霊界物語 第七四巻 天祥地瑞 丑の巻
出口王仁三郎
--------------------
●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第七十四巻』天声社
1983(昭和58)年05月28日 七版発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2006年09月08日作成
2008年06月23日修正
-------------------------
●目次
|序文《じよぶん》
|総説《そうせつ》
第一篇 |渺茫千里《べうばうせんり》
第一章 |科戸《しなど》の|風《かぜ》〔一八六九〕
第二章 |野路《のぢ》の|草枕《くさまくら》〔一八七〇〕
第三章 |篠《しの》の|笹原《ささはら》〔一八七一〕
第四章 |朝露《あさつゆ》の|光《かげ》〔一八七二〕
第五章 |言霊神橋《ことたまみはし》〔一八七三〕
第六章 |真鶴山霊《まなづるさんれい》〔一八七四〕
第七章 |相聞《さうもん》の|闇《やみ》〔一八七五〕
第八章 |黒雲晴明《こくうんせいめい》〔一八七六〕
第九章 |真鶴鳴動《まなづるめいどう》〔一八七七〕
第二篇 |真鶴新国《まなづるしんこく》
第一〇章 |心《こころ》の|手綱《たづな》〔一八七八〕
第一一章 |万代《よろづよ》の|誓《ちかひ》〔一八七九〕
第一二章 |森《もり》の|遠望《ゑんばう》〔一八八〇〕
第一三章 |水上《すゐじやう》の|月《つき》〔一八八一〕
第一四章 |真心《まごころ》の|曇《くも》らひ〔一八八二〕
第一五章 |晴天澄潮《せいてんちようてう》〔一八八三〕
第一六章 |真言《まこと》の|力《ちから》(一)〔一八八四〕
第一七章 |真言《まこと》の|力《ちから》(二)〔一八八五〕
第一八章 |玉野《たまの》の|森《もり》〔一八八六〕
第一九章 |玉野《たまの》の|神丘《みをか》〔一八八七〕
第二〇章 |松下《しようか》の|述懐《じゆつくわい》〔一八八八〕
第三篇 |玉藻霊山《たまもれいざん》
第二一章 |玉野清庭《たまのすがには》〔一八八九〕
第二二章 |天地《てんち》は|曇《くも》る〔一八九〇〕
第二三章 |意想《いさう》の|外《ほか》〔一八九一〕
第二四章 |誠《まこと》の|化身《けしん》〔一八九二〕
第二五章 |感歎幽明《かんたんいうめい》〔一八九三〕
第二六章 |総神登丘《そうしんときう》〔一八九四〕
------------------------------
|序文《じよぶん》
|本巻《ほんくわん》は|紫微天界《しびてんかい》に|於《お》ける|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》の|一端《いつたん》を|略述《りやくじゆつ》せしものにして、|主《しゆ》として|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|活動《くわつどう》を|説《と》きたり。|抑々《そもそも》|紫微天界《しびてんかい》は、|幾億万年《いくおくまんねん》の|後《のち》、|修理固成《しうりこせい》の|大経綸《だいけいりん》によりて、|現在《げんざい》の|大地球《だいちきう》と|化《くわ》したれば、|紫微天界《しびてんかい》は|無論《むろん》|天体中《てんたいちう》に|於《お》ける、|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂《みづほ》の|国《くに》なる|事《こと》を|知《し》るべきなり。|五圏層《ごけんそう》の|天界《てんかい》また|億兆無数《おくてうむすう》の|大宇宙《だいうちう》を|形成《けいせい》して、|永遠無窮《えいゑんむきう》に|神人《しんじん》を|守《まも》り、|活動《くわつどう》を|続《つづ》け|居《ゐ》るなり。|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|関《かん》し、|数多《あまた》の|神々《かみがみ》の|神名《みな》による|活動《くわつどう》の|情態《じやうたい》|及《およ》び|言霊《ことたま》の|無限《むげん》の|稜威《いづ》をも|明示《めいじ》しあれば、|心《こころ》をひそめて|玩味《ぐわんみ》すべきなり。
|本書《ほんしよ》に|載《の》するところは、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|国土生《くにう》み|神生《かみう》みせむと、|紫微天界中《しびてんかいちう》の|未《いま》だ|地稚《つちわか》き|真鶴山《まなづるやま》の|修理固成《しうりこせい》より、|玉野森《たまのもり》の|清丘《すがをか》に|渡《わた》られ、|主《ス》の|大神《おほかみ》に|神勅《しんちよく》を|請《こ》ひ|給《たま》ふ|迄《まで》の|経緯《いきさつ》を|示《しめ》したり。
|又《また》|天界《てんかい》に|於《お》ける|言葉《ことば》は、|総《すべ》てアオウエイの|五大父音《ごだいふおん》をもつて|通《つう》ずると|雖《いへど》も、|現代人《げんだいじん》は|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を|悉《ことごと》く|使用《しよう》せざれば、|神代語《じんだいご》は|解《かい》し|難《がた》きを|以《もつ》て、|止《や》むを|得《え》ず|茲《ここ》に|三十一文字《みそひともじ》の|敷島《しきしま》の|歌《うた》を|応用《おうよう》して|神意《しんい》を|発表《はつぺう》したれば、|読者《どくしや》は|其《その》|意《い》を|諒《りやう》せらるべし。
昭和八年十月三十一日 旧九月十三日
於水明閣 口述者識
|総説《そうせつ》
|本来《ほんらい》|神皇国《しんのうこく》|日本《にほん》は、|大宇宙《だいうちう》の|中心《ちうしん》に|永遠無窮《えいゑんむきう》の|神護《しんご》を|以《もつ》て、|天津神祖《あまつみおや》の|神《かみ》の|生《う》み|成《な》し|給《たま》ひし|聖域《せいゐき》なれば、|皇御国《すめらみくに》と|称《しよう》し|奉《たてまつ》り、|万世一系《ばんせいいつけい》に|之《これ》を|統御《とうぎよ》し|給《たま》ふ|主権者《しゆけんしや》を、スメラミコトと|申《まを》し|奉《たてまつ》るも、|◎《ス》の|言霊《ことたま》の|神徳《しんとく》に|依《よ》りて、|成《な》り|出《い》で|給《たま》ひし|神国《しんこく》なればなり。|大虚空中《だいこくうちう》にスの|水火《いき》のすみきり|澄《す》みきらひつつ|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》り|止《や》まざるスの|生言霊《いくことたま》は、|神《かみ》を|生《う》み|宇宙《うちう》を|生《う》み|大地《だいち》を|生《う》み、|永遠無窮《えいゑんむきう》に|渉《わた》りて|終《つひ》にスの|神国《みくに》|我《わが》|葦原《あしはら》の|瑞穂《みづほ》の|国《くに》なる|中津国《なかつくに》を|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひ、|大宇宙《だいうちう》の|主宰《しゆさい》として|日《ス》の|本《もと》の|国《くに》を|生《う》み|給《たま》ひ、|天照皇大神《あまてらすすめおほかみ》の|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひて、|天上《てんじやう》の|主宰《しゆさい》と|任《ま》け|給《たま》ひ、|御皇孫《おほみこ》|永久《とこしへ》に|平《たひ》らけく|安《やす》らけく|知召《しろしめ》す|本《もと》つ|神国《みくに》にして、|現人神《あらひとがみ》に|在《おは》す|万世一系《ばんせいいつけい》の |天皇《てんのう》|鎮《しづ》まりませる|日《ひ》の|本《もと》は|言《い》ふも|更《さら》なり、|全地《ぜんち》の|上《うへ》に|皇大神《すめおほかみ》の|洪徳《こうとく》を|発揮《はつき》し|給《たま》ひ、|神人《しんじん》|安住《あんぢう》の|聖域《せいゐき》と|為《な》し|給《たま》ひしぞ|畏《かしこ》けれ。
|言霊学上《ことたまがくじやう》より|見《み》る|日《ひ》の|本《もと》の|日《ひ》は、|則《すなは》ち|◎《ス》にして|◎《ス》の|本《もと》の|国《くに》なり。|故《ゆゑ》に|日《ひ》の|本《もと》は|日《ス》の|本《もと》なるの|意義《いぎ》を|知《し》る|可《べ》し。
|瑞月《ずゐげつ》は|茲《ここ》に『|霊界物語《れいかいものがたり》』の|続巻《ぞくくわん》|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》の|著述《ちよじゆつ》に|際《さい》し、|聊《いささ》か|言霊学《ことたまがく》の|大意《たいい》を|略解《りやくかい》し、|天地諸神《てんちしよしん》の|活動《くわつどう》の|意義《いぎ》と|我《わが》|神国日本《しんこくにほん》の|一大使命《いちだいしめい》と、|皇室《くわうしつ》の|天神《てんしん》より|出《い》でで|尊厳無比《そんげんむひ》なる|理由《りゆう》を|解明《かいめい》し|奉《たてまつ》らむと|欲《ほつ》し、|重《かさ》ねて『|霊界物語《れいかいものがたり》』の|続巻《ぞくくわん》を|著《あらは》す|事《こと》とはなりける。
|言霊学《ことたまがく》の|見地《けんち》よりすれば、|七十五声音《しちじふごせいおん》の|活動《くわつどう》|各《おのおの》|異《こと》なりて、|声《せい》なるあり|音《おん》なるあり、|半声半音《はんせいはんおん》なるあり、|今爰《いまここ》に|声音《せいおん》の|区別《くべつ》を|明《あきら》かにせむとす。
アオウエイは|天《てん》に|位《くらゐ》して|父声《ふせい》なり。|此《こ》の|五大父声《ごだいふせい》は|大宇宙《だいうちう》に|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》り|止《や》まず、|宇宙万有《うちうばんいう》の|活動力《くわつどうりよく》を|不断《ふだん》に|与《あた》へ|給《たま》ひつつあり。|吾人《ごじん》の|耳《みみ》には|余《あま》りの|大声《たいせい》にして|入《い》り|難《がた》しと|雖《いへど》も、|言霊学《ことたまがく》に|通《つう》じたる|聖者《せいじや》の|耳《みみ》には|能《よ》く|聴《き》き|得《う》るものなり。|則《すなは》ち、
ア オ ウ エ イ
ナ ノ ヌ ネ ニ
ハ ホ フ ヘ ヒ
マ モ ム メ ミ
ヤ ヨ ユ エ イ
ワ オ ウ ヱ ヰ
は|純然《じゆんぜん》たる|声《せい》にして、
カ コ ク ケ キ
タ ト ツ テ チ
ガ ゴ グ ゲ ギ
ダ ド ズ デ ヂ
パ ポ プ ペ ピ
ラ ロ ル レ リ
は|音《おん》なり。|而《しか》して、
サ ソ ス セ シ
ザ ゾ ズ ゼ ジ
バ ボ ブ ベ ビ
は|半声半音《はんせいはんおん》なり。|又《また》アカサタナハマヤワの|九行《くぎやう》|四十五音《しじふごおん》は|正清音《せいせいおん》にして、ラロルレリは|濁音《だくおん》なり。ガゴグゲギ、ザゾズゼジ、ダドヅデヂ、バボブベビは|重音《ぢうおん》にして、|言霊《ことたま》の|重《かさ》なれるを|言《い》ふ。チチの|父《ちち》を|重《かさ》ぬればヂヂ(|祖父《そふ》)となり、ハハの|母《はは》を|重《かさ》ぬればババ(|祖母《そぼ》)となるが|如《ごと》し。パポプペピは|撥音《はつおん》なり。
|大宇宙《だいうちう》の|根元《こんげん》を|為《な》すスの|言霊《ことたま》を|略解《りやくかい》すれば、
スは|外部《ぐわいぶ》を|統《す》べて|北《きた》に|活用《はたら》き|北東《ほくとう》に|活用《はたら》きて|有《う》の|極《きよく》となり、|◎声《スごゑ》の|精《せい》と|現《げん》じ|東北《とうほく》に|活用《はたら》きて|無所不為《むしよふゐ》|也《なり》。|東《ひがし》に|活用《はたら》きて|八咫《やあた》に|伸《の》び|極《きは》まり、|天球中《てんきうちう》の|一切《いつさい》を|写真《しやしん》に|写《うつ》す|如《ごと》く|現《げん》じ、|更《さら》に|滞《とどこほ》り|無《な》く、|結《むすび》の|座《ざ》を|占《し》むる|也《なり》。|次《つぎ》に|東南《とうなん》に|活用《はたら》きて|数《すう》の|限《かぎ》りを|住《す》み|切《き》り、|南東《なんとう》に|活用《はたら》きて|八極《はちきよく》を|統《す》べて|居《を》り、|南《みなみ》に|活用《はたら》きて|正中心《せいちうしん》に|集《あつま》り、|南西《なんせい》に|活用《はたら》きて|真中真心《まなか》を|現《げん》じ、|西南《せいなん》に|活用《はたら》きて|本末《ほんまつ》を|一徹《いつてつ》に|貫《つらぬ》き|西《にし》に|活用《はたら》きて|自由自在《じいうじざい》|也《なり》。|而《しか》して|大宇宙《だいうちう》の|至大天球《しだいてんきう》の|内外《ないぐわい》を|涵《ひた》し|保《たも》ちて|極乎《きよくこ》たり。|次《つぎ》に|西北《せいほく》に|活用《はたら》きては|無所不在《むしよふざい》|也《なり》。|次《つぎ》に|北西《ほくせい》に|活用《はたら》きて|玄々《くごえ》の|府《みやこ》となり、|有《いう》にして|空《くう》|也《なり》。|而《しか》して|劫大約《おほつな》を|統《す》べ|至大天球中《しだいてんきうちう》の|一切《いつさい》を|写《うつ》して|安々《あんあん》の|色《いろ》ありて|統《す》べ|居《を》るなり。|又《また》|霊魂球《れいこんきう》を|涵《ひた》し、|涵《ひた》しの|司《つかさ》と|現《げん》じ、|上《のぼ》りては|大◎玉《だいスぎよく》となり、|出入《しゆつにふ》の|息《いき》|限《かぎ》り|無《な》く|澄《す》みきり、|呼吸《いき》と|共《とも》に|現《あらは》れ|結《むすび》の|柱《はしら》となり、|以《もつ》て|大宇宙《だいうちう》に|満《み》ち|足《た》らひ|常住不断《じやうぢうふだん》なり。|故《ゆゑ》に|宇宙《うちう》の|一切《いつさい》は、スの|言霊《ことたま》によりて|其《その》|太元《たいげん》を|生《う》み|出《だ》されたるものと|知《し》る|可《べ》きなり。
|次《つぎ》にウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》に|就《つい》て|略解《りやくかい》しておくべし。
ウ|声《ごゑ》は|北《きた》に|活用《はたら》きて|離《はな》れ|背《そむ》き、|北東《ほくとう》に|活用《はたら》きて|更《ふ》け|行《ゆ》く。|次《つぎ》に|東北《とうほく》に|活用《はたら》きて|持《も》ち|含《ふく》み、|東《ひがし》に|活用《はたら》きて|現在世界《げんざいせかい》の|結柱《けつちう》となり、|東南《とうなん》に|活用《はたら》きて|純美麗《うるはし》み|嬉《うれし》み、|南東《なんとう》に|活用《はたら》きて|産《う》み|産《う》み|魂機張《たまきは》り、|南《みなみ》に|活用《はたら》きて|結《むす》び|合《あ》ひ、|南西《なんせい》に|活用《はたら》きて|固有《こいう》の|真《しん》と|成《な》り|真実金剛《まことつよく》|現《あらは》れ|味《あぢ》の|元素《げんそ》となり、|西南《せいなん》に|活用《はたら》きて|待《ま》ち|合《あ》ひ|氤〓《いんうん》として|行《ゆ》く|気発機《ちから》となり、|内部《ないぶ》に|所《ところ》を|得《え》|又《また》|中心《ちうしん》に|鎮《しづ》まり、|父母《ふぼ》|一《いつ》に|備《そな》はる|中柱《なかつはしら》となり、|又《また》は|鋭敏鳴出《うなりい》で|三世《さんぜ》を|了達《れうたつ》し、|臼《うす》を|造《つく》りて|◎《ス》を|容《い》れ|鎮《しづま》り、|氏《うぢ》の|元祖《ぐわんそ》となり|出《い》づる|也《なり》。
|次《つぎ》にア|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》を|略解《りやくかい》すれば、
ア|声《ごゑ》は|北《きた》に|活用《はたら》きて|隠《かく》れ|入《い》るの|義《ぎ》を|現《あらは》し、|夜《よる》となり、|北東《ほくとう》に|活用《はたら》きて|悉皆帰元《しつかいをさま》り、|東北《とうほく》に|活用《はたら》きて|陽熱備《あつくまる》はり、|東《ひがし》に|活用《はたら》きて|光線《くわうせん》の|力《ちから》を|顕《あらは》し、|眼《め》に|留《とど》まり、|東南《とうなん》に|活用《はたら》きて|圓象入眼《まるく》|也《なり》、|南東《なんとう》に|活用《はたら》きて|昼《ひる》となり、|大物主《おほものぬし》となり、|世《よ》の|中心《つかさ》となり、|南《みなみ》に|活用《はたら》きて|顕出《あらはれい》づる|言霊《ことたま》となり、|南西《なんせい》に|活用《はたら》きて|御中主《みなかぬし》となり、|地球《ちきう》となり、|西南《せいなん》に|活用《はたら》きて|大本初頭《たいほんしよとう》と|現《げん》じ、|西《にし》に|活用《はたら》きて|全体成就現在《かたちまるく》なり、|西北《せいほく》の|活用《はたら》きは|一切《いつさい》|無《む》なり、|北西《ほくせい》に|活用《はたら》きて|一切含蔵《あぢある》なり。|其《その》|外《ほか》|総《そう》じて|顕《けん》の|形《かたち》にして|近《ちか》く|見《み》る|言霊《ことたま》なり、|大母公《おほみはは》にして|大仁慈《だいじんじ》となり、|名《な》の|魂《たましひ》となり、|◎《ス》の|本質《かたち》にして|心《こころ》の|塊《かたまり》なり。|其《その》|方面《はうめん》を|見《み》、|低《ひく》く|居《ゐ》る|時《とき》あり、|又《また》|幽《いう》の|形《かたち》にして|遠《とほ》く|達《たつ》する|言霊《ことたま》なりと|知《し》るべきなり。
|次《つぎ》にオ|声《ごゑ》の|言霊活用《ことたまくわつよう》を|略解《りやくかい》すれば、
オ|声《ごゑ》は|北《きた》に|活用《はたら》きて|受《う》け|納《をさ》め、|北東《ほくとう》に|活用《はたら》きて|漸々《ぜんぜん》|来《きた》りて|凝《こ》り、|又《また》|引《ひ》く|力《ちから》となり、|東北《とうほく》に|活用《はたら》きて|蒼天《さうてん》の|色《いろ》と|現《げん》じ|神権《しんけん》|強《つよ》く、|東《ひがし》に|活用《はたら》きて|大気《たいき》|凝《こ》りて|形《かたち》を|顕《あらは》し、|形《かたち》の|素《もと》となり、|東南《とうなん》に|活用《はたら》きて|外面《ぐわいめん》を|守《まも》り|及《およ》ぼし、|南東《なんとう》に|活用《はたら》きて|大気《たいき》となり、|大成《たいせい》し|圧力《あつりよく》を|現《げん》じ、|南《みなみ》に|活用《はたら》きて|興《おこ》し|助《たす》くる|言霊《ことたま》となり、|南西《なんせい》に|活用《はたら》きて|大宇宙《だいうちう》|及《およ》び|大地《だいち》を|包《つつ》み、|西南《せいなん》に|活用《はたら》きて|起《おこ》り|立《た》ち|登《のぼ》り、|西《にし》に|活用《はたら》きて|大気一如《たいきいちによ》の|心《こころ》となり、|親子一如《おやこいちによ》となりて|広《ひろ》く|尊《たふと》し。|西北《せいほく》には|活用《はたらき》|無《な》きなり、|北西《ほくせい》に|活用《はたら》きて|真愛引力《まことをひきいる》|言霊《ことたま》となり、|総《そう》じて|極乎《きよくこ》たる|真空《しんくう》|即《すなは》ち|現見《げんけん》の|蒼天《さうてん》を|現《げん》じ|億兆《おくてう》の|分子《ぶんし》を|保《たも》ち、|又《また》|分子《ぶんし》の|始末《しまつ》を|知悉《ちしつ》し、|親《おや》の|位《くらゐ》に|在《あ》りて|大《おほい》に|足《た》り|大《おほい》に|余《あま》る|力《ちから》を|生《しやう》じ、|先天《ちちはは》の|気《もの》となり、|心《こころ》の|関門《きど》となり、|出入自由《しゆつにふじいう》にして|拒《こば》み|鳴《な》り、|二数而水素力《すれてひをいだすちから》となる|言霊《ことたま》なり。
|次《つぎ》にエ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》を|略解《りやくかい》すれば、
|北《きた》に|活用《はたら》きて|外面《ぐわいめん》を|開《ひら》き、|北東《ほくとう》に|活用《はたら》きて|外《そと》に|顕《あらは》れ|調《ととの》ひ|余《あま》る|力《ちから》なり、|東北《とうほく》に|活用《はたら》きて|投《な》げ|打《う》ち、|東《ひがし》に|活用《はたら》きて|自在《じざい》に|使役為《つかふ》|力《ちから》と|現《げん》ず、|把手《とつて》|又《また》は|柄《え》なども|此《こ》の|活用《はたらき》なり。|東南《とうなん》に|活用《はたら》きて|焼点《よりきり》となり|灯《あかり》となり、|南《みなみ》に|活用《はたら》きて|内《うち》に|集《あつま》る|力《ちから》となり、|南西《なんせい》に|活用《はたら》きて|世《よ》に|立《た》ち|居《を》り、|指《さ》し|令得《ゑしむ》る|力《ちから》となり、|西南《せいなん》に|活用《くわつよう》せず、|西《にし》に|活用《はたら》きて|中心《ちうしん》を|採《と》り|束《つか》ね、|幽《いう》を|顕《けん》に|写《うつ》し|示《しめ》し、|西北《せいほく》に|活用《はたら》きて|説《と》き|分《わ》けの|言霊《ことたま》と|現《げん》じ、|北西《ほくせい》に|活用《はたら》きて|解《と》け、|成《な》り、|消《き》ゆる、|言霊《ことたま》なり。|総《そう》じてエの|言霊《ことたま》は|真《しん》の|固有《こいう》にして|本末《ほんまつ》を|糺《ただ》し、|引付《ひきつ》ける|力《ちから》を|現《げん》じ、|世《よ》を|容《い》れ|居《を》り、|明《あきらか》に|得《う》る|也《なり》、|又《また》|絵《ゑ》|也《なり》、|教令《けうれい》|也《なり》、|指令《しれい》|也《なり》、|顕照《けんせう》|也《なり》、|与《えしめ》る|也《なり》、|教導《けうだう》の|意義《いぎ》なりと|知《し》る|可《べ》し。
|次《つぎ》にイの|言霊《ことたま》を|略解《りやくかい》すれば、
|北《きた》に|活用《はたら》きて|始而無為《はじめてむゐ》の|義《ぎ》なり。|北東《ほくとう》に|活用《はたら》きて|反射力《うちかへすちから》となり、|東北《とうほく》に|活用《はたらき》|無《な》し。|東《ひがし》に|活用《はたら》きて|既《すで》に|極《きは》まり、|東南《とうなん》に|活用《はたら》きて|吹《ふ》き|行《ゆ》く|熱《ねつ》となり、|南東《なんとう》に|活用《はたら》きて|止《とどま》りとなり、|五《いつ》つ|揃《そろ》ひとなり、|南《みなみ》に|活用《はたら》きて|成就《じやうじゆ》の|言霊《ことたま》となり、|南西《なんせい》に|活用《はたら》きて|強《つよ》く|足《た》り|余《あま》り、|西南《せいなん》に|活用《はたら》きて|吹《ふ》き|来《きた》る|熱《ねつ》となり、|西《にし》に|活用《はたら》きて|強《つよ》く|思《おも》ひ|合《あ》ふ|力《ちから》となり、|西北《せいほく》に|活用《はたら》きて|小天球《あをくものそと》の|証《まはり》となり、|北西《ほくせい》に|活用《はたら》きて|破《やぶ》れ|動《うご》く|力《ちから》を|現《げん》ずる|也《なり》。|総《そう》じて|大金剛力《だいこんがうりき》にして|基《もとゐ》となり|台《だい》となり、|強《つよ》く|張《は》り|籠《こも》り|天《てん》の|内面《ないめん》を|司《つかさど》り、|勢《いきほ》ひに|添《そ》ひ|付《つ》き、|同《おな》じく|平等《びやうどう》に|動《うご》く|言霊《ことたま》|也《なり》と|知《し》る|可《べ》し。
|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》|第一巻《だいいつくわん》、|第二巻《だいにくわん》の|天神等《てんしんたち》の|以上《いじやう》|六声音《ろくせいおん》の|言霊《ことたま》に、|大宇宙《だいうちう》|及《およ》び|万有一切《ばんいういつさい》を|産《う》み|出《い》で|給《たま》ひしその|元理真相《げんりしんさう》を|表《あら》はさむとして、|七十五声音《しちじふごせいおん》の|言霊《ことたま》の|中《なか》にても|最《もつと》も|基礎《きそ》となるス|声《ごゑ》を|始《はじ》め、アオウエイ|五大父声音《ごだいふせいおん》の|活用《はたらき》を|示《しめ》し、この|物語《ものがたり》の|大要《たいえう》を|知《し》らしめむとするなり。
昭和八年十月十九日 旧九月一日
於天恩郷千歳庵 口述者識
第一篇 |渺茫千里《べうばうせんり》
第一章 |科戸《しなど》の|風《かぜ》〔一八六九〕
|天晴《あは》れ|天晴《あは》れア|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|鳴《な》り|鳴《な》りて、|八百万《やほよろづ》の|神《かみ》|生《な》りまし、|中《なか》に|勝《すぐ》れて|厳高《いづたか》き、|厳《いづ》の|御霊《みたま》|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|二柱《ふたはしら》、|西《にし》と|東《ひがし》の|大宮《おほみや》に、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて、|各《おの》も|各《おの》もに|神業《みわざ》をもち|分《わ》け|仕《つか》へ|給《たま》ひける。|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は|厳《いづ》の|御霊《みたま》にましませば、|至厳《しげん》|至直《しちよく》、|寸毫《すんがう》も|道《みち》の|為《ため》には|仮借《かしやく》し|給《たま》はず、|百神《ももがみ》を|率《ひき》ゐ|給《たま》ひて、|神々《かみがみ》の|心《こころ》ををさむる|厳《いづ》の|御教《みのり》|天《あめ》の|御柱《みはしら》を|見立《みた》て|給《たま》ひ、|紫微《しび》の|大宮《おほみや》を|初《はじ》めとし、|神々《かみがみ》|敬《つつ》しみ|帰順《まつろ》ひて、|天津神国《あまつみくに》の|礎《いしずゑ》、|万世不易《ばんせいふえき》となりにけり。
|次《つぎ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|在《ま》しませば、|至仁《しじん》|至愛《しあい》の|御心《みこころ》もて、|普《あまね》く|神々《かみがみ》を|守《まも》りつつ、|神《かみ》の|依《よ》さしの|大神業《おほみわざ》、|国土造《くにつく》り|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ますべく、|遠《とほ》き|近《ちか》きの|隔《へだ》てなく、|紫微天界《しびてんかい》のあらむ|限《かぎ》りを|馳《か》け|巡《めぐ》り、|八十比女神《やそひめがみ》|等《たち》の|御樋代《みひしろ》に|御魂《みたま》を|満《み》たし|水火《いき》|凝《こ》らし、|貴《うづ》の|御子《みこ》をば|生《う》まむとて|清《きよ》き|赤《あか》き|正《ただ》しき|心《こころ》の|駒《こま》|早《はや》み、|彷徨《さまよ》ひ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》、|栄城山《さかきやま》、|高照山《たかてるやま》の|聖場《せいぢやう》に|仕《つか》へ|給《たま》ひ、つぎつぎに|御子《みこ》を|生《う》まむと|日向川《ひむかがは》を|漸《やうや》く|渡《わた》り、|東雲国《しののめこく》の|真秀良場《まほらば》、|玉泉郷《ぎよくせんきやう》に|進《すす》ませ|給《たま》ひ、|茲《ここ》に|神業《みわざ》を|終《を》へ|給《たま》ひ、|又《また》もや|大原野《だいげんや》を|駒《こま》に|鞭《むち》うち|進《すす》ませ|給《たま》へば、|行《ゆ》く|手《て》に|横《よこた》はる|横河《よこがは》の|難所《なんしよ》も|漸《やうや》く|打《う》ち|越《こ》えて、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》、|圓屋比古《まるやひこ》の|神々《かみがみ》|等《たち》に|御尾前《みをさき》を|守《まも》らせつつ、|漂渺万里《へうべうばんり》の|大野原《おほのはら》、|西南《せいなん》さして|立《た》ち|出《い》で|給《たま》ひ、|三笠山《みかさやま》の|麓《ふもと》に|広《ひろ》く|宮柱太《みやばしらふと》しく|立《た》たし、|高天原《たかあまはら》に|千木高知《ちぎたかし》りて|鎮《しづ》まりいます|現世比女《うつしよひめ》の|神《かみ》に、【ウ】と【ア】の|水火《いき》を|合《あは》せまし、|玉手《たまて》の|姫《ひめ》を|生《う》み|給《たま》ひ、|再《ふたた》び|国土生《くにう》み|神生《かみう》まむと、|百神等《ももがみたち》を|従《したが》へ、|西南《せいなん》さして|進《すす》み|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|率《ひき》ゐます|近見男《ちかみを》の|神《かみ》、|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》、|其《その》|他《ほか》|九柱《ここのはしら》の|御供《みとも》の|神《かみ》の|御名《みな》は|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》、|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》、|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》、|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》、|産玉《うぶだま》の|神《かみ》、|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》、|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》、|美味素《うましもと》の|神《かみ》、|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》と|申《まを》す。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|十《とを》あまり|一柱《ひとはしら》の|神等《かみたち》と|共《とも》に、|国土造《くにつく》りせむと|立《た》ち|出《い》で|給《たま》ひ、|漸《やうや》く|夕《ゆふべ》|近《ちか》くなりければ、|原野《げんや》の|真中《まなか》に|駒《こま》を|止《とど》め、|後《あと》ふりかへり|遥《はるか》の|空《そら》なる|三笠山《みかさやま》の|方《かた》を|打《う》ち|仰《あふ》ぎまして、|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》『|天《あま》の|原《はら》ふりさけ|見《み》れば|立《た》つ|雲《くも》の
|脚《あし》のせはしさ|我《われ》|遠《とほ》く|来《き》ぬ
|現世《うつしよ》の|比女神《ひめがみ》の|心《こころ》を|思《おも》ひやり
|遥《はろか》に|我《われ》は|涙《なみだ》しにけり
|男神《をがみ》|我《われ》|涙《なみだ》|見《み》せじとふり|切《き》りて
|立《た》ち|出《い》でし|時《とき》の|心苦《こころくる》しさ
|道《みち》|遠《とほ》く|我《われ》は|離《さか》りて|居《ゐ》ながらも
|雲《くも》の|往来《ゆきき》に|比女《ひめ》の|偲《しの》ばゆ
|忍《しの》ばれぬ|事《こと》を|忍《しの》びて|別《わか》れたる
|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》の|何《なに》か|淋《さび》しも
わが|目路《めぢ》にさやるものなき|広野原《ひろのはら》に
たそがれむとす|虫《むし》の|音《ね》|淋《さび》しく
わが|駒《こま》も|疲《つか》れにけりな|今宵《こよひ》ここに
|露《つゆ》の|宿《やど》りをなさばやと|思《おも》ふ
|高光《たかひか》る|天津日光《あまつひかげ》もかくろひて
|今日《けふ》は|月《つき》さへ|見《み》えぬ|淋《さび》しさ
|国土造《くにつく》り|御子生《みこう》まむ|業《わざ》の|苦《くる》しさを
|我《われ》はいつまで|繰《く》り|返《かへ》すらむ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|黄昏《たそがれ》の|幕《まく》は|下《お》りたりいざさらば
|草《くさ》のまくらに|息《いき》やすませよ
|駿馬《はやこま》の|脚《あし》もなづみて|見《み》えにけり
|駒《こま》やすませて|岐美《きみ》|寝《い》ねませよ
|茅草《かやぐさ》をいやさや|敷《し》きて|夜《よる》の|野《の》に
やすませたまふと|思《おも》へば|尊《たふと》き
|雲《くも》ひくう|大野《おほの》の|末《すゑ》にたれこめて
たそがれ|迫《せま》る|淋《さび》しき|野辺《のべ》なり
|虫《むし》の|音《ね》に|夕《ゆふべ》|近《ちか》みて|自《おのづか》ら
|旅《たび》の|疲《つか》れを|覚《おぼ》えけるかな
|国土生《くにう》みの|御供《みとも》に|仕《つか》へまつりつつ
|草葉《くさば》の|露《つゆ》に|宿《やど》を|借《か》るなり
|月《つき》もなく|星光《ほしかげ》もなき|天《あめ》の|下《した》に
|淋《さび》しく|結《むす》ばむ|一夜《ひとよ》の|夢《ゆめ》を
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》の|曇《くも》りは|現世比女《うつしよひめ》の
|神《かみ》の|心《こころ》よ|吾《われ》も|淋《さび》しき』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|澄《す》みきらふ|紫微天界《しびてんかい》の|今日《けふ》の|空《そら》は
|現世比女《うつしよひめ》の|神《かみ》の|心《こころ》か
|大空《おほぞら》をふりさけ|眺《なが》め|思《おも》ふかな
|現世比女《うつしよひめ》の|清《きよ》きこころを
|三笠山《みかさやま》|尾上《のへ》にわき|立《た》つ|白雲《しらくも》は
わが|行《ゆ》く|野辺《のべ》を|包《つつ》むなるらむ
|久方《ひさかた》の|空《そら》のくもりは|現世比女《うつしよひめ》の
なやめる|息《いき》か|北《きた》より|湧《わ》きたつ
|草枕《くさまくら》|旅《たび》のなやみを|悟《さと》りけり
|大野《おほの》のはてに|吾《われ》たそがれて
|行《ゆ》きもならず|退《しりぞ》きもあへぬ|夕暮《ゆふぐれ》の
|野辺《のべ》に|淋《さび》しく|虫《むし》|啼《な》き|渡《わた》る』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|大空《おほぞら》を|包《つつ》める|雲《くも》や|多々久美《たたくみ》の
|神《かみ》ははらはむ|生言霊《いくことたま》に
|黒雲《くろくも》は|如何《いか》に|御空《みそら》を|包《つつ》むとも
|吹《ふ》き|払《はら》ひませ|科戸辺《しなどべ》の|神《かみ》
|科戸辺《しなどべ》の|神《かみ》の|伊吹《いぶき》に|天地《あめつち》を
|塞《ふさ》ぐ|雲霧《くもきり》あとなく|晴《は》れむ
|吾《われ》は|今《いま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《した》がひて
|雲《くも》|払《はら》はむと|現《あらは》れにけり
|雲《くも》よ|散《ち》れ|霞《かすみ》よ|靄《もや》よ|消《き》え|失《う》せよ
わが|多々久美《たたくみ》の|言霊《ことたま》の|息《いき》に
ハホフヘヒバボブベビパポプペピ
|風《かぜ》よふけふけ|科戸《しなど》の|風《かぜ》よ。
|天津御空《あまつみそら》の|雲霧《くもきり》を
|遠《とほ》く|遥《はろ》けく|散《ち》らせかし
|荒野《あらの》に|巣《す》くふ|曲神《まがかみ》も
|伊吹《いぶき》|払《はら》ひて|瑞御霊《みづみたま》
|出《い》でます|道《みち》を|清《きよ》めませ
|吾《われ》は|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|荒《あら》ぶる|神《かみ》に|交《まじ》こりつ
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》に|廻《めぐ》りあひ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神業《かむわざ》を
たすけまつると|勇《いさ》み|立《た》ち
|茲《ここ》にはろばろ|来《きた》りけり
ハホフヘヒ
バボブベビ
パポプペピ
|生言霊《いくことたま》に|雲《くも》も|散《ち》れ
|四方《よも》の|曲津《まがつ》も
|散《ち》れ|散《ち》れ|失《う》せよ
|吾《われ》は|神《かみ》なり|神《かみ》の|御子《みこ》
|生言霊《いくことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|総《すべ》ての|物《もの》は|言霊《ことたま》の
|真言《まこと》にさやらむ|手段《てだて》なし
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|言葉《ことば》をのりまつる』
|斯《か》く|声音《せいおん》|朗《ほがら》かに|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|今迄《いままで》|満天《まんてん》を|包《つつ》みたる|叢雲《むらくも》は、|次第々々《しだいしだい》に|薄《うす》らぎ|行《ゆ》きて、|満天《まんてん》の|星光《ほしかげ》|輝《かがや》き|初《そ》め、|清涼《せいりやう》の|気《き》|草野《くさの》を|吹《ふ》き、|風《かぜ》|芳《かん》ばしく|香《かを》り|初《そ》めたるぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・二〇 旧九・二 於水明閣 加藤明子謹録)
第二章 |野路《のぢ》の|草枕《くさまくら》〔一八七〇〕
|広袤千里《くわうばうせんり》の|原野《げんや》を|覆《おほ》ひたる|夕空《ゆふぞら》の|叢雲《むらくも》を、|生言霊《いくことたま》に|吹《ふ》き|払《はら》ひ、|天地《てんち》を|清《きよ》めたる|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|功績《いさをし》を|深《ふか》く|感《かん》じ|給《たま》ひて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》に
|天地《あめつち》をこめし|雲《くも》は|散《ち》らへり
|言霊《ことたま》の|御水火《みいき》に|生《あ》れしもの|皆《みな》は
また|言霊《ことたま》に|消《き》え|失《う》するかも
わが|行手《ゆくて》|深《ふか》く|包《つつ》みし|醜雲《しこぐも》の
|晴《は》れて|清《すが》しき|夕《ゆふべ》の|広野《ひろの》よ
|久方《ひさかた》の|天津御空《あまつみそら》の|星《ほし》かげは
|黄金《こがね》|白銀《しろがね》とかがよひにけり
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|功績《いさをし》なかりせば
|科戸《しなど》の|風《かぜ》は|吹《ふ》かざるべきを
わが|供《とも》に|仕《つか》へて|公《きみ》はいやさきに
|貴《うづ》の|功《いさを》を|立《た》て|給《たま》ひける
|三笠山《みかさやま》|頂上《いただき》つつみし|白雲《しらくも》も
|今《いま》はあとなく|晴《は》れ|渡《わた》るらむ
|夕月《ゆふづき》の|影《かげ》やうやくに|現《あらは》れて
|草葉《くさば》の|露《つゆ》は|照《て》り|初《そ》めにけり
|月《つき》|出《い》でて|草葉《くさば》にすだく|虫《むし》の|音《ね》も
いよよ|清《すが》しくなりにけらしな
|天津日《あまつひ》はかくろひ|給《たま》へども|月読《つきよみ》の
|神《かみ》の|光《ひかり》に|草枕《くさまくら》やすし
|草枕《くさまくら》|旅《たび》を|重《かさ》ねて|大野原《おほのはら》
|闇《やみ》と|雲《くも》とに|包《つつ》まれしはや
|久方《ひさかた》の|空《そら》に|輝《かがや》く|月《つき》かげを
|見《み》ればわが|霊《たま》|冴《さ》え|渡《わた》り|行《ゆ》く
|現世《うつしよ》の|比女神《ひめがみ》も|今日《けふ》の|月読《つきよみ》を
|仰《あふ》ぎつ|吾《われ》を|偲《しの》びますらむ』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はづかしも|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|称言《たたへごと》
|聞《き》けば|嬉《うれ》しも|今宵《こよひ》の|胸《むね》は
|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りて|言霊《ことたま》の
|力《ちから》をはじめて|試《こころ》みしはや
|岐美《きみ》が|行《ゆ》く|道《みち》に|雲霧《くもきり》あらせじと
|吾《われ》|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りぬ
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|生《う》みてし|天界《てんかい》にも
|雲《くも》のさやるは|怪《あや》しきろかも』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|再《ふたた》び|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|愛善《あいぜん》の|道《みち》をはづして|恋《こひ》となりし
わが|胸《むね》の|火《ひ》ゆくもらひにけむ
|比女神《ひめがみ》を|恋《こ》ふる|心《こころ》の|胸《むね》の|火《ひ》は
|雲霧《くもきり》となりて|空《そら》にあふれしか
|現世比女《うつしよひめ》|神《かみ》の|思《おも》ひは|天《あめ》を|焼《や》き
わが|霊線《たましひ》は|地《つち》を|覆《おほ》へり
|執着《しふちやく》の|心《こころ》ゆ|出《いで》し|黒雲《くろくも》の
|群立《むらた》ちにつつ|行手《ゆくて》なやますも
|今日《けふ》よりは|心《こころ》の|駿馬《はやこま》|綱《つな》|締《し》めて
|安《やす》らに|平《たひ》らに|神業《みわざ》|仕《つか》へむ
|天界《てんかい》といへども|未《いま》だ|生《う》み|終《を》へぬ
|国土《くに》は|怪《あや》しの|雲霧《くもきり》|立《た》つも
|科戸辺《しなどべ》の|神《かみ》の|伊吹《いぶき》に|四方《よも》の|国《くに》
|包《つつ》める|雲霧《くもきり》|払《はら》ふたふとさ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|出《い》でます|神業《みわざ》の|大野原《おほのはら》を
|包《つつ》みし|雲《くも》は|晴《は》れ|渡《わた》りけり
|晴《は》れ|渡《わた》る|御空《みそら》の|奥《おく》にかがやける
|月《つき》の|面《おもて》のにこやかなるも
|瑞御霊《みづみたま》|月読《つきよみ》の|神《かみ》を|力《ちから》にて
|国土生《くにう》みの|御供《みとも》|仕《つか》へ|奉《まつ》らな
|見渡《みわた》せば|大野《おほの》が|原《はら》に|湯気《ゆげ》|立《た》ちて
|未《ま》だ|地《くに》|稚《わか》く|一樹《ひとき》だにもなし
|見《み》の|限《かぎ》り|草《くさ》ばうばうの|荒野原《あらのはら》
|分《わ》け|行《ゆ》く|道《みち》のはろけくもあるか
|主《ス》の|神《かみ》の|神霊《みたま》に|生《あ》れし|国土《くに》なれば
|安《やす》く|進《すす》まむ|醜《しこ》の|荒野《あらの》も
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|添《そ》ひますこの|旅路《たびぢ》
|雲《くも》|立《た》ち|騒《さわ》ぐも|何《なに》おそるべき
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|功《いさを》は|風《かぜ》の|神《かみ》
|科戸辺比古《しなどべひこ》を|生《う》ましめにけり
|国土造《くにつく》る|道《みち》ははろけし|吾《われ》は|今《いま》
|荒野《あらの》の|夕《ゆふべ》|虫《むし》の|音《ね》|聞《き》くなり
|駿馬《はやこま》の|足《あし》は|急《いそ》げど|大野原《おほのはら》
|果《はて》しなければ|夕《ゆふ》さりにけり
|夕《ゆふ》されば|虫《むし》の|音《ね》|清《すが》しきこの|野辺《のべ》に
|鏡《かがみ》の|月《つき》は|満《み》ち|照《て》らひたり
|仰《あふ》ぎ|見《み》る|御空《みそら》|雲《くも》なく|星《ほし》の|海《うみ》
|浪《なみ》も|静《しづ》かに|月舟《つきふね》の|行《ゆ》く
|月舟《つきふね》の|御空《みそら》|流《なが》るるさま|見《み》つつ
|移《うつ》り|行《ゆ》く|世《よ》を|偲《しの》ばれにける』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|思《おも》ひきや|万里《とほ》の|荒野《あらの》に|瑞御霊《みづみたま》と
|月《つき》に|照《て》らされ|虫《むし》を|聞《き》くとは
|瑞御霊《みづみたま》|行手《ゆくて》はろけし|圓屋比古《まるやひこ》
|吾《われ》は|気永《けなが》く|仕《つか》へ|奉《まつ》らな
|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》|伏《ふ》し|拝《をが》み
|遥《はろ》けく|宣《の》らむ|善言美詞《みやびことば》を
|善言美詞《みやびごと》|朝夕《あしたゆふべ》を|宣《の》りつれど
|非時《ときじく》|曇《くも》るわが|魂《たま》あやしも』
|茲《ここ》に|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》み|給《たま》ふ。
『|限《かぎ》りなき|広《ひろ》けき|紫微《しび》の|天界《てんかい》に
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ます|畏《かしこ》さ
|美《うるは》しき|紫微天界《しびてんかい》の|国中《くになか》に
さやる|黒雲《くろくも》わが|憎《にく》らしも
|神々《かみがみ》の|心《こころ》の|曇《くも》り|固《かた》まりて
|水火《いき》|濁《にご》りつつ|雲《くも》となりつる
|朝夕《あさゆふ》に|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて
|世《よ》の|黒雲《くろくも》を|払《はら》ひ|清《きよ》めむ
|山《やま》|青《あを》く|水《みづ》|又《また》|清《きよ》き|天界《てんかい》の
|中《なか》に|生《うま》れしわが|幸《さち》|思《おも》へり
|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|清《きよ》めて|主《ス》の|神《かみ》の
|依《よ》さしの|神業《みわざ》|朝夕《あさゆふ》|守《まも》らむ
|御供《おんとも》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りてこの|宵《よひ》を
わが|言霊《ことたま》はひらき|初《そ》めたり
|主《ス》の|神《かみ》の|天津真言《あまつまこと》の|言霊《ことたま》に
この|天地《あめつち》は|弥栄《いやさか》えまさむ
|清《きよ》き|赤《あか》き|正《ただ》しき|真言《まこと》の|言霊《ことたま》は
|荒《あら》ぶる|神《かみ》も|和《やは》ぎ|伏《ふ》すなり
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
|今日《けふ》|言霊《ことたま》の|功《いさを》をさとりぬ
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|功《いさを》は|言霊《ことたま》の
|清《きよ》き|明《あか》るき|水火《いき》の|力《ちから》よ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|草枕《くさまくら》|旅《たび》のなやみの|空《そら》|晴《は》れし
このたそがれを|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》
|天地《あめつち》に|喜《よろこ》び|満《み》つる|国原《くにばら》と
|思《おも》へば|吾《われ》は|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》かしこみ|瑞御霊《みづみたま》
|神《かみ》に|仕《つか》へて|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|喜《よろこ》び|花《はな》となり
|又《また》|月《つき》となり|四方《よも》にかをらむ
|行《ゆ》き|暮《く》れて|闇《やみ》に|包《つつ》まれ|淋《さび》しかる
|夕《ゆふべ》を|出《い》でし|月《つき》は|宇礼志穂《うれしほ》
|御子《みこ》|生《う》ませ|喜《よろこ》び|勇《いさ》み|宇礼志穂《うれしほ》の
いとまもあらに|立《た》ち|出《い》で|給《たま》ひぬ
|幾千里《とほどほしく》|荒野《あらの》を|渡《わた》り|瑞御霊《みづみたま》の
|岐美《きみ》と|居《ゐ》るかも|月《つき》の|夕《ゆふべ》を』
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|天津日《あまつひ》は|照《て》る|月《つき》は|満《み》つ
|野《の》に|花《はな》|匂《にほ》ひ|虫《むし》の|音《ね》|冴《さ》えたる
|久方《ひさかた》の|天津神国《あまつみくに》の|国中《くになか》に
|吾《われ》は|楽《たの》しも|神業《みわざ》に|仕《つか》へて
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|神言《みこと》の|功績《いさをし》に
この|曠原《ひろはら》や|神国《みくに》|樹《た》つらむ
|国土造《くにつく》り|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まさむと
|勤《いそ》しみ|給《たま》ふ|功《いさを》|畏《かしこ》し
|美《うるは》しき|天《あめ》と|地《つち》との|国中《くになか》に
|比古比女《ひこひめ》|二神《にしん》は|御子《みこ》を|生《う》ませり
|永久《とこしへ》の|神国《みくに》の|種《たね》と|瑞御霊《みづみたま》
|生《う》ませる|御子《みこ》に|国《くに》は|拓《ひら》けむ
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|御稜威《みいづ》ぞ|高照《たかてる》の
|尾上《をのへ》|遥《はろ》けし|月読《つきよみ》のかげは
|瑞御魂《みづみたま》|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なをさすらひて
|八十比女神《やそひめがみ》に|涙《なみだ》そそがす
|尊《たふと》さを|思《おも》へば|朝《あした》|夕暮《ゆふぐれ》の
わが|魂《たましひ》は|曇《くも》らひにつつ
|月読《つきよみ》の|神《かみ》のかがやく|夕《ゆふべ》の|野《の》に
|駒《こま》|諸共《もろとも》に|安寝《やすい》するかも
|神々《かみがみ》はいねましにけむ|草《くさ》の|根《ね》に
|鼾《いびき》の|浪《なみ》の|打寄《うちよ》せにつつ』
|斯《か》く|各《おの》も|各《おの》も|述懐《じゆつくわい》を|歌《うた》ひ|給《たま》ひて、|一夜《いちや》を|明《あか》し、|天津日《あまつひ》の|豊栄昇《とよさかのぼ》りし|頃《ころ》、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》|先頭《せんとう》に、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神柱《みはしら》は、|駒《こま》に|鞭《むち》うち、|際限《さいげん》もなき|草莽々《くさばうばう》の|野《の》を、|御歌《みうた》をうたひながら|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・二〇 旧九・二 於水明閣 森良仁謹録)
第三章 |篠《しの》の|笹原《ささはら》〔一八七一〕
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|一行《いつかう》の|先頭《せんとう》に|立《た》ち、|道《みち》の|案内《あない》をなさばやと、|馬上《ばじやう》より|声《こゑ》も|清《すが》しく|御歌《みうた》うたひつつ|進《すす》み|給《たま》ふ。
『|紫微天界《しびてんかい》の|国中《くになか》に
|百《もも》の|神等《かみたち》ましませど
|殊《こと》に|目出度《めでた》き|瑞御霊《みづみたま》
すべてのものの|種《たね》となり
|山川草木《やまかはくさき》の|果《はて》|迄《まで》も
|生命《いのち》の|水《みづ》をあたへつつ
|神国《みくに》を|開《ひら》き|神《かみ》を|生《う》み
|貴《うづ》の|神業《かむわざ》|依《よ》さしまし
|果《はて》しも|知《し》らぬ|国原《くにばら》を
|遠《とほ》き|近《ちか》きのへだてなく
|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|生《な》り|出《い》でて
|真言《まこと》の|道《みち》に|生《い》かせつつ
|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ
|吾《われ》は|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》
|今日《けふ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
|道《みち》の|隈手《くまで》も|白雲《しらくも》の
あなたの|遠《とほ》き|大空《おほぞら》を
|目《め》あてに|進《すす》む|野路《のぢ》の|旅《たび》
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御依《みよ》さしの
|神業《みわざ》もれなく|落《おち》もなく
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|永久《とことは》に
|仕《つか》はせ|給《たま》へ|吾《われ》は|今《いま》
|遠《とほ》の|大野《おほの》に|霞《かす》みたる
|真鶴山《まなづるやま》を|目《め》ざしつつ
|草野《くさの》を|分《わ》けて|進《すす》むなり
|天津御空《あまつみそら》に|照《て》り|渡《わた》る
|日《ひ》は|明《あき》らけく|天《あま》つとふ
|月《つき》は|清《すが》しく|真昼間《まひるま》を
|真白《ましろ》に|冴《さ》えて|守《まも》りまし
|科戸《しなど》の|風《かぜ》はほどほどに
|我等《われら》|一行《いつかう》の|神々《かみがみ》の
|面《おもて》をなでて|香《かを》るなり
|百草千草《ももぐさちぐさ》|生《お》ひ|茂《しげ》る
|中《なか》より|見《み》ゆる|紅《くれなゐ》の
|花《はな》の|姿《すがた》のやさしさは
|常世《とこよ》の|春《はる》を|歌《うた》ふなり
|虫《むし》の|声々《こゑごゑ》|冴《さ》えにつつ
わが|行《ゆ》く|旅《たび》の|草枕《くさまくら》
げにも|楽《たの》しき|次第《しだい》なり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|恩頼《みたまのふゆ》ぞたふとけれ。
|見《み》の|限《かぎ》り|遠《とほ》き|大野《おほの》の|果《はて》にして
ぼんやり|霞《かす》むは|真鶴山《まなづるやま》かも
|真鶴《まなづる》の|山《やま》に|百神《ももがみ》|集《つど》ひますと
|吾《われ》は|聞《き》き|居《を》り|御供《みとも》に|仕《つか》へむ
いざさらば|駒《こま》に|鞭《むち》うち|脚《あし》|早《はや》め
|夕暮《ゆふぐれ》までに|吾《われ》|着《つ》かむかな
|瑞御霊《みづみたま》よ|吾《われ》は|一足《ひとあし》|御先《おんさき》に
|真鶴山《まなづるやま》をさして|進《すす》まな』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこれに|答《こた》えて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国中比古《くになかひこ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|言挙《ことあ》げを
うべなひ|我《われ》は|公《きみ》を|立《た》たさむ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》ははろけし|駒《こま》に|鞭《むち》
うちて|急《いそ》がせ|夕《ゆふ》|告《つ》ぐる|迄《まで》に』
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》『いざさらば|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ|百神《ももがみ》よ
|吾《われ》は|進《すす》まむ|真鶴《まなづる》の|山《やま》に
|百神《ももがみ》よ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|守《まも》りつつ
|安《やす》く|来《き》まさね|真鶴《まなづる》の|山《やま》に』
と|歌《うた》ひのこし、|一鞭《ひとむち》あてて|驀地《まつしぐら》に|草野《くさの》を|駆《か》け|出《だ》し|給《たま》ふ。その|勇《いさ》ましき|後姿《うしろで》を|見《み》やり|乍《なが》ら、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|勇《いさ》ましも|国中比古《くになかひこ》の|神言《かみごと》に
|吾《われ》|嬉《うれし》みて|言《こと》の|葉《は》も|出《い》でず
|先頭《せんとう》に|立《た》ちて|進《すす》みし|国中比古《くになかひこ》
|神《かみ》は|早《はや》くも|見《み》えずなりける
|駿馬《はやこま》の|脚《あし》|早《はや》みかも|御姿《みすがた》は
もえ|立《た》つ|霧《きり》の|中《なか》にかくれつ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|今日《けふ》も|亦《また》|暮《く》れむとするか|道《みち》|遠《とほ》み
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|影《かげ》ほのかなり
|今宵《こよい》|又《また》|野辺《のべ》にいぬると|定《さだ》めつつ
|静《しづか》に|行《ゆ》かむ|篠《しの》の|笹原《ささはら》を
|今《いま》までは|芒《すすき》の|野辺《のべ》を|渡《わた》り|来《き》て
また|辿《たど》るかも|篠《しの》の|笹原《ささはら》
さらさらと|篠《しの》の|笹原《ささはら》|風《かぜ》|立《た》ちて
ものさわがしも|心《こころ》おちゐず
|曲神《まがかみ》のひそむがに|思《おも》ふ|笹原《ささはら》に
|心《こころ》しませよ|百《もも》の|神等《かみたち》
|天津日《あまつひ》は|雲《くも》にかくれて|科戸辺《しなどべ》の
|風《かぜ》は|俄《にはか》に|吹《ふ》きすさびつつ
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》よ|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて
|野辺《のべ》のあらしをやすませ|給《たま》へ』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|科戸比古《しなどひこ》|科戸《しなど》の|比女《ひめ》にもの|白《まを》す
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|静《しづ》まりてゐよ
|国土造《くにつく》り|御子生《みこう》まさむと|出《い》で|立《た》たす
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》のみゆきなるぞや
|吾《われ》こそは|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》|科戸辺《しなどべ》の
|風《かぜ》|司《つかさ》どる|御魂《みたま》なりける』
と|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|忽然《こつぜん》として|荒野《あらの》を|吹《ふ》きすさびし|風《かぜ》は|鳴《な》りを|鎮《しづ》め、|御空《みそら》の|雲《くも》は|四方《よも》に|散《ち》りて、|天津日《あまつひ》の|光《かげ》|煌々《くわうくわう》と|輝《かがや》き|給《たま》ひぬ。
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|荒野《あらの》|吹《ふ》く|風《かぜ》のすさびも|止《とど》まりぬ
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》の|水火《いき》に
|瑞御霊《みづみたま》みゆきの|道《みち》にさやりたる
|風《かぜ》|静《しづ》まりぬ|篠《しの》の|笹原《ささはら》
|雨雲《あまぐも》の|行《ゆ》き|交《か》ふ|影《かげ》も|消《き》えうせて
|空《そら》は|青海《あをみ》の|原《はら》となりぬる
|青海原《あをみはら》|渡《わた》らふ|月《つき》の|御光《みひかり》は
|地《つち》の|底《そこ》まで|輝《かがや》くがに|思《おも》ふ』
|斯《か》く|歌《うた》ひつつ|笹原《ささはら》を|分《わ》けて|進《すす》み|給《たま》へば、|濁流《だくりう》|滔々《たうたう》と|漲《みなぎ》れる【かなり】に|広《ひろ》き|河《かは》|東西《とうざい》に|流《なが》れ、|一行《いつかう》の|行手《ゆくて》を|横《よこ》ぎりゐたり。
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|濁流《だくりう》の|河辺《かはべ》に|立《た》ちて、|馬上《ばじやう》より|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|八千尋《やちひろ》の|水底《みなそこ》までも|濁《にご》りたる
この|泥河《どろがは》よいかに|渡《わた》らむ
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》はこれの|泥河《どろがは》を
|駒《こま》に|鞭《むち》うち|渡《わた》らしませるか
|神《かみ》の|守《も》る|紫微天界《しびてんかい》にかくのごと
|濁流《にごり》あるとは|思《おも》はざりしよ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|清《きよ》めてこの|河《かは》を
|澄《す》まし|渡《わた》らむか|惟神《かむながら》|吾《われ》は
|黄昏《たそがれ》に|早《は》や|近《ちか》づきて|濁流《どろがは》を
|前《まへ》にひかふる|旅《たび》のさびしも』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|儼然《げんぜん》として|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしのままに|国土《くに》|造《つく》る
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よとく|澄《す》みきらへ
|我《われ》は|今《いま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|現《あらは》れて
|国土《くに》|造《つく》るなり|濁《にご》りよ|去《さ》れかし
|濁《にご》るべきもの|一《ひと》つなき|天界《てんかい》を
|流《なが》るる|水《みづ》のあやしまれける
サソスセシ|水《みづ》|澄《す》みきらひわが|渡《わた》る
|河《かは》を|清《きよ》めよ|河守《かはもり》の|神《かみ》』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》へば、さしもの|濁流《だくりう》も|次第々々《しだいしだい》にうすらぎつつ|漸《やうや》く|澄《す》みきりて、|底《そこ》の|砂利《じやり》の|数《かず》さへ|見《み》ゆる|迄《まで》に|至《いた》れり。|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は、この|神徳《しんとく》に|驚《おどろ》き|給《たま》ひて|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『さすがにも|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ|泥河《どろがは》は
|生言霊《いくことたま》に|清《きよ》まりにけり
|神々《かみがみ》の|心《こころ》にごりてこの|河《かは》の
|水《みづ》はかくまで|穢《けが》れたるらむ
|国中比古《くになかひこ》|神《かみ》の|神言《みこと》もこの|流《なが》れ
|澄《す》ませて|渡《わた》り|給《たま》ひたりけむ
いざさらば|向《むか》つ|岸辺《きしべ》にうち|渡《わた》り
また|一夜《ひとよ》さの|草枕《くさまくら》せむ』
|茲《ここ》に|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》を|先頭《せんとう》に、|十一柱《じふいちはしら》の|神《かみ》は|駒《こま》の|轡《くつわ》を|並《なら》べて、にごり|河《がは》の|水瀬《みなせ》をやすやす|向《むか》ふ|岸《ぎし》に|着《つ》き、|各々《おのおの》|馬《うま》に|水《みづ》|飼《か》ひ、|草《くさ》を|喰《くは》せ|終《をは》り、|各《おの》も|各《おの》もサソスセシの|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|呼吸《こきふ》し、|腹《はら》をふくらせ|寝《しん》に|就《つ》き|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・二〇 旧九・二 於水明閣 谷前清子謹録)
第四章 |朝露《あさつゆ》の|光《かげ》〔一八七二〕
|抑々《そもそも》|紫微《しび》の|天界《てんかい》は、|太陽《たいやう》の|光《ひかり》|強《つよ》く|明《あか》るきこと、|現代《げんだい》|我《わ》が|地球《ちきう》の|七倍《しちばい》にして、|月《つき》の|光《ひかり》|又《また》|之《これ》に|準《じゆん》ずると|雖《いへど》も、|妖邪《えうじや》の|気《き》|鬱積《うつせき》して、|未《いま》だ|全《まつた》く|神徳《しんとく》に|潤《うるほ》はざる|遼遠《れうゑん》の|国土《こくど》は、|矢張《やは》り|我《わ》が|地球《ちきう》の|如《ごと》く|昼夜《ひるよる》の|区別《くべつ》|生《しやう》じ、|夜《よる》は|暗《くら》く、|僅《わづか》に|月星《つきほし》の|薄雲《うすぐも》を|透《とう》して|地上《ちじやう》を|照《てら》すのみなりしなり。|故《ゆゑ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|紫微天界《しびてんかい》を|隈《くま》もなく|明《あか》し|清《きよ》め、|国土造《くにつく》り|神生《かみう》みせむと、|百《もも》の|艱《なや》みを|忍《しの》びつつ|四方《よも》を|廻《めぐ》り|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
|茲《ここ》に|濁河《にごりがは》の|汚《けが》れも【サソスセシ】の|言霊《ことたま》の|水火《いき》によりて|清《きよ》まりたれば、|清美河《きよみがは》と|言《い》ふ|名《な》を|与《あた》へ|給《たま》ひつつ、|河岸《かはぎし》の|草《くさ》の|生《ふ》に|十一柱《じふいちはしら》の|神《かみ》は|夜《よ》を|明《あか》し|給《たま》ひぬ。
|夜《よ》はほのぼのと|明《あ》け|放《はな》れ、どんよりと|重《おも》き|御空《みそら》の|奥《おく》より、|大太陽《だいたいやう》は|茫然《ばうぜん》として|鈍《にぶ》き|光《ひかり》を|投《な》げつつ|昇《のぼ》らせ|給《たま》ひぬ。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|罪穢《つみけがれ》ここに|集《あつま》り|濁河《にごりがは》
|生言霊《いくことたま》に|清《きよ》まりしはや
|今日《けふ》よりは|清美《きよみ》の|河《かは》と|名《な》を|称《たた》へ
|命水《いきみづ》|四方《よも》にひたさしめむかな
ほのぼのと|東《ひむがし》の|空《そら》を|昇《のぼ》ります
|天津日光《あまつひかげ》に|四辺《あたり》あかるき
|輝《かがや》ける|紫微天界《しびてんかい》も|果《はて》の|国《くに》は
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|助《たす》け|少《すく》なき
|一夜《ひとよさ》を|草《くさ》の|褥《しとね》に|腕枕《うでまくら》
|寝《い》ぬれば|露《つゆ》に|身《み》はひたされぬ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|聖所《すがど》となして|国土《くに》|拓《ひら》かばや
|草枕《くさまくら》|旅《たび》のなやみの|夜《よ》を|重《かさ》ね
|清美《きよみ》の|河《かは》をややに|渡《わた》りぬ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》の|神《かみ》の|功《いさを》に|奴羽玉《ぬばたま》の
|夜《よ》は|明《あ》け|放《はな》れ|朝日《あさひ》|昇《のぼ》れり
|朝津日《あさつひ》の|光《かげ》も|一《ひと》しほ|明《あきら》けく
かがやき|給《たま》ひぬ|露《つゆ》の|草生《くさふ》に
|濁《にご》らへる|河水《かはみづ》とみに|澄《す》みきりて
|岐美《きみ》の|功《いさを》をてらしぬるかも
|草《くさ》の|葉《は》におく|露《つゆ》の|玉《たま》|悉《ことごと》く
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|朝《あさ》を|輝《かがや》く
|打《う》ち|仰《あふ》ぐ|遥《はろか》の|空《そら》に|雲《くも》たつは
|真鶴山《まなづるやま》か|慕《した》はしと|思《おも》ふ
|駿馬《はやこま》は|朝《あさ》を|勇《いさ》みて|嘶《いなな》きつ
|露《つゆ》の|玉《たま》てる|草《くさ》|食《は》みて|居《を》り
|遠近《をちこち》の|荒《あ》れたる|国土《くに》を|拓《ひら》きまし
|神《かみ》を|生《う》ませる|神業《みわざ》|畏《かしこ》し
|曇《くも》りなき|神《かみ》の|御国《みくに》もともすれば
|汚《けが》れ|重《かさ》なり|曲神《まがかみ》|出《い》づるも
|千万《ちよろづ》の|艱《なや》みにあひて|四方八方《よもやも》の
|曲《まが》を|払《はら》はす|瑞御霊《みづみたま》はや
|月《つき》も|日《ひ》も|御空《みそら》に|照《て》れどこの|国土《くに》は
|醜神《しこがみ》の|水火《いき》にくもらへりけり
|雲霧《くもきり》を|伊吹《いぶ》き|払《はら》ひて|主《ス》の|神《かみ》の
|依《よ》さしの|美《うま》しき|国土《くに》|拓《ひら》きませ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駒《こま》|並《な》めて|千里《とほ》の|荒野《あらの》を|渡《わた》りつつ
|岐美《きみ》にいそひて|楽《たの》しき|旅《たび》なり
|横河《よこがは》の|早瀬《はやせ》を|渡《わた》り|濁河《にごりがは》
|澄《す》まして|越《こ》えし|今日《けふ》のすがしさ
|見《み》の|限《かぎ》り|千草八千草《ちぐさやちぐさ》|醜草《しこぐさ》の
|蔓《はびこ》る|野路《のぢ》を|拓《ひら》きゆくかも
|草《くさ》の|根《ね》にひそみて|鳴《な》ける|虫《むし》の|音《ね》も
|今朝《けさ》は|一《ひと》しほ|清《すが》しく|思《おも》ほゆ
|草枕《くさまくら》|旅《たび》のつかれも|駿馬《はやこま》の
|嘶《いなな》き|聞《き》けば|安《やす》まりにけり
|駒《こま》|並《な》めて|又《また》も|荒野《あらの》をいさぎよく
いざや|進《すす》まむ|真鶴《まなづる》の|山《やま》へ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|奴羽玉《ぬばたま》の|夜《よ》は|明《あ》けはなれ|草《くさ》も|木《き》も
わが|魂線《たましひ》も|甦《よみがへ》りつつ
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》つつしみ|醜雲《しこぐも》も
いや|次々《つぎつぎ》に|薄《うす》らぎゆくも
|月《つき》も|日《ひ》も|御空《みそら》に|光《て》れど|醜雲《しこぐも》の
さやりに|光《かげ》の|鈍《にぶ》くもある|哉《かな》
|醜雲《しこぐも》は|月日《つきひ》のかげを|塞《ふさ》ぎつつ
|大野ケ原《おほのがはら》をとぢこめて|居《を》り
|醜雲《しこぐも》は|如何《いか》に|天地《あめつち》を|閉《と》づるとも
|月日《つきひ》の|光《かげ》はほの|明《あか》るかり
|月読《つきよみ》の|神霊《みたま》|宿《やど》らす|瑞御霊《みづみたま》
いませば|旅《たび》のやすかりにけり
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》よ|科戸《しなど》の|風《かぜ》よびて
|御空《みそら》の|雲《くも》を|吹《ふ》き|払《はら》ひませよ』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|科戸辺《しなどべ》の|風《かぜ》よ|吹《ふ》け|吹《ふ》け|岐美《きみ》がゆく
|今日《けふ》の|御空《みそら》の|雲《くも》を|晴《は》らして
ハホフヘヒ|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》にて
|重《かさ》なる|雲《くも》も|隈《くま》なく|散《ち》らむ
バボブベビ|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|上《あ》ぐる
|暇《いとま》もあらに|雲《くも》|切《き》れにけり
パポプペピ|言霊《ことたま》|宣《の》りし|間《ま》もあらず
|青雲《あをぐも》の|肌《はだ》|現《あらは》れにけり
|瑞御霊《みづみたま》|進《すす》ます|路《みち》に|雨《あめ》|降《ふ》るな
|雲《くも》も|起《おこ》るな|荒風《あらかぜ》|立《た》つな
|万代《よろづよ》の|末《すゑ》のすゑまで|瑞御霊《みづみたま》
|旅《たび》するよき|日《ひ》は|御空《みそら》|晴《は》らせよ
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|天地《あめつち》に|誓《ちか》ひつつ
|幾千代《いくちよ》までも|岐美《きみ》を|守《まも》らむ
|国土《くに》を|生《う》み|神《かみ》|生《う》み|給《たま》ふ|瑞御霊《みづみたま》
|旅《たび》に|立《た》たせるよき|日《ひ》を|晴《は》らさむ』
|茲《ここ》に|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は、|生言霊《いくことたま》によりて|御空《みそら》の|雲霧《くもきり》を|晴《は》らし、|雨《あめ》を|止《とど》め|給《たま》へば、|百神等《ももがみたち》は|其《その》|神徳《しんとく》に|驚《おどろ》き、|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|尊《たふと》き|事《こと》を|悟《さと》り|給《たま》ひ、|感歎《かんたん》の|余《あま》り|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『わがいゆく|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なく
|雲《くも》を|晴《は》らしし|言霊《ことたま》|尊《たふと》し
|幾万劫《とことは》の|末《すゑ》の|代《よ》までもわが|旅《たび》を
|守《まも》ると|宣《の》りし|神《かみ》ぞ|畏《かしこ》き
|若返《わかがへ》り|若返《わかがへ》りつつ|末《すゑ》つ|世《よ》までも
|我《われ》いそしまむ|神代《かみよ》の|為《た》めに』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神生《かみう》みの|神業《みわざ》|仕《つか》ふる|瑞御霊《みづみたま》
|守《まも》らす|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|功《いさを》よ
|今《いま》までは|荒《あら》ぶる|神《かみ》と|思《おも》ひつつ
|見《み》あやまりしか|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》を』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|之《これ》に|答《こた》へて、
『|多々久美《たたくみ》の|吾《われ》は|御供《みとも》に|仕《つか》へむと
たたくみ|居《ゐ》たるよ|近見男《ちかみを》の|神《かみ》
|深《ふか》くはかり|遠《とほ》くたたくむ|神業《かむわざ》を
|汝《なれ》|近見男《ちかみを》は|悟《さと》らざりしよ
|近《ちか》くのみ|見《み》やぶる|神《かみ》にましませば
|近見男神《ちかみをかみ》と|名《な》をたまひけむ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|恥《はづか》しも|遠《とほ》くを|知《し》らぬ|近見男《ちかみを》の
|浅《あさ》く|近《ちか》きを|見《み》て|居《ゐ》たりける
|今《いま》よりは|遠見男《とほみを》の|神《かみ》と|吾《われ》なりて
|御前《みまへ》に|謹《つつし》み|仕《つか》へまつらむ
いざさらば|真鶴山《まなづるやま》に|御供《みとも》せむ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》や|早《は》や|出《い》でまさね』
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はひらりと|駒《こま》に|跨《またが》り、|遠《とほ》く|西南《せいなん》の|天《てん》を|仰《あふ》ぎ|見《み》つ、
『|目路遠《めぢとほ》く|真鶴山《まなづるやま》はかすみたり
|万里行《とほゆ》く|駒《こま》に|鞭《むち》うち|進《すす》まむ』
と|生言霊《いくことたま》の|御歌《みうた》と|共《とも》に、|一鞭《ひとむち》あてて|驀地《まつしぐら》に|西南《せいなん》の|空《そら》をめざして|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|勇《いさ》ましき。|茲《ここ》に|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は、|御前《みまへ》に|仕《つか》へまつりつつ|声《こゑ》も|朗《ほがら》かに|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|荒野《あらの》を|包《つつ》みし|闇《やみ》の|幕《まく》
|神《かみ》の|伊吹《いぶき》に|晴《は》れ|渡《わた》り
|夜《よ》はほのぼのと|明《あ》けにける
|天津月日《あまつつきひ》は|大空《おほぞら》に
|輝《かがや》きませど|中空《なかぞら》に
さやれる|雲《くも》の|深《ふか》くして
わがゆく|路《みち》はほの|暗《ぐら》く
なやめる|折《をり》しも|多々久美《たたくみ》の
|生言霊《いくことたま》に|雲《くも》は|散《ち》り
|御空《みそら》は|全《また》く|晴《は》れにけり
|草葉《くさば》の|露《つゆ》もあちこちに
|五色《ごしき》に|光《て》れる|大野原《おほのはら》
|虫《むし》の|鳴《な》く|音《ね》に|送《おく》られて
|真鶴山《まなづるやま》の|聖場《すがどこ》に
|向《むか》つて|進《すす》む|勇《いさ》ましさ
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》|今日《けふ》よりは
|遠見男神《とほみをがみ》と|改《あらた》めて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御前《おんさき》に
|仕《つか》へまつらむ|惟神《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに
わが|神業《かむわざ》を|完全《まつぶさ》に
|遂《と》げさせ|給《たま》へと|願《ね》ぎまつる
|天津日《あまつひ》は|照《て》る|月《つき》は|冴《さ》ゆ
|大野ケ原《おほのがはら》におだやかに
ふき|来《く》る|風《かぜ》も|芳《かん》ばしく
|実《げ》に|天国《てんごく》の|祥徴《かがやき》を
|今《いま》|目《ま》のあたり|見《み》る|心地《ここち》
|心《こころ》も|勇《いさ》み|駒《こま》|勇《いさ》み
|万里《ばんり》の|荒野《あらの》を|駈《か》けてゆく
|今日《けふ》の|旅《たぴ》こそ|楽《たの》しけれ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|自《みづか》ら|遠見男《とほみを》の|神《かみ》と|名乗《なの》り、|先頭《せんとう》に|立《た》ちて|御歌《みうた》|詠《よ》ませつつ|進《すす》ませ|給《たま》へば、|百神等《ももがみたち》も|次々《つぎつぎ》に|行進歌《かうしんか》をうたひうたひ、|其《その》|日《ひ》の|黄昏《たそが》るる|頃《ころ》、|漸《やうや》く|真鶴山《まなづるやま》の|麓《ふもと》まで|進《すす》ませ|給《たま》ひける。
(昭和八・一〇・二一 旧九・三 於水明閣 加藤明子謹録)
第五章 |言霊神橋《ことたまみはし》〔一八七三〕
|真鶴山《まなづるやま》は|未《いま》だ|地《つち》|稚《わか》く|柔《やはら》かく、|恰《あたか》も|搗《つ》きたての|餅《もち》の|如《ごと》く|湯気《ゆげ》|濛々《もうもう》と|立昇《たちのぼ》り、|山《やま》の|姿《すがた》さへ|未《いま》だ|固《かた》まらず、|茫然《ばうぜん》として|夢幻《ゆめまぼろし》の|如《ごと》き|丘陵《きうりよう》なりける。|而《しか》して|真鶴山《まなづるやま》の|周囲《まはり》には|底《そこ》|深《ふか》き|沼《ぬま》|広々《ひろびろ》と|廻《めぐ》り、|湯気《ゆげ》|立昇《たちのぼ》り|居《ゐ》る。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|一行《いつかう》は、この|山《やま》に|近《ちか》づくに|従《したが》ひ、|次第々々《しだいしだい》に|地《ち》は|下《さが》り|地《つち》|柔《やはら》かくして|馬《うま》の|脛《すね》を|没《ぼつ》し、|終《つひ》には|腹《はら》までも|浸《ひた》す|艱《なや》ましさに、|馬上《ばじやう》より|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|給《たま》ふ。
『カコクケキこの|葭原《よしはら》は|未《ま》だ|稚《わか》し
|水《みづ》の|気《け》|引《ひ》けよ|地《つち》|固《かた》まれよ
カコクケキガゴグゲギわが|伊行《いゆ》く|道《みち》を
|造《つく》り|固《かた》めよ|言霊《ことたま》の|水火《いき》に
|沼《ぬま》の|彼方《あなた》|山《やま》の|麓《ふもと》に|神々《かみがみ》は
|我《われ》|迎《むか》へつつ|佇《たたず》み|居《ゐ》ますも
|葭葦《よしあし》の|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|沼《ぬま》の|洲《す》を
|伊行《いゆ》き|艱《なや》みつ|言霊《ことたま》|宣《の》るも』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、さしもの|泥濘《ぬかるみ》も|次第々々《しだいしだい》に|固《かた》まりて、|葭《よし》と|葦《あし》とは|片靡《かたなび》き、|沼《ぬま》の|表《おもて》に|湧《わ》き|立《た》つ|伊吹《いぶき》の|狭霧《さぎり》は、|次第々々《しだいしだい》に|薄《うす》らぎて、|真鶴山《まなづるやま》の|雄姿《ゆうし》は|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》を|浴《あ》びつつ、|鮮《あざや》かに|目《め》に|入《い》り|初《そ》めにける。|遠見男《とほみを》の|神《かみ》はこの|言霊《ことたま》の|奇瑞《きずゐ》に|感《かん》じ|給《たま》ひて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『あな|尊《たふと》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|言霊《ことたま》に
|葭葦原《よしあしはら》は|固《かた》まりにけり
|駒《こま》の|脚《あし》|地上《ちじやう》に|立《た》てどこの|沼《ぬま》は
|濁《にご》らひ|深《ふか》し|如何《いか》に|渡《わた》らな
|百神《ももがみ》は|向《むか》つ|汀《みぎは》に|並《なら》び|立《た》ち
|吾《われ》|迎《むか》へますを|渡《わた》らふ|術《すべ》なき
カコクケキ|生言霊《いくことたま》も|吾《われ》にして
|如何《いか》で|功《いさを》の|現《あらは》るべきやは
|瑞御霊《みづみたま》|再《ふたた》び|言霊《ことたま》|宣《の》りまして
この|沼《ぬま》の|水《みづ》|乾《かわ》かせ|給《たま》へ
|黄昏《たそがれ》の|空《そら》|近《ちか》みつつわが|駒《こま》は
|脚《あし》|疲《つか》れたり|如何《いか》に|渡《わた》らむ
|言霊《ことたま》の|功《いさを》に|国土《くに》を|拓《ひら》きます
|神《かみ》にありせば|沼《ぬま》を|乾《ほ》させよ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|言霊神歌《ことたまみうた》を|諾《うべな》ひながら、|馬上《ばじやう》より|声《こゑ》|朗《ほがら》かに|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|踏《ふ》みなづみし|葭葦原《よしあしはら》は|固《かた》まりぬ
|沼水《ぬまみづ》|乾《ほ》せやカコクケキの|霊《たま》
カコクケキタトツテチチと|言霊《ことたま》を
わが|宣《の》る|言葉《ことば》に|沼《ぬま》よ|乾《かわ》けよ
|言霊《ことたま》の|稜威《いづ》の|力《ちから》に|沼《ぬま》の|面《も》は
|水《みづ》あせにつつ|狭霧《さぎり》|晴《は》るるも』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|見《み》る|見《み》るに|狭霧《さぎり》は|晴《は》れて|沼《ぬま》の|面《も》は
|水量《みづかさ》|低《ひく》みぬ|天晴《あは》れ|言霊《ことたま》に
|向《むか》つ|辺《べ》に|立《た》たせ|給《たま》へる|駒《こま》の|上《へ》の
|国中比古《くになかひこ》よ|岐美《きみ》を|迎《むか》へませ
|主《ス》の|神《かみ》の|神国《みくに》を|造《つく》り|万有《ものみな》を
|生《う》ませる|神業《みわざ》の|言霊《ことたま》|厳《いか》しも
|天界《てんかい》は|生言霊《いくことたま》の|国土《くに》なれば
|吾《われ》もア|声《ごゑ》に|生《あ》れ|出《い》でにける
|九柱《ここのはしら》|御供《みとも》の|神《かみ》はウの|声《こゑ》の
|生言霊《いくことたま》に|生《あ》れし|神《かみ》はも
|圓屋比古《まるやひこ》ア|声《ごゑ》の|水火《いき》よ|百神《ももがみ》は
ウ|声《ごゑ》の|水火《いき》に|生《あ》れませる|神《かみ》
|厳御霊《いづみたま》ウ|声《ごゑ》に|活用《はたら》き|瑞御霊《みづみたま》
ア|声《ごゑ》に|結《むす》びて|国土《くに》|固《かた》めばや』
|茲《ここ》にウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》に|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひし、|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|黄昏《たそがれ》の|幕《まく》は|追々《おひおひ》|深《ふか》くとも
|吾《われ》は|明《あか》さむウ|声《ごゑ》の|水火《いき》に
アオウエイ|生言霊《いくことたま》に|横《よこた》はる
|沼《ぬま》よ|退《しりぞ》け|岐美《きみ》のみゆきぞ
|国土《くに》|造《つく》り|御子《みこ》を|生《う》ますと|瑞御霊《みづみたま》
|此処《ここ》に|立《た》たすを|沼神《ぬまがみ》|知《し》らずや』
|斯《か》く|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|給《たま》ふにぞ、|広々《ひろびろ》と|横《よこた》はりたる|曇濁《どんだく》の|沼水《ぬまみづ》は、|見《み》る|見《み》る|煙《けむり》となりて|高《たか》く|昇《のほ》り、|一滴《いつてき》の|湿《しめ》りさへ|無《な》きまで|乾《かわ》きたるぞ|不思議《ふしぎ》なる。|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》によりて、さしもに|広《ひろ》き|深《ふか》き|沼水《ぬまみづ》は|乾《ほ》し|上《あが》りたれども、|泥《どろ》|深《ふか》く|柔《やはら》かくして|駒《こま》の|蹄《ひづめ》を|入《い》れるよしなければ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|一行《いつかう》も|渡《わた》り|艱《なや》みいましけるが、|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|沼《ぬま》の|底《そこ》を|固《かた》めむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れアとウの|厳《いづ》の|言霊《ことたま》に
|沼《ぬま》は|煙《けむり》となりて|乾《かわ》きぬ
|沼水《ぬまみづ》は|乾《かわ》きたれども|泥《どろ》|深《ふか》し
|吾《われ》は|神橋《みはし》をかけて|仕《つか》へむ
タトツテチタタの|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて
|岐美《きみ》|行《ゆ》く|道《みち》を|固《かた》め|給《たま》はれ
タトツテチダドヅデヂヂとヂヂの|言霊《ことたま》に
|地《つち》の|神橋《みはし》よ|今《いま》かかれかし
|次々《つぎつぎ》に|岐美《きみ》|行《ゆ》く|道《みち》の|沼底《ぬまそこ》は
|白《しろ》く|乾《かわ》きて|固《かた》まりにける』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》に、|限《かぎり》も|知《し》らぬ|沼底《ぬまそこ》は|地《つち》の|白《しろ》くなるまで|乾《かわ》きたれば、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|甚《いた》く|喜《よろこ》ばせ|給《たま》ひて、|御歌《みうた》|詠《よ》み|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|美波志《みはし》の|神《かみ》の|功績《いさをし》に
わが|行《ゆ》く|神橋《みはし》は|架《か》けられにけり
この|橋《はし》を|渡《わた》れば|近《ちか》し|真鶴《まなづる》の
|山《やま》の|聖所《すがど》に|進《すす》み|通《かよ》はむ
|黄昏《たそがれ》の|幕《まく》を|開《ひら》きて|月読《つきよみ》は
|真蒼《まさを》の|空《そら》に|輝《かがや》き|給《たま》ふ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|御空《みそら》を|照《て》らす|月読《つきよみ》の
|光《ひかり》を|力《ちから》に|安《やす》く|渡《わた》らむ
|今更《いまさら》に|生言霊《いくことたま》の|功績《いさをし》を
|悟《さと》りけるかな|圓屋比古《まるやひこ》|吾《われ》は』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|岐美《きみ》が|行《ゆ》く|道《みち》|明《あき》らけくなりにけり
|吾《われ》は|宇礼志穂《うれしほ》ウ|声《ごゑ》に|生《な》る|神《かみ》
ウ|声《ごゑ》ア|声《ごゑ》|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|沼《ぬま》に|神橋《みはし》はかかりけらしな
|小夜《さよ》|更《ふ》けて|沼《ぬま》の|底《そこ》なる|神橋《みはし》|行《ゆ》く
|駒《こま》の|足並《あしなみ》ゆたかなりける
|黄昏《たそがれ》の|空《そら》とし|思《おも》へど|岐美《きみ》が|行《ゆ》く
|道《みち》は|明《あか》るし|沼《ぬま》の|底《そこ》まで
|岐美行《きみゆ》かば|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|真鶴山《まなづるやま》はよみがへるべし』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|国中比古《くになかひこ》|神《かみ》を|迎《むか》へて|吾《われ》は|今《いま》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|謹《つつし》み|迎《むか》ふる
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》に|生《な》りし|産玉《うぶだま》の
|神《かみ》の|導《みちび》き|安《やす》くましませ
わが|生《う》みし|真鶴山《まなづるやま》のかくの|如《ごと》
|地《つち》|稚《わか》ければ|固《かた》めなしませ
|瑞御霊《みづみたま》|来《き》まさむよき|日《ひ》を|待《ま》ち|侘《わ》びて
|吾《われ》|幾年《いくとせ》を|経《へ》たりけらしな
|産玉《うぶだま》のウの|言霊《ことたま》に|生《うま》れたる
|真鶴山《まなづるやま》はわが|生命《いのち》かも
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|御魂《みたま》と|永久《とこしへ》に
|吾《われ》は|鎮《しづ》まり|国土《くに》|造《つく》らばや
|幾年《いくとせ》を|艱《なや》み|苦《くる》しみ|生《な》り|出《い》でし
|真鶴山《まなづるやま》は|未《いま》だ|稚《わか》しも
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|功《いさを》に|真鶴《まなづる》の
|山《やま》かたまりて|世《よ》を|照《てら》すらむ
いざさらば|真鶴山《まなづるやま》の|頂上《いただき》に
|登《のぼ》らせ|給《たま》へ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ』
|斯《か》く|歌《うた》ひて|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|先頭《せんとう》に|立《た》ち、|真鶴山《まなづるやま》の|頂上《ちやうじやう》に|登《のぼ》り|給《たま》ふ。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|以下《いか》|十柱《とはしら》の|神々《かみがみ》は、|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》の|案内《あない》に|連《つ》れて、|駒《こま》に|跨《またが》りながら|未《いま》だ|地《つち》の|固《かた》まらぬ|山坂《やまさか》を、|蹄《ひづめ》の|跡《あと》を|地《つち》に|刻《きざ》みながら、|漸《やうや》くにして|丘《をか》の|上《うへ》に|登《のぼ》りつき|給《たま》ひ、|濛々《もうもう》と|立昇《たちのぼ》る|狭霧《さぎり》を|打見《うちみ》やりつつ|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|四方《よも》の|野《の》は|狭霧《さぎり》こめつつ|目路《めぢ》せまし
|吾《われ》この|山《やま》に|国土造《くにつく》りせむ
|国《くに》|稚《わか》き|真鶴山《まなづるやま》に|吾《われ》|立《た》ちて
|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》はなむ
ハホフヘヒ|生言霊《いくことたま》の|幸《さちはひ》ゆ
|見渡《みわた》す|限《かぎ》り|霧《きり》|晴《は》れよかし』
(昭和八・一〇・二一 旧九・三 於水明閣 森良仁謹録)
第六章 |真鶴山霊《まなづるさんれい》〔一八七四〕
|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》に|紫微《しび》の|宮《みや》 |領有《うしは》ぎ|給《たま》ふ|天界《てんかい》は
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》にひらけつれど |広大無辺《くわうだいむへん》の|神《かみ》の|国《くに》
そのはしばしに|至《いた》りては まだ|国土《くに》|稚《わか》く|苗草《なへぐさ》の
|地《つち》|稚《わか》くしてたわたわに |浮脂《うきあぶら》の|如《ごと》|漂《ただよ》ひつ
|国土《くに》の|形《かたち》を|為《な》さざれば |瑞《みづ》の|御霊《みたま》とあれませる
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は ア|声《ごゑ》の|水火《いき》より|生《あ》れまして
|紫微天界《しびてんかい》をひらきつつ |国土《こくど》を|固《かた》め|神《かみ》を|生《う》み
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》にひらくべく |夜《よ》を|日《ひ》についで|出《い》で|給《たま》ふ
|道《みち》の|隈手《くまで》にさやりたる |四方《よも》の|神等《かみたち》|言向《ことむ》けて
|山河《やまかは》|渡《わた》り|野路《のぢ》を|越《こ》え |葭《よし》と|葦《あし》との|茂《しげ》りたる
|西南方《せいなんぱう》の|稚《わか》き|国土《くに》 |真鶴山《まなづるやま》の|方面《はうめん》を
さして|出《い》で|立《た》ち|給《たま》ひしが |百神等《ももがみたち》の|計《はか》らひに
|今日《けふ》は|漸《やうや》く|真鶴《まなづる》の |山《やま》の|尾上《をのへ》に|着《つ》き|給《たま》ふ
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りませば |四方《よも》を|包《つつ》みし|狭霧《さぎり》の|幕《まく》も
もえたつ|湯気《ゆげ》も|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに |薄《うす》らぎにつつ|久方《ひさかた》の
|天津月日《あまつつきひ》は|明《あきら》けく |澄《す》みきり|給《たま》ひて|葦原《あしはら》を
|照《て》らさせ|給《たま》ふ|世《よ》となりぬ |太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は
|真鶴山《まなづるやま》の|頂上《いただき》に |百神等《ももがみたち》を|率《ひき》ゐまし
|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|給《たま》ふ。
その|御歌《みうた》にいふ。
『|久方《ひさかた》の|紫微天界《しびてんかい》も|国土《くに》|稚《わか》く
|浮脂《うきあぶら》の|如《ごと》|漂《ただよ》へるかも
|漂《ただよ》へる|国土《くに》をひらきて|神《かみ》を|生《う》み
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神旨《みむね》に|叶《かな》はむ
|見渡《みわた》せば|目路《めぢ》の|限《かぎ》りは|霧《きり》たちぬ
|神々《かみがみ》|生《い》かさむ|術《すべ》もなき|国土《くに》
|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》によりて|我《われ》は|今《いま》
|稚《わか》き|国原《くにばら》|固《かた》めむとぞおもふ
マモムメミ|生言霊《いくことたま》の|活用《はたらき》に
この|国原《くにばら》は|生《うま》れむとする
いや|広《ひろ》き|国土《くに》はあれども|国土《くに》|稚《わか》く
|漂《ただよ》ひ|形《かたち》まだ|定《さだ》まらず
|真鶴《まなづる》の|山《やま》は|地上《ちじやう》に|聳《そび》ゆれど
ぬかるみの|如《ごと》やはらかなるも。
いろはにほへどちりぬるを
わがよたれぞつねならむ
うゐのおくやまけふこえて
あさきゆめみしゑひもせす
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》の|生言霊《いくことたま》の|神光《みひかり》に
|御空《みそら》は|晴《は》れよあらがねの
|地《つち》は|乾《かわ》けよ|固《かた》まれよ
|百《もも》の|草木《くさき》もすくすくと
|生《お》ひたち|茂《しげ》り|花《はな》ひらき
|貴《うづ》のつぶら|実《み》なりなりて
|神々等《かみがみたち》の|玉《たま》の|緒《を》の
|生命《いのち》の|糧《かて》となれよかし
|紫微天界《しびてんかい》の|南《みんなみ》の
|果《はて》に|来《きた》りて|我《われ》は|今《いま》
|国土生《くにう》み|神生《かみう》み|惟神《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|神光《みひかり》を
|天地《あめつち》|四方《よも》に|照《て》らさむと
ももの|悩《なや》みを|忍《しの》びつつ
|夜《よ》を|日《ひ》についで|漸《やうや》くに
|真鶴山《まなづるやま》の|稚国土《わかくに》に
|百神《ももがみ》|率《ひき》ゐ|勇《いさ》ましく
|来《きた》りけるかも|今日《けふ》の|日《ひ》は
|天《あま》の|世《よ》ひらけし|始《はじ》めより
ためしもあらぬ|目出度《めでた》き|日《ひ》
|御空《みそら》の|月《つき》は|冴《さ》えにつつ
|星《ほし》は|真砂《まさご》の|数《かず》の|如《ごと》
|輝《かがや》き|給《たま》ひて|花《はな》と|咲《さ》き
|実《み》とあらはれて|天界《てんかい》の
|栄《さかえ》を|祝《いは》ふ|如《ごと》くなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|御水火《みいき》こそ
|神国《みくに》を|造《つく》り|神《かみ》を|生《う》む
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|神業《みわざ》なる
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|神業《みわざ》なる』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ひ『ウーアーオー』と|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》へば、|真鶴山《まなづるやま》の|稚国土《わかぐに》は、|次第々々《しだいしだい》に|盛《も》れ|上《あ》がり、ふくれ|上《あ》がり、|固《かた》まりにつつ、|真先《まつさき》に|生《お》ひ|出《い》でたるは、|常磐樹《ときはぎ》の|稚松《わかまつ》、|白梅《しらうめ》の|茎《くき》、|筍《たかんのこ》|等《とう》なりき。
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》はこの|瑞祥《ずゐしやう》を|見《み》て|感歎《かんたん》おくあたはず、|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|瑞御霊《みづみたま》の|言霊《ことたま》に
この|天地《あめつち》は|晴《は》れ|渡《わた》りける
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》と|白梅《しらうめ》|筍《たかんのこ》は
|真鶴山《まなづるやま》を|包《つつ》みて|生《は》えけり
|真鶴《まなづる》の|山《やま》にし|立《た》てば|見《み》の|限《かぎ》り
|雲霧《くもきり》はれて|輝《かがや》き|初《そ》めたり
|天渡《あまわた》る|月《つき》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》|浴《あ》みて
これの|国原《くにばら》|百樹《ももき》|栄《さか》えむ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》をめぐりし|広沼《ひろぬま》も
|乾《かわ》きて|底《そこ》まで|真白《ましろ》くなりぬ
|沼《ぬま》のあとは|次第々々《しだいしだい》にふくれあがり
|百《もも》の|草木《くさき》は|生《お》ひ|出《い》でにつつ
わが|立《た》てる|真鶴山《まなづるやま》は|次々《つぎつぎ》に
ふくれふくれて|高《たか》くなりぬる
|次々《つぎつぎ》にふくれ|拡《ひろ》ごり|真鶴《まなづる》の
|山《やま》は|間《ま》もなく|国土《くに》となるらむ』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『わが|生《う》みし|真鶴山《まなづるやま》も|瑞御霊《みづみたま》
|生《い》く|言霊《ことたま》に|固《かた》まりしはや
|固《かた》まりし|真鶴山《まなづるやま》はマモムメミ
|水火《いき》の|凝《こ》りつつふくれあがりぬ
|瑞御霊《みづみたま》|宣《の》らせ|給《たま》ひしマモムメミの
|言霊《ことたま》|著《しる》く|国土《くに》|固《かた》まれり
マモムメミ|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》に|生代比女《いくよひめ》
|神《かみ》の|神言《みこと》の|姿《すがた》ほの|見《み》ゆ
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》よ|出《い》でませ|真鶴《まなづる》の
|神山《みやま》に|瑞《みづ》の|御霊《みたま》たたせる
|真鶴《まなづる》の|山《やま》は|御水火《みいき》に|固《かた》まれど
|守《まも》らす|女神《めがみ》|無《な》きぞ|淋《さび》しき』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|声《こゑ》の|下《した》より、|大地《つち》をわけて、|次第々々《しだいしだい》に|現《あらは》れ|給《たま》ふ|比女神《ひめがみ》あり、|容色《ようしよく》|端麗《たんれい》にして|玉《たま》の|如《ごと》し。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこの|態《てい》を|見《み》て、|喜《よろこ》びに|堪《た》へず|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|御魂《みたま》と|生《あ》れましし
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|姿《すがた》|愛《めぐ》しも
|言霊《ことたま》の|水火《いき》に|生《あ》れます|生代比女《いくよひめ》
この|国原《くにばら》を|永久《とは》に|守《まも》らへ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|覚束《おぼつか》なき|言霊《ことたま》にて|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|山《やま》かき|分《わ》けて|吾《われ》は|今《いま》
|岐美《きみ》の|光《ひかり》にあひにけらしな
|言霊《ことたま》の|水火《いき》に|生《うま》れし|吾《われ》なれば
|永久《とは》に|神山《みやま》を|守《まも》りまつらむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|健気《けなげ》なる|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|言霊《ことたま》や
|我《われ》たしたしに|諾《うべな》ひまつらむ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『ありがたし|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神宣《みことのり》
|万代《よろづよ》までも|忘《わす》れざらまし
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》の|神言《みこと》の|御水火《みいき》より
|呼《よ》びさまされし|生代比女神《いくよひめがみ》よ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|言霊《ことたま》の|奇《く》しき|御稜威《みいづ》になり|出《い》でし
|汝《なれ》|生代比女神《いくよひめかみ》はうるはし
|美《うるは》しく|優《やさ》しく|雄々《をを》しく|生《あ》れませる
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|女《め》の|鏡《かがみ》かも
|瑞御霊《みづみたま》と|産玉神《うぶだまがみ》のいさをしに
|生《あ》れます|比女神《ひめがみ》|容姿《かたち》|麗《うるは》し
いや|広《ひろ》き|紫微天界《しびてんかい》にかくの|如《ごと》
|清《すが》しき|女神《めがみ》おはさじと|思《おも》ふ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》は|次第《しだい》に|拡《ひろ》ごりて
|国土《くに》の|柱《はしら》となるぞ|目出度《めでた》き』
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『いや|先《さき》に|吾《われ》は|来《きた》りて|瑞御霊《みづみたま》
|迎《むか》へまつると|言霊《ことたま》|宣《の》り|待《ま》ちぬ
|有難《ありがた》し|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|出《い》でましに
この|国原《くにばら》は|固《かた》まりにけり
この|上《うへ》は|国中比古《くになかひこ》と|仕《つか》へつつ
これの|聖所《すがど》を|永久《とは》に|守《まも》らむ
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》になりし|吾《われ》なれば
|永久《とは》に|固《かた》めむ|貴《うづ》の|国原《くにばら》』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|雲霧《くもきり》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|言霊《ことたま》に
|晴《は》れ|渡《わた》りたり|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ
|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|国土《くに》|晴《は》れ|狭霧《さぎり》|晴《は》れにけり
|今日《けふ》よりはれて|永久《とは》に|守《まも》らな』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》になりし|美波志比古《みはしひこ》
|今日《けふ》より|守《まも》らむ|天《あめ》の|浮橋《うきはし》
この|国土《くに》はまだ|稚《わか》ければ|瑞御霊《みづみたま》
|浮橋《うきはし》かけて|渡《わた》しまつらむ
ワヲウヱヰ|生言霊《いくことたま》に|地《つち》|固《かた》め
|百《もも》の|草木《くさき》の|生《お》ひたち|守《まも》らむ
|葭《よし》と|葦《あし》|茂《しげ》れる|国土《くに》を|拓《ひら》きつつ
|吾《われ》は|美波志《みはし》と|神《かみ》に|仕《つか》へむ』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|諸々《もろもろ》の|生命《いのち》|保《たも》たせ|魂機張《たまきはる》の
|神《かみ》は|仕《つか》へむ|世《よ》のことごとに
たまきはる|生命《いのち》の|糧《かて》をもろもろに
くまり|与《あた》へて|神国《みくに》をひらかむ
|神々《かみがみ》の|生命《いのち》を|守《まも》りもろもろの
|水火《いき》を|助《たす》けて|神代《みよ》に|仕《つか》へむ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
|今日《けふ》|真鶴《まなづる》の|山《やま》に|登《のぼ》りぬ
たまきはる|生命《いのち》を|永久《とは》に|守《まも》りつつ
|岐美《きみ》の|神業《みわざ》を|吾《われ》は|守《まも》らむ
|天地《あめつち》の|百神等《ももがみたち》が|玉《たま》の|緒《を》の
|生命《いのち》を|守《まも》る|神《かみ》とならばや
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて
|吾《われ》は|生《あ》れにし|生命《いのち》の|神《かみ》なり
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》にいそひて|神生《かみう》みの
|神業《みわざ》|仕《つか》へむ|世《よ》のことごとを』
(昭和八・一〇・二一 旧九・三 於水明閣 林弥生謹録)
第七章 |相聞《さうもん》の|闇《やみ》〔一八七五〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|並《なら》びに|百神等《ももがみたち》は、|真鶴山《まなづるやま》の|頂《いただき》に|立《た》ち|生言霊《いくことたま》をうち|揃《そろ》へ、|東北東《とうほくとう》の|空《そら》に|向《むか》ひまし、|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を|声《こゑ》も|清《すが》しく|宣《の》り|給《たま》へば、|真鶴山《まなづるやま》は|次第々々《しだいしだい》に|真北《まきた》の|方《はう》に|伸《の》び|広《ひろ》ごりぬ。それより|百神等《ももがみたち》は、|北《ほく》 |北東《ほくとう》 |東北《とうほく》 |東《とう》の|方《かた》、|東南《とうなん》 |南東《なんとう》 |南《なん》の|方《かた》、|南西《なんせい》 |西南《せいなん》 |西《せい》の|方《かた》、|西北《せいほく》 |北西《ほくせい》と、|生言霊《いくことたま》を|七日七夜《ななかななよ》の|間《あひだ》、|倦《う》まず|怠《おこた》らず|力《ちから》|限《かぎ》り|宣上《のりあ》げ|給《たま》へば、|真鶴山《まなづるやま》は|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|伸《の》び|広《ひろ》ごり、|膨《ふく》れ|上《あ》がりて|目路《めぢ》もとどかぬ|許《ばか》りとなりぬ。|真鶴山《まなづるやま》の|膨張《ばうちやう》によりて、|東西南北《とうざいなんぼく》|万里《ばんり》の|原野《げんや》は|次第々々《しだいしだい》に|水気《みづけ》|去《さ》りて|地《ち》|固《かた》まりぬれば、|茲《ここ》に|目出度《めでた》く|真鶴国《まなづるこく》は|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|生《な》り|出《い》でにける。
この|荒原《くわうげん》につづきたる |山《やま》を|包《つつ》みし|広沼《ひろぬま》は
|西南方《せいなんぱう》の|一処《ひとところ》に いより|集《つど》ひて|水《みづ》|深《ふか》く
|沼《ぬま》|広《ひろ》らかに|澄《す》めりけり |沼《ぬま》の|廻《まは》りに|常磐樹《ときはぎ》の
|松《まつ》は|俄《にはか》に|伸《の》び|立《た》ちて |時《とき》じく|匂《にほ》ふ|白梅《しらうめ》の
|汀《みぎは》みぎはをかざりつつ |光《ひかり》を|放《はな》つ|兄《こ》の|花《はな》の
|目出度《めでた》き|姿《すがた》は|清沼《すがぬま》の |水底《みなぞこ》までもうつろひて
|鏡《かがみ》の|如《ごと》くなりにけり。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》このさまを|見《み》そなはして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》のたまひし|七十五声《ななそいつごゑ》の
|生言霊《いくことたま》に|国土《くに》ひろごりぬ
|弥先《いやさ》きに|真北《まきた》の|空《そら》に|打《う》ち|向《むか》ひ
|宣《の》る|言霊《ことたま》に|国土《くに》|生《うま》れけり
|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|百神等《ももがみたち》と|水火《いき》|合《あは》せ
|宣《の》る|言霊《ことたま》に|地《ち》は|広《ひろ》ごりぬ
わが|目路《めぢ》のとどかぬ|限《かぎ》り|湿《しめ》り|地《つち》は
|土《つち》|固《かた》まりてよき|国土《くに》となりぬ
|今更《いまさら》に|生言霊《いくことたま》の|功績《いさをし》を
|悟《さと》れば|尊《たふと》し|水火《いき》|生《い》きにける
|水火《いき》|生《い》きて|生《い》きの|限《かぎ》りは|主《ス》の|神《かみ》の
|神業《みわざ》に|仕《つか》へむ|百神《ももがみ》と|共《とも》に
|天界《てんかい》はうましき|国土《くに》よ|美《うるは》しの
|神《かみ》の|御国《みくに》よこころ|清《すが》しき
|見渡《みわた》せば|原野《はらの》の|限《かぎ》り|紫《むらさき》の
|花《はな》は|匂《にほ》へり|風《かぜ》は|薫《かを》れり
|科戸辺《しなどべ》の|風《かぜ》ほどほどに|吹《ふ》き|出《い》でで
|梅《うめ》の|香《かをり》は|四方《よも》を|包《つつ》めり
|七十余《ななそまり》|五《いつ》つの|声《こゑ》の|言霊《ことたま》に
|紫微天界《しびてんかい》は|開《ひら》け|行《ゆ》くかも』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へ|来《き》て
|今日《けふ》の|目出度《めでた》き|幸《さち》に|逢《あ》ふかな
|言霊《ことたま》は|水火《いき》の|生命《いのち》の|基《もとゐ》かも
|天地《あめつち》|百《もも》の|身魂《みたま》を|生《う》ませば
|稚《わか》かりしこの|国原《くにばら》も|言霊《ことたま》の
|水火《いき》|幸《さちは》ひて|固《かた》まりにけり
|美《うつ》し|国《くに》よにぎはしき|国《くに》|貴《うづ》の|国《くに》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|守《まも》らす|国土《くに》は
たまちはふ|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《な》り|出《い》でし
|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|美《うるは》しきかも
|朝日子《あさひこ》の|光《ひかり》も|清《きよ》く|月読《つきよみ》の
|光《かげ》もさやけき|美《うるは》しの|国《くに》
|水《みづ》|清《きよ》く|風《かぜ》|又《また》|清《すが》しき|真鶴《まなづる》の
|国《くに》に|生《あ》れます|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》よ
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》は|真鶴山《まなづるやま》の|水火《いき》
|幸《さちは》ひまして|生《あ》れましにけむ
|美《うるは》しき|紫微天界《しびてんかい》の|美《うま》し|国《くに》
|真鶴山《まなづるやま》は|生代《いくよ》の|比女神《ひめがみ》
|生代比女《いくよひめ》|国中比古《くになかひこ》ともろともに
|守《まも》りますらむ|真鶴《まなづる》の|国《くに》を』
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|力《ちから》に|固《かた》まりし
|真鶴山《まなづるやま》の|姿《すがた》|気高《けだか》き
|真鶴《まなづる》の|山《やま》はつぎつぎ|広《ひろ》ごりて
|国《くに》の|柱《はしら》と|高《たか》く|立《た》たすも
この|山《やま》は|国《くに》の|御柱《みはしら》|世《よ》の|要《かなめ》
|四方《よも》の|神々《かみがみ》|集《つど》ひ|来《き》ませよ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『いく|年《とせ》か|地《つち》にひそみて|吾《われ》|待《ま》ちし
|真鶴山《まなづるやま》は|世《よ》に|出《い》でにけり
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|気永《けなが》くも
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|待《ま》ちゐたりける
|神国《かみくに》の|貴《うづ》の|神業《みわざ》に|仕《つか》へむと
|待《ま》つ|甲斐《かひ》ありて|岐美《きみ》は|来《き》ませる』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|汝《なれ》こそはうづの|細女《くはしめ》|賢女《さかしめ》よ
さはあれ|八十比女神《やそひめがみ》におはさず
|八十比女《やそひめ》に|見合《みあ》ひて|我《われ》は|神生《かみう》みの
|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|司《つかさ》なるぞや
|主《ス》の|神《かみ》の|御許《みゆる》しのなき|生代比女《いくよひめ》に
|見合《みあ》はむすべも|我《われ》なかりけり
|神生《かみう》みの|業《わざ》を|許《ゆる》させ|給《たま》ふべし
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|依《よ》さしならねば
|徒《いたづら》に|細女《くはしめ》なりとて|見合《みあ》ふべき
|我《われ》には|八十比女神《やそひめがみ》の|待《ま》てれば』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|情《なさけ》なや|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御言葉《おんことば》
|聞《き》けば|悲《かな》しも|死《し》なまく|思《おも》ふ
|瑞御霊《みづみたま》|生言霊《いくことたま》をよろこびて
|吾《われ》は|地《くに》より|現《あらは》れしはや
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|尾上《をのへ》に|現《あらは》れて
かかるなげきは|思《おも》はざりしよ
|歎《なげ》けども|千引《ちびき》の|岩《いは》の|瑞御霊《みづみたま》
わが|言霊《ことたま》に|動《うご》き|給《たま》はず』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ひて|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|雲《くも》を|霞《かすみ》と|御姿《みすがた》をかくし|給《たま》ひし|間《ま》もあらず、|黒煙《こくえん》|濛々《もうもう》として|山麓《さんろく》より|立《た》ちのぼるすさまじさ。|忽《たちま》ちにして|頂上《ちやうじやう》は|咫尺《しせき》も|弁《べん》ぜぬ|黒雲《くろくも》に|包《つつ》まれにける。ここに|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|濃雲《のううん》を|払《はら》はむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》|聞《きこ》し|召《め》せ
|科戸比古神《しなどひこがみ》|科戸比女神《しなどひめがみ》
タータータータタの|力《ちから》にこの|山《やま》の
|雲《くも》をはらせよ|科戸辺《しなどべ》の|神《かみ》
|生代比女《いくよひめ》|恨《うら》みの|水火《いき》の|固《かた》まりて
|黒雲《くろくも》となり|山《やま》を|包《つつ》めるか
|恐《おそろ》しきものは|恋《こひ》かも|心《こころ》かも
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|鬼《おに》となりしか
|言霊《ことたま》をいや|高《たか》らかに|宣《の》りつれど
なほ|黒雲《くろくも》の|湧《わ》くぞうれたき』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》も|何《なん》の|効《かう》なく、|科戸《しなど》の|風《かぜ》さへ|吹《ふ》き|来《きた》らず、|百神等《ももがみたち》は|山上《さんじやう》に|佇立《ていりつ》して、|各《おの》も|各《おの》も|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|天地開明《てんちかいめい》を|待《ま》たせ|給《たま》ふ。
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|儼然《げんぜん》として|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》のやさしき|心根《こころね》を
くみ|取《と》り|得《え》ざる|我《われ》にはあらず
さり|乍《なが》ら|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御依《みよ》さしに
あらねば|如何《いか》にせむすべもなき
|村肝《むらきも》の|心《こころ》やはらげ|黒雲《くろくも》を
はらさせ|給《たま》へ|神《かみ》のまにまに
|我《われ》も|亦《また》|木石《ぼくせき》ならぬ|身《み》にしあれば
|汝《なれ》|細女《くはしめ》をいかで|厭《いと》はむ
|愛《いぢ》らしく|雄々《をを》しく|懐《なつ》かしく|思《おも》へども
せむ|術《すべ》もなき|我《われ》をあはれみ|給《たま》へ
|汝《なれ》が|姿《すがた》|見《み》つつ|吾《わが》|胸《むね》もえぬれど
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》にけしてしのびつ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|黒雲《くろくも》の|中《なか》より|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|声《こゑ》ありて、
『|恨《うら》めしの|岐美《きみ》の|言霊《ことたま》よ|吾《われ》は|今《いま》
|沼《ぬま》の|主《あるじ》となりてしのばむ
|国土造《くにつく》り|御子生《みこう》み|給《たま》ふ|神業《かむわざ》を
|吾《われ》は|恨《うら》みて|永久《とは》にさやらむ
|八十比女神《やそひめがみ》|玉野比女神《たまのひめがみ》|玉野湖《たまのうみ》の
|森《もり》にしのびてみゆき|待《ま》たせり
|玉野比女《たまのひめ》の|吾《われ》は|御姿《みすがた》やぶりつつ
|岐美《きみ》が|心《こころ》をいためむと|思《おも》ふ
|真鶴山《まなづるやま》|包《つつ》める|雲《くも》はわが|恋《こひ》の
|燃《も》ゆる|思《おも》ひぞ|永久《とは》に|晴《は》れまじ
|岐美《きみ》|恋《こ》ふるわが|真心《まごころ》を|退《しりぞ》けて
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》に|見合《みあは》す|岐美《きみ》かも
どこ|迄《まで》も|岐美《きみ》|恋《こ》ほしければ|吾《われ》は|今《いま》
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》に|恨《うら》み|返《かへ》さな
|玉野比女《たまのひめ》|玉《たま》の|顔《かんばせ》|忽《たちま》ちに
|醜女《しこめ》となりてなげかせ|給《たま》はむ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り|給《たま》ふや、|忽《たちま》ち|悪竜《あくりう》となりて|黒雲《くろくも》の|幕《まく》を|破《やぶ》り、ピカリピカリと|光《ひかり》を|投《な》げつつ、|玉野湖水《たまのこすゐ》をさして|矢《や》の|如《ごと》く|駆《か》け|出《い》で|給《たま》ふぞうたてけれ。|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》はこの|態《てい》を|見《み》て|怒《いか》らせ|給《たま》ひ、
『|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》は|曲神《まがみ》にうつられて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》にさやらむとすも
|圓屋比古《まるやひこ》|神《かみ》の|生命《いのち》のある|限《かぎ》り
|言霊《ことたま》|征矢《そや》もてきためてやみむ
|明《あき》らけき|真鶴山《まなづるやま》を|曇《くも》らせて
|湖《うみ》にひそみし|醜神《しこがみ》あはれ』
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|真鶴山《まなづるやま》|神《かみ》のかためし|国中《くになか》に
|曲神《まがかみ》すさぶとは|思《おも》はざりしよ
いざさらば|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》に
|射干玉《ぬばたま》の|闇《やみ》はらし|照《て》らさむ
|道《みち》ならぬ|道《みち》をたどると|生代比女《いくよひめ》の
|神《かみ》の|心《こころ》をあはれと|思《おも》ふ』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『あはれなる|生代比女神《いくよひめかみ》の|恋衣《こひごろも》
|破《やぶ》れつくらふ|術《すべ》もなきかな
|瑞御霊《みづみたま》|比女《ひめ》の|心《こころ》を|和《なご》むべく
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》らせ|給《たま》へよ
よしあしの|茂《しげ》れるこれの|国原《くにばら》は
|未《ま》だよしあしの|固《かた》まらぬ|神代《みよ》
よしあしのけぢめも|暫《しば》し|忘《わす》れまし
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》と|見合《みあ》ひましませ
|生代比女《いくよひめ》|怒《いか》りを|和《なご》むる|神柱《みはしら》は
|岐美《きみ》をしおきて|他《ほか》にあらじな』
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|情《なさけ》にほだされて、|張《は》りつめし|心《こころ》もやはらぎ、|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『よしあしはよしやともあれ|斯《か》くもあれ
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|神《かみ》に|合《あ》はなむ
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》よ|鎮《しづ》まりましまして
|心《こころ》をはらせ|雲《くも》を|晴《は》らさね
|御依《みよ》さしに|我《われ》はそむくと|思《おも》へども
|公《きみ》が|情《なさけ》を|捨《す》つるすべなし』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|今迄《いままで》|四辺《あたり》を|包《つつ》みたる|烏羽玉《うばたま》の|黒《くろ》き|叢雲《むらくも》は、|拭《ぬぐ》ふが|如《ごと》く|晴《は》れ|渡《わた》り、|青雲《あをくも》の|空《そら》|忽《たちま》ち|現《あらは》れ、|白梅《しらうめ》の|芳香《はうかう》|四辺《しへん》に|香《かを》り、|忽《たちま》ち|天国《てんごく》の|状態《じやうたい》となりしこそ|不思議《ふしぎ》なれ。
(昭和八・一〇・二一 旧九・三 於水明閣 谷前清子謹録)
第八章 |黒雲晴明《こくうんせいめい》〔一八七六〕
ここに|真鶴山《まなづるやま》を|深《ふか》く|包《つつ》みし|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の、|恨《うら》みの|炎《ほのほ》は|黒煙《こくえん》となりて、|一行《いつかう》の|神々《かみがみ》を|悩《なや》めたりしが、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|厚《あつ》き|情《なさけ》の|言葉《ことば》に、|稍《やや》|心《こころ》|安《やす》んじたるか、さしもに|深《ふか》き|黒雲《くろくも》は、|拭《ぬぐ》ふが|如《ごと》く|晴《は》れ|渡《わた》り、|梅ケ香《うめがか》|四方《よも》に|薫《くん》じ、|紫微天界《しびてんかい》の|真相《しんさう》を|表《あら》はしければ、|遠見男《とほみを》の|神《かみ》も|喜《よろこ》びの|余《あま》り、|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『いたましき|生代《いくよ》の|比女神《ひめがみ》の|心《こころ》かな
|燃《も》ゆる|胸《むね》の|火《ひ》|黒雲《くろくも》となりしか
|恐《おそろ》しきものは|恋《こひ》かも|言葉《ことば》かも
|闇《やみ》は|忽《たちま》ち|晴《は》れ|渡《わた》りける
|天《あま》の|世《よ》に|恋《こひ》の|黒雲《くろくも》ふさぐとは
われは|夢《ゆめ》にも|思《おも》はざりしよ
|愛善《あいぜん》の|天界《てんかい》なれば|恋《こ》ふるてふ
|心《こころ》のおこるも|是非《ぜひ》なかるべし
|愛《あい》されて|愛《あい》し|返《かへ》すは|天界《てんかい》の
|道《みち》に|叶《かな》へるものとし|思《おも》ふ
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》のやさしき|言霊《ことたま》に
|晴《は》れ|渡《わた》りける|恋《こひ》の|黒雲《くろくも》
|愛《あい》すてふ|心《こころ》はめぐしわれもまた
|愛《あい》し|愛《あい》され|住《す》ままく|思《おも》ふ』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『|二柱《ふたはしら》|神《かみ》の|心《こころ》をみたすべく
われ|言霊《ことたま》の|神橋《みはし》かけばや
はしかけのわれ|神《かみ》となりこの|恋《こひ》を
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|遂《と》げさせ|度《た》きもの
さりながら|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御依《みよ》さしに
そむかせまつるは|心苦《こころぐる》しも
ことわりにあはねど|恋《こひ》は|恋《こひ》として
|聞《き》くべき|心《こころ》の|理《ことわり》ぞある
|理《ことわり》の|外《そと》を|流《なが》るる|恋雲《こひぐも》は
|神《かみ》の|力《ちから》も|及《およ》ばざりけり
ウの|声《こゑ》の|生言霊《いくことたま》に|生《うま》れたる
われには|恋《こひ》のかげだにもなし
ただ|恋《こ》ふるわれの|心《こころ》は|瑞御霊《みづみたま》
|神業《みわざ》の|光《ひかり》のみなりにける』
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|玉《たま》の|湖《うみ》の|汀《みぎは》の|森《もり》にとこしへに
います|比女神《ひめがみ》の|心《こころ》いぢらし
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》もこの|事《こと》|聞《き》かすならば
またもや|炎《ほのほ》をもやし|給《たま》はむ
|神《かみ》の|代《よ》にかかる|例《ためし》はあらせじと
|万代《よろづよ》のためわれは|祈《いの》るも
|祈《いの》りても|何《なに》の|甲斐《かひ》なき|恋衣《こひごろも》
|破《やぶ》らむ|術《すべ》のなきぞ|悲《かな》しき
|栄《さか》えゆく|豊葦原《とよあしはら》の|国中《くになか》に
|恋《こひ》なかりせば|神代《みよ》は|栄《さか》えじ
よき|事《こと》に|曲事《まがごと》いつき|曲事《まがごと》に
よき|事《こと》いつく|神代《かみよ》なるかも
|鬼《おに》となり|魔神《まがみ》となりて|胸《むね》の|火《ひ》は
|真鶴山《まなづるやま》を|雲《くも》に|包《つつ》みし
|恐《おそろ》しくまた|優《やさ》しきは|恋《こひ》すてふ
|心《こころ》の|炎《ほのほ》の|燃《も》ゆるなりけり』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|心《こころ》の|苦《くる》しさを
|思《おも》へばわれは|悲《かな》しかりけり
|玉野比女《たまのひめ》|生代比女神《いくよひめがみ》の|中《なか》にたち
|心《こころ》なやます|岐美《きみ》ぞ|偲《しの》ばゆ
ままならば|岐美《きみ》の|悩《なや》みを|救《すく》はむと
|思《おも》へど|及《およ》ばじ|醜面《しこづら》われは』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国土造《くにつく》り|神《かみ》を|生《う》まさむ|神業《かむわざ》の
|難《かた》きをつくづく|今日《けふ》|悟《さと》りけり
|顕津男《あきつを》の|悲《かな》しき|心《こころ》|今《いま》ぞ|知《し》る
|国《くに》の|柱《はしら》と|立《た》たすが|故《ゆゑ》に
|凡神《ただがみ》の|身《み》にしおはさば|大《おほ》らかに
|恋《こひ》を|楽《たの》しみ|給《たま》はむものを
|主《ス》の|神《かみ》の|言葉《ことば》は|重《おも》し|生代比女《いくよひめ》
|神《かみ》の|心《こころ》は|炎《ほのほ》とわき|立《た》つ
|燃《も》ゆる|火《ひ》の|中《なか》に|立《た》たせる|思《おも》ひして
なやみ|給《たま》へる|瑞御霊《みづみたま》あはれ
|真鶴《まなづる》の|国津柱《くにつはしら》と|立《た》ち|給《たま》ひ
|間《ま》もなく|雲《くも》に|包《つつ》まれ|給《たま》ひぬ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》をつつむ|恋雲《こひぐも》を
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|晴《は》らしまさずや
|如何《いか》にしてこの|難関《なんくわん》を|瑞御霊《みづみたま》
のがれ|給《たま》ふと|煩《わづら》ふわれは
|生代比女《いくよひめ》|燃《も》ゆる|胸《むね》の|火《ひ》|消《け》す|術《すべ》も
なかりけらしな|瑞御霊神《みづみたまがみ》も』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|如何《いか》にして|恋《こひ》の|縺毛《もつれげ》とかばやと
|思《おも》ふも|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御為《おんた》め
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》に|叶《かな》へば|玉野比女《たまのひめ》の
|神《かみ》の|心《こころ》をなやまし|給《たま》はむ
|上下《うへした》のへだてを|知《し》らぬ|恋《こひ》なれば
|心《こころ》のつよき|霊止《ひと》の|勝《か》つらし
|真鶴山《まなづるやま》|黒雲《くろくも》ただに|晴《は》れぬれど
まだ|晴《は》れやらぬ|岐美《きみ》の|心《こころ》よ
われは|今《いま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御胸《おんむね》を
|思《おも》ひて|涙《なみだ》|止《とど》めあへずも
|恋《こひ》すてふ|道《みち》は|神代《かみよ》を|限《かぎ》りとし
|末《すゑ》の|世《よ》までも|残《のこ》さじと|祈《いの》る
|祈《いの》るとも|恋《こひ》は|詮術《せんすべ》なかるらむ
|心《こころ》の|糸《いと》の|縺《もつ》れし|女神《めがみ》に』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》をかけし|恋衣《こひごろも》
|破《やぶ》らむ|術《すべ》もあらじと|思《おも》ふ
たまきはる|生命《いのち》|惜《を》しまぬ|比女神《ひめがみ》の
|恋《こひ》の|炎《ほのほ》は|鬼《おに》となりしか
|恋《こひ》ゆゑに|生命《いのち》|捨《す》てむと|思《おも》ふこそ
|心《こころ》のいろのまことなるらし
|瑞御霊《みづみたま》|雄々《をを》しき|優《やさ》しきものごしに
|比女神《ひめがみ》の|心《こころ》いつきたりけむ
|理《ことはり》の|道《みち》をなみしてひた|進《すす》む
|恋《こひ》の|闇《やみ》には|木戸《せき》なかりけり
ともかくも|百神《ももがみ》たちよ|真鶴《まなづる》の
|山《やま》の|聖所《すがど》に|神言《みこと》|宣《の》らばや』
この|御歌《みうた》に|百神等《ももがみたち》は、|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め、|恭《うやうや》しく|神言《かみごと》を、|天津高宮《あまつたかみや》の|方《はう》に|向《むか》つて|奏上《そうじやう》し、|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を、|繰《く》り|返《かへ》し|繰《く》り|返《かへ》し、|祈《いの》り|給《たま》ふぞ|久《ひさ》しけれ。
(昭和八・一〇・二一 旧九・三 於水明閣 白石恵子謹録)
第九章 |真鶴鳴動《まなづるめいどう》〔一八七七〕
|天《あめ》と|地《つち》との|世《よ》の|中《なか》に
|生言霊《いくことたま》の|御稜威《みいづ》より
|尊《たふと》きものはほかに|無《な》し
|天《あめ》の|神国《みくに》も|主《ス》の|国《くに》も
|生言霊《いくことたま》のいさをしに
|山河《やまかは》|生《うま》れ|草木《くさき》|萌《も》え
|百《もも》の|神々《かみがみ》|生《あ》れ|出《い》でぬ
そもそも|紫微《しび》の|天界《てんかい》は
|愛《あい》と|善《ぜん》との|国土《こくど》なり
|愛《あい》と|善《ぜん》とは|主《ス》の|神《かみ》の
|誠《まこと》のみたまみすがたよ
|愛《あい》は|天界《みくに》のはじめより
|神《かみ》の|心《こころ》を|生《い》かすべく
|生《うま》れ|出《い》でたる|御賜《みたまもの》
さはあれ|愛《あい》は|重《かさ》なりて
|遂《つひ》にはあやしき|恋《こひ》となり
|胸《むね》の|炎《ほのほ》に|天《あめ》を|焼《や》き
|地《つち》を|焦《こが》して|諸々《もろもろ》の
|禍《わざはひ》おこす|恐《おそろ》しさ
|真鶴山《まなづるやま》のみたまとし
あらはれ|出《い》でし|生代比女《いくよひめ》
|神《かみ》の|神言《みこと》の|瑞御霊《みづみたま》
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の
|雄々《をを》しき|御姿《みすがた》|見《み》るよりも
|恋《こひ》の|炎《ほのほ》は|燃《も》え|盛《さか》り
|面《おも》ほてりつつ|玉《たま》の|緒《を》の
|命《いのち》をかけて|恋《こ》ひ|給《たま》へば
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御旨《おんむね》に
そむかむ|事《こと》をおそれまし
|言葉《ことば》たくみに|理《ことわり》を
|宣《の》らせ|給《たま》ふを|比女神《ひめがみ》は
|忽《たちま》ち|失望落胆《しつばうらくたん》の
|淵《ふち》に|沈《しづ》ませ|給《たま》ひつつ
|胸《むね》の|炎《ほのほ》は|燃《も》えさかり
|天地《てんち》を|包《つつ》む|黒雲《くろくも》と
|忽《たちま》ち|変《へん》じ|恐《おそろ》しき
|大蛇《をろち》の|姿《すがた》と|現《あらは》れて
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》に|仇《あだ》せむと
|言《こと》あげ|給《たま》ふ|恐《おそろ》しさ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はじめとし
|百神等《ももがみたち》は|悩《なや》みまし
|比女《ひめ》の|心《こころ》を|和《なご》めむと
よきほどほどに|瑞御霊《みづみたま》
|其《そ》の|場《ば》を|逃《のが》れ|給《たま》ひしが
|胸《むね》の|炎《ほのほ》はをさまらず
|全身《ぜんしん》|熱《ねつ》して|燃《も》え|盛《さか》り
|強《つよ》き|悩《なや》みに|堪《た》へかねて
|湖水《こすゐ》に|飛《と》び|込《こ》みなやましさ
|消《け》し|止《とど》めむとなし|給《たま》ふ
|比女《ひめ》の|心《こころ》ぞいぢらしき
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》は|愛《あい》なり|仁《めぐみ》なり
|愛《あい》と|情《なさけ》の|終極《しうきよく》は
とくにとかれぬ|恋《こひ》の|糸《いと》
もつれ|乱《みだ》るぞ|是非《ぜひ》なけれ。
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|天界《てんかい》の|総《すべ》てのものを|結《むす》び|合《あ》はす
|誠《まこと》の|力《ちから》は|恋《こひ》なりにけり
|結《むす》び|合《あ》ひ|睦《むつ》び|合《あ》ひつつ|水火《いき》|合《あは》せ
|命《みこと》を|生《う》まむ|神業《みわざ》かしこき
|比古神《ひこがみ》は|比女神《ひめがみ》を|恋《こ》ひ|比女神《ひめがみ》は
|比古神《ひこがみ》|恋《こ》ふる|天界《てんかい》の|道《みち》
|喜《よろこ》びもまた|悲《かな》しみも|楽《たの》しみも
|騒《さわ》ぎも|恋《こひ》よりわき|出《い》づるなり
|如何《いか》にせむ|止《とど》むるよしもなきものは
|恋《こひ》てふ|駒《こま》のあがきなりけり
ウの|声《こゑ》の|水火《いき》に|生《うま》れし|結《むす》び|合《あは》せの
|神《かみ》なるわれはかなしと|思《おも》へり
|玉野比女《たまのひめ》|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|真心《まごころ》を
なだむる|由《よし》も|吾《われ》なかりける』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|美味国《うましくに》|弥栄《いやさか》の|国《くに》|玉《たま》の|国《くに》に
ときじくひらく|恋《こひ》の|花《はな》かも
|愛《あい》の|果《は》て|善《ぜん》の|極《きは》みは|恋《こひ》となり
|誠《まこと》となりてあらはるるなり
|天界《てんかい》に|恋《こひ》てふもののなかりせば
さびしかるらむこれの|国原《くにばら》
やがて|今《いま》|再《ふたた》び|荒《すさ》び|給《たま》ふらむ
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|湖水《こすゐ》を|割《わ》りて
この|時《とき》ゆ|天地《あめつち》|一度《いちど》に|揺《ゆる》ぎ|出《だ》し
|風《かぜ》|吹《ふ》き|荒《すさ》び|雨《あめ》|地《ち》に|溢《あふ》れむ
|言霊《ことたま》に|生《う》み|出《い》で|給《たま》ひし|美味素《うましもと》の
|国《くに》も|再《ふたた》び|泥濘《ぬかるみ》となるらむ
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》をはじめ|地《ち》の|上《うへ》の
|総《すべ》てを|焼《や》かむ|恋《こひ》の|炎《ほのほ》は
|恋心《こひごころ》|天《あめ》と|地《つち》とにふさがりて
|神《かみ》の|心《こころ》を|闇《やみ》に|包《つつ》まむ
|恐《おそろ》しきものは|恋《こひ》なり|楽《たの》しきも
|恋路《こひぢ》にかをる|花《はな》なりにけり』
|斯《か》く|歌《うた》はせ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|再《ふたた》び|山麓《さんろく》より|猛火《まうくわ》|燃《も》え|上《あが》り、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|身辺《しんぺん》|近《ちか》く|迫《せま》り|来《き》ければ、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|止《や》むを|得《え》ず、|百神等《ももがみたち》を|率《ひき》ゐまして、
『サーソースーセーシー
ザーゾーズーゼージー
さがれさがれ|炎《ほのほ》よ|煙《けむり》よ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|炎《ほのほ》を|消《け》さむ。
|真鶴《まなづる》の|山《やま》は|尊《たふと》き|神《かみ》の|山《やま》
|曲津《まがつ》の|神《かみ》の|威猛《ゐたけ》るべきやは
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》はひたすらわれ|恋《こ》ひつ
|炎《ほのほ》となりしかあさましとおもふ
|国土《くに》を|生《う》み|御子《みこ》を|生《う》まさむ|道《みち》の|辺《べ》に
さまたげするな|恋《こひ》の|比女神《ひめがみ》
|我《われ》は|今《いま》|恋心《こひごころ》なしさはあれど
しばしを|汝《なれ》の|犠牲《いけにへ》とならむ
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》み|得《え》ば|我《われ》はただ
|離《さか》りて|進《すす》まむ|苦《くる》しき|身《み》なるよ
|生代比女《いくよひめ》|我《われ》を|恋《こ》ふるも|如何《いか》にせむ
ただ|一度《ひとたび》の|手枕《たまくら》なりせば』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや、|足下《あしもと》まで|燃《も》え|上《あが》りし|火焔《くわえん》は|忽《たちま》ち|跡《あと》なく|消《き》えて、|芳香《はうかう》|四辺《しへん》に|薫《くん》じ、|迦陵頻伽《かりようびんが》の|啼《な》く|音《ね》さへ|清《すが》しく|聞《きこ》え|来《き》たるぞ|不思議《ふしぎ》なれ。
(昭和八・一〇・二一 旧九・三 於水明閣 内崎照代謹録)
第二篇 |真鶴新国《まなづるしんこく》
第一〇章 |心《こころ》の|手綱《たづな》〔一八七八〕
|大虚空《だいこくう》の|中心《ちうしん》に、|一点《いつてん》の|ヽ《ほち》|忽然《こつぜん》として|現《あらは》れ、|ヽ《ほち》は|次第《しだい》に|円満《ゑんまん》の|度《ど》を|加《くは》へ、|遂《つひ》に|主《ス》の|言霊《ことたま》|生《うま》れ|出《い》でぬ。ス|声《ごゑ》は|次第々々《しだいしだい》に|膨張《ばうちやう》して、|遂《つひ》に|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》|大虚空中《だいこくうちう》に|現《あらは》れ|給《たま》ふに|至《いた》れり。スの|言霊《ことたま》はいよいよ|大活動力《だいくわつどうりよく》を|発揮《はつき》して、|遂《つひ》に|神《かみ》となり|給《たま》ふ。|之《これ》を|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》|又《また》の|御名《みな》は|大国常立《おほくにとこたち》の|神言《みこと》と|称《しよう》し|奉《たてまつ》る。|茲《ここ》に|大神《おほかみ》の|御稜威《みいづ》は|益々《ますます》|発展《はつてん》し|給《たま》ひて、|大宇宙《だいうちう》を|生《う》みなし|給《たま》ひ、|其《その》|中心《ちうしん》たる|紫微天界《しびてんかい》に|天津高宮《あまつたかみや》を|築《きづ》き|給《たま》ひ、|大神《おほかみ》|永遠《とこしへ》に|鎮《しづ》まり|給《たま》ひて、|大宇宙《だいうちう》を|生《う》み|国土《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》み|給《たま》ひつつ、|幾億万劫《いくおくまんごふ》の|末《すゑ》の|今日《こんにち》に|至《いた》る|迄《まで》、|一瞬間《いつしゆんかん》と|雖《いへど》も|其《その》|活動《くわつどう》を|休《やす》み|給《たま》ひし|事《こと》なし。
スの|言霊《ことたま》にして|万々一《まんまんいち》、|一秒間《いちべうかん》と|雖《いへど》も|其《その》|活動《くわつどう》を|休止《きうし》し|給《たま》ふ|時《とき》は、|三千大千世界《さんぜんだいせんせかい》たる|大宇宙《だいうちう》の|一切万有《いつさいばんいう》は、|忽《たちま》ち|生命《せいめい》を|失《うしな》ひ|滅亡《めつばう》するに|至《いた》るべし。ここに|主《ス》の|神《かみ》は、ウの|言霊《ことたま》より|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》を|生《う》み、|又《また》アの|言霊《ことたま》より|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》を|生《う》ませ|給《たま》ひて、まづ|紫微天界《しびてんかい》の|修理固成《しうりこせい》を|始《はじ》め|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》を|依《よ》させ|給《たま》ひしなり。|而《しかう》して|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》はあらゆる|神人《しんじん》を|初《はじ》め、|宇宙万有《うちうばんいう》の|精神界《せいしんかい》を|守《まも》り|給《たま》ひ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|紫微天界《しびてんかい》に|於《お》ける、|霊的物質界《れいてきぶつしつかい》の|生成化育《せいせいくわいく》の|神業《みわざ》に|奉仕《ほうし》し|給《たま》ふの|重大《ぢうだい》なる|責任《せきにん》を、|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》もて|負《お》はせ|給《たま》ひしぞ|畏《かしこ》けれ。|此《この》|神業《みわざ》は|幾億万々劫《いくおくまんまんごふ》の|末《すゑ》の|今日《こんにち》に|至《いた》ると|雖《いへど》も、|無限絶対無始無終的《むげんぜつたいむしむしうてき》に|継続《けいぞく》して|活躍《くわつやく》し|給《たま》ふなり。
|茲《ここ》に|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》の|御神業《ごしんげふ》は|暫《しばら》くおき、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|御活動《ごくわつどう》|情態《じやうたい》に|就《つい》て、|大海《たいかい》の|一滴《いつてき》に|比《ひ》すべき|程《ほど》の|事蹟《じせき》を|述《の》べむとするも、|浩瀚《かうかん》にして|容易《ようい》に|述《の》べ|尽《つく》す|事《こと》|能《あた》はざるなり。|我《われ》は|唯《ただ》|数千万分《すうせんまんぶん》の|一《いち》に|当《あた》るべき|御活動《ごくわつどう》の|情態《じやうたい》を|開示《かいじ》せむとす。|故《ゆゑ》に|読者《どくしや》は|此《この》|物語《ものがたり》を|読《よ》みて、|天界活動《てんかいくわつどう》の|全部《ぜんぶ》に|非《あら》ざるを|弁《わきま》へ|知《し》るべし。
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|就《つい》ても、|八十柱《やそはしら》の|比女神《ひめがみ》を|先《ま》づ|賜《たま》ひたれども、|現界人《げんかいじん》の|如《ごと》き、|性的《せいてき》|行動《かうどう》をなし|給《たま》ふ|如《ごと》き|事《こと》なく、|唯単《ただたん》に|水火《いき》と|水火《いき》とを|組《く》み|合《あは》せもやひ|合《あは》せ、|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》りの|果《は》てに|神霊《しんれい》の|気《き》|感応《かんのう》し|給《たま》ひて、ここに|尊《たふと》き|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ませ|給《たま》ふの|神業《みわざ》なり。|然《しか》しながら|宇宙《うちう》|一切《いつさい》の|生成化育《せいせいくわいく》は、スの|神《かみ》の|幸魂《さちみたま》たる|愛《あい》の|情動《じやうどう》より|発生《はつせい》するものなれば、|愛《あい》を|離《はな》れて|絶対的《ぜつたいてき》に|生産《せいさん》は|求《もと》むべからず。|然《しか》るが|故《ゆゑ》に|女男《めを》|二柱《ふたはしら》の|神々《かみがみ》|見合《みあ》ひます|時《とき》は、|必《かなら》ず|愛恋《あいれん》の|心《こころ》|湧出《ゆうしゆつ》すべきは|自然《しぜん》の|道理《だうり》なり。|愛《あい》し|愛《あい》され|其《その》|結果《けつくわ》は、|遂《つひ》に|恋《こひ》となり|恋愛《れんあい》となりて、|魂《たましひ》のいつきて|離《はな》れざるものなるが|故《ゆゑ》に、|主《ス》の|神《かみ》は|八十柱《やそはしら》の|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ましめむとして、|深《ふか》き|御心《みこころ》の|在《おは》します|儘《まま》に、|八十柱《やそはしら》の|比女神《ひめがみ》を|御子生《みこう》みの|御樋代《みひしろ》として、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|言依《ことよ》さし|給《たま》ひたるなり。|然《しか》るが|故《ゆゑ》に|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|在《おは》します|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|一度《ひとたび》|見合《みあ》ひますれば|一《ひと》つの|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》み|給《たま》ふが|故《ゆゑ》に、|一所《ひとところ》に|留《とど》まりて|現代人《げんだいじん》の|如《ごと》く|夫婦《ふうふ》|生活《せいくわつ》に|居《を》らせ|給《たま》ふ|事《こと》|能《あた》はざりしなり。|八十柱《やそはしら》の|神《かみ》にしても、もし|二柱《ふたはしら》|生《う》ませ|給《たま》ふ|事《こと》あらむか、|必《かなら》ず|其《その》|国《くに》は|遂《つひ》に|権力《けんりよく》|位置《ゐち》の|争《あらそ》ひによりて|崩壊《ほうくわい》すべし。|茲《ここ》に|主《ス》の|神《かみ》は|深謀遠慮《しんぼうゑんりよ》の|結果《けつくわ》、|一《ひと》つの|国《くに》に|一《ひと》つの|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ませ|給《たま》ふべく|言依《ことよ》させ|給《たま》ひしなり。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|高日《たかひ》の|宮《みや》に|幾年《いくとせ》の|間《あひだ》を|籠《こも》り|仕《つか》へ|給《たま》ひ、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|艶麗《えんれい》なる|容色《ようしよく》に|恋々《れんれん》として|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》を|後《おく》れさせ|給《たま》ひけるが、|其《その》|執着心《しふちやくしん》は|忽《たちま》ち|鬱結《うつけつ》して|中津滝《なかつたき》の|大蛇《をろち》と|化《くわ》し、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》を|遂《つひ》に|蛇腹《じやふく》に|葬《はうむ》りけるにぞ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|恐《おそ》れ|畏《かしこ》み、|我《わが》|過《あやま》れることを|悟《さと》りて|長《なが》く|住《す》みなれし|高日《たかひ》の|宮《みや》を|後《あと》に、|果《はて》しも|知《し》らぬ|大野原《おほのはら》を|国土生《くにう》み|御子生《みこう》まむと|出《い》で|給《たま》ひけるが、|茲《ここ》に|未《いま》だ|国土《くに》|稚《わか》く|浮脂《うきあぶら》の|如《ごと》く|漂《ただよ》へる|真鶴《まなづる》の|国《くに》を|造《つく》り|固《かた》め、|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まむと|思《おも》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|真鶴山《まなづるやま》の|山霊《さんれい》より|生《うま》れ|出《い》でませる|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|聖雄的《せいゆうてき》|神格《しんかく》に|恋々《れんれん》の|情《じやう》|止《や》み|難《がた》く、|頻《しき》りに|心火《しんくわ》を|燃《も》やしつつ|迫《せま》り|給《たま》へども、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|如衣比女《ゆくえひめ》の|神去《かむさ》りにつき、|甚《いた》く|慎《つつし》み|恐《おそ》れみ|給《たま》ひければ、|主《ス》の|神《かみ》の|御樋代《みひしろ》ならぬ|女神《めがみ》に|対《たい》して|心《こころ》を|動《うご》かし|給《たま》はざりける。|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|恋着《れんちやく》|益々《ますます》|深《ふか》くして、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|其《その》|取捨《しゆしや》に|困惑《こんわく》し、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|天津神言《あまつかみごと》を|奏上《そうじやう》し|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りあげて、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|心《こころ》を|和《やは》らげむとなしたまふぞ|畏《かしこ》けれ。|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|主《ス》の|大神《おほかみ》の|依《よ》さしならずば、|何事《なにごと》をなすと|雖《いへど》も|一々万々《いちいちばんばん》、|成就《じやうじゆ》せざるは|今日《こんにち》の|世《よ》と|雖《いへど》も|同一《どういつ》なりと|知《し》るべし。
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》を|初《はじ》め|十一柱《じふいちはしら》の|神々《かみがみ》は、|清《きよ》き|明《あか》き|正《ただ》しき|真《まこと》の|心《こころ》を|籠《こ》めて、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|執着心《しふちやくしん》を|払《はら》ひ|清《きよ》めむと、|言霊《ことたま》の|限《かぎ》りをつくし、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|七十《ななそ》まり|五《いつ》の|言霊《ことたま》を|間断《かんだん》なく|宣《の》らせ|給《たま》ひけれども、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》が|恋着《れんちやく》の|心《こころ》は|容易《ようい》にをさまらず、|燃《も》え|立《た》つ|炎《ほのほ》は|胸《むね》を|焼《や》き、|遂《つひ》には|黒煙《こくえん》を|吐《は》き|出《い》で|給《たま》ひ、|次第々々《しだいしだい》に|拡《ひろ》ごりて|真鶴山《まなづるやま》の|国土《こくど》を|包《つつ》み、|咫尺《しせき》|暗憺《あんたん》として|日月《じつげつ》の|光《ひかり》をかくし、|暴風《ばうふう》|臻《いた》り|豪雨《がうう》|降《ふ》り|大地《だいち》|忽《たちま》ち|震動《しんどう》して、まだ|地《つち》|稚《わか》き|真鶴《まなづる》の|国原《くにばら》は|目《め》もあてられぬ|惨状《さんじやう》と|化《くわ》せむとせしぞ|歎《うたて》けれ。|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|少《すこ》しく|心《こころ》|和《やはら》ぎし|時《とき》は|天変地妖《てんぺんちえう》をさまり、|再《ふたた》び|恋着《れんちやく》の|猛火《まうくわ》|燃《も》ゆる|時《とき》は|忽《たちま》ち|天地《てんち》|暗黒《あんこく》と|化《くわ》し、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神業《みわざ》の|妨害《ばうがい》となる|事《こと》|甚《はなはだ》しかりける。
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|初《はじ》め|諸々《もろもろ》の|神等《かみたち》は、|各《おの》も|各《おの》もあらむ|限《かぎ》りの|力《ちから》を|尽《つく》して、|七日七夜《ななかななよ》の|間《あひだ》|主《ス》の|神《かみ》の|降臨《かうりん》を|祈願《きぐわん》し|給《たま》ひける。|此《この》|時《とき》|宇宙《うちう》に|主《ス》の|神《かみ》の|御声《みこゑ》ありて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国土《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》むなる|神業《かむわざ》は
なれに|依《よ》させし|道《みち》をこそゆけ
|言霊《ことたま》の|清《きよ》きすがしき|水火《いき》をもて
|八十《やそ》の|御樋代《みひしろ》のみに|見合《みあは》せ
|容貌《みめかたち》|如何《いか》に|美《うるは》しき|神《かみ》なりとも
|神業《みわざ》ならねば|心《こころ》|染《そ》むるな
|瑞御霊《みづみたま》はわが|御霊代《みひしろ》よ|八十比女《やそひめ》は
わが|御子《みこ》|生《う》ます|御樋代《みひしろ》なるよ
|御樋代《みひしろ》と|我《わが》|定《さだ》めたる|比女神《ひめがみ》の
|外《ほか》に|見合《みあ》はむ|神《かみ》あらじかし』
かく|歌《うた》ひ|終《をは》り|給《たま》ふや、|四辺《あたり》をつつみし|妖邪《えうじや》の|空気《くうき》は|忽《たちま》ち|晴《は》れ|渡《わた》り、|蒼空《さうくう》|一点《いつてん》の|雲《くも》なきまでに|清《きよ》く|明《あか》るき|国原《くにばら》となりぬ。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》を|畏《かしこ》み、|旦《か》つ|妖邪《えうじや》の|空気《くうき》を|跡形《あとかた》もなく|清《きよ》め|給《たま》ひたる|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神徳《しんとく》を|感謝《かんしや》しながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津宮《あまつみや》より|降《くだ》りまし
|永久《とは》の|神教《みのり》を|宣《の》らせたまひぬ
|主《ス》の|神《かみ》の|神旨《みむね》に|背《そむ》き|如何《いか》にして
われはまみえむ|仇《あだし》の|神《かみ》に
|弥益《いやます》に|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|清《きよ》め
|真《まこと》の|道《みち》の|光《ひかり》てらさむ
あだし|神《がみ》|如何程《いかほど》|迫《せま》り|来《く》るとても
|御樋代《みひしろ》ならぬ|神《かみ》にまみえじ
|天地《あめつち》のわるるが|如《ごと》き|禍《わざはひ》も
われは|恐《おそ》れじ|生言霊《いくことたま》に
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|心《こころ》は|愛《め》ぐしけれど
われは|見合《みあ》はむすべなかりける
この|国《くに》は|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|在《おは》す|国《くに》
|我《われ》は|見合《みあ》ひて|貴御子《うづみこ》|生《う》まむ』
|斯《か》く|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》により、|如何《いか》なる|曲神《まがかみ》の|襲《おそ》ひ|来《きた》るとも、|寸毫《すんがう》も|動《うご》かざる|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|発揮《はつき》し|給《たま》ひて、|茲《ここ》に|神魂《しんこん》を|練《ね》り、いよいよ|進《すす》んで|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》へ|給《たま》ふ|御心《みこころ》こそ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・二三 旧九・五 於水明閣 加藤明子謹録)
第一一章 |万代《よろづよ》の|誓《ちかひ》〔一八七九〕
|茲《ここ》に|百神等《ももがみたち》の|真心《まごころ》を|籠《こ》めし|昼夜《ちうや》の|祈願《きぐわん》に、|主《ス》の|大御神《おほみかみ》の|感応《かんのう》ありて|空中《くうちう》より|厳《おごそ》かなる|御神示《ごしんじ》ありければ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|恐《おそ》れ|畏《かしこ》み|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|発揮《はつき》し|給《たま》ひけるに、|四辺《しへん》を|包《つつ》みし|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|恋《こひ》の|炎《ほのほ》の|黒雲《くろくも》は|跡《あと》もなく|散《ち》り|行《ゆ》きて、|蒼空《さうくう》|一点《いつてん》の|雲《くも》なく、|日月《じつげつ》の|光《かげ》|再《ふたた》び|輝《かがや》きたるにぞ、|神々《かみがみ》は|主《ス》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》と、|恋《こひ》の|執着心《しふちやくしん》の|恐《おそ》ろしきを|思《おも》ひ|慮《はか》りて、|各《おの》も|各《おの》も|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|主《ス》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》|尊《たふと》し|常闇《とこやみ》の
|天地《あめつち》は|忽《たちま》ち|晴《は》れ|渡《わた》りける
|主《ス》の|神《かみ》の|天地《あめつち》なれば|黒雲《くろくも》も
|如何《いか》で|包《つつ》まむこの|神国《かみくに》を
|主《ス》の|神《かみ》の|功《いさを》|尊《たふと》し|恋闇《こひやみ》の
|思《おも》ひ|恐《おそろ》しと|今《いま》|悟《さと》りけり
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|心《こころ》を|推《お》しはかり
|炎《ほのほ》|吐《は》かせし|苦《くる》しさを|思《おも》ふ
|瑞御霊《みづみたま》|御心《みこころ》の|内《うち》を|思《おも》ひ|慮《はか》り
|吾《わが》|涙《なみだ》|未《いま》だ|止《とど》めあへずも』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|久方《ひさかた》の|天地《あめつち》|一度《いちど》に|晴《は》れにけり
|四方《よも》を|包《つつ》みし|叢雲《むらくも》|散《ち》らして
|今更《いまさら》に|主《ス》の|大神《おほかみ》の|功績《いさをし》を
|目《ま》のあたり|見《み》つ|畏《かしこ》みにけり
|吾《われ》は|今《いま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
|天地《てんち》の|水火《いき》の|活用《はたらき》を|見《み》し
|国土《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》ませる|神業《かむわざ》の
|容易《ようい》ならぬをつくづく|思《おも》へり
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|御尾前《みをさき》|守《まも》りつつ
|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》を|助《たす》けむと|思《おも》ふ
|未《ま》だ|稚《わか》き|真鶴山《まなづるやま》の|国原《くにばら》を
|生言霊《いくことたま》の|真言《まこと》に|固《かた》めむ
|生代比女神《いくよひめがみ》の|悲《かな》しき|心《こころ》|吾《われ》|知《し》れど
|詮術《せんすべ》もなし|惟神《かむながら》なれば
|遠近《をちこち》の|国土《くに》を|拓《ひら》きて|御子《みこ》|生《う》ます
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|活動《はたらき》|天晴《あは》れ
|濛々《もうもう》と|湯気《ゆげ》|立昇《たちのぼ》り|非時《ときじく》に
|天《てん》を|包《つつ》める|稚《わか》き|国原《くにばら》よ』
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|月《つき》も|日《ひ》も|主《ス》の|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》に
|晴《は》れ|渡《わた》りたる|国原《くにばら》|貴《たふと》し
|今日《けふ》よりは|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|清《きよ》め
わが|言霊《ことたま》も|清《きよ》め|澄《す》まさむ
|夜昼《よるひる》の|差別《けぢめ》も|知《し》らに|宣《の》り|上《あ》ぐる
わが|言霊《ことたま》は|功《いさを》なかりき
|曇《くも》りたる|言霊《ことたま》つとめ|宣《の》らむとても
|如何《いか》で|開《ひら》けむ|天地《あめつち》の|闇《やみ》は
|恋心《こひごころ》ほど|恐《おそろ》しきものはなし
|生言霊《いくことたま》を|塞《ふさ》ぎて|曇《くも》らふ
|比女神《ひめがみ》の|恋《こひ》の|心《こころ》の|炎《ほのほ》さへ
|消《け》さむ|術《すべ》なきわが|言霊《ことたま》よ
|恥《は》づかしきわが|言霊《ことたま》の|力《ちから》かな
|恋《こひ》の|炎《ほのほ》におさへられつつ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天《あめ》に|坐《ま》す|日《ひ》の|大御神《おほみかみ》|月《つき》の|神《かみ》
わが|国土造《くにつく》り|守《まも》らせ|給《たま》はれ
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》に|従《したが》ひ|真鶴《まなづる》の
|稚《わか》き|国原《くにばら》|固《かた》めむと|思《おも》ふ
|渺茫《べうばう》と|限《かぎ》りも|知《し》らぬ|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》|稚《わか》くして|葭葦《よしあし》の|国土《くに》
|葭葦《よしあし》をきり|拓《ひら》きつつ|主《ス》の|神《かみ》の
|生言霊《いくことたま》に|国土造《くにつく》りせむ
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|功績《いさをし》|今《いま》ぞ|知《し》る
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ます|艱《なや》みを
|愛善《あいぜん》のこの|国原《くにばら》に|御子《みこ》|生《う》ます
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|功績《いさをし》を|思《おも》ふ
|御子生《みこう》みの|神《かみ》にしあれば|吾《われ》はただ
|大神心《おほみこころ》に|従《したが》ふのみなる
|凡神《ただがみ》の|囁《ささや》き|如何《いか》に|高《たか》くとも
わが|言霊《ことたま》に|鎮《しづ》めて|行《ゆ》かむ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》を|廻《めぐ》りし|沼《ぬま》さへも
|生言霊《いくことたま》に|乾《かわ》きはてたり
|斯《かく》の|如《ごと》|功績《いさをし》|著《しる》き|瑞御霊《みづみたま》は
|百八十国土《ももやそくに》の|主《あるじ》なりけり
|百八十《ももやそ》の|国土《くに》|広《ひろ》ければ|主《ス》の|神《かみ》の
|八十《やそ》の|御樋代《みひしろ》|賜《たま》ひたりけり
|遥《はろか》なる|彼方《かなた》の|森《もり》に|玉野比女《たまのひめ》
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|待《ま》たす|尊《たふと》さ
|定《さだ》まりし|御樋代神《みひしろがみ》を|外《ほか》にして
|見合《みあ》ひ|給《たま》はぬ|岐美《きみ》ぞ|畏《かしこ》き
|御心《みこころ》によし|合《あ》はずとも|御樋代《みひしろ》の
|神《かみ》にしあれば|見合《みあ》ひ|給《たま》はれ
|好《この》まざる|御樋代《みひしろ》さへも|忍《しの》ばれて
|愛《あい》を|注《そそ》がす|岐美《きみ》ぞ|畏《かしこ》き
|八十柱《やそはしら》|御樋代《みひしろ》あれど|好《この》みまさぬ
|神《かみ》にも|見合《みあは》すを|畏《かしこ》しと|思《おも》ふ
|天津日《あまつひ》は|真鶴山《まなづるやま》を|照《てら》しつつ
|国土《くに》|造《つく》る|神業《わざ》|助《たす》け|給《たま》へり
|天伝《あまつと》ふ|月読《つきよみ》の|神《かみ》も|曇《くも》りませり
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|心《こころ》のかげか
はろばろと|御供《みとも》に|仕《つか》へ|来《きた》りけり
|岐美《きみ》の|神業《みわざ》を|補《おぎな》ひまつると
|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へまつりし|百神《ももがみ》の
|赤《あか》き|心《こころ》を|照《て》らさせ|給《たま》へり』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|泥濘《ぬかるみ》の|地《つち》を|固《かた》めて|神橋《みはし》かけし
|吾《われ》は|地固《ぢがた》めの|神業《みわざ》に|仕《つか》ふ
|泥濘《ぬかるみ》を|干《ほ》し|乾《かわ》かして|地《ち》を|固《かた》め
|五穀《たなつもの》をば|植《う》ゑ|生《お》ふしみむ
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|西南《せいなん》の|方《かた》に|青々《あをあを》と
|月日《つきひ》の|浮《うか》ぶ|玉野湖水《たまのこすゐ》よ
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|功《いさを》に|玉野湖《たまのうみ》の
|水《みづ》はかくまで|清《きよ》まりにけむ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》はつぎつぎ|高《たか》まりて
|裾野《すその》に|広《ひろ》き|雲《くも》の|遊《あそ》べる
|白雲《しらくも》の|上《うへ》に|抜《ぬ》き|出《で》しこの|山《やま》は
|国《くに》の|柱《はしら》に|相応《ふさはし》きかも
そよそよと|風《かぜ》|薫《かを》るなり|玉野湖《たまのうみ》の
|汀《みぎは》の|梅《うめ》の|匂《にほひ》|送《おく》るか
|黒雲《くろくも》に|包《つつ》まれ|艱《なや》みし|真鶴《まなづる》の
|山《やま》は|晴《は》れたり|主《ス》の|言霊《ことたま》に
|万代《よろづよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|国津柱《くにつはしら》
|動《うご》かざるべし|真鶴《まなづる》の|山《やま》に
タトツテチ|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|言霊《ことたま》に
|生《な》り|出《い》でませし|千羽鶴《せんばづる》かも
|鶴《つる》も|鷺《さぎ》もこれの|神山《みやま》に|集《あつま》りて
|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|千代《ちよ》を|歌《うた》はむ』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|真鶴《まなづる》の|山《やま》は|高《たか》しも|清《すが》しもよ
|常磐《ときは》の|松《まつ》に|鶴《つる》の|巣《す》ぐへば
|主《ス》の|神《かみ》のタの|言霊《ことたま》の|御水火《みいき》より
|松《まつ》は|忽《たちま》ち|生《お》ひ|立《た》ちにける
|生《お》い|立《た》ちし|松《まつ》は|千歳《ちとせ》の|色《いろ》そへて
|緑《みどり》も|深《ふか》くなりまさりつつ
|吹《ふ》く|風《かぜ》に|松《まつ》の|梢《こずゑ》はうなるなり
ウの|言霊《ことたま》の|幸《さちは》ひ|畏《かしこ》し
アオウエイ|生言霊《いくことたま》は|天《あま》と|地《つち》に
うなり|止《や》まずも|貴《うづ》の|天界《てんかい》に
|吾《われ》はしもウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|活用《はたら》きて
|生《あ》れ|出《い》でにつつ|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる
|瑞御霊《みづみたま》|四方《よも》を|巡《めぐ》らす|功績《いさをし》に
|稚《わか》き|国原《くにばら》|固《かたま》り|行《ゆ》くも
|国土《くに》を|生《う》み|神生《かみう》ましつつ|果《はて》しなき
|此《この》|天界《てんかい》を|巡《めぐ》らす|岐美《きみ》はも
|常磐樹《ときはぎ》は|所狭《ところせ》きまで|生《お》ひ|立《た》ちぬ
|生言霊《いくことたま》に|隙《すき》もなければ』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『たまきはる|生命《いのち》|守《まも》りて|永久《とことは》に
|吾《われ》は|仕《つか》へむ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|生命《いのち》は|弥永《いやなが》に
|保《たも》たせ|給《たま》へ|国土《くに》|造《つく》らす|為《ため》に
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》なくして|国土《くに》を|生《う》み
|神生《かみう》みの|神業《わざ》かなふべきやは
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》に|生《あ》れし|魂機張《たまきはる》
|神《かみ》は|生命《いのち》を|守《まも》る|神《かみ》ぞや
|神々《かみがみ》はいふも|更《さら》なり|万有《もろもろ》を
|生《い》かすは|吾《われ》の|活動《はたらき》にこそ
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》を|永久《とは》に|守《まも》るべく
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひ|来《きた》りぬ
|瑞々《みづみづ》しく|永久《とは》にましませ|瑞御霊《みづみたま》
|世《よ》に|若返《わかがへ》り|若返《わかがへ》りつつ
|幾億万《いくおくまん》|年《とし》を|経《ふ》るとも|魂機張《たまきはる》の
|神《かみ》は|総《すべ》ての|生命《いのち》を|守《まも》らむ
|若返《わかがへ》り|若返《わかがへ》りつつ|果《はて》しなき
|総《すべ》ての|生命《いのち》を|守《まも》る|吾《われ》なり
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》も|千歳《ちとせ》に|栄《さか》えかし
|真鶴山《まなづるやま》も|永久《とは》に|繁《しげ》れよ
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》ますも|魂機張《たまきはる》
|神《かみ》の|神言《みこと》の|加《くは》はらぬはなし
|無始無終《かぎりなく》|無限絶対《はてしもしら》に|天地《あめつち》の
|生命《いのち》を|吾《われ》は|守《まも》りこそすれ
|永久《とこしへ》に|栄《さか》へ|果《はて》なき|主《ス》の|神《かみ》の
ウ|声《ごゑ》に|生《あ》れし|生命《いのち》の|神《かみ》ぞや
|見《み》の|限《かぎ》り|真鶴《まなづる》の|国土《くに》は|未《ま》だ|稚《わか》し
|吾《われ》は|生命《いのち》を|与《あた》へて|生《い》かさむ
|末《すゑ》の|世《よ》に|生《うま》れ|出《い》でなむ|人草《ひとぐさ》の
|生命《いのち》|守《まも》ると|誓《ちか》ひ|置《お》くなり
|神人《かみひと》はいふも|更《さら》なり|草《くさ》も|木《き》も
|獣《けもの》も|魚《うを》も|虫《むし》も|守《まも》らむ
|真鶴《まなづる》の|国津柱《くにつはしら》の|山《やま》に|立《た》ちて
|万代《よろづよ》までも|誓《ちか》ひ|置《お》くなり』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|有難《ありがた》き|尊《たふと》き|言霊《ことたま》|聞《き》くものか
|生命《いのち》|守《まも》らす|神《かみ》の|誓《ちか》ひを
|水火《いき》と|水火《いき》|結《むす》び|合《あは》せて|生《あ》れしこの
|生命《いのち》を|永久《とは》に|守《まも》らせ|給《たま》へよ
|八十柱《やそはしら》|御樋代《みひしろ》の|神《かみ》の|玉《たま》の|緒《を》を
|結《むす》び|合《あは》せて|永久《とは》に|守《まも》らせ
|瑞御霊《みづみたま》|生《う》ませる|御子《みこ》に|永久《とこしへ》の
|生命《いのち》と|栄《さか》えを|守《まも》らせ|給《たま》へ
|吾《われ》こそは|山《やま》と|河《かは》とを|結《むす》び|合《あは》せ
|女男《めを》の|神等《かみたち》の|水火《いき》|結《むす》ぶなり
|国《くに》と|国《くに》|神《かみ》と|神《かみ》とを|結《むす》び|合《あは》せ
|紫微天界《しびてんかい》を|永久《とは》に|守《まも》らむ
|神《かみ》と|人《ひと》|君《きみ》と|臣《おみ》とを|睦《むつま》じく
|結《むす》び|合《あは》せむわが|言霊《ことたま》に』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|神々《かみがみ》の|日々《ひび》の|食物《をしもの》|悉《ことごと》く
|美味《うま》しきくはしき|味《あぢ》を|与《あた》へむ
|味《あぢ》なくば|百《もも》の|食物《をしもの》|何《なに》かあらむ
|石《いし》の|礫《つぶて》と|変《かは》らざるべき
|神《かみ》の|味《あぢ》また|人《ひと》の|味《あぢ》|食物《をしもの》の
|味《あぢは》ひ|守《まも》るわが|神業《みわざ》かも
|足引《あしびき》の|山野海河《やまのうみかは》|種々《くさぐさ》の
ものら|残《のこ》らず|味《あぢは》ひ|与《あた》へむ
|言霊《ことたま》も|味《あぢ》なき|時《とき》は|神々《かみがみ》の
|心《こころ》|荒《すさ》びて|神代《みよ》は|乱《みだ》れむ
|山《やま》に|野《の》に|味《あぢは》ひあれば|草《くさ》も|木《き》も
|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《お》ひ|繁《しげ》るべし』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|主《ス》の|神《かみ》の|真言《まこと》ゆ|出《い》づる|言霊《ことたま》は
この|天界《てんかい》を|造《つく》りましけり
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》に|吾《われ》は|生《な》り|出《い》でつ
|世《よ》の|言霊《ことたま》を|統《す》べ|守《まも》るべし
|言霊《ことたま》に|光《ひかり》あらずば|如何《いか》にして
|総《すべ》てのものをば|生《な》り|出《い》づべきやは
|濁《にご》りたる|神《かみ》の|言葉《ことば》は|天地《あめつち》を
|曇《くも》らし|濁《にご》す|偽言葉《えせことば》なり
|村肝《むらきも》の|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|清《きよ》め
|神《かみ》を|尊《たふと》びて|真言《まこと》|出《い》だすも
|動《うご》きなき|真言《まこと》の|心《こころ》は|天地《あめつち》を
|永久《とは》に|固《かた》むる|基《もとゐ》なりけり
|天《あめ》は|割《さ》け|山河《やまかは》どよむ|災《わざはひ》も
|言霊《ことたま》|清《きよ》くば|治《をさ》まると|知《し》れ
|神々《かみがみ》の|日々《ひび》の|言霊《ことたま》|守《まも》りつつ
|美《うま》し|神国《みくに》と|拓《ひら》き|守《まも》らむ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》|正《ただ》しくば|山《やま》も|野《の》も
|月日《つきひ》もひとり|輝《かがや》くものなり
|主《ス》の|神《かみ》の|吾《われ》はウ|声《ごゑ》に|生《な》り|出《い》でて
|世《よ》の|言霊《ことたま》を|永久《とは》に|守《まも》らむ
|末《すゑ》の|世《よ》の|人《ひと》の|言葉《ことば》の|活用《はたらき》も
|吾《われ》ある|限《かぎ》り|開《ひら》き|守《まも》らむ
|国中比古《くになかひこ》|神《かみ》は|真鶴山《まなづるやま》にまして
この|国原《くにばら》を|永久《とは》に|守《まも》らむ
|瑞御霊《みづみたま》|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》み|置《お》きて
|出《い》でます|吉日《よきひ》はや|近《ちか》みけり』
|茲《ここ》に|百神等《ももがみたち》は|真鶴山頂《まなづるさんじやう》に|立《た》たせ|給《たま》ひて、|各《おの》も|各《おの》も|持別《もちわ》け|給《たま》ひし|神業《みわざ》を|宣《の》り|明《あか》し、|愈々《いよいよ》|御心《みこころ》を|合《あは》せ|力《ちから》を|一《いつ》に|固《かた》めて、|紫微天界《しびてんかい》はいふも|更《さら》なり、|各層《かくそう》の|諸天界《しよてんかい》を|守《まも》らむと|言挙《ことあ》げ|給《たま》ひつつ、|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》に|真鶴《まなづる》の|霊山《れいざん》を|守《まも》らせて|置《お》きて、|玉野湖《たまのうみ》の|汀《みぎは》に|鬱蒼《うつさう》と|繁《しげ》れる|清《すが》しき|森蔭《もりかげ》を|目当《めあて》に|出《い》で|立《た》ち|給《たま》ふこととはなりぬ。
(昭和八・一〇・二三 旧九・五 於水明閣 森良仁謹録)
第一二章 |森《もり》の|遠望《ゑんばう》〔一八八〇〕
|◎《ス》の|言霊《ことたま》に|澄《す》みきりし |真鶴山《まなづるやま》の|頂上《いただき》に
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はじめとし |百神等《ももがみたち》は|立《た》たせつつ
|遥《はる》かに|遠《とほ》き|西《にし》の|国《くに》 |輝《かがや》き|澄《す》める|玉野湖《たまのうみ》の
|水《みづ》にうつらふ|日月《じつげつ》の |光《ひかり》は|鏡《かがみ》の|如《ごと》くなる
|其《そ》の|光景《くわうけい》を|打《う》ち|眺《なが》め |美《うま》しき|国《くに》よと|宣《の》らしつつ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|先頭《せんとう》に |白馬《はくば》に|跨《また》がりとうとうと
|緩勾配《くわんこうばい》の|坂道《さかみち》を |下《くだ》らせ|給《たま》ふぞ|勇《いさ》ましき
|駒《こま》の|嘶《いなな》き|蹄《ひづめ》の|音《ね》 |轡《くつわ》の|響《ひびき》もがちやがちやと
|風《かぜ》に|頭髪《とうはつ》|梳《くしけづ》り |玉野湖《たまのこ》さして|進《すす》みけり。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|馬上《ばじやう》ゆたかに|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|月日《つきひ》は|天《あめ》に|輝《かがや》きつ
|国原《くにばら》|隈《くま》なく|照《てら》しまし
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》もかんばしく
|梅《うめ》の|花香《はなか》のただよひつ
|進《すす》むも|楽《たの》しき|玉野森《たまのもり》
|真鶴山《まなづるやま》を|後《あと》にして
|神国《みくに》をひらき|神《かみ》を|生《う》み
|真鶴国《まなづるくに》を|生《い》かさむと
|百神等《ももがみたち》に|送《おく》られて
|大野ケ原《おほのがはら》を|進《すす》むなり
|葭葦《よしあし》|茂《しげ》るこの|国土《くに》は
まだ|地《つち》|稚《わか》し|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|合《あは》せてすがすがに
|神《かみ》の|神業《みわざ》に|仕《つか》ふべし。
|見渡《みわた》せば|大野《おほの》の|奥《おく》に|鏡《かがみ》なす
|玉野湖水《たまのこすゐ》に|月日《つきひ》|浮《うか》べり
こんもりと|老樹《らうじゆ》の|森《もり》の|繁《しげ》りたる
|清庭《すがには》に|行《ゆ》かむ|比女神《ひめがみ》いませば
|生代比女《いくよひめ》|心《こころ》の|曇《くも》り|晴《は》れにけむ
わがゆく|道《みち》は|空《そら》|晴《は》れにつつ
わが|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》も|勇《いさ》ましく
|美波志《みはし》の|神《かみ》の|幸《さち》に|進《すす》むも
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしの|言葉《ことば》そむかじと
|国《くに》の|八十国《やそぐに》|廻《めぐ》る|旅《たび》なり』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|御供《みとも》の|清《すが》しさよ
|玉野《たまの》の|鏡《かがみ》|行手《ゆくて》に|横《よこた》ふ
|月《つき》も|日《ひ》も|浮《うか》びて|清《きよ》き|玉野湖《たまのうみ》は
|岐美《きみ》を|待《ま》たせる|比女神《ひめがみ》の|心《こころ》か
|道《みち》|遠《とほ》み|駒《こま》ははやれどすくすくに
|進《すす》まぬ|旅《たび》をもどかしみ|思《おも》ふ
いざさらば|駒《こま》の|手綱《たづな》を|引《ひ》きしめて
|一鞭《ひとむち》あてて|駆《か》け|出《だ》さむかな
|瑞御霊《みづみたま》|岐美《きみ》の|姿《すがた》の|雄々《をを》しさは
|常磐《ときは》の|松《まつ》のよそほひなるも
|真鶴《まなづる》の|山《やま》は|後《うしろ》にかすみたり
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》|如何《いかが》ますらむ
|黒雲《くろくも》に|包《つつ》まれなやみし|真鶴《まなづる》の
|山《やま》に|学《まな》びし|言霊《ことたま》の|幸《さち》を』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|月《つき》も|日《ひ》も|圓屋《まるや》の|比古《ひこ》のまるまると
|高《たか》く|照《て》らせり|真鶴国原《まなづるくにばら》
|進《すす》み|行《ゆ》く|玉野《たまの》の|森《もり》は|遠《とほ》けれど
|駒《こま》の|力《ちから》に|安《やす》くいたらむ
|月《つき》も|日《ひ》も|波間《なみま》に|浮《うか》ぶ|玉野湖《たまのうみ》の
|清《きよ》きは|岐美《きみ》の|姿《すがた》なるかも
|久方《ひさかた》の|月日《つきひ》のかげを|浮《うか》べたる
|湖水《こすゐ》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》なるらむ
|白梅《しらうめ》の|薫《かをり》ゆかしき|国原《くにばら》を
|駒《こま》たて|並《なら》べ|進《すす》むたのしさ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》はつぎつぎ|影《かげ》|遠《とほ》み
わが|目路《めぢ》さへもとどかずなりぬ
|真鶴山《まなづるやま》|遠《とほ》くかすみて|玉野森《たまのもり》
つぎつぎわが|目《め》にしるくなりぬる
|瑞御霊《みづみたま》|進《すす》ます|道《みち》に|幸《さち》あれと
|吾《われ》は|祈《いの》りぬ|後姿《うしろで》|拝《をが》みつ
|駿馬《はやこま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》も|勇《いさ》ましく
|進《すす》む|今日《けふ》こそ|国土生《くにう》みの|旅《たび》
|国土生《くにう》みの|旅《たび》の|門出《かどで》を|天地《あめつち》は
|寿《ことほ》ぎ|給《たま》ふか|澄《す》みきらひつつ
|玉野比女《たまのひめ》|見合《みあ》ひます|日《ひ》の|近《ちか》づきて
|吾《われ》も|勇《いさ》みぬ|駒《こま》も|勇《いさ》みぬ
|野辺《のべ》を|吹《ふ》く|風《かぜ》やはらかに|瑞御霊《みづみたま》
|御髪《みくし》を|撫《な》でて|薫《かを》りゆくかも
|葭葦《よしあし》の|生《お》い|茂《しげ》るなる|国原《くにばら》を
|出《い》で|立《た》つ|今日《けふ》の|旅《たび》はさやけし
さらさらと|葉末《はずゑ》に|渡《わた》る|風《かぜ》の|音《ね》も
|岐美《きみ》の|旅立《たびだ》ち|寿《ことほ》ぐがに|聞《きこ》ゆ
|見《み》の|限《かぎ》り|墜居向伏《おりゐむかふ》す|白雲《しらくも》の
|果《はて》さへ|神《かみ》の|言霊《ことたま》|生《い》くるも』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》にタタの|言霊《ことたま》|組《く》み|合《あ》ひて
|生《な》り|出《い》でにけむ|玉野《たまの》の|森《もり》は
わが|駒《こま》は|勇《いさ》みに|勇《いさ》みわが|魂《たま》は
|清《きよ》みに|清《きよ》み|心安《うらやす》き|今日《けふ》
|瑞御霊《みづみたま》|旅《たび》に|立《た》たする|今日《けふ》の|日《ひ》は
|天地《あめつち》|清《すが》しく|晴《は》れ|渡《わた》りぬる
|清《きよ》きあかき|正《ただ》しき|神《かみ》の|言霊《ことたま》に
|晴《は》れ|渡《わた》りけむこれの|天地《あめつち》は
つぎつぎに|国土《くに》|生《う》み|神《かみ》を|生《う》ましつつ
|荒野《あらの》を|拓《ひら》かす|岐美《きみ》ぞ|畏《かしこ》き
|気永《けなが》くも|岐美《きみ》を|待《ま》たせし|玉野比女《たまのひめ》は
|今日《けふ》の|生日《いくひ》を|寿《ことほ》ぎますらむ
|吾《われ》は|今《いま》|駿馬《はやこま》の|背《せ》に|跨《またが》りて
|葭葦《よしあし》|茂《しげ》る|大野《おほの》を|走《はし》るも
わが|駒《こま》は|言霊《ことたま》の|水火《いき》に|生《あ》れし|駒《こま》
|永久《とは》に|疲《つか》れず|進《すす》み|行《ゆ》くなり』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉野森《たまのもり》いやつぎつぎに|近《ちか》まりて
|嬉《うれ》しも|吾《われ》は|心《こころ》|浮《う》き|立《た》つ
|玉野湖《たまのうみ》に|清《きよ》く|浮《うか》べる|夕月《ゆふづき》は
わが|魂線《たましひ》を|洗《あら》ひ|清《きよ》むる
|日《け》ならべて|岐美《きみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
|出《い》でゆく|旅《たび》のたのもしきかも
|天地《あめつち》に|如何《いか》なる|曲《まが》のさやるとも
|吾《われ》はくやまず|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》
|歓《よろこ》びの|天津国《あまつくに》なり|愛善《あいぜん》の
|紫微天界《しびてんかい》よ|何《なに》を|歎《なげ》かむ
わが|駒《こま》は|鬢《たてがみ》|振《ふる》ひ|勇《いさ》むなり
|嗚呼《ああ》|雄々《をを》しかる|姿《すがた》よ|嬉《うれ》しき
|歓《よろこ》びの|満《み》ちあふれたる|天界《てんかい》に
|生《うま》れし|幸《さち》を|吾《われ》は|嬉《うれ》しむ
|楽《たの》しみと|喜《よろこ》びの|果《は》てぬ|神《かみ》の|国《くに》に
|吾《われ》は|勇《いさ》みて|神業《みわざ》に|仕《つか》へむ
|大空《おほぞら》は|蒼《あを》く|澄《す》みきり|国原《くにばら》は
|花《はな》|匂《にほ》ひつつ|吹《ふ》く|風《かぜ》|涼《すず》しき
|駿馬《はやこま》の|脚《あし》|早《はや》けれど|出《い》づる|汗《あせ》の
|風《かぜ》にはらはれ|清《すが》しく|行《ゆ》くも
こんもりと|大野《おほの》の|奥《おく》に|青《あを》みたる
|玉野《たまの》の|森《もり》の|眺《なが》めさやけし』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|浮脂《うきあぶら》なすただよへる|真鶴《まなづる》の
|山《やま》を|生《う》ませる|御稜威《みいづ》|畏《かしこ》し
|真鶴《まなづる》の|山《やま》は|離《さか》りて|見《み》えずなりぬ
|道《みち》の|隈手《くまで》も|遠《とほ》く|来《き》にけむ
|見《み》はるかす|国土《くに》の|大野《おほの》に|鏡《かがみ》なして
|光《ひか》れる|水《みづ》は|玉野湖《たまのうみ》はも
|吾《われ》は|今《いま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
|心《こころ》|清《すが》しく|進《すす》み|行《ゆ》くなり
|大野《おほの》|吹《ふ》く|風《かぜ》も|穏《おだ》いに|薫《かを》りつつ
|今日《けふ》の|旅路《たびぢ》は|楽《たの》しかりけり
|久方《ひさかた》の|天《あめ》|清《きよ》らけく|澄《す》みきらひ
わが|行《ゆ》く|国土《くに》は|風《かぜ》も|清《すが》しき
|叢《くさむら》に|鳴《な》き|立《た》つ|虫《むし》の|声《こゑ》|聞《き》けば
|岐美《きみ》の|出《い》で|立《た》ち|寿《ことほ》ぎにつつ
|真鶴《まなづる》は|翼《つばさ》を|天《あめ》にうちながら
わが|行《ゆ》く|頭上《づじやう》をかけめぐるかも
|葭葦《よしあし》の|狭間《はざま》に|白《しろ》き|鷺《さぎ》の|群《むれ》
わが|駒《こま》の|音《ね》に|驚《おどろ》きて|立《た》つも
|並《なら》び|行《ゆ》く|駒《こま》の|脚並《あしなみ》|勇《いさ》ましき
|揃《そろ》ひも|揃《そろ》ふ|十一柱神《じふいちはしらがみ》よ
|国土《くに》つくり|神《かみ》を|生《う》ますと|出《い》でませる
|今日《けふ》の|御供《みとも》は|心《こころ》|清《すが》しも
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|正《ただ》しく|清《きよ》く|持《も》ちて
|岐美《きみ》に|真言《まこと》を|捧《ささ》げ|奉《まつ》らむ
|大河《おほかは》をいくつ|渡《わた》らひ|荒野《あらの》|越《こ》え
|今日《けふ》は|清《すが》しき|森《もり》かげを|見《み》つ
|月《つき》も|日《ひ》も|星《ほし》の|光《ひかり》も|冴《さ》えに|冴《さ》え
|澄《す》みに|澄《す》みきる|真鶴《まなづる》の|国《くに》よ』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》|助《たす》けむ|産玉《うぶだま》の
|神《かみ》の|神言《みこと》のあらむ|限《かぎ》りは
|国土《くに》を|生《う》み|御子《みこ》を|生《う》ませる|神業《かむわざ》を
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》あななひ|奉《まつ》らむ
|見渡《みわた》せば|四方《よも》の|大野《おほの》は|清《きよ》らけく
|美《うつ》しく|広《ひろ》く|限《かぎ》り|知《し》られじ
ひろびろと|果《はて》しも|知《し》らぬ|稚《わか》き|国土《くに》を
つくらす|岐美《きみ》の|功《いさを》|尊《たふと》し
|青雲《あをくも》の|壁立《かべた》つ|極《きは》み|白雲《しらくも》の
|墜居向伏《おりゐむかふ》す|限《かぎ》りは|神国《かみくに》
|天界《てんかい》の|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》み|給《たま》ふ
|神《かみ》に|従《したが》ひわが|来《き》つるかも
|神業《かむわざ》は|広《ひろ》し|遥《はろ》けし|天界《てんかい》の
|弥果《いやはて》までも|御供《みとも》|仕《つか》へむ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|神姿《みすがた》|後《うしろ》より
|拝《をが》み|奉《まつ》れば|光《ひかり》なりけり
この|稚《わか》き|真鶴国《まなづるくに》の|花《はな》となり
|光《ひかり》となりて|出《い》でます|岐美《きみ》はも
|国《くに》|遠《とほ》み|荒《あら》ぶる|神《かみ》のささやきは
|野《の》の|末《すゑ》までも|響《ひび》かひにけり
|瑞御霊《みづみたま》|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》りまして
|百《もも》の|醜神《しこがみ》まつろひ|給《たま》へ
|吾《われ》も|亦《また》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御尾前《みをさき》に
|仕《つか》へて|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》らむか
わが|駒《こま》は|鬣《たてがみ》|高《たか》く|振《ふ》り|乱《みだ》し
これの|大野《おほの》を|勇《いさ》み|行《ゆ》くかも
|百神《ももがみ》も|勇《いさ》み|給《たま》ひて|言霊《ことたま》の
|御歌《みうた》|詠《よ》ませる|今日《けふ》ぞ|目出度《めでた》き』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》|保《たも》ちて|今日《けふ》の|日《ひ》の
|御供《みとも》に|仕《つか》ふと|思《おも》へば|楽《たの》しも
|永久《とことは》の|生命《いのち》|保《たも》ちて|国土《くに》を|生《う》み
|神《かみ》|生《う》み|給《たま》ふ|神業《みわざ》|守《まも》らむ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|命《いのち》の|幸《さちは》ひて
|紫微天界《しびてんかい》は|永久《とは》に|栄《さか》えむ
|魂機張《たまきはる》|神《かみ》の|神言《みこと》は|玉野湖《たまのうみ》の
|神《かみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》さむと|思《おも》ふ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|黒雲《くろくも》|晴《は》らしつつ
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|湖水《こすゐ》にひそめり
|生代比女《いくよひめ》の|潜《ひそ》める|湖水《こすゐ》も|波《なみ》|凪《な》ぎて
|鏡《かがみ》の|如《ごと》く|月日《つきひ》|浮《うか》べり
|常磐樹《ときはぎ》の|空《そら》を|封《ふう》じてそそり|立《た》つ
|玉野《たまの》の|森《もり》はいよいよ|近《ちか》し
|玉野比女《たまのひめ》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|出《い》でましを
|湖畔《こはん》に|立《た》ちて|待《ま》たせ|給《たま》はむ
|駒《こま》の|脚《あし》にはかに|早《はや》くなりにけり
|神《かみ》の|神業《みわざ》のいそぎけるにや』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》の|神《かみ》の|御水火《みいき》の|結《むす》び|合《あは》せ
みもとに|仕《つか》ふる|今日《けふ》ぞ|嬉《うれ》しき
|玉野比女《たまのひめ》の|清《きよ》き|御魂《みたま》とわが|岐美《きみ》の
|御霊《みたま》を|結《むす》び|合《あは》せ|守《まも》らむ
|玉野湖《たまのうみ》の|水底《みなそこ》|深《ふか》く|潜《ひそ》みたる
|神《かみ》を|神国《みくに》にのぼらせ|救《すく》はむ
|一《ひと》きれの|雲片《くもきれ》も|無《な》き|今日《けふ》の|空《そら》を
|進《すす》む|大野《おほの》は|風《かぜ》も|清《すが》しき
|勇《いさ》ましき|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|出《い》でましに
わが|駿馬《はやこま》も|勇《いさ》み|立《た》つなり
わが|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》もかつかつと
|聖所《すがど》に|進《すす》む|今日《けふ》の|旅立《たびだ》ち
|茅草《かやくさ》の|露《つゆ》をあびつつ|一夜《ひとよ》さを
いねし|思《おも》へば|楽《たの》しき|今日《けふ》なり
|夕《ゆふ》されば|玉野《たまの》の|森《もり》に|宮柱《みやばしら》
|建《た》たせる|館《たち》に|進《すす》まむ|嬉《うれ》しさ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|黄昏《たそがれ》にはや|近《ちか》づきてわが|駒《こま》は
|行手《ゆくて》|急《いそ》ぐか|勇《いさ》み|出《い》でけり
|玉野湖《たまのうみ》に|写《うつ》れる|月日《つきひ》のかげさへも
|光《ひかり》やはらぎ|夕近《ゆふちか》みかも
そよそよと|科戸《しなど》の|風《かぜ》はわが|面《おも》を
|清《すが》しく|吹《ふ》きて|黄昏《たそが》れむとすも
|夕近《ゆふちか》み|草葉《くさば》にすだく|虫《むし》の|音《ね》も
|一入《ひとしほ》|高《たか》く|聞《きこ》え|来《き》にけり
|愛善《あいぜん》の|天津神国《あまつみくに》に|生《うま》れあひて
|永久《とは》に|生《い》く|身《み》は|楽《たの》しかりけり』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|山鳥《やまどり》の|尾《を》のながながと|野路《のぢ》|越《こ》えて
はや|黄昏《たそがれ》となりにけらしな
|目路《めぢ》|近《ちか》く|玉野湖《たまのみづうみ》|横《よこた》はり
|水《みづ》の|面《も》に|浮《う》く|白鳥《しらとり》の|影《かげ》
|白鳥《しらとり》は|清《すが》しき|影《かげ》をさかしまに
|写《うつ》して|遊《あそ》ぶ|夕暮《ゆふぐれ》の|湖《うみ》
|空《そら》|蒼《あを》く|水《みづ》また|青《あを》きこの|湖《うみ》に
|染《そ》まず|浮《うか》べる|白鳥《しらとり》のかげ
この|広《ひろ》き|玉野湖水《たまのこすゐ》を|渡《わた》り|給《たま》ひて
|進《すす》み|行《ゆ》かむか|玉野森《たまのもり》まで
|黄昏《たそがれ》となれども|御空《みそら》の|月《つき》かげは
|弥《いや》ますますも|輝《かがや》き|給《たま》へり』
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は、|長途《ちやうと》の|旅《たび》を|続《つづ》けたる|夕《ゆふべ》、|玉野湖畔《たまのこはん》にやうやく|着《つ》き、|息《いき》を|休《やす》め、|駒《こま》を|休《やす》ませ、|彼岸《ひがん》に|青《あを》き|森影《もりかげ》を|打《う》ち|見《み》やり|乍《なが》ら、|清《すが》しく|佇《たたず》ませ|給《たま》ふ。
(昭和八・一〇・二三 旧九・五 於水明閣 内崎照代謹録)
第一三章 |水上《すゐじやう》の|月《つき》〔一八八一〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|一行《いつかう》の|白馬隊《はくばたい》は、|漸《やうや》く|黄昏《たそが》れむとする|時《とき》、|玉野湖畔《たまのこはん》に|着《つ》き|給《たま》へば、|御空《みそら》を|渡《わた》る|満月《まんげつ》の|光《ひかり》は、|緩《ゆる》やかに|湖面《こめん》を|照《てら》し、|縮緬《ちりめん》の|波《なみ》|穏《おだ》やかにたゆたふ。
|玉野森《たまのもり》は|広《ひろ》き|湖水《こすゐ》の|彼方《かなた》の|岸《きし》に、|月光《つきかげ》を|浴《あ》びて|森厳《しんげん》そのものの|如《ごと》く、|地上《ちじやう》と|湖底《こてい》に|描《ゑが》かれて|居《ゐ》る。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|湖面《こめん》に|向《むか》ひ、|心《こころ》|静《しづか》に|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|仰《あふ》ぎ|見《み》る|夕《ゆふべ》の|月《つき》は|玉野湖《たまのうみ》の
|波《なみ》に|浮《うか》びて|静《しづか》なるかも
こんもりと|夕《ゆふべ》の|地上《ちじやう》に|描《ゑが》きたる
|玉野《たまの》の|森《もり》は|清《すが》しきろかも
|吾《われ》は|今《いま》|駒《こま》に|鞭《むち》うち|大野原《おほのはら》
|遠《とほ》く|渡《わた》りて|今《いま》|来《き》つるかも
|鏡《かがみ》なすこの|湖《みづうみ》に|浮《うか》びたる
|月《つき》の|面《も》|一入《ひとしほ》|広《ひろ》かりにけり
そよそよと|湖《みづうみ》を|吹《ふ》く|風《かぜ》もなく
この|天地《あめつち》はしづまりて|居《を》り
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|静《しづ》けくなりにけり
|月《つき》の|浮《うか》べる|湖《うみ》の|鏡《かがみ》に
わがい|行《ゆ》く|玉野《たまの》の|森《もり》は|波《なみ》の|彼方《かなた》
かすみて|湖路《うなぢ》|遥《はろ》けかりけり
|葦蘆《よしあし》の|茂《しげ》らふ|荒野《あらの》を|渡《わた》り|来《き》て
|今《いま》ひろびろと|波《なみ》の|月《つき》|見《み》つ
|虫《むし》の|声《こゑ》|岸《きし》のあちこち|聞《きこ》えつつ
わが|霊線《たましひ》の|清《すが》しさを|覚《おぼ》ゆ
|真鶴《まなづる》の|黒雲《くろくも》を|見《み》しわが|目《め》には
|一入《ひとしほ》|静《しづ》けく|思《おも》はるるかな
|暫《しば》しの|間《ま》|駒《こま》を|休《やす》ませ|水《みづ》|飼《か》ひて
|彼方《かなた》の|岸《きし》に|乗《の》りて|渡《わた》らむ
|波《なみ》|渡《わた》る|舟《ふね》さへもなきこの|湖《うみ》は
|駿馬《はやこま》の|背《せ》こそ|力《ちから》なりけり
|久方《ひさかた》の|高日《たかひ》の|宮《みや》を|出《い》でしより
かかる|静《しづ》けき|湖《うみ》を|見《み》ざりき
ままならばこの|湖《みづうみ》の|真寸鏡《ますかがみ》
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|土産《みやげ》となさばや
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|蒼《あを》し|湖《うみ》|青《あを》し
|月《つき》|天地《あめつち》に|清《すが》しく|浮《うか》ぶも
|雲《くも》の|蒼《あを》|湖《うみ》にうつるか|湖《うみ》の|青《あを》
|雲《くも》にうつるか|月《つき》の|鏡《かがみ》に
|空《そら》|蒼《あを》く|水《みづ》また|青《あを》き|湖《うみ》の|面《も》に
|浮《う》く|白鳥《しらとり》のかげのさやけさ
|満天《まんてん》の|星《ほし》を|写《うつ》して|輝《かがや》ける
|湖《うみ》は|千花《ちばな》の|匂《にほ》へるが|如《ごと》し
|星《ほし》の|花《はな》|水底《みそこ》に|浮《うか》び|湖《うみ》の|青《あを》
|天《てん》に|浮《うか》びて|清《すが》しき|宵《よひ》なり
|見《み》の|限《かぎ》り|御空《みそら》は|蒼《あを》く|水《みづ》|青《あを》く
|中《なか》を|流《なが》るる|月舟《つきふね》のかげ
|月《つき》|見《み》れば|心《こころ》|清《すが》しも|湖《うみ》|見《み》れば
わが|霊線《たましひ》はひろごりにつつ
|玉野比女《たまのひめ》の|姿《すがた》なるかも|青《あを》き|湖《うみ》の
|面《おもて》に|浮《うか》ぶ|満月《まんげつ》の|光《かげ》は
わが|心《こころ》|湖水《こすゐ》の|月《つき》と|輝《かがや》きつ
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|住所《すみか》|照《て》らさむ
|麗《うるは》しも|紫微天界《しびてんかい》のたましひか
この|湖《うみ》の|面《も》に|浮《うか》ぶ|月光《つきかげ》は
|高照《たかてる》の|山《やま》の|宮居《みやゐ》を|立《た》ち|出《い》でて
|清《すが》しき|湖《うみ》にいむかひ|居《ゐ》るかも
|濁《にご》り|河《がは》|渡《わた》りし|時《とき》のわが|霊《たま》も
|月《つき》|照《て》る|湖《うみ》の|青《あを》に|洗《あら》へり
|天《あめ》|高《たか》く|湖底《うなそこ》|深《ふか》し|我《われ》は|今《いま》
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》を|深《ふか》く|悟《さと》りぬ
|湖《うみ》の|面《おも》いや|広々《ひろびろ》と|目路《めぢ》|遠《とほ》み
わが|行《ゆ》くおもひ|遥《はろ》けくもあるか』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|御供《みとも》に|仕《つか》へ|清《すが》しくも
|今宵《こよひ》の|月《つき》に|魂《たま》を|洗《あら》へり
|果《はて》しなきこの|天地《あめつち》を|照《てら》します
|月光《つきかげ》|今宵《こよひ》は|湖《うみ》に|浮《うか》べり
|白銀《しろがね》の|玉《たま》と|輝《かがや》く|月舟《つきふね》の
これの|湖水《こすゐ》にかがやき|給《たま》ふ
|月《つき》も|日《ひ》も|星《ほし》も|浮《うか》ぶなるこの|湖《うみ》の
あをく|清《きよ》きは|神《かみ》の|心《こころ》か
|如意宝珠《によいほつしゆ》|玉《たま》の|月光《つきかげ》|明《あき》らけく
|浮《うか》べる|湖《うみ》の|清《きよ》くもあるかな
|小波《さざなみ》も|立《た》たぬ|夕《ゆふべ》の|湖《うみ》の|月《つき》は
|玉《たま》の|宮居《みやゐ》を|写《うつ》してさゆるも
|汀辺《みぎはべ》の|千草《ちぐさ》の|虫《むし》も|月光《つきかげ》の
|清《きよ》きに|鳴《な》くか|声《こゑ》|冴《さ》えにけり
|乗《の》りて|来《こ》し|白馬《はくば》の|背《せな》に|露《つゆ》おきて
|玉《たま》とかがよふ|今宵《こよひ》の|月光《つきかげ》
|仰《あふ》ぎ|見《み》る|御空《みそら》の|月《つき》も|湖《うみ》の|底《そこ》の
|月《つき》も|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》よ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|月《つき》|盈《み》ちて|今宵《こよひ》のかげは|圓屋比古《まるやひこ》
|神《かみ》の|姿《すがた》は|湖《うみ》にうかべる
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》うつして|玉野湖《たまのうみ》の
|底《そこ》|明《あき》らけく|澄《す》みきらふかな
|黄昏《たそがれ》の|闇《やみ》は|迫《せま》れど|天《あま》|渡《わた》る
|月《つき》に|明《あか》るく|透《す》きとほるなり
|青雲《あをくも》の|色《いろ》を|写《うつ》して|夕暮《ゆふぐれ》の
|月《つき》|澄《す》み|湖《うみ》のあをみたるかも
ぼんやりと|彼方《かなた》の|岸《きし》に|描《ゑが》きたる
|玉野《たまの》の|森《もり》は|水《みづ》に|映《は》えたり
きらきらと|輝《かがや》く|波《なみ》は|不知火《しらぬび》の
|海原《うなばら》|照《てら》す|如《ごと》く|見《み》ゆめり
|雲《くも》の|上《うへ》|高《たか》く|聳《そび》ゆる|真鶴《まなづる》の
|山《やま》ほの|見《み》えぬ|月《つき》の|光《ひかり》に
|見《み》の|限《かぎ》り|雲霧《くもきり》|晴《は》れて|空《そら》|蒼《あを》み
|星《ほし》きらめきて|清《すが》しき|宵《よひ》なり
|国土生《くにう》みの|御供《みとも》に|仕《つか》へて|珍《めづら》しく
|冴《さ》えたる|月《つき》を|今宵《こよひ》|見《み》るかな
|乗《の》りて|来《こ》し|駿馬《はやこま》|白《しろ》く|月《つき》に|浮《う》きて
|水底《みなそこ》までも|影《かげ》を|写《うつ》せり
たのもしき|旅《たび》なりにけり|荒野《あらの》|渡《わた》り
|玉野湖水《たまのこすゐ》の|冴《さ》えたる|月《つき》|見《み》つ
|何《なん》となくわが|魂線《たましひ》の|和《なご》みたり
|今宵《こよひ》の|月《つき》の|光《かげ》の|清《すが》しさに
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|成《な》りし|国土《くに》ながら
かく|麗《うるは》しと|思《おも》はざりけり
|月読《つきよみ》は|光《ひかり》の|限《かぎ》りを|光《ひか》りつつ
|波《なみ》の|面《おもて》に|静《しづか》に|浮《う》けるも
|山《やま》かげのただ|一《ひと》つなき|広野原《ひろのはら》に
|一《ひと》つ|浮《うか》べる|月《つき》の|湖《みづうみ》
ともかくも|岐美《きみ》のみあとに|従《したが》ひて
|今宵《こよひ》の|内《うち》に|彼岸《ひがん》に|渡《わた》らむ』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》|清《きよ》く|湖《うみ》また|清《きよ》き|中《なか》にして
われは|楽《たの》しく|歌《うた》|詠《よ》まむかな
|虫《むし》の|声《こゑ》|湖畔《こはん》に|冴《さ》えて|更《ふ》け|渡《わた》る
|今宵《こよひ》の|空《そら》の|長閑《のどか》なるかも
|大空《おほぞら》に|輝《かがや》く|月《つき》も|水底《みなそこ》に
|写《うつ》れる|月《つき》も|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ
|駿馬《はやこま》もこれの|景色《けしき》に|見惚《みと》れしか
|嘶《いなな》く|声《こゑ》は|清《すが》しかりけり
|渡《わた》り|行《ゆ》く|彼方《かなた》の|岸《きし》の|神森《かみもり》は
|水底《みなそこ》|深《ふか》くうつろひにけり
|吾《われ》は|今《いま》この|水月《みなづき》を|駿馬《はやこま》の
|蹄《ひづめ》に|砕《くだ》くと|思《おも》へば|惜《を》しきも
ままならばこの|湖《みづうみ》の|月光《つきかげ》を
|空《そら》にあづけて|渡《わた》らまほしけれ
|月《つき》の|浮《う》く|湖面《うなづら》を|渡《わた》るこの|宵《よひ》は
|御空《みそら》の|雲《くも》の|上《うへ》|行《ゆ》く|如《ごと》し』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|歓《よろこび》の|天地《あめつち》に|充《み》つるこの|国土《くに》は
|紫微天界《しびてんかい》の|真秀良場《まほらば》なるも
|瑞御霊《みづみたま》|御供《みとも》に|仕《つか》へて|天界《てんかい》の
|真秀良場《まほらば》に|照《て》る|湖《うみ》の|月《つき》|見《み》つ
|真鶴《まなづる》の|稚《わか》き|国原《くにばら》わかわかしく
|湖水《こすゐ》のみどりに|潤《うるほ》ひ|栄《さか》えむ
|久方《ひさかた》の|天《あめ》をうつせるこの|湖《うみ》は
|天津月日《あまつつきひ》も|永久《とは》に|宿《やど》らす
この|清《きよ》き|水底《みそこ》に|遊《あそ》ぶ|魚鱗《うろくづ》は
|月《つき》を|仰《あふ》ぎて|浮《うか》び|上《あが》りつ
|天《あめ》も|地《つち》もよみがへりたる|心地《ここち》して
|湖面《こめん》に|浮《うか》ぶ|宵月《よひづき》を|見《み》つ
|夕《ゆふ》されど|御空《みそら》の|月《つき》の|底《そこ》ひまで
|輝《かがや》く|湖畔《こはん》は|明《あか》るかりけり
とこしへの|歓《よろこ》び|充《み》つる|天界《てんかい》に
|生《い》きて|歎《なげ》かふ|神《かみ》は|曲《まが》なれ
|空《そら》|高《たか》く|底《そこ》|深《ふか》みつつこの|湖《うみ》の
|面《おもて》にうかぶ|蒼空《あをぞら》の|色《いろ》
|主《ス》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》|清《きよ》く|幸《さちは》ひて
|澄《す》みきりますかこれの|湖《みづうみ》
|澄《す》みきらふ|月《つき》のしたびに|吾《われ》|立《た》ちて
|湖底《こてい》の|月《つき》を|下《した》に|見《み》るかな
|瑞御霊《みづみたま》|出《い》でます|道《みち》の|幸《さちは》ひを
|明《あか》して|冴《さ》ゆる|湖上《こじやう》の|月光《つきかげ》
|千万《ちよろづ》の|悩《なや》みにあひて|今《いま》|此処《ここ》に
|清《きよ》き|御空《みそら》の|下《した》に|月《つき》|見《み》る』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|近《ちか》ければ|天《あめ》の|神橋《みはし》をかけ|渡《わた》し
この|湖《みづうみ》を|渡《わた》らまほしけれ
|紫《むらさき》の|雲《くも》の|神橋《みはし》を|渡《わた》りゆく
|月《つき》は|御空《みそら》の|宝珠《ほつしゆ》なるかも
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|蒼《あを》く|限《かぎ》りなく
|果《はて》しも|知《し》らに|湖《うみ》に|写《うつ》れる
|名《な》にしおふ|紫微天界《しびてんかい》の|真秀良場《まほらば》や
この|湖《みづうみ》に|月《つき》|宿《やど》るなり
いや|広《ひろ》に|月《つき》の|光《ひかり》はひろごりて
|湖水《こすゐ》のあらむ|限《かぎ》りを|照《てら》せり
そよ|風《かぜ》は|吹《ふ》き|出《い》でにけり|黄金《こがね》なす
|波《なみ》のおもてに|月《つき》はさゆれつ
|波《なみ》の|間《ま》に|浮《うか》べる|月《つき》の|光《かげ》|清《きよ》し
|湖面《こめん》を|見《み》つつ|心《こころ》|躍《をど》るも
つぎつぎに|科戸《しなど》の|風《かぜ》は|強《つよ》まりぬ
|波間《なみま》に|浮《うか》ぶ|月《つき》を|砕《くだ》きつ
そよ風に|波紋《はもん》|描《ゑが》きて|湖《うみ》の|面《も》は
|右《みぎ》と|左《ひだり》に|月《つき》をひろげつ
|百千々《ももちぢ》に|砕《くだ》けて|月《つき》は|波《なみ》の|面《も》に
|世《よ》の|移《うつ》りゆくさまを|示《しめ》せり』
|産玉《うぶたま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|夕凪《ゆふなぎ》の|湖《うみ》に|忽《たちま》ち|風《かぜ》|立《た》ちて
あたら|月光《つきかげ》|千々《ちぢ》に|砕《くだ》けつ
|湖《みづうみ》の|月《つき》は|砕《くだ》けて|乱《みだ》るれど
|御空《みそら》の|月《つき》は|変《かは》らざりける
|冴《さ》え|渡《わた》る|月《つき》|天心《てんしん》に|輝《かがや》きて
わが|立《た》つかげも|短《みじか》くなれり
|天心《てんしん》にいつきて|動《うご》かぬ|月光《つきかげ》は
|雄々《をを》しかりけり|瑞《みづ》の|御霊《みたま》か
|虫《むし》の|音《ね》もいよいよ|高《たか》くなりにけり
|水《み》の|面《も》にをどる|月《つき》をめづるか
|向《むか》つ|岸《きし》に|岐美《きみ》の|渡《わた》らす|今宵《こよひ》なり
|風《かぜ》もしづまれ|波《なみ》もをさまれ
|波《なみ》がしら|白々《しろじろ》|光《ひか》る|湖《うみ》の|面《も》に
|夕《ゆふべ》を|浮《う》ける|水鳥《みづとり》|白《しろ》しも
|水鳥《みづとり》の|翼《つばさ》かがよふ|月光《つきかげ》は
いやますますに|冴《さ》えわたりつつ
|岐美《きみ》が|行《ゆ》く|波路《なみぢ》|静《しづか》に|守《まも》れかし
|湖底《みそこ》に|潜《ひそ》みて|守《まも》る|神々《かみがみ》
|瑞御霊《みづみたま》|御供《みとも》に|仕《つか》へ|玉野湖《たまのうみ》
|渡《わた》らむ|今宵《こよひ》は|静《しづか》なれかし』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》うるほす|月読《つきよみ》の
|神《かみ》|守《まも》りませ|水《みづ》の|上《へ》の|旅《たび》を
つぎつぎに|風《かぜ》|高《たか》まりぬ|波《なみ》|荒《あ》れぬ
|月《つき》は|砕《くだ》けぬうれたきの|夜《よ》や
|水底《みなそこ》に|潜《ひそ》むは|正《まさ》しく|生代比女《いくよひめ》の
|神《かみ》の|魂《みたま》とわれ|覚《おぼ》ゆなり
ナノヌネニこの|言霊《ことたま》の|功績《いさをし》に
|今立《いまた》つ|波《なみ》をなぎふせて|見《み》む
ナノヌネニこの|言霊《ことたま》の|功績《いさをし》に
|曲《まが》の|荒《あら》ぶる|術《すべ》なかるらむ
|清《きよ》き|明《あか》き|心《こころ》になり|出《づ》る|言霊《ことたま》に
|如何《いか》でしるしのなかるべきやは
ほのぼのと|湖面《こめん》に|狭霧《さぎり》たちこめて
|波《なみ》は|漸《やうや》く|凪《な》ぎ|渡《わた》りけり
この|清《きよ》きさやけき|湖《うみ》に|狭霧《さぎり》たちて
|水底《みそこ》の|月《つき》は|光《かげ》うすらぎぬ
|瑞御霊《みづみたま》|進《すす》ませ|給《たま》ふ|今宵《こよひ》なり
|水底《みそこ》の|神《かみ》よ|狭霧《さぎり》|晴《は》らさへ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『つぎつぎに|狭霧《さぎり》は|立《た》ちてひろびろと
|輝《かがや》く|湖《うみ》を|稍《やや》|狭《せば》めたり
|水底《みなそこ》の|月《つき》は|次第《しだい》にかくれつつ
|御空《みそら》の|海《うみ》のみ|月《つき》の|浮《うか》べる
|写《うつ》るべき|月《つき》は|狭霧《さぎり》に|包《つつ》まれて
この|湖《うみ》の|面《も》は|薄《うす》ら|暗《くら》きも
|生代比女《いくよひめ》|恨《うら》みの|炎《ほのほ》かたまりて
またもや|狭霧《さぎり》の|湧《わ》き|立《た》つならむか
よしやよし|黒雲《くろくも》|四方《よも》を|包《つつ》むとも
|生言霊《いくことたま》に|吹《ふ》きはらひ|見《み》む』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしに|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの
|旅《たび》に|立《た》たせる|岐美《きみ》と|知《し》らずや
|湖底《うなそこ》の|神《かみ》よ|静《しづか》に|聞《きこ》し|召《め》せ
この|湖《みづうみ》も|神《かみ》のたまもの
|国土生《くにう》みの|妨《さまた》げなさむ|神《かみ》あらば
|伊吹《いぶ》き|払《はら》はむ|言霊《ことたま》の|水火《いき》に
|駒《こま》|並《な》めて|今《いま》や|渡《わた》らむ|湖《みづうみ》の
|面《おも》を|晴《は》らして|風《かぜ》よしづまれ
この|風《かぜ》は|科戸《しなど》の|神《かみ》の|水火《いき》ならず
|水底《みそこ》の|曲《まが》の|詛《のろひ》の|水火《いき》なる
|愛善《あいぜん》の|国《くに》の|真秀良場《まほらば》にあらはれし
これの|湖水《こすゐ》に|曲《まが》は|無《な》からむ
|曲神《まがかみ》の|住処《すみか》とすべき|湖《うみ》ならず
|早《はや》く|去《さ》れ|去《さ》れただに|退《しりぞ》け
|言霊《ことたま》の|水火《いき》も|恐《おそ》れぬ|神《かみ》なれば
この|天地《あめつち》に|住《す》まはせじと|思《おも》ふ』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『われこそは|真言《まこと》の|厳《いづ》の|神《かみ》なるぞ
|湖《うみ》を|晴《は》らして|岐美《きみ》を|通《とほ》せよ
|湖《うみ》の|神《かみ》よわが|言霊《ことたま》を|聞《き》かずして
はむかひ|来《きた》るか|生命《いのち》|知《し》らずに
|千早《ちはや》|振《ふ》る|神《かみ》の|造《つく》りし|湖《みづうみ》に
|穢《けがれ》あらすな|瑞御霊神《みづみたまがみ》』
かく|神々《かみがみ》は、|各《おの》も|各《おの》もに|御歌《みうた》うたひて、|湖《みづうみ》の|神《かみ》をなだめつ|諭《さと》しつ|時《とき》を|移《うつ》し|給《たま》へども、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|恋《こひ》の|炎《ほのほ》は|強《つよ》く|猛《たけ》く、|神々《かみがみ》の|生言霊《いくことたま》の|光《ひかり》さへ、|包《つつ》みかくすぞうたてけれ。
(昭和八・一〇・二三 旧九・五 於水明閣 白石恵子謹録)
第一四章 |真心《まごころ》の|曇《くも》らひ〔一八八二〕
|無始無終《むしむしう》の|宇宙間《うちうかん》に|於《おい》て、|最《もつと》も|強《つよ》く|美《うるは》しきものは|愛《あい》の|発動《はつどう》なり。|大虚空中《だいこくうちう》に|愛《あい》の|発動《はつどう》ありて|始《はじ》めてスの|言霊《ことたま》は|生《うま》れ、|天地《てんち》の|万神《ばんしん》は|生《うま》る。|故《ゆゑ》に|神《かみ》は|愛《あい》なり|力《ちから》なりと|称《しよう》する|所以《ゆゑん》なり。|愛《あい》あるが|故《ゆゑ》に|宇宙《うちう》は|創造《さうざう》され、|万物《ばんぶつ》は|発生《はつせい》す。|宇宙間《うちうかん》|一切《いつさい》のものはこの|愛《あい》に|左右《さいう》され、|創造《さうざう》も|建設《けんせつ》も|破壊《はくわい》も|滅亡《めつばう》も|混乱《こんらん》も|生《しやう》ずるものなり。|愛《あい》は|最《もつと》も|尊《たふと》むべくかつ|恐《おそ》るべきものとす。|愛《あい》よりスク、スカヌの|言霊《ことたま》は|生《うま》るるなり、|愛《あい》の|情動《じやうどう》にしてその|度合《どあひ》よろしければ、|生成化育《せいせいくわいく》の|神業《みわざ》は|完成《くわんせい》し、|愛《あい》の|情動《じやうどう》の|度合《どあひ》|過《す》ぐれば、|遂《つひ》には|一切《いつさい》を|破壊《はくわい》するに|至《いた》る。
|而《しか》して、|愛《あい》には|善《ぜん》あり、|悪《あく》あり、|大《だい》あり、|小《せう》あり。|神《かみ》の|愛《あい》は|愛善《あいぜん》にして、|世間《せけん》|一切《いつさい》の|愛《あい》は|愛悪《あいあく》なり。|神《かみ》の|愛《あい》は|大愛《たいあい》にして|世間《せけん》の|愛《あい》は|小愛《せうあい》なり。わが|身《み》を|愛《あい》し、わが|家《いへ》を|愛《あい》し、わが|郷土《きやうど》を|愛《あい》し、わが|国土《こくど》を|愛《あい》するは|所謂《いはゆる》|自己愛《じこあい》にして、|神《かみ》の|大愛《たいあい》に|比《ひ》して|雲泥《うんでい》の|相違《さうゐ》あり。|故《ゆゑ》に|小愛《せうあい》は|我情《がじやう》|我慾《がよく》の|心《こころ》を|増長《ぞうちやう》せしめ、|遂《つひ》には|自己愛《じこあい》のために|他人《たにん》を|害《がい》し、|他家《たけ》を|破《やぶ》り、|他郷《たきやう》と|争《あらそ》ひ、|他《た》の|国《くに》と|戦《たたか》ひ、|遂《つひ》に|彼我共《ひがとも》に|惨禍《さんくわ》の|洗礼《せんれい》を|受《う》くるに|至《いた》る。|又《また》|神《かみ》の|愛《あい》は|大愛《たいあい》なれば、|宇宙《うちう》|一切《いつさい》|万有《ばんいう》に|普遍《ふへん》して|毫《がう》も|依怙《えこ》の|沙汰《さた》なし。|世間《せけん》の|愛《あい》は|他《た》を|顧《かへり》みず、|只管《ひたすら》にわが|身《み》を|愛《あい》し、わが|家《いへ》を|愛《あい》し、わが|郷土《きやうど》を|愛《あい》し、わが|国家《こくか》を|愛《あい》するが|故《ゆゑ》に、|他《た》よりもし|不利益《ふりえき》を|加《くは》へらるると|見《み》る|時《とき》は、|忽《たちま》ち|立《た》つて|反抗《はんかう》し|争闘《さうとう》し、|身《み》を|破《やぶ》り|家《いへ》を|破《やぶ》り|国家《こくか》を|破《やぶ》るに|至《いた》る。|恐《おそ》るべきは|愛《あい》の|情動《じやうどう》の|度合《どあひ》なり。
|茲《ここ》に|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|個性的《こせいてき》|愛《あい》は|積《つ》み|重《かさ》なりて|恋《こひ》となり、|恋《こひ》ますます|募《つの》りて|怨恨《ゑんこん》となり、|胸《むね》に|瞋恚《しんい》の|炎《ほのほ》|燃《も》えさかり、|其《その》|心魂《しんこん》を|焼《や》きし|炎《ほのほ》は|濛々《もうもう》として|立《た》ち|昇《のぼ》り、|黒煙《こくえん》となりて|天《てん》を|包《つつ》み、|尚《な》ほ|堪《た》へ|切《き》れぬままに|霊魂化《れいこんくわ》して|大蛇《をろち》となり、|炎熱《えんねつ》の|苦《くる》しみを|防《ふせ》がむとして、|遂《つひ》には|玉野湖底《たまのこてい》にひそみたるこそ、|実《げ》に|恐《おそろ》しき|次第《しだい》なり。|総《すべ》て|恋《こひ》なるものは|自己愛《じこあい》に|属《ぞく》するが|故《ゆゑ》に、|他《た》を|顧《かへり》みるの|暇《いとま》なく|遂《つひ》にはわが|身《み》を|破《やぶ》り、|人《ひと》を|損《そこな》ひ|世界《せかい》を|毒《どく》し|天下《てんか》を|乱《みだ》すに|至《いた》るものなり。|故《ゆゑ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|其《その》|他《た》の|神《かみ》の|清《きよ》き|明《あか》き|正《ただ》しき|御心《みこころ》より|迸《ほとばし》る|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》をもつてするも、|猛烈《まうれつ》なこの|恋《こひ》の|炎《ほのほ》を|消《け》しとむるに|由《よし》なかりける。|然《しか》りと|雖《いへど》も|大愛《たいあい》の|心《こころ》より|出《い》でし|明《あか》き|清《きよ》き|真《まこと》の|言霊《ことたま》には|反抗《はんかう》する|能《あた》はず、|遂《つひ》には|帰順《きじゆん》せざるを|得《え》ざるに|至《いた》るは、|厳《げん》として|犯《をか》すべからざる|神《かみ》の|御稜威《みいづ》なればなり。
|茲《ここ》に|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|真鶴山《まなづるやま》の|聖場《せいぢやう》に|於《お》ける、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|情《なさけ》のこもりし|生言霊《いくことたま》の|御歌《みうた》によりてしばし|心《こころ》を|和《なご》め|給《たま》ひしが、|再《ふたた》び|恋々《れんれん》の|情火《じやうか》|燃《も》えさかり、|黒雲《こくうん》|天《てん》に|漲《みなぎ》りて|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|進路《しんろ》を|妨《さまた》げ、|遂《つひ》にはスの|神《かみ》の|厳《おごそ》かなる|威力《ゐりよく》に|畏服《ゐふく》して|真鶴山《まなづるやま》を|捨《す》て、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|永久《とは》に|鎮《しづ》まりたまふ|宮居《みやゐ》に|近《ちか》き|玉野湖水《たまのこすゐ》に|蛇身《じやしん》となりて|湖底《こてい》|深《ふか》く|潜《ひそ》み、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|渡《わた》り|来《き》ませるを|今《いま》や|遅《おそ》しと、さしもに|広《ひろ》き|湖水《こすゐ》の|水《みづ》を、|胸《むね》の|火《ひ》に|沸《わ》きかへらせつ、|恋《こひ》の|意地《いぢ》を|達《たつ》せむと|待《ま》ちかまへ|居《ゐ》たまひしぞ|恐《おそ》ろしき。|空《そら》|蒼《あを》く|海《うみ》|又《また》|青《あを》く、|風《かぜ》は|白梅《しらうめ》の|香《か》を|送《おく》り、|浪《なみ》|穏《おだや》かに|満月《まんげつ》の|光《かげ》|清《きよ》く|浮《うか》みて|鏡《かがみ》の|如《ごと》く|澄《す》み|切《き》り、|落着《おちつ》きたる|夕《ゆふべ》の|湖面《こめん》は|忽《たちま》ち|暴風《ばうふう》|吹《ふ》き|起《おこ》り、|大雨《たいう》|沛然《はいぜん》として|臻《いた》り、|浪《なみ》|逆巻《さかま》きて|容易《ようい》に|越《こ》ゆべからざるに|至《いた》らしめたるぞ|是非《ぜひ》なけれ。|今迄《いままで》|清皎々《せいかうかう》と|輝《かがや》きたる|月《つき》は|忽《たちま》ち|黒雲《くろくも》にかくれ、|四辺《しへん》をつつみし|湯気煙《ゆげけむり》は、|灰白色《くわいはくしよく》となりて、|神々《かみがみ》の|一行《いつかう》の|辺《あた》りをつつみ、|如何《いかん》ともなす|由《よし》なきに|至《いた》らしめたるも、|猛烈《まうれつ》なる|恋《こひ》より|燃《も》え|出《い》でたる|瞋恚《しんい》の|炎《ほのほ》の|荒《すさ》びなりける。|故《ゆゑ》に|最《もつと》も|親《した》しむべきは|神《かみ》にして、|最《もつと》も|恐《おそ》るべきは|恋《こひ》の|情動《じやうどう》なりと|知《し》るべし。
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|忽《たちま》ち|湖上《こじやう》の|光景《くわうけい》|一変《いつぺん》して、|四辺《しへん》|暗黒《あんこく》となり、|不快《ふくわい》なる|空気《くうき》の|身辺《しんぺん》を|包《つつ》みたれば、|生言霊《いくことたま》の|御稜威《みいづ》によりてこの|暗憺《あんたん》たる|天地《てんち》を|清《きよ》めむと、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『あさましも|天地《あめつち》|一度《いちど》にふさぎたる
この|黒雲《くろくも》は|恋《こひ》の|炎《ほのほ》よ
|大愛《たいあい》の|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|国土《くに》|造《つく》る|我《われ》を|艱《なや》ますな|夢《ゆめ》
|美《うるは》しき|紫微天界《しびてんかい》をかくのごと
|曇《くも》らす|恋《こひ》の|曲神《まがかみ》|怪《あや》しも
|我《われ》こそは|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《かむわざ》に
|仕《つか》ふる|神《かみ》ぞ|大愛《たいあい》の|神《かみ》
|生代比女《いくよひめ》の|心《こころ》|愛《めぐ》しと|思《おも》へども
|神《かみ》の|依《よ》さしに|反《そむ》くよしなき
|片時《かたとき》もはやく|天地《てんち》を|明《あか》しませ
わが|大愛《たいあい》の|心《こころ》さとりて
|久方《ひさかた》の|月《つき》の|光《ひかり》は|冴《さ》ゆれども
この|醜雲《しこぐも》を|射通《いとほ》す|術《すべ》なき
|生代比女《いくよひめ》|心《こころ》|平《たひら》に|安《やす》らかに
わが|大愛《たいあい》の|心《こころ》を|悟《さと》らせ
|思《おも》ひきや|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》む|度《たび》に
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》にさやらるるとは
|至善《しぜん》|至美《しび》|果《はて》しも|知《し》らぬ|天界《てんかい》に
|狭《せま》き|心《こころ》を|捨《す》てよ|比女神《ひめがみ》
|主《ス》の|神《かみ》の|愛《あい》に|魂《みたま》を|光《て》らしつつ
|乱《みだ》れたる|思《おも》ひをのぞかせ|給《たま》へ』
|斯《か》く|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふや、|闇《やみ》の|中《なか》より|茫然《ばうぜん》と|夢幻《ゆめまぼろし》の|如《ごと》く|現《あらは》れたる|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|獰猛《だうもう》なる|面《おも》を|一行《いつかう》の|前《まへ》に|現《あらは》し、|恨《うら》みの|形相《ぎやうさう》|凄《すさま》じく、
『|恨《うら》めしき|岐美《きみ》の|心《こころ》よ|言霊《ことたま》よ
|吾《われ》はなやみて|大蛇《をろち》となりぬる
|清《きよ》かりし|乙女《をとめ》の|胸《むね》をこがしたる
|岐美《きみ》は|大蛇《をろち》を|生《う》みましにけり
|吾《われ》は|今《いま》かかる|姿《すがた》となり|果《は》てて
ますます|岐美《きみ》を|恨《うら》みこそすれ
|水底《みなそこ》に|常磐堅磐《ときはかきは》に|沈《しづ》み|居《ゐ》て
|恋《こひ》の|仇《あだ》をば|報《むく》いむと|思《おも》ふ
|女神《めがみ》|男神《をがみ》この|湖原《うなばら》を|渡《わた》りなば
|吾《われ》は|大蛇《をろち》となりて|呑《の》むべし
|玉野比女《たまのひめ》に|見合《みあは》す|岐美《きみ》の|恨《うら》めしさ
|力《ちから》|限《かぎ》りになやましまつらむ
|生言霊《いくことたま》|如何《いか》に|宣《の》らすも|恋《こひ》|故《ゆゑ》に
|乱《みだ》れし|吾《われ》をまつらふ|術《すべ》なけむ
わが|思《おも》ひ|黒雲《くろくも》となりて|天《あめ》を|閉《と》ぢ
|大蛇《をろち》となりて|地《つち》を|乱《みだ》さむ
|恋《こひ》すてふ|心《こころ》なければかくまでも
|岐美《きみ》を|憎《にく》しと|思《おも》はざりけむ
|岐美《きみ》|故《ゆゑ》に|吾《われ》はなやめり|岐美《きみ》|故《ゆゑ》に
|吾《われ》は|焦《こが》れて|大蛇《をろち》となりける
めぐしさの|重《かさな》り|合《あ》ひて|憎《にく》しみの
|炎《ほのほ》|燃《も》えつつ|大蛇《をろち》となりける
|美《うるは》しき|真鶴山《まなづるやま》の|守《まも》り|神《がみ》も
|岐美《きみ》|故《ゆゑ》|大蛇《をろち》となりしを|知《し》らずや
わが|思《おも》ひ|幾億万劫《いくおくまんごふ》の|末《すゑ》までも
|恋《こひ》の|悪魔《あくま》となりて|祟《たた》らむ
|恐《おそ》るべきものは|恋路《こひぢ》と|思召《おぼしめ》せ
|岐美《きみ》がつくりし|国土《くに》に|仇《あだ》せむを
わが|思《おも》ひ|凝《こ》りかたまりて|山《やま》に|海《うみ》に
|河《かは》|又《また》|沼《ぬま》に|潜《ひそ》みてなやめむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『ねもごろにわが|説《と》きさとす|言《こと》の|葉《は》を
|公《きみ》は|聞《き》かずや|諾《うべな》ひまさずや
|厳《おごそ》かなる|紫微天界《しびてんかい》に|生《うま》れ|生《い》でで
|大蛇《をろち》となりし|公《きみ》ぞいぢらし
|恋《こひ》すてふ|心《こころ》の|誠《まこと》は|諾《うべな》へど
わが|儘《まま》ならぬ|神生《かみう》みの|旅《たび》よ
あだし|女《め》に|見合《みあ》ひて|永久《とは》の|罪穢《つみけがれ》
|世《よ》に|残《のこ》さむを|恐《おそ》るる|我《われ》なり
|言霊《ことたま》の|厳《いづ》の|光《ひかり》もつつむなる
|恋《こひ》の|炎《ほのほ》のあつくもあるかな
|何事《なにごと》も|湖水《こすゐ》の|水《みづ》に|流《なが》しまして
わが|言霊《ことたま》によみがへりませよ
アオウエイあつき|心《こころ》の|炎《ほのほ》をば
この|真清水《ましみづ》にあらひて|生《い》かせよ
|天地《あめつち》に|恐《おそ》るるものは|吾《われ》なけど
|恋《こひ》の|炎《ほのほ》に|艱《なや》まされける』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|微《かすか》に|歌《うた》ふ。
『いとこやの|岐美《きみ》をめぐしみ|吾《われ》|遂《つひ》に
|憎《にくみ》の|神《かみ》となり|果《は》てにける
いとしさの|胸《むね》にあまりて|憎《にく》しみの
|深《ふか》くなりぬる|吾《われ》は|悲《かな》しも
|恨《うら》むべき|道《みち》なき|岐美《きみ》を|恨《うら》みまつり
|吾《われ》は|大蛇《をろち》の|霊魂《みたま》となりぬる
|岐美《きみ》|故《ゆゑ》に|吾《われ》よみがへり|岐美《きみ》|故《ゆゑ》に
わが|魂線《たましひ》の|亡《ほろ》ぶと|知《し》らずや
わが|魂《たま》はよし|亡《ほろ》ぶともこの|思《おも》ひ
いや|次々《つぎつぎ》に|伝《つた》へて|止《や》まじ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、
『|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》に|背《そむ》くと|知《し》りながら
いとしの|公《きみ》を|助《たす》けむと|思《おも》ふ
|如何《いか》ならむ|罪《つみ》に|沈《しづ》むも|比女神《ひめがみ》の
|誠《まこと》にむくゆと|心《こころ》|定《さだ》めし
|村肝《むらきも》の|心《こころ》やすかれ|今《いま》よりは
なが|真心《まごころ》を|諾《うべな》ひまつるも』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふや|一天《いつてん》|忽《たちま》ち|晴《は》れ|渡《わた》り、|荒《あ》れ|狂《くる》ふ|湖原《うなばら》も|俄《にはか》に|鏡《かがみ》の|如《ごと》くをさまりて、|満月《まんげつ》の|光《ひかり》|皎々《かうかう》として、さしもに|広《ひろ》き|湖面《こめん》は|更《さら》なり、|目路《めぢ》|遠《とほ》き|国原《くにばら》を|隈《くま》なく|照《て》らし|給《たま》ひける。
(昭和八・一〇・二四 旧九・六 於水明閣 加藤明子謹録)
第一五章 |晴天澄潮《せいてんちようてう》〔一八八三〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|仁慈《じんじ》の|籠《こも》れる|言霊《ことたま》の|御歌《みうた》に、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》が|恋《こひ》の|恨《うら》みも|炎《ほのほ》も、|玉野湖《たまのこ》の|水泡《みなわ》と|消《き》えて、|水面《すゐめん》には|月《つき》の|鏡《かがみ》を|写《うつ》し、|雲霧《くもきり》の|幕《まく》|何《いづ》れにか|取《と》り|外《はづ》されて、|大空《おほぞら》の|蒼《あを》にきらめく|星影《ほしかげ》を|湖底《こてい》に|描《ゑが》き、|天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|光景《くわうけい》と|回復《くわいふく》したるぞ|不思議《ふしぎ》なる。
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は、|今《いま》|目前《まのあたり》|展開《てんかい》したる|天地《てんち》の|光景《くわうけい》を|眺《なが》めて|湖面《こめん》に|向《むか》ひ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|言霊《ことたま》に
|天地《あめつち》|四方《よも》の|雲《くも》|晴《は》れにけり
|恐《おそろ》しきものは|恋《こひ》かも|思《おも》ひかも
この|天地《あめつち》を|闇《やみ》となしける
|天地《あめつち》を|深《ふか》く|包《つつ》みし|闇雲《やみくも》も
|情《なさけ》の|言葉《ことば》に|晴《は》れ|渡《わた》りぬる
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|苦《くる》しき|御心《みこころ》を
|悟《さと》りて|吾《われ》は|涙《なみだ》に|暮《く》るるも
|玉野湖《たまのうみ》の|鏡《かがみ》に|月《つき》は|冴《さ》えにつつ
|波《なみ》は|静《しづか》に|香《かを》りこそすれ
|八千尋《やちひろ》の|底《そこ》まで|澄《す》めるこの|湖《うみ》の
|深《ふか》き|思《おも》ひを|和《やは》らげし|岐美《きみ》よ
|目路《めぢ》|遠《とほ》く|彼方《かなた》の|岸《きし》にうつろへる
|玉野神森《たまのかみもり》|見《み》え|初《そ》めにける
|一片《ひときれ》の|雲《くも》さへも|無《な》き|大空《おほぞら》の
|心《こころ》にかがよふ|神《かみ》の|霊線《たましひ》
|大愛《たいあい》の|神《かみ》の|心《こころ》に|比《くら》ぶれば
|吾《われ》は|小《ちい》さき|愛《あい》に|狂《くる》へるも
|今日《けふ》よりは|心《こころ》の|手綱《たづな》ひき|締《し》めて
|大愛《たいあい》の|道《みち》|進《すす》まむと|思《おも》ふ
|恋《こひ》すてふ|心《こころ》は|愛《めぐ》し|清《すが》しもよ
|天《あめ》と|地《つち》との|中《なか》に|輝《かがや》く
|湖原《うなばら》をなでて|吹《ふ》き|来《こ》しそよ|風《かぜ》の
わが|面《おも》|吹《ふ》きて|香《かを》る|宵《よひ》なり
|見《み》の|限《かぎ》り|月《つき》の|下《した》びに|草《くさ》も|木《き》も
|安《やす》き|眠《ねむ》りにつきにけらしな
|荒風《あらかぜ》に|揉《も》まれて|汀《みぎは》の|葭葦《よしあし》は
|片靡《かたなび》きつつ|露《つゆ》に|光《ひか》れる
|瑞御霊《みづみたま》|恵《めぐみ》の|露《つゆ》の|霑《うるほ》ひに
この|天地《あめつち》は|洗《あら》はれにける
|闇《やみ》|深《ふか》く|湖原《うなばら》|荒《あ》れしたまゆらを
|吾《われ》は|艱《なや》みぬ|御供《みとも》に|仕《つか》へて
|吹《ふ》きすさび|荒《あ》れ|狂《くる》ひたる|湖風《うなかぜ》も
|静《しづ》まりにけり|岐美《きみ》の|情《なさけ》に
|頼《たの》むべきものは|神《かみ》かも|恐《おそ》るべき
|邪曲《まが》は|恋《こひ》かもこの|天地《あめつち》に
かくならば|勇《いさ》みて|御供《みとも》|仕《つか》へつつ
|吾《われ》|渡《わた》り|行《ゆ》かむ|神馬《しんめ》の|守《まも》りに』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はろばろと|岐美《きみ》の|旅路《たびぢ》に|仕《つか》へ|来《き》て
|吾《われ》は|悟《さと》りぬ|世《よ》の|状態《ありさま》を
|恋心《こひごころ》|燃《も》えつ|消《き》えつつまた|燃《も》えつ
|天《あめ》と|地《つち》とを|恨《うら》みにとざせり
とざしたる|天地《あめつち》の|闇《やみ》も|情《なさけ》ある
|生言霊《いくことたま》に|明《あ》け|放《はな》れたり
|大空《おほぞら》を|隈《くま》なく|包《つつ》みし|黒雲《くろくも》は
|恋《こひ》の|炎《ほのほ》と|思《おも》へば|恐《おそろ》し
|美《うるは》しき|紫微天界《しびてんかい》のことごとは
|愛《あい》より|生《う》みしと|思《おも》へば|畏《かしこ》し
|愛善《あいぜん》と|愛悪《あいあく》|交々《こもごも》ゆきかひて
|紫微天界《しびてんかい》は|固《かた》まり|行《ゆ》くも
|天《あめ》も|地《つち》も|圓屋《まるや》の|比古《ひこ》の|神《かみ》の|稜威《いづ》に
|丸《まる》く|治《をさ》めむ|神《かみ》のまにまに
|神《かみ》と|神《かみ》|国《くに》と|国《くに》との|交《まじ》らひを
|丸《まる》く|治《をさ》めむわが|誓《ちか》ひなり
|丸々《まるまる》と|御空《みそら》の|月《つき》は|玉野湖《たまのうみ》の
|上《うへ》と|下《した》とにかがよふこの|宵《よひ》
この|宵《よひ》の|移《うつ》り|変《かは》りのさま|見《み》つつ
わが|行先《ゆくさき》の|光《ひかり》|見《み》つむる
|目路《めぢ》|遠《とほ》きこの|神国《かみくに》を|固《かた》めむと
|駆《か》け|廻《めぐ》ります|瑞《みづ》の|御霊《みたま》はや』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『わが|力《ちから》|及《およ》ばざりけり|恋雲《こひぐも》の
|四方《よも》をふさぎしその|束《つか》の|間《ま》を
|国土《くに》|造《つく》る|神《かみ》の|御供《みとも》の|畏《かしこ》さを
|思《おも》へば|心《こころ》ゆるされぬかな
|湖《うみ》|荒《あ》れて|大蛇《をろち》の|出《い》でしたまゆらを
|吾《われ》は|畏《かしこ》み|見《み》て|居《ゐ》たりける
|玉野湖《たまのうみ》の|岸辺《きしべ》に|立《た》ちて|吾《われ》はただ
|浪《なみ》|凪《な》ぎ|渡《わた》る|時《とき》を|待《ま》ちつつ
|不甲斐《ふがひ》なき|吾《われ》と|思《おも》へど|恋雲《こひぐも》を
|晴《は》らさむ|術《すべ》なく|黙《もだ》し|居《ゐ》にけり
|瑞御霊《みづみたま》|艱《なや》める|態《さま》を|目前《まのあたり》
|見《み》つつ|術《すべ》なき|吾《われ》を|悲《かな》しむ
|言霊《ことたま》に|恵《めぐみ》の|露《つゆ》の|輝《かがや》きて
|大蛇《をろち》の|胸《むね》は|和《なご》みたりけむ
|恐《おそろ》しく|忌《いま》はしきものは|恋《こひ》すてふ
|心《こころ》に|生《う》まるる|影《かげ》なりにけり
|縹渺《へうべう》と|限《かぎ》りも|知《し》らぬ|大野原《おほのはら》も
|月《つき》の|光《ひかり》に|輝《かがや》きそめたり
|久方《ひさかた》の|天《あめ》また|地《つち》を|黒雲《くろくも》に
|包《つつ》みし|邪曲《まが》は|恋《こひ》なりにけり
|国土生《くにう》みの|供《とも》に|仕《つか》へて|恐《おそろ》しき
|恋《こひ》てふものの|影《かげ》|見《み》たりけり
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|静《しづ》めて|黙《もだ》しつつ
|眺《なが》むる|恋《こひ》の|大蛇《をろち》すさまじ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》によみがへりたる|心地《ここち》して
|鏡《かがみ》の|湖《うみ》の|月《つき》|仰《あふ》ぐかな
|天心《てんしん》に|輝《かがや》く|月《つき》のかげ|冴《さ》えて
|玉野湖水《たまのこすゐ》は|澄《す》み|照《て》らひけり
|移《うつ》り|行《ゆ》く|世《よ》の|状態《ありさま》をつくづくと
わが|目前《まのあたり》|偲《しの》びけらしな
|言霊《ことたま》の|厳《いづ》の|力《ちから》も|揉《も》み|消《け》して
|恋《こひ》の|炎《ほのほ》は|燃《も》え|立《た》ちにけり
|燃《も》え|立《た》ちし|恋《こひ》の|炎《ほのほ》は|雲《くも》となり
|雨《あめ》となりつつ|天地《あめつち》を|包《つつ》めり
|瑞御霊《みづみたま》|貴《うづ》の|神業《かむわざ》|御子生《みこう》みの
|艱《なや》み|思《おも》へば|謹《つつし》みの|湧《わ》く
|謹《つつし》みて|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》みまする
|神《かみ》の|神業《みわざ》の|難《かた》きを|偲《しの》ぶも
|地《つち》|稚《わか》く|漂《ただよ》へる|国土《くに》を|固《かた》めずば
|紫微天界《しびてんかい》は|栄《さか》えざるらむ
|愛善《あいぜん》の|神代《かみよ》ながらも|兎《と》もすれば
|恨《うら》み|憎《にく》みて|争《あらそ》ふが|憂《う》し
|葭葦《よしあし》の|生《お》ひ|茂《しげ》りたる|国原《くにばら》を
|拓《ひら》かす|岐美《きみ》の|艱《なや》みを|思《おも》ふ』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吹《ふ》き|荒《すさ》ぶ|荒野《あらの》の|風《かぜ》も|湖風《うなかぜ》も
ひたをさまりぬ|情《なさけ》の|言葉《ことば》に
|神々《かみがみ》はいふも|更《さら》なり|天界《てんかい》の
|総《すべ》ては|情《なさけ》によみがへるなり
|天界《てんかい》に|情《なさけ》を|知《し》らぬ|神《かみ》は|無《な》し
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|艱《なや》み|畏《かしこ》し
|天地《あめつち》を|包《つつ》みし|雲《くも》も|晴《は》れ|渡《わた》り
|清《すが》しくなりぬわが|魂線《たましひ》は
|広袤万里《くわうばうばんり》|稚《わか》き|国原《くにばら》|拓《ひら》きます
|岐美《きみ》の|功《いさを》の|畏《かしこ》さ|思《おも》ふ
|大空《おほぞら》の|月《つき》の|御霊《みたま》と|生《あ》れませし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|功《いさを》|光《ひか》るも
|大空《おほぞら》の|月《つき》さへ|雲《くも》に|覆《おほ》はるる
|世《よ》に|言霊《ことたま》の|稜威《いづ》を|思《おも》へり
|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》に|生《な》りし|天界《てんかい》は
|澄《す》みきらひつつ|塵《ちり》の|無《な》き|国《くに》
|罪穢《つみけがれ》|塵《ちり》さへも|無《な》き|国原《くにばら》を
|曇《くも》らせ|荒《すさ》ぶ|恋《こひ》の|黒雲《くろくも》
|天界《てんかい》に|恋《こひ》すてふことなかりせば
|天地《あめつち》を|包《つつ》む|雲《くも》は|起《おこ》らじ
|愛善《あいぜん》の|光《ひかり》の|満《み》つる|天界《てんかい》を
|穢《けが》さじものと|言霊《ことたま》|宣《の》るも
|善悪《よしあし》のゆきかふこれの|天界《てんかい》は
|雲霧《くもきり》|立《た》つも|是非《ぜひ》なかるらむ』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|野路《のぢ》|遠《とほ》く|岐美《きみ》を|守《まも》りて|玉野湖《たまのうみ》の
|岸辺《きしべ》に|見《み》たり|世《よ》の|状態《ありさま》を
|永久《とこしへ》に|祟《たた》ると|宣《の》りし|比女神《ひめがみ》の
|心《こころ》|思《おも》へば|悲《かな》しかりける
|永久《とこしへ》に|恨《うら》みを|残《のこ》す|曲業《まがわざ》を
|改《あらた》めませよ|神《かみ》ます|国土《くに》に
|愛《いと》しさのあまりあまりて|比女神《ひめがみ》の
|恨《うら》みの|心《こころ》|燃《も》え|立《た》ちにけむ
|世《よ》を|恨《うら》み|神《かみ》を|恨《うら》むも|恋《こひ》すてふ
|心《こころ》の|糸《いと》の|縺《もつれ》なりけり
|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|縺《もつれ》|解《と》くよしも
なくなく|悲《かな》しき|恋《こひ》なりにける
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|岐美《きみ》なれば
|一入《ひとしほ》|愛《いと》しく|思《おぼ》し|給《たま》はむを
|愛善《あいぜん》の|天界《てんかい》なれば|愛《いと》しさの
|心《こころ》は|何《いづ》れの|神《かみ》も|持《も》つなり
|比女神《ひめがみ》の|深《ふか》き|思《おも》ひは|湖《みづうみ》の
|底《そこ》ひもつひに|湧《わ》き|立《た》ちにけむ
|恐《おそろ》しきものは|恋《こひ》かも|恨《うら》みかも
この|神国《かみくに》も|破《やぶ》れむとせし』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》の|恋《こひ》を|遂《と》げむとて
|艱《なや》みの|果《はて》は|大蛇《をろち》となりぬる
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》|惜《をし》まず|細女《くはしめ》の
|恋《こひ》の|炎《ほのほ》は|天《あめ》をこがせり
|瑞御霊《みづみたま》|情《なさけ》の|籠《こも》る|言霊《ことたま》に
この|天地《あめつち》は|明《あ》け|放《はな》れたり
|深々《しんしん》と|夜《よ》は|更《ふ》けにけり|月影《つきかげ》も
|西空《にしぞら》|低《ひく》ううつろひにけり
|大空《おほぞら》に|傾《かたむ》く|月《つき》のかげ|冴《さ》えて
わが|駒《こま》の|影《かげ》|長《なが》くなりけり
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》の|儘《まま》に|国魂神《くにたまがみ》
|生《う》まさむ|岐美《きみ》を|愛《いと》しと|思《おも》ふ
|凡神《ただがみ》の|身《み》にしおはさば|非時《ときじく》に
かかる|艱《なや》みに|逢《あ》はせまじものを
|凡神《ただがみ》の|眼《まなこ》に|写《うつ》る|我《わが》|岐美《きみ》の
|神業《みわざ》は|悪《あ》しと|写《うつ》りこそすれ
|凡神《ただがみ》の|妬《ねた》み|嫉《そね》みの|恐《おそろ》しさに
ましてつれなき|恋《こひ》のあだ|神《がみ》
|果《はて》しなき|艱《なや》みを|胸《むね》に|包《つつ》みつつ
この|湖原《うなばら》を|渡《わた》らす|岐美《きみ》はも
わが|岐美《きみ》の|心《こころ》の|艱《なや》み|思《おも》ひつつ
わが|目《め》の|涙《なみだ》|湖《うみ》と|漂《ただよ》ふ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》と|地《つち》を|結《むす》び|合《あは》せて|月日《じつげつ》の
|影《かげ》を|宿《やど》せる|玉野湖《たまのうみ》|天晴《あは》れ
|月《つき》も|日《ひ》も|澄《す》みきらひたる|湖原《うなばら》の
|岸辺《きしべ》に|立《た》ちて|世《よ》を|思《おも》ふかな
|虫《むし》の|音《ね》もいやさやさやに|響《ひび》きつつ
|水面《みなも》の|月《つき》は|強《つよ》く|冴《さ》えたり
|湖《みづうみ》に|浮《うか》べる|月《つき》の|影《かげ》|見《み》れば
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|心《こころ》を|思《おも》ふ
|天地《あめつち》を|結《むす》び|合《あは》せの|神《かみ》ながら
この|恋綱《こひづな》を|吾《われ》|如何《いか》にせむ
|兎《と》も|角《かく》も|生言霊《いくことたま》の|御光《みひかり》に
|明《あか》し|進《すす》まむ|玉野森《たまのもり》まで
|駿馬《はやこま》の|足掻《あが》き|急《せは》しく|地《ち》をかきて
|吾《われ》を|促《うなが》すさまの|愛《めぐ》しも
|湖《みづうみ》に|浮《うか》べる|月《つき》の|影《かげ》|見《み》つつ
|駒《こま》は|勇《いさ》むか|足掻《あが》きせはしも』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|月読《つきよみ》は|東《ひがし》に|天津日《あまつひ》は|西《にし》に
ゆきかひにつつ|湖面《こめん》を|照《て》らすも
|西空《にしぞら》の|雲井《くもゐ》の|幕《まく》を|押《お》しわけて
|東《ひがし》に|進《すす》ます|月読《つきよみ》の|神《かみ》
|東雲《しののめ》の|空《そら》|押《お》しわけて|天津日《あまつひ》は
|日毎《ひごと》に|西《にし》の|空《そら》に|沈《しづ》むも
|右左《みぎひだり》|月日《つきひ》のゆきかひあればこそ
この|天界《てんかい》は|栄《さか》えこそすれ
|月《つき》と|日《ひ》を|天《あめ》と|地《つち》とをまつぶさに
|結《むす》び|合《あは》せて|神代《かみよ》を|守《まも》らむ』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|此処《ここ》に|来《き》て|思《おも》はず|時《とき》を|移《うつ》しけり
|愛《あい》と|恋《こひ》との|艱《なや》みの|幕《まく》に
|天《あめ》|高《たか》く|国原《くにばら》|広《ひろ》し|月読《つきよみ》は
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|隈《くま》なく|配《くば》りつ
いざさらば|駒《こま》を|並《なら》べて|御供《みとも》せむ
この|湖原《うなばら》はよし|深《ふか》くとも
|駿馬《はやこま》の|手綱《たづな》をしかと|握《にぎ》りしめ
|泳《およ》ぎ|渡《わた》らむ|駒《こま》もろともに
おほけなくも|吾《われ》|先頭《せんとう》に|仕《つか》ふべし
|続《つづ》かせ|給《たま》へ|百《もも》の|神等《かみたち》』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|終《を》へて|白馬《はくば》にヒラリと|跨《またが》り、|一鞭《ひとむち》あてて|月《つき》|照《て》る|湖面《こめん》を、|竜蛇《りうだ》の|躍《をど》るが|如《ごと》く|浪《なみ》を|蹴立《けた》てて|走《はし》り|行《ゆ》く。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》を|始《はじ》めとし|百神等《ももがみたち》は、|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》の|踏切《ふみき》りし|浪《なみ》の|穂《ほ》を|伝《つた》ひて、|驀地《まつしぐら》に|馬上《ばじやう》|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
(昭和八・一〇・二四 旧九・六 於水明閣 森良仁謹録)
第一六章 |真言《まこと》の|力《ちから》(一)〔一八八四〕
|玉野湖《たまのうみ》の|水《みづ》は|真二《まつぷた》つに|分《わか》れて、|底《そこ》より|大竜《だいりう》の|頭部《とうぶ》を|擡《もた》げ、|其《その》|頭上《づじやう》に|粛然《しゆくぜん》として、|嬋妍窈窕《せんけんえうてう》たる|女神《めがみ》の|姿《すがた》|佇立《ていりつ》し、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|一行《いつかう》の|馬前《ばぜん》を|開《ひら》きつつ、|瞬《またた》く|内《うち》にさしもに|広《ひろ》き|湖面《こめん》を|向《むか》つ|岸《ぎし》に|渡《わた》り|着《つ》きたり。|竜頭《りうとう》の|上《うへ》に|立《た》たせ|給《たま》ふ|女神《めがみ》は|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|御姿《みすがた》なりける。|茲《ここ》に|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|厚《あつ》き|心《こころ》にほだされて、|怨恨《ゑんこん》の|念慮《ねんりよ》は|忽《たちま》ち|感謝《かんしや》となり、|歓喜悦楽《くわんきえつらく》と|化《くわ》して、|以前《いぜん》に|勝《まさ》る|容貌《みめかたち》|美《うるは》しき|女神《めがみ》と|更生《かうせい》し|給《たま》ひしなり。
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の、|雄々《をを》しく、|優《やさ》しく、|美《うるは》しき|御姿《みすがた》に|恍惚《くわうこつ》として|心魂《しんこん》を|奪《うば》はるるばかり、|敬虔《けいけん》の|念《ねん》|止《や》み|難《がた》くおはしけるが、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|早《はや》くも|其《その》|御心《みこころ》を|悟《さと》りて|満悦《まんえつ》の|情《じやう》に|堪《た》へかね、|忽《たちま》ち|歓喜《くわんき》は|凝《こ》りて|体内《たいない》に|御子《みこ》|宿《やど》らせ|給《たま》ひければ、|今迄《いままで》|燃《も》え|立《た》ちし|炎《ほのほ》は|雲散霧消《うんさんむせう》し|天日晃々《てんじつくわうくわう》と|輝《かがや》きわたり、|月《つき》は|清涼《せいりやう》の|空気《くうき》を|全身《ぜんしん》にそそぐ|心地《ここち》して、|全《まつた》く|解脱《げだつ》し|給《たま》ひ、|岸《きし》にのぼらせ|給《たま》ふや、|竜体《りうたい》は|忽《たちま》ち|湖面《こめん》の|水泡《みなわ》と|消《き》えて、|傾《かたむ》く|月《つき》は|水面《すゐめん》に|斜《ななめ》の|光《ひかり》を|投《な》げ、|平穏無事《へいをんぶじ》の|光景《くわうけい》は|譬《たと》ふるに|物《もの》なきまでとなりぬ。|茲《ここ》に|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|岐美《きみ》の|真心《まごころ》にほだされて
わが|恋雲《こひぐも》は|消《き》え|失《う》せにけり
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|足《た》らひて|永久《とことは》に
|岐美《きみ》の|真言《まこと》によみがへりぬる
|飽《あ》くまでも|恨《うら》みまつると|思《おも》ひてし
|岐美《きみ》を|尊《たふと》く|仰《あふ》ぎぬるかな
|右左《みぎひだり》|水火《いき》かはさずも|情《なさけ》ある
|岐美《きみ》の|心《こころ》に|御子《みこ》はらみける
|岐美《きみ》|思《おも》ふ|心《こころ》は|凝《こ》りて|御子《みこ》となり
わが|腹《み》の|中《なか》に|宿《やど》らせにけり
|今《いま》よりは|玉野湖水《たまのこすゐ》を|乾《かわ》かせて
この|稚国土《わかぐに》を|造《つく》り|固《かた》めむ
|真鶴《まなづる》の|稚《わか》き|国原《くにばら》|永久《とことは》に
|固《かた》めて|御子《みこ》を|育《そだ》てむと|思《おも》ふ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|御魂《みたま》と|現《あらは》れし
|吾《われ》にたまひし|貴《うづ》の|御子《みこ》はや
この|森《もり》に|鎮《しづ》まりいます|玉野比女《たまのひめ》は
|国土生《くにう》みの|神《かみ》|吾《われ》|力《ちから》|添《そ》へむ
|今日《けふ》よりは|心《こころ》の|駒《こま》を|立《た》て|直《なほ》し
|岐美《きみ》と|比女《ひめ》との|神業《みわざ》|助《たす》けむ
|神々《かみがみ》の|生言霊《いくことたま》に|助《たす》けられ
|吾《われ》は|蛇体《じやたい》ゆよみがへりける』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|湖岸《こがん》に|立《た》ちて|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|心《こころ》の|曇《くもり》|晴《は》れたるを|悦《よろこ》び|給《たま》ひて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》|畏《かしこ》し|真心《まごころ》の
|光《ひかり》|尊《たふと》し|比女《ひめ》を|救《すく》ひぬ
|左右《ひだりみぎ》りの|我《われ》|神業《かむわざ》はなさねども
|真心《まごころ》に|御子《みこ》は|宿《やど》りけるかも
この|湖《うみ》の|清《きよ》きが|如《ごと》く|玉野森《たまのもり》の
|栄《さか》ゆる|如《ごと》く|御子《みこ》|育《そだ》ちませ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》に|湧《わ》き|立《た》ちし|黒雲《くろくも》も
|晴《は》れ|渡《わた》りたる|今宵《こよひ》ぞ|嬉《うれ》しき
|東雲《しののめ》の|空《そら》ほのぼのとあかりつつ
|心《こころ》の|空《そら》に|陽《ひ》は|昇《のぼ》りけり
|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|玉野比女《たまのひめ》を
|神生《かみう》みの|神《かみ》と|誤《あやま》り|居《ゐ》たりき
|生代比女《いくよひめ》は|真鶴山《まなづるやま》より|生《あ》れし|神《かみ》
|思《おも》へば|神《かみ》の|依《よ》さしなりしか
|怪《あや》しかる|心《こころ》なけれど|契《ちぎ》らねど
|経綸《しぐみ》の|御子《みこ》は|宿《やど》らせたまへり
|今《いま》となり|主《ス》の|大神《おほかみ》の|果《はて》しなき
|経綸《しぐみ》の|糸《いと》を|手繰《たぐ》り|得《え》たりき
|主《ス》の|神《かみ》の|御《み》ゆるしなくば|如何《いか》にして
|想像妊娠《おもひにはらむ》|事《こと》のあるべき
|愚《おろか》しき|我《われ》なりにけり|御子生《みこう》みの
|業《わざ》は|一《ひと》つの|道《みち》と|思《おも》ひし
|今日《けふ》よりは|玉野《たまの》の|森《もり》に|暫《しばら》くを
|我《われ》|鎮《しづ》まりて|国土《くに》を|固《かた》めむ
|湖《みづうみ》を|茜《あかね》に|染《そ》めて|紫《むらさき》の
|雲《くも》わけのぼる|朝津日《あさつひ》の|神《かみ》よ
|生代比女《いくよひめ》|心《こころ》|和《なご》みて|御子《みこ》|孕《はら》み
|天津日《あまつひ》|豊《ゆたか》に|昇《のぼ》りたまひぬ
|我《われ》は|今《いま》|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《かむわざ》の
|差別《けぢめ》を|委曲《つばら》に|悟《さと》りけらしな』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|感歎《かんたん》|措《お》く|能《あた》はず、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|駒《こま》の|背《せ》に|跨《また》がり|渡《わた》る|玉野湖《たまのうみ》の
|面《おもて》に|浮《うか》ぶ|天津日《あまつひ》の|光《かげ》
|竜神《りうじん》の|姿《すがた》|忽《たちま》ち|現《あらは》れて
|頭《かしら》に|立《た》たせし|生代比女《いくよひめ》|天晴《あは》れ
|瑞御霊《みづみたま》あつき|心《こころ》に|絆《ほだ》されて
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》はよみがへりましぬ
|情《なさけ》ある|生言霊《いくことたま》と|真心《まごころ》に
よみがへりたる|比女《ひめ》ぞ|尊《たふと》き
|八千尋《やちひろ》の|深《ふか》き|湖面《うなも》をやすやすと
|生言霊《いくことたま》に|渡《わた》りけるかも
|千重《ちへ》の|浪《なみ》|乗《の》りきる|駒《こま》の|脚《あし》|早《はや》み
|千々《ちぢ》に|月影《つきかげ》くだきて|渡《わた》れり
|大空《おほぞら》の|月船《つきぶね》|西《にし》に|白《しら》けつつ
|東《あづま》の|空《そら》に|日《ひ》は|昇《のぼ》りたり
|真鶴《まなづる》の|山《やま》を|包《つつ》みし|常闇《とこやみ》を
|晴《は》らして|昇《のぼ》る|朝津日《あさつひ》の|影《かげ》
|国土生《くにう》みの|御供《みとも》に|仕《つか》へて|今日《けふ》はしも
|神《かみ》の|経綸《しぐみ》の|深《ふか》きを|悟《さと》りぬ
|玉野比女《たまのひめ》|出迎《でむか》へまさぬを|怪《あや》しみし
わが|心《こころ》|今《いま》|解《と》け|初《そ》めにけり
|国土生《くにう》みと|神生《かみう》みの|差別《けぢめ》|知《し》らずして
|唯《ただ》ひたすらに|煩《わづら》ひしはや
ほのぼのと|霧《きり》たちのぼる|玉野湖《たまのうみ》の
|波《なみ》は|静《しづか》にをさまりにけり
|生代比女《いくよひめ》|恨《うらみ》の|炎《ほのほ》|燃《も》えたちて
|浪《なみ》|逆巻《さかま》きし|夜《よ》の|凄《すさま》じさよ
|浪《なみ》|猛《たけ》り|風《かぜ》|吹《ふ》き|荒《すさ》みし|湖面《うなばら》も
|今日《けふ》は|静《しづ》けく|天津日《あまつひ》|浮《うか》べり
|濛々《もうもう》と|霧《きり》は|立《た》てども|天津日《あまつひ》の
|光《かげ》|遮《さへぎ》らず|湖《うみ》の|面《も》|明《あか》るき
|吾《われ》も|亦《また》|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》を
|悟《さと》りて|岐美《きみ》を|助《たす》けまつらむ
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》のめぐしき|御心《みこころ》を
|退《しりぞ》けし|吾《われ》も|罪《つみ》なりにけり
|真心《まごころ》の|光《ひかり》にさやるものはなし
|小《ちひ》さき|心《こころ》にとらはれ|難《なや》みし
|駿馬《はやこま》の|背《せ》に|朝津日《あさつひ》は|輝《かがや》きて
|湖水《こすゐ》の|青《あを》と|色《いろ》を|競《きそ》へり
|白駒《しろこま》も|岸辺《きしべ》に|見《み》れば|青《あを》かりき
|今日《けふ》より|吾《われ》は|白馬《あをこま》と|名《な》づけむ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天変地妖《わざはひ》も|跡《あと》なく|消《き》えて|天地《あめつち》に
|日《ひ》は|輝《かがや》きぬ|月《つき》は|沈《しづ》みぬ
|瑞御霊《みづみたま》|月《つき》の|心《こころ》も|凪《な》ぎにけむ
|遠《とほ》の|大野《おほの》にかくろひにけり
|此処《ここ》に|来《き》て|神《かみ》の|経綸《しぐみ》をさとりけり
なごむ|心《こころ》に|御子《みこ》|宿《やど》りましぬ
こんもりと|常磐樹《ときはぎ》|繁《しげ》る|玉野森《たまのもり》も
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御姿《みすがた》なりけり
|澄《す》みきらふ|天地《あめつち》の|中《なか》に|濃緑《こみどり》の
|色《いろ》|冴《さ》えわたる|玉野森《たまのもり》はも
|恐《おそろ》しきものは|恋《こひ》てふ|心《こころ》ぞと
|吾《われ》ははじめて|悟《さと》らひにけり
|恋《こひ》すてふ|心《こころ》に|神《かみ》も|生《う》まるなり
|鬼《おに》も|大蛇《をろち》も|生《う》み|出《いだ》すなり
よしあしのゆきかふ|世《よ》なり|吾《われ》は|今《いま》
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》に|世《よ》のさまを|見《み》し
|葭《よし》も|葦《あし》も|稚国原《わかくにばら》に|生《お》ひ|立《た》てる
|思《おも》へば|何《なん》の|差別《けぢめ》なきかな
|善《よし》と|言《い》ひ|悪《あし》と|称《とな》ふも|神々《かみがみ》の
|心《こころ》の|駒《こま》の|動《うご》きなりける
|堅《かた》き|歯《は》は|柔《やはらか》き|舌《した》に|先《さき》だちて
|亡《ほろ》ぶるためしある|世《よ》なりけり
|堅《かた》き|木《き》は|風《かぜ》に|倒《たふ》され|柔《やは》らかき
|柳《やなぎ》はもとの|如《ごと》く|立《た》つかも
|玉野湖《たまのうみ》の|汀《みぎは》に|生《お》ふる|楊柳《しだれやぎ》の
|風《かぜ》に|靡《なび》ける|姿《すがた》やさしも
|常磐樹《ときはぎ》の|年《とし》ふる|松《まつ》は|太《ふと》くとも
|風《かぜ》に|倒《たふ》るる|御代《みよ》なりにけり
そよと|吹《ふ》く|風《かぜ》にも|靡《なび》く|楊柳《しだれやぎ》の
いやながながに|倒《たふ》れぬ|御代《みよ》なり
|天地《あめつち》の|中《なか》に|生《うま》れて|心《こころ》|狭《せま》き
|一《ひと》すぢの|吾《われ》を|今日《けふ》みつめけり』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|美《うるは》しき|愛《あい》の|力《ちから》に|照《て》らされて
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|光《ひか》らせたまへり
|日月《じつげつ》の|暗《やみ》を|晴《は》らして|照《て》れるごと
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|胸《むね》は|晴《は》れぬる
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|神言《みこと》の|神業《かむわざ》の
|世《よ》の|常《つね》ならぬを|畏《かしこ》み|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|生《う》ませたまひし|玉野森《たまのもり》は
いやますますに|輝《かがや》きそめたり
この|森《もり》に|鎮《しづ》まりいます|比女神《ひめがみ》の
|清《きよ》き|心《こころ》は|松《まつ》に|見《み》ゆなり
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|香《にほひ》を|送《おく》り|来《く》る
|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|清《すが》しき|朝《あさ》なり
|汀辺《みぎはべ》に|並《なら》びて|栄《さか》ゆる|楊柳《しだれやぎ》の
|梢《こずゑ》すがしく|湖面《こめん》を|撫《な》づるも
|楊柳《しだれやぎ》の|根本《ねもと》を|封《ふう》じて|葭葦《よしあし》の
|葉《は》は|青々《あをあを》と|風《かぜ》にそよげる
|天国《てんごく》の|光景《すがた》なるかも|梅《うめ》|薫《かを》り
|湖面《こめん》を|飛《と》び|交《か》ふ|田鶴《たづ》の|姿《すがた》は
|白鳥《しらとり》は|波《なみ》に|翼《つばさ》を|浮《うか》べつつ
|静《しづか》に|遊《あそ》ぶ|朝《あさ》の|湖原《うなばら》
よべの|嵐《あらし》|跡《あと》なく|晴《は》れて|天国《てんごく》の
さまありありとうつらふ|朝《あさ》なり
|瑞御霊《みづみたま》はろばろここにあれまして
|国土《くに》|造《つく》ります|功《いさを》|尊《たふと》き
|言霊《ことたま》の|効験《しるし》なきまで|曇《くも》りたる
|恋《こひ》の|思《おも》ひの|恐《おそろ》しきかな
|愛《あい》すてふ|力《ちから》の|強《つよ》さ|悟《さと》りけり
|鬼《おに》も|大蛇《をろち》も|影《かげ》をひそめぬ
|遠《とほ》の|野《の》にぼんやり|霞《かす》みし|真鶴《まなづる》の
|山《やま》の|尾上《をのへ》は|日《ひ》にかがやけり
|真鶴《まなづる》の|山《やま》に|生《あ》れましし|生代比女《いくよひめ》
|神《かみ》の|心《こころ》の|和《なご》みて|現《あ》れしよ
|終日《ひねもす》を|駒《こま》に|鞭《むち》うちて|進《すす》み|来《こ》し
|遠《とほ》の|真鶴山《まなづるやま》は|晴《は》れたる
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|心《こころ》の|曇《くも》りより
|真鶴山《まなづるやま》は|霞《かす》みたりけむ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉野湖《たまのうみ》の|浪《なみ》|静《しづ》まりて|天津日《あまつひ》の
かがよふ|湖《うみ》は|瑞御霊《みづみたま》かも
|深《ふか》く|広《ひろ》く|清《きよ》けく|澄《す》める|玉野湖《たまのうみ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|心《こころ》なるらむ
|小夜嵐《さよあらし》|凪《な》ぎて|天津日《あまつひ》|昇《のぼ》ります
|朝《あさ》あけの|空《そら》|見《み》れば|嬉《うれ》しも
|生代比女《いくよひめ》|嬉《うれ》しかるらむ|瑞御霊《みづみたま》
|清《すが》しかるらむ|御子《みこ》|孕《はら》みませば
|竜神《りうじん》と|姿《すがた》を|変《へん》じわが|岐美《きみ》の
|先頭《せんとう》つとめし|比女神《ひめがみ》かしこし
わが|駒《こま》は|浪《なみ》ふみわけてだうだうと
|地《ち》を|行《ゆ》くごとく|進《すす》みたるかも
|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》に|深《ふか》き|湖面《うなばら》も
|駒《こま》やすやすと|渡《わた》らひにけり
|言霊《ことたま》の|水火《いき》に|生《うま》れし|駒《こま》なれば
|浪《なみ》の|上《へ》|渡《わた》るも|安《やす》かりにけむ
|吾《われ》も|亦《また》ウの|言霊《ことたま》に|生《うま》れたる
|神《かみ》にしあれば|身《み》は|重《おも》からじ
|瑞御霊《みづみたま》ア|声《ごゑ》に|生《あ》れまし|吾《われ》はウの
|声《こゑ》に|生《うま》れし|喜《よろこ》びの|神《かみ》
|世《よ》の|中《なか》の|喜《よろこ》びごとを|司《つかさ》どりて
|万代《よろづよ》の|末《すゑ》まで|幸《さちは》ひせむと|思《おも》ふ
|喜《よろこ》びの|心《こころ》しなくば|何事《なにごと》も
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|遂《と》げ|得《え》ざるべし
|夜半《よは》の|嵐《あらし》|凪《な》ぎたる|今朝《けさ》の|喜《よろこ》びを
|吾《われ》|永久《とこしへ》に|伝《つた》へむと|思《おも》ふ』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|湖《みづうみ》にみはしなけれどわが|魂《たま》は
|岐美《きみ》を|守《まも》りて|安《やす》くわたりぬ
|竜神《りうじん》の|導《みちび》きたまふ|浪《なみ》の|穂《ほ》を
|渡《わた》るも|美波志《みはし》の|神《かみ》のいさをよ
|神業《かむわざ》を|貫《つらぬ》き|通《とほ》す|功績《いさをし》に
|美波志穂《みはしほ》の|神《かみ》|吾《われ》は|仕《つか》へむ
|如何《いか》ならむ|難《なやみ》にあふも|美波志穂《みはしほ》の
|神《かみ》あるかぎり|難《なや》むことなし
|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へて|吾《われ》は|瑞御霊《みづみたま》
|貴《うづ》の|神業《みわざ》を|守《まも》りまつらむ
|山《やま》に|海《うみ》に|河《かは》に|谷間《たにま》に|吾《われ》こそは
|美波志《みはし》となりて|行手《ゆくて》を|守《まも》らむ
|美波志穂《みはしほ》の|言霊《ことたま》の|水火《いき》なかりせば
|如何《いか》で|栄《さか》えむ|稚国原《わかくにばら》は』
(昭和八・一〇・二七 旧九・九 於水明閣 加藤明子謹録)
第一七章 |真言《まこと》の|力《ちから》(二)〔一八八五〕
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は、|凪《な》ぎ|渡《わた》る|湖面《こめん》に|写《うつ》る|天津日影《あまつひかげ》を|打《う》ち|仰《あふ》ぎ、|四方《よも》の|光景《くわうけい》を|讃美《さんび》しながら、|御歌《みうた》うたはせ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《あめ》は|晴《は》れたり|荒金《あらがね》の
|地《ち》はよみがへる|真鶴《まなづる》の|国《くに》よ
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|天国《てんごく》の
|態《さま》ありありとわが|目《め》に|生《い》くるも
|凄《すさ》まじく|浪《なみ》|逆巻《さかま》きし|湖原《うなばら》も
|凪《な》ぎ|渡《わた》りたる|鏡《かがみ》の|湖《うみ》はも
|月影《つきかげ》は|草《くさ》にしのべど|天津日《あまつひ》の
|豊栄昇《とよさかのぼ》る|稚《わか》き|国原《くにばら》
|鳳凰《ほうわう》は|高《たか》く|翼《つばさ》を|天《あめ》に|搏《う》ち
|鶴《つる》は|清《すが》しく|鳴《な》き|渡《わた》る|国《くに》
|湖《うみ》の|面《も》を|真白《ましろ》に|染《そ》めて|白鳥《しらとり》の
|遊《あそ》べる|姿《すがた》はわが|目《め》にさやけし
|湖《うみ》の|青《あを》|空《そら》の|蒼《あを》にも|染《そ》まらずに
あはれ|白鳥《しらとり》|浪《なみ》に|游《およ》げる
|白鳥《しらとり》の|湖面《こめん》に|遊《あそ》ぶ|態《さま》|見《み》れば
|蓮《はちす》の|華《はな》の|咲《さ》けるがに|思《おも》ふ
|遠《とほ》く|近《ちか》く|浪《なみ》に|浮《うか》べる|白鳥《しらとり》の
|限《かぎ》りも|知《し》らぬ|今朝《けさ》の|喜《よろこ》び
|国土《くに》|未《いま》だ|稚《わか》くはあれど|瑞御霊《みづみたま》
|出《い》でます|大野《おほの》は|栄《さか》えの|色《いろ》|見《み》ゆ
|天地《あめつち》の|中《なか》にこんもり|浮《うか》びたる
|玉野《たまの》の|森《もり》の|緑《みどり》さやけし
|瑞御霊《みづみたま》|生代《いくよ》の|比女神《ひめがみ》と|真心《まごころ》の
|合《あは》せ|鏡《かがみ》に|御子《みこ》|孕《はら》みましぬ
|目出度《めでた》さの|限《かぎ》りなりけり|産玉《うぶだま》の
|神《かみ》の|功《いさを》に|御子《みこ》を|守《まも》らむ
|安々《やすやす》と|生《う》みます|吉日《よきひ》|寿《ことほ》ぎて
|産玉神《うぶだまがみ》は|御歌《みうた》まゐらす
|永久《とこしへ》に|生《あ》れます|御子《みこ》よ|幸《さき》くませ
まさきくまして|世《よ》を|生《い》かしませよ
|千早《ちはや》|振《ふ》る|神《かみ》の|依《よ》さしに|生《あ》れませる
|御子《みこ》はくはしく|賢《さか》しくましませ
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》に|仕《つか》へて|吾《われ》は|今《いま》
|御子《みこ》|孕《はら》みます|吉日《よきひ》にあひぬる
|真鶴《まなづる》の|稚《わか》き|国原《くにばら》|固《かた》めむと
|経綸《しぐみ》の|御子《みこ》は|宿《やど》りましけむ
|久方《ひさかた》の|空《そら》の|蒼《あを》みに|溶《と》け|入《い》りて
|今日《けふ》の|楽《たの》しき|幸《さち》にあふかな
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|高《たか》し|湖《うみ》|深《ふか》し
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|恵《めぐみ》はあつし
|広《ひろ》き|厚《あつ》き|大御心《おほみこころ》を|照《て》らしまして
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》を|生《い》かし|給《たま》へり
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》よ|今日《けふ》より|御腹《みはら》なる
|御子《みこ》に|朝夕《あさゆふ》|心《こころ》を|配《くば》らせ|給《たま》へ
この|御子《みこ》の|生《あ》れます|上《うへ》は|真鶴《まなづる》の
|稚《わか》き|国原《くにばら》いや|栄《さか》ゆべし
|御供《おんとも》に|仕《つか》へて|遠《とほ》く|渡《わた》りこし
|吾《われ》は|始《はじ》めて|生甲斐《いきがひ》を|思《おも》ふ
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》の|司《つかさ》と|任《ま》けられて
|産《うみ》の|御霊《みたま》の|御子《みこ》を|守《まも》らむ
|神々《かみがみ》の|孕《はら》ます|御子《みこ》を|平《たひら》かに
いと|安《やす》らけく|生《う》ませ|奉《まつ》らむ
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》なる|吾《われ》は|産《うぶ》の|神《かみ》
|万代《よろづよ》までも|産子《うぶこ》を|守《まも》らむ
|天地《あめつち》の|中《なか》に|生《うま》れし|真鶴《まなづる》の
|稚《わか》き|国原《くにばら》に|生《あ》れます|御子《みこ》はも
|大空《おほぞら》に|天津日《あまつひ》|輝《かがや》き|地《ち》の|上《うへ》に
|百草《ももぐさ》|萌《も》ゆる|稚国原《わかくにばら》よ
はしけやし|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|中空《なかぞら》に
|神代《みよ》を|祝《いは》ひて|鳳凰《ほうわう》|舞《ま》ふなり
|玉野森《たまのもり》|常磐《ときは》の|松《まつ》の|繁《しげ》り|枝《え》に
|御子《みこ》を|育《そだ》つる|真鶴《まなづる》の|群《むれ》
|八十日日《やそかひ》はあれども|今日《けふ》の|生日《いくひ》こそ
ためしもあらぬ|喜《よろこ》びに|満《み》つるも
|願《ねがは》くは|千代万代《ちよよろづよ》に|栄《さか》えませ
|真鶴《まなづる》の|名《な》を|負《お》ひし|国原《くにばら》』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》の|限《かぎ》り|天地《あめつち》の
|真言《まこと》の|道《みち》に|吾《われ》は|仕《つか》へむ
|孕《はら》ませる|御子《みこ》の|生命《いのち》を|永久《とこしへ》に
|守《まも》り|生《い》かさむ|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は
|一片《ひとひら》のあだ|雲《ぐも》もなく|澄《す》みきらふ
|御空《みそら》の|下《した》に|満《み》つる|喜《よろこ》び
|洋々《やうやう》と|凪《な》ぎ|渡《わた》りたる|湖《うみ》の|面《も》に
|浮《う》き|浮《う》き|遊《あそ》べる|白鳥《しらとり》あはれ
|天地《あめつち》も|寿《ことほ》ぎますか|中空《なかぞら》に
|真鶴《まなづる》|鳳凰《ほうわう》|舞《ま》ひつ|遊《あそ》びつ
|九皐《きうかう》に|清《きよ》く|響《ひび》ける|真鶴《まなづる》の
|声《こゑ》に|生《うま》るる|千歳《ちとせ》の|喜《よろこ》び
|勇《いさ》ましき|姿《すがた》なりけり|湖《うみ》の|面《も》を
|駒《こま》|立《た》て|並《なら》べ|渡《わた》らす|姿《すがた》は
|竜頭《りうとう》に|豊《ゆたか》に|立《た》ちて|浪《なみ》の|穂《ほ》を
|進《すす》ませ|給《たま》ひし|女神《めがみ》の|尊《たふと》さ
|瑞御霊《みづみたま》あとに|従《したが》ひ|駿馬《はやこま》に
|夜《よる》の|湖原《うなばら》やすく|渡《わた》りし
|駿馬《はやこま》の|嘶《いなな》き|今朝《けさ》は|殊更《ことさら》に
|澄《す》みきらひつつ|朝日《あさひ》はかがよふ
|若楊《わかやぎ》の|風《かぜ》に|髪《かみ》をば|梳《くしけづ》る
|姿《すがた》は|生代《いくよ》の|比女《ひめ》に|似《に》たるも
|青苔《せいたい》の|浪《なみ》を|洗《あら》ひて|天津風《あまつかぜ》
おもむろに|吹《ふ》く|玉野湖《たまのうみ》はも
|次々《つぎつぎ》に|汀《みぎは》は|広《ひろ》くなりにつつ
|湖《うみ》の|水量《みづかさ》ひきくなりゆく
|瑞御霊《みづみたま》|国土《くに》|造《つく》りますしるしにや
つぎつぎかわく|玉野湖《たまのみづうみ》
そよと|吹《ふ》く|風《かぜ》にも|靡《なび》く|葭葦《よしあし》の
|縺《もつ》れて|生《い》くる|天地《あめつち》の|道《みち》
|縺《もつ》れ|合《あ》ひ|絡《から》み|合《あ》ひつつ|葭《よし》と|葦《あし》は
|天地《てんち》の|水火《いき》をささやきてをり
さらさらと|葦《あし》の|葉《は》|渡《わた》る|風《かぜ》の|音《おと》に
のりて|匂《にほ》へる|白梅《しらうめ》の|香《かをり》
|白梅《しらうめ》は|所狭《ところせ》きまで|玉野森《たまのもり》の
|彼方此方《かなたこなた》に|笑《わら》へる|目出度《めでた》さ
|白梅《しらうめ》の|花《はな》は|清《すが》しも|芳《かんば》しも
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|粧《よそほ》ひに|似《に》て
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|唇《くちびる》|吸《す》ふ|蝶《てふ》の
|心《こころ》やさしき|瑞御霊《みづみたま》かも
|打《う》ち|仰《あふ》ぐ|御空《みそら》は|清《きよ》く|澄《す》みきらひ
|地《ち》は|青草《あをぐさ》の|萌《も》ゆる|楽土《らくど》よ
|斯《か》かる|世《よ》の|斯《か》かる|神業《みわざ》に|仕《つか》ふるも
|神《かみ》のたまひし|幸《さち》なりにけり
まだ|国土《くに》は|稚《わか》くあれども|天《あま》|渡《わた》る
|月日《つきひ》の|影《かげ》はさやけかりけり
くはし|御子《みこ》|今《いま》や|御腹《みはら》に|宿《やど》りまして
|国土《くに》の|柱《はしら》と|立《た》ちます|尊《たふと》さ
たまきはる|御子《みこ》の|生命《いのち》を|永久《とこしへ》に
|守《まも》りて|吾《われ》は|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
|山《やま》に|野《の》に|満《み》ち|足《た》らひたる|主《ス》の|神《かみ》の
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》に|栄《さか》ゆる|神等《かみたち》』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》|晴《は》れ|渡《わた》り
スの|言霊《ことたま》は|鳴《な》り|響《ひび》くなり
|言霊《ことたま》の|清《すが》しき|水火《いき》を|結《むす》び|合《あは》せ
|生《あ》れます|真鶴《まなづる》の|国《くに》のさやけさ
|愛善《あいぜん》の|天界《てんかい》なれば|夜嵐《よあらし》も
|生言霊《いくことたま》に|吹《ふ》き|止《や》みにける
|恋雲《こひぐも》の|深《ふか》く|包《つつ》みし|比女神《ひめがみ》の
|心《こころ》は|晴《は》れぬ|生言霊《いくことたま》に
|天津真言《あまつまこと》|籠《こも》らずあれば|言霊《ことたま》の
|水火《いき》も|曇《くも》りて|露《つゆ》だも|光《て》らず
|一時《ひととき》のなだめ|言葉《ことば》は|久方《ひさかた》の
|天津真言《あまつまこと》の|水火《いき》にかなはず
|瑞御霊《みづみたま》なだめの|言葉《ことば》を|打《う》ち|消《け》して
|天津真言《あまつまこと》に|比女《ひめ》を|生《い》かせり
|毛筋《けすぢ》ほども|偽《いつは》りのなき|天界《てんかい》に
その|場《ば》のがれの|言葉《ことば》は|応《ふさ》はず
|目前《まのあたり》|吾《われ》は|真言《まこと》の|言霊《ことたま》の
|力《ちから》を|見《み》たり|光《ひかり》を|拝《をが》めり
|久方《ひさかた》の|天津真言《あまつまこと》と|国津真言《くにつまこと》
|結《むす》び|合《あは》せて|栄《さか》ゆる|道《みち》なり
|天津日《あまつひ》の|豊栄昇《とよさかのぼ》る|神国《かみくに》に
|如何《いか》で|許《ゆる》さむなだめ|言葉《ことば》を
|善悪《よしあし》の|差別《けぢめ》をただし|天地《あめつち》の
|神《かみ》を|導《みちび》く|世《よ》なれば|安《やす》し
|水火《いき》と|水火《いき》|結《むす》び|合《あは》せの|神《かみ》となり
|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》|守《まも》らむ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『スの|声《こゑ》の|言霊《ことたま》|〓怜《うまら》に|宣《の》り|上《あ》げて
この|稚国土《わかぐに》を|拓《ひら》き|固《かた》めむ
|美味素《うましもと》の|神《かみ》と|現《あらは》れ|吾《われ》は|今《いま》
|真鶴国《まなづるくに》の|真秀良場《まほらば》に|立《た》つ
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|真秀良場《まほらば》|玉野森《たまのもり》に
|国土《くに》|生《う》みますと|待《ま》たせる|女神《めがみ》よ
|玉野森《たまのもり》|常磐《ときは》の|松《まつ》の|白《しろ》きまで
|巣《す》ぐへる|鶴《つる》の|声《こゑ》|澄《す》みきらふ
|真鶴《まなづる》の|只《ただ》|一声《ひとこゑ》のひびかひに
|静《しづ》まりかへる|百千鳥《ももちどり》かも
|夜《よる》の|湖《うみ》|駒《こま》の|背《せ》に|乗《の》り|渡《わた》り|来《き》て
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|恵《めぐみ》を|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|生《う》ませ|給《たま》ひし|国原《くにばら》に
|邪曲《まが》の|猛《たけ》びの|如何《いか》であるべき
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|曇《くも》りて|邪曲《まが》を|生《う》み
|禍《わざはひ》を|生《う》む|神代《みよ》なりにけり
|神々《かみがみ》の|迷《まよ》ひの|水火《いき》の|集《あつま》りて
|天地《あめつち》の|水火《いき》|汚《けが》すは|恐《おそろ》し』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|厳《いか》しくも|雄々《をを》しくもあるか|瑞御霊《みづみたま》
|雄心《をごころ》|照《て》りて|御子《みこ》|孕《はら》みませり
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|真言《まこと》の|現《あらは》れて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|露《つゆ》を|宿《やど》せり
|万代《よろづよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|光《ひか》るらむ
これの|目出度《めでた》き|神嘉言《かむよごと》かも
|草《くさ》も|木《き》も|生言霊《いくことたま》に|靡《なび》きつつ
|花《はな》|咲《さ》き|満《み》ちて|晴《は》れ|渡《わた》る|国土《くに》
そよと|吹《ふ》く|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|芳《かんば》しさ
|経綸《しぐみ》の|花《はな》の|咲《さ》き|満《み》てる|国土《くに》
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|粧《よそほ》ひ|岐美《きみ》に|見《み》る
|今日《けふ》の|湖畔《こはん》の|清《すが》しき|眺《なが》めよ
|目《め》の|限《かぎ》り|大野《おほの》の|原《はら》は|晴《は》れ|渡《わた》り
|真鶴山《まなづるやま》は|空《そら》に|聳《そび》えつ
|国中比古《くになかひこ》の|神《かみ》の|功《いさを》に|真鶴《まなづる》の
|山《やま》の|常磐樹《ときはぎ》|繁《しげ》らへるかも』
|一行《いつかう》の|神々《かみがみ》は|歓《よろこ》びに|満《み》ち、|天地《てんち》の|光景《くわうけい》を|讃美《さんび》しながら、|再《ふたた》び|駒《こま》の|背《せ》に|跨《またが》り、|程遠《ほどとほ》からぬ|玉野《たまの》の|森《もり》の|聖所《すがど》をさして|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|勇《いさ》ましき。
(昭和八・一〇・二七 旧九・九 於水明閣 森良仁謹録)
第一八章 |玉野《たまの》の|森《もり》〔一八八六〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|一行《いつかう》の|神々《かみがみ》に|送《おく》られ、|玉野《たまの》の|森《もり》の|聖所《すがど》に|駒《こま》を|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
|東西《とうざい》|十里《じふり》、|南北《なんぼく》|二十里《にじふり》に|渉《わた》る|玉野森《たまのもり》は、|老松《らうしやう》|天《てん》を|封《ふう》じて|立《た》ち|並《なら》び、|白砂《はくしや》を|以《もつ》て|地上《ちじやう》を|覆《おほ》はれ、あなたこなたの|窪所《くぼど》には、|清泉《せいせん》の|水《みづ》を|湛《たた》へ、|自《おのづか》ら|清《すが》しき|神森《かみもり》なり。|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|館《やかた》は、この|森《もり》の|中央《ちうあう》の|小高《こだか》き|丘《をか》の|上《うへ》に、|宮柱太敷立《みやばしらふとしきた》て、|高天原《たかあまはら》に|千木多加知《ちぎたかし》りて、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神霊《しんれい》を|厳《おごそ》かに|祀《まつ》り|給《たま》ひて、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》|自《みづか》ら|斎主《さいしゆ》となりて、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|真心《まごころ》の|限《かぎ》りを|尽《つく》し、|仕《つか》へ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|玉野森《たまのもり》に|駒《こま》の|蹄《ひづめ》を|一足二足《ひとあしふたあし》|踏《ふ》み|入《い》れ|乍《なが》ら、|駒《こま》を|止《とど》め|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|見渡《みわた》せば|目路《めぢ》の|限《かぎり》は|常磐樹《ときはぎ》の
|松《まつ》の|緑《みどり》の|栄《さか》ゆる|聖所《すがど》よ
|国土《くに》|稚《わか》きこの|天界《てんかい》に|珍《めづら》しも
|千歳《ちとせ》を|経《へ》にし|松《まつ》|繁《しげ》るとは
わがい|行《ゆ》く|道《みち》の|先々《さきざき》|常磐樹《ときはぎ》の
|松《まつ》は|繁《しげ》りて|美《うま》し|国原《くにばら》よ
|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》|仕《つか》ふと|吾《われ》は|今《いま》
この|神森《かみもり》を|清《すが》しみ|来《き》にけり
|幾千万《いくせんまん》の|田鶴《たづ》の|巣《す》ぐへるこの|森《もり》の
|緑《みどり》に|千代《ちよ》の|色《いろ》をそめたり
|老松《らうしよう》は|野路《のぢ》|吹《ふ》く|風《かぜ》を|抱《かか》へつつ
|神代《みよ》とこしへを|歌《うた》ふ|聖所《すがど》よ
かくの|如《ごと》|清《すが》しき|広《ひろ》き|神森《かみもり》の
|此処《ここ》にあるとは|知《し》らざりにけり
|松《まつ》|清《きよ》し|地《つち》|又《また》|清《きよ》し|水《みづ》|清《きよ》し
|真鶴国《まなづるくに》の|真秀良場《まほらば》にして
|玉野比女《たまのひめ》いづれに|在《おは》すか|御姿《おんすがた》
さへも|見《み》えなく|今日《けふ》の|淋《さび》しさ
|生代比女《いくよひめ》|御子《みこ》|孕《はら》ますと|聞《き》しより
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》はかくろひ|坐《ま》ししか』
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》は|今《いま》|駒《こま》を|止《とど》めて|緑《みどり》|濃《こ》き
この|神森《かみもり》を|清《すが》しみ|見《み》るも
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》に|白々《しろじろ》と
|匂《にほ》へる|花《はな》を|主《ス》の|神《かみ》と|見《み》つ
|主《ス》の|神《かみ》の|御霊《みたま》ゆ|生《あ》れし|白梅《しらうめ》の
|花《はな》と|思《おも》へば|尊《たふと》かりけり
|時《とき》じくに|白梅《しらうめ》|匂《にほ》ふこの|森《もり》は
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|宮居《みやゐ》とこそ|知《し》る
いざさらば|吾《われ》|前《さき》に|立《た》ちて|御供《みとも》せむ
|馬上《ばじやう》ゆたかに|御歌《みうた》うたひつ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ひ、|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|一行《いつかう》の|前《まへ》に|立《た》ち、|白砂《はくしや》|青松《せいしよう》の|清《すが》しき|森蔭《もりかげ》を、|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》|勇《いさま》しく、|西《にし》へ|西《にし》へと|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は、|馬上《ばじやう》より|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴山《まなづるやま》|玉野湖《たまのみづうみ》のり|越《こ》えて
|今日《けふ》の|吉日《よきひ》に|聖所《すがど》に|着《つ》けり
|真砂《まさご》|踏《ふ》む|駒《こま》の|蹄《ひづめ》のさくさくと
|音《おと》の|清《すが》しも|松《まつ》の|下蔭《したかげ》
わが|面《おも》を|吹《ふ》くそよ|風《かぜ》も|香《かを》るなり
|木《こ》の|間《ま》を|飾《かざ》る|白梅《しらうめ》の|花《はな》に
|玉野比女《たまのひめ》います|館《やかた》はいづらなる
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|迎《むか》へまさずや
|行《ゆ》けど|行《ゆ》けど|果《はて》しも|知《し》らぬ|森蔭《もりかげ》を
|果《はて》なき|思《おも》ひもどかしみける
|真鶴《まなづる》の|国《くに》を|堅《かた》むる|国津柱《くにつはしら》と
|生《あ》れ|出《い》でにけむこれの|神森《みもり》は』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|進《すす》ます|道《みち》に|隈《くま》もなく
|森《もり》かげ|乍《なが》ら|天津日《あまつひ》は|光《て》る
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》を|射《さ》し|通《とほ》し
ゆたかにかがよふ|天津日《あまつひ》の|光《かげ》
|右左《みぎひだり》|前《まへ》も|後《うしろ》も|常磐樹《ときはぎ》の
|松ケ枝《まつがえ》|清《すが》しく|風《かぜ》を|孕《はら》めり
|大空《おほぞら》の|蒼《あを》をうつしてこの|森《もり》の
|松《まつ》の|梢《こずゑ》はますます|青《あを》し
|松《まつ》の|青《あを》|御空《みそら》の|蒼《あを》と|重《かさ》なれる
|空《そら》に|飛《と》び|交《か》ふ|白《しろ》き|真鶴《まなづる》
|白妙《しろたへ》の|真砂《まさご》を|敷《し》ける|森蔭《もりかげ》を
|吾《われ》は|清《すが》しく|白馬《はくば》に|跨《またが》る
|梅《うめ》|匂《にほ》ふこの|神森《かみもり》のほがらかさ
|森《もり》のあちこち|百千鳥《ももちどり》|啼《な》く
|琴《こと》の|音《ね》かはた|笛《ふえ》の|音《ね》か|白鳥《しらとり》の
|鳴《な》く|音《ね》|清《すが》しき|玉野森蔭《たまのもりかげ》
|行《ゆ》けど|行《ゆ》けど|松《まつ》のみ|繁《しげ》るこの|森《もり》の
|深《ふか》きを|神《かみ》の|心《こころ》ともがな』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《あめ》|晴《は》れ|地《つち》は|清《きよ》まりて
|常磐《ときは》の|松《まつ》のしげる|聖所《すがど》よ
まだ|稚《わか》き|真鶴《まなづる》の|国《くに》かくの|如《ごと》
|老《お》いたる|松《まつ》の|繁《しげ》る|目出度《めでた》さ
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》|終《を》へましし|瑞御霊《みづみたま》
また|国土《くに》|生《う》ます|尊《たふと》さを|思《おも》ふ
|行《ゆ》けど|行《ゆ》けどまだ|現《あ》れまさぬ|玉野比女《たまのひめ》の
|貴《うづ》の|館《やかた》はいづらなるらむ
この|森《もり》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|造《つく》らしし
|真鶴国《まなづるくに》の|要《かなめ》なるらむ
|吾《われ》は|今《いま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
はろばろこれの|聖所《すがど》に|来《き》つるも
|玉野比女《たまのひめ》|御心《みこころ》あらばいち|早《はや》く
|出《い》で|迎《むか》へませ|岐美《きみ》のお|成《な》りを』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『あちこちに|清《きよ》き|真清水《ましみづ》|湛《たた》へたる
この|神森《かみもり》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》か
|水底《みなそこ》の|真砂《まさご》も|清《きよ》く|見《み》えにけり
|澄《す》みきらひたる|水《みづ》の|光《ひかり》に
|濁《にご》りなきこの|真清水《ましみづ》を|伏《ふ》し|拝《をが》み
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》|悟《さと》りぬ
|光闇《ひかりやみ》|行《ゆ》き|交《か》ふ|世《よ》にもかくの|如《ごと》
|清《すが》しきものの|地《ち》に|描《ゑが》かれぬ
|主《ス》の|神《かみ》の|絵筆《ゑふで》になりし|玉野森《たまのもり》
|緑《みどり》のながめこよなく|清《すが》し』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|白砂《しらすな》に|松《まつ》の|梢《こずゑ》の|樹漏陽《こもれび》は
|水玉《みづたま》の|如《ごと》うつろひかがよふ
|白砂《しらすな》は|年《とし》ふるままにあからみて
|樹漏陽《こもれび》|白《しろ》く|庭《には》を|描《ゑが》けり
|白駒《しろこま》の|脚《あし》に|踏《ふ》みゆく|樹漏陽《こもれび》を
|吾《われ》はおそれみ|進《すす》み|行《ゆ》くなり
|天津日《あまつひ》の|恵《めぐみ》は|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》にも
|輝《かがや》き|給《たま》ふと|思《おも》へば|畏《かしこ》し
|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》|仕《つか》ふと|出《い》でましし
|岐美《きみ》|乗《の》らす|駒《こま》の|脚《あし》|早《はや》きかも
|瑞御霊《みづみたま》|乗《の》らせる|駒《こま》の|脚《あし》|早《はや》み
はや|御姿《みすがた》はかくれましぬる
|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》|助《たす》けむ|吾《われ》にして
かく|後《おく》れしは|御神《みかみ》の|心《こころ》か
|速《はや》くしてよき|事《こと》もあり|遅《おそ》くして
よき|事《こと》もあり|神《かみ》のまにまに
|玉野森《たまのもり》の|真砂《まさご》を|踏《ふ》みて|進《すす》み|行《ゆ》く
|駒《こま》の|脚音《あしおと》|清《すが》しき|園《その》なり
|真鶴《まなづる》の|国《くに》とこしへに|拓《ひら》かむと
|出《い》でます|岐美《きみ》の|後姿《うしろで》|雄々《をを》しも
|雄々《をを》しかる|岐美《きみ》に|仕《つか》へて|吾《われ》は|今《いま》
これの|聖所《すがど》をたどり|進《すす》むも』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》や|幸《さちは》ひて
この|神森《かみもり》は|生《あ》れましにけむ
|玉野比女《たまのひめ》の|永久《とは》に|守《まも》らす|神苑《かみぞの》と
|思《おも》へば|何《なに》かつつましくなりぬ
|天津空《あまつそら》に|跼《せぐくま》りつつ|駒《こま》の|脚《あし》
|静《しづか》に|進《すす》まむこれの|聖所《すがど》を
|駿馬《はやこま》もこれの|聖所《すがど》を|畏《かしこ》みて
|蹐《ぬきあし》しつつ|進《すす》む|畏《かしこ》さ
|清《きよ》らけき|真砂《まさご》にのこる|蹄跡《あしあと》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|通《かよ》ひ|路《ぢ》なりけり
|吾《われ》は|今《いま》|駒《こま》の|蹄《ひづめ》を|辿《たど》りつつ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御跡《みあと》|追《お》はむか
さしこもる|梢《こずゑ》の|繁《しげ》みところどころ
|鶴《つる》の|巣籠《すごも》る|神苑《みその》|清《すが》しき
|穹天《きゆうてん》に|高《たか》く|聞《きこ》ゆる|真鶴《まなづる》の
|声《こゑ》に|国原《くにばら》|明《あ》け|渡《わた》るらむ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》の|水火《いき》と|地《つち》の|水火《いき》とを|結《むす》び|合《あは》せ
|生《あ》れましにけむこれの|神国《みくに》は
|天地《あめつち》の|中空《なかぞら》にある|心地《ここち》して
|鶴《つる》の|巣籠《すごも》る|松蔭《まつかげ》を|行《ゆ》くも
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》も|白駒《しらこま》の
|背《せ》に|跨《またが》りて|従《したが》ひませり
|生代比女《いくよひめ》|神生《かみう》みの|業《わざ》|仕《つか》へますと
これの|聖所《すがど》に|来《きた》らす|雄々《をを》しさ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》と|地《つち》を|結《むす》び|合《あは》せの|神《かみ》とます
|汝《なれ》は|吾《わが》|胸《むね》|悟《さと》りまさずや
|御子《みこ》|生《う》みし|吾《われ》は|一入《ひとしほ》|玉野比女《たまのひめ》
したはしきままここに|来《き》つるよ
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》にし|逢《あ》ひてわが|胸《むね》を
|明《あ》かし|奉《まつ》らむ|真心《まごころ》の|水火《いき》に
|常磐樹《ときはぎ》の|繁《しげ》れるこれの|神森《かみもり》に
|吾《われ》|比女神《ひめがみ》と|永久《とは》に|住《す》まむか
|玉野比女《たまのひめ》の|神業《みわざ》|助《たす》けて|永久《とことは》に
この|神森《かみもり》を|守《まも》らむと|思《おも》ふ
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》|稚《わか》ければ|国土《くに》|造《つく》る
|神《かみ》と|議《はか》りて|世《よ》を|開《ひら》くべし
|水火《いき》と|水火《いき》|結《むす》び|合《あは》せて|生《うま》れたる
|御子《みこ》はまさしく|国《くに》の|御柱《みはしら》よ』
|斯《か》く|言挙《ことあ》げし|乍《なが》ら、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|駒《こま》に|鞭打《むちう》ち、|一行《いつかう》の|前《さき》に|立《た》ちて、|雲《くも》を|霞《かすみ》と|駈《か》け|出《い》で|給《たま》へば、|瞬《またた》くうちにその|後姿《うしろで》さへも|見《み》えずなりける。|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|後姿《うしろで》を|見送《みおく》り|乍《なが》ら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|細女《くはしめ》よああ|賢女《さかしめ》よ|生代比女《いくよひめ》の
|神《かみ》の|姿《すがた》のすぐれたるかも
|生代比女《いくよひめ》は|伊向《いむか》ふ|神《かみ》よ|面勝神《おもかつかみ》よ
まつ|先《さき》かけて|駆《か》け|出《だ》し|給《たま》ふ
|吾《われ》よりも|前《さき》に|立《た》つべき|神《かみ》|乍《なが》ら
|今《いま》まで|後《うしろ》につづかせ|給《たま》へり
|上下《かみしも》の|序《ついで》を|正《ただ》し|今《いま》よりは
|国土生《くにう》みの|業《わざ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》は|貴《うづ》の|子《こ》|孕《はら》ませり
わが|仕《つか》ふべき|神《かみ》にましける
|前立《さきだ》ちて|進《すす》ませ|給《たま》ふ|後姿《うしろで》を
はつかに|見《み》れば|光《ひかり》なりけり
|松《まつ》の|間《ま》を|輝《かがや》かせつついち|早《はや》く
|岐美《きみ》の|御後《みあと》を|追《お》ひ|給《たま》ひけむ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|行《ゆ》けど|行《ゆ》けど|果《はて》しも|知《し》らぬこの|森《もり》の
|真砂《まさご》に|駒《こま》の|蹄《ひづめ》は|悩《なや》めり
さくさくと|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》|冴《さ》えて
|行《ゆ》き|悩《なや》みたる|真砂《まさご》の|森蔭《もりかげ》
|玉野湖《たまのうみ》の|湖水《こすゐ》に|潜《ひそ》み|竜《りう》となりし
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|面勝神《おもかつかみ》なり
|生代比女《いくよひめ》|面勝神《おもかつかみ》の|功績《いさをし》に
なごみ|給《たま》ひし|瑞御霊《みづみたま》はも
|世《よ》の|中《なか》に|女神《めがみ》の|強《つよ》さ|悟《さと》りけり
|進《すす》むのみなる|神《かみ》のいさをし
いざさらば|駒《こま》に|鞭《むち》うち|真砂原《まさごはら》
|急《いそ》ぎ|進《すす》まむ|岐美《きみ》をたづねつ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|終《をは》り、|一鞭《ひとむち》あて|蹄《ひづめ》の|音《おと》も|勇《いさ》ましく、|松蔭《まつかげ》の|真砂路《まさごぢ》を|一目散《いちもくさん》に|打《う》たせ|給《たま》ふ。いや|果《はて》に、|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|貴《うづ》の|言霊《ことたま》まつぶさに
|吾《われ》は|聞《き》けるも|澄《す》める|心《こころ》に
|右左《みぎひだり》|清水《しみづ》たたへし|清池《すがいけ》の
|光《ひか》れる|中《なか》を|嬉《うれ》しみ|行《ゆ》くも
|天《あめ》なるやスの|言霊《ことたま》の|鳴《な》り|鳴《な》りて
かかる|聖所《すがど》は|現《あらは》れにけむ
わが|生《う》める|荒金《あらがね》の|地《つち》も|主《ス》の|神《かみ》の
|御霊《みたま》と|思《おも》へば|畏《かしこ》くぞある
ざくざくと|駒《こま》の|蹄《ひづめ》のひびかひも
|神《かみ》の|御声《みこゑ》と|思《おも》へば|畏《かしこ》し
|今《いま》|暫《しば》し|駒《こま》に|鞭《むち》うち|進《すす》むべし
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|御舎《みあらか》|近《ちか》めば
|瑞御霊《みづみたま》|玉野《たまの》の|比女《ひめ》に|見合《みあ》ひまし
|言問《ことと》ひ|給《たま》はむこの|潮《しほ》どきに
|急《いそ》ぐもよし|急《いそ》がずもよし|惟神《かむながら》
|神《かみ》のまにまに|進《すす》むべきのみ』
|斯《か》く|各《おの》も|各《おの》も|馬上《ばじやう》ゆたかに、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|乍《なが》ら、|玉野森《たまのもり》の|中央《ちうあう》なる|小高《こだか》き|丘《をか》の|上《うへ》に、|広《ひろ》く|建《た》てられし|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|門前《もんぜん》さして|進《すす》み|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・二七 旧九・九 於水明閣 谷前清子謹録)
第一九章 |玉野《たまの》の|神丘《みをか》〔一八八七〕
|白梅《しらうめ》の|薫《かを》る|玉野《たまの》の|森《もり》の|白砂《はくしや》を、|馬《こま》の|蹄《ひづめ》に|踏《ふ》みなづみながら、|老松《らうしよう》の|蔭《かげ》を|潜《くぐ》りて、|漸《やうや》く|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|鎮《しづ》まり|給《たま》ふ|聖所《すがど》に|着《つ》き|給《たま》ふ。
この|丘《をか》は、|玉野丘《たまのをか》と|称《しよう》し、|南北《なんぼく》|一里《いちり》、|東西《とうざい》|二里《にり》にわたる|平坦《へいたん》の|高地《かうち》にして、|白銀《しろがね》の|砂《すな》は、|天津日《あまつひ》に|照《て》りかがよひ、|神苑《みその》を|包《つつ》める|常磐樹《ときはぎ》は|蜿蜒《ゑんえん》として|枝《えだ》を|交《まじ》へ、|紫微天界《しびてんかい》の|粋《すゐ》を|集《あつ》めたるばかり|思《おも》はるる|聖所《すがど》なりける。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|山《やま》の|麓《ふもと》に|駒《こま》|乗《の》り|降《お》り|給《たま》ひ、|丘《をか》の|上《うへ》をふりさけ|見給《みたま》ふに、|紅《あか》、|白《しろ》、|紫《むらさき》、|黄《き》、|青《あを》の|五色《ごしき》の|幔幕《まんまく》を|張《は》り|廻《まは》され、|何事《なにごと》か|尊《たふと》き|神《かみ》の|御降臨《ごかうりん》ありし|様子《やうす》なり。|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|国土《くに》|生《う》むと|駒《こま》に|跨《またが》り|来《き》て|見《み》れば
|箒目《ははきめ》|正《ただ》しく|清《きよ》められあり
|何神《なにがみ》の|天降《あも》りますかは|知《し》らねども
いと|尊《たふと》くぞ|思《おも》はれにける
|玉野比女《たまのひめ》わが|出《い》で|立《た》ちをよそにして
|出迎《でむか》へまさぬは|訳《わけ》あるらしも
ともかくも|謹《つつし》みいやまひこの|丘《をか》を
|心《こころ》|清《きよ》めて|登《のぼ》り|見《み》むかな』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|駒《こま》を|早《はや》めて|入《い》り|来《きた》りし|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、ひらりと|駒《こま》を|飛《と》び|降《お》り、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|早《はや》くも|此処《ここ》に|来《き》ませるよ
|吾《われ》は|急《いそ》ぎて|後追《あとお》ひまつりぬ
この|聖所《すがど》|主《ス》の|大神《おほかみ》の|天降《あも》りますか
いと|厳《おごそ》かに|思《おも》はるるなり
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》へし|吾《われ》にして
|岐美《きみ》に|後《おく》れむ|事《こと》をはぢけり
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りますにや|吹《ふ》く|風《かぜ》も
かをり|妙《たへ》なり|白梅《しらうめ》の|丘《をか》に
いざさらば|前《さき》に|立《た》ちませわれこそは
|御後《みあと》に|従《したが》ひ|御山《みやま》に|登《のぼ》らむ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|遠見男《とほみを》の|神《かみ》|一行《いつかう》|其《その》|他《た》の|神々《かみがみ》は、|漸《やうや》く|駆《か》けつけ|給《たま》ひ、|一斉《いつせい》に|駒《こま》を|飛《と》び|降《お》り、|老松《らうしよう》の|枝《えだ》に|手綱《たづな》を|結《むす》びつけ、|息《いき》を|休《やす》ませながら、|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|道《みち》|遠《とほ》み|白駒《しろこま》かけて|漸《やうや》くに
|岐美《きみ》の|在所《ありか》をさぐり|来《き》にけり
|何神《なにがみ》の|天降《あも》りますにやこの|聖所《すがど》
|空《そら》|吹《ふ》く|風《かぜ》も|妙《たへ》にかをれり
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|真秀良場《まほらば》この|聖所《すがど》は
|国土生《くにう》み|給《たま》ふにふさはしきかも
|此処《ここ》にして|国《くに》の|御柱《みはしら》たて|給《たま》ひ
|真鶴国《まなづるくに》を|治《をさ》め|給《たま》ふか
この|丘《をか》に|繁《しげ》れる|常磐《ときは》の|松並木《まつなみき》
すぐれて|太《ふと》く|栄《さか》えけるかも
|松毎《まつごと》に|千歳《ちとせ》の|鶴《つる》の|巣《す》ぐひたる
この|清丘《すがをか》は|神《かみ》の|御舎《みあらか》
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りましたる|心地《ここち》して
|登《のぼ》りなづみぬこの|清丘《すがをか》を』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|如何《いか》ならむ|尊《たふと》き|神《かみ》の|天降《あも》りますか
わが|足《あし》さへも|縮《ちぢ》まりにけり
|稜威《いづ》|高《たか》き|神《かみ》の|鎮《しづ》まる|神《かみ》の|丘《をか》を
わけは|知《し》らねど|吾《われ》は|畏《かしこ》みぬ
|吹《ふ》く|風《かぜ》も|穏《おだや》かにしてわが|面《おも》を
|清《すが》しく|照《て》らす|木洩陽《こもれび》のかげ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|大麻《おほぬさ》を|手《て》にしながら、|悠然《いうぜん》として|現《あらは》れ|給《たま》ひ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|岐美《きみ》|待《ま》ちて|気永《けなが》くなりし|玉野比女《たまのひめ》
|常磐《ときは》の|松《まつ》と|共《とも》に|老《お》いぬる
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》ふと|永年《ながとせ》を
|岐美《きみ》|待《ま》ちかねて|老《お》いにけらしな
|幾万里《いくまんり》の|荒野《あらの》をわたり|訪《と》ひ|来《き》ます
|岐美《きみ》の|真心《まごころ》|嬉《うれ》しかりける
|幾度《いくたび》か|指折《ゆびを》り|数《かぞ》へよき|月日《つきひ》
|待《ま》つ|甲斐《かひ》ありて|岐美《きみ》に|逢《あ》ふかも
|主《ス》の|神《かみ》はいと|厳《おごそ》かに|天降《あも》りまし
|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|臨《のぞ》ませ|給《たま》へり
いざさらば|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|登《のぼ》りませ
われは|御前《みまへ》にたちて|仕《つか》へむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|千万里《せんまんり》の|大野《おほの》をわたり|公許《きみがり》に
|今日《けふ》は|漸《やうや》く|訪《たづ》ね|来《き》つるも
|苔《こけ》むして|神《かみ》さびたてる|老松《らうしよう》の
かげをし|見《み》れば|公《きみ》の|偲《しの》ばゆ
|姫小松《ひめこまつ》はや|老松《らうしよう》と|栄《さか》ゆまで
|待《ま》たせる|公《きみ》をいとしみ|思《おも》ふ
かくならば|神生《かみう》み|為《な》さむ|詮《すべ》もなし
|心《こころ》を|合《あは》せて|国土《くに》を|生《う》まむか
|生代比女《いくよひめ》|吾《われ》を|迎《むか》へて|貴《うづ》の|御子《みこ》
|孕《はら》ませ|給《たま》へり|公《きみ》に|代《かは》りて』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|音《おと》に|聞《き》く|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|御姿《みすがた》の
|尊《たふと》さ|清《すが》しさ|畏《かしこ》みまつる
|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|精《せい》より|生《あ》れ|出《い》でで
|吾《われ》|御子生《みこう》みの|業《わざ》に|仕《つか》へし』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|愛《あい》らしき|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|心《こころ》かな
|心《こころ》|安《やす》かれ|吾《われ》も|祝《いは》はむ
|神業《かむわざ》を|果《はた》し|給《たま》ひし|生代比女《いくよひめ》
|神《かみ》の|神言《みこと》を|尊《たふと》しと|思《おも》ふ
|今《いま》よりは|御腹《みはら》の|御子《みこ》を|育《はごく》みて
ともに|神国《みくに》を|造《つく》らむと|思《おも》ふ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|御言葉《おんことば》
いくよの|末《すゑ》まで|忘《わす》れざるべし
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|孕《はら》みし|吾《われ》にして
|公《きみ》の|言葉《ことば》を|有難《ありがた》く|思《おも》ふ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『けなげなる|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|言葉《ことば》かな
|我《われ》はいふべき|言《こと》の|葉《は》も|無《な》し
ともかくも|玉野《たまの》の|比女《ひめ》に|従《したが》ひて
この|清丘《すがをか》に|進《すす》み|登《のぼ》らむ』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へまつり、|此処《ここ》に|現《あらは》れ|給《たま》ふ|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|吾《われ》こそはウ|声《ごゑ》に|生《あ》れし|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》よ
|今日《けふ》|嬉《うれ》しくも|岐美《きみ》を|迎《むか》へし
|比女神《ひめがみ》の|待《ま》ちに|待《ま》たせる|瑞御霊《みづみたま》
|迎《むか》ふる|今日《けふ》ぞ|嬉《うれ》しかりけり
はろばろと|荒野《あらの》をわたり|海《うみ》を|越《こ》え
|来《き》ませる|岐美《きみ》を|尊《たふと》く|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りましける|聖所《すがどこ》に
|着《つ》かせる|岐美《きみ》は|雄々《をを》しき|神《かみ》はも
|真鶴《まなづる》の|国《くに》のひらけし|始《はじ》めより
かかる|目出度《めでた》き|例《ためし》はあらじ
|主《ス》の|神《かみ》は|天降《あも》りましまし|瑞御霊《みづみたま》
|此処《ここ》に|現《あ》れます|今日《けふ》ぞ|目出度《めでた》き
|玉野比女《たまのひめ》は|岐美《きみ》|迎《むか》へむとおぼせども
|大神《おほかみ》のみそば|離《はな》れかねつつ
はろばろと|岐美《きみ》の|出《い》でまし|出迎《でむか》への
|後《おく》れし|罪《つみ》を|許《ゆる》させ|給《たま》へ
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》に|代《かは》りて|今《いま》|此処《ここ》に
ことわけのぶる|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》よ』
|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝《あさ》まけて|主《ス》の|大神《おほかみ》は|降《くだ》りまし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|今《いま》|現《あ》れましぬ
|愛善《あいぜん》の|紫微天界《しびてんかい》の|真秀良場《まほらば》に
|今日《けふ》は|嬉《うれ》しも|神々《かみがみ》|迎《むか》へて
いざさらば|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|導《みちび》きに
|登《のぼ》らせ|給《たま》へこの|清丘《すがをか》へ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、
『|有難《ありがた》し|三柱神《みはしらがみ》の|出《い》で|迎《むか》へ
|厚《あつ》き|心《こころ》を|我《われ》は|嬉《うれ》しむ』
と|歌《うた》ひ|給《たま》ひつつ、しづしづと|緩勾配《くわんこうばい》の|丘道《をかみち》を|登《のぼ》らせ|給《たま》へば、|遠見男《とほみを》の|神《かみ》|以下《いか》の|神々《かみがみ》は、|主《ス》の|神《かみ》の|御降臨《ごかうりん》と|聞《き》きて|畏《かしこ》み、|山《やま》の|登《のぼ》り|口《くち》に|両掌《りやうて》を|合《あは》せ|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》しながら、|時《とき》の|到《いた》るを|待《ま》たせ|給《たま》ひける。
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|思《おも》ひきや|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|仕《つか》へ|来《き》て
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|天降《あも》りにあふとは
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》り|給《たま》ひしこの|国《くに》は
いやますますに|栄《さか》えますらむ
|鬱蒼《うつさう》と|天《てん》を|封《ふう》じてそそり|立《た》つ
|常磐樹《ときはぎ》の|森《もり》によき|事《こと》を|聞《き》くも
かくならば|吾等《われら》は|謹《つつし》み|畏《かしこ》みて
|主《ス》の|大神《おほかみ》に|清《きよ》く|祈《いの》らむ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|老松《らうしよう》の|四方《よも》をかしこみしこの|森《もり》に
かかる|目出度《めでた》さ|思《おも》はざりけり
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》り|給《たま》ひしこの|丘《をか》に
|紫《むらさき》の|雲《くも》|棚引《たなび》きにけり
|五色《いついろ》の|幕《まく》を|清《すが》しく|張《は》り|廻《まは》し
|主《ス》の|大神《おほかみ》を|斎《いつ》きたるらし
この|幕《まく》を|越《こ》ゆる|術《すべ》なきわが|御魂《みたま》
まだ|晴《は》れやらぬ|心《こころ》の|曇《くも》りに
|智慧証覚《ちゑしようかく》|未《いま》だ|足《た》らねば|主《ス》の|神《かみ》に
まみえむ|術《すべ》の|無《な》きが|悲《かな》しき
|久方《ひさかた》の|天《あめ》より|降《くだ》りし|主《ス》の|神《かみ》の
|功《いさを》を|拝《をが》む|丘《をか》の|麓《ふもと》に』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|智慧証覚《ちゑしようかく》よし|劣《おと》るとも|真心《まごころ》の
|光《ひかり》しあらばのぼり|得《う》べけむ
よしやよしわが|真心《まごころ》は|足《た》らずとも
|神国《みくに》を|思《おも》ふ|心《こころ》は|尊《たふと》し
さりながら|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|大神《おほかみ》の
|御許《みゆる》しなくばのぼる|道《みち》なし
|玉野比女《たまのひめ》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|生代比女《いくよひめ》に
|生言霊《いくことたま》をのべて|帰《かへ》らせり
|神々《かみがみ》に|一言《ひとこと》だにもかけまさず
|帰《かへ》り|給《たま》ひし|事《こと》のうたてさ
|真心《まごころ》の|光《ひかり》は|未《いま》だこの|丘《をか》に
のぼらむ|力《ちから》|無《な》きぞうたてき』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『うれしくもこの|清丘《すがをか》の|麓《ふもと》まで
|御供《みとも》に|仕《つか》へしわが|幸《さち》を|思《おも》ふ
|言霊《ことたま》の|澄《す》みきりあへぬ|吾《われ》にして
これの|聖所《すがど》に|来《きた》りしを|喜《よろこ》ぶ
|老松《らうしよう》のかげに|心《こころ》を|清《きよ》めつつ
この|真清水《ましみづ》にうつしてや|見《み》む
あちこちに|魂《たま》を|洗《あら》へと|真清水《ましみづ》は
|湧《わ》き|出《い》でにける|神《かみ》の|功《いさを》に
|幾何《いくばく》の|御手洗池《みたらしいけ》のある|中《なか》を
ただによぎりし|事《こと》のくやしさ
わが|来《きた》る|右《みぎ》りと|左《ひだり》に|湧《わ》き|出《い》でし
|清水《しみづ》は|魂《たま》を|洗《あら》ふ|真清水《ましみづ》』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》に|照《て》らされて
われ|恥《は》づかしくなりにけらしな
|身《み》を|浄《きよ》め|魂《たま》を|洗《あら》ひて|進《すす》むべき
|真清水《ましみづ》の|池《いけ》|通《とほ》り|来《こ》しかも
|黙々《もくもく》と|神《かみ》は|教《をしへ》を|垂《た》れ|給《たま》ひ
|魂《たま》も|洗《あら》へと|清水《しみづ》|湧《わ》かせり
|瑞御霊《みづみたま》|御供《みとも》に|仕《つか》へてしらずしらず
わが|魂線《たましひ》は|傲《たか》ぶりにけむ』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|幾百《いくひやく》と|限《かぎ》りもしらぬ|玉野池《たまのいけ》の
かたへをただに|通《とほ》りしを|悔《く》ゆ
この|森《もり》のあらむ|限《かぎ》りの|真清水《ましみづ》の
|池《いけ》を|求《もと》めて|魂《たま》|洗《あら》はばや
|取返《とりかへ》しならぬ|過《あやま》ち|為《な》しにけり
この|御手洗《みたらし》を|軽《かろ》く|見《み》なしつ
|自《おのづか》ら|森《もり》の|樹蔭《こかげ》に|湧《わ》きし|水《みづ》と
|軽《かろ》く|思《おも》ひしことを|今《いま》|悔《く》ゆ』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》の|清水《しみづ》を|見《み》ながらに
|掬《すく》はむ|道《みち》を|忘《わす》れゐたりき
|行《ゆ》く|先《さき》をただ|急《いそ》ぎつつ|目《め》の|下《した》の
|清水《しみづ》をよそにわが|来《き》つるかも
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りましたるこの|森《もり》は
|清《きよ》き|御魂《みたま》の|進《すす》むべきのみ
|玉野森《たまのもり》|馬蹄《ばてい》にけがせしわが|罪《つみ》を
|許《ゆる》させ|給《たま》へ|主《ス》の|大御神《おほみかみ》』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『いざさらば|元来《もとき》し|道《みち》に|引返《ひきかへ》し
|駒《こま》を|止《とど》めて|徒歩《かち》|歩《ある》きせむ
|主《ス》の|神《かみ》の|今日《けふ》のよき|日《ひ》に|天降《あも》りますを
|知《し》らず|進《すす》みし|迂濶《うくわつ》さを|悔《く》ゆ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》に|清《すが》しく|鳴《な》く|鶴《つる》は
|吾《われ》をいましむ|神声《みこゑ》なりけり
|愚《おろか》しき|吾《われ》と|思《おも》へば|恥《は》づかしく
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》にまみえむ|術《すべ》なし
|瑞御霊《みづみたま》|生代《いくよ》の|比女《ひめ》は|吾《われ》を|後《あと》に
かけ|出《い》でましし|御心《みこころ》|悟《さと》りぬ
|今《いま》となり|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御心《みこころ》を
|思《おも》ひはかりて|恥《は》づかしくなりぬ
|何時《いつ》の|間《ま》にかわが|魂線《たましひ》は|傲《たか》ぶりて
|禊《みそぎ》の|業《わざ》を|忘《わす》れゐたるよ
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りましたるこの|森《もり》を
|馬《うま》の|蹄《ひづめ》にけがせし|悲《かな》しさ』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|今《いま》となりて|吾《われ》|恥《は》づかしくなりにけり
|真言《まこと》いづみの|禊《みそぎ》|忘《わす》れて
いざさらば|神々《かみがみ》たちよ|駒《こま》|並《な》めて
|元来《もとき》し|道《みち》に|引返《ひきかへ》し|見《み》む
この|森《もり》の|外《そと》に|抜《ぬ》け|出《い》で|数多《かずおほ》き
|泉《いづみ》に|御魂《みたま》|洗《あら》ひて|進《すす》まむ』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は、|馬《うま》の|蹄《ひづめ》に|知《し》らず|知《し》らず|聖所《すがど》を|汚《けが》せし|事《こと》を|悔《く》い、|一目散《いちもくさん》に|元来《もとき》し|道《みち》に|引返《ひきかへ》し、|駒《こま》を|玉野《たまの》の|森《もり》の|入口《いりぐち》|遠《とほ》く|繋《つな》ぎ|置《お》き、|各《おの》も|各《おの》も|真清水《ましみづ》に|身《み》を|清《きよ》め|心《こころ》を|浄《きよ》め、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|再《ふたた》び|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》ります|丘《をか》を|指《さ》して、|真砂《まさご》に|足《あし》を|踏《ふ》みなづみつつ、|其《その》|翌《あく》る|日《ひ》の|黄昏《たそが》るる|頃《ころ》、|辛《から》うじて|丘《をか》の|麓《ふもと》に|着《つ》き|給《たま》ひける。
(昭和八・一〇・二七 旧九・九 於水明閣 林弥生謹録)
第二〇章 |松下《しようか》の|述懐《じゆつくわい》〔一八八八〕
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》|一行《いつかう》は、|玉野《たまの》の|丘《をか》の|麓《ふもと》より|聖所《すがど》を|汚《けが》せしことを|悔《く》い、|一目散《いちもくさん》に|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》いそがしく、|玉野《たまの》の|森《もり》を|駆《か》け|出《い》だし、|道《みち》の|辺《べ》の|並木《なみき》に|駒《こま》を|繋《つな》ぎ|置《お》き、|素跣足《はだし》となりて|恐《おそ》る|恐《おそ》る|再《ふたた》び|玉野《たまの》の|森《もり》に|潜《くぐ》り|入《い》り、|道《みち》の|両側《りやうがは》に|木洩陽《こもれび》を|写《うつ》して|輝《かがや》く|清泉《せいせん》の|前《まへ》に|立《た》ち、|各《おの》も|各《おの》も|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|歌《うた》を|詠《よ》みつつ|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りますなる|玉野森《たまのもり》の
この|美味水《うましみづ》よ|月《つき》の|鏡《かがみ》か
|月《つき》も|日《ひ》もうつらす|清《きよ》き|真清水《ましみづ》を
|蹄《ひづめ》に|汚《けが》せしことを|今《いま》|悔《く》ゆ
この|清水《しみづ》わが|魂線《たましひ》を|洗《あら》へかし
|身体《からたま》の|汚《けが》れは|言《い》ふも|更《さら》なり』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|常磐樹《ときはぎ》のかげをうつして|永久《とこしへ》に
|月日《つきひ》かがよふ|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》
この|水《みづ》の|清《きよ》きが|如《ごと》くわが|魂《たま》を
|洗《あら》ひすまして|神《かみ》に|仕《つか》へむ』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|知《し》らず|知《し》らずわが|魂線《たましひ》は|傲《たか》ぶりて
この|真清水《ましみづ》をよそに|見《み》しはや
|大神《おほかみ》の|御前《みまへ》に|詣《まう》づる|道《みち》の|辺《べ》の
|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》|尊《たふと》くもあるか
|月《つき》も|日《ひ》も|星《ほし》もうつらふ|水鏡《みづかがみ》
うつせば|吾《われ》の|魂《たま》のきたなき』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真清水《ましみづ》にわが|魂線《たましひ》を|洗《あら》ひ|澄《す》ます
|神業《みわざ》うれしく|仕《つか》へまつらな
|神代《かみよ》より|主《ス》の|大神《おほかみ》の|生《う》ませます
この|神森《かみもり》の|尊《たふと》さ|清《きよ》さよ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|千早《ちはや》|振《ふ》る|神《かみ》の|御霊《みたま》と|湧《わ》き|出《い》でし
この|真清水《ましみづ》の|清《きよ》くもあるかな
|目《ま》のあたり|清《きよ》き|鏡《かがみ》を|見《み》ながらも
|禊《みそぎ》のわざを|怠《おこた》りしはや
|真清水《ましみづ》に|霊《たま》を|洗《あら》ひて|主《ス》の|神《かみ》の
みもとに|詣《まう》づる|思《おも》へば|嬉《うれ》しも』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|晴《は》れ|渡《わた》る|空《そら》の|蒼《あを》みを|写《うつ》しつつ
|底《そこ》まで|青《あを》く|澄《す》める|泉《いづみ》よ
わが|姿《すがた》うつして|見《み》れば|恥《は》づかしも
|神《かみ》にまみえむ|術《すべ》なかりける』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|産玉《うぶだま》の|神《かみ》と|現《あらは》れ|産水《うぶみづ》の
|清《きよ》きを|知《し》らず|通《とほ》り|過《す》ぎける
|玉野比女《たまのひめ》|生《あ》れます|時《とき》ゆ|湧《わ》き|出《い》でし
この|真清水《ましみづ》はうぶだらひかも』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》の|清水《しみづ》|湧《わ》き|出《い》づる
この|神森《かみもり》は|常世《とこよ》にもがも
|朝夕《あさゆふ》に|月日《つきひ》の|浮《うか》ぶ|真清水《ましみづ》を
かがみとなして|御魂《みたま》|洗《あら》はむ』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|火《ひ》と|水《みづ》を|結《むす》び|合《あは》せて|湧《わ》き|出《い》づる
|玉《たま》の|泉《いづみ》の|澄《す》みきらひたるも
|吾《われ》は|今《いま》|玉《たま》の|清水《しみづ》に|影《かげ》うつし
きたなき|心《こころ》をはぢらひにけり』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|和《やは》き|水《みづ》|甘《あま》き|清水《しみづ》よ|美味素《うましもと》の
|神《かみ》の|心《こころ》のうつる|真清水《ましみづ》
この|水《みづ》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|乳房《ちぶさ》より
|滴《したた》る|水《みづ》かうまし|玉水《たまみづ》』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|滾々《こんこん》と|湧《わ》きてつきせぬ|真清水《ましみづ》の
|甘《あま》きは|神《かみ》の|心《こころ》なるかも
|白駒《しらこま》に|跨《またが》り|咽喉《のど》を|渇《かわ》かせつ
この|真清水《ましみづ》を|知《し》らざりしはや』
|一行《いつかう》の|神々《かみがみ》は、|彼方此方《かなたこなた》に|点々《てんてん》せる|玉泉《たまいづみ》の|真清水《ましみづ》に、|一々《いちいち》|言霊歌《ことたまうた》を|詠《よ》み|御魂《みたま》を|洗《あら》ひつつ、|慎《つつ》ましやかに|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
|前《さき》に|立《た》たせる|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は、|悠々《いういう》と|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『ああ|有難《ありがた》し|有難《ありがた》し
|天《あめ》と|地《つち》との|中空《なかぞら》に
|清《すが》しく|立《た》てる|常磐樹《ときはぎ》の
|玉野《たまの》の|森《もり》の|聖所《すがどころ》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
|駒《こま》に|跨《またが》り|進《すす》み|行《ゆ》く
|礼《ゐや》なきわざも|知《し》らずして
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|永久《とことは》に
|鎮《しづ》まりいます|山麓《さんろく》に
|意気《いき》|揚々《やうやう》と|着《つ》きみれば
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》は|瑞御霊《みづみたま》
|生代《いくよ》の|比女《ひめ》のみ|導《みちび》きて
|黙《もく》しています|不思議《ふしぎ》さに
よくよく|思《おも》ひめぐらせば
|智慧証覚《ちゑしようかく》のまだ|足《た》らぬ
|吾々《われわれ》|一行《いつかう》|神々《かみがみ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|諸共《もろとも》に
この|聖所《すがどこ》を|悠々《いういう》と
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》に|汚《けが》しつつ
|玉《たま》の|清水《しみづ》に|魂線《たましひ》を
|洗《あら》ひて|禊《みそぎ》の|神業《かむわざ》を
いそしむ|事《こと》を|忘《わす》れ|居《を》り
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御神慮《ごしんりよ》に
|叛《そむ》きまつらむひがごとと
|始《はじ》めて|悟《さと》りし|恥《は》づかしさ
|面《おも》ほてりつつ|引《ひ》き|返《かへ》し
|前非《ぜんぴ》を|悔《く》いて|玉野森《たまのもり》
もと|来《き》し|道《みち》にぬけいだし
|駒《こま》を|並木《なみき》に|繋《つな》ぎおき
|素足《すあし》のままに|白砂《しらすな》を
さくさく|踏《ふ》みて|進《すす》み|来《く》る
|道《みち》の|行手《ゆくて》に|輝《かがや》ける
|右《みぎ》り|左《ひだり》の|玉清水《たましみづ》
|清《きよ》くすがしく|湧《わ》き|出《い》でで
|月日《つきひ》のかげを|宿《やど》すなる
|永久《とは》の|泉《いづみ》に|魂線《たましひ》を
|各《おの》も|各《おの》もが|洗《あら》ひつつ
|白梅《しらうめ》かをる|神森《かみもり》を
|辿《たど》りて|行《ゆ》けば|松上《しようじやう》の
|鶴《つる》の|鳴《な》き|声《ごゑ》|勇《いさ》ましく
わが|魂線《たましひ》を|引《ひ》きたつる
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》に
|仕《つか》ふる|吾等《われら》は|朝夕《あさゆふ》に
|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|玉《たま》の|清水《しみづ》に|禊《みそぎ》して
|進《すす》み|行《ゆ》くべき|慎《つつし》みを
|暫《しば》し|心《こころ》のゆるみより
|忘《わす》れ|居《ゐ》たるぞうたてけれ
|小鳥《ことり》は|歌《うた》ひ|蝶《てふ》は|舞《ま》ふ
|常世《とこよ》の|春《はる》の|神《かみ》の|森《もり》
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|芳《かんば》しく
|四方《よも》に|薫《くん》ずる|梅《うめ》が|香《か》の
|清《きよ》きは|神《かみ》の|心《こころ》かも
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御心《みこころ》に
|包《つつ》まれながら|愚《おろか》なる
|吾等《われら》は|少《すこ》しも|悟《さと》り|得《え》ず
|轡《くつわ》を|並《なら》べて|堂々《だうだう》と
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|天降《あも》ります
|聖所《すがど》に|進《すす》みし|愚《おろか》さよ
|吾等《われら》は|心《こころ》を|改《あらた》めて
|罪《つみ》|過《あやま》ちを|悔《く》いながら
|再《ふたた》び|禊《みそぎ》の|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へまつりてとぼとぼと
|松間《まつま》の|木漏陽《こもれび》あびながら
|彼方此方《かなたこなた》に|湧《わ》き|出《い》づる
|清水《しみづ》にことごと|禊《みそぎ》して
やうやう|此処《ここ》に|着《つ》きぬれど
まだ|行《ゆ》く|先《さき》は|道《みち》|遠《とほ》み
|心《こころ》の|駒《こま》ははやれども
|二《ふた》つの|足《あし》の|如何《いか》にして
|聖所《すがど》に|達《たつ》し|得《う》べけむや
この|神森《かみもり》の|黄昏《たそがれ》を
|星《ほし》は|御空《みそら》にきらめきつ
|夕《ゆふべ》の|風《かぜ》は|冷《ひや》やかに
|吾等《われら》が|肌《はだ》を|浸《ひた》すなり
ああ|惟神《かむながら》々々
|今宵《こよひ》は|松《まつ》の|太幹《ふとみき》の
|樹下《こした》に|一同《いちどう》|休《やす》らひて
|朝日《あさひ》の|昇《のぼ》るを|待《ま》ちあかし
|再《ふたた》び|清水《しみづ》に|禊《みそぎ》して
|進《すす》み|行《ゆ》かばや|惟神《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
|斯《か》く|歌《うた》ひながら|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
さしもに|広《ひろ》き|神森《かみもり》の|白砂《しらすな》に|脛《すね》を|没《ぼつ》し、|容易《ようい》に|進《すす》むべくもあらねば、|神々《かみがみ》は|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|松下《しようか》に|一夜《いちや》を|明《あか》し|給《たま》ひぬ。
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|黄昏《たそがれ》の|闇《やみ》は|迫《せま》れど|月読《つきよみ》の
|神《かみ》は|御空《みそら》に|輝《かがや》き|給《たま》ひぬ
|真清水《ましみづ》に|清《すが》しくうつらふ|月光《つきかげ》を
|吾《われ》|拝《をろが》みて|面《おも》|恥《は》づかしも
|風《かぜ》はらむ|梢《こずゑ》のそよぎ|止《とど》まりて
|田鶴《たづ》の|声《こゑ》のみ|高《たか》く|聞《きこ》ゆる
|白梅《しらうめ》の|露《つゆ》にかがよふ|月光《つきかげ》は
わが|魂線《たましひ》をよみがへらすも
|百鳥《ももとり》は|塒《ねぐら》|定《さだ》むるこの|宵《よひ》を
|罪《つみ》にしづみて|眠《ねむ》らえぬかな
|瑞御霊《みづみたま》さぞや|歎《なげ》かせ|給《たま》ふらむ
|吾等《われら》が|魂《たま》の|曇《くも》れるを|見《み》て
これといふ|神柱《みはしら》なきをわが|岐美《きみ》は
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|歎《なげ》かせ|給《たま》はむ
|神業《かむわざ》に|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|仕《つか》へしと
|思《おも》ひしことは|夢《ゆめ》になりける
わが|智慧《ちゑ》も|亦《また》|証覚《しようかく》も|充《み》たざるを
|知《し》らずに|仕《つか》へし|恥《は》づかしさを|思《おも》ふ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《あま》|伝《つた》ふ|月《つき》の|鏡《かがみ》も|圓屋比古《まるやひこ》の
|神《かみ》の|御魂《みたま》を|照《て》らして|笑《ゑ》ませる
|小夜《さよ》|更《ふ》けの|泉《いづみ》の|波《なみ》に|浮《うか》びます
|月《つき》の|面《おもて》を|見《み》ればはづかし
|夜《よる》の|鶴《つる》|子《こ》を|育《はごく》みて|寝《ね》もやらず
|守《まも》りゐるかも|愛《あい》の|強《つよ》さに
|白梅《しらうめ》の|露《つゆ》に|御空《みそら》の|月《つき》|照《て》りて
かをり|清《すが》しき|玉野森《たまのもり》の|夜半《よは》
|神業《かむわざ》に|遅《おく》れし|御魂《みたま》|集《あつま》りて
|今《いま》|新《あたら》しく|禊《みそぎ》するかも
|天界《てんかい》は|気《き》ゆるしならぬ|神国《かみくに》と
|知《し》りつつもなほ|怠《おこた》りにける
|智慧証覚《ちゑしようかく》|足《た》らざる|為《ため》に|要《かなめ》なる
|禊《みそぎ》のわざを|忘《わす》れ|居《ゐ》しはや
|瑞御霊《みづみたま》と|同《おな》じにわが|魂《たま》|清《きよ》まりしと
|思《おも》ひし|事《こと》の|愚《おろか》さを|恥《は》づる
|一言《ひとこと》も|宣《の》らさぬ|岐美《きみ》の|御心《みこころ》を
|汚《けが》しまつりし|事《こと》の|悔《くや》しも
|生代比女《いくよひめ》|心《こころ》|清《すが》しくましますか
|玉野《たまの》の|丘《をか》に|導《みちび》かれ|給《たま》ひて』
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|小夜《さよ》|更《ふ》けて|常磐《ときは》の|松《まつ》の|下《した》かげに
わが|過《あやまち》を|歎《なげ》かひにけり
|常磐樹《ときはぎ》の|苔《こけ》むす|松《まつ》の|下《した》かげに
|吾《われ》は|悔悟《くわいご》の|涙《なみだ》に|暮《く》れ|居《を》り
|愚《おろか》しきわが|御魂《みたま》かも|要《かなめ》なる
|神業《みわざ》|忘《わす》れてひた|進《すす》みけるよ
|真清水《ましみづ》の|池《いけ》にうつらふ|月《つき》|見《み》れば
わが|愚《おろか》さを|微笑《ほほゑ》みますかも
|吾《われ》ながらあきれはてたり|魂線《たましひ》の
くもりし|事《こと》を|気《き》づかずに|居《ゐ》し
|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》の|司名《つかさな》を|持《も》ちながら
かかる|神業《みわざ》を|忘《わす》れし|愚《おろか》さ
|梢《こずゑ》|吹《ふ》く|風《かぜ》の|響《ひびき》も|愚《おろか》なる
|吾《われ》を|笑《わら》へる|如《ごと》く|聞《きこ》え|来《く》
|真鶴《まなづる》は|松《まつ》の|梢《こずゑ》にとどまりて
ただ|一声《ひとこゑ》に|吾《われ》をいましむ
かくならば|鶴《つる》にも|劣《おと》る|御魂《みたま》かと
|今更《いまさら》|悔《くや》し|多々久美《たたくみ》の|神《かみ》は
|今《いま》よりは|心《こころ》の|駒《こま》を|立《た》て|直《なほ》し
|誠《まこと》を|一《ひと》つに|道《みち》に|仕《つか》へむ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|小夜《さよ》|更《ふ》けの|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》にうづくまり
|恥《は》ぢらひにつつ|月《つき》を|仰《あふ》ぐも
にこにこと|笑《ゑ》ませる|月《つき》の|面《おも》|見《み》れば
わが|魂線《たましひ》を|抉《えぐ》らるる|如《ごと》し
|国土生《くにう》みと|神生《かみう》みの|神《かみ》の|御供《みとも》して
|岐美《きみ》をなやませし|事《こと》を|恥《は》ぢらふ
|瑞御霊《みづみたま》わが|魂線《たましひ》のくもれるを
|見透《みすか》し|給《たま》ひて|歎《なげ》きましけむ
|御供《おんとも》に|仕《つか》へまつると|雄々《をを》しくも
|進《すす》みしことの|恥《は》づかしきかな
さりながらわが|魂線《たましひ》の|穢《けがれ》をば
|早《はや》く|悟《さと》りし|事《こと》の|嬉《うれ》しさ
よき|事《こと》に|曲事《まがごと》いつき|曲事《まがごと》に
よき|事《こと》いつく|神代《みよ》なりにけり
よしあしの|差別《けぢめ》も|知《し》らに|進《すす》みてし
|宇礼志穂《うれしほ》|吾《われ》の|浅間《あさま》しさを|思《おも》ふ
|時《とき》じくに|白梅《しらうめ》かをる|神《かみ》の|森《もり》を
|蹄《ひづめ》に|汚《けが》せしことの|畏《かしこ》き
|玉泉《たまいづみ》|右《みぎ》と|左《ひだり》に|湧《わ》きてあるを
|禊《みそぎ》もなさで|進《すす》みし|愚《おろか》さ』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|大空《おほぞら》の|青海《あをみ》が|原《はら》を|渡《わた》りゆく
|月読《つきよみ》の|舟《ふね》はいとも|美《うるは》し
|冴《さ》え|渡《わた》る|御空《みそら》の|月《つき》に|照《て》らされて
|吾《われ》|恥《は》づかしく|打《う》ちふるふなり
|真清水《ましみづ》の|永久《とことは》に|湧《わ》く|神《かみ》の|森《もり》を
|禊《みそぎ》|忘《わす》れて|進《すす》みし|愚《おろか》さ
|何事《なにごと》も|神《かみ》の|心《こころ》に|宣《の》り|直《なほ》し
|見直《みなほ》しませよ|吾等《われら》の|過《あやまち》を
|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》の|神《かみ》|聞《き》き|直《なほ》し
|見直《みなほ》しまして|許《ゆる》させ|給《たま》へ
|主《ス》の|神《かみ》は|玉《たま》の|宮居《みやゐ》にましまして
わが|愚《おろか》なる|業《わざ》|覧《みそな》はすらむ
|瑞御霊《みづみたま》|生代《いくよ》の|比女《ひめ》の|二柱《ふたはしら》
|淋《さび》しみまさむ|吾等《われら》がくもりに
|玉野比女《たまのひめ》の|御顔《おんかほ》|見《み》るも|恥《は》づかしく
なりにけらしな|凡神《ただがみ》|吾《われ》は
|主《ス》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|鳴《な》り|鳴《な》りて
|生《うま》れ|出《い》でたる|神《かみ》|吾《われ》|恥《は》づかし
|真鶴《まなづる》の|山《やま》に|言霊《ことたま》|奏上《そうじやう》し
しるしなかりしも|宜《うべ》よと|思《おも》ふ』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|生言霊《いくことたま》の|功績《いさをし》を
|塞《ふさ》ぎまつりし|吾《われ》|恥《は》づかしも
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|曇《くも》れる|魂線《たましひ》を
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|生《い》かし|給《たま》へり
|証覚《しようかく》の|未《いま》だ|足《た》らはぬ|吾《われ》にして
|生言霊《いくことたま》のしるしあるべき
いや|広《ひろ》き|玉野《たまの》の|森《もり》に|小夜《さよ》|更《ふ》けて
|月《つき》のしたびに|悔《く》い|心《ごころ》わく
|常磐樹《ときはぎ》の|梢《こずゑ》|御空《みそら》をかくさずば
ただに|月《つき》|見《み》る|顔《かほ》なかるらむ』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|恥《は》づかしき|吾《われ》にもあるか|大道《おほみち》に
|仕《つか》へて|禊《みそぎ》のわざ|忘《わす》るとは
|禊《みそぎ》せよと|右《みぎ》と|左《ひだり》に|真清水《ましみづ》の
|照《て》れる|泉《いづみ》を|知《し》らず|過《す》ぎけり
|魂線《たましひ》のいたく|曇《くも》りて|道《みち》の|辺《べ》の
|禊《みそぎ》の|泉《いづみ》も|見《み》えざりしはや
|禊《みそぎ》より|尊《たふと》きものは|世《よ》にあらじと
|吾《われ》は|常々《つねづね》|語《かた》らひ|居《ゐ》しを
わが|駒《こま》は|榛《はん》の|並木《なみき》に|繋《つな》がれて
|主《あるじ》を|恋《こ》ひつつ|淋《さび》しみ|嘶《な》くらむ
|駿馬《はやこま》の|蹄《ひづめ》そろへて|真砂地《まさごぢ》を
やうやう|進《すす》みし|愚《おろか》なる|吾《われ》よ
|知《し》らぬ|神《かみ》に|祟《たたり》なしとは|誰《たれ》かいふ
|汚《けが》れし|御魂《みたま》に|神《かみ》はまみえず
|小夜《さよ》|更《ふ》けて|淋《さび》しくなりぬわが|心《こころ》
あまり|曇《くも》りの|深《ふか》くありせば
|真清水《ましみづ》に|浸《ひた》し|洗《あら》へどなかなかに
|魂《たま》の|汚《けが》れの|清《きよ》まらぬかな
|天津祝詞《あまつのりと》|時《とき》じく|宣《の》れど|如何《いかん》せむ
わが|愚《おろか》なる|魂《たま》は|洗《あら》へず』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|御供《みとも》にはろばろ|仕《つか》へ|来《き》て
|吾《われ》|恥《は》づかしき|宵《よひ》にあふかな
わが|心《こころ》いゆきつまりて|玉野丘《たまのをか》の
|麓《ふもと》に|歎《なげ》かひ|引《ひ》き|返《かへ》しける
|朝夕《あさゆふ》に|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りつつも
|禊《みそぎ》の|神業《みわざ》|忘《わす》れ|居《ゐ》しはや
|国土《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》ませる|御供《みとも》なれば
|魂《たま》を|清《きよ》めて|仕《つか》ふべき|吾《われ》
|神業《かむわざ》の|妨《さまた》げなせしを|今更《いまさら》に
|悔《く》いつつ|泉《いづみ》に|魂《たま》|洗《あら》ふかな
しんしんと|夜《よ》は|更《ふ》け|渡《わた》り|真鶴《まなづる》は
|漸《やうや》く|声《こゑ》をひそめ|眠《ねむ》れり
やがて|今《いま》|東《あづま》の|空《そら》はしののめて
この|神森《かみもり》も|明《あか》るくなるべし
|東雲《しののめ》の|空《そら》ほのぼのとあからみつ
わが|魂線《たましひ》もよみがへりけり
|東《ひむがし》の|空《そら》にわきたつ|紫《むらさき》の
|雲《くも》|美《うるは》しみ|神言《かみごと》|宣《の》らむ』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|東雲《しののめ》の|空《そら》おひおひに|明《あか》らみぬ
やがて|天津日《あまつひ》|昇《のぼ》り|給《たま》はむ
|月《つき》にさへ|恥《は》づかしきものを|天津日《あまつひ》の
|昇《ゆぼ》り|給《たま》はばわれ|如何《いか》にせむ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|清《きよ》めて|魂《たま》|洗《あら》ひ
|新《あたら》しき|日《ひ》を|拝《をが》みまつらむ』
|斯《か》く|神々《かみがみ》は|述懐歌《じゆつくわいか》を|述《の》べ、|悔悟《くわいご》の|涙《なみだ》を|浮《うか》べながら、|東雲《しののめ》の|空《そら》に|向《むか》つて|礼拝《れいはい》|久《ひさ》しうし、|再《ふたた》び|真砂地《まさごぢ》を|素足《すあし》にきざみながら、|玉野丘《たまのをか》を|指《さ》して|畏《おそ》る|畏《おそ》る|進《すす》ませ|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・二七 旧九・九 於水明閣 白石恵子謹録)
第三篇 |玉藻霊山《たまもれいざん》
第二一章 |玉野清庭《たまのすがには》〔一八八九〕
|天人《てんにん》の|五衰《ごすゐ》ありとは|仏典《ぶつてん》の|示《しめ》す|所《ところ》である。|宜《うべ》なり、|神々《かみがみ》の|永久《とこしへ》に|住《す》み|給《たま》ふ|天界《てんかい》にも、|亦《また》|栄枯盛衰《えいこせいすゐ》あり、|若境《じやくきやう》あり|老境《らうきやう》あり。|故《ゆゑ》に|天界《てんかい》の|神々《かみがみ》は|若《わか》がへり|若《わか》がへり|甦《よみがへ》りつつ、|永遠《えいゑん》に|其《その》|若《わか》さを|保《たも》ちて、|各《おの》も|各《おの》もの|職掌《しよくしやう》に|生《い》き|栄《さか》え|給《たま》ふなり。|茲《ここ》に|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|神生《かみう》みの|神業《みわざ》を|勤《つと》むべく、|主《ス》の|神《かみ》の|御宣示《ごせんじ》をうけて、|長《なが》き|年月《としつき》を|待《ま》たせ|給《たま》ひけるが、|可惜《あたら》|其《その》|適齢《てきれい》を|過《す》ごし|給《たま》ひたれば、|神生《かみう》みの|神事《しんじ》に|相応《ふさは》ず、|再《ふたた》び|主《ス》の|神《かみ》の|御宣示《ごせんじ》により、|層一層《そういつそう》|大《だい》なる|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》を|任《ま》けられ|給《たま》ひたれば、|玉野山《たまのやま》の|清丘《すがをか》に|永久《とは》の|住所《すみか》を|定《さだ》め、|時《とき》を|待《ま》たせつつありける。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|漸《やうや》くにして、|玉野森《たまのもり》に|着《つ》かせ|給《たま》ひければ、|永《なが》の|年月《としつき》|待《ま》ち|佇《わ》び|給《たま》ひし|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は、|折《をり》から|降臨《かうりん》し|給《たま》ひし|主《ス》の|大神《おほかみ》に|謹《つつし》み|待《はべ》りつつ、|御許《みゆる》しを|得《え》て|寸間《すんかん》を|窺《うかが》ひ、|丘《をか》の|麓《ふもと》まで|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》、|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》の|二神《にしん》と|共《とも》に|出迎《でむか》へ、|待《ま》ち|佗《わ》びたる|瑞《みづ》の|御霊《みたま》との|初対面《しよたいめん》を|悦《よろこ》び|給《たま》ひつつ、|聖所《すがどこ》に|導《みちび》き|給《たま》ひける。
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》『|岐美《きみ》|待《ま》ちて|気永《けなが》くなりぬ|吾《われ》は|今《いま》
|神生《かみう》みの|業《わざ》に|仕《つか》へむすべなし
さりながら|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|岐美《きみ》と|生《う》まなむこの|国原《くにばら》を
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》はまだ|稚《わか》し|玉野森《たまのもり》の
|聖所《すがど》に|立《た》ちて|造《つく》り|固《かた》めむか』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|高地秀《たかちほ》の|山《やま》を|立《た》ち|出《い》ではろばろと
|我《われ》は|国土生《くにう》むと|此処《ここ》に|来《き》つるも
|御依《みよ》さしの|神生《かみう》みの|業《わざ》|仕《つか》へつる
|今日《けふ》より|公《きみ》と|国土《くに》|生《う》まむかも
|果《はて》しなき|稚国原《わかくにばら》に|立《た》ちのぼる
|狭霧《さぎり》|深《ふか》しもほの|暗《ぐら》きかも
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りますと|聞《き》きて|我《われ》は|今《いま》
|神業《みわざ》をへぬを|恐《おそ》れみ|思《おも》ふ
ためらひの|心《こころ》に|我《われ》は|年《とし》を|経《へ》て
|神生《かみう》みの|神業《わざ》に|後《おく》れけるかも
|主《ス》の|神《かみ》の|御心《みこころ》うけて|凡神《ただがみ》の
|言葉《ことば》に|心《こころ》をかけしを|悔《く》ゆるも
|本《もと》と|末《すゑ》|上《うへ》と|下《した》との|差別《けぢめ》をば
|守《まも》りて|国土生《くにう》み|神生《かみう》みは|成《な》るを
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|凡神《ただがみ》の
|囁《ささや》き|外《ほか》にいざや|尽《つく》さな』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|何《なに》も|彼《か》も|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御水火《みいき》より
|現《あ》れし|御魂《みたま》ぞ|謹《つつ》しみ|仕《つか》へむ
|瑞御霊《みづみたま》おくれ|給《たま》ひし|神業《かむわざ》の
|悔《くや》しけれども|今《いま》は|是非《ぜひ》なし
|吾《われ》は|今《いま》|年《とし》|老《お》いにけりさりながら
|国土生《くにう》みの|業《わざ》を|難《かた》しと|思《おも》はず
|岐美《きみ》|在《ま》さばまだ|地《つち》|稚《わか》き|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》も|〓怜《うまら》によみがへるべし』
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉野比女《たまのひめ》に|吾《われ》は|仕《つか》へて|気永《けなが》くも
|岐美《きみ》|待《ま》ち|佗《わ》びし|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》よ
いでませし|岐美《きみ》の|姿《すがた》を|拝《をろが》みて
|尊《たふと》さあまり|涙《なみだ》にくれける
|嬉《うれ》しさの|涙《なみだ》は|滝《たき》と|迸《ほとば》しり
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》と|輝《かがや》きにけり
|百日日《ももかひ》はあれども|今日《けふ》の|生日《いくひ》こそ
|神国《みくに》を|生《う》ます|目出度《めでた》き|日《ひ》なるよ
|朝夕《あさゆふ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》を|祈《いの》りてし
|功《いさを》は|今日《けふ》の|喜《よろこ》びにあひぬ
|久方《ひさかた》の|冴《さ》えたる|月《つき》を|仰《あふ》ぎつつ
|岐美《きみ》の|出《い》でまし|幾年《いくとせ》|待《ま》ちしよ
この|丘《をか》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御手《みて》づから
|水火《いき》を|固《かた》めて|生《う》ませる|聖所《すがど》よ
|未《ま》だ|稚《わか》き|国土《くに》なりながらこの|森《もり》に
|千歳《ちとせ》の|松《まつ》は|繁《しげ》りあひたり
|想念《さうねん》の|天界《てんかい》なれば|千年《せんねん》の
|常磐《ときは》の|松《まつ》も|生《あ》れ|出《い》でにける』
|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|年月《としつき》を|忍《しの》び|忍《しの》びて|岐美《きみ》|待《ま》ちし
|吾《われ》いつの|間《ま》にか|老《お》いにけらしな
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|心《こころ》を|押《お》しはかり
|月《つき》を|仰《あふ》ぎて|涙《なみだ》せしはや
|盈《み》ち|虧《か》くる|月読《つきよみ》のかげ|夜《よ》な|夜《よ》なに
|仰《あふ》ぎて|吾《われ》は|心《こころ》|痛《いた》めし
|盈《み》つる|日《ひ》は|岐美《きみ》の|幸《さち》|思《おも》ひ|虧《か》くる|日《ひ》は
|岐美《きみ》の|御身《おんみ》を|思《おも》ひなやみし
|待《ま》ち|待《ま》ちて|今日《けふ》のよき|日《ひ》をこの|丘《をか》に
|迎《むか》へし|岐美《きみ》ぞ|夢《ゆめ》かとぞ|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|生《う》ませ|給《たま》へるこの|丘《をか》に
|鎮《しづ》まりまして|国土《くに》|造《つく》りませ
|玉野比女《たまのひめ》|如何《いか》に|雄々《をを》しくいますとも
|一柱神《ひとはしらがみ》にてせむすべなからむ
|女男《めを》の|水火《いき》|合《あは》せ|給《たま》ひて|真鶴《まなづる》の
|稚《わか》き|国原《くにばら》|生《い》かしましませ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|生《う》ませ|給《たま》へる|玉野丘《たまのをか》に
のぼりて|我《われ》は|心《こころ》|栄《さか》えぬ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|栄《さか》えつ|生《い》き|生《い》きつ
|畏《かしこ》み|思《おも》ふ|主《ス》の|神《かみ》の|降臨《あもり》を
|智慧証覚《ちゑしようかく》|未《いま》だ|足《た》らねど|願《ねがは》くは
|主《ス》の|大神《おほかみ》を|仰《あふ》ぎ|度《た》く|思《おも》ふ』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|此処《ここ》に|来《き》ますと|主《ス》の|神《かみ》は
|先《さき》に|天降《あも》らす|今日《けふ》のかしこさ
いざさらばこの|丘《をか》の|上《へ》の|清泉《せいせん》に
|御魂《みたま》|清《きよ》めて|拝《をろが》みまつらむ』
|比女神《ひめがみ》はいとも|淑《しとや》かに、|玉野丘《たまのをか》の|広庭《ひろには》の|白砂《しらすな》を|刻《きざ》みながら、|老松《らうしよう》の|影《かげ》に|導《みちび》き|給《たま》へば、|鏡《かがみ》の|如《ごと》き|清泉《きよいづみ》は|樹漏陽《こもれび》の|影《かげ》をうつして、|広《ひろ》く|深《ふか》く|青《あを》く|輝《かがや》けるあり。|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は、|清泉《きよいづみ》の|汀《みぎは》に|立《た》ちて、
『|主《ス》の|神《かみ》の|御霊《みたま》とあれし|玉泉《たまいづみ》の
|水面《みのも》の|光《ひかり》|尊《たふと》からずや
|朝夕《あさゆふ》にこの|真清水《ましみづ》に|魂線《たましひ》を
|洗《あら》ひて|吾《われ》は|年《とし》を|経《へ》にけり
|主《ス》の|神《かみ》に|見《まみ》えまつらむ|吾《われ》にして
この|玉泉《たまいづみ》のぞまぬ|日《ひ》はなし』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|畏《かしこ》しや|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|御言葉《おんことば》
|我《われ》|諾《うべな》ひて|禊《みそぎ》つかへむ』
|折《をり》から|吹《ふ》き|来《きた》る|涼風《りやうふう》に、|玉泉《たまいづみ》の|青《あを》き|水面《すゐめん》は|魚鱗《ぎよりん》の|波《なみ》を|湛《たた》へ、|樹漏陽《こもれび》にあひて|金銀色《きんぎんしよく》に|映《は》えながら、|涼味《りやうみ》|深々《しんしん》として|身《み》に|迫《せま》り|来《く》る。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|生《い》けるが|如《ごと》き|水面《すゐめん》の|波《なみ》のそよぎを|見《み》やりつつ、|威儀《ゐぎ》を|正《ただ》して|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|清々《すがすが》しこの|真清水《ましみづ》は|玉野比女《たまのひめ》の
|清《きよ》き|心《こころ》と|拝《をろが》みまつるも
|青々《あをあを》と|底《そこ》ひも|見《み》えず|湛《たた》へたる
|深《ふか》き|真水《まみづ》は|公《きみ》の|心《こころ》よ
|澄《す》みきりて|底《そこ》ひもわかず|深《ふか》き|水《みづ》は
|公《きみ》の|雄々《をを》しき|真心《まごころ》なりけり
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》かこの|水《みづ》は
|一目《ひとめ》|見《み》るさへ|心《こころ》よみがへる
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|繁《しげ》みに|鎖《とざ》されし
|玉《たま》の|清水《しみづ》の|青《あを》くもあるかな
この|水《みづ》の|精《せい》より|出《い》でし|比女神《ひめがみ》なれば
その|御姿《みすがた》の|清《すが》しきも|宜《うべ》よ』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『この|泉《いづみ》|玉野《たまの》の|池《いけ》と|称《たた》へられ
|朝夕《あさゆふ》|吾《われ》は|鏡《かがみ》と|拝《をが》みぬ
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》をつくると|朝夕《あさゆふ》に
|玉《たま》の|泉《いづみ》にみそぎせしはや』
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|玉野丘《たまのをか》|玉《たま》の|泉《いづみ》に|月《つき》も|日《ひ》も
|浮《うか》びて|清《すが》しき|朝夕《あさゆふ》なりけり
|百度《ももたび》の|禊《みそぎ》をなして|主《ス》の|神《かみ》の
|宮《みや》に|朝夕《あさゆふ》|御饌《みけ》|奉《たてまつ》る|吾《われ》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|岐美《きみ》は|七度《ななたび》|禊《みそぎ》して
|主《ス》の|大神《おほかみ》を|拝《をが》ませ|給《たま》へ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|本津真言《もとつまこと》の|神言《かみごと》を
|我《われ》|諾《うべな》ひて|禊《みそぎ》につかへむ』
|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|七度《ななたび》の|岐美《きみ》の|禊《みそぎ》を|待《ま》ち|合《あは》せ
|御供《みとも》に|仕《つか》へむ|大宮居《おほみやゐ》まで』
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|七度《ななたび》の|禊《みそぎ》を|修《しう》し|給《たま》ひ、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》に|御手《みて》を|曳《ひ》かれながら、|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》を|先頭《せんとう》に、|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》を|殿《しんがり》に、|白砂《しらすな》の|庭《には》を|蹐《ぬきあし》しながら、|除《おもむ》ろに|玉《たま》の|宮《みや》の|聖殿《せいでん》をさして|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・二九 旧九・一一 於水明閣 加藤明子謹録)
第二二章 |天地《てんち》は|曇《くも》る〔一八九〇〕
|茲《ここ》に|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》と|共《とも》に|導《みちび》かれ|給《たま》ひけるが、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|御顔《おんかんばせ》どことなく|美《うるは》しからぬ|心地《ここち》しければ、|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》に|身《み》を|潜《ひそ》めて、その|身《み》の|愚《おろか》さを|悔《く》い、さめざめと|泣《な》き|給《たま》ひつつ、ひそかに|主《ス》の|大神《おほかみ》に|詫言《わびごと》を|宣《の》り|給《たま》ひつつ|歌《うた》はせ|給《たま》ふ。その|御歌《みうた》。
『あさましき|吾《われ》にもあるか|聖所《すがどこ》に
|登《のぼ》りて|魂《たま》は|戦《をのの》き|慄《ふる》ふも
|主《ス》の|神《かみ》の|大御心《おほみこころ》に|叶《かな》はぬか
わが|魂線《たましひ》はうち|慄《ふる》ふなり
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|心《こころ》の|悲《かな》しさを
|吾《われ》は|思《おも》ひて|堪《た》へやらぬかも
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|心《こころ》を|悩《なや》ませし
|吾《われ》は|怪《あや》しき|女神《めがみ》なりしよ
|恋《こひ》すてふ|怪《あや》しき|雲《くも》に|包《つつ》まれて
|吾《われ》は|神業《みわざ》を|妨《さまた》げにけむ
|斯《か》くなれば|天地《あめつち》にわが|身《み》の|置場《おきば》なし
ゆるさせ|給《たま》へ|主《ス》の|大御神《おほみかみ》
|真鶴《まなづる》の|神山《みやま》|恋《こひ》しくなりにけり
|煙《けむり》となりて|消《き》えたき|思《おも》ひに
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|神業《かむわざ》を
|犯《をか》せし|吾《われ》は|邪神《まがかみ》なりしか
|如何《いか》にしてこの|罪穢《つみけがれ》|払《はら》はむと
|思《おも》へど|詮《せん》なし|御子《みこ》は|孕《はら》みぬ
|瑞御霊《みづみたま》|一目《ひとめ》もかけず|吾《われ》を|後《あと》に
|御前《みまへ》に|進《すす》ませ|給《たま》ふ|畏《かしこ》さ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|神《かみ》に|責《せ》められて
|吾《われ》|恥《は》づかしく|死《し》なまく|思《おも》ふも
|聖所《すがどこ》を|汚《けが》さむことの|恐《おそろ》しさ
|吾行《われゆ》く|道《みち》は|閉《とざ》されにけり
|万代《よろづよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|恋《こひ》せじと
|吾《われ》は|悟《さと》りぬ|聖所《すがどこ》に|来《き》て
|胸《むね》の|火《ひ》の|燃《も》え|立《た》つままに|天地《あめつち》の
|道《みち》ふみ|外《はづ》し|罪《つみ》の|身《み》となりぬ
おほらかに|生《う》むべき|御子《みこ》にあらずやと
|思《おも》へば|悲《かな》し|重《おも》きこの|身《み》は
|御手《みて》にさへ|触《ふ》れず|孕《はら》みしこのからだ
わが|魂線《たましひ》の|怪《あや》しさを|思《おも》ふ
|一度《ひとたび》の|手枕《たまくら》も|無《な》く|情《なさけ》なや
|想像妊娠《おもひはらみ》の|今日《けふ》の|苦《くる》しさ
わが|歎《なげ》き|凝固《こりかたま》りて|雲《くも》となり
|御空《みそら》の|月日《つきひ》|覆《おほ》ひ|隠《かく》さむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|白《まを》す|言霊《ことたま》の
なき|吾《われ》こそは|悲《かな》しかりける
|天《あま》|渡《わた》る|陽光《ひかげ》も|月《つき》の|顔《かんばせ》も
|吾《われ》|恐《おそろ》しく|拝《をが》むよしなし
つらつらに|思《おも》へば|罪《つみ》の|恐《おそろ》しさ
わが|玉《たま》の|緒《を》は|切《き》れむとするも
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》はよしやまかるとも
|岐美《きみ》|思《おも》ふ|心《こころ》の|如何《いか》で|失《う》すべき
|果《はて》しなきわが|思《おも》ひかも|天地《あめつち》に
|只《ただ》|一柱《ひとはしら》の|岐美《きみ》を|恋《こ》ひつつ
わが|恋《こ》ふる|岐美《きみ》はすげなく|玉野比女《たまのひめ》に
|御手《みて》を|曳《ひ》かれて|奥《おく》に|入《い》らせる
|善悪《よしあし》の|乱《みだ》れ|混交《まじこ》る|天界《てんかい》に
わが|縺《もつ》れ|髪《がみ》|解《と》くよしもなし
|玉野丘《たまのをか》の|聖所《すがど》に|吾《われ》は|導《みちび》かれ
|斯《か》かる|歎《なげ》きに|逢《あ》ふぞ|悲《かな》しき
|瑞御霊《みづみたま》|玉野《たまの》の|比女《ひめ》と|出《い》でませる
|後姿《うしろ》を|吾《われ》は|見送《みおく》りて|泣《な》く
|神《かみ》の|影《かげ》|側《そば》になければ|吾《われ》|一人《ひとり》
|憚《はばか》ることなく|泣《な》き|飽《あ》かむかも
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》は|繁《しげ》れど|白梅《しらうめ》は
|匂《にほ》へど|吾《われ》は|悲《かな》しく|淋《さび》し
いと|清《きよ》き|白砂《しらすな》の|丘《をか》に|只一人《ただひとり》
|世《よ》をはかなみて|吾《われ》は|泣《な》くなり
|如何《いか》にして|今日《けふ》の|艱《なや》みを|払《はら》はむと
|思《おも》へばなほも|悲《かな》しくなりぬ
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしに|反《そむ》き|瑞御霊《みづみたま》の
|心《こころ》|汚《けが》せし|吾《われ》を|悔《く》ゆるも
あだ|花《ばな》となりしわが|身《み》の|恋心《こひごころ》
|斯《か》かる|歎《なげ》きの|御子《みこ》を|孕《はら》みて
|思《おも》ひきやこの|聖所《すがどこ》に|導《みちび》かれ
|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》に|潜《ひそ》み|泣《な》かむとは』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しもあれ、|大幣《おほぬさ》を|左右左《さいうさ》に|打振《うちふ》りながら、ザクリザクリと|庭《には》の|白砂《しらすな》を|踏《ふ》みくだきつつ|近寄《ちかよ》り|給《たま》ふ|神人《しんじん》あり。|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|忍《しの》ばせる|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》に|悠々《いういう》|近寄《ちかよ》り|給《たま》ひ、|大幣《おほぬさ》を|左右左《さいうさ》に|又《また》もや|打振《うちふ》りながら、
『|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》にしのびます
|生代比女神《いくよひめがみ》|勇《いさ》み|給《たま》はれ
|吾《われ》こそは|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》なれば
|公《きみ》|迎《むか》へむと|急《いそ》ぎ|来《き》つるも
|何事《なにごと》も|神《かみ》の|心《こころ》と|思召《おぼしめ》せ
|歎《なげ》き|止《とど》めて|勇《いさ》ませ|給《たま》へよ
|如何《いか》ならむ|艱《なや》みおはすか|知《し》らねども
この|聖所《すがどこ》は|喜《よろこ》びの|国土《くに》よ
|悲《かな》しみも|艱《なや》みも|知《し》らぬこの|丘《をか》に
|勇《いさ》ませ|給《たま》へ|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|貴《たふと》き|公《きみ》の|言《こと》の|葉《は》に
|吾《われ》は|悲《かな》しさ|弥《いや》まさりける
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》らすこれの|清丘《すがをか》に
|汚《けが》れある|身《み》の|恐《おそろ》しさに|泣《な》く』
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|何事《なにごと》のおはしますかは|知《し》らねども
|力《ちから》を|添《そ》へむ|充男《みちを》の|神《かみ》|吾《われ》は
|天《あま》|渡《わた》る|月《つき》も|流転《るてん》の|影《かげ》ぞかし
|歎《なげ》き|給《たま》ひそ|惟神《かむながら》なれば
|罪穢《つみけがれ》ある|身《み》は|如何《いか》に|急《あせ》るとも
この|聖所《すがどこ》にのぼり|得《う》べきや
|聖所《すがどこ》にのぼらす|力《ちから》おはす|公《きみ》は
|罪穢《つみけがれ》なぞ|塵《ちり》ほどもなし
いざさらば|心《こころ》の|駒《こま》を|立《た》て|直《なほ》し
|玉《たま》の|泉《いづみ》に|禊《みそぎ》|給《たま》はれ
|主《ス》の|神《かみ》の|御心《みこころ》によりて|吾《われ》は|今《いま》
|公《きみ》|迎《むか》へむと|急《いそ》ぎ|来《こ》しはや』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》の|宣《のり》
わが|魂線《たましひ》はよみがへりたり
|死《し》なましとひたに|思《おも》ひしわが|心《こころ》
|公《きみ》の|神言《みこと》によみがへりぬる
|愛善《あいぜん》の|天津神国《あまつみくに》に|生《うま》れ|合《あ》ひて
|歎《なげ》きに|沈《しづ》みし|愚《おろか》さを|思《おも》ふ
わが|心《こころ》ひがみたりけむ|玉野比女《たまのひめ》の
|御顔《おんかんばせ》を|畏《おそ》れちぢみつ』
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》はまた|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|安《やす》らかに|心《こころ》|広《ひろ》けく|勇《いさ》ましく
|雄々《をを》しく|優《やさ》しくおはしませ|比女《ひめ》よ
|愛善《あいぜん》の|天界《てんかい》なれば|恋《こひ》すてふ
|心《こころ》をどらむ|惟神《かむながら》にて
|天界《てんかい》のこの|真秀良場《まほらば》に|出《い》でまして
|何《なに》を|歎《なげ》かむ|月《つき》|冴《さ》ゆる|庭《には》に
いざさらば|玉《たま》の|泉《いづみ》に|案内《あない》せむ
|進《すす》ませ|給《たま》へ|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》よ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|薨《まか》らむと|思《おも》ひし|事《こと》も|真言《まこと》ある
|公《きみ》の|心《こころ》によみがへりける
いざさらば|公《きみ》の|真言《まこと》に|従《したが》ひて
|玉《たま》の|泉《いづみ》に|禊《みそぎ》せむかも
|真鶴《まなづる》は|御空《みそら》に|舞《ま》へり|白梅《しらうめ》は
|樹《こ》の|間《ま》に|匂《にほ》へり|何《なに》を|歎《なげ》かむ
|見《み》の|限《かぎ》りすべてのものは|勇《いさ》むなるを
|何《なに》に|迷《まよ》ひて|吾《われ》|歎《なげ》きけむ
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あまくだ》りませる|聖所《すがどこ》を
|吾《われ》|涙《なみだ》もて|汚《けが》せし|悔《くや》しさ
|村肝《むらきも》の|心一《こころひと》つの|持《も》ちやうに
|明《あか》るくもなり|曇《くも》らふ|神代《みよ》かな
|情《なさけ》ある|公《きみ》の|言葉《ことば》にわが|魂《たま》の
|力《ちから》は|充《み》ちて|雄々《をを》しくなりぬ』
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》は|前《さき》に|立《た》たせながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|樹下闇《こしたやみ》|時雨《しぐれ》に|晴《は》れて|天津日《あまつひ》の
|光《かげ》は|清《すが》しく|輝《かがや》きにけり
|村時雨《むらしぐれ》|晴《は》れたる|後《あと》の|月光《つきかげ》は
|一入《ひとしほ》|明《あか》るく|冴《さ》え|渡《わた》るなり
|高《たか》ゆくや|月《つき》も|流転《るてん》の|影《かげ》ぞかし
|何《なに》を|歎《なげ》かむこの|天界《てんかい》に
|果《はて》しなき|思《おも》ひの|雲霧《くもきり》|晴《は》れ|渡《わた》り
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|月《つき》かげを|見《み》む』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|一夜《ひとよさ》の|契《ちぎ》りも|知《し》らぬ|生代比女《いくよひめ》の
|神《かみ》の|歎《なげ》きのあさましきかな
|真鶴《まなづる》の|国原《くにばら》|遥《はろ》けく|閉《とざ》したる
|雲霧《くもきり》|晴《は》れて|清《すが》しき|吾《われ》はも
|主《ス》の|神《かみ》の|愛善《あいぜん》の|御水火《みいき》に|包《つつ》まれて
ひがみ|歎《なげ》きしことを|悔《く》ゆるも
|斯《か》くならば|雲霧《くもきり》もなしわが|魂《たま》は
|月日《つきひ》の|如《ごと》く|冴《さ》え|渡《わた》りつつ
|大幣《おほぬさ》にわが|魂線《たましひ》を|清《きよ》められ
よみがへりたる|嬉《うれ》しさに|居《を》り』
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》は、|大幣《おほぬさ》を|打《う》ち|振《ふ》り|打《う》ち|振《ふ》り|老松《らうしよう》の|蔭《かげ》に|展開《てんかい》せる、|玉泉《たまいづみ》の|汀《みぎは》に|導《みちび》き|給《たま》ひつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|清《きよ》き|心《こころ》のしたたりに
あらはれ|出《い》でし|玉《たま》の|清水《しみづ》よ
|玉野比女《たまのひめ》|朝夕《あしたゆふべ》に|禊《みそぎ》ませる
この|玉泉《たまいづみ》の|底《そこ》ひ|知《し》れずも
|瑞御霊《みづみたま》|七度《ななたび》の|禊《みそぎ》|終《を》へ|給《たま》ひ
|大宮《おほみや》|深《ふか》く|進《すす》ませ|給《たま》ひぬ
|吾《われ》も|亦《また》|朝夕《あしたゆふべ》をこの|水《みづ》に
|洗《あら》ひ|清《きよ》めて|魂《たま》を|生《い》かせり
|真清水《ましみづ》は|澄《す》みに|澄《す》みつつ|掬《むす》ぶ|手《て》に
|梅《うめ》の|香《か》ただよふ|香《かをり》ゆかしき
いざさらば|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|禊《みそ》がせ|給《たま》へこれの|泉《いづみ》に』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|喜《よろこ》びに|堪《た》へず、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|高天原《たかあまはら》に|生《あ》れませる
|清《きよ》けき|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》に
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|浮《うか》びます
|月《つき》の|鏡《かがみ》の|弥清《いやきよ》く
|弥《いや》さやさやに|照《て》りはえて
|紫微天界《しびてんかい》の|神国《かみくに》に
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|降《ふ》らせまし
|百《もも》の|草木《くさき》をはごくみて
|永久《とは》に|生《い》かせる|真清水《ましみづ》|清水《しみづ》
|斯《か》かる|聖所《すがど》に|導《みちび》かれ
わが|魂線《たましひ》を|洗《あら》へよと
|宣《の》らせ|給《たま》ひし|有難《ありがた》さ
この|真清水《ましみづ》や|主《ス》の|神《かみ》の
|潔《きよ》き|清《すが》しき|御心《みこころ》の|鏡《かがみ》かも
この|真寸鏡《ますかがみ》|真寸鏡《ますかがみ》
|玉《たま》の|真清水《ましみづ》うまし|水《みづ》
|清《すが》しき|水《みづ》よ|玉《たま》の|緒《を》の
|生命《いのち》|保《たも》たす|生《い》き|水《みづ》よ
|生《い》ける|御神《みかみ》の|霊線《たましひ》の
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》のしたたりか
この|玉泉《たまいづみ》|拝《をろが》めば
わがからたまも|霑《うるほ》ひて
|若々《わかわか》しくもなりにける
|生命《いのち》の|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》よ』
と|御歌《みうた》うたひ|終《をは》りて、|天津祝詞《あまつのりと》を|声《こゑ》|朗《ほがら》かに|奏上《そうじやう》し|給《たま》ひし|折《をり》もあれ、|急《いそ》ぎ|此処《ここ》に|現《あらは》れ|給《たま》ひしは、さきに|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|仕《つか》へたる、|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》におはしける。
|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|姿《すがた》のおはさぬに
|吾《われ》|心《こころ》づき|迎《むか》へ|来《き》つるも
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》|仕《つか》へし|公《きみ》なれば
|早《はや》く|御供《みとも》に|加《くは》はりまさね
いざさらば|吾《われ》|導《みちび》かむ|急《いそ》がせよ
|主《ス》の|大神《おほかみ》も|待《ま》たせ|給《たま》へば』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|意外《いぐわい》の|喜《よろこ》びに、よみがへりたる|心地《ここち》して、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|忝《かたじけ》なしと|申《まを》すより
|答《いらへ》の|言葉《ことば》わがなかりける
いざさらば|御前《みまへ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》るべし
|清《きよ》き|心《こころ》に|月日《つきひ》|浮《うか》べて』
|茲《ここ》に|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》に|導《みちび》かれ、|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》に|守《まも》られて、|大宮居《おほみやゐ》に|進《すす》むべく|広庭《ひろには》の|白砂《しらすな》を|踏《ふ》みなづみつつ|静々《しづしづ》と|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
(昭和八・一〇・二九 旧九・一一 於水明閣 森良仁謹録)
第二三章 |意想《いさう》の|外《ほか》〔一八九一〕
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》に|導《みちび》かれて、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》と|共《とも》に、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御出現《ごしゆつげん》までの|時《とき》を|待《ま》たせつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》『|主《ス》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|神教《みのり》を|畏《かしこ》みて
これの|聖所《すがど》に|宮造《みやつく》りましぬ
この|宮《みや》は|主《ス》の|大神《おほかみ》のたまの|水火《いき》に
|生《な》り|出《い》でし|松《まつ》の|柱《はしら》なりけり
|国《くに》の|柱《はしら》|太《ふと》しく|立《た》てて|玉野丘《たまのをか》に
|仕《つか》へし|宮居《みやゐ》を|玉《たま》の|宮《みや》といふ
|只一人《ただひとり》|時《とき》を|待《ま》ちつつ|主《ス》の|神《かみ》の
|神霊《みたま》|祀《まつ》りて|仕《つか》へ|来《こ》しはや
|終日《ひねもす》を|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|鶴《つる》|鳴《な》きて
|岐美《きみ》を|待《ま》つ|間《ま》の|久《ひさ》しき|吾《われ》なりし
|白梅《しらうめ》はこれの|聖所《すがど》に|咲《さ》きみちて
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|霊《たま》をうつせり
|敷《し》きつめし|真砂《まさご》の|月《つき》の|露《つゆ》|置《お》きて
|真玉《まだま》とかがよふ|清《すが》しき|宮《みや》なり
|白梅《しらうめ》の|梢《こずゑ》に|来《き》つる|鶯《うぐひす》の
|鳴《な》く|音《ね》は|永久《とは》の|春《はる》を|歌《うた》へる
|春夏《はるなつ》の|風《かぜ》は|吹《ふ》けども|秋《あき》の|風《かぜ》
|冬《ふゆ》の|嵐《あらし》のなき|清庭《すがには》よ
|瑞御霊《みづみたま》|天降《あも》ります|日《ひ》を|待《ま》ち|佗《わ》びて
この|清庭《すがには》に|年《とし》ふりにけり
|年《とし》さびし|吾《われ》にありせば|御子《みこ》|生《う》まむ
すべなみ|岐美《きみ》と|国土《くに》|生《う》みなさむか
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》の|老樹《おいき》に|苔《こけ》むして
ふりゆく|年《とし》を|吾《われ》に|見《み》るかな
|年《とし》さびし|岐美《きみ》にしあれど|若々《わかわか》し
さすがは|瑞《みづ》の|御霊《みたま》なるかも
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|神業《かむわざ》に
|後《おく》れし|吾《われ》は|惟神《かむながら》ならし
|千万《ちよろづ》の|思《おもひ》はあれど|岐美《きみ》に|会《あ》ひて
|語《かた》らふ|術《すべ》も|消《き》えうせにけり
ほほゑます|岐美《きみ》の|面《おもて》の|清《すが》しさに
わが|魂線《たましひ》はよみがへるなり
|万代《よろづよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》まで|岐美《きみ》|思《おも》ふ
わが|魂線《たましひ》はくもらざるべし
|玉野丘《たまのをか》のこれの|聖所《すがど》につきにけり
|御水火《みいき》|合《あは》せて|国土《くに》|生《う》まむかも
|待《ま》ち|佗《わ》びし|吉日《よきひ》は|来《き》つれど|如何《いか》にせむ
わがからたまの|年《とし》さびぬれば』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこれに|答《こた》へて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|神業《かむわざ》を
|怠《おこ》たりし|我《われ》をくやむ|今日《けふ》かな
|国土《くに》|稚《わか》き|玉野《たまの》の|森《もり》に|進《すす》み|来《き》つ
|公《きみ》が|心《こころ》を|悲《かな》しみにけり
|雄々《をを》しくも|待《ま》たせ|給《たま》ひし|公許《きみがり》に
|感謝《かんしや》の|言葉《ことば》も|口《くち》ごもるなり
|弥広《いやひろ》き|紫微天界《しびてんかい》の|中《なか》にして
この|真秀良場《まほらば》や|公《きみ》の|御舎《みあらか》
この|国土《くに》にかかる|聖所《すがど》のおはすとは
|我《われ》は|夢《ゆめ》にも|知《し》らざりにけり
こんもりとふくれ|上《あが》りしこの|丘《をか》に
|清《すが》しく|建《た》てる|宮《みや》は|高《たか》しも
この|宮《みや》に|公《きみ》とい|向《むか》ひ|永久《とこしへ》の
|国土《くに》|拓《ひら》かばや|水火《いき》を|合《あは》せて
|主《ス》の|神《かみ》の|出《い》でましある|迄《まで》|神苑《かみぞの》に
ひかへ|奉《まつ》りて|語《かた》りあはむか
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》はいづくぞ|百神《ももがみ》の
|姿《すがた》は|見《み》えずこの|清丘《すがをか》に
|何《なん》となくわが|魂線《たましひ》はふるふなり
おごそかにます|玉《たま》の|宮居《みやゐ》よ』
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|幾億《いくおく》の|星《ほし》の|霊線《たましひ》つなぎ|合《あは》せ
|本《もと》まつことに|国土《くに》をささへつ
|月《つき》も|日《ひ》もこの|天界《てんかい》も|言霊《ことたま》の
まことにつなぐ|星《ほし》のかずかず
|月《つき》も|日《ひ》も|言霊《ことたま》の|水火《いき》につながれて
おなじ|所《ところ》を|行《ゆ》き|通《かよ》ふなり
|幾万《いくまん》の|星《ほし》はあれどもほしいままに
|動《うご》き|給《たま》はぬぞ|畏《かしこ》かりける
|月《つき》も|日《ひ》も|星《ほし》も|軌道《きだう》を|定《さだ》めつつ
|紫微天界《しびてんかい》を|守《まも》りますかも
|我《われ》こそは|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
この|天界《てんかい》を|支《ささ》へゐるかも
|言霊《ことたま》の|本《もと》つまことの|水火《いき》をもて
|堅磐常磐《かきはときは》に|神代《みよ》を|守《まも》らむ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》ゆるめしたまゆらに
この|天地《あめつち》は|亡《ほろ》びこそすれ
わが|心《こころ》|張《は》りきりつめきり|澄《す》みきりて
そのたまゆらもゆるぶことなし
この|宮《みや》に|主《ス》の|大神《おほかみ》の|天降《あも》りまして
|宣《の》らせ|給《たま》はむ|国土生《くにう》みの|要《かなめ》を
|我《われ》は|今《いま》|御供《みとも》の|神《かみ》と|身《み》を|変《へん》じ
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》を|守《まも》りゐたりき
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|真心《まごころ》を
うべなひ|給《たま》へ|顕津男《あきつを》の|神《かみ》よ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|驚《おどろ》きて|下座《しもざ》に|下《さが》り|合掌《がつしやう》しながら、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|思《おも》ひきやかかる|尊《たふと》き|大神《おほかみ》の
これの|聖所《すがど》に|天降《あも》りますとは
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|御名《みな》をし|聞《き》きしより
わが|霊線《たましひ》はひきしまりける
|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》のたふとき
|玉野比女《たまのひめ》の|御魂《みたま》を|朝夕《あさゆふ》|守《まも》りつつ
|永久《とは》にいませし|大神《おほかみ》|天晴《あは》れ』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はしたなき|浅《あさ》き|心《こころ》の|吾《われ》なれば
かかる|尊《たふと》き|神《かみ》とは|知《し》らざりき
この|上《うへ》はわが|魂線《たましひ》を|磨《みが》き|清《きよ》め
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》に|仕《つか》へむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御手代《みてしろ》となりて|現《あ》れませし
|神《かみ》とは|知《し》らにあやまてりけり
|恥《は》づかしやもつたいなやと|今更《いまさら》に
|悔《く》ゆるもせむなしつたなき|吾《われ》は』
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は|儼然《げんぜん》として、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|降《くだ》り|来《き》て
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御手代《みてしろ》と|仕《つか》へし
|玉野比女《たまのひめ》|国土生《くにう》みの|業《わざ》|守《まも》らむと
|我《われ》は|久《ひさ》しく|止《とど》まりしはや
|主《ス》の|神《かみ》の|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へてこの|森《もり》を
|我《われ》は|直《ただ》ちに|帰《かへ》らむと|思《おも》ふ
|瑞御霊《みづみたま》ここに|現《あ》れます|今日《けふ》よりは
|我《われ》|止《とど》まらむすべもなきかな
|待《ま》ちわびし|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|出《い》でましに
わがまけられし|神業《みわざ》は|終《を》へたり』
この|御歌《みうた》によりて、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御内命《ごないめい》によりて、|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》を|助《たす》くべくこの|玉野丘《たまのをか》に|降《くだ》り|給《たま》ひたる|大神《おほかみ》なるを|悟《さと》り、|恐懼《きようく》|措《お》く|処《ところ》を|知《し》らず、|真砂《まさご》の|清庭《すがには》に|下《お》り|平伏《へいふく》|嗚咽《をえつ》|涕泣《ていきふ》し|乍《なが》ら、|身《み》を|慄《ふる》はせ|給《たま》へるぞ|畏《かしこ》けれ。
かかる|所《ところ》へ|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》を|導《みちび》き|乍《なが》ら、|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》、|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》は|静々《しづしづ》と|現《あらは》れ|来《きた》り、|女男《めを》|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》の|庭上《ていじやう》に|平伏《へいふく》し|給《たま》ふ|御姿《みすがた》を|見《み》て、|驚《おどろ》きの|余《あま》り、|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『いぶかしもこの|清庭《すがには》に|二柱《ふたはしら》
ぬかづき|慄《ふる》ひ|泣《な》かせ|給《たま》へる
|主《ス》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|御稜威《みいづ》にうたれつつ
かしこみますか|二柱神《ふたはしらがみ》は』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|二柱《ふたはしら》|神《かみ》の|真言《まこと》に|助《たす》けられ
この|清庭《すがには》に|詣《まう》で|来《き》にけり
|瑞御霊《みづみたま》|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|御姿《みすがた》を
をろがみ|奉《まつ》りて|悲《かな》しくなりぬ
|罪穢《つみけがれ》|払《はら》ひ|清《きよ》めてわが|来《き》つる
この|聖所《すがどころ》おごそかに|思《おも》ふ』
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|御手代《みてしろ》とます|本津真言《もとつまこと》の
|神《かみ》の|功《いさを》に|驚《おどろ》きましけむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御手代《みてしろ》として|生《あ》れませる
|尊《たふと》き|神《かみ》を|百神《ももがみ》|知《し》らざりき
|吾《われ》は|只《ただ》|尊《たふと》き|神《かみ》と|朝夕《あさゆふ》に
|敬《ゐやま》ひ|奉《まつ》り|仕《つか》へ|居《ゐ》しはや』
|茲《ここ》に|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は、|一同《いちどう》の|神々《かみがみ》に|向《むか》ひて、|御歌《みうた》もて|教《をし》へ|給《たま》ふ。
『|顕津男《あきつを》の|神《かみ》よ|玉野《たまの》の|比女神《ひめがみ》よ
|心《こころ》|安《やす》かれ|惟神《かむながら》なるよ
この|国土《くに》の|主《あるじ》となりし|岐美《きみ》なれば
|心《こころ》|安《やす》かれ|我《われ》にかまはず
|生代比女《いくよひめ》|御子《みこ》は|孕《はら》めど|玉野比女《たまのひめ》の
まことの|御子《みこ》と|育《はごく》み|奉《まつ》らへ
|待合《まちあはせ》の|神《かみ》は|正《ただ》しく|清《すが》しくも
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》に|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へし
|待合《まちあはせ》|神《かみ》の|誠《まこと》は|主《ス》の|神《かみ》も
よみし|給《たま》へりいやつとめよや
|我霊《わがたま》の|真言《まこと》を|永久《とは》にさとりたる
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》ぞたふとし
この|国《くに》に|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》あれば
いや|永久《とこしへ》に|安《やす》く|栄《さか》えむ
いざさらば|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御前《おんまへ》に
|我《われ》は|詣《まう》でむしばし|待《ま》たせよ』
|斯《か》く|歌《うた》もて|宣示《せんじ》しながら、|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は|悠々《いういう》として|鉄門《かなど》を|押《お》し|開《ひら》き、|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|進《すす》ませ|給《たま》ひ、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御神慮《ごしんりよ》を|請《こ》はせ|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・二九 旧九・一一 於水明閣 谷前清子謹録)
第二四章 |誠《まこと》の|化身《けしん》〔一八九二〕
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は、|時《とき》|到《いた》れりと|先頭《せんとう》に|立《た》ち|大幣《おほぬさ》を|打《う》ちふり、|庭《には》の|面《も》を|清《きよ》めながら、|宮《みや》の|階段《かいだん》をしづしづ|登《のぼ》り|給《たま》へば、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》も|御後《みしりへ》に|従《したが》ひ、|階段《かいだん》の|最上段《さいじやうだん》に|蹲《うづくま》りて|神言《かみごと》を|宣《の》らせ|給《たま》ふ。
『|掛《か》け|巻《まく》も|綾《あや》に|畏《かしこ》き、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|天降《あも》らせ|給《たま》ふ|玉藻ケ丘《たまもがをか》の|聖所《すがど》に、|大宮柱《おほみやはしら》|太知《ふとし》り|立《た》て、|高天原《たかあまはら》に|千木高知《ちぎたかし》れる|此《これ》の|聖宮《すがみや》に、|今日《けふ》の|吉《よ》き|日《ひ》の|吉《よ》き|時《とき》を、|天降《あも》り|給《たま》ひし、|大御神《おほみかみ》の|神言《みこと》|請《こ》ひのみまつりて、まだ|国土《くに》|稚《わか》き|真鶴《まなづる》の|荒野原《あらのはら》を|拓《ひら》き|固《かた》めむとす。|仰《あふ》ぎ|願《ねが》はくは|主《ス》の|大御神《おほみかみ》の|生言霊《いくことたま》の|御稜威《みいづ》|幸《さちは》ひ|給《たま》ひて、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》に|依《よ》さし|給《たま》へる|神業《みわざ》を、|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|守《まも》り|助《たす》け、|紫微天界《しびてんかい》の|南《みなみ》の|国《くに》の|国津柱《くにつはしら》を|生《う》ましめ|給《たま》へ。|畏《かしこ》くも|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》を|立《た》ち|出《い》でて、|四方《よも》の|荒野原《あらのはら》に|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|業《わざ》|仕《つか》へまつるとすれど、|我《われ》はもとより|言霊《ことたま》の|力《ちから》|全《まつた》からねば|思《おも》ふに|任《まか》せず、|御依《みよ》さしの|業《わざ》もはかどりまつらず、|恐《おそ》れ|謹《つつし》み|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|我身《わがみ》を|省《かへり》みつつ|仕《つか》へまつる|事《こと》のよしを、|平《たひら》けく|安《やす》らけく|聞《きこ》し|召《め》して、わが|願言《ねぎごと》を|諾《うべな》ひ|給《たま》へ、|国土《くに》|造《つく》る|神業《みわざ》につきても、わが|足《たら》はぬ|処《ところ》を|確《たし》に|教《をし》へ|導《みちび》き|給《たま》ひて、|夜《よ》の|守《まも》り|日《ひ》の|守《まも》りに|守《まも》り|幸《さちは》へ|給《たま》へ、|大御神《おほみかみ》の|大神言《おほみこと》を|宣《の》り|聞《き》かし|給《たま》へと、|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|畏《かしこ》み|畏《かしこ》みも|申《まを》す』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|大御前《おほみまへ》に|平《ひ》れ|伏《ふ》して、|祝詞《のりと》|畏《かしこ》み|申上《まをしあ》げ|給《たま》へども、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》|如何《いか》にましますか、|何《なん》の|神宣《みことのり》も|下《くだ》し|給《たま》はず、|寂然《せきぜん》として|松《まつ》|吹《ふ》くそよ|風《かぜ》の|音《おと》もなく、|静《しづ》まりかへれるぞ|不思議《ふしぎ》なれ。|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|恐《おそ》れみ|謹《つつし》み、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『かけまくも|畏《かしこ》きこれの|大神《おほかみ》の
|神言《みこと》たまはれ|国土《くに》|造《つく》るため
|御依《みよ》さしの|国土生《くにう》み|神生《かみう》み|朝夕《あさゆふ》に
|仕《つか》へてなほもおそれ|恥《は》ぢらふ
わがなさむ|業《わざ》|悉《ことごと》く|主《ス》の|神《かみ》の
|御旨《みむね》のままに|仕《つか》へまつるも
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》|稚《わか》ければ|主《ス》の|神《かみ》の
|御水火《みいき》の|助《たす》けに|固《かた》めむと|思《おも》ふ
|願《ねがは》くは|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|垂《た》れたまひ
わがゆく|道《みち》を|示《しめ》したまはれ
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|神言《みこと》は|神生《かみう》みの
|業《わざ》|後《おく》れましわが|罪《つみ》にして
ためらへる|間《あひだ》に|年月《としつき》うつりつつ
|神業《みわざ》|怠《おこた》りし|我《われ》を|悔《く》いまつる
|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》|曇《くも》らせ|奉《たてまつ》る
わが|怠《おこた》りをゆるさせたまへ
|力《ちから》なき|我《われ》にしあれば|大神《おほかみ》の
|任《ま》けの|半《なかば》もならぬを|畏《おそ》る
|一言《ひとこと》の|生言霊《いくことたま》をたまへかし
|膝折《ひざを》り|伏《ふ》せて|請《こ》ひのみまつるも
|鹿児自物《かごじもの》|膝折《ひざを》りふせて|宇自物《うじもの》|我《われ》
|頸根《うなね》|突貫《つきぬ》き|請《こ》ひのみまつる
|小雄鹿《さをしか》の|耳《みみ》|振《ふ》り|立《た》てて|聞《きこ》し|召《め》せ
わが|国土生《くにう》みの|太祝詞《ふとのりごと》を』
|斯《か》く|真心《まごころ》をこめて|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|種々《さまざま》|願言《ねぎごと》を|申《まを》し|給《たま》へども、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》いかに|面白《おもしろ》からず|思《おぼ》し|召《め》しけむ、|只一言《ただひとこと》の|神宣《みのり》さへも|賜《たま》はらねば、|神々《かみがみ》は|御神慮《ごしんりよ》の|程《ほど》をはかりかね|階段《かいだん》に|平《ひ》れ|伏《ふ》して、|畏《かしこ》み|戦《をのの》き|給《たま》ふのみ。|茲《ここ》に|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|頭《かしら》を|擡《もた》げ、|拍手《はくしゆ》の|音《おと》も|爽《さはや》かに|願言《ねぎごと》|申《まを》し|給《たま》はく、
『|久方《ひさかた》の|天津高宮《あまつたかみや》ゆ|遥《はろ》けくも
|天降《あも》りし|神《かみ》の|功《いさを》|畏《かしこ》し
|年月《としつき》を|玉野《たまの》の|宮《みや》に|仕《つか》へ|来《き》て
|今日《けふ》の|天降《あも》りに|遇《あ》ふぞ|嬉《うれ》しき
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|反《そむ》きし|過《あやまち》を
ゆるさせ|給《たま》へ|主《ス》の|大御神《おほみかみ》
そよと|吹《ふ》く|風《かぜ》さへもなき|今日《けふ》の|日《ひ》の
しづけさ|神心《みこころ》はかりかねつも
|真鶴《まなづる》の|翼《つばさ》の|音《おと》も|止《とど》まりて
|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|陽《ひ》の|光《かげ》|鈍《にぶ》し
|主《ス》の|神《かみ》の|神心《みこころ》|如何《いか》になごめむと
|吾《われ》は|心《こころ》を|千々《ちぢ》に|砕《くだ》きつ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》をゆるさせたまへかし
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》|止《や》むなく|後《おく》れしを
ためらひの|心《こころ》は|遂《つひ》に|神生《かみう》みの
|神業《みわざ》に|外《はづ》れ|罪《つみ》となりぬる
|皇神《すめかみ》の|依《よ》さし|言葉《ことば》をためらひて
|世《よ》に|習《なら》ひたる|罪《つみ》|許《ゆる》しませ
|朝夕《あさゆふ》に|謹《つつし》み|御前《みまへ》につかへつつ
なほ|神業《かむわざ》の|後《おく》るるを|恐《おそ》れつ
|一言《ひとこと》の|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神宣言《みのりごと》
|聞《き》かま|欲《ほ》しやと|泣《な》きつつ|祈《いの》るも』
|斯《か》く|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》の|祈《いの》りにも|何《なん》の|御言葉《みことば》もなく、|四辺《あたり》はますます|静《しづ》まりかへるのみ。|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御前《みまへ》に、|畏《かしこ》み|祈《いの》りの|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|真鶴《まなづる》の|山《やま》の|御魂《みたま》と|現《あらは》れし
|吾《われ》は|生代比女神《いくよひめがみ》あはれみたまへ
|生代比女《いくよひめ》|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|瑞御霊《みづみたま》の
|神生《かみう》みの|業《わざ》に|仕《つか》へまつりし
|罪《つみ》ならばきためたまひてわが|魂《たま》を
みがかせたまへ|主《ス》の|大御神《おほみかみ》
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》のこもるわが|腹《はら》に
|宿《やど》らせたまふ|貴《うづ》の|御子《みこ》かも
おそるおそるこれの|聖所《すがど》に|詣《まう》でけり
|恋《こひ》に|溺《おぼ》れしことを|悔《く》いつつ
|真心《まごころ》の|凝《こ》り|固《かた》まりて|貴《うづ》の|神子《みこ》は
わが|体内《みのうち》にやどりましぬる
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》|稚《わか》ければ|貴御子《うづみこ》を
|育《はぐ》くみそだてて|仕《つか》へまつらむ
|玉野比女《たまのひめ》の|年《とし》さびませるをあななひて
|吾《われ》|仕《つか》へたる|神生《かみう》みの|神業《みわざ》よ
|大神《おほかみ》の|依《よ》さしなけれど|貴《うづ》の|御子《みこ》
|孕《はら》める|吾《われ》をゆるさせたまへ
|天地《あめつち》はそよ|風《かぜ》の|音《おと》もなきままに
|静《しづ》まりかへる|今日《けふ》の|不思議《ふしぎ》さ
|言霊《ことたま》の|水火《いき》なかりせばもろもろの
|神《かみ》も|草木《くさき》もしなび|果《は》つべし
|願《ねがは》くは|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御水火《みいき》より
|生《な》り|成《な》りませよ|国土《くに》|生《い》かすべく
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》|止《と》まらば|天地《あめつち》も
|神《かみ》も|草木《くさき》も|尽《つ》き|果《は》つるべし
|真心《まごころ》を|凝《こ》らして|祈《いの》れど|主《ス》の|神《かみ》の
|御水火《みいき》かからぬ|今日《けふ》の|淋《さび》しさ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》あせれど|如何《いか》にせむ
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|言葉《ことば》なければ
|玉野森《たまのもり》の|常磐《ときは》の|松《まつ》も|真鶴《まなづる》も
|萎《しを》れそめたりこのたまゆらを
|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》も|聞《きこ》えずなりにけり
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御水火《みいき》とまりて
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》さへ|緑《みどり》の|色《いろ》あせて
|四辺《あたり》|淋《さび》しくなりにけらしな』
|斯《か》く|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|祈《いの》り|給《たま》へども、|恰《あたか》も|岩石《がんせき》に|向《むか》つて|語《かた》るが|如《ごと》く、|何《なん》の|反響《はんきやう》もなかりける。|茲《ここ》に|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|月《つき》と|日《ひ》を|重《かさ》ねて|待《ま》ちし|今日《けふ》の|日《ひ》の
|淋《さび》しさ|思《おも》へば|吾《われ》は|悲《かな》しも
|年月《としつき》を|玉野《たまの》の|比女《ひめ》に|仕《つか》へ|来《き》て
|今日《けふ》の|淋《さび》しき|清庭《すがには》にあふかな
|主《ス》の|神《かみ》の|黙《もだ》したまへるたまゆらに
わが|魂線《たましひ》は|萎《しを》れむとすも
|国土《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》ますと|瑞御霊《みづみたま》
|現《あ》れます|今日《けふ》ぞ|守《まも》らせたまへ』
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|言霊《ことたま》のス|声《ごゑ》の|水火《いき》はとまりたれど
われはウ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|活《い》かさむ
ウーウーウーウウアーアーアーアアアア[※]
|久方《ひさかた》のス|声《ごゑ》にかへれわが|言霊《ことたま》よ
ウーウーウーアーアーアーアアー[※]
|力充男《ちからみちを》|神《かみ》はス|声《ごゑ》によみがへりてむ
スースースー|静《しづか》に|宮《みや》の|御扉《みとびら》を[※]
|開《ひら》きて|出《い》でませ|元《もと》つ|親神《おやがみ》
サソスセシ|神《かみ》の|伊吹《いぶき》の|言霊《ことたま》に
よみがへれかし|玉野《たまの》の|森《もり》よ
|生《い》き|生《い》きて|生《い》きの|果《はて》なき|天界《てんかい》ぞ
|如何《いか》にス|声《ごゑ》のとどまるべきやは
かくまでにわが|言霊《ことたま》を|宣《の》りつれど
|御扉《みとびら》あかぬは|不思議《ふしぎ》なるかも
|主《ス》の|神《かみ》は|吾等《われら》の|身魂《みたま》をみがかむと
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》とあれますか
|愚《おろか》なるわが|魂線《たましひ》よ|主《ス》の|神《かみ》は
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》なりしはや』
この|御歌《みうた》に|驚《おどろ》きて、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》、|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》はまづ|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》へ|敬拝《けいはい》し、|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|拝跪《はいき》して|不礼《ぶれい》を|謝《しや》し、|言霊歌《ことたまうた》を|宣《の》らせ|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|愚《おろか》なる|我《わが》|霊線《たましひ》よ|主《ス》の|神《かみ》の
みそば|近《ちか》くにありて|知《し》らざりき
かくのごと|曇《くも》りし|霊《たま》の|如何《いか》にして
|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》なるべき
|主《ス》の|神《かみ》と|我《われ》|悟《さと》りたるたまゆらに
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》を|畏《おそ》れし
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》とわが|前《まへ》に|現《あ》れますを
|知《し》らぬわが|身《み》の|愚《おろか》さを|悔《く》ゆ
|天地《あめつち》の|真言《まこと》はとほきに|非《あら》ずして
わが|目《め》の|前《まへ》に|光《ひか》らせにけり
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》を|知《し》らずにうつろなる
|宮《みや》に|祈《いの》りし|我《われ》|恥《は》づかしも
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》とあれます|主《ス》の|神《かみ》よ
|許《ゆる》させたまへ|礼《ゐや》なき|我《われ》を
|今日《けふ》よりは|霊《たま》を|洗《あら》ひて|言霊《ことたま》を
|清《きよ》め|澄《す》ませつ|国土生《くにう》みに|仕《つか》へむ
|一言《ひとこと》の|依《よ》さし|言葉《ことば》を|聞《き》かずして
|我《われ》はますます|心許《こころもと》なき』
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は|儼然《げんぜん》としてますます|御面《みおも》|輝《かがや》かせ|給《たま》ひ、|一言《ひとこと》も|宣《の》らせ|給《たま》はぬぞ|不思議《ふしぎ》なる。|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|朝夕《あさゆふ》に|親《した》しく|御姿《みすがた》|拝《をが》みつつ
|主《ス》の|大神《おほかみ》と|悟《さと》らざりしよ
|今迄《いままで》の|礼《ゐや》なき|罪《つみ》をゆるせかし
|本津真言《もとつまこと》は|主《ス》の|神《かみ》なりしよ
ウアの|水火《いき》|神《かみ》と|現《あ》れまし|今《いま》ここに
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》を|生《うま》せり
|玉《たま》の|宮《みや》きづきまつると|朝夕《あさゆふ》に
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》はつとめし
|主《ス》の|神《かみ》の|深《ふか》き|経綸《しぐみ》を|知《し》らずして
|宮司《みやつかさ》とのみ|思《おも》ひけるかな
|神生《かみう》みの|業《わざ》をつぶさに|果《はた》し|得《え》ざるも
わが|魂線《たましひ》のくもればなりける
|今《いま》となり|神生《かみう》みの|業《わざ》|仕《つか》へずて
|年《とし》さびにけるよしを|悟《さと》りぬ
|若《わか》くても|智慧証覚《ちゑしようかく》の|足《た》らずして
|国津柱《くにつはしら》の|御子《みこ》|生《うま》るべき
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》はすがすがし
|御子《みこ》|孕《はら》ませるを|宜《うべ》よと|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしの|神生《かみう》み|業《わざ》さへも
|魂《たま》の|曇《くも》れば|仕《つか》ふるすべなし
|主《ス》の|神《かみ》はわが|言霊《たましひ》のくもれるを
|悟《さと》らせ|生代《いくよ》にかへたまひしか
|愚《おろか》なるわが|魂線《たましひ》よ|濁《にご》りたる
わが|言霊《ことたま》よ|悲《かな》し|恥《は》づかし
|瑞御霊《みづみたま》|後《おく》れしわけもわが|魂《たま》の
|年経《としふ》りしよしも|悟《さと》り|得《え》し|今日《けふ》よ』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》わがあこがれしたまゆらの
|真言《まこと》に|御子《みこ》は|孕《はら》みたまひし
|恋雲《こひぐも》に|包《つつ》まれし|吾《われ》も|主《ス》の|神《かみ》の
|天津真言《あまつまこと》によみがへりたり
|主《ス》の|神《かみ》の|水火《いき》の|真言《まこと》によみがへる
そのたまゆらを|御子《みこ》|孕《はら》ませり
|今日《けふ》よりは|御子《みこ》|育《はごく》むと|村肝《むらきも》の
|心《こころ》くばりて|恋《こひ》を|忘《わす》れむ
|主《ス》の|神《かみ》の|経綸《しぐみ》の|糸《いと》にしばられて
われは|暫《しば》しを|狂《くる》ひたるかも
|今《いま》となりて|心《こころ》|開《ひら》きぬわが|魂《たま》は
とこよの|春《はる》によみがへりけむ
|真鶴《まなづる》の|国《くに》の|国魂神《くにたまがみ》なれば
|朝夕《あさゆふ》|御子《みこ》をつつしみ|守《まも》らむ
いやしかるわが|体内《たいない》に|主《ス》の|神《かみ》の
|御霊《みたま》やどらす|畏《かしこ》さ|尊《たふと》さ
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|御側《みそば》に|近《ちか》く|仕《つか》へ
わが|魂線《たましひ》は|勇《いさ》みたちたり
この|丘《をか》に|吾《われ》|登《のぼ》りてゆ|主《ス》の|神《かみ》は
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》と|悟《さと》りぬ
|兎《と》も|角《かく》も|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
|吾《われ》はつつしみ|黙《もだ》し|居《ゐ》たりぬ
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|御身《おんみ》は|光《ひかり》なりき
わが|眼《め》にうつるは|月光《つきかげ》のみにて
|真寸鏡《ますかがみ》かかりし|如《ごと》き|心地《ここち》して
|吾《われ》|恥《は》づかしく|照《て》らされて|居《ゐ》し
|今日《けふ》よりは|玉野湖《たまのみづうみ》|水《みづ》あせむ
わが|曇《くも》りたる|心《こころ》|晴《は》るれば
|一片《ひとひら》の|雲霧《くもきり》もなしわが|魂《たま》は
すみきらひたり|月日《つきひ》の|如《ごと》くに』
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『この|丘《をか》の|玉《たま》の|泉《いづみ》に|朝夕《あさゆふ》を
みそぎて|真《まこと》の|神《かみ》|知《し》らざりき
|本津真言《もとつまこと》|神《かみ》はまさしく|主《ス》の|神《かみ》の
|化身《けしん》なりしか|吾《われ》|恥《は》づかしも
|主《ス》の|神《かみ》の|御霊《みたま》になりし|玉野丘《たまのをか》に
|仕《つか》へて|真《まこと》の|神《かみ》|知《し》らざりしよ
|瑞御霊《みづみたま》|清《すが》しく|雄々《をを》しくましまして
|玉野湖畔《たまのこはん》に|御子《みこ》|孕《はら》ませり
|今日《けふ》よりは|吾《われ》つつしみて|瑞御霊《みづみたま》の
|神業《みわざ》|助《たす》けて|国土造《くにつく》りせむ
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は|山麓《さんろく》に
|禊《みそぎ》したまへば|迎《むか》へ|来《きた》らむ』
|茲《ここ》にはじめて|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は、|言霊《ことたま》|朗《ほがら》かに|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|畏《かしこ》しや|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》の|言葉《ことば》
|我《われ》うべなひて|国土生《くにう》み|助《たす》けむ
いざさらば|天津高宮《あまつたかみや》にかへるべし
|百神等《ももがみたち》よ|健《すこや》かにあれ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|給《たま》ひて、|主《ス》の|神《かみ》の|化身《けしん》なる|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は、|忽《たちま》ち|天上《てんじやう》より|降《くだ》り|来《きた》る|紫紺《しこん》の|雲《くも》に|包《つつ》まれて、|久方《ひさかた》の|空《そら》|高《たか》く|帰《かへ》らせ|給《たま》ひしぞ|尊《たふと》けれ。
(昭和八・一〇・三〇 旧九・一二 於水明閣 加藤明子謹録)
第二五章 |感歎幽明《かんたんいうめい》〔一八九三〕
|主《ス》の|大神《おほかみ》は|天津高宮《あまつたかみや》より、|玉野森《たまのもり》に|天降《あも》りましつれど、|神々《かみがみ》の|智慧証覚《ちゑしようかく》|未《いま》だ|全《まつた》からざれば、|止《や》むを|得《え》ず|和光同塵《わくわうどうぢん》の|神策《しんさく》を|立《た》て|給《たま》ひて、|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》となり、|国土造《くにつく》りの|神業《みわざ》を|助《たす》け|給《たま》ひつつありけるが、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》を|初《はじ》め|其《その》|他《た》の|神々《かみがみ》も|其《その》|化身《けしん》たるを|知《し》らず、うかうかとして|同僚《どうれう》の|神《かみ》の|如《ごと》くに|扱《あつか》ひたりけるが、|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》の|賢《さと》き|目《め》に|名乗《なの》り|明《あか》されて、|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》は|直《ただち》に|諾《うべな》ひ|給《たま》ひ、|二首《にしゆ》の|御歌《みうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ひて、|久方《ひさかた》の|御空《みそら》|高《たか》く|紫紺《しこん》の|雲《くも》に|乗《の》りて、|天津高宮《あまつたかみや》に|帰《かへ》らせ|給《たま》ひしこそ|畏《かしこ》けれ。
|又《また》|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は、|八十比女神《やそひめがみ》の|一柱《ひとはしら》に|選《えら》まれ|給《たま》ひ、|玉野森《たまのもり》に|年永《としなが》く|時《とき》の|到《いた》るを|待《ま》たせ|給《たま》へども、|未《いま》だ|国魂神《くにたまがみ》としての|貴《たふと》き|御子《みこ》を|生《う》まさむ|資格《しかく》|備《そな》はらず、|智慧証覚《ちゑしようかく》|全《まつた》からざりせば、|惟神的《かむながらてき》に|神生《かみう》みの|神業《みわざ》を|止《や》められ、|茲《ここ》に|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》ふべく|余儀《よぎ》なくされ|給《たま》ひしなり。
|次《つぎ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|百神等《ももがみたち》の|種々《くさぐさ》の|囁《ささや》きに|深《ふか》く|心《こころ》を|配《くば》り、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御言葉《みことば》をためらひつつ、|永《なが》き|年月《としつき》を|経《へ》|給《たま》ひければ、|神生《かみう》みの|神業《みわざ》の|自《おのづか》ら|後《おく》れさせ|給《たま》ひしこそ|是非《ぜひ》なけれ。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》なれば|仁慈《じんじ》の|心《こころ》|深《ふか》く、|且《か》つ|神々《かみがみ》の|和親《わしん》を|旨《むね》として|勇猛心《ゆうまうしん》を|欠《か》き|給《たま》ひしかば、|終《つひ》に|神業《みわざ》の|期《き》を|逸《いつ》し|給《たま》ひしこそ、|返《かへ》す|返《がへ》すも|惜《をし》むべき|事《こと》にこそあれ。
|真鶴山《まなづるやま》の|御魂《みたま》と|生《あ》れます|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は、|八十柱《やそはしら》の|比女神《ひめがみ》の|選《せん》に|漏《も》れ|給《たま》ひし|神《かみ》なれども、|智慧証覚《ちゑしようかく》に|勝《すぐ》れたる|細女《くはしめ》|賢女《さかしめ》にいませば、|国津柱《くにつばしら》と|世《よ》に|立《た》てられ、|御子《みこ》|生《う》ますべきに|叶《かな》ひたれば、|主《ス》の|大神《おほかみ》は|黙許《もくきよ》し|給《たま》ひ、|茲《ここ》に|大神業《おほみわざ》は|遂《と》げられたるなり。|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|積極的《せききよくてき》|行動《かうどう》は、|国土生《くにう》み|神生《かみう》みの|神策《しんさく》に|叶《かな》ひ|奉《まつ》れば、|大功《たいこう》を|採《と》りて|小瑾《せうきん》を|顧《かへり》みざる|神策《しんさく》を|採《と》り|給《たま》ひしも、|時代《じだい》|相応《さうおう》の|処置《しよち》とこそ|窺《うかが》はるるなり。
|嗚呼《ああ》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》は、|何《いづ》れも|至善《しぜん》|至美《しび》|至仁《しじん》|至愛《しあい》にして|賢《さか》しき|心《こころ》を|欠《か》き|給《たま》ひ、|且《か》つ|勇猛心《ゆうまうしん》|薄《うす》かりしかば、|主《ス》の|神《かみ》の、|眼前《がんぜん》に|化身《けしん》として|現《あらは》れ|給《たま》ふ|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|真相《しんさう》を|知《し》り|給《たま》はざりしに|反《はん》し、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|賢《さと》くも|其《その》|化身《けしん》なる|事《こと》を|朧気《おぼろげ》に|覚《さと》り|居《ゐ》|給《たま》ひし|程《ほど》の|細女《くはしめ》なりければ、|貴《うづ》の|御子《みこ》を|孕《はら》ませ|給《たま》ひしも|宜《うべ》なりと|諾《うなづ》かるるなり。|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|等《たち》は、|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|御本体《ごほんたい》を|現《あらは》して、|天津高宮《あまつたかみや》に|帰《かへ》らせ|給《たま》ひしを|遠《とほ》く|拝《をが》ませ|給《たま》ひて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》は|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|終《を》へて
|雲《くも》に|乗《の》らせつ|天《あま》かへりますも
|久方《ひさかた》の|空《そら》を|紫紺《しこん》に|染《そ》めながら
|主《ス》の|大神《おほかみ》は|帰《かへ》りますかも
おろかなるわが|霊線《たましひ》を|今更《いまさら》に
|悔《く》ゆるも|詮《せん》なし|神業《みわざ》|遅《おく》れて
ためらひし|心《こころ》の|罪《つみ》を|許《ゆる》しませ
|天《あめ》に|帰《かへ》らす|主《ス》の|大御神《おほみかみ》よ
|進《すす》み|進《すす》み|拓《ひら》き|拓《ひら》きて|仕《つか》へ|行《ゆ》く
|神《かみ》の|大道《おほぢ》をおろそかにせるも
|百神《ももがみ》に|心配《こころくば》りて|主《ス》の|神《かみ》の
|生言霊《いくことたま》にそむきしを|悔《く》ゆ
|主《ス》の|神《かみ》にそむく|心《こころ》は|持《も》たねども
ためらひ|心《ごころ》に|神業《みわざ》|遅《おく》れし
|今《いま》となりて|弱《よわ》き|心《こころ》を|悔《く》いにけり
いざや|勇《いさ》みの|駒《こま》|立直《たてなほ》さむ
|玉野比女《たまのひめ》|心《こころ》を|思《おも》へば|我《われ》は|今《いま》
|消《き》えたくなりぬ|悲《かな》しくなりぬ』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|主《ス》の|神《かみ》の|化身《けしん》と|知《し》らず|朝夕《あさゆふ》を
|吾《われ》|従神《ともがみ》と|思《おも》ひけるかも
|斯《か》くの|如《ごと》わが|愚《おろか》しき|心《こころ》もて
|如何《いか》で|御子生《みこう》み|仕《つか》へ|得《う》べきや
|智慧証覚《ちゑしようかく》|未《いま》だ|足《た》らねば|主《ス》の|神《かみ》は
|生代比女神《いくよひめがみ》に|依《よ》さし|給《たま》ひしか
|真鶴《まなづる》の|国津柱《くにつはしら》を|孕《はら》みます
|生代比女神《いくよひめがみ》|貴《たふと》くありける
この|丘《をか》に|岐美《きみ》を|待《ま》ちつつ|年《とし》|経《ふ》りし
わが|魂線《たましひ》は|曇《くも》りてしかも
|主《ス》の|神《かみ》の|宮《みや》に|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へつつ
|真言《まこと》の|神《かみ》を|知《し》らざりにけり
そよと|吹《ふ》く|風《かぜ》にも|神声《みこゑ》あるものを
|側《そば》に|坐《ま》す|神《かみ》|知《し》らざる|恥《は》づかしさよ
|今日《けふ》よりは|生代比女神《いくよひめがみ》を|神柱《みはしら》と
|仰《あふ》ぎ|奉《まつ》りて|国土生《くにう》みなさばや』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|八十柱《やそはしら》|比女神《ひめがみ》とおはす|公《きみ》なれば
わが|腹《はら》の|御子《みこ》|奉《たてまつ》るべし
|今日《けふ》よりは|玉野《たまの》の|比女《ひめ》にまつろひて
|御子《みこ》を|育《はごく》み|日足《ひた》しまつらむ
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|下女《しため》と|吾《われ》なりて
|御子《みこ》を|育《はごく》み|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へむ
|吾《われ》は|只《ただ》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》にこがれたる
そのたまゆらに|孕《はら》みたるのみ
|主《ス》の|神《かみ》の|直《ただ》の|依《よ》さしにあらざれば
|吾《われ》ははしため|御子《みこ》|育《そだ》つるのみよ
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》と|諸共《もろとも》に|玉野比女《たまのひめ》
|神《かみ》は|真鶴国《まなづるくに》|拓《ひら》きませよ
ちり|程《ほど》のねたみうらみを|持《も》たぬ|吾《われ》を
|安《やす》く|思《おぼ》され|国土《くに》|造《つく》りませ
わが|腹《はら》の|御子《みこ》|生《お》ひ|立《た》たすそれまでは
|心《こころ》|清《きよ》めて|近《ちか》く|仕《つか》へむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|健気《けなげ》なる|生代比女神《いくよひめがみ》の|言霊《ことたま》よ
|我《われ》は|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》に|咽《むせ》ぶも
|比女神《ひめがみ》の|清《きよ》き|心《こころ》に|諾《うべな》ひて
|御子《みこ》は|宿《やど》らせ|給《たま》ひけむかも
|今更《いまさら》に|比女《ひめ》の|心《こころ》の|清《きよ》きをば
|深《ふか》くさとりて|涙《なみだ》に|暮《く》るるも
その|清《きよ》き|正《ただ》しき|明《あか》るき|魂線《たましひ》を
|主《ス》の|大神《おほかみ》は|愛《め》でましにけむ
|公《きみ》と|我《われ》|水火《いき》を|合《あは》せし|御子《みこ》ながら
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御魂《みたま》なりける』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|心《こころ》の|清《すが》しさに
|吾《われ》|恥《は》づかしくなりにけらしな
|曇《くも》りたるわが|魂線《たましひ》の|如何《いか》にして
|貴《たふと》き|御子《みこ》を|孕《はら》み|得《う》べきや
|主《ス》の|神《かみ》の|深《ふか》き|経綸《しぐみ》を|今更《いまさら》に
|覚《さと》りて|吾《われ》は|慄《をのの》きにけり
|何事《なにごと》も|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》と
|思《おも》へば|怨《うら》みの|雲霧《くもきり》もなし
|生代比女《いくよひめ》|吾《われ》にさきだち|御子《みこ》|孕《はら》むと
|聞《き》きてねたみし|心《こころ》の|恥《は》づかし
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》|永久《とこしへ》に|色《いろ》|変《か》へぬ
|翠《みどり》の|心《こころ》に|吾《われ》|仕《つか》へばや
そよと|吹《ふ》く|松《まつ》の|梢《こずゑ》の|風《かぜ》にさへ
|日《ひ》に|幾度《いくたび》の|訪《おとづ》れあるを
|八十年《やそとせ》を|待《ま》ちあぐみたる|魂線《たましひ》の
|弥《いや》ますますに|曇《くも》りてしかな
|清《きよ》き|赤《あか》き|真言《まこと》の|恋《こひ》にあらずして
|真言《まこと》の|御子《みこ》を|如何《いか》で|孕《はら》み|得《う》べきや
|瑞御霊《みづみたま》|気永《けなが》く|待《ま》ちし|甲斐《かひ》もなく
|神業《みわざ》に|遅《おく》れしわがおろかさよ
|今《いま》よりは|心《こころ》を|改《あらた》めひたすらに
|岐美《きみ》に|従《したが》ひ|国土生《くにう》み|助《たす》けむ』
|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|幾年《いくとせ》を|待合《まちあは》せたる|玉野比女《たまのひめ》の
|今日《けふ》の|心《こころ》を|計《はか》りて|泣《な》くも
|気永《けなが》くも|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|待《ま》たせつつ
あはれ|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》ならずも
|主《ス》の|神《かみ》の|深《ふか》き|神心《みこころ》|今更《いまさら》に
|畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|心《こころ》をののく
|天界《てんかい》は|愛《あい》と|善《ぜん》との|神国《みくに》なれば
|毛筋《けすぢ》の|汚《けが》れもゆるさざりけむ
よしあしの|行交《ゆきか》ふ|世《よ》にも|国土《くに》|造《つく》る
|神業《みわざ》に|塵《ちり》の|止《とど》まるべきやは
|地《つち》|稚《わか》き|真鶴《まなづる》の|国土《くに》の|国柱《くにばしら》
|清《きよ》き|真言《まこと》に|孕《はら》み|給《たま》ひぬ
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》の|貴《たふと》き|功績《いさをし》を
|主《ス》の|大神《おほかみ》も|褒《ほ》め|給《たま》ひけむ
さまざまの|神代《みよ》の|出来事《できごと》|朝夕《あさゆふ》に
|見《み》つつ|吾《われ》はも|迷《まよ》ひけるかな
|主《ス》の|神《かみ》の|化身《けしん》と|知《し》らず|本津真言《もとつまこと》の
|神《かみ》を|従神《とも》よと|扱《あつか》ひしはや
|愚《おろか》かなるわが|魂線《たましひ》よ|主《ス》の|神《かみ》の
|化身《けしん》を|軽《かる》く|扱《あつか》ひにけり
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》を|高《たか》く|帰《かへ》りましし
|真言《まこと》の|神《かみ》を|仰《あふ》ぎて|泣《な》きぬ
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|功《いさを》を|今《いま》ぞ|知《し》る
|天津高宮《あまつたかみや》に|帰《かへ》らす|光《ひかり》に
|日《ひ》をおひて|光《ひかり》いや|増《ま》せし|神柱《みはしら》を
|化身《けしん》と|知《し》らずに|居《ゐ》たる|愚《おろか》さ
|兎《と》も|角《かく》も|真鶴《まなづる》の|国《くに》は|目出度《めでた》けれ
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御子《みこ》|宿《やど》りませば
スの|水火《いき》を|合《あは》せてここに|瑞御霊《みづみたま》
|生代比女神《いくよひめがみ》|御子《みこ》|孕《はら》みましぬ
|大空《おほぞら》は|広《ひろ》く|高《たか》しも|真鶴《まなづる》の
|稚《わか》き|国原《くにばら》を|照《てら》す|御子《みこ》はも』
|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|霊《ち》と|体《から》の|力《ちから》|充《み》ちぬる|天界《てんかい》は
スの|言霊《ことたま》ゆ|生《あ》れましにける
|吾《われ》は|今《いま》|主《ス》の|大神《おほかみ》の|霊《ち》と|体《から》を
|給《むす》びて|生《うま》れし|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》なり
|吾《われ》も|亦《また》|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》と|共《とも》に
ここに|降《くだ》りし|化身《けしん》なるぞや
|吾《われ》こそは|紫微天界《しびてんかい》に|鎮《しづ》まれる
|高鋒《たかほこ》の|神《かみ》よいざ|帰《かへ》らむとすも
|三柱《みはしら》の|神《かみ》|現《あ》れませし|今日《けふ》よりは
|吾《われ》に|用《よう》なしいざ|帰《かへ》りなむ
|百神《ももがみ》よまめやかにまして|真鶴《まなづる》の
|国土生《くにう》み|御子《みこ》を|生《う》ましましませ』
|斯《か》く|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ひつつ、|再《ふたた》び|光《ひかり》となり|四辺《あたり》を|照《て》らしながら、|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》は|紫《むらさき》の|雲《くも》を|呼《よ》び|起《おこ》し、|悠々《いういう》として|天津高宮《あまつたかみや》に|向《むか》ひ|帰《かへ》らせ|給《たま》ふぞ|尊《たふと》けれ。
(昭和八・一〇・三一 旧九・一三 於水明閣 森良仁謹録)
第二六章 |総神登丘《そうしんときう》〔一八九四〕
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》|等《たち》は、|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|化身《けしん》に|驚《おどろ》き|給《たま》ひしが、|又《また》もや|力充男《ちからみちを》の|神《かみ》の|天《あま》の|高鋒《たかほこ》の|神《かみ》の|天降《あも》りませる|化身《けしん》に|驚《おどろ》きを|新《あたら》しくし|給《たま》ひ、わが|霊線《たましひ》のいたく|曇《くも》りたるを|恥《は》ぢらひながら、|玉《たま》の|宮居《みやゐ》の|聖所《すがど》にうづくまりつつ、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|真鶴国《まなづるくに》を|固《かた》めむと
|二柱神《ふたはしらがみ》|天降《あも》りましぬる
わが|霊《たま》は|曇《くも》らひにけるか|二柱《ふたはしら》の
|化身《けしん》をしらですましゐたりき
|毛筋《けすぢ》|程《ほど》の|隙間《すきま》もあらぬ|天界《てんかい》の
|神《かみ》の|神業《みわざ》ぞ|畏《かしこ》かりける
|地《つち》|稚《わか》きこの|国原《くにばら》を|固《かた》めむと
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|天降《あも》りませしよ
|有難《ありがた》し|辱《かたじけ》なしと|申《まを》すより
わが|言《こと》の|葉《は》は|出《い》でざりにける
|月《つき》も|日《ひ》も|清《きよ》く|照《て》らへる|玉野丘《たまのをか》に
われ|面《おも》はゆくなりにけるかも
かくの|如《ごと》|曇《くも》れる|霊《たま》を|持《も》ち|乍《なが》ら
|国土生《くにう》みの|業《わざ》をおぼつかなみ|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|功《いさを》によりて|真鶴《まなづる》の
|国土《くに》|固《かた》めばや|霊《たま》を|清《きよ》めて
かくまでも|尊《たふと》き|神《かみ》の|経綸《しぐみ》とは
|悟《さと》らざりけり|愚《おろか》なる|我《われ》は
|今《いま》よりはわが|霊線《たましひ》を|練《ね》り|直《なほ》し
|勇《いさ》み|進《すす》まむ|国土生《くにう》み|神生《かみう》みに
|果《は》てしなきこの|国原《くにばら》を|詳細《まつぶさ》に
|固《かた》めむ|業《わざ》の|難《かた》きをおもふ
|畏《かしこ》しや|本津真言《もとつまこと》の|大神《おほかみ》は
|主《ス》の|大神《おほかみ》にましましにける
|高鋒《たかほこ》の|神《かみ》は|聖所《すがど》に|天降《あも》りまして
わが|霊線《たましひ》を|照《て》らさせ|給《たま》ひぬ
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》は|清《きよ》く|輝《かがや》けり
|仰《あふ》げばわが|霊《たま》|恥《は》づかしきかも
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》を|見捨《みす》てて|玉野丘《たまのをか》に
|登《のぼ》りし|我《われ》の|霊《たま》は|曇《くも》れり
|神々《かみがみ》を|丘《をか》の|麓《ふもと》に|残《のこ》し|置《お》きし
わが|過《あやまち》をいま|悔《く》ゆるかも
|今《いま》よりは|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|清《きよ》め
|麓《ふもと》の|神《かみ》を|導《みちび》き|来《きた》らむ』
|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|言葉《ことば》を|諾《うべな》ひて
|吾《われ》は|百神《ももがみ》を|残《のこ》し|置《お》きしはや
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|罪《つみ》にはあらざらめ
|本津真言《もとつまこと》の|神《かみ》の|御心《みこころ》
|二柱《ふたはしら》|天津高空《あまつたかぞら》ゆ|降《くだ》りまして
これの|聖所《すがど》を|照《て》らさせ|給《たま》ひぬ
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》にかかれる|月光《つきかげ》も
|昼《ひる》なりながら|清《すが》しかりけり
|天《あま》|渡《わた》る|日光《ひかげ》も|清《きよ》く|月光《つきかげ》も
|冴《さ》えにさえたり|今日《けふ》のいく|日《ひ》は
|二柱《ふたはしら》|神《かみ》の|神言《みこと》を|畏《かしこ》みて
われ|百神《ももがみ》と|国土《くに》|造《つく》らばや
|迦陵頻伽《からびんが》ときじくうたひ|聖所《すがどこ》の
|鶴《つる》は|神代《かみよ》を|寿《ことほ》ぐ|今日《けふ》かも
|白梅《しらうめ》の|薫《かを》り|床《ゆか》しくそよ|風《かぜ》に
|送《おく》られ|清《すが》し|玉《たま》の|宮居《みやゐ》は
|白梅《しらうめ》は|玉《たま》の|宮居《みやゐ》を|封《ふう》じつつ
|松《まつ》の|樹蔭《こかげ》に|神代《みよ》を|薫《かを》れり
|草《くさ》の|蔭《かげ》に|虫《むし》の|声々《こゑごゑ》さえさえて
|常世《とこよ》の|春《はる》を|迎《むか》はしむるも
この|丘《をか》に|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|生《あ》れまして
|輝《かがや》き|給《たま》ふ|国土生《くにう》み|嬉《うれ》しも』
|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|生代比女《いくよひめ》いくよの|末《すゑ》も|常磐樹《ときはぎ》の
|松《まつ》に|誓《ちか》ひて|世《よ》を|守《まも》るべし
|底《そこ》|深《ふか》き|玉野湖水《たまのこすゐ》の|心《こころ》をば
|岐美《きみ》に|捧《ささ》げて|御子《みこ》を|守《まも》らむ
|真鶴《まなづる》の|山《やま》は|雲間《くもま》に|聳《そび》ゆれど
|岐美《きみ》の|功《いさを》に|及《およ》ばざるらむ
|瑞御霊《みづみたま》|生言霊《いくことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|真鶴山《まなづるやま》に|生《あ》れし|吾《われ》はも
|吾《われ》こそは|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|言霊《ことたま》の
|水火《いき》に|生《うま》れし|比女神《ひめがみ》なるぞや
|国魂《くにたま》の|御子《みこ》を|詳細《まつぶさ》に|生《う》み|了《を》へて
|又《また》|真鶴《まなづる》の|神《かみ》となるべし
|白砂《しらすな》を|踏《ふ》みさくみつつ|白駒《しらこま》に
|跨《またが》りて|来《こ》し|玉野森《たまのもり》|清《すが》し
|玉野丘《たまのをか》|黄金《こがね》の|真砂《まさご》|踏《ふ》みしめて
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御声《みこゑ》|聞《き》きたり
|主《ス》の|神《かみ》の|深《ふか》き|恵《めぐみ》にうるほひて
|吾《われ》|貴《うづ》の|御子《みこ》|孕《はら》みたるかも
|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|白雲《しらくも》|霞《かす》む|真鶴《まなづる》の
|国《くに》をひろらに|拓《ひら》きませ|岐美《きみ》よ
わが|魂《たま》は|真鶴山《まなづるやま》に|鎮《しづま》りて
この|神国《かみくに》を|永遠《とは》に|守《まも》らむ
|吾《われ》は|今《いま》|気体《きたい》なれども|御子《みこ》|生《う》まば
|又《また》|霊体《れいたい》となりて|仕《つか》へむ
|御子《みこ》|生《う》むと|吾《われ》は|気体《きたい》の|身《み》と|変《へん》じ
|岐美《きみ》を|恋《こ》ひつつ|仕《つか》へ|来《こ》しはや
|吾《わが》|恋《こひ》は|幾万年《いくまんねん》の|後《のち》までも
|天地《あめつち》とともに|亡《ほろ》びざるべし
|愛善《あいぜん》の|紫微天界《しびてんかい》に|生《い》くる|身《み》も
|恋《こひ》|故《ゆゑ》|心《こころ》の|曇《くも》りこそすれ
|恋《こひ》|故《ゆゑ》に|心《こころ》は|光《ひかり》り|恋《こひ》|故《ゆゑ》に
|心《こころ》|曇《くも》るぞ|浅《あさ》ましの|世《よ》や』
|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|生言霊《いくことたま》を|清《きよ》らかに
|聞《き》く|今日《けふ》の|日《ひ》は|楽《たの》しかりける
|久方《ひさかた》の|天津御空《あまつみそら》の|神《かみ》の|声《こゑ》を
|居《ゐ》ながらに|聞《き》きし|幸《さち》をおもふも
|智慧証覚《ちゑしようかく》|足《た》らはぬ|吾《われ》も|天津神《あまつかみ》の
|神言《みこと》ほのかに|聞《き》きし|嬉《うれ》しさ
|三柱《みはしら》の|女男《めを》の|神等《かみたち》に|従《したが》ひて
われ|永久《とこしへ》に|守《まも》り|仕《つか》へむ』
かく|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|御空《みそら》を|封《ふう》じて、|幾千万《いくせんまん》とも|限《かぎ》りなく、|真鶴《まなづる》は|玉野丘《たまのをか》の|空高《そらたか》く、|左《ひだり》より|右《みぎ》りに|幾度《いくたび》となくめぐりめぐり、|清《すが》しき|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げて、|神代《みよ》の|創立《さうりつ》を|寿《ことほ》ぎ|乍《なが》ら、|庭《には》も|狭《せ》きまで|聖所《すがど》の|上《うへ》に|下《くだ》り|来《き》つ、|各《おの》も|各《おの》も|頭《かしら》をもたげて、|天津高宮《あまつたかみや》を|拝《はい》する|如《ごと》く|見《み》えにける。
|玉野丘《たまのをか》の|麓《ふもと》には、|遠見男《とほみを》の|神《かみ》を|初《はじ》め、|圓屋比古《まるやひこ》の|神等《かみたち》|九柱《ここのはしら》は、|己《おの》が|魂線《たましひ》の|曇《くも》りたるを|悔《く》い|給《たま》ひて、|玉《たま》の|泉《いづみ》に|身《み》を|清《きよ》め、|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|磨《みが》き|澄《す》ませつつ、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|招《まね》き|給《たま》ふ|時《とき》を|待《ま》ち|給《たま》ひ、|各《おの》も|各《おの》もに|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ひぬ。
|遠見男《とほみを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》。
『|梅《うめ》|薫《かを》る|玉野《たまの》の|丘《をか》に|登《のぼ》りましし
|岐美《きみ》の|音信《おとづれ》|聞《き》かまほしけれ
わが|魂《たま》は|曇《くも》りにくもり|言霊《ことたま》は
|濁《にご》りて|神丘《みをか》に|登《のぼ》るよしなし
|恥《は》づかしきことの|限《かぎ》りよ|玉野丘《たまのをか》の
|麓《ふもと》に|吾《われ》は|捨《す》てられにけむ
|遠《とほ》の|旅《たび》|御供《みとも》に|仕《つか》へて|今《いま》となり
|吾《われ》|恥《は》づかしき|憂目《うきめ》に|逢《あ》ひぬる
|繋《つな》ぎ|置《お》きし|駒《こま》にも|心《こころ》|恥《は》づかしく
なりにけらしな|言霊《ことたま》|濁《にご》りて
|玉泉《たまいづみ》に|御魂《みたま》ひたして|洗《あら》へども
|智慧《ちゑ》の|光《ひかり》の|暗《くら》きをおそるる
|真鶴《まなづる》は|常磐《ときは》の|松《まつ》の|梢《うれ》|高《たか》く
|長閑《のどか》にうたふ|玉野森《たまのもり》はや
|真鶴《まなづる》の|翼《つばさ》ありせば|吾《われ》も|亦《また》
この|玉野丘《たまのをか》に|登《のぼ》らむものを
|南方《なんぱう》の|国《くに》を|治《し》らせとわが|岐美《きみ》の
よさしの|言葉《ことば》|如何《いか》に|仕《つか》へむ
|生代比女《いくよひめ》|神《かみ》を|魔神《まがみ》と|思《おも》ひしに
これの|神丘《みをか》に|登《のぼ》りましける
いぶかしも|生代比女神《いくよひめがみ》のすたすたと
|振《ふ》り|向《む》きもせず|登《のぼ》らせにける
|生代比女《いくよひめ》の|曇《くも》れる|魂《たま》に|比《くら》ぶれば
なほわが|魂《たま》の|濁《にご》り|深《ふか》きか
いや|広《ひろ》き|紫微天界《しびてんかい》の|中《なか》にして
|吾《われ》|恥《は》づかしく|心《こころ》をののく
|世《よ》をおもふ|清《きよ》けき|胸《むね》の|高鳴《たかな》りに
もだへて|夜半《よは》を|泣《な》きつ|戦《をのの》きつ
|国土生《くにう》みの|御供《みとも》に|仕《つか》ふる|道《みち》なくば
|野辺《のべ》|吹《ふ》く|風《かぜ》となりて|亡《ほろ》びむか
|歎《なげ》くとも|詮術《せんすべ》もなきわが|身《み》かな
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|遠《とほ》ざかりつつ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|遠見男《とほみを》の|神《かみ》よなげかせ|給《たま》ふまじ
|神《かみ》の|試練《ためし》とわれは|喜《よろこ》ぶ
いと|清《きよ》く|正《ただ》しく|広《ひろ》く|真鶴《まなづる》の
|国《くに》の|司《つかさ》とならむ|汝《な》が|身《み》ぞ
|汝《なれ》こそは|瑞《みづ》の|御霊《みたま》のよさしたる
この|国原《くにばら》の|司《つかさ》なるぞや
|真鶴《まなづる》の|国《くに》を|〓怜《うまら》に|生《う》み|了《を》へて
|汝《な》は|永遠《とことは》に|鎮《しづ》まるべき|身《み》よ
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》りましたる|丘《をか》なれば
|今《いま》しばらくを|待《ま》つべかりける
|主《ス》の|神《かみ》の|御許《みゆるし》あれば|吾《われ》は|直《ただ》に
この|神丘《かみをか》に|登《のぼ》らむと|思《おも》ふ』
|宇礼志穂《うれしほ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『とにもあれかくもあれかし|玉野森《たまのもり》に
わが|来《こ》しことを|嬉《うれ》しみおもふ
|徳《とく》|未《いま》だ|全《まつた》からぬを|主《ス》の|神《かみ》を
|拝《をが》まむ|事《こと》の|恐《おそろ》しとおもふ
|月《つき》も|日《ひ》も|御空《みそら》に|清《きよ》く|輝《かがや》ける
この|神森《かみもり》にいねし|嬉《うれ》しさ
|歓《よろこ》びの|光《ひかり》に|充《み》つる|玉野森《たまのもり》を
|吾《われ》|嬉《うれ》しみて|魂《たま》をどるかも
|嬉《うれ》しさの|極《きは》みなるかも|玉野森《たまのもり》の
これの|聖所《すがど》に|来《きた》りし|幸《さち》よ』
|美波志比古《みはしひこ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》に|別《わか》れて|一夜《ひとよさ》を
|月《つき》に|照《て》らされ|心《こころ》ときめきぬ
やがて|今《いま》|主《ス》の|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》に
みはしかからむ|玉野《たまの》の|丘《をか》に
みはしなき|山《やま》に|登《のぼ》らむ|術《すべ》もなし
|今《いま》しばらくを|待《ま》たせよ|百神《ももがみ》
|国土《くに》|造《つく》る|神《かみ》の|神業《みわざ》よ|安々《やすやす》と
この|神丘《かみをか》に|登《のぼ》り|得《う》べきや』
|産玉《うぶだま》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『やがて|御子《みこ》|生《あ》れます|日《ひ》まで|産玉《うぶだま》の
|神《かみ》|吾《われ》ここにひかへまつらな
|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》|高々《たかだか》と|聞《きこ》ゆなり
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|帰《かへ》りますにや
|迦陵頻伽《からびんが》|白梅《しらうめ》の|梢《うれ》になきたつる
|声《こゑ》は|神代《かみよ》を|寿《ことほ》ぐなるらむ
|白梅《しらうめ》の|薫《かを》り|床《ゆか》しきこの|森《もり》は
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|天降《あも》らす|聖所《すがど》か
|月《つき》も|日《ひ》も|松《まつ》の|繁《しげ》みに|閉《と》ざされて
|砂《すな》に|描《ゑが》ける|樹洩陽《こもれび》のかげ
わが|力《ちから》|未《いま》だ|足《た》らねば|森《もり》かげに
ひそみて|待《ま》てとの|神慮《みこころ》なるらめ』
|魂機張《たまきはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『たまきはる|生命《いのち》の|神《かみ》と|現《あらは》れて
われは|守《まも》らむ|御子《みこ》の|生命《いのち》を
ここに|来《き》て|心《こころ》|清《すが》しくなりにけり
この|神丘《かみをか》に|登《のぼ》り|得《え》ねども
この|森《もり》は|紫微天界《しびてんかい》の|写《うつ》しかも
|見《み》ることごとは|輝《かがや》きにけり』
|結比合《むすびあはせ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|二夜《ふたよさ》の|禊《みそぎ》|終《をは》りて|吾《われ》は|今《いま》
|結《むす》び|合《あは》せの|神業《みわざ》に|仕《つか》へむ
|天《あめ》と|地《つち》と|神《かみ》と|神《かみ》とを|睦《むつま》じく
|結《むす》び|合《あは》せて|神代《みよ》を|守《まも》らむ
いや|広《ひろ》く|常磐樹《ときはぎ》|繁《しげ》る|玉野森《たまのもり》に
|梅《うめ》の|香《か》|清《すが》し|神《かみ》います|苑《その》は
|玉野比女《たまのひめ》|神《かみ》の|鎮《しづ》まるこの|丘《をか》の
|輝《かがや》き|強《つよ》しわが|目《め》まばゆく
この|上《うへ》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》に
|任《まか》せまつりて|時《とき》を|待《ま》つべし
|何事《なにごと》も|神《かみ》の|心《こころ》のままなれば
われ|一言《ひとこと》も|言挙《ことあ》げはせじ』
|美味素《うましもと》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|美味素《うましもと》の|高天原《たかあまはら》より|下《くだ》ります
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|功《いさを》|尊《たふと》き
|主《ス》の|神《かみ》の|霊《たま》の|光《ひかり》に|包《つつ》まれて
|夜《よる》も|明《あか》るき|玉野森《たまのもり》はや
|月光《つきかげ》は|御空《みそら》に|高《たか》く|冴《さ》えにつつ
|松《まつ》を|透《すか》して|吾等《われら》を|照《て》らせり
|白梅《しらうめ》の|花《はな》のよそほひ|見《み》るにつけ
|玉野《たまの》の|比女《ひめ》の|偲《しの》ばれにける』
|真言厳《まこといづ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『はろばろと|岐美《きみ》に|仕《つか》へて|吾《われ》は|今《いま》
|玉野《たまの》の|森《もり》の|月《つき》に|照《て》らさる
|真鶴《まなづる》の|国土《くに》を|造《つく》ると|言霊《ことたま》の
|水火《いき》|清《きよ》めたり|玉《たま》の|泉《いづみ》に
|主《ス》の|神《かみ》の|天降《あも》り|給《たま》ふと|聞《き》く|丘《をか》に
|真鶴《まなづる》の|声《こゑ》|高《たか》く|聞《きこ》ゆる
|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》を|畏《かしこ》みて
|此処《ここ》に|来《き》つるも|国土《くに》|造《つく》るとて
|常磐樹《ときはぎ》の|松《まつ》|苔《こけ》むして|天津空《あまつそら》
|閉《とざ》せる|森《もり》に|歓《よろこ》びあれかし』
かく|神々《かみがみ》は|述懐《じゆつくわい》を|歌《うた》ひ|給《たま》ひ、|時《とき》を|待《ま》たせる|折《をり》もあれ、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|玉野比女《たまのひめ》の|神《かみ》、|生代比女《いくよひめ》の|神《かみ》、|待合比古《まちあはせひこ》の|神《かみ》、|其《その》|他《た》|数多《あまた》の|神々《かみがみ》を|従《したが》へて、|悠々《いういう》と|丘《をか》を|下《くだ》り、|諸神《しよしん》に|敬意《けいい》を|表《へう》し|給《たま》ひ、|再《ふたた》び|丘《をか》の|上《うへ》に|一柱《ひとはしら》も|残《のこ》らず|導《みちび》き|給《たま》ひ、いよいよここに|国土生《くにう》みの|神業《みわざ》に、|諸神《しよしん》|力《ちから》を|合《あは》せて、|従事《じうじ》し|給《たま》ふ|事《こと》とはなりぬ。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(昭和八・一〇・三一 旧九・一三 於水明閣 林弥生謹録)
-----------------------------------
霊界物語 第七四巻 天祥地瑞 丑の巻
終り