霊界物語 第五三巻 真善美愛 辰の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第五三巻』愛善世界社
2005(平成17)年11月06日 第一刷発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2006年10月09日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序文《じよぶん》
|総説《そうせつ》
第一篇 |毘丘取颪《びくとるおろし》
第一章 |春菜草《はるなぐさ》〔一三六四〕
第二章 |蜉蝣《かげろふ》〔一三六五〕
第三章 |軟文学《なんぶんがく》〔一三六六〕
第四章 |蜜語《みつご》〔一三六七〕
第五章 |愛縁《あいえん》〔一三六八〕
第六章 |気縁《きえん》〔一三六九〕
第七章 |比翼《ひよく》〔一三七〇〕
第八章 |連理《れんり》〔一三七一〕
第九章 |蛙《かへる》の|腸《はらわた》〔一三七二〕
第二篇 |貞烈亀鑑《ていれつきかん》
第一〇章 |女丈夫《ぢよぢやうふ》〔一三七三〕
第一一章 |艶兵《えんぺい》〔一三七四〕
第一二章 |鬼《おに》の|恋《こひ》〔一三七五〕
第一三章 |醜嵐《しこあらし》〔一三七六〕
第一四章 |女《をんな》の|力《ちから》〔一三七七〕
第一五章 |白熱化《はくねつくわ》〔一三七八〕
第三篇 |兵権執着《へいけんしふちやく》
第一六章 |暗示《あんじ》〔一三七九〕
第一七章 |奉還状《ほうくわんじやう》〔一三八〇〕
第一八章 |八当狸《やつあたり》〔一三八一〕
第一九章 |刺客《しきやく》〔一三八二〕
第四篇 |神愛遍満《しんあいへんまん》
第二〇章 |背進《はいしん》〔一三八三〕
第二一章 |軍議《ぐんぎ》〔一三八四〕
第二二章 |天祐《てんいう》〔一三八五〕
第二三章 |純潔《じゆんけつ》〔一三八六〕
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|序文《じよぶん》
|霊界物語《れいかいものがたり》は|阿呆陀羅《あほだら》に|長《なが》い|物語《ものがたり》で、|実《じつ》に|平凡《へいぼん》で|読《よ》むに|堪《た》へないと|言《い》つてゐる|人士《じんし》が|偶《たま》にあるやうだ。|然《しか》し|瑞月《ずゐげつ》は|元《もと》より|真理《しんり》なるものは|平凡《へいぼん》だと|思《おも》ふ。だから|仮令《たとへ》この|物語《ものがたり》が|平凡《へいぼん》であるとしても、|世人《せじん》が|誰《たれ》も|未《ま》だ|気《き》の|附《つ》いてゐない|様《やう》な|事柄《ことがら》ならば、|千言万語《せんげんばんご》を|連《つら》ねても|之《これ》を|説《と》くの|必要《ひつえう》があらうと|思《おも》ふ。|何程《なにほど》シカツメらしい|文章《ぶんしやう》や|言葉《ことば》でも、|今日《こんにち》|迄《まで》に|世間《せけん》に|知《し》れ|渡《わた》つた|事《こと》を|著述《ちよじゆつ》したり、|論説《ろんせつ》するのならば、|決《けつ》して|堂々《だうだう》たる|学者《がくしや》の|態度《たいど》とは|思《おも》はれない。|要《えう》は|陳腐常套語《ちんぷじやうたうご》である。かかる|著述《ちよじゆつ》に|対《たい》しては、|吾人《ごじん》は|軽侮嘲笑《けいぶてうせう》せずに|読《よ》んだり|聞《き》いたりすることは|出来《でき》ない。|今日《こんにち》の|学者《がくしや》は|弁舌《べんぜつ》としても|巧妙《かうめう》で|人《ひと》の|肺腑《はいふ》を|突《つ》く|訳《わけ》でも|無《な》く、また|文章《ぶんしやう》としても|平板的《へいばんてき》なものである。|今日《こんにち》の|学者《がくしや》の|著述《ちよじゆつ》を|見《み》るに、|先《ま》づその|第一頁《だいいちページ》からして|脱線調子外《だつせんてうしはづ》れのものが|多《おほ》い。|乾燥無味《かんさうむみ》にして|蝋《らふ》を|嚼《か》む|位《くらゐ》なら|未《ま》だしも|辛抱《しんばう》が|出来《でき》るが、|全然《まるで》|刃《は》の|欠《か》けた|鰹削《かつをか》きで、|松魚節《かつをぶし》を|削《か》いてゐるやうな|迷文章《めいぶんしやう》だから|堪《たま》らない。|今日《こんにち》の|学者《がくしや》が|揃《そろ》ひも|揃《そろ》うて、アンナ|拙劣醜悪《せつれつしうあく》な|文字《もじ》を|聯《つら》ねて|自分《じぶん》で|夫《そ》れを|恥《はぢ》とも|思《おも》はないのだらうか、|今《いま》|迄《まで》|世《よ》に|有《あり》ふれた|平凡陳套《へいぼんちんたう》の|内容《ないよう》を、|書《か》きなぐりの|出鱈目《でたらめ》な|文字《もんじ》で|綴《つづ》つて、|是《これ》を|世《よ》に|公《おほやけ》にしても|平気《へいき》な|程《ほど》までに|学者《がくしや》といふものは|厚顔無恥《こうがんむち》になれる|者《もの》だらうかと、|不思議《ふしぎ》に|思《おも》はるる|位《くらゐ》である。そして|吾々《われわれ》の|口述書《こうじゆつしよ》を|見《み》て|史実《しじつ》に|無《な》いとか、|空想《くうさう》だとか、|怪乱狂妄《くわいらんきやうまう》の|言説《げんせつ》だとか|仰《おつ》しやるのだから|困《こま》つてしまふ。|豚《ぶた》に|真珠《しんじゆ》、|猫《ねこ》に|小判《こばん》とかいふ|比喩《ひゆ》を|思《おも》ひ|出《だ》さずには|居《を》られなくなつて|来《く》る。|深《ふか》き|痛《いた》ましき|人間味《にんげんみ》や|人生味《じんせいみ》に|透徹《とうてつ》せず、|岐路《きろ》に|彷徨《はうくわう》せる|現代《げんだい》の|学者《がくしや》が、|如何《いか》にして|深遠微妙《しんゑんびめう》なる|神霊界《しんれいかい》の|消息《せうそく》が|判《わか》つてたまるもので|無《な》い。|現代《げんだい》の|錚々《さうさう》たる|学者《がくしや》すらも|未《いま》だ|神霊界《しんれいかい》の|何《なん》たるを|了解《れうかい》し|得《え》ない|世情《せじやう》だから、|一般人《いつぱんじん》が|何程《なにほど》|鯱鉾立《しやちほこだち》になつた|所《ところ》で、この|神示《しんじ》の|物語《ものがたり》が|批判《ひはん》されやう|筈《はず》がない。|瑞月《ずゐげつ》|王仁《おに》は|今日《こんにち》まですべての|迫害《はくがい》と|妨止《ぼうし》とを|突破《とつぱ》して、|漸《やうや》く|茲《ここ》に|累計《るゐけい》|五十三巻《ごじふさんぐわん》、|原稿《げんかう》|六万枚余《ろくまんまいよ》を|脱稿《だつかう》したのも、|決《けつ》して|世《よ》にありふれたる|事実《じじつ》を|著《あらは》したのではない。|平凡《へいぼん》な|狂妄《きやうもう》な|著述《ちよじゆつ》と|見《み》る|人《ひと》は|見《み》ても|好《よ》い。それが|各人《かくじん》の|御勝手《ごかつて》だから。|斯《か》く|大胆《だいたん》に|放言《はうげん》する|時《とき》は|世人《せじん》は|瑞月《ずゐげつ》を|全《まつた》くの|発狂者《はつきやうしや》と|嘲笑《てうせう》さるるかも|知《し》れない。|然《しか》し|自分《じぶん》に|取《と》つては|極《きは》めて|真面目《まじめ》である。その|代《かは》り|現代人《げんだいじん》に|読《よ》んで|貰《もら》ふといふやうな|野心《やしん》は|無《な》い。|千年《せんねん》の|後《のち》に|知己《ちき》を|得《う》れば|良《よ》いといふ|考《かんが》へを|持《も》つて|口述《こうじゆつ》しておくのである。とは|言《い》ふものの|時代《じだい》と|神霊《しんれい》とに|眼《め》の|醒《さ》めた|人士《じんし》が|現《あら》はれて、|仮令《たとへ》|一人《いちにん》なりとも|愛読《あいどく》して|呉《く》れられる|方《かた》があれば|実《じつ》に|望外《ばうぐわい》の|幸《さいはひ》であります。
大正十二年一月十四日 旧十一年十二月廿九日   於教主殿
|総説《そうせつ》
|回顧《くわいこ》すれば|今《いま》より|三年《さんねん》|以前《いぜん》(|満二年《まんにねん》)の|今月今日《こんげつこんにち》は|我《わが》|大本《おほもと》に|取《と》りて、|最《もつと》も|深刻《しんこく》なる|記念日《きねんび》である。|都鄙《とひ》|十万《じふまん》の|読者《どくしや》に|対《たい》して、|大責任《だいせきにん》を|負《お》ひ、|大大阪《だいおほさか》の|玄関口《げんくわんぐち》、|梅田《うめだ》の|大正日々新聞本社《たいしやうにちにちしんぶんほんしや》に|於《おい》て、|社長《しやちやう》として|大活躍《だいくわつやく》を|試《こころ》みて|居《ゐ》た|折《をり》しも、|突然《とつぜん》|二三《にさん》の|冥使《めいし》の|為《ため》に|攫《さら》はれて、【インフアナル】に|等《ひと》しき|牢獄《ひとや》の|中《なか》に|収容《しうよう》された|日《ひ》である。|裏《うら》の|筆先《ふでさき》に……|大正《たいしやう》|十年《じふねん》は|変性女子《へんじやうによし》の|身魂《みたま》に|取《と》りて、|後《あと》にも|先《さき》にもないエライ|事《こと》が|出来《でき》る|年《とし》であるぞよ。|節分祭《せつぶんさい》が|済《す》みたら、|女子《によし》の|肉体《にくたい》を|神《かみ》が|連《つ》れ|参《まゐ》るから、|心配《しんぱい》して|下《くだ》さるなよ。|誰《たれ》もお|供《とも》は|許《ゆる》さんぞよ。|後《あと》には|金勝要神《きんかつかねのかみ》、|木花咲耶姫《このはなさくやひめ》の|御魂《みたま》が|御守護《ごしゆご》あるに|仍《よ》つて、|役員《やくゐん》は|安心《あんしん》して|御用《ごよう》をして|下《くだ》されよ……と|示《しめ》されてあつた。|併《しか》し|乍《なが》ら|過去《くわこ》を|繰返《くりかへ》すは|余《あま》り|気分《きぶん》の|好《よ》いものでないから、|其《その》|時《とき》の|事情《じじやう》は|省略《しやうりやく》する。
|世界《せかい》は|御神示《ごしんじ》の|如《ごと》く、|時々刻々《じじこくこく》に|変転《へんてん》し、|満二箇年《まんにかねん》を|経《へ》たる|今日《こんにち》、|新聞紙《しんぶんし》に|依《よ》つて|紀元節《きげんせつ》|当日《たうじつ》の|内外《ないぐわい》の|出来事中《できごとちう》、|其《その》|主《おも》なるものを|挙《あ》ぐれば、|実《じつ》に|今昔《こんじやく》の|感《かん》に|打《う》たれざるを|得《え》ないのである。|首相《しゆしやう》|枢府《すうふ》の|容易《ようい》ならざる|会見問題《くわいけんもんだい》、|及《および》|貴族院《きぞくゐん》の|外交問題《ぐわいかうもんだい》|追及《つゐきふ》に|付《つ》いて、|政府側《せいふがは》|大《おほい》に|狼狽《らうばい》し、|研究会《けんきうくわい》に|泣付《なきつ》いて、|此《この》|難関《なんくわん》を|切抜《きりぬ》けんとしてゐる。|幸無両派《かうむりやうは》|又《また》|密々《みつみつ》に|凝議《ぎようぎ》して|外交《ぐわいかう》|振粛《しんしゆく》の|道《みち》を|講《かう》ずるあり。|全国《ぜんこく》の|普選論者《ふせんろんしや》は、|普選即行《ふせんそくかう》の|宣言《せんげん》|決行《けつかう》をなして、|東京《とうきやう》での|普選聯合大懇親会《ふせんれんがふだいこんしんくわい》の|席上《せきじやう》にて|火《ひ》の|如《ごと》き|熱弁《ねつべん》を|揮《ふる》ひ、|満場《まんぢやう》を|白熱化《はくねつくわ》するあり、|東京《とうきやう》、|名古屋《なごや》、|岡山《をかやま》、|福岡《ふくをか》、|八幡《やはた》などにては、|大《おほい》に|気勢《きせい》を|挙《あ》げ、|事態《じたい》|容易《ようい》ならざる|形勢《けいせい》を|示《しめ》して|居《を》る。|労働総同盟《らうどうそうどうめい》と|向上会一派《かうじやうくわいいつぱ》|四千名《よんせんめい》、|朝鮮人《てうせんじん》|二百名《にひやくめい》を|先頭《せんとう》に、|警戒線《けいかいせん》を|破《やぶ》つて|警官隊《けいくわんたい》と|争《あらそ》ふあり。|社会主義者《しやくわいしゆぎしや》の|検束《けんそく》|東京《とうきやう》|丈《だけ》にて|三千名《さんぜんめい》の|大衆《たいしう》に|及《およ》び、|又《また》|八幡《やはた》の|官労示威行列《くわんらうじゐぎやうれつ》|三千名《さんぜんめい》、|待伏《まちぶ》せに|社会主義者《しやくわいしゆぎしや》|現《あら》はれ、ビラを|撒布《さんぷ》し|数名《すうめい》|引致《いんち》され、もと|労友会長《らういうくわいちやう》の|浅原健三《あさはらけんざう》は|八幡市《やはたし》で|暴漢《ばうかん》に|襲撃《しふげき》され、|瀕死《ひんし》の|重傷《ぢうしやう》を|負《お》ふあり。|農民大会《のうみんたいくわい》にては…|土地《とち》を|国有《こくいう》にせよ、|而《しか》して|管理権《くわんりけん》を|小作人《こさくにん》に|与《あた》へよ、|医術《いじゆつ》を|国有《こくいう》にせよ…と|決議《けつぎ》をなし、|全国《ぜんこく》|百五十万《ひやくごじふまん》の|所謂《いはゆる》|部落民《ぶらくみん》は…|自分《じぶん》たちも|水平線上《すいへいせんじやう》に|浮《うか》び|出《で》たいもの…と|主張《しゆちやう》し、|其《その》|運動《うんどう》|愈《いよいよ》|熾烈《しれつ》となつたが、|折角《せつかく》の|努力《どりよく》も|相互《さうご》の|意思《いし》|疎通《そつう》せず|却《かへつ》て|反感《はんかん》を|増《ま》すのみにて、|収拾《しうしふ》す|可《べか》らざる|破目《はめ》になり、|内務省《ないむしやう》は|非常《ひじやう》に|頭《あたま》を|悩《なや》まして|居《を》る。|性《たち》の|悪《わる》い|流行性感冒《りうかうせいかんばう》|猖獗《しやうけつ》を|極《きは》め、|内務省《ないむしやう》からは|各府県《かくふけん》に|通牒《つうてふ》を|発《はつ》し、|其《その》|予防《よばう》に|苦心《くしん》してゐる。|浄土宗《じやうどしう》の|内訌《ないこう》|爆発《ばくはつ》し、|宗会選挙《しうかいせんきよ》の|紛擾《ふんぜう》、|愈《いよいよ》|大袈裟《おほげさ》となつてゐる。|返咲《かへりざき》の|農村振興策《のうそんしんこうさく》は|又《また》|一頓挫《いちとんざ》し、|陸縮《りくしゆく》の|憲政案《けんせいあん》は|遂《つひ》に|延期《えんき》となつて|了《しま》つた。|普選聯合大懇親会《ふせんれんがふだいこんしんくわい》では、|襷《たすき》がけの|暴漢《ばうかん》が、|木剣《ぼくけん》や|鶴嘴《つるばし》を|振《ふ》つて、|会場《くわいぢやう》に|突入《とつにふ》し、|大乱闘《だいらんとう》を|始《はじ》め、|負傷者《ふしやうしや》を|出《いだ》し、|阿鼻叫喚場《あびけうくわんぢやう》と|化《くわ》した。|労働団《らうどうだん》の|気勢《きせい》は|益々《ますます》|烈《はげ》しく、|示威運動《じゐうんどう》|各地《かくち》に|起《おこ》り、|在野党《ざいやたう》からは|警視庁《けいしちやう》に|向《むか》つて、|会場不法取締《くわいぢやうふはふとりしまり》の|難詰問題《なんきつもんだい》を|持出《もちだ》すあり。|羅馬法王庁《ローマはふわうちやう》|使節《しせつ》|派遣《はけん》|問題《もんだい》に|付《つ》き、|外務省《がいむしやう》の|弁明《べんめい》の|妄《まう》を|破《やぶ》らんとし、|姉崎《あねざき》、|吉村《よしむら》|両《りやう》|博士《はかせ》が|弁護論《べんごろん》の|矛盾《むじゆん》を|駁撃《ばくげき》するあり、|京都《きやうと》の|無産者大会《むさんしやたいくわい》にては、|時代《じだい》に|反《はん》する|悪法《あくはふ》たる、|過激社会運動取締法案《くわげきしやくわいうんどうとりしまりはふあん》、|労働組合法案《らうどうくみあひはふあん》、|小作争議調停法案《こさくさうぎてうていはふあん》|反対《はんたい》の|狼火《のろし》をあぐべく、|岡崎市公会堂《をかざきしこうくわいだう》で、|京都無産者大会《きやうとむさんしやたいくわい》と|銘打《めいう》つて、|激烈《げきれつ》なる|演説会《えんぜつくわい》を|開《ひら》いた。|西陣織友会《にしぢんしよくいうくわい》、|京都印刷工組合《きやうといんさつこうくみあひ》|有志《いうし》、|京都《きやうと》|水平社《すいへいしや》|有志《いうし》、|日本労働同盟《にほんらうどうどうめい》、|其《その》|他《た》|参加《さんか》の|数団体《すうだんたい》では、|当日《たうじつ》|大会《たいくわい》の|気勢《きせい》を|煽《あふ》るべく、|午前中《ごぜんちう》|八台《はちだい》の|自動車《じどうしや》を|飛《と》ばして、|市内《しない》の|要所《えうしよ》|々々《えうしよ》に、|数万枚《すうまんまい》の|宣伝《せんでん》ビラを|撒布《さんぷ》し、|時間《じかん》と|共《とも》に|喊声《かんせい》を|揚《あ》げつつ|大会会場《たいくわいくわいぢやう》へ|繰込《くりこ》んだ。|一方《いつぱう》|警察部《けいさつぶ》ではそれが|為《ため》|異常《いじやう》の|狼狽《らうばい》を|来《きた》し、|府高等課《ふかうとうくわ》では、|早朝《さうてう》から|所轄《しよかつ》|川端署《かはばたしよ》に|陣取《ぢんど》つて、|凄《すご》い|目《め》をギヨロつかせてる|外《ほか》、|別室《べつしつ》には|市内《しない》|各署《かくしよ》の|高等刑事連《かうとうけいじれん》が|額《ひたひ》を|鳩《あつ》めて、|重大《ぢゆうだい》らしく|構《かま》へ|込《こ》み、|久家《きうか》|別室主任《べつしつしゆにん》の|机《つくゑ》の|上《うへ》には|各方面《かくはうめん》から|時々刻々《じじこくこく》に|集《あつ》まつて|来《く》る|報告書類《はうこくしよるゐ》が|堆《うづだか》く|積《つ》まれ、|主任者《しゆにんしや》が|青《あを》い|顔《かほ》をして|頭《あたま》をひねくるなど、|市内《しない》|高等警察《かうとうけいさつ》|総出《そうで》の|大警戒振《だいけいかいぶり》は|実《じつ》に|仰々《ぎやうぎやう》しい|事《こと》である。|十一日《じふいちにち》|正午《しやうご》から|岡崎公園《をかざきこうゑん》|市公会堂《しこうくわいだう》に|開《ひら》かれた|無産者大会《むさんしやたいくわい》は、|朝来《てうらい》|自動車《じどうしや》を|以《もつ》て、|市中《しちう》に|宣伝《せんでん》ビラを|配布《はいふ》したのと、|祭日日曜《さいじつにちえう》の|事《こと》とて、|十一時《じふいちじ》|頃《ごろ》から|早《はや》|昼飯《ひるめし》をすまして、|電車《でんしや》や|徒歩《とほ》で|押寄《おしよ》せる|群衆《ぐんしう》は|引《ひき》も|切《き》らず、|十二時《じふにじ》には|既《すで》に|会堂《くわいだう》の|大半《たいはん》を|埋《うづ》むる|盛況《せいきやう》を|呈《てい》してゐたが、|万一《まんいち》を|慮《おもんぱか》つてゐる|府警察部《ふけいさつぶ》では、|其《その》|警戒《けいかい》の|為《ため》、|市内《しない》の|非番《ひばん》|巡査《じゆんさ》|全部《ぜんぶ》を|召集《せうしふ》し、|場《ぢやう》の|内外《ないぐわい》を|警戒《けいかい》する、|其《その》|物々《ものもの》しさ、|仮川端署《かりかはばたしよ》たる|妙伝寺《めうでんじ》|境内《けいだい》では|焚火《たきび》をなして、サーベル|連《れん》が|之《これ》を|囲《かこ》んでゐる|有様《ありさま》は、|宛然《さながら》|戦場《せんぢやう》を|思《おも》はしめるものがあつたと|報告《はうこく》してゐる。|大正《たいしやう》|十年《じふねん》の|今月今日《こんげつこんにち》は|二百数十人《にひやくすうじふにん》のサーベル|連《れん》が|火《ひ》を|囲《かこ》み|慄《ふる》ひ|乍《なが》ら、どこかの|境内《けいだい》で|要《い》らざる【おせつかい】をやつてゐた|事《こと》を|思《おも》ひ|出《だ》すと、|実《じつ》に|面白《おもしろ》き|対象《たいしやう》であると|思《おも》ふ。|東本願寺《ひがしほんぐわんじ》の|大谷光瑩伯《おほたにくわうえいはく》の|遺骸《ゐがい》|愈《いよいよ》|東京《とうきやう》から|本山《ほんざん》に|着《ちやく》し、|京都駅《きやうとえき》に|迎《むか》へた|三百余《さんびやくよ》の|坊主《ばうず》に|前後《ぜんご》を|守《まも》られて、|手輿《てごし》に|移乗《いじやう》され、|黄色《きいろ》の|水干《すゐかん》を|纏《まと》つた|十二名《じふにめい》の|力者《りきしや》に|担《かつ》ぎ|上《あ》げられると、|直《ただち》に|列《れつ》を|整《ととの》へて|本山《ほんざん》に|向《むか》ふ、|駅頭《えきとう》からは|七条署《しちでうしよ》の|前田警部《まへだけいぶ》が|恭《うやうや》しく|御先頭《ごせんとう》を|勤《つと》めた。
|次《つぎ》に|全国《ぜんこく》|仏教《ぶつけう》の|管長《くわんちやう》が|東京《とうきやう》に|集《あつ》まり、|羅馬法王庁《ローマはふわうちやう》|使節交換《しせつかうくわん》|反対運動《はんたいうんどう》も|漸《やうや》く|効《かう》を|奏《そう》し、|十二日《じふににち》の|下院《かゐん》|予算委員総会《よさんゐゐんそうくわい》に|於《おい》て、|該案《がいあん》は|削除《さくぢよ》され、|愈《いよいよ》|十三日《じふさんにち》から|本会議《ほんくわいぎ》にかかる|筈《はず》であるが、|之《これ》も|大多数《だいたすう》にて|削除《さくぢよ》さるる|事《こと》に|確定《かくてい》し、|貴族院《きぞくゐん》に|於《おい》て|該予算案《がいよさんあん》は|復活《ふくくわつ》する|様《やう》なことはなからうと|思《おも》はれる。|右《みぎ》の|次第《しだい》により、|仏教聯合会《ぶつけうれんがふくわい》にては、|十四日《じふよつか》の|伏見元帥宮《ふしみげんすゐのみや》|国葬《こくさう》には|各宗教《かくしうけう》|管長《くわんちやう》の|参列《さんれつ》を|促《うなが》し、|之《これ》も|同時《どうじ》に|十五日《じふごにち》|午前《ごぜん》|十時《じふじ》より、|芝《しば》の|増上寺《ぞうじやうじ》にて、|各宗《かくしう》|管長《くわんちやう》|会議《くわいぎ》を|開《ひら》き、|本問題《ほんもんだい》の|経過《けいくわ》を|報告《はうこく》すると|同時《どうじ》に、|将来《しやうらい》の|聯盟《れんめい》を|益々《ますます》|鞏固《きようこ》にせむものと|協議《けふぎ》を|重《かさ》ね、|僧参問題《そうさんもんだい》は|下院《かゐん》|請願委員会《せいぐわんいいんくわい》に|於《おい》て、|参考《さんかう》として|本会議《ほんくわいぎ》に|送附《そうふ》することとなり、|境内還附問題《けいだいくわんぷもんだい》も|本会議《ほんくわいぎ》で|片付《かたづ》けようと|意気巻《いきま》いてゐる。|又《また》|海外《かいぐわい》にては|独逸政府《ドイツせいふ》はバーデン|地方《ちはう》の|占領《せんりやう》に|対《たい》し、|仏国《ふつこく》に|抗議《かうぎ》した。|独逸《ドイツ》|食糧大臣《しよくりやうだいじん》ルーテル|氏《し》は|仏国《ふつこく》の|行動《かうどう》により、ルール|地方《ちはう》の|鉄道《てつだう》|交通《かうつう》|中止《ちゆうし》とならば、|同地方《どうちはう》|住民《ぢうみん》に|食糧《しよくりやう》の|定期《ていき》|供給《きようきふ》をする|為《ため》|自動車《じどうしや》の|用意《ようい》をした。|一方《いつぱう》|仏軍《ふつぐん》はエルベルフエルド|地方《ちはう》に|対《たい》し、|侵入《しんにふ》を|継続《けいぞく》し、|独逸人《ドイツじん》は|食糧《しよくりやう》|殊《こと》に|馬糧《ばりやう》|及《および》|家具《かぐ》の|徴発《ちようはつ》|益々《ますます》|急《きふ》なる|為《ため》、|甚《はなはだ》しく|困窮《こんきう》してゐる。|生活必要品《せいくわつひつえうひん》の|価格《かかく》は|絶《た》えず|騰貴《とうき》してゐる。|又《また》|英国政府《えいこくせいふ》は|巴里《パリー》|当局《たうきよく》に|対《たい》し、|土耳古《トルコ》に|対《たい》する|一定《いつてい》の|定案《ていあん》は|之《こ》れある|事《こと》を|諷刺《ふうし》した。|併《しか》しローザンヌ|会議《くわいぎ》は|此《この》|上《うへ》|継続《けいぞく》する|事《こと》は|拒絶《きよぜつ》した。|印度《いんど》より|派遣《はけん》された|英国《えいこく》の|数個《すうこ》|大隊《だいたい》は、モスール|油田《ゆでん》に|向《むか》ふ|様《やう》|命令《めいれい》に|接《せつ》した。|併《しか》しバリマタン|紙《し》はかかる|手段《しゆだん》で|英国《えいこく》が|土耳古《トルコ》を|能《よ》く|脅迫《けふはく》し|得《う》るやを|疑《うたが》つてゐる。|一方《いつぱう》|土耳古《トルコ》が|種々《しゆじゆ》|威喝《ゐかつ》した|試《こころ》みを|意《い》とせず、|英国海軍《えいこくかいぐん》は|十分《じふぶん》なる|着弾距離《ちやくだんきより》を|備《そな》へた|軍艦《ぐんかん》|二隻《にせき》をスミルナに|派遣《はけん》した。|英国《えいこく》|商議院《しやうぎゐん》|総裁《そうさい》ロイドブリーム|其《その》|他《た》ロンドンの|主《おも》なる|政客中《せいきやくちう》、|英国《えいこく》がメソポタミヤより|手《て》を|引《ひ》く|事《こと》を|主張《しゆちやう》し、|同地《どうち》に|手《て》を|出《だ》す|事《こと》は|性質《せいしつ》|不良《ふりやう》にして|危険《きけん》であると|云《い》つてゐる。|尤《もつと》も|英《えい》、|仏《ふつ》、|米《べい》|三国《さんこく》とも、|土耳古《トルコ》がスミルナより|外国《ぐわいこく》|軍艦《ぐんかん》の|退去《たいきよ》を|要求《えうきう》したるには|反対《はんたい》してゐると、|電通《でんつう》ロンドン|特電《とくでん》|九日《ここのか》|発《はつ》にて、|新聞紙《しんぶんし》に|記載《きさい》されてある。|又《また》|米国《べいこく》|下院《かゐん》の|移民委員会《いみんゐゐんくわい》は、|市民権《しみんけん》|獲得《くわくとく》の|資格《しかく》なき|者《もの》の|米国入国禁止法案《べいこくにふこくきんしはふあん》に|関《くわん》する|報告《はうこく》をした。|因《ちなみ》に|米国《べいこく》|大審院《だいしんゐん》は|最近《さいきん》|日本人《にほんじん》は|米国人民《べいこくじんみん》たるを|得《え》ずといふ|判決《はんけつ》を|下《くだ》した。|右《みぎ》の|排日法案《はいにちはふあん》は|千八百九十年《せんはつぴやくきうじふねん》に|母国《ぼこく》を|離《はな》れて|米国《べいこく》に|移住《いぢう》せる|国民《こくみん》の|未亡人《みばうじん》|等《とう》を|除《のぞ》く|外《ほか》、すべての|者《もの》に|制限《せいげん》を|加《くは》ふるものであると、|合同《がふどう》ワシントン|十日《とをか》|発電《はつでん》に|現《あら》はれてゐる。
|仏軍《ふつぐん》は|更《さら》に|独逸《ドイツ》の|西南《せいなん》|及《および》|西北《せいほく》に|亘《わた》る|各地点《かくちてん》を|占領《せんりやう》し、オツフエンベルヒ|及《および》アンテムワイアールに|来《き》た。|此等《これら》|地方《ちはう》|住民《ぢうみん》|代表者《だいへうしや》や|市長《しちやう》|等《ら》はバーデインに|会合《くわいがふ》し、|協議《けふぎ》する|所《ところ》があつた。|独逸《ドイツ》|大統領《だいとうりやう》エベルト|氏《し》は|外国《ぐわいこく》の|暴戻《ばうれい》なる|圧迫《あつぱく》の|下《もと》には|少《すこ》しも|屈《くつ》する|所《ところ》なく|守勢的《しゆせいてき》|反抗《はんかう》を|継続《けいぞく》する|手筈《てはず》を|整《ととの》へた。|尤《もつと》も|仏国《ふつこく》の|占領地域《せんりやうちゐき》に|於《おい》ては、|追放《つゐはう》|逮捕《たいほ》|相次《あひつ》ぎ|旅客列車《りよきやくれつしや》は|閉鎖《へいさ》され、|郵便物《ゆうびんぶつ》の|押収《おうしう》も|頻々《ひんぴん》と|起《おこ》つてゐる。|生活費《せいくわつひ》、|必要品《ひつえうひん》の|価格《かかく》は|仏軍《ふつぐん》が|未《いま》だ|占領《せんりやう》しなかつた|一箇月前《いつかげつぜん》に|比《ひ》し|四百倍《しひやくばい》に|昂騰《かうとう》した。|而《しか》して|仏軍《ふつぐん》は|去《さ》る|八日《やうか》|初《はじ》めて|白耳義《ベルギー》に|向《む》け、|石炭《せきたん》を|三列車《さんれつしや》|輸送《ゆそう》するを|得《え》たと、|電通《でんつう》ロンドン|特電《とくでん》|十日《とをか》|発《はつ》にて|報告《はうこく》されてゐる。|又《また》|電通《でんつう》|巴里《パリー》|特電《とくでん》|十日《とをか》|発《はつ》に|依《よ》れば、ルール|地方《ちはう》に|於《お》ける|形勢《けいせい》に|関《くわん》し、|仏国《ふつこく》|首相《しゆしやう》ポアンカレーは、|代議院《だいぎゐん》|外交委員会《ぐわいかうゐゐんくわい》の|要求《えうきう》にかかる|報道《ほうだう》を|拒絶《きよぜつ》した|為《ため》に、|巴里《パリー》にては|人心《じんしん》|震動《しんどう》したと|伝《つた》へてゐる。|其《その》|他《た》|種々雑多《しゆじゆざつた》のいまはしき|報道《ほうだう》は|全紙面《ぜんしめん》を|埋《うづ》め、|世界《せかい》は|宛然《さながら》|地獄《ぢごく》|餓鬼《がき》|畜生《ちくしやう》|修羅《しゆら》の|光景《くわうけい》を|暴露《ばくろ》してゐる|有様《ありさま》である。|今後《こんご》|忌《いま》はしき|諸種《しよしゆ》の|出来事《できごと》は|何処《どこ》まで|発展《はつてん》するか|測《はか》り|知《し》る|可《べか》らざるものがある。|吾人《ごじん》は|大神《おほかみ》の|神示《しんじ》に|仍《よ》つて、|前途《ぜんと》の|暗澹《あんたん》たる|光景《くわうけい》を|洞察《どうさつ》し、|世界《せかい》の|為《ため》に|憂慮《いうりよ》に|堪《た》へざるものである。|故《ゆゑ》に|一日《いちにち》も|早《はや》く|世界《せかい》の|人類《じんるゐ》に|対《たい》し、|五六七神政《みろくしんせい》の|福音《ふくいん》を|伝達《でんたつ》し、|無明暗黒《むみやうあんこく》の|現代《げんだい》をして、|神慮《しんりよ》に|叶《かな》へる|黄金時代《わうごんじだい》に|化《くわ》せしめんと、|昼夜《ちうや》|寝食《しんしよく》を|忘《わす》れて、|之《こ》れに|従事《じゆうじ》しつつあるのである。
ああされど、|地獄道《ぢごくだう》に|霊《みたま》の|籍《せき》を|置《お》ける|当局者《たうきよくしや》を|始《はじ》め、|現代人《げんだいじん》は|自然愛《しぜんあい》と|世間愛《せけんあい》のみに|惑溺《わくでき》し、|神《かみ》の|光明《くわうみやう》に|反《そむ》き、|智慧証覚《ちゑしようかく》を|曇《くも》らせ|居《を》れば、|如何《いか》なる|大声叱呼《たいせいしつこ》の|喊声《かんせい》も、|雷霆《らいてい》の|響《ひびき》も、|警鐘乱打《けいしようらんだ》の|声《こゑ》も、|到底《たうてい》|耳《みみ》には|透《とほ》らない|悲《かな》しむべき|世態《せたい》である。|記《しる》して|以《もつ》て|後日《ごじつ》の|参考《さんかう》に|供《きよう》するのみ。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
大正十二年二月十二日(旧十一年十二月廿七日)
於竜宮館 王仁識
第一篇 |毘丘取颪《びくとるおろし》
第一章 |春菜草《はるなぐさ》〔一三六四〕
|水《みづ》|温《ぬる》み、|木々《きぎ》の|梢《こずゑ》は|膨《ふく》らんで、|花《はな》|咲《さ》き|匂《にほ》ひ、|鳥《とり》|歌《うた》ひ|蝶《てふ》は|舞《ま》ひ、|陽炎《かげろふ》|閃《ひらめ》き、|野《の》は|一面《いちめん》に|青毛氈《あをまうせん》を|布《し》きつめたやうに|春《はる》めき|渡《わた》つた。|目《め》も|届《とど》かぬ|許《ばか》りの|広《ひろ》きライオン|河《がは》の|西岸《せいがん》に|瓢《ふくべ》をさげて|逍遥《せうえう》しつつ、|悠々《いういう》たる|川《かは》の|流《なが》れを|眺《なが》め|乍《なが》ら、|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》つてゐる|四五人《しごにん》のバラモン|信者《しんじや》|兼《けん》|兵卒《へいそつ》があつた。
|甲《かふ》『オイ|俺達《おれたち》は|何《なん》と|云《い》ふ|仕合《しあは》せ|者《もの》だらうな。|斎苑《いそ》の|館《やかた》の|進軍《しんぐん》に|際《さい》し、ランチ、|片彦《かたひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》が|敗北《はいぼく》してくれたお|蔭《かげ》で、|斯様《かやう》な|結構《けつこう》な|所《ところ》で|婦女《ふぢよ》を|姦《かん》し、|牛《うし》、|羊《ひつじ》、|豚《ぶた》を|無料《むれう》で|徴発《ちようはつ》し、|酒《さけ》|迄《まで》ロハで|喰《くら》ひ、|誰《たれ》|憚《はばか》る|者《もの》もなく、|日々《にちにち》|歓喜《くわんき》の|生活《せいくわつ》に|酔《よ》うてゐるのも、|全《まつた》くバラモン|神《がみ》のお|蔭《かげ》だ。|大将《たいしやう》を|持《も》つなら、どうしても|久米彦《くめひこ》さま、|鬼春別《おにはるわけ》さまのやうな|明智《めいち》の|将軍《しやうぐん》の|部下《ぶか》にならなくちや|駄目《だめ》だなア』
|乙《おつ》『ウンさうだ。ランチ、|片彦《かたひこ》さまが、|猪武者《ゐのししむしや》であつて|見《み》よ、|俺達《おれたち》は|今頃《いまごろ》は|斎苑《いそ》の|館《やかた》で|血河屍山《けつかしざん》の|犠牲《ぎせい》になつてゐるに|違《ちが》ひないのだ。|何《なん》と|云《い》つても|部下《ぶか》を|愛《あい》する|大将《たいしやう》でなくちや|駄目《だめ》だ。|何程《なにほど》|国家《こくか》の|為《ため》、|大黒主《おほくろぬし》の|為《ため》だと|云《い》つても、|命《いのち》を|取《と》られちや、|世界《せかい》の|平和《へいわ》も|糞《くそ》もあつたものだない。|軍術《ぐんじゆつ》の|達人《たつじん》は|能《よ》く|遁走《とんそう》す……と|云《い》ふぢやないか。|本当《ほんたう》に|吾々《われわれ》は|都合《つがふ》の|好《い》い|大将《たいしやう》に|仕《つか》へたものだ。|強《つよ》い|奴《やつ》には|蛇《へび》の|如《ごと》く|鳩《はと》の|如《ごと》く|敏捷《びんせふ》に|逃《に》げ、|弱《よわ》い|奴《やつ》とみれば、|疾風迅雷的《しつぷうじんらいてき》に|押寄《おしよ》せて|敵《てき》を|殲滅《せんめつ》するのが|孫呉《そんご》の|兵法《へいはふ》だ。|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》|吾《わが》|意《い》を|得《え》たりと|云《い》ふものだ。アハハハハ』
|丙《へい》『それだと|云《い》つて、|吾々《われわれ》は|斎苑《いそ》の|館《やかた》に|進撃《しんげき》するのが|使命《しめい》ではないか。|其《その》|使命《しめい》も|果《はた》さずに、こんな|所《ところ》|迄《まで》|退却《たいきやく》して、|倫安姑息《とうあんこそく》、|土地《とち》の|人民《じんみん》を|苦《くるし》め、|没義道《もぎだう》なことをして、|吾《わ》れよしの|行《や》り|方《かた》をやつて|居《を》つても、|大自在天《だいじざいてん》|様《さま》は、|御立腹《ごりつぷく》|遊《あそ》ばさないだらうか、チツト|考《かんが》へねばなるまいぞ』
|甲《かふ》『|馬鹿《ばか》だなア、|貴様《きさま》はそんな|古《ふる》い|頭《あたま》だから、|何時《いつ》|迄《まで》も|一兵卒《いつぺいそつ》として|上官《じやうくわん》の|頤使《いし》に|甘《あま》んじ、|馬《うま》の|掃除《さうぢ》や|靴磨《くつみが》き|計《ばか》りさされるのだよ。|人間《にんげん》は|何《なん》と|云《い》つても、|悧巧《りかう》に|敏活《びんくわつ》に|立廻《たちまは》らなくちや、|生存競争《せいぞんきやうそう》の|世《よ》の|中《なか》に|立《た》つて、|理想《りさう》の|生活《せいくわつ》を|営《いとな》むことは|出来《でき》ないぞ』
|丙《へい》『ハハハハハ、|理想《りさう》の|生活《せいくわつ》が|聞《き》いて|呆《あき》れらア、|強盗《がうたう》|強姦《がうかん》、|所在《あらゆる》|悪事《あくじ》を|尽《つく》して、それが|理想《りさう》の|生活《せいくわつ》か。|能《よ》く|間違《まちが》へば|間違《まちが》ふものだなア。そして|貴様《きさま》は|俺《おれ》に|対《たい》し、|何時《いつ》|迄《まで》も|馬《うま》の|掃除《さうぢ》や|靴磨《くつみが》きをしてゐると|吐《ぬか》したが、|貴様《きさま》だつて、ヤツパリ|靴磨《くつみが》きだないか、どこに|高下勝劣《かうげしようれつ》があるのだ』
|甲《かふ》『|俺《おれ》は|未来《みらい》の|総理大臣《そうりだんじん》|兼《けん》|元帥様《げんすゐさま》だ。|貴様《きさま》の|様《やう》な|頭《あたま》では、|何時《いつ》になつても|駄目《だめ》だ。|俺《おれ》は|大《おほい》に|未来《みらい》を|有《いう》するのだ。|前途有望《ぜんというばう》の|青年《せいねん》だぞ』
|乙《おつ》『|兎《と》も|角《かく》、|現代《げんだい》は|表面《へうめん》に|善《ぜん》を|装《よそほ》ひ、|立派《りつぱ》な|熟語《じゆくご》を|使《つか》ひ、そして|多数《たすう》の|人間《にんげん》をチヨロまかせ、|聖人君子《せいじんくんし》、|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》と|思《おも》はしめなくちや、|到底《たうてい》|大人物《だいじんぶつ》にはなれない。|又《また》|上官《じやうくわん》に|対《たい》しては|能《あた》ふる|限《かぎ》り|巧妙《かうめう》な|辞令《じれい》を|用《もち》ひ、お|髭《ひげ》の|塵《ちり》を|払《はら》ひ、|何《なに》から|何《なに》|迄《まで》|能《よ》く|気《き》をつけて、うい|奴《やつ》、|可愛《かあい》い|奴《やつ》と|言《い》はれなくちア|駄目《だめ》だぞ。それだから|俺達《おれたち》は|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》のお|気《き》に|入《い》るやうに、|其《その》|意志《いし》を|忖度《そんたく》して、|大将《たいしやう》が|女《をんな》を|弄《もてあそ》べば、|俺達《おれたち》も|女《をんな》を|弄《もてあそ》ぶ、|酒《さけ》に|酔《よ》へば|酒《さけ》に|酔《よ》ふ、つまり|共鳴《きようめい》をするのだ。|抑《そもそ》も|軍隊《ぐんたい》は|一個人《いつこじん》の|形式《けいしき》に|仍《よ》つて|組織《そしき》されてるのだから、|頭《あたま》の|思《おも》ふ|所《ところ》を|手足《てあし》たる|吾々《われわれ》が|柔順《じうじゆん》に|行《おこな》へば、それで|完全《くわんぜん》に|職務《しよくむ》が|勤《つと》まるのだ。|云《い》はば|将軍《しやうぐん》は|吾々《われわれ》……|多数《たすう》の|兵卒《へいそつ》を|統轄《とうかつ》した|一個《いつこ》の|人格者《じんかくしや》である。そして|吾々《われわれ》は|其《その》|個体《こたい》である。|全体《ぜんたい》は|個体《こたい》に|和合《わがふ》し、|個体《こたい》は|全体《ぜんたい》に|和合《わがふ》するのが|社会《しやくわい》の|秩序《ちつじよ》を|維持《ゐぢ》する|上《うへ》に|於《おい》て、|最《もつとも》|必要《ひつえう》な|条件《でうけん》だ。|丙《へい》の|如《ごと》き|陳腐《ちんぷ》な|言説《げんせつ》は|最早《もはや》|今日《こんにち》には|通用《つうよう》しないぞ。チツト|脳味噌《なうみそ》の|詰替《つめかへ》をせなくちや、いつも|人後《じんご》に|撞着《どうちやく》たらねばならぬ、|社会《しやくわい》の|廃物《はいぶつ》となるより|道《みち》はなからう、フツフフフ』
|丙《へい》『|俺《おれ》はモウこんな|悪虐無道《あくぎやくぶだう》な|思想《しさう》を|持《も》つてゐる|連中《れんぢう》と|伍《ご》するのは|飽々《あきあき》して|来《き》た。|一層《いつそ》のこと、|深山幽谷《しんざんいうこく》にでも|隠《かく》れて、|仙人《せんにん》を|気取《きど》り、|閑寂《かんじやく》な|生活《せいくわつ》を|送《おく》り、|霊《みたま》の|浄化《じやうくわ》に|努《つと》めたいと|思《おも》ふのだ』
|甲《かふ》『そんなら|何故《なぜ》、|一時《いちじ》も|早《はや》くお|暇《ひま》を|頂《いただ》いて、|隠君子《いんくんし》を|気取《きど》らないのか。ヤツパリ|貴様《きさま》も|口先《くちさき》|計《ばか》りの|人間《にんげん》だ。|本当《ほんたう》に|貴様《きさま》の|言《い》ふことが、|心《こころ》の|底《そこ》から|湧《わ》いたのならば、|不言実行《ふげんじつかう》と|出《で》かけたら|可《い》いだないか。|将軍様《しやうぐんさま》は|来《きた》る|者《もの》は|拒《こば》まず、|去《さ》る|者《もの》は|追《お》はずとの|大襟度《だいきんど》を|持《も》つてゐられる、|智勇兼備《ちゆうけんび》の|名将《めいしやう》だからのう』
|乙《おつ》『|時《とき》にランチ、|片彦将軍《かたひこしやうぐん》は|浮木《うきき》の|森《もり》に|滞陣《たいぢん》して、|英気《えいき》を|養《やしな》ひ|武《ぶ》を|練《ね》り、やがて|斎苑館《いそやかた》に|捲土重来《けんどぢゆうらい》するといふ|方針《はうしん》だと|云《い》ふことだが、|実際《じつさい》|戦《たたか》ふ|心算《つもり》だらうかなア。どうも|怪《あや》しいものだぞ。|河鹿峠《かじかたうげ》の|戦闘《せんとう》に|於《おい》て、|片彦将軍《かたひこしやうぐん》の|手並《てなみ》は|遺憾《ゐかん》なく、|其《その》|卑怯振《ひけふぶり》を|暴露《ばくろ》したのだから、ヨモヤ|捲土重来《けんどぢゆうらい》の|勇気《ゆうき》はあるまい、|加《くは》ふるに|全軍《ぜんぐん》の|勢力《せいりよく》を|両分《りやうぶん》して|了《しま》つたのだから、|随分《ずいぶん》|怪《あや》しいものだなア』
|甲《かふ》『ナアニ、ああ|言《い》つて、あこに|糞詰《ふんづま》りといつて|空威張《からいば》りをしてるのだ。|三年《さんねん》たつても|五年《ごねん》たつても、|斎苑館《いそやかた》へ|進軍《しんぐん》などとは|思《おも》ひもよらぬことだ。さうでなければ、あのやうな|半永久的《はんえいきうてき》な|陣屋《ぢんや》を|造《つく》る|筈《はず》がない。キツと|持久戦《ぢきうせん》をやる|心算《つもり》だらうよ。|何程《なにほど》|敵《てき》が|強《つよ》いと|云《い》つても、|敵《てき》の|大将《たいしやう》の|年《とし》が|老《よ》れば、|戦《たたか》はずして|死《し》んで|了《しま》ふのだから、それを|待《ま》つてゐるのだよ。ハハハハハ』
|乙《おつ》『|此《この》ビクトル|山《さん》の|陣営《ぢんえい》も|比較的《ひかくてき》|立派《りつぱ》なものが|出来《でき》てゐるなり、|先繰々々《せんぐりせんぐり》、|増築《ぞうちく》してゐることを|見《み》れば、ランチ|将軍《しやうぐん》の|行《や》り|方《かた》に|傚《なら》つて、|何時迄《いつまで》も|此処《ここ》に|滞陣《たいぢん》する|心算《つもり》だらうかなア』
|甲《かふ》『きまつた|事《こと》だ。よく|考《かんが》へて|見《み》よ。ハルナの|都《みやこ》へは|何程《なにほど》|厚顔無恥《こうがんむち》の|将軍《しやうぐん》だとて、のめのめと|之《これ》|丈《だけ》の|軍隊《ぐんたい》を|引率《ひきつ》れて|帰《かへ》る|訳《わけ》にはいかうまい、ぢやと|申《まを》して|斎苑《いそ》の|館《やかた》へは|猶更《なほさら》|行《ゆ》けず、|何《なん》でもエルサレムの|黄金山《わうごんざん》へ|攻《せ》めよせるといふ|宣言《せんげん》だが、|之《これ》も|亦《また》|怪《あや》しいものだ。たつた|一人《ひとり》の|治国別《はるくにわけ》の|言霊《ことたま》とやらに、|脆《もろ》くも|逃散《にげち》つた|将軍《しやうぐん》だもの、|黄金山《わうごんざん》と|雖《いへど》も、|治国別《はるくにわけ》|以上《いじやう》の|人物《じんぶつ》が|二人《ふたり》や|三人《さんにん》は|居《を》るのはきまつてゐる。さうだから|先《ま》づ|此処《ここ》で|王者気取《わうじやきど》りとなつて、|新《あたら》しい|国《くに》を|造《つく》り、ビクトル|山《さん》を|中心《ちうしん》に|王城《わうじやう》を|作《つく》り、|刹帝利気取《せつていりきどり》となつて|永住《えいぢゆう》する|考《かんが》へだと、|俺《おれ》は|直覚《ちよくかく》してゐるのだ。さうでなくちや、こんな|手間《てま》の|要《い》つた|陣構《ぢんがま》へをする|筈《はず》がない……だないか』
|乙《おつ》『さう|聞《き》けばさうかも|知《し》れぬのう。オイ|丙《へい》の|奴《やつ》、チツと|頭《あたま》を|改良《かいりやう》して、ここ|一年《いちねん》|許《ばか》り|辛抱《しんばう》したらどうだ。|伍長《ごちやう》|位《ぐらゐ》にはなれるか|知《し》れないぞ』
|丙《へい》『|俺《おれ》の|考《かんが》へではビクトル|山《ざん》の|陣営《ぢんえい》は|到底《たうてい》|永続《えいぞく》せないだらうと|思《おも》ふよ。どうしてもロートル・ダンゼーが|迫《せま》つて|来《く》る|様《やう》な|心持《こころもち》がしてならないワ。よく|考《かんが》へて|見《み》よ。|斎苑《いそ》の|館《やかた》からは、|仄聞《そくぶん》する|処《ところ》に|依《よ》れば、|照国別《てるくにわけ》、|玉国別《たまくにわけ》、|黄金姫《わうごんひめ》、|初稚姫《はつわかひめ》、|治国別《はるくにわけ》と|云《い》ふ|宣伝使隊《せんでんしたい》が、ハルナの|都《みやこ》へ|押寄《おしよ》せて|行《ゆ》くといふことだないか。そして|其《その》|行掛《ゆきがけ》の|駄賃《だちん》に|所在《あらゆる》バラモン|軍《ぐん》を|言向和《ことむけやは》して、|暴風《ばうふう》の|原野《げんや》を|薙《な》ぐ|如《ごと》き|勢《いきほひ》で|進《すす》んで|来《く》るといふことだから、キツとビクトル|山《ざん》へも|押寄《おしよ》せて|来《く》るに|違《ちが》ひない。|貴様《きさま》は|此処《ここ》にへ|張《ば》りついてさへ|居《を》れば、やがてオー・シヤンスが|吾《わが》|身《み》に|降《ふ》つて|来《く》るやうに|思《おも》うてゐるが、そんな|泡沫《はうまつ》に|等《ひと》しい|考《かんが》へは|念頭《ねんとう》よりキツパリ|削除《さくぢよ》せなくちや、アフンと|致《いた》さなならぬ|破目《はめ》に|陥《おちい》るぞ、チツとコンモンセンスを|輝《かがや》かして、|前後《ぜんご》の|状況《じやうきやう》を|考《かんが》へて|見《み》よ』
|甲《かふ》『ヘン、|一寸先《いつすんさき》は|暗《やみ》の|夜《よ》だ。|吾々《われわれ》|如《ごと》き|人間《にんげん》の|分際《ぶんざい》として、|世《よ》の|中《なか》の|変遷《へんせん》が|分《わか》るものかい。|刹那心《せつなしん》を|楽《たの》しむのだ。|三五教《あななひけう》の|教理《けうり》にも……|取越苦労《とりこしくらう》をすな、|又《また》|過越苦労《すぎこしくらう》も|致《いた》すな……とあるだないか。|其《その》|時《とき》や|其《その》|時《とき》の|又《また》|風《かぜ》が|吹《ふ》くさ、|万々一《まんまんいち》、|三五教《あななひけう》の|連中《れんぢう》が|猛虎《まうこ》の|勢《いきほひ》で|迫《せま》つて|来《き》た|時《とき》には|将軍様《しやうぐんさま》に|傚《なら》つて|戦術《せんじゆつ》の|奥《おく》の|手《て》を|出《だ》し、|尻《しり》に|帆《ほ》をかけて、|逸早《いちはや》く|遁走《とんそう》すれば、それで|可《い》いのだ。それがセルフ・ブリサベーシヨンの|最《もつとも》|必要《ひつえう》とする|要件《えうけん》だ。アハハハハ』
|丙《へい》『|何《なん》とマア、|貴様《きさま》|達《たち》は、|善《ぜん》とも|悪《あく》とも|判別《はんべつ》し|難《がた》き|代物《しろもの》だなア。それでも|人間《にんげん》だと|思《おも》つてゐるのか』
|甲《かふ》『ヘン、|馬鹿《ばか》にするない。|之《これ》でもヤツパリ|一人前《いちにんまへ》の|哥兄《にい》さまだ。|世《よ》の|中《なか》は|表面《へうめん》は|軍律《ぐんりつ》だとか、|法律《はふりつ》だとか、|道徳《だうとく》だとか、|節制《せつせい》、カウンテネンスだとか|云《い》つて、リゴリズムを|標榜《へうばう》してゐるが、|其《その》|内面《ないめん》はヤツパリ|内面《ないめん》だ。|詐《いつは》り|多《おほ》き|現代《げんだい》に|処《しよ》して、|馬鹿正直《ばかしやうぢき》なことを|墨守《ぼくしゆ》してゐても、|世《よ》の|中《なか》に|遅《おく》れる|計《ばか》りで、しまひには|廃人扱《はいじんあつかひ》にされて|了《しま》ふよ。それよりも|大自在天《だいじざいてん》|様《さま》から|与《あた》へられた|同様《どうやう》の|此《この》|盗《ぬす》み|酒《ざけ》、ホリ・グレールを|傾《かたむ》けて、|神徳《しんとく》を|讃美《さんび》し、|生《い》き|乍《なが》ら|天国《てんごく》の|生涯《しやうがい》を、|仮令《たとへ》|一瞬間《いつしゆんかん》なりとも|楽《たの》しむが|人生《じんせい》の|極致《きよくち》だ。|世《よ》の|中《なか》は|食《くら》ふ|事《こと》と|飲《の》む|事《こと》とラブする|事《こと》を|疎外《そぐわい》したら、|到底《たうてい》、|生存《せいぞん》することは|出来《でき》ない。ぢやと|云《い》つて、|斯《か》かる|殺風景《さつぷうけい》な|陣中《ぢんちう》に|於《おい》て、ラブ・イズ・ベスト|論《ろん》を|持出《もちだ》した|所《ところ》で、|有名無実《いうめいむじつ》だから、|先《ま》づ|手近《てぢか》にあるホール・ワインでも|傾《かたむ》けて、|浩然《こうぜん》の|気《き》を|養《やしな》ひ、イザ|一大事《いちだいじ》と|云《い》ふ|場合《ばあひ》には、|吾《わ》れ|先《さき》に|戦術《せんじゆつ》の|奥《おく》の|手《て》を|発揮《はつき》さへすれば|至極《しごく》|安全《あんぜん》といふものだ。|貴様《きさま》の|様《やう》にクヨクヨと|致《いた》して、サイキツク・トラーマを|続《つづ》けてゐると、|遂《つひ》には|神経《しんけい》|衰弱《すゐじやく》を|来《きた》し、|地獄界《ぢごくかい》の|餓鬼《がき》さんの|様《やう》になつて|了《しま》ふぞ。|人間《にんげん》は|心《こころ》の|持様《もちやう》が|第一《だいいち》だ。|今日《こんにち》は|新《あたら》しい|人間《にんげん》の|社会《しやくわい》だ。|一日《いちにち》も|早《はや》く|悔《く》い|改《あらた》めて、ジウネス・アンテレク・テーユエルの|域《ゐき》に|進《すす》み、|社会《しやくわい》の|波《なみ》に|呑《の》まれない|様《やう》にせなくちや|人生《じんせい》は|嘘《うそ》だ。|素《もと》より|神経質《しんけいしつ》な|道徳論《だうとくろん》に|捉《とら》はれてゐるやうな|者《もの》が、|悪虐無道《あくぎやくぶだう》のバラモン|軍《ぐん》に|従軍《じゆうぐん》するものか。|貴様《きさま》は|軍人《ぐんじん》になるなんて、|性《しやう》に|合《あ》うてゐない。サイコ・アナリシスに|仍《よ》つて|調査《てうさ》したならば、キツと|汝《きさま》の|心中《しんちう》には|弱虫《よわむし》が|団体《だんたい》を|組《く》んで、|現世《げんせ》を|呪《のろ》うてゐる|馬鹿者《ばかもの》の|軍政署《ぐんせいしよ》となつてゐるだらうよ。|悪人《あくにん》は|悪人《あくにん》とユニオンし、|善人《ぜんにん》は|善人《ぜんにん》と|結合《けつがふ》するのだから、|貴様《きさま》は|此《この》|河《かは》を|向《むか》ふへ|渡《わた》つて、|治国別《はるくにわけ》さまでもお|迎《むか》へ|申《まを》し、|弁当持《べんたうもち》でもさして|頂《いただ》くが|性《しやう》に|合《あ》うて|居《を》らうぞや、イヒヒヒヒ』
と|論争《ろんそう》してゐる。|河《かは》の|向方《むかふ》より|七八人《しちはちにん》のナイトは|三葉葵《みつばあふひ》を|染《そ》めなした|手旗《てばた》をかざし、|長閑《のどか》な|流《なが》れを|驀地《まつしぐら》に|渡《わた》つて、ザワザワザワと|此方《こなた》に|向《むか》つて|渡《わた》り|来《く》る。|一同《いちどう》は|何事《なにごと》の|突発《とつぱつ》せしならむと、|酒《さけ》の|酔《よひ》も|醒《さ》め、|目《め》をみはつてゐる。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
第二章 |蜉蝣《かげろふ》〔一三六五〕
ライオン|河《がは》の|下流《かりう》ビクトル|山《ざん》を|中心《ちうしん》として、|此処《ここ》はウラル|教《けう》を|信《しん》ずるビクトリヤ|王《わう》が|刹帝利《せつていり》として|近国《きんごく》の|民《たみ》を|守《まも》つてゐた。|此《この》|王国《わうこく》は|東西《とうざい》|十里《じふり》、|南北《なんぽく》|十五里《じうごり》(|三十六町《さんじふろくちやう》|一里《いちり》)の|余《あま》り|広《ひろ》からぬ|国《くに》であつた。|国名《こくめい》をビクといふ。ビクトリヤ|王《わう》は|本年《ほんねん》|殆《ほとん》ど|七十才《しちじつさい》に|余《あま》る|老齢《らうれい》である。|而《しか》して|不幸《ふかう》にして|嗣子《しし》がなかつた。|后《きさき》のヒルナ|姫《ひめ》は|元《もと》はビクトリヤ|姫《ひめ》の|侍女《じぢよ》であつたが、|何時《いつ》の|間《ま》にか|王《わう》の|手《て》がかかり、|次第《しだい》に|権勢《けんせい》を|得《え》て、|城中《じやうちう》の|花《はな》と|謳《うた》はれ、|一切《いつさい》を|切《き》りまはしてゐた。|而《しか》して|年齢《とし》は|正《まさ》に|二十三才《にじふさんさい》、|女盛《をんなざか》りである。ヒルナ|姫《ひめ》の|歓心《くわんしん》を|得《え》むとして|数多《あまた》の|官人《くわんじん》|共《ども》は|媚《こ》びを|呈《てい》し、|国政《こくせい》は|日《ひ》に|月《つき》に|紊乱《ぶんらん》し、|国民《こくみん》|怨嗟《えんさ》の|声《こゑ》|四方《しはう》に|充《み》ち、|所々《ところどころ》に|百姓一揆《ひやくしやういつき》の|如《ごと》きもの|勃発《ぼつぱつ》し、|収拾《しうしふ》す|可《べか》らざるに|立到《たちいた》り、ビクトリヤ|王家《わうけ》は|已《すで》に|傾《かたむ》かむとするに|立到《たちいた》つた。
|左守神《さもりのかみ》のキユービツトは|極《きは》めて|忠実《ちうじつ》な|老臣《らうしん》であり、|王《わう》の|為《ため》に|苦心《くしん》を|重《かさ》ねて、|国家《こくか》を|守《まも》らむとしてゐた。|之《これ》に|反《はん》して|右守神《うもりのかみ》のベルツは|奸侫邪智《かんねいじやち》の|曲者《くせもの》にして、ヒルナ|姫《ひめ》に|取入《とりい》り、いろいろの|入《い》れ|智恵《ぢゑ》をなして、|刹帝利《せつていり》も|百官《ひやくくわん》も|眼中《がんちう》におかない|位《くらゐ》な|横暴振《わうばうぶり》を|発揮《はつき》してゐた。ヒルナ|姫《ひめ》の|意見《いけん》はベルツの|意見《いけん》であり、ベルツのすべての|画策《くわくさく》は、すべて、ヒルナ|姫《ひめ》の|口《くち》に|仍《よ》つて|伝《つた》へられてゐた。そして|左守神《さもりのかみ》のキユービツトにはヱクスといふ|忠良《ちうりやう》な|家令《かれい》があり、|右守《うもり》のベルツにはシエールといふ|奸悪《かんあく》な|家令《かれい》があつて、|主人《しゆじん》の|右守《うもり》と|共《とも》にあわよくば、ビク|国《こく》を|占領《せんりやう》せむと|日夜《にちや》|肝胆《かんたん》を|砕《くだ》いてゐた。ベルツはシエールを|吾《わが》|居間《ゐま》に|招《まね》き、|一間《ひとま》を|密閉《みつぺい》してヒソビソと|協議《けふぎ》を|凝《こ》らしてゐる。
ベルツ『オイ、シエール、どうだらうな、ヒルナ|姫《ひめ》は|殆《ほとん》ど|薬籠中《やくろうちう》の|者《もの》となつたが、|併《しか》し|乍《なが》ら|頑強《ぐわんきやう》なビクトリヤ|王《わう》は|何《なん》となく|某《それがし》を|嫌忌《けんき》する|様子《やうす》|現《あら》はれ、キユービツトを|近付《ちかづ》け|吾《わが》|進言《しんげん》に|一々《いちいち》|反抗的《はんかうてき》|態度《たいど》を|試《こころ》みられるのは、|実《じつ》に|吾々《われわれ》の|目的《もくてき》の|一大障害《いちだいしやうがい》と|言《い》はねばならぬ。|将《しやう》を|射《い》る|者《もの》は|先《ま》づ|馬《うま》を|射《い》るといふから、|彼《か》れキユービツトを|排斥《はいせき》するか、|或《あるひ》は○○して|了《しま》はなくちや、|九分九厘《くぶくりん》|迄《まで》|成功《せいこう》した|吾々《われわれ》の|陰謀《いんぼう》が|水泡《すいはう》に|帰《き》するのみならず|却《かへつ》て|如何《いか》なる|重刑《ぢゆうけい》に|処《しよ》せらるるやも|計《はか》り|難《がた》い、|何《なん》とか|可《い》い|工夫《くふう》はあるまいかな』
シエール『|右守様《うもりさま》、それは|御心配《ごしんぱい》に|及《およ》びませぬ。ビクトリヤ|王《わう》は|已《すで》に|七十《しちじふ》の|坂《さか》を|越《こ》えた|老人《らうじん》、|余《あま》り|急《いそ》がず|共《とも》、|余命《よめい》|幾何《いくばく》もありますまい。なまじひに|事《こと》をあげて、|国民《こくみん》の|信用《しんよう》を|失墜《しつつゐ》し、|悪逆無道《あくぎやくぶだう》|不忠不義《ふちゆうふぎ》の|徒《と》と|言《い》はれるよりは、ここ|暫《しばら》くの|御辛抱《ごしんばう》だから、|御待《おま》ち|遊《あそ》ばすが|上分別《じやうふんべつ》と|存《ぞん》じます。ひるがへつて|国民《こくみん》の|状態《じやうたい》を|考《かんが》へますれば、|生活難《せいくわつなん》に|苦《くる》しみ|重税《ぢゆうぜい》に|怨嗟《えんさ》の|声《こゑ》は|四方《しはう》に|満《み》ち、|何時《いつ》|暴動《ばうどう》が|勃発《ぼつぱつ》するやも|計《はか》られませぬ、|革命《かくめい》の|機運《きうん》は|日《ひ》に|日《ひ》に|盛《さか》んになりつつある|矢先《やさき》、|無理《むり》な|事《こと》を|致《いた》せば|益々《ますます》|天下《てんか》の|紛乱《ふんらん》を|増《ます》やうなもので|厶《ござ》いませう、|幸《さいは》ひビクトリヤ|王《わう》には|嗣子《しし》もなく、|又《また》ヒルナ|姫様《ひめさま》は|腰元《こしもと》の|成上《なりあが》りですから、|王《わう》の|没後《ぼつご》は|貴方《あなた》の|自由自在《じいうじざい》で|厶《ござ》いませう。|今《いま》の|内《うち》に|充分《じゆうぶん》なる|画策《くわくさく》をめぐらし、ヒルナ|姫様《ひめさま》が|貴方《あなた》を|御信任《ごしんにん》|遊《あそ》ばすを|幸《さいはひ》、|潜勢力《せんせいりよく》を|養《やしな》つておけば、まさかの|時《とき》になつて、|貴方《あなた》の|願望《ぐわんまう》は|自《みづか》ら|成就《じやうじゆ》|致《いた》しませう。|夫《そ》れが|上分別《じやうふんべつ》と|考《かんが》へます』
ベルツ『それもさうだなア、|併《しか》し|乍《なが》らビクトリヤ|王《わう》は|至《いた》つて|身体《しんたい》|健全《けんぜん》なれば、まだ|二十年《にじふねん》|位《ぐらゐ》は|大丈夫《だいぢやうぶ》だらう。|何程《なんぼ》|時節《じせつ》を|待《ま》つと|云《い》つても、|此《この》|先《さき》|二十年《にじふねん》も|待《ま》つ|事《こと》は|英気《えいき》に|充《み》ちた|吾々《われわれ》、|腕《うで》|鳴《な》り、|胸《むね》|轟《とどろ》いて、こらへ|切《き》れるものではない。モツと|手早《てばや》く|埒《らち》よく|目的《もくてき》を|達《たつ》する|方法《はうはふ》|手段《しゆだん》はあるまいかな』
シエール『|知識《ちしき》の|宝庫《はうこ》と|綽名《あだな》をとつた|私《わたくし》、|如何《いか》なる|妙案《めうあん》|奇策《きさく》も|持《も》つて|居《を》りますが、|今日《こんにち》の|事情《じじやう》が|即行《そくかう》を|許《ゆる》しませぬ。|如何《いかん》となれば、|今日《こんにち》は|国内《こくない》|紛乱《ふんらん》の|極《きよく》に|達《たつ》し、|極端《きよくたん》なるレーストレイントを|加《くは》へて|漸《やうや》く、|現状《げんじやう》を|維持《ゐぢ》してゐる|状態《じやうたい》で|厶《ござ》いますれば、あわてずに|時《とき》を|待《ま》つが|上分別《じやうふんべつ》だと|考《かんが》へます。|王《わう》の|勢力《せいりよく》|日々《ひび》に|衰《おとろ》へ、|四海《しかい》をコントロールする|実力《じつりよく》なき|今日《こんにち》、|何人《なんびと》の|神算鬼謀《しんさんきぼう》も|之《これ》を|鎮定《ちんてい》することは|容易《ようい》の|業《わざ》ではありませぬ。|故《ゆゑ》に|吾々《われわれ》は|寧《むし》ろ、|今日《こんにち》の|世態《せたい》を|利用《りよう》し、|益々《ますます》|手《て》をまはして|国民《こくみん》を|煽動《せんどう》し、ビクトリヤ|王《わう》をして|手《て》を|施《ほどこ》すに|術《すべ》なからしめ、|自発的《じはつてき》に|退隠《たいいん》ささせる|方《はう》が、|最《もつと》も|賢明《けんめい》なる|行《や》り|方《かた》と|愚考《ぐかう》|致《いた》します』
ベルツ『|成程《なるほど》、それは|妙案《めうあん》だ。|就《つ》いては、シエール、お|前《まへ》に|成案《せいあん》があるだらうな』
シエール『ない|事《こと》は|厶《ござ》いませぬが、|後《あと》の|喧嘩《けんくわ》を|先《さき》にせいといふ|事《こと》が|厶《ござ》いますから、|貴方《あなた》が|刹帝利《せつていり》にお|成《な》りになれば、|私《わたくし》をキツと|左守《さもり》に|任命《にんめい》して|下《くだ》さるでせうか。それが|決定《けつてい》せなくちや、|働《はたら》き|甲斐《がひ》がありませぬから』
ベルツ『ハハハハ|如才《じよさい》のない|男《をとこ》だなア、|目的《もくてき》|成就《じやうじゆ》の|上《うへ》はキツと|重《おも》く|用《もち》ゐてやる。それを|楽《たの》しみに|一《ひと》つ|骨《ほね》を|折《を》つてくれ』
シエール『|只《ただ》|重《おも》く|用《もち》ゐると|云《い》はれた|丈《だけ》では、|朦朧《もうろう》としてをります。キツパリと|左守《さもり》にすると|云《い》ふ|言質《げんしつ》を|預《あづ》かつておきたいものです』
ベルツ『|苟《いやしく》もビク|一国《いつこく》の|刹帝利《せつていり》たる|者《もの》は、|賢臣《けんしん》を|選《えら》んで|国政《こくせい》を|任《まか》さねばならぬ。|何程《なにほど》シエールが|悧巧《りかう》だと|云《い》つても、|到底《たうてい》|国政《こくせい》を|料理《れうり》する|丈《だけ》の|技能《ぎのう》は|未《ま》だ|備《そな》はつて|居《ゐ》ない。そんな|取越《とりこ》し|苦労《くらう》を|致《いた》さずに|主人《しゆじん》の|命令《めいれい》だ。|実行《じつかう》に|着手《ちやくしゆ》したら|如何《どう》だ』
シエール『ハツハハハハ、|御主人様《ごしゆじんさま》、|貴方《あなた》も|随分《ずいぶん》ズルイお|方《かた》ですな。|狩猟《しゆれふ》つきて|猟狗《れふく》|煮《に》らるる|様《やう》な|不利益《ふりえき》な|事《こと》は、|賢明《けんめい》なる|私《わたくし》には|到底《たうてい》|出来《でき》ませぬ。|要《えう》するに|貴方《あなた》は|私《わたくし》に|対《たい》し、|左守《さもり》の|資格《しかく》がないと|仰有《おつしや》るのですな。|宜《よろ》し、|左様《さやう》の|事《こと》ならば、かやうな|反逆《はんぎやく》を|企《くはだ》てて|危《あぶな》い|芸当《げいたう》をするよりも、|貴方《あなた》の|陰謀《いんぼう》を|王《わう》の|前《まへ》に|素破抜《すつぱぬ》きませうか、|如何《いかが》で|厶《ござ》る』
とソロソロ|爪《つめ》を|隠《かく》してゐた|猫《ねこ》が、カギ|爪《つめ》の|先《さき》をみせかけた。ベルツは|驚《おどろ》いて、
ベルツ『あ、ウム、さう|怒《おこ》つちや|話《はなし》が|出来《でき》ない。|実《じつ》の|所《ところ》はお|前《まへ》を|左守《さもり》に|任《にん》じてやる|事《こと》はチヤンと|心《こころ》の|中《なか》に|決定《けつてい》してゐたのだ。|併《しか》し|乍《なが》ら、お|前《まへ》の|熱心《ねつしん》を|調《しら》べる|為《ため》に|一寸《ちよつと》|揶揄《からか》つてみたのだよ。ハハハハ』
シエール『|御主人様《ごしゆじんさま》、|揶揄《からか》ひ|所《どころ》だありますまい、|千騎一騎《せんきいつき》の|正念場《しやうねんば》ですよ』
ベルツ『|英雄《えいいう》|閑日月《かんじつげつ》あり、|仮令《たとへ》|陣中《ぢんちう》に|於《おい》ても|歌《うた》をよみ、|尺八《しやくはち》を|吹《ふ》き、|悠々閑々《いういうかんかん》として、おめず|臆《おく》せず、|騒《さわ》がず|焦《あせ》らず、|談笑《だんせう》の|間《うち》に|一切万事《いつさいばんじ》を|解決《かいけつ》すると|云《い》ふ|英雄的《えいいうてき》|襟懐《きんくわい》だ。|何《なん》と|智勇兼備《ちゆうけんび》の|勇将《ゆうしやう》の|心事《しんじ》は|違《ちが》つたものだらう。オツホホホホ』
シエールは|悪人《あくにん》の|癖《くせ》に、|比較的《ひかくてき》に|馬鹿正直《ばかしやうぢき》な|奴《やつ》である。ベルツの|舌《した》にうまく|舐《なめ》られて、|身知《みし》らず|的《てき》に|途方途徹《とはうとてつ》もない|悪事《あくじ》を|遂行《すゐかう》せむと|腕《うで》をうならして、|雄健《をたけ》びしてゐる。
シエール『|成程《なるほど》、|一切万事《いつさいばんじ》|諒解《りやうかい》|致《いた》しました。かかる|名君《めいくん》とは|知《し》らず、|無礼《ぶれい》の|申条《まをしでう》、|何卒《なにとぞ》|御容赦《ごようしや》を|願《ねが》ひます』
ベルツ『|義《ぎ》に|於《おい》ては|主従《しゆじう》なれ|共《ども》、|情《じやう》に|於《おい》ては|親《おや》と|子《こ》の|関係《くわんけい》だ。|言《い》はば|拙者《せつしや》は|親《おや》、|其《その》|方《はう》は|子《こ》である。|親《おや》が|子《こ》を|愛《あい》するのは|天然《てんねん》|自然《しぜん》の|道理《だうり》だ。そして|其《その》|子《こ》の|心胆《しんたん》を|練《ね》り、|知識《ちしき》を|啓発《けいはつ》し、|有為《いうゐ》の|人材《じんざい》となさしめむとして、|苦言《くげん》を|吐《は》き、|鞭撻《べんたつ》を|加《くは》ふるは、ワイズベアレント・フツドとも|云《い》ふべきものだ。|今後《こんご》は|何事《なにごと》に|係《かか》はらず、|暫《しばら》く|吾《わが》|意思《いし》のままに、|舎身的《しやしんてき》|活動《くわつどう》をやつて|貰《もら》ひたいものだなア』
シエール『ヘヘヘヘ|持《も》つ|可《べ》きものは|家来《けらい》なりけり……|否《いな》|主人《しゆじん》なりけりだ。|然《しか》らば|之《これ》より|君《きみ》の|命《めい》に|仍《よ》つて、|千変万化《せんぺんばんくわ》の|秘術《ひじゆつ》を|尽《つく》し、|君《きみ》をしてビク|一国《いつこく》の|刹帝利《せつていり》たらしむべく|活動《くわつどう》|仕《つかまつ》らむ。|吾《わが》|成功《せいこう》を|指折《ゆびを》り|数《かぞ》へ、お|待《ま》ち|下《くだ》され』
ベルツ『ああ|勇《いさ》ましし|勇《いさ》ましし、|汝《なんぢ》が|雄健《をたけ》び、|前途有望《ぜんというばう》、|目的《もくてき》の|彼岸《ひがん》に|達《たつ》するは|間《ま》もあるまい、ても|扨《さ》ても|心地《ここち》よやなア』
と|之《こ》れ|又《また》|両手《りやうて》を|伸《の》ばし、|拳《こぶし》を|握《にぎ》り、|左右《さいう》の|膝《ひざ》を|交々《こもごも》|起伏《きふく》させ|乍《なが》ら、|床《ゆか》もおちよとばかり|雄健《をたけ》びしてゐる。
|余《あま》りの|高《たか》い|声《こゑ》が|聞《きこ》えるので、ベルツの|妹《いもうと》カルナ|姫《ひめ》は|次《つぎ》の|間《ま》に|走《は》せ|来《きた》り、|両人《りやうにん》の|談話《だんわ》をスツカリ|立聞《たちぎき》し、|顔《かほ》を|顰《しか》め|乍《なが》ら、さあらぬ|態《てい》にて、
カルナ|姫《ひめ》『お|兄《に》い|様《さま》、|御免《ごめん》なさいませ』
と|這入《はい》つて|来《き》た。シエールは|両手《りやうて》を|仕《つか》へ、さも|恭《うやうや》しく、
シエール『これはこれは、カルナ|姫様《ひめさま》、|御壮健《ごさうけん》なお|顔《かほ》を|拝《はい》し、シエール|家令《かれい》|身《み》に|取《と》り、|恐悦《きやうえつ》|至極《しごく》に|存《ぞん》じます』
カルナ|姫《ひめ》『お|前《まへ》はシエールだないか、|最前《さいぜん》からお|兄様《にいさま》と|面白《おもしろ》さうに|話《はなし》をしてゐましたね、|襖《ふすま》に|隔《へだ》てられ、ハツキリ|何事《なにごと》か|分《わか》りませなんだが、|容易《ようい》ならざる|事《こと》のやうに|思《おも》はれます。どうぞ|聞《き》かして|下《くだ》さいませ』
シエール『ヘ、イヤ|何《なん》でも|厶《ござ》いませぬ、|御主人様《ごしゆじんさま》とお|酒《さけ》に|酔《よ》ひまして、つい|昔《むかし》の|英雄物語《えいゆうものがたり》を|致《いた》して|居《を》りました。ヘヘヘヘ、|随分《ずいぶん》|面白《おもしろ》い|話《はなし》で|厶《ござ》いましたよ』
カルナ|姫《ひめ》『|昔《むかし》の|物語《ものがたり》にもビクトリヤ|王様《わうさま》やヒルナ|姫様《ひめさま》、キユービツトの|左守《さもり》などいふ|方《かた》がおありなさつたので|厶《ござ》いますか』
と|優《やさ》しい|目《め》を|光《ひか》らせ、|少《すこ》しく|語気《ごき》を|強《つよ》めて、|睨《ねめ》つけるやうに|言《い》つた。|右守《うもり》のベルツは……|此《この》|陰謀《いんぼう》を|妹《いもうと》に|聞《き》かれちや|大変《たいへん》だ。|妹《いもうと》の|奴《やつ》、|左守神《さもりのかみ》の|伜《せがれ》ハルナに|秋波《しうは》をよせてゐよるのだから、もしや|内通《ないつう》でも|致《いた》しはしようまいか、|恋愛《れんあい》に|熱《ねつ》した|時《とき》は、|親兄弟《おやきやうだい》までも|脱線《だつせん》して|忘《わす》れるものだ、ハテ|困《こま》つたことだ……とハートに|波《なみ》を|打《う》たせたが、ワザと|素知《そし》らぬ|面《かほ》で、
ベルツ『ハハハハハ、|面白《おもしろ》い|様《やう》な……|殺伐《さつばつ》な|昔物語《むかしものがたり》、|女《をんな》の|聞《き》くべきものではない、お|前《まへ》は|早《はや》く|奥《おく》へ|行《い》つて、お|前《まへ》の|好《す》きなラムールでも|繙《ひもと》く|方《はう》が|可《い》いワ』
カルナ|姫《ひめ》『|何《なん》だか、|貴方《あなた》|方《がた》のお|話《はなし》を|聞《き》くと、|胸騒《むなさわ》ぎが|致《いた》しまして、ヒストリア・アモリスなどを|耽読《たんどく》する|気《き》にもなれませぬ。|実《じつ》に|殺風景《さつぷうけい》な|貴方《あなた》の|御計画《ごけいくわく》、|額《ひたひ》に|凶徴《きやうちよう》が|遺憾《ゐかん》なく|現《あら》はれて|居《を》りますぞや』
ベルツ『|男《をとこ》の|居間《ゐま》へ|女《をんな》が|来《く》るものではない、|支那《しな》の|聖人《せいじん》がいつただらう。|男女《だんぢよ》|七才《しちさい》にして|席《せき》を|同《おな》じうせずと|云《い》ふだないか。サ、|早《はや》く|彼方《あちら》へ|行《ゆ》かつしやれ』
カルナ|姫《ひめ》『|何《なん》とアマ、お|口《くち》は|重宝《ちようはう》なものですなア。|最前《さいぜん》からの|事情《じじやう》は、|実《じつ》の|所《ところ》はスツカリ|聞《き》きました。|何程《なにほど》お|隠《かく》しになつても、|最早《もはや》|駄目《だめ》で|厶《ござ》いますよ』
ベルツ『チヨツ、|困《こま》つた|妹《いもうと》だなア、オイ、カルナ、お|前《まへ》は|兄《あに》を|助《たす》ける|気《き》はないか』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ、|貴方《あなた》の|出様《でやう》によつて、お|助《たす》けせない|事《こと》も|厶《ござ》いませぬ。|貴方《あなた》は|左守司様《さもりのかみさま》の|御子息《ごしそく》ハルナさまと|結婚《けつこん》さしてくれますか』
ベルツ『ウーム、さうだなア、|又《また》、|考《かんが》へておかう』
カルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》が|目《め》の|上《うへ》の|瘤《こぶ》、|目的《もくてき》の|邪魔者《じやまもの》と|附《つ》け|狙《ねら》ふ|左守様《さもりさま》の|御子息《ごしそく》、ハルナさまへ|妹《いもうと》をやるのはさぞ|御迷惑《ごめいわく》でせう。|併《しか》し|乍《なが》ら、|恋愛問題《れんあいもんだい》と|貴方《あなた》の|問題《もんだい》とは|別物《べつもの》ですから、|御心配《ごしんぱい》なく|許《ゆる》して|下《くだ》さいませ。|私《わたし》とハルナさまとの|仲《なか》には|決《けつ》して|忌《いま》はしい|関係《くわんけい》は|結《むす》んで|居《を》りませぬ。|相思《さうし》の|間柄《あひだがら》で、|極《きは》めてチヤステイテイーな|恋愛《れんあい》で|厶《ござ》います。|何時《いつ》|迄《まで》も|年頃《としごろ》の|娘《むすめ》を、セリバシーにしておくのは、|兄《あに》としての|役《やく》が|済《す》みますまい。ホホホホ』
ベルツ『ヤア、|今時《いまどき》の|女性《ぢよせい》の|厚顔無恥《こうがんむち》には|実《じつ》に|呆《あき》れ|返《かへ》らざるを|得《え》ないワ』
カルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》が|政治慾《せいぢよく》に|耽《ふけ》り、ヒルナ|姫様《ひめさま》に|秋波《しうは》を|送《おく》つて|厶《ござ》るやうなものですよ。|併《しか》し|貴方《あなた》のは|決《けつ》して|正当《せいたう》と|認《みと》める|事《こと》は|出来《でき》ませぬ……が、|私《わたくし》の|請求《せいきう》するコンジユギアール・ラブは|正当《せいたう》の|婦人《ふじん》としての|権利《けんり》ですから、|此《この》プロブレムに|就《つ》いては、|貴方《あなた》も|無暗《むやみ》に|拒《こば》む|訳《わけ》には|参《まゐ》りますまい。なア、シエール、さうぢやないか』
と|言葉《ことば》を|家令《かれい》の|方《はう》に|移《うつ》した。
シエール『|成程《なるほど》、|姫様《ひめさま》のお|言葉《ことば》は|少《すこ》しも|矛盾《むじゆん》はありませぬ。イヤ、|私《わたくし》も|大《おほい》に|共鳴《きようめい》|致《いた》します。|就《つ》いては|姫様《ひめさま》に|考《かんが》へて|頂《いただ》かねばならぬ|事《こと》がある。|貴方《あなた》はハルナさまを|熱愛《ねつあい》してゐられる|如《ごと》く、|左守神《さもりのかみ》もヤツパリ|愛《あい》して|居《を》りますか』
カルナ|姫《ひめ》『|恋《こひ》しき|夫《をつと》の|父君《ちちぎみ》で|厶《ござ》いますもの、|愛《あい》するといふよりも|寧《むし》ろ|尊敬《そんけい》を|払《はら》つて|居《を》りまする』
シエール『お|兄様《にいさま》を|尊敬《そんけい》なさる|程度《ていど》に|比《くら》ぶれば|余程《よほど》の|径庭《けいてい》があるでせうなア』
カルナ|姫《ひめ》『そらさうです|共《とも》、|兄妹《きやうだい》は|他人《たにん》の|始《はじ》まりといふだありませぬか、ハルナさまと|夫婦《ふうふ》になり、|子《こ》が|出来《でき》ようものなら、それこそ|親密《しんみつ》な|親子《おやこ》の|関係《くわんけい》が|実際的《じつさいてき》に|結《むす》ばれるのですから、|左守神《さもりのかみ》さまを|兄《あに》に|勝《まさ》つて|尊敬《そんけい》するのは|当然《たうぜん》ですワ』
シエール『イヤ、|此奴《こいつ》ア|怪《け》しからぬ、モシ、|姫様《ひめさま》、|元《もと》を|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい。|御兄《おに》い|様《さま》は|本当《ほんたう》の|同胞《どうはう》だありませぬか、ハルナさまはアカの|他人《たにん》ですよ。|只《ただ》|結婚《けつこん》と|云《い》ふ|形式《けいしき》に|仍《よ》つて、|夫婦《ふうふ》となり|親子《おやこ》と|名《な》がついたものでせう。そこをよくお|考《かんが》へにならなくちや、|肝心《かんじん》のお|兄《に》いさまに|対《たい》し、|血《ち》で|血《ち》を|洗《あら》ふやうな、|惨事《さんじ》が|突発《とつぱつ》するかも|知《し》れませぬ。|能《よ》く|胸《むね》に|手《て》を|当《あ》てて|考《かんが》へて|戴《いただ》きたいものですな』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ、|何《いづ》れ|熟考《じゆくかう》の|上《うへ》|御返事《ごへんじ》を|致《いた》しませう』
ベルツ『|切《き》つても|切《き》れぬ、|同《おな》じ|母体《ぼたい》から|生《うま》れた|兄妹《きやうだい》といふ|事《こと》を|忘《わす》れないやうにしてくれよ。ああ|困《こま》つた|妹《いもうと》だなア。|之《これ》だから|女《をんな》に|高等教育《かうとうけういく》を|施《ほどこ》すと|困《こま》るのだ。|俺《おれ》の|両親《りやうしん》は|新《あたら》しがりやだつたから、たうとうこんなアバズレ|女《をんな》にして|了《しま》つたのだ』
カルナ|姫《ひめ》『ホホホホ、|私《わたし》ばかりか、お|兄《に》い|様《さま》|迄《まで》、こんな|悪党《あくたう》に、|高等教育《かうとうけういく》を|施《ほどこ》して|作《つく》り|上《あ》げて|了《しま》つたのですよ』
ベルツ『チヨツ、コレ、カルナ、|能《よ》く|思案《しあん》をして、|利害得失《りがいとくしつ》を|考《かんが》へたがよいぞや。キツト|兄妹《きやうだい》の|為《ため》にならないやうな|事《こと》をしてはなりませぬぞ』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ|承知《しようち》しました。|何卒《どうぞ》|兄妹《きやうだい》のために|兄妹《きやうだい》の|恋愛《れんあい》を|妨害《ばうがい》するやうな|事《こと》は|考《かんが》へて|貰《もら》つちやなりませぬぞや、ホホホホ、|左様《さやう》ならばお|二人《ふたり》さま、|十分《じふぶん》に|御思案《おしあん》をなさいませ。そして|良心《りやうしん》に|恥《はぢ》るやうな|事《こと》は|一刻《いつこく》も|早《はや》く|改《あらた》めて|頂《いただ》きたいものです。ハイエナ・イン・ベデコーツ|的《てき》な|行動《かうどう》をやつて、|呑臍《どんぜい》の|悔《くい》を|残《のこ》さないやう、それのみ|何卒《どうぞ》も|一度《いちど》|御熟考《ごじゆくかう》を|願《ねが》ひします』
と|二人《ふたり》を|諫《いさ》め|悠々《いういう》として、|吾《わが》|居間《ゐま》に|帰《かへ》り|行《ゆ》く。|後《あと》に|二人《ふたり》は|呆然《ばうぜん》として|吐息《といき》をもらし、|暫《しば》し|無言《むごん》の|幕《まく》を|開《ひら》いてゐる。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
第三章 |軟文学《なんぶんがく》〔一三六六〕
ビク|王国《わうこく》の|制度《せいど》は、|左守司《さもりのかみ》は|王《わう》の|師範役《しはんやく》となり、|国内《こくない》|一切《いつさい》の|枢要《すうえう》なる|事務《じむ》を|取扱《とりあつか》ふこととなつてゐた。そして|右守司《うもりのかみ》は|軍馬《ぐんば》の|権《けん》を|握《にぎ》り、|内寇外敵《ないこうぐわいてき》の|鎮圧《ちんあつ》に|努《つと》むる|職掌《しよくしやう》であつた。|左守司《さもりのかみ》のキユービツトは、|家令《かれい》のヱクスと|共《とも》に|密談《みつだん》を|凝《こ》らしてゐる。
|左守《さもり》『ヱクス、どうも|今日《こんにち》の|国情《こくじやう》は|日《ひ》に|月《つき》に|悪化《あくくわ》し、|国民《こくみん》|怨嗟《えんさ》の|声《こゑ》は|四方《しはう》に|充《み》ち、|各所《かくしよ》に|動乱《どうらん》|起《おこ》り、|暴徒《ばうと》は|其《その》|隙《すき》に|乗《じやう》じて|民家《みんか》を|焼《や》き|放《はな》ち、|白昼《はくちう》|強盗《がうたう》|往来《わうらい》し、|人《ひと》を|斬《き》り、|婦女《ふぢよ》を|辱《はづかし》め、|天下《てんか》は|麻《あさ》の|如《ごと》く|紊《みだ》れて|来《き》たではないか。ビクトリヤ|王様《わうさま》も|御老齢《ごらうれい》の|身《み》を|以《もつ》て、|日夜《にちや》|宸慮《しんりよ》を|悩《なや》ませ|玉《たま》ひ、|余《よ》に|向《むか》つて|種々《いろいろ》と|鎮圧《ちんあつ》の|道《みち》をお|尋《たづ》ね|遊《あそ》ばすけれ|共《ども》、|何《なに》を|云《い》うても|斯《か》かる|時《とき》には|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》つてゐない|為《ため》に、|強圧的《きやうあつてき》に|一時《いちじ》なり|共《とも》|鎮圧《ちんあつ》することが|出来《でき》ない。|何《なん》とかして|右守司《うもりのかみ》の|職権《しよくけん》を|左守《さもり》に|移《うつ》さなくては|仕方《しかた》がない。|何《なん》とか|妙案《めうあん》があるまいかな』
ヱクス『|何《なん》と|申《まを》しましても、|右守司《うもりのかみ》、|奸侫邪智《かんねいじやち》にして、ヒルナ|姫様《ひめさま》に|取入《とりい》り、|権《けん》を|恣《ほしいまま》に|致《いた》して|居《を》りますれば、|刹帝利様《せつていりさま》も、|左守司様《さもりのかみさま》も、|殆《ほとん》ど|有名無実《いうめいむじつ》の|有様《ありさま》、|実《じつ》に|残念《ざんねん》で|厶《ござ》います。|加《くは》ふるに|右守司《うもりのかみ》、|野心《やしん》を|包蔵《はうざう》し、|国内《こくない》の|動乱《どうらん》を|煽動《せんどう》し、|紛擾《ふんぜう》をして|益々《ますます》|大《だい》ならしめむとするの|傾向《けいかう》が|厶《ござ》いまする。モ|少《すこ》し|早《はや》く|軍隊《ぐんたい》を|動《うご》かし、|鎮撫《ちんぶ》にかかつたならば、|斯様《かやう》な|事《こと》にはならないのですが、|右守司《うもりのかみ》は|胸《むね》に|一物《いちもつ》ある|事《こと》とて、|此《この》|紛擾《ふんぜう》を|傍観《ばうかん》し、|軍隊《ぐんたい》を|以《もつ》て|民《たみ》に|向《むか》ふは、|政治《せいぢ》の|本義《ほんぎ》ではない、|民心《みんしん》を|怒《いか》らしむるは|危険《きけん》|至極《しごく》だと|主張《しゆちやう》し、|蔭《かげ》から|暴動《ばうどう》を|煽動《せんどう》し、|自発的《じはつてき》に|貴方《あなた》の|退位《たいゐ》を|余儀《よぎ》なくせしめ、|自《みづか》ら|取《と》つて|代《かは》らむとの|野心《やしん》が|仄見《ほのみ》えて|居《を》ります。|何《なん》とか|今《いま》の|内《うち》に|用意《ようい》を|致《いた》さねば、|取返《とりかへ》しのつかぬ|大事《だいじ》が|起《おこ》るだらうと、|私《わたし》も|昼夜《ちうや》|心胆《しんたん》を|砕《くだ》いて|居《を》ります。|加《くは》ふるに、|甚《はなはだ》|申上《まをしあ》げ|難《にく》い|事《こと》|乍《なが》ら、|左守司《さもりのかみ》の|跡《あと》をお|継《つ》ぎ|遊《あそ》ばすべき|御賢息様《ごけんそくさま》は、|耽美生活《たんびせいくわつ》だとか、|軟文学《なんぶんがく》だとか|云《い》つて、|荐《しきり》に|妙《めう》な|議論《ぎろん》をまくし|立《た》て、|国家《こくか》の|事《こと》などはチツトも|念頭《ねんとう》において|厶《ござ》らぬのだから、|困《こま》つた|事《こと》で|厶《ござ》います』
|左守《さもり》『|如何《いか》にも、|親《おや》の|目《め》にも、|彼奴《あいつ》は|困《こま》つた|奴《やつ》だと|思《おも》つてゐるのだ。|何《なん》とか|彼《かれ》を|甘《うま》く|改心《かいしん》させ、|王様《わうさま》の|為《ため》に|舎身的《しやしんてき》の|忠勤《ちうきん》を|励《はげ》むやうにさせたいものだなア。|併《しか》し|仄《ほの》かに|聞《き》けば|伜《せがれ》のハルナは|右守《うもり》の|妹《いもうと》、カルナに|対《たい》しラブ・レタースを|取交《とりかは》してゐるとやら|聞《き》いたが、それが|果《はた》して|真《まこと》なら、|何《なん》とかして|此《この》|結婚《けつこん》を|成立《せいりつ》させ、|災《わざはひ》を|未発《みはつ》に|防《ふせ》ぐ|手段《しゆだん》を|廻《めぐ》らさねばならぬ。|国内《こくない》の|紛擾《ふんぜう》を|治《をさ》めむとすれば、|先《ま》づ|城内《じやうない》の|暗闘《あんとう》を|防《ふせ》ぎ、|一致《いつち》|団結《だんけつ》しておかねば|右守司《うもりのかみ》の|術中《じゆつちう》に|陥《おちい》るやうな|事《こと》があつては|実《じつ》に|困《こま》るからなア』
ヱクス『|如何《いか》にも|御尤《ごもつと》もな|御説《おせつ》、ハルナ|様《さま》とカルナ|姫《ひめ》との|間《あひだ》に、|左様《さやう》な|消息《せうそく》があるとすれば、|一《ひと》つハルナ|様《さま》に|此処《ここ》に|来《き》て|貰《もら》つて、|御意見《ごいけん》を|承《うけたま》はつた|上《うへ》、|何《なん》とか|工夫《くふう》を|致《いた》さうだありませぬか』
|左守《さもり》『それも|一《ひと》つの|方法《はうはふ》だ。ヱクス、お|前《まへ》|一寸《ちよつと》|伜《せがれ》に|会《あ》うて、|意見《いけん》を|叩《たた》いて|来《き》てくれまいかな』
ヱクス『ハイ|畏《かしこ》まりました。|直様《すぐさま》ハルナ|様《さま》に|御面会《ごめんくわい》を|願《ねが》ひ、|御意見《ごいけん》を|承《うけたま》はつた|上《うへ》、|詳細《しやうさい》なる|復命《ふくめい》を|致《いた》しませう』
と|左守《さもり》の|室《しつ》を|後《あと》にしてハルナの|居間《ゐま》を|訪《おとづ》れた。ハルナは|一生懸命《いつしやうけんめい》に|机《つくゑ》に|凭《もた》れて、|少《すこ》し|青白《あをじろ》い|顔《かほ》をし|乍《なが》ら、マトリモーニアル・インスティチューシャンズを|繙《ひもと》き、|読《よ》み|耽《ふけ》つてゐた。そこへ|頑強《ぐわんきやう》な|無粋《ぶすゐ》な|忠義《ちうぎ》|一途《いちづ》のヱクスが、|古《ふる》い|頭《あたま》をニユツと|突出《つきだ》して、|糊《のり》つけ|物《もの》のバチバチを|着《き》たやうな|四角張《しかくば》つたスタイルで、ソツと|襖《ふすま》を|引《ひき》あけ、
ヱクス『ハイ、|御免《ごめん》|下《くだ》さいませ。ヱクスで|厶《ござ》います』
ハルナは|此《この》|声《こゑ》が|耳《みみ》に|這入《はい》らぬとみえて、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|結婚制度史《けつこんせいどし》の|上《うへ》に|目《め》を|注《そそ》ぎ、ゲツティング・マリドだとか、フヰジオロヂー・オブ・ラブなどと|首《くび》をかたげて|考《かんが》へて|居《ゐ》る。ヱクスは|頓狂《とんきやう》な|声《こゑ》を|出《だ》して、
ヱクス『モーシ、ハルナ|様《さま》』
と|呼《よば》はる|声《こゑ》にハツと|気《き》がつき、|慌《あわ》てて|結婚制度史《けつこんせいどし》を|机《つくゑ》の|引出《ひきだ》しにしまひこみ、|素知《そし》らぬ|顔《かほ》をして、|膝《ひざ》の|上《うへ》に|両手《りやうて》をキチンとおき、
ハルナ『ヤ、お|前《まへ》はヱクスだないか、|僕《ぼく》が|勉強《べんきやう》してる|所《ところ》へ|突然《とつぜん》やつて|来《き》たものだから、|面《めん》くらつて|了《しま》つたよ』
ヱクス『|又《また》|軟派文学《なんぱぶんがく》でも|耽読《たんどく》してゐられましたのでせう』
ハルナはハツとし|乍《なが》ら、|首《くび》を|左右《さいう》に|振《ふ》り、
ハルナ『アアイヤイヤ、|軟派《なんぱ》の|文学《ぶんがく》などは|青年《せいねん》の|読《よ》むべきものでない、|俺《おれ》は|硬派文学《かうはぶんがく》を|耽読《たんどく》してゐるのだ』
ヱクス『それでも、|貴方《あなた》、|机《つくゑ》の|上《うへ》にマトリモーニアル・インスティチューシャンズがチヨコチヨコおいてあるだありませぬか』
ハルナ『ウンあれか、あれは|結婚制度史《けつこんせいどし》だから、お|前《まへ》のやうな|既婚者《きこんしや》は|必要《ひつえう》はないが、|吾々《われわれ》には|強《あなが》ち|不必要《ふひつえう》と|断《だん》ずることは|出来《でき》ない。|併《しか》し|乍《なが》ら|少《すこ》し|許《ばか》り|軟派《なんぱ》でも|硬派《かうは》を|研究比較上《けんきうひかくじやう》、|一度《いちど》は|読《よ》んでおかなくちやならないからなア』
ヱクス『もし、ハルナ|様《さま》、|私《わたし》は|軟文学《なんぶんがく》が|大好物《だいかうぶつ》で|厶《ござ》いますよ。|貴方《あなた》の|不在中《ふざいちう》にも、チヨコチヨコ|拝借《はいしやく》しまして、|覗《のぞ》き|読《よ》みをさして|頂《いただ》きましたが、|随分《ずいぶん》|面白《おもしろ》いものですな』
ハルナ『|吾々《われわれ》の|参考書《さんかうしよ》を|無断《むだん》で、お|前《まへ》は|読《よ》んだのか、|怪《け》しからぬだないか』
ヱクスは|頭《あたま》を|掻《か》き|乍《なが》ら、
ヱクス『ヘー、|誠《まこと》に|済《す》みませぬ、|余《あま》り|面白《おもしろ》いものですから、お|父上《ちちうへ》に、ソツとお|見《み》せ|申《まを》しました|所《ところ》、|此《この》|様《やう》な|軟文学《なんぶんがく》は|汚《けが》らはしい、|雪隠壺《せつちんつぼ》へでも|放《ほ》り|込《こ》んで|了《しま》へ……とお|目玉《めだま》を|頂《いただ》くかと|思《おも》ひの|外《ほか》、|流石《さすが》はハルナ|様《さま》のお|父《とう》さま|丈《だけ》あつて、ヘヘヘヘヘ、|開《ひら》けたお|方《かた》ですよ。|内《うち》の|伜《せがれ》もここ|迄《まで》|徹底《てつてい》したか、|流石《さすが》は|私《わし》の|息子《むすこ》だ。これならば|左守《さもり》の|後《あと》を|継《つ》がしても|大丈夫《だいぢやうぶ》だ……と|以《もつ》ての|外《ほか》のお|喜《よろこ》び、|口《くち》を|極《きは》めて|御讃嘆《ごさんたん》、イヤもう|此《この》|頑固爺《ぐわんこおやぢ》も|意外《いぐわい》の|感《かん》に|打《う》たれ、それから|後《のち》といふものは、スツカリ|軟派《なんぱ》に|改悪《かいあく》……|否《いな》|改良《かいりやう》|致《いた》しまして、|此《この》|古《ふる》い|頭《あたま》もチツと|許《ばか》り|新《あたら》しくなりました。|此《この》|書籍《しよせき》のお|蔭《かげ》で|全《まつた》くヰータ・ヌーバの|気分《きぶん》になり、どこともなしに|心《こころ》が|若《わか》やいで|来《き》ましたがな、アハハハハ』
とうまくハルナの|精神《せいしん》にバツを|合《あは》さうとしてゐる|其《その》|老獪《らうくわい》さ。ハルナはヱクスの|心中《しんちう》を|知《し》らず、|大《おほい》に|喜《よろこ》んで、
ハルナ『|成程《なるほど》|父上様《ちちうへさま》も、|時代《じだい》に|目覚《めざ》め|遊《あそ》ばしたと|見《み》えるなア、イヤ|有難《ありがた》い|有難《ありがた》い。|元《もと》より|左守家《さもりけ》は|殺伐《さつばつ》な|軍馬《ぐんば》の|権《けん》を|扱《あつか》ふ|家《いへ》だない、|文学《ぶんがく》の|家《いへ》だから、お|父《とう》さまがさうなられるのも|当然《たうぜん》だ。お|前《まへ》も|今《いま》|迄《まで》の|様《やう》に|拙者《せつしや》の|恋愛論《れんあいろん》に|就《つい》て、|此《この》|上《うへ》ゴテゴテ|苦情《くじやう》は|云《い》はないだらうなア』
ヱクス『ハイ、|仰《おほ》せ|迄《まで》も|厶《ござ》いませぬ、|頭《あたま》は|禿《は》げても、|気《き》はヤツパリ|十七八《じふしちはち》、|貴方《あなた》の|御主義《ごしゆぎ》に|全部《ぜんぶ》|共鳴《きようめい》して|居《を》ります。アハハハハ』
ハルナ『|父上様《ちちうへさま》はそこ|迄《まで》|人間味《にんげんみ》がお|分《わか》りになつた|以上《いじやう》は、|僕《ぼく》の|主義《しゆぎ》にキツト|賛成《さんせい》して|下《くだ》さるだらうかな。レター・ライタの|中《なか》に|普通《ふつう》|一般《いつぱん》の|往復文《わうふくぶん》の|中《なか》にラブ・レターズが|混入《こんにふ》してゐる|今日《こんにち》の|教育法《けういくはふ》だから、ラブ・イズ・ベストの|真理《しんり》は|分《わか》つてゐるだらうなア。コーエデュケーシヤンの|行《おこな》はれてゐる|今日《こんにち》、|古《ふる》い|道徳《だうとく》に|捉《とら》はれて、|夫婦別《ふうふべつ》あり、|男女《だんぢよ》|席《せき》を|同《おなじ》うせずなどと、|旧套語《きうたうご》をふり|廻《まは》したり、|門閥結婚《もんばつけつこん》、|強圧結婚《きやうあつけつこん》、|無情結婚《むじやうけつこん》、|自分《じぶん》|以外《いぐわい》の|者《もの》が|定《さだ》める|結婚《けつこん》などの|迷夢《めいむ》は|醒《さ》まされたであらうなア』
ヱクス『|決《けつ》して|御心配《ごしんぱい》なさいますな。お|父《とう》さまはジュネス・アンテレック・テーエルですよ。キヨロキヨロしてゐると、|貴方《あなた》よりも|遥《はる》かに|新《あたら》しうなられますからな』
ハルナ『さうすると、|僕《ぼく》のゲツティング・マリドに|就《つい》ては|決《けつ》して|干渉《かんせう》せないと|云《い》ふ|御方針《ごはうしん》だな。|今《いま》|迄《まで》お|前達《まへたち》の|云《い》つて|居《を》つた、アメージング・マリーヂな|事《こと》を|強《しひ》られると、|俺《おれ》のやうな|文明人士《ぶんめいじんし》はサイキツク・トラウマを|来《きた》し|何時《いつ》の|間《ま》にか、ヒステリックになつて|了《しま》ふ。|今日《こんにち》の|親《おや》はすべてを|其《その》|子《こ》の|自由意志《じいういし》に|任《まか》すのが|賢明《けんめい》なる|親《おや》たるの|道《みち》だからなア』
ヱクス『|実《じつ》に|貴方《あなた》は|明敏《めいびん》な|頭脳《づなう》の|持主《もちぬし》ですな、|此《この》|親《おや》にして|此《この》|子《こ》あり、イヤ|早《はや》、|此《この》|頑固《ぐわんこ》なヱクスも|恐《おそ》れ|入《い》りました。|付《つ》いては|貴方《あなた》が|理想《りさう》の|妻《つま》となさる|御方《おかた》はきまつて|居《を》りますか』
ハルナ『きまつたでもなし、きまらぬでもなし、|今《いま》|熟考中《じゆくかうちう》だ。|何《なん》ぞ|好《い》い|機会《きくわい》があつたらお|前《まへ》に|相談《さうだん》してみたいと|思《おも》つてゐたのだが、|何分《なにぶん》|今《いま》|迄《まで》のお|前《まへ》と|俺《おれ》とは|思想上《しさうじやう》の|距離《きより》が|余《あま》り|甚《はなはだ》しいので、つい|言《い》ひ|出《だ》しかね、|今日《こんにち》|迄《まで》|煩悶苦悩《はんもんくなう》を|続《つづ》けて|来《き》たのだよ』
ヱクス『ハハハ、そんな|御心配《ごしんぱい》がいりますか、|娘《むすめ》が|乳母《うば》に|打《うち》あけるやうに、|私《わたし》は|左守家《さもりけ》の|家令《かれい》で|厶《ござ》いますから、|万一《まんいち》お|父《とう》さまが|亡《な》くなられた|後《あと》は、|貴方《あなた》の|直接《ちよくせつ》の|御家来《ごけらい》、どんな|事《こと》でも、|腹蔵《ふくざう》なく|仰有《おつしや》つて|頂《いただ》きたう|厶《ござ》います。|心《こころ》の|秘密《ひみつ》を|家令《かれい》の|私《わたし》にお|打明《うちあ》けなさらぬとは、|実《じつ》にお|水臭《みづくさ》い|御心根《おこころね》、ヱクスはお|恨《うら》み|致《いた》します』
とワザとに|袖《そで》に|空涙《からなみだ》を|拭《ぬぐ》ふ。ハルナは|得意《とくい》になり、
ハルナ『ヤア、そんなら|打明《うちあ》かすが、|実《じつ》の|所《ところ》は|右守司《うもりのかみ》の|妹《いもうと》カルナ|姫《ひめ》とゲッティング・マリドの|予約《よやく》が|出来《でき》てゐるのだ』
ヱクス『エツ、|何《なん》と|仰《おほ》せられます、あのカルナ|様《さま》と|情約締結《じやうやくていけつ》が|整《ととの》うたと|仰有《おつしや》るのですか……ヘーエ……|何《なん》と|貴方《あなた》も|辣腕家《らつわんか》ですな。|此《この》ヱクスもゾツコンから|感服《かんぷく》|致《いた》しました。ヤ、|大《おほい》におやりなさいませ、|双手《もろて》をあげて|家令《かれい》のヱクス|賛成《さんせい》|致《いた》します』
ハルナ『お|前《まへ》は|賛成《さんせい》してくれても、|肝心要《かんじんかなめ》の|父上《ちちうへ》の|御意思《ごいし》を|伺《うかが》はねば、まだ|安心《あんしん》する|所《ところ》へは|行《い》けない、よく|考《かんが》へて|見《み》よ。|右守《うもり》|左守《さもり》|両家《りやうけ》の|暗闘《あんとう》は|時々刻々《じじこくこく》に|激烈《げきれつ》になつて|来《き》てゐるのだからなア』
ヱクス『|貴方《あなた》にも|似合《にあは》ぬ|事《こと》を|仰有《おつしや》いますなア。|両家《りやうけ》の|暗闘《あんとう》は|暗闘《あんとう》だありませぬか。|人生《じんせい》に|取《と》つて|肝心要《かんじんかなめ》の、それが|為《ため》に、|結婚問題《けつこんもんだい》までも|犠牲《ぎせい》にするといふ|事《こと》がありますか、ソレヤ|問題《もんだい》が|違《ちが》ひますよ。キツトお|父上《ちちうへ》も|此《この》|問題《もんだい》に|就《つ》いては|賛成《さんせい》|遊《あそ》ばすことは|受合《うけあひ》です。|貴方《あなた》の|決心《けつしん》が|定《き》まれば、|一時《いちじ》も|早《はや》く、|及《およ》ばず|乍《なが》ら|此《この》ヱクスが|斡旋《あつせん》の|労《らう》をとらして|戴《いただ》きます。|御安心《ごあんしん》なされませ』
ハルナはさも|嬉《うれ》しげに、|包《つつ》みきれぬやうな|笑《ゑみ》を|頬《ほほ》に|泛《うか》べて、|恥《はづ》かしげに|俯《うつむ》いた。ヱクスはしてやつたりと、|心中《しんちう》に|頷《うなづ》き|乍《なが》ら、
ヱクス『ハルナ|様《さま》、|善《ぜん》は|急《いそ》げで|厶《ござ》いますから、|直様《すぐさま》お|父上《ちちうへ》に|申上《まをしあ》げ、|先方《せんぱう》に|掛合《かけあ》ふ|事《こと》に|致《いた》しませう』
とイソイソとして、|此《この》|場《ば》を|立出《たちい》で|左守司《さもりのかみ》の|居間《ゐま》に|一伍一什《いちぶしじふ》を|報告《はうこく》すべく|進《すす》み|行《ゆ》く。
|後《あと》にハルナは|天《てん》にも|上《のぼ》る|心地《ここち》して、
ハルナ『あああ、|時節《じせつ》が|来《き》たかなア、よく|開《ひら》けた|父上《ちちうへ》だ。|盤古神王様《ばんこしんのうさま》、|何卒《どうぞ》|此《この》|恋《こひ》が|完全《くわんぜん》に|成就《じやうじゆ》|致《いた》します|様《やう》に、|守《まも》らせ|玉《たま》へ、|幸《さきは》ひ|玉《たま》へ、|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》ませ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》ませ』
と|合掌《がつしやう》し、|結婚《けつこん》の|成立《せいりつ》を|祈願《きぐわん》した。|天井《てんじやう》から|鼠《ねづみ》がクウクウクウ チウチウチウ チーチー ドドドドド、バタバタバタと|鳴《な》き|乍《なが》ら|走《はし》る|声《こゑ》が|聞《きこ》えて|来《く》る。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
第四章 |蜜語《みつご》〔一三六七〕
ビクトリヤ|城《じやう》の|一間《ひとま》にはヒルナ|姫《ひめ》が|只《ただ》|一人《ひとり》、|琴《こと》を|弾《だん》じながら|述懐《じゆつくわい》を|歌《うた》つてゐる。
ヒルナ|姫《ひめ》『|此《この》|世《よ》の|司《つかさ》と|現《あ》れませる  |盤古神王《ばんこしんのう》|塩長彦命《しほながひこのみこと》は
|四方《よも》の|神々《かみがみ》|民草《たみぐさ》を  |常世《とこよ》の|春《はる》の|神国《しんこく》に
|救《すく》ひまさむと|御心《みこころ》を  |悩《なや》ませ|玉《たま》ふぞ|有難《ありがた》き
|妾《わらは》は|若《わか》き|身《み》を|以《もつ》て  ビクトリヤ|姫《ひめ》に|宮仕《みやつか》へ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|赤心《まごころ》を  |籠《こ》めて|誠《まこと》を|尽《つく》しつつ
|楽《たの》しき|日《ひ》をば|送《おく》る|折《をり》  |王妃《わうひ》の|君《きみ》は|如何《いかが》しけむ
|無常《むじやう》の|風《かぜ》に|誘《さそ》はれて  あの|世《よ》の|人《ひと》となりましぬ
|妾《わらは》は|歎《なげ》き|悲《かな》しみて  |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|大神《おほかみ》に
|其《その》|冥福《めいふく》を|祈《いの》れども  |逝《ゆ》きにし|人《ひと》は|帰《かへ》り|来《こ》ず
いとど|淋《さび》しき|秋《あき》の|夕《ゆふ》  |野辺《のべ》にすだく|虫《むし》の|声《こゑ》
いとど|晴《あは》れを|催《もよほ》して  |生《い》くる|甲斐《かひ》なき|悩《なや》みに|沈《しづ》む
|草葉《くさば》の|露《つゆ》に|照《て》る|月《つき》も  |何処《いづく》ともなく|光《ひかり》|褪《あ》せ
|星《ほし》の|影《かげ》さへおぼろげに  |見《み》ゆる|折《をり》しも|後《うしろ》より
ヒルナ ヒルナと|玉《たま》の|声《こゑ》  |乙女《をとめ》の|胸《むね》は|轟《とどろ》きつ
|後振返《あとふりかへ》り|眺《なが》むれば  |思《おも》ひもかけぬビクトリヤ|王《わう》の|君《きみ》
|此方《こなた》に|来《きた》れとさし|招《まね》き  |妾《わらは》を|居間《ゐま》に|伴《ともな》ひて
いとも|優《やさ》しき|言《こと》の|葉《は》に  |姫君様《ひめぎみさま》の|御心《みこころ》を
|推《お》し|量《はか》らひて|一度《ひとたび》は  |否《いな》みつれ|共《ども》なかなかに
|許《ゆる》し|玉《たま》はぬ|吾《わが》|君《きみ》の  |厚《あつ》き|心《こころ》に|絆《ほだ》されて
|女御更衣《にようごかうい》を|踏《ふ》み|越《こ》えて  |后《きさき》の|宮《みや》とのぼりける
さはさり|乍《なが》ら|何《なん》となく  |心《こころ》おちゐぬ|思《おも》ひにて
|三歳《みとせ》|四歳《よとせ》を|越《こ》ゆる|内《うち》  |此上《こよ》なき|者《もの》と|妾《わらは》をば
|慈《いつくしみ》まししあが|君《きみ》は  |今《いま》は|冷《つめ》たき【あき】|風《かぜ》の
|吹《ふ》き|荒《すさ》むこそ|悲《かな》しけれ  せめて|妾《わらは》が|心《こころ》をば
|慰《なぐさ》めくるる|者《もの》あらば  |永《なが》き|一夜《ひとよ》を|語《かた》らひて
|吾《わが》|身《み》の|憂《うき》を|晴《は》らさむと  |思《おも》ふ|折《をり》しも|顔容《かほかたち》
いと|美《うる》はしき|右守《うもり》の|司《かみ》  ベルツ|司《つかさ》が|忠実《まめや》かに
|何《なに》くれとなく|妾《わらは》が|身《み》を  |守《まも》り|玉《たま》へる|嬉《うれ》しさよ
|誠《まこと》のこもる|彼《かれ》が|心《こころ》に|絆《ほだ》されて  |割《わ》りなき|仲《なか》となりつれど
|人目《ひとめ》を|忍《しの》ぶ|恋《こひ》の|仲《なか》  |女御更衣《にようごかうい》や|下女《しもをんな》
|下僕《しもをとこ》|等《ら》に|二人《ふたり》が|仲《なか》を  |悟《さと》られはせぬかと|朝《あさ》な|夕《ゆふ》な|心《こころ》を|砕《くだ》き
|身《み》を|苦《くる》しむることは|幾度《いくたび》か  |日《ひ》に|日《ひ》に|積《つ》もる|恋《こひ》の|淵《ふち》
|深《ふか》くはまりし|二人《ふたり》が|仲《なか》  もしや|吾《わが》|背《せ》の|御耳《おんみみ》に
|響《ひび》きはせぬかと  |心《こころ》を|千々《ちぢ》に|砕《くだ》きつつ
|悲《かな》しき|月日《つきひ》を|送《おく》る|身《み》の  |何《なん》と|詮方《せんかた》なく|涙《なみだ》
|尽《つ》きせぬ|縁《えにし》を|永久《とこしへ》に  |守《まも》らせ|玉《たま》へウラル|教《けう》の
|教《をしへ》を|守《まも》り|玉《たま》ふ  |塩長彦《しほながひこ》の|大神《おほかみ》よ
|吾《わが》|背《せ》の|君《きみ》は|七十路《ななそぢ》を  |早《はや》くも|越《こ》えさせ|玉《たま》ひぬれど
いとど|頑固《かたくな》にましまして  |妾《わらは》が|新《あたら》しき|思想《しさう》を
|汲《く》ませ|玉《たま》はず  |古《ふる》き|聖《ひじり》の|道《みち》をのみ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|楯《たて》となし  |世《よ》は|追《お》ひ|追《お》ひと|紊《みだ》れはて
|社稷《しやしよく》|危《あやふ》くなりつれど  |左守司《さもりのかみ》のキユービツト
|彼《かれ》が|頑迷不霊《ぐわんめいふれい》より  |時代《じだい》|思想《しさう》に|逆行《ぎやくかう》し
|益々《ますます》|世《よ》をば|乱《みだ》し|行《ゆ》く  |実《じつ》に|浅《あさ》ましの|世《よ》の|中《なか》よ
|時代《じだい》に|目醒《めざ》めし|右守司《うもりがみ》  ベルツの|司《つかさ》は|逸早《いちはや》く
|妾《わらは》が|心《こころ》を|汲《く》み|取《と》りて  |古《ふる》き|尊《たふと》きビクの|国《くに》
いや|永久《とこしへ》に|守《まも》らむと  |赤《あか》き|心《こころ》の|限《かぎ》りをば
|尽《つく》させ|玉《たま》へど|背《せ》の|君《きみ》や  |左守《さもり》の|君《きみ》は|一々《いちいち》に
|右守《うもり》の|言葉《ことば》を|否《いな》みつつ  |至治太平《しちたいへい》の|経綸《けいりん》を
|申上《まをしあ》ぐれど|何時《いつ》とても  |手《て》もなく|拒絶《きよぜつ》ましましぬ
ああ|如何《いか》にせむビクの|国《くに》  |柱《はしら》ともなり|杖《つゑ》となり
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|支《ささ》へむと  |思《おも》ふ|人《ひと》とてあらざるか
|右守司《うもりのかみ》は|幸《さいはひ》に  |兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》れ|共《ども》
|妄《みだり》に|兵《へい》を|動《うご》かすは  |却《かへつ》て|世人《よびと》の|心《こころ》をば
|悪化《あくくわ》せしむるものなりと  |平和《へいわ》の|意見《いけん》を|主張《しゆちやう》して
|防《ふせ》ぎもやらず|何時《いつ》|迄《まで》も  |如何《いか》なる|奇策《きさく》のましますか
|動《うご》かざるこそうたてけれ  さはさり|乍《なが》ら|妾《わらは》とて
|吾《わが》|背《せ》の|君《きみ》を|振《ふ》り|棄《す》てて  |道《みち》ならぬ|道《みち》を|行《ゆ》くべき
|女《をんな》にあらねども  |世《よ》の|成行《なりゆき》を|伺《うかが》へば
|右守《うもり》に|依《よ》るより|外《ほか》はなし  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御魂《みたま》の|幸《さちは》ひて  |一日《ひとひ》も|早《はや》く|背《せ》の|君《きみ》や
|左守《さもり》の|司《かみ》の|頑迷《ぐわんめい》を  |晴《は》らさせ|玉《たま》ひてビクの|国《くに》
いや|永久《とこしへ》に|守《まも》らせ|玉《たま》へ  ヒルナの|姫《ひめ》が|大前《おほまへ》に
|玉《たま》の|小琴《をごと》を|弾《だん》じつつ  |神慮《しんりよ》を|慰《なぐさ》め|願《ね》ぎまつる』
|斯《か》かる|所《ところ》へ|恭《うやうや》しく|衣紋《えもん》を|繕《つくろ》ひ、|二三《にさん》の|城内《じやうない》の|役員《やくゐん》に|導《みちび》かれて、|参上《さんじやう》したのは|右守司《うもりのかみ》のベルツであつた。ベルツは|主人気取《しゆじんきど》りで、さも|横柄《わうへい》に|入《い》り|来《きた》り、|三人《さんにん》の|役員《やくゐん》に|向《むか》ひ、
ベルツ『ヤア、|御苦労《ごくらう》で|厶《ござ》つた。|少時《しばし》|国政上《こくせいじやう》の|事《こと》に|就《つ》いて、|姫様《ひめさま》にお|伺《うかが》ひ|致《いた》したい|事《こと》あれば、|汝等《なんぢら》は|元《もと》の|席《せき》に|帰《かへ》つたがよからう』
『ハイ』と|三人《さんにん》は|其《その》|場《ば》を|立去《たちさ》つた。そして|三人《さんにん》はソツと|次《つぎ》の|間《ま》に|姿《すがた》を|隠《かく》して、|二人《ふたり》の|談話《だんわ》を|一言《いちごん》も|洩《も》らさじと|聞耳《ききみみ》|立《た》ててゐた。|之《これ》はラム、リツト、ベールといふ|城内《じやうない》の|属官《ぞくくわん》である。そしてヒルナ|姫《ひめ》と|右守司《うもりのかみ》の|間柄《あひだがら》が|此《この》|頃《ごろ》|少《すこ》し|変《へん》なので、|左守司《さもりのかみ》の|内意《ないい》を|受《う》けて|常《つね》に|注意《ちうい》の|眼《まなこ》をみはつてゐたのである。
ヒルナ|姫《ひめ》、ベルツはラム、リツト、ベールの|三人《さんにん》が|次《つぎ》の|間《ま》に|聞《き》いてゐるとは|少《すこ》しも|気付《きづ》かなかつた。ベルツは|横柄《わうへい》に|姫《ひめ》の|前《まへ》に|胡座《あぐら》をかき、|煙草《たばこ》を|燻《くゆ》らし|乍《なが》ら、
ベルツ『|姫《ひめ》さま、|俄《にはか》に|御相談《ごさうだん》|申《まを》したい|事《こと》が|出来《でき》ましたので、|一寸《ちよつと》|参《まゐ》りました』
ヒルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》は|何《なん》とか かんとか|云《い》つて、|妾《わらは》に|遠《とほ》ざかること|計《ばか》り|考《かんが》へて|居《を》りますね。|今日《こんにち》の|御相談《ごさうだん》と|云《い》ふのは、|又《また》、|例《れい》のお|惚気《のろけ》でせう。|左様《さやう》な|事《こと》は、|国家《こくか》|多事《たじ》の|今日《こんにち》、|耳《みみ》を|藉《か》す|訳《わけ》には|参《まゐ》りませぬ。|貴方《あなた》はテーナさまの|所《ところ》へ|行《い》つて、|御相談《ごさうだん》なさる|方《はう》が|可《い》いでせう、チツと|方角違《はうがくちが》ひぢやありませぬか』
ベルツ『さう、いきなり|攻撃《こうげき》の|矢《や》を|向《む》けられては|恐《おそ》れ|入《い》ります。|八尺《はつしやく》の|男子《だんし》も|到底《たうてい》|太刀打《たちうち》が|出来《でき》ませぬ。|今日《こんにち》|参《まゐ》りましたのは|左様《さやう》な|陽気《やうき》な|事《こと》ぢや|厶《ござ》いませぬ。|小《せう》にしては|右守家《うもりけ》の|一大事《いちだいじ》、|大《だい》にしてはビク|一国《いつこく》の|一大事《いちだいじ》で|厶《ござ》います。|夫《そ》れ|故《ゆゑ》|貴女様《あなたさま》にトツクリと|御相談《ごさうだん》を|申《まを》し、|御意見《ごいけん》を|承《うけたま》はつた|上《うへ》|処決《しよけつ》しようと|思《おも》ひ、|罷出《まかりい》でました。|何卒《どうぞ》|真面目《まじめ》にお|聞《き》き|下《くだ》さい。|貴女《あなた》は|此《この》|右守《うもり》を|薬籠中《やくろうちう》の|者《もの》となし、|御都合《ごつがふ》の|好《よ》い|時《とき》|計《ばか》りうまく|利用《りよう》して、|用《よう》がなくなれば、|弊履《へいり》を|捨《す》つるが|如《ごと》き|残酷《ざんこく》な|目《め》に|会《あ》はす|御考《おかんが》へでせう、どうもマ|一《ひと》つ、|貴女《あなた》に|対《たい》して|気《き》のゆるせない|所《ところ》があるやうに|思《おも》はれてなりませぬワ』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホ、ようそんな|事《こと》が、どこを|押《おさ》へたら|仰有《おつしや》れますか、|貴方《あなた》と|私《わたし》の|仲《なか》は|切《き》つても|切《き》れぬ|関係《くわんけい》が|結《むす》ばれてゐるぢやありませぬか。イターナルにユニオンして|此《この》|国家《こくか》を|守《まも》らうと|御約束《おやくそく》されたでせう。それに|就《つ》いても|貴方《あなた》の|要求《えうきう》を|入《い》れて、|女《をんな》の|行《ゆ》く|可《べか》らざる|道《みち》|迄《まで》|行《い》つたではありませぬか。|左様《さやう》な|事《こと》を|仰有《おつしや》るとは、|実《じつ》に|残酷《ざんこく》と|申《まを》すもの、|少《すこ》しは|妾《わらは》の|心《こころ》も|推量《すゐりやう》して|下《くだ》さいませ。|仮令《たとへ》|二人《ふたり》がインフエルノの|底《そこ》へ|墜《お》ちても、|共々《ともども》に|国家《こくか》の|為《ため》に|尽《つく》さうと|誓《ちか》つた|仲《なか》だありませぬか』
ベルツ『イヤ、|恐《おそ》れ|入《い》りました。それに|間違《まちが》ひは|厶《ござ》いませぬ。|併《しか》し|乍《なが》ら|今日《こんにち》|御相談《ごさうだん》に|参《まゐ》つたといふのは|真剣《しんけん》です、|私《わたし》の|妹《いもうと》カルナ|姫《ひめ》、|人《ひと》もあらうに|左守司《さもりのかみ》の|馬鹿息子《ばかむすこ》ハルナに|恋着《れんちやく》|致《いた》し、|何時《いつ》の|間《ま》にかラブ・レタースを|往復《わうふく》させ、|最早《もはや》|挺《てこ》でも|棒《ぼう》でも|動《うご》かない|様《やう》になつて|了《しま》つたので|厶《ござ》います。|就《つ》いては|貴女《あなた》も|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り、|頑迷不霊《ぐわんめいふれい》な|左守《さもり》の|伜《せがれ》ハルナの|如《ごと》き|柔弱漢《にうじやくかん》に、|妹《いもうと》をやるといふ|事《こと》は、|総《すべ》ての|計劃上《けいくわくじやう》に|於《おい》て、|大変《たいへん》な|番狂《ばんくる》はせを|来《きた》しはせまいかと、|家令《かれい》のシエールと|共《とも》に|頭《あたま》を|悩《なや》めて|居《を》ります。|姫様《ひめさま》の|御考《おかんが》へは|如何《いかが》で|厶《ござ》いますか』
ヒルナ|姫《ひめ》は|俯《うつ》むいて|少時《しばし》|考《かんが》へてゐたが、やがて|微笑《びせう》を|洩《も》らし|乍《なが》ら、
ヒルナ|姫《ひめ》『コレ|右守《うもり》さま それは|願《ねが》うてもなき|出来事《できごと》だありませぬか、|此《この》|結婚《けつこん》がうまく|行《ゆ》けば、カルナさまは|貴方《あなた》の|妹《いもうと》、|何《なに》かにつけて|万事《ばんじ》|都合《つがふ》が|宜《よろ》しいでせう、|言《い》はばスパイを|敵《てき》の|陣中《ぢんちう》に|放《はな》つた|様《やう》なもの、こんな|好都合《かうつがふ》はありますまい』
ベルツ『|併《しか》し|乍《なが》らカルナといふ|奴《やつ》ア、|左様《さやう》な|融通《ゆうづう》の|利《き》く|女《をんな》とは、どうしても|考《かんが》へられませぬ。|彼《かれ》は|只々《ただただ》ラブ・イズ・ベストだと|云《い》つて、|恋愛《れんあい》|計《ばか》りに|心《こころ》を|傾《かたむ》け、|且《かつ》|又《また》|拙者《せつしや》の|行動《かうどう》を|諫《いさ》め|様《やう》とする|傾向《けいかう》が|厶《ござ》いますから、|却《かへつ》て|左守司《さもりのかみ》の|家《いへ》に|遣《つか》はさうものなら、なまじひ|道徳論《だうとくろん》に|惑溺《わくでき》して、|兄貴《あにき》に|弓《ゆみ》を|引《ひ》くやうな|事《こと》が|出来《しゆつたい》|致《いた》さぬかと、それ|計《ばか》りが|心配《しんぱい》に|堪《た》へませぬ。|願《ねが》はくば|貴女様《あなたさま》より|刹帝利様《せつていりさま》に|言葉《ことば》を|尽《つく》して、|此《この》|縁談《えんだん》が|成功《せいこう》せない|様《やう》に|水《みづ》をさして|戴《いただ》きたいと|存《ぞん》じまして、|御相談《ごさうだん》にあがりました。|刹帝利様《せつていりさま》の|言葉《ことば》ならば|鶴《つる》の|一声《ひとこゑ》いかに|熱烈《ねつれつ》な|恋《こひ》の|擒《とりこ》となつた|妹《いもうと》のカルナも、|之《これ》には|反《そむ》く|訳《わけ》には|参《まゐ》りますまい。|何卒《どうぞ》|一《ひと》つ|御骨折《おほねをり》を|願《ねが》ひたいもので|厶《ござ》います。|家令《かれい》のシエールと|種々《しゆじゆ》|協議《けふぎ》を|凝《こ》らしてみましたが、どうしてもそれより|方法《はうはふ》はなきものと|考《かんが》へます。|一度《いちど》は|妹《いもうと》を|左守家《さもりけ》へ|遣《つか》はした|方《はう》が|目的《もくてき》|遂行上《すゐかうじやう》、|都合《つがふ》が|好《よ》からうかと|存《ぞん》じ、|略《ほぼ》それに|内定《ないてい》して|居《を》りましたが、|翻《ひるがへ》つて|熟考《じゆくかう》すれば、こんな|危険《きけん》なことはないと|考《かんが》へました。|何卒《どうぞ》|此《この》|縁談《えんだん》に|就《つ》いては|到底《たうてい》|兄《あに》の|力《ちから》では|破《やぶ》ることは|出来《でき》ませぬから、|貴方《あなた》の|御力《おちから》を|借《かり》るより|道《みち》は|厶《ござ》いませぬ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|御心配《ごしんぱい》なさいますな、|今日《こんにち》|右守家《うもりけ》|左守家《さもりけ》の|暗闘《あんとう》を|融和《ゆうわ》させるには、これ|位《くらゐ》|好《よ》い|機会《きくわい》はありませぬ。|如何《いか》にビクの|刹帝利家《せつていりけ》が|古《ふる》くから|続《つづ》き、|権力《けんりよく》があるとは|云《い》へ、|肝心《かんじん》の|左守《さもり》|右守《うもり》の|司《かみ》たる|竜虎《りようこ》|互《たがひ》に|争《あらそ》ふ|時《とき》は、どちらも|勢《いきほひ》|全《まつた》からず、|遂《つひ》には|内部《ないぶ》より|破綻《はたん》を|来《きた》し、|国家《こくか》の|滅亡《めつぼう》を|来《きた》すは|目《ま》のあたりで|厶《ござ》います。|実《じつ》に|国家《こくか》の|為《ため》、|刹帝利家《せつていりけ》のために、こんな|結構《けつこう》な|縁談《えんだん》はありますまい。|此《この》|事《こと》|許《ばか》りはヒルナ|姫《ひめ》、|飽《あ》く|迄《まで》も|熟考《じゆくかう》をして|貰《もら》ひたい|事《こと》を|主張《しゆちやう》|致《いた》します』
ベルツ『|成程《なるほど》、それも|却《かへつ》て|可《い》いかも|知《し》れませぬ。|然《しか》らば|何事《なにごと》も|姫様《ひめさま》にお|任《まか》せ|致《いた》します。|何分《なにぶん》|宜《よろ》しく|御願《おねが》ひ|致《いた》しませう』
ヒルナ|姫《ひめ》『|左様《さやう》ならば、これから|左守司《さもりのかみ》を|呼《よ》びよせ、|篤《とく》と|妾《わらは》より|申渡《まをしわた》すで|厶《ござ》いませう。サア|又《また》|壁《かべ》に|耳《みみ》あり、|天《てん》に|口《くち》あり、|或《ある》|時機《じき》まで|此《この》|秘密《ひみつ》が|洩《も》れないやう、|早《はや》くお|帰《かへ》り|下《くだ》さいませ』
ベルツ『|大変《たいへん》に|秋風《あきかぜ》が|吹《ふ》いたと|見《み》え、|箒《はうき》で|掃《は》くやうになさいますな。マア|一服《いつぷく》して|帰《かへ》れと|仰有《おつしや》つても、|余《あま》り|罰《ばち》は|当《あた》りますまい。|又《また》|私《わたし》は|一息《ひといき》や|二息《ふたいき》、ここで|煙草《たばこ》|位《ぐらゐ》|頂《いただ》いても、|余《あま》り|差支《さしつか》へない|様《やう》に|考《かんが》へますがなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『|又《また》そんな|事《こと》を|云《い》つて、|私《わたし》を|困《こま》らせるのですか、そんなら|百年《ひやくねん》なつと|千年《せんねん》なつと ここでお|煙草《たばこ》をあがつて|下《くだ》さい』
ベルツ『ハハハハ、イヤ|真《まこと》に|恐《おそ》れ|入《い》りました。|左様《さやう》なれば|邪魔者《じやまもの》は|直様《すぐさま》、|御前《ごぜん》を|下《さが》りませう。そこらに|箒《はうき》を|逆様《さかさま》にして|頬《ほほ》かぶりがさしてあれば、どうぞ|元《もと》へ|直《なほ》して|下《くだ》さいませ、エヘヘヘヘ』
と|厭《いや》らしい|笑《ゑみ》を|残《のこ》し、スタスタと|廊下《らうか》に|足音《あしおと》をさせ|乍《なが》ら、|吾《わが》|館《やかた》をさして|帰《かへ》り|行《ゆ》く。ラム、リツト、ベールの|三人《さんにん》は|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見合《みあは》せて|苦笑《くせう》し|乍《なが》ら、|足《あし》を|忍《しの》ばせ|左守司《さもりのかみ》の|館《やかた》をさして|急《いそ》ぎ|行《ゆ》く。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
第五章 |愛縁《あいえん》〔一三六八〕
ヒルナ|姫《ひめ》の|急使《きふし》によつて|左守司《さもりのかみ》キユービツトは|倉皇《さうくわう》として|衣紋《えもん》を|整《ととの》へ|恭《うやうや》しく|伺候《しこう》した。
|左守《さもり》『キユービツトがお|招《まね》きによつて|急《いそ》ぎ|参上《さんじやう》|仕《つかまつ》りました。|御用《ごよう》の|趣《おもむき》|仰《おほ》せ|聞《き》け|下《くだ》されますれば|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます』
ヒルナ|姫《ひめ》『キユービツト、|其方《そなた》に|折入《をりい》つて|急《きふ》に|相談《さうだん》|致《いた》したい|事《こと》があるのだ。そこは|端近《はしぢか》、|近《ちか》う|寄《よ》つて|下《くだ》さい』
|左守《さもり》『はい、|畏《おそ》れ|多《おほ》う|厶《ござ》いますが、|御仰《おんおほ》せ|否《いな》み|難《がた》く|失礼《しつれい》|致《いた》します』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら|姫《ひめ》の|三尺《さんじやく》|許《ばか》り|前《まへ》まで|進《すす》み|出《い》でた。ヒルナ|姫《ひめ》は|声《こゑ》を|低《ひく》うして|四辺《あたり》に|心《こころ》を|配《くば》り|乍《なが》ら、
ヒルナ|姫《ひめ》『ヤ、|左守殿《さもりどの》、|外《ほか》でもないが|其方《そなた》の|息子《むすこ》ハルナ|殿《どの》に|嫁《よめ》を|与《あた》へ|度《た》いと|思《おも》ふのだがお|受《う》けをなさるかな』
|左守《さもり》『これはこれは|思《おも》ひもよらぬ|御親切《ごしんせつ》、|左守《さもり》|身《み》にとつて|有難《ありがた》き|幸福《しあわせ》に|存《ぞん》じます。|然《しか》し|乍《なが》ら|此《この》|結婚問題《けつこんもんだい》ばかりは|本人《ほんにん》と|本人《ほんにん》との|意志《いし》が|疎通《そつう》せなくては、|本人《ほんにん》|以外《いぐわい》の|私《わたくし》が|何程《なにほど》|親《おや》だと|云《い》つても|直様《すぐさま》お|答《こたへ》する|訳《わけ》には|参《まゐ》りませぬ。|今日《こんにち》は|凡《すべ》て|世《よ》の|中《なか》が|昔《むかし》と|変《かは》り|夫婦関係《ふうふくわんけい》に|就《つ》いても|結婚問題《けつこんもんだい》に|就《つ》いても、|恋愛《れんあい》|其《その》ものを|基礎《きそ》とせなくては|可《い》かない|事《こと》になつて|居《を》りまする。|夫婦《ふうふ》|仲良《なかよ》く|暮《くら》して|呉《く》れるのが|所謂《いはゆる》|親孝行《おやかうかう》でもあり、|凡《すべ》ての|事業《じげふ》のためでもあります。|人間生活《にんげんせいくわつ》の|本来《ほんらい》としては、|如何《どう》しても|相思《さうし》の|男女《だんぢよ》が|結婚《けつこん》を|致《いた》さねば|親《おや》の|力《ちから》や|権力《けんりよく》で|圧迫《あつぱく》しても|到底《たうてい》|末《すゑ》が|遂《と》げられないでせう。|親子《おやこ》が|衝突《しようとつ》したり、|夫婦《ふうふ》の|間《あひだ》に|悲劇《ひげき》の|起《おこ》るのも、|所謂《いはゆる》|思想上《しさうじやう》の|誤謬《ごびう》と、|其《その》|誤謬《ごびう》ある|思想《しさう》から|出来《でき》た|現代《げんだい》の|法則《はふそく》や|道徳《だうとく》や、いろいろのものの|欠陥《けつかん》や、|不完全《ふくわんぜん》から|生《しやう》ずるものであります。|親《おや》の|言《い》ひ|条《でう》につき|親孝行《おやかうかう》せむがために|恋人《こひびと》と|添《そ》ひ|遂《と》げられなかつたり、|又《また》は|或《ある》|事情《じじやう》のために|生木《なまき》を|裂《さ》かれて|女《をんな》を|離別《りべつ》したりする|事《こと》は、|人間《にんげん》としては|断《だん》じて|真直《まつすぐ》な|生活《せいくわつ》と|云《い》ふ|事《こと》は|出来《でき》ませぬ。|此《この》|問題《もんだい》は|篤《とく》と|考《かんが》へさして|頂《いただ》かねばなりませぬ』
ヒルナ|姫《ひめ》『そらさうですとも。|人間《にんげん》が|拵《こしら》へた|金銭《きんせん》|財宝《ざいはう》|等《など》|云《い》ふものが|邪魔《じやま》したり、|家族制度《かぞくせいど》に|欠点《けつてん》があつたり、|法律《はふりつ》が|不備《ふび》であつたり|又《また》は|周囲《しうゐ》の|人々《ひとびと》の|物《もの》の|考《かんが》へ|方《かた》に|時代錯誤《じだいさくご》があつたり、|或《あるひ》は|其処《そこ》に|野卑《やひ》|不劣《げれつ》な|私慾《しよく》が|働《はたら》いたり、|種々雑多《しゆじゆざつた》の|理由《りいう》によつて、|人間的《にんげんてき》|生活《せいくわつ》が|破壊《はくわい》されて、|純正《じゆんせい》の|恋愛《れんあい》|其《その》ものは|忠孝友誼《ちうかういうぎ》などの|為《ため》にも、|断《だん》じて|犠牲《ぎせい》とせらるべき|性質《せいしつ》のものではありませぬ。|忠信孝貞《ちうしんかうてい》、|何《いづ》れの|美《び》|徳《とく》をとつて|見《み》ても|其《その》|根底《こんてい》には|必《かなら》ず|大《だい》なる【ラブ】の|力《ちから》が|動《うご》いてゐるものです。|世間《せけん》に|沢山《たくさん》|起《おこ》る|恋愛的《れんあいてき》|悲劇《ひげき》について|深《ふか》く|考《かんが》へて|見《み》ますと、|必《かなら》ず|舅《しうと》|姑《しうとめ》の|不当《ふたう》の|跋扈《ばつこ》とか、|或《あるひ》は|金銭《きんせん》の|災《わざはひ》とか、|結婚《けつこん》|当事者《たうじしや》の|無思慮《むしりよ》とか、|階級制度《かいきふせいど》の|誤謬《ごびう》とか、|法律制度《はふりつせいど》の|不完全《ふくわんぜん》とか、|何《なん》とかかんとか|云《い》つて、|真《しん》に|人間《にんげん》としては|其《その》|本質的《ほんしつてき》でない|事柄《ことがら》が|多《おほ》く|禍根《くわこん》をなしてゐる|事《こと》を|発見《はつけん》するものであります。それ|故《ゆゑ》|互《たがひ》に|諒解《りやうかい》のない|結婚《けつこん》を|強圧的《きやうあつてき》に|強《しひ》るのは、|実《じつ》に|危険千万《きけんせんばん》と|云《い》ふ|事《こと》は、|此《この》ヒルナもよく|承知《しようち》してゐます。|然《しか》し|乍《なが》ら、|妾《わらは》がハルナ|殿《どの》に|嫁《よめ》を|貰《もら》へとお|勧《すす》めするのは|決《けつ》して|政略的《せいりやくてき》でもなければ|強圧的《きやうあつてき》でもなく、|又《また》|御都合主義《ごつがふしゆぎ》でもありませぬ。ハルナ|殿《どの》は|恋人《こひびと》の|右守司《うもりのかみ》の|妹《いもうと》カルナ|姫《ひめ》と|互《たがひ》に【ラブ】しあひ、|殆《ほと》んど|白熱化《はくねつくわ》せむとする|勢《いきほひ》で|厶《ござ》います。かくの|如《ごと》き|神聖《しんせい》な|恋愛《れんあい》を|等閑《とうかん》に|附《ふ》して|置《お》かうものなら|何時《いつ》|心中沙汰《しんぢうざた》が|突発《とつぱつ》するか|分《わか》りますまい。さすれば|左守《さもり》、|右守《うもり》|両家《りやうけ》の|恥辱《ちじよく》のみならず|妾《わらは》|等《たち》の|恥《はぢ》で|厶《ござ》いますれば、|災《わざはひ》を|未然《みぜん》に|防《ふせ》ぎ|完全《くわんぜん》なるラブを|遂行《すゐかう》せしめ、|両家《りやうけ》の|和合《わがふ》を|図《はか》り、|国家《こくか》を|泰山《たいざん》の|安《やす》きに|置《お》かむとする|一挙両得《いつきよりやうとく》の|美挙《びきよ》だと|考《かんが》へます。|左守殿《さもりどの》|妾《わらは》の|言葉《ことば》に|無理《むり》が|厶《ござ》いますか』
|左守《さもり》『はい、|実《じつ》に|新《あたら》しき|新空気《しんくうき》を|注入《ちうにふ》して|頂《いただ》きまして、この|古《ふる》い|頭《あたま》も|何《なん》だか|甦《よみがへ》つた|様《やう》な|心持《こころもち》が|致《いた》します。|成程《なるほど》|姫様《ひめさま》のお|説《せつ》の|通《とほ》り、|私《わたくし》もウロウロ|其《その》|消息《せうそく》を|聞《き》かぬでも|厶《ござ》いませぬが、|余《あま》りの|事《こと》で、|貴女《あなた》に|申上《まをしあ》ぐるも|畏《おそ》れ|多《おほ》いと、|今日《けふ》|迄《まで》|秘密《ひみつ》にして|居《を》りましたが、|姫様《ひめさま》にそれ|迄《まで》お|分《わか》りになつて|居《を》れば、|何《なに》をか|隠《かく》しませう。|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|伜《せがれ》のハルナはリーベ・ライにのみ|頭《あたま》を|痛《いた》め、|殆《ほと》んど|神経衰弱《しんけいすゐじやく》に|陥《おちい》つてる|様《やう》な|次第《しだい》で|厶《ござ》います。|親《おや》として|一人《ひとり》の|伜《せがれ》、その|恋《こひ》を|遂《と》げさしてやり|度《た》いとは|思《おも》うて|居《を》りましたが、|何《なに》を|云《い》つても、|刹帝利様《せつていりさま》や|姫様《ひめさま》のお|許《ゆる》しがなくては|取行《とりおこな》ふ|事《こと》は|出来《でき》ませず、|況《ま》して|右守司《うもりのかみ》の|妹《いもうと》とある|以上《いじやう》は|口《くち》に|頬張《ほほば》つてお|願《ねがひ》する|事《こと》も|出来《でき》なかつたので|厶《ござ》います。|何卒《なにとぞ》|何分《なにぶん》にも|宜《よろ》しく|御執成《おとりな》しをお|願《ねが》ひ|申《まを》します』
ヒルナ|姫《ひめ》『|流石《さすが》は|左守殿《さもりどの》、|早速《さつそく》の|御承知《ごしようち》、ヒルナ|姫《ひめ》|満足《まんぞく》に|思《おも》ふぞや』
|左守《さもり》『はい、|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。|貴女《あなた》が|満足《まんぞく》して|下《くだ》されば|定《さだ》めて|刹帝利様《せつていりさま》も|御承知《ごしようち》|下《くだ》さるでせう。|次《つぎ》に|此《この》|左守《さもり》も|満足《まんぞく》、|伜《せがれ》も|嘸《さぞ》|満足《まんぞく》を|致《いた》すで|厶《ござ》いませう』
ヒルナ|姫《ひめ》『|左守殿《さもりどの》、|其方《そなた》も|妾《わらは》が|何時《いつ》も|心配《しんぱい》して|居《を》つたが、|新旧思想《しんきうしさう》の|衝突《しようとつ》で、|右守殿《うもりどの》と|暗闘《あんとう》が|絶《た》えなかつた|様《やう》だが、|之《これ》にて|両家《りやうけ》|和合《わがふ》の|曙光《しよくわう》を|認《みと》め、|従《したが》つて|城内《じやうない》の|政治《せいぢ》も|完全《くわんぜん》に|行《おこな》はれるでせう。|政略上《せいりやくじやう》から|云《い》つても、|恋愛至上主義《れんあいしじやうしゆぎ》から|云《い》つても、|間然《かんぜん》する|所《ところ》なき、|願《ねが》うてもなき|縁談《えんだん》ぢや。|之《これ》でビクトリヤの|国家《こくか》もビクとも|致《いた》しますまい。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》、|盤古神王《ばんこしんのう》|塩長彦命《しほながひこのみこと》|様《さま》!』
|左守《さもり》『|姫様《ひめさま》、|重々《ぢゆうぢゆう》の|御心尽《おこころづく》し、|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます。|何卒《なにとぞ》|刹帝利様《せつていりさま》に|早《はや》く|貴女様《あなたさま》よりお|話《はな》し|下《くだ》さいまして、|此《この》|縁談《えんだん》|整《ととの》ひます|様《やう》お|執成《とりなし》|願《ねが》ひまする』
ヒルナ|姫《ひめ》『|心配《しんぱい》なさるな。|屹度《きつと》|整《ととの》へて|見《み》せませう。|其方《そなた》の|覚悟《かくご》がきまつた|上《うへ》は|直様《すぐさま》|此《この》|縁談《えんだん》に|取掛《とりかか》ります。|一時《いちとき》も|早《はや》く|帰《かへ》つて|御準備《ごじゆんび》を|願《ねが》ひます。|善《ぜん》は|急《いそ》げと|申《まを》しますからな』
|左守《さもり》『はい、|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。|左様《さやう》ならば』
と|叮嚀《ていねい》に|礼《れい》を|施《ほどこ》し|欣々《いそいそ》として|己《おの》が|館《やかた》へ|帰《かへ》り|行《ゆ》く。|後《あと》にヒルナ|姫《ひめ》は|只《ただ》|一人《ひとり》ニコニコ|笑《わら》ひ|乍《なが》ら、
ヒルナ|姫《ひめ》『あ、|之《これ》にて|両家《りやうけ》の|縺《もつ》れもスツパリと|和解《わかい》するだらう。|刹帝利様《せつていりさま》は|七十路《ななそぢ》を|越《こ》えた|御老体《ごらうたい》なり、|何時《なんどき》お|国替《くにがへ》|遊《あそ》ばすか|人命《じんめい》の|程《ほど》は|図《はか》り|知《し》れない。|後《あと》を|継《つ》ぐべき|御子様《おこさま》がないのだから、|俄《にはか》に|御帰幽《ごきいう》にでもなれば、|忽《たちま》ち|左守《さもり》、|右守《うもり》|両家《りやうけ》の|争《あらそ》ひが|勃発《ぼつぱつ》し、|之《これ》を|治《をさ》むべき|重鎮《ぢうちん》なる|人物《じんぶつ》がなくなつて|了《しま》ふ。さうすれば|国家《こくか》の|滅亡《めつぼう》も|眼前《がんぜん》にありと|心《こころ》も|心《こころ》ならず|今日《けふ》|迄《まで》|暮《く》れて|来《き》たが、|此《この》|結婚《けつこん》がうまく|行《い》つて|両家《りやうけ》|和合《わがふ》せば|仮令《たとへ》|刹帝利様《せつていりさま》が|御他界《ごたかい》になつても|最早《もはや》|大磐石《だいばんじやく》だ。|右守《うもり》、|左守司《さもりのかみ》を|率《ひき》ゐて、|女《をんな》|乍《なが》らも|女王《ぢよわう》となり、|此《この》|国家《こくか》を|治《をさ》める|事《こと》が|出来《でき》るだらう。それに|就《つ》いても|困《こま》つたのは|右守司《うもりのかみ》だ。アアア、|残念《ざんねん》な|事《こと》を|妾《わらは》もしたものだな。|一《ひと》つ|逃《のが》れて|又《また》|一《ひと》つ、|右守司《うもりのかみ》と|手《て》をきる|事《こと》は|実《じつ》に|難事中《なんじちう》の|難事《なんじ》だ。ホンにままならぬ|浮世《うきよ》だなア』
と|吐息《といき》を|洩《も》らし|思案《しあん》に|暮《く》れてゐる。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 北村隆光録)
第六章 |気縁《きえん》〔一三六九〕
ヒルナ|姫《ひめ》は|意気《いき》|揚々《やうやう》としてビクトリヤ|王《わう》の|居間《ゐま》に|進入《すすみい》つた。ビクトリヤ|王《わう》は|経机《きやうづくゑ》にもたれ、|一心不乱《いつしんふらん》にコーランを|繙《ひもと》いてゐた。
ヒルナ|姫《ひめ》『|御免《ごめん》|下《くだ》さいませ。ヒルナで|厶《ござ》います』
|此《この》|声《こゑ》にビクトリヤ|王《わう》は|老眼《らうがん》の|眼鏡越《めがねご》しに|覗《のぞ》く|様《やう》にして、
|刹帝利《せつていり》『ヒルナ|姫《ひめ》、|今日《けふ》は|何《なん》とはなしに|元気《げんき》のよい|顔《かほ》だな。|何《なに》か|面白《おもしろ》い|事《こと》がありましたかな』
ヒルナ|姫《ひめ》『はい、エー、|早速《さつそく》で|厶《ござ》いますが、|吾《わが》|君様《きみさま》にお|願《ねがひ》が|厶《ござ》いましてお|伺《うかが》ひを|致《いた》しました、コーランを|御研究《ごけんきう》の|最中《さいちう》にも|拘《かかは》らず|御邪魔《おじやま》を|致《いた》しまして|済《す》みませぬ』
|刹帝利《せつていり》『ア、いやいや|別《べつ》に|邪魔《じやま》でもない。さうして|願《ねが》ひとは|何事《なにごと》だ。|早《はや》く|云《い》つて|見《み》たが|宜《よ》からう』
ヒルナはモジモジし|乍《なが》ら、|満面《まんめん》に|笑《ゑみ》を|湛《たた》へ、|媚《こび》を|呈《てい》し、|言葉《ことば》|淑《しとや》かに、なめつく|様《やう》な|声《こゑ》で|視線《しせん》を|斜《ななめ》に|向《む》け|乍《なが》ら、|少《すこ》しく|体《からだ》を|揺《ゆす》りシヨナ シヨナとして|両手《りやうて》を|膝《ひざ》の|上《うへ》に|揉《も》みつつ、
ヒルナ|姫《ひめ》『|吾《わが》|君様《きみさま》、|今日《こんにち》の|国家《こくか》の|危急《ききふ》を|救《すく》ふのには|先《ま》づ|第一着手《だいいちちやくしゆ》として|城内《じやうない》の|内紛《ないふん》を|鎮定《ちんてい》せなくてはなりませぬ。それについて|妾《わらは》は|日夜《にちや》|心胆《しんたん》を|練《ね》つてゐました。|漸《やうや》く|今日《こんにち》|其《その》|曙光《しよくわう》を|認《みと》めましたので|御相談《ごさうだん》に|参《まゐ》りました』
|刹帝利《せつていり》『|成程《なるほど》、|先《ま》づ|国民《こくみん》を|治《をさ》めむとすれば、|右守《うもり》、|左守司《さもりのかみ》の|暗闘《あんとう》を|何《なん》とかして|鎮《しづ》めねばなるまい。|然《しか》し|如何《どう》しても|彼等《かれら》は|思想《しさう》が|合《あは》ない|犬猿《けんゑん》|啻《ただ》ならぬ|仲《なか》だから|此《この》|際《さい》|如何《どん》な|手段《しゆだん》を|用《もち》ふるも|何《なん》の|効《かう》もあるまい。|正直一途《しやうぢきいちづ》の|左守司《さもりのかみ》に|対《たい》し|権謀術数《けんぼうじゆつすう》|至《いた》らざるなき|奸黠《かんきつ》の|右守司《うもりのかみ》は、|刹帝利《せつていり》としても、|如何《いかん》ともすべからざるものだ。|彼《かれ》の|家《いへ》は|祖先《そせん》から|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》つて|居《を》るのだから、|何時《なんどき》|反旗《はんき》を|掲《かか》げるかも|分《わか》らない。|如何《いか》に|左守司《さもりのかみ》|忠勇義烈《ちうゆうぎれつ》なりとて|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》らぬ|中《うち》は、|国家《こくか》の|禍害《くわがい》を|除《のぞ》く|事《こと》は|到底《たうてい》|不可能《ふかのう》だ。|何《なに》か|其方《そなた》は|妙案《めうあん》を|考《かんが》へ|出《だ》したのか、|兎《と》も|角《かく》|云《い》つて|見《み》やれ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|仰《おほ》せの|如《ごと》く|左守司《さもりのかみ》は|実《じつ》に|立派《りつぱ》な|人格者《じんかくしや》で|厶《ござ》います。それについて|右守司《うもりのかみ》は|才子肌《さいしはだ》の|男《をとこ》で、|年《とし》も|若《わか》く|且《か》つデモクラシーの|思想《しさう》にかぶれて|居《を》りますれば、|保守主義《ほしゆしゆぎ》と|革新主義《かくしんしゆぎ》との|両人《りやうにん》の|争《あらそ》ひ、|如何《いか》にして|之《これ》を|調停《てうてい》せむかと|苦心惨憺《くしんさんたん》の|結果《けつくわ》、|思《おも》ひつきましたのは|左守司《さもりのかみ》の|伜《せがれ》ハルナと|右守司《うもりのかみ》の|妹《いもうと》カルナ|姫《ひめ》との|結婚問題《けつこんもんだい》で|厶《ござ》います』
|刹帝利《せつていり》『|成程《なるほど》、それは|至極《しごく》|妙案《めうあん》だらう。|然《しか》し|乍《なが》ら|如何《どう》しても|此《この》|結合《けつがふ》は|至難事《しなんじ》であらう。|一時《いちじ》は|刹帝利《せつていり》の|命《めい》に|服従《ふくじゆう》して|仮令《たとへ》|結婚《けつこん》を|致《いた》すとも|忽《たちま》ち|破鏡《はきやう》の|悲《かな》しみを|見《み》るは|目《ま》の|前《あたり》だ。さうなつた|上《うへ》は|両家《りやうけ》は|益々《ますます》、|嫉視反目《しつしはんもく》の|度《ど》を|高《たか》め、|遂《つひ》には|累《るゐ》をビクトリヤ|家《け》に|及《およ》ぼす|様《やう》になつては|大変《たいへん》だから|余程《よほど》|考《かんが》へねばなるまいぞ。|一利《いちり》あれば|一害《いちがい》の|伴《ともな》ふものだ。それにつけても|頑強《ぐわんきやう》なる|律義一方《りつぎいつぱう》の|左守司《さもりのかみ》は|容易《ようい》に|承諾《しようだく》は|致《いた》すまい』
ヒルナ|姫《ひめ》『それは|御心配《ごしんぱい》|遊《あそ》ばしますな。|最前《さいぜん》も|左守司《さもりのかみ》を|呼《よ》んで|其《その》|意見《いけん》を|叩《たた》きました|処《ところ》、|思《おも》ひの|外《ほか》|打解《うちと》けお|国《くに》のためとなればお|受《う》け|致《いた》します、|嘸《さぞ》|伜《せがれ》も|満足《まんぞく》|致《いた》しませうと|云《い》つて|帰《かへ》りました』
|刹帝利《せつていり》『|何《なん》と、あの|左守司《さもりのかみ》がそんな|開《ひら》けた|事《こと》をいつたかな。ウーン、|之《これ》も|時勢《じせい》の|力《ちから》だ。|忠義《ちうぎ》な|家来《けらい》は|融通《ゆうづう》が|利《き》かず、|融通《ゆうづう》の|利《き》く|奴《やつ》は|悪《わる》い|事《こと》を|企《たく》むなり、|真《しん》に|股肱《ここう》と|頼《たの》む|家来《けらい》がないので|心配《しんぱい》|致《いた》して|居《を》つたが、|左守《さもり》もそこ|迄《まで》|開《ひら》けたかな。それは|実《じつ》に|結構《けつこう》だ。|併《しか》し|乍《なが》ら|右守司《うもりのかみ》は|如何《どう》だらうか。|彼《かれ》は|亦《また》|頭《あたま》の|古《ふる》い|老耄《おいぼ》れ|爺《おやぢ》と|何時《いつ》も|排斥《はいせき》してる|様《やう》だが、|此《この》|縁談《えんだん》を|承諾《しようだく》するであらうかな』
ヒルナ|姫《ひめ》『それは|御心配《ごしんぱい》に|及《およ》びますまい。|実際《じつさい》の|処《ところ》は|左守《さもり》の|伜《せがれ》ハルナと|右守《うもり》の|妹《いもうと》カルナの|間《あひだ》には、|已《すで》に|既《すで》に|情約《じやうやく》の|締結《ていけつ》が|内々《ないない》|結《むす》ばれたと|云《い》ふ|事《こと》で|厶《ござ》います。|右守《うもり》は|元《もと》より|此《この》|縁談《えんだん》は|余《あま》り|好《この》まない|様《やう》でしたが、|肝腎《かんじん》の|妹《いもうと》が|諾《き》かないものですから、|到頭《たうとう》|我《が》を|折《を》つて|賛成《さんせい》をする|事《こと》になりました』
|刹帝利《せつていり》『さうなれば|左守《さもり》、|右守《うもり》|相並《あひなら》んで|国政《こくせい》に|鞅掌《おうしやう》し、ビクトリヤ|家《け》の|政治《せいぢ》は|万世不易《ばんせふえき》だ、ああ|実《じつ》に|嬉《うれ》しい|時節《じせつ》が|来《き》たものだな』
ヒルナ|姫《ひめ》『|左様《さやう》で|厶《ござ》います。こんな|嬉《うれ》しい|事《こと》は|厶《ござ》いませぬ。|此《この》|儘《まま》|両家《りやうけ》|暗闘《あんとう》を|続《つづ》けてゐませうものなら|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》つた|右守司《うもりのかみ》は|如何《いか》なる|事《こと》を|仕出《しで》かすか|知《し》れませぬ。|遂《つひ》には|左守《さもり》を|亡《ほろ》ぼし、|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|刹帝利様《せつていりさま》を|退隠《たいいん》させ、|自分《じぶん》がとつて|代《かは》らむとする|野心《やしん》を|包蔵《はうざう》して|居《を》るかも|分《わか》りませぬ。|否《いな》|確《たしか》に|其《その》|形勢《けいせい》が|現《あら》はれて|居《を》ります。かかる|危急存亡《ききふそんばう》のビクトリヤ|家《け》を|救《すく》ふのは、|此《この》|結婚問題《けつこんもんだい》に|越《こ》したものは|厶《ござ》いますまい。|妾《わらは》はホツト|息《いき》をついた|様《やう》な|次第《しだい》で|厶《ござ》います』
|刹帝利《せつていり》『|成程《なるほど》、お|前《まへ》の|云《い》ふ|通《とほ》りだ。|然《しか》らば|一時《いちじ》も|早《はや》く|左守司《さもりのかみ》を|呼《よ》び|出《だ》し、|彼《かれ》に|改《あらた》めて|申渡《まをしわた》すであらう』
ヒルナ|姫《ひめ》『|早速《さつそく》その|運《はこ》びを|致《いた》しませう。|妾《わらは》も|此《この》|事《こと》が|成功《せいこう》|致《いた》しますれば、|仮令《たとへ》|死《し》しても|心残《こころのこ》りは|厶《ござ》いませぬ』
|刹帝利《せつていり》『アハハハハ、|二《ふた》つ|目《め》には|死《し》ぬのなんのと、|左様《さやう》な|心細《こころぼそ》い|事《こと》を|云《い》ふものではない。|七十《しちじふ》の|老躯《らうく》をさげたビクトリヤも|未《ま》だ|二十年《にじふねん》や|三十年《さんじふねん》は|社会《しやくわい》に|活躍《くわつやく》するつもりだ。お|前《まへ》は|若《わか》い|身《み》を|持《も》つて、|左様《さやう》な|事《こと》を|思《おも》つたり、|云《い》つたりするものではない。|言霊《ことたま》の|幸《さち》はふ|世《よ》の|中《なか》だから、|不吉《ふきつ》の|言葉《ことば》は|云《い》はない|様《やう》にして|呉《く》れ』
ヒルナ|姫《ひめ》『はい|不調法《ぶてうはふ》|申《まを》しました。|屹度《きつと》|心得《こころえ》ます。|盤古神王《ばんこしんわう》|塩長彦命《しほながひこのみこと》|様《さま》、|見直《みなほ》し|給《たま》へ|聞直《ききなほ》し|玉《たま》へ』
と|合掌《がつしやう》する。そこへ|恭《うやうや》しく|衣紋《えもん》を|整《ととの》へ|参《まゐ》つて|来《き》たのは|左守司《さもりのかみ》であつた。|左守司《さもりのかみ》は|末座《まつざ》に|平伏《へいふく》して|言葉《ことば》もつつましやかに、
|左守《さもり》『|吾《わが》|君様《きみさま》、ヒルナ|姫様《ひめさま》、|私《わたし》は|左守《さもり》で|厶《ござ》います』
|刹帝利《せつていり》『いや|左守殿《さもりどの》、いい|処《ところ》へ|来《き》て|呉《く》れた。さア|近《ちか》う|近《ちか》う。|其方《そなた》に|折入《をりい》つて|申入《まをしい》れたい|事《こと》がある』
|左守《さもり》『はい、|然《しか》らば|御免《ごめん》|蒙《かうむ》りませう』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら|恐《おそ》る|恐《おそ》る|一間《いつけん》ばかり|間近《まぢか》まで|進《すす》み|寄《よ》り|平伏《へいふく》した。
|刹帝利《せつていり》『|左守殿《さもりどの》、|其方《そなた》はヒルナに|聞《き》いてゐるだらうが、|気《き》に|入《い》るまいけれど、ビクトリヤ|家《け》の|為《た》め、|国家《こくか》の|危急《ききふ》を|救《すく》ふために、|汝《なんぢ》の|伜《せがれ》ハルナと|右守《うもり》の|妹《いもうと》カルナ|姫《ひめ》との|結婚《けつこん》を|申付《まをしつ》けるから、|承諾《しようだく》して|呉《く》れるだらうな』
|左守《さもり》『はい、|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|斯様《かやう》な|事《こと》までお|心《こころ》を|悩《なや》まし|奉《まつ》り、|実《じつ》に|感謝《かんしや》に|堪《た》へませぬ。|仰《おほ》せ|畏《かしこ》み|慎《つつし》んでお|受《うけ》を|致《いた》します』
|刹帝利《せつていり》『|流石《さすが》は|左守殿《さもりどの》、|満足《まんぞく》|々々《まんぞく》。さア|一時《いちじ》も|早《はや》く|此《この》|縁談《えんだん》に|取《とり》かかつて|呉《く》れ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|左守殿《さもりどの》、|吾《わが》|君様《きみさま》のお|言葉《ことば》、|有難《ありがた》くお|受《う》け|致《いた》し、|円満《ゑんまん》に|此《この》|縁談《えんだん》を|解決《かいけつ》する|様《やう》|取計《とりはか》らつて|下《くだ》さい。それに|就《つ》いては|内事《ないじ》の|司《つかさ》、タルマンを|媒介《なかうど》として、|此《この》|方《はう》より|差遣《さしつか》はすによつて、|其《その》|心算《つもり》で|居《を》つたが|宜《よか》らうぞ』
|左守《さもり》『はい、|何《なに》から|何《なに》まで、お|心《こころ》をつけられまして|痛《いた》み|入《い》りまする。|左様《さやう》ならば|吾《わが》|君様《きみさま》、ヒルナ|姫様《ひめさま》、|一時《いつとき》も|早《はや》く|館《やかた》に|帰《かへ》り、|準備《じゆんび》にとりかかりませう』
と|厚《あつ》く|礼《れい》を|述《の》べイソイソとして|吾《わが》|家《や》へと|帰《かへ》り|行《ゆ》く。|後《あと》にビクトリヤ|王《わう》とヒルナ|姫《ひめ》は、|直《ただ》ちに|神前《しんぜん》に|向《むか》ひ|感謝《かんしや》の|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し、|姫《ひめ》は|慇懃《いんぎん》に|挨拶《あいさつ》を|述《の》べて、|吾《わが》|居間《ゐま》に|帰《かへ》り|行《ゆ》く。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 北村隆光録)
第七章 |比翼《ひよく》〔一三七〇〕
|左守《さもり》の|司《かみ》キユービツトの|館《やかた》に|於《おい》ては、|右守《うもり》の|司《かみ》の|妹《いもうと》カルナ|姫《ひめ》と|其《その》|伜《せがれ》ハルナとの|神前結婚式《しんぜんけつこんしき》が|厳粛《げんしゆく》に|円満《ゑんまん》に|挙行《きよかう》された。|宣伝使《せんでんし》|兼《けん》|内事《ないじ》の|司《つかさ》タルマンは|仲介人《なかうど》の|事《こと》とて|祭主《さいしゆ》を|勤《つと》める|事《こと》となつた。|婚姻《こんいん》の|儀式《ぎしき》も|首尾《しゆび》よく|済《す》んで|一同《いちどう》は|祝宴《しゆくえん》に|移《うつ》つた。|此《こ》の|結婚《けつこん》によつて|左守《さもり》、|右守《うもり》|両家《りやうけ》の|年来《ねんらい》の|確執《かくしつ》は|一掃《いつさう》さるる|事《こと》であらうと、|城内《じやうない》|一般《いつぱん》の|注意《ちうい》を|惹《ひ》いた。タルマンは|結婚式《けつこんしき》を|祝《しゆく》するため、|歌《うた》ひ|初《はじ》めたり。
『【あ】あ|有難《ありがた》し|有難《ありがた》し  【イ】ドムの|神《かみ》のはからひで
|海《【う】み》より|深《ふか》き|恋仲《こひなか》の  |縁《【え】にし》を|結《むす》び|終《をは》せたる
|大御恵《【お】ほみめぐみ》ぞ|尊《たふと》けれ  【か】くも|目出度《めでた》き|婚姻《こんいん》は
|君《【き】み》の|命《みこと》は|云《い》ふも|更《さら》  |国民《【く】にたみ》|共《とも》に|歓《ゑら》ぎ|合《あ》ひ
|怪《【け】》しき|卑《いや》しき|村雲《むらぐも》を  |心《【こ】ころ》の|底《そこ》より|払拭《ふつしき》し
【さ】らたまりての|交際《かうさい》を  |親《【し】た》しく|結《むす》ぶ|今日《けふ》の|宵《よひ》
|皇大神《【す】めおほかみ》のはからひで  |世界《【せ】かい》に|又《また》と|二人《ふたり》ない
|揃《【そ】ろ》ひも|揃《そろ》うたよい|夫婦《ふうふ》  |誰《【た】れ》|憚《はばか》らず|今日《けふ》よりは
|力《【ち】から》の|限《かぎ》り|身《み》の|限《かぎ》り  |妻《【つ】ま》は|夫《をつと》を|夫《をつと》は|妻《つま》を
|手厚《【て】あつ》くもてなし|家《いへ》の|中《なか》  |整《【と】との》へ|親《おや》によく|仕《つか》へ
|長《【な】が》きミロクの|末《すゑ》|迄《まで》も  【ニ】コニコニコと|睦《むつ》び|合《あ》ひ
|抜《【ぬ】》き|差《さ》しならぬ|鎹《かすがひ》の  【ネ】ンネを|生《う》んで|睦《むつま》じく
|長閑《【の】どか》なホームを|作《つく》りませ  |春《【は】る》の|陽気《やうき》も|満《み》ち|満《み》ちて
|日《【ひ】》もいと|永《なが》くなりぬれば  |夫婦《【ふ】うふ》は|手《て》に|手《て》を|取《と》り|交《かは》し
【メ】ソポタミヤの|顕恩郷《けんおんきやう》  |秀妻《【ほ】つま》の|国《くに》へ|新婚《しんこん》の
【ま】まの|旅行《りよかう》をなされませ  |見《【み】》れば|見《み》る|程《ほど》|美《うる》はしき
|娘盛《【む】すめざか》りのカルナ|姫《ひめ》  |目出度《【め】でた》き|今日《けふ》の|宴会《うたげ》をば
|百歳《【も】もとせ》|千歳《ちとせ》|変《かは》りなく  |八千代《【や】ちよ》の|春《はる》の|玉椿《たまつばき》
|抱《【い】だ》き|抱《いだ》かれいつ|迄《まで》も  |愉快《【ゆ】くわい》に|暮《くら》せハルナさま
|縁《【え】にし》の|糸《いと》は|大神《おほかみ》の  【よ】さしのままに|絶《た》ゆるなく
|側目《【わ】きめ》もふらず|道《みち》の|為《た》め  |息《【い】き》を|合《あは》せて|勤《つと》めかし
|現世《【う】つしよ》|幽世《かくりよ》|隔《へだ》てなく  |歓《【ゑ】ら》ぎ|親《した》しみ|神《かみ》の|為《ため》
|王家《【わ】うけ》のために|励《はげ》むべし  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
と|四十五音《しじふごおん》の|言霊歌《ことたまうた》を|以《もつ》て、|両人《りやうにん》の|結婚《けつこん》を|祝《しゆく》した。|左守司《さもりのかみ》のキユービツトは|嬉《うれ》しさに|堪《た》へず、|手《て》を|拍《う》つて|歌《うた》ひ|出《だ》したり。
『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あ》れまして  |恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|下《くだ》しまし
|老先《をいさき》|短《みじか》き|左守《さもり》をば  |救《すく》はせたまふ|嬉《うれ》しさよ
ビクの|御国《みくに》に|隠《かく》れなき  |神徳《しんとく》|高《たか》きビクトリヤ
|君《きみ》の|命《みこと》のはからひで  |誉《ほまれ》も|高《たか》き|右守《うもり》の|司《かみ》
ベルツの|君《きみ》の|御妹《おんいもうと》  カルナの|姫《ひめ》を|子《こ》に|持《も》ちて
|伜《せがれ》と|共《とも》に|睦《むつま》じく  |春《はる》の|花《はな》|咲《さ》くホームをば
|作《つく》らむ|事《こと》の|楽《たの》しさよ  これも|全《まつた》くウラル|教《けう》
|神《かみ》の|柱《はしら》と|現《あ》れませる  |盤古神王《ばんこしんわう》は|云《い》ふもさら
|刹帝利様《せつていりさま》やヒルナ|姫《ひめ》  タルマン|様《さま》の|御恵《おんめぐ》み
|父祖《ふそ》の|代《だい》より|縺《もつ》れたる  |両家《りやうけ》の|暗闘《あんとう》も|今《いま》よりは
|速河《はやかは》の|瀬《せ》に|流《なが》し|捨《す》て  |君《きみ》の|御為《おんた》め|国《くに》の|為《た》め
|大臣《おほみ》の|道《みち》をばよく|尽《つく》し  |国民《くにたみ》|迄《まで》も|平《たひら》けく
いと|安《やす》らけく|知召《しろしめ》す  |君《きみ》のみわざを|麻柱《あななひ》て
|万世不易《ばんせいふえき》の|国家《こくか》をば  |守《まも》らむ|事《こと》の|嬉《うれ》しさよ
|伜《せがれ》ハルナを|始《はじ》めとし  |淑徳《しゆくとく》|高《たか》きカルナ|姫《ひめ》
|幾久《いくひさ》しくも|吾《わが》|家《いへ》に  |留《とど》まりまして|神業《しんげふ》に
|参加《さんか》せられよキユービツトが  |心《こころ》を|籠《こ》めて|頼《たの》み|入《い》る
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも  |月《つき》は|満《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも  |星《ほし》は|空《そら》より|落《お》つるとも
|思《おも》ひ|合《あ》うたる|此《この》|夫婦《ふうふ》  |仮令《たとへ》|如何《いか》なる|事《こと》あるも
|決《けつ》して|変《かは》る|事《こと》|非《あら》じ  カルナの|姫《ひめ》よ|今日《けふ》よりは
|卑《いや》しき|吾《われ》を|父《ちち》として  |守《まも》らせ|給《たま》へ|左守《さもり》の|司《かみ》
|赤《あか》き|心《こころ》の|其《その》|儘《まま》を  |慈《ここ》に|現《あら》はし|頼《たの》み|入《い》る
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
カルナ|姫《ひめ》は|又《また》|歌《うた》ふ。
『|神徳《しんとく》|尊《たふと》き|左守《さもり》の|司《かみ》  |珍《うづ》の|御子《おんこ》と|現《あ》れませる
|名望《めいばう》|高《たか》きハルナさま  |尊《たふと》き|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》に
よりて|愈《いよいよ》|結婚《けつこん》の  |式《しき》を|挙《あ》げさせ|給《たま》ひたる
|今宵《こよい》の|空《そら》の|明《あきら》けさ  |月《つき》は|御空《みそら》に|皎々《かうかう》と
|輝《かがや》き|渡《わた》り|諸々《もろもろ》の  |星《ほし》は|一面《いちめん》|煌《きら》めきて
|天《あま》の|河原《かはら》は|北南《きたみなみ》  |輪廓《りんくわく》|正《ただ》しく|流《なが》れ|居《ゐ》る
|七夕姫《たなばたひめ》の|神《かみ》さへも  |年《ねん》に|一度《いちど》の|逢瀬《あふせ》ぞと
|聞《き》きしに|勝《まさ》る|妾《わらは》こそ  |夜《よる》と|昼《ひる》との|区別《くべつ》なく
|夫婦《ふうふ》|互《たがひ》に|顔合《かほあは》せ  |清《きよ》き|月日《つきひ》を|送《おく》る|身《み》の
|其《その》|幸《さいはひ》は|天国《てんごく》の  |天津乙女《あまつをとめ》や|天人《てんにん》の
|日毎夜毎《ひごとよごと》の|楽《たの》しみも  |吾《われ》には|如《し》かじと|思《おも》ふなり
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |刹帝利様《せつていりさま》やヒルナ|姫《ひめ》
タルマン|司《つかさ》の|御恵《みめぐみ》で  |嬉《うれ》しき|今宵《こよい》の|首尾《しゆび》を|見《み》る
|此《この》|喜《よろこ》びは|何時《いつ》|迄《まで》も  |孫子《まごこ》の|世《よ》|迄《まで》も|忘《わす》るまじ
|左守《さもり》の|父《ちち》よ|兄上《あにうへ》よ  いざこれよりは|両家《りやうけ》とも
|所在《あらゆる》|障壁《しやうへき》|撤回《てつくわい》し  |互《たがひ》に|心《こころ》を|合《あは》しあひ
|君《きみ》の|御為《おんため》|国《くに》のため  いや|永久《とこしへ》に|赤心《まごころ》を
|尽《つく》させ|給《たま》へ|惟神《かむながら》  |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り|舞《ま》ひ|終《をは》り|元《もと》の|座《ざ》についた。|拍手《はくしゆ》の|声《こゑ》は|雨霰《あめあられ》と|響《ひび》き|渡《わた》りける。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 加藤明子録)
第八章 |連理《れんり》〔一三七一〕
|新郎《しんらう》のハルナは|立《た》ち|上《あが》り|扇《あふぎ》を|片手《かたて》に|持《も》ち、|歌《うた》ひ|舞《ま》ひ|初《はじ》めたり。
『|高天原《たかあまはら》に|現《あ》れませる  |皇大神《すめおほかみ》の|御恵《おんめぐみ》
|塩長彦《しほながひこ》の|現《あ》れまして  |今日《こんにち》の|慶事《けいじ》を|恙《つつが》なく
|結《むす》ばせ|給《たま》ひし|嬉《うれ》しさよ  そも|今《いま》|迄《まで》は|両人《りやうにん》が
|父《ちち》と|父《ちち》とは|敵同士《てきどうし》  |何彼《なにか》につけてさまざまと
|衝突《しようとつ》したる|浅《あさ》ましさ  |此《この》|惨状《さんじやう》を|治《をさ》めむと
|年《とし》も|幼《をさな》き|時分《じぶん》より  |案《あん》じ|煩《わづら》ひ|居《ゐ》たりしが
|幸《さいはひ》なるかなカルナ|姫《ひめ》  |吾《われ》と|相思《さうし》の|恋《こひ》に|陥《お》ち
|思《おも》ひ|切《き》られぬ|身《み》の|因果《いんぐわ》  |如何《いか》なる|宿世《すぐせ》の|因縁《いんねん》か
|父《ちち》と|父《ちち》とは|敵同士《てきどうし》  |到底《とて》も|恋路《こひぢ》は|遂《と》げざらむ
|仮令《たとへ》|此《この》|世《よ》で|添《そ》へずとも  |死《し》して|未来《みらい》で|睦《むつま》じく
|地獄《ぢごく》の|底《そこ》まで|手《て》を|曳《ひ》いて  |落《お》ちなむものと|思《おも》ひつめ
|恋《こひ》の|涙《なみだ》に|暮《く》れけるが  |父《ちち》と|兄《あに》との|理解力《りかいりよく》
|幸《さいは》ひなして|今《いま》|此処《ここ》に  |鴛鴦《をし》の|契《ちぎり》を|結《むす》びたる
|今宵《こよい》の|首尾《しゆび》の|嬉《うれ》しさよ  |天《てん》には|比翼《ひよく》の|鳥《とり》となり
|地《ち》には|連理《れんり》の|枝《えだ》となり  |夫婦《ふうふ》|互《たがひ》に|睦《むつ》び|合《あ》ひ
|親《おや》と|兄《あに》とは|云《い》ふも|更《さら》  |畏《かしこ》き|君《きみ》に|赤心《まごころ》を
|捧《ささ》げて|清《きよ》く|仕《つか》ふべし  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましまして  |二人《ふたり》の|縁《えにし》をどこ|迄《まで》も
|欠《か》ぐる|事《こと》なく|守《まも》りませ  |天《あめ》の|御柱《みはしら》|廻《めぐ》り|合《あ》ひ
|国《くに》の|御柱《みはしら》|取《と》り|巻《ま》いて  |天《あめ》と|地《つち》との|経綸《けいりん》に
|仕《つか》へて|御子《みこ》を|数多《あまた》|生《う》み  |左守《さもり》の|家《いへ》の|繁栄《はんえい》を
いや|永久《とこしへ》に|祈《いの》るべし  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|塩長彦《しほながひこ》の|大前《おほまへ》に  |畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|祈《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》る。|左守《さもり》の|家令《かれい》、ヱクスは|雀躍《こをど》りしながら|其《その》|尾《を》について|祝歌《しゆくか》を|歌《うた》ふ。
『|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも  |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|星《ほし》は|天《てん》より|落《お》つるとも  |地震《ぢしん》|雷《かみなり》|火《ひ》の|車《くるま》
|仮令《たとへ》|一度《いちど》に|来《きた》るとも  この|縁談《えんだん》が|恙《つつが》なく
|調《ととの》つた|上《うへ》はこのヱクス  |仮令《たとへ》|死《し》んでも|構《かま》やせぬ
|刹帝利様《せつていりさま》は|云《い》ふも|更《さら》  |左守《さもり》|右守《うもり》の|両宗家《りやうそうけ》
|和合《わがふ》なされた|其《その》|上《うへ》は  ビクの|御国《みくに》は|穏《おだや》かに
|治《をさ》まり|栄《さか》え|行《ゆ》くだらう  |今《いま》|迄《まで》|縺《もつ》れに|縺《もつ》れたる
|犬《いぬ》と|猿《さる》との|間柄《あひだがら》  |今日《けふ》は|目出度《めでたく》|和解《わかい》して
|此《この》|宴席《えんせき》に|打《う》ち|解《と》けて  |並《なら》ばせたまふ|嬉《うれ》しさよ
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》  |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|唯《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は  |直日《なほひ》に|見直《みなほ》せ|聞《き》き|直《なほ》せ
|世《よ》の|過《あやまち》は|宣《の》り|直《なほ》せ  これぞ|全《まつた》く|三五《あななひ》の
|教《をしへ》の|道《みち》の|歌《うた》なれど  |斯《か》やうな|時《とき》に|応用《おうよう》して
|今日《けふ》の|宴会《うたげ》を|祝《ことほ》ぎつ  |幾久《いくひさ》しくも|御両所《ごりやうしよ》よ
|上《かみ》は|御国《みくに》の|御為《おんため》に  |下《しも》はお|家《いへ》の|安泰《あんたい》を
|守《まも》らむ|為《ため》に|睦《むつま》じく  |暮《く》らさせたまへ|惟神《かむながら》
|今日《けふ》の|喜《よろこ》びいつ|迄《まで》も  |忘《わす》れぬためにこのヱクス
|舞《ま》ひつ|踊《をど》りつ|歌《うた》|歌《うた》ひ  お|酒《さけ》に|酔《よ》うて|後前《あとさき》も
|分《わか》ぬばかりに|土堤《どて》|切《き》らし  |命《いのち》|限《かぎ》りに|踊《をど》りませう
ああ|有難《ありがた》い|有難《ありがた》い  カルナの|姫《ひめ》やハルナさま
【あなた】も|嘸《さぞ》や|嬉《うれ》しかろ  |日頃《ひごろ》の|思《おも》ひが|相達《あひたつ》し
|相思《さうし》の|夫婦《ふうふ》が|睦《むつま》じく  |新《あたら》しがつて|暮《くら》すのも
|全《まつた》く|神《かみ》の|御守護《ごしゆご》ぞや  |夢《ゆめ》にも|神《かみ》の|御恩徳《ごおんとく》
|忘《わす》れる|事《こと》があつたなら  この|結構《けつこう》な|良縁《りやうえん》も
|中途《ちうと》に|破裂《はれつ》するだらう  そんな|憂《うれ》ひの|無《な》いやうに
|今日《けふ》から|心《こころ》を|改《あらた》めて  |皇大神《すめおほかみ》を|敬拝《けいはい》し
|清《きよ》き|教《をしへ》をよく|守《まも》り  |君《きみ》には|忠義《ちうぎ》|親《おや》に|孝《かう》
|隣人《りんじん》|迄《まで》も|憐《あはれ》みて  |神《かみ》の|形《かたち》に|造《つく》られた
|人《ひと》たるものの|本分《ほんぶん》を  お|尽《つく》しなされや|左守家《さもりけ》の
|家令《かれい》ヱクスが|赤心《まごころ》を  |籠《こ》めて|注意《ちうい》を|致《いた》します
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
シエールは|又《また》|歌《うた》ふ。
『|右守《うもり》の|司《かみ》と|現《あ》れませる  ベルツの|司《つかさ》の|家令職《かれいしよく》
シエールが|此処《ここ》に|赤心《まごころ》を  |捧《ささ》げて|今日《けふ》の|結婚《けつこん》を
|嬉《うれ》しく|祝《しゆく》し|奉《たてまつ》る  |兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》ります
ビクの|御国《みくに》の|権力者《けんりよくしや》  ベルツの|君《きみ》の|其《その》|威勢《ゐせい》
|朝日《あさひ》の|如《ごと》く|輝《かがや》きて  |飛《と》ぶ|鳥《とり》さへも|落《おと》すよな
ベルツの|司《つかさ》の|妹君《いもうとぎみ》  カルナの|姫《ひめ》を|貰《もら》ひうけ
|女房《にようばう》となしたハルナさま  |嘸《さぞ》やさぞさぞ|御満足《ごまんぞく》
なさつた|事《こと》で|厶《ござ》いませう  |家令《かれい》のシエールはお|二人《ふたり》の
|其《その》|嬉《うれ》しげな|顔《かほ》を|見《み》て  やつと|安心《あんしん》|致《いた》しました
さうして|何《なん》だか|羨《うらや》ましう  なつて|来《き》たよに|思《おも》はれる
これもやつぱり|人《ひと》の|云《い》ふ  |法界悋気《はふかいりんき》ぢやあるまいか
|世界《せかい》に|名高《なだか》き|美男《びなん》と|美人《びじん》  こんな|配偶《はいぐう》がまたと|世《よ》に
|三千世界《さんぜんせかい》にあるものか  |木《こ》の|花姫《はなひめ》の|顔《かんばせ》に
|似《に》させたまへるカルナ|姫《ひめ》  お|姿《すがた》|見《み》ても|目《め》が|眩《くら》み
|後光《ごくわう》がさすよな|心地《ここち》する  |私《わたし》ももちと|若《わか》ければ
こんな|美《うつく》し|女房《にようばう》が  |貰《もら》へるだらうと|思《おも》うたら
|何《なん》だか|浮世《うきよ》が|厭《いや》になる  |蜥蜴《とかげ》が|欠伸《あくび》をしたやうな
アバタだらけの|山《やま》の|神《かみ》  |無理《むり》に|持《も》たされ|四五人《しごにん》の
|餓鬼《がき》をゴロゴロ|拵《こしら》へて  |生活難《せいくわつなん》に|追《お》はれつつ
|青息吐息《あをいきといき》の|為体《ていたらく》  ほんに|人間《にんげん》の|運命《うんめい》は
これ|程《ほど》|懸隔《けんかく》あるものか  |折角《せつかく》|人《ひと》と|生《うま》れ|来《き》て
|天地《てんち》の|花《はな》よ|万物《ばんぶつ》の  |霊長《れいちやう》なりと|誇《ほこ》るとも
|同《おな》じ|月日《つきひ》を|送《おく》るのに  これだけ|幸《かう》と|不幸《ふかう》とが
|分《わか》ると|云《い》ふは|先《さき》の|世《よ》の  |宿世《すぐせ》の|罪《つみ》が|報《むく》いしか
|実《じつ》につまらぬシエールの|身《み》  ハルナの|司《つかさ》に|比《くら》ぶれば
|天《あめ》と|地《つち》との|相違《さうゐ》あり  さはさりながらこんな|事《こと》
|愚痴《ぐち》つて|見《み》たとて|仕様《しやう》がない  |因縁《いんねん》づくぢやと|諦《あきら》めて
|今日《けふ》の|結構《けつこう》な|御結婚《ごけつこん》  |幾久《いくひさ》しくと|赤心《まごころ》を
|籠《こ》めて|祝《ことほ》ぎ|奉《たてまつ》る  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り|座《ざ》につきぬ。
|左守《さもり》『|昔《むかし》より|山《やま》と|積《つも》りし|塵埃《ちりあくた》
|散《ち》りにし|今日《けふ》の|吾《われ》ぞ|嬉《うれ》しき』
|右守《うもり》『|何事《なにごと》も|唯《ただ》|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|心《こころ》に|任《まか》すのみなり』
タルマン『|鴛鴦《をしどり》の|番《つがひ》|離《はな》れぬ|睦《むつま》じさ
|見《み》るにつけても|羨《うらや》ましきかな』
ハルナ『|惟神《かむながら》|縁《えにし》の|糸《いと》に|結《むす》ばれて
この|世《よ》を|渡《わた》る|吾《われ》ぞ|楽《たの》しき』
カルナ|姫《ひめ》『|天渡《あまわた》る|月《つき》の|御影《みかげ》を|眺《なが》むれば
|笑《わら》はせたまひぬ|吾《わが》|顔《かほ》を|見《み》て』
ヱクス『|姫様《ひめさま》を|娶《めと》りたまひしハルナの|君《きみ》
|春《はる》|咲《さ》く|花《はな》と|栄《さか》えますらむ』
シエール『|類《たぐひ》なき|松《まつ》と|松《まつ》との|睦《むつ》み|合《あ》ひ
|千代《ちよ》の|栄《さか》を|祝《いは》ふ|今日《けふ》かな』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|終《をは》り|目出度《めでたく》|結婚《けつこん》の|式《しき》を|終《を》へ、|左守《さもり》、|右守《うもり》の|両家《りやうけ》は|表面《へうめん》|稍《やや》|打《う》ち|解《と》けたる|如《ごと》く|見《み》えしが、|右守《うもり》の|司《かみ》の|心中《しんちう》は|容易《ようい》に|和《やは》らがず、|依然《いぜん》として|左守《さもり》の|司《かみ》を|邪魔者扱《じやまものあつか》ひ|為《な》し|居《ゐ》たりけり。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 加藤明子録)
第九章 |蛙《かへる》の|腸《はらわた》〔一三七二〕
ビクトリヤ|王《わう》の|奥殿《おくでん》には、|王《わう》を|始《はじ》めヒルナ|姫《ひめ》、|並《ならび》に|内事《ないじ》の|司《つかさ》|兼《けん》|宣伝使《せんでんし》たるタルマン|及《および》|左守《さもり》のキユービツト、|右守《うもり》のベルツ、ハルナ、カルナ|姫《ひめ》の|七人《しちにん》が|列《れつ》を|正《ただ》し、|左守《さもり》|右守《うもり》の|両家《りやうけ》が|結婚《けつこん》に|仍《よ》つて、|和睦《わぼく》の|曙光《しよくわう》を|認《みと》めたる|祝意《しゆくい》を|表《へう》する|為《ため》、|王《わう》に|招《まね》かれて、|此《この》|異数《いすう》の|酒宴《しゆえん》に|列《れつ》したのである。|左守司《さもりのかみ》は|先《ま》づ|王《わう》に|一礼《いちれい》し、|順《じゆん》を|逐《お》うて|叮嚀《ていねい》な|挨拶《あいさつ》をした。
|左守《さもり》『|吾《わが》|君様《きみさま》|始《はじ》め、ヒルナ|姫様《ひめさま》の|深厚《しんこう》なる|御仁慈《ごじんじ》に|仍《よ》りまして、|愚《おろか》なる|伜《せがれ》に|名声《めいせい》|高《たか》き|右守殿《うもりどの》の|妹《いもうと》カルナ|姫《ひめ》を【めあは】し|下《くだ》さいまして、|実《じつ》に|左守《さもり》は|申《まを》すに|及《およ》ばず|伜《せがれ》に|取《と》つても|無上《むじやう》の|光栄《くわうえい》で|厶《ござ》います。それにも|拘《かか》はらず、|今日《こんにち》は|又《また》|盛大《せいだい》なる|宴会《えんくわい》を|開《ひら》いて、|吾等《われら》が|為《ため》にお|心《こころ》をお|尽《つく》し|下《くだ》さいまする、|其《その》|御仁慈《ごじんじ》、|終生《しうせい》|忘《わす》れは|致《いた》しませぬ。|此《この》|上《うへ》は|身命《しんめい》を|抛《なげう》つても、|君国《くんこく》の|為《ため》に|赤心《せきしん》を|尽《つく》し、|万分一《まんぶいち》の|御恩《ごおん》に|酬《むく》い|奉《たてまつ》る|所存《しよぞん》で|厶《ござ》います』
|刹帝利《せつていり》『いかにも、|汝《なんぢ》の|言《い》ふ|通《とほ》り、|今回《こんくわい》は|実《じつ》に|奇縁《きえん》であつた。|之《これ》といふのも|全《まつた》く|盤古神王様《ばんこしんのうさま》の|思召《おぼしめし》、|神《かみ》は|未《ま》だビクの|国《くに》を|始《はじ》め、ビクトリヤ|家《け》を|見捨《みす》て|玉《たま》はざる|御証拠《おんしるし》、|此《この》|方《はう》も|実《じつ》に|満足《まんぞく》であるぞよ。|今日《こんにち》|迄《まで》は|左守家《さもりけ》|右守家《うもりけ》は|犬猿《けんゑん》|啻《ただ》ならず、|常《つね》に|暗闘《あんとう》を|続《つづ》けて|来《き》た。|之《これ》に|就《つ》いては|此《この》|方《はう》は|非常《ひじやう》に|頭《あたま》を|悩《なや》ませてゐたのだ。かくなる|上《うへ》は|文武一途《ぶんぶいつと》に|出《い》で、|協心戮力《けふしんりくりよく》|上下一致《しやうかいつち》して|以《もつ》て、|国家《こくか》を|守《まも》り、|民《たみ》を|安《やす》からしめ、|五六七《みろく》の|神政《しんせい》を|招来《せうらい》することが|出来《でき》るであらう』
と|非常《ひじやう》に|喜《よろこ》んで|挨拶《あいさつ》を|返《かへ》した。|左守《さもり》はハツと|許《ばか》りに|差俯《さしうつむ》き、|嬉《うれ》し|涙《なみだ》に|暮《く》れて|居《ゐ》る。|右守司《うもりのかみ》は|威丈高《ゐたけだか》になり、
|右守《うもり》『|只今《ただいま》|吾《わが》|君《きみ》の|仰《おほ》せには、「|文武一途《ぶんぶいつと》に|出《いで》よ」と|仰《おほ》せられたやうで|厶《ござ》いますが、|左守家《さもりけ》は|文学《ぶんがく》の|家《いへ》、|右守家《うもりけ》は|武術《ぶじゆつ》の|家《いへ》で|厶《ござ》いますれば、|其《その》|根底《こんてい》に|於《おい》て|職掌《しよくしやう》を|異《こと》に|致《いた》し、|到底《たうてい》|氷炭《ひようたん》|相容《あひい》れざる|家柄《いへがら》で|厶《ござ》いまする。|併《しか》し|乍《なが》ら|私的交際《してきかうさい》に|於《おい》ては、|切《き》つても|切《き》れぬ|親戚《しんせき》の|間柄《あひだがら》、|従前《じゆうぜん》に|増《ま》して|親密《しんみつ》の|度《ど》を|加《くは》へ、|両家《りやうけ》|和合《わがふ》|致《いた》すで|厶《ござ》らう。|抑《そもそ》も|武《ぶ》は|国家《こくか》を|守《まも》る|必要《ひつえう》の|機関《きくわん》にして、|武備《ぶび》なき|国家《こくか》は、|翼《つばさ》なき|鳥《とり》も|同様《どうやう》、|到底《たうてい》|国《くに》としての|存立《そんりつ》は|望《のぞ》まれませぬ。|故《ゆゑ》に|武《ぶ》は|非常《ひじやう》の|時《とき》に|必要《ひつえう》のもの、|文学《ぶんがく》は|平時《へいじ》に|民《たみ》を|導《みちび》き、|世《よ》を|治《をさ》むる|上《うへ》に|於《おい》て|必要《ひつえう》なものたる|事《こと》は、|賢明《けんめい》なる|刹帝利《せつていり》の|御熟知《ごじゆくち》さるる|所《ところ》で|厶《ござ》いませう。|文武両家《ぶんぶりやうけ》の|職《しよく》を|混同《こんどう》して、|内事外交《ないじぐわいかう》に|臨《のぞ》む|時《とき》は、|却《かへつ》て|殺伐《さつばつ》の|気《き》、|天下《てんか》に|充《み》ち|国家《こくか》の|擾乱《ぜうらん》を|来《きた》すで|厶《ござ》らう』
ヒルナ|姫《ひめ》『|右守殿《うもりどの》の|御意見《ごいけん》、|一応《いちおう》|尤《もつと》も|乍《なが》ら、|今日《こんにち》の|如《ごと》き|内憂外患《ないいうぐわいくわん》の|頻到《ひんたう》する|時《とき》に|際《さい》し、|文武両家《ぶんぶりやうけ》が|力《ちから》を|併《あは》せ、|国家《こくか》を|守《まも》り、|民《たみ》を|安《やす》むるは|時宜《じぎ》に|適《てき》したる|行《や》り|方《かた》と|考《かんが》へます。|右守殿《うもりどの》、|御熟考《ごじゆくかう》を|願《ねが》ひませう』
|右守《うもり》『これはしたり、ヒルナ|姫様《ひめさま》、|左守家《さもりけ》が|万一《まんいち》|武術《ぶじゆつ》の|権《けん》を|握《にぎ》らば、|軍学《ぐんがく》に|経験《けいけん》なき|御身《おんみ》なれば|軍隊《ぐんたい》の|統制《とうせい》は|宜《よろ》しきを|得《え》ず、|却《かへつ》て|内乱《ないらん》の|種《たね》を|播《ま》くやうなものでは|厶《ござ》らぬか。|大工《だいく》は|家《いへ》を|建《た》て、|左官《さくわん》は|壁《かべ》を|塗《ぬ》り、|傘屋《かさや》は|傘《かさ》を|作《つく》る、すべて|各《おのおの》の|職《しよく》に|応《おう》じて|特色《とくしよく》を|持《も》つてゐるもので|厶《ござ》る。|左官《さくわん》は|家《いへ》を|造《つく》る|事《こと》を|知《し》らず、|大工《だいく》は|又《また》|壁《かべ》を|塗《ぬ》る|事《こと》を|知《し》らない、|同様《どうやう》に|文官《ぶんくわん》は|武術《ぶじゆつ》を|弁《わきま》へず、|况《ま》してや|三軍《さんぐん》を|統率《とうそつ》するの|権威《けんゐ》は|俄《にはか》に|備《そな》はるものでは|厶《ござ》いますまい。|之《これ》に|反《はん》して|武門《ぶもん》の|右守《うもり》、|如何《いか》に|文学方面《ぶんがくはうめん》に|心《こころ》を|注《そそ》ぐとも、|到底《たうてい》|完全《くわんぜん》なる|結果《けつくわ》は|得《え》られますまい。|文武両道《ぶんぶりやうだう》|相並《あひなら》んでこそ|国家《こくか》の|安全《あんぜん》は|保持《ほぢ》されるのでせう』
|刹帝利《せつていり》『アイヤ|右守殿《うもりどの》、|左様《さやう》な|心配《しんぱい》は|要《い》り|申《まを》さぬ。|吾《われ》は|之《これ》より|刹帝利《せつていり》として、|吾《わが》|祖先《そせん》が|汝《なんぢ》の|祖先《そせん》に|預《あづ》けておいたる|兵馬《へいば》の|権《けん》を|改《あらた》めて|受取《うけと》り、|左守《さもり》|右守《うもり》をして、|文武《ぶんぶ》の|両道《りやうだう》を|管掌《くわんしやう》せしむる|事《こと》に|致《いた》す|考《かんが》へだ。ヨモヤ|違背《ゐはい》は|厶《ござ》るまいなア』
|右守《うもり》『|祖先《そせん》が|預《あづ》かりましたか、|或《あるひ》は|祖先《そせん》が|刹帝利様《せつていりさま》を|擁立《ようりつ》して|此《この》|国家《こくか》を|造《つく》つたか、|記録《きろく》もなければ、|遠《とほ》き|昔《むかし》の|事《こと》、|私《わたくし》には|少《すこ》しも|分《わか》りませぬ。|私《わたくし》は|右守《うもり》の|武家《ぶけ》に|生《うま》れ、|父《ちち》より|兵馬《へいば》の|権《けん》を|譲渡《ゆづりわた》された|者《もの》、|恐《おそ》れ|乍《なが》ら|吾《わが》|君《きみ》にお|還《かへ》し|申《まを》す|理由《りいう》はチツとも|認《みと》め|申《まを》さぬ』
と|気色《けしき》ばんで|息《いき》を|喘《はづ》ませ、|刹帝利《せつていり》の|前《まへ》をも|省《かへり》みず、|傍若無人《ばうじやくぶじん》に|言《い》つてのけた。|流石《さすが》のヒルナ|姫《ひめ》も、タルマンも|呆気《あつけ》に|取《と》られ、|左守《さもり》|右守《うもり》|両人《りやうにん》の|顔《かほ》を|見《み》つめゐたり。タルマンは|宣伝使《せんでんし》|兼《けん》|内事《ないじ》の|司《つかさ》として、|左守《さもり》|右守《うもり》の|上《うへ》に|座《ざ》を|占《し》むる|特別《とくべつ》の|地位《ちゐ》であつた。|彼《かれ》は|始《はじ》めて|口《くち》を|開《ひら》き、
タルマン『ビクの|国《くに》の|主権者《しゆけんしや》ビクトリヤ|王様《わうさま》のお|言葉《ことば》は|所謂《いはゆる》|神《かみ》の|御託宣《ごたくせん》で|厶《ござ》る。|今日《こんにち》|迄《まで》は|右守家《うもりけ》|兵馬《へいば》の|権《けん》を|奪《うば》ひ、|上《かみ》はビクトリヤ|家《け》を|悩《なや》ましまつり、|下《しも》|国民《こくみん》の|膏血《かうけつ》を|搾《しぼ》り、それが|為《ため》に|国内《こくない》には|紛擾《ふんぜう》の|絶《た》え|間《ま》なく、|革命《かくめい》の|機運《きうん》は|国内《こくない》に|漂《ただよ》うてゐる。|今《いま》にして|吾《わが》|君《きみ》の|仰《おほ》せを|承《うけたま》はり、|兵馬《へいば》の|権《けん》を|御返《おかへ》し|申《まを》さざるに|於《おい》ては、|民《たみ》の|怨府《ゑんぷ》となりし|右守家《うもりけ》は|直《ただ》ちに|覆滅《ふくめつ》の|悲運《ひうん》に|接《せつ》し、|延《ひ》いて|害《がい》を|王家《わうけ》に|及《およ》ぼすは、|火《ひ》を|見《み》るより|明《あきら》かで|厶《ござ》る。|右守殿《うもりどの》、よく|胸《むね》に|手《て》を|当《あ》て、|時代《じだい》の|趨勢《すうせい》に|鑑《かんが》み、|其《その》|方《はう》が|聰明《そうめい》なる|頭脳《づなう》に|仍《よ》つて、|最善《さいぜん》の|方法《はうはふ》を|取《と》られむ|事《こと》を|忠告《ちうこく》|致《いた》します。|之《これ》は|決《けつ》してタルマンが|私言《しげん》では|厶《ござ》らぬ、|盤古神王《ばんこしんわう》|塩長彦命《しほながひこのみこと》|様《さま》の|御託宣《ごたくせん》の|伝達《でんたつ》で|厶《ござ》るぞや』
と|思《おも》ひ|切《き》つて|宣示《せんじ》した。
|右守《うもり》はタルマンをハツタと|睨《にら》み、
『|名《な》のみあつて|実力《じつりよく》なき|其《その》|方《はう》の|言葉《ことば》を|耳《みみ》に|挟《はさ》むやうな|右守《うもり》では|厶《ござ》らぬぞ。|察《さつ》する|所《ところ》、|汝《なんぢ》は|左守司《さもりのかみ》に|抱《だ》き|込《こ》まれ、|或《あるひ》は|牒《しめ》し|合《あは》せ、|右守《うもり》が|兵馬《へいば》の|権《けん》を|横奪《わうだつ》し、|遂《つひ》には|軍隊《ぐんたい》の|力《ちから》を|以《もつ》て、|国民《こくみん》を|威圧《ゐあつ》し、|時《とき》を|待《ま》つてビクトリヤ|家《け》を|亡《ほろ》ぼし、|左守《さもり》と|汝《なんぢ》が|取《と》つて|代《かは》らむとの|野心《やしん》を|包蔵《はうざう》することは、|此《この》|慧眼《けいがん》なる|右守《うもり》の|前知《ぜんち》する|所《ところ》で|厶《ござ》る。|刹帝利様《せつていりさま》の|災《わざはひ》を|招《まね》かむとする|曲者《くせもの》|奴《め》、|下《さが》りおらう』
と|反対《あべこべ》に|呶鳴《どな》りつけた。|左守司《さもりのかみ》は|之《これ》を|聞《き》くより|奮然《ふんぜん》として|立上《たちあが》り、
|左守《さもり》『こは|心得《こころえ》ぬ|右守《うもり》の|言葉《ことば》、|何《なに》を|証拠《しようこ》に|左様《さやう》な|無体《むたい》な|事《こと》を|仰《おほ》せらるるや、|証拠《しようこ》があらば|承《うけたま》はりたい』
|右守《うもり》『アハハハハハ、|悪人《あくにん》|威々《たけだけ》しいとは|其《その》|方《はう》のこと、|証拠《しようこ》は|心《こころ》にお|尋《たづ》ねなされ。
|人《ひと》|問《と》はば|鬼《おに》はゐぬとも|答《こた》ふべし
|心《こころ》の|問《と》はばいかに|答《こた》へむ
とは、|左守司《さもりのかみ》|及《および》タルマン|輩《はい》の|心《こころ》の|情態《じやうたい》で|厶《ござ》る。いかに|隠《かく》さるる|共《とも》、|其《その》|面貌《めんばう》|及《および》|言語《げんご》に|表《あら》はれて|居《を》りますぞ』
|左守《さもり》『これは|怪《け》しからぬ、|右守《うもり》こそ|野心《やしん》を|包蔵《はうざう》せりと|云《い》はれても|弁解《べんかい》の|辞《じ》はありますまい。|何《なん》となれば|君命《くんめい》に|反《そむ》き、|兵馬《へいば》の|権《けん》を|私《わたくし》するは、|之《こ》れ|全《まつた》く|王家《わうけ》を|脅《おびや》かすもの、|右守《うもり》にして|一点《いつてん》の、|王家《わうけ》を|思《おも》ひ|国家《こくか》を|思《おも》ふ|赤心《まごころ》あらば、|国家《こくか》の|主権者《しゆけんしや》たるビクトリヤ|王様《わうさま》になぜ|奉還《ほうくわん》なさらぬか』
|右守《うもり》『お|構《かま》ひ|御無用《ごむよう》で|厶《ござ》る。|王家《わうけ》はビクの|国《くに》の|飾《かざ》り|物《もの》、|其《その》|実権《じつけん》はすべて|右守家《うもりけ》に|握《にぎ》つてゐるのは|避《さ》く|可《べか》らざる|事実《じじつ》で|厶《ござ》る。いかに|王家《わうけ》と|雖《いへど》も、|左守家《さもりけ》と|雖《いへど》も、|右守家《うもりけ》に|対《たい》し|地位《ちゐ》こそ|高《たか》けれ、|国家《こくか》の|実権《じつけん》を|握《にぎ》るは、|軍隊《ぐんたい》を|統率《とうそつ》する|者《もの》の|手裡《しゆり》にあるは|当然《たうぜん》で|厶《ござ》る。|右守《うもり》に|一片《いつぺん》の|野心《やしん》あらば、|時《とき》を|移《うつ》さず、|吾《わが》|軍隊《ぐんたい》を|指揮《しき》して、|恐《おそ》れ|乍《なが》ら|王家《わうけ》を|亡《ほろ》ぼし、|左守家《さもりけ》を|粉砕《ふんさい》し、|自《みづか》ら|取《と》つて|刹帝利《せつていり》と|成《な》るは|朝飯前《あさめしまへ》の|事《こと》では|厶《ござ》らぬか。|斯《か》かる|実力《じつりよく》|権威《けんゐ》を|具備《ぐび》する|某《それがし》が|汝《なんぢ》|如《ごと》き|老耄《おいぼれ》の|下位《かゐ》に|甘《あま》んじ、|忠実《ちうじつ》に|勤《つと》めてゐるのは、|野心《やしん》のなき|証《しるし》では|厶《ござ》らぬか。|左守《さもり》|如《ごと》き|頑迷不霊《ぐわんめいふれい》の|宰相《さいしやう》に|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》らせようものならそれこそ|気違《きちが》ひに|松明《たいまつ》を|持《も》たせたも|同様《どうやう》、|危険千万《きけんせんばん》で|厶《ござ》る。|餅《もち》は|餅屋《もちや》、|傘《かさ》は|傘屋《かさや》、|下駄《げた》は|下駄屋《げたや》で|厶《ござ》る。|及《およ》ばぬ|野心《やしん》を|起《おこ》すよりも、|左守家《さもりけ》|相当《さうたう》の|職《しよく》を|守《まも》り、|君国《くんこく》の|為《ため》に|尽《つく》されたがよからう』
ヒルナ|姫《ひめ》『|右守殿《うもりどの》、|左守司《さもりのかみ》は|決《けつ》して|左様《さやう》な|野心《やしん》は|毛頭《まうとう》|厶《ござ》らぬ。|何事《なにごと》も|善意《ぜんい》に|解《かい》し、|両家《りやうけ》|和衷協同《わちうけふどう》して、|君国《くんこく》の|為《ため》に、|国家《こくか》|危急《ききふ》の|場合《ばあひ》、|下《くだ》らぬ|争《あらそ》ひを|止《や》め、|共《とも》に|共《とも》に|力《ちから》を|国家《こくか》の|為《ため》に|尽《つく》して|下《くだ》さい。|況《ま》して|親密《しんみつ》なる|親戚《しんせき》の|間柄《あひだがら》、|御両人《ごりやうにん》の|争《あらそ》ひをハルナ、カルナ|姫殿《ひめどの》が|聞《き》かれたならば、さぞ|苦《くる》しい|事《こと》で|厶《ござ》いませう。そこは|賢明《けんめい》なる|右守殿《うもりどの》、|平静《へいせい》に|御考《おかんが》へを|願《ねが》ひたう|厶《ござ》いますなア』
|右守《うもり》『ハルナ、カルナの|両人《りやうにん》は|恋愛至上主義《れんあいしじやうしゆぎ》を|振《ふ》り|翳《かざ》し、|結婚《けつこん》を|致《いた》した|者《もの》で|厶《ござ》る。|云《い》はば|私的関係《してきくわんけい》では|厶《ござ》らぬか。|軍職《ぐんしよく》は|所謂《いはゆる》|天下《てんか》の|公機《こうき》、|一夫一婦《いつぷいつぷ》の|私的関係《してきくわんけい》を|以《もつ》て|公職《こうしよく》を|混同《こんどう》するは|天地《てんち》の|道理《だうり》に|背反《はいはん》したる|大罪悪《だいざいあく》では|厶《ござ》らぬか。|此《この》|右守《うもり》|暗愚《あんぐ》なりと|雖《いへど》も、|斯様《かやう》な|道理《だうり》の|分《わか》らぬ|男《をとこ》では|厶《ござ》らぬ。|親戚《しんせき》は|親戚《しんせき》、|国家《こくか》は|国家《こくか》、|職務《しよくむ》は|職務《しよくむ》、|区劃整然《くくわくせいぜん》として|自《おのづか》ら|法則《はふそく》あり。|察《さつ》する|所《ところ》、|左守司《さもりのかみ》やタルマンの|野心《やしん》より|兵馬《へいば》の|権《けん》を|右守《うもり》から|掠奪《りやくだつ》せむとする|計略《けいりやく》に|出《い》でたる|事《こと》はよく|見《み》え|透《す》いて|居《を》ります。|姫様《ひめさま》、|必《かなら》ず|御心配《ごしんぱい》|遊《あそ》ばすな。|此《この》|右守《うもり》は|左守《さもり》やタルマンの|杞憂《きいう》する|如《ごと》き|反逆人《はんぎやくにん》では|厶《ござ》らぬ。|手《て》なづけておいたる|軍隊《ぐんたい》を|以《もつ》て|王家《わうけ》を|守《まも》り、|国家《こくか》を|保護《ほご》|致《いた》しますれば、|今日《こんにち》の|提案《ていあん》は|刹帝利様《せつていりさま》のお|言葉《ことば》を|以《もつ》て、|速《すみや》かに|御撤回《ごてつくわい》あらむことを|希望《きばう》|致《いた》します』
といつかな|動《うご》かぬ|磐石心《ばんじやくしん》、|流石《さすが》の|刹帝利《せつていり》も|手《て》を|下《くだ》すべき|余地《よち》がなかつた。|右守《うもり》の|妹《いもうと》カルナは|右守《うもり》に|向《むか》ひ、
『|兄上様《あにうへさま》、|貴方《あなた》は|何時《いつ》も|武術《ぶじゆつ》の|家《いへ》に|生《うま》れながら、|兵《へい》は|凶器《きやうき》だとか、|殺伐《さつばつ》だとか|言《い》つて、|蛇蝎《だかつ》の|如《ごと》く|忌《い》み|嫌《きら》つて|居《を》られるではありませぬか。|文化生活《ぶんくわせいくわつ》といふものは、|武備撤廃《ぶびてつぱい》|迄《まで》|行《ゆ》かねば|到底《たうてい》|駄目《だめ》だといつも|仰有《おつしや》つたでせう。それ|程《ほど》|御嫌《おきら》ひな|軍隊《ぐんたい》なら、|左守殿《さもりどの》の|仰《おほ》せに|従《したが》ひ、|刹帝利様《せつていりさま》に|速《すみやか》に|奉還《ほうくわん》なさつたら|如何《どう》です』
|右守《うもり》『|女童《をんなわらべ》の|容喙《ようかい》する|所《ところ》でない、スツ|込《こ》み|居《を》らう。|某《それがし》の|理想《りさう》が|出現《しゆつげん》する|迄《まで》は|軍隊《ぐんたい》の|必要《ひつえう》がある。|理想世界《りさうせかい》が|現《あら》はれた|以上《いじやう》は、|軍備全廃《ぐんびぜんぱい》を|誓《ちか》つて|致《いた》す|拙者《せつしや》の|考《かんが》へだ。|汝《なんぢ》の|如《ごと》き|半可通《はんかつう》のナマ・ハイカラが|何《なに》を|知《し》つてゐるか。ハルナの|美貌《びばう》に|迷《まよ》ひ、|生家《せいか》を|忘《わす》れ、|兄《あに》に|楯《たて》つくとは|不都合千万《ふつがふせんばん》、|今日《こんにち》より|兄妹《きやうだい》の|縁《えん》を|切《き》る。さう|覚悟《かくご》を|致《いた》せ』
カルナ|姫《ひめ》『それは|貴方《あなた》の|御勝手《ごかつて》になさいませ。|何時《いつ》|迄《まで》も|兄上《あにうへ》の|世話《せわ》になる|訳《わけ》には|行《ゆ》きませぬ。|妾《わらは》は|最早《もはや》|夫《をつと》の|家《うち》が|大切《たいせつ》で|厶《ござ》います』
|右守《うもり》『ヨシツ、よう|言《い》つた、|其《その》|言葉《ことば》を|待《ま》つてゐたのだ。|今日《こんにち》より|左守《さもり》|右守《うもり》|両家《りやうけ》は|親戚《しんせき》でない|程《ほど》に、|汝《なんぢ》|一人《ひとり》の|為《ため》に|吾《わが》|目的《もくてき》……|否々《いないな》……|我国《わがくに》の|国力《こくりよく》|発展《はつてん》の|目的《もくてき》を|妨害《ばうがい》するには|忍《しの》びない。キツパリ|暇《ひま》をつかはすツ』
と|呶鳴《どな》りつけた。ハルナは|慌《あわ》てて|立上《たちあが》り、
ハルナ『お|兄様《にいさま》、カルナ|姫《ひめ》の|申《まを》した|事《こと》、お|気《き》に|障《さはり》ませうが、|何《なに》を|云《い》つても|女《をんな》の|申《まを》した|事《こと》、|又《また》|兄妹《きやうだい》の|間柄《あひだがら》だと|思《おも》つて、|斯様《かやう》な|気儘《きまま》な|事《こと》を|申《まを》したので|厶《ござ》いませう。|折角《せつかく》|刹帝利様《せつていりさま》、ヒルナ|姫様《ひめさま》の|思召《おぼしめし》に|仍《よ》つて、|両家《りやうけ》|和合《わがふ》|致《いた》し、|其《その》|祝宴《しゆくえん》として、|勿体《もつたい》なくも|王様《わうさま》よりお|招《まね》きに|与《あづか》つた|此《この》|宴席《えんせき》に|於《おい》て、|左様《さやう》な|事《こと》を|仰《おほ》せらるるとは、|君《きみ》に|対《たい》して|不忠《ふちう》と|申《まを》すもの、|何卒《なにとぞ》|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し、|冷静《れいせい》にお|考《かんが》へを|願《ねが》ひたう|厶《ござ》います』
|右守《うもり》『|黙《だま》れツ|青瓢箪《あをべうたん》、|汝《なんぢ》の|如《ごと》き|木端武者《こつぱむしや》の|知《し》る|所《ところ》ではない』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、ヒルナ|姫《ひめ》の|顔《かほ》を|一寸《ちよつと》|覗《のぞ》いて|見《み》た。ヒルナ|姫《ひめ》は|差俯《さしうつむ》き、|両眼《りやうがん》よりハラハラと|涙《なみだ》を|落《おと》し、|歯《は》をくひしばつてゐる。かかる|処《ところ》へ|慌《あわ》ただしく|入《い》り|来《きた》るは、ライオン|河《がは》の|関守《せきもり》の|長《ちやう》カントであつた。
カント『ハイ|申上《まをしあ》げます、タタ|大変《たいへん》な|事《こと》が|出来《しゆつたい》|致《いた》しました』
|刹帝利《せつていり》『カント、|大変《たいへん》とは|何事《なにごと》だ、|詳細《つぶさ》に|言上《ごんじやう》せよ』
カントは|胸《むね》を|撫《な》で|乍《なが》ら、|息苦《いきぐる》しき|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げて、
カント『|只今《ただいま》ライオン|河《がは》の|彼方《かなた》より、|三葉葵《みつばあふひ》のしるされたる|旗《はた》、|数百旒《すうひやくりう》を|押立《おした》て、|数千《すうせん》のナイトは|単梯陣《たんていぢん》の|姿《すがた》|勇《いさ》ましく、|暴虎《ばうこ》の|勢《いきほひ》を|以《もつ》て、|旗鼓堂々《きこだうだう》|攻《せ》めよせ|来《きた》りまする。|如何《いかが》|致《いた》せば|宜《よろ》しきや、|心《こころ》も|心《こころ》ならず|一目散《いちもくさん》に|走《は》せ|参《さん》じ、|御注進《ごちうしん》に|参《まゐ》りました』
と|聞《き》くより|一同《いちどう》は|面色《かほいろ》を|変《か》へ、|暫《しば》し|双手《もろて》を|組《く》んで|各《おのおの》|沈黙《ちんもく》に|入《い》る。
(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
第二篇 |貞烈亀鑑《ていれつきかん》
第一〇章 |女丈夫《ぢよぢやうふ》〔一三七三〕
カントの|報告《はうこく》に|打驚《うちおどろ》いて、|一同《いちどう》は|暫《しばら》く|沈黙《ちんもく》の|幕《まく》を|下《お》ろした。|諺《ことわざ》にも|兄弟《きやうだい》|檣《かき》にせめぐ|共《とも》、|外《ほか》|其《その》|侮《あなど》りを|防《ふせ》ぐとかや、|父《ちち》|死《し》して|家《いへ》にせめぐ|子《こ》なし、……とは|宜《うべ》なるかな。|国家《こくか》の|危急存亡《ききふそんばう》|目睫《もくせふ》の|間《あひだ》に|迫《せま》れるを|聞《き》いて、|流石《さすが》の|右守《うもり》も|今《いま》|迄《まで》の|争論《そうろん》をケロリと|忘《わす》れ、|兎《と》も|角《かく》|外敵《ぐわいてき》を|防《ふせ》がむとのみに|焦慮《せうりよ》し|出《だ》した。|右守《うもり》は|慌《あわ》てて|口《くち》を|開《ひら》き、
|右守《うもり》『|刹帝利様《せつていりさま》、|国家《こくか》の|危急《ききふ》、|目睫《もくせふ》に|迫《せま》りました。|斯様《かやう》な|時《とき》に|内紛《ないふん》を|醸《かも》すのは|最《もつと》も|不利益千万《ふりえきせんばん》で|厶《ござ》います。|此《この》|右守《うもり》は|君《きみ》の|為《ため》、|国《くに》の|為《ため》、|一切《いつさい》の|主張《しゆちやう》を|曲《ま》げて、|吾《わが》|君様《きみさま》、ヒルナ|姫様《ひめさま》、|左守殿《さもりどの》に|一任《いちにん》|致《いた》します、|何卒《どうぞ》よきに|御取計《おとりはか》らひを|願《ねが》ひませう』
と|打《う》つて|変《かは》つた|挨拶《あいさつ》に、ビクトリヤ|王《わう》は|漸《やうや》く|顔《かほ》をあげ、
|刹帝利《せつていり》『|汝《なんぢ》の|赤心《まごころ》は|只今《ただいま》|現《あら》はれた。|人《ひと》は|愈《いよいよ》の|時《とき》にならねば|本心《ほんしん》の|分《わか》らぬものだ。サア|是《これ》から|左守《さもり》、|右守《うもり》、タルマン、|一致《いつち》の|上《うへ》|防《ふせ》ぎの|用意《ようい》を|致《いた》されよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|左守殿《さもりどの》、|如何《いかが》で|厶《ござ》る。|其方《そなた》は|三軍《さんぐん》を|率《ひき》ゐ、|右守殿《うもりどの》と|力《ちから》を|協《あは》せ、|防戦《ばうせん》にお|向《むか》ひなさらぬか』
|左守《さもり》『ハイ、|委細《ゐさい》|承知《しようち》|仕《つかまつ》りました。|然《しか》らば|之《これ》より、|右守殿《うもりどの》、|軍隊《ぐんたい》を|二手《ふたて》に|分《わか》ち、|其《その》|一班《いつぱん》を|拙者《せつしや》が|預《あづか》りませう』
|右守《うもり》『これは|怪《け》しからぬ、|軍学《ぐんがく》に|経験《けいけん》なき|其方《そなた》、|左様《さやう》な|事《こと》が|如何《どう》して|出来《でき》ませうか。|此《この》|防戦《ばうせん》は|拙者《せつしや》にお|任《まか》せ|下《くだ》され。|一兵《いつぺい》も|動《うご》かさずして、|樽爼折衝《そんそせつしよう》の|間《あひだ》に|解決《かいけつ》をつけてみせませう』
かかる|所《ところ》へ|第二《だいに》の|使者《ししや》として、|慌《あわ》ただしく|入《い》り|来《きた》るはエムであつた。エムは|一同《いちどう》の|前《まへ》に|平伏《へいふく》し、|汗《あせ》を|拭《ぬぐ》ひ|乍《なが》ら、
『|御注進《ごちうしん》|申上《まをしあ》げます、|敵《てき》は|目《め》に|余《あま》る|大軍《たいぐん》、バラモンの|勇将《ゆうしやう》、|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》|指揮《しき》の|下《もと》に|数千騎《すうせんき》を|以《もつ》て|押寄《おしよ》せ|来《きた》り、|忽《たちま》ち|表門《おもてもん》を|破壊《はくわい》し、|陣営《ぢんえい》を|焼払《やきはら》い、|民家《みんか》に|火《ひ》を|放《はな》ちました、|時《とき》|遅《おく》れては|一大事《いちだいじ》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|防戦《ばうせん》の|用意《ようい》あつて|然《しか》るべし。いで|某《それがし》は、|命《いのち》を|的《まと》にあらむ|限《かぎ》りの|奪戦《ふんせん》を|致《いた》し、|君《きみ》の|為《ため》に|一命《いちめい》を|捨《す》て|申《まを》さむ。|早《はや》く|御用意《ごようい》あつて|然《しか》るべし』
と|言《い》ふより|早《はや》く、|韋駄天走《ゐだてんばし》りに|駆《か》け|出《い》だし、|何処《いづこ》ともなく|消《き》え|失《う》せたり。
|左守《さもり》『|只今《ただいま》となつて、|拙者《せつしや》は|貴殿《きでん》の|意思《いし》に|反《そむ》き、|内紛《ないふん》を|続《つづ》くる|事《こと》を|好《この》み|申《まを》さぬ。|然《しか》らば|吾《わが》|君《きみ》の|御身辺《ごしんぺん》の|保護《ほご》を|仕《つかまつ》るべければ、|貴殿《きでん》は|之《これ》より|三軍《さんぐん》を|率《ひき》ゐ、|華々《はなばな》しく|戦《たたか》ひめされ、|日頃《ひごろ》|鍛《きた》へし|武術《ぶじゆつ》の|手並《てなみ》、|現《あら》はし|玉《たま》ふは|此《この》|時《とき》ならむ。サ|早《はや》く|早《はや》く|御用意《ごようい》あれ』
とすすむれど、|右守司《うもりのかみ》は|泰然《たいぜん》として|動《うご》きさうにもない。
ヒルナ|姫《ひめ》『|右守殿《うもりどの》、|国家《こくか》|危急《ききふ》の|場合《ばあひ》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|防戦《ばうせん》におかかりなさらぬか』
|右守《うもり》『これはこれはヒルナ|姫様《ひめさま》のお|言葉《ことば》とも|覚《おぼ》えませぬ。|敵《てき》は|目《め》にあまる|大軍《たいぐん》、|勝敗《しようはい》の|数《すう》は|既《すで》に|決《けつ》してをりまするぞ。あたら|勇士《ゆうし》の|屍《かばね》を|戦場《せんぢやう》に|曝《さら》すよりも、|暫《しばら》く|敵《てき》の|蹂躙《じうりん》に|任《まか》し、|極端《きよくたん》に|無抵抗主義《むていかうしゆぎ》を|発揮《はつき》して、|敵《てき》をしてアフンと|致《いた》さすが|兵法《へいはふ》の|奥義《おくぎ》で|厶《ござ》る。|右守《うもり》が|胸中《きようちう》に|貯《たくは》へたる|神算鬼謀《しんさんきぼう》を|発揮《はつき》するは|瞬《またた》く|内《うち》、まづまづお|待《ま》たせあれ。|急《せ》いては|事《こと》を|仕損《しそん》ずる、|英雄《えいゆう》|閑日月《かんじつげつ》あり|程《てい》の|度量《どりやう》がなくては|国家《こくか》を|処理《しより》する|事《こと》は|出来《でき》ますまいぞ。アハハハハ』
とクソ|落着《おちつ》きに|落着《おちつ》き、|何《なに》か|心《こころ》に|期《き》する|所《ところ》あるものの|如《ごと》くなりき。|其《その》|実《じつ》|右守《うもり》は|実際《じつさい》の|卑怯者《ひけふもの》で|早《はや》くも|腰《こし》を|抜《ぬ》かしてゐたのである。|併《しか》し|乍《なが》らヒルナ|姫《ひめ》|及《および》|其《その》|他《た》|並《なみ》ゐる|歴々《れきれき》の|手前《てまへ》、|驚《おどろ》いて|腰《こし》が|抜《ぬ》けたといふ|訳《わけ》にも|行《ゆ》かず、さりとて|軍隊《ぐんたい》を|左守《さもり》に|渡《わた》せば、|再《ふたた》び|兵馬《へいば》の|権《けん》は|吾《わが》|手《て》に|還《かへ》つて|来《こ》ない。|出《い》でて|武勇《ぶゆう》を|現《あら》はさむとすれば、|已《すで》に|腰《こし》が|抜《ぬ》けてゐる。|又《また》|勝算《しようさん》の|見込《みこみ》がない。なまじいに|戦《たたか》つて|敗北《はいぼく》をなし、|自分《じぶん》の|沽券《こけん》を|堕《おと》すよりも、|太刀《たち》を|抜《ぬ》かざれば、|其《その》|勝劣《しようれつ》が|分《わか》らないであらう、|何《なん》とかならうから……といふズルイ|考《かんが》へが|咄嗟《とつさ》に|起《おこ》つた。ヒルナ|姫《ひめ》は|心《こころ》に|弱点《じやくてん》があるので、|右守司《うもりのかみ》に|対《たい》して|厳《きび》しく|叱咤《しつた》する|事《こと》が|出来《でき》ず、|実《じつ》に|煩悶苦悩《はんもんくなう》の|極《きよく》に|達《たつ》した。|刹帝利《せつていり》は|心《こころ》|焦《いら》ち、
『アイヤ|右守殿《うもりどの》、|早《はや》くお|立《た》ちなされ、|日頃《ひごろ》|軍隊《ぐんたい》を|練《ね》り|鍛《きた》ふるは、|斯様《かやう》な|時《とき》の|必要《ひつえう》ある|為《ため》ではないか。|汝《なんぢ》が|武勇《ぶゆう》を|現《あら》はすは|此《この》|時《とき》ではないか、サ|早《はや》く|早《はや》く』
と|急《せ》き|立《た》つる。|左守《さもり》も|側《そば》によつて、
『|右守殿《うもりどの》、|早《はや》くお|出《で》ましなされ。|貴殿《きでん》に|於《おい》て|不賛成《ふさんせい》とあらば、|拙者《せつしや》が|軍隊《ぐんたい》を|預《あづか》り、|防戦《ばうせん》に|出《で》かけませう。|早《はや》く|返答《へんたふ》を|聞《き》かして|下《くだ》さい』
と|双方《さうはう》から|詰《つ》めかけられ、|右守《うもり》は|一言《ひとこと》も|答《こた》へず|腰《こし》を|抜《ぬ》かした|儘《まま》、|首《くび》を|左右《さいう》に|振《ふ》つてゐる。
カルナ|姫《ひめ》は|側《そば》|近《ちか》く|寄《よ》つて、
『お|兄《にい》さま、|君《きみ》の|御心慮《ごしんりよ》を|慰《なぐさ》め、|貴方《あなた》が|忠誠《ちうせい》を|現《あら》はすは、|今《いま》|此《この》|時《とき》で|厶《ござ》います。|飾《かざ》りおいたる|弓矢《ゆみや》の|手前《てまへ》、かやうの|時《とき》にお|働《はたら》きなさらねば、|却《かへつ》て|武門《ぶもん》の|恥辱《ちじよく》で|厶《ござ》いまするぞ』
|右守《うもり》『エエ|小《こ》ざかしき|女《をんな》の|差出口《さしでぐち》、|構《かま》つてくれな、|右守《うもり》は|右守《うもり》としての|成案《せいあん》があるのだ。|燕雀《えんじやく》|何《なん》ぞ|大鵬《たいほう》の|志《こころざし》を|知《し》らむやだ。ひつ|込《こ》みをらう』
と|妹《いもうと》に|向《むか》つて、|噴火口《ふんくわこう》を|向《む》けた。
カルナ|姫《ひめ》『エエ|不甲斐《ふがひ》ない|兄上《あにうへ》、ようマア|右守司《うもりのかみ》だと|言《い》つて、|今日《こんにち》|迄《まで》|威張《ゐば》られたものだ。こんな|卑怯未練《ひけふみれん》な|兄《あに》があるかと|思《おも》へば、カルナ|姫《ひめ》|残念《ざんねん》で|厶《ござ》います。イザ|之《これ》よりは|此《この》カルナが|三軍《さんぐん》を|指揮《しき》し、|戦陣《せんぢん》に|向《むか》ひませう、|兄上《あにうへ》さらば』
といふより|早《はや》く|立出《たちい》でむとする、|右守《うもり》はカルナの|手《て》をグツと|握《にぎ》り、|目《め》を|怒《いか》らして、
『コレヤ|妹《いもうと》、|女《をんな》の|分際《ぶんざい》として|戦陣《せんぢん》に|向《むか》ふとは|何事《なにごと》だ。|越権《ゑつけん》の|沙汰《さた》ではないか』
カルナ|姫《ひめ》『エエ|此《この》|場《ば》に|及《およ》んで、|越権《ゑつけん》も|鉄拳《てつけん》もありますか、|上《かみ》はタルマンを|始《はじ》め|下《しも》|一兵卒《いつぺいそつ》の|端《はし》に|至《いた》る|迄《まで》、|力《ちから》を|合《あは》せ|心《こころ》を|一《いつ》にして、|王家《わうけ》と|国家《こくか》を|守《まも》らねばならぬ|此《この》|場合《ばあひ》、ササそこ|放《はな》して|下《くだ》さい』
ともがけど、|剛力《がうりき》に|掴《つか》まれたカルナ|姫《ひめ》の|細腕《ほそうで》は|容易《ようい》に|離《はな》れなかつた。カルナ|姫《ひめ》は|幸《さいはひ》|左《ひだり》の|手《て》を|握《にぎ》られてゐたのだから、|右《みぎ》の|手《て》にて|懐剣《くわいけん》の|鞘《さや》を|払《はら》ひ、|右守《うもり》の|二《に》の|腕《うで》をグサツと|突《つ》き|刺《さ》せば、パツと|散《ち》る|血潮《ちしほ》と|痛《いた》さに|驚《おどろ》いて|手《て》を|放《はな》したり。カルナ|姫《ひめ》は、
『ハルナ|殿《どの》、サア、|厶《ござ》りませ。|妾《わらは》と|共《とも》に|防戦《ばうせん》の|用意《ようい》、|吾《わが》|君様《きみさま》、ヒルナ|姫様《ひめさま》、|御身《おんみ》を|御安泰《ごあんたい》に』
と|言《い》ひ|乍《なが》ら、|一目散《いちもくさん》に|駆《か》け|出《だ》した。
|刹帝利《せつていり》『|汝《なんぢ》|不届至極《ふとどきしごく》な|右守司《うもりのかみ》、|此《この》|場合《ばあひ》になつて、|卑怯未練《ひけふみれん》にも|防戦《ばうせん》の|用意《ようい》を|致《いた》さぬとは、|不忠不義《ふちうふぎ》の|曲者《しれもの》、|一刀《いつたう》の|下《もと》に|斬《き》りつけてくれむ、|覚悟《かくご》いたせ』
と|大刀《だいたう》をスラリと|抜《ぬ》いて|斬《き》りつけむとする。ヒルナ|姫《ひめ》は|王《わう》の|腕《うで》にすがりつき、
『|吾《わが》|君様《きみさま》、|暫《しばら》くお|待《ま》ち|下《くだ》さいませ。|妾《わらは》が|悪《わる》いので|厶《ござ》います、ここにて|一切《いつさい》の|罪科《ざいくわ》を|自白《じはく》|致《いた》しまする。|何卒《どうぞ》|右守《うもり》をお|斬《き》り|遊《あそ》ばすならば、それより|先《さき》に|妾《わらは》を|御手《おて》にお|掛《か》け|下《くだ》さいませ。そして|臨終《いまは》の|際《きは》に|申上《まをしあ》げておかねばならぬ|事《こと》が|厶《ござ》います。|此《この》|右守《うもり》は|表《おもて》に|忠義面《ちうぎづら》を|装《よそほ》ひ、|数多《あまた》の|軍隊《ぐんたい》を|擁《よう》し、|内々《ないない》|手《て》をまはして|国民《こくみん》を|煽動《せんどう》し、|各地《かくち》に|暴動《ばうどう》を|起《おこ》させ、|収拾《しうしふ》す|可《べか》らざるに|至《いた》るを|待《ま》ち、|已《や》むなく|王様《わうさま》を|退隠《たいいん》|致《いた》させ、|自《みづか》ら|取《と》つて|代《かは》つて、|刹帝利《せつていり》たらむとの|野心《やしん》を|抱《いだ》いて|居《を》りまする。|妾《わらは》は|陰《かげ》になり|陽《ひなた》になり、|此《この》|野謀《やぼう》を|悔《く》い|改《あらた》めしめ、|王家《わうけ》を|救《すく》はむ|為《ため》に、|彼《かれ》と|不義《ふぎ》の|交《まじ》はりを|致《いた》しました。これも|全《まつた》く|王家《わうけ》を|思《おも》ふ|一念《いちねん》より|女《をんな》の【あさはか】な|心《こころ》から、|女《をんな》として|行《ゆ》く|可《べか》らざる|道《みち》を|通《とほ》りました|不貞《ふてい》の|罪《つみ》、|万死《ばんし》に|値《あたひ》|致《いた》しますれば、|何卒《どうぞ》|妾《わらは》を|先《さき》へ|御手《おて》にかけ|下《くだ》さいまして、|右守《うもり》を|御成敗《ごせいばい》|下《くだ》さいます|様《やう》、|偏《ひとへ》にお|願《ねがひ》|申《まを》します』
|刹帝利《せつていり》は|之《これ》を|聞《き》いて、|怒髪《どはつ》|天《てん》を|衝《つ》き、|一刀《いつたう》の|下《もと》にヒルナ|姫《ひめ》を|斬《き》り|捨《す》つるかと|思《おも》ひきや、|刀《かたな》を|座敷《ざしき》に|投《な》げ|捨《す》て、ドツカと|坐《ざ》し、|両手《りやうて》を|組《く》み、|涙《なみだ》をハラハラと|流《なが》して|云《い》ふ、
|刹帝利《せつていり》『ヒルナ|姫《ひめ》、|其方《そなた》の|心遣《こころづか》ひ、|吾《われ》は|嬉《うれ》しう|思《おも》ふぞよ。|女《をんな》の|行《ゆ》く|可《べか》らざる|道《みち》を|行《い》つて|迄《まで》も、|王家《わうけ》を|守《まも》らむとした|其《その》|誠忠《せいちう》、|実《じつ》に|感歎《かんたん》の|余《あま》りである。|併《しか》し|乍《なが》ら|其《その》|自白《じはく》を|聞《き》く|上《うへ》は、|最早《もはや》|吾《わが》|妃《きさき》として|侍《はべ》らす|事《こと》は|出来《でき》ない。|可愛相《かあいさう》|乍《なが》ら、|夫婦《ふうふ》の|縁《えん》を|切《き》る。|併《しか》し|乍《なが》ら|以前《いぜん》に|変《かは》らず、|王家《わうけ》の|為《ため》に|尽《つく》してくれ、|其方《そなた》の|赤心《まごころ》は|実《じつ》に|感謝《かんしや》|致《いた》すぞよ』
とヒルナ|姫《ひめ》の|背《せ》を|撫《な》でて|慰《なぐさ》めた。ヒルナ|姫《ひめ》は|王《わう》の|愛情《あいじやう》に|絆《ほだ》され、|立《た》つてもゐてもゐたたまらず、|懐剣《くわいけん》を|抜《ぬ》くより|早《はや》く|吾《わが》|喉《のんど》につき|立《た》てむとしたるを、タルマンは|目敏《めざと》く|之《これ》をみて|姫《ひめ》の|手《て》を|固《かた》く|握《にぎ》り|涙《なみだ》と|共《とも》に、
『|姫様《ひめさま》、|吾《わが》|君《きみ》のお|許《ゆる》しある|上《うへ》は、|国家《こくか》|危急《ききふ》の|場合《ばあひ》、|自殺《じさつ》などなさる|所《ところ》では|厶《ござ》いませぬ。そこ|迄《まで》の|覚悟《かくご》をお|定《き》めなさつた|以上《いじやう》は、|王家《わうけ》の|為《ため》に|今《いま》|一息《ひといき》の|命《いのち》を|存《なが》らへ、|敵《てき》の|陣中《ぢんちう》に|駆《か》け|入《い》り、|仮令《たとへ》|一人《ひとり》なり|共《とも》|敵《てき》を|悩《なや》ませ、|勇《いさ》ましく|討死《うちじに》なさつたらどうで|厶《ござ》いませう。さすれば|姫様《ひめさま》の|死花《しにばな》が|咲《さ》くといふもの、|勇猛《ゆうまう》な|女武者《をんなむしや》として、|千載《せんざい》に|其《その》|芳名《はうめい》が|伝《つた》はるでせう、|暫《しばら》く|思《おも》ひ|止《と》まつて|下《くだ》さいませ』
と|涙《なみだ》|乍《なが》らに|諫止《かんし》する。|姫《ひめ》は|打《う》ち|頷《うなづ》き、
『ああ|如何《いか》にも、|其方《そなた》の|言《い》ふ|通《とほ》り、|王様《わうさま》の|為《ため》に|陣中《ぢんちう》に|駆《か》け|込《こ》んで|命《いのち》を|捨《す》てませう。|今《いま》|此処《ここ》で|自害《じがい》して|果《は》つれば、|犬死《いぬじに》も|同様《どうやう》、|不義不貞腐《ふぎふていくさ》れの|女《をんな》よと、|醜名《しうめい》を|後《のち》の|世《よ》に|流《なが》すのも|残念《ざんねん》で|厶《ござ》います。ああよい|所《ところ》へ|気《き》がついた』
と|気《き》を|取直《とりなほ》し、|俄《にはか》に|武装《ぶさう》を|整《ととの》へ、|後鉢巻《うしろはちまき》|凛《りん》としめ、|薙刀《なぎなた》|小脇《こわき》に|掻《か》い|込《こ》み、|門外《もんぐわい》さして|只《ただ》|一人《ひとり》、トウトウトウと|足早《あしばや》に|駆《か》け|出《だ》す|其《その》|勇《いさ》ましさ。|王《わう》は|後姿《うしろすがた》を|見送《みおく》つて、|手《て》を|合《あは》せ『|盤古神王《ばんこしんわう》|守《まも》らせ|玉《たま》へ』と|祈願《きぐわん》を|凝《こら》し、|且《か》つ|姫《ひめ》が|天晴《あつぱれ》、|功名《こうみやう》|手柄《てがら》を|顕《あら》はして、|華々《はなばな》しく|凱旋《がいせん》せむ|事《こと》を|祈願《きぐわん》した。|左守司《さもりのかみ》は|老齢《らうれい》の|事《こと》とて、|王《わう》の|命《めい》により|王《わう》の|側《そば》|近《ちか》く|仕《つか》へた。タルマンは、
タルマン『われも|之《これ》より|戦陣《せんぢん》に|向《むか》ひ、|一当《ひとあて》あてて|敵《てき》の|肝《きも》を|冷《ひや》してくれむ、|吾《わが》|君様《きみさま》、さらば』
と|言《い》ひ|残《のこ》し、|武装《ぶさう》を|整《ととの》へ、|表《おもて》をさして|一目散《いちもくさん》に|駆《か》けり|行《ゆ》く。
(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
第一一章 |艶兵《えんぺい》〔一三七四〕
|鬼春別《おにはるわけ》の|股肱《ここう》と|頼《たの》む、シヤムは|驀地《まつしぐら》に|城内《じやうない》を|襲《おそ》ひ、ハルナの|指揮《しき》する|軍隊《ぐんたい》を|片《かた》ツ|端《ぱし》から|斬《き》りちらし、|薙倒《なぎたふ》した。|城内《じやうない》の|味方《みかた》は|周章狼狽《しうしやうらうばい》し、|武器《ぶき》を|捨《す》て、|卑怯《ひけふ》にも|一目散《いちもくさん》に|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|散乱《さんらん》した。ハルナは|槍《やり》を|提《ひつさ》げて|敵《てき》の|陣中《ぢんちう》に|入《い》り、|縦横無尽《じうわうむじん》に|戦《たたか》へども、|敵《てき》は|目《め》に|余《あま》る|大軍《たいぐん》、|遂《つひ》に|力《ちから》|尽《つ》き、|身《み》に|十数創《じふすうさう》を|蒙《かうむ》り、|無念《むねん》の|歯《は》を|食《く》ひしばり|乍《なが》ら、ドツと|倒《たふ》れた。シヤムは|部下《ぶか》に|命《めい》じ、|高手小手《たかてこて》に|縛《しば》つて|捕虜《ほりよ》となし、|城内《じやうない》の|庫《くら》に|投込《なげこ》み|繋《つな》いでおいた。|夫《そ》れより|王《わう》の|殿中《でんちう》に|阿修羅王《あしゆらわう》の|如《ごと》き|勢《いきほひ》にて|進《すす》み|入《い》り、|右守《うもり》のベルツを|苦《く》もなく|捕縛《ほばく》し、|之《こ》れ|又《また》ハルナを|投込《なげこ》んだ|庫《くら》の|中《なか》に|繋《つな》いでおいた。ビクトリヤ|王《わう》、キユービツトは|弓《ゆみ》に|矢《や》をつがへ、よせ|来《く》る|敵《てき》を|七八人《しちはちにん》|倒《たふ》した。|王《わう》の|弓弦《ゆづる》はプツツと|切《き》れた、|最早《もはや》|運命《うんめい》|之《こ》れ|迄《まで》なりと、|短刀《たんたう》を|引《ひき》ぬき|自殺《じさつ》せむとする|一刹那《いつせつな》、|左守《さもり》は|弓《ゆみ》の|手《て》をやめて、|王《わう》の|手《て》に|縋《すが》りつき、|涙《なみだ》と|共《とも》に|自殺《じさつ》を|思《おも》ひ|止《と》まらむ|事《こと》を|諫《いさ》めた。
|左守《さもり》『モシ|吾《わが》|君様《きみさま》、|短気《たんき》をお|出《だ》しなされますな。|神様《かみさま》のお|守《まも》りある|以上《いじやう》は、|屹度《きつと》|此《この》|戦《たたか》ひは|恢復《くわいふく》が|出来《でき》まする。|貴方《あなた》がお|崩御《かくれ》になれば、どうして|三軍《さんぐん》の|指揮《しき》が|出来《でき》ませう。|国家《こくか》の|為《ため》に|死《し》を|思《おも》ひ|止《と》まつて|下《くだ》さいませ』
と|一生懸命《いつしやうけんめい》に|止《と》めようとする、|王《わう》は|決心《けつしん》の|色《いろ》を|浮《うか》べ、
|刹帝利《せつていり》『|此《この》|期《ご》に|及《およ》んで、|卑怯未練《ひけふみれん》に|命《いのち》を|存《なが》らへむとし、|却《かへつ》て|名《な》もなき|雑兵《ざふひやう》に|首《くび》を|渡《わた》せば|王家《わうけ》の|恥辱《ちじよく》、|其《その》|手《て》を|放《はな》せ』
|左守《さもり》『イヤ|放《はな》しませぬ』
と|争《あらそ》ふ|所《ところ》へ|進《すす》み|来《きた》るシヤムは、|有無《うむ》を|言《い》はせず、|数十人《すうじふにん》の|雑兵《ざふひやう》と|共《とも》に|二人《ふたり》を|捕縛《ほばく》し、|猿轡《さるぐつわ》をはめて、|同《おな》じ|庫《くら》の|中《なか》に|繋《つな》ぎ、バラモン|軍《ぐん》の|万歳《ばんざい》を|三唱《さんしやう》した。
カルナ|姫《ひめ》は|到底《たうてい》|味方《みかた》の|勢力《せいりよく》にては|敵《てき》し|難《がた》しと|見《み》て|取《と》り、|俄《にはか》に|武装《ぶさう》を|解《と》き、|美々《びび》しき|身《み》を|装《よそほ》ひ、|蓑笠《みのかさ》を|着《つ》け、|旅人《たびびと》と|扮《ふん》し、|軍隊《ぐんたい》の|進《すす》み|来《きた》る|路傍《ろばう》に|呻《うめ》き|声《ごゑ》を|出《だ》して、ワザと|倒《たふ》れてゐた。|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》の|副官《ふくくわん》エミシは|百《ひやく》|余《よ》の|軍隊《ぐんたい》を|引率《いんそつ》して、|進《すす》み|来《きた》る|路傍《ろばう》に|何者《なにもの》か|倒《たふ》れてゐるのを|見《み》て、|部下《ぶか》のマルタに|命《めい》じ、|調査《てうさ》せしめた。
マルタ『コレヤ、|其《その》|方《はう》は|吾々《われわれ》が|進軍《しんぐん》の|路傍《ろばう》に|横《よこ》たはり、|不都合千万《ふつがふせんばん》、|何者《なにもの》だ』
と|言《い》ひ|乍《なが》ら|蓑笠《みのかさ》を|無雑作《むざふさ》に|引《ひき》【むし】つた、みれば|妙齢《めうれい》の|美人《びじん》が|苦《くる》し|相《さう》にウンウンと|呻《うめ》いてゐる。
マルタ『モシ、エミシ|様《さま》、ステキ|滅法界《めつぱふかい》の|美人《びじん》で|厶《ござ》いますぞ。これは|旅人《たびびと》と|見《み》えますが、|余《あま》り|沢山《たくさん》な|軍隊《ぐんたい》の|勢《いきほひ》に|恐《おそ》れ、|女《をんな》の|小《ちひ》さき|心《こころ》より|吃驚《びつくり》を|致《いた》して、|目《め》を|廻《まは》したので|厶《ござ》いませう、|何《なん》と|美《うつく》しい|者《もの》で|厶《ござ》いますなア』
エミシ『|成程《なるほど》、|立派《りつぱ》な|女《をんな》だ。|何《なに》は|兎《と》もあれ、|久米彦《くめひこ》|様《さま》の|御前《ごぜん》に|連《つ》れ|参《まゐ》り、|将軍《しやうぐん》のお|慰《なぐさ》みに|供《きよう》したならば|如何《いかが》であらうか』
マルタ『|如何《いか》にも|将軍《しやうぐん》は|定《さだ》めて|満足《まんぞく》さるるでせう。|然《しか》らば|之《これ》より|拙者《せつしや》がお|届《とど》け|申《まを》しませう』
エミシ『マルタ、|決《けつ》して|其《その》|方《はう》の|手柄《てがら》に|致《いた》しちやならぬぞ、……エミシが|将軍様《しやうぐんさま》にお|届《とど》け|申《まを》せ……と|云《い》つたと|伝《つた》へるのだぞ』
マルタ『ヘヘヘ、|決《けつ》して|如才《じよさい》は|厶《ござ》いませぬ、|御安心《ごあんしん》|下《くだ》さいませ』
と|三四人《さんよにん》の|部下《ぶか》に|担《かつ》がせ、マルタは|後《あと》に|跟《つ》いて、|将軍《しやうぐん》の|仮陣営《かりじんえい》へ|送《おく》り|行《ゆ》く。エミシは|城内《じやうない》を|指《さ》して、|四辺《あたり》の|民家《みんか》に|火《ひ》をつけ|乍《なが》ら、|猛虎《まうこ》の|勢《いきほひ》、|勝《かち》に|乗《じやう》じて|進《すす》み|行《ゆ》く。
|一方《いつぱう》ヒルナ|姫《ひめ》は|到底《たうてい》|戦《たたかひ》|利《り》あらずと|見《み》て|取《と》り、|同《おな》じく|旅人《たびびと》の|風《ふう》を|装《よそほ》ひ、|軍隊《ぐんたい》の|進《すす》み|来《きた》る|路上《ろじやう》に|横《よこ》たはり、|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦《たたか》ひに、|大神《おほかみ》が|桃《もも》の|実《み》の|紅裙隊《こうくんたい》を|用《もち》ひ|玉《たま》ひし|故智《こち》に|倣《なら》ひ、|敵《てき》の|主将《しゆしやう》を|吾《わが》|美貌《びばう》と|弁舌《べんぜつ》を|以《もつ》て|説服《せつぷく》せしめむと|忠義《ちうぎ》|一途《いちづ》の|心《こころ》より|危険《きけん》を|冒《をか》して|待《ま》つてゐる。|此処《ここ》へ|隊伍《たいご》を|整《ととの》へ|堂々《だうだう》とやつて|来《き》たのは、|鬼春別《おにはるわけ》の|股肱《ここう》と|頼《たの》むスパールであつた。スパールは|目敏《めざと》く、ヒルナ|姫《ひめ》を|見《み》て、|其《その》|美貌《びばう》に|肝《きも》をつぶし、|軍隊《ぐんたい》の|進行《しんかう》を|止《と》め、ヒルナ|姫《ひめ》の|前《まへ》に|進《すす》みよつて、
スパール『|其《その》|方《はう》は|進軍《しんぐん》の|途上《とじやう》に|何《なに》を|致《いた》して|居《を》るか、|早《はや》く|立去《たちさ》らないか』
とワザと|声高《こわだか》に|罵《ののし》りける。
ヒルナ|姫《ひめ》『ハイ、|妾《わらは》は|旅《たび》の|女《をんな》で|厶《ござ》います。ビクトル|山上《さんじやう》の|盤古神王様《ばんこしんのうさま》の|祠《ほこら》へ|参拝《さんぱい》の|為《ため》、|遥々《はるばる》|参《まゐ》りました|所《ところ》、|余《あま》り|沢山《たくさん》のお|武家様《ぶけさま》で|肝《きも》を|潰《つぶ》し、|腰《こし》を|抜《ぬ》かし、|一歩《ひとあし》も|歩《あゆ》めなくなりました、|何卒《どうぞ》お|助《たす》け|下《くだ》さいませ。|決《けつ》して|身《み》に|寸鉄《すんてつ》も|帯《お》びない|女《をんな》なれば、お|手向《てむか》ひは|致《いた》しませぬ』
と|涙含《なみだぐ》みつつ|言《い》ふ。スパールはヒルナ|姫《ひめ》の|美貌《びばう》を|熟視《じゆくし》し、|首《くび》を|傾《かたむ》け|舌《した》をまき|乍《なが》ら、ウツトリとして|見《み》とれてゐる。
|暫《しばら》くあつてスパールは|顔色《かほいろ》を|和《やは》らげ、
スパール『イヤ、|旅《たび》のお|女中《ぢよちう》、|決《けつ》して|御心配《ごしんぱい》なさるな、|拙者《せつしや》が|貴女《あなた》の|身《み》の|上《うへ》は|安全《あんぜん》に|守《まも》つて|上《あ》げませう。……|従卒《じゆうそつ》|共《ども》、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》の|御前《おんまへ》に、スパールが|此《この》|女《をんな》を|宜《よろ》しくお|頼《たの》み|申《まを》したと|云《い》つて|送《おく》り|届《とど》けて|来《こ》い』
『ハイ』と|答《こた》へて、|前列《ぜんれつ》の|兵卒《へいそつ》|二名《にめい》、|従卒《じゆうそつ》|二名《にめい》と|共《とも》にヒルナ|姫《ひめ》を|大事《だいじ》|相《さう》に|担《かつ》いで、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》の|陣営《ぢんえい》に|送《おく》り|届《とど》けたり。
|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》の|陣営《ぢんえい》はテントを|張《は》りまはし、|若草《わかぐさ》の|芝生《しばふ》の|上《うへ》に|臨時《りんじ》に|造《つく》られてあつた。そして|両将軍《りやうしやうぐん》とも|一《ひと》つのテントを|隔《へだ》つるのみにて、|二間《にけん》|許《ばか》りの|距離《きより》を|有《いう》するのみであつた。|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は|味方《みかた》の|勇士《ゆうし》の|戦報《せんぱう》を|聞《き》きつつ、ビクトリヤ|城《じやう》|内外《ないぐわい》の|地図《ちづ》を|披《ひら》いて、|敵味方《てきみかた》の|配置《はいち》を|調《しら》べてゐた。そこへマルタは|四人《よにん》の|兵卒《へいそつ》に|美人《びじん》を|舁《か》かせて|入来《いりきた》り、
マルタ『エー、|将軍様《しやうぐんさま》に|申上《まをしあ》げます、|城内《じやうない》の|敵《てき》は|殆《ほとん》ど|殲滅《せんめつ》|致《いた》しました|様子《やうす》で|厶《ござ》いますれば、|先《ま》づ|御安心《ごあんしん》|遊《あそ》ばせ。|就《つ》きましては|何処《どこ》の|者《もの》とも|知《し》らず、|吾々《われわれ》|軍隊《ぐんたい》の|威勢《ゐせい》に|恐《おそ》れ、|路傍《ろばう》に|倒《たふ》れ|目《め》を|眩《ま》かしてゐる|女《をんな》が|厶《ござ》いますので、|強《つよ》い|計《ばか》りが|武士《ぶし》の|情《なさけ》でないと、|近寄《ちかよ》つてみれば、かくの|如《ごと》き|妙齢《めうれい》の|美人《びじん》、やうやう|介抱《かいほう》を|致《いた》し、|息《いき》を|吹返《ふきかへ》させました。|所《ところ》が|貴方《あなた》の|副官《ふくくわん》エミシ|殿《どの》が|一目《ひとめ》みるより|目《め》を|細《ほそ》くし、|涎《よだれ》をくらせ|玉《たま》ひ……|惜《をし》いものだなア、|此《この》|女《をんな》を|陣中《ぢんちう》の|無聊《むれう》を|慰《なぐさ》むる|為《ため》、|吾《わが》|女房《にようばう》にしたいものだ……などと|虫《むし》のよい|事《こと》を|申《まを》します。|併《しか》し|乍《なが》ら、|此《この》|女《をんな》をみつけたのも、|介抱《かいほう》|致《いた》したのも、|拾《ひろ》つたのも|此《この》マルタで|厶《ござ》います。|言《い》はば|戦利品《せんりひん》|同様《どうやう》、|中々《なかなか》エミシの|自由《じいう》には|致《いた》させませぬ、|之《これ》は|将軍様《しやうぐんさま》に|献上《けんじやう》し、|陣中《ぢんちう》のお|慰《なぐさ》みに|供《きよう》したいと|思《おも》ひ、ワザワザ|送《おく》つて|参《まゐ》りました。|何卒《どうぞ》|首実検《くびじつけん》の|上《うへ》、お|受《う》け|取《と》り|下《くだ》さいますれば|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます』
と|追従《つゐしよう》を|並《なら》べて|述《の》べ|立《た》てた。|久米彦《くめひこ》は|一目《ひとめ》|見《み》るより|恍惚《くわうこつ》として、|目《め》を|細《ほそ》くし、|涎《よだれ》の|滴《したた》るのも|知《し》らなかつた。されど|隣《となり》のテントには|上官《じやうくわん》の|鬼春別《おにはるわけ》が|陣取《ぢんど》つてゐる|事《こと》とてワザと|声《こゑ》を|尖《とが》らし、
|久米彦《くめひこ》『|不都合千万《ふつがふせんばん》な、|此《この》|陣中《ぢんちう》に|女《をんな》を|持《も》ち|運《はこ》ぶとは、|武士《ぶし》にあるまじき|其《その》|方《はう》の|所業《しよげふ》、|汚《けが》らはしい、トツトと|持《も》ち|帰《かへ》れ』
マルタ『ヘー、|貴方《あなた》は|日頃《ひごろ》の|御性質《ごせいしつ》にも|似《に》ず、|斯様《かやう》な|美人《びじん》がお|気《き》に|入《い》りませぬか。|左様《さやう》なれば|是非《ぜひ》には|及《およ》びませぬ、|此《この》|戦争《せんそう》がすむ|迄《まで》どつかにしまひおき、|私《わたし》の|女房《にようばう》に|致《いた》し、|軍隊《ぐんたい》を|辞《じ》して、|楽《たの》しき|一生《いつしやう》を|此《この》ナイスと|共《とも》に|送《おく》ることに|致《いた》しませう。|何程《なにほど》|軍人《ぐんじん》なればとて、|女《をんな》|一人《ひとり》を|見《み》すてるは|武士《ぶし》の|取《と》るべき|道《みち》では|厶《ござ》いますまい。お|気《き》にいらねばどつかへ|連《つ》れて|参《まゐ》ります』
と|四人《よにん》に|目配《めくば》せして|伴《つ》れ|帰《かへ》らうとする。|久米彦《くめひこ》は、|慌《あわ》てて、|手《て》を|頻《しき》りに|振《ふ》り|乍《なが》ら、
|久米彦《くめひこ》『アア、イヤイヤ、|汚《けが》らはしいと|云《い》ふは|表《おもて》、ソツと|其《その》|女《をんな》をここへおツ|放《ぽ》り|出《だ》し、|其《その》|方《はう》は|一時《いちじ》も|早《はや》く|戦陣《せんぢん》に|向《むか》つたがよからう』
マルタ『ヘツヘヘヘ、ヤツパリお|気《き》に|入《い》りましたかな。|猫《ねこ》に|松魚《かつをぶし》、|男《をとこ》に|女《をんな》、|何程《なにほど》|軍人《ぐんじん》だとて、|女《をんな》の|嫌《きら》ひな|男《をとこ》は|厶《ござ》いますまい。|併《しか》し|乍《なが》ら|喉《のど》をならして|欲《ほつ》しがつてゐる|男《をとこ》も|沢山《たくさん》|厶《ござ》いますから、|余《あま》り、お|気《き》に|進《すす》まぬものを|無理《むり》につきつけようとは|申《まを》しませぬ。これ|程《ほど》の|美人《びじん》を|貴方《あなた》に|献《たてまつ》るのに、|苦虫《にがむし》を|噛《か》んだやうな|面《つら》をして|居《を》られちや、|根《ね》つから|張合《はりあひ》も|骨折甲斐《ほねをりがひ》も|厶《ござ》いませぬワ』
|久米彦《くめひこ》『|軍人《ぐんじん》は|戦争《せんそう》さへすれば|可《い》いのだ。ゴテゴテ|申《まを》さず、|早《はや》く|立去《たちさ》つて|戦陣《せんぢん》に|向《むか》へ、|怪《け》しからぬ|代物《しろもの》だ』
とワザとに|隣室《りんしつ》に|聞《きこ》えるやう、|呶鳴《どな》り|立《た》てた。マルタは|面《つら》をふくらし、ブツブツ|小言《こごと》を|言《い》ひ|乍《なが》ら、シヨゲシヨゲとして|再《ふたた》び|陣中《ぢんちう》に|進《すす》み|入《い》る。
|久米彦《くめひこ》は|四辺《あたり》の|幕僚《ばくれう》を|種々《いろいろ》の|用《よう》を|言《い》ひつけ、|遠《とほ》ざけおき、|女《をんな》の|側《そば》|近《ちか》く|寄《よ》り、|背《せな》を|撫《な》で|乍《なが》ら、|猫撫《ねこな》で|声《ごゑ》を|出《だ》し、
|久米彦《くめひこ》『|其方《そち》は|何処《いづく》の|者《もの》だ。|殺気立《さつきだ》つた|軍隊《ぐんたい》に|出会《であ》ひ、|嘸《さぞ》|驚《おどろ》いたであらうのう。|此《この》|方《はう》は|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》と|云《い》つて|全軍《ぜんぐん》の|指揮官《しきくわん》だ。|最早《もはや》|吾《わが》|懐《ふところ》に|入《い》る|上《うへ》は|大丈夫《だいぢやうぶ》だ、|安心《あんしん》|致《いた》せよ』
|女《をんな》『ハイ、|妾《わらは》はカルナと|申《まを》しまして、|此《この》|国《くに》の|生《うま》れで|厶《ござ》います。|日頃《ひごろ》|信仰《しんかう》|致《いた》します|盤古神王様《ばんこしんのうさま》に|参拝《さんぱい》せむと、|一人《ひとり》の|伴《つ》れと|共《とも》に|此処《ここ》|迄《まで》|参《まゐ》りました|途中《とちう》に、|沢山《たくさん》なお|武家様《ぶけさま》に|出会《であ》ひ、ビツクリ|致《いた》し、|目《め》が|眩《くら》み|路傍《ろばう》に|倒《たふ》れて|居《を》りました。|所《ところ》がお|情深《なさけぶか》いお|武家様《ぶけさま》に|助《たす》けられて、|斯様《かやう》な|嬉《うれ》しい|事《こと》は|厶《ござ》いませぬ。モウ|帰《かへ》りましても|気遣《きづか》ひは|厶《ござ》いますまいかな、|何《なん》ならば|貴方様《あなたさま》のお|印《しるし》を|頂《いただ》き、それを|以《もつ》て|軍隊内《ぐんたいない》を|通過《つうくわ》し、|帰国《きこく》さして|貰《もら》へますまいかな』
|久米彦《くめひこ》は|折角《せつかく》|手《て》に|入《い》つた|此《この》|美人《びじん》を|帰《かへ》しては|大変《たいへん》だと|直《ただち》に|言葉《ことば》を|設《まう》け、
|久米彦《くめひこ》『|武士《ぶし》は|情《なさけ》を|見知《みし》るを|以《もつ》て|第一《だいいち》とする、|併《しか》し|乍《なが》らここ|暫《しばら》くの|間《あひだ》はいろいろ|雑多《ざつた》のよからぬ|軍人《ぐんじん》も|交《まじ》つて|居《を》れば、|実《じつ》に|険難千万《けんのんせんばん》だ。|此《この》|戦《いくさ》が|片《かた》づく|迄《まで》、|吾《わが》|陣営《ぢんえい》に|居《を》つたらどうだ。それの|方《はう》が|其方《そち》の|身《み》の|為《ため》には|安全策《あんぜんさく》だと|思《おも》ふ。|先《ま》づ|先《ま》づ|親《おや》の|懐《ふところ》に|入《はい》つた|心算《つもり》で、|気《き》を|落《お》ち|着《つ》けてゆつくり|致《いた》すがよからうぞ』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。|左様《さやう》なればお|言葉《ことば》に|甘《あま》え、お|世話《せわ》に|与《あづか》りませう』
|久米彦《くめひこ》『ヨシヨシ、それで|俺《おれ》もヤツと|安心《あんしん》|致《いた》した』
カルナ|姫《ひめ》『|何《なん》といい|陽気《やうき》になつたもので|厶《ござ》いますな。|此《この》|青《あを》い|芝《しば》の|上《うへ》にテントをめぐらし、|陣営《ぢんえい》を|構《かま》へて、|三軍《さんぐん》を|指揮《しき》し|遊《あそ》ばす|将軍様《しやうぐんさま》の|御勇姿《ごゆうし》は、|実《じつ》に|何《なん》とも|言《い》へぬ|崇高《すうかう》な|念《ねん》に|駆《か》られます。|妾《わらは》も|女《をんな》と|生《うま》れた|上《うへ》は、どうかして|軍人《ぐんじん》の|妻《つま》になりたいもので|厶《ござ》います、ホホホ』
|久米彦《くめひこ》『|其方《そち》はまだ|未婚者《みこんしや》と|見《み》えるなア』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ、|現代《げんだい》の|男子《だんし》は|総《すべ》て|恋愛神聖論《れんあいしんせいろん》だとか、デモクラチツクだとか、|耽美生活《たんびせいかつ》だとか|言《い》つて、|実《じつ》は|女《をんな》の|腐《くさ》つたやうな|男《をとこ》|計《ばか》りで|厶《ござ》いますから、|妾《わらは》の|夫《をつと》として|定《さだ》むる|男子《だんし》が|見当《みあた》りませぬので、|未《ま》だ|独身生活《どくしんせいくわつ》を|続《つづ》けて|居《を》ります』
|久米彦《くめひこ》『|其方《そち》の|理想《りさう》とする|夫《をつと》は、さうすると|軍人《ぐんじん》だと|言《い》ふのかな、|軍人《ぐんじん》|位《くらゐ》|単純《たんじゆん》な|潔白《けつぱく》な|勇《いさ》ましいものはない。|夫《をつと》に|持《も》つのならば|軍人《ぐんじん》に|限《かぎ》るなア、アハハハハ』
カルナ|姫《ひめ》『|何程《なにほど》|妾《わらは》の|如《ごと》き|者《もの》が、|軍人《ぐんじん》の|夫《をつと》を|持《も》たうと|思《おも》ひましても、|駄目《だめ》で|厶《ござ》いますワ。|軍人《ぐんじん》にもいろいろ|厶《ござ》いまして、|上《かみ》は|将軍《しやうぐん》より|下《しも》は|一兵卒《いつぺいそつ》に|至《いた》る|迄《まで》、ヤツパリ|軍人《ぐんじん》で|厶《ござ》いますが、|靴磨《くつみが》きや|馬《うま》の|掃除《さうぢ》をするやうな|軍人《ぐんじん》なら、|真平《まつぴら》|御免《ごめん》です。どうかしてせめて、|士官《しくわん》|位《ぐらゐ》な|夫《をつと》が|持《も》ちたいと|希望《きばう》|致《いた》して|居《を》ります』
|久米彦《くめひこ》は|自分《じぶん》の|鼻《はな》を|抑《おさ》へて、
|久米彦《くめひこ》『|拙者《せつしや》はお|気《き》に|召《め》さぬかな』
カルナ|姫《ひめ》『あれマア|何《なに》|仰有《おつしや》います、|御勿体《ごもつたい》ない、|妾《わらは》は|士官級《しくわんきふ》で|結構《けつこう》で|厶《ござ》います。|将軍様《しやうぐんさま》は|将官級《しやうくわんきふ》では|厶《ござ》いませぬか。そんな|事《こと》は|夢《ゆめ》に|思《おも》うても|罰《ばち》が|当《あた》ります、ホホホホホ、|御冗談《ごじようだん》|仰有《おつしや》らないやうにして|下《くだ》さいませ。ねエ|将軍様《しやうぐんさま》』
|久米彦《くめひこ》は|策戦計画《さくせんけいくわく》も|地図《ちづ》も|何《なに》も|放《ほ》つたらかして、|隣《となり》のテントに|鬼春別《おにはるわけ》が|控《ひか》へて|居《を》る|事《こと》も|忘《わす》れて|了《しま》ひ、ソロソロ、ド|拍手《びやうし》のぬけた、|惚気声《のろけごゑ》を|出《だ》して、カルナを|膝元《ひざもと》に|引《ひき》よせ、カルナの|肩《かた》を|撫《な》で|乍《なが》ら、
|久米彦《くめひこ》『オイ、カルナ、さう|男《をとこ》に|恥《はぢ》をかかすものだない。どうだ、キツパリと|将軍《しやうぐん》に|身《み》を|任《まか》すと|云《い》つたらどうだい』
カルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》は|最早《もはや》|奥《おく》さまもあり、お|子様《こさま》も|大《おほ》きくなつてゐらつしやるでせう。|何程《なにほど》|顕要《けんえう》な|地位《ちゐ》に|立《た》たれる|貴方《あなた》だとて、|妾《めかけ》になつて|女《をんな》の|貞操《ていさう》を|弄《もてあそ》ばれるのはつまりませぬからなア、そんな|御冗談《ごじやうだん》はやめて|下《くだ》さいませ』
とワザとにプリンと|尻《しり》をふつてみせた。|久米彦《くめひこ》はたまりかね、|目《め》を|細《ほそ》くし|乍《なが》ら、
|久米彦《くめひこ》『イヤ、|御説《ごせつ》|御尤《ごもつと》も、|併《しか》し|乍《なが》ら|拙者《せつしや》も|理想《りさう》の|女《をんな》がないので、|恥《はづか》し|乍《なが》ら、|今日《こんにち》|迄《まで》|独身生活《どくしんせいくわつ》を|続《つづ》けてゐるのだ』
カルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、|四十《しじふ》の|坂《さか》を|越《こ》えてゐ|乍《なが》ら、|独身生活《どくしんせいくわつ》を|続《つづ》けてると|仰有《おつしや》るのは、どこか|御身体《おからだ》の|一局部《いつきよくぶ》に|欠点《けつてん》がお|有《あ》りなさるので|厶《ござ》いませぬか。|貴方《あなた》は|男《をとこ》らしい|立派《りつぱ》な|男《をとこ》、|況《ま》して|顕要《けんえう》の|地位《ちゐ》にあらせらるる|将軍様《しやうぐんさま》ですから、|沢山《たくさん》の|女《をんな》にチヤホヤされ|包囲《はうゐ》|攻撃《こうげき》をくつて、|遂《つひ》には|肝心《かんじん》の|機械《きかい》を|毀損《きそん》し、|六〇六号《ろつぴやくろくがう》の|御厄介《ごやくかい》にお|預《あづか》り|遊《あそ》ばしたのでは|厶《ござ》いますまいか。そんな|事《こと》であつたならば|折角《せつかく》|無垢《むく》の|妾《わらは》の|体《からだ》に|病毒《びやうどく》が|感染《かんせん》し、|一生《いつしやう》|不幸《ふかう》に|陥《おちい》らねばなりませぬ、|併《しか》し|失礼《しつれい》の|段《だん》はお|許《ゆる》し|下《くだ》さいませ』
と|早《はや》くもカルナは|久米彦《くめひこ》の|自分《じぶん》に|惚《のろ》け|切《き》つてゐるのを|看破《かんぱ》したので、ソロソロ|厭味半分《いやみはんぶん》に|揶揄《からか》ひ、ヂラさうと|考《かんが》へてゐる|剛胆不敵《がうたんふてき》の|女《をんな》である。
|久米彦《くめひこ》は|目《め》を|細《ほそ》うし、|声《こゑ》の|調子《てうし》|迄《まで》|狂《くる》はせて、
|久米彦《くめひこ》『コレヤ、ナイス、|余《あま》り|男《をとこ》を|馬鹿《ばか》にするものでないぞ、エエー。お|前《まへ》は|美《うつく》しい|顔《かほ》にも|似《に》ず、|随分《ずいぶん》|思《おも》ひ|切《き》つた|事《こと》をいふ|女《をんな》だな。|大抵《たいてい》の|女《をんな》ならば、かやうな|男《をとこ》|計《ばか》りの|殺風景《さつぷうけい》な|陣中《ぢんちう》へ|送《おく》られて|来《き》た|時《とき》は、ブルブル|慄《ふる》うて、|一言《ひとこと》もよう|言《い》はないものだが、お|前《まへ》の|言葉《ことば》から|考《かんが》へても、どうやら|女子大学《ぢよしだいがく》を|卒業《そつげふ》した|才媛《さいえん》とみえる。どこともなしに、お|前《まへ》のいふ|事《こと》は|垢抜《あかぬ》けがしてゐるよ。|此《この》|夫《をつと》にして|此《この》|妻《つま》ありだ。|軍人《ぐんじん》の|妻《つま》たる|者《もの》は|軍隊《ぐんたい》を|恐《おそ》るるやうな|事《こと》では|勤《つと》まらない、|今時《いまどき》の|女性《ぢよせい》は|活気《くわつき》がないから|実《じつ》に|困《こま》つたものだ。|併《しか》しお|前《まへ》は|新教育《しんけういく》を|受《う》けた|丈《だけ》あつて、|実《じつ》に|明敏《めいびん》な|快活《くわいくわつ》な|頭脳《づなう》を|持《も》つてゐる。イヤそれが|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》にはズツと|気《き》に|入《い》つた。どうだ|俺《おれ》の|奥様《おくさま》になる|気《き》はないか』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ、|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。|願《ねが》うても|無《な》い|御縁《ごえん》で|厶《ござ》います。|併《しか》し|乍《なが》ら|何程《なにほど》|新《あたら》しい|女《をんな》だと|云《い》うても、|妾《わらは》には|両親《りやうしん》が|厶《ござ》いますから、|此《この》|戦《たたか》ひの|終局《しうきよく》|次第《しだい》、|両親《りやうしん》の|許《ゆる》しを|受《う》けてお|世話《せわ》に|預《あづか》りませう。|貴方《あなた》も|今《いま》やビクトリヤ|城《じやう》|攻撃《こうげき》の|真最中《まつさいちう》に|於《おい》て、|女《をんな》を|相手《あひて》となさる|訳《わけ》にも|行《ゆ》きますまいからねエ。|本当《ほんたう》に|好《す》きな|将軍様《しやうぐんさま》だワ』
|久米彦《くめひこ》『そんな|気《き》の|永《なが》い|事《こと》を|言《い》つて|待《ま》つてゐられるものだない。|俺《おれ》はモウ|情火《じやうくわ》|燃《も》え|拡《ひろ》がり|殆《ほとん》ど|全身《ぜんしん》をやき|尽《つく》さん|許《ばか》りになつてゐる。どうだ、|此処《ここ》で|一《ひと》つ|情約締結《じやうやくていけつ》をやらうではないか』
カルナ|姫《ひめ》『|左様《さやう》ならば、|互《たがひ》に|心《こころ》の|底《そこ》が|分《わか》つたので|厶《ござ》いますから、|予定《よてい》の|夫婦《ふうふ》と|致《いた》しておきませう。それから|相当《さうたう》の|仲介人《なかうど》を|頼《たの》んで、|両親《りやうしん》に|掛合《かけあ》つて|貰《もら》ひ、そこで|内定《ないてい》といふ|順序《じゆんじよ》をふみ、いよいよ|確定《かくてい》に|進《すす》むべきものですから、マア|楽《たのし》んで、|互《たがひ》に|吉日良辰《きちにちりやうしん》の|来《きた》るを|待《ま》つ|事《こと》に|致《いた》しませうかねえ』
|久米彦《くめひこ》『|成程《なるほど》、|予定《よてい》、|内定《ないてい》、|確定《かくてい》、ヤア|面白《おもしろ》い。いかにも|新教育《しんけういく》を|受《う》けた|丈《だけ》あつて、お|前《まへ》のいふ|事《こと》は|条理《でうり》|整然《せいぜん》たるものだ。|丸《まる》で|軍隊式《ぐんたいしき》だ、ヤ、|益々《ますます》|気《き》に|入《い》つた、アハハハハ』
と|他愛《たあい》もなくド|拍子《びやうし》の|抜《ぬ》けた|声《こゑ》で|笑《わら》ふ。カルナ|姫《ひめ》は|所在《あらゆる》|媚《こび》を|呈《てい》し、『ホホホホホ』と|何気《なにげ》なき|体《てい》で|笑《わら》つてゐる。|併《しか》し|心《こころ》の|中《うち》では、……|夫《をつと》のハルナさまはどうなつたであらうか、もしや|討死《うちじに》をなさつたのではあるまいか、|但《ただし》は|捕虜《ほりよ》となつて、|敵《てき》に|捉《とら》はれて|厶《ござ》るのではあるまいか、|刹帝利様《せつていりさま》や|父上《ちちうへ》は|如何《いかが》なり|行《ゆ》き|玉《たま》ひしか……と|気《き》も|気《き》でなかつた。|併《しか》し|乍《なが》ら|大事《だいじ》の|前《まへ》の|一小事《いちせうじ》と、|胸底《むなそこ》|深《ふか》く|包《つつ》んで|少《すこ》しも|色《いろ》に|現《あら》はさなかつたのは、|天晴《あつぱれ》な|女丈夫《ぢよぢやうぶ》である。
|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》は|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》の|笑《わら》ひ|声《ごゑ》に|聞耳《ききみみ》を|立《た》て、|様子《やうす》を|窺《うかが》へば、|何《なん》だか|艶《なまめ》かしい|女《をんな》の|声《こゑ》、そしてどうやら|久米彦《くめひこ》と|情意投合《じやういとうがふ》したやうな|気配《けはい》がするので、|嫉《や》けて|堪《たま》らず|顔《かほ》を|真赤《まつか》にしてテントを|出《い》で、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》の|室《しつ》に|進《すす》み|来《きた》り、|声《こゑ》を|尖《とが》らして、
|鬼春別《おにはるわけ》『|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、ここは|陣中《ぢんちう》で|厶《ござ》るぞ。|其《その》|狂態《きやうたい》は|何事《なにごと》で|厶《ござ》る』
と|怒気《どき》を|含《ふく》んで|叱責《しつせき》した。
|久米彦《くめひこ》は|頭《かしら》を|抑《おさ》へ|乍《なが》ら、
|久米彦《くめひこ》『ヘー、エ、|何《なん》で|厶《ござ》います、これには|一寸《ちよつと》|様子《やうす》があつて……』
と|頻《しき》りに|腰《こし》を|屈《かが》め、|手《て》を|揉《も》み、|此《この》|場《ば》を|糊塗《こと》せむと|焦《あせ》つてゐる|可笑《をか》しさ。カルナ|姫《ひめ》は|思《おも》はず、
『フツフフフフ』
と|吹出《ふきだ》し、|俯《うつむ》いて|腹《はら》を|抱《かか》へてゐる。
(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
第一二章 |鬼《おに》の|恋《こひ》〔一三七五〕
|鬼春別《おにはるわけ》は|厳然《げんぜん》として|姿勢《しせい》を|整《ととの》へ、|佩剣《はいけん》の|柄《つか》を|左手《ゆんで》に|握《にぎ》り、|蠑〓《いもり》が|立上《たちあが》つたやうなスタイルで、
『|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、|陣中《ぢんちう》に|女《をんな》を|引入《ひきい》れる|事《こと》は、|軍律《ぐんりつ》の|上《うへ》から|見《み》ても|許《ゆる》す|可《べか》らざる|所《ところ》で|厶《ござ》る。|何故《なにゆゑ》|斯《かく》の|如《ごと》き|美人《びじん》を|陣中《ぢんちう》に|引《ひき》よせ、|軍務《ぐんむ》を|忘《わす》れ、|狂態《きやうたい》を|演《えん》じらるるか』
|久米彦《くめひこ》『ハイ、|拙者《せつしや》が|軍律《ぐんりつ》に|反《そむ》き、|女《をんな》を|引入《ひきい》れたと|云《い》つてお|咎《とが》めになるならば、|是非《ぜひ》は|厶《ござ》いませぬ。|只今《ただいま》|限《かぎ》り|責任《せきにん》を|帯《お》びて|辞職《じしよく》を|仕《つかまつ》ります』
|鬼春別《おにはるわけ》は|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》に|今《いま》|辞職《じしよく》されては|大変《たいへん》だと|心《こころ》に|驚《おどろ》き|乍《なが》らも、|平然《へいぜん》として、
|鬼春別《おにはるわけ》『|貴殿《きでん》が|辞職《じしよく》が|望《のぞ》みとあらば、|辞職《じしよく》を|許《ゆる》してもやらう、|併《しか》し|乍《なが》ら|今日《こんにち》は|許《ゆる》す|事《こと》は|罷《まか》りなりませぬ。|一時《いちじ》も|早《はや》く|此《この》|女《をんな》を|追出《おひだ》しめされ』
|久米彦《くめひこ》『|此《この》|女《をんな》を|追出《おひだ》す|位《くらゐ》ならば、|只今《ただいま》|限《かぎ》りお|暇《ひま》を|頂《いただ》きませう』
カルナ|姫《ひめ》は|二人《ふたり》の|中《なか》に|葛藤《かつとう》を|起《おこ》さしめ、バラモン|軍《ぐん》を|根底《こんてい》から|攪乱《かくらん》するは|此《この》|時《とき》と、|心中《しんちう》に|画策《くわくさく》を|定《さだ》め、
カルナ|姫《ひめ》『これはこれは、|勇壮《ゆうさう》な|活溌《くわつぱつ》な、|凛々《りり》しき|男《をとこ》らしき、|最《もつとも》|敬愛《けいあい》する、|音《おと》に|名高《なだか》き|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》、|其《その》|御威勢《ごゐせい》は|日月《じつげつ》の|如《ごと》き|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》、|初《はじ》めて|御目《おめ》にかかりまする。|女《をんな》の|身《み》として|陣中《ぢんちう》に|入《い》り|来《きた》る|事《こと》は、|軍律上《ぐんりつじやう》|不都合《ふつがふ》かは|存《ぞん》じませぬが、|妾《わらは》は|決《けつ》して|自《みづか》ら|望《のぞ》んで|陣中《ぢんちう》を|御訪問《ごはうもん》|申《まを》したのでは|厶《ござ》いませぬ。ビクトル|山《さん》の|神王《しんわう》の|森《もり》へ|参拝《さんぱい》せむと、|一人《ひとり》のお|友達《ともだち》と|共《とも》に|来《きた》る|折《をり》しも、|貴方《あなた》の|部下《ぶか》に|出会《であ》ひ、|路傍《ろばう》に|蹴《け》り|倒《たふ》され、|目《め》を|眩《ま》かしてゐました。|実《じつ》に|無残《むざん》な|武士《ぶし》もあるもので|厶《ござ》います。そこへエミシ、マルタの|士官様《しくわんさま》が|御通《おとほ》り|遊《あそ》ばし、|妾《わらは》を|助《たす》けて|此処《ここ》へ|送《おく》り|届《とどけ》て|下《くだ》さいました。|其《その》|御親切《ごしんせつ》は|決《けつ》して|忘《わす》れは|致《いた》しませぬ。|之《これ》も|全《まつた》く|将軍様《しやうぐんさま》の|日頃《ひごろ》の|御訓練《ごくんれん》と|御統率《ごとうそつ》の|宜《よろ》しきを|得《え》たるが|為《ため》で|厶《ござ》いませう。|妾《わらは》が|救《すく》はれましたのは、|全《まつた》く|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》の|御余光《ごよくわう》と|感謝《かんしや》|致《いた》して|居《を》ります。|何卒《なにとぞ》|々々《なにとぞ》|仁慈《じんじ》の|御心《みこころ》を|以《もつ》て、|此《この》|陣営《ぢんえい》に|静養《せいやう》さして|下《くだ》さいますれば、お|肩《かた》も|揉《も》みまするし、|御飯《ごはん》も|焚《た》かして|貰《もら》ひます。|如何《いか》に|軍律《ぐんりつ》|厳《きび》しき|陣中《ぢんちう》なればとて、|三軍《さんぐん》を|指揮《しき》|遊《あそ》ばす|将軍様《しやうぐんさま》に、|女《をんな》がなくては|不都合《ふつがふ》で|厶《ござ》いませう。|一兵卒《いつぺいそつ》ならばいざ|知《し》らず。|苟《いやしく》も|尊貴《そんき》の|身《み》を|以《もつ》て、|仮令《たとへ》|軍中《ぐんちう》とはいへ|独身生活《どくしんせいくわつ》とは|恐《おそ》れ|入《い》つた|事《こと》で|厶《ござ》います』
|鬼春別《おにはるわけ》はカルナ|姫《ひめ》の|阿諛諂侫《あゆてんねい》の|言葉《ことば》を|真《ま》に|受《う》けて、|俄《にはか》に|態度《たいど》を|一変《いつぺん》し、|閻魔顔《えんまがほ》は|忽《たちま》ち|地蔵顔《ぢざうがほ》と|変《へん》じて|了《しま》つた。そして|言葉《ことば》やさしく、カルナに|向《むか》ひ、
|鬼春別《おにはるわけ》『|成程《なるほど》、|其方《そなた》の|云《い》はるる|通《とほ》りだ。|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は|辞職《じしよく》を|致《いた》すと|云《い》ふなり、さすれば|拙者《せつしや》は|只《ただ》|一人《ひとり》、|此《この》|軍隊《ぐんたい》を|統率《とうそつ》するには、|最《もつとも》|不便《ふべん》を|感《かん》ずる|次第《しだい》だ。|其方《そなた》は|察《さつ》する|所《ところ》、|高等教育《かうとうけういく》を|受《う》けてる|様《やう》だから、|女《をんな》だつて|将軍《しやうぐん》が|勤《つと》まらない|筈《はず》はあるまい。|只今《ただいま》より|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》の|後《あと》を|襲《おそ》はしめ、|女将軍《ぢよしやうぐん》として|任《にん》ずるであらう。|伊邪那岐大神《いざなぎのおほかみ》は|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦《たたか》ひに、|松《まつ》|竹《たけ》|梅《うめ》の|女将軍《ぢよしやうぐん》を|使《つか》はし、|大勝利《だいしようり》を|得《え》られた|例《ため》しもある。|女房《にようばう》としておくのは|軍律《ぐんりつ》に|反《そむ》くかは|知《し》らねども、|将軍《しやうぐん》として|相並《あひなら》び|軍機《ぐんき》に|尽《つく》すは|軍律違反《ぐんりつゐはん》でもない』
と|勝手《かつて》な|理窟《りくつ》を|捻《ひね》り|出《だ》し、カルナ|姫《ひめ》を|自分《じぶん》のものにせむと|早《はや》くも|野心《やしん》を|起《おこ》し|出《だ》した。
カルナ|姫《ひめ》『ハイ、|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。|妾《わらは》は|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》が、|軍籍《ぐんせき》に|将軍《しやうぐん》としてゐられるのが|大変《たいへん》|気《き》に|入《い》りましたので、|実《じつ》の|所《ところ》は|仮情約《かりじやうやく》を|締結《ていけつ》|致《いた》しましたなれど、|女《をんな》に|心《こころ》を|奪《うば》はれ、|千騎一騎《せんきいつき》の|場合《ばあひ》に、|将軍職《しやうぐんしよく》を|辞《じ》するといふやうな|腰《こし》の|弱《よわ》いハイカラ|男子《だんし》にはホトホト|愛想《あいさう》が|尽《つ》きまして|厶《ござ》います。|何卒《なにとぞ》|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》、|憐《あは》れな|女《をんな》で|厶《ござ》いますから|何卒《なにとぞ》|々々《なにとぞ》|可愛《かあい》がつて|頂《いただ》きたう|厶《ござ》います。|其《その》|代《かは》り|妾《わらは》はあらむ|限《かぎ》りのベストを|尽《つく》し、|其《その》|任務《にんむ》を|恥《はづか》しめない|考《かんが》へで|厶《ござ》います』
|久米彦《くめひこ》は|慌《あわて》てカルナ|姫《ひめ》の|口《くち》に|手《て》をあてる|様《やう》な|風《ふう》で、
|久米彦《くめひこ》『イヤイヤ、カルナ|殿《どの》、|決《けつ》して|拙者《せつしや》は|辞職《じしよく》は|致《いた》さぬ。|御安心《ごあんしん》なされ、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》が|余《あま》り|拙者《せつしや》の|恋愛《れんあい》を|干渉《かんせう》なさるものだから、つひ|言《い》ひ|上《あが》りになつて、|辞職《じしよく》を|致《いた》すと|申《まを》したのだよ。ここ|迄《まで》|捏《こ》ね|上《あ》げた|地位《ちゐ》を、さうムザムザと|捨《す》てる|馬鹿者《ばかもの》があるか、よう|考《かんが》へてみよ。|吾々《われわれ》の|自由意志《じいういし》を|束縛《そくばく》し、|圧迫《あつぱく》せむとする|者《もの》あらば、|仮令《たとへ》|上官《じやうくわん》と|雖《いへど》も|自己保護《じこほご》の|為《ため》に|切《き》り|捨《す》ててみせる。マアマア|安心《あんしん》を|致《いた》すがよい、かう|見《み》えても|拙者《せつしや》は|沈勇《ちんゆう》だ。ハツハハハ』
カルナ|姫《ひめ》『ああさうで|厶《ござ》いましたか、それを|聞《き》いてヤツと|安心《あんしん》|致《いた》しました、|然《しか》らば|貴方様《あなたさま》と|夫婦《ふうふ》たることを|予約《よやく》|致《いた》しませう。ねえ|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》』
|鬼春別《おにはるわけ》はムツとした|顔《かほ》で|又《また》もや|怒《いか》り|出《だ》し、
|鬼春別《おにはるわけ》『いかに|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》が|軍職《ぐんしよく》に|止《とど》まらむと|致《いた》す|共《とも》、|総司令官《そうしれいくわん》たる|某《それがし》が|承諾《しようだく》|致《いた》さぬ|限《かぎ》りは|駄目《だめ》だ。|一旦《いつたん》|武士《ぶし》の|口《くち》から|辞職《じしよく》を|申出《まをしいで》た|以上《いじやう》は、ヨモヤ|撤回《てつくわい》することは|出来《でき》まい、それでは|男子《だんし》とは|申《まを》されぬ。|覆水《ふくすゐ》は|盆《ぼん》に|返《かへ》らず、|吐《は》いた|唾《つば》は|呑《の》めない|道理《だうり》、|鬼春別《おにはるわけ》は|断然《だんぜん》と|久米彦《くめひこ》が|職《しよく》を|解《と》き、カルナ|姫《ひめ》を|以《もつ》て|副将軍《ふくしやうぐん》と|致《いた》すに|仍《よ》つて、|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、|剣《けん》を|投出《なげだ》し、|軍服《ぐんぷく》を|着替《きか》へて、|早々《さうさう》に|此《この》|場《ば》を|退却《たいきやく》めされ』
|久米彦《くめひこ》『これは|又《また》|理不尽《りふじん》な、|何咎《なにとが》あつて、|大黒主《おほくろぬし》より|任命《にんめい》されたる|拙者《せつしや》の|将軍職《しやうぐんしよく》を|褫奪《ちだつ》せんとなさるるか、チツとは|僣越《せんゑつ》で|厶《ござ》らうぞや。そんな|乱暴《らんばう》な|御命令《ごめいれい》には、|久米彦《くめひこ》|断《だん》じて|服従《ふくじゆう》|仕《つかまつ》りませぬ』
と|声《こゑ》を|尖《とが》らし|抗弁《かうべん》した。
|鬼春別《おにはるわけ》『|何《なん》と|云《い》つても、|上官《じやうくわん》の|命令《めいれい》は|大黒主《おほくろぬし》の|命令《めいれい》だ。グヅグヅ|言《い》はずに|退却《たいきやく》めされ。カルナ|殿《どの》、|如何《いかが》で|厶《ござ》る。|拙者《せつしや》の|権威《けんゐ》は|此《この》|通《とほ》り、|仮令《たとへ》|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》たり|共《とも》、|只《ただ》|一言《いちごん》の|下《もと》に|左右《さいう》する|権能《けんのう》があるのだからなア、ワツハハハハ』
カルナ|姫《ひめ》『|成程《なるほど》|貴方《あなた》は|本当《ほんたう》に|好《この》もしい|将軍様《しやうぐんさま》、|私《わたし》、|貴方《あなた》になれば|命《いのち》まで|差上《さしあ》げます、|本当《ほんたう》に|凛々《りり》しい|威厳《ゐげん》の|備《そな》はつた、|絶対《ぜつたい》|無限《むげん》の|権力者《けんりよくしや》で|厶《ござ》いますな』
|久米彦《くめひこ》は|形勢《けいせい》|益々《ますます》|不良《ふりやう》と|見《み》て、|焼糞《やけくそ》になり|鬼春別《おにはるわけ》を|睨《ねめ》つけ、|刀《かたな》の|柄《つか》に|手《て》をかけて、|只《ただ》|一打《ひとうち》に|斬《き》り|倒《たふ》し、|一層《いつそう》の|事《こと》、|自分《じぶん》が|総指揮官《そうしきくわん》とならむかと|決心《けつしん》して、|隙《すき》を|狙《ねら》つてゐる。|鬼春別《おにはるわけ》も|久米彦《くめひこ》の|様子《やうす》の|只《ただ》ならざるに|心《こころ》を|許《ゆる》さず、|寄《よ》らば|斬《き》らむと|柄《つか》に|手《て》をかけ、|互《たがひ》に|阿吽《あうん》の|息《いき》を|凝《こ》らして、|山門《さんもん》の|仁王《にわう》の|如《ごと》くつつ|立《た》つてゐる。カルナは|此《この》|態《てい》を|見《み》て、
カルナ|姫《ひめ》『ホホホ、|何《なん》とマア|御両人様《ごりやうにんさま》の|凛々《りり》しいお|姿《すがた》、どちらを|見《み》ても、|花《はな》あやめ、|甲《かふ》を|取《と》らうか、|乙《おつ》を|取《と》らうか、|花《はな》と|花《はな》、|月《つき》と|月《つき》、|揃《そろ》ひも|揃《そろ》うた|立派《りつぱ》なお|方《かた》だ|事《こと》、あああ|体《からだ》が|二《ふた》つあつたなら、|一《ひと》つは|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》に|従《したが》ひ、|一《ひと》つは|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》に|仕《つか》へるのだに、|儘《まま》ならぬ|浮世《うきよ》だなア』
|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》はカルナの|美貌《びばう》にゾツコン|心《こころ》を|盪《とろ》かしてゐた。カルナの|精神《せいしん》を|測《はか》りかね、|仁王立《にわうだち》になつた|儘《まま》、|眼《め》|計《ばか》りキヨロつかせてゐる。そこへワイワイとどよめき|乍《なが》ら|一人《ひとり》の|美人《びじん》を|舁《か》いてやつて|来《き》たのは|鬼春別《おにはるわけ》の|副官《ふくくわん》スパールであつた。
スパール『モシ|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》、|陣中《ぢんちう》に|於《おい》て|斯様《かやう》な|美人《びじん》を|手《て》に|入《い》れました、どうか|貴方《あなた》の|御用《ごよう》に|立《た》ちますればと|存《ぞん》じ、ワザワザ|伴《つ》れて|帰《かへ》りました。|城内《じやうない》の|戦《たたか》ひは|味方《みかた》の|大勝利《だいしようり》、|最早《もはや》|後顧《こうこ》の|患《うれひ》は|厶《ござ》いませぬ。|何卒《どうぞ》|此《この》|女《をんな》をトツクリお|調《しら》べ|遊《あそ》ばして、よきに|御処分《ごしよぶん》を|願《ねが》ひます』
と|慇懃《いんぎん》に|述《の》べた。|鬼春別《おにはるわけ》は|此《この》|声《こゑ》にハツとして、|女《をんな》の|面《つら》を|見《み》れば、カルナ|姫《ひめ》に|優《まさ》る|数等《すうとう》の|美人《びじん》である。そして|何《なん》とはなしに|気品《きひん》|高《たか》く、|潤《うるほ》ひのある|黒《くろ》い|目《め》、|如何《いか》なる|男子《だんし》も|悩殺《なうさつ》する|程《てい》の|魅力《みりよく》が|備《そな》はつてゐた、|鬼春別《おにはるわけ》は|久米彦《くめひこ》との|争《あらそ》ひをスツカリ|忘《わす》れて|了《しま》ひ、
|鬼春別《おにはるわけ》『スパール、|其《その》|方《はう》は|愛《う》い|奴《やつ》だ、ここは|久米彦《くめひこ》の|居間《ゐま》だ、|此《この》|方《はう》の|居間《ゐま》へ|此《この》|女《をんな》を|通《とほ》せ』
と|言《い》ひ|乍《なが》ら|先《さき》に|立《た》つて|自分《じぶん》のテントに|帰《かへ》り、|胡座《あぐら》をかいてニコニコして|居《ゐ》る。スパールは|美人《びじん》を|伴《とも》なひ、|鬼春別《おにはるわけ》の|前《まへ》に|手《て》を|仕《つか》へ、
スパール『|君《きみ》の|御命令《ごめいれい》に|依《よ》り、|城内《じやうない》を|指《さし》て|攻《せ》め|行《ゆ》く|折《をり》しも、|吾《わが》|部下《ぶか》のシヤム、|某《それがし》が|計画《けいくわく》|通《どほ》りよく|遵奉《じゆんぽう》して、|刹帝利《せつていり》を|始《はじ》め|左守司《さもりのかみ》|其《その》|他《た》の|勇将《ゆうしやう》を|生捕《いけどり》に|致《いた》しました。|最早《もはや》|戦《たたか》ひは|大勝利《だいしようり》、|御安心《ごあんしん》なさいませ。|然《しか》るに、これなる|女《をんな》、ビクトル|山《ざん》の|神王《しんわう》の|宮《みや》へ|参拝《さんぱい》の|途中《とちう》、|癪気《しやくけ》を|起《おこ》し|路上《ろじやう》に|倒《たふ》れて|居《を》りました|故《ゆゑ》、|救《すく》ひ|上《あ》げて|御前《ごぜん》へ|伴《ともな》ひ|参《まゐ》りました。どうぞ|可愛《かあい》がつておやり|下《くだ》さいませ』
|鬼春別《おにはるわけ》はニコニコし|乍《なが》ら、
|鬼春別《おにはるわけ》『ウーン、よく|伴《つ》れて|来《き》た、|褒美《はうび》は|後《あと》より|遣《つか》はす。|汝《なんぢ》は|之《これ》より|陣営《ぢんえい》に|向《むか》ひ、|十分《じふぶん》の|注意《ちうい》を|払《はら》つて、|違算《ゐさん》なき|様《やう》に|致《いた》すがよからう』
スパールは『ハイ』と|答《こた》へて、|後振返《あとふりかへ》り|振返《ふりかへ》り、|出《い》でて|行《ゆ》く。
|此《この》|女《をんな》はヒルナ|姫《ひめ》である。
ヒルナ|姫《ひめ》『これはこれは|将軍様《しやうぐんさま》、|始《はじ》めてお|目《め》にかかりまする。|妾《わらは》はスパール|様《さま》の|仰《おほ》せの|如《ごと》く、|神王《しんわう》の|森《もり》へ|参拝《さんぱい》の|途中《とちう》|癪気《しやくけ》を|起《おこ》し、|命《いのち》|危《あやふ》き|所《ところ》を|助《たす》けられた|者《もの》で|厶《ござ》います。バラモンの|軍人《ぐんじん》といふものは|実《じつ》に|仁慈深《じんじぶか》い|方《かた》|計《ばか》りですなア。|之《これ》も|全《まつた》く|貴方様《あなたさま》の|御訓練《ごくんれん》|宜《よろ》しきの|致《いた》す|所《ところ》と|感謝《かんしや》|致《いた》します。|要《えう》するに|妾《わらは》の|命《いのち》を|助《たす》けて|下《くだ》さつたのは|貴方様《あなたさま》で|厶《ござ》います。|貴方様《あなたさま》は|妾《わらは》の|為《ため》には|命《いのち》の|親《おや》さま、|不束《ふつつか》な|者《もの》なれど、どうぞ|何《なに》なりと|御用《ごよう》をさして|頂《いただ》ければ|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます』
|鬼春別《おにはるわけ》は|満面《まんめん》に|笑《ゑみ》を|湛《たた》へ、ニコニコし|乍《なが》ら、
|鬼春別《おにはるわけ》『ウン、ヨシヨシ、|汝《なんぢ》は|之《これ》から|此《この》|方《はう》の|側《そば》|近《ちか》く|仕《つか》へて、|某《それがし》が|顧問《こもん》となり、|内助《ないじよ》の|労《らう》を|執《と》つて|下《くだ》され』
ヒルナ|姫《ひめ》は、
ヒルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》|有難《ありがた》う|厶《ござ》います』
と|鬼春別《おにはるわけ》の|手《て》をワザと|固《かた》く|握《にぎ》り、|鬚武者《ひげむしや》の|頬《ほほ》に、|白《しろ》き|柔《やはら》かき|頬《ほほ》をピタリとあてた。
|鬼春別《おにはるわけ》はグデングデンになり、|背筋《せすぢ》の|骨《ほね》|迄《まで》ぬかれたやうな|調子《てうし》で|姫《ひめ》の|膝《ひざ》を|枕《まくら》にし、ゴロンと|横《よこ》たはり、
|鬼春別《おにはるわけ》『|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍《しやうぐん》は  |神力無双《しんりきむさう》の|大勇士《だいゆうし》
|神《かみ》の|御言《みこと》を|蒙《かうむ》りて  |音《おと》に|名高《なだか》きエルサレム
|黄金山《わうごんさん》へと|攻《せ》めのぼる  |其《その》|行《ゆき》がけの|副事業《ふくじげふ》
ビクトリヤ|城《じやう》をば|占領《せんりやう》して  |刹帝利《せつていり》|始《はじ》め|其《その》|后妃《きさき》
|左守《さもり》|右守《うもり》は|云《い》ふも|更《さら》  |百《もも》の|軍《いくさ》や|司人《つかさびと》
|皆《みな》|悉《ことごと》く|斬《き》りなびけ  |戦《いくさ》は|予定《よてい》の|大勝利《だいしようり》
|帷幕《ゐばく》の|中《うち》に|画策《くわくさく》を  めぐらしゐたる|折《をり》もあれ
|木花姫《このはなひめ》か|棚機《たなばた》の  |姫《ひめ》の|命《みこと》にまがふなる
|古今無双《ここんむさう》の|美人《びじん》の|其方《そなた》  |媚《こ》びを|呈《てい》してやつて|来《く》る
|仁義《じんぎ》の|軍《いくさ》に|敵《てき》はない  |吾《わが》|名声《めいせい》に|憬《あこが》れて
やつて|来《き》たのはバラモンの  |神《かみ》の|命《みこと》の|御《み》たまもの
ホンに|愉快《ゆくわい》な|事《こと》だなア  |隣《となり》に|陣取《ぢんど》る|久米彦《くめひこ》は
カルナの|姫《ひめ》とか|云《い》ふナイス  |側《そば》に|近付《ちかづ》け|脂《やに》さがり
|現《うつつ》をぬかす|不態《ぶざま》さよ  |軍律《ぐんりつ》|厳《きび》しき|中《なか》なれど
|女《をんな》に|目《め》のない|久米彦《くめひこ》は  ドン|栗眼《ぐりまなこ》を|細《ほそ》うして
|此上《こよ》なき|者《もの》と|慈《いつくし》み  |恥《はづか》しげもなくデレてゐる
カルナの|姫《ひめ》に|比《くら》ぶれば  |天《あめ》と|地《つち》との|相違《さうゐ》ある
|古今無双《ここんむさう》のヒルナ|姫《ひめ》  どこの|娘《むすめ》か|知《し》らね|共《ども》
|気品《きひん》の|高《たか》い|此《この》ナイス  |鬼春別《おにはるわけ》が|枕辺《まくらべ》に
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|侍《はべ》らして  |久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》に|見《み》せたいものだ
ああ|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い  |男《をとこ》と|生《うま》れた|其《その》|甲斐《かひ》にや
こんなナイスを|一夜《いちや》でも  |宿《やど》の|妻《つま》よと|愛《あい》しつつ
|楽《たの》しく|嬉《うれ》しく|此《この》|世《よ》をば  |渡《わた》つて|見《み》たいものだなア
アハハハハ、アハハハハ  コリヤコリヤ|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》よ
|俺《おれ》の|腕前《うでまへ》|此《この》|通《とほ》り  |女房《にようばう》の|容貌《きりやう》を|比《くら》べようか
|霊相応《みたまさうおう》といふ|事《こと》は  ヤツパリこんな|時《とき》に|現《あら》はれる
|烏《からす》は|烏《からす》|鷺《さぎ》は|鷺《さぎ》  |権威《けんゐ》の|強《つよ》い|男《をとこ》には
|格別《かくべつ》|綺麗《きれい》な|女房《にようばう》がつき|添《そ》ふものだ  |神《かみ》の|教《をしへ》にウソはない
ホンに|愉快《ゆくわい》な|事《こと》だなア  ヒルナの|姫《ひめ》の|膝枕《ひざまくら》
こんな|所《ところ》を|久米彦《くめひこ》が  |一目《ひとめ》|見《み》たならさぞや|嘸《さぞ》
|妙《めう》な|面《つら》してさがるだろ  イヒヒヒヒ、イヒヒヒヒ』
と|止《と》め|度《ど》もなく|涎《よだれ》を|流《なが》し、ヒルナ|姫《ひめ》の|小袖《こそで》を|通《とほ》して、|柔《やはら》かい|太腿《ふともも》をぬらした。ヒルナ|姫《ひめ》は、
ヒルナ|姫《ひめ》『アレまあ、|何《なん》だか|温《あつ》たかいと|思《おも》つたら、|将軍様《しやうぐんさま》の|涎《よだれ》だわ、ホホホホ』
|鬼春別《おにはるわけ》『オイ、ヒルナ、|貴様《きさま》も|一《ひと》つ|歌《うた》つたら|何《ど》うだ。|戦争《せんそう》も|大方《おほかた》カタがついたなり、|最早《もはや》|殺伐《さつばつ》の|空気《くうき》も|一掃《いつさう》されるに|間《ま》もなからうから、|其方《そなた》と|楽《たの》しく|仮《かり》のホームを|造《つく》つて、|陣中《ぢんちう》の|花《はな》と|謡《うた》はれる|気《き》はないか』
ヒルナ|姫《ひめ》『ハイ、|御勿体《ごもつたい》ない|其《その》お|言葉《ことば》、|不束《ふつつか》な|妾《わらは》、どうぞ|可愛《かあい》がつてやつて|下《くだ》さいませ、|左様《さやう》ならば|不調法《ぶてうはふ》|乍《なが》ら|歌《うた》はして|頂《いただ》きませう』
と|鈴《すず》のやうな|声《こゑ》で、|隣《となり》の|久米彦《くめひこ》やカルナ|姫《ひめ》に|聞《きこ》えよがしに、|比較的《ひかくてき》|透《す》き|通《とほ》る|声《こゑ》で|歌《うた》ひ|出《だ》した。
ヒルナ|姫《ひめ》『|私《わたし》の|生《うま》れはビクの|国《くに》  キールの|里《さと》の|豪農《がうのう》で
|骨姓《かばね》は|賤《いや》しき|首陀《しゆだ》の|家《いへ》  |数多《あまた》の|下僕《しもべ》にかしづかれ
|今日《けふ》は|花見《はなみ》よ|明日《あす》は|又《また》  |月見《つきみ》の|酒《さけ》と|四方八方《よもやも》の
|山野《さんや》に|遊《あそ》び|贅沢《ぜいたく》の  |限《かぎ》りを|尽《つく》しゐたりしが
|妾《わらは》の|侍女《ぢぢよ》のカルナ|姫《ひめ》  |引伴《ひきつ》れまして|神王《しんわう》の
|森《もり》に|参拝《さんぱい》せむものと  スタスタ|進《すす》み|来《きた》る|折《をり》
|殺風景《さつぷうけい》な|軍人《いくさびと》  |槍《やり》や|剣《つるぎ》を|抜《ぬ》きかざし
|雲霞《うんか》の|如《ごと》く|進《すす》み|来《く》る  |其《その》|権幕《けんまく》の|恐《おそろ》しさ
|身《み》を|逃《のが》れむといら|立《だ》ちて  |侍女《じぢよ》に|別《わか》れてマチマチに
|逍《さまよ》ひゐたる|折《をり》もあれ  |俄《にはか》に|起《おこ》る|癪病《しやくやまひ》
|命《いのち》たえむとする|時《とき》に  |情《なさけ》も|深《ふか》きスパールさま
|妾《わらは》を|助《たす》け|親切《しんせつ》に  |労《いた》はり|乍《なが》ら|将軍《しやうぐん》の
|御前《みまへ》に|送《おく》らせ|玉《たま》ひける  ああ|惟神《かむ|乍《なが》ら》|々々《かむ|乍《なが》ら》
|盤古神王《ばんこしんのう》|自在天《じざいてん》  |神々様《かみがみさま》の|御恵《おんめぐみ》
|惜《をし》き|命《いのち》を|助《たす》けられ  |今《いま》|又《また》|名望《めいばう》いや|高《たか》き
バラモン|軍《ぐん》の|総指揮官《そうしきくわん》  |鬼春別《おにはるわけ》の|将軍《しやうぐん》が
|尊《たふと》き|陣営《ぢんえい》に|運《はこ》ばれて  |思《おも》ひもよらぬ|御寵愛《ごちようあい》
|蒙《かうむ》る|妾《わらは》の|身《み》の|冥加《みやうが》  |旭《あさひ》は|照《て》る|共《とも》|曇《くも》る|共《とも》
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも  |仮令《たとへ》|天地《てんち》はかへる|共《とも》
|月《つき》おち|星《ほし》は|失《う》するとも  |此《この》|大恩《たいおん》はいつの|世《よ》か
|忘《わす》れませうぞバラモンの  |軍《いくさ》の|君《きみ》よ|妾《わらは》をば
いや|永久《とこしへ》に|慈《いつく》しみ  |汝《なれ》が|御側《みそば》に|朝夕《あさゆふ》に
|使《つか》はせ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》  |神《かみ》かけ|念《ねん》じ|奉《たてまつ》る
ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
と|歌《うた》ひ|了《を》はり、
ヒルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》、|何分《なにぶん》|無教育《むけういく》の|妾《わらは》、|歌《うた》なんか|詠《よ》めませぬ、|何卒《どうぞ》これでこらへて|下《くだ》さい』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、てもさても|立派《りつぱ》なものだ。|久米彦《くめひこ》が|命《いのち》の|親《おや》と|頼《たの》んでゐるカルナに|比《くら》ぶれば、|器量《きりやう》と|云《い》ひ、|学識《がくしき》の|程度《ていど》と|云《い》ひ、|犯《おか》す|可《べか》らざる|気品《きひん》と|云《い》ひ、|年頃《としごろ》と|云《い》ひ、|着物《きもの》の|着《き》こなしと|云《い》ひ、|肌《はだ》の|艶《つや》、|可愛《かあい》らしい|手足《てあし》、|瑪瑙《めなう》のやうな|爪《つめ》の|色《いろ》、どこに|点《てん》のうつ|所《ところ》のない、|最奥天国《さいあうてんごく》の|天人《てんにん》も|跣《はだし》で|逃《に》げるやうな|天下無二《てんかむに》のナイスだ、アハハハハ』
とワザと|高声《たかごゑ》にて|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》にヘケラかしてやらうと|呶鳴《どな》り|立《た》ててゐる。
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホ、|妾《わらは》のやうな|醜女《しこめ》を、さうお|賞《ほ》め|下《くだ》さいますと|何《なん》だかクスぐつたいやうな|心持《こころもち》が|致《いた》しますワ。|将軍様《しやうぐんさま》、|貴方《あなた》は|今《いま》|妾《わらは》をその|様《やう》に|寵愛《ちようあい》して|下《くだ》さいますが、|又《また》|外《ほか》の|美《うつく》しき|美人《びじん》が|現《あら》はれた|時《とき》には、キツと|妾《わらは》をお|捨《す》て|遊《あそ》ばすので|厶《ござ》いませう。それを|思《おも》ふと|何《なん》だか|恨《うら》めしうなつて|参《まゐ》りましたワ』
|鬼春別《おにはるわけ》『ハハハハ、さすがは|女《をんな》だ。|何《なん》でもない|事《こと》に|取越苦労《とりこしくらう》を|致《いた》すものでない、|其方《そなた》の|為《ため》なら|命《いのち》でもやらうといふ|決心《けつしん》だ』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホ|何《なん》とマア|辞令《じれい》のお|上手《じやうず》なお|方《かた》、もし|妾《わらは》が|今《いま》|命《いのち》を|下《くだ》さいと|言《い》つたら、すぐに|臂鉄《ひぢてつ》をくはすクセに、|貴方《あなた》は|男《をとこ》に|似合《にあは》ず|愛嬌《あいけう》のよい|事《こと》を|仰有《おつしや》いますね。|流石《さすが》は|敏腕《びんわん》なる|外交家《ぐわいかうか》|丈《だけ》あつて、|仰有《おつしや》ることが|垢抜《あかぬけ》が|致《いた》して|居《を》りますよ、ホホホホ』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハハ』
と|悦《えつ》に|入《い》つてゐる。そこへ|久米彦《くめひこ》はヌツと|顔《かほ》を|出《だ》し、
|久米彦《くめひこ》『|将軍殿《しやうぐんどの》、|其《その》|狂態《きやうたい》は|何《なん》のザマで|厶《ござ》るか、|軍紀《ぐんき》を|何《なん》と|心得《こころえ》めさる。|拙者《せつしや》の|目《め》にとまつた|以上《いじやう》は、|最早《もはや》|了簡《れうけん》は|致《いた》しませぬぞや』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、オイ|久米彦《くめひこ》、|何《なん》だ|其《その》スタイルは、|肩《かた》まで|四角《しかく》にして、|何《なに》を|気張《きば》つてるのだ、|陣中《ぢんちう》は|相身互《あひみたがひ》だ、チツと|気《き》を|利《き》かさぬかい』
|久米彦《くめひこ》『|将軍《しやうぐん》に|一寸《ちよつと》|談判《だんぱん》があつて|伺《うかが》ひました。|確《しつか》り|聞《き》いて|頂《いただ》き|度《た》い』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、|戦《いくさ》も|大方《おほかた》|済《す》んだのだから、さう|固《かた》くなるものだない。それより|早《はや》く|帰《かへ》つて、カルナ|姫《ひめ》に|肩《かた》でも|揉《も》んで|貰《もら》うたがよからうぞ』
ヒルナ|姫《ひめ》は|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》の|面体《めんてい》をツラツラ|眺《なが》めて、|笑《ゑみ》を|湛《たた》へ、
ヒルナ|姫《ひめ》『|貴方様《あなたさま》はバラモン|軍中《ぐんちう》に|於《おい》て|驍名《げうめい》かくれなき|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》で|厶《ござ》いましたか、これはこれは|失礼《しつれい》を|致《いた》しました。|妾《わらは》の|侍女《じぢよ》が|御世話《おせわ》になつた|相《さう》で|厶《ござ》います。|有難《ありがた》う、|御懇情《ごこんじやう》の|程《ほど》|侍女《じぢよ》に|代《かは》つて、|主人《しゆじん》の|妾《わらは》が|御礼《おれい》を|申上《まをしあ》げます』
|久米彦《くめひこ》は|自分《じぶん》の|折角《せつかく》|手《て》に|入《い》れたカルナ|姫《ひめ》が、ヒルナ|姫《ひめ》に|比《ひ》して|美人《びじん》ではあるが、どこともなしに|劣《おと》つてゐること、|及《および》|第一《だいいち》|癪《しやく》に|障《さは》るのは、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》が|妻《つま》となさむとするヒルナ|姫《ひめ》の|侍女《じぢよ》だといふ|事《こと》を|聞《き》いたので、|何《なん》だか|自分《じぶん》の|声望《せいばう》を|傷《きず》つけられたやうな|気分《きぶん》が|仕出《しだ》し、|且《かつ》|鬼春別《おにはるわけ》の|妻《つま》の|侍女《じぢよ》を|女房《にようばう》にしたとあつては、|世間《せけん》の|聞《きこ》えも|面白《おもしろ》くない、|同《おな》じ|事《こと》なら、|何《なん》とか|云《い》つて|理窟《りくつ》をつけ、とつ|換《か》へつこをしてやらうと、|虫《むし》のよい|考《かんが》へでやつて|来《き》たのである。ヒルナ|姫《ひめ》は|明敏《めいびん》な|頭脳《づなう》に|早《はや》くも、|久米彦《くめひこ》の|心中《しんちう》を|洞察《どうさつ》した。|何《なん》とかして|両将軍《りやうしやうぐん》の|間《あひだ》に|隙《すき》を|生《しやう》ぜしめ、バラモン|軍《ぐん》を|内部《ないぶ》から|破壊《はくわい》せむと|思《おも》ふ|心《こころ》はカルナ|姫《ひめ》|同様《どうやう》である。ヒルナはワザと|体《からだ》をシヨナ シヨナさせ|乍《なが》ら、|久米彦《くめひこ》の|側《そば》にツツと|寄《よ》り、|固《かた》い|手《て》を|餅《もち》のやうな|手《て》でグツと|握《にぎ》り、|二三遍《にさんぺん》|揺《ゆす》つて、|妙《めう》な|視線《しせん》を|向《む》け|乍《なが》ら、ワザとに|頬《ほほ》を|赤《あか》らめ、
ヒルナ|姫《ひめ》『ああお|恥《はづか》しう|厶《ござ》います』
と|意味《いみ》ありげに|顔《かほ》をかくす。|久米彦《くめひこ》は|益々《ますます》|悦《えつ》に|入《い》り、|顔《かほ》の|相好《さうがう》を|崩《くづ》して、
|久米彦《くめひこ》『エヘヘヘヘ、これはこれはヒルナ|姫《ひめ》どの、|貴女《あなた》は|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》と、|既《すで》に|業《すで》に|情約《じやうやく》を|締結《ていけつ》なさつた|事《こと》は、|隣室《りんしつ》に|於《おい》て、|御両所《ごりやうしよ》の|御歌《おうた》に|仍《よ》つて|確《たしか》め|得《え》ました。どうぞ|肚《はら》の|悪《わる》い、おだてないやうにして|下《くだ》さいな』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホ|仰《おほせ》の|如《ごと》く、|恥《はづ》かし|乍《なが》ら|情約《じやうやく》は|結《むす》びましたが、まだ|予定《よてい》で|厶《ござ》います。|其《その》|次《つぎ》は|内定《ないてい》、|次《つぎ》に|確定《かくてい》と、|順序《じゆんじよ》が|厶《ござ》いますから、|予定《よてい》|内定《ないてい》の|間《あひだ》は|何《ど》うとも|融通《ゆうづう》のつくもので|厶《ござ》います。ラブは|神聖《しんせい》で|厶《ござ》いますから、|到底《たうてい》|権力《けんりよく》や|美貌《びばう》や、|金銭《きんせん》や|圧迫《あつぱく》、|又《また》|法律《はふりつ》などで|定《き》めらるべきものでは|厶《ござ》いませぬ。さうでなくつてはコンヂーニアル・ラブが|完全《くわんぜん》に|成立《なりたち》ませぬからねえ。|結婚問題《けつこんもんだい》は|人生《じんせい》|一代《いちだい》の|大切《たいせつ》な|事《こと》で|厶《ござ》いますから、|本当《ほんたう》のディヴァイン・ラブでなければ、|末《すゑ》が|遂《と》げられませぬから、|夫《をつと》を|定《さだ》むるのは|互《たがひ》の|自由《じいう》で|厶《ござ》いますからねえ』
|久米彦《くめひこ》は|既《すで》にヒルナ|姫《ひめ》が|自分《じぶん》に|秋波《しうは》をよせたものと|早合点《はやがつてん》し、|色男気取《いろをとこきどり》になつて|面《かほ》の|紐《ひも》|迄《まで》|解《ほど》いてゐる、|之《これ》に|反《はん》して|鬼春別《おにはるわけ》は|顔面《がんめん》|忽《たちま》ち|緊張《きんちやう》し、|眉《まゆ》をつり|上《あ》げ、|顔《かほ》に|殺気《さつき》を|帯《お》びて|来《き》た。
|鬼春別《おにはるわけ》『|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、ここは|拙者《せつしや》の|居間《ゐま》で|厶《ござ》る。|貴方《あなた》は|自分《じぶん》の|居間《ゐま》へ|帰《かへ》つて|軍務《ぐんむ》に|鞅掌《おうしやう》なされ、|不都合《ふつがふ》で|厶《ござ》るぞツ』
|久米彦《くめひこ》『ヘヘヘヘ、|拙者《せつしや》が|参《まゐ》りますと、|定《さだ》めて|不都合《ふつがふ》で|厶《ござ》いませう。|然《しか》らば|吾《わが》|居間《ゐま》へさがりませう。アイヤ、ヒルナ|殿《どの》、|拙者《せつしや》に|跟《つ》いてお|越《こ》し|遊《あそ》ばせ、|貴女《あなた》の|侍女《じぢよ》が|待《ま》つて|居《を》りますよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホ、|妙《めう》な|事《こと》を|仰有《おつしや》いますね、|侍女《じぢよ》を|主人《しゆじん》から|訪問《はうもん》するといふ|道理《だうり》がどこに|厶《ござ》いませう。カルナ|姫《ひめ》の|方《はう》から|妾《わらは》の|御機嫌《ごきげん》|伺《うかが》ひに|来《く》る|筈《はず》だ|厶《ござ》いませぬか。どうぞカルナにさう|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さいませ』
|久米彦《くめひこ》『|成程《なるほど》、|姫様《ひめさま》のお|言葉《ことば》には|条理《でうり》が|立《た》つて|居《を》ります。|然《しか》らばカルナ|姫《ひめ》を|伺《うかが》はせます、|一寸《ちよつと》|待《ま》つてゐて|下《くだ》さい』
|鬼春別《おにはるわけ》『|汚《けが》らはしい、カルナの|如《ごと》き|女《をんな》を|拙者《せつしや》の|居間《ゐま》へ|伴《つ》れ|来《く》る|事《こと》は|罷《まか》り|成《な》らぬ……ヒルナ|其方《そなた》は|何《なん》と|思《おも》ふか』
ヒルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》の|仰《おほせ》の|通《とほ》り、|斯様《かやう》な|尊《たふと》きお|居間《ゐま》へ、|侍女《じぢよ》などを|侍《はべ》らすは|畏《おそ》れ|多《おほ》う|厶《ござ》います』
|鬼春別《おにはるわけ》は|顔色《かほいろ》を|和《やはら》げ、|稍《やや》|得意《とくい》となつて、
|鬼春別《おにはるわけ》『ああさうだらう、ヒルナの|言《い》ふ|通《とほ》りだ、|流石《さすが》は|才媛《さいえん》だ。そして|侍女《じぢよ》と|情約《じやうやく》を|締結《ていけつ》する|如《ごと》き|下劣《げれつ》な|人格者《じんかくしや》は|吾《わが》|居間《ゐま》に|来《きた》るべきものではない、トツトと|帰《かへ》つたがよからう|久米彦《くめひこ》、これに|違背《ゐはい》はあるまいな、アハハハハ』
|久米彦《くめひこ》『これは|怪《け》しからぬ。|貴方《あなた》のお|説《せつ》では|公私混淆《こうしこんかう》といふもの、|貴方《あなた》も|将軍《しやうぐん》ならば|拙者《せつしや》も|将軍《しやうぐん》、|軍務上《ぐんむじやう》の|打《う》ち|合《あは》せも|時々《ときどき》|致《いた》さねばならず、|又《また》|吾々《われわれ》は|将軍《しやうぐん》としてお|居間《ゐま》をお|訪《たづ》ね|申《まを》したもの、|決《けつ》して|一個人《いちこじん》の|資格《しかく》だ|厶《ござ》らぬぞ』
|鬼春別《おにはるわけ》『|其《その》|方《はう》は|弁舌《べんぜつ》を|以《もつ》て、|此《この》|場《ば》を|糊塗《こと》せむと|致《いた》せ|共《ども》、|左様《さやう》な|事《こと》に|巻込《まきこ》まれるやうな|迂愚者《うぐしや》では|厶《ござ》らぬ。サ、|速《すみやか》にお|立《た》ちめされ、|拙者《せつしや》のラブの|妨害《ばうがい》になり|申《まを》す』
|久米彦《くめひこ》は|軍刀《ぐんたう》をヒラリと|抜《ぬ》いて、|矢庭《やには》に|鬼春別《おにはるわけ》に|斬《き》りつけた。|鬼春別《おにはるわけ》はヒラリと|体《たい》をかはし|傍《かたはら》の|軍刀《ぐんたう》|取《と》るより|早《はや》く|又《また》もやスラリと|引抜《ひきぬ》き、カチヤカチヤと|刃《やいば》を|合《あは》せ|火花《ひばな》を|散《ち》らし、|数十合《すうじふがふ》に|及《およ》んだ。されど|何《いづ》れも|手利《てき》きと|手利《てき》き、|竜虎《りうこ》の|争《あらそ》ひ、|何時《いつ》|果《は》つべしとも|見《み》えなかつた。|此《この》|物音《ものおと》に|驚《おどろ》いて、カルナ|姫《ひめ》はヒルナ|姫《ひめ》の|身《み》の|上《うへ》を|気《き》づかひ、|慌《あわ》ただしく|飛《と》んで|来《き》た。ヒルナはカルナの|顔《かほ》を|見《み》るより、|目《め》を|以《もつ》て|合図《あひづ》をし、……キツと|仲《なか》に|這入《はい》るな……といふ|意味《いみ》を|牒《しめ》した、そして|二人《ふたり》の|美人《びじん》はワザと|怖《こは》|相《さう》に|室《へや》の|隅《すみ》に|机《つくゑ》をかぶつて|慄《ふる》うてゐる、そして……|何方《どちら》か|一人《ひとり》が……|早《はや》くやられたら|都合《つがふ》が|好《よ》いがと、|心《こころ》の|中《うち》に|念《ねん》じてゐた。
|斯《か》かる|所《ところ》へ、スパール、エミシの|両人《りやうにん》は|帰《かへ》り|来《きた》り、|此《この》|態《てい》を|見《み》て|驚《おどろ》き、|二人《ふたり》は|中《なか》にわつて|入《い》り、
スパール『モシ|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》、|少時《しばらく》お|待《ま》ち|下《くだ》さいませ』
エミシ『|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》 |暫《しばら》く|暫《しばら》く』
と|大手《おほて》を|拡《ひろ》げてつつ|立《た》つた。これ|幸《さいはひ》と|両人《りやうにん》は|剣《つるぎ》を|鞘《さや》にをさめ、ハアハアと|息《いき》を|凝《こ》らし|乍《なが》ら、|俄作《にはかづく》りの|椅子《いす》に|腰《こし》をおろした。
ヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》はヤツと|安心《あんしん》したものの|如《ごと》く、ワザと|不安《ふあん》な|面《かほ》をし|乍《なが》ら、ハアハアハアと|息《いき》を|喘《はづ》ませ、|胸《むね》を|撫《な》で|下《お》ろし|居《ゐ》たりける。
(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)
第一三章 |醜嵐《しこあらし》〔一三七六〕
スパール、エミシ|両人《りやうにん》の|仲裁《ちうさい》によつて|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》の|斬《き》り|合《あひ》も|漸《やうや》く|治《をさ》まつた。|両将軍《りやうしやうぐん》は|椅子《いす》にかかつてハートに|波《なみ》を|打《う》たせ|乍《なが》ら|汗《あせ》を|拭《ぬぐ》うてゐる。スパールは|鬼春別《おにはるわけ》に|向《むか》ひ|恭《うやうや》しく、
スパール『もし|将軍様《しやうぐんさま》、|何故《なにゆゑ》のお|争《あらそ》ひで|厶《ござ》いますか。|三軍《さんぐん》を|指揮《しき》し|部下《ぶか》に|模範《もはん》を|示《しめ》すべき|尊《たふと》き|御身《おんみ》を|持《も》ち|乍《なが》ら、|此《この》|状態《じやうたい》は|如何《どう》ですか。|之《これ》には|何《なに》かの|様子《やうす》ある|事《こと》と|思《おも》ひますが、|此《この》|副官《ふくくわん》に|包《つつ》まず|隠《かく》さず|御打明《おうちあ》かし|下《くだ》さらば、|拙者《せつしや》は|拙者《せつしや》として|最善《さいぜん》の|方法《はうはふ》を|講《かう》ずる|考《かんが》へで|厶《ござ》います』
|鬼春別《おにはるわけ》は|赤面《せきめん》し|乍《なが》ら|言《い》ひ|憎《にく》さうに、
|鬼春別《おにはるわけ》『いや、|別《べつ》に|大《たい》した|事《こと》はない。あまり|無聊《ぶれう》の|余《あま》り|久米彦《くめひこ》|殿《どの》と|撃剣《げきけん》の|稽古《けいこ》を|致《いた》して|居《を》つたのだ。アハハハハ』
スパール『|撃剣《げきけん》の|稽古《けいこ》ならば|何故《なぜ》|竹刀《しない》をお|持《も》ちなさらぬ。|互《たがひ》に|真剣《しんけん》を|抜《ぬ》いて|御打合《おうちあひ》とは|険難千万《けんのんせんばん》、|拙者《せつしや》が|駆《か》け|付《つ》けるのが、も|少《すこ》し|遅《おそ》かつたならば|両将軍《りやうしやうぐん》|共《とも》に|如何《いか》なる|運命《うんめい》に|陥《おちい》り|玉《たま》ふかも|計《はか》られますまい。|万一《まんいち》|之《これ》|丈《だけ》の|軍隊《ぐんたい》に|重鎮《ぢうちん》を|失《うしな》へば|軍紀《ぐんき》は|忽《たちま》ち|乱《みだ》れ、|部下《ぶか》の|士卒《しそつ》は|支離滅裂《しりめつれつ》になつて|了《しま》ひます。|何卒《どうぞ》|戯《たはむ》れもいい|加減《かげん》にして|下《くだ》さいませ』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、えらい……もう|気《き》を|揉《も》ませました。ツイ|煽《おだ》てが|真剣《しんけん》になつて、|埒《らつ》ちもない|事《こと》だつたよ』
エミシは|久米彦《くめひこ》に|向《むか》ひ、
エミシ『|将軍様《しやうぐんさま》、|今《いま》|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》の|仰有《おつしや》つた|通《とほ》り|撃剣《げきけん》をなさいましたのですか』
|久米彦《くめひこ》は|言《い》ひ|憎《にく》さうに、
|久米彦《くめひこ》『ウン、|撃剣《げきけん》と|云《い》へば|撃剣《げきけん》だが、|実《じつ》の|所《ところ》は|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》は|軍律《ぐんりつ》を|乱《みだ》さむと|致《いた》した|故《ゆゑ》に|一刀《いつたう》の|許《もと》に|斬《き》りつけむとしたのだ。もう|一息《ひといき》と|云《い》ふ|時《とき》に|其方《そなた》がたがやつて|来《き》て、いかい|邪魔《じやま》を|致《いた》したな。アハハハハ』
エミシ『|之《これ》は|将軍《しやうぐん》のお|言葉《ことば》とも|覚《おぼ》えませぬ。|拙者《せつしや》は|貴方《あなた》の|副官《ふくくわん》として|只今《ただいま》|迄《まで》|忠実《ちうじつ》に|仕《つか》へて|参《まゐ》りましたが、|仮令《たとへ》|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》に|如何《いか》なる|非違《ひゐ》があるとも、|刃《やいば》を|以《もつ》て|向《むか》ふと|云《い》ふ|乱暴《らんばう》な|事《こと》がありますか。|拙者《せつしや》は|之《これ》より|貴方《あなた》の|部下《ぶか》を|離《はな》れ、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》に|同情《どうじやう》を|致《いた》します。その|御面相《ごめんさう》は|如何《どう》ですか。|顔部《がんぶ》|一面《いちめん》に、|眼《め》は|釣《つ》り、|色《いろ》は|褪《あ》せ、|唇《くちびる》は|紫《むらさき》に|変《かは》つて|居《を》りますぞ。それに|引替《ひきか》へ|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》は、|顔色《がんしよく》|少《すこ》しも|変《かは》らせ|玉《たま》はず|余裕《よゆう》|綽々《しやくしやく》として|存《そん》し、|英雄《えいゆう》の|態度《たいど》を|崩《くづ》さずに|居《を》られます。……|何卒《なにとぞ》|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》、|一兵卒《いつぺいそつ》の|末輩《はし》でも|構《かま》ひませぬ。|何卒《どうぞ》|貴方《あなた》の|直轄《ちよくかつ》に|使《つか》つて|頂《いただ》き|度《た》いもので|厶《ござ》います』
|鬼春別《おにはるわけ》『|又《また》|後《のち》ほど|久米彦《くめひこ》|殿《どの》とトツクリ|協議《けふぎ》を|致《いた》し、その|意見《いけん》を|承《うけたま》はつた|上《うへ》、|久米彦《くめひこ》|殿《どの》に|異議《いぎ》がなければ、|拙者《せつしや》の|部下《ぶか》と|致《いた》すであらう』
スパール『|私《わたくし》が|愚考《ぐかう》する|所《ところ》によれば、|此《この》|争《あらそ》ひはここに|厶《ござ》るヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》の|争奪戦《さうだつせん》だと|考《かんが》へますが、ヒルナ|姫様《ひめさま》は|拙者《せつしや》が|途上《とじやう》にてお|助《たす》け|申《まを》し|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》に|奉《たてまつ》つたもので|厶《ござ》いますれば、|別《べつ》に|争《あらそ》ひは|厶《ござ》いますまい。|又《また》カルナ|姫《ひめ》はエミシがお|助《たす》け|申《まを》し、|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》に|奉《たてまつ》つたものなれば、|初《はじ》めからきまりきつた|話《はなし》で|厶《ござ》いまする。どうか|両将軍《りやうしやうぐん》とも|如何《いか》なる|御意見《ごいけん》の|衝突《しようとつ》か|知《し》りませぬが、|天《てん》から|与《あた》へられた|此《この》ナイス、さうなさつたら|如何《どう》ですか』
|鬼春別《おにはるわけ》はニコニコとし|乍《なが》ら、
|鬼春別《おにはるわけ》『|如何《いか》にも、スパールの|申《まを》す|通《とほ》り、さう|致《いた》せば|問題《もんだい》はないのだ。|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、|如何《いかが》で|厶《ござ》る。|之《これ》に|異存《いぞん》は|厶《ござ》らうまいがな』
|久米彦《くめひこ》『はい、|是非《ぜひ》に|及《およ》びませぬ。|然《しか》らばカルナにて|辛抱《しんばう》|致《いた》しませう。|当座《たうざ》の|鼻塞《はなふさ》ぎに』
と|云《い》ふのを|聞《き》いてカルナ|姫《ひめ》は|故意《わざ》とに|柳眉《りうび》を|逆立《さかだ》て、
カルナ|姫《ひめ》『これ、|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》、|妾《わらは》は|一人前《いちにんまへ》の|女《をんな》、|当座《たうざ》の|鼻塞《はなふさ》ぎだとか、カルナ|姫《ひめ》でも……とか、|左様《さやう》な|条件《でうけん》のもとには|身《み》を|任《まか》す|事《こと》は|出来《でき》ませぬ。|貴方《あなた》はラブ・イズ・ベストと|云《い》ふ|事《こと》を|御存《ごぞん》じのないお|方《かた》と|見《み》えまする。|心《こころ》の|多《おほ》い、|女《をんな》を|玩弄物扱《ぐわんろうぶつあつか》ひになさる|悪性男《あくしやうをとこ》の|性質《せいしつ》を|遺憾《ゐかん》なく|暴露《ばくろ》|遊《あそ》ばしたぢやありませぬか。|貴方《あなた》は|萍草《うきぐさ》の|様《やう》な、フィランダラーで|厶《ござ》いますな。|妾《わらは》の|方《はう》からキツパリお|断《ことわ》りを|申《まを》し、フオーム・ウエーゼン・デヤ・リーベを|弁《わきま》へた|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》の|仮令《たとへ》|下女《げぢよ》になりとも|使《つか》つて|頂《いただ》く|考《かんが》へで|厶《ござ》います。|何卒《どうぞ》これ|迄《まで》の|御縁《ごえん》と|締《あきら》めて|下《くだ》さいませ。|左様《さやう》な|無情《むじやう》なお|方《かた》に|身《み》を|任《まか》すよりも、|妾《わらは》は|寧《むし》ろセリバシー|生活《せいくわつ》を|営《いとな》む|方《はう》が|何程《なにほど》|楽《たのし》いか|知《し》れませぬ。|貴方《あなた》の|恋愛《れんあい》は|所謂《いはゆる》|虚偽《きよぎ》の|恋愛《れんあい》です』
と|手厳《てきび》しく|刎《は》ねつけられ、|又《また》もや|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は|柄《つか》に|手《て》をかけ|憤然《ふんぜん》として、カルナ|姫《ひめ》を|一刀《いつたう》の|下《もと》に|斬《き》りつけむとした。|此《この》|様子《やうす》を|見《み》るよりエミシは|久米彦《くめひこ》の|手《て》をグツと|握《にぎ》り、
エミシ『|将軍殿《しやうぐんどの》、|相手《あひて》は|女《をんな》で|厶《ござ》るぞ。チツトおたしなみなさい』
|久米彦《くめひこ》は『ウーン』と|気《き》の|乗《の》らぬ|返事《へんじ》をして|椅子《いす》に|腰《こし》をおろした。
カルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、あのまア|男《をとこ》らしうもない、|見《み》さげ|果《は》てたる|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》、|繊弱《かよわ》き|女《をんな》|一人《ひとり》を|相手《あひて》に|刃《やいば》を|抜《ぬ》かうとなさる|其《その》|卑怯《ひけふ》さ、|未練《みれん》さ、|妾《わらは》はゾツコン|嫌《いや》になつてしまひました。ホホホホホ、もし|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》、|下女《げぢよ》になつと|使《つか》つて|下《くだ》さいと|申《まを》したのは|表向《おもてむ》き、|何卒《どうぞ》|妾《わらは》を|宿《やど》の|妻《つま》としてイターナルに|愛《あい》して|下《くだ》さいませ』
|鬼春別《おにはるわけ》は|色男気取《いろをとこきどり》になり、
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、ても|扨《さ》ても|可愛《かあい》いものだな。|然《しか》し|乍《なが》ら|拙者《せつしや》にはヒルナ|姫《ひめ》と|云《い》ふ|尤物《いうぶつ》が|已に《すで》に|予約済《よやくずみ》なれば、|折角《せつかく》の|願《ねがひ》なれどもお|断《ことわ》り|申《まを》すより|道《みち》はない。ヒルナ|姫《ひめ》の|許《ゆる》しさへあれば、|其方《そなた》も|第二夫人《だいにふじん》として|連《つ》れてやらぬ|事《こと》もないがな』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、ヒルナ|姫《ひめ》の|顔《かほ》を|一寸《ちよつと》|覗《のぞ》いた。ヒルナ|姫《ひめ》は|故意《わざ》と|柳眉《りうび》を|逆立《さかだ》て|声《こゑ》を|尖《とが》らし、
ヒルナ|姫《ひめ》『これ|将軍様《しやうぐんさま》、|貴方《あなた》は|何《なん》とした|薄情《はくじやう》なお|方《かた》です。|妾《わらは》に|仰有《おつしや》つた|事《こと》は|皆《みな》|虚偽《きよぎ》で|厶《ござ》いましたな。|貴方《あなた》の|性質《せいしつ》はアマンジヤクだから|甲《かふ》の|女《をんな》にも|乙《おつ》の|女《をんな》にも|手《て》をおかけ|遊《あそ》ばすのでせう。|真《しん》の|恋愛《れんあい》は|一人対一人《いちにんたいいちにん》のもので|厶《ござ》いますよ。|斯《か》う|見《み》えても|妾《わらは》は|決《けつ》して|娼婦《しやうふ》ぢや|厶《ござ》いませぬから、カニパニズムの|様《やう》な|醜行《しうかう》は|御免《ごめん》|蒙《かうむ》りまする。|貴方《あなた》は|婦人《ふじん》に|対《たい》し|沈痛《ちんつう》なる|侮辱《ぶじよく》を|加《くは》へましたね』
|鬼春別《おにはるわけ》『ア、いやいや、さう|怒《おこ》つて|貰《もら》つちや|堪《たま》らない。あれはホンの|冗談《じようだん》だよ。お|前《まへ》の|側《そば》であの|様《やう》な|事《こと》が|云《い》へるか、よく|考《かんが》へて|見《み》よ。|流石《さすが》は|女《をんな》だな』
ヒルナ|姫《ひめ》『|仮《かり》にも|三軍《さんぐん》を|指揮《しき》する|御身《おんみ》を|以《もつ》て|冗談《じようだん》を|仰有《おつしや》ると|云《い》ふ|事《こと》がありますか。|左様《さやう》な|御戯談《ごぜうだん》を|仰有《おつしや》ると|軍隊《ぐんたい》のコンテネンスが|保《たも》たれますまい。どうして|部下《ぶか》をコントロールする|事《こと》が|出来《でき》ませうか。よくお|考《かんが》へなさいませ。|妾《わらは》は|仮《かり》にも|将軍様《しやうぐんさま》と|夫婦《ふうふ》にならうと|言挙《ことあ》げ|致《いた》しました|上《うへ》は|将軍様《しやうぐんさま》に|対《たい》し、|十分《じふぶん》の|御注意《ごちうい》を|申上《まをしあ》げる|権能《けんのう》が|具備《ぐび》して|居《を》りますよ』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、|賢明《けんめい》なるヒルナ|姫《ひめ》の|諫言《かんげん》により、いやもう|鬼春別《おにはるわけ》、|目《め》が|覚《さ》めた|様《やう》だ。|何《なん》と|其方《そなた》は|悧巧《りかう》な|女《をんな》だな』
ヒルナ|姫《ひめ》『カルナを|貴方《あなた》は|如何《どう》してもお|使《つか》ひなさるお|考《かんが》へですか』
|鬼春別《おにはるわけ》『さうだ。|頼《たの》まれた|以上《いじやう》は|無下《むげ》に|断《ことわ》る|訳《わけ》にも|行《ゆ》くまい。|下女《げぢよ》になつと|使《つか》つてやらうかな。|其方《そなた》も|腰元《こしもと》がなければ|不便《ふべん》だらうからな』
ヒルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》、|腰元《こしもと》なんか|要《い》りませぬ。|下女《げぢよ》の|仕事《しごと》も|皆《みな》|妾《わらは》が|致《いた》します。|女《をんな》と|云《い》つたら|牝猫《めんねこ》|一匹《いつぴき》でもお|側《そば》へ|置《お》きなさつたら|此《この》ヒルナが|承知《しようち》|致《いた》しませぬぞや』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、|何《なん》と|嫉妬深《しつとぶか》い|女《をんな》だな。|女《をんな》は|嫉妬《しつと》に|大事《だいじ》を|洩《も》らすとやら。チツトは|心得《こころえ》たが|宜《よ》からうぞや。|嫉妬《しつと》|程《ほど》|女《をんな》の|徳《とく》を|傷《きず》つけるものはないからのう』
ヒルナ|姫《ひめ》『|嫉妬《しつと》のない|様《やう》な|夫婦関係《ふうふくわんけい》ならば|真正《しんせい》の|愛《あい》では|厶《ござ》いませぬ。|嫉妬《しつと》せない|女《をんな》は|屹度《きつと》|外《ほか》に|何《なに》かがあるのですよ。|三角生活《さんかくせいくわつ》を|営《いとな》んでゐる|不貞腐《ふてくさ》れのやる|事《こと》です。|嫉妬《しつと》は|恋愛《れんあい》の|神聖《しんせい》を|表《あら》はすものです』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、お|面《めん》、お|小手《こて》、お|胴《どう》、お|突《つき》、と|手厳《てきび》しく|打込《うちこ》まれては|如何《いか》なる|英雄《えいゆう》も|退却《たいきやく》せざるを|得《え》ないわ。|何《なん》と|好男子《かうだんし》に|生《うま》れて|来《く》ると|気《き》の|揉《も》めるものだな。エヘヘヘヘ』
カルナ|姫《ひめ》『|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》、|貴方《あなた》が|何《なん》と|仰有《おつしや》いましても|妾《わらは》はお|後《あと》を|慕《した》ひます。|何卒《どうぞ》お|妾《めかけ》でも|宜《よろ》しいから|使《つか》つて|下《くだ》さいませ』
ヒルナ|姫《ひめ》『これカルナさま、お|前《まへ》さま、それ|丈《だ》け|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》にラブしてゐるならば|主人《しゆじん》の|妾《わらは》が|貴女《あなた》の|恋《こひ》を|横取《よこど》りしたと|云《い》はれては|片腹痛《かたはらいた》いから、|何卒《どうぞ》|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》の|正妻《せいさい》になつて|下《くだ》さい。|妾《わらは》は|寧《むし》ろ|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》の|正妻《せいさい》にして|頂《いただ》きまする』
と|両人《りやうにん》が|交互《たがひちがひ》に|腹《はら》を|合《あは》せて|両将軍《りやうしやうぐん》を|操《あやつ》る|腕《うで》の|凄《すご》さ。|両将軍《りやうしやうぐん》は|恋《こひ》の|虜《とりこ》となり|了《をは》り|眼《まなこ》を|血走《ちばし》らしてナイスの|争奪戦《さうだつせん》に|固唾《かたづ》を|呑《の》んでゐる。|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は|侍女《じぢよ》のカルナ|姫《ひめ》に|迄《まで》|肱鉄《ひぢてつ》を|噛《か》まされ、|男《をとこ》をさげ|自棄気味《やけぎみ》になつてゐた|所《ところ》へ、ヒルナ|姫《ひめ》が|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》の|正妻《せいさい》にして|頂《いただ》きませうと|云《い》つた|言葉《ことば》に、|百万《ひやくまん》の|援軍《ゑんぐん》を|得《え》た|様《やう》な|強味《つよみ》を|感《かん》じ、|直《ただち》に|得意《とくい》の|色《いろ》を|満面《まんめん》に|漲《みなぎ》らし、
|久米彦《くめひこ》『エツヘヘヘヘ、ヒルナ|姫殿《ひめどの》、|拙者《せつしや》も|将軍《しやうぐん》の|一人《ひとり》、|所望《しよまう》とならば|御請求《ごせいきう》に|応《おう》じませう。|人《ひと》には|添《そ》うて|見《み》よ、|馬《うま》には|乗《の》つて|見《み》よと|云《い》ふ|諺《ことわざ》も|厶《ござ》れば、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》の|如《ごと》き|箒木《はうき》さまに|身《み》を|任《まか》すよりも、|何程《なにほど》|貴方《あなた》は|幸福《かうふく》かも|知《し》れませぬぞ』
ヒルナ|姫《ひめ》『はい、|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。さう|願《ねが》へれば|誠《まこと》に|幸福《かうふく》で|厶《ござ》います。マリド・ラブの|真味《しんみ》は、|互《たがひ》に|意気《いき》の|疎通《そつう》した|間柄《あひだがら》でなくては、|完全《くわんぜん》と|云《い》ふ|事《こと》は|出来《でき》ませぬからね』
|鬼春別《おにはるわけ》はヒルナ|姫《ひめ》の|形勢《けいせい》が|何《なん》となく|変《へん》になつたので|又《また》もや|顔《かほ》を|顰《しか》め|出《だ》した。カルナ|姫《ひめ》は|故意《わざ》とに|怒《おこ》つた|様《やう》な|顔《かほ》をして、
カルナ|姫《ひめ》『もし、ヒルナ|様《さま》、|貴女《あなた》は|主人《しゆじん》だと|云《い》つても|妾《わらは》のラブを|横領《わうりやう》する|事《こと》は|出来《でき》ますまい。|妾《わらは》は|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》にあの|様《やう》な|事《こと》を|申《まを》しましたのは|決《けつ》して|真《しん》から|云《い》つたのぢや|厶《ござ》いませぬ。|一寸《ちよつと》|悋気《りんき》をして|拗《すね》て|見《み》たのですよ。もし|将軍様《しやうぐんさま》、|妾《わらは》と|貴方《あなた》は|先約《せんやく》が|厶《ござ》いますから、|何卒《どうぞ》ヒルナさまの|様《やう》な|方《かた》に|相手《あひて》にならない|様《やう》にして|下《くだ》さいませ』
|久米彦《くめひこ》は|二人《ふたり》の|女《をんな》に|揶揄《からかは》れてゐるのを|恋《こひ》に|逆上《のぼ》せた|目《め》からは|少《すこ》しも|気付《きづ》かず、|得意《とくい》になつて、
|久米彦《くめひこ》『ヘツヘヘヘヘ、アーア、|困《こま》つた|事《こと》だ。……|此方《こちら》|立《た》てれば|彼方《あちら》が|立《た》たぬ、|彼方《あちら》|立《た》てれば|此方《こちら》が|立《た》たぬ、|両方《りやうはう》|立《た》つれば|身《み》が|立《た》たぬ。……|好男子《かうだんし》と|云《い》ふものは|辛《つら》いものだなあ。もし|鬼春別《おにはるわけ》|殿《どの》、お|粗末《そまつ》|乍《なが》ら、|一旦《いつたん》|約束《やくそく》を|覆行《りかう》し、|拙者《せつしや》の|妻《つま》とカルナをした|上《うへ》、お|古《ふる》を|閣下《かくか》に|進上《しんじやう》しませうから|霊相応《みたまさうおう》と|喜《よろこ》んでお|受《う》け|召《め》され。エヘヘヘヘ、|之《これ》も|全《まつた》く|上官《じやうくわん》に|対《たい》する|拙者《せつしや》の|懇切《こんせつ》と|申《まを》すもの、よもや|不足《ふそく》は|厶《ござ》るまいな』
|鬼春別《おにはるわけ》は|閻魔《えんま》が|煙草《たばこ》の|脂《ず》を|飲《の》んだ|様《やう》な|顔《かほ》して、|巨眼《きよがん》を|瞠《みひら》き、|身慄《みぶる》ひし|乍《なが》ら、|剣《つるぎ》の|柄《つか》に|手《て》をかけ、|顔《かほ》を|真赤《まつか》に|染《そ》めて|殺気《さつき》を|漲《みなぎ》らしてゐる。
ヒルナ|姫《ひめ》『|久米彦《くめひこ》さま、|自惚《うぬぼれ》もいい|加減《かげん》になさいませ。|貴方《あなた》は|腰元《こしもと》のカルナで|結構《けつこう》ですよ、|妾《わらは》も|一寸《ちよつと》|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》の|恋愛《れんあい》の|程度《ていど》を|試《ため》す|為《ため》に|斯様《かやう》の|事《こと》を|申《まを》しました。|決《けつ》して|心中《しんちう》より、|誰《たれ》が|貴方《あなた》の|様《やう》なお|方《かた》に|秋波《しうは》を|送《おく》りませうか。お|生憎様《あいにくさま》、チツと|御面相《ごめんさう》と|御相談《ごさうだん》なさいませ。ねえ|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》、|貴方《あなた》と|久米彦《くめひこ》|様《さま》とを|比《くら》ぶれば|月《つき》と|鼈《すつぽん》、|雲《くも》と|泥《どろ》と|位《ぐらゐ》、|其《その》|人格《じんかく》が|違《ちが》つてゐますわね』
|鬼春別《おにはるわけ》は|忽《たちま》ち|顔《かほ》の|紐《ひも》を|解《と》き、ニコニコ|顔《がほ》に|変《かは》つて|了《しま》つた。|両将軍《りやうしやうぐん》の|面相《めんさう》は|二人《ふたり》の|女《をんな》に|自由自在《じいうじざい》に|翻弄《ほんろう》されて|秋《あき》の|空《そら》の|如《ごと》く|忽《たちま》ち|晴《はれ》となり、|忽《たちま》ち|時雨《しぐれ》となり、その|変転《へんてん》の|速《すみや》かさ、|恰《あだか》も|走馬灯《そうまとう》を|見《み》る|様《やう》であつた。
|鬼春別《おにはるわけ》『おい、ヒルナ|姫《ひめ》、|随分《ずいぶん》|其方《そなた》も|人《ひと》が|悪《わる》いぢやないか。|当時《たうじ》の|教育《けういく》を|受《う》けた|女《をんな》は|到底《たうてい》|一筋繩《ひとすぢなは》や|二筋繩《ふたすぢなは》ではおへないと|聞《き》いてはゐたが、|実《じつ》に|感心《かんしん》なものだな』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、|今時《いまどき》の|女《をんな》は、こんな|事《こと》は|宵《よひ》の|口《くち》で|厶《ござ》います。|妾《わらは》は|高竹寺女学校《かうちくじぢよがくかう》に|於《おい》ても|最《もつと》も|品行方正《ひんかうはうせい》と|謳《うた》はれた|淑女《しゆくぢよ》で|厶《ござ》いますよ。|嘘《うそ》と|思召《おぼしめ》すならば|学校《がくかう》へ|行《い》つて|妾《わらは》のメモアルを|調《しら》べて|来《き》て|下《くだ》さいませ。|行状録《ぎやうじやうろく》には……|品行方正《ひんかうはうせい》にして|優美《いうび》なり、|柔順《じうじゆん》にして|克《よ》く|友《とも》を|愛《あい》し、|人《ひと》と|親《した》しみ、|智慧《ちゑ》|晃々《くわうくわう》として|日月《じつげつ》の|如《ごと》く|輝《かがや》き|渡《わた》り、|目《め》は|玲瓏《れいろう》|玉《たま》の|如《ごと》く、|瞳孔《どうこう》より|一種《いつしゆ》|人《ひと》を|圧《あつ》するの|光《ひかり》を|放《はな》ち、|色《いろ》|飽迄《あくまで》|白《しろ》く、|耳《みみ》|尋常《じんじやう》に、|鼻《はな》は|顔《かほ》の|中央《まんなか》に|正《ただ》しく|位置《ゐち》を|保《たも》ち、|紅《くれなゐ》の|唇《くちびる》、|瑪瑙《めなう》の|歯並《はなみ》、|背《せ》は|高《たか》からず|低《ひく》からず、|皮膚《ひふ》|軟《やは》らかく|肉体《にくたい》の|曲線美《きよくせんび》は|天下《てんか》にその|比《ひ》を|見《み》ざるべし……とキツパリ|記《しる》してありますよ。ホホホホホ』
|鬼春別《おにはるわけ》『そら、さうだらう。|教育者《けういくしや》も|偉《えら》いものだな。よく|調《しら》べてゐるワイ。いや、もう|何《なに》も|弁解《べんかい》は|要《い》らぬ、|百聞《ひやくぶん》は|一見《いつけん》に|如《し》かずだ。|実物《じつぶつ》を|見《み》た|以上《いじやう》は|何《なん》にも|文句《もんく》はない。いざ|之《これ》より|其方《そなた》と|将来《しやうらい》の|相談《さうだん》を|致《いた》さう。|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、ここは|拙者《せつしや》の|事務室《じむしつ》、どうか|貴方《あなた》の|室《しつ》へお|帰《かへ》り|下《くだ》さい』
カルナ|姫《ひめ》『|最《もつと》も|愛《あい》する|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》、さア|帰《かへ》りませう。|何程《なにほど》ヒルナ|様《さま》が|妾《わらは》の|主人《しゆじん》だつて、|容貌《きれう》が|佳《よ》いといつても、あまり|羨《うらや》むには|及《およ》びませぬ。|本当《ほんたう》の|心《こころ》と|心《こころ》との|夫婦《ふうふ》でなければ|駄目《だめ》ですからね』
としなだれかかる。|久米彦《くめひこ》は、
|久米彦《くめひこ》『ウン、よし、そんなら|帰《かへ》らう』
カルナ|姫《ひめ》『さアおじや』
と|睦《むつま》じげに|手《て》を|洩《ひ》いて|吾《わが》|事務室《じむしつ》に|帰《かへ》り|行《ゆ》く。スパール、エミシの|二人《ふたり》は|逸早《いちはや》く|軍務《ぐんむ》|監督《かんとく》の|為《た》めに、|此《この》|悶錯《もんさく》の|一段落《いちだんらく》を|告《つ》げたのを|見《み》て|出《い》でて|行《ゆ》く。
(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 北村隆光録)
第一四章 |女《をんな》の|力《ちから》〔一三七七〕
|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は、|不性不精《ふしようぶしよう》ながらもカルナ|姫《ひめ》を|吾《わが》|事務室《じむしつ》に|引入《ひきい》れ、|葡萄酒《ぶだうしゆ》を|出《だ》して|互《たがひ》につぎ|交《かは》し、|軍旅《ぐんりよ》の|憂《う》さを|慰《なぐさ》めて|居《ゐ》る。|総《すべ》て|陣中《ぢんちう》は|女《をんな》の|影《かげ》|無《な》きをもつて、|如何《いか》なるお|多福《かめ》と|雖《いへど》も、|女《をんな》と|云《い》へば|軍人《ぐんじん》は|喉《のど》を|鳴《な》らし、|唯一《ゆゐいつ》の|慰安《ゐあん》として|尊重《そんちよう》するものである。|久米彦《くめひこ》はヒルナ|姫《ひめ》と|見較《みくら》べてこのカルナがどこともなく|劣《おと》つて|居《を》るやうに|思《おも》ひ、|何《なん》だか|鬼春別《おにはるわけ》に|負《ひけ》を|取《と》つたやうな|心持《こころもち》がして、|女《をんな》の|争奪《さうだつ》に|抜剣《ばつけん》|迄《まで》して|大騒《おほさわ》ぎをやつて|居《ゐ》たが、|事務室《じむしつ》に|帰《かへ》つて|来《き》て|二人《ふたり》|差向《さしむか》ひ、|互《たがひ》に|意見《いけん》を|語《かた》り|合《あ》つて|見《み》ると、|贔屓《ひいき》か|知《し》らねども|別《べつ》にヒルナ|姫《ひめ》と|何処《どこ》が|一《ひと》つ|劣《おと》つたやうにも|見《み》えない、|否《いな》|却《かへつ》て|優《やさし》みがあり|品格《ひんかく》が|備《そな》はり、どこともなく|優《すぐ》れて|居《ゐ》るやうに|思《おも》はれて|来《き》た。|久米彦《くめひこ》は|現《うつつ》になつて|穴《あな》のあく|程《ほど》カルナの|優《やさ》しき|顔《かほ》を|凝視《みつ》め|笑壺《ゑつぼ》に|入《い》つて|居《ゐ》る。
カルナ|姫《ひめ》『もし|将軍様《しやうぐんさま》、|不思議《ふしぎ》な|御縁《ごえん》で|貴方《あなた》のお|傍《そば》にお|仕《つか》へするようになりましたのは、|全《まつた》く|神様《かみさま》のお|引《ひ》き|合《あは》せで|厶《ござ》いませうねえ』
|久米彦《くめひこ》『ウン、さうだなア、お|前《まへ》のやうな|愛《あい》らしいナイスとこんな|関係《くわんけい》になるとは、|遉《さすが》の|俺《おれ》も|夢《ゆめ》にも|思《おも》はなかつたよ。|実《じつ》にお|前《まへ》は|平和《へいわ》の|女神《めがみ》だ、|唯一《ゆゐいつ》の|慰安者《ゐあんしや》だ。|否々《いないな》|唯一《ゆゐいつ》の|救世主《きうせいしゆ》だ。|益良雄《ますらを》の|心《こころ》を|生《い》かし|輝《かがや》かし、|英雄《えいゆう》をして|益々《ますます》|英雄《えいゆう》ならしむるものは、|矢張《やつぱり》|女性《ぢよせい》の|力《ちから》だ』
カルナ|姫《ひめ》『|何《なん》と|云《い》つても|女《をんな》は|気《き》の|弱《よわ》いもので|厶《ござ》います。どうしても|男《をとこ》には|隷属《れいぞく》すべきものですなア。|何程《なにほど》|恋愛神聖論《れんあいしんせいろん》をまくし|立《た》てて|居《を》つても、|男《をとこ》の|力《ちから》にはやつぱり|女《をんな》は|一歩《いつぽ》を|譲《ゆづ》らなくてはなりませぬわ。|併《しか》し|乍《なが》ら|女《をんな》は|男子《だんし》に|服従《ふくじゆう》すべきものだと|云《い》つても|程度《ていど》の|問題《もんだい》で|厶《ござ》いまして、|理想《りさう》の|合《あ》はない|男《をとこ》に|添《そ》ふのは|生涯《しやうがい》の|不幸《ふかう》で|厶《ござ》いますからな、どうかして|自分《じぶん》の|意志《いし》とピツタリ|合《あ》つた|男《をとこ》と|添《そ》ひたいものと、|現代《げんだい》の|女《をんな》は|挙《こぞ》つて|希望《きばう》|致《いた》して|居《を》ります』
|久米彦《くめひこ》『|如何《いか》にも|其方《そなた》の|云《い》ふ|通《とほ》りだ。|男《をとこ》のデヴアイン・イドムは|女《をんな》のデヴアイン・ラブに|和合《わがふ》し、|女《をんな》の|聖愛《せいあい》は|男《をとこ》の|聖智《せいち》と|和合《わがふ》した|夫婦《ふうふ》でなければ、|真《しん》の|夫婦《ふうふ》とは|云《い》へないものだ』
カルナ|姫《ひめ》『|左様《さやう》で|厶《ござ》います。|意志《いし》|投合《とうがふ》した|夫婦《ふうふ》|位《くらゐ》|世《よ》の|中《なか》に|愉快《ゆくわい》なものは|厶《ござ》いませぬなア。|時《とき》に|将軍様《しやうぐんさま》は|戦争《せんそう》がお|好《す》きで|厶《ござ》いますか』
|久米彦《くめひこ》『イヤ|戦争《せんそう》の|如《ごと》き|殺伐《さつばつ》なものは|心《こころ》の|底《そこ》から|好《す》かないのだ』
カルナ|姫《ひめ》『それならお|尋《たづ》ね|致《いた》しますが、|将軍様《しやうぐんさま》は|何故《なぜ》|心《こころ》にない|軍人《ぐんじん》におなり|遊《あそ》ばしたので|厶《ござ》います。|其《その》|点《てん》が|妾《わらは》には|些《ちつ》とも|合点《がてん》が|参《まゐ》りませぬわ』
|久米彦《くめひこ》『イヤ|実《じつ》は|拙者《せつしや》もバラモン|教《けう》の|宣伝将軍《せんでんしやうぐん》で、|神《かみ》の|仁慈《じんじ》の|教《をしへ》を|説《と》くものだ。|此《この》|度《たび》|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|命令《めいれい》によつて、|止《や》むを|得《え》ず|出陣《しゆつぢん》|致《いた》したのだ。|実《じつ》に|軍人《ぐんじん》なんぞはつまらないものだよ』
カルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》は|今《いま》|宣伝使《せんでんし》だつたと|仰《おほ》せられましたねえ』
|久米彦《くめひこ》『ウン|其《その》|通《とほ》りだ』
カルナ|姫《ひめ》『それなら|貴方《あなた》は|人《ひと》を|助《たす》けるのをもつて|唯一《ゆゐいつ》の|天職《てんしよく》と|遊《あそ》ばすのでせうねえ』
|久米彦《くめひこ》『それや|其《その》|通《とほ》りだ。|斯《か》うして|戦争《せんそう》を|致《いた》すのも|決《けつ》して|民《たみ》を|苦《くる》しむるためではない、|天国《てんごく》|浄土《じやうど》を|地上《ちじやう》に|建設《けんせつ》せむためだ』
カルナ|姫《ひめ》『それでも|貴方《あなた》の|率《ひき》ゆる|軍隊《ぐんたい》は|民家《みんか》を|焼《や》き|人《ひと》を|殺戮《さつりく》し、ビクトリヤ|城《じやう》|迄《まで》も|滅《ほろぼ》し、|王様《わうさま》を|虜《とりこ》となさつたではありませぬか。ミロクの|世《よ》を|建設《けんせつ》する|所《どころ》か、|妾《わらは》の|浅《あさ》き|考《かんが》へより|見《み》れば|貴方《あなた》は|破壊者《はくわいしや》としか|見《み》えませぬがなア』
|久米彦《くめひこ》『アハハハ、|建設《けんせつ》のための|破壊《はくわい》だ。|破壊《はくわい》のための|破壊《はくわい》ではない。そこをよく|考《かんが》へねば|英雄《えいゆう》の|心事《しんじ》は|分《わか》らないよ』
カルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》のお|言葉《ことば》が|果《はた》して|真《しん》ならば、ビクトリヤ|城《じやう》を|一旦《いつたん》|破壊《はくわい》されたる|上《うへ》は|又《また》|建設《けんせつ》なさるのでせうなア』
|久米彦《くめひこ》『|尤《もつと》もだ、|直様《すぐさま》|建設《けんせつ》を|試《こころ》み、|国民《こくみん》を|塗炭《とたん》の|苦《くる》しみより|救《すく》ひ、|至治泰平《しちたいへい》の|世《よ》を|来《き》たす|考《かんが》へだ』
カルナ|姫《ひめ》『そんなら|貴方《あなた》は、ビクトリヤ|城《じやう》の|刹帝利《せつていり》や|従臣《じうしん》などを|捕虜《ほりよ》になさつたさうですが、|戦《たたか》ひが|治《をさ》まつた|以上《いじやう》は|屹度《きつと》|解放《かいはう》なさるでせうなア』
|久米彦《くめひこ》『|勿論《もちろん》の|事《こと》だ。|併《しか》し|乍《なが》ら|刹帝利《せつていり》|其《その》|他《ほか》の|従臣《じゆうしん》を|生《い》かして|置《お》けば、|又《また》もや|何時《いつ》|復讐戦《ふくしうせん》を|致《いた》すやら|知《し》れないから、|気《き》の|毒《どく》|乍《なが》ら|王《わう》を|遠島《ゑんたう》に|送《おく》るか、|末代《まつだい》|牢獄《らうごく》に|放《ほ》り|込《こ》むか|致《いた》さねばなるまい、これも|天下万民《てんかばんみん》の|為《ため》だ』
カルナ|姫《ひめ》はハツと|驚《おどろ》いたやうな|振《ふ》りをして【ウン】と|仰向《あふむ》けに|倒《たふ》れて|仕舞《しま》つた。|久米彦《くめひこ》は|驚《おどろ》いて|抱《だ》き|起《おこ》し|顔《かほ》に|水《みづ》を|注《そそ》いだり、|耳許《みみもと》に|口《くち》をよせて、オーイ オーイと|呼《よ》びかけて|居《ゐ》る。カルナ|姫《ひめ》は|故意《わざ》と|息《いき》の|止《と》まつて|居《ゐ》るやうな|振《ふり》を|装《よそほ》ひ、|暫《しばら》くして|目《め》を|開《ひら》き|四辺《あたり》をキヨロキヨロ|見廻《みまは》し|乍《なが》ら、
カルナ|姫《ひめ》『アア|偉《えら》い|夢《ゆめ》を|見《み》て|居《を》りました。|貴方《あなた》は|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》、ようマア|無事《ぶじ》で|居《ゐ》て|下《くだ》さいました。|妾《わらは》は|本当《ほんたう》に|怖《こは》い|夢《ゆめ》を|見《み》たのですよ』
|久米彦《くめひこ》はこの|言葉《ことば》が|何《なん》だか|気《き》にかかり、|言葉《ことば》|急《せ》はしくカルナに|向《むか》ひ、
|久米彦《くめひこ》『ああカルナ|姫《ひめ》、お|前《まへ》は|気絶《きぜつ》して|居《ゐ》たのだよ。まアまア|結構《けつこう》|々々《けつこう》、|併《しか》し|乍《なが》ら|怖《こは》い|夢《ゆめ》を|見《み》たとはどんな|夢《ゆめ》だつた、|一《ひと》つ|聞《き》かして|呉《く》れないか』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ、|申上《まをしあ》げ|度《た》きは|山々《やまやま》なれど、|夢《ゆめ》の|事《こと》で|厶《ござ》いますから、お|気《き》を|悪《わる》くしてはなりませぬから、これ|計《ばか》りは|申上《まをしあ》げますまい』
|久米彦《くめひこ》『これカルナ|姫《ひめ》、さうじらすものではない。|何《なん》でも|構《かま》はないから|云《い》つて|見《み》よ』
カルナ|姫《ひめ》『キツトお|気《き》にさへて|下《くだ》さいますなや、|夢《ゆめ》で|厶《ござ》いますからな』
|久米彦《くめひこ》『エエどうしてどうして|夢《ゆめ》なんかを|気《き》にさへるやうな|馬鹿《ばか》があるか、|早《はや》く|云《い》つて|見《み》よ』
カルナ|姫《ひめ》『そんなら|申上《まをしあ》げます、|妾《わらは》が|気絶《きぜつ》|致《いた》しましてから|随分《ずいぶん》|時間《じかん》が|経《た》つたでせうなア』
|久米彦《くめひこ》『|何《なに》、|今《いま》お|前《まへ》が|卒倒《そつたう》したので|直様《すぐさま》、|水《みづ》をかけて|介抱《かいほう》したのだ。|先《ま》づ|二分《にぶん》か|三分間《さんぷんかん》|位《くらゐ》のものだよ』
カルナ|姫《ひめ》『そんな|道理《だうり》は|厶《ござ》いますまい、|妾《わらは》は|少《すくな》くとも、|五六時間《ごろくじかん》はかかつたやうに|思《おも》ひます』
|久米彦《くめひこ》『それやお|前《まへ》、|気絶《きぜつ》してお|前《まへ》の|精霊《せいれい》が|霊界《れいかい》に|行《い》つたのだらう。|霊界《れいかい》は|想念《さうねん》の|世界《せかい》だから、|延長《えんちやう》の|作用《さよう》によつて|五六時間《ごろくじかん》だつたと|思《おも》うたのだらう。|実際《じつさい》は|二三分間《にさんぷんかん》だ。サア|早《はや》う|云《い》つて|見《み》やれ』
カルナ|姫《ひめ》『|妾《わらは》は|何処《どこ》ともなく|雑草《ざつさう》の|原野《げんや》を|唯《ただ》|一人《ひとり》トボトボ|参《まゐ》りました。さうすると|天《あめ》の|八衢《やちまた》と|云《い》ふ|関所《せきしよ》が|厶《ござ》いまして、そこには|白《しろ》い|顔《かほ》をした|守衛《しゆゑい》と、|赤《あか》い|顔《かほ》をした|守衛《しゆゑい》とが|厳然《げんぜん》として|目《め》を|光《ひか》らして|居《を》りました。そこへ|不思議《ふしぎ》な|事《こと》には|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》、|貴方様《あなたさま》の|御両人《ごりやうにん》が|軍服《ぐんぷく》|厳《いか》めしくお|越《こ》しになり、|八衢《やちまた》の|門《もん》を|潜《くぐ》らうとなさつた|時《とき》に、|赤《あか》の|守衛《しゆゑい》は「|暫《しばら》く|待《ま》て」と|呼止《よびと》めました。さうすると|両将軍《りやうしやうぐん》は|立《た》ち|止《ど》まり、「|拙者《せつしや》はバラモン|軍《ぐん》の|統率者《とうそつしや》、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》だ、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》だ」と、|夫《それ》は|夫《それ》は|偉《えら》い|元気《げんき》で|仰《おほ》せになりました。さうする|中《うち》に|牛頭馬頭《ごづめづ》の|沢山《たくさん》の|冥官《めいくわん》が|現《あら》はれ|来《きた》り、|貴方《あなた》|方《がた》を|高手小手《たかてこて》に|縛《いまし》め|一々《いちいち》|罪悪《ざいあく》の|調《しらべ》を|致《いた》しました。|妾《わらは》は|其《その》|傍《そば》で|慄《ふる》ひ|慄《ふる》ひ|聞《き》いて|居《ゐ》ると、|先《ま》づ|貴方様《あなたさま》から|訊問《じんもん》が|始《はじ》まりました。|貴方《あなた》も|随分《ずいぶん》|女《をんな》を|弄《もてあそ》びなさいましたなア。さうして|斎苑《いそ》の|館《やかた》へ|進軍《しんぐん》なさつた|事《こと》や、ビクトリヤ|王《わう》を|軍隊《ぐんたい》を|向《む》けて|捕虜《ほりよ》となし|苦《くるし》めたことや、|数多《あまた》の|従臣《じゆうしん》を|縛《しば》り|上《あ》げ|苦《くる》しめた|事《こと》や、|民家《みんか》を|焼《や》き、|且《か》つ|人《ひと》を|殺《ころ》しなさつた|事《こと》が|調《しら》べ|上《あ》げられましたよ。|貴方《あなた》は|一々《いちいち》「|其《その》|通《とほ》りで|厶《ござ》います」と、|大地《だいち》に|頭《かしら》を|下《さ》げ|詫《わ》び|入《い》つて|居《を》られました。|怖《おそ》ろしい|顔《かほ》をした|冥官《めいくわん》は、|節《ふし》だらけの|鞭《むち》をもつて|頭部《とうぶ》、|面部《めんぶ》、|臀部《でんぶ》の|嫌《きら》ひなく、|打《う》ち|据《す》ゑます、|貴方《あなた》は、|悲鳴《ひめい》をあげて|叫《さけ》んで|居《を》られます。それはそれは|何《なん》とも|云《い》はれない|惨酷《むごたらし》い|目《め》に|遇《あ》はされて|居《ゐ》ましたよ。それから|衡《はかり》にかけられ、|愈《いよいよ》|地獄行《ぢごくゆき》と|定《きま》つた|時《とき》の|貴方《あなた》の|失望《しつばう》したお|顔《かほ》、|私《わたし》は|見《み》るも|御気《おき》の|毒《どく》に|存《ぞん》じました。さうすると|白《しろ》の|守衛《しゆゑい》が|仲《なか》に|入《はい》つて、「この|男《をとこ》は|今《いま》|迄《まで》|罪悪《ざいあく》を|犯《おか》して|来《き》たけれど、|肉体《にくたい》はまだ|現界《げんかい》に|居《ゐ》るのだから、|今《いま》|地獄《ぢごく》に|堕《おと》す|訳《わけ》には|往《ゆ》かぬ。|命数《めいすう》つきて|霊界《れいかい》に|来《く》るまで|待《ま》つがよい」との|事《こと》で|厶《ござ》いました。そこで|貴方《あなた》は|非常《ひじやう》に|冥官《めいかん》に|向《むか》つてお|詫《わび》なさいました。そして|其《その》|条件《でうけん》は「ビクトリヤ|王《わう》をお|助《たす》け|申《まを》し、|其《その》|他《た》の|従臣《じゆうしん》を|解放《かいはう》し、|刹帝利様《せつていりさま》を|元《もと》の|王位《わうゐ》に|据《す》ゑ、|自分《じぶん》はビクトリヤ|王《わう》の|忠良《ちうりやう》なる|臣下《しんか》として|仕《つか》へますから」と|仰有《おつしや》いましたら、|冥官《めいくわん》は|忽《たちま》ち|顔《かほ》を|柔《やはら》げ、「|汝《なんぢ》|果《はた》して|改心《かいしん》|致《いた》すならば、|今度《こんど》|来《く》る|時《とき》|地獄往《ぢごくゆ》きを|赦《ゆる》して、|花《はな》|咲《さ》き|実《みの》る|天国《てんごく》に|遣《つか》はす|程《ほど》に、もしこの|約《やく》に|背《そむ》いたならば|剣《つるぎ》の|地獄《ぢごく》に|落《おと》すぞよ」と、|夫《それ》は|夫《それ》は|厳《きび》しい|云《い》ひ|渡《わた》しで|厶《ござ》いました。|私《わたし》は|身《み》も|世《よ》もあられぬ|思《おも》ひで|慄《ふる》ひ|戦《をのの》いて|居《ゐ》ると、どこともなしに|貴方《あなた》の|声《こゑ》が|遠《とほ》い|遠《とほ》い|方《はう》から|聞《きこ》えて|来《き》たと|思《おも》つたら|目《め》が|醒《さ》めました。やつぱり|夢《ゆめ》で|厶《ござ》いました。|何《なん》と|不思議《ふしぎ》な|夢《ゆめ》では|厶《ござ》いませぬか』
|久米彦《くめひこ》『|何《なん》と|不思議《ふしぎ》な|事《こと》を|云《い》ふぢやないか、|自分《じぶん》の|精霊《せいれい》は|何時《いつ》の|間《ま》にか|八衢《やちまた》に|往《い》つて|居《ゐ》たと|見《み》える。いやそれが|事実《じじつ》かも|知《し》れない、|困《こま》つた|事《こと》ぢやなア』
カルナ|姫《ひめ》『どうぞ|気《き》にして|下《くだ》さいますな、|夢《ゆめ》の|事《こと》で|厶《ござ》いますからな、|併《しか》しあんな|事《こと》が|本当《ほんたう》なら|最愛《さいあい》の|夫《をつと》の|身《み》の|上《うへ》、|悲《かな》しい|事《こと》で|厶《ござ》います』
と|目《め》に|袖《そで》を|当《あ》て|差俯向《さしうつむ》いて|泣《な》き|出《だ》した。|久米彦《くめひこ》は|双手《もろて》を|組《く》み|深《ふか》い|息《いき》を|洩《も》らし|思案《しあん》に|暮《く》れて|居《ゐ》る。カルナは|心中《しんちう》に|仕《し》|済《す》ましたりと|喜《よろこ》びながら|左《さ》あらぬ|態《てい》に、
カルナ|姫《ひめ》『もし|将軍様《しやうぐんさま》、|貴方《あなた》は|大層《たいそう》お|顔《かほ》の|色《いろ》が|悪《わる》くなつたぢや|厶《ござ》いませぬか、|妾《わらは》の|夢《ゆめ》の|中《なか》で|見《み》たお|顔《かほ》とそつくりで|厶《ござ》います。|仕様《しやう》もない|夢《ゆめ》の|事《こと》を|申上《まをしあげ》まして、|御気分《ごきぶん》を|悪《わる》くしてどうも|相済《あひす》みませぬ。お|許《ゆる》し|下《くだ》さいませ』
と|又《また》もや|泣声《なきごゑ》になる。
|久米彦《くめひこ》『イヤ|俺《おれ》も|些《ちつ》と|考《かんが》へなくちやならぬ。お|前《まへ》の|夢《ゆめ》はきつと|正夢《まさゆめ》だ。あまり|勢《いきほひ》に|乗《じやう》じて、|部下《ぶか》の|奴《やつ》が|余《あま》り|乱暴《らんばう》をやり|過《す》ぎたと|見《み》える。|併《しか》し|部下《ぶか》の|罪悪《ざいあく》は|将軍《しやうぐん》の|責任《せきにん》だ。|罪《つみ》は|将軍《しやうぐん》が|負《お》はねばならぬ。|困《こま》つた|事《こと》ぢやなア』
カルナはどこ|迄《まで》も|気《き》を|引《ひ》くつもりで、
カルナ|姫《ひめ》『もし|将軍様《しやうぐんさま》、|貴方《あなた》は|堂々《だうだう》たる|三軍《さんぐん》の|指揮者《しきしや》、かやうな|夢問題《ゆめもんだい》に|御心配《ごしんぱい》なさるには|及《およ》びますまい、|将軍《しやうぐん》は|職責《しよくせき》として|或《ある》|場合《ばあひ》には|民家《みんか》を|焼《や》き、|人《ひと》を|殺《ころ》し、|城《しろ》を|屠《ほふ》るのは|止《や》むを|得《え》ないぢや|厶《ござ》いませぬか。こんな|事《こと》に|心配《しんぱい》しておいでなさつては、|将軍《しやうぐん》として|役目《やくめ》が|勤《つと》まりますまい』
|久米彦《くめひこ》『お|前《まへ》は|夢《ゆめ》を|見《み》てから|俄《にはか》に|鼻息《はないき》が|荒《あら》くなつたぢやないか、|妙《めう》だなア。|俺《おれ》はお|前《まへ》の|話《はなし》を|聞《き》いて|俄《にはか》に|未来《みらい》が|怖《おそ》ろしくなつた。これや|一《ひと》つ|考《かんが》へねばなるまい、|併《しか》し|乍《なが》ら|吾《わが》|頭《あたま》の|上《うへ》には|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》が|控《ひか》へて|居《ゐ》る。|何程《なにほど》|久米彦《くめひこ》が|善《ぜん》に|立《た》ちかへり、|刹帝利《せつていり》を|助《たす》けむと|致《いた》しても、|上官《じやうくわん》が|首《くび》を|横《よこ》に|振《ふ》つたが|最後《さいご》、|到底《たうてい》|駄目《だめ》だ。ああ|引《ひ》くに|引《ひ》かれぬ|板挟《いたばさ》みとなつた。どうしたら|此《この》|解決《かいけつ》がつくだらうかなア』
と|又《また》もや|思案《しあん》に|沈《しづ》む。
カルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》さう|御心配《ごしんぱい》には|及《およ》ばぬぢや|厶《ござ》いませぬか、|御決心《ごけつしん》さへ|定《き》まればその|位《くらゐ》の|事《こと》は|何《なん》でも|厶《ござ》いますまい。|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》は|妾《わらは》の|主人《しゆじん》を|妻《つま》に|持《も》つて|居《を》られますから、|妾《わらは》よりヒルナ|様《さま》に|申上《まをしあ》げ、ヒルナ|様《さま》より|将軍様《しやうぐんさま》に|申上《まをしあ》げるようにすれば、|比較的《ひかくてき》この|問題《もんだい》は|解決《かいけつ》が|早《はや》いでせう。それより|外《ほか》|方法《はうはふ》は|厶《ござ》いますまいなア』
と|心配《しんぱい》さうに|故意《わざ》と|首《くび》を|傾《かたむ》ける。
|久米彦《くめひこ》『|遉《さすが》はカルナ|姫《ひめ》だ。よい|所《ところ》に|気《き》がついた。そんならこの|問題《もんだい》は|其方《そなた》に|一任《いちにん》する|事《こと》にしようかなア。|併《しか》し|乍《なが》ら|拙者《せつしや》は|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》と|何処《どこ》ともなしに|意志《いし》が|疎隔《そかく》して|居《を》る|最中《さいちう》だから、|何程《なにほど》ヒルナ|様《さま》の|諫言《かんげん》と|雖《いへど》も|容易《ようい》に|聞《き》くまい。ああ|心配《しんぱい》な|事《こと》が|出来《でき》て|来《き》たものだなア』
カルナは|久米彦《くめひこ》の|顔《かほ》を|見《み》て、|稍《やや》|嬉《うれ》し|気《げ》に|打笑《うちわら》ひ、
カルナ|姫《ひめ》『アア|貴方《あなた》のお|顔《かほ》は|俄《にはか》に|輝《かがや》いて|来《き》ました。|何《なん》とまアよいお|顔《かほ》だこと、やつぱり|貴方《あなた》の|霊《みたま》に|光《ひかり》が|顕《あらは》れて|来《き》たので|厶《ござ》いますなア。|人間《にんげん》の|顔《かほ》は|心《こころ》の|索引《さくいん》だと|云《い》ひますから、|心《こころ》に|悪心《あくしん》あれば|悪相《あくさう》を|生《しやう》じ、|善心《ぜんしん》あれば、|善美《ぜんび》の|相《さう》を|現《げん》ずるものだと|聞《き》きましたが、|今《いま》|貴方《あなた》のお|顔《かほ》の|変相《へんさう》によつて、|的確《てきかく》に|聖哲《せいてつ》の|言葉《ことば》を|認識《にんしき》|致《いた》しました。ああ|益々《ますます》|麗《うるは》しきお|顔《かほ》になられますよ。ああどうして|妾《わらは》はかかる|尊《たふと》い|美《うつく》しい|夫《をつと》に|添《そ》うたのだらうか、|盤古神王様《ばんこしんのうさま》、|大自在天《だいじざいてん》|様《さま》、|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます。|何卒《なにとぞ》|妾等《わらはら》|夫婦《ふうふ》を|貴神《あなた》の|鎮《しづ》まります|高天原《たかあまはら》に、|霊肉《れいにく》|共《とも》にお|助《たす》け|下《くだ》さいまして、|現世《げんせ》も|未来《みらい》も、|久米彦《くめひこ》|様《さま》と|睦《むつま》じく|暮《くら》せますやう|偏《ひとへ》にお|願《ねが》ひ|申上《まをしあ》げます』
と|誠《まこと》しやかに|祈願《きぐわん》する。|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》はすつかりカルナ|姫《ひめ》の|容色《ようしよく》と|弁舌《べんぜつ》に|巻込《まきこ》まれ、|最早《もはや》|何事《なにごと》もカルナ|姫《ひめ》の|言《げん》とあれば、|利害得失《りがいとくしつ》を|考《かんが》へず、|正邪《せいじや》の|区別《くべつ》も|弁《わきま》へず、|喜《よろこ》んで|聴従《ちやうじう》するやうになつて|来《き》た。|実《じつ》に|女《をんな》の|魔力《まりよく》と|云《い》ふものは|怖《おそ》るべきものである。|武骨一片《ぶこついつぺん》のバラモンの|名将軍《めいしやうぐん》も、|美人《びじん》の|一瞥《いちべつ》に|会《あ》つては|実《じつ》に|一耐《ひとたま》りもなく|参《まゐ》つて|仕舞《しま》うたのである。ああ|男子《だんし》たるものは|心《こころ》を|潜《ひそ》めて、|女《をんな》に|注意《ちうい》せなくてはならぬものである。|女《をんな》は|俗《ぞく》に|魔物《まもの》と|云《い》ふ、|金城鉄壁《きんじやうてつぺき》をただ|片頬《かたほほ》の|靨《ゑくぼ》に|覆《くつが》へし、|柳《やなぎ》の|眉《まゆ》、|鈴《すず》の|眼《まなこ》に|田畑《たはた》を|呑《の》み、|家倉《いへくら》を|跳《は》ね|飛《と》ばし、|男《をとこ》の|命《いのち》を|取《と》り、さしもに|威儀堂々《ゐぎだうだう》たる|将軍《しやうぐん》を|初《はじ》め、|数千《すうせん》の|軍隊《ぐんたい》の|必死《ひつし》の|努力《どりよく》も、|容易《ようい》にメチヤメチヤに|壊《こは》すものである。|世《よ》の|青年《せいねん》|諸氏《しよし》よ、|敬愛《けいあい》なる|大本《おほもと》の|信徒《しんと》よ、|此《この》|物語《ものがたり》を|読《よ》んでよく|顧《かへり》み、|虚偽的《きよぎてき》|恋愛《れんあい》に|身心《しんしん》を|蘯《とろ》かし、|一生《いつしやう》を|誤《あやま》る|事《こと》なきやう|注意《ちうい》されむ|事《こと》を|望《のぞ》む|次第《しだい》である。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於教主殿 加藤明子録)
第一五章 |白熱化《はくねつくわ》〔一三七八〕
|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》はヒルナ|姫《ひめ》と|共《とも》に、|頗《すこぶ》る|上機嫌《じやうきげん》で|喋々喃々《てふてふなんなん》と|雲雀《ひばり》のやうに|囀《さへづ》り|乍《なが》ら、|葡萄酒《ぶだうしゆ》を|傾《かたむ》け、|舌鼓《したつづみ》を|打《う》つてゐる。
|鬼春別《おにはるわけ》『アイヤ、ヒルナ|姫殿《ひめどの》、|其方《そなた》は|拙者《せつしや》を|嫌《きら》ひだと|申《まを》し、|非常《ひじやう》に|恥《はぢ》をかかし、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》に|非常《ひじやう》な|秋波《しうは》を|送《おく》つたぢやないか。さう|秋《あき》の|空《そら》の|様《やう》にクレクレと|心《こころ》が|変《かは》る|女《をんな》は、|心《こころ》を|許《ゆる》して|信用《しんよう》する|事《こと》が|出来《でき》ないぢやないか。|本当《ほんたう》に|飛切《とびき》り|上等《じやうとう》のお|侠《きやん》だね』
ヒルナ|姫《ひめ》『そらさうですとも さうですとも、|貴方《あなた》の|御心《おこころ》が|御心《おこころ》ですもの、|何時《いつ》|何方《どちら》へ|尻《しり》を|向《む》けらるるか、|険難《けんのん》でたまりませぬから、|恥《はぢ》をかかされない|内《うち》に|一寸《ちよつと》|予防線《よばうせん》を|張《は》つて|見《み》たのですよ。|妙齢《めうれい》のナイスがこんな|処《ところ》へ|出《で》て|来《き》て|男《をとこ》に|恥《はぢ》をかかされては、|両親《りやうしん》の|名折《なをれ》ですからね』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、お|前《まへ》は|中々《なかなか》|隅《すみ》にはおけない|代物《しろもの》だ。|男女《だんぢよ》の|道《みち》にかけては|徹底的《てつていてき》に|抜目《ぬけめ》のない|姫様《ひめさま》ぢやなア。|千変万化《せんぺんばんくわ》|秘術《ひじゆつ》を|尽《つく》して|戦陣《せんぢん》に|臨《のぞ》む、|流石《さすが》の|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》も、お|前《まへ》の|辣腕《らつわん》には|舌《した》を|巻《ま》いたよ。|本当《ほんたう》に|偉《えら》いものだなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、|一進一退《いつしんいつたい》|秘術《ひじゆつ》を|尽《つく》すのが|恋愛戦《れんあいせん》の|奥義《おくぎ》で|厶《ござ》いますからね』
|鬼春別《おにはるわけ》『|何《なん》だか|知《し》らないが、お|前《まへ》の|天稟《てんぴん》の|美貌《びばう》と|云《い》ひ、その|優《やさ》しい|声《こゑ》と|云《い》ひ、|雨後《うご》の|海棠《かいだう》か、|露《つゆ》を|帯《お》びた|白梅《しらうめ》の|花《はな》か、|咲《さ》き|誇《ほこ》つたダリヤか、|牡丹《ぼたん》か|芍薬《しやくやく》か、|形容《けいよう》し|難《がた》いそのスタイルには、|三軍《さんぐん》を|叱咤《しつた》する|勇将《ゆうしやう》も、|旗《はた》を|巻《ま》き|矛《ほこ》を|逆《さか》しまにして|降伏《かうふく》せなくちやならなくなつて|来《く》るわ、ハハハハハ』
ヒルナ|姫《ひめ》『ようマア、ソンナ|事《こと》を|云《い》つて|人《ひと》のわるい……|若《わか》い|女《をんな》を|揶揄《からかひ》|遊《あそ》ばすのですか。ほんに|憎《にく》らしい|人《ひと》だわねー』
と|横目《よこめ》を|使《つか》ひ|乍《なが》ら、|将軍《しやうぐん》の|手《て》の|甲《かふ》を|血《ち》の|出《で》る|程《ほど》|抓《つめ》つた。|将軍《しやうぐん》は|優《やさ》しい|手《て》で|血《ち》の|出《で》る|所《ところ》まで|抓《つめ》られ、|益々《ますます》|相好《さうがう》を|崩《くづ》し、|声《こゑ》の|調子《てうし》|迄《まで》|変《か》へて、
|鬼春別《おにはるわけ》『オイ、ヒルナ、|馬鹿《ばか》にすない。これでも|一人前《いちにんまへ》の|男《をとこ》だぞ』
ヒルナ|姫《ひめ》は、
ヒルナ|姫《ひめ》『エー|憎《にく》らしいお|方《かた》、ヨウそんな|事《こと》を|仰有《おつしや》いますワイ。|貴方《あなた》は|三千人前《さんぜんにんまへ》の|立派《りつぱ》な|男《をとこ》さまぢやありませぬか。|三千人《さんぜんにん》の|軍隊《ぐんたい》を|引率《ひきつ》れ、その|総指揮官《そうしきくわん》となつて|厶《ござ》るのでせう。さうすれば|貴方《あなた》|一人《ひとり》の|心《こころ》で|三千人《さんぜんにん》の|軍《ぐん》が、|廻《まは》れ|右《みぎ》、|左《ひだり》へオイ、と|三寸《さんずん》の|舌《した》に|依《よ》つて、|自由自在《じいうじざい》にゼンマイ|仕掛《じかけ》の|人形《にんぎやう》の|様《やう》に|動《うご》くのぢや|厶《ござ》いませぬか。|本当《ほんたう》に|憎《にく》らしい|将軍様《しやうぐんさま》だなア』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|優《やさ》しい|手《て》で|頬辺《ほほべた》を|痺《しび》れる|程《ほど》|三《み》つ|四《よ》つ|続《つづ》け|打《う》ちに|打《う》つた。
|鬼春別《おにはるわけ》は|惚気切《のろけき》つてゐるので、……ヒルナが|仮令《たとへ》|撲《なぐ》つても|抓《つめ》つてもかまはぬ、|一遍《いつぺん》でも|身体《からだ》に|触《さは》つてくれたら、それで|満足《まんぞく》だ……と|云《い》ふ|気持《きもち》になつてゐる。|其《その》|間《かん》の|消息《せうそく》を|見《み》ぬいてゐるヒルナ|姫《ひめ》は、|一口《ひとくち》|云《い》つては|頬《ほほ》を|叩《たた》き、|一口《ひとくち》|云《い》つては|腕《うで》を|抓《つめ》り、しまひには|髭《ひげ》をひつぱり、|鼻《はな》を|撮《つま》み、|両手《りやうて》に|顔《かほ》をかかへて|唾《つばき》を|吐《は》きかけたり、|玩弄物《いらへもの》にしてゐる。|鬼春別《おにはるわけ》はただ、
|鬼春別《おにはるわけ》『エヘヘヘヘ、|無茶《むちや》すない。|誰《たれ》が|見《み》てゐるか|知《し》れないぞ。|俺《おれ》の|面《つら》がそれ|程《ほど》|面白《おもしろ》いか』
なぞと、|笑壺《ゑつぼ》に|入《い》つてゐる。
ヒルナ|姫《ひめ》『|古今独歩《ここんどつぽ》|珍無類《ちんむるゐ》|奇妙奇天烈《きめうきてれつ》、|世界《せかい》に|類《るゐ》の|無《な》い、|何処《どこ》ともなしに|惚々《ほれぼれ》する|男《をとこ》らしい|面《かほ》だね。|妾《あたい》こんな|面《かほ》を|百年《ひやくねん》も|千年《せんねん》も|覗《のぞ》いてゐたいわ』
|鬼春別《おにはるわけ》『エヘヘヘヘ、|覗《のぞ》かしてやりたいのは|山々《やまやま》なれど、|苟《いやし》くも|身《み》|軍籍《ぐんせき》にあるもの、|何時《いつ》|馬腹《ばふく》に|鞭《むち》を|加《くは》へ、|砲煙弾雨《はうえんだんう》の|中《なか》を|疾駆《しつく》せなければならないかも|知《し》れない|職掌《しよくしやう》だからのー。マア|今《いま》の|内《うち》に|穴《あな》のあく|程《ほど》|楽《たの》しんで|見《み》て|置《お》くがよいわ』
ヒルナ|姫《ひめ》『オホホホホ、|本当《ほんたう》に|縦《たて》から|見《み》ても|横《よこ》から|見《み》ても|申分《まをしぶん》のない|好《い》い|男《をとこ》だわ。|丸《まる》で|神《かみ》さまの|様《やう》な|御面付《おかほつき》、あんまり|可愛《かあい》くて|此《この》ふつくらとした|頬辺《ほほべた》の|肉《にく》を|一口《ひとくち》|食《た》べたい|様《やう》だわ』
|鬼春別《おにはるわけ》『エヘヘヘヘ、|何程《なにほど》|可愛《かあい》うても|頬辺《ほほべた》に|噛《か》みつかれちや|困《こま》るよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『それでも|貴方《あなた》、よう|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさいませ。|愛熱《あいねつ》の|極点《きよくてん》に|達《たつ》した|時《とき》には|屹度《きつと》|噛《か》ぶり|付《つ》くものですよ。|猫《ねこ》が|子《こ》を|生《う》んで|直様《すぐさま》|其《その》|子《こ》を|嘗《な》めてやつて|居《を》りますが、|余《あま》り|可愛《かあい》くなつて|終《しまひ》には|皆《みんな》|喰《く》つて|了《しま》ひませうがなア。|妾《あたい》|貴方《あなた》の|身体《からだ》を|頭《あたま》の|先《さき》から|爪《つめ》の|先《さき》まで、スツカリ|食《く》つて|見《み》たい|様《やう》な|気《き》がいたしますわ』
|鬼春別《おにはるわけ》『|可愛《かあい》がつてくれるのも|程度《ていど》があるからなア、|鬼娘《おにむすめ》かなんぞのやうに|食《く》はれて|耐《たま》るものか。さうでなくても|既《すで》に|既《すで》に|精神的《せいしんてき》にはお|前《まへ》に|肉体《にくたい》も|魂《たましひ》もスツカリ|食《く》はれて|居《ゐ》るぢやないか。|何《なん》と|猛烈《まうれつ》な|恋《こひ》だなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『さうですとも、あの|蟷螂《かまきり》や|螽斯《ばつた》を|御覧《ごらん》なさいませ。|雌雄《しゆう》が|交尾《かうび》した|後《あと》で、その|雌《めす》は|夫《をつと》が|可愛《かあい》くなつて|皆《みな》|頭《あたま》から|食《く》つて|了《しま》ふぢやありませぬか。|妾《あたい》|貴方《あなた》が|食《く》つて|見《み》たいと|云《い》ふのは、|押《おさ》へ|切《き》れない|情熱《じやうねつ》が|燃《も》えさかつて|居《ゐ》るからですよ』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、エヘヘヘヘ、ここ|迄《まで》|女《をんな》にラブされるのは|男《をとこ》としては|余《あま》り|悪《わる》い|気持《きもち》ぢやないが、|一面《いちめん》から|考《かんが》へると|恐《おそ》ろしい|様《やう》な|気分《きぶん》になつて|来《き》たワイ。イヒヒヒヒ』
ヒルナ|姫《ひめ》『コレ|将軍様《しやうぐんさま》、|貴方《あなた》は|妾《あたい》の|恋愛《れんあい》の|程度《ていど》が|何処《どこ》|迄《まで》|深《ふか》いか|分《わか》りましただらうね』
|鬼春別《おにはるわけ》『ウーン、オコツク|海《かい》の|底《そこ》よりも|未《ま》だ|深《ふか》い|様《やう》だなア。|到底《たうてい》|測定《そくてい》は|出来《でき》ないわ』
ヒルナ|姫《ひめ》『さうでせう。|妾《わらは》の|恋《こひ》は|真剣《しんけん》ですよ。オコツク|海《かい》の|底《そこ》は|未《ま》だ|愚《おろ》か、|竜宮海《りうぐうかい》のドン|底《ぞこ》|迄《まで》|届《とど》いてゐますよ。|貴方《あなた》の|恋《こひ》は|汀《なぎさ》の|恋《こひ》で、|満潮《まんてう》の|時《とき》には|浅《あさ》い|水《みづ》が|漂《ただよ》うてゐますが、|干潮《かんてう》になつた|時《とき》には|本当《ほんたう》に|殺風景《さつぷうけい》な|砂原《すなはら》の|様《やう》なものですわ。|本当《ほんたう》にそんな|事《こと》|思《おも》うと|貴方《あなた》が|憎《にく》らしうなつて|来《き》ました』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、グツト|鼻《はな》を|捻《ねぢ》る。|鬼春別《おにはるわけ》は|鼻声《はなごゑ》になり、
|鬼春別《おにはるわけ》『コラコラ|放《はな》せ|放《はな》せ、そう|無暗《むやみ》に|鼻《はな》をいぢつてもらつちや、やりきれぬぢやないか。|可愛《かあい》がるのも|好《よ》い|加減《かげん》にして|止《や》めて|置《お》いてくれ、|有難迷惑《ありがためいわく》だから。お|前《まへ》の|猛烈《まうれつ》なラブには|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》も|本当《ほんたう》に|三舎《さんしや》を|避《さ》けざるを|得《え》ないわ』
ヒルナ|姫《ひめ》『さうでせう。それ|見《み》なさい、|白状《はくじやう》なさいました。|妾《わらは》がうるさくなつて|御逃《おに》げ|遊《あそ》ばす|考《かんが》へでせう。ソンならそれで|宜《よろ》しう|厶《ござ》います。|妾《わらは》をこんな|辛《つら》い|思《おも》ひをさせて|焦《じら》すよりも、|態《てい》よう|貴方《あなた》の|軍刀《ぐんたう》で|一思《ひとおも》ひに|殺《ころ》して|下《くだ》さいませ。それが|妾《わらは》の|無上《むじやう》の|望《のぞ》みで|厶《ござ》います』
|鬼春別《おにはるわけ》『コレハ|怪《け》しからぬ。そこ|迄《まで》|深《ふか》はまりをしちや|駄目《だめ》だよ。コレ、ヒルナ、お|前《まへ》は|俺《おれ》の|美貌《びばう》に|恋着《れんちやく》の|余《あま》り、|眼《まなこ》が|眩《くら》んでゐるのぢやないか。|頭脳《づなう》がどうかなつて|居《ゐ》るのぢやあるまいかなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『ソラさうですとも、|些《ちつ》とは|頭《あたま》が|変《へん》にもなりませう。|摂氏《せつし》の|百度《ひやくど》|以上《いじやう》にも|逆上《のぼ》せあがつてゐるのですもの』
|鬼春別《おにはるわけ》『ヤー、それも|結構《けつこう》だが、|俺《おれ》もさう|両方《りやうはう》の|手《て》で|頬《ほほ》を|抱《かか》へられてゐると|首《くび》も|廻《まは》らないから、マア|一寸《ちよつと》|一服《いつぷく》さしてくれ、|肩《かた》が|凝《こ》るからなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『エー|憎《にく》らしい|此《この》|人《ひと》、|髯《ひげ》むしつて|上《あ》げませうか。|肩《かた》が|凝《こ》るなんて、そら、さうでせう。カルナさまだつたら|御気《おき》に|入《い》るのでせうけれど、|妾《あたい》の|様《やう》な|土堤南瓜《どてかぼちや》の|七《しち》お|多福《たふく》では|御気《おき》には|召《め》しますまい』
と|頤《あご》の|髯《ひげ》をグツと|握《にぎ》つてチヨイチヨイとしやくつた。
|鬼春別《おにはるわけ》『アイツタタタタ、マア|待《ま》つてくれ、さう|熱愛《ねつあい》されては、イツカナ|好色男子《かうしよくだんし》も|往生《わうじやう》だ。|何《なん》とマア|猛烈《まうれつ》な|恋慕者《れんぼしや》が|出来《でき》たものだなア。ヘヘヘヘヘ』
ヒルナ|姫《ひめ》は|鬼春別《おにはるわけ》の|息《いき》が|臭《くさ》くて|堪《たま》らなかつたけれども、|態《わざ》と|惚《ほれ》た|様《やう》な|面《かほ》をして|一秒時間《いちべうじかん》も|早《はや》く|離《はな》れたいのを|辛抱《しんばう》し、わざと|鬼春別《おにはるわけ》が|困《こま》る|所《ところ》|迄《まで》|根比《こんくら》べをしてゐたのである。
|鬼春別《おにはるわけ》『オイ、ヒルナ|姫《ひめ》、|男《をとこ》が|手《て》を|合《あは》して|頼《たの》むからチツト|許《ばか》り|放《はな》れて|居《を》つてくれ。|斯《か》う|云《い》つたつて|決《けつ》してお|前《まへ》を|嫌《きら》ふのぢやないから、|悪《わる》うは|思《おも》はぬやうにして|呉《く》れ』
ヒルナはわざと|不足《ふそく》|相《さう》な|面《かほ》をして、
ヒルナ|姫《ひめ》『ハイ、お|気《き》に|入《い》りませぬからねー』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|左《ひだり》の|手《て》で|目《め》と|目《め》の|間《あひだ》を|平手《ひらて》でグツト|突《つ》いた。
|鬼春別《おにはるわけ》『アーアー、|山《やま》の|神《かみ》さまのエライ|御剣幕《ごけんまく》、イヤもう、|恐《おそ》れ|入谷《いりや》の|鬼子母神《きしもじん》だ。|俺《おれ》は|又《また》どうしてこんな|女《をんな》に|好《す》かれる|男《をとこ》に|生《うま》れて|来《き》たのだらう。|何故《なぜ》モツト|俺《おれ》の|両親《りやうしん》は|不細工《ぶさいく》に|生《う》みつけなかつただらう。|今《いま》となつては|却《かへつ》て|恨《うら》めしいわ。|女《をんな》に|嫌《きら》はれるのも|余《あま》り|気《き》の|好《い》いものぢやないが、|斯《か》う|好《す》かれるのも|余《あんま》り|有難迷惑《ありがためいわく》ではない、|嬉《うれ》しいわ』
ヒルナ|姫《ひめ》『ソラさうでせうとも、|迷惑《めいわく》でせうとも、カルナさまの|様《やう》な|気《き》の|利《き》いたお|方《かた》だとねー、お|気《き》に|召《め》すんですけれどねー、|何《なん》と|云《い》つても|頓馬《とんま》ですから、|将軍《しやうぐん》の|御気《おき》には|入《い》りますまい。さうだと|云《い》つて、|何《なん》だか|知《し》らぬが|妾《あたい》は|此《この》|人《ひと》が|可愛《かあい》くて|堪《たま》らないのだもの。|何程《なんぼ》|嫌《きら》はれたつて、|仮令《たとへ》|仮情約《かりじやうやく》にもせよ、|結《むす》んだ|仲《なか》だもの、モツト モツト|耳《みみ》を|抓《つめ》つたり、|髭《ひげ》を|引《ひ》いたり、|鼻《はな》を|撮《つま》まして|貰《もら》ひますわ』
|鬼春別《おにはるわけ》『オイ、ヒルナ、さう|御面《おめん》、|御小手《おこて》、|御胴《おどう》、|御突《おつき》と|来《こ》られちや|将軍《しやうぐん》だつて|怺《こら》へ|切《き》れないわ。|何程《なにほど》|三千人《さんぜんにん》の|代表者《だいへうしや》だと|云《い》つても|軍服《ぐんぷく》を|脱《ぬ》いで|裸《はだか》になれば、|只《ただ》の|人間《にんげん》だからなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『|妾《あたい》|今《いま》の|御言葉《おことば》が|大変《たいへん》|気《き》に|入《い》つてよ。|正直《しやうぢき》な|告白《こくはく》ですわ。|男《をとこ》は|裸百貫《はだかひやくくわん》と|云《い》ひましてね、|軍服《ぐんぷく》だの|位階《ゐかい》だの、|爵位《しやくゐ》だのと|云《い》ふ|人工的《じんこうてき》の|保護色《ほごしよく》に|包《つつ》まれてゐる|人《ひと》は、|本当《ほんたう》の|人間味《にんげんみ》の|分《わか》らない|人《ひと》ですわ。|貴方《あなた》はこれ|丈《だ》け|立派《りつぱ》な|地位《ちゐ》に|身《み》を|置《お》き|乍《なが》ら、|平民主義《へいみんしゆぎ》だから、|本当《ほんたう》に|好《す》きですわ。|平民主義《へいみんしゆぎ》の|人《ひと》は|些《ちつと》も|女房《にようばう》にだつて|又《また》|世間《せけん》の|人《ひと》にだつて|圧迫《あつぱく》を|加《くは》へたり、|苦《くる》しめたりしませぬからね』
|鬼春別《おにはるわけ》『ウン、そらさうだ。|俺《おれ》は|平民主義《へいみんしゆぎ》だよ。|人間《にんげん》の|作為《さくゐ》したレツテルなんか、|抑《そもそも》|末《すゑ》だからね。|人間《にんげん》は|神様《かみさま》の|御子《みこ》だから、|何処《どこ》|迄《まで》も|博愛《はくあい》と|仁義《じんぎ》とを|以《もつ》て|世《よ》に|立《た》たねばならぬ。|殺伐《さつばつ》な|利己主義《われよし》の|悪行《あくぎやう》は|人間《にんげん》の|為《な》す|可《べ》き|事《こと》ぢやない。|俺《おれ》はさう|云《い》ふ|人間《にんげん》を|見《み》ると|忽《たちま》ち|嘔吐《おうど》を|催《もよほ》す|様《やう》な|気《き》になるのだ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|本当《ほんたう》に|賢明《けんめい》な|仁慈《じんじ》の|深《ふか》い|将軍様《しやうぐんさま》ですな、|妾《あたい》それが|大好《だいす》きですよ。|久米彦《くめひこ》さまは|一寸《ちよつと》|見《み》た|所《ところ》では|男前《をとこまへ》は|貴方《あなた》さまより、|少《すこ》し|立派《りつぱ》なやうですが、|何《なん》と|云《い》つても|殺伐《さつばつ》な|御方《おかた》だから、|妾《あたい》|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り|思想《しさう》が|合《あ》ひませぬので|肘鉄《ひじてつ》をかまして|辱《はづか》しめてやつたのですよ。|貴方《あなた》は|仁慈《じんじ》の|将軍様《しやうぐんさま》だから|決《けつ》してビクトリヤ|王《わう》を|攻《せ》めたり、|城《しろ》を|破《やぶ》つたり|数多《あまた》の|従臣《じゆうしん》を|捕虜《ほりよ》にしたり、|民家《みんか》を|焼《や》いたり、そんな|惨酷《ざんこく》な|事《こと》はしませぬわねえ。|道《みち》|行《ゆ》く|人《ひと》の|話《はなし》を|聞《き》いても、|兵隊《へいたい》さんの|話《はなし》を|聞《き》いても|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》は|本当《ほんたう》に|聖人君子《せいじんくんし》のやうな|将軍様《しやうぐんさま》だ。それに|引《ひき》かへ|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は|気《き》の|荒《あら》い|情知《なさけし》らずだから、ビクの|国《くに》のビクトリヤ|城《じやう》を|攻《せ》めたり、|刹帝利様《せつていりさま》を|捕虜《ほりよ》にしたり、|城内《じやうない》の|従臣《じゆうしん》を|酷《むご》い|目《め》に|合《あは》すのだ。これは|決《けつ》して|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》の|御心《おこころ》ではあるまい、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》の|軍《ぐん》が|頑張《ぐわんば》つて、アンナ|事《こと》をするのだらう。|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》が|之《これ》を|御聞《おき》きになつたならば、|屹度《きつと》|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》を|叱《しか》りとばし、|性来《しやうらい》の|御仁慈《ごじんじ》を|以《もつ》てビクトリヤ|王《わう》を|救《すく》ひ|出《だ》し、|其《その》|他《た》の|従臣《じゆうしん》をお|助《たす》け|遊《あそ》ばすに|違《ちが》ひないと、|十人《じふにん》が|十人《じふにん》|迄《まで》|噂《うはさ》をしてゐましたよ。|貴方《あなた》の|人望《じんばう》は|本当《ほんたう》に|大変《たいへん》なものですから、|将軍様《しやうぐんさま》の|後姿《うしろすがた》なりと|一目《ひとめ》|拝《をが》まして|頂《いただ》き|度《た》いと|思《おも》ひ、|一年前《いちねんぜん》から|神様《かみさま》に|願《ねが》つてゐたのですよ。|本当《ほんたう》に|貴方《あなた》の|御心《おこころ》は|神様《かみさま》|見《み》たやうですね』
|鬼春別《おにはるわけ》は|最愛《さいあい》のヒルナに|斯《か》う|云《い》はれては|言葉《ことば》を|返《かへ》す|勇気《ゆうき》もなかつた。|俄《にはか》に|顔色《かほいろ》を|和《やは》らげて、
|鬼春別《おにはるわけ》『ウーン、お|前《まへ》の|云《い》ふ|通《とほ》りだ。あの|久米彦《くめひこ》と|云《い》ふ|奴《やつ》、|獣性《じうせい》を|帯《お》びてるから|仁慈《じんじ》も|道徳《だうとく》も|何《なに》も|弁《わきま》へてゐないのだ。|併《しか》し|乍《なが》ら|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|御命令《ごめいれい》に|依《よ》つて|将軍《しやうぐん》になつたのだから、|俺《おれ》が|何程《なにほど》|総司令官《そうしれいくわん》だと|云《い》つて|無暗《むやみ》に|免職《めんしよく》さす|訳《わけ》には|行《ゆ》かず、|困《こま》つたものだ。|俺《おれ》は|一歩《いつぽ》も|外《そと》へ|出《で》ないのだから、|久米彦《くめひこ》の|奴《やつ》、|何《なに》をして|居《ゐ》るかわかつたものぢやない。|抑《そもそ》も|兵《へい》を|動《うご》かすのは|内乱《ないらん》を|鎮定《ちんてい》したり、|又《また》|外敵《ぐわいてき》を|防《ふせ》いだりする|時《とき》|用《もち》ゆるもので、|無名《むめい》の|戦《いくさ》を|起《おこ》すのは|軍人《ぐんじん》として|最《もつと》も|恥《は》づべき|所《ところ》だからなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『|承《うけたま》はれば|承《うけたま》はる|程《ほど》、|将軍様《しやうぐんさま》は|何《なん》とした|至仁《しじん》、|至愛《しあい》、|至善《しぜん》、|至美《しび》、|至真《ししん》な|御方《おかた》で|厶《ござ》いませう。|斯様《かやう》な|勇将《ゆうしやう》に|仮令《たとへ》|半時《はんとき》なりとも|可愛《かあい》がられる|妾《あたい》は、|世界《せかい》|第一《だいいち》の|幸福者《しあはせもの》で|厶《ござ》いますわ。どうぞ|将軍様《しやうぐんさま》、|何処《どこ》|迄《まで》も|可愛《かあい》がつて|下《くだ》さいませねえ』
|鬼春別《おにはるわけ》『ウーン、お|前《まへ》の|事《こと》なら|何《なん》でも|聞《き》いてやる』
ヒルナ|姫《ひめ》『|妾《あたい》それ|聞《き》いて|益々《ますます》|貴方《あなた》が|好《す》きになりますわ。|将軍様《しやうぐんさま》の|御名誉《ごめいよ》の|為《ため》、|久米彦《くめひこ》の|向《むか》ふを|張《は》つて|一《ひと》つ|刹帝利《せつていり》|以下《いか》の|従臣《じゆうしん》を|御救《おたす》けなさつたらどうで|厶《ござ》いませう。さうすれば|天下《てんか》は|翕然《きふぜん》として|将軍《しやうぐん》に|信用《しんよう》が|集《あつ》まり、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》|以上《いじやう》の|大将軍《だいしやうぐん》と|仰《あふ》がれます|様《やう》に|御成《おな》り|遊《あそ》ばすでせう。|将軍《しやうぐん》が|御出世《ごしゆつせ》をして|下《くだ》さらば|女房《にようばう》の|妾《わらは》も|出世《しゆつせ》をさして|頂《いただ》くのですからね。|謂《い》はば|将軍《しやうぐん》の|御出世《ごしゆつせ》は|妾《わらは》の|出世《しゆつせ》、|貴方《あなた》の|身体《からだ》は|妾《わらは》の|身体《からだ》、|貴方《あなた》の|悲《かなし》みは|妾《わらは》の|悲《かなし》み、|貴方《あなた》の|喜《よろこ》びは|妾《わらは》の|喜《よろこ》び、|密着不離《みつちやくふり》の|切《き》つても|切《き》れぬ|関係《くわんけい》が|結《むす》ばれてゐるのですからね。|此処《ここ》で|一《ひと》つ|男《をとこ》を|売《う》つて|下《くだ》さる|気《き》はありますまいか』
|鬼春別《おにはるわけ》『|成程《なるほど》、|素《もと》より|仁慈《じんじ》の|某《それがし》、お|前《まへ》が|云《い》はなくても|刹帝利様《せつていりさま》に|対《たい》し|左様《さやう》な|事《こと》を|致《いた》したとすれば、|聞捨《ききず》てにはならぬ。|左様《さやう》な|不都合《ふつがふ》な|事《こと》を|致《いた》せば、|一日《いちにち》も|早《はや》く|部下《ぶか》に|命《めい》じ|助《たす》けてやるであらう』
ヒルナ|姫《ひめ》『さうなさいませ。|将軍様《しやうぐんさま》の|御名誉《ごめいよ》の|為《ため》ですから、|従《したが》つて|妾《わらは》の|名誉《めいよ》ですからね』
|斯《か》く|話《はな》す|処《ところ》へ、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》はカルナと|共《とも》にほろ|酔機嫌《よひきげん》になつてやつて|来《き》た。
|久米彦《くめひこ》『これはこれは|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍殿《しやうぐんどの》、エライ|御機嫌《ごきげん》で|厶《ござ》るなア。|拙者《せつしや》は|一《ひと》つ|貴殿《きでん》に|御相談《ごさうだん》があつて|参《まゐ》りましたが、|拙者《せつしや》の|申《まを》す|事《こと》を、|何《なん》と|聞《き》いては|下《くだ》さいますまいかなア』
|鬼春別《おにはるわけ》『|何事《なにごと》か|知《し》らねども、|其《その》|方《はう》|事《こと》、|上官《じやうくわん》の|命令《めいれい》もきかず、|無性矢鱈《むしやうやたら》に|民家《みんか》を|焼《や》き、|敵人《てきじん》を|傷《きず》つけ、|畏《おそれおほ》くもビクトリヤ|王《わう》を|辱《はづか》しめ、|左守《さもり》|右守《うもり》の|重臣《ぢうしん》を|始《はじ》め|其《その》|他《た》の|役人《やくにん》|共《ども》を|縛《しば》り、|或《あるひ》は|傷《きず》つけ、|乱暴狼藉《らんばうろうぜき》を|致《いた》したな。|左様《さやう》な|命令《めいれい》を|一体《いつたい》|誰《たれ》が|下《くだ》した』
ヒルナ|姫《ひめ》の|手前《てまへ》わざと|呶鳴《どな》りつけた。|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は|怪訝《けげん》な|面《かほ》をして、
|久米彦《くめひこ》『|将軍《しやうぐん》は|狂気《きやうき》|召《め》されたか。|但《ただ》しは|御酒《ごしゆ》の|機嫌《きげん》か、|心得《こころえ》ぬ|貴殿《きでん》の|御言葉《おことば》、|拙者《せつしや》は|今回《こんくわい》の|戦争《せんそう》は|一切《いつさい》|閣下《かくか》の|指揮《しき》|命令《めいれい》の|通《とほ》り、|遺憾《ゐかん》なく|致《いた》したので|厶《ござ》る。|民家《みんか》を|焼《や》き|城内《じやうない》に|侵入《しんにふ》したのも、|刹帝利《せつていり》|以下《いか》を|捕虜《ほりよ》と|致《いた》し|獄内《ごくない》に|打《う》ち|込《こ》んだのも、|皆《みな》|閣下《かくか》の|御命令《ごめいれい》に|依《よ》つて|致《いた》したので、|実《じつ》に|将軍《しやうぐん》は|仁慈《じんじ》を|弁《わきま》へぬ|虎狼《こらう》にひとしき|御性格《ごせいかく》だから、|部下《ぶか》は|大《おほい》に|其《その》|惨酷《ざんこく》さを|嫌忌《けんき》して|居《を》ります』
とカルナ|姫《ひめ》の|手前《てまへ》、|自分《じぶん》の|聖人《せいじん》たる|事《こと》を|示《しめ》さむと|横車《よこぐるま》を|頻《しきり》に|押《お》してゐる。|鬼春別《おにはるわけ》は、
|鬼春別《おにはるわけ》『|以《もつて》の|外《ほか》の|其《その》|方《はう》の|雑言無礼《ざふごんぶれい》、|拙者《せつしや》に|限《かぎ》つて|左様《さやう》な|事《こと》を|命令《めいれい》いたす|筈《はず》がないぢやないか。|一例《いちれい》を|挙《あ》ぐれば|其《その》|方《はう》は|斎苑《いそ》の|館《やかた》へ|軍隊《ぐんたい》を|引率《ひきつ》れ、|片彦将軍《かたひこしやうぐん》と|共《とも》に|神《かみ》の|館《やかた》に|攻寄《せめよ》せむといたし、|河鹿峠《かじかたうげ》に|於《おい》て|屁古垂《へこた》れ、|逃《に》げ|帰《かへ》つたであらうがなア。|某《それがし》はランチ|将軍《しやうぐん》と|共《とも》に|浮木《うきき》の|陣営《ぢんえい》に|碁《ご》を|囲《かこ》み、|殺伐《さつばつ》な|戦争《せんそう》に|与《あづか》らなかつたのを|見《み》ても、|拙者《せつしや》が|如何《いか》に|仁慈《じんじ》の|武士《ぶし》たる|事《こと》は|証明《しようめい》さるるであらう』
|久米彦《くめひこ》『ナント|理窟《りくつ》は|無茶《むちや》で|通《とほ》せば|通《とほ》るものですなア。ヘヘヘヘヘ、|余《あま》りの|事《こと》で|開《あ》いた|口《くち》が|閉《すぼま》りませぬわ』
ヒルナ|姫《ひめ》は|二人《ふたり》の|仲《なか》に|割《わ》つて|入《い》り、
ヒルナ|姫《ひめ》『|仁慈《じんじ》|深《ふか》き|両将軍様《りやうしやうぐんさま》、どうか|左様《さやう》な|内輪喧嘩《うちわげんくわ》は|止《よ》して|下《くだ》さいませ。|妾《あたい》|悲《かな》しう|厶《ござ》いますわ』
カルナ|姫《ひめ》『ヒルナ|様《さま》、|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》は|本当《ほんたう》にお|情深《なさけぶか》いお|方《かた》で|厶《ござ》いますよ。あの|刹帝利様《せつていりさま》|以下《いか》の|捕《と》らはれ|人《びと》を|御助《おたす》け|申《まを》したいが、|上官《じやうくわん》の|御意見《ごいけん》を|伺《うかが》はねばならないと|云《い》つて、|今《いま》|此処《ここ》へお|越《こ》しになつた|所《ところ》ですよ』
|鬼春別《おにはるわけ》は|云《い》ひ|遅《おく》れては|一大事《いちだいじ》と|気《き》を|焦《いら》ち、わざと|空惚《そらとぼ》け、
|鬼春別《おにはるわけ》『ヤア|久米彦《くめひこ》、|貴殿《きでん》も|其処《そこ》|迄《まで》|改心《かいしん》|致《いた》したか、|天晴《あつぱれ》|々々《あつぱれ》、|然《しか》らば|拙者《せつしや》の|意見《いけん》に|御同意《ごどうい》と|見《み》えるな。ヤア|満足《まんぞく》|々々《まんぞく》、サ|一時《いつとき》も|早《はや》くスパール、エミシ、シヤム、マルタの|属僚《ぞくれう》に|命《めい》じ、|刹帝利《せつていり》|以下《いか》を|救《すく》ふ|可《べ》く|厳命《げんめい》をなさるがよからう』
|久米彦《くめひこ》『ナント、マア|将軍様《しやうぐんさま》、|貴方《あなた》は|霊界《れいかい》へ|行《い》つた|夢《ゆめ》を|見《み》たと|見《み》えますね。|何《なに》は|兎《と》もあれお|互《たがひ》に|満足《まんぞく》で|厶《ござ》る。|然《しか》らば|一時《いつとき》も|早《はや》く|其《その》|運《はこ》びにかかるで|厶《ござ》いませう』
|鬼春別《おにはるわけ》『|早速《さつそく》の|承知《しようち》、|鬼春別《おにはるわけ》|満足《まんぞく》に|思《おも》ふぞや。サ|早《はや》く|其《その》|準備《じゆんび》におかかりめされ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|流石《さすが》は|妾《わらは》の|夫《をつと》、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》、|何《なん》と|見上《みあ》げた|御人格《ごじんかく》だなア』
カルナ|姫《ひめ》『|妾《あたい》の|夫《をつと》、|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》は、|何故《なぜ》マア|斯《こ》んなにお|情深《なさけぶか》い|武士《もののふ》だらう』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、ヒルナの|面《かほ》を|一寸《ちよつと》|覗《のぞ》き、『|願望成就《ぐわんまうじやうじゆ》|御目出度《おめでた》し』と|目《め》にもの|言《い》はせ|乍《なが》ら、|久米彦《くめひこ》に|従《したが》ひ、|其《その》|室《しつ》にかへつた。
|夫《それ》より|久米彦《くめひこ》は、スパール、エミシ、シヤム、マルタの|属僚《ぞくれう》に|命《めい》じ、ビクトリヤ|王《わう》|始《はじ》め|左守司《さもりのかみ》のキユービツト、|右守司《うもりのかみ》のベルツ、|及《およ》びハルナ、カント、エム、ヱクス、シエール、タルマン、|其《その》|外《ほか》|一兵卒《いつぺいそつ》に|到《いた》る|迄《まで》|悉《ことごと》く|捕繩《ほじよう》を|解《と》き|放免《はうめん》した。|而《しか》してビクトリヤ|王《わう》は、|無事《ぶじ》に|城内《じやうない》に、|左守《さもり》、|右守《うもり》を|従《したが》へて|立帰《たちかへ》り、|大神《おほかみ》の|祭壇《さいだん》の|前《まへ》に|端坐《たんざ》し、|涙《なみだ》と|共《とも》に|神恩《しんおん》を|感謝《かんしや》した。|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》は、|和睦《わぼく》の|祝宴《しゆくえん》に|刹帝利《せつていり》より|招《まね》かれて、ヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》を|伴《ともな》ひ、|意気《いき》|揚々《やうやう》として|城内《じやうない》に|進《すす》み|入《い》り、|刹帝利《せつていり》より|手厚《てあつ》き|饗応《きやうおう》を|受《う》くる|事《こと》となつた。
アア|今後《こんご》の|成行《なりゆき》は|如何《いか》に|展開《てんかい》するであらうか。
(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 外山豊二録)
第三篇 |兵権執着《へいけんしふちやく》
第一六章 |暗示《あんじ》〔一三七九〕
ビクトリヤ|王《わう》が|和睦《わぼく》の|酒宴《しゆえん》に|招《まね》かれて、|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》|始《はじ》め、スパール、エミシ、シヤム、マルタは|客人側《きやくじんがは》として、|上座《じやうざ》に|順序《じゆんじよ》よく|座席《ざせき》を|占《し》めた。|一方《いつぱう》には|刹帝利《せつていり》を|始《はじ》め|左守《さもり》|右守《うもり》|並《ならび》にタルマン、ハルナ、ヱクス、シエールなどがズラリ|並《なら》んで、|平和克復《へいわこくふく》の|祝宴《しゆくえん》が|始《はじ》まつた。ビクトリヤ|王《わう》は|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》の|前《まへ》に|恭《うやうや》しく|頭《かしら》を|下《さ》げ、
|刹帝利《せつていり》『|両将軍様《りやうしやうぐんさま》、|此《この》|度《たび》は|御仁慈《ごじんじ》の|思召《おぼしめし》を|以《もつ》て、|吾々《われわれ》|一族《いちぞく》をお|助《たす》け|下《くだ》さいまして、|何《なん》とも|御礼《おれい》の|申上《まをしあ》げやうも|厶《ござ》いませぬ』
と|泥棒《どろぼう》に|家《いへ》を|焼《や》かれ、|家族《かぞく》を|殺《ころ》された|上《うへ》、|自分《じぶん》の|命《いのち》を|助《たす》けて|貰《もら》うたのを|感謝《かんしや》するやうな、|割《わり》の|悪《わる》い|立場《たちば》に|立《た》つて、さも|嬉《うれ》しげに、|恨《うらみ》を|呑《の》んで|挨拶《あいさつ》をしてゐる。|鬼春別《おにはるわけ》は|威丈高《ゐたけだか》になり、さも|鷹揚《おうやう》に|胡床《あぐら》をかき、
|鬼春別《おにはるわけ》『ア、イヤ|刹帝利殿《せつていりどの》、|其《その》お|言葉《ことば》には|恐《おそ》れ|入《い》る。|拙者《せつしや》は|武骨《ぶこつ》なる|軍人《ぐんじん》で|厶《ござ》れば、|窮屈《きうくつ》な|行儀作法《ぎやうぎさはふ》などは、|大《おほい》に|困《こま》り|申《まを》す。|野武士《のぶし》の|本領《ほんりやう》を|現《あら》はし、|尊《たふと》き|殿内《でんない》をも|省《かへり》みず、|胡床《あぐら》をかいて|御無礼《ごぶれい》を|致《いた》しまする。|刹帝利殿《せつていりどの》|心《こころ》|悪《あ》しく|思《おも》はず、|許《ゆる》して|貰《もら》ひたいもので|厶《ござ》る』
|刹帝利《せつていり》『ハイ、|何《なに》を|仰《おほ》せられまする。|軍人様《ぐんじんさま》は|素朴《そぼく》なのが|価値《ねうち》で|厶《ござ》います。|現代《げんだい》は|虚礼《きよれい》|虚式《きよしき》の|流行《りうかう》する|世《よ》の|中《なか》、|貴方《あなた》の|如《ごと》き|赤裸々《せきらら》の|軍人様《ぐんじんさま》は|本当《ほんたう》に|頼《たの》もしう|存《ぞん》じます。サアどうか|一《ひと》つ|召《め》し|上《あが》り|下《くだ》さいませ』
と|盃《さかづき》をさす。|鬼春別《おにはるわけ》は|毛《け》だらけの|太《ふと》い|手《て》をヌツと|出《だ》し、|盃《さかづき》を|前《まへ》に|突出《つきだ》し、|刹帝利《せつていり》の|手《て》よりナミナミとつがれて、グツと|呑《の》み|干《ほ》し、
|鬼春別《おにはるわけ》『イヤもう|結構《けつこう》な|酒《さけ》で|厶《ござ》る、|五臓六腑《ござうろつぷ》に|沁《し》み|渡《わた》る|様《やう》な|妙味《めうみ》が|厶《ござ》る。|刹帝利殿《せつていりどの》、|拙者《せつしや》の|盃《さかづき》を|一杯《いつぱい》|受取《うけと》り|下《くだ》され』
と|無雑作《むざふさ》にグツと|突出《つきだ》す。|刹帝利《せつていり》は、|斯様《かやう》な|猫《ねこ》を|被《かぶ》つた|豺狼《さいらう》の|機嫌《きげん》を|損《そこ》ねては|又《また》|大変《たいへん》と、さも|満足《まんぞく》の|態《てい》にて|盃《さかづき》を|頂《いただ》き、|二三回《にさんくわい》も|頭《かしら》を|下《さ》げ、
|刹帝利《せつていり》『これはこれは、|驍名《げうめい》|高《たか》き|将軍様《しやうぐんさま》のお|盃《さかづき》、|謹《つつし》んで|頂戴《ちやうだい》|仕《つか》まつります』
|鬼春別《おにはるわけ》『ヤ、|遠慮《ゑんりよ》には|及《およ》ばぬ。|沢山《たくさん》に|呑《の》んで|下《くだ》さい、|拙者《せつしや》の|壊《ふところ》が|痛《いた》む|酒《さけ》でもなし、|御馳走《ごちそう》は|幾《いく》らなりと|喰《く》ひ|放題《はうだい》、イヤ|早《はや》|戦捷《せんせふ》の|勇士《ゆうし》の|盃《さかづき》をお|受《う》けになれば、チツトはあやかつて|貴方《あなた》も|豪傑《がうけつ》になるでせう。アハハハハ』
と|豪傑笑《がうけつわら》ひをやつてゐる。|鬼春別《おにはるわけ》の|傍《かたはら》に|怖《こは》|相《さう》に|控《ひか》えてゐる|女《をんな》は、|風態《ふうてい》こそ|変《かは》れ、|刹帝利《せつていり》の|目《め》には、どうもヒルナ|姫《ひめ》のやうに|思《おも》はれてならなかつた。|併《しか》し|乍《なが》ら……|世間《せけん》にはよく|似《に》た|女《をんな》のあるものだなア……|位《ぐらゐ》に、|老眼《らうがん》の|事《こと》とて|軽《かる》く|見《み》てゐた。そして|今回《こんくわい》の|刹帝利《せつていり》|以下《いか》を|助《たす》けたのも、ヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》|両人《りやうにん》の|必死《ひつし》の|活動《くわつどう》に|仍《よ》つた|事《こと》は、|少《すこ》しも|気《き》がつかなかつたのである。|又《また》ハルナは……|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》の|側《そば》にゐる|美人《びじん》は|風《ふう》こそ|変《かは》つて|居《を》れ|共《ども》、どこともなしに|最愛《さいあい》の|妻《つま》カルナにソツクリだ。そして|時々《ときどき》|自分《じぶん》の|方《はう》へ|視線《しせん》を|向《む》ける|事《こと》を|見《み》れば、カルナではあるまいか、|今回《こんくわい》|思《おも》はぬ|嬉《うれ》しい|解放《かいはう》に|会《あ》うたのも、|或《あるひ》はカルナが|斡旋《あつせん》の|力《ちから》ではなからうか……などと|考《かんが》へ、|盗《ぬす》むやうにして、チヨイチヨイと|女《をんな》の|顔《かほ》を|見《み》てゐた……|見《み》れば|見《み》る|程《ほど》よく|似《に》てゐる、……と|思《おも》ひ|乍《なが》ら|又《また》も|一人《ひとり》の|女《をんな》を|見《み》れば、どう|思《おも》うてもヒルナ|姫《ひめ》とより|見《み》えない。ハルナのみならず、|左守《さもり》|右守《うもり》|其《その》|外《ほか》|一同《いちどう》の|心《こころ》も|同様《どうやう》な|疑《うたがひ》を|抱《いだ》いてゐた。|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は|威丈高《いたけだか》になり、
|久米彦《くめひこ》『オイ、カルナ|姫《ひめ》、そちは|拙者《せつしや》の|最愛《さいあい》の|女房《にようばう》だ。|斯様《かやう》な|所《ところ》で|一《ひと》つ|鶯《うぐひす》のやうな|声《こゑ》を|出《だ》して|歌《うた》つたらどうだ。|何分《なにぶん》|陣中《ぢんちう》は|男《をとこ》ばかりで|殺風景《さつぷうけい》|極《きは》まる。そこへ|其方《そなた》がやつて|来《き》たのは|天《てん》の|配剤《はいざい》、|拙者《せつしや》の|心《こころ》を|生《い》かす|唯一《ゆゐいつ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》だ。テモさても|美《うつく》しい|者《もの》だなア』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ、モウ|少《すこ》しお|酒《さけ》がまはりましたら、|何《なに》か|歌《うた》はして|貰《もら》ひませう。|将軍様《しやうぐんさま》からどうぞ|先《さき》へ|歌《うた》つて|下《くだ》さいませ。まだ|貴方《あなた》のお|歌《うた》を|聞《き》いた|事《こと》が|厶《ござ》いませぬからねえ』
|久米彦《くめひこ》は|刹帝利《せつていり》の|手《て》からナミナミと|酒《さけ》をつがれ、|団栗目《どんぐりめ》をむき|乍《なが》ら|大盃《たいはい》からグツと|呑《の》み|干《ほ》し、
|久米彦《くめひこ》『|拙者《せつしや》は|刹帝利殿《せつていりどの》に|盃《さかづき》をさしたいのだが、|見《み》れば|余程《よほど》の|御老体《ごらうたい》、|却《かへつ》てお|困《こま》りだらうから、|最愛《さいあい》のカルナにさすであらう。|言《い》つても|女《をんな》は|社交界《しやかうかい》の|花《はな》、|一家《いつか》に|取《と》つては|女王様《によわうさま》だから、|先《ま》づ|女王様《によわうさま》の|御機嫌《ごきげん》を|損《そん》じないやう、|取計《とりはか》らうが|拙者《せつしや》の|利益《りえき》……と|申《まを》すもの、|老《おい》さらばうた|刹帝利様《せつていりさま》へさすよりも、|何程《なにほど》|気分《きぶん》が|可《い》いか|知《し》れないからなア。アハハハハ』
|鬼春別《おにはるわけ》『オイ、ヒルナ|殿《どの》、|何《なに》|湿《しめ》つてゐるのだ。|陣中《ぢんちう》へ|来《き》た|時《とき》には、|随分《ずいぶん》ベラベラと|喋《しやべ》つたでないか、チツとあの|時《とき》の|元気《げんき》を、こんな|席《せき》で|出《だ》して|貰《もら》ひたいものだな。エヘヘヘヘ、ぢやと|云《い》つて、|頬《ほほ》べたをなめたり、|鼻《はな》を|撮《つま》んだり、|爪疵《つめきず》を|負《お》はされちや|困《こま》るよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》の、マア|卑怯《ひけふ》な|事《こと》を|仰有《おつしや》いますこと、|貴方《あなた》は|千軍万馬《せんぐんばんば》の|中《なか》を|疾駆《しつく》する|勇将《ゆうしやう》だ|厶《ござ》いませぬか。|槍《やり》や|刀《かたな》の|創《きづ》を|何時《いつ》|受《う》けるか|知《し》れないお|身分《みぶん》で|在《あ》り|乍《なが》ら、|繊弱《かよわ》い|女《をんな》が|鼻《はな》|一《ひと》つ|位《くらゐ》|捻《ね》ぢ|取《と》つた|所《ところ》が、|何《なん》で|厶《ござ》います。そんな|事《こと》|仰有《おつしや》ると|鬚《ひげ》をむしりますよ』
と|腮《あご》の|鬚《ひげ》をグツと|握《にぎ》つて、|三《み》つ|四《よ》つしやくつてみた。
|鬼春別《おにはるわけ》『アイタタタ、コレ、ヒルナ、さう|無茶《むちや》をするものだない。エヘヘヘヘ、ヤツパリ|痛《いた》うても|気分《きぶん》が|可《い》いワイ』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、そらさうですとも、|貴方《あなた》のお|鬚《ひげ》の|塵《ちり》を|払《はら》ふものは|沢山《たくさん》|厶《ござ》いますけれど、お|鬚《ひげ》をむしつて|赤《あか》い|血《ち》を|出《だ》す、|誠《まこと》の|熱烈《ねつれつ》な|女《をんな》は|妾《あたい》より|外《ほか》に|厶《ござ》いますまい。あのマア、|奇妙奇天烈《きめうきてれつ》な、|人好《ひとずき》のするお|顔《かほ》ワイのう、ホホホホ』
|鬼春別《おにはるわけ》『イヤ|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、|拙者《せつしや》のナイスは、|顔《かほ》にも|似合《にあ》はぬヤンチヤで|厶《ござ》る。|昨日《きのふ》|始《はじ》めて|会《あ》うてから、|未《ま》だ|一度《いちど》も|枕《まくら》も|交《かは》さないに|拘《かかは》らず、|耳《みみ》をひつ|掻《か》く、|鼻《はな》を|捻《ね》ぢる、|鬚《ひげ》をむしる、|抓《つめ》る、しまひの|果《は》てにや、|拙者《せつしや》の|面《かほ》に|痰唾《たんつば》を|吐《は》きかけるので|厶《ござ》る。かやうなおキヤンに|出会《であ》つた|者《もの》は、|誠《まこと》に|不仕合《ふしあは》せ、……イヤ|情熱《じやうねつ》の|高調《かうてう》した|時《とき》は、|先《ま》づこんなものとみえますワイ。アハハハハハ』
|久米彦《くめひこ》『|成程《なるほど》、それは|随分《ずいぶん》お|楽《たの》しみで|厶《ござ》らう、|拙者《せつしや》のナイスは|比較的《ひかくてき》|因循《いんじゆん》で、|而《しか》も|淑女《しゆくぢよ》で|厶《ござ》るから、|酒《さけ》の|座《ざ》には|面白《おもしろ》く|厶《ござ》らぬ。|実《じつ》にお|羨《うらや》ましう|厶《ござ》る』
カルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》、|何《なん》と|仰有《おつしや》います、|妾《わらは》が|淑女《しゆくぢよ》だから|気《き》に|入《い》らないのですか。|宜《よろ》しい、キツと|敵《かたき》を|討《う》つて|上《あ》げます』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|鼻《はな》を|力《ちから》に|任《まか》せて、|捻《ね》ぢ|上《あ》げた。
|久米彦《くめひこ》『イタイ イタイ イタイ、コラ|無茶《むちや》な|事《こと》を|致《いた》すない、|何《なん》ぼ|惚《ほ》れたと|云《い》つても|余《あんま》りだないか』
カルナ|姫《ひめ》『それでも|貴方《あなた》、ヒルナさまのやうな|目《め》に|会《あ》はして|欲《ほ》しいのでせう。エエ|憎《にく》らしい|男《をとこ》だこと、あたい、こんな|男《をとこ》、|嫌《いや》……でもないけれど……』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、ピシヤ ピシヤ ピシヤと|頬《ほほ》を|撲《なぐ》つた。
|久米彦《くめひこ》『あああ、|天下《てんか》の|名将《めいしやう》も|女《をんな》にかけたら、サツパリ|駄目《だめ》だなア、エヘヘヘヘ。|鬼春別《おにはるわけ》|殿《どの》、|拙者《せつしや》の|色男振《いろをとこぶり》は|此《この》|通《とほ》りで|厶《ござ》る』
|鬼春別《おにはるわけ》『オイ、ヒルナ、|些《ちつ》としつかりせぬかい。|久米彦《くめひこ》に|夫《をつと》がヒケを|取《と》るのは、お|前《まへ》|何《なん》ともないのか』
ヒルナ|姫《ひめ》『|妾《わらは》は|実《じつ》の|所《ところ》、モツとモツとひどい|目《め》に|会《あ》はして|上《あ》げたいので|厶《ござ》いますが、どう|考《かんが》へても、これ|丈《だけ》|沢山《たくさん》お|歴々《れきれき》のゐらつしやる|前《まへ》ですもの、あたいもチツと|心得《こころえ》て|居《を》りますのよ』
|鬼春別《おにはるわけ》『|妾《わらは》と|云《い》つたり、あたいと|云《い》つたり、|人格《じんかく》が|二人《ふたり》もある|様《やう》だ。どちらかに|一《ひと》つ、きめて|貰《もら》ひたいものだな』
ヒルナ|姫《ひめ》『|妾《わらは》といふのは|貴方《あなた》の|正妻《せいさい》ですよ。あたいといふのはバイタの|霊《れい》が|憑《うつ》つて|来《き》て|貴方《あなた》の|御機嫌《ごきげん》を|取《と》つて|居《を》りますのよ。どうです、バイタの|霊《れい》がお|好《す》きですか、|淑女《しゆくぢよ》が|宜《よろ》しいか、どちらかにきめて|下《くだ》さいな』
|鬼春別《おにはるわけ》『|妾《わらは》もあたいも|私《わたくし》も|僕《ぼく》も|拙者《せつしや》も、|某《それがし》も、やつがれも、|皆《みな》|一度《いちど》に|来《こ》い、かふ|云《い》ふ|目出《めで》たい|席《せき》は|一人《ひとり》でも|多《おほ》いが|可《い》いからな』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、|気《き》の|多《おほ》いお|方《かた》だこと、そんなら|某《それがし》の|霊《れい》を|呼《よ》んで|参《まゐ》りませうか』
|鬼春別《おにはるわけ》『ウンウン|何《なん》でもいい、|某《それがし》でも|僕《ぼく》でも|結構《けつこう》だ』
ヒルナは|俄《にはか》に|態度《たいど》を|改《あらた》め、
ヒルナ|姫《ひめ》『オイ|君《きみ》、|鬼春別君《おにはるわけくん》、|随分《ずいぶん》デレ|助《すけ》だねえ。|折角《せつかく》|骨《ほね》を|折《を》つて|占領《せんりやう》したビクトリヤ|城《じやう》をヒルナ|姫《ひめ》にチヨロまかされ、|刹帝利《せつていり》に|還《かへ》すとは、|本当《ほんたう》に|何《ど》うかしてゐるだないかオイ、チツと|確《しつか》りし|玉《たま》へ』
|鬼春別《おにはるわけ》『コーリヤ、さう|猛烈《まうれつ》にやつてくれては|困《こま》るぢやないか、|何《なに》を|言《い》ふのだ』
ヒルナ|姫《ひめ》『だつて|君《きみ》、よう|考《かんが》へてみ|玉《たま》へ、|君《きみ》はヒルナ|姫《ひめ》を|我《わが》|物《もの》にせうとして、|久米公《くめこう》と|随分《ずいぶん》|陣中《ぢんちう》で|斬《き》り|合《あひ》までしただないか、……モシ|将軍様《しやうぐんさま》、|何《なん》だか|妙《めう》な|霊《れい》が|憑《うつ》つて|来《き》て、あんな|事《こと》を|申《まを》しますワ、|何《ど》う|致《いた》しませうかねえ、|妾《わらは》は|本当《ほんたう》に|恥《はづか》しうて|堪《たま》りませぬワ』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハハ、|随分《ずいぶん》|憑《うつ》られ|易《やす》い|霊《みたま》だのう。|大方《おほかた》|拙者《せつしや》に|対《たい》し、|君々《きみきみ》といふからは、ランチ|将軍《しやうぐん》の|霊《れい》がお|前《まへ》に|憑《うつ》つたのかも|知《し》れないよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|成程《なるほど》、さう|承《うけたま》はりますと、|何《なん》だか|体《からだ》がヘンになつて|来《き》ましたワ。……オイ|君《きみ》、お|察《さつ》しの|通《とほ》り、|僕《ぼく》はランチだよ。|君《きみ》も|随分《ずいぶん》|乱痴気《らんちき》|将軍《しやうぐん》になつたね。モウこんな|殺伐《さつばつ》な|事《こと》はよし|玉《たま》へ。それよりもヒルナ|姫《ひめ》と|夫婦《ふうふ》になる|事《こと》を|考《かんが》へたがよからうぞ。|併《しか》しヒルナは|到底《たうてい》|君《きみ》の|手《て》には|合《あ》ふまいよ』
|鬼春別《おにはるわけ》『コリヤ、ランチ、|馬鹿《ばか》を|云《い》ふな。|貴様《きさま》のやうなヒヨツトコには、|僕《ぼく》の|熱烈《ねつれつ》な|恋愛《れんあい》が|分《わか》るかい、ヒルナ|姫《ひめ》は|既《すで》に|既《すで》に|拙者《せつしや》と|情約済《じやうやくずみ》だ。|御心配《ごしんぱい》|御無用《ごむよう》、マア|一杯《いつぱい》やり|玉《たま》へ』
とヒルナ|姫《ひめ》に|盃《さかづき》をさす。
ヒルナ|姫《ひめ》『あれマア|将軍様《しやうぐんさま》、|妾《わらは》にそんなお|言葉《ことば》をお|使《つか》ひになると、|恐《おそ》ろしうなりましたワ。チツと|優《やさ》しう|言《い》つて|下《くだ》さいな、|妾《わらは》は|怖《こは》いのだもの』
|鬼春別《おにはるわけ》『エツヘヘヘヘ、そらさうだらう、|軍人《ぐんじん》といふ|者《もの》は、|元来《ぐわんらい》|荒《あら》つぽい|性質《せいしつ》のものだからなア。ましてランチといふ|奴《やつ》は、|仕方《しかた》のない|男《をとこ》だから、お|前《まへ》の|肉体《にくたい》に|憑《かか》つて、あんな|事《こと》|云《い》ひやがるのだ。|余程《よほど》けなりいと|見《み》えるワイ。エツヘヘヘヘ』
カルナは|又《また》もや|体《からだ》を|四角《しかく》にし、|軍人《ぐんじん》のやうな|態度《たいど》を|装《よそほ》ひ、
カルナ|姫《ひめ》『オイ、|君《きみ》、|久米彦《くめひこ》、|久《ひさ》し|振《ぶり》だねー。|僕《ぼく》は|片彦《かたひこ》だよ。|河鹿峠《かじかたうげ》では|随分《ずいぶん》|泡《あわ》を|吹《ふ》いて|将軍《しやうぐん》の|威勢《ゐせい》は|全《まつた》く|地《ち》におちたでないか。|本当《ほんたう》に|僕《ぼく》も|君《きみ》も|軍人《ぐんじん》の|面汚《つらよご》しだね。|併《しか》し|君《きみ》は|偉《えら》いワ、ビクのやうな|小《ちひ》さい|国《くに》を|占領《せんりやう》しやうとやつて|来《き》たのは、|本当《ほんたう》に|先見《せんけん》の|明《めい》ありだ。|併《しか》し|乍《なが》ら|一《ひと》つの|欠点《けつてん》は|女《をんな》に|溺《おぼ》れる|事《こと》だ』
|久米彦《くめひこ》『ヤ、|又《また》|此奴《こいつ》、|変《へん》になりやがつたぞ。|拙者《せつしや》のローマンスを|羨望《せんばう》して、|片彦《かたひこ》の|精霊《せいれい》|奴《め》、|大切《たいせつ》なカルナ|姫《ひめ》の|体《からだ》を|自由《じいう》にしやがる。……コリヤ|片彦《かたひこ》、|貴様《きさま》の|来《く》る|所《ところ》だない、|早《はや》くここを|立去《たちさ》れ|立去《たちさ》れ』
カルナ|姫《ひめ》『ホホホホ、もし|将軍様《しやうぐんさま》、あたい、|何《なん》だか、|恐《おそ》ろしくなつて|来《き》ましたわ、|何者《なにもの》があんな|乱暴《らんばう》な|事《こと》を|言《い》ふのでせうかね』
|久米彦《くめひこ》『ウン、お|前《まへ》の|知《し》つた|事《こと》だない、|心配《しんぱい》するな、お|前《まへ》は|霊《みたま》が|水晶《すいしやう》だから、|確《しつか》りせぬといろいろの|霊《れい》に|憑《うつ》られ|易《やす》いからなア』
|斯《か》くしてヒルナ、カルナは|互《たがひ》ちがひに|両将軍《りやうしやうぐん》を、|刹帝利《せつていり》やハルナを|始《はじ》め|其《その》|他《た》の|前《まへ》に|翻弄《ほんろう》して、それとはなしに|自分《じぶん》の|意志《いし》を|悟《さと》らしめんと|努《つと》めてゐたのである。ビクトリヤ|王《わう》|始《はじ》めハルナは|早《はや》くも|二女《にぢよ》の|態度《たいど》に|仍《よ》つて|嫉妬《しつと》の|念《ねん》も|晴《は》れ、|女《をんな》の|恐《おそ》ろしき|魔力《まりよく》に|感歎《かんたん》し、|且《かつ》ひそかに|舌《した》をまいてゐた。
|鬼春別《おにはるわけ》は|酔《ゑひ》が|廻《まは》つて、ソロソロどら|声《ごゑ》をはり|上《あ》げ|歌《うた》ひ|出《だ》した。
|鬼春別《おにはるわけ》『ここは|名《な》に|負《お》ふビクの|国《くに》  ドツコイシヨウ ドツコイシヨウ
ビクの|都《みやこ》の|刹帝利《せつていり》  |老《おい》ぼれ|爺《ぢい》さまが|頑張《ぐわんば》つて
|左守《さもり》|右守《うもり》の|家来《けらい》をば  |抱《かか》へて|威勢《ゐせい》を|近国《きんごく》に
|示《しめ》して|居《を》つた|時《とき》もあれ  バラモン|教《けう》で|名《な》も|高《たか》き
|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍《しやうぐん》が  |率《ひき》ゆるナイト|三千騎《さんぜんき》
|破竹《はちく》の|勢《いきほひ》|敵《てき》し|得《え》ず  |忽《たちま》ち|捕虜《ほりよ》となり|果《は》てて
|土蔵《どざう》の|中《なか》に|手足《てあし》をば  |縛《しば》りて|無残《むざん》に|投込《なげこ》まれ
|無念《むねん》の|涙《なみだ》を|絞《しぼ》る|折《をり》  |天女《てんによ》の|様《やう》なヒルナ|姫《ひめ》
|天《てん》の|一方《いつぱう》から|降《くだ》つて|来《き》て  ドツコイシヨウ ドツコイシヨウ
|色々雑多《いろいろざつた》と|道《みち》を|説《と》き  |抑《そもそも》|人《ひと》の|生涯《しやうがい》は
ラブ・イズ・ベストが|肝腎《かんじん》だ  などとしほらしい|事《こと》を|云《い》ふ
|仁慈《じんじ》に|富《と》める|此《この》|方《はう》は  |兇悪一途《きようあくいちづ》の|久米彦《くめひこ》を
やつと|説《と》き|伏《ふ》せ|刹帝利《せつていり》  |其《その》|他一同《たいちどう》を|解放《かいはう》し
|助《たす》けてやつたは|救世主《きうせいしゆ》  |神《かみ》に|等《ひと》しき|名将《めいしやう》ぞ
|其《その》|酬《むく》いにやヒルナ|姫《ひめ》  |一瞥《いちべつ》|城《しろ》を|傾《かたむ》ける
|様《やう》な|眼《まなこ》を|光《ひか》らして  |鬼春別《おにはるわけ》を|慇懃《いんぎん》に
もてなしくるる|楽《たの》しさよ  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|女《をんな》の|惚《ほ》れる|男《をとこ》ぞよ  |情《なさけ》を|知《し》つた|英雄《えいゆう》ぞ
コリヤ コリヤ|久米彦《くめひこ》|某《それがし》が  |申《まを》す|言葉《ことば》に|無理《むり》なかろ
アハハハハハ、アハハハハ。
オイ、ヒルナ、モ|一杯《いつぱい》ついでくれ。そして|一《ひと》つ|歌《うた》つたり|歌《うた》つたり』
ヒルナ|姫《ひめ》『|今度《こんど》|此《この》|度《たび》の|戦《いくさ》についてね  |私《わたし》の|好《す》きなは|只《ただ》|一人《ひとり》
|色《いろ》が|黒《くろ》うて|歯《は》が|田螺《たにし》  |眼団栗《まなこどんぐり》でベラ|作《さく》|眉毛《まゆげ》
|鼻《はな》は|唐獅子《からしし》|耳《みみ》|兎《うさぎ》  |繻子《しゆす》のシヤツポン|鉄《てつ》の|杖《つゑ》
ブリキの|様《やう》なサーベルさげて  |自《みづか》ら|率《ひき》ゆる|三千騎《さんぜんき》
こんな|男《をとこ》があればこそ  |今度《こんど》の|難儀《なんぎ》が|助《たす》かつた
かく|云《い》ふ|声《こゑ》はヒルナ|姫《ひめ》  |其《その》|肉体《にくたい》の|声《こゑ》だない
ランチ|将軍《しやうぐん》の|精霊《せいれい》が  |一寸《ちよつと》ヒルナの|体《たい》を|借《か》り
|憎《にく》まれ|口《ぐち》を|言《い》うたのだ  ドツコイシヨウ ドツコイシヨウ
ドツコイドツコイ ドツコイシヨウ  サーサ|之《これ》から|御本人《ごほんにん》
ヒルナの|姫《ひめ》に|任《まか》しませう。
モシ|将軍様《しやうぐんさま》、|又《また》|何《なん》だか、あたいに|憑《かか》りましたよ。どうか|退《の》けて|下《くだ》さいませぬかねえ』
|鬼春別《おにはるわけ》『ハハハハ、ヤツパリ|霊《みたま》が|良《い》いとみえて、|憑《うつ》り|易《やす》い|女《をんな》だのう。|併《しか》し|今日《けふ》は|酒《さけ》の|席《せき》だから、ランチだつて、ヤツパリ|俺《おれ》の|友人《いうじん》だ。|今日《けふ》は|一切《いつさい》|治外法権《ちぐわいはふけん》だから、|何《なん》でも|可《い》いワ、どうかお|前《まへ》の|本性《ほんしやう》で|一《ひと》つ|聞《き》かして|貰《もら》ひたいものだなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》、|一《ひと》つ|唄《うた》はして|頂《いただ》きませう』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|両手《りやうて》をピシヤピシヤ|叩《たた》き|乍《なが》ら、
ヒルナ|姫《ひめ》『|酒《さけ》を|呑《の》む|人《ひと》|真《しん》から|可愛《かあい》
|酔《よ》うてクダまきや|尚《なほ》|可愛《かあい》
|私《わたし》や|将軍《しやうぐん》さまに|本当《ほんたう》に|惚《ほれ》た
|石《いし》の|飛越《とびこ》え|見《み》えなんだ』
|鬼春別《おにはるわけ》『|妙々《めうめう》、モ|一《ひと》つ|唄《うた》つてくれぬか。|何《なん》だかお|前《まへ》の|声《こゑ》は|五臓六腑《ござうろつぷ》に|沁《し》み|渡《わた》るやうだ。|天女《てんによ》の|音楽《おんがく》だつてこれ|程《ほど》に|感動《かんどう》は|与《あた》へまいて、エヘヘヘヘヘ……オイ|久米彦《くめひこ》どうだ、カルナ|砲台《はうだい》は|非常《ひじやう》に|沈黙《ちんもく》してゐるだないか、ヤツパリ|霊相応《みたまさうおう》のナイスより|天《てん》から|与《あた》へられぬものと|見《み》えるね。ウツフフフフ』
|久米彦《くめひこ》『ヘン、|仰有《おつしや》いますワイ、……オイ、カルナ、お|前《まへ》も|夫《をつと》の|恥辱《ちじよく》を|雪《すす》ぐ|為《ため》、シツカリ|奪戦《ふんせん》してくれ』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ、|畏《かしこ》まりました。そんなら|噴火口《ふんくわこう》の|詰《つめ》をぬきますから、そこら|中《ぢう》に|火山灰《くわざんばひ》が|散《ち》るかも|知《し》れませぬよ。どうぞ|警戒《けいかい》を|願《ねが》ひます、|左様《さやう》なら|御一同様《ごいちどうさま》、|御免《ごめん》|下《くだ》さいませ』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、
カルナ|姫《ひめ》『わしの|好《す》きなは【ハルナ】の|都《みやこ》  ハルナハルナと|朝夕《あさゆふ》に
|神《かみ》の|願《ねがひ》を|掛《かけ》まくも  |畏《かしこ》き|神《かみ》の|御恵《おんめぐみ》
|恋《こい》しいお|方《かた》の|其《その》|前《まへ》で  お|酒《さけ》を|頂《いただ》く|嬉《うれ》しさよ
|世間《せけん》の|人《ひと》は|何《なに》なりと  |誹《そし》らば|誹《そし》れ|云《い》はば|云《い》へ
わが|赤心《まごころ》はハルナさま  |都《みやこ》にゐます|神《かみ》ぞ|知《し》る
|何程《なにほど》|好《す》きな|面《かほ》しても  |心《こころ》の|底《そこ》が|承知《しようち》せぬ
メツタに|操《みさを》は|破《やぶ》らない  |安心《あんしん》なされよハルナ|草《ぐさ》
もえ|立《た》つやうな|背《せ》の|君《きみ》よ  ハーレヤーレあれワのサー
コレワのサー  ヨーイヨーイ ヨーイトサ』
とうたひ|了《をは》り、ハルナに【だる】|相《さう》な|視線《しせん》を|投《な》げ|乍《なが》ら|久米彦《くめひこ》の|前《まへ》に|盃《さかづき》をつきつけ、
カルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》、エライ|不調法《ぶてふはふ》|申《まを》しました』
|久米彦《くめひこ》『エヘヘヘヘ、ヤツパリお|前《まへ》の|歌《うた》を|考《かんが》へて|見《み》ると、|俺《おれ》を|真剣《しんけん》に|思《おも》うてると|見《み》えるのう、|可愛《かあい》いものだ。イヒヒヒヒ、|鬼春別《おにはるわけ》|殿《どの》、|拙者《せつしや》のナイスの|歌《うた》は|此《この》|通《とほ》りで|厶《ござ》る、|何《なん》と|高等教育《かうとうけういく》を|受《う》けた|丈《だけ》あつて、|立派《りつぱ》な|者《もの》で|厶《ござ》らうがのう』
|鬼春別《おにはるわけ》『ヘヘン、|仰有《おつしや》いますワイ、|今《いま》にアフンとさしてやらう。サ、ヒルナ|姫《ひめ》、|夫《をつと》の|一大事《いちだいじ》だ、カルナを|美事《みごと》に|投《なげ》つけ、|久米彦《くめひこ》の|肝玉《きもだま》をひしぐは|今《いま》|此《この》|時《とき》だ。サ、|一杯《いつぱい》|呑《の》んで、|確《しつか》り|頼《たの》むよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『あたい、|又《また》|妙《めう》な|者《もの》が|憑《うつ》つたら|困《こま》りますワ。モウこらへて|下《くだ》さいな』
|鬼春別《おにはるわけ》『エエエ、|千騎一騎《せんきいつき》の|此《この》|場合《ばあひ》、モ|一《ひと》つで|可《い》いから、|飛切《とびき》り|上等《じやうとう》の|奴《やつ》を|放《ほ》り|出《だ》してくれ、|頼《たの》みだ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》がヒケをお|取《と》り|遊《あそ》ばすやうな|事《こと》があつては、あたい|済《す》みませぬから、そんなら|一《ひと》つうたつてみませう』
|鬼春別《おにはるわけ》『ウン、ヨシヨシ|出《で》かした|出《で》かした、シツカリ|頼《たの》むよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|歌《うた》へ|歌《うた》へとせき|立《た》てられて  |歌《うた》の|文句《もんく》に|困《こま》ります
さはさり|乍《なが》ら|今《いま》となり  |後《あと》へ|引《ひ》くのも|卑怯《ひけふ》だと
|金輪奈落《こんりんならく》の|力《ちから》|出《だ》し  |飛切《とびきり》|上等《じやうとう》の|名歌《めいか》をば
|一同様《いちどうさま》に|聞《き》かせませう  |妾《わらは》の|好《す》きなは|刹帝利《せつていり》
|刹帝利様《せつていりさま》を|助《たす》けたる  |心《こころ》の|鬼《おに》の|悪党《あくたう》な
やうに|思《おも》はれた|将軍《しやうぐん》さま  |鬼春別《おにはるわけ》の|君様《きみさま》は
|本当《ほんたう》に|本当《ほんたう》にのろい|人《ひと》  |人《ひと》は|見《み》かけによりませぬ
|妾《わらは》は|将軍《しやうぐん》の|心根《こころね》に  ゾツコン|惚《ほれ》てはゐるけれど
モ|一《ひと》つ|何《なん》だか|気《き》にかかる  |将軍様《しやうぐんさま》の|陣中《ぢんちう》へ
|奇妙《きめう》な|女《をんな》がやつて|来《き》て  |将軍様《しやうぐんさま》をばチヨロまかし
|魂《たましひ》|迄《まで》もぬき|取《と》つて  |一切《いつさい》|軍務《ぐんむ》を|打忘《うちわす》れ
|菎蒻腰《こんにやくごし》になられよかと  そればつかりが|心配《しんぱい》ぢや
イヤイヤ|心配《しんぱい》はしませぬよ  どうして|心配《しんぱい》するものか
|却《かへつ》て|安心《あんしん》|致《いた》します  |其《その》|故《ゆゑ》|如何《いかん》と|言《い》ふならば
|将軍様《しやうぐんさま》の|聰明《そうめい》な  |心《こころ》にしまりがあることを
|妾《わらは》は|信《しん》じてゐるからだ  |刹帝利《せつていり》さまを|助《たす》けたは
|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍《しやうぐん》が  |仁慈無限《じんじむげん》の|御心《みこころ》の
|発露《はつろ》なりとは|言《い》ふものの  |陰《かげ》に|女性《ぢよせい》がつきまとひ
|操《あやつ》つて|居《を》つたのだ|皆《みな》さまよ  ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨー
|将軍《しやうぐん》さまは|偉《えら》い|人《ひと》  |女《をんな》にかけたら|尚《なほ》エライ
|鼻《はな》を|捻《ね》ぢられ|手《て》をかかれ  |鬚《ひげ》をしやくられ|面体《めんてい》に
|痰《たん》や|唾《つばき》をかけられて  それでも|一寸《ちよつと》も|怒《おこ》らない
|寛仁大度《くわんじんたいど》の|御精神《ごせいしん》  |見下《みさ》げたものでドツコイシヨ
|見上《みあ》げたお|方《かた》で|厶《ござ》います  こんなお|方《かた》と|添《そ》へぬなら
|妾《わらは》は|死《し》んだがマシですよ  |妾《わらは》の|本当《ほんたう》に|好《す》きなのは
ビクの|都《みやこ》の|刹帝利《せつていり》  ビクトリヤ|王《わう》さまを|助《たす》けたる
|誠《まこと》の|誠《まこと》の|勇士《ゆうし》ぞや  お|情深《なさけぶか》い|英雄《えいゆう》の
|心事《しんじ》にホロリとなりました  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|目玉《めだま》|飛出《とびだ》しましませよ  ア、オツトドツコイ|惟神《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ』
と|一方《いつぱう》は|刹帝利《せつていり》に|向《むか》つて|自分《じぶん》の|赤心《せきしん》を|現《あら》はし|乍《なが》らも、|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》がカンづかないやうに、うまくうたつてのけた。|此《この》|歌《うた》を|聞《き》くより、|刹帝利《せつていり》、|左守《さもり》、|右守《うもり》、ハルナ、タルマンの|面々《めんめん》は|始《はじ》めて、|両女《りやうぢよ》が|赤心《せきしん》を|悟《さと》り|且《かつ》|未《いま》だ|身《み》を|汚《けが》してゐない|事《こと》を|確《たしか》め、|心中《しんちう》|深《ふか》く|感激《かんげき》した。
|両将軍《りやうしやうぐん》は|二人《ふたり》の|女《をんな》に|盛《も》り|潰《つぶ》され、|女《をんな》の|膝《ひざ》を|枕《まくら》にして、|前後《ぜんご》も|知《し》らずゴロリと|倒《たふ》れ、グウグウと|鼾《いびき》をかき|出《だ》した。|刹帝利《せつていり》を|始《はじ》め、|左守《さもり》、|右守《うもり》、ハルナはソツと|此《この》|場《ば》を|立去《たちさ》り、|別殿《べつでん》に|入《い》つてホツと|息《いき》をつぎ、|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見合《みあは》せて、|二人《ふたり》の|女《をんな》が|辣腕《らつわん》を、|目《め》と|目《め》を|以《もつ》て|褒《ほ》めそやし|居《ゐ》たりけり。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
第一七章 |奉還状《ほうくわんじやう》〔一三八〇〕
|刹帝利《せつていり》、|左守《さもり》、|右守《うもり》|其《その》|外《ほか》|一同《いちどう》は、|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》|及《および》|四人《よにん》の|副官《ふくくわん》や|属僚《ぞくれう》が|酒《さけ》に|酔《よ》ひつぶれ、|前後《ぜんご》も|知《し》らず|寝込《ねこ》んだのを|見《み》すまし、|漸《やうや》く|口《くち》を|開《ひら》き|善後策《ぜんごさく》につき|相談会《さうだんくわい》をヒソビソと|始《はじ》め|出《だ》した。
タルマン『|刹帝利様《せつていりさま》を|始《はじ》め|皆々様《みなみなさま》、|実《じつ》に|意外《いぐわい》の|好結果《かうけつくわ》を|得《え》たもので|厶《ござ》いますなア。|是《こ》れ|全《まつた》く|盤古神王様《ばんこしんのうさま》の|御守護《ごしゆご》の|致《いた》す|所《ところ》は|申《まを》すに|及《およ》ばず、|貞婦烈婦《ていふれつぷ》のヒルナ|姫様《ひめさま》、カルナ|姫様《ひめさま》の|必死《ひつし》の|御活動《ごくわつどう》が|此処《ここ》に|到《いた》らしめたものと|考《かんが》へます。|誠《まこと》にこんな|有難《ありがた》い|事《こと》は|厶《ござ》いませぬなア』
|刹帝利《せつていり》『|感《かん》じ|入《い》つたる|両女《りやうぢよ》の|働《はたら》き、|其方等《そのはうら》も|王家《わうけ》の|為《ため》、|国家《こくか》の|為《ため》に|随分《ずいぶん》|骨《ほね》を|折《を》つてくれたなア。|実《じつ》に|感謝《かんしや》の|至《いた》りだ』
タルマン『|刹帝利様《せつていりさま》に|一寸《ちよつと》|伺《うかが》つておきたいので|厶《ござ》いますが、|貴方《あなた》はヒルナ|姫《ひめ》に|暇《ひま》をお|出《だ》し|遊《あそ》ばしたが、|併《しか》し|乍《なが》ら|斯《か》くの|如《ごと》く|勲功《くんこう》が|顕《あら》はれた|上《うへ》は、|元《もと》のお|妃《きさき》にお|直《なほ》し|遊《あそ》ばすで|厶《ござ》いませうなア』
|刹帝利《せつていり》『|彼《か》れの|如《ごと》き|貞婦烈婦《ていふれつぷ》は、|又《また》と|世界《せかい》にあらうまい。|此《この》|方《はう》も|彼《かれ》の|為《ため》に|国家《こくか》の|危急《ききふ》を|救《すく》はれたのだから、|少々《せうせう》の|過《あやまち》がありとて、|国《くに》を|思《おも》ふ|為《ため》にやつた|仕事《しごと》だから、|別《べつ》に|咎《とがめ》る|訳《わけ》には|行《ゆ》くまい。|此《この》|件《けん》に|付《つ》いては|其方《そなた》に|一任《いちにん》|致《いた》す』
タルマン『|早速《さつそく》の|御承知《ごしようち》、|有難《ありがた》う|存《ぞん》じまする。ヒルナ|姫様《ひめさま》もさぞ|御満足《ごまんぞく》|遊《あそ》ばすことで|厶《ござ》いませう』
|左守《さもり》『ヒルナ|姫様《ひめさま》と|云《い》ひ、カルナ|姫《ひめ》と|云《い》ひ、|実《じつ》に|天晴《あつぱれ》な|者《もの》だ。|右守司《うもりのかみ》の|率《ひき》ゆる|軍隊《ぐんたい》も|相当《さうたう》にあつたけれど、|弱将《じやくしやう》の|下《もと》に|弱卒《じやくそつ》ありとでも|言《い》ふものか、|一人《ひとり》も|間《あひだ》に|合《あ》はなかつた。カルナ|姫《ひめ》は|右守殿《うもりどの》の|妹《いもうと》と|云《い》ひ|乍《なが》ら|実《じつ》に|天晴《あつぱれ》の|女丈夫《ぢよぢやうぶ》だ。ハルナ、|其方《そなた》も|手疵《てきず》を|負《お》うて|苦《くる》しからうが、あれ|位《くらゐ》な|女房《にようばう》を|持《も》つ|上《うへ》は|聊《いささ》か|慰《なぐさ》むる|所《ところ》があるだらうのう』
ハルナ『ハイ』
と|云《い》つたきり|面《かほ》|赤《あか》らめて|俯《うつむ》いてゐる。
|左守《さもり》『|斯《か》く|和合《わがふ》の|出来《でき》た|上《うへ》は、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》はヨモヤ、ビク|城《じやう》の|軍隊《ぐんたい》まで|指揮《しき》せうとは|致《いた》すまい。バラモン|軍《ぐん》はバラモン|軍《ぐん》として、|又《また》|別《べつ》に|陣営《ぢんえい》を|造《つく》るであらう。さすれば|此《この》|際《さい》|右守殿《うもりどの》の|兵馬《へいば》の|権《けん》を、スツパリと|刹帝利様《せつていりさま》に|奉還《ほうくわん》なさるが|可《よ》からうと|存《ぞん》ずるが、|右守殿《うもりどの》|如何《いかが》で|厶《ござ》らうな。|其《その》|方《はう》は|内憂外患《ないいうぐわいくわん》を|防《ふせ》ぐ|為《ため》の|軍隊《ぐんたい》だと|主張《しゆちやう》し|乍《なが》ら、|国家《こくか》|危急《ききふ》の|場合《ばあひ》になつてから|弱腰《よわごし》をぬかし、|此《この》|城内《じやうない》をして|零敗《ぜろはい》の|憂目《うきめ》に|陥《おちい》らしめたのは|全《まつた》く|其方《そなた》の|責任《せきにん》で|厶《ござ》るぞ。|其方《そなた》も|一片《いつぺん》の|赤心《せきしん》あらば、|此《この》|際《さい》|罪《つみ》を|陳謝《ちんしや》し、スツパリと|兵馬《へいば》の|権《けん》を、|王様《わうさま》にお|還《かへ》しめされ』
|右守《うもり》はさも|不愉快《ふゆくわい》な|面《かほ》をし|乍《なが》ら、
|右守《うもり》『これは|心得《こころえ》ぬ|左守殿《さもりどの》のお|言葉《ことば》、|拙者《せつしや》の|家《いへ》は|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》る|家筋《いへすぢ》なれば、|其《その》|家系《かけい》より|生《うま》れたるカルナ|姫《ひめ》は、|拙者《せつしや》に|代《かは》つて|軍功《ぐんこう》を|立《た》てたでは|厶《ござ》らぬか。カルナ|姫《ひめ》は|左守《さもり》の|家《いへ》に|遣《つか》はしたりとは|云《い》へ、ヤハリ|右守家《うもりけ》に|生《うま》れた|者《もの》、|右守家《うもりけ》に|生《うま》れたカルナ|姫《ひめ》が|斯《かく》の|如《ごと》き|勲功《くんこう》を|立《た》てた|上《うへ》は、|決《けつ》して|右守家《うもりけ》に|兵馬《へいば》の|実力《じつりよく》がないとは|言《い》はれますまい。|千軍万馬《せんぐんばんば》を|動《うご》かして|勝利《しようり》を|得《う》るも、|又《また》|一人《ひとり》の|女《をんな》に|仍《よ》つて、|目的《もくてき》を|完全《くわんぜん》に|達《たつ》するも|同《おな》じ|事《こと》では|厶《ござ》らぬか。|又《また》ヒルナ|姫《ひめ》は|拙者《せつしや》が|親族《しんぞく》の|娘《むすめ》、ヤハリ|右守家《うもりけ》の|系統《けいとう》を|曳《ひ》いた|者《もの》、|之《これ》を|思《おも》へば、どこどこ|迄《まで》も、|右守《うもり》が|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》つて|居《を》らなくては、ビクの|国家《こくか》は|保《たも》たれますまい。|左守殿《さもりどの》は|老齢《らうれい》の|事《こと》とてチツと|計《ばか》り|耄碌《まうろく》|遊《あそ》ばしたなア』
|左守《さもり》『|邪智侫弁《じやちねいべん》を|揮《ふる》つて、|飽《あ》く|迄《まで》|野望《やばう》を|達《たつ》せむとする|憎《につ》くき|其方《そなた》の|心根《こころね》、いいかげんに|改心《かいしん》なさらぬと、|神罰《しんばつ》|立所《たちどころ》に|至《いた》りますぞ。|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|王妃《わうひ》を|取込《とりこ》み、|且《かつ》|道《みち》ならぬ|道《みち》を|行《おこな》はしめ、|遂《つひ》には|不羈《ふき》の|謀計《ぼうけい》を|達《たつ》せむと|致《いた》した|極重悪人《ごくぢうあくにん》、|世《よ》が|世《よ》ならば、|逆磔《さかはり》にしても|許《ゆる》し|難《がた》き|其方《そなた》なれども、|何《なに》を|云《い》つても|其方《そなた》は|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》つてゐた|実権者《じつけんしや》だから、|刹帝利様《せつていりさま》も|涙《なみだ》を|呑《の》んで|今日《けふ》|迄《まで》お|忍《しの》び|遊《あそ》ばしたのだ。|此《この》|左守《さもり》だとて|其《その》|通《とほ》り、|又《また》ヒルナ|姫様《ひめさま》も|国家《こくか》を|思《おも》ふ|一念《いちねん》より、いろいろと|御苦心《ごくしん》|遊《あそ》ばした|跡《あと》は、|歴然《れきぜん》として|居《を》りますぞ。|其方《そなた》も|右守《うもり》の|家《いへ》に|生《うま》れたものならば、なぜ|男《をとこ》らしく|割腹《かつぷく》して|王《わう》の|前《まへ》に|罪《つみ》を|謝《しや》するか|又《また》、|兵馬《へいば》の|権《けん》を|奉還《ほうくわん》して、|民家《みんか》に|下《くだ》り|其《その》|罪《つみ》を|陳謝《ちんしや》なさらぬか』
|右守《うもり》は|少時《しばし》|考《かんが》へて|居《ゐ》たが、|何《なに》か|心《こころ》に|頷《うなづ》き|厭《いや》らしい|目付《めつき》をし|乍《なが》ら、|俄《にはか》に|下座《げざ》に|直《なほ》り|両手《りやうて》を|仕《つか》へ、
|右守《うもり》『ハハア、|刹帝利様《せつていりさま》、|其《その》|外《ほか》のお|歴々様《れきれきさま》、|右守《うもり》は|今日《こんにち》|只今《ただいま》より、|仰《おほせ》に|従《したが》ひ|前非《ぜんぴ》を|悔《く》い、|兵馬《へいば》の|権《けん》を|奉還《ほうくわん》|仕《つかまつ》りますれば、|何卒《なにとぞ》|御受取《おうけと》り|下《くだ》さいませ。そして|吾々《われわれ》の|罪《つみ》、お|赦《ゆる》し|下《くだ》さらば|右守《うもり》は|民間《みんかん》に|下《くだ》り、|首陀《しゆだ》となつて|田園生活《でんえんせいくわつ》に|余生《よせい》を|送《おく》る|考《かんが》へで|厶《ござ》います』
|刹帝利《せつていり》は|左右《さいう》を|顧《かへり》み、
|刹帝利《せつていり》『タルマン、|左守殿《さもりどの》、|今《いま》|右守《うもり》の|申《まを》した|事《こと》、|汝等《なんぢら》に|異存《いぞん》は|無《な》いか』
タルマン、|左守《さもり》はハツと|頭《かしら》を|下《さ》げ、
|左守《さもり》『|吾々《われわれ》は|此《この》|事《こと》あらしめむと、|日夜《にちや》|心《こころ》を|悩《なや》ませ|居《を》りました|者《もの》、いかでか|異存《いぞん》の|厶《ござ》いませうや』
|刹帝利《せつていり》『ウン、|然《しか》らば|右守《うもり》の|願《ねがひ》を|許《ゆる》すであらう、|右守《うもり》、|有難《ありがた》く|思《おも》へ』
|右守《うもり》『ハイ、|君《きみ》の|御仁慈《ごじんじ》、|肝《きも》に|銘《めい》じ、|有難《ありがた》く|存《ぞん》じ|奉《たてまつ》ります』
|左守《さもり》『ヤア|右守殿《うもりどの》、|天晴《あつぱれ》|々々《あつぱれ》、|武士《ぶし》はさうなくては|叶《かな》はぬ。|然《しか》らばここで|奉還状《ほうくわんじやう》をお|認《したた》めなさい。そして|拇印《ぼいん》を|押《お》して|貰《もら》ひませう』
|右守《うもり》は|此《この》|言葉《ことば》にハツと|当惑《たうわく》し、……|奉還状《ほうくわんじやう》を|書《か》いたが|最後《さいご》、|自分《じぶん》の|地位《ちゐ》は|台《だい》なしになつて|了《しま》ふ。コリヤ|困《こま》つた|破目《はめ》に|陥《おちい》つたものだ……と|思《おも》ひ|乍《なが》ら、さすが|老獪《らうくわい》な|右守《うもり》、|素知《そし》らぬ|面《かほ》にて、
|右守《うもり》『|刹帝利様《せつていりさま》に|恐《おそ》れ|謹《つつし》み|申《まを》し|上《あ》げます。|拙者《せつしや》も|右守家《うもりけ》を|相続《さうぞく》|致《いた》す|武士《ぶし》の|片割《かたわ》れ、|一旦《いつたん》|奉還《ほうくわん》すると|申上《まをしあ》げた|以上《いじやう》は、|決《けつ》して|変《へん》がへは|致《いた》しませぬ。|武士《ぶし》の|言葉《ことば》に|二言《にごん》は|厶《ござ》いませぬ。|何卒《なにとぞ》|私《わたくし》の|人格《じんかく》を|買《か》つて|下《くだ》さいませ。|言葉《ことば》の|上《うへ》にて|奉還《ほうくわん》さして|頂《いただ》きたう|厶《ござ》います』
|左守《さもり》は|厳然《げんぜん》として|言葉《ことば》|鋭《するど》く、
|左守《さもり》『|右守殿《うもりどの》、|人格《じんかく》を|認《みと》めよと|言《い》はれたが、|其方《そなた》に|人格《じんかく》があると|思《おも》はるるか、よく|胸《むね》に|手《て》を|当《あ》ててお|考《かんが》へなされ。|能《よ》くもマア|左様《さやう》な|図々《づうづう》しい|事《こと》がいへるものだなア』
|右守《うもり》『|御不承知《ごふしようち》とあれば|已《や》むを|得《え》ませぬ。|然《しか》らば|武士《ぶし》の|言葉《ことば》であれど、|奉還《ほうくわん》すると|申出《まをしい》でた|事《こと》は、|刹帝利様《せつていりさま》|始《はじ》めお|歴々《れきれき》のお|気《き》に|召《め》さぬと|見《み》えまする。|此《この》|上《うへ》は|止《や》むを|得《え》ませぬ、|依然《いぜん》として|祖先《そせん》の|家《いへ》を|継《つ》ぎ、|右守《うもり》となつて|兵馬《へいば》の|権《けん》を|掌握《しやうあく》するで|厶《ござ》いませう』
タルマン『|右守殿《うもりどの》、|苟《いやし》くも|王様《わうさま》の|前《まへ》に|申上《まをしあ》げた|言葉《ことば》、|決《けつ》して|後《あと》へは|引《ひ》かれますまい。|左様《さやう》な|没義道《もぎだう》な|事《こと》を|仰《おほせ》らるるならば、やむを|得《え》ませぬ。|拙者《せつしや》にも|考《かんが》へが|厶《ござ》る』
と|片方《かたはう》にあつた|弓《ゆみ》に|鏑矢《かぶらや》をつがへ、|満月《まんげつ》の|如《ごと》く|引《ひき》しぼつて、|矢《や》の|穂先《ほさき》を|右守《うもり》の|面体《めんてい》に|向《む》けた。|流石《さすが》の|右守《うもり》も|之《これ》には|辟易《へきえき》し、サツと|面色《かほいろ》を|変《か》へ、|唇《くちびる》を|慄《ふる》はせ|乍《なが》ら、
|右守《うもり》『イヤ、たつて、|自説《じせつ》を|主張《しゆちやう》しようとは|申《まを》しませぬ。あ、|然《しか》らば|奉還《ほうくわん》|致《いた》しませう』
タルマンは|尚《なほ》も|弓《ゆみ》を|満月《まんげつ》に|張《は》り、アウンの|息《いき》を|凝《こ》らしてゐる。タルマンの|弦《つる》にかかつた|拇指《おやゆび》が|一寸《ちよつと》でも|動《うご》いたが|最後《さいご》、|右守《うもり》の|命《いのち》は|忽《たちま》ち|風前《ふうぜん》の|灯火《ともしび》である、|否《いな》|寂滅《じやくめつ》に|陥《おちい》るのである。
|左守《さもり》『|然《しか》らば|右守殿《うもりどの》、サ、|早《はや》く、|此処《ここ》に|料紙《れうし》も|硯《すずり》も|厶《ござ》れば、|奉還状《ほうくわんじやう》を|御認《おしたた》めなされ』
|右守《うもり》は|歯《は》ぎしりし|乍《なが》ら、
『ああ|是非《ぜひ》に|及《およ》ばぬ』
と|小声《こごゑ》に|呟《つぶや》きつつ、|机《つくゑ》に|向《むか》ひ|筆《ふで》を|染《そ》め|料紙《れうし》に|対《たい》して、|手《て》をビリビリ|慄《ふる》はせ|乍《なが》ら、|奉還状《ほうくわんじやう》を|認《したた》め、|左守《さもり》の|手《て》に|渡《わた》した。|左守《さもり》は|一度《いちど》|文面《ぶんめん》を|検《あらた》めむと、よくよく|見《み》れば、
一、|拙者《せつしや》|事《こと》、|右守家《うもりけ》の|相続人《さうぞくにん》として、|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》り、|国家《こくか》の|保護《ほご》に|任《にん》じ、|今日《こんにち》|迄《まで》|何《なん》の|不都合《ふつがふ》もなく、ビクの|国《くに》|及《およ》び|王家《わうけ》をして|泰山《たいざん》の|安《やす》きにおきたる|事《こと》、|右守家《うもりけ》の|相続者《さうぞくしや》として|茲《ここ》に|刹帝利様《せつていりさま》に|軍職奉還《ぐんしよくほうくわん》の|義《ぎ》を|申出《まをしい》づる|事《こと》を|光栄《くわうえい》とす。
一、|此《この》|度《たび》のバラモン|軍《ぐん》の|襲撃《しふげき》に|際《さい》し、|右守家《うもりけ》に|生《うま》れたるカルナ|姫《ひめ》の|軍功《ぐんこう》は、|右守家《うもりけ》が|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》れる|家系《かけい》にして|勇壮活溌《ゆうさうくわつぱつ》な|血液《けつえき》の|伝《つた》はり|居《を》る|事《こと》を|検証《けんしよう》したるを|以《もつ》て|光栄《くわうえい》とす。
一、|刹帝利《せつていり》の|妃《きさき》ヒルナ|姫《ひめ》は、ヤハリ|右守家《うもりけ》の|血統《けつとう》より|生《うま》れ、|今日《こんにち》の|軍功《ぐんこう》を|立《た》て、|祖先《そせん》の|血統《けつとう》を|明《あきら》かにせしことを|光栄《くわうえい》とす。
一、|右《みぎ》の|如《ごと》く|軍功《ぐんこう》|顕著《けんちよ》なる|家柄《いへがら》なるを|以《もつ》て、ここ|三年《さんねん》の|間《あひだ》は|此《この》|儘《まま》|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》り|刹帝利殿《せつていりどの》を|始《はじ》め、|左守《さもり》に|軍学《ぐんがく》の|素養《そやう》|備《そな》はりし|時《とき》を|以《もつ》て、|兵馬《へいば》の|権《けん》を|奉還《ほうくわん》する|事《こと》を|約《やく》す。
|右《みぎ》の|条々《でうでう》|相違《さうゐ》|之《こ》れなく|候也《さふらふなり》。
|年月日《ねんぐわつぴ》   |右守《うもり》、ベルツ
と|記《しる》してある。|左守《さもり》は|口《くち》をへの|字《じ》にまげ、|改《あらた》めて|王《わう》の|前《まへ》に|朗読《らうどく》した。|王《わう》は|無言《むごん》のまま|一言《いちごん》も|発《はつ》せず、|口《くち》を|結《むす》んで|控《ひか》えてゐる。タルマンは|弓《ゆみ》に|矢《や》を|番《つが》へ|乍《なが》ら、
タルマン『|右守殿《うもりどの》、|此《この》|条文《でうぶん》に|仍《よ》れば、|其方《そなた》が|兵馬《へいば》の|権《けん》に|恋々《れんれん》たる|執着心《しふちやくしん》は|十二分《じふにぶん》に|現《あら》はれてゐることを|認《みと》めざる|得《え》ない。|傲慢不遜《がうまんふそん》の|言詞《げんじ》を|改《あらた》め、キツパリと|男《をとこ》らしく、|直様《すぐさま》|奉還《ほうくわん》|致《いた》す|様《やう》お|書替《かきか》へなさい。|左様《さやう》な|奉還状《ほうくわんじやう》は|反古《ほご》|同様《どうやう》で|厶《ござ》る』
|左守《さもり》『|右守殿《うもりどの》、タルマンの|言《い》はるる|通《とほ》り、サ、|素直《すなほ》に、|男《をとこ》らしく、キツパリと|奉還状《ほうくわんじやう》をお|認《したた》めなされ』
|右守《うもり》『サア、それは、|暫《しばら》くの|御猶予《ごいうよ》を|願《ねが》ひ、|沈思黙考《ちんしもくかう》の|上《うへ》|認《したた》めて|呈出《ていしゆつ》|致《いた》すで|厶《ござ》らう』
タルマン『|右守殿《うもりどの》、|侫弁《ねいべん》を|揮《ふる》ひ、|一時《いちじ》を|糊塗《こと》し、|此《この》|場《ば》を|遁《のが》れて、|又《また》もや|野心《やしん》を|企《たく》む|所存《しよぞん》であらうがな。|汝《なんぢ》が|面体《めんてい》に|歴然《れきぜん》と|現《あら》はれて|居《を》りますぞ』
と|心《こころ》の|底《そこ》まで|矢《や》を|射《い》ぬかれて、|遁《のが》るる|途《みち》なく|執着心《しふちやくしん》の|鬼《おに》を|押《おさ》へ|乍《なが》ら、|引《ひ》くに|引《ひ》かれず|進《すす》むに|進《すす》まれぬ|此《この》|場《ば》の|仕儀《しぎ》と|決心《けつしん》の|臍《ほぞ》を|固《かた》めて、|再《ふたた》び|状《じやう》を|認《したた》め|始《はじ》めた。
|兵権奉還状《へいけんほうくわんじやう》の|事《こと》
一、|今日《こんにち》|迄《まで》|右守家《うもりけ》の|祖先《そせん》がビクトリヤ|家《け》より|委託《ゐたく》されたる|兵馬《へいば》の|権《けん》を|悉皆《しつかい》、|現刹帝利《げんせつていり》ビクトリヤ|王《わう》の|御許《みもと》に|奉還《ほうくわん》|仕《つかまつ》り|度《たく》|候《さふらふ》|間《あひだ》、|何卒《なにとぞ》|特別《とくべつ》の|御詮議《ごせんぎ》を|以《もつ》て|御採納《ごさいなふ》|下《くだ》され|度《たく》、|偏《ひとへ》に|懇願《こんぐわん》|奉《たてまつ》り|候《さふらふ》|也《なり》。
|年月日《ねんぐわつぴ》   |右守《うもり》、ベルツ
と|記《しる》し、|左守《さもり》の|手《て》に|渡《わた》した。|左守《さもり》は|又《また》|之《これ》を|王《わう》の|前《まへ》に|朗読《らうどく》した。
|刹帝利《せつていり》『ウン、ヨシ、|直様《すぐさま》|聞届《ききとどけ》る。|一時《いちじ》も|早《はや》く|左守司《さもりのかみ》に|引《ひき》つぎを|致《いた》せよ。|併《しか》し|乍《なが》ら|之《これ》に|念《ねん》の|為《ため》に、|拇印《ぼいん》を|押《お》しておくがよい』
|右守《うもり》『|拇印《ぼいん》を|押《お》すべき|処《ところ》なれど、|昨日《さくじつ》の|騒動《さうだう》にカルナの|奴《やつ》に|腕《うで》を|傷《きず》つけられ、|指《ゆび》の|先《さき》|迄《まで》|痛《いた》みを|感《かん》じ|到底《たうてい》|拇印《ぼいん》は|出来《でき》ませぬ。|全快《ぜんくわい》する|迄《まで》|御猶予《ごいうよ》を|願《ねが》ひまする』
|左守《さもり》『|右守《うもり》の|創《きず》は|右《みぎ》の|手《て》では|厶《ござ》らぬか、|拇印《ぼいん》は|左《ひだり》の|手《て》に|限《かぎ》りますぞ。サ、|早《はや》く|押《お》して|貰《もら》ひたい』
と|前《まへ》へ|突《つ》き|出《だ》す。タルマンは|弓《ゆみ》に|矢《や》を|番《つが》へたまま、|右守《うもり》の|面体《めんてい》を|睨《にら》みつけてゐる。|右守《うもり》は|後日《ごじつ》の|言《い》ひ|掛《がか》りを|拵《こしら》へん|為《ため》、ソツと|右《みぎ》の|鬢《びん》の|毛《け》を【むし】り、|指《ゆび》に|当《あ》て、|墨《すみ》をつけて|拇印《ぼいん》を|押《お》した。これは|指紋《しもん》を|誤魔《ごま》かさむが|為《ため》である。|左守《さもり》は|目敏《めざと》く|之《これ》を|見《み》て、
|左守《さもり》『|右守殿《うもりどの》、|此《この》|拇印《ぼいん》は|間違《まちが》つて|厶《ござ》る。マ|一度《いちど》|押《お》し|直《なほ》して|貰《もら》ひたい』
|右守《うもり》『これは|心得《こころえ》ぬ|左守殿《さもりどの》の|言葉《ことば》、|拙者《せつしや》の|左《ひだり》の|拇指《おやゆび》は|一本《いつぽん》より|厶《ござ》らぬ。|之《これ》がお|気《き》に|入《い》らなくば、|左守殿《さもりどの》、|拙者《せつしや》の|代理《だいり》に|其方《そなた》が|立派《りつぱ》に|押《お》しておいて|下《くだ》され』
|左守《さもり》『|益々《ますます》|以《もつ》て|不埒千万《ふらちせんばん》な|右守《うもり》の|言葉《ことば》、|髪《かみ》の|毛《け》を|以《もつ》て|指紋《しもん》を|変《へん》じ、|後日《ごじつ》の|言《い》ひがかりを|拵《こしら》へむとの、|伏線《ふくせん》で|厶《ござ》らうがな。|左様《さやう》な|事《こと》の、|老眼《らうがん》と|雖《いへど》も、|分《わか》らぬ|拙者《せつしや》では|厶《ござ》らぬ。サ、|早《はや》く|男《をとこ》らしく|捺印《なついん》なされ』
|右守《うもり》は|無念《むねん》の|涙《なみだ》を|零《こぼ》し|乍《なが》ら、|進退《しんたい》|惟《こ》れ|谷《きは》まつて、|厭々《いやいや》|乍《なが》らも、|今度《こんど》は|本当《ほんたう》に|拇印《ぼいん》を|捺《お》した。
|左守《さもり》『ヤ、|天晴《あつぱれ》|々々《あつぱれ》、|刹帝利様《せつていりさま》、|之《これ》にて|手続《てつづ》きは|済《す》みまして|厶《ござ》います。お|目出度《めでた》う|御座《ござ》います。ヤ、|右守殿《うもりどの》、|其方《そなた》も|目出度《めでた》いなア』
|右守《うもり》『ハイ、|根《ね》つから……お|目出度《めでた》う|厶《ござ》います』
と|歯切《はぎ》れせぬ|答弁《たふべん》をやつてゐる。|右守《うもり》は|刹帝利《せつていり》に|向《むか》ひ、
|右守《うもり》『|目出度《めでた》く|奉還《ほうくわん》を|御許可《ごきよか》|下《くだ》さいました|上《うへ》は、|拙者《せつしや》は|館《やかた》に|帰《かへ》り、|暫《しばら》く|謹慎《きんしん》を|致《いた》し、|君《きみ》の|御命令《ごめいれい》を|御待《おま》ち|致《いた》します。|何分《なにぶん》|宜《よろ》しく|御願《おねが》ひ|致《いた》します』
と|言《い》ひ|乍《なが》ら、タルマン、|左守《さもり》|其《その》|他《た》の|面々《めんめん》を|尻目《しりめ》にかけ|乍《なが》ら、ドシドシと|廊下《らうか》をワザと|鳴《な》らして|出《い》でて|行《ゆ》く。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
第一八章 |八当狸《やつあたり》〔一三八一〕
|右守司《うもりのかみ》のベルツは|不機嫌《ふきげん》な|顔《かほ》して、|入口《いりぐち》に|並《なら》べてあつた|箒《はうき》やバケツを|蹴《け》り|倒《たふ》し、はね|飛《と》ばし|乍《なが》ら|玄関《げんくわん》から|上《あが》つて、そこにおとなしく|留守番《るすばん》をしてゐた|桐《きり》の|火鉢《ひばち》を|無残《むざん》にも|蹴《け》り|倒《たふ》し、|欄間《らんま》の|額《がく》を|引《ひき》おろし、バチバチバチと|足《あし》にて|踏《ふ》み|砕《くだ》き、|襖《ふすま》を|押倒《おしたふ》し、|畳《たたみ》ざわりも|荒々《あらあら》しく|奥《おく》の|間《ま》に|入《はい》つて、
|右守《うもり》『コラーツ、|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も|一寸《ちよつと》|来《こ》い』
と|呶鳴《どな》り|立《た》てた。|上女中《かみぢよちう》も|下女中《しもぢよちう》も|下男《しもをとこ》も、|此《この》|声《こゑ》に|驚《おどろ》いて|縮《ちぢ》み|上《あが》り、|次《つぎ》の|間《ま》に|頭《かしら》を|下《さ》げ、
『|旦那様《だんなさま》、|何《なん》ぞ|御用《ごよう》で|厶《ござ》いますか』
と|慄《ふる》ひ|慄《ふる》ひ|伺《うかが》つてゐる。|右守《うもり》は|気《き》がモシヤクシヤしてたまらず、|見《み》る|者《もの》さはる|者《もの》|八当《やつあた》りに|当《あた》らねば|胸《むね》が|鎮《しづ》まらなかつた。
|右守《うもり》『|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も、|此処《ここ》へ|来《こ》いツ』
|七八人《しちはちにん》の|男女《だんぢよ》は|恐《おそ》る|恐《おそ》る|側《そば》により、
『|旦那様《だんなさま》、お|気分《きぶん》が|悪《わる》う|厶《ござ》いますか、お|肩《かた》を|揉《も》まして|頂《いただ》きませう』
と|優《やさ》しい|女《をんな》が|左右《さいう》からかかるのを、
|右守《うもり》『エーエ、|煩《うる》さい、そつちへ|行《ゆ》けツ』
と|叱《しか》り|飛《と》ばし、|側《そば》にあつた|火鉢《ひばち》をポンとぶつつけた。|男女《だんぢよ》は|驚《おどろ》いて|逃《に》げようとするのを|見《み》て、|又《また》ベルツは、
|右守《うもり》『コリヤ、どこへ|行《ゆ》く、|主人《しゆじん》の|許《ゆる》しを|受《う》けずに|勝手《かつて》に|動《うご》くといふ|事《こと》があるかツ』
『ハイハイ』『ヘイヘイ』と|一同《いちどう》は|跼《しやが》んでゐる。|右守《うもり》は|又《また》もや、
|右守《うもり》『|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も|一斉《いつせい》に|面《つら》を|上《あ》げい』
と|呶鳴《どな》る。|止《や》むを|得《え》ず|一同《いちどう》は|顔《かほ》を|上《あ》げた。|右守《うもり》はツト|立《た》つて、|塵払《ちりはらひ》を|取《と》り、
|右守《うもり》『エエ|刹帝利《せつていり》|奴《め》』
と|言《い》つて、|下男《げなん》の|横面《よこづら》を|擲《なぐ》りつける。|擲《なぐ》られて|悲鳴《ひめい》をあげ、そこに|倒《たふ》れるのを|組付《くみつ》け、|蹴《け》り|倒《たふ》し、|又《また》|次《つぎ》へまはつて、
|右守《うもり》『コレ、タルマン』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら|横面《よこづら》をポンと|蹴《け》りちらし、
|右守《うもり》『|貴様《きさま》は|左守《さもり》だ……ハルナだ。……』
とメツタ|打《う》ちに|打《う》ちのめし、|次《つぎ》に|女《をんな》の|方《はう》に|矛《ほこ》を|向《む》け、
|右守《うもり》『|貴様《きさま》はヒルナだ、……カルナだ……』
と|髪《かみ》の|毛《け》をひん|握《にぎ》り、|座敷中《ざしきちう》を|引《ひ》きまはす。|男《をとこ》も|女《をんな》も|悲鳴《ひめい》をあげキヤーキヤー ワンワンと|忽《たちま》ち|右守《うもり》の|奥《おく》の|間《ま》は|阿鼻叫喚《あびけうくわん》の|巷《ちまた》と|化《くわ》して|了《しま》つた。そこへ|宙《ちう》を|飛《と》んで|帰《かへ》つて|来《き》たのは|家令《かれい》のシエールであつた。シエールは|此《この》|体《てい》を|見《み》て、|大《おほい》に|驚《おどろ》き、
シエール『|旦那様《だんなさま》、お|腹立《はらだち》は|御尤《ごもつと》もで|厶《ござ》います、|御心中《ごしんちう》|察《さつ》し|申《まを》しまする。|此《この》シエールとても|御同様《ごどうやう》で|厶《ござ》いまする』
と|云《い》ふより|早《はや》く、|床《とこ》の|間《ま》の|掛地《かけぢ》をバリツと|引破《ひきやぶ》り、|置物《おきもの》を|庭先《にはさき》にぶつつけ、|障子《しやうじ》を|押倒《おしたふ》し、|踏《ふ》み|砕《くだ》き、|襖《ふすま》をパリパリパリと|残酷《ざんこく》な|制敗《せいばい》に|会《あ》はせ、|尚《なほ》も|狂《くる》ひ|立《た》つて、|炊事場《すゐじば》に|闖入《ちんにふ》し、|手当《てあた》り|次第《しだい》に、|膳《ぜん》、|鉢《はち》、|茶碗《ちやわん》、|徳利《とくり》などを|投《な》げつけ、ガラガラパチパチ、メチヤメチヤ ケレンケレンカリカリと|阿修羅王《あしゆらわう》の|荒《あ》れたる|如《ごと》く|止《と》め|度《ど》もなく|荒《あ》れ|狂《くる》ふ。|流石《さすが》の|右守《うもり》もシエールの|乱暴《らんばう》に|呆《あき》れ|果《は》て、|自分《じぶん》の|鬱憤《うつぷん》はどこへやら、|忽《たちま》ち|此《この》|場《ば》に|駆《か》け|来《きた》つて、
|右守《うもり》『コリヤコリヤ、シエール、さう|乱暴《らんばう》なことをしちや|可《い》けないぞ、マアマア|鎮《しづ》まつてくれ。お|前《まへ》の|腹立《はらだち》は|俺《おれ》も|知《し》つてる』
シエールは|尚《なほ》も|狂《くる》ひ|立《た》ち、
シエール『エエ|残念《ざんねん》や、|口惜《くちをし》や』
と|水瓶《みづがめ》に|庭《には》の|石《いし》をなげつけ、ポカンと|肚《はら》を|破《やぶ》つて|忽《たちま》ち|庭《には》|一面《いちめん》の|水《みづ》と|化《くわ》せしめ、|猶《なほ》も|竈《かまど》を|引《ひつ》くり|返《かへ》し、|衝立《ついたて》を|倒《たふ》し、|力《ちから》|限《かぎ》り|荒《あ》れ|狂《くる》ふ。|右守《うもり》は|漸《やうや》くにして|取押《とりおさ》へ『マアマアマア』と|宥《なだ》め|乍《なが》ら、あれはてた|自分《じぶん》の|居間《ゐま》に|連《つ》れ|帰《かへ》り、|胸《むね》をなで|乍《なが》ら、
|右守《うもり》『オイ、シエール、|何《なん》といふ|不都合《ふつがふ》な|事《こと》をするのだ。|怪《け》しからぬ|代物《しろもの》だな』
シエール『へ、|今日《こんにち》|殿中《でんちう》に|於《おい》て、|右守家《うもりけ》に|伝《つた》はる|重大《ぢうだい》の|兵権《へいけん》を|取上《とりあ》げられ、|旦那様《だんなさま》より|私《わたし》の|方《はう》が|業《ごふ》が|煮《に》えてたまらず、|殿中《でんちう》に|於《おい》て、|所在《あらゆる》|器物《きぶつ》|一切《いつさい》をメチヤメチヤに|叩《たた》き|壊《こは》し|鬱憤《うつぷん》を|晴《は》らさむと|思《おも》ひましたが、タルマンの|奴《やつ》|弓《ゆみ》に|矢《や》を|番《つが》へて、|矢大臣《やだいじん》の|役《やく》を|務《つと》めてゐやがるものですから、|無念《むねん》をこらえ、|此処《ここ》|迄《まで》|帰《かへ》つて|参《まゐ》りました。|其《その》|余憤《よふん》が|勃発《ぼつぱつ》|致《いた》しまして、かやうな|狼藉《らうぜき》に|及《およ》びました。マアこれでスツと|致《いた》しましたよ』
|右守《うもり》『ソリヤ|貴様《きさま》はスツとするだらうが、|右守家《うもりけ》の|財産《ざいさん》をさうメチヤメチヤにやられちや|堪《たま》らぬだないか。かやうな|不都合《ふつがふ》な|事《こと》を|致《いた》せば|直《ただち》に|免職《めんしよく》を|致《いた》し、|首《くび》を|取《と》る|所《ところ》なれど、|元《もと》を|糾《ただ》せば|此《この》|方《はう》に|同情《どうじやう》しての|腹立《はらだち》だから、|寧《むし》ろ、|褒《ほ》むべき|者《もの》だ。|吾《わが》|心《こころ》の|中《なか》を|知《し》る|者《もの》は|只《ただ》シエール|一人《ひとり》のみだ』
と|撫然《ぶぜん》として|項低《うなだ》れる。
シエール『|旦那様《だんなさま》、|貴方《あなた》も|随分《ずいぶん》おやりなさつたやうですな。|玄関口《げんくわんぐち》から|奥《おく》の|物《もの》まで、|随分《ずいぶん》|落花狼藉《らくくわらうぜき》、|私《わたし》もつい|旦那様《だんなさま》に|感染《かんせん》|致《いた》しました。|併《しか》しまだ|少《すこ》し|鬱憤《うつぷん》が|残《のこ》つて|居《を》りまするから、|一層《いつそ》の|事《こと》|此《この》お|館《やかた》を|主従《しゆじゆう》が|力《ちから》を|併《あは》せて|叩《たた》き|壊《こは》したら|何《ど》うでせうか、|鬱憤《うつぷん》のやり|所《どころ》がありませぬがな』
|右守《うもり》『|内《うち》わばりの|外《そと》すぼりでは、|根《ね》つから|気《き》が|利《き》かぬだないか。オイ、シエール、|徹底的《てつていてき》に|鬱憤《うつぷん》をはらし、|再《ふたた》び|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》り、あはよくば|刹帝利《せつていり》になり、|此《この》|恨《うらみ》を|晴《は》らす|気《き》はないか』
シエール『エエ|何《なん》と|仰有《おつしや》います。|徹底的《てつていてき》に|鬱憤《うつぷん》を|晴《は》らすとは、|軍隊《ぐんたい》を|以《もつ》て|王城《わうじやう》を|囲《かこ》み、クーデターをやらうと|仰有《おつしや》るのですか。|一方《いつぱう》にはバラモン|軍《ぐん》が|徘徊《はいくわい》|致《いた》してをるなり、|味方《みかた》の|勇士《ゆうし》は|四方《しはう》に|散乱《さんらん》したではありませぬか』
|右守《うもり》『そこには|一《ひと》つの|計略《けいりやく》があるのだ。オイ、シエール、|耳《みみ》をかせ』
シエールは|右守《うもり》の|口許《くちもと》に|耳《みみ》を|寄《よ》せ、|何事《なにごと》か|聞《き》き|終《をは》り、|厭《いや》らしい|笑《ゑみ》を|浮《うか》べて、
シエール『|成程《なるほど》、|君《きみ》の|妙案《めうあん》|奇策《きさく》には|感服《かんぷく》|致《いた》しました。|然《しか》らば|時《とき》を|移《うつ》さず、|幸《さいはひ》|日《ひ》も|暮《く》れましたなれば|参《まゐ》りませう』
と|何事《なにごと》かよからぬ|事《こと》を|牒《しめ》し|合《あは》せ、|黒頭巾《くろづきん》に|黒装束《くろしやうぞく》の|儘《まま》、|裏口《うらぐち》より、ソツとぬけ|出《だ》したり。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
第一九章 |刺客《しきやく》〔一三八二〕
ビクトリヤ|王《わう》は|敵《てき》の|捕虜《ほりよ》となり、|生命《いのち》の|程《ほど》も|覚束《おぼつか》なき|破目《はめ》になつて、|非常《ひじやう》に|心《こころ》を|悩《なや》ませてゐたが、|思《おも》ひもよらぬ|助《たす》けに|仍《よ》つて、|再《ふたた》び|元《もと》の|館《やかた》に|帰《かへ》り、|且《かつ》ヒルナ|姫《ひめ》の|無事《ぶじ》なる|顔《かほ》を|見《み》て、|胸《むね》を|撫《な》でおろす|際《さい》、|年来《ねんらい》の|希望《きばう》たる|兵馬《へいば》の|権《けん》を|右守《うもり》より|奉還《ほうくわん》させ、|又《また》|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》は|両女《りやうぢよ》が|操《あやつ》り|居《を》れば|大丈夫《だいぢやうぶ》と|安心《あんしん》すると|共《とも》に、|気《き》が|緩《ゆる》みグツタリとして、|寝《しん》に|就《つ》いた。ハルナは|右守司《うもりのかみ》の|様子《やうす》のただならざるを|気遣《きづか》ひ、|父《ちち》の|許《ゆる》しを|受《う》けて|今晩《こんばん》は|特《とく》に|王《わう》の|隣室《りんしつ》に|宿直《とのゐ》を|勤《つと》むることとなつた。
ハルナはカルナ|姫《ひめ》の|事《こと》を|思《おも》ひ|浮《う》かべ……ああ|実《じつ》に|立派《りつぱ》な|女性《ぢよせい》だ。ヒルナ|姫様《ひめさま》と|彼《かれ》とがなかつたならば、ビクの|国《くに》は|云《い》ふも|愚《おろ》か、|王家《わうけ》も|左守家《さもりけ》も|忽《たちま》ち|破滅《はめつ》の|悲運《ひうん》に|陥《おちい》るとこだつた。|今《いま》となつて|思《おも》へば、カルナ|姫《ひめ》を|自分《じぶん》がラブしたのは|人事《じんじ》ではない、|全《まつた》く|神様《かみさま》の|御摂理《ごせつり》だつたのだらうか。ああ|有難《ありがた》し|有難《ありがた》し……と|暗祈黙祷《あんきもくたう》しつつあつた。そこへ|足音《あしおと》を|忍《しの》ばせて、|王《わう》の|居間《ゐま》に|向《むか》つて|進《すす》み|来《く》る|者《もの》がある。ハルナは|耳《みみ》をすませて|様子《やうす》を|考《かんが》へてゐると、ボンヤリとした|行灯《あんどう》の|側《そば》に|現《あら》はれた|黒《くろ》い|男《をとこ》の|影《かげ》、|行灯《あんどう》の|火《ひ》に|長刀《ちやうたう》をスラリと|抜《ぬ》いて|刃《やいば》を|打眺《うちなが》め|乍《なが》ら、ニタツと|笑《わら》つてゐる。|寝台《しんだい》の|上《うへ》にはビクトリヤ|王《わう》が|吾《わが》|身《み》に|危急《ききふ》の|迫《せま》つたことも|知《し》らずに、|安々《やすやす》と|眠《ねむ》つてゐる。ハルナはスツと|足音《あしおと》を|忍《しの》ばせ、|綱《つな》を|以《もつ》て|男《をとこ》の|後《うしろ》より|首《くび》に|引《ひつ》かけて、|綱《つな》の|端《はし》を|肩《かた》に|引《ひつ》かけ、トントントンと|廊下《らうか》を|走《はし》り|出《だ》した。|腮《あご》を|引《ひつ》かけられた|男《をとこ》は|抜身《ぬきみ》を|持《も》つたまま、ウンともスンとも|言《い》はず、|廊下《らうか》を|引《ひき》ずられて|行《ゆ》く。
|王《わう》は|此《この》|物音《ものおと》に|目《め》を|醒《さ》まし、よくよく|見《み》れば、|刀《かたな》の|鞘《さや》が|落《お》ちてゐる。|声《こゑ》を|立《た》てては|一大事《いちだいじ》、|何者《なにもの》かの|刺客《しきやく》が|来《き》たに|相違《さうゐ》あるまいと、|廊下《らうか》をみれば、|黒《くろ》い|影《かげ》、|王《わう》は|矢庭《やには》に|長押《なげし》の|槍《やり》を|提《ひつさ》げ、|廊下《らうか》に|行《いつ》てみれば、ハルナが|一人《ひとり》の|男《をとこ》の|首《くび》を|引掛《ひつか》けて|引摺《ひきず》りまはし、|男《をとこ》は|気絶《きぜつ》してゐる|様子《やうす》である。|王《わう》は|声《こゑ》を|潜《ひそ》めて、
|刹帝利《せつていり》『|其《その》|方《はう》はハルナではないか、|何事《なにごと》ぢや』
ハルナ『ハイ、|怪《あや》しき|者《もの》が|参《まゐ》りまして、|君《きみ》の|御寝室《ごしんしつ》を|窺《うかが》ひ|居《を》りました|故《ゆゑ》、|後《うしろ》より|窺《うかが》ひよつて、|首《くび》に|綱《つな》をかけ、ここ|迄《まで》|引摺《ひきず》つて|参《まゐ》りました』
|刹帝利《せつていり》『ヤ、|出《で》かした|出《で》かした、|一寸《ちよつと》|何者《なにもの》か、|此奴《こいつ》の|顔《かほ》を|調《しら》べて|見《み》よ』
ハルナは『ハイ』と|答《こた》へて、|首《くび》をしつかり|締《し》めておき、|手燭《てしよく》を|灯《とも》して、|刺客《しきやく》の|面《おもて》を|見《み》れば、|右守《うもり》の|家令《かれい》シエールであつた。|王《わう》もハルナもハツと|驚《おどろ》き、|少時《しばし》|主従《しゆじゆう》は|顔《かほ》を|見合《みあは》せてゐた。
ハルナ『|刹帝利様《せつていりさま》、|此奴《こいつ》は|右守《うもり》の|家令《かれい》で|厶《ござ》います。|之《これ》から|察《さつ》しますれば、|右守《うもり》は|今日《こんにち》の|兵権奉還《へいけんほうくわん》を|恨《うらみ》に|思《おも》ひ、|何《なに》か|謀反《むほん》を|企《たく》んでゐると|見《み》えまする。|之《これ》は|騒《さわ》ぎ|立《た》てを|致《いた》せば|却《かへつ》て|敵《てき》の|術中《じゆつちう》に|陥《おちい》るかも|知《し》れませぬ。ソツと、シエールを、|仮令《たとへ》|生《い》き|還《かへ》つても|動《うご》けないやうに|手足《てあし》を|縛《しば》り、|隠《かく》しておきませう』
|刹帝利《せつていり》『ウン、ア、それが|宜《よ》からう。|実《じつ》に|右守《うもり》といふ|奴《やつ》は、|暴悪無道《ばうあくぶだう》の|曲者《くせもの》だのう』
ハルナ『|御意《ぎよい》に|厶《ござ》います。|王様《わうさま》も|十分《じふぶん》に|御注意《ごちゆうい》をなさいませ』
と|言《い》ひ|乍《なが》ら、シエールを|高手小手《たかてこて》にいましめ、|押入《おしいれ》の|中《なか》に|突《つ》つ|込《こ》んで|素知《そし》らぬ|顔《かほ》をなし|一睡《いつすゐ》もせず、|刹帝利《せつていり》の|居間《ゐま》に、ハルナは|付添《つきそ》ひ、|厳《きび》しく|守《まも》つてゐる。
ヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》は、|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》、スパール、エミシ、シヤム、マルタの|賓客《ひんきやく》が|他愛《たあい》もなく|酔《ゑ》ひ|潰《つぶ》れてゐるので、|席《せき》を|外《はづ》さうかと|一度《いちど》は|考《かんが》へたが、|注意深《ちういぶか》き|両人《りやうにん》のこととて……イヤイヤ|待《ま》て|待《ま》て|今《いま》が|一大事《いちだいじ》の|場合《ばあひ》だ。|刹帝利様《せつていりさま》に|会《あ》うて、|一度《いちど》|事情《じじやう》を|詳《くは》しく|申上《まをしあ》げたいけれど、|六人《ろくにん》の|中《なか》に|一人《ひとり》や|二人《ふたり》、|熟睡《じゆくすゐ》を|装《よそほ》ひ、もしや|様子《やうす》を|考《かんが》へてる|者《もの》があれば|大変《たいへん》だ。ああ|会《あ》ひたいなア……と|心《こころ》は|頻《しき》りに|焦《いら》て|共《ども》、|大事《だいじ》をふんで、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》に|膝枕《ひざまくら》させ、|自分《じぶん》は|何《なに》|喰《く》はぬ|面《かほ》にて、|日《ひ》が|暮《く》れてもジツと|坐《すわ》つてゐた。|又《また》カルナ|姫《ひめ》は|一時《ひととき》も|早《はや》く|恋《こひ》しき|夫《をつと》のハルナに|事《こと》の|顛末《てんまつ》を|報告《はうこく》したいものだ、そして|一言《ひとこと》|褒《ほ》めて|頂《いただ》きたいものと|思《おも》へ|共《ども》、これ|亦《また》、|六人《ろくにん》の|中《うち》に|一人《ひとり》や|二人《ふたり》は|様子《やうす》を|考《かんが》へてゐるものがあらうも|知《し》れぬと|大事《だいじ》をふんで、ヒルナ|姫《ひめ》|同様《どうやう》に|久米彦《くめひこ》に|膝枕《ひざまくら》させ、|時々《ときどき》ヒルナ|姫《ひめ》に|目《め》を|以《もつ》て、|話《はなし》をしてゐた。|併《しか》し|乍《なが》ら|此《この》|六人《ろくにん》は|何《いづ》れも|真剣《しんけん》に|酔《よ》ひ|潰《つぶ》れ、|前後《ぜんご》も|知《し》らずになつてゐたのである。
|夜《よる》の|嵐《あらし》は|館《やかた》の|外《そと》を|音《おと》を|立《た》てて|吹《ふ》いてゐる。|風《かぜ》に|煽《あふ》られて|雨戸《あまど》はガタガタガタガタと|慄《ふる》ひ|声《ごゑ》を|出《だ》してゐる。|二女《にぢよ》はウトリ ウトリと|夢路《ゆめぢ》に|入《い》つた。そこへ|覆面頭巾《ふくめんづきん》の|大男《おほをとこ》が|大刀《だいたう》を|引《ひ》き|抜《ぬ》き|足音《あしおと》を|忍《しの》ばせて|入《い》り|来《きた》り、|先《ま》づ|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》に|向《むか》つて、|一刀《いつたう》の|下《もと》に|斬《き》りつけむとした。|此《この》|時《とき》ハツと|目《め》を|醒《さ》まし、|矢庭《やには》にカルナ|姫《ひめ》は|曲者《くせもの》の|腕《かひな》の|急所《きふしよ》を|叩《たた》いた。|曲者《くせもの》はバラリと|大刀《だいたう》を|落《おと》した、|姫《ひめ》は|手早《てばや》く|後手《うしろで》に|廻《まは》し、|細紐《ほそひも》を|懐《ふところ》より|出《だ》して|縛《しば》り|上《あ》げ、グツと|頭《あたま》を|押《おさ》へて|動《うご》かせず、
カルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》、ヒルナ|様《さま》、|皆様《みなさま》、|起《お》きて|下《くだ》さいませ、|刺客《しきやく》が|参《まゐ》りました』
と|呼《よ》ばはる|声《こゑ》に|何《いづ》れも|目《め》を|醒《さ》まし、
『|何《なん》だ|何《なん》だ』
とカルナの|側《そば》に|寄《よ》つて|来《く》る。カルナは、
カルナ|姫《ひめ》『モシ|将軍様《しやうぐんさま》、|曲者《くせもの》が|参《まゐ》りました。|貴方《あなた》|方《がた》を|刺《さ》す|積《つもり》でやつて|来《き》ましたので、|妾《わらは》が|今《いま》ふん|縛《じば》つた|所《ところ》で|厶《ござ》います』
|久米彦《くめひこ》『ヤ、それはお|手柄《てがら》お|手柄《てがら》、|某《それがし》も|危《あぶ》ない|所《ところ》で|厶《ござ》つた。して|曲者《くせもの》は|何者《なにもの》で|厶《ござ》るかな』
カルナ|姫《ひめ》『|何者《なにもの》だか|黒頭巾《くろづきん》を|被《かぶ》つて|居《を》りますので|分《わか》りませぬ、|何卒《どうぞ》|灯火《あかり》を|此処《ここ》へ|持《も》つて|来《き》て|下《くだ》さいませ』
ヒルナ|姫《ひめ》は|行灯《あんどう》を|提《さ》げて|近《ちか》づき|来《きた》り、|黒頭巾《くろづきん》をぬがせば、|豈計《あにはか》らむや、|右守《うもり》のベルツであつた。ベルツは|前《まへ》にカルナに|腕《かひな》を|短刀《たんたう》にて|刺《さ》され、|夫《そ》れが|為《ため》に|思《おも》ふ|様《やう》に|手《て》が|動《うご》かず、|苦《く》もなくカルナに|縛《しば》られたのである。ヒルナもカルナもハツと|驚《おどろ》いたが、|素知《そし》らぬ|面《かほ》にて、
『アレまあ』
と|空《そら》とぼけてゐる。カルナは|心《こころ》の|中《うち》にて……|人《ひと》もあらうに、|自分《じぶん》の|兄《あに》を|捕縛《ほばく》せねばならぬとは、|何《なん》とした|身《み》の|因果《いんぐわ》だらう。|併《しか》し|乍《なが》ら|御国《みくに》の|為《ため》、|王家《わうけ》の|為《ため》ならば、|仮令《たとへ》|兄《あに》だとて|見逃《みのが》す|訳《わけ》に|行《ゆ》かぬ……と|直《すぐ》に|心《こころ》を|取直《とりなほ》した。
|鬼春別《おにはるわけ》『|大方《おほかた》|刹帝利《せつていり》の|廻《まは》し|者《もの》で|厶《ござ》らう。|命《いのち》を|助《たす》けて|貰《もら》ひ|乍《なが》ら、|酒宴《しゆえん》に|事《こと》よせ、|吾々《われわれ》に|油断《ゆだん》を|致《いた》させ、|暗殺《あんさつ》|致《いた》さうなどとは、|以《もつ》ての|外《ほか》の|不都合千万《ふつがふせんばん》。ヨーシツ、これから|拙者《せつしや》が|刹帝利《せつていり》は|申《まを》すに|及《およ》ばず、|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も|一人《ひとり》も|残《のこ》らず、|炮烙《はうらく》の|刑《けい》に|処《しよ》してくれむ。や、スパール、エミシ、|百人《ひやくにん》|計《ばか》りの|兵士《つはもの》を、|直様《すぐさま》|引率《ひきつ》れ|来《きた》れ』
ヒルナ|姫《ひめ》は|慌《あわ》てて|押止《おしとど》め、
ヒルナ|姫《ひめ》『モシ|将軍様《しやうぐんさま》、|一寸《ちよつと》お|待《ま》ち|下《くだ》さいまし、|決《けつ》してこれは|刹帝利様《せつていりさま》の|謀《はかりごと》だ|厶《ござ》いませぬ。|此《この》|男《をとこ》は|刹帝利《せつていり》に|仕《つか》ふる|右守司《うもりのかみ》といふ|悪逆無道《あくぎやくぶだう》の|曲者《くせもの》で|厶《ござ》います。|貴方様《あなたさま》の|御威勢《ごゐせい》を|妬《ねた》み、|自分《じぶん》が|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》らむと|企《くはだ》て、|夜中《やちう》に|忍《しの》び|込《こ》んだものとみえます。|何卒《どうぞ》|少時《しばし》|軍隊《ぐんたい》を|引入《ひきい》れることはお|待《ま》ち|下《くだ》さいませ』
|久米彦《くめひこ》『|鬼春別《おにはるわけ》|殿《どの》、|容易《ようい》ならざる|事変《じへん》で|厶《ござ》る。|仰《おほ》せの|如《ごと》く、|少《すくな》くとも|一百《いつぴやく》|計《ばか》りの|兵士《へいし》を|此《この》|場《ば》へ|引《ひき》よせた|方《はう》が|御互《おたがひ》の|安全《あんぜん》で|宜《よろ》しからう』
カルナ|姫《ひめ》『|吾《わが》|夫《つま》、|久米彦《くめひこ》|様《さま》、|先《ま》づお|待《ま》ちなさいませ。|音《おと》に|名高《なだか》き|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》の|将軍様《しやうぐんさま》、かかる|腰抜男《こしぬけをとこ》|一人《ひとり》|位《ぐらゐ》に、|兵《へい》を|用《もち》ふるなどとは、|将軍様《しやうぐんさま》の|沽券《こけん》に|拘《かかは》ります。|何卒《どうぞ》|妾《わらは》を|愛《あい》し|玉《たま》ふならば、|左様《さやう》なことをなさらずに、|此処《ここ》で|処置《しよち》をして|下《くだ》さいませ』
|久米彦《くめひこ》は|最愛《さいあい》のカルナに|止《とど》められ、|且《かつ》|又《また》カルナに|危《あやふ》き|命《いのち》を|救《すく》はれたのだから、|之《これ》を|否《いな》む|勇気《ゆうき》はなかつた。
|久米彦《くめひこ》『ウン、ヨシヨシ、|然《しか》らば|其方《そなた》に|一任《いちにん》する。|鬼春別《おにはるわけ》|殿《どの》、てもさても|弱虫《よわむし》|共《ども》で|厶《ござ》るな。|拙者《せつしや》が|妻《つま》、カルナ|姫《ひめ》の|細腕《ほそうで》に|脆《もろ》くも|捕《とら》はれたる|如《ごと》き|蠅虫《はへむし》、|最早《もはや》|御安心《ごあんしん》なさいませ』
カルナ|姫《ひめ》『モシ|両将軍様《りやうしやうぐんさま》、|此《この》|男《をとこ》は|如何《いかが》なさいますか』
|鬼春別《おにはるわけ》『ウーン、|久米彦《くめひこ》の|奥方《おくがた》にお|預《あづ》け|致《いた》す。|併《しか》し|乍《なが》ら|決《けつ》して|秋波《しうは》を|送《おく》つちやならないぞ』
カルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、|何《なに》|御冗談《ごじようだん》|仰有《おつしや》います。ササ|曲者《くせもの》、こちらへ|来《きた》れ……ヒルナさま、|貴女《あなた》と|妾《わらは》と|此奴《こいつ》を|庫《くら》の|中《なか》へ|突込《つつこ》んでやりませうね』
ヒルナ|姫《ひめ》『|左様《さやう》で|厶《ござ》いますな。|憎《につく》き|奴《やつ》|共《ども》|充分《じゆうぶん》に|懲《こ》らしめてやりませう。|鬼春別《おにはるわけ》|将軍様《しやうぐんさま》、|少時《しばし》お|暇《ひま》を|下《くだ》さいませ、|直《すぐ》に|帰《かへ》つて|参《まゐ》ります。|此《この》|曲者《くせもの》を、|妾等《わらはら》|紅裙隊《こうくんたい》が|思《おも》ふ|存分《ぞんぶん》|苦《くるし》めねばなりませぬ、|此《この》|様《やう》な|者《もの》を|生《い》かしておけば、|何時《いつ》|又《また》|貴方様《あなたさま》の|首《くび》を|狙《ねら》ふか|知《し》れませぬからね』
|鬼春別《おにはるわけ》『ウン、ヨシヨシ、|突殺《つきころ》さうと、|嬲殺《なぶりごろ》しにしようと、|焼《や》いて|食《く》はうと、|煮《に》て|食《く》はうとお|前《まへ》の|勝手《かつて》だ。|云《い》はば|紅裙隊《こうくんたい》の|戦利品《せんりひん》だ。|早《はや》く|何処《どつか》へ|伴《つ》れて|行《い》つて|片付《かたづ》けたがよからう』
ヒルナ|姫《ひめ》『|左様《さやう》なれば、|此《この》|曲者《くせもの》を|自由《じいう》にさして|頂《いただ》きます。カルナさま、|本当《ほんたう》に|愉快《ゆくわい》ですね。|身体《からだ》|一面《いちめん》|空地《あきち》なく|短刀《たんたう》でついてついて|突《つ》きまくつてやりませうかね』
カルナ|姫《ひめ》『さうですね、|面白《おもしろ》いでせう。|併《しか》し|男《をとこ》さまが|見《み》てゐられると|恥《はづか》しいワ。|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》に|残酷《ざんこく》な|女《をんな》だと|愛想《あいさう》つかされるのが|厭《いや》ですもの……』
|久米彦《くめひこ》『タカが|腰抜武者《こしぬけむしや》の|一人《ひとり》、|拙者《せつしや》の|眼中《がんちう》にない、お|前《まへ》の|目《め》ざましに、|自由自在《じいうじざい》にさいなんで|来《く》るがよからうよ』
|二人《ふたり》は|都合《つがふ》よく|両将軍《りやうしやうぐん》を|誤魔化《ごまくわ》し、|城《しろ》の|裏門《うらもん》に|右守《うもり》を|連《つ》れ|行《ゆ》き、|声《こゑ》を|潜《ひそ》めて、
ヒルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》はベルツさまだ|厶《ござ》いませぬか。|何《なん》といふさもしい|心《こころ》をお|出《だ》しなさつたのですか』
ベルツ『ウン、|面目《めんぼく》|次第《しだい》もないことだ。どうか|許《ゆる》してくれ、……いやお|姫様《ひめさま》、|許《ゆる》して|下《くだ》さいませ』
カルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》|兄上《あにうへ》だ|厶《ござ》いませぬか、|妾《わらは》が|居《を》らなかつたなれば、|貴方《あなた》の|命《いのち》は|到底《たうてい》|助《たす》かりませぬぞえ。ああして|六人《ろくにん》の|男《をとこ》が|寝《ね》たマネをしてゐるのは、|決《けつ》して|本当《ほんたう》に|寝《ね》てゐるのぢや|厶《ござ》いませぬ。|酔《よ》うた|真似《まね》をして、スツカリ|様子《やうす》を|考《かんが》へてゐるのですよ。|貴方《あなた》は|早《はや》く|改心《かいしん》して|下《くだ》さらぬと、|右守家《うもりけ》はどうなるか|知《し》れませぬよ。|早《はや》く|兵馬《へいば》の|権《けん》を|刹帝利様《せつていりさま》に|奉還《ほうくわん》し、|誠《まこと》を|現《あら》はしなさいませ』
ベルツ『|実《じつ》の|所《ところ》は、スツカリ|奉還《ほうくわん》して|了《しま》つたのだ。|併《しか》し|乍《なが》ら、それが|残念《ざんねん》さに、|刺客《しかく》となつて|入《い》り|込《こ》んだのだ』
カルナ|姫《ひめ》『|姫様《ひめさま》、|何《ど》うで|厶《ござ》いませう。|助《たす》けてやる|訳《わけ》には|行《ゆ》きますまいかな』
ヒルナ|姫《ひめ》『コレ|右守《うもり》さま、サ、|此《この》|裏門《うらもん》から|落《おち》のびなさいませ。|貴方《あなた》の|陰謀《いんぼう》が|露見《ろけん》した|上《うへ》は|到底《たうてい》|命《いのち》はありませぬ。|之《これ》を|路銀《ろぎん》にして|暗《やみ》に|紛《まぎ》れて、|田舎《いなか》の|隅《すみ》へでも|身《み》をお|忍《しの》びなさいませ』
と|懐《ふところ》から|路銀《ろぎん》を|出《だ》してベルツに|渡《わた》した。
ベルツは|幾度《いくど》も|押《お》し|戴《いただ》き、|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》と|共《とも》に|裏門《うらもん》より|何処《いづく》ともなく|落《お》ちのびて|了《しま》つた。|二人《ふたり》の|女《をんな》は|漸《やうや》くにして|元《もと》の|座席《ざせき》に|帰《かへ》つて|来《き》た。
ヒルナ|姫《ひめ》『|将軍様《しやうぐんさま》、|永《なが》らくお|待《ま》たせ|申《まを》しました。|随分《ずいぶん》|骨《ほね》が|折《を》れましたよ。|何《なん》と|云《い》つても|女《をんな》のチヨロイ|腕《うで》で、|所《ところ》|構《かま》はず|切《き》りさいなんだのですもの、|私《わたし》もあんな|厭《いや》らしいことはゾツと|致《いた》しますワ』
|鬼春別《おにはるわけ》『そらさうだらう、|平和《へいわ》の|女神様《めがみさま》が、|人《ひと》を|殺《ころ》すのだもの』
ヒルナ|姫《ひめ》『イエイエ|私《わたし》はホンの|髪《かみ》の|毛《け》|丈《だけ》|切《き》りそめてやりました。|後《あと》はカルナさまがスツカリやつて|了《しま》つたのです。|本当《ほんたう》にカルナさまは|女丈夫《ぢよぢやうぶ》ですワ』
|久米彦《くめひこ》『アハハハハ、|流石《さすが》はカルナだ。|曲者《くせもの》を|引捉《ひつとら》へたのもカルナ、|制敗《せいばい》したのもカルナだ。ヘヘヘヘ、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》の|意《い》を|得《え》たりと|云《い》ふべしだ』
と|得意《とくい》になる。
|刹帝利《せつていり》はハルナ、|左守《さもり》を|伴《ともな》ひ、|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれ|来《きた》り、|一同《いちどう》の|前《まへ》に|手《て》をついて、
|刹帝利《せつていり》『|皆様《みなさま》、|私《わたし》の|居間《ゐま》には|大変《たいへん》なことが|出来《でき》まして、お|蔭《かげ》により|命《いのち》だけは|助《たす》かりました』
|鬼春別《おにはるわけ》『|何事《なにごと》が|出来《しゆつたい》|致《いた》しましたかな』
|刹帝利《せつていり》『ハイ、つい|只今《ただいま》のこと、|覆面頭巾《ふくめんづきん》の|黒装束《くろしやうぞく》をした|男《をとこ》が、|拙者《せつしや》の|寝息《ねいき》を|伺《うかが》ひ、|大刀《だいたう》を|提《ひつさ》げ、アワヤ|打《うち》おろさむとする|時《とき》しも、|宿直《とのゐ》を|勤《つと》めてる|此《この》ハルナがツと|後《うしろ》から|綱《つな》をかけて|曲者《くせもの》を|引《ひ》き|倒《たふ》し、|縛《しば》りつけ、|今《いま》|押入《おしいれ》の|中《なか》へ|突込《つつこ》んでおいたとこで|厶《ござ》います。|実《じつ》に|物騒《ぶつそう》|千万《せんばん》なことで|厶《ござ》います』
カルナは、ハルナが|功名《こうみやう》|手柄《てがら》をしたといふことを|聞《き》いて|何《なん》となく|誇《ほこ》りを|感《かん》じた。
|鬼春別《おにはるわけ》『|其《その》|曲者《くせもの》は|何者《なにもの》で|厶《ござ》るかな』
|刹帝利《せつていり》『ハイ、|実《じつ》にお|恥《はづか》しいこと|乍《なが》ら、|右守《うもり》の|家令《かれい》シエールといふ|悪人《あくにん》で|厶《ござ》います』
|鬼春別《おにはるわけ》『|成程《なるほど》、|拙者《せつしや》の|居間《ゐま》へもたつた|今《いま》、|右守《うもり》のベルツといふ|奴《やつ》、|忍《しの》び|入《い》り、|暗殺《あんさつ》せむと|致《いた》した|所《ところ》、|此《この》カルナの|腕《うで》に|取押《とりおさ》へられ、|高手小手《たかてこて》にいましめられ、|今《いま》や、|此《この》|二人《ふたり》のナイスに|恨《うらみ》の|刃《やいば》を|喰《くら》つて、|寂滅《じやくめつ》|致《いた》した|所《ところ》で|厶《ござ》る。アハハハハ』
|刹帝利《せつていり》『|何《なに》、|右守《うもり》が、|左様《さやう》なことを|致《いた》しましたか、|実《じつ》に|無礼《ぶれい》な|奴《やつ》で|厶《ござ》います。|併《しか》し|乍《なが》ら|悪人《あくにん》は|貴方方《あなたがた》の|為《ため》に|滅《ほろ》び、|此《この》|様《やう》な|嬉《うれ》しいことは|厶《ござ》いませぬ。サ、|之《これ》から|悪魔払《あくまばらひ》に、マ|一度《いちど》|二次会《にじくわい》でも|開《ひら》きませう』
|鬼春別《おにはるわけ》『ヤそれは|痛《いた》み|入《い》る。アア|併《しか》し|乍《なが》ら、かやうな|危険《きけん》を|遁《のが》れたのだから、|遠慮《ゑんりよ》なく|頂《いただ》きませう。そして|其《その》シエールといふ|曲者《くせもの》を|肴《さかな》と|致《いた》し、|一杯《いつぱい》|頂《いただ》けば|尚々《なほなほ》|妙《めう》で|厶《ござ》らう。アハハハハ』
かくして|再《ふたたび》|酒宴《しゆえん》に|移《うつ》り、|其《その》|夜《よ》を|明《あか》し、|翌日《よくじつ》も|昼《ひる》の|七《なな》つ|時《どき》|迄《まで》おつ|続《つづ》けに|歌《うた》を|歌《うた》ひ|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ|十二分《じふにぶん》の|歓《くわん》を|尽《つく》すこととなつた。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
第四篇 |神愛遍満《しんあいへんまん》
第二〇章 |背進《はいしん》〔一三八三〕
|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》が|連戦連勝《れんせんれんしよう》の|結果《けつくわ》、ビクの|都《みやこ》の|兵士《つはもの》|迄《まで》も|従《したが》へて、|自分《じぶん》の|部下《ぶか》としてゐたのはホンの|暫《しばら》くの|間《うち》であつた。ヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》の|千変万化《せんぺんばんくわ》の|秘術《ひじゆつ》を|尽《つく》しての|斡旋《あつせん》に、|漸《やうや》くビクの|国《くに》の|軍隊《ぐんたい》の|一部分《いちぶぶん》は|刹帝利《せつていり》の|支配《しはい》の|下《もと》に|隷属《れいぞく》し、|左守《さもり》は|兵馬《へいば》の|権《けん》を|刹帝利《せつていり》より|臨時委任《りんじゐにん》され、|城内《じやうない》の|秩序《ちつじよ》を|保《たも》つこととなり、|又《また》タルマンは|依然《いぜん》として|宣伝使《せんでんし》|兼《けん》|内事司《ないじつかさ》を|勤《つと》め、ヱクスは|抜擢《ばつてき》されて|右守《うもり》となつた。そして|城下《じやうか》の|陣営《ぢんえい》は|暫時《ざんじ》バラモン|軍《ぐん》に|其《その》|大部分《だいぶぶん》を|貸《か》し|与《あた》へ、|茲《ここ》にビクトリヤ|家《け》とバラモン|軍《ぐん》とは|整然《せいぜん》たる|区劃《くくわく》がついた。|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》は|斎苑《いそ》の|館《やかた》へ|進軍《しんぐん》するのも|好《この》まず、さりとてハルナへ|帰《かへ》ることも|出来《でき》ず、|黄金山《わうごんざん》へ|向《むか》はむか、|又々《またまた》|敗北《はいぼく》せむは|必定《ひつぢやう》である。|兎《と》も|角《かく》ビクトル|山《さん》を|中心《ちうしん》に|仮陣営《かりぢんえい》を|築《きづ》き、|此処《ここ》にて|兵力《へいりよく》を|練《ね》り、|附近《ふきん》の|小国《せうこく》を|切《きり》なびけ、|一王国《いちわうこく》を|建設《けんせつ》せむと|兵営《へいえい》の|増築《ぞうちく》に|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》し、|未来《みらい》に|希望《きばう》を|抱《いだ》いてゐた。そしてヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》は|元《もと》の|如《ごと》く|将軍《しやうぐん》に|仕《つか》へてゐた。|併《しか》し|乍《なが》ら|種々《いろいろ》の|辞柄《じへい》を|設《まう》けて、|二人《ふたり》の|美人《びじん》は|両将軍《りやうしやうぐん》に|身《み》を|任《まか》せなかつた。|何時《いつ》も|弁舌《べんぜつ》と|表情《へうじやう》と|酒《さけ》とにて|誤魔化《ごまくわ》し、|殆《ほとん》ど|同衾《どうきん》の|暇《いとま》をなからしむべく、|両女《りやうぢよ》が|互《たがひ》に|入《い》り|乱《みだ》れて|助《たす》け|合《あ》ひつつあつた。ビクトリヤ|王《わう》もハルナも|両女《りやうぢよ》の|心《こころ》を|能《よ》く|察知《さつち》し、|少《すこ》しも|素行上《そかうじやう》に|付《つ》いては|疑《うたがひ》をさし|挟《はさ》まなかつたのである。|只々《ただただ》|両女《りやうぢよ》が|身《み》を|犠牲《ぎせい》にして、|我《わが》|国家《こくか》の|安泰《あんたい》を|守《まも》る|其《その》|苦心《くしん》を|感謝《かんしや》するのみであつた。
|大急《おほいそ》ぎで|作《つく》られた|兵営《へいえい》は|大半《たいはん》|落成《らくせい》した。|鬼春別《おにはるわけ》はビクトル|山《さん》の|麓《ふもと》の|最《もつと》も|要害《えうがい》よき|地点《ちてん》に|本営《ほんえい》を|築《きづ》き、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》と|軒《のき》を|並《なら》べて|兵《へい》を|練《ね》ることにのみ|力《ちから》を|尽《つく》し、|一方《いつぱう》には|最愛《さいあい》のナイスを|唯一《ゆゐいつ》の|力《ちから》と|頼《たの》み、|未来《みらい》には|晴《は》れて|完全《くわんぜん》なる|夫婦《ふうふ》たるべしと|期待《きたい》してゐたのである。
|斯《か》かる|所《ところ》へ|慌《あわ》ただしく|入来《いりきた》るは|河守《かはもり》の|雑兵《ざふひやう》|甲《かう》|乙《おつ》|丙《へい》の|三人《さんにん》である。シヤムは|受付《うけつけ》に|事務《じむ》を|執《と》つてゐると、|三人《さんにん》は|息《いき》を|喘《はづ》ませ|乍《なが》ら、
『|申上《まをしあ》げます。|只今《ただいま》、ライオン|河《がは》を|渡《わた》つて、|数多《あまた》の|騎士《きし》|此方《こなた》に|向《むか》ひ|驀地《まつしぐら》に|駆《か》けつけて|参《まゐ》る|様子《やうす》で|厶《ござ》います。|兎《と》も|角《かく》|御注進《ごちうしん》|申上《まをしあ》げます』
シヤム『ナニ、|沢山《たくさん》のナイトが|川《かは》を|渡《わた》つて|来《く》るとは、ハテ|心得《こころえ》ぬ |何者《なにもの》であらうかなア』
と|首《くび》を|傾《かたむ》ける。|甲《かふ》は、
|甲《かふ》『エエ|察《さつ》する|所《ところ》、|旗印《はたじるし》を|見《み》れば、どれもこれも|三葉葵《みつばあふひ》の|紋所《もんどころ》を|染《そ》めなし|居《を》りますれば、|正《まさ》しくバラモン|教《けう》の|軍隊《ぐんたい》かと|存《ぞん》じます』
シヤム『ハテ、バラモン|教《けう》の|軍隊《ぐんたい》が、さう|沢山《たくさん》に|此方《こちら》に|渡《わた》る|筈《はず》はない。ランチ|将軍《しやうぐん》が|浮木《うきき》の|森《もり》に|控《ひか》へ|居《を》れば、|三五教《あななひけう》の|奴輩《やつばら》が|佯《いつは》つて、|三葉葵《みつばあふひ》の|旗《はた》を|立《た》て、|攻《せ》めよせ|来《きた》る|筈《はず》もない、ハテ|合点《がてん》の|行《ゆ》かぬことだなア。|何《なに》は|兎《と》もあれ|将軍様《しやうぐんさま》に|申上《まをしあ》げむ、|汝等《なんぢら》は|一時《いちじ》も|早《はや》く|川端《かはばた》に|立帰《たちかへ》り、|敵《てき》か|味方《みかた》か|取調《とりしら》べた|上《うへ》|報告《はうこく》せい』
といひすて、|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》の|居間《ゐま》に|進《すす》んだ。そこには|折《をり》よく|久米彦《くめひこ》が|来《き》て|居《を》つた。スパール、エミシも|側《そば》に|侍《じ》して|何事《なにごと》か|嬉《うれ》しげに|話《はな》してゐる。そこへ|現《あら》はれたシヤムは|鬼春別《おにはるわけ》に|向《むか》ひ、|一寸《ちよつと》|目礼《もくれい》し|乍《なが》ら、
シヤム『|将軍様《しやうぐんさま》に|申上《まをしあ》げます。|只今《ただいま》|川守《かはもり》の|報告《はうこく》に|依《よ》れば、|数百《すうひやく》のナイトが|三葉葵《みつばあふひ》の|旗《はた》を|振《ふ》り|立《た》て|振《ふ》り|立《た》てライオン|河《がは》を|渡《わた》り|来《く》る|様子《やうす》で|厶《ござ》います、|如何《いかが》|取計《とりはか》らひませうかな』
|鬼春別《おにはるわけ》『ハテナ、|合点《がてん》の|行《ゆ》かぬ|旗印《はたじるし》、まさかランチ|将軍《しやうぐん》が|逃《に》げて|来《き》たのではあるまい。|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、|貴殿《きでん》の|御意見《ごいけん》は|如何《いかが》で|厶《ござ》るか』
|久米彦《くめひこ》『|察《さつ》する|所《ところ》、|浮木《うきき》の|森《もり》のランチ|将軍《しやうぐん》は|治国別《はるくにわけ》の|言霊戦《ことたません》とやらに|敗《はい》を|取《と》り、|血路《けつろ》を|開《ひら》いて|逃《に》げて|参《まゐ》つたのでせう。|三五教《あななひけう》ならば、|左様《さやう》に|沢山《たくさん》の|同勢《どうぜい》は|伴《つ》れては|居《を》りますまい。ハテ|困《こま》つたことだなア』
|鬼春別《おにはるわけ》『|何《なに》は|兎《と》もあれ、スパール、シヤム、|汝《なんぢ》は|駒《こま》に|跨《また》がり、|一時《いちじ》も|早《はや》く|敵《てき》か|味方《みかた》か|様子《やうす》を|窺《うかが》ひ|報告《はうこく》いたせ』
と|下知《げち》すれば、『ハツ』|答《こた》へて|両人《りやうにん》は|直《ただち》に|駒《こま》の|用意《ようい》をなし、|蹄《ひづめ》の|音《おと》も|勇《いさ》ましく、|川縁《かはべり》さして|一目散《いちもくさん》に|走《はし》り|行《ゆ》く。
|両将軍《りやうしやうぐん》は|双手《もろて》を|組《く》み、さし|俯《うつむ》いて、|稍《やや》|思案《しあん》にくれてゐた。ヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》はニコニコし|乍《なが》ら、あどけなき|態《てい》を|装《よそほ》ひ、|琴《こと》などをいぢつてゐる。
|鬼春別《おにはるわけ》『ヒルナ|姫《ひめ》、|暫《しばら》く|琴《こと》の|手《て》を|止《や》めてくれ、|一大事《いちだいじ》が|起《おこ》つたからなア、カルナ|殿《どの》も|同様《どうやう》だ、|琴《こと》|所《どころ》の|騒《さわ》ぎぢやあるまいぞ』
ヒルナ|姫《ひめ》『ハイ、|何《なに》か|御心配《ごしんぱい》なことが|突発《とつぱつ》|致《いた》しましたか。それは|気《き》の|揉《も》めたことで|厶《ござ》いますねえ』
|鬼春別《おにはるわけ》『ウーン、|別《べつ》に|心配《しんぱい》|致《いた》すやうな|事《こと》ではないが、どうも|怪《あや》しい|報告《はうこく》に|接《せつ》したのだ、|都合《つがふ》に|仍《よ》つては、|吾々《われわれ》も|防備《ばうび》の|用意《ようい》を|致《いた》さねばなるまい』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、|防備《ばうび》なんか|必要《ひつえう》はありませぬ。|妾《わらは》にお|暇《ひま》を|下《くだ》さいますれば、|駒《こま》に|跨《またが》つて、|攻《せ》め|来《きた》る|軍隊《ぐんたい》と|折衝《せつしよう》|致《いた》しませう』
|鬼春別《おにはるわけ》『イヤイヤ、お|前《まへ》を|左様《さやう》な|所《ところ》へ|差向《さしむ》けては、|案《あん》じられる。|又《また》|将軍《しやうぐん》に|秋波《しうは》を|送《おく》られては、|聊《いささ》か|気《き》が|揉《も》めるからなア』
ヒルナ|姫《ひめ》『オホホホホ、|将軍様《しやうぐんさま》の|仰有《おつしや》ること、そんな|柔弱《にうじやく》な|女《をんな》ぢや|厶《ござ》いませぬ。ねえカルナさま、|妾《わらは》と|二人《ふたり》|駒《こま》に|跨《またが》り、|紅裙隊《こうくんたい》を|指揮《しき》して、|群《むら》がる|敵《てき》をアツと|云《い》はせてやりたいものですね』
カルナ|姫《ひめ》『|本当《ほんたう》にさうですワ。|妾《わらは》も|将軍様《しやうぐんさま》のお|許《ゆる》しさへあれば、|一働《ひとはたら》き|致《いた》したいもので|厶《ござ》いますわ』
と|両女《りやうぢよ》はうまく|馬《うま》に|跨《またが》り|此《この》|場《ば》を|立出《たちい》で、……もしバラモン|軍《ぐん》なれば|是非《ぜひ》なく|首将《しゆしやう》を|連《つ》れ|帰《かへ》り、|鬼春別《おにはるわけ》に|会《あ》はしてやらうが、|万々一《まんまんいち》|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|又《また》は|軍隊《ぐんたい》であつたなれば|之《これ》|幸《さいは》ひに|此《この》|場《ば》を|脱《ぬ》け|出《だ》し、|暫《しばら》く|姿《すがた》を|隠《かく》さむ……かと|期《き》せずして|両人《りやうにん》の|心《こころ》に|閃《ひらめ》いたのである。されど|両将軍《りやうしやうぐん》は、|可愛《かあい》い|二人《ふたり》の|女《をんな》に|疵《きず》をさせては|大変《たいへん》だと|案《あん》じ|過《す》ごして|容易《ようい》に|出陣《しゆつぢん》を|許《ゆる》さなかつた。
かかる|所《ところ》へ|法螺貝《ほらがひ》の|響《ひびき》ブーブーと|聞《きこ》えくる。|鬼春別《おにはるわけ》はつツ|立《た》ち|上《あが》り、|眼下《がんか》を|見渡《みわた》せば、|数百《すうひやく》の|軍隊《ぐんたい》、|列《れつ》を|乱《みだ》して、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|此方《こなた》に|向《むか》つて|走《はし》り|来《く》る|其《その》|様子《やうす》、どうも|敵軍《てきぐん》とは|思《おも》はれない、|敗兵《はいへい》が|逃亡《たうばう》して|来《き》たと|見《み》て|取《と》つた|鬼春別《おにはるわけ》はヤツと|胸《むね》を|撫《な》でおろし、
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、|久米彦《くめひこ》|将軍《しやうぐん》、あれを|見《み》られよ。|数百《すうひやく》の|軍隊《ぐんたい》が|此方《こなた》に|向《むか》つて|攻《せ》め|来《きた》る|様子《やうす》、|併《しか》し|乍《なが》ら|吾々《われわれ》は|仁義《じんぎ》を|以《もつ》て|主義《しゆぎ》と|致《いた》すもの、|決《けつ》して|一兵卒《いつぺいそつ》も|動《うご》かしてはなりませぬぞ。|只《ただ》|吾々《われわれ》が|愛《あい》の|徳《とく》に|仍《よ》つて|敵《てき》を|悦服《えつぷく》さす|方法《はうはふ》あるのみですから』
|久米彦《くめひこ》は|又《また》|高欄《かうらん》より|打眺《うちなが》め、ヤツと|安心《あんしん》したものの|如《ごと》く、
|久米彦《くめひこ》『アハハハハ、|仰《おほ》せには|及《およ》ぶべき、|如何《いか》なる|巨万《きよまん》の|敵《てき》、|一斉《いつせい》に|押寄《おしよ》せ|来《きた》る|共《とも》、|愛《あい》の|善徳《ぜんとく》を|以《もつ》て|之《これ》に|対《たい》し、|決《けつ》して|殺伐《さつばつ》の|行《や》り|方《かた》は|致《いた》さぬ|覚悟《かくご》で|厶《ござ》る。|戦《たたか》はずして|敵《てき》を|悦服《えつぷく》さすは、|勇将《ゆうしやう》の|能《よ》くなす|所《ところ》、どうだ、カルナ|姫《ひめ》、|某《それがし》の|無抵抗主義《むていかうしゆぎ》、|博愛主義《はくあいしゆぎ》は|実《じつ》に|徹底《てつてい》したものだらうがなア』
としたり|面《がほ》にいふ。
カルナ|姫《ひめ》『|左様《さやう》で|厶《ござ》います、|仁義《じんぎ》の|軍《いくさ》に|敵《てき》は|厶《ござ》いませぬ。|何卒《どうぞ》、|何処《どこ》|迄《まで》も|無抵抗主義《むていかうしゆぎ》を|抱持《はうぢ》|遊《あそ》ばすやう|御願《おねがひ》|致《いた》します。|暴《ばう》に|対《たい》するに|暴《ばう》を|以《もつ》てするは、|所謂《いはゆる》|下賤《げせん》の|人民《じんみん》の|致《いた》す|所《ところ》、|実《じつ》に|見上《みあ》げた|立派《りつぱ》な|将軍様《しやうぐんさま》の|御志《おこころざし》には、カルナも|益々《ますます》|感服《かんぷく》|仕《つかまつ》りました』
と|表《おもて》には|云《い》つたものの、……|万一《まんいち》|敵《てき》が|押《おし》よせて|来《き》て、|此《この》|両将軍《りやうしやうぐん》を|何《なん》とかしてくれれば|都合《つがふ》が|好《い》いがなア。さうすれば|根本的《こんぽんてき》にビクの|国《くに》が|安全《あんぜん》に|治《をさ》まるだらう……と|考《かんが》へてゐた。ヒルナ|姫《ひめ》も|亦《また》カルナと|同様《どうやう》の|考《かんが》へを|持《も》つてゐた。
|斯《か》かる|所《ところ》へスパール、エミシに|導《みちび》かれ、|息《いき》せき|切《き》つて|走《はし》り|来《きた》りしは、ランチ|将軍《しやうぐん》の|部下《ぶか》に|仕《つか》へし、テルンスであつた。テルンスは|数百《すうひやく》のナイトを|引率《いんそつ》して、|此処《ここ》に|遁走《とんそう》し|来《き》たものである。
|久米彦《くめひこ》『ヤ、|其《その》|方《はう》はランチ|将軍《しやうぐん》の|部下《ぶか》テルンスではないか、|何《なに》か|様子《やうす》のあることと|察《さつ》する。ランチ|殿《どの》は|如何《いかが》で|厶《ござ》るかな』
テルンス『これはこれは|両将軍様《りやうしやうぐんさま》|御壮健《ごさうけん》にて、|先《ま》づ|先《ま》づお|目出《めで》たう|存《ぞん》じます。|申上《まをしあ》ぐるも|詮《せん》なきこと|乍《なが》ら、ランチ、|片彦《かたひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|治国別《はるくにわけ》の|為《ため》に、スツカリ|兜《かぶと》をぬぎ、|今《いま》は|軍隊《ぐんたい》を|解散《かいさん》|致《いた》し、|自《みづか》らは|三五教《あななひけう》の|魔法《まはふ》を|授《さづ》かり、|宣伝使《せんでんし》となつて|了《しま》ひました。ランチ、|片彦《かたひこ》、ガリヤ、ケースの|錚々《さうさう》たる|幹部《かんぶ》が|斯《かく》の|如《ごと》く|相成《あひな》りました|以上《いじやう》は、やがて|治国別《はるくにわけ》を|先頭《せんとう》にビクトル|山《さん》へも|押寄《おしよ》せ|来《きた》るで|厶《ござ》いませう。|三千人《さんぜんにん》の|軍隊《ぐんたい》を|抱《かか》へたランチ|将軍《しやうぐん》でさへも、|一《ひと》たまりもなく|降服《かうふく》|致《いた》したので|厶《ござ》います。|実《じつ》に|恐《おそ》るべき|強敵《きやうてき》で|厶《ござ》います』
|久米彦《くめひこ》は|之《これ》を|聞《き》いて|胸《むね》を|躍《をど》らし、|面《かほ》を|蒼白《まつさを》に|変《か》へて|了《しま》つた、|忽《たちま》ち|声《こゑ》を|慄《ふる》はせ|乍《なが》ら、
|久米彦《くめひこ》『|鬼春別《おにはるわけ》|殿《どの》、タタ|大変《たいへん》で|厶《ござ》る。コリヤ|斯《か》うしては|居《を》られますまい。|何《なん》とか|工夫《くふう》をめぐらさうぢやありませぬか』
|鬼春別《おにはるわけ》も|此《この》|報告《はうこく》にハツと|驚《おどろ》いたが、ヒルナ|姫《ひめ》の|手前《てまへ》、|余《あま》り|卑怯《ひけふ》な|醜態《しうたい》も|見《み》せられないので、ワザと|平気《へいき》を|装《よそほ》ひ、
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、|猪口才千万《ちよこざいせんばん》な、|仮令《たとへ》|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|幾百万《すうひやくまん》|押《おし》よせ|来《きた》る|共《とも》、|拙者《せつしや》は|大自在天《だいじざいてん》|様《さま》より|授《さづ》けられたる|妙法《めうはふ》を|心得《こころえ》|居《を》れば|只《ただ》|一息《ひといき》に|吹《ふ》き|飛《と》ばさむは|目《ま》の|当《あた》りで|厶《ござ》る、|御心配《ごしんぱい》なさるな、アハハハハ』
とワザとに|身体《からだ》をゆすり、|腹《はら》の|底《そこ》より|起《おこ》つて|来《く》る|小慄《こぶる》ひを|紛《まぎ》らさうとする|可笑《をか》しさ。
ヒルナ、カルナ|両女《りやうぢよ》は、|早《はや》くも|両将軍《りやうしやうぐん》の|恐怖心《きようふしん》にかられてゐることを|看破《かんぱ》したが、|何食《なにく》はぬ|面《かほ》して、|表面《うはべ》を|包《つつ》んでゐた。
|久米彦《くめひこ》『イヤ|将軍殿《しやうぐんどの》|左様《さやう》な|楽観《らくくわん》も|出来《でき》ますまい、|一時《いつとき》も|早《はや》く|軍隊《ぐんたい》を|整《ととの》へ、|黄金山《わうごんざん》に|攻《せ》め|寄《よ》せようぢやありませぬか。|吾々《われわれ》の|使命《しめい》は、|元《もと》よりかやうな|所《ところ》に|籠城《ろうじやう》|致《いた》すべき|者《もの》では|厶《ござ》らぬ。|治国別《はるくにわけ》が|押《お》しよせ|来《きた》るとすれば、|彼《かれ》に|先立《さきだ》つて、|黄金山《わうごんざん》を|攻落《せめおと》し、|砦《とりで》によつて|治国別《はるくにわけ》の|寄《よ》せ|手《て》を|防《ふせ》ぎ、|殲滅《せんめつ》|致《いた》さうでは|厶《ござ》らぬか』
と|口《くち》では|立派《りつぱ》に|云《い》つてゐるが、|其《その》|内心《ないしん》は|黄金山《わうごんざん》へ|攻《せ》めよせるのは、|最《もつと》も|両将軍《りやうしやうぐん》の|恐《おそ》るる|所《ところ》である。さりとて、ここにグヅグヅしてゐては、|何時《いつ》|治国別《はるくにわけ》が|押寄《おしよ》せ|来《きた》るかも|計《はか》り|難《がた》い、ブザマな|敗軍《はいぐん》をなし、ヒルナやカルナに|内兜《うちかぶと》を|見《み》すかされ、|卑怯《ひけふ》な|男《をとこ》と|思《おも》はれ、|愛想《あいさう》をつかされては|大変《たいへん》だと、それ|計《ばか》りに|気《き》を|揉《も》んでゐる。
|鬼春別《おにはるわけ》『|成程《なるほど》……|言《い》はばビクトル|山《さん》の|陣営《ぢんえい》はホンの|休養《きうやう》|所《ところ》で|厶《ござ》る、ここには|立派《りつぱ》に|刹帝利《せつていり》もゐますことなれば、|吾々《われわれ》がお|節介《せつかい》を|致《いた》す|必要《ひつえう》も|厶《ござ》るまい。|貴殿《きでん》の|御意見《ごいけん》に|共鳴《きようめい》|致《いた》し、|然《しか》らば|軍隊《ぐんたい》を|全部《ぜんぶ》|引率《ひきつ》れ、|進軍《しんぐん》の|用意《ようい》にかかりませう』
と|落《お》ち|着《つ》き|払《はら》つて|言《い》つてゐるものの、|已《すで》に|治国別《はるくにわけ》はライオン|河《がは》を|渡《わた》つて、|此方《こちら》へ|来《き》て|居《を》るのではあるまいかと|気《き》が|気《き》でなかつた。|併《しか》し|治国別《はるくにわけ》は|部下《ぶか》を|引《ひき》つれ、クルスの|森《もり》やテームス|峠《たうげ》で|悠々閑々《いういうかんかん》と|講演会《かうえんくわい》を|開《ひら》き|子弟《してい》を|教育《けういく》してゐたのは|読者《どくしや》の|知《し》る|所《ところ》である。|水鳥《みづどり》の|羽音《はおと》に|驚《おどろ》いて、|脆《もろ》くも|遁走《とんそう》した|平家《へいけ》の|弱武者《よわむしや》|其《その》|儘《まま》の|心理状態《しんりじやうたい》に、|両将軍《りやうしやうぐん》は|襲《おそ》はれてゐた。それ|故《ゆゑ》に|何《なん》となく|落《おち》つかない|風《ふう》が|見《み》える。
ヒルナ|姫《ひめ》は|落着《おちつ》き|払《はら》つて、
ヒルナ|姫《ひめ》『モシ|将軍様《しやうぐんさま》、|折角《せつかく》|此処《ここ》まで|兵営《へいえい》を|築《きづ》き|上《あ》げ、|如何《いか》なる|敵《てき》も|防《ふせ》ぐ|丈《だけ》の|準備《じゆんび》が|整《ととの》つてるぢやありませぬか。かやうな|風景《ふうけい》の|佳《よ》い|所《ところ》で、|貴方《あなた》と|一生《いつしやう》|暮《くら》したう|厶《ござ》いますワ。|進軍《しんぐん》なんかおやめになつたら|何《ど》うですか』
|鬼春別《おにはるわけ》はシドロモドロの|口調《くてう》にて、
|鬼春別《おにはるわけ》『ウンウン、それもさうだが、|機《き》に|臨《のぞ》み|変《へん》に|応《おう》ずるは、|三軍《さんぐん》に|将《しやう》たる|者《もの》の|行《おこな》ふべき|道《みち》だ。さう|心配《しんぱい》は|致《いた》すな、どこ|迄《まで》も|其方《そなた》を|伴《つ》れて|行《い》つてやるから、|仮令《たとへ》|進軍《しんぐん》したと|云《い》つても、|吾々《われわれ》は|将軍《しやうぐん》だ。|矢玉《やだま》の|来《く》るやうな|所《ところ》へは|決《けつ》しておかないから……サ、|其方《そなた》も|覚悟《かくご》をして|拙者《せつしや》に|跟《つ》いて|来《く》るのだ。キツと|心配《しんぱい》は|要《い》らないよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『それでも|何《なん》だか、|殺伐《さつばつ》の|気《き》に|襲《おそ》はれるやうでなりませぬワ、ねえカルナさま、|貴女《あなた》どう|思《おも》ひますか』
カルナ|姫《ひめ》『|妾《わらは》も|何時《いつ》|迄《まで》も|此《この》|陣営《ぢんえい》において|頂《いただ》きたう|厶《ござ》いますがねえ、モシ|久米彦《くめひこ》さま、どうかさうして|下《くだ》さいますまいかね』
|久米彦《くめひこ》『|左様《さやう》な|気楽《きらく》なことが|言《い》つて|居《を》れるか。|敵《てき》は|間近《まぢか》く|押《おし》よせたり、|時《とき》|遅《おく》れては|味方《みかた》の|非運《ひうん》、サ、|一刻《いつこく》も|早《はや》くここを|引上《ひきあ》げ|進軍《しんぐん》|致《いた》すで|厶《ござ》らう』
カルナ|姫《ひめ》『モシ、|久米彦《くめひこ》|将軍様《しやうぐんさま》、|進軍《しんぐん》とは|真赤《まつか》な|詐《いつは》り、|予定《よてい》の|退却《たいきやく》ぢや|厶《ござ》いませぬか』
|久米彦《くめひこ》『|馬鹿《ばか》を|言《い》へ、|敵《てき》は|黄金山《わうごんざん》に|在《あ》り、かうなる|上《うへ》は|一時《いつとき》も|早《はや》く|神謀鬼策《しんぼうきさく》を|廻《めぐ》らし、|黄金山《わうごんざん》を|占領《せんりやう》すべき|必要《ひつえう》が|起《おこ》つたのだ、|一時《いつとき》も|早《はや》く|進軍《しんぐん》の|用意《ようい》を|致《いた》さねばならぬ』
とモジモジしてゐる。
カルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》の|進軍《しんぐん》は|背進《はいしん》で|厶《ござ》いませうね、どうでも|理窟《りくつ》はつくものですね』
|久米彦《くめひこ》『|何《なん》とまあ|口《くち》のいい|女《をんな》だなア』
|鬼春別《おにはるわけ》『サ、|早《はや》く|馬《うま》の|用意《ようい》を|致《いた》せ、そして|姫《ひめ》には|牝馬《ひんば》の|用意《ようい》だ。スパール、エミシ、テルンスは|全軍《ぜんぐん》を|指揮《しき》して|後《あと》よりつづけツ、いざ|久米彦《くめひこ》|殿《どの》、|先鋒隊《せんぽうたい》を|仕《つかまつ》らう』
と|態《てい》のよい|辞令《じれい》で、|早《はや》くも|逃仕度《にげじたく》にかかつてゐる。
ヒルナ|姫《ひめ》『モシ|将軍様《しやうぐんさま》、|先鋒隊《せんぽうたい》は|斥候《せきこう》の|役《やく》ぢやありませぬか。|貴方様《あなたさま》は|総司令官《そうしれいくわん》、|最後《さいご》に|御《ご》ゆつくりとお|進《すす》みになつた|方《はう》が|安全《あんぜん》で|厶《ござ》いませう』
|鬼春別《おにはるわけ》『それもさうだが、|先《さき》んずれば|人《ひと》を|制《せい》すといふことがある、|之《これ》が|兵法《へいはふ》の|奥義《おくぎ》だ。|頭《かしら》が|廻《まは》らねば|尾《を》が|廻《まは》らぬといふからな。|長蛇《ちやうだ》の|陣《ぢん》を|張《は》つて|行《ゆ》くのだから、|蛇《へび》の|歩《ある》く|如《ごと》く|頭《あたま》を|先《さき》に|尾《を》が|後《あと》から|行《ゆ》くのだ、それで|長蛇《ちやうだ》の|陣《ぢん》といふのだ』
と|姫《ひめ》の|前《まへ》に|体裁《ていさい》を|作《つく》り、|自分《じぶん》の|卑怯《ひけふ》をかくすことにのみ|努《つと》めてゐる。
|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》はヒルナ、カルナの|両美人《りやうびじん》と|駒《こま》を|並《なら》べ、|一目散《いちもくさん》に|西《にし》へ|西《にし》へと|駆《か》けり|行《ゆ》く。|後《あと》に|残《のこ》つたスパール、エミシは|周章狼狽《しうしやうらうばい》の|余《あま》り、|軍隊《ぐんたい》を|整理《せいり》する|暇《いとま》もなく『|退却《たいきやく》|々々《たいきやく》』と|呼《よ》ばはり|乍《なが》ら、|尻《しり》に|帆《ほ》かけて、|駒《こま》に|跨《またが》り、|軍帽《ぐんばう》を|後前《うしろまへ》に|被《かぶ》つたり、|靴《くつ》を|片足《かたあし》はいたり、|無性矢鱈《むしやうやたら》に|馬《うま》の|尻《けつ》を|叩《たた》いて、|敗軍《はいぐん》|同様《どうやう》の|為体《ていたらく》で|逃《に》げ|出《だ》した。|一匹《いつぴき》の|馬《うま》が|狂《くる》へば|千匹《せんびき》の|馬《うま》が|狂《くる》ふとやら、|後《うしろ》から|強敵《きやうてき》が|襲《おそ》ひ|来《きた》るやうな|恐怖心《きようふしん》に|駆《か》られて、|三千《さんぜん》の|兵士《へいし》は|人《ひと》を|突倒《つきたふ》し|踏《ふ》み|越《こ》えて、|吾《わ》れ|先《さき》にと|西方《せいはう》さして、|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|逃《に》げ|散《ち》つて|了《しま》つた。
ビクトル|山《さん》の|森《もり》の|繁《しげ》みに|数十羽《すうじつぱ》の|梟《ふくろ》がとまつて、
『ウツフーウツフーオツホホ、アホーアホーアホー』
と|声《こゑ》を|揃《そろ》へて|鳴《な》き|出《だ》したり。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
第二一章 |軍議《ぐんぎ》〔一三八四〕
|刹帝利《せつていり》を|始《はじ》め、タルマン、|左守《さもり》のキユービツトや|新任《しんにん》の|右守《うもり》なるヱクスはハルナと|共《とも》に、|王《わう》の|居間《ゐま》に|首《くび》を|鳩《あつ》めてバラモン|軍《ぐん》の|退却《たいきやく》に|対《たい》し、いろいろ|臆測談《おくそくだん》に|耽《ふけ》つてゐる。
|左守《さもり》『エエ、タルマン|殿《どの》に|神勅《しんちよく》を|伺《うかが》つて|貰《もら》へば|分《わか》るでせうが、あれ|丈《だけ》|立派《りつぱ》な|陣営《ぢんえい》を|建《た》てビクトリヤ|城《じやう》を|威圧《ゐあつ》|致《いた》して|居《を》りました|両将軍《りやうしやうぐん》が|全軍《ぜんぐん》を|率《ひき》ゐて|俄《にはか》に|退却《たいきやく》|致《いた》したのは、どうも|合点《がてん》の|行《ゆ》かぬ|事《こと》で|厶《ござ》いますが、|貴方《あなた》は|何《ど》う|御考《おかんが》へなさいますか』
タルマン『どうも|私《わたし》には|神懸《かむがかり》が|厶《ござ》いませぬので、|詳《くは》しい|事《こと》は|存《ぞん》じませぬが、|察《さつ》する|所《ところ》、|忠勇義烈《ちうゆうぎれつ》のヒルナ|姫様《ひめさま》、カルナ|姫様《ひめさま》が、ビク|国《こく》の|絶対的《ぜつたいてき》|安全《あんぜん》を|保《たも》たせむとして、|両将軍《りやうしやうぐん》をうまくチヨロまかし、|立去《たちさ》らしめ|玉《たま》うたものと|推察《すいさつ》|致《いた》しまする』
|刹帝利《せつていり》『|大方《おほかた》さうかも|知《し》れない。|彼《か》れ|両女《りやうぢよ》は|本当《ほんたう》に|国家《こくか》の|柱石《ちうせき》だから、|一身《いつしん》を|犠牲《ぎせい》にして|国家《こくか》を|救《すく》うたかも|知《し》れないよ。ああ|天晴《あつぱ》れの|女丈夫《ぢよぢやうぶ》だ、|偉《えら》い|奴《やつ》だなア』
|左守《さもり》『|何《なん》ともハヤ、ヒルナ|姫様《ひめさま》の|御誠忠《ごせいちう》には、|左守《さもり》も|恥《はづ》かしう|厶《ござ》います。|併《しか》し|乍《なが》ら|刹帝利様《せつていりさま》は|之《こ》れ|丈《だけ》|老齢《らうれい》にお|成《な》り|遊《あそ》ばして、|万機《ばんき》の|政治《せいぢ》を|御覧《みそなは》し|玉《たま》ふに、|内助《ないじよ》に|仕《つか》ふべき|后《きさき》の|君《きみ》がなくては|嘸《さぞ》|御不便《ごふべん》で|厶《ござ》いませう、ヒルナ|姫様《ひめさま》は|左様《さやう》な|決心《けつしん》を|持《も》つておいでになつた|以上《いじやう》は、ヨモヤお|帰《かへ》り|遊《あそ》ばすやうな|事《こと》は|厶《ござ》いますまい。ついてはお|后様《きさきさま》を|選定《せんてい》|致《いた》さなくては、|王様《わうさま》もさぞ|御不便《ごふべん》で|厶《ござ》いませう』
|刹帝利《せつていり》『|否々《いやいや》、|此《この》|方《はう》は|決《けつ》して|左様《さやう》な|事《こと》は|思《おも》うて|居《ゐ》ない。|仮令《たとへ》|少々《せうせう》|不便《ふべん》でも、ヒルナ|姫《ひめ》の|貞節《ていせつ》に|対《たい》し、どうして|後添《のちぞへ》が|持《も》たれうものか、|彼《かれ》の|心《こころ》もチツとは|汲取《くみと》つてやらねばなるまいからのう』
|左守《さもり》『|御言葉《おことば》|御尤《ごもつと》に|厶《ござ》いますが、|何《なに》を|云《い》つても|新《あらた》に|兵馬《へいば》の|権《けん》を|取《と》り|戻《もど》され、|一国《いつこく》の|主権者《しゆけんしや》として、|御独身《ごどくしん》では|到底《たうてい》|完全《くわんぜん》なる|国政《こくせい》を|御覧《みそなは》す|事《こと》は|難《むつか》しう|厶《ござ》いませう。|何《なん》とか|一《ひと》つ|御考《おかんが》へを|願《ねが》ひたいもので|厶《ござ》います』
と|左守《さもり》は|自分《じぶん》の|息子《むすこ》ハルナにも|嫁《よめ》を|持《も》たせたい、それに|就《つ》いては|刹帝利様《せつていりさま》より|先《さき》に|后《きさき》をきめておかねば、|臣下《しんか》の|身《み》として|憚《はばか》るといふ|考《かんが》へから|頻《しき》りに|勧《すす》めてゐるのである。されど|刹帝利《せつていり》はヒルナ|姫《ひめ》の|心《こころ》を|察《さつ》し、|何《なん》と|云《い》つても|承諾《しようだく》せなかつた。タルマンは|左守司《さもりのかみ》の|心《こころ》を|推《お》し|量《はか》り、
タルマン『|吾《わが》|君《きみ》は|何《なん》と|云《い》つても|御老齢《ごらうれい》、|又《また》|数多《あまた》の|従臣《じゆうしん》もお|仕《つか》へ|致《いた》して|居《を》り、|沢山《たくさん》の|侍女《じぢよ》も|居《を》りますれば、|御聖慮《ごせいりよ》に|任《まか》し|奉《まつ》るも|是非《ぜひ》なき|事《こと》|乍《なが》ら、ハルナ|殿《どの》はまだ|年《とし》の|若《わか》き|御方《おかた》、カルナ|姫《ひめ》は|最早《もはや》|帰《かへ》られないものと|思《おも》はねばなりませぬ。さすれば|適当《てきたう》の|縁《えん》を|選《えら》んでお|娶《めと》りなさらなくては|左守《さもり》の|家《いへ》の|胤《たね》が|断《き》れるぢやありませぬか。|之《これ》は|一《ひと》つ|吾《わが》|君様《きみさま》にお|願《ねがひ》|致《いた》して、|何《なん》とかせなくてはなりますまい』
|左守《さもり》はタルマンの|親切《しんせつ》な|言葉《ことば》を|聞《き》いて、|秘《ひそか》に|感涙《かんるゐ》に|咽《むせ》んでゐる。ハルナは|進《すす》み|出《い》で、
ハルナ『タルマン|殿《どの》、|決《けつ》して|決《けつ》して|御心配《ごしんぱい》|下《くだ》さいますな、|刹帝利様《せつていりさま》でさへも、|尊《たふと》き|御身《おんみ》を|以《もつ》て、|独身生活《どくしんせいくわつ》をしようと|仰《おほ》せらるるので|厶《ござ》います。|斯《かく》の|如《ごと》き|御老齢《ごらうれい》の|御身《おんみ》を|以《もつ》て|独身《どくしん》で|行《ゆ》かうと|思召《おぼしめ》すので|厶《ござ》いますから、|拙者《せつしや》の|如《ごと》き|若《わか》い|者《もの》は、|決《けつ》して|独身《どくしん》で|居《を》つても|少《すこ》しも|苦《くる》しくは|厶《ござ》いませぬ。|又《また》カルナ|姫《ひめ》の|犠牲的《ぎせいてき》|活動《くわつどう》を|思《おも》へば、|何《ど》うして|第二《だいに》の|妻《つま》が|持《も》たれませう。|拙者《せつしや》の|恋愛《れんあい》は|実《じつ》に|神聖《しんせい》で|厶《ござ》います。|此《この》|後《ご》カルナに|会《あ》ふ|事《こと》がなく|共《とも》|終世《しうせい》|妻帯《さいたい》は|致《いた》しませぬ』
タルマン『|実《じつ》に|見上《みあ》げたお|志《こころざし》、|感服《かんぷく》|致《いた》しました。ああ|併《しか》し|乍《なが》ら、|左守家《さもりけ》の|為《ため》に|子孫《しそん》を|伝《つた》へねばなりますまい、|独身《どくしん》では|子《こ》を|生《う》む|事《こと》も|出来《でき》ますまい。これは|枉《ま》げて|承諾《しようだく》を|願《ねが》ひたいもので|厶《ござ》います』
ハルナ『|何《なん》と|仰《おほ》せられましても、|此《この》|事《こと》|計《ばか》りはお|許《ゆる》しを|願《ねが》ひます。|刹帝利様《せつていりさま》も|嗣子《しし》がないぢやありませぬか、|況《いは》んや|左守家《さもりけ》に|嗣子《しし》なしとて、|夫《そ》れを|憂《うれ》ふるに|及《およ》びますまい。|何事《なにごと》も|皆《みな》|神様《かみさま》の|御心《みこころ》の|儘《まま》よりなるものぢやありませぬ。|左守家《さもりけ》はハルナの|子孫《しそん》でなくてはならないといふ|道理《だうり》もありますまい、|現《げん》にヱクス|殿《どの》が|新《あらた》に|右守《うもり》になられた|例《れい》もあるぢやありませぬか』
タルマンは|頻《しき》りに|首《くび》を|傾《かたむ》け、|感《かん》じ|入《い》り、|返《かへ》す|言葉《ことば》もなかつた。
|世《よ》の|中《なか》には|最愛《さいあい》の|妻《つま》に|別《わか》れ、|今後《こんご》は|決《けつ》して|妻《つま》は|持《も》たない、|彼《かれ》に|対《たい》して|済《す》まないから、|誰《たれ》が|何《なん》と|云《い》つても|独身生活《どくしんせいくわつ》をすると|頑張《ぐわんば》つてゐる|男《をとこ》が|沢山《たくさん》あるものだ。|或《あるひ》は|追悼《つゐたう》の|歌《うた》を|作《つく》り、|或《あるひ》は|追懐《つゐくわい》の|書籍《しよせき》を|作《つく》り、|之《これ》を|知己友人《ちきいうじん》に|配布《はいふ》し、|或《あるひ》は|天下《てんか》に|公《おほやけ》にして|独身生活《どくしんせいくわつ》を|表白《へうはく》した|男《をとこ》が、|其《その》|宣言《せんげん》をケロリと|忘《わす》れて、|遅《おそ》いのが|二月《ふたつき》|或《あるひ》は|三月《みつき》、|早《はや》いのになると|三日目《みつかめ》|位《くらゐ》に、|早《はや》くも|第二《だいに》の|候補者《こうほしや》をつかまへてゐる。これが|人間《にんげん》としての|赤裸々《せきらら》な|心理状態《しんりじやうたい》である。|然《しか》るに|刹帝利《せつていり》を|始《はじ》めハルナは|有《あ》りふれた|世間的《せけんてき》の|偽人《ぎじん》ではない、|真《しん》に|其《その》|妻《つま》の|心《こころ》を|憐《あはれ》み、|一生《いつしやう》|帰《かへ》つて|来《く》る|望《のぞ》みのない|女房《にようばう》の|為《ため》に、|独身生活《どくしんせいくわつ》を|続《つづ》けたのである。
|斯《か》く|話《はな》す|所《ところ》へ|慌《あわ》ただしくやつて|来《き》たのは|牢番《らうばん》のエルであつた。エルは|心配相《しんぱいさう》な|顔《かほ》をして、|畳《たたみ》に|頭《かしら》を|摺《すり》つけ、
エル『|申上《まをしあ》げます、|大切《たいせつ》な|咎人《とがにん》シエールが、|何時《いつ》の|間《ま》にか|牢屋《ひとや》を|破《やぶ》り|逃走《たうそう》|致《いた》しました。|誠《まこと》に|職務怠慢《しよくむたいまん》の|罪《つみ》、|申《まを》し|訳《わけ》も|厶《ござ》いませぬ』
と|泣《な》いてゐる。|右守《うもり》のヱクスは、
『ナニ、シエールが|脱獄《だつごく》|致《いた》したか、ソリヤ|大変《たいへん》だ、|左守殿《さもりどの》、|如何《いかが》|致《いた》したら|宜《よろ》しからうかな』
|左守《さもり》『ハテ、|困《こま》つた|事《こと》を|致《いた》したものだ。|併《しか》し|乍《なが》ら|今《いま》となつて|悔《くや》んだ|所《ところ》で|仕方《しかた》がない、|彼《かれ》が|脱獄《だつごく》|致《いた》したのは|恰《あだか》も|虎《とら》を|野《の》に|放《はな》つが|如《ごと》きもの、キツとベルツと|牒《しめ》し|合《あは》せ、|又《また》|何事《なにごと》か|謀反《むほん》を|企《たく》むに|相違《さうゐ》|厶《ござ》らぬ、|就《つ》いては|彼《かれ》が|行方《ゆくへ》を|捜索《そうさく》|致《いた》す|必要《ひつえう》が|厶《ござ》らう』
|刹帝利《せつていり》『|速《すみやか》に|人《ひと》を|遣《つか》はし、|彼《かれ》が|所在《ありか》を|尋《たづ》ね|出《だ》し、|召捕《めしとり》|帰《かへ》るべく|取計《とりはか》らつてくれ、|右守殿《うもりどの》、|万事《ばんじ》|抜目《ぬけめ》のなき|様《やう》に|頼《たの》むぞよ』
|右守《うもり》は『|委細《ゐさい》|承知《しようち》|仕《つかまつ》りました』と|此《この》|場《ば》を|立出《たちい》で、|河守《かはもり》の|長《をさ》を|勤《つと》めたカント|及《およ》びエルに|命《めい》じ、|変装《へんさう》させて、ベルツの|隠《かく》れてゐるといふキールの|里《さと》へ|入《い》り|込《こ》ましむる|事《こと》とした。
|話《はなし》|替《かは》つて、ベルツは|三方《さんぱう》|山《やま》に|包《つつ》まれ、|一方《いつぱう》に|大河《おほかは》を|控《ひか》へたキールの|山奥《やまおく》に|立籠《たてこも》り|譜代《ふだい》の|家来《けらい》を|集《あつ》め、|武《ぶ》を|練《ね》り、|時《とき》を|待《ま》つてゐた。そこへバラモン|軍《ぐん》が|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|退却《たいきやく》したといふ|報告《はうこく》を|耳《みみ》にし、|願望成就《ぐわんまうじやうじゆ》の|時《とき》こそ|来《きた》れり、|今《いま》を|措《お》いて|何時《いつ》の|日《ひ》か|吾《わが》|目的《もくてき》を|達《たつ》せむや……と|無慮《むりよ》|一千騎《いつせんき》を|引率《いんそつ》し、|道々《みちみち》|農民《のうみん》を|徴発《ちようはつ》し、|同勢《どうぜい》|三千人《さんぜんにん》を|以《もつ》て、ヂリリヂリリと|攻《せ》め|寄《よ》せ|来《きた》る|内報《ないはう》がカントより|届《とど》いて|来《き》た。|刹帝利《せつていり》|始《はじ》め|左守《さもり》の|驚《おどろ》きは|一方《ひとかた》でない。|例《れい》の|如《ごと》く|秘密会議《ひみつくわいぎ》を|開《ひら》いて、|反軍《はんぐん》の|攻撃《こうげき》に|備《そな》ふべく|凝議《ぎようぎ》をこらした。されど|何《いづ》れも|右守《うもり》に|代々《だいだい》|仕《つか》へたる|武士《ぶし》のみ|僅《わづか》に|八百余名《はつぴやくよめい》、|兵営《へいえい》に|国防《こくばう》の|大機関《だいきくわん》として|蓄《たくは》へあるのみ、|万一《まんいち》ベルツ|押寄《おしよ》せ|来《きた》ると|聞《き》かば、|何時《いつ》|反旗《はんき》を|掲《かか》げ、|王《わう》に|逆襲《ぎやくしふ》するやも|計《はか》られ|難《がた》い、|其《その》|心痛《しんつう》は|一通《ひととほ》りでなかつた。|刹帝利《せつていり》は|涙《なみだ》をハラハラと|流《なが》し、
|刹帝利《せつていり》『ああ|一難《いちなん》|去《さ》つて|一難《いちなん》|来《きた》る。どうしてこれ|丈《だけ》|心配《しんぱい》が|絶《た》えないのであらう』
と|悲歎《ひたん》に|沈《しづ》む。タルマンも|左守司《さもりのかみ》も|一向《いつこう》|名案《めいあん》が|浮《うか》んで|来《こ》ない、|何《いづ》れも|青息吐息《あをいきといき》の|為体《ていたらく》であつた。ハルナは|儼然《げんぜん》として|立上《たちあが》り、
ハルナ『|必《かなら》ず|必《かなら》ず、|御心配《ごしんぱい》なさいますな、|城内《じやうない》|八百《はつぴやく》の|兵《へい》は|何《いづ》れも|誠忠無比《せいちうむひ》の|人物《じんぶつ》|計《ばか》りで|厶《ござ》いますれば、メツタに|裏返《うらがへ》る|気遣《きづか》ひはありませぬ。|此《この》ハルナはまだ|兵士《へいし》に|面《かほ》を|知《し》られてゐないのを|幸《さいはひ》、|種々雑多《しゆじゆざつた》に|身《み》を|窶《やつ》し、|兵営《へいえい》を|乞食《こじき》となつて、|夜《よ》な|夜《よ》なめぐり、|彼等《かれら》が|話《はなし》を|考《かんが》へて|居《を》りまするが、|一人《ひとり》として|王《わう》の|為《ため》に|命《いのち》を|捨《す》つる|事《こと》を|否《いな》む|者《もの》はありませぬ。そしてベルツの|悪業《あくごふ》を|非常《ひじやう》に|憎《にく》み|居《を》りますれば、|何程《なにほど》|譜代《ふだい》の|家来《けらい》なりとて、|大義名分上《たいぎめいぶんじやう》、|左様《さやう》な|不義《ふぎ》な|事《こと》は|断《だん》じてないと|信《しん》じます。|拙者《せつしや》に|此《この》|軍隊《ぐんたい》をお|任《まか》せ|下《くだ》さらば、みん|事《ごと》|敵《てき》を|打破《うちやぶ》り、|再《ふたたび》|野心《やしん》を|起《おこ》さぬやうに|致《いた》してみせませう。そしてキツとベルツ、シエールの|両兇《りやうきよう》を|生捕《いけどり》に|致《いた》し、お|目《め》にかけませう、|之《これ》に|就《つ》いては|拙者《せつしや》に|成案《せいあん》が|厶《ござ》います』
|左守《さもり》『コレ|伜《せがれ》、|左様《さやう》な|事《こと》を|申《まを》して、|万一《まんいち》|敗軍《はいぐん》を|致《いた》したら、|何《ど》うして|吾《わが》|君様《きみさま》に|言訳《いひわけ》を|致《いた》すのだ。|其方《そなた》は|年《とし》が|若《わか》いから、|左様《さやう》な|楽観《らくくわん》を|致《いた》して|居《を》るが、あのベルツといふ|奴《やつ》は|卑怯者《ひけふもの》なれど、シエールは|軍略《ぐんりやく》の|達人《たつじん》、シエールあつて|後《のち》ベルツの|光《ひかり》が|出《で》るやうなものだ。|汝《なんぢ》の|如《ごと》きうら|若《わか》き|弱輩《じやくはい》の|知《し》る|所《ところ》ではない。|及《およ》ばず|乍《なが》ら、|年《とし》|老《おい》たりと|雖《いへど》も、|父《ちち》キユービツトが|君《きみ》の|御為《おんため》、|国《くに》の|為《ため》、|右守殿《うもりどの》と|全軍《ぜんぐん》を|指揮《しき》し|矢面《やおもて》に|立《た》つて|奮戦《ふんせん》|激闘《げきとう》してみよう|程《ほど》に、|父《ちち》は|余命《よめい》も|幾何《いくばく》もなき|老齢《らうれい》、|捨《すて》ても|惜《をし》うない|命《いのち》、|其方《そなた》は|行先《ゆくさき》の|長《なが》い|未来《みらい》のある|男子《だんし》、|吾《わが》|君《きみ》のお|側《そば》に|仕《つか》へ、|安全《あんぜん》の|地位《ちゐ》に|身《み》をおいて、|吾《われ》|亡《な》き|後《あと》は|君《きみ》の|為《ため》、|国《くに》の|為《ため》、|十分《じふぶん》の|忠勤《ちうきん》を|励《はげ》んで|貰《もら》はねばならぬ。|吾《わが》|君様《きみさま》、|何卒《なにとぞ》|此《この》|防戦《ばうせん》は、|左守《さもり》、|右守《うもり》にお|任《まか》せを|願《ねが》ひます』
|刹帝利《せつていり》『|左守《さもり》の|言葉《ことば》、|実《じつ》に|吾《わが》|肯綮《こうけい》に|当《あた》つてゐる。|然《しか》らば|全軍《ぜんぐん》の|指揮《しき》を、|左守《さもり》、|右守《うもり》に|一任《いちにん》する』
|左守《さもり》『ハイ、|御懇命《ごこんめい》を|辱《かたじけ》なうし、|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます、|命《いのち》を|的《まと》にあく|迄《まで》も|奮戦《ふんせん》|致《いた》して、|王家《わうけ》|及《および》|国家《こくか》を|守護《しゆご》|致《いた》しませう』
|右守《うもり》『|及《およ》ばず|乍《なが》ら、|左守司《さもりのかみ》の|指揮《しき》に|従《したが》ひ、|命《いのち》を|鴻毛《こうまう》と|軽《かろ》んじて|奮戦激闘《ふんせんげきとう》|仕《つかまつ》りますれば、|必《かなら》ず|御安心《ごあんしん》|下《くだ》さいませ』
タルマン『|左守《さもり》、|右守殿《うもりどの》、|命《いのち》を|捨《す》つるは|匹夫《ひつぷ》のなす|所《ところ》、|両将《りやうしやう》は|身《み》を|安全地帯《あんぜんちたい》におき、|全軍《ぜんぐん》の|指揮《しき》を|終局《しうきよく》までなさらねばなりませぬ。|軽挙妄動《けいきよもうどう》を|謹《つつし》み、|最後《さいご》の|一人《いちにん》|迄《まで》ながらへるお|覚悟《かくご》でなくては|此《この》|戦《たたか》ひは|駄目《だめ》で|厶《ござ》います』
|左守《さもり》『なる|程《ほど》、タルマン|殿《どの》の|仰《おほせ》の|通《とほ》り、|委細《ゐさい》|承知《しようち》|仕《つかまつ》つて|厶《ござ》る』
|右守《うもり》『タルマン|殿《どの》の|仰《おほせ》には|決《けつ》して|反《そむ》きませぬ、|御安心《ごあんしん》|下《くだ》さいませ』
ハルナ『お|父上《ちちうへ》が|全軍《ぜんぐん》の|総指揮官《そうしきくわん》となられた|以上《いじやう》は、|何卒《どうぞ》|私《わたし》を|参謀長《さんぼうちやう》としてお|使《つか》ひ|下《くだ》さいます|様《やう》に、たつてお|願《ねが》ひ|致《いた》します』
|左守《さもり》『イヤイヤ|其方《そなた》は|最前《さいぜん》も|申《まを》した|通《とほ》り、|決《けつ》して|危険《きけん》な|所《ところ》へ|行《い》つてはならない。|王様《わうさま》のお|側《そば》に|忠実《ちうじつ》に|仕《つか》へ、|御身辺《ごしんぺん》を|守《まも》るが|其方《そなた》の|役目《やくめ》だ』
と|親《おや》の|情《なさけ》で|吾《わが》|子《こ》を|戦場《せんぢやう》に|向《む》け|討死《うちじに》させまいと|頻《しき》りに|心《こころ》を|悩《なや》ましてゐる。
ハルナ『|父上《ちちうへ》の|御指揮《おんしき》なれば、|今度《こんど》の|戦《たたか》ひは|零敗《ゼロはい》で|厶《ござ》います。これに|就《つ》いては|吾々《われわれ》に|深遠《しんゑん》なる|計画《けいくわく》が|厶《ござ》いますから、|何卒《なにとぞ》、|刹帝利様《せつていりさま》、|拙者《せつしや》にお|任《まか》し|下《くだ》さいませぬか、キツと|手柄《てがら》を|現《あら》はしてお|目《め》にかけます』
|刹帝利《せつていり》『ハテ|心得《こころえ》ぬ|汝《なんぢ》が|言葉《ことば》、|其《その》|計画《けいくわく》とは|如何《いか》なる|事《こと》か、|余《よ》が|前《まへ》に|言《い》つてみよ』
ハルナ『|恐《おそ》れ|乍《なが》ら、すべてのお|人払《ひとばらひ》を|願《ねが》います。|拙者《せつしや》の|申《まを》し|上《あ》ぐる|事《こと》が|若《も》し|御不承知《ごふしようち》なれば|御採用《ごさいよう》|下《くだ》されずとも、お|恨《うら》みは|致《いた》しませぬ』
|刹帝利《せつていり》『|若輩《じやくはい》の|言《げん》にも|亦《また》|取《と》るべき|事《こと》があらう、|然《しか》らば|聞《き》いて|遣《つか》はす……ア、イヤ、|一同《いちどう》の|者《もの》、|暫《しばら》く|席《せき》を|遠《とほ》ざかつたがよからう』
と|鶴《つる》の|一声《ひとこゑ》に、タルマン|始《はじ》め|左守《さもり》、|右守《うもり》は|不性不精《ふしようぶしよう》に|席《せき》を|遠《とほ》ざかつた。ハルナは|王《わう》の|側《そば》|近《ちか》く|進《すす》み、|声《こゑ》を|潜《ひそ》めて、
ハルナ『|実《じつ》の|所《ところ》は|昨夜《さくや》|神王《しんのう》の|森《もり》に|参拝《さんぱい》を|致《いた》し、|真心《まごころ》を|籠《こめ》て|国家《こくか》の|安泰《あんたい》を|祈《いの》る|折《をり》しも、|盤古神王《ばんこしんわう》と|思《おも》ひきや、|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》|現《あら》はれ|玉《たま》ひ、|仰《おほ》せらるるやう、……|其《その》|方《はう》は|国家《こくか》を|思《おも》ふ|忠良《ちうりやう》の|臣《しん》だ、|実《じつ》にビクの|国《くに》の|柱《はしら》だ。|今《いま》やベルツは|反旗《はんき》を|掲《かか》げ、|一千騎《いつせんき》の|軍隊《ぐんたい》を|引率《ひきつ》れ、|数多《あまた》の|農民《のうみん》|共《ども》を|従《したが》へて、|無慮《むりよ》|三千人《さんぜんにん》、|日《ひ》ならず|押寄《おしよ》せ|来《きた》るであらう、あ、|其《その》|時《とき》は|決《けつ》して|手向《てむか》ひを|致《いた》すでない、|城内《じやうない》を|固《かた》く|鎖《とざ》し|籠城《ろうじやう》を|致《いた》せよ。さすれば|八百《はつぴやく》の|味方《みかた》は|一人《ひとり》も|裏返《うらがへ》る|者《もの》はない。もしも|城外《じやうぐわい》へ|出《い》でて|戦《たたか》はむか、|裏切《うらぎ》りするものが|現《あら》はれて、|味方《みかた》の|不利益《ふりえき》であるぞよ。|兎《と》も|角《かく》も|籠城《ろうじやう》の|心持《こころもち》にて、|四方《しはう》の|入口《いりぐち》を|固《かた》め|居《を》れば|不思議《ふしぎ》な|援軍《ゑんぐん》が|現《あら》はれて|敵《てき》を|追《お》ひ|散《ち》らすであらう。|又《また》ヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》は|帰《かへ》り|来《きた》つて、|敵《てき》の|背後《うしろ》より、|奇兵《きへい》を|放《はな》ち、|叛軍《はんぐん》をして、|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|降伏《かうふく》せしむることが|出来《でき》るであらう……とアリアリとお|示《しめ》しになりました。|何卒《どうぞ》、|夢《ゆめ》とは|云《い》へ、|決《けつ》して|虚妄《きよまう》の|言《げん》では|厶《ござ》いませぬ。|賢明《けんめい》な|吾《わが》|君《きみ》は|必《かなら》ずや、|吾《わが》|進言《しんげん》を|御嘉納《ごかなふ》|下《くだ》さる|事《こと》と|固《かた》く|信《しん》じて|居《を》りまする』
|刹帝利《せつていり》『いかにも、|汝《なんぢ》の|言葉《ことば》には|一理《いちり》ある。|到底《たうてい》|人間《にんげん》の|力《ちから》では|及《およ》ぶものでない、|素盞嗚尊《すさのをのみこと》|様《さま》のお|示《しめ》しになつた|戦略《せんりやく》は、|実《じつ》に|完全《くわんぜん》な|戦法《せんぱふ》だ。|然《しか》らば|全部《ぜんぶ》、|汝《なんぢ》に|臨時《りんじ》|兵馬《へいば》の|権《けん》を|委任《ゐにん》する』
ハルナは|嬉《うれ》し|涙《なみだ》をハラハラとながし|乍《なが》ら、
ハルナ『|若年者《じやくねんもの》の|言葉《ことば》、|御聞《おき》き|届《とど》け|下《くだ》さいまして、|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。キツと|御神力《ごしんりき》に|仍《よ》りて、|国家《こくか》の|大難《だいなん》を|救《すく》はして|頂《いただ》きませう。|御安心《ごあんしん》|下《くだ》さいませ。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|合掌《がつしやう》した。|王《わう》はさも|頼《たの》もしげに、ニコニコとして|面色《かほいろ》とみに|輝《かがや》き|出《だ》したり。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
第二二章 |天祐《てんいう》〔一三八五〕
ハルナは|刹帝利《せつていり》より|全軍《ぜんぐん》の|総指揮権《そうしきけん》を|委任《ゐにん》され|八百《はつぴやく》の|兵士《へいし》を|城内《じやうない》に|集《あつ》め|各門戸《かくもんこ》を|固《かた》く|守《まも》らしめ|武備《ぶび》を|十分《じふぶん》に|整《ととの》へて|敵《てき》の|襲来《しふらい》を|待《ま》つてゐた。ベルツ|総指揮《そうしき》のもとに、シエール|一隊《いつたい》を|指揮《しき》し|元帥旗《げんすゐき》を|初夏《しよか》の|風《かぜ》に|靡《なび》かせ|乍《なが》ら、|鬨《とき》を|作《つく》つて|城《しろ》の|東西南北《とうざいなんぼく》より|驀地《まつしぐら》に|攻《せ》め|来《きた》る。|然《しか》し|乍《なが》ら|今度《こんど》はバラモン|軍《ぐん》の|如《ごと》く|民家《みんか》に|火《ひ》を|放《はな》つ|様《やう》な|事《こと》はない。|一千《いつせん》の|騎士《きし》を|初《はじ》め|俄《にはか》づくりの|二千《にせん》の|農兵《のうへい》は|各自《てんで》に|柄物《えもの》を|携《たづさ》へ、|悪魔《あくま》の|牙城《がじやう》を|亡《ほろ》ぼし|国民《こくみん》の|塗炭《とたん》の|苦《く》を|救《すく》ふは|今《いま》や|此《この》|時《とき》とベルツの|侫言《ねいげん》に|謬《あやま》られ、|農業《のうげふ》をそつち|除《の》けにして|迫《せま》り|来《きた》る|其《その》|勢《いきほひ》、|破竹《はちく》の|如《ごと》くであつた。ベルツは|先《ま》づ|騎馬《きば》にて|表門《おもてもん》に|向《むか》ひ|大音声《だいおんじやう》に|呼《よ》ばはつて|云《い》ふ、
ベルツ『|民軍《みんぐん》の|総大将《そうだいしやう》ベルツ|将軍《しやうぐん》、|五万《ごまん》の|兵《へい》を|率《ひき》ゐて|進《すす》み|来《きた》れり。|如何《いか》に|刹帝利《せつていり》の|権威《けんゐ》を|以《もつ》てするも、よもやこれには|敵《てき》すまじ。|速《すみやか》に|門《もん》を|開《ひら》いて|降服《かうふく》するか、さもなくば|此《この》|城《しろ》は|四方《しはう》|八方《はつぱう》より|味方《みかた》の|軍勢《ぐんぜい》をもつて|十重《とへ》|二十重《はたへ》に|囲《かこ》みあれば、|瞬《またた》く|間《うち》に|粉砕《ふんさい》するは|必定《ひつぢやう》|也《なり》。|返答《へんたふ》|承《うけたま》はらん』
と|呼《よば》はつた。|然《しか》し|城内《じやうない》の|衛兵《ゑいへい》は|森《しん》として|一人《ひとり》の|答《こた》ふるものもなく、|寄《よ》らば|斬《き》らむと|手具脛《てぐすね》|引《ひ》いて|息《いき》を|凝《こ》らして|待《ま》つてゐる。|流石《さすが》のベルツも|城門《じやうもん》|固《かた》く|容易《ようい》に|進《すす》み|入《い》れず、|又《また》あまりの|敵《てき》の|静《しづ》けさに|如何《いか》なる|計略《けいりやく》のあるやも|図《はか》り|知《し》られずと|稍《やや》|躊躇《ちうちよ》の|色《いろ》を|現《あら》はし、|兎《と》も|角《かく》|城《しろ》の|周囲《しうゐ》を|囲《かこ》み|持久戦《ぢきうせん》をなさば|忽《たちま》ち|城内《じやうない》は|兵糧《ひやうらう》つき|白旗《はくき》を|掲《かか》げて|降服《かうふく》せむ。|然《しか》らば|味方《みかた》の|一兵卒《いつぺいそつ》も|損《そん》せずして|大勝利《だいしようり》を|得《う》べしと、|虫《むし》のよい|考《かんが》へを|起《おこ》し、|時々《ときどき》『ワーイ ワーイ』と|喊声《かんせい》を|作《つく》つて|城内《じやうない》の|守兵《しゆへい》を|威喝《ゐかつ》させ|乍《なが》ら、|持久戦《ぢきうせん》をとる|事《こと》となつた。|又《また》|裏門《うらもん》より|向《むか》ひしシエールは|俄将軍《にはかしやうぐん》となつた|嬉《うれ》しさ、|吾《わが》|力《ちから》を|現《あら》はすは|今《いま》|此《この》|時《とき》と|云《い》はぬばかりに|裏門《うらもん》を|打叩《うちたた》き|進《すす》み|入《い》らむとする|時《とき》しも、|雨《あめ》の|如《ごと》く|降《ふ》り|来《きた》る|矢《や》に|辟易《へきえき》して|遠《とほ》く|遁《のが》れ|一丁《いつちやう》ばかりの|間隙《かんげき》を|隔《へだ》てて|遠巻《とほまき》に|巻《ま》いて|居《ゐ》た。|夜《よ》は|篝火《かがりび》の|光《ひかり》、|晃々《くわうくわう》と|燃《も》え|上《あが》り|城内《じやうない》より|見《み》れば|得《え》も|云《い》はれぬ|美観《びくわん》であつた。|総指揮官《そうしきくわん》のハルナは|城内《じやうない》を|彼方此方《あちらこちら》と|駆《か》け|巡《めぐ》り|指揮《しき》をなしつつ|何《いづ》れも|櫓大鼓《やぐらだいこ》の|鳴《な》る|迄《まで》は|戦《たたか》ふべからずと|厳命《げんめい》し、|八百《はつぴやく》の|猛卒《まつそつ》は|息《いき》をこらして|治《をさ》まりきつてゐた。|四方《しはう》を|囲《かこ》みし|三千《さんぜん》の|敵軍《てきぐん》は|一丁《いつちやう》|許《ばか》り|間隔《かんかく》を|保《たも》ち、|押《お》し|寄《よ》せようともせず|対陣《たいぢん》|殆《ほとん》ど|一ケ月《いつかげつ》に|及《およ》んだ。|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|用《よう》もなきに|城《しろ》を|眺《なが》めて|命令《めいれい》の|下《くだ》るを|待《ま》つてゐる|位《くらゐ》、|苦《くる》しいものはない。|中《なか》にはそろそろ|喧嘩《けんくわ》でも|初《はじ》めて|無聊《ぶれう》を|慰《なぐさ》めむと|角力《すまう》をとる|奴《やつ》、|酒《さけ》に|酔《よ》うて|鉄拳《てつけん》を|揮《ふる》ふ|奴《やつ》、|陣中《ぢんちう》は|漸《やうや》く|規律《きりつ》|乱《みだ》れて、|中《なか》にはソツと|夜陰《やいん》に|乗《じやう》じ|暗《やみ》に|紛《まぎ》れて|逃《に》げ|行《ゆ》くものさへ|出来《でき》て|来《き》た。|前《まへ》に|寄《よ》せた|三千《さんぜん》の|兵《へい》は|滞陣《たいぢん》|一ケ月《いつかげつ》の|間《うち》に|其《その》|大半《たいはん》を|減《げん》じ、|今《いま》や|約《やく》|一千五百《いつせんごひやく》の|手兵《しゆへい》となつた。|城内《じやうない》にては|刹帝利《せつていり》、|左守《さもり》、|右守司《うもりのかみ》、タルマン|等《ら》は|高殿《たかどの》に|登《のぼ》り|敵《てき》の|陣形《ぢんけい》を|見下《みおろ》し|或《あるひ》は|神《かみ》を|念《ねん》じ|或《あるひ》は|酒《さけ》|酌《く》み|交《かわ》し|援兵《ゑんぺい》の|来《きた》るを|待《ま》つてゐる。|話《はなし》|変《かは》つて|鬼春別《おにはるわけ》、|久米彦《くめひこ》|両将軍《りやうしやうぐん》に|引《ひ》きずられ|馬《うま》に|跨《またが》り|遠《とほ》くビクトリヤの|都《みやこ》を|立去《たちさ》つたるヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》は|将軍《しやうぐん》と|共《とも》にシメジ|峠《たうげ》の|麓《ふもと》に|着《つ》いた。|此《この》|間《あひだ》の|距離《きより》|殆《ほとん》ど|五十里《ごじふり》に|及《およ》んでゐる。|此《この》シメジ|峠《たうげ》は|猪倉山《ゐのくらやま》の|峰続《みねつづ》きにて|最《もつと》も|難所《なんしよ》である。|到底《たうてい》|騎馬《きば》にて|通《かよ》ふ|事《こと》は|出来《でき》ない。|両将軍《りやうしやうぐん》は|真先《まつさき》にここ|迄《まで》|逃《に》げのび|青草《あをくさ》の|上《うへ》に|胡床《あぐら》をかき、「ここ|迄《まで》|逃《に》げて|来《き》たなら、|先《ま》づ|一安心《ひとあんしん》」とヒルナ、カルナの|二人《ふたり》の|美人《びじん》を|前《まへ》に|侍《はべ》らせ|携《たづさ》へ|持《も》つたる|瓢《ひさご》の|酒《さけ》をチビリチビリと|惜《をし》さうに|舌嘗《したな》めずりして|飲《の》み|乍《なが》ら|後《あと》よりおひおひ|逃《に》げ|来《く》る|味方《みかた》の|全軍《ぜんぐん》をここに|集《あつ》めて|隊伍《たいご》を|整《ととの》へ、|再《ふたた》び|猪倉山《ゐのくらやま》の|岩窟《がんくつ》に|立籠《たてこも》らむとの|協議《けふぎ》を|凝《こ》らした。もとより|黄金山《わうごんざん》へ|攻《せ》め|上《のぼ》る|勇気《ゆうき》は|少《すこ》しもない。|然《しか》し|乍《なが》ら|士気《しき》を|沮喪《そさう》せしむる|事《こと》を|虞《おそ》れて、|黄金山《わうごんざん》|征服《せいふく》を|標榜《へうばう》してゐたのである。|適当《てきたう》の|場所《ばしよ》あれば|全軍《ぜんぐん》を|率《ひき》ゐ、|小国《せうごく》を|併呑《へいどん》し|猪倉山《ゐのくらやま》に|城砦《じやうさい》を|構《かま》へて|一大王国《いちだいわうこく》を|建設《けんせつ》せむとの|企《たく》みであつた。|生命《いのち》からがら、|逃《に》げて|来《き》たので|両将軍《りやうしやうぐん》は|非常《ひじやう》に|空腹《くうふく》になつてゐた。そこへ|矢庭《やには》に|酒《さけ》をあほつた|事《こと》とて|酒《さけ》の|量《りやう》に|比《ひ》して|非常《ひじやう》に|酩酊《めいてい》をし|出《だ》した。
|鬼春別《おにはるわけ》『ヒルナの|女王《ぢよわう》さま、よくまア|途中《とちう》で|落馬《らくば》もせず|跟《つ》いて|来《き》ましたね、お|手柄《てがら》お|手柄《てがら》、|軍人《ぐんじん》の|妻《つま》たるものは、これ|位《くらゐ》の|事《こと》が|出来《でき》なくては|駄目《だめ》だ。お|前《まへ》は|鬼春別《おにはるわけ》|将軍《しやうぐん》の|奥様《おくさま》として|十分《じふぶん》の|資格《しかく》が|備《そな》はつてゐるよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『ホホホホホ、|大変《たいへん》お|褒《ほ》め|下《くだ》さいますこと、|妾《わらは》は|初《はじ》めて|馬《うま》の|背《せな》に|乗《の》つたものですから、|腿《もも》の|辺《あた》りが|痛《いた》くなり、お|尻《しり》が|擦《す》り|剥《む》けまして|到底《たうてい》|此《この》|上《うへ》|動《うご》く|事《こと》は|出来《でき》ませぬ。アイタタタタ』
と|故意《わざ》とに|顔《かほ》を|顰《しか》める。
|鬼春別《おにはるわけ》『あ、これからは|馬《うま》に|乗《の》る|事《こと》は|出来《でき》ない。ここを|三里《さんり》ばかり|馬《うま》の|轡《くつわ》をとつて|急坂《きふはん》を|登《のぼ》り、|猪倉山《ゐのくらやま》に|行《い》つて|暫《しばら》く|滞陣《たいぢん》するのだ。もう|一足《ひとあし》だから……こんな|処《ところ》に|屁古垂《へこた》れちや|困《こま》るよ、|何《なん》と|云《い》つても|将軍《しやうぐん》の|奥様《おくさま》だからな』
ヒルナ|姫《ひめ》『だと|云《い》つて、もう|一足《ひとあし》も|歩《ある》けないのだもの。カルナさま、|貴女《あなた》|如何《いかが》で|厶《ござ》いますか』
カルナ|姫《ひめ》『|妾《わらは》も|腿《もも》が|擦《す》れお|尻《いど》が|剥《む》け、|痛《いた》くて|堪《たま》りませぬわ。もう|此《この》|上《うへ》|一足《ひとあし》だつて|動《うご》けませぬわね』
|久米彦《くめひこ》『|斯様《かやう》の|処《ところ》で|弱音《よわね》を|吹《ふ》いて|貰《もら》つちや|困《こま》るぢやないか。|猪倉山《ゐのくらやま》に|行《ゆ》けば、もはや|金城鉄壁《きんじやうてつぺき》も|同《おな》じだ。こんな|処《ところ》にマゴマゴして|居《を》れば|三五教《あななひけう》の|治国別《はるくにわけ》に……いやいや、ウーン』
と|行《ゆ》きつまる。
カルナ|姫《ひめ》『もし|将軍様《しやうぐんさま》、|三五教《あななひけう》の|治国別《はるくにわけ》に|追《お》はれるのが|怖《こは》さに、ここ|迄《まで》|逃《に》げて|来《き》たのですか。|貴方《あなた》は|之《これ》からエルサレムの|宮《みや》を|襲撃《しふげき》し、|黄金山《わうごんざん》を|占領《せんりやう》するのだ、と|仰有《おつしや》つたぢやありませぬか。|一時《いちじ》も|早《はや》く|行《ゆ》かなければ|時機《じき》がおくれては|大変《たいへん》だと|両将軍様《りやうしやうぐんさま》とも|仰《おほ》せになつたでせう、|何故《なぜ》|猪倉山《ゐのくらやま》|等《なぞ》に|滞陣《たいぢん》をなさるのです。|妾《わらは》は、それがチツとも|腑《ふ》に|落《お》ちませぬわ』
|久米彦《くめひこ》『ウーン、エー、|凡《すべ》て|兵法《へいはふ》には|千変万化《せんぺんばんくわ》の|秘術《ひじゆつ》があるものだ。|時《とき》と|場合《ばあひ》によつては|軍略上《ぐんりやくじやう》、|如何《いか》なる|事《こと》を|致《いた》すかも|知《し》れない。マアマア|黙《だま》つて|吾々《われわれ》のお|手際《てぎは》を|見《み》てゐるが|宜《い》いわ』
カルナ|姫《ひめ》『ヘー、|妙《めう》ですな』
ヒルナ|姫《ひめ》『もし|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》、|本当《ほんたう》に|足《あし》が|痛《いた》くて|仕方《しかた》がありませぬの。|如何《どう》|致《いた》しませうかな』
|鬼春別《おにはるわけ》『|拙者《せつしや》の|手《て》で|撫《な》でてやつたら|屹度《きつと》|直《なほ》るよ』
ヒルナ|姫《ひめ》『|擦《す》り|剥《む》けたお|尻《いど》や|腿《もも》を、そんな|毛《け》の|生《は》えた|硬《かた》い|手《て》で|撫《な》でられちや|堪《たま》りませぬわ、|何卒《どうぞ》それ|丈《だ》けは|御免《ごめん》|下《くだ》さいませ』
|鬼春別《おにはるわけ》『アハハハハ、いきなり|肱鉄《ひぢてつ》を|喰《く》はされたな。|何《なん》と|女《をんな》と|云《い》ふものは|得《とく》なものだな』
ヒルナ|姫《ひめ》『そら、さうですとも。|女《をんな》なればこそ、|将軍様《しやうぐんさま》の|髯《ひげ》を【むし】つたり|頬辺《ほほべた》を|叩《たた》いたり|鼻《はな》を|捻《ひね》つても|喜《よろこ》んでゐらつしやるのだもの。そこが|女《をんな》ですわね』
|数多《あまた》の|兵士《へいし》は|漸《やうや》く|足揃《あしぞろ》ひが|出来《でき》た。|両将軍《りやうしやうぐん》は、
『さア、|之《これ》から|此《この》|急坂《きふはん》を|一《ひと》きばりだ』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら|立上《たちあが》り、
『さア|姫《ひめ》、|陣中《ぢんちう》だ。|仕方《しかた》がない。チツと|痛《いた》くても|辛抱《しんばう》するのだな』
ヒルナ|姫《ひめ》『|貴方《あなた》|徒歩《かち》でおいでなさいませ。|妾《わらは》は|馬《うま》でなけりやチツとも|動《うご》けませぬわ。ねえカルナさま、|貴女《あなた》だつてさうでせう』
カルナ|姫《ひめ》『さうですとも。|馬《うま》に|乗《の》せて|頂《いただ》きたいものですわ』
|久米彦《くめひこ》『|斯様《かやう》な|急坂《きふはん》を|馬《うま》に|乗《の》らうものなら、それこそ|命《いのち》を|捨《す》てる|様《やう》なものだ。|何《なん》とかして|歩《ある》いたら|如何《どう》だ。こんなきつい|坂《さか》は|空馬《からうま》でさへも|容易《ようい》に|行《ゆ》けないのだからな』
カルナ|姫《ひめ》『|妾《わらは》は|貴方《あなた》に|命《いのち》まで|差上《さしあ》げてラブしてるのですもの、|貴方《あなた》の|馬《うま》に|乗《の》つて|落《お》ちて|死《し》んだら|得心《とくしん》ですわ。ねえヒルナさま、さうでせう』
ヒルナ|姫《ひめ》『さうですとも、|死《し》んだつて|将軍様《しやうぐんさま》に|献《ささ》げた|生命《いのち》、|何《なん》にも|恨《うらみ》は|残《のこ》りませぬわね』
|鬼春別《おにはるわけ》『エーエ、|無理《むり》|云《い》ふ|女王《ぢよわう》さまだな。そんなら|仕方《しかた》がない。|馬《うま》の|口《くち》をとつて、|行《ゆ》ける|所《ところ》|迄《まで》|上《あ》げて|上《あ》げませう』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、ヒルナ|姫《ひめ》を|抱《かか》へて|馬《うま》にヒラリと|乗《の》せた。|久米彦《くめひこ》も|亦《また》カルナを|馬《うま》に|乗《の》せてやつた。|二人《ふたり》の|姫《ひめ》は|足《あし》が|痛《いた》い、|尻《しり》が|痛《いた》いと|駄々《だだ》を|捏《こね》たのは|馬《うま》に|乗《の》つて|逃《に》げる|為《ため》であつた。
|二人《ふたり》は|馬《うま》に|乗《の》るや|否《いな》や|馬首《ばしゆ》をクレリと|東《ひがし》に|向《む》け、|一鞭《ひとむち》あて|一目散《いちもくさん》に|疾風迅雷《しつぷうじんらい》の|如《ごと》く|駆《か》け|出《だ》した。|両将軍《りやうしやうぐん》は|声《こゑ》を|嗄《か》らして、
『やアやア|部下《ぶか》の|者《もの》|共《ども》、|彼《かれ》を|追《お》つ|付《つ》いて|引捕《ひつと》らへよ』
と|下知《げち》する。|此《この》|急坂《きふはん》にかかつたので|何《いづ》れの|騎士《きし》も|全部《ぜんぶ》|馬《うま》を|下《お》り、|鞍《くら》には|拍車《はくしや》のついた|靴《くつ》を|括《くく》りつけ|登坂《とはん》の|用意《ようい》をして|了《しま》つた|際《さい》とて、|俄《にはか》に|馬《うま》に|乗《の》る|訳《わけ》にも|行《ゆ》かず|靴《くつ》を|解《ほど》き|足《あし》に|穿《うが》ち、グヅグヅしてゐる|間《うち》に、|二人《ふたり》は|早《はや》くも|目《め》の|届《とど》かぬ|所《ところ》まで|逃《に》げてゐる。|忽《たちま》ち|幾百《いくひやく》とも|知《し》れぬ|獅子《しし》を|引連《ひきつ》れた|三五教《あななひけう》の|杢助《もくすけ》に|扮《ふん》した|摩利支天《まりしてん》は、|巨大《きよだい》なる|獅子《しし》に|跨《またが》り『ウー』と|四辺《あたり》の|山岳《さんがく》を|響《ひび》かせ、|軍隊《ぐんたい》の|中《なか》を|縦横無尽《じうわうむじん》に|駆《か》け|廻《まは》つた。|将軍《しやうぐん》|初《はじ》め|全軍《ぜんぐん》は|思《おも》はぬ|獅子《しし》の|襲来《しふらい》に|肝《きも》を|潰《つぶ》し、|腰《こし》をぬかす|者《もの》、|真裸足《まつぱだし》で|逃《に》げるもの、|泣《な》き|叫《さけ》ぶ|者《もの》、|其《その》|外《ほか》|種々雑多《しゆじゆざつた》に|思《おも》ひ|思《おも》ひに|逃走《たうそう》し、|残《のこ》るものは|腰《こし》を|抜《ぬ》かした|弱虫《よわむし》ばかりであつた。|馬《うま》は|獅子《しし》の|声《こゑ》に|驚《おどろ》いて|思《おも》ひ|思《おも》ひに|逃《に》げ|散《ち》つて|了《しま》つた。|獅子《しし》の|群《むれ》は|一所《ひとところ》に|集《あつ》まり、|一斉《いつせい》に|声《こゑ》を|揃《そろ》へて『ウー』と|百雷《ひやくらい》の|轟《とどろ》く|如《ごと》く|唸《うな》り|立《た》て|威喝《ゐかつ》を|試《こころ》みた|上《うへ》、ヒルナ、カルナの|後《あと》を|追《お》うて、|摩利支天《まりしてん》|指揮《しき》のもとに|雲《くも》を|霞《かすみ》と|追《お》うて|行《ゆ》く。
ベルツは|一ケ月《いつかげつ》|余《よ》の|滞陣《たいぢん》に、|士気《しき》|漸《やうや》く|乱《みだ》れ、|夜陰《やいん》に|乗《じやう》じて|脱隊《だつたい》するもの|相次《あひつ》いて|踵《きびす》を|接《せつ》するため|一戦《ひといくさ》して|士気《しき》を|鼓舞《こぶ》せねばならぬと|覚悟《かくご》をきめ、シエールは|裏門《うらもん》よりベルツは|表門《おもてもん》より|獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》にて、|猪武者《ゐのししむしや》を|先頭《せんとう》に、さしも|堅固《けんご》の|大門《おほもん》を|打破《うちやぶ》り|城内《じやうない》に|乱《みだ》れ|入《い》つた。ハルナは|八百《はつぴやく》の|手兵《しゆへい》を|指揮《しき》し、|兵《へい》を|八方《はつぱう》に|分《わか》つて|防《ふせ》ぎ|戦《たたか》うた。されど|潮《うしほ》の|如《ごと》く|押寄《おしよ》せた|敵軍《てきぐん》は、|刻々《こくこく》に|其《その》|数《すう》を|増《ま》し、|一旦《いつたん》|逃《に》げ|散《ち》りし|雑兵《ざふひやう》|迄《まで》|帰《かへ》り|来《きた》つて『ワーイワーイ』と|喚《わめ》き|立《た》ち|乍《なが》ら、|又《また》もとの|如《ごと》く|三千《さんぜん》の|兵士《へいし》は|城内《じやうない》に|残《のこ》らず|進入《しんにふ》し、|手当《てあた》り|次第《しだい》に|暴《あば》れ|出《だ》した。|忽《たちま》ちハルナは|捕虜《ほりよ》となり|刹帝利《せつていり》、|左守司《さもりのかみ》、タルマンの|身辺《しんぺん》も|今《いま》や|危《あやふ》しと|見《み》る|間《ま》に、|表門《おもてもん》に|当《あた》つて|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》が|聞《きこ》えて|来《き》た。|之《これ》は|治国別《はるくにわけ》が|松彦《まつひこ》、|竜公《たつこう》、|万公《まんこう》の|部下《ぶか》を|率《ひき》ゐて|救援《きうゑん》に|向《むか》うたのである。
『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて  |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける
|音《おと》に|名高《なだか》きビクの|国《くに》  |東《ひがし》にライオン|川《がは》を|負《お》ひ
|西《にし》にビクトル|山《やま》|控《ひか》へ  |要害堅固《えうがいけんご》の|鉄城《てつじやう》を
ここに|築《きづ》きて|永久《とこしへ》に  |百《もも》の|国民《くにたみ》|治《をさ》めます
ビクトリヤ|王《わう》の|御居城《おんきよじやう》  |八岐大蛇《やまたをろち》や|醜神《しこがみ》に
|誑惑《けふわく》されし|右守《うもり》の|司《かみ》  ベルツの|司《つかさ》は|軍隊《ぐんたい》を
|率《ひき》ゐて|不羈《ふき》を|図《はか》らむと  |攻《せ》め|寄《よ》せ|来《きた》る|浅《あさ》ましさ
|天地《てんち》を|造《つく》り|玉《たま》ひたる  |誠《まこと》の|神《かみ》は|善《ぜん》を|褒《ほ》め
|悪《あく》を|懲《こら》して|地《ち》の|上《うへ》に  |天国《てんごく》|浄土《じやうど》を|建設《けんせつ》し
|上《かみ》は|王者《わうじや》を|初《はじ》めとし  |下《しも》|国民《こくみん》の|端《はし》|迄《まで》も
|守《まも》らせ|玉《たま》ふ|尊《たふと》さよ  |三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》
|治国別《はるくにわけ》の|一行《いつかう》が  |現《あら》はれ|来《きた》る|上《うへ》からは
|幾十万《いくじふまん》の|強敵《きやうてき》が  |一度《いちど》に|襲《おそ》ひ|攻《せ》め|来《く》とも
|如何《いか》でか|恐《おそ》れむビクの|国《くに》  |刹帝利王《せつていりわう》よ|心安《うらやす》く
|思召《おぼしめ》されよ|天地《あめつち》の  |神《かみ》の|賜《たま》ひし|言霊《ことたま》を
|完全《うまら》に|委曲《つばら》に|打出《うちいだ》し  |救《すく》ひまつらむ|惟神《かむながら》
|神《かみ》に|誓《ちか》ひて|宣《の》りまつる  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ  |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも  |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|誠《まこと》|一《ひと》つは|世《よ》を|救《すく》ふ  |誠《まこと》に|刃向《はむか》ふ|仇《あだ》はなし
|勇《いさ》めよ|勇《いさ》め|刹帝利《せつていり》  |従《したが》ひ|玉《たま》ふ|諸々《もろもろ》の
|誠《まこと》の|司《つかさ》よ|悪神《あくがみ》の  |此《この》|襲撃《しふげき》を|恐《おそ》れずに
|神《かみ》に|心《こころ》を|任《まか》せつつ  |祈《いの》らせ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》
|神《かみ》に|代《かは》りて|宣《の》り|伝《つた》ふ』
|此《この》|言霊《ことたま》を|聞《き》くよりベルツは|俄《にはか》に|慄《ふる》ひ|出《だ》し、|駒《こま》に|跨《またが》り|裏門《うらもん》より|驀地《まつしぐら》に|駆《か》け|出《いだ》す。|此《この》|時《とき》シエールは|庭石《にはいし》に|躓《つまづ》き|倒《たふ》れた|途端《とたん》に、|足《あし》を|折《を》り|悲鳴《ひめい》を|挙《あ》げて|救《すく》ひを|求《もと》めてゐる。|怖気《おぢけ》ついたる|軍勢《ぐんぜい》は、|現在《げんざい》|目《め》の|前《まへ》に|倒《たふ》れた|大将《たいしやう》を|見向《みむ》きもやらず、|土足《どそく》のまま|踏《ふ》み|越《こ》え|踏《ふ》み|越《こ》え、シエールの|身体《からだ》|一面《いちめん》|泥《どろ》まぶれにし|乍《なが》ら、|先《さき》を|争《あらそ》うてバラバラバラと|逃《に》げ|出《だ》す|可笑《をか》しさ。ベルツの|後《あと》に|従《したが》つて|大多数《だいたすう》の|軍隊《ぐんたい》は|西《にし》へ|西《にし》へと|駆《か》けり|行《ゆ》く。|此《この》|時《とき》|向《むか》ふの|方《かた》より|駒《こま》に|跨《またが》り|驀地《まつしぐら》に|馳帰《はせかへ》つたのはヒルナ、カルナの|両女《りやうぢよ》であつた。|続《つづ》いて|杢助《もくすけ》に|扮《ふん》した|摩利支天《まりしてん》は、|巨大《きよだい》な|獅子《しし》に|跨《またが》り|数百《すうひやく》の|獅子《しし》を|引連《ひきつ》れ、ベルツが|逃《に》げ|路《みち》を|扼《やく》し、|声《こゑ》を|揃《そろ》へて『ウーウー』と|百雷《ひやくらい》の|轟《とどろ》く|如《ごと》く|唸《うな》り|出《だ》した。ベルツは|此《この》|声《こゑ》に|驚《おどろ》いて|馬上《ばじやう》より|真逆様《まつさかさま》に|転落《てんらく》し、|路傍《ろばう》にふんのびてゐる。|其《その》|他《た》の|軍卒《ぐんそつ》は|獅子《しし》の|呻《うな》り|声《ごゑ》に|戦《をのの》き|恐《おそ》れ、|身体《しんたい》|竦《すく》み|大地《だいち》に|噛《か》ぶりついて|慄《ふる》ひ|戦《をのの》いてゐた。ヒルナはベルツの|倒《たふ》れた|姿《すがた》を|目敏《めざと》くも|見《み》つけて|馬《うま》の|背《せな》に|引括《ひつくく》り、|敵《てき》の|乗《の》り|棄《す》てた|馬《うま》を|見《み》つけて、|又《また》もやヒラリと|飛《と》び|乗《の》り、カルナと|共《とも》に|王《わう》の|一大事《いちだいじ》と|驀地《まつしぐら》に|戛々《かつかつ》と|裏門《うらもん》より|勢《いきほひ》よく|帰《かへ》り|来《き》たりぬ。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 北村隆光録)
第二三章 |純潔《じゆんけつ》〔一三八六〕
|治国別《はるくにわけ》は|先《ま》づ|城内《じやうない》の|総司令官《そうしれいくわん》たるハルナが|敵《てき》の|捕虜《ほりよ》となり|庭木《にはき》に|縛《しば》られて|居《ゐ》るのを|助《たす》けやり、ハルナに|導《みちび》かれ|殿中《でんちう》|深《ふか》く|王《わう》の|居間《ゐま》に|通《とほ》された。|此処《ここ》には|王《わう》を|初《はじ》め、|左守《さもり》、|右守《うもり》、タルマンが|一生懸命《いつしやうけんめい》に|神前《しんぜん》に|祈願《きぐわん》して|居《ゐ》た。
ハルナ『|刹帝利様《せつていりさま》、|神様《かみさま》のお|蔭《かげ》によりまして、|危機一髪《ききいつぱつ》の|際《さい》、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|治国別《はるくにわけ》|様《さま》|一行《いつかう》に|救《すく》はれました。|此《この》|方《かた》が|治国別《はるくにわけ》|様《さま》で|厶《ござ》います』
と|紹介《せうかい》する。|王《わう》はまづまづ|此方《こちら》へと|上座《じやうざ》に|治国別《はるくにわけ》を|請《しやう》じた。|治国別《はるくにわけ》は|此処《ここ》で|沢山《たくさん》で|厶《ござ》いますと|辞退《じたい》して|上席《じやうせき》には|着《つ》かなかつた。|王《わう》はまアまアと|上座《じやうざ》をすすめ|乍《なが》ら、
|刹帝利《せつていり》『|危急存亡《ききふそんばう》の|場合《ばあひ》どうも|誠《まこと》に|有難《ありがた》う|厶《ござ》います、|貴方《あなた》はビクの|国《くに》を|救《すく》ふ|生神《いきがみ》で|厶《ござ》います。|此《この》|御恩《ごおん》は|何時《いつ》になつても|決《けつ》して|忘《わす》れは|致《いた》しませぬ。サアどうぞ|御緩《ごゆつく》りと|御休息《ごきうそく》|下《くだ》さいませ』
|治国別《はるくにわけ》は|叮嚀《ていねい》に|首《かうべ》を|下《さ》げ、
『|初《はじ》めて|御目《おんめ》に|懸《かか》ります。|尊《たふと》き|御身《おんみ》をもつて|吾々《われわれ》|宣伝使《せんでんし》に|御叮嚀《ごていねい》なる|御挨拶《ごあいさつ》|痛《いた》み|入《い》りまして|厶《ござ》います。|決《けつ》して|吾々《われわれ》は|貴方《あなた》のお|国《くに》を|救《すく》ふやうな|力《ちから》は|厶《ござ》いませぬ。|厳《いづ》の|霊《みたま》|瑞《みづ》の|霊《みたま》の|御神力《ごしんりき》に|依《よ》りまして|悪魔《あくま》の|敵《てき》が|脆《もろ》くも|敗走《はいそう》したので|厶《ござ》いますから、|何卒《どうぞ》|神様《かみさま》にお|礼《れい》を|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さいませ』
|刹帝利《せつていり》『ハイ、|何《なん》とも|御礼《おれい》の|申《まを》しやうが|厶《ござ》いませぬ。|厳《いづ》の|霊様《みたまさま》、|瑞《みづ》の|霊様《みたまさま》、|盤古神王様《ばんこしんのうさま》|有難《ありがた》う|厶《ござ》います』
と|合掌《がつしやう》し、|嬉《うれ》し|涙《なみだ》を|流《なが》して|居《ゐ》る。
|左守《さもり》『|拙者《せつしや》は|王《わう》に|仕《つか》ふる|左守司《さもりのかみ》キユービツトで|厶《ござ》います。よくまアこの|大難《だいなん》を|神様《かみさま》と|共《とも》にお|助《たす》け|下《くだ》さいました。|又《また》|危《あやふ》き|伜《せがれ》の|命《いのち》|迄《まで》お|拾《ひろ》ひ|下《くだ》さいまして|実《じつ》に|感謝《かんしや》に|堪《た》えませぬ。ああ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|涙《なみだ》にかき|曇《くも》る。
|治国別《はるくにわけ》『|私《わたくし》はテームス|峠《たうげ》に|於《おい》て、|神様《かみさま》の|修業《しうげふ》を|致《いた》して|居《を》ります|所《ところ》へ、|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》が|現《あら》はれ|給《たま》ひ、「|汝《なんぢ》は|一時《いちじ》も|早《はや》く|道《みち》を|転《てん》じてビクの|都《みやこ》へ|参《まゐ》り、|刹帝利殿《せつていりどの》の|危難《きなん》を|救《すく》へ」との|御命令《ごめいれい》、|取《と》るものも|取《と》り|敢《あへ》ず、|三人《さんにん》の|弟子《でし》と|共《とも》に|駆《か》けつけて|見《み》れば|危急存亡《ききふそんばう》の|場合《ばあひ》、|結構《けつこう》な|御用《ごよう》をさして|頂《いただ》きました』
|左守《さもり》『|大神様《おほかみさま》の|思召《おぼしめ》し、|貴方方《あなたがた》|御一行《ごいつかう》の|御親切《ごしんせつ》、お|礼《れい》は|言葉《ことば》に|尽《つく》せませぬ』
と|嬉《うれ》し|涙《なみだ》にまたもや|掻《か》き|曇《くも》る。
|右守《うもり》『|拙者《せつしや》は|右守司《うもりのかみ》を|勤《つと》めて|居《を》りますヱクスと|申《まを》すもの、お|礼《れい》は|言葉《ことば》に|尽《つく》せませぬ。|何卒《どうぞ》|今後《こんご》|御見捨《おみすて》なく|御懇情《ごこんじやう》をお|願《ねが》ひ|申《まを》します』
|治国別《はるくにわけ》『お|互《たがひ》|様《さま》に|宜敷《よろし》うお|願《ねが》ひ|致《いた》しませう』
タルマン『|拙者《せつしや》はウラル|教《けう》の|宣伝使《せんでんし》で|厶《ござ》いまして、|刹帝利様《せつていりさま》の|御信任《ごしんにん》を|忝《かたじけ》なうし、|内事《ないじ》の|司《つかさ》を|兼《か》ねて|居《を》りますが、この|危急《ききふ》の|場合《ばあひ》に|際《さい》し、|神徳《しんとく》|足《た》らざる|為《ため》に|為《な》す|所《ところ》もなく|困《こま》り|果《は》てて|居《を》りました。よくまアお|助《たす》け|下《くだ》さいました。どうか|私《わたくし》を|貴方様《あなたさま》のお|弟子《でし》にお|加《くは》へ|下《くだ》さらば|実《じつ》に|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます』
|治国別《はるくにわけ》『|左様《さやう》で|厶《ござ》いますか、|貴方《あなた》はウラル|教《けう》の|宣伝使《せんでんし》、|御苦労様《ごくらうさま》で|厶《ござ》います。|就《つい》ては|貴方《あなた》|計《ばか》りではなく、|刹帝利様《せつていりさま》も|三五教《あななひけう》の|教《をしへ》をお|聞《き》き|遊《あそ》ばしては|如何《いかが》で|厶《ござ》りませう。|三五教《あななひけう》の|祠《ほこら》の|森《もり》には、|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》|様《さま》、|盤古神王様《ばんこしんのうさま》、|大自在天《だいじざいてん》|様《さま》がお|祭《まつ》り|致《いた》してありますれば、|教《をしへ》の|名《な》は|変《かは》れども、|神様《かみさま》には|少《すこ》しも|変《かは》りはありませぬからなア』
タルマン『|何分《なにぶん》|宜敷《よろし》くお|願《ねが》ひ|申《まを》します。もし|刹帝利様《せつていりさま》、|如何《いかが》で|厶《ござ》いませう』
|刹帝利《せつていり》『|申《まを》す|迄《まで》もなく|治国別《はるくにわけ》|様《さま》にお|世話《せわ》にならうぢやないか、イヤ|治国別《はるくにわけ》|様《さま》|何分《なにぶん》よろしくお|願《ねが》ひ|申《まを》します。|就《つい》ては|左守《さもり》、|右守《うもり》を|初《はじ》め、|城内《じやうない》|一同《いちどう》は|揃《そろ》うて|貴教《きけう》に|帰順《きじゆん》|致《いた》しますから、|何卒《なにとぞ》|大神様《おほかみさま》にお|取《とり》なしをお|願《ねが》ひ|致《いた》します』
|治国別《はるくにわけ》『ハイ|承知《しようち》|仕《つかまつ》りました』
|松彦《まつひこ》『お|師匠様《ししやうさま》、|祝《いはひ》の|歌《うた》をさし|上《あ》げたら|如何《いかが》で|厶《ござ》いませうか』
|治国別《はるくにわけ》『|如何《いか》にも』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、
|治国別《はるくにわけ》『|天地《あめつち》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|深《ふか》くして
|百《もも》の|禍《わざはひ》|逃《に》げ|失《う》せにけり。
ビクの|国《くに》|国王《こきし》の|永遠《とは》に|守《まも》ります
この|神城《かみしろ》は|永久《とこしへ》にあれ』
|刹帝利《せつていり》『あら|尊《たふと》|生《い》ける|誠《まこと》の|神《かみ》に|遇《あ》ひ
|涙《なみだ》こぼるる|今日《けふ》の|嬉《うれ》しさ。
|治国《はるくに》の|別《わけ》の|司《つかさ》よビクの|国《くに》
|守《まも》らせたまへ|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に』
タルマン『|三五《あななひ》の|神《かみ》の|教《をしへ》を|目《ま》のあたり
|聞《き》きて|心《こころ》も|栄《さか》えけるかな。
|皇神《すめかみ》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》に|霑《うるほ》ひて
ビクトリヤ|城《じやう》は|生《い》きかへりける』
|左守《さもり》『|類《たぐひ》なき|神《かみ》の|力《ちから》を|保《たも》ちます
|治国別《はるくにわけ》の|司《つかさ》|尊《たふと》し。
|言霊《ことたま》の|幸《さち》はふ|国《くに》と|聞《き》きつれど
かほど|迄《まで》とは|思《おも》はざりけり』
|右守《うもり》『なやみはてし|今日《けふ》の|軍《いくさ》を|詳細《まつぶさ》に
|幸《さち》あらしめし|君《きみ》ぞ|畏《かしこ》き。
|今《いま》よりは|心《こころ》|改《あらた》め|三五《あななひ》の
|畏《かしこ》き|道《みち》に|仕《つか》へまつらむ』
ハルナ『|大君《おほぎみ》と|国《くに》と|吾《わが》|身《み》を|助《たす》けられ
|如何《いか》に|報《むく》はむ|吾《われ》の|身《み》をもて。
さりながら|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》
いつかは|報《むく》いむ|君《きみ》の|恵《めぐみ》に』
|万公《まんこう》『|斎苑館《いそやかた》|吾《わが》|師《し》の|君《きみ》に|従《したが》ひて
|功《いさを》を|立《た》てし|今日《けふ》ぞ|嬉《うれ》しき。
|世《よ》の|為《ため》に|霊《たま》と|体《からだ》を|捧《ささげ》たる
|吾《わが》|身《み》の|上《うへ》の|楽《たの》しきろかも』
|松彦《まつひこ》『|君《きみ》が|代《よ》は|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|常磐木《ときはぎ》の
|松《まつ》の|緑《みどり》と|栄《さか》えますらむ。
|常磐木《ときはぎ》の|松《まつ》に|巣《す》ぐへる|田鶴《たづ》のごと
いと|清《きよ》らけき|刹帝利《せつていり》の|君《きみ》』
|竜彦《たつひこ》『|立《た》つ|鳥《とり》も|落《おと》すやうなる|此《この》|城《しろ》を
|抜《ぬ》かむとしたる|人《ひと》の|愚《おろ》かさ。
|皇神《すめかみ》のいや|永久《とこしへ》に|守《まも》ります
ビクの|国王《こきし》を|狙《ねら》ふ|愚《おろ》かさ』
|刹帝利《せつていり》『|皇神《すめかみ》の|厳《いづ》の|力《ちから》に|救《たす》けられ
|今《いま》は|心《こころ》も|冴《さ》え|渡《わた》りける。
さりながらヒルナの|姫《ひめ》は|今《いま》いづこ
さまよひ|居《ゐ》るぞ|尋《たづ》ねまほしき。
カルナ|姫《ひめ》さぞ|今頃《いまごろ》は|背《せ》の|君《きみ》を
|慕《した》ひて|泣《な》かむ|野辺《のべ》に|山辺《やまべ》に』
ハルナ『よし|妻《つま》は|屍《かばね》を|野辺《のべ》に|晒《さら》すとも
|厭《いと》はざるらむ|君《きみ》のためには。
|曲神《まががみ》のベルツの|軍《いくさ》|逃《に》げ|散《ち》りて
いとも|静《しづ》けき|城《しろ》の|中《なか》かな』
かく|歌《うた》を|取《と》り|交《か》はす|所《ところ》へ、|表門《おもてもん》に|駒《こま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》|勇《いさ》ましく|帰《かへ》り|来《きた》つたのは、|刹帝利《せつていり》、ハルナの|束《つか》の|間《ま》も|忘《わす》るる|事《こと》|能《あた》はざる、ヒルナ|姫《ひめ》、カルナ|姫《ひめ》であつた。|二人《ふたり》はベルツの|体《からだ》を|門内《もんない》に|卸《おろ》し、|守兵《しゆへい》をして|之《これ》を|守《まも》らせ|置《お》き、|馬《うま》を|飛《と》びおり、|王《わう》の|居間《ゐま》にイソイソとして|進《すす》み|入《い》つた。|王《わう》は|二人《ふたり》の|姿《すがた》を|見《み》て|驚喜《きやうき》し、
|刹帝利《せつていり》『ヤア|其方《そなた》はヒルナ|姫《ひめ》、よくまア|無事《ぶじ》で|帰《かへ》つて|来《き》やつた。まアまア|結構《けつこう》|々々《けつこう》|随分《ずいぶん》|骨《ほね》を|折《を》らしたなア、ヤア|其方《そなた》はカルナ|姫《ひめ》、よくも|今《いま》|迄《まで》|忍《しの》んで|王家《わうけ》の|為《ため》、|国《くに》の|為《た》め|尽《つく》して|呉《く》れた。|何《なに》も|云《い》はぬ|此《こ》の|通《とほ》りだ』
と、|両手《りやうて》を|合《あは》して|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》したり。|二人《ふたり》は|嬉《うれ》し|涙《なみだ》をポロポロと|流《なが》して|其《その》|場《ば》に|泣《な》き|伏《ふ》した。|左守司《さもりのかみ》、ハルナは|気《き》も|狂《くる》はむばかりに|驚喜《きやうき》し、|立《た》つたり|坐《すわ》つたり、|火鉢《ひばち》を|提《さげ》て|室内《しつない》を|右左《みぎひだり》と|駆《か》け|廻《まは》つて|居《ゐ》る。|喜《よろこ》びの|極《きよく》に|達《たつ》した|時《とき》は、|如何《いか》なる|賢者《けんじや》と|雖《いへど》も|度《ど》を|失《うしな》ひ|狼狽《うろた》へるものである。
タルマン『|左守殿《さもりどの》、ハルナ|殿《どの》、|落《お》ち|着《つ》きなされ』
と|注意《ちうい》され、|提《さ》げて|居《ゐ》た|火鉢《ひばち》をそつと|卸《おろ》し、
ハルナ『|貴女《あなた》はヒルナ|姫様《ひめさま》、|其方《そなた》はカルナであつたか、どうして|帰《かへ》つて|来《き》たか』
と|嬉《うれ》し|涙《なみだ》に|沈《しづ》む。カルナは|余《あま》りの|嬉《うれ》しさに|涙《なみだ》をハラハラと|流《なが》し|俯向《うつむ》いて|居《ゐ》る。
|刹帝利《せつていり》『|其方《そなた》はどうして|帰《かへ》つて|来《き》た、|定《さだ》めし|難儀《なんぎ》を|致《いた》したであらうのう』
ヒルナ|姫《ひめ》『ハイ|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。シメジ|峠《たうげ》の|麓《ふもと》|迄《まで》|参《まゐ》りました|所《ところ》、|摩利支天様《まりしてんさま》が|現《あら》はれて、|数百頭《すうひやくとう》の|獅子《しし》となり、バラモン|軍《ぐん》を|狼狽《らうばい》させ|給《たま》うた|為《た》めに、|都合《つがふ》よく|逃《に》げ|帰《かへ》る|事《こと》が|出来《でき》ました』
|刹帝利《せつていり》『|成程《なるほど》、|神様《かみさま》のお|助《たす》けだなア。ああ|有難《ありがた》し|有難《ありがた》し|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。カルナ|其方《そなた》もヒルナと|共《とも》に|随分《ずいぶん》|苦労《くらう》をしたであらうなア。お|前等《まへら》|両人《りやうにん》の|心《こころ》は、|私《わたし》もハルナもよく|知《し》つて|居《ゐ》る。|本当《ほんたう》に|貞女烈婦《ていぢよれつぷ》の|亀鑑《きかん》だ』
カルナ|姫《ひめ》『ハイ|有難《ありがた》う』
と|僅《わづ》かに|云《い》つたきり、これ|又《また》|嬉《うれ》し|涙《なみだ》に|袖《そで》を|濡《ぬ》らしてゐる。
|刹帝利《せつていり》『ヒルナ|其女《そなた》が|骨《ほね》を|折《を》つて|呉《く》れたお|蔭《かげ》で、バラモン|軍《ぐん》が|退却《たいきやく》して|呉《く》れたと|思《おも》へば、ベルツ、シエールの|両人《りやうにん》、|数千《すうせん》の|兵《へい》をもつて|吾《わが》|城《しろ》を|囲《かこ》み、たつた|今《いま》|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|治国別《はるくにわけ》|様《さま》|一行《いつかう》のお|蔭《かげ》によつて|退却《たいきやく》|致《いた》した|所《ところ》だ。どうか|治国別《はるくにわけ》|様《さま》|御一行《ごいつかう》にお|礼《れい》を|申《まを》して|呉《く》れ』
ヒルナは|無言《むごん》の|儘《まま》|首《くび》を|傾《かたむ》け、|次《つ》いで|治国別《はるくにわけ》の|方《はう》に|向《むか》ひ、|恭《うやうや》しく|両手《りやうて》を|支《つか》へ、
ヒルナ|姫《ひめ》『|貴方様《あなたさま》の|御援助《ごゑんじよ》により、ビクトリヤ|城《じやう》も|無事《ぶじ》に|保《たも》てました。|有難《ありがた》く|感謝《かんしや》を|致《いた》します』
と|云《い》ふ|声《こゑ》さへもはや|涙《なみだ》になつて|居《ゐ》る。
|治国別《はるくにわけ》『|初《はじ》めてお|目《め》にかかります。|貴女《あなた》はヒルナ|姫様《ひめさま》で|厶《ござ》いましたか、よく|王家《わうけ》の|為《た》め|国家《こくか》のためお|骨折《ほねを》りなさいました。|実《じつ》に|感服《かんぷく》|致《いた》します。|併《しか》し|貴女《あなた》|途中《とちう》に|於《おい》て|何《なに》か|拾《ひろ》ひものを|遊《あそ》ばしたでせう』
ヒルナ|姫《ひめ》『ハイお|察《さつ》しの|通《とほ》り|敵《てき》の|大将《たいしやう》ベルツを|生擒《いけど》り、|厳《きび》しく|縛《しば》り|連《つ》れ|帰《かへ》つて|参《まゐ》りました』
|治国別《はるくにわけ》『さうで|厶《ござ》いませう、お|手柄《てがら》なさいましたねえ』
|刹帝利《せつていり》『|何《なに》、ベルツを|生擒《いけどり》にしたと|申《まを》すか、|何《なん》と|偉《えら》い|功名《こうみやう》を|現《あら》はして|呉《く》れたものだなア、カルナ|姫《ひめ》|其女《そなた》もこの|手柄《てがら》は|半分《はんぶん》は|分《わか》つべきものだ。きつと|其女《そなた》には|改《あらた》めてお|礼《れい》を|申《まを》すぞや』
カルナ|姫《ひめ》『|勿体《もつたい》ない |臣《しん》が|君《きみ》のために|働《はたら》くのは|当然《たうぜん》で|厶《ござ》います。|何卒《どうぞ》お|気遣《きづか》ひ|下《くだ》さいますな、|其《その》お|言葉《ことば》を|承《うけたま》はりますれば|十分《じふぶん》で|厶《ござ》います』
と|又《また》もや|嬉《うれ》し|涙《なみだ》を|絞《しぼ》る。
|斯《か》かる|所《ところ》へカントは|走《はし》り|来《きた》り、
カント『|申上《まをしあ》げまする、|敵《てき》の|副将軍《ふくしやうぐん》、シエールを|生擒《いけどり》まして|厶《ござ》いまする』
|刹帝利《せつていり》『|何《なに》!シエールを|生擒《いけど》つたとな、ヤ|天晴《あつぱれ》|々々《あつぱれ》、|後《のち》|程《ほど》|褒美《ほうび》を|遣《つかは》すから|逃《に》げないやうに|大切《たいせつ》に|保護《ほご》して|呉《く》れ』
タルマン『|吾《わが》|君様《きみさま》、お|目出《めで》たう|厶《ござ》います。これにてビクトリヤ|王家《わうけ》も|無事《ぶじ》|安泰《あんたい》、ビクの|国《くに》も|泰平《たいへい》に|治《をさ》まりませう』
|左守《さもり》『|斯《か》くなるも|全《まつた》く|神様《かみさま》の|御蔭《おかげ》で|厶《ござ》いまする。|治国別《はるくにわけ》|様《さま》、よくまア|来《き》て|下《くだ》さいましたなア』
|治国別《はるくにわけ》『|皇神《すめかみ》の|経綸《しぐみ》の|糸《いと》に|操《あやつ》られ
|知《し》らず|知《し》らずに|上《のぼ》り|来《き》ましぬ。
|惟神《かむながら》|神《かみ》に|任《まか》せば|何事《なにごと》も
いと|安々《やすやす》と|治《をさ》まりてゆく』
|左守《さもり》『いすくはし|尊《たふと》き|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》を
|目《ま》のあたり|見《み》る|吾《われ》ぞ|嬉《うれ》しき。
|大君《おほぎみ》も|嘸《さぞ》や|嬉《うれ》しみ|給《たま》ふらむ
|今日《けふ》の|戦《いくさ》の|治《をさ》まりを|見《み》て』
|刹帝利《せつていり》『|有難《ありがた》し|忝《かたじけ》なしと|云《い》ふよりも
|外《ほか》に|言葉《ことば》は|無《な》かりけるかな』
ヒルナ|姫《ひめ》は|涙《なみだ》を|押《おさ》へ|歌《うた》ひ|出《だ》した。
ヒルナ|姫《ひめ》『|千早《ちはや》|振《ふ》る|古《ふる》き|神代《かみよ》を|造《つく》らしし  |皇大神《すめおほかみ》の|現《あ》れまして
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》の|猛《たけ》り|狂《くる》ふ  ビクトリヤの|城《しろ》を
|守《まも》らせたまひ  |傾《かたむ》きかけし|城《しろ》の|中《なか》を
もとの|如《ごと》くに|立《た》て|直《なほ》し  |救《すく》はせたまひし|嬉《うれ》しさよ
|妾《わらは》は|君《きみ》に|見出《みい》だされ  |后《きさき》の|宮《みや》と|任《ま》けられて
|御側《みそば》に|近《ちか》く|仕《つか》へしが  |右守《うもり》の|司《かみ》のベルツ|司《つかさ》が
|心《こころ》の|中《なか》を|計《はか》りかね  |試《た》めして|見《み》むと|思《おも》ふ|中《うち》
|醜《しこ》の|魔風《まかぜ》に|煽《あふ》られて  |情《なさけ》なや|女《をんな》として
|行《ゆ》くべからざる|道《みち》を|行《ゆ》き  |深《ふか》き|罪《つみ》をば|重《かさ》ねたる
|其《その》|償《つぐな》ひをなさむものと  バラモン|軍《ぐん》の|中《なか》に|入《い》り
カルナの|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に  |千々《ちぢ》に|心《こころ》を|砕《くだ》きつつ
|素性《すじやう》|卑《いや》しき|荒男《あらをとこ》  |鬼春別《おにはるわけ》や|久米彦《くめひこ》の
|軍《いくさ》の|司《つかさ》の|心《こころ》を|奪《うば》ひ  |縦横無尽《じうわうむじん》にあやなして
|君《きみ》の|禍《わざはひ》|国《くに》の|仇《あだ》  |遠《とほ》く|追《お》ひそけ|奉《たてまつ》り
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御使《みつかひ》に  |守《まも》られ|乍《なが》ら|漸々《やうやう》に
|都路《みやこぢ》|近《ちか》く|帰《かへ》り|見《み》れば  |俄《にはか》に|聞《きこ》ゆる|鬨《とき》の|声《こゑ》
|唯事《ただごと》ならじと|気《き》を|焦《いら》ち  |駒《こま》に|鞭打《むちう》ちとうとうと
カルナの|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に  |馳《は》せ|帰《かへ》り|見《み》れば|道《みち》の|辺《べ》に
いとも|無残《むざん》に|倒《たふ》れたる  |目《め》に|見覚《みおぼ》えの|荒男《あらをとこ》
|逃《に》げ|往《ゆ》く|軍《いくさ》に|目《め》も|呉《く》れず  |直《ただ》ちに|駒《こま》より|飛《と》び|下《お》りて
|其《その》|面《おも》ざしを|調《しら》ぶれば  |思《おも》ひがけなきベルツの|軍君《いくさぎみ》
|何《なに》はともあれ|駒《こま》に|乗《の》せ  |帰《かへ》らむものと|心《こころ》を|定《さだ》め
|帰《かへ》りて|見《み》れば|御館《おんやかた》  |激《はげ》しき|軍《いくさ》の|痕跡《こんせき》は
|黄金《こがね》の|城《しろ》や|鉄《くろがね》の|壁《かべ》に  いとありありと|現《あら》はれぬ
|唯事《ただごと》ならじと|駒《こま》を|下《お》り  ベルツの|魔神《まじん》を|地《ち》に|捨《す》てて
|衛兵《ゑいへい》|共《ども》に|守《まも》らせ|置《お》き  カルナと|共《とも》にいそいそと
|帰《かへ》りて|見《み》れば|吾《わが》|君《きみ》は  いと|健《すこや》かに|坐《ましま》しぬ
|其《その》|外《ほか》|百《もも》の|司等《つかさら》も  |常《つね》に|変《かは》らず|健《すこやか》に
|君《きみ》のめぐりを|取《と》り|巻《ま》いて  |左《さ》も|嬉《うれ》しげに|坐《ましま》しぬ
ああ|有難《ありがた》や|有難《ありがた》や  |神《かみ》の|恵《めぐみ》と|喜《よろこ》びて
|心《こころ》に|感謝《かんしや》の|折《をり》もあれ  |治国別《はるくにわけ》の|神司《かむづかさ》
|現《あら》はれまして|吾《わが》|君《きみ》の  |軍《いくさ》を|救《すく》ひたまひしと
|聞《き》きたる|時《とき》の|嬉《うれ》しさよ  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御前《おんまへ》に  |罪《つみ》に|汚《けが》れしヒルナ|姫《ひめ》が
|御前《みまへ》を|畏《かしこ》み|畏《かしこ》みて  |大御恵《おほみめぐみ》の|尊《たふと》さを
|喜《よろこ》び|感謝《かんしや》し|奉《たてまつ》る  ああ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸倍《さちは》ひて  これの|館《やかた》は|永久《とこしへ》に
ビクの|国王《こきし》はいつ|迄《まで》も  |寿《ことぶき》|長《なが》く|栄《さか》えまし
|百《もも》の|国人《くにびと》|平《たひら》けく  いと|安《やす》らかに|栄《さか》ゆべく
|守《まも》らせたまへ|大御神《おほみかみ》  |赤心《まごころ》|籠《こ》めて|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》りける。
これより|治国別《はるくにわけ》|初《はじ》め、|万公《まんこう》、|松彦《まつひこ》、|竜彦《たつひこ》は、|刹帝利《せつていり》の|懇情《こんじやう》により、|三五《あななひ》の|教理《けうり》や|儀式《ぎしき》を|城内《じやうない》の|重役《ぢうやく》その|他《た》に|教導《けうだう》し、|神殿《しんでん》や|教殿《けうでん》を|新《あらた》に|創立《さうりつ》し、|夏《なつ》の|中《なか》|頃《ごろ》|一同《いちどう》は|鬼春別《おにはるわけ》|以下《いか》の|跡《あと》を|追《おひ》かけエルサレムを|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 加藤明子録)
(昭和一〇・六・一二 王仁校正)
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霊界物語 第五三巻 真善美愛 辰の巻
終り