霊界物語 第七三巻 天祥地瑞 子の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第七十三巻』天声社
1983(昭和58)年05月28日 七版発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2006年09月08日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序文《じよぶん》
|総説《そうせつ》
第一篇 |紫微天界《しびてんかい》
第一章 |天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》〔一八三二〕
第二章 |高天原《たかあまはら》〔一八三三〕
第三章 |天之高火男《あめのたかひを》の|神《かみ》〔一八三四〕
第四章 |◎《ス》の|神声《しんせい》〔一八三五〕
第五章 |言幸比古《ことさちひこ》の|神《かみ》〔一八三六〕
第六章 |言幸比女《ことさちひめ》の|神《かみ》〔一八三七〕
第七章 |太祓《おほはらひ》〔一八三八〕
第八章 |国生《くにう》み|神生《かみう》みの|段《だん》〔一八三九〕
第九章 |香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》〔一八四〇〕
第一〇章 |婚《とつ》ぎの|御歌《みうた》〔一八四一〕
第一一章 |紫微《しび》の|宮司《みやつかさ》〔一八四二〕
第一二章 |水火《すゐくわ》の|活動《くわつどう》〔一八四三〕
第一三章 |神《かみ》の|述懐歌《じゆつくわいか》(一)〔一八四四〕
第一四章 |神《かみ》の|述懐歌《じゆつくわいか》(二)〔一八四五〕
第二篇 |高照神風《たかてるしんぷう》
第一五章 |国生《くにう》みの|旅《たび》〔一八四六〕
第一六章 |八洲《やす》の|河《かは》〔一八四七〕
第一七章 |駒《こま》の|嘶《いなな》き〔一八四八〕
第一八章 |佐田《さだ》の|辻《つじ》〔一八四九〕
第一九章 |高日《たかひ》の|宮《みや》〔一八五〇〕
第二〇章 |廻《めぐ》り|逢《あ》ひ〔一八五一〕
第二一章 |禊《みそぎ》の|段《だん》〔一八五二〕
第二二章 |御子生《みこう》みの|段《だん》〔一八五三〕
第二三章 |中《なか》の|高滝《たかたき》〔一八五四〕
第二四章 |天国《てんごく》の|旅《たび》〔一八五五〕
第二五章 |言霊《ことたま》の|滝《たき》〔一八五六〕
第三篇 |東雲神国《しののめしんこく》
第二六章 |主神《スしん》の|降臨《かうりん》〔一八五七〕
第二七章 |神秘《しんぴ》の|扉《とびら》〔一八五八〕
第二八章 |心内大蛇《しんないをろち》〔一八五九〕
第二九章 |無花果《いちじゆく》〔一八六〇〕
第三〇章 |日向《ひむか》の|河波《かはなみ》〔一八六一〕
第三一章 |夕暮《ゆふぐれ》の|館《やかた》〔一八六二〕
第三二章 |玉泉《ぎよくせん》の|月《つき》〔一八六三〕
第三三章 |四馬《しば》の|遠乗《とほのり》〔一八六四〕
第三四章 |国魂《くにたま》の|発生《はつせい》〔一八六五〕
第三五章 |四鳥《してう》の|別《わか》れ〔一八六六〕
第三六章 |荒野《あらの》の|駿馬《はやこま》〔一八六七〕
第三七章 |玉手《たまで》の|清宮《きよみや》〔一八六八〕
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|序文《じよぶん》
|顧《かへり》みれば大正十年十月十八日(旧暦九月十八日)|天津神《あまつかみ》の|神示《しんじ》と|開祖神霊《かいそしんれい》の|請求《せいきう》により、|大本事件《おほもとじけん》の|真最中《まつさいちう》、|本宮山下《ほんぐうさんか》の|松雲閣《しよううんかく》に|於《おい》て『|霊界物語《れいかいものがたり》』と|命名《めいめい》し、|加藤《かとう》|明子《はるこ》、|桜井《さくらゐ》|重雄《しげを》、|外山《とやま》|豊二《とよじ》、|北村《きたむら》|隆光《たかてる》その|他《た》の|諸子《しよし》と|共《とも》に|口述《こうじゆつ》|編纂《へんさん》に|着手《ちやくしゆ》し、|中途《ちうと》エスペラント|研究《けんきう》に|関《かん》し、エス|和《わ》|辞典《じてん》を|著述《ちよじゆつ》し、|次《つ》いで大正十三年二月|入蒙《にふもう》の|壮挙《さうきよ》に|出《い》で、ふたたび十三年の|冬《ふゆ》より|口述《こうじゆつ》を|始《はじ》め、同十五年の五月二十二日、|加藤《かとう》|明子《はるこ》の|筆録《ひつろく》を|以《もつ》て七十二巻の|終《をは》りを|告《つ》げたるが、その|後《ご》|予定《よてい》の百二十巻を|口述《こうじゆつ》せむと|思《おも》ひつつ、|天恩郷《てんおんきやう》の|開設《かいせつ》|等《とう》にて|寸暇《すんか》なく、|今日《こんにち》に|及《およ》べり。|神務《しんむ》は|年《とし》を|逐《お》ひますます|繁忙《はんばう》となり、|口述《こうじゆつ》の|寸暇《すんか》を|見出《みいだ》す|能《あた》はざりしが、|非常時《ひじやうじ》|日本《にほん》の|状態《じやうたい》に|鑑《かんが》み、|一切《いつさい》の|雑事《ざつじ》を|放棄《はうき》し、いよいよ昭和八年十月四日(|旧暦《きうれき》八月十五日)の|仲秋《ちうしう》の|吉日《きつじつ》を|卜《ぼく》し、|庚《かのえ》の|巻《まき》|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》と|命名《めいめい》して|口述《こうじゆつ》する|事《こと》とはなりぬ。
|天気《てんき》|晴朗《せいらう》にして|風《かぜ》|清《きよ》く|日《ひ》は|麗《うらら》なり。|天恩郷内《てんおんきやうない》|玉泉苑《ぎよくせんゑん》の|中島《なかのしま》、|千歳庵《ちとせあん》に|於《おい》て、|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め、|神命《しんめい》の|加護《かご》のもとに|口述《こうじゆつ》|編纂《へんさん》の|長途《ちやうと》にのぼることとはなりぬ。|今回《こんくわい》は|東雲社長《しののめしやちやう》|加藤《かとう》|明子《はるこ》、|社長補《しやちやうほ》|森《もり》|良仁《よしちか》、|社員《しやゐん》|谷前《たにまへ》|清月《せいげつ》、|林《はやし》|閑月《かんげつ》、|白石《しらいし》|菫月《きんげつ》、|内崎《うちざき》|埼月《きげつ》をもつて|此《こ》の|大神業《おほみわざ》に|従事《じうじ》せむとし、|月宮殿《げつきうでん》、|大祥殿《たいしやうでん》、|高天閣《かうてんかく》|等《とう》の|各神殿《かくしんでん》に|祈願《きぐわん》を|凝《こ》らし|本著《ほんちよ》の|無事《ぶじ》|完成《くわんせい》せむ|事《こと》を|祈願《きぐわん》せり。
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
昭和八年十月四日 旧八月十五日
於天恩郷 千歳庵 口述者識
|総説《そうせつ》
|三千大千世界《さんぜんだいせんせかい》の|大宇宙《だいうちう》を|創造《さうざう》し|給《たま》ひし|大国常立《おほくにとこたち》の|大神《おほかみ》は、【ウ】|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》の|御水火《みいき》より|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》を|生《う》みたまひ、|宇宙《うちう》の|世界《せかい》を|教《をし》へ|導《みちび》き|給《たま》ひたるが、|数百億年《すうひやくおくねん》の|後《のち》に|至《いた》りて、|稚姫君命《わかひめぎみのみこと》の|霊性《れいせい》の|御霊代《みひしろ》として|尊《たふと》き|神人《しんじん》と|顕現《けんげん》し、|三千世界《さんぜんせかい》の|修理固成《しうりこせい》を|言依《ことよ》さし|給《たま》ひ、|又《また》【ア】の|言霊《ことたま》より|生《な》り|出《い》でし|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|御霊《みたま》も|神人《しんじん》と|現《あらは》れ、|共《とも》に|神業《みわざ》を|励《はげ》み|給《たま》ひける。|天《てん》の|時《とき》|茲《ここ》に|到《いた》りて|厳《いづ》の|御霊《みたま》|稚姫君命《わかひめぎみのみこと》は|再《ふたた》び|天津御国《あまつみくに》に|帰《かへ》り|給《たま》ひ、|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|神業《みわざ》|一切《いつさい》を|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|受《う》け|継《つ》がせ|給《たま》ひける。ここに|厳《いづ》の|御霊《みたま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|活動《はたらき》を|合《あは》して|伊都能売《いづのめ》の|御霊《みたま》と|現《あらは》れ、|万劫末代《まんごふまつだい》の|教《をしへ》を|固《かた》むる|神業《みわざ》に|奉仕《ほうし》せしめ|給《たま》ひたるなり。
|厳《いづ》の|御霊《みたま》は|荒魂《あらみたま》の|勇《ゆう》と|和魂《にぎみたま》の|親《しん》を|主《しゆ》とし、|奇魂《くしみたま》の|智《ち》と|幸魂《さちみたま》の|愛《あい》は|従《じう》となりて|活《はたら》き|給《たま》ひ、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|奇魂《くしみたま》の|智《ち》と|幸魂《さちみたま》の|愛《あい》|主《しゆ》となり、|荒魂《あらみたま》の|勇《ゆう》と|和魂《にぎみたま》の|親《しん》は|従《じう》となりて|世《よ》に|現《あらは》れ、|今《いま》や|破《やぶ》れむとする|天地《てんち》を|修理固成《しうりこせい》すべく|現《あらは》れ|出《い》でたるなり。|而《しか》して|厳《いづ》の|御霊《みたま》は|経《たて》の|神業《みわざ》なれば|言行《げんかう》|共《とも》に|一々万々《いちいちばんばん》|確固不易《かくこふえき》なるに|反《はん》し、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神業《みわざ》は|操縦与奪其権有我《さうじうよだつそのけんわれにあり》の|力徳《りきとく》を|以《もつ》て|神業《みわざ》に|奉仕《ほうし》し|給《たま》ふ|神定《かむさだ》めなり。|神諭《しんゆ》にも、|経《たて》の|御用《ごよう》はビクとも|動《うご》かれず|鵜《う》の|毛《け》の|露《つゆ》|程《ほど》も|変《かは》らぬが、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|緯《よこ》の|御用《ごよう》なれば|機《はた》の|緯糸《よこいと》のごとく、|右《みぎ》に|左《ひだり》に|千変万化《せんぺんばんくわ》の|活動《はたらき》あることを|示《しめ》されたり。しかるに|今《いま》や|伊都能売《いづのめ》の|御霊《みたま》と|顕現《けんげん》したれば、|経緯《たてよこ》|両《りやう》|方面《はうめん》を|合《あは》して|神代《かみよ》の|顕現《けんげん》に|従事《じうじ》し|給《たま》ふこととなりたれば、|益々《ますます》その|行動《かうどう》の|変幻出没《へんげんしゆつぼつ》|自由自在《じいうじざい》なるは|到底《たうてい》|凡夫《ぼんぷ》の|窺知《きち》し|得《う》べきものにあらず。|斯《か》くして|大宇宙《だいうちう》の|神界《しんかい》|治《をさ》まり、|三千世界《さんぜんせかい》の|更生《かうせい》となりて、|全地上《ぜんちじやう》の|更生《かうせい》の|神業《みわざ》は|成就《じやうじゆ》すべきなり。この|消息《せうそく》を|知《し》らずして|大神業《おほみわざ》に|奉仕《ほうし》せむとするものは、|恰《あたか》も|木《き》に|拠《よ》つて|魚《うを》を|求《もと》むる|如《ごと》く、|海底《かいてい》に|野菜《やさい》を|探《さぐ》り、|田園《でんゑん》に|蛤《はまぐり》を|漁《あさ》るが|如《ごと》し。
|神《かみ》は|至大無外《しだいむぐわい》|至小無内《しせうむない》|在所如無《あるところなきがごとく》|不在所如無底《あらざるところなきがごとしてい》のものなれば、|従来《じうらい》の|各種《かくしゆ》の|宗教《しうけう》や|賢哲《けんてつ》の|道徳率《だうとくりつ》を|標準《へうじゆん》としては、|伊都能売神《いづのめのかみ》の|御神業《みみわざ》は|知《し》り|得《う》べき|限《かぎ》りにあらず。|例《たと》へば|機《はた》を|織《お》るにしても|経糸《たていと》はビクとも|処《ところ》を|変《へん》ぜず|緊張《きんちやう》し|切《き》りて|棚《たな》にかかり、|緯糸《よこいと》は|管《くだ》に|巻《ま》かれ|杼《ひ》に|呑《の》まれて|小《ちひ》さき|穴《あな》より|一筋《ひとすぢ》の|糸《いと》を|吐《は》き|出《だ》し、|右《みぎ》に|左《ひだり》に|経糸《たていと》の|間《あひだ》を|潜《くぐ》り|立派《りつぱ》なる|綾《あや》の|機《はた》を|織上《おりあ》ぐる|如《ごと》きものなり。|機《はた》を|織《お》る|緯糸《よこいと》は|一度《いちど》|通《つう》ずれば|二度《にど》|三度《さんど》|筬《をさ》にて|厳《きび》しく|打《う》たれつつ、ここに|初《はじ》めて|機《はた》の|経綸《しぐみ》は|出来上《できあが》るものなり。
|綾機《あやはた》の|緯糸《よこいと》こそは|苦《くる》しけれ
|一《ひと》つ|通《とほ》せば|三度《みたび》|打《う》たれつ
|神界《しんかい》の|深遠《しんゑん》|微妙《びめう》なる|経綸《けいりん》については|千変万化《せんぺんばんくわ》|極《きは》まりなく、|善悪《ぜんあく》|相混《あひこん》じ|美醜《びしう》|互《たがひ》に|交《まじは》りて|完全《くわんぜん》なる|天地《てんち》は|造《つく》られつつあるなり。|伊都能売神《いづのめのかみ》の|神霊《しんれい》も|亦《また》その|如《ごと》く|三十三相《さんじふさんさう》は|言《い》ふも|更《さら》なり、|幾百千相《いくひやくせんさう》にも|限《かぎ》りなく|臨機応変《りんきおうへん》して|神業《みわざ》に|依《よ》さし|給《たま》へば、|凡人小智《ぼんじんせうち》の|窺知《きち》すべき|限《かぎ》りにあらざるを|知《し》るべし。
|且《か》つ|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|教《をしへ》は|神人《しんじん》|一般《いつぱん》に|対《たい》し、|仁義《じんぎ》|道徳《だうとく》を|教《をし》へ|夫婦《ふうふ》の|制度《せいど》を|固《かた》め、|仮《かり》にも|犯《をか》すべからざるの|神律《しんりつ》なり。|故《ゆゑ》に|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|大神《おほかみ》は|紫微天界《しびてんかい》の|初《はじ》めより|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》と|現《あ》れまして、|国生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|奉仕《ほうし》し|給《たま》ひ、|万代不動《ばんだいふどう》の|経綸《けいりん》を|行《おこな》ひ|給《たま》ひつつ|若返《わかがへ》り|若返《わかがへ》りつつ|末世《まつせ》に|至《いた》るまでも|活動《はたらき》|給《たま》ふなり。|其《その》|間《かん》|幾回《いくくわい》となく|肉体《にくたい》を|以《もつ》て|宇宙《うちう》の|天界《てんかい》に|出没《しゆつぼつ》し、|無始無終《むしむしう》に|其《そ》の|経綸《けいりん》を|続《つづ》かせ|給《たま》へば、|他《た》の|神々《かみがみ》は|決《けつ》して|其《そ》の|行為《かうゐ》に|習《なら》ふべからざるを|主《ス》の|神《かみ》より|厳定《げんてい》されつつ|今日《こんにち》に|至《いた》れるなり。
|神諭《しんゆ》に|経《たて》の|御用《ごよう》は|少《すこ》しも|動《うご》かされず|変《か》へられないが、|緯《よこ》の|御用《ごよう》は|人間《にんげん》の|知恵《ちゑ》や|学問《がくもん》にては|悟《さと》り|得《う》べきものにあらざれば、|神《かみ》に|仕《つか》ふる|信徒達《まめひとたち》は|其《そ》の|心《こころ》にて|奉仕《ほうし》せざれば|神界経綸《しんかいけいりん》の|邪魔《じやま》となると|示《しめ》されてあるのは、|此《この》|間《かん》の|消息《せうそく》を|伝《つた》へられたるものなり。
|故《ゆゑ》に|本書《ほんしよ》は|有徳《うとく》の|信者《しんじや》|又《また》は|上根《じやうこん》の|身魂《みたま》にして|神理《しんり》を|解《かい》し|得《う》る|底《てい》の|身魂《みたま》にあらざれば|授与《じゆよ》せざるものとす。この|物語《ものがたり》を|読《よ》みて|神理《しんり》を|覚悟《かくご》する|人士《じんし》は|従来《じうらい》の|心《こころ》の|持方《もちかた》を|一掃《いつさう》し、|三千世界《さんぜんせかい》|更生《かうせい》の|為《ため》に|其《そ》の|力《ちから》を|添《そ》へられむ|事《こと》を|希望《きばう》して|止《や》まざるなり。|賢哲《けんてつ》の|所謂《いはゆる》|中庸《ちうよう》、|中和《ちうわ》、|大中《たいちう》、|其《そ》の|中《ちう》は|神府《しんぷ》の|中《ちう》とは|大《おほい》に|異《かは》れり。|故《ゆゑ》に|現代人《げんだいじん》の|見《み》て|善《ぜん》と|為《な》す|事《こと》も、|神《かみ》の|眼《め》より|視《み》て|悪《あく》なる|事《こと》あり、|又《また》|現代人《げんだいじん》の|目《め》より|悪《あく》と|視《み》ることも|神界《しんかい》にては|善《ぜん》と|為《な》すことあり。|是《これ》を|善悪不二《ぜんあくふじ》の|真諦《しんたい》といふ、|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
いよいよ|本巻《ほんくわん》よりは、|我《わが》|古事記《こじき》に|現《あらは》れたる|天之御中主神《あめのみなかぬしのかみ》|以前《いぜん》の|天界《てんかい》の|有様《ありさま》を|略述《りやくじゆつ》し、|以《もつ》て|皇神国《すめらみくに》の|尊厳無比《そんげんむひ》なるを|知《し》らしめむとするものなり。
|本書《ほんしよ》は|富士文庫《ふじぶんこ》に|明記《めいき》されたる|天《あま》の|世《よ》を|初《はじ》めとし、|天之御中之世《あめのみなかのよ》、|地神五代《ちしんごだい》の|世《よ》より|今日《こんにち》に|至《いた》る|万世一系《ばんせいいつけい》の|国体《こくたい》と、|皇室《くわうしつ》の|神《かみ》より|出《い》でまして|尊厳無比《そんげんむひ》なる|理由《りゆう》を|闡明《せんめい》せむとするものにして、|先《ま》づ|天《あま》の|世《よ》より|言霊学《ことたまがく》の|応用《おうよう》により|著《あら》はせるものなれば、|決《けつ》して|根拠《こんきよ》なき|架空《かくう》の|説《せつ》にあらざるを|知《し》るべし。|富士文庫神皇記《ふじぶんこしんのうき》の|天《あま》の|世《よ》の|神《かみ》の|御名《みな》を|列記《れつき》すれば、
一 |天之峯火夫神《あまのみねひをのかみ》
二 |天之高火男神《あめのたかひをのかみ》
三 |天之高地火神《あめのたかちほのかみ》
四 |天之高木比古神《あめのたかぎひこのかみ》
五 |天之草男神《あめのくさをのかみ》
六 |天之高原男神《あめのたかはらをのかみ》
七 |天之御柱比古神《あめのみはしらひこのかみ》
|以上《いじやう》|七柱《ななはしら》の|天神七代《てんじんしちだい》を|天《あま》の|世《よ》と|称《しよう》し、|天之御中主神《あめのみなかぬしのかみ》より|以下《いか》|七代《しちだい》を|天之御中之世《あめのみなかのよ》と|称《とな》へ|奉《まつ》るなり。|茲《ここ》に|皇国《くわうこく》|固有《こいう》の|言霊学《げんれいがく》の|力《ちから》をかりて、|大虚空《だいこくう》に|於《お》ける|最初《さいしよ》の|神々《かみがみ》の|御活動《ごくわつどう》を|謹写《きんしや》せむとして|著《あら》はしたる|物語《ものがたり》なり。|又《また》|神生《かみう》み|国生《くにう》みの|物語《ものがたり》も、|最初《さいしよ》の|神々《かみがみ》は|幽《いう》の|幽《いう》に|坐《ま》しませば、|現代人《げんだいじん》の|如《ごと》く|肉体《にくたい》を|保《たも》ち|給《たま》はず|全《まつた》く|気体《きたい》に|坐《ま》しますが|故《ゆゑ》に、|現代人《げんだいじん》の|如《ごと》く|男女《だんぢよ》の|関係《くわんけい》は|無《な》く、|只《ただ》|言霊《ことたま》の|水火《いき》と|水火《いき》を|結《むす》び|合《あは》せて|国《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》み|給《たま》ひしを|知《し》るべし。|最初《さいしよ》の|神々《かみがみ》は|何《いづ》れも|幽体《いうたい》|隠神《いんしん》に|坐《ま》すが|故《ゆゑ》に、|男神《をがみ》は|比古《ひこ》を|附《ふ》し、|女神《めがみ》は|比女《ひめ》の|字《じ》を|藉《か》り|顕《あらは》しあれば、|後世《こうせい》に|於《お》ける|彦神《ひこがみ》|姫神《ひめがみ》とは|大《おほい》に|異《こと》なれるを|知《し》るべきなり。
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|神名《しんめい》は、ア|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》|南西《なんせい》に|活《はたら》き|給《たま》ひて|顕《あらは》れ|給《たま》ふ|神名《しんめい》にして、|国《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》まし|給《たま》ふと|雖《いへど》も、|国《くに》を|開拓《かいたく》し|玉《たま》ふ|神業《みわざ》を|国生《くにう》みと|言《い》ひ、|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|選《えら》ませ|又《また》は|生《うま》せ|給《たま》ふを|神生《かみう》みと|称《とな》へ|奉《まつ》るは、|皇典古事記《くわうてんこじき》の|御本文《ごほんぶん》に|徴《ちよう》するも|明白《めいはく》なり。|又《また》|八十比女神《やそひめがみ》の|国生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》も、|只《ただ》|単《たん》に|言霊《ことたま》の|水火《いき》の|組合《くみあは》せによりて、|言霊神《ことたまがみ》の|生《な》り|出《い》で|給《たま》ふ|根本《こんぽん》の|御神業《みみわざ》なるを|知《し》るべし。
(昭和八・一〇・四 旧八・一五 於高天閣 森良仁謹録)
第一篇 |紫微天界《しびてんかい》
第一章 |天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》〔一八三二〕
|天《てん》もなく|地《ち》もなく|宇宙《うちう》もなく、|大虚空中《だいこくうちう》に|一点《いつてん》の|ヽ《ほち》|忽然《こつぜん》と|顕《あらは》れ|給《たま》ふ。この|ヽ《ほち》たるや、すみきり|澄《す》みきらひつつ、|次第々々《しだいしだい》に|拡大《くわくだい》して、|一種《いつしゆ》の|円形《ゑんけい》をなし、|円形《ゑんけい》よりは|湯気《ゆげ》よりも|煙《けむり》よりも|霧《きり》よりも|微細《びさい》なる|神明《しんめい》の|気《き》|放射《はうしや》して、|円形《ゑんけい》の|圏《けん》を|描《ゑが》き|ヽ《ほち》を|包《つつ》み、|初《はじ》めて|◎《ス》の|言霊《ことたま》|生《うま》れ|出《い》でたり。|此《こ》の|◎《ス》の|言霊《ことたま》こそ|宇宙《うちう》|万有《ばんいう》の|大根元《だいこんげん》にして、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|根元太極元《こんげんたいきよくげん》となり、|皇神国《すめらみくに》の|大本《だいほん》となり|給《たま》ふ。|我《わが》|日《ひ》の|本《もと》は|此《こ》の|◎《ス》の|凝結《ぎようけつ》したる|万古不易《ばんこふえき》に|伝《つた》はりし|神霊《しんれい》の|妙機《めうき》として、|言霊《ことたま》の|助《たす》くる|国《くに》、|言霊《ことたま》の|天照《あまて》る|国《くに》、|言霊《ことたま》の|生《い》くる|国《くに》、|言霊《ことたま》の|幸《さち》はふ|国《くに》と|称《しよう》するも、|此《こ》の|◎《ス》の|言霊《ことたま》に|基《もとづ》くものと|知《し》るべし。
キリストの|聖書《せいしよ》にヨハネ|伝《でん》なるものあり。【ヨ】とはあらゆる|宇宙《うちう》の|大千世界《だいせんせかい》の|意《い》なり、【ハ】は|無限《むげん》に|発達開展《はつたつかいてん》、|拡張《くわくちやう》の|意《い》なり、【ネ】は|声音《せいおん》の|意《い》にして|宇宙《うちう》|大根本《だいこんぽん》の|意《い》なり。ヨハネ|伝《でん》|首章《しゆしやう》に|曰《いは》く、『|太初《はじめ》に|道《ことば》あり、|道《ことば》は|神《かみ》と|偕《とも》にあり、|道《ことば》は|即《すなは》ち|神《かみ》なり。|此《こ》の|道《ことば》は|太初《はじめ》に|神《かみ》と|偕《とも》に|在《あり》き。|万物《よろづのもの》これに|由《より》て|造《つく》らる、|造《つく》られたる|者《もの》に|一《ひとつ》として|之《これ》に|由《よ》らで|造《つく》られしは|無《なし》』と|明示《めいじ》しあるも、|宇宙《うちう》の|大根元《だいこんげん》を|創造《さうざう》したる|主《ス》の|神《かみ》の|神徳《みとく》を|称《たた》へたる|言葉《ことば》なり。
|清朗無比《せいらうむひ》にして、|澄切《すみき》り|澄《すみ》きらひスースースースーと|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|限《かぎ》りなく、|極《きは》みなく|伸《の》び|拡《ひろ》ごり|膨《ふく》れ|上《あが》り、|遂《つひ》に|◎《ス》は|極度《きよくど》に|達《たつ》してウの|言霊《ことたま》を|発生《はつせい》せり。ウは|万有《ばんいう》の|体《たい》を|生《う》み|出《だ》す|根元《こんげん》にして、ウの|活動《くわつどう》|極《きは》まりて|又《また》|上《うへ》へ|上《うへ》へと|昇《のぼ》りアの|言霊《ことたま》を|生《う》めり。|又《また》ウは|降《くだ》つては|遂《つひ》にオの|言霊《ことたま》を|生《う》む。
|◎《ス》の|活動《くわつどう》を|称《しよう》して|主《ス》の|大神《おほかみ》と|称《しよう》し、|又《また》|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》、|又《また》の|御名《みな》を|大国常立神言《おほくにとこたちのみこと》と|奉称《ほうしよう》す。|大虚空中《だいこくうちう》に、|葦芽《あしがひ》の|如《ごと》く|一点《いつてん》の|ヽ《ほち》|発生《はつせい》し、|次第々々《しだいしだい》に|膨《ふく》れ|上《あが》り、|鳴《な》り|鳴《な》りて|遂《つひ》に|神明《しんめい》の|形《かたち》を|現《げん》じたまふ。|◎神《スしん》の|神霊《しんれい》は|◎《ス》の|活動力《くわつどうりよく》によりて、|上下左右《じやうげさいう》に|拡《ひろ》ごり、|◎《ス》|極《きは》まりてウの|活用《くわつよう》を|現《げん》じたり。ウの|活用《くわつよう》より|生《あ》れませる|神名《しんめい》を|宇迦須美《うがすみ》の|神《かみ》と|言《い》ふ、|宇迦須美《うがすみ》は|上《うへ》にのぼり|下《した》に|下《くだ》り、|神霊《みたま》の|活用《くわつよう》を|両分《りやうぶん》して|物質《ぶつしつ》の|大元素《だいげんそ》を|発生《はつせい》し|給《たま》ひ、|上《うへ》にのぼりては|霊魂《れいこん》の|完成《くわんせい》に|資《し》し|給《たま》ふ。|今日《こんにち》の|天地《てんち》の|発生《はつせい》したるも、|宇迦須美《うがすみ》の|神《かみ》の|功《いさを》なり。ウーウーウーと|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴極《なりきは》まる|処《ところ》に|神霊《しんれい》の|元子《げんし》|生《うま》れ|物質《ぶつしつ》の|原質《げんしつ》|生《う》まる。|故《ゆゑ》に|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》と|宇迦須美《うがすみ》の|神《かみ》の|妙《めう》の|動《うご》きによりて、|天津日鉾《あまつひほこ》の|神《かみ》|大虚空中《だいこくうちう》に|出現《しゆつげん》し|給《たま》ひ、|言霊《ことたま》の|原動力《げんどうりよく》となり|七十五声《しちじふごせい》の|神《かみ》を|生《う》ませ|給《たま》ひ、|至大天球《しだいてんきう》を|創造《さうざう》し|給《たま》ひたるこそ、|実《げ》に|畏《かしこ》き|極《きは》みなりし。|再拝《さいはい》。
(昭和八・一〇・四 旧八・一五 於天恩郷千歳庵 加藤明子謹録)
第二章 |高天原《たかあまはら》〔一八三三〕
ここに|宇迦須美《うがすみ》の|神《かみ》は|◎《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》もちて、|大虚空中《だいこくうちう》に|活動《くわつどう》し|給《たま》ひ、|遂《つひ》にオの|言霊《ことたま》を|神格化《しんかくくわ》して|大津瑞穂《おほつみづほ》の|神《かみ》を|生《う》み|給《たま》ひ、|高《たか》く|昇《のぼ》りて|天津瑞穂《あまつみづほ》の|神《かみ》を|生《う》ませ|給《たま》ひぬ。|大津瑞穂《おほつみづほ》の|神《かみ》は、|天津瑞穂《あまつみづほ》の|神《かみ》に|御逢《みあ》ひてタの|言霊《ことたま》、|高鉾《たかほこ》の|神《かみ》、カの|言霊《ことたま》、|神鉾《かむほこ》の|神《かみ》を|生《う》ませ|給《たま》ひぬ。|高鉾《たかほこ》の|神《かみ》は|太虚中《たいきよちう》に|活動《くわつどう》を|始《はじ》め|給《たま》ひ、|東《ひがし》に|西《にし》に|南《みなみ》に|北《きた》に、|乾坤巽艮《けんこんそんごん》|上下《じやうげ》の|区別《くべつ》なくターターターター、タラリタラリ、トータラリ、タラリヤリリ、トータラリとかけ|廻《めぐ》り、|神鉾《かむほこ》の|神《かみ》は、|比古神《ひこがみ》と|共《とも》にカーカーカーカーと|言霊《ことたま》の|光《ひかり》かがやき|給《たま》ひ、|茲《ここ》にいよいよタカの|言霊《ことたま》の|活動《くわつどう》|始《はじ》まり、|高鉾《たかほこ》の|神《かみ》は|左旋《させん》|運動《うんどう》を|開始《かいし》し、|神鉾《かむほこ》の|神《かみ》は|右旋《うせん》|運動《うんどう》を|開始《かいし》して|円満清朗《ゑんまんせいらう》なる|宇宙《うちう》を|構造《こうざう》し|給《たま》へり。|茲《ここ》に|於《おい》て|両神《りやうしん》の|活動《はたらき》は|無限大《むげんだい》の|円形《ゑんけい》を|造《つく》り|給《たま》へり。この|円形《ゑんけい》の|活動《くわつどう》を【マ】の|言霊《げんれい》と|言《い》ふ、|天津真言《あまつまこと》の|大根元《だいこんげん》はこのマの|言霊《ことたま》より|始《はじ》まれり。
|高鉾《たかほこ》の|神《かみ》、|神鉾《かむほこ》の|神《かみ》、|宇宙《うちう》に|現《あらは》れ|給《たま》ひし|形《かたち》をタカアと|言《い》ひ、|円満《ゑんまん》に|宇宙《うちう》を|形成《けいせい》し|給《たま》ひし|活動《くわつどう》をマと|言《い》ひ、このタカアマの|言霊《げんれい》、|際限《さいげん》なく|虚空《こくう》に|拡《ひろ》がりて|果《は》てなし、この|言霊《げんれい》をハと|言《い》ひ|速言男《はやことのを》の|神《かみ》と|言《い》ふ。|両神《りやうしん》は|速言男《はやことのを》の|神《かみ》に|言依《ことよ》さし|給《たま》ひて、|大宇宙《だいうちう》|完成《くわんせい》の|神業《みわざ》を|命《めい》じ|給《たま》ふ。|速言男《はやことのを》の|神《かみ》は|右《みぎ》に|左《ひだり》に|廻《めぐ》り|廻《めぐ》り|鳴《な》り|鳴《な》りて|螺線形《らせんけい》をなし、ラの|言霊《ことたま》を|生《う》み|給《たま》ふ。この|状態《じやうたい》を|称《しよう》してタカアマハラと|言《い》ふなり。|高天原《たかあまはら》の|六言霊《ろくげんれい》の|活動《はたらき》によりて|無限《むげん》|絶対《ぜつたい》の|大宇宙《だいうちう》は|形成《けいせい》され、|億兆無数《おくてうむすう》の|小宇宙《せううちう》は|次《つい》で|形成《けいせい》さるるに|至《いた》れり。|清軽《せいけい》なるもの、|霊子《れいし》の|根元《こんげん》をなし、|重濁《ぢうだく》なるものは|物質《ぶつしつ》の|根元《こんげん》をなし、|茲《ここ》にいよいよ|天地《てんち》の|基礎《きそ》は|成《な》るに|至《いた》れり。
|未《いま》だ|速言男《はやことのを》の|神《かみ》|以前《いぜん》の|世《よ》は|宇宙《うちう》なるもの|無《な》く、|日月星辰《じつげつせいしん》の|如《ごと》き|霊的《れいてき》|物質《ぶつしつ》|形《かたち》をとめず、|虚空《こくう》はただ|霊界《れいかい》のみ|創造《さうざう》され、|物質的《ぶつしつてき》|分子《ぶんし》は|微塵《みぢん》だもなかりけるが、この|六言霊《ろくげんれい》の|活用《くわつよう》によりて、|天界《てんかい》の|物質《ぶつしつ》は|作《つく》られたるなり。これより|天地剖判《てんちぼうはん》に|至《いた》るまで|数十代《すうじふだい》の|神《かみ》あり、|之《これ》を|天《あま》の|世《よ》と|称《しよう》し|奉《まつ》る。
|天《あま》の|世《よ》は|霊界《れいかい》のみにして|現界《げんかい》は|形《かたち》だにもなく、|実《じつ》に|寂然《じやくねん》たる|時代《じだい》なりき。この|高天原《たかあまはら》|六言霊《ろくげんれい》の|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》り|止《や》まざる|活用《くわつよう》によりて、|大虚空《だいこくう》に|紫微圏《しびけん》なるものあらはれ、|次第々々《しだいしだい》に|水火《すゐくわ》を|発生《はつせい》して|虚空《こくう》に|光《ひかり》を|放《はな》ち、|其《その》|光《ひかり》|一所《ひとところ》に|凝結《ぎようけつ》して|無数《むすう》の|霊線《れいせん》を|発射《はつしや》し、|大虚空《だいこくう》をして|紫色《ししよく》に|輝《かがや》く|紫微圏層《しびけんそう》の|世《よ》を|創造《さうざう》し|給《たま》ひぬ。|紫微圏層《しびけんそう》についで|蒼明圏層《さうめいけんそう》|現《あらは》れ、|次《つぎ》に|照明圏層《せうめいけんそう》、|次《つぎ》に|水明圏層《すゐめいけんそう》|現《あらは》れ、|最後《さいご》に|成生圏層《せいせいけんそう》といふ|大虚空《だいこくう》に|断層《だんそう》|発生《はつせい》したり。この|高《たか》さ|広《ひろ》さ|到底《たうてい》|算《かぞ》ふべき|限《かぎ》りにあらず、|無限絶対《むげんぜつたい》|無始無終《むしむしう》と|称《しよう》するより|語《かた》るべき|言葉《ことば》なし。|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(昭和八・一〇・四 旧八・一五 於天恩郷千歳庵 加藤明子謹録)
第三章 |天之高火男《あめのたかひを》の|神《かみ》〔一八三四〕
|主《ス》の|神《かみ》は|高鉾《たかほこ》の|神《かみ》、|神鉾《かむほこ》の|神《かみ》に|言依《ことよ》さし|給《たま》ひて|高天原《たかあまはら》を|造《つく》らせ|給《たま》ひ、|南《みなみ》に|廻《めぐ》りて|中央《ちうあう》に|集《あつま》る|言霊《ことたま》を|生《う》み、|北《きた》に|廻《めぐ》りては|外《そと》を|統《す》べる|言霊《ことたま》を|生《う》み、|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|東北《とうほく》より|廻《めぐ》り|給《たま》ひて|声音《せいおん》の|精《せい》を|発揮《はつき》し|万有《ばんいう》の|極元《きよくげん》となり、|一切《いつさい》の|生《な》らざる|処《ところ》なき|力《ちから》を|生《う》み|給《たま》ふ。|此《こ》の|言霊《ことたま》は|自由自在《じいうじざい》に|至大天球《しだいてんきう》の|内外《ないぐわい》|悉《ことごと》くを|守《まも》り|涵《ひた》し|給《たま》ひ、|宇宙《うちう》の|水火《いき》と|現《あらは》れ|柱《はしら》となり、|八方《はつぱう》に|伸《の》び|極《きは》まり|滞《とどこほ》りなし。|八紘《はつかう》を|統《す》べ|六合《りくがふ》を|開《ひら》き|本末《ほんまつ》を|貫《つらぬ》き|無限《むげん》に|澄《す》みきり|澄《す》み|徹《とほ》り、|吹《ふ》く|水火《いき》|吸《す》ふ|水火《いき》の|活用《くわつよう》によりて|八極《はつきよく》を|統《す》べ|給《たま》ふ。|此《こ》の|神力《しんりき》を|継承《けいしよう》して、|以後《いご》の|諸神《しよしん》は|高天原《たかあまはら》の|中心《ちうしん》に|収《をさ》まり|紫微宮圏層《しびきうけんそう》に|居《きよ》を|定《さだ》め、|一種《いつしゆ》の|水気《すゐき》を|発射《はつしや》し|給《たま》ひて|雲霧《うんむ》を|造《つく》り、|又《また》|火《ひ》の|元子《げんし》を|生《う》み|給《たま》ひ、|紫微圏層《しびけんそう》をして|益々《ますます》|清《きよ》く|美《うるは》しく|澄《す》み|徹《とほ》らしめ|給《たま》ひ、|狭依男《さよりを》の|神《かみ》を|生《う》み|給《たま》ひて|紫微《しび》の|霊国《れいごく》を|無限《むげん》に|無極《むきよく》に|開《ひら》かせ|給《たま》ひ、|茲《ここ》に|清麗無比《せいれいむひ》の|神居《しんきよ》を|開《ひら》き|給《たま》ひぬ。|狭依男《さよりを》の|神《かみ》の|又《また》の|御名《みな》を|天之高火男《あめのたかひを》の|神《かみ》と|言《い》ふ。|何《いづ》れもタカアマハラの|言霊《ことたま》より|生《な》りませる|大神《おほかみ》にして|神威赫々《しんゐかくかく》|八紘《はつかう》に|輝《かがや》き|給《たま》ふ。
|天之高火男《あめのたかひを》の|神《かみ》は|天之高地火《あめのたかちほ》の|神《かみ》と|共《とも》に、|力《ちから》を|合《あは》せ|心《こころ》を|一《いつ》にして|天《あま》の|世《よ》を|修理固成《しうりこせい》し|給《たま》ひ、|蒼明圏層《さうめいけんそう》に|折々《をりをり》|下《くだ》りて、|天津神《あまつかみ》の|住所《すみか》を|開《ひら》かむと|茲《ここ》に|諸々《もろもろ》の|星界《せいかい》を|生《う》み|出《い》で|給《たま》ひて、|昼夜《ちうや》|間断《かんだん》なく|立活《たちはたら》き|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》り|止《や》まず|坐《ま》しぬ。|天之高火男《あめのたかひを》の|神《かみ》、|天之高地火《あめのたかちほ》の|神《かみ》の|二神《にしん》はタカの|言霊《ことたま》より|天界《てんかい》の|諸神《しよしん》を|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひ、|荘厳無比《さうごんむひ》なる|紫微宮《しびきう》を|造《つく》りて|主神《スしん》の|神霊《しんれい》を|祀《まつ》り、|昼夜《ちうや》|敬拝《けいはい》して|永遠《えいゑん》に|鎮《しづ》まり|給《たま》ふ。|紫微圏界《しびけんかい》に|坐《まし》ます|万星界《よろづせいかい》の|神々《かみがみ》は、|其《その》|数《すう》|日《ひ》に|月《つき》に|増《ま》し|行《ゆ》きて|数百億《すうひやくおく》の|神人《しんじん》を|現《あらは》し、|此《こ》の|圏層《けんそう》の|霊界《れいかい》|建設《けんせつ》に|奉仕《ほうし》し|給《たま》ふ。
これより|数百億万年《すうひやくおくまんねん》を|経《へ》て|今日《こんにち》に|至《いた》りたるを|思《おも》へば、|宇宙《うちう》|創造《さうざう》の|年代《ねんだい》の|遠《とほ》き|実《じつ》に|呆然《ばうぜん》たらざるを|得《え》ざる|次第《しだい》なり。|紫微圏層《しびけんそう》の|霊界《れいかい》を|称《しよう》して|天極紫微宮界《てんきよくしびきうかい》といひ、|寸時《すんじ》も|間断《かんだん》なくタカタカの|言霊《ことたま》|輝《かがや》き、|東《ひがし》は|西《にし》に、|西《にし》は|東《ひがし》に、|南《みなみ》は|北《きた》に、|北《きた》は|南《みなみ》に、|上《うへ》は|下《した》に、|下《した》は|上《うへ》に|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》り|止《や》まざる|言霊《ことたま》の|元子《げんし》は、|終《つひ》に|七十五声《しちじふごせい》の|神々《かみがみ》を|生《う》み|給《たま》ふに|至《いた》れり。|主《ス》の|神《かみ》は|一点《いつてん》の|ヽ《ほち》より|現《あらは》れ|給《たま》ひて、|終《つひ》に|大虚空《だいこくう》に|紫微圏層《しびけんそう》を|完成《くわんせい》し、|次第《しだい》に|五種《ごしゆ》の|圏層《けんそう》を|生《う》み|給《たま》ひて|霊国《れいごく》を|開《ひら》き、|諸神《しよしん》の|安住地《あんぢうち》と|成《な》し|給《たま》ひしぞ|畏《かしこ》けれ。|嗚呼《ああ》|言霊《ことたま》の|玄妙不可思議力《げんめうふかしぎりよく》よ。
(昭和八・一〇・四 旧八・一五 於天恩郷千歳庵 森良仁謹録)
第四章 |◎《ス》の|神声《しんせい》〔一八三五〕
|此《こ》の|至大天球《しだいてんきう》の|未《いま》だ|成立《せいりつ》せざる|◎《ス》の|神《かみ》|時代《じだい》の|天《あま》の|世《よ》は、|唯《ただ》|至大浩々而氤〓《ヒロキヒロクテスズロ》ぎたる|極微點《コゴコ》の|神霊《しんれい》|分子《ぶんし》が|撒霧《サギリ》に|撒散而《サギリ》、|至大浩々霊々湛々《カガダタ》たる|極微點分子《コゴコ》が|玄々漠々妙々《ククズ》たり。|漂々點々烈々《ケケデ》|兮《タリ》、|恒々極々鋳々《キギヂ》|兮《タリ》、|平々運々洞々《タラナ》|兮《タリ》、|几々白々渺々《トロノ》|兮《タリ》、|剛々神々寂々《ツルヌ》|兮《タリ》、|照々電々精々《テレネ》|兮《タリ》、|満々既々着々《チリニ》|兮《タリ》、|汎々膨々凝々《ハサザ》|兮《タリ》、|登々軟々挿々《ホソゾ》|兮《タリ》、|進々酸々黒々《フスズ》|兮《タリ》、|降々責々臨々《ヘセゼ》|兮《タリ》、|赤々炭々止々《ヒシジ》|兮《タリ》|焉《と》して|万性《ばんせい》を|含有《がんいう》し|極乎《きよくこ》として|純々《じゆんじゆん》たり。|神代神楽《じんだいかぐら》|翁三番叟《おきなさんばそう》の|謡《うたひ》に、
『タータータラーリ、タラリーラー、タラリ、アガリ、ララーリトー、チリーヤ、タラリ、ララリトー』
と|言《い》ふは、|此《こ》の|神秘《しんぴ》の|転化《てんくわ》したる|語《ご》にして、|天《あま》の|世《よ》|開設《かいせつ》の|形容《けいよう》を|顕示《けんじ》したるなり。|故《ゆゑ》に|此《こ》の|霊声《れいせい》を|総《すべ》て|一言《いちげん》に|◎《ス》と|謂《い》ふ。|此《こ》の|◎声《スこゑ》の|神霊《ことたま》を|明細《めいさい》に|説《と》き|明《あ》かす|時《とき》は、|世界《せかい》|一切《いつさい》の|太極本元《たいきよくほんげん》の|真体《しんたい》|及《およ》び|其《そ》の|成立《せいりつ》の|秩序《ちつじよ》も、|億兆万々劫々年度《おくてうまんまんごふごふねんど》|劫大約恒々《オホツナ》|兮《タル》|大造化《だいざうくわ》の|真象《しんしやう》も、|逐一《ちくいち》|明《あきら》かに|資《はか》り|得《え》らるるなり。
|蓋《けだ》し|◎《ス》の|言《げん》たるや|◎《ス》にして|◎《ス》なるが|故《ゆゑ》に、|既《すで》に|七十五声《しちじふごせい》の|精霊《せいれい》を|完備《くわんび》して、|純乎《じゆんこ》として|各自《かくじ》|皆《みな》その|真位《みくらゐ》を|保《たも》ちつつあり。|然《しか》して|其《そ》の|真位《みくらゐ》と|謂《い》ふは、|皆《みな》|両々《りやうりやう》|相向《あひむか》ひて|遠近《ゑんきん》|皆《みな》|悉《ことごと》く|返対力《へんたいりよく》が|純一《じゆんいち》に|密合《みつがふ》の|色《いろ》を|保《たも》ちて|実相《じつさう》しつつ、|至大極乎《しだいきよくこ》として|恒々《かうかう》|兮《たり》、|活気臨々《くわつきりんりん》として|点々《てんてん》たり、|所謂《いはゆる》|至大氤〓《しだいいんうん》の|気《き》が|声《こゑ》と|鳴《な》り|起《たた》むと|欲《ほつ》して、|湛々《たんたん》の|中《なか》に|神機《しんき》を|含蔵《がんざう》するの|時《とき》なり。|故《ゆゑ》に|世《よ》に|人《ひと》たる|者《もの》は|先《ま》づ|第一《だいいち》に|此《こ》の|◎《ス》の|謂《いは》れを|明《あきら》かに|知《し》るべきものとす。|何故《なぜ》なれば|◎《ス》は|皇《スベラギ》の|極元《きよくげん》なればなり。
(昭和八・一〇・五 旧八・一六 於天恩郷千歳庵 加藤明子謹録)
第五章 |言幸比古《ことさちひこ》の|神《かみ》〔一八三六〕
|速言男《はやことのを》の|神《かみ》は|紫微宮圏《しびきうけん》の|世界《せかい》の|万神《ばんしん》を|指揮《しき》し|修理固成《しうりこせい》し、|永遠無窮《えいゑんむきう》に|天《あま》の|世界《せかい》の|経綸《けいりん》に|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》し|給《たま》ひ、|茲《ここ》に|造化三神《ざうくわさんしん》を|初《はじ》め|四柱《よはしら》の|神《かみ》の|宮殿《きうでん》を|造《つく》りて、|至忠《しちう》|至孝《しかう》の|大道《だいだう》を|顕彰《けんしやう》し|給《たま》へり。|天《あま》の|世界《せかい》の|造化三神《ざうくわさんしん》とは、|天極紫微宮《てんきよくしびきう》に|坐《ま》す|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》、|宇迦須美《うがすみ》の|神《かみ》、|天津日鉾《あまつひほこ》の|神《かみ》に|坐《まし》まし、|左守《さもり》と|仕《つか》へ|給《たま》ふは|大津瑞穂《おほつみづほ》の|神《かみ》、|天津瑞穂《あまつみづほ》の|神《かみ》の|二神《にしん》なり。|又《また》|右守《うもり》の|神《かみ》と|仕《つか》へ|給《たま》ふは|高鉾《たかほこ》の|神《かみ》、|神鉾《かむほこ》の|神《かみ》なり。|速言男《はやことのを》の|神《かみ》は|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|即《すなは》ち|霊力体《れいりよくたい》の|三大元《さんだいげん》を|以《もつ》て|大宮《おほみや》に|要《えう》する|霊《たま》の|御柱《みはしら》を|造《つく》り|給《たま》ひ、|此《こ》の|柱《はしら》を|四方《しはう》に|建《た》て|並《なら》べて|霊《たま》の|屋根《やね》を|以《もつ》て|空《そら》を|覆《おほ》ひ、|光輝燦然《くわうきさんぜん》たる|紫微《しび》の|大宮《おほみや》を|造営《ざうえい》し|給《たま》ひぬ。|抑《そもそ》も|此《こ》の|宮《みや》は|天極紫微宮《てんきよくしびきう》と|称《とな》へ|奉《まつ》り、|造化三神《ざうくわさんしん》を|初《はじ》め|左守《さもり》|右守《うもり》の|四柱神《よはしらがみ》を|永遠《えいゑん》に|祭祀《さいし》し|給《たま》はむが|為《た》めなり。
|此《こ》の|時《とき》|霊力体《れいりよくたい》の|三元《さんげん》スの|言霊《ことたま》の|玄機妙用《げんきめうよう》によりて、|紫微宮《しびきう》の|世界《せかい》に|大太陽《だいたいやう》を|顕現《けんげん》し|給《たま》ひ、|大虚空中《だいこくうちう》に|最初《さいしよ》の|宇宙《うちう》を|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひたるなり。|紫微宮天界《しびきうてんかい》の|諸神《しよしん》は|幾億万里《いくおくまんり》の|果《はて》よりも|集《あつま》り|来《きた》りて、|大宮《おほみや》|造営《ざうえい》|完成《くわんせい》の|祝歌《しゆくか》を|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。|速言男《はやことのを》の|神《かみ》は|紫微台上《しびだいじやう》に|昇《のぼ》りて|声《こゑ》も|厳《おごそ》かに、
『|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》』
と|繰返《くりかへ》し|繰返《くりかへ》し|謡《うた》ひ|給《たま》へば、|百雷《ひやくらい》の|一時《いちじ》に|轟《とどろ》く|如《ごと》き|大音響《だいおんきやう》|四方《しはう》に|起《おこ》りて、|紫微宮天界《しびきうてんかい》は|為《ため》に|震動《しんどう》し、|紫《むらさき》の|光《ひかり》は|四辺《あたり》を|包《つつ》み、|太陽《たいやう》の|光《ひかり》は|次第々々《しだいしだい》に|光彩《くわうさい》を|増《ま》し、|現今《げんこん》の|我《わが》|宇宙界《うちうかい》にある|太陽《たいやう》の|光《ひかり》に|増《ま》すこと|約七倍《やくしちばい》の|強《つよ》さとなれり。|速言男《はやことのを》の|神《かみ》は|以上《いじやう》の|天《あま》の|数歌《かずうた》を|唱《とな》へ|終《をは》りて|紫微台《しびだい》の|高御座《たかみくら》に|端坐《たんざ》し、|両眼《りやうがん》を|閉《と》ぢて|天界《てんかい》の|完成《くわんせい》を|祈《いの》り|給《たま》ふ。
|茲《ここ》に|速言男《はやことのを》の|神《かみ》の|左守神《さもりがみ》として|仕《つか》へ|給《たま》ふ|言幸比古《ことさちひこ》の|神《かみ》は、|言霊《ことたま》の|発動《はつどう》に|生《な》れる|紫微宮《しびきう》の|荘厳《さうごん》を|祝《しゆく》して、
『ア オ ウ エ イ
カ コ ク ケ キ
サ ソ ス セ シ
タ ト ツ テ チ
ナ ノ ヌ ネ ニ
ハ ホ フ ヘ ヒ
マ モ ム メ ミ
ヤ ヨ ユ エ イ
ラ ロ ル レ リ
ワ ヲ ウ ヱ ヰ
ガ ゴ グ ゲ ギ
ザ ゾ ズ ゼ ジ
ダ ド ヅ デ ヂ
バ ボ ブ ベ ビ
パ ポ プ ペ ピ』
と|神声《みこゑ》|朗《ほが》らかに|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》へば、|天界《てんかい》は|益々《ますます》|清《きよ》く|明《あきら》けく|澄切《すみき》り|澄渡《すみわた》りつつウアの|神霊元子《コヱノコ》|大活躍《だいくわつやく》を|始《はじ》め、|一瞬《いつしゆん》にして|千万里《せんまんり》を|照走《せうそう》する|態《さま》|電気《でんき》よりも|速《すみや》かなりき。|茲《ここ》に|右守《うもり》の|神《かみ》|言幸比女《ことさちひめ》の|神《かみ》は|左守《さもり》の|神《かみ》の|後《あと》をうけ|給《たま》ひて、
『アカサタナハマヤラワガザダバパ
イキシチニヒミイリヰギジヂビピ
ウクスツヌフムユルウグズヅブプ
エケセテネヘメエレヱゲゼデベペ
オコソトノホモヨロヲゴゾドボポ』
と|七十五声《しちじふごせい》の|真言《まこと》を|横《よこ》に|謳《うた》ひ|給《たま》へば、|八百万《やほよろづ》の|神々《かみがみ》は|之《これ》に|和《わ》して|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|言霊《ことたま》を|奏上《そうじやう》し、タカタカと|拍手《はくしゆ》をなして|喜《よろこ》び|歓《ゑら》ぎ|給《たま》ひける。|此《こ》の|宮《みや》の|祭《まつ》りに|仕《つか》へ|給《たま》へる|日高見《ひたかみ》の|神《かみ》は、|声《こゑ》|厳《おごそ》かに|祝《しゆく》し|給《たま》はく、
『|久方《ひさかた》の|天《あめ》に|生《な》る|生《な》る|主《ス》の|神霊《みたま》
|澄《す》みきり|澄《す》みきり|澄《す》み|徹《とほ》らひつ
アとウの|水火《いき》を|合《あは》せ|給《たま》ひて
|紫微《しび》の|天界《てんかい》を|創《はじ》め|給《たま》ふ
|其《そ》の|功績《いさをし》を|喜《よろこ》び|勇《いさ》み
|主《ス》の|神《かみ》の|神霊《みたま》に|生《な》りし
|八百万《やほよろづ》|千万《ちよろづ》の|神《かみ》は
|此《これ》の|斎場《ゆには》に|集《つど》ひ|奉《まつ》り
|神祝言《かむほぎごと》|宣《の》り|奉《まつ》る
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|布留辺由良《ふるべゆら》|布留辺由良由良《ふるべゆらゆら》
|生言霊《いくことたま》の|大幣《おほぬさ》を|振《ふ》り|翳《かざ》し
|天津真言《あまつまこと》の|劔《つるぎ》を|御前《みまへ》に|翳《かざ》し
|大太陽《あまつひ》を|生《う》みませる
|主《ス》の|大御神《おほみかみ》|又《また》の|御名《みな》は
|大国常立神言《おほくにとこたちのみこと》の
|甚《いみ》じき|功績《いさをし》に|報《むく》い|奉《まつ》るとして
|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》の|清庭《すがには》に
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|奉《まつ》る
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神御霊《かむみたま》
|高天原《たかあまはら》に|満《み》ち|足《た》らひ
|幾億万劫《かきはときは》の|末《すゑ》までも
|鳴《な》り|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》りあまり
|生《い》き|生《い》き|生《い》きて|生《い》き|栄《さか》え
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ|真心《まごころ》の
|真言《まこと》の|鏡《かがみ》|曇《くも》りなく
|真言《まこと》の|剣《つるぎ》|研《と》ぎ|澄《す》まし
|弥栄《いやさか》えます|八尺瓊《やさかに》の
|生言霊《いくことたま》の|璽《たま》の|水火《いき》
|尽《つ》くる|事《こと》なく|絶《た》ゆるなく
|永久《とこしへ》の|世《よ》の|果《はて》までも
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神力《しんりき》を
|開《ひら》かせ|照《てら》させ|給《たま》へかし
|宮司《みやつかさ》|日高見《ひたかみ》の|神《かみ》が
|誠《まこと》をこめて|祝《ほ》ぎ|奉《まつ》る|祝《ほ》ぎ|奉《まつ》る』
(昭和八・一〇・六 旧八・一七 於天恩郷千歳庵 森良仁謹録)
第六章 |言幸比女《ことさちひめ》の|神《かみ》〔一八三七〕
|言霊《ことたま》の|天照《あまて》り|幸《さち》はひ|生《い》くるてふ、|貴《うづ》の|御名《みな》をおはせたる|言幸比女《ことさちひめ》の|神《かみ》は、|音吐朗々《おんどらうらう》として|言霊《ことたま》の|幸《さち》を|歌《うた》ひたまひぬ。
『|大虚空《だいこくう》|一点《いつてん》の|ヽ《ほち》あらはれて
スの|言霊《ことたま》は|生《うま》れ|出《い》でたり
|澄《す》みきりしスの|言霊《ことたま》は|生《お》ひ|立《た》ちて
|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》とならせり
|峯火夫《みねひを》の|神《かみ》の|功《いさを》のなかりせば
|紫微天界《しびてんかい》は|生《うま》れざるべし
|久方《ひさかた》の|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》は|天界《てんかい》の
|万有諸神《ばんいうしよしん》が|主神《スしん》に|坐《ま》します
|主《ス》の|神《かみ》の|力《ちから》によりて|宇迦須美《うがすみ》の
|神《かみ》の|御霊《みたま》は|生《うま》れましけり
ウの|神《かみ》の|功《いさを》は|下《くだ》りて|大津瑞穂《おほつみづほ》
|神《かみ》と|生《あ》れます|言霊《ことたま》なりけり
ウの|神《かみ》は|上《うへ》に|開《ひら》きて|天津瑞穂《あまつみづほ》
アの|言霊《ことたま》と|生《うま》れたまひぬ
|主《ス》の|神《かみ》は|七十五声《しちじふごせい》を|生《う》みまして
|天《あめ》の|世界《せかい》を|開《ひら》きましけり
|天《あめ》に|満《み》ち|天《あめ》に|輝《かがや》き|透《す》き|徹《とほ》り
|鳴《な》り|鳴《な》りやまぬ|主《ス》の|神《かみ》の|功《いさを》
|惟神《かむながら》|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|鳴《な》り|鳴《な》りて
|世《よ》の|輝《かがや》きは|生《うま》れましけり
|栄《さか》えゆく|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
サの|言霊《ことたま》は|現《あらは》れにけり
タタの|力《ちから》|鳴《な》り|響《ひび》きつつ|輝《かがや》きて
タの|言霊《ことたま》はなり|出《い》でにけり
|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》りやまざるの|力《ちから》もて
ナの|言霊《ことたま》は|生《あ》れ|出《い》でにけり
|四方八方《よもやも》に|極《きは》まりもなく|神業《かむわざ》の
|永遠《とは》に|開《ひら》くるハの|言霊《ことたま》よ
まるまると|固《かたま》りをさまる|功績《いさをし》は
マの|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》なりけり
ヤアヤアと|勢《いきほひ》|強《つよ》き|言霊《ことたま》の
|言葉《ことば》はヤ|声《ごゑ》に|生《うま》れ|出《い》でけり
めぐりめぐり|果《はて》しも|知《し》らぬ|神力《みちから》は
ラの|言霊《ことたま》ゆ|生《うま》れ|出《い》でけり
|若返《わかがへ》り|若返《わかがへ》りつつ|澄《す》みきらふ|言霊《ことたま》は
ワの|功《いさをし》ゆなり|出《い》づるなり
|火《ひ》と|水《みづ》をあやなしこれの|天界《てんかい》に
|命《いのち》を|与《あた》ふるイの|言霊《ことたま》よ
スの|水火《いき》の|澄《す》みきらひたる|功《いさをし》に
キの|言霊《ことたま》は|生《うま》れ|出《い》でたり
|一切《いつさい》にしめりを|与《あた》ふる|活動《はたらき》は
シの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
|一《いつ》さいの|命《いのち》を|救《すく》ふ|原動力《げんどうりよく》は
チの|言霊《ことたま》の|恵《めぐ》みなりけり
|左《ひだり》|右《みぎ》|上《うへ》と|下《した》との|結《むす》び|合《あ》ひは
ニの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
|生《い》き|生《い》きて|生《い》きの|果《は》てなき|神力《みちから》を
|照《てら》して|果《は》てなきヒの|言霊《ことたま》よ
|万有《ばんいう》の|元素《げんそ》となれる|言霊《ことたま》は
ミの|神声《かみごゑ》の|功《いさを》なりけり
|右《みぎ》|左《ひだり》|上《うへ》と|下《した》との|定《さだ》まりは
ヤ|行《ぎやう》イ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》なりけり
|一《いつ》さいの|呼吸《いき》の|作用《さよう》は|尽《ことごと》く
リの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりける
|霊《れい》の|呼吸《いき》|体的《たいてき》の|呼吸《いき》を|組《く》み|合《あは》し
|世《よ》を|固《かた》むるはヰの|言霊《ことたま》よ
|主《ス》の|神《かみ》の|初声《うぶごゑ》にあれし|言霊《ことたま》は
|宇迦須美《うがすみ》の|神《かみ》のウ|声《ごゑ》なりけり
|水《みづ》と|火《ひ》を|組《く》み|合《あは》せつつ|万有《ばんいう》に
|幸《さち》はひたまふはクの|言霊《ことたま》よ
|一《いつ》さいの|真中《まなか》にまして|万物《ばんぶつ》の
|根本《こんぽん》にますスの|言霊《ことたま》よ
つみ|重《かさ》ね|重《かさ》ねつつ|雲《くも》となり
|狭霧《さぎり》となりしツの|言霊《ことたま》よ
|次《つ》ぎ|次《つ》ぎに|果《はて》しも|知《し》らず|列《つら》なるは
ツの|言霊《ことたま》の|功績《いさをし》なりけり
|大宇宙《だいうちう》|間隙《かんげき》あればぬひてゆくは
ヌの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
|火《ひ》と|水《みづ》を|自由自在《じいうじざい》に|活動《はたら》かすは
フの|言霊《ことたま》の|活用《くわつよう》なりけり
むしわかし|結《むす》び|連《つら》ぬる|活動《はたらき》は
ムの|言霊《ことたま》の|活用《くわつよう》なりけり
|穏《おだや》かに|強《つよ》き|弱《よわ》きを|引《ひ》きならす
|功《いさを》はユ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》なるも
|一切万事《いつさいばんじ》|取《と》り|定《さだ》むるは|惟神《かむながら》
ルの|言霊《ことたま》の|功績《いさをし》なるも
ワ|行《ぎやう》ウの|生言霊《いくことたま》は|生《う》み|生《う》みて
|生《う》みの|果《はて》しを|守《まも》らす|神《かみ》なり
|内《うち》に|集《あつま》り|空《そら》に|開《ひら》くる|活動《はたらき》は
ア|行《ぎやう》エ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》なりけり
|消《き》えて|又《また》|世《よ》に|現《あらは》るる|活動《はたらき》を
ケの|言霊《ことたま》と|称《とな》へ|奉《まつ》るも
|内《うち》に|迫《せま》り|外面《そとも》に|起《おこ》る|活動《はたらき》を
セの|言霊《ことたま》と|言《い》ふぞ|畏《かしこ》き
|起《おこ》り|立《た》ち|強《つよ》く|勇《いさ》みて|外《そと》に|出《い》で
|活動《はたら》く|力《ちから》をテの|言霊《ことたま》と|言《い》ふ
をさまりきり|外《そと》に|現《あらは》れ|廻《まは》るてふ
|生言霊《いくことたま》はネ|声《ごゑ》なりけり
|退《しりぞ》きて|又《また》もや|動《うご》き|進《すす》むなる
|活用力《くわつようりよく》をヘの|言霊《ことたま》と|言《い》ふ
|内分《ないぶん》に|精力《せいりよく》を|含《ふく》み|女子《めこ》を|含《ふく》む
|活用力《くわつようりよく》はメ|声《ごゑ》なりけり
|弥果《いやはて》に|栄《さか》えしきりに|集《つど》ひくる
|活動《はたらき》はエ|声《ごゑ》の|言霊《ことたま》なりけり
より|極《きは》まり|億兆一切《おくてういつさい》の|焦点《せうてん》と
|活用《はたら》く|神霊《みたま》はレ|声《ごゑ》なりけり
|楽《たの》しみ|栄《さか》え|幸《さちは》ひ|進《すす》む|活用《はたらき》は
ヱの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
|起《おこ》し|助《たす》け|大成《たいせい》|大気《たいき》の|活用《はたらき》は
テの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
|一切《いつさい》の|真言《しんげん》となりて|天津誠《あまつまこと》の
|活動力《くわつどうりよく》はコ|声《ごゑ》なりけり
|退《の》き|下《くだ》り|外《そと》に|添《そ》ひつく|活用《はたらき》は
ソの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
|結《むす》び|定《さだ》め|八咫《やあた》にはしる|活用《はたらき》は
トの|言霊《ことたま》の|功績《いさをし》なりけり
|延《の》び|延《の》びて|天賦《てんぷ》の|儘《まま》なる|活用《はたらき》は
ノの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
|照《て》りこみて|上《うへ》に|現《あらは》れ|目《め》に|見《み》ゆる
|活動力《くわつどうりよく》をホ|声《ごゑ》と|言《い》ふなり
|散《ち》り|乱《みだ》れ|下《した》に|活用《はたら》く|言霊《ことたま》は
モ|声《ごゑ》の|活動力《くわつどうりよく》を|生《う》むなり
|寄《よ》り|結《むす》び|又《また》|離《はな》れ|散《ち》る|活用《はたらき》は
ヨの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
|狭《せま》く|入《い》り|近《ちか》くあつまり|広《ひろ》く|指《さ》す
|活用力《くわつようりよく》はロ|声《ごゑ》なりけり
|結《むす》び|結《むす》び|一《ひと》つに|集《あつま》る|活用《はたらき》は
ヲの|言霊《ことたま》の|功《いさを》なりけり
アカサタナハマヤラワより|一々《いちいち》に
とき|示《しめ》したる|言幸比女《ことさちひめ》の|神《かみ》
|紫微宮《しびきう》に|天津《あまつ》まことの|神々《かみがみ》を
まつりて|嬉《うれ》し|永久《とは》の|神国《みくに》に
|果《はて》しなき|此《この》|神国《かみくに》に|生《うま》れ|合《あ》ひて
|今日《けふ》の|祭《まつり》に|逢《あ》ふぞ|嬉《うれ》しき
|宮柱《みやばしら》|太《ふと》しくたちて|此《この》|神国《くに》を
|知召《しろしめ》すかも|三柱《みはしら》の|神《かみ》
|三柱《みはしら》の|神《かみ》の|功《いさを》に|百神《ももがみ》は
|生《いき》の|命《いのち》の|果《はて》を|知《し》らずも
|生《い》き|生《い》きて|生《い》きの|果《はて》なき|天界《てんかい》を
|造《つく》りたまひし|主《ス》の|神《かみ》|畏《かしこ》し
|久方《ひさかた》の|高天原《たかあまはら》と|定《さだ》まりて
|永久《とは》の|命《いのち》を|楽《たの》しむ|百神《ももがみ》
|左守《さもり》|右守《うもり》|相並《あひなら》ばして|天界《てんかい》の
|礎《いしづゑ》かためたまふ|尊《たふと》さ
|広々《ひろびろ》と|果《はて》しも|知《し》らぬ|天界《てんかい》に
|澄《す》みきりすみきる|心《こころ》|楽《たの》しも』
(昭和八・一〇・六 旧八・一七 於天恩郷千歳庵 加藤明子謹録)
第七章 |太祓《おほはらひ》〔一八三八〕
|天之高火男《あめのたかひを》の|神《かみ》、|天之高地火《あめのたかちほ》の|神《かみ》の|二神《にしん》は、|紫微圏界《しびけんかい》の|国土《こくど》を|経営《けいえい》せむとして、(|国土《こくど》と|雖《いへど》も|霊的《れいてき》|国土《こくど》にして、|現在《げんざい》の|地球《ちきう》の|如《ごと》きものに|非《あら》ずと|知《し》るべし。|以下《いか》|総《すべ》て|之《これ》に|準《じゆん》ず)|先《ま》づ|味鋤《あぢすき》の|神《かみ》をして|紫天界《してんかい》に|遣《つか》はし|給《たま》ひぬ。|紫天界《してんかい》は|紫微宮界《しびきうかい》の|中央《ちうあう》に|位《くらゐ》し、|至厳《しげん》、|至美《しび》、|至粋《しすゐ》、|至純《しじゆん》の|透明国《とうめいこく》なり。|先《ま》づ|紫天界《してんかい》|成《な》り|終《を》へて、|次《つぎ》に|蒼天界《さうてんかい》|形成《けいせい》され、|次《つぎ》に|紅天界《こうてんかい》、|次《つぎ》に|白天界《はくてんかい》、|次《つぎ》に|黄天界《くわうてんかい》、|次々《つぎつぎ》にかたちづくられたり。|本章《ほんしやう》に|於《おい》ては|先《ま》づ、|紫微圏界《しびけんかい》に|於《お》ける|其《そ》の|第一位《だいいちゐ》たる|紫天界《してんかい》の|修理固成《しうりこせい》につき|其《そ》の|大略《たいりやく》を|説《と》き|明《あか》すなり。
ウの|言霊《ことたま》の|御稜威《みいづ》によりて|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は、|其《そ》の|神力《しんりき》を|発揮《はつき》し|給《たま》ひ、|日照男《ほてりを》の|神《かみ》、|夜守《よるもり》の|神《かみ》、|玉守《たまもり》の|神《かみ》、|戸隠《とがくし》の|神《かみ》の|四柱《よはしら》をして|昼《ひる》と|夜《よる》とを|分《わか》ち|守《まも》らせ|給《たま》ひぬ。|玉守《たまもり》の|神《かみ》は|朝《あさ》を|守《まも》り、|日照男《ほてりを》の|神《かみ》は|日中《につちう》を|守《まも》り、|戸隠《とがくし》の|神《かみ》は|夕《ゆふ》を|守《まも》り、|夜守《よるもり》の|神《かみ》は|夜《よる》を|守《まも》り|給《たま》ひて、|天界《てんかい》の|経綸《けいりん》を|行《おこな》ひ|給《たま》ふ。|併《しか》しながら|紫微圏界《しびけんかい》にては、|夜半《やはん》と|雖《いへど》も|我《わ》が|地球《ちきう》の|真昼《まひる》よりも|明《あか》るく、|唯《ただ》|意志想念《いしさうねん》の|上《うへ》に|於《おい》て|夜《よる》の|至《いた》るを|感《かん》ずる|程度《ていど》のものなり。|朝《あさ》は|朝《あさ》の|想念《さうねん》|起《おこ》り、|昼《ひる》は|昼《ひる》、|夕《ゆふ》は|夕《ゆふ》の|意志想念《いしさうねん》に|感《かん》ずる|程度《ていど》なり。|我《わ》が|地球《ちきう》の|如《ごと》く|明暗《めいあん》さだかならざるも、|霊的《れいてき》|天界《てんかい》なるが|故《ゆゑ》なり。
|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は|諸神《しよしん》を|従《したが》へて、|紫微圏界《しびけんかい》に|於《お》ける|数千億万里《すうせんおくまんり》の|霊界《れいかい》を|非常《ひじやう》の|速力《そくりよく》をもつて|経繞《へめぐ》り、|神業《みわざ》に|活躍《くわつやく》し|給《たま》へり。|至美《しび》、|至明《しめい》、|至尊《しそん》、|至厳《しげん》の|霊国《れいごく》も、|燃《も》ゆる|火《ひ》の|焔《ほのほ》の|末《すゑ》より|出《い》づる|黒煙《こくえん》の|如《ごと》く、|鈍濁《どんだく》の|気《き》|凝《こ》り|固《かた》まりて、|美醜善悪《びしうぜんあく》の|次第《しだい》に|区別《くべつ》を|生《しやう》じ、|最初《さいしよ》の|神《かみ》の|意志《いし》の|如《ごと》く|永久《とこしへ》に|至善《しぜん》、|至美《しび》、|至尊《しそん》、|至厳《しげん》なる|事《こと》、|全体《ぜんたい》に|於《おい》て|能《あた》はざるに|至《いた》れるも、|霊的《れいてき》|自然《しぜん》の|結果《けつくわ》にして、|如何《いか》に|造化《ざうくわ》の|神徳《しんとく》と|雖《いへど》も、|此《こ》の|醜悪《しうあく》を|絶滅《ぜつめつ》する|余地《よち》なかりしなり。
|総《すべ》て|宇宙《うちう》|一切《いつさい》のものには|霊的《れいてき》にも、|体的《たいてき》にも|表裏《へうり》あり、|善悪美醜《ぜんあくびしう》|混《こん》じ|交《まじ》はりて、|而《しか》して|後《のち》に|確乎不動《かくこふどう》の|霊物《れいぶつ》は|創造《さうざう》さるるものなり。|神《かみ》は|至善《しぜん》|至美《しび》|至愛《しあい》にましませども、|年処《ねんしよ》を|経《ふ》るに|従《したが》つて|醜悪《しうあく》|分子《ぶんし》の|湧出《ゆうしゆつ》するは、|恰《あたか》も|清水《せいすゐ》の|長《なが》く|一所《ひとところ》に|留《とど》まれば、|次第《しだい》に|混濁《こんだく》して|腐敗《ふはい》し、|昆虫《こんちう》を|発生《はつせい》するが|如《ごと》し。
|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は、|主《ス》の|神《かみ》の|至善《しぜん》、|至美《しび》、|至愛《しあい》の|霊性《れいせい》を|摂受《せつじゆ》し|給《たま》ひて、|紫天界《してんかい》を|円満清朗《ゑんまんせいらう》に|且《か》つ|幸福《かうふく》に|諸神《しよしん》を|安住《あんぢう》せしめむと、|昼夜《ちうや》|守《まも》りの|四神《ししん》をして|神事《しんじ》を|取《と》り|行《おこな》ひ|給《たま》へど、|惟神自然《かむながらしぜん》の|真理《しんり》は|如何《いかん》ともするに|由《よし》なく、さしもの|紫天界《してんかい》にも、|彼方《かなた》、|此方《こなた》の|隅々《すみずみ》に|妖邪《えうじや》の|気《き》|発生《はつせい》し、やうやく|紫天界《してんかい》は|擾乱《ぜうらん》の|国土《こくど》と|化《くわ》せむとせり。|茲《ここ》に|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は、|此《こ》の|形勢《けいせい》を|深《ふか》く|憂慮《いうりよ》し|給《たま》ひて、|天極紫微宮《てんきよくしびきう》に|朝夕《てうせき》を|詣《まう》で、|天《あま》の|数歌《かずうた》を|奏上《そうじやう》し、かつ|三十一文字《みそひともじ》をもつて、|妖邪《えうじや》の|気《き》を|剿滅《さうめつ》せむと|図《はか》り|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は|黄金《わうごん》の|肌《はだ》|麗《うるは》しく、|裸体《らたい》にて|神前《しんぜん》に|神嘉言《かむよごと》を|奏上《そうじやう》し|給《たま》ふ。(|紫微圏界《しびけんかい》は|最奥天界《さいおうてんかい》にして、|此所《ここ》に|住《ぢう》する|神々《かみがみ》は|総《すべ》て|裸体《らたい》にましませり。|然《しか》りと|雖《いへど》も|身心《しんしん》|共《とも》に|清浄無垢《せいじやうむく》にましませば、|現在《げんざい》|地球人《ちきうじん》の|如《ごと》く|醜態《しうたい》を|感《かん》ずることなく、|裸体《らたい》そのものが、|却《かへ》つて|美《うるは》しく、かつ|荘厳《さうごん》に|輝《かがや》き|給《たま》ふなり。|依《よ》つて|最奥天界《さいおうてんかい》、|第一天界《だいいちてんかい》の|神人《しんじん》はいづれも|裸体《らたい》に|在《ま》す|事《こと》は、|今日迄《こんにちまで》の|霊界物語《れいかいものがたり》に|於《おい》て|説明《せつめい》したる|如《ごと》し)
『|掛巻《かけまく》も|綾《あや》に|畏《かしこ》きむらむらさきの、|極微点《こごこ》|輝《かがや》き、|美《うるは》しき|宮居《みやゐ》にます|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大御前《おほみまへ》に|斎司《いはひつかさ》、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》、|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる。|抑《そもそも》この|紫微圏界《しびけんかい》は、|主《ス》の|大神《おほかみ》とます|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》、|宇迦須美《うがすみ》の|神《かみ》、|天津日鉾《あまつひほこ》の|神《かみ》|三柱《みはしら》の|広《ひろ》き|深《ふか》き|雄々《をを》しき|御稜威《みいづ》により、|一《ひと》|二《ふた》|三《み》の|力《ちから》もて|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|造《つく》り|固《かた》め|給《たま》ひけるを、|日《ひ》を|重《かさ》ね、|月《つき》を|閲《けみ》し、|年《とし》を|経《ふ》るままに|御世《みよ》はややややに|濁《にご》り|曇《くも》らひ、いとも|美《うるは》しく、|厳《おごそ》かなるべき|紫天界《してんかい》の|至《いた》るところに|心《こころ》|汚《きたな》き|神々《かみがみ》の|現《あらは》れ|来《きた》りて、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大御心《おほみこころ》に|背《そむ》きまつり、|神国《みくに》を|乱《みだ》しまつる|事《こと》のいとも|畏《かしこ》く、いみじくあれば、|夜《よ》の|守《まも》り、|日《ひ》の|守《まも》りと|四柱《よはしら》の|神《かみ》を|四方《よも》にくまりて|教《をし》へ|諭《さと》し|守《まも》りまつれど、あまりに|広《ひろ》き|国《くに》にしあれば、|如何《いか》で|全《また》きを|望《のぞ》み|得《え》む。さはあれ|吾等《われら》は|神《かみ》の|大宮《おほみや》に|仕《つか》へまつる|身《み》にしあれば、|天津誠《あまつまこと》の|大道《おほみち》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|説《と》き|明《あか》し、もろもろの|荒《あら》ぶる|神達《かみたち》を|言向《ことむ》け|合《あ》はし、|大御神《おほみかみ》の|御稜威《みいづ》をかかぶりて|紫天界《してんかい》は|神《かみ》の|造《つく》らしし|昔《むかし》にかへり、|曇《くも》りなく|濁《にご》りなく、|曲《まが》の|気《け》だに|止《とど》めじと、|祈《いの》る|誠《まこと》を|聞《きこ》し|召《め》し、|吾《われ》に|力《ちから》を|与《あた》へ|給《たま》へ。|惟神《かむながら》|神《かみ》の|大前《おほまへ》に|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》|布留辺由良《ふるべゆら》、|布留辺由良由良《ふるべゆらゆら》と|幣《ぬさ》|打《う》ち|振《ふ》り、|比礼《ひれ》|打《う》ち|靡《なび》け、|大御神楽《おほみかぐら》を|奏《かな》でつつ、|左手《ゆんで》に|御鈴《みすゞ》を|打《う》ちふり、|右手《めて》に|幣《ぬさ》ふりかざし、|七十五声《しちじふごせい》の|言霊《ことたま》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|宣《の》りまつる。|此《この》|有様《ありさま》を|平《たひら》けく|安《やす》らけく|聞《きこ》し|召《め》し|相諾《あひうづな》ひ|給《たま》へと、|畏《かしこ》み|畏《かしこ》みも|願《ね》ぎまつる』
|斯《か》く|太祝詞《ふとのりと》を|宣《の》り|給《たま》へば、|紫微宮《しびきう》の|紫金《しこん》の|扉《とびら》はキーキー、ギーギーと|御音《みおと》|清《すが》しく|左右《さいう》にあけ|放《はな》たれ、|茲《ここ》にキの|言霊《ことたま》は|鳴《な》り|出《い》で、|次《つぎ》にギの|言霊《ことたま》|鳴《な》り|出《い》でましぬ。|是《これ》より|四方《よも》の|曲津《まがつ》を|斬《き》り|払《はら》ひ、|清《きよ》め|澄《す》まし、|天《てん》|清《きよ》く、|神《かみ》|清《きよ》く、|道《みち》|亦《また》|清《きよ》く、|百神《ももがみ》の|濁《にご》れる|心《こころ》は|清《きよ》まりて|紫微天界《しびてんかい》は|次第々々《しだいしだい》に|妖邪《えうじや》の|気《き》|消《き》え|失《う》せにける。さりなががら|大前《おほまへ》に|神嘉言《かむよごと》|一日《ひとひ》だも|怠《をこた》る|時《とき》は|再《ふたた》び|妖邪《えうじや》の|気《き》|湧《わ》き|出《い》でて|世《よ》を|曇《くも》らせ、|諸神《しよしん》は|荒《あら》び|乱《みだ》るるに|至《いた》るこそ|是非《ぜひ》なけれ。
|茲《ここ》に|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は、|朝夕《あさゆふ》のわかちなく、|神《かみ》を|祭《まつ》り、|言霊《ことたま》を|宣《の》り、|妖邪《えうじや》の|気《き》を|払《はら》はむとして|払《はら》ひ、|言葉《ことば》の|功《いさを》の【いやちこ】なることを|悟《さと》り、|初《はじ》めて|太祓《おほはら》ひの|道《みち》を|開《ひら》き|給《たま》ひしこそ|畏《かしこ》けれ。|再拝《さいはい》。
(昭和八・一〇・九 旧八・二〇 於天恩郷高天閣 加藤明子・森良仁謹録)
第八章 |国生《くにう》み|神生《かみう》みの|段《だん》〔一八三九〕
|天《あめ》の|道立《みちたつ》の|神《かみ》は、|紫微《しび》の|大宮《おほみや》の|清庭《すがには》に|立《た》ちて|布留辺由良《ふるべゆら》、|布留辺由良《ふるべゆら》と|大幣《おほぬさ》を|振《ふ》り|給《たま》へば、|紫微天界《しびてんかい》の|西南《せいなん》の|空《そら》を|焦《こが》して|入《い》り|来《きた》る|神《かみ》あり。|其《そ》の|御姿《みすがた》は|百有余旬《ひやくいうよじゆん》の|大鰻《おほうなぎ》の|姿《すがた》にして、|肌《はだ》|滑《なめ》らけく|青水晶《あをすゐしやう》の|如《ごと》く、|長大身《ちやうだいしん》ながらも|拝《はい》しまつりて|権威《けんゐ》の|心《こころ》を|起《おこ》さず、|寧《むし》ろ|敬慕《けいぼ》の|念《ねん》に|満《み》たされつつ、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は|紫微《しび》の|大宮《おほみや》に|鰭伏《ひれふ》して、
『|来《きた》ります|神《かみ》は|何神《なにがみ》なりや』
と|神慮《しんりよ》を|伺《うかが》ひまつりけるに、
『|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神言《みこと》もちて、|今《いま》より|来《きた》る|神《かみ》は|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》』
と|宣《の》らせ|給《たま》ひぬ。|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|紫微圏界《しびけんかい》の|成出《なりい》でし|最初《さいしよ》にあたり、|大虚空《だいこくう》の|西南《せいなん》に|位置《ゐち》を|定《さだ》め、|百《もも》の|神業《みわざ》を|司《つかさど》り|給《たま》ひしが、やうやく|大神業《おほみわざ》を|仕《つか》へ|終《を》へ|給《たま》ひし|折《をり》もあれ、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》の|祓《はら》ひの|神業《みわざ》に|感《かん》じ|給《たま》ひて、|此処《ここ》に|寄《よ》り|来《き》ませるなりき。|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|横目立鼻《よこめたちはな》の|神人《しんじん》と|化《くわ》し|給《たま》ひ、|大宮《おほみや》の|御前《みまへ》に|額《ぬか》づきて|宣《の》り|給《たま》はく、
『|我《われ》は|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》もちて、|西南《せいなん》の|空《そら》を|修理固成《しうりこせい》し|終《をは》れり。|我《われ》この|後《のち》は|如何《いか》にして|神業《みわざ》に|仕《つか》へまつらむや、|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|事依《ことよ》さし|給《たま》へ』
と、|天津誠《あまつまこと》の|言霊《ことたま》をもて|祈《いの》らせ|給《たま》へば、|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》の|扉《とびら》は|再《ふたた》び|静《しづか》に|開《ひら》かれて、|茲《ここ》に|高鉾《たかほこ》の|神《かみ》、|神鉾《かむほこ》の|神《かみ》、|四辺《あたり》を|紫金色《しこんしよく》に|照《てら》させながら、|儼然《げんぜん》として|宣《の》りたまはく、
『|宜《うべ》なり|宜《うべ》なり|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》よ。|我《われ》|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》もちて|汝《なれ》に|宣《の》り|聞《き》かす|事《こと》あり、|慎《つつし》み|畏《かしこ》み|神業《みわざ》に|仕《つか》へまつれよ。|是《これ》より|東北万里《とうほくばんり》の|国土《こくど》に|於《おい》て|天界経綸《てんかいけいりん》の|聖場《せいぢやう》あり、|称《しよう》して|高地秀《たかちほ》の|峯《みね》といふ。この|高地秀《たかちほ》の|峯《みね》こそ|我《あが》|主《ス》の|神《かみ》の|出《い》でませし|清所《すがど》なれば、|汝《なれ》は|一時《いちじ》も|早《はや》く|高地秀《たかちほ》の|峯《みね》に|下《くだ》りて|紫天界《してんかい》の|経綸《けいりん》に|仕《つか》へまつれ。|八百万《やほよろづ》の|神《かみ》を|汝《なれ》に|従《したが》へて|其《そ》の|神業《みわざ》を|助《たす》けしめむ』
と、|右手《めて》に|大幣《おほぬさ》を|打《う》ちふり、|左手《ゆんで》に|百成《ももなり》の|鈴《すず》を|打《う》ちふり|給《たま》ひつつ、|殿内《でんない》|深《ふか》く|隠《かく》れ|給《たま》ひぬ。|茲《ここ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》に|深《ふか》く|感謝《かんしや》の|意《い》をのべながら、|時遅《ときおく》れじと|再《ふたた》び|長大身《ちやうだいしん》に|還元《くわんげん》しつつ、|光線《くわうせん》の|速《はや》さよりも|速《はや》く、|見《み》る|見《み》る|姿《すがた》を|隠《かく》させ|給《たま》へり。
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|天《あめ》の|高地秀《たかちほ》の|山《やま》に|下《くだ》り|給《たま》ひつつ、|茲《ここ》に|造化《ざうくわ》の|三神《さんしん》を|斎《いは》ひ|祭《まつ》り、|朝《あさ》な|夕《ゆふな》に|誠心《まごころ》の|極《きは》みを|尽《つく》し、|言霊《ことたま》の|限《かぎ》りを|竭《つく》して、|天界《てんかい》の|平和《へいわ》|幸福《かうふく》を|祈《いの》らせ|給《たま》ふ。|紫微圏界《しびけんかい》に|坐《ま》す|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御稜威《みいづ》によりて、|平《たひ》らけく|安《やす》らけく|清《きよ》く|明《さや》けく|治《をさ》まりたれども、|百万里《ひやくまんり》|東方《とうはう》の|国土《こくど》は|未《いま》だ|神徳《しんとく》に|潤《うるほ》はず、|漸《やうや》く|妖薜《えうへき》の|気《き》|群《むら》がり|起《おこ》り、|神々《かみがみ》は|水火《すゐくわ》の|呼吸《いき》の|凝結《かたまり》より|漸《やうや》く|愛情《あいじやう》の|心《こころ》を|起《おこ》し、|神生《かみう》みの|業《わざ》は|日々《ひび》に|盛《さかん》になりたれども、|善悪《ぜんあく》|相混《あひこん》じ|美醜《びしう》|互《たがひ》に|交《まじ》はる|惟神《かむながら》の|摂理《せつり》によりて、|遂《つひ》に|混濁《こんだく》の|気《き》|国内《こくない》に|満《み》ち、|万《よろづ》の|禍《わざはひ》|群《む》れおきむとせしを|甚《いた》く|歎《なげ》かせ|給《たま》ひ、|高地秀《たかちほ》の|大宮《おほみや》に|百日百夜《ももかももや》|間断《かんだん》なく|祈《いの》り|給《たま》へば、|主《ス》の|神《かみ》はここにも|再《ふたた》び|現《あらは》れまして|神言《みこと》|厳《おごそ》かにのたまはく、
『|汝《なれ》|是《これ》より|国生《くにう》み、|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》へまつれ。|其《そ》の|御樋代《みひしろ》として|八十《やそ》の|比女神《ひめがみ》を|汝《なれ》に|従《したが》はしめむ』
と|宣《の》り|給《たま》へば、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|主《ス》の|神《かみ》の|神宣《みことのり》のあまりの|畏《かしこ》さに、|応《こた》へまつる|言葉《ことば》もなく、|宮《みや》の|清庭《すがには》に|鰭伏《ひれふ》して|直《ただ》ひたすらに|驚《おどろ》き|打《う》ち|慄《ふる》ひ|給《たま》ひける。
|主《ス》の|神《かみ》より|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》に|対《たい》し|八十比女神《やそひめがみ》を|授《さづ》け|給《たま》ひしは、|神界経綸《しんかいけいりん》につきて|深《ふか》き|広《ひろ》き|大御心《おほみこころ》のおはしますことなりけり。|天界《てんかい》に|於《おい》ても|漸《やうや》く|茲《ここ》に|横目立鼻《よこめたちはな》の|神人《しんじん》|現《あらは》れ、|愛慾《あいよく》に|心《こころ》|乱《みだ》されて|至善《しぜん》|至美《しび》|至愛《しあい》の|天界《てんかい》も|濁《にご》り|曇《くも》らひければ、|其《その》|汚《けが》れを|払《はら》はむとして|至善《しぜん》、|至美《しび》、|至粋《しすゐ》、|至純《しじゆん》、|至仁《しじん》、|至愛《しあい》、|至厳《しげん》、|至重《しちよう》の|神霊《しんれい》を|宿《やど》し|給《たま》ふ|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》に|対《たい》して、|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》ましめむとの|御心《みこころ》なりける。|譬《たと》へば|醜草《しこくさ》の|種《たね》は|生《は》え|安《やす》く|茂《しげ》り|安《やす》くして|世《よ》に|寸効《すんかう》もなく、|道《みち》を|塞《ふさ》ぎ|悪虫《あくちう》を|生《しやう》じ|足《あし》を|容《い》るる|処《ところ》なきまでに|至《いた》るを|憂《うれ》ひ|給《たま》ひて、|至粋《しすゐ》|至純《しじゆん》なる|白梅《しらうめ》の|種《たね》を|植《う》ゑ|広《ひろ》めしめむと、|八十比女神《やそひめがみ》を|御樋代《みひしろ》に、|国《くに》の|守《まも》りと|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ませ|給《たま》はむ|御心《みこころ》なりける。|曇《くも》り|乱《みだ》れの|種《たね》を|天界《てんかい》に|蒔《ま》き|広《ひろ》むる|時《とき》は|益々《ますます》|曇《くも》り|乱《みだ》れ、|遂《つひ》には|神明《しんめい》の|光《ひかり》も|知《し》らざるに|至《いた》るものなり。
(昭和八・一〇・一〇 旧八・二一 於水明閣 加藤明子謹録)
第九章 |香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》〔一八四〇〕
|紫微天界《しびてんかい》、|最奥霊国《さいあうれいごく》|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》に|鎮《しづ》まり|居《ゐ》ます|主《ス》の|大神《おほかみ》、|天之峯火夫《あまのみねひを》の|神《かみ》は、|宮《みや》の|清庭《すがには》に|弥茂《いやしげ》り|弥栄《いやさか》えつつ|非時《ときじく》|花《はな》|咲《さ》き|実《みの》る|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》を、|左守《さもり》の|神《かみ》に|命《めい》じてむしり|取《と》らせ|給《たま》へば、|其《そ》の|数《すう》|八十《やそ》に|及《およ》べり。
|茲《ここ》に|主《ス》の|神《かみ》は|虚空《こくう》にスの|言霊《ことたま》を|鳴《な》り|出《い》で|給《たま》ひて、|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》を|右手《めて》に|握《にぎ》らせ|呼吸《いき》を|吹《ふ》きかけ|給《たま》へば、|艶麗《えんれい》なる|女神《めがみ》の|霊《たま》|御口《おんくち》より|生《な》り|出《い》でまして|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》に|移《うつ》らせ|給《たま》ひ、|茲《ここ》に|艶麗《えんれい》なる|女神《めがみ》の|姿《すがた》|生《な》り|出《い》でましぬ。この|女神《めがみ》の|名《な》は|高野比女《たかのひめ》の|神《かみ》と|申《まを》す。|次《つぎ》に|一《ひと》つの|木《こ》の|実《み》を|手握《たにぎ》り|玉《たま》の|清水《しみづ》に|滌《そそ》ぎ|給《たま》ひて|御息《みいき》を|吹《ふ》きかけ|給《たま》へば|又《また》もや|女神《めがみ》|成《な》り|出《い》で|給《たま》ふ。|之《これ》を|寿々子比女《すずこひめ》の|神《かみ》と|申《まを》す。かくして|八十《やそ》の|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》は、いづれも|天下経綸《てんかけいりん》の|御柱《みはしら》として|貴《うづ》の|女神《めがみ》と|現《あ》れ|出《い》でませり。
|御鈴《みすず》ふる|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|幸《さち》はひて
|八十比女神《やそひめがみ》は|現《あ》れましにけり
|主《ス》の|神《かみ》は|貴《うづ》の|木《こ》の|実《み》にみいきかけて
|天界経綸《てんかいけいりん》の|種《たね》を|生《う》ませり
|国生《くにう》みの|神《かみ》の|神業《みわざ》のなかりせば
この|天地《あめつち》は|開《ひら》けざるべし
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|国生《くにう》み|御子生《みこう》みは
|大経綸《だいけいりん》の|基《もとゐ》なりけり
|国《くに》を|生《う》み|又《また》|天《あめ》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》み
|人《ひと》の|子《こ》|生《う》める|顕津男《あきつを》の|功《いさを》
|非時《ときじく》の|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》は|主《ス》の|神《かみ》の
スの|味《あぢは》ひをもてるなりけり
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|神言《みこと》は|八十比女《やそひめ》を
|御樋代《みひしろ》として|国《くに》をひらけり
|国々《くにぐに》の|国魂神《くにたまがみ》を|清《きよ》らけく
|生《う》みおほせたる|八十《やそ》の|比女神《ひめがみ》
|比女神《ひめがみ》の|生《う》みの|功《いさを》は|大宇宙《だいうちう》
|大千世界《だいせんせかい》をやすく|照《てら》せり
|茲《ここ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》かしこみ|高野比女《たかのひめ》の|神《かみ》にみあひて、|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》に|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まり|居《ゐ》まし、|国《くに》を|拓《ひら》き|神《かみ》ををさめ、|水火《すゐくわ》の|呼吸《いき》をくみ|合《あは》せ【もや】ひ|合《あは》せて|雲《くも》を|生《う》み、|雨《あめ》を|降《ふ》らせて、あらゆる|天界《てんかい》に|湿《しめ》りを|与《あた》へ|給《たま》へば、|国土《こくど》に|万物《ばんぶつ》|発生《はつせい》し、|天《あめ》の|狭田《さだ》|長田《ながた》に|瑞穂《みづほ》の|稲《いね》は|実《みの》り|木《こ》の|実《み》は|熟《じゆく》し、|大嘗《おほなめ》の|神業《みわざ》|漸《やうや》く|完成《くわんせい》を|告《つ》げ|給《たま》ふ|事《こと》とはなれり。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》かしこみて|宇都子比女《うづこひめ》の|神《かみ》、|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》、|梅咲比女《うめさくひめ》の|神《かみ》、|花子比女《はなこひめ》の|神《かみ》、|香具《かぐ》の|比女《ひめ》の|神《かみ》、|小夜子比女《さよこひめ》の|神《かみ》、|寿々子比女《すずこひめ》の|神《かみ》、|狭別《さわけ》の|比女《ひめ》の|神《かみ》を|近《ちか》く|侍《はべ》らせ|神業《みわざ》に|奉仕《ほうし》せしめ|給《たま》ひぬ。|之《これ》を|八柱《やはしら》の|女神《めがみ》となも|言《い》ふ。この|外《ほか》|七十《ななそ》まり|二柱《ふたはしら》の|比女神《ひめがみ》を|紫微宮界《しびきうかい》の|東西南北《とうざいなんぼく》、|遠近《ゑんきん》の|国土《こくど》に|配《くば》りおきて、|神《かみ》の|御樋代《みひしろ》となし、|大経綸《だいけいりん》を|行《おこな》ひ|給《たま》ひしぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・一〇 旧八・二一 於水明閣 加藤明子謹録)
第一〇章 |婚《とつ》ぎの|御歌《みうた》〔一八四一〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大神言《おほみこと》を|畏《かしこ》み、|非時《ときじく》の|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》に|生《な》りませる|高野比女《たかのひめ》の|神《かみ》を|正妃《せいひ》と|定《さだ》めて、|茲《ここ》に|依《よ》さしの|神業《みわざ》を|大神《おほかみ》の|御前《みまへ》に|執行《とりおこな》はせ|給《たま》ひ、|八百万《やほよろづ》の|祭司神《まつりつかさがみ》を|率《ひき》ゐて|厳《おごそ》かなる|祝詞《のりと》を|奏《そう》し|給《たま》ひ、|天之御柱《あめのみはしら》、|国之御柱《くにのみはしら》を|見立《みた》て|給《たま》ひて、|男神《をがみ》は|左《ひだり》より、|女神《めがみ》は|右《みぎり》より|御柱《みはしら》を|廻《めぐ》り、|再《ふたた》び|神前《みまへ》に|太祝詞《ふとのりと》|白《まを》し|給《たま》はく、
『|掛巻《かけまく》も|綾《あや》に|尊《たふと》き|久方《ひさかた》の|貴《うづ》の|宮居《みやゐ》に|鎮《しづ》まり|給《たま》ふ|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御前《みまへ》に|慎《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願白《ねぎまを》さく。|久方《ひさかた》の|高天原《たかあまはら》は|澄《す》みきらひ、|此《これ》の|紫微天界《しびてんかい》の|国々《くにぐに》は|清《きよ》く|清《すが》しく、|五穀《たなつもの》は|豊《ゆた》かに|実《みの》り|木《こ》の|実《み》は|枝《えだ》もたわわに|熟《じゆく》しつつ、|神《かみ》の|依《よ》さしの|神国《みくに》は|今《いま》|目《ま》のあたり|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|生《あ》れましぬ。|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》|神《かみ》の|尊《たふと》き|御恵《みめぐみ》に、|今日《けふ》の|良《よ》き|日《ひ》の|良《よ》き|辰《とき》を|婚《とつ》ぎの|綱《つな》と|定《さだ》めつつ、|高野比女《たかのひめ》の|神《かみ》を|妻《つま》となし|世《よ》を|治《をさ》めよと|神《かみ》の|宣《の》らすこそ|実《げ》にも|尊《たふと》き|限《かぎ》りなれ。|吾《われ》は|之《これ》より|主《ス》の|神《かみ》の|大神言葉《おほみことば》を|身《み》に|受《う》けて、|天《あめ》の|壁立極《かべたつきは》み|国《くに》の|退立限《そぎたつかぎ》り、|清《きよ》き|正《ただ》しき|天津誠《あまつまこと》の|心以《こころも》てあらゆる|神《かみ》を|撫《な》で|慈《いつく》しみ、|荒振神《あらぶるかみ》を|言向和《ことむけやは》し|大神言《おほみこと》に|仕《つか》へ|奉《まつ》らむとす。|仰《あふ》ぎ|願《ねが》はくは|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御稜威《みいづ》を|蒙《かか》ぶりて、|御依《みよ》さしの|神業《みわざ》を|生《な》り|遂《と》げさせ|給《たま》へ、いろはにほへとちりぬるを、わかよたれそつねならむ、うゐのおくやまけふこえて、あさきゆめみしゑひもせす、けふの|良《よ》き|日《ひ》を|微日《ひみ》の|間《ま》も、|忘《わす》るる|事《こと》なく|何時迄《いつまで》も、|誠《まこと》の|心《こころ》を|経《たて》となし、|愛《あい》と|善《ぜん》との|真心《まごころ》を|緯《よこ》に|織《おり》なし、|御機《みはた》の|糸《いと》の|縺《もつ》れなく、|乱《みだ》れもあらに|神《かみ》の|世《よ》の|大御経綸《おほみしぐみ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ。|上《かみ》は|主《ス》の|大御神《おほみかみ》より|下《しも》|百神《ももがみ》の|端《はて》までも、|吾《わが》|真心《まごころ》を|誓《ちか》ひ|奉《まつ》り|仕《つか》へ|奉《まつ》る|事《こと》の|由《よし》を、|主《ス》の|大神《おほかみ》を|初《はじ》めとし、|八百万《やほよろづ》の|神《かみ》|平《たひら》けく|安《やすら》けく|聞召《きこしめ》さへと|宣《の》る』
ここに|高野比女《たかのひめ》の|神《かみ》は、|婚《とつ》ぎの|神祝言《かむほぎごと》を|声《こゑ》|朗《ほが》らかに|宇宙《うちう》に|響《ひび》けと|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。その|御歌《おんうた》、
『|久方《ひさかた》の|空《そら》に|雲《くも》なくスの|水火《いき》は
|澄《す》み|切《き》り|澄《す》みきらひて|神国《みくに》を|照《てら》す
|大太陽《あまつひ》は|宇宙《うちう》のあらむ|限《かぎ》りまで
|稜威《みいづ》を|伊照《いてら》し|給《たま》ひて|日々《ひび》に|栄行《さかゆ》く
|神国《かみくに》の|此《こ》の|瑞祥《ずゐしやう》ぞ|畏《かしこ》けれ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》
|百千万《ももちよろづ》の|神達《かみたち》に
わが|神業《かむわざ》を|守《まも》られて
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大御心《おほみこころ》に
|報《むく》い|奉《まつ》らむ|高野比女《たかのひめ》の|真心《まごころ》を
|諾《うべな》ひませよ|吾《われ》はしも|女神《めがみ》の|身《み》にしあれど
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|稜威《みいづ》と|御光《みひかり》を|頸《うなじ》に|受《う》けて
|吾《わが》|夫《つま》の|神《かみ》と|諸共《もろとも》に
|心《こころ》を|合《あは》せ|力《ちから》を|一《いつ》に|結《むす》び|合《あは》せ
|浜《はま》の|真砂《まさご》の|数《かず》の|如《ごと》
|貴《うづ》の|御子《みこ》をば|生《う》み|生《う》みて
|普《あまね》く|世界《せかい》に|分《くま》り|配《くば》り
|大経綸《おほみしぐみ》の|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へ|奉《まつ》るぞ|嬉《うれ》しけれ
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|比古神《ひこがみ》は
|妾《わらは》の|弱《よわ》き|魂《たましひ》を
|貴《うづ》の|力《ちから》にみなぎらせ
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》を
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|仕《つか》へませ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》と
|祝《いは》ひ|納《をさ》むる|今日《けふ》の|良《よ》き|日《ひ》ぞ|畏《かしこ》けれ』
|今日《けふ》の|婚《とつ》ぎの|神祝《かむほぎ》に|伊寄《いよ》り|集《つど》ひし|神々《かみがみ》は、|遠津御幸《とほつみゆき》の|神《かみ》、|片照《かたてる》の|神《かみ》、|魂之男《たまのを》の|神《かみ》、|日之本《すのもと》の|神《かみ》|以下《いか》|十六柱《じふろくはしら》におはせり。
|遠津御幸《とほつみゆき》の|神《かみ》は|千万里《せんまんり》の|遠《とほ》きを|厭《いと》はず、|天《あめ》の|浮橋《うきはし》を|打渡《うちわた》りつつ|真先《まつさき》に|此《これ》の|宴席《うたげ》に|集《つど》ひ|玉《たま》ひけり。|遠津御幸《とほつみゆき》の|神《かみ》は|祝《しゆく》し|給《たま》ふ。|其《そ》の|御歌《おんうた》、
『|天《あめ》なるや|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大宮《おほみや》に
|非時《ときじく》|実《みの》る|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》と|生《あ》れまして
|高野比女《たかのひめ》の|神《かみ》は|西南《せいなん》の|天《あめ》より|此所《ここ》に|降《くだ》ります
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|女《め》と|定《さだ》まりて
|厳《おごそ》かに|天《あめ》の|御柱《みはしら》|廻《めぐ》り|合《あ》ひ
|国《くに》の|御柱《みはしら》|固《かた》めつつ
|高天原《たかあまはら》の|花《はな》となり
|諸神《ももかみ》の|上《うへ》に|望《のぞ》ませ|給《たま》ふぞ|尊《たふと》けれ
|吾《われ》は|主《ス》の|大御神《おほみかみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み
|西《にし》|東《ひがし》|南《みなみ》や|北《きた》とかけ|廻《めぐ》り
|近《ちか》き|遠《とほ》きの|差別《けぢめ》なく
|神国《みくに》を|教《をし》へ|道《みち》|布《し》きつ
|神業《みわざ》に|仕《つか》へる|神柱《かむばしら》
|今日《けふ》の|寿《ことほ》ぎ|見《み》るにつけ
|神《かみ》の|経綸《しぐみ》の|果《は》てしなく
|清《きよ》く|尊《たふと》き|神業《かむわざ》を
|愈《いよいよ》|深《ふか》く|覚《さと》りけり
|西《にし》の|宮居《みやゐ》は|天《あめ》の|道立《みちたつ》の|神《かみ》
|東《ひがし》の|宮《みや》には|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》
|各《おの》も|各《おの》もに|領有《うしは》ぎ|給《たま》ふ
|此《これ》の|神国《みくに》はいろはの|水火《いき》も|澄《す》みきらひ
|濁《にご》らひも|無《な》く|曇《くも》りなし
|大太陽《あまつひ》は|中天《なかぞら》に
|輝《かがや》き|給《たま》ひ|七色《なないろ》の
|光彩《くわうさい》を|放《はな》たせ|給《たま》ひつ
|紫微天界《しびてんかい》は|弥益《いやます》も
|光《ひか》り|輝《かがや》き|渡《わた》らひつ
|百《もも》の|神々《かみがみ》|勇《いさ》み|立《た》ち
|今日《けふ》の|御式《みのり》に|馳《は》せ|寄《よ》りて
|例《ためし》も|知《し》らぬ|喜《よろこ》びに
|逢《あ》ふぞ|嬉《うれ》しき|此《こ》の|神前《みまへ》
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|寿《ほ》ぎ|奉《まつ》る
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|神霊《みたま》|幸《さちは》ひ|坐《まし》ませよ』
|註《ちう》
『いろはにほへとちりぬるを』と|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|詠《よ》みし|言霊《ことたま》を|解《かい》し|奉《まつ》れば、
【い】は|水《みづ》と|火《ひ》の|並《なら》びたる|象徴《しやうちよう》|也《なり》、|右《みぎ》は|水《みづ》、|左《ひだり》は|火《ひ》。
【ろ】は|水《みづ》と|火《ひ》の|固《かた》まりて|水火《いき》となり、|宇宙《うちう》に|開《ひら》く|言霊《ことたま》を、【は】といふ。
|言霊《ことたま》|宇宙《うちう》に|開《ひら》きて|前後左右《ぜんごさいう》に|活用《はたら》く|象《かたち》は、【に】|也《なり》。
|此《こ》の|活動《はたらき》によりて|一《ひと》つの|ヽ《ほち》|現《あら》はる、|即《すなは》ち、【ほ】の|言霊《ことたま》|也《なり》。
【ほ】は|次第《しだい》に|高《たか》く|昇《のぼ》り|膨《ふく》れ|拡《ひろ》がる|態《さま》を、【へ】といふ。
【と】の|言霊《ことたま》は|水火《いき》の|完成《くわんせい》したる|言霊《ことたま》|也《なり》。
|水火《いき》|完成《くわんせい》して|宇宙《うちう》に|滋味《じみ》を|生《しやう》ず、|之《これ》を【ち】といふ。【ち】は|子《こ》を|育《そだ》つる|母乳《ぼにう》の|意《い》|也《なり》。|又《また》|万物発生《ばんぶつはつせい》の|経綸場《けいりんぢやう》たる|大地《だいち》の|意《い》|也《なり》。
【り】の|言霊《ことたま》は|女男《めを》|二神《にしん》|水火《いき》を|合《あは》せて|並《なら》び|立《た》たせる|言霊《ことたま》|也《なり》。
【ぬ】の|言霊《ことたま》は|互《たがひ》に|和《やは》らぎ|寝《ぬる》み|温《あたた》かき|心《こころ》を|以《もつ》て|神業《みわざ》に|尽《つく》す|水火《いき》の|象《かたち》|也《なり》。
【る】は|夫婦《ふうふ》の|道《みち》|又《また》は|天界《てんかい》の|総《すべ》ての|定《さだ》まりし|言霊《ことたま》|也《なり》。
【を】は|心《こころ》|也《なり》。
【わ】は|和《やは》らぎ|睦《むつ》み|御子《みこ》を|生《う》み|給《たま》ふ|態《さま》を|言《い》ふ|也《なり》。
【か】は|抱《かか》へ|合《あ》ひ、|輝《かがや》き|合《あ》ふ|意《い》にして、|俗言《ぞくげん》に|嬶《かか》といふも|此《こ》の|言霊《ことたま》の|意《い》|也《なり》。
【よ】は|夫婦《ふうふ》|二神《にしん》|世帯《しよたい》を|持《も》てる|象《かたち》|也《なり》。
【た】は|円満具足《ゑんまんぐそく》の|意《い》|也《なり》。
【れ】は|夫唱婦随《ふしやうふずゐ》の|意《い》|也《なり》。
【そ】は|上下四方《じやうげしはう》|揃《そろ》ふ|意《い》|也《なり》。|左右《さいう》の|指《ゆび》の|五本《ごほん》と|五本《ごほん》と|合《あは》せて|拍手《はくしゆ》せし|態《さま》|也《なり》。
【つ】は|永久《えいきう》に|続《つづ》く|意《い》にして|世人《せじん》のいふ|玉椿《たまつばき》の|八千代《やちよ》までといふも|同《おな》じ。
【ね】は|懇《ねもごろ》にして|夫婦同衾《ふうふどうきん》の|意《い》|也《なり》。
【な】は|二人《ふたり》|並《なら》ばし|寝給《ねたま》ふ|象《かたち》|也《なり》。
【ら】は|左旋《させん》|右旋《うせん》の|意《い》にして|婚《とつ》ぎの|時《とき》の|態《さま》をいふ。
【む】は|蒸《む》し|蒸《む》して|生《む》し|蒸生《わか》し|息子《むすこ》|娘《むすめ》を|生《う》むの|意《い》|也《なり》。
【う】は|潤《うるほ》ひの|意《い》、|又《また》|天消地滅的《てんせうちめつてき》|場合《ばあひ》に|発《はつ》す|言霊《ことたま》|也《なり》。
【ゐ】は|快感《くわいかん》の|極度《きよくど》に|達《たつ》したる|時《とき》の|意《い》|也《なり》。
【の】は|一物《いちぶつ》より|迸《ほとばし》る|水気《すゐき》の|意《い》|也《なり》。
【お】は|穏《おだや》かに|修《をさ》まりし|心《こころ》。
【く】は|夫婦《ふうふ》|組合《くみあ》ひたる|象《かたち》。
【や】は|弥益々《いやますます》の|意《い》。
【ま】は|誠《まこと》の|心《こころ》を|以《も》ちて|幾万年《いくまんねん》も|夫婦《ふうふ》の|道《みち》を|守《まも》らむとの|意《い》|也《なり》。
【け】は|身《み》の|汚《けが》れの|意《い》|也《なり》。
【ふ】は|吹払《ふきはら》ふ|言霊《ことたま》にして|男女《だんぢよ》の|汚《けが》れを|吹《ふ》き|払《はら》ふの|意《い》|也《なり》。
【こ】は|子《こ》にして、
【え】は|胞衣《えな》|也《なり》。
【て】は|照《て》り|輝《かがや》く|意《い》にして、|暗夜《あんや》の|神業《みわざ》も|終局《しうきよく》の|時《とき》|火《ひ》を|照《てら》す|意味《いみ》|也《なり》。
【あ】は|暗室《あんしつ》に|点《てん》じたる|火《ひ》によりて|一切《いつさい》のもの|現《あらは》れる|意《い》|也《なり》。
【さ】は|避《さ》くる|意《い》にして|男神《をがみ》は|女神《めがみ》の|面《おも》を|見《み》る|事《こと》を|避《さ》け、|又《また》|女神《めがみ》は|男神《をがみ》の|面《おも》を|見《み》る|事《こと》を|恥《はぢ》らひ|避《さ》くる|事《こと》の|意《い》|也《なり》。
【き】は|気《き》の|高《たか》ぶりて|心《こころ》いそいそする|意《い》|也《なり》。
【ゆ】は|豊《ゆた》かの|意《い》にして|仲《なか》の|好《よ》くなりし|言霊《ことたま》。
【め】は|木《き》の|芽《め》を|吹《ふ》き|出《だ》す|如《ごと》く|御子《みこ》の|種《たね》|宿《やど》り|始《はじ》めたる|意《い》。
【み】は|弥々《いよいよ》|胎児《たいじ》となりし|言霊《ことたま》|也《なり》。
【し】はしつくりの|意《い》にして、|茲《ここ》に|愈《いよいよ》|夫婦《ふうふ》らしく|初《はじ》めて|落《お》ち|着《つ》けるの|言霊《ことたま》|也《なり》。
【ゑ】は|歓《ゑら》ぎ|喜《よろこ》ぶ|意《い》にして、|御子《みこ》の|生《うま》れたるを|見《み》て|互《たがひ》に|笑《ゑ》み|栄《さか》えるの|言霊《ことたま》|也《なり》。
【ひ】は|日子《ひこ》|日女《ひめ》の|意《い》|也《なり》。
【も】は|催合《もや》ふ|意《い》にして、|一家和合《いつかわがふ》の|言霊《ことたま》|也《なり》。
【せ】は|川《かは》の|瀬《せ》の|意《い》にして、|夫婦《ふうふ》の|仲《なか》に|一点《いつてん》の|邪曲《わだかまり》もなく|清《きよ》らかなる|態《さま》の|言霊《ことたま》|也《なり》。
【す】はいよいよ|澄《す》みきりて|親子《おやこ》|睦《むつま》じく|世《よ》に|住《す》む|言霊《ことたま》|也《なり》。
あなかしこ。
|世《よ》には|此《こ》のいろは|歌《うた》を|以《もつ》て|僧《そう》|空海《くうかい》の|作《つく》りたるものと|信《しん》ずるものあれども|誤《あやま》りなり。いろは|歌《うた》は|天極紫微宮《てんきよくしびきう》の|昔《むかし》、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》より|鳴《な》り|出《い》でし|神歌《しんか》にして、|空海《くうかい》は|只《ただ》|平易《へいい》|簡単《かんたん》に|文字《もじ》に|現《あらは》さむとして|平仮名《ひらがな》|文字《もじ》を|作《つく》り|出《だ》したるものなり。|故《ゆゑ》にいろは|歌《うた》は|空海《くうかい》の|詠《よ》みしものにあらざることを|知《し》るべし。すべていろは|歌《うた》は|婚《とつ》ぎの|意味《いみ》のみに|非《あら》ず、|宇宙《うちう》|万有《ばんいう》|一切《いつさい》|発生《はつせい》の|真理《しんり》を|謡《うた》へるものなり。
|高野比女《たかのひめ》の|神《かみ》の|祝歌《しゆくか》の|註《ちう》。
|高野比女《たかのひめ》の|神《かみ》が|婚《とつ》ぎの|御宴《ぎよえん》に|際《さい》し|言挙《ことあ》げ|給《たま》ひたる|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》の|歌《うた》、
|一《ひと》は|霊《れい》|也《なり》、|火《ひ》|也《なり》、|日《ひ》|也《なり》。
|二《ふた》は|力《ちから》|也《なり》、|吹《ふ》く|呼吸《いき》|也《なり》。
|三《み》は|体《たい》|也《なり》、|元素《げんそ》|也《なり》。
|四《よ》は|世界《せかい》の|世《よ》|也《なり》。
|五《いつ》は|出《いづ》る|也《なり》。
|六《むゆ》は|燃《むゆ》る|也《なり》。
|七《なな》は|地《ち》|成《な》る|也《なり》。
|八《や》は|弥々《いよいよ》|益々《ますます》の|意《い》|也《なり》。
|九《ここの》は|凝《こ》り|固《かたま》るの|意《い》|也《なり》。
|十《たり》は|完成《くわんせい》の|意《い》|也《なり》。
|百《もも》は|諸々《もろもろ》の|意《い》|也《なり》。
|千《ち》は|光《ひかり》|也《なり》、|血汐《ちしほ》の|血《ち》|也《なり》。
|万《よろづ》は|夜《よ》|出《いづ》るの|意《い》|也《なり》。
|之《これ》を|大括《たいくわつ》して|略解《りやくかい》すれば、|霊力体《れいりよくたい》によつて|世《よ》が|発生《はつせい》し、|水火《すゐくわ》の|呼吸《いき》|燃《も》え|上《あが》り、|初《はじ》めて|地《ち》|成《な》り、|弥々《いよいよ》|益々《ますます》|水火《すゐくわ》の|気《き》|凝《こ》り|固《かたま》りて|完全無欠《くわんぜんむけつ》の|宇宙《うちう》|天界《てんかい》は|完成《くわんせい》され、|諸々《もろもろ》の|地《ち》の|光《ひかり》は|暗夜《あんや》に|出現《しゆつげん》して|総《すべ》てのものの|目《め》に|入《い》るといふ|言霊《ことたま》にして、|造化三神《ざうくわさんしん》の|神徳《しんとく》を|称《たた》へ|奉《まつ》り、|其《そ》の|徳《とく》にあやかりて|紫微天界《しびてんかい》を|修理固成《しうりこせい》し、|諸神《しよしん》|安住《あんぢう》の|清所《すがど》に|照《てら》さむとの|意《い》を|謳《うた》ひ|給《たま》ひしものと|知《し》るべし。
(昭和八・一〇・一〇 旧八・二一 於水明閣 森良仁謹録)
第一一章 |紫微《しび》の|宮司《みやつかさ》〔一八四二〕
|天《あめ》の|道立《みちたつ》の|神《かみ》は|茲《ここ》に|主《ス》の|神《かみ》の|大神言《おほみこと》をもちて、|紫天界《してんかい》の|西《にし》の|宮居《みやゐ》の|神司《かむつかさ》となり、|遍《あまね》く|神人《しんじん》の|教化《けうくわ》に|専念《せんねん》し|給《たま》ひ、|天津誠《あまつまこと》の|御教《みをしへ》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|説《と》き|給《たま》ひ、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|東《ひむがし》の|国《くに》なる|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》に|神司《かむつかさ》として|日夜《にちや》|奉仕《ほうし》し|給《たま》ひ、|右手《めて》に|御剣《みつるぎ》をもたし|左手《ゆんで》に|鏡《かがみ》をかざしつつ、|霊界《れいかい》に|於《お》ける|霊魂《れいこん》、|物質《ぶつしつ》|両面《りやうめん》の|守護《しゆご》に|任《にん》じ|給《たま》ひたれば、|其《その》|神業《みわざ》に|於《おい》て|大《おほい》なる|相違《さうゐ》のおはす|事《こと》はもとよりなり。|如何《いか》に|紫微天界《しびてんかい》と|雖《いへど》も|清浄無垢《しやうじやうむく》にして|至賢《しけん》|至明《しめい》なる|神人《しんじん》|数多《あまた》おはさざれば、|其《その》|統制《とうせい》につきては、いたく|神慮《しんりよ》を|難《なや》ませ|給《たま》ひたり。
|天《あめ》の|道立《みちたつ》の|神《かみ》は|個神々々《こしんこしん》についての|誠《まこと》を|教《をし》へ|給《たま》ひ、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|宇宙《うちう》|万有《ばんいう》に|対《たい》しての|教化《けうくわ》を|司《つかさど》り|給《たま》ひけるが、|西《にし》の|宮《みや》の|教《をしへ》は|意外《いぐわい》に|凡神《ぼんしん》の|耳《みみ》に|入《い》り|易《やす》く、|且《か》つ|誠《まこと》を|誠《まこと》として|認《みと》め|得《う》るに|反《はん》して、|東《ひがし》の|宮《みや》の|御教《みをしへ》は|範囲《はんゐ》|広大《くわうだい》にして|小事《せうじ》に|関《かか》はらず、|万有《ばんいう》|修理固成《しうりこせい》の|守護《しゆご》なれば、いづれも|凡神《ぼんしん》の|耳《みみ》に|入《い》り|難《がた》く、|遂《つひ》には|配下《はいか》の|神々《かみがみ》の|中《なか》よりも|反抗者《はんかうしや》|現《あらは》れ|来《きた》りて、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》をなやまし|奉《まつ》る|事《こと》|一再《いつさい》ならざりける。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|表《おもて》に|個神《こしん》の|悟《さと》り|得《う》べき|西《にし》の|宮《みや》の|教《をしへ》を|唱導《しやうだう》し、|聰明《そうめい》なる|神人《しんじん》に|対《たい》しては|天下経綸《てんかけいりん》の|大業《たいげふ》を|説《と》き|明《あか》したまへば、|其《その》|苦心《くしん》|又《また》|一方《ひとかた》ならざりき。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》に|上《のぼ》り|御代《みよ》を|歎《なげ》きつつ、|御声《みこゑ》さへも|湿《しめ》らせて|三十一文字《みそひともじ》の|言霊《ことたま》を|宣《の》らせたまふ。|其《その》|御歌《おんうた》。
『|東《ひむがし》の|空《そら》より|輝《かがや》く|天津陽《あまつひ》も
|西《にし》に|傾《かたむ》く|神代《みよ》なりにけり
ふき|荒《すさ》ぶ|醜《しこ》の|嵐《あらし》をなごめむと
|幾年《いくとせ》|我《われ》はなやみたりしよ
|大神《おほかみ》の|神旨《みむね》にそむくよしもなく
|泣《な》きいさちつつ|永久《とは》につとむる
よしあしの|真言《まこと》のもとを|白浪《しらなみ》の
|漂《ただよ》ふ|世《よ》こそ|淋《さみ》しかりけり
|厳御霊《いづみたま》|西《にし》の|宮居《みやゐ》の|御教《みをしへ》は
|凡神達《ただがみたち》の|耳《みみ》に|入《い》るなり
|東《ひむがし》の|宮《みや》の|教《をしへ》は|凡神《ただがみ》の
|悟《さと》り|難《がた》きぞ|惟神《かむながら》なる
|大宇宙《だいうちう》|現《あらは》れ|出《い》でし|昔《むかし》より
|今《いま》に|苦《くる》しき|我《われ》なりにけり
|長《なが》き|世《よ》を|経綸《しぐみ》の|為《た》めに|苦《くる》しみて
|泣《な》きいさちつつ|今《いま》に|及《およ》べり
|八十比女《やそひめ》を|我《われ》|持《も》たせれば|凡神《ただがみ》は
|経綸《しぐみ》を|知《し》らず|言挙《ことあ》げなすも
|八十比女《やそひめ》の|御樋代《みひしろ》なくば|如何《いか》にして
|此《この》|天界《てんかい》をひらき|得《う》べきや
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》かしこみ|凡神《ただがみ》の
|嘲《あざけ》り|譏《そし》りに|忍《しの》びつつ|居《ゐ》る
|永久《とこしへ》に|神国《みくに》を|立《た》つる|礎《いしずゑ》は
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》むより|外《ほか》なし
ももさらふ|蟹《かに》の|横《よこ》さの|道《みち》もある
|神代《かみよ》に|我《われ》は|正道《まさみち》をゆく
|大《おほい》なる|真言《まこと》の|道《みち》は|凡神《ただがみ》の
|目《め》に|入《い》り|難《がた》く|諾《うべな》ひ|難《がた》し
|千万《ちよろづ》に|心《こころ》くだきて|高地秀《たかちほ》の
|宮《みや》に|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へまつるも
|万世《よろづよ》の|末《すゑ》の|末《すゑ》までわが|魂《たま》は
|若返《わかがへ》りつつ|世《よ》の|為《た》めいそしむ
|凡神《ただがみ》には|西《にし》の|道《みち》|説《と》き|賢神《さかしかみ》に
|東《ひがし》の|道《みち》を|説《と》くはせわしも
わが|身《み》|近《ちか》く|侍《はべ》る|妻《つま》さへ|主《ス》の|神《かみ》の
|真言《まこと》の|経綸《しぐみ》|知《し》らぬ|淋《さび》しさ
わが|近《ちか》く|仕《つか》ふる|八人《やたり》の|比女神《ひめがみ》の
|中《なか》にも|我《われ》を|悟《さと》らぬ|神《かみ》あり
|凡神《ただがみ》の|心《こころ》の|暗《やみ》に|乗《じやう》じつつ
|醜《しこ》の|曲霊《まがひ》はかき|廻《まは》すなり
|一日《ひとひ》だも|祓《はら》ひの|言葉《ことば》|宣《の》らざれば
|忽《たちま》ち|乱《みだ》れむ|此《この》|天界《てんかい》は
さしのぼる|天津日光《あまつひかげ》も|時折《ときをり》は
|黒雲《くろくも》つつむと|思《おも》ひて|忍《しの》ぶも
|経緯《たてよこ》の|神《かみ》の|経綸《しぐみ》も|知《し》らずして
さわぎ|廻《まは》るも|凡神《ただがみ》の|群《むれ》
|成《な》し|遂《と》ぐるまでは|心《こころ》をゆるめじと
|思《おも》ひつ|辛《つら》き|我身《わがみ》なりけり
|果《はて》しなき|此《この》|天界《てんかい》を|治《をさ》めむと
|心《こころ》|矢竹《やたけ》にはやる|我《われ》なり
まことにも|大中小《だいちうせう》の|差別《けぢめ》あり
|凡神《ただがみ》|大《だい》なる|真言《まこと》を|知《し》らず
|上根《じやうこん》の|御魂《みたま》の|神《かみ》に|非《あら》ざれば
わが|説《と》く|真言《まこと》はみとめ|得《え》られじ
|中根《ちうこん》の|神《かみ》はわが|身《み》の|経綸《しぐみ》をば
|言葉《ことば》|喧《かしま》しくさやぎ|廻《まは》るも
さりながら|諭《さと》せば|諾《うべな》ふ|中根《ちうこん》の
みたまは|我《われ》の|力《ちから》なりけり
|上根《じやうこん》の|御魂《みたま》|少《すくな》く|中根《ちうこん》の
|御魂《みたま》もあまり|多《おほ》からぬ|神代《みよ》
うようよと|下根《げこん》のみたまはびこりて
わが|説《と》く|道《みち》にさやるうるささ
うるさしと|言《い》ひて|捨《す》てなば|凡神《ただがみ》の
|安《やす》きを|守《まも》る|道《みち》は|立《た》たなく
|愛善《あいぜん》の|真言《まこと》の|心《こころ》ふりおこし
|朝夕《あしたゆふべ》をいそしむ|我《われ》は
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》|死《し》せむと|思《おも》ふまで
|幾度《いくたび》|我《われ》は|心《こころ》をなやめし
|曲津《まがつ》みたまを|真言《まこと》の|魂《たま》に|甦《よみがへ》し
|授《さづ》けむとする|我《われ》は|苦《くる》しも
|主《ス》の|神《かみ》の|至純《しじゆん》|至粋《しすゐ》の|言霊《ことたま》に
|生《あ》れし|世界《せかい》もくもるうたてさ
|朝夕《あさゆふ》に|妖邪《えうじや》の|空気《くうき》|払《はら》はねば
この|天国《てんごく》は|暗世《やみよ》とならむ
|大神《おほかみ》の|神言《みこと》かしこみ|大宮《おほみや》を
|玉《たま》と|鉾《ほこ》との|光《ひかり》に|守《まも》らむ
わが|身《み》には|左守《さもり》|右守《うもり》の|神《かみ》もなく
|独《ひと》り|淋《さび》しく|世《よ》を|開《ひら》くなり
|比女神《ひめがみ》は|数多《あまた》あれども|今《いま》すぐに
|力《ちから》とならむ|種《たね》のすくなき
|御祭《みまつり》に|仕《つか》へまつらむ|暇《ひま》もなく
|我《われ》は|神国《みくに》をかけ|廻《めぐ》りつつ
|神《かみ》まつる|司《つかさ》の|神《かみ》は|沢《さは》あれど
わが|神業《かむわざ》を|助《たす》くる|術《すべ》なし
|直接《ちよくせつ》のわが|神業《かむわざ》を|助《たす》け|守《も》る
|神《かみ》の|出《い》でまし|待《ま》つぞ|久《ひさ》しき
|鬼《おに》|大蛇《をろち》|醜女《しこめ》|探女《さぐめ》も|日《ひ》に|月《つき》に
むらがり|起《おこ》りて|道《みち》にさやれり
|果《はて》しなき|紫微天界《しびてんかい》の|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へて|朝夕《あさゆふ》|身魂《みたま》|砕《くだ》きつ
|久方《ひさかた》の|天《あめ》の|道立男《みちたつを》の|神《かみ》の
|教《をしへ》|生《い》かしてなやむ|我《われ》なり
|此《この》|国《くに》に|真言《まこと》の|道《みち》を|知《し》る|神《かみ》の
|十柱《とはしら》あらば|我《われ》はなやまじ
|主《ス》の|神《かみ》に|朝夕《あしたゆふべ》を|祈《いの》れども
つぎつぎおこる|醜《しこ》のたけびよ
|高地秀《たかちほ》の|尾上《をのへ》は|如何《いか》に|高《たか》くとも
わが|苦《くる》しみに|及《およ》ばざるべし
|主《ス》の|神《かみ》の|造《つく》りたまひし|天国《てんごく》の
|司《つかさ》よ|今日《けふ》より|我《われ》は|歎《なげ》かじ』
|斯《か》くの|如《ごと》く|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|肝《きも》むかふ|心《こころ》の|鉾《ほこ》をとり|直《なほ》し、|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|発揮《はつき》し、|国向《くにむ》けの|鉾《ほこ》をとらし|給《たま》ひ、|大善《たいぜん》の|道《みち》に|進《すす》ませ|給《たま》ひぬ。
『|罪《つみ》|汚《けが》れ|無《な》しと|思《おも》へる|天国《てんごく》も
|醜《しこ》の|仇雲《あだぐも》たつぞ|怪《あや》しき
|惟神《かむながら》|真言《まこと》の|道《みち》をふみしめて
|邪神《じやしん》の|荒《すさ》ぶ|世《よ》に|我《われ》|勝《か》たむ』
(昭和八・一〇・一〇 旧八・二一 於水明閣 加藤明子謹録)
第一二章 |水火《すゐくわ》の|活動《くわつどう》〔一八四三〕
|大宇宙間《だいうちうかん》に|鳴《な》り|鳴《な》りて、|鳴《な》り|止《や》まず、|鳴《な》りあまれる|厳《いづ》の|生言霊《いくことたま》ス|声《ごゑ》によりて、|七十五声《しちじふごせい》の|神《かみ》|現《あらは》れ|給《たま》ひしことは、|既《すで》に|前述《ぜんじゆつ》の|如《ごと》し。
スの|言霊《ことたま》は|鳴《な》り|鳴《な》りて、|遂《つひ》に|大宇宙間《だいうちうかん》に|火《ひ》と|水《みづ》との|物質《ぶつしつ》を|生《う》み|給《たま》ふ。|抑々《そもそも》|一切《いつさい》の|霊魂《れいこん》|物質《ぶつしつ》は|何《いづ》れもスの|言霊《ことたま》の|生《う》むところなり。|而《しか》して|火《ひ》の|性質《せいしつ》は|横《よこ》に|流《なが》れ、|水《みづ》の|性質《せいしつ》は|縦《たて》に|流《なが》るるものなり。|故《ゆゑ》に|火《ひ》は|水《みづ》の|力《ちから》によりて|縦《たて》にのぼり、|又《また》|水《みづ》は|火《ひ》の|横《よこ》の|力《ちから》によりて|横《よこ》に|流《なが》る。|昔《むかし》の|言霊学者《げんれいがくしや》は|火《ひ》は|縦《たて》にして、|水《みづ》は|横《よこ》なりと|言《い》へれども、|其《そ》の|根元《こんげん》に|至《いた》りては|然《しか》らず、|火《ひ》も|水《みづ》なければ|燃《も》ゆる|能《あた》はず|光《ひか》る|能《あた》はず、|水《みづ》も|亦《また》|火《ひ》の|力《ちから》|添《そ》はざれば|流動《りうどう》する|能《あた》はず、|遂《つひ》に|凝《こ》り|固《かた》まりて|氷柱《ひようちう》となるものなり。|冬《ふゆ》の|日《ひ》の|氷《こほり》は|火《ひ》の|気《け》の|去《さ》りし|水《みづ》の|本質《ほんしつ》なり、|此《こ》の|理《り》によりて|水《みづ》は|縦《たて》に|活用《はたらき》をなし、|火《ひ》は|横《よこ》に|動《うご》くものなる|事《こと》を|知《し》るべし。
|天界《てんかい》に|於《お》ける|光彩《くわうさい》|炎熱《えんねつ》も|内包《ないはう》せる|水気《すゐき》の|力《ちから》なり。|紫微天界《しびてんかい》には|大太陽《だいたいやう》|現《あらは》れ|給《たま》ひて|左旋運動《させんうんどう》を|起《おこ》し、|東《ひがし》より|西《にし》にコースを|取《と》るのみにして、|西《にし》より|東《ひがし》に|廻《まは》る|太陰《たいいん》なし。|炎熱《えんねつ》|猛烈《まうれつ》にして|神人《しんじん》を|絶対的《ぜつたいてき》に|安住《あんぢう》せしむる|機関《きくわん》とはならざりしかば、|茲《ここ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|高地秀《たかちほ》の|峯《みね》にのぼらせ|給《たま》ひ、|幾多《いくた》の|年月《としつき》の|間《あひだ》、|生言霊《いくことたま》を|奏上《そうじやう》し|給《たま》へば、|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》|宇宙《うちう》に|凝《こ》りて|茲《ここ》に|大太陰《だいたいいん》は|顕現《けんげん》されたるなり。|而《しか》して|大太陰《だいたいいん》は|水気《すゐき》|多《おほ》く|火《ひ》の|力《ちから》をもつて|輝《かがや》き|給《たま》へば、|右旋運動《うせんうんどう》を|起《おこ》して|西《にし》より|東《ひがし》にコースをとり、|天界《てんかい》の|神人《しんじん》を|守《まも》らせ|給《たま》ふ。|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は|大太陽《だいたいやう》を|機関《きくわん》として、|凡百《ぼんぴやく》の|経綸《けいりん》を|行《おこな》ひ|給《たま》ひ、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|大太陰《だいたいいん》を|機関《きくわん》として|宇宙天界《うちうてんかい》を|守《まも》らせ|給《たま》へば、|茲《ここ》に|天界《てんかい》はいよいよ|火水《くわすゐ》の|調節《てうせつ》なりて|以前《いぜん》に|勝《まさ》る|万有《ばんいう》の|栄《さかえ》を|見《み》るに|至《いた》れり。
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|大太陰界《だいたいいんかい》に|鎮《しづ》まり|給《たま》ひて|至仁至愛《みろく》の|神《かみ》と|現《げん》じ|給《たま》ひ、|数百億年《すうひやくおくねん》の|末《すゑ》の|世《よ》|迄《まで》も|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まり|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。|至仁至愛《みろく》の|大神《おほかみ》は|数百億年《すうひやくおくねん》を|経《へ》て|今日《こんにち》に|至《いた》るも、|若返《わががへ》り|若返《わががへ》りつつ|今《いま》に|宇宙《うちう》|一切《いつさい》の|天地《てんち》を|守《まも》らせ|給《たま》ひ、|今《いま》や|地上《ちじやう》の|覆滅《ふくめつ》せむとするに|際《さい》し、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神霊《しんれい》を|世《よ》に|降《くだ》して|更生《かうせい》の|神業《みわざ》を|依《よ》さし|給《たま》ふべく、|肉《にく》の|宮居《みやゐ》に|降《くだ》りて|神代《かみよ》に|於《お》ける|御活動《ごくわつどう》そのままに、|迫害《はくがい》と|嘲笑《てうせう》との|中《なか》に|終始一貫《しうしいつくわん》|尽《つく》し|給《たま》ふこそ|畏《かしこ》けれ。
|大太陽《だいたいやう》に|鎮《しづ》まり|給《たま》ふ|大神《おほかみ》を|厳《いづ》の|御霊《みたま》と|称《たた》へ|奉《まつ》り、|大太陰界《だいたいいんかい》に|鎮《しづ》まりて|宇宙《うちう》の|守護《しゆご》に|任《にん》じ|給《たま》ふ|神霊《しんれい》を|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|称《たた》へ|奉《まつ》る。|厳《いづ》の|御霊《みたま》、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|二神《にしん》の|接合《せつがふ》して|至仁至愛神政《みろくしんせい》を|樹立《じゆりつ》し|給《たま》ふ|神《かみ》の|御名《みな》を|伊都能売神《いづのめのかみ》と|申《まを》す。|即《すなは》ち|伊都《いづ》は|厳《いづ》にして|火《ひ》なり、|能売《のめ》は|水力《すゐりよく》、|水《みづ》の|力《ちから》なり、|水《みづ》は|又《また》|瑞《みづ》の|活用《はたらき》を|起《おこ》して|茲《ここ》に|瑞《みづ》の|御霊《みたま》となり|給《たま》ふ。|紫微天界《しびてんかい》の|開闢《かいびやく》より|数億万年《すうおくまんねん》の|今日《こんにち》に|至《いた》りていよいよ|伊都能売神《いづのめのかみ》と|顕現《けんげん》し、|大宇宙《だいうちう》の|中心《ちうしん》たる|現代《げんだい》の|地球《ちきう》(|仮《かり》に|地球《ちきう》といふ)の|真秀良場《まほらば》に|現《あらは》れ、|現身《うつせみ》をもちて、|宇宙更生《うちうかうせい》の|神業《みわざ》に|尽《つく》し|給《たま》ふ|世《よ》とはなれり。
|厳御霊《いづみたま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|接合《せつがふ》を
|伊都能売御霊《いづのめみたま》と|称《たた》へまつらふ
|厳《いづ》の|御霊《みたま》|太陽界《たいやうかい》に|在《おは》しまして
|火《ひ》の|活動《はたらき》を|行《おこな》ひたまふ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|太陰界《たいいんかい》にましまして
|水《みづ》の|活動《はたらき》を|行《おこな》はせたまふ
いづいづし|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|活用《はたらき》に
|宇宙《うちう》を|包《つつ》む|火《ひ》は|光《ひか》るなり
みづみづし|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|幸《さちは》ひて
|宇宙《うちう》に|水《みづ》の|力《ちから》を|与《あた》ふ
ここに|説《と》く|太陽《たいやう》|太陰《たいいん》|両神《りやうしん》は
|我《わ》が|地《ち》より|見《み》る|陰陽《いんやう》に|非《あら》ず
|火《ひ》は|水《みづ》の|力《ちから》に|動《うご》き|水《みづ》は|火《ひ》の
|力《ちから》によりて|流動《りうどう》するなり
|何事《なにごと》も|水《みづ》のみにしては|成《な》らざらむ
|火《ひ》の|助《たす》けこそ|水《みづ》を|生《い》かすも
|火《ひ》のみにていかで|燃《も》ゆべき|光《ひか》るべき
|水《みづ》の|力《ちから》をかりて|動《うご》くも
|火《ひ》と|水《みづ》の|言霊《ことたま》これを|火水《かみ》といひ
|又《また》|火水《ほし》と|言《い》ふ|宇宙《うちう》の|大道《だいだう》
|水《みづ》と|火《ひ》の|言霊《ことたま》|合《がつ》して|水火《しほ》となり
|宇宙万有《うちうばんいう》の|水火《いき》となるなり
|火《ひ》と|水《みづ》は|即《すなは》ち|火水《かみ》なり|水《みづ》と|火《ひ》は
|即《すなは》ち|水火《しほ》なり|陰陽《いんやう》の|活動《はたらき》
|水《みづ》と|火《ひ》の|活用《はたらき》によりてフの|霊《みたま》
|即《すなは》ち|力《ちから》あらはるるなり
|雨《あめ》も|風《かぜ》も|雪《ゆき》|霜《しも》|霰《あられ》も|水《みづ》と|火《ひ》の
|交《まじ》はる|度合《どあひ》によりてなるなり
|大空《おほぞら》に|輝《かがや》く|日月星辰《じつげつせいしん》も
|雷《いかづち》|電《いなづま》も|水火《すゐくわ》の|力《ちから》よ
|火《ひ》の|系統《けいとう》ばかり|処《ところ》を|得顔《えがほ》なる
|世《よ》は|曇《くも》るより|外《ほか》に|道《みち》なし
|猛烈《まうれつ》なる|力《ちから》をもちて|万有《ばんいう》を
|焼尽《せうじん》するは|火《ひ》の|行為《すさび》なり
|火《ひ》の|力《ちから》のみ|活動《はたら》ける|世《よ》の|中《なか》は
|乱《みだ》れ|曇《くも》りて|治《をさ》まることなし
|地《ち》の|上《うへ》の|百《もも》の|国々《くにぐに》|日《ひ》に|月《つき》に
|禍《わざはひ》|起《おこ》るは|火《ひ》のみの|世《よ》なり
|乱《みだ》れ|果《は》てし|世《よ》を|正《ただ》さむと|瑞御霊《みづみたま》
|厳《いづ》の|御霊《みたま》と|共《とも》に|出《い》でませり
|瑞御霊《みづみたま》の|力《ちから》のみにて|万有《ばんいう》は
|如何《いか》で|栄《さか》えむ|火《ひ》のあらざれば
|火《ひ》と|水《みづ》を|塩梅《あんばい》なして|世《よ》に|出《い》づる
|伊都能売神《いづのめのかみ》の|活動《はたらき》|尊《たふと》し
|伊都能売《いづのめ》の|神《かみ》は|地上《ちじやう》に|降《くだ》りまし
|宇宙更生《うちうかうせい》に|着手《ちやくしゆ》したまへり
|厳御霊《いづみたま》|陽気《やうき》を|守《まも》り|瑞御霊《みづみたま》
|陰《いん》を|守《まも》りて|国《くに》は|治《をさ》まる
|瑞御霊《みづみたま》|至仁至愛《みろく》の|神《かみ》と|現《あらは》れて
|天《あめ》の|御柱《みはしら》たつる|神代《みよ》なり
|伊都能売《いづのめ》の|神《かみ》の|功《いさを》のなかりせば
|世《よ》の|行先《ゆくさき》は|亡《ほろ》び|行《ゆ》くべし
|万有《ばんいう》を|育《そだ》て|助《たす》くる|神業《かむわざ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|力《ちから》なりけり
|火《ひ》と|水《みづ》の|二《ふた》つの|神業《みわざ》ありてこそ
|天地活動《てんちくわつどう》|次《つ》ぎ|次《つ》ぎ|起《おこ》る
われは|今《いま》|伊都能売《いづのめ》の|神《かみ》の|功《いさを》もて
|曇《くも》れる|神代《みよ》を|光《てら》さむと|思《おも》ふ
(昭和八・一〇・一一 旧八・二二 於水明閣 加藤明子謹録)
第一三章 |神《かみ》の|述懐歌《じゆつくわいか》(一)〔一八四四〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|太陰《たいいん》を|機関《きくわん》として、|御霊《みたま》を|月界《げつかい》に|止《とど》めて|其《その》|肉体《にくたい》は|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》に|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|仕《つか》へまし、|神《かみ》の|経綸《しぐみ》を|行《おこな》はむとして、|彼方此方《かなたこなた》に|教司《をしへつかさ》を|分配《まくば》りて|天界《てんかい》の|経綸《けいりん》に|仕《つか》へ|奉《まつ》れども、|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|御教《みをしへ》を|誤信《ごしん》せる|凡神《ぼんしん》は|個神的小乗教《こしんてきせうじやうけう》に|傾《かたむ》く|神《かみ》のみ|多《おほ》くして、|国生《くにう》み|神生《かみう》みなる|天界経綸《てんかいけいりん》の|御神業《ごしんげふ》を|悟《さと》らず、|種々《しゆじゆ》のあらぬことのみ|言《い》ひ|触《ふ》らして|力限《ちからかぎ》りに|妨《さまた》ぐるぞ|是非《ぜひ》もなき。|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|高地秀《たかちほ》の|峰《みね》に|登《のぼ》らせ|給《たま》ひ、|天《てん》を|拝《はい》し|地《ち》を|拝《はい》し|述懐《じゆつくわい》を|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしはおろそかならねども
|手《て》を|下《くだ》すべき|余地《よち》もなきかな
|国《くに》を|生《う》み|神生《かみう》み|万《よろづ》のものを|生《う》む
|我《わが》|神業《かむわざ》は|果《はた》し|得《え》ざるか
|主《ス》の|神《かみ》の|神宣《みこと》|畏《かしこ》し|国魂《くにたま》の
|神《かみ》|生《う》まばやと|思《おも》ふ|朝夕《あさゆふ》
|我《われ》にして|怪《あや》しき|心《こころ》|持《も》たねども
|百神達《ももがみたち》はわが|道《みち》なみする
ゆとりなき|心《こころ》を|持《も》てる|凡神《ただがみ》の
|醜《しこ》のささやき|由々《ゆゆ》しかりけり
|凡神《ただがみ》の|心《こころ》に|従《したが》ふ|我《われ》なれば
|妨《さまた》げらるることもあるまじ
|凡神《ただがみ》の|心《こころ》に|叶《かな》へば|主《ス》の|神《かみ》の
|神慮《しんりよ》に|合《あ》はず|我《われ》|如何《いか》にせむ
|主《ス》の|神《かみ》の|大経綸《だいけいりん》を|知《し》らずして
|我《われ》を|悪《あ》しさまに|言《い》ふぞうたてき
|主《ス》の|神《かみ》の|心《こころ》は|深《ふか》く|又《また》|広《ひろ》し
|小《ちひ》さき|神《かみ》の|如何《いか》で|悟《さと》らむ
|凡神《ただがみ》は|浜《はま》の|真砂《まさご》の|数《かず》の|如《ごと》
|多《おほ》く|居坐《ゐま》せば|詮術《せんすべ》もなし
|主《ス》の|神《かみ》の|御心《みこころ》|覚《さと》る|敏《さと》き|神《かみ》
|少《すくな》き|神世《みよ》の|経綸《しぐみ》は|苦《くる》し
|遠近《をちこち》に|御樋代神《みひしろがみ》は|配《くば》りあれど
|相見《あひみ》むよしも|無《な》き|身《み》なりけり
いすくはし|神《かみ》を|生《う》まむと|朝《あさ》な|夕《ゆふ》な
|願《ねが》ひしこともあだとなりぬる
|主《ス》の|神《かみ》の|造《つく》り|給《たま》ひし|天界《てんかい》の
|清明真悟《せいめいしんご》の|神《かみ》ぞすくなき
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしを|如何《いか》に|果《はた》さむと
|我《われ》は|久《ひさ》しく|艱《なや》みけるかな
|皇神《すめかみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひしくはし|女《め》も
|又《また》さかし|女《め》もあはむすべなし
|御依《みよ》さしに|反《そむ》くと|思《おも》へど|天界《てんかい》の
|乱《みだ》れ|思《おも》ひてためらふ|我《われ》なり』
|主《ス》の|神《かみ》が|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|天界経綸《てんかいけいりん》の|為《た》め|授《さづ》け|給《たま》ひし|八十《やそ》の|比女神《ひめがみ》は、|徒《いたづ》らに|神命《しんめい》を|待《ま》ちつつ|長《なが》き|年月《としつき》を|経給《へたま》ひにける。とりわけ|側近《そばちか》く|仕《つか》へ|奉《まつ》れる|八柱《やはしら》の|比女神《ひめがみ》も、|凡神《ぼんしん》の|囁《ささや》き|余《あま》り|強《つよ》きに|怖《お》ぢ|給《たま》ひて|空《むな》しく|神業《みわざ》を|放棄《はうき》し、|只時《ただとき》の|到《いた》るを|待《ま》ち|給《たま》ふのみ。|終《つひ》には|老《お》い|去《さ》り|給《たま》ひて|神業《みわざ》を|果《はた》し|得《え》ず、|世《よ》は|益々《ますます》|曇《くも》らひ|荒《すさ》びて、さしもの|天界《てんかい》も|日《ひ》に|月《つき》に|邪神《じやしん》|蔓延《まんえん》し、|収拾《しうしふ》すべからざるに|至《いた》れるこそ|是非《ぜひ》なけれ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|発揮《はつき》し、|其《その》|神業《みわざ》を|敢行《かんかう》せむと、|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなお》し|給《たま》ひしこと|幾度《いくたび》なりしか、されど|終《つひ》には|百神《ももがみ》の|雄猛《をたけ》びに|妨《さまた》げられて、|遂行《すゐかう》し|給《たま》はざりしこそ|永劫《えいごふ》の|遺憾《ゐかん》なりける。|八柱《やはしら》の|御側《みそば》|近《ちか》く|仕《つか》へ|奉《まつ》る|比女神《ひめがみ》は、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|対《たい》し|述懐《じゆつくわい》を|述《の》べ|給《たま》ふ。|其《そ》の|御歌《おんうた》、
『|主《ス》の|神《かみ》の|御霊《みたま》を|受《う》けし|寿々子比女《すずこひめ》の
|心《こころ》しらずやあが|主《ス》の|岐美《きみ》は
|結《むす》ぼれし|心《こころ》を|解《と》かむ|術《すべ》もなし
|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|暇《ひま》にしなければ
|天界《てんかい》の|穢《けが》れを|水《みづ》に|寿々子比女《すずこひめ》
|深《ふか》き|流《なが》れに|落《お》ち|入《い》りにける
|天界《てんかい》はさやけく|広《ひろ》し|曇《くも》りたる
|心《こころ》いだきて|縮《ちぢ》まるべきやは
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》の|限《かぎ》り|仕《つか》へむと
|思《おも》ふ|誠《まこと》を|岐美《きみ》は|汲《く》まずや
|吾心《わがこころ》|淋《さび》しくなりぬ|朝夕《あさゆふ》を
|御側《みそば》に|仕《つか》へて|詮術《せんすべ》なければ
|朝夕《あさゆふ》を|岐美《きみ》に|仕《つか》ふる|身《み》ながらも
|夢《ゆめ》うつつなる|御霊《みたま》の|吾《われ》なり
|夢《ゆめ》かあらず|顕《うつつ》かあらず|幻《まぼろし》か
まぼろしならぬ|岐美《きみ》が|神姿《みすがた》
|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》に|朝夕《あさゆふ》|祈《いの》りつつ
まだ|吾時《わがとき》は|到《いた》らざりけり
|大神《おほかみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|此《この》|月日《つきひ》
あだに|過《すご》さむ|身《み》こそうたてき
|主《ス》の|神《かみ》の|大御心《おほみこころ》を|汲《く》み|奉《まつ》り
|岐美《きみ》の|御旨《みむね》を|悟《さと》りては|泣《な》く
|泣《な》くさへも|自由《じいう》にならぬ|吾身《わがみ》なり
|神《かみ》にある|身《み》は|殊更《ことさら》つらし』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|之《これ》に|答《こた》へて|謡《うた》ひ|給《たま》はく、
『|比女神《ひめがみ》の|心《こころ》|汲《く》まぬにあらねども
|時《とき》|到《いた》るまで|忍《しの》びて|待《ま》ちませ
|吾《われ》とても|木石《ぼくせき》ならぬ|身《み》にしあれば
|汝《なれ》の|悲《かな》しき|心《こころ》は|知《し》れり』
|寿々子比女《すずこひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|斯《か》くならば|束《つか》の|間《ま》さへも|忍《しの》び|得《え》じ
|岐美《きみ》が|心《こころ》の|弱《よわ》きをかなしむ
|天地《あめつち》に|憚《はばか》る|事《こと》のあるべきや
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|依《よ》さしなりせば』
顕津男の|神《かみ》『|兎《と》も|角《かく》も|暫《しば》しの|間《あひだ》|待《ま》たれたし
|我《われ》にも|春《はる》の|備《そな》へありせば』
|斯《か》く|互《たがひ》に|歌《うた》を|取交《とりかは》し|時《とき》の|到《いた》るを|待《ま》ち|給《たま》ひぬ。|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》も|亦《また》|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》はく、
『|岐美《きみ》|思《おも》ふ|心《こころ》は|暗《やみ》にあらねども
|思《おも》ひにもゆる|朝香比女《あさかひめ》|吾《われ》は
あさからぬ|朝香《あさか》の|比女《ひめ》の|胸《むね》の|火《ひ》を
|消《け》し|止《と》め|給《たま》へ|瑞《みづ》の|大神《おほかみ》
|朝夕《あさゆふ》を|岐美《きみ》に|侍《はべ》らふ|朝香比女《あさかひめ》の
|深《ふか》き|心《こころ》を|汲《く》ませ|給《たま》はれ
|心《こころ》|弱《よわ》き|岐美《きみ》と|思《おも》ひて|朝香比女《あさかひめ》
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なのいきどうろしもよ
|曇《くも》りたる|神《かみ》の|心《こころ》を|迎《むか》へます
|岐美《きみ》の|心《こころ》の|弱《よわ》きをかなしむ
|燃《も》えさかる|炎《ほのほ》を|消《け》さむ|術《すべ》もなし
|幾度《いくたび》|死《し》なまく|思《おも》ひたりしよ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》にいませば|明《あきら》けく
|此《この》|世《よ》に|晴《は》れて|見合《みあ》ひましませ
|一度《ひとたび》のみとのまぐはひあらずして
|忍《しの》ばるべしやは|若《わか》き|女《め》の|身《み》に
|厳《いづ》の|御霊《みたま》|神《かみ》の|教《をしへ》は|重《おも》けれど
あまりの|堅《かた》きをうらみつつ|生《い》く
|主《ス》の|神《かみ》の|許《ゆる》し|玉《たま》ひし|道《みち》なれば
|如何《いか》でためらふことのあるべき』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|之《これ》に|答《こた》へて|御歌《みうた》|詠《よ》ませる。
『あさからぬ|真心《まごころ》|清《きよ》き|朝香比女《あさかひめ》
|汝《なれ》の|艱《なや》みは|吾《われ》も|知《し》るなり
|心《こころ》|弱《よわ》き|我《われ》にあらねど|今《いま》|暫《しば》し
|真《まこと》の|神《かみ》の|出《い》づるまで|待《ま》て
|我《われ》とても|依《よ》さしの|神業《みわざ》|遂《と》げざるを
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|悲《かな》しみて|居《を》り』
|朝香比女《あさかひめ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|朝夕《あさゆふ》をこめて|恨《うら》みし|吾《わが》|心《こころ》
|朝香《あさか》の|比女《ひめ》のあさましきかな
|燃《も》ゆる|火《ひ》の|火中《ほなか》に|立《た》ちし|心地《ここち》して
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|岐美《きみ》|思《おも》ひ|泣《な》く
|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|誠《まこと》を|岐美《きみ》の|前《まへ》に
|打明《うちあ》けしこそせめてもと|慰《なぐさ》む』
|宇都子比女《うづこひめ》の|神《かみ》は、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|前《まへ》に|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|村肝《むらきも》の|心《こころ》は|炎《ほのほ》に|包《つつ》まれて
つれなき|岐美《きみ》を|恨《うら》むのみなる
よしやよし|百神《ももがみ》|如何《いか》にはかゆとも
|神《かみ》の|神業《みわざ》をばはかるべしやは
|岐美《きみ》こそは|比古遅《ひこぢ》にませば|神《かみ》の|為《た》め
|経綸《しぐみ》のために|憚《はばか》り|給《たま》ふな
|朝夕《あさゆふ》に|御側《みそば》を|近《ちか》く|仕《つか》へつつ
|岐美《きみ》にまみゆることの|苦《くる》しき
|宇都比女《うづひめ》が|貴《うづ》の|心《こころ》を|明《あか》さむと
|岐美《きみ》の|御前《みまへ》に|言挙《ことあ》げするも
|岐美《きみ》|思《おも》ふ|心《こころ》の|糸《いと》は|百千々《ももちぢ》に
|乱《みだ》れ|乱《みだ》れて|解《と》くよしもなし
|御側《みそば》|近《ちか》く|仕《つか》へ|奉《まつ》らふ|身《み》ながらも
|言問《ことと》ふさへも|儘《まま》ならぬ|身《み》よ
|蟹《かに》が|行《ゆ》く|横《よこ》さの|神《かみ》の|言《こと》の|葉《は》を
|拾《ひろ》ひ|給《たま》はず|吹《ふ》き|捨《す》てませよ
|言霊《ことたま》の|伊吹《いぶ》きの|狭霧《さぎり》に|醜草《しこぐさ》の
|醜《しこ》の|言《こと》の|葉《は》|吹《ふ》き|払《はら》ひませ
|御側《おんそば》に|侍《はべ》るはつらし|御側《おんそば》を
|離《はな》るるも|憂《う》き|吾《われ》なりにけり
|神業《かむわざ》の|何時《いつ》|果《は》つるとも|知《し》らずして
|月日《つきひ》を|送《おく》る|吾身《わがみ》をぞ|悲《かな》しき
|此《この》|上《うへ》は|心《こころ》の|駒《こま》を|立《た》て|直《なほ》し
|吾《われ》にゆるせよ|一夜《いちや》の|契《ちぎ》りを』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|答《こた》へて|謡《うた》ひ|給《たま》はく、
『|手枕《たまくら》の|夢《ゆめ》は|夜《よ》な|夜《よ》な|見《み》ながらも
|逢《あ》ひ|見《み》ることのあたはぬ|苦《くる》しさ
|主《ス》の|神《かみ》に|言訳《いひわ》け|立《た》たず|側《そば》の|女《め》に
|男《を》の|甲斐《かひ》もなきわが|身《み》は|苦《くる》しき
|今《いま》|暫《しば》し|神々《かみがみ》の|心《こころ》|明《あ》くるまで
|時《とき》を|待《ま》たせよいとほしの|汝《なれ》』
|宇都子比女《うづこひめ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『はしたなき|女《をみな》の|繰《く》り|言《ごと》|繰《く》り|返《かへ》し
|岐美《きみ》なやませしことの|悲《かな》しき
|恥《はづ》かしさ|苦《くる》しさ|面《おも》はほてれども
|得堪《えた》へ|兼《か》ねつつ|真心《まごころ》のべしよ
|此《この》|上《うへ》は|岐美《きみ》をなやます|力《ちから》なし
|神《かみ》に|任《まか》せて|時《とき》を|待《ま》たむか
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|依《よ》さしのなかりせば
かほどに|吾《われ》は|悩《なや》まじものを』
|梅咲比女《うめさくひめ》の|神《かみ》も|亦《また》|述懐《じゆつくわい》の|歌《うた》を|述《の》べ|給《たま》ふ。
『|如月《きさらぎ》の|梅《うめ》|咲《さ》く|春《はる》に|逢《あ》ひながら
かをるすべなき|現身《うつせみ》の|花《はな》
|大方《おほかた》の|春《はる》の|陽気《やうき》の|漂《ただよ》へる
|此《この》|天界《てんかい》を|淋《さび》しむ|吾《われ》なり
|春《はる》|立《た》ちて|梅《うめ》|咲《さ》く|比女《ひめ》のあだ|花《ばな》を
|岐美《きみ》はあはれと|思召《おぼしめ》さずや
|天地《あめつち》も|一度《いちど》に|梅《うめ》|咲《さ》く|比女《ひめ》のわれ
|小《ちひ》さきことを|如何《いか》で|思《おも》はむ
|背《せ》の|君《きみ》の|苦《くる》しき|心《こころ》を|諾《うべな》ひて
|吾《われ》はもださむ|春《はる》の|身《み》なれど
|開《ひら》くべきよしなき|花《はな》と|知《し》りながら
|岐美《きみ》の|恋《こひ》しくなりまさりつつ
|春《はる》|立《た》ちて|梅《うめ》|咲《さ》く|比女《ひめ》の|初花《はつはな》は
|開《ひら》かむとして|霜《しも》に|打《う》たれつ
|雪《ゆき》も|降《ふ》れ|霜《しも》も|霰《あられ》も|降《ふ》りて|来《こ》よ
|春《はる》をかかへし|梅咲比女《うめさくひめ》よ
|惟神《かむながら》|時《とき》の|到《いた》るを|待《ま》たむかと
|幾度《いくど》か|心《こころ》を|立直《たてなほ》しつつ
|曇《くも》りたる|此《こ》の|世《よ》の|中《なか》を|照《てら》します
|岐美《きみ》の|神業《みわざ》の|苦《くる》しさに|泣《な》く』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|真心《まごころ》の|君《きみ》の|真言《まこと》にあひてわれ
|安《やす》くなりつつなほもかなしき
|百神《ももがみ》の|醜《しこ》のたけびは|恐《おそ》れねど
|乱《みだ》れ|行《ゆ》く|世《よ》を|思《おも》ひてためらふ
|今《いま》の|世《よ》に|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|道《みち》なくば
わが|神業《かむわざ》はやすしと|思《おも》へり
さりながら|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|光《ひかり》なくば
|瑞《みづ》の|力《ちから》は|備《そな》はらざるべし
|汝《なれ》こそは|我《われ》の|心《こころ》をよく|知《し》れり
|我《われ》また|汝《なれ》が|心《こころ》をあはれむ
ぬゑ|草《くさ》の|女《め》にしあれども|汝《な》が|心《こころ》の
|雄々《をを》しさ|赤《あか》さに|感謝《かんしや》の|念《ねん》|湧《わ》く
|今《いま》|暫《しば》し|待《ま》たせ|給《たま》へよ|汝《な》が|心《こころ》に
|添《そ》はむ|月日《つきひ》も|無《な》きにあらねば
|朝夕《あさゆふ》に|神業《みわざ》を|思《おも》ふわが|胸《むね》を
|覚《さと》らす|公《きみ》の|心《こころ》|嬉《うれ》しも』
|梅咲比女《うめさくひめ》の|神《かみ》は|又《また》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|愛恋《いとこ》やの|岐美《きみ》の|言霊《ことたま》|耳《みみ》にして
|梅《うめ》|咲《さ》く|春《はる》に|逢《あ》ふ|心地《ここち》せし
|惟神《かむながら》|岐美《きみ》の|心《こころ》に|任《まか》せつつ
|忍《しの》び|奉《まつ》らむ|幾年《いくとせ》までも
|村肝《むらきも》の|心《こころ》のたけを|岐美《きみ》の|前《まへ》に
|今《いま》あかしたることの|嬉《うれ》しき
|天界《てんかい》はよし|破《やぶ》るとも|愛恋《いとこ》やの
|岐美《きみ》の|真言《まこと》は|忘《わす》れざるべき
|主《ス》の|神《かみ》の|造《つく》り|玉《たま》ひし|天界《てんかい》にも
|朝夕《あさゆふ》かかる|悩《なや》みを|持《も》つも
|真清水《ましみづ》に|昆虫《うじむし》のわく|例《ためし》あり
|天界《てんかい》なりとてかはりあるべき』
|花子比女《はなこひめ》の|神《かみ》の|歌《うた》。
『|天界《てんかい》に|非時《ときじく》|匂《にほ》ふ|花子比女《はなこひめ》の
|花《はな》は|香《か》もなく|艶《つや》だにもなし
|天界《てんかい》の|花《はな》と|咲《さ》くべき|吾身《わがみ》なり
|岐美《きみ》は|何故《なにゆゑ》|手折《たを》りまさずや
|花《はな》も|実《み》も|無《な》き|岐美《きみ》かもと|朝夕《あさゆふ》に
|涙《なみだ》の|雨《あめ》に|潤《うるほ》ふ|吾《われ》なり
よしやよし|百神《ももがみ》|如何《いか》に|譏《そし》るとも
|躇《ためら》ふことなく|手折《たを》り|給《たま》はれ
|天国《てんごく》の|春《はる》に|逢《あ》ひたる|花子比女《はなこひめ》の
|心《こころ》に|時《とき》じく|降《ふ》る|時雨《しぐれ》かな
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》までもと|思《おも》ひつつ
|吾《われ》は|野《の》に|咲《さ》く|紫雲英《げんげ》の|花《はな》かも
|神業《かむわざ》はただに|畏《かしこ》しためらひて
ただ|徒《いたづ》らに|過《すご》すべきやは
|朝夕《あさゆふ》につれ|無《な》き|岐美《きみ》に|侍《はべ》りつつ
|神業《かむわざ》の|日《ひ》を|待《ま》つ|身《み》はうたてき
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》|死《し》せむと|思《おも》ふまで
|胸《むね》の|炎《ほのほ》は|燃《も》え|盛《さか》りつつ
|炎々《えんえん》と|御空《みそら》をこがす|火炎《くわえん》にも
|似《に》て|苦《くる》しもよあつき|心《こころ》は
|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|神《かみ》の|教《をしへ》は|聞《き》きながら
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》をあはれと|思《おも》へり
|大局《たいきよく》に|目《め》をつけずして|百神《ももがみ》は
|小《ちひ》さきことに|言《こと》さやぐかも
|神界《しんかい》の|大経綸《だいけいりん》を|妨《さまた》ぐる
|醜《しこ》の|曲神《まがかみ》|打払《うちはら》ひませよ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|答《こた》へて|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|愛善《あいぜん》の|神《かみ》の|教《をしへ》を|説《と》く|身《み》には
|如何《いか》ではふらむ|醜《しこ》の|曲霊《まがひ》を
わが|力《ちから》|及《およ》ばむ|限《かぎ》り|説《と》き|諭《さと》し
|愛《あい》と|善《ぜん》とに|照《てら》さむとぞ|思《おも》ふ
|愛善《あいぜん》の|心《こころ》しなくば|我《われ》とても
|経綸《しぐみ》の|神業《みわざ》ためらひはせじ
|瑞々《みづみづ》し|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神業《かむわざ》は
|一神《ひとり》も|捨《す》てぬ|誓《ちか》ひなりけり
|花《はな》も|実《み》もある|言《こと》の|葉《は》にほだされて
|悲《かな》しくなりぬ|汝《なれ》が|真言《まこと》に』
|花子比女《はなこひめ》の|神《かみ》は|又《また》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|花《はな》も|実《み》もある|身魂《みたま》ぞと|宣《の》らすこそ
|命《いのち》にかへて|嬉《うれ》しかりけり
よしやよし|岐美《きみ》に|逢《あ》ふ|日《ひ》のあらぬとも
|吾《われ》はうらまじ|歎《なげ》かじと|思《おも》ふ
|曲神《まがかみ》の|中《なか》に|交《まじ》こり|雄々《をを》しくも
|忍《しの》ばす|岐美《きみ》の|心《こころ》をいとしむ
|女《め》の|子《こ》|吾《われ》|岐美《きみ》の|真心《まごころ》|知《し》る|故《ゆゑ》に
|只《ただ》|一度《ひとたび》の|言挙《ことあ》げせざりき
|神業《かむわざ》を|誰《たれ》はばからず|勤《つと》むべき
|時《とき》を|待《ま》ちつつ|楽《たの》しみ|暮《くら》さむ』
(昭和八・一〇・一一 旧八・二二 於水明閣 森良仁謹録)
第一四章 |神《かみ》の|述懐歌《じゆつくわいか》(二)〔一八四五〕
|香具《かぐ》の|比女《ひめ》の|神《かみ》は、はるばる|高地秀《たかちほ》の|山《やま》に|鎮《しづ》まります|大宮《おほみや》に|詣《まう》で、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|静《しづか》に|進《すす》みて|御声《みこゑ》も|清々《すがすが》しく|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》なるや|音橘《おとたちばな》の|永久《とこしへ》に
|香具弥《かぐや》の|比女《ひめ》は|御歌《みうた》まゐらす
|岐美《きみ》が|女《め》とさだまりてより|幾月日《いくつきひ》
けながくなれど|今《いま》だにさみしき
|岐美《きみ》こそは|男神《をがみ》にませば|雄々《をを》しくも
|醜《しこ》の|言葉《ことば》になやまざるべし
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》を|岐美《きみ》に|捧《ささ》げつつ
|死《し》なまく|思《おも》ふこの|頃《ごろ》の|吾《われ》
|曲神《まがかみ》の|醜《しこ》のささやきしげくとも
われはおそれじ|岐美《きみ》と|逢《あ》ふ|日《ひ》を
|岐美《きみ》を|慕《した》ふ|心《こころ》は|兎《と》もあれ|角《かく》もあれ
|神《かみ》の|神業《みわざ》の|遅《おく》るるをおそる
|吾《われ》こそは|須勢理《すせり》の|比女《ひめ》にあらねども
|神業《みわざ》かしこみ|岐美《きみ》に|計《はか》るも
|契《ちぎ》りてしその|生日《いくひ》より|七八年《ななやとせ》
|経《へ》ぬれど|未《いま》だ|音《おと》づれもなし
|吾《わ》が|思《おも》ひ|夢《ゆめ》か|現《うつつ》か|白雲《しらくも》の
なかに|迷《まよ》へる|橘《たちばな》の|香《かをり》よ
|橘《たちばな》の|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》の|名《な》を|負《お》ひし
われは|五月《さつき》の|雨《あめ》にしをれつ
わが|心《こころ》くませ|給《たま》へば|片時《かたとき》の
|夢《ゆめ》の|枕《まくら》を|交《かは》せたまはれ
|如何《いか》にして|日頃《ひごろ》の|悩《なや》みはらさむと
|思《おも》ひつつなほ|曇《くも》るわが|身《み》よ
|曇《くも》りたる|世《よ》を|照《てら》さむと|岐美《きみ》は|今《いま》
|小《ちひ》さき|事《こと》に|心《こころ》ひかすな
よしやよし|百神達《ももがみたち》は|計《はか》ゆとも
おそれ|給《たま》ふな|惟神《かむながら》にて
|惟神《かむながら》|真《まこと》の|神《かみ》の|御言葉《みことば》を
|守《まも》るは|司《つかさ》の|務《つとめ》なるべし
|花《はな》|匂《にほ》ふ|春《はる》の|桜《さくら》も|秋《あき》されば
|梢《こづゑ》のもみぢ|葉《ば》|散《ち》る|世《よ》なりけり
この|儘《まま》に|散《ち》らむは|惜《を》しき|香具《かぐ》の|比女《ひめ》
わが|若《わか》き|身《み》を|如何《いか》に|思召《おぼ》すや
|若《わか》き|身《み》を|神《かみ》の|大道《おほぢ》に|任《まか》せつつ
|悩《なや》みの|淵《ふち》に|沈《しづ》みぬるかな
|何事《なにごと》も|時《とき》の|廻《めぐ》りとあきらめつ
|苦《くる》しき|心《こころ》を|忍《しの》びつつ|生《い》く
わが|命《いのち》|消《き》えぬばかりに|思《おも》ひつつ
|愛恋《いとこや》の|岐美《きみ》を|忘《わす》れかねつも
|岐美《きみ》こそは|雄々《をを》しき|男神《をがみ》よ|吾《われ》はただ
かよわき|心《こころ》|抱《いだ》きて|涙《なみだ》す
|神業《かむわざ》を|務《つと》めむとして|務《つと》め|得《え》ぬ
|醜《しこ》の|曲世《まがよ》のうらめしきかも』
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》はく、
『|美《うるは》しき|香具弥《かぐや》の|比女《ひめ》の|心《こころ》かも
|男《を》の|身《み》ながらも|涙《なみだ》にくるる
|汝《な》が|心《こころ》|汲《く》まぬにあらねど|今日《けふ》の|我《われ》は
|神代《みよ》を|思《おも》ひて|黙《もだ》しゐるなり
|村肝《むらきも》の|心《こころ》はやたけと|逸《はや》れども
|汝《なれ》に|報《むく》はむ|術《すべ》なきをかなしむ
|時《とき》|来《く》れば|花橘《はなたちばな》の|香具《かぐ》の|比女《ひめ》よ
|我《われ》おほらかに|手折《たを》らむと|思《おも》ふ
|男子《をのこ》われためらふ|心《こころ》あらねども
この|世《よ》を|思《おも》ひて|時《とき》を|待《ま》つなり
われこそは|浦洲《うらず》の|鳥《とり》ぞちちと|啼《な》く
|千鳥《ちどり》にも|似《に》て|啼《な》きさけぶなり
やがて|今《いま》|朝日《あさひ》|昇《のぼ》らば|汝《な》が|心《こころ》
|明《あか》し|照《てら》さむしばしを|待《ま》ちませ』
|香具《かぐ》の|比女《ひめ》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|青山《あをやま》に|日《ひ》が|昇《のぼ》る|世《よ》を|待《ま》たせとは
あまりにつれなき|心《こころ》ならずや
|若《わか》き|身《み》をただ|徒《いたづ》らに|待《ま》ち|佗《わ》ぶる
こころは|苦《くる》しき|浜千鳥《はまちどり》かも
|青山《あをやま》に|日《ひ》の|隠《かくろ》ひし|世《よ》にしあれば
|岐美《きみ》がなさけの|枕《まくら》|恋《こ》ほしも
|神業《かむわざ》の|妨《さまた》げなさじと|忍《しの》びつつ
また|神業《かむわざ》の|後《おく》るるをおそる
|世《よ》を|守《まも》る|尊《たふと》き|御子《みこ》の|生《うま》れずば
|如何《いか》で|神国《みくに》の|基《もとゐ》たつべき
|天界《てんかい》の|基《もとゐ》を|建《た》つる|神業《かむわざ》を
おろそかにせし|罪《つみ》をおそるる
よしやよし|曲神達《まがかみたち》はさやぐとも
|主《ス》の|言《こと》の|葉《は》にそむくべきやは
さりながら|岐美《きみ》の|心《こころ》に|従《したが》ひて
|吾《われ》おとなしく|時《とき》を|待《ま》つべし』
|次《つぎ》に|狭別《さわけ》の|比女《ひめ》の|神《かみ》は、|比古神《ひこがみ》の|御前《みまへ》に|立《た》ちて|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしによりて|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へ|奉《まつ》ると|岐美《きみ》に|誓《ちか》ひし
|契《ちか》ひてし|日《ひ》より|幾年《いくとせ》|経《へ》たれども
|岐美《きみ》のおとづれ|無《な》きぞ|淋《さび》しき
|八柱《やはしら》の|比女《ひめ》の|一《ひと》つに|数《かぞ》へられ
|花《はな》の|盛《さか》りをあだに|過《す》ぎけり
|春《はる》すめば|桜《さくら》の|花《はな》も|散《ち》りぬべし
|早《はや》|手折《たを》りませうづの|心《こころ》を
|吾《われ》にしてあやしき|心《こころ》|持《も》たねども
|神《かみ》に|叛《そむ》かむことの|口惜《くや》しき
|比古神《ひこがみ》の|御樋代《みひしろ》として|仕《つか》へ|居《ゐ》る
われに|楽《たの》しき|日《ひ》はなかりけり
|天界《てんかい》は|愛《あい》と|善《ぜん》との|国《くに》と|聞《き》くに
たのしみ|事《ごと》を|未《いま》だ|知《し》らなく
|知《し》らず|知《し》らず|岐美《きみ》に|仕《つか》へて|年《とし》さびぬ
ほかに|心《こころ》を|移《うつ》さぬ|吾《われ》は
|若草《わかくさ》の|妻《つま》と|御側《みそば》に|侍《はべ》りつつ
まだ|一度《ひとたび》の|神業《かむわざ》もなし
|神業《かむわざ》に|仕《つか》へまつると|主《ス》の|神《かみ》の
みことかしこみ|年《とし》|古《ふ》りにけり
|不老不死《ふらうふし》の|天津神国《あまつみくに》と|聞《き》き|乍《なが》ら
|年《とし》さびぬかとさびしまれける
わが|涙《なみだ》|天《てん》に|昇《のぼ》りて|雲《くも》となり
|凝《こ》り|固《かた》まりて|雨《あめ》と|降《ふ》るなり
|汝《な》が|岐美《きみ》の|情《なさけ》の|雨《あめ》の|露《つゆ》うけず
わが|身《み》の|涙《なみだ》のつゆに|濡《ぬ》れつつ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|憮然《ぶぜん》として、|返《かへ》し|歌《うた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|汝《な》が|悩《なや》み|我《われ》は|知《し》らぬにあらねども
せむ|方《かた》なさに|忍《しの》び|居《ゐ》るなり
|醜草《しこくさ》の|言《こと》の|葉《は》しげき|世《よ》なりせば
|神《かみ》のみ|業《わざ》をためらひて|居《を》り
ためらひの|心《こころ》は|真《まこと》の|主《ス》の|神《かみ》に
|逆《さか》ふとも|思《おも》ひつ|未《ま》だ|果《はた》し|得《え》ず
|天界《てんかい》の|万《よろづ》の|業《わざ》を|任《ま》けられて
|忙《せは》しき|我《われ》を|曲神《まがかみ》|議《はか》ゆも
|美《うるは》しき|優《やさ》しき|汝《なれ》が|真心《まごころ》に
われはほだされ|夜々《よよ》に|涙《なみだ》す
|一時《ひととき》の|契《ちぎり》さへなきつれなさを
くやみ|給《たま》ふな|愛恋《いとこや》の|比女《ひめ》
やがて|今《いま》|天《あま》の|岩戸《いはと》のあきらけく
|開《ひら》かむ|時《とき》を|楽《たの》しみ|待《ま》たせよ』
|狭別比女《さわけひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『ありがたし|勿体《もつたい》なしと|思《おも》ひつつ
|岐美《きみ》の|言葉《ことば》のうらめしきかな
ただ|見《み》れば|雄々《をを》しき|岐美《きみ》の|真心《まごころ》の
|奥《おく》には|降《ふ》らむ|涙《なみだ》の|雨《あめ》は
わが|涙《なみだ》|神国《みくに》の|為《ため》になるならば
|苦《くる》しき|月日《つきひ》も|喜《よろこ》び|忍《しの》ばむ』
|小夜子比女《さよこひめ》の|神《かみ》は、|比古神《ひこがみ》の|御前《みまへ》に|立《た》ちて|静《しづか》に|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。その|御歌《おんうた》、
『|久方《ひさかた》の|天《あま》の|峯火夫《みねひを》の|神言《みこと》もちて
|神業《みわざ》のために|岐美《きみ》に|仕《つか》へし
|岐美《きみ》がりに|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|仕《つか》ふるも
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神宣《のり》なればなり
|百八十《ももやそ》の|日《ひ》を|忍《しの》びつつ|岐美《きみ》がりに
|仕《つか》ふる|心《こころ》の|恋《こひ》しさ|苦《くる》しさ
|天界《てんかい》は|愛《あい》と|善《ぜん》との|世界《せかい》なれば
|愛《あい》することの|罪《つみ》となるべきや
|天界《てんかい》に|厳《いづ》の|教《をしへ》を|守《まも》らずば
|心《こころ》の|悩《なや》みあらざらましを
|年《とし》さびし|岐美《きみ》を|守《まも》りて|朝《あさ》な|夕《ゆふ》な
|仕《つか》へ|奉《まつ》るも|神《かみ》の|御《おん》ため
|主《ス》の|神《かみ》の|国魂生《くにたまう》みの|神業《かむわざ》を
おろそかにせむ|事《こと》の|苦《くる》しき
|朝夕《あさゆふ》に|相見《あひみ》|仕《つか》ふる|吾《われ》なれば
|心《こころ》の|悩《なや》み|日々《ひび》につのるも
この|悩《なや》み|救《すく》はむものは|汝《な》が|岐美《きみ》の
|雄々《をを》しき|心《こころ》の|光《ひかり》とぞ|思《おも》ふ
|何故《なにゆゑ》にためらひ|給《たま》ふか|主《ス》の|神《かみ》の
|厳《いづ》の|言葉《ことば》の|神業《かむわざ》なるを』
|比古神《ひこがみ》はこれに|答《こた》へて|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。その|御歌《おんうた》、
『|小夜砧《さよきぬた》|打《う》つ|術《すべ》もなきわが|身《み》なり
|醜《しこ》のみかみの|言葉《ことば》しげくて
|主《ス》の|神《かみ》にはばかる|由《よし》はなけれども
|醜《しこ》の|魔神《まがみ》の|言葉《ことば》うるさき
|醜神《しこがみ》のところを|得《え》たる|天界《てんかい》に
|真《まこと》の|仕組《しぐみ》なすは|苦《くる》しき
われも|亦《また》ためらひにつつ|神業《かむわざ》に
おくれむ|事《こと》の|口惜《くや》しく|思《おも》ふ
|一度《ひとたび》の|小夜《さよ》の|枕《まくら》も|交《まじ》へざる
わが|悲《かな》しさを|汲《く》みとらせませ
やがていま|百神達《ももがみたち》を|言《こと》むけて
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《みわざ》に|仕《つか》へむ
|汝《な》が|心《こころ》|深《ふか》くさとりて|我《われ》は|今《いま》
|悩《なや》みの|淵《ふち》に|沈《しづ》みてぞ|居《ゐ》る
わが|胸《むね》の|焔《ほのほ》はしきりに|燃《も》ゆれども
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|力《ちから》に|消《け》しつつ
|千万《ちよろづ》に|月日《つきひ》を|悩《なや》めるわが|心《こころ》
|覚《さと》りて|待《ま》てよ|小夜子比女《さよこひめ》の|神《かみ》』
|小夜子比女《さよこひめ》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。その|御歌《おんうた》、
『はしたなき|吾《われ》の|言葉《ことば》を|許《ゆる》しませ
|恋《こひ》しさ|迫《せま》りて|宣《の》りし|繰《く》り|言《ごと》
この|上《うへ》は|岐美《きみ》を|悩《なや》まし|奉《まつ》らじと
こころの|駒《こま》に|鞭《むち》|打《う》ち|忍《しの》ばむ
あきらけき|紫微天界《しびてんかい》のなかにして
かかる|歎《なげ》きのありと|知《し》らざりき
|何事《なにごと》も|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》の|御心《みこころ》に
|任《まか》せて|静《しづか》に|其《そ》の|日《ひ》を|待《ま》たなむ』
|斯《か》く|八柱《やはしら》の|比女神《ひめがみ》は、|日頃《ひごろ》|積《つも》り|積《つも》りし|思《おも》ひのたけを|比古神《ひこがみ》の|前《まへ》に|打明《うちあ》け|給《たま》ひてより、|心《こころ》|清々《すがすが》しく|改《あらた》まり|大前《おほまへ》に|朝夕《あさゆふ》を|仕《つか》へつつ、|天《てん》の|時《とき》|到《いた》るを|待《ま》たせ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・一一 旧八・二二 於水明閣 内崎照代謹録)
第二篇 |高照神風《たかてるしんぷう》
第一五章 |国生《くにう》みの|旅《たび》〔一八四六〕
|火《ひ》は|水《みづ》の|力《ちから》によりて|高《たか》く|燃《も》え|立《た》ち|上《あが》り|其《その》|熱《ねつ》と|光《ひかり》を|放《はな》ち、|水《みづ》は|又《また》|火《ひ》の|力《ちから》によりて|横《よこ》に|流《なが》れ|低《ひく》きにつく、|之《これ》を|水火自然《すゐくわしぜん》の|活用《はたらき》と|言《い》ふ。|火《ひ》も|水《みづ》の|力《ちから》なき|時《とき》は|横《よこ》に|流《なが》れて|立《た》つ|能《あた》はず、|水《みづ》は|又《また》|火《ひ》の|力《ちから》なき|時《とき》は|高《たか》く|上《のぼ》りて|直立不動《ちよくりつふどう》となりて、|其《その》|用《よう》をなさず。|霧《きり》となり、|雲《くも》となり、|雨《あめ》となりて、|四方《よも》の|国土《こくど》を|湿《うるほ》すも|皆《みな》|水《みづ》の|霊能《れいのう》なり。|火《ひ》を|本性《ほんせい》として|現《あらは》れ|給《たま》ふ|厳《いづ》の|御霊《みたま》を|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》と|申《まを》すも|此《こ》の|原理《げんり》より|出《い》づるなり。|次《つぎ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》と|称《たた》ふるも、|水気《すゐき》の|徳《とく》あらゆる|万有《ばんいう》に|浸潤《しんじゆん》して|其《その》|徳《とく》を|顕《あらは》すの|意《い》なり。|故《ゆゑ》に|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》は|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》に|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まりて|経《たて》の|教《をしへ》を|宣《の》り|給《たま》ひ、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》に|鎮《しづ》まりまして、|四方《よも》の|神々《かみがみ》を|初《はじ》めあらゆる|国土《こくど》を|湿《うる》ほし|給《たま》ふ|御職掌《ごしよくしやう》なりける。|故《ゆゑ》に|主《ス》の|大神《おほかみ》は|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》に|対《たい》し、|国生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》を|依《よ》さし|給《たま》ひて、|八十柱《やそはしら》の|比女神《ひめがみ》を|御樋代《みひしろ》として|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|降《くだ》し|給《たま》ひ、|殊《こと》に|才色《さいしよく》|勝《すぐ》れたる|八柱《やはしら》の|神《かみ》を|選《え》りて|御側《みそば》|近《ちか》く|仕《つか》へしめ|給《たま》ひしは、|天界経綸《てんかいけいりん》の|基礎《きそ》とこそ|知《し》られけり。
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|天理《てんり》に|暗《くら》き|百神達《ももがみたち》の|囁《ささや》きに|堪《た》へ|兼《か》ね|給《たま》ひて、|尊《たふと》き|神業《みわざ》に|躊躇《ちうちよ》し|給《たま》ひけるが、|主《ス》の|神《かみ》の|大神宣《おほみこと》|黙《もだ》し|難《がた》く、|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》に|参《ま》ひ|詣《まう》で、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》に|我《わが》もてる|職掌《しよくしやう》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|宣《の》り|給《たま》ひしかども、|素《もと》より|火《ひ》の|本性《ほんせい》を|有《も》たす|神《かみ》なれば、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|神言《みことば》を|諾《うべな》ひ|給《たま》はず、|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》の|百神達《ももがみたち》も|言葉《ことば》を|極《きは》めて|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|行動《かうどう》を|裁《さば》きまつりければ、|茲《ここ》に|御神《みかみ》は|深《ふか》く|心《こころ》を|定《さだ》めつつ、|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》に|帰《かへ》らせ|給《たま》ひ、|一柱《ひとはしら》の|侍神《じしん》も|伴《ともな》はず、|月《つき》|光《て》る|夜半《よは》を|独《ひと》りとぼとぼ|立出《たちい》でまし|給《たま》へば、|白梅《しらうめ》の|香《かをり》ゆかしく|咲《さ》き|香《にほ》ふ|栄城山《さかきのやま》|横《よこた》はる。|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はほつと|御息《みいき》をつかせ|給《たま》ひ、|栄城山《さかきのやま》の|頂《いただき》に|登《のぼ》りて、|日月《じつげつ》|両神《りやうしん》を|拝《はい》し|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|我《わが》|神業《みわざ》の|完成《くわんせい》せむ|事《こと》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|祈《いの》り|給《たま》ひける。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|尾上《をのへ》に|茂《しげ》る|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》を|根《ね》こじにこじ、|白梅《しらうめ》の|香《かを》る|小枝《こえだ》を|手折《たを》らせ|給《たま》ひて|松《まつ》の|梢《こずゑ》にしばりまし、|右手《めて》に|手握《たにぎ》り|左手《ゆんで》の|掌《たなごころ》に、|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|静《しづか》に|柔《やはら》かに|捧《ささ》げ|持《も》たし、|松梅《まつうめ》の|幣《みてくら》を|左右左《さいうさ》に|打振《うちふ》り|打振《うちふ》り|御声《みこゑ》|爽《さはや》かに|祈《いの》り|給《たま》ふ。|其《その》|神言霊《みことたま》は|忽《たちま》ち|天地《てんち》に|感動《かんどう》し、|紫微天界《しびてんかい》の|諸神《しよしん》は|時《とき》を|移《うつ》さず|神集《かむつど》ひに|集《つど》ひまして、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|太祝詞言《ふとのりとごと》を|謹《つつし》み|畏《かしこ》み|聴聞《ちやうもん》し|給《たま》ふ。
『|掛《か》けまくも|綾《あや》に|畏《かしこ》き|久方《ひさかた》の、|神国《みくに》の|基《もとゐ》とあれませる|天《あま》の|峯火夫《みねひを》の|神《かみ》は、|澄《す》みきり|澄《す》みきり|主《ス》の|言霊《ことたま》の|神水火《みいき》をうけて、|空《そら》|高《たか》くあらはれ|給《たま》ひ、|心《こころ》を|浄《きよ》め|身《み》を|清《きよ》め、いよいよ|茲《ここ》に|紫微天界《しびてんかい》を|初《はじ》めとし、|外《ほか》に|四層《しそう》の|天界《てんかい》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|生《な》り|出《い》でましぬ。|紫微天界《しびてんかい》の|要《かなめ》|天極紫微《てんきよくしび》の|宮《みや》を|見《み》たて|給《たま》ひ、|之《これ》を|天《あめ》の|御柱《みはしら》の|宮《みや》となづけ|給《たま》ひて、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》に|霊界《れいかい》のことを|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|任《ま》け|給《たま》ひ、|神《かみ》の|御代《みよ》をば|開《ひら》かせ|給《たま》へと、|次《つ》ぎ|次《つ》ぎ|曇《くも》る|天界《てんかい》の|此《この》|有様《ありさま》を|覧《みそな》はし、|我《われ》を|東《ひがし》につかはして、|高地秀山《たかちほやま》に|下《くだ》らせつ、|茲《ここ》に|宮居《みやゐ》を|造《つく》るべく|依《よ》さし|給《たま》へば、ひたすらに|畏《かしこ》みまつり、|天津国《あまつくに》の|遠《とほ》き|近《ちか》きに|聳《そび》えます、|山《やま》の|尾上《をのへ》や|谷々《たにだに》の、|茂木《しげぎ》の|良《よ》き|木《き》を|撰《えら》み|立《た》て、|本打切《もとうちき》り|末打断《すゑうちた》ちて、|貴《うづ》の|御柱《みはしら》|削《けづ》り|終《を》へ、|高天原《たかあまはら》に|千木高知《ちぎたかし》りて、|我《われ》は|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へまつりぬ。|百神達《ももがみたち》は|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》に|対照《たいせう》して|東《ひがし》の|宮《みや》と|呼《よ》ばはりつ、|伊寄《いよ》り|集《つど》ひて|大前《おほまへ》に、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なの|神嘉言《かむよごと》|宣《の》り|上《あ》げまつる|折《をり》もあれ、|主《ス》の|大神《おほかみ》は|厳《おごそ》かに、|東《ひがし》の|宮居《みやゐ》に|下《くだ》りまし、|国《くに》の|御柱《みはしら》の|大宮《おほみや》と|名《な》を|賜《たま》ひたる|尊《たふと》さよ。|茲《ここ》に|主《ス》の|神《かみ》もろもろの|大御経綸《おほみしぐみ》と|任《ま》け|給《たま》ひ、あらゆる|国《くに》を|治《をさ》むべく|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ませよと、|八十柱《やそはしら》の|比女神《ひめがみ》を|我《われ》に|下《くだ》して、|御空《みそら》|高《たか》く|元津御座《もとつみくら》に|帰《かへ》りましましぬ。|我《われ》はもとより|瑞御霊《みづみたま》、|一所《ひとところ》に|留《とど》まるべきにあらねば、|栄城山《さかきのやま》の|上《へ》に|今《いま》|立《た》ちて、|四方《よも》の|神々《かみがみ》さし|招《まね》き、|職掌《つとめ》を|委曲《つぶさ》に、|百《もも》の|神々《かみがみ》|司神《つかさがみ》に|今《いま》あらためて|宣《の》り|告《つ》ぐる。|百神達《ももがみたち》は|主《ス》の|神《かみ》の、|神言《みこと》をうけし|我《わが》|言葉《ことば》、|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|聞召《きこしめ》し、|厳《いづ》の|御霊《みたま》は|言《い》ふも|更《さら》、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|宣言《のりごと》も、|浜《はま》の|千鳥《ちどり》と|聞《き》きながさず、|心《こころ》の|奥《おく》に|納《をさ》めおきて、|我《わが》|神業《みわざ》を|救《すく》へかし。|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》、|天津真言《あまつまこと》の|言霊《ことたま》もて|心《こころ》の|丈《たけ》を|告《つ》げまつる』
かく|謡《うた》ひ|終《をは》り|給《たま》へば、|百神達《ももがみたち》は|何《なん》の|答《いら》へもなく|鰭伏《ひれふ》して|合掌《がつしやう》するのみ。|時《とき》しもあれや|主《ス》の|神《かみ》の|主《ス》の|言霊《ことたま》は|四方《よも》に|響《ひび》き|渡《わた》り、|微妙《びめう》の|音楽《おんがく》|非時《ときじく》|聞《きこ》えて、|其《その》|荘厳《さうごん》さ|愉快《ゆくわい》さ|譬《たと》ふるにものなし。|迦陵頻伽《かりようびんが》は|満山《まんざん》の|白梅《しらうめ》に|枝《えだ》も|撓《たわわ》に|集《あつま》り|来《きた》りて|美音《びおん》を|放《はな》ち、|鳳凰《ほうわう》は|幾百千《いくひやくせん》ともなく|彼方此方《かなたこなた》の|天《てん》より|集《あつま》り|来《きた》り、|栄城山《さかきのやま》の|上空《じやうくう》を|悠々《いういう》|翔《か》けまはる|様《さま》、|実《じつ》に|最奥天国《さいおうてんごく》の|有様《ありさま》なりける。
ここに|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は、|数多《あまた》の|神々《かみがみ》を|従《したが》へ|数百頭《すうひやくとう》の|麒麟《きりん》を|率《ひき》ゐて|此処《ここ》に|現《あらは》れ|給《たま》ひ、|山頂《さんちやう》の|広場《ひろば》に|整列《せいれつ》して、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|門出《かどで》を|祝《しゆく》し|給《たま》ふ。|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|大御母《おほみはは》の|神《かみ》の|奉《たてまつ》りし|麒麟《きりん》に|跨《またが》り|山路《やまぢ》を|下《くだ》り|給《たま》へば、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》を|初《はじ》め|百神達《ももがみたち》は|各《おの》も|各《おの》もと|麒麟《きりん》の|背《せ》に|跨《またが》り、|其《その》|他《た》は|鳳凰《ほうわう》の|翼《つばさ》に|駕《が》して|従《したが》ひ|給《たま》ふ。|大太陽《だいたいやう》の|光《ひかり》は|益々《ますます》|強《つよ》く、|大太陰《だいたいいん》は|慈光《じくわう》を|放《はな》ち、|清涼《せいりやう》の|気《き》を|送《おく》りて|其《その》|炎熱《えんねつ》を|調和《てうわ》し|給《たま》ひ、|水火和合《すゐくわわがふ》の|祥徴《しやうちよう》|実現《じつげん》して、|紫微天界《しびてんかい》は|忽《たちま》ち|浄土《じやうど》の|光景《くわうけい》を|現《げん》じける。|再拝《さいはい》。
(昭和八・一〇・一二 旧八・二三 於水明閣 加藤明子謹録)
第一六章 |八洲《やす》の|河《かは》〔一八四七〕
|茲《ここ》に|月《つき》の|大神《おほかみ》の|神霊《しんれい》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》、|栄城山《さかきのやま》を|下《くだ》り、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》|其《その》|他《た》の|諸神《しよしん》に|送《おく》られて、|神生《かみう》み|国生《くにう》みの|旅《たび》に|就《つ》かせ|給《たま》ふ。|数百頭《すうひやくとう》の|麒麟《きりん》は|神々《かみがみ》を|背《せ》に|負《お》ひ|乍《なが》ら、カコクケキの|言霊《ことたま》|清《すが》しく|鳴《な》り|鳴《な》り|出《い》でつつ|諸神《しよしん》を|送《おく》り、|鳳凰《ほうわう》の|群《むれ》は|各々《おのおの》|諸神《しよしん》を|翼《つばさ》に|乗《の》せ、タトツテチの|言霊《ことたま》を|鳴《な》り|出《い》でながら、|東北《とうほく》の|国原《くにばら》を|指《さ》して|夜《よ》を|日《ひ》に|次《つ》いで|進《すす》ませ|給《たま》ふ。|行《ゆ》き|行《ゆ》けば|前途《ぜんと》に|巍峨《ぎが》として|高《たか》く|聳《そび》ゆる|秀嶺《しうれい》あり。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|高《たか》く|御手《みて》を|差翳《さしかざ》し|秀嶺《しうれい》を|望《のぞ》み|給《たま》ふに、|山頂《さんちやう》より|紫《むらさき》の|雲気《うんき》|立昇《たちのぼ》り|目《め》もまばゆきばかりなり。
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|広《ひろ》く|長《なが》く|横《よこた》はれる|天《あめ》の|八洲河《やすかは》に|麒麟《きりん》|諸共《もろとも》に|立《た》ち|入《い》り|給《たま》ひ、|白銀《しろがね》の|如《ごと》く|輝《かがや》く|水瀬《みなせ》の|中《なか》に|立《た》ちて|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|見渡《みわた》せば|紫《むらさき》の|雲《くも》|立《た》ち|昇《のぼ》る
|遥《はろ》の|高根《たかね》の|荘厳《さうごん》なるかな』
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|直《ただち》に|謡《うた》ひ|給《たま》はく、
『|見《み》はるかす|春《はる》の|高根《たかね》は|天界《てんかい》に
その|名《な》も|著《しる》き|高照《たかてる》の|山《やま》
|高照《たかてる》の|山《やま》は|遥《はる》けく|見《み》ゆれども
|吾《われ》には|近《ちか》き|住所《すみか》なりけり』
と|謡《うた》ひ|給《たま》ひて、|永久《とこしへ》に|住《す》み|給《たま》ふ|御舎《みあらか》の|霊山《れいざん》なることを|示《しめ》し|給《たま》へば、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|威儀《ゐぎ》を|正《ただ》し|双《もろ》の|手《て》を|拍《う》ち|合《あは》せ、【タカ】の|言霊《ことたま》を|鳴《な》り|出《い》で|礼拝《らいはい》|稍久《ややひさ》しう|為《な》し|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|足下《あしもと》を|流《なが》るる|清泉《せいせん》を|賞《ほ》め|讃《たた》へながら、
『いすくはし|此《これ》の|流《ながれ》は|主《ス》の|神《かみ》の
|天津真言《あまつまこと》のみたまなるらむ
|霧雲《きりくも》の|雨《あめ》とかはりて|足引《あしびき》の
|山《やま》にくだちし|恵《めぐみ》の|露《つゆ》かも
|此《こ》の|水《みづ》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》のかげ|写《うつ》し
|神代《かみよ》を|照《てら》す|真寸鏡《ますかがみ》かも
|山川《やまかは》は|清《きよ》くさやけし|我《われ》は|今《いま》
|八洲《やす》の|河原《かはら》に|水鏡《みづかがみ》|見《み》つ
|此《この》|水《みづ》の|滞《とどこほ》りなく|流《なが》るごと
わが|経綸《けいりん》を|進《すす》ませ|給《たま》へ
|夕《ゆふ》されば|月《つき》の|流《なが》るる|八洲河《やすかは》の
|清瀬《きよせ》に|立《た》ちてもの|思《おも》ふかな
|八柱《やはしら》の|宿《やど》に|残《のこ》りし|比女神《ひめがみ》に
|此《この》|水鏡《みづかがみ》|見《み》せたくぞ|思《おも》ふ
|滞《よど》みなく|千代《ちよ》に|流《なが》るる|八洲河《やすかは》の
|清《きよ》きは|瑞《みづ》の|御霊《みたま》なるらむ
|母神《ははがみ》の|我《われ》に|賜《たま》ひし|珍《うづ》の|獣《けもの》
|逆《さか》さに|写《うつ》る|此《こ》の|水鏡《みづかがみ》よ
|真清水《ましみづ》の|鏡《かがみ》に|写《うつ》し|眺《なが》むれば
|我《われ》も|逆《さか》さに|写《うつ》りてあるも
|百神《ももがみ》の|我《わが》|宣《の》る|道《みち》を|逆《さか》しまに
|見《み》るも|宜《うべ》なり|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ
|八洲河《やすかは》の|堤《つつみ》に|生《お》ふる|常磐木《ときはぎ》は
|我《わが》|神業《かむわざ》を|明《あか》して|立《た》てるか
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》にかかれる|天津日《あまつひ》の
|影《かげ》|清《すが》しもよ|御空《みそら》|晴《は》れつつ
|照渡《てりわた》る|天津日《あまつひ》|懸《かか》る|常磐木《ときはぎ》の
|松《まつ》のこずゑに|露《つゆ》|光《ひか》るなり
|鳳凰《ほうわう》は|翼《つばさ》を|揃《そろ》へ|世《よ》を|謳《うた》ひ
|麒麟《きりん》は|足《あし》を|揃《そろ》へて|言祝《ことほ》ぐ
|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|恵《めぐ》みに|我《われ》は|今《いま》
|八洲《やす》の|河原《かはら》の|清瀬《きよせ》を|渡《わた》る
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》に|生《お》ひ|立《た》ちし
|麒麟《きりん》に|跨《またが》り|国生《くにう》みなさばや
|神《かみ》を|生《う》み|国魂《くにたま》を|生《う》む|神業《かむわざ》を
|助《たす》くる|麒麟《きりん》はわが|宝《たから》なり』
|斯《か》く|謡《うた》ひながら|大御母《おほみはは》の|神《かみ》の|御後《みうしろ》に|従《したが》ひて|八洲《やす》の|河原《かはら》の|東《ひがし》の|岸《きし》に|安々《やすやす》|着《つ》き|給《たま》へば、|諸神《しよしん》もわれ|遅《おく》れじと|一斉《いつせい》に|岸《きし》に|上《のぼ》らせ|給《たま》ひ、
「ウーアー、ウーア」の|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》ふ。|故《かれ》|天界《てんかい》の|諸山《しよざん》|諸川《しよせん》を|初《はじ》めとし、|森羅万象《しんらばんしやう》|悉《ことごと》く|震動《しんどう》して|言霊歌《ことたまうた》を|謡《うた》ひ|踊《をど》り|狂《くる》ひ|舞《ま》ふ。
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|麒上《きじやう》|高《たか》く|御声《みこゑ》|爽《さはや》かに|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《あめ》の|八洲河《やすかは》|安々《やすやす》と
|渡《わた》らふ|岐美《きみ》の|雄々《をを》しき|姿《すがた》よ
そも|此《この》|河《かは》を|永久《とこしへ》に
|流《なが》るる|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》は
|千早《ちはや》|振《ふ》る|遠《とほ》き|宇宙《うちう》の|初《はじ》めより
|紫微天界《しびてんかい》の|司《つかさ》の|河《かは》と
|称《とな》へ|奉《まつ》られ|永久《とこしへ》に
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|流《なが》しつつ
|世《よ》の|雲霧《くもきり》を|払《はら》ふべき
|百《もも》の|罪咎《つみとが》|洗《あら》ふべき
そも|此《これ》の|真清水《ましみづ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|主《ス》の|神《かみ》の
|与《あた》へ|給《たま》ひし|生命《いのち》の|水《みづ》よ
|汝《なれ》|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》
|此《この》|真清水《ましみづ》を|心《こころ》とし
|清《きよ》き|流《なが》れを|教《をしへ》とし
|四方《よも》の|神々《かみがみ》|遺《お》ちもなく
もれなく|救《すく》へ|惟神《かむながら》
|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて
|主《ス》の|神《かみ》|初《はじ》め|諸々《もろもろ》の
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|宣《の》り|奉《まつ》る
|天津日《あまつひ》は|照《て》る|照《て》る|月《つき》は|冴《さ》ゆ
|天《あめ》に|昇《のぼ》りて|雲《くも》となり
|雨《あめ》とかはりて|地《ち》にくだち
|高山短山《たかやまひきやま》|霑《うる》ほして
|百谷千谷《ももたにちたに》の|細流《こながれ》を
|一《ひと》つに|集《あつ》めし|神《かみ》の|河《かは》
|流《なが》るる|水《みづ》は|瑞御霊《みづみたま》
|四方《よも》の|神々《かみがみ》うるほして
|永久《とは》の|生命《いのち》を|与《あた》へます
|生命《いのち》の|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》よ
|此《こ》の|天界《てんかい》に|八洲河《やすかは》の
|流《なが》れあらずば|如何《いか》にせむ
|浜《はま》の|真砂《まさご》の|数《かず》なせる
|星《ほし》の|神霊《みたま》は|輝《かがや》きて
|天《てん》に|花《はな》|咲《さ》き|地《ち》の|上《うへ》は
|白梅《しらうめ》|匂《にほ》ひ|迦陵頻伽《からびんが》
|清《すが》しく|歌《うた》ひ|鳳凰《ほうわう》は
|翼《つばさ》|拡《ひろ》げて|舞《ま》ひ|遊《あそ》び
|麒麟《きりん》は|数多《あまた》の|神々《かみがみ》を
|背負《せお》ひ|奉《まつ》りて|八洲《やす》の|河《かは》
|雄々《をを》しく|清《きよ》く|渡《わた》らしぬ
いざ|是《これ》よりは|高照山《たかてるやま》の
|尾《を》の|上《へ》にかけ|登《のぼ》り
|貴《うづ》の|宮居《みやゐ》を|見立《みた》て|奉《まつ》り
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|経綸《けいりん》に
|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ|惟神《かむながら》
|急《いそ》がせ|給《たま》へ|百神《ももがみ》よ』
と|謡《うた》ひ|終《をは》り、|真先《まつさき》に|立《た》ちて|麒麟《きりん》の|足許《あしもと》チヨクチヨクと|御山《みやま》を|指《さ》して|急《いそ》ぎ|給《たま》ふ。
(昭和八・一〇・一二 旧八・二三 於水明閣 森良仁謹録)
第一七章 |駒《こま》の|嘶《いなな》き〔一八四八〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》に|導《みちび》かれ、|数多《あまた》の|諸神《しよしん》を|従《したが》へて、|真清水《ましみづ》|流《なが》るる|天《あめ》の|八洲河《やすかは》を|向津岸《むかつぎし》にうち|渡《わた》り、|麒麟《きりん》の|足《あし》もチヨクチヨクと、|高照山《たかてるやま》の|聖地《せいち》をさして、|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なく、【タカ】の|言霊《ことたま》におくられて、とある|小川辺《をがはべ》に|着《つ》き|給《たま》ふ。この|川《かは》の|辺《べ》に|脛《すね》もあらはに|禊《みそぎ》せる|比女神《ひめがみ》あり、|容姿《ようし》|端麗《たんれい》にして|玉《たま》の|如《ごと》し。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこの|美神《びしん》に|対《たい》し、
『|由縁《ゆかり》ある|女神《めがみ》と|思《おも》へどたしだしに
われ|御名《みな》|知《し》らず|宣《の》らせ|給《たま》はれ』
|比女神《ひめがみ》『われこそは|神《かみ》の|依《よ》さしの|如衣比女《ゆくえひめ》
|岐美《きみ》|来《き》ますよと|禊《みそぎ》して|待《ま》ちし
|大神《おほかみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》みただ|一人《ひとり》
けながく|待《ま》ちぬ|岐美《きみ》の|出《い》でまし』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこれに|答《こた》へて、
『|八十神《やそがみ》の|汝《なれ》は|一《ひと》つの|細女《くはしめ》か
|思《おも》ひにまかせぬ|我《われ》を|許《ゆれ》せよ
|主《ス》の|神《かみ》のゆるし|給《たま》ひし|仲《なか》なれど
|百神《ももがみ》たちの|目《め》を|如何《いか》にせむ』
|比女神《ひめがみ》『|千早振《ちはやふる》|神《かみ》のゆるせし|女男《めを》の|道《みち》
はばかり|給《たま》ふ|心《こころ》|恨《うら》めし
|大《おほ》らかに|居《ゐ》まさへ|背《せ》の|岐美《きみ》|天界《てんかい》の
|国《くに》を|治《をさ》むるいみじき|神業《みわざ》よ
|見《み》るからに|川巾《かははば》|狭《せま》き|須佐川《すさがは》も
|底《そこ》ひは|深《ふか》きわがおもひかな
|須佐川《すさがは》はよし|底《そこ》ひまで|乾《かわ》くとも
|岐美《きみ》に|仕《つか》ふる|心《こころ》わすれじ』
|比古神《ひこがみ》はこれに|答《こた》へて、
『|高照《たかてる》のみ|山《やま》にのぼる|道《みち》なれば
わが|心根《こころね》をはかりて|許《ゆる》せよ』
|比女神《ひめがみ》『|村肝《むらきも》の|心《こころ》はげしくどよめきぬ
いざみともせむ|高照《たかてる》の|山《やま》に
|高照《たかてる》の|山《やま》は|高《たか》しもさかしもよ
わが|駒《こま》に|召《め》せ|麒麟《きりん》をすてて』
|比古神《ひこがみ》『|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|賜《たま》ひし|麒麟《きりん》なれば
|我《われ》いたづらに|捨《す》てがてに|思《おも》ふ』
|比女神《ひめがみ》『この|駒《こま》は|雌《めす》にいませば|神業《かむわざ》の
みたまと|思《おも》ひて|安《やす》く|召《め》しませ
|白銀《しろがね》のしろき|若駒《わかこま》に|跨《またが》りて
|国《くに》つくりませわが|真心《まごころ》に』
|比古神《ひこがみ》は|面《おも》ほてりながら|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『|如衣比女《ゆくえひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》の|真心《まごころ》に
|報《むく》いむ|術《すべ》のなきが|悲《かな》しき
|高照《たかてる》のみ|山《やま》にわれは|進《すす》みゆく
|汝《なれ》は|後《あと》より|静《しづか》に|来《き》ませよ』
|比女神《ひめがみ》は|面《おもて》をくもらせながら、
『|情《なさけ》なき|岐美《きみ》の|心《こころ》よおほらかに
|雄々《をを》しくいませ|世《よ》に|憚《はばか》らで
|凡神《ただがみ》の|眼《まなこ》を|恐《おそ》れ|給《たま》はずて
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《みわざ》|召《め》しませ』
ここに|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は、|両神《りやうしん》が|応答歌《おうたふか》を|聞《き》きて|痛《いた》ましく|思《おも》ひ|給《たま》ひしが、|忽《たちま》ち|麒背《きはい》を|下《くだ》り、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|御手《みて》をとり、|熱《あつ》き|涙《なみだ》をたたへながら、
『|妹《いも》と|背《せ》の|道《みち》は|知《し》らぬにあらねども
|暫《しば》しを|待《ま》たせ|良《よ》き|日《ひ》|来《く》るまで
|汝《な》が|神《かみ》の|清《きよ》き|心《こころ》はわれも|知《し》る
|須佐《すさ》の|流《ながれ》の|深《ふか》きおもひを』
|比女神《ひめがみ》は|打《う》ちうなづきながら、
『|情《なさけ》ある|神《かみ》の|言葉《ことば》にまつろひて
|良《よ》き|日《ひ》|足《た》る|日《ひ》をしのびて|待《ま》たむ』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|須佐《すさ》の|川瀬《かはせ》に|合掌《がつしやう》し、|声《こゑ》もしとやかに、【マモムメミ】の|言霊歌《ことたまうた》を|宣《の》り|給《たま》へば、|川《かは》の|流《なが》れは|真《ま》つ|二《ぷた》つに分れて、|中《なか》より|銀《ぎん》の|駒《こま》|三頭《さんとう》|躍《をど》り|出《い》で、|高《たか》く|嘶《いなな》きながら|比女神《ひめがみ》の|側《そば》|近《ちか》く|寄《よ》り|来《きた》る。|比女神《ひめがみ》は|駒《こま》の|頭《かしら》を|撫《な》で|擦《さす》りながら、
『この|駒《こま》は|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|召《め》しませよ
|高照山《たかてるやま》はさかしくあれば
この|駒《こま》は|大御母神《おほみははがみ》|召《め》しませよ
|勝《すぐ》れて|高《たか》きしろがねの|駒《こま》
いや|果《はて》にのぼり|来《きた》りし|白駒《しろこま》に
|跨《またが》りわれは|御供《みとも》に|仕《つか》へむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、
『|比女神《ひめがみ》の|生言霊《いくことたま》ゆ|生《うま》れたる
|駒《こま》をし|見《み》れば|心《こころ》|動《うご》くも
|比女神《ひめがみ》の|言霊《ことたま》|清《きよ》し|白銀《しろがね》の
|駒《こま》は|三《み》つまで|生《な》り|出《い》でしはや』
と|謡《うた》ひ|給《たま》ひて|麒麟《きりん》をひらりと|下《お》り、|駒《こま》の|背《せ》に|乗《の》りかへ|給《たま》ふ。この|駒《こま》の|御名《みな》を|天龍《てんりう》と|言《い》ふ。|天龍《てんりう》は|鬣《たてがみ》を|振《ふ》り|尾《を》をふり、|比古神《ひこがみ》の|僕《しもべ》となりしを|喜《よろこ》びて、|高《たか》く|清《きよ》く|幾度《いくたび》となく|嘶《いなな》けり。|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|駒《こま》の|轡《くつわ》を|右手《めて》に|握《にぎ》らせながら、
『|白妙《しろたへ》の|黄金《こがね》の|駒《こま》に|跨《またが》りし
|岐美《きみ》の|姿《すがた》は|雄々《をを》しかりけり
この|駒《こま》の|清《きよ》く|白《しろ》きは|岐美《きみ》おもふ
わが|真心《まごころ》の|色《いろ》とこそ|思《おも》へ』
|比古神《ひこがみ》は|欣然《きんぜん》として|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|一度《ひとたび》のみとのまぐはひ|無《な》けれども
こころ|楽《たの》しき|白駒《しろこま》の|背《せな》
|汝《なれ》もまた|駒《こま》に|召《め》しませ|高照《たかてる》の
|山《やま》はさかしとわれ|聞《き》くからは』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は、
『ありがたし|岐美《きみ》の|言葉《ことば》は|命《いのち》かも
|駒《こま》の|御供《みとも》を|仕《つか》へまつらむ』
ここに|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|銀龍《ぎんりう》の|駿馬《しゆんめ》にまたがり、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|天龍《てんりう》に、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|須佐《すさ》にまたがり、|轡《くつわ》をならべて|戞々《かつかつ》と、|高照山《たかてるやま》の|聖場《せいぢやう》に|進《すす》み|給《たま》ふぞかしこけれ。|麒麟《きりん》にまたがる|万神《ばんしん》も|鳳凰《ほうわう》の|背《せ》に|乗《の》れる|神々《かみがみ》も「ウオーウオー」と|叫《さけ》びつつ|歓呼《くわんこ》の|声《こゑ》は|天《てん》に|満《み》ち、|高照山《たかてるやま》の|聖場《せいぢやう》も|動《うご》くばかりに|見《み》えにけり。
(昭和八・一〇・一三 旧八・二四 於水明閣 白石恵子謹録)
第一八章 |佐田《さだ》の|辻《つじ》〔一八四九〕
|高照山《たかてるやま》は|雲表《うんぺう》に |高《たか》く|聳《そび》えて|天《てん》をぬき
|尾上《をのへ》|山裾《やますそ》|隈《くま》もなく |常磐木《ときはぎ》|茂《しげ》り|百花《ももばな》は
|艶《えん》を|競《きそ》ひて|間《ま》をつづり さながら|錦《にしき》の|如《ごと》くなり
のどかに|吹《ふ》き|来《く》る|春風《はるかぜ》は |花弁《くわべん》を|四方《よも》に|散《ち》らしつつ
|芳香《はうかう》ますます|薫《くん》じ|充《み》ち |迦陵頻伽《かりようびんが》は|天国《てんごく》の
|春《はる》を|清《すが》しく|歌《うた》ふなり |地《ち》は|一面《いちめん》の|花蓆《はなむしろ》
|五色《ごしき》の|蝶《てふ》は|翩翻《へんぼん》と |春野《はるの》の|花《はな》にたはむれつ
|爽快《さうくわい》|限《かぎ》り|無《な》かりけり |顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は
|白馬《はくば》に|跨《またが》り|麒麟《きりん》の|背《せな》に |乗《の》りて|悠々《いういう》|進《すす》みゆく
|鳳凰《ほうわう》|天《てん》に|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ |百《もも》の|神達《かみたち》|口々《くちぐち》に
|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し |厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》りあげて
|天《あめ》と|地《つち》とは|向《むか》ひ|合《あ》ひ |高照山《たかてるやま》の|霊場《れいぢやう》に
|流《なが》るる|如《ごと》く|進《すす》みゆく |太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の
|旅立《たびだ》ちこそは|清《すが》しけれ |弥々《いよいよ》|是《これ》より|国《くに》を|生《う》み
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まさむと |勇猛心《ゆうまうしん》を|発揮《はつき》して
|東《ひがし》の|宮《みや》や|栄城山《さかきやま》 |後《あと》に|眺《なが》めて|進《すす》みゆく
|神《かみ》の|心《こころ》ぞ|雄々《をを》しけれ |澄《す》み|渡《わた》りたる|大空《おほぞら》に
|渡《わた》らふ|月《つき》の|光《かげ》|清《きよ》く |涼《すず》しき|風《かぜ》は|非時《ときじく》に
|面《おもて》を|撫《な》づる|夜《よる》の|野辺《のべ》 |障《さや》らむものこそ|無《な》かりけれ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|草枕《くさまくら》
|旅《たび》の|出立《いでた》ち|清《すが》しけれ。
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》の|急報《きふはう》によりて、|経綸《しぐみ》の|神々《かみがみ》は|高照山麓《たかてるさんろく》の|聖地《せいち》|高日《たかひ》の|宮《みや》に|伊寄《いよ》り|集《つど》ひ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|降臨《かうりん》を|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》ち|給《たま》ひける。|高日《たかひ》の|宮《みや》に|集《あつま》れる|神達《かみたち》の|中《なか》より|選《えら》まれて|道《みち》の|辺《べ》に|待《ま》ち|迎《むか》へたる|神《かみ》あり、この|神《かみ》の|御名《おんな》を|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》と|言《い》ふ。|又《また》の|名《な》を|目《め》の|神《かみ》と|言《い》ふ。|目《め》の|神《かみ》は|花《はな》|爛漫《らんまん》と|咲《さ》き|匂《にほ》ふ|原野《げんや》の|中《なか》の|十字路《じふじろ》に|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》、|照男《てるを》の|神《かみ》を|従《したが》へて、|今《いま》や|一行《いつかう》の|来着《らいちやく》を|待《ま》ち|受《う》け|給《たま》ひぬ。|大御母《おほみはは》の|神言《みこと》の|案内《あんない》につれて|進《すす》み|来《きた》る|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|英姿《えいし》を|眺《なが》めて、|目《め》の|神《かみ》は|喜《よろこ》び|勇《いさ》み|謡《うた》ひ|給《たま》はく、
『けながくも|吾《わが》|待佗《まちわ》びし|甲斐《かひ》ありて
あこがれの|岐美《きみ》は|今《いま》や|来《き》ませる
|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|神言《みこと》に|従《したが》ひて
この|十字路《じふじろ》に|岐美《きみ》|待《ま》ちむかふ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より、
『|汝《なれ》こそは|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》なれや
わが|名《な》をよくも|覚《さと》りいませる
|東《ひむがし》の|宮《みや》を|立《た》ち|出《い》で|国《くに》つくる
|神業《みわざ》|畏《かしこ》みわれ|来《き》つるかも
|唯一人《ただひとり》|旅《たび》に|立《た》つ|身《み》と|思《おも》ひしを
|我《われ》をむかふる|公《きみ》ぞ|尊《たふと》き
|主《ス》の|神《かみ》の|神業《みわざ》|畏《かしこ》し|我《われ》は|今《いま》
|国《くに》つくらむとここに|出《い》で|来《こ》し
|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|神言《みこと》の|導《みちび》きに
|八洲《やす》の|河原《かはら》もやすく|渡《わた》りぬ
|八洲河《やすかは》の|清《きよ》きが|如《ごと》く|国原《くにばら》に
|塵埃《ちりほこり》さへなかれと|思《おも》ふ』
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|馬前《ばぜん》に|端然《たんぜん》として|威儀《ゐぎ》を|正《ただ》し、
『|主《ス》の|神《かみ》の|造《つく》らせ|給《たま》ひし|紫微《しび》の|国《くに》も
|岐美《きみ》なかりせば|治《をさ》めむよしなし
|百神《ももがみ》の|醜《しこ》のさやりは|繁《しげ》くとも
|汝《な》が|言霊《ことたま》に|靡《なび》き|伏《ふ》すべし
|高照《たかてる》の|山《やま》は|畏《かしこ》し|岐美《きみ》|坐《ま》さば
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》は|四方《よも》を|光《てら》さむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より、|静《しづか》に|御歌《みうた》よませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《そら》に|日月《じつげつ》|輝《かがや》きて
|光《てら》したまはむ|高照《たかてる》の|山《やま》
|紫《むらさき》の|雲《くも》の|包《つつ》みし|高照《たかてる》の
|山《やま》を|明《あ》かして|神代《みよ》を|治《をさ》めむ』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より、
『|遥々《はるばる》と|岐美《きみ》を|迎《むか》へし|目《め》の|神《かみ》の
|貴《うづ》の|功《いさを》に|感謝《かんしや》し|奉《まつ》らむ
われはもよ|女《め》にしあれども|高照《たかてる》の
|山《やま》の|雲霧《くもきり》|払《はら》はむとぞ|思《おも》ふ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|力《ちから》となりまして
|此《この》|国原《くにばら》を|開《ひら》け|目《め》の|神《かみ》
|吾《われ》も|亦《また》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》と|諸共《もろとも》に
|貴《うづ》の|神業《かむわざ》|仕《つか》へむと|思《おも》ふ』
|目《め》の|神《かみ》はこれに|答《こた》へて、
『|雄々《をを》しくも|宣《の》らせ|給《たま》ひし|言《こと》の|葉《は》よ
|如衣《ゆくえ》の|神《かみ》は|貴《うづ》の|益良女《ますらめ》
いざさらば|御供《みとも》に|仕《つか》へ|奉《まつ》るべし
|駒《こま》はなけれど|膝栗毛《ひざくりげ》にて』
|斯《か》く|謡《うた》ひて|真榊《まさかき》を|打振《うちふ》り|打振《うちふ》り|山野《さんや》の|邪気《じやき》を|払《はら》ひながら、|高照山《たかてるやま》の|大高原《だいかうげん》を|矢《や》の|進《すす》むが|如《ごと》く|分《わ》け|入《い》り|給《たま》ふ。|万《よろづ》の|神《かみ》の|歓呼《くわんこ》の|声《こゑ》は|以前《いぜん》に|勝《まさ》りて|益々《ますます》|高《たか》くさやけく、|神《かみ》は|善悪《ぜんあく》|上下《じやうげ》の|区別《くべつ》なく|道《みち》の|両側《りやうがは》に|跪《ひざまづ》きて|一行《いつかう》を|迎《むか》へ|奉《たてまつ》る。
(昭和八・一〇・一三 旧八・二四 於水明閣 加藤明子謹録)
第一九章 |高日《たかひ》の|宮《みや》〔一八五〇〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》、|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》の|先頭《せんとう》にて|万神《ばんしん》に|送《おく》られながら、|高照山《たかてるやま》の|山麓《さんろく》|高日《たかひ》の|宮《みや》の|清所《すがど》につき|給《たま》へば、|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》は|昼《ひる》もほの|暗《ぐら》きまで|繁《しげ》り|栄《さか》え、|庭《には》の|面《も》は|白砂《はくしや》を|敷《し》きまはされ、|木蔭《こかげ》の|庭《には》の|上《うへ》には|七色《なないろ》の|草花《くさばな》|爛漫《らんまん》として|咲《さ》き|乱《みだ》れ、その|荘厳《さうごん》さ|麗《うるは》しさ|譬《たと》ふるに|物《もの》なかりける。
ここに|明晴男《あけはるを》の|神《かみ》、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》|達《たち》は、|白《しろ》き|薄衣《うすぎぬ》を|纒《まと》ひながらうやうやしく|出《い》で|迎《むか》へ、|先《ま》づ|大御母《おほみはは》の|神《かみ》の|乗《の》らせる|駒《こま》の|轡《くつわ》をとらせ|給《たま》ひて、
『|大御母《おほみはは》の|神《かみ》の|神言《みこと》の|計《はか》らひに
|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|明《あ》け|晴《は》れの|神《かみ》
|曇《くも》りたる|世《よ》も|今日《けふ》よりは|明晴《あけはる》の
|神《かみ》の|心《こころ》は|楽《たの》しかりける』
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より|降《くだ》らむとして、
『|主《ス》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|恵《めぐみ》にひたされて
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》を|迎《むか》へし
|今日《けふ》よりは|高照山《たかてるやま》の|雲霧《くもきり》も
くまなく|晴《は》れむたのもしの|世《よ》や』
と|謡《うた》はせつつひらりと|駒《こま》を|降《くだ》り、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|乗《の》らせる|駒《こま》の|轡《くつわ》をとりながら、
『はるばると|来《き》ませる|神《かみ》よ|此処《ここ》はしも
わが|住家《すみか》ぞや|早《は》や|降《くだ》りませ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|此《こ》の|地《ち》にます|上《うへ》は
これの|神国《みくに》は|安《やす》く|栄《さか》えむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》に|御歌《みうた》にて|答《こた》へ|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『いく|山脈《やまなみ》|越《こ》えてわれをば|迎《むか》へましし
|岐美《きみ》の|真心《まごころ》かたじけなみおもふ
|岐美《きみ》が|住《す》むうづの|清所《すがど》に|導《みちび》かれ
|嬉《うれ》しさあまりて|言《こと》の|葉《は》もなし』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》を|降《くだ》らむとして|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|山《やま》|清《きよ》く|水《みづ》また|清《きよ》く|吹《ふ》く|風《かぜ》も
|涼《すず》しき|清所《すがど》に|甦《よみがへ》るかな
|背《せ》の|岐美《きみ》の|御供《みとも》|仕《つか》へてわれは|今《いま》
|貴《うづ》の|清所《すがど》に|甦《よみがへ》りつつ
|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|御言《みこと》の|計《はか》らひに
われあこがれの|岐美《きみ》に|逢《あ》ひぬる』
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|喜《よろこ》びにたへず、|御手《みて》を|上下左右《じやうげさいう》に|振《ふ》りながら|踊《をど》り|狂《くる》ひつつ|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|年《とし》といふ|年《とし》はあれども|月《つき》といふ
|月《つき》はあれども|良《よ》き|日《ひ》てふ
|八十日《やそか》びあれど|今日《けふ》の|日《ひ》は
|如何《いか》なる|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》か
|太元神《おほもとがみ》の|現《あ》れまして
われ|等《ら》に|百《もも》の|福音《ふくいん》を
|教《をし》へ|導《みちび》き|給《たま》ひつつ
これの|神国《みくに》も|平《たひ》らかに
いと|安《やす》らかに|永久《とこしへ》に
|建《た》てさせ|給《たま》ふぞ|尊《たふと》けれ
われは|神力《しんりき》|無《な》き|神《かみ》の
|如何《いか》に|心《こころ》をあせれども
みたまの|曇《くも》り|深《ふか》くして
|世《よ》を|照《てら》すべき|術《すべ》もなし
|目《め》の|神《かみ》と|人《ひと》はいへどもこの|眼《まなこ》
|足下《あしもと》さへも|見《み》えわかぬ
|半日先《はんにちさき》の|事《こと》さへも
|明《あき》らめかぬる|魂《たましひ》の
|深《ふか》きくもりを|如何《いか》にせむ
|今日《けふ》より|総《すべ》てを|新《あたら》しく
|眼《まなこ》ひらきて|大道《おほみち》に
|仕《つか》へまつらむ|目《め》の|神《かみ》の
みたまをあはれみ|給《たま》へかし
|今日《けふ》の|良《よ》き|日《ひ》の|佳《よ》き|辰《とき》は
|天地《てんち》の|神《かみ》の|御計《みはか》らひ
いよいよ|高照山《たかてるやま》の|尾《を》の
|雲霧《くもきり》はれて|日月《じつげつ》の
|光《ひかり》を|近《ちか》く|仰《あふ》ぐべし
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|恩頼《みたまのふゆ》ぞかしこけれ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|出迎《でむか》への|諸神《しよしん》に|導《みちび》かれ|八尋殿《やひろどの》の|奥《おく》|深《ふか》く|入《い》り|給《たま》ふ。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|八尋殿《やひろどの》の|荘厳《さうごん》さを|見《み》て|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『うるはしき|広《ひろ》き|御殿《みとの》に|導《みちび》かれ
わが|胸《むね》とみに|明《あ》けはなれけり
|今《いま》しばしこれの|御殿《みとの》にとどまりて
|国《くに》ひらかばや|力《ちから》の|限《かぎ》りを』
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》はこの|御歌《みうた》を|聞《き》きて|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|顕津男《あきつを》の|神《かみ》よつぶさに|聞《きこ》し|召《め》せ
これの|清所《すがど》は|岐美《きみ》のみあらか
|主《ス》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|依《よ》さしに|汝《な》が|為《た》めに
われは|御殿《みとの》を|造《つく》りて|待《ま》てるも
この|宮《みや》は|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|月《つき》の|神《かみ》
|永久《とは》にまつれる|清所《すがど》なるぞや
|月神《つきかみ》の|御霊《みたま》と|生《あ》れし|岐美《きみ》なれば
|安《やす》くましませ|心《こころ》おきなく
|汝《なれ》こそは|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》とみあひまして
|国造《くにつく》りませ|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》『|百神《ももかみ》に|神生《かみう》みの|業《わざ》とざされて
|国造《くにつく》りせむと|此処《ここ》に|来《き》にけり
|今日《けふ》よりは|誰《たれ》|憚《はばか》らず|如衣比女《ゆくえひめ》と
|力《ちから》をあはせて|神業《みわざ》に|仕《つか》へむ』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|末座《まつざ》に|端坐《たんざ》しながら|莞爾《くわんじ》として|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|幾年《いくとせ》を|岐美《きみ》|待《ま》ちわびし|甲斐《かひ》ありて
|楽《たの》しき|今日《けふ》となりにけらしな
|今日《けふ》よりはわが|魂《たましひ》を|立《た》て|直《なほ》し
|謹《つつし》み|畏《かしこ》み|神業《みわざ》に|仕《つか》へむ』
ここに|比古《ひこ》|比女《ひめ》の|二柱神《ふたはしらかみ》は|大御母《おほみはは》の|神《かみ》のとりもちによりて、|高日《たかひ》の|八尋殿《やひろどの》に|目出度《めでたく》|婚《とつ》ぎの|式《のり》をとり|行《おこな》ひ|給《たま》ひ、|八十年《やそとせ》の|間《あひだ》これの|宮居《みやゐ》に|鎮《しづ》まり|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・一三 旧八・二四 於水明閣 林弥生謹録)
第二〇章 |廻《めぐ》り|逢《あ》ひ〔一八五一〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|八尋殿《やひろどの》に、|天之御柱《あめのみはしら》、|国之御柱《くにのみはしら》をみたて|給《たま》ひて、|右《みぎ》り|左《ひだ》りの|神業《みわざ》を|行《おこな》はせ|給《たま》ひ、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》を|呼《よ》ばひて、|婚《とつ》ぎの|神業《みわざ》をなし|給《たま》ふ。
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|祝《しゆく》して、
『|天《あめ》なるや
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|依《よ》さします
|御霊《みたま》も|清《きよ》き|神司《かむつかさ》
|東《ひがし》の|宮《みや》に|在《ま》しまして
|神国《みくに》を|治《をさ》め|世《よ》を|教《をし》へ
|日《ひ》に|夜《よ》に|貴《うづ》の|神言《かむごと》を
|宣《の》らせ|給《たま》へど|百神《ももかみ》の
|心一《こころひと》つに|片《かた》よりて
|神旨《みむね》にかなふものもなく
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|神業《かむわざ》の
|後《おく》れむ|事《こと》をなげかしし
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|今《いま》ここに
|国《くに》の|司《つかさ》と|現《あ》れまして
|神《かみ》の|依《よ》さしの|如衣比女《ゆくえひめ》と
|婚《とつ》ぎの|業《わざ》を|遂《と》げ|給《たま》ふ
|今日《けふ》の|良《よ》き|日《ひ》の|佳《よ》き|辰《とき》に
|主《ス》の|大神《おほかみ》を|初《はじ》めとし
|天翔《あまかけ》り|在《ま》す|百《もも》の|神《かみ》
|国翔《くにかけ》ります|八十《やそ》の|神《かみ》
|歓《ゑら》ぎ|集《つど》ひて|大神宣《おほみのり》
|寿《ことほ》ぎ|給《たま》ふ|目出度《めでた》さよ
|駒《こま》は|嘶《いなな》き|麒麟《きりん》は|謡《うた》ひ
|鳳凰《ほうわう》|天《てん》より|舞《ま》ひ|降《くだ》り
|迦陵頻伽《かりようびんが》は|声《こゑ》|清《きよ》く
|常世《とこよ》の|春《はる》を|歌《うた》ふなり
|高照山《たかてるやま》に|紫《むらさき》の
|雲《くも》|棚引《たなび》きて|四方《よも》の|国《くに》
|諸《もも》の|草木《くさき》はゆたかなる
|粧《よそほ》ひなして|花《はな》|開《ひら》き
|貴《うづ》のつぶら|実《み》|満《み》ち|満《み》ちて
|斎場《ゆには》に|生《お》ふる|稲種《いなだね》は
|日々《ひび》に|茂《しげ》りて|遠久《とこしへ》の
|足穂《たるほ》|八十穂《やそほ》と|栄《さか》えつつ
|天津神国《あまつみくに》の|神《かみ》の|代《よ》を
|寿《ことほ》ぎ|奉《まつ》る|今日《けふ》こそは
この|天界《てんかい》の|初《はじ》めより
|今《いま》に|例《ため》しもあら|尊《たふと》
|今日《けふ》の|婚《とつ》ぎの|神業《かむわざ》は
|紫微天界《しびてんかい》の|礎《いしずゑ》ぞ
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の
|貴《うづ》の|神業《かむわざ》いや|広《ひろ》に
いや|高々《たかだか》に|天津日《あまつひ》の
|輝《かがや》く|如《ごと》く|照《て》れよかし
|西《にし》より|昇《のぼ》る|瑞御霊《みづみたま》
|月《つき》の|御神《みかみ》の|面《おも》の|如《ごと》
|清《すが》しく|涼《すず》しく|生《あ》れまして
これの|国原《くにはら》|隈《くま》もなく
しめりをあたへ|百木草《ももきぐさ》
|恵《めぐ》みの|露《つゆ》に|生《い》かせ|給《たま》へ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神寿《かむほ》ぎ|仕《つか》へ|奉《たてまつ》る
|天津日《あまつひ》は|照《て》る|月《つき》は|満《み》つ
|霊地《れいち》の|上《うへ》は|五穀《たなつもの》
|所狭《ところせ》きまで|実《みの》りつつ
|四方《よも》の|神々《かみがみ》|世《よ》を|歌《うた》ひ
|歓《ゑら》ぎ|楽《たの》しむ|神代《かみよ》こそ
|岐美《きみ》の|出《い》でましあればこそ
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|栄《さか》えつつ
|香《かほ》りも|清《きよ》き|白梅《しらうめ》の
|花《はな》の|香《か》|四方《よも》に|薫《くん》じつつ
|栄《さか》ゆる|神代《みよ》こそ|畏《かしこ》けれ
|栄《さか》ゆる|神代《みよ》こそ|畏《かしこ》けれ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|大御母《おほみはは》の|神《かみ》の|寿《ほ》ぎ|言《ごと》に|対《たい》し、|感謝《かんしや》の|御歌《みうた》を|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『わが|心《こころ》|知《し》らせる|岐美《きみ》に|導《みちび》かれ
|永久《とは》の|住家《すみか》に|今日《けふ》を|来《き》つるも
|主《ス》の|神《かみ》の|任《ま》けのまにまに|八尋殿《やひろどの》に
|婚《とつ》ぎの|道《みち》を|開《ひら》ける|嬉《うれ》しさ
|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|神言《みこと》のなかりせば
|今日《けふ》の|喜《よろこ》びあらざらましを
|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|神言《みこと》を|今日《けふ》よりは
まことの|母《はは》と|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
|久方《ひさかた》の|天津神国《あまつかみくに》ことごとく
|生言霊《いくことたま》にわれは|照《て》らさむ
|言霊《ことたま》の|天照《あまて》る|国《くに》の|真秀良場《まほらば》に
|太《ふと》しく|立《た》ちしこれの|宮《みや》かも
|高照山《たかてるやま》|貴《うづ》の|清所《すがど》に|来《きた》りてゆ
|心《こころ》の|空《そら》も|晴《は》れ|渡《わた》りける
|高照《たかてる》の|山《やま》|高《たか》けれど|大御母《おほみはは》
|神《かみ》の|心《こころ》に|及《およ》ばざるらむ』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天晴《あは》れ|天晴《あは》れ|国《くに》|晴《は》れ|心《こころ》|晴《は》れにけり
|高照山《たかてるやま》の|春《はる》にあひつつ
|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|神言《みこと》の|計《はか》らひに
|春《はる》の|心《こころ》は|燃《も》え|立《た》ちにけり
|燃《も》え|立《た》ちし|春《はる》の|心《こころ》をつぎつぎに
|生《い》かして|国魂《くにたま》|生《う》まむとぞ|思《おも》ふ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|神言《みこと》に|御子《みこ》なくば
いかで|神業《みわざ》の|成《な》りとぐべきやは
|主《ス》の|神《かみ》の|御樋代《みひしろ》となりし|吾《われ》なれば
いかなる|業《わざ》もいとはざるべし
|愛恋《いとこや》の|吾背《わがせ》の|岐美《きみ》と|手《て》を|引《ひ》きて
この|神国《かみくに》を|固《かた》めたく|思《おも》ふ
|大御母《おほみはは》|神《かみ》と|在《ま》します|大神《おほかみ》に
|子《こ》とし|仕《つか》へむ|今日《けふ》の|生日《いくひ》ゆ』
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|莞爾《くわんじ》として|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》はく、
『|二柱《ふたはしら》|八尋《やひろ》の|御殿《みとの》にましまして
|国魂《くにたま》|生《う》ますと|思《おも》へば|尊《たふと》し
|今日《けふ》よりは|宮《みや》の|司《つかさ》と|吾《われ》なりて
|岐美《きみ》の|神業《みわざ》をたすけ|奉《まつ》らむ』
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|祝歌《しゆくか》を|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天《あめ》をぬく|高照山《たかてるやま》を|紫《むらさき》の
|雲《くも》はいよいよ|深《ふか》くなりつつ
|高照《たかてる》の|山《やま》も|勇《いさ》むか|殊更《ことさら》に
|今日《けふ》は|光《ひかり》もしるく|見《み》ゆめり
|高照《たかてる》の|山《やま》の|常磐木《ときはぎ》みどりして
|今日《けふ》の|良《よ》き|日《ひ》を|寿《ことほ》ぎ|顔《がほ》なり
|朝夕《あさゆふ》にこれの|清所《すがど》に|仕《つか》へ|奉《まつ》る
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》はうれしも
|今日《けふ》よりは|此《これ》の|宮居《みやゐ》に|在《ま》しまして
|神国《みくに》の|柱《はしら》みたて|給《たま》はれ
|二柱《ふたはしら》ここに|現《あらは》れます|上《うへ》は
この|神国《かみくに》におそるるものなし』
|明晴《あけはる》の|神《かみ》は、|婚《とつ》ぎの|席《せき》に|列《つらな》り|給《たま》ひて、|御歌《みうた》よまし|給《たま》はく、
『|東《ひむがし》の|空《そら》より|西《にし》に|照《て》り|渡《わた》る
|天津陽光《あまつひかげ》は|清《きよ》らけく
|西《にし》より|東《ひがし》に|澄《す》み|渡《わた》る
|月《つき》の|光《ひかり》は|清々《すがすが》し
|月《つき》の|御霊《みたま》と|生《あ》れませる
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》を
|仕《つか》へ|奉《まつ》ると|今《いま》ここに
|八尋《やひろ》の|御殿《みとの》に|現《あ》れまして
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》と|婚《とつ》ぎまし
|天《あめ》の|御柱《みはしら》めぐり|合《あ》ひ
|国《くに》の|御柱《みはしら》|立《た》て|給《たま》ひ
|国生《くにう》み|神生《かみう》みものを|生《う》み
この|神国《かみくに》を|照《て》らさむと
|現《あらは》れますぞ|尊《たふと》けれ
われは|明晴神司《あけはるかむつかさ》
|四方《よも》にふさがる|雲霧《くもきり》も
|生言霊《いくことたま》に|明《あき》らけく
はらし|奉《まつ》りて|大前《おほまへ》に
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを|仕《つか》へつつ
|今日《けふ》の|良《よ》き|日《ひ》の|佳《よ》き|辰《とき》に
|逢《あ》ふも|嬉《うれ》しや|惟神《かむながら》
いや|永久《とこしへ》に|玉《たま》の|緒《を》の
|千代《ちよ》も|八千代《やちよ》も|変《かは》りなく
|輝《かがや》きたまへ|二柱《ふたはしら》
|御前《みまへ》に|畏《かしこ》み|寿《ほ》ぎ|奉《まつ》る』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は、|返《かへ》し|歌《うた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。その|御歌《みうた》、
『|明晴《あけはる》の
|神《かみ》の|神言《みこと》よ|汝《なれ》こそは
|雄々《をを》しき|神《かみ》よ|男《を》の|神《かみ》よ
|吾《われ》はかよわき|比女神《ひめがみ》の
|身《み》にしあれ|共《ども》|国《くに》|思《おも》ひ
|神《かみ》いつくしむ|真心《まごころ》は
|神《かみ》に|誓《ちか》ひて|忘《わす》れまじ
これの|宮居《みやゐ》にある|限《かぎ》り
|朝夕《あしたゆふぺ》を|恙《つつが》なく
|神業《みわざ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》るべく
|守《まも》らせ|給《たま》へ|明晴《あけはる》の
|神《かみ》の|神言《みこと》の|真心《まごころ》に
ゆだね|奉《まつ》らむ|惟神《かむながら》
|神《かみ》かけ|誓《ちか》ひ|奉《まつ》るなり。
|立迷《たちまよ》ふ|雲《くも》の|帳《とばり》は|深《ふか》く|共《とも》
|伊吹《いぶ》き|祓《はら》はむ|女《め》の|言霊《ことたま》に
|天《あめ》も|地《つち》も|一度《いちど》に|開《ひら》く|今日《けふ》こそは
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|光《ひかり》なりける
|皇神《すめかみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》し|国津神《くにつかみ》の
|心《こころ》は|愛《めぐ》しと|国《くに》を|照《て》らさむ』
ここに|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は、|寿《ほ》ぎ|歌《うた》うたひ|給《たま》はく、
『|神国《かみくに》に|永久《とは》の|花《はな》|咲《さ》く|時《とき》|近《ちか》み
|吾《われ》|嬉《うれ》しさにたへず|歌《うた》ふも
|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》を|守《まも》らす|神司《かむつかさ》
これの|清所《すがど》に|高照山《たかてるやま》はも
|高照《たかてる》の|山《やま》も|今日《けふ》より|輝《かがや》きを
まして|国原《くにはら》さやけくなるらむ
|二柱《ふたはしら》|神《かみ》の|神言《みこと》の|生《あ》れましを
|国津神達《くにつかみたち》いさみてあらむを
|吾《われ》も|亦《また》|嬉《うれ》しさあまり|言霊《ことたま》の
|助《たす》けによりて|神代《みよ》|寿《ことほ》ぎぬ』
(昭和八・一〇・一三 旧八・二四 於水明閣 谷前清子謹録)
第二一章 |禊《みそぎ》の|段《だん》〔一八五二〕
|高照山《たかてるやま》の|大峡小峡《おほがいをがい》より|滴《したた》り|落《お》つる|真清水《ましみづ》は、|茲《ここ》に|集《あつま》りて|滔々《たうたう》と|落《お》つる|滝《たき》となり、|淵《ふち》となりつつ、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|清庭《すがには》を|右左《みぎひだり》に|廻《めぐ》りて|流《なが》れ|居《ゐ》る。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は、|高照山《たかてるやま》の|滝津瀬《たきつせ》に|禊《みそぎ》せむとて|館《やかた》を|立《た》ち|出《い》で、|下滝《しづたき》のかたへに|立《た》ち|寄《よ》り|給《たま》へば、|水音《みなおと》|轟々《がうがう》として|千丈《せんぢやう》の|高《たか》きより|落《お》ちくだち、|四辺《あたり》は|滝《たき》のしぶき|狭霧《さぎり》となりて|真白《ましろ》く、|容易《ようい》に|近《ちか》づくべからざるの|荘厳《さうごん》さなり。|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|下滝《しづたき》の|落《お》つる|水音《みなおと》にやや|驚《おどろ》き|給《たま》ひ、|茫然《ばうぜん》として|空《そら》を|仰《あふ》ぎ|謡《うた》ひ|給《たま》はく、
『|久方《ひさかた》の|天津空《あまつそら》よりくだつかと
|思《おも》ふばかりのこの|滝津瀬《たきつせ》は
|滔々《たうたう》と|落《お》つる|水秀《みづほ》の|滝壺《たきつぼ》に
ちらばひくだけ|霧《きり》となりぬる
|立《た》ちのぼる|滝《たき》の|狭霧《さぎり》に|天津日《あまつひ》は
いろいろいろに|映《は》ゆる|清《すが》しさ
|天津日《あまつひ》のくだり|給《たま》ひし|心地《ここち》して
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|共《とも》に|見《み》るかな
この|滝《たき》の|雄々《をを》しく|落《お》つる|状《さま》を|見《み》て
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|功績《いさを》をおもふ
|下滝《しづたき》は|高《たか》く|清《すが》しも|常磐木《ときはぎ》の
|狭間《はざま》すかして|落《お》つる|水音《みなおと》
この|滝《たき》の|貴《うづ》の|言霊《ことたま》よく|聞《き》けば
タタターと|鳴《な》る|音《おと》の|尊《たふと》き
ターターと|落《お》ちたきちつつ|滔々《たうたう》と
|滝壺《たきつぼ》|深《ふか》くなり|響《ひび》くなり
|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》りも|止《や》まざる|滝津瀬《たきつせ》は
|生言霊《いくことたま》のあらはれなるらむ
|高《たか》きより|低《ひく》きに|落《お》つる|滝《たき》の|如《ごと》
|国津神《くにつかみ》たち|清《きよ》めまつらむ
|言霊《ことたま》の|幸《さち》はふこれの|神国《かみくに》に
|生《うま》れて【タカ】の|言霊《ことたま》|聞《き》くも
この|滝《たき》は|高天原《たかあまはら》と|響《ひび》くなり
|吾《われ》みそぎせむ|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》
|此《この》|滝《たき》は|天津神国《あまつみくに》に|懸《かか》りあれば
|水《みづ》の|響《ひび》きは|四方《よも》にわたらむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|滔々《たうたう》とみなぎり|落《お》つる|下滝《しづたき》の
|勢《いきほひ》みれば|我《われ》はづかしき
|一滴《いつてき》も|滞《とどこほ》りなく|落《お》ちくだつ
|滝《たき》はさながら|神《かみ》の|心《こころ》よ
|下滝《しづたき》の|落《お》つるが|如《ごと》くさらさらに
|心《こころ》のくもり|祓《はら》ひたくおもふ
|千丈《せんぢやう》の|高《たか》きゆ|落《お》つる|滝水《たきみづ》の
|言霊《ことたま》|高《たか》し|地《ち》をゆすりつつ
|言霊《ことたま》の|助《たす》け|幸《さち》はふ|神国《かみくに》の
|厳《いづ》の|力《ちから》を|目《ま》のあたり|見《み》し
この|淵《ふち》の|深《ふか》きが|如《ごと》くこの|滝《たき》の
|高《たか》きにならふ|心《こころ》|持《も》たばや
|落《お》ち|降《くだ》ち|鳴《な》り|鳴《な》り|止《や》まぬ|下滝《しづたき》の
|水瀬《みなせ》の|音《おと》に|神《かみ》の|声《こゑ》あり
|澄《す》みきらふ|貴《うづ》の|真清水《ましみづ》|朝夕《あさゆふ》に
|鳴《な》り|鳴《な》り|止《や》まぬ|言霊《ことたま》|清《すが》しも
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》は|春風《はるかぜ》にそよぎつつ
|滝《たき》の|響《ひび》きをささせ|居《ゐ》るらし
|非時《ときじく》に|鳴《な》る|音《おと》|高《たか》き|下滝《しづたき》の
かたへに|立《た》てば|魂《たま》|冷《ひ》えわたる
わが|魂《たま》の|冷《ひ》えわたるまで|佇《たたず》みて
|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》|楽《たの》しみ|聞《き》かむ』
かかる|処《ところ》へ|大御母《おほみはは》の|神《かみ》、|明晴《あけはる》の|神《かみ》、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》の|三柱《みはしら》、|両神《りやうしん》の|御後《みあと》を|追《お》ひて|茲《ここ》に|静々《しづしづ》|入《い》り|来《きた》りまし、|天《てん》に|懸《かか》れる|下滝《しづたき》の|荘厳《さうごん》さに|打《う》たれつつ、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|先《ま》づ|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|下滝《しづたき》の|高《たか》きは|瑞《みづ》の|御霊《みたま》かも
|終日《ひねもす》|流《なが》れて|国《くに》をうるほす
|瑞御霊《みづみたま》|月《つき》の|大神《おほかみ》の|神霊《みたま》ぞと
|朝夕《あさゆふ》われは|称《たた》へまつるも
|鳴《な》り|鳴《な》りて|朝夕《あしたゆふべ》を|轟《とどろ》ける
|滝《たき》の|言霊《ことたま》|吾《われ》を|教《をし》ゆる
|山《やま》|高《たか》く|谿《たに》また|深《ふか》く|広《ひろ》くして
この|下滝《しづたき》はなり|出《い》でにけむ
|見上《みあ》ぐればみ|空《そら》の|雲《くも》の|狭間《はざま》より
|落《お》つるが|如《ごと》し|高滝《たかたき》の|水《みづ》は
|下滝《しづたき》の|水瀬《みなせ》はゆくゑ|白浪《しらなみ》の
|竜《たつ》の|宮居《みやゐ》の|海《うみ》に|入《い》るらむ』
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天《あま》わたる|月大神《つきおほかみ》の|御恵《みめぐ》みの
|露《つゆ》の|雫《しづく》かこの|高滝《たかたき》は
|天《あま》わたる|月《つき》にみたまを|寄《よ》せ|給《たま》ふ
わが|背《せ》の|岐美《きみ》の|稜威《みいづ》|尊《たふと》き
|滝津瀬《たきつせ》の|清《きよ》きを|見《み》つつ|思《おも》ふかな
とどこほりなき|岐美《きみ》の|心《こころ》を
|鳴《な》り|鳴《な》りて|幾千代《いくちよ》までも|響《ひび》くらむ
|月大神《つきおほかみ》のいます|限《かぎ》りは
|立《た》ち|昇《のぼ》る|霧《きり》を|照《てら》して|天津日《あまつひ》の
かげ|紫《むらさき》に|耀《かがよ》ひますも
この|霧《きり》は|昇《のぼ》り|昇《のぼ》りて|雲《くも》となり
|高照山《たかてるやま》を|紫《むらさき》に|染《そ》むるか
|紫《むらさき》の|雲《くも》よりくだつ|滝《たき》なれば
|吾《われ》はこれより|身《み》を|滌《そそ》ぐべし』
と|謡《うた》ひ|終《をは》り、|悠然《いうぜん》として|滝壺《たきつぼ》|近《ちか》く|寄《よ》り|給《たま》ひ、|滔々《たうたう》と|落《お》つる|水《みづ》の|秀《ほ》に|身《み》を|打《う》たせ、|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》ふぞ|雄々《をを》しけれ。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》もまた、|滝《たき》の下に|進《すす》み|給《たま》ひて、|強《つよ》き|水《みづ》の|秀《ほ》を|浴《あ》みて|禊《みそぎ》の|業《わざ》につかせ|給《たま》ふ。
|明晴《あけはる》の|神《かみ》はこの|様《さま》を|拝《はい》し|奉《まつ》りて|謡《うた》ふ。
『|勇《いさ》ましき|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|心《こころ》かな
|滝《たき》に|打《う》たせる|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》
|滔々《たうたう》と|雲《くも》より|落《お》つる|下滝《しづたき》の
|鳴音《なりおと》|聞《き》きても|震《ふる》はるるものを
|神国《かみくに》を|清《きよ》め|給《たま》ふと|二柱《ふたはしら》
|滝《たき》にかからすさまの|尊《たふと》き
この|滝《たき》の|清《きよ》きが|如《ごと》くこの|淵《ふち》の
ふかき|心《こころ》を|神《かみ》は|知《し》るらむ
この|滝《たき》は|顕津男《あきつを》の|神《かみ》この|淵《ふち》は
|如衣《ゆくえ》の|比女神《ひめがみ》|永久《とは》に|清《すが》しも』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》はまたも|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天国《てんごく》の|世《よ》は|近《ちか》みつつ|高照《たかてる》の
|山《やま》の|下滝《しづたき》|鳴《な》り|響《ひび》くなり
|近《ちか》く|見《み》れば|雲《くも》より|降《くだ》ち|遠《とほ》く|見《み》れば
|松《まつ》の|木《こ》の|間《ま》ゆおつる|下滝《しづたき》
|白銀《しろがね》の|柱《はしら》を|立《た》てし|如《ごと》くなり
|遠《とほ》く|離《さか》りて|見《み》る|下滝《しづたき》は
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》に|交《まじ》らひ|咲《さ》き|匂《にほ》ふ
|百花《ももばな》|千花《ちばな》を|分《わ》け|落《お》つる|滝《たき》よ
|白梅《しらうめ》の|花《はな》の|香《か》|清《きよ》く|匂《にほ》ふなり
この|滝水《たきみづ》を|掬《すく》ひて|見《み》れば
|白梅《しらうめ》の|清《きよ》き|教《をしへ》を|世《よ》に|流《なが》す
|薫《かを》りも|高《たか》きこれの|下滝《しづたき》』
|斯《か》く|謡《うた》ふ|折《をり》しも|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|滝壺《たきつぼ》を|静々《しづしづ》と|出《い》で|給《たま》ひ、
『|思《おも》ひきやこの|滝壺《たきつぼ》は|八千尋《やちひろ》の
|底《そこ》をさぐれど|果《はて》しなかりき
|滝《たき》|高《たか》く|滝壺《たきつぼ》|深《ふか》きは|主《ス》の|神《かみ》の
ふかき|心《こころ》とさとらひにけり
からたまも|御魂《みたま》も|頓《とみ》に|清《きよ》まりぬ
めぐみの|露《つゆ》の|滝津瀬《たきつせ》あみて
この|滝《たき》の|清《きよ》き|心《こころ》を|我《われ》もちて
この|神国《かみくに》をうるほすべけむか』
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は、また|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|滝壺《たきつぼ》の|底《そこ》を|極《きは》めし|岐美《きみ》こそは
げにや|真《まこと》の|瑞御霊《みづみたま》なる
|比女神《ひめがみ》の|姿《すがた》は|何《いづ》れにましますか
|心《こころ》もとなし|早《はや》|現《あ》れませよ』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|給《たま》へば、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|白《しろ》き|御姿《みすがた》は、|波《なみ》の|上《うへ》にぽかりと|浮《う》き|上《あが》り|給《たま》ひ、しづしづとのぼり|来《きた》りて、
『|背《せ》の|岐美《きみ》のみあと|慕《した》ひて|八千尋《やちひろ》の
われは|底《そこ》ひをくぐりみしはや
|八千尋《やちひろ》の|底《そこ》をくぐりて|主《ス》の|神《かみ》の
|清《きよ》き|心《こころ》をかたじけなみけり
|朝夕《あさゆふ》にみたまからたまを|清《きよ》むべき
この|滝津瀬《たきつせ》は|吾《わが》|師《し》なりけり』
|茲《ここ》に|五柱《いつはしら》の|神《かみ》は|常磐《ときは》の|木蔭《こかげ》に|整列《せいれつ》して、|一斉《いつせい》に|生言霊《いくことたま》の|神祝言《かむほぎごと》を|唱《とな》へ、しづしづとして、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|八尋殿《やひろどの》に|帰《かへ》らせ|給《たま》ひける。
(昭和八・一〇・一三 旧八・二四 於水明閣 内崎照代謹録)
第二二章 |御子生《みこう》みの|段《だん》〔一八五三〕
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》と|共《とも》に|高照山《たかてるやま》の|下津滝《しづたき》に|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なの|禊《みそぎ》の|業《わざ》を|勤《いそ》しみ|給《たま》ひつつ、|幾日《いくひ》を|重《かさ》ねて|御子生《みこう》み|給《たま》ひき。|生《あ》れませる|御子《みこ》の|御名《みな》|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》と|名附《なづ》け|奉《まつ》る。|紫微天界《しびてんかい》の|百《もも》の|神達《かみたち》は|御子《みこ》|生《あ》れますと|聞《き》き|給《たま》ひてより、|高山《たかやま》の|伊保理《いほり》、|短山《ひきやま》の|伊保理《いほり》を|掻《か》き|分《わ》け、|河《かは》の|瀬《せ》を|開《ひら》きて|吾《われ》|遅《おく》れじと、|高日《たかひ》の|宮《みや》に|神集《かむつど》ひまし、|国魂神《くにたまがみ》のいとも|安《やす》らかに|平《たひら》かに|生《あ》れませしを|喜《よろこ》びて、|八尋殿《やひろどの》の|広庭《ひろには》に|踊《をどり》の|輪《わ》を|造《つく》り|給《たま》ひ、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|導師《だうし》となりて|高《たか》き|歌殿《うたどの》に|昇《のぼ》らせ|給《たま》ひ、|声《こゑ》|朗《ほがら》かに|謡《うた》ひ|給《たま》へば、|百神達《ももかみたち》は|手拍子《てびやうし》|足拍子《あしびやうし》を|揃《そろ》へつつ、|歓《ゑら》ぎ|喜《よろこ》び|狂《くる》ひ|給《たま》ひぬ。
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》の|御歌《みうた》、
『|久方《ひさかた》の|高天原《たかあまはら》はいや|清《きよ》く
|限《かぎ》りも|知《し》らぬ|雲《くも》の|海《うみ》
|空《そら》|照《て》り|渡《わた》る|天津日《あまつひ》の
|神《かみ》の|光《ひかり》は|隈《くま》もなく
|地上《ちじやう》を|照《てら》し|給《たま》ひつつ
|常磐《ときは》に|開《ひら》く|神《かみ》の|国《くに》
|此《この》|神国《かみくに》を|知《し》らさむと
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》|以《も》て
|雄々《をを》しく|優《やさ》しく|生《あ》れませし
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は
|月《つき》の|世界《せかい》に|御霊《みたま》を|止《とど》め
ここに|肉身《からたま》を|現《あらは》して
|西《にし》より|東《ひがし》に|廻《めぐ》りまし
|普《あまね》く|瑞気《ずゐき》を|天界《てんかい》に
|地上《ちじやう》に|満《み》たせ|給《たま》ひつつ
|汐《しほ》の|満干《みちひ》の|功績《いさをし》に
|海《うみ》と|陸《くが》とは|隔《へだ》てられ
|弥《いよ》よ|美《うつ》しき|神《かみ》の|国《くに》
|全《また》く|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひけり
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》|以《も》て
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》と|見逢《みあ》ひまし
|睦《むつ》び|親《した》しみ|給《たま》ひつつ
|初《はじ》めて|貴《うづ》の|姫御子《ひめみこ》を
|生《うま》せ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ
|今日《けふ》より|初《はじ》めて|天界《てんかい》は
|弥明《いやあきら》けく|楽《たの》もしく
|天津大神《あまつおほかみ》|初《はじ》めとし
|国津神達《くにつかみたち》|八百万《やほよろづ》
|各《おの》も|各《おの》もに|主《ス》の|神《かみ》の
|依《よ》さしの|業《わざ》を|勤《いそ》しみつ
|千代《ちよ》の|礎《いしずゑ》|永久《とことは》に
|築《きづ》き|給《たま》はむ|世《よ》となりぬ
|紫微天界《しびてんかい》の|真秀良場《まほらば》に
|聳《そそ》り|立《た》ちたる|高照《たかてる》の
|山《やま》の|尾上《をのへ》に|紫《むらさき》の
|雲《くも》|立昇《たちのぼ》り|瑞気《ずゐき》|湧《わ》き
|上中下《かみなかしも》の|滝津瀬《たきつせ》は
|夜《よる》と|昼《ひる》との|差別《けぢめ》なく
ターターターと|響《ひび》くなり
タカの|言霊《ことたま》|幸《さきは》ひて
ここに|芽出度《めでたく》|生《あ》れませる
|美玉《みたま》の|姫《ひめ》の|生《お》ひ|先《さき》を
|弥幸《いやさち》なれと|祈《いの》りつつ
|月《つき》の|象《かたち》の|踊《をど》りの|輪《わ》
|月下《げつか》に|描《ゑが》き|祝《ほ》ぎ|奉《まつ》る
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》よ
|如衣《ゆくえ》の|比女神《ひめがみ》|今《いま》よりは
|一入《ひとしほ》|心《こころ》を|励《はげ》まされ
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へ|奉《まつ》らせ|給《たま》へよと
|此《これ》の|斎場《ゆには》に|八百《やほ》の|神《かみ》
|集《つど》ひて|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|天津日《あまつひ》は|照《て》る|月《つき》は|満《み》つ
|地上《ちじやう》|百花《ももばな》|千花《ちばな》|咲《さ》く
|高照山《たかてるやま》の|常磐木《ときはぎ》は
|緑《みどり》も|深《ふか》く|栄《さか》えつつ
|滝津瀬《たきつせ》の|音《おと》|弥清《いやきよ》く
|落《お》ちて|流《なが》れて|世《よ》をしめし
|流《なが》れて|終《つひ》に|滝《たき》の|海《うみ》
|深《ふか》き|広《ひろ》きにそそげかし』
と|生言霊《いくことたま》の|音頭《おんど》に|連《つ》れて、|賑々《にぎにぎ》しく|歓《ゑら》ぎ|喜《よろこ》び|歌《うた》ひ|踊《をど》り|給《たま》ふ。
|茲《ここ》に|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|御子《みこ》|生《あ》れますを|喜《よろこ》び|祝《いは》ひて、|八尋殿《やひろどの》の|高座《かうざ》の|上《うへ》に|現《あらは》れ、|万神《ばんしん》の|前《まへ》に|言霊歌《ことたまうた》を|宣《の》らせ|給《たま》ひぬ。|其《そ》の|御歌《おんうた》、
『【あ】め|晴《は》れあめ|晴《は》れ|国《くに》|晴《は》れ|心《こころ》|晴《は》れにけり
【い】づの|御霊《みたま》や|瑞御霊《みづみたま》
【う】しはぎ|給《たま》ふ|此《この》|国《くに》は
【え】らぎ|楽《たの》しむ|神国《かみくに》と
【お】さまるべきを|百神《ももかみ》の
【か】ら|囀《さへづ》りに|曇《くも》り|果《は》て
【き】よき|神霊《みたま》の|顕津男《あきつを》の|神《かみ》を
【く】らき|心《こころ》にはからひつ
【け】しき|神業《かむわざ》|為《な》す|神《かみ》と
【こ】ころの|底《そこ》も|知《し》らずして
【さ】やぎ|廻《まは》るぞうたてけれ
【し】びの|天界《てんかい》|造《つく》れよと
【す】の|大神《おほかみ》の|神宣《みことのり》
【せ】に|負《お》ひ|奉《まつ》り|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は
【そ】でに|御顔《みかほ》を|覆《おほ》ひつつ
【タ】カの|言霊《ことたま》|黙《もだ》し|難《がた》く
【ち】ぢの|思《おも》ひは|深《ふか》くして
【つ】つしみ|敬《うやま》ひ|誓約《うけひ》まし
【て】ん|界《かい》|隈《くま》なく|国《くに》を|生《う》み
【と】ことはの|神《かみ》|生《あ》れませと
【な】やみ|給《たま》ひつ|年《とし》を|経《へ》て
【に】ぎ|衣《たへ》の|綾《あや》の|高天《たかま》の|高照山《たかてるやま》に
【ぬ】|羽玉《ばたま》の|世《よ》を|照《てら》しつつ
【ね】|色《いろ》|清《すが》しき|滝津瀬《たきつせ》に
【の】ぞみて|朝夕《あさゆふ》|禊《みそぎ》つつ
【は】るの|花《はな》|咲《さ》く|時《とき》まちて
【ひ】ろき|教《をしへ》の|道芝《みちしば》を
【ふ】み|分《わ》け|給《たま》ふ|折《をり》もあれ
【へ】い|安《あん》|無事《ぶじ》に|比女神《ひめがみ》の
【ほ】とを|破《やぶ》りて|生《うま》れまし
【ま】すます|清《すが》しき|言霊《ことたま》に
【み】|玉《たま》の|神《かみ》の|生《お》ひ|立《たち》を
【む】|上《じやう》に|喜《よろこ》び|給《たま》ひつつ
【め】の|神達《かみたち》に|守《まも》られて
【も】もの|実子《みこ》の|実《み》|召《め》させつつ
【や】|尋《ひろ》の|殿《との》にかしづきて
【い】のちの|綱《つな》の|永《なが》かれと
【ゆ】には(斎場)ゆたかに|宣《の》り|奉《まつ》る
【え】にしの|糸《いと》のもつれなく
【よ】の|司神《つかさがみ》|生《あ》れまして
【わ】かき|神国《かみくに》|弥広《いやひろ》に
【ゐ】づと|瑞《みづ》との|神御霊《かむみたま》
【う】しはぎ|給《たま》ふ|天界《てんかい》に
【ゑ】らぎ|仕《つか》ふる|世《よ》の|元《もと》の
【を】さめ(鎮)と|現《あ》れしぞ|芽出度《めでた》けれ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さちは》ひ|坐《ま》しませよ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|二柱神《ふたはしらがみ》の|神祝言《かむほぎごと》に|対《たい》し、|歓《よろこ》びのあまり|謡《うた》はせ|給《たま》ふ。
『|厳《いづ》の|御霊《みたま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|睦《むつ》び|合《あ》ひ
|美玉《みたま》の|姫《ひめ》は|生《あ》れましにける
|高照《たかてる》の|山《やま》の|霊気《れいき》に|守《まも》られて
|優《やさ》しき|美玉《みたま》の|姫《ひめ》|生《あ》れませり
この|御子《みこ》を|育《そだ》て|育《はごく》み|天界《てんかい》の
|国魂神《くにたまがみ》と|仕《つか》へまつらな
|高地秀《たかちほ》の|宮《みや》に|仕《つか》ふる|神司《みつかさ》は
この|神生《かみう》みを|如何《いか》に|見《み》るらむ
|神《かみ》を|生《う》め|国魂《くにたま》|生《う》めよと|賜《たま》ひたる
|八十《やそ》の|女神《めがみ》もよしと|思《おも》はむ
|八十《やそ》の|比女《ひめ》|彼方此方《かなたこなた》におはせども
|御子《みこ》を|生《う》ませる|暇《いとま》だになし
|愛恋《いとこや》の|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》はいや|先《さき》に
|神《かみ》の|依《よ》さしの|御子《みこ》を|生《う》ませり
|今日《けふ》よりは|美玉《みたま》の|神《かみ》を|謹《つつし》みて
はごくみ|仕《つか》へ|奉《まつ》らむとすも』
|茲《ここ》に|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は、|産屋《うぶや》を|立出《たちい》で|給《たま》ひ|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天伝《あまつた》ふ|月《つき》の|御霊《みたま》の|宿《やど》りまし
|美玉《みたま》の|姫《ひめ》は|生《あ》れましにけむ
|背《せ》の|神《かみ》に|仕《つか》へて|吾《われ》は|御子生《みこう》みぬ
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》の|稜威《いづ》に
|天津空《あまつそら》|渡《わた》らふ|月《つき》に|照《てら》されて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御子《みこ》|生《あ》れましぬ
|此《こ》の|御子《みこ》や|天《あめ》に|昇《のぼ》りて|月《つき》となり
|土《つち》に|降《くだ》りて|雨《あめ》となれかし
|物《もの》みなを|霑《うるほ》ひ|浸《ひた》しはごくみて
|永久《とは》にましませ|美玉《みたま》の|姫神《ひめがみ》
|御子生《みこう》みて|神《かみ》の|依《よ》さしの|只《ただ》|一《ひと》つ
|成《な》り|遂《と》げ|奉《まつ》りしことの|嬉《うれ》しさ』
|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|斎場《ゆには》に|立《た》ちて|今日《けふ》の|慶事《けいじ》を|祝《しゆく》し|給《たま》ふ。
『|天津日《あまつひ》は|照《て》る|月《つき》は|満《み》つ
|四方《よも》の|山々《やまやま》|緑《みどり》して
|野辺《のべ》に|茂《しげ》れる|五穀《たなつもの》
|豊《ゆた》かにつぶらに|実《みの》りつつ
|常世《とこよ》の|春《はる》は|来《きた》りけり
|高照山《たかてるやま》の|神風《かみかぜ》は
|微妙《びめう》の|音楽《おんがく》かなでつつ
|谷間《たにま》の|木々《きぎ》はダンスして
|今日《けふ》の|慶事《けいじ》を|祝《いは》ふなり
|上中下《かみなかしも》の|滝津瀬《たきつせ》は
タカの|言霊《ことたま》|奏上《そうじやう》し
|月《つき》の|賜《たま》ひし|恵《めぐ》みの|露《つゆ》を
|四方《よも》の|国原《くにはら》|悉《ことごと》く
|浸《ひた》し|霑《うる》ほし|天界《てんかい》は
いや|益々《ますます》に|栄《さか》え|行《ゆ》く
|時《とき》しもあれや|神《かみ》の|稜威《みいづ》も|弥高《いやたか》き
|高日《たかひ》の|宮《みや》に|仕《つか》へます
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|如衣比女《ゆくえひめ》
|婚《とつ》ぎ|居《ゐ》まして|御子生《みこう》ませ
|美玉《みたま》の|神《かみ》と|名付《なづ》けます
|其《その》|神業《かむわざ》の|尊《たふと》さに
|山《やま》の|尾上《をのへ》や|河《かは》の|瀬《せ》を
|分《わ》けて|百神《ももかみ》|集《つど》ひまし
|此《これ》の|斎場《ゆには》に|月《つき》の|輪《わ》の
|象《かたち》を|造《つく》りて|歌《うた》ひます
|今日《けふ》の|賑《にぎは》ひ|例《ためし》なし
|弥々《いよいよ》|神世《かみよ》の|開《ひら》け|口《ぐち》
|吾等《われら》|国魂《くにたま》|神々《かみがみ》は
|御空《みそら》を|拝《はい》し|土《つち》に|伏《ふ》し
|喜《よろこ》び|勇《いさ》み|感謝《かんしや》して
|為《な》す|事《こと》さへも|白雲《しらくも》の
|弥高々《いやたかだか》と|仰《あふ》ぐなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さちは》ひましませよ』
(昭和八・一〇・一三 旧八・二四 於水明閣 森良仁謹録)
第二三章 |中《なか》の|高滝《たかたき》〔一八五四〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》もちて|高日《たかひ》の|宮《みや》に|禊《みそぎ》し|給《たま》ひ、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》に|御逢《みあ》ひて|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》を|生《う》ませ|給《たま》ひ、|初《はじ》めて|命《みこと》の|名《な》を|称《とな》へ|給《たま》へり。|言霊《ことたま》の|水火《いき》より|成《な》り|出《い》でましし|神霊《しんれい》をすべて|神《かみ》と|称《とな》へ、|神《かみ》と|神《かみ》との|婚《とつ》ぎによりて|生《あ》れませる|神霊《しんれい》を|命《みこと》と|言《い》ふ。|此《これ》より|後《のち》|神《かみ》と|命《みこと》の|御名《みな》を|判別《はんべつ》して、|言霊《ことたま》の|神《かみ》より|出《い》でし|神《かみ》なりや、|婚《とつ》ぎによりて|出《い》でし|神《かみ》なりやを|明《あきら》かにすべし。
|善悪《ぜんあく》|相混《あひこん》じ、|美醜《びしう》|互《たがひ》に|交《まじ》はる|惟神《かむながら》の|経綸《けいりん》によりて、|紫雲《しうん》|棚曳《たなび》く|高照山《たかてるやま》の|八百八谷《やほやたに》の|隈《くま》には|妖邪《えうじや》の|気《き》|鬱積《うつせき》して|茲《ここ》に|邪神《じやしん》は|顕現《けんげん》し、|大神《おほかみ》の|神業《みわざ》に|障《さや》らむとするぞ|忌々《ゆゆ》しけれ。|世人《よびと》|謂《おもへ》らく、|天界《てんかい》|又《また》は|天国《てんごく》と|言《い》へば、|至善《しぜん》|至美《しび》|至厳《しげん》|至重《しちよう》にして、|寸毫《すんがう》の|濁《にご》りなく、|塵埃《ちりあくた》なく、|清浄無垢《せいじやうむく》なるべしと。|吾《われ》も|亦《また》|神界《しんかい》の|奥底《あうてい》を|探知《たんち》する|迄《まで》は|世人《せじん》の|如《ごと》く|考《かんが》へ|居《ゐ》たりしが、|実地《じつち》の|探検《たんけん》によりて、|意外《いぐわい》の|感《かん》に|打《う》たれたる|程《ほど》なり。さりながら、|至善《しぜん》|至美《しび》のみにしては|宇宙《うちう》の|気《き》|固《かた》まらず、|万有《ばんいう》は|生《うま》れざるなり。|悪臭《あくしう》|紛々《ふんぷん》たる|糞尿《ふんねう》を|土《つち》に|与《あた》ふれば、|土地《とち》|忽《たちま》ち|肥沃《ひよく》して|五穀《ごこく》は|豊《ゆたか》にみのり、|百《もも》の|花《はな》は|美《うるは》しく|咲《さ》き、|果物《くだもの》|蔓物《つるもの》、|野菜《やさい》に|至《いた》るまでよく|生育《せいいく》し、|且《か》つ|味《あぢ》よろしきが|如《ごと》し。|故《ゆゑ》に|醜悪《しうあく》の|結果《けつくわ》は|美《び》となり、|善《ぜん》となり、|良味良智《りやうみりやうち》となるものなるを|知《し》るべし。|唯《ただ》|善悪《ぜんあく》の|活用《はたらき》の|度合《どあひ》によりて|其《その》|所名《しよめい》を|変《へん》ずるのみ。|此《この》|大宇宙《だいうちう》には|絶対的《ぜつたいてき》の|善《ぜん》もなく、|又《また》|絶対的《ぜつたいてき》の|悪《あく》もなし。これ|惟神《かむながら》にして|自然《しぜん》の|大道《たいだう》と|言《い》ふなり。
|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|御子《みこ》の|日《ひ》に|月《つき》に|生《お》ひ|立《た》ちませるを|楽《たの》しみて、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》な|森林《しんりん》をかきわけ、|高照谷《たかてるだに》の|中津滝《なかつたき》に|禊《みそぎ》せむと|出《い》でたまふ。さしもに|鬱蒼《うつさう》として|猿《ましら》もなほ|攀《よ》づべからざる|岩壁《がんぺき》を|伝《つた》ひ|出《い》でます|事《こと》の|危《あやふ》さを|思《おも》ひて、|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|女神《めがみ》の|後《うしろ》より|密《ひそ》かに|遠《とほ》く|従《したが》ひ|給《たま》ひぬ。|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|中津滝《なかつたき》の|水勢《すゐせい》の|猛烈《まうれつ》さと|其《その》|荘厳《さうごん》とに|打《う》たれて、|暫《しば》し|恍惚《くわうこつ》として、|吾身《わがみ》のあるを|忘《わす》れて|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》を|詠《うた》ひたまはく、
『|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|雲《くも》より|落《おつ》る|中津滝《なかつたき》の
|水《みづ》の|勢《いきほひ》すさまじきかな
|天地《あめつち》もわるるばかりの|滝《たき》の|音《おと》に
われは|寒《さむ》さを|身《み》に|感《かん》じつつ
|天《あま》の|河《かは》の|末《すゑ》の|流《ながれ》と|思《おも》ふまで
この|中滝《なかたき》の|水《みづ》の|秀《ほ》|強《つよ》きも
たぎち|落《おつ》る|水瀬《みなせ》の|音《おと》に|穿《うが》たれし
この|滝壺《たきつぼ》は|底《そこ》なかるらむ
|常磐木《ときはぎ》は|天《てん》を|封《ふう》じてそそり|立《た》ち
|中《なか》を|一条《ひとすぢ》おつる|滝《たき》はも
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》まむと|吾《われ》はここに
|岩根《いはね》をよぢて|登《のぼ》り|来《き》しはや
|滝津瀬《たきつせ》の|勢《いきほひ》いかにつよくとも
|神国《みくに》の|為《た》めに|禊《みそぎ》せむかな』
かく|歌《うた》ひてざんぶと|計《ばか》り|滝壺《たきつぼ》に|飛《と》び|込《こ》み|給《たま》へば、|猛烈《まうれつ》なる|渦《うづ》に|巻《ま》き|込《こ》まれて|水底《みなそこ》|深《ふか》く|沈《しづ》み|給《たま》ふ。|折《をり》もあれ|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|息《いき》せきと|此処《ここ》に|現《あらは》れ|来《きた》り、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|影《かげ》の|失《う》せたまひたるに|驚《おどろ》き、|如何《いかが》はせむと|右往左往《うわうさわう》しながら|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げ|給《たま》ふ。
『|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》!
あはれ|今《いま》|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》は|滝壺《たきつぼ》の
|底《そこ》ひも|深《ふか》く|隠《かく》れましけり
|主《ス》の|神《かみ》の|深《ふか》き|経綸《しぐみ》か|知《し》らねども
この|有様《ありさま》をわれ|如何《いか》にせむ
|主《ス》の|神《かみ》の|経綸《しぐみ》とあれば|吾《われ》も|亦《また》
|心《こころ》やすけくここにあるべし
|滝壺《たきつぼ》の|水底《みなそこ》|深《ふか》くかくれにし
|比女神《ひめがみ》|思《おも》へば|心《こころ》おちゐず
|美玉姫《みたまひめ》の|御子《みこ》の|命《みこと》の|居《ゐ》ます|世《よ》に
|隠《かく》れますとは|心《こころ》もとなき』
|斯《か》く|謡《うた》ふ|折《をり》しも、|滝壺《たきつぼ》より|頭《かしら》に|鹿《しか》の|如《ごと》き|大《だい》なる|角《つの》を|生《はや》したる|大蛇《をろち》、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》を【くは】へながら|頭《かしら》を|水面《すゐめん》に|擡《もた》げたれば、|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|大《おほい》に|驚《おどろ》き、|厳《いづ》の|言霊《ことたま》を|繰返《くりかへ》し|繰返《くりかへ》し、|大蛇《をろち》の|帰順《きじゆん》を|主《ス》の|大神《おほかみ》に|祈《いの》り|給《たま》ふ。|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》は|大蛇《をろち》の|巨口《きよこう》に【くは】へられながら、
『|吾《われ》は|今《いま》|荒振神《あらぶるかみ》に|呑《の》まれつつ
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御許《みもと》にゆかむ
|背《せ》の|岐美《きみ》に|吾《わ》が|事《こと》|具《つぶさ》に|語《かた》れかし
なんぢ|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》よ』
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|慄《ふる》ひ|乍《なが》ら、
『|神《かみ》の|代《よ》を|曇《くも》らし|奉《まつ》る|大蛇神《をろちがみ》
|命《いのち》にかけて|言向《ことむ》け|和《や》はさむ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》の|言霊《ことたま》に
まつろひまつれ|大蛇《をろち》の|神《かみ》よ』
|斯《か》く|詠《うた》ひ|給《たま》ふ|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》を|尻目《しりめ》にかけながら、|大蛇《をろち》は|比女神《ひめがみ》を【くは】へたるまま|姿《すがた》を|水中《すゐちう》に|匿《かく》しける。|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|水面《すゐめん》の|渦《うづ》を|眺《なが》め|入《い》りながら、|如何《いか》にして|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|復命《かへりごと》|申《まを》さむやと、とつおひつ|思案《しあん》にくれ|給《たま》ふ。
『|天地《あめつち》の|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》ながら
|比女《ひめ》を|助《たす》くるよしなき|苦《くる》しさ
わが|魂《たま》は|曇《くも》らひにけむ|言霊《ことたま》の
|霊験《しるし》は|見《み》えず|比女《ひめ》|失《うしな》へり
|如何《いか》にしてこの|有様《ありさま》を|比古神《ひこがみ》に
つたへまつらむ|苦《くる》し|悲《かな》しも
|主《ス》の|神《かみ》のみはかり|事《ごと》とは|知《し》り|乍《なが》ら
|今日《けふ》の|艱《なや》みは|目《め》もあてられず
|主《ス》の|神《かみ》の|御《み》いきになりし|天界《てんかい》も
|曲《まが》の|荒《すさ》びのあるは|悲《かな》しき
|喜《よろこ》びと|栄《さか》えにみつる|天界《てんかい》に
|歎《なげ》きありとは|思《おも》はざりしを
|美玉姫《みたまひめ》|命《みこと》の|神代《みよ》に|立《た》たすまでと
|思《おも》ひしことも|水泡《みなわ》となりける
|中津滝《なかつたき》の|水泡《みなわ》と|消《き》えし|如衣比女《ゆくえひめ》の
ゆくへは|何処《いづこ》|主《ス》の|神《かみ》の|右《みぎり》か
|顕津男《あきつを》の|神言《みこと》の|御稜威《みいづ》も|比女神《ひめがみ》の
なやみ|救《すく》はす|術《すべ》なきものか
|如衣比女《ゆくえひめ》|神去《かむさ》りますと|聞《き》かすならば
|歎《なげ》かせたまはむ|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》は
|如何《いか》にせむ|泣《な》けど|叫《さけ》べど|如衣比女《ゆくえひめ》
|行方《ゆくへ》は|水泡《みなわ》となりたまひぬる
とうとうと|無心《むしん》の|滝《たき》はこの|歎《なげ》き
つゆ|知《し》らぬがに|落《お》ちたぎちつつ
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》も|声《こゑ》ひそめ
|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|音《おと》づれもなし
|吹《ふ》く|風《かぜ》の|便《たよ》りもがもと|思《おも》へども
せむ|術《すべ》もなき|谷間《たにま》なりけり
いざさらば|巌《いはほ》を|下《くだ》り|岩根樹根《いはねきね》
ふみしめふみしめ|宮居《みやゐ》に|帰《かへ》らむ』
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|愁歎《しうたん》やる|方《かた》なく、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|沈《しづ》ませ|給《たま》ふ|滝壺《たきつぼ》を|恨《うら》めしげに|眺《なが》めやりつつ、|悄然《せうぜん》として|岩壁《がんぺき》を|下《くだ》り、|谷《たに》の|難路《なんろ》を|岩《いは》の|根《ね》|樹《き》の|根《ね》|踏《ふ》みわけ|踏《ふ》みしめ、|辛《から》うじて|高日《たかひ》の|宮《みや》に|帰《かへ》り|着《つ》かせ|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・一六 旧八・二七 於水明閣 加藤明子謹録)
第二四章 |天国《てんごく》の|旅《たび》〔一八五五〕
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|遭難《さうなん》を|見《み》て|驚《おどろ》き|且《か》つ|歎《なげ》きつつ、|一刻《いつこく》も|早《はや》く|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむつかさ》、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》に|一伍一什《いちぶしじふ》を|報《はう》ぜむと、|猿《さる》も|通《かよ》はぬ|巌壁《がんぺき》や|岩《いは》の|根《ね》|樹《き》の|根《ね》をふみさくみつつ、|辛《から》うじて|高日《たかひ》の|宮《みや》に|帰《かへ》りつき、|轟《とどろ》く|胸《むね》をおさへ|乍《なが》ら|落着《おちつ》かむとして|落着《おちつ》かず、|宮《みや》の|広庭《ひろには》に|呆然《ばうぜん》として|立《た》ち|給《たま》ひ、|天《てん》を|拝《はい》し|地《ち》を|拝《はい》し、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|冥福《めいふく》を|祈《いの》る|折《をり》もあれ、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》を|従《したが》へて、|悠々《いういう》と|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御殿《ごてん》の|階段《きざはし》を|降《お》り|給《たま》ひ、|目《め》の|神《かみ》の|呆然《ばうぜん》たる|姿《すがた》を|見《み》て、
『|汝《なれ》こそは|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》なれや
|黙《もだ》して|立《た》たすさまのあやしも』
|目《め》の|神《かみ》は|初《はじ》めて|此《こ》の|御歌《みうた》に|心《こころ》づき、
『|復言《かへりごと》|申《まを》さむ|術《すべ》なき|今日《けふ》の|吾《われ》を
おもひて|天《てん》に|祈《いの》りてしはや
|如衣比女《ゆくえひめ》は|滔々《たうたう》|落《お》つる|中滝《なかたき》の
|滝壺《たきつぼ》ふかくかくれましけり
|滝壺《たきつぼ》にひそみて|住《す》める|大蛇神《をろちがみ》は
|比女《ひめ》の|神言《みこと》を|呑《の》みてかくれぬ
|言霊《ことたま》の|力《ちから》に|救《すく》ひ|奉《まつ》らむと
|吾《わ》がねがひさへ|水泡《みなわ》となりぬる
|如何《いか》にして|此《こ》の|有様《ありさま》を|申《まを》さむかと
われは|汀《みぎは》にたたずみ|居《ゐ》しはや』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|泰然自若《たいぜんじじやく》として、|色《いろ》をも|変《へん》じ|給《たま》はず、|御歌《みうた》うたはせ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|今《いま》の|歎《なげ》きはかねてより
|我《われ》はさとれり|主《ス》の|神言《みこと》もて
|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》を|安《やす》く|産《う》みおきて
|天《あめ》の|宮居《みやゐ》に|昇《のぼ》りし|比女神《ひめがみ》
|比女神《ひめがみ》の|高《たか》き|功《いさを》に|報《むく》いむと
|我《われ》は|御霊《みたま》を|祀《まつ》りて|待《ま》ちぬ
|何事《なにごと》も|神《かみ》の|経綸《しぐみ》のみ|業《わざ》なれば
|泣《な》くも|悔《くや》むも|詮《せん》なかるべし
|神業《かむわざ》を|全《また》く|終《をは》りて|御子《みこ》を|産《う》み
|天《あめ》に|昇《のぼ》りし|比女《ひめ》ぞ|尊《たふと》し
さり|乍《なが》ら|滝《たき》の|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》けて
この|天界《てんかい》の|禍《わざ》を|祓《はら》はむ』
|目《め》の|神《かみ》はこの|御歌《みうた》に、はつと|胸《むね》を|撫《な》で|下《おろ》しながら、
『|広《ひろ》きあつき|岐美《きみ》の|心《こころ》に|宣直《のりなほ》し
|見直《みなほ》しますぞ|嬉《うれ》しかりけり
|比女神《ひめがみ》のみ|供《とも》に|仕《つか》へただ|一人《ひとり》
かへらむつらさ|苦《くる》しさにをり
|比女神《ひめがみ》の|隠《かく》れまししを|目《ま》のあたり
|打《う》ち|仰《あふ》ぎつつ|心《こころ》みだれぬ
|八千尋《やちひろ》の|水底《みなそこ》ふかく|隠《かく》れましし
|比女《ひめ》の|神言《みこと》の|悩《なや》みかしこし
|今日《けふ》よりは|女神《めがみ》いまさず|如何《いか》にして
|国《くに》つくらすとおもひわづらふ』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|両神《りやうしん》の|仲《なか》に|立《た》ちて、|涙《なみだ》ぐみつつ|声低《こゑひく》に|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|比古神《ひこがみ》の|今日《けふ》の|心《こころ》の|苦《くる》しさを
おもひて|吾《われ》は|涙《なみだ》にくるる
|貴御子《うづみこ》と|夫神《をがみ》を|遺《のこ》し|神去《かむさ》りし
|比女《ひめ》の|神言《みこと》の|心《こころ》しのばゆ
|如何《いか》にして|御子《みこ》を|育《はごく》み|奉《まつ》らむと
|大物主《おほものぬし》のこころなやまし
|目《め》の|神《かみ》の|心遣《こころづか》ひを|聞《き》く|身《み》には
ふたたび|涙《なみだ》あらたなりけり
わが|涙《なみだ》|天《あめ》に|昇《のぼ》りて|雲《くも》となり
|地《つち》に|降《くだ》りて|雨《あめ》となるらむ』
|斯《か》く|謡《うた》ひて|両眼《りやうがん》の|涙《なみだ》をスーと|拭《ぬぐ》はせ|給《たま》ひぬ。|目《め》の|神《かみ》も|亦《また》|悄然《せうぜん》として|再《ふたた》び|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|二柱《ふたはしら》|神《かみ》の|神言《みこと》の|言霊《ことたま》に
|吾《われ》は|言《い》ふべき|言《こと》の|葉《は》もなし
|如何《いか》にせむ|神《かみ》の|依《よ》さしの|御使《みつかひ》の
|吾《われ》は|女神《めがみ》を|見捨《みす》ててかへりし
この|上《うへ》は|滝《たき》の|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》けて
み|代《よ》の|禍《わざはひ》はらはむとおもふ』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|終《をは》り、|三柱《みはしら》の|神《かみ》は|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|入《い》らせ|給《たま》ひ、|祭壇《さいだん》の|前《まへ》に|端坐《たんざ》して、|生言霊《いくことたま》の|神言《かむごと》を|宣《の》り|給《たま》ふ。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|比女《ひめ》の|遭難《さうなん》を|神命《しんめい》に|依《よ》りて|前知《ぜんち》し、|早《はや》くも|御霊代《みたましろ》を|造《つく》りて|祓《はら》ひ|清《きよ》め、|祭壇《さいだん》の|上《うへ》に|納《をさ》め、いろいろの|花《はな》を|供《そな》へ、|目《め》の|神《かみ》の|帰《かへ》り|来《きた》るを|待《ま》ち|給《たま》ひたるなりき。|目《め》の|神《かみ》は|此《こ》のさまを|見《み》て|驚《おどろ》きながら、
『|岐美《きみ》こそは|真《まこと》の|神《かみ》よ|瑞《みづ》の|神《かみ》
|比女《ひめ》の|遭難《さうなん》|前《まへ》に|知《し》りませり
|明《あきら》けき|岐美《きみ》の|神霊《みたま》を|今更《いまさら》に
|仰《あふ》ぎぬるかな|目《め》の|神《かみ》|吾《われ》は
|語《かた》らはむ|術《すべ》なき|身《み》ぞと|思《おも》ひしを
|前《まへ》に|知《し》らせるあはれ|岐美《きみ》はも
|何事《なにごと》も|主《ス》の|大神《おほかみ》のみさだめと
おもひさだめて|歎《なげ》かざるべし
|滝津瀬《たきつせ》の|音《おと》|滔々《たうたう》と|吾《わ》が|耳《みみ》に
|今《いま》も|聞《きこ》ゆる|恨《うら》めしきかな
|恨《うら》むまじ|歎《なげ》くまじとは|思《おも》へども
|霊代《たましろ》|拝《はい》せばひとしほ|恋《こ》ほし』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|拍手《はくしゆ》を|終《をは》り、|声《こゑ》さはやかに|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|八洲河《やすかは》のみ|底《そこ》ゆ|安《やす》く|生《あ》れましし
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》はあはれ|世《よ》になし
|春駒《はるこま》を|曳《ひ》きて|仕《つか》へし|如衣比女《ゆくえひめ》
|神《かみ》の|神言《みこと》をおもへば|悲《かな》しも
|幾年《いくとせ》を|高日《たかひ》の|宮《みや》に|住《す》みまして
|御子《みこ》を|生《う》ませし|功績《いさをし》おもふ
これよりは|御子《みこ》の|命《みこと》にかしづきて
|岐美《きみ》の|神業《みわざ》をつがせ|奉《まつ》らむ
|比女神《ひめがみ》の|御霊《みたま》は|天津高宮《あまつたかみや》に
|帰《かへ》れど|此処《ここ》にいます|如《ごと》おもふ
|比古神《ひこがみ》の|御手代《みてしろ》となりいやますに
|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ|比女《ひめ》よ|安《やす》かれ』
|比古神《ひこがみ》の|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|儼然《げんぜん》として|霊代《たましろ》の|前《まへ》に|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|幾年《いくとせ》を|吾《われ》に|仕《つか》へてつつがなく
|御子《みこ》を|生《う》ませる|公《きみ》ぞかしこき
|一柱《ひとはしら》|御子《みこ》の|命《みこと》のある|上《うへ》は
|我《われ》は|力《ちから》を|落《おと》さざるべし
|比女《ひめ》よ|比女《ひめ》あとに|心《こころ》を|残《のこ》さずに
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|大宮《おほみや》にゆけ
|汝《なれ》に|逢《あ》ひし|日《ひ》を|思《おも》ひつつ|今《いま》|茲《ここ》に
くやみの|涙《なみだ》とどめあへぬも
さり|乍《なが》ら|神《かみ》の|定《さだ》めは|詮《すべ》もなし
|我《われ》もこころをたて|直《なほ》してむ
せめてもの|我《わ》が|志《こころざし》と|霊代《たましろ》の
|比女神《ひめかみ》これの|供物《くもつ》を|召《め》せよ』
|八百万《やほよろづ》の|神々《かみがみ》は、|如衣比女《ゆくえひめ》の|神《かみ》の|昇天《しようてん》と|聞《き》きて|吾先《われさき》にと、|高日《たかひ》の|宮《みや》に|集《あつま》り|給《たま》ひ、|弔《とむら》ひの|歌《うた》を|次々《つぎつぎ》|謡《うた》はせ|給《たま》ふ。|遠津御幸《とほつみゆき》の|神《かみ》、
『|歎《なげ》くとも|詮《せん》なきものか|比女神《ひめがみ》は
|天津神国《あまつみくに》に|昇《のぼ》りましぬる
|如衣比女《ゆくえひめ》|天国《みくに》に|帰《かへ》りましませど
|霊《たま》は|高日《たかひ》の|宮《みや》を|照《て》らさむ
|姫御子《ひめみこ》を|後《あと》に|遺《のこ》して|神去《かむさ》りし
|比女神《ひめがみ》の|心《こころ》いたはしきかも
|神《かみ》の|国《くに》にかかる|歎《なげ》きのあらむとは
おもはざりしよ|御幸《みゆき》の|神《かみ》は』
|次《つぎ》に|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は、|比女神《ひめがみ》の|昇天《しようてん》をいたく|悼《いた》ませ|給《たま》ひて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|八洲河《やすかは》の|清水《しみづ》に|生《あ》れし|比女神《ひめがみ》は
|惜《を》しや|天国《みくに》に|昇《のぼ》りましける
|主《ス》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|経綸《しぐみ》か|知《し》らねども
われ|朝夕《あさゆふ》のなげかひ|絶《た》えず
|幾千代《いくちよ》も|共《とも》にみわざに|仕《つか》へむと
わがおもひしは|夢《ゆめ》なりにけり
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|神言《みこと》のみ|心《こころ》を
おしはかりつつ|涙《なみだ》しぐるる
|白銀《しろがね》の|駒《こま》にまたがり|迎《むか》へたる
よき|日《ひ》おもへば|夢《ゆめ》か|現《うつつ》か
|歎《なげ》くとも|最早《もはや》|詮《せん》なしこの|上《うへ》は
|美玉《みたま》の|姫《ひめ》を|育《はごく》み|仕《つか》へむ
|比女神《ひめがみ》の|神去《かむさ》りましし|此《この》|宮《みや》は
|月日《つきひ》の|光《かげ》もうすら|曇《くも》りつ
|天津日《あまつひ》も|月《つき》も|歎《なげ》かせ|給《たま》ふらむ
|今日《けふ》の|御空《みそら》はうすらくもれり』
|日《す》の|本《もと》の|神《かみ》は|誄歌《しのびうた》|詠《よ》み|給《たま》ふ。
『|高照《たかてる》の|山《やま》もくもりて|比女神《ひめがみ》の
|今日《けふ》のみゆきを|仰《あふ》ぎおくりつ
からたまの|神《かみ》|生《う》みましし|功績《いさをし》を
のこして|比女《ひめ》は|神去《かむさ》りにけり
|神去《かむさ》りし|比女《ひめ》の|神言《みこと》のけなげさよ
|平然《へいぜん》として|大蛇《をろち》に|呑《の》まれぬ
|吾《われ》は|今《いま》|比女《ひめ》の|神言《みこと》の|訃《ふ》を|聞《き》きて
|日《す》の|本山《もとやま》より|降《くだ》り|来《き》にけり
|諸々《もろもろ》の|神《かみ》|一柱《ひとはしら》おちもなく
|比女《ひめ》の|昇天《しようてん》|惜《を》しまざるなし
|比古神《ひこがみ》の|心《こころ》|如何《いか》にと|思《おも》ひつつ
|空《そら》に|知《し》られぬ|涙《なみだ》の|雨《あめ》|降《ふ》る
|主《ス》の|神《かみ》の|大《おほ》みよさしにまつろひて
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》は|神去《かむさ》りにけむ』
|片照《かたてる》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ふ。
『おもひきや|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神柱《かむばしら》
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》の|神去《かむさ》りますとは
|一度《ひとたび》は|見《み》らくおもひつ|比女神《ひめがみ》に
あはで|別《わか》るる|事《こと》の|惜《を》しさよ
|比女神《ひめがみ》の|昇天《しようてん》ききて|吾《われ》はただ
|夢《ゆめ》になれよと|祈《いの》りけるかな
|紫微界《しびかい》に|姿《すがた》|見《み》えずも|比女神《ひめがみ》は
|天《あめ》の|高宮《たかみや》に|輝《かがや》き|居《ゐ》まさむ
|吾《われ》はしも|片照《かたてる》の|神《かみ》|高地秀《たかちほ》の
|尾《を》の|上《へ》をわけて|来《きた》り|弔《とむら》ふ
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|今日《けふ》はしも
|比女《ひめ》|弔《とむら》ふと|降《くだ》り|来《き》しはや
|比女神《ひめがみ》の|神去《かむさ》り|給《たま》ふは|惜《を》しかれど
|神《かみ》の|経綸《しぐみ》とおもへば|尊《たふと》し』
|明晴《あけはる》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》のここに|現《あらは》れましてより
この|天界《てんかい》は|明晴《あけはる》の|神《かみ》
あきらけく|晴《は》れ|渡《わた》りたる|天界《てんかい》の
|今日《けふ》は|曇《くも》りぬ|比女《ひめ》いまさねば
あけくれを|仕《つか》へ|奉《まつ》りし|比女神《ひめがみ》の
かげだに|見《み》えず|淋《さび》しき|今日《けふ》なり
|比古神《ひこがみ》の|雄々《をを》しき|心《こころ》きくにつけ
わが|天界《てんかい》の|栄《さか》えをおもふ
|美玉姫《みたまひめ》|神《かみ》の|命《みこと》に|従《まつ》ろひて
|吾《われ》は|神国《みくに》をひらき|照《て》らさむ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|中滝《なかたき》の|大蛇《をろち》の|神《かみ》の|醜業《しこわざ》を
|比女神《ひめがみ》のために|退《やら》はむと|思《おも》ふ
|愛善《あいぜん》の|光《ひかり》に|満《み》つる|天界《てんかい》に
|仇《あだ》|報《むく》ゆるは|如何《いかが》あるべき
さり|乍《なが》ら|世《よ》の|禍《わざはひ》を|打《う》ち|祓《はら》ふ
みわざは|神《かみ》も|許《ゆる》させ|給《たま》はむ
これに|在《ま》す|百《もも》の|神達《かみたち》きこし|召《め》せ
|世《よ》のため|大蛇《をろち》の|神《かみ》のぞかばや』
|茲《ここ》に|真澄《ますみ》の|神《かみ》は|声《こゑ》|高々《たかだか》と|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『ます|鏡《かがみ》|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》に
|切《き》り|放《はふ》るべし|滝《たき》の|大蛇《をろち》を
|天《てん》も|地《ち》も|真澄《ますみ》に|澄《す》みてある|世《よ》なり
|醜《しこ》の|曲霊《まがひ》を|清《きよ》めずあるべき
われここに|真澄《ますみ》の|神《かみ》と|現《あらは》れて
|比女《ひめ》を|弔《とむら》ひ|言《こと》はかりすも
|天界《てんかい》に|禍《わざはひ》をなす|醜神《しこがみ》を
|打《う》ちきためずば|神世《みよ》は|栄《さか》えじ』
|斯《か》く|滝《たき》の|大蛇《をろち》の|言向《ことむ》けを|提唱《ていしやう》し|給《たま》へば、|百神《ももがみ》は|一度《いちど》に「オー」と|答《こた》へて、|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|御謀《みはか》り|事《ごと》に|参《さん》じ、これより|百《もも》の|神々《かみがみ》は、|中津滝《なかつたき》に|向《むか》つて|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》けやはすべく、さしも|難路《なんろ》の|高照山《たかてるやま》の|谿間《たにま》を|進《すす》ませ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・一六 旧八・二七 於水明閣 内崎照代謹録)
第二五章 |言霊《ことたま》の|滝《たき》〔一八五六〕
|抑々《そもそも》|紫微天界《しびてんかい》の|高照山《たかてるやま》は、|仏書《ぶつしよ》に|所謂《いはゆる》|須弥仙山《すみせんざん》にして、スメール|山《ざん》と|言《い》ひ|又《また》、|気吹《いぶき》の|山《やま》とも|言《い》ふ。|次《つぎ》に|高地秀山《たかちほやま》は、|又《また》の|御名《みな》を|天《あめ》の|高日山《たかひやま》と|称《とな》へ、|高照山《たかてるやま》に|次《つ》ぐの|高山《かうざん》なり。
|高照山《たかてるやま》は|高《たか》さ、|今日《こんにち》の|測量法《そくりやうはふ》によれば、|三十三万尺《さんじふさんまんじやく》にして、|其《その》|周囲《しうゐ》は|八千八百里《はつせんはつぴやくり》にあまり、|大峡小峡《おほがひをがひ》の|四方《しはう》に|流《なが》るる|数《すう》は、|五千六百七十条《ごせんろくひやくしちじふすぢ》あり。その|中《うち》|最《もつと》も|深《ふか》く|広《ひろ》く|数多《あまた》の|谷水《たにみづ》を|合《がつ》して|東方《とうはう》に|向《むか》つて|流《なが》るるを|日向河《ひむかがは》と|言《い》ひ、|南《みなみ》に|向《むか》つて|流《なが》るるを|日南河《ひなたがは》と|言《い》ひ、|西《にし》に|向《むか》つて|流《なが》るるを|月《つき》の|河《かは》と|言《い》ひ、|北《きた》に|向《むか》つて|流《なが》るるをスメール|河《がは》、|一名《いちめい》|高照河《たかてるかは》と|言《い》ふ。
|又《また》|高地秀山《たかちほやま》の|高《たか》さも|之《これ》に|準《じゆん》じて|三十万尺《さんじふまんじやく》、|東《ひがし》には|東河《あづまがは》|流《なが》れ、|南《みなみ》には|南《みなみ》の|大河《おほかは》|流《なが》れ、|西《にし》には|西《にし》の|大河《おほかは》、|北《きた》には|高地秀河《たかちほがは》|流《なが》れて、|紫微天界《しびてんかい》の|大洋《たいやう》に|注《そそ》ぐ。|而《しか》して|高地秀山《たかちほやま》も|谷《たに》の|数《かず》、|高照山《たかてるやま》に|比《ひ》して|大差《たいさ》なかりける。
ただ|高地秀山《たかちほやま》は、スメール|山《ざん》に|比《ひ》して|岩石《がんせき》|多《おほ》く、|山姿《さんし》|峻《けは》しく、|屹然《きつぜん》たるの|差違《さゐ》あるが|如《ごと》し。|両山《りやうざん》|共《とも》|常《つね》に|七色《しちしよく》の|雲《くも》ただよひ、|神霊《しんれい》の|気《き》|山《やま》を|包《つつ》みて|霊気《れいき》を|四方《よも》に|放《はな》てども、あちこちの|谷間《たにま》には|邪気《じやき》|鬱結《うつけつ》して|邪神《じやしん》|現《あらは》れ、|遂《つひ》には|中津滝《なかつたき》の|大蛇《をろち》の|如《ごと》き|曲神《まがかみ》|現《あらは》れ|出《い》でたるなり。
ここに|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむつかさ》|等《ら》は、|如衣比女《ゆくえひめ》の|霊《みたま》を|厚《あつ》く|慰《なぐさ》め|終《をは》りて、|中津滝《なかつたき》の|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》けやはすべく、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》、|明晴《あけはる》の|神《かみ》、|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》、|真澄《ますみ》の|神《かみ》|等《たち》その|他《た》、|百《もも》の|神々《かみがみ》を|伴《ともな》ひて、|岩石《がんせき》|起伏《きふく》の|谷《たに》の|難路《なんろ》を|辿《たど》りつつ、|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて、|谷間《たにま》の|邪気《じやき》を|祓《はら》ひ|乍《なが》ら、|勇《いさ》み|進《すす》んで|中津滝《なかつたき》のふもとに|着《つ》き|給《たま》ひぬ。
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|如衣比女《ゆくえひめ》の|霊《みたま》を|弔《とむら》ふべく、|高日《たかひ》の|宮《みや》に|在《おは》しまして、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》の|一行《いつかう》の|無事《ぶじ》を|祈《いの》り、|大蛇《をろち》の|神《かみ》を|言向《ことむ》けやはすべく、|大御前《おほみまへ》に|端坐《たんざ》して、|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|給《たま》ひつつありき。
その|言霊《ことたま》の|御歌《みうた》に、
『|三《み》ツ|栗《ぐり》の|中津滝根《なかつたきね》に|出《い》でましし
|神《かみ》の|神言《みこと》につつがあらすな
|天界《てんかい》を|曇《くも》らせ|濁《にご》せし|禍《わざは》ひを
|起《おこ》す|曲神《まがみ》を|放《はふ》らせたまへ
|如衣比女《ゆくえひめ》|犠牲《いけにえ》となりし|中津滝《なかつたき》の
|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》けやはしませ|神《かみ》よ
|主《ス》の|神《かみ》の|功績《いさをし》なくば|如何《いか》にして
この|曲神《まがかみ》のまつろふべきやは
|高照《たかてる》の|峰《みね》より|落《お》つる|滝津瀬《たきつせ》に
|住《す》む|曲神《まがかみ》は|厳《いか》しき|神《かみ》はも
|曲神《まがかみ》はいかに|厳《いか》しく|強《つよ》く|共《とも》
|生言霊《いくことたま》の|力《ちから》におよばむ
|比女神《ひめがみ》は|大蛇《をろち》の|曲神《まがみ》|恨《うら》みつつ
|天《あめ》の|高宮《たかみや》ゆ|助《たす》けますらむ』
と|謡《うた》ひ|終《をは》り、|神《かみ》の|御前《みまへ》にひれ|伏《ふ》して、|一行《いつかう》の|成功《せいこう》を|祈《いの》り|給《たま》ふ。
ここに|大御母《おほみはは》の|神等《かみたち》|一行《いつかう》は、|中津滝《なかつたき》の|滝壺《たきつぼ》の|周囲《まはり》に|整列《せいれつ》して、おのもおのもに|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|給《たま》ふ。
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》『|澄《す》みきらひ|澄《す》みきらひたる|滝壺《たきつぼ》に
かくるる|曲神《まがかみ》とく|出《い》でませよ
|吾《われ》こそはアの|御霊《みたま》より|現《あらは》れし
|大御母神《おほみははがみ》|言霊《ことたま》|宣《の》らむ
|久方《ひさかた》の|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神柱《かむばしら》
|底《そこ》の|曲神《まがみ》を|吾《われ》はきためむ
|言霊《ことたま》の|厳《いづ》の|力《ちから》をおそれなば
|大蛇《をろち》の|神《かみ》よ|早《は》やにまつろへ
|万丈《ばんぢやう》の|滝《たき》は|空《そら》より|落《おち》たぎち
|大蛇《をろち》の|頭《あたま》|打《う》ちたたけかし
かく|迄《まで》に|宣《の》る|言霊《ことたま》を|知《し》らずがに
|水底《みそこ》に|潜《ひそ》むあはれ|大蛇《をろち》よ』
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》の|水火《いき》を|込《こ》めての|言霊《ことたま》も|何《なん》の|功《いさを》なく、|依然《いぜん》として|滝壺《たきつぼ》は|青《あを》き|波《なみ》をたたへ、|滔々《たうたう》と|落《お》つる|滝《たき》の|音《おと》のみ|四辺《あたり》の|森林《しんりん》を|震《ふる》はせにけり。
ここに|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は、|儼然《げんぜん》として|言霊歌《ことたまうた》を|宣《の》り|給《たま》ふ。
『|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|神言《みこと》の|言霊《ことたま》も
|聞《き》かず|顔《がほ》なる|醜《しこ》の|大蛇《をろち》よ
|主《ス》の|神《かみ》の|与《あた》へ|給《たま》ひし|言霊《ことたま》を
|醜神《しこがみ》|汝《なれ》に|吾《われ》はたむけむ
|潔《いさ》ぎよくまつろひ|来《きた》れ|水底《みなそこ》に
|長《なが》くひそめる|大蛇《をろち》の|神《かみ》よ
なるべくは|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて
|汝《なれ》|助《たす》けむと|思《おも》ひつつ|来《き》し
|吾《われ》こそは|大物主《おほものぬし》の|神司《かむつかさ》
|高照山《たかてるやま》も|滝《たき》も|吾《わが》もの
この|滝《たき》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|吾《われ》に|賜《たま》ひし|言霊《ことたま》の|滝《たき》よ
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》は|茂《しげ》りて|天《てん》を|閉《と》ぢ
|昼《ひる》なほ|暗《くら》く|大蛇《をろち》しのぶか
|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》に|八千尋《やちひろ》の
|水底《みなそこ》までも|照《てら》し|明《あ》かさむ』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》もあれ、|八千尋《やちひろ》の|底《そこ》より、まばゆき|許《ばか》りの|光《ひかり》|現《あらは》れ|来《きた》り、|大蛇《をろち》は|水面《すゐめん》に|浮《うか》び|上《あが》り、|右《みぎ》に|左《ひだり》にのた|打《う》ち|廻《まは》りつつ、|又《また》もや|水底《すゐてい》に|潜《くぐ》り|入《い》りぬ。
ここに|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は、|万《よろづ》の|神等《かみたち》の|力《ちから》を|得《え》て、|言霊歌《ことたまうた》を|宣《の》る。
『|高照《たかてる》の|山《やま》にひそめる|曲神《まがかみ》を
|言向《ことむ》けやはすと|立《た》ち|向《むか》ひたり
かくならばせむ|術《すべ》なけむ|大蛇神《をろちがみ》
|生言霊《いくことたま》にまつろひ|奉《まつ》れよ
|比女神《ひめがみ》を|吾《わ》が|目《め》の|前《まへ》にて|害《そこな》ひし
むくいよ|大蛇《をろち》|今《いま》に|亡《ほろ》びむ
|亡《ほろ》ぼさず|生言霊《いくことたま》に|救《すく》はむと
|百神達《ももがみたち》は|現《あ》れましにける
この|御山《みやま》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|知食《しろしめ》す
|清所《すがど》なりせば|早《はや》く|去《さ》れかし
いつまでもこの|水底《みなそこ》に|潜《ひそ》むならば
|吾《われ》は|許《ゆる》さじ|斬《き》りてはふらむ
|澄《す》みきらふこの|神国《かみくに》を|畏《おそ》れなく
|荒《あら》ぶる|神《かみ》のおろかさあはれ』
|斯《か》く|謡《うた》ふ|折《をり》しも、|千尋《ちひろ》の|滝壺《たきつぼ》を|紅《あけ》に|染《そ》め|乍《なが》ら、|又《また》もや|大蛇《をろち》は|水面《すゐめん》に|体《たい》を|現《あらは》し、|前後《ぜんご》|左右《さいう》にのた|打《う》ち|廻《まは》り|遂《つひ》に|水底《すゐてい》|深《ふか》く|沈《しづ》みける。ここに|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《あま》の|高照山《たかてるやま》に|棲《す》む
|大蛇《をろち》の|神《かみ》よ|斬《き》りてはふらな
|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》|惜《を》しけく|思《おも》ひなば
|生言霊《いくことたま》にまつろひ|奉《まつ》れ
|吾《われ》は|今《いま》|神国《みくに》の|禍《わざは》ひのぞかむと
|百神《ももがみ》|伴《ともな》ひ|上《のぼ》り|来《こ》しはや
|水底《みなそこ》に|大蛇《をろち》は|深《ふか》くひそむ|共《とも》
|言霊《ことたま》の|征矢《そや》さくる|由《よし》なけむ
|御功績《みいさを》も|高日《たかひ》の|宮《みや》の|比女神《ひめがみ》を
|呑《の》み|喰《くら》ひたる|大蛇《をろち》|悪《にく》らしも
|汝《なれ》も|亦《また》|神《かみ》より|出《いで》し|身魂《みたま》なれば
ただに|放《はふ》るは|惜《を》ししと|思《おも》ふ
なるべくは|吾《わが》|言霊《ことたま》を|諾《うべな》ひて
よきに|従《したが》ひまつろへよかし
|八千尋《やちひろ》の|淵《ふち》の|底《そこ》まで|明晴《あけはる》の
|神《かみ》の|功績《いさを》を|汝《なれ》は|知《し》らずや
よしやよし|千尋《ちひろ》の|底《そこ》にひそむ|共《とも》
|生言霊《いくことたま》にやらはで|置《お》くべき
|百神《ももがみ》は|今《いま》ここにあり|如何《いか》にして
|大蛇《をろち》よ|刃向《はむか》ふ|力《ちから》あるべき』
この|言霊《ことたま》に|水底《すゐてい》の|大蛇《をろち》は、|紅《くれなゐ》の|腹《はら》をひるがへし|乍《なが》ら|浮《う》き|上《あが》り、|巨口《きよこう》を|開《ひら》いて|黒《くろ》き|毒気《どくき》を|吐《は》く|事《こと》|数百丈《すうひやくぢやう》、|忽《たちま》ち|四辺《あたり》は|暗夜《あんや》の|如《ごと》く、|咫尺《しせき》を|弁《べん》ぜざるに|至《いた》れり。
ここに|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は、この|邪気《じやき》を|祓《はら》はむとして、|言霊歌《ことたまうた》をよみ|給《たま》ふ。
『|烏羽玉《うばたま》の|黒《くろ》き|水火《いき》はく|曲神《まがかみ》は
|今《いま》を|最後《さいご》と|荒《あ》れくるひつつ
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》ここに|在《あ》り|汝《なが》|大蛇《をろち》
|心《こころ》なごめてまつろひ|来《きた》れ
|曲神《まがかみ》の|水火《いき》は|真黒《まくろ》に|包《つつ》めども
ふきて|放《はふ》らむわが|言霊《ことたま》に
|科戸比古《しなどひこ》|神《かみ》よ|忽《たちま》ち|現《あらは》れて
|谷間《たにま》を|包《つつ》む|邪気《じやき》|祓《はら》へかし』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|給《たま》ふや、|全山《ぜんざん》の|百樹《ももき》の|梢《こずゑ》をゆるがせて、|科戸《しなど》の|風《かぜ》は、|岩《いは》も|飛《と》べよと|吹《ふ》き|荒《あ》れつつ、|大蛇《をろち》の|吐《は》ける|真黒《まくろ》き|毒気《どくき》は、|跡《あと》かたもなく|散《ち》りうせて、|万丈《ばんぢやう》の|滝《たき》は|白《しろ》くかかり、|滝壺《たきつぼ》は|大蛇《をろち》の|血潮《ちしほ》に|染《そ》みて|真赤《まあか》く|見《み》えぬ。|又《また》もや|大蛇《をろち》は|水底《すゐてい》にしのびたりと|見《み》え、ブクブクと|水泡《みなわ》を|水面《すゐめん》に|吹《ふ》き|上《あ》ぐるのみ。
ここに|真澄《ますみ》の|神《かみ》は、|威儀《ゐぎ》を|正《ただ》して、|天《てん》を|拝《はい》し|地《ち》に|伏《ふ》して、|言霊歌《ことたまうた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|科戸辺《しなどべ》の|神《かみ》の|伊吹《いぶ》きに|退《やら》はれて
|黒雲《くろくも》|忽《たちま》ち|吹《ふ》き|散《ち》りにけり
|言霊《ことたま》の|稜威《みいづ》|貴《たふと》し|近見男《ちかみを》の
|厳言霊《いづことたま》に|風《かぜ》|出《い》でにける
|高照《たかてる》の|山《やま》の|百樹《ももき》をそよがせて
|科戸《しなど》の|神《かみ》は|生《あ》れましにけり
|神国《かみくに》に|禍《わざ》なす|滝《たき》の|大蛇《をろち》さへ
|得《え》たまりかねて|隠《かく》ろひにけり
いざさらば|真澄《ますみ》の|神《かみ》は|主《ス》の|神《かみ》の
|御水火《みいき》に|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》らむ
|八千尋《やちひろ》の|滝壺《たきつぼ》|深《ふか》くしのぶなる
|大蛇《をろち》よ|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|知《し》らずや
|言霊《ことたま》の|厳《いづ》の|剣《つるぎ》をぬきかざし
まつろふ|迄《まで》を|攻《せ》めなやまさむ
|吾《われ》こそは|天《あめ》の|真澄《ますみ》の|神言《みこと》ぞや
|汝《なれ》の|力《ちから》はつきむとすらむ
|斬《き》りはふる|生言霊《いくことたま》をやはめつつ
|言向《ことむ》けやはすと|真心《まごころ》の|吾《われ》よ
|水底《みなそこ》の|大蛇《をろち》よ|吾《わが》|宣《の》る|言霊《ことたま》を
つぶさに|悟《さと》れ|命《いのち》を|助《たす》けむ』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|給《たま》へば、|大蛇《をろち》は|以前《いぜん》にかはる|優《やさ》しき|姿《すがた》を|水面《すゐめん》に|浮《うか》べ|乍《なが》ら、|両眼《りやうがん》に|涙《なみだ》を|流《なが》し|幾度《いくたび》も|頭《かしら》を|下《さ》げ、|忽《たちま》ち|滝水《たきみづ》を|口《くち》にふくみ|伊吹《いぶき》の|狭霧《さぎり》を|吹《ふ》き|起《おこ》し|吹《ふ》き|起《おこ》し、|雲《くも》を|湧《わ》かせ、|雨《あめ》を|降《ふ》らせ|乍《なが》ら、|高照山《たかてるやま》の|頂《いただき》|高《たか》く、|天《てん》に|向《む》かつて|逃《に》げ|行《ゆ》きぬ。
ここに|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》の|威力《ゐりよく》を|感《かん》じ|給《たま》ひて、|御歌《みうた》よまし|給《たま》ふ。
『|畏《かしこ》しや|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》に
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》は|蘇《よみがへ》りたり
|愛善《あいぜん》の|光《ひかり》ただよふ|天国《てんごく》に
|救《すく》はれぬものはあらざりにけり
|比女神《ひめがみ》をなやまし|奉《まつ》りし|大蛇《をろち》さへ
|主《ス》の|言霊《ことたま》に|救《すく》はれにけり
|愛善《あいぜん》の|心《こころ》|照《てら》して|吾《われ》も|亦《また》
|万《よろづ》の|神《かみ》に|交《まじ》はらむかな』
|真澄《ますみ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天《てん》も|地《ち》も|真澄《ますみ》にすめる|神国《かみくに》に
ひとり|輝《かがや》く|愛善《あいぜん》の|力《ちから》よ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|汚《きたな》き|大蛇神《をろちがみ》も
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御子《みこ》なりにけり
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》のくもり|固《かた》まりて
|現《あ》れ|出《い》でにけむこれの|大蛇《をろち》は
|主《ス》の|神《かみ》の|霊《みたま》に|生《な》りしと|思《おも》ふ|故《ゆゑ》に
|吾《われ》は|大蛇《をろち》を|助《たす》け|逃《にが》しつ』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は、|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|清《きよ》き|心《こころ》に|感《かん》じ|給《たま》ひて、|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天《てん》も|地《ち》も|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|優《やさ》しかる
こころに|感《かん》じて|蘇《よみがへ》りつつ
|魂《たましひ》も|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|真心《まごころ》に
|吾《われ》|恥《はづ》かしくなりにけらしな
|愛善《あいぜん》の|力《ちから》の|強《つよ》く|輝《かがや》かば
|醜《しこ》の|曲神《まがみ》もなびき|伏《ふ》すなり』
|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|高照《たかてる》の|御山《みやま》の|邪気《じやき》も|明晴《あけはる》の
|今日《けふ》より|清《きよ》く|月日《つきひ》|照《て》るらむ
|今日《けふ》よりは|高照山《たかてるやま》は|安《やす》らかに
|神業《みわざ》|仕《つか》へむ|百《もも》の|神《かみ》たち』
かくして|中津滝《なかつたき》の|大蛇《をろち》は、|百神《ももがみ》の|生言霊《いくことたま》にうたれ、|蘇《よみがへ》りつつ|天《てん》|高《たか》く|立《た》ち|去《さ》りにける。
(昭和八・一〇・一六 旧八・二七 於水明閣 谷前清子謹録)
第三篇 |東雲神国《しののめしんこく》
第二六章 |主神《スしん》の|降臨《かうりん》〔一八五七〕
|高照河《たかてるがは》の|上流《じやうりう》に、|高《たか》くかかれる|万丈《ばんぢやう》の|瀑布《ばくふ》|中津滝《なかつたき》の|淵《ふち》に|潜《ひそ》める|大蛇《をろち》は、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》、|真澄《ますみ》の|神《かみ》たちの|天津真言《あまつまこと》の|言霊《ことたま》によりて|雲《くも》を|起《おこ》し|雨《あめ》を|降《ふ》らせつつ、|大空《おほぞら》|高《たか》く|逃《に》げ|去《さ》りたれども、|妖邪《えうじや》の|気《き》は|山《やま》の|谷々《たにだに》を|包《つつ》みて、さしもに|清《きよ》き|聖山《せいざん》も|黒雲《くろくも》|常《つね》に|覆《おほ》ひて|時《とき》に|暴風《ばうふう》を|起《おこ》し、|樹木《じゆもく》を|倒《たふ》し|宮居《みやゐ》を|破《やぶ》り、|豪雨《がうう》を|降《ふ》らして|諸神《しよしん》を|苦《くる》しめ、|田畑《でんぱた》を|破《やぶ》り|其《その》|害《がい》|日《ひ》に|月《つき》に|烈《はげ》しくなりければ、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむづかさ》は|諸神《しよしん》を|集《あつ》めて、|天地《てんち》の|害《がい》を|除《のぞ》かむと|大御前《おほみまへ》に|厳《いか》めしく|祭壇《さいだん》を|新《あらた》に|造《つく》り、|山《やま》の|物《もの》、|野《の》の|物《もの》、|河海《かはうみ》の|種々《くさぐさ》の|美味物《うましもの》を|八足《やたり》の|机代《つくゑしろ》に|置《お》き|足《たら》はし、|御酒《みき》|御饌《みけ》|御水《みもひ》|堅塩《きたし》を|奉《たてまつ》りて|国土《こくど》|平安《へいあん》の|祈願《きぐわん》を|籠《こ》め|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|邸内《ていない》より|滾々《こんこん》として|湧《わ》き|出《い》づる|玉《たま》の|御池《みいけ》に|身《み》を|滌《そそ》ぎ、|声《こゑ》も|清《すが》しく|大前《おほまへ》に|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|祈《いの》り|給《たま》ふ。|其《その》|宣言《のりごと》、
『|掛巻《かけまく》も|綾《あや》に|恐《かしこ》き、|天津高宮《あまつたかみや》に|大宮柱太《おほみやはしらふと》しき|立《た》てて|鎮《しづ》まり|坐《いま》す|主《ス》の|大御神《おほみかみ》、|天《あま》の|峯火夫《みねひを》の|大神《おほかみ》の|大御前《おほみまへ》を|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ、|遥《はるか》に|遥《はるか》に|拝《をろが》みまつる。|抑々《そもそも》これの|紫微《しび》の|天界《てんかい》は、|大御神《おほみかみ》の|大御言《おほみこと》もて|天津真言《あまつまこと》の|言霊《ことたま》に|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひ、|山野《やまぬ》の|草木《くさき》は|日《ひ》に|夜《よ》に|栄《さか》え、|百神達《ももかみたち》は|美《うるは》しき|神代《みよ》を|楽《たの》しみ、|朝夕《あしたゆふべ》の|風《かぜ》も|和《なご》やかに、|降《ふ》り|来《く》る|雨《あめ》もほどほどに、|総《すべ》ての|物《もの》を|浸《ひた》しつつ、|神《かみ》の|依《よ》さしの|神国《みくに》は|全《また》く|茲《ここ》に|現《あらは》れぬ。|彼《かれ》|百神達《ももかみたち》は|大御神《おほみかみ》の|大神業《おほみわざ》を|称《たた》へまつり、|喜《よろこ》びまつりて|麻柱《あななひ》の|誠《まこと》を|尽《つく》し、|紫微天界《しびてんかい》は|日《ひ》に|月《つき》に|弥《いや》|広々《ひろびろ》く、|弥《いや》|開《ひら》けに|開《ひら》け|弥《いや》|栄《さか》えに|栄《さか》えける|折《をり》しもあれ、|高照山《たかてるやま》の|峰《みね》|高《たか》く、|落《お》ち|来《く》る|滝《たき》の|其《その》|中津滝《なかつたき》に|醜《しこ》の|大蛇《をろち》の|潜《ひそ》み|棲《す》みて、|万《よろづ》の|神々《かみがみ》を|害《そこな》ひまつり、|天《あめ》に|成《な》るもの|地《ち》に|生《は》ふるもの|悉《ことごと》く|其《そ》の|禍《わざはひ》を|蒙《かかぶ》らざるものなし。|故《かれ》ここをもて、|百《もも》の|神々《かみがみ》をこれの|斎場《ゆには》に|神集《かむつど》ひ、|天津真言《あまつまこと》の|祝詞《のりと》もて|大御神《おほみかみ》の|御心《みこころ》を|和《なご》め|奉《まつ》り、|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》ひ|神代《かみよ》の|昔《むかし》にかへし|奉《まつ》らむと、|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎ|申《まを》す。|此《この》|有様《ありさま》を|平《たひ》らけく|安《やす》らけく|聞召《きこしめ》し|相諾《あひうづな》ひ|給《たま》ひて、|我等《われら》が|麻柱《あななひ》の|誠《まこと》を|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|聞《きこ》し|召《め》し、これの|神国《みくに》は|曲《まが》もなく|汚《けが》れなく|荒《あら》ぶる|神《かみ》は|影《かげ》ひそめ、|真言《まこと》の|道《みち》に|立《た》ち|帰《かへ》り、|共々《ともども》に|神国《みくに》のため|神業《みわざ》に|仕《つか》ふべく、|守《まも》らせ|給《たま》へと|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむづかさ》、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|謹《つつし》み|祈《いの》り|奉《たてまつ》る』
と|声《こゑ》も|爽《さは》やかに|太祝詞言《ふとのりとごと》|宣《の》り|給《たま》へば、|高照山《たかてるやま》の|峰《みね》より、|香《かんば》しき|風《かぜ》|吹《ふ》き|起《おこ》りて、|妖邪《えうじや》の|気《き》は|忽《たちま》ち|吹《ふ》き|払《はら》はれ、|尾上《をのへ》を|包《つつ》みし|黒雲《くろくも》は|跡《あと》なく|消《き》えて|紫《むらさき》の|雲《くも》|棚曳《たなび》きわたり、|天津日《あまつひ》の|光《かげ》、|月《つき》の|光《かげ》は|皓々《かうかう》として|地上《ちじやう》に|光《ひかり》を|投《な》げ|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。|忽《たちま》ち|四辺《しへん》に|微妙《びめう》の|音楽《おんがく》|響《ひび》き、|紅《あか》|白《しろ》|青《あを》|紫《むらさき》|黄色《きいろ》の|旗《はた》を|手《て》に|手《て》に|翳《かざ》しつつ、|八十《やそ》の|神達《かみたち》は|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へつ、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|清庭《すがには》に|悠然《いうぜん》として|天降《あも》ります|尊《たふと》さに、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》|其《その》|他《た》の|諸神《しよしん》は|宮《みや》の|清庭《すがには》に|拝跪《はいき》し、|荘厳《さうごん》の|神気《しんき》に|打《う》たれ|乍《なが》ら、|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|迎《むか》へまつる。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|恭々《うやうや》しく|主《ス》の|大神《おほかみ》を|三拝《さんぱい》し、|自《みづか》ら|御尾前《みをさき》に|仕《つか》へまつり、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|至聖殿上《しせいでんじやう》に|招《を》ぎまつりける。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|主《ス》の|大御神《おほみかみ》の|降臨《かうりん》を|拝《はい》しまつりて|恐懼《きようく》に|堪《た》へず、|謹《つつし》みの|余《あま》り|御声《みこゑ》までも|慄《ふる》はせ|給《たま》ひて|恐《おそ》る|恐《おそ》る|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ひける。
『かけまくも|綾《あや》に|畏《かしこ》き|主《ス》の|神《かみ》の
|天降《あも》りますこそ|尊《たふと》かりける
|高地秀《たかちほ》の|山《やま》を|下《くだ》りて|我《われ》は|今《いま》
|神《かみ》を|生《う》まむとここに|来《き》つるも
|大神《おほかみ》の|生言霊《いくことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|紫微天界《しびてんかい》はうまし|神国《みくに》よ
|久方《ひさかた》の|高日《たかひ》の|宮《みや》に|天降《あも》りましし
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|厳々《いづいづ》しきかも
|願《ねが》はくはわれに|力《ちから》を|賜《たま》へかし
この|神国《かみくに》を|永久《とは》に|守《も》るべく
|日《ひ》を|重《かさ》ね|月《つき》を|閲《けみ》してやうやくに
|妖邪《えうじや》の|空気《くうき》は|湧《わ》き|出《い》でにけり
いかにして|此《これ》の|邪気《じやき》をば|払《はら》はむかと
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》|請《こ》ひける』
ここに|主《ス》の|大神《おほかみ》は|儼然《げんぜん》として|立《た》たせ|給《たま》ひ、|左手《ゆんで》に|玉《たま》をかかへ|右手《めて》に|幣《ぬさ》を|左右左《さいうさ》と|打《う》ち|振《ふ》りながら、|厳《おごそ》かに|宣《の》り|給《たま》ふ。
『|言霊《ことたま》の|天照《あまて》る|国《くに》よ|言霊《ことたま》の
|真言《まこと》|濁《にご》れば|国《くに》は|乱《みだ》れむ
|朝夕《あさゆふ》に|生言霊《いくことたま》の|響《ひびき》なくば
この|天界《てんかい》は|曇《くも》り|乱《みだ》れむ
|言霊《ことたま》は|総《すべ》てのものの|力《ちから》なり
|心《こころ》|清《きよ》めて|朝夕《あさゆふ》|宣《の》れよ
|澄《す》みきらふスの|言霊《ことたま》の|御水火《みいき》より
|正《ただ》しき|尊《たふと》き|神《かみ》はうまれむ
|濁《にご》りたる|神《かみ》の|言霊《ことたま》|世《よ》に|凝《こ》りて
|曲神達《まがかみたち》は|生《あ》れ|出《い》づるなり
|高照山《たかてるやま》|醜《しこ》の|大蛇《をろち》も|神々《かみがみ》の
|言霊《ことたま》|濁《にご》れる|酬《むく》いとこそ|知《し》れ』
|斯《か》く|大神宣《おほみのり》を|宣《の》り|終《をは》りて、|主《ス》の|大神《おほかみ》は|至聖殿上《しせいでんじやう》に|消《き》ゆるが|如《ごと》く|神姿《みすがた》をかくし|給《たま》ひぬ。|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りまつれども、わが|霊魂《たましひ》のいづくにか|曇《くも》り|濁《にご》りのある|事《こと》を|悟《さと》りて|大《おほい》に|悔《く》い|給《たま》ひ、|百神達《ももかみたち》に|向《むか》つて、|心《こころ》の|丈《たけ》をのべ|伝《つた》ふべく|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『おほけなくも|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむづかさ》
|百神達《ももかみたち》の|御前《みまへ》に|申《まを》さむ
|久方《ひさかた》の|天《あめ》より|降《くだ》りし|主《ス》の|神《かみ》の
|生言霊《いくことたま》にわれ|打《う》たれける
|朝夕《あさゆふ》を|禊《みそぎ》に|霊魂《みたま》|清《きよ》めつつ
|未《いま》だ|濁《にご》れるわが|魂《たま》うたてき
|如衣比女《ゆくえひめ》|神去《かむさ》りしよりわが|心《こころ》
|曇《くも》りしものか|神代《みよ》は|曇《くも》りつ
|主《ス》の|神《かみ》の|教《をしへ》|畏《かしこ》み|今日《けふ》よりは
わが|魂《たましひ》を|洗《あら》はむと|思《おも》ふ
|主《ス》の|神《かみ》のわれにたまひし|八十比女《やそひめ》も
ただ|国生《くにう》みのためなりにけり
|恋《こひ》すてふ|心《こころ》|起《おこ》りていたづらに
|迷《まよ》ひぬるかな|比女神《ひめがみ》の|前《まへ》に
|神《かみ》を|愛《あい》し|神《かみ》を|恋《こ》ふるも|誠心《まごころ》の
ために|非《あら》ずば|世《よ》は|乱《みだ》るべし
|八十比女《やそひめ》を|愛《あい》と|恋《こひ》とに|泣《な》かせつつ
われつつしみの|違《たが》へるを|思《おも》ふ
|凡神《ただがみ》のそしりを|恐《おそ》れ|身《み》を|安《やす》く
|守《まも》らせむとせし|事《こと》のうたてさ
|百神《ももかみ》よ|心《こころ》したまへ|今日《けふ》よりは
われ|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》に|仕《つか》へむ
|百神《ももかみ》はいかに|賢《さか》しくはかゆとも
|神《かみ》の|依《よ》さしに|我《われ》は|違《たが》はじ』
と|謡《うた》ひ|給《たま》ひて|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|主《ス》の|大御神《おほみかみ》の|大神宣《おほみことのり》のまにまに、|国生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》へまつり|得《え》ざりし|事《こと》を、わが|心《こころ》の|汚《きたな》きより|出《い》でしものと|大《おほい》に|悔《く》い|給《たま》ひ、|今後《こんご》は|凡神達《ぼんしんたち》|如何《いか》に|言《こと》はかり|譏《そし》り|合《あ》ふとも、|自己《じこ》の|名誉《めいよ》を|捨《す》てて|只管《ひたすら》に|神命《しんめい》に|応《こた》へむと|宣言《せんげん》し|給《たま》ひしなり。|茲《ここ》に|居列《ゐなら》ぶ|神々《かみがみ》は|主《ス》の|大御神《おほみかみ》の|神言《みこと》を|謹聴《きんちやう》し、|又《また》|宮司《みやつかさ》の|宣言《のりごと》を|諾《うべな》ひ、|己《おの》が|小《ち》さき|心《こころ》の|曇《くも》りより|神業《みわざ》を|妨害《ばうがい》し|居《ゐ》たる|事《こと》を|今更《いまさら》の|如《ごと》く|悔《く》い|給《たま》ひて、|先《ま》づ|大御母《おほみはは》の|神《かみ》よりお|詫《わび》の|言霊《ことたま》を|宣《の》り|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしに|生《あ》れし|宮司《みやつかさ》の
|神業《みわざ》|知《し》らざりし|吾《われ》を|悲《かな》しむ
|如何《いか》ならむ|神《かみ》の|妨《さまた》げありとても
|神業《みわざ》の|為《た》めには|雄々《をを》しくませよ
|百神《ももかみ》の|小《ち》さき|心《こころ》を|押《お》しはかり
|主《ス》の|神言《かむこと》に|背《そむ》きたまひし
|吾《われ》も|亦《また》|主《ス》の|神言《かむこと》を|悟《さと》らずて
|凡神《ただがみ》のごと|思《おも》ひけらしな
|岐美《きみ》こそは|天《あめ》の|依《よ》さしの|神司《かむつかさ》
われ|等《ら》に|比《ひ》すべき|神《かみ》におはさず
|今日《けふ》よりは|心《こころ》の|駒《こま》を|立《た》て|直《なほ》し
|岐美《きみ》に|仕《つか》へむ|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|天渡《あまわた》る|月《つき》の|御霊《みたま》の|宮司《みやつかさ》
|百神達《ももがみたち》のはかゆべしやは
|主《ス》の|胤《たね》を|彼方此方《あなたこなた》にまくばらす
|岐美《きみ》の|神業《みわざ》を|知《し》らざりにけり
|日《ひ》の|神《かみ》は|日《ひ》の|神《かみ》|月《つき》は|月《つき》の|神《かみ》
おのもおのもに|神業《みわざ》ありける
|凡神《ただがみ》の|誠《まこと》をもちて|大神《おほかみ》を
|議《はか》ゆる|心《こころ》の|愚《おろか》しさを|思《おも》ふ
|凡神《ただがみ》の|誠《まこと》は|月《つき》の|大神《おほかみ》の
|真言《まこと》に|比《ひ》して|差別《けぢめ》ありける
|大神《おほかみ》のよしと|宣《の》らする|神業《かむわざ》も
|凡神《ただがみ》の|目《め》に|悪《あ》しと|見《み》ゆるも
|凡神《ただがみ》のよしと|思《おも》ひし|神業《かむわざ》は
|大神業《おほかむわざ》の|妨《さまた》げとなりぬ
|神々《かみがみ》はそれ|相当《さうたう》の|職務《つとめ》あり
|小《ちひ》さき|神《かみ》の|議《はか》ゆべきかは』
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|二神《にしん》のわが|神業《みわざ》をやや|諒解《りやうかい》したる|事《こと》を|喜《よろこ》び|給《たま》ひて、|御歌《みうた》よまし|給《たま》ふ。
『|大御母《おほみはは》|大物主《おほものぬし》の|言霊《ことたま》に
|我《われ》は|心《こころ》もなごみ|初《そ》めたり
|今日《けふ》よりは|醜《しこ》の|囁《ささや》き|耳《みみ》とせず
|我《われ》おほらかに|神前《みまへ》に|仕《つか》へむ
|如衣比女《ゆくえひめ》の|姿《すがた》に|心《こころ》|暗《くら》まされ
わが|言霊《ことたま》は|濁《にご》りたるらし
わが|神業《みわざ》|諾《うべな》ひたまふ|神《かみ》あれば
|心《こころ》の|魂《たま》は|曇《くも》らざるべし
わが|心《こころ》|曇《くも》れば|忽《たちま》ち|言霊《ことたま》も
|濁《にご》りて|神代《みよ》は|乱《みだ》れむとすも
|恐《おそ》るべきものは|心《こころ》よ|言霊《ことたま》よ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|洗《あら》ひ|清《きよ》めむ』
|斯《か》くおほらかに|宣示《せんじ》し|給《たま》ひて、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|賜《たま》ひしわが|神業《みわざ》を|明《あきら》かにし、|怯《お》めず|臆《おく》せず|遂行《すゐかう》せむ|事《こと》を|言挙《ことあ》げし|給《たま》ひたるぞ、|天界経綸《てんかいけいりん》|発祥《はつしやう》の|基礎《きそ》とこそ|知《し》られける。
(昭和八・一〇・一七 旧八・二八 於水明閣 加藤明子謹録)
第二七章 |神秘《しんぴ》の|扉《とびら》〔一八五八〕
|主《ス》の|神《かみ》より|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》に|依《よ》さし|給《たま》へる|国生《くにう》みの|神業《みわざ》とは、|荒果《あれは》てたる|国土《こくど》を|開拓《かいたく》し、|神々《かみがみ》の|安住《あんぢう》すべき|土地《とち》を|開《ひら》かせ|給《たま》ふの|意《い》にして、|神生《かみう》みの|神業《みわざ》とは、|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》み|給《たま》ふの|意《い》なり。|先《ま》づ|国《くに》を|生《う》みて|其《その》|国魂《くにたま》たる、|正《ただ》しき|清《きよ》き|神魂《みたま》を|生《う》まざれば、|神々《かみがみ》は|優勝劣敗《いうしようれつぱい》の|気分《きぶん》を|起《おこ》して|終《つひ》に|収拾《しうしふ》すべからざるに|至《いた》るを|憂《うれ》ひ、|茲《ここ》に|国《くに》の|司《つかさ》たるべき|御子《みこ》を|生《う》み|給《たま》ふの|意《い》なり。|而《しか》して|主《ス》の|神《かみ》より|八十比女神《やそひめがみ》を|与《あた》へ|給《たま》ひたるは、|現代人《げんだいじん》の|如《ごと》きヌホコとホトとの|接合《せつがふ》にあらずして、|只《ただ》|両神《りやうしん》の|真言《まこと》の|言霊《ことたま》の|水火《いき》と|水火《いき》とが|融合《ゆうがふ》|調和《てうわ》し|給《たま》ふ|神業《みわざ》に|感《かん》じて、ここに|神霊《しんれい》|胎内《たいない》に|宿《やど》りて、|終《つひ》には|日《ひ》を|足《た》らし|月《つき》を|満《み》たして|呱々《ここ》の|声《こゑ》と|共《とも》に|生《う》まれ|出《い》で|給《たま》ふ|神業《みわざ》なり。|比女神《ひめがみ》と|比古神《ひこがみ》の|澄《す》み|切《き》り|澄《す》みきらひたるスの|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|初《はじ》めとし、|男神《をがみ》のウ|声《ごゑ》と|女神《めがみ》のア|声《ごゑ》とここに|凝《こ》りて|神示《しんじ》の|神業《みわざ》は|完成《くわんせい》するものなり。|故《ゆゑ》に|現代《げんだい》の|如《ごと》くペニスとムツシエリーとの|交接《かうせつ》の|如《ごと》き|醜猥《しうわい》の|手続《てつづき》を|取《と》るにあらざるを|知《し》るべし。
|世《よ》は|次々《つぎつぎ》に|変《かは》り|行《ゆ》きて|現代人《げんだいじん》の|如《ごと》き、|御子生《みこう》みの|手段《しゆだん》を|取《と》るに|至《いた》りたれども、|遠《とほ》き|神代《かみよ》の|神々《かみがみ》は|斯《か》かる|手段《しゆだん》を|取《と》るの|要《えう》なく、|清《きよ》く|正《ただ》しき|真言《まこと》の|生言霊《いくことたま》を|互《たがひ》に|宣《の》り|交《かは》しつつ、|女神《めがみ》は|男神《をがみ》に、|男神《をがみ》は|女神《めがみ》に|融合《ゆうがふ》|親和《しんわ》して、|二神《にしん》は|茲《ここ》に|一神《いつしん》となり、|水火《いき》と|水火《いき》とを|蒸《む》し|蒸《む》して|其《その》|神業《みわざ》を|為《な》し|終《を》へ|給《たま》ふなりき。|男神《をがみ》|女神《めがみ》が|其《そ》の|豊円《ほうゑん》なる|肌《はだ》と|肌《はだ》とを|抱《だ》き|合《あは》せ|給《たま》ふ|時《とき》は、|互《たがひ》に|舎密電気《せいみでんき》の|発生《はつせい》により|温熱《をんねつ》|次第《しだい》に|加《くは》はりて、|蒸《む》しつ|蒸《む》されつ|御子《みこ》の|霊《たま》|宿《やど》るなり。|斯《か》くして|生《うま》れたる|男《をとこ》の|御子《みこ》を【ムス】|子《こ》と|言《い》ひ、|女《をんな》の|御子《みこ》を【ムス】|女《め》といふは、|今《いま》に|至《いた》るまでその|称《たた》へは|同《おな》じ。|遠《とほ》き|神代《かみよ》に|於《お》ける|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》が|八十比女神《やそひめがみ》に|対《たい》せる|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》を|聞《き》きて、|現代人《げんだいじん》は|一夫多妻《いつぷたさい》の|邪道《じやだう》と|誤解《ごかい》するの|惧《おそ》れあるものなれば、ここに|説示《せつじ》し|置《お》くものなり。
|故《かれ》|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|八十比女神《やそひめがみ》を|御樋代《みひしろ》として|百神《ももがみ》の|暗《くら》き|心《こころ》を|照《てら》すべく、|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》に|奉仕《ほうし》し|給《たま》ひしこそ|畏《かしこ》けれ。
|天界《てんかい》は|愛《あい》と|善《ぜん》との|世界《せかい》なれば、|其《その》|愛《あい》は|益々《ますます》|昂《かう》じて|恋《こひ》となり|又《また》|恋愛《れんあい》となるは|止《や》むを|得《え》ざる|自然《しぜん》の|理《り》と|知《し》るべし。|愛《あい》は|一切万有《いつさいばんいう》に|対《たい》する|情動《じやうどう》の|活用《はたらき》にして、|恋《こひ》は|之《これ》に|反《はん》し|或《ある》|一《ひと》つのものに|焦《こが》れて|魂《たましひ》のこびりつく|意《い》なり。|故《ゆゑ》に|恋《こひ》は|親子《おやこ》の|中《なか》にも、|君臣《くんしん》の|間《あひだ》にも、|又《また》|朋友《ほういう》|男女《だんぢよ》の|間《あひだ》にも|起《おこ》る|情動《じやうどう》なり。|恋愛《れんあい》に|至《いた》りては|然《しか》らず、|恋《こ》ひ|恋《こ》ひて|焦《こが》れたる|末《すゑ》は|終《つひ》に|其《その》|肉体《にくたい》をも|任《まか》せ|任《まか》され、|終《つひ》には|夫婦《ふうふ》の|道《みち》を|造《つく》り|又《また》は|破《やぶ》るの|結果《けつくわ》となる、|之《これ》を|恋愛《れんあい》の|情動《じやうどう》といふ。
|今《いま》の|世《よ》に|至《いた》るも|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》を|蒙《かかぶ》りて|世《よ》に|生《うま》れ|出《い》でたる|神人《しんじん》は、|凡人《ぼんじん》の|如《ごと》き|形式《けいしき》を|取《と》らず、|古《いにしへ》の|天界《てんかい》に|於《お》ける|夫婦《ふうふ》の|道《みち》の|如《ごと》く、|水火《いき》と|水火《いき》とを|組《く》み|催合《もや》ひ、|情動《じやうどう》と|情動《じやうどう》の|接合《せつがふ》によりて|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》を|為《な》し|得《う》るものなれば、|極《きは》めて|清浄《せいじやう》なる|行為《かうゐ》なれども、|凡人《ぼんじん》は|妬《ねた》み|嫉《そね》み|心《こころ》|捻《ねじ》け|曲《まが》りて、|醜悪《しうあく》の|行為《かうゐ》を|為《な》せるものと|見做《みな》すこそ|是非《ぜひ》なけれ。|女男両神《めをりやうしん》は|互《たがひ》に|顔《かほ》と|顔《かほ》とを|摺《す》り|合《あは》せ、|胸《むね》と|胸《むね》とを|抱《だ》き|合《あは》せ、|互《たがひ》に|手《て》を|握《にぎ》りて|愛《あい》の|情動《じやうどう》を|交接《かうせつ》し、|其《その》|水火《いき》の|発動《はつどう》によりて|貴《うづ》の|御子《みこ》は|生《うま》れ|出《い》づるものなり。
|有徳《うとく》の|神人《しんじん》は|現代《げんだい》に|生《うま》ると|雖《いへど》も、|此《こ》の|方法《はうはふ》によりて|御子《みこ》は|生《うま》れ|出《い》づべし。|女男《めを》|互《たがひ》に|心《こころ》に|恨《うら》みなく、|妬《ねた》みなく、|嫉《そね》みなく、|其《そ》の|清《きよ》き|赤《あか》き|言霊《ことたま》を|取《と》り|交《かは》す|時《とき》は、|別《べつ》に|男女《だんぢよ》の|交接《かうせつ》の|手段《しゆだん》を|採《と》らずとも|貴《うづ》の|御子《みこ》は|生《うま》れ|出《い》づべし。これ|言霊《ことたま》の|天照国《あまてるくに》の|幸《さちは》ひなり。|現代《げんだい》にても、|想像妊娠《さうざうにんしん》といふことあり。ここに|或《あ》る|女《をんな》ありて|遥《はるか》に|恋《こ》ひ|遠《とほ》く慕ひつつ、|手枕《たまくら》の|夢《ゆめ》|結《むす》ばずと|雖《いへど》も、|有徳《うとく》の|神人《しんじん》の|御名《みな》を|聞《き》きて|朝夕《あさゆふ》|之《これ》に|敬慕《けいぼ》し、|愛《あい》を|籠《こ》め|恋《こ》ふる|時《とき》は、|神人《しんじん》の|霊魂《れいこん》|忽《たちま》ち|親臨《しんりん》して|水火《いき》を|睦《むつ》み|合《あ》ひ、|茲《ここ》に|胎児《たいじ》となりて|現《あらは》るるなり。|故《ゆゑ》に|賢明《けんめい》にして|至粋《しすゐ》|至純《しじゆん》なる|女体《によたい》には、|一切《いつさい》の|交接《かうせつ》なくして|御子《みこ》|生《うま》るる|理由《りゆう》なり。
|又《また》|妊婦《にんぷ》は|常《つね》に|聖賢《せいけん》の|像《ざう》を|壁間《へきかん》に|懸《か》けて|敬慕《けいぼ》おかざる|時《とき》は、|容貌《ようばう》|美《うるは》しき|賢児《けんじ》|生《うま》れ、|羅漢像《らかんざう》の|如《ごと》き|醜悪《しうあく》なる|容貌《ようばう》を|朝夕《あさゆふ》|見《み》る|時《とき》は、|醜悪《しうあく》なる|男女《だんぢよ》の|御子《みこ》|生《うま》れるものなり。|善言美詞《ぜんげんびし》の|言霊《ことたま》を|朝夕《あさゆふ》|拝誦《はいしよう》し、|神人《しんじん》の|面影《おもかげ》を|心中《しんちう》に|描《ゑが》くときは|神《かみ》の|御子《みこ》|生《うま》れ|出《い》で、|悪言暴語《あくげんばうご》を|常《つね》に|口《くち》にする|時《とき》は|獰猛《ねいまう》|醜悪《しうあく》なる|御子《みこ》|生《うま》れ|出《い》で、|国《くに》を|乱《みだ》し|家《いへ》を|破《やぶ》り、|終《つひ》に|両親《りやうしん》を|泣《な》かしむるものなり。|故《ゆゑ》に|現代人《げんだいじん》と|雖《いへど》も|常《つね》に|言葉《ことば》を|謹《つつし》みて、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|善言美詞《ぜんげんびし》の|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、|清《きよ》き|赤《あか》き|真言《まこと》の|心《こころ》|以《も》て|神人《しんじん》を|恋《こ》ひ|慕《した》ふ|賢女《けんぢよ》は、|真《まさ》しく|国家《こくか》の|柱石《ちうせき》となるべき|善良《ぜんりやう》の|御子《みこ》を|生《う》み|得《う》るものなりと|知《し》るべし。|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(昭和八・一〇・一七 旧八・二八 於水明閣 森良仁謹録)
第二八章 |心内大蛇《しんないをろち》〔一八五九〕
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|今迄《いままで》の|退嬰的《たいえいてき》|政策《せいさく》を|採《と》りし|弱《よわ》き|心《こころ》を|悔《く》ひ|給《たま》ひ、|心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなお》し、|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|発揮《はつき》して、|世《よ》に|憚《はばか》らず、|阿《おもね》らず、|偽《いつは》らず、|清《きよ》き|赤《あか》き|正《ただ》しき|心《こころ》のままを|輝《かがや》かし、|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひに|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まむやと、|再《ふたた》び|主《ス》の|神《かみ》の|祭壇《さいだん》に|斎戒沐浴《さいかいもくよく》して、|海河山野《うみかはやまぬの》|種々《くさぐさ》の|美味物《うましもの》を|八足《やたり》の|机代《つくゑしろ》に|所狭《ところせ》き|迄《まで》|置《お》き|足《たら》はし、|生言霊《いくことたま》も|朗《ほがら》かに、|太祝詞《ふとのりと》|宣《の》り|給《たま》ひぬ。
『|掛巻《かけまく》も|綾《あや》に|畏《かしこ》き、|久方《ひさかた》の|天津高日《あまつたかひ》の|宮《みや》に|厳《いづ》の|御柱《みはしら》|立《た》て|給《たま》ひ、|高天原《たかあまはら》に|千木多加《ちぎたか》|知《し》りて、|弥《いや》|永遠《とことは》に|領有《うしはぎ》ゐます、|天津大御祖《あまつおほみおや》の|大神《おほかみ》の|大前《おほまへ》に、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむづかさ》、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|天《てん》に|蹐《せぐく》まり|地《ち》に|跼《ぬきあし》して|願《ね》ぎ|白《まを》さく。|抑々《そもそも》|此《これ》の|天界《てんかい》は、|天之道立《あめのみちたつ》の|神《かみ》|紫微《しび》の|宮居《みやゐ》に|鎮《しづ》まり|在《ま》して、|神々《かみがみ》の|心《こころ》を|治《をさ》むる|道《みち》を|依《よ》さし|給《たま》ひ、|我《われ》はしも|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神宣《みことのり》|以《も》て、|東《ひがし》の|宮《みや》の|神司《かむづかさ》と|任《ま》けられ、|弱《よわ》き|心《こころ》のたへがてに、|神《かみ》の|依《よ》さしに|背《そむ》きつつ、|高照山《たかてるやま》の|麓《ふもと》なる|此《これ》の|宮居《みやゐ》にうつろひて、|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《みわざ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》らふ|折《をり》もあれ、|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》を|女《め》と|定《さだ》め、|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》を|生《う》みて|喜《よろこ》び|勇《いさ》む|間《ま》もあらず、|比女《ひめ》の|神言《みこと》は|高照山《たかてるやま》の、|中津滝《なかつたき》に|忍《しの》ばひ|棲《す》める、|大蛇《をろち》の|神《かみ》にあへなくも|玉《たま》の|緒《を》の|生命《いのち》を|奪《うば》はれぬれば、|我《われ》はしも|心《こころ》の|穢《けが》れを|悔《く》いにつつ、|己《おの》が|御霊《みたま》を|清《きよ》めつつ|醜《しこ》の|曲霊《まがひ》を|退《やら》はむと、|主《ス》の|大神《おほかみ》を|祈《いの》る|折《をり》、|天《あめ》の|雲路《くもぢ》をかき|分《わ》けて、いと|厳《おごそ》かに|下《くだ》り|給《たま》ひし|主《ス》の|神《かみ》の|神宣《みこと》|畏《かしこ》み、これよりは|心《こころ》の|駒《こま》を|立《た》て|直《なほ》し、|百神等《ももかみたち》のささやきを|浜《はま》の|千鳥《ちどり》と|聞《き》きながし、|空《そら》|吹《ふ》く|風《かぜ》とみなしつつ、|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《みわざ》に、|身《み》もたなしらに|仕《つか》ふべし。|仰《あふ》ぎ|願《ねが》はくば|主《ス》の|大神《おほかみ》の|清《きよ》き|正《ただ》しき|言霊《ことたま》の、|貴《うづ》の|力《ちから》をたび|給《たま》ひて、|我《わが》|神業《みわざ》を|遺《お》ちもなく、|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|遂《と》げさせ|給《たま》へ。|今日《けふ》の|良《よ》き|日《ひ》の|佳《よ》き|辰《とき》に、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむづかさ》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|祈願《こひのみ》|奉《まつ》らくと|白《まを》す』
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は、|神前《しんぜん》に|向《むか》ひ|御歌《みうた》よまし|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|神宣《みこと》を|畏《かしこ》みて
|今《いま》たたすかも|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は
|主《ス》の|神《かみ》の|神宣《みこと》|畏《かしこ》み|吾《われ》も|亦《また》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神業《みわざ》|助《たす》けむ
|吾《わが》|言葉《ことば》|正《ただ》しと|思《おも》ひ|居《ゐ》たりしを
|今《いま》や|悟《さと》りぬ|偽《いつは》りなりしと
|凡神《ただがみ》の|心《こころ》をもちて|主《ス》の|神《かみ》の
|御心《みこころ》|如何《いか》に|悟《さと》らひ|得《う》べきや
|中津滝《なかつたき》の|醜《しこ》の|大蛇《をろち》は|逃《に》げぬれど
なほ|思《おも》はるる|後《のち》のなやみを
|神々《かみがみ》のくらき|心《こころ》の|固《かた》まりて
|大蛇《をろち》の|神《かみ》は|生《あ》れ|出《い》でにけむ
|水《みづ》|清《きよ》き|中滝《なかたき》の|淵《ふち》に|沈《しづ》みたる
|曲《まが》は|吾《われ》にもあらずやと|思《おも》ふ
|澄《すみ》きれる|高日《たかひ》の|宮《みや》に|仕《つか》ふ|吾《われ》は
|淵《ふち》の|大蛇《をろち》にさも|似《に》たるかな』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|又《また》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『この|宮《みや》は|見《み》る|目《め》|清《すが》しき|中滝《なかたき》の
|淵《ふち》にも|似《に》まして|曲《まが》のわれをり
|神業《かむわざ》を|力《ちから》|限《かぎ》りにさまたげし
|吾《われ》は|大蛇《をろち》の|霊魂《みたま》なるらし
|神々《かみがみ》の|心《こころ》のくもり|晴《は》れぬれば
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》は|生《うま》れざるべし
|如衣比女《ゆくえひめ》を|悩《なや》まし|奉《まつ》りし|大蛇《をろち》こそ
|吾等《われら》が|心《こころ》の|曲《まが》にぞありける
|主《ス》の|神《かみ》に|言《こと》とく|由《よし》もなき|迄《まで》に
|吾《わが》|言霊《ことたま》は|閉《と》ざされにけり』
|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|又《また》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|思《おも》ひきや|吾《わが》|魂《たましひ》に|中《なか》ツ|滝《たき》の
|大蛇《をろち》の|深《ふか》く|潜《ひそ》み|居《ゐ》しとは
|比女神《ひめがみ》を|悩《なや》ましたるも|吾《わが》|胸《むね》に
|住《す》む|大蛇《をろち》よと|思《おも》へば|悲《かな》しき
|日《ひ》に|夜《よる》に|比女《ひめ》を|悲《かな》しむ|心《こころ》もて
|心《こころ》の|大蛇《をろち》|斬《き》りはふるべき
|滔々《たうたう》と|滝《たき》の|清水《しみづ》のおつる|如《ごと》
|清《すが》しかれよと|心《こころ》を|祈《いの》る
|吾《わが》|心《こころ》くもりゐし|事《こと》|恥《はづ》かしと
|思《おも》へど|詮《せん》なし|魂《たま》|洗《あら》はばや
|身《み》を|責《せ》むる|鬼《おに》も|大蛇《をろち》も|他《ほか》になし
|皆《みな》|吾《わが》|魂《たましひ》ゆ|生《うま》れ|出《い》づるも』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|又《また》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|神々《かみがみ》の|言霊歌《ことたまうた》を|聞《き》きながら
|吾《わが》|面《おも》|映《は》ゆくなりまさりつつ
|今日《けふ》までの|事《こと》を|思《おも》へば|恥《はづ》かしも
|面《おも》ほてりつつ|言葉《ことば》さへ|出《い》でず
|他《た》を|悪《あ》しと|思《おも》ひし|事《こと》の|浅《あさ》ましさ
|皆《みな》|吾魂《わがたま》ゆ|生《う》み|出《い》でしものを
|愛善《あいぜん》の|真言《まこと》の|心《こころ》|照《て》る|身《み》には
|御魂《みたま》さやけく|四方《よも》を|照《てら》さむ
|照《てら》すべき|貴《うづ》の|魂《みたま》を|持《も》ち|乍《なが》ら
|曇《くも》らせ|奉《まつ》りし|罪《つみ》を|悔《く》ゆるも
|善《よ》き|事《こと》と|思《おも》ひひがめて|日《ひ》に|月《つき》に
|吾《わが》|為《な》せし|業《わざ》|曲《まが》にぞありける
|今日《けふ》よりは|心《こころ》の|駒《こま》を|引《ひ》き|立《た》てて
|愛善世界《あいぜんせかい》に|進《すす》まむと|思《おも》ふ』
|真澄《ますみ》の|神《かみ》は|又《また》|御歌《みうた》よませ|給《たま》ふ。
『|万丈《ばんぢやう》の|岩根《いはね》にかかる|清滝《きよたき》の
|清《きよ》き|心《こころ》を|持《も》たまほしけれ
|真清水《ましみづ》の|澄《す》みて|溜《たま》れる|深淵《ふかふち》は
|底《そこ》の|底《そこ》まで|澄《す》みきらひたり
この|滝《たき》とこの|深淵《ふかふち》は|主《ス》の|神《かみ》の
|御霊《みたま》の|凝《こ》りて|集《つど》へるならむか
|魂《たましひ》にひそむ|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》けて
|輝《かがや》き|給《たま》へ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ』
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|憮然《ぶぜん》として|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|愛恋《いとこや》の|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》を|悩《なや》ませし
|大蛇《をろち》はくらき|我魂《わがたま》なりけり
|今日《けふ》よりは|曲《まが》の|影《かげ》だにあらせじと
|生言霊《いくことたま》のひかり|照《て》らさむ
|朝夕《あさゆふ》に|神前《みまへ》に|言霊《ことたま》|宣《の》りつれど
|心《こころ》の|曲《まが》は|放《はな》れざりしよ
この|滝《たき》の|清《きよ》きが|如《ごと》く|瑞御霊《みづみたま》
|四方《よも》の|神国《かみくに》うるほし|奉《まつ》らむ
|国魂《くにたま》の|神《かみ》となるべき|御子《みこ》|生《う》むと
|我《われ》は|今日《けふ》より|霊魂《みたま》|磨《みが》かむ
|如衣比女《ゆくえひめ》み|罷《まか》りたるも|主《ス》の|神《かみ》の
|我《われ》を|教《をし》ゆる|鞭《むち》なりにけり
|我《わが》|心《こころ》|清《きよ》く|正《ただ》しくありしならば
|如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》は|罷《まか》らざりしを
|我《わが》|心《こころ》|小《ちひ》さく|汚《きたな》くくもらひて
|淵《ふち》の|大蛇《をろち》となりにけらしな
|我《われ》は|今《いま》|月《つき》の|御霊《みたま》と|現《あらは》れて
|国《くに》の|八十国《やそくに》|隈《くま》なく|恵《めぐ》まむ』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|終《をは》り、|中津瀬《なかつせ》の|滝壺《たきつぼ》に|身《み》をひたし|給《たま》ひつつ、
『|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|万丈《ばんぢやう》の|滝《たき》よ|伏《ふ》して|見《み》れば
|千尋《ちひろ》の|淵《ふち》よわが|魂《たま》をののく
|戦《をのの》ける|心《こころ》のおくにあるものは
|曲《まが》の|大蛇《をろち》の|片割《かたわ》れならむや
|清《きよ》く|赤《あか》き|真言《まこと》の|魂《たましひ》|持《も》つ|身《み》には
|千尋《ちひろ》の|淵《ふち》もおどろかざるらむ』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|給《たま》ひつつ、|百神《ももかみ》と|共《とも》に|七日七夜《ななかななよ》の|禊《みそぎ》を|修《しう》し、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》に|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》の|養育《やういく》をたのみ|置《お》きて、|高照《たかてる》の|峰《みね》を|後《あと》に、|神々《かみがみ》を|率《ひき》ゐて|東《ひがし》の|国原《くにはら》|目《め》ざしつつ、いそいそとして|御山《みやま》を|降《くだ》り|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・一七 旧八・二八 於水明閣 谷前清子謹録)
第二九章 |無花果《いちじゆく》〔一八六〇〕
|茲《ここ》に|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむづかさ》|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|主《ス》の|神《かみ》の|厳《いづ》の|言霊《ことたま》かかぶりて|猛《たけ》き|心《こころ》の|駒《こま》|立《た》て|直《なほ》し、|大御母《おほみはは》の|神《かみ》、|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》、|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》、|輝夫《てるを》の|神《かみ》を|高照山《たかてるやま》の|麓《ふもと》、|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむつかさ》と|定《さだ》め|置《お》きて、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》、|真澄《ますみ》の|神《かみ》、|照男《てるを》の|神《かみ》を|伴《ともな》ひ、|天《あめ》の|白駒《しろこま》に|跨《また》がり、|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まばやと、|心《こころ》いそいそ|出《い》で|給《たま》ふ。
|茲《ここ》に|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》を、|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御霊《みたま》と|崇《あが》め|奉《まつ》り、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|心《こころ》をこめて|育《そだ》てはぐくみ|仕《つか》へ|奉《まつ》り、|其《そ》の|成人《せいじん》を|待《ま》ち|給《たま》ひける。|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|大御前《おほみまへ》に|畏《かしこ》まり|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|唱《とな》へ|給《たま》ひて、|八尋殿《やひろどの》の|清庭《すがには》に|降《お》り、|玉《たま》の|御池《みいけ》に|禊《みそぎ》を|修《しう》し|給《たま》ひ、|心《こころ》も|清《きよ》く|朗《ほがら》かに|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。その|御歌《みうた》、
『|久方《ひさかた》の|空《そら》を|仰《あふ》げばかぎりなく
|高《たか》し|広《ひろ》しも|神《かみ》のまにまに
|限《かぎ》りなき|広《ひろ》き|天地《てんち》に|神《かみ》と|生《な》りて
われは|小《ちひ》さき|事《こと》をおもはめ
|高照《たかてる》の|山《やま》はいかほど|高《たか》くとも
|天《てん》の|高《たか》さに|及《およ》ばざるべし
|高照《たかてる》の|山《やま》は|非時《ときじく》|雲《くも》|湧《わ》きて
|水火《すゐくわ》の|呼吸《いき》の|風《かぜ》|光《ひか》るなり
ときじくに|花《はな》|咲《さ》き|実《みの》る|高照《たかてる》の
|山《やま》の|姿《すがた》の|雄々《をを》しきろかも
|屹然《きつぜん》と|天《てん》に|聳《そび》ゆる|高照《たかてる》の
|山《やま》のいかしき|心《こころ》もたばや
|瑞御霊《みづみたま》これの|聖地《せいち》を|立《た》ち|出《い》でで
いづれの|国《くに》に|神《かみ》|生《う》ますらむ
|謹《つつし》みて|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》を|育《そだ》てむと
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なをおもへば|楽《たの》しき
|瑞御霊《みづみたま》|姫《ひめ》の|命《みこと》をあとにして
|旅《たび》にたたせるその|雄々《をを》しさよ
|瑞御霊《みづみたま》いまさぬこれの|大宮《おほみや》を
われは|代《かは》りて|朝夕《あさゆふ》|守《まも》らむ
|駒《こま》|並《な》めて|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|出《い》でましぬ
み|空《そら》の|月《つき》の|冴《さ》え|渡《わた》る|夜《よ》を
|大前《おほまへ》に|祝詞《のりと》|白《まを》せば|清《すが》しけれ
|主《ス》の|大神《おほかみ》にまみゆる|心地《ここち》す
|国《くに》を|生《う》み|神《かみ》を|生《う》ませる|神業《かむわざ》の
|貴《うづ》のはたらきおもへば|畏《かしこ》し
われは|今《いま》|心《こころ》の|駒《こま》を|立《た》て|直《なほ》し
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神《かみ》をうべなふ』
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|清庭《すがには》に|立《た》ち、|禊《みそ》ぎ|終《をは》りて|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|玉池《たまいけ》の|清《きよ》き|鏡《かがみ》に|写《うつ》りたる
|月《つき》をし|見《み》れば|岐美《きみ》の|偲《しの》ばゆ
|天《あま》わたる|月《つき》を|写《うつ》せし|玉《たま》の|池《いけ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|鏡《かがみ》なるらむ
|朝夕《あさゆふ》を|仕《つか》へ|奉《まつ》りし|瑞御霊《みづみたま》
|今《いま》はいづくの|果《はて》にますらむ
|大御母《おほみはは》|神《かみ》の|功《いさを》を|今《いま》ぞしる
|姫《ひめ》の|命《みこと》を|育《はぐく》みましつつ
みいさをも|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむつかさ》
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》に|仕《つか》へまつらむ
|大御母《おほみはは》|神《かみ》は|高日《たかひ》の|大宮《おほみや》の
|貴《うづ》の|三柱《みはしら》けがさじとおもふ
|厳御霊《いづみたま》いづの|教《をしへ》にかたよりて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|無視《なみ》せしを|悔《く》ゆ
|今日《けふ》よりは|心《こころ》のくもり|吹《ふ》き|祓《はら》ひ
あしたゆふべを|神言《かみごと》|宣《の》らむ
|言霊《ことたま》の|幸《さちは》ふ|神《かみ》の|国《くに》なれば
われ|一日《ひとひ》だも|怠《おこた》るべけむや
|月《つき》も|日《ひ》も|高照山《たかてるやま》の|神奈備《かむなび》に
|仕《つか》へて|心《こころ》くもらふべきやは
|高照《たかてる》の|山《やま》に|湧《わ》き|立《た》つ|紫《むらさき》の
|雲《くも》こそ|神《かみ》の|心《こころ》なるらむ
|朝夕《あさゆふ》に|月日《つきひ》の|光《ひかり》あび|乍《なが》ら
|高照山《たかてるやま》は|紫雲《しうん》たち|立《た》つ』
|輝夫《てるを》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|朝夕《あさゆふ》をみたま|輝夫《てるを》の|神《かみ》ながら
いつか|心《こころ》のくもらひを|恥《は》づ
|瑞御霊《みづみたま》いまさぬ|今日《けふ》を|謹《つつし》みて
この|大宮《おほみや》に|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ
|清《きよ》きあかき|真《まこと》の|心《こころ》をみがきつつ
|仕《つか》へ|奉《まつ》らむ|神《かみ》のみ|前《まへ》に
|一日《ひとひ》だに|厳言霊《いづことたま》をおこたらば
この|国原《くにはら》はくもらひ|乱《みだ》れむ
|言霊《ことたま》の|力《ちから》によりて|生《あ》れし|国《くに》よ
|朝夕《あしたゆふ》べの|祈《いの》りわすれじ』
|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|足曳《あしびき》の|山野《やまぬ》の|木《こ》の|実《み》も|味豊《あぢとよ》の
|神《かみ》のみ|代《よ》こそめでたかりける
|言霊《ことたま》の|光《ひかり》によりて|生《あ》れませる
|天津国《あまつくに》なり|天津神《あまつかみ》なり
|吾《われ》もまた|主《ス》の|神《かみ》うしはぐ|高天《たかあま》の
アの|言霊《ことたま》ゆ|生《あ》れし|神《かみ》なり
|天界《てんかい》に|初《はじ》めて|命《みこと》|生《あ》れましぬ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|比女神《ひめがみ》のなかに
|美玉姫《みたまひめ》|神《かみ》の|命《みこと》はめづらしも
この|天界《てんかい》に|身体《からたま》もたせば
|想念《さうねん》の|世界《せかい》もつぎつぎ|物質《ぶつしつ》と
|化《くわ》して|栄《さか》えむ|言霊《ことたま》の|幸《さち》に』
|天界《てんかい》の|現象《げんしやう》は|意志想念《いしさうねん》の|世界《せかい》にして、|愛《あい》の|情動《じやうどう》に|満《み》ちたれば、|普《あまね》く|国土《こくど》は|清《きよ》くすがしく|美《うるは》しく、|七色《しちしよく》の|光彩《くわうさい》|四方《よも》に|満《み》ち、|山《やま》は|青《あを》く|野《の》は|平《たひ》らかに、|所々《しよしよ》に|花《はな》|爛漫《らんまん》と|咲《さ》き|匂《にほ》ふ|小山《こやま》|散在《さんざい》し、|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|清《きよ》く、やはらかく、|実《げ》に|住《す》みやすき|境界《きやうかい》なり。|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は、|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》、|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》を|伴《ともな》ひて、|百花《ももばな》|匂《にほ》ふ|野辺《のべ》の|遊《あそ》びを|始《はじ》め|給《たま》ひ、|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》を|楽《たの》しく|遊《あそ》ばせ|給《たま》ひぬ。|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》は|其《そ》の|性質《せいしつ》|怜悧温厚《れいりをんこう》にして、|艶《つや》|美《うるは》しく|肌《はだ》|細《こま》やかに、あだかも|鳥《とり》の|玉子《たまご》の|如《ごと》し。|百神達《ももがみたち》はこの|姫命《ひめみこと》を|此《こ》の|上《うへ》なく|慈《いつく》しみ|且《か》つ|敬《うやま》ひ|奉《まつ》りて、|種々《いろいろ》の|花《はな》など|取《と》り|御手《みて》に|握《にぎ》らせ|奉《まつ》り、|姫命《ひめみこと》の|喜《よろこ》び|給《たま》ふ|笑顔《ゐがほ》を|見《み》て|楽《たの》しみ|居《を》りき。
|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》は、|野辺《のべ》に|実《みの》れる|無花果《いちじゆく》の|実《み》を、|腕《うで》もたわわに|毟《むし》り|来《きた》りて、|姫命《ひめみこと》の|御前《みまへ》に|横山《よこやま》の|如《ごと》く|置《お》き|足《たら》はし、|捧《ささ》げ|奉《まつ》れば、|姫《ひめ》の|命《みこと》は|細《ほそ》き|白《しろ》き|御手《みて》を|伸《の》ばさせ|給《たま》ひ、その|中《なか》の|一《ひと》つを|掴《つか》みて|忽《たちま》ち|口《くち》に|入《い》れ|給《たま》ひしに、|見《み》る|見《み》る|御背《おんせ》は|長《なが》く|伸《の》びあがり、|御身体《おんからたま》は|弥太《いやふと》りに|太《ふと》り、|今《いま》までの|幼《をさな》かりし|姫《ひめ》の|命《みこと》は|俄《にはか》に|成人《せいじん》してその|言霊《ことたま》さへも|大人《おとな》びつつ、|側《かたはら》にある|三柱《みはしら》の|神達《かみたち》を|驚《おどろ》かせ|給《たま》ひしぞ|不思議《ふしぎ》なれ。|茲《ここ》に|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は、|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》の、|見《み》る|見《み》る|成人《せいじん》し|給《たま》ひし|御姿《みすがた》に|驚《おどろ》き|給《たま》ひて、|感嘆《かんたん》のあまり|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》はく、
『|天晴々々《あはれあはれ》|姫《ひめ》の|命《みこと》は|無花果《いちじゆく》の
|味《あぢ》|豊《ゆた》かさに|大《いか》くなりましぬ
|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》のいさをに|無花果《いちじゆく》の
|木《こ》の|実《み》は|清《きよ》く|生《あ》れ|出《い》でにけり
|斯《か》くならば|高日《たかひ》の|宮《みや》の|神司《かむつかさ》
|姫《ひめ》の|命《みこと》よわれはゆづらむ
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐ》み|著《しる》けし|目《ま》のあたり
|姫《ひめ》の|命《みこと》は|生《お》ひ|立《た》ちませり
|喜《よろこ》びのかぎりなるかも|美玉姫《みたまひめ》の
|命《みこと》の|斯《か》くまで|生《お》ひたたすとは』
|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》は|喜《よろこ》びのあまり|手《て》を|拍《う》ち、|足拍子《あしびやうし》をとり、|花野《はなの》の|中《なか》に|踊《をど》り|狂《くる》ひつつ|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|天晴々々《あはれあはれ》
|主《ス》の|言霊《ことたま》ゆ|生《あ》れませる
|美玉《みたま》の|姫《ひめ》の|命《みこと》はや
|高日《たかひ》の|宮《みや》は|今日《けふ》の|日《ひ》を
はじめとなして|弥栄《いやさか》に
|栄《さか》え|奉《まつ》らむ|嬉《うれ》しさに
|手《て》の|舞《ま》ひ|足《あし》の|踏《ふ》みどさへ
|知《し》らずに|吾《われ》は|踊《をど》るなり
この|神国《かみくに》にただ|一人《ひとり》
からたま|持《も》たす|姫命《ひめみこと》の
|天降《あも》りまししは|言霊《ことたま》の
|厳《いづ》の|力《ちから》を|物質《もの》と|化《くわ》し
|広《ひろ》き|世界《せかい》の|神々《かみがみ》を
|安《やす》く|住《すま》はせ|給《たま》はむと
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|生《あ》れ|出《い》で|給《たま》ひし|嬉《うれ》しさよ
|吾《われ》は|味豊神《あぢとよかみ》にして
|百《もも》の|果物《くだもの》|五穀《たなつもの》
|甘《あま》き|味《あぢ》はひもたさむと
|朝夕《あしたゆふべ》のけぢめなく
|貴《うづ》の|忌鋤《いむすき》|忌鍬《いむくは》に
この|天界《てんかい》をひらきつつ
|貴《うづ》の|木《こ》の|実《み》はややややに
|実《みの》らひ|満《み》ちて|果《はて》もなく
|百《もも》の|神達《かみたち》|朝夕《あさゆふ》の
|御饌《みけ》たてまつる|嬉《うれ》しさよ
とりわけ|今日《けふ》は|姫命《ひめみこと》
わが|生《な》り|出《い》でし|無花果《いちじゆく》の
|木《こ》の|実《み》をとらせ|給《たま》ひてゆ
にはかに|身丈《みたけ》|伸《の》び|給《たま》ひ
その|顔《かんばせ》も|大人《おとな》びて
いよいよ|宮《みや》の|神柱《みはしら》と
たたせ|給《たま》はむ|目出度《めでた》さよ
|得耐《えた》へぬ|儘《まま》に|手《て》を|拍《う》ちて
|吾《われ》は|狂《くる》ひつ|踊《をど》るなり
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|恩頼《みたまのふゆ》の|幸《さちは》ひし
|今日《けふ》の|花野《はなの》の|嬉《うれ》しさよ
|天《あめ》の|御空《みそら》ゆ|降《くだ》ります
|主《ス》の|言霊《ことたま》に|生《な》り|出《い》でし
|美玉《みたま》の|姫《ひめ》の|命《みこと》こそ
これの|神国《みくに》の|柱《はしら》なれ
|嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さちは》ひましませよ』
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》、|御歌《みうた》うたはせ|給《たま》ふ。
『おもひきや|姫《ひめ》の|命《みこと》は|忽《たちま》ちに
|無花果《いちじゆく》|召《め》して|伸《の》び|立《た》ち|給《たま》へり
|無花果《いちじゆく》の|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》のいさをしを
われ|今更《いまさら》にさとりけるかも
|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐ》みの|露《つゆ》のかたまりか
この|無花果《いちじゆく》に|太《ふと》り|給《たま》ひぬ
|天《てん》|高《たか》く|野辺《のべ》また|広《ひろ》し|花《はな》の|中《なか》に
|遊《あそ》ばす|姫《ひめ》の|命《みこと》|美《うるは》し』
|茲《ここ》に|美玉姫《みたまひめ》の|命《みこと》は|異様《いやう》の|光《ひかり》を|放《はな》ちながら、|花野《はなの》の|中《なか》に|儼然《げんぜん》として|立《た》ち|上《あが》り|給《たま》ひ、|御歌《みうた》|宣《の》らせ|給《たま》はく、
『|吾《われ》はしも|月《つき》の|世界《せかい》ゆ|生《あ》れましし
|神霊《みたま》なりせば|生《お》ひたち|早《はや》しも
|月《つき》の|露《つゆ》あみて|太《ふと》りし|無花果《いちじゆく》は
わが|身体《からたま》を|生《い》かす|御饌《みけ》なり
|今《いま》よりは|高日《たかひ》の|宮《みや》に|司《つかさ》とし
|天津神国《あまつみくに》を|安《やす》く|守《まも》らむ
|大御母《おほみはは》|神《かみ》のいさをは|天渡《あまわた》る
|月《つき》の|稜威《みいづ》に|等《ひと》しかるべし
|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》のいさをぞ|畏《かしこ》けれ
わがからたまを|育《はぐく》み|給《たま》へば
あら|尊《たふ》と|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》なれば
これの|清庭《すがには》を|見立《みた》て|給《たま》ひし』
|大御母《おほみはは》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|姫命《ひめみこと》|宣《の》らす|言葉《ことば》のかしこさに
|嬉《うれ》しき|涙《なみだ》|止《とど》めあへぬも
|嬉《うれ》しさに|口《くち》ごもりつつ|言《こと》の|葉《は》も
|出《い》でざるままに|黙《もだ》し|居《ゐ》につつ』
|味豊《あぢとよ》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|今日《けふ》よりは|此《これ》の|神国《みくに》も|安《やす》らけく
ひらけゆかなむ|命《みこと》の|稜威《いづ》に』
|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『あら|尊《たふ》と|眼知男《まなこしりを》の|神《かみ》|吾《われ》は
|答《いら》への|言葉《ことば》も|出《い》でざりにけり
いざさらば|高日《たかひ》の|宮《みや》に|帰《かへ》らむと
|前《さき》に|立《た》たせる|姫《ひめ》の|命《みこと》よ』
(昭和八・一〇・一七 旧八・二八 於水明閣 内崎照代謹録)
第三〇章 |日向《ひむか》の|河波《かはなみ》〔一八六一〕
|道《みち》の|隈手《くまで》もつつがなく |太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は
|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|空《そら》|清《きよ》く |東《あづま》の|空《そら》も|明晴《あけはる》の
|神《かみ》のいさをは|照男神《てるをがみ》 |大物主《おほものぬし》ともろともに
|高照山《たかてるやま》の|聖場《せいぢやう》に |別《わか》れを|告《つ》げて|出《い》で|給《たま》ふ
|天津日《あまつひ》は|照《て》る|月《つき》は|冴《さ》ゆ |高照山《たかてるやま》は|雲表《うんぺう》に
|高《たか》く|紫雲《しうん》をぬき|出《い》でで |天国浄土《てんごくじやうど》のありさまを
|紫微天界《しびてんかい》の|遠近《をちこち》に |輝《かがや》きゐるぞ|清《すが》しけれ。
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|五柱《いつはしら》の|神《かみ》と|共《とも》に|高照山《たかてるやま》を|西《にし》に|眺《なが》めつつ、|東《ひがし》の|国《くに》を|治《をさ》め、|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まむと、|心《こころ》いそいそ|出《い》で|給《たま》へば、|日向河《ひむかがは》の|流《ながれ》は|前途《ぜんと》に|横《よこた》はり、|一行《いつかう》の|神々《かみがみ》は|如何《いか》にして|此《こ》の|広河《ひろかは》を|渡《わた》らむかと、|暫《しば》し|思案《しあん》にくれながら、|各《おの》も|各《おの》もに|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御歌《みうた》、
『|見渡《みわた》せば|限《かぎ》りしられぬ|広河《ひろかは》の
|水《みづ》のおもての|青《あを》みたるかも
|高照《たかてる》の|峰《みね》より|落《お》つる|日向河《ひむかがは》
|春《はる》をたたへて|青《あを》く|流《なが》るる
|高照山《たかてるやま》あとふりかへり|眺《なが》むれば
|紫《むらさき》の|雲《くも》|尾根《をね》に|湧《わ》き|立《た》つ
|主《ス》の|神《かみ》の|稜威《みいづ》も|清《きよ》く|澄《す》みきらふ
|高日《たかひ》の|宮《みや》を|我《われ》|出《い》でにけり
|日向河《ひむかがは》|水瀬《みなせ》はいかに|強《つよ》くとも
|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》りて|渡《わた》らむ
|言霊《ことたま》の|幸《さちは》ひ|助《たす》くる|神国《みくに》なれば
この|激流《げきりう》も|何《なん》のものかは』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》はまた|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|天《てん》を|摩《ま》す|高照山《たかてるやま》の|木々《きぎ》の|露《つゆ》
ここに|流《なが》れて|河《かは》となりぬる
|日向河《ひむかがは》|水《みづ》の|勢《いきほひ》ながめつつ
|滝《たき》の|大蛇《をろち》を|思《おも》ひ|出《い》づるも
|月《つき》も|日《ひ》も|清《きよ》く|流《なが》るる|日向河《ひむかがは》を
われ|渡《わた》らばや|言霊《ことたま》の|舟《ふね》に
|青々《あをあを》と|底《そこ》ひもしらぬこの|流《ながれ》
|月《つき》を|浮《うか》べつ|日《ひ》を|沈《しづ》めつつ
この|水《みづ》は|四方《よも》に|流《なが》れて|国原《くにはら》の
|百《もも》の|草木《くさき》を|生《い》かしこそすれ
|瑞御霊《みづみたま》|恵《めぐ》みの|露《つゆ》の|集《あつま》りて
この|日向河《ひむかがは》は|生《な》り|出《い》でにけむ
せせらぎの|音《おと》たかだかと|響《ひび》くなり
|高照山《たかてるやま》ゆ|落《お》つるながれは
|瑞御霊《みづみたま》ここにいませば|底深《そこふか》き
|日向《ひむか》の|河《かは》も|安《やす》く|渡《わた》らむ』
|真澄《ますみ》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|澄《す》みきらふ|天地《てんち》の|中《なか》にすみすみて
|流《なが》るる|日向《ひむか》の|河《かは》は|清《すが》しも
わが|眼路《めぢ》の|届《とど》かぬまでに|広々《ひろびろ》と
|流《なが》れはげしき|日向河《ひむかがは》はも
この|河《かは》の|瀬々《せぜ》の|流《なが》れは|澄《す》みきらふ
|空《そら》をうつして|青《あを》みたるかも
われは|今《いま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
|神業《かむわざ》の|為《ため》|来《きた》りけるかも
|神業《かむわざ》の|道《みち》に|横《よこた》ふ|日向河《ひむかがは》
|深《ふか》きは|神《かみ》の|心《こころ》なるらむ
|高照《たかてる》の|山《やま》の|霊気《れいき》の|滴《したた》るか
この|河水《かはみづ》は|真澄《ます》みたるかも』
|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|滔々《たうたう》と|流《なが》るる|水《みづ》のはてしなきは
|神《かみ》の|稜威《みいづ》の|現《あら》はれなるらむ
|渡《わた》らはむ|橋《はし》さへもなきこの|河《かは》を
|見《み》つつ|岸辺《きしべ》に|吾《われ》は|立《た》ち|居《を》り
|久方《ひさかた》の|天津神《あまつかみ》たち|聞召《きこしめ》し
わが|通《とほ》るべく|河水《かはみづ》|干《ほ》させよ
|如何《いか》にして|吾《われ》はこの|河《かは》|渡《わた》らむと
|心細《こころぼそ》くもなりにけらしな
|月《つき》も|日《ひ》も|波間《なみま》に|浮《うか》ぶこの|河《かは》を
|渡《わた》らむ|術《すべ》のなきぞ|悔《くや》しき
|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|生《う》ませる|神業《かむわざ》ぞ
|心《こころ》しあらば|河《かは》よ|退《しりぞ》け
|清《きよ》きあかき|正《ただ》しき|真《まこと》の|言霊《ことたま》も
この|河神《かはかみ》は|聞召《きこしめ》さずや』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|岸《きし》を|洗《あら》ふ|水《みづ》の|流《なが》れは|高《たか》くとも
|神《かみ》の|恵《めぐ》みに|渡《わた》らむとぞ|思《おも》ふ
よしやよし|水《みづ》の|藻屑《もくづ》と|消《き》ゆるとも
|何《なに》か|恐《おそ》れむ|神《かみ》の|身《み》われは
|国魂《くにたま》の|神生《かみう》みまする|旅立《たびだち》に
さやる|日向《ひむか》の|河《かは》ぞうたてき
|今《いま》しばし|生言霊《いくことたま》を|宣《の》り|上《あ》げて
|河守《かはも》る|神《かみ》を|言向和《ことむけやは》さむ
|久方《ひさかた》の|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて
|国造《くにつく》ります|瑞御霊《みづみたま》ぞや
|瑞御霊《みづみたま》めぐみの|露《つゆ》の|集《あつま》りて
|日向《ひむか》の|河《かは》の|生《あ》れしを|知《し》らずや
|河守《かはもり》の|神《かみ》よ|日向《ひむか》の|河水《かはみづ》よ
|心《こころ》しあれば|吾《わが》|言霊《ことたま》を|聴《き》け』
|照男《てるを》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|月《つき》も|日《ひ》も|照男《てるを》の|神《かみ》は|此処《ここ》にあり
|河守《かはもり》の|神《かみ》にものを|申《まを》さむ
|久方《ひさかた》の|天《あめ》の|高日《たかひ》の|宮司《みやつかさ》
みゆきの|道《みち》よ|妨《さまた》げするな
|天《あめ》は|高《たか》くまた|広《ひろ》くして|限《かぎ》りなし
|日向《ひむか》の|河《かは》は|帯《おび》より|狭《せま》しも
この|狭《せま》き|河《かは》の|流《なが》れを|行《ゆ》きなやむ
われ|神《かみ》ながら|恥《はづ》かしみ|思《おも》ふ
|広《ひろ》くとも|天地《てんち》の|広《ひろ》さに|比《くら》ぶれば
ものの|数《かず》かは|日向《ひむか》の|流《ながれ》は』
|六柱《むはしら》の|神々《かみがみ》は、|日向河《ひむかがは》の|岸辺《きしべ》に|立《た》ち、|御歌《みうた》うたひながら、|茫然《ばうぜん》として|行《ゆ》き|悩《なや》ませ|給《たま》ふ|折《をり》しもあれ、|日向河《ひむかがは》の|水瀬《みなせ》を|左右《さいう》に|割《わ》りて、|白馬《はくば》に|跨《またが》り|現《あらは》れ|給《たま》ふ|女神《めがみ》あり。|後方《しりへ》に|六頭《ろくとう》の|駒《こま》を|従《したが》へながら、|波《なみ》を|押《お》し|分《わ》け|此方《こなた》に|向《む》かつて|進《すす》み|来《く》るあり。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこの|体《てい》を|見《み》て|喜《よろこ》ばせ|給《たま》ひ、
『あな|尊《たふと》|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》|現《あらは》れて
|河守《かはもり》の|神《かみ》|生《あ》れましにけり
|河守《かはもり》の|神《かみ》の|勲《いさを》を|今《いま》ぞ|知《し》る
ひかせる|駒《こま》の|迅《はや》さ|清《きよ》さよ』
かく|謡《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|河守《かはもり》の|神《かみ》は|忽《たちま》ち|岸辺《きしべ》に、|駒《こま》|諸共《もろとも》|駈《か》け|上《のぼ》り|給《たま》ひ、ひらりと|飛《と》び|下《お》り、|六柱《むはしら》の|神《かみ》の|前《まへ》に|敬意《けいい》を|表《へう》しながら、
『|主《ス》の|神《かみ》の|霊《たま》に|生《な》り|出《い》で|給《たま》ひたる
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》にものを|申《まを》さむ
われこそは|日向《ひむか》の|河《かは》を|朝夕《あさゆふ》に
|守《まも》り|仕《つか》ふる|比女神《ひめがみ》なるぞや
|瑞御霊《みづみたま》|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まさむと
|今日《けふ》の|旅立《たびだ》ち|待《ま》ちわびにつつ
この|駒《こま》に|早《はや》く|召《め》しませ|日向河《ひむかがは》の
|流《ながれ》も|暫《しば》しせきとめて|見《み》む』
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|感謝《かんしや》しながら、
『ありがたし|忝《かたじけな》しと|申《まを》すより
|吾《わ》が|言《こと》の|葉《は》は|出《い》でざりにけり
|河守《かはもり》の|神《かみ》のいさをの|尊《たふと》さに
わがたましひは|甦《よみがへ》りつつ
|白銀《しろがね》の|春駒《はるこま》の|背《せ》に|跨《またが》りて
われは|越《こ》えなむ|日向《ひむか》の|流《ながれ》を』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|河守《かはもり》の|神《かみ》のいさをぞ|尊《たふと》けれ
|六《む》つの|駒《こま》までひかせ|給《たま》ひつ』
|河守《かはもり》の|神《かみ》。
『この|駒《こま》は|御供《みとも》の|神《かみ》に|参《まゐ》らする
|天《あめ》の|白駒《しらこま》|安《やす》く|召《め》しませ』
|真澄《ますみ》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|白駒《しろこま》の|嘶《いなな》く|声《こゑ》を|聞《き》きしより
|日向《ひむか》の|河《かは》の|流《ながれ》|割《わ》れつつ
|河底《かはぞこ》ゆ|駒《こま》ひきつれて|生《あ》れませる
|河守《かはもり》の|神《かみ》は|貴《うづ》の|比女神《ひめがみ》』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|河守《かはもり》の|比女神《ひめがみ》たちの|真心《まごころ》に
|報《むく》いむ|術《すべ》もわれなかりける
|河守《かはもり》の|比女《ひめ》のみことよ|瑞霊《ずゐれい》を
|守《まも》りて|彼岸《ひがん》に|送《おく》りたまはれ』
|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『なやみてし|心《こころ》も|今《いま》や|明晴《あけはる》の
|神《かみ》の|嬉《うれ》しさたとへむものなし
|河守比女《かはもりひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》のはからひに
この|速河《はやかは》を|安《やす》く|渡《わた》らむ』
|照男《てるを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|大空《おほぞら》に|月日照男《つきひてるを》の|神《かみ》ながら
この|河《かは》のみはなやみたりける
|主《ス》の|神《かみ》に|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて
|河守神《かはもりがみ》の|出《い》でまし|待《ま》ちしよ』
と|何《いづ》れの|神《かみ》も、|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》し|給《たま》ふ。|河守《かはもり》の|神《かみ》はにこやかに、|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『われこそは|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御心《みこころ》の
|水火《いき》より|生《あ》れし|河守比女《かはもりひめ》よ
この|河《かは》を|岐美《きみ》|渡《わた》らすと|聞《き》きしより
|駒《こま》を|並《なら》べて|待《ま》ち|居《ゐ》たりける
この|駒《こま》は|駒野ケ原《こまのがはら》にわが|飼《か》ひし
|万里《ばんり》の|駒《こま》よ|足元《あしもと》|迅《はや》し』
かく|謡《うた》ひ|給《たま》ひ、|真《ま》つ|先《さき》に|乗《の》り|来《き》し|駒《こま》に|再《ふたた》び|跨《またが》り|給《たま》へば、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》を|初《はじ》めとし、|五柱《いつはしら》の|神《かみ》はつぎつぎ|馬背《ばはい》に|跨《またが》り、せきとめられし|広河《ひろかは》を、|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》も|勇《いさ》ましく、|一文字《いちもんじ》に|彼方《かなた》の|岸《きし》に|着《つ》き|給《たま》ひける。
ここに|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は、|馬上《ばじやう》より|一行《いつかう》の|神《かみ》を|見返《みかへ》りながら、
『|日向河《ひむかがは》|水《みづ》あせにつつ|瑞御霊《みづみたま》
|渡《わた》しまつりぬいざ|河《かは》|満《み》てよ』
と、|宣《の》り|給《たま》ふや、|暫《しばら》くせきとめられし|河水《かはみづ》は、|一度《いちど》にどつと|両岸《りやうがん》を|浸《ひた》しつつ、|渦巻《うづま》き|立《た》ちて|流《なが》るるさま、|実《げ》に|凄《すさま》じく|見《み》えにける。|河守《かはもり》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より、|遥《はる》か|彼方《かなた》の|森林《しんりん》を|指《ゆび》ざし|乍《なが》ら、
『|見《み》の|限《かぎ》り|広《ひろ》き|大野《おほの》の|末《すゑ》にして
わが|住《す》む|館《たち》はかすみけらしな
いざさらば|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ|百神《ももかみ》よ
わが|家《や》に|来《きた》りて|暫《しば》し|休《やす》ませ
|言霊《ことたま》の|神《かみ》の|稜威《みいづ》に|照《て》らされて
われは|河水《かはみづ》しばしとどめし』
と|御歌《みうた》うたひつつ|先《さき》に|立《た》たせ、|遥《はる》か|彼方《かなた》の|森蔭《もりかげ》さして|急《いそ》ぎ|給《たま》ふ。|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》|豊《ゆた》かに|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|高日《たかひ》の|宮《みや》を|立《た》ち|出《い》でて
|大山小山《おほやまこやま》|打《う》ち|渡《わた》り
|小川《をがは》の|数々《かずかず》うち|越《こ》えて
ここにいよいよ|日向河《ひむかがは》
|岸辺《きしべ》につけば|滔々《たうたう》と
|水瀬《みなせ》はげしく|底《そこ》|深《ふか》く
|渡《わた》らむよしも|無《な》かりしが
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》をはじめとし
|神々《かみがみ》ともに|岸《きし》に|立《た》ち
|河《かは》の|流《なが》れを|眺《なが》めつつ
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りつれど
|何《なに》のしるしもあら|波《なみ》の
|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふばかりなり
|折《をり》しもあれや|河底《かはそこ》を
|左右《さいう》にわけて|生《あ》れませる
|河守比女《かはもりひめ》の|神司《かむつかさ》
|白馬《はくば》に|跨《またが》り|悠々《いういう》と
|六《む》つの|白駒《しろこま》|引《ひ》きつれて
|此方《こなた》の|岸《きし》にのぼりまし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》をはじめとし
われら|一行《いつかう》|白駒《しろこま》を
|与《あた》へ|給《たま》ひし|嬉《うれ》しさよ
われら|馬背《ばはい》に|跨《またが》りて
|河守比女《かはもりひめ》の|後《うしろ》より
|暫《しば》しあせたる|河底《かはそこ》を
|足《あし》を|速《はや》めて|飛《と》ばせつつ
|漸《やうや》く|岸《きし》に|着《つ》きぬれば
|日向《ひむか》の|河《かは》の|河水《かはみづ》は
|一度《いちど》にどつと|荒波《あらなみ》を
|立《た》てつつ|岸《きし》を|洗《あら》ひ|行《ゆ》く
この|光景《くわうけい》の|凄《すさ》まじさ
|滝《たき》の|大蛇《をろち》のそれよりも
|一入《ひとしほ》|強《つよ》く|感《かん》じけり
|彼方《かなた》にかすむ|森林《しんりん》は
|河守比女《かはもりひめ》の|神館《かむやかた》
|何《なに》はともあれ|神界《しんかい》の
|深《ふか》き|経綸《しぐみ》を|諾《うべな》ひつ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
われは|楽《たの》しく|進《すす》むなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》|坐世《ましませ》よ』
ここに|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|一行《いつかう》|六柱《むはしら》は、|漸《やうや》く|河守比女《かはもりひめ》の|神館《かむやかた》に|駒《こま》を|下《くだ》り、|奥庭《おくには》|深《ふか》く|入《い》り|給《たま》ふ。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(昭和八・一〇・一七 旧八・二八 於水明閣 白石恵子謹録)
第三一章 |夕暮《ゆふぐれ》の|館《やかた》〔一八六二〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》の|心《こころ》|厚《あつ》き|計《はか》らひにて、|六頭《ろくとう》の|白《しろ》き|駿馬《しゆんめ》を|与《あた》へられ、さしもに|広《ひろ》き|日向河《ひむかがは》の|激流《げきりう》を|彼方《あなた》の|岸《きし》にやすやす|渡《わた》りをへ、|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》に|導《みちび》かれ、|広《ひろ》き|大野《おほの》の|末《すゑ》に|遠《とほ》く|霞《かす》める|河守比女《かはもりひめ》の|神館《かむやかた》に|漸《やうや》くつきて、|駒《こま》をひらりと|飛《と》び|下《お》りつつ|奥庭《おくには》|深《ふか》く|進《すす》み|給《たま》ふ。
この|館《やかた》は|四方《よも》に|青芝垣《あをしばがき》を|廻《めぐ》らし、|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》は|蜿蜒《ゑんえん》として、|梢《こずゑ》を|竜蛇《りうだ》の|如《ごと》く|庭《には》にたれ、|楠《くす》の|大樹《おほき》は|昼《ひる》も|猶《なほ》|小暗《をぐら》きまでに|天《てん》を|封《ふう》じて、|庭《には》のあちこちに|聳《そそ》り|立《た》ち、|折《をり》から|吹《ふ》き|来《きた》る|科戸《しなど》の|風《かぜ》に|泰平《たいへい》の|春《はる》をうたふ、|梢《こずゑ》のそよぎも|床《ゆか》しく|見《み》えける。
ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、あまり|館《やかた》の|清《すが》しさにやや|驚《おどろ》き|給《たま》ひつつ|御歌《みうた》よませ|給《たま》ふ。
『|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》の|青垣《あをがき》めぐらせる
これの|館《やかた》は|何《なに》か|床《ゆか》しも
あちこちに|空《そら》を|封《ふう》じて|聳《そそ》りたつ
|楠《くす》の|木群《こむれ》の|葉末《はずゑ》|光《ひか》れる
|百鳥《ももどり》は|楠《くす》の|梢《こずゑ》に|巣《す》ぐひつつ
|言霊御歌《ことたまみうた》うたひゐるかも
|庭《には》の|面《も》に|苔《こけ》|青々《あをあを》と|蒸《む》しにつつ
|露《つゆ》を|宿《やど》せるさま|素晴《すば》らしき
|思《おも》ひきや|大野《おほの》の|末《すゑ》にかくの|如《ごと》
|清《すが》しき|館《たち》のいみじくたつとは
|河守比女《かはもりひめ》|神《かみ》の|館《やかた》と|思《おも》へども
|床《ゆか》しき|人《ひと》の|籠《こも》らふがに|見《み》ゆ』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『|広々《ひろびろ》と|果《は》てしも|知《し》らぬ|青垣《あをがき》の
|中《なか》に|建《た》たせるこの|館《やかた》はも
|空《そら》|清《きよ》く|土《つち》また|清《きよ》き|野《の》の|果《はて》に
|澄《す》みきらひたるこれの|館《やかた》よ
|百鳥《ももどり》は|時《とき》じく|春《はる》をうたひつつ
|神代《みよ》の|前途《ゆくて》を|寿《ことほ》ぐがに|思《おも》ふ
ちよちよと|囀《さへづ》る|小鳥《ことり》の|声《こゑ》|冴《さ》えて
|楠《くす》の|木群《こむれ》はそよぎつ|光《ひか》りつ』
|真澄《ますみ》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『われは|今《いま》|此処《ここ》に|来《きた》りて|村肝《むらきも》の
|心真澄《こころますみ》の|神《かみ》となりぬる
|庭《には》の|面《も》に|白砂《しらすな》|敷《し》きて|水《みづ》を|打《う》ち
|箒目《はうきめ》|正《ただ》しき|館《やかた》|清《すが》しも
|純白《じゆんぱく》の|砂《すな》を|敷《し》きたる|清庭《すがには》に
|白馬《はくば》の|嘶《いなな》き|聞《き》くは|清《すが》しも
|日向河《ひむかがは》|水瀬《みなせ》をわけて|現《あ》れましし
|比女神《ひめがみ》も|駒《こま》も|瑞《みづ》の|御霊《みたま》か』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|又《また》うたひ|給《たま》ふ。
『|天国《てんごく》も|早《はや》|近見男《ちかみを》の|神《かみ》われは
|岐美《きみ》に|従《したが》ひ|清所《すがど》に|来《き》つるも
|久方《ひさかた》の|高日《たかひ》の|宮《みや》に|比《くら》ぶべき
この|清庭《すがには》はみづみづしもよ
|清庭《すがには》のもなかに|湧《わ》ける|真清水《ましみづ》は
|月日《つきひ》を|写《うつ》す|鏡《かがみ》なるらむ
|真清水《ましみづ》をたたへし|池《いけ》の|底《そこ》|照《て》りて
|真鯉《まごひ》|緋鯉《ひごひ》の|遊《あそ》ぶ|館《たち》はや』
|照男《てるを》の|神《かみ》は|又《また》うたひ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|御供《みとも》に|仕《つか》へつつ
|広河《ひろかは》|渡《わた》りここに|来《き》つるも
|吹《ふ》く|風《かぜ》に|松《まつ》の|梢《こずゑ》はそよぎつつ
|春《はる》の|香《か》|散《ち》らす|芳《かぐは》しき|館《たち》よ
|大空《おほぞら》を|封《ふう》じて|立《た》てる|楠《くす》の|木《き》の
この|太幹《ふとみき》の|世《よ》に|珍《めづら》しも
この|楠《くす》の|太《ふと》りしを|見《み》てこの|館《たち》の
|古《ふる》きを|思《おも》ふ|神《かみ》の|館《たち》かも
|何神《なにがみ》のおはしますかは|知《し》らねども
|知《し》らず|知《し》らずに|謹《つつ》しみのわく
この|館《たち》に|住《す》ませる|河守比女神《かはもりひめがみ》は
|楠《くす》の|精《せい》よりあれましにけむ』
かく|謡《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は|再《ふたた》び|表《おもて》に|現《あらは》れ|来《きた》り、
『|掛巻《かけまく》も|綾《あや》に|畏《かしこ》き|瑞御霊《みづみたま》
とく|吾《わが》|館《たち》に|休《やす》ませ|給《たま》へ
この|館《たち》は|外《そと》はすぶすぶ|中《なか》|見《み》れば
ほらほら|広《ひろ》き|住居《すまゐ》なるぞや
|六柱《むはしら》の|神《かみ》の|住居《すまゐ》に|叶《かな》ひたる
わが|館《たち》|永《なが》く|留《とど》まりませよ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|厚《あつ》き|心《こころ》にほだされて
|神生《かみう》みの|旅《たび》を|立寄《たちよ》りにけり
いざさらば|比女《ひめ》の|言葉《ことば》に|従《したが》ひて
|御殿《みとの》を|深《ふか》く|進《すす》み|入《い》るべし
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》の|神言《みこと》よ|比女神《ひめがみ》の
|心《こころ》そむかず|早《は》や|入《い》りませよ
|大空《おほぞら》も|真澄《ますみ》の|神《かみ》よわれと|共《とも》に
|奥《おく》に|進《すす》まむこれの|館《やかた》を
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》も|諸共《もろとも》|進《すす》みませ
これの|館《やかた》はほらほら|広《ひろ》しも
|常磐木《ときはぎ》の|梢《こずゑ》の|露《つゆ》も|照男神《てるをがみ》
われに|従《したが》ひとく|進《すす》みませ』
かく|謡《うた》ひて、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|長《なが》き|廊下《らうか》を|伝《つた》ひながら、かけ|離《はな》れたる|清《すが》しき|館《やかた》に|進《すす》み|入《い》り|給《たま》ふ。|五柱《いつはしら》の|神《かみ》は、この|館《やかた》の|侍女《まかたち》の|神《かみ》に|導《みちび》かれて|別殿《べつでん》に|息《いき》を|休《やす》め|給《たま》ふ。
ここに|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は|顕津男《あきつを》の|神《かみ》を|正座《しやうざ》に|直《なほ》し、|満面《まんめん》に|笑《ゑ》みをたたへ|給《たま》ひて、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《あめ》の|高日《たかひ》の|大宮《おほみや》ゆ
|下《くだ》り|給《たま》ひし|岐美《きみ》ぞ|尊《たふと》き
|天地《あめつち》の|永《なが》き|月日《つきひ》を|待《ま》ちわびし
|比女神《ひめがみ》ありと|岐美《きみ》は|知《し》らずや
|皇神《すめかみ》の|深《ふか》き|経綸《しぐみ》にこの|館《たち》は
|建《た》てられにける|吾家《わがや》にあらねど
この|館《たち》の|主《ぬし》は|正《まさ》しく|世司《よつかさ》の
|比女神《ひめがみ》います|清所《すがど》なるぞや』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はこの|御歌《みうた》に|驚《おどろ》き|給《たま》ひ、
『|世司《よつかさ》の|比女《ひめ》はわが|妻《つま》|何故《なにゆゑ》に
これの|館《やかた》にひそみゐますか
|八十比女《やそひめ》の|一《ひと》つ|柱《はしら》と|主《ス》の|神《かみ》の
|給《たま》ひし|比女《ひめ》よ|疾《と》く|出《い》でまさめ』
かく|歌《うた》ひ|給《たま》へば、|次《つぎ》の|間《ま》より|比女神《ひめがみ》の|御歌《みうた》|清《すが》しく|聞《きこ》え|来《き》たる。その|御歌《みうた》、
『|岐美《きみ》|待《ま》ちてけながくなりぬ|吾《われ》は|今《いま》
|花《はな》の|蕾《つぼみ》の|開《ひら》かむとすも
|御顔《おんかほ》もまだしら|梅《うめ》の|花《はな》なれば
|早《はや》く|手折《たを》らせ|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》よ
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|今日《けふ》までも
|岐美《きみ》を|待《ま》ちにし|心《こころ》の|苦《くる》しさ』
と|謡《うた》ひ|終《をは》り、しとやかに|此《こ》の|間《ま》に|現《あらは》れ|給《たま》ふ|女神《めがみ》は、|艶麗《えんれい》|譬《たと》ふるに|物無《ものな》く、|宛然梅花《ゑんぜんばいくわ》の|露《つゆ》に|綻《ほころ》ぶ|如《ごと》き|容姿《ようし》なりける。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|今迄《いままで》の|退嬰心《たいえいしん》を|放棄《はうき》し|比女神《ひめがみ》の|前《まへ》に|近《ちか》づき|寄《よ》り、その|手《て》を|固《かた》く|握《にぎ》りて、|二度《にど》|三度《さんど》|左《ひだ》り|右《みぎ》りにさゆらせ|給《たま》へば、|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》はパツと|面《おもて》に|赤《あか》き|血潮《ちしほ》を|漲《みなぎ》らせ、|稍《やや》|俯《うつむ》きておはしける。
ここに|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は、
『|二柱《ふたはしら》みあひますなるこの|蓆《むしろ》
われはとくとく|退《しりぞ》きまつらむ
|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さし|給《たま》ひし|神業《かむわざ》よ
ためらひ|給《たま》ふな|神《かみ》のまにまに』
と|謡《うた》ひつつ、|廊下《らうか》を|伝《つた》ひて|五柱《いつはしら》の|神《かみ》の|休《やす》らへる|居間《ゐま》へと|退《しりぞ》き|給《たま》ふ。
あとに|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》は、|互《たがひ》に|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|凝《こ》り|固《かた》め、|左《ひだ》り|右《みぎ》りの|神業《みわざ》を|行《おこな》ひ|給《たま》へば、|忽《たちま》ち、|御腹《みはら》ふくらみて|呼吸《いき》も|苦《くる》しげになり|給《たま》ひけるぞ目出たけれ。
これより|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御子《みこ》の|生《あ》れますまで|比女《ひめ》に|止《と》められて、ここに|国津神《くにつかみ》を|招《まね》き、|百《もも》の|教《をしへ》を|垂《た》れ|給《たま》ひける。
|五柱《いつはしら》の|神《かみ》はこのさまを|垣間《かいま》|見《み》ながら、|満面《まんめん》に|笑《ゑ》みを|湛《たた》へ、|天《てん》を|拝《はい》し、|地《ち》に|伏《ふ》し、|歓《よろこ》び|給《たま》ひて|先《ま》づ|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》の|固《かた》まりて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|水火《いき》となりぬる
|世司《よつかさ》の|神《かみ》の|御水火《みいき》は|凝《こ》り|凝《こ》りて
|貴《うづ》の|神《かみ》の|子《こ》|宿《やど》し|給《たま》はむ
あら|尊《たふ》とこれの|館《やかた》に|世司《よつかさ》の
|比女神《ひめがみ》ますとは|知《し》らざりにけり』
|真澄《ますみ》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『|此処《ここ》に|来《き》て|神《かみ》の|経綸《しぐみ》を|悟《さと》りけり
|八十比女神《やそひめがみ》の|忍《しの》びます|館《たち》
|八十比女《やそひめ》の|中《なか》の|一《ひと》つとあれませる
|世司比女《よつかさひめ》は|細女《くはしめ》なるも』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『|比女神《ひめがみ》の|貴《うづ》の|姿《すがた》は|見《み》るからに
|心《こころ》|清《すが》しくなりにけらしな
|瑞御霊《みづみたま》これの|細女《くはしめ》|賢女《さかしめ》を
|御樋代《みひしろ》として|御子《みこ》を|生《う》まさむ
|生《あ》れませる|御子《みこ》は|必《かなら》ず|国魂《くにたま》の
|神《かみ》にしあれば|雄々《をを》しくあらむ』
|明晴《あけはる》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『|天《てん》も|地《ち》も|茲《ここ》に|漸《やうや》くあけはるの
|神《かみ》の|神言《みこと》も|寿《ことほ》ぎまつらむ
|今《いま》となり|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》を
たしに|悟《さと》りぬこの|館《たち》に|来《き》て
こんもりと|青芝垣《あをしばがき》をめぐらせる
これの|館《やかた》は|婚《とつ》ぎによろしも
|二柱《ふたはしら》|天《あめ》の|御柱《みはしら》めぐりあひ
ウとアの|言霊《ことたま》ひらき|給《たま》はむ』
|照男《てるを》の|神《かみ》は|又《また》うたひ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|空《そら》に|月日《つきひ》も|照男神《てるをがみ》
|今日《けふ》は|御供《みとも》の|神《かみ》と|仕《つか》へつ
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》の|色《いろ》|深《ふか》く
|千代万代《ちよよろづよ》を|祈《いの》りこそすれ
|常磐木《ときはぎ》の|松葉《まつば》は|枯《か》れて|落《お》つるとも
|双葉《もろは》は|必《かなら》ず|離《はな》れぬものを
|何時《いつ》までもこれの|館《やかた》に|留《とどま》りて
|御子《みこ》の|数々《かずかず》|生《う》ませと|祈《いの》る
わが|祈《いの》る|生言霊《いくことたま》を|主《ス》の|神《かみ》よ
うまらにつばらに|聞召《きこしめ》しませ』
|斯《か》く|五柱《いつはしら》の|神々《かみがみ》は|今日《けふ》のみあひを|祝《しゆく》しつつ、|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》を|机代《つくゑしろ》に|置《お》き|足《た》らはして、|語《かた》りあひつつ|食《は》ませ|給《たま》ふ。
|折《をり》しもあれ、|高照山《たかてるやま》の|山頂《さんちやう》を|明《あか》るく|染《そ》めながら、|円満清朗《ゑんまんせいらう》の|月《つき》は、めでたきこれの|館《やかた》をのぞかせ|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・一七 旧八・二八 於水明閣 林弥生謹録)
第三二章 |玉泉《ぎよくせん》の|月《つき》〔一八六三〕
|日向《ひむか》の|河《かは》の|向岸《むかつぎし》 |東南方《とうなんぱう》に|開《ひら》けたる
|大平原《だいへいげん》の|中心《まんなか》に |広《ひろ》くかまへし|神館《かむやかた》
|玉泉郷《ぎよくせんきやう》に|導《みちび》かれ |太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は
|大物主神《おほものぬしかみ》|真澄神《ますみがみ》 |近見男《ちかみを》の|神《かみ》|照男神《てるをがみ》
|久《ひさ》しき|思《おも》ひも|明晴《あけはる》の |神《かみ》を|伴《ともな》ひやうやくに
|河守比女《かはもりひめ》に|導《みちび》かれ これの|館《やかた》に|出《い》でたまひ
|珍《うづ》の|景色《けしき》にみとれつつ |館《やかた》の|中《なか》に|入《い》りませば
|八十比女神《やそひめがみ》の|一柱《ひとはしら》 |世司比女《よつかさひめ》に|廻《めぐ》り|逢《あ》ひ
|初《はじ》めて|見合《みあは》す|顔《かほ》と|顔《かほ》 |互《たがひ》に|面《おも》はほてりつつ
|瑞《みづ》の|言霊《ことたま》のり|交《かは》し |神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》に
|心《こころ》を|浄《きよ》め|身《み》を|清《きよ》め |慎《つつし》み|畏《かしこ》み|仕《つか》へます
|神業《みわざ》ぞ|実《げ》にも|尊《たふと》けれ |此《この》|平原《へいげん》の|一帯《いつたい》を
|東雲郷《しののめきやう》と|称《とな》へつつ |世司比女《よつかさひめ》と|水火《いき》|合《あは》せ
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ませつつ |鎮《しづ》まり|居《ゐ》ます|大神業《おほみわざ》
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|述《の》べたつる |嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|御守《みまも》りに |古《ふる》き|神代《かみよ》の|物語《ものがたり》
|漏《も》れなく|遺《お》ちなく|弥広《いやひろ》に |示《しめ》させたまへと|瑞月《ずゐげつ》が
|天恩郷《てんおんきやう》の|東《ひがし》なる |水明閣《すゐめいかく》に|端坐《たんざ》して
|畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる |嗚呼《ああ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|霊《みたま》|幸倍《さちはへ》おはしませ。
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》と|共《とも》に、|常磐木《ときはぎ》|茂《しげ》る|玉泉郷《ぎよくせんきやう》の|広《ひろ》き|庭園《ていゑん》を|逍遥《せうえう》したまひつつ、|東南隅《とうなんぐう》に|立《た》てられし|三層楼《さんそうろう》の|高殿《たかどの》に、|静々《しづしづ》|登《のぼ》りて|四方《よも》の|国形《くにがた》|覧《みそな》はせ|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|目路《めぢ》のかぎりこれの|大野《おほの》は|紫《むらさき》の
|瑞気《ずゐき》|漂《ただよ》ふ|東雲《しののめ》の|国《くに》よ
|此《この》|国《くに》は|土地《とち》|肥《こ》えたれば|五穀《たなつもの》
ゆたに|稔《みの》らむ|美《うるは》しの|国《くに》
|高照《たかてる》の|山《やま》に|湧《わ》き|立《た》つ|紫《むらさき》の
|雲《くも》をし|見《み》ればわが|魂《たま》|栄《さか》ゆも
|見《み》はるかす|此《この》|国原《くにはら》は|東雲《しののめ》の
|御空《みそら》にも|似《に》て|清《すが》しかりけり
|国《くに》|造《つく》り|神《かみ》を|生《う》まむと|立《た》ち|出《い》でし
|我《われ》はうれしも|清所《すがど》を|得《え》たり
|西南《せいなん》の|空《そら》に|聳《そび》ゆる|高照《たかてる》の
|山《やま》にかかれる|昼月《ひるつき》の|光《かげ》
|天渡《あまわた》る|月《つき》は|西《にし》より|東《ひむがし》の
|空《そら》に|進《すす》ます|神代《かみよ》なりけり
|我《われ》も|亦《また》|月《つき》の|御霊《みたま》と|現《あらは》れて
|国《くに》|拓《ひら》かむと|東《ひがし》せしかも
|天津日《あまつひ》はこれの|館《やかた》を|光《て》らしつつ
|御空《みそら》の|月《つき》は|世《よ》を|守《まも》ります
|主《ス》の|神《かみ》の|言霊《ことたま》|清《きよ》く|凝《こ》り|凝《こ》りて
|空《そら》に|月日《つきひ》は|現《あ》れましにける
わが|霊《みたま》|世司比女《よつかさひめ》と|水火《いき》|合《あは》せ
いよいよ|月《つき》は|満《み》たむとするも』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|欣然《きんぜん》として|御歌《みうた》|詠《うた》はせ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》かしこみ|此《この》|館《たち》に
けながく|待《ま》ちし|女《め》の|子《こ》よ|吾《われ》は
|八十日日《やそかひ》はあれども|今日《けふ》の|佳日《よきひ》こそ
|天地《あめつち》|開《ひら》くる|喜《よろこ》びにみつ
|淡雪《あはゆき》の|若《わか》やる|胸《むね》をそだだきて
|岐美《きみ》と|寝《い》ねなむ|夜《よ》の|毎々《ことごと》を
|此《この》|館《たち》は|天《あめ》の|浮橋《うきはし》|空《そら》|高《たか》く
|神《かみ》の|築《きづ》きし|天《あめ》の|御柱《みはしら》よ
|東南《とうなん》に|果《は》てなく|広《ひろ》く|開《ひら》けたる
この|東雲《しののめ》の|国《くに》はさやけし
|永久《とことは》にこれの|館《やかた》に|鎮《しづ》まりて
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》ませ|給《たま》へよ
|見《み》はるかす|大野《おほの》の|果《はて》に|膨《ふく》れ|膨《ふく》れ
|拡《ひろ》ごる|常磐《ときは》の|森《もり》の|清《すが》しも
|目路《めぢ》|遠《とほ》く|限《かぎ》りもしらぬ|国原《くにはら》の
|光《ひかり》となりて|生《あ》れし|岐美《きみ》はも
|一夜《ひとよ》さの|左《ひだ》り|右《みぎ》りの|契《ちぎ》りにて
|御子《みこ》はわが|身《み》に|宿《やど》らせ|給《たま》へり
|此《この》|上《うへ》は|赤《あか》き|心《こころ》を|岐美《きみ》の|辺《へ》に
|捧《ささ》げて|朝夕《あさゆふ》|仕《つか》へまつらむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|答《こた》へ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|月《つき》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》うけて
|早《は》や|孕《はらま》すかいとこやの|比女《ひめ》
|栲綱《たくづぬ》の|白《しろ》きただむき|淡雪《あはゆき》の
|若《わか》やる|胸《むね》を|抱《いだ》きてしはや
|股長《ももなが》に|寝《い》ねし|一夜《ひとよ》の|夢《ゆめ》さめて
|今《いま》|比女神《ひめがみ》とゐ|向《むか》ひ|立《た》つも
|東雲《しののめ》の|神《かみ》の|国《くに》こそ|目出《めで》たけれ
|弥長々《いやながなが》に|栄《さか》ゆる|常磐木《ときはぎ》
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》と|樟《くす》との|生《お》ひ|茂《しげ》る
みくにを|彩《いろど》る|百花《ももばな》|千花《ちばな》よ
|白梅《しらうめ》は|非時《ときじく》|香《かほ》り|無花果《いちじゆく》は
|永久《とは》に|実《みの》りて|美《うま》し|国原《くにはら》
|高照《たかてる》の|山《やま》の|緑《みどり》におくられて
わが|東雲《しののめ》の|公《きみ》に|逢《あ》ふかな
|浮橋《うきはし》に|公《きみ》と|立《た》たして|見《み》はるかす
この|東雲《しののめ》の|国《くに》は|果《は》てなき
|昼夜《ひるよる》を|慎《つつし》み|仕《つか》へて|主《ス》の|神《かみ》の
|御霊《みたま》を|守《まも》れ|御子《みこ》|生《う》まるまで』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|御霊《みたま》を|宿《やど》せし|岐美《きみ》こそは
|永久《とは》にましませよこれの|館《やかた》に
|久方《ひさかた》の|天《あめ》の|浮橋《うきはし》|高殿《たかどの》に
|岐美《きみ》と|吾《われ》とは|国形《くにがた》|見《み》るも
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|清《きよ》めて|国形《くにがた》を
|見《み》れば|扇《あふぎ》とひらきたるかも
|日向河《ひむかがは》|東北《うしとら》に|流《なが》れ|東雲《しののめ》の
|国《くに》は|東南《たつみ》に|果《は》てなく|広《ひろ》し
|西南《ひつじさる》に|高照山《たかてるやま》は|聳《そび》え|立《た》ち
|日向《ひむか》の|河《かは》は|東北《うしとら》をかぎる
|濠々《もうもう》と|此《この》|国原《くにはら》は|湯気《ゆげ》|立《た》ちて
|永久《とは》に|生《い》きたり|勇《いさ》ましの|国《くに》よ
いざさらば|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》よ|浮橋《うきはし》を
|下《くだ》りたまへよ|夕《ゆふべ》|近《ちか》めば』
と|先《さき》に|立《た》ちて、|三層楼《さんそうろう》の|高殿《たかどの》を|下《くだ》りつつ、|二神《にしん》は|再《ふたた》び|庭《には》の|清所《すがど》に|出《い》で|給《たま》ひ、|玉泉《たまいづみ》の|傍《かたはら》に|立《た》ちて、|稍《やや》しばし|安《やす》らひ|給《たま》ふ。|玉泉《たまいづみ》の|清泉《せいせん》は|女男《めを》|二柱《ふたはしら》の|御姿《みすがた》を|清《きよ》くすがしく|其《その》|儘《まま》に|写《うつ》して、|鏡《かがみ》の|如《ごと》く|澄《す》みきらふ。|男神《をがみ》は、|夕暮《ゆふぐ》れこの|清泉《せいせん》に|円満清朗《ゑんまんせいらう》の|月《つき》の|御影《みかげ》|浮《うか》べるを|覧《みそな》はして|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|御空《みそら》の|月《つき》も|此《この》|水《みづ》に
|写《うつ》りて|清《すが》しく|輝《かがや》きいますも
|大空《おほぞら》をここに|写《うつ》して|月夜見《つきよみ》は
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|湛《たた》へたまふか
|仰《あふ》ぎ|見《み》る|月《つき》にあれども|今《いま》を|見《み》る
|月《つき》は|眼下《ました》に|輝《かがや》きたまふ
|久方《ひさかた》の|月《つき》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》こそは
|汝《なれ》が|御腹《みはら》に|宿《やど》りたまひぬ
|月《つき》|満《み》ちてあれ|出《い》でし|御子《みこ》の|顔《かんばせ》は
これの|鏡《かがみ》に|写《うつ》る|月《つき》はや
いとこやの|妹《いも》の|御姿《みすがた》|其《その》ままに
|泉《いづみ》の|底《そこ》に|立《た》つが|清《すが》しも』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|水底《みなそこ》も|天津御空《あまつみそら》の|光《かげ》ありて
|月日《つきひ》|渡《わた》らふ|玉泉《たまいづみ》かも
|清々《すがすが》し|岐美《きみ》の|姿《すがた》の|頭辺《かしらべ》に
|月《つき》は|笑《ゑ》まひてかからせたまふ
|仰《あふ》ぎ|見《み》つうつむきて|見《み》つ|大空《おほぞら》の
|月《つき》は|清《すが》しも|岐美《きみ》と|吾《われ》に|似《に》て
|天《てん》も|地《ち》も|一《ひと》つになりて|月《つき》の|露《つゆ》
ここに|集《あつ》めし|玉泉《たまいづみ》かな
|玉泉《たまいづみ》に|清《きよ》き|姿《すがた》を|写《うつ》しつつ
|玉《たま》の|神《かみ》の|子《こ》|宿《やど》らせまたへり
|高照《たかてる》のみ|山《やま》のごとく|厳《いか》めしく
|日向《ひむか》の|流《なが》れの|清《すが》しき|岐美《きみ》はも』
|斯《か》く|二神《にしん》は|玉泉《たまいづみ》の|両側《りやうがは》に|立《た》ちて、|御子《みこ》の|宿《やど》らせ|給《たま》ひし|嬉《うれ》しさを|祝《ほ》ぎ|給《たま》ふ|折《をり》もあれ、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|庭《には》の|真砂《まさご》を|静《しづか》に|囁《ささや》かせながら|進《すす》み|来《きた》り、|恭々《うやうや》しく|声《こゑ》|朗《ほがら》かに|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|玉泉《たまいづみ》に|立《た》たせる|神《かみ》は|月《つき》と|月《つき》
|天《あめ》と|地《つち》との|御姿《みすがた》なるも
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》の|月《つき》を|宿《やど》したる
これの|泉《いづみ》は|世司比女《よつかさひめ》よ
|常磐木《ときはぎ》の|梢《こずゑ》うつして|玉泉《たまいづみ》
かからす|月《つき》はさやかなりけり
|天渡《あまわた》る|月《つき》も|泉《いづみ》に|下《くだ》りまし
|露《つゆ》を|宿《やど》せる|目出度《めでた》き|館《たち》はも
|高照山《たかてるやま》|高日《たかひ》の|宮《みや》を|立《た》ち|出《い》でで
|玉《たま》の|泉《いづみ》の|月《つき》を|見《み》るかな
|二柱《ふたはしら》ここに|鎮《しづ》まりましまして
|御子《みこ》を|生《う》ませよ|星《ほし》の|如《ごと》くに
|大空《おほぞら》の|星《ほし》も|下《くだ》りて|玉泉《ぎよくせん》に
|影《かげ》|漂《ただよ》はせ|月《つき》を|守《も》らせり
|吾《われ》こそは|大物主《おほものぬし》の|神司《かむつかさ》
この|神国《かみくに》を|永久《とは》に|守《まも》らむ
|比古神《ひこがみ》の|御楯《みたて》となりて|此《この》|国《くに》に
|永久《とは》に|仕《つか》へむ|大物主《おほものぬし》|吾《われ》は』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|畏《かしこ》しや|大物主《おほものぬし》の|神宣《みことのり》
|我《われ》にかなへり|魂《たま》に|響《ひび》けり
|神生《かみう》みの|業《わざ》を|遂《と》げなば|東雲《しののめ》の
|国《くに》は|栄《さか》えむ|豊栄《とよさか》のぼりに
|天津日《あまつひ》の|豊栄《とよさか》のぼる|東雲《しののめ》の
|国《くに》はさやけし|常春《とこはる》の|国《くに》よ
|常春《とこはる》の|国《くに》の|司《つかさ》とまけられて
ここに|下《くだ》らす|大物主《おほものぬし》なれ』
|大物主《おほものぬし》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》|委曲《つばら》に|終《を》へましし
|神《かみ》の|御後《みあと》をわれは|守《まも》らむ』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|永久《とことは》に|月《つき》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》あびて
|御腹《みはら》の|御子《みこ》を|育《はぐく》みまつらむ』
かく|各《おの》も|各《おの》も|玉泉《たまいづみ》の|傍《かたはら》に|立《た》ちて|述懐歌《じゆつくわいか》を|謡《うた》ひ|終《をは》り、|静々《しづしづ》と|奥《おく》まりたる|御殿《みとの》に|入《い》らせ|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・一八 旧八・二九 於水明閣 加藤明子謹録)
第三三章 |四馬《しば》の|遠乗《とほのり》〔一八六四〕
|茲《ここ》に|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御側《みそば》|近《ちか》く|仕《つか》へ、|玉泉郷《ぎよくせんきやう》に|留《とどま》り|給《たま》ひ、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》、|真澄《ますみ》の|神《かみ》、|照男《てるを》の|神《かみ》、|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|各《おの》も|各《おの》も|東雲国《しののめこく》の|東西南北《とうざいなんぼく》を|受持《うけも》ち、|国造《くにつく》りの|神業《みわざ》に|仕《つか》へ|給《たま》ひぬ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|五柱《いつはしら》の|神《かみ》を|御側《みそば》|近《ちか》く|招《まね》きて|依《よ》さし|給《たま》はく、
『|大物主《おほものぬし》|神《かみ》は|館《やかた》に|留《とどま》りて
わが|神業《かむわざ》を|補《おぎな》ひ|奉《まつ》らへ
|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|東《ひがし》に|出《い》でまして
|神《かみ》の|御子等《みこら》を|導《みちび》き|給《たま》へ
|照男《てるを》の|神《かみ》は|西《にし》の|国《くに》をば|経廻《へめぐ》りて
|神《かみ》を|生《い》かせよ|国《くに》を|照《てら》せよ
|北《きた》の|国《くに》を|拓《ひら》かせ|給《たま》へ|天《あめ》も|地《つち》も
|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|貴《うづ》の|功績《いさを》に
|高照《たかてる》の|山《やま》の|姿《すがた》も|明《あき》らけく
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|南方《みなみ》を|守《まも》らへ』
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》みて、|五柱《いつはしら》の|神《かみ》は|各々《おのおの》|依《よ》さしの|方《かた》に|向《むか》はむとして|御歌《みうた》|詠《よ》み|給《たま》ふ。
『|大物主《おほものぬし》|神《かみ》の|神言《みこと》は|比古神《ひこがみ》の
|神言《みこと》かしこみ|近《ちか》く|仕《つか》へむ
|美《うま》し|御子《みこ》|生《あ》れます|迄《まで》は|動《うご》かじと
こころ|定《さだ》めし|大物主《おほものぬし》よ
|瑞御霊《みづみたま》|月《つき》の|満干《みちひ》はありとても
|吾《われ》は|変《かは》らじ|道《みち》に|仕《つか》へて
|東雲《しののめ》の|国《くに》は|爽《さや》けし|吹《ふ》く|風《かぜ》も
やはく|清《すが》しく|木《こ》の|実《み》はみのる
|国原《くにはら》に|生《お》ひ|立《た》つ|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》
|栄《さか》え|守《まも》らむ|幾世《いくよ》の|末《すゑ》まで』
と|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|答《いら》へ|給《たま》ひぬ。
|茲《ここ》に|明晴《あけはる》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|東《ひむがし》の|御空《みそら》はここに|明晴《あけはる》の
|神《かみ》は|進《すす》みて|国造《くにつく》りせむ
|東雲《しののめ》の|神《かみ》の|御国《みくに》の|東《ひむがし》を
|拓《ひら》けと|宣《の》りし|畏《かしこ》き|神《かみ》はや
いざさらば|東《ひがし》をさして|上《のぼ》るべし
|吾《わが》|行《ゆ》く|旅《たび》に|神《かみ》の|幸《さち》あれ
|比古神《ひこがみ》の|依《よ》さしに|報《むく》い|奉《まつ》らむと
われは|朝夕《あさゆふ》こころ|尽《つく》さむ
|玉泉《たまいづみ》これの|館《やかた》にかがやける
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ|安《やす》くましませ
|高照《たかてる》の|山《やま》は|雲井《くもゐ》に|隠《かく》るべし
|遠《とほ》く|東《ひがし》の|国《くに》に|向《むか》へば
|日向河《ひむかがは》|清《きよ》き|流《ながれ》を|伝《つた》ひつつ
|吾《われ》は|進《すす》まむ|東《ひがし》の|国《くに》へ
|河守比女《かはもりひめ》|賜《たま》ひし|白《しろ》き|駿馬《はやこま》に
|跨《またが》り|行《ゆ》かむ|旅路《たびぢ》はるけく』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|明晴《あけはる》の|神《かみ》の|雄々《をを》しき|言《こと》の|葉《は》よ
|主《ス》の|大神《おほかみ》も|勇《いさ》み|給《たま》はむ
|駿馬《はやこま》の|背《せな》に|跨《またが》り|出《い》で|立《た》たす
|明晴《あけはる》の|神《かみ》の|姿《すがた》|雄々《をを》しも』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|玉泉《たまいづみ》|館《やかた》を|後《あと》に|駒《こま》の|背《せ》に
|鞭《むちう》ち|給《たま》ふ|神《かみ》ぞ|雄々《をを》しき
|明晴《あけはる》の|神《かみ》はいそいそ|駿馬《はやこま》に
|跨《またが》り|荒野《あらの》を|鞭《むちう》たすらむ』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は、|明晴《あけはる》の|神《かみ》の|出立《いでた》ち|給《たま》ふ|御姿《みすがた》を|遥《はるか》に|打眺《うちなが》めつつ|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|駿馬《はやこま》の|足並《あしなみ》|速《はや》し|明晴《あけはる》の
|神《かみ》の|御姿《みすがた》|野辺《のべ》に|霞《かす》みつ
|駿馬《はやこま》に|鞭《むちう》たしつつ|出《い》でましぬ
すがた|勇《いさま》し|明晴《あけはる》の|神《かみ》
|明晴《あけはる》の|神《かみ》の|東《ひがし》に|廻《まは》りませば
|天地《あめつち》ますます|晴《は》れ|渡《わた》るべし
|比古神《ひこがみ》の|神言《みこと》|畏《かしこ》み|出《い》で|立《た》たす
|神《かみ》の|心《こころ》に|吾《わが》|涙《なみだ》|湧《わ》きぬ
|勇《いさま》しく|出《い》で|立《た》ち|給《たま》ふ|御姿《みすがた》に
|称《たた》への|言葉《ことば》|吾《われ》|無《な》かりける』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|依《よ》さしの|儘《まま》に|南《みなみ》の|国《くに》を|拓《ひら》かむとして、|白馬《はくば》に|跨《またが》り|声《こゑ》|勇《いさま》しく|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|比女神《ひめがみ》よいざさらば
|吾《われ》は|南《みなみ》に|鹿島立《かしまた》ちせむ
|比古神《ひこがみ》の|依《よ》さしの|言葉《ことば》|片時《かたとき》も
|吾《われ》は|忘《わす》れず|国《くに》を|拓《ひら》かむ
|春風《はるかぜ》に|送《おく》られながら|南《みんなみ》の
|国《くに》に|向《むか》はむ|吾《われ》ぞ|勇《いさま》し
|玉泉《たまいづみ》|写《うつ》らす|月《つき》も|今日《けふ》よりは
|拝《をろが》むよしなし|名残《なごり》|惜《を》しくも
|月《つき》と|月《つき》|見逢《みあ》ひて|御子《みこ》を|孕《はら》ませる
これの|館《やかた》を|吾《われ》は|去《さ》り|行《ゆ》く
|二柱《ふたはしら》|初《はじ》め|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》
|河守比女《かはもりひめ》よ|健《すこや》かに|坐《ま》せ
|南《みんなみ》の|国原《くにはら》|遠《とほ》くさかるとも
|岐美《きみ》は|忘《わす》れじ|束《つか》の|間《ま》さへも
いざさらば|大物主《おほものぬし》よ|朝夕《あさゆふ》を
|仕《つか》へて|御子《みこ》を|育《はぐく》み|給《たま》へ
|河守比女《かはもりひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》よ|世司《よつかさ》の
|比女神《ひめがみ》|近《みちか》く|守《まも》らせ|給《たま》へ』
と|御謡《みうた》|詠《よ》ましつつ|白馬《はくば》の|背《せ》にひらりと|飛《と》び|乗《の》り、|蹄《ひづめ》の|音《おと》もカツカツと|鬣《たてがみ》を|春風《はるかぜ》に|靡《なび》かせ|給《たま》ふ。|其《その》|雄々《をを》しき|御姿《みすがた》を|見送《みおく》り|見送《みおく》りつつ、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|勇《いさま》しき|出立《いでた》ちなるかも|近見男《ちかみを》の
|駒《こま》にむちうち|立《た》たす|国原《くにはら》
|南《みんなみ》の|国《くに》に|渡《わた》らひ|神々《かみがみ》を
|導《みちび》き|給《たま》ふ|神業《みわざ》|偲《しの》ばゆ
|近見男《ちかみを》の|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|鳴《な》り|鳴《な》りて
|総《すべ》てのものは|甦《よみがへ》るらむ』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》も|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|南《みなみ》に|出《い》でましぬ
|白銀《しろがね》の|駒《こま》に|鞭《むちう》たせつつ
|白梅《しらうめ》の|非時《ときじく》|香《かほ》る|大野原《おほのはら》
|鞭《むちう》たすかも|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|勇《いさま》しき|近見男《ちかみを》の|神《かみ》の|姿《すがた》かな
|駿馬《はやこま》のかげ|見《み》えなくなりぬ
|大野原《おほのはら》|紫《むらさき》にかすみ|白梅《しらうめ》は
|四方《よも》に|香《かほ》りて|迎《むか》へ|奉《まつ》らむ
|勇《いさま》しく|雄々《をを》しくませる|近見男《ちかみを》の
|神《かみ》の|功績《いさを》を|今《いま》よりぞ|知《し》る
この|館《たち》に|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》と|籠《こも》り|居《ゐ》て
|神業《みわざ》のなるを|祈《いの》り|奉《まつ》らむ』
|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|日向河《ひむかがは》|限《かぎ》りに|此《これ》の|国原《くにはら》を
|今日《けふ》まで|吾《われ》は|守《まも》りこしはや
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|南《みなみ》を|拓《ひら》かすと
|聞《き》けば|嬉《うれ》しも|吾《わが》|魂《たま》|安《やす》し
|西《にし》|東《ひがし》|南《みなみ》|北《きた》なる|国原《くにはら》も
|安《やす》く|拓《ひら》けむ|四柱《よはしら》の|神《かみ》に
|今日《けふ》よりは|四柱《よはしら》の|神《かみ》を|力《ちから》とし
|心《こころ》|安《やす》けく|館《たち》に|仕《つか》へむ』
|茲《ここ》に|照男《てるを》の|神《かみ》は|依《よ》さしの|儘《まま》に|出《い》で|立《た》たむとして|白馬《はくば》に|跨《またが》り、|庭上《ていじやう》に|立《た》ちて|別《わか》れの|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|月読《つきよみ》の|御霊《みたま》と|生《あ》れます|比古遅神《ひこぢがみ》に
いざや|別《わか》れむ|安《やす》くましませ
|高照《たかてる》の|山《やま》の|麓《ふもと》の|国々《くにぐに》を
|拓《ひら》かむとして|吾《われ》は|行《ゆ》くなり
|玉泉《たまいづみ》いや|永久《とこしへ》に|清《きよ》らけく
|澄《す》みてましませ|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》
|大物主《おほものぬし》|神《かみ》の|神言《みこと》よいざさらば
|幸《さき》くあれませ|館《やかた》に|仕《つか》へて
|世司《よつかさ》の|比女神《ひめがみ》|心《こころ》|安《やす》らけく
|御子《みこ》|生《う》みまして|弥栄《いやさか》えませ
|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》の|賜《たま》ひし|駿馬《はやこま》に
われ|跨《またが》りて|西《にし》に|向《むか》はむ
|月《つき》も|日《ひ》も|朝夕《あさゆふ》|浮《うか》ぶ|玉泉《たまいづみ》
|今日《けふ》を|名残《なごり》と|吾《われ》は|行《ゆ》くなり』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|終《をは》るや、ひらりと|馬背《ばはい》に|跨《またが》り|二《ふた》つ|三《み》つ|鞭《むち》を|加《くは》へて、トウトウと|高照山《たかてるやま》の|方向《はうかう》さして|駆《か》け|出《だ》し|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|照男《てるを》の|神《かみ》の|勇《いさ》ましき|姿《すがた》を|遥《はるか》に|見送《みおく》りながら、
『|駿馬《はやこま》の|足《あし》はやみかも|大野原《おほのはら》
|靄《もや》にかくれし|照男《てるを》の|神《かみ》はも
|高照《たかてる》の|山《やま》の|麓《ふもと》の|神々《かみがみ》も
|安《やす》く|栄《さか》えむ|此《こ》の|神《かみ》いまさば』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|勇《いさ》ましき|神《かみ》の|姿《すがた》よ|駿馬《はやこま》の
|早《はや》くも|見《み》えずなりにけらしな
|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|霞《かす》む|大野《おほの》を|駆《か》けて|行《ゆ》く
|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》ひびくなり
|高照《たかてる》の|山《やま》は|白雲《しらくも》|帯《おび》にして
|白馬《はくば》の|神《かみ》を|迎《むか》へ|奉《まつ》らむ』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|駿馬《はやこま》の|早御姿《はやみすがた》は|隠《かく》ろひぬ
|照男《てるを》の|神《かみ》の|勇《いさ》ましき|旅《たび》
|千万《ちよろづ》の|名残《なごり》を|後《あと》に|勇《いさ》ましく
|照男《てるを》の|神《かみ》は|出《い》で|立《た》ちにけり
|高照《たかてる》の|山《やま》も|照男《てるを》の|神《かみ》まさば
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》も|籠《こも》り|得《え》ざらむ』
|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|月《つき》も|日《ひ》も|清《きよ》く|照男《てるを》の|神司《かむつかさ》
|西《にし》の|御国《みくに》に|出《い》でましにけり
|吾《わが》|魂《たま》と|贈《おく》りし|駒《こま》に|跨《またが》りて
|出《い》でます|姿《すがた》|雄々《をを》しかりける
|吾《わが》|魂《たま》は|駒《こま》にいつきて|西《にし》の|国《くに》を
|安《やす》く|守《まも》らむ|神司《みつかさ》と|共《とも》に』
|真澄《ますみ》の|神《かみ》は|北《きた》の|国《くに》を|拓《ひら》き|給《たま》はむと、|諸神《しよしん》に|暇《いとま》をつげ|立出《たちいで》むとして|駒《こま》の|背《せ》に|跨《またが》りながら、|左手《ゆんで》を|頭上《づじやう》に|翳《かざ》しつつ|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『かかる|世《よ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》よ
いざいざ|立《た》たむ|真澄神《ますみがみ》|吾《われ》
|御子生《みこう》みの|神業《みわざ》を|確《たし》に|終《を》へ|給《たま》ふ
|神《かみ》の|功績《いさを》ぞ|尊《たふと》かりける
|貴《うづ》の|御子《みこ》|宿《やど》らせ|給《たま》ふと|村肝《むらきも》の
|心《こころ》|安《やす》らぎ|吾《われ》は|出《い》で|行《ゆ》く
|世司《よつかさ》の|神《かみ》よ|朝夕《あさゆふ》|心《こころ》して
|御腹《みはら》の|御子《みこ》を|守《まも》らせ|給《たま》へ
|大物主《おほものぬし》|神《かみ》の|神言《みこと》よ|二柱《ふたはしら》の
|神《かみ》を|守《まも》りてまさきくありませ
|河守《かはもり》の|比女《ひめ》の|真言《まこと》に|貴《うづ》の|御子《みこ》
|生《あ》れます|神世《みよ》となりにけらしな
|日向河《ひむかがは》|中《なか》に|拓《ひら》かむ|北《きた》の|国《くに》
|天地真澄《てんちますみ》の|清所《すがど》となさばや
いざさらば|館《やかた》を|守《まも》る|神々《かみがみ》よ
|吾《われ》は|進《すす》まむ|北方《ほくぱう》の|国《くに》へ』
と|謡《うた》ひ|終《をは》り|駒《こま》の|頭《かしら》を|立《た》て|直《なほ》し|一鞭《ひとむち》あてて|鈴《すず》の|音《ね》も|勇《いさ》ましくシヤンコシヤンコと|立《た》ち|出《い》で|給《たま》ふ。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|別《わか》れを|惜《を》しみて|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|勇《いさ》ましく|真澄《ますみ》の|神《かみ》は|出《い》でましぬ
|館《やかた》の|神《かみ》に|心《こころ》のこしつ
|朝夕《あさゆふ》に|我《われ》を|守《まも》りし|神々《かみがみ》の
|其《その》|大方《おほかた》は|出《い》で|立《た》ちましぬる
|四柱《よはしら》の|神《かみ》は|遥《はる》けく|出《い》でまして
|何《なに》か|淋《さび》しき|此《こ》の|館《やかた》かも
|北《きた》の|国《くに》に|真澄《ますみ》の|神《かみ》の|出《い》でまさば
|頓《とみ》に|栄《さか》えむ|山《やま》も|大野《おほの》も
|駿馬《はやこま》に|鞭《むちう》ち|立《た》たす|御姿《みすがた》は
|日向《ひむか》の|河《かは》の|早瀬《はやせ》に|似《に》たるも
|我《わが》|言葉《ことば》|反《そむ》き|給《たま》はず|四柱《よはしら》は
|先《さき》を|争《あらそ》ひ|出《い》でましにける』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|四柱《よはしら》の|神《かみ》の|立《た》たせし|此《この》|館《たち》は
うら|淋《さび》しもよ|風《かぜ》もしづみて
やがて|今《いま》|美《うま》しき|国《くに》を|造《つく》り|終《を》へ
かがやき|給《たま》はむ|日《ひ》こそ|待《ま》たるる』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|御歌《みうた》|詠《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|比古神《ひこがみ》に|従《したが》ひてこし|五柱《いつはしら》の
|神《かみ》|四柱《よはしら》は|出《い》でましにけり
|四柱《よはしら》の|神《かみ》に|別《わか》れて|吾《われ》は|今《いま》
|近《ちか》く|仕《つか》へむ|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》に
|東雲《しののめ》の|国《くに》は|今日《けふ》より|弥栄《いやさか》に
|拓《ひら》け|栄《さか》えて|果《はて》しなからむ』
|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は|又《また》|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|四柱《よはしら》の|神《かみ》|勇《いさ》ましく|出《い》でましぬ
|此《こ》の|国原《くにはら》を|拓《ひら》かむとして
|此《この》|館《たち》に|豊《ゆた》に|太豊《たゆた》に|鎮《しづ》まりて
|国《くに》|造《つく》りませ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ』
(昭和八・一〇・一八 旧八・二九 於水明閣 森良仁謹録)
第三四章 |国魂《くにたま》の|発生《はつせい》〔一八六五〕
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は |五柱《いつはしら》の|神《かみ》|従《したが》へて
|日向《ひむか》の|早瀬《はやせ》を|打渡《うちわた》り |玉泉郷《ぎよくせんきやう》に|出《い》でまして
|八十比女神《やそひめがみ》のその|中《なか》に すぐれて|賢《さか》しき|細女《くはしめ》の
|世司比女《よつかさひめ》に|廻《めぐ》りあひ |右《みぎ》り|左《ひだり》の|神業《かむわざ》に
|水火《いき》と|水火《いき》とは|固《かた》まりて |月《つき》の|雫《しづく》は|比女神《ひめがみ》の
|体内《たいない》|深《ふか》く|止《とど》まりぬ |之《これ》より|比女《ひめ》は|日《ひ》に|月《つき》に
|御身《おんみ》|重《おも》らせ|給《たま》ひつつ |御子《みこ》の|生《あ》れます|吉《よ》き|日《ひ》をば
|喜《よろこ》び|待《ま》たす|許《ばか》りなり |御供《みとも》に|侍《はべ》りし|五柱《いつはしら》
|中《なか》に|大物主《おほものぬし》を|置《お》き |他《ほか》|四柱《よはしら》の|神々《かみがみ》は
|西《にし》や|東《ひがし》や|北《きた》|南《みなみ》 |四方《よも》の|国原《くにはら》|拓《ひら》かむと
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|神言《みこと》もて |貴《うづ》の|館《やかた》を|立《た》ち|給《たま》ひ
|俄《にはか》に|淋《さび》しくなりませり |東《あづま》の|空《そら》は|東雲《しのの》めて
|紫雲《しうん》|棚引《たなび》く|貴《うづ》の|国《くに》 |東雲国《しののめこく》の|真秀良場《まほらば》に
|世司比女《よつかさひめ》の|御館《おんやかた》 |美々《びび》しく|清《すが》しく|建《た》ち|給《たま》ふ。
ここに|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|月《つき》|満《み》ちて|比女神《ひめがみ》と|別《わか》るる|時《とき》となりぬれば、|庭《には》の|最中《もなか》の|真清水《ましみづ》に、|朝夕《あしたゆふべ》に|禊《みそぎ》しつ、|御子《みこ》に|恙《つつが》もあらせじと、|祈《いの》り|給《たま》ふぞ|畏《かしこ》けれ。
|比女神《ひめがみ》の|御腹《みはら》は、|日《ひ》を|重《かさ》ねつつ、|追々《おひおひ》|益々《ますます》に|太《ふと》らせ|給《たま》ひ、|呼吸《いき》も|苦《くる》しげに|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》の|御前《みまへ》に|恭《うやうや》しく|坐《ざ》して、|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|一度《ひとたび》の|契《ちぎり》ながらも|吾《わが》|御腹《みはら》
|月《つき》を|重《かさ》ねて|太《ふと》くなりぬる
|御腹《みはら》の|子《こ》|恙《つつが》あらせじと|朝夕《あさゆふ》に
|吾《われ》は|祈《いの》るも|誠《まこと》をこめて
この|御腹《みはら》|安《やす》く|開《ひら》けて|御子《みこ》|生《うま》れ
|生立《おひた》ち|坐《ま》すまで|岐美《きみ》|離《さか》りますな
|大神業《おほみわざ》いかに|尊《たふと》くおはす|共《とも》
|御子生《みこう》みの|業《わざ》は|軽《かろ》からず|思《おも》ふ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《みわざ》|成《な》り|成《な》りて
|御子《みこ》|生《あ》れますと|聞《き》くぞ|嬉《うれ》しき
|主《ス》の|神《かみ》の|我《われ》に|賜《たま》ひし|御樋代《みひしろ》よ
|汝《なれ》の|功績《いさを》はあらはれにけり
|御子《みこ》すでに|宿《やど》らすと|聞《き》けば|愛恋《いとこや》の
|公《きみ》と|寝《い》ねなむすべもなきかな
|主《ス》の|神《かみ》の|御子《みこ》の|宿《やど》らすこの|館《たち》は
|高天原《たかあまはら》の|清所《すがど》なりけり
|朝夕《あさゆふ》を|心《こころ》|安《やす》けく|在《ま》しませよ
|御腹《みはら》の|御子《みこ》を|守《まも》らひにつつ』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|朝宵《あさよひ》に|心《こころ》の|御綱《みつな》|引《ひ》きしめて
|苦《くる》しけれ|共《ども》|御子《みこ》を|守《まも》らむ』
|斯《か》く|謡《うた》はせ|給《たま》ふ|折《をり》しも、|俄《には》かに|御腹《みはら》|痛《いた》み|給《たま》へば、|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》は|驚《おどろ》かせ|給《たま》ひて、
『|大物主《おほものぬし》|神《かみ》はいづくぞ|河守比女《かはもりひめ》
|神《かみ》はいづらぞ|疾《と》く|来《きた》りませ』
と|朗《ほがらか》に|詠《よ》ませ|給《たま》ふ|御歌《みうた》に、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》、|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は、いそいそとここに|現《あらは》れ|来《きた》り、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は、
『|天晴々々《あはれあはれ》|御子《みこ》の|生《あ》れます|時《とき》は|来《き》ぬ
|月日《つきひ》の|神《かみ》よ|守《まも》らせたまへ
|安《やす》らけく|生《う》まし|給《たま》はむ|比女《ひめ》の|神《かみ》
|神《かみ》の|依《よ》さしの|御子《みこ》にありせば
|東雲《しののめ》の|国《くに》は|今日《けふ》より|神柱《かむばしら》
|生《あ》れ|出《い》でましていや|栄《さか》ゆべし』
|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は|欣然《きんぜん》として、
『|吾《わが》|待《ま》ちし|御子《みこ》の|生《あ》れます|時《とき》は|来《き》ぬ
|天地《あめつち》の|神《かみ》|守《まも》りましませ
|世司比女《よつかさひめ》|神《かみ》よ|静《しづ》かにおはしませ
|御子《みこ》|安《やす》らかに|生《うま》れますはも』
|世司比女《よつかさひめ》『|御子《みこ》を|生《う》む|業《わざ》に|仕《つか》へし|其《その》|日《ひ》より
いとも|苦《くる》しき|今日《けふ》なりにけり』
|河守比女《かはもりひめ》『|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》のかかりし|御子《みこ》なれば
|安《やす》らに|平《たひ》らに|御子《みこ》|生《う》ませ|給《たま》はむ』
|斯《か》く|謡《うた》ひ|給《たま》ふ|折《をり》もあれ、【ウア】の|声《こゑ》をあげて|玉《たま》の|如《ごと》き|姫御子《ひめみこ》|生《うま》れましぬ。|女男《めを》|二神《にしん》を|初《はじ》め、|大物主《おほものぬし》、|河守比女《かはもりひめ》|二神《にしん》は、|歓《えら》ぎ|喜《よろこ》び|産湯《うぶゆ》|等《など》を|取《と》りて、|御子《みこ》の|体《からだ》を|洗《あら》ひ|清《きよ》め、|正座《しやうざ》に|据《す》ゑ|置《お》きて|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|空《そら》は|雲《くも》なく|晴《は》れにつつ
|地《つち》も|光《ひか》りて|御子《みこ》|生《あ》れましぬ
|東雲《しののめ》の|空《そら》|晴《は》れ|渡《わた》り|玉《たま》の|御子《みこ》
|国魂神《くにたまがみ》は|生《あ》れましにける
この|御子《みこ》や|生《あ》れます|上《うへ》は|東雲《しののめ》の
|国《くに》は|安《やす》けく|栄《さか》えますらむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|歓《よろこ》びの|余《あま》り、|天《てん》を|拝《はい》し|地《ち》に|伏《ふ》して|合掌《がつしやう》し|乍《なが》ら、
『|久方《ひさかた》の|天《あま》の|岩戸《いはと》は|開《ひら》けたり
|世司比女《よつかさひめ》の|貴《うづ》の|力《ちから》に
|今日《けふ》よりは|月日《つきひ》も|清《きよ》く|星《ほし》|清《きよ》く
これの|国原《くにはら》|照《て》りまさるらむ
|主《ス》の|神《かみ》の|稜威《いづ》の|恵《めぐみ》のいや|広《ひろ》に
|今日《けふ》のよろこび|齎《もた》らし|給《たま》へり』
|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|東雲《しののめ》の|国原《くにはら》|明《あか》くなりにけり
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御子《みこ》|生《あ》れませば
この|館《たち》に|比女《ひめ》の|神言《みこと》をかばひてし
|久《ひさ》しき|吾《われ》はむくいられける』
ここに|生《あ》れませる|玉《たま》の|御子《みこ》を、|大物主《おほものぬし》は|抱《いだ》き|上《あ》げ|祝《しゆく》し|給《たま》ふ。
『|足引《あしびき》の|山《やま》も|大野《おほの》も|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|合《あは》せて|寿《ことほ》ぎまつらむ
|天地《あめつち》の|一度《いちど》に|開《ひら》くる|思《おも》ひかな
|神《かみ》の|依《よ》さしの|御子《みこ》の|出《い》でまし
|大物主《おほものぬし》|神《かみ》は|今日《けふ》より|御子《みこ》の|為《ため》
あかき|心《こころ》を|永久《とは》にささげむ』
|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|今日《けふ》の|生日《いくひ》に|生《あ》れませる|御子《みこ》に、|日向《ひむか》の|姫《ひめ》と|申《まを》す|御名《みな》を|授《さづ》け|給《たま》ふ。
『この|御子《みこ》は|日向《ひむか》の|河《かは》の|真清水《ましみづ》の
|霊《みたま》なりせば|日向姫《ひむかひめ》とふ
|日向姫《ひむかひめ》|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|生《お》ひ|立《た》ちて
これの|神国《みくに》を|領有《うしは》ぎませよ
|我《わが》|御子《みこ》と|思《おも》へど|正《まさ》しく|主《ス》の|神《かみ》の
|御子《みこ》にしありせば|敬《ゐやま》ひ|奉《まつ》るも
|世司《よつかさ》の|比女神《ひめがみ》よ|御子《みこ》の|生《あ》れましし
|今日《けふ》より|日向姫《ひむかひめ》に|仕《つか》へよ』
|世司比女《よつかさひめ》は|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|畏《かしこ》しや|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》の|大神宣《おほみのり》
うなじにうけて|守《まも》り|奉《まつ》らむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|成出《なりいで》し|御子《みこ》なれば
|吾《われ》はいつかむ|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なを
この|御子《みこ》や|生《お》ひ|立《た》ちまして|東雲《しののめ》の
|司《つかさ》にならすと|思《おも》へば|尊《たふと》き』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|祝《ほ》ぎ|歌《うた》|宣《の》り|給《たま》ふ。
『|日向姫《ひむかひめ》|貴《うづ》の|館《やかた》に|生《あ》れましぬ
|早《は》や|東雲《しののめ》の|国《くに》は|明《あ》けたり
|東雲《しののめ》の|空《そら》に|昇《のぼ》らす|日《ひ》の|神《かみ》の
|光《ひかり》に|等《ひと》し|御子《みこ》の|姿《すがた》は
|日向姫《ひむかひめ》|神《かみ》の|御名《みな》こそ|畏《かしこ》けれ
|東雲《しののめ》の|国《くに》に|生《あ》れましぬれば
|日向河《ひむかがは》|流《なが》るる|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》は
|御子《みこ》の|生《お》ひ|立《た》ちひたしこそすれ』
ここに|日向姫《ひむかひめ》の|命《みこと》は、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》、|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》の|日々《にちにち》の|養育《やういく》と、|世司比女《よつかさひめ》の|慈愛《じあい》こもれる|真心《まごころ》の|乳房《ちぶさ》に、すくすくと|伸《の》び|立《た》ち|給《たま》ひたれば、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|神業《みわざ》の|成《な》りしを|喜《よろこ》び|給《たま》ひて|又《また》もや|御子生《みこう》み、|神生《かみう》みの|神業《みわざ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》るべく、|一切《いつさい》の|事《こと》を|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》に|托《たく》し|置《お》き|妻神《つまがみ》に|暇《いとま》を|告《つ》げて、|遠《とほ》く|遠《とほ》く|神生《かみう》みの|旅《たび》に|立《た》たす|事《こと》とはなりぬ。
(昭和八・一〇・一八 旧八・二九 於水明閣 谷前清子謹録)
第三五章 |四鳥《してう》の|別《わか》れ〔一八六六〕
|茲《ここ》に|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|主《ス》の|大御神《おほみかみ》の|依《よ》さしの|神業《みわざ》の|其《そ》の|一部《いちぶ》の|成《な》りしをいたく|喜《よろこ》び|給《たま》ひ、|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》、|日向姫《ひむかひめ》の|命《みこと》の|神人《しんじん》を、|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》に|頼《たの》みおき、|且《か》つ|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》に|厚《あつ》く|謝辞《しやじ》をのべ|乍《なが》ら、|名残《なごり》|惜《を》しくも|住《す》みなれし|此《これ》の|館《やかた》を|立《た》ち|出《い》でむとして、|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|久方《ひさかた》の|天《あめ》の|高宮《たかみや》いや|高《たか》に
われは|仰《あふ》がむ|神生《かみう》み|終《を》へて
わが|心《こころ》|天津日《あまつひ》の|如《ごと》|晴《は》れにけり
|国魂神《くにたまがみ》は|安《やす》く|生《あ》れまし
|国魂《くにたま》の|神《かみ》の|生《あ》れます|今日《けふ》よりは
|依《よ》さしの|神業《みわざ》またも|仕《つか》へむ
|世司比女《よつかさひめ》|神《かみ》に|別《わか》れてわれは|今《いま》
|南《みなみ》の|国《くに》に|進《すす》まむとすも
|高照山《たかてるやま》|南《みなみ》にひらく|神国《かみくに》は
あらぶる|神《かみ》の|多《おほ》しとぞ|聞《き》く
この|館《やかた》|久見《ひさみ》ることはあたはじと
おもへば|寂《さび》しきわが|思《おも》ひなり
|日向姫《ひむかひめ》の|命《みこと》よ|汝《なれ》はすくすくに
|育《そだ》ちて|国《くに》の|柱《はしら》となりませ
|日向姫《ひむかひめ》|命《みこと》の|御前《みまへ》を|離《さか》るとも
われは|忘《わす》れじ|愛《め》ぐしみにつつ
|世司《よつかさ》の|比女神《ひめがみ》われに|別《わか》るとも
|歎《なげ》かせ|給《たま》ひそ|惟神《かむながら》なれば
われこそは|神国《みくに》をひらき|神《かみ》を|生《う》む
|司《つかさ》にしあれば|留《とど》まり|得《え》ずも』
|此《こ》の|御歌《みうた》を|聞《き》くより、|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は、|追慕《つゐぼ》の|念《ねん》|止《や》みがたく、|御声《みこゑ》を|曇《くも》らせ|乍《なが》ら|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『みづみづし|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神柱《みはしら》は
|幾代《いくよ》ふるともわれ|忘《わす》れめや
|露《つゆ》の|間《ま》の|契《ちぎり》と|思《おも》へば|悲《かな》しもよ
|夜《よ》ごと|夜《よ》ごとを|如何《いか》に|眠《ねむ》らむ
|高照《たかてる》の|峰《みね》より|高《たか》き|瑞御霊《みづみたま》
|神《かみ》に|別《わか》れて|何《なに》たのしまむ
|年月《としつき》をけながく|待《ま》ちて|逢《あ》ひ|初《そ》めし
|岐美《きみ》ははやくも|別《わか》れ|立《た》たすか
|凡神《ただがみ》の|身《み》におはさねば|出《い》でましを
|止《とど》むる|術《すべ》もわれなかりけり
よしや|岐美《きみ》|万里《ばんり》の|外《そと》におはすとも
|忘《わす》れ|給《たま》ひそわれと|御子《みこ》とを
|日向姫《ひむかひめ》|命《みこと》を|育《そだ》て|岐美《きみ》の|前《まへ》に
|捧《ささ》げむよき|日《ひ》なきぞかなしき』
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたはせ|給《たま》ふ。
『|二柱《ふたはしら》|神《かみ》の|心《こころ》をおしはかり
われは|涙《なみだ》にくれにけるかも
|斯《かか》る|世《よ》にかかる|歎《なげ》きのおはすとは
|夢《ゆめ》にもわれは|思《おも》はざりしよ
この|上《うへ》は|御子《みこ》を|守《まも》りて|比女神《ひめがみ》に
|安《やす》く|仕《つか》へむ|岐美《きみ》|出《い》でまさね
|比女神《ひめがみ》のあつき|心《こころ》を|知《し》りながら
|出《い》でます|岐美《きみ》を|雄々《をを》しとおもふ』
|河守比女《かはもりひめ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『この|上《うへ》は|神《かみ》の|神業《みわざ》よ|妨《さまた》げじと
|思《おも》ひ|直《なほ》しつ|名残《なごり》|惜《を》しまる
|玉泉《たまいづみ》|湧《わ》き|立《た》つ|清水《しみづ》|真清水《ましみづ》は
|岐美《きみ》の|姿《すがた》を|永久《とは》に|浮《うか》べむ
|二柱《ふたはしら》|向《むか》ひ|立《た》たして|御姿《みすがた》を
うつし|給《たま》ひしことを|忘《わす》れじ
|月《つき》も|日《ひ》も|朝夕《あさゆふ》|浮《うか》ぶ|玉泉《たまいづみ》
|忘《わす》れたまひそこれの|真清水《ましみづ》
|大空《おほぞら》の|月《つき》も|宿《やど》らす|玉泉《たまいづみ》
|岐美《きみ》の|姿《すがた》のうつらであるべき
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》の|梢《こずゑ》の|色《いろ》ふかみ
|岐美《きみ》の|御《み》ゆきを|送《おく》る|今日《けふ》かも
|万年《まんねん》の|齢《よはひ》たもてる|大幹《おほみき》の
|楠《くす》の|梢《こずゑ》は|露《つゆ》|垂《た》らしつつ
|楠《くす》の|木《き》の|葉末《はずゑ》の|露《つゆ》は|岐美《きみ》を|送《おく》る
まことのしたたる|涙《なみだ》なるかも』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|暗然《あんぜん》として|両眼《りやうがん》に|涙《なみだ》を|湛《たた》え|乍《なが》ら、ひらりと|馬背《ばはい》に|跨《またが》り|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|足曳《あしびき》の|山《やま》の|百草《ももぐさ》|八千草《やちぐさ》も
|露《つゆ》にうなだる|神代《みよ》なりにけり
|東雲《しののめ》の|国《くに》は|広《ひろ》けし|比女神《ひめがみ》よ
|心《こころ》くばりて|安《やす》くましませ
|住《す》みなれしこれの|館《やかた》に|別《わか》れ|行《ゆ》く
|苦《くる》しき|我《われ》の|心《こころ》をさとらせ
|朝夕《あさゆふ》に|御子《みこ》の|声《こゑ》|聞《き》きし|楽《たの》しさも
|今日《けふ》より|聞《き》き|得《え》ず|我《われ》は|淋《さび》しも
いざさらば|名残《なごり》は|尽《つ》きじ|神《かみ》たちよ
|国《くに》つくるべくわれは|立《た》たなむ』
と|謡《うた》ひ|給《たま》ひて、|馬背《ばはい》に|鞭《むちう》ち|神姿《みすがた》|勇《いさま》しく|玉泉郷《ぎよくせんきやう》を|立《た》ち|出《い》で|給《たま》ふ。|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|御後《みあと》|見送《みおく》りながら、ハツとばかりに|泣《な》き|伏《ふ》し|給《たま》ふ|其《そ》の|真心《まごころ》ぞあはれなりけり。|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》は|御後《みあと》|遥《はる》かに|見送《みおく》りながら、
『|天晴々々《あはれあはれ》|貴《たふと》き|瑞《みづ》の|御霊《みたま》はや
|只《ただ》|一柱《ひとはしら》|大野《おほの》を|馳《は》せます
|紫《むらさき》の|瑞気《ずゐき》ただよふ|東雲《しののめ》の
|広《ひろ》き|国原《くにはら》|独《ひと》り|進《すす》ますも
|瑞御霊《みづみたま》これの|館《やかた》に|現《あ》れまして
|命《みこと》|生《う》みませし|事《こと》の|畏《かしこ》き
|千万《ちよろづ》のなやみに|耐《た》へて|瑞御霊《みづみたま》
|国《くに》つくります|神業《みわざ》|尊《たふと》し
|百神《ももがみ》の|醜《しこ》のさやぎをよそにして
|国《くに》つくります|雄々《をを》しき|神《かみ》よ
|大空《おほぞら》にかがやく|月《つき》の|光《かげ》|澄《す》みて
|玉《たま》の|泉《いづみ》はかがやきにけり
|瑞御霊《みづみたま》これの|館《やかた》にまさずとも
この|玉泉《ぎよくせん》を|御霊《みたま》と|仰《あふ》がむ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|淋《さび》しき|夕《ゆふ》ぐれは
|玉《たま》の|泉《いづみ》の|月《つき》を|仰《あふ》がむ
せめてもの|岐美《きみ》の|名残《なごり》と|玉泉《たまいづみ》
|夕《ゆふ》べ|夕《ゆふ》べを|仰《あふ》ぎまつらな』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は、やうやう|心《こころ》をとり|直《なほ》し|儼然《げんぜん》として|立《た》ち|上《あが》り、|玉泉《たまいづみ》の|前《まへ》に|近寄《ちかよ》り|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|永久《とことは》に|澄《す》みきり|漂《ただよ》ふこの|泉《いづみ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》か|月《つき》|宿《やど》ります
|比古神《ひこがみ》のこれの|館《やかた》にまさずとも
|玉《たま》の|泉《いづみ》はわれをなぐさむ
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|空《そら》に|月読《つきよみ》|俯《ふ》して|見《み》れば
|玉《たま》の|泉《いづみ》にやどらす|月《つき》かげ
|久方《ひさかた》の|御空《みそら》を|渡《わた》る|月読《つきよみ》の
|御霊《みたま》にそひて|御子《みこ》を|生《う》みけり
この|御子《みこ》はいたづら|事《ごと》に|生《あ》れ|出《い》でし
|命《みこと》にあらず|神《かみ》の|御霊《みたま》よ
|駿馬《はやこま》に|鞭《むちう》ち|出《い》でし|比古神《ひこがみ》は
|今《いま》やいづこを|駆《かけ》りますらむ
わが|霊《たま》は|岐美《きみ》の|乗《の》らせる|駿馬《はやこま》に
いそひて|行《ゆ》くも|月《つき》|照《て》る|野辺《のべ》を
|夢現《ゆめうつつ》|露《つゆ》のちぎりの|岐美《きみ》|送《おく》る
|今日《けふ》の|夕《ゆふべ》のはかなき|思《おも》ひよ
|村肝《むらきも》の|心《こころ》を|洗《あら》ふ|玉泉《たまいづみ》
うつらふ|月《つき》はわが|命《いのち》かも』
|河守比女《かはもりひめ》は|御歌《みうた》|詠《よ》ませ|給《たま》ふ。
『|雄々《をを》しくも|神《かみ》の|御業《みわざ》に|仕《つか》へむと
|妻子《つまこ》をあとに|岐美《きみ》|立《た》ちにけり
ただ|一人《ひとり》|果《はて》しも|知《し》らぬ|国原《くにはら》に
|鞭《むちう》たす|岐美《きみ》の|雄々《をを》しさおもふ
|雄々《をを》しくも|優《やさ》しくませし|瑞御霊《みづみたま》
かたみと|泉《いづみ》に|月《つき》を|浮《う》かせり
|今《いま》よりは|日向《ひむか》の|姫《ひめ》の|命《みこと》をば
|育《はぐく》みまつり|国《くに》を|治《をさ》めむ
|大物主《おほものぬし》の|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|日向姫《ひむかひめ》
|国《くに》の|柱《はしら》と|生《お》ひ|立《た》ちまさむ』
いづれも|述懐《じゆつくわい》の|歌《うた》|詠《よ》み|給《たま》ひつつ、|主《しゆ》の|立《た》ち|出《い》でし|館《やかた》に|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、|其《そ》の|夜《よ》は|淋《さび》しく|語《かた》り|明《あか》し|給《たま》ひけるが、|比古神《ひこがみ》を|恋《こ》ふる|心《こころ》の|愈々《いよいよ》|深《ふか》く|悲《かな》しく、|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は|東雲《しののめ》の|空《そら》|近《ちか》く、|三層楼《さんそうろう》の|高殿《たかどの》に|登《のぼ》り、|南方《なんばう》を|遥《はる》かに|打《う》ち|見《み》やりつつ|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|天晴々々《あはれあはれ》|雲《くも》のあなたに|出《い》でましし
|岐美《きみ》はいづらぞ|心《こころ》もとなや
むらさきの|雲《くも》は|南《みなみ》にたなびけり
ああこの|清《すが》しき|紫《むらさき》の|雲《くも》はや
|東雲《しののめ》の|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》みおきて
|雄々《をを》しき|岐美《きみ》は|立《た》たせけるかも
|恋《こ》ほしさの|心《こころ》は|同《おな》じわが|岐美《きみ》の
あつき|心《こころ》を|愛《いと》しとおもふ
ままならば|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|諸共《もろとも》に
いづくの|果《はて》も|照《て》らさむものを
|南《みんなみ》の|空《そら》にかがやき|給《たま》ふべく
|岐美《きみ》ははろけく|出《い》でましにける
かりごもの|乱《みだ》れ|果《は》てたる|国原《くにはら》を
|治《をさ》めますらむ|岐美《きみ》の|稜威《みいづ》は
|岐美《きみ》は|今《いま》いづらの|空《そら》を|駈《か》けますか
われは|恋《こひ》しもあとに|残《のこ》りて
|比古神《ひこがみ》に|再《ふたた》び|逢《あ》はむ|術《すべ》もなき
わが|身《み》とおもへばひたに|悲《かな》しも
|愛善《あいぜん》の|光《ひかり》に|満《み》つる|神代《みよ》にして
かかる|歎《なげ》きのありと|知《し》らざりき
|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|駒《こま》をたて|直《なほ》し
われは|歎《なげ》かじ|神《かみ》の|御前《みまへ》に
なげかへばひたに|曇《くも》らむ|国原《くにはら》と
おもひあきらめ|世《よ》に|生《い》きむかも
|主《ス》の|神《かみ》よ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|行先《ゆくさき》に
|幸《さち》あれかしと|守《まも》り|給《たま》ひね』
|世司比女《よつかさひめ》の|神《かみ》は、|一切《いつさい》をあきらめ|給《たま》ひ、|高殿《たかどの》を|降《お》りて|玉《たま》の|泉《いづみ》に|禊《みそぎ》しつ、|是《これ》より|二柱《ふたはしら》の|神《かみ》と|共《とも》に|朝夕《あさゆふ》|心《こころ》を|配《くば》り、|力《ちから》を|合《あは》せ、|御子《みこ》を|守《まも》り|育《そだ》て、|東雲《しののめ》の|国《くに》を|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|守《まも》り|給《たま》ひしぞ|畏《かしこ》けれ。
(昭和八・一〇・一八 旧八・二九 於水明閣 内崎照代謹録)
第三六章 |荒野《あらの》の|駿馬《はやこま》〔一八六七〕
|高地秀山《たかちほやま》の|大宮《おほみや》と |高日《たかひ》の|宮《みや》にましまして
|数多《あまた》の|神《かみ》にかしづかれ |輝《かがや》き|給《たま》ひし|神司《かむつかさ》
|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神言《みこと》もて |貴《うづ》の|神業《かむわざ》|仕《つか》へむと
|百《もも》の|悩《なや》みをなめ|給《たま》ひ |美玉《みたま》の|姫《ひめ》の|命《みこと》をば
|後《あと》に|残《のこ》していそいそと |命《みこと》に|名残《なごり》|惜《を》しみつつ
|五柱《いつはしら》の|神《かみ》|従《したが》へて さしもに|広《ひろ》き|日向河《ひむかがは》
|激流《げきりう》|渡《わた》り|漸《やうや》くに |東雲国《しののめくに》に|着《つ》きにけり
|玉泉郷《ぎよくせんきやう》に|身《み》をよせて |日向《ひむか》の|姫《ひめ》の|命《みこと》をば
|厳《いづ》のみいきに|生《う》ませつつ |今日《けふ》は|淋《さび》しき|独旅《ひとりたび》
|神馬《しんめ》に|跨《またが》りカツカツと |蹄《ひづめ》の|音《おと》も|勇《いさ》ましく
|南《みなみ》をさして|出《い》で|給《たま》ふ |如衣《ゆくえ》の|比女《ひめ》には|先《さき》だたれ
|世司比女《よつかさひめ》には|生《い》き|別《わか》れ いとしき|御子《みこ》をあづけおき
|主《ス》の|大神《おほかみ》のみよさしの |神業《みわざ》に|仕《つか》へまつらむと
|昼《ひる》と|夜《よる》とのけぢめなく |嵐《あらし》に|面《おも》を|吹《ふ》かれつつ
|出《い》でます|姿《すがた》ぞ|勇《いさ》ましき |右《みぎ》も|左《ひだり》も|荒野原《あらのはら》
|目路《めぢ》の|限《かぎ》りは|萱草《かやくさ》の |風《かぜ》にさゆるるばかりなり
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|馬上《ばじやう》より この|光景《くわうけい》をみそなはし
かくまで|荒《あ》れし|国原《くにはら》を |開《ひら》きて|神《かみ》を|生《う》まむこと
|安《やす》き|神業《みわざ》にあらざるを つくづくなげき|給《たま》ひつつ
|千里《せんり》の|野路《のぢ》を|渡《わた》り|終《を》へ |此処《ここ》に|横《よこた》ふ|広河《ひろかは》の
|堤《つつみ》に|駒《こま》を|降《くだ》りまし しばらく|息《いき》を|休《やす》めけり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |遠《とほ》き|神代《かみよ》の|天界《てんかい》の
|国生《くにう》み|神生《かみう》みの|神業《かむわざ》は |現代人《げんだいじん》の|想像《さうざう》の
|迚《とて》も|及《およ》ばぬ|難事《なんじ》なり。
|先《さき》に|渡《わた》り|給《たま》ひし|日向河《ひむかがは》に|比《くら》ぶれば、|約《やく》|二十分《にじふぶん》の|一《いち》の|流《ながれ》ながら、|相当《さうたう》に|広《ひろ》く、|水瀬《みなせ》|深《ふか》く、やや|薄濁《うすにご》りて|西方《せいはう》に|流《なが》れゐたり。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|堤上《ていじやう》に|立《た》たせ|給《たま》ひて、
『|国造《くにつく》り|神《かみ》を|生《う》まむとわれは|今《いま》
|此《こ》の|横河《よこがは》に|行《ゆ》き|当《あた》りける
|河守比女《かはもりひめ》|神《かみ》の|出《い》でましあるならば
これの|水瀬《みなせ》をとどめ|給《たま》ふを
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|淋《さび》しも|黄昏《たそが》れて
この|河土手《かはどて》にわが|独《ひと》り|立《た》つ
|如何《いか》にしてこれの|流《ながれ》を|渡《わた》らむや
|駒《こま》はあれども|水瀬《みなせ》はげしき
|雷《いかづち》の|轟《とどろ》く|如《ごと》き|滝津瀬《たきつせ》の
|音《おと》にわが|駒《こま》|驚《おどろ》き|騒《さや》ぐも
|黄昏《たそがれ》の|河《かは》の|岸辺《きしべ》に|佇《たたず》めば
|河風《かはかぜ》そよぐ|篠《しの》の|笹原《ささはら》
さらさらと|小笹《をざさ》|揺《ゆす》りて|吹《ふ》きまくる
|風《かぜ》は|強《つよ》しも|物騒《ものさわ》がしも
|河《かは》の|辺《べ》にわれ|黄昏《たそが》れて|是非《ぜひ》もなし
|東雲《しののめ》の|空《そら》|待《ま》ちわびむかな
ひた|濁《にご》るこれの|流《ながれ》は|物凄《ものすご》し
|醜《しこ》の|大蛇《をろち》の|潜《ひそ》むがに|見《み》ゆ
|主《ス》の|神《かみ》の|教《をしへ》を|守《まも》る|神生《かみう》みの
わがゆく|旅《たび》は|苦《くる》しかりけり
|世司《よつかさ》の|比女神《ひめがみ》|今《いま》や|高殿《たかどの》に
|上《のぼ》りてわが|名《な》|呼《よ》びたつるらむ
|大物主《おほものぬし》|神《かみ》の|心《こころ》をおしはかり
|今《いま》や|淋《さび》しくなりにけらしな
|折々《をりをり》に|水瀬《みなせ》の|音《おと》の|変《かは》るこそ
あやしきろかもこれの|流《ながれ》は』
かく|御歌《みうた》|詠《よ》ます|折《をり》しもあれ、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|数多《あまた》の|神々《かみがみ》を|従《したが》へ、|白馬《はくば》に|跨《また》がり|此処《ここ》に|現《あらは》れ|来《きた》り、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》をうやうやしく|迎《むか》へながら、|御歌《みうた》|詠《よ》まし|給《たま》ふ。
『|天晴々々《あはれあはれ》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|出《い》でましぬと
われさとらひてい|迎《むか》へまつるも
|小夜更《さよふ》けの|河辺《かはべ》に|独《ひとり》ゐますこそ
|畏《おそ》れ|多《おほ》しもこの|駒《こま》に|召《め》せ
|瑞御霊《みづみたま》|乗《の》らせる|駒《こま》は|疲《つか》れ|居《を》り
この|早河《はやかは》を|渡《わた》るにふさはじ』
この|御歌《みうた》に、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|勇《いさ》みたち、|直《ただち》に|御歌《みうた》もて|応《こた》へ|給《たま》ふ。
『|小夜更《さよふ》けの|此《これ》の|河辺《かはべ》になづみてし
われ|迎《むか》へむと|来《きた》りし|公《きみ》はや
|横河《よこがは》の|流《なが》れはひたに|濁《にご》らひて
|大蛇《をろち》の|神《かみ》の|潜《ひそ》むがに|思《おも》ふ
|只独《ただひと》り|荒風《あらかぜ》そよぐ|河《かは》の|辺《べ》に
|心《こころ》|淋《さび》しく|夜《よ》を|更《ふ》かしぬる』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『|玉泉《たまいづみ》|貴《うづ》の|館《やかた》を|立《た》ち|出《い》でで
|吾《われ》は|荒《あら》ぶる|神《かみ》を|和《なご》めつ
|今《いま》|此処《ここ》に|従《したが》ひ|来《きた》る|神達《かみたち》は
|何《いづ》れも|荒《あら》ぶる|神《かみ》なりしなり
|言霊《ことたま》の|厳《いづ》の|力《ちから》にまつろひて
|神業《みわざ》に|仕《つか》ふる|神《かみ》とならせる
われも|亦《また》ただ|一柱《はしら》|白駒《しろこま》の
|背《せ》に|跨《またが》りて|此処《ここ》に|来《きた》りし
この|河《かは》は|未《いま》だ|渡《わた》らず|大蛇《をろち》|棲《す》むと
|思《おも》へば|今日《けふ》までためらひにける
|海原《うなばら》をさぐり|求《もと》めて|水《みづ》|走《はし》る
|雄々《をを》しき|駒《こま》を|引《ひ》きて|来《きた》りぬ
いや|先《さき》に|嘶《いなな》く|駒《こま》に|岐美《きみ》|召《め》せよ
|主《ス》の|御水火《みいき》より|生《あ》れし|駒《こま》なる』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|応《こた》へて|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|主《ス》の|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《あ》れし|駒《こま》なれば
|凡駒《ただこま》ならず|神《かみ》にいまさむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御霊《みたま》の|水火《いき》の|凝《こ》り|凝《こ》りて
|駒《こま》となりけむわれ|渡《わた》すべく
|横河《よこがは》の|流《ながれ》は|如何《いか》に|高《たか》くとも
これの|神馬《しんめ》は|安《やす》く|渡《わた》らむ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は、
『いざさらば|瑞《みづ》の|御霊《みたま》よ|百神《ももがみ》よ
われに|続《つづ》かひ|渡《わた》らせ|給《たま》へよ』
と、|謡《うた》ひもあへず、ザンブとばかり|激流《げきりう》めがけて|駒《こま》を|追《お》ひやり|給《たま》へば、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》も|百神《ももがみ》も、われ|後《おく》れじと|手綱《たづな》ひきしめ|鞭《むち》をあて、|大竜《たいりう》の|激流《げきりう》を|渡《わた》るがごとく、|驀地《まつしぐら》に|南《みなみ》の|岸《きし》にのぼらせ|給《たま》へり。
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|渡《わた》り|来《きた》りし|流《ながれ》を|振《ふ》り|返《かへ》りながら、
『|近見男《ちかみを》の|神《かみ》の|神言《みこと》と|主《ス》の|神《かみ》の
|守《まも》りに|安《やす》く|渡《わた》りけるかも
この|駒《こま》や|主《ス》の|大神《おほかみ》の|言霊《ことたま》の
|凝《こ》りしと|思《おも》へば|尊《たふと》かりけり
|言霊《ことたま》の|力《ちから》に|物《もの》は|成《な》り|出《い》づと
|深《ふか》く|悟《さと》りぬ|今《いま》の|河越《かはごえ》に
|百神《ももがみ》は|一柱《ひとはしら》もおちず|速河《はやかは》を
|渡《わた》り|給《たま》へり|勇《いさ》ましきかも』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|答《こた》へて|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》の|神言《みこと》の|言挙《ことあ》げに
われ|恥《はづ》かしくなりにけらしな
|主《ス》の|神《かみ》の|神言《みこと》かしこみ|駿馬《はやこま》を
|岐美《きみ》の|御為《みため》に|招《まね》き|来《き》しのみ
|今日《けふ》よりはわれも|御側《みそば》に|侍《はべ》りつつ
|貴《うづ》の|神業《かむわざ》あななひまつらむ』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》はうたひ|給《たま》ふ。
『|大野原《おほのはら》|独淋《ひとりさび》しく|来《き》しものを
|今《いま》|賑《にぎは》しく|汝《なれ》に|会《あ》ひぬる
|今《いま》よりは|十一柱神《じふいちはしらがみ》|伴《ともな》ひて
|南《みなみ》の|国原《くにはら》|拓《ひら》かむとぞ|思《おも》ふ
|行《ゆ》く|先《さき》に|如何《いか》なる|山河《さんか》|横《よこた》ふも
この|駒《こま》なれば|安《やす》く|渡《わた》らむ』
ここに、|十一柱《じふいちはしら》の|神《かみ》の|中《なか》より|勝《すぐ》れて|御背《おんせ》の|高《たか》き|神《かみ》、|御側《みそば》|近《ちか》く|駒《こま》を|進《すす》め、|左手《ゆんで》を|天《てん》にさしかざし|右手《めて》を|馬《うま》の|背《せ》に|向《む》けながら、|御前《みまへ》に|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『われこそはアの|言霊《ことたま》になり|出《い》でし
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》|御供《みとも》に|仕《つか》へむ
この|国《くに》を|造《つく》らむとして|朝夕《あさゆふ》に
|悩《なや》みけるかも|魔神《まがみ》のために
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》の|出《い》でましありしより
わが|神業《かむわざ》はひらけ|初《そ》めたり
|瑞御霊《みづみたま》|神《かみ》のみあとに|仕《つか》へむと
われは|幾年《いくとせ》|幾日《いくひ》|待《ま》ちしよ
|願《ねが》はくば|御供《みとも》に|使《つか》ひ|給《たま》へかし
|真心《まごころ》|清《きよ》く|光《ひか》る|神《かみ》はや』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『かねて|聞《き》く|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|公《きみ》なるか
|雄々《をを》し|勇《いさ》ましうづの|御姿《みすがた》
|国造《くにつく》り|神生《かみう》む|業《わざ》を|助《たす》けむと
|汝《なれ》|圓屋比古《まるやひこ》|現《あ》れましにけむ
|主《ス》の|神《かみ》の|御心《みこころ》なりと|喜《よろこ》びて
われは|許《ゆる》さむ|旅《たび》の|御供《みとも》を』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は、|儼然《げんぜん》として|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|有難《ありがた》し|岐美《きみ》の|言霊《ことたま》|聞《き》くにつけ
わが|魂《たましひ》はをどり|出《い》でつつ
|赤《あか》き|清《きよ》き|正《ただ》しき|心《こころ》を|楯《たて》として
|仕《つか》へまつらむ|岐美《きみ》の|御側《みそば》に』
いや|先《さき》には|近見男《ちかみを》の|神《かみ》、|草《くさ》をふみしだきつつ|進《すす》ませ|給《たま》ひ、|次《つぎ》に|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》、|次《つぎ》に、|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|九柱《ここのはしら》の|神々《かみがみ》を|従《したが》へ、|駒《こま》の|轡《くつわ》を|並《なら》べて、|未《いま》だ|神跡《しんせき》なき|大曠原《だいくわうげん》を、|言霊歌《ことたまうた》を|宣《の》りながら|進《すす》み|給《たま》ふ。|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》ゆたかに、
『|果《は》てしも|知《し》らぬ|薄原《すすきばら》
この|曠原《くわうげん》の|真中《まんなか》を
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|諸共《もろとも》に
|国魂神《くにたまがみ》を|生《う》まむとて
|進《すす》み|行《ゆ》くこそ|勇《いさ》ましき
|圓屋比古神《まるやひこがみ》|百神《ももがみ》よ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》をよく|守《まも》り
|心《こころ》を|注《そそ》ぎて|出《い》でませよ
|嵐《あらし》は|如何《いか》に|強《つよ》くとも
|醜草《しこぐさ》|如何《いか》に|繁《しげ》るとも
|大蛇《をろち》は|処々《しよしよ》に|潜《ひそ》むとも
|如何《いか》で|恐《おそ》れむ|主《ス》の|神《かみ》の
|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|幸《さちは》ひて
|道《みち》の|隈手《くまで》も|恙《つつが》なく
|千里万里《せんりばんり》もすくすくと
|安《やす》く|進《すす》ませ|給《たま》ふべし
|行《ゆ》く|手《て》に|如何《いか》なる|難関《なんくわん》の
あるか|知《し》らねど|言霊《ことたま》の
|水火《いき》を|照《てら》して|取《と》りのぞき
|神《かみ》の|依《よ》さしの|神業《かむわざ》を
|〓怜《うまら》に|委曲《つばら》に|為《な》し|遂《と》げて
|天津御祖《あまつみおや》の|御前《おんまへ》に
|復命言葉《かへりことのは》|白《まを》すまで
|撓《たゆ》まず|屈《くつ》せず|進《すす》むべし
|天津祝詞《あまつのりと》の|太祝詞《ふとのりと》
|天《あめ》に|響《ひび》きて|月《つき》となり
|星《ほし》ともなりてきらきらと
わがゆく|先《さき》を|照《てら》すべし
われらは|神《かみ》なり|言霊《ことたま》の
|稜威《みいづ》によりて|生《な》りしもの
|如何《いか》でか|曲《まが》をおそれむや
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|厳《いづ》の|言霊《ことたま》|尊《たふと》けれ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。その|歌《うた》、
『|主《ス》の|大神《おほかみ》の|神霊《みたま》より
|生《あ》れ|出《い》でませしアの|声《こゑ》の
|水火《いき》|固《かた》まりてなり|出《い》でし
|圓屋比古神《まるやひこがみ》ここにあり
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神生《かみう》みの
|神業《みわざ》を|助《たす》けまつらむと
|大峡小峡《おほがひをがひ》に|身《み》を|潜《ひそ》め
|生言霊《いくことたま》を|宣《の》りゐたる
|折《をり》しもあれや|醜神《しこがみ》は
|山《やま》の|尾上《をのへ》や|河《かは》の|瀬《せ》に
さやりて|百《もも》の|災《わざはひ》を
|起《おこ》しゐるよと|聞《き》くよりも
|如何《いか》に|言向《ことむ》け|和《やは》さむと
|心《こころ》を|砕《くだ》く|折《をり》もあれ
|高日《たかひ》の|宮《みや》より|降《くだ》ります
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》|現《あ》れまして
|互《たがひ》に|真言《まこと》を|語《かた》りつつ
|心《こころ》を|合《あは》せ|神力《しんりき》を
|一《ひと》つになして|国生《くにう》みの
|神業《みわざ》に|仕《つか》へまつらむと
|案《あん》じわづらふ|折《をり》もあれ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|出《い》でましを
|風《かぜ》の|便《たよ》りに|聞《き》きしより
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》|諸共《もろとも》に
|九《ここの》つ|神《がみ》を|引連《ひきつ》れて
|御供《みとも》に|仕《つか》へまつらむと
|喜《よろこ》び|勇《いさ》み|来《きた》りけり
いづくの|荒野《あらの》にさまよふも
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》のます|限《かぎ》り
|何《いづ》れの|神《かみ》も|恐《おそ》れじと
はかりはからひ|神業《かむわざ》の
|御供《みとも》に|仕《つか》へまつりけり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|幸《さちは》ひて
|吾等《われら》|十柱神達《とはしらかみたち》を
いや|永久《とこしへ》に|変《かは》りなく
|神業《みわざ》に|使《つか》ひ|給《たま》へかし
|偏《ひとへ》に|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る
|偏《ひとへ》に|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る』
ここに、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》|顕津男《あきつを》の|神《かみ》|一行《いつかう》|十二柱《じふにはしら》は、|白馬《はくば》の|轡《くつわ》を|並《なら》べ、|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|進《すす》ませ|給《たま》ふ。
(昭和八・一〇・一八 旧八・二九 於水明閣 林弥生謹録)
第三七章 |玉手《たまで》の|清宮《きよみや》〔一八六八〕
ここに|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》は、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》、|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》|達《たち》|十一柱《じふいちはしら》を|率《ひき》ゐて、|際限《さいげん》もなき|曠原《くわうや》を|渡《わた》り、|夜《よ》を|日《ひ》に|次《つ》いで、|南《みなみ》の|国原《くにはら》さして|進《すす》ませ|給《たま》ふ。|遥《はる》か|南方《なんばう》の|空《そら》にかすめる|高山《かうざん》あり、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、|駒《こま》をとどめて|遥《はる》かにかすむ|山《やま》を|打《う》ち|眺《なが》めつつ|御歌《みうた》うたはせ|給《たま》ふ。
『|南《みんなみ》の|遠野《とほの》の|奥《おく》にぼんやりと
かすめる|山《やま》は|三笠山《みかさやま》かも
われは|今《いま》|三笠《みかさ》の|山《やま》に|進《すす》むなり
|早《は》や|近《ちか》づけり|行手《ゆくて》の|山《やま》は
|薄雲《うすぐも》の|衣《きぬ》をかぶりて|泰然《たいぜん》と
|立《た》たせる|山《やま》の|雄々《をを》しきろかも
|目路《めぢ》の|限《かぎ》り|荒野《あらの》の|中《なか》を|分《わ》けて|行《ゆ》く
われには|珍《めづら》し|三笠《みかさ》の|神山《かみやま》
|大蛇《をろち》|棲《す》むと|聞《き》くなるこれの|曠原《くわうげん》も
わが|行《ゆ》く|道《みち》は|影《かげ》だも|見《み》せず
|三笠山《みかさやま》|麓《ふもと》の|貴《うづ》の|神館《かむやかた》は
|現世比女《うつしよひめ》のありかなりとふ
|現世《うつしよ》の|神《かみ》に|御逢《みあ》ひて|御子《みこ》を|生《う》む
わが|神業《かむわざ》も|近《ちか》づきにけり』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『たづね|行《ゆ》く|三笠《みかさ》の|山《やま》も|近見男《ちかみを》の
|心《うら》|勇《いさ》ましくなりにけらしな
|現世《うつしよ》の|比女神《ひめがみ》|岐美《きみ》の|出《い》でましを
|待《ま》たせ|給《たま》はむ|疾《と》く|進《すす》みませ
|天《あめ》も|地《つち》も|岐美《きみ》がみゆきを|守《まも》らすか
この|曠原《くわうげん》にそよ|風《かぜ》もなし』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|又《また》うたひ|給《たま》ふ。
『こんもりと|天《てん》に|聳《そび》ゆる|三笠山《みかさやま》の
ほのけき|姿《すがた》|仰《あふ》げば|楽《たの》しも
|幾千里《いくせんり》|荒野《あらの》を|渡《わた》り|来《こ》しわれの
|目《め》にめづらしき|三笠山《みかさやま》はも
|瑞御霊《みづみたま》|御供《みとも》に|仕《つか》へて|遥《はろ》の|野《の》に
|聳《そび》ゆる|神《かみ》の|山《やま》を|見《み》しはや
|村肝《むらきも》の|心《こころ》|勇《いさ》まし|三笠山《みかさやま》
われを|待《ま》つがに|思《おも》ほへにつつ
いざさらば|進《すす》ませ|給《たま》へ|近見男《ちかみを》の
|神《かみ》に|従《したが》ひわれも|進《すす》まむ
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|後前《あとさき》|守《まも》りつつ
|荒野《あらの》を|分《わ》けて|進《すす》む|楽《たの》しさ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|先頭《せんとう》に|立《た》ち、|馬上《ばじやう》|豊《ゆた》かに|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|限《かぎ》りもしらぬ|荒野原《あらのはら》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひて
|萱草《かやくさ》わけつ|来《き》て|見《み》れば
|遥《はる》かの|空《そら》にかすみたる
|山《やま》は|正《まさ》しく|三笠山《みかさやま》
|現世比女《うつしよひめ》の|永久《とこしへ》に
|鎮《しづ》まりいまして|神生《かみう》みの
|神業《みわざ》に|仕《つか》へまつらむと
|長《なが》の|年月《としつき》|待《ま》ち|給《たま》ふ
いよいよここに|天《てん》の|秋《とき》
|到《いた》りて|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は
|現世比女《うつしよひめ》に|御逢《みあ》はむと
|出《い》でます|今日《けふ》の|佳《よ》き|日《ひ》こそ
|主《ス》の|大神《おほかみ》も|嘉《よみ》すらむ
われ|等《ら》も|尊《たふと》き|神生《かみう》みの
|神業《みわざ》の|供《とも》に|仕《つか》へつつ
いや|先《さき》に|立《た》ち|草《くさ》を|分《わ》け
|道芝《みちしば》ひらきて|進《すす》むなり
み|空《そら》にかかる|月《つき》かげも
|天津日《あまつひ》かげも|柔《やはら》かく
われ|等《ら》|一行《いつかう》|守《まも》りまし
|道《みち》の|隈手《くまて》も|恙《つつが》なく
|一足《ひとあし》|一足《ひとあし》|近《ちか》づくは
|三笠《みかさ》の|山《やま》の|清《すが》どころ
ああたのもしやたのもしや
|貴《うづ》の|神業《みわざ》の|畏《かしこ》けれ
|貴《うづ》の|御供《みとも》ぞ|畏《かしこ》けれ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》はまた|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|行手《ゆくて》は|遠《とほ》しいや|広《ひろ》し
|限《かぎ》りも|知《し》らぬ|大空《おほぞら》に
|霞《かすみ》の|衣《きぬ》を|被《かぶ》りつつ
|遠《とほ》き|神代《かみよ》の|昔《むかし》より
|貴《うづ》の|姿《すがた》をそのままに
|高《たか》く|聳《そび》ゆる|三笠山《みかさやま》
|山《やま》の|姿《すがた》をまるまると
わが|見《み》るさへもおとなしく
|比女《ひめ》の|神言《みこと》の|御舎《みあらか》と
|思《おも》へば|実《げ》にも|尊《たふと》けれ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|生言霊《いくことたま》の|幸《さちは》ひて
|一日《ひとひ》も|早《はや》く|片時《かたとき》も
|疾《と》く|速《すみや》かに|聖場《せいぢやう》に
|進《すす》ませ|給《たま》へと|願《ね》ぎ|奉《まつ》る』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より|豊《ゆた》かに|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|仰《あふ》ぎ|見《み》る|南《みなみ》の|空《そら》に|雲《くも》の|衣《きぬ》
|着《き》つつわれ|待《ま》つ|三笠山《みかさやま》かも
|比女神《ひめがみ》の|貴《うづ》の|姿《すがた》を|三笠山《みかさやま》
|月読《つきよみ》の|露《つゆ》に|濡《ぬ》れもこそすれ
けながくも|吾《われ》を|待《ま》ちます|比女神《ひめがみ》の
|心《こころ》はかればいつくしみの|湧《わ》く
|一夜《ひとよ》さの|契《ちぎり》に|御子《みこ》を|生《う》みおきて
うつらふわれは|苦《くる》しかりける
|現世《うつしよ》の|比女神《ひめがみ》にまたなげかひを
|与《あた》へて|別《わか》るる|思《おも》へばうれたき』
ここに|神々《かみがみ》は|十二《じふに》の|轡《くつわ》を|揃《そろ》へ、|其《その》|日《ひ》の|夕暮《ゆふぐれ》、|三笠山《みかさやま》の|聖場《せいぢやう》|玉手《たまで》の|宮《みや》に|漸《やうや》く|着《つ》かせ|給《たま》ひける。|遠《とほ》く|眺《なが》めし|霞《かすみ》の|三笠山《みかさやま》は、|案《あん》に|相違《さうゐ》し|百花《ももばな》|千花《ちばな》|全山《ぜんざん》に|咲《さ》きみちて、その|麗《うるは》しさ|言《い》はむかたなく、|天国《てんごく》のさまを|目《ま》のあたりにあらはしぬ。|現世比女《うつしよひめ》の|神《かみ》の|鎮《しづま》りいますてふ|玉手《たまで》の|宮《みや》は、|蜿蜒《ゑんえん》として|延《の》び|広《ひろ》がり、|常磐《ときは》の|老松《らうしよう》|枝《えだ》を|交《まじ》へて|此《こ》の|清宮《すがみや》をこんもりと|囲《かこ》み、|金砂《きんしや》|銀砂《ぎんしや》は|月日《つきひ》の|光《ひかり》を|浴《あ》びて、|目《め》もまばゆきばかり|輝《かがや》き|渡《わた》り、|鳳凰《ほうわう》|巣《す》ぐひ、|迦陵頻伽《かりようびんが》は|常世《とこよ》の|春《はる》を|謳《うた》ひつつ、|天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|光景《くわうけい》を|現《あらは》しつつあり。
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|真《ま》つ|先《さき》に|駒《こま》を|進《すす》ませ|神苑《しんゑん》|深《ふか》く|入《い》り|給《たま》ひて、|馬上《ばじやう》より|朗《ほが》らかに|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|出《い》でまし|今《いま》なるぞ
いむかへ|奉《まつ》れ|館《やかた》の|神々《かみがみ》
われは|今《いま》|御供《みとも》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りつつ
いや|先《さ》き|立《だ》ちて|現《あらは》れしはや』
この|御歌《みうた》に、|館《やかた》を|守《まも》る|三笠比女《みかさひめ》の|神《かみ》は、|蒼惶《さうくわう》として|宮《みや》の|階段《きざはし》を|下《くだ》り、|駒《こま》の|前《まへ》に|近《ちか》づき|乍《なが》ら、
『|近見男《ちかみを》の|神《かみ》よ|畏《かしこ》し|瑞御霊《みづみたま》
|早《はや》くもここに|誘《さそ》ひましませ
|現世《うつしよ》の|比女神《ひめがみ》これの|清宮《すがみや》に
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|待《ま》たせ|給《たま》へる』
かく|謡《うた》へる|折《をり》しも、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|諸神《しよしん》を|従《したが》へ、|馬上《ばじやう》ゆたかに|進《すす》み|入《い》り|給《たま》ひて、
『われこそは|月《つき》の|御霊《みたま》よ|瑞御霊《みづみたま》
はや|出《い》でませよ|現世比女神《うつしよひめがみ》
はるばると|荒野《あらの》を|渡《わた》り|今《いま》|此処《ここ》に
|比女《ひめ》に|逢《あ》はむとわが|来《き》つるかも』
三笠比女『|幾年《いくとせ》を|数《かぞ》へて|待《ま》ちし|瑞御霊《みづみたま》
|今日《けふ》のいでまし|尊《たふ》とかりける
いざさらば|現世比女《うつしよひめ》の|神《かみ》の|前《まへ》に
つげ|奉《まつ》りてむ|暫《しば》しを|待《ま》ちませ』
と|三笠比女《みかさひめ》の|神《かみ》は、|御歌《みうた》うたひ|終《を》へて、|奥深《おくふか》く|入《い》り|給《たま》ふ。|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|馬背《ばはい》に|跨《またが》り|乍《なが》ら、|宮《みや》の|光景《くわうけい》を|眺《なが》めて、
『|花《はな》も|香《か》もなき|荒野原《あらのはら》|渡《わた》り|来《き》て
|百花《ももばな》|匂《にほ》ふ|清所《すがど》に|来《き》しはや
|鳳凰《ほうわう》は|御空《みそら》に|高《たか》く|舞《ま》ひあそび
|迦陵頻伽《かりようびんが》は|春《はる》をうたふも
いや|広《ひろ》きこれの|清所《すがど》の|青垣《あをがき》は
|常磐《ときは》の|松《まつ》にかこまれにけり
きらきらと|日光《ひかげ》とどめて|金銀《きんぎん》の
|真砂《まさご》は|庭《には》に|照《て》り|耀《かがよ》へるも
|主《ス》の|神《かみ》の|生言霊《いくことたま》に|生《あ》れしてふ
この|生宮《いきみや》の|厳《おごそ》かなるも
|長旅《ながたび》の|疲《つか》れも|今《いま》や|忘《わす》れけり
|花《はな》|咲《さ》きみつる|神苑《かみその》に|来《き》て
|現世比女《うつしよひめ》|神《かみ》の|神言《みこと》はわが|来《きた》る
|聞《き》きて|驚《おどろ》き|給《たま》ふなるらむ』
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》は|馬上《ばじやう》より|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|百敷《ももしき》のこれの|宮居《みやゐ》の|常磐木《ときはぎ》は
|月日《つきひ》|宿《やど》してみどりの|露《つゆ》|照《て》る
|千代《ちよ》|八千代《やちよ》この|神国《かみくに》は|変《かは》るまじ
|常磐《ときは》の|松《まつ》の|茂《しげ》らむ|限《かぎ》りは』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|瑞御霊《みづみたま》はるばる|御供《みとも》|仕《つか》へつつ
これの|清所《すがど》にわが|来《き》つるかも
|薄原《すすきはら》|篠《しの》の|笹原《ささはら》のり|越《こ》えて
|夢《ゆめ》かうつつか|清所《すがど》に|来《き》つるも』
かく|謡《うた》ひ|終《をは》り、|馬《うま》をひらりと|下《お》り、|辺《あた》りの|光景《くわうけい》を、|各々《おのおの》|賞《ほ》め|称《たた》へ|給《たま》ふ|折《をり》しもあれ、|三笠比女《みかさひめ》の|神《かみ》に|導《みちび》かれて、ここに|現《あらは》れ|給《たま》ひしは、|艶麗《えんれい》にして|威厳《ゐげん》の|備《そな》はる|貴《うづ》の|女神《めがみ》、|現世比女《うつしよひめ》の|神《かみ》にましき。
|現世比女《うつしよひめ》の|神《かみ》は|御歌《みうた》もて|迎《むか》へ|給《たま》ふ。
『わが|待《ま》ちし|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》は|出《い》でましぬ
|恋《こひ》しき|神《かみ》は|現《あ》れましにける
|岐美《きみ》|待《ま》ちてけながくなりぬ|吾《われ》はしも
なやみなやみてかくもやせける
|神生《かみう》みの|神業《みわざ》を|待《ま》ちて|幾年《いくとせ》を
|夜《よ》な|夜《よ》な|涙《なみだ》にむせびたりしよ
いざさらば|比古遅《ひこぢ》の|神《かみ》よ|案内《あない》せむ
|岐美《きみ》の|安所《やすど》は|奥《おく》にありける
|神々《かみがみ》に|感謝《いやひ》ごと|宣《の》る|道《みち》さへも
|嬉《うれ》しさあまりて|忘《わす》れ|居《ゐ》たりし
|近見男《ちかみを》の|神《かみ》よ|許《ゆる》させ|給《たま》へかし
|嬉《うれ》しさあまりて|宣《の》りおくれける
|圓屋比古《まるやひこ》|神《かみ》のみことは|瑞御霊《みづみたま》
|安《やす》く|送《おく》らせ|給《たま》ひけるはや
いざさらば|百神《ももがみ》たちも|奥《おく》の|間《ま》の
|清所《すがど》に|入《い》りて|休《やす》ませ|給《たま》へ』
かく|謡《うた》ひ|終《を》へ、|太元顕津男《おほもとあきつを》の|神《かみ》の|御手《みて》を|引《ひ》きながら、|蜿蜒《ゑんえん》と|架《か》け|渡《わた》したる|長《なが》き|廊下《らうか》を、|踏《ふ》みしめ|踏《ふ》みしめ|奥《おく》の|一間《ひとま》に|導《みちび》き|給《たま》ひける。|現世比女《うつしよひめ》の|神《かみ》は、|顕津男《あきつを》の|神《かみ》の|御手《みて》を|静《しづ》かに|握《にぎ》らせ、やや|面《おも》ほてりながら、
『|待《ま》ちわびし|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を|三笠山《みかさやま》
|匂《にほ》へる|花《はな》のかをり|床《ゆか》しも
|岐美《きみ》|待《ま》ちて|幾年月《いくとしつき》を|経《へ》たりけるを
|今日《けふ》の|佳《よ》き|日《ひ》に|迎《むか》へけるかな
|八十神《やそかみ》を|持《も》たせ|給《たま》ひし|岐美《きみ》ならば
われは|恨《うら》まじ|今日《けふ》が|日《ひ》までも』
|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は、あまりの|感激《かんげき》に|打《う》たれて|暫《しば》し|茫然《ばうぜん》とし|給《たま》ひしが、
『はしけやし|公《きみ》の|言霊《ことたま》きくにつけ
わが|魂《たましひ》のどよめきやまずも
|道《みち》もなき|荒野ケ原《あらのがはら》を|渡《わた》り|来《き》て
|今日《けふ》いとこやの|比女《ひめ》に|逢《あ》ひぬる
|愛恋《いとこや》の|比女《ひめ》に|逢《あ》はむと|荒野原《あらのはら》
|駒《こま》に|鞭《むちう》ちわが|来《き》つるかも
|二柱《ふたはしら》|姫《ひめ》の|命《みこと》を|生《う》み|終《を》へて
|公《きみ》を|三笠《みかさ》の|山《やま》の|花《はな》|見《み》つ』
かく|互《たがひ》に|述懐歌《じゆつくわいか》をうたひつつ、|久美戸《くみど》におこして、|右《みぎ》り|左《ひだり》の|神業《みわざ》を|行《おこな》ひ|給《たま》ひ、その|夜《よ》は|安《やす》く|寝《い》ねましぬ。|近見男《ちかみを》の|神《かみ》の|一行《いつかう》は|広《ひろ》き|一間《ひとま》に|招《せう》ぜられ、|三笠比女《みかさひめ》の|神《かみ》の|厚《あつ》き|饗応《もてなし》に|旅《たび》の|疲《つか》れを|休《やす》めつつ、|感謝《かんしや》の|御歌《みうた》うたひ|給《たま》ふ。
『|天界《てんかい》の|春《はる》の|花《はな》|咲《さ》く|三笠山《みかさやま》は
|現世比女《うつしよひめ》のみけしなるらむ
すすき|原《はら》|篠《しの》の|笹原《ささはら》ふみ|分《わ》けて
|今宵《こよひ》|楽《たの》しく|花《はな》を|見《み》るかも
|百鳥《ももどり》の|声《こゑ》もすがしく|聞《きこ》ゆなり
これの|清所《すがど》は|国《くに》の|真秀良場《まほらば》
|幾年《いくとせ》を|待《ま》ち|給《たま》ひたる|現世比女《うつしよひめ》は
|三笠《みかさ》の|山《やま》の|花《はな》と|笑《ゑ》まさむ』
|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》は|謡《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|横河《よこがは》を|渡《わた》りし|心《こころ》に|比《くら》ぶれば
|天《あめ》と|地《つち》とのけぢめありける
いやはての|国《くに》にすがしき|花《はな》の|山《やま》
ありとは|夢《ゆめ》にも|思《おも》はざりける
|主《ス》の|神《かみ》の|経綸《しぐみ》になりしこの|宮《みや》は
|緑《みどり》も|深《ふか》き|常磐木《ときはぎ》|茂《しげ》れる
|金銀《きんぎん》の|真砂《まさご》の|光《ひか》る|清所《すがどこ》に
やどらせ|給《たま》ふ|月日《つきひ》のかげよ』
かく|謡《うた》ひて、その|夜《よ》は|安《やす》く|寝《い》ねましける。ここに|顕津男《あきつを》の|神《かみ》は|婚《とつ》ぎの|神業《みわざ》を|終《を》へ|給《たま》ひ、|御子《みこ》のやどらせ|給《たま》ふ|事《こと》をいたく|喜《よろこ》び|給《たま》ひて、|百神《ももがみ》たちと|共《とも》に、これの|館《やかた》に|幾何《いくばく》の|日《ひ》を|過《すご》させ|給《たま》ひ、|生《あ》れませる|御子《みこ》を、|玉手姫《たまてひめ》の|命《みこと》と|名《な》づけ|給《たま》ひて、|圓屋比古《まるやひこ》の|神《かみ》をこれの|宮居《みやゐ》の|神《かみ》の|司《つかさ》と|定《さだ》め|給《たま》ひ、|三笠比女《みかさひめ》の|神《かみ》に、|生《あ》れませし|御子《みこ》|玉手姫《たまてひめ》の|命《みこと》の|養育《やういく》を|頼《たの》み|置《お》き、|現世比女《うつしよひめ》の|神《かみ》に|名残《なごり》を|惜《を》しみつつ、|再《ふたた》び|西南《せいなん》の|国《くに》をさして、|近見男《ちかみを》の|神《かみ》その|他《た》を|伴《ともな》ひ|出《い》でまししが、その|道《みち》すがら|天之御中《あめのみなか》の|神《かみ》にあひ|給《たま》ひて、|相共《あひとも》に|神業《みわざ》の|為《た》め|進《すす》ませ|給《たま》ひぬ。
(昭和八・一〇・一八 旧八・二九 於水明閣 白石恵子謹録)
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霊界物語 第七三巻 天祥地瑞 子の巻
終り