も|日《ひ》も|照男《てるを》の|神《かみ》の|治《をさ》めます
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|未《ま》だ|地《つち》|稚《わか》し
|地《つち》|稚《わか》き|西方《にしかた》の|国土《くに》の|彼方此方《あちこち》に
|湧《わ》き|立《た》つ|雲《くも》は|魔神《まがみ》を|隠《かく》せる
|日南河《ひなたがは》|越《こ》ゆれば|最早《もはや》|西方《にしかた》の
|曲津《まが》の|棲《す》む|国《くに》|常闇《とこやみ》の|国土《くに》よ
いざさらば|轡《くつわ》を|並《なら》べて|進《すす》むべし
|岐美《きみ》の|光《ひかり》に|包《つつ》まれにつつ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|駒《こま》に|鞭《むち》うち、|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》を|後方《うしろ》に|廻《まは》らせ、|真先《まつさき》に|進《すす》ませながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国魂神《くにたまがみ》|生《う》む|我《われ》なれば|御供神《みともがみ》
|如何《いか》で|頼《たよ》らむ|独神《ひとり》|進《すす》まばや
|大勢《おほぜい》の|力《ちから》を|借《か》らむをぢなさを
|恥《は》ぢらひ|我《われ》は|前《さき》に|進《すす》まむ
|我《われ》は|只《ただ》|一人《ひとり》|進《すす》まむ|百神《ももがみ》よ
|心《こころ》に|任《まか》せて|従《したが》ふもよし
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|力《ちから》を|学《まな》ぶべく
|従《したが》ひ|来《く》るも|我《われ》さまたげじ
|森羅万象《もろもろ》は|言霊《ことたま》の|水火《いき》に|生《うま》れたる
|思《おも》へば|何《なに》かわれ|恐《おそ》れめや
|我《われ》も|亦《また》|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|照《て》らしつつ
|醜《しこ》の|曲霊《まがひ》を|言向《ことむ》け|和《やは》さむ
|濁《にご》りたる|数《かず》の|言霊《ことたま》|放《はな》つより
|良《よ》き|言霊《ことたま》の|一《ひと》つが|強《つよ》し
|禊《みそぎ》して|清《きよ》め|澄《す》ませし|言霊《ことたま》に
|我《われ》は|和《なご》めむ|醜《しこ》の|魔神《まがみ》を
|百神《ももがみ》の|厚《あつ》き|心《こころ》は|思《おも》ひやれど
|我《あ》は|国土《くに》|生《う》みよ|一人《ひとり》|進《すす》まむ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|終《をは》り、|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》カツカツと|嘶《いなな》き|高《たか》く|勇《いさ》ましく、|鈴《すず》の|音《ね》もさやさやに、|若草《わかぐさ》もゆる|大野原《おほのがはら》を|前《さき》に|立《た》たせ|進《すす》ませ|給《たま》ふ。|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|恐《おそ》る|恐《おそ》る|御後方《みあと》に|従《したが》ひながら|続《つづ》かせ|給《たま》ふ。
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|知《し》らず|識《し》らず|心《こころ》|傲《おご》りてわが|岐美《きみ》の
|前《さき》に|立《た》ちたる|心《こころ》を|悔《く》ゆるも
|愚《おろか》なる|吾《われ》にもあるか|吾《わ》が|岐美《きみ》の
|光《ひかり》も|知《し》らず|前《さき》に|立《た》ちける
|百神《ももがみ》の|言霊《ことたま》よりもわが|岐美《きみ》の
|生言霊《いくことたま》は|輝《かがや》くものを
|言霊《ことたま》の|水火《いき》|完《また》からずして|吾《われ》は|今《いま》
|御前《みさき》に|仕《つか》へし|愚《おろか》さを|悔《く》ゆ
|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|広《ひろ》けし|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|清《きよ》めて|仕《つか》へ|奉《まつ》らばや
わが|岐美《きみ》の|尊《たふと》き|光《ひかり》みながらに
|気付《きづ》かざりしよ|愚《おろか》なる|吾《われ》は
|山《やま》も|野《の》も|木草《きぐさ》もすべて|言霊《ことたま》の
|水火《いき》に|生《うま》ると|始《はじ》めて|覚《さと》りぬ
|千代鶴姫《ちよつるひめ》|命《みこと》も|岐美《きみ》の|清《きよ》らけき
|水火《いき》に|生《あ》れますを|思《おも》へば|畏《かしこ》し
わが|岐美《きみ》の|生《う》ませ|給《たま》ひし|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》を|汚《けが》すと|思《おも》へば|恐《おそ》ろし
わが|御魂《みたま》|濁《にご》らひあれば|言霊《ことたま》の
|水火《いき》も|曇《くも》りてはづかしきかも
|今日《けふ》よりは|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|励《はげ》みつつ
|心《こころ》みがきて|言霊《ことたま》|生《い》かさむ』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|思《おも》ひきや|瑞《みづ》の|御霊《みたま》のわが|岐美《きみ》は
|水火《いき》の|光《ひかり》の|神《かみ》にますとは
わが|岐美《きみ》の|雄健《をたけ》び|言葉《ことば》|聞《き》きしより
わが|魂線《たましひ》はをののきにけり
|天地《あめつち》の|神《かみ》の|御用《ごよう》に|仕《つか》へしと
|誇《ほこ》り|居《ゐ》たりし|心《こころ》の|恥《は》づかし
|天地《あめつち》の|神《かみ》の|御用《ごよう》に|使《つか》はれ|居《ゐ》ながらも
|知《し》らず|識《し》らずに|心《こころ》|傲《おご》りぬ
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》によりて|朝夕《あさゆふ》を
|神《かみ》に|仕《つか》ふるわが|身《み》なりしよ
|果《はて》しなき|生命《いのち》の|種《たね》を|抱《かか》へつつ
|言霊《ことたま》の|岐美《きみ》を|覚《さと》らざりける
|永久《とこしへ》の|生命《いのち》|保《たも》ちて|瑞御霊《みづみたま》
|国魂《くにたま》|生《う》まさむ|万世《よろづよ》までも
|恥《は》づかしく|吾《われ》なりにけり|知《し》らず|識《し》らず
|心《こころ》|傲《おご》りて|光《ひかり》を|忘《わす》れし』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|駒《こま》の|背《せ》に|跨《またが》り|御供《みとも》に|仕《つか》へ|行《ゆ》く
|今日《けふ》のわが|身《み》は|楽《たの》しかりけり
|天《あめ》も|地《つち》も|澄《す》みきらひたる|国原《くにはら》を
|鶴《つる》に|送《おく》られ|虫《むし》に|迎《むか》へられつ
|真鶴《まなづる》の|幾千万《もも》の|翼《つばさ》に|送《おく》られて
|国土生《くにう》みの|供《とも》に|仕《つか》ふる|嬉《うれ》しさ
わが|為《ため》を|思《おも》はず|国《くに》の|御為《おんため》に
|尽《つく》すは|善《ぜん》とわれは|思《おも》へり
わが|為《ため》を|思《おも》ひて|国《くに》を|次《つぎ》にする
|心《こころ》は|正《まさ》しく|悪《あく》なりにけり
|善悪《よしあし》の|差別《けぢめ》を|立《た》てて|今日《けふ》よりは
|神《かみ》の|御供《みとも》につかへ|奉《まつ》らむ
よしやよし|荒野《あらの》の|果《はて》に|倒《たふ》るとも
|神国《みくに》の|為《ため》には|厭《いと》はざるべし
|国土《くに》を|生《う》み|御子《みこ》|生《う》みませるわが|岐美《きみ》の
|御供《みとも》に|仕《つか》ふるは|清《きよ》き|御魂《みたま》なるべきを
わが|魂《たま》はひたに|曇《くも》れば|言霊《ことたま》の
|水火《いき》も|濁《にご》りて|恥《は》づかしきかも
わが|岐美《きみ》の|神宣《みのり》なければ|今日《けふ》よりは
|曲津《まが》に|向《むか》ひて|言霊《ことたま》|宣《の》らじ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天地《あめつち》の|中《なか》に|抱《いだ》かれ|進《すす》み|行《ゆ》く
|岐美《きみ》の|御供《みとも》は|畏《かしこ》かりけり
|西方《にしかた》の|国土《くに》ははろけし|八雲《やくも》|立《た》つ
|雲井《くもゐ》の|空《そら》も|濁《にご》らひて|居《を》り
|曇《くも》りたる|西方《にしかた》の|国土《くに》を|照《て》らします
|岐美《きみ》の|功《いさを》の|大《おほい》さを|思《おも》ふ
わが|岐美《きみ》は|言霊神《ことたまがみ》にましましぬ
|出《い》で|行《ゆ》く|先《さき》に|輝《かがや》き|給《たま》へば
|天地《あめつち》の|水火《いき》を|合《あは》せて|進《すす》み|行《ゆ》く
|岐美《きみ》の|旅路《たびぢ》にさやる|神《かみ》なし』
|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|述懐歌《じゆつくわいか》をうたひながら、|果《はて》しも|知《し》らぬ|大野原《おほのがはら》を、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御後方《みあと》に|従《したが》ひ|心《こころ》いそいそ|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一一・二九 旧一〇・一二 於水明閣 森良仁謹録)
第一九章 |日南河《ひなたがは》〔一九一三〕
ロシヤの|俚言《りげん》に、お|伽噺《とぎばなし》は|作《つく》り|事《ごと》にして、|伝説《でんせつ》は|実際《じつさい》あつた|事《こと》なりと|言《い》つてゐるのは、|要《えう》するに|伝説《でんせつ》の|確実性《かくじつせい》を|言《い》つたものである。わが|唱《とな》ふる|物語《ものがたり》は、お|伽噺《とぎばなし》でもなく、|伝説《でんせつ》でもなく、|伝奇物語《ロマン》でもなく、|確実《かくじつ》なる|言霊学上《ことたまがくじやう》より|見《み》たる|史詩《シヤンソン》である。|伝説《でんせつ》とは|後世《こうせい》の|人々《ひとびと》の|口《くち》に|伝《つた》はり、|其《そ》の|事実《じじつ》が|次第々々《しだいしだい》に|誇張《こちやう》され、|又《また》は|濃厚《のうこう》の|度《ど》を|重《かさ》ねて|面白《おもしろ》く|出来上《できあが》つてゐるが、この『|霊界物語《れいかいものがたり》』は|何人《なんぴと》にも|伝《つた》はつたものでなく、|只単《ただたん》に|天地《てんち》に|充満《じうまん》せる|水火《すゐくわ》の|水火《いき》の|妙用《めうよう》|原理《げんり》にもとづき、|宇宙《うちう》|創造《さうざう》の|状態《じやうたい》より、|諸般《しよはん》の|事象《じしやう》に|就《つ》いて|説示《せつじ》したるものである。
この|物語《ものがたり》を|著《あらは》すに|就《つ》いては、|日夜《にちや》|神界《しんかい》の|枢機《すうき》に|参《さん》じ、|宇宙万有《うちうばんいう》|発生《はつせい》の|歴史的《れきしてき》|事実《じじつ》に|到《いた》るまで|開示《かいじ》したるものなれば、|現代《げんだい》|学者《がくしや》の|耳目《じもく》には|怪《あや》しく|思《おも》はるるは|当然《たうぜん》である。
|未《いま》だ|見《み》ざる、|聞《き》かざる、|伝《つた》はらざる|幽玄微妙《いうげんびめう》の|宇宙《うちう》の|物語《ものがたり》にして、|有史《いうし》|以前《いぜん》の|事象《じしやう》なれば、|何人《なんぴと》も|善悪《ぜんあく》の|批判《ひはん》を|加《くは》ふる|余地《よち》はなかるべし。|万々一《まんまんいち》この|物語《ものがたり》に|対《たい》して、|批判《ひはん》を|加《くは》ふる|者《もの》あらば、そは|迂愚《うぐ》の|骨頂《こつちやう》にして、|論議《ろんぎ》すべき|価値《かち》なきものである。
|惟神的《かむながらてき》|道徳上《だうとくじやう》の|義務《ぎむ》に|服《ふく》し、|天界《てんかい》に|奉仕《ほうし》し、|自己《じこ》を|制《せい》して|自己《じこ》|以外《いぐわい》に|寛大《くわんだい》なる|神人《ひと》は、|其《その》|実際《じつさい》に|於《おい》て|精神上《せいしんじやう》の|自由《じいう》を|有《いう》し、|一切万事《いつさいばんじ》|公共《こうきやう》の|為《ため》、|何一《なにひと》つ|成《な》らざるはなきものである。|之《これ》に|反《はん》し、|惟神的《かむながらてき》|道徳上《だうとくじやう》の|義務《ぎむ》を|省《かへり》みず、|自己《じこ》の|慾望《よくばう》にのみ|執着《しふちやく》し、|自己《じこ》に|寛大《くわんだい》に、|他《た》に|対《たい》して|残忍《ざんにん》である|所《ところ》の|神人《ひと》は、|其《そ》の|実《じつ》|運命《うんめい》の|手《て》に|縛《しば》られてゐるのである。
|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》の、|皇神《すめかみ》として|君臨《くんりん》し|給《たま》ふ|紫微天界《しびてんかい》は、|未《いま》だ|霊《れい》と|言霊《ことたま》の|世界《せかい》にして、|形《かたち》あるものは|気体《きたい》の|凝《こ》れるもののみなれば、|一《いつ》に|意志《いし》|想念《さうねん》の|世界《せかい》と|称《しよう》しても|他《ほか》なき|事《こと》である。|故《ゆゑ》に|善良《ぜんりやう》なる|意志《いし》|想念《さうねん》は、|善良《ぜんりやう》なる|神人《ひと》の|姿《すがた》を|現《げん》じ、|醜悪《しうあく》なる|意志《いし》|想念《さうねん》は、|最《もつと》も|醜悪《しうあく》なる|形《かたち》を|現《げん》ずるも、|自然《しぜん》の|理《ことわり》である。|八岐《やまた》の|大蛇神《をろちがみ》あり、|十二《じふに》の|頭《かしら》を|持《も》つ|鬼神《おにがみ》あり、|半鬼《はんおに》あり、|大山《たいざん》を|懐《ふところ》に|包《つつ》みて|提《ひつさ》げ|歩《ある》く|如《ごと》き|巨大《きよだい》なる|神《かみ》あり、|山《やま》の|姿《すがた》を|為《な》し、|河《かは》の|形《かたち》を|為《な》し、|岩石《がんせき》の|形《かたち》を|現《げん》ずる|神等《かみたち》|数多《あまた》あるも、|意志《いし》|想念《さうねん》の|現《げん》ずる|姿《すがた》なのである。|我《わが》|説《と》くところの|物語《ものがたり》も、|種々《しゆじゆ》の|神《かみ》、|動物《どうぶつ》の|現《あらは》るる|事《こと》あれども、|決《けつ》して|怪《あや》しむに|足《た》らずと|知《し》るべし。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|七日七夜《なぬかななよ》の|旅《たび》を|重《かさ》ねて、|濁流《だくりう》|滔々《たうたう》と|漲《みなぎ》る、|幅《はば》|広《ひろ》き|水底《みなそこ》|深《ふか》き|日南河《ひなたがは》の|南岸《なんがん》に|着《つ》かせ|給《たま》ひけるが、この|時《とき》|早《はや》くも|天津日《あまつひ》の|神《かみ》は|三十度《さんじふど》の|位置《ゐち》に|昇《のぼ》らせ|給《たま》ひ、|晃々《くわうくわう》と|輝《かがや》き|渡《わた》りて、|日南河《ひなたがは》の|速瀬《はやせ》の|波《なみ》を、|金銀色《きんぎんいろ》に|彩《いろど》らせ|給《たま》ひける。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|日南河《ひなたがは》の|岸辺《きしべ》に|駒《こま》を|下《お》り|立《た》ち、|激流《げきりう》を|眺《なが》めて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|日並《けなら》べて|荒野《あらの》が|原《はら》を|渡《わた》り|来《き》つ
|日南《ひなた》の|河《かは》の|岸辺《きしべ》に|着《つ》きぬ
|滔々《たうたう》と|流《なが》るる|水《みづ》の|波頭《なみがしら》に
かがやく|太陽《おほひ》の|黄金色《こがねいろ》はも
|日南河《ひなたがは》|黄金《こがね》|白銀《しろがね》|紫《むらさき》の
|波《なみ》を|交《まじ》へて|永遠《とは》に|流《なが》るる
|目路《めぢ》はるか|彼方《かなた》の|岸《きし》に|霞《かす》めるは
|大蛇《をろち》のすめるスウヤトゴルの|山《やま》
スウヤトゴルの|山《やま》に|立《た》ちたつ|黒雲《くろくも》は
|曲神《まがみ》の|水火《いき》か|天《あめ》をにごせる
|駿馬《はやこま》は|嘶《いなな》き|勇《いさ》めど|日南河《ひなたがは》
|流《なが》れを|渡《わた》る|術《すべ》もなきかな
さりながらわが|言霊《ことたま》に|光《ひかり》あれば
この|河水《かはみづ》も|暫《しば》しは|引《ひ》かむ
|日並《けなら》べて|昼夜《ちうや》の|旅《たび》をつづけつつ
|諸神《ももがみ》も|亦《また》つかれけるかな
|駿馬《はやこま》の|脚《あし》を|休《やす》めて|今《いま》|暫《しば》し
|河水《かはみづ》|引《ひ》かむ|時《とき》を|待《ま》たむか
|足引《あしびき》の|山《やま》はあなたに|霞《かす》みをり
|燃《も》ゆるが|如《ごと》く|雲《くも》|立《た》ち|昇《のぼ》る
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|広原《ひろはら》|渡《わた》り|越《こ》えて
|今《いま》や|進《すす》まむ|西方《にしかた》の|国土《くに》へ
|河中《かはなか》に|波《なみ》せき|止《と》めて|聳《そび》え|立《た》てる
|巌《いはほ》は|曲《まが》の|化身《けしん》なるらむ
いざさらばわが|言霊《ことたま》に|払《はら》はばや
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》の|化身《けしん》の|巌《いはほ》。
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|千万《ちよろづ》の
|生言霊《いくことたま》の|神々《かみがみ》は
ここに|天降《あも》りて|醜神《しこがみ》の
|御魂《みたま》をきため|給《たま》へかし
|国土《くに》を|生《う》み|御子生《みこう》みの|旅《たび》にさやりゐる
この|曲神《まがかみ》は|主《ス》の|神《かみ》の
|神業《みわざ》にそむく|醜大蛇《しこをろち》
|守《まも》らせ|給《たま》へ|神々《かみがみ》よ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|言霊《ことたま》に
|真心《まごころ》こめて|願《ね》ぎ|奉《まつ》る
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》の|幸《さち》を|給《たま》へかし』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|激流《げきりう》をせき|止《と》めて、|峙《そばだ》ちし|千引《ちびき》の|巨巌《きよがん》は、|忽《たちま》ち|水中《すゐちう》に|沈《しづ》むよと|見《み》る|間《ま》に、|巨大《きよだい》なる|蛇体《じやたい》となりて、|北側《きたがは》の|岸辺《きしべ》にかけ|上《あが》り、|忽《たちま》ち|暴風雨《ばうふうう》を|起《おこ》し、|黒雲《くろくも》に|乗《の》り、|一目散《いちもくさん》に|逃《に》げゆきぬ。
この|巨巌《きよがん》の|怪物《くわいぶつ》|退《しりぞ》きしより、|河水《かはみづ》は|次第々々《しだいしだい》にその|量《りやう》を|減《げん》じ、|時《とき》ならずして|向《むか》つ|岸辺《きしべ》に|渡《わた》り|得《う》る|所《ところ》まで|引《ひ》きたれば、ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はひらりと|駒《こま》に|跨《またが》り、|河《かは》に|向《むか》つて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》の|助《たす》けにて
わが|宣《の》る|水火《いき》は|輝《かがや》きしはや
|曲神《まがかみ》は|千引《ちびき》の|巌《いは》と|身《み》を|変《へん》じ
わが|行《ゆ》く|道《みち》にさやりゐしかも
わが|目路《めぢ》のとどかぬ|迄《まで》にいや|広《ひろ》き
|河《かは》の|流《なが》れもあせにけらしな
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|光《ひかり》の|尊《たふと》さを
|今更《いまさら》ながら|悟《さと》らひしはや
この|先《さき》は|曲津《まがつ》のすさぶ|醜《しこ》の|国土《くに》よ
|心《こころ》そそぎてわれは|進《すす》まむ
|四柱《よはしら》の|神《かみ》|勇《いさ》ましくわが|後《あと》を
|守《まも》りて|此処《ここ》に|送《おく》り|来《き》ませり
|四柱《よはしら》の|神《かみ》よこれより|帰《かへ》りませ
|真鶴国土《まなづるくに》を|開《ひら》かむために
いざさらば|別《わか》れて|行《ゆ》かむ|西方《にしかた》の
|国土《くに》は|真近《まぢか》に|迫《せま》りけらしな』
ここに|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|乗《の》らせる|神馬《しんめ》の|轡《くつわ》に|手《て》をかけ|乍《なが》ら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ヒーローの|岐美《きみ》とは|知《し》れど|斯《か》くまでも
|光《ひか》りますとは|思《おも》はざりしよ
|吾《われ》は|今《いま》|岐美《きみ》に|別《わか》れむ|苦《くる》しさに
|空《そら》にしられぬ|雨《あめ》ぞ|降《ふ》るなり
いざさらばまめにおはして|国土生《くにう》みの
|神業《みわざ》|〓怜《うまら》に|仕《つか》へませ|岐美《きみ》よ
いや|広《ひろ》き|日南《ひなた》の|河《かは》の|河水《かはみづ》も
|岐美《きみ》の|言葉《ことば》にあせにけらしな』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は、|別《わか》れの|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|八十日日《やそかひ》を|岐美《きみ》に|仕《つか》へて|今《いま》|此処《ここ》に
|別《わか》るる|思《おも》へばさみしかりけり
|恙《つつが》なく|道《みち》の|隈手《くまで》を|渡《わた》り|来《き》て
|光《ひかり》の|岐美《きみ》に|別《わか》れむとすも
|真鶴《まなづる》の|翼《つばさ》そろへて|送《おく》りける
この|河岸《かはぎし》は|国《くに》の|境《さかひ》よ
わが|岐美《きみ》の|生言霊《いくことたま》に|醜神《しこがみ》の
|巌《いは》は|砕《くだ》けて|河《かは》あせにける
|斯《か》くの|如《ごと》|水火《いき》の|光《ひかり》を|満《み》たせます
|岐美《きみ》の|行《ゆ》く|先《さ》き|思《おも》はるるかな
|果《はて》しなき|思《おも》ひ|抱《いだ》きて|玉藻山《たまもやま》
|真鶴山《まなづるやま》に|吾等《われら》は|帰《かへ》らむ
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》に|仕《つか》へて|今日《けふ》よりは
|神国《みくに》|守《まも》らむ|安《やす》く|思《お》ぼせよ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はろばろと|岐美《きみ》を|送《おく》りて|今《いま》|此処《ここ》に
|別《わか》ると|思《おも》へば|何《なに》か|悲《かな》しき
|愛善《あいぜん》の|国《くに》に|悲《かな》しみなけれども
|今《いま》は|涙《なみだ》の|止《と》めどなきかも
|嬉《うれ》しさに|又《また》|悲《かな》しさに|迸《ほとばし》る
わが|目《め》の|涙《なみだ》いぶかしきかも
スウヤトゴル|山《やま》にひそめる|曲神《まがかみ》を
|言向和《ことむけやは》すと|出《い》でます|岐美《きみ》はも
|山《やま》も|河《かは》も|巌《いは》もことごと|醜神《しこがみ》の
|化身《けしん》なりせば|心《こころ》し|行《ゆ》きませ
この|河《かは》は|高照山《たかてるやま》の|溪々《たにだに》ゆ
|流《なが》ると|思《おも》へば|尊《たふと》かりけり
|日南河《ひなたがは》|見《み》るにつけても|思《おも》ふかな
|如衣《ゆくえ》の|比女神《ひめがみ》|神去《かむさ》りし|日《ひ》を』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|高照《たかてる》の|山《やま》より|落《お》つる|日南河《ひなたがは》の
|水《みづ》はあせけり|生言霊《いくことたま》に
|河底《かはぞこ》の|岩《いは》むら|見《み》えて|水浅《みづあさ》み
|大《おほ》き|小《ちひ》さき|魚族《うろくづ》はねをり
|魚族《うろくづ》も|神《かみ》の|水火《いき》より|生《うま》れたる
|御魂《みたま》なりせばおろそかならじ
いざさらば|岐美《きみ》に|別《わか》れむ|真鶴《まなづる》の
|国《くに》|治《をさ》むべく|後《あと》にかへさむ
さりながら|向《むか》つ|岸辺《きしべ》に|着《つ》かすまで
われは|佇《たたず》み|見《み》とどけ|奉《まつ》らむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|諸神《ももがみ》に|答《こた》へて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|種々《くさぐさ》の|悩《なや》みしのぎてわが|旅《たび》を
|送《おく》りし|功《いさを》うれしみ|思《おも》ふ
|玉野比女《たまのひめ》|生代比女神《いくよひめがみ》その|外《ほか》の
|神《かみ》につたへよわが|河越《かはごえ》を』
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|諸神《ももがみ》に|別《わか》れを|告《つ》げ、|馬背《こまのせ》に|鞭《むち》を|加《くは》へ、|水《みづ》あせし|河底《かはぞこ》を|悠々《いういう》として、またたく|間《うち》に|彼方《かなた》の|岸《きし》に|上《のぼ》らせ|給《たま》ひければ、|四柱神《よはしらがみ》は|安堵《あんど》の|胸《むね》を|撫《な》で|下《おろ》し、ひらりと|駒《こま》に|跨《またが》り、|元来《もとき》し|道《みち》をたどりたどり、|両聖地《りやうせいち》をさして|急《いそ》がせ|給《たま》ひける。
(昭和八・一一・二九 旧一〇・一二 於水明閣 谷前清子謹録)
第二〇章 |岸辺《きしべ》の|出迎《でむかへ》(一)〔一九一四〕
スウヤトゴルは、|聖《せい》なる|山《やま》の|義《ぎ》である。ここに|天地《てんち》の|邪気《じやき》|凝《こ》り|固《かた》まりて、|十二頭《じふにかしら》の|大蛇神《をろちがみ》となりけるが、|忽《たちま》ち|姿《すがた》を|変《へん》じ、スウヤトゴルの|連峰《れんぽう》となりて、|日南河《ひなたがは》の|西北方《せいほくはう》に|高《たか》く|聳《そび》え、|邪気《じやき》を|日夜《にちや》|発生《はつせい》して、|紫微天界《しびてんかい》の|一部《いちぶ》を|曇《くも》らせ、|数多《あまた》の|神々《かみがみ》をなやませて|居《ゐ》たのである。スウヤトゴルは|偽名《ぎめい》にして、その|実《じつ》は|大曲津見《おほまがつみ》の|神《かみ》、|八十曲津見《やそまがつみ》の|神《かみ》の|悪霊《あくれい》が|割拠《かつきよ》してゐるのである。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|西方《にしかた》の|国土《くに》を|拓《ひら》かむとして、|先《ま》づ|第一《だいいち》に|悪神《あくがみ》の|化身《けしん》なるスウヤトゴルを|帰順《きじゆん》せしめむと、|日南河《ひなたがは》を|北岸《ほくがん》に|打《う》ち|渡《わた》り|給《たま》へば、ここに|照男《てるを》の|神《かみ》は|内津豊日《うちつゆたひ》の|神《かみ》、|大道知男《おほみちしりを》の|神《かみ》、|宇志波岐《うしはぎ》の|神《かみ》、|臼造男《うすつくりを》の|神《かみ》、|内容居《うちいるゐ》の|神《かみ》、|初産霊《はつむすび》の|神《かみ》、|愛見男《なるみを》の|神《かみ》の|七柱《ななはしら》を|従《したが》へて|出《い》で|迎《むか》へ|給《たま》ひ、|別《わか》れて|程経《ほどへ》し|挨拶《あいさつ》を|述《の》べ|終《をは》り、その|御健在《ごけんざい》を|祝《しゆく》しつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|照男《てるを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|気永《けなが》くも|待《ま》ちわびにける|顕津男《あきつを》の
|神《かみ》は|来《き》ませりわが|守《も》る|国土《くに》に
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|曲神《まがかみ》|塞《ふさ》がりて
|日《ひ》に|夜《よ》に|邪気《じやき》を|吹《ふ》きまくるなり
|如何《いか》にしてこの|曲神《まがかみ》ををさめむと
|心《こころ》を|千々《ちぢ》に|砕《くだ》きけるはや
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|出《い》でます|今日《けふ》よりは
|西方《にしかた》の|国土《くに》の|月日《つきひ》|冴《さ》ゆらむ
|時《とき》じくに|黒雲《くろくも》|起《おこ》し|雨《あめ》|降《ふ》らせ
|風《かぜ》|吹《ふ》き|荒《すさ》ぶスウヤトゴルの|山《やま》
スウヤトゴルの|山《やま》は|時《とき》じく|黒煙《くろけむり》
|吐《は》きて|四方八方《よもやも》に|邪気《じやき》を|散《ち》らすも
|草《くさ》も|木《き》も|木《こ》の|実《み》も|五穀《たなつもの》さへも
この|邪気《じやき》のため|伊竦《いすく》みにけり
|育《そだ》つべきものも|育《そだ》たず|日《ひ》に|月《つき》に
しをれ|行《ゆ》くかなスウヤトゴルの|雲《くも》に
|言霊《ことたま》の|光《ひかり》の|岐美《きみ》にめぐり|会《あ》ひて
わが|雄心《をごころ》の|高鳴《たかな》りやまずも
|高照《たかてる》の|山《やま》より|落《お》つる|日南河《ひなたがは》の
|水《みづ》も|濁《にご》りぬ|曲津見《まがつみ》の|邪気《じやき》に
|神々《かみがみ》の|生命《いのち》を|奪《うば》ひ|草《くさ》や|木《き》の
|生《お》ひたちまでも|虐《しひた》げしはや
この|上《うへ》は|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|光《ひかり》にて
スウヤトゴルを|退《しりぞ》けたまはれ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|月《つき》も|日《ひ》も|照男《てるを》の|神《かみ》の|功績《いさをし》に
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|明《あか》るからむを
|我《われ》は|今《いま》|真鶴《まなづる》の|国土《くに》を|造《つく》りをへて
|日南《ひなた》の|河《かは》を|渡《わた》りつるかも
|西方《にしかた》の|国土《くに》の|有様《ありさま》|知《し》らねども
|汝《なれ》の|案内《あない》に|進《すす》まむとぞおもふ
|照男神《てるをがみ》|心《こころ》|安《やす》かれ|主《ス》の|神《かみ》の
|生言霊《いくことたま》を|受《う》けし|我《われ》あれば
|如何《いか》ならむ|醜《しこ》の|曲津見《まがつみ》|猛《たけ》ぶとも
われには|諸《もも》の|備《そな》へありせば
|日南河《ひなたがは》|渡《わた》りしばかりの|我《われ》なれば
|西方国《にしかたくに》の|状《さま》はわからず』
|照男《てるを》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『|力《ちから》なきわれ|恥《は》づかしも|言霊《ことたま》の
|水火《いき》の|濁《にご》れば|曲津見《まがつみ》は|猛《たけ》ぶ
スウヤトゴルの|清《きよ》き|神山《みやま》に|身《み》を|変《へん》じ
|大曲津見《おほまがつみ》は|国土《くに》を|乱《みだ》しつ
|朝夕《あさゆふ》に|曲津見《まがつみ》の|吹《ふ》く|水火《いき》の|色《いろ》は
|黒雲《くろくも》となりて|四方《よも》を|包《つつ》めり
われは|今《いま》|七柱《ななはしら》の|神《かみ》|従《したが》へて
|岐美《きみ》がみゆきを|迎《むか》へまつりぬ
|七柱《ななはしら》|神《かみ》の|神言《みこと》はウの|声《こゑ》の
|生言霊《いくことたま》ゆ|生《あ》れし|神《かみ》ぞや
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》みウ|声《ごゑ》より
|七柱《ななはしら》の|神《かみ》は|生《あ》れましにけり
|七柱《ななはしら》|神《かみ》を|率《ひき》ゐてわれは|今《いま》
|岐美《きみ》がみゆきを|迎《むか》へまつりぬ』
ここに|七柱《ななはしら》の|神《かみ》の|一柱《ひとはしら》、|内津豊日《うちつゆたひ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|寿《ことほ》ぎ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|高地秀《たかちほ》の|山《やま》ゆ|下《くだ》りましし
|岐美《きみ》を|初《はじ》めて|拝《をろが》みけるはや
|言霊《ことたま》の|光《ひかり》の|岐美《きみ》に|今《いま》あひて
|心《こころ》|明《あか》るくなりにけらしな
|国土《くに》を|生《う》み|御子《みこ》を|生《う》まさむ|瑞御霊《みづみたま》の
|神業《みわざ》たふとみ|待《ま》ち|迎《むか》へゐし
|月《つき》も|日《ひ》も|照男《てるを》の|神《かみ》の|御供《みとも》して
|日南《ひなた》の|河《かは》に|立《た》ち|向《むか》ひける
|日南河《ひなたがは》|水《みづ》は|俄《にはか》に|清《きよ》みけり
|岐美《きみ》の|御水火《みいき》の|光《ひかり》にふれて
|瑞御霊《みづみたま》|現《あらは》れませしたまゆらに
わが|魂線《たましひ》はひろごりにけり
かくの|如《ごと》|尊《たふと》き|光《ひかり》の|神《かみ》ますとは
|夢《ゆめ》に|現《うつつ》に|思《おも》はざりしを
われこそは|内津豊日《うちつゆたひ》の|神《かみ》なるよ
|守《まも》らせ|給《たま》へ|言霊《ことたま》の|水火《いき》に
|今日《けふ》よりは|岐美《きみ》の|御尾前《みをさき》を|守《まも》りつつ
|国土生《くにう》みの|業《わざ》に|仕《つか》へまつらむ
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|先《さき》つ|日《ひ》|現《あ》れまして
スウヤトゴルに|登《のぼ》りましける
|美波志比古《みはしひこ》|神《かみ》の|便《たよ》りは|絶《た》えにけり
|大曲津見《おほまがつみ》にとらはれ|給《たま》ひしか
ともかくも|神《かみ》の|心《こころ》に|任《まか》せつつ
|吉日《よきひ》|良辰《よきとき》|待《ま》たむと|思《おも》ふも』
|大道知男《おほみちしりを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『われは|今《いま》|照男《てるを》の|神《かみ》の|御供《みとも》して
|光《ひかり》の|岐美《きみ》を|迎《むか》へけるかな
|月《つき》も|日《ひ》も|照男《てるを》の|神《かみ》の|功績《いさをし》に
|大曲津見《おほまがつみ》の|禍《わざはひ》|少《すく》なき
さりながらこの|稚《わか》き|国土《くに》|広《ひろ》き|空《そら》
|一柱神《ひとはしらがみ》の|如何《いか》に|堪《た》ふべき
|国津神《くにつかみ》は|岐美《きみ》の|出《い》でまし|待《ま》ちにつつ
|空《そら》を|仰《あふ》ぎて|歎《なげ》きゐしはや
|畏《かしこ》くも|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|出《い》でましに
|河水《かはみづ》さへも|澄《す》みきらひたり
|曲津見《まがつみ》は|山河《やまかは》と|化《な》り|巌《いは》と|化《な》りて
|神々等《かみがみたち》を|惑《まど》はせてをり
スウヤトゴル|山《やま》の|姿《すがた》は|清《きよ》けれど
|表面《うはべ》を|飾《かざ》る|曲津《まが》のたくみよ
|美《うるは》しき|山《やま》の|姿《すがた》となりながら
|日《ひ》に|夜《よ》に|邪気《じやき》を|吐《は》き|散《ち》らすなり
|西方《にしかた》の|国土《くに》はよしあし|茂《しげ》らひて
|神《かみ》の|住《す》むべき|所《ところ》|少《すく》なき
スウヤトゴルの|山《やま》の|裾野《すその》に|住《す》む|神《かみ》は
|何時《いつ》も|魔神《まがみ》の|餌食《ゑじき》となれり
|折々《をりをり》は|八十曲津見《やそまがつみ》は|河中《かはなか》の
|巌《いはほ》となりて|堰《せ》き|止《と》めにけり
|瑞御霊《みづみたま》|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|言霊《ことたま》に
|曲津見《まがつみ》の|巌《いは》は|砕《くだ》かれしはや
|曲津見《まがつみ》の|醜《しこ》の|猛《たけ》びの|強《つよ》ければ
|野辺《のべ》の|木草《きぐさ》もことごとしなへり
|今日《けふ》よりは|岐美《きみ》の|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へつつ
|西方《にしかた》の|国土《くに》の|邪気《じやき》を|払《はら》はむ
ありがたく|尊《たふと》くおもふ|西方《にしかた》の
|国土《くに》に|天降《あも》りし|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を
|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》きにさへも|四方八方《よもやも》を
ふたぎし|雲《くも》は|散《ち》り|初《そ》めにけり
|永久《とこしへ》の|光《ひかり》に|満《み》てる|岐美《きみ》ゆゑに
|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》|散《ち》り|初《そ》めにけり
|今日《けふ》よりは|天津御空《あまつみそら》の|日《ひ》も|月《つき》も
|光《ひかり》さやけく|照《て》らしますらむ』
|宇志波岐《うしはぎ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》こそは|稚国原《わかくにはら》を|宇志波岐《うしはぎ》の
|神《かみ》なりながら|力《ちから》|足《た》らずも
|待《ま》ち|待《ま》ちし|光《ひかり》の|神《かみ》のいでましに
|山河《やまかは》|一度《いちど》に|晴《は》れ|渡《わた》りつつ
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》あとにして
|光《ひかり》の|岐美《きみ》は|此処《ここ》に|来《き》ませり
|常闇《とこやみ》の|西方《にしかた》の|国土《くに》を|照《て》らさむと
|出《い》でます|岐美《きみ》の|姿《すがた》|雄々《をを》しも
ヒーローの|神《かみ》いまさずば|西方《にしかた》の
|国《くに》の|曲津見《まがつみ》は|帰順《まつろ》はざるべし
|八雲《やくも》|立《た》つ|出雲《いづも》|八重雲《やへぐも》|重《かさ》なりて
|月日《つきひ》もたしに|拝《をが》めざる|国土《くに》
|月《つき》と|日《ひ》の|光《かげ》をさへぎる|曲津見《まがつみ》の
|水火《いき》かたまりて|黒雲《くろくも》となりぬ
|次々《つぎつぎ》に|湧《わ》き|立《た》つ|雲《くも》の|天《あめ》に|満《み》ちて
この|国原《くにはら》の|水火《いき》をそこなふ
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》に|生《うま》れ|出《い》でしわれも
|力《ちから》|足《た》らずてもてあましつつ』
かく|四柱神《よはしらかみ》は、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御降臨《ごかうりん》を|喜《よろこ》び|給《たま》ひて、|寿《ほ》ぎ|歌《うた》を|詠《よ》ませつつ、|天《あめ》に|向《むか》ひて|合掌《がつしやう》|礼拝《らいはい》|久《ひさ》しくし|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
|折《をり》しもあれや、|天地《てんち》も|割《わ》るるばかりの|雷鳴《らいめい》|轟《とどろ》き、|稲妻《いなづま》|走《はし》り、|大雨《たいう》|沛然《はいぜん》として|臻《いた》り、みるみる|日南河《ひなたがは》は|濁流《だくりう》|漲《みなぎ》り、|岸《きし》を|呑《の》み、|河底《かはぞこ》の|巨巌《きよがん》を|鞠《まり》の|如《ごと》くに|下流《かりう》に|流《なが》し|初《そ》めにける。
(昭和八・一一・二九 旧一〇・一二 於水明閣 林弥生謹録)
第二一章 |岸辺《きしべ》の|出迎《でむかへ》(二)〔一九一五〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこの|光景《くわうけい》を|打《う》ち|眺《なが》め、|莞爾《くわんじ》として|愉快《ゆくわい》げに|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|風《かぜ》も|吹《ふ》け|雨《あめ》も|降《ふ》れ|降《ふ》れ|雷《いかづち》も
|轟《とどろ》けわれは|楽《たの》しみて|見《み》む
|雷《いかづち》は|天《あめ》にとどろき|稲妻《いなづま》は
|闇《やみ》を|裂《さ》きつつひた|走《はし》るかも
|日南河《ひなたがは》|濁水《だくすゐ》みなぎり|河底《かはぞこ》の
|巌《いはほ》は|下手《しもて》にころがり|落《お》つるも
|曲津見《まがつみ》は|力《ちから》の|限《かぎ》りを|現《あらは》して
われ|威嚇《おど》さむと|雄猛《をたけ》るらしも
|曲神《まがかみ》よ|力《ちから》の|限《かぎ》りをわが|為《ため》に
|猛《たけ》びて|見《み》せよ|地《つち》|割《わ》るるまで
かくのごと|児戯《じぎ》に|等《ひと》しき|雄猛《をたけ》びを
|何《なに》か|恐《おそ》れむ|光《ひかり》のわれは
|面白《おもしろ》き|雄猛《をたけ》び|見《み》るもスウヤトゴルの
|山《やま》よりおろす|雨風《あめかぜ》いかづち
|言霊《ことたま》の|幸《さち》はふ|国土《くに》よ|曲津見《まがつみ》の
|雄猛《をたけ》び|強《つよ》くもわれは|恐《おそ》れじ』
|茲《ここ》に|臼造男《うすつくりを》の|神《かみ》は、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|不退転《ふたいてん》の|態度《たいど》にいたく|驚《おどろ》きつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|曲神《まがかみ》の|雄猛《をたけ》び|強《つよ》き|河《かは》の|辺《べ》に
|立《た》たせる|岐美《きみ》の|大《おほ》らかなるも
|岐美《きみ》こそは|紫微天界《たかあまはら》の|中《なか》にして
|国土《くに》|生《う》みませるヒーローの|神《かみ》よ
スウヤトゴルの|山《やま》の|曲津見《まがつみ》|今《いま》ここに
|力《ちから》の|限《かぎ》り|雄猛《をたけ》びけるかも
|国津神《くにつかみ》はこの|雄猛《をたけ》びになやめども
|光《ひかり》の|岐美《きみ》は|動《うご》きたまはず
|河水《かはみづ》はいやつぎつぎに|澄《す》みきらひ
|河底《かはぞこ》までもすきとほりけり
|日南河《ひなたがは》|水《みづ》の|底《そこ》ひの|小魚《さな》のかげ
|見《み》えわくるまで|澄《す》みきらひたり
|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》の|雄猛《をたけ》びも|束《つか》の|間《ま》の
|河水《かはみづ》|濁《にご》せしばかりなりけり
もろもろの|鳴物入《なりものい》りの|曲津見《まがつみ》の
|業《わざ》も|忽《たちま》ち|消《き》え|失《う》せにける
|瑞御霊《みづみたま》|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|現《あ》れましし
|西方《にしかた》の|国土《くに》はいよよ|栄《さか》えむ
|西方《にしかた》の|国《くに》の|司《つかさ》の|照男神《てるをがみ》も
|大曲津見《おほまがつみ》になやみ|給《たま》ひぬ
|山《やま》となり|巌《いはほ》となりて|曲津見《まがつみ》は
|西方《にしかた》の|国土《くに》を|曇《くも》らせ|行《ゆ》くなり
|朝夕《あさゆふ》を|雲《くも》に|包《つつ》まれ|西方《にしかた》の
|稚《わか》き|国原《くにはら》は|月日《つきひ》だもなし
|今日《けふ》よりは|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|現《あ》れませば
|御空《みそら》の|月日《つきひ》も|輝《かがや》き|給《たま》はむ
|上《うへ》と|下《した》の|臼《うす》を|造《つく》りて|神々《かみがみ》の
|食物《をしもの》の|種《たね》|磨《みが》くわれなり
|左《ひだり》より|右《みぎ》にめぐりて|五穀《たなつもの》の
|荒皮《あらかは》をはぎ|神《かみ》にまゐらす
|天《あめ》の|狭田《さだ》|長田《ながた》に|生《お》ひし|稲種《いなだね》も
|実《みの》らずなりぬ|曲津見《まがつみ》の|水火《いき》に
|今日《けふ》よりは|天地《あめつち》|清《きよ》くひらけなむ
|光《ひかり》の|神《かみ》の|出《い》でましぬれば』
|内容居《うちいるゐ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『われは|今《いま》|照男《てるを》の|神《かみ》の|御供《みとも》して
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|迎《むか》へむと|来《こ》し
|幾万里《いくまんり》|山野《やまの》を|越《こ》えて|出《い》でましし
|光《ひかり》の|岐美《きみ》を|雄々《をを》しく|思《おも》ふ
|国土《くに》を|生《う》み|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ましつつ
|万里《ばんり》の|旅《たび》に|立《た》たす|岐美《きみ》はも
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|曲津見《まがつみ》はびこりて
|草木《くさき》も|萌《も》えず|稲種《いなだね》みのらず
|神々《かみがみ》のなげきの|声《こゑ》は|西方《にしかた》の
|国土《くに》の|天地《あめつち》をとざしてやまず
|曲津見《まがつみ》は|十二《じふに》の|頭《かしら》を|持《も》ちながら
|時折《ときをり》|風雨《ふうう》をおこして|荒《すさ》ぶも
|曲津見《まがつみ》の|荒《すさ》ぶ|度毎《たびごと》|神々《かみがみ》は
|邪気《じやき》に|打《う》たれて|倒《たふ》るる|悲《かな》しさ
|朝夕《あさゆふ》に|禊《みそぎ》の|神事《わざ》をいそしみて
われは|漸《やうや》く|生命《いのち》|保《たも》てり
えんえんと|天《てん》に|冲《ちう》する|黒雲《くろくも》は
みな|曲津見《まがつみ》の|水火《いき》なりにけり
|愛善《あいぜん》の|国《くに》にもかかる|曲津見《まがつみ》の
|潜《ひそ》みゐるとは|知《し》らざりにけり
|力《ちから》なき|吾《われ》にはあれど|村肝《むらきも》の
|心《こころ》をきよめ|言霊《ことたま》きよめむ
|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》きさへも|清々《すがすが》し
|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|出《い》でませしより
|日並《けなら》べて|曇《くも》り|重《かさ》なる|西方《にしかた》の
|国土《くに》の|行末《ゆくすゑ》|案《あん》じつつゐし
かくのごと|光《ひかり》の|神《かみ》の|現《あ》れまさば
|西方《にしかた》の|国土《くに》に|望《のぞ》みわきけり』
|初産霊《はつむすび》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|言霊《ことたま》の|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|現《あ》れますと
|聞《き》きしゆわれはいさみ|迎《むか》へぬ
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》を|固《かた》めて|瑞御霊《みづみたま》
|今《いま》|西方《にしかた》の|国土《くに》に|来《き》ますも
|嬉《うれ》しさの|限《かぎ》りなるかも|悩《なや》みてし
|国土《くに》を|救《すく》ふと|神《かみ》|現《あ》れませる
|生《あ》れませる|神《かみ》|悉《ことごと》く|亡《ほろ》びゆく
|西方《にしかた》の|国土《くに》を|悲《かな》しみしはや
|曲津見《まがつみ》の|大蛇《をろち》の|邪気《じやき》に|襲《おそ》はれて
|神《かみ》も|草木《くさき》も|萎《しを》れつ|亡《ほろ》びつ
|亡《ほろ》びなき|天津神国《あまつみくに》の|中《なか》ながら
|醜《しこ》の|猛《たけ》びは|防《ふせ》ぐよしなし
ヒーローの|神《かみ》|現《あ》れましぬ|光《ひか》り|満《み》てる
|神《かみ》|現《あ》れましぬ|目出度《めでた》き|今日《けふ》を
|月《つき》も|日《ひ》も|御空《みそら》の|雲《くも》に|包《つつ》まれて
|今日《けふ》まで|乱《みだ》れし|西方《にしかた》の|国土《くに》
スウヤトゴルの|清《きよ》き|山脈《やまなみ》の|頂上《いただき》ゆ
|折々《をりをり》|放《はな》つ|邪気《じやき》はうれたき
|高照《たかてる》の|山《やま》より|落《お》つる|日南河《ひなたがは》の
|清瀬《きよせ》にたちてわれ|禊《みそぎ》せむ
|一日《ひとひ》だも|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|怠《をこた》らば
|曲津見《まがつみ》|忽《たちま》ちわれを|襲《おそ》ふも
|国津神《くにつかみ》は|朝夕《あさゆふ》|日南《ひなた》の|河波《かはなみ》に
|禊《みそぎ》をはげみて|息《いき》つきて|居《ゐ》し
|今日《けふ》よりは|西方《にしかた》の|国土《くに》の|大空《おほぞら》に
|月日《つきひ》も|清《きよ》く|照《て》り|渡《わた》るらむ
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|雲《くも》のはざまゆ|天津陽《あまつひ》の
|光《かげ》はさしけり|河《かは》のおもてに
|天津陽《あまつひ》の|輝《かがや》く|日《ひ》こそなかりけり
|岐美《きみ》|河岸《かはぎし》に|立《た》たせし|日《ひ》までは
|国津神《くにつかみ》は|御空《みそら》に|輝《かがや》く|天津陽《あまつひ》の
|光《かげ》を|始《はじ》めて|拝《をが》みけるかも
|西方《にしかた》の|国土《くに》に|集《あつま》る|曲津見《まがつみ》の
|水火《いき》|重《かさ》なりて|黒雲《くろくも》となりぬ
|黒雲《くろくも》を|晴《は》らさむよしもなかりけり
|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》|足《た》らねば』
|愛見男《なるみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|待《ま》ち|待《ま》ちて|今日《けふ》のよき|日《ひ》にあひにけり
この|河岸《かはぎし》に|岐美《きみ》を|迎《むか》へて
スウヤトゴルの|山《やま》の|姿《すがた》は|麗《うるは》しく
はき|出《だ》す|水火《いき》は|天《あめ》を|包《つつ》めり
|万丈《ばんじやう》の|黒煙《くろけむり》はきて|大空《おほぞら》の
|月日《つきひ》を|包《つつ》みし|雲《くも》の|憎《にく》かり
|今日《けふ》よりは|曲津見《まがつみ》の|邪気《じやき》つぎつぎに
|散《ち》りて|御空《みそら》は|清《きよ》くなるべし
|朝夕《あさゆふ》を|禊《みそぎ》の|神事《わざ》に|仕《つか》へつつ
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|久《ひさ》しく|待《ま》ち|居《ゐ》し』
かかる|所《ところ》へ、|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|駒《こま》に|鞭《むち》うち、しづしづと|此《この》|場《ば》に|現《あらは》れ|給《たま》ひ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|黙礼《もくれい》しつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|岐美《きみ》の|旅《たび》に|先立《さきだ》ち|出《い》でて|来《こ》し
われは|神業《みわざ》をあやまりしはや
|御供《おんとも》に|仕《つか》ふべき|身《み》を|知《し》らず|識《し》らず
|心《こころ》|傲《おご》りて|先《さ》き|立《だ》ちしかも
|何事《なにごと》もおもひにまかせず|苦《くる》しみぬ
|岐美《きみ》より|先《さき》に|出《い》でにし|罪《つみ》かも
みゆきある|道《みち》の|隈手《くまで》をみはしかくると
|出《い》でにし|吾《われ》は|夢《ゆめ》となりける
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》にはあれど|瑞御霊《みづみたま》
|御許《みゆる》しなくば|何事《なにごと》も|成《な》らず
|今《いま》となりてわが|愚《おろか》しき|心根《こころね》を
つくづく|思《おも》へば|恥《は》づかしきかな
|瑞御霊《みづみたま》ゆるさせ|給《たま》へ|今日《けふ》よりは
|神言《みこと》のままに|動《うご》きまつらむ
|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》の|輩下《てした》に|捕《とら》へられ
われは|今日《けふ》まで|苦《くる》しみにけり
|瑞御霊《みづみたま》ここに|渡《わた》らせし|功績《いさをし》に
|曲津《まがつ》の|神《かみ》はわれを|許《ゆる》せり
|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》はいろいろ|手向《てむか》ひの
わざととのへて|岐美《きみ》を|待《ま》ち|居《を》り
|心《こころ》して|進《すす》ませ|給《たま》へ|曲津見《まがつみ》は
|光《ひかり》の|岐美《きみ》を|亡《ほろ》ぼさむとすも
|八尋殿《やひろどの》|数多《あまた》|並《なら》べて|曲津見《まがつみ》は
|岐美《きみ》|屠《はふ》らむと|待《ま》ちかまへ|居《ゐ》るも
|曲津見《まがつみ》の|喉下《のどもと》に|入《い》りて|漸《やうや》くに
|虎口《ここう》を|遁《のが》れ|帰《かへ》り|来《こ》しはや
|表《おもて》むき|曲津《まがつ》の|神《かみ》に|使《つか》はれつ
|暫《しば》しの|間《あひだ》をたすかりて|居《ゐ》し』
ここに|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は、わが|身《み》の|職掌《しよくしやう》を|尊重《そんちよう》するあまり、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》のみゆきに|先《さ》き|立《だ》ち、|渡《わた》り|難《がた》き|難所《なんしよ》にみはしを|架《か》け|渡《わた》し、|御便宜《ごべんぎ》を|計《はか》らむとして|先《さき》に|立《た》ち|出《い》で|給《たま》ひしが、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御許《みゆる》しなかりし|為《ため》に、|一切万事《いつさいばんじ》|齟齬《くひちがひ》を|生《しやう》じ、|一《いち》も|取《と》らず|二《に》も|取《と》らず、|遂《つひ》には|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》の|謀計《たくみ》の|罠《わな》に|陥《おちい》りて、|生命《いのち》さへも|危《あやふ》くなりけるが、|早速《さそく》の|頓智《とんち》に|曲津見《まがつみ》の|神《かみ》に|媚《こ》びへつらひ、|今《いま》まで|虎口《ここう》を|遁《のが》れ|居《ゐ》たりしぞ|嘆《うた》てかりける。
(昭和八・一一・二九 旧一〇・一二 於水明閣 白石恵子謹録)
第二二章 |清浄《せいじやう》|潔白《けつぱく》〔一九一六〕
|円満《ゑんまん》にして|霊肉《れいにく》の|合致《がつち》したる|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|礼儀《れいぎ》に|富《と》み、|慈愛《じあい》に|富《と》み、|風雅《ふうが》の|道《みち》に|富《と》み|給《たま》へば、|到《いた》る|処《ところ》|物《もの》に|接《せつ》し|事《こと》に|感《かん》じて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》へり。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|今《いま》や|日南河《ひなたがは》を|渡《わた》り、|悪魔《あくま》のはびこれる|西方《にしかた》の|国土《くに》を|造《つく》り|固《かた》めむとして|神心《みこころ》を|悩《なや》ませ|給《たま》ひ、|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》にまします|八柱《やはしら》の|比女神《ひめがみ》や、|八十比女神《やそひめがみ》の|身《み》の|上《うへ》を|追懐《つゐくわい》し、しばし|悲歎《ひたん》の|涙《なみだ》にくれ|給《たま》ひつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|若草《わかぐさ》の|妻《つま》をやもめに|生《あ》れし|子《こ》を
|父《てて》なしとするわが|旅《たび》|淋《さび》しき
|空閨《くうけい》に|泣《な》く|妻《つま》の|身《み》をおもひやり
|我《われ》は|日《ひ》に|夜《よ》に|血《ち》を|吐《は》くおもひすも
|国魂《くにたま》の|御子《みこ》を|生《う》めども|永久《とこしへ》に
あひみることのかなはぬ|父《ちち》なり
|斯《か》くの|如《ごと》|苦《くる》しき|神業《みわざ》に|仕《つか》ふるも
|世《よ》のため|道《みち》のためなればなり
スウヤトゴルの|峰《みね》は|遥《はろ》かの|野《の》の|奥《おく》に
よこたはりつつ|邪気《じやき》を|吐《は》くなり
|今《いま》よりは|心《こころ》の|駒《こま》を|立《た》て|直《なほ》し
スウヤトゴルの|曲津《まが》|言向《ことむ》けむ
|国土生《くにう》みと|御子生《みこう》みの|神業《わざ》に|仕《つか》へ|来《き》て
わが|身《み》はいたく|疲《つか》れたりけり
この|疲《つか》れ|休《やす》めむとする|暇《ひま》もなく
また|立《た》ち|向《むか》ふ|曲津《まが》のすみかへ
|巌《いは》となり|山河《やまかは》となりて|曲神《まがかみ》は
わが|行《ゆ》く|先《さ》きにさやらむとすも
|澄《す》み|渡《わた》る|日南《ひなた》の|河《かは》に|禊《みそぎ》して
いざや|進《すす》まむ|曲津《まが》の|在所《ありか》に』
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|日南河《ひなたがは》の|流《なが》れに|下《お》り|立《た》ちて|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|修《しう》し|給《たま》へば、|八柱《やはしら》の|神々《かみがみ》も|吾《われ》|後《おく》れじと|速瀬《はやせ》に|飛《と》び|込《こ》み、|浮《う》きつ|沈《しづ》みつ|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》しながら、|禊《みそぎ》の|神事《わざ》を|修《しう》し|給《たま》ひける。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はじめ|八柱神《やはしらがみ》は、|漸《やうや》く|岸辺《きしべ》に|立《た》ち|上《あが》り『わが|心地《ここち》|清々《すがすが》しくなりし』と|宣《の》らせ|給《たま》ひて|心《こころ》|静《しづか》に|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|高照《たかてる》の|山《やま》より|落《お》つる|河水《かはみづ》に
|心《こころ》すがしく|禊《みそぎ》せしはや
|気魂《からたま》にかかれる|罪《つみ》や|穢《けが》れまで
|洗《あら》ひおとしぬ|速河《はやかは》の|瀬《せ》に
|水底《みなそこ》をかい|潜《くぐ》りつつ|気魂《からたま》の
|汚《けが》れを|全《また》くはらひし|清《すが》しさ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|清《すが》しも|真清水《ましみづ》の
|流《なが》れに|禊《みそぎ》をはりしわれは
|水底《みなそこ》も|明《あか》るきまでに|光《ひか》りたり
わが|気魂《からたま》の|清《きよ》らかにして
かくの|如《ごと》|光《ひか》りかがやく|気魂《からたま》を
|八十比女《やそひめ》の|前《まへ》に|見《み》せたくぞ|思《おも》ふ
|我《われ》ながら|驚《おどろ》きにけり|何時《いつ》の|間《ま》にか
わが|気魂《からたま》は|光《ひかり》となれる
|身《み》も|霊《たま》も|光《ひか》り|輝《かがや》き|水底《みなそこ》の
|魚族《うろくづ》までも|歓《ゑら》ぎつどひ|来《く》
|我《われ》こそは|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|光《ひかり》の|神《かみ》となりにけらしな
|眺《なが》むればわが|身《み》は|骨《ほね》まで|透《す》き|徹《とほ》り
まさしく|瑞《みづ》の|御霊《みたま》となりぬ
|水晶《みづいし》の|如《ごと》くに|骨《ほね》まで|透《す》き|徹《とほ》る
わが|身《み》は|少《すこ》しの|曇《くも》りだになき
|斯《かく》の|如《ごと》|光《ひかり》となりし|我《われ》なれば
|伊行《いゆ》かむ|道《みち》に|夜《よる》はなからむ
|天伝《あまつた》ふ|月《つき》の|光《ひかり》もかくまでに
|光《ひか》らざるべし|照《て》れるわが|身《み》よ
|四方山《よもやま》の|百花《ももばな》|千花《ちばな》にいや|増《ま》して
|美《うるは》しきかなわが|気魂《からたま》は』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|岐美《きみ》の|後《あと》に|従《したが》ひ|速河《はやかは》の
|瀬々《せせ》の|流《なが》れに|禊《みそぎ》せしはや
わが|魂《たま》は|大曲津見《おほまがつみ》の|水火《いき》うけて
|墨《すみ》の|如《ごと》くに|穢《けが》れゐたりき
|河水《かはみづ》の|色《いろ》|変《かは》るまで|気魂《からたま》の
|垢《あか》ながれける|禊《みそぎ》の|神事《わざ》に
|斯《かく》の|如《ごと》わが|気魂《からたま》は|清《きよ》まりぬ
いざや|進《すす》まむ|曲《まが》の|征途《せいと》に
|村肝《むらきも》の|心《こころ》くもれば|忽《たちま》ちに
|曲津見《まがつみ》の|罠《わな》に|落《おと》さるるなり
|肝向《きもむか》ふ|心《こころ》くもりて|美波志比古《みはしひこ》
われは|曲津見《まがつみ》にをかされにけり
|斯《か》くの|如《ごと》|光《ひか》らす|岐美《きみ》を|知《し》らずして
|先行《さきゆ》きしわれの|愚《おろか》さを|悔《く》ゆ
|日南河《ひなたがは》に|御橋《みはし》かけむと|進《すす》み|来《き》て
|曲津見《まがつみ》の|巣《す》に|迷《まよ》ひ|入《い》りけり
|雄健《をたけ》びの|禊《みそぎ》の|神事《わざ》にわが|神魂《みたま》
|真清水《ましみづ》のごと|清《きよ》まりにけり』
|内津豊日《うちつゆたひ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|迎《むか》へ|奉《まつ》ると|此処《ここ》に|来《き》て
|禊《みそぎ》の|神事《わざ》に|仕《つか》へけるかも
|身《み》も|魂《たま》も|清《すが》しくなりぬ|今《いま》よりは
|岐美《きみ》に|仕《つか》へて|雄健《をたけ》びせむとす
|曲津見《まがつみ》の|御空《みそら》をふさぐ|世《よ》の|中《なか》に
|光《ひかり》の|神《かみ》は|現《あ》れましにけり
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御霊《みたま》の|御光《みひかり》に
わが|気魂《からたま》は|清《きよ》まりにけり
|気魂《からたま》も|神魂《みたま》も|神《かみ》の|御光《みひかり》に
けがれなきまでに|照《て》り|渡《わた》りつつ
|内津豊日《うちつゆたひ》の|神《かみ》の|御名《みな》まで|負《お》ひながら
|心《こころ》のくもり|晴《は》れざりにけり
わが|岐美《きみ》に|従《したが》ひ|流《なが》れに|禊《みそぎ》して
はじめて|内津豊日《うちつゆたひ》となりぬる
|曲津見《まがつみ》の|所得顔《ところえがほ》にすさび|居《ゐ》る
|西方《にしかた》の|国土《くに》|今日《けふ》より|生《うま》れむ
|非時《ときじく》に|黒雲《くろくも》|湧《わ》き|立《た》つ|西方《にしかた》の
|国土《くに》|照《て》らさばや|禊《みそぎ》を|重《かさ》ねて
スウヤトゴル|峰《みね》の|曲津見《まがつみ》は|荒《すさ》ぶとも
|今《いま》はおそれじ|岐美《きみ》ましませば
|国津神《くにつかみ》ゑらぎ|栄《さか》えむ|水晶《みづいし》の
|神《かみ》の|光《ひかり》に|照《て》らされにつつ
|草《くさ》も|木《き》も|月日《つきひ》の|御光《みかげ》あびずして
|如何《いか》で|繁《しげ》らむ|地《つち》|稚《わか》き|国土《くに》は
|高照《たかてる》の|峰《みね》より|落《お》つる|日南河《ひなたがは》に
|今日《けふ》をはじめと|禊《みそぎ》せしはや
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》に|生《あ》れし|吾《われ》ながら
|禊《みそぎ》のたふとささとらざりけり
|朝夕《あさゆふ》に|禊《みそぎ》の|神事《わざ》に|仕《つか》へつつ
|西方《にしかた》の|国土《くに》を|生《い》かさむと|思《おも》ふ』
|大道知男《おほみちしりを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|大道《おほみち》を|知男《しりを》の|神《かみ》の|吾《われ》にして
|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》を|怠《をこた》りしかも
|惟神《かむながら》|神《かみ》のひらきし|大道《おほみち》は
|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》ぞ|要《かなめ》なりける
|禊《みそぎ》してわが|身《み》わが|魂《たま》|清《きよ》まりぬ
|醜《しこ》の|曲津見《まがつみ》もはやをかさじ
|国土《くに》を|生《う》み|御子《みこ》を|生《う》ますと|出《い》で|給《たま》ふ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|光《ひかり》なりしはや
|仰《あふ》ぎ|見《み》るさへもまぶしくなりにけり
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|光《ひかり》の|神《かみ》を
|斯《か》くの|如《ごと》|光《ひか》りかがやく|生神《いきがみ》の
|現《あ》れましし|上《うへ》は|何《なに》をなげかむ
|日《ひ》に|夜《よる》に|嘆《なげ》きつづけし|西方《にしかた》の
|国津神等《くにつかみたち》よみがへるべし
|吾《われ》もまた|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|大道《おほみち》を
さとしつつなほ|禊《みそぎ》|知《し》らざりき
|天界《てんかい》にいともたふとき|神業《かむわざ》は
|禊《みそぎ》のわざにしくものはなし
|西方《にしかた》の|国土《くに》の|御空《みそら》を|包《つつ》みたる
|雲《くも》も|禊《みそぎ》の|神事《わざ》に|散《ち》るべし
|斯《か》くの|如《ごと》|禊《みそぎ》の|神事《わざ》の|尊《たふと》さを
|吾《われ》は|今《いま》まで|覚《さと》らざりけり
|気魂《からたま》も|神魂《みたま》も|清《きよ》くなりにけり
|速河《はやかは》の|瀬《せ》に|禊《みそぎ》せしより』
|宇志波岐《うしはぎ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『このあたり|吾《われ》はうしはぎゐたりしが
|曲津見《まがつみ》のため|曇《くも》らされつつ
|惟神《かむながら》|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》|知《し》らずして
|治《をさ》めむとせし|吾《われ》の|愚《おろか》さよ
|禊《みそぎ》して|生言霊《いくことたま》を|宣《の》る|身《み》には
|醜《しこ》の|曲津見《まがつみ》もをかす|術《すべ》なし
|今日《けふ》よりは|国津神等《くにつかみたち》に|惟神《かむながら》
|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》を|教《をし》へ|伝《つた》へむ
|近山《ちかやま》は|早《はや》くも|緑《みどり》となりにけり
|岐美《きみ》が|禊《みそぎ》の|光《ひかり》の|徳《のり》に
|曲津見《まがつみ》は|青山《あをやま》となり|沼《ぬま》となり
|巌《いはほ》となりてひそみ|居《ゐ》るかも
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|降《くだ》りましし
|光《ひかり》の|神《かみ》はここにいますも
くもりたる|心《こころ》|抱《いだ》きて|瑞御霊《みづみたま》の
|光《ひかり》の|前《まへ》にあるは|苦《くる》しき
|山《やま》に|野《の》に|百花《ももばな》|千花《ちばな》|匂《にほ》へども
|曲《まが》のすさびに|色《いろ》あせにつつ
|虫《むし》の|音《ね》も|次第々々《しだいしだい》に|細《ほそ》りけり
|曲津見《まがつみ》の|水火《いき》に|苦《くる》しめられつつ
|今日《けふ》よりは|鳥《とり》の|鳴《な》く|音《ね》も|虫《むし》の|音《ね》も
|風《かぜ》のひびきも|澄《す》み|渡《わた》るらむ
|迦陵頻伽《からびんが》|非時《ときじく》|歌《うた》へど|西方《にしかた》の
|国土《くに》には|亡《ほろ》びの|響《ひび》きなりけり
|今日《けふ》よりは|迦陵頻伽《かりようびんが》の|歌《うた》ふ|声《こゑ》も
|冴《さ》えに|冴《さ》えつつよみがへるべし
|天《あま》|渡《わた》る|月日《つきひ》のかげの|見《み》えわかぬ
|西方《にしかた》の|国土《くに》は|風《かぜ》の|冷《ひ》ゆるも
ひえびえと|吹《ふ》く|山風《やまかぜ》にあふられて
|百《もも》の|草木《くさき》はなかばしをれつ
|今日《けふ》よりは|草《くさ》の|片葉《かきは》に|至《いた》るまで
|岐美《きみ》の|光《ひかり》によみがへるべし
|月読《つきよみ》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》も|今日《けふ》よりは
|豊《ゆた》にくだらむ|草木《くさき》の|上《うへ》にも』
|臼造男《うすつくりを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|禊《みそぎ》すと|水底《みなそこ》くぐり|身重《みおも》さに
おぼれむとして|苦《くる》しみしはや
つぎつぎに|禊《みそぎ》の|力《ちから》あらはれて
わが|身《み》は|軽《かろ》く|澄《す》みきらひたる
|河水《かはみづ》を|濁《にご》して|流《なが》るる|気魂《からたま》の
|垢《あか》の|深《ふか》さにあきれたりしよ
|斯《か》くならば|蚤《のみ》や|虱《しらみ》のすみどころ
|消《き》えてあとなき|水晶《みづし》の|気魂《みたま》よ
|水晶《みづいし》の|如《ごと》くわが|魂《たま》わが|身《み》まで
|照《て》り|輝《かがや》けり|禊《みそぎ》|終《をは》りて』
|内容居《うちいるゐ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|滔々《たうたう》と|流《なが》るる|水《みづ》に|内容居《うちいるゐ》
|神《かみ》の|神魂《みたま》は|清《きよ》まりにけり
|曲津見《まがつみ》の|水火《いき》に|曇《くも》りし|西方《にしかた》の
|国土《くに》に|生《うま》れて|吾《われ》くもりけり
|河底《かはそこ》の|砂利《じやり》まで|光《ひか》る|日南河《ひなたがは》の
|流《なが》れは|清《すが》しも|瑞《みづ》の|御霊《みたま》か
|仰《あふ》ぎ|見《み》る|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|顔《かんばせ》は
|月《つき》の|面《おもて》にまして|光《ひか》らすも
|月読《つきよみ》の|神《かみ》の|御霊《みたま》と|現《あ》れましし
わが|岐美《きみ》なれば|光《ひか》らすもうべよ
|日南河《ひなたがは》|向《むか》つ|岸辺《きしべ》は|真鶴《まなづる》の
|岐美《きみ》の|生《う》ませし|光《ひかり》の|国土《くに》なる
|今日《けふ》よりはおのもおのもが|禊《みそぎ》して
|西方《にしかた》の|国土《くに》を|照《て》らさむとおもふ
|千引巌《ちびきいは》これより|北《きた》の|大野原《おほのはら》に
あちこち|立《た》てるも|曲津見《まがつみ》なるべし
わが|来《きた》る|道《みち》にさやりし|千引巌《ちびきいは》は
|八十曲津見《やそまがつみ》の|化身《けしん》なりしよ
わが|魂《たま》はくもらひければ|曲津見《まがつみ》の
|化身《けしん》の|巌《いはほ》を|知《し》らず|来《き》つるも
かへりみれば|千引《ちびき》の|巌ケ根《いはがね》わが|行《ゆ》かむ
|道《みち》の|行手《ゆくて》をのみふさぎたる
わが|岐美《きみ》の|教《をし》へ|給《たま》ひし|禊《みそぎ》の|神事《わざ》に
わが|魂線《たましひ》を|輝《かがや》かしゆかむ
|禊《みそぎ》して|岸《きし》にのぼれば|気魂《からたま》も
|神魂《みたま》も|軽《かろ》さ|強《つよ》さを|覚《おぼ》ゆる
|愛善《あいぜん》のこの|天界《てんかい》に|生《うま》れ|来《き》て
|禊《みそぎ》せざれば|忽《たちま》ち|曇《くも》らむ
|神《かみ》にある|吾《われ》なりながら|惟神《かむながら》
|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》をなほざりにせしよ
|日南河《ひなたがは》の|清《きよ》き|流《なが》れは|国津神《くにつかみ》に
|禊《みそぎ》をせよと|教《をし》ふるものを
|愚《おろか》なる|吾《われ》なりにけり|朝夕《あさゆふ》に
この|清流《すながれ》に|居向《ゐむか》ひながらも
|天《あめ》も|地《つち》も|一度《いちど》にひらく|心地《ここち》かな
|禊《みそぎ》をはりしそのたまゆらは
|醜雲《しこぐも》の|四方《よも》に|立《た》ちたつ|西方《にしかた》の
|国土《くに》はこれより|月日《つきひ》|照《て》るらむ』
|初産霊《はつむすび》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|心《こころ》よみがへりたり|気魂《からたま》も
|軽《かろ》くなりたり|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》に
|禊《みそぎ》する|神事《みわざ》を|初《はじ》めて|覚《さと》りけり
|百《もも》の|罪《つみ》とが|洗《あら》ふ|神事《みわざ》と
|罪《つみ》けがれ|洗《あら》ひ|清《きよ》めて|吾《われ》は|今《いま》
はじめて|産霊《むすび》の|神業《かむわざ》を|知《し》る
|禊《みそぎ》すと|水底《みそこ》くぐれば|大魚小魚《おほなをな》
わが|気魂《からたま》をつつきめぐりぬ
|気魂《からたま》の|垢《あか》をつつくと|大魚小魚《おほなをな》
わが|身辺《みまはり》を|取《と》り|巻《ま》きにけり
|苦《くる》しさをこらへ|忍《しの》びて|水底《みなそこ》に
|神魂《みたま》の|罪《つみ》を|魚《うを》にとらせり
わが|肌《はだ》は|真白《ましろ》くなりぬ|魚族《うろくづ》の
|垢《あか》は|餌食《ゑじき》となりて|失《う》せぬる
|河底《かはそこ》も|明《あか》るきまでに|瑞御霊《みづみたま》
|光《ひか》り|給《たま》ひて|禊《みそぎ》ましける
かくのごと|光《ひかり》の|神《かみ》も|惟神《かむながら》
|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》に|仕《つか》へますはや
|曇《くも》りたるわが|身《み》は|非時《ときじく》|禊《みそぎ》して
せめて|神魂《みたま》の|垢《あか》|洗《あら》はばや
|光《ひかり》なきわが|身《み》なれども|朝夕《あさゆふ》の
|禊《みそぎ》に|神魂《みたま》|冴《さ》ゆるなるらむ』
|愛見男《なるみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|日南河《ひなたがは》|水《みづ》の|底《そこ》ひをくぐりつつ
|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》ををさめけるかな
|天界《てんかい》の|総《すべ》ての|穢《けが》れを|洗《あら》ひ|去《さ》る
|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》ぞ|尊《たふと》かりける
ウの|声《こゑ》の|生言霊《いくことたま》に|生《あ》れし|吾《われ》も
いつの|間《うち》かは|曇《くも》らひにける
|磨《みが》かずば|忽《たちま》ち|曇《くも》る|神魂《みたま》よと
|吾《われ》は|覚《さと》りぬ|禊《みそぎ》に|仕《つか》へて
わが|眼《まなこ》|清《すが》しくなりぬ|山《やま》も|河《かは》も
|今《いま》は|雄々《をを》しく|色《いろ》|冴《さ》えにけり
わが|耳《みみ》はさとくなりけり|虫《むし》の|音《ね》も
|禊《みそぎ》|終《をは》りて|清《すが》しく|聞《きこ》ゆる
わが|鼻《はな》も|透《す》き|徹《とほ》りけむ|百花《ももばな》の
|薫《かを》り|清《すが》しくなりにけるかも
|言霊《ことたま》の|水火《いき》も|清《きよ》けくなりにけり
|禊《みそぎ》の|神事《みわざ》の|貴《うづ》の|功《いさを》に
|天《あめ》も|地《つち》も|清《すが》しくなりぬ|気魂《からたま》と
|神魂《みたま》の|垢《あか》の|洗《あら》はれしより
いざさらば|光《ひかり》の|岐美《きみ》に|従《したが》ひて
|曲津見《まがつみ》のすみかをさして|進《すす》まむ
|神々《かみがみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》し|光明《みひかり》に
|満《み》ち|足《た》らひたる|国土《くに》|造《つく》らばや
|大空《おほぞら》を|包《つつ》みし|八重《やへ》の|黒雲《くろくも》も
|散《ち》りて|失《う》せなむ|岐美《きみ》の|光《ひかり》に
|西方《にしかた》の|国土《くに》はこれより|輝《かがや》きて
|曲津見《まがつみ》の|魂《たま》もまつろひぬべし』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|禊《みそぎ》|終《をは》り、|其《そ》の|功《いさを》を|讃美《ほめそや》し|乍《なが》ら、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御後《みあと》に|従《したが》ひ、|柏木《かしはぎ》の|森《もり》を|目当《めあて》に、スウヤトゴルの|曲津見《まがつみ》を|征服《せいふく》すべく、|意気《いき》|揚々《やうやう》と|轡《くつわ》を|並《なら》べて|立《た》ち|出《い》で|給《たま》ふ。
(昭和八・一一・三〇 旧一〇・一三 於水明閣 内崎照代謹録)
第二三章 |魔《ま》の|森林《しんりん》〔一九一七〕
スウヤトゴルに|姿《すがた》を|変《へん》じて、|西方《にしかた》の|国土《くに》の|天地《てんち》を|吾物《わがもの》とし、|邪気《じやき》に|包《つつ》み|居《ゐ》たる|大曲津見《おほまがつみ》は、|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》より|降《くだ》らせ|給《たま》ふ|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》を、|自《みづか》ら|顕津男《あきつを》の|神《かみ》と|称《しよう》し|迎《むか》へ|奉《まつ》りて、|御子生《みこう》みを|為《な》し、|西方《にしかた》の|国土《くに》を|完全《くわんぜん》に|占領《せんりやう》せむものと、|計画《けいくわく》をさをさ|怠《をこた》らざりし|処《ところ》へ、|真正《しんせい》の|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|間近《まぢか》に|来《きた》り|給《たま》ひしに|驚《おどろ》き、|途中《とちう》にて|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|一行《いつかう》を|全滅《ぜんめつ》せしめむと、|部下《ぶか》の|邪神等《じやしんたち》を|集《あつ》めて|種々《しゆじゆ》|評議《ひやうぎ》の|結果《けつくわ》、|最《もつと》も|狡猾《かうくわつ》にして|性質《せいしつ》|悪《わる》く、|嘘《うそ》つき|上手《じやうず》で、|自己《じこ》の|利益《りえき》のみを|巧妙《かうめう》に|計《はか》らふ|醜狐《しこぎつね》を|柏木《かしはぎ》の|森《もり》に|遣《つか》はし、|種々《しゆじゆ》の|謀計《ぼうけい》を|与《あた》へて|之《これ》に|当《あた》らしめて|居《ゐ》る。|此《この》|狐《きつね》を|醜女《しこめ》の|神《かみ》といふ。|醜女《しこめ》の|神《かみ》は|柏木《かしはぎ》の|森《もり》の|手前《てまへ》に|姿《すがた》を|隠《かく》しながら、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|一行《いつかう》の|駒《こま》の|脚許《あしもと》|近《ちか》く、|微《かすか》なる|声《こゑ》にて、
『|右《みぎ》|行《ゆ》かば|必《かなら》ず|勝《か》たむ
|中《なか》|行《ゆ》かば|必《かなら》ず|負《ま》けむ
|左《ひだり》|行《ゆ》かば|心《こころ》ず|亡《ほろ》びむ
|主《ス》の|神《かみ》の|教《をしへ》ぞ』
と|姿《すがた》を|隠《かく》して|歌《うた》つて|居《ゐ》る。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|耳敏《みみざと》くも、|醜女《しこめ》の|神《かみ》の|歌《うた》を|聞《き》きて|微笑《ほほゑ》みつつ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|醜神《しこがみ》の|醜《しこ》の|言葉《ことば》を|聞《き》きにけり
|左《ひだり》に|行《ゆ》くも|我《われ》は|亡《ほろ》びず
|三《み》ツ|栗《ぐり》の|中津道《なかつみち》をば|我《われ》|行《ゆ》かむ
|亡《ほろ》びを|知《し》らぬ|面勝《おもかつ》の|神《かみ》は
|右《みぎ》|行《ゆ》かば|勝《か》たむといひし|醜《しこ》の|声《こゑ》は
|我《われ》を|謀《たばか》る|偽《いつは》り|言《ごと》なり
この|森《もり》は|奥深《おくふか》くしてほの|暗《ぐら》し
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》に|踏《ふ》み|破《やぶ》りなむ
|右《みぎ》|行《ゆ》かば|必《かなら》ず|曲津《まが》の|深《ふか》き|罠《わな》に
かかりて|百神《ももがみ》|亡《ほろ》ぶなるべし
いざさらば|亡《ほろ》ぶといひし|左《ゆんで》の|道《みち》を
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》にかけて|進《すす》まむ』
この|御歌《みうた》に|七柱《ななはしら》の|供神《ともがみ》は|稍《やや》|不安《ふあん》の|面持《おももち》しながら、|各自《おのもおのも》に|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『スウヤトゴル|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|先走《さきばし》り
|醜女《しこめ》の|神《かみ》の|謀計《たくみ》なるらむ
|美波志比古《みはしひこ》|吾《われ》は|進《すす》まむ|瑞御霊《みづみたま》の
|御許《みゆる》しを|得《え》て|左《ひだり》の|道《みち》を
わが|岐美《きみ》の|光《ひかり》を|恐《おそ》れてスウヤトゴルは
|此処《ここ》に|謀計《たくみ》の|罠《わな》を|造《つく》れるか
スウヤトゴル|輩下《てした》に|仕《つか》ふる|醜狐《しこぎつね》
この|森林《しんりん》に|仇《あだ》すると|聞《き》く
この|森《もり》を|拓《ひら》き|渡《わた》りてスウヤトゴルの
|曲津《まが》のすみかに|進《すす》まむと|思《おも》ふ
|兎《と》も|角《かく》も|吾《われ》は|御前《みさき》に|仕《つか》ふべし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ|続《つづ》かせ|給《たま》へ』
|斯《か》く|歌《うた》ひて、|左《ひだり》へ|行《ゆ》けば|亡《ほろ》ぶべしとの|曲神《まがかみ》の|言葉《ことば》|踏《ふ》みにじりつつ、|奥《おく》へ|奥《おく》へと|一行《いつかう》|八柱《やはしら》は|馬上《ばじやう》|豊《ゆたか》に|御歌《みうた》うたひつつ|進《すす》み|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|柏木《かしはぎ》の|森《もり》は|小暗《をぐら》く|繁《しげ》りたれど
|我《われ》は|恐《おそ》れじ|悪魔《まが》のすみかも
|大空《おほぞら》を|封《ふう》じて|小暗《をぐら》き|柏木《かしはぎ》の
|森《もり》を|照《てら》してわが|行《ゆ》かむかな
スウヤトゴル|大曲津見《おほまがつみ》の|潜《ひそ》みたる
|峰《みね》は|彼方《かなた》の|空《そら》に|聳《そび》えつ
|四方八方《よもやも》ゆ|怪《あや》しき|声《こゑ》の|響《ひび》き|来《く》る
われ|柏木《かしはぎ》の|森《もり》を|拓《ひら》かむ
|曲神《まがかみ》の|勢《いきほひ》|如何《いか》に|強《つよ》くとも
|生言霊《いくことたま》に|拓《ひら》きすすまむ
|愛善《あいぜん》の|光《ひかり》を|四方《よも》に|照《てら》し|行《ゆ》く
|我《われ》に|仇《あだ》する|曲津《まが》は|亡《ほろ》びむ
|醜神《しこがみ》の|亡《ほろ》ぶといひし|森林《しんりん》の
|左《ひだり》の|道《みち》を|伊行《いゆ》くは|楽《たの》しも
|大空《おほぞら》の|雲《くも》はちぎれて|天津日《あまつひ》の
|光《ひかり》は|静《しづか》にさし|初《そ》めにけり
|曲神《まがかみ》は|雲《くも》を|起《おこ》して|御空《みそら》|包《つつ》み
|月日《つきひ》の|光《かげ》をさへぎりて|居《を》り』
|内津豊日《うちつゆたひ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|時《とき》じくに|怪《あや》しき|音《おと》の|聞《きこ》ゆなる
|柏木《かしはぎ》の|森《もり》は|曲津《まが》のすみかよ
|今《いま》とならば|何《なに》を|恐《おそ》れむ|瑞御霊《みづみたま》
|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|現《あ》れましぬれば
|亡《ほろ》びなむと|醜女《しこめ》の|神《かみ》の|叫《さけ》びたる
|道行《みちゆ》く|吾《われ》は|楽《たの》しかりけり
|亡《ほろ》ぶべき|道《みち》を|明《あか》して|進《すす》み|行《ゆ》く
|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|雄々《をを》しきろかも
|斯《か》くならば|如何《いか》なる|醜《しこ》のさやるとも
|何《なに》か|恐《おそ》れむ|禊《みそぎ》せし|身《み》は
|惟神《かむながら》|禊祓《みそぎはら》ひしわれなれば
|醜《しこ》の|犯《をか》さむ|術《すべ》なかるべし
わが|行《ゆ》かむ|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なく
|守《まも》らせ|給《たま》へ|皇大神《すめらおほかみ》
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》に|生《あ》れし|吾《われ》にして
|醜女《しこめ》の|言葉《ことば》に|動《うご》くべきやは
|地《つち》|稚《わか》き|西方《にしかた》の|国土《くに》は|彼方此方《あちこち》に
|曲津見《まがつみ》|潜《ひそ》みて|仇《あだ》を|為《な》すかな
|今日《けふ》よりはこの|国原《くにはら》は|天国《てんごく》と
|新《あらた》に|生《あ》れし|聖所《すがど》なるぞや』
|大道知男《おほみちしりを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|惟神《かむながら》|大道知男《おほみちしりを》の|神《かみ》われは
|左《ひだり》の|道《みち》に|災《わざはひ》なしと|思《おも》ふ
|右《みぎ》|行《ゆ》けば|災《わざはひ》せむと|醜女神《しこめがみ》
|力《ちから》かぎりに|謀《たく》らみ|居《ゐ》るも
この|森《もり》は|東西《とうざい》|十里《じふり》|南北《なんぼく》は
|三十八里《さんじふはちり》の|曲津《まが》のすみかぞ
スウヤトゴル|輩下《てした》の|神《かみ》の|大方《おほかた》は
この|森林《しんりん》に|潜《ひそ》み|居《を》るとふ
|兎《と》も|角《かく》も|柏木《かしはぎ》の|森《もり》の|醜神《しこがみ》を
|言向和《ことむけやは》せて|進《すす》みませ|岐美《きみ》
|行《ゆ》けど|行《ゆ》けど|果《はて》しも|知《し》らぬ|森林《しんりん》の
|木蔭《こかげ》を|渡《わた》る|風《かぜ》は|冷《つめ》たき
|曲神《まがかみ》の|水火《いき》|凝《こ》り|凝《こ》りて|風《かぜ》さへも
わが|身《み》の|骨《ほね》を|浸《し》み|透《とほ》すなり
|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|照《てら》してこの|森《もり》を
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》に|踏《ふ》みにじり|行《ゆ》かむ
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》の|謀計《たくみ》は|飽《あ》くまでも
|深《ふか》くあれども|底力《そこぢから》なし
|表面《うはべ》のみ|強《つよ》く|見《み》ゆれど|曲神《まがかみ》は
|生言霊《いくことたま》にあひて|消《き》ゆるも
|言霊《ことたま》の|幸《さち》はふ|国《くに》よ|言霊《ことたま》の
|天照《あまて》る|国《くに》よ|恐《おそ》れなき|国《くに》よ
|今日《けふ》までは|曲津《まがつ》の|神《かみ》に|襲《おそ》はれしが
|今《いま》や|真言《まこと》の|力《ちから》|得《え》にけり
|禊《みそぎ》して|清《きよ》まりにけるわが|魂《たま》は
|昨日《きのふ》に|増《ま》して|百倍《ももへ》|強《つよ》きも』
|宇志波岐《うしはぎ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『この|辺《あた》り|宇志波岐《うしはぎ》|居《を》れど|柏木《かしはぎ》の
|森《もり》に|足《あし》をば|入《い》れし|事《こと》なし
|今日《けふ》までは|怪《あや》しの|森《もり》と|捨《す》て|置《お》きし
|曲津《まが》のすみかを|踏《ふ》みて|破《やぶ》らむ
|心強《こころづよ》くも|光《ひかり》の|神《かみ》の|御供《みとも》して
|曲津《まがつ》のこもる|森《もり》|行《ゆ》く|今日《けふ》は
スウヤトゴル|峰《みね》の|魔神《まがみ》もこの|森《もり》の
|亡《ほろ》びを|聞《き》かば|忽《たちま》ち|消《き》ゆべし
|果《はて》しなき|小暗《をぐら》き|穢《きたな》きこの|森《もり》は
|曲津《まが》のすみかに|応《ふさ》はしきかな
|百木々《ももきぎ》は|半《なか》ば|枯《か》れつつ|各《おの》も|各《おの》も
|邪気《じやき》|吐《は》き|出《い》でて|世《よ》を|汚《けが》しつつ
|曲津見《まがつみ》の|邪気《じやき》の|集《あつま》るこの|森《もり》を
|生言霊《いくことたま》にきよめひらかむ
この|森《もり》に|醜《しこ》の|狐《きつね》の|棲《す》むと|聞《き》けば
|分《わ》け|入《い》りし|神《かみ》|今《いま》までになし
この|森《もり》に|迷《まよ》ひ|入《い》りたる|国津神《くにつかみ》は
|生《い》きて|帰《かへ》りし|一柱《ひとはしら》もなし
|瑞御霊《みづみたま》|岐美《きみ》に|仕《つか》へて|進《すす》み|行《ゆ》く
|吾等《われら》に|邪気《じやき》は|襲《おそ》はざりけり
わが|駒《こま》は|邪気《じやき》の|集《あつま》る|森中《もりなか》を
いななきながら|進《すす》み|行《ゆ》くかも
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|驚《おどろ》きて
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》は|逃《に》げ|去《さ》りにけむか
|安々《やすやす》と|渡《わた》り|行《ゆ》くかも|魔《ま》の|森《もり》の
|茂《しげ》みを|分《わ》けて|八柱《やはしら》の|神《かみ》は』
|臼造男《うすつくりを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|岐美《きみ》|行《ゆ》かば|柏木《かしはぎ》の|森《もり》は|明《あき》らけく
|光《ひか》り|初《そ》めたり|曲津《まが》は|何処《いづく》ぞ
|仰《あふ》ぎ|見《み》ればスウヤトゴルの|山脈《やまなみ》は
いやつぎつぎに|遠去《とほざ》りにける
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|光《ひかり》に|曲津見《まがつみ》は
|恐《おそ》れ|山《やま》もて|逃《に》げ|去《さ》ると|見《み》ゆ
この|森《もり》は|生言霊《いくことたま》に|縛《しば》りあれば
|曲津《まが》も|動《うご》かす|能《あた》はざるべし
|醜女神《しこめがみ》この|森林《しんりん》に|永遠《とことは》に
すまひて|国土《くに》の|仇《あだ》をなしつつ
|曲津見《まがつみ》の|輩下《てした》の|神《かみ》は|八百万《やほよろづ》
この|柏木《かしはぎ》の|森《もり》にひそめる
|曲神《まがかみ》の|数《かず》の|限《かぎ》りを|言向《ことむ》けて
|神《かみ》の|聖所《すがど》に|清《きよ》めむとぞ|思《おも》ふ
|亡《ほろ》ぶべしと|曲津《まがつ》の|宣《の》りし|左《ゆんで》の|道《みち》は
|心安《うらやす》けかり|神《かみ》の|光《ひかり》に
|月《つき》も|日《ひ》も|御空《みそら》の|雲《くも》を|押分《おしわ》けて
|柏木《かしはぎ》の|森《もり》の|上《うへ》に|輝《かがや》く
|輝《かがや》ける|御魂々々《みたまみたま》を|照《てら》しつつ
|出《い》で|行《ゆ》く|道《みち》に|曲津《まが》の|姿《かげ》なし
|日南河《ひなたがは》|禊《みそぎ》の|神事《わざ》の|功績《いさをし》に
|安《やす》く|渡《わた》らむ|柏木《かしはぎ》の|森《もり》を
|曲神《まがかみ》は|姿《かげ》を|潜《ひそ》めて|静《しづか》なり
|梢《こずゑ》を|渡《わた》る|風《かぜ》の|音《ね》のみにて
|迦陵頻伽《からびんが》|時《とき》を|得顔《えがほ》にうたふなり
|曲津見《まがつみ》の|森《もり》にも|天津日《あまつひ》|照《て》らひて
|百花《ももばな》は|露《つゆ》を|帯《お》びつつ|森蔭《もりかげ》に
|艶《えん》を|競《きそ》ひて|咲《さ》き|出《い》でにける
|花蓆《はなむしろ》|敷《し》き|並《なら》べたる|如《ごと》くなり
わが|行《ゆ》く|森《もり》の|木下蔭《こしたかげ》の|道《みち》は
|醜神《しこがみ》のすまへる|森《もり》は|忽《たちま》ちに
|花《はな》|匂《にほ》ひつつ|小鳥《ことり》はうたひつ
|虫《むし》の|音《ね》も|小鳥《ことり》の|声《こゑ》も|天国《かみくに》の
|春《はる》をうたふか|冴《さ》え|渡《わた》るなり
|斯《か》くの|如《ごと》|花《はな》|咲《さ》き|満《み》つる|柏木《かしはぎ》の
|森《もり》に|曲津《まがつ》のすむと|思《おも》へず
|岐美《きみ》が|行《ゆ》く|道《みち》の|隈手《くまで》に|曲津《まが》はなし
|花《はな》|咲《さ》き|匂《にほ》ひ|鳥《とり》うたふのみ
|真鶴《まなづる》の|国《くに》より|来《きた》るか|幾千《いくせん》の
|鶴《つる》は|御空《みそら》に|舞《ま》ひ|初《そ》めにけり
|斯《か》くならばこの|魔《ま》の|森《もり》は|天国《かみくに》よ
|醜女《しこめ》の|神《かみ》は|逃《に》げ|去《さ》りにけむ
|勇《いさ》ましき|岐美《きみ》の|旅《たび》かも|山《やま》も|野《の》も
|木草《きぐさ》の|果《はて》までよみがへりつつ
|幾千《いくせん》の|鶴《つる》の|鳴《な》く|音《ね》は|西方《にしかた》の
|国土《くに》の|万世《よろづよ》うたふなるらむ
|右左《みぎひだり》|道《みち》を|違《たが》へず|進《すす》み|来《こ》し
|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》は|安《やす》けかりけり
|右《みぎ》|行《ゆ》かば|醜女《しこめ》の|神《かみ》の|謀計《たくらみ》に
|落《お》ちて|吾《われ》はも|苦《くる》しみにけむ
|曲神《まがかみ》の|謀《たくみ》の|裏《うら》をかきながら
|岐美《きみ》は|雄々《をを》しく|出《い》でまししはや
|吾《われ》も|亦《また》|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|御恵《みめぐみ》に
|心《こころ》|安《やす》けく|魔《ま》の|森《もり》を|行《ゆ》くも
|処々《ところどころ》|清水《しみづ》|湛《たた》ふる|泉《いづみ》ありて
|天津日《あまつひ》の|影《かげ》|浮《うか》べて|澄《す》むも
この|清水《しみづ》|今日《けふ》が|日《ひ》までも|濁《にご》らひしを
|生言霊《いくことたま》に|甦《よみがへ》りたるよ
|斯《か》くならば|手《て》に|掬《むす》ぶとも|汚《けが》れまじ
|長《なが》き|生命《いのち》の|糧《かて》ともならむか』
|内容居《うちいるゐ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|月読《つきよみ》の|神《かみ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
|心《こころ》|安《やす》けく|魔《ま》の|森《もり》を|行《ゆ》くも
|大曲津見《おほまがつみ》|醜《しこ》のすみかのこの|森《もり》の
|岐美《きみ》のみゆきに|清《きよ》まりしはや
|曲津見《まがつみ》は|恐《おそ》れをなしてスウヤトゴルの
|山《やま》もろともに|遠去《とほざ》りにける
|醜狐《しこぎつね》|数多《あまた》|棲《す》むてふこの|森《もり》も
|月日《つきひ》|輝《かがや》く|神園《みその》となりしはや
|吹《ふ》く|風《かぜ》も|清《すが》しく|冴《さ》えて|光《ひか》るなり
|木々《きぎ》の|梢《こずゑ》は|千代《ちよ》ささやきつ
|大空《おほぞら》を|包《つつ》みし|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》も
|散《ち》りて|跡《あと》なく|月日《つきひ》は|照《て》らふ
|斯《か》くならば|未《ま》だ|地《つち》|稚《わか》き|西方《にしかた》の
|国土《くに》は|栄《さか》えむ|草木《くさき》は|萌《も》えむ
|天津醜女《あまつしこめ》|神《かみ》は|何処《いづく》の|野《の》の|果《はて》に
|逃《に》げ|去《さ》りにけむ|姿《かげ》だにもなし
|次々《つぎつぎ》に|岐美《きみ》の|光《ひかり》の|輝《かがや》きて
|醜《しこ》の|魔神《まがみ》の|隠《かく》れ|所《が》もなし
|天《あま》|翔《かけ》り|地《つち》を|潜《くぐ》りて|逃《に》ぐるとも
|如何《いか》でのがれむ|神《かみ》の|眼《まなこ》を
|西方《にしかた》の|稚《わか》き|国原《くにはら》にやうやうと
あらはれましぬ|光《ひかり》の|岐美《きみ》は
この|国土《くに》は|八十比女神《やそひめがみ》のいまさずば
|殊《こと》に|乱《みだ》れし|曲津《まが》のすみかよ
|曲神《まがかみ》は|八十比女神《やそひめがみ》のいまさぬを
よき|機会《しほ》として|雄猛《をたけ》び|狂《くる》ふも
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|八十比女《やそひめ》の
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》は|国土《くに》の|鎮《しづ》めよ
この|国土《くに》に|八十比女《やそひめ》の|一柱《ひとり》ましまさば
|斯《か》くも|曲津《まがつ》は|猛《たけ》ばざりしを
|漸《やうや》くに|光《ひかり》の|神《かみ》の|出《い》でましを
|仰《あふ》ぎて|国原《くにはら》よみがへりつつ
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|国原《くにはら》を
|廻《めぐ》れど|曲津《まが》は|亡《ほろ》びざりける
|八十日日《やそかひ》はあれども|今日《けふ》の|生日《いくひ》こそ
|国土《くに》の|始《はじ》めの|吉日《よきひ》なるかも
|濛々《もうもう》と|黒雲《くろくも》|立《た》ちて|昼《ひる》もなほ
|小暗《をぐら》き|国土《くに》を|照《てら》し|給《たま》ひぬ
わが|岐美《きみ》の|厳《いづ》の|御水火《みいき》に|大空《おほぞら》を
|包《つつ》みし|雲《くも》も|散《ち》り|失《う》せにけり
|黒雲《くろくも》は|紫《むらさき》の|雲《くも》と|変《へん》じつつ
この|国原《くにはら》はあらたに|生《うま》れむ
|八雲《やくも》|立《た》つ|黒雲《くろくも》|立《た》ちたつ|西方《にしかた》の
|国土《くに》を|照《てら》して|光《ひか》る|岐美《きみ》はも
|待《ま》ち|待《ま》ちし|光《ひかり》の|岐美《きみ》は|現《あ》れましぬ
|神《かみ》に|祈《いの》りし|功《いさを》なるらむ
|今日《けふ》よりは|国津神等《くにつかみたち》|導《みちび》きて
|禊《みそぎ》の|神事《わざ》に|世《よ》を|生《い》かすべし
|四方八方《よもやも》は|雲《くも》と|霧《きり》とに|包《つつ》まれて
|月光《つきかげ》さへも|見《み》ぬ|国土《くに》なりけり
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|天津日《あまつひ》の|光《かげ》|月《つき》の|光《かげ》
|御空《みそら》の|碧《あを》に|輝《かがや》き|給《たま》ひぬ
|空《そら》|碧《あを》く|地《つち》は|緑《みどり》に|木草《きぐさ》|生《お》ひて
|生《うま》れし|国土《くに》は|神国《みくに》なるかも
|高照《たかてる》の|山《やま》は|東《ひがし》に|聳《そび》えつつ
|紫《むらさき》の|雲《くも》わき|立《た》つが|見《み》ゆ
|今日《けふ》までは|高照山《たかてるやま》の|頂上《いただき》も
|雲《くも》に|包《つつ》まれ|見《み》えずありしよ』
|初産霊《はつむすび》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》き|強《つよ》し|御空《みそら》にも
|鶴《つる》の|鳴《な》く|音《ね》の|冴《さ》え|渡《わた》る|今日《けふ》
この|国土《くに》に|始《はじ》めて|見《み》たる|日月《じつげつ》の
|光《かげ》のさやけさに|吾《わが》|魂《たま》|生《い》くるも
|黒雲《くろくも》に|空《そら》は|閉《とざ》され|国津神《くにつかみ》は
|始《はじ》めて|拝《をが》む|月日《つきひ》なりけり
|真鶴《まなづる》の|空《そら》に|舞《ま》ひつつ|歌《うた》ひつつ
|岩戸《いはと》|開《ひら》けし|国土《くに》を|祝《いは》ふも
|大空《おほぞら》を|十重《とへ》に|二十重《はたへ》に|包《つつ》みたる
|雲《くも》|散《ち》り|行《ゆ》きて|御空《みそら》|高《たか》しも
|碧々《あをあを》と|底《そこ》ひも|知《し》らぬ|空《そら》の|海《うみ》を
|静《しづか》に|渡《わた》らす|月舟《つきふね》の|影《かげ》
|嬉《うれ》しさは|何《なに》に|譬《たと》へむ|百千花《ももちばな》
|咲《さ》き|匂《にほ》ひたる|新《あたら》しき|国土《くに》を
|山《やま》に|野《の》に|百花《ももばな》|千花《ちばな》|咲《さ》き|満《み》ちて
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|芳《かむば》しき|国土《くに》』
|愛見男《なるみを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天国《かみくに》と|早《は》や|愛見男《なるみを》の|神柱《みはしら》の
|国土《くに》はさやけく|雲《くも》|晴《は》れにつつ
|瑞御霊《みづみたま》|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|出《い》でましに
|新《あたら》しき|国土《くに》|生《うま》れたるかも
スウヤトゴル|曲津見《まがつみ》|潜《ひそ》む|山脈《やまなみ》は
|今《いま》を|限《かぎ》りに|遠《とほ》ざかりつつ
|曲神《まがかみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》せ|西方《にしかた》の
|国土《くに》の|月日《つきひ》を|永久《とは》に|拝《をが》まむ
|草《くさ》も|木《き》も|小鳥《ことり》も|虫《むし》も|今日《けふ》よりは
|岐美《きみ》の|御稜威《みいづ》をうたひ|奉《まつ》らむ
|有難《ありがた》き|日《ひ》は|来《きた》りけり|瑞御霊《みづみたま》
|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|御稜威《みいづ》あふれて
|雲霧《くもきり》は|四方《よも》に|立《た》ち|立《た》ち|風《かぜ》|冷《ひ》えて
|木草《きぐさ》の|生育《そだち》も|乏《とぼ》しき|国土《くに》なりし
|永遠《とことは》の|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|言霊《ことたま》に
この|稚国土《わかぐに》はよみがへるべし
|西方《にしかた》の|国土《くに》には|八十比女神《やそひめがみ》|坐《ま》さず
|曲津見《まがつみ》|処得顔《ところえがほ》に|猛《たけ》びし
|待佗《まちわ》びし|光《ひかり》の|岐美《きみ》の|国土造《くにつく》り
|喜《よろこ》び|迎《むか》へむ|国津神等《くにつかみたち》は』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|各自《おのもおのも》|生言霊《いくことたま》の|御歌《みうた》うたひつつ、|曲神《まがかみ》の|棲《す》めるてふ、|柏木《かしはぎ》の|森《もり》を|何《なん》の|艱《なや》みもなく|突破《とつぱ》し、スウヤトゴル|山脈《さんみやく》さして、|駒《こま》の|轡《くつわ》を|並《なら》べ|悠然《いうぜん》として|進《すす》み|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》き|極《きは》みなりけり。
(昭和八・一一・三〇 旧一〇・一三 於水明閣 森良仁謹録)
-----------------------------------
霊界物語 第七五巻 天祥地瑞 寅の巻
終り