霊界物語 第六五巻 山河草木 辰の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第六十五巻』天声社
1971(昭和46)年03月15日 第二刷発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2006年11月16日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序文《じよぶん》
|総説《そうせつ》
第一篇 |盗風賊雨《たうふうぞくう》
第一章 |感謝組《かんしやぐみ》〔一六五七〕
第二章 |古峽《こけふ》の|山《やま》〔一六五八〕
第三章 |岩侠《がんけふ》〔一六五九〕
第四章 |不聞銃《きかんじう》〔一六六〇〕
第五章 |独許貧《とくきよひん》〔一六六一〕
第六章 |噴火口《ふんくわこう》〔一六六二〕
第七章 |反鱗《はんりん》〔一六六三〕
第二篇 |地異転変《ちいてんぺん》
第八章 |異心泥信《いしんでいしん》〔一六六四〕
第九章 |劇流《げきりう》〔一六六五〕
第一〇章 |赤酒《せきしゆ》の|声《こゑ》〔一六六六〕
第一一章 |大笑裡《だいせうり》〔一六六七〕
第一二章 |天恵《てんけい》〔一六六八〕
第三篇 |虎熊惨状《とらくまさんじやう》
第一三章 |隔世談《かくせいだん》〔一六六九〕
第一四章 |山川動乱《さんせんどうらん》〔一六七〇〕
第一五章 |饅頭塚《まんぢゆうづか》〔一六七一〕
第一六章 |泥足坊《でいだるばう》〔一六七二〕
第一七章 |山颪《やまおろし》〔一六七三〕
第四篇 |神仙魔境《しんせんまきやう》
第一八章 |白骨堂《はくこつだう》〔一六七四〕
第一九章 |谿《たに》の|途《みち》〔一六七五〕
第二〇章 |熊鷹《くまたか》〔一六七六〕
第二一章 |仙聖郷《せんせいきやう》〔一六七七〕
第二二章 |均霑《きんてん》〔一六七八〕
第二三章 |義侠《ぎけふ》〔一六七九〕
第五篇 |讃歌応山《さんかおうさん》
第二四章 |危母玉《きもだま》〔一六八〇〕
第二五章 |道歌《だうか》〔一六八一〕
第二六章 |七福神《しちふくじん》〔一六八二〕
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|序文《じよぶん》
|農家《のうか》の|最《もつと》も|気遣《きづか》ふ|土用《どよう》|十日前《とをかまへ》の|天気《てんき》は、|最《もつと》も|暑気《しよき》の|激《はげ》しく、かつガンガンと|万木《ばんぼく》を|枯死《こし》せしむるごとき|勢《いきほ》ひで|照《て》りつけねば、|満足《まんぞく》な|米《こめ》は|出来《でき》ないと|謂《ゐ》ふ|時期《じき》になつて|来《き》た。しかるに|本年《ほんねん》の|気候《きこう》の|不順《ふじゆん》なることは、|数十年来《すうじふねんらい》いまだ|曽《かつ》てなきところと|老農《らうのう》がこぼしてゐた。|秋《あき》の|松茸《まつたけ》は|綾部《あやべ》の|八百屋《やほや》の|店頭《てんとう》に、|累々《るゐるゐ》として|並《なら》べられてゐる。|実《じつ》に|物騒《ぶつそう》|千万《せんばん》な|世《よ》の|中《なか》の|状態《じやうたい》である。|火山《くわざん》の|爆発《ばくはつ》、|大洪水《だいこうずゐ》、|汽車《きしや》の|転覆《てんぷく》、|飛行機《ひかうき》の|墜落《つゐらく》、|労働者《らうどうしや》の|騒《さわ》ぎ|廻《まは》り、|主義者《しゆぎしや》の|検挙《けんきよ》、|有名《いうめい》なる|学者《がくしや》の|情死沙汰《じやうしざた》、ヨ|氏《し》との|談判《だんぱん》、|支那《しな》のゴタゴタ|等《とう》、|数《かぞ》へ|来《き》たれば|一《いつ》として|地獄世界《ぢごくせかい》の|現状《げんじやう》を|暴露《ばくろ》せないものはない。アア|世《よ》の|中《なか》はかくして|遂《つひ》に|亡《ほろ》びゆく|道程《だうてい》に|向《む》かつて|進行《しんかう》しつつあるのではなからう|乎《か》。|実《じつ》に|心《こころ》もとなき|次第《しだい》である。
この|時《とき》に|際《さい》して|瑞月《ずゐげつ》は、|切歯扼腕《せつしやくわん》、|慷概悲憤《こうがいひふん》するも|何《なん》の|益《えき》なきことを|覚《さと》つた|以上《いじやう》は、|後《のち》の|人《ひと》のために、|神界《しんかい》の|御経綸《ごけいりん》の|一端《いつたん》なりと|述《の》べおかむものと、|濁流《だくりう》|汎濫《はんらん》せる|小雲川《こくもがは》の|西岸《せいがん》|祥雲閣《しやううんかく》において|久《ひさ》し|振《ぶ》りにて、|例《れい》のごとく|松村《まつむら》、|北村《きたむら》、|加藤《かとう》の|諸筆録者《しよひつろくしや》と|共《とも》に、|本巻《ほんくわん》を|口述《こうじゆつ》し|了《をは》りました。
|幸《さいは》ひに|愛読《あいどく》の|栄《えい》を|玉《たま》はらむことを|希望《きばう》いたします。
大正十二年七月十七日
|総説《そうせつ》
|芸術《げいじゆつ》と|宗教《しうけう》とは、|兄弟姉妹《けいていしまい》の|如《ごと》く、|親子《おやこ》の|如《ごと》く、|夫婦《ふうふ》の|如《ごと》きもので、|二《ふた》つながら|人心《じんしん》の|至情《しじやう》に|根底《こんてい》を|固《かた》め、|共《とも》に|霊最深《れいさいしん》の|要求《えうきう》を|充《み》たしつつ、|人《ひと》をして|神《かみ》の|温懐《をんくわい》に|立《た》ち|遷《うつ》らしむる、|人生《じんせい》の|大導師《だいだうし》である。|地獄的《ぢごくてき》|苦悶《くもん》の|生活《せいくわつ》より、|天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|生活《せいくわつ》に|旅立《たびだ》たしむる|嚮導者《けうだうしや》である。|故《ゆゑ》に|吾々《われわれ》は|左手《ゆんで》を|芸術《げいじゆつ》に|曳《ひ》かせ、|右手《めて》を|宗教《しうけう》に|委《ゆだ》ねて、|人生《じんせい》の|逆旅《げきりよ》を|楽《たの》しく|幸《さち》|多《おほ》く、|辿《たど》り|行《ゆ》かしめむと|欲《ほつ》するのである。|矛盾《むじゆん》|多《おほ》く|憂患《いうくわん》|繁《しげ》き|人生《じんせい》の|旅路《たびぢ》をして、さながら|鳥《とり》|謳《うた》ひ|花《はな》|笑《わら》ふ|楽園《らくゑん》の|観《くわん》あらしむるものは、|実《じつ》にこの|美《うる》はしき|姉妹《しまい》、|即《すなは》ち|芸術《げいじゆつ》と|宗教《しうけう》の|好伴侶《かうはんりよ》を|有《いう》するがゆゑである。もしもこの|二《ふた》つのものが|無《な》かつたならば、いかに|淋《さび》しく|味気《あぢき》なき|憂世《うきよ》なるか、|想像《さうざう》|出来《でき》がたきものであらうと|思《おも》ふ。|人生《じんせい》に|離《はな》れ|難《がた》き|趣味《しゆみ》を|抱《いだ》かしむるものは、ただこの|二《ふた》つの|姉妹《しまい》の|存在《そんざい》するが|故《ゆゑ》である。
そもそも|此《こ》の|二《ふた》つのものは、|共《とも》に|人生《じんせい》の|導師《だうし》たる|点《てん》においては、|相一致《あひいつち》してゐる。しかしながら|芸術《げいじゆつ》は|一向《ひたすら》に|美《び》の|門《もん》より、|人間《にんげん》を|天国《てんごく》に|導《みちび》かむとするもの、|宗教《しうけう》は|真《しん》と|善《ぜん》との|門《もん》より、|人間《にんげん》を|神《かみ》の|御許《みもと》に|到《いた》らしめむとする|点《てん》において、|少《すこ》しく|其《そ》の|立場《たちば》に|相異《さうい》があるのである。|形《かたち》、|色《いろ》、|声《こゑ》、|香《にほひ》などいふ|自然美《しぜんび》の|媒介《ばいかい》を|用《もち》ひて、|吾人《ごじん》をして|天国《てんごく》の|得《え》ならぬ|風光《ふうくわう》を|偲《しの》ばしむるものは|芸術《げいじゆつ》である。
|宗教《しうけう》は|即《すなは》ち|然《しか》らず、|霊性内観《れいせいないくわん》の|一種《いつしゆ》|神秘的《しんぴてき》なる|洞察力《どうさつりよく》に|由《よ》りて、|直《ただ》ちに|人《ひと》をして|神《かみ》の|生命《せいめい》に|接触《せつしよく》せしむるものである。|故《ゆゑ》に|必《かなら》ずしも|顕象界《けんしやうかい》の|事相《じさう》を|媒介《ばいかい》と|為《な》さず、いはゆる|神智《しんち》、|霊覚《れいかく》、|交感《かうかん》、|孚応《ふおう》の|一境《いつきやう》に|在《あ》つて、|目《め》|未《いま》だ|見《み》ず|耳《みみ》|未《いま》だ|聞《き》かず、|人《ひと》の|心《こころ》|未《いま》だ|想《おも》はざる、|霊界《れいかい》の|真相《しんさう》を|捕捉《ほそく》せしめむとするのは、|宗教《しうけう》|本来《ほんらい》の|面目《めんぼく》である。
|芸術《げいじゆつ》の|対象《たいしやう》は|美《び》そのものであり、|而《しか》も|美《び》は|神《かみ》の|姿《すがた》にして、その|心《こころ》では|無《な》い。その|衣《きぬ》であつて、その|身体《からだ》では|無《な》い。『|神《かみ》は|霊《れい》なれば|之《これ》を|拝《はい》するものも|亦《また》、|霊《れい》と|真《しん》とを|以《もつ》て|之《これ》を|拝《はい》すべし』と|言《い》つたキリストの|言葉《ことば》は|万古不易《ばんこふえき》の|断案《だんあん》である。|美《び》を|対象《たいしやう》とする|芸術《げいじゆつ》は、よく|人《ひと》をして|神《かみ》の|御姿《みすがた》を|打《う》ち|眺《なが》めしむる|事《こと》を|得《う》るも、|未《いま》だ|以《もつ》て|其《そ》の|心《こころ》を|知《し》り、その|霊《れい》と|交《まじ》はり、|神《かみ》と|共《とも》にあり、|神《かみ》と|共《とも》に|動《うご》き、|神《かみ》と|共《とも》に|活《い》きる、の|妙境《めうきやう》に|達《たつ》せしむることは|出来《でき》|得《え》ない。たとへば|僅《わづ》かに|神《かみ》の|裳裾《もすそ》に|触《さは》らしめることは|出来得《できう》るも、その|温《あたたか》き|胸《むね》に|抱《いだ》かれ、その|生命《せいめい》の|動悸《どうき》に|触《ふ》れしむることは、|到底《たうてい》|望《のぞ》まれない。
|芸術《げいじゆつ》の|極致《きよくち》は、|自然美《しぜんび》の|賞翫《しやうぐわん》|悦楽《えつらく》により、|現実界《げんじつかい》の|制縛《せいばく》を|脱離《だつり》して、|恍《くわう》として|吾《われ》を|忘《わす》るるの|一境《いつきやう》にあるのである。それゆゑ、その|悦楽《えつらく》はホンの|一時的《いちじてき》で、|永久的《えいきうてき》のものではないのである。|其《そ》の|悠遊《いういう》の|世界《せかい》は、|想像《さうざう》の|世界《せかい》に|止《とど》まつて、|現実《げんじつ》の|活動世界《くわつどうせかい》でなく、|一切《いつさい》の|労力《らうりよく》と|奮闘《ふんとう》とを|放《はな》れたる|夢幻界《むげんかい》の|悦楽《えつらく》に|没入《ぼつにふ》して、|陶然《たうぜん》として|酔《よ》へるが|如《ごと》きは、|即《すなは》ちこれ|審美的《しんびてき》|状態《じやうたい》の|真相《しんさう》である。
もしそれ|宗教《しうけう》の|極致《きよくち》に|至《いた》つては、はるかにこれとは|超越《てうゑつ》せるものがある。|宗教的《しうけうてき》|生活《せいくわつ》の|渇仰《かつかう》|憧憬《どうけい》して|已《や》まざるところのものは、|自然美《しぜんび》の|悦楽《えつらく》ではなく、|精神美《せいしんび》の|実現《じつげん》である。その|憧憬《どうけい》の|対象《たいしやう》は|形体美《けいたいび》ではなくて|人格美《じんかくび》である。|神《かみ》の|衷《うち》に|存《そん》する|真《しん》と|善《ぜん》とを|吾《わ》が|身《み》に|体現《たいげん》して、|永遠無窮《ゑいゑんむきう》に|神《かみ》と|共《とも》に|活《い》き、|神《かみ》と|共《とも》に|動《うご》かむと|欲《ほつ》する、|霊的《れいてき》|活動《くわつどう》の|向上《かうじやう》|発展《はつてん》は、|即《すなは》ちこれ|宗教的《しうけうてき》|生活《せいくわつ》の|真相《しんさう》であらうと|思《おも》ふ。|芸術家《げいじゆつか》が、|美《び》の|賞翫《しやうぐわん》もしくは|創造《さうざう》に|依《よ》つて、|一時《いちじ》|人生《じんせい》の|憂苦《いうく》を|忘《わす》るるが|如《ごと》き、|軽薄《けいはく》なものではない。|飽《あ》くまでも|現実世界《げんじつせかい》を|聖化《せいくわ》し、|自我《じが》の|霊能《れいのう》を|発揮《はつき》して、|清《きよ》く|気高《けだか》き|人格《じんかく》|優美《いうび》を、|吾《われ》と|吾《わ》が|身《み》に|活現《くわつげん》せなくては|止《や》まないのが|即《すなは》ち|宗教家《しうけうか》の|日夜《にちや》|不断《ふだん》の|努力《どりよく》|奮闘《ふんとう》であり、|向上《かうじやう》|精進《しやうじん》である。
|宗教家《しうけうか》の|悦楽《えつらく》は、|単《たん》に|神《かみ》の|美《うる》はしき|御姿《みすがた》を|拝《はい》する|而已《のみ》でなく、その|聖善《せいぜん》の|美《び》と|合体《がつたい》し、|契合《けいがふ》し、|融化《ゆうくわ》せむと|欲《ほつ》して|進《すす》み|行《ゆ》く|途上《とじやう》の、|向上的《かうじやうてき》|努力《どりよく》にあるのである。|死《し》せるカンバスや|冷《つめ》たき|大理石《だいりせき》を|材料《ざいれう》とせず、|活《い》ける|温《あたた》かき|自己《じこ》の|霊性《れいせい》を|材料《ざいれう》として、|神《かみ》の|御姿《みすがた》を|吾《わ》が|霊魂中《れいこんちう》に|認《みと》めむとする、|偉大《ゐだい》なる|真《しん》の|芸術家《げいじゆつか》である。ゆゑに|宗教家《しうけうか》の|悦楽《えつらく》は、|時々刻々《じじこくこく》|一歩々々《いつぽいつぽ》|神《かみ》の|栄光《えいくわう》に|近《ちか》づきつつ|進《すす》み|行《ゆ》く、|永久《えいきう》の|活動《くわつどう》そのものである。|故《ゆゑ》にその|生命《いのち》のあらむ|限《かぎ》りは、その|悦楽《えつらく》は|常住不変《じやうぢうふへん》のもので、その|慰安《ゐあん》もまた|空想《くうさう》の|世界《せかい》より|来《き》たるに|非《あら》ず。|最《もつと》も|真実《しんじつ》なる|神《かみ》の|実在《じつざい》の|世界《せかい》より|来《き》たるものである。
『|我《わ》が|与《あた》ふる|平安《へいあん》は、|世《よ》の|与《あた》ふるところの|如《ごと》きに|非《あら》ず。|爾曹《なんぢら》|心《こころ》に|憂《うれ》ふる|勿《なか》れ、また|懼《おそ》るる|勿《なか》れ』とは|正《まさ》しく|這般《しやはん》の|消息《せうそく》を|伝《つた》ふるものである。|美《び》の|理想《りさう》を|実現《じつげん》するには、まづ|美《び》の|源泉《げんせん》を|探《さぐ》らねばならぬ。その|源泉《げんせん》に|到着《たうちやく》し、|之《これ》と|共《とも》に|活《い》き、|之《これ》と|共《とも》に|動《うご》くのでなければ|実現《じつげん》するものでは|無《な》い。|而《しか》して|其《そ》の|実現《じつげん》たるや、|現代人《げんだいじん》のいはゆる|芸術《げいじゆつ》のごとく、|形体《けいたい》の|上《うへ》に|現《あら》はるる|一時的《いちじてき》の|悦楽《えつらく》に|非《あら》ず、|内面的《ないめんてき》にその|人格《じんかく》の|上《うへ》に、その|生活《せいくわつ》の|上《うへ》に|活現《くわつげん》せなくてはならないのである。|真《しん》の|芸術《げいじゆつ》なるものは|生命《せいめい》あり、|活力《くわつりよく》あり、|永遠無窮《ゑいゑんむきう》の|悦楽《えつらく》あるものでなくてはならぬ。
|瑞月《ずゐげつ》はかつて|芸術《げいじゆつ》は|宗教《しうけう》の|母《はは》なりと|謂《ゐ》つたことがある。しかし|其《そ》の|芸術《げいじゆつ》とは、|今日《こんにち》の|社会《しやくわい》に|行《おこな》はるる|如《ごと》きものを|謂《ゐ》つたのではない。|造化《ざうくわ》の|偉大《ゐだい》なる|力《ちから》に|依《よ》りて|造《つく》られたる、|天地間《てんちかん》の|森羅万象《しんらばんしやう》は、|何《いづ》れも|皆《みな》|神《かみ》の|芸術的《げいじゆつてき》|産物《さんぶつ》である。この|大芸術者《だいげいじゆつしや》、|即《すなは》ち|造物主《ざうぶつしゆ》の|内面的《ないめんてき》|真態《しんたい》に|触《ふ》れ、|神《かみ》と|共《とも》に|悦楽《えつらく》し、|神《かみ》と|共《とも》に|生《い》き、|神《かみ》と|共《とも》に|動《うご》かむとするのが、|真《しん》の|宗教《しうけう》でなければならぬ。|瑞月《ずゐげつ》が|霊界物語《れいかいものがたり》を|口述《こうじゆつ》したのも、|真《しん》の|芸術《げいじゆつ》と|宗教《しうけう》とを|一致《いつち》せしめ、|以《もつ》て|両者《りやうしや》|共《とも》に|完全《くわんぜん》なる|生命《せいめい》を|与《あた》へて、|以《もつ》て|天下《てんか》の|同胞《どうはう》をして、|真《しん》の|天国《てんごく》に|永久《とこしへ》に|楽《たの》しく|遊《あそ》ばしめんとするの|微意《びい》より|出《い》でたものである。そして|宗教《しうけう》と|芸術《げいじゆつ》とは、|双方《さうはう》|一致《いつち》すべき|運命《うんめい》の|途《と》にあることを|覚《さと》り、|本書《ほんしよ》を|出版《しゆつぱん》するに|至《いた》つたのである。
大正十二年七月十七日
第一篇 |盗風賊雨《たうふうぞくう》
第一章 |感謝組《かんしやぐみ》〔一六五七〕
|夏《なつ》の|日《ひ》の|強《つよ》い|光《ひかり》に|侵《をか》されて、|水《みづ》に|落《お》ちた|船《ふね》の|影《かげ》は、|動《うご》く|水《みづ》のうねりに|従《したが》つて、|幾重《いくへ》にも|縞《しま》になつて、|暗《くら》い|緑《みどり》に|渦捲《うづま》いて、|竿《さを》を|入《い》れるたび|輪《わ》が|画《ゑが》かれ、|岸《きし》のあたりまで、その|輪《わ》が|大《おほ》きく|大《おほ》きく|拡《ひろ》がつて|行《ゆ》く。|古《ふる》い|陶器《たうき》の|色《いろ》にでもあるやうな|雨風《あめかぜ》に|晒《さら》された|船《ふね》の|色《いろ》は、|沈《しづ》んだ|調子《てうし》に|水《みづ》に|接《せつ》して、|積荷《つみに》の|上《うへ》をかすつた、|強《つよ》い|紅《べに》がかつた|斜陽《ゆふひ》の|色《いろ》と、やや|曲《まが》つた|帆《ほ》の|半面《はんめん》を|照《て》らした|光《ひかり》とが、|暗《くら》い|水《みづ》に|映《うつ》つて、|時《とき》ならぬ|色《いろ》|模様《もやう》を|織《お》り|出《だ》してゐる。
ハルセイ|沼《ぬま》の|辺《ほと》りに、|二人《ふたり》の|男《をとこ》が|水面《すゐめん》を|見守《みまも》りながら、|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》つてゐる。
|甲《かふ》『|世《よ》の|中《なか》に|何《なに》が|一番《いちばん》|困難事《こんなんじ》だといつても、|世《よ》に|処《しよ》するの|道《みち》ほど、むつかしいものはないのだ。|日月星辰《じつげつせいしん》は|大空《おほぞら》に|懸《かか》り、|雲《くも》は|中空《ちうくう》に|彷徨《はうくわう》|往来《わうらい》してをつても、|人間《にんげん》といふ|奴《やつ》は|毎日々々《まいにちまいにち》|食《く》はず|呑《の》まずには|生《い》きてゐられない。|五穀《ごこく》は|何《なに》ほど|米屋《こめや》の|倉《くら》に|積《つ》んであつても、|黄金《わうごん》が|無《な》ければ、|一粒《ひとつぶ》の|五穀《ごこく》も|買《か》ふわけにはゆかず、|酒《さけ》が|何《なに》ほどあらうが、|黄金《わうごん》がなければ、|自由《じいう》にならない。|朝《あさ》はハルセイ|山《さん》から|吹《ふ》き|颪《おろ》す|山嵐《やまあらし》に|震《ふる》へながら、|身《み》を|縮《ちぢ》めての|野良仕事《のらしごと》も、|夜《よる》は|星《ほし》を|戴《いただ》いて|家《いへ》に|帰《かへ》つて|来《く》るのも、|皆《みな》、その|日《ひ》その|日《ひ》の|生活《せいくわつ》をなし、または|黄金《こがね》を|貯《たくは》へたいからだ。|黄金《こがね》がなければ、どうも|仕様《しやう》のない|今《いま》の|世《よ》の|中《なか》だから、|仕方《しかた》なしにトランス|様《さま》になつたのだ。|意気地《いくぢ》の|無《な》い|奴《やつ》は、|首《くび》を|吊《つ》つてブランコ|往生《わうじやう》をやりよるのだが、|俺等《おれら》は|一人前《いちにんまへ》の|男子《だんし》だ。まさかそんな|卑怯《ひけふ》なことは|出来《でき》ないからのウ。|今《いま》までバラモン|軍《ぐん》に|仕《つか》へてをつたのも、つまりは|生活《せいくわつ》の|安全《あんぜん》を|保《たも》つためだつた。もはや|今日《けふ》となつては、|鬼春別将軍《おにはるわけしやうぐん》も|彼《あ》の|状様《ざま》になつたのだから、|乾児《こぶん》の|俺《おれ》たちはトランスでもせなくては、|今日《こんにち》の|生活《せいくわつ》が|出来《でき》ない』
|乙《おつ》『|如何《いか》にも、お|前《まへ》の|説《せつ》は|至極《しごく》|尤《もつと》もだ。|俺《おれ》は|陸海軍《りくかいぐん》いづれかの|将校《しやうかう》になる、|俺《おれ》は|何々《なになに》の|官吏《くわんり》になる、|俺《おれ》は|何々《なになに》の|大事業《だいじげふ》を|企《くはだ》てるといつて、|意気衝天《いきしようてん》の|青年《せいねん》でも、その|一面《いちめん》は|国家《こくか》を|思《おも》ふとか、|国民《こくみん》を|愛《あい》するとか、|立派《りつぱ》に|言《い》つてゐるが、その|半面《はんめん》には、やはり|月給《げつきふ》を|沢山《たくさん》に|取《と》つて、|相当《さうたう》な|生活《せいくわつ》をしたい、といふ|念慮《ねんりよ》より|外《ほか》には|何《なに》ものもない。|大体《だいたい》|表面《へうめん》には、|名誉《めいよ》とか、|出世《しゆつせ》とか、|成功《せいこう》とか、|社会奉仕《しやくわいほうし》とか、|名前《なまへ》だけは|実《じつ》に|立派《りつぱ》なことを|言《い》つてゐるが、ドドの|約《つま》りはやはり|金《かね》が|儲《まう》けたいのだ。|黄金《わうごん》が|無《な》ければ|今日《こんにち》の|世《よ》の|中《なか》は、|何《なに》ほど|聖人《せいじん》でも、|学者《がくしや》でも、|田舎《いなか》の|爺《おやぢ》でも、やはり|名誉《めいよ》を|得《え》、|立身出世《りつしんしゆつせ》したとは|言《い》はれない。|金《かね》のない|奴《やつ》は|何時《いつ》でも、|彼奴《あいつ》は|相変《あひかは》らず|意気地《いくぢ》なしだ。|困《こま》つてゐやがるナアぐらゐで、|社会《しやくわい》から|追《お》つ|払《ぱら》はれてしまふのだ。|嬶《かかあ》の|褌《ふんどし》|一枚《いちまい》でも、|六一銀行《ろくいちぎんかう》へ|持《も》つて|行《ゆ》けば、|少々《せうせう》ばかり|汚《きたな》くつても|金《かね》になるが、|髯《ひげ》や|名誉《めいよ》では|借金取《しやくきんと》りを|追《お》つ|払《ぱら》ふわけには|行《ゆ》かない。いかに|俺《おれ》は|学士《がくし》だ、|勅任官《ちよくにんくわん》だ、|華族《くわぞく》だ、|俺《おれ》は|社会《しやくわい》を|取締《とりしまり》る|警官《けいくわん》だ、と|威張《ゐば》つてみたところが、|肝腎《かんじん》の|金《かね》がなければ、サア|鎌倉《かまくら》といふ|時《とき》には、グーの|音《ね》も|出《で》ない。やつぱり|米屋《こめや》へ|頭《あたま》を|下《さ》げたり、|味噌屋《みそや》へ|味噌《みそ》をすつて、お|千度《せんど》を|踏《ふ》まねばなるまい。それを|思《おも》ふと|金《かね》なるかなだ。しかし|何《なに》ほど|金《かね》が|欲《ほ》しいといつても、トランスになるだけは、|考《かんが》へねばなるまいぞ』
『なに、|現代《げんだい》の|人間《にんげん》は|優勝劣敗式《いうしようれつぱいしき》だから、トランスせない|奴《やつ》は|一人《ひとり》もありやしないよ。|金《かね》がなければ、|勅任官《ちよくにんくわん》でも|奏任官《そうにんくわん》でも、カラツキシ|駄目《だめ》だ。ましてや|判任雇傭《はんにんこよう》、ヘツポコ|官吏《くわんり》をやだ。|昼《ひる》は|廟堂《べうだう》に|国政《こくせい》を|議《ぎ》して|威張《ゐば》つてをつても、|夕《ゆふ》べに|米櫃《こめびつ》の|泣《な》く|音《おと》を|聞《き》いては、いかなる|志士《しし》でも、|豪傑《がうけつ》でも、|断腸《だんちやう》の|涙《なみだ》を|溢《こぼ》さずにはゐられまい。それゆゑ|今《いま》の|世《よ》の|中《なか》は|皆《みな》までとは|言《い》はぬが、|大小《だいせう》トランスを|行《や》らない|奴《やつ》はなからうよ。|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》、|恋愛《れんあい》、|肉楽《にくらく》などと|言《い》つてをつても、|明日《あす》の|食物《しよくもつ》に|芋《いも》の|小片《こぎれ》|一《ひと》つないと|来《き》ては、|三年《さんねん》の|恋《こひ》もなほ|覚《さ》めをはるではないか。|身《み》には|錦衣《きんい》をまとひ、|髭髯《しぜん》いかめしく|天下《てんか》を|睥睨《へいげい》し、|口角《こうかく》|泡《あわ》を|飛《と》ばして、|大言壮語《たいげんさうご》を|為《な》すも、|懐中《くわいちう》|無一物《むいちぶつ》と|来《き》ては、|乞食《こじき》の|女《をんな》だつて|相手《あひて》にしてくれない。|威張《ゐば》れば|威張《ゐば》るほど|腹《はら》が|苦《くる》しく、|錦《にしき》を|着《き》れば|着《き》るほど|胸《むね》が|苦《くる》しい。|三歳《さんさい》の|童子《どうじ》も、|金満家《きんまんか》の|児《こ》は|金《かね》の|威光《ゐくわう》で|尊《たふと》まれ、|阿弥陀様《あみださま》でさへも|金箔《きんぱく》で|価値《ねうち》が|出《で》る|世《よ》の|中《なか》だ。なにほど|華族《くわぞく》でも、|法主《ほつす》でも、|債鬼《さいき》の|前《まへ》には|頭《あたま》が|上《あが》らず、|靴屋《くつや》の|息子《むすこ》も|金《かね》さへ|有《あ》れば|結構《けつこう》な|若旦那様《わかだんなさま》と、もてはやさるる|世《よ》の|中《なか》だ。たとへ|無理《むり》しても、|金《かね》さへ|持《も》つてをれば、|悪《あく》も|善《ぜん》で|通用《つうよう》するのだから、|俺《おれ》はどうしても|初心《しよしん》を|枉《ま》げない|覚悟《かくご》だ。|青楼《おちやや》へ|登《のぼ》る|時《とき》にも、ヘイーいらつしやいと|意気《いき》な|詞《ことば》や、お|通《とほ》り|遊《あそ》ばせ、と|艶《えん》な|台詞《せりふ》で|迎《むか》へられても、イザ|勘定《かんぢやう》となつて|一文《いちもん》も|無《な》いと|来《き》ては、|如何《いか》に|嬋妍《せんけん》な|美人《びじん》でも、|忽《たちま》ち|額《ひたひ》に|皺《しわ》を|寄《よ》せ|眼《め》を|吊《つ》り|上《あ》げ、|柔和《にうわ》なお|世辞《せじ》の|良《よ》い|番頭《ばんとう》でも、|苦情《くじやう》を|述《の》べ|立《た》てずにはゐられないぢやないか。|先《さき》に|艶麗《えんれい》にして|柔和《にうわ》なりし|其《そ》の|顔《かほ》は、たちまち|鬼《おに》かヱンマと|激変《げきへん》し、|入《い》らつしやい、お|上《あが》り|遊《あそ》ばせ、の|言霊《ことたま》はたちまち|出《で》て|行《ゆ》け、|腰抜《こしぬ》け|奴《め》、の|暴言《ばうげん》となり、|命令《めいれい》となり、|果《は》ては|引《ひ》つぱられた|其《そ》の|手《て》で、すげなくも|突《つ》き|出《だ》され、|迎《むか》へられた|其《そ》の|口《くち》から、|唾液《つば》を|吐《は》きかけられる|事《こと》になるのだ』
『なるほど、そらさうじや。|金《かね》が|無《な》くては|今《いま》の|世《よ》の|中《なか》に|生活《せいくわつ》する|事《こと》も|出来《でき》ない。どうしても|衣食住《いしよくぢう》を|廃《はい》することの|出来《でき》ない|人間《にんげん》は、|食《く》はずには|生《い》きてをれない|動物《どうぶつ》たる|以上《いじやう》は、|如何《いか》に|金銭《きんせん》に|威張《ゐば》られても|仕方《しかた》がない。|是非《ぜひ》とも|善良《ぜんりやう》なる|方法《はうはふ》で、|黄金《こがね》を|蓄《たくは》へ、|米《こめ》を|買《か》ひ、|生命《いのち》を|繋《つな》ぐ|算段《さんだん》をせなくてはなるまい。
イザさらば、|花見《はなみ》にごんせハルセイ|山《さん》
も|衣食《いしよく》|足《た》り、|住居《すまゐ》あり、|生命《いのち》あつての|上《うへ》の|事《こと》だ。そこでこの|衣食《いしよく》を|満《み》たし、|住居《すまゐ》を|定《さだ》め、|生命《いのち》を|繋《つな》ぐ|算段《さんだん》するのが|肝腎《かんじん》だが、こいつが|抑《そもそも》|難《むつ》ケしいので、|栄辱《えいじよく》も|利害《りがい》も、|禍福《くわふく》も|得失《とくしつ》も、|倫常《りんじやう》も|学問《がくもん》も、|教育《けういく》も|戦争《せんそう》も、|皆《みな》この|必要《ひつえう》から|湧《わ》き|出《だ》されるのだ。この|根本的《こんぽんてき》|原理《げんり》を|離《はな》れた|道徳《だうとく》もなく、この|原理《げんり》を|去《さ》つて|社会《しやくわい》なく、|国家《こくか》もない。いはんや|政治《せいぢ》、|経済《けいざい》、|実業《じつげふ》、|教育《けういく》、|倫理《りんり》、|科学《くわがく》、|宗教《しうけう》をやだ。|宇宙間《うちうかん》の|森羅万象《しんらばんしやう》、これ|悉《ことごと》く、|吾々《われわれ》が|生活《せいくわつ》の|資料《しれう》となり、|要素《えうそ》となるもので、この|生活《せいくわつ》のなき|以上《いじやう》は、|宗教《しうけう》も、|坊主《ばうず》も、|神主《かむぬし》も|必要《ひつえう》がないのだ。|況《いは》んや、|聖人君子《せいじんくんし》も、|天地《てんち》そのものも、|既《すで》に|必要《ひつえう》がない。|太陽《たいやう》の|光線《くわうせん》、|星辰《せいしん》の|運行《うんかう》、|風雨霜雪《ふううさうせつ》、|河川港海《かせんかうかい》、|山岳《さんがく》|森林《しんりん》、|皆《みな》これ、|吾々《われわれ》が|生活《せいくわつ》のために|設《まう》けられたものではないか。この|生活《せいくわつ》をなし、|生命《いのち》をつないで|行《ゆ》くのは、|人間《にんげん》それ|自身《じしん》でなければならぬ。|人生《じんせい》といふのは、|生活上《せいくわつじやう》において、|千差万別《せんさばんべつ》の|状態《じやうたい》のあるのを、いふのだからのウ。なるべくはトランスだけは|止《や》めて|天与《てんよ》の|富源《ふげん》を|開拓《かいたく》しようぢやないか』
『|俺《おれ》たちは、|百姓《ひやくしやう》せうにも|田畑《たはた》はなし、|鋤鍬《すきくは》、その|他《た》の|附属道具《ふぞくだうぐ》もなし、|商売《しやうばい》するにも|資本《しほん》はなし、だといつて|乞食《こじき》も|出来《でき》ないから、この|世《よ》を|太《ふと》く|短《みじか》く|暮《くら》すトランスを、やむを|得《え》ず|選《えら》むことにしたのだ。|貴様《きさま》も|今《いま》となつて、そんな|弱音《よわね》を|吹《ふ》くものでないよ。それよりも|早《はや》く、|何《なん》とか|一仕事《ひとしごと》して|帰《かへ》らなければ、|親分《おやぶん》に|言訳《いひわけ》が|立《た》たぬぢやないか』
かく|話《はな》すところへ、|法螺貝《ほらがひ》の|音《おと》ブウーブウーと、|遠《とほ》く|近《ちか》く、|或《あるひ》は|高《たか》く、あるひは|低《ひく》う、|響《ひび》き|来《き》たる。
|甲《かふ》|乙《おつ》|二人《ふたり》の|名《な》は、ヤク、エールといふ。どこともなく、|権威《けんゐ》の|籠《こ》もつた|法螺《ほら》の|音《ね》にやや|怖気《おぢけ》つき、|傍《そば》の|灌木《くわんぼく》の|茂《しげ》みに|姿《すがた》を|隠《かく》した。|治道居士《ちだうこじ》はベル、バット、カークス、ベースの|改心組《かいしんぐみ》と|共《とも》にこの|場《ば》に|現《あら》はれ|来《き》たり、|二人《ふたり》が|隠《かく》れてゐる|傍《かたはら》の|芝生《しばふ》に|腰《こし》|打《う》ちかけ、|息《いき》を|休《やす》めた。そして|治道居士《ちだうこじ》は|二人《ふたり》のトランスが、この|密樹《みつじゆ》の|蔭《かげ》にかくれてゐることも、バラモン|軍《ぐん》の|兵士《へいし》であつて、|今《いま》はトランスに|成《な》り|下《さが》つてゐることも、|霊感《れいかん》によつて|直覚《ちよくかく》してゐた。|治道居士《ちだうこじ》はワザと|大《おほ》きな|声《こゑ》で|二人《ふたり》に|聞《き》こえよがしに、
『オイ、ベル、バット、|外《ほか》|両人《りやうにん》、どうだ|昨日《きのふ》までトランスをやつてをつた|時《とき》の|心《こころ》と、|只今《ただいま》の|心《こころ》と|何方《どちら》が|安心《あんしん》に|思《おも》ふか』
ベル『ハイ、お|尋《たづ》ねまでもなく、|朝《あさ》から|晩《ばん》まで、|戦々恟々《せんせんきようきよう》として、|人《ひと》の|声《こゑ》を|聞《き》いてもビクビクし、|法螺《ほら》の|音《ね》を|聞《き》いても、|慄《ふる》ひ|上《あが》つてをりましたが、かう|何《なに》はなくとも|真心《まごころ》に|立《た》ち|返《かへ》り、あなたのお|伴《とも》をさして|頂《いただ》き、|神《かみ》さまの|愛《あい》を|悟《さと》つた|上《うへ》は、|今《いま》まで|天地《てんち》|暗澹《あんたん》として|塞《ふさ》がつてゐた|世界《せかい》が、|無限大《むげんだい》に|拡張《くわくちやう》し、|心《こころ》の|中《なか》に|天国《てんごく》|浄土《じやうど》が|建設《けんせつ》され、こんな|楽《たの》しい|嬉《うれ》しい|事《こと》は、バラモンの|軍人《ぐんじん》|時代《じだい》にも|会《あ》うた|事《こと》がございませぬワ』
|治道《ちだう》『さうだらう。|俺《おれ》だつてバラモン|軍《ぐん》の|中将《ちうじやう》とまでなり、|三軍《さんぐん》を|指揮《しき》して|権威《けんゐ》を|誇《ほこ》り、|何《なに》|不自由《ふじゆう》なく|暮《く》らしてをつた|時《とき》よりも、かう|比丘《びく》と|成《な》り|下《さが》り、|一蓑一笠《いつさいちりふ》で|神《かみ》のため|世《よ》のために、|広《ひろ》い|天地《てんち》を|跋渉《ばつせう》するくらゐ|愉快《ゆくわい》な|事《こと》はないよ。この|広《ひろ》い|結構《けつこう》なこの|世《よ》の|中《なか》を、|狭《せま》く|暗《くら》く、|恐《おそ》れ|戦《をのの》いてくらすのも、|喜《よろこ》んで|勇《いさ》んでくらすのも、|皆《みな》|心《こころ》の|持様《もちやう》|一《ひと》つだ。お|前《まへ》もヨモヤ|元《もと》のトランスに、|逆転《ぎやくてん》するやうなことはあるまいなア』
『ハイ、どうしてどうして、そんな|馬鹿《ばか》なことが|出来《でき》ませうか。これだけの|愉快《ゆくわい》を|味《あぢ》はうた|上《うへ》は、アタ|窮屈《きうくつ》な|恐《おそ》ろしい、トランスなんかになれますか。|世《よ》の|中《なか》にトランスをやる|人間《にんげん》ほど、|馬鹿《ばか》の|骨頂《こつちやう》はございませぬワ。|此《こ》の|世《よ》の|中《なか》が|狭《せま》くて、|大《おほ》きな|声《こゑ》で|咳《せき》|一《ひと》つ|出来《でき》ぬやうな|気《き》が|致《いた》しますからな。なにほど|金《かね》の|世《よ》の|中《なか》だといつても、|自分《じぶん》の|魂《たましひ》には|替《か》へられませぬ。|折角《せつかく》|結構《けつこう》な|神《かみ》の|分霊《ぶんれい》を|頂《いただ》いて、|悪《あく》に|曇《くも》らしてしまへば、|久遠《くをん》の|霊界《れいかい》において|其《そ》の|報《むく》いを|受《う》け、|無限《むげん》の|苦《くる》しみを|受《う》けねばなりませぬからな』
『そらさうだ。|僅《わづ》かの|此《こ》の|世《よ》の|中《なか》で、|悪事《あくじ》をして、|未来永劫《みらいえいごふ》の|災《わざは》ひの|種《たね》をまくぐらゐ|馬鹿《ばか》な|者《もの》はあるまいよ。|私《わたし》だとて、|別《べつ》にゼネラルを|棒《ぼう》にふりたい|事《こと》はないが、|未来《みらい》の|程《ほど》が|恐《おそ》ろしいから、みすぼらしいこんな|比丘《びく》になつたのだ。バット、カークス、ベース、お|前《まへ》もベルと|同感《どうかん》だらうなア』
|三人《さんにん》|一度《いちど》に|幽《かす》かな|声《こゑ》で「ハイ」と|言《い》つたきり、|落涙《らくるい》してゐる。
|治道《ちだう》『お|前《まへ》たち|三人《さんにん》は|泣《な》いてゐるぢやないか。|今《いま》の|境遇《きやうぐう》が|苦《くる》しいのか……イヤ|辛《つら》いのか。|但《ただ》しは|私《わし》のいふことが|気《き》に|容《い》らぬのか』
ベル『オイ、バット、なアんだ。ほえ|面《づら》かわいて……あまりバットせぬぢやないか。オイ、カークス、|御主人《ごしゆじん》さまの|前《まへ》だ。|何《なに》もカークスには|及《およ》ばぬ。|遠慮《ゑんりよ》は|要《い》らぬから、|自分《じぶん》の|思《おも》つてる|事《こと》を、ハキハキと|申《まを》し|上《あ》げるがよからう。……これベース、|汝《きさま》もうつむいてベースをかいてるよりも、チツと、バットしたら|何《ど》うだい』
|三人《さんにん》|一度《いちど》に|涙声《なみだごゑ》になつて、
|三人《さんにん》『イヤ、モウ|感謝《かんしや》に|堪《た》へませぬ。|嬉《うれ》し|涙《なみだ》をこぼしてゐるのでございます』
ベル『ヨーシ、それなら|分《わか》つてゐる。サアこれから、|治道居士様《ちだうこじさま》、またテクシーに|乗《の》つて|進《すす》む|事《こと》にいたしませうか』
|後《うし》ろの|灌木《くわんぼく》の|茂《しげ》みから、「ワーツ」と|男《をとこ》の|泣声《なきごゑ》が|堤防《ていばう》のくぢけたやうな|勢《いきほ》ひで|聞《き》こえて|来《き》た。
ベルは|後《あと》|振《ふ》り|返《かへ》り、
『ヤア|何《なん》だ。ここにもまたベソをかいてゐる|感謝組《かんしやぐみ》が|隠《かく》れてゐると|見《み》えるな……。オイ|何者《なにもの》か|知《し》らぬが、そんな|所《ところ》で|何《なに》を|吠《ほ》えるのだ。こんな|結構《けつこう》な|天国《てんごく》に|生《うま》れながら、|泣《な》く|奴《やつ》があるかい。|汝《きさま》も|大方《おほかた》|神《かみ》さまの|恵《めぐみ》に|放《はな》れた|馬鹿者《ばかもの》だらう。|遠慮《ゑんりよ》は|要《い》らぬ。ベル|宣伝使《せんでんし》が|一《ひと》つ|引導《いんだう》を|渡《わた》してやらう。サア|早《はや》う、|出《で》たり|出《で》たり』
この|声《こゑ》にヤク、エールの|両人《りやうにん》は、ころげるやうにして|治道居士《ちだうこじ》の|足許《あしもと》へ|現《あら》はれた。
ベル『ヤア、|汝《きさま》はヤクにエールぢやないか。こんな|所《ところ》で|何《なに》が|悲《かな》しいか|知《し》らぬが、|吠面《ほえづら》かわいたつて、|何《なん》のヤクにたつかい。ヤクザ|者《もの》|奴《め》、|汝《きさま》も|元《もと》は|軍人《ぐんじん》ぢやないか。ウン|汝《きさま》はエールだな。|元《もと》は|剣《けん》を|帯《お》びた|軍人《ぐんじん》ぢやないか。|何《なに》をメソメソとほエールのだい』
ヤク『ア、お|前《まへ》はベルか。|俺《おれ》は|実《じつ》のことを|白状《はくじやう》すれば、バラモン|軍《ぐん》の|解散《かいさん》よりゼネラルさまから|頂《いただ》いた|涙金《なみだきん》は|酒色《しゆしよく》のために|使《つか》ひ|果《は》たし、よるべ|渚《なぎさ》の|捨小舟《すてをぶね》、とりつく|島《しま》もないので、そこら|中《ぢう》をぶらつきトランスを|両人《りやうにん》がやつてゐたところ、|思《おも》ふやうに、|良心《りやうしん》が|咎《とが》めて|仕事《しごと》も|出来《でき》ず、|困《こま》つてゐるところへ、セール|大尉《たいゐ》がハール|少尉《せうゐ》と|共《とも》に、|虎熊山《とらくまやま》に|岩窟《がんくつ》をかまへ、|山賊《さんぞく》をやつてると|聞《き》いたので、そこへ|尋《たづ》ねて|行《い》つて、|子分《こぶん》にして|頂《いただ》き、|親分《おやぶん》の|命令《めいれい》で、|今《いま》|何《なに》かよい|仕事《しごと》はなからうかと、この|沼《ぬま》のふちで|網《あみ》をはつてゐたところだが、|治道居士様《ちだうこじさま》とお|前《まへ》との|話《はなし》を|木蔭《こかげ》で|聞《き》いて、|自分《じぶん》の|身《み》が|恐《おそ》ろしくなり、|何《なん》だか|今《いま》までの|心《こころ》が|恥《は》づかしくて、|思《おも》はず|知《し》らず|泣《な》いたのだ。どうぞ|私《わし》もこの|比丘様《びくさま》に|助《たす》けてもらうてくれ。|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》ではないか』
ベル『オウさうだ。|改心《かいしん》さへすればキツと|許《ゆる》して|下《くだ》さるよ。|俺《おれ》だつて|二三日前《にさんにちまへ》までは、|汝《きさま》のやうに|親分《おやぶん》はないけれど、|独立《どくりつ》でトランス|団《だん》を|組織《そしき》し、ずゐぶん|悪逆無道《あくぎやくむだう》をやつて|来《き》たが、|結局《けつきよく》|自分《じぶん》が|食《く》ふだけが|難《むつ》ケしいのだ。トランスしてをつては、|何時《いつ》までたつても|妻子《つまこ》を|養《やしな》ふといふやうな|事《こと》は|出来《でき》ない。このくらゐ|約《つま》らぬ|仕事《しごと》はないから、|俺《おれ》もフツツリとトランスは|断念《だんねん》したのだ。|元《もと》はお|前《まへ》の|御主人様《ごしゆじんさま》だから、キツと|許《ゆる》して|下《くだ》さるだらうよ』
|治道《ちだう》『お|前《まへ》はヤク、エールだなア。こらへてくれ。お|前《まへ》を|堕落《だらく》させたのはみな|俺《おれ》が|悪《わる》いのだ。|俺《おれ》はお|前《まへ》たちを|堕落《だらく》さした|其《そ》の|罪亡《つみほろ》ぼしに、|一蓑一笠《いつさいちりふ》の|比丘《びく》となつて、|艱難辛苦《かんなんしんく》をなめ、|罪《つみ》の|贖《あがな》ひに|歩《ある》いてゐるのだ。|許《ゆる》しも|許《ゆる》さぬもない、|改心《かいしん》さへしてくれたら、こんな|嬉《うれ》しいことはない。サアこれから|俺《おれ》と|一所《いつしよ》に、|聖地《せいち》エルサレムへ|参《まゐ》り、|魂《たま》を|研《みが》いて、|立派《りつぱ》な|神《かみ》さまの|御子《みこ》となり、|世《よ》のため|道《みち》のために|尽《つく》さうぢやないか』
ヤク『ハイ、|有難《ありがた》うございます。|何分《なにぶん》よろしうお|願《ねが》ひいたします』
エール『ゼネラル|様《さま》、よろしくお|願《ねが》ひいたします。キツと|改心《かいしん》を|致《いた》しますから……』
|治道《ちだう》『セール|大尉《たいゐ》が|堕落《だらく》して、|虎熊山《とらくまやま》とやらに、|山賊《さんぞく》の|張本《ちやうほん》となつてゐるのか。これを|聞《き》いた|上《うへ》は|見遁《みのが》しは|出来《でき》まい。これも|俺《おれ》の|罪《つみ》だ、|何《なん》とかして|改心《かいしん》させねばなるまい。サア、ヤク、エール|俺《おれ》を|案内《あんない》してくれ』
|両人《りやうにん》は「ハイ|承知《しようち》いたしました」と|涙《なみだ》を|拭《ぬぐ》ひながら、|先頭《せんとう》に|立《た》つて、|虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《がんくつ》へ、|治道居士《ちだうこじ》の|一行《いつかう》を|導《みちび》き|行《ゆ》くこととなつた。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 松村真澄録)
第二章 |古峽《こけふ》の|山《やま》〔一六五八〕
|今《いま》|雲《くも》を|出《い》でた|虎熊山《とらくまやま》の|頂《いただき》は、|夏《なつ》ながら|雪《ゆき》に|覆《おほ》はれて、その|上《うへ》に|立《た》つ|噴火《ふんくわ》の|煙《けぶり》は、|青味《あをみ》を|帯《お》びた|黄土色《わうどしよく》をして、|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|靡《なび》いてゐる。
|道《みち》はトロトロ|上《のぼ》りになつて、|萱野《かやの》の|音《おと》|淋《さび》しく、|昔《むかし》のバラモンの|関所跡《せきしよあと》の|門柱《もんばしら》が、|二本《にほん》|倒《たふ》れかかつて|悲《かな》しげに|仰天《ぎやうてん》してゐる。あたりの|森林《しんりん》の|景色《けしき》は|木《き》の|色《いろ》や|草《くさ》の|色《いろ》、|山々《やまやま》の|色《いろ》までが、すべて|深山的《しんざんてき》|趣《おもむ》きを|持《も》つてゐる。|左右《さいう》の|密林《みつりん》を|脱《ぬ》けると、|雨《あめ》にやつるる|音《おと》と|風《かぜ》に|並《な》みふす|音《おと》ばかりで、|人《ひと》の|丈《たけ》よりも|高《たか》い|萱草《かやくさ》の|中《なか》の|右《みぎ》も|左《ひだり》も|雲《くも》ばかり、|足《あし》に|任《まか》して|登《のぼ》りつつ|細谷川《ほそたにがは》を|渡《わた》つて|行《ゆ》く|七人《しちにん》は、|言《い》はずと|知《し》れた|治道居士《ちだうこじ》の|一行《いつかう》である。|治道居士《ちだうこじ》は|例《れい》の|法螺貝《ほらがひ》を|吹《ふ》きながら|山野《さんや》の|邪気《じやき》を|清《きよ》めつつ、|密林《みつりん》の|中《なか》の|山径《さんけい》を|登《のぼ》り|行《ゆ》く。|行《ゆ》く|手《て》に|当《あた》つて|二人《ふたり》のトランスが|又《また》もや|路傍《ろばう》の|石《いし》に|腰《こし》|打《う》ち|掛《か》け、|何《なに》か|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》つてゐる。
|甲《かふ》『オイ、タール、つまらぬぢやないか。バラモン|軍《ぐん》に|従《したが》つて、|斎苑《いそ》の|館《やかた》の|征服《せいふく》に|行《ゆ》く|途中《とちう》、|鬼春別将軍《おにはるわけしやうぐん》が|俄《には》かに|心機一転《しんきいつてん》し、|軍隊《ぐんたい》を|解散《かいさん》さしたものだから、|俺《おれ》たちも|生《うま》れてから、やつた|事《こと》もないトランスとなり|下《さが》り、|住《す》みなれし|故郷《こきやう》に|帰《かへ》るわけにもゆかず、セールの|親分《おやぶん》に|従《したが》つて、あてどもない|鳥《とり》を|探《さが》して|日々《にちにち》|過《す》ごすのは|本当《ほんたう》に|気《き》が|利《き》かぬぢやないか。|俺《おれ》アもう、いい|加減《かげん》に|機会《きくわい》を|考《かんが》へて|故国《ここく》へ|帰《かへ》り、|何《なん》とかして|生計《せいけい》を|立《た》て、|理想《りさう》の|生活《せいくわつ》を、|自分《じぶん》の|故郷《こきやう》において|営《いとな》んでみたいと|思《おも》ふが、お|前《まへ》はどう|思《おも》ふか』
タール『|馬鹿《ばか》な|事《こと》をいふな。どこで|死《し》なうと、かまはぬぢやないか。|凡《すべ》てこの|天地《てんち》は|吾々《われわれ》の|故郷《こきやう》だ。|貴様《きさま》のやうに|故郷《こきやう》といつたら、|自分《じぶん》の|生《うま》れた|土地《とち》ばかりだと|思《おも》つてゐるのは、まだ|真《しん》の|故郷《こきやう》を|知《し》らぬものだ。|自分《じぶん》の|生《うま》れた|故郷《こきやう》はただ|此《こ》の|世《よ》の|旅《たび》の|一夜《いちや》の|宿《やど》りのやうなものだ。それだから|海《うみ》で|死《し》ぬるもよし、|山野《やまの》において|死《し》ぬるのもよし、|河《かは》で|死《し》ぬるも|都《みやこ》で|死《し》ぬるも、|田舎《いなか》で|死《し》ぬるも、また|旅《たび》に|出《で》て|並木《なみき》の|肥料《こえ》になるのもいいぢやないか。|天《てん》に|日月星辰《じつげつせいしん》を|宿《やど》し、|地《ち》に|万物《ばんぶつ》を|載《の》するところ、|行《ゆ》くとして|己《おの》が|故郷《こきやう》に|非《あら》ざるはなしだ。それだから|此《こ》の|天《てん》と|地《ち》との|間《あひだ》は、どんな|処《ところ》において|暮《くら》すも、|睡《ねむ》るも、|死《し》ぬるも|差支《さしつか》へはない。|人間《にんげん》がかく|悟《さと》つた|以上《いじやう》は、|別《べつ》に|生《うま》れた|所《ところ》が|恋《こひ》しいの、|命《いのち》が|惜《を》しいのといふ|道理《だうり》がないぢやないか。|何国《なにくに》|何郡《なにごほり》|何村《なにむら》の|何某《なにがし》の|先祖《せんぞ》も、|元々《もともと》その|土地《とち》から|水《みづ》のやうに|湧《わ》き|出《い》で、|菌《きのこ》や|筍《たけのこ》のやうに|土《つち》の|中《なか》から、もぐり|出《で》たものぢやあるまい。やはり|外《そと》から|移住《いぢう》して|来《き》て、その|土地《とち》を|開《ひら》いたのぢやないか。|俺《おれ》|達《たち》の|先祖《せんぞ》にして|已《すで》に|然《しか》りとすれば、その|子孫《しそん》たるものは|何《なん》ぞ|奮《ふる》つて|祖先《そせん》の|行動《かうどう》を|採《と》らざるやだ。|見《み》ず|知《し》らずの|新《あたら》しき|国《くに》に|至《いた》り、|新《あたら》しき|土地《とち》を|墾《ひら》いて|新《あたら》しい|村《むら》を|作《つく》るも、トランス|団《だん》を|組織《そしき》するも|皆《みな》|人間《にんげん》の|自由《じいう》ぢやないか。|人間《にんげん》たるもの、ここに|至《いた》つて|初《はじ》めて、その|面目《めんぼく》を|発揮《はつき》せりと|言《い》ふべしだ。|一竿飄然《いつかんへうぜん》として|狐舟《こしう》に|棹《さを》さす、また|甚《はなは》だ|快《くわい》ならずやだ。しかるを|何万何千噸《なんまんなんぜんとん》の|汽船《きせん》に|乗《の》つて|一度《ひとたび》その|土地《とち》を|離《はな》れむとする|時《とき》、|数千百《すうせんひやく》の|蚯蚓《みみづ》のやうな|小胆者《せうたんもの》は、|別《わか》れを|惜《を》しんで|涙《なみだ》を|振《ふる》つてゐるが、|実《じつ》に|吾人《ごじん》のこれは|恥辱《ちじよく》ではあるまいか。|同《おな》じ|月《つき》の|国《くに》のこの|土地《とち》において|活動《くわつどう》しながら、|故郷《こきやう》を|恋《こひ》しがるとは、|甚《はなは》だもつて|醜《しう》の|醜《しう》たるものではないか。この|地《ち》を|去《さ》つて|彼《か》の|地《ち》に|至《いた》り、|隣《となり》を|去《さ》つて|隣《となり》に|至《いた》る。|何《なん》ぞ|離別《りべつ》を|惜《を》しみ、|心身《しんしん》を|痛《いた》むるの|愚《おろか》を|要《えう》せむやだ。|貴様《きさま》のごとき|鈍根愚痴《どんこんぐち》、|醜態《しうたい》もここに|至《いた》つて、|真《しん》に|極《きは》まれりといふべしだ。あまり|腹《はら》の|中《なか》が|見《み》え|透《す》いて、|俺《おれ》ヤ|可笑《をか》しうなつて|来《き》たわい。ちつと|確《しつか》りせないか、そんなことでトランス|商売《しやうばい》が|勤《つと》まらうかい。|一波《いつぱ》|来《き》たりて|一波《いつぱ》|去《さ》り、|万波《ばんぱ》|来《き》たつて|万波《ばんぱ》|去《さ》る、これ|海洋万里《かいやうばんり》の|状態《じやうたい》だ。|激浪《げきらう》も|怒濤《どたう》ももうこれ|通常事《つうじやうじ》だ。|徒《いたづら》に|真《しん》の|故郷《こきやう》を|解《かい》せない|貴様《きさま》のごときは、|無暗《むやみ》に|故郷《こきやう》に|遠《とほ》ざかるのを|恐《おそ》れ、|顔色《かほいろ》まで|蒼白色《さうはくしよく》に|変《へん》じ、|胸《むね》を|焦《こ》がす|小魂小胆者《せうこんせうたんもの》だ。しまひには|病気《びやうき》を|起《おこ》して|縮《ちぢ》み|上《あ》がり、|身動《みうご》きも|出来《でき》ぬ、|憐《あはれ》むべき|代物《しろもの》だよ。|千里《せんり》の|山野《さんや》を|渉《わた》つて|腸《はらわた》を|絞《しぼ》り、|一村落《いちそんらく》の|花園《はなぞの》に|快哉《くわいさい》を|叫《さけ》ぶ|腰抜《こしぬ》け|者《もの》のごときは、|到底《たうてい》|人生《じんせい》を|語《かた》るに|足《た》らぬものだ。|小《ちひ》さき|寒村《かんそん》に、|営々《えいえい》として|田畑《たはた》を|耕《たがや》し、|田《た》の|草取《くさと》りに|日《ひ》を|暮《くら》す|人間《にんげん》、よろしく|寒山氷地《かんざんひようち》、|広袤漠々《くわうばうばくばく》の|野《の》に|家《いへ》を|築《きづ》いて|以《もつ》て|一大帝国《いちだいていこく》をなして、|天地《てんち》|経綸《けいりん》の|司宰者《しさいしや》たる|本分《ほんぶん》を|尽《つく》すが、|男子《だんし》たるものの|勤《つと》むべきところだ。この|天地《てんち》は|真《しん》に|吾々《われわれ》の|故郷《こきやう》だ。|一夜《いちや》の|宿《やど》に|等《ひと》しき|産土《うぶすな》の|地《ち》を|出《い》でては、|再《ふたた》び|古巣《ふるす》に|帰《かへ》り、|家《いへ》を|求《もと》むるごとき|卑屈《ひくつ》のことは|為《す》るものではない。これが|今日《こんにち》の|人間《にんげん》の|世《よ》に|処《しよ》すべき|要訣《えうけつ》だ』
エム『お|前《まへ》の|弁舌《べんぜつ》も|一応《いちおう》|尤《もつと》もだが、しかしながら|産土《うぶすな》の|土地《とち》を|恋《こひ》しがらないものが、どこにあらうか。|生《うま》れ|故郷《こきやう》を|忘《わす》れるやうな|奴《やつ》は|遂《つひ》には|国《くに》を|忘《わす》れ、|仁義《じんぎ》|道徳《だうとく》を|忘却《ばうきやく》し、|妻子《さいし》に|対《たい》して|不仁《ふじん》となり、|祖先《そせん》に|対《たい》して|不孝《ふかう》の|罪《つみ》を|重《かさ》ぬるものだ。|望郷《ばうきやう》の|念《ねん》に|駆《か》られざるものは、もはや|人間《にんげん》の|霊性《れいせい》を|忘却《ばうきやく》した|人面獣心《じんめんじうしん》ぢやないか』
『アハハハハ、|人《ひと》の|財物《ざいぶつ》を|掠《かす》めるトランスとなりながら、|仁義《じんぎ》|道徳《だうとく》も、|孝《かう》、|不孝《ふかう》もあつたものかい。この|社会《しやくわい》へ|這入《はい》つた|以上《いじやう》は|善悪《ぜんあく》、|倫常《りんじやう》、|孝悌《かうてい》などに|超越《てうゑつ》せなくちや|到底《たうてい》|発達《はつたつ》は|遂《と》げられないぞ。|俺《おれ》だつて|生《うま》れつきの|悪人《あくにん》ぢやないから、|善悪正邪《ぜんあくせいじや》の|区別《くべつ》くらゐ|知《し》つてゐる。しかしながら|俗《ぞく》にいふ|通《とほ》り、|勝《か》てば|官軍《くわんぐん》|敗《ま》くれば|賊《ぞく》だ。|俺《おれ》だつてトランス|様《さま》で|一生《いつしやう》を|終《をは》らうとは|思《おも》はない。|何《なん》とかいい|機会《きくわい》があれば|世間《せけん》のいはゆる|善《ぜん》に|立《た》ち|帰《かへ》り、|虚礼虚偽《きよれいきよぎ》の|生活《せいくわつ》を|送《おく》つて|世間《せけん》に|謡《うた》はれたいのは|山々《やまやま》だ。その|材料《ざいれう》を|集《あつ》むるために|好《す》きでもないトランスをしてるのだ……。まだ|吾々《われわれ》は|仁義《じんぎ》|道徳《だうとく》を|称《とな》へるだけの|余地《よち》が|無《な》い。そこまで|物質的《ぶつしつてき》の|準備《じゆんび》もなく、|世間《せけん》を|詐《いつは》る|偽善《ぎぜん》の|権化《ごんげ》となつて|威張《ゐば》るところへはゆかないのだ。|今《いま》の|間《あひだ》は|何《なに》よりも|商売《しやうばい》の|発達《はつたつ》を|考《かんが》へるのが|安全《あんぜん》|第一《だいいち》だ。|金《かね》さへあれば|愚者《ぐしや》も|賢者《けんしや》となり、|無学者《むがくしや》も|学者《がくしや》となり、|悪人《あくにん》も|善人《ぜんにん》となり、|蝿虫野郎《はへむしやらう》も|有力者《いうりよくしや》といはれるのだからな。|貴様《きさま》も|一《ひと》つ|改心《かいしん》して、トランス|学《がく》の|研究《けんきう》に|一意専心《いちいせんしん》|没頭《ぼつとう》するのだな』
『トランス|学《がく》の|研究《けんきう》も|随分《ずゐぶん》|苦《くる》しいものだな。|南無《なむ》バラモン|大自在天《だいじざいてん》、|守《まも》り|給《たま》へ|幸《さき》はへ|給《たま》へ。
|霜《しも》おく|野辺《のべ》の|夜《よ》はふけて
|身《み》を|裂《き》るばかりの|寒風《かんぷう》に
|御空《みそら》の|月《つき》は|清《きよ》く|震《ふる》ふ
|喧々轟々《けんけんぐわうぐわう》の|声《こゑ》
|彼方此方《かなたこなた》より|響《ひび》き|来《き》たる
|世《よ》は|何《なん》となく|物騒《ものさわ》がし
|秋《あき》の|紅葉《もみぢ》の|凩《こがらし》に
もろくも|散《ち》りて
|囀《さへづ》る|鳥《とり》の|声《こゑ》ひそむ
アア|荒《あ》れ|果《は》てし|山野《さんや》の|景色《けしき》
|小夜《さよ》ふけて|峰《みね》の|松風《まつかぜ》
|庵《いほり》を|叩《たた》く
|夕日《ゆふひ》の|影《かげ》は|暗《くら》くして
バラモン|男子《だんし》の|意気《いき》|消沈《せうちん》す
|守《まも》らせ|給《たま》へ|自在天《じざいてん》
|大国彦《おほくにひこ》の|大御神《おほみかみ》
アア|苦《くる》しいせつろしい
こんな|浮世《うきよ》に|何《なん》として
|私《わたし》は|生《うま》れて|来《き》ただらう』
『こりやエム、|何《なん》といふ|卑劣《ひれつ》の|歌《うた》を|謳《うた》ふのだ。|夏《なつ》の|真盛《まつさか》りに|冬《ふゆ》だの|凩《こがらし》だのと、そんな|淋《さび》しいことをいふない。バラモン|兵士《へいし》でありながら、|意気《いき》が|萎《しぼ》むの|何《なん》のつて、|泣声《なきごゑ》を|並《なら》べやがつて、アア|俺《おれ》も|何《なん》だか|浮世《うきよ》が|嫌《いや》になつて|来《き》たわい。|水《みづ》は|方円《はうゑん》の|器《うつは》に|随《したが》ひ、|人《ひと》は|善悪《ぜんあく》の|友《とも》によるといふからな。お|前《まへ》のやうな|悪《あく》の|破産者《はさんしや》と|一緒《いつしよ》に|働《はたら》いてゐると、どうやら|俺《おれ》も|世《よ》の|中《なか》の|無常《むじやう》を|感《かん》じて、|社会《しやくわい》のいはゆる|善《ぜん》の|道《みち》へ|堕落《だらく》しさうだ。ヤア|法螺貝《ほらがひ》の|声《こゑ》が|聞《き》こえて|来《き》たぞ。オイこいつアどこともなしに|権威《けんゐ》のある|声《こゑ》ぢやないか。サアここで|一《ひと》つ|確《しつか》り、トランスの|秘術《ひじゆつ》を|尽《つく》し、うまく、あれを|岩窟《いはや》に|引《ひ》き|込《こ》まねばなるまいぞ。サアここで|善《ぜん》だとか|正義《せいぎ》だとかいふ|名詞《めいし》は|抹殺《まつさつ》するのだ』
とにはかに|空元気《からげんき》を|出《だ》してゐる。
|治道居士《ちだうこじ》を|先頭《せんとう》に、|六人《ろくにん》の|改心組《かいしんぐみ》は|密林《みつりん》の|小径《せうけい》を|辿《たど》つて|漸《やうや》く|両人《りやうにん》の|前《まへ》に|現《あら》はれた。
タール『オイ、ヤク、エールそのお|方《かた》は|何処《どこ》へおいでになるのだ』
ヤク『この|方《かた》は|勿体《もつたい》なくも|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》だ。|俺《おれ》たちやお|前《まへ》たちがトランスに|堕落《だらく》してゐるのを|改心《かいしん》さしてやらうといつて、|今《いま》、|結構《けつこう》なお|説教《せつけう》を|聞《き》かして|下《くだ》さつたのだ。そしてセールの|親分《おやぶん》に|誠《まこと》の|教《をしへ》を|聞《き》かせて|改心《かいしん》をさせてやらねばならぬといつて、|俺《おれ》たちに|案内《あんない》を|命《めい》じ|遊《あそ》ばしたのだから、|貴様《きさま》もいい|加減《かげん》に|改心《かいしん》したがよからう。トランスなんて|詮《つま》らぬからな』
タールは|心《こころ》の|中《うち》にて、
『いや、いい|鳥《とり》が|引《ひ》つかかつた。|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》は|今《いま》アアして|比丘《びく》になつてゐるものの、|元《もと》が|元《もと》だから、|一万両《いちまんりやう》や|二万両《にまんりやう》の|金《かね》は|持《も》つてるに|違《ちが》ひない。|一《ひと》つ|改心《かいしん》したと|見《み》せかけ、うまく|岩窟《いはや》に|引《ひ》つ|張《ぱ》り|行《ゆ》かう……エール、ヤクの|奴《やつ》、なかなか|偉《えら》いわい。|岩窟《いはや》の|中《なか》に|引《ひ》つ|込《こ》み、|否応《いやおう》|言《い》はさず、ボツタくる|所存《しよぞん》だな。|俺《おれ》も|一《ひと》つ|帰順《きじゆん》と|見《み》せかけ、|一《ひと》つ|岩窟《いはや》へ|案内《あんない》してやらう』
と|故意《わざ》と|空涙《そらなみだ》を|流《なが》し、
『これはこれは|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》でございましたか、お|久《ひさ》しうございます。|私《わたし》も、こんなトランスはしたくありませぬが、|貴方《あなた》から|頂《いただ》いたお|手当金《てあてきん》は、|心《こころ》の|悪魔《あくま》にみな|使《つか》はれてしまひ、|今《いま》は|止《や》むを|得《え》ずセールの|世話《せわ》になり、|虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《いはや》にトランスの|乾児《こぶん》となつてをります。しかし|貴方様《あなたさま》が、そんな|姿《すがた》とお|成《な》り|遊《あそ》ばし、|世界《せかい》をお|歩《ある》き|遊《あそ》ばすのを|見《み》て、|懺悔《ざんげ》の|心《こころ》が|湧《わ》きました。|只今《ただいま》|限《かぎ》り|私《わたし》も|改心《かいしん》いたしますから、どうぞ|岩窟《いはや》にお|越《こ》し|下《くだ》さいまして、セールの|大親分《おほおやぶん》を|説《と》き|伏《ふ》せ、|善道《ぜんだう》へ|復《かへ》るやうお|取計《とりはか》らひ|下《くだ》さいませ』
エム『|将軍様《しやうぐんさま》、|何分《なにぶん》よろしくお|願《ねが》ひいたします』
とエムは|本当《ほんたう》に|涙《なみだ》を|流《なが》してゐる。|治道居士《ちだうこじ》はタールの|心《こころ》の|中《なか》からの|改心《かいしん》でない、|自分《じぶん》をたばかるためだ、とは|直覚《ちよくかく》してゐたが、ともかく|岩窟《いはや》の|中《なか》に|無事《ぶじ》に|到着《たうちやく》して、セール、ハールの|巨頭《きよとう》を|改心《かいしん》させむと|決心《けつしん》し、ワザとタールの|言葉《ことば》を|信《しん》ずるもののごとく|装《よそほ》ひ、
|治道《ちだう》『やア、それは|何《なに》より|結構《けつこう》だ。|俺《わし》もお|前《まへ》の|言葉《ことば》を|聞《き》いて|感謝《かんしや》にたへない。サア|案内《あんない》してくれ』
タール『ハイ、|承知《しようち》いたしました。|勝手《かつて》|覚《おぼ》えしこの|山道《やまみち》、|近道《ちかみち》も|知《し》つてをりますれば、お|伴《とも》をさしてもらひませう』
エム『もしもし、|治道居士様《ちだうこじさま》、どうぞ|私《わたし》を|貴方《あなた》のお|弟子《でし》となし、どこかへ|連《つ》れて|行《い》つて|下《くだ》さいませ。セール、ハールの|大将《たいしやう》をはじめ、このタールだつて|到底《たうてい》|改心《かいしん》の|見込《みこみ》はありませぬ。あんな|事《こと》いつて|計略《けいりやく》にかけて|懐《ふところ》のものを|盗《と》らうといふ|企《たく》みでございますよ』
タール『コリヤ、エム、|何《なん》といふことを|吐《ぬか》すのだ。|俺《おれ》の|心《こころ》が|貴様《きさま》に|分《わか》らうかい。たとへセール、ハールが|悪人《あくにん》でも、もとの|主人《しゆじん》たる|将軍様《しやうぐんさま》が、かうなつて|衆生済度《しゆじやうさいど》にお|歩《ある》き|遊《あそ》ばす|姿《すがた》を|拝《をが》んだならば、きつと|改心《かいしん》をなさるにきまつてる……。|味方《みかた》の|裏切《うらぎ》りする|奴《やつ》がどこにあるかい』
と|小声《こごゑ》でたしなめる。エムは|大声《おほごゑ》を|張《は》り|上《あ》げながら、
『もし|治道様《ちだうさま》、|御一同様《ごいちどうさま》、|険呑《けんのん》ですから|御用心《ごようじん》なさいませ。|私《わたし》はこれにてお|暇《いとま》します。|岩窟《いはや》へでも|帰《かへ》らうものなら、|私《わたし》の|今《いま》いつた|言葉《ことば》を|大将《たいしやう》に|告《つ》げ、どんな|目《め》に|会《あ》はすかも|知《し》れませぬから、あなたも|何処《どつか》へ|逃《に》げて|下《くだ》さい。さア|早《はや》く|早《はや》く、お|逃《に》げなさい』
と|言《い》ひ|捨《す》て、|雲《くも》を|霞《かすみ》と|森林《しんりん》の|中《なか》へ|姿《すがた》を|隠《かく》した。
タール『ハハハハ|疑《うたが》ひの|深《ふか》い|奴《やつ》だな。セールの|親分《おやぶん》だつて、|元《もと》は|真人間《まにんげん》だ。|治道居士様《ちだうこじさま》の|懇篤《こんとく》な|説示《せつじ》によつて|改心《かいしん》するにきまつてる。この|悪人《あくにん》の|俺《わし》でさへも、|将軍様《しやうぐんさま》のお|姿《すがた》を|拝《をが》んだだけで|感涙《かんるゐ》に|咽《むせ》び、もはや|悪魔《あくま》は|逃《に》げ|去《さ》つたのだもの、もし|将軍様《しやうぐんさま》、どうぞエムのいうたことを|信用《しんよう》|遊《あそ》ばさず、|私《わたし》が|案内《あんない》しますから、どうぞ|岩窟《いはや》へお|越《こ》し|下《くだ》さいませ。さア、ヤク、エール、|貴様《きさま》は|将軍様《しやうぐんさま》のお|後《あと》からお|伴《とも》し、ずゐぶん|抜《ぬ》かりなく|用心《ようじん》して|上《のぼ》るのだぞ』
と|小声《こごゑ》にて|囁《ささや》く。ヤク、エールは|黙然《もくねん》としてニタリと|笑《わら》ふ。
|治道《ちだう》『アハハハハ、ずゐぶん|人生《じんせい》といふものは|面白《おもしろ》いものだな。たとへ|悪魔《あくま》に|謀《はか》られやうとも|命《いのち》を|取《と》られやうとも、|天《てん》に|任《まか》した|吾《わ》が|身魂《みたま》、|何《なん》の|恐《おそ》るる|事《こと》があらうぞ。これでも|昔《むかし》は|三軍《さんぐん》を|叱咤《しつた》した|勇将《ゆうしやう》だ。オイ、タール、|心遣《こころづか》ひは|無用《むよう》だ。サア|早《はや》く|案内《あんない》してくれ。
|虎熊《とらくま》の|山《やま》は|如何《いか》ほど|峻《さか》しとも
|安《やす》く|上《のぼ》らむ|神《かみ》のまにまに
セール ハール|醜《しこ》の|司《つかさ》を|言向《ことむ》けて
|神《かみ》の|大道《おほぢ》に|靡《なび》かせて|見《み》む
|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》は|黒雲《くろくも》に
|包《つつ》まれにけり|晴《は》らしてや|見《み》む』
タール『サア|御案内《ごあんない》いたしませう。これからだんだん|坂《さか》が|峻《けは》しくなりますから、|足許《あしもと》に|気《き》をつけてお|上《のぼ》り|下《くだ》さいませ。しからば|私《わたし》が|先導《せんだう》いたしませう』
と|胸《むね》に|一物《いちもつ》、|心《こころ》に|二物《にもつ》、|罪《つみ》の|重荷《おもに》を|背負《せお》ひつつ、|喘《あへ》ぎ|喘《あへ》ぎ|上《のぼ》り|行《ゆ》く。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 北村隆光録)
(昭和一〇・六・一六 王仁校正)
第三章 |岩侠《がんけふ》〔一六五九〕
|虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《いはや》に|捕《と》らはれてゐる|二人《ふたり》の|女《をんな》があつた。|何《いづ》れも|別々《べつべつ》の|室《しつ》に|幽閉《いうへい》され、|身《み》の|薄命《はくめい》を|歎《かこ》ちつつ、ひそかに|歌《うた》をもつて|両女《りやうぢよ》たがひに|意志《いし》を|通《かよ》はしてゐる。この|女《をんな》は|一人《ひとり》はデビス|姫《ひめ》、|一人《ひとり》はブラワ゛ーダ|姫《ひめ》であつた。
ブラワ゛ーダはひそかに|謡《うた》ふ。
『|私《わたし》は|悲《かな》しい|盲《めくら》の|小鳥《ことり》 |春《はる》は|来《く》れども|花《はな》|咲《さ》かず
|小鳥《ことり》の|声《こゑ》も|聞《き》こえない |明《あ》けよが|暮《く》れよが|暗《やみ》ばかり
|私《わたし》は|淋《さび》しい|盲《めくら》の|小鳥《ことり》 |恋《こひ》の|涙《なみだ》の|星《ほし》さへ|見《み》えず
|明《あ》けよが|暮《く》れよが|暗《やみ》ばかり |恋《こひ》しき|男《をとこ》に|伴《ともな》はれ
|父《ちち》と|母《はは》との|懐《ふところ》を やうやく|離《はな》れし|雛鳥《ひなどり》の
|古巣《ふるす》に|帰《かへ》るよしもなし |恋《こひ》しき|人《ひと》は|今《いま》いづこ
|一目《ひとめ》|遇《あ》ひたく|思《おも》へども |醜《しこ》の|企《たく》みの|岩窟《がんくつ》に
|深《ふか》く|包《つつ》まれ|日《ひ》も|月《つき》も |光《ひかり》も|見《み》えぬ|身《み》の|歎《なげ》き
|誰《たれ》に|語《かた》らむ|術《すべ》もなし |永遠《とは》の|涙《なみだ》はほとばしり
いつしか|晴《は》れて|逢坂《おほさか》の |関《せき》の|戸《と》|開《ひら》き|鶯《うぐひす》の
|鳴《な》く|音《ね》を|聞《き》かむ|事《こと》もがな |思《おも》へば|思《おも》へば|父母《ちちはは》の
|御身《おんみ》の|上《うへ》が|案《あん》じられ |胸《むね》にただよふ|万斛《ばんこく》の
|涙《なみだ》をいづれに|吐却《ときやく》せむ ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましまして |一日《ひとひ》も|早《はや》く|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|玉国別《たまくにわけ》が |妾《わらは》の|危難《きなん》を|悟《さと》りまし
|救《すく》ひ|出《だ》さむと|出《い》で|来《き》ます |嬉《うれ》しき|便《たよ》りを|松虫《まつむし》の
なく|音《ね》も|細《ほそ》る|岩窟《いはや》の|中《なか》 |吾《わ》が|身《み》の|上《うへ》ぞ|悲《かな》しけれ』
|隣《となり》の|岩窟《いはや》の|牢獄《ひとや》に|投《な》げ|込《こ》まれたデビス|姫《ひめ》は、この|歌《うた》を|聞《き》いて、|隣室《りんしつ》にブラワ゛ーダの|囚《とら》はれてをることを|悟《さと》つた。
デビス|姫《ひめ》『テルモン|山《ざん》に|千木《ちぎ》|高《たか》く |大宮柱《おほみやばしら》|太知《ふとし》りて
|鎮《しづ》まりゐます|大神《おほかみ》に |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|仕《つか》へます
|父《ちち》と|母《はは》との|懐《ふところ》を |離《はな》れて|神《かみ》の|三千彦《みちひこ》に
|救《すく》はれ|漸《やうや》くハルセイの |沼《ぬま》の|畔《ほとり》に|来《き》て|見《み》れば
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|四《よ》つ|五《いつ》つ |霞《かすみ》の|中《なか》より|現《あら》はれて
|有無《うむ》をいはさず|引《ひ》つ|捉《とら》へ |口《くち》には|篏《は》ます|猿轡《さるぐつわ》
|無惨《むざん》の|責苦《せめく》に|会《あ》ひながら この|岩窟《がんくつ》に|引《ひ》き|込《こ》まれ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|盗人《ぬすびと》の セール ハールの|棟梁《とうりやう》に
|心《こころ》にもなき|恋路《こひぢ》をば |強要《きやうえう》されて|身《み》を|藻掻《もが》き
|歎《なげ》き|苦《くる》しむ|吾《われ》こそは |三千彦《みちひこ》|妻《つま》のデビス|姫《ひめ》
|今《いま》|聞《き》く|歌《うた》は|伊太彦《いたひこ》の |妻《つま》の|命《みこと》にましますか
|悲《かな》しき|浮世《うきよ》の|例《ためし》にもれず |汝《なれ》が|命《みこと》も|悪漢《わるもの》の
|醜《しこ》の|企《たく》みに|陥《おちい》りて ここに|来《き》たらせ|給《たま》ひしか
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |天地《てんち》に|神《かみ》のますならば
|醜《しこ》の|司《つかさ》の|魂《たましひ》を |柔《やは》らげ|清《きよ》め|妾等《わらはら》の
|二人《ふたり》の|苦《く》をば|救《すく》ひませ |神《かみ》は|汝《なんぢ》と|共《とも》にあり
|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》 |神《かみ》に|等《ひと》しきものなりと
|厳《いづ》の|教《をしへ》は|聞《き》きつれど かよわき|女《をんな》の|如何《いか》にせむ
|果敢《はか》なき|浮世《うきよ》の|夢路《ゆめぢ》をば |辿《たど》る|吾《わ》が|身《み》の|悲《かな》しみは
|夢《ゆめ》になれよと|朝夕《あさゆふ》に |祈《いの》り|尽《つく》せど|恐《おそ》ろしき
この|正夢《まさゆめ》は|晴《は》れやらず |虎熊山《とらくまやま》の|山《やま》おろし
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|吹《ふ》き|荒《すさ》み |心《こころ》を|破《やぶ》り|身《み》を|砕《くだ》き
もはやせむ|術《すべ》なく|涙《なみだ》 |涸《か》れ|果《は》てたるぞ|悲《かな》しけれ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》の|恩頼《ふゆ》をたまへかし』
と|幽《かす》かに|謡《うた》つてをる。|隣室《りんしつ》にあるブラワ゛ーダは、この|声《こゑ》を|聞《き》いてやや|力《ちから》づき、|夜中《やちう》|人《ひと》|静《しづ》かなる|時《とき》を|考《かんが》へ、|幽《かす》かな|声《こゑ》で|歌《うた》をもつて|互《たが》ひに|身《み》の|果敢《はか》なさを|語《かた》り|合《あ》つてゐた。
デビス|姫《ひめ》『ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》の|命《みこと》は|如何《いか》にして
この|岩窟《がんくつ》に|囚《とら》はれたまひし』
ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》『|曲者《くせもの》にかどわかされて|伊太彦《いたひこ》に
|逢《あ》はむと|思《おも》ひ|迷《まよ》ひ|来《き》にけり』
『|汝《なれ》もまた|浮世《うきよ》の|外《そと》の|人《ひと》ならじ
|妾《わらは》と|共《とも》に|悩《なや》みますかも』
『|如何《いか》にしてこの|苦《くる》しみを|逃《のが》れなむ
|泣《な》けど|詮《せん》なき|今《いま》の|身《み》の|上《うへ》』
『|妾《わらは》とて|同《おな》じ|思《おも》ひの|杜鵑《ほととぎす》
|忍《しの》び|音《ね》に|泣《な》く|声《こゑ》もかれつつ』
『|伊太彦《いたひこ》や|三千彦司《みちひこつかさ》を|初《はじ》めとし
|吾《わ》が|師《し》の|君《きみ》を|案《あん》じ|暮《くら》しつ』
『|皇神《すめかみ》の|守《まも》らせたまふ|身《み》なりせば
また|救《すく》はるる|時《とき》や|来《き》たらむ』
かく|互《たが》ひに|述懐《じゆつくわい》をのべてをる。そこへスタスタと|忍《しの》び|足《あし》にやつて|来《き》たのは、この|岩窟《がんくつ》で|副親分《ふくおやぶん》と|聞《き》こえたる、|元《もと》バラモンの|少尉《せうゐ》ハールであつた。ハールは|悪人《あくにん》に|似《に》ず、|眉目清秀《びもくせいしう》、|白面《はくめん》の|美男《びなん》である。|彼《かれ》はブラワ゛ーダの|嬋妍窈窕《せんけんえうてう》たる|姿《すがた》に|恋慕《れんぼ》し、|如何《いか》にもして|吾《わ》が|掌中《しやうちう》の|珠《たま》となさむと、|恋《こひ》の|悩《なや》みに|心胆《しんたん》を|砕《くだ》いてゐた。|親分《おやぶん》のセールが|酒《さけ》によひ|潰《つぶ》れて|寝《ね》た|隙《すき》を|考《かんが》へ、|恋《こひ》の|野望《やばう》を|達《たつ》せむと、|足音《あしおと》を|忍《しの》ばせて、この|牢獄《らうごく》の|入口《いりぐち》までやつて|来《き》たのである。
ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》『|訝《いぶ》かしやこの|真夜中《まよなか》に|何者《なにもの》ぞ
とくとく|帰《かへ》れ|醜《しこ》の|曲人《まがびと》
|妾《わらは》こそ|神《かみ》に|仕《つか》ふる|司《つかさ》ぞや
|如何《いか》でか|曲《まが》の|襲《おそ》ひ|得《う》べけむ』
ハール、|窓《まど》の|外《そと》より
『|吾《われ》こそは|胸《むね》もハールの|司《つかさ》ぞや
|汝《なれ》に|逢《あ》はむと|忍《しの》び|来《き》にけり
|朝夕《あさゆふ》に|汝《なれ》|救《すく》はむとあせれども
セール|司《つかさ》の|許《ゆる》しなければ』
ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》『|天《あめ》が|下《した》に|男子《をのこ》と|生《うま》れ|出《い》でし|身《み》の
|盗人《ぬすびと》となる|人《ひと》ぞをかしき
みめかたち|如何《いか》に|清《きよ》けくゐますとも
|醜《しこ》の|司《つかさ》に|言《こと》の|葉《は》はかけじ』
ハール『|表面《うはべ》には|醜《しこ》の|司《つかさ》と|見《み》ゆるらむ
|心《こころ》の|花《はな》を|君《きみ》は|見《み》ざるや
|花《はな》も|実《み》もある|武士《もののふ》ぞ|吾《われ》は|今《いま》
|汝《な》を|救《すく》はむと|忍《しの》び|来《き》にけり』
『|偽《いつは》りの|多《おほ》き|世《よ》なれば|汝《な》が|言葉《ことば》
|如何《いか》で|誠《まこと》と|諾《うべ》なはるべき
|汝《なれ》もまた|盗人《ぬすびと》ならば|烏羽玉《うばたま》の
|夜《よ》は|家《うち》にゐず|外《そと》に|出《い》でませ
|益良夫《ますらを》がかよはき|女《をんな》の|香《か》に|迷《まよ》ひ
|慕《した》ひ|来《き》たれるさまぞをかしき』
ハールは|暗《くら》がりに|佇立《ちよりつ》し|独《ひと》り|言《ごと》、
『ハテナ、こいつは|如何《どう》しても|俺《おれ》の|言《い》ふことは|聞《き》かないとみえるわい。まてまて、|一《ひと》つ|工夫《くふう》を|凝《こ》らして、この|女《をんな》を|諾《うん》といはせなくては、|男《をとこ》が|一旦《いつたん》いひ|出《だ》した|言葉《ことば》を、|後《あと》に|引《ひ》くわけにはゆかず、また|男子《だんし》の|面目玉《めんぼくだま》が|全潰《まるつぶ》れになつてしまふ。|何《なん》というても|生殺与奪《せいさつよだつ》の|権《けん》を|握《にぎ》つてゐる|俺《おれ》に、|恋《こひ》の|弱身《よわみ》があればこそ|柔和《おとな》しく|出《で》てをるものの、どうでもならんことはない。|一《ひと》つ|脅《おど》かして|往生《わうじやう》さしてやらう』
と|打《う》ち|肯《うなづ》き、わざとに|声《こゑ》を|荒《あら》らげ、
ハール『これや|女《をんな》、|柔和《おとな》しく|出《で》ればつけ|上《あが》り、|七尺《しちしやく》の|男子《だんし》に|恥《はぢ》を|掻《か》かすとは、|不届《ふとど》き|千万《せんばん》の|曲者《くせもの》だ。|生殺与奪《せいさつよだつ》の|権《けん》を|握《にぎ》つた|此《こ》の|方《はう》、|嫌《いや》なら|嫌《いや》でよい。|無理往生《むりわうじやう》にでも、|見《み》ン|事《ごと》|靡《なび》かしてみせよう。|覚悟《かくご》を|定《き》めて|色《いろ》よい|返事《へんじ》をしたらどうだ』
ブラワ゛ーダ『ホホホホ、|青二才《あをにさい》の|分際《ぶんざい》として、それや|何《なに》をいふのですか。ちつと|恥《はぢ》をお|知《し》りなさいませ。|妾《わらは》のやうな|繊弱《かよわ》き|女《をんな》を、|獅子《しし》を|放《ほ》り|込《こ》むやうな|牢獄《らうごく》にぶち|込《こ》み、|弱身《よわみ》をつけ|込《こ》んで|恋《こひ》の|慾望《よくばう》を|遂《と》げようとは、|見下《みさ》げ|果《は》てたる|貴方《あなた》の|心底《しんてい》、そんな|卑怯未練《ひけふみれん》な|男《をとこ》には、たとへ|体《からだ》が|烏《からす》の|餌食《ゑじき》になるとても、アタ|阿呆《あはう》らしい|靡《なび》く|女《をんな》がございませうか。ちと|胸《むね》に|手《て》をあて|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい。|妾《わらは》の|愛《あい》する|男《をとこ》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|伊太彦司《いたひこつかさ》より|外《ほか》にはございませぬわい』
『なに、その|方《はう》は|伊太彦《いたひこ》といふ|奴《やつ》の|女房《にようばう》になつてをるのか。てもさても|気《き》の|毒《どく》なものだのう。|伊太彦《いたひこ》といふ|奴《やつ》は|此《この》|方《はう》の|計略《けいりやく》にかかり、|陥穽《おとしあな》におち|込《こ》み|昨日《きのふ》の|夕暮《ゆふぐれ》|寂滅為楽《じやくめつゐらく》となつたぞよ。なにほど|恋《こひ》しい|男《をとこ》でも、|幽霊《いうれい》と|同棲《どうせい》するわけにはゆくまい。|人間《にんげん》は|思《おも》ひ|切《き》りが|肝要《かんえう》だ、お|前《まへ》も|終身《しうしん》、|独身生活《どくしんせいくわつ》をするわけにはゆくまい。いづれ|夫《をつと》を|持《も》たねばなるまい。どうだ、|魚心《うをごころ》あれば|水心《みづごころ》だ。|俺《おれ》の|顔《かほ》も|全《まつた》く|見捨《みす》てたものでもあるまい。これでもハルナの|都《みやこ》では|美男《びなん》と|名《な》を|取《と》つたハール|少尉《せうゐ》だ。|思《おも》ひ|直《なほ》して|俺《おれ》になびく|気《き》はないか』
『なに、|伊太彦《いたひこ》さまは|貴方方《あなたがた》の|毒手《どくしゆ》にかかり、|陥穽《おとしあな》に|落《お》ちてお|亡《な》くなり|遊《あそ》ばしたといふのは、それや|真実《しんじつ》でございますか』
『アハハハハ、お|前《まへ》も|不便《ふびん》なものだわい。|伊太彦《いたひこ》は、すつかり|有金《ありがね》を|掠奪《ふんだく》られ、|法衣《ころも》を|脱《ぬ》がされ、|真裸《まつぱだか》になつて、|奈落《ならく》の|底《そこ》へ|墜《お》ち|込《こ》んで|死《し》んだのだ。お|前《まへ》も、もうよい|加減《かげん》に|締《あきら》めたらどうだ』
『ホホホホ、そんな|嘘《うそ》をいつても|駄目《だめ》ですよ。|伊太彦《いたひこ》|様《さま》は|決《けつ》して|法衣《ころも》は|着《き》てゐませぬ。お|金《かね》は|持《も》つてをられませぬ、お|師匠様《ししやうさま》が|持《も》つてをられるので、ほんの|小遣《こづかひ》ばかり……それに|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|持《も》つてをる|以上《いじやう》、あなた|方《がた》の|計略《けいりやく》にかかるやうなことはありませぬ。ホホホ、てもさても|腑甲斐《ふがひ》ない|柔弱男子《にうじやくだんし》だこと、あまりのことで|愛想《あいそ》がつき|果《は》て、|開《あ》いた|口《くち》もすぼまりませぬわい。お|生憎《あいにく》さま、|私《わたし》の|体《からだ》はまだ|伊太彦《いたひこ》|様《さま》のお|間《ま》に|合《あは》せなければなりませぬから、|平《ひら》にお|断《こと》わり|申《まを》します。どうか|他《ほか》のお|方《かた》にお|掛《か》け|合《あ》ひなさいませ』
とやけ|気味《きみ》になつて、|若《わか》い|優《やさ》しい|女《をんな》が|業託《ごふたく》を|叩《たた》き|出《だ》した。|女《をんな》が|命《いのち》を|放《な》げ|出《だ》した|時《とき》は、|何《なん》ともいへぬ|強《つよ》いことをいふものである。デビス|姫《ひめ》は|息《いき》を|潜《ひそ》めて、|二人《ふたり》の|問答《もんだふ》を|一言《ひとこと》も|聞《き》き|漏《も》らさじと、|耳《みみ》を|聳《そばだ》ててゐる。
そこへ、ふと|目《め》をさました|親分《おやぶん》のセールは、ハールの|姿《すがた》が|見《み》えぬので|不審《ふしん》を|起《おこ》しながら、|便所《べんじよ》に|立《た》つて|行《ゆ》くと、|二人《ふたり》の|女《をんな》を|閉《と》ぢ|込《こ》めた|牢屋《らうや》の|方面《はうめん》に|何《なん》だか|囁《ささや》く|声《こゑ》が|聞《き》こえるので、まだ|酔《よ》ひの|残《のこ》つてをる|足許《あしもと》で、|暗《くら》い|隧道《とんねる》の|中《なか》を|探《さぐ》つて|来《こ》ながら、ドンとばかりハールの|肩《かた》に|突《つ》き|当《あた》つた。ハールは|不意《ふい》を|打《う》たれて|引《ひ》つくりかへり、いささか|岩角《いはかど》に|頭蓋骨《づがいこつ》を|打《う》ちつけ「ウン」とその|場《ば》に|倒《たふ》れてしまつた。
セール『タタたれだい。|俺《おれ》の|未来《みらい》の|妻《つま》と|妾《めかけ》の|前《まへ》へ、|甘《うま》い|事《こと》せうと|思《おも》つて、|何奴《どいつ》か|知《し》らぬが|口説《くど》きに|来《き》てをつたな。|罰《ばち》は|覿面《てきめん》ウンというて|倒《たふ》れよつたが、おほかたハールの|野郎《やらう》だらう。あいつが|居《を》るとどうも|俺《おれ》の|恋《こひ》の|邪魔《じやま》になつて|仕方《しかた》がない。|青白《あをじろ》い|瓜実顔《うりざねがほ》をしやがつて、|女《をんな》にチヤホヤせられる|奴《やつ》だから、どうかして|遣《や》らうと|思《おも》つてゐたところだ。|偶然《ぐうぜん》にも|此《この》|方《はう》に|突《つ》き|当《あた》られ、|頭《あたま》を|割《わ》つて|寂滅為楽《じやくめつゐらく》となりよつたが、|今《いま》までは|彼奴《あいつ》も|一寸《ちよつと》|小才《こさい》の|利《き》く|奴《やつ》だから、トランス|団《だん》|組織《そしき》には|与《あづか》つて|力《ちから》があつたが、もうかう|基礎《きそ》の|固《かた》まつた|以上《いじやう》は、|有《あ》つて|却《かへ》つて|邪魔《じやま》になる|代物《しろもの》だ。てもさても、いい|時《とき》には|都合《つがふ》のよい|事《こと》ばかり|来《く》るものだなア』
ハールは|頭《あたま》を|打《う》つて|気《き》が|遠《とほ》くなり、「ウンウン」と|唸《うめ》いてゐたが、セールが|大《おほ》きな|声《こゑ》で|笑《わら》うたのでフト|気《き》がつき、|暗《くら》がりで「ウンウン」と|唸《うな》りながら|様子《やうす》を|考《かんが》へてをる。
セール『オイ、|二人《ふたり》の|女《をんな》、|最前《さいぜん》から|俺《おれ》の|独言《ひとりごと》を|聞《き》いたであらうのう。そして、ハールの|野郎《やらう》がお|前《まへ》たちに|何《なに》かいつたであらう。それを|一《ひと》つ|聞《き》かしてくれ。お|前《まへ》たち|二人《ふたり》の|生命《いのち》は、このセールが|片手《かたて》の|中《うち》に|握《にぎ》つてをるのだ。|素直《すなほ》にいたさぬとためが|悪《わる》いぞヱーン。アア|酔《よ》うた|酔《よ》うた、|苦《くる》しいわい。どうやら|百貨店《ひやくくわてん》を|開店《かいてん》しさうだ。とにかく|今日《けふ》は|舌《した》が|縺《もつ》れて|充分《じうぶん》の|交渉《かけあい》も|出来《でき》ないから、|明日《あす》まで|保留《ほりう》しておかう。ハールが|斃《くたば》つた|以上《いじやう》は、もう|俺《おれ》のものだ、ハハハハ。かう|見《み》えても|二人《ふたり》の|女《をんな》、|血《ち》もあり|涙《なみだ》もあるセール|大尉《たいゐ》だ。お|前《まへ》たちは|血《ち》も|涙《なみだ》もない|悪棘《あくらつ》の|人間《にんげん》だと|思《おも》ふであらうが、|義理《ぎり》|人情《にんじやう》もよく|知《し》つてをる、|恋《こひ》も|味《あぢ》はつてをれば|愛《あい》も|解《かい》してをる。まづ|今晩《こんばん》は|楽《たの》しんで、|明日《あす》を|待《ま》つがよからう』
と|勝手《かつて》の|理窟《りくつ》を|並《なら》べながら|吾《わ》が|居間《ゐま》へ|帰《かへ》つて|往《ゆ》く。ハールは|相変《あひかは》らず「ウンウン」と|唸《うな》つてをる。デビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダの|二人《ふたり》は、|同《おな》じ|思《おも》ひの|負《ま》けず|劣《おと》らず、|暗《やみ》を|幸《さいは》ひ|舌《した》を|出《だ》して|腮《あご》をしやくつて|嘲笑《てうせう》してゐた。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 加藤明子録)
第四章 |不聞銃《きかんじう》〔一六六〇〕
|虎熊山《とらくまやま》は|昼夜《ちうや》の|区別《くべつ》なく|盛《さか》んに|噴火《ふんくわ》してゐる。そして|時々《ときどき》|鳴動《めいどう》をはじめ、|地《ち》の|震《ふる》ふことも|日《ひ》に|三四回《さんしくわい》はあつた。セール、ハールの|両人《りやうにん》は|旅人《たびびと》を、|乾児《こぶん》に|命《めい》じて|甘《うま》くこの|岩窟《いはや》に|引《ひ》きずり|込《こ》ませ、|赤裸《まつぱだか》にしては|四肢五体《ししごたい》を|解《と》き、この|噴火口《ふんくわこう》に|放《ほ》り|込《こ》み|焼《や》いてしまふのを|例《れい》としてゐた。
セールは|夜《よ》が|明《あ》けてフト|目《め》をさました|時《とき》は|既《すで》に|酔《ゑひ》は|醒《さ》めてゐた。しかしながら|昨夜《さくや》ハールに|突《つ》き|当《あた》り、ハールは|九死一生《きうしいつしやう》の|場合《ばあひ》になつてゐたことを|思《おも》ひ|出《だ》し、もしや|蘇生《そせい》しよつたら|大変《たいへん》だから、|今《いま》の|内《うち》に|片付《かたづ》けてしまはむと、|自《みづか》ら|抜身《ぬきみ》を|提《ひつさ》げてうす|暗《ぐら》い|牢獄《らうごく》の|前《まへ》に|行《い》つてみると、ハールの|姿《すがた》は|影《かげ》も|形《かたち》もなくなつてゐた。その|実《じつ》ハールはセールの|酒《さけ》に|酔《よ》うての|独言《ひとりごと》を|聞《き》いて「こいつア|大変《たいへん》だ。かやうな|所《ところ》にをつては|何時《いつ》|自分《じぶん》の|命《いのち》が|亡《な》くなるか|知《し》れぬ」と、|頭《かしら》に|繃帯《はうたい》をし|杖《つゑ》をついて|夜陰《やいん》にまぎれ、この|岩窟《いはや》を|脱《ぬ》け|出《だ》してしまつたのである。
セールは|二人《ふたり》の|女《をんな》の|牢獄《らうごく》の|前《まへ》にただ|一人《ひとり》|進《すす》みより、|顔色《がんしよく》を|和《やは》らげて|猫撫声《ねこなでごゑ》をしながら、|牢獄《らうごく》の|扉《とびら》を|自《みづか》ら|開《ひら》き、|髯武者武者《ひげむしやむしや》の|顔《かほ》にも|似《に》ず、
『ウン、お|前《まへ》は|淑女《しゆくぢよ》のデビス|姫《ひめ》さまであつたか、ホンに|苦労《くらう》をしただらうな。|何分《なにぶん》ハールの|奴《やつ》、|罪《つみ》もないお|前《まへ》たちを|拐《かどは》かし、かやうな|残酷《ざんこく》なことを|仕《し》やがつて、|俺《おれ》も|可哀《かあい》さうで、どうとかして|助《たす》けてやりたいと|朝夕《あさゆふ》|心《こころ》を|砕《くだ》いてをつたが、|何《なに》しろ|彼奴《あいつ》は|柔道《じうだう》|百段《ひやくだん》の|強者《つはもの》だから、|俺《おれ》が|大将《たいしやう》となつてゐるものの、その|実権《じつけん》はハールが|握《にぎ》つてゐるのだから|仕方《しかた》がなかつた。|昨夜《ゆうべ》は|計《はか》らずもお|前《まへ》の|仇《あだ》をうつてやつたのだから、いはばお|前《まへ》の|命《いのち》の|親《おや》だ、どうだ|嬉《うれ》しいか。ブラワ゛ーダといふ|女《をんな》も|可哀《かあい》さうだが、あいつア|何《なん》だかハールの|奴《やつ》と|甘《あま》つたるい|事《こと》をいつてゐやがつたやうだから、ひよつとしたら|情意投合《じやういとうがふ》でもやつたかも|知《し》れない。|何分《なにぶん》|青白《あをじろ》い|瓜実顔《うりざねがほ》だから……それで|先《ま》づ|彼奴《あいつ》は|後廻《あとまは》しとして、|最《もつと》も|愛《あい》するお|前《まへ》の|方《はう》から|助《たす》けてやらう。どうぢや|嬉《うれ》しいか、さぞ|嬉《うれ》しいだらうの』
デビス『|御親切《ごしんせつ》は|有難《ありがた》うございますが、あまり|嬉《うれ》しうは|思《おも》ひませぬ。|何《なん》だか、あなたのお|面《かほ》が|怖《おそ》ろしうなつてきましたもの』
セール『ソリヤお|前《まへ》、|取違《とりちが》ひといふものだ。ハールのやうな、|女《をんな》か|男《をとこ》か|分《わか》らぬやうな|優《やさ》しい|面《つら》してゐる|奴《やつ》に、|人《ひと》を|殺《ころ》したり、|大泥棒《おほどろばう》のあるものだ。|俺《おれ》のやうな|髯武者武者《ひげむしやむしや》の|黒《くろ》い|面《つら》してゐるものは|却《かへ》つて|心《こころ》が|美《うつく》しいものだよ。サア、そんな|事《こと》を|言《い》はずに、お|前《まへ》の|命《いのち》の|親《おや》だから、トツトと|出《で》たが|可《よ》からうぞ』
『|妾《わらは》はここを|出《で》るのは|厭《いや》でございます。|万劫末代《まんごまつだい》|永久《えいきう》に|岩窟姫神《いはやひめのかみ》となつて、|虎熊山《とらくまやま》の|主《ぬし》になりますから、どうぞ、そんなしやうもない|事《こと》をいはないでおいて|下《くだ》さいませ。それよりも|一時《いつとき》も|早《はや》く|妾《わらは》の|命《いのち》を|奪《うば》つてもらへば|満足《まんぞく》でございます。かやうな|所《ところ》から|引《ひ》き|出《だ》され、あなたの|弄物《なぐさみもの》になるよりも、このまま|死《し》んだ|方《はう》がいくらマシだか|知《し》れませぬワ』
『これはまた、|悪《わる》い|了簡《れうけん》と|申《まを》すもの、|命《いのち》あつての|物種《ものだね》だ。そんな|分《わか》らぬ|事《こと》をいはずに、|俺《おれ》のいふ|事《こと》を|聞《き》いたらどうだ。また|面白《おもしろ》い|事《こと》や|嬉《うれ》しい|事《こと》が、タツプリと|見《み》られるかも|知《し》れないぞや』
|隣《となり》の|間《ま》よりブラワ゛ーダは|細《ほそ》い|声《こゑ》で、
『|姉《ねえ》さま、デビス|姫様《ひめさま》、|出《で》ちやいけませぬよ。|獅子《しし》の|餌食《ゑじき》になるよりも、|自由自在《じいうじざい》にここから|天国《てんごく》へ|行《ゆ》かうぢやありませぬか』
デビス『アア ブラワ゛ーダ|様《さま》、あなたもそのお|考《かんが》へですか、そんなら|両人《りやうにん》とも|永久《えいきう》にこの|岩窟《いはや》に|鎮《しづ》まることに|致《いた》しませう。|私《わたし》は|岩窟姫《いはやひめ》になりますから、あなたはお|年《とし》が|若《わか》いから|木花咲耶姫《このはなさくやひめ》にお|成《な》り|遊《あそ》ばせ。そして|私《わたし》は|世界《せかい》|人民《じんみん》の|寿命《じゆみやう》を|守《まも》り、あなたは|世界《せかい》の|平和《へいわ》を|守《まも》る|神《かみ》とおなり|遊《あそ》ばせ。それが|本望《ほんまう》ですワ』
ブラ『さう|致《いた》しませう。|決《けつ》して|出《で》ちや|可《い》けませぬよ』
セール『オオ、きついこと|同盟《どうめい》したものだな。コリヤコリヤ|両人《りやうにん》、|二人《ふたり》|一緒《いつしよ》に|出《だ》してやるから、|両人《りやうにん》|仲《なか》よく|一《いつ》ぺん|面会《めんくわい》する|気《き》はないか』
ブラ『|私《わたし》も|一度《いちど》|姉《ねえ》さまの|顔《かほ》が|見《み》たいから、|厭《いや》だけれども、お|前《まへ》さまの|願《ねが》ひを|許《ゆる》して、|出《で》てあげまほうかな』
セール『エーエ、|仕方《しかた》のない|姫御前《ひめごぜ》だなア』
といひながらガタリガタリと|両方《りやうはう》の|牢獄《らうごく》の|戸《と》を|捻《ね》ぢ|開《あ》けた。|二人《ふたり》は|飛立《とびた》つばかり|喜《よろこ》んで、|牢獄《らうごく》を|立《た》ち|出《い》で、たがひに|抱《だ》きついて|嬉《うれ》し|涙《なみだ》にくれてゐる。
ブラ『|姉《ねえ》さま、|逢《あ》ひたうございました』
デビス『ブラワ゛ーダさま、お|顔《かほ》が|見《み》たうございましたよ』
と|絡《から》みついてゐる。
セールはこれを|見《み》て、ワザと|高笑《たかわら》ひ、
『アツハハハハ、|先《ま》づ|先《ま》づ|目出《めで》たい|目出《めで》たい。|天《あま》の|岩戸《いはと》が|開《ひら》けたやうだ。あな|面白《おもしろ》し、あなさやけ、おけ。アテーナの|女神様《めがみさま》が、セールの|七五三繩《しりくめなは》によつて、|再《ふたた》び|世《よ》にお|出《で》ましになつたのか、|暗澹《あんたん》たる|天地《てんち》もここに|六合《りくがふ》|晴《は》れ|渡《わた》り、|光明遍照十方世界《くわうみやうへんぜうじつぱうせかい》の|光景《くわうけい》となつて|来《き》た。いはばこのセールは|天《あめ》の|手力男《たぢからを》の|神《かみ》さま|同様《どうやう》だ。サアお|二人《ふたり》の|姫神様《ひめがみさま》、|私《わたし》の|居間《ゐま》へお|出《い》で|下《くだ》さりませ。これから|賑《にぎ》はしく、|男女《だんぢよ》|三人《さんにん》がお|神楽《かぐら》を|奏《あ》げませう』
|両人《りやうにん》は|目《め》と|目《め》を|見合《みあ》はせながら……こいつに|酒《さけ》を|呑《の》ませ、|操《あやつ》つてやらうと|思《おも》ひ、セールの|居間《ゐま》に|進《すす》みゆく。セールは|満面《まんめん》に|得意《とくい》の|色《いろ》をあらはし、
『アアどうも|男《をとこ》|一人《ひとり》に|女《をんな》|二人《ふたり》は|都合《つがふ》の|悪《わる》いものだ。|何《なん》とか|一人《ひとり》の|姫様《ひめさま》に|別室《べつしつ》に|控《ひか》へてもらふわけにはゆくまいかな』
ブラ『|姉《ねえ》さま、|厭《いや》ですワネ、|私《わたし》とあなたとは|神《かみ》さまから|結《むす》んで|下《くだ》さつたフラチーノですものね。これから|二人《ふたり》が|同盟《どうめい》して、セールさまを|一《ひと》つ|包囲《はうゐ》|攻撃《こうげき》せうぢやありませぬか。|砲弾《はうだん》の|用意《ようい》は|出来《でき》ましたかな』
デビス『|新式《しんしき》の|三千彦砲《みちひこはう》もございますなり、|極堅牢《ごくけんらう》な|肱鉄砲《ひぢでつぱう》|不聞銃《きかんじう》も|所持《しよぢ》|致《いた》してをりますわ、ホホホホ』
ブラ『|妾《わたえ》だつて、|最新式《さいしんしき》の|伊太彦砲《いたひこはう》やエッパッパ|銃《じう》に、セール|親分《おやぶん》の|恋《こひ》はどうしても|不聞銃《きかんじう》を|沢山《たくさん》に|用意《ようい》してをりますから|大丈夫《だいぢやうぶ》ですよ。モシ|泥棒《どろばう》の|親分様《おやぶんさま》、あなたの|方《はう》にも|戦備《せんび》は|整《ととの》つてをりますかな』
セール『|調《しら》つてをらいでかい。すべて|此《こ》の|世《よ》の|中《なか》は|言向和《ことむけやは》すのが|神《かみ》の|教《をしへ》だ。|刀剣《たうけん》を|鋤《すき》|鍬《くは》に|替《か》へ、|大砲《たいはう》を|言霊《ことたま》に|代《か》へ、|爆弾《ばくだん》の|音《おと》を|音楽《おんがく》に|変《か》へて、|世界《せかい》|万民《ばんみん》を|悦服《えつぷく》させるバラモン|教《けう》の|元大尉《もとたいゐ》だから、モウ|泥棒《どろばう》の|名称《めいしよう》は、|女将軍殿《ぢよしやうぐんどの》に|返上《へんじやう》する。おれは|音楽《おんがく》の|王《わう》たる|三味線《さみせん》はフエムーロに|挟《はさ》んでゐる、ちよつと|弾《だん》じてみると、チンチンチンと|味《あぢ》はひ|良《よ》くなるのだ。|随分《ずゐぶん》いい|音色《ねいろ》がするぞ。|何《なん》といつても|金《きん》で|面《つら》を|張《は》つた|一番《いちばん》|上等《じやうとう》の○○|紫檀《したん》の|棹《さを》だからなア』
デビス『ソリヤ|違《ちが》ひませう。あなたのはツンツンと|浄瑠璃《じやうるり》|三味線《さみせん》のやうな|音《ね》がするでせう。|何《なん》といつても、|特製《とくせい》の|太棹《ふとざを》ですからね。ホホホホ』
セール『アハハハハ、そんなら|一《ひと》つ|太棹《ふとざを》の|音《ね》を|聞《き》いてもらはうかな』
ブラ『|姉《ねえ》さま、|太棹《ふとざを》も|細棹《ほそざを》も|聞《き》きたくありませぬね』
セール『そんなら|太鼓《たいこ》のブチにせうか。それが|嫌《いや》なら|尺八《しやくはち》はどうだ』
デビス『オホホホ、すかぬたらしい。あのマア デレた|面《つら》ワイの、モシモシ|親分《おやぶん》さま、|涎《よだれ》が|流《なが》れますよ。アタみつともない、|牛《うし》のやうですワ』
『エー、|時《とき》に、|冗談《じようだん》はぬきにして、お|前《まへ》に|直接《ちよくせつ》|談判《だんぱん》がある。キツと|聞《き》いてくれるだらうな』
『ソリヤあなたのお|言葉《ことば》ですもの、|聞《き》きますとも、その|為《ため》に|耳《みみ》があるのですもの』
『イヤ、そいつア|有難《ありがた》い。キツと|聞《き》いてくれるな。|間違《まちが》ひはないなア』
『キツと|聞《き》きます』
ブラ『ソリヤ、あなたのお|言《ことば》は、|聞《き》かねばなりませぬもの』
セールは|面《かほ》の|紐《ひも》を|解《ほど》きながら、さも|嬉《うれ》しげに、
『ハツハハハハ、イヤ、これで|何《なに》もかも|万事《ばんじ》|解決《かいけつ》だ。やつぱり|女《をんな》は|女《をんな》だ。ソレぢや|今《いま》|露骨《ろこつ》にいふが、デビス、お|前《まへ》は|今日《けふ》ただ|今《いま》より|拙者《せつしや》が|宿《やど》の|妻《つま》、またブラワ゛ーダは|第二夫人《だいにふじん》として|採用《さいよう》するから、さう|心得《こころえ》たがよからうぞ。イヒヒヒヒ』
デビス『アレまあ、|何事《なにごと》かと|思《おも》へば、|好《す》かぬたらしい、|誰《たれ》があなた|方《がた》の|妻《つま》になつたりしませうか。ねえ、ブラワ゛ーダさま』
ブラ『さうですとも、|貞女《ていぢよ》|両夫《りやうふ》に|見《まみ》えずといひますから、なにほど|男前《をとこまへ》が|好《よ》くつても、|金持《かねもちで》も、|吾《わ》が|夫《をつと》より|外《ほか》に|身《み》を|任《まか》すことア|出来《でき》ませぬワ、ましてこんな|鬼《おに》のやうなしやつ|面《つら》した|盗賊《たうぞく》の|親分《おやぶん》に|身《み》を|任《まか》してたまりませうかねえ』
セールは|不機嫌《ふきげん》な|顔《かほ》して、
『コリヤ|女《をんな》、|俺《おれ》を|嘲弄《てうろう》いたすのか、|今《いま》、|何《なん》でも|聞《き》くといつたぢやないか』
デビス『お|約束通《やくそくどほ》り|聞《き》いたぢやありませぬか。|聞《き》いたればこそ、|応答《おうたふ》してるのですよ。あなたのお|言葉《ことば》を|採用《さいよう》する、せぬは、|私《わたし》たち|両人《りやうにん》の|自由《じいう》ですもの、|天女《てんによ》のやうな|美人《びじん》に|対《たい》し|恋慕《れんぼ》するとは、チツと|分《ぶん》に|過《す》ぎとるぢやありませぬか。あなたの|御面相《ごめんさう》とチと|御相談《ごさうだん》なさいませ。あのマア|怖《こは》い|面《かほ》……。|一石《いちこく》の|米《こめ》が|百両《ひやくりやう》するやうな|面付《つらつき》だワ』
セール『エー、|仕方《しかた》のない|奴《やつ》だ。もはや|堪忍袋《かんにんぶくろ》の|緒《を》が|切《き》れた。|恋《こひ》の|叶《かな》はぬ|意趣返《いしゆがへ》し、|再《ふたた》び|牢獄《らうごく》へ|打《ぶ》ち|込《こ》んで|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》しにしてやらう……。ヤアヤア|乾児《こぶん》ども、この|女《をんな》|両人《りやうにん》を|引《ひ》つ|捉《とら》へ、|牢獄《らうごく》へ|打《ぶ》ち|込《こ》め』
と|怒《いか》り|狂《くる》うて|牢獄内《らうごくない》がわれるほど|呶鳴《どな》り|立《た》てた。|声《こゑ》の|下《した》より|七八人《しちはちにん》の|子分《こぶん》はバラバラと|入《い》り|来《き》たり、やにはに|両人《りやうにん》の|手《て》を|取《と》り|足《あし》を|取《と》り、エツサエツサとかき|込《こ》んで、|旧《もと》の|牢獄《らうごく》へブチ|込《こ》んでしまつた。あとにセールは|吐息《といき》をつき、
『アア|恋《こひ》ばかりは|暴力《ばうりよく》でも、|金力《きんりよく》でも|脅迫《けうはく》でも、|絶対《ぜつたい》|権威《けんゐ》でもいかぬものだなア。しかしながら、|一旦《いつたん》|男《をとこ》が|言《い》ひ|出《だ》したこと、このままにしては、|何《なん》だか|吾《われ》と|吾《わ》が|心《こころ》に|恥《は》づかしい。|水責《みづぜ》め|火責《ひぜ》めに|会《あ》はしても、こちらの|心《こころ》に|従《したが》はさねば、|親分《おやぶん》の|権威《けんゐ》にも|関係《くわんけい》する。|大勢《おほぜい》の|子分《こぶん》を|使《つか》ふ|身《み》でゐながら、かよわい|女《をんな》|二人《ふたり》ぐらゐを|自由《じいう》にすることが|出来《でき》ないでは、|最早《もはや》おれも|駄目《だめ》だ。ヨーシ、|一《ひと》つこれは|食責《しよくぜ》めに|会《あ》はすが|一番《いちばん》だ。|獅子《しし》でも|虎《とら》でも|狼《おほかみ》でも|食物《くひもの》で|責《せ》めさへすれば、|人間《にんげん》のいふことを|聞《き》く。コリヤ|食責《しよくぜ》めに|限《かぎ》る』
と|独言《ひとりごと》を|言《い》つてゐる。そこへ|慌《あわ》ただしく|帰《かへ》つて|来《き》たのは、|子分《こぶん》のタールであつた。
『モシモシ|親方様《おやかたさま》、|今《いま》よい|鳥《とり》を|見《み》つけて|参《まゐ》りました』
セール『なに? よい|鳥《とり》を|見《み》つけて|来《き》たとは、|一体《いつたい》、|美人《びじん》か、|金持《かねもち》か、どちらだ』
タール『ハイ、ヤク、エールの|両人《りやうにん》と|腹《はら》を|合《あは》せ、|治道居士《ちだうこじ》の|一行《いつかう》を|巧《うま》く|引張《ひつぱ》り|込《こ》んで|来《き》ましたが、どう|致《いた》しませうかな』
『|治道居士《ちだうこじ》とは、あの|鬼春別将軍《おにはるわけしやうぐん》ではないか。あの|男《をとこ》ならば、|定《さだ》めて|金《かね》は|持《も》つてゐるだらうな。なかなか|智勇兼備《ちゆうけんび》の|勇将《ゆうしやう》だから|油断《ゆだん》はならぬ。|何《なに》はともあれ、|巧《うま》くだまし|込《こ》んで、|牢獄《らうごく》へぶち|込《こ》んでおけ』
『ハイ、|承知《しようち》いたしました。しかしながら|一行《いつかう》|五人《ごにん》、その|中《なか》で|四人《よにん》は|盗賊《たうぞく》の|改心《かいしん》した|奴《やつ》です。|治道居士《ちだうこじ》も、|岩窟《いはや》の|親分《おやぶん》セール|大尉《たいゐ》をはじめ、そのほか|一同《いちどう》の|奴《やつ》を、|誠《まこと》の|道《みち》とか、|間男《まをとこ》の|法《はふ》とかで、|改心《かいしん》さしてやると|言《い》つて、|強《つよ》いことを|言《い》つてをりますから、どうぞあなた|一寸《ちよつと》|来《き》て|下《くだ》さいませな』
『イヤ、おれは|何《なに》ほど|盗賊《どろぼう》の|親分《おやぶん》でも、|一旦《いつたん》|主人《しゆじん》と|仰《あふ》いだ|将軍《しやうぐん》を、|手《て》づから|放《ほ》り|込《こ》むことは|出来《でき》ぬ。|子分《こぶん》が|全部《ぜんぶ》|集《あつ》まつて、|五人《ごにん》の|奴《やつ》を|皆《みな》ブチ|込《こ》んでしまへ。そして、ぼつぼつと|持物《もちもの》を|引《ひ》つたくり、|甘《うま》く|片付《かたづ》けてしまふのだ。いいか、キツとぬかるでないぞ』
『ハイ|承知《しようち》いたしました。そんなら|第一《だいいち》の|牢獄《らうごく》へ、|五人《ごにん》とも|放《ほ》り|込《こ》んでしまひませうか』
『ウーン、|第一《だいいち》がよからう。|水《みづ》|一杯《いつぱい》|与《あた》へちやならぬぞ。そしてヤク、エールの|両人《りやうにん》はどこにゐるのだ』
『ハイ、|治道居士《ちだうこじ》の|両側《りやうがは》についてをります』
『アアさうか、ソリヤいい|事《こと》をした。|始《はじ》めての|功名《てがら》だ。ほめてやらねばなるまい。しかし|汝《きさま》と|一緒《いつしよ》に|行《い》つたエムは|何《ど》うなつたか』
『あのエムですか、あいつア|俄《には》かに|善《ぜん》の|道《みち》へ|堕落《だらく》しやがつて、|麓《ふもと》の|森林《しんりん》で|治道居士《ちだうこじ》に|道義《だうぎ》とか、|真理《しんり》とかを|説《と》き|聞《き》かされやがつて、|涙《なみだ》を|流《なが》し、|尾《を》を|振《ふ》り、|首《くび》をすくめてどつかへ【エム】|散霧消《さんむせう》してしまひました。|本当《ほんたう》に|腑甲斐《ふがひ》のない|奴《やつ》ですな。まだ|彼奴《あいつ》ア|盗賊学《どろぼうがく》に|達《たつ》してゐないものですから、たうとうお|蔭《かげ》を|落《お》としました。どうも|助《たす》けやうがないので|見遁《みのが》してやりました』
『ヤア、そいつア|大変《たいへん》だ。エムの|奴《やつ》、この|団体《だんたい》を|逃《に》げ|出《だ》し、そこら|中《ぢう》へ|廻《まは》つて|喋《しやべ》らうものなら、いつ|捕手《とりて》が|出《で》て|来《く》るか|知《し》れたものぢやない。なぜエムをつれて|帰《かへ》らなかつたか、|馬鹿《ばか》なことをしたものだのう』
『それでもあなた、|此方《こつち》は|三人《さんにん》、|向方《むかふ》には|豪傑《がうけつ》が|五人《ごにん》、エムなんかに|相手《あひて》になつてゐれば、|肝腎《かんじん》の|玉《たま》を|台《だい》なしにしてしまふと|思《おも》つて、|追《お》はなかつたのでございます』
『|仕方《しかた》がない。|既往《きわう》は|咎《とが》めぬから、|今後《こんご》は|心得《こころえ》たがよからう。サア|早《はや》く|五人《ごにん》の|奴《やつ》を|打《ぶ》ち|込《こ》んでしまへ』
タールは|逸早《いちはや》くこの|場《ば》を|去《さ》つて、|治道居士《ちだうこじ》|以下《いか》|四人《よにん》を、|第一牢獄《だいいちらうごく》へ|巧《うま》く|打《ぶ》ち|込《こ》んでしまつた。|治道居士《ちだうこじ》は|何《なに》か|心《こころ》に|期《き》するものの|如《ごと》く、さも|愉快気《ゆくわいげ》に|四人《よにん》をつれて|牢獄《らうごく》へ、|何《なん》の|抵抗《ていかう》もせずもぐり|込《こ》んだ。ヤク、エールの|両人《りやうにん》は|最早《もはや》|今日《こんにち》では|泥棒心《どろばうごころ》を|改《あらた》め、|治道居士《ちだうこじ》の|味方《みかた》となつてゐた。されどセールはじめタールその|他《た》の|盗人連《ぬすびとれん》には、|一人《ひとり》もこれを|知《し》るものがなかつた。それゆゑヤク、エールは|五人《ごにん》の|牢番《らうばん》を|命《めい》ぜらるる|事《こと》となつたのは、|治道居士《ちだうこじ》にとつて|非常《ひじやう》な|便宜《べんぎ》であつた。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 松村真澄録)
第五章 |独許貧《とくきよひん》〔一六六一〕
|伊太彦《いたひこ》『|吾《わ》が|師《し》の|君《きみ》に|相別《あひわか》れ ハルセイ|山《ざん》をスタスタと
|登《のぼ》りつめたる|折《を》りもあれ |木花姫《このはなひめ》の|御化身《ごけしん》に
|吾《わ》が|魂《たましひ》を|試《ため》されて ここに|悔悟《くわいご》の|花《はな》|開《ひら》き
|身魂《みたま》に|芳香《はうかう》|薫《くん》じつつ |蓮《はちす》の|花《はな》の|匂《にほ》ふ|野《の》を
あてどもなしに|進《すす》み|来《く》る |山《やま》また|山《やま》の|谷間《たにあひ》を
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》を|杖《つゑ》となし |力《ちから》となして|漸《やうや》くに
ハルセイ|沼《ぬま》の|辺《ほとり》まで |来《き》たりて|見《み》れば|虎熊《とらくま》の
|山《やま》|雲表《うんぺう》に|聳《そび》え|立《た》ち |雲《くも》に|被《おほ》はれをる|中《なか》ゆ
|音《おと》に|名高《なだか》き|噴火口《ふんくわこう》 |天《てん》を|焦《こが》せる|凄《すさま》じさ
|吾《わ》が|師《し》の|君《きみ》は|今《いま》いづこ ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》は|嘸《さぞ》やさぞ
|行《ゆ》く|手《て》になやみ|足《あし》|痛《いた》め |苦《くる》しみ|艱《なや》む|事《こと》だらう
|魔神《まがみ》の|猛《たけ》る|月《つき》の|国《くに》 もし|悪者《わるもの》に|捕《とら》へられ
|身《み》も|世《よ》もあられぬ|苦《くる》しみに |会《あ》うてゐるのぢやあるまいか
|心《こころ》のせいか|知《し》らねども |何《なん》だか|胸《むね》が|騒《さわ》がしく
|不安《ふあん》の|空気《くうき》が|襲《おそ》うて|来《き》た ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|皇大神《すめおほかみ》の|御威徳《ごゐとく》に |繊弱《かよわ》き|女《をんな》の|一人旅《ひとりたび》
いと|安《やす》らけく|平《たひ》らけく |神《かみ》のあれますエルサレム
|貴《うづ》の|都《みやこ》へ|送《おく》りませ |吾《われ》は|男《をとこ》の|身《み》にしあれば
|如何《いか》なる|艱難《なやみ》も|枉神《まがかみ》も |少《すこ》しも|恐《おそ》れず|進《すす》み|行《ゆ》く
デビスの|姫《ひめ》やブラワ゛ーダ |二人《ふたり》の|身魂《みたま》が|気《き》にかかり
|進《すす》みかねたる|膝栗毛《ひざくりげ》 |神《かみ》の|司《つかさ》となりし|身《み》は
|実《げ》に|断腸《だんちやう》の|思《おも》ひをば |幾度《いくたび》となく|嘗《な》めてゆく
|実《げ》に|味気《あぢき》なき|人《ひと》の|世《よ》と |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|愚痴《ぐち》こぼす
|伊太彦司《いたひこつかさ》の|過《あやま》ちを |直日《なほひ》に|見直《なほ》し|聞直《ききなほ》し
|詔直《のりなほ》しつつ|許《ゆる》しませ |雲霧《くもきり》|深《ふか》き|虎熊《とらくま》の
|麓《ふもと》を|進《すす》む|森林地《しんりんち》 |猛獣《まうじう》|毒蛇《どくじや》はいふも|更《さら》
|心《こころ》|汚《きたな》き|盗人《ぬすびと》の しきりに|出没《しゆつぼつ》すると|聞《き》く
|心《こころ》もとなき|吾《わ》が|旅路《たびぢ》 |守《まも》らせ|給《たま》へ|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|柱《はしら》の|瑞御霊《みづみたま》 |神素盞嗚《かむすさのを》の|大御神《おほみかみ》
|此《こ》の|世《よ》の|元《もと》の|大御祖《おほみおや》 |国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》の
|貴《うづ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎ|奉《まつ》る |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも たとへ|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|誠《まこと》の|力《ちから》は|世《よ》を|救《すく》ふ |誠《まこと》の|力《ちから》は|世《よ》を|救《すく》ふ
|誠《まこと》|一《ひと》つの|宣伝使《せんでんし》 |神《かみ》の|教《をしへ》を|蒙《かうむ》りて
|進《すす》まむ|道《みち》に|枉神《まがかみ》の |妨害《さや》らむ|筈《はず》はなけれども
どうしたものか|近頃《ちかごろ》は |姫《ひめ》の|身《み》の|上《うへ》|気《き》にかかる
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》の|恩頼《ふゆ》を|給《たま》へかし
|此《こ》の|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|直日《なほひ》に|見直《なほ》し|詔直《のりなほ》し |勇気《ゆうき》をこして|虎熊《とらくま》の
|魔神《まがみ》の|猛《たけ》ぶ|山坂《やまさか》を |吾《われ》は|淋《さび》しく|進《すす》み|行《ゆ》く』
と|歌《うた》ひながら|密林《みつりん》の|中《なか》の|小径《こみち》を、スタスタ|登《のぼ》つて|来《く》るのは、|伊太彦司《いたひこつかさ》であつた。
|道《みち》の|傍《かたはら》に|又《また》もや|二人《ふたり》の|男《をとこ》が、ヒソビソ|話《ばなし》に|耽《ふけ》つてをる。
エム『オイ、タツ、お|前《まへ》もいい|加減《かげん》に、トランスを|止《や》めたらどうだ』
タツ『ヘン、そりや|何《なに》をいふのだ。|貴様《きさま》だつてトランスぢやないか。|豆腐屋《とうふや》は|豆腐《とうふ》を|造《つく》つて|売《う》り、|酒屋《さかや》は|酒《さけ》を|造《つく》つて|売《う》り、|泥棒《どろばう》は|人《ひと》の|懐《ふところ》を|狙《ねら》つて|自分《じぶん》の|懐《ふところ》を|肥《こ》やすのが|商売《しやうばい》だ。この|世《よ》の|中《なか》は|自分《じぶん》の|商売《しやうばい》に、|勉強《べんきやう》せなくちやならないよ。|税金《ぜいきん》の|要《い》らぬ|資本《もとで》の|要《い》らぬ、こんないい|商売《しやうばい》があるか』
『|一寸《ちよつと》|聞《き》くとボロい|商売《しやうばい》のやうだが、|一月《ひとつき》に|一度《いちど》か|二度《にど》、|収入《しうにふ》があつても、|大部分《だいぶぶん》は|親方《おやかた》に|取《と》られ、|食《く》ふや|食《く》はずで|戦々恟々《せんせんきやうきやう》と、この|広《ひろ》い|世《よ》の|中《なか》を|狭《せま》く|暮《くら》すといふ|詮《つま》らぬことはないぢやないか。|俺《おれ》たちは|元《もと》はバラモンの|軍人《ぐんじん》だから|泥棒《どろばう》も|面白《おもしろ》いと|思《おも》ひ、また|人《ひと》を|殺《ころ》すのも|何《なん》とも|思《おも》はなかつたが、あの|虎熊山《とらくまやま》のセールの、|元親分《もとおやぶん》の|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍様《しやうぐんさま》が|比丘《びく》の|姿《すがた》となり、|法螺《ほら》を|吹《ふ》いておいで|遊《あそ》ばすのに|出会《であ》ひ、|結構《けつこう》な|話《はなし》を|聞《き》いて|改心《かいしん》したところだ。ところが|俺《おれ》の|相棒《あいぼう》のタールといふ|奴《やつ》、どこまでも|悪《あく》を|立通《たてとほ》すといひやがるものだから、|袂《たもと》を|別《わか》ちてここまで|来《き》たのだ。すると|此処《ここ》まで|来《く》ると、お|前《まへ》がゐるので、|俺《おれ》は|神様《かみさま》に|救《すく》はれたのだから、お|前《まへ》も|善人《ぜんにん》にしてやりたいと|思《おも》つて|意見《いけん》するのだから、ちつと|身《み》を|入《い》れて|聞《き》いてくれ。|決《けつ》して|悪《わる》い|事《こと》はいはぬのだからな』
『ウン、さう|聞《き》けばさうだな。|俺《おれ》だつて|泥棒《どろばう》が|好《す》きでやつてるのぢやない。|親譲《おやゆづ》りの|財産《ざいさん》が|沢山《たくさん》あつたのだが、|一《ひと》つ|新奇発明《しんきはつめい》の|商売《しやうばい》をやつて、ガラリと|失敗《しつぱい》し、|国所《くにどころ》にもをれぬので|乞食《こじき》となつて、ここにやつて|来《き》たところが、セールの|親分《おやぶん》が|拾《ひろ》ひ|上《あ》げてくれたので|鼻《はな》の|下《した》だけ、どうなり、かうなり|濡《ぬ》らせるやうになつたのだ。|三丁町《さんちやうまち》、|五丁町《ごちやうまち》|歩《ある》いて|一文《いちもん》の|金《かね》をもらひ、|乞食《こじき》|乞食《こじき》とさげすまれ、|人《ひと》の|軒《のき》に|寝《ね》ては|足蹴《あしげ》にされ、|辻堂《つじだう》に|一夜《いちや》|明《あ》かしては|追《お》ひ|立《た》てを|喰《く》つてゐた|今《いま》までの|境遇《きやうぐう》に|比《くら》ぶれば、よほど|気《き》が|利《き》いてると|思《おも》つて|泥棒《どろばう》になつたのだ。しかし|何《なに》かいい|商売《しやうばい》があれば、こんなことアしたくないのだが、これも|因縁《いんねん》だらうかい』
『お|前《まへ》|商売《しやうばい》をしたといふが、どんな|商売《しやうばい》して|失敗《しつぱい》したのか』
『ウン、マア|一《ひと》つ|聞《き》いてくれ。|俺《おれ》は|凡《すべ》て|若《わか》い|時《とき》から|発明好《はつめいず》きで|専売特許《せんばいとくきよ》を|十二三《じふにさん》も|取《と》つてをるのだ。しかしながら|専売特許《せんばいとくきよ》は|農商務省《のうしやうむしやう》で|許《ゆる》してくれたが、しかしこれを|売出《うりだ》す|段《だん》となると|一《ひと》つも|動《うご》かぬのだから|困《こま》つてゐるのだ。それがために|親譲《おやゆづ》りの|財産《ざいさん》を、スツカリ【すつて】しまつたのだ』
『どんな|物《もの》を|発明《はつめい》したのだい』
『エー、ワツトが|鉄瓶《てつびん》の|湯気《ゆげ》を|見《み》て|蒸汽《じようき》を|発明《はつめい》したり、ニュートンが|林檎《りんご》の|落《お》ちるのを|見《み》て|地球《ちきう》の|引力説《いんりよくせつ》を|称《とな》へたやうに、|俺《おれ》も|何《なに》かの|動機《どうき》がなくちや、|発明《はつめい》が|出来《でき》ぬが、ある|時《とき》ランプのホヤの|掃除《さうぢ》してゐたのだ。あのホヤの|黒《くろ》くなつたのをホヤ|掃除器《さうぢき》で|上下《じやうげ》へ|擦《こす》るといふと、|全然《すつかり》|埃《ほこり》が|除《と》れる。|真黒《まつくろ》の|奴《やつ》が|元《もと》の|透明体《とうめいたい》のホヤになるだらう』
『ウン|成《な》るほど、ずゐぶん|綺麗《きれい》になるな。それからどうしたといふのだ』
『それからお|前《まへ》、|百日百夜《ひやくにちひやくや》、|首《くび》をひねつて|考《かんが》へた|結果《けつくわ》、|人身清潔器《じんしんせいけつき》といふのを|発明《はつめい》したのだ』
『なるほど、そりや|面白《おもしろ》からう。お|前《まへ》|医学《いがく》でも|研究《けんきう》した|事《こと》があるのか』
『なに、|医学《いがく》なんか|駄目《だめ》だよ。|今時《いまどき》の|医者《いしや》に|本当《ほんたう》の|病《やまひ》を|直《なほ》すものはない。|病気《びやうき》は|決《けつ》して|薬《くすり》なんか|呑《の》んでも|癒《なほ》るものぢやない。|癒《なほ》る|病気《びやうき》はホツといても|癒《なほ》るものだ。|俺《おれ》はそれよりも|病気《びやうき》の|起《おこ》らぬやう|人身清潔器《じんしんせいけつき》を|作《つく》つたのだ。|即《すなは》ちランプのホヤ|掃除《さうぢ》するブラシといふ|器械《きかい》を|八尺《はつしやく》ほどまで|延長《えんちやう》し、|向上虫《かうじやうむし》の|這《は》つてをるやうな|格好《かくかう》に|作《つく》り|上《あ》げ、|大地《だいち》に|並《なら》べて|見《み》たところ、|大蜈蚣《おほむかで》が|這《は》うてるやうなものが|出来上《できあ》がつた。それを|人体掃除器《じんたいさうぢき》として|売出《うりだ》したのだ。とかく|酒《さけ》を|呑《の》み|過《す》ぎたり、|飯《めし》を|食《く》ひすぎたりすると|腹《はら》を|悪《わる》うし|塵芥《ごもく》がたまるから、ランプの|掃除《さうぢ》するやうに|口《くち》から|尻《しり》の|穴《あな》へ|通《とほ》して、|上下《うへした》へギユーギユーと|擦《こす》るといふと、スツカリ|腹《はら》の|中《なか》の|芥《ごもく》が|出《で》るといふ|考案《かうあん》だ。さうしたところが|人間《にんげん》の|口《くち》と|尻《しり》とが|余《あんま》り|細《ほそ》うて|腹《はら》が|太《ふと》いので、|口《くち》と|尻《しり》とは|掃除《さうぢ》ができるが|肝腎《かんじん》の|腹《はら》の|掃除《さうぢ》が|駄目《だめ》だ。それで|誰《たれ》も|彼《かれ》も|使《つか》ひもせずに、くさして|買《か》つてくれぬのだ。|売出《うりだ》す|積《つも》りで|一万本《いちまんぼん》ばかり|作《つく》つたが|駄目《だめ》だつたよ』
『ハハハハ、そいつア|話《はなし》にならぬわい。それからどうしたのだ』
『それからお|前《まへ》、|今度《こんど》はあまり|資本金《しほんきん》の|要《い》らぬ|天造物《てんざうぶつ》を|売出《うりだ》す|事《こと》を|発明《はつめい》したのだ。それはそれは|実《じつ》に|奇想天外《きさうてんぐわい》の|考案《かうあん》だつた』
『その|奇想天外《きさうてんぐわい》を|一《ひと》つ|聞《き》かしてくれないか』
『これは|大々的《だいだいてき》|秘密《ひみつ》だ。|口外《こうぐわい》しないといふことを|誓《ちか》ふなら|話《はな》して|遣《や》らう。|実《じつ》は|華氏《くわし》の|二十七八度《にじふしちはちど》といふ|寒《さむ》さの|時《とき》に|採取《さいしゆ》するのだ。|当世《たうせい》は|床屋《とこや》から|商売屋《しやうばいや》|百姓《ひやくしやう》まで|需要《じゆよう》の|多《おほ》いガラスの|代用品《だいようひん》を|発明《はつめい》したのだ。|池《いけ》の|面《おも》に|張《は》つてをる|厚《あつ》さ|一分《いちぶ》|乃至《ないし》|二分《にぶ》くらゐの|薄《うす》い|氷《こほり》を|引割《ひきわ》つてこれを|石油《せきゆ》の|空箱《あきばこ》につめ|込《こ》み|鏡《かがみ》や|障子用《しやうじよう》として|売出《うりだ》すのだ。|夏《なつ》なぞは|氷《こほり》のガラスを|障子《しやうじ》にハメ|込《こ》んでおくと、|自然《しぜん》に|氷《こほり》に|風《かぜ》が|当《あた》つて|夏《なつ》の|最中《さいちう》でも|居間《ゐま》が|涼《すず》しうなつて|来《く》る。なにぶん|原料《げんれう》が|只《ただ》だからこんなボロい|金儲《かねまう》けはないと|思《おも》つて、セツセと|寒《さむ》いのに|池《いけ》の|中《なか》へ|小舟《こぶね》を|浮《うか》べて|切採《きりと》り、|家《いへ》に|帰《かへ》つて|秘蔵《ひざう》し、|新奇発明《しんきはつめい》の「|清涼《せいりやう》ガラス|夏知《なつし》らず」と|名《な》を|付《つ》けて、|広告料《くわうこくれう》を|沢山《たくさん》に|都鄙《とひ》の|大新聞《だいしんぶん》に|払《はら》つて|開業《かいげふ》したところ、|世間《せけん》の|奴《やつ》は|馬鹿《ばか》にして|一人《ひとり》も|注文《ちうもん》してくれない。|何故《なぜ》だらうかと|庫《くら》を|開《あ》けて|調《しら》べて|見《み》たら|倉《くら》の|中《なか》はズクズクに|水《みづ》が|溜《たま》つてゐた。|大方《おほかた》|鼠《ねずみ》が|小便《せうべん》でも|垂《た》れよつたのかと|思《おも》ひながら|氷《こほり》ガラスを|納《をさ》めた|箱《はこ》を|調《しら》べて|見《み》ると、|一枚《いちまい》も|残《のこ》らず|皆《みな》|解《と》けてゐよつたのだ。そこで|氷解防止法《ひようかいばうしはふ》をまだ|研究中《けんきうちう》なのだ。これさへ|成功《せいこう》すれば、|馬鹿《ばか》らしい|泥棒《どろばう》なんか|稼《かせ》がなくても、|立派《りつぱ》な|紳士《しんし》として|暮《く》らされるのだからなア』
『オイ、お|前《まへ》そんな|事《こと》を|真面目《まじめ》に|考《かんが》へてゐるのか。|実《じつ》に|感珍《かんちん》の|至《いた》りだ、|古今独歩《ここんどくぽ》だ、|珍奇無類《ちんきむるゐ》|飛切《とびき》りの|考案《かうあん》だ。アハハハハ、お|前《まへ》モウそれだけの|発明《はつめい》でしまひか、|君《きみ》のことだから、まだ|外《ほか》に|発明品《はつめいひん》があるだらうなア』
『ウン、それからお|前《まへ》、|今度《こんど》はも|一《ひと》つ|脳味噌《なうみそ》を|圧搾《あつさく》して|用心箱《ようじんばこ》といふものを|造《つく》つて|売《う》り|出《だ》す|事《こと》を|考《かんが》へ|出《だ》したのだ。|俺《おれ》も|元《もと》はハルナの|生《うま》れだ。ハルナの|都《みやこ》は|大変《たいへん》に|風《かぜ》が|烈《はげ》しうて|土埃《つちぼこり》が|立《た》つのだ。それで|道《みち》|行《ゆ》く|人《ひと》の|二《ふた》つの|目《め》へ|埃《ほこり》が|這入《はい》り、そのため|目《め》を|病《や》んで|盲《めくら》になるものが|沢山《たくさん》|出《で》て|来《く》る。|盲《めくら》になりや|大抵《たいてい》の|奴《やつ》が|三味弾《しやみひき》になつたり、|三味線《しやみせん》の|師匠《ししやう》になるから|猫《ねこ》の|皮《かは》が|必要《ひつえう》だ。それでハルナの|都《みやこ》の|猫《ねこ》の|種《たね》がほとんど|絶《た》えてしまふだらう。そしたら|鼠《ねずみ》が|自分《じぶん》の|天下《てんか》だといふやうな|顔《かほ》して|家々《いへいへ》に|持《も》つてゐる|着物《きもの》や|道具《だうぐ》を|噛《かぢ》るに|違《ちが》ひない。また|箱類《はこるゐ》なども|噛《かぢ》りさがすに|違《ちが》ひないから、|今《いま》の|中《うち》に|箱《はこ》を|沢山《たくさん》|作《つく》つて|売出《うりだ》したら|儲《まう》かると|思《おも》つて、|今度《こんど》は|乗《の》るか|反《そ》るかで、あるだけの|財産《ざいさん》を|放《ほ》り|出《だ》し、|沢山《たくさん》の|箱《はこ》を|作《つく》つたところが、|一《ひと》つも|売《う》れず、|到頭《たうとう》|貧乏《びんばふ》してしまひ、|国所《くにどころ》にもをれぬやうになつて|乞食《こじき》になつたのだよ。|俺《おれ》くらゐ|不運《ふうん》のものは|世《よ》の|中《なか》にありやせぬわ。あれだけの|金《かね》があればハルナで|僕《しもべ》の|三人《さんにん》も|使《つかひ》い、|妾《めかけ》の|一人《ひとり》もおいて|紳士《しんし》で|暮《くら》されるのだが、|困《こま》つた|事《こと》をしたわい』
『ハハハハ、そいつア|駄目《だめ》だわい。お|前《まへ》もずゐぶん|賢《かしこ》い|割《わ》りとは|知恵《ちゑ》がないわい。あんまり|気《き》が|利《き》き|過《す》ぎると|間《ま》がぬけるからな。そんな|頓馬《とんま》では、|泥棒《どろばう》しても|駄目《だめ》だぞ。|矢張《やつぱ》りもとの|乞食《こじき》が|性《しやう》に|合《あ》ふとるわ。それだから、|改心《かいしん》をして|泥棒《どろばう》をやめ、|何《なに》か|俺《おれ》|達《たち》と|一緒《いつしよ》に、よい|商売《しやうばい》にありつかぬかと|言《い》ふのだ』
『ともかく、|兄貴《あにき》に|任《まか》しておくわ。ヤア、|何《なん》だか|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》が|聞《き》こえて|来《く》るぢやないか、|何《なん》と|恐《おそ》ろしい|声《こゑ》だのう』
『ヤア、ありや|三五教《あななひけう》の|宣伝歌《せんでんか》だ。マア|気《き》を|落付《おちつ》けて、ここに|待《ま》つてをらうぢやないか。もう|泥坊《どろばう》をやめた|以上《いじやう》、|別《べつ》に|人間《にんげん》も|恐《こは》くないからな。それよりも|貴様《きさま》、この|間《あひだ》、|岩窟《いはや》の|中《なか》へ|引《ひ》き|込《こ》まれた|二人《ふたり》の|美人《びじん》は、|素敵《すてき》な|者《もの》ぢやないか』
『|本当《ほんたう》に|凄《すご》いやうな|美人《びじん》だつたね。おほかた|大将《たいしやう》が【レコ】にするのだらうよ。アツハハハハ』
かかる|所《ところ》へ|近《ちか》づいて|来《き》たのは|伊太彦《いたひこ》であつた。
|伊太《いた》『|一寸《ちよつと》ものを|尋《たづ》ねますが、この|山道《やまみち》を|十六七《じふろくしち》の|女《をんな》は|通《とほ》らなかつたですか』
エム『ハイ、|二三日前《にさんにちまへ》に、それはそれは|立派《りつぱ》な|女宣伝使《をんなせんでんし》が|一人《ひとり》、またその|翌日《よくじつ》、|今《いま》あなたの|仰有《おつしや》つたやうな|若《わか》い|若《わか》い|御婦人《ごふじん》が|一人《ひとり》、ここをお|通《とほ》りになつたところ、この|山《やま》で|働《はたら》く|大泥棒《おほどろばう》の|親分《おやぶん》に|捕《とら》へられ、|岩窟《いはや》の|中《なか》へ|連《つ》れ|込《こ》まれてしまひましたよ。|本当《ほんたう》に|可憐《かはい》さうでたまりませぬわ』
『その|女《をんな》はデビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダといふ|名《な》ではなかつたか』
『ハイ、エベスだとか、ブラブラ|婆《ば》アだとかいふ|事《こと》ですが、なかなかどうしてどうして、|婆《ば》アどころですか、|水《みづ》の|垂《た》るやうな|別嬪《べつぴん》でした。|今《いま》はセール|親方《おやかた》の|居間《ゐま》の|近《ちか》くの|牢獄《らうごく》に|打《ぶ》ち|込《こ》んでございます』
『コリヤ、その|方《はう》は|泥棒《どろばう》だな』
『いえ、めつさうもない。|私《わたし》は|真人間《まにんげん》でございます』
『|馬鹿《ばか》|申《まを》せ、|真人間《まにんげん》が|岩窟《いはや》の|中《なか》に|姫《ひめ》が|隠《かく》してあることが、どうして|分《わか》らうか。おほかた|貴様《きさま》は|乾児《こぶん》だらう』
『ハイ、|今日《けふ》までは|泥棒《どろばう》の|乾児《こぶん》でございましたが、|実《じつ》のところは|鬼春別将軍様《おにはるわけしやうぐんさま》が|比丘《びく》となつて、ここをお|通《とほ》り|遊《あそ》ばし、|結構《けつこう》なお|道《みち》を|教《をし》へて|下《くだ》さつたので、やうやく|改心《かいしん》しまして、|仲間《なかま》の|目《め》を|忍《しの》び、ここまで|逃《に》げて|来《き》ましたところ、ここにまた|一人《ひとり》の|小泥棒《こどろぼう》が|休《やす》んでゐましたので、|早《はや》く|改心《かいしん》したらどうだと、|今《いま》も|今《いま》とて|意見《いけん》をしてをつたところでございます』
『お|前《まへ》も|最早《もはや》|善心《ぜんしん》に|立《た》ち|帰《かへ》つたのか。それに|間違《まちが》ひはないのかな』
|両人《りやうにん》|慄《ふる》ひながら|口《くち》を|揃《そろ》へて、
|両人《りやうにん》『ハイ、|間違《まちが》ひはございませぬ』
|伊太《いた》『しからばその|岩窟《いはや》とやらへ|案内《あんない》してくれ。|二人《ふたり》の|姫《ひめ》を|救《すく》ひ|出《だ》さねばならぬから』
エム『どうも|沢山《たくさん》な|泥棒《どろばう》がをりますので、あなたお|一人《ひとり》では|危《あぶ》なうございますから、お|止《や》めになつたらどうです。|現《げん》に|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》が|親分《おやぶん》を|改心《かいしん》さすといつて|六人《ろくにん》の|子分《こぶん》をつれてお|出《い》でになりました。やがて|一件《いつけん》|落着《らくちやく》して|無事《ぶじ》にお|帰《かへ》りになるでせうからな』
『|何《なに》、あの|比丘姿《びくすがた》の|将軍様《しやうぐんさま》がおいでになつたといふのか。それなれば|尚《なほ》の|事《こと》だ。これを|聞《き》いた|以上《いじやう》は|見逃《みのが》すわけには|行《ゆ》かぬ。サア|案内《あんない》をせい』
『ハイ、|案内《あんない》をせいとおつしやれば、せぬ|事《こと》はありませぬが、|私《わたし》は|最早《もはや》|泥棒《どろばう》を|改心《かいしん》したのですから、|彼奴《あいつ》らに|見付《みつ》けられたら|命《いのち》がございませぬ。|何卒《どうぞ》こればかりは|御堪弁《ごかんべん》を|願《ねが》ひたうございます』
『ナニ、|心配《しんぱい》は|要《い》らぬ。|私《わし》はこの|通《とほ》り|神変不思議《しんぺんふしぎ》のウバナンダ|竜王《りうわう》から|頂《いただ》いた|夜光《やくわう》の|玉《たま》がある。これがあれば|百万《ひやくまん》の|敵《てき》も|恐《おそ》るるにおよばないのだ。サア|案内《あんない》せい』
この|言葉《ことば》に|二人《ふたり》は|不安《ふあん》の|念《ねん》にかられながら、|伊太彦《いたひこ》が|恐《こは》さに、|屠所《としよ》の|羊《ひつじ》のごとくスゴスゴと|先《さき》に|立《た》つて、|岩窟《がんくつ》|目《め》がけて|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 北村隆光録)
第六章 |噴火口《ふんくわこう》〔一六六二〕
エムは|伊太彦《いたひこ》の|先《さき》に|立《た》ち、|慄《ふる》ひ|声《ごゑ》を|出《だ》しながら、|道々《みちみち》|謡《うた》ひ|上《のぼ》り|行《ゆ》く。
『バラモン|教《けう》の|軍人《いくさびと》 |伍長《ごちやう》となつたこのエムは
|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍《しやうぐん》が |猪倉山《ゐのくらやま》の|砦《とりで》にて
|軍《いくさ》の|解散《かいさん》したゆゑに |是非《ぜひ》なくここに|盗人《ぬすびと》と
なり|下《さが》りたる|身《み》の|因果《いんぐわ》 ウントコドツコイ ハアハアハア
|御大将《おんたいしやう》は|比丘《びく》となり お|金《かね》をどつさり|懐《ふところ》に
|入《い》れてどこかに|逃《に》げてゆく |後《あと》に|残《のこ》つた|雑兵《ざふひやう》は
ウントコドツコイきつい|坂《さか》 |目腐《めくさ》れ|金《がね》をいただいて
|月《つき》の|都《みやこ》に|帰《かへ》ろにも |旅費《りよひ》にも|足《た》らぬあはれさに
やけをおこして|酒《さけ》を|飲《の》み |今《いま》は|詮《せん》なき|真裸体《まつぱだか》
セールの|大将《たいしやう》に|従《したが》うて |虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《がんくつ》に
|人《ひと》のいやがる|盗人《ぬすびと》の |乾児《こぶん》のはしに|加《くは》へられ
わづかに|命《いのち》を|保《たも》ちつつ |風《かぜ》が|吹《ふ》いてもビツクビク
|山《やま》が|鳴《な》つても|胸《むね》|躍《をど》り ドキドキドキと|世《よ》の|中《なか》を
|恐《おそ》れ|戦《をのの》き|暮《くら》しつつ |今日《けふ》が|日《ひ》までも|暮《く》れてきた
ウントコドツコイ ドツコイシヨ |折角《せつかく》|人《ひと》と|生《うま》れ|来《き》て
|人《ひと》の|懐《ふところ》あてにする |悪《わる》い|泥棒《どろばう》となり|下《さが》り
この|世《よ》を|忍《しの》ぶ|苦《くる》しさよ |国《くに》にまします|両親《りやうしん》や
|兄《あに》や|妹《いもと》が|聞《き》いたなら さぞや|驚《おどろ》くことだらう
|胸《むね》に|勲章《くんしやう》をブラさげて |天晴《あつぱ》れ|手柄《てがら》を|現《あら》はしつ
|帰《かへ》つて|来《く》るかと|朝夕《あさゆふ》に |家族《かぞく》が|待《ま》つてをるだらうに
|思《おも》へば|思《おも》へば|情《なさ》けない つまらぬ|事《こと》になつてきた
それでも|食《く》はぬが|悲《かな》しさに |泥棒《どろばう》の|仲間《なかま》に|加《くは》へられ
|悪《わる》い|事《こと》とは|知《し》りながら |長《なが》い|太刀《だんびら》|振《ふ》りまはし
|人《ひと》を|脅《おど》して|金《かね》を|取《と》る こんな|商売《しやうばい》をいつまでも
|続《つづ》けてをつた|事《こと》ならば |梵天《ぼんてん》|帝釈《たいしやく》|自在天《じざいてん》
|大国彦《おほくにひこ》の|大神《おほかみ》の たちまち|冥罰《めいばつ》|当《あた》るだらう
|早《はや》く|心《こころ》を|改《あらた》めて |善《ぜん》と|真《しん》との|真道《まさみち》に
|帰《かへ》りたいとは|思《おも》へども |何《なに》をいつても|金《かね》がなきや
|善《ぜん》をせうにも|道《みち》が|無《な》い |止《や》むを|得《え》ずして|悪党《あくたう》の
|仲間《なかま》で|今日《けふ》まで|暮《く》れてきた ツクヅク|此《この》|世《よ》が|嫌《いや》になり
|罪亡《つみほろ》ぼしに|虎熊《とらくま》の |噴火口《ふんくわこう》にと|身《み》を|投《な》げて
|亡《ほろ》びてしまはふと|思《おも》うたが |何《なん》だか|命《いのち》が|惜《を》しくなり
|臆病風《おくびやうかぜ》にさそはれて |死《し》にさへならぬ|苦《くる》しさよ
タールの|奴《やつ》と|二人連《ふたりづ》れ この|山口《やまぐち》に|現《あら》はれて
|往来《ゆきき》の|人《ひと》を|掠《かす》めむと |話《はなし》にふける|折《を》りもあれ
|四辺《あたり》の|木魂《こだま》をひびかせて たちまち|聞《き》こゆるホラの|声《こゑ》
|魂《たましひ》ふるひ|神《しん》は|飛《と》び |身体《しんたい》たちまち|戦慄《せんりつ》し
|密樹《みつじゆ》の|蔭《かげ》に|身《み》を|潜《ひそ》め |因果《いんぐわ》を|定《さだ》むる|折《を》りもあれ
|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍《しやうぐん》は |比丘《びく》の|姿《すがた》と|現《あら》はれて
|四人《よにん》の|弟子《でし》に|打《う》ち|向《む》かひ |善悪正邪《ぜんあくせいじや》の|理《ことわり》を
|説《と》かせたまふぞ|有難《ありがた》き ここにいよいよ|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|底《そこ》より|改《あらた》めて |悪《あく》をフツツリ|思《おも》ひ|切《き》り
これから|難行《なんぎやう》|苦行《くぎやう》して |一《ひと》つの|仕事《しごと》に|喰《くら》ひつき
|身《み》を|粉《こ》に|砕《くだ》き|父母《ちちはは》に |安心《あんしん》させむものをぞと
ここまで|帰《かへ》り|来《き》て|見《み》れば |泥棒《どろばう》|仲間《なかま》のタツ|公《こう》が
|路傍《ろばう》の|石《いし》に|腰《こし》かけて やすんでをるのに|出会《でつくは》し
|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍《しやうぐん》が |教《をしへ》の|言葉《ことば》の|受売《うけう》りを
|初《はじ》めてをつたとこだつた そこへ|伊太彦《いたひこ》|宣伝使《せんでんし》
|宣伝歌《せんでんか》をば|謡《うた》ひつつ |現《あら》はれまして|両人《りやうにん》に
|眼《まなこ》をいからし|詰問《きつもん》し たしなめたまふ|権幕《けんまく》に
|恐《おそ》ろし|奴《やつ》の|集《あつ》まつた |泥棒《どろばう》の|岩窟《いはや》へ|案内《あんない》と
|出《で》かけて|往《ゆ》くのは|情《なさ》けない これもやつぱり|旧悪《きうあく》の
|報《むく》いが|来《き》たのか|悲《かな》しさよ |梵天《ぼんてん》|帝釈《たいしやく》|自在天《じざいてん》
|憐《あは》れみたまひエム タツの |二人《ふたり》の|氏子《うぢこ》が|恙《つつが》なく
|岩窟《いはや》を|切《き》りぬけ|本国《ほんごく》へ |立《た》ちかへるべく|守《まも》りませ
ウントコドツコイ ドツコイシヨ アイタタ タツタ|躓《つまづ》いた
|肝心要《かんじんかなめ》の|親指《おやゆび》の |爪《つめ》がおきたか|血《ち》が|滲《にじ》む
|本当《ほんたう》に|痛《いた》い|苦《くる》しいわ これこれもうし|宣伝使《せんでんし》
|私《わたし》の|指《ゆび》も|伊太彦《いたひこ》の |神《かみ》の|司《つかさ》よ|赤《あか》い|血《ち》は
|私《わたし》の|心《こころ》の|表現《へうげん》ぞ あはれみたまひて|逸早《いちはや》く
この|案内《あんない》を|許《ゆる》しませ |何《なん》だか|先《さき》が|恐《おそ》ろしい
|足《あし》はブルブル|慄《ふる》ひだし |腰《こし》はワナワナ|戦《おのの》いて
もはや|一歩《いつぽ》も|行《ゆ》かれない ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
|伊太《いた》『アハハハハ、|気《き》の|弱《よわ》い|奴《やつ》だなア。ようそんなことで|今《いま》まで|泥棒《どろばう》が|出来《でき》たものだなア、まア|一服《いつぷく》せい』
エム『ハイ|有難《ありがた》うございます。そんなら|此処《ここ》で|一《ひと》つ、|一服《いつぷく》いたしませう』
と|三人《さんにん》は|坂道《さかみち》の|傍《かたはら》に|息《いき》を|休《やす》めてをる。|伊太彦《いたひこ》は|心《こころ》は|矢《や》のごとく|急《いそ》げども、なにぶん|道《みち》|不案内《ふあんない》のこととて、この|両人《りやうにん》に|案内《あんない》させるより|良法《りやうはふ》はないと|感《かん》じ、|二人《ふたり》を|労《いた》はつて、しばらく|休息《きうそく》を|許《ゆる》したのである。
|伊太彦《いたひこ》『|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|虎熊山《とらくまやま》の|頂《いただき》は
|天《てん》に|向《む》かつて|炎《ほのほ》|吐《は》きつつ
|火《ひ》の|神《かみ》の|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|荒《すさ》ぶなる
この|高山《たかやま》ぞ|曲津見《まがつみ》の|宿《やど》
|盗人《ぬすびと》の|頭《かしら》の|巣《す》くふ|岩窟《いはやど》に
|二人《ふたり》の|姫《ひめ》は|世《よ》を|歎《かこ》つらむ
|夜《よる》|光《ひか》る|玉《たま》の|力《ちから》を|現《あら》はして
|曲《まが》の|頭《かしら》を|照《て》らさむとぞ|思《おも》ふ
|日《ひ》は|西《にし》に|早《はや》|傾《かたむ》きて|山《やま》|高《たか》し
|急《いそ》ぎて|行《ゆ》けよ|二人《ふたり》の|案内者《あないしや》』
エム『|心《こころ》のみ|千々《ちぢ》に|焦《あせ》れど|如何《いか》にせむ
|足腰《あしこし》|慄《ふる》ひ|儘《まま》ならぬ|身《み》は』
タツ『|竜神《りうじん》の|玉《たま》をいだきし|君《きみ》ならば
|恐《おそ》れは|非《あら》じ|独《ひと》り|登《のぼ》りませ
|夜《よる》|光《ひか》る|玉《たま》を|持《も》ちます|君《きみ》ならば
|案内《あない》の|人《ひと》も|如何《いか》で|要《い》るべき』
|伊太彦《いたひこ》『|汝等《なんぢら》は|言葉《ことば》をかまへ|危《あや》ふきを
のがれむとする|卑怯者《ひけふもの》ぞや
|疾《と》く|立《た》てよ|心《こころ》の|持方《もちかた》|一《ひと》つにて
|易《やす》く|登《のぼ》れむこの|坂道《さかみち》も』
エム『|是非《ぜひ》もなし|司《つかさ》の|言葉《ことば》に|従《したが》ひて
|命《いのち》|限《かぎ》りに|案内《あんない》やせむ』
タツ『のがるべき|道《みち》にあらねば|吾《われ》もまた
エムのしりへに|従《したが》ひゆかむ』
かく|謡《うた》ひながら、|二人《ふたり》は|屠所《としよ》に|引《ひ》かるる|羊《ひつじ》のごとく、ハアハアと|息《いき》も|苦《くる》しげに|登《のぼ》りゆく。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 加藤明子録)
第七章 |反鱗《はんりん》〔一六六三〕
|三人《さんにん》は|急坂《きふはん》を|上《のぼ》つて|往《ゆ》くと、|密林《みつりん》の|中《なか》に、「ウンウン」と|呻《うめ》き|声《ごゑ》が|聞《き》こえて|来《き》た。|伊太彦《いたひこ》は|驚《おどろ》いて|草《くさ》をわけ、|林《はやし》の|中《なか》に|入《い》つて|見《み》れば、|一人《ひとり》の|男《をとこ》が|繃帯《はうたい》をしたまま、|虫《むし》の|息《いき》になつてフン|伸《の》びてゐる。たちまち|水筒《すゐとう》の|口《くち》を|開《ひら》いて|水《みづ》を|飲《の》ませ、|天《あま》の|数歌《かずうた》を|謡《うた》ひ、|労《いた》はつて|介抱《かいはう》をしてやつた。|倒《たふ》れた|男《をとこ》はやうやく|正気《しやうき》に|復《ふく》し、|四辺《あたり》をキヨロキヨロ|見廻《みまは》し、|伊太彦《いたひこ》|宣伝使《せんでんし》の|吾《わ》が|前《まへ》にあるに|驚《おどろ》き、|早《はや》くも|逃《に》げむとすれど、まだ|手足《てあし》の|力《ちから》が|回復《くわいふく》しないので、|石亀《いしがめ》のやうに|地団駄《ぢだんだ》を|踏《ふ》んでをる。
|伊太《いた》『ヤア|旅《たび》のお|方《かた》、|気《き》がつきましたか、|先《ま》づ|先《ま》づ|結構々々《けつこうけつこう》、お|前《まへ》は|大変《たいへん》|怪我《けが》をしてゐるやうだが、おほかた|虎熊山《とらくまやま》の|泥棒《どろばう》にでも【やられ】たのぢやないかな』
|男《をとこ》『ハイ|有難《ありがた》うございます。|私《わたし》はこの|近《ちか》くの|者《もの》でございますが、ちよつと|俄《には》かの|用《よう》で|親威《しんせき》へ|参《まゐ》る|途中《とちう》、|泥棒《どろばう》の|親分《おやぶん》、セールといふ|悪人《あくにん》に|出会《であ》ひ、|有金《ありがね》をすつかり|取《と》られ、|頭《あたま》をかち|割《わ》られ|人事不省《じんじふせい》になつてゐたところです。ようまアお|助《たす》け|下《くだ》さいました。この|御恩《ごおん》は|決《けつ》して|忘《わす》れませぬ』
エムはツカツカと|傍《かたはら》により、|顔《かほ》をつくづく|眺《なが》めて、
『ヤア、お|前《まへ》は|虎熊山《とらくまやま》の|泥棒《どろばう》の|副親分《ふくおやぶん》ぢやないか、そんな|嘘《うそ》をいつたつて|駄目《だめ》だよ。もし|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、この|男《をとこ》はハールと|申《まを》しまして、それはそれは|悪《わる》い|奴《やつ》でございます。あなたのお|尋《たづ》ねになつた|若《わか》い|娘《むすめ》さまを、|口《くち》に|猿轡《さるぐつわ》を|箝《は》めて、|数多《あまた》の|乾児《こぶん》に|岩窟《いはや》の|中《なか》に|担《かつ》ぎ|込《こ》ました|奴《やつ》ですから、|油断《ゆだん》をなされますなよ』
ハール『オイ、エム、……いや、どこの|奴《やつ》か|知《し》らないが、さう|見違《みちが》ひをしてもらつては|困《こま》るぢやないか。|私《わし》は|泥棒《どろばう》でも|何《なん》でもない、この|近傍《きんばう》の|百姓《ひやくしやう》だ。|滅多《めつた》なことをいふてもらふまい』
エムはニタリと|笑《わら》ひ、
『ヘヘヘヘ、よう|仰有《おつしや》いますわい。そんな|事《こと》をいつたつて、ここにお|前様《まへさん》の|乾児《こぶん》になつてゐた|二人《ふたり》の|前《さき》の|泥棒《どろばう》、|今《いま》の|真人間《まにんげん》が|控《ひか》へてゐますよ。|男《をとこ》らしく|白状《はくじやう》しなさい』
|伊太《いた》『オイ、エム、タツの|両人《りやうにん》、こいつは|泥棒《どろばう》に|間違《まちが》ひないなア』
エム『ヘエヘエ、チヤキチヤキの|泥棒《どろばう》ですよ。こいつはバラモン|軍《ぐん》のハール|少尉《せうゐ》といつて、|美男子《びなんし》の|名《な》を|売《う》つた|士官《しくわん》ですが、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》が|軍隊《ぐんたい》を|解散《かいさん》せられてから、|仕方《しかた》なしにセール|大尉《たいゐ》と|泥棒《どろばう》を|開業《かいげふ》し、|虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《いはや》で|羽振《はぶ》りを|利《き》かし、|百人頭《ひやくにんがしら》になつてをる|極悪人《ごくあくにん》ですから、|油断《ゆだん》をなさつてはいけませぬよ』
|伊太《いた》『お|前《まへ》のいふ|事《こと》は|本当《ほんたう》だらう。お|前《まへ》の|改心《かいしん》もそれで|証明《しようめい》された。これから|可愛《かはい》がつてやるから|安心《あんしん》せい』
エム『いやもう|有難《ありがた》うございます。どうぞ|永当々々《えいたうえいたう》、|御贔屓《ごひいき》のほどをお|願《ねが》ひ|申《まを》します』
タツ『|充分《じうぶん》|勉強《べんきやう》をいたしまして、|他店《たてん》とはお|安《やす》く|致《いた》します。どうぞ|末永《すえなが》う|御贔屓《ごひいき》に|願《ねが》ひます』
|伊太《いた》『ハハハ、|面白《おもしろ》い|男《をとこ》だな。ヤ|大《おほ》いに|気《き》に|入《い》つた。これから|精《せい》|出《だ》して|御用《ごよう》を|仰《おほ》せつけてやるから、|充分《じうぶん》|勉強《べんきやう》するがいいぞ』
|両人《りやうにん》『フフフフ』
|伊太《いた》『オイ、お|前《まへ》は|今《いま》この|両人《りやうにん》が|証明《しようめい》してをるが、|泥棒頭《どろぼうがしら》に|相違《さうゐ》あるまい。|有体《ありてい》に|白状《はくじやう》せないと、お|前《まへ》のためにならないぞ』
ハール『いや、|恐《おそ》れ|入《い》りましてございます、どうぞ|重々《ぢうぢう》の|罪《つみ》をお|赦《ゆる》し|下《くだ》さいませ。|二人《ふたり》の|姫様《ひめさま》を|連《つ》れ|帰《かへ》り、|牢獄《らうごく》に|打《ぶ》ち|込《こ》みましたのは|私《わたし》に|相違《さうゐ》ございませぬ。しかし|私《わたし》を|使《つか》ふ|大親分《おほおやぶん》がございますから、|私《わたし》ばかりの|罪《つみ》ではございませぬ。どうぞ|彼《かれ》をお|調《しら》べ|下《くだ》さいませ』
『|自分《じぶん》の|罪《つみ》を|親分《おやぶん》に|塗《ぬ》りつけるとは|不届《ふとど》き|千万《せんばん》の|奴《やつ》だ。たとへ|親分《おやぶん》がやつた|事《こと》でも、|何故《なぜ》|私《わたし》がやりましたと|引《ひ》き|受《う》けるだけの|赤心《まごころ》がないか、|泥棒《どろばう》|仲間《なかま》にも|道徳律《だうとくりつ》が|行《おこな》はれてをるだらう』
『ハイそれは|確《たし》かにございますが、|何《なん》といつても|親分《おやぶん》が|親分《おやぶん》でございます。たうとう|親分《おやぶん》|奴《め》、|恋《こひ》の|競争《きやうそう》から|私《わたし》を|恨《うら》んで|暗打《やみう》ちに|遇《あ》はさうといたしましたので、こんな|目《め》に|遇《あ》はされ、|実《じつ》は|逃《に》げ|出《だ》して|来《き》たところでございます。|親分《おやぶん》に|反鱗《はんりん》あれば、|私《わたし》にも|反鱗《はんりん》があります。さうだから|阿呆《あはう》らしくて、どうしても|犠牲的《ぎせいてき》|精神《せいしん》が|起《おこ》らぬぢやありませぬか』
『その|二人《ふたり》の|女《をんな》はどうしてをるか』
『ハイ、きつと……セール|大将《たいしやう》が|惚《ほ》れてゐますから、さう|手荒《てあら》い|事《こと》はいたしますまい。まアお|身柄《みがら》だけは|大丈夫《だいぢやうぶ》ですから|御安心《ごあんしん》なさいませ。そして|私《わたし》の|罪《つみ》をお|許《ゆる》し|下《くだ》さい。|私《わたし》も|今日《けふ》かぎり|泥棒《どろばう》は|廃業《はいげふ》いたします』
『それや|感心《かんしん》だ。そんならこれから|私《わし》について、も|一度《いちど》|岩窟《いはや》へ|往《い》つてくれないか、|何彼《なにか》に|便宜《べんぎ》がいいからなア』
『ハイ、エーお|伴《とも》いたしたいは|山々《やまやま》でございますが、この|通《とほ》り|頭《かしら》は|痛《いた》み、にはかに|急性臆病災《きふせいおくびやうえん》が|突発《とつぱつ》いたしましたので、|遺憾《ゐかん》ながら|参《まゐ》ることが|出来《でき》ませぬ。この|度《たび》はお|許《ゆる》し|下《くだ》さいませ』
『|本当《ほんたう》に|困《こま》つた|奴《やつ》だなア、|今《いま》|私《わし》が|鎮魂《ちんこん》してやつたからもう|痛《いたみ》は|止《と》まつたはずだ。そんな【なまくら】をいはずに、お|前《まへ》を|煮《に》て|食《く》はうとも|焼《や》いて|喰《く》はうともいはぬのだから、|帰順《きじゆん》した|証拠《しようこ》に|案内《あんない》をしたらどうだ』
『|左様《さやう》ならば、やむを|得《え》ませぬ。お|言葉《ことば》に|従《したが》ひ、|姫様《ひめさま》のお|居間《ゐま》まで|御案内《ごあんない》をいたしませう。さうしてあのお|方《かた》は、|貴方様《あなたさま》のお|身内《みうち》の|方《かた》ですか、ただしは|御兄弟《ごきやうだい》ですか』
『|年《とし》のいつた|方《はう》は|俺《わし》の|友達《ともだち》の|女房《にようばう》だ。|若《わか》い|方《はう》は|俺《わし》の|女房《にようばう》だ。ずゐぶんお|世話《せわ》になつたらうなア』
『ヤそれを|承《うけたまは》りますと、|私《わたし》は|会《あ》はす|顔《かほ》がございませぬから、どうぞ|許《ゆる》して|下《くだ》さいな』
エム『もし|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、このハールは|若《わか》い|方《はう》の|方《かた》に|惚《ほ》れましてな、|口説《くど》いて|口説《くど》いて|口説《くど》きぬいた|揚句《あげく》、|肱鉄《ひぢてつ》を|喰《くは》され、|肝癪玉《かんしやくだま》を|破裂《はれつ》させ、|暗《くら》い|暗《くら》い|岩穴《いはあな》に|放《ほ》り|込《こ》み、|虐待《ぎやくたい》をしてゐるのですよ。それだから|会《あ》はす|顔《かほ》がないと|今《いま》|白状《はくじやう》したのです。そこらで|一《ひと》つ、ウンといふ|目《め》に|遇《あ》はしてお|遣《や》りなさい。|後日《ごじつ》のためですからな』
|伊太《いた》『|仕方《しかた》がない|男《をとこ》だな。しかしお|前《まへ》も|改心《かいしん》したといふが、ずゐぶん|人《ひと》が|悪《わる》いぢやないか。|今《いま》まで|長上《ちやうじやう》と|仰《あふ》いでゐた|人《ひと》の|悪口《わるくち》を|俺《わし》に|告《つ》げるとは、|本当《ほんたう》に|義理《ぎり》|人情《にんじやう》をわきまへぬ|奴《やつ》だな』
『|義理《ぎり》|人情《にんじやう》を|知《し》つてをつて|泥棒《どろばう》|仲間《なかま》に|入《は》いれますか、|弱肉強食《じやくにくきやうしよく》、|優勝劣敗《いうしようれつぱい》の|極致《きよくち》ですもの、そんな|余裕《よゆう》がありますものか、そんな|事《こと》かまうてをつたら、|自分《じぶん》の|身《み》が|亡《ほろ》んでしまひますわ、|有島武郎《ありしまたけを》だつて、|愛《あい》の|極致《きよくち》とやらまで|行《い》つて、たうとう|自滅《じめつ》したぢやありませぬか。|有島武郎《ありしまたけを》はラブ・イズ・ベストを|高調《かうてう》し、|愛《あい》はどこまでも|継続《けいぞく》すべきものでないといつたでせう。さうしてたとへ|夫婦《ふうふ》でもそれ|以上《いじやう》の|愛《あい》する|者《もの》が|出来《でき》たら、|別《わか》れて|愛《あい》の|深《ふか》い|方《はう》へ|靡《なび》くのが|真理《しんり》だといつたでせう。それだから、この|大将《たいしやう》はもはや|見込《みこ》みがない、あなたさまの|方《はう》がよほど|立派《りつぱ》だ、|吾々《われわれ》を|救《すく》つて|下《くだ》さる|救《すく》ひ|主《ぬし》だと|思《おも》つたから、|弊履《へいり》のごとく|今《いま》までの|親分《おやぶん》を|捨《す》ててしまつたのですよ。|悪《わる》うございますかな』
『アハハハハ、|何《なん》と|水臭《みづくさ》いものだな。それではまだ|改心《かいしん》といふところへはゆかぬわい。|一《ひと》つこれから|膏《あぶら》を|取《と》つてやらねばなるまい』
ハール『どうぞもう|見逃《みのが》して|下《くだ》さい。セールの|悪口《あつこう》|申《まう》したのは、つまり|恋《こひ》の|仇《あだ》でございますから、あまり|胸《むね》が|悪《わる》いので、つい|口《くち》から|迸《ほとば》しつたのでございます。|今後《こんご》は|慎《つつし》みます。そんなら|仰《おほ》せに|従《したが》ひ、|陣容《ぢんよう》を|立《た》て|直《なほ》し、|堂々《だうだう》と|先陣《せんぢん》を|仕《つかまつ》りませう。さア、エム、タツの|両人《りやうにん》、|宣伝使《せんでんし》のお|後《あと》から|従《つ》いて|来《こ》い』
|伊太《いた》『ヤアお|前《まへ》たちは|三人《さんにん》とも|先《さき》へ|往《ゆ》くがよい。|俺《おれ》も|後《うし》ろに|目《め》がないからなア、ハハハハ』
エム『|送《おく》り|狼《おほかみ》と|同道《どうだう》してをるやうなものですからなア。|先《さき》にお|出《い》でになるのは|険呑《けんのん》です。|躓《つまづ》いて|倒《こ》けたら|何時《いつ》|噛《か》|振《ぶ》りつくかも|知《し》れませぬからなア』
ハール『これエム、いらぬことをいふな』
と|叱《しか》りつけながら、|先頭《せんとう》に|立《た》つて、|足早《あしばや》に|登《のぼ》りゆく。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 加藤明子録)
第二篇 |地異転変《ちいてんぺん》
第八章 |異心泥信《いしんでいしん》〔一六六四〕
|治道居士《ちだうこじ》はベル、バット、カークス、ベースの|四人《よにん》と|共《とも》に、うす|暗《ぐら》い|石《いし》の|牢獄《らうごく》に|投《な》げ|込《こ》まれ、セールの|厳命《げんめい》によりて、|飲食物《いんしよくぶつ》を|断《た》たれてしまつた。されど|心《こころ》の|中《うち》にて|治道居士《ちだうこじ》に|帰順《きじゆん》してゐる|牢番《らうばん》のヤク、エールは、いろいろと|苦心《くしん》して|五人《ごにん》のために|飲食《のみくひ》を|供給《きようきふ》し、あらむ|限《かぎ》りの|便宜《べんぎ》を|与《あた》へた。|親分《おやぶん》のセールはヤク、エールを|深《ふか》く|信任《しんにん》し、|一度《いちど》も|牢獄《らうごく》を|見舞《みまひ》に|来《こ》なかつた。そして|自分《じぶん》の|大将軍《だいしやうぐん》と|仰《あふ》いでゐた|治道居士《ちだうこじ》には|何《なん》だか|恥《は》づかしいやうな、|恐《おそ》ろしいやうな|気《き》がして、|会《あ》ふことを|欲《ほつ》しなかつた。まづ|治道居士《ちだうこじ》の|一隊《いつたい》は|両人《りやうにん》に|任《まか》しておき、|他《た》の|子分《こぶん》を|四方《しはう》に|派遣《はけん》し、|財物《ざいぶつ》の|収集《しうしふ》に|全力《ぜんりよく》をそそぐ|一方《いつぱう》、|自分《じぶん》は|二人《ふたり》の|美人《びじん》を、|何《なん》とかして|自分《じぶん》の|者《もの》にしやうと、それのみに、|現《うつつ》をぬかしてゐた。
ヤク、エールの|両人《りやうにん》は、|治道居士《ちだうこじ》とブラワ゛ーダ、デビス|姫《ひめ》の|間《あひだ》の、|郵便夫《ゆうびんふ》のやうな|役《やく》を|密《ひそ》かに|勤《つと》めてゐた。|牢獄《らうごく》の|中《なか》では、|治道居士《ちだうこじ》を|真中《まんなか》に、|四人《よにん》の|改心組《かいしんぐみ》が、いろいろと|小声《こごゑ》で|話《はな》し|合《あ》つてゐる。
ベル『オイ、|俺《おれ》|達《たち》も|何《なん》だかチツとばかり|不安《ふあん》な|気分《きぶん》になつたぢやないか。|身《み》の|自由《じいう》を|縛《ばく》された|籠《かご》の|鳥《とり》も|同然《どうぜん》、|生殺《せいさつ》の|権利《けんり》を|親分《おやぶん》に|握《にぎ》られてゐるのだから、なにほど|治道居士様《ちだうこじさま》に|法力《ほふりき》があるといつても、この|牢獄《らうごく》を|経文《きやうもん》の|力《ちから》に、|打《う》ち|破《やぶ》つて|下《くだ》さらぬ|以上《いじやう》は、|険呑《けんのん》なものだないか。|治道居士様《ちだうこじさま》は|平気《へいき》の|平左《へいざ》で、|心身《しんしん》の|休養《きうやう》だとかいつて、|温泉《をんせん》にでも|入《い》つたやうな|気分《きぶん》で、|前後不覚《ぜんごふかく》に|眠《ねむ》つてござるが、|俺《おれ》たちヤどうも、そんな|気《き》になれないわ。お|前《まへ》たち、|何《なん》とか|工夫《くふう》をこらして、ここを|飛《と》び|出《だ》す|考《かんが》へはないか』
バット『なに|心配《しんぱい》するな。サアといへば、ヤク、エールが|牢番《らうばん》してるから、|何時《いつ》でも|開《あ》けてくれるよ。いま|彼奴《あいつ》が|開《あ》けないのは|深《ふか》い|思案《しあん》があつてのことだ。|何《なに》しろこれだけの|人数《にんず》が|集《あつ》まつてゐるから、|下手《へた》なことをやると|虻蜂《あぶはち》とらずになつてしまふ。|治道居士様《ちだうこじさま》はそこを|見込《みこ》んで、|平気《へいき》で|寝《ね》てゐらつしやるのだ。|何事《なにごと》も|惟神《かむながら》に|任《まか》しておくが|一番《いちばん》|安全《あんぜん》だ』
『それだといつて、|人《ひと》の|心《こころ》は|分《わか》らないよ。ヤク、エールの|両人《りやうにん》が、もしも|心機一転《しんきいつてん》して|親分《おやぶん》の|方《はう》へ|肩《かた》を|持《も》たうものなら、それこそ|俺《おれ》たちは、|箒《はうき》で|押《おさ》へられた|蝶々《てふてふ》のやうなものだ。モウ|少《すこ》し|治道居士様《ちだうこじさま》に|法力《ほふりき》があると、|俺《おれ》|達《たち》も|安心《あんしん》だけれどなア』
『ナアニ、かまふものかい。マア|安心《あんしん》せい。ここへ|来《き》てから、まだ|一夜《いちや》|逗留《とうりう》しただけぢやないか。たとへ|三日《みつか》や|四日《よつか》くらゐ、ここへ|入《はい》つたところで、|一片《ひときれ》のパンを|食《く》はなくつても|辛抱《しんばう》はできるよ。まづ|楽隠居《らくいんきよ》だと|思《おも》つて、|体《からだ》を|休養《きうやう》させ、いよいよとなつたら|岩窟退治《いはやたいぢ》をやるのだな。どいつも|此奴《こいつ》も、|軍人上《ぐんじんあが》りで、|皆《みな》|手《て》が|利《き》いてるから、|俺《おれ》たちが|四人《よにん》や|五人《ごにん》で|暴《あば》れたつて|仕方《しかた》がないからな』
『オイ、バット、|汝《きさま》、さう|楽観《らくくわん》してゐるが、|寸善尺魔《すんぜんしやくま》といつて、|吾々《われわれ》は|死《し》の|魔《ま》の|手《て》に|捉《とら》へられてゐるのだから、ちつとは|尻《しり》へ|手《て》をまはしておかねばなるまいぞ。ナア、カークス、ベース、お|前《まへ》はどう|思《おも》ふか』
カークス『|何事《なにごと》も|俺《おれ》たちは|神様《かみさま》にお|任《まか》せしてゐるのだ。それよりも|御祈念《ごきねん》をするが|一等《いつとう》だなア』
ベース『そりやさうだ。カークスのいふ|通《とほ》り、この|天地間《てんちかん》はすべて|神様《かみさま》の|御意志《ごいし》のままだから、なにほど|俺《おれ》たちが|騒《さわ》いだつて|駄目《だめ》だ。かうして|牢獄《らうごく》へ|蟄居《ちつきよ》してゐるのもセールがしたのでない。|神様《かみさま》の|深遠《しんゑん》な|御経綸《ごけいりん》によつて、|修養《しうやう》させられてゐるのだ。あまりクヨクヨ|思《おも》ふな』
ベル『|俺《おれ》もう|何《なん》だか|信仰《しんかう》の|土台《どだい》がグラついて|来《き》たやうだ。オイ、|一層《いつそう》のこと○○を○○して、○○の|御機嫌《ごきげん》を|取《と》り、|牢屋《らうや》の|苦《く》を|遁《のが》れて|再《ふたた》び○○に|逆転《ぎやくてん》したらどうだ。なにほど|世《よ》の|為《ため》だとか、|死後《しご》の|生活《せいくわつ》のためだとかいつても、たちまち|現在《げんざい》がやりきれないぢやないか。|末《すゑ》の|百《ひやく》より|今《いま》の|五十《ごじふ》だ。なにほど|死後《しご》の|世界《せかい》があるといつたつて、|雲《くも》を|掴《つか》むやうな|話《はなし》だからのう』
|治道居士《ちだうこじ》は、ベルが|自分《じぶん》を|殺害《さつがい》し、セールに|裏返《うらがへ》らうといふ|意味《いみ》を|仄《ほのめ》かしてゐるのを、|鼾《いびき》をかいてゐるふりして|聞《き》いてゐた。
バット『オイ、ベル、|左様《さやう》なことを|吐《ぬか》すと、|俺《おれ》ヤもう|了簡《れうけん》はせぬぞ。|汝《きさま》を○○して、○○へ○○するが|何《ど》うだ』
ベル『ヤ、コリヤ|一《ひと》つお|前《まへ》たちの|心《こころ》を|引《ひ》いて|見《み》ただけだ。|誰《たれ》がそんな|勿体《もつたい》ないことをするものかい。これでお|前《まへ》たちの|意志《いし》も|分《わか》つて|俺《おれ》も|安心《あんしん》したのだ』
と|俄《には》かに|空《そら》トボケてみせる。カークス、ベースは|治道居士《ちだうこじ》を|揺《ゆす》り|起《おこ》した。|治道居士《ちだうこじ》は|寝《ね》むたさうな|顔《かほ》をして|起《お》き|直《なほ》り、|拳《こぶし》を|握《にぎ》つて|上《うへ》の|方《はう》へグツと|突《つ》き|出《だ》し、「アアア」と|大欠伸《おほあくび》を|無雑作《むざふさ》にしながら、
『アハハハハ、あ、|夢《ゆめ》だつたか。ベルの|奴《やつ》、この|治道居士《ちだうこじ》を○○して○○の|機嫌《きげん》をとり、|元《もと》の○○へ|逆転《ぎやくてん》しよつたと|思《おも》へば、ヤツパリ|夢《ゆめ》だつたワイ、アハハハハハ。どうも|人間《にんげん》の|心《こころ》といふものは|当《あて》にならないものだなア。|一切《いつさい》の|慾望《よくばう》を|捨《す》て、|命《いのち》まですてたこの|治道居士《ちだうこじ》でさへも、やつぱりどつかに、|命《いのち》が|惜《を》しいといふ|副守《ふくしゆ》が|残《のこ》つてゐるとみえて、こんな|怪《け》ツ|体《たい》な|夢《ゆめ》を|見《み》たのだなア』
カークス『モシ|治道様《ちだうさま》、ソリヤ|夢《ゆめ》ぢやございませぬ。|現《げん》にベルの|奴《やつ》、あなたが|熟睡《じゆくすゐ》|遊《あそ》ばしたのを|奇貨《きくわ》とし、あなたに|対《たい》し、|叛逆《はんぎやく》を|企《くはだ》てようとしたのですよ。|用心《ようじん》なさいませ』
|治道《ちだう》『ハハハハ|猪口才千万《ちよこざいせんばん》な、|蚯蚓《みみづ》のやうな|魂《たましひ》で|蛟竜《かうりう》の|身辺《しんぺん》を|窺《うかが》ふとは、|実《じつ》に|身《み》の|程《ほど》|知《し》らずだなア。ベルもまた|此処《ここ》へ|這入《はい》つて|来《き》てから、|臆病神《おくびやうがみ》に|取《と》つ|付《つ》かれよつたとみえる。てもさても|憐《あは》れむべき|代物《しろもの》だな。オイ、ベル、どうだ。|私《わし》の|命《いのち》が|取《と》りたいか。とりたくば|幾《いく》らでも|取《と》らしてやる。さあモウ|一寝入《ひとねい》りするから、その|間《ま》に|私《わし》の|首《くび》でもかいて、セールの|親分《おやぶん》に|身《み》の|潔白《けつぱく》を|示《しめ》し、ふたたび|泥棒《どろばう》の|親分《おやぶん》に|使《つか》つてもらふがよからう。|遠慮《ゑんりよ》はいらぬ。お|前《まへ》に|首《くび》をかかれて|天国行《てんごくゆ》きをするのも、|一《ひと》つは|神様《かみさま》の|御思召《おんおぼしめ》しかも|知《し》れない』
ベル『メメ|滅相《めつさう》もない、|勿体《もつたい》ない。どうしてそんな|事《こと》ができませうか。どうぞ|私《わたし》の|赤心《まごころ》を|諒解《りやうかい》して|下《くだ》さいませ』
|治道《ちだう》『|赤心《まごころ》の【マ】は|悪魔《あくま》のマぢやないか、|誠《まこと》のマもあれば、|間男《まをとこ》のマもあり、|閻魔《えんま》のマもあり、|悪魔《あくま》のマもあり、マといふものは|何事《なにごと》にも|附《つ》き|添《そ》ふものだから……、オイ|三人《さんにん》の|者《もの》、|気《き》を|付《つ》けよ。|虎《とら》|狼《おほかみ》と|同居《どうきよ》してゐるやうなものだからのう』
かかるところへヤク、エールは|二三人《にさんにん》の|泥棒《どろばう》と|共《とも》に、|牢獄《らうごく》を|検分《けんぶん》がてらやつて|来《き》た。
ヤク『コリヤコリヤ、|静《しづ》かに|致《いた》さぬか、いま|何《なに》を|囀《さへづ》つてゐたか』
ベル『ハイ、|治道居士《ちだうこじ》はじめ|三人《さんにん》の|奴《やつ》が、このベルを○○せうといふのです。どうぞ|私《わたし》を|別牢《べつらう》へ|入《い》れて|下《くだ》さいな。|険呑《けんのん》でたまりませぬから……』
ヤク『ハツハハハハ、お|前《まへ》たちの|命《いのち》は|旦夕《たんせき》に|迫《せま》つてゐるのだ。|親分《おやぶん》に|殺《ころ》されるか、|治道居士《ちだうこじ》に|殺《ころ》されるか、どつちみち|殺《ころ》される|身分《みぶん》だ。マア|安心《あんしん》して|四人《よつたり》の|連中《れんちう》から、|力一杯《ちからいつぱい》|苛《いぢ》められたがよからうぞ。オツホホホホ、|汝《きさま》はこの|中《なか》でも|一番《いちばん》|悪党《あくたう》だからのう』
ベル『モシ、ヤクさま、|私《わたし》は|決《けつ》してそんな|悪人《あくにん》ぢやございませぬ。|実《じつ》のところは|治道居士《ちだうこじ》に|改心《かいしん》したと|見《み》せかけ、|此奴《こいつ》ら|四人《よにん》の|秘密《ひみつ》を|探《さぐ》つて|御大将《おんたいしやう》に|報告《はうこく》するため、|今《いま》まで|化《ば》けてゐたのですから、どうぞ|親分《おやぶん》にさう|言《い》つて|下《くだ》さい』
カークス『ハツハハハ、|本当《ほんたう》に|此奴《こいつ》ア|悪《わる》い|奴《やつ》だ。|猫《ねこ》の|目《め》ほどクレクレとかへる|奴《やつ》だから、|治道居士様《ちだうこじさま》を|暗殺《あんさつ》しようとしよつた|太《ふと》い|奴《やつ》だ。こんな|者《もの》が|同《おな》じ|牢獄《らうごく》の|中《なか》にをると、ゆつくり|寝《ね》る|事《こと》もできない。もし、ヤクさま、どうかベルを|請求通《せいきうどほ》り、|別室《べつしつ》において|下《くだ》さいな』
ヤク『ヨシヨシ、こんな|奴《やつ》を|一所《いつしよ》に|置《お》いておくと|為《ため》になるまい。……また|俺《おれ》の|都合《つがふ》も|悪《わる》い……』
と|小声《こごゑ》にいひながら|錠前《ぢやうまへ》を|外《はづ》し、ベルの|手《て》を|引《ひ》き|立《た》てて、|最《もつと》も|暗《くら》い|深《ふか》い|岩壁《がんぺき》で|囲《かこ》んだ|牢獄《らうごく》へ|打《ぶ》ち|込《こ》んでしまつた。ヤク、エールの|両人《りやうにん》は、ベルのために|自分《じぶん》らの|計画《けいくわく》の|暴露《ばくろ》せむ|事《こと》を|恐《おそ》れたからである。
ヤクは|三人《さんにん》の|盗人《ぬすびと》と|共《とも》にベルを|引《ひ》き|立《た》ててこの|場《ば》を|去《さ》つた。あとにエールは|牢番《らうばん》として|一人《ひとり》|残《のこ》つてゐた。
|治道《ちだう》『オイ、エール、|岩窟《いはや》の|様子《やうす》はどうだ。セールはいま|何《なに》をしてゐるか』
エールは|小声《こごゑ》になつて、
『ハイ、|二人《ふたり》の|女《をんな》に|現《うつつ》をぬかし、|涎《よだれ》をくつてをりますが、|肝心《かんじん》の|女《をんな》が|悪口《わるくち》ばかり|言《い》つて|応《おう》じないものですから、|泥坊商売《どろばうしやうばい》はそつち|退《の》けにして、|頭《あたま》を|悩《なや》めてをります。それはそれは|見《み》られた|態《ざま》ぢやございませぬワ』
|治道《ちだう》『ハハハ、あの|洒《しや》ツ|面《つら》では|女《をんな》にはもてまい。|困《こま》つた|奴《やつ》だなア。そしてその|女《をんな》といふのは|何処《どこ》の|者《もの》だ』
エール『|何《なん》でも|大《おほ》きな|声《こゑ》では|言《い》へませぬが、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》だといふ|事《こと》です』
『ハテなア、そしてその|名《な》は|何《なん》といつたか』
『ハイ、|何《なん》でもブラブラ|婆《ば》アさんだとか、エベスだとか|大黒《だいこく》だとか|聞《き》きました。ずゐぶん|美人《びじん》ですよ』
『ハア、それではブラワ゛ーダにデビス|姫《ひめ》のことだらう。ア、そいつア|可哀《かはい》さうだ。お|前《まへ》|御苦労《ごくらう》だが、|治道居士《ちだうこじ》が|此処《ここ》にゐるといふことを、|何《なん》とかして|知《し》らしてくれまいか』
『ハイ、|機会《きくわい》を|考《かんが》へて|申《まを》し|上《あ》げませう』
『きつと|頼《たの》むよ。|私《わし》が|今《いま》ここで|手紙《てがみ》を|書《か》くから、これをソツと|渡《わた》してくれ』
『|承知《しようち》いたしました』
『|何《なに》か……|筆《ふで》と|墨《すみ》と|紙《かみ》を|貸《か》してもらひたいものだな』
『|畏《かしこ》まりました。|暫時《しばらく》お|待《ま》ち|下《くだ》さいませ』
と|四辺《あたり》を|窺《うかが》ひながら、どこからか|筆紙墨《ひつしぼく》を|用意《ようい》して|来《き》た。|治道居士《ちだうこじ》はバットに|墨《すみ》をすらせ、|何事《なにごと》かスラスラと|書《か》き|認《したた》め|終《をは》り、
『サア、エール、この|二通《につう》の|手紙《てがみ》を|一通《いつつう》づつ|両人《りやうにん》にソツと|渡《わた》してくれ。どちらでも|構《かま》はぬ。|同《おな》じ|事《こと》が|書《か》いてあるのだから』
エール『ハイ|承知《しようち》いたしました』
と|手紙《てがみ》を|懐《ふところ》に|捻《ね》ぢ|込《こ》み、いろいろ|苦心《くしん》して、|二人《ふたり》の|牢獄《らうごく》の|前《まへ》に|窺《うかが》ひ|寄《よ》つた。|見《み》れば|暗《くら》がりに|一人《ひとり》の|男《をとこ》が|立《た》つてゐる。
|男《をとこ》『|誰《たれ》だ。|何《なに》しに|来《き》たのだ。ここへは|来《く》る|事《こと》はならぬと、あれほど|喧《やかま》しういふてあるのぢやないか』
エール『ハイ、|私《わたし》はエールでございますが、|治道居士《ちだうこじ》の|牢番《らうばん》をしてをりましたところ、|済《す》まぬことながら、フラフラと|居眠《ゐねむ》りまして、|方角《はうがく》を|取違《とりちが》ひ、かやうな|所《ところ》へやつて|来《き》まして、|誠《まこと》に|済《す》みませぬ』
とわざとに|大《おほ》きな|声《こゑ》して、|治道居士《ちだうこじ》の|来《き》てゐることを、|二人《ふたり》の|女《をんな》に|聞《き》かさうとしてゐる。
|男《をとこ》『コリヤ、エール、【チボ】や|乞食《こじき》を|何《ど》うしたといふのだ』
とワザとにセールは|二人《ふたり》に|治道居士《ちだうこじ》のことを|聞《き》かそまいと、|詞《ことば》を|濁《にご》さうとする。エールはわざとにその|意《い》を|解《かい》せざるもののごとく、
『もし|親方様《おやかたさま》、チボ|乞食《こじき》ぢやございませぬ。|三五教《あななひけう》の|比丘《びく》|治道居士《ちだうこじ》のことでございますよ』
セール『|馬鹿《ばか》ツ、|早《はや》く|下《さが》れツ。そして|自分《じぶん》の|職務《しよくむ》を|忠実《ちうじつ》に|守《まも》るのだ。|一時《いつとき》も|早《はや》く|行《ゆ》けツ。|汝《きさま》がをると|邪魔《じやま》になる』
エールは「ハイ」といひながら|暗《くら》がりを|幸《さいは》ひ、|牢獄《らうごく》の|窓《まど》から|手紙《てがみ》を|一通《いつつう》づつ、ソツと|放《ほ》り|込《こ》んでしまつた。
ブラワ゛ーダ『あの|治道居士《ちだうこじ》さまも、ここに|捕《とら》はれてゐられますか。そりや|本当《ほんたう》に|心地《ここち》のよいことですね。|彼奴《あいつ》はずゐぶん|私《わたし》に|無体《むたい》な|事《こと》をいつた|奴《やつ》だから、|天罰《てんばつ》が|巡《めぐ》り|来《き》たのでせう、ホホホホ。モシ|隣《となり》のデビス|姫様《ひめさま》、あなたと|私《わたし》をひどい|目《め》に|会《あ》はしよつた、あの|治道居士《ちだうこじ》といふ|比丘《びく》が|捉《とら》へられて|来《き》てるといふことですワ。|本当《ほんたう》に|気分《きぶん》が|可《い》いぢやありませぬか。ホホホホ』
デビス『|本当《ほんたう》にねえ、|私《わたし》も|溜飲《りういん》が|下《さが》りましたワ』
エールは|不思議《ふしぎ》なことだと、|首《くび》をひねりながら、|暗《くら》い|隧道《すゐだう》を|帰《かへ》つて|行《ゆ》く。
セール『アハハハハ、オイ|両人《りやうにん》、お|前《まへ》も|何《なに》か|治道居士《ちだうこじ》に|迫害《はくがい》を|受《う》けたのだなア。ヨシ、|俺《おれ》がお|前《まへ》の|仇討《あだう》ちをしてやるから、|安心《あんしん》したがよからう。その|代《かは》りに|俺《おれ》の|言《い》ふことも|聞《き》くだらうな』
ブラ『|姉《ねえ》さま、どうしまほうか、|本当《ほんたう》に、|一《ひと》つここで|恨《うら》みを|晴《は》らさなくちや、|女《をんな》の|意地《いぢ》が|立《た》たぬぢやありませぬか』
デビス『そらさうですワ、|何《なん》とかして|彼奴《あいつ》を|此処《ここ》へ|放《ほ》り|込《こ》んでいただき、|二人《ふたり》よつて|両方《りやうはう》から|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》しにさして|下《くだ》されば|嬉《うれ》しいですがな。さうすりや|親分《おやぶん》さまの|御註文《ごちゆうもん》くらゐには|喜《よろこ》んで|応《おう》じますけれどなア』
ブラ『|姉《ねえ》さまがそのお|考《かんが》へなら、|私《わたし》だつて|賛成《さんせい》ですワ。【あたい】の|夫《をつと》を|殺《ころ》した|奴《やつ》ですもの。|憎《にく》うて|憎《にく》うて|堪《たま》らないワ、その|仇《あだ》を|親方《おやかた》さまの|同情心《どうじやうしん》によつて、|討《う》たして|下《くだ》さるやうなことなら、|御恩報《ごおんはう》じにどんなことでも、|親方《おやかた》の|言《い》ふことを|聞《き》かうと|思《おも》ひますワ』
セール『ウツフフフフ。オイ|女《をんな》、お|前《まへ》の|願《ねが》ひは|聞《き》き|届《とど》けた。その|代《かは》りに|私《わし》の|言《い》ふことは|何《なん》でも|聞《き》くだらうなア』
|両人《りやうにん》|一度《いちど》に、
『ヘーヘー|聞《き》きますとも、あなたの|仰有《おつしや》る|事《こと》どうして|聞《き》かずにをれませうか……。|二《ふた》つも|立派《りつぱ》な|耳《みみ》を|持《も》つてをるのだもの……』
と|小《ちひ》さい|声《こゑ》で|後《あと》をつけた。セールは|声《こゑ》まで|変《か》へて、
『ウンウンヨシヨシ、|可愛《かはい》いお|前《まへ》の|願《ねが》ひだから、|何《なん》でも|聞《き》いてやる。|思《おも》ふ|存分《ぞんぶん》さいなんだがよからうぞ』
|両人《りやうにん》|一度《いちど》に、
『|有難《ありがた》うございます。|一時《いちじ》も|早《はや》くお|頼《たの》み|申《まを》します』
『ヨシヨシ、これから|牢番《らうばん》に|申《まを》し|付《つ》けて|治道《ちだう》をここへ|引《ひ》つ|立《た》てて|来《く》るから、お|前《まへ》の|好《す》きなやうにしたがよからう』
といひ|棄《す》て、|自分《じぶん》の|居間《ゐま》へ|帰《かへ》つて|行《ゆ》く。
セールは|自分《じぶん》の|居間《ゐま》に|帰《かへ》り、ニコニコしながら|独言《ひとりごと》、
『ヤア、これで|俺《おれ》も|願望成就《ぐわんまうじやうじゆ》だ。ウマイウマイ、やつぱり|女《をんな》といふ|者《もの》は|何《なに》か|一《ひと》つ|刺戟《しげき》を|与《あた》へないと|駄目《だめ》だワイ。まだ|懐《ふところ》を|調《しら》べてゐないが、あの|治道《ちだう》は○を|沢山《たくさん》|持《も》つてゐるに|違《ちが》ひない。それに|恨《うら》みのある|奴《やつ》が|来《き》てるによつて、|俺《おれ》にも|都合《つがふ》がよいといふものだ。|何《なに》しろ|月《つき》と|花《はな》にもまがふ|美人《びじん》だからな。エヘヘヘヘ。|両手《りやうて》に|花《はな》とは|俺《おれ》のことだ。|二人《ふたり》の|妻《つま》に|手《て》を|引《ひ》かれ、|黄金《こがね》の|橋《はし》を|渡《わた》るといふ|言《い》ひ|置《おき》は、いま|実現《じつげん》しさうだワイ。ウツフフフフ』
と|四辺《あたり》に|人《ひと》|無《な》きを|幸《さいは》ひ、|独《ひと》り|笑壺《ゑつぼ》に|入《い》つてをる。
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 松村真澄録)
第九章 |劇流《げきりう》〔一六六五〕
セールは|吾《わ》が|居間《ゐま》にゐて、いよいよ|願望成就《ぐわんまうじやうじゆ》の|時《とき》|至《いた》れりと、|前祝《まへいは》ひの|心持《こころもち》にて、|乾児《こぶん》どもがそこら|内《うち》より|盗《ぬす》み|来《き》たれる|葡萄酒《ぶだうしゆ》を|傾《かたむ》け、グタグタに|酔《よ》つてしまひ、その|夜《よ》は|前後《ぜんご》を|忘《わす》れて|眠《ねむ》つてしまつた。エールは|今《いま》の|間《うち》にセールを|引《ひ》つ|括《くく》り、|牢獄《らうごく》へ|打《ぶ》ち|込《こ》んでやらうと、|窺《うかが》ひ|寄《よ》つて|見《み》れば、|用心深《ようじんぶか》いセールは、|錠前《ぢやうまへ》を|固《かた》く|下《お》ろして、ただ|一人《ひとり》|眠《ねむ》つてゐるので、どうする|事《こと》も|出来《でき》ず、その|夜《よ》は|治道居士《ちだうこじ》の|牢獄《らうごく》の|前《まへ》で|明《あか》してしまつた。これより|先《さき》エールは、|治道居士《ちだうこじ》に|向《む》かひ、|小声《こごゑ》になつて、
『もし、|治道居士様《ちだうこじさま》、あなたのお|手紙《てがみ》を|持《も》つて|参《まゐ》りましたところ、|牢獄《らうごく》の|扉《とびら》の|前《まへ》に|一人《ひとり》の|大男《おほをとこ》が|立《た》つてをりますので、こいつア|失敗《しま》つたと、よくよく|考《かんが》へて|見《み》れば、セールの|親方《おやかた》でした。|夜《よ》の|目《め》も|碌《ろく》に|寝《ね》ず、|女《をんな》の|前《まへ》で|何《なん》だか|愚痴《ぐち》なことを|言《い》つて、|口説《くど》いてをつたところとみえますわい。|本当《ほんたう》に|困《こま》つた|奴《やつ》ですな』
|治道《ちだう》『アハハハハハ、そいつは|面白《おもしろ》い。そして|手紙《てがみ》はうまく|先方《むかふ》へ|届《とど》いたかな』
『はい、たしかに|放《ほ》り|込《こ》んでおきました。しかしながらあの|二人《ふたり》の|女《をんな》は|妙《めう》なことをいつてゐましたぜ。|私《わたし》は|親分《おやぶん》が|一時《いつとき》も|早《はや》く、あちらへ|行《ゆ》けといふのでその|場《ば》を|立《た》ち|去《さ》り、|暗《くら》がりで|様子《やうす》を|聞《き》いてゐますと、ブラワ゛ーダ、デビスの|二人《ふたり》の|姫《ひめ》が|貴方《あなた》を|非常《ひじやう》に|恨《うら》んでをりました』
『あ、さうだらう さうだらう。|俺《おれ》もズヰ|分《ぶん》いぢめたからのう』
『エー、|本当《ほんたう》ですか、ずゐぶん|貴方《あなた》も|悪党《あくたう》ですな……|今度《こんど》はセールの|大将《たいしやう》に|願《ねが》つて、|二人《ふたり》|寄《よ》つてお|前《まへ》さまを|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》しにさしてくれといつて|願《ねが》つてゐましたよ。|二人《ふたり》|別々《べつべつ》に|牢獄《らうごく》に|入《い》れてあるのを|一緒《いつしよ》に|入《い》れ、|治道《ちだう》さまをそこへフン|縛《じば》つて|突込《つつこ》み、|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》しにさしたら、セールのいふ|事《こと》を|聞《き》くといつてゐましたが。|一体《いつたい》どうしたら|宜《よろ》しうございませうか』
『ヤ、それは|面白《おもしろ》い。さすがはブラワ゛ーダ|姫《ひめ》、デビス|姫《ひめ》だ。いや|満足々々《まんぞくまんぞく》、アハハハハ|愉快《ゆくわい》でたまらないわ』
『もし、|治道《ちだう》さま、あなたどうかしてゐますな』
『ウン、どうかしてゐるよ』
バット『もしもし|治道様《ちだうさま》、|妙《めう》な|事《こと》をおつしやるぢやありませぬか。あなたが|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》しにあつて、|吾々《われわれ》をどうして|下《くだ》さる|積《つも》りですか』
かく|話《はな》すところへヤクがコソコソとやつて|来《き》た。
ヤク『ヤ、エール、お|前《まへ》ここにをつたのか。あまり|大《おほ》きな|声《こゑ》でいうと、|外《はた》の|小盗人《こぬすと》が|聞《き》くと|大変《たいへん》だぞ』
エール『どうも|合点《がつてん》のゆかぬ|事《こと》を|治道《ちだう》さまがおつしやるので、|不思議《ふしぎ》で|堪《たま》らないのだ』
ヤク『アハハハハ、|智勇兼備《ちゆうけんび》の|治道様《ちだうさま》だ。|何《なに》かよい|妙案《めうあん》があるのだらう。マア|心配《しんぱい》するな。お|前《まへ》たちはユツクリ|計画《けいくわく》するがよい。|俺《おれ》はそこらを|廻《まは》つて|来《く》るから、その|間《あひだ》トツクリ|相談《さうだん》しとくがいいわ』
といひすて、|見廻《みまは》りに|出《で》て|行《い》つた。
|治道居士《ちだうこじ》は|声《こゑ》を|潜《ひそ》めて、バット、カークス、ベースおよび|牢番《らうばん》のエールに|向《む》かひ、
『|二人《ふたり》の|姫様《ひめさま》は、この|治道居士《ちだうこじ》を|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》しにしたいといつてゐるのは|深《ふか》いわけがあるのだ。|今晩《こんばん》は|遅《おそ》いが、いづれ|明日《あす》の|晩《ばん》の|仕事《しごと》だ。バットが|俺《おれ》の|身代《みがは》りとなり、カークス、ベースの|両人《りやうにん》が、|二人《ふたり》の|女《をんな》と|化《な》り、|女《をんな》の|声色《こわいろ》を|使《つか》つて|暗《くら》がりを|幸《さいは》ひ、|牢獄《らうごく》に|入《い》つて|一芝居《ひとしばゐ》やるのだな。そしてこの|治道《ちだう》と|二人《ふたり》の|姫《ひめ》を|外《そと》へ|出《だ》すのだ。そしたら|言霊《ことたま》をもつて、セールを|初《はじ》めその|他《た》の|奴《やつ》を|一度《いちど》に|帰順《きじゆん》させる|計画《けいくわく》だ。|二人《ふたり》の|姫《ひめ》はその|計画《けいくわく》をやらうとしてゐるのらしい。どうだ、バット、お|前《まへ》は|俺《おれ》の|声色《こわいろ》が|使《つか》へるのかな』
バット『そりや|使《つか》へぬことはございませぬが、|私《わたし》が|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》しにされちや|堪《たま》りませぬな』
|治道《ちだう》『そこが|芝居《しばゐ》だよ。キヤツキヤツと|泣《な》きさへすればよいのだ。|本当《ほんたう》に|突《つ》いたり、|斬《き》つたりするものかい。そして|二人《ふたり》の|女《をんな》はカークス、ベースがするのだが、|女《をんな》の|声色《こわいろ》は|出来《でき》るかな。ちつとは|使《つか》へるだらう』
カークス『そいつア|面白《おもしろ》い。|私《わたし》は|若《わか》い|時《とき》から|芝居《しばゐ》が|好《す》きでしたから、|女《をんな》の|声色《こわいろ》は|婆《ばば》アでも、|娘《むすめ》でも、|古嬶《ふるかかあ》でも、|何《なん》でもやりますわ』
|治道《ちだう》『そんならお|前《まへ》はデビスになつてくれ。デビスは|二十二三《にじふにさん》だから、そのつもりでゐてくれ。|何《なに》せよ|暗《くら》がりだから、|声《こゑ》だけ|出《だ》せばいいのだ』
カークス『(|声色《こわいろ》)「|汝《なんぢ》は|恨《うら》み|重《かさ》なる|治道居士《ちだうこじ》であらうがな。よくもよくも|妾《わらは》に|侮辱《ぶじよく》を|加《くは》へよつたな。|思《おも》ひしれやー……」とこれではどうですか』
|治道《ちだう》『アハハハハうまいうまい、それなら|秀逸《しういつ》だ。サアこれでデビス|姫《ひめ》はできた。オイ、ベース、お|前《まへ》はブラワ゛ーダになるのだ。まだ|十六《じふろく》だ。|娘《むすめ》の|声《こゑ》が|使《つか》へるかな』
ベース『|使《つか》へますとも。やつて|見《み》ませうか……(|声色《こわいろ》)「|汝《なんぢ》は|治道居士《ちだうこじ》ではないか。ようもようも|妾《わたし》をさいなみよつたな。|天《てん》はあくまでも|罪人《ざいにん》をお|許《ゆる》しなさらぬぞや。サア|妾《わらは》|両人《りやうにん》が|刄《やいば》の|錆《さび》となれ。|恨《うら》みはつもる、|虎熊《とらくま》の|山《やま》」へへへへ。このくらゐでどうですかな』
|治道《ちだう》『アハハハハ、|上等《じやうとう》|上等《じやうとう》。|先《ま》づこれでブラワ゛ーダ|姫《ひめ》ができた。オイ、バット、お|前《まへ》は|俺《おれ》の|声色《こわいろ》を|使《つか》ふのだ。どうだ、|一《ひと》つここでやつて|見《み》ないか』
バット『(|声色《こわいろ》)「|之《これ》は|心得《こころえ》ぬ、デビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》とやら、|拙者《せつしや》はそなたに|向《む》かつて|侮辱《ぶじよく》を|加《くは》へた|事《こと》はござらぬ。|世《よ》の|中《なか》には|同名異人《どうめいいじん》が|沢山《たくさん》ござるぞ。そなたは|暗《くら》がりの|事《こと》とて|間違《まちが》つて|思《おも》ひ【ひがめ】てゐるのだらう。てもさても|迷惑千万《めいわくせんばん》、いかに|暗《くら》がりとはいへ、|声《こゑ》の|色《いろ》でも|分《わか》るであらう。|誤解《ごかい》しられちや|困《こま》りますよ……」もし|治道様《ちだうさま》このくらゐで|如何《どう》ですか』
|治道《ちだう》『マア|可《か》なりだ。しかしながら|二人《ふたり》の|姫《ひめ》が|懐剣《くわいけん》をもつて、グツと、|突《つ》くによつて、その|時《とき》は|痛《いた》さうな|声《こゑ》を|出《だ》さねばならぬぞ』
バット『ハイ、|私《わたし》は|勘平《かんぺい》の|腹切《はらきり》をやつた|事《こと》がございますから、|痛《いた》さうな|声《こゑ》を|出《だ》すのは|何《なん》でもありませぬ。|安心《あんしん》して|下《くだ》さいませ』
|治道《ちだう》『オイ、|勘平《かんぺい》では|落付《おちつ》きがない。|塩谷判官《えんやはんぐわん》ぐらゐのところでやつてみよ』
バット『ハイ、やつて|見《み》ませう……。「|力弥《りきや》|力弥《りきや》、|由良之助《ゆらのすけ》はまだ|来《こ》ぬか。……ハハア|未《ま》だ|参上《さんじやう》|仕《つかまつ》りませぬ……。エー、チエヘー、エ、|是非《ぜひ》もない……」と|覚悟《かくご》を|定《さだ》め|懐剣《くわいけん》|抜《ぬ》くより|早《はや》く、|左手《ゆんで》の|脇腹《わきばら》へグツとつき|立《た》て……「アー、|由良之助《ゆらのすけ》に|会《あ》はぬのが|残念《ざんねん》だわいイ……|由良之助《ゆらのすけ》、|只今《ただいま》、|参上《さんじやう》……ヤ|待《ま》ち|兼《か》ねたぞや。|近《ちか》う|近《ちか》う……」ハツハハハハハ』
|治道《ちだう》『オイ、そこは、|近《ちか》う|近《ちか》うといはずに|治道《ちだう》|治道《ちだう》といふのだよ。しかし|芝居《しばゐ》になつちや|敵《てき》に|悟《さと》られるから、ヤツパリ|治道居士《ちだうこじ》でなくちやいかぬぞ』
バット『そんなことに|抜目《ぬけめ》がありますか。マア|安心《あんしん》して|下《くだ》さい』
エール『ア、こいつは|面白《おもしろ》いアツハハハハハ。|私《わたし》が|牢番《らうばん》を|幸《さいは》ひ、うまくすりかへてみませう。|明日《あす》の|晩《ばん》が|待《ま》ち|遠《どほ》しいわい』
ヤクは|慌《あわ》ただしく|入《い》り|来《き》たり、
『オイオイ、さう|大《おほ》きな|声《こゑ》を|出《だ》しちや、|露見《ろけん》するぞ。|今《いま》お|前《まへ》のやつてゐた|芝居《しばゐ》は|一丁《いつちやう》ほど|向《む》かふへ|聞《き》こえたよ。|幸《さいは》ひ|誰《たれ》も|外《ほか》にゐなかつたから|宜《よ》いが、もしも|人《ひと》に|聞《き》こえたら|大変《たいへん》だ』
|治道《ちだう》『フン、お|前《まへ》はヤクか、ヤク|目《め》|御苦労《ごくらう》、|大儀《たいぎ》だ。|充分《じうぶん》|心《こころ》を|配《くば》つて|俺《おれ》たちの|世話《せわ》を【ヤク】のだよ。その|代《かは》りお【ヤク】が|済《す》んだら、【ヤク】|束通《そくどほ》り、|立派《りつぱ》な|宣伝使《せんでんし》にしてやるからな』
ヤク『はい、|有難《ありがた》う』
かく|話《はな》すところへ|足音《あしおと》|高《たか》く、|一人《ひとり》の|牢番《らうばん》がやつて|来《き》た。|治道居士《ちだうこじ》はこの|場《ば》を|誤魔化《ごまくわ》さむとて|経文《きやうもん》とも|偈《げ》ともつかぬことを|喋《しやべ》り|出《だ》した。
『|弥勒真弥勒《みろくしんみろく》。|水銀無仮《すゐぎんむか》。|分身千百億《ぶんしんせんひやくおく》。|阿魏無真《あぎむしん》。|長汀子来也《ちやうていしらいや》。|眼《まなこ》に|三角《さんかく》を|生《しやう》じ、|頭《かうべ》に|五嶽《ごがく》を|峭《そびやか》す。|好《かう》は|未《いま》だ|必《かなら》ず|好《かう》ならず。|悪《あく》は|未《いま》だ|必《かなら》ず|悪《あく》ならず。|布袋頭《ほていとう》|開《ひら》くや、|隈々《わいわい》|〓々《たいたい》たり、|骨々董々《こつこつとうとう》たり。|軽《かる》きことは|毫毛《がうまう》の|如《ごと》く、|重《おも》きことは|丘山《きうさん》の|如《ごと》し。|拈得《ねんとく》して|便《すなは》ち|擲《なげう》ち、|拏得《どとく》して|便《すなは》ち|用《もち》ふ。|払子《ほつす》を|竪《たて》て、|云《いは》く|猶《なほ》|是《こ》れ|兜率陀天底《とそつだてんてい》。|只《ただ》|弥勒未生《みろくみしやう》|以前《いぜん》の|如《ごと》きは|如何《いかん》か|剖露《ばうろ》せむ。|床《しやう》を|撃《う》つて|云《いは》く、|雨声《うせい》を|収拾《しうじゆ》して|旧樹《きうじゆ》に|帰《き》す。|放教《さもあらばあれ》|秋色《しうしよく》の|梧桐《ごどう》に|到《いた》るを。|五祖六祖《ごそろくそ》の|像《ざう》に|題《だい》して|云《いは》く、「|恨殺《こんさつ》す|此《こ》の|頭陀《づだ》。|山《やま》は|磨《ま》すとも|恨《うらみ》|磨《ま》せず。|吾《われ》|今《いま》|檐頭《えんとう》|重《おも》く、|汝《なんぢ》が|為《ため》に、|松《まつ》を|種《う》うる|多《おほ》し」|西巌《せいがん》|三十余年《さんじふよねん》、|仏鑑《ぶつかん》の|処《ところ》に|所得《しよとく》する|底《てい》、|拈出《ねんしゆつ》して|人《ひと》に|示《しめ》す、|涓滴《けんてき》の|滲漏《しんろふ》なし。|後《のち》の|三十年《さんじふねん》、|点眼《てんがん》の|薬《くすり》なり』
|夜《よ》は|深閑《しんかん》として|更《ふ》けわたり、|時々《ときどき》かすかな|風《かぜ》が、|雨戸《あまど》をゴトゴトと|揺《ゆ》する|声《こゑ》のみ、ちぎれちぎれに|聞《き》こえてゐる。
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 北村隆光録)
第一〇章 |赤酒《せきしゆ》の|声《こゑ》〔一六六六〕
その|夜《よ》はカラリと|明《あ》けた。|薄暗《うすくら》がりの|牢獄《らうごく》の|中《なか》で、ブラワ゛ーダは|治道居士《ちだうこじ》の|手紙《てがみ》を|読《よ》んで|見《み》た。その|文面《ぶんめん》には、
一、|拙者《せつしや》は|貴女《あなた》の|御存《ごぞん》じの|治道居士《ちだうこじ》でございます。|虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《いはや》に、|以前《いぜん》の|吾《わ》が|部下《ぶか》、セール、ハールの|両人《りやうにん》、|数多《あまた》の|部下《ぶか》を|従《したが》へ|山賊《さんぞく》を|働《はたら》きゐると|聞《き》き、|天地《てんち》の|神《かみ》に|責任《せきにん》を|負《お》ひ、|故意《わざ》と|囚人《とらはれびと》となつて、|第一牢獄《だいいちらうごく》に|投《な》げ|込《こ》まれてをります。|承《うけたまは》りますれば|貴女《あなた》がたお|二人《ふたり》もまた、この|山砦《さんさい》に|捕《とら》はれ、|日夜《にちや》セールの|無体《むたい》の|恋慕《れんぼ》にお|苦《くる》しみ|遊《あそ》ばすことを|聞《き》きました。ついては|私《わたし》にも|種々《いろいろ》と|考《かんが》へがありますれば、ここ|一両日《いちりやうじつ》、|言《げん》を|左右《さいう》に|托《たく》して|時《とき》を|待《ま》ち、あくまでも|貞操《ていさう》をお|守《まも》り|下《くだ》さいませ。きつと|救《すく》ひ|出《だ》して|上《あ》げませうから、|万事《ばんじ》に|抜目《ぬけめ》のない|貴女様《あなたさま》、よもやとは|思《おも》ひますが、もしや|短気《たんき》を|起《おこ》して|下《くだ》さつては、|折角《せつかく》の|治道居士《ちだうこじ》の|心遣《こころづか》ひが|無《む》になりますから、ここ|一両日《いちりやうじつ》、|臨機応変《りんきおうへん》の|態度《たいど》を|採《と》つて|下《くだ》さい。
|治道《ちだう》より
|御両人様《ごりやうにんさま》へ』
と|記《しる》してあつた。|両人《りやうにん》はおのおの|同《おな》じ|手紙《てがみ》を|見《み》てニツコと|笑《わら》ひ、|早《はや》|救《すく》はれる|時《とき》の|来《き》たことを|喜《よろこ》んだ。そして|自分《じぶん》の|昨晩《ゆうべ》|言《い》つたこの|狂言《きやうげん》を、|何《なん》とかして|早《はや》く|実現《じつげん》さしたいものだと、|一時千秋《いつときせんしう》の|思《おも》ひで|待《ま》つてゐたが、その|夜《よ》は|何《なん》の|音沙汰《おとさた》も|無《な》く、たうとう|夜《よ》は|明《あ》けてしまつたのである。ブラワ゛ーダは|細《ほそ》い|声《こゑ》で、
『|常久《とこしへ》の|暗夜《やみよ》もやがて|晴《は》れぬらむ
|救《すく》ひの|神《かみ》の|影《かげ》|見《み》えければ』
デビス|姫《ひめ》『|今《いま》は|早《はや》|心《こころ》にかかる|雲《くも》も|無《な》し
|暁《あかつき》|告《つ》ぐる|鶏《にはとり》の|声《こゑ》に
|姉妹《おとどい》が|心《こころ》を|協《あは》せて|枉津見《まがつみ》を
|言向和《ことむけやは》す|時《とき》は|来《き》にけり』
かかる|所《ところ》へ、|足音《あしおと》|高《たか》くやつて|来《き》たのはセールであつた。デビスは|中《なか》から|声《こゑ》をかけ、
『もしもし、あなたはセールの|親分《おやぶん》ぢやございませぬか。いやだワ、|夜前《やぜん》は|妾《わたし》に、あれだけ|固《かた》く|約束《やくそく》しながら、なぜ|聞《き》いて|下《くだ》さらないの。|早《はや》く|治道居士《ちだうこじ》をフン|縛《じば》つて、ここへ|入《い》れて|下《くだ》さいな。そして|思《おも》ふ|存分《ぞんぶん》|恨《うら》みを|晴《は》らさして|下《くだ》さいな。ね、|親分《おやぶん》さま』
セール『イヤ、|済《す》まなかつた。|何時《なんどき》でも|呼《よ》んでやる。|実《じつ》は|昨夜《ゆうべ》、あまりお|前《まへ》の|返事《へんじ》が|気《き》が|利《き》いてゐたので、|前祝《まへいは》ひに|葡萄酒《ぶどうしゆ》をグイグイとやつたところ|酔《よ》つてしまひ、|誠《まこと》に|済《す》まぬことした。これからヤク、エールの|牢番《らうばん》に|言《い》ひつけ、ここへ|引《ひ》つ|張《ぱ》つて|来《き》てやらう』
デビス『それが|定《きま》つた|上《うへ》は、|別《べつ》に|慌《あわ》てるには|及《およ》びませぬ。|妾《わたし》が|何程《なんぼ》さかしい|女《をんな》だとて、|昼《ひる》は|顔《かほ》が|見《み》えますから|今晩《こんばん》にして|下《くだ》さいな、|暗《くら》がりで|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》しにしたうございますからね。なア|旦那《だんな》さま』
セール『ウン、よし、|気《き》に|入《い》つた。|俺《おれ》に|旦那様《だんなさま》といひよつたな、それに|間違《まちが》ひはない。それにきまつた|上《うへ》は|何事《なにごと》によらず、お|前《まへ》の|望《のぞ》みを|聞《き》いてやらう。いま|牢獄《らうごく》を|出《だ》せなら|出《だ》さぬこともない。|何分《なにぶん》|自分《じぶん》の|奥《おく》さまを、こんな|所《ところ》へ|入《い》れて|虐待《ぎやくたい》するのも、|済《す》まぬからな』
『|出《だ》していただくのは|有難《ありがた》うございますが、|首尾《しゆび》よう|敵《かたき》を|討《う》つまで、ここにかうして|置《お》いて|下《くだ》さい。そして|晩《ばん》に|此処《ここ》にブラワ゛ーダさまを|入《い》れてもらひ、そこへ|治道居士《ちだうこじ》を|呼《よ》んで|両方《りやうはう》から|斬《き》り|苛《さいな》めさして|下《くだ》さい。|夜通《よどほ》しかかつて、|耳《みみ》を|切《き》り、|鼻《はな》を|切《き》り、|指《ゆび》を|斬《き》つて、バルチザンのやうな|事《こと》をせねば、|虫《むし》が|得心《とくしん》しませぬワ』
『なるほど、そりや|面白《おもしろ》からう。そんなら、|今夜《こんや》は|首尾《しゆび》よく|目的《もくてき》を|達《たつ》し、|明日《あす》は|結婚《けつこん》の|式《しき》を|挙《あ》げることにしよう。それでは、|懐剣《くわいけん》は|一本《いつぽん》づつお|前《まへ》に、|上《あ》げておかう』
『ハイ、|有難《ありがた》う。しかし|旦那様《だんなさま》、|一《ひと》つ|約束《やくそく》をしておきたうございます』
『ウン、よしよし、|何《なん》でも|約束《やくそく》をしてやる』
『そんなら|旦那様《だんなさま》。|妾《わたし》を|本妻《ほんさい》にして|下《くだ》さい。そしてブラワ゛ーダ|姫《ひめ》は|第二夫人《だいにふじん》ですから、それを|今《いま》の|中《うち》に|誓《ちか》つて|頂《いただ》きたうございますワ』
『ナーンだ、そんな|事《こと》か。それなら|俺《おれ》の|思惑通《おもわくどほ》りだ。お|前《まへ》もお|頭《かしら》の|奥《おく》さまとなれば、あまり|悪《わる》くはあるまいぞ。……|果報《くわはう》は|寝《ね》て|待《ま》てとはよくいつたものだな』
『そんなら|旦那様《だんなさま》、|恥《は》づかしうございますから、|今晩《こんばん》は|外《ほか》の|小盗人《こぬすと》が|寄《よ》りつかぬやうにして|下《くだ》さいませや』
『よしよし、お|前《まへ》のいふことなら|何《なん》でも|聞《き》いてやる。|明日《あす》は|結婚《けつこん》するのだから、その|用意《ようい》に|御馳走《ごちそう》を|集《あつ》めておかねばならぬ。|乾児《こぶん》の|奴等《やつら》を|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|御馳走《ごちそう》の|準備《じゆんび》に|差遣《さしつか》はさう。|今晩《こんばん》を|楽《たの》しみに|待《ま》つてゐよ。ヤア|俺《わし》もこれから|髯《ひげ》でも|剃《そ》つて、チツと【めか】さうかい。|花嫁《はなよめ》さまに|対《たい》しても、あまり|無躾《ぶしつけ》だからな』
と|元気《げんき》よく|吾《わ》が|居間《ゐま》に|帰《かへ》り、|子分《こぶん》を|残《のこ》らず|呼《よ》び|寄《よ》せ、|各自《めいめい》|用《よう》を|吩《い》ひつけ、|山《やま》を|下《くだ》つて|馳走《ちそう》の|用意《ようい》をなすべく|四方《しはう》|八方《はつぱう》へ|派遣《はけん》してしまつた。|後《あと》にセールは、またもやヤクを|相手《あひて》に、お|祝《いは》ひとして|葡萄酒《ぶだうしゆ》を|呻《あふ》つてゐる。
ヤク『もし|親方《おやかた》、|明日《あす》はお|目出《めで》たうございます。どうぞ|御成功《ごせいこう》を|祈《いの》りますよ』
セール『ウン、いふにヤ|及《およ》ばぬ。すでに|成功《せいこう》したも|同然《どうぜん》だ。イツヒヒヒヒ、お|前《まへ》も|羨《けな》りいだらうが、マア|暫《しば》らく|辛抱《しんばう》してくれ。|俺《おれ》の|手《て》で|治道居士《ちだうこじ》を|片《かた》づける|事《こと》は、|何程《なんぼ》|泥棒《どろばう》だつて|今《いま》までの|恩義上《おんぎじやう》、|手《て》を|下《くだ》すわけにはゆかず、また|沢山《たくさん》の|子分《こぶん》があつても、|九分九厘《くぶくりん》まで|治道居士《ちだうこじ》の|部下《ぶか》だつたのだから、|真逆《まさか》のとき|躊躇《ちうちよ》をし、|自分《じぶん》の|長上《ちやうぢやう》を|殺《ころ》すやうな|手本《てほん》を|出《だ》すと|皆《みな》が|赤化《せきくわ》しよつて、|俺《おれ》たちまで、|気《き》に|入《い》らぬと|何時《いつ》|首《くび》を|掻《か》くかも|知《し》れぬので、|実《じつ》は|思想上《しさうじやう》の|大問題《だいもんだい》と|心配《しんぱい》してゐたのだ。しかるに|何《なん》の|幸《さいは》ひぞ、|治道居士《ちだうこじ》に|恨《うら》みを|抱《いだ》いた|二人《ふたり》のナイスが、|敵《かたき》を|討《う》たしてくれといふのだから、|俺《おれ》にとつてもこれ|以上《いじやう》の|好都合《かうつがふ》はない。ゐながらにして|敵《てき》を|平《たひら》げ、|邪魔物《じやまもの》を|無《な》くし、|惚《ほ》れた|女《をんな》と|合衾《がふきん》の|式《しき》を|挙《あ》げるとは|実《じつ》に|愉快《ゆくわい》なことだ。アハハハハオイ、ヤク、お|前《まへ》も|一杯《いつぱい》やれ、|何《なに》も|遠慮《ゑんりよ》は|入《い》らぬ、もとは|只《ただ》で|盗《と》つた|酒《さけ》だから、なんぼ|飲《の》んでも、|懐《ふところ》の【えぐれ】る|気遣《きづか》ひもなし|気楽《きらく》なものだ』
ヤク『ハイ、|頂戴《ちやうだい》いたします、|親分様《おやぶんさま》の|空前絶後《くうぜんぜつご》のお|目出度《めでた》さですから、|私《わたし》も|抃舞雀躍《べんぶじやくやく》してをります』
と|無性《むしやう》やたらに|酒《さけ》をすすめて、|酔《よ》ひ|潰《つぶ》さうとかかつてゐる。
セールは|上機嫌《じやうきげん》でソロソロ|謡《うた》ひ|出《だ》した。
『|飲《の》めよ|騒《さわ》げよ|一寸先《いつすんさき》や|暗夜《やみよ》 |暗《やみ》に|包《つつ》んだ|獄牢《ひとや》の|中《うち》に
|月雪花《つきゆきはな》にも|譬《たと》ふべき |二人《ふたり》のナイスが|待《ま》つてゐる
|誰《たれ》を|待《ま》つかと|尋《たづ》ねてみたら バラモン|教《けう》にて|名《な》も|高《たか》き
|陸軍大尉《りくぐんたいゐ》のセールさま |色《いろ》が|黒《くろ》うて|背《せ》が|高《たか》うて
|目玉《めだま》が|丸《まる》うて|天狗鼻《てんぐばな》 |古今無双《ここんむさう》の|男《をとこ》らしい|男《をとこ》
|今《いま》は|泥棒《どろばう》の|親分《おやぶん》となつて |数多《あまた》の|乾児《こぶん》を|使役《しえき》する
ヤツパリ|身魂《みたま》は|争《あらそ》はれない |一中隊《いつちうたい》の|兵卒《へいそつ》を
|指揮《しき》した|身魂《みたま》はどこまでも |一中隊《いつちうたい》の|盗人《ぬすびと》を
|相《あひ》も|変《かは》らず|支配《しはい》して |虎熊山《とらくまやま》の|山砦《さんさい》に
|羽振《はぶ》りを|利《き》かす|甲斐性《かひしやう》もの |恋《こひ》の|仇《あだ》なるハールの|少尉《せうゐ》
|今《いま》は|何処《いづこ》の|山《やま》の|果《は》て |野辺《のべ》に|逍遥《さまよひ》メソメソと
|吾《わ》が|身《み》の|不運《ふうん》をかこちつつ この|世《よ》を|果敢《はか》なみゐるだらう
|二人《ふたり》のナイスをこのセールが |両手《りやうて》に|花《はな》の|結婚《けつこん》を
やつたと|聞《き》いたら|嘸《さぞ》やさぞ |地団太《ぢだんだ》|踏《ふ》んで|口惜《くや》しがり
|舌《した》でも|噛《か》んで|死《し》ぬだらう その|有様《ありさま》がアリアリと
|吾《わ》が|目《め》の|前《まへ》にちらついて ほんに|愉快《ゆくわい》なことだわい
|思《おも》へば|思《おも》へば|俺《おれ》のやうな |幸福者《しあはせもの》が|世《よ》にあらうか
|数万《すまん》の|金《かね》を|懐《ふところ》に |抱《いだ》いた|比丘《びく》はうまうまと
|吾《わ》が|手《て》に|知《し》らずに|飛《と》び|込《こ》んで |福《ふく》を|授《さづ》けに|来《き》てくれた
|木花姫《このはなひめ》か|弁財天《べんざいてん》 |出雲《いづも》の|姫《ひめ》も|真裸足《まつぱだし》
|逃《に》げ|出《だ》すやうなナイスをば |左右《さいう》に|侍《はべ》らしうま|酒《さけ》に
|舌《した》の|鼓《つづみ》をうちながら |小股《こまた》にはさんだ|三味線《しやみせん》を
ピンピンツンツン|引《ひ》き|立《た》てて |糸《いと》がきれるほど|抱《だ》きしめて
|思《おも》ふ|存分《ぞんぶん》|痴話喧嘩《ちわけんくわ》 |罰《ばち》が|当《あた》つても|構《かま》やせぬ
ほんに|愉快《ゆくわい》なことだわい これといふのもバラモンの
|大黒主《おほくろぬし》の|御恵《おんめぐ》み これだによつて|平生《へいぜ》から
|神信心《かみしんじん》はせにやならぬ というて|泥棒《どろばう》の|親分《おやぶん》が
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|手《て》を|合《あ》はし お|経《きやう》をいふのも|何《なん》とやら
|薄気味《うすきみ》|悪《わる》い|心地《ここち》する さはさりながらそんな|事《こと》
|気《き》にかけてゐたら|恋《こひ》の|道《みち》 |慾《よく》の|目的《もくてき》|達《たつ》しない
よくない|奴《やつ》は|悪《あく》といふ よくがありやこそ|世《よ》の|中《なか》に
|善《ぜん》といはれて|暮《くら》すのだ |善《ぜん》は|急《いそ》げだ|今晩《こんばん》の
|二人《ふたり》の|仇討《あだう》ち|済《す》んだなら |時《とき》を|移《うつ》さず|合衾《がふきん》の
|式《しき》をば|挙《あ》げて|偕老《かいらう》の |契《ちぎ》りを|結《むす》ぶ|下準備《したじゆんび》
お|前《まへ》も|充分《じうぶん》|気《き》をつけて |落度《おちど》のないやうにやつてくれ
アア|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い |面白《おもしろ》うなつて|来《き》たわいナ。
アハハハハ|酒《さけ》は|浩然《こうぜん》の|気《き》を|養《やしな》ふと|言《い》つて、|今《いま》までクシヤクシヤしてゐた|俺《おれ》の|気分《きぶん》もカラリと|晴《は》れ、|世界晴《せかいば》れのやうだ。どうしてまた、こんな|好運児《かううんじ》に|生《うま》れて|来《き》たものだらうな。エエエエエ』
と|一人《ひとり》|管《くだ》を|巻《ま》いてゐる。ヤクは|一生懸命《いつしやうけんめい》に、|酔《よ》はさうとかかつてゐる。|漸《やうや》くにして、その|日《ひ》は|暮《く》れてしまつた。|肝腎《かんじん》のセールはグタグタになつてゐる。ヤクはソツとこの|場《ば》を|立《た》ち|出《い》で|治道居士《ちだうこじ》の|牢獄《らうごく》の|前《まへ》へと|急《いそ》いだ。
ヤク『オイ、エール、これからが|正念場《しやうねんば》だぞ。|俺《おれ》たち|両人《りやうにん》が|今夜《こんや》こそ|捨身的《しやしんてき》|大活動《だいくわつどう》をやつて|大将《たいしやう》を|往生《わうじやう》させるのだ。ぬからないやうにせよ』
エール『|心配《しんぱい》するな。|策戦《さくせん》|計画《けいくわく》はスツカリ|整《ととの》うているのだ』
|治道《ちだう》『ヤ、|両人《りやうにん》|御苦労《ごくらう》だつた。サアこれからいよいよ|本芝居《ほんしばゐ》にかからう。|万事《ばんじ》|抜目《ぬけめ》なく|頼《たの》むよ』
ヤク『ハイ、|承知《しようち》いたしました。しかし|小頭《こがしら》が|四五人《しごにん》、ウロウロしてゐますから、|暗《くら》がりに|余程《よほど》うまくやらないと、|芝居《しばゐ》の|打《う》ち|損《そこな》ひをやつたら|大変《たいへん》ですから、|気《き》をつけて|下《くだ》さい』
|治道《ちだう》『|何事《なにごと》も|皇大神《すめおほかみ》の|御心《みこころ》の
ままになれよと|祈《いの》るのみなる』
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 北村隆光録)
第一一章 |大笑裡《だいせうり》〔一六六七〕
ヤク、エールの|両人《りやうにん》は、バット、カークス、ベース|三人《さんにん》を、デビス|姫《ひめ》を|幽閉《いうへい》してある|牢獄《らうごく》に|打《う》ち|込《こ》み、|治道居士《ちだうこじ》、デビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》をそつと|牢獄《らうごく》の|外《そと》に|引《ひ》き|出《だ》し、|暗夜《あんや》を|幸《さいは》ひ|人目《ひとめ》にかからぬ|堅牢《けんらう》な|一室《ひとま》に、|茶《ちや》やパンを|与《あた》へて|休《やす》ませておき、セールの|居間《ゐま》に|進《すす》み|入《い》り、
ヤク『もし|親分様《おやぶんさま》、|御命令《ごめいれい》|通《どほ》り、ブラワ゛ーダと|治道居士《ちだうこじ》を、デビスの|牢獄《らうごく》へ|放《ほ》り|込《こ》んで|置《お》きました。さうして|治道居士《ちだうこじ》は|身動《みうご》きが|出来《でき》ないところまで、【がんじ】|搦《がら》みに|縛《しば》つておきましたから、もはや|安心《あんしん》でございます』
セール『ヤア、ヤク、エールの|両人《りやうにん》|御苦労《ごくらう》だつた。そんならこれから、|俺《おれ》も|見《み》にゆかうかなア』
ヤク『アノ|旦那様《だんなさま》、|二人《ふたり》の|美人《びじん》が|仰有《おつしや》るのには、|旦那様《だんなさま》とそのほか|四五人《しごにん》の|上役《うはやく》ばかり|立《た》ち|会《あ》つてもらひたいとのことです。そして|顔《かほ》が|見《み》えると|嫌《いや》ですから、|燈火《ともしび》をつけないで、|見聞《けんぶん》いや、|聴聞《ちやうもん》して|欲《ほ》しいとのことです』
エール『サア|旦那様《だんなさま》、|早《はや》くお|越《こ》しを|願《ねが》ひます』
セール『ヨシヨシ、そんなら|小頭《こがしら》ばかり|列席《れつせき》さしたらよからう。|牢獄《らうごく》の|外《そと》で|様子《やうす》を|聞《き》くことにせう』
と|五人《ごにん》の|小頭《こがしら》を|従《したが》へ、エール、ヤクも|共《とも》に|牢獄《らうごく》の|外《そと》に|八人《はちにん》【づらつ】と|並《なら》んで、|中《なか》の|様子《やうす》を|考《かんが》へてゐる。カークスは、デビス|姫《ひめ》の|声色《こわいろ》をつかつて、
『ヤアその|方《はう》は、|恨《うら》み|重《かさ》なる、|憎《にく》さも|憎《にく》き|治道居士《ちだうこじ》であらうがな。|天命《てんめい》|逃《のが》れずこの|牢獄《らうごく》に|連《つ》れ|込《こ》まれ、|繊弱《かよわ》き|女《をんな》に|仇《あだ》を|打《う》たれるとは、さてもさても|不便《ふびん》な|奴《やつ》だ。これも|前世《ぜんせ》の|因縁《いんねん》と|諦《あきら》めたがよからうぞや』
バットは|治道居士《ちだうこじ》の|声色《こわいろ》を|使《つか》つて、
『アハハハハ。|猪口才千万《ちよこざいせんばん》な|身《み》の|程《ほど》|知《し》らず|奴《め》が、|俺《おれ》を|何《なん》と|心得《こころえ》てゐる。なにほど|高手小手《たかてこて》に|縛《いまし》めたればとて、これほどのひよろひよろ|繩《なは》、|打《う》ち|切《き》るに|何《なん》の|手間暇《てまひま》がかからうぞ。|下《くだ》らぬ|事《こと》をいたして、|後悔《こうくわい》するな。|吾《われ》こそはバラモン|軍《ぐん》において、|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》の|仇名《あだな》を|取《と》つた|鬼春別《おにはるわけ》の|中将《ちうじやう》だ。|三千人《さんぜんにん》の|軍隊《ぐんたい》を|三寸《さんずん》の|舌端《ぜつたん》をもつて|指揮《しき》し|来《き》たつた|某《それがし》、|今《いま》は|三五教《あななひけう》の|比丘《びく》となり、|一蓑一笠《いつさいちりふ》の|修験者《しゆげんじや》となりたればとて、|昔《むかし》|取《と》つたる|杵柄《きねつか》の、|未《いま》だに|残《のこ》る|腕《うで》の|冴《さ》え、|見事《みごと》|指一本《ゆびいつぽん》でも|触《さえ》るなら、サア、|触《さえ》て|見《み》よ』
カークス『ホホホホホ。|此《こ》の|期《ご》に|及《およ》んで、|何《なん》の|繰言《くりごと》、もはや|叶《かな》はぬ……|日頃《ひごろ》のデビスが|恨《うら》み、サア|一刀《ひとかたな》|浴《あ》びて|見《み》よ。これブラワ゛ーダさま、お|前《まへ》も|夫《をつと》の|仇《あだ》ぢやないか。サア|妾《わたし》と|両方《りやうはう》から|両方《りやうはう》の|耳《みみ》を、|滅多切《めつたぎ》りに|斬《き》り|落《お》としませう』
ベースはブラワ゛ーダの|仮声《こわいろ》を|使《つか》ひ、
『|姉上様《あねうへさま》の|仰《おほ》せまでもなく、この|恨《うら》みを|晴《は》らさでおきませうか。|磐石《ばんじやく》をもつて|卵《たまご》をわるがごときこの|場合《ばあひ》、これも|全《まつた》くセール|親分《おやぶん》さまの|御同情《ごどうじやう》の|致《いた》すところ、サア|鬼春別《おにはるわけ》の|治道居士《ちだうこじ》、たとへ|汝《なんぢ》は|三軍《さんぐん》を|指揮《しき》した|勇将《ゆうしやう》たりとも、も|早《はや》かうなつては|身動《みうご》きもなるまい。|繊弱《かよわ》き|女《をんな》の|腕《うで》に|満身《まんしん》の|恨《うら》みを|込《こ》めたこの|刃《やいば》、|覚悟《かくご》をせよ。サア|姉上様《あねうへさま》、|一《ひい》、|二《ふう》、|三《みつ》でやりませう。|貴女《あなた》は|左《ひだり》の|耳《みみ》、|私《わたし》は|右《みぎ》の|耳《みみ》を……ホホホホまあ|心地《ここち》よきことだなア、|一《ひい》、|二《ふう》、|三《み》つ』
バット『エエエ|痛《いた》いわい。|耳《みみ》がチチ|千切《ちぎ》れるぢやないか。|血《ち》が|出《で》るぢやないか。ウン、アア【い】|痛《いた》いとは|申《まを》さぬ。|俺《おれ》も|男《をとこ》だ、ウウウウウン』
カークス『|痛《いた》いであらう。|痛《いた》いやうに|斬《き》つたのだ。|血《ち》が|出《で》るのはあたりまへぢや。てもさても|気持《きも》ちのよいことだなア』
ベース『これや|鬼春別《おにはるわけ》、このブラワ゛ーダが|恨《うら》みの|刃《やいば》、ちつとは|痛《いた》からう。|思《おも》ひ|知《し》つたであらうのう』
バット『いやはや|誠《まこと》にもつて|痛《いた》くござらぬことはないわい。エヘヘヘヘ』
カークス『はて|頑固《しぶと》い、これでもか。いやこれでもか。(|男《をとこ》の|声《こゑ》)こーれでもかー』
と|思《おも》はず|知《し》らず|地声《ぢごゑ》を|出《だ》してしまつた。|外《そと》に|聞《き》いてゐたセールは|驚《おどろ》いて、
『オイ、デビス|姫《ひめ》、|何《なん》といふ|太《ふと》い|声《こゑ》を|出《だ》すのだ。まるで|男《をとこ》だないか』
カークス『|何《なん》だか|知《し》りませぬが、あんな|声《こゑ》が|出《で》たのですよ。|私《わたし》はいつも|神懸《かむがかり》をいたしますから、おほかた|大天狗《だいてんぐ》が|憑《うつ》つて|手伝《てつだ》うてくれたのでございませう……(|男声《をとこごゑ》)デビス|姫《ひめ》は|虎熊山《とらくまやま》の|大天狗《だいてんぐ》が|憑《うつ》つて|守護《しゆご》いたしてをるぞよ。セール、|決《けつ》して|疑《うたが》ふことはならぬぞよ』
セール『ハイ、|決《けつ》して|疑《うたが》ひませぬ』
ベース『これや|治道居士《ちだうこじ》とやら、|夫《をつと》の|仇《あだ》サア|胸《むね》をついてやらう。ちつとは|痛《いた》うても|辛棒《しんぼう》せよ。|明日《あす》の|朝《あさ》まで|嬲《なぶ》り|殺《ごろ》し……てもさても|愉快《ゆくわい》のことだわい。オホホホホ。あまりをかしうて、シシ|芝居《しばゐ》ができぬワイのう』
バット『オイ、ベース。ではないブラワ゛ーダ|姫《ひめ》、|左様《さやう》なことを|申《まを》すと|治道居士《ちだうこじ》も|何《なん》だか|張《は》り|合《あひ》がないわい。サア|早《はや》く|思《おも》ふ|存分《ぞんぶん》にしたがよからう』
ベース『|汝《なんぢ》の|言葉《ことば》を|待《ま》つまでもなく|腹《はら》をえぐつてやらう』
バット『アイタタタタター、|暫《しばら》く|暫《しばら》くシシ|暫《しばら》くお|待《ま》ち|下《くだ》さりませう』
カークス『|此《こ》の|期《ご》に|及《およ》んで|何《なん》の|躊躇《ちうちよ》、|血迷《ちまよ》ふたか、ヤ、おくれたか……バット……いやいや、|治道居士《ちだうこじ》……』
バット『アイヤ、|血迷《ちまよ》ひもせぬ、|後《おく》れもせぬ。|某事《それがしこと》はビクトリ|山《さん》の|麓《ふもと》において、|治国別《はるくにわけ》が|部下《ぶか》の|者共《ものども》に|駈《か》け|難《なや》まされ、この|恨《うら》みを|報《むく》いむと、テルモン|山《ざん》の|麓《ふもと》に|来《き》たるをり、これなるデビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》の|両人《りやうにん》に|出会《であ》ひ、|仇《かたき》の|端《はし》とつけ|覗《ねら》ふうち、ブラワ゛ーダの|夫《をつと》|伊太彦《いたひこ》なるもの、|横合《よこあひ》より|槍《やり》の【キツ】|先《さき》を|扱《しご》きながら|攻《せ》め|来《き》たる、シヤー|猪口才《ちよこざい》なと|渡《わた》り|戦《たたか》ふ。|上段《じやうだん》|下段《げだん》|某《それがし》が|力《ちから》に|敵《てき》しかね、|伊太彦《いたひこ》はその|場《ば》に|斃《くたば》り、|手下《てした》のもの|共《ども》ちりぢりバット|花《はな》を|嵐《あらし》のさそひしごとく、|逃《に》げゆく|可笑《をか》しさ、ハハハハ。もうかうなる|上《うへ》は|破《やぶ》れかぶれ、どうなりと|勝手《かつて》にいたせ、たとへ|此《こ》の|場《ば》に|死《し》するとも、|魂魄《こんぱく》この|土《ど》に|留《とど》まり、|汝《なんぢ》の|素首《そつくび》|引抜《ひきぬ》かむ。ヒウドロドロドロ』
カークス『(|男《をとこ》の|声《こゑ》)オイ、そんないやらしい|事《こと》いふてくれない、|芝居《しばゐ》が|出来《でき》ぬぢやないか。(|女《をんな》の|声《こゑ》)モシモシセール|様《さま》、|妾《わたし》には|大天狗《だいてんぐ》がうつつてをりますから、|時々《ときどき》ど|拍子《びやうし》の|抜《ぬ》けた|声《こゑ》を|出《だ》します。どうぞ|了簡《れうけん》して(|雷声《らいせい》)|下《くだ》さいませ』
と|雷《らい》のごとくに|後《あと》の|一語《いちご》を|出《だ》す。セールは|二人《ふたり》の|女《をんな》を|信《しん》じ|切《き》つてゐるので、|黙言《だま》つて|二人《ふたり》の|言葉《ことば》を|聞《き》いてゐる。|五人《ごにん》の|小頭《こがしら》は|合点《がつてん》がいかず、|腑《ふ》に|落《お》ちぬと|思《おも》ひながら、|頭《かしら》が|黙言《だま》つてゐるので、|不審《ふしん》の|雲《くも》に|包《つつ》まれながら、|息《いき》をこらして|聞《き》いてゐた。
ベール『|姉《ねえ》さま、もうこれくらゐで|一思《ひとおも》ひにやつてやりませうか』
カークス『さう|致《いた》しませう。これや|治道居士《ちだうこじ》、|艮《とどめ》を|刺《さ》してやらう。|喉《のど》はどこだ』
といひながら、|暗《くら》がりで|喉《のど》のあたりを|探《さぐ》つた。バットはこそばゆくなつて|思《おも》はず|知《し》らずフフフフフと|吹《ふ》き|出《だ》した。
カークス『おのれ|頑固《しぶと》い……デビス|姫《ひめ》の|腕《うで》の|冴《さ》え、|食《く》つて|見《み》よー』
「キヤアツ」といつた|切《き》りバタバタバタと|音《おと》をさせ、|一言《いちごん》も|発《はつ》しなくなつた。
カークス『ホホホホホー、|日頃《ひごろ》の|恨《うら》み、|妹《いもうと》が|夫《をつと》の|仇《あだ》、|思《おも》ひ|知《し》つたか|南無頓生菩提《なむとんしやうぼだい》|治道居士《ちだうこじ》ー』
ベース『|夫《をつと》の|仇《あだ》、|思《おも》ひ|知《し》つたであらうなア。|南無《なむ》バラモン|帝釈《たいしやく》|自在天《じざいてん》、|有難《ありがた》く|御神徳《おかげ》を|感謝《かんしや》いたします』
バット『ヤア|恨《うら》めしやなア。この|治道居士《ちだうこじ》は|思《おも》はぬ|不覚《ふかく》を|取《と》り、|小盗人《こぬすと》に|高手小手《たかてこて》に|縛《いまし》められ、|身動《みうご》きならぬやうにせられ、|二人《ふたり》の|女《をんな》に|酷《さいな》まれ、|今《いま》は|世《よ》になき|亡骸《なきがら》の、|恨《うら》みはつのる|虎熊《とらくま》の|山《やま》、|汝《なんぢ》ばかりならず、この|岩窟《いはや》の|大盗人《おほぬすびと》、セールを|始《はじ》めその|他《た》の|奴原《やつばら》、|生首《なまくび》|引《ひ》きぬき、|仇《あだ》を|討《う》たいでおかうか、|残念《ざんねん》やな、ク、|口惜《くちを》しやな』
セールは|首筋元《くびすぢもと》からゾクゾクと|寒気《さむけ》がしだし、|真蒼《まつさを》の|顔《かほ》をし、|暗《くら》がりに|慄《ふる》ひながら、
『ココココラ|治道居士《ちだうこじ》とやら、|締《あきら》めたがよからうぞ。|何《なん》といつても、もうかうなつては|此《この》|世《よ》に|縁《えん》がないのだから|覚悟《かくご》をして|神妙《しんめう》に|成仏《じやうぶつ》せい。|南無頓生菩提《なむとんしやうぼだい》|治道居士《ちだうこじ》……』
カークス『もしセール|様《さま》、おかげをもつて|本望《ほんまう》を|遂《と》げました。どうぞ|昼《ひる》よりも|明《あか》く|灯《あかり》をつけて|下《くだ》さいませ』
セールは|慄《ふる》ひながら、
『アア|結構々々《けつこうけつこう》。オイ|皆《みな》の|者《もの》、|灯《あかり》の|用意《ようい》だ』
「ハイ」と|答《こた》へてヤク、エールの|両人《りやうにん》は|蝋燭《らふそく》を|点《てん》じて|来《き》た。セール|外《ほか》|五人《ごにん》の|小頭《こがしら》はびつくり|腰《ごし》を|抜《ぬ》かし|地《ち》べたに|平太《へた》つて|慄《ふる》うてゐる。|蝋燭《らふそく》の|火《ひ》は|幾《いく》つともなく|点《てん》ぜられた。よくよく|見《み》れば、|治道居士《ちだうこじ》、デビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダはニコニコしながらセールの|前《まへ》に|立《た》つてゐる。|牢獄《らうごく》の|中《なか》から、カークスは|相変《あひかは》らず、デビス|姫《ひめ》の|声色《こわいろ》にて、
『どうぞ|旦那様《だんなさま》、|開《あ》けて|下《くだ》さいませ。|本望《ほんまう》を|遂《と》げましてございます』
ベース『もし|旦那様《だんなさま》、|早《はや》く|此《こ》の|戸《と》をあけて|下《くだ》さい。|幽霊《いうれい》が|恐《おそ》ろしうございます』
|外《そと》のデビス|姫《ひめ》は|初《はじ》めて|口《くち》を|開《ひら》き、
『もしセール|様《さま》、|私《わたし》は|本当《ほんたう》のデビス|姫《ひめ》でございますよ。|牢獄《らうごく》にゐるのは|私《わたし》の|替玉《かへだま》、|秘密《ひみつ》をカークスといふ|男《をとこ》でございます』
セール『ナナ|何《なん》と、お|前《まへ》はまたどうして|出《で》たのか』
デビス『ホホホホあなたもいい|頓馬《とんま》ですねえ』
ブラワ゛ーダ『もしセールさま、|私《わたし》はブラワ゛ーダでございます。|永《なが》らく|御厄介《ごやくかい》に|預《あづ》かりましたネエ』
セール『なに、お|前《まへ》はいつの|間《ま》に|出《で》たのだ』
ブラワ゛ーダ『ハイ、かうなつたら|何《なに》も|彼《か》も|申《まを》し|上《あ》げますが、ヤク、エール|様《さま》のお|取計《とりはか》らひによつて、|私《わたし》は|無事《ぶじ》に|安全地帯《あんぜんちたい》にのがれ、ベースさまを|替玉《かへだま》に|使《つか》つたのでございますわ。ホホホホ』
|治道《ちだう》『|拙者《せつしや》は|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》|治道居士《ちだうこじ》でござる。|牢獄《らうごく》の|中《なか》にて|殺《ころ》されたりと|見《み》えしは|汝《なんぢ》が|乾児《こぶん》たりしバットであるぞよ。オイ、バット、もうよい。ヤア、エール、|戸口《とぐち》を|明《あ》けてやれ』
「ハイ」と|答《こた》へてエールはたちまち|戸口《とぐち》をパツと|開《ひら》いた。|三人《さんにん》はニコニコしながら|入口《いりぐち》の|窓《まど》を|潜《くぐ》つて|出《で》て|来《き》た。セールを|初《はじ》め|五人《ごにん》の|小頭《こがしら》は|早《はや》|腰《こし》を|抜《ぬ》かし、|口《くち》をポカンと|明《あ》けて、|真蒼《まつさを》な|顔《かほ》をしてゐる。かかるところへ|暗《やみ》を|通《とほ》して|聞《き》こえ|来《く》る|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》、
『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立分《たてわ》ける
|此《この》|世《よ》を|作《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
ただ|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》せ|聞直《ききなほ》せ
|曲《まが》の|過《あやま》ち|宣直《のりなほ》せ |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《かく》るとも たとへ|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|誠《まこと》の|力《ちから》は|世《よ》を|救《すく》ふ |三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》
|神《かみ》の|教《をしへ》の|伊太彦《いたひこ》が この|岩窟《がんくつ》に|囚《とら》はれし
デビスの|姫《ひめ》やブラワ゛ーダ |二人《ふたり》の|珍《うづ》の|御使《みつかひ》を
|救《すく》はむためにハールをば |先頭《せんとう》に|立《た》ててスタスタと
|登《のぼ》りてここに|現《あら》はれぬ |鬼春別《おにはるわけ》の|治道居士《ちだうこじ》
|定《さだ》めて|無事《ぶじ》におはすらむ これの|岩窟《いはや》の|頭分《かしらぶん》
セールは|今《いま》や|何処《どこ》にゐる |一時《いちぢ》も|早《はや》く|出迎《でむか》へて
|吾《わ》が|言霊《ことたま》の|神力《しんりき》に |心《こころ》を|直《なほ》し|霊《たま》|清《きよ》め
|誠《まこと》の|道《みち》に|帰《かへ》れかし |吾《われ》に|夜光《やくわう》の|御玉《みたま》あり
|神《かみ》は|吾等《われら》を|守《まも》りつつ |虎熊山《とらくまやま》の|征伐《せいばつ》に
|早《はや》くも|向《む》かはせたまひけり ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
と|謡《うた》ひながら|此《こ》の|場《ば》にやつて|来《く》る。|三度《さんど》|吃驚《びつくり》のセールは、|地上《ちじやう》に|頭《あたま》をくつつけ|涙《なみだ》をたらして|慄《ふる》ひゐる。これよりセールを|初《はじ》め、その|他《た》の|盗人《ぬすびと》どもはいづれも|悪事《あくじ》の|恐《おそ》るべきを|悟《さと》り、|心《こころ》の|底《そこ》より|悔《く》い|改《あらた》め、|三五教《あななひけう》に|帰順《きじゆん》し、|向後《かうご》は|決《けつ》して|悪事《あくじ》をなさざる|事《こと》を|誓《ちか》ひ、|打《う》ち|揃《そろ》ひ|三五《あななひ》の|大神《おほかみ》の|御名《みな》を|唱《とな》へ、|改悛《かいしゆん》の|意《い》を|表《あら》はした。
ここに|治道居士《ちだうこじ》および|伊太彦《いたひこ》は、またもやブラワ゛ーダ、デビス|姫《ひめ》と|袂《たもと》を|分《わか》ち、|思《おも》ひ|思《おも》ひにエルサレムを|指《さ》して|進《すす》むこととした。セールは|虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《がんくつ》に|火《ひ》を|放《はな》ち、|数多《あまた》の|乾児《こぶん》と|共《とも》に|悔《く》い|改《あらた》めてこの|場《ば》を|立《た》ち|出《い》で、|各自《めいめい》に|自《おの》が|郷里《きやうり》に|帰《かへ》る|事《こと》となつた。ハールは|伊太彦《いたひこ》に|許《ゆる》されて、エルサレムまで|従《したが》ひ|往《ゆ》くこととなつた。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 加藤明子録)
第一二章 |天恵《てんけい》〔一六六八〕
|治道居士《ちだうこじ》は、バット、カークス、ベース、ヤク、エールの|五人《ごにん》を|従《したが》へ、|法螺貝《ほらがひ》を|吹《ふ》きながら、|西《にし》へ|西《にし》へとエルサレムを|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く。ヤクは|道々《みちみち》|歌《うた》ふ。
『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善神《ぜんしん》|邪神《じやしん》を|立別《たてわ》ける
|尊《たふと》き|御世《みよ》となりにけり |吾等《われら》も|元《もと》はバラモンの
|軍《いくさ》の|君《きみ》によく|仕《つか》へ |大黒主《おほくろぬし》の|御心《みこころ》に
|叶《かな》はむためと|朝夕《あさゆふ》に |馬《うま》の|手入《ていれ》やその|外《ほか》の
|雑役《ざふやく》などにいそしみて |嶮《けは》しき|山川《やまかは》うち|渡《わた》り
|浮木《うきき》の|森《もり》まで|来《き》て|見《み》れば |思《おも》ひ|掛《が》けなき|大軍《たいぐん》の
|旗色《はたいろ》|悪《わる》き|吾《わ》が|軍《いくさ》 ライオン|河《がは》を|打《う》ち|渡《わた》り
ビクトル|山《さん》や|猪倉《ゐのくら》の |山《やま》をば|又《また》もや|追《お》ひ|出《だ》され
ここにいよいよ|解散《かいさん》の |憂《う》き|目《め》に|遇《あ》うて|当惑《たうわく》し
わが|故郷《ふるさと》へのめのめと |帰《かへ》らむ|顔《かほ》もなきままに
セールの|大尉《たいゐ》に|従《したが》ひて |虎熊山《とらくまやま》の|山砦《さんさい》に
|泥棒《どろばう》のつとめを|相果《あひは》たし |彼方《かなた》こなたと|駈《か》けめぐり
|旅人《りよじん》を|掠《かす》めゐたりしが |軍《いくさ》の|君《きみ》の|治道居士《ちだうこじ》
|元《もと》の|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》が |比丘《びく》の|姿《すがた》となりまして
ハルセー|沼《ぬま》の|畔《ほとり》まで |来《き》たらせたまふその|砌《みぎり》
|天地《てんち》の|道理《だうり》を|諭《さと》されて |誠《まこと》の|道《みち》に|立《た》ち|帰《かへ》り
すまぬ|事《こと》とは|知《し》りながら |親分《おやぶん》なりしセールをば
|甘《うま》くだまして|牢番《らうばん》と |化《ば》け|込《こ》み|今日《けふ》の|大芝居《おほしばゐ》
|打《う》ち|了《を》ふせたる|愉快《ゆくわい》さよ さはさりながらこの|前途《さき》は
どうして|月日《つきひ》を|送《おく》ろやら |住《す》むには|家《いへ》なく|食《くら》ふには
|糧《かて》なき|貧《まづ》しき|吾《われ》こそは |善《ぜん》にならうと|焦《あせ》つても
どうやら|悪《あく》になりさうだ |心《こころ》の|弱《よわ》き|人《ひと》の|身《み》は
|絶対《ぜつたい》|無限《むげん》の|神力《しんりき》の |備《そな》はりませる|神様《かみさま》に
お|任《まか》せするより|仕様《しやう》がない カークス バット エール ベース
お|前《まへ》は|何《なん》と|思《おも》うてるか |俺《おれ》はこの|先《さき》|案《あん》じられ
|胸《むね》をこがしてゐるわいの なにほど|神力《しんりき》|受《う》けたとて
|元《もと》より|無学《むがく》な|吾々《われわれ》は |比丘《びく》にもなれず|如何《いか》にして
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御使《みつかひ》が つとまりさうな|事《こと》はない
こいつは|何《なん》とか|工夫《くふう》して |身《み》の|振《ふ》り|方《かた》を|考《かんが》へにや
|口《くち》のひあがる|虞《おそ》れあり |倉廩《さうりん》みちて|礼節《れいせつ》を
|知《し》るとは|古人《こじん》の|金言《きんげん》だ なにほど|誠《まこと》の|教《をしへ》をば
|滝《たき》のごとくに|浴《あ》びせられ |雷《らい》のごとくに|聞《き》かされて
いかに|心《こころ》が|開《ひら》くとも お|腹《なか》が|空《す》いては|玉《たま》の|緒《を》の
|命《いのち》をつなぐ|術《すべ》もない どしたらこの|苦《く》が|遁《のが》れようか
コレコレもうし|比丘様《びくさま》よ |吾等《われら》|五人《ごにん》の|行先《ゆくさき》の
|身《み》の|振《ふ》り|方《かた》を|詳細《まつぶさ》に どうぞ|教《をし》へて|下《くだ》さんせ
|善《ぜん》と|悪《あく》との|分水嶺《ぶんすゐれい》 |刹那心《せつなごころ》の|舵《かぢ》|次第《しだい》
|船《ふね》を|覆《かへ》しちやなりませぬ ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御恵《みめぐ》み|深《ふか》き|治道居士《ちだうこじ》 |吾《わ》が|師《し》の|前《まへ》に|慎《つつし》みて
ひとへに|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る』
|治道居士《ちだうこじ》はこれに|答《こた》へて|歌《うた》ふ。
『|天津御空《あまつみそら》を|翔《た》つ|鳥《とり》も |山野《さんや》に|棲《すま》へる|獣《けだもの》も
|神《かみ》の|恵《めぐ》みに|包《つつ》まれて |今日《けふ》の|貯《たくは》へなくとても
|立派《りつぱ》に|命《いのち》をつなぎをる |人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》
|天《てん》は|不食《ふじき》の|民草《たみぐさ》を いかでか|造《つく》り|給《たま》ふべき
|誠《まこと》の|道《みち》に|叶《かな》ひなば |慈愛《じあい》の|神《かみ》は|吾々《われわれ》の
|身魂《みたま》を|安《やす》きに|守《まも》りつつ |永遠《とは》の|栄《さかえ》と|喜《よろこ》びと
|命《いのち》の|糧《かて》を|賜《たま》ふべし そもそも|人《ひと》はパンのみで
この|世《よ》に|生《い》くべきものならず |霊《みたま》の|餌《ゑさ》を|沢山《たくさん》に
|吸収《きふしう》したる|其《そ》の|上《うへ》は |肉体《にくたい》|守《まも》る|食物《しよくもつ》を
|求《もと》むるならば|皇神《すめかみ》は |必要《ひつえう》と|認《みと》めし|物《もの》ならば
|必《かなら》ず|授《さづ》け|給《たま》ふべし |神《かみ》の|誠《まこと》の|大道《おほみち》に
|尽《つく》しながらも|食物《しよくもつ》に |貧《まづ》しく|暮《くら》し|苦《くる》しむは
|未《いま》だ|全《まつた》く|皇神《すめかみ》の |心《こころ》に|叶《かな》はぬしるしぞや
|霊主体従《れいしゆたいじう》の|真心《まごころ》に |立《た》ち|帰《かへ》りたる|人々《ひとびと》は
|必《かなら》ず|衣食住業《いしよくぢうげふ》に |普《あまね》く|幸《さち》はひ|賜《たま》ふべし
|先《ま》づ|第一《だいいち》に|魂《たましひ》を |研《みが》いて|心《こころ》を|相清《あひきよ》め
|神《かみ》の|大道《おほぢ》を|歩《あゆ》むべし |神《かみ》は|汝《なんぢ》と|共《とも》にあり
いかでか|見《み》すて|給《たま》はむや |鳥《とり》|獣《けだもの》も|大神《おほかみ》は
|豊《ゆたか》かに|養《やしな》ひ|給《たま》ひます |況《いは》んや|人《ひと》の|身《み》をもつて
|飢《う》ゑて|死《し》すべき|理《り》あらむや ただ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|教《をしへ》に|身《み》を|任《まか》せ |心《こころ》を|砕《くだ》き|身《み》を|砕《くだ》き
|力《ちから》かぎりに|吾《わ》が|業《わざ》に |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|仕《つか》ふべし
これが|処世《しよせい》の|第一《だいいち》の |万古《ばんこ》|狂《くる》はぬ|要訣《えうけつ》ぞ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|教《をしへ》に|従《したが》ひて
|汝《なれ》が|迷《まよ》へる|魂《たましひ》の ひびきに|答《こた》へまつるなり
|進《すす》めよ|進《すす》め|神《かみ》の|道《みち》 |励《はげ》めよ|励《はげ》め|人《ひと》の|業《わざ》
|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》 |神《かみ》は|汝《なんぢ》と|倶《とも》に|在《あ》り』
と|歌《うた》ひながら、|治道居士《ちだうこじ》は|先《さき》に|立《た》つて|進《すす》み|行《ゆ》く。ある|小《ちひ》さき|山《やま》の|麓《ふもと》に|着《つ》いた。|見《み》ればかんばしき|苺《いちご》が|大地《だいち》を|紅《くれなゐ》に|染《そ》めて、|人待顔《ひとまちがほ》に|稔《みの》つてゐる。
|治道《ちだう》『さア|皆《みな》さま、ここで|一服《いつぷく》せう。これ|見《み》よ。お|前《まへ》|達《たち》はいろいろと|心配《しんぱい》してゐるが、|神《かみ》に|従《したが》つて|行《ゆ》く|道《みち》にはかふいふ|天恵《てんけい》があるのだ。|畑《はたけ》に|作《つく》つた|苺《いちご》でなし、|誰《たれ》|憚《はばか》らぬ|原野《げんや》の|中《なか》に|苺《いちご》が|熟《じゆく》して|俺《おれ》たちを|待《ま》つてゐるぢやないか。どれだけ|餓虎《がこ》の|勢《いきほ》ひで|食《く》つたとて、これだけあれば、|百人《ひやくにん》や|二百人《にひやくにん》の|食料《しよくれう》は|大丈夫《だいぢやうぶ》だ。また|先繰《せんぐ》り|先《せん》ぐり|新《あたら》しい|実《み》が、かうして|根元《ねもと》の|方《はう》についてゐる。サア|一《ひと》つ|感謝《かんしや》|祈願《きぐわん》を|凝《こ》らして、|天恵《てんけい》の|美味《びみ》を|頂《いただ》かうぢやないか』
|一同《いちどう》は、
『ハイ、|有難《ありがた》うございます』
とここに|腰《こし》を|据《す》ゑ、|神《かみ》に|感謝《かんしや》し、|小口《こぐち》から|水《みづ》の|垂《た》るやうな|苺《いちご》を、|手《て》に|取《と》つては|食《く》ひ|喰《く》ひやうやく|腹《はら》を|拵《こしら》へた。
|治道居士《ちだうこじ》『|有難《ありがた》や|皇大神《すめおほかみ》の|御恵《みめぐ》みは
|野《の》にも|山《やま》にもみち|足《た》らひけり
|餓《う》ゑ|渇《かわ》き|進《すす》みかねたる|人《ひと》の|子《こ》に
|授《さづ》け|給《たま》ひぬ|命《いのち》の|味《あぢ》を
|虎熊《とらくま》の|山《やま》を|立《た》ち|出《い》で|今《いま》ここに
|神《かみ》の|恵《めぐ》みを|味《あぢ》はふ|嬉《うれ》しさ』
ヤク『|思《おも》ひきやあたりも|暗《くら》き|草《くさ》の|野《の》に
|赤《あか》き|苺《いちご》の|稔《みの》りゐるとは』
エール『|蛇苺《へびいちご》ならむと|近寄《ちかよ》り|手《て》に|取《と》れば
いとど|美味《おい》しく|食《く》エール|苺《いちご》よ』
バット『うす|暗《ぐら》きこの|山路《やまみち》も|紅《くれなゐ》の
|苺《いちご》にバットあかくなりける』
カークス『|皇神《すめかみ》は|深《ふか》き|恵《めぐ》みをカークスの
|誠《まこと》の|人《ひと》に|与《あた》へ|給《たま》ひぬ』
ベース『|喉《のど》かわきベースをかきし|吾々《われわれ》も
|今《いま》は|御神《みかみ》の|恵《めぐ》みにうるほふ』
ヤク『|治道様《ちだうさま》、|世《よ》の|中《なか》は|心配《しんぱい》せなくても|可《い》いものですな。|私《わたし》たちは|昨日《きのふ》から|一食《いつしよく》も|碌《ろく》にせず、|山坂《やまさか》を|下《くだ》り、スタスタ|此処《ここ》までやつて|参《まゐ》りましたが、もはや|腹《はら》はすき、|喉《のど》はかわき|一滴《いつてき》の|水《みづ》もなし、|進退《しんたい》|維《これ》|谷《きは》まるといふところでございました。|九分九厘《くぶくりん》で|既《すで》に|息《いき》つかうとした|時《とき》に、かやうな|尊《たふと》い|苺《いちご》を|下《くだ》さるとは、|何《なん》とも、たとへがたない|有難《ありがた》さでございます。これを|思《おも》へば、|決《けつ》して|神様《かみさま》は|吾々《われわれ》を|見殺《みごろ》しにはなさりませぬな』
|治道《ちだう》『さうだ。|人間《にんげん》は|神様《かみさま》の|与《あた》へて|下《くだ》さるものを|頂《いただ》いてをりさへすれば|安全《あんぜん》だ。|今《いま》の|人間《にんげん》は|食《く》つた|上《うへ》にも|食《く》ひ、|飲《の》んだ|上《うへ》にも|飲《の》み、|贅沢三昧《ぜいたくざんまい》をして、これは|甘《うま》いの、|不味《まずい》のと|小言《こごと》ばかりいふてゐるから、|生活難《せいくわつなん》の|声《こゑ》が|起《おこ》るのだ。それで|物価《ぶつか》はますます|騰貴《とうき》して|人民《じんみん》はいよいよ|苦《くる》しむのだ。|万人《ばんにん》が|万人《ばんにん》ながら|神《かみ》の|恩恵《おんけい》を|有難《ありがた》く|感《かん》じ、|与《あた》へられたものを|頂《いただ》くといふ|事《こと》になれば、|世《よ》の|中《なか》は|貧乏《びんばふ》もなく、|病《やまひ》もなく、また|争《あらそ》ひも|起《おこ》らぬ。だから|吾々《われわれ》はどこまでも、|惟神《かむながら》の|道《みち》を|歩《あゆ》まねばならないのだ。これで|神様《かみさま》の|有難《ありがた》いことが|分《わか》つただらうな……。オイ、バット、お|前《まへ》はバラモン|軍《ぐん》を|離《はな》れてから、|泥棒《どろばう》とまで|成《な》り|下《さが》つてをつたが、その|間《あひだ》に|何《なに》か|愉快《ゆくわい》だと|思《おも》つた|事《こと》があるか、あるなら|其《そ》の|時《とき》の|感想《かんさう》を|私《わし》に|聞《き》かして|欲《ほ》しいものだ』
バット『ハイ、|私《わたし》が|貴師《あなた》の|部下《ぶか》となつて、|軍人生活《ぐんじんせいくわつ》をやつてをりました|時《とき》には、ずゐぶん|辛《つら》うございましたよ。|上官《じやうくわん》からは|頭《あたま》を|抑《おさ》へられる。また|少《すこ》しく|上官《じやうくわん》のお|気《き》に|入《い》らうとして|忠実《まめまめ》しく|働《はたら》けば、|同僚《どうれう》に|憎《にく》まれる。|不真面目《ふまじめ》な|阿諛主義《おべつかしゆぎ》の|奴《やつ》は|抜擢《ばつてき》されて、すぐに|自分《じぶん》の|上役《うはやく》となり、|頭《あたま》を|抑《おさ》へる。どうも|不平《ふへい》で|不平《ふへい》で、|一日《いちにち》だつて|心《こころ》を|安《やす》んじた|事《こと》はありませぬ。そして|何時《なんどき》|強敵《きやうてき》が|襲《おそ》うて|来《く》るかも|知《し》れず、さすれば|生命《いのち》を|的《まと》に|戦《たたか》はねばならず、|日夜《にちや》|戦々恟々《せんせんきようきよう》として|月日《つきひ》を|送《おく》りました』
|治道《ちだう》『|成程《なるほど》お|前《まへ》のいふ|事《こと》は|事実《じじつ》だ。|私《わし》だつて|三千《さんぜん》の|部下《ぶか》を|引《ひ》き|率《つれ》てをるものの、|上《うへ》には|大黒主《おほくろぬし》の|神様《かみさま》があり、また|同僚《どうれう》もあり、|部下《ぶか》もあり、|一方《いつぱう》に|強敵《きやうてき》を|控《ひか》へ|征途《せいと》に|上《のぼ》る|時《とき》の|苦《くる》しさ。|口《くち》では|立派《りつぱ》に|雄健《をたけ》びをしてゐるものの、|心《こころ》の|中《うち》では、ずゐぶん|煩悶《はんもん》|苦悩《くなう》の|種《たね》をまいたよ。そして|一戦《いつせん》に|味方《みかた》は|無残《むざん》な|最後《さいご》を|遂《と》げる。|又《また》たとへ|敵《てき》だといつても、|無残《むざん》な|最後《さいご》を|遂《と》げてるのを|見《み》れば|胸《むね》は|痛《いた》む。イヤ|全《まつた》く|地獄《ぢごく》|修羅《しゆら》|畜生《ちくしやう》の|巷《ちまた》に|彷徨《さまよ》うやうであつた。|治国別《はるくにわけ》|様《さま》に|助《たす》けられ、|比丘《びく》となつた|時《とき》の|心《こころ》の|嬉《うれ》しさ、|始《はじ》めて|広《ひろ》い|天地《てんち》に|生《うま》れたやうな|思《おも》ひがしたよ』
『|将軍様《しやうぐんさま》は|今《いま》まで|結構《けつこう》なお|役《やく》だと、|私《わたし》は|羨《うらや》んでゐましたが、ヤツパリ|貴師《あなた》でもさうでございましたかなア。さうすると|世《よ》の|中《なか》に、|安心《あんしん》して|暮《くら》す|者《もの》は|一人《いちにん》もありませぬなア』
『|古人《こじん》もいつたぢやないか……|憂《う》き|事《こと》の|種類《しな》こそ|変《かは》れ|世《よ》の|中《なか》に、|心《うら》やすくてすむ|人《ひと》はなし……この|歌《うた》は|本当《ほんたう》に|人生《じんせい》の|苦《くる》しき|境遇《きやうぐう》を|歌《うた》つたものだ。そしてお|前《まへ》は|以前《いぜん》|泥棒《どろばう》になつてゐた|時《とき》、|何《なに》か|愉快《ゆくわい》に|感《かん》じた|事《こと》はないか』
『ハイ、どうも|軍人生活《ぐんじんせいくわつ》の|時《とき》よりも|一層《いつそう》|苦《くる》しうございました。|苦《くる》しいといつても|軍人《ぐんじん》ならば|毎月《まいげつ》きまつてお|手当《てあて》がいただけますが、|泥棒《どろばう》といふ|奴《やつ》ア、|資本《もとで》のいらぬボロイ|商売《しやうばい》のやうですが、|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|戦々恟々《せんせんきようきよう》として、|心《こころ》を|苦《くる》しめ|胸《むね》を|痛《いた》め、そして|中々《なかなか》|容易《ようい》に|収入《しうにふ》は|得《え》られませぬ。たとへ|少《すこ》しの|金《かね》を|手《て》に|入《い》れようとするにも、|戦《たたか》ひと|同様《どうやう》|命《いのち》がけでございます。それにまた|何時《なんどき》|捕手《とりて》が|出《で》て|来《く》るかも|知《し》れぬといふ|虞《おそ》れがあり、|飯《めし》も|酒《さけ》も|満足《まんぞく》に|喉《のど》を|通《とほ》つた|事《こと》はございませぬ。ただ|泥棒《どろばう》になつて|愉快《ゆくわい》に|感《かん》じたのは、|貴師様《あなたさま》にお|目《め》にかかり、|森林《しんりん》において|神様《かみさま》のお|話《はなし》を|承《うけたまは》つた|時《とき》と、|貴師《あなた》のお|身代《みがは》りになつて|牢獄《らうごく》の|中《なか》で|芝居《しばゐ》をした|時《とき》くらゐ、|愉快《ゆくわい》に|感《かん》じた|事《こと》はありませぬ。しかしながらそれにもまして|愉快《ゆくわい》なことは、|誠《まこと》の|道《みち》に|猛進《まうしん》し、|貴師《あなた》と|共《とも》に|聖地《せいち》エルサレムに|参拝《さんぱい》する|途中《とちう》の|嬉《うれ》しさ。|腹《はら》も|空《す》き|喉《のど》は|渇《かわ》き、|九死一生《きうしいつしやう》になつた|時《とき》、|天与《てんよ》の|苺《いちご》を|頂《いただ》いた|今《いま》の|喜《よろこ》びは、|生《うま》れてから|此《こ》の|方《かた》、まだ|味《あぢ》はつた|事《こと》がございませぬ。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
『|人《ひと》はどうしても、|誠《まこと》の|道《みち》に|苦労《くらう》せなくては、|神様《かみさま》の|恵《めぐ》みも|分《わか》らず、また|飲食物《いんしよくぶつ》の|尊《たふと》いことも|分《わか》らぬものだ。サア|皆《みな》の|者《もの》、|今《いま》のバットの|言《い》つたやうにお|前《まへ》たちも|今《いま》の|恵《めぐ》みを|愉快《ゆくわい》に|感《かん》じただらうのう』
|四人《よにん》は|一度《いちど》に「ハイ」と|言《い》つたきり、|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》にくれてゐる。たちまち|轟然《ぐわうぜん》たる|響《ひびき》が|後方《こうはう》に|聞《き》こえた。よくよく|見《み》れば|虎熊山《とらくまやま》は|大爆発《だいばくはつ》を|初《はじ》め、|山《やま》|半分《はんぶん》|以上《いじやう》は|黒煙《こくえん》に|包《つつ》まれ、|大火災《だいくわさい》を|起《おこ》してゐる。|一同《いちどう》はこの|光景《くわうけい》を|眺《なが》め、|神《かみ》の|無限《むげん》の|仁慈《じんじ》を|涙《なみだ》と|共《とも》に|感謝《かんしや》した。
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 松村真澄録)
第三篇 |虎熊惨状《とらくまさんじやう》
第一三章 |隔世談《かくせいだん》〔一六六九〕
|伊太彦《いたひこ》『|神《かみ》の|教《をしへ》の|伊太彦《いたひこ》は |初稚姫《はつわかひめ》の|訓戒《いましめ》に
|恋《こひ》しき|妻《つま》に|生《い》き|別《わか》れ |一人《ひとり》トボトボ|山道《やまみち》を
いとど|烈《はげ》しき|炎熱《えんねつ》と |戦《たたか》ひながら|汗水《あせみづ》に
なりて|山野《さんや》を|渉《わた》り|行《ゆ》く |心《こころ》|淋《さび》しき|一人旅《ひとりたび》
|神《かみ》の|恵《めぐ》みを|力《ちから》とし |夜光《やくわう》の|玉《たま》を|杖《つゑ》として
|吾《わ》が|師《し》の|君《きみ》や|妻《つま》の|身《み》を |案《あん》じ|煩《わづら》ひハルセイの
|沼《ぬま》の|畔《ほとり》に|来《き》て|見《み》れば |人《ひと》を|掠《かす》むる|盗人《ぬすびと》の
|二人《ふたり》の|男《をとこ》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ |神《かみ》の|教《をしへ》を|説《と》き|諭《さと》し
|大泥棒《おほどろばう》の|立《た》て|籠《こ》もる |虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《がんくつ》に
|妻《つま》の|命《みこと》やデビス|姫《ひめ》 |二人《ふたり》の|身《み》をば|助《たす》けむと
|登《のぼ》り|行《ゆ》くをり|傍《かたはら》の |林《はやし》の|中《なか》の|呻《うめ》き|声《ごゑ》
|何者《なにもの》なるか|知《し》らねども |見捨《みす》てかねたる|義侠心《ぎけふしん》
|近《ちか》づき|見《み》れば|暴虐《ばうぎやく》の |限《かぎ》りを|尽《つく》す|大泥棒《おほどろばう》
ハールが|頭《かしら》に|繃帯《ほうたい》し |虫《むし》の|息《いき》にて|呻《うめ》きゐる
|伊太彦《いたひこ》たちまち|三五《あななひ》の |神《かみ》の|御名《みな》をば|奉称《ほうしよう》し
|天《あま》の|数歌《かずうた》|声《こゑ》|高《たか》く |歌《うた》へば|不思議《ふしぎ》や|忽《たちま》ちに
|厳《いづ》の|神徳《しんとく》|現《あら》はれて ハールはムツクと|起《お》き|上《あが》り
|救命謝恩《きうめいしやおん》の|宣言《のりごと》に |喜《よろこ》び|勇《いさ》むをりもあれ
エムとタツとの|両人《りやうにん》は |伊太彦司《いたひこつかさ》に|打《う》ち|向《む》かひ
ハールの|罪悪《ざいあく》|一々《いちいち》に |宣《の》り|伝《つた》ふれば|伊太彦《いたひこ》は
|誠《まこと》の|道《みち》を|説《と》き|諭《さと》し ハールを|岩窟《いはや》の|案内《あない》とし
|息《いき》もせきせき|登《のぼ》り|行《ゆ》く さしも|堅固《けんご》な|岩窟《がんくつ》の
その|入口《いりぐち》に|来《き》て|見《み》れば |番人《ばんにん》|一人《ひとり》をらばこそ
|藻抜《もぬ》けの|殻《から》の|不思議《ふしぎ》さに ドンドンドンと|隧道《トンネル》を
ハール エム タツに|案内《あない》させ |牢獄《ひとや》の|前《まへ》に|来《き》て|見《み》れば
|豈計《あにはか》らむや|治道居士《ちだうこじ》 デビスの|姫《ひめ》やブラワ゛ーダ
|改心組《かいしんぐみ》の|一同《いちどう》が セールの|親分《おやぶん》|真中《まんなか》に
|四五《しご》の|小頭《こがしら》|取《と》り|囲《かこ》み |教《をしへ》を|垂《た》るる|最中《さいちう》と
|悟《さと》りし|時《とき》の|嬉《うれ》しさよ |案《あん》じ|過《す》ごした|吾《わ》が|妻《つま》の
|無事《ぶじ》なる|顔《かほ》を|一目《ひとめ》|見《み》て |抱《だ》きつきたくは|思《おも》へども
|初稚姫《はつわかひめ》の|御教《おんをしへ》 あたりの|人《ひと》の|手前《てまへ》をば
|恥《は》ぢらひ|苦《くる》しさ|相忍《あひしの》び ハールを|連《つ》れてただ|二人《ふたり》
|虎熊山《とらくまやま》を|後《あと》にして セルの|山辺《やまべ》に|来《き》て|見《み》れば
|神《かみ》の|恵《めぐ》みの|百《もも》の|花《はな》 |処《ところ》|狭《せ》きまで|咲《さ》き|匂《にほ》ひ
|蓮《はちす》の|花《はな》は|殊更《ことさら》に |白《しろ》|青《あを》|黄色《きいろ》|紫《むらさき》の
|艶《えん》を|競《きそ》ひてザワザワと |涼《すず》しき|風《かぜ》に|翻《ひるがへ》り
|笑《ゑみ》をたたへて|迎《むか》へゐる ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|吾《われ》は|尊《たふと》き|大神《おほかみ》の |御稜威《みいづ》を|受《う》けて|大野原《おほのはら》
|虎《とら》|伏《ふ》す|山辺《やまべ》も|恙《つつが》なく |神都《みやこ》をさして|進《すす》み|来《く》る
|心《こころ》の|中《うち》ぞ|楽《たの》しけれ |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |月《つき》|落《お》ち|星《ほし》は|消《き》ゆるとも
|印度《いんど》の|海《うみ》はあするとも |虎熊山《とらくまやま》は|破裂《はれつ》して
|熔岩《ようがん》|四方《よも》に|降《ふ》らすとも いかでか|恐《おそ》れむ|惟神《かむながら》
|神《かみ》に|任《まか》せし|吾々《われわれ》は |至《いた》る|所《ところ》に|青山《せいざん》の
|媚《こ》びを|呈《てい》して|待《ま》てるあり |思《おも》へば|思《おも》へば|有難《ありがた》し
|天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|光景《くわうけい》を |今《いま》|目《ま》のあたり|眺《なが》めつつ
|尊《たふと》き|聖《きよ》き|三五《あななひ》の |教《をしへ》の|道《みち》に|進《すす》み|行《ゆ》く
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》のふゆを|願《ね》ぎ|奉《まつ》る』
|二抱《ふたかか》へもあらうといふパインが、|一方《いつぱう》は|山《やま》、|一方《いつぱう》は|野辺《のべ》の|細道《ほそみち》のかたはらに、|月《つき》の|傘《かさ》を|拡《ひろ》げたやうに|只《ただ》|一本《いつぽん》|聳《そび》え|立《た》つてゐる。その|松《まつ》の|木蔭《こかげ》に、|四五人《しごにん》の|男《をとこ》が|首《くび》を|鳩《あつ》めて|何事《なにごと》か、ヒソビソ|話《ばなし》に|耽《ふけ》つてゐた。
|甲《かふ》『オイ、そこら|中《ぢう》の|民家《みんか》を|漁《あさ》つて、|葡萄酒《ぶだうしゆ》やいろいろの|肴《さかな》を|掠奪《りやくだつ》して|来《き》たが、しかし|早《はや》く|帰《かへ》らないと、|今夜《こんや》の|結婚《けつこん》の|間《ま》に|合《あ》はないかも|知《し》れぬぞ。さうすりやまた|親分《おやぶん》から|叱言《こごと》を|頂戴《ちやうだい》せにやならぬからのう』
|乙《おつ》『どれほど|急《いそ》いだところで、これだけの|道程《みちのり》だ。たうてい|今夜《こんや》の|間《ま》に|合《あ》ひさうなことはないわ。|一層《いつそう》のこと、|酒《さけ》も|肴《さかな》もここにあるから、この|松《まつ》の|木《き》の|下《した》で、|一杯《いつぱい》やらうではないか』
『そんな|事《こと》したら、それこそ|大変《たいへん》だ。|俺《おれ》たちはすぐ|破門《はもん》されてしまふぞ。|破門《はもん》だけならいいが、|他《よそ》へ|出《で》て|喋《しやべ》るといつて|手足《てあし》をフン|縛《じば》られ、|噴火口《ふんくわこう》に|投《な》げ|入《い》れられてみよ。あつたら|命《いのち》が|台《だい》なしだ。|貴様《きさま》は|酒《さけ》を|喰《くら》ふとワヤな|事《こと》をいふから|駄目《だめ》だ』
『|何《なに》、かまふものかい。かうして|五人《ごにん》をれば、|一《ひと》つの|村《むら》でも|団体《だんたい》でも|作《つく》れるから、あんな|高《たか》い|山《やま》に|行《ゆ》かずに、|一《ひと》つ|新団体《しんだんたい》でもこしらへて|自由行動《じいうかうどう》でも|採《と》つたらどうだ』
|丙《へい》、|丁《てい》、|戊《ぼ》の|三人《さんにん》は|手《て》を|拍《う》つて、
|三人《さんにん》『イヤ、|賛成《さんせい》、|乙《おつ》のいふ|通《とほ》りだ。|別《べつ》にセールの|大将《たいしやう》を、さう|恐《こは》がるに|及《およ》ばぬぢやないか。あんな|大将《たいしやう》を|頭《かしら》に|仰《あふ》いでると、|何時《いつ》どんな|目《め》に|会《あ》はされるか|分《わか》りはせぬぞ。あの|副親分《ふくおやぶん》を|見《み》い、あれだけ|骨《ほね》を|折《を》つて|基礎《きそ》を|固《かた》めたが、つひに|暗打《やみう》ちにあつて|頭《あたま》を|割《わ》つてしまつたぢやないか。|俺《おれ》やハールの|親分《おやぶん》が|気《き》の|毒《どく》でたまらぬわ。その|時《とき》から|岩窟《いはや》を|飛《と》び|出《だ》さう|飛《と》び|出《だ》さうと|思《おも》つてをつたのだが、|今度《こんど》|大親分《おほおやぶん》が|婚礼《こんれい》の|材料《ざいれう》を|集《あつ》めて|来《こ》いと|出《だ》してくれた|時《とき》、|再《ふたた》び|岩窟《いはや》に|帰《かへ》るまいと|覚悟《かくご》をきめたくらゐだから、マア|一杯《いつぱい》ここでやつて|相談《さうだん》をきめようぢやないか』
|甲《かふ》『トランスの|相談《さうだん》をきめるといつても、|別《べつ》に|立派《りつぱ》な|案《あん》も|出《で》まいぢやないか』
|乙《おつ》『|喧《やかま》しういふな。|俺《おれ》のいふ|通《とほ》りにせい。|俺《おれ》はかう|見《み》えても|餓鬼会社《がきくわいしや》の|社長《しやちやう》をやつてをつたものだ。|田舎《いなか》の|村《むら》ではあるけれど、それでも、ザツと|五十軒《ごじつけん》ばかりの|戸主《こしゆ》から|選《えら》まれて|村会議員《そんくわいぎゐん》、いな|村会代議士《そんくわいだいぎし》に|一度《いちど》は|当選《たうせん》した|男《をとこ》だぞ。|何《なん》といつても|尋常大学《じんじやうだいがく》の|出身者《しゆつしんしや》だからな』
|丙《へい》『アハハハハ、|尋常大学《じんじやうだいがく》が|聞《き》いて|呆《あき》れるわい。|村会代議士《そんくわいだいぎし》なんてまだ|聞《き》きはじめだ。|戸別巡礼《こべつじゆんれい》をやつて、ヤツとのことで|村会議員《そんくわいぎゐん》になつたのだらう』
|丁《てい》『なに、こいつ|村会議員《そんくわいぎゐん》どころか、こいつの|奉公《ほうこう》してをつた|主人《しゆじん》が|村会議員《そんくわいぎゐん》になつてをつたのだ。その|事《こと》をいつてるのだよ』
|丙《へい》『アハハハハ、おほかた、そんな|事《こと》だらうと|思《おも》つてをつた』
|乙《おつ》『|馬鹿《ばか》いふない。|主人《しゆじん》がならうと、|俺《おれ》がならうと、|同《おな》じ|一軒《いつけん》の|宅《うち》に|住居《ぢうきよ》してる|以上《いじやう》は|同《おな》じ|事《こと》ぢやないか。エー、|奥《おく》さまは|村会代議士《そんくわいだいぎし》|夫人《ふじん》と|崇《あが》められてゐる|以上《いじやう》は、|俺《おれ》だつて|村会代議士《そんくわいだいぎし》|家僕《かぼく》だ、|主人《しゆじん》の|心《こころ》は|僕《しもべ》の|心《こころ》、|僕《しもべ》の|心《こころ》は|主人《しゆじん》の|心《こころ》といふことを|知《し》らぬかい。|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|奴《やつ》だな』
『どちらが|訳《わけ》が|分《わか》らぬか、|本当《ほんたう》に|分《わか》らぬわい。|困《こま》つた|唐変木《たうへんぼく》だな。オイ|村会代議士《そんくわいだいぎし》、そんなら|一《ひと》つ|案《あん》を|出《だ》してくれ。その|上《うへ》で|賛否《さんぴ》の|決《けつ》を|与《あた》へねばならぬからのう』
『ヨシ、かういふ|事《こと》があらうと|思《おも》つて、|前《まへ》から|腹案《ふくあん》を|拵《こしら》へて|待《ま》つてゐたのだ。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
まア、こんなものだよ。どうだ|賛成《さんせい》だらうな。アハハハハ』
『いや、おほかた|賛成《さんせい》だ。しかし、|宣伝使《せんでんし》、|比丘《びく》に|対《たい》する|条目《でうもく》だけは|削除《さくぢよ》して|欲《ほ》しいものだな』
『そらまた|何故《なぜ》だ。|怪《あや》しい|事《こと》をいふぢやないか』
『|宣伝使《せんでんし》や|比丘《びく》は|神仏《しんぶつ》に|仕《つか》へるものだ。あんな|者《もの》に|向《む》かへば、たちまち|罰《ばち》が|当《あた》り、|身体《からだ》が|動《うご》けぬやうになるからな』
『アハハハハ、|気《き》の|弱《よわ》いものだな。|宣伝使《せんでんし》が|何《なに》が|恐《こは》い。|身《み》に|寸鉄《すんてつ》を|帯《お》びるでなし、まるで|箒《はうき》で|蜻蛉《とんぼ》を|押《おさ》へるやうなものだ』
|甲《かふ》『そんな|事《こと》いはずに|早《はや》く|帰《かへ》らうぢやないか』
|乙《おつ》『やかましういふない。|帰《かへ》りたい|奴《やつ》はトツトと|帰《かへ》れ。そして|親分《おやぶん》が|二人《ふたり》のナイスをおいて|脂下《やにさが》つてゐるところを、ケナリさうな|顔《かほ》して|指《ゆび》を|銜《くは》へて|見《み》せてもらへ。それが|貴様《きさま》の|性《しやう》に|合《あ》うてるわい。ウツフフフフ。これだけ|沢山《たくさん》の|酒《さけ》や|肴《さかな》を|盗《と》つて|来《き》ながら、また|人《ひと》に|取《と》られるのも|残念《ざんねん》だ。この|松《まつ》の|下《した》で|鱈腹《たらふく》|喰《く》つて、|新団体《しんだんたい》を|組織《そしき》して|活躍《くわつやく》するのだ。どうだ|丙《へい》、|丁《てい》、|戊《ぼ》、|賛成《さんせい》だらう』
|丙《へい》|丁《てい》|戊《ぼ》『|賛成《さんせい》|賛成《さんせい》』
|乙《おつ》『これだけ|四人《よにん》まで|大多数《だいたすう》の|賛成《さんせい》があるのに、ただ|一人《ひとり》|異議《いぎ》を|唱《とな》へるのは、|俺《おれ》たちの|計画《けいくわく》を|裏切《うらぎ》るものだ。エー|面倒《めんだう》|臭《くさ》い。|一《ひと》つバラしてやらうかい。これも|泥棒《どろばう》の|練習《れんしふ》になり|肝玉《きもだま》が|据《すは》つていいぞ』
|甲《かふ》『オイ、コラコラそんな|無茶《むちや》な|事《こと》をいふない。|俺《おれ》が|一口《ひとくち》|異見《いけん》を|唱《とな》へたといつて、バラすの|何《なん》のつて、あまりぢやないか』
|乙《おつ》『あんまりも|糞《くそ》もあつたものかい。|貴様《きさま》は|常平生《つねへいぜい》から|大将《たいしやう》のお|髯《ひげ》の|塵《ちり》ばかり|払《はら》ひやがつて、|俺《おれ》たちの|悪口《わるくち》ばかり|告《つ》げた|奴《やつ》だ。サア|三人《さんにん》の|兄弟《きやうだい》、|此奴《こいつ》をヤツつけてしまへ』
ここに|四人《よにん》は|甲《かふ》|一人《いちにん》を|取《と》りまいて、|四辺《あたり》の|棒千切《ぼうちぎれ》を|拾《ひろ》ひ|打《う》ちかかつた。|甲《かふ》は|矢庭《やには》に|木片《きぎれ》を|拾《ひろ》ひ、|力《ちから》かぎりに|防禦《ばうぎよ》に|力《つと》めてゐる。
かかるところへ|四辺《あたり》の|木精《こだま》を|響《ひび》かして|聞《き》こえて|来《き》たのは|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》であつた。|五人《ごにん》は|各自《めいめい》|傷《きず》だらけになつたまま、その|場《ば》に|平太《へた》つてしまつた。
ハールは|伊太彦《いたひこ》に|従《したが》ひ、ここまでやつて|来《き》て|五人《ごにん》の|男《をとこ》が|倒《たふ》れてゐるのに|不審《ふしん》を|起《おこ》し、わざわざ|松《まつ》の|木《き》の|根元《ねもと》に|寄《よ》り|道《みち》して|調《しら》べて|見《み》ると、|今《いま》まで|使《つか》つてゐた|五人《ごにん》の|部下《ぶか》であつた。ハールは|大喝《たいかつ》|一声《いつせい》、|目《め》を|剥《む》きながら、
『こらツ、|者共《ものども》、|何《なに》を|致《いた》してをるか』
|甲《かふ》『ハイ、|親方《おやかた》、よう|来《き》て|下《くだ》さいました。いま|四人《よにん》の|奴《やつ》め、あなたや|大親分《おほおやぶん》に|対《たい》し、|謀反《むほん》の|相談《さうだん》いたしましたので、|私《わたし》が|意見《いけん》しましたところ、|大変《たいへん》に|腹《はら》を|立《た》て、|殺《ころ》してやらうといつてこんな|目《め》に|会《あ》はせました。|私《わたし》も|力《ちから》|一《いつ》ぱい|戦《たたか》ひ、|血《ち》みどろになつてをりますところへ、|恐《おそ》ろしい|宣伝歌《せんでんか》が|聞《き》こえましたので、|誰《たれ》も|尻餅《しりもち》をついて|身動《みうご》きが|出来《でき》ぬやうになつたのです。どうぞ|副親分様《ふくおやぶんさま》、|私《わたし》を|助《たす》けて|下《くだ》さいませ』
ハール『ア、お|前《まへ》はオスだつたな。そして|其処《そこ》に|倒《たふ》れてゐる|奴《やつ》は、メスにキス、バツタにイナゴだな。こりやこりやメス、キス、バツタにイナゴ、その|顔《かほ》は|何《なん》だ。ヤツパリ|貴様《きさま》は|相変《あひかは》らず|泥棒《どろばう》をやらうとするのか。もういい|加減《かげん》に|改心《かいしん》したらどうだ。オス|貴様《きさま》も|泥棒《どろばう》なんか、|悪《わる》い|事《こと》いたすでないぞ』
オス『ヘイ、|泥棒《どろばう》はもう|出来《でき》ませぬか』
ハール『ウン、|何《なに》もかも|新規《しんき》|蒔《ま》き|直《なほ》しだ。|虎熊山《とらくまやま》の|岩窟《いはや》は|最早《もはや》|亡《ほろ》びてしまうたのだ。それゆゑ|俺《おれ》も|館《やかた》を|焼《や》かれ、|居《を》る|所《ところ》がないので|俄《には》かに|改心《かいしん》して|宣伝使《せんでんし》のお|伴《とも》をして、|誠《まこと》の|道《みち》の|旅《たび》をしてゐるのだ。|貴様《きさま》もいい|加減《かげん》に|泥棒商売《どろばうしやうばい》は|止《や》めたがよからうぞ』
メス『もしもし|副親分《ふくおやぶん》さま、そりや|本当《ほんたう》ですか。|私《わたし》は|今《いま》、あなたには|済《す》まないが、あまり|親分《おやぶん》が|横暴《わうばう》な|事《こと》をやるので、|実《じつ》は|愛想《あいそ》をつかし|新団体《しんだんたい》を|組織《そしき》し、|今《いま》ここで|定款《ていくわん》までこしらへ、|発会式《はつくわいしき》を|終《をは》つたところでございます。そしたところ、オスの|奴《やつ》、|反対《はんたい》を|称《とな》へるものだから、このやうな|時勢《じせい》に|合《あ》はぬ|骨董品《こつとうひん》は|片付《かたづ》けた|方《はう》がよいと|思《おも》ひ、|打《ぶ》ち【のめ】さうとしたところでございます。どうぞ、あなた、|私《わたし》たちの|団長《だんちやう》となつて|一旗《ひとはた》|挙《あ》げて|下《くだ》さいますまいかな』
ハール『|馬鹿《ばか》いふな。|泥棒《どろばう》はスツカリ|廃業《はいげふ》したのだ。ここにござる|宣伝使《せんでんし》は|神力《しんりき》|無双《むさう》の|生神様《いきがみさま》だ。|懐《ふところ》に|夜光《やくわう》の|玉《たま》を|持《も》つてござるから、|貴様《きさま》らの|心《こころ》の|底《そこ》は|手《て》にとるごとく|御存《ごぞん》じだぞ』
メス『ハイ、あなたが|本当《ほんたう》に|廃業《はいげふ》なさつたのなら|仕方《しかた》がありませぬ。|私《わたし》たちが|勝手《かつて》に|小団体《せうだんたい》を|作《つく》つて|商売繁昌《しやうばいはんじやう》のため|大活動《だいくわつどう》をいたしますから』
ハール『オイ、やめたらどうだ。そんな|事《こと》いふと|虎熊山《とらくまやま》が|破裂《はれつ》したらどうする。|破裂《はれつ》の|前兆《ぜんてう》として、あの|通《とほ》り|噴煙《ふんえん》|濛々《もうもう》と|立《た》ち|上《あが》つてるぢやないか。あの|鳴動《めいどう》を|聞《き》け。|俺《おれ》たち|仲間《なかま》が|霊山《れいざん》を|汚《けが》したによつて、|山《やま》の|神様《かみさま》が|立腹《りつぷく》してござるのだ。|貴様《きさま》もここで|改心《かいしん》せなくちや|虎熊山《とらくまやま》の|熔岩《ようがん》に|押《お》し|潰《つぶ》されてしまふぞ』
メス『いまさら|泥棒《どろばう》をやめたところで、これといふ|商売《しやうばい》もなし、|仕方《しかた》がありませぬわ。|人間《にんげん》は|意志《いし》の|自由《じいう》を|有《いう》してゐますから、どうぞ|私《わたし》の|意志《いし》までは|束縛《そくばく》して|下《くだ》さいますな。のう、キス、バツタ、イナゴ、さうぢやないか』
|三人《さんにん》|一度《いちど》に、
『ウン、さうださうだ、|泥棒《どろぼう》|三日《みつか》したら|味《あぢ》が|忘《わす》れられぬといふから、|今更《いまさら》やめいといつても|止《や》められるものかい。|俺《おれ》たちも|初《はじ》めから|泥棒《どろばう》したくはなかつたが、セール、ハールの|親方《おやかた》がすすめたから|始《はじ》めたのだ。|折角《せつかく》ながら、ハール|親分《おやぶん》の|提案《ていあん》には|賛成《さんせい》する|事《こと》が|出来《でき》ませぬわい』
ハール『|左様《さやう》の|事《こと》を|申《まを》してゐると|今《いま》に|虎熊山《とらくまやま》が|破裂《はれつ》し、|貴様等《きさまら》は|滅亡《めつぼう》せなくてはならぬぞ』
メス『ハハハハ、|虎熊山《とらくまやま》は|昔《むかし》|古来《こらい》から|噴火《ふんくわ》してゐますよ。|唸《うな》るのも|鳴動《めいどう》するのも|今日《けふ》に|始《はじ》まつた|事《こと》ぢやありませぬわい。|大《おほ》きにお|世話《せわ》さまです。あなたのやうに|泥棒心《どろばうごころ》の|俄《には》かに|無《な》くなるやうな|腰抜《こしぬ》けには、|用《よう》はありませぬわ』
と|身体《からだ》が|丈夫《ぢやうぶ》になつたのでソロソロ|強《つよ》くなり、またもや|泥棒至上主義《どろばうしじやうしゆぎ》を|盛《さか》んに|述《の》べ|立《た》てる。|丙《へい》、|丁《てい》、|戊《ぼ》|三人《さんにん》も|川水《かはみづ》の|流《なが》るるごとく|泥棒《どろばう》の|有益《いうえき》なる|事《こと》をまくし|立《た》て、ハールを|手古《てこ》ずらしてゐる。|雲《くも》にかすんだ|虎熊山《とらくまやま》の|鳴動《めいどう》は|俄《には》かに|猛烈《まうれつ》となり、|大地《だいち》はビリビリビリと|震《ふる》ひ|出《だ》して|来《き》た。さすがの|四人《よにん》も|真青《まつさを》になつて|草《くさ》に|噛《か》ぶりついてゐる。|轟然《ぐわうぜん》たる|一発《いつぱつ》の|響《ひびき》と|共《とも》に、|虎熊山《とらくまやま》は|大爆発《だいばくはつ》を|来《き》たし、|黒煙《こくえん》|天《てん》にみなぎり、|熔岩《ようがん》は|雨《あめ》のごとく|四方《しはう》に|散乱《さんらん》し、|数里《すうり》を|隔《へだ》てたこの|地点《ちてん》まで|降《ふ》つて|来《き》た。|一同《いちどう》は|恐《おそ》れ|戦《をのの》いて|俄《には》かに|心《こころ》を|翻《ひるがへ》し、|改心《かいしん》の|祈願《きぐわん》をなし|初《はじ》めた。|神《かみ》の|御恵《みめぐ》みか、|雨《あめ》のごとく|降《ふ》り|来《き》たつた|巨大《きよだい》なる|熔岩《ようがん》は|一人《ひとり》も|傷《きず》つけずにをさまつてしまつた。これより|一同《いちどう》は|改心《かいしん》の|尊《たふと》きことを|悟《さと》り、|伊太彦《いたひこ》の|宣伝使《せんでんし》に|従《したが》ひお|礼《れい》|詣《まゐ》りと|称《しよう》して|聖地《せいち》エルサレムへ|向《む》かふこととなつた。
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 北村隆光録)
第一四章 |山川動乱《さんせんどうらん》〔一六七〇〕
デビス|姫《ひめ》『|三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》 |厳《いづ》の|教《をしへ》の|三千彦《みちひこ》が
|妻《つま》となりたるデビス|姫《ひめ》は スダルマ|湖《うみ》の|岸辺《きしべ》にて
|初稚姫《はつわかひめ》の|誡《いまし》めを |蒙《かうむ》りここに|三千彦《みちひこ》と
|互《たが》ひに|袂《たもと》を|別《わか》ちつつ |山川《やまかは》|渡《わた》り|野路《のぢ》を|越《こ》え
|深霧《ふかぎり》つつむ|谷道《たにみち》を |潜《くぐ》りてやうやく|虎熊《とらくま》の
|山《やま》の|麓《ふもと》の|密林《みつりん》に かかる|折《を》りしも|岩窟《がんくつ》に
|巣《す》を|構《かま》へたる|泥棒《どろばう》の |手下《てした》の|奴《やつ》にとらへられ
|縛《いまし》められて|岩窟《がんくつ》の |牢獄《ひとや》の|中《なか》に|投《な》げ|込《こ》まれ
セールの|曲《まが》の|横恋慕《よこれんぼ》 |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なにつきまとふ
そのうるささを|科戸辺《しなどべ》の |風《かぜ》|吹《ふ》き|払《はら》ふことのごと
|厳言霊《いづことたま》の|限《かぎ》りをば |尽《つく》して|曲《まが》を|逐《お》ひ|除《の》けつ
|清《きよ》き|操《みさを》を|保《たも》ちけり かかるところへブラワ゛ーダ
|姫《ひめ》の|命《みこと》も|隣室《りんしつ》に |悪魔《あくま》の|擒《とりこ》となり|果《は》てて
|苦《くる》しみゐるを|悟《さと》りしゆ |以心伝心《いしんでんしん》|歌《うた》をもて
たがひに|心《こころ》を|通《かよ》はせつ |救《すく》ひの|神《かみ》の|出《い》でますを
|神《かみ》に|祈《いの》りて|待《ま》つうちに またもや|入《い》り|来《く》る|治道居士《ちだうこじ》
|牢獄《ひとや》の|中《なか》にありますと |聞《き》くより|心《こころ》|勇《いさ》み|立《た》ち
|心《こころ》も|清《きよ》きヤク エール |二人《ふたり》をひそかに|使《つかひ》とし
|作戦《さくせん》|計画《けいくわく》|打《う》ち|合《あは》せ |三人《みたり》の|身代《みがは》りこしらへて
やうやく|牢獄《ひとや》を|逃《のが》れ|出《で》て |時《とき》を|計《はか》らひセールをば
|改心《かいしん》させむと|思《おも》ふをり |岩窟《いはや》の|中《なか》をとどろかし
|響《ひび》き|来《き》たれる|宣伝歌《せんでんか》 |夜光《やくわう》の|玉《たま》を|携《たづさ》へし
|珍《うづ》の|司《つかさ》の|伊太彦《いたひこ》が |救援隊《きうゑんたい》と|知《し》るよりも
|蚊竜《かうりう》たちまち|時《とき》を|得《え》て |天《てん》に|上《のぼ》りしそのごとく
たがひに|力《ちから》を|協《あは》せあひ セールその|他《た》を|言向《ことむ》けて
|醜《しこ》の|岩窟《いはや》に|火《ひ》を|放《はな》ち またもやここに|治道居士《ちだうこじ》
|伊太彦司《いたひこつかさ》ブラワ゛ーダ をしき|別《わか》れを|告《つ》げながら
|神《かみ》の|教《をしへ》を|相守《あひまも》り いとも|淋《さび》しき|山路《やまみち》を
|妾《わらは》は|女《をんな》のただ|一人《ひとり》 |神《かみ》を|力《ちから》に|進《すす》み|来《く》る
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》は|吾等《われら》と|共《とも》にあり
|天地《てんち》はすべて|皇神《すめかみ》の |守《まも》らせたまふ|懐《ふところ》ぞ
まことの|道《みち》に|叶《かな》ひなば たとへ|百千万億《ひやくせんまんおく》の
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|曲津神《まがつかみ》 |醜《しこ》の|大蛇《をろち》の|現《あら》はれて
|行手《ゆくて》にさやる|事《こと》あるも |何《なに》かは|恐《おそ》れむ|敷島《しきしま》の
|大和御霊《やまとみたま》の|神《かみ》の|御子《みこ》 |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも たとへ|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|誠《まこと》の|力《ちから》は|世《よ》を|救《すく》ふ |誠《まこと》は|此《この》|世《よ》の|御宝《おんたから》
|夜光《やくわう》の|玉《たま》や|如意宝珠《によいほつしゆ》 |黄金《こがね》の|玉《たま》のその|光《ひかり》
|如何《いか》に|奇《くす》しくあるとても |直日《なほひ》の|霊《たま》の|御光《みひかり》に
|比《くら》ぶる|宝《たから》あらざらめ この|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》
|心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》 |直日《なほひ》の|御霊《みたま》を|経《たて》となし
|厳《いづ》の|御霊《みたま》を|緯《ぬき》として |瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|大神《おほかみ》の
|珍《うづ》の|教《をしへ》を|伝《つた》へゆく |吾《われ》らは|清《きよ》き|宣伝使《せんでんし》
|三千彦司《みちひこつかさ》の|妻《つま》なれば いかでか|道《みち》に|迷《まよ》ふべき
|正義《せいぎ》に|刄向《はむか》かふ|刃《やいば》なし |仁慈《じんじ》の|太刀《たち》を|抜《ぬ》きかざし
|信仰《しんかう》の|楯《たて》を|身《み》に|帯《お》びて |生言霊《いくことたま》を|打《う》ち|出《い》だし
|寄《よ》せ|来《く》る|曲《まが》を|言向《ことむ》けつ |国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》の
いや|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まれる |貴《うづ》の|都《みやこ》に|進《すす》むべし
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |守《まも》らせたまへ|一人旅《ひとりたび》
|恵《めぐ》ませ|給《たま》へ|吾《わ》が|魂《みたま》 ひとへに|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る』
かく|謡《うた》ひ、とある|山《やま》の|裾《すそ》を|進《すす》むをりしも、|轟然《ぐわうぜん》たる|大音響《だいおんきやう》と|共《とも》に、|背後《はいご》にあたる|虎熊山《とらくまやま》は|俄《には》かに|爆発《ばくはつ》し、|熔岩《ようがん》を|降《ふ》らし、|山野《さんや》の|樹木《じゆもく》、|禽獣《きんじう》を|傷《きず》つけた。デビス|姫《ひめ》はこの|爆音《ばくおん》に|思《おも》はず|知《し》らず|立《た》ち|止《ど》まり、|後《あと》ふり|返《かへ》り|眺《なが》むれば、|満天《まんてん》|墨《すみ》を|流《なが》したるごとく、|空《そら》|翔《た》つ|鳥《とり》はバタリバタリと|地上《ちじやう》に|落《お》ちて|来《き》た。デビス|姫《ひめ》は|一生懸命《いつしやうけんめい》に|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、|一時《いちじ》も|早《はや》く|熔岩《ようがん》の|雨《あめ》の|止《と》まらむ|事《こと》を|祈願《きぐわん》し|始《はじ》めた。そこへ|何者《なにもの》かの|悲《かな》しげな|声《こゑ》が|聞《き》こえて|来《き》た。よく|見《み》れば|傍《かたはら》の|叢《くさむら》に、|尾《を》の|半分《はんぶん》ばかり|白《しろ》い|野狐《のぎつね》が、|熔岩《ようがん》の|断片《だんぺん》に|臀部《でんぶ》を|打《う》たれて、もだえ|苦《くる》しんでゐる。デビス|姫《ひめ》は|見《み》るより|野狐《のぎつね》の|前《まへ》に|走《はし》り|寄《よ》り、|両眼《りやうがん》に|涙《なみだ》をうかべながら、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、かつ|親切《しんせつ》に|四辺《あたり》の|土《つち》を|掘《ほ》り|起《おこ》し、|唾《つば》をつけ、|臀部《でんぶ》の|岩片《がんぺん》をえぐり|出《だ》し、|傷痕《きずあと》を|埋《う》めて|労《いた》はつた。|野狐《のぎつね》はしきりに|頭《かしら》をさげ、|尾《を》をかすかにふつて|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《あら》はしてゐる。|暫《しばら》くすると|野狐《のぎつね》はむつくと|起《お》き|上《あが》り、|足《あし》をチガチガさせながら、|後《あと》ふりかへりふりかへり、|身《み》の|丈《たけ》にも|余《あま》る|茅草《かやくさ》の|中《なか》に|隠《かく》れて|行《ゆ》く。
デビス|姫《ひめ》『|虎熊《とらくま》の|山《やま》は|俄《には》かに|破裂《はれつ》して
|艱《なや》ましにけり|野狐《のぎつね》の|身《み》までも
|草《くさ》も|木《き》も|鳥《とり》も|獣《けもの》も|虎熊《とらくま》の
|猛《たけ》き|唸《うな》りに|恐《おそ》れ|戦《をのの》く
|獅子《しし》よりも|虎熊《とらくま》よりも|恐《おそ》ろしき
かの|爆音《ばくおん》に|天地《てんち》ふるひぬ
|皇神《すめかみ》の|教《をし》へ|給《たま》ひし|現世《うつしよ》の
あらたまり|行《ゆ》くしるしなるらむ
|野《の》も|山《やま》も|熔《と》けたる|岩《いは》や|火山灰《くわざんばひ》
|被《かぶ》りてふるふ|今日《けふ》ぞ|淋《さび》しき
|人《ひと》は|皆《みな》|皇大神《すめおほかみ》の|生宮《いきみや》と
ほこれど|今《いま》は|顔色《がんしよく》もなし
|虎熊《とらくま》の|山《やま》の|荒《すさ》びにあらし|野《の》の
|虎熊《とらくま》|獅子《しし》もふるひ|戦《をのの》く
|三千彦《みちひこ》の|珍《うづ》の|司《つかさ》を|禍《わざは》ひに
|会《あ》はせたまひそ|是《これ》の|艱《なや》みに
|玉国別《たまくにわけ》|教司《をしへつかさ》の|身《み》の|上《うへ》を
|偲《しの》びけるかなこの|爆発《ばくはつ》に
ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》の|命《みこと》は|幼《をさな》ければ
ひやしたまはむ|小《ちひ》さき|胸《むね》を
|治道居士《ちだうこじ》この|爆音《ばくおん》を|聞《き》きまさば
|勇《いさ》みたまはむ|法螺《ほら》を|吹《ふ》きつつ
|法螺《ほら》の|音《ね》はいとも|大《おほ》きく|聞《き》こゆとも
|虎熊山《とらくまやま》に|及《およ》ばざるらむ
|初稚姫《はつわかひめ》|伴《ともな》ひたまふスマートの
|吠《ほ》え|猛《たけ》る|声《こゑ》|偲《しの》ばるるかな
|虎熊《とらくま》のこの|爆音《ばくおん》を|耳《みみ》にして
|勇《いさ》みたまはむスマートの|君《きみ》
|野《の》も|山《やま》も|怪《あや》しき|霧《きり》に|包《つつ》まれぬ
|虎熊山《とらくまやま》の|伊吹《いぶき》なるらむ
|古《いにしへ》のエトナの|山《やま》の|噴火《ふんくわ》より
いと|恐《おそ》ろしき|虎熊《とらくま》の|山《やま》
|言霊別《ことたまわけ》|神《かみ》の|命《みこと》のあひましし
|百《もも》の|艱《なや》みを|偲《しの》ばるるかな
エトナ|山《さん》|震《ふる》ひ|出《いだ》して|地《ち》の|上《うへ》は
|大水《おほみづ》あふれ|風《かぜ》|吹《ふ》きまくる
|救《すく》ひをば|叫《さけ》び|悲《かな》しむ|民《たみ》の|声《こゑ》も
この|爆音《ばくおん》に|聞《き》こえずなりぬ
|東《ひむがし》の|山《やま》の|御空《みそら》を|眺《なが》むれば
|日《ひ》は|落《お》ち|月《つき》は|後《あと》に|輝《かがや》く
|盗人《ぬすびと》のたて|籠《こ》もりたる|高山《たかやま》を
|破《やぶ》らせにけむ|神《かみ》は|怒《いか》りて
|虎熊《とらくま》の|生血《いきち》をしぼる|岩窟《がんくつ》も
|火《ひ》の|洗礼《せんれい》を|受《う》けて|清《きよ》まる
|噴火《ふんくわ》のみか|山《やま》の|尾上《をのへ》に|山潮《やましほ》の
みなぎりおつる|様《さま》ぞ|恐《おそ》ろし
|熔岩《ようがん》を|数多《あまた》|噴《ふ》き|出《い》で|四方八方《よもやも》の
|人《ひと》の|命《いのち》をやぶらむとしぬ
|爆発《ばくはつ》の|後《あと》の|山地《やまつち》ひきならし
|太《ふと》しく|立《た》てむ|神《かみ》の|宮居《みやゐ》を
|日《ひ》も|月《つき》も|皆《みな》みあらかに|納《をさ》まりて
|常夜《とこよ》の|暗《やみ》を|照《て》らしたまはむ』
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 加藤明子録)
第一五章 |饅頭塚《まんぢゆうづか》〔一六七一〕
ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》『|吾《わ》が|背《せ》の|君《きみ》に|従《したが》ひて |父《ちち》と|母《はは》とに|生《い》き|別《わか》れ
スーラヤ|湖水《こすゐ》を|打《う》ち|渡《わた》り エルの|港《みなと》に|安着《あんちやく》し
|初稚姫《はつわかひめ》の|神人《しんじん》に |誡《いまし》められてただ|一人《ひとり》
|恋《こひ》しき|夫《をつと》に|生《い》き|別《わか》れ |歩《あゆ》みもなれぬ|旅《たび》の|空《そら》
|草鞋《わらぢ》に|足《あし》を|喰《く》はれつつ |夜《よ》を|日《ひ》についで|山《やま》を|越《こ》え
|幾多《いくた》の|谷《たに》をうち|渡《わた》り ハルセイ|湖《うみ》の|畔《ほとり》まで
|来《き》かかる|折《を》りしも|盗人《ぬすびと》の |群《むれ》になんなく|捉《とら》へられ
|名《な》もおそろしき|虎熊《とらくま》の |曲《まが》の|岩窟《いはや》に|連《つ》れ|往《ゆ》かれ
|昼《ひる》なほ|暗《くら》き|岩窟《がんくつ》の |牢獄《ひとや》の|中《うち》に|囚《とら》はれて
|吾《わ》が|身《み》の|不運《ふうん》をかこつをり |隣《となり》の|牢獄《ひとや》にデビス|姫《ひめ》
|囚《とら》はれゐますと|悟《さと》りしゆ |気《き》の|毒《どく》なりと|思《おも》へども
|何《なん》とはなしに|気《き》も|勇《いさ》み |地獄《ぢごく》で|仏《ほとけ》にあひしごと
|心《こころ》はにはかに|輝《かがや》きぬ かかるところへ|治道居士《ちだうこじ》
|夢寐《むび》にも|忘《わす》れぬ|伊太彦《いたひこ》の |吾《わ》が|背《せ》の|君《きみ》が|現《あら》はれて
|醜《しこ》の|身魂《みたま》をことごとく |生言霊《いくことたま》にまつろはし
|妾《わらは》|二人《ふたり》の|命《いのち》をば |救《すく》ひたまひて|一言《ひとこと》の
|情《なさ》けの|言葉《ことば》もかけずして |再《ふたた》び|神《かみ》の|大道《おほみち》に
|進《すす》ませたまひし|雄々《をを》しさよ またもや|妾《わらは》はただ|一人《ひとり》
|神《かみ》の|教《をしへ》を|白雲《しらくも》の |国《くに》のあなたに|伝《つた》へむと
|炎熱《えんねつ》はげしき|大野原《おほのはら》 |虻《あぶ》には|刺《さ》され|土蜂《つちばち》に
|脅《おびや》かされて|漸《やうや》うに セルの|山辺《やまべ》に|来《き》て|見《み》れば
にはかに|四辺《あたり》|暗澹《あんたん》と |不快《ふくわい》の|空気《くうき》に|包《つつ》まれぬ
|唯事《ただごと》ならじと|神《かみ》の|御名《みな》 ただ|一心《いつしん》に|唱《とな》へつつ
|千花《ちばな》の|香《かを》る|山路《やまみち》を |進《すす》み|来《き》たれる|折柄《をりから》に
|大地《だいち》は|俄《には》かに|震動《しんどう》し |後《うし》ろに|聞《き》こゆる|爆音《ばくおん》は
|獅子《しし》|狼《おほかみ》か|虎熊《とらくま》か ただしは|大蛇《をろち》の|襲来《しふらい》か
|百千万《ひやくせんまん》の|雷《いかづち》の |一度《いちど》に|落《お》ちしごとくなる
その|音響《おんきやう》に|振《ふ》りかへり |空《そら》を|仰《あふ》いで|眺《なが》むれば
|豈計《あにはか》らむや|昨日《きのふ》まで |醜《しこ》の|曲津《まがつ》に|捉《とら》はれて
|苦《くる》しみゐたる|思出《おもひで》の |印象《いんしやう》|深《ふか》き|雲《くも》の|山《やま》
|虎熊岳《とらくまだけ》の|爆発《ばくはつ》と |悟《さと》りし|時《とき》の|恐《おそ》ろしさ
|身《み》の|毛《け》はよだち|足《あし》はなへ |進《すす》み|兼《か》ねたる|女気《をんなぎ》の
|何《なん》と|詮方《せんかた》|泣《な》く|涙《なみだ》 |止《とど》めかねたるばかりなり
やうやく|心《こころ》も|安《やす》らぎて |胸《むね》の|動悸《どうき》も|鎮静《ちんせい》し
|足《あし》も|漸《やうや》くすこやかに なりし|吾《わ》が|身《み》の|嬉《うれ》しさよ
この|世《よ》に|神《かみ》の|居《ゐ》まさずば この|恐《おそ》ろしき|爆音《ばくおん》に
|妾《わらは》は|清《きよ》き|玉《たま》の|緒《を》の |命《いのち》も|消《き》えて|失《う》せましを
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御恵《おんみぐ》み |仰《あふ》ぐも|畏《かしこ》き|次第《しだい》なり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
たとへ|夫《をつと》に|離《はな》るとも |真《まこと》と|神《かみ》の|御教《みをしへ》は
|幾千代《いくちよ》までも|離《はな》れまじ さはさりながら|皇神《すめかみ》よ
|吾《わ》が|背《せ》の|君《きみ》の|行末《ゆくすゑ》を やすく|守《まも》らせたまひつつ
ハルナの|都《みやこ》の|空《そら》|高《たか》く |月《つき》の|顔《かんばせ》|花《はな》の|色《いろ》
|夫婦《めをと》の|再会《さいくわい》|恙《つつが》なく |許《ゆる》させたまへ|大御神《おほみかみ》
ひとへに|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|教《をし》へぞ|尊《たふと》けれ |神《かみ》の|恵《めぐ》みぞ|有難《ありがた》き』
かかるところへ|足《あし》をチガチガさせた|一匹《いつぴき》の|野狐《のぎつね》|現《あら》はれ|来《き》たり、ブラワ゛ーダの|裾《すそ》を|喰《く》はへて|無理無体《むりむたい》に|草野《くさの》の|中《なか》に|引張《ひつぱ》らうとする。ブラワ゛ーダは|驚《おどろ》いて|逃《に》げむとすれど、|野狐《のぎつね》は|執念深《しふねんぶか》く|裾《すそ》をくはへ|如何《いか》に|藻掻《もが》いても|放《はな》さないので、ブラワ゛ーダは|止《や》むを|得《え》ず、|野狐《のぎつね》に|引《ひ》かるるまま、|身《み》の|丈《たけ》を|没《ぼつ》する|草野《くさの》の|中《なか》へ|従《つ》いてゆく。|野狐《のぎつね》は|原野《げんや》の|中《なか》に|饅頭形《まんぢゆうがた》になつてゐる|丘《をか》の|傍《かたはら》の、|可《か》なり|大《おほ》きな|穴《あな》に|引張《ひつぱ》り|込《こ》んでしまつた。|暫《しばら》くすると|山岳《さんがく》も|崩《くづ》るるばかりの|大音響《だいおんきやう》が|聞《き》こえた。これは、|虎熊山《とらくまやま》の|爆発《ばくはつ》によつて、|山《やま》の|神《かみ》として|古《ふる》くより|身《み》を|潜《ひそ》めて、|世界《せかい》に|邪気《じやき》を|送《おく》りつつあつた|八大竜王《はちだいりうわう》のひとつ、マナスインナーガラシヤーであつた。この|竜王《りうわう》は|身《み》の|長《なが》さ|五百万丈《ごひやくまんぢやう》に|余《あま》り、その|太《ふと》さもそれに|適当《てきたう》し、|三百万丈《さんびやくまんぢやう》の|恐《おそ》ろしき|竜神《りうじん》である。|身体《しんたい》|長大《ちやうだい》にして、|九天《きうてん》の|上《うへ》に|昇《のぼ》り、あるひは|須弥仙《しゆみせん》を|廻《まは》ること|七廻《ななまは》りと|称《しよう》せられ、よく|大海《だいかい》の|水《みづ》を|止《と》めて、|海中《かいちう》に|山《やま》を|湧出《ゆうしゆつ》させ、あるひは|島《しま》を|沈没《ちんぼつ》させるといふ|恐《おそ》ろしき|悪竜《あくりう》である。|今《いま》や|竜神《りうじん》は、ブラワ゛ーダが|隠《かく》れてをる|野狐《のぎつね》の|穴《あな》の|上《うへ》を、|身体《しんたい》の|一部《いちぶ》が|通《とほ》つてをるのである。にはかに|穴《あな》の|中《なか》がパツと|暗《くら》くなつたと|思《おも》へば、|何《なん》ともいへぬ|腥臭《なまくさ》い|息《いき》が|鼻《はな》を|襲《おそ》うて|来《き》た。|野狐《のぎつね》は|穴《あな》の|口《くち》にうづくまつて|姫《ひめ》の|安全《あんぜん》を|守《まも》つてゐた。にはかに|再《ふたた》び|穴《あな》の|中《なか》が|明《あか》くなつたと|思《おも》へば、|野狐《のぎつね》はたちまち|又《また》ブラワ゛ーダの|裾《すそ》を|喰《く》はへて|外《そと》へ|引《ひ》き|出《だ》さうとした。ブラワ゛ーダは|引《ひ》かるるままに|外《そと》に|出《で》て|見《み》れば、|四辺《あたり》の|草木《さうもく》は|皆《みな》|倒《たふ》れ|目《め》も|届《とど》かぬばかりの|広《ひろ》い|草《くさ》の|溝《みぞ》が|穿《うが》たれたやうになつてゐる。ブラワ゛ーダは|野狐《のぎつね》に|向《む》かひ|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》して、
『|吾《わ》が|命《いのち》|助《たす》けたまひし|汝《な》が|命《みこと》
その|御恵《みめぐ》みをいつか|忘《わす》れむ
|汝《なんぢ》なくば|吾《われ》はあへなく|身失《みう》せなむ
|命《いのち》の|親《おや》の|野狐《のぎつね》の|生神《いきがみ》』
と|歌《うた》ふや、|野狐《のぎつね》は|尾《を》を|振《ふ》り、|首《くび》を|振《ふ》り、|喜《よろこ》びの|色《いろ》を|現《あら》はし、ふたたび|元《もと》の|山道《やまみち》へと|送《おく》つて|来《き》た。
ブラ『いざさらば|恋《こひ》しき|君《きみ》に|別《わか》れなむ
やすくましませ|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に』
|野狐《のぎつね》は|再《ふたた》び|草原《くさはら》に|姿《すがた》を|隠《かく》した。ブラワ゛ーダは|後《あと》|振《ふ》りかへり、|天《てん》に|冲《ちう》する|虎熊山《とらくまやま》の|噴煙《ふんえん》を|眺《なが》めて、
『|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|虎熊山《とらくまやま》の|空《そら》|高《たか》く
おほひけるかな|醜《しこ》の|黒雲《くろくも》
|天津日《あまつひ》もかくれて|見《み》えぬ|世《よ》の|中《なか》に
|醜《しこ》のまがみの|独《ひと》り|荒《すさ》べる
|世《よ》の|人《ひと》の|生血《いきち》を|絞《しぼ》る|曲《まが》こそは
|虎熊山《とらくまやま》に|住《す》みしなるらむ
|皇神《すめかみ》の|怒《いか》りに|触《ふ》れて|高山《たかやま》は
|爆発《ばくはつ》しけむさても|恐《おそ》ろし
|人々《ひとびと》の|恨《うら》みを|集《あつ》めて|噴火口《ふんくわこう》
|吐《は》き|出《だ》す|煙《けぶり》は|空《そら》を|覆《おほ》へる
|西東《にしひがし》|南《みなみ》も|北《きた》も|黒雲《くろくも》に
|包《つつ》まれてけり|今日《けふ》の|大空《おほぞら》
いづみたま|瑞《みづ》の|御霊《みたま》のなかりせば
この|黒雲《くろくも》を|如何《いか》に|払《はら》はむ
|荒鉄《あらがね》の|地《つち》に|洪水《こうずゐ》|氾濫《はんらん》し
|空《そら》に|黒雲《くろくも》|立《た》ちふさぎける
|黒雲《くろくも》を|伊吹《いぶき》|払《はら》ひて|紅《くれなゐ》の
|光《ひかり》をみする|厳《いづ》の|大神《おほかみ》
|濁流《だくりう》をながし|清《きよ》めて|神国《かみくに》の
|昔《むかし》にかへす|瑞《みづ》の|大神《おほかみ》
|火《ひ》と|水《みづ》の|恵《めぐ》みによりて|地《ち》の|上《へ》も
いと|安《やす》らけく|開《ひら》けゆくらむ
|日《ひ》はかくれ|月《つき》は|山辺《やまべ》に|戦《をのの》きて
|星《ほし》さへ|見《み》えぬ|御世《みよ》ぞうたてき
|大空《おほぞら》も|谷《たに》の|底《そこ》ひもおしなべて
|雲霧《くもきり》ふさぐ|今《いま》の|世《よ》の|中《なか》
|厳御霊《いづみたま》|瑞《みづ》の|御霊《みたま》のなかりせば
|砕《くだ》けたる|世《よ》を|如何《いか》に|固《かた》めむ
ブラワ゛ーダ|吾《われ》はかよわき|身《み》なれども
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|従《したが》ひゆかむ
|高山《たかやま》に|生《お》ふる|諸木《もろき》は|荒風《あらかぜ》に
|揉《も》まれて|柱《はしら》になるものはなし
|足曳《あしびき》の|深山《みやま》の|奥《おく》の|谷底《たにそこ》に
|生《お》ふる|大木《おほき》ぞ|世《よ》の|柱《はしら》なる
|皇神《すめかみ》の|作《つく》りたまひし|世《よ》の|中《なか》は
|神《かみ》より|外《ほか》に|頼《たよ》るべきなし
よしやよし|人《ひと》は|高《たか》きに|登《のぼ》るとも
いつかはおちむ|猿《さる》の|木登《きのぼ》り
|千丈《せんぢやう》の|滝《たき》よりおつる|水音《みなおと》は
ただ|轟々《ぐわうぐわう》と|底《そこ》に|轟《とどろ》く
|飛《と》ぶ|鳥《とり》も|虎熊山《とらくまやま》の|震《ふる》ひてゆ
|征矢《そや》のごとくに|地《ち》におちにけり』
かく|歌《うた》ひてブラワ゛ーダ|姫《ひめ》は、またもや|小声《こごゑ》に|宣伝歌《せんでんか》を|謡《うた》ひながら、|杖《つゑ》を|力《ちから》に、トボトボと|雑草《ざつさう》|茂《しげ》る|小径《こみち》をわけて、|西《にし》へ|西《にし》へと|進《すす》み|行《ゆ》く。
○
|霞《かすみ》の|奥《おく》|雲《くも》のあなたに|皇神《すめかみ》の
|黄金《こがね》の|宮《みや》の|見《み》ゆる|嬉《うれ》しさ
(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 加藤明子録)
第一六章 |泥足坊《でいだるばう》〔一六七二〕
|神《かみ》の|教《をしへ》への|三千彦《みちひこ》が スダルマ|湖水《こすゐ》の|西岸《せいがん》に
|無事《ぶじ》|安着《あんちやく》の|折《を》りもあれ |初稚姫《はつわかひめ》にあれまして
|三五教《あななひけう》の|宣伝《せんでん》は |同行《どうかう》ならぬと|手厳《てきび》しく
いましめられて|是非《ぜひ》もなく |伴《ともな》ひ|来《き》たりしデビス|姫《ひめ》
|涙《なみだ》とともに|袂《たもと》をば |別《わか》ちて|一人《ひとり》スタスタと
|姫《ひめ》の|身《み》の|上《うへ》|案《あん》じつつ ハルセイ|山《ざん》の|峠《たうげ》をば
|半《なか》ば|登《のぼ》りしをりからに |道《みち》のかたへに|悲《かな》しげに
|倒《たふ》れて|泣《な》ける|女《をんな》あり |何人《なにびと》ならむと|立《た》ち|寄《よ》つて
つらつら|見《み》れば|此《こ》はいかに |年《とし》は|二八《にはち》の|花盛《はなざか》り
|伊太彦司《いたひこつかさ》が|最愛《さいあい》の ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》と|覚《さと》りしゆ
|労《いた》はり|助《たす》け|介抱《かいはう》し |厚《あつ》き|情《なさ》けにほだされて
|胸《むね》に|焔《ほのほ》の|炎々《えんえん》と |立《た》ち|上《のぼ》りたる|苦《くる》しさに
|心《こころ》は|同《おな》じ|恋《こひ》の|暗《やみ》 |月下《げつか》に|抱《いだ》き|泣《な》きゐたる
|時《とき》しもあれやデビス|姫《ひめ》 ここに|突然《とつぜん》|現《あら》はれて
|心《こころ》の|迷《まよ》ひを|説《と》き|明《あ》かす |二人《ふたり》は|恋《こひ》の|夢《ゆめ》さめて
|汚《けが》れし|心《こころ》を|悔悟《くわいご》なし |詫《わ》ぶればデビスに|非《あら》ずして
|木《こ》の|花姫《はなひめ》の|御化身《おんけしん》 |尊《たふと》き|神《かみ》のお|試《ため》しに
|会《あ》ひし|二人《ふたり》の|胸《むね》の|裡《うち》 |可憐《かれん》の|乙女《をとめ》を|振《ふ》り|棄《す》てて
|人跡《じんせき》|稀《まれ》な|山径《やまみち》を ただスタスタと|登《のぼ》り|行《ゆ》く
ハルセイ|山《ざん》の|峰《みね》を|吹《ふ》く |嵐《あらし》に|裾《すそ》をば|煽《あふ》られて
|足《あし》もトボトボ|頂上《ちやうじやう》に |上《のぼ》りて|見《み》れば|三人《さんにん》の
|見知《みし》らぬ|男《をとこ》が|朧夜《おぼろよ》の |木蔭《こかげ》にひそみ|何事《なにごと》か
|声《こゑ》|高々《たかだか》と|話《はな》しゐる |三千彦《みちひこ》|心《こころ》に|思《おも》ふやう
これぞ|全《まつた》く|山賊《さんぞく》の |往来《ゆきき》の|人《ひと》を|待《ま》ちかまへ
|宝《たから》を|奪《うば》ふそのために よからぬ|事《こと》の|相談《さうだん》を
なしゐるならむと|傍《かたはら》の |木蔭《こかげ》に|腰《こし》を|打《う》ちおろし
|様子《やうす》いかにと|聞《き》きゐたる。
|甲《かふ》『オイ、ずゐぶん|恐《おそ》ろしかつたぢやないか。いま|通《とほ》つた|奴《やつ》は|一体《いつたい》ありや|何《なん》だらうな。|何《なに》ほど|勇気《ゆうき》を|出《だ》して|呼《よ》びとめようと|思《おも》つても、あまり|先方《むかふ》が|大《おほ》きな|男《をとこ》だものだから、|怖気《おぢけ》がついて、|自然《しぜん》に|身体《からだ》が|慄《ふる》ひ、どうすることも|出来《でき》なかつたのだ。あんな|奴《やつ》に|出会《であ》うと|泥《どろ》さまもサツパリ|駄目《だめ》だのう』
|乙《おつ》『うん、あいつア|何《なん》でもデーダラボッチに|違《ちが》ひないぞ。|大《おほ》きな|法螺貝《ほらがひ》のやうな|声《こゑ》を|出《だ》しやがつて、|四辺《あたり》の|山《やま》や|谷《たに》を|響《ひび》かして|通《とほ》りやがつた|時《とき》の|怖《こは》さといつたら、|体《からだ》が|縮《ちぢ》まるやうだつた。|睾丸《きんたま》は|何処《どこ》かへ|転宅《てんたく》する。|心臓院《しんざうゐん》の|庵主《あんしゆ》さまは|荷物《にもつ》を|引担《ひつかた》げて|遁走《とんそう》する。|肺臓院《はいざうゐん》の|半鐘《はんしよう》は|急《きふ》を|訴《うつた》へる。|五臓郡六腑村《ござうぐんろくぷむら》の|百姓《ひやくしやう》は|鍬《くは》を|担《かた》げて|逃《に》げ|出《だ》す。|本当《ほんたう》に|小宇宙《せううちう》の|君子国《くんしこく》は、|地異天変《ちいてんぺん》の|乱痴気騒《らんちきさわ》ぎだつたよ。その|結果《けつくわ》、|俺《おれ》の|顔《かほ》まで|真青《まつさを》になつてしまつたよ』
|丙《へい》『ハハハハハ、|弱《よわ》い|奴《やつ》だな。あんな|小《ちひ》さいデーダラボッチがあるかい。デーダラボッチといへば|大道坊《おほだうばう》とも|泥足坊《でいだるばう》とも|別称《べつしよう》して、スメール|山《ざん》を|足《あし》で|蹴《け》り|倒《たふ》し、|印度《いんど》の|海《うみ》を|埋《う》めようとするやうな|大道者《おほだうもの》だ。|俺《おれ》たちの|大道路妨《おほだうろばう》とはチツとは|選《せん》を|異《こと》にしてゐるが、しかしながら|今《いま》|通《とほ》つた|奴《やつ》はきつと|比丘《びく》に|違《ちが》ひないぞ。|貴様《きさま》の|目《め》はあまり、びつくりして|目《め》の|黒玉《くろたま》が|転宅《てんたく》して、|白目《しろめ》ばかりになり、|視神経《ししんけい》の|作用《さよう》で、さう|大《おほ》きく|見《み》えたのだらう。|大《おほ》きいといつても|八尺《はつしやく》くらゐのものだ。キツトあれは|軍人上《ぐんじんあが》りの|比丘《びく》に|違《ちが》ひないわ。|疑心暗鬼《ぎしんあんき》を|生《しやう》ずといつて、|恐《こは》い|恐《こは》いと|思《おも》つてるから、そんな|幻映《げんえい》を|生《しやう》じたのだ。チツとしつかりせぬとこの|商売《しやうばい》は|駄目《だめ》だぞ』
|乙《おつ》『なるほど|比丘《びく》かも|知《し》れぬ。|体中《からだぢう》が|比丘比丘《びくびく》しよつた。ハルセイ|峠《たうげ》の|二度《にど》ビツクリといつて、いかに|聖人君子《せいじんくんし》の|泥棒《どろばう》さまでも、この|峠《たうげ》だけは|一度《いちど》や|二度《にど》はビツクリする|事《こと》はあると、|昔《むかし》から|定評《ていひやう》があるのだ。|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が「|胴《どう》を|据《す》ゑ、|腹帯《はらおび》をしめてをらんと、ビツクリ|箱《ばこ》が|開《あ》くぞよ、|今《いま》にビツクリして|目《め》まひが|来《く》るぞよ。フン|延《の》びる|人民《じんみん》|沢山《たつぴつ》できるぞよ」と|謡《うた》ひもつて|通《とほ》りよつた。チとビツクリに|慣《な》れておかぬと、|吾々《われわれ》の|商売《しやうばい》は|真逆《まさか》の|時《とき》に、|十二分《じふにぶん》の|活動《くわつどう》が|出来《でき》ぬからのう。|何《なん》といつても|貴様《きさま》たち|二人《ふたり》は|新米《しんまい》だから|仕方《しかた》がないわ』
|甲《かふ》『オイ、|何《なに》はともあれ、|今晩《こんばん》はテンと|仕事《しごと》がないぢやないか。せつかく|香《かう》ばしさうな|奴《やつ》が|来《き》たと|思《おも》へば、|吾《われ》は|伊太彦《いたひこ》|宣伝使《せんでんし》なんて、|肝玉《きもたま》の|飛《と》び|出《で》るやうな|声《こゑ》で|通《とほ》つてしまひやがる。|今度《こんど》は|四五人《しごにん》の|足音《あしおと》がしたので|一働《ひとはたら》きやらうと|思《おも》ひ、|捻鉢巻《ねぢはちまき》で|木蔭《こかげ》に|潜《ひそ》んでゐれば、デーダラボッチのやうな|比丘《びく》が|通《とほ》りやがる。|本当《ほんたう》に|怪体《けたい》が|悪《わる》いぢやないか。|俺《おれ》たちのやうな|新米《しんまい》は|到底《たうてい》あんな|奴《やつ》にかかつたら|駄目《だめ》だ。|年《とし》の|若《わか》い、|足《あし》の|弱《よわ》い、|女《をんな》でも|通《とほ》りよると、|都合《つがふ》が|宜《い》いのだけどなア』
|乙《おつ》『さうだ。|俺《おれ》たちは|人間相手《にんげんあひて》の|商売《しやうばい》だ。|人間《にんげん》は|男《をとこ》ばかりぢやない。|爺《ぢぢ》も|婆《ばば》もある。|時《とき》には|若《わか》い|女《をんな》もあるだらう。|小口《こぐち》から|無理《むり》に|手《て》を|出《だ》すと|失敗《しくじ》るから、マアよい|鳥《とり》が|来《く》るまで、ここで|待《ま》つのだな』
|甲《かふ》『|待《ま》つ|身《み》につらき|沖《おき》の|舟《ふね》
ほんに|遣《や》る|瀬《せ》がないわいな
チチツツシヤン シヤン シヤン
アツハハハハハ』
|丙《へい》『|馬鹿《ばか》、|何《なに》を|惚《とぼ》けてゐるのだ。|千騎一騎《せんきいつき》ぢやないか』
|甲《かふ》『なに、|歌《うた》でも|謡《うた》つて|肝玉《きもだま》を|錬《ね》つて|大《おほ》きくしてるのだ。|英雄《えいゆう》|閑日月《かんじつげつ》あり、|綽々《しやくしやく》として|余裕《よゆう》を|存《そん》する|事《こと》|大空《おほぞら》の|如《ごと》しだ』
|乙《おつ》『ヘン、ようおつしやりますわい。|鮟鱇《あんこう》のやうな|口《くち》から|阿呆《あはう》らしい、そんな|歌《うた》がよく|謡《うた》へたものだ。|貴様《きさま》の|口《くち》つたらまるで|河獺《とます》のやうだぞ。|貴様《きさま》が|飯《めし》を|喰《くら》ふ|時《とき》は、|狐《きつね》のやうに|口《くち》を|尖《とが》らし、|鼻《はな》が|曲《まが》り、|顔《かほ》|一面《いちめん》がまるで|馬《うま》のやうに|躍動《やくどう》するんだからな。そして|頭《あたま》ばかり|無茶苦茶《むちやくちや》に|動《うご》かしやがつて、|額口《ひたひぐち》から|上《うへ》が|縦《たて》に|振動《ふりうご》くといふ|怪体《けたい》な|御面相《ごめんさう》だから、|泥棒《どろばう》の|嚇《おど》し|文句《もんく》もサツパリ|駄目《だめ》だ。|驚《おどろ》くどころか|向《む》かふの|方《はう》から|笑《わら》つてかかるのだもの、|飯《めし》|食《く》ふ|時《とき》ばかりか、|一言《ひとくち》|喋《しやべ》つても|顔中《かほちう》が|縦横《たてよこ》|十文字《じふもんじ》に|躍動《やくどう》するといふ、|珍《ちん》な|代物《しろもの》だからサツパリ|駄目《だめ》だい。|一層《いつそう》のこと、|貴様《きさま》は|泥棒《どろばう》を|廃《よ》して、ハルナの|都《みやこ》の|裏町辺《うらまちへん》で|小屋者《こやもの》となり、|顔芸《かほげい》でもしたら、|人気《にんき》を|呼《よ》ぶかも|知《し》れないぞ。ハハハハハ』
|甲《かふ》『コリヤ、こんな|山《やま》の|上《うへ》で|人《ひと》の|顔《かほ》の|棚卸《たなおろ》しばかりしやがつて、あまり|馬鹿《ばか》にするな。これでも|泥棒《どろばう》さまとして、|相手《あひて》によつては|睨《にら》みが|利《き》くのだ。マア|俺《おれ》の|過去《くわこ》は|咎《とが》めず、|将来《しやうらい》の|活動《くわつどう》を|見《み》てをれ。「あんな|者《もの》がこんな|者《もの》であつたか」と|申《まを》して、|貴様《きさま》たちがビツクリするやうな|大事業《だいじげふ》をしてみせるわ』
|乙《おつ》『ヘン、お|手並《てな》み|拝見《はいけん》した|上《うへ》で、その|業託《ごふたく》は|聞《き》かしてもらはうかい』
|三千彦《みちひこ》は|三人《さんにん》の|話《はなし》を、|木蔭《こかげ》に|潜《ひそ》んで|面白《おもしろ》がつて|聞《き》いてゐた。
|三千彦《みちひこ》(|独言《ひとりごと》)『しかしながらブラワ゛ーダ|姫《ひめ》は|後《あと》からここを|上《のぼ》つて|来《く》るに|違《ちが》ひない。きつと|此奴等《こいつら》|三人《さんにん》のために|裸体《はだか》にしられ、|凌辱《りようじよく》を|受《う》けるかも|知《し》れないから、ブラワ゛ーダさまが|無事《ぶじ》、ここを|通過《つうくわ》するまで、この|木蔭《こかげ》に|潜《ひそ》んで|待《ま》つてをらう。もし|事《こと》|急《きふ》なりと|見《み》れば、デーダラボッチだといつて|嚇《おど》かして|散《ち》らしてやれば|宜《よ》いのだ。うん、さうださうだ』
と|一人《ひとり》うなづきながら|息《いき》をこらして|控《ひか》へてゐる。
|折《を》りから|細《ほそ》いやさしい|女《をんな》の|宣伝歌《せんでんか》が|聞《き》こえて|来《き》た。|泥棒連《どろぼうれん》は|耳《みみ》を|澄《す》まして|無言《むごん》のまま、|様子《やうす》を|窺《うかが》つてゐる。
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 北村隆光録)
第一七章 |山颪《やまおろし》〔一六七三〕
ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
ただ|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し
|詔直《のりなほ》しゆく|神《かみ》の|道《みち》 スダルマ|湖《うみ》を|打《う》ち|渡《わた》り
|山野《やまの》を|越《こ》えて|漸《やうや》くに ハルセイ|山《ざん》の|峠《たうげ》をば
|半《なか》ば|登《のぼ》れる|折《を》りもあれ |行《ゆ》き|疲《つか》れたる|足弱《あしよわ》の
たちまち|大地《だいち》に|打《う》ち|倒《たふ》れ |進退《しんたい》ここに|谷《きは》まりて
|息《いき》たえだえになりし|時《とき》 |仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|大神《おほかみ》の
|道《みち》の|司《つかさ》の|三千彦《みちひこ》が |現《あら》はれまして|危難《きなん》をば
|救《すく》はせ|給《たま》ひし|嬉《うれ》しさよ その|真心《まごころ》にほだされて
たちまち|眼《まなこ》|相《あひ》くらみ |燃《も》ゆる|情火《じやうくわ》の|消《け》し|難《がた》く
すでに|危《あや》ふく|貞操《ていさう》の |破《やぶ》れむとするその|時《とき》に
|天教山《てんけうざん》にあれませる |木《こ》の|花姫《はなひめ》の|御化身《おんけしん》
デビスの|姫《ひめ》と|現《あら》はれて |深《ふか》き|教《をしへ》を|宣《の》り|給《たま》ひ
ここに|二人《ふたり》は|夢《ゆめ》|覚《さ》めて |惜《を》しき|袂《たもと》を|分《わか》ちつつ
|男《をとこ》の|足《あし》のいと|早《はや》く |三千彦司《みちひこつかさ》は|出《い》でましぬ
|妾《わらは》は|後《あと》にただ|一人《ひとり》 |踏《ふ》みも|習《なら》はぬ|旅《たび》の|空《そら》
|険《けは》しき|坂《さか》をやうやうに |攀《よ》ぢ|登《のぼ》りゆく|苦《くる》しさよ
|三五教《あななひけう》の|大御神《おほみかみ》 |繊弱《かよわ》き|妾《わらは》を|憐《あは》れみて
|一日《ひとひ》も|早《はや》く|吾《わ》が|夫《つま》の |御顔《みかほ》を|拝《をが》ませたまへかし
|御空《みそら》は|高《たか》く|限《かぎ》りなし |大地《だいち》は|広《ひろ》く|極《きは》みなし
これの|天地《てんち》の|人草《ひとぐさ》の |数《かず》|限《かぎ》りなく|住《す》むとても
|妾《わらは》が|身魂《みたま》を|生《い》かしまし |慰《なぐさ》めたまふ|生神《いきがみ》は
たつた|一人《ひとり》の|伊太彦《いたひこ》ぞ ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|守《まも》らせ|給《たま》へ|今日《けふ》の|旅《たび》 ハルセイ|山《ざん》の|坂道《さかみち》は
|昼《ひる》と|夜《よる》との|区別《わかち》なく |醜《しこ》の|盗人《ぬすびと》|出没《しゆつぼつ》し
|旅人《りよにん》を|掠《かす》めなやますと |聞《き》いたる|時《とき》の|驚《おどろ》きは
|小《ちひ》さき|女《をんな》の|腸《はらわた》に |驚異《きやうい》の|波《なみ》を|打《う》たせけり
さはさりながら|吾々《われわれ》は |天地《てんち》を|造《つく》り|給《たま》ひたる
|絶対《ぜつたい》|無限《むげん》の|神様《かみさま》の |大道《おほぢ》を|進《すす》み|行《ゆ》くものぞ
|誠心《まことごころ》を|立《た》て|貫《ぬ》いて |正《ただ》しき|道《みち》を|進《すす》むなら
|如何《いか》なる|仇《あだ》も|枉神《まがかみ》も いかで|一指《いつし》を|染《そ》め|得《え》むや
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》の|恩頼《ふゆ》を|願《ね》ぎ|奉《まつ》る』
ブラワ゛ーダは|峠《たうげ》の|頂《いただき》にやうやく|登《のぼ》りつめ、|朧月夜《おぼろづきよ》ながら|眼下《がんか》に|並立《へいりつ》する|連峯《れんぽう》の|頂《いただき》のかなたこなたに、|薄《うす》い|霧《きり》の|上《うへ》から|浮《う》いて|現《あら》はれてゐる|光景《くわうけい》を|眺《なが》め、
『ハルセイの|峠《たうげ》に|立《た》ちて|眺《なが》むれば
|四方《よも》の|山々《やまやま》|真下《ました》に|見《み》えける
|霧《きり》の|海《うみ》に|浮《うか》べる|山《やま》の|頂《いただき》は
|神《かみ》の|造《つく》りし|家《いへ》かとぞ|思《おも》ふ
|三千彦《みちひこ》の|神《かみ》の|司《つかさ》に|助《たす》けられ
|漸《やうや》く|頂上《そら》につきにけるかな
|大空《おほそら》に|月《つき》はませども|村肝《むらきも》の
|心《こころ》にかかる|雲《くも》にかくれつ
|伊太彦《いたひこ》の|吾《わ》が|背《せ》の|君《きみ》は|如何《いか》にして
これの|山路《やまぢ》を|越《こ》えましにけむ
|治道居士《ちだうこじ》|吹《ふ》き|立《た》て|給《たま》ふ|法螺《ほら》の|音《ね》も
|聞《き》こえずなりぬ|遠《とほ》く|行《ゆ》きけむ
|淋《さび》しさは|吾《わ》が|身《み》に|迫《せま》り|来《き》たるなり
|人影《ひとかげ》もなき|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》は
|天地《あめつち》の|神《かみ》の|恵《めぐ》みに|包《つつ》まれし
|吾《わ》が|身《み》なれども|心《こころ》|淋《さび》しき
いざさらば|暫《しば》し|芝生《しばふ》にやすらひて
|駒《こま》|立《た》て|直《なほ》し|下《くだ》り|進《すす》まむ』
と|疲《つか》れた|足《あし》を|休《やす》むべく|芝生《しばふ》の|上《うへ》に|腰《こし》|打《う》ち|掛《か》け、|天《あま》の|数歌《かずうた》を|歌《うた》ひ|合掌《がつしやう》してゐる。
|四辺《あたり》の|木蔭《こかげ》からバラバラバラと|現《あら》はれし|三四《さんし》の|泥棒《どろばう》、ブラワ゛ーダの|前《まへ》に|立《た》ち|塞《ふさ》がり、|甲《かふ》は|顔中《かほぢう》を|縦横《たてよこ》|十文字《じふもんじ》に|振《ふ》り|動《うご》かせながら、
(|卑怯《ひけふ》な|声《こゑ》)『コココココレ、|女《をんな》のタタタ|旅人《たびびと》、ドドドドどこへ|行《ゆ》くのだ』
ブラ『ハイ|妾《わらは》は|神様《かみさま》の|御用《ごよう》でエルサレムへ|参拝《さんぱい》をいたし、|月《つき》の|国《くに》の|都《みやこ》へ|進《すす》む|女《をんな》でございます』
|甲《かふ》『ナナナナ|何《なん》だ。|月《つき》の|国《くに》へ|行《ゆ》く? ヘン、|小女《こめ》ツちよの|態《ざま》をして、ただ|一人《ひとり》、そんな|処《ところ》へ|無事《ぶじ》|行《ゆ》けると|思《おも》ふか。コレヤ、おれをドドドどなたと|心得《こころえ》てる、|天下《てんか》|晴《は》れてのデーダラボッチ……ウント ドツコイ、|大道路妨様《おほだうろばうさま》だぞ』
|折《を》りから|中秋《ちうしう》の|月《つき》は|雲《くも》を|押《お》し|分《わ》け|下界《げかい》を|照《て》らし|給《たま》ふと|共《とも》に、|珍妙《ちんめう》な|甲《かふ》の|顔《かほ》はパツと|姫《ひめ》の|前《まへ》に|展開《てんかい》した。
ブラワ゛ーダは|可笑《をか》しさに|堪《こら》へきれず、「プツフフフフ」と|吹《ふ》き|出《だ》した。
|甲《かふ》『オイ、|小女《こめ》ツちよ、|何《なに》が|可笑《をか》しいのだい』
ブラワ゛ーダはたうとう|悪胴《わるどう》を|据《す》ゑてしまつた。
ブラ『ホホホホホ、あのまア、|馬《うま》とも|猿《さる》とも|化物《ばけもの》とも|分《わか》らぬやうな|顔《かほ》わいのう。ハルナの|都《みやこ》へでも|捕獲《ほくわく》して|持《も》つて|行《い》つて、|動物園《どうぶつゑん》にでも|売《う》つたら|金儲《かねまう》けが|出来《でき》るだらう。アア|良《い》いものが|見《み》つかつた。コラ|妖怪《えうくわい》、|妾《わらは》が|今《いま》に|生捕《いけど》つてやるから|神妙《しんめう》に|手《て》をまはしたが|宜《よ》からうぞや』
|甲《かふ》『オイ、キヨキヨキヨ|兄弟《きやうだい》、|此奴《こいつ》アなかなか|度胸《どきよう》の|太《ふと》い|女《をんな》だぞ。ババババ|化物《ばけもの》ではあるまいかな』
|乙《おつ》『コーリヤ、ヤイ、|女《をんな》の|分際《ぶんざい》として、|七尺《しちしやく》の|男子《だんし》に|向《む》かつて|暴言《ばうげん》を|吐《は》くとは|何事《なにごと》だ。|此《この》|方《はう》は|泥棒様《どろばうさま》の|親分《おやぶん》だ。きれいサツパリと|持物《もちもの》|一切《いつさい》を|投《な》げ|出《だ》し|真裸《まつぱだか》となれ。|四《し》の|五《ご》と|申《まを》して|六《ろく》でもない|事《こと》を|七《な》らべるにおいては|此《この》|方《はう》の|鉄腕《てつわん》によつて|八々《ばちばち》と|張《は》り|倒《たふ》し、|九々《くく》|首《くび》|引《ひ》き|抜《ぬ》いて、|生命《いのち》を|十々《とと》|取《と》つてしまふぞ。さアもはや|百年目《ひやくねんめ》だ。|千万言《せんまんげん》を|費《つひ》やして、|弁解《べんかい》しても|聞《き》く|耳《みみ》もたぬ|此《この》|方《はう》、|素直《すなほ》に|往生《わうじやう》いたすが|宜《よ》からう。さすれば|貴様《きさま》の|親譲《おやゆづ》りのサックだけは|助《たす》けてやらう』
ブラ『ホホホホホ、アタ|甲斐性《かひしやう》のない。|荒男《あらをとこ》が|繊弱《かよわ》き|女《をんな》の|一人《ひとり》を|捉《つか》まへて、おどしの|文句《もんく》を|並《なら》べるとは、|話《はなし》にならぬ|腰抜《こしぬ》けだな。お|前《まへ》も|定《さだ》めて|両親《りやうしん》があるだらう。こんな|厄雑《やくざ》ものを|生《う》んだ|親《おや》の|顔《かほ》が|見《み》たいものだわ。あのまア、|情《なさ》けない|顔《かほ》わいのう。|空威張《からゐば》りばつかりして|体中《からだぢう》が|慄《ふる》うてるぢやないか』
|甲《かふ》『ナナナナ|何分《なにぶん》|商売《しやうばい》に|慣《な》れぬ|新米《しんまい》だから、チチチチちつとは|慄《ふる》ふのも|当然《たうぜん》だ。お|前《まへ》だつて|初《はじ》めて|男《をとこ》に|接《せつ》した|時《とき》は|慄《ふる》ふだらう。|何《なん》といつても|今《いま》が|初陣《うひぢん》だから、さう|見《み》さげたものぢやないわい』
|丙《へい》『コリヤ|両人《りやうにん》、|何《なん》といふ……|貴様《きさま》は|腰抜《こしぬ》けだ。さアこれから|俺《おれ》が|一《ひと》つ|取《と》ツ|詰《つ》めてやらう。|俺《おれ》の|遣《や》り|口《くち》を|貴様《きさま》|見《み》てゐるのだぞ』
といふより|早《はや》く|鉄拳《てつけん》を|固《かた》めて、|女《をんな》の|横面《よこつら》をポカツと|殴《なぐ》りつけようとした。ブラワ゛ーダは|手早《てばや》く|身《み》をすくめた|途端《とたん》に|足《あし》をさらつた。|何条《なんでう》もつて|堪《たま》るべき、|二《ふた》つ|三《み》つもんどり|打《う》つて、|急勾配《きふこうばい》の|坂道《さかみち》へ|四五間《しごけん》ばかり|転《ころ》げ|込《こ》み、|額《ひたひ》をしたたか|打《う》つて、「ウン」といつたきり、|平太《へた》つてしまつた。ブラワ゛ーダはこの|態《てい》を|見《み》て|勇気《ゆうき》|頓《とみ》に|加《くは》はり、
『ホホホホホ、|泥棒《どろばう》の|親分《おやぶん》か|知《し》らぬが、ずゐぶん|弱《よわ》いものだな。オイ、そこな|小童《こわつぱ》ども、お|前《まへ》たちも|一《ひと》つ|抓《つま》んで|放《ほ》つてやらうか』
|甲《かふ》『ナナナナ|何《なに》を|吐《ぬか》すのだい。こんな|所《ところ》で|猫《ねこ》かなんぞのやうに、|抓《つま》んで|放《ほ》られてたまるかい。オイ、|手《て》をつないでくれ。さうすりや、なんぼ|強《つよ》い|女《をんな》でも、|滅多《めつた》に|投《な》げる|気遣《きづか》ひはないから』
|乙《おつ》『ソソソソそれよりも|逃《に》げるが|勝《か》ちだ』
|甲《かふ》『ニニニニ|逃《に》げるといつたつて、|交通機関《かうつうきくわん》が|命令《めいれい》を|聞《き》かぬぢやないか』
と|体《からだ》をガタガタ、|足《あし》をワナワナ、|唇《くちびる》を|紫色《むらさきいろ》に|染《そ》めて|戦《をのの》いてゐる。
ブラ『ホホホホ、|泥棒《どろばう》といふものは、もうちつと|気《き》の|利《き》いたものかと|思《おも》つたら、|弱《よわ》いものだな。それもさうだらう。なすべき|事業《じげふ》が|沢山《たくさん》あるのに、|何一《なにひと》つようせぬ|無器用《ぶきよう》な、|甲斐性《かひしやう》のない|代物《しろもの》だから、|働《はたら》かずに|人《ひと》の|物《もの》を|掠《かす》めて|露命《ろめい》を|繋《つな》がうといふ|奴《やつ》だもの、|気骨《きこつ》のあるものは、|有《あ》りさうな|道理《だうり》がない。さてもさても|可憐《かはい》さうなものだな。こりや|二人《ふたり》の|泥棒《どろばう》、お|前《まへ》も|一《ひと》つ|改心《かいしん》せい……といつても|出来《でき》まいが、せめて|泥棒《どろばう》だけは|止《や》めたがよからうぞ。こんな|事《こと》を|致《いた》してゐると、|終《しま》ひには|生命《いのち》もなくなつてしまふぞや』
|乙《おつ》『ハイ、もうこれぎりで|泥棒《どろばう》はやめます。どうぞ|御機嫌《ごきげん》よう、ここをお|通《とほ》り|下《くだ》さいませ』
ブラ『|初《はじ》めての|旅路《たびぢ》に|出《い》でて|初《はじ》めての
|小盗人等《こぬすびとら》に|初《はじ》めて|遭《あ》ひぬ
いざさらば|小盗人《こぬすびと》たち|別《わか》れなむ
|心《こころ》|改《あらた》め|善《ぜん》にかへれよ』
|甲《かふ》|乙《おつ》|一度《いちど》に、
『|盗《ぬす》みする|心《こころ》はもとより|無《な》けれども
|命《いのち》|惜《を》しさに|迷《まよ》ひぬるかな
|今《いま》よりはたとへ|死《し》すとも|盗人《ぬすびと》は
|孫《まご》の|代《かは》まで|致《いた》しますまい』
|傍《かたはら》の|密樹《みつじゆ》の|蔭《かげ》より|四辺《あたり》に|響《ひび》く|男《をとこ》の|声《こゑ》、
『ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》の|命《みこと》よ|逸早《いちはや》く
|下《くだ》り|行《ゆ》きませ|坂三千彦《さかみちひこ》を』
ブラ『|音《おと》に|聞《き》く|険《けは》しき|峠《たうげ》の|坂三千《さかみち》を
|彦々《ひこひこ》として|下《くだ》り|行《ゆ》かまし』
と|答《こた》へながら、|又《また》もや|宣伝歌《せんでんか》を|謡《うた》ひつつ|次第々々《しだいしだい》に|遠《とほ》ざかり|行《ゆ》く。|三人《さんにん》の|泥棒《どろばう》は|転《こ》けつまろびつ、|林《はやし》の|中《なか》に|姿《すがた》を|隠《かく》した。
|三千《みち》『アハハハハハ、|悪《あく》といふものは、|正義《せいぎ》の|前《まへ》には|弱《よわ》いものだな』
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 北村隆光録)
第四篇 |神仙魔境《しんせんまきやう》
第一八章 |白骨堂《はくこつだう》〔一六七四〕
|三千彦《みちひこ》は、|山野《さんや》をわたり|谷《たに》を|越《こ》え、|漸《やうや》くにして|仙聖山《せんせいざん》の|坂道《さかみち》に|取《と》りかかつた。これは|仏者《ぶつしや》のいふ|所謂《いはゆる》|十宝山《じつぼうざん》の|一《ひと》つである。さすがアルピニストの|三千彦《みちひこ》も、|長途《ちやうと》の|旅《たび》に|疲《つか》れはて、|仙聖山《せんせいざん》の|頂《いただき》を|眺《なが》めて|吐息《といき》をついてゐる。
|三千《みち》『アア|漸《やうや》く|此処《ここ》まで|山野《さんや》をわたり、やつて|来《き》たものの、|何処《どこ》かで|道《みち》を|取《と》り|違《ちが》へ、|仙聖山《せんせいざん》の|方《はう》へ|来《き》てしまつたやうだ。どこにも|家《いへ》は|無《な》し、|声《こゑ》するものは|鳥《とり》の|声《こゑ》と|獣《けだもの》の|声《こゑ》ばかりだ。|実《じつ》に|淋《さび》しいことだわい。|三千彦《みちひこ》は|健脚家《けんきやくか》だと、|玉国別《たまくにわけ》|様《さま》に|褒《ほ》められたが、かう|酷《きつ》い|山坂《やまさか》を|当途《あてど》もなしに|跋渉《ばつせう》しては、もはや|弱音《よわね》を|吹《ふ》かねばならなくなつて|来《き》た。|二《ふた》つのコンパスは|何《なん》だか|硬化《かうくわ》しさうだ。どこか|此処《ここ》らでよい|雨宿《あまやど》りがあれば|息《いき》を|休《やす》め|運《うん》を|天《てん》に|任《まか》して、|月《つき》の|国《くに》の|名山《めいざん》を|跋渉《ばつせふ》し|山頂《さんちやう》から|見下《みおろ》し、エルサレムの|方向《はうかう》を|定《さだ》めて|往《ゆ》くことにせう。それについてもデビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》は|繊弱《かよわ》き|女《をんな》の|足《あし》、|定《さだ》めし|困難《こんなん》してゐるだらう、しかしながらブラワ゛ーダ|姫《ひめ》はハルセイ|山《さん》で|泥棒《どろばう》に|出逢《であ》つた|時《とき》の|度胸《どきよう》、|実《じつ》に|見上《みあ》げたものだつた。あれだけの|勇気《ゆうき》があれば、きつと|無事《ぶじ》に|往《ゆ》くであらう。それよりも|今《いま》は|自分《じぶん》の|体《からだ》を|大切《たいせつ》にして、|往《ゆ》く|所《ところ》まで|往《ゆ》かねばなるまい。どこかよい|木蔭《こかげ》があれば|休《やす》むことにして、まだ|日《ひ》の|暮《くれ》に|間《ま》もあれば|一《ひと》つ|登《のぼ》つて|見《み》よう』
と|独《ひと》りごちつつ、|形《かたち》ばかりの|細《ほそ》い|道《みち》を、|右《みぎ》に|左《ひだり》に|折《を》れ|曲《まが》りつつ|登《のぼ》りゆく。
|日《ひ》は|漸《やうや》く|高山《かうざん》の|頂《いただき》にさしかかり、|大《おほ》きな|影《かげ》が|襲《おそ》うて|来《く》る。|道《みち》の|傍《かたはら》に|一《ひと》つの|白骨堂《はくこつだう》が|立《た》つてをる。|三千彦《みちひこ》はつと|立《た》ち|留《ど》まり、
『ハテ|不思議《ふしぎ》だ。こんな|所《ところ》に|白骨堂《はくこつだう》が|立《た》つてゐる|以上《いじやう》は、この|山《やま》の|上《うへ》に|人《ひと》の|家《いへ》が|立《た》つてをるだらう。|先《ま》づこの|堂《だう》のひさしを|借《か》りて、|今宵《こよひ》|一夜《いちや》を|過《す》ごさうかなア』
と|言《い》ひつつ|俄《には》かに|勇気《ゆうき》を|鼓《こ》して、|細《ほそ》い|天然石《てんねんせき》の|階段《かいだん》を|登《のぼ》り|白骨堂《はくこつだう》に|近《ちか》づいた。|見《み》れば|一人《ひとり》の|女《をんな》が|細《ほそ》い|声《こゑ》を|出《だ》して|何事《なにごと》か|祈《いの》つてゐる。|三千彦《みちひこ》は|訝《いぶ》かりながら|足音《あしおと》を|忍《しの》ばせ、|白骨堂《はくこつだう》の|密樹《みつじゆ》の|蔭《かげ》に|身《み》を|潜《ひそ》ませ、|女《をんな》の|祈《いの》りを|聞《き》いてゐた。
『|憐《あは》れ|憐《あは》れ|吾《わ》が|命《いのち》|白《しろ》く|荒廃《くわうはい》せり
○
|愁《うれ》へる|異端者《いたんしや》の|胸《むね》に
|虐《しひた》げの|力《ちから》を|悲《かな》しく|受《う》けて|泣《な》く
|忍従《にんじう》と|犠牲《ぎせい》の|痛《いた》ましさ
○
|蒼白《あをじろ》き|中《なか》に|吾《われ》も|彼《かれ》も|朽《く》ちてゆく
その|幻滅《げんめつ》の|果敢《はか》なさよ
○
|恋《こひ》もなく|友《とも》もなし
|悲《かな》しくあえぎて|恋《こひ》も|忘《わす》れ|友《とも》も|忘《わす》れむ
|一人《ひとり》ゆく|生命《いのち》の|原《はら》に
ただ|横《よこ》たはる|黒《くろ》き|暗闇《くらやみ》
|父《ちち》よ|母《はは》よ オーそして|兄弟《はらから》よ
|身失《みう》せたまひし|吾《わ》が|背《せ》のために
|世《よ》の|中《なか》のすべて|滅《ほろ》びゆくもののために
|大空《おほぞら》|包《つつ》む|天《てん》の|空《そら》に|健《すこや》かなれ
○
|白《しろ》き|生《せい》|淋《さび》し
|果敢《はか》なく|淋《さび》し
あはれあはれ|亡《な》き|人《ひと》あはれ』
かく|悲《かな》しげに|謡《うた》ひ|終《をは》り、おもむろに|懐中《ふところ》より|懐剣《くわいけん》を|取《と》り|出《だ》し、|淋《さび》しげにニヤリと|笑《わら》ひ、|顔《かほ》の|写《うつ》るやうな|刃口《はぐち》をつくづく|打《う》ち|眺《なが》めながら、
『オー、|願《ねが》はくは|吾等《われら》を|造《つく》りたまひし|皇神《すめかみ》よ。|百《もも》の|罪汚《つみけが》れを|許《ゆる》し|給《たま》ひて、|吾《わ》が|身魂《みたま》をスカーワナ(|安養浄土《あんやうじやうど》)へ|導《みちび》きたまへ』
といふより|早《はや》く、|今《いま》や|一刀《いつたう》を|吾《わ》が|喉《のど》に|突《つ》き|立《た》てむとする。|三千彦《みちひこ》は|吾《われ》を|忘《わす》れて|飛《と》び|出《だ》し、やにはに|腕《うで》を|叩《たた》いて|短刀《たんたう》を|打《う》ち|落《おと》した。|女《をんな》は|驚《おどろ》いて|三千彦《みちひこ》の|顔《かほ》をつくづく|眺《なが》め、|唇《くちびる》をびりびり|慄《ふる》はせてゐる。
|三千《みち》『これこれお|女中《ぢよちう》、|短気《たんき》を|出《だ》しちやいけませぬ。|何《なん》のためにこの|結構《けつこう》な|世《よ》の|中《なか》を|見捨《みす》てようとなさるのか、まづまづ|気《き》を|落《お》ち|着《つ》けなさい。|吾《われ》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|三千彦《みちひこ》と|申《まを》すもの、|神《かみ》の|御命令《ごめいれい》を|受《う》けてエルサレムに|参《まゐ》る|途中《とちう》|道《みち》|踏《ふ》み|迷《まよ》ひ、ここまで|出《で》て|来《き》たところ|幽《かす》かに|白骨堂《はくこつだう》が|見《み》えるので、|一夜《いちや》の|宿《やど》をからむものと|来《き》て|見《み》れば|貴女《あなた》の|今《いま》の|有様《ありさま》、これがどうして|黙言《だまつ》て|見《み》てをられやうかとお|止《と》め|申《まを》した|次第《しだい》でございます。なにほど|辛《つら》いというても|死《し》ぬには|及《およ》びますまい。|先《ま》づまづお|静《しづ》まりなさいませ』
|女《をんな》『ハイ、|有難《ありがた》うございます。|妾《わたし》はこの|山奥《やまおく》に|住《す》まひしてをりまする、|小《ちひ》さき|村《むら》の|女《をんな》でスマナーと|申《まを》します。|親《おや》|兄弟《きやうだい》|夫《をつと》には|死《し》に|別《わか》れ、|頼《たよ》る|所《ところ》もなく、また|村人《むらびと》の|若《わか》い|男《をとこ》たちが|種々《いろいろ》|様々《さまざま》の|事《こと》をいつて、|若後家《わかごけ》の|貞操《ていさう》を|破《やぶ》らせうといたしますから、|一層《いつそう》のこと|親兄弟《おやきやうだい》、|夫《をつと》の|後《あと》を|追《お》うて|安楽世界《あんらくせかい》へ|参《まゐ》らうと|存《ぞん》じ、|祖先《そせん》の|遺骨《ゐこつ》の|納《をさ》めてあるこの|白骨堂《はくこつだう》の|前《まへ》で、|自刃《じじん》せむといたしたところでございます。もはや|此《この》|世《よ》に|在《あ》つても|何《なん》の|楽《たの》しみもなき|妾《わたし》、|悪魔《あくま》の|誘惑《いうわく》にかかつて|罪《つみ》を|作《つく》らうより、|夫《をつと》の|後《あと》を|慕《した》うて|極楽参《ごくらくまゐ》りをせうと|覚悟《かくご》を|定《き》めました。どうぞお|止《と》め|下《くだ》さいますな』
|三千彦《みちひこ》は|涙《なみだ》を|払《はら》ひ|声《こゑ》を|曇《くも》らせて、
『|貴女《あなた》のお|言葉《ことば》も|一応《いちおう》もつともながら、あなたが|一人《ひとり》|残《のこ》されたのも|神界《しんかい》の|御都合《ごつがふ》でせう。あなたが|自殺《じさつ》するといふことは|罪悪中《ざいあくちう》の|罪悪《ざいあく》ですよ。やむを|得《え》ずして|命《いのち》が|終《をは》つたなら|天国《てんごく》に|往《ゆ》けませうが、|吾《わ》が|身勝手《みかつて》に|命《いのち》を|捨《す》てたものは|天国《てんごく》へは|往《ゆ》けませぬ。きつと|地獄《ぢごく》に|往《ゆ》きますから、お|考《かんが》へ|直《なほ》しを|願《ねが》ひます』
スマナー『|自殺《じさつ》を|致《いた》しましたら、どうしても|天国《てんごく》へは|行《ゆ》けませぬか、はて|困《こま》つた|事《こと》でございますなア』
『あなたはいま|承《うけたまは》れば、|親兄弟《おやきやうだい》、|夫《をつと》に|先立《さきだ》たれたと|仰有《おつしや》いましたが、それや|又《また》どうして|左様《さやう》なことになられたのですか。あなたが|今《いま》|自害《じがい》して|果《は》てたなら、|親兄弟《おやきやうだい》、|夫《をつと》の|菩提《ぼだい》を|弔《とむら》ふものは|誰《たれ》もございますまい。さすれば|却《かへ》つて|親《おや》に|対《たい》し|不孝《ふかう》となり、|夫《をつと》に|対《たい》して|不貞《ふてい》となるでせう』
『ハイ、|御親切《ごしんせつ》によく|言《い》つて|下《くだ》さいました。あなたの|御教訓《ごけうくん》によつて|妾《わたし》の|迷《まよ》ひも|醒《さ》めました。|何分《なにぶん》よろしくお|願《ねが》ひ|申《まを》します。|妾《わたし》の|家《いへ》はこの|小村《こむら》ではございますが、|夫《をつと》はバーダラと|申《まを》し、|村《むら》の【たばね】をしてをりましたもので、|家屋敷《いへやしき》も|可《か》なりに|広《ひろ》く、|財産《ざいさん》も|相応《さうおう》にございますが、|半月《はんつき》ほど|以前《いぜん》に、|虎熊山《とらくまやま》に|山砦《さんさい》を|作《つく》つてゐる|大泥棒《おほどろばう》の|乾児《こぶん》タールといふ|奴《やつ》が、|十数人《じふすうにん》の|手下《てした》を|引《ひ》きつれ|夜中《やちう》に|忍《しの》び|込《こ》み、|家内中《かないぢう》を|鏖殺《みなごろ》しにいたし、|宝《たから》を|奪《うば》つて|帰《かへ》りました。その|時《とき》|妾《わたし》は、|押入《おしいれ》の|中《なか》に|布団《ふとん》を|被《かぶ》つて|都合《つがふ》よく|匿《かく》れましたので、|生《い》き|残《のこ》つたのでございます。その|後《ご》は|村人《むらびと》の|世話《せわ》になつて|親兄弟《おやきやうだい》の|死骸《しがい》を|荼毘《だび》に|附《ふ》し、|此《こ》の|堂《だう》に|白骨《はくこつ》を|納《をさ》めて、|相当《さうたう》のとひ|弔《とむら》ひをいたしましたが、|何《なん》となくその|後《のち》は|心《こころ》|淋《さび》しくなり、またいろいろの|若《わか》い|男《をとこ》がうるさくて、|死《し》ぬ|気《き》になつたのでございます』
|三千彦《みちひこ》は|涙《なみだ》を|流《なが》しながら、スマナーの|背《せな》を|三《み》つ|四《よ》つ|撫《な》でさすり|声《こゑ》もやさしく、
『スマナー|様《さま》、|承《うけたまは》れば|承《うけたまは》るほど|同情《どうじやう》にたへませぬ。しかしながら、かうなつた|上《うへ》はもはや|悔《く》やんでも|帰《かへ》らぬこと、これから|一《ひと》つ|気《き》を|取《と》り|直《なほ》し、|神様《かみさま》にお|仕《つか》へになつたらどうですか』
『ハイ|有難《ありがた》うございます。しかしながら|妾《わたし》の|村《むら》は|五六十軒《ごろくじつけん》の|小在所《こざいしよ》でございますが、|先祖代々《せんぞだいだい》からウラル|教《けう》を|信《しん》じてをりますので、にはかに|貴方《あなた》のお|道《みち》に|入《い》る|事《こと》はたうてい|出来《でき》ますまい。|折角《せつかく》のお|言葉《ことば》でございますが、なにほど|妾《わたし》が|信《しん》じましても、|三百人《さんびやくにん》の|村人《むらびと》が|承知《しようち》せなければ|駄目《だめ》でございますからなア』
『|決《けつ》して|決《けつ》して、|左様《さやう》なことに|御心配《ごしんぱい》は|要《い》りませぬ。|何《いづ》れの|教《をしへ》も|誠《まこと》に|二《ふた》つはありませぬ。また|神様《かみさま》は|元《もと》は|一柱《ひとはしら》ですから、ウラル|教《けう》でもよろしい。あなたが|今《いま》|死《し》ぬる|命《いのち》を|永《なが》らへて|比丘尼《びくに》となり、|祖先《そせん》を|弔《とむら》ひ、また|村人《むらびと》を|慰《なぐさ》め、この|山間《さんかん》に|小天国《せうてんごく》をお|造《つく》りになればよろしいではございませぬか』
『|左様《さやう》ならば、|何事《なにごと》も|貴方《あなた》にお|任《まか》せいたします。どうぞ|一度《いちど》|妾《わたし》の|淋《さび》しき|破屋《あばらや》にお|越《こ》し|下《くだ》さいますまいか』
『それは|願《ねが》うてもない|仕合《しあは》せでございます。|知《し》らぬ|山道《やまみち》に|往《ゆ》き|暮《く》れて、|宿《やど》るべき|家《いへ》もなし、|体《からだ》は|疲《つか》れ、|困《こま》つてをつたところでございますから、|厚面《あつか》ましうはございますが、|今晩《こんばん》は|宿《と》めていただきませう』
『|早速《さつそく》の|御承知《ごしようち》、|有難《ありがた》うございます。|左様《さやう》ならば|妾《わたし》が|御案内《ごあんない》をいたしませう』
と|白骨堂《はくこつだう》の|階段《かいだん》を|下《くだ》り、|再《ふたた》び|坂道《さかみち》を|四五町《しごちやう》|下《くだ》り、|右《みぎ》に|折《を》れ、|樹木《じゆもく》|茂《しげ》れる|山道《やまみち》を|辿《たど》つて、|奥《おく》へ|奥《おく》へと|進《すす》み|入《い》る。
|夏《なつ》とはいへど|樹木《じゆもく》|覆《おほ》へる|谷川《たにがは》の|畔《ほとり》の|道《みち》を|行《ゆ》くこととて、|身《み》も|慄《ふる》ふばかり|寒《さむ》さを|感《かん》じた。
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 加藤明子録)
第一九章 |谿《たに》の|途《みち》〔一六七五〕
|神《かみ》の|教《をしへ》の|三千彦《みちひこ》は |行《ゆ》き|疲《つか》れたる|折柄《をりから》に
|白骨堂《はくこつだう》の|大前《おほまへ》に |見知《みし》らぬ|女《をんな》に|廻《めぐ》り|遇《あ》ひ
|悲《かな》しき|女《をんな》の|境遇《きやうぐう》に |同情《どうじやう》しながらスタスタと
センセイ|山《ざん》の|谷間《たにあひ》を |冷《つめ》たき|風《かぜ》に|吹《ふ》かれつつ
|右《みぎ》に|左《ひだり》に|飛《と》び|越《こ》えて やうやく|広《ひろ》き|田圃道《たんぼみち》
チヤムバカ(|黄色花《くわうしよくくわ》)バータラ(|重生花《ぢうせいくわ》)バールシカ(|夏生花《かせいくわ》)
ナワマリカー(|雑蔓花《ざふまんくわ》)やスマナー(|悦意花《えついくわ》)の
|所《ところ》|狭《せ》きまで|匂《にほ》ひたる |野道《のみち》をスタスタ|進《すす》み|往《ゆ》く。
|三千彦《みちひこ》『|何《なん》とこの|辺《へん》は|珍《めづら》しい|花《はな》が|咲《さ》き、|馨《かんば》しい|香《か》を|放《はな》つてゐるぢやありませぬか。まるで|第一天国《だいいちてんごく》の|原野《げんや》を|旅行《りよかう》してゐるやうでございますなア』
スマナー『ハイ、ここは|仙聖山《せんせいざん》の|麓《ふもと》の|仙聖郷《せんせいきやう》と|申《まを》しまして、この|世《よ》の|楽土《らくど》と|称《とな》へられた|秘密郷《ひみつきやう》でございますが、|今《いま》はさつぱり|人間《にんげん》の|心《こころ》が|悪化《あくくわ》してしまひ、|油断《ゆだん》も|隙《すき》もならない|修羅道《しゆらだう》となつてしまひました。この|道《みち》にいろいろの|香《かん》ばしき|花《はな》は|艶《えん》を|競《きそ》うて|咲《さ》いてをりますが、|村人《むらびと》の|心《こころ》の|花《はな》はいつの|間《ま》にか|薊《あざみ》の|花《はな》となり、|刺《とげ》だらけでうつかり|手出《てだ》しも|出来《でき》ないのでございます。|村《むら》の|名《な》は|仙聖郷《せんせいきやう》でも、|人《ひと》の|心《こころ》は|修羅道《しゆらだう》ですから、そのつもりでゐて|下《くだ》さい。|油断《ゆだん》も|隙《すき》もならない|所《ところ》でございますからなア』
『|物質万能主義《ぶつしつばんのうしゆぎ》の|空気《くうき》が、|斯《か》やうな|仙郷《せんきやう》まで|襲《おそ》うて|来《き》たと|見《み》えますな。|世《よ》の|中《なか》もこれでは|終《をは》りでございますわい。|大神様《おほかみさま》のお|言葉《ことば》には「|神《かみ》のつくつた|結構《けつこう》な|神国《しんこく》が|指一本《ゆびいつぽん》|入《い》れる|所《ところ》も、|片足《かたあし》|踏《ふ》み|込《こ》む|所《ところ》もない」と|大国治立《おほくにはるたち》の|神様《かみさま》のお|歎《なげ》きですが、いかにもすみずみまでもよく|汚《よご》れたものでございますなア』
『あまり|村人《むらびと》の|同情心《どうじやうしん》がないので、|妾《わたし》もこの|仙郷《せんきやう》が|嫌《いや》になつたので、お|恥《は》づかしながら|夫《をつと》の|後《あと》を|追《お》うて、|冥途往《めいどゆ》きをしようと|思《おも》うたのでございます。|私《わたし》の|従弟《いとこ》にテーラといふ、それはそれは|意地《いぢ》の|悪《わる》い|男《をとこ》がございまして、|両親《りやうしん》、|夫《をつと》の|無《な》くなつたのを|幸《さいは》ひ、|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|吾《わ》が|家《や》に|平太《へた》り|込《こ》み、|酒《さけ》をつげ、|肩《かた》をうて、|足《あし》をもめ、○○○を○○○と|無体《むたい》の|事《こと》を|申《まを》しますので、それが|嫌《いや》さに|家《うち》を|飛《と》び|出《だ》し、|死《し》を|決《けつ》したのでございます。|何《いづ》れ|吾《わ》が|家《や》へ|帰《かへ》ればテーラが|主人顔《しゆじんがほ》をして|頑張《ぐわんば》つてをりませうから、そのお|積《つも》りで|来《き》て|下《くだ》さいませや』
『ハイ|承知《しようち》いたしました。これから|宣伝使《せんでんし》の|武器《ぶき》と|頼《たの》む、|言霊《ことたま》の|宣伝歌《せんでんか》を|謡《うた》ひながら|参《まゐ》りませう』
『どうかお|願《ねが》ひ|申《まを》します。|歌《うた》といふものは|何《なん》となく|心《こころ》の|勇《いさ》むものでございますからなア』
|三千彦《みちひこ》は|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げて|謡《うた》ひ|出《だ》した。
『|天地《てんち》|万有《ばんいう》ことごとく |霊力体《れいりよくたい》の|三元《さんげん》を
もつて|創造《さうざう》なし|給《たま》ひ |蒼生《あをひとくさ》や|山川《やまかは》の
|御霊《みたま》を|守《まも》りたまはむと |千《ちぢ》に|心《こころ》を|砕《くだ》きまし
|海月《くらげ》のごとく|漂《ただよ》へる |陸地《くぬち》を|造《つく》り|固《かた》めつつ
|神人和楽《しんじんわらく》の|天国《てんごく》を |地上《ちじやう》に|建設《けんせつ》なしたまひ
|教《をしへ》を|開《ひら》きたまふをり |天足彦《あだるのひこ》や|胞場姫《えばひめ》の
|醜《しこ》の|身魂《みたま》になり|出《い》でし |八岐大蛇《やまたをろち》や|醜神《しこがみ》の
|曲《まが》の|猛《たけ》びに|世《よ》の|中《なか》は |日《ひ》に|夜《よ》に|月《つき》に|曇《くも》り|果《は》て
|常世《とこよ》の|暗《やみ》となりにけり |荒《すさ》ぶる|神《かみ》の|訪《おと》なひは
|五月蠅《さばえ》の|如《ごと》くわきみちて |山《やま》の|尾上《をのへ》や|河《かは》の|瀬《せ》に
うらみ|歎《なげ》きの|声《こゑ》ばかり |醜神《しこがみ》たちは|時《とき》を|得《え》て
いとも|尊《たふと》き|皇神《すめかみ》を |世《よ》の|艮《うしとら》に|逐《お》ひ|下《くだ》し
|吾《わ》が|物顔《ものがほ》に|世《よ》の|中《なか》を |乱《みだ》し|行《ゆ》くこそ|憎《にく》らしし
|音《おと》に|名高《なだか》き|仙郷《せんきやう》も |醜《しこ》の|曲霊《まがひ》の|醜魂《しこたま》に
かき|紊《みだ》されて|修羅道《しゆらだう》の |現出《げんしゆつ》したるか|浅《あさ》ましや
|斎苑《いそ》の|館《やかた》を|立《た》ち|出《い》でて |曲《まが》の|征討《せいたう》にたち|向《む》かふ
|三千彦司《みちひこつかさ》ここにあり いかなる|曲《まが》の|猛《たけ》びをも
|生言霊《いくことたま》の|神力《しんりき》に |言向和《ことむけやは》し|仙郷《せんきやう》の
|御空《みそら》を|包《つつ》む|雲霧《くもきり》を |伊吹《いぶき》|払《はら》ひに|払《はら》ひのけ
|神代《かみよ》ながらの|仙郷《せんきやう》に ねぢ|直《なほ》さむは|案《あん》の|中《うち》
たしかに|胸《むね》にしるしあり |喜《よろこ》びたまへスマナー|姫《ひめ》
|三千彦《みちひこ》|現《あら》はれ|来《く》る|上《うへ》は たとへテーラの|三五人《さんごにん》
|万人《ばんにん》|一度《いちど》に|攻《せ》め|来《く》とも いかで|恐《おそ》れむ|敷島《しきしま》の
|神国魂《みくにだましひ》|打《う》ち|出《だ》して |郷《さと》の|空気《くうき》を|一洗《いつせん》し
|小鳥《ことり》は|謡《うた》ひ|花《はな》|匂《にほ》ふ |昔《むかし》のままにかへすべし
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》は|吾等《われら》と|共《とも》にあり
|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》 |大御心《おほみこころ》に|叶《かな》ひなば
|地獄《ぢごく》|畜生《ちくしやう》|修羅道《しゆらだう》も |天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|心地《ここち》にて
やすやす|浮世《うきよ》を|渡《わた》り|得《え》む |喜《よろこ》びたまへスマナー|姫《ひめ》』
と|謡《うた》ひながら、やや|広《ひろ》き|原野《げんや》を、|家《いへ》の|棟《むね》の|見《み》ゆる|所《ところ》まで|進《すす》んで|来《き》た。スマナーは|後《あと》|振《ふ》り|返《かへ》り、
『もし|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、あの|山《やま》の|麓《ふもと》にバラバラと|家棟《やむね》が|見《み》えるでございませう。そして|一番《いちばん》|高《たか》い|所《ところ》の|山《やま》の【ほでら】に|可《か》なり|大《おほ》きな|家《いへ》が|見《み》えるでございませう。あれが|妾《わたし》の|住家《すみか》でございます』
『なるほど、|黄昏《たそがれ》のこととてハツキリは|分《わか》りませぬが、よほど|大家《たいけ》とみえますな』
『イエイエ、お|恥《は》づかしい|破屋《あばらや》でございます。サアもう|一息《ひといき》でございますが、あなたも|随分《ずゐぶん》お|疲《つか》れのやうでございますから、ここで|一休《ひとやす》みして|帰《かへ》る|事《こと》にいたしませうか。|何《いづ》れ|心《こころ》の|悪《わる》いテーラが|頑張《ぐわんば》つてをりませうから、|日《ひ》が|暮《く》れてからの|方《はう》が|様子《やうす》を|考《かんが》へるに|都合《つがふ》がよいかも|知《し》れませぬからなア』
『|成程《なるほど》なア、それがいいでせう。|都合《つがふ》によつては|一《ひと》つ|面白《おもしろ》い|芝居《しばゐ》が|出来《でき》るかも|知《し》れませぬからなア』
ここに|二人《ふたり》は|半時《はんとき》ばかり|雑談《ざつだん》にふけり、|黄昏《たそがれ》の|暗《やみ》を|幸《さいは》ひ、|村中《むらぢう》で|一番《いちばん》|高《たか》い|屋敷《やしき》に|建《た》つた、スマナーの|館《やかた》をさし|帰《かへ》り|往《ゆ》く。
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 加藤明子録)
第二〇章 |熊鷹《くまたか》〔一六七六〕
|三千彦《みちひこ》、スマナー|姫《ひめ》の|二人《ふたり》は、|黄昏《たそが》れの|暗《やみ》を|幸《さいは》ひ、ソツと|家路《いへぢ》に|帰《かへ》り、|裏口《うらぐち》から|考《かんが》へてゐた。テーラは|二三十人《にさんじふにん》の|若《わか》い|男《をとこ》を|集《あつ》めて、
『オイ、お|前《まへ》たち|青年隊《せいねんたい》に|宣告《せんこく》をしておくが、この|通《とほ》り|一家断絶《いつかだんぜつ》の|厄《やく》に|会《あ》ひ、スマナーがただ|一人《ひとり》|残《のこ》つてをつたが、それもまた|何《ど》うしたものか、|行衛《ゆくゑ》が|不明《ふめい》となつてしまつた。かうなるといふと、ここの|遺産《ゐさん》は|法律上《はふりつじやう》|親戚《しんせき》の|者《もの》が|継《つ》がねばならぬ。ハテ|困《こま》つた|事《こと》ができたものだ。おれは|元《もと》より|寡慾恬淡《くわよくてんたん》だから、|親類《しんるゐ》の|財産《ざいさん》を|欲《ほ》しいとは|夢《ゆめ》にも|思《おも》はぬが、これも|天《てん》から|降《ふ》つて|湧《わ》いた|出来事《できごと》だから、|辛抱《しんばう》して|遺産相続《ゐさんさうぞく》することにするから、|青年隊《せいねんたい》の|御連中《ごれんちう》、どうぞ|俺《おれ》に|同情《どうじやう》してくれ|玉《たま》へ。ホンに|困《こま》つたことがイヒヒヒヒ|到来《たうらい》したものだよ。|今日《けふ》お|前《まへ》たちに|来《き》てもらうたのは、|一杯《いつぱい》|祝《いは》ひ……オツトドツコイ、|祝《いは》ひどころか|家内中《かないぢう》|全滅《ぜんめつ》したのだから、|亡《な》き|人《ひと》の|魂《たましひ》を|慰《なぐさ》めるためにタラ|腹《ふく》|飲《の》んでもらひたいのだ。|俺《おれ》のこしらへた|財産《ざいさん》ぢやなし、|酒《さけ》くらゐは|充分《じうぶん》|飲《の》ましてやるから、ドシドシ|飲《の》んでくれよ』
と|得意面《とくいづら》をさらしてゐる。|青年《せいねん》の|中《なか》より|一人《ひとり》の|男《をとこ》、テーラの|前《まへ》に|進《すす》み|寄《よ》り、
『オイ、テーラ、|一家全滅《いつかぜんめつ》とはそら|何《なに》をいふのだ。ここにはスマナーといふ|未亡人《みばうじん》が|残《のこ》つてるぢやないか、|未亡人《みばうじん》のある|以上《いじやう》は、|汝《きさま》の|自由《じいう》にはなるまいぞ。なにほど|汝《きさま》が|自由《じいう》にするというても、|青年隊《せいねんたい》が|承知《しようち》せぬのだ。|何《なん》ぞまた、スマナーさまから|財産管理《ざいさんくわんり》の|依頼状《いらいじやう》でも|受《う》けてるのか、ヨモヤ|汝《きさま》のやうな|極道《ごくだう》には、|如何《いか》にスマナーさまが|血迷《ちまよ》うたといつても、|依頼《いらい》するはずがあるまいぞ』
テーラ『オイ、ターク、そら|何《なに》をいふのだ。|已《すで》にすでにスマナーは|遺書《かきおき》をおいて|家《いへ》を|飛《と》び|出《だ》し、|自殺《じさつ》をすると|書《か》いてゐるぞ。|今《いま》|頃《ごろ》にはどつかの|谷川《たにがは》へでも|身《み》を|投《な》げて|死《し》んでゐるに|違《ちが》ひないワ。さうすりや|無論《むろん》おれの|財産《ざいさん》だ。|今日《けふ》からここの|主人《あるじ》は|俺《おれ》だ。なにほど|村中《むらぢう》の|奴《やつ》がゴテゴテいつても、|切《き》つても|切《き》れぬ|親戚《しんせき》の|端《はし》だから、|仕方《しかた》がないワ』
ターク『そんならその|遺書《かきおき》を|見《み》せてもらはふかい。サア|皆《みな》の|前《まへ》で|読《よ》んでくれ』
テーラは|懐中《ふところ》から|遺書《かきおき》をちよつと|出《だ》し、|大勢《おほぜい》の|前《まへ》にふり|廻《まは》しながら、
『ソレ、この|通《とほ》りだ』
と、はしくれを|一寸《ちよつと》まくり、
テーラ『オイ、|皆《みな》の|連中《れんちう》、この|筆跡《ひつせき》はスマナーに|間違《まちが》ひあるまいがな。どうだ、|違《ちが》うと|思《おも》ふ|者《もの》は|違《ちが》ふといつてくれ』
ターク『なるほど、|実《じつ》に|麗《うるは》しい|水茎《みづくき》の|跡《あと》だ。この|村《むら》にこれだけ|書《か》く|者《もの》は、スマナーさまより|外《ほか》にはないはずだ』
『そらみたか。これで|疑《うたがひ》が|晴《は》れただろ、エヘヘヘヘ。|果報《くわはう》は|寝《ね》て|待《ま》てだ。|一家《いつか》の|家宝《かほう》も、|山林田畑《さんりんでんぱた》も|今日《けふ》から|皆《みな》、このテーラさまの|所有品《しよいうひん》だ。アアア、|俄《には》かに|長者《ちやうじや》になると|何《なん》だか|肩《かた》が|重《おも》たいやうだワ。イヤ|体《からだ》が|大《おほ》きくなつたやうな|気《き》がし|出《だ》した。テモさても|煩《うる》さい|事《こと》だワイ。イヒヒヒヒ』
『オイ、その|遺書《かきおき》を|皆《みな》の|前《まへ》で|一遍《いつぺん》|読《よ》んでもらひたいのだ。|何《なに》が|書《か》いてあるか、|分《わか》らぬからのう』
『|一寸《ちよつと》お|前《まへ》|読《よ》んでくれぬか。|俺《おれ》は|些《ちつ》とばかり|目《め》が|悪《わる》いのだから、|日《ひ》の|暮《くれ》といひ|余《あま》り|細《こま》かいので|見《み》えにくいワ』
『ヘーン、うまい|事《こと》いふワイ。|明盲《あきめくら》の|癖《くせ》に、|汝《きさま》|何時《いつ》やら、|人《ひと》の|前《まへ》で|新聞《しんぶん》を|逆様《さかさま》に|読《よ》んでをつたでないか。……さうすると|傍《かたはら》から、テーラさま、そら|新聞《しんぶん》が|逆様《さかさま》ぢやないかと|言《い》はれた|時《とき》、|汝《きさま》|負惜《まけを》しみを|出《だ》しやがつて……ナアニお|前《まへ》に|見《み》せてるのだと|言《い》ひやがつたくらゐだから、こんな|美《うつく》しい|字《じ》が|汝《きさま》に|読《よ》める|道理《だうり》がない。サア|玉手箱《たまてばこ》を|一《ひと》つあけてやろ。この|文句《もんく》によつて、|汝《きさま》が|財産《ざいさん》を|相続《さうぞく》するか、|村《むら》の|共有物《きよういうぶつ》になるか、スマナーさまの|遺言通《ゆゐごんどほ》りだ』
テーラはやや|狼狽《らうばい》の|色《いろ》を|浮《うか》べ、タークの|耳《みみ》のはたに|口《くち》を|寄《よ》せ、
『オイ、ターク、おれに|都合《つがふ》の|悪《わる》い|所《ところ》があつたら、そこは|巧《うま》く|利益《りえき》のやうに|読《よ》んでくれよ。その|代《かは》り|成功《せいこう》したら|汝《きさま》に|財産《ざいさん》の|十分《じふぶん》の|一《いち》ぐらゐはやるからなア。さうすりや|汝《きさま》も|何時《いつ》までも|難儀《なんぎ》をしてをらいでもよかろ。その|金《かね》を|持《も》つて|洋行《やうかう》をして|博士《はかせ》になつて|来《こ》うとママだよ』
と|小声《こごゑ》になつて|囁《ささや》く。タークは|何《なん》の|頓着《とんちやく》もなく、|巻紙《まきがみ》をくり|拡《ひろ》げ、
『サア、|青年隊《せいねんたい》の|御連中《ごれんちう》、|今《いま》この|遺書《かきおき》を|朗読《らうどく》いたします。テーラの|運不運《うんふうん》のこれできまるところだ』
|大勢《おほぜい》は|一同《いちどう》に|手《て》を|拍《う》つて「ヒヤヒヤ」と|迎《むか》へる。
ターク『|一《ひとつ》、|妾《わらは》こと|如何《いか》なる|前生《ぜんせい》の|罪《つみ》の|廻《めぐ》り|来《き》たりしや、|親兄弟《おやきやうだい》|夫《をつと》まで、|無残《むざん》な|最期《さいご》を|遂《と》げ、|後《あと》に|淋《さび》しく|一人《ひとり》|空閨《くうけい》を|守《まも》り、|亡《な》き|両親《りやうしん》に|孝養《かうやう》を|尽《つく》し、|夫《をつと》に|貞節《ていせつ》を|守《まも》りをりしところ、|人《ひと》の|悪事《あくじ》を|剔抉《てきけつ》し|官《くわん》に|訴《うつた》ふるを|専業《せんげふ》とするテーラの|厭《いや》な|男《をとこ》、|朝《あさ》から|晩《ばん》まで、|晩《ばん》から|夜明《よあけ》まで、|厭《いや》らしく|無体《むたい》な|恋慕《れんぼ》をなし、|未亡人《みばうじん》と|悔《あなど》り、|酒《さけ》を|燗《かん》せよ、|肩《かた》を|打《う》て、|足《あし》を|揉《も》め……はまだ|愚《おろ》か、|身分《みぶん》にも|似合《にあ》はぬ|不埒《ふらち》な|事《こと》を|強請《きやうせい》いたし、|立《た》つてもゐてもゐられなく|相成《あひな》りし|故《ゆゑ》、|妾《わらは》は|覚悟《かくご》をきはめ、|白骨堂《はくこつだう》の|前《まへ》にて|自刃《じじん》いたし、|夫《をつと》の|後《あと》を|逐《お》ふつもりに|候《さふらふ》。ついては|村《むら》の|人々《ひとびと》ならびに|青年隊《せいねんたい》の|皆々様《みなみなさま》、テーラの|悪党《あくたう》を|糾弾《きうだん》|遊《あそ》ばした|上《うへ》、|所払《ところばら》ひになし|下《くだ》されたく|偏《ひとへ》に|願《ねが》ひ|上《あ》げ|参《まゐ》らせ|候《さふらふ》。また|夫《をつと》の|遺産《ゐさん》は|残《のこ》らず|金《かね》に|代《か》へ、|白骨堂《はくこつだう》を|立派《りつぱ》にお|建《た》て|下《くだ》され、|山林田畑《さんりんでんぱた》は|白骨堂《はくこつだう》の|維持費《ゐぢひ》として|村人《むらびと》において、|保管《ほくわん》|下《くだ》さるやう|偏《ひとへ》に|念《ねん》じ|上《あ》げ|参《まゐ》らせ|候《さふらふ》。|誠《まこと》に|誠《まこと》に|厭《いや》らしきテーラのために、|此《この》|世《よ》を|去《さ》る|心持《こころもち》に|相成候《あひなりさふらふ》ものなれば、かれテーラは|妾《わらは》のためには|不倶戴天《ふぐたいてん》の|仇敵《きうてき》にて|御座候《ござさふらふ》。|仮《か》りにも|村長《むらをさ》の|妻《つま》たる|妾《わらは》に|向《む》かつて、|卑《いや》しき|番太《ばんた》の|身《み》をもつて|恋慕《れんぼ》するなどとは|実《じつ》に|言語道断《ごんごどうだん》の|振舞《ふるまひ》にて、|悔《くや》しく|腹立《はらだ》たしく|存《ぞん》じ|候《さふらふ》。この|村《むら》の|古来《こらい》よりの|掟《おきて》にてらし、かくのごとき|不倫常《ふりんじやう》の|人物《じんぶつ》は、|一時《いちじ》も|早《はや》く|叩《たた》き|払《ばら》ひになし|下《くだ》さらむことを、|懇願《こんぐわん》いたします。
|仙聖郷《せんせいきやう》の|御一同様《ごいちどうさま》および|青年隊《せいねんたい》の|御一同様《ごいちどうさま》へ
スマナーより
|謹言《きんげん》』
テーラは|眉《まゆ》を|逆立《さかだ》て、|面《つら》をふくらせ、ヤケクソになつて、|尻《しり》ひきまくり、あぐらをかいて、|悪胴《わるどう》をすゑてしまつた。
ターク『ハハハハ、オイ、テーラ、|汝《きさま》は|怪《け》しからぬ|奴《やつ》だ。|今《いま》この|遺書《かきおき》の|文句《もんく》を|聞《き》いただらう。|馬鹿《ばか》な|奴《やつ》だなア、サアとつとと|此処《ここ》を|立《た》つて|行《ゆ》け』
テーラ『ヘン、|何《なん》といつても|親族《しんぞく》の|端《はし》だ。ゴテゴテ|吐《ぬか》すと、|裁判《さいばん》してでも|取《と》つてみせうぞ。お|前《まへ》|達《たち》はバータラ|家《け》の|財産《ざいさん》を|占領《せんりやう》せうと|思《おも》うて|企《たく》んでゐるのだらう。|何《なん》といつても|相続権《さうぞくけん》は|俺《おれ》にあるのだから、|村中《むらぢう》と|喧嘩《けんくわ》をしても|美事《みごと》|取《と》つて|見《み》せう。|俺《おれ》は|汝《きさま》の|知《し》つてる|通《とほ》り、|上《うへ》の|役人《やくにん》に|接近《せつきん》し|偵羅《ていら》をやつてるのだから、|俺《おれ》のいふことは|何《なん》でもお|取《と》り|上《あ》げになるのだ。|汝《きさま》のいふ|事《こと》はお|取《と》り|上《あ》げにならぬのだ。|嘘《うそ》でも|何《なん》でも|偵羅《ていら》といふ|肩書《かたがき》に|対《たい》し|採用《さいよう》して|下《くだ》さるのだ。|俺《おれ》の|御機嫌《ごきげん》を|損《そん》じてみよ。|汝等《きさまら》がバータラ|家《け》の|財産《ざいさん》の|横領《わうりやう》を|企《くはだ》てたと|訴《うつた》へてみよ。|汝等《きさまら》は|横領罪《わうりやうざい》とか|騒擾罪《さうぜうざい》とかで、|万古末代《まんごまつだい》この|世《よ》の|明《あか》りの|見《み》えぬ|所《ところ》へやつてしまふがそれでもよいか。|第一《だいいち》タークの|奴《やつ》、|此奴《こいつ》が|張本人《ちやうほんにん》だ。|首魁《しゆくわい》は|死刑《しけい》に|処《しよ》すといふ|刑法《けいはふ》を|知《し》つてるか。お|恐《おそ》れながらと、このテーラさまの|三寸《さんずん》の|舌《した》が|動《うご》くが|最後《さいご》、|汝《きさま》の|命《いのち》は|無《な》いのだから……どうだ。それでも|俺《おれ》の|意志《いし》に|反対《はんたい》する|積《つも》りか、エエーン』
『どうなつと|勝手《かつて》にせい。|善《ぜん》はしまひにや|分《わか》るから。|悪《あく》は|始《はじ》めは|巧《うま》く|行《ゆ》きよるが、|九分九厘《くぶくりん》で|化《ばけ》が|現《あら》はれるからのう』
『アハツハ、それだから|汝《きさま》お|目出《めで》たいといふのだ。|今日《こんにち》の|制度《せいど》を|知《し》つてるか、|今日《こんにち》の|世《よ》の|中《なか》は|紳士《しんし》|紳商《しんしやう》|官吏《くわんり》の|天下《てんか》だぞ。|俺《おれ》|達《たち》もヤツパリ|官吏《くわんり》の|下《した》を|働《はたら》いてる|者《もの》だ。|人民《じんみん》のクセに|何《なに》をいふのだ。|時勢《じせい》を|知《し》らぬといつても|余《あんま》りぢやないか。|何《なに》ほど|善《ぜん》な|事《こと》でも○○のする|事《こと》は|打《ぶ》つ|潰《つぶ》してしまふのが|今日《こんにち》の|行《や》り|方《かた》だ。|何《なに》ほど|悪《わる》い|事《こと》でも○○がすれば|善《ぜん》となつて|通《とほ》るのだ。ちつと|改心《かいしん》して|天下《てんか》の|趨勢《すうせい》を|考《かんが》へてみたら|何《ど》うだい』
タークは|青年会《せいねんくわい》の|会長《くわいちやう》をしてゐる|事《こと》とて、|一寸《ちよつと》|気骨《きこつ》のある|男《をとこ》、なかなかテーラのおどしには|容易《ようい》には|乗《の》らない。
ターク『ヘン、バンタのザマして|偉《えら》さうにいふない、|冷飯《ひやめし》|奴《め》が。グヅグヅ|吐《ぬか》すと、|村内《そんない》|一同《いちどう》に|同盟軍《どうめいぐん》を|作《つく》り、|汝《きさま》に|冷飯《ひやめし》を|供給《きようきふ》しない|事《こと》にするぞ。|何《なに》ほど|官吏《くわんり》の|下役《したやく》だと|威張《ゐば》つてをつても、|糧道《りやうだう》を|絶《た》たれちや|駄目《だめ》だらう……。オイ、|皆《みな》の|連中《れんちう》、|心配《しんぱい》するにや|及《およ》ばぬから、このテーラをスマナーさまの|遺書《かきおき》の|通《とほ》り、|追《お》つ|払《ぱら》うて|村《むら》に|置《お》かないやうにせうぢやないか』
|青年《せいねん》の|中《なか》より|少《すこ》し|背《せ》の|高《たか》い、インターはつかつかと|前《まへ》に|進《すす》み|来《き》たり、
『ヤア、|会長《くわいちやう》、|君《きみ》の|説《せつ》には|賛成《さんせい》だ。|一《いち》|百姓《ひやくしやう》、|二《に》|宣伝使《せんでんし》、|三《さん》|商売《あきなひ》、|四《し》|職人《しよくにん》、|五《ご》|毘丘《びく》、|六《ろく》|巫子《みこ》、|七《しち》|乞食《こじき》、|八《はち》バンタ、|九《く》|汚家《をげ》、|十《じふ》|隠亡《おんぼ》、といつて、|社会《しやくわい》の|階級《かいきふ》は|自然《しぜん》に|定《き》まつてゐるのだ。|第一《だいいち》に|位《くらゐ》するお|百姓《ひやくしやう》さまを|掴《つか》まへて、|番太《ばんた》が|何《なに》をいふのだ。|野良犬《のらいぬ》|奴《め》が。そんな|脅《おど》し|文句《もんく》が|怖《こは》うて、この|悪《あく》の|世《よ》の|中《なか》に、|一日《いちにち》だつて|生活《せいくわつ》がつづけられるかい。|馬鹿《ばか》だなア』
テーラ『やかましいワイ、|番太《ばんた》が|何《なに》、それほど|卑《いや》しいのだい。|今日《こんにち》は|衡平運動《かうへいうんどう》さへ|起《おこ》つてるぢやないか。|衡平団《かうへいだん》の|勢力《せいりよく》を|知《し》らぬか。|時勢遅《じせいおく》れの|頓馬野郎《とんまやらう》だな。|今《いま》おれがヒユーと|一《ひと》つ|笛《ふえ》を|吹《ふ》かうものなら、それこそ|捕手《とりて》が|裏山《うらやま》にかくしてあるのだ。|何百人《なんびやくにん》といふほどやつて|来《き》て、|村《むら》の|奴《やつ》ア|一人《ひとり》も|残《のこ》らず、|牢《らう》へ|打《ぶ》ち|込《こ》んでしまふのだから、それでも|可《い》いか。|仙聖郷《せんせいきやう》の|長者《ちやうじや》の|財産《ざいさん》は、|百人《ひやくにん》や|千人《せんにん》の|家族《かぞく》が|一生《いつしやう》|遊《あそ》んで|暮《くら》しても|尽《つ》きないほどあるのだから、|俺《おれ》|達《たち》の|上官《じやうくわん》にちよつと|申《まを》し|上《あ》げ、|財産没収《ざいさんぼつしう》の|準備《じゆんび》がしてあるのだ。マゴマゴしてると|汝《きさま》たちの|身辺《しんぺん》が|危《あぶ》ないぞ。サア|笛《ふえ》を|吹《ふ》かうか、|笛《ふえ》を|吹《ふ》いたが|最後《さいご》、|汝《きさま》たちの|命《いのち》は|風前《ふうぜん》の|燈火《ともしび》だ。テモさても|憐《あは》れな|者《もの》だワイ。アツハツハ』
ターク『オイ|青年隊《せいねんたい》、|此奴《こいつ》ア、うつかりしてをれぬぞ。|皆《みな》の|中《うち》から|四五人《しごにん》|手分《てわ》けして、|村中《むらぢう》の|中老組《ちうらうぐみ》を|招《よ》んで|来《き》てくれ。そして|各自《めんめ》に|得物《えもの》を|携《たづさ》へて|来《こ》いと|言《い》つてくれ。そして|後《あと》に|残《のこ》つた|青年《せいねん》は|各自《めんめ》に|鍬《くは》なり、|手斧《ちよんの》なり、|鎌《かま》なり、|鶴嘴《つるはし》なり、|百姓道具《ひやくしやうだうぐ》を|取《と》つて|用心《ようじん》せい。|此奴《こいつ》の|事《こと》だから、どんな|事《こと》してるか|分《わか》らぬから、|準備《じゆんび》をしておかなならぬからのう』
と|大声《おほごゑ》に|怒鳴《どな》り|出《だ》した。|気《き》の|利《き》いた|青年《せいねん》は|跣足《はだし》で|裏口《うらぐち》から|飛《と》び|出《だ》し、|村中《むらぢう》の|中老組《ちうらうぐみ》を|呼集《よびあつ》めにいつた。テーラは|懐中《ふところ》から|呼子《よびこ》の|笛《ふえ》を|取《と》り|出《だ》し、しきりにヒヨロ ヒヨロ ヒヨロと|吹《ふ》き|立《た》てる。|忽《たちま》ち|数百人《すうひやくにん》の|足音《あしおと》、|体《たい》を|固《かた》めた|黒装束《くろしやうぞく》の|捕手《とりて》は、|十手《じつて》、|叉又《さしまた》、|鎌《かま》、|槍《やり》なんど|手《て》ん|手《で》に|携《たづさ》へ、バラバラと|飛《と》び|込《こ》んで|来《き》た。
テーラ『これはこれはお|役人様《やくにんさま》、よう|来《き》て|下《くだ》さいました。ここにゐる|奴《やつ》らは|当家《たうけ》の|財産《ざいさん》を|横領《わうりやう》せうといたし、|今《いま》この|通《とほ》り、|数十名《すうじふめい》をもつて|押寄《おしよ》せて|来《き》たのです。つまり|騒擾罪《さうぜうざい》ですから、|一番《いちばん》にターク、インターの|首魁《しゆくわい》をフン|縛《じば》つて|下《くだ》さいませ。|親戚《しんせき》の|私《わたし》がどうしても|遺産《ゐさん》を|相続《さうぞく》すべき|権利《けんり》がございますから、|巧《うま》く|手《て》に|入《い》れば、お|役人《やくにん》|御一同《ごいちどう》へ|分配《ぶんぱい》いたしますからなア、|決《けつ》してお|約束《やくそく》は|違《たが》へませぬから、|御安心《ごあんしん》の|上《うへ》どうぞ|此奴《こいつ》をおくくり|下《くだ》さいませ』
|捕手《とりて》の|頭《かしら》キングレスは|威丈高《ゐたけだか》になり、
『オイ、|当家《たうけ》は|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|不慮《ふりよ》の|炎難《さいなん》にかかつて|滅亡《めつぼう》し、|憂愁《いうしう》の|空気《くうき》が|漂《ただよ》うてるにもかかはらず、その|方《はう》は|不都合千万《ふつがふせんばん》にも|当家《たうけ》の|財産《ざいさん》を|横領《わうりやう》せむと|押寄《おしよ》せて|来《き》たのか、|返答《へんたふ》|次第《しだい》によつては|容赦《ようしや》は|致《いた》さぬがどうだ。|当家《たうけ》は|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|滅亡《めつぼう》したのだから、|親類関係《しんるゐくわんけい》のテーラが|遺産相続《ゐさんさうぞく》するのは|法律《はふりつ》の|許《ゆる》すところだ。|不都合千万《ふつがふせんばん》な、マゴマゴしてると|皆《みな》|捕縛《ほばく》するぞ』
ターク『モシ、キングレスさまとやら、|万々一《まんまんいち》、|未亡人《みばうじん》のスマナーさまが|生《い》き|残《のこ》つてをつたらどうなりますか。それでも|遺産《ゐさん》をテーラが|相続《さうぞく》せねばならぬのですか。|左様《さやう》な|法律《はふりつ》は|未《ま》だ|聞《き》いたことはございませぬが……』
キング『きまつた|事《こと》だ。もし|未亡人《みばうじん》がをるとすれば、|却《かへ》つてテーラが|財産横領《ざいさんわうりやう》を|企《くはだ》てたことになり、|大罪人《だいざいにん》となるところだ。しかしながら|今《いま》|軒下《のきした》に|隠《かく》れて|聞《き》いてをれば、|夫《をつと》の|後《あと》を|逐《お》うて|自殺《じさつ》をすると|申《まを》し、|書置《かきおき》まで|残《のこ》しておいたぢやないか』
『なるほど、それには|間違《まちが》ひございませぬが、もしも|死《し》なずにをつたら、やつぱり、テーラの|物《もの》にはなりますまいな』
『|無論《むろん》のことだ』
テーラ『アハハハハ、|何《なん》といつても|運《うん》が|向《む》いて|来《き》たのだから……オイ、ターク、インター、|駄目《だめ》だよ。|神妙《しんめう》に|捕縛《ほばく》されるか。|但《ただ》しはここであやまるなら、|俺《おれ》も|村《むら》のよしみで|許《ゆる》してもらうてやる。どうだ。|返答《へんたふ》を|早《はや》く|致《いた》せ』
この|間《あひだ》に|五六人《ごろくにん》の|青年《せいねん》は|中老《ちうらう》をかり|集《あつ》めるといつて|出《で》たのは、その|実《じつ》|白骨堂《はくこつだう》のあたりにまだスマナーが|生《い》きてうろついてをりはせぬか、それさへをればテーラの|鼻《はな》をあかしてやるのに|好都合《かうつがふ》だと、|目《め》ひき|袖《そで》ひき|捜索《そうさく》に|出《で》たのであつた。かかるところへ|幽《かす》かな|女《をんな》の|歌《うた》ふ|声《こゑ》が|聞《き》こえてきた。
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 松村真澄録)
第二一章 |仙聖郷《せんせいきやう》〔一六七七〕
スマナー『|花《はな》は|紅《くれなゐ》|葉《は》は|緑《みどり》 |錦《にしき》の|山《やま》の|尾《を》めぐらせる
|中国一《ちうごくいち》のパラダイス |仙聖郷《せんせいきやう》は|永久《とこしへ》に
|天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|楽《たの》しみを |味《あぢ》はひゐたる|郷《さと》なれど
|天足彦《あだるのひこ》や|胞場姫《えばひめ》の |醜《しこ》の|魔神《まがみ》の|血筋《ちすぢ》らが
いつとはなしに|窺《うかが》ひて |人《ひと》の|心《こころ》は|日《ひ》に|月《つき》に
|荒《すさ》び|行《ゆ》くこそうたてけれ |虎熊山《とらくまやま》の|山砦《さんさい》に
|巣《す》を|構《かま》へたる|盗人《ぬすびと》の |手下《てした》の|奴等《やつら》が|襲来《しふらい》し
|吾《わ》がたらちねの|父母《ちちはは》を いとも|無残《むざん》に|斬《き》り|殺《ころ》し
あが|背《せ》の|君《きみ》や|兄弟《おとどい》の |命《いのち》を|奪《うば》ひ|有金《ありがね》を
|掠《かす》めて|帰《かへ》りし|悲《かな》しさに |妾《わらは》は|跡《あと》にただ|独《ひと》り
|親《おや》と|夫《をつと》と|兄弟《きやうだい》の |菩提《ぼだい》を|弔《とむら》ひゐたりしに
|人《ひと》の|悪事《あくじ》を|剔抉《てきけつ》し |誣告《ぶこく》をもつて|業《わざ》とする
テーラの|曲《まが》が|現《あら》はれて |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|口説《くど》き|立《た》て
|耳《みみ》の|汚《けが》るる|世迷言《よまひごと》 |聞《き》くに|堪《た》へかねスマナーは
この|世《よ》の|中《なか》が|厭《いや》になり |亡《な》き|父母《ちちはは》や|吾《わ》が|夫《つま》の
|後《あと》を|慕《した》ひて|天国《てんごく》に |上《のぼ》らむものと|胸《むね》|定《さだ》め
|遺書《ゐしよ》を|認《したた》め|吾《わ》が|家《いへ》を |二日《ふつか》|以前《いぜん》に|立《た》ち|出《い》でて
|白骨堂《はくこつだう》に|勤経《ごんぎやう》し いよいよここに|昇天《しようてん》の
|覚悟《かくご》を|定《さだ》むるをりもあれ |三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》
|神力無双《しんりきむそう》の|三千彦《みちひこ》が |現《あら》はれましてスマナーが
|迷《まよ》ふ|心《こころ》の|無分別《むふんべつ》 うまらに|委曲《つばら》に|諭《さと》しまし
|神《かみ》の|教《をしへ》を|宣《の》らせしゆ |俄《には》かに|胸《むね》も|晴《は》れわたり
|真如《しんによ》の|日月《じつげつ》|輝《かがや》きて |今《いま》は|全《まつた》き|神《かみ》の|子《こ》と
|生《うま》れ|変《かは》りし|嬉《うれ》しさよ |三千彦司《みちひこつかさ》に|従《したが》ひて
|吾《わ》が|家《や》に|来《き》たり|眺《なが》むれば いとど|騒《さわ》がし|人《ひと》の|声《こゑ》
|様子《やうす》あらむと|裏口《うらぐち》ゆ |一間《ひとま》に|入《い》りて|窺《うかが》へば
|悪逆無道《あくぎやくむだう》のテーラさま |妾《わらは》が|家《いへ》の|財産《ざいさん》を
|占領《せんりやう》せむと|狂《くる》ひ|立《た》ち ターク インターその|外《ほか》の
|青年隊《せいねんたい》の|人々《ひとびと》と |争《あらそ》ひゐるこそ|歎《うた》てけれ
もはや|妾《わらは》は|健在《まめやか》に |命《いのち》を|保《たも》ちて|帰《かへ》りなば
テーラさまの|御心配《ごしんぱい》 |必《かなら》ず|無用《むよう》に|遊《あそ》ばせよ
|捕手《とりて》の|役人《やくにん》キングレス そのほか|百《もも》の|人《ひと》たちに
はるばる|来《き》たり|玉《たま》ひたる |好意《かうい》を|感謝《かんしや》し|奉《たてまつ》る
|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立分《たてわ》ける
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
ただ|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し
|世《よ》の|過《あやま》ちは|宣直《のりなほ》す |神《かみ》の|教《をしへ》を|聞《き》きしより
|妾《わらは》はテーラの|計画《けいくわく》を |決《けつ》して|決《けつ》して|憎《にく》まない
|早《はや》くこの|場《ば》を|立《た》ち|帰《かへ》り |身《み》の|潔白《けつぱく》を|示《しめ》されよ
|青年会長《せいねんくわいちやう》そのほかの |清《きよ》き|身魂《みたま》の|人《ひと》たちは
|少時《しばらく》|後《あと》に|残《のこ》りませ |妾《わらは》がために|御心《みこころ》を
|配《くば》らせ|玉《たま》ひし|慰安《いやしろ》の |御酒《みき》|御饌《みけ》|仕《つか》へ|奉《たてまつ》り
|妾《わらは》が|寸志《すんし》を|現《あら》はさむ |暫《しばら》く|待《ま》たせ|玉《たま》へかし
|三千彦司《みちひこつかさ》ともろともに |帰《かへ》り|来《き》たれる|上《うへ》からは
いかに|捕手《とりて》の|数《かず》|多《おほ》く |吾《わ》が|家《や》に|迫《せま》り|来《き》たるとも
テーラが|如何《いか》に|騒《さわ》ぐとも |物《もの》の|数《かず》にはあらざらめ
アア|有難《ありがた》し|有難《ありがた》し |天地《てんち》に|誠《まこと》の|神《かみ》まして
|吾《わ》が|家《や》を|守《まも》り|吾《わ》が|身《み》をば |厚《あつ》く|恵《めぐ》ませ|玉《たま》ひけり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ
|旭《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
たとへ|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも |誠《まこと》|一《ひと》つは|世《よ》を|救《すく》ふ
|誠《まこと》の|道《みち》に|外《はづ》れたる テーラのごとき|行《おこな》ひは
いかでか|神《かみ》の|許《ゆる》すべき |省《かへり》みたまへテーラさま
スマナー|姫《ひめ》が|赤心《まごころ》を こめて|忠告《ちうこく》|仕《つかまつ》る
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》のふゆを|賜《たま》へかし』
と|歌《うた》ひながら、|三千彦《みちひこ》の|後《あと》に|従《したが》ひ、しづしづと|奥《おく》の|方《はう》から|現《あら》はれて|来《き》た。|逃腰《にげごし》になつてゐたテーラは、「コリヤたまらぬ」と|上《あが》り|口《ぐち》より|慌《あわ》てて|庭《には》にひつくり|返《かへ》り、|向《む》かふ|脛《ずね》を|打《う》ち|四這《よつば》ひとなつて|裏口《うらぐち》の|闇《やみ》に|紛《まぎ》れて|逃出《にげだ》してしまつた。キングレスその|他《た》の|面々《めんめん》は、|何《いづ》れも|真《まこと》の|捕手《とりて》に|非《あら》ず、テーラが|虎熊山《とらくまやま》の|盗人《ぬすびと》をワザとに|変装《へんさう》させ、この|狂言《きやうげん》を|描《か》いたのであつた。そして|二週間《にしうかん》|以前《いぜん》に|躍《をど》り|込《こ》み、|家内《かない》をほとんど|全滅《ぜんめつ》の|厄《やく》に|会《あ》はせた|泥棒《どろばう》も、またキングレスの|部下《ぶか》の|者《もの》であつた。キングレスはスマナー|姫《ひめ》の|言霊《ことたま》と|三千彦《みちひこ》の|神力《しんりき》に|圧倒《あつたふ》され、|五体《ごたい》にはかに|戦慄《せんりつ》し、その|場《ば》にドツと|尻餅《しりもち》をつき、|口《くち》ばかりポカンとあけて、|慄《ふる》うてゐる。|捕手《とりて》に|化《ば》けてゐた|十数人《じふすうにん》の|小泥棒《こどろばう》も|同《おな》じく、その|場《ば》に|腰《こし》を|抜《ぬ》かし、ふるひ|戦《をのの》いてゐる。
|三千彦《みちひこ》は|厳然《げんぜん》として|座敷《ざしき》の|中央《ちうあう》に|座《ざ》を|構《かま》へ、|青年隊《せいねんたい》ならびに|泥棒組《どろばうぐみ》に|向《む》かつて、|宣伝歌《せんでんか》を|挨拶《あいさつ》に|代《か》へて|謡《うた》つた。
『|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》 |神《かみ》に|斉《ひと》しき|者《もの》ならば
|天地《てんち》を|経綸《けいりん》するといふ |尊《たふと》き|神《かみ》の|御使《みつかひ》ぞ
|小《ちひ》さき|慾《よく》にとらはれて |広《ひろ》き|此《この》|世《よ》を|自《おのづか》ら
|身《み》の|置所《おきどこ》もなきまでに |狭《せば》め|行《ゆ》くこそ|歎《うた》てけれ
|限《かぎ》りも|知《し》らぬ|天地《あめつち》の |清《きよ》けく|広《ひろ》き|世《よ》の|中《なか》に
|安養浄土《あんやうじやうど》の|楽《たの》しみを |得《え》させむためにウブスナの
|斎苑《いそ》の|館《やかた》にあれませる |此《この》|世《よ》の|垢《あか》を|洗《あら》うてふ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神柱《かむばしら》 |神素盞嗚《かむすさのを》の|大神《おほかみ》は
|神《かみ》の|司《つかさ》を|四方《よも》の|国《くに》 |放《はな》ち|玉《たま》ひて|曲神《まがかみ》の
|虜《とりこ》となれる|人《ひと》びとを |安《やす》きに|救《すく》ひ|助《たす》けむと
|計《はか》らせ|玉《たま》ふ|尊《たふと》さよ われは|三千彦《みちひこ》|宣伝使《せんでんし》
|神《かみ》の|力《ちから》を|身《み》に|受《う》けて フサの|国《くに》をば|横断《わうだん》し
|漸《やうや》くここに|来《き》て|見《み》れば |音《おと》に|名高《なだか》き|仙聖郷《せんせいきやう》
|高天原《たかあまはら》の|楽園《らくゑん》も |怪《あや》しき|雲霧《くもきり》|立《た》ちこめて
|常夜《とこよ》の|暗《やみ》と|成《な》りさがり |悪鬼《あくき》|羅刹《らせつ》は|縦横《じうわう》に
|跳梁跋扈《てうりやうばつこ》なしにける この|惨状《さんじやう》を|一瞥《いちべつ》し
|神《かみ》の|使《つかひ》の|身《み》をもつて いかでか|看過《かんくわ》すべけむや
|吾《わ》が|宣《の》る|教《をしへ》は|皇神《すめかみ》の |聖《きよ》き|尊《たふと》き|勅言《ちよくげん》ぞ
|心《こころ》を|清《きよ》め|耳《みみ》すませ |謹《つつし》み|畏《かしこ》みきこしめせ
|弱味《よわみ》につけ|込《こ》む|風《かぜ》の|神《かみ》 |寄《よ》るべ|渚《なぎさ》の|未亡人《みばうじん》
スマナー|姫《ひめ》の|留守宅《るすたく》へ をどり|込《こ》みたるテーラこそ
げにも|憐《あは》れな|曲津身《まがつみ》の |醜《しこ》の|虜《とりこ》となり|果《は》てて
|重《おも》き|罪《つみ》をば|知《し》らずして |犯《をか》したるこそうたてけれ
キングレスやその|外《ほか》の |捕手《とりて》と|称《しよう》する|人々《ひとびと》よ
|汝《なれ》は|真《まこと》の|捕吏《ほり》ならず どこかの|山《やま》に|山砦《さんさい》を
|構《かま》へて|旅人《りよにん》をおびやかす |大泥棒《おほどろばう》と|覚《おぼ》えたり
|誠《まこと》|捕手《とりて》の|役《やく》ならば |繊弱《かよわ》き|姫《ひめ》の|言霊《ことたま》に
いかでか|打《う》たれて|倒《たふ》るべき |心《こころ》に|弱味《よわみ》のある|者《もの》は
ただ|一言《ひとこと》の|言霊《ことたま》も きつく|恐《おそ》るるものぞかし
|許《ゆる》しがたなき|奴《やつ》なれど |吾《われ》らも|同《おな》じ|神《かみ》の|子《こ》の
|同胞《はらから》なれば|咎《とが》めずて |誠《まこと》の|道《みち》にまつろはせ
|救《すく》ひやらむと|思《おも》ふこそ |吾《わ》が|赤心《まごころ》の|願《ねが》ひぞや
|心《こころ》を|直《なほ》し|魂《たま》|清《きよ》め |今《いま》まで|尽《つく》せし|罪科《つみとが》を
|皇大神《すめおほかみ》の|大前《おほまへ》に |包《つつ》まずかくさずさらけ|出《だ》し
|今後《こんご》を|戒《いまし》め|善道《ぜんだう》に いづれも|揃《そろ》うて|立《た》ち|帰《かへ》れ
われも|汝《なんぢ》も|神《かみ》の|御子《みこ》 いかに|曇《くも》れる|魂《たましひ》も
|研《みが》き|上《あ》ぐれば|元《もと》のごと |水晶魂《すいしやうみたま》となりぬべし
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》に|誓《ちか》ひて|宣《の》り|伝《つた》ふ
|旭《あさひ》はてるとも|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
たとへ|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも |誠《まこと》の|力《ちから》は|世《よ》を|救《すく》ふ
|誠《まこと》にまさる|力《ちから》なし |此《この》|世《よ》の|主権《しゆけん》を|握《にぎ》るとも
|誠《まこと》の|道《みち》を|欠《か》くならば これ|風前《ふうぜん》の|燈火《ともしび》ぞ
|省《かへり》み|玉《たま》へ|諸人《もろびと》よ |神《かみ》の|教《をしへ》の|三千彦《みちひこ》が
|一同《いちどう》に|向《む》かひ|大神《おほかみ》の |神心《みこころ》|審《つぶ》さに|宣《の》べ|伝《つた》ふ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ』
と|繰返《くりかへ》し|繰返《くりかへ》し|宣伝歌《せんでんか》をもつて|一同《いちどう》に|説《と》き|諭《さと》した。キングレスは|涙《なみだ》をハラハラと|流《なが》し、|犬突這《いぬつくば》ひとなつて|三千彦《みちひこ》に|向《む》かひ、
『|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|三千彦司《みちひこつかさ》の|前《まへ》に、|私《わたくし》は|一切《いつさい》の|罪悪《ざいあく》を|打《う》ちあけて|白状《はくじやう》をいたします。モウこの|上《うへ》はあなたの|御教《みをしへ》に|従《したが》ひ、|善道《ぜんだう》に|立《た》ち|帰《かへ》りまするから、|今《いま》までの|罪《つみ》をお|赦《ゆる》し|下《くだ》さいませ。|私《わたくし》のごとき|悪人《あくにん》はまたと|世界《せかい》にございますまい。|実《じつ》のところは|虎熊山《とらくまやま》の|山砦《さんさい》に|立籠《たてこ》もり、|十里四方《じふりしはう》の|村々《むらむら》を|脅《おびや》かし、|旅人《たびびと》を|苦《くる》しめをりましたるところ、バラモン|教《けう》の|軍人《ぐんじん》たりし、セール、ハールの|両人《りやうにん》、|沢山《たくさん》の|部下《ぶか》を|引《ひ》きつれ、|虎熊山《とらくまやま》に|登《のぼ》り|来《き》たり、|私《わたくし》たちの|部下《ぶか》|二十人《にじふにん》と|共《とも》に|高手小手《たかてこて》に|縛《いまし》められ、やむをえず|降服《かうふく》いたし、|彼《かれ》らの|乾児《こぶん》となり、こちらの|方面《はうめん》へ|働《はたら》きに|出《で》てをる|者《もの》でございます。そしてこの|郷《さと》のテーラといふ|男《をとこ》は、|吾々《われわれ》|仲間《なかま》と|常《つね》に|気脈《きみやく》を|通《つう》じ、|家尻切《やじりきり》、|庫破《くらやぶ》りの|手引《てびき》きをしてをつた|者《もの》でございますが、|二週間《にしうかん》|以前《いぜん》に|当家《たうけ》を|鏖殺《おうさつ》し、この|財産《ざいさん》を|横領《わうりやう》せむと、かれテーラの|献策《けんさく》により、|抜刀《ばつたう》をもつて|押《お》し|入《い》り、|家族《かぞく》を|全滅《ぜんめつ》させむと|計《はか》りましたところ、|天罰《てんばつ》たちまち|酬《むく》い|来《き》て、ただ|一人《ひとり》のスマナー|姫《ひめ》さまを|打《う》ち|漏《も》らし、それがために|忽《たちま》ち|陰謀《いんぼう》|露顕《ろけん》いたし、|身動《みうご》きもならぬ|神罰《しんばつ》にあてられ、|懺悔《ざんげ》の|情《じやう》にたへませぬ。|何卒々々《なにとぞなにとぞ》|赦《ゆる》しがたき|吾々《われわれ》なれども、|今《いま》の|宣伝歌《せんでんか》のお|詞《ことば》の|通《とほ》り、|心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し|宣直《のりなほ》し|下《くだ》さいまして、|命《いのち》だけはお|助《たす》けを|願《ねが》ひます。たつて|許《ゆる》さぬとおつしやれば、|是非《ぜひ》もございませねば、|私《わたくし》の|命《いのち》をお|取《と》り|下《くだ》され、|部下《ぶか》|十数人《じふすうにん》の|命《いのち》をお|助《たす》け|下《くだ》さいまして、|彼《かれ》らに|誠《まこと》の|教《をしへ》をお|伝《つた》へ|下《くだ》さつた|上《うへ》、|神様《かみさま》のお|道《みち》にお|救《すく》ひ|下《くだ》さいますやう』
と|面《おもて》に|誠《まこと》を|現《あら》はして、|心《こころ》の|底《そこ》より|謝罪《しやざい》する。
|三千《みち》『|人間界《にんげんかい》からいへば|赦《ゆる》しがたない|大罪人《だいざいにん》、お|前《まへ》たちは|今日《こんにち》の|法律《はふりつ》によれば、|強盗殺人罪《がうたうさつじんざい》として|首《くび》のない|代物《しろもの》だが、|神様《かみさま》は|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》にましますゆゑ、|改心《かいしん》さへすればキツとお|許《ゆる》し|下《くだ》さるだらう。しかしこの|三千彦《みちひこ》は|人《ひと》を|審判《さば》く|権利《けんり》もなければ、|許《ゆる》す|権利《けんり》もない。|従《したが》つてお|前《まへ》たちを|苦《くる》しめる|権能《けんのう》もない。どうか|誠《まこと》の|道《みち》に|立《た》ちかへり、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|神《かみ》さまにお|仕《つか》へして、|神《かみ》の|御子《みこ》たる|誠《まこと》の|人間《にんげん》に|立《た》ちかへつてもらひたい。それが|神《かみ》の|御子《みこ》たる|三千彦《みちひこ》の|希望《きばう》である。そこにゐるキングレスの|部下《ぶか》の|人《ひと》たち、|拙者《せつしや》のいふ|事《こと》が|心《こころ》にはまつたならば、|今《いま》ここで|神様《かみさま》にお|詫《わ》びをなさるがよからう。また|青年会《せいねんくわい》の|人《ひと》たちも、この|郷《さと》はウラル|教《けう》の|教《をしへ》を|奉《ほう》ずると|聞《き》いてゐるが、どうか|神様《かみさま》の|御心《みこころ》を|誤解《ごかい》せぬやう、|誠《まこと》の|道《みち》を|歩《あゆ》んで|下《くだ》さい。|真《しん》にウラル|教《けう》の|教《をしへ》が|拡《ひろ》まつてゐるならば、この|仙聖郷《せんせいきやう》は|昔《むかし》のままに、|天下《てんか》の|安楽郷《あんらくきやう》として、|太平《たいへい》|無事《ぶじ》でなければならぬのだ。しかるにかかる|惨事《さんじ》の|突発《とつぱつ》するといふのは、|神《かみ》の|御心《みこころ》に|反《そむ》いた|点《てん》があるのではあるまいかと、この|三千彦《みちひこ》は|愚考《ぐかう》いたします。そしてスマナー|姫様《ひめさま》は|親兄弟《おやきやうだい》|夫《をつと》に|別《わか》れ、|心《こころ》|淋《さび》しく|暮《くら》してゐられるのだから、|青年《せいねん》の|方《かた》がたは|陰《いん》に|陽《やう》に、|親切《しんせつ》に|守《まも》つて|上《あ》げて|下《くだ》さい。そしてどこまでも|父母《ふぼ》|祖先《そせん》の|霊《みたま》に|対《たい》し|孝養《かうやう》を|尽《つく》し、|亡《な》き|夫《をつと》に、|貞操《ていさう》を|固《かた》く|守《まも》られるやう、|保護《ほご》して|下《くだ》さるやう|願《ねが》つておきますよ』
タークは|感涙《かんるゐ》に|咽《むせ》びながら、
『|有難《ありがた》し|誠《まこと》の|神《かみ》のあれまして
|亡《ほろ》ぼし|玉《たま》ひぬ|醜《しこ》の|曲津《まがつ》を
|御詞《みことば》を|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なによく|守《まも》り
|神《かみ》の|大道《おほぢ》に|仕《つか》へ|進《すす》まむ』
インター『われもまた|教司《をしへつかさ》の|言《こと》の|葉《は》を
|肝《きも》に|銘《めい》じて|忘《わす》れざるらむ』
|三千彦《みちひこ》『みちのくの|山《やま》の|奥《おく》にも|皇神《すめかみ》の
|守《まも》りありせば|安《やす》くましませ
|古《いにしへ》の|仙聖郷《せんせいきやう》に|立直《たてなほ》し
|笑《ゑ》み|栄《さか》えつつ|永久《とこしへ》にあれよ』
スマナー|姫《ひめ》『|三千彦《みちひこ》の|神《かみ》の|司《つかさ》に|助《たす》けられ
|今日《けふ》は|嬉《うれ》しくゑみ|栄《さか》えける
おそひ|来《く》る|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|影《かげ》もなく
|亡《ほろ》びし|今日《けふ》ぞいとど|嬉《うれ》しき』
かかるところへ|村《むら》の|中老《ちうらう》、|各自《てんで》に|得物《えもの》を|携《たづさ》へ、|裏口《うらぐち》|表口《おもてぐち》より|慌《あわ》ただしく|走《はし》り|来《く》る。またスマナー|姫《ひめ》を|捜《さが》しに|行《い》つた|青年《せいねん》は、|比較的《ひかくてき》|遠路《ゑんろ》のため、|一人《ひとり》もまだ|帰《かへ》つて|来《こ》ない。|裏口《うらぐち》の|水門壺《すゐもんつぼ》の|中《なか》にアブアブして|苦《くる》しんでゐる|男《をとこ》を|見《み》れば、|逃《に》げしなに|過《あやま》つて|落《お》ち|込《こ》んだテーラであつた。にはかに|大地《だいち》はビリビリと|震動《しんどう》し、|四辺《あたり》の|山岳《さんがく》は|轟々《ぐわうぐわう》と|唸《うな》り|出《だ》したとみるまに、|轟前《ぐわうぜん》たる|爆音《ばくおん》、|天地《てんち》もわるるばかりに|響《ひび》き|来《き》たり、|水門壺《すゐもんつぼ》におちてゐた、テーラはその|震動《しんどう》にはね|飛《と》ばされて、|二三間《にさんげん》|飛《と》び|上《あが》り、どんと|大地《だいち》に|投《な》げつけられ、|苦《くる》しげに|泡《あわ》をふいてゐる。この|音響《おんきやう》は|虎熊山《とらくまやま》の|火山《くわざん》が|一時《いちじ》に|爆発《ばくはつ》した|響《ひび》きであつた。
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 松村真澄録)
第二二章 |均霑《きんてん》〔一六七八〕
|虎熊山《とらくまやま》の|俄《には》かの|爆発《ばくはつ》に、|仙聖山《せんせいざん》はいふも|更《さら》なり、この|郷土《きやうど》の|山川草木《さんせんさうもく》は|激烈《げきれつ》に|震動《しんどう》し、|三千彦《みちひこ》を|除《のぞ》く|外《ほか》、いづれも|顔色《がんしよく》|蒼白《まつさを》となり、|慄《ふる》ひ|戦《をのの》いてゐた。|熔岩《ようがん》は|七八里《しちはちり》|隔《へだ》てたこの|地点《ちてん》まで|遠慮会釈《ゑんりよゑしやく》もなく|降《ふ》りくるその|凄《すさま》じさ。されどこの|大《おほ》きな|家《いへ》にもかかはらず、ただの|一個《いつこ》も|当《あた》らなかつたのは|神様《かみさま》の|御守護《ごしゆご》と、いづれも|感謝《かんしや》の|念《ねん》を|催《もよほ》すのであつた。さすがの|猛悪《まうあく》なるテーラも、キングレスも、|部下《ぶか》の|小盗人《こぬすびと》も、にはかに|怖《こは》けつき、|思《おも》はず|知《し》らず|両手《りやうて》を|合《あは》せ、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|祈願《きぐわん》しはじめた。その|声《こゑ》は|一時《いちじ》、|裏山《うらやま》の|谷々《たにだに》の|木精《こだま》を|響《ひび》かした。
スマナー|姫《ひめ》『|皆《みな》さま、|恐《おそ》ろしい|事《こと》でございましたな。あのやうな……|一時《いちじ》は|巨大《きよだい》な|熔岩《ようがん》が|雨《あめ》のごとくに|降《ふ》つて|参《まゐ》りましたが、お|神徳《かげ》によりまして、|吾《わ》が|家《や》にはただの|一《ひと》つも|当《あた》らず、またあの|地響《ぢひび》きで|家《いへ》も|倒《たふ》れず、|皆《みな》さまも|無事《ぶじ》に|命《いのち》を|拾《ひろ》はれしは、|全《まつた》く|尊《たふと》き|神様《かみさま》の|御守護《ごしゆご》でございませう』
といひながら|窓《まど》を|開《ひら》いて、|村落《そんらく》の|家々《いへいへ》を|眺《なが》めて|見《み》た。しかしながら|黒煙《こくえん》|天《てん》に|漲《みなぎ》つて|黒白《あやめ》も|分《わか》らぬ|真《しん》の|暗《やみ》となつてゐた。|実際《じつさい》|今日《けふ》は|朝《あさ》|早《はや》くより|何処《どこ》ともなく|薄暗《うすくら》く、|何《いづ》れも|夜分《やぶん》と|思《おも》つてゐたがその|実《じつ》、まだ|昼《ひる》の|最中《もなか》であつたのである。|別《べつ》に|村《むら》の|家々《いへいへ》にも|火災《くわさい》も|起《おこ》らず、|阿鼻叫喚《あびけうくわん》の|声《こゑ》もなきに|安心《あんしん》の|胸《むね》を|撫《な》でおろし、
スマナー『|皆《みな》さま、|私《わたし》の|家《いへ》は|村中《むらぢう》|一度《いちど》に|見下《みおろ》せる|所《ところ》でございますが、|村方《むらがた》はあの|騒動《さうだう》に|火災《くわさい》も|起《おこ》らず、|叫《さけ》びの|声《こゑ》も|聞《き》こえませぬから、|一軒《いつけん》も|残《のこ》らず|神様《かみさま》のお|神徳《かげ》を|頂《いただ》いたのでせう。サアこれから|神様《かみさま》に|感謝《かんしや》の|祭《まつり》をいたしまして、|皆《みな》さまに|直会《なほらひ》を|頂《いただ》いてもらひませう』
|三千《みち》『いや、それは|結構《けつこう》です。このやうな|大爆発《だいばくはつ》、|雨《あめ》のごとく|降《ふ》り|来《き》たる|熔岩《ようがん》が、この|広《ひろ》い|家《いへ》に|一箇《いつこ》も|当《あた》らず、|村中《むらぢう》|安全《あんぜん》といふのは|全《まつた》く|不思議《ふしぎ》です。これも|神様《かみさま》のお|神徳《かげ》でせう。サア|青年隊《せいねんたい》の|方々《かたがた》、|御苦労《ごくらう》ながらお|祭《まつり》の|用意《ようい》を|願《ねが》ひます』
タークは|三千彦《みちひこ》の|言葉《ことば》に|従《したが》ひ、|青年隊《せいねんたい》を|率《ひき》ゐ、いろいろ|供物《くもつ》の|用意《ようい》をなし、|祭典《さいてん》の|準備《じゆんび》に|取《と》りかかつた。やうやく|祭典《さいてん》の|用意《ようい》はできた。ここに|三千彦《みちひこ》、スマナー|姫《ひめ》は|新《あたら》しき|祭服《さいふく》をつけ、|恭《うやうや》しく|神前《しんぜん》に|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し、|祭典《さいてん》も|無事《ぶじ》に|終了《しうれう》した。それより|村中《むらぢう》の|老若男女《ろうにやくなんによ》はこの|広《ひろ》き|家《いへ》に|集《あつ》まり|来《き》たり、キングレスの|部下《ぶか》も|斎場《さいぢやう》に|列《れつ》し、|直会《なほらひ》を|頂《いただ》くこととなつた。
スマナー|姫《ひめ》は|嬉《うれ》しげに|宴席《えんせき》の|中央《ちうあう》に|立《た》つて、|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ふ。
『ここは|名《な》に|負《お》ふ|秘密郷《ひみつきやう》 |北《きた》に|仙聖山《せんせいざん》を|控《ひか》へ
|東《ひがし》に|虎熊《とらくま》の|山《やま》|聳《そび》え|立《た》ち |白《しろ》|青《あを》|黄色《きいろ》|紫《むらさき》の
|花《はな》は|芳香《はうかう》|薫《くん》じつつ |胡蝶《こてふ》は|高《たか》く|舞《ま》ひ|遊《あそ》び
|迦陵頻伽《かりようびんが》は|涼《すず》しき|声《こゑ》を|放《はな》ちて |神世《かみよ》を|謡《うた》ふ
|実《げ》にも|尊《たふと》き|仙聖郷《せんせいきやう》の |青人草《あをひとぐさ》の|喜《よろこ》びは
|外《ほか》の|国《くに》には|例《ためし》なき |中国一《ちうごくいち》の|瑞祥《ずゐしやう》ぞ
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|時《とき》を|得《え》て |一度《いちど》は|荒《すさ》び|狂《くる》ひしが
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御使人《みつかひびと》 |三千彦司《みちひこつかさ》があれまして
|吾《わ》が|家《や》をはじめこの|里《さと》の |醜《しこ》の|災《わざはひ》|除《のぞ》かせ|玉《たま》ひ
|今《いま》は|全《まつた》く|古《いにしへ》の |神代《かみよ》に|帰《かへ》りし|嬉《うれ》しさよ
|仙聖山《せんせいざん》の|峰《みね》|高《たか》く |五色《ごしき》の|雲《くも》の|被衣《かづき》して
|雲《くも》をば|起《おこ》し|雨《あめ》|降《ふ》らし |五日《いつか》の|風《かぜ》や|十日《じふじつ》の
|雨《あめ》も|時《とき》をば|違《たが》へずに |降《ふ》りしく|厚《あつ》き|御恵《みめぐ》みは
|仙聖郷《せんせいきやう》の|名《な》に|負《お》ひし |吾《わ》が|住《す》む|郷《さと》の|喜《よろこ》びぞ
|勇《いさ》めよ|勇《いさ》め|里人《さとびと》よ |踊《をど》れよ|踊《をど》れ|皆《みな》の|人《ひと》
|今日《けふ》の|生日《いくひ》の|喜《よろこ》びは |外《ほか》へはやらじ|幾千代《いくちよ》も
つづかせませと|大前《おほまへ》に |祈《いの》る|吾等《われら》が|真心《まごころ》を
|神《かみ》は|必《かなら》ずみそなはし |清《きよ》く|諾《うべ》なひ|玉《たま》ふべし
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |実《げ》にも|嬉《うれ》しき|人《ひと》の|世《よ》の
|誠《まこと》の|道《みち》を|踏《ふ》みしめて |神《かみ》の|教《をしへ》を|守《も》るならば
|此《この》|世《よ》に|枉《まが》の|恐《おそ》れなし |妾《わらは》も|尊《たふと》き|足乳根《たらちね》の
|親兄弟《おやきやうだい》や|背《せ》の|君《きみ》に |悲《かな》しき|別《わか》れをなせしより
|心《こころ》は|曇《くも》り|胸《むね》|痛《いた》み |身《み》も|世《よ》もあらぬ|思《おも》ひにて
|一度《いちど》は|此《この》|世《よ》を|去《さ》らむかと |狭《せま》き|女《をんな》の|心《こころ》より
|思《おも》ひ|定《さだ》めて|仙聖《せんせい》の |山《やま》に|立《た》ちたる|白骨堂《はくこつだう》
それの|御前《みまへ》に|平伏《ひれふ》して |今《いま》や|果《は》てむとする|時《とき》しもあれや
|名《な》さへ|目出《めで》たき|三千彦《みちひこ》の |神《かみ》の|司《つかさ》の|御恵《みめぐ》みに
|果敢《はか》なき|命《いのち》を|救《すく》はれて |吾《わ》が|家《や》に|帰《かへ》り|窺《うかが》へば
|早《はや》くも|魔《ま》の|手《て》は|内外《うちそと》に |拡《ひろ》げられたる|恐《おそ》ろしさ
|闇《やみ》を|幸《さいは》ひ|裏口《うらぐち》に |立《た》ちて|様子《やうす》を|覗《うかが》へば
|従兄《いとこ》と|名乗《なの》るテーラさま |捕手《とりて》と|名乗《なの》る|人《ひと》びとが
|青年隊《せいねんたい》のタークさま インターさまと|何事《なにごと》か
|争論《あげつらひ》つつ|妾《わらは》が|命《いのち》 |死《し》せしとや|思《おも》ひ|玉《たま》ひけむ
|百千万《ももちよろづ》の|心《こころ》|配《くば》り |感謝《かんしや》の|涙《なみだ》にほだされて
|三千彦司《みちひこつかさ》ともろともに |奥《おく》の|襖《ふすま》を|引《ひ》き|開《あ》けて
その|場《ば》に|立《た》ち|出《い》で|言霊《ことたま》を かすかに|宣《の》れば|人々《ひとびと》の
|心《こころ》の|暗《やみ》は|晴《は》れわたり |清《きよ》く|尊《たふと》き|惟神《かむながら》
|珍《うづ》の|身魂《みたま》に|帰《かへ》りたる その|喜《よろこ》びや|如何《いか》ばかり
|感謝《かんしや》の|言葉《ことば》もなきまでに |妾《わらは》は|喜《よろこ》び|泣《な》き|入《い》りぬ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|恵《めぐ》みを|何処《どこ》までも
|頂《いただ》きまして|直会《なほらひ》の この|酒宴《さかもり》を|快《こころ》よく
|聞《きこ》し|召《め》されと|宣《の》り|奉《まつ》る |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》|落《お》ち|星《ほし》は|失《う》するとも |虎熊山《とらくまやま》は|割《わ》るるとも
|神《かみ》に|任《まか》せし|人《ひと》の|身《み》は いかで|恐《おそ》れむ|今《いま》|目《ま》のあたり
|神《かみ》の|恵《めぐ》みを|蒙《かうむ》りて |笑《ゑ》み|栄《さか》えたる|嬉《うれ》しさよ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|慎《つつし》みて
|畏《かしこ》み|感謝《かんしや》し|奉《たてまつ》る』
|三千彦《みちひこ》『|諸々《もろもろ》の|罪《つみ》や|穢《けが》れを|払《はら》はむと
|爆発《ばくはつ》しけむ|虎熊《とらくま》の|山《やま》
|虎熊《とらくま》の|峰《みね》に|潜《ひそ》みし|枉神《まがかみ》も
|今《いま》は|全《まつた》く|逃《に》げ|失《う》せにけむ
|仙聖《せんせい》の|清《きよ》けき|郷《さと》に|来《き》て|見《み》れば
|思《おも》ひがけなき|事《こと》のみぞ|聞《き》く
スマナーの|姫《ひめ》の|命《みこと》の|真心《まごころ》を
|愛《め》で|玉《たま》ひなむ|天地《あめつち》の|神《かみ》は
インターやタークの|君《きみ》の|真心《まごころ》に
バータラの|家《いへ》は|栄《さか》え|行《ゆ》かなむ』
ターク『|思《おも》ひきや|魔神《まがみ》の|猛《たけ》るこの|郷《さと》に
|神《かみ》の|使《つかひ》の|来《き》たりますとは
|傾《かたむ》きし|家《いへ》の|柱《はしら》を|立直《たてなほ》す
|君《きみ》は|誠《まこと》の|三千彦司《みちひこつかさ》よ』
インター『|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|暗《やみ》は|晴《は》れにけり
バータラの|家《いへ》の|雲《くも》を|払《はら》ひて
|昼《ひる》さへも|暗《くら》くなりぬる|今日《けふ》の|空《そら》
|明《あ》かさむためか|爆発《ばくはつ》の|声《こゑ》
|吾《わ》が|胸《むね》に|潜《ひそ》む|枉津《まがつ》も|逃《に》げ|失《う》せぬ
かの|爆発《ばくはつ》の|強《つよ》き|響《ひび》きに
|獅子《しし》|熊《くま》も|虎《とら》|狼《おほかみ》も|戦《をのの》きて
|鎮《しづ》まりにけむ|爆発《ばくはつ》の|声《こゑ》に』
|三千彦《みちひこ》『|何事《なにごと》も|皆《みな》|皇神《すめかみ》の|御心《みこころ》ぞ
|仰《あふ》ぎ|敬《ゐやま》へ|神《かみ》の|御子達《みこたち》
|産土《うぶすな》の|山《やま》を|立《た》ち|出《い》でし|師《し》の|君《きみ》の
|御身《おんみ》|如何《いか》にと|思《おも》ひ|煩《わづら》ふ
さりながら|吾《わ》が|師《し》の|君《きみ》は|神人《しんじん》よ
いと|平《たひ》らけく|安《やす》くましまさむ』
スマナーは|三千彦《みちひこ》に|盃《さかづき》をさしながら、
『もし|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|妾《わたし》の|今後《こんご》の|身《み》の|振《ふ》り|方《かた》については、|如何《いかが》いたしたら|宜《よろ》しうございませうか。どうぞお|示《しめ》しを|願《ねが》ひたうございます』
|三千《みち》『|私《わたし》がかうなさいませ……とお|指図《さしづ》はいたしませぬが、|貴女《あなた》のお|心《こころ》にお|感《かん》じなされた|最善《さいぜん》の|方法《はうはふ》をもつておやりなされたら|如何《どう》でせう』
スマナー『はい、|有難《ありがた》うございます。|左様《さやう》ならば|貴方《あなた》のお|蔭《かげ》で|命《いのち》のないところを|救《すく》はれ、またかうして|沢山《たくさん》の|方《かた》も|誠《まこと》の|道《みち》へ|立《た》ちかへつて|下《くだ》さつたのでございますから、|妾《わたし》はこれに|越《こ》した|喜《よろこ》びはございませぬ。|山林《さんりん》も|田畑《たはた》も|宝《たから》も|何《なに》も|要《い》りませぬ。|妾《わたし》はこの|家《いへ》に|三五教《あななひけう》の|神様《かみさま》やウラルの|神様《かみさま》をお|祀《まつ》りいたし、|祖先《そせん》や、|夫《をつと》の|菩提《ぼだい》を|弔《とむら》ひ、|比丘尼《びくに》となつて、|一生《いつしやう》を|送《おく》りたうございますが、|如何《いかが》でございませうな』
『なるほど、それは|誠《まこと》に|殊勝《しゆしよう》なお|考《かんが》へです。|三千彦《みちひこ》、|双手《そうしゆ》を|挙《あ》げて|賛成《さんせい》いたします』
『|早速《さつそく》の|御承知《ごしようち》、|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます。つきましては|妾《わたし》の|家《いへ》は|先祖代々《せんぞだいだい》の……この|界隈《かいわい》での|富豪《ふがう》でございまするが、もはや|比丘尼《びくに》となつて|神様《かみさま》にお|仕《つか》へする|以上《いじやう》は、|財産《ざいさん》なんか、|必要《ひつえう》は|認《みと》めませぬ。どうぞバータラ|家《け》の|財産《ざいさん》|全部《ぜんぶ》を、|社会《しやくわい》|公共《こうきよう》のために|捧《ささ》げたいと|存《ぞん》じますが、|如何《いかが》でございませうか』
『それは|至極《しごく》|結構《けつこう》です。|定《さだ》めて|村人《むらびと》もお|喜《よろこ》びになるでせう』
『|全財産《ぜんざいさん》を|四《よつ》つに|分《わ》け、その|一部《いちぶ》をエルサレムの|宮《みや》に|献《けん》じ、|一部《いちぶ》を|神館《かむやかた》の|維持費《ゐぢひ》に|当《あ》て、|残《のこ》りの|二部《にぶ》を|村人《むらびと》に|寄贈《きそう》いたしましたら|如何《いかが》でございませうかな』
『それは|至極《しごく》よいお|考《かんが》へです。さうなさいませ。しかしながら|今《いま》ここに|改心《かいしん》をせられたキングレス、|外《ほか》|十数人《じふすうにん》の|方々《かたがた》は、いま|泥棒《どろばう》をお|廃《や》めになつたところで、|百姓《ひやくしやう》するにも|田畑《たはた》はなし、|商売《しやうばい》をするにも|資本《しほん》もないといふ|場合《ばあひ》ですから、この|方々《かたがた》にも|少《すこ》しなりと|山林《さんりん》なり|田畑《たはた》なりお|与《あた》へになり、|農業《のうげふ》をおさせになつたら|如何《いかが》でございませうか』
『はい、どうも|有難《ありがた》うございます。キングレス|様《さま》その|外《ほか》の|方々《かたがた》が|御承知《ごしようち》さへ|下《くだ》されば、この|村《むら》に|居《を》つてもらつて|正業《せいげふ》に|就《つ》いてもらひませう』
『キングレス|様《さま》、その|他《た》の|方々《かたがた》、|今《いま》スマナー|様《さま》が|貴方《あなた》がたに|相当《さうたう》の|財産《ざいさん》を|分配《ぶんぱい》したいと|仰有《おつしや》るがどうでございませう。|改心《かいしん》なさつた|以上《いじやう》は、この|仙聖郷《せんせいきやう》において|農業《のうげふ》を|営《いとな》み、|安全《あんぜん》なる|生活《せいくわつ》を|送《おく》られたら|宜《よ》からうと|思《おも》ひますが、|貴方《あなた》のお|考《かんが》へは|如何《いかが》でございますか』
キングレスは|落涙《らくるゐ》しながら|両手《りやうて》をつき、
『ハイ、|重々《ぢうぢう》の|罪《つみ》を|赦《ゆる》された|上《うへ》、|夢《ゆめ》だにも|見《み》ることの|出来《でき》ないやうな|御恵《おんめぐ》み、あまりの|事《こと》で、|勿体《もつたい》なうて|返《かへ》す|言葉《ことば》もございませぬ。|何分《なにぶん》にも|宜《よろ》しくお|願《ねが》ひ|申《まを》します』
|三千《みち》『あ、それは|結構々々《けつこうけつこう》。これ、スマナー|様《さま》、これで|財産《ざいさん》の|処分《しよぶん》がほぼ|落着《らくちやく》しました。|貴女《あなた》もこれから|重荷《おもに》が|下《お》りたやうなものだから、この|家《いへ》を|修繕《しうぜん》して|神様《かみさま》の|御舎《みあらか》となして、|里人《さとびと》を|善《ぜん》に|導《みちび》き|善根《ぜんこん》をお|積《つ》みなさいませ。|私《わたくし》も|貴女《あなた》に|会《あ》つて|思《おも》はぬ|御用《ごよう》をさしていただきました。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|天《てん》に|向《む》かつて|合掌《がつしやう》し|嬉《うれ》し|涙《なみだ》にくれてゐる。
|三千《みち》『|世《よ》の|中《なか》に|醜《しこ》の|枉津《まがつ》はなけれども
ただ|心《こころ》より|湧《わ》き|出《い》づるかな
|身《み》の|内《うち》に|枉《まが》さへなくば|獅子《しし》|熊《くま》も
|虎《とら》|狼《おほかみ》も|物《もの》の|数《かず》かは
|誠《まこと》ほど|世《よ》に|恐《おそ》るべきものはなし
|鬼《おに》も|大蛇《をろち》も|逃《に》げ|失《う》せて|行《ゆ》く
バラモンの|神《かみ》の|教《をしへ》を|振《ふ》り|捨《す》てて
|今日《けふ》は|誠《まこと》の|三千彦《みちひこ》となる』
スマナー|姫《ひめ》『|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》|危《あや》ふき|折節《をりふし》に
|待《ま》てよとかかる|玉《たま》の|御声《おんこゑ》
|三千彦《みちひこ》の|君《きみ》の|現《あら》はれ|来《き》まさずば
|吾《われ》は|霊界《あのよ》の|人《ひと》なりしならむ
テーラの|醜《しこ》の|言葉《ことば》に|怖《お》ぢ|恐《おそ》れ
|死《し》なむとせしぞ|愚《おろ》かなりけり
さりながらテーラの|君《きみ》のあらばこそ
この|喜《よろこ》びの|来《き》たりしならむ
|世《よ》の|中《なか》に|悪《あ》しきものとて|無《な》かるべし
ただわが|心《こころ》|暗《くら》きゆゑなり
|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|空《そら》に|雲《くも》なくば
|月日《つきひ》も|清《きよ》く|身《み》を|照《て》らすらむ』
ターク『|仙聖《せんせい》の|郷《さと》も|今日《けふ》より|古《いにしへ》の
|花《はな》|咲《さ》き|匂《にほ》ふ|園《その》となるらむ
|三千彦《みちひこ》の|神《かみ》の|司《つかさ》の|御恵《みめぐ》みに
|吾《わ》が|里人《さとびと》は|甦《よみがへ》りつつ
スマナーの|比丘尼《びくに》の|君《きみ》によく|仕《つか》へ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|道《みち》を|守《まも》らむ』
インター『|吾《われ》とても|比丘尼《びくに》の|君《きみ》の|真心《まごころ》の
|雨《あめ》にぬれつつ|忍《しの》び|音《ね》に|泣《な》きぬ
|嬉《うれ》しさの|涙《なみだ》は|胸《むね》に|充《み》ち|溢《あふ》れ
|身《み》も|浮《う》くばかり|勇《いさ》み|立《た》つかな』
キングレス『|枉事《まがこと》のあらむ|限《かぎ》りを|尽《つく》したる
|吾《われ》にも|神《かみ》の|恵《めぐ》み|賜《たま》ひぬ
|虎熊《とらくま》の|山《やま》に|悪事《あくじ》を|企《たく》らみつ
|今《いま》もありせば|亡《ほろ》びしならむ
この|郷《さと》に|現《あら》はれ|来《き》たり|爆発《ばくはつ》の
なやみ|逃《のが》れし|事《こと》の|嬉《うれ》しき』
テーラはノソリノソリと|足《あし》を|痛《いた》めてこの|場《ば》に|這《は》ひ|来《き》たり、|庭《には》の|土間《どま》に|犬突這《いぬつくば》ひとなつて、
『|枉神《まがかみ》の|醜《しこ》の|限《かぎ》りを|尽《つく》したる
|吾《われ》|今《いま》よりは|悔《く》い|改《あらた》めなむ
|百人《ももびと》よ|吾《わ》が|罪科《つみとが》を|赦《ゆる》せかし
|村《むら》の|僕《しもべ》となりて|仕《つか》へむ』
いよいよここにバータラ|家《け》の|遺産《ゐさん》は、スマナーの|意志《いし》に|従《したが》ひそれぞれ|分配《ぶんぱい》されて、|上下《じやうげ》|貧富《ひんぷ》の|区別《くべつ》なく、|郷民《きやうみん》は|互《たが》ひに|業《げふ》を|楽《たの》しみ|近隣《きんりん》|相和《あひわ》し、|和気《わき》|靄々《あいあい》として|世《よ》を|送《おく》ることとなつた。
|三千彦《みちひこ》は|宣伝《せんでん》の|旅《たび》が|急《せ》くので、|永《なが》く|留《とど》まるわけにもいかず、|二三日《にさんにち》|逗留《とうりう》して|里人《さとびと》に|神《かみ》の|教《をしへ》を|伝《つた》へ、タークを|館《やかた》の|留守居《るすゐ》と|頼《たの》みおき、スマナーはエルサレムへ|参拝《さんぱい》せむと、|三千彦《みちひこ》の|許《ゆる》しなければ、|見《み》え|隠《かく》れに|後《あと》を|慕《した》うて|進《すす》み|行《ゆ》くこととなつた。
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 北村隆光録)
第二三章 |義侠《ぎけふ》〔一六七九〕
|仙聖郷《せんせいきやう》の|村人《むらびと》は、|今《いま》まで|土地《とち》の|財産《ざいさん》は|全部《ぜんぶ》バータラ|家《け》のものとなり、いづれも|悲惨《みじめ》な|小作人《こさくにん》となり、|仙聖郷《せんせいきやう》に|住《す》みながら、|実《じつ》に|悲惨《ひさん》の|生活《せいくわつ》を|送《おく》つてゐた。ところが|偶然《ぐうぜん》の|出来事《できごと》より|山林田畑《さんりんでんぱた》を|作《つく》れるだけ|与《あた》へられて、|嬉々《きき》としてその|業《げふ》を|楽《たの》しみ、また|未亡人《みばうじん》のスマナーを|神《かみ》のごとくに|敬《うやま》つてゐた。
|甲《かふ》|乙《おつ》|丙《へい》|三人《さんにん》の|男《をとこ》は|山林《さんりん》に|薪《たきぎ》をからむと|出《い》で|往《ゆ》き、|木蔭《こかげ》に|腰《こし》|打《う》ち|卸《おろ》し、|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》つてゐた。
|甲《かふ》『オイ、|世《よ》も|変《かは》れば|変《かは》るものぢやないか。|俺《おれ》たちは|世界《せかい》から|羨《うらや》まれる|仙聖郷《せんせいきやう》の|住民《ぢうみん》でありながら、|祖父《そふ》の|代《だい》からみじめな|小作人《こさくにん》の|境遇《きやうぐう》に|陥《おちい》り、|働《はたら》いて|作《つく》つた|米《こめ》の|大部分《だいぶぶん》はバータラ|家《け》に|納《をさ》め、|肝腎《かんじん》の|米《こめ》は|一粒《ひとつぶ》も|口《くち》に|入《はい》らず、|裏作《うらさく》の|麦類《むぎるゐ》を|飯米《はんまい》として|露命《ろめい》を|繋《つな》いで|来《き》たが、|今年《ことし》から、お|米《こめ》を|頂《いただ》くことが|出来《でき》るやうになつたのも、|全《まつた》く|神様《かみさま》のおかげだよ。これでこそ|仙聖郷《せんせいきやう》|相当《さうたう》の|生活《くらし》が|出来《でき》ることだらう、|本当《ほんたう》に|嬉《うれ》しいことだなア。テーラの|悪人《あくにん》もこの|頃《ごろ》すつかり|改心《かいしん》するし、|泥棒《どろばう》までがあのやうに|田畑《たはた》を|耕《たがや》すやうになつたのだから、|世《よ》の|中《なか》も|変《かは》つたものだなア』
|乙《おつ》『|何《なん》というても|天与《てんよ》の|産物《さんぶつ》を|独占《どくせん》する|者《もの》があつたため、|吾々《われわれ》は|苦《くる》しんできたのだ。かうなつたら|村《むら》に|苦情《くじやう》も|起《おこ》らず、|愛神愛人《あいしんあいじん》の|道《みち》も|完全《くわんぜん》に|行《おこな》はるるであらう。なにほど|信心《しんじん》せよというても、|今日《けふ》|食《く》ふ|飯《めし》もないやうの|事《こと》では|信心《しんじん》も|出来《でき》ず、|人《ひと》がなにほど|困《こま》つとつても|助《たす》けることも|出来《でき》ず、|人《ひと》の|持《も》つてゐるものでも、|叩《たた》き|落《おと》して|取《と》りたいやうに|思《おも》ふものだが、かうして|平等《べうどう》になつた|以上《いじやう》は、|悪事《あくじ》|悪念《あくねん》は|断《た》たれるであらう。テーラの|奴《やつ》、|村中《むらぢう》の|憎《にく》まれ|者《もの》だつたが、|善悪不二《ぜんあくふじ》というて、あの|奴《やつ》があんな|悪事《あくじ》を|企《たく》みよつたものだから、|吾々《われわれ》はこんな|結構《けつこう》になつたのだ。|悪人《あくにん》だつて|憎《にく》めぬよ。|悪《あく》が|変《へん》じて|善《ぜん》となり、|善《ぜん》が|変《へん》じて|悪《あく》となるといふのは、|大方《おほかた》こんな|事《こと》をいうたのだらうよ』
|丙《へい》『テーラの|奴《やつ》、ずゐぶん|俺《おれ》|達《たち》を|今《いま》まで|苦《くる》しめよつたが、|彼奴《あいつ》もこれで|一切《いつさい》の|罪亡《つみほろ》ぼしになるであらう。なかなか|気《き》が|利《き》いた|事《こと》をやつた。|虎熊山《とらくまやま》の|泥棒《どろばう》を|引《ひ》つぱつて|来《き》て、あんな|荒《あら》い|仕事《しごと》をやり、また|泥棒《どろばう》を|役人《やくにん》に|仕立《した》てて、|財産《ざいさん》を|横領《わうりやう》しようとしたのは、|吾々《われわれ》のたうてい|考《かんが》へつかない|芸当《げいたう》だ。|泥棒《どろばう》だつて|元《もと》からの|悪人《あくにん》ではないとみえて、あの|通《とほ》り|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|神妙《しんめう》に|働《はたら》いてゐるぢやないか、|俺《おれ》たちも、もすこし|甲斐性《かひしやう》があつたら、あれ|達《たち》の|仲間《なかま》に|入《はい》つてゐたかも|知《し》れないからなア』
|甲《かふ》『お|前《まへ》のやうな|気《き》の|弱《よわ》い|男《をとこ》はまア|乞食《こじき》くらゐのものだなア。|俺《おれ》だつたらきつと|泥棒《どろばう》の|親分《おやぶん》くらゐに、あのままでモウ|一二年《いちにねん》|経《た》つたならなるかも|分《わか》らなかつたよ。|実《じつ》のところは|二三年前《にさんねんぜん》から|考《かんが》へてゐたが、そんな|事《こと》をウツカリ|相談《さうだん》するわけにもゆかず、|一人《ひとり》の|泥棒《どろばう》も|心細《こころぼそ》いなり、|泣《な》き|泣《な》き|今《いま》まで|暮《く》れて|来《き》たのだ。しかしながらテーラの|奴《やつ》、|三五教《あななひけう》の|先生《せんせい》の|前《まへ》で、「|村人《むらびと》の|僕《しもべ》となつて|尽《つく》しますから|許《ゆる》して|下《くだ》さい」といつておきながら、このごろ|少《すこ》し|見幕《けんまく》が|荒《あら》いぢやないか。|鼻《はな》を【ピコ】づかせながら、「お|前《まへ》たちがこんな|結構《けつこう》になつたのも|俺《おれ》のお|蔭《かげ》だ」というて|威張《ゐば》りやがる。|番太《ばんた》のくせに|俺《おれ》たちの|頭《あたま》をおさへようとするのだから|業腹《ごふはら》だ。|一《ひと》つ|青年隊《せいねんたい》を|召集《せうしふ》して、テーラを|元《もと》の|通《とほ》り|番太《ばんた》にこき|卸《おろ》した|方《はう》が|慢心《まんしん》せいでよいかも|知《し》れないよ』
|乙《おつ》『|馬鹿《ばか》いふな、|四民平等《しみんべうどう》とか、|衡平運動《かうへいうんどう》とかが、|盛《さか》んに|行《おこな》はれてゐる|世《よ》の|中《なか》に、いつまでも|怪体《けたい》な|思想《しさう》に|因《とら》へられてゐるものぢやない。テーラは|吾々《われわれ》の|恩人《おんじん》|見《み》たやうなものだ。バータラ|家《け》があんな|目《め》に|遇《あ》つたのも、|何《なに》かの|因縁《いんねん》だらう、われわれ|人民《じんみん》の|膏血《かうけつ》を|絞《しぼ》り、|贅沢三昧《ぜいたくざんまい》に|暮《くら》してきた|報《むく》いだ。|仙聖郷《せんせいきやう》|三百人《さんびやくにん》の|恨《うら》みが|凝結《ぎようけつ》してあんな|惨事《さんじ》が|突発《とつぱつ》したのだ。スマナー|姫様《ひめさま》も、|元《もと》は|貧民《ひんみん》の|腹《はら》から|生《うま》れ、バータラ|家《け》に|拾《ひろ》ひあげられて|奥様《おくさま》になられたのだから、われわれ|貧民《ひんみん》の|味方《みかた》をして|下《くだ》さつたのだ。|人間《にんげん》といふものは|自分《じぶん》が|難儀《なんぎ》をして|来《こ》ねば|同情《どうじやう》の|起《おこ》るものではない。|博愛《はくあい》だとか、|同情《どうじやう》だとかいつてゐる|者《もの》に、|一人《ひとり》も|博愛心《はくあいしん》や|同情心《どうじやうしん》を|保《たも》つてゐるものはない。|世《よ》の|中《なか》を|博愛《はくあい》と、|同情《どうじやう》の|仮面《かめん》を|被《かぶ》りて|胡麻《ごま》かす|贋君子《にせくんし》、|贋聖人《にせせいじん》ばかりだ。あの|比丘尼様《びくにさま》こそは|本当《ほんたう》に|吾々《われわれ》の|救世主様《きうせいしゆさま》だ』
かく|話《はな》すところへ、|泥酔《へべれけ》に|酔《よ》うてやつて|来《き》たのは、|一《いつ》たん|恐《こは》さに|改心《かいしん》したテーラであつた。テーラは|丸《まる》い|目《め》をギヨロツと|剥《む》き|出《だ》し、|肩《かた》を|聳《そび》やかしながら、|口汚《くちぎたな》く、
『オイ、そこにをる|餓鬼《がき》はダダ|誰人《だれ》だい。|仙聖郷《せんせいきやう》の|救世主《きうせいしゆ》テーラ|様《さま》のお|通《とほ》りだぞ。|早《はや》くここへ|来《き》て|土下座《どげざ》をいたさぬか。|貴様《きさま》たちは|此方様《このはうさま》のお|蔭《かげ》によつて|親類《しんるゐ》の|財産《ざいさん》を|分《わ》けてもらひ、|何百年振《なんびやくねんぶ》りに|地主《ぢぬし》となつたのぢやないか。|俺《おれ》が|一《ひと》つ|頑張《ぐわんば》らうものなら、|親類《しんるゐ》の|此《この》|方《はう》の、|皆《みんな》|物《もの》になるのだが、そこは|救世主様《きうせいしゆさま》だけあつて、お|前《まへ》たちの|物《もの》になるやうに|取《と》り|計《はか》らつてやつたのだ。|恩知《おんし》らず|奴《め》、いつも|俺《おれ》を|番太扱《ばんたあつか》ひにしやがつて、|碌《ろく》に|挨拶《あいさつ》もせぬぢやないか』
|甲《かふ》『これや、テーラ、|貴様《きさま》は|何《なに》を|言《い》ふのだ。|不届《ふとど》き|千万《せんばん》にも|虎熊山《とらくまやま》の|泥棒《どろばう》と|腹《はら》を|合《あは》せ、|俺《おれ》たち|青年隊《せいねんたい》を|騒擾罪《さうぜうざい》で|引張《ひつぱ》らうとしたではないか。|吾々《われわれ》が|地主《ぢぬし》となつたのは、|先祖代々《せんぞだいだい》の|恩恵《おんけい》が|報《むく》うて|来《き》たのだ。|恩《おん》に|着《き》せない。ちつと|心得《こころえ》ないと|村中《むらぢう》が|貴様《きさま》を|恨《うら》んでゐるぞ。|世《よ》の|中《なか》に|何《なに》が|恐《おそ》ろしいといつても、|恨《うら》みと|人気《にんき》ほど|恐《おそ》ろしいものはないぞ。ちつと|心得《こころえ》て|酒《さけ》を|喰《くら》はぬやうにせねば、|村中《むらぢう》|寄《よ》つて|集《たか》つて、|叩《たた》き|払《はら》ひにせられてしまふぞ。|不心得者《ふこころえもの》|奴《め》が』
テーラ『ナナ|何《なに》を|吐《ぬか》しやがるんだい。この|村《むら》に|俺《おれ》に|指一本《ゆびいつぽん》でもさへる|奴《やつ》があるかい。グヅグヅ|吐《ぬか》すと、|恐《おそ》れながらと|訴《うつた》へてやらうか』
|甲《かふ》『ハハハハ|貴様《きさま》の|訴《うつた》へる|所《ところ》は、|虎熊山《とらくまやま》の|泥棒《どろばう》の|岩窟《がんくつ》であらう。お|気《き》の|毒《どく》ながら|虎熊山《とらくまやま》は|半《なか》ば|以上《いじやう》|爆発《ばくはつ》し、|貴様《きさま》の|親分《おやぶん》も|友達《ともだち》も、|木端微塵《こつぱみぢん》になつてをるのを|知《し》らぬのか。|貴様《きさま》の|悪行《あくぎやう》を|村中《むらぢう》が|連判《れんぱん》で|上《かみ》へ|届《とど》けたならば、それこそ|貴様《きさま》は、どんな|運命《うんめい》になるか|分《わか》らぬのだ。|今《いま》までは|吾々《われわれ》も|財産《ざいさん》がないので、|何《なに》をいつても|官《くわん》が|取《と》り|上《あ》げてくれなんだが、もはや、|租税《そぜい》を|納《をさ》める|公民《こうみん》となり、|選挙権《せんきよけん》も|獲得《くわくとく》したのだから、|官《くわん》だつてきつと|少々《せうせう》の|無理《むり》だつて|取《と》り|上《あ》げてくれるのだ。なにほど|貴様《きさま》が|威張《ゐば》つても、|大勢《おほぜい》と|一人《ひとり》とは|叶《かな》はんから、|好《よ》い|加減《かげん》に|引込《ひつこ》んだらよからう。|貴様《きさま》の|偵羅《ていら》もモウ|駄目《だめ》だ。そしてそんな|憎《にく》まれる|商売《しやうばい》は|止《や》めてしまへ』
『グヅグヅ|吐《ぬか》すと、キングレスの|親分《おやぶん》に|貴様《きさま》の|悪口《わるくち》を|報告《はうこく》して、フン|縛《じば》つてやるぞ』
『こら、まだ|昔《むかし》の|夢《ゆめ》を|見《み》てゐるのか。キングレスはもはや|貴様《きさま》のやうな|者《もの》を|相手《あひて》にする|男《をとこ》ぢやないぞ。もうこの|頃《ごろ》は|吾等《われら》の|親切《しんせつ》なる|友達《ともだち》だ。この|間《あひだ》も|遇《あ》つたら|貴様《きさま》の|事《こと》をいつて|大変《たいへん》|悔《くや》んでゐた。|今度《こんど》グヅグヅいつたら|知《し》らしてくれ。|懲戒《みせしめ》のために|足《あし》を|縛《しば》つて|沙羅双樹《さらさうじゆ》の|枝《えだ》に|俯向《うつむ》けに|吊《つ》るしてやらう。さうしたら、ちつとは|改心《かいしん》をするだらうといつてゐたぞ』
テーラ『ナナ|何《なに》を|吐《こ》きやがるんだい。そんなことに|驚《おどろ》く|哥兄《あにい》ぢやないぞ。グヅグヅ|吐《ぬか》すと|片《かた》ツ|端《ぱし》から|笠《かさ》の|台《だい》を|張《は》り|飛《と》ばしてやらうか』
といふより|早《はや》く|蠑螺《さざえ》のごとき|拳骨《げんこつ》を|固《かた》め、ブウブウと|風《かぜ》を|切《き》つて|撲《なぐ》りつけむと|暴《あば》れ|出《だ》した。|三人《さんにん》は|木《き》の|幹《みき》を|盾《たて》に|取《と》り、|右《みぎ》へ|左《ひだり》へと|避《さ》けながら、|身《み》を|守《まも》つてゐる。テーラは|勢《いきほ》ひに|乗《じやう》じ|怒《いか》り|狂《くる》ひ、|三人《さんにん》を|逐《お》ひかけ|廻《まは》す。にはかに|現《あら》はれた|大《だい》の|男《をとこ》、やにはに|後《うし》ろからテーラの|首筋《くびすぢ》をグツと|握《にぎ》り、|雷《らい》のやうな|声《こゑ》にて、
『これや、またしても|貴様《きさま》は|暴《あば》れるのか。もう|了簡《れうけん》はせぬぞ』
テーラはこの|声《こゑ》に|縮《ちぢ》み|上《あが》り、
『ハイ、ママ|誠《まこと》に|済《す》みませぬ。チヨツ、チヨツ、チヨツと|酒《さけ》に|喰《くら》ひ|酔《よ》つたものだから|脱線《だつせん》をいたしました。キングレス|様《さま》、どうぞこれかぎり|酒《さけ》も|慎《つつし》み、|乱暴《らんばう》もいたしませぬから、どうぞ|許《ゆる》して|下《くだ》さい』
キングレス『イヤ、|許《ゆる》すことは|出来《でき》ぬ。|幾《いく》らいつても|貴様《きさま》は|駄目《だめ》だ。|頭《あたま》に|穴《あな》をあけ、|逆《さか》さに|木《き》に|吊《つ》り|上《あ》げ、ちと|血《ち》を|出《だ》してやらぬ|事《こと》には|性念《しやうねん》が|入《い》るまい。これこれ|三人《さんにん》の|方《かた》、もう|私《わたし》が|現《あら》はれた|以上《いじやう》は|大丈夫《だいぢやうぶ》です。サア|貴方《あなた》がた|思《おも》ふ|存分《ぞんぶん》、|此奴《こいつ》を|撲《なぐ》つてやつて|下《くだ》さい』
|三人《さんにん》は|喜《よろこ》んでこの|場《ば》に|走《はし》り|来《き》たる。
|甲《かふ》『キングレス|様《さま》、よう|来《き》て|下《くだ》さいました。|別《べつ》にこんな|男《をとこ》を|撲《なぐ》つたところで、|何《なん》の|効《かう》もありませぬから、|苦《くる》しめてやらうとは|思《おも》ひませぬが、どうぞ|将来《しやうらい》|乱暴《らんばう》をせないやうに|充分《じうぶん》|誡《いまし》めてやつて|下《くだ》さいませ』
キングレスは、
『ハイ、|承知《しようち》いたしました。これやテーラ、この|後《ご》|乱暴《らんばう》をいたすとこの|通《とほ》りだぞ』
といふより|早《はや》く|猫《ねこ》を|掴《つか》むやうに、|強力《がうりき》に|任《まか》せ|抓《つま》み|上《あ》げ、|四五間《しごけん》|向《む》かふの|田圃《たんぼ》の|中《なか》へ|放《ほ》りつけた。テーラは|足《あし》を|打《う》ちチガチガしながら、|四這《よつば》ひになつて|田《た》の|中《なか》を|横《よこ》ぎり、|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げて|行《ゆ》く。これよりテーラは|猫《ねこ》のごとくにおとなしくなり、またキングレスは|里人《さとびと》から|強力《がうりき》と|崇《あが》められ、|悪人《あくにん》|征服《せいふく》の|役目《やくめ》となり、この|仙聖郷《せんせいきやう》に|持《も》て|囃《はや》されて|一生《いつしやう》を|無事《ぶじ》に|送《おく》つた。
ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 加藤明子録)
第五篇 |讃歌応山《さんかおうさん》
第二四章 |危母玉《きもだま》〔一六八〇〕
|玉国別《たまくにわけ》、|真純彦《ますみひこ》の|二人《ふたり》はスーラヤの|湖《みづうみ》の|西岸《せいがん》に|着《つ》いた|時《とき》、|初稚姫《はつわかひめ》の|厳粛《げんしゆく》なる|訓戒《くんかい》によりて、|伴《ともな》ひ|来《き》たりし|三千彦《みちひこ》、|伊太彦《いたひこ》、|治道居士《ちだうこじ》その|他《た》と|別《わか》れて、|逸早《いちはや》く|聖地《せいち》に|進《すす》まむと|夜《よ》を|日《ひ》についで|旅《たび》の|疲《つか》れも|苦《く》にせず、|足《あし》を|早《はや》めて|漸《やうや》くエルサレムに|程近《ほどちか》き、サンカオの|里《さと》に|着《つ》いた。ここにはシオン|山《ざん》より|流《なが》れ|来《き》たる、ヨルダン|河《がは》が|轟々《ぐわうぐわう》と|水音《みなおと》を|立《た》てて|流《なが》れてゐる。その|北岸《ほくがん》の|細道《ほそみち》をスタスタとやつて|来《く》ると、にはかに|一天《いつてん》|墨《すみ》を|流《なが》したごとく|黒雲《くろくも》|塞《ふさ》がり、えもいはれぬ|陰欝《いんうつ》の|空気《くうき》が|漂《ただよ》うてきた。そしてあたりは|森閑《しんかん》として|微風《びふう》|一《ひと》つ|吹《ふ》かず、|何《なん》ともなしに|蒸《む》し|暑《あつ》く|身体《からだ》の|各部《かくぶ》からねばつた|汗《あせ》が|滲《にじ》んで|来《く》る。|毒《どく》ガスにでもあてられたやうに|息《いき》|苦《くる》しくなり、|川《かは》べりの|木蔭《こかげ》に|二人《ふたり》は|倒《たふ》れるやうにして|腰《こし》を|卸《おろ》し、|草《くさ》の|根《ね》に|顔《かほ》を|当《あ》てて|地中《ちちう》から|湧《わ》き|出《い》づる|生気《せいき》を|吸《す》ひ、|健康《けんかう》の|回復《くわいふく》を|計《はか》つてゐる。これは|数十里《すうじふり》を|隔《へだ》てた|東方《とうはう》の|虎熊山《とらくまやま》が|爆発《ばくはつ》し、をりからの|東風《とうふう》に|煽《あふ》られて、|毒《どく》を|含《ふく》んだ|灰煙《はひけぶり》が|谷間《たにあひ》の|低地《ていち》へ|向《む》かつて|集《あつ》まつて|来《き》たからである。
|二人《ふたり》は|息《いき》も|絶《た》えだえになり、|小声《こごゑ》になつて|天《あま》の|数歌《かずうた》を|奏上《そうじやう》してゐる。
|真純《ますみ》『モシ|先生《せんせい》、モウ|一息《ひといき》で|聖地《せいち》エルサレムへ|到着《たうちやく》するといふ|間際《まぎは》になつて、にはかに|天地《てんち》が|暗《くら》くなり、かやうに|息《いき》が|苦《くる》しく|最早《もはや》たへ|切《き》れないやうになつたのは、|何《なに》か|神様《かみさま》のお|気障《きざは》りがあるのではございますまいか。ここまで|来《き》て|不幸《ふかう》にして|斃《たふ》れるやうな|事《こと》があれば、|千載《せんざい》の|恨《うら》みでございます。どう、あなたはお|考《かんが》へですか』
|玉国《たまくに》『ウーン、どうも|変《へん》だなア、|私《わたし》にも|合点《がつてん》がゆかぬ。しかし|今日《けふ》の|昼《ひる》ごろにはるか|東《ひがし》の|空《そら》に|当《あた》つて、|不思議《ふしぎ》な|響《ひび》きがしたと|思《おも》へば、それから|天《てん》が|暗《くら》くなり、|地《ち》の|上《うへ》までがこんな|空気《くうき》に|包《つつ》まれてしまつたのだ。|大方《おほかた》どこかの|火山《くわざん》が|爆発《ばくはつ》したのではあるまいか……とも|思《おも》はれる。|何分《なにぶん》この|空気《くうき》は、|微細《びさい》な|灰《はひ》のやうな|物《もの》が|交《まじ》つてゐる。|少時《しばし》ここでお|土《つち》に|親《した》しみ|神様《かみさま》を|祈《いの》つて、|体《からだ》の|回復《くわいふく》を|待《ま》つより|仕方《しかた》がない。|私《わたし》も|何《なん》だか|苦《くる》しくて、|四肢五体《ししごたい》がガタガタになつたやうだ。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|合掌《がつしやう》してゐる。
かかるところへ、ワンワンワンワンと|幽《かす》かに|遠《とほ》く|犬《いぬ》の|鳴声《なきごゑ》が|聞《き》こえて|来《き》た。この|声《こゑ》を|聞《き》くとともに|両人《りやうにん》は|夢《ゆめ》から|醒《さ》めたやうに、|何《なん》となく|心持《こころもち》がさえざえして|来《き》た。
|真純《ますみ》『あ、あの|声《こゑ》はスマートぢやございますまいか、どうも|聞《き》き|覚《おぼ》えがあるやうですな。そしてあの|声《こゑ》が|耳《みみ》に|入《い》るとともに|私《わたし》は|俄《には》かに|気分《きぶん》が|冴《さ》えて|参《まゐ》り、|血《ち》の|循環《じゆんかん》がよくなつたやうでございますワ』
|玉国《たまくに》『ウンなるほど、|私《わたし》もあの|声《こゑ》を|聞《き》くと|共《とも》に|元気《げんき》が|回復《くわいふく》して|来《き》たやうだ。スマートに|間違《まちが》ひない。さうすれば|初稚姫《はつわかひめ》さまも|近《ちか》くへお|出《い》でになつてるとみえる。ハテ|嬉《うれ》しいことだな。しかし|吾々《われわれ》|二人《ふたり》がかやうな|所《ところ》に【へこたれ】てゐるところを|姫様《ひめさま》に|見《み》つけられたら、|大変《たいへん》な|恥《はぢ》だから、|一《ひと》つ|元気《げんき》を|出《だ》して|宣伝歌《せんでんか》を|謡《うた》ひ、ボツボツ|歩《あゆ》むことにせうか』
|真純《ますみ》『|左様《さやう》なれば、|行《ゆ》けるか|行《ゆ》けぬか|知《し》りませぬが、ソロソロ|歩《ある》いてみませう』
と|両人《りやうにん》は|杖《つゑ》を|力《ちから》に|立《た》ち|上《あが》り、|歩《あゆ》まうとすれども、|膝《ひざ》の|関節《くわんせつ》がだるく、かつ|笑《わら》ふやうで、どうしても|足《あし》を|運《はこ》ぶことが|出来《でき》なかつた。
かかるところへ|矢《や》を|射《い》るごとく、|東《ひがし》の|方《はう》より|走《はし》つて|来《き》たのはスマートであつた。スマートはしきりに、|頭《あたま》と|尾《を》を|振《ふ》つて|嬉《うれ》しさうな|表情《へうじやう》を|示《しめ》し、|力一杯《ちからいつぱい》|大《おほ》きな|声《こゑ》でワンワンと|吠《ほ》え|立《た》てる。|玉国別《たまくにわけ》は、
|玉国《たまくに》『アアあなたはスマートさま、よう|来《き》て|下《くだ》さつた。|定《さだ》めて|初稚姫《はつわかひめ》|様《さま》も|御一緒《ごいつしよ》でございませうなア』
と|人間《にんげん》にいふごとく|挨拶《あいさつ》すると、スマートは|玉国別《たまくにわけ》の|裾《すそ》を|喰《く》はへて、しきりに|引張《ひつぱ》る。
|玉国《たまくに》『ハテナ、|何《なに》か|吾々《われわれ》の|身《み》に|災《わざは》ひがかからむとしてゐるのだらう。スマートさまは|神《かみ》のお|使《つかひ》だから、サア|真純彦《ますみひこ》、|後《あと》に|従《したが》つてどこなつと|行《ゆ》かうぢやないか』
|真純《ますみ》『ハイ、さう|致《いた》しませう』
といへばスマートは|喰《く》はへた|裾《すそ》をはなし、|尾《を》を|振《ふ》りながらヨルダン|河《がは》の|北岸《ほくがん》なるサンカオの|小高《こだか》き|峰《みね》を|指《さ》して|登《のぼ》り|行《ゆ》く。|七八丁《しちはつちやう》も|登《のぼ》つたと|思《おも》ふところに、|目立《めだ》つて|巨大《きよだい》なる|橄欖《かんらん》の|樹《き》やその|他《た》の|雑木《ざつぼく》が|山《やま》の|二合目《にがふめ》あたりに、|一《ひと》つの|森《もり》をなしてゐる。|行《い》つて|見《み》れば、|小《ちひ》さい|古《ふる》ぼけた|祠《ほこら》が|建《た》つてゐる。
|玉国《たまくに》『ハテなア、スマートさまがここへ|参拝《さんぱい》して|行《い》けといふことだらう。これも|何《なに》か|訳《わけ》があるに|違《ちが》ひない』
と|両人《りやうにん》は|自然《しぜん》に|跪《ひざまづ》き、|天津祝詞《あまつのりと》を|苦《くる》しき|息《いき》の|下《した》より、|千切《ちぎ》れ|千切《ちぎ》れに|奏上《そうじやう》した。|祠《ほこら》の|遥《はる》か|後方《こうはう》より|優《やさ》しき|女《をんな》の|声《こゑ》。
|初稚姫《はつわかひめ》『|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》 |初稚姫《はつわかひめ》はここにあり
スーラヤ|湖辺《こへん》に|汝《な》が|命《みこと》 その|他《た》の|神《かみ》の|御使《みつかひ》と
|袂《たもと》を|分《わか》ちスマートに |助《たす》けられつつ|来《き》て|見《み》れば
|天《てん》に|冲《ちう》する|黒煙《くろけぶり》 ハテ|訝《いぶ》かしやと|大空《おほぞら》を
|眺《なが》めゐたりし|時《とき》もあれ |幽《かす》かに|聞《き》こゆる|爆発《ばくはつ》の
|声《こゑ》もろともに|地《ち》の|上《うへ》は |不快《ふくわい》の|邪気《じやき》に|包《つつ》まれぬ
これぞ|全《まつた》く|虎熊《とらくま》の |山《やま》の|尾《を》の|上《へ》の|崩壊《ほうくわい》と
|神《かみ》の|御告《みつ》げに|悟《さと》り|得《え》て |汝等《なれら》が|身《み》の|上《うへ》|案《あん》じつつ
|暫《しば》し|様子《やうす》を|伺《うかが》へば |天教山《てんけうざん》の|太柱《ふとばしら》
|木花姫《このはなひめ》の|御詫宣《ごたくせん》 |八大竜王《はちだいりうわう》のその|一《ひと》つ
いよいよ|古巣《ふるす》を|立《た》ち|出《い》でて カンラン|山《ざん》を|奪《うば》はむと
|三千年《さんぜんねん》の|蟄伏《ちつぷく》を |破《やぶ》りて|来《き》たる|怖《おそ》ろしさ
|意外《いぐわい》の|教《をしへ》にスマートと ここに|難《なん》をば|避《さ》けながら
|汝《なれ》が|来《き》たるを|待《ま》ちゐたり |三千彦司《みちひこつかさ》 |治道居士《ちだうこじ》
|伊太彦《いたひこ》 デビス ブラワ゛ーダ その|他《た》の|神《かみ》の|御子《みこ》たちは
いづれも|無事《ぶじ》にましませど |汝等《なれら》|二人《ふたり》の|身《み》の|上《うへ》は
|神《かみ》の|御告《みつ》げに|悟《さと》り|得《え》て |危《あや》ふくなりしと|聞《き》きしより
スマートさまを|遣《つか》はして ここにお|招《まね》き|申《まを》したり
やがて|竜王《りうわう》ヨルダンの |河《かは》|遡《さかのぼ》り|日向《ひむか》なる
シオンの|山《やま》に|居《きよ》を|転《てん》じ またも|悪逆無道《あくぎやくぶだう》なる
|行為《かうゐ》をなして|神界《しんかい》の |大経綸《だいけいりん》を|妨害《ばうがい》し
|此《この》|世《よ》を|悪魔《あくま》の|世《よ》となして |跳梁跋扈《てうりやうばつこ》なさむとす
|暫《しばら》くすればマナスイン ナーガラシヤーが|出《い》で|来《き》たり
|汝《なれ》ら|二人《ふたり》の|命《いのち》をば |奪《うば》ひて|去《さ》らむは|目《ま》のあたり
|九死一生《きうしいつしやう》の|危難《きなん》をば のがれし|汝《なれ》こそ|目出《めで》たけれ
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|二人《ふたり》の|前《まへ》に|姿《すがた》を|現《あら》はし|玉《たま》うた。この|時《とき》|初稚姫《はつわかひめ》はこの|社《やしろ》より|二三丁《にさんちやう》も|奥《おく》の|森《もり》の|中《なか》に、マナスイン|竜王《りうわう》の|帰順《きじゆん》を|祈《いの》つてゐたが、|容易《ようい》に|効験《かうけん》の|現《あら》はれ|難《がた》きを|知《し》り、ともかく|二人《ふたり》の|命《いのち》を|救《すく》はむと、|神力《しんりき》をこめ|赤裸《まつぱだか》となつて、サンカオの|滝《たき》に|打《う》たれてゐた。そしてスマートの|声《こゑ》を|聞《き》いて、|二人《ふたり》が|無事《ぶじ》にこの|祠《ほこら》まで|着《つ》いた|事《こと》を|知《し》り、|滝《たき》の|麓《ふもと》より|衣服《いふく》を|着替《きか》へて、|歌《うた》をうたひながらここへ|現《あら》はれたのである。
|玉国別《たまくにわけ》は|何《なん》となく|自然《しぜん》におつる|涙《なみだ》を|拭《ぬぐ》ひながら、|声《こゑ》をかすめて、
『|初稚姫《はつわかひめ》|様《さま》、|吾々《われわれ》|両人《りやうにん》、|神徳《しんとく》|未《いま》だ|足《た》らず、ほとんど|聖地《せいち》に|間《ま》もなき|地点《ちてん》まで|近付《ちかづ》きまして、この|川《かは》べりを|通《とほ》るをりしも|俄《には》かに|気分《きぶん》が|悪《あ》しくなり、|手足《てあし》の|自由《じいう》を|失《うしな》ひ、|腑甲斐《ふがひ》なくも|倒《たふ》れてをりました。|何《なに》か|神様《かみさま》に|御無礼《ごぶれい》をしたので、お|叱《しか》りを|蒙《かうむ》つたのではあるまいかと、|両人《りやうにん》が|私《ひそ》かに|案《あん》じ|煩《わづら》ひ、お|詫《わび》を|致《いた》してをりますと、あなたのお|遣《つかは》し|下《くだ》さいましたこのスマートさまの|声《こゑ》が|聞《きこ》えて、にはかに|元気《げんき》|回復《くわいふく》し|此処《ここ》まで|誘《さそ》はれて|参《まゐ》りました。|貴女《あなた》のお|姿《すがた》を|拝《はい》するにつけ、|嬉《うれ》しさと、|懐《なつ》かしさとで、|自然《しぜん》に|涙《なみだ》がこぼれます。|私《わたくし》たちをお|招《まね》き|下《くだ》さつたのは、|何《なに》か|変《かは》つた|御用《ごよう》ではございますまいか』
|初稚《はつわか》『|玉国別《たまくにわけ》さま、|真純彦《ますみひこ》さま、よく|無事《ぶじ》で|此処《ここ》まで|来《き》て|下《くだ》さいました。|今《いま》も|私《わたし》が|歌《うた》つた|通《とほ》り、マナスイン|竜王《りうわう》がゲッセマネの|苑《その》を|占領《せんりやう》し、エデンの|花園《はなぞの》や|黄金山《わうごんざん》を|蹂躙《じうりん》せんといたしますゆゑ、スマートさまに|先《さき》へ|行《い》つてもらひ、|竜王《りうわう》が|占領《せんりやう》せないやうにいろいろと|守護《しゆご》をいたし、あなた|方《がた》がこの|街道《かいだう》をお|通《とほ》りと|悟《さと》りましたゆゑ、|危難《きなん》の|身《み》に|及《およ》ばぬことを|虞《おそ》れてお|助《たす》け|申《まを》さむと、ここに|待《ま》つてゐたのでございます。やがてマナスイン|竜王《りうわう》は、|虎熊山《とらくまやま》を|立《た》ち|出《い》で、いよいよ|時節《じせつ》の|到来《たうらい》とゲッセマネの|苑《その》を|占領《せんりやう》すべく、|山河草木《さんかさうもく》を|震憾《しんかん》させながら、|進《すす》んで|来《く》るのですが、ゲッセマネの|苑《その》には、たうてい|身《み》を|置《お》く|所《ところ》がないので、この|河《かは》を|遡《さかのぼ》り、シオン|山《ざん》へ|参《まゐ》るでせう。さうすれば|巨大《きよだい》な|竜体《りうたい》でございますから、あなた|方《がた》の|姿《すがた》を|見《み》れば|尾《を》の|先《さき》の|剣《けん》にて、|一打《ひとう》ちにいたしますは|分《わか》り|切《き》つたことと、ここまで|御避難《ごひなん》をなさるべく|取《と》り|計《はか》つたのです。|息《いき》のつまるやうな|空気《くうき》が、|低地《ていち》にさまよふてゐるのは、やがて|竜王《りうわう》が|登《のぼ》つてくる|証拠《しようこ》でございます。|竜王《りうわう》の|頭《かしら》の|向《む》かふ|所《ところ》は、|十里《じふり》くらゐ|先《さき》まで|邪気《じやき》がただよひますから……|間《ま》もなく|大《おほ》きな|音《おと》を|立《た》て|竜体《りうたい》が|上《のぼ》つて|来《く》るでせう』
|玉国別《たまくにわけ》は|打《う》ち|驚《おどろ》きながら、
『|姫様《ひめさま》のお|恵《めぐ》みはたうてい|言《ことば》にも|尽《つく》されませぬ。|実《じつ》に|感謝《かんしや》の|至《いた》りでございます。もしも|貴女《あなた》がをられなかつたならば、|吾々《われわれ》は|御神業《ごしんげふ》を|完全《くわんぜん》に|勤《つと》めることが|出来《でき》なかつたかも|知《し》れませぬ』
とまた|涙《なみだ》を|拭《ぬぐ》ふ。|真純彦《ますみひこ》は|感《かん》|極《きは》まつて|一言《ひとこと》も|発《はつ》し|得《え》ず、|俯《うつ》むいて|忍《しの》び|音《ね》に|泣《な》いてゐる。
をりから|西方《せいはう》より|囂々《がうがう》と|地響《ぢひび》きさせながら、|中空《ちうくう》に|黒雲《くろくも》の|旗《はた》を|立《た》てたやうにピカピカ|鱗《うろこ》を|光《ひか》らせ、|山《やま》のごとき|怪物《くわいぶつ》が|東《ひがし》を|指《さ》して|登《のぼ》り|来《く》る。|玉国別《たまくにわけ》、|真純彦《ますみひこ》はこの|姿《すがた》を|見《み》て、にはかに|体《たい》すくみその|場《ば》に|跪坐《しやが》んでしまつた。
|初稚《はつわか》『お|二人様《ふたりさま》、モウ|安心《あんしん》です。|竜王《りうわう》が|通過《つうくわ》いたしました。やがて|邪気《じやき》もおひおひに|晴《は》れるでせう』
|玉国《たまくに》『ハイ、どうも|恐《おそ》ろしい|事《こと》でございました。かやうなものがこの|聖地《せいち》の|近辺《きんぺん》へやつて|来《く》るとすれば、|埴安彦《はにやすひこ》、|埴安姫《はにやすひめ》|様《さま》の|御神業《ごしんげふ》も、|並《な》み|大抵《たいてい》ではございますまいな』
|初稚《はつわか》『なかなか|並《な》み|大抵《たいてい》の|御神業《ごしんげふ》ぢやございませぬ。それゆゑウバナンダ|竜王《りうわう》の|玉《たま》や、シヤーガラ|竜王《りうわう》の|玉《たま》、|並《なら》びに|水晶《すゐしやう》の|三個《さんこ》の|玉《たま》があなた|方《がた》のお|弟子《でし》に|神様《かみさま》から|渡《わた》されてゐるのです。これさへ|聖地《せいち》へ|納《をさ》まらば、いかにマナスイン|竜王《りうわう》が|聖地《せいち》を|窺《うかが》へばとて、どうする|事《こと》も|出来《でき》ませぬ。この|三個《さんこ》の|玉《たま》には、|不思議《ふしぎ》な|神力《しんりき》があります。あなた|方《がた》のお|手《て》にあれば|別《べつ》に|不思議《ふしぎ》も|現《あら》はれませぬが、これを|神様《かみさま》のお|手《て》にお|渡《わた》しになれば、|天地《てんち》を|自由自在《じいうじざい》に|動《うご》かす|事《こと》が|出来《でき》ます。それ|故《ゆゑ》、いかにマナスイン|竜王《りうわう》が|暴威《ばうゐ》を|振《ふる》ふとも、|如何《いかん》ともする|事《こと》が|出来《でき》ませぬ。|真純彦《ますみひこ》さまは|玉《たま》を|持《も》つてお|出《い》ででせうなア』
|真純《ますみ》『ハイ、|力《ちから》|限《かぎ》り|保護《ほご》いたしまして、|一個《いつこ》だけは|此処《ここ》まで|送《おく》つて|参《まゐ》りました』
『それは|誠《まこと》に|結構《けつこう》でございます。|定《さだ》めて|神《かみ》さまもお|喜《よろこ》び|遊《あそ》ばす|事《こと》でございませう。マナスイン|竜王《りうわう》があなたの|姿《すがた》を|認《みと》めずに|過《す》ぎ|去《さ》つたのは、|先《ま》づ|神界《しんかい》のため|何《なに》ほど|結構《けつこう》だか|分《わか》りませぬ』
『|同《おな》じ|玉《たま》でも、|神《かみ》さまがお|持《も》ちになるのと、|吾々《われわれ》が|持《も》つのとは|働《はたら》きが|違《ちが》ふのでございますか』
『それは|違《ちが》ひます。|霊相応《みたまさいおう》の|力《ちから》より|出《で》ぬものでございます。なにほど|宣伝使《せんでんし》が|神力《しんりき》があるといつても、|大神様《おほかみさま》の|御化身《ごけしん》には|及《およ》びませぬからなア』
『|私《わたし》が|玉《たま》を|持《も》つてゐたために、さうするとあの|川《かは》べりにおいて、あんな|苦《くる》しい、|息《いき》のつまるやうな|目《め》に|会《あ》うたのですか。つまり|玉《たま》の|威徳《ゐとく》に|負《ま》けたやうなものですな。|小人《せうじん》|玉《たま》を|抱《いだ》いて|罪《つみ》あり……とはこんな|時《とき》の|事《こと》をいつたのでせう』
『|猫《ねこ》に|小判《こばん》、|豚《ぶた》に|真珠《しんじゆ》だとかいふ|譬《たとへ》がございましたなア。ホホホホホ』
と|笑《わら》ふ。|真純彦《ますみひこ》は|頭《あたま》をかきながら、
『さうすると、|三千彦《みちひこ》や|伊太彦《いたひこ》が|所持《しよぢ》してる|玉《たま》も、ヤツパリ|私《わたし》と|同様《どうやう》でございますかな』
『|伊太彦《いたひこ》さまだつて、|三千彦《みちひこ》さまだつて|同《おな》じ|事《こと》ですワ。|結構《けつこう》な|玉《たま》を|懐《ふところ》に|持《も》つたといふ|誇《ほこ》りがありますので、|途中《とちう》においていろいろの|苦《くる》しい|目《め》に|会《あ》つたり、|妨害《ばうがい》に|出会《であ》つたりしてゐられますが、やがてゲッセマネの|苑《その》まで|参《まゐ》る|時《とき》には、|道《みち》は|変《かは》つてゐますが、|一度《いちど》に|会《あ》ふことに|神様《かみさま》が|仕組《しぐ》んでゐられますから、ゲッセマネの|苑《その》まで|行《ゆ》けば、スーラヤの|湖辺《こへん》で|別《わか》れた|御連中《ごれんぢう》と|無事《ぶじ》に|面会《めんくわい》が|出来《でき》るでせう』
『そんなら|姫様《ひめさま》、|私《わたし》の|懐《ふところ》に|預《あづ》かつてをつて、|大切《たいせつ》な|宝玉《はうぎよく》を|汚《けが》してはすみませぬから、|何卒《どうぞ》ここで|貴女《あなた》に|預《あづ》かつて|戴《いただ》くわけには|参《まゐ》りますまいかな』
『それは|御免《ごめん》を|蒙《かうむ》りたうございます。あなたのお|役目《やくめ》ですから、|役目《やくめ》|以外《いぐわい》のことは|到底《たうてい》|神界《しんかい》から|許《ゆる》されませぬ。すべて|神《かみ》さまは|順序《じゆんじよ》ですから、|順序《じゆんじよ》を|誤《あやま》つては|天地《てんち》の|経綸《けいりん》が|破《やぶ》れます。そして|女《をんな》が|玉《たま》を|抱《いだ》けば、|玉照姫《たまてるひめ》さまのお|母様《かあさま》のやうに、お|腹《なか》がふくれますから|困《こま》りますよ。|世《よ》の|中《なか》の|分《わか》らぬ|人間《にんげん》から、|初稚姫《はつわかひめ》は|堕落《だらく》したとみえて、|男《をとこ》が|出来《でき》たなどと|言《い》はれては|迷惑《めいわく》ですからなア、ホホホホ』
『お|玉《たま》さまだつて、|夫《をつと》なしに|結構《けつこう》なお|子《こ》さまをお|生《う》みになつた|例《ためし》もございます。あなたにお|子《こ》さまが|出来《でき》たつて、|誰《たれ》がそんなこと|思《おも》ひませうか。あなたのお|肉体《にくたい》は|吾々《われわれ》のごとき|粗製濫造品《そせいらんざうひん》とは|違《ちが》ひますから、そんな|事《こと》おつしやらずにお|預《あづ》かり|下《くだ》さいませな。|何《なん》だか|恐《おそ》ろしうなつて|参《まゐ》りました』
『その|玉《たま》を|持《も》つてをりますと、マナスイン|竜王《りうわう》がつけ|狙《ねら》ひますから、|私《わたし》は|恐《おそ》ろしうございますワ。|玉《たま》さへ|持《も》つてゐなければ、|竜王《りうわう》だつて|相手《あひて》にしませぬ。その|玉《たま》ある|故《ゆゑ》に|悪魔《あくま》が|欲《ほ》しがつて|覗《うかが》ふのですからなア』
『ハテ、|困《こま》つた|事《こと》だなア。|結構《けつこう》な|御用《ごよう》をさしていただいたと|思《おも》ひ、|得意《とくい》になつて|今《いま》までやつて|来《き》たのに、この|玉《たま》があるために|最前《さいぜん》のやうな|苦《くる》しい|目《め》に|会《あ》はねばならぬとは、|何《なん》といふ|因果《いんぐわ》な|役《やく》を|勤《つと》めたのだらう』
『そこが|霊《みたま》の|因縁《いんねん》ですから、これはどうしても|人間《にんげん》の|左右《さいう》することは|出来《でき》ないのです。まだ|聖地《せいち》まではよほど|間《ま》がございますから、よほど|用心《ようじん》なさいませぬと、あなたの|懐《ふところ》に|玉《たま》の|光《ひか》つてるのがマナスイン|竜王《りうわう》の|目《め》に|入《い》らうものなら、それこそ|引《ひ》き|返《かへ》して|参《まゐ》りますよ。|御用心《ごようじん》なさいませよ、ホホホホホ』
『モシ|先生《せんせい》、どう|致《いた》しませう。あなた|暫《しばら》くお|預《あづ》かり|下《くだ》さいますまいか。|玉国別《たまくにわけ》さまと|名《な》までついてるのですもの。ここまで|私《わたし》が|奉持《ほうぢ》して|来《き》たのですから、ここから|預《あづ》かつて|下《くだ》さつても|宜《よ》いでせう』
|玉国《たまくに》『ハハア、さうするとお|前《まへ》はやつぱり|自己愛《じこあい》におちてゐるのだなア、おれに|玉《たま》を|持《も》たして、|竜王《りうわう》の|犠牲《ぎせい》となし、|自分《じぶん》は|助《たす》かるといふ|狡猾《ずる》い|考《かんが》へだらう。イヤそれでお|前《まへ》の|心《こころ》も|分《わか》つた。ヨシ、|犠牲《ぎせい》になつてやらう』
|真純《ますみ》『メメめつさうな、どうしてそんな|薄情《はくじやう》なことを|思《おも》ひませう。あなたに|持《も》つていただきたいと|申《まを》したのは、|霊相応《みたまさいおう》だと|思《おも》つたからです。あなたは|私《わたし》から|比《くら》ぶれば、|幾層倍《いくそうばい》の|御神徳《ごしんとく》のあるお|方《かた》、それゆゑ|玉《たま》の|光《ひかり》も|一層《いつそう》|輝《かがや》きませうし、あなたがお|持《も》ちになれば、|竜王《りうわう》も|決《けつ》して|覗《ねら》はないと|思《おも》つたからです。あなたは|初稚姫《はつわかひめ》|様《さま》に|次《つ》いでの|生神様《いきがみさま》でございますからなア』
『|玉《たま》を|持《も》たぬ|私《わたし》が、お|前《まへ》の|側《そば》にをつてさへ、あれだけ|竜王《りうわう》の|毒気《どくき》に|中《あ》てられたぢやないか。たうてい|私《わたし》のやうな|神力《しんりき》の|足《た》らぬ|者《もの》は、|玉《たま》を|預《あづ》かる|資格《しかく》がないのだ。それだからお|前《まへ》に|持《も》つてもらうたぢやないか』
『|本当《ほんたう》に|結構《けつこう》な|玉《たま》の|光《ひかり》に|位負《くらゐま》けして、|有難迷惑《ありがためいわく》だ。しかしながらこれも|御神業《ごしんげふ》だと|思《おも》へば|結構《けつこう》です。それぢやたとへ|竜王《りうわう》が|私《わたし》を|呑《の》まうと|構《かま》ひませぬ。|身命《しんめい》を|賭《と》して|玉《たま》の|保護《ほご》をいたし、|聖地《せいち》まで|参《まゐ》る|事《こと》にいたしませう』
|初稚《はつわか》『サア、どうやら|邪気《じやき》も|去《さ》つたやうです。あの|通《とほ》り|日輪様《にちりんさま》も|拝《をが》め|出《だ》しました。ソロソロ|参《まゐ》りませう』
|玉国《たまくに》『|真純空《ますみぞら》にはかに|曇《くも》り|四方八方《よもやも》は
|黒《くろ》き|真墨《ますみ》のさまとなりぬる』
|真純《ますみ》『|真《ま》すみとは|清《きよ》きたたへにあらずして
|黒《くろ》き|身魂《みたま》の|真墨《ますみ》なりけり
|今《いま》までは|力《ちから》と|頼《たの》み|来《き》たりしを
|恐《おそ》ろしくなりぬこれの|真玉《またま》は』
|初稚《はつわか》『いざさらば|貴《うず》の|聖地《せいち》に|進《すす》むべし
|玉国別《たまくにわけ》よ|玉守彦《たまもりひこ》よ』
かく|歌《うた》ひをはり、|三人《さんにん》はスマートに|守《まも》られて、|道々《みちみち》|宣伝歌《せんでんか》を|謡《うた》ひながら、ヨルダン|河《がは》の|河辺《かはべ》を|伝《つた》うて、|西《にし》へ|西《にし》へと|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一二・七・一八 旧六・五 於祥雲閣 松村真澄録)
第二五章 |道歌《だうか》〔一六八一〕
|玉国別《たまくにわけ》はサンカオ|山《ざん》の|祠《ほこら》を|立《た》ち|出《い》で、ヨルダン|川《がは》の|北岸《ほくがん》を|下《くだ》りながら、|元気《げんき》|回復《くわいふく》し、|聖地《せいち》の|近《ちか》づいたに|何《なん》となく|心《こころ》|勇《いさ》み|立《た》ち、|声《こゑ》も|涼《すず》しく|宣伝歌《せんでんか》を|謡《うた》ひはじめた。
『|神《かみ》の|教《をしへ》にヨルダンの |川《かは》の|辺《ほとり》に|北《きた》の|道《みち》
|進《すす》み|行《ゆ》くこそ|楽《たの》しけれ |遥《はる》かに|見《み》ゆるは|橄欖《かんらん》の
|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》か|聖場《せいぢやう》か ヨルダン|川《がは》の|水《みづ》|清《きよ》く
|流《なが》れの|音《おと》は|淙々《そうそう》と |天地《てんち》に|響《ひび》く|心地《ここち》なり
|霊山会場《れいざんゑぢやう》の|蓮華台《れんげだい》 |蓮《はちす》の|山《やま》にあれませる
|木花姫《このはなひめ》の|御守《おんまも》り |一度《いちど》に|開《ひら》く|初稚姫《はつわかひめ》の
|珍《うづ》の|司《つかさ》に|従《したが》ひて |心《こころ》の|空《そら》も|真純彦《ますみひこ》
その|懐《ふところ》に|輝《かがや》ける |玉国別《たまくにわけ》の|今日《けふ》の|旅《たび》
|何《なん》とはなしに|勇《いさ》ましく |天《てん》にも|上《のぼ》る|心地《ここち》して
|足《あし》も|次第《しだい》にかるがると |流《なが》れに|沿《そ》うて|進《すす》むなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 わが|行先《ゆくさき》はゲッセマネ
|月《つき》の|輝《かがや》く|花苑《はなぞの》に |百花爛漫《ひやくくわんらんまん》|艶《えん》|競《きそ》ひ
|神《かみ》の|使《つかひ》の|吾々《われわれ》を |媚《こ》びを|呈《てい》して|待《ま》つならむ
|三千彦司《みちひこつかさ》|伊太彦《いたひこ》や |鬼春別《おにはるわけ》の|治道居士《ちだうこじ》
デビスの|姫《ひめ》やブラワ゛ーダ その|他《た》の|厳《いづ》の|御使《みつかひ》は
もはや|聖地《せいち》に|着《つ》きけるか |吾等《われら》は|道《みち》を|急《いそ》ぎつつ
ただ|一向《ひたむ》きに|進《すす》み|来《き》て もしや|彼等《かれら》に|遅《おく》れなば
これ|末代《まつだい》の|恥辱《ちじよく》なり とはいふものの|神界《しんかい》の
|仕組《しぐみ》ばかりは|吾々《われわれ》の |曇《くも》りし|身魂《みたま》は|分《わか》らない
ヨルダン|川《がは》の|川《かは》の|面《おも》 |吹《ふ》く|夏風《なつかぜ》はわが|胸《むね》を
|涼《すず》しく|清《きよ》く|撫《な》でて|行《ゆ》く |黄金《こがね》の|峰《みね》と|聞《き》こえたる
|橄欖《かんらん》|香《にほ》ふ|聖山《せいざん》に |弥《いや》|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まれる
|野立《のだち》の|彦《ひこ》の|御化身《おんけしん》 |埴安彦《はにやすひこ》の|神様《かみさま》は
|吾等《われら》|一行《いつかう》の|恙《つつが》なく |到着《たうちやく》せしと|聞《き》きまさば
さぞや|喜《よろこ》び|給《たま》ふらむ |八大竜王《はちだいりうわう》の|所持《しよぢ》したる
|三《み》つの|珠《たま》まで|受取《うけと》りて いよいよ|神業成就《しんげふじやうじゆ》の
|貴《うづ》の|御玉《みたま》を|献《たてまつ》る |吾《わ》が|身《み》の|上《うへ》こそ|楽《たの》しけれ
|案《あん》ずるなかれ|真純彦《ますみひこ》 もはや|聖地《せいち》も|見《み》えて|来《き》た
|日出別《ひのでのわけ》の|神司《かむつかさ》 あまたの|伴人《ともびと》|随《したが》へて
|吾等《われら》|一行《いつかう》の|到《いた》るをば |喜《よろこ》び|迎《むか》へ|門外《もんぐわい》に
|現《あら》はれ|待《ま》たせ|給《たま》ふらむ |思《おも》へば|思《おも》へば|勇《いさ》ましや
これも|全《まつた》く|瑞御魂《みづみたま》 |神素盞嗚《かむすさのを》の|大神《おほかみ》の
|珍《うづ》の|使《つかひ》とあれませる |初稚姫《はつわかひめ》のお|引《ひ》き|立《た》て
|慎《つつし》み|感謝《かんしや》し|奉《たてまつ》る |勝利《しようり》の|都《みやこ》は|近《ちか》づきぬ
|進《すす》めよ|進《すす》め|勇《いさ》み|立《た》て |貴《うづ》の|聖地《せいち》に|参上《まゐのぼ》り
|珍《うづ》の|力《ちから》をみてづから |埴安彦《はにやすひこ》に|授《さづ》けられ
|再《ふたた》び|陣容《ぢんよう》|立直《たてなほ》し シオンの|山《やま》に|忍《しの》びたる
ナーガラシヤーを|言向《ことむ》けて |奇《くす》しき|功績《いさを》を|永久《とこしへ》に
|立《た》てねばおかぬ|吾《わ》が|望《のぞ》み |遂《と》げさせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》
|聖地《せいち》にゐます|皇神《すめかみ》の |御前《みまへ》に|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
たとへ|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも |誠《まこと》の|力《ちから》は|世《よ》を|救《すく》ふ
|誠《まこと》|一《ひと》つの|言霊《ことたま》の |御稜威《みいづ》によりて|玉国別《たまくにわけ》は
やうやく|都《みやこ》に|近《ちか》づきぬ |思《おも》へば|思《おも》へば|皇神《すめかみ》の
|仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|御仕組《おんしぐみ》 |感謝《かんしや》にあまり|自《おのづか》ら
|涙《なみだ》は|腮辺《しへん》に|漂《ただよ》ひぬ ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|感喜《かんき》あまりて|言葉《ことば》なし これにて|沈黙《ちんもく》|仕《つかまつ》る』
と|謡《うた》ひ|終《をは》り、|後《あと》|振《ふ》り|向《む》いて|初稚姫《はつわかひめ》の|御顔《おかほ》を|見《み》れば、|姫《ひめ》の|容貌《ようばう》は|崇高《けだかさ》の|上《うへ》にも|崇高《けだかさ》を|増《ま》し、|形容《けいよう》し|難《がた》き|喜《よろこ》びと|威厳《ゐげん》とをたたへてゐる。|玉国別《たまくにわけ》は|思《おも》はず|知《し》らず、ハツと|頭《かしら》を|下《さ》げ|道《みち》の|傍《かたはら》に|身《み》を|転《てん》じ、|揉手《もみで》をしながら、
『いや、|誠《まこと》に|失礼《しつれい》なことをいたしました。サアどうかお|先《さき》へおいで|下《くだ》さいませ』
|初稚《はつわか》『|神様《かみさま》は|順序《じゆんじよ》でございますからな、ホホホホ』
と|笑《わら》ひながら|先《さき》に|立《た》つて|進《すす》み|行《ゆ》く。
スマートは|初稚姫《はつわかひめ》の|後《うし》ろより|尾《を》を|振《ふ》りながら|従《つ》いて|行《ゆ》く。
|真純《ますみ》『もし|先生《せんせい》、あなた、また|失敗《しつぱい》いたしましたね。いま|初稚姫《はつわかひめ》|様《さま》がただ|一言《ひとこと》、|神様《かみさま》は|順序《じゆんじよ》だとおつしやつたでせう。あなたが|偉《えら》さうに|先《さき》に|立《た》つておいでになるものだから、|叱《しか》られたでせう。サンカオ|山《ざん》の|麓《ふもと》でも、「|神《かみ》は|順序《じゆんじよ》だ。|順序《じゆんじよ》を|破《やぶ》れば|秩序《ちつじよ》が|乱《みだ》れる」とおつしやつたのを|忘《わす》れたのですか』
|玉国《たまくに》『いや、そんな|考《かんが》へではない。|姫様《ひめさま》を|御案内《ごあんない》|申《まを》し|上《あ》げるつもりで|先《さき》に|立《た》つたのだ。つまり|私《わし》の|考《かんが》へは|先伴《さきとも》をお|仕《つか》へする|考《かんが》へだつたよ』
『あなた|御案内《ごあんない》|遊《あそ》ばすだけの|資格《しかく》があるのですか。エルサレムの|勝手《かつて》は|分《わか》つてるのですか。|勝手《かつて》|分《わか》らずに|御案内《ごあんない》も|出来《でき》ますまい。|彼方《あちら》の|方《はう》が|大抵《たいてい》エルサレムだらうくらゐのことでは、|案内者《あんないしや》とはいへませぬからな。|神様《かみさま》のお|道《みち》だつて|充分《じうぶん》|究《きは》めておかねば|宣伝使《せんでんし》となれないと|同《おな》じに、|道案内《みちあんない》だつてさうではありませぬか』
『さういへばさうだが、|肝腎《かんじん》の|聖地《せいち》に|近《ちか》づいたのだから、|慎《つつし》んで|苦情《くじやう》がましい|事《こと》はいはないで|欲《ほ》しいな。|俺《わし》だつて|気《き》がもめるのと|嬉《うれ》しいのとで、チツとばかりは|脱線《だつせん》するかも|知《し》れないからな』
『|聖地《せいち》に|近《ちか》づいたから|御注意《ごちうい》を|申《まを》し|上《あ》げるのです。|嬉《うれ》しいから|脱線《だつせん》するやうな|事《こと》でどうなりますか。|道中《だうちう》は|私《わたし》と|二人《ふたり》だから|何《なに》ほどヘマやつても|恥《はぢ》にもなりませぬが、エルサレムに|着《つ》けば|錚々《さうさう》たる|神司《かむづかさ》がおありですから、|第一《だいいち》、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》の|御神徳《ごしんとく》に|関《くわん》しますよ。ここは|厳御魂様《いづのみたまさま》の|御鎮座所《ごちんざしよ》ですから、|産土山《うぶすなやま》の|斎苑館《いそやかた》とは、よほど|窮屈《きうくつ》ですよ。|厳《いづ》の|御魂様《みたまさま》から、「|何《なん》と|素盞嗚尊《すさのをのみこと》も|先《さき》の|見《み》えぬ|神様《かみさま》だな。あのやうな|宣伝使《せんでんし》をようも|遣《つか》はしたな」と|思召《おぼしめ》したら、あなたばかりの|恥《はぢ》ぢやありませぬ。つまり|主人《しゆじん》の|名誉《めいよ》を|傷《きず》つけるやうなものです。ヤレ|聖地《せいち》へ|着《つ》いたから|嬉《うれ》しいと|思《おも》つちやなりませぬ。ますます|緊張《きんちやう》して、|心得《こころえ》た|上《うへ》にも|心得《こころえ》ねばならぬでせう』
『あ、お|前《まへ》ならこそ、|面《おもて》を|犯《をか》して、ようそこまで|言《い》つてくれた。や、|有難《ありがた》い。|沢山《たくさん》の|弟子《でし》があつても、|私《わたし》の|肺腑《はいふ》を|衝《つ》くやうな|意見《いけん》をしてくれる|者《もの》はない。|人間《にんげん》は|何《なに》が|不幸《ふかう》だといつても、|真心《まごころ》で|忠告《ちうこく》してくれるものがないほど|不幸《ふかう》はないからのう。イヤ|気《き》がついた|事《こと》があれば、どうぞ、|私《わし》は|怒《おこ》らないから|注意《ちうい》してもらひたい』
『あなたに|御注意《ごちうい》|申《まを》し|上《あ》げたい|事《こと》は|山《やま》ほどございますが、もはや|聖地《せいち》も|近《ちか》づきましたから|道々《みちみち》|申《まを》し|上《あ》げても、どうせ|申《まを》し|上《あ》げきれないと|思《おも》ひまして……またお|姫様《ひめさま》の|御同道《ごどうだう》ですから、あまりの|事《こと》を|申《まを》せば|先生《せんせい》の|御人格《ごじんかく》に|関《くわん》しますから、あなたユツクリお|考《かんが》へ|下《くだ》さいませ。また「|人《ひと》から|気《き》をつけられて|気《き》づくくらゐではいかぬ」と、|厳《いづ》の|霊《みたま》のお|筆先《ふでさき》にもありますからな。しかし|人《ひと》の|欠点《けつてん》はよく|分《わか》りますが、|自分《じぶん》の|顔《かほ》の|墨《すみ》は|分《わか》らぬものでございます。|私《わたし》の|欠点《けつてん》も|沢山《たくさん》ありませう。|何《なん》といつても|貴方《あなた》の|教《をしへ》を|受《う》けた|弟子《でし》ですから、|欠点《けつてん》だらけでせう、いや|間違《まちが》ひだらけでせう。どうぞ|御注意《ごちうい》|下《くだ》さいませ』
『|私《わたし》の|教育《けういく》を|受《う》けたから|欠点《けつてん》だらけ、|間違《まちが》ひだらけ、とはどうも|仕方《しかた》がないな。イヤさうだらう。お|前《まへ》に|間違《まちが》ひだらけを|教《をし》へとつたら、そこは|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|許《ゆる》してもらふのだな』
|初稚姫《はつわかひめ》は|後《あと》|振《ふ》り|返《かへ》り、
『オホホホホ、|大変《たいへん》にお|話《はなし》がはずんでをりますな。これからはもはや|聖域内《せいゐきない》になりますから、|宣伝歌《せんでんか》の|外《ほか》は|一切《いつさい》|喋《しやべ》らないやうにして|下《くだ》さい。この|玉《たま》さへ|納《をさ》まれば、|何程《いくら》なりとお|喋《しやべ》りなさつて|宜《よろ》しい』
|玉国《たまくに》『はい、|畏《かしこ》まりました。きつと|心得《こころえ》ます』
|初稚《はつわか》『さうして、|御両人《ごりやうにん》とも|自分《じぶん》の|欠点《けつてん》をよく|考《かんが》へて、|今《いま》の|内《うち》にお|直《なほ》しなさいませや。|聖地《せいち》には|立派《りつぱ》な|神司《かむづかさ》ばかりをられますから、どうぞお|恥《は》づかしくないやうにお|願《ねが》ひしますよ。あなたはいま|勝利《しようり》の|都《みやこ》へ|近《ちか》づいたとお|謡《うた》ひなさいましたが、|勝利《しようり》の|都《みやこ》と|御油断《ごゆだん》なされば、|聖地《せいち》において|敗者《はいしや》となり、|失敗《しつぱい》の|都《みやこ》となるかも|知《し》れませぬよ。|何事《なにごと》も|九分九厘《くぶくりん》といふところが|大切《たいせつ》です。|最《もつと》も|注意《ちうい》を|要《えう》するところです。|誰《たれ》でも|得意《とくい》になると|九分九厘《くぶくりん》で|転覆《てんぷく》するものですからな』
『あ、|何《なん》と|窮屈《きうくつ》なことでございますな。|私《わたし》はただ|今《いま》まで|難行《なんぎやう》|苦行《くぎやう》してやうやく|聖地《せいち》の|空《そら》を|見《み》たのですから、やれやれユツクリ|一服《いつぷく》をさしてもらつて|嬉《うれ》しく|楽《たの》しく|参拝《さんぱい》をしようと|思《おも》ひましたが、|人間《にんげん》の|考《かんが》へは|実《じつ》に|果敢《はか》ないものですな。エルサレムといふ|所《ところ》は|天国《てんごく》|浄土《じやうど》かと|思《おも》つてゐましたのに|意外《いぐわい》にも|窮屈《きうくつ》な|所《ところ》でございますな』
『「|結構《けつこう》な|処《ところ》の|恐《こは》い|所《ところ》だ」と|厳御魂《いづのみたま》の|神諭《しんゆ》にも|出《で》てゐるでせう。|油断《ゆだん》は|少《すこ》しもなりませぬよ。|寸善尺魔《すんぜんしやくま》の|世《よ》の|中《なか》ですから|弥勒《みろく》の|世《よ》が|完成《くわんせい》するまでは、|腹帯《はらおび》をしつかりしめて|気《き》を|張弓《はりゆみ》にしておかなくては|魔神《まがみ》に|襲《おそ》はれますからな』
『|聖地《せいち》でさへも|魔神《まがみ》がをりますか』
『|美《うつく》しい|花《はな》には|害虫《がいちう》|多《おほ》く、よき|果物《くだもの》には|虫害《ちうがい》|多《おほ》きがごとく、|宝《たから》の|集《あつ》まる|所《ところ》には|盗人《ぬすびと》の|狙《ねら》ふごとく、|世界中《せかいぢう》の|人間《にんげん》がエルサレム エルサレムといつて|憧憬《どうけい》してるのですから、|悪《あく》の|強《つよ》い|慾《よく》の|深《ふか》いものはみな|聖地《せいち》に|来《き》て、|何《なに》か|思惑《おもわく》を|立《た》てようとするのですよ。エルサレムほど|偽善者《きぜんしや》の|集《あつ》まる|所《ところ》はないのですから、よく|善悪正邪《ぜんあくせいじや》を|弁《わきま》へて、お|交際《つきあひ》を|願《ねが》ひますよ。それだけ|御注意《ごちうい》いたしておきます。また|真純彦《ますみひこ》|様《さま》も|最前《さいぜん》から|玉国別《たまくにわけ》さまの|欠点《けつてん》を|親切《しんせつ》に|注意《ちうい》されましたが、あなたには|玉国別《たまくにわけ》|様《さま》|以上《いじやう》の|欠点《けつてん》がありますから、よく|反省《はんせい》なさいませや』
|真純《ますみ》『|恐《おそ》れ|入《い》りましてございます。|聖地《せいち》に|到着《たうちやく》までに|幾《いく》らも|時間《じかん》がございませぬから、|何《なん》だか|俄《には》かに|心《こころ》|忙《せは》しくなつて|参《まゐ》りました。これから|自分《じぶん》の|欠点《けつてん》を|考《かんが》へもつて|歩《ある》きますから、|姫様《ひめさま》どうぞユツクリ|歩《ある》いて|下《くだ》さいませ。さう|急《いそ》いでお|歩《ある》き|下《くだ》さると、|自分《じぶん》の|欠点《けつてん》を|考《かんが》へる|暇《ひま》がございませぬからな』
|初稚《はつわか》『よい|考《かんが》へはたうてい|人間《にんげん》では|出《で》ませぬよ。|神様《かみさま》にお|願《ねが》ひなさいませ。さうすれば|刹那《せつな》|刹那《せつな》に|気《き》をつかせてもらひます。|今《いま》から|考《かんが》へたつてよい|考《かんが》へが|出《で》るはずはございませぬわ』
『しからば|惟神《かむながら》に|任《まか》して|参《まゐ》りませう。|取越《とりこ》し|苦労《くらう》はいたしますまい』
『ア、そこへお|気《き》がついたらそれで|宜《よろ》しうございます。あなたはいつも|宣伝歌《せんでんか》の|末尾《まつび》に|惟神《かむながら》|々々《かむながら》とおつしやるでせう。それさへお|忘《わす》れにならなければそれで|宜《よろ》しうございます。サア|急《いそ》いで|参《まゐ》りませう』
|玉国《たまくに》『|姫様《ひめさま》、|真純彦《ますみひこ》を|通《とほ》し|結構《けつこう》な|御教訓《ごけうくん》を|賜《たま》はりまして、|玉国別《たまくにわけ》も|初《はじ》めて|落《お》ちつきました。|有難《ありがた》く|感謝《かんしや》いたします』
|初稚《はつわか》『|感謝《かんしや》なんかして|頂《いただ》くと|妾《わたし》|困《こま》りますわ』
と|一層《いつそう》|足《あし》を|早《はや》めて|進《すす》み|行《ゆ》く。
|真純彦《ますみひこ》は|道々《みちみち》|小声《こごゑ》に|謡《うた》ひながら、|二人《ふたり》の|後《あと》について|行《ゆ》く。
『アア|有難《ありがた》や|有難《ありがた》や |待《ま》ちに|待《ま》つたるエルサレム
|吾《わ》が|目《め》の|前《まへ》に|開展《かいてん》し |何《なん》とはなしに|村肝《むらきも》の
|心《こころ》は|勇《いさ》み|身《み》は|踊《をど》り |足《あし》の|歩《あゆ》みも|軽々《かるがる》と
|知《し》らずに|早《はや》くなりにけり ただ|何事《なにごと》も|惟神《かむながら》
|神《かみ》に|任《まか》せと|姫様《ひめさま》の |千古不滅《せんこふめつ》の|御教訓《ごけうくん》
|今更《いまさら》ながら|有難《ありがた》く |感謝《かんしや》の|涙《なみだ》ただよひぬ
|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立分《たてわ》ける
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
ただ|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し
|身《み》の|過《あやま》ちは|宣直《のりなほ》す |神《かみ》の|教《をしへ》を|聞《き》きながら
ついうかうかと|忘《わす》れ|行《ゆ》く |人《ひと》の|心《こころ》ぞ|浅間《あさま》しき
|取越《とりこし》|苦労《くらう》や|過越《すぎこし》の |苦労《くらう》をやめて|刹那心《せつなしん》
|善悪正邪《ぜんあくせいじや》に|超越《てうゑつ》し ただ|何事《なにごと》も|皇神《すめかみ》の
|心《こころ》のままに|任《まか》しなば いかなる|重《おも》き|神業《しんげふ》も
いと|平《たひ》らけく|安《やす》らけく |奉仕《ほうし》し|得《う》べき|真諦《しんたい》を
|今更《いまさら》のごと|悟《さと》りけり |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つともかくるとも たとへ|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|神《かみ》の|誠《まこと》の|御教《みをしへ》に |従《したが》ひ|進《すす》む|身《み》なりせば
|如何《いか》なる|枉《まが》の|猛《たけ》びをも いと|安々《やすやす》と|免《まぬが》れむ
|次第々々《しだいしだい》にエルサレム |山《やま》の|景色《けしき》も|近《ちか》づきて
|茂《しげ》り|合《あ》ひたる|橄欖《かんらん》の |木《こ》の|葉《は》の|風《かぜ》にそよぐさま
|見《み》ゆるばかりになりにけり いよいよこれよりゲッセマネ
|神《かみ》の|集《あつ》まる|花園《はなぞの》に |時々刻々《じじこくこく》に|近《ちか》づきて
|別《わか》れて|程経《ほどへ》し|神司《かむづかさ》 |三千彦《みちひこ》|伊太彦《いたひこ》その|外《ほか》の
|神《かみ》の|柱《はしら》に|会《あ》ふならむ |思《おも》へば|思《おも》へば|勇《いさ》ましや
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ』
と|謡《うた》ひながら、|漸《やうや》くにしてヨルダン|川《がは》の|渡《わた》し|場《ば》に|着《つ》いた。|昔《むかし》はここに|黄金橋《わうごんけう》といふ|黄金《こがね》の|橋《はし》のかかつてゐたところである。|川《かは》の|西岸《せいがん》には|日出別命《ひのでのわけのみこと》あまたの|神司《かむづかさ》を|従《したが》へ、|幾百旒《いくひやくりう》とも|知《し》れぬ|紫《むらさき》|赤《あか》|白《しろ》|黄《き》|浅黄《あさぎ》の|旗《はた》を|河風《かはかぜ》になびかせ、|初稚姫《はつわかひめ》|一行《いつかう》の|到着《たうちやく》を|待《ま》たせ|玉《たま》ひつつあつた。|日《ひ》|出別命《でわけのみこと》の|命《めい》によつて|新造《しんざう》の|棚無舟《たななしぶね》は、|四人《よにん》の|水夫《かこ》が|櫓櫂《ろかい》を|操《あやつ》りながら、|此方《こなた》に|向《む》かつて|漕《こ》ぎ|来《き》たる。|川《かは》の|向《む》かふには、「ウラーウラー」の|声《こゑ》|山岳《さんがく》も|揺《ゆる》ぐばかりに|聞《きこ》えて|来《き》た。
|初稚姫《はつわかひめ》|一行《いつかう》は|迎《むか》への|舟《ふね》に|身《み》を|托《たく》し|悠々《いういう》として|向《む》かふ|岸《ぎし》に|渡《わた》り、|川岸《かはぎし》に|着《つ》くや|日出別命《ひのでわけのみこと》は|初稚姫《はつわかひめ》の|側《そば》にツと|寄《よ》り|添《そ》ひ、|固《かた》き|握手《あくしゆ》を|交換《かうくわん》した。|次《つ》いで|玉国別《たまくにわけ》、|真純彦《ますみひこ》に|握手《あくしゆ》を|交《か》はし、|数百人《すうひやくにん》の|神司《かむづかさ》や|信徒《まめひと》に|前後《ぜんご》を|守《まも》られて、|安《やす》の|河原《かはら》と|称《とな》へられたるゲッセマネの|園《その》へと|練《ね》り|行《ゆ》くこととなつた。
(大正一二・七・一八 旧六・五 於祥雲閣 北村隆光録)
第二六章 |七福神《しちふくじん》〔一六八二〕
|日出別命《ひのでわけのみこと》の|左右《さいう》には|道彦《みちひこ》、|安彦《やすひこ》の|両人《りやうにん》が|従《したが》ひ、|初稚姫《はつわかひめ》|一行《いつかう》を|導《みちび》いて|数百旒《すうひやくりう》の|五色《ごしき》の|旗《はた》を|風《かぜ》に|翻《ひるがへ》しながら、|百花爛漫《ひやくくわらんまん》たるゲッセマネの|園《その》にと|進《すす》み|入《い》つた。|玉国別《たまくにわけ》|一行《いつかう》が|竜王《りうわう》の|三個《さんこ》の|玉《たま》を|捧持《ほうぢ》して|来《き》たりしその|功績《こうせき》を|賞《しやう》するため、|特《とく》に|埴安彦尊《はにやすひこのみこと》の|命《めい》により|歓迎宴《くわんげいえん》が|開《ひら》かれた。ゲッセマネの|園《その》には|種々《しゆじゆ》の|作《つく》り|物《もの》や、|音楽《おんがく》や|演劇《えんげき》が|盛《さか》んに|催《もよほ》されてゐた。さうしてコウカス|山《さん》よりは、|言依別命《ことよりわけのみこと》が|数多《あまた》の|神司《かむづかさ》を|引《ひ》き|連《つ》れ、|二三日前《にさんにちまへ》に|早《はや》くも|聖地《せいち》に|到着《たうちやく》されてゐた。
|玉国別《たまくにわけ》、|真純彦《ますみひこ》は|途中《とちう》において|初稚姫《はつわかひめ》に「|聖地《せいち》は|結構《けつこう》な|所《ところ》の|恐《おそ》ろしい|所《ところ》だ」と|誡《いまし》められ、|筋肉《きんにく》まで|緊張《きんちやう》させゐたにも|拘《かか》はらず、この|大袈裟《おほげさ》の|歓迎《くわんげい》に|肝《きも》をつぶし、|夢《ゆめ》かとばかり|呆《あき》れてゐる。ただ|見《み》るもの、|聞《き》くもの|意外《いぐわい》の|事《こと》ばかりで|語《かた》る|事《こと》も|知《し》らず、|無言《むごん》のまま|初稚姫《はつわかひめ》の|後《うし》ろについて|進《すす》んで|往《ゆ》く。|日出別《ひのでわけ》の|神《かみ》は|俄作《にはかづく》りの|建物《たてもの》をさし|示《しめ》し、
『サア|皆様《みなさま》、あなたがたの|御苦労《ごくらう》を|慰《なぐさ》めるため、|神様《かみさま》の|思召《おぼしめ》しによつて、|種々《いろいろ》の|余興《よきよう》が|催《もよほ》されてゐます。これからこの|建造物《けんざうぶつ》において、|七福神《しちふくじん》|宝《たから》の|入船《いりふね》といふお|芝居《しばゐ》が|初《はじ》まりますから、|悠悠《ゆつくり》|気《き》をゆるして|御覧《ごらん》|下《くだ》さいませ』
|玉国別《たまくにわけ》は|案《あん》に|相違《さうゐ》しながら、
『いや、どうしてどうして、そんな|気楽《きらく》なことが|出来《でき》ませうか。|真純彦《ますみひこ》に|持《も》たせたこの|宝玉《ほうぎよく》を、|無事《ぶじ》|神様《かみさま》にお|渡《わた》しするまでは、|芝居《しばゐ》どころではございませぬ。こればかりは|平《ひら》にお|恕《ゆる》し|下《くだ》さいませ。うつかりして|九分九厘《くぶくりん》で|顛覆《てんぷく》しては|大変《たいへん》ですからなア』
と、どこまでも|警戒《けいかい》し|体《からだ》を|固《かた》くしてゐる。
|日出別《ひのでわけ》『|決《けつ》して|決《けつ》して|御心配《ごしんぱい》なさいますな。この|通《とほ》り|貴方《あなた》がたの|御到着《ごたうちやく》を|祝《いは》ふために|宝《たから》の|入船《いりふね》といふ|神劇《しんげき》が|催《もよほ》されてゐるのです。あなたも|宝《たから》を|抱《いだ》いてヨルダン|河《がは》を|船《ふね》にて|渡《わた》り、この|聖地《せいち》へお|這入《はい》りになつたのですから、|宝《たから》の|入船《いりふね》の|主人公《しゆじんこう》は|貴方《あなた》がたですよ』
|玉国《たまくに》『ハイ。|真純彦《ますみひこ》、お|前《まへ》はどう|考《かんが》へるか。どうも|大教主《だいけうしゆ》のお|言葉《ことば》が|私《わし》にはちつとばかり|解《かい》しかねるのだがなア』
|真純《ますみ》『|先生《せんせい》、これや|神様《かみさま》から|気《き》を|引《ひ》かれてゐるのかも|知《し》れませぬよ。ともかくお|断《こと》わりを|申《まを》して、|早《はや》くこの|玉《たま》を|埴安彦《はにやすひこ》の|神様《かみさま》にお|渡《わた》ししてこうではありませぬか。さうでなくてはお|芝居《しばゐ》を|見《み》る|気《き》がしませぬわ』
|初稚《はつわか》『|決《けつ》して|御心配《ごしんぱい》は|要《い》りませぬ。|這入《はい》つて|御覧《ごらん》なさいませ。いやいや|貴方《あなた》がたが|役者《やくしや》にならねばならぬのですよ。やがて|治道居士《ちだうこじ》、|伊太彦《いたひこ》、|三千彦《みちひこ》、デビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダさまが|見《み》えることですから、|七福神《しちふくじん》になつてもらふつもりです。|治道居士《ちだうこじ》さまは|布袋《ほてい》、|玉国別《たまくにわけ》さまが|寿老人《じゆらうじん》、|真純彦《ますみひこ》さまが|毘舎門天《びしやもんてん》、|伊太彦《いたひこ》さまが|大黒《だいこく》さま、|三千彦《みちひこ》さまが|恵比寿《ゑびす》さま、それから、デビス|姫《ひめ》さまが|弁財天《べんさいてん》、といふやうに、|各自《めいめい》にちやんとお|役《やく》が|定《きま》つてゐるのです。サアどうぞ|楽屋《がくや》へお|這入《はい》り|下《くだ》さい。|私《わたし》たちは|見《み》せてもらふのです。|実《じつ》のところは|貴方《あなた》がたに|役者《やくしや》になつてもらふのですから、これも|御神業《ごしんげふ》だと|思《おも》つてお|勤《つと》め|下《くだ》さいませ』
|玉国《たまくに》『ハテナ、ちつとも|合点《がつてん》がゆきませぬわ。|御命令《ごめいれい》とあれば|俄俳優《にはかはいいう》になつてもよろしいが、てんで|台詞《せりふ》が|分《わか》りませぬからねえ』
|日出別《ひのでわけ》『|台詞《せりふ》なんか|要《い》りませぬよ。その|時《とき》|神様《かみさま》が|憑《うつ》つて|口《くち》を|借《か》りておつしやいますから、|承諾《しようだく》なさればよいのです』
|真純《ますみ》『モシ|先生《せんせい》、イヤ|寿老人《じゆらうじん》さま、|神様《かみさま》の|命令《めいれい》だ、|千両役者《せんりやうやくしや》になりませうか』
|玉国《たまくに》『|何《なん》といつても|神様《かみさま》の|御命令《ごめいれい》とあれば|背《そむ》くわけにはゆきますまい。|勤《つと》めさしていただきませう。そして|三千彦《みちひこ》、|伊太彦《いたひこ》はもはや|此方《こちら》へ|見《み》えてをりますか。どうしても|吾々《われわれ》とは|二三日《にさんにち》|後《おく》れるやうに|思《おも》ひますがなア』
|言依別《ことよりわけ》『|時間《じかん》|空間《くうかん》を|超越《てうゑつ》したる|神《かみ》の|道《みち》、そんな|御心配《ごしんぱい》は|要《い》りませぬ。すぐに|今《いま》ここへお|出《い》でになりますよ。|総《すべ》て|神様《かみさま》の|御国《みくに》は|想念《さうねん》の|世界《せかい》ですから、|想念《さうねん》のままになるのです。ここが|外《ほか》の|地点《ちてん》とは|違《ちが》つて|尊《たふと》い|所以《ゆゑん》です。さうでなくてはエルサレムといつて|神様《かみさま》がお|集《あつ》まり|遊《あそ》ばす|道理《だうり》がありませぬから』
|玉国《たまくに》『|左様《さやう》ならばお|受《う》けいたします』
|真純《ますみ》『|私《わたし》も|先生《せんせい》と|同様《どうやう》お|受《う》けをいたします』
といふや|否《いな》や、|二人《ふたり》の|姿《すがた》はたちまち|七福神《しちふくじん》の|中《なか》の|一人《ひとり》となつてゐた。いつの|間《ま》にやら、|治道居士《ちだうこじ》、|三千彦《みちひこ》、|伊太彦《いたひこ》、デビス|姫《ひめ》、ブラワ゛ーダ|姫《ひめ》その|外《ほか》の|人々《ひとびと》は|集《あつ》まり|来《き》たりて、いづれも|七福神《しちふくじん》の|姿《すがた》となつてゐる。
いよいよここに|七福神《しちふくじん》|宝《たから》の|入船《いりふね》の|奉祝神劇《ほうしゆくしんげき》は|演《えん》ぜられた。|数多《あまた》の|神司《かむつかさ》や|信者《しんじや》は、この|広《ひろ》き|建物《たてもの》の|中《なか》に、|立錐《りつすゐ》の|余地《よち》なきまでに|集《あつ》まつて、|愉快《ゆくわい》げに|観覧《くわんらん》し、その|妙技《めうぎ》を|口《くち》を|極《きは》めて|賞揚《しやうやう》した。|神劇《しんげき》の|次第《しだい》は|左記《さき》の|通《とほ》りであつた。
そもそもわが|日《ひ》の|下《もと》は|神《かみ》の|御国《みくに》なり |天地《てんち》ひらけ|陰陽《いんやう》|分《わか》れ
|青人草《あをひとくさ》を|始《はじ》めとし |万物《ばんぶつ》ここに|発生《はつせい》して
|天地人《てんちじん》の|三体《さんたい》|備《そな》はりぬ |天津御国《あまつみくに》の|太元《たいげん》は
|大国常立《おほくにとこたち》の|大御神《おほみかみ》 |又《また》の|御名《みな》は|天照皇大御神《あまてらすすめおほみかみ》なり
|地津神《くにつかみ》の|太元《たいげん》は|豊国主《とよくにぬし》の|大御神《おほみかみ》 |又《また》の|御名《おんな》は|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》
|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂《みづほ》の|国《くに》|産土山《うぶすなやま》の |底津岩根《そこついはね》に|宮柱太敷立《みやばしらふとしきた》て
|三五《あななひ》の|神《かみ》の|都《みやこ》を|奠《さだ》め|賜《たま》ひしより |千代万代《ちよよろづよ》に|動《ゆる》ぎなく
|天下泰平《てんかたいへい》|国土安穏《こくどあんのん》 |五穀成就《ごこくじやうじゆ》|万民鼓腹撃壤《ばんみんこふくげきじやう》の|楽《たの》しみを|享《う》く
|実《げ》に|有難《ありがた》き|神《かみ》の|国《くに》の |草木《くさき》も|靡《なび》く|君《きみ》が|御代《みよ》
かくも|目出《めで》たき|国《くに》の|中《うち》に |四海《しかい》|波風《なみかぜ》|豊《ゆた》かにて
|雲井《くもゐ》の|空《そら》に|寿《ほ》ぎ|舞《ま》ふ|鶴《つる》や |千年《ちとせ》の|松《まつ》の|緑《みどり》の|色《いろ》|深《ふか》く
|万歳《ばんざい》の|亀《かめ》も|楽《たの》しむ|天教《てんけう》の|山《やま》の |高《たか》く|澄《す》みきる|月《つき》のあたり
たなびく|霞《かすみ》の|中《なか》よりも |真帆《まほ》をば|風《かぜ》に|孕《はら》ませつ
|浮《う》かれ|入《い》り|来《く》る|宝《たから》の|御船《みふね》 |七五三《しめ》の|静波《しづなみ》かきわけて
|積《つ》み|込《こ》む|宝《たから》の|数々《かずかず》や まばゆきばかりあたりを|照《て》らす
うるはしさ
|丁子《ちやうし》や|分銅《ふんどう》の|玉《たま》の|袋《ふくろ》に |黄金《こがね》の|鍵《かぎ》もかくれ|蓑《みの》
|七宝《しちばう》|壮厳《さうごん》の|雨《あめ》に|濡《ぬ》れし |小笠《こがさ》の|露《つゆ》や|玉《たま》の|光《ひかり》と
|打出《うちで》の|小槌《こづち》 |七福神《しちふくじん》の|銘々《めいめい》が
|乗合舟《のりあひぶね》の|話《はなし》こそ|面白《おもしろ》き。
|中《なか》にも|口《くち》まめな|福禄寿《ふくろくじゆ》|長《なが》い|天窓《あたま》を|振《ふ》り|立《た》てて、
『|天下無双《てんかむそう》のナイスお|弁《べん》さま、イナ|弁財天女《べんざいてんによ》どの、|貴女《こなた》は|新《あたら》しい|女《をんな》とみえて、こんな|変痴奇珍《へんちきちん》な|男子《だんし》ばかりの|船《ふね》の|中《なか》へ、|案内《あんない》もせないのに、|何《なん》と|思《おも》つて|同席《どうせき》の|栄《えい》を|賜《たま》はつたのかな』
|弁天女《べんてんによ》は|面《おも》|恥《は》ゆげに|莞爾《くわんじ》と|笑《ゑ》みながら、
『ホホホホ、アノまあ|福禄寿《ふくろくじゆ》さまのお|言葉《ことば》とも|覚《おぼ》えませぬ。よく|考《かんが》へて|御覧《ごらん》、なにほど|新《あたら》しい|女《をんな》だとて、ナイスだとて、|五百羅漢堂《ごひやくらかんだう》を|覗《のぞ》いたやうなスタイルしてゐらつしやる|醜男子《ぶをとこ》の|側《そば》に|来《こ》られないといふ|法律《はふりつ》は|発布《はつぷ》されてはをりますまい。|五六七《みろく》の|御代《みよ》が|開《ひら》ける|魁《さきがけ》として、|今度《こんど》エルサレムの|宮《みや》において、|玉照彦命《たまてるひこのみこと》、|玉照姫命《たまてるひめのみこと》|二柱《ふたはしら》の|神様《かみさま》のお|目出度《めでた》い|御婚礼《ごこんれい》があるので、お|祝《いは》ひのため|貴神等《きしんら》は、この|宝舟《たからぶね》に|乗《の》つて|聖地《せいち》エルサレムの|竜宮城《りうぐうじやう》へ|昇《のぼ》られるのでせう。なにほど|福《ふく》の|神《かみ》だといつて、|男子《をとこ》ばかりでは|花《はな》も|実《み》もありますまい。|昔《むかし》から|七福神《しちふくじん》は|聞《き》いてゐるが、|六福神《ろくふくじん》は|聞《き》いた|事《こと》が|無《な》い。それで|妾《わたし》が|天津神《あまつかみ》|様《さま》の|御命令《ごめいれい》で、にはかに|貴神《あなた》たちの|仲間《なかま》に|加《くは》はつたのですよ』
|福禄《ふくろく》『コレお|弁《べん》さま、|御心配《ごしんぱい》|下《くだ》さるな。この|福禄寿《ふくろくじゆ》|一神《いつしん》あつても|下《した》から|読《よ》み|上《あ》げてみると|十六福《じふろくふく》の|神《かみ》だよ、ヘンすみませぬナア。そこへ|寿老人《じゆらうじん》(|十六神《じふろくじん》)を|加《くは》へて|三十二神《さんじふにしん》ですよ、アハハハハハ。それよりも|身《み》の|上《うへ》|話《ばなし》でも|聞《き》かしてもらつた|上《うへ》、|都合《つがふ》によつて|加《くは》へてあげやうかい』
|弁天《べんてん》『|三十二神《さんじふにしん》のところへ|妾《わたし》が|一神《いつしん》|加《くは》はれば、|三十三相《さんじふさんさう》の|瑞《みづ》の|御魂《みたま》ですよ。|一神《いつしん》|欠《か》けても|三十三魂《みづみたま》にはなりますまい。|女《をんな》は|社交上《しやかうじやう》の|花《はな》ですからねー。|妾《わたし》の|素性《すじやう》を|一通《ひととほ》り|聞《き》かしてあげますから、|十六神《じふろくじん》さま|謹聴《きんちやう》なさいませ、ホホホホホ』
|六福《ろくふく》『|謹聴《きんちやう》|謹聴《きんちやう》ヒヤ ヒヤ』
|弁天《べんてん》『|妾《わたし》は|神代《かみよ》の|昔《むかし》のある|歳《とし》、|頃《ころ》は|弥生《やよひ》の|己《つちのと》の|巳日《みのひ》、|二本竹《にほんだけ》の|根節《ねぶし》を|揃《そろ》へて、|動《ゆる》ぎ|出《い》でたる|嶋《しま》だといふので、|竹生島《たけのしま》と|称《とな》へられる、|裏《うら》の|国《くに》の|琵琶《びは》の|湖《みづうみ》に|浮《うか》べる|一《ひと》つの|嶋《しま》に、|天降《あまくだ》りました|天女《てんによ》の|中《なか》でも、|最《もつと》も|勝《すぐ》れたナイスの|乙女《をとめ》ですよ。|自分《じぶん》から|申《まを》しますと|何《な》んだか|自慢《じまん》するやうですが、|神徳《しんとく》があまりあらたかなといふので、|世人《せじん》より|妙音弁財天女《めうおんべんざいてんによ》と|崇《あが》められ、|妾《わらは》の|身体《からだ》は|引《ひつ》ぱり|凧《だこ》のやうに|日《ひ》の|下《もと》の|国《くに》の|四方《しはう》に|分霊《ぶんれい》を|祭《まつ》られてをります。|先《ま》づ|東《ひがし》の|国《くに》では|江《え》の|島《しま》、|西《にし》の|国《くに》では|宮嶋《みやじま》に、|今《いま》|一体《いつたい》は|勿体《もつたい》なくも|古《いにしへ》、|伊邪那岐尊《いざなぎのみこと》、|伊邪那美尊《いざなみのみこと》の|二柱《ふたはしら》の|神様《かみさま》が|天《あめ》の|浮橋《うきはし》に|渡《わた》らせたまひ、|大海原《おほうなばら》に|天降《あまくだ》り、|始《はじ》めて|開《ひら》かれたる|淤能碁呂嶋《おのころじま》、その|時《とき》、|鶺鴒《せきれい》といふ|小鳥《ことり》に|夫婦《ふうふ》の|道《みち》を|教《をし》へられ、|天照大神《あまてらすおほかみ》を|生《う》み|給《たま》うてより、また|一名《いちめい》を|日《ひ》の|出嶋《でじま》と|名付《なづ》けられ、この|国人《くにびと》に|帰依《きえ》せられ、|福徳《ふくとく》を|授《さづ》けしによつて、|美人賢婦《びじんけんぷ》の|標本《へうほん》として|七福神《しちふくじん》の|列《れつ》に|加《くは》はつたことは、|十六福神《じふろくふくじん》さまも|遠《とほ》うの|昔《むかし》に|御存知《ごぞんぢ》の|筈《はず》。アナタも|何時《いつ》の|間《ま》にやら|福禄寿《ふくろくじゆ》でなくて、モウロク(|最《も》う|六《ろく》)|十三《じふさん》になりましたねー、ホホホホホ』
|福禄《ふくろく》『ヒドイなア』
|六福《ろくふく》『アハハハ。オホホホホホホ』
|顔色《かほいろ》の|黒《くろ》いのを|自慢《じまん》の|大黒天《だいこくてん》は、|槌《つち》を|持《も》つたまま|座《ざ》に|直《なほ》り、
『|弁天《べんてん》ナイスの|今《いま》の|話《はなし》を|聞《き》いた|以上《いじやう》は|拙者《せつしや》も|男《をとこ》だ。|一《ひと》つ|身《み》の|上《うへ》|話《ばなし》を|初《はじ》めてみよう。|一同《いちどう》|御迷惑《ごめいわく》ながら|御聴聞《おきき》なさいませ。
そもそも|拙者《せつしや》は、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の|御子《みこ》にて、|八百米《やほよね》|杵築《きづき》の|宮《みや》に|鎮《しづ》まりし、|大国主命《おほくにぬしのみこと》でござる。|生《うま》れつきの|慈悲心《じひしん》|包《つつ》むに|由《よし》なく、|貧《まづ》しき|者《もの》を|見《み》るに|付《つ》け、|不便《ふべん》さ|忍《しの》び|難《がた》く、|一切《いつさい》の|衆生《しゆじやう》に|福徳《ふくとく》を|与《あた》へむとして|心《こころ》を|砕《くだ》き、チンチンチン……|一《いち》に|米俵《たはら》を|踏《ふん》まへて、|二《に》に|賑《にぎ》はしう|治《をさ》めて、|三《さん》に|栄《さか》えの|基《もと》となり、|四《よつ》ツ|世《よ》の|中《なか》|悦《よろこ》んで、|五《いつ》ツいつも|機嫌《きげん》よく、|六《むつ》ツ|無病息災《むびやうそくさい》で、|七《なな》ツ|難事《なんこと》もないやうに、|八《やつ》ツ|屋敷《やしき》を|開《ひら》ひて、|九《ここの》ツ|花《はな》の|倉《くら》を|建《た》て、|十分《じふぶん》|満《みつ》ればこぼるるぞ。コレ|此《こ》の|槌《つち》は|福《ふく》を|打《う》ち|出《だ》す|槌《つち》ぢやない、お|土《つち》を|大切《たいせつ》にして|生命《いのち》の|種《たね》のお|米《よね》を|作《つく》れと|知《し》らすためぢや。モ|一《ひと》つには|奢《おご》れる|奴等《やつら》の|天窓《あたま》をば|打《う》ち|砕《くだ》く|槌《つち》ぢやわい。アハハハハハ』
|福禄《ふくろく》『アハハハハハ、コリヤご|尤《もつと》もだ。オイ|戎《えびす》、コレサ|聾《つんぼ》どの、エベスどの エベスどの エベスどの、|貴神《こなた》は、マア|舳《へさき》に|出《で》て|釣《つり》ばかりしてござるは|一体《いつたい》、こなたはどういふ|福《ふく》の|神《かみ》ぢやい。|福《ふく》の|神《かみ》にも|色々《いろいろ》あつて、|雑巾《ざふきん》を|持《も》つて|縁板《えんいた》などをフクの|神《かみ》もあれば、|尻《しり》をフクの|紙《かみ》もある。きつぱりと|素性《すじやう》を|明《あ》かしてくれないか』
|戎《えびす》『|俺《おれ》かい。おれはナ、|何事《なにごと》も|聞《き》かざる、|見《み》ざる、|言《い》はざるといつて、|庚申《かうしん》の|眷属《けんぞく》を|気取《きど》り、|三猿主義《さんゑんしゆぎ》を|固守《こしゆ》し、ただ|堪忍《かんにん》をのみ|守《まも》つてをるのだ。|徳《とく》は|堪忍《かんにん》|五万歳《ごまんざい》だ。そもそも|拙者《せつしや》は、|蛭子《ひるこ》の|命《みこと》といつて、|正月《しやうぐわつ》|三日《みつか》|寅《とら》の|一天《いつてん》に|誕生《たんじやう》した|若蛭子《わかえびす》だ。|商売繁昌《しやうばいはんぜう》を|祈《いの》るがゆゑに、|慾《よく》の|深《ふか》い|連中《れんぢう》から|商売《あきなひ》の|神《かみ》と|崇《あが》められてをるのだ。|誠《まこと》に|目出《めで》たう|候《さふら》ひけるだ、アハハハハハ。|十日戎《とをかえびす》の|売物《うりもの》は、はぜ|袋《ふくろ》に、|取鉢《とりばち》、|銭《ぜに》がます、|小判《こばん》に|金箱《かねばこ》、|立烏帽子《たてゑぼし》、|桝《ます》に|財槌《さいづち》、|束熨斗《たばねのし》、お|笹《ささ》をかたげて|千鳥足《ちどりあし》』
|大黒《だいこく》『アアコレコレ、さう|踊《をど》り|廻《まは》すと|船《ふね》の|上《うへ》は|危険《けんのん》だ。モウ|良《よ》いモウ|良《よ》い、|御中止《ごちゆうし》を|願《ねが》ひます』
|大黒《だいこく》『エエ|時《とき》に|寿老人殿《じゆらうじんどの》、|貴神《こなた》は|何時《いつ》も|何時《いつ》も|渋《しぶ》い|面《かほ》をして|落付《おちつ》き|払《はら》つてござるが、こんな|芽出度《めでた》い|時《とき》には、チツと|笑《わら》つて|見《み》せても|可《い》いぢやないか』
|寿老《じゆらう》『イヤこれはまた|迷惑千万《めいわくせんばん》、|物価謄貴《ぶつかとうき》|生活難《せいくわつなん》の|声《こゑ》|喧《やかま》しき、この|辛《から》い|時節《じせつ》に、あまい|顔《かほ》をせよとは、|粋《すゐ》にして|且《か》つ|賢明《けんめい》なる|方々《かたがた》にも|似合《にあは》ぬお|言葉《ことば》ではござらぬか。|拙者《せつしや》は|何時《いつ》も|苦《にが》い|顔《かほ》をして|倹約《けんやく》を|第一《だいいち》と|守《まも》り、|郵便貯金《ゆうびんちよきん》を|沢山《たくさん》にして、|他人《たにん》に|損《そん》をかけず、|自分《じぶん》も|損《そん》を|致《いた》さねば、|心労《しんらう》なき|故《ゆゑ》、|長命《ちやうめい》を|仕《つかまつ》るのぢや。|長命《ちやうめい》に|過《す》ぎたる|宝《たから》はござらぬ。とかく、|拙者《せつしや》の|行《や》り|方《かた》を|見習《みなら》へば、たとへ|福《ふく》は|授《さづ》からなくとも、|自然《しぜん》に|福徳《ふくとく》が|保《たも》てますぞや』
|福禄《ふくろく》『ヘン、なにほど|長命《ちやうめい》したとて、ソンナ|苦《にが》い|顔《かほ》をして|一生《いつしやう》|送《おく》るのなら、あまり|福徳《ふくとく》でもあるまい。|笑《わら》つて|暮《くら》すのが、|何《なに》より|人生《じんせい》の|幸福《かうふく》だ。|高利貸《かうりがし》の|親父《おやぢ》でも、たまには|笑《わら》ふぢやないか。ナア、|皆《みな》の|福神《ふくじん》|連中《れんちう》さま』
|寿老《じゆらう》『イヤ|恐《おそ》れ|入《い》る。しかし|自分《じぶん》はこれでも|人《ひと》の|知《し》らぬ|心《こころ》のよろこびに|充《み》ちて、|楽《たの》しく|日《ひ》を|送《おく》つてゐるのだ。サテ、|愚老《ぐらう》ばかりお|喋舌《しやべり》いたして|皆様《みなさま》の|交際《つきあひ》を|忘《わす》れてゐた。あまりの|楽《たの》しさと、|面白《おもしろ》さと、|今度《こんど》の|御婚礼《ごこんれい》の|目出度《めでた》さとに|気《き》を|取《と》られて、アハハハハハ。サアこれからお|交際《つきあひ》|申《まを》さう』
と|傍《かたはら》にあり|合《あ》ふ|妻琴《つまごと》を|引《ひ》き|寄《よ》せ|掻《か》きならし、
(|歌《うた》)『|忍《しの》ぶ|身《み》や |夜《よ》な|夜《よ》なもゆる |沢《さは》の |螢火《ほたるび》に |夜更《よふけ》|渡《わた》りぬる』
|寿老《じゆらう》『あまり|長《なが》いのは|皆様《みなさま》のさはりになる。|長《なが》い|者《もの》を|俗《ぞく》に|長者《ちやうじや》と|言《い》ふさうぢや。ヤ、これはしたり、|長《なが》い|者《もの》とは|福禄寿様《げほうさま》へ|差《さ》し|合《あ》ひました。|失礼《しつれい》|失礼《しつれい》』
|布袋和尚《ほていをしやう》は|吹《ふ》き|出《だ》して、
『アハハハハアハハハハ、オホホホホ、ハテ、コリヤ|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》いハハハハハハ|奇妙《きめう》|奇妙《きめう》』
|毘沙門天《びしやもんてん》は、むつとした|顔《かほ》しながら、
『ヤイ、そこな|土仏坊主《どぶつばうず》|奴《め》。|何《なに》がそれほど|可笑《をか》しいのだい。|袋《ふくろ》と|腹《はら》とで|乗合船《のりあひぶね》の|居所《ゐどころ》を|狭《せば》めてゐるくせに、チツとくらゐ|遠慮《ゑんりよ》|召《め》さつてもいいだらう』
|布袋《ほてい》『アア、コレコレ|毘沙殿《びしやどの》。さう|腹立《はらた》てまいぞや、|腹立《はらだち》てまいぞや、|立腹《たてはら》まいぞや。|少々《せうせう》は|乗合《のりあひ》の|邪魔《じやま》にもなるだらうが、ソコは|仲間《なかま》の|事《こと》だから、|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》してマアマア|曰《いは》く|因縁《いんねん》を|聞《き》き|玉《たま》へ。それ|一家一門《いつかいちもん》|附合《つきあひ》、|朋友《ほういう》、|得意先《とくいさき》、|丸《まる》うなくては|治《をさ》まらないといふ|道理《だうり》は、|拙者《せつしや》のこの|天窓《あたま》で|判《わか》るだらう。|眼《め》まで|丸《まる》い|布袋和尚《ほていをしやう》だ、ハハハハハ。まつた|腹《はら》は|大《おほ》きくなければ、|心《こころ》がさもしいものだ。そこで|愚僧《ぐそう》がこの|大《おほ》きい|腹《はら》を|突《つ》き|出《だ》し、|腹鼓《はらつづみ》を|打《う》つて|一通《ひととほ》りお|話《はなし》|致《いた》すでござらう。
「ソレ、この|袋《ふくろ》といつぱ」|見《み》たる|事《こと》|聞《き》きたる|事《こと》、よしあし|共《とも》に|忘《わす》れぬやう、|中《なか》へ|納《をさ》めて|斯《こ》の|通《とほ》り、もたれて|居申《ゐまう》すなり。また|世《よ》に|子宝《こだから》といへるが、|稚《おさな》き|者《もの》ほど|可愛者《かあいもの》はあり|申《まを》さぬ。その|稚《おさな》き|者《もの》を|団扇《うちは》を|持《も》つて|行司《ぎやうじ》|仕《つかまつ》り|居《を》り|候也《さふらふなり》。アア|宜《よ》き|楽《たの》しみかな|宜《よ》き|楽《たの》しみかな』
|福禄《ふくろく》『イヤ|布袋《ほてい》どの、|尤《もつと》も|尤《もつと》も、|尤《もつと》も|次手《ついで》に|笑《わら》はしやるのも|尤《もつと》も|尤《もつと》も。「|笑《わら》ふ|門《かど》へは|福禄寿《ふくろくじゆ》」サレバお|咄《はな》し|申《まを》しませう。それ|天窓《あたま》が|長《なが》ければ|背《せ》はズント|低《ひく》うござる。|低《ひく》うなければ|愛嬌《あいけう》を|失《うしな》ひます。|先《ま》づ|入口《いりぐち》を|這入《はい》るにも|長《なが》いによつて|余《あま》ります。|天窓《あたま》を|下《さ》げて|這入《はい》ります。それで|愛嬌《あいけう》がござるだらうがの、|愛嬌《あいけう》ついでに|皆《みな》さま、おはやし|頼《たの》みます。
「|越後《えちご》の|国《くに》の|角兵衛獅子《かくべゑじし》、|国《くに》を|出《で》る|時《とき》や、|親子連《おやこづ》れ、|獅子《しし》をかぶりて、くるりと|廻《まは》つて、|首《くび》をふりまする、|親父《おやぢ》や、まじめで|笛《ふえ》を|吹《ふ》く」
ヨー、ハハハハハ|福禄寿《げほう》さま、|大当《おほあた》りだ|大当《おほあた》りだ。アハハハハハ』
|六福《ろくふく》『しかし|獅子《しし》の|頭《あたま》が|少々《せうせう》|高過《たかす》ぎるぢやないか。ハハハハハ』
|福禄《ふくろく》『ハテ、|頭《あたま》が|高《たか》うもなければ|納《をさ》まらぬ|事《こと》もある|物《もの》だ。これもやつぱり|世界《せかい》の|道具《だうぐ》だからのう。ハハハハハ』
|毘沙門天《びしやもんてん》は|居直《ゐなほ》りて、
『ムムムムム、ハハハハハ|面白《おもしろ》し|面白《おもしろ》し、|吾《われ》は|異形《いぎやう》の|姿《すがた》にて|鉾《ほこ》|携《たづさ》へし|身《み》ながらも、|七福神《しちふくじん》の|列《れつ》に|加《くは》はるその|由来《ゆらい》を|物語《ものがた》らむ。そも|不身持山《ふみもちやま》の|皆《みな》|身《み》(|南《みなみ》)に|当《あた》りて|難渋ケ嶽《なんじうがだけ》の|峰《みね》に|住《す》む、|貧乏困神《びんばふこんじん》とて|悪神《あくがみ》あり、|彼《かれ》に|徒党《とたう》の|奴原《やつばら》をことごとく|誠罰《せいばつ》し|諸人《しよにん》の|患《わづら》ひを|救《すく》はむと、この|日《ひ》の|国《くに》に|天降《あまくだ》り、|日出《ひいづ》る|国《くに》|信貴山《のぶたかやま》に|根城《ねじろ》を|構《かま》へ、|追付《おつつ》く|悪神《あくがみ》|討《う》ち|亡《ほろ》ぼし、|困窮《こんきう》の|根《ね》をたやさむこと、この|多聞天《たもんてん》が|方寸《はうすん》の|内《うち》にあり、ハハハハハハハハハハハ、|悦《よろこ》ばしや|嬉《うれ》しや』
と|勇《いさ》める|顔色《がんしよく》、|威《ゐ》あつて|尊《たふと》く、|実《じつ》に|有難《ありがた》き|霊験《れいけん》なり。
|皆《みな》|一同《いちどう》にあふぎ|立《た》て、|中《なか》に|取分《とりわ》け|弁財天《べんざいてん》。
『|何《いづ》れに、おろかはなけれども、|多聞天《たもんてん》のおん|物語《ものがたり》、|勇《いさ》ましや。イザヤ|発船《ほつせん》、またの|御《ご》げん』
とのたまふにぞ、さらばさらばと|漕《こ》ぎよせて、|竜宮館《りうぐうやかた》の|水《みづ》の|面《も》に、|清《きよ》き|宝《たから》の|入船《いりふね》や、|七福神《しちふくじん》の|霊験《れいけん》も、|仁義釈教《じんぎしやくけう》、|恋無常《こひむじやう》、|勧善懲悪《くわんぜんちようあく》|聞明《ぶんめい》し、|改過《かいくわ》を|作《つく》るその|主《ぬし》は、|近松《ちかまつ》ならで|松《まつ》の|元《もと》、|一《ひ》とふし|込《こめ》し、|竹本《たけもと》ならぬ|国武彦《くにたけひこ》の|御助《おんたす》け、|梅《うめ》の|香《か》|床《ゆか》しき|一輪《いちりん》の、|花《はな》の|流《なが》れや|汲《く》み|取《と》る|綾《あや》の、|聖地《せいち》の|玉《たま》の|井《ゐ》に、|映《うつ》る|言霊《ことたま》|影《かげ》きよく、|照《て》り|輝《かがや》きし|玉照姫《たまてるひめ》や、|暗《やみ》をも|照《て》らす|玉照彦《たまてるひこ》|二柱《ふたはしら》、|九月《くぐわつ》|八日《やうか》の|慶《よろこ》びを、|筆《ふで》にうつして|末広《すゑひろ》く、|伝《つた》へ|栄《さか》ゆる|神祝《かむほ》ぎの、|尽《つ》きせぬ|神代《みよ》こそ|芽出度《めでた》けれ。
(大正一二・七・一八 旧六・五 北村隆光 加藤明子共録)
(昭和一〇・六・一六 王仁校正)
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霊界物語 第六五巻 山河草木 辰の巻
終り