霊界物語 第四〇巻 舎身活躍 卯の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第四〇巻』愛善世界社
2001(平成13)年11月04日 第一刷発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2005年07月17日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序文《じよぶん》に|代《か》へて
|緒言《しよげん》
|総説《そうせつ》
第一篇 |恋雲魔風《れんうんまふう》
第一章 |大雲山《たいうんざん》〔一〇八五〕
第二章 |出陣《しゆつぢん》〔一〇八六〕
第三章 |落橋《らくけう》〔一〇八七〕
第四章 |珍客《ちんきやく》〔一〇八八〕
第五章 |忍《しの》ぶ|恋《こひ》〔一〇八九〕
第二篇 |寒梅照国《かんばいせうこく》
第六章 |仁愛《じんあい》の|真相《しんさう》〔一〇九〇〕
第七章 |文珠《もんじゆ》〔一〇九一〕
第八章 |使者《ししや》〔一〇九二〕
第九章 |雁使《かりのつかひ》〔一〇九三〕
第三篇 |霊魂《れいこん》の|遊行《いうかう》
第一〇章 |衝突《しやうとつ》〔一〇九四〕
第一一章 |三途館《みづやかた》〔一〇九五〕
第一二章 |心《こころ》の|反映《はんえい》〔一〇九六〕
第一三章 |試《ためし》の|果実《このみ》〔一〇九七〕
第一四章 |空川《からかは》〔一〇九八〕
第四篇 |関風沼月《くわんぷうせうげつ》
第一五章 |氷嚢《ひようなう》〔一〇九九〕
第一六章 |春駒《はるこま》〔一一〇〇〕
第一七章 |天幽窟《てんいうくつ》〔一一〇一〕
第一八章 |沼《ぬま》の|月《つき》〔一一〇二〕
第一九章 |月会《つきあひ》〔一一〇三〕
第二〇章 |入那《いるな》の|森《もり》〔一一〇四〕
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|序文《じよぶん》に|代《か》へて
|瑞月《ずゐげつ》は|大正《たいしやう》|十年《じふねん》|十月《じふぐわつ》|十八日《じふはちにち》|旧《きう》|九月《くぐわつ》|十八日《じふはちにち》より|教祖《けうそ》|神霊《しんれい》の|示教《じけう》のまにまに|去《さ》る|明治《めいぢ》|三十一年《さんじふいちねん》|二月《にぐわつ》|高熊山《たかくまやま》の|霊山《れいざん》に|天使《てんし》に|導《みちび》かれて|幽斎《いうさい》の|修業中《しうげふちう》、|神幽《しんいう》|二界《にかい》を|探険《たんけん》して|見聞《けんぶん》したる|事柄《ことがら》を|口述《こうじゆつ》し|始《はじ》めむとした|時《とき》、|非法《ひつぱふ》の|三玉《みたま》とか|自《みづか》ら|称《とな》へて|居《ゐ》る|守護神《しゆごじん》どのの|矢《や》を|射《い》るやうな|急忙《きふばう》な|催促《さいそく》の|下《もと》に、|擬理天常《ぎりてんじやう》|非《ひ》の|出《で》の|神《かみ》とか|大小軍《だいせうぐん》とか|床夜姫《とこよひめ》とかの|筆先《ふでさき》を|見《み》て|貰《もら》ひたいと|申込《まをしこ》まれました。けれども|神様《かみさま》の|御注意《ごちうい》に|由《よ》つて『|霊界物語《れいかいものがたり》』|霊主体従《れいしゆたいじう》|第十二巻《だいじふにくわん》の|口述《こうじゆつ》を|了《をは》るまでは|一枚《いちまい》も|見《み》る|事《こと》は|出来《でき》ない。|併《しか》し|第一輯《だいいつしゆう》が|出来上《できあが》つたら|一見《いつけん》してもよいと|約《やく》しておいたのを|履行《りかう》すべく、|沢山《たくさん》の|筆先《ふでさき》を|読《よ》んで|見《み》た|所《ところ》、|抱腹絶倒《はうふくぜつたう》せざるを|得《え》ないやうになりました。
|要《えう》するにヒポコンデルの|作用《さよう》で|出来《でき》たもので、|採《と》るに|足《た》らぬ|支離滅裂《しりめつれつ》の|乱書狂《らんしよきやう》の|世迷言《よまひごと》を|並《なら》べ|立《た》てたものであつた。|全《まつた》く|狐狸《こり》の|悪戯《いたづら》に|出《い》でたるもので、|男子女子《なんしによし》の|御霊《みたま》を、|松魚節《かつをぶし》に|使《つか》つて、|擬理天常《ぎりてんじやう》|非《ひ》の|出《で》の|神《かみ》とかいふ|邪霊《じやれい》|妖神《えうしん》の|浅薄《せんぱく》なる|奸計《かんけい》に|出《い》でたるもので、|去《さ》る|明治《めいぢ》|三十二年《さんじふにねん》の|夏《なつ》、|上谷《うへだに》に|於《おい》て|幽斎《いうさい》|修業《しうげふ》の|際《さい》に|憑依《ひようい》し|来《きた》り、|四方《しかた》|某《ぼう》の|体内《たいない》に|出入《しゆつにふ》して|書《か》いた|筆先《ふでさき》その|儘《まま》の|文句《もんく》である。|神界《しんかい》の|事《こと》の|分《わか》らぬ|人々《ひとびと》の|中《なか》には|一時《いちじ》は|迷《まよ》ふものもあるであらうが、|実《じつ》に|困《こま》つたものである。|万々一《まんまんいち》こんな|神《かみ》の|書《か》いたことを|信《しん》ずる|人《ひと》がありとすれば、それは|決《けつ》して|心《こころ》の|正《ただ》しい|人《ひと》ではない。|仮令《たとへ》|正《ただ》しい|人《ひと》でも、その|精神上《せいしんじやう》に|大欠陥《だいけつかん》がある|人々《ひとびと》であることを|表明《へうめい》しておきます。|誰《たれ》の|霊魂《みたま》はどうだとか、|彼《かれ》の|霊魂《みたま》は|斯《か》うだとか|下《くだ》らぬ|事《こと》を|謂《い》つて、|邪神《じやしん》が|世人《よびと》を|誑惑《きやうわく》して|居《ゐ》るのである。|有苗《いうべう》の|輩《はい》が|歓《よろこ》んで|読《よ》むべきものである。|併《しか》し|今《いま》|何程《なにほど》|言《ことば》を|尽《つく》して、|注意《ちうい》を|与《あた》へても、その|一派《いつぱ》のカンカン|連《れん》は|容易《ようい》に|耳《みみ》に|入《い》れないから、|茲《ここ》に|書《か》き|誌《しる》して|後日《ごじつ》の|証《せう》に|致《いた》しておきました。|一寸《ちよつと》|参考《さんかう》のために、
ぎりてん|上《じやう》ひのでのおおかみたいしよ|十《じ》ういちねんの|十《じ》うがつのに|十《じ》うさんにちのおんふでさき
(註)かなづかひ|原文《げんぶん》のまま(句点は編者が付す)
前文省略
あやのたかまのはらにおいては、なんしさまと、のしがあらわしてあるのも、よのもとからのいんねんで、みたまのはたらきのごよおが、てんちさまから、せかいおたてなおすための、りよかがみであるから、なんしさまは、かみのあがないなり、のしわ、せかいいばんにあらわれておいでるいきみやのしごおいたしておいでますしごおじんが、これがこのよのたいしようであると、いちにんかまうしごおじんが、うゑからしたまで、かみのしんりきよこどりいたして、ちからだけにはばりた、かみのそのなかでも、とくべつつみのふかい、つみびとのつみとるための、あがないとなりて、ごくろおなごよおであるのに、そのごよおしりつゝ、みわけがつかぬため、のしのいきみやにむかうときわ、けがらわしいともおして、しおできよめはらいおいたして、むこおたものがありたが、それはいたんまごころで、たかまのはらでは、たつとりもおとすよおにもおした、なかむらたけぞおともおしたかみであるが、そのかみは、あまりなんしと、のしとのなかで、かたよりがいたしたために、あとからのかみがみに、ぶちよほおがありてはならぬから、こゆうことのないよおに、いとおになりかわりて、十うまんどおのせいばいのごとくのゑらいせめくで、われとわがでにおふでさきおまるのみいたして、わるいかがみにでておるから、これからさきが、なんしさまとのしのしよねんばのおしゑであるから、おおさかだいもんまさみちかいと、やしろじんしやのしんせいかいとが、りよかいなとなりて、まことのみちおたてる、ひのでのかみのちから、ごのかみのおおじであるによて、せかい十うの、おおひろきおおやしまに、ゑだはとなりてあらわれておいでますいきみやに、よのはじまりの、こぼんのかみのしんりきうけついで、いちいちしんりきさしこまねばならぬじせつがみなきたのであるから、いちにうといたして、おおもんじんじやにあつまるいきみやは、いんねんなしにはあつめてないから、みなかみのことであるから、うやまいよおて、ておひきよおて、あしなみがそろおてきたら、このうゑはしんかいのおしぐみが、げんざいにあらわれてきかけたのが、もとのかみよともおすのであるぞよ、とおときことである
マアざつと、ひのでのかみさんとやらの、おふでさきのよりだしが、こんなものです、このなかにも、じやしんのいんぼうが、ふくざいしてゐますから、かんがへてごらんなさい。
大正十一年十月二十九日
|緒言《しよげん》
|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》は|再生《さいせい》して|月照彦神《つきてるひこのかみ》となり、|終《つひ》には|印度国《いんどのくに》に|降誕《かうたん》して|釈迦《しやか》となつた。|然《しか》るに|肉体《にくたい》を|具《そな》へた|釈迦《しやか》には、|別《べつ》に|何《なに》らの|奇異《きい》もなければ|特徴《とくちやう》もなかつた。|言《い》はば|普通《ふつう》|一般《いつぱん》の|人間《にんげん》の|如《ごと》く|一《いつ》の|比丘《びく》である。|否《いな》|一《いつ》の|乞食《こじき》である。|或《あ》る|時《とき》|周那《しうな》と|言《い》ふものの|供養《くやう》を|受《う》け、|毒茸《どくたけ》を|喰《く》はされて|中毒《ちうどく》を|起《おこ》し、|下痢《げり》|激《はげ》しく|終《つひ》に|恒河畔《かうがはん》で|倒《たふ》れ|死《じに》をしたのである。|是《これ》|今日《こんにち》の|所謂《いはゆる》|行路病死者《かうろびやうししや》である。|二十九歳《にじふきうさい》で|出家《しゆつけ》し|三十五歳《さんじふごさい》で|成道《じやうだう》し、|爾来《じらい》|行脚遊説《あんぎやいうぜい》|八十年《はちじふねん》にして|入滅《にふめつ》して|了《しま》つた。その|舎利《しやり》の|幾片《いくへん》かは|今日《こんにち》も|猶《なほ》|保存《ほぞん》されてあるとは|謂《い》へ、|兎《と》に|角《かく》|二千有余年前《にせんいうよねんぜん》|既《すで》に|普通人《ふつうじん》と|同《おな》じく|死《し》し|去《さ》つて|今日《こんにち》に|於《おい》ては|跡形《あとかた》もない|人間《にんげん》である。|斯《かく》の|如《ごと》く|人間《にんげん》としての|釈迦《しやか》は|死《し》んで|了《しま》つた。されど|如来様《によらいさま》としての|釈迦牟尼仏《しやかむにぶつ》は|今《いま》も|立派《りつぱ》に|生存《せいぞん》して|居《ゐ》るのみならず、|今後《こんご》|幾億万年《いくおくまんねん》の|末《すゑ》に|至《いた》るも|決《けつ》して|絶滅《ぜつめつ》する|時機《じき》はないであらう。|否《いな》|独《ひと》り|絶滅《ぜつめつ》の|期《き》がないのみならず、|出生《しゆつしやう》の|始《はじ》めもなく|無始無終《むしむしう》、|永遠《ゑいゑん》に|生死《せいし》を|超越《てうゑつ》したものである。|是《これ》が|則《すなは》ち|生《い》きた|釈迦《しやか》であつて、|三宝《さんぽう》が|所謂《いはゆる》|其《その》|生命《せいめい》である。|三宝《さんぱう》とは|仏法僧《ぶつぽうそう》である。|釈迦《しやか》|在世《ざいせい》|当時《たうじ》の|仏《ぶつ》は|釈迦《しやか》それ|自身《じしん》であり、|法《ほふ》は|説法《せつぱふ》|宣伝《せんでん》であり、|僧《そう》は|弟子《でし》であつた。|入滅後《にふめつご》の|仏《ぶつ》は|木仏《きぶつ》|金仏《かなぶつ》|石仏《いしぼとけ》|画像仏《ゑざうぶつ》であり、|法《はふ》は|経蔵《きやうざう》であり、|僧《そう》は|遺弟《ゐてい》や|又《また》は|其《その》|後進者《こうしんしや》である。|而《しか》も|此《この》|三宝《さんぱう》は|之《これ》を|区別《くべつ》する|時《とき》は|三種《さんしゆ》となるが、その|真実《しんじつ》は|唯一《ゆゐいつ》の|仏宝《ぶつぽう》に|帰納《きなふ》すべきものであり、|一体《いつたい》|三宝《さんぱう》である。|今日《こんにち》に|現存《げんぞん》せる|大蔵経《だいざうきやう》は|即《すなは》ち|釈迦《しやか》である。|我《わが》|日本《にほん》のみに|現存《げんぞん》する|百万余《ひやくまんよ》の|仏像《ぶつざう》や|仏画《ぶつぐわ》は|生《い》きた|釈迦《しやか》である。|十万余《じふまんよ》の|僧侶《そうりよ》も|亦《また》|生《い》ける|釈迦《しやか》である。|釈迦滅後《しやかめつご》|今日《こんにち》まで|印度《いんど》、|支那《しな》、|朝鮮《てうせん》、|日本《につぽん》に|於《お》ける|僧侶《そうりよ》の|累計《るゐけい》は|二千万人《にせんまんにん》に|上《のぼ》る|多数《たすう》であるが、|何《いづ》れもその|時代《じだい》|々々《じだい》に|於《お》ける|生《い》きた|釈迦《しやか》で、|少《すくな》くとも|其《そ》の|半数《はんすう》|以上《いじやう》は|説法《せつぱふ》や|感化《かんくわ》の|仏徳《ぶつとく》を|備《そな》へ、|仏道《ぶつだう》の|宣揚《せんやう》、|下化衆生《げけしゆじやう》の|動作《どうさ》を|為《せ》ないものはない。|斯《かく》の|如《ごと》く|釈迦《しやか》は|仏法《ぶつぽふ》のあらむ|限《かぎ》り、|僧侶《そうりよ》の|存《そん》する|限《かぎ》り、|否《いな》|木像《もくざう》も|金像《きんざう》も|寺院《じゐん》も|僧侶《そうりよ》も|共《とも》に|滅亡《めつぼう》すると|雖《いへど》も、その|経論《きやうろん》|所説《しよせつ》の|真理《しんり》は|学者《がくしや》|哲人《てつじん》その|他《た》|人類《じんるゐ》の|脳裡《なうり》に|伝染《でんせん》し|保留《ほりう》されて、|人間《にんげん》のこの|世界《せかい》に|存続《そんぞく》する|間《あひだ》は|決《けつ》して|死滅《しめつ》するものではない。
|出口教祖《でぐちけうそ》の|教《をしへ》も、|又《また》|瑞月《ずゐげつ》の|説法《せつぱふ》や|著述《ちよじゆつ》も|亦《また》|永遠《ゑいゑん》に|生存《せいぞん》して、|社会《しやくわい》の|光明《くわうみやう》となつて|万霊《ばんれい》の|世界《せかい》を|照明《せうめい》するものと|信《しん》じて|居《ゐ》るのである。|故《ゆゑ》に|吾人《ごにん》が|現代人《げんだいじん》に|頻《しき》りに|批難《ひなん》|攻撃《こうげき》されて、|邪教《じやけう》だ|妖教《えうけう》だと|罵《ののし》られても|構《かま》はぬ。|長年月《ちやうねんげつ》の|間《あひだ》に|於《おい》て|無限《むげん》なる|民衆《みんしう》のために|師範《しはん》たるを|得《う》ればよいのである。|之《これ》を|思《おも》へば|一時《いちじ》の|圧迫《あつぱく》や|批難《ひなん》や|攻撃《こうげき》なぞは|余《あま》り|苦《く》にするに|足《た》りないと|思《おも》ふ。
|一体《いつたい》|三宝《さんぱう》|即《すなは》ち|仏法僧《ぶつぽふそう》が|釈迦《しやか》そのものである|如《ごと》く、|神《かみ》と|法《はふ》と|弟子《でし》の|三宝《さんぱう》も|亦《また》|出口《でぐち》|教祖《けうそ》でなければならぬ。|経糸《たていと》の|御役《おやく》たる|教祖《けうそ》が|神《かみ》ならば、|緯糸《よこいと》の|役《やく》も|亦《また》|神《かみ》であらねばならぬと|信《しん》ずる。|瑞月《ずゐげつ》が『|霊界物語《れいかいものがたり》』を|編纂《へんさん》するのも、|要《えう》するに|法《はふ》|即《すなは》ち|経蔵《きやうざう》|又《また》は|教典《けうてん》を|作《つく》るので、|即《すなは》ち|神《かみ》を|生《う》みつつあるのである。|又《また》|自己《じこ》の|神《かみ》を|現《あら》はし、|又《また》|宣伝使《せんでんし》といふ|神《かみ》を|生《う》む|為《ため》である。|故《ゆゑ》にこの|物語《ものがたり》によつて|生《うま》れたる|教典《けうてん》も|宣伝使《せんでんし》も|神言《しんげん》も|皆《みな》|神《かみ》であつて、|要《えう》するに|瑞月《ずゐげつ》そのものの|神《かみ》を|生《い》かす|為《ため》であると|確信《かくしん》して|居《ゐ》る。『|霊界物語《れいかいものがたり》』そのものは|約《つま》り|瑞月《ずゐげつ》の|肉身《にくしん》であり|霊魂《れいこん》であり|表現《へうげん》である。
|前述《ぜんじゆつ》の|如《ごと》く|人間《にんげん》として|肉体《にくたい》としての|釈迦《しやか》は|滅亡《めつぼう》した。そして|禅学的《ぜんがくてき》|抽象的《ちうしやうてき》に|説《と》けば|三宝《さんぱう》|一体《いつたい》の|釈迦《しやか》は|今後《こんご》|幾千万年《いくせんまんねん》を|経《ふ》るとも|死滅《しめつ》せないことも|述《の》べた。|一歩《いつぽ》|進《すす》んで|不老不死《ふらうふし》の|霊魂学《れいこんがく》の|上《うへ》より|観《くわん》じ|見《み》れば、|釈迦《しやか》の|霊魂《れいこん》|即《すなは》ち|霊体《れいたい》は|永遠無窮《ゑいゑんむきう》の|生命《せいめい》を|保《たも》ち|給《たま》ふ|宇宙《うちう》|主宰神《しゆさいしん》の|御分霊《ごぶんれい》、|御分体《ごぶんたい》、|一部《いちぶ》の|御表現仏《ごへうげんぶつ》として|永遠《ゑいゑん》に|生《い》き|通《とほ》しである。|随《したが》つて|釈迦《しやか》に|従《したが》つて|宣伝《せんでん》|布教《ふけう》に|仕《つか》へた|諸々《もろもろ》の|菩薩《ぼさつ》も|比丘《びく》も|比丘尼《びくに》も|竜王《りうわう》も|諸天子《しよてんし》も|諸天王《しよてんわう》も|皆《みな》|今《いま》に|生《い》き|通《とほ》しでなくてはならぬ。|月照彦神《つきてるひこのかみ》も|其《その》|他《た》の|諸神《しよしん》の|霊魂《れいこん》も、|矢張《やは》り|過去《くわこ》|現在《げんざい》|未来《みらい》に|亘《わた》りて|生《い》き|活《い》き、|天地《てんち》|万物《ばんぶつ》の|守《まも》り|神《がみ》となつてその|神力仏徳《しんりきぶつとく》を|永遠無窮《ゑいゑんむきう》に|輝《かがや》かし|給《たま》ふは|勿論《もちろん》である。|故《ゆゑ》にこの|物語《ものがたり》も、|天地開闢《かいびやく》の|元始《げんし》より|死生《しせい》を|超越《てうゑつ》し|給《たま》へる|神々《かみがみ》の|神霊《しんれい》の|幸《さきは》ひに|由《よ》つて|口述《こうじゆつ》|編纂《へんさん》せしものなれば、|過《くわ》|現《げん》|未《み》|三界《さんかい》を|通《つう》じて|大生命《だいせいめい》を|保《たも》ち、|宇宙《うちう》の|宝典《ほうてん》となると|倶《とも》に、この|物語《ものがたり》の|口述者《こうじゆつしや》も|筆録者《ひつろくしや》も|浄写者《じやうしやしや》も|印刷者《いんさつしや》も、|皆《みな》|神《かみ》の|活動《くわつどう》を|永遠《ゑいゑん》に|為《な》すものと|謂《い》つてもよいのである。アヽ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
大正十一年十月廿九日
|総説《そうせつ》
|印度《いんど》の|国《くに》の|種姓《しゆせい》は|其《その》|実《じつ》|刹帝利《せつていり》(|略《りやく》して|刹利《せつり》とも|曰《い》ふ)、|婆羅門《ばらもん》、|毘舎《びしや》、|首陀《しゆだ》|四姓《しせい》の|外《ほか》に|未《ま》だ|未《ま》だ|幾種姓《いくしゆせい》もあつたが、|余《あま》り|必要《ひつえう》もなければ、その|中《うち》の|重《おも》なる|四姓《しせい》のみを|茲《ここ》に|表示《へうじ》しておきます。|併《しか》し|諸姓《しよせい》の|多《おほ》くあるなかに|婆羅門種《ばらもんしゆ》|殊《こと》に|大婆羅門《だいばらもん》とは|豪族《がうぞく》にして、|勢力《せいりよく》あるものの|謂《いひ》である。|之《これ》を|特《とく》に|清貴《せいき》と|称《とな》へ、|天地《てんち》を|創造《さうざう》せる|大梵天王《だいぼんてんわう》の|子《こ》、|梵天《ぼんてん》の|苗胤《べういん》にて|世々《よよ》その|称《しよう》を|襲《おそ》うて|居《ゐ》るのである。|義浄三蔵《ぎじやうさんざう》が『|寄帰内法伝《ききないほふでん》』に|曰《い》ふ、『五天之地、皆以婆羅門為貴勝凡有座席並不与余三姓同行、自外雑類故宜遠矣』とある|三姓《さんせい》は|即《すなは》ち|刹帝利《せつていり》、|毘舎《びしや》、|首陀《しゆだ》のことで、|此《こ》の|中《うち》でも|刹帝利《せつていり》は|王族《わうぞく》なるにもかかはらず、|同席《どうせき》|同行《どうかう》せずと|謂《い》ふのを|見《み》ても|印度《いんど》にては|貴勝族《きしようぞく》とされて|居《ゐ》たことは|明白《めいはく》であります。|婆羅門《ばらもん》と|云《い》ふ|語《ご》は|梵天《ぼんてん》の|梵《ぼん》と|同語《どうご》なるが|故《ゆゑ》に、|貴勝《きしよう》と|称《とな》へられたのである。|印度《いんど》とは|月《つき》の|意義《いぎ》であるが、|印度《いんど》|全体《ぜんたい》を|通《つう》じては|月《つき》とは|云《い》はずして|婆羅門国《ばらもんこく》と|謂《い》つて|居《ゐ》たのである。|婆羅門教徒《ばらもんけうと》の|主唱《しゆしやう》する|所《ところ》によれば、
『|大虚空上《たいこくうじやう》に|大梵天《だいぼんてん》とも|梵自在天《ぼんじざいてん》とも|大自在天《だいじざいてん》とも|称《とな》ふる|無始無終《むしむしう》の|天界《てんかい》が|在《あ》つて、その|天界《てんかい》には|大梵王《だいぼんわう》とも|那羅延天《ならえんてん》とも|摩首羅天《ましゆらてん》とも|称《しよう》する|大主宰《だいしゆさい》の|天神《てんしん》があつて、これもまた|無始無終《むしむしう》の|神様《かみさま》なるが|故《ゆゑ》に、|無《む》より|有《いう》を|出生《しゆつしやう》せしめて|是《こ》の|天地《てんち》を|創造《さうざう》し、|人種《じんしゆ》は|云《い》ふも|更《さら》なり、|森羅万象《しんらばんしやう》|一切《いつさい》の|祖神《そしん》である』
と|語《かた》り|伝《つた》へて|来《き》たのである。|又《また》|曰《い》ふ、
『|所在《あらゆる》|一切《いつさい》の|命非命《めいひめい》は|皆《みな》|大自在天《だいじざいてん》より|生《しやう》じ|又《また》|大自在天《だいじざいてん》に|従《したが》つて|亡滅《ぼうめつ》す、|自在天《じざいてん》の|身体《しんたい》は|頭《あたま》は|虚空《こくう》であり、|眼《め》は|日月《じつげつ》であり、|地《ち》は|肉体《にくたい》であり、|河海《かかい》の|水《みづ》は|尿《ねう》であり、|山岳《さんがく》は|屎《し》の|固《かた》まつたものであり、|火《ひ》は|熱《ねつ》|又《また》は|体温《たいをん》であり、|風《かぜ》は|生命《せいめい》であり、|一切《いつさい》の|蒼生《さうせい》は|悉《ことごと》く|自在天《じざいてん》が|肉身《にくしん》の|虫《むし》である。|自在天《じざいてん》は|常《つね》に|一切《いつさい》の|物《もの》を|生《しやう》じ|給《たま》ふ』
と|信《しん》じられて|居《ゐ》たのであります。|支那《しな》の|古書《こしよ》にも、
『盤古氏之左右目為日月毛髪為草木頭手足為五岳泣為江河気為風声為雷云々』
とあるに|酷似《こくじ》して|居《を》ります。また|婆羅門《ばらもん》の|説《せつ》に、
『本無日月星辰及地。唯有大水。時大安荼生如鶏子。周匝金色也。時熟破為二段。一段在上作天一段在下作地。彼二中間生梵天名一切衆生祖公。作一切ノ有命無命物。』
と|謂《い》つて|居《ゐ》るが、|支那《しな》の|古伝《こでん》に、
『天地渾沌如鶏子盤古生其中一万八千歳而天地開闢。清軽者上為天濁重者下為地盤古在其中一日九変神於天聖於地天極高地極深盤古極長此天地之始也』
と|謂《い》へるによくよく|似《に》て|居《を》ります。|又《また》|梵天王《ぼんてんわう》は|八天子《はつてんし》を|生《しやう》じ|八天子《はつてんし》は|天地《てんち》|万物《ばんぶつ》を|生《しやう》ず。|故《ゆゑ》に|梵天王《ぼんてんわう》は|一切衆生《いつさいしゆじやう》の|父《ちち》と|云《い》ひ|威霊帝《ゐれいてい》とも|謂《い》はれて|居《ゐ》る。|然《しか》るに|神示《しんじ》の『|霊界物語《れいかいものがたり》』に|依《よ》れば、|大自在天《だいじざいてん》は|大国彦命《おほくにひこのみこと》であつて、|其《その》|本《もと》の|出生地《しゆつしやうち》は|常世《とこよ》の|国《くに》(|今《いま》の|北米《ほくべい》)であり、|常世神王《とこよしんわう》と|謂《い》つてあります。|大国彦命《おほくにひこのみこと》の|子《こ》に|大国別命《おほくにわけのみこと》があつて、この|神《かみ》が|婆羅門《ばらもん》の|教《をしへ》を|開《ひら》いたことも、この|物語《ものがたり》に|依《よ》つて|明《あきら》かである。|常世国《とこよのくに》から|埃及《エヂプト》に|渡《わた》り|次《つい》でメソポタミヤに|移《うつ》り、|波斯《ペルシヤ》を|越《こ》え|印度《いんど》に|入《い》つて、ハルナの|都《みやこ》に|現《あら》はれ、|爰《ここ》に|全《まつた》く|婆羅門教《ばらもんけう》の|基礎《きそ》を|確立《かくりつ》したのは、|大国別命《おほくにわけのみこと》の|副神《ふくしん》|鬼雲彦《おにくもひこ》が|大黒主《おほくろぬし》と|現《あら》はれてからの|事《こと》である。それ|以前《いぜん》のバラモン|教《けう》は|極《きは》めて|微弱《びじやく》なものであつたのであります。このバラモン|教《けう》の|起元《きげん》は|遠《とほ》き|神代《かみよ》の|素盞嗚尊《すさのをのみこと》の|御時代《おんじだい》であつて、|釈迦《しやか》の|出生《しゆつしやう》に|先立《さきだ》つこと|三十余万年《さんじふよまんねん》であります。『|霊界物語《れいかいものがたり》』(|舎身活躍《しやしんくわつやく》)は|主《しゆ》として|印度《いんど》を|舞台《ぶたい》とし、|三五教《あななひけう》、ウラル|教《けう》、バラモン|教《けう》の|神代《かみよ》の|真相《しんさう》を|神示《しんじ》のままに|口述《こうじゆつ》する|事《こと》になつて|居《を》りますから、『|舎身活躍《しやしんくわつやく》』(|卯《う》の|巻《まき》)の|総説《そうせつ》に|代《か》へて|少《すこ》しくバラモン|神《しん》の|由緒《ゆゐしよ》を|述《の》べておきました。
|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》
大正十一年十月三十一日 王仁識
第一篇 |恋雲魔風《れんうんまふう》
第一章 |大雲山《たいうんざん》〔一〇八五〕
|空《そら》すみ|渡《わた》る|初秋《はつあき》の |風《かぜ》も|涼《すず》しき|月《つき》の|国《くに》
|花《はな》は|散《ち》れどもハルナの|都《みやこ》 バラモン|教《けう》を|開設《かいせつ》し
|大雲山《たいうんざん》の|岩窟《がんくつ》に |館《やかた》を|構《かま》へて|鬼雲彦《おにくもひこ》は
|大黒主《おほくろぬし》と|改名《かいめい》し |梵天王《ぼんてんわう》の|直胤《ちよくいん》と
|此《この》|世《よ》を|偽《いつは》る|曲津業《まがつわざ》 |数多《あまた》の|軍隊《ぐんたい》|引連《ひきつ》れて
|左手《ゆんで》に|教書《けうしよ》を|捧《ささ》げつつ |右手《めて》に|剣《つるぎ》をぬきかざし
|七千余国《しちせんよこく》の|印度《つき》の|国《くに》 |刹帝利族《せつていりぞく》の|大半《たいはん》を
おのが|幕下《ばくか》に|従《したが》へつ |飛《と》ぶ|鳥《とり》さへも|落《おと》すよな
|其《その》|勢《いきほひ》の|凄《すさま》じさ |時《とき》しもあれやウラル|彦《ひこ》
ウラルの|姫《ひめ》の|御教《みをしへ》を |宣伝《せんでん》しゆく|神司《かむづかさ》
|常暗彦《とこやみひこ》は|月《つき》の|国《くに》 デカタン|高原《かうげん》に|現《あら》はれて
|教《をしへ》の|旗《はた》をひらめかし これ|又《また》|左手《ゆんで》にコーランを
|捧《ささ》げつ|右手《めて》に|剣《つるぎ》|持《も》ち バラモン|教《けう》の|向《むか》ふ|張《は》り
|勢《いきほひ》やうやう|加《くは》はりて バラモン|教《けう》の|根底《こんてい》は
|危殆《きたい》に|瀕《ひん》し|来《きた》りけり かてて|加《くは》へてウブスナの
|山《やま》に|建《た》てたるイソ|館《やかた》 |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|教《をしへ》を|伝《つた》ふる|日《ひ》の|出別《でわけ》 |八島《やしま》の|主《ぬし》の|声望《せいばう》は
|東《あづま》の|空《そら》に|天津日《あまつひ》の |豊栄昇《とよさかのぼ》る|如《ごと》くにて
|気《き》が|気《き》でならぬバラモンの |教司《をしへつかさ》は|岩窟《がんくつ》に
|集《あつ》まり|来《きた》りいろいろと |対抗戦《たいかうせん》を|開《ひら》かむと
|鳩首《きゆうしゆ》|謀議《ぼうぎ》の|折柄《をりから》に |早馬《はやうま》|使《つか》ひのテルヂーが
|勢《いきほひ》|込《こ》んで|馳《は》せ|帰《かへ》り |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|部下《ぶか》の|面々《めんめん》イソ|館《やかた》 |味方《みかた》を|集《あつ》めて|迫《せま》り|来《く》る
|其《その》|勢《いきほひ》はライオンの |速瀬《はやせ》の|如《ごと》く|急《いそ》がしく
|旗鼓堂々《きこだうだう》と|攻《せ》め|来《きた》る |気配《けはい》と|確《たしか》に|覚《おぼ》えたり
|今《いま》|此《この》|時《とき》に|躊躇《ちうちよ》して |月日《つきひ》を|仇《あだ》に|送《おく》りなば
|臍《ほぞ》をかむとも|及《およ》ぶまじ |早《はや》く|精鋭《せいえい》の|軍卒《ぐんそつ》を
さし|向《む》け|彼《かれ》が|計画《けいくわく》を |根本的《こんぽんてき》に|覆《くつが》へし
|一泡《ひとあわ》|吹《ふ》かしてこらさねば ハルナの|都《みやこ》は|忽《たちま》ちに
|土崩瓦解《どほうぐわかい》の|虞《おそれ》あり |用意《ようい》めされと|息《いき》|早《はや》め
|虚実《きよじつ》|交々《こもごも》|取混《とりま》ぜて |注進《ちゆうしん》すれば|神司《かむつかさ》
|大黒主《おほくろぬし》は|驚《おどろ》いて |左守《さもり》|右守《うもり》に|相対《あひたい》し
|如何《いかが》はせむと|謀《はか》る|折《をり》 |又《また》もや|入《い》り|来《く》る|足音《あしおと》に
|何人《なんぴと》ならむと|眺《なが》むれば カルマタ|国《こく》に|遣《つか》はせし
|斥候隊《せきこうたい》のケリスタン |汗《あせ》をタラタラ|流《なが》しつつ
カルマタ|国《こく》に|割拠《かつきよ》する |常暗彦《とこやみひこ》は|日《ひ》に|月《つき》に
|猛虎《まうこ》の|勢《いきほひ》|加《くは》はりつ |数多《あまた》の|軍勢《ぐんぜい》を|引率《いんそつ》し
|山野《さんや》をわたりはるばると |月《つき》の|都《みやこ》に|攻《せ》めよせて
|一挙《いつきよ》に|城《しろ》を|覆《くつが》へし バラモン|教《けう》を|根底《こんてい》より
|絶滅《ぜつめつ》せむと|計《はか》りゐる |其《その》|計画《けいくわく》はありありと
|手《て》に|取《と》る|如《ごと》く|見《み》えにけり |今《いま》|此《この》|時《とき》に|此《この》|時《とき》に
|一挙《いつきよ》に|彼《かれ》を|討《う》ちすてて |国《くに》の|災《わざはひ》|払《はら》はねば
|臍《ほぞ》をかむとも|及《およ》ぶまじ |一日《ひとひ》も|早《はや》く|片時《かたとき》も
|勇敢《ゆうかん》|決死《けつし》の|軍卒《ぐんそつ》を |差向《さしむ》け|給《たま》へと|汗《あせ》|拭《ぬぐ》ひ
|風声鶴唳《ふうせいかくれい》におぢ|怖《おそ》れ |注進《ちゆうしん》するこそ|可笑《をか》しけれ
|大黒主《おほくろぬし》は|色《いろ》を|変《か》へ |大足別《おほだるわけ》に|打向《うちむか》ひ
|如何《いかが》はせむと|尋《たづ》ぬれば |大足別《おほだるわけ》は|肱《ひぢ》を|張《は》り
われは|武勇《ぶゆう》の|神将《しんしやう》ぞ |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》や
|常暗彦《とこやみひこ》が|現《あら》はれて |獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》に
|本城《ほんじやう》に|攻《せ》めかけ|来《きた》るとも |何《なに》かは|恐《おそ》れむバラモンの
|教《をしへ》の|神力《しんりき》|身《み》に|受《う》けて |刃向《はむか》ふ|奴輩《やつばら》ことごとく
|追《お》つかけちらし|薙《な》ぎ|倒《たふ》し |敵《てき》を|千里《せんり》に|郤《しりぞ》けて
|君《きみ》の|危難《きなん》を|救《すく》ふべし |何《なに》は|兎《と》もあれ|諸々《もろもろ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》と|謀《はか》らひて |其《その》|上《うへ》|着否《ちやくひ》を|決《けつ》せむと
|苦《にが》り|切《き》つたる|顔付《かほつき》に ドカリと|其《その》|場《ば》に|胡坐《あぐら》かき
|豪傑《がうけつ》|笑《わら》ひに|紛《まぎ》らしぬ。
|鬼雲彦《おにくもひこ》を|始《はじ》め|左守《さもり》の|鬼春別《おにはるわけ》、|右守《うもり》の|雲依別《くもよりわけ》、|石生能姫《いそのひめ》、|鬼熊別《おにくまわけ》|其《その》|他《た》|四五《しご》の|幹部連《かんぶれん》、|大雲山《たいうんざん》の|岩窟《がんくつ》、|大黒主《おほくろぬし》の|隠家《かくれが》に|集《あつ》まつて、|三五教《あななひけう》、ウラル|教《けう》に|対《たい》し|取《と》るべき|手段《しゆだん》を|首《くび》を|鳩《あつ》めて|謀議《ぼうぎ》しつつあつた。|鬼雲彦《おにくもひこ》は|鬼熊別《おにくまわけ》の|其《その》|妻子《さいし》が|三五教《あななひけう》に|帰順《きじゆん》し、|宣伝使《せんでんし》となつてバラモン|教《けう》の|教線《けうせん》を|攪乱《かくらん》せりとの|急報《きふはう》を|屡々《しばしば》|耳《みみ》にし、|猜疑《さいぎ》の|眼《まなこ》を|怒《いか》らし、いつとはなしに|二人《ふたり》の|中《なか》には|大障壁《だいしやうへき》が|築《きづ》かれ、|大溝渠《だいこうきよ》が|穿《うが》たれ、|鬼熊別《おにくまわけ》も|怏々《わうわう》として|楽《たのし》まず、|遂《つひ》には|自《みづか》ら|左守《さもり》の|職《しよく》を|辞《じ》し、|部下《ぶか》の|神司《かむつかさ》と|共《とも》に、|己《おの》が|館《やかた》に|潜《ひそ》みて、|梵天王《ぼんてんわう》を|祀《まつ》りたる|神殿《しんでん》に|端坐《たんざ》し、|何卒《なにとぞ》|一日《いちにち》も|早《はや》く|大黒主《おほくろぬし》の|教主《けうしゆ》が|善道《ぜんだう》に|立帰《たちかへ》り、|大自在天《だいじざいてん》の|教《をしへ》を|完全《くわんぜん》に|発揮《はつき》し、|且《か》つ|大国別《おほくにわけ》の|御子《みこ》|国別彦《くにわけひこ》の|所在《ありか》の|分《わか》りて、ハルナの|都《みやこ》に|大教主《だいけうしゆ》として|臨《のぞ》まるる|日《ひ》の|一日《いちにち》も|早《はや》かれ……と|祈《いの》りつつ、|一方《いつぱう》には|妻子《さいし》の|所在《ありか》を|探《たづ》ねむと、|日夜《にちや》|祈願《きぐわん》に|余念《よねん》なかつたのである。|然《しか》るに|今日《けふ》は|大黒主《おほくろぬし》の|珍《めづら》しき|使《つかひ》に|依《よ》つて、|心《こころ》ならずも|主命《しゆめい》もだし|難《がた》く、|此《この》|席《せき》に|面《おもて》を|現《あら》はしてゐたのである。|今《いま》|此処《ここ》に|集《あつ》まれる|幹部《かんぶ》は、|何《いづ》れも|大黒主《おほくろぬし》の|股肱《ここう》と|頼《たの》む|部下《ぶか》のみで、|信任《しんにん》|最《もつと》も|厚《あつ》き|人物《じんぶつ》ばかりであつた。そこへ|鬼熊別《おにくまわけ》が|列席《れつせき》したのは|恰《あだか》も|白米《しらが》に|籾《もみ》の|混《まじ》つた|如《ごと》く、|油《あぶら》に|水《みづ》を|注《さ》したやうなもので、|何《なん》とはなしに|意思《いし》の|疎隔《そかく》を|来《きた》したのも|免《まぬが》れ|難《がた》き|所《ところ》であつた。
|大黒主《おほくろぬし》は|立上《たちあが》つて|一同《いちどう》に|向《むか》ひ、
『|今日《こんにち》|一同《いちどう》をここに|召集《せうしふ》したのは|一日《いちにち》も|看過《かんくわ》す|可《べか》らざる|緊急《きんきふ》|事件《じけん》が|突発《とつぱつ》したからである。|抑《そもそ》も|吾《わが》バラモン|教《けう》は|常世《とこよ》の|国《くに》の|常世城《とこよじやう》より、|大国別《おほくにわけ》は|神命《しんめい》を|奉《ほう》じて|埃及《エヂプト》に|渡《わた》り、|神徳《しんとく》を|四方《よも》に|輝《かがや》かし|給《たま》ふ|際《さい》、|憎《につく》き|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|吾《わが》|本城《ほんじやう》を|攻撃《こうげき》して、|神《かみ》の|聖場《せいぢやう》を|蹂躙《じうりん》し、|吾等《われら》も|衆寡《しうくわ》|敵《てき》せず、|大国別《おほくにわけ》の|教主《けうしゆ》と|共《とも》に、メソポタミヤの|顕恩郷《けんおんきやう》に|居《きよ》を|転《てん》じ、|漸《やうや》く|神業《しんげふ》の|端緒《たんちよ》を|開《ひら》きし|折《をり》、|執念深《しふねんぶか》き|三五教《あななひけう》の|宣伝使輩《せんでんしはい》は、|言霊軍《ことたまぐん》を|引率《いんそつ》し、|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》の|命《めい》と|称《しよう》し、|短兵急《たんぺいきふ》に|攻《せ》めよせ|来《きた》り、|内外《ないぐわい》|相応《あひおう》じて、|再《ふたた》びバラモンの|本城《ほんじやう》を|破壊《はくわい》し|去《さ》り、|吾等《われら》は|已《や》むを|得《え》ず、|涙《なみだ》を|呑《の》んで|親子《おやこ》|夫婦《ふうふ》の|生別《いきわか》れ、|漸《やうや》く|忠勇義烈《ちうゆうぎれつ》なる|部下《ぶか》と|共《とも》に|自転倒島《おのころじま》に|渡《わた》り、|又《また》もや|神業《しんげふ》を|開始《かいし》する|折《をり》しも、|三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》の|言霊《ことたま》に|破《やぶ》られ、|無念《むねん》やる|方《かた》なく|再《ふたた》び|残党《ざんたう》を|集《あつ》めて、|此《この》|都《みやこ》に|来《きた》り、|月《つき》の|国《くに》の|七千余ケ国《しちせんよかこく》の|大半《たいはん》を|征服《せいふく》し、|今《いま》や|旭日昇天《きよくじつしようてん》の|勢《いきほひ》となり、|神業《しんげふ》を|葦原《あしはら》の|瑞穂国《みづほのくに》|全体《ぜんたい》に|拡充《くわくじゆう》し、バラモンの|威力《ゐりよく》を|示《しめ》さむと|致《いた》す|折《をり》しも、|天《あま》の|岩戸《いはと》を|閉鎖《へいさ》したると|云《い》ふ|悪神《あくがみ》の|張本《ちやうほん》|素盞嗚尊《すさのをのみこと》、|再《ふたた》び|部下《ぶか》をかりあつめ、|黄金山《わうごんざん》、コーカス|山《ざん》、イソ|館《やかた》と|相俟《あひまつ》つて、|再《ふたた》び|吾《わが》|本城《ほんじやう》を|覆《くつが》へさむず|計画《けいくわく》ありと|聞《き》く。|今《いま》に|及《およ》んで|敵《てき》の|牙城《がじやう》に|迫《せま》り、|之《これ》を|殲滅《せんめつ》せざれば、バラモン|教《けう》は|風前《ふうぜん》の|灯火《ともしび》の|如《ごと》し。|汝等《なんぢら》の|忠勇義烈《ちうゆうぎれつ》に|依頼《いらい》して、|吾《われ》は|此《この》|災《わざはひ》を|芟除《せんじよ》せむと|欲《ほつ》す。|左守《さもり》を|始《はじ》め、|一同《いちどう》は|吾《わが》|旨《むね》を|体《たい》し、|最善《さいぜん》の|方法《はうはふ》を|講究《かうきう》すべし』
と|宣示《せんじ》し、|軽《かる》く|一瞥《いちべつ》を|与《あた》へて、|奥《おく》の|間《ま》に|姿《すがた》を|隠《かく》した。
|石生能姫《いそのひめ》は、|大黒主《おほくろぬし》の|立去《たちさ》りし|後《あと》の|席《せき》に|儼然《げんぜん》として|立現《たちあら》はれ、いとおごそかに、
『|只今《ただいま》|大教主《だいけうしゆ》の|仰《あふ》せの|如《ごと》く、|本教《ほんけう》は|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|機《き》に|瀕《ひん》せり、|速《すみやか》に|評議《ひやうぎ》を|凝《こら》し、|至誠《しせい》を|吐露《とろ》して、|大教主《だいけうしゆ》の|御心《みこころ》に|応《こた》へ|奉《まつ》れよ』
と|宣示《せんじ》するや、|左守《さもり》は|立上《たちあが》つて、
『|吾々《われわれ》はバラモン|教《けう》の|為《ため》、|大黒主《おほくろぬし》の|御為《おんため》ならば|素《もと》より|身命《しんめい》を|惜《をし》まぬ|覚悟《かくご》で|厶《ござ》る。|就《つい》ては|慎重《しんちよう》に|審議《しんぎ》を|致《いた》さねば、|此《この》|大問題《だいもんだい》を|軽々《けいけい》に|決《けつ》することは|出来《でき》ませぬ。|私《わたし》は|断言《だんげん》します。|今《いま》に|至《いた》りて|考《かんが》ふれば、|此《この》|城内《じやうない》には|二心《ふたごころ》ある|有力《いうりよく》なる|幹部《かんぶ》の|伏在《ふくざい》して、|三五教《あななひけう》やウラル|教《けう》に|款《くわん》を|通《つう》じ、|内外《ないぐわい》|相応《あひおう》じて|本教《ほんけう》を|転覆《てんぷく》せむとたくらむ|曲者《くせもの》が|厶《ござ》います。|第一《だいいち》|此《この》|悪人《あくにん》を|取調《とりしら》べなくては、|如何《いか》なる|妙案《めうあん》|奇策《きさく》も|敵《てき》に|漏洩《ろうえい》する|虞《おそれ》があり、|到底《たうてい》|目的《もくてき》は|達《たつ》せられますまい』
と|目《め》を|瞋《いか》らし、ワザとに|鬼熊別《おにくまわけ》の|面体《めんてい》を|睨《にら》みつけた。|鬼熊別《おにくまわけ》は|平然《へいぜん》として|顔《かほ》の|色《いろ》をも|変《か》へず|控《ひか》へてゐる。
|右守《うもり》の|雲依別《くもよりわけ》は|立上《たちあが》り、|卓《たく》を|叩《たた》いて|声《こゑ》を|励《はげ》まし、
『|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》の|仰《あふ》せの|如《ごと》く、|敵《てき》の|巨魁《きよくわい》は|此《この》|城中《じやうちう》に|潜《ひそ》み|居《を》るは|一目《いちもく》|瞭然《れうぜん》たる|事実《じじつ》で|厶《ござ》いませう。さうでなくては|今日《こんにち》まで|世界《せかい》の|秘密国《ひみつこく》として|自由自在《じいうじざい》にバラモンの|教《をしへ》を|拡張《くわくちやう》し、|無人《むじん》の|野《の》を|行《ゆ》く|如《ごと》き|有様《ありさま》でありしもの、|俄《にはか》に|各地方《かくちはう》の|刹帝利《せつていり》は|反旗《はんき》を|翻《ひるがへ》し、|尊《たふと》きバラモン|神《しん》に|向《むか》つて|不順《ふじゆん》の|色《いろ》あり、|人心《じんしん》|恟々《きようきよう》として|安《やす》からず、|天下《てんか》の|騒擾《さうぜう》|将《まさ》に|勃発《ぼつぱつ》せむとする|兆《てう》ある|時《とき》、ウブスナ|山《やま》、カルマタ|城《じやう》より、|数多《あまた》の|神軍《しんぐん》を|引連《ひきつ》れ|押寄《おしよ》せ|来《きた》らむとの|注進《ちゆうしん》は、|決《けつ》して|虚言《きよげん》ではありますまい。いざこれより、|城内《じやうない》に|潜《ひそ》む|巨魁《きよくわい》を|誅伐《ちうばつ》し、|首途《かどで》の|血祭《ちまつり》となして、|怨敵調伏《をんてきてうふく》の|出師《すゐし》をなさむ、|列座《れつざ》の|面々《めんめん》|如何《いかが》|思召《おぼしめ》さるるや』
|鬼熊別《おにくまわけ》は|立上《たちあが》り、
『|怪《あや》しき|事《こと》を|承《うけたま》はるものかな。バラモン|教《けう》の|本城《ほんじやう》に|敵《てき》に|款《くわん》を|通《つう》ずる|巨魁《きよくわい》ありとは、そは|何人《なんぴと》の|事《こと》で|厶《ござ》るか。|左様《さやう》な|悪神《あくがみ》は|一時《いちじ》も|早《はや》く|誅伐《ちうばつ》し、|国家《こくか》の|災《わざはひ》を|根底《こんてい》より|除《のぞ》かねば、バラモン|教《けう》は、いかに|神力《しんりき》|強《つよ》くとも|未《いま》だ|安心《あんしん》する|所《ところ》へは|参《まゐ》りますまい。|左守《さもり》|殿《どの》のお|言葉《ことば》によれば、|確《たしか》に|其《その》|巨魁《きよくわい》は|此《この》|城中《じやうちう》に|潜《ひそ》みゐる|事《こと》を|御承知《ごしようち》のやうに|聞《き》きました。|其《その》|悪人《あくにん》は|何人《なんぴと》なるか、|速《すみやか》に|御発表《ごはつぺう》を|願《ねが》ひます』
と|言《い》はせも|果《は》てず、|鬼春別《おにはるわけ》はクワツと|目《め》を|見《み》ひらき、|声《こゑ》を|荒《あら》らげ、|顔《かほ》を|真赤《まつか》に|彩《いろ》どりながら、
『お|黙《だま》り|召《め》され、|鬼熊別《おにくまわけ》どの、|其《その》|張本人《ちやうほんにん》と|申《まを》すは|鬼熊別《おにくまわけ》といふ|悪虐無道《あくぎやくぶだう》の|侫人《ねいじん》ばらで|厶《ござ》る。|言《い》はずと|知《し》れた、|鬼熊別《おにくまわけ》は|此《この》|城内《じやうない》に|一人《ひとり》より|厶《ござ》るまい。|速《すみやか》に|事情《じじやう》を|逐一《ちくいち》|白状《はくじやう》|致《いた》して|其《その》|赤誠《せきせい》を|現《あら》はすか、さなくば|吾々《われわれ》が|面前《めんぜん》に|於《おい》て|男《をとこ》らしく|切腹《せつぷく》めされよ』
|鬼熊《おにくま》『こは|心得《こころえ》ぬ|左守《さもり》|殿《どの》の|御言葉《おことば》、|何《なに》を|証拠《しようこ》に、|左様《さやう》な|事《こと》を|仰《あふ》せらるるか。|痩《や》せても|枯《か》れても、バラモン|教《けう》の|柱石《ちうせき》|鬼熊別《おにくまわけ》、めつたな|事《こと》を|申《まを》さるると、|聞《き》き|捨《すて》はなりませぬぞ』
|鬼春《おにはる》『アハヽヽヽ|悪人《あくにん》|猛々《たけだけ》しいとは|此処《ここ》の|事《こと》、よくもマア、ヌツケリと|白々《しらじら》しい|其《その》|言葉《ことば》、ハルナの|城《しろ》には|盲《めくら》は|一人《ひとり》も|居《を》りませぬぞ。|左様《さやう》な|事《こと》が|看破《かんぱ》|出来《でき》ないやうな|事《こと》で、|如何《どう》して|大切《たいせつ》な|左守《さもり》が|勤《つと》まらうか』
『|確《たしか》な|証拠《しようこ》あつての|仰《あふ》せか。サアそれが|承《うけたま》はりたい。サア|如何《いかが》で|御座《ござ》る』
『サア それは』
『サアサア|如何《いかが》で|厶《ござ》る、|御返答《ごへんたふ》を|承《うけたま》はりませう』
『サア それは』
『サア サア サア』
と|二人《ふたり》は|両方《りやうはう》より|意気《いき》まいてゐる。|右守《うもり》はツと|立《た》つて、
『アイヤ|両人《りやうにん》|暫《しば》らく|待《ま》たれよ』
と|制《せい》すれば、|二人《ふたり》は|不承々々《ふしようぶしよう》に|己《おの》が|座《ざ》につき、|互《たがひ》に|睨《にら》み|合《あ》つてゐる。
|雲依《くもより》『|左守《さもり》の|仰《あふ》せは|数多《あまた》の|斥候《せきこう》どもの|種々《いろいろ》の|注進《ちゆうしん》を|綜合《そうがふ》して、これは|正《まさ》しく|鬼熊別《おにくまわけ》が、|敵方《てきがた》に|款《くわん》を|通《つう》ずる|者《もの》ならむとの|推定《すいてい》に|過《す》ぎますまい。|私《わたし》が|考《かんが》へますには|鬼熊別《おにくまわけ》|様《さま》の|斯《か》かる|嫌疑《けんぎ》を|受《う》けられたのも|二三《にさん》の|原因《げんいん》があるだらうと|思《おも》ひます。|今《いま》|茲《ここ》に|羅列《られつ》すれば、|先《ま》づ|第一《だいいち》に|鬼熊別《おにくまわけ》|殿《どの》の|妻《つま》|蜈蚣姫《むかでひめ》|殿《どの》は|今《いま》は|三五教《あななひけう》に|帰順《きじゆん》し、|堂々《だうだう》たる|宣伝使《せんでんし》となつて|天下《てんか》を|布教《ふけう》し|居《を》らるる|事《こと》、これが|第一《だいいち》|大黒主《おほくろぬし》さまの|御気勘《ごきかん》に|叶《かな》はぬ|点《てん》で|疑惑《ぎわく》の|起《おこ》る|導火線《だうくわせん》で|厶《ござ》る。……|又《また》|第二《だいに》は|小糸姫《こいとひめ》|殿《どの》が|竜宮《りうぐう》の|一《ひと》つ|島《じま》へ|渡《わた》り、|地恩城《ちおんじやう》に|於《おい》て|女王《ぢよわう》となり|三五教《あななひけう》を|拡《ひろ》め、|部下《ぶか》の|友彦《ともひこ》までも|三五教《あななひけう》に|帰順《きじゆん》せしめたるとの|噂《うはさ》、これが|第二《だいに》の|疑《うたがひ》の|原因《げんいん》。|次《つぎ》には|妻子《さいし》は|三五教《あななひけう》に|心酔《しんすゐ》し、|最早《もはや》バラモン|教《けう》に|復帰《ふくき》する|形勢《けいせい》もなきに、|何時《いつ》までも|独身《どくしん》|生活《せいくわつ》を|続《つづ》け、|悪虐無道《あくぎやくぶだう》の|妻子《さいし》と|再《ふたた》び|家庭《かてい》を|作《つく》らむとの|御所存《ごしよぞん》と|見《み》える、これが|第三《だいさん》の|疑《うたがひ》をまく|種《たね》。|次《つぎ》には|大黒主《おほくろぬし》さまが|鬼雲姫《おにくもひめ》さまの|不都合《ふつがふ》を|詰《なじ》り、|別宅《べつたく》を|造《つく》りて|退隠《たいいん》を|命《めい》じ|給《たま》うた|時《とき》、|之《これ》に|対《たい》して|極力《きよくりよく》|反抗的《はんかうてき》|態度《たいど》を|用《もち》ひ、|新夫人《しんふじん》の|石生能姫《いそのひめ》に|対《たい》し|悪感情《あくかんじやう》を|抱《いだ》き|居《を》らるる|事《こと》、これも|亦《また》|疑惑《ぎわく》の|種《たね》。|大黒主《おほくろぬし》と|鬼熊別《おにくまわけ》との|間《あひだ》には|深《ふか》き|溝渠《こうきよ》が|穿《うが》たれ、|意思《いし》の|疎通《そつう》を|欠《か》きし|事《こと》。……|次《つぎ》には|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》り、|片手《かたて》に|教権《けうけん》を|掌握《しやうあく》し|玉《たま》ふ|大黒主《おほくろぬし》よりも、|武力《ぶりよく》なき|身《み》を|以《もつ》て、|数多《あまた》の|国人《くにびと》の|信用《しんよう》を|受《う》け|居《を》らるる|事《こと》。これ|亦《また》|疑惑《ぎわく》の|種《たね》となつて|居《ゐ》るのだらうと|私《わたし》は|推察《すいさつ》|致《いた》します。|併《しか》し|乍《なが》ら|神《かみ》に|仕《つか》へ|給《たま》ふ|身《み》を|以《もつ》て|左様《さやう》な|疑惑《ぎわく》の|種《たね》を|蒔《ま》く|如《ごと》き|御精神《ごせいしん》では|厶《ござ》いますまい………と|私《わたし》は|信《しん》ずるのであります。|今《いま》は|斯様《かやう》な|内紛《ないふん》を|繰返《くりかへ》す|時《とき》では|厶《ござ》らぬ。|一時《いちじ》も|早《はや》く|外《そと》に|向《むか》つて|敵《てき》の|襲来《しふらい》に|備《そな》へ、|且《か》つ|敵《てき》を|根底《こんてい》より|滅亡《めつぼう》させねばならぬ|国家《こくか》の|危機《きき》だから、|小異《せうい》を|棄《す》て、|大同《だいどう》に|合《がつ》し、|協心戮力《けふしんりくりよく》して|此《この》|国家《こくか》の|大事《だいじ》に|備《そな》へようではありませぬか。これ|右守《うもり》が|偽《いつは》らざる|至誠《しせい》の|告白《こくはく》|否《いな》|忠告《ちうこく》で|厶《ござ》る』
と|堂々《だうだう》として|鬼熊別《おにくまわけ》の|寃罪《ゑんざい》を|弁護《べんご》しつつ|説《と》き|来《きた》り|説《と》き|去《さ》り|座《ざ》に|着《つ》いた。|鬼春別《おにはるわけ》は|不機嫌顔《ふきげんがほ》にて|再《ふたた》び|立上《たちあが》り、
『|如何《いか》にも|心得《こころえ》ぬ|右守《うもり》の|御言葉《おことば》、|吾々《われわれ》は|一向《いつかう》|合点《がてん》が|参《まゐ》らぬ。|然《しか》らば|右守《うもり》どの、|鬼熊別《おにくまわけ》の|一身《いつしん》に|就《つい》ては、|貴殿《あなた》に|一任《いちにん》しますから、キツト|過《あやま》ちのなき|様《やう》に|御監督《ごかんとく》を|願《ねが》ひます』
|雲依《くもより》『|神徳《しんとく》|高《たか》き|鬼熊別《おにくまわけ》さまの|御監督《ごかんとく》とは|思《おも》ひもよらぬ|大役《たいやく》なれど、|今日《こんにち》の|場合《ばあひ》|止《や》むを|得《え》ませぬ、|仰《おほせ》に|従《したが》つて|監督《かんとく》を|承《うけたま》はりませう』
|鬼熊《おにくま》『これは|心得《こころえ》ぬ、|御両人《ごりやうにん》の|御言葉《おことば》、|悪虐無道《あくぎやくぶだう》の|叛逆者《はんぎやくしや》ならばいざ|知《し》らず、|吾々《われわれ》|如《ごと》き|忠臣《ちうしん》|義士《ぎし》に|対《たい》して、|何《なん》の|為《ため》に|御監督《ごかんとく》を|遊《あそ》ばすか。あらぬ|嫌疑《けんぎ》をかけられ、|憤慨《ふんがい》の|至《いた》りに|堪《た》へねども、|国家《こくか》の|一大事《いちだいじ》を|慮《おもんぱか》り、|陰忍《いんにん》|自重《じちよう》しつつある|吾《われ》に、|其《その》|心遣《こころづか》ひは|御無用《ごむよう》に|願《ねが》ひませう』
|石生《いそ》『|此《この》|問題《もんだい》はどうぞ|妾《わたし》に|任《まか》して|貰《もら》ひませう。イヤ|鬼熊別《おにくまわけ》さま、エライ|気《き》を|揉《も》ませました。|今《いま》の|世《よ》の|中《なか》は|誠《まこと》の|者《もの》が|虐《しひた》げられ、|疑《うたが》はれ、|大悪人《だいあくにん》の|時《とき》めく|時代《じだい》なれば、あなたもそれだけの|御疑《おうたがひ》を|受《う》けさせられる|半面《はんめん》にはキツト|善《よ》い|事《こと》があるでせう。どうぞ|御機嫌《ごきげん》を|直《なほ》して、|今日《こんにち》|以後《いご》は|日々《にちにち》|国家《こくか》の|為《ため》に、|教《をしへ》の|為《ため》に、|御登城《ごとじやう》|御出勤《ごしゆつきん》を|願《ねが》ひますよ』
|鬼熊別《おにくまわけ》は|石生能姫《いそのひめ》の|言葉《ことば》に|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》を|秘《ひそ》かに|流《なが》しながら、
『ハイ|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。|然《しか》らば|御言葉《おことば》に|従《したが》ひ、|明日《みやうにち》より|出勤《しゆつきん》|致《いた》すことにきめませう。|今迄《いままで》の|不都合《ふつがふ》は|平《ひら》にお|赦《ゆる》しを|願《ねが》ひます』
|石生能姫《いそのひめ》は|儼然《げんぜん》として|言葉《ことば》を|改《あらた》め、
『イソの|館《やかた》へは|左守《さもり》|鬼春別《おにはるわけ》|殿《どの》、|部下《ぶか》の|軍卒《ぐんそつ》を|引連《ひきつ》れ|出発《しゆつぱつ》さるべし。|又《また》|大足別《おほだるわけ》は|軍勢《ぐんぜい》を|引率《いんそつ》して、カルマタ|国《こく》のウラル|教《けう》が|本城《ほんじやう》へ|向《むか》つて|攻《せ》め|寄《よ》せらるべし。|鬼春別《おにはるわけ》が|目出度《めでた》く|凱旋《がいせん》ある|迄《まで》は|元《もと》の|如《ごと》く|鬼熊別《おにくまわけ》|殿《どの》、|左守《さもり》となつて|奉仕《ほうし》されたし。|右守《うもり》は|従前《じうぜん》のまま、|何《いづ》れも|神妙《しんめう》に|心《こころ》を|併《あは》せ、|手《て》を|引合《ひきあ》ひ|神務《しんむ》に|従事《じうじ》されよ。|大教主《だいけうしゆ》の|命《めい》に|依《よ》りて、|石生能姫《いそのひめ》、|代理権《だいりけん》を|執行《しつかう》|致《いた》す』
|一同《いちどう》は|此《この》|言葉《ことば》に、
『ハハア』
と|首《こうべ》を|傾《かたむ》け、|承諾《しようだく》の|意《い》を|示《しめ》した。
|因《ちなみ》に|右守《うもり》の|雲依別《くもよりわけ》は|時《とき》の|勢《いきほひ》に|抗《かう》し|難《がた》く、|左守《さもり》と|表面《へうめん》バツを|合《あは》せてゐたが、|其《その》|実《じつ》|鬼熊別《おにくまわけ》の|美《うる》はしき|心《こころ》と|日夜《にちや》の|行動《かうどう》に|感激《かんげき》し、|心中《しんちう》|潜《ひそ》かに|鬼熊別《おにくまわけ》を|畏敬《ゐけい》|尊信《そんしん》してゐた。それ|故《ゆゑ》|鬼熊別《おにくまわけ》の|無辜《むこ》を|憐《あは》れみ|弁解的《べんかいてき》|弁論《べんろん》をまくしたてたのである。|又《また》|石生能姫《いそのひめ》は|鬼熊別《おにくまわけ》のどこともなく|男《をとこ》らしく、|威儀《ゐぎ》|備《そな》はる|容貌《ようばう》に、|心《こころ》|私《ひそ》かに|恋着《れんちやく》してゐた。それ|故《ゆゑ》|大黒主《おほくろぬし》の|余《あま》り|好《この》まぬ|鬼熊別《おにくまわけ》を|代理権《だいりけん》を|執行《しつかう》して|左守《さもり》となし、|鬼熊別《おにくまわけ》に|同情《どうじやう》をよせつつある|右守《うもり》を|止《とど》め、|常《つね》に|鬼熊別《おにくまわけ》を|讒言《ざんげん》する|鬼春別《おにはるわけ》、|大足別《おほだるわけ》を|出陣《しゆつぢん》させて|了《しま》つたのであつた。|女《をんな》の|美貌《びばう》は|城《しろ》を|傾《かたむ》くるとか|云《い》ふ。|実《じつ》に|女《をんな》|位《くらゐ》|恐《おそ》ろしきものはない。|大黒主《おほくろぬし》も|此《この》|石生能姫《いそのひめ》には|恋愛《れんあい》の|雲《くも》に|包《つつ》まれて、|善悪《ぜんあく》に|関《かかは》らず、|一言《いちごん》|半句《はんく》も|背《そむ》いた|事《こと》はなかつたのである。
(大正一一・一一・一 旧九・一三 松村真澄録)
第二章 |出陣《しゆつぢん》〔一〇八六〕
バラモン|教《けう》の|神司《かむづかさ》 |鬼春別《おにはるわけ》は|大教主《だいけうしゆ》
|大黒主《おほくろぬし》や|石生能姫《いそのひめ》 |二人《ふたり》の|旨《むね》を|奉戴《ほうたい》し
|片彦《かたひこ》、ランチ|二将軍《にしやうぐん》 |左右《さいう》の|翼《よく》となしながら
|三千余騎《さんぜんよき》に|将《しやう》として ハルナの|都《みやこ》を|出発《しゆつぱつ》し
|陣鐘太鼓《ぢんがねたいこ》を|打《う》ちながら |法螺貝《ほらがひ》ブウブウ|吹《ふ》きたてて
|旗鼓堂々《きこだうだう》と|三五教《あななひけう》 イソの|館《やかた》へ|進《すす》み|行《ゆ》く
|其《その》|勢《いきほ》ひの|勇《いさ》ましさ |鬼神《きしん》も|肝《きも》を|挫《ひし》がれて
|絶《た》え|入《い》るばかり|思《おも》はれぬ |軍《いくさ》の|司《つかさ》と|仕《つか》へたる
|大足別《おほだるわけ》も|同様《どうやう》に |釘彦《くぎひこ》、エールの|二将軍《にしやうぐん》
|三千余騎《さんぜんよき》に|将《しやう》として |旗鼓堂々《きこだうだう》とウラル|教《けう》
|立籠《たてこも》りたるカルマタの |根城《ねじろ》をさして|攻《せ》めて|行《ゆ》く
|何《いづ》れ|劣《おと》らぬ|勇士《ゆうし》と|勇士《ゆうし》 |山野《さんや》の|草木《くさき》も|自《おのづか》ら
|靡《なび》き|伏《ふ》しつつ|虎《とら》|熊《くま》や |獅子《しし》|狼《おほかみ》もおしなべて
|戦《をのの》き|逃《に》ぐる|思《おも》ひなり |実《げ》に|勇《いさ》ましき|進軍《しんぐん》の
|駒《こま》の|嘶《いなな》き|轡《くつわ》の|音《おと》 |蹄《ひづめ》の|音《おと》も|戞々《かつかつ》と
|鬨《とき》を|作《つく》つて|攻《せ》めて|行《ゆ》く |実《げ》に|勇《いさ》ましき|次第《しだい》なり。
|出陣《しゆつぢん》の|用意《ようい》は|急速《きふそく》に|整《ととの》うた。|大黒主《おほくろぬし》、|石生能姫《いそのひめ》、|鬼熊別《おにくまわけ》、|雲依別《くもよりわけ》|其《その》|他《た》の|幹部《かんぶ》は|出陣《しゆつぢん》を|見送《みおく》り|成功《せいこう》を|祝《しゆく》し、|終《をは》つてハルナの|本城《ほんじやう》の|奥殿《おくでん》に|進《すす》み|入《い》り|此処《ここ》に|簡単《かんたん》なる|酒宴《しゆえん》を|催《もよほ》し、|鬼熊別《おにくまわけ》は|一先《ひとま》づ|吾《わが》|館《やかた》へ|立帰《たちかへ》る|事《こと》となつた。|雲依別《くもよりわけ》も|亦《また》|其《その》|日《ひ》は|己《おの》が|館《やかた》に|帰《かへ》り、|神前《しんぜん》に|戦勝《せんしよう》|祈願《きぐわん》の|祝詞《のりと》を|奏《そう》し|寝《しん》に|就《つ》いた。
|夜《よ》は|深々《しんしん》と|更《ふ》け|渡《わた》り、|咫尺暗憺《しせきあんたん》として|閑寂《かんじやく》な|気《き》に|包《つつ》まれ、|夜嵐《よあらし》|吹《ふ》き|荒《すさ》ぶ|丑満《うしみつ》の|頃《ころ》|迄《まで》、|大黒主《おほくろぬし》は|石生能姫《いそのひめ》と|共《とも》に|来《こ》し|方《かた》|行末《ゆくすゑ》の|事《こと》|等《など》|語《かた》らひ|夜《よ》を|更《ふ》かしつつあつた。
|大黒《おほくろ》『あゝあ、|吾《われ》こそはバラモン|教《けう》の|大教主《だいけうしゆ》となつて|以来《いらい》、|世《よ》の|為《ため》、|道《みち》の|為《ため》にあらゆる|艱難辛苦《かんなんしんく》を|嘗《な》め|尽《つく》し、|漸《やうや》くにして|月《つき》の|国《くに》に|根城《ねじろ》を|定《さだ》め、|稍《やや》|安心《あんしん》と|思《おも》ふ|間《ま》もなく|好事《かうず》|魔《ま》|多《おほ》しとやら、|三五教《あななひけう》、ウラル|教《けう》の|奴輩《やつばら》|吾《わが》|教《をしへ》の|隆盛《りうせい》を|妬《ねた》み、|今《いま》や|双方《さうはう》より|此《この》|本城《ほんじやう》を|攻撃《こうげき》し|吾等《われら》を|亡《ほろ》ぼさむと|致《いた》す|憎《にく》くき|奴《やつ》、|余《あま》りの|事《こと》に|神経過敏《しんけいくわびん》となり、|夜《よ》も|碌々《ろくろく》に|此《この》|頃《ごろ》は|寝《ね》た|事《こと》もない。せめて|石生能姫《いそのひめ》の|優《やさ》しき|言葉《ことば》を|心《こころ》の|頼《たの》みとして|日夜《にちや》を|送《おく》る|苦《くる》しさ。あゝあ|世《よ》の|中《なか》は|如何《どう》してこれほど|災《わざはひ》の|多《おほ》きものだらうか。|思《おも》へば|思《おも》へば|浮世《うきよ》が|嫌《いや》になつて|来《き》たわい。|早《はや》く|大教主《だいけうしゆ》の|役《やく》を|伜《せがれ》に|継承《けいしよう》さして|其方《そなた》と|共《とも》に|山林《さんりん》に|隠《かく》れ、|光風霽月《くわうふうせいげつ》を|楽《たの》しみ|余生《よせい》を|送《おく》りたいと|思《おも》ふ|心《こころ》は|山々《やまやま》なれど、|伜《せがれ》はあの|通《とほ》り|文弱《ぶんじやく》に|流《なが》れ|世間《せけん》|知《し》らずの|坊《ぼ》んちやん|育《そだ》ち、|実《じつ》に|前途《ぜんと》は|心細《こころぼそ》いものだ。|何《なん》とか|致《いた》して|此《この》|苦艱《くかん》を|免《のが》るる|道《みち》はあるまいかな』
とハアハアと|吐息《といき》をつき|悄《せう》げ|返《かへ》る。|石生能姫《いそのひめ》は|打笑《うちわら》ひ、
『ホヽヽヽ|旦那様《だんなさま》の|其《その》お|言葉《ことば》、|何《なん》とした|弱音《よわね》をお|吹《ふ》き|遊《あそ》ばすのでせう。そんな|弱《よわ》い|事《こと》で|如何《どう》して|此《この》|月《つき》の|国《くに》を|背負《せお》つて|立《た》つ|事《こと》が|出来《でき》ませうか。|神様《かみさま》は|此《この》チツポケな|月《つき》の|国《くに》ばかりか、|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほのくに》|全体《ぜんたい》をバラモンの|教《をしへ》に|帰順《きじゆん》せしめ、|恵《めぐ》みの|露《つゆ》をば|万民《ばんみん》に|霑《うるほ》し|与《あた》へむとの|御神慮《ごしんりよ》では|御座《ござ》りませぬか。|左様《さやう》な|意志《いし》の|薄弱《はくじやく》な|事《こと》では|月《つき》の|国《くに》さへも|保《たも》つ|事《こと》は|出来《でき》ますまい。チト|心《こころ》を|取《と》り|直《なほ》して|元気《げんき》を|出《だ》して|下《くだ》さいませ。|一国《いつこく》の|王者《わうじや》たる|身《み》を|以《もつ》て|妾《わたし》の|如《ごと》き|卑《いや》しき|女《をんな》に|心魂《しんこん》を|蕩《とろ》かし、|偕老同穴《かいらうどうけつ》を|契《ちぎ》り|給《たま》ひし|鬼雲姫《おにくもひめ》|様《さま》、|特《とく》に|内助《ないじよ》の|功《こう》|多《おほ》き|奥様《おくさま》をあの|通《とほ》り|退隠《たいいん》させ、|日夜《にちや》|涙《なみだ》の|生活《せいくわつ》を|続《つづ》けて|御座《ござ》るのを|他所《よそ》にして、|旦那様《だんなさま》は|妾《わたし》の|様《やう》な|女《をんな》を|弄《もてあそ》び|給《たま》ふは|御神慮《ごしんりよ》に|叶《かな》はぬ|事《こと》ではありますまいか。それを|思《おも》へば|妾《わたし》も|安《やす》き|心《こころ》は|厶《ござ》りませぬ。|何卒《なにとぞ》|一日《いちにち》も|早《はや》く|奥様《おくさま》を|本城《ほんじやう》に|招《まね》き|入《い》れ、|夫婦《ふうふ》|睦《むつ》まじく|神業《しんげふ》に|参加《さんか》して|下《くだ》さいませ。そして|妾《わたし》の|位置《ゐち》を|下《くだ》して|婢女《はしため》となし|下《くだ》されば、|御夫婦《ごふうふ》に|対《たい》し|力限《ちからかぎ》りの|忠勤《ちうきん》を|励《はげ》む|石生能姫《いそのひめ》の|覚悟《かくご》、|何卒《どうぞ》|許《ゆる》して|下《くだ》さいませ。これが|妾《わたし》の|一生《いつしやう》の|願《ねが》ひで|御座《ござ》います』
『ハヽヽヽヽ|其方《そなた》は|此《この》|大黒主《おほくろぬし》を|気《き》が|小《ちひ》さいと|申《まを》すが、あまり|其方《そなた》も|気《き》が|小《ちひ》さ|過《す》ぎるぢやないか。|其方《そなた》が|始《はじ》めて|吾《われ》と|褥《しとね》を|一《ひと》つにした|時《とき》、|其方《そなた》は|云《い》つたぢやないか。|旦那様《だんなさま》が|妾《わたし》のやうな|不躾《ふつつか》なものを|斯《か》うして|可愛《かあい》がつて|下《くだ》さるのは|実《じつ》に|有難涙《ありがたなみだ》にくれますが、|然《しか》し|乍《なが》ら|奥様《おくさま》の|事《こと》が|気《き》になつて|心《こころ》も|心《こころ》ならず、そればかりが|心配《しんぱい》だと|申《まを》したではないか。それ|故《ゆゑ》、|永《なが》らく|連《つ》れ|添《そ》うて|共《とも》に|苦労《くらう》を|致《いた》した|鬼雲姫《おにくもひめ》を|別家《べつけ》させ、|其方《そなた》の|希望《きばう》|通《どほ》りにしてやつたではないか。|今《いま》となつて|左様《さやう》な|事《こと》を|云《い》つてくれては|大黒主《おほくろぬし》も|困《こま》つてしまふ。|俺《おれ》が|許《ゆる》した|女房《にようばう》、|誰《たれ》に|遠慮《ゑんりよ》は|要《い》らぬ。|大《おほ》きな|顔《かほ》をして|本城《ほんじやう》の|花《はな》となり|女王《クイーン》となつて、|吾《わが》|神業《しんげふ》を|陰《いん》に|陽《やう》に|極力《きよくりよく》|助《たす》けてくれなくては|困《こま》つてしまふよ』
『|旦那様《だんなさま》、|妾《わたし》は|奥様《おくさま》の|事《こと》が|気《き》にかかると|云《い》つたのは|勿体《もつたい》ない、|奥様《おくさま》を|放《はふ》り|出《だ》して|欲《ほ》しいと|願《ねが》つたのぢや|御座《ござ》りませぬ。|奥様《おくさま》のある|旦那様《だんなさま》に|可愛《かあい》がられては|誠《まこと》に|済《す》まない。|奥様《おくさま》に|会《あ》はす|顔《かほ》がないと|云《い》つたまでで|御座《ござ》ります』
『さうだから|其方《そなた》の|心配《しんぱい》の|種《たね》を|除《のぞ》くために|鬼雲姫《おにくもひめ》を|遠《とほ》ざけたのではないか』
『それはチト|了簡《れうけん》が|違《ちが》ひませう。|何程《なにほど》|奥様《おくさま》が|遠《とほ》ざかつて|居《ゐ》らつしやいましても|妾《わたし》の|心《こころ》は|如何《どう》しても|済《す》みませぬ。|今《いま》までよりも|一層《いつそう》お|気《き》の|毒《どく》で|堪《たま》りませぬ。|数多《あまた》の|部下《ぶか》や|国民《こくみん》には|妖女《えうぢよ》ぢや、|鬼女《きぢよ》ぢや、|謀叛人《むほんにん》だと|口々《くちぐち》に|罵《ののし》られ、|如何《どう》して|之《これ》で|妾《わたし》の|胸《むね》が|安《やす》まりませう。|御推量《ごすゐりやう》なさつて|下《くだ》さりませ。|貴方《あなた》は|如何《どう》しても、|口先《くちさき》で|私《わたし》を|愛《あい》して|下《くだ》さるが、|本当《ほんたう》の|妾《わたし》の|心《こころ》を|汲《く》みとつて|下《くだ》さらぬ|故《ゆゑ》、つまり|妾《わたし》を|苦《くる》しめ|憎《にく》み|給《たま》ふ|事《こと》となるので|厶《ござ》ります』
と|袖《そで》を|顔《かほ》にあてサメザメと|泣《な》き|沈《しづ》む。
『|其方《そなた》の|云《い》ふ|事《こと》ならば|何一《なにひと》つ|背《そむ》いた|事《こと》はないぢやないか。|今日《けふ》も|今日《けふ》とて|鬼熊別《おにくまわけ》の|如《ごと》き|教《をしへ》の|道《みち》の|妨害《ばうがい》になる、|蟄居《ちつきよ》を|命《めい》じてある|男《をとこ》を|俺《おれ》に|相談《さうだん》もせず|代理権《だいりけん》を|執行《しつかう》すると|申《まを》して、|人《ひと》もあらうにあれほど|俺《おれ》の|嫌《きら》ひの|鬼熊別《おにくまわけ》を|左守《さもり》に|任《にん》じ|城内《じやうない》の|権《けん》を|一任《いちにん》したではないか。|俺《おれ》にとつては|天下《てんか》の|一大事《いちだいじ》、|承諾《しようだく》|致《いた》す|限《かぎ》りではなけれども、|其方《そなた》の|言《い》ひ|分《ぶん》をたて、|其方《そなた》の|機嫌《きげん》を|損《そん》じまいと|憤《いきどほ》りを|抑《おさ》へて|辛抱《しんばう》をしてるではないか。|万一《まんいち》|此《この》|国《くに》が|外教《ぐわいけう》の|手《て》におちる|様《やう》の|事《こと》あらば、|俺《おれ》は|到底《たうてい》|此処《ここ》に|安心《あんしん》して|居《ゐ》ることは|出来《でき》ない。|吾等《われら》にとつての|一大事《いちだいじ》を|忍《しの》んで|居《を》るのも|其方《そなた》が|可愛《かあい》いばつかりだ』
『あの|鬼熊別《おにくまわけ》は|貴方《あなた》の|目《め》からは、それ|程《ほど》|悪《わる》い|人《ひと》と|見《み》えますか。|貴方《あなた》はお|人《ひと》がよいから|悪人輩《あくにんばら》の|讒言《ざんげん》を|一々《いちいち》|御採用《ごさいよう》|遊《あそ》ばし|智者《ちしや》|賢者《けんじや》の|言《げん》を|用《もち》ひ|給《たま》はず。あれほどバラモン|教《けう》を|思《おも》つて|厶《ござ》る|神司《かむつかさ》は|何処《どこ》に|厶《ござ》りませう。それは|貴方《あなた》の|一大事《いちだいじ》、|又《また》|私《わたし》の|一大事《いちだいじ》に|関《くわん》する|事《こと》、さう|易々《やすやす》と|少《すこ》しの|感情《かんじやう》や|気《き》まぐれ|位《くらゐ》に、そんな|大事《だいじ》がきめられますか。|何卒《どうぞ》|心《こころ》の|雲《くも》を|取《と》り|払《はら》ひ、|正《ただ》しく|鬼熊別《おにくまわけ》の|心《こころ》を|汲《く》みとつてやつて|下《くだ》さいませ』
『さう|聞《き》けばさうかも|知《し》れないが、|鬼熊別《おにくまわけ》の|女房《にようばう》は|到頭《たうとう》|三五教《あななひけう》に|寝返《ねがへ》りをうち、|娘《むすめ》の|小糸姫《こいとひめ》も|矢張《やは》り|三五《あななひ》の|道《みち》の|立派《りつぱ》な|宣伝使《せんでんし》となつてバラモン|教《けう》の|畑《はたけ》を|蚕食《さんしよく》し、|色々《いろいろ》|雑多《ざつた》と|道《みち》の|妨害《ばうがい》を|致《いた》す|奴《やつ》、ハルナの|都《みやこ》の|内幕《うちまく》は|何《なに》も|彼《か》も|三五教《あななひけう》に|知《し》れ|渡《わた》つて|居《ゐ》るのも、|側近《そばちか》く|仕《つか》ふる|者《もの》の|中《なか》に|内通《ないつう》するものがなくてはならぬ。|若《も》し|内通《ないつう》するものありとすれば、|鬼春別《おにはるわけ》の|言葉《ことば》の|如《ごと》く|鬼熊別《おにくまわけ》の|外《ほか》にはない|道理《だうり》、|石生能姫《いそのひめ》、|其方《そなた》は|之《これ》でも|鬼熊別《おにくまわけ》を|信用《しんよう》|致《いた》すか』
『そりや|貴方《あなた》お|考《かんが》へ|違《ちが》ひでせう。あの|方《かた》に|限《かぎ》つて|左様《さやう》な|卑《さも》しい|根性《こんじやう》をお|有《も》ち|遊《あそ》ばす|道理《だうり》は|厶《ござ》りませぬ。|人《ひと》を|疑《うたが》へば|何処《どこ》までも|限《かぎ》りのないもの、|人《ひと》の|善悪正邪《ぜんあくせいじや》は|神様《かみさま》が|直接《ちよくせつ》にお|審《さば》き|遊《あそ》ばしませう。|仮令《たとへ》|貴方《あなた》は|神《かみ》の|代表者《だいへうしや》としても|矢張《やは》り|人間《にんげん》の|肉体《にくたい》を|有《も》つた|神様《かみさま》、|如何《どう》して|人《ひと》の|心《こころ》の|善悪正邪《ぜんあくせいじや》が|判《わか》りませう。|一切《いつさい》の|心《こころ》の|雲霧《くもきり》を|払拭《ふつしき》し|惟神《かむながら》の|心《こころ》に|立《た》ち|帰《かへ》り、|胸《むね》に|手《て》をあててお|考《かんが》へ|遊《あそ》ばしたらチツと|御合点《ごかつてん》が|参《まゐ》りませう。もしも|鬼熊別《おにくまわけ》さまに|左様《さやう》な|野心《やしん》がありとすれば、あれだけ|国民《こくみん》の|信用《しんよう》を|一身《いつしん》に|担《にな》うたお|方《かた》、どんな|事《こと》でも|出来《でき》ませう。|貴方《あなた》は|兵馬《へいば》の|権《けん》を|握《にぎ》つておいで|遊《あそ》ばす|故《ゆゑ》、|国王《こくわう》とも|大教主《だいけうしゆ》とも|仰《あふ》いでゐるものの、|人心《じんしん》は|既《すで》に|離《はな》れて|居《を》りますよ。|髭《ひげ》の|塵《ちり》を|払《はら》ふものばかりお|側《そば》に|近寄《ちかよ》つて|貴方《あなた》を|益々《ますます》|深《ふか》い|淵《ふち》に|陥《おとしい》れるものばかり、|本当《ほんたう》に|貴方《あなた》の|力《ちから》になる|誠《まこと》の|者《もの》は|此《この》|沢山《たくさん》な|御家来《ごけらい》の|内《うち》、|妾《わたし》の|公平《こうへい》なる|目《め》より|見《み》れば|鬼熊別《おにくまわけ》|様《さま》より|外《ほか》に|只《ただ》の|一人《ひとり》もありませぬ。|何卒《どうぞ》|一時《いちじ》も|早《はや》く|鬼熊別《おにくまわけ》と|胸襟《きようきん》を|開《ひら》いてお|道《みち》の|為《ため》、|国《くに》の|為《ため》、|最善《さいぜん》の|力《ちから》をお|尽《つく》し|遊《あそ》ばす|様《やう》に|石生能姫《いそのひめ》が|真心《まごころ》をこめてお|願《ねが》ひ|致《いた》します』
|大黒主《おほくろぬし》は|石生能姫《いそのひめ》の|云《い》ふ|事《こと》ならば|一旦《いつたん》は|拒《こば》んで|見《み》ても、|徹底的《てつていてき》に|排除《はいじよ》する|事《こと》は|恋《こひ》の|弱味《よわみ》で|出来《でき》なかつた。|大黒主《おほくろぬし》は|遂《つひ》に|我《が》を|折《を》つて、
『それなら|鬼熊別《おにくまわけ》の|身《み》の|上《うへ》は|其方《そなた》に|任《まか》す。|随分《ずゐぶん》|気《き》を|付《つ》けて|彼《かれ》に|謀《はか》られぬ|様《やう》、|此《この》|方《はう》のために|力《ちから》を|尽《つく》すやうに|云《い》ひ|聞《き》かしてくれ』
『|早速《さつそく》の|御承知《ごしようち》、|石生能姫《いそのひめ》|満足《まんぞく》|致《いた》します。|左様《さやう》ならば|明日《みやうにち》|早朝《さうてう》|妾《わたし》より|彼《かれ》が|館《やかた》を|訪《たづ》ね|充分《じうぶん》に|其《その》|意中《いちう》を|探《さぐ》り|果《はた》して|善人《ぜんにん》ならば|日々《にちにち》|登場《とうぢやう》を|命《めい》じ|旦那様《だんなさま》の|相談柱《さうだんばしら》と|致《いた》しますなり、もしも|心《こころ》に|針《はり》を|包《つつ》む|様《やう》な|形跡《けいせき》が|鵜《う》の|毛《け》の|露《つゆ》|程《ほど》でもありますなら、それこそ|断乎《だんこ》たる|処置《しよち》を|執《と》らねばなりますまい。それなら|明日《あす》の|早朝《さうてう》|鬼熊別《おにくまわけ》の|館《やかた》に|参《まゐ》りますから|御承知《ごしようち》を|願《ねが》つておきます』
『|其方《そなた》が|態々《わざわざ》|行《ゆ》かないでも|此処《ここ》へ|呼《よ》び|寄《よ》せて|調《しら》べたら|如何《どう》だ。|女《をんな》と|云《い》ふものはさう|易々《やすやす》と|門《もん》を|跨《また》げるものではない』
『オホヽヽヽ|旦那様《だんなさま》の|今《いま》のお|言葉《ことば》、|今日《こんにち》の|女《をんな》は、|社交界《しやかうかい》の|花《はな》と|謳《うた》はれねば|女《をんな》ではありませぬ。|夫《をつと》の|成功《せいこう》は|凡《すべ》て|女《をんな》の|社交《しやかう》の|上手《じやうづ》|下手《へた》にあるもので|厶《ござ》います。|妾《わたし》が|鬼熊別《おにくまわけ》の|屋敷《やしき》へ|参《まゐ》つたとて、|決《けつ》して|旦那様《だんなさま》のお|顔《かほ》にかかはる|様《やう》な|汚《けが》れた|事《こと》は|致《いた》しませぬから、そこは|御安心《ごあんしん》|下《くだ》さいまして、|鬼熊別《おにくまわけ》の|真《しん》の|精神《せいしん》をトコトン|探《さぐ》らして|下《くだ》さいませ』
『それなら|何事《なにごと》も|其方《そなた》に|一任《いちにん》する。|明日《あす》は|早朝《さうてう》よりソツと|余《あま》り|人《ひと》に|判《わか》らぬやうに|彼《かれ》の|館《やかた》に|訪《たづ》ね|行《ゆ》き|篤《とく》と|心中《しんちう》を|見届《みとど》けてくれ。サア|夜《よ》も|大分《だいぶん》に|更《ふ》けたやうだ。|就寝《しうしん》|致《いた》さうか』
『はい』
と|答《こた》へて|石生能姫《いそのひめ》は|寝具《しんぐ》をのべ、|夫婦《ふうふ》は|茲《ここ》に|漸《やうや》く|久《ひさ》し|振《ぶ》りで|心《こころ》を|落着《おちつ》け、|安々《やすやす》と|寝《しん》に|就《つ》いた。
(大正一一・一一・一 旧九・一三 北村隆光録)
第三章 |落橋《らくけう》〔一〇八七〕
|空《そら》|一面《いちめん》にドンヨリとかき|曇《くも》り、あたり|陰鬱《いんうつ》として|風《かぜ》もなく|蒸暑《むしあつ》き|秋《あき》の|夕《ゆふ》べ、|内地《ないち》の|秋《あき》とは|事変《ことか》はり、|初秋《はつあき》の|今日《けふ》|此《この》|頃《ごろ》は|松虫《まつむし》|鈴虫《すずむし》の|声《こゑ》もなく、|梢《こずゑ》にとまつて|千切《ちぎ》れ|千切《ちぎ》れに|鳴《な》く|蝉《せみ》の|声《こゑ》、|轡虫《くつわむし》|等《など》|喧《やかま》しく|騒《さわ》ぎ|鳴《な》きたつる|有様《ありさま》は、|月《つき》の|都《みやこ》のハルナ|城《じやう》の|内外《ないぐわい》に|穏《おだや》かならぬ|事《こと》の|勃発《ぼつぱつ》する|前兆《ぜんてう》にはあらずやと|思《おも》はるるばかりであつた。|館《やかた》の|主《あるじ》|鬼熊別《おにくまわけ》は|大雲山《たいうんざん》の|岩窟《がんくつ》に|於《お》ける|会議《くわいぎ》を|終《を》へて、|悄然《せうぜん》として|吾《わが》|家《や》に|帰《かへ》り、|奥《おく》の|一間《ひとま》に|座《ざ》をしめて、|双手《もろて》をくみ、|青息吐息《あをいきといき》の|体《てい》であつた。
|斯《か》かる|所《ところ》へ|家老職《からうしよく》を|勤《つと》めてゐた|熊彦《くまひこ》は|襖《ふすま》を|押《お》しあけ|入《い》り|来《きた》り、|叮嚀《ていねい》に|会釈《ゑしやく》しながら、
『モシ|旦那様《だんなさま》、|承《うけたま》はりますれば、|貴方様《あなたさま》に|大変《たいへん》な|嫌疑《けんぎ》がかかり、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》が|近侍《きんじ》の|誰彼《たれかれ》を|遣《つか》はして、|夜陰《やいん》に|紛《まぎ》れ、|旦那様《だんなさま》の|命《いのち》を|取《と》りに|来《く》るとの|急報《きふはう》を|自分《じぶん》の|親友《しんいう》よりソツと|聞《き》きました。どうぞ|御用心《ごようじん》|下《くだ》さいませ。|今《いま》にも|刺客《しきやく》が|参《まゐ》るかも|知《し》れませぬから……』
|鬼熊別《おにくまわけ》は|平然《へいぜん》として|打笑《うちわら》ひ、
『アハヽヽヽ|風声鶴唳《ふうせいかくれい》に|驚《おどろ》いてはならぬ。|真心《まごころ》を|以《もつ》て|真心《まごころ》の|神《かみ》に|仕《つか》ふる|鬼熊別《おにくまわけ》に|如何《どう》して|不義《ふぎ》の|刃《やいば》が|当《あ》てられようか。|決《けつ》して|心配《しんぱい》は|致《いた》すものではない。かやうな|騒々《さうざう》しい|時《とき》にはいろいろの|噂《うはさ》の|立《た》つものだから、お|前《まへ》も|冷静《れいせい》に|物《もの》を|考《かんが》へ、|決《けつ》して|騒《さわ》いではならないぞ』
『|私《わたくし》も|大抵《たいてい》の|事《こと》ならば|騒《さわ》ぐ|男《をとこ》では|厶《ござ》いませぬが|確《たしか》な|証拠《しようこ》が|厶《ござ》います。|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|近侍《きんじ》に|仕《つか》へてゐる|友行《ともゆき》といふ|男《をとこ》、|実《じつ》は|私《わたくし》の|義理《ぎり》の|兄弟《きやうだい》で|厶《ござ》いますが、|彼《かれ》がソツと|私《わたくし》まで|耳《みみ》うちをしてくれました。グヅグヅしては|居《を》られませぬ。キツと|今夜《こんや》|攻寄《せめよ》せて|来《く》るに|間違《まちが》ひはないので|厶《ござ》います。これが|違《ちが》うたら、|此《この》|熊彦《くまひこ》は|二度《にど》とあなたのお|目《め》にはかかりませぬ』
『|現《げん》に|俺《おれ》は|今《いま》、|大雲山《たいうんざん》の|岩窟《がんくつ》に|集会《しふくわい》に|参《まゐ》り、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|面前《めんぜん》に|於《おい》て|議論《ぎろん》を|戦《たたか》はし、|種々雑多《しゆじゆざつた》の|疑惑《ぎわく》を|解《と》き、|漸《やうや》く|氷解《ひようかい》されて、|遂《つひ》には|石生能姫《いそのひめ》の|推薦《すいせん》に|依《よ》り、|元《もと》の|如《ごと》く|左守《さもり》に|任《にん》ぜられ|帰《かへ》つて|来《き》た|所《ところ》だ。|決《けつ》して|左様《さやう》な|事《こと》はあるまい。|大方《おほかた》|何《なん》らかの|間違《まちが》ひだらう』
『イヤ|其《その》|事《こと》は|友行《ともゆき》から|能《よ》く|聞《き》いて|居《を》ります。|併《しか》しそれが|今晩《こんばん》の|大事変《だいじへん》を|起《おこ》した|原因《げんいん》です。|大黒主《おほくろぬし》は|嫉妬《しつと》の|深《ふか》い|人物《じんぶつ》、そこへ|寝《ね》ても|醒《さ》めても|忘《わす》れられぬ|惚《ほ》れ|切《き》つた|石生能姫《いそのひめ》さまが、|旦那《だんな》さまの|肩《かた》を|持《も》ち、|大黒主《おほくろぬし》の|最《もつと》も|嫌《きら》ひ|給《たま》ふ|旦那《だんな》さまを|左守《さもり》に|任《にん》じ、|城内《じやうない》|一切《いつさい》の|教務《けうむ》|及《およ》び|国務《こくむ》を|総括《そうくわつ》せしめむとされたので、|大黒主《おほくろぬし》は|気《き》が|気《き》でならず、ぢやと|云《い》つて|最愛《さいあい》の|女房《にようばう》|石生能姫《いそのひめ》の|言《げん》を|打消《うちけ》す|訳《わけ》にもゆかず、イヤイヤながら|承諾《しようだく》したので|厶《ござ》います。それより|大黒主《おほくろぬし》は|一時《いちじ》も|早《はや》く|旦那《だんな》さまを|亡《な》き|者《もの》に|致《いた》さねば|大変《たいへん》だと|考《かんが》へ、|石生能姫《いそのひめ》さまに|極内々《ごくないない》で|今夜《こんや》の|内《うち》に|鬼熊別《おにくまわけ》をやつつけて|了《しま》へと、|数多《あまた》の|近侍《きんじ》に|命《めい》じて|今宵《こよひ》|御館《おやかた》へ|襲来《しふらい》することになつたので|厶《ござ》います。|其《その》|中《なか》の|一人《ひとり》なる|友行《ともゆき》がソツと|密書《みつしよ》を|以《もつ》て|私《わたくし》|迄《まで》|知《し》らしてくれたので|厶《ござ》いますから、メツタに|間違《まちが》ひは|厶《ござ》いますまい。サア|旦那《だんな》さま、さう|安閑《あんかん》としてゐる|時《とき》ぢや|厶《ござ》いませぬ。|一時《いちじ》も|早《はや》く|防戦《ばうせん》の|用意《ようい》を|致《いた》されるか、|但《ただし》は|今《いま》の|内《うち》に|此《この》|館《やかた》を|逐電《ちくでん》なさらねば、|呑噬《どんぜい》の|悔《くい》を|残《のこ》すとも|及《およ》びませぬ。|及《およ》ばぬながらも|熊彦《くまひこ》がどこ|迄《まで》もお|供《とも》を|致《いた》し、|苦労《くらう》|艱難《かんなん》を|共々《ともども》に|嘗《な》めても、|旦那様《だんなさま》の|御身辺《ごしんぺん》を|守《まも》らねばなりませぬ。サア|早《はや》く|御決心《ごけつしん》を……』
と|促《うなが》せば、|鬼熊別《おにくまわけ》は|高笑《たかわら》ひ、
『アハヽヽヽ|何《なん》とマア|世《よ》の|中《なか》は|面白《おもしろ》いものだなア。|昨日《きのふ》の|敵《てき》は|今日《けふ》の|味方《みかた》、|今日《けふ》の|味方《みかた》は|明日《あす》の|敵《てき》、|昨日《きのふ》に|変《かは》る|大空《おほぞら》の|雲《くも》、|千変万化《せんぺんばんくわ》は|世《よ》のならひ、どうなり|行《ゆ》くも|宿世《すぐせ》の|因縁《いんねん》だ。|騒《さわ》ぐな、あはてな。|只《ただ》|何事《なにごと》も|此《この》|世《よ》を|造《つく》り|給《たま》ひし|梵天帝釈自在天《ぼんてんたいしやくじざいてん》の|御心《みこころ》に|任《まか》すより|外《ほか》に|取《と》るべき|手段《しゆだん》はない』
『それはさうでも|厶《ござ》いませうが、ミスミス|敵《てき》に|襲撃《しふげき》されるのを|前知《ぜんち》しながら|傍観《ばうくわん》してゐるのは|余《あま》り|気《き》が|利《き》かぬぢやありませぬか。|何《なん》とかそれに|対《たい》する|方法《はうはふ》|手段《しゆだん》を|講《かう》ぜねば、|如何《どう》してあなたの|善《ぜん》が|世《よ》の|中《なか》に|分《わか》りませう。|今宵《こよひ》やみやみと|彼等《かれら》に|亡《ほろ》ぼされなば、|何時《いつ》の|世《よ》にかあなた|様《さま》の|恨《うらみ》が|晴《は》れませう……|否《いな》|疑《うたが》ひがとけませう』
『|吾々《われわれ》は|人《ひと》も|恨《うら》まない、|又《また》|敵《てき》も|憎《にく》まない。|妻子《つまこ》には|離《はな》れ、|何程《なにほど》|結構《けつこう》な|身《み》の|上《うへ》になつたとて、|一寸先《いつすんさき》は|分《わか》らぬ|人《ひと》の|身《み》の|上《うへ》、ただ|何事《なにごと》も|神《かみ》に|任《まか》すより|手段《しゆだん》がない。|神《かみ》さまが|吾々《われわれ》を|殺《ころ》さうと|思《おも》へば、|人《ひと》の|手《て》をかつてお|殺《ころ》し|遊《あそ》ばすだらうし、まだ|娑婆《しやば》に|必要《ひつえう》があると|思召《おぼしめ》したら、|殺《ころ》さずにおかれるだらう。|一寸先《いつすんさき》は|人間《にんげん》の|目《め》からは|暗《やみ》だ。|只《ただ》|刹那《せつな》の|心《こころ》を|楽《たの》しみ、|神司《かむづかさ》としての|最善《さいぜん》のベストを|尽《つく》せばいいのだ』
『エヽこれ|程《ほど》|申上《まをしあ》げても、|旦那《だんな》さまはお|聞《き》き|下《くだ》さりませぬか。|最早《もはや》|是非《ぜひ》には|及《およ》びませぬ。|誠《まこと》にすまぬ|事《こと》ながら、|旦那《だんな》さまのお|痛《いた》はしい|姿《すがた》を|見《み》ぬ|間《うち》にお|暇《ひま》を|賜《たま》はり、ここにて|切腹《せつぷく》|仕《つかまつ》ります。|左様《さやう》ならば|旦那様《だんなさま》』
と|涙《なみだ》を|夕立《ゆふだち》の|如《ごと》くパラパラとこぼしながら、|早《はや》くも|懐剣《くわいけん》を|引抜《ひきぬ》き、|腹《はら》|十文字《じふもんじ》に|掻切《かきき》らむとするを、|鬼熊別《おにくまわけ》はグツと|其《その》|手《て》を|握《にぎ》り、
『アハヽヽヽ、|何《なん》と|気《き》の|早《はや》い|男《をとこ》だなア。|暇《ひま》をくれと|云《い》つても|暇《ひま》はやらぬ、|死《し》なしてくれと|申《まを》しても|決《けつ》して|死《し》なしはせぬぞ。|主従《しゆじゆう》の|間柄《あひだがら》といふものは|左様《さやう》な|水臭《みづくさ》いものではない。お|前《まへ》が|死《し》にたければ、|俺《おれ》の|先途《せんど》を|見届《みとど》けて|其《その》|後《のち》に|死《し》んだがよからう。|主人《しゆじん》より|先《さき》に|勝手気儘《かつてきまま》に|自殺《じさつ》するとは|不心得《ふこころえ》|千万《せんばん》だ』
ときめつけられて、|熊彦《くまひこ》は|気《き》を|取《と》り|直《なほ》し、
『これはこれは|若気《わかげ》の|至《いた》り、|血気《けつき》にはやり、|誠《まこと》にすまない|事《こと》を|致《いた》しました。|主人《しゆじん》の|意志《いし》に|従《したが》ふのは|下僕《しもべ》の|役《やく》、モウ|此《この》|上《うへ》は|何事《なにごと》も|申《まを》しませぬ。どうぞ|主従《しゆじゆう》の|縁《えん》|切《き》ること|丈《だけ》は|赦《ゆる》して|下《くだ》さいませ。|決《けつ》して|旦那《だんな》さまより|先《さき》へは|早《はや》まつた|事《こと》は|致《いた》しませぬ。|同《おな》じ|死《し》ぬのならば、|寄《よ》せ|来《く》る|敵《てき》と|渡《わた》り|合《あ》ひ、|旦那《だんな》さまの|馬前《ばぜん》に|於《おい》て、|斬死《きりじに》を|致《いた》します』
『コリヤコリヤ|斬死《きりじに》などとは|不穏当《ふをんたう》きはまる。|如何《いか》なる|敵《てき》が|来《きた》るとも、|彼《かれ》がなすままに|任《まか》しておけ、|神《かみ》さまがよきやうにして|下《くだ》さるだらうから……』
|熊彦《くまひこ》は、
『ハイ』
と|答《こた》へてさし|俯《うつ》むき、|左右《さいう》の|肩《かた》を|上《あ》げ|下《さ》げしながら、|声《こゑ》を|忍《しの》ばせ、しやくり|泣《な》きつつあつた。
○
|大黒主《おほくろぬし》の|側近《そばちか》く|仕《つか》へたる|侍従《じじゆう》の|面々《めんめん》は、|丑満《うしみつ》の|刻限《こくげん》を|伺《うかが》ひ、|裏門《うらもん》よりソツと|脱《ぬ》け|出《だ》し、|檳榔樹《びんらうじゆ》の|林《はやし》に|包《つつ》まれたる|鬼熊別《おにくまわけ》が|館《やかた》を|指《さ》して、|黒装束《くろしやうぞく》に|身《み》をかため、|草鞋脚絆《わらぢきやはん》を|穿《うが》ちながら|手槍《てやり》を|提《ひつさ》げ|進《すす》み|行《ゆ》く。|如何《いかが》はしけむ、|如時《いつ》の|間《ま》にやら|横幅《よこはば》|五間《ごけん》ばかりの|深溝《ふかみぞ》の|橋梁《けうりやう》が|苦《く》もなく|墜落《つゐらく》して|居《ゐ》た。|一同《いちどう》は|立止《たちど》まり、
|甲《かふ》『ヤアこりや|大変《たいへん》だ。|鬼熊別《おにくまわけ》の|奴《やつ》、|早《はや》くも|俺達《おれたち》の|行《ゆ》くのを|天眼通力《てんがんつうりき》にて|前知《ぜんち》したと|見《み》え、|橋《はし》を|落《おと》して|了《しま》ひよつた。|下手《しもて》の|橋《はし》へまはれば、これより|一里半《いちりはん》ばかり、さうかうしてる|間《ま》に|夜《よ》が|明《あ》けて|了《しま》ふ。|困《こま》つたことが|出来《でき》たワイ』
と|呟《つぶや》いてゐる。これは|熊彦《くまひこ》がひそかに|部下《ぶか》|数人《すうにん》に|命《めい》じ、|主人《しゆじん》の|危難《きなん》を|救《すく》ふべく|落《おと》させておいたのであつた。
|乙《おつ》『オイ、|橋《はし》を|落《おと》して|用意《ようい》をして|居《ゐ》るくらいなれば、|先方《むかふ》にも|準備《じゆんび》をして|居《を》るだらう。|何程《なにほど》|鬼熊別《おにくまわけ》に|部下《ぶか》がないと|云《い》つても|館《やかた》の|中《なか》に|抱《かか》へてある|部下《ぶか》の|者《もの》は|七八十人《しちはちじふにん》は|確《たしか》に|居《を》る。|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も|皆《みな》|命《いのち》|知《し》らずの|強者《つわもの》ばかりだ。|到底《たうてい》|吾々《われわれ》の|力《ちから》では|及《およ》ぶまい。|騙討《だましうち》ならば|彼奴等《あいつら》の|眠《ねむ》つてゐる|内《うち》に、|奥《おく》の|間《ま》へふみ|込《こ》んで|仕止《しと》められぬ|事《こと》もないが、モウ|斯《か》うなつては|公然《こうぜん》の|戦《たたか》ひだ。オイ|今晩《こんばん》はモウ|中止《ちうし》したら|如何《どう》だ。そして|敵《てき》に|油断《ゆだん》をさせ、|二三日《にさんにち》|経《た》つた|所《ところ》で、ソツと|夜襲《やしふ》を|試《こころ》みることにしようかい』
|甲《かふ》『それだと|云《い》つて、|御主人様《ごしゆじんさま》が|俺達《おれたち》を|御信任《ごしんにん》|遊《あそ》ばし、|是非《ぜひ》お|前達《まへたち》の|手《て》をからねばならぬと、|涙《なみだ》を|流《なが》して|仰有《おつしや》つたでないか。|沢山《たくさん》な|強者《つわもの》もあるに、|俺達《おれたち》のやうな|奥勤《おくづと》めをする|者《もの》に|御命令《ごめいれい》が|下《さが》つたのは、|実《じつ》に|光栄《くわうえい》といはねばらぬ。|御信任《ごしんにん》が|厚《あつ》ければこそ、こんな|秘密《ひみつ》の|御用《ごよう》に|立《た》たして|下《くだ》さつたのだ。|其《その》|御信任《ごしんにん》に|対《たい》してもノメノメと|引返《ひきかへ》す|訳《わけ》には|行《ゆ》くまいぞ』
|乙《おつ》『|何程《なにほど》|御命令《ごめいれい》だと|言《い》つても、|橋《はし》は|落《おと》され、|敵《てき》は|数倍《すうばい》の|勢力《せいりよく》、|到底《たうてい》|駄目《だめ》だ。|何《なん》とか|口実《こうじつ》を|設《まう》けて、|今晩《こんばん》はゴミを|濁《にご》しておかうぢやないか』
|甲《かふ》『|怪《け》しからぬことをいふな。|家来《けらい》の|分際《ぶんざい》として、|旦那様《だんなさま》を|詐《いつは》るといふことがあるか。|仮令《たとへ》|命《いのち》はなくなつても、|此《この》|使命《しめい》を|果《はた》すのが|吾々《われわれ》の|勤《つと》めだ。|事《こと》の|成否《せいひ》はさておき、|如何《どう》しても|良心《りやうしん》が|承知《しようち》をせぬ。|何《なん》とかして|此《この》|橋《はし》を|向方《むかふ》へ|渡《わた》り、|吾《わが》|良心《りやうしん》に|満足《まんぞく》を|与《あた》へ、|精忠《せいちう》|無比《むひ》の|奴《やつ》と|褒《ほ》められねばならないではないか』
|乙《おつ》『ハヽヽヽヽ、|良心《りやうしん》や|精忠《せいちう》|無比《むひ》が|聞《き》いて|呆《あき》れるワイ。とは|云《い》ふものの、|俺《おれ》も|主人《しゆじん》の|為《ため》、|身《み》を|粉《こな》にしてでも|此《この》|目的《もくてき》を|達《たつ》したいのだが、|翼《つばさ》なき|身《み》を|如何《いか》にせむ、|此《この》|橋《はし》を|渡《わた》ることが|出来《でき》ねば|何《なん》と|云《い》つても|駄目《だめ》だ。|見《み》よ、|大雲山《たいうんざん》より|流《なが》れ|来《きた》る|此《この》|激流《げきりう》、もし|過《あやま》つて|水中《すゐちう》に|陥《おちい》りなば、それこそ|一《いち》もとらず|二《に》もとらず、|犬《いぬ》に|咬《か》まれたやうなものだ』
|甲《かふ》『イヤ|実《じつ》の|所《ところ》、|俺《おれ》もかうはいふものの、|俺《おれ》の|良心《りやうしん》も|良心《りやうしん》だ。チツとは|怪《あや》しくなつて|来《き》たよ。|不精忠無比《ふせいちうむひ》の|副守護神《ふくしゆごじん》が、ソロソロ|頭《あたま》をもたげて|来《き》さうで……ないワイ。|斯《か》うしてゐる|内《うち》に|夜《よ》も|明方《あけがた》に|近《ちか》くなる。さうすりや、|却《かへつ》て|俺達《おれたち》の|言訳《いひわけ》が|立《た》つ、あの|橋《はし》が|落《お》ちてゐた|為《ため》に、|架橋《かけう》|工事《こうじ》に|暇取《ひまど》り、とうとう|夜《よ》があけて|了《しま》つたから、|又《また》|出直《でなほ》して|夜襲《やしふ》に|参《まゐ》りませうと、|甘《うま》い|口実《こうじつ》が|出来《でき》たぢやないか。これ|全《まつた》く|大自在天《だいじざいてん》|様《さま》が|吾々《われわれ》を|愛《あい》し|給《たま》ふ|慈悲《じひ》の|大御心《おほみこころ》、あゝ|有難《ありがた》し|勿体《もつたい》なし、|願《ねが》はくは|自在天《じざいてん》|様《さま》、|此《この》|橋《はし》はいつ|迄《まで》もかからずに|居《を》ります|様《やう》に……とは|申《まを》しませぬ。それは|鬼熊別《おにくまわけ》の|申《まを》す|言葉《ことば》、どうぞ|一時《いちじ》も|早《はや》く|完全《くわんぜん》な|橋《はし》が|架《か》り、|旦那様《だんなさま》の|恨《うら》みの|敵《てき》が|亡《ほろ》びますやう、|御守護《ごしゆご》を|偏《ひとへ》に|希《こひねが》ひ|上《あ》げ|奉《たてまつ》ります』
|乙《おつ》『ウフヽヽヽ』
|一同《いちどう》『イヒヽヽヽ』
(大正一一・一一・一 旧九・一三 松村真澄録)
第四章 |珍客《ちんきやく》〔一〇八八〕
|鬼熊別《おにくまわけ》の|館《やかた》に|午前《ごぜん》の|五《いつ》ツ|時《どき》、|妙齢《めうれい》の|美人《びじん》が|深編笠《ふかあみがさ》を|被《かぶ》り、|面《おもて》を|包《つつ》み|門前《もんぜん》に|現《あら》はれた。これは|読者《どくしや》の|耳《みみ》には|新《あら》たなる|石生能姫《いそのひめ》たることは|間違《まちが》ひのない|事実《じじつ》である。|石生能姫《いそのひめ》は|涼《すず》しき|細《ほそ》き|声《ごゑ》にて、
『もしもし|門番《もんばん》さま、|一寸《ちよつと》|此《この》|門《もん》をあけて|下《くだ》さい。|早《はや》く|早《はや》く』
とせき|立《た》てる。|門番《もんばん》の|朝寝坊《あさねばう》は|漸《やうや》く|起《お》き|上《あが》り、まだ|手水《てうづ》もつかはず、|寝《ね》ぶた|目《め》を|擦《こす》つてゐた|所《ところ》であつた。
『エー|何《なん》だ。【やもめ】の|御主人《ごしゆじん》の|家《いへ》へ、なまめかしい|女《をんな》の|声《こゑ》で「もしもし|門番《もんばん》さま、|此《この》|門《もん》をあけて|下《くだ》さい。|早《はや》く|早《はや》く」なんて|馬鹿《ばか》にしてけつからア』
と|云《い》ひながら|門《もん》の|節孔《ふしあな》から|一寸《ちよつと》|外《そと》を|覗《のぞ》き、
『やあ|何《なん》だ。|深編笠《ふかあみがさ》を|被《かぶ》つてゐるから、どんな|御面相《ごめんさう》か|拝見《はいけん》する|事《こと》は|出来《でき》ないが、あの|姿《すがた》のいい|事《こと》、|花顔柳腰《くわがんりうえう》とは|此《この》|事《こと》、「|窈窕嬋娟《えうてうせんけん》たる|美人《びじん》|門《もん》を|叩《たた》いて|恋《こひ》しの|君《きみ》を|訪《と》ふ」と|云《い》ふ|幕《まく》だな。|家《うち》の|主人《しゆじん》も|余程《よほど》|堅造《かたざう》だと|思《おも》つたが、こんな|代物《しろもの》が|訪《たづ》ねて|来《く》るとは|油断《ゆだん》のならぬものだ。|三五教《あななひけう》が|世《よ》が|変《かは》るとか|何《なん》とか|云《い》つてるが、|本当《ほんたう》に、こんな|事《こと》があると|世《よ》が|変《かは》るかも|知《し》れない。どれどれ|開《あ》けてやらうか』
と|起《お》き|上《あが》らうとする。|一人《ひとり》の|門番《もんばん》は|寝《ね》そばつたまま、
『オイ|捨公《すてこう》、|無暗《むやみ》に|此《この》|門《もん》をあけちやならないぞ。|夜前《やぜん》、|遅《おそ》う|家老職《からうしよく》の|熊彦《くまひこ》|様《さま》が|俺《おれ》を|呼《よ》んで、|此《この》|門《もん》は|寝《ね》ずに|警戒《けいかい》して|居《を》れ。まして|此《この》|二三日《にさんにち》は|特《とく》に|注意《ちうい》しろと|云《い》ひ|渡《わた》した。トツクリ|調《しら》べてからでないと|無暗《むやみ》に|開《あ》けてはならないぞ。|捨公《すてこう》、【すて】ておけ』
|捨公《すてこう》『それでも|権《ごん》さま、あんな|立派《りつぱ》なシヤンが|鈴《すず》の|様《やう》な|声《こゑ》で|頼《たの》んで|居《を》るのだもの、これが|開《あ》けずにをれようかい。|男《をとこ》なら|又《また》|剣呑《けんのん》と|云《い》ふ|案《あん》じも|要《い》るが、あんな|繊弱《かよわ》い|女《をんな》|一人《ひとり》|位《くらゐ》、|門《もん》を|通《とほ》してやつた|処《ところ》で|剣呑《けんのん》な|事《こと》があるものか。あまり|取越苦労《とりこしくらう》をせないでも|俺《おれ》はもう|堪《たま》らぬ|様《やう》になつた。|開《あ》けてやるわ』
|権公《ごんこう》『|待《ま》てと|云《い》つたら|待《ま》たぬかい。|上官《じやうくわん》の|命令《めいれい》に|服従《ふくじゆう》せぬか』
『|上燗《じやうかん》の|命《めい》に|服従《ふくじゆう》して|昨夜《ゆふべ》も|余程《よほど》|酔払《よつぱら》つたぢやないか。お|前《まへ》は、あれほどの|上燗《じやうかん》を「こりや、|一寸《ちよつと》|熱燗《あつかん》だ」なんて、|人《ひと》に|燗《かん》させやがつて、あつかましい|叱言《こごと》【ほざ】きやがつて、|二日酔《ふつかゑひ》で|肝腎《かんじん》の|使命《しめい》を|忘《わす》れやがつて|頭《あたま》も|上《あが》らぬ|癖《くせ》に、|何俺《なにおれ》の|職権《しよくけん》を|干渉《かんせう》するのだ。|俺《おれ》は|俺《おれ》の|特権《とくけん》を|以《もつ》て|開門《かいもん》するのだ』
とふりきつて|行《ゆ》かうとするのを、|権公《ごんこう》はグツと|引《ひ》き|戻《もど》し、
『|待《ま》て|待《ま》て、|俺《おれ》が|一《ひと》つ|調《しら》べてやらう』
『こりや|着物《きもの》が|破《やぶ》れるぢやないか。お|前等《まへら》の|様《やう》な|荒《あら》くれ|男《をとこ》に|袖《そで》を|引《ひ》つ|張《ぱ》られても、|根《ね》つから|葉《は》つから|勘定《かんぢやう》が|合《あ》ひませぬわい。|同《おな》じ|引《ひ》かれるならあのシヤンに|引《ひ》つ|張《ぱ》つて|破《やぶ》つて|貰《もら》ふわい……ヘヽヽヽやア、ぼろいぼろい【ぼろけつ】ぢや。これだから|門番《もんばん》は|止《や》められぬと|云《い》ふのだよ。あのスタイルでは|随分《ずゐぶん》|美人《びじん》だらう。あの|風体《ふうてい》の|高尚《かうしやう》、|言辞《げんじ》の|尽《つく》すべき|限《かぎ》りに|非《あら》ずと|云《い》ふ|代物《しろもの》だ。エヘヽヽヽ』
|権公《ごんこう》は|委細《ゐさい》|構《かま》はず|門戸《もんこ》の|節孔《ふしあな》から|外《そと》を|眺《なが》め、
『ヤア|此奴《こいつ》ア|大変《たいへん》だ。ウツカリ|開《あ》ける|事《こと》は|出来《でき》ない。どうも|合点《がつてん》の|行《ゆ》かぬ|風体《ふうてい》だ。そしてどこかに|見覚《みおぼ》えのある|風体《ふうてい》だ。|兎《と》も|角《かく》、|御家老《ごからう》|様《さま》に|伺《うかが》つて|来《く》る|迄《まで》|此処《ここ》に|待《ま》つて|居《ゐ》てくれ。それまで|決《けつ》して|何程《なにほど》|外《そと》から|請求《せいきう》しても|開《ひら》けちやならないぞ』
と|言《い》ひすてて|奥《おく》をさして|権公《ごんこう》は|駆《か》け|出《だ》した。|門《もん》の|外《そと》より、
『もしもし|門番《もんばん》さまエ、ジレツタイ、|早《はや》く|開《あ》けて|下《くだ》さい。|鬼熊別《おにくまわけ》|様《さま》に|折入《をりい》つて|急《いそ》ぎの|用《よう》があるのだ。サア|早《はや》う|早《はや》う、|人《ひと》に|見《み》られちや|大変《たいへん》だから』
|捨公《すてこう》『|何《なに》、|人《ひと》に|見《み》られちや|大変《たいへん》だと、|愈《いよいよ》|以《もつ》て|怪《あや》しいわい。|然《しか》し|無理《むり》はない。|家《うち》の|御主人《ごしゆじん》も|奥様《おくさま》の|行衛《ゆくゑ》は|知《し》れず、たつた|一人《ひとり》のお|嬢様《ぢやうさま》も|永《なが》らく|何処《どこ》へお|出《い》で|遊《あそ》ばしたか|行衛《ゆくゑ》は|知《し》れず、こんな|立派《りつぱ》なお|身《み》の|上《うへ》になつても|唯《ただ》|一人《ひとり》|空閨《くうけい》を|守《まも》つてゐらつしやるのだから、|感心《かんしん》なお|方《かた》だ……と|思《おも》うてゐたが、|矢張《やつぱり》|何処《どこ》かへあんなものが|囲《かこ》うてあつたものと|見《み》えるわい。|油断《ゆだん》のならぬ|御主人《ごしゆじん》だ。|磁石《じしやく》が|鉄《てつ》をひきつける|様《やう》に|何《なん》と|云《い》つても|男《をとこ》と|女《をんな》とは|遠《とほ》いやうで|近《ちか》いものだな。エヘヽヽヽ、もしお|女中《ぢよちう》さま、あなたの|腕前《うでまへ》は|大《たい》したものですな。|私《わたし》も|木石漢《ぼくせきかん》ではありませぬよ。チツとは|恋《こひ》を|語《かた》る|資格《しかく》のある|男《をとこ》、そんな|粋《すゐ》の|利《き》かぬ、|私《わたし》ぢや|厶《ござ》いませぬわい。|当家《たうけ》の|家老《からう》の|熊彦《くまひこ》といふ|不粋《ぶすゐ》の|男《をとこ》や|権助《ごんすけ》の|門番《もんばん》|奴《め》が|無茶苦茶《むちやくちや》に|糊付物《のりつけもの》の|様《やう》に|固《かた》ばりやがつて「|此《この》|門《もん》は|許《ゆる》しがなけりや|勝手《かつて》にあけちやならないぞ」なんて|吐《ぬか》しやがるのですよ。|御主人《ごしゆじん》だつてお|前《まへ》さまのやうな【シヤントコセ】の【シヤン】がおいでになつても、|心《こころ》の|中《うち》ではお|喜《よろこ》びでも|表向《おもてむき》は|故意《わざ》と|七《しち》むつかしい|顔《かほ》して「|当家《たうけ》の|主人《しゆじん》は|一人暮《ひとりぐら》しだから|女《をんな》に|用《よう》はない、|一時《いちじ》も|早《はや》く|追《お》ひ|払《はら》へよ」なんて|口《くち》と|心《こころ》と|正反対《せいはんたい》の|事《こと》を|仰有《おつしや》る|事《こと》はキマつた|生粋《きつすゐ》だ。そこを|御主人様《ごしゆじんさま》とお|前《まへ》のために|粋《すゐ》を|利《き》かしてやるのが、|家《いへ》の|隅《すみ》にも|捨《す》てておけぬ|此《この》|捨《すて》さまだ。|捨《す》てる|神《かみ》さまもあれば|拾《ひろ》ふ|神《かみ》もあると|云《い》ふ|世《よ》の|中《なか》に、|拾《ひろ》ふばかりで|一寸《ちよつと》も|捨《す》てぬと|云《い》ふ|捨《すて》さまだ。【すつて】の|事《こと》で|此《この》|捨《すて》さまが|居《を》らなかつたならば|権公《ごんこう》の|奴《やつ》が、ゴーンと|肱鉄砲《ひぢでつぱう》をかまし、|膠《にべ》も|杓子《しやくし》もなく|榎《えのき》で|鼻《はな》を|擦《こす》つた|様《やう》な|惨《むご》い|挨拶《あいさつ》でおつ|放《ぽ》り|出《だ》しでもされようものなら、それこそステテコテンのテンツクテンだ。さうなれば|折角《せつかく》お|前《まへ》さまも「|山野《やまの》を|越《こ》えて|遥々《はるばる》と|訪《たづ》ねて|来《き》て|捨《す》てられようとは|知《し》らなんだ。エーもう|捨鉢《すてばち》だ、|捨《す》てて|甲斐《かひ》ある|吾《わが》|命《いのち》だ」と|自暴自棄《やけ》を|起《おこ》し、スツテに|自害《じがい》と|見《み》えけるが「アイヤ|暫《しばら》く|待《ま》たれよ。|死《し》は|一旦《いつたん》にして|易《やす》し、|死《し》にたくば|何時《いつ》でも|死《し》ねる、|死《し》んで|花実《はなみ》が|咲《さ》くものか」と|鼻《はな》の|下《した》の|長《なが》い|男《をとこ》が|飛《と》んで|出《で》る|幕《まく》だが、|此《この》|捨《すて》さまは|捨身《しやしん》になつて、|職《しよく》を|賭《と》してもお|前《まへ》さまを|通過《つうくわ》さしてあげませう。あまり|捨《す》てた|男《をとこ》ではありませぬぞや』
と|捨台詞《すてぜりふ》を|振《ふ》りまきながらガラガラと|門《もん》を|開《ひら》いた。|石生能姫《いそのひめ》は|会釈《ゑしやく》もせず、ツツと|門《もん》を|跨《また》げるや|否《いな》や、|捨公《すてこう》は|小袖《こそで》をグツと|引掴《ひつつか》み、
『まゝゝゝ|待《ま》つて|下《くだ》さい。お|前《まへ》さま、|何処《どこ》の|女郎衆《ぢよろしう》か|知《し》らぬが、|門番《もんばん》にこれだけ|厄介《やくかい》をかけて|心配《しんぱい》をさせながら|目礼《もくれい》もせず、|御苦労《ごくらう》だとも|云《い》はず|這入《はい》らうとはあまり|無躾《ぶしつけ》ぢや|厶《ござ》いませぬか。|卑《いや》しい|門番《もんばん》だと|思《おも》つて|軽蔑《けいべつ》なさるのか|知《し》らぬが、|神様《かみさま》のお|目《め》から|見《み》れば|人間《にんげん》として|貴賤《きせん》の|別《べつ》は|御座《ござ》りませぬぞや』
『ヤアこれは|門番《もんばん》さま、|済《す》まなかつた。まア|許《ゆる》して|頂戴《ちやうだい》、さア|早《はや》く|鬼熊別《おにくまわけ》のお|側《そば》へ|案内《あんない》しや』
『|案内《あんない》を|申上《まをしあ》げたいは|山々《やまやま》なれど、|私《わたし》には|此《この》|門《もん》を|守《まも》るだけの|役《やく》で、|大奥《おほおく》まで|御案内《ごあんない》する|権限《けんげん》は|厶《ござ》りませぬ』
『|何《なん》とまア、|人種《じんしゆ》|平等《べうどう》の|唱《とな》へられる|世《よ》の|中《なか》へ|頑迷《ぐわんめい》|固陋《ころう》な|御家風《ごかふう》だこと……』
『これこれ|女中《ぢよちう》さま、|何《なに》|仰有《おつしや》います。|御無礼千万《ごぶれいせんばん》にも|門口《もんぐち》を|這入《はい》るや|否《いな》や|御家風《ごかふう》までゴテゴテ|云《い》ふ|事《こと》が|厶《ござ》いますか。サア サア トツトと|自由《じいう》に|奥《おく》へ|行《ゆ》かつしやい。|熊彦《くまひこ》の|家老《からう》が|屹度《きつと》|居《を》りませうから、それと|交渉《かうせふ》をした|上《うへ》、|御主人様《ごしゆじんさま》にトツクリと|積《つも》る|海山《うみやま》の|話《はなし》を|遊《あそ》ばし、|久《ひさ》し|振《ぶ》りに|泣《な》き|満足《たんのう》をなさいませや』
『これ|門番《もんばん》の|捨《すて》とやら、お|前《まへ》は|何《なん》と|云《い》ふ|嫌《いや》らしい|事《こと》をいふのだい。チと|心得《こころえ》なされや』
『チヨツコと|仰有《おつしや》いますわい。ヘン』
と|鼻《はな》の|先《さき》で|笑《わら》つてゐる。そこへ|羽織袴《はおりはかま》|厳《いか》めしくバサバサと|袴《はかま》の|音《おと》をさせながら|権助《ごんすけ》を|伴《ともな》ひやつて|来《き》たのは|熊彦《くまひこ》であつた。|熊彦《くまひこ》は|一目《ひとめ》|見《み》るより|腰《こし》をかがめ|叮嚀《ていねい》に|会釈《ゑしやく》し、
『あゝ|貴女《あなた》はイ……』
と|云《い》ひかけて、
『|何処《どこ》の|御女中《おぢよちう》か|知《し》りませぬが、|何卒《どうぞ》|奥《おく》へ|御通《おとほ》り|下《くだ》さいませ。さア|私《わたし》が|御案内《ごあんない》を|致《いた》しませう。オイ|権助《ごんすけ》、|捨造《すてざう》、|門番《もんばん》を|確《しつ》かり|致《いた》せよ。さア|御案内《ごあんない》|致《いた》しませう。|失礼《しつれい》ながらお|先《さき》へ|参《まゐ》ります。|私《わたし》の|後《あと》について|御出《おい》で|下《くだ》さい。|主人《しゆじん》もさぞお|喜《よろこ》びで|厶《ござ》りませう』
といそいそとして|石生能姫《いそのひめ》を|伴《ともな》ひ、|館《やかた》の|奥《おく》|深《ふか》く|姿《すがた》をかくした。
|捨公《すてこう》『オイ|権《ごん》、|権《ごん》さま、|一体《いつたい》ありや|何《なん》だい。|家《うち》のレコぢやあるまいかな』
と|親指《おやゆび》と|子指《こゆび》とを|出《だ》して|見《み》せる。
|権公《ごんこう》『ウン』
|捨公《すてこう》『(|熊彦《くまひこ》の|声色《こわいろ》)これはこれはハイ、|貴女《あなた》はイ……いやお|女中《ぢよちう》さま、さぞさぞ|御主人様《ごしゆじんさま》がお|喜《よろこ》びで|厶《ござ》りませう。サア|私《わたし》が|御案内《ごあんない》|致《いた》しますから|失礼《しつれい》ながらお|先《さき》へ……なんて|吐《ぬか》しやがつて、お|竈《かまど》の|不動《ふどう》を|焼木杭《やけぼくくひ》でたたかれた|様《やう》な|顔《かほ》をしてゐる|熊彦《くまひこ》さまの|顔《かほ》の|紐《ひも》がサツパリ|解《ほど》けて|了《しま》ひ、|奥《おく》へ|這入《はい》りやがつた|時《とき》の|態《ざま》は|見《み》られたものぢやないな。|男《をとこ》ばつかりの|此《この》|館《やかた》へ|偶《たま》に|女《をんな》が|出《で》て|来《く》ると|騒《さわ》がしいものだ。|万緑叢中紅一点《ばんりよくそうちうこういつてん》だから、|此《この》お|館《やかた》もチツとは|春《はる》めき|渡《わた》るだろう。|今迄《いままで》はあまり|陰気《いんき》なものだから、|此《この》お|屋敷《やしき》の|梅《うめ》まで|何《なん》となく|陰気《いんき》に|咲《さ》き、|鶯《うぐひす》までがド|拍子《びやうし》のぬけた|鳴《な》き|声《ごゑ》をしやがると|思《おも》つてゐたが、これからは|天国《てんごく》|浄土《じやうど》が|出現《しゆつげん》するだらうよ。アーア|俺《おれ》も|俄《にはか》に|女房《にようばう》が|欲《ほ》しくなつて|来《き》たわい』
『ウフヽヽヽ|馬鹿《ばか》だなア』
『|馬鹿《ばか》は|貴様《きさま》の|事《こと》だよ。あんなナイスを|見《み》てニツコリともせぬ|奴《やつ》が|何処《どこ》にあるかい。|無情《むじやう》|無血漢《むけつかん》|奴《め》、|恋《こひ》の|味《あぢ》を|知《し》らぬ|人情《にんじやう》を|解《かい》せぬ|奴《やつ》だ。あゝ|困《こま》つた|奴《やつ》と|同《おな》じ|門番《もんばん》をさせられたものだな。|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|酒《さけ》ばつかり|喰《くら》つて、お|前《まへ》は|門《もん》を|開《ひら》くことと|酒《さけ》を|喰《くら》ふことより|芸《げい》がないないア』
とまだ|昨夜《ゆふべ》の|酒《さけ》の|残《のこ》りが|祟《たた》つて|無性《むしやう》|矢鱈《やたら》に|吐《ほざ》いてゐる。|権助《ごんすけ》は|物《もの》も|言《い》はず|拳骨《げんこつ》を|固《かた》めて|捨《すて》の|頭《あたま》を|三《み》つ|四《よ》つカツンカツンと|殴《なぐ》りつけ、|悠々《いういう》として|門《もん》の|傍《かたへ》の|番所《ばんしよ》に|帰《かへ》り|行《ゆ》く。
|館《やかた》の|大奥《おほおく》には|宣伝歌《せんでんか》が|聞《きこ》えて|来《き》た。
『バラモン|教《けう》の|御教《みをしへ》を |開《ひら》き|給《たま》ひし|常世国《とこよくに》
|大国別《おほくにわけ》の|神様《かみさま》は |普《あまね》く|世人《よびと》を|救《すく》はむと
|心《こころ》を|尽《つく》し|身《み》を|竭《つく》し |遠《とほ》き|海原《うなばら》|乗《の》り|越《こ》えて
|筑紫《つくし》の|島《しま》やイホの|国《くに》 |埃及都《エヂプトみやこ》に|現《あ》れまして
|教《をしへ》を|開《ひら》き|給《たま》ひしが |三五教《あななひけう》の|言霊《ことたま》に
|打《う》ちはじかれて|顕恩《けんおん》の |郷《さと》に|数多《あまた》の|郎党《らうたう》を
|率《ひき》ゐて|世《よ》をば|忍《しの》びまし |教《をしへ》の|基礎《きそ》を|開《ひら》く|折《をり》
フトした|事《こと》より|幽界《かくりよ》の |神《かみ》とはならせ|給《たま》ひけり
|教司《をしへつかさ》を|初《はじ》めとし |信徒《まめひと》|等《たち》も|悲《かな》しみて
|上《うへ》を|下《した》へと|騒《さわ》ぎしが |鬼雲彦《おにくもひこ》の|神司《かむづかさ》
|漸《やうや》う|之《これ》を|鎮《しづ》めまし |自《みづか》ら|代《かは》つて|後《あと》をつぎ
|大棟梁《だいとうりやう》と|自称《じしよう》して |大国彦《おほくにひこ》の|神霊《しんれい》に
|仕《つか》へ|居《ゐ》たりし|折《をり》もあれ |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|生《う》ませる|八人乙女《やたりをとめ》|等《たち》 |太玉神《ふとだまがみ》の|司《つかさ》|等《ら》が
|又《また》もや|現《あら》はれ|来《きた》りまし |生言霊《いくことたま》を|発射《はつしや》して
きため|給《たま》へば|大棟梁《だいとうりやう》 |鬼雲彦《おにくもひこ》を|初《はじ》めとし
|一同《いちどう》|此処《ここ》を|立《た》ち|逃《のが》れ |天ケ下《あめがした》をば|遠近《をちこち》と
|彷徨《さまよ》ひ|巡《めぐ》りし|悲《かな》しさよ |鬼雲彦《おにくもひこ》と|吾々《われわれ》は
|心《こころ》を|協《あは》せ|力《ちから》をば |一《ひと》つになしてバラモンの
|再起《さいき》を|図《はか》りし|甲斐《かひ》ありて |空《そら》|照《て》り|渡《わた》る|月《つき》の|国《くに》
|花《はな》|咲《さ》くハルナの|都《みやこ》にて |再《ふたた》び|開《ひら》くバラモン|教《けう》
|七千余国《しちせんよこく》の|大半《たいはん》は |残《のこ》らず|教《をしへ》に|帰順《きじゆん》して
|稍《やや》|安心《あんしん》と|思《おも》ふ|折《をり》 |油断《ゆだん》を|見《み》すまし|曲津神《まがつかみ》
|大黒主《おほくろぬし》の|体《たい》に|入《い》り |神《かみ》の|司《つかさ》にあるまじき
|悪逆無道《あくぎやくぶだう》の|振舞《ふるまひ》を |日《ひ》に|夜《よ》に|勧《すす》め|給《たま》ひつつ
|道《みち》を|汚《けが》すぞうたてけれ |側《そば》に|仕《つか》ふる|悪神《わるがみ》の
|輩《やから》の|者《もの》に|遮《さへぎ》られ |二人《ふたり》の|仲《なか》に|溝渠《こうきよ》をば
|穿《うが》たれたるぞ|嘆《うた》てけれ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
バラモン|教《けう》の|厳霊《いづみたま》 |幸《さち》はひまして|逸早《いちはや》く
|大黒主《おほくろぬし》の|身魂《みたま》をば |払《はら》ひ|清《きよ》めて|真心《まごころ》に
かへらせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|祈《ね》ぎまつる』
と|一絃琴《いちげんきん》を|弾《ひ》きながら|声《こゑ》も|静《しづ》かに|歌《うた》ひゐるのは、|此《この》|家《や》の|主人鬼熊別《おにくまわけ》であつた。かかる|処《ところ》へ|熊彦《くまひこ》の|案内《あんない》につれて|恥《はづ》かしげに|静々《しづしづ》と|入《い》り|来《きた》る|女《をんな》は|石生能姫《いそのひめ》である|事《こと》は|云《い》ふまでもない。
|熊彦《くまひこ》は|襖《ふすま》を|押開《おしあ》け|両手《りやうて》を|支《つか》へ、
『|旦那様《だんなさま》、|遥々《はるばる》と|石生能姫《いそのひめ》|様《さま》が|只《ただ》|一人《ひとり》|御訪問《ごはうもん》になりました。|何事《なにごと》か|起《おこ》つたのでは|御座《ござ》いますまいか。|何卒《なにとぞ》|詳《くは》しくお|話《はなし》をお|聞《き》き|下《くだ》さいませ』
と|云《い》ひながら|吾《わが》|居間《ゐま》に|下《さが》る。|鬼熊別《おにくまわけ》は|一目《ひとめ》|見《み》るより|驚《おどろ》いて、
『よう、|貴方《あなた》は|石生能姫《いそのひめ》|様《さま》、どうして|又《また》お|一人《ひとり》、|拙宅《せつたく》をお|訪《たづ》ね|下《くだ》さいましたか。|何《なに》は|兎《と》もあれ、そこは|端近《はしぢか》、|先《ま》づ|先《ま》づこれへお|直《なほ》りを|願《ねが》ひます』
『ハイ、|突然《とつぜん》お|邪魔《じやま》を|致《いた》しまして|申訳《まをしわけ》が|御座《ござ》りませぬ。|左様《さやう》なれば|御免《ごめん》|蒙《かうむ》りまして|通《とほ》らして|頂《いただ》きませう』
(大正一一・一一・一 旧九・一三 北村隆光録)
第五章 |忍《しの》ぶ|恋《こひ》〔一〇八九〕
|鬼熊別《おにくまわけ》、|石生能姫《いそのひめ》の|二人《ふたり》は|奥《おく》の|間《ま》に|端坐《たんざ》し、|双方《さうはう》から|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見合《みあは》せ、|暫《しば》し|沈黙《ちんもく》の|幕《まく》がおりた。|鬼熊別《おにくまわけ》は|心《こころ》の|中《うち》にて……|夜前《やぜん》の|熊彦《くまひこ》の|報告《はうこく》と|云《い》ひ、|又《また》|途中《とちう》の|大橋《おほはし》を|落《おと》しおきたるにも|拘《かかは》らず、|女《をんな》の|身《み》として|供《とも》をもつれず、|身分《みぶん》をも|弁《わきま》へず|訪《たづ》ね|来《きた》りしは|何《なに》か|深《ふか》き|仔細《しさい》のあるならむと、|口《くち》をつぐんで|石生能姫《いそのひめ》の|言葉《ことば》の|切出《きりだ》しを|待《ま》つてゐた。|石生能姫《いそのひめ》も|亦《また》|今更《いまさら》の|如《ごと》く|鬼熊別《おにくまわけ》の|儼然《げんぜん》たる|態度《たいど》に|気《き》を|呑《の》まれ、|胸《むね》に|積《つも》りし|数々《かずかず》を|述《の》べ|立《た》てむとしたる|事《こと》の、|何時《いつ》の|間《ま》にやら、どこともなく|消《き》え|失《う》せて、|出《だ》す|言葉《ことば》も|知《し》らず|稍《やや》|躊躇《ちうちよ》|狼狽《らうばい》の|態《てい》にて|首《くび》を|傾《かたむ》け、|黙然《もくねん》として|差俯《さしうつ》むいてゐる。かくして|四半時《しはんとき》ばかり|沈黙《ちんもく》の|内《うち》に|時《とき》は|容赦《ようしや》なく|過去《すぎさ》つた。|思《おも》ひ|切《き》つたやうに|石生能姫《いそのひめ》は|稍《やや》|顔《かほ》を|赤《あか》らめて、
『|独身《どくしん》|生活《せいくわつ》を|遊《あそ》ばす|貴方様《あなたさま》のお|宅《たく》を|女《をんな》の|分際《ぶんざい》として|供《とも》をもつれず|只《ただ》|一人《ひとり》、|御訪問《ごはうもん》|申上《まをしあ》げましたに|就《つい》ては、|貴方《あなた》も|嘸《さぞ》|御迷惑《ごめいわく》で|厶《ござ》いませう。|奥様《おくさま》やお|嬢様《ぢやうさま》は|三五教《あななひけう》とやらに|入信《にふしん》|遊《あそ》ばして、|貴方《あなた》は|只《ただ》|一人《ひとり》|苦節《くせつ》を|守《まも》り、|独身《どくしん》|生活《せいくわつ》をつづけて、お|道《みち》の|為《ため》お|国《くに》の|為《ため》に|昼夜《ちうや》|御辛労《ごしんらう》を|遊《あそ》ばす、|其《その》|見上《みあ》げたお|志《こころざし》、|実《じつ》に|感服《かんぷく》の|至《いた》りで|厶《ござ》います』
|鬼熊別《おにくまわけ》は|漸《やうや》くにして|口《くち》を|開《ひら》き、
『|御用《ごよう》は|何《なん》で|厶《ござ》いますか。どうぞ|手取《てつと》り|早《ばや》く|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さいませ。|又々《またまた》|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|嫌疑《けんぎ》を|受《う》けては|互《たがひ》の|迷惑《めいわく》、サ、|早《はや》く|御用《ごよう》の|趣《おもむき》を』
とせき|立《た》てれば、|石生能姫《いそのひめ》は|悲《かな》しげに、|涙声《なみだごゑ》にて、
『ハイ|何《なに》から|申上《まをしあ》げて|宜《よろ》しいやら、|只今《ただいま》|迄《まで》|斯《か》うも|申上《まをしあ》げたい、あゝも|申上《まをしあ》げたいと|胸《むね》に|一杯《いつぱい》になつて|居《を》りましたが、|貴方《あなた》の|儼然《げんぜん》たるお|姿《すがた》を|拝《はい》して、|俄《にはか》にどつかへ|隠《かく》れて|了《しま》ひました。どうぞゆるゆると|申上《まをしあ》げますから|気《き》を|長《なが》くお|聞取《ききと》り|下《くだ》さいませ』
『|私《わたくし》は|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》に|種々雑多《しゆじゆざつた》の|嫌疑《けんぎ》を|蒙《かうむ》り、|左守《さもり》の|聖職《せいしよく》まで|取剥《とりは》がれ、|何《なん》となく|両者《りやうしや》の|間《あひだ》には、|形容《けいよう》し|難《がた》き|妖雲《えううん》|漂《ただよ》ひ、|今《いま》にも|雨《あめ》か|風《かぜ》か|雷鳴《らいめい》かといふ|殺風景《さつぷうけい》な|空気《くうき》が|包《つつ》んで|居《を》りましたが、|昨日《きのう》の|外教《ぐわいけう》|征伐《せいばつ》の|相談《さうだん》の|際《さい》、|貴方《あなた》|様《さま》のお|取成《とりな》しに|依《よ》つて|再《ふたた》び|元《もと》の|左守《さもり》に|任《にん》ぜられ、|私《わたくし》としては|身《み》に|余《あま》る|光栄《くわうえい》で|厶《ござ》りますが、|之《これ》が|却《かへつ》て|私《わたくし》の|為《ため》には|大《だい》なる|災《わざはひ》とならうも|知《し》りませぬ。|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》が|心《こころ》の|底《そこ》より|御任命《ごにんめい》ならば|私《わたくし》も|喜《よろこ》んでお|受《う》けを|致《いた》しますが、|代理権《だいりけん》の|御執行《ごしつかう》とはいへ、|決《けつ》して|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》は|私《わたくし》を|御信任《ごしんにん》|遊《あそ》ばして|厶《ござ》る|筈《はず》は|厶《ござ》いませぬ。|早速《さつそく》|御辞退《ごじたい》|申《まう》さむかと|其《その》|場《ば》で|思《おも》ひましたが、さうしては|物事《ものごと》に|角《かど》が|立《た》ち、|円満《ゑんまん》|解決《かいけつ》が|出来難《できにく》い、|又《また》|外《そと》に|向《むか》つて|勁敵《けいてき》を|控《ひか》へ、|兵馬《へいば》の|勢力《せいりよく》は|大部分《だいぶぶん》|外《そと》に|出《い》で、ハルナ|城《じやう》は|守《まも》り|薄弱《はくじやく》となつた|此《この》|際《さい》、|兄弟《けいてい》|牆《かき》にせめぐ|如《ごと》き|愚《ぐ》を|演《えん》じてはお|道《みち》の|不利益《ふりえき》と|存《ぞん》じまして、|口《くち》まで|出《で》かけてゐた|辞退《じたい》の|言葉《ことば》を|呑《の》みこみ、|無念《むねん》をこらへて、|左守《さもり》たることをお|受《う》け|致《いた》したやうな|次第《しだい》で|厶《ござ》います。|実《じつ》の|所《ところ》を|申《まを》せば、|私《わたくし》の|心《こころ》は|最早《もはや》|浮世《うきよ》が|厭《いや》になり、|地位《ちゐ》も|名望《めいばう》も|財産《ざいさん》も|女房《にようばう》も|欲《ほ》しくはありませぬ。|暫《しばら》く|山林《さんりん》に|隠遁《いんとん》して、|光風霽月《くわうふうせいげつ》を|友《とも》とし|余生《よせい》を|送《おく》りたきは|山々《やまやま》なれども、バラモン|教《けう》の|今日《こんにち》の|内情《ないじやう》を|見《み》ては、|左様《さやう》な|勝手《かつて》なことも|出来《でき》ませず、|大神様《おほかみさま》に|対《たい》し|奉《たてまつ》り、これ|位《くらゐ》|不孝《ふかう》の|罪《つみ》はないと|存《ぞん》じ、|心《こころ》ならずも|御用《ごよう》を|承《うけたま》はることに|致《いた》しましたやうな|次第《しだい》で|厶《ござ》います。そして|貴女《あなた》、|途中《とちう》に|何《なに》か|変《かは》つたことは|厶《ござ》りませなんだかな』
『ハイ|別《べつ》に|変《かは》りもなかつた|様《やう》ですが、|此方《こちら》へ|参《まゐ》る|途中《とちう》、|九十九橋《つくもばし》が|何者《なにもの》にか|打落《うちおと》され、|已《や》むを|得《え》ず|一里《いちり》ばかり|下手《しもて》へ|参《まゐ》り、|百代橋《ももよばし》を|渡《わた》つて、お|館《やかた》を|訪《たづ》ねて|参《まゐ》りました。|途上《とじやう》|伝《つた》ふる|所《ところ》によれば、|何《なん》でも|斯《か》う|申《まを》すとお|気《き》に【さへ】られるか|存《ぞん》じませぬが、|貴方《あなた》|様《さま》の|身内《みうち》の|者《もの》が、|何等《なんら》かの|考《かんが》へで|打落《うちおと》したとか|云《い》ふ|噂《うはさ》で|厶《ござ》います。どうぞ|此《この》|事《こと》が|大黒主《おほくろぬし》に|聞《きこ》えねばよいがと|実《じつ》は|心配《しんぱい》を|致《いた》しつつ|参《まゐ》つたので|厶《ござ》います』
『|又《また》|一《ひと》つ|嫌疑《けんぎ》の|種《たね》がふえましたな。モウ|私《わたくし》は|何事《なにごと》も|覚悟《かくご》を|致《いた》して|居《を》ります。|一切万事《いつさいばんじ》|神様《かみさま》に|任《まか》した|身《み》の|上《うへ》、|如何《いか》なる|災難《さいなん》がふりかかつて|来《こ》ようとも、|少《すこ》しも|恐《おそ》れは|致《いた》しませぬ。|併《しか》し|又《また》|貴女《あなた》が|一人《ひとり》でお|越《こ》しになつたに|付《つ》いては|合点《がてん》のゆかぬことが|厶《ござ》います。あれ|丈《だけ》|鬼雲彦《おにくもひこ》|様《さま》が|嫉妬心《しつとしん》|深《ふか》く、|束《つか》の|間《ま》も|貴女《あなた》の|側《そば》を|離《はな》れないといふ|御方《おかた》が|今日《けふ》に|限《かぎ》つて、|只《ただ》|一人《ひとり》|外出《ぐわいしゆつ》を|許《ゆる》されるとは、|合点《がてん》のゆかぬことで|厶《ござ》います。|大方《おほかた》|夫婦喧嘩《ふうふげんくわ》でも|遊《あそ》ばして、|貴女《あなた》は|城内《じやうない》をぬけ|出《だ》して|来《こ》られたのぢや|厶《ござ》いませぬか』
『イエ|決《けつ》して|決《けつ》して、|夫《をつと》の|諒解《りやうかい》を|得《え》て、|只《ただ》|一人《ひとり》|忍《しの》んで|参《まゐ》りました』
『ハテ、|益々《ますます》|合点《がてん》が|行《ゆ》かぬ。これには|何《なに》か|深《ふか》い|計略《けいりやく》のあることだろう……イヤ|石生能姫《いそのひめ》|殿《どの》、|打割《うちわ》つて|申《まを》さば、|貴女《あなた》の|如《ごと》き|毒婦《どくふ》に|物《もの》|申《まを》すのも|汚《けが》らはしう|厶《ござ》る』
『エヽ|何《なん》と|仰《あふ》せられます。それほど|妾《わたし》をお|憎《にく》みで|厶《ござ》いますか。そりやマア|如何《どう》した|訳《わけ》で……』
『|訳《わけ》は|言《い》はなくても、|貴女《あなた》のお|心《こころ》にお|尋《たづ》ねなされば、キツと|分《わか》るでせう。よく|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい。|大切《たいせつ》な|奥様《おくさま》を|放出《ほりだ》し、|貴女《あなた》は【のめのめ】と|其《その》|後釜《あとがま》にすわり、|平気《へいき》の|平座《へいざ》で|女王面《ぢよわうづら》をさらして|厶《ござ》る。そのお|振舞《ふるまひ》が|鬼熊別《おにくまわけ》には|気《き》に|入《い》りませぬ。|左様《さやう》なことをなさるものだから、|神様《かみさま》の|御怒《おいか》りにふれ、|三五教《あななひけう》やウラル|教《けう》がハルナの|都《みやこ》に|向《むか》つて|攻《せ》め|寄《よ》せて|来《く》るやうになつたのです。|一日《いちにち》も|早《はや》く|前非《ぜんぴ》を|悔《く》い、|奥様《おくさま》に|一《ひと》つはお|詫《わび》の|為《ため》、|一《ひと》つは|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|御改心《ごかいしん》の|為《ため》に、|立派《りつぱ》に|自害《じがい》をしてお|果《は》てなされ。それ|丈《だけ》の|真心《まごころ》がなくては、|到底《たうてい》|此《この》|神業《しんげふ》はつとまりませぬぞ』
と|儼然《げんぜん》として|叱《しか》るやうに|言《い》つてのけた。|其《その》|権幕《けんまく》の|烈《はげ》しさに、|石生能姫《いそのひめ》は|返《かへ》す|言葉《ことば》もなく、ワツとばかりに|其《その》|場《ば》に|泣《な》き|倒《たふ》れた。
|暫《しばら》くにして|目《め》をおしぬぐひ、|顔《かほ》をあげ、|細《ほそ》き|声《こゑ》にて、
『あなたの|御言葉《おことば》は|真《しん》に|御尤《ごもつと》もで|厶《ござ》います。|妾《わたし》もあなたと|同感《どうかん》、|此《この》|事《こと》に|就《つ》いてはどれ|丈《だけ》|胸《むね》を|痛《いた》めて|居《を》るか|分《わか》りませぬ』
『それ|程《ほど》|胸《むね》を|痛《いた》めるやうなことを|何故《なぜ》なさいますか。|貴女《あなた》の|決心《けつしん》|一《ひと》つで、|如何《どう》でもなるぢやありませぬか』
『|夫《をつと》の|恥《はぢ》を|申上《まをしあ》げて|不貞《ふてい》くされの|女《をんな》だとおさげすみを|蒙《かうむ》るか|存《ぞん》じませぬが、モウ|斯《か》うなつては|一伍一什《いちぶしじふ》を|申《まを》しあげねばなりますまい。どうぞ|暫《しばら》く|聞《き》いて|下《くだ》さいませ。|私《わたし》は|元《もと》は|三五教《あななひけう》の|信者《しんじや》の|娘《むすめ》、|石生子《いそこ》と|申《まを》しました。|幼少《えうせう》より|両親《りやうしん》に|生別《いきわか》れ、|彼方《あちら》|此方《こちら》と|彷徨《さまよ》ふ|中《うち》、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》が|狩《かり》に|散歩《さんぽ》の|途中《とちう》、|私《わたし》を|一目《ひとめ》|見《み》るより、|吾《わが》|家《や》へ|来《きた》れと|仰有《おつしや》つて|連《つ》れ|帰《かへ》り、|奥様《おくさま》の|小間使《こまづかひ》として|御夫婦《ごふうふ》の|方《かた》に|可愛《かあい》がられ、|仕《つか》へて|居《を》りました|所《ところ》、ある|夜《よ》、|恥《はづ》かしながら、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|無理難題《むりなんだい》、|奥様《おくさま》にすまぬこととは|知《し》りながら|女《をんな》の|心《こころ》|弱《よわ》き|所《ところ》から、|御機嫌《ごきげん》を|損《そこ》ねまいと、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|要求《えうきう》に|応《おう》じました。それより|御主人《ごしゆじん》は|朝《あさ》から|晩《ばん》|迄《まで》、|私《わたし》を|手許《てもと》に|引寄《ひきよ》せ、|奥様《おくさま》に|対《たい》して|小言《こごと》ばかり|仰有《おつしや》る|様《やう》になり、|私《わたし》は|立《た》つてもゐても|居《ゐ》られないので、いろいろと|御意見《ごいけん》|申上《まをしあ》げましたけれども、お|聞《き》き|遊《あそ》ばさず、とうとう|奥様《おくさま》を、あの|通《とほ》り|追出《おひだ》してお|了《しま》ひになりました。|私《わたし》も|世間《せけん》からいろいろと|悪評《あくひやう》を|立《た》てられ|生《い》きてゐる|甲斐《かひ》もなく、|外《そと》を|歩《ある》くのも|恥《はづ》かしく、|一層《いつそう》のこと|自害《じがい》して|心《こころ》の|潔白《けつぱく》を|示《しめ》し、|奥様《おくさま》にお|詫《わび》|致《いた》さうかと|幾度《いくたび》となく|自害《じがい》の|覚悟《かくご》をきめましたが、どこともなく|中空《ちうくう》に|声《こゑ》|聞《きこ》え、|待《ま》て|待《ま》てと|止《と》められるので、|面白《おもしろ》からぬ|月日《つきひ》を|今日《けふ》|迄《まで》|永《なが》らへて|来《き》たので|厶《ござ》います。|所《ところ》がお|館《やかた》に|奸者侫人《かんじやねいじん》|跋扈《ばつこ》し、あなた|様《さま》の|御身《おみ》の|上《うへ》を|悪《あ》しきさまに|大黒主《おほくろぬし》に|申上《まをしあ》ぐる|者《もの》、|日々《にちにち》|其《その》|数《すう》を|加《くは》へ、|主人《しゆじん》は|御存《ごぞん》じの|通《とほ》りの|短気者《たんきもの》|故《ゆゑ》、あなた|様《さま》をふん|縛《じば》り、|厳《きび》しき|刑罰《けいばつ》に|処《しよ》せむと|息《いき》まくこと|一再《いつさい》ならず、|之《これ》を|思《おも》へば|私《わたし》は|今《いま》|死《し》んでも|死《し》なれない。|主人《しゆじん》が|如何《いか》なる|事《こと》でも、|私《わたし》の|言《い》ふ|事《こと》なら|聞《き》いてくれるのを|幸《さいは》ひ、バラモン|教《けう》の|柱石《ちうせき》をムザムザ|失《うしな》つては|大変《たいへん》だと、いろいろと|今日《けふ》まで|諫言《かんげん》を|致《いた》し、|蔭《かげ》|乍《なが》らあなたの|御身辺《ごしんぺん》を|守《まも》つて|来《き》た|者《もの》で|厶《ござ》います。どうぞあなたもお|道《みち》を|思《おも》ひ、|国《くに》を|思《おも》ふ|真心《まごころ》をモ|一《ひと》つ|発揮《はつき》して、|私《わたし》と|共《とも》に|此《この》|教《をしへ》と|国《くに》を|守《まも》つて|下《くだ》さいますまいか。|今《いま》|私《わたし》が|自害《じがい》して|果《は》てたならば、あなた|様《さま》の|身辺《しんぺん》は|忽《たちま》ち|危《あやふ》くなるでせう、|否々《いないな》あなたは|神力《しんりき》|無双《むさう》の|神司《かむづかさ》、ヤミヤミ|討《う》たれはなさいますまいが、|内憂外患《ないいうぐわいくわん》の|烈《はげ》しき|今日《こんにち》、|両虎《りやうこ》|共《とも》に|鎬《しのぎ》を|削《けづ》つて|争《あらそ》ふ|時《とき》は、|勢《いきほひ》|共《とも》に|全《まつた》からず、どちらか|傷《きず》ついて|倒《たふ》れ、バラモン|教国《けうこく》の|覆滅《ふくめつ》は|火《ひ》を|睹《み》るよりも|明《あきら》かで|厶《ござ》います。|何卒《どうぞ》ここの|道理《だうり》を|聞分《ききわ》けて、|私《わたし》の|精神《せいしん》をお|悟《さと》り|下《くだ》さいます|様《やう》に|御願《おねが》ひ|申《まを》します。|此《この》|事《こと》の|御相談《ごさうだん》を|申上《まをしあ》げたさに、|主人《しゆじん》の|手前《てまへ》を|甘《うま》くつくろひ、あなたの|腹中《ふくちう》を|探《さぐ》つて|来《く》ると|申《まを》して|参《まゐ》りました』
と|涙《なみだ》ながらに|一伍一什《いちぶしじふ》を|物語《ものがた》つた。|鬼熊別《おにくまわけ》は|稍《やや》|顔色《かほいろ》を|和《やは》らげ、
『|石生能姫《いそのひめ》|殿《どの》、|左様《さやう》で|厶《ござ》つたか。かかる|清《きよ》き|尊《たふと》きお|志《こころざし》とは|知《し》らず、|今《いま》まで|貴女《あなた》を|毒婦《どくふ》、|奸婦《かんぷ》と|見《み》くびり|憎《にく》んで|居《を》りましたのは|誠《まこと》に|私《わたくし》が|不明《ふめい》の|致《いた》す|所《ところ》、どうぞ|赦《ゆる》して|下《くだ》さい。|何《なに》を|言《い》ふも|暗黒《あんこく》の|世《よ》の|中《なか》、|到底《たうてい》|人間《にんげん》の|心《こころ》の|底《そこ》は|分《わか》るものでは|厶《ござ》いませぬ。|私《わたくし》だつて|其《その》|通《とほ》り、|数多《あまた》の|侫人《ねいじん》ばらに|讒訴《ざんそ》され、|円満《ゑんまん》なるべき|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》との|仲《なか》に|垣《かき》が|出来《でき》たのも|全《まつた》く|互《たがひ》の|誤解《ごかい》からで|厶《ござ》いませう。|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》もあの|様《やう》な|悪《わる》い|方《かた》ではなかつた|筈《はず》ですが、|何時《いつ》の|間《ま》にやら|稍《やや》|御安心《ごあんしん》なさつた|虚《きよ》に|乗《じやう》じ、|曲神《まがかみ》に|身魂《みたま》を|襲《おそ》はれ|給《たま》うたので|厶《ござ》りませう。あゝ|何《なん》とかして|其《その》|悪魔《あくま》を|退散《たいさん》させたいもので|厶《ござ》いますなア』
『ハイ|有難《ありがた》う、よく|云《い》つて|下《くだ》さいました。どうぞあなたはお|道《みち》の|為《ため》、|国《くに》の|為《ため》と|思召《おぼしめ》し、|不愉快《ふゆくわい》を|忍《しの》んで、|御登城《ごとじやう》|下《くだ》さいまして、|左守《さもり》としての|職責《しよくせき》を|完全《くわんぜん》にお|尽《つく》し|下《くだ》さいませ。|私《わたし》が|及《およ》ばずながら|内助《ないじよ》の|労《らう》を|取《と》りますから。|併《しか》し|乍《なが》ら|前《まへ》|以《もつ》て|申上《まをしあ》げておきますが、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》は|中々《なかなか》|容易《ようい》に|改心《かいしん》は|出来《でき》ますまい。イソの|館《やかた》に|向《むか》つた|鬼春別《おにはるわけ》やカルマタ|国《こく》に|向《むか》つた|大足別《おほだるわけ》が|一敗地《いつぱいち》にまみれ、|往生《わうじやう》をした|上《うへ》でなくては、|到底《たうてい》あのキツイ|我《が》は|折《を》れますまい。どうぞ、あなたはお|道《みち》の|為《ため》、|国《くに》の|為《ため》に|身《み》を|挺《てい》して|刃《やいば》の|中《なか》をくぐる|大覚悟《だいかくご》を|以《もつ》て|御出勤《ごしゆつきん》を|願《ねが》ひます。|幸《さいは》ひ|私《わたし》は|大黒主《おほくろぬし》の|寵愛《ちようあい》を|得《え》て|居《を》りますから、|其《その》|段《だん》は|大変《たいへん》に|好都合《かうつがふ》で|厶《ござ》ります。|折《をり》を|見《み》て|鬼雲姫《おにくもひめ》|様《さま》を|元《もと》の|奥様《おくさま》に|直《なほ》つて|貰《もら》ふやうに|取計《とりはか》らひませう。それに|付《つ》いては|到底《たうてい》|私《わたし》|一人《ひとり》の|力《ちから》で|及《およ》びますまいから、あなたと|私《わたし》と|力《ちから》を|併《あは》せて、ハルナの|城内《じやうない》を|先《ま》づ|清《きよ》め、|悪魔《あくま》を|郤《しりぞ》けようでは|厶《ござ》いませぬか』
『そこ|迄《まで》の|女《をんな》の|貴女《あなた》の|御決心《ごけつしん》、イヤもう|実《じつ》に|感服《かんぷく》|仕《つかまつ》りました。|左様《さやう》なれば、|私《わたし》も|貴女《あなた》の|真心《まごころ》に|感《かん》じ、|身《み》を|挺《てい》して|大改革《だいかいかく》にかかりませう。|何卒《どうぞ》|御内助《ごないじよ》を|願《ねが》ひます|様《やう》、|実《じつ》の|所《ところ》|昨夜《さくや》あなたは|御存《ごぞん》じなけれども、|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|御内命《ごないめい》にて|近侍《きんじ》の|者《もの》|等《ら》|数十名《すうじふめい》、|吾《わが》|館《やかた》へ|襲来《しふらい》し、|夜陰《やいん》に|紛《まぎ》れて|吾《わが》|命《いのち》を|奪《うば》はむと|致《いた》されました。|其《その》|計略《けいりやく》を|或《ある》|者《もの》より|承《うけたま》はり、|家老《からう》の|熊彦《くまひこ》が|計《はか》らひにて、あの|橋《はし》を|落《おと》させておいた|様《やう》な|次第《しだい》で|厶《ござ》いますから、|何《いづ》れ|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》より|一問題《ひともんだい》が|私《わたし》に|対《たい》し|持上《もちあ》がるものと、|覚悟《かくご》は|致《いた》して|居《を》ります』
|石生能姫《いそのひめ》はこれを|聞《き》いて|驚《おどろ》き|呆《あき》れ、|身《み》を|震《ふる》はしながら、
『ソリヤまあ|真実《しんじつ》で|厶《ござ》いますか、|大変《たいへん》な|事《こと》になるとこで|厶《ござ》いました。ヤ|私《わたし》がこれから|帰《かへ》りまして、それとはなしに|探《さぐ》つてみませう。|又《また》あなたに|難題《なんだい》のかかるやうなことは|決《けつ》してさせませぬから………あゝモウ|暫《しばら》く|御邪魔《おじやま》が|致《いた》したいので|厶《ござ》いますが、|余《あま》り|長《なが》くなると|又《また》|疑惑《ぎわく》の|種《たね》を|蒔《ま》きますから、お|名残《なごり》|惜《を》しう|厶《ござ》いますが、これにて|失礼《しつれい》|致《いた》します…………』
と|妙《めう》な|目使《めづか》ひにて|鬼熊別《おにくまわけ》を|見守《みまも》つた。あゝ|斯《か》くの|如《ごと》き|心《こころ》|正《ただ》しき|石生能姫《いそのひめ》も|恋《こひ》には|迷《まよ》ふ|心《こころ》の|闇《やみ》、|上下《じやうげ》の|隔《へだて》なしとはよく|云《い》つたものである。|鬼熊別《おにくまわけ》は|石生能姫《いそのひめ》に|左様《さやう》な|心《こころ》ありとは、|夢《ゆめ》にも|知《し》らず、|嬉《うれ》し|涙《なみだ》を|流《なが》しながら、|石生能姫《いそのひめ》の|手《て》を|固《かた》く|握《にぎ》り、
『コレ|姫様《ひめさま》、|随分《ずゐぶん》|気《き》を|付《つ》けなさいませ。|貴女《あなた》の|体《からだ》は|大切《たいせつ》なお|身《み》の|上《うへ》、|私《わたくし》と|貴女《あなた》と|力《ちから》を|合《あ》はして|居《を》りさへすれば、ハルナの|都《みやこ》は|大丈夫《だいぢやうぶ》で|厶《ござ》います』
と|一層《いつそう》|強《つよ》く|手《て》を|握《にぎ》りしめた。|石生能姫《いそのひめ》は|日頃《ひごろ》|思《おも》ひ|込《こ》んだ|鬼熊別《おにくまわけ》に|手《て》を|固《かた》く|握《にぎ》られ、|嬉《うれ》しさに|胸《むね》を|轟《とどろ》かせ、|覚束《おぼつか》なげに|細《ほそ》き|手《て》を|伸《の》べて、|力限《ちからかぎ》り|鬼熊別《おにくまわけ》の|手《て》を|握《にぎ》り|返《かへ》し、|流《なが》し|目《め》に|顔《かほ》を|見上《みあ》げて、ホロリと|一雫《ひとしづく》|涙《なみだ》の|雨《あめ》と|共《とも》に|名残《なごり》|惜《を》しげに|後振返《あとふりかへ》り|振返《ふりかへ》り、|館《やかた》をしづしづと|立《た》つて|帰《かへ》り|行《ゆ》く。|鬼熊別《おにくまわけ》は|玄関口《げんくわんぐち》まで|姫《ひめ》を|見送《みおく》り、そこにて|別《わか》れを|告《つ》げ、|午後《ごご》は|必《かなら》ず|参勤《さんきん》すべきことを|約《やく》して、|暫《しば》しの|別《わか》れを|告《つ》げた。|後《あと》に|鬼熊別《おにくまわけ》は|神殿《しんでん》に|向《むか》ひ、|感謝《かんしや》|祈願《きぐわん》の|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し………あゝ|未《いま》だバラモン|神《しん》は|吾等《われら》を|捨《す》て|給《たま》はざるか、|有難《ありがた》し|勿体《もつたい》なや………と|両手《りやうて》を|合《あは》せ、|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》を|滝《たき》の|如《ごと》く|流《なが》すのであつた。
(大正一一・一一・一 旧九・一三 松村真澄録)
第二篇 |寒梅照国《かんばいせうこく》
第六章 |仁愛《じんあい》の|真相《しんさう》〔一〇九〇〕
|照国別《てるくにわけ》は|岩彦《いはひこ》、|照公《てるこう》、|梅公《うめこう》を|従《したが》へ|清春山《きよはるやま》の|岩窟《がんくつ》を|立出《たちい》でて、|西南《せいなん》の|原野《げんや》を|跋渉《ばつせふ》しながら|漸《やうや》くにしてライオン|河《がは》の|二三里《にさんり》|手前《てまへ》のクルスの|森《もり》まで|進《すす》み|来《きた》り、|爰《ここ》に|一行《いつかう》は|足《あし》を|休《やす》めながら|神徳《しんとく》の|話《はなし》に|時《とき》を|移《うつ》し、|照《てる》、|梅《うめ》|二人《ふたり》の|問《とひ》に|答《こた》へむと|身《み》を|起《おこ》して|厳《おごそ》かに|至仁至愛《みろく》の|真相《しんさう》を|歌《うた》ひ|始《はじ》めた。
その|歌《うた》、
『|三千世界《さんぜんせかい》の|救世主《きうせいしゆ》 |五六七神《みろくのかみ》の|真実《しんじつ》は
|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|大聖者《だいせいじや》 |垢《く》なく|染《せん》なく|執着《しふちやく》の
|心《こころ》は|卯《う》の|毛《け》の|露《つゆ》もなし |天人象馬《てんにんしやうば》の|調御師《てうぎよし》ぞ
|道風《だうふう》|徳香《とくかう》|万有《ばんいう》に |薫《くん》じ|渡《わた》りて|隈《くま》もなし
|智慧《ちけい》|恬《しづ》かに|情《じやう》|恬《しづ》か |慮凝《りよぎよう》いよいよ|静《しづか》なり
|意悪《いあく》は|滅《めつ》し|識《しき》|亡《ばう》じ |心《こころ》は|清《きよ》く|明《あきら》かに
|永《なが》く|夢妄《むまう》の|思想念《しさうねん》 |断《だん》じて|水《みづ》の|如《ごと》くなり。
○
|身《み》は|有《いう》に|非《あら》ず|無《む》に|非《あら》ず |因《いん》にもあらず|縁《えん》ならず
|自他《じた》にもあらず|方《はう》に|非《あら》ず |短長《たんちやう》に|非《あら》ず|円《ゑん》ならず
|出《しゆつ》にも|非《あら》ず|没《ぼつ》ならず |生滅《しやうめつ》ならず|造《ざう》ならず
|為作《ゐさ》にあらず|起《き》に|非《あら》ず |坐《ざ》にしも|非《あら》ず|臥《ぐわ》にあらず
|行住《ぎやうぢゆう》に|非《あら》ず|動《どう》ならず |閑静《かんせい》に|非《あら》ず|転《てん》に|非《あら》ず
|進《しん》にも|非《あら》ず|退《たい》ならず |安危《あんき》にあらず|是《ぜ》にあらず
|非《ひ》にしもあらず|得失《とくしつ》の |境地《きやうち》に|迷《まよ》ふ|事《こと》もなし
|彼《ひ》にしもあらず|此《し》にあらず |去来《きよらい》にあらず|青《せい》にあらず
|赤白《せきはく》ならず|黄《わう》ならず |紅色《こうしよく》ならず|紫《し》にあらず
|種々色《くさぐさいろ》にもまた|非《あら》ず |水晶御魂《すゐしやうみたま》の|精髄《せいずゐ》を
|具足《ぐそく》し|給《たま》ひし|更生主《かうせいしゆ》 |是《これ》ぞ|弥勒《みろく》の|顕現《けんげん》し
|世界《せかい》を|照《て》らす|御真相《ごしんさう》 |仰《あふ》ぐもたかき|大神《おほかみ》の
|絶対《ぜつたい》|無限《むげん》の|御神徳《ごしんとく》 |蒙《かうむ》る|神世《みよ》こそ|楽《たの》しけれ
○
|戒定慧解《かいぢやうゑげ》の|神力《しんりき》は |知見《ちけん》の|徳《とく》より|生成《しやうじやう》し
|三昧六通《さんまいろくつう》は|道品《だうぼん》より |慈悲十方《じひじつぱう》|無畏《むゐ》より|起《おこ》る
|衆生《しゆじやう》は|善業《ぜんごふ》の|因《いん》より|出《しゆつ》す |之《これ》を|示《しめ》して|丈六紫金《ぢやうろくしこん》
|無限《むげん》の|暉《ひかり》を|放散《はうさん》し |方整《はうせい》に|照《て》らし|輝《かがや》きて
|光明《くわうみやう》|遠《とほ》く|明徹《みやうてつ》す |毫相《がうさう》|月《つき》の|形《かた》の|如《ごと》
|旋《めぐ》りて|項《うなじ》に|日光《につくわう》あり |旋髪《せんぱつ》|色《いろ》は|紺青《こんぜう》に
|項《うなじ》に|肉髻《にくけい》|湧出《ゆうしゆつ》し |眼《まなこ》は|浄《きよ》く|明鏡《めいきやう》と
|輝《かがや》き|上下《しやうか》にまじろぎつ |眉毛《まゆげ》の|色《いろ》は|紺《こん》に|舒《の》び
|口頬端正《こうけふたんせい》|唇舌《しんぜつ》は |丹華《たんげ》の|如《ごと》く|赤《あか》く|好《よ》く
|四十《しじふ》の|歯並《はなみ》は|白《しろ》くして |珂雪《あせつ》の|如《ごと》く|潔《きよ》らけし
|額《ひたひ》は|広《ひろ》く|鼻脩《はななが》く |面門《めんもん》|開《ひら》けてその|胸《むね》は
|万字《まんじ》を|表《あら》はす|師子《しし》の|臆《むね》 |手足《てあし》は|清《きよ》く|柔《やはら》かく
|千輻《せんぷく》の|相《さう》を|具《そな》へまし |腋《やく》と|掌《しやう》とに|合縵《がふまん》ありて
|内外《ないげ》に|握《にぎ》り|臂《ひぢ》|脩《なが》く |肘《かいな》も|指《ゆび》も|繊《ほそ》く|長《なが》し
|皮膚《ひふ》|細《こま》やかに|軟《やはら》かく |毛髪《まうはつ》|何《いづ》れも|右旋《いうせん》し
|踝膝《らしつ》|露《あら》はに|現《あら》はれて |陰馬《いんめ》の|如《ごと》くに|蔵《かく》れたり
|細《ほそ》けき|筋《すぢ》や|銷《とぢ》の|骨《ほね》 |鹿《しか》の|膊腸《ふちやう》の|如《ごと》くなり
|表裏映徹《へうりえいてつ》いと|浄《きよ》く |垢《あか》なく|穢《ゑ》なく|濁水《だくすゐ》に
|染《そ》まることなく|塵《ちり》|受《う》けず |三十三相《さんじふさんさう》|八十種好《はちじつしゆかう》
|至厳《しげん》|至聖《しせい》の|霊相《れいさう》なり |相《さう》や|非相《ひさう》の|色《いろ》もなく
|万有一切《ばんいういつさい》|有相《いうさう》の |眼力対絶《がんりきたいぜつ》なしにけり
|五六七《みろく》は|無相《むさう》の|相《さう》にして |而《しか》して|有相《いうさう》の|身《み》に|坐《い》まし
|衆生《しゆじやう》の|身相《しんさう》その|如《ごと》く |一切衆生《いつさいしゆじやう》の|歓喜《くわんき》し|礼《れい》し
|心《こころ》を|投《とう》じ|敬《うやま》ひを |表《へう》して|事《こと》を|成《じやう》ぜしむ
|是《これ》ぞ|即《すなは》ち|自高我慢《じかうがまん》 |祓除《ばつぢよ》されたる|結果《けつくわ》にて
かくも|尊《たふと》き|妙色《めうしき》の |躯《く》をこそ|成就《じやうじゆ》し|給《たま》ひぬ
|一切衆生《いつさいしゆじやう》|悉《ことごと》く その|神徳《しんとく》に|敬服《けいふく》し
|帰命《きみやう》し|信仰《しんかう》したてまつり |無事《ぶじ》|泰平《たいへい》の|神政《しんせい》を
|歓喜《くわんき》し|祝《いは》ひ|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ |千代《ちよ》も|八千代《やちよ》も|万代《よろづよ》も
|栄《さか》ゆる|神世《かみよ》を|仰《あふ》ぐなる |原動力《げんどうりよく》の|太柱《ふとばしら》
|仰《あふ》ぐも|畏《かしこ》き|限《かぎ》りなり |三五教《あななひけう》は|神《かみ》の|道《みち》
|仏《ほとけ》の|道《みち》の|区別《くべつ》なく |只々《ただただ》|真理《しんり》を|楯《たて》となし
|世人《よびと》を|救《すく》ふ|道《みち》なれば |神《かみ》の|教《をしへ》に|表《あら》はれし
|弥勒《みろく》の|神《かみ》の|真実《しんじつ》を |仏《ほとけ》の|唱《とな》ふる|法《のり》により
|爰《ここ》にあらあら|述《の》べておく あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして |三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》は
|古今《ここん》を|問《と》はず|東西《とうざい》を |区別《くべつ》せずして|世《よ》の|為《ため》に
|研《みが》き|究《きは》めて|神儒仏《しんじゆぶつ》 その|他《た》の|宗教《しうけう》の|真諦《しんたい》を
|覚《さと》りて|世《よ》の|為《ため》|人《ひと》の|為《ため》 |誠《まこと》を|尽《つく》せ|三五《あななひ》の
|教司《をしへつかさ》はいふも|更《さら》 |信徒《まめひと》たちに|至《いた》るまで
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ
|神素盞嗚大御神《かむすさのをのおほみかみ》 |厳《いづ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎ|奉《まつ》る』
|照公《てるこう》『|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|今《いま》の|歌《うた》は|五六七大神《みろくのおほかみ》|様《さま》の|御真相《ごしんさう》ぢやなくて|木《こ》の|花姫《はなひめ》の|神様《かみさま》の|様《やう》ですなあ』
|照国《てるくに》『|木花姫《このはなひめ》の|神様《かみさま》も|矢張《やは》り|五六七大神《みろくのおほかみ》|様《さま》の|一部《いちぶ》|又《また》は|全部《ぜんぶ》の|御活動《ごくわつどう》を|遊《あそ》ばすのだよ。|又《また》|天照大御神《あまてらすおほみかみ》と|顕現《けんげん》|遊《あそ》ばすこともあり、|棚機姫《たなばたひめ》と|現《あら》はれたり、|或《あるひ》は|木花咲耶姫《このはなさくやひめ》と|現《あら》はれたり、|観自在天《くわんじざいてん》となつたり、|観世音菩薩《くわんぜおんぼさつ》となつたり、|或《あるひ》は|蚊取別《かとりわけ》、|蚊々虎《かがとら》、カール、|丹州《たんしう》|等《など》と|現《あら》はれ|給《たま》ふ|事《こと》もあり、|素盞嗚尊《すさのをのみこと》となる|事《こと》もあり、|神様《かみさま》は|申《まを》すに|及《およ》ばず、|人間《にんげん》にも|獣《けだもの》にも、|虫族《むしけら》にも、|草木《くさき》にも|変現《へんげん》して|万有《ばんいう》を|済度《さいど》し|給《たま》ふのが|五六七大神《みろくのおほかみ》|様《さま》の|御真相《ごしんさう》だ。|要《えう》するに|五六七大神《みろくのおほかみ》は|大和魂《やまとだましひ》の|根源神《こんげんしん》とも|云《い》ふべき|神様《かみさま》だ』
『|大和魂《やまとだましひ》とはどんな|精神《せいしん》を|云《い》ふのですか、|神心《かみごころ》ですか、|仏心《ほとけごころ》ですか』
『|神心《かみごころ》よりも|仏心《ほとけこころ》よりも、もつともつと|立派《りつぱ》な|凡《すべ》ての|真《しん》、|善《ぜん》、|美《び》を|綜合《そうがふ》|統一《とういつ》した|身魂《みたま》を|云《い》ふのだ。これを|細説《さいせつ》する|時《とき》は|際限《さいげん》がないが|大和魂《やまとだましひ》と|云《い》ふのは、|仏《ほとけ》の|道《みち》で|云《い》ふ|菩提心《ぼだいしん》と|云《い》ふ|事《こと》だ』
『|神《かみ》と|仏《ほとけ》との|区別《くべつ》は|何処《どこ》でつきますか』
『|神《かみ》と|云《い》ふのは|宇宙《うちう》の|本体《ほんたい》、|本霊《ほんれい》、|本力《ほんりよく》の|合致《がつち》した|無限《むげん》の|勢力《せいりよく》を|総称《そうしよう》して|真神《かみ》と|云《い》ふのだ。|仏《ほとけ》と|云《い》ふのは|正覚者《しやうかくしや》と|云《い》ふ|事《こと》で、|要《えう》するに|大聖人《だいせいじん》、|大偉人《だいゐじん》、|大真人《だいしんじん》の|別称《べつしよう》である』
『|大和魂《やまとだましひ》について|大略《たいりやく》を|聞《き》かして|下《くだ》さい』
『|大和魂《やまとだましひ》は|仏《ほとけ》の|道《みち》で|云《い》ふ|菩提心《ぼだいしん》の|事《こと》だ。|此《この》|菩提心《ぼだいしん》は|三《みつ》つの|心《こころ》が|集《よ》つて|出来《でき》たものだ。|其《その》|第一《だいいち》は|神心《かみごころ》、|仏心《ほとけこころ》|又《また》は|覚心《かくしん》と|云《い》つて|善《ぜん》の|方《はう》へ|働《はたら》く|感情《かんじやう》を|云《い》ふのだ。|要《えう》するに|慈悲心《じひしん》とか、|同情心《どうじやうしん》とか|云《い》ふものだ。|第二《だいに》は|勝義心《しようぎしん》と|云《い》つて|即《すなは》ち|理性《りせい》である。|理性《りせい》に|消極《せうきよく》、|積極《せつきよく》、|各種《かくしゆ》の|階級《かいきふ》のある|事《こと》はもとよりである。|理性《りせい》の|階級《かいきふ》については|到底《たうてい》|一朝一夕《いつてういつせき》に|云《い》ひ|尽《つく》されるべきものでないから|略《りやく》する|事《こと》として、|第三《だいさん》は|三摩地心《さんまちしん》と|云《い》ふのだ。|三摩地心《さんまちしん》とは|即《すなは》ち|意志《いし》と|云《い》ふ|事《こと》である。|尚《なほ》よき|感情《かんじやう》とよき|意志《いし》とよき|理性《りせい》と|全然《ぜんぜん》|一致《いつち》して|不動《ふどう》|金剛《こんがう》の|大決心《だいけつしん》、|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|発《はつ》したものが|三摩地心《さんまちしん》であつて、|以上《いじやう》|三者《さんにん》を|合一《がふいつ》したものが|菩提心《ぼだいしん》となり|大和魂《やまとだましひ》ともなるのだ。|何程《なにほど》|理性《りせい》が|勝《すぐ》れてゐても|知識《ちしき》に|達《たつ》してゐても、|知識《ちしき》では|一切《いつさい》の|衆生《しゆじやう》を|済度《さいど》する|事《こと》は|出来《でき》ない。|智識《ちしき》あるもの、|学力《がくりよく》ある|者《もの》のみ|之《これ》を|解《かい》するもので、|一般的《いつぱんてき》に|其《その》|身魂《みたま》を|救《すく》ふ|事《こと》が|出来《でき》ない。これに|反《はん》して|正覚心《しやうかくしん》|所謂《いはゆる》|神心《かみごころ》、|仏心《ほとけこころ》は|感情《かんじやう》であるから、|大慈悲心《だいじひしん》も|起《おこ》り、|同情心《どうじやうしん》もよく|働《はたら》く。|此《この》|慈悲心《じひしん》、|同情心《どうじやうしん》は|智者《ちしや》も|学者《がくしや》も|鳥獣《てうじう》に|至《いた》るまで|及《およ》ぼすことが|出来《でき》る。これ|位《くらゐ》|偉大《ゐだい》なものはない。ウラル|教《けう》は|理智《りち》を|主《しゆ》とし、バラモン|教《けう》は|理性《りせい》を|主《しゆ》とする|教《をしへ》だ。それだから|如何《どう》しても|一般人《いつぱんじん》を|救《すく》ふ|事《こと》は|出来《でき》ないのだ。|三五教《あななひけう》は|感情教《かんじやうけう》であるから、|一切万事《いつさいばんじ》|無抵抗主義《むていかうしゆぎ》を|採《と》り、|四海同胞《しかいどうはう》|博愛《はくあい》|慈悲《じひ》の|旗幟《はたじるし》を|押立《おした》てて|進《すす》むのであるから、|草《くさ》の|片葉《かきは》に|至《いた》るまで|其《その》|徳《とく》に|懐《なつ》かぬものはない。|今日《こんにち》の|如《ごと》く|武力《ぶりよく》と|学力《がくりよく》との|盛《さか》んな|世《よ》の|中《なか》に|慈悲心《じひしん》のみを|以《もつ》て|道《みち》を|拓《ひら》いて|行《ゆ》かうとするのは、|何《なん》だか|薄弱《はくじやく》な|頼《たよ》りないものの|様《やう》に|思《おも》はるるが、|決《けつ》してさうではない。|最後《さいご》の|勝利《しようり》はよき|感情《かんじやう》|即《すなは》ち|大慈悲心《だいじひしん》、|同情心《どうじやうしん》が|艮《とどめ》をさすものだ。それだから|清春山《きよはるやま》の|岩窟《がんくつ》に|行《い》つた|時《とき》もバラモン|教《けう》の|悪人《あくにん》どもを|赦《ゆる》したのだ。これから|先《さき》へウラル|教《けう》、バラモン|教《けう》の|連中《れんちう》と|幾度《いくたび》|衝突《しようとつ》するか|知《し》れないが、|決《けつ》して|手荒《てあら》い|事《こと》をしてはなりませぬぞ。どちらの|教派《けうは》も|左手《ゆんで》に|経文《きやうもん》を|持《も》ち、|右手《めて》に|剣《つるぎ》を|持《も》つて|武《ぶ》と|教《をしへ》と|相兼《あひか》ねて|居《ゐ》るから、|余程《よほど》|胆力《たんりよく》を|据《す》ゑて|居《を》らぬと、|無事《ぶじ》に|此《この》|目的《もくてき》は|達成《たつせい》しないのだ』
|岩彦《いはひこ》『おい|梅彦《うめひこ》、オツトドツコイ|照国別《てるくにわけ》|様《さま》、|随分《ずゐぶん》|醜《しこ》の|岩窟《いはや》の|探険《たんけん》|時代《じだい》とは|変《かは》りましたね。|言依別《ことよりわけ》|様《さま》のお|側《そば》|近《ちか》くゐられたと|見《み》えて、|実《じつ》に|立派《りつぱ》なお|話《はなし》が|出来《でき》るやうになりましたなア。|序《ついで》に|一《ひと》つお|尋《たづ》ね|申《まを》したいのは、|此《この》|岩彦《いはひこ》が|何時《いつ》も|心《こころ》の|中《なか》に|往復《わうふく》してゐる|疑問《ぎもん》がある。それはバラモン|宗《しう》と|云《い》つたり、|時《とき》によつてはバラモン|教《けう》と|云《い》つたり、|或《あるひ》はバラモン|蔵《ざう》とか、|乗《じやう》だとか|部《ぶ》だとか|云《い》ひますが、|此《この》|区別《くべつ》はどう|説《と》いたら|宜《よ》いのですか』
|照国《てるくに》『|教《けう》と|云《い》ふのも、|宗《しう》と|云《い》ふのも、|乗《じやう》と|云《い》ふも、|蔵《ざう》と|云《い》ふも、|部《ぶ》と|云《い》ふも、|矢張《やは》り|教《をしへ》と|云《い》ふ|意味《いみ》だ。|如何《どう》|云《い》つても|同《おな》じ|事《こと》だ』
『いや|有難《ありがた》う。それで|諒解《りやうかい》しました。|然《しか》し|乍《なが》ら|仏教《ぶつけう》の|教典《けうてん》を|経文《きやうもん》と|云《い》ひますが、|其《その》|経文《きやうもん》の|経《きやう》は|教《をしへ》の|教《けう》とは|違《ちが》ひますか』
『それは|少《すこ》しく|意味《いみ》が|違《ちが》ふ。|経《きやう》と|云《い》ふ|字《じ》は、|経糸《たていと》と|云《い》ふ|字《じ》だ。|今迄《いままで》の|教《をしへ》は|凡《すべ》て|経糸《たていと》ばかりだ。|緯糸《よこいと》がなければ|完全《くわんぜん》な|錦《にしき》の|機《はた》が|織《お》れない。それだから|既成《きせい》|宗教《しうけう》はどうしても|社会《しやくわい》の|役《やく》に|立《た》たない。|経糸《たていと》ばかりでは|自由自在《じいうじざい》に|応用《おうよう》する|事《こと》が|出来《でき》ぬ。|三五教《あななひけう》は|国治立尊《くにはるたちのみこと》|様《さま》の|霊系《れいけい》が|経糸《たていと》となり、|豊国姫尊《とよくにひめのみこと》|様《さま》の|霊系《れいけい》が|緯糸《よこいと》となり|経緯《たてよこ》|相揃《あひそろ》うて|完全無欠《くわんぜんむけつ》の|教《をしへ》を|開《ひら》かれたのだから、|如何《どう》しても|此《この》|教《をしへ》でなくては|社会《しやくわい》の|物事《ものごと》は|埒《らち》があかない。|要《えう》するに|今迄《いままで》の|凡《すべ》ての|教《をしへ》は|未成品《みせいひん》だ、|未成品《みせいひん》と|云《い》つても|宜《よ》い|様《やう》なものだ。|故《ゆゑ》に|三五教《あななひけう》では|教典《けうてん》を|経文《きやうもん》ともコーランとも|云《い》はず、|神諭《おさとし》と|称《とな》へられてゐるのだ』
『やあ、それで|胸《むね》の|雲《くも》がサラリと|晴《は》れ|渡《わた》つて、|真如《しんによ》の|日月《じつげつ》が|身辺《しんぺん》に|照《て》り|輝《かがや》く|様《やう》な|気分《きぶん》となつて|来《き》ました。|流石《さすが》は|照国別《てるくにわけ》と|云《い》ふお|名前《なまへ》を|頂《いただ》かれた|丈《だけ》あつて|変《かは》つたものですな』
|斯《か》く|話《はな》す|折《をり》しも、|向《むか》ふの|方《はう》より|数十騎《すうじつき》の|人馬《じんば》の|物影《ものかげ》、|此方《こなた》に|向《むか》つて|蹄《ひづめ》の|音《おと》|勇《いさ》ましく|一目散《いちもくさん》に|駆来《かけきた》るのであつた。|照国別《てるくにわけ》は|三人《さんにん》に|目配《めくば》せし、|木《き》の|茂《しげ》みへ|姿《すがた》を|隠《かく》し、|乗馬隊《じやうばたい》の|何者《なにもの》なるかを|調《しら》べむと、|息《いき》を|凝《こ》らして|窺《うかが》ひゐる。|先鋒《せんぽう》に|立《た》つた|馬上《ばじやう》の|将軍《しやうぐん》はバラモン|教《けう》にて|可《か》なり|名《な》の|聞《きこ》えた|片彦《かたひこ》であつた。|彼等《かれら》の|一隊《いつたい》は|今《いま》やライオン|河《がは》の|激流《げきりう》を|渡《わた》り、|急速力《きふそくりよく》を|以《もつ》てウブスナ|山《やま》のイソ|館《やかた》へ|進撃《しんげき》せむとする|途中《とちう》であつた。|躰《からだ》の|疲《つか》れを|休《やす》めむと|四人《よにん》が|潜《ひそ》む|此《この》|森林《しんりん》に|馬《うま》を|乗《の》り|捨《す》て、|暫《しば》し|腰《こし》を|卸《おろ》して|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》つてゐる。
(大正一一・一一・一 旧九・一三 北村隆光録)
第七章 |文珠《もんじゆ》〔一〇九一〕
|照国別《てるくにわけ》は|照公《てるこう》、|梅公《うめこう》、|岩彦《いはひこ》の|宣伝使《せんでんし》と|共《とも》にクルスの|森《もり》に|休息《きうそく》する|折《をり》しも、|前方《ぜんぱう》よりイソ|館《やかた》に|向《むか》つて|進撃《しんげき》する|鬼春別《おにはるわけ》の|部将《ぶしやう》|片彦《かたひこ》の|一隊《いつたい》の|来《きた》るに|会《あ》ひ、|潜《ひそ》かに|木《き》の|茂《しげ》みに|隠《かく》れて|様子《やうす》を|窺《うかが》ひつつあつた。|片彦《かたひこ》の|一隊《いつたい》|数十騎《すうじつき》はライオン|河《がは》を|渡《わた》り、|百丁《ひやくちやう》|余《あま》りの|道《みち》を|疾駆《しつく》して、|漸《やうや》くクルスの|森《もり》に|到着《たうちやく》し、|人馬《じんば》の|休息《きうそく》をなさむと|馬《うま》を|乗《の》り|捨《す》て、|森《もり》の|中《なか》に|逍遥《せうえう》する|者《もの》、|又《また》は|横《よこた》はつて|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》る|者《もの》もあつた。
|此《この》|一隊《いつたい》はイソ|館《やかた》に|向《むか》ふ|攻撃軍《こうげきぐん》の|先鋒隊《せんぽうたい》とも|斥候隊《せきこうたい》ともいふべき|重要《ぢゆうえう》の|任務《にんむ》に|就《つ》いてゐる|隊列《たいれつ》である。
|暫《しばら》く|休息《きうそく》の|上《うへ》、|片彦《かたひこ》は|再《ふたた》び|馬《うま》にヒラリと|飛乗《とびの》り、|人員《じんゐん》|点呼《てんこ》をなし、|馬上《ばじやう》より|大音声《だいおんじやう》を|張《は》り|上《あ》げて|下知《げち》して|曰《いは》く、
『|之《これ》より|先《さき》は|三五教《あななひけう》の|勢力《せいりよく》|範囲《はんゐ》ともいふべき|地点《ちてん》である。|清春山《きよはるやま》は|大足別《おほだるわけ》|将軍《しやうぐん》、|今《いま》やカルマタ|国《こく》へ|進軍《しんぐん》の|為《ため》|不在中《るすちう》なれば、|守《まも》り|少《すくな》く、|到底《たうてい》|力《ちから》とするに|足《た》らず。|本隊《ほんたい》のランチ|将軍《しやうぐん》は、|後《あと》より|進《すす》み|来《きた》るべしと|雖《いへど》も、|吾等《われら》は|吾等《われら》としての|任務《にんむ》あり。|四辺《あたり》に|心《こころ》を|配《くば》り、|左右《さいう》を|窺《うかが》ひつつ、|之《これ》より|以北《いほく》は|最《もつと》も|注意《ちうい》を|要《えう》す』
と|命令《めいれい》しつつあつた。|木蔭《こかげ》に|隠《かく》れし|照国別《てるくにわけ》|一行《いつかう》はイソの|館《やかた》に|進軍《しんぐん》の|先鋒《せんぽう》と|聞《き》き、|仮令《たとへ》|少数《せうすう》と|雖《いへど》も|此《この》|儘《まま》|通過《つうくわ》せしむる|事《こと》は|出来《でき》ない。|何《なん》とかして|此《この》|先鋒隊《せんぽうたい》を|追《お》ひ|捲《まく》らねばならない。|後《あと》より|来《きた》る|玉国別《たまくにわけ》に|対《たい》しても、|照国別《てるくにわけ》は|敵《てき》に|遭《あ》ひながら|之《これ》を|見《み》のがし、ウブスナ|山《やま》に|近付《ちかづ》かしめたりと|言《い》はれては、|吾々《われわれ》の|職務《しよくむ》が|尽《つく》せない…………と|腕《うで》を|組《く》み|思案《しあん》に|暮《く》れてゐた。
|岩彦《いはひこ》は|心《こころ》を|焦《いら》ち、
『|照国別《てるくにわけ》さま、|大変《たいへん》な|事《こと》になつて|来《き》ました。|片彦《かたひこ》の|一隊《いつたい》と|見《み》えます。|之《これ》を|奥《おく》へ|進《すす》ませてはなりませぬから、|一《ひと》つここで|何《なん》とか|方法《はうはふ》を|講《かう》じようではありませぬか。|最前《さいぜん》のお|話《はなし》に|依《よ》れば、|三五教《あななひけう》は|何処《どこ》までも|無抵抗主義《むていかうしゆぎ》とは|云《い》はれましたが、|敵《てき》は|武力《ぶりよく》を|以《もつ》て|進《すす》み|来《きた》るもの、いかに|言霊《ことたま》の|妙用《めうよう》ありとて、|十数倍《じふすうばい》の|敵《てき》に|向《むか》つて|戦《たたか》ふは|容易《ようい》の|業《わざ》ではありますまい。|如何《どう》しても|武力《ぶりよく》に|訴《うつた》へなければ|駄目《だめ》でせうから、あなたは|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|魔神《まがみ》の|霊《れい》を|畏服《ゐふく》させて|下《くだ》さい。|此《この》|岩彦《いはひこ》は|得意《とくい》の|杖《つゑ》を|使《つか》ひ、|敵《てき》の|真只中《まつただなか》に|躍《をど》り|込《こ》んで、|一歩《いつぽ》も|之《これ》より|奥《おく》へは|進入《しんにふ》させない|様《やう》に|致《いた》しますから、|決《けつ》して|敵《てき》を|殺傷《さつしやう》する|様《やう》な|事《こと》は|致《いた》しませぬ。|只《ただ》|敵《てき》を|威喝《ゐかつ》して、|元《もと》へ|追《お》つ|返《かへ》す|迄《まで》の|事《こと》ですから………』
|照国《てるくに》『|先鋒隊《せんぽうたい》として|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》が|行《い》つて|居《ゐ》る|筈《はず》だから、|後《あと》へ|追《お》つ|返《かへ》せば、|却《かへつ》て|両人《りやうにん》を|後《あと》より|攻《せ》め|来《く》る|敵軍《てきぐん》と|共《とも》に|挟《はさ》み|撃《う》ちに|遭《あ》はす|様《やう》なものだ。ハテ|困《こま》つたことが|出来《でき》たものだ。|吾々《われわれ》の|目的《もくてき》はハルナの|都《みやこ》の|大黒主《おほくろぬし》を|帰順《きじゆん》さすのが|使命《しめい》の|眼目《がんもく》で、|彼等《かれら》|如《ごと》き|木端武者《こつぱむしや》を|相手《あひて》にすべきものではない。ぢやといつて、みすみすイソ|館《やかた》へ|進撃《しんげき》する|一隊《いつたい》と|知《し》つて、|之《これ》を|防止《ばうし》せざるは|吾々《われわれ》の|職務《しよくむ》を|果《はた》さざるといふもの。|兎《と》も|角《かく》|言霊《ことたま》を|以《もつ》て|彼《かれ》|片彦《かたひこ》が|一隊《いつたい》に|向《むか》ひ|戦闘《せんとう》を|開始《かいし》してみよう。それでゆかない|時《とき》は|岩彦《いはひこ》の|考《かんが》への|通《とほ》りに|杖《つゑ》を|使《つか》つて|敵《てき》を|散乱《さんらん》させる|方法《はうはふ》を|採《と》るより|仕方《しかた》はあるまい。|先《ま》づ|第一《だいいち》に|神様《かみさま》のお|力《ちから》を|借《か》つて|善戦善闘《ぜんせんぜんとう》する|事《こと》にせう。|照公《てるこう》、|梅公《うめこう》もその|用意《ようい》を|致《いた》すがよからう』
|照公《てるこう》『|始《はじ》めて|敵《てき》の|軍隊《ぐんたい》に|出会《でつくは》し、こんな|愉快《ゆくわい》な|事《こと》はありませぬワイ。わが|言霊《ことたま》の|神力《しんりき》を|試《ため》すは|此《この》|時《とき》で|厶《ござ》いませう』
と|潔《いさぎよ》く|言《い》つてのけたものの、|何《なん》とはなしに|其《その》|声《こゑ》は|震《ふる》うてゐた。
|梅公《うめこう》『|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|万々一《まんまんいち》|敵《てき》の|馬蹄《ばてい》に|踏《ふ》み|躙《にじ》られ、|命《いのち》|危《あやふ》くなつた|時《とき》は|抵抗《ていかう》するかも|知《し》れませぬから、それ|丈《だけ》|御承知《ごしようち》を|願《ねが》つておきます。|私《わたし》は|岩彦《いはひこ》さまのやうに|武器《ぶき》を|使《つか》ふ|事《こと》は|不得手《ふえて》です、が|何《なん》とかして|防衛《ばうゑい》をなし、|一身《いつしん》を|守《まも》らねばなりませぬ』
と|大事《だいじ》の|使命《しめい》を|忘《わす》れて|只《ただ》|自分《じぶん》の|安全《あんぜん》に|就《つい》てのみ|心《こころ》を|痛《いた》めて|居《ゐ》る|様子《やうす》であつた。|岩彦《いはひこ》は|早《はや》くも|杖《つゑ》をしごいて、|弦《つる》を|離《はな》れむとする|間際《まぎは》の|矢《や》の|如《ごと》く、|体《たい》を|斜《しや》に|構《かま》へて、|照国別《てるくにわけ》の|命令《めいれい》を|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》つて|居《ゐ》た。|此《この》|時《とき》|敵《てき》は|已《すで》に|馬首《ばしゆ》を|並《なら》べて|北進《ほくしん》せむとする|様子《やうす》が|見《み》えて|来《き》た。
|照国別《てるくにわけ》は|声《こゑ》も|涼《すず》しく|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ふ。
『|常世《とこよ》の|国《くに》の|自在天《じざいてん》 |大国彦《おほくにひこ》を|祀《まつ》りたる
バラモン|教《けう》の|神館《かむやかた》 |空《そら》|照《て》り|渡《わた》る|月《つき》の|国《くに》
ハルナの|都《みやこ》に|現《あら》はれて |鬼雲彦《おにくもひこ》の|又《また》の|御名《みな》
|大黒主《おほくろぬし》が|郎党《らうたう》を |呼《よ》び|集《つど》ひつつ|日《ひ》に|月《つき》に
|再《ふたた》び|勢《いきほひ》|盛《も》り|返《かへ》し |傲《おご》り|驕《たか》ぶり|今《いま》は|早《はや》
|自高自慢《じかうじまん》の|鼻《はな》|高《たか》く |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|鎮《しづ》まりいますイソ|館《やかた》 |進撃《しんげき》せむと|進《すす》み|来《く》る
|其《その》|扮装《いでたち》の|勇《いさ》ましさ |片彦《かたひこ》いかに|勇《ゆう》あるも
|天地《てんち》を|揺《ゆる》がせ|雷電《らいでん》や |風雨《ふうう》を|自由《じいう》に|叱咤《しつた》する
|三五教《あななひけう》の|言霊《ことたま》に いかでか|敵《てき》し|得《え》ざらむや
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|心《こころ》に|見直《みなほ》して
|無謀《むぼう》の|戦《いくさ》を|起《おこ》すより |一日《ひとひ》も|早《はや》く|真心《まごころ》に
|立復《たちかへ》りませ|片彦《かたひこ》よ われも|神《かみ》の|子《こ》|汝《なれ》も|亦《また》
|尊《たふと》き|神《かみ》の|貴《うづ》の|御子《みこ》 |御子《みこ》と|御子《みこ》とは|睦《むつ》び|合《あ》ひ
|誠《まこと》|一《ひと》つの|天地《あめつち》の |神《かみ》の|大道《おほぢ》に|叶《かな》ひつつ
|天《あめ》の|下《した》なる|神人《しんじん》を |救《すく》ひ|助《たす》けて|神国《かみくに》の
|柱《はしら》とならむ|惟神《かむながら》 |神《かみ》に|誠《まこと》を|誓《ちか》ひつつ
|汝《なれ》が|軍《いくさ》に|立《た》ち|向《むか》ひ |言霊車《ことたまぐるま》|挽《ひ》き|出《いだ》す
われは|照国別《てるくにわけ》の|神《かみ》 |此《この》|世《よ》を|照《て》らす|照公《てるこう》や
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》も|一時《いつとき》に |開《ひら》いて|薫《かを》る|梅公《うめこう》や
|心《こころ》も|固《かた》き|宣伝使《せんでんし》 |岩彦司《いはひこつかさ》の|四人連《よたりづれ》
イソの|館《やかた》を|立出《たちい》でて ここ|迄《まで》|進《すす》みクルス|森《もり》
|木蔭《こかげ》に|潜《ひそ》み|横《よこた》はり |汝《な》が|一隊《いつたい》の|物語《ものがたり》
|完全《うまら》に|委曲《つばら》に|聞終《ききをは》り |覚《さと》りし|上《うへ》は|如何《いか》にして
|汝《なれ》を|此《この》|儘《まま》|通《とほ》さむや |鬼春別《おにはるわけ》の|部下《ぶか》とます
|汝《なんぢ》|片彦《かたひこ》|将軍《しやうぐん》よ |言霊隊《ことたまたい》の|神軍《しんぐん》が
|勇士《ゆうし》と|現《あ》れし|三五《あななひ》の |照国別《てるくにわけ》の|言《こと》の|葉《は》を
いと|平《たひら》けく|安《やす》らけく |心《こころ》の|鏡《かがみ》にうつし|見《み》て
|省《かへり》み|給《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》に|誓《ちか》ひて|宣《の》り|伝《つた》ふ』
|俄《にはか》に|森《もり》の|中《なか》より|聞《きこ》え|来《く》る|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》に、|片彦《かたひこ》|始《はじ》め|一同《いちどう》は|案《あん》に|相違《さうゐ》し、|暫《しば》し|馬首《ばしゆ》を|止《とど》め、|稍《やや》|躊躇《ちうちよ》の|色《いろ》が|見《み》えて|来《き》た。|後《あと》に|控《ひか》へし|四五人《しごにん》の|騎士《きし》は|言霊《ことたま》に|討《う》たれて、|何《なん》となく|怖気《おぢけ》づき、|早《はや》くも|馬首《ばしゆ》をめぐらし、|馳《か》け|出《だ》さむとする|形勢《けいせい》さへ|見《み》えて|来《き》た。|片彦《かたひこ》はこの|態《てい》を|見《み》て、|気《き》を|焦《いら》ち、|躊躇《ちうちよ》してゐては、|却《かへつ》て|味方《みかた》の|不統一《ふとういつ》を|来《きた》し、|不利益《ふりえき》|此《この》|上《うへ》なしと|声《こゑ》を|励《はげ》まし、
『ヤアヤア|一同《いちどう》の|騎士《きし》、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》の|一行《いつかう》|現《あら》はれたり、|大自在天《だいじざいてん》|大国彦神《おほくにひこのかみ》の|神力《しんりき》を|身《み》に|受《う》けたる|吾々《われわれ》|神軍《しんぐん》の|勇士《ゆうし》は、|彼等《かれら》に|躊躇《ちうちよ》することなく、|馬蹄《ばてい》にかけて|踏《ふ》み|殺《ころ》せよ』
と|厳《きび》しく|下知《げち》すれば、|駒《こま》に|跨《またが》り、|照国別《てるくにわけ》の|方《かた》に|向《むか》つて、|鞭《むち》をきびしく|馬背《ばはい》に|当《あ》てながら|踏砕《ふみくだ》かむと|進《すす》み|来《く》る。|照国別《てるくにわけ》は|泰然自若《たいぜんじじやく》として|天《あま》の|数歌《かずうた》を|奏上《そうじやう》し、|又《また》もや|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|出《だ》した。されど|心《こころ》の|曇《くも》り|切《き》つたる|曲神《まがかみ》には、|宣伝歌《せんでんか》の|力《ちから》も|充分《じうぶん》に|透徹《とうてつ》せず、|敵《てき》は|命《いのち》|限《かぎ》りに|攻《せ》め|来《きた》る。|其《その》|猛勢《まうせい》に|腕《うで》を|叩《たた》いて|待構《まちかま》へてゐた|岩彦《いはひこ》は『|照国別《てるくにわけ》|殿《どの》お|許《ゆる》しあれ』と|言《い》ひながら|弦《つる》を|放《はな》れた|矢《や》の|如《ごと》く、|金剛杖《こんがうづゑ》を|上下左右《じやうげさいう》に|唸《うな》りを|立《た》てて|振《ふ》り|廻《まは》しながら、|敵《てき》に|向《むか》つて|突撃《とつげき》し、|瞬《またた》く|間《うち》に|馬《うま》の|脚《あし》を|片《かた》つ|端《ぱし》から|擲《なぐ》り|立《た》てた。|馬《うま》は|驚《おどろ》いて|立上《たちあが》り、|馬上《ばじやう》の|騎士《きし》は|真逆様《まつさかさま》に|地上《ちじやう》に|転落《てんらく》し、|馬《うま》を|乗《の》り|捨《す》て|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|逃《に》げ|散《ち》りゆく。|片彦《かたひこ》は|騎馬《きば》の|儘《まま》、|一目散《いちもくさん》に|南方《なんぱう》さして|駆《か》け|出《いだ》すを、|岩彦《いはひこ》は|敵《てき》の|馬《うま》に|跨《またが》り|杖《つゑ》にて|馬腹《ばふく》を|鞭《むちう》ちながら|片彦《かたひこ》の|後《あと》を|追《お》うて|一目散《いちもくさん》に|駆《かけ》り|行《ゆ》く。
|照国別《てるくにわけ》は|泰然自若《たいぜんじじやく》として|尚《なほ》も|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひつつあつた。|数多《あまた》の|騎士《きし》は|思《おも》ひ|思《おも》ひに|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|転《こ》けつ|輾《まろ》びつ|散乱《さんらん》した。されども|北《きた》へは|一人《ひとり》も|恐《おそ》れてか|逃《に》げ|行《ゆ》く|者《もの》はない。|岩彦《いはひこ》に|膝頭《ひざがしら》を|打《う》たれて|倒《たふ》れてゐる|馬匹《ばひつ》は|七八頭《しちはつとう》、|彼方《あなた》|此方《こなた》に|呻《うめ》き|声《ごゑ》をあげてゐる。|馬《うま》から|転落《てんらく》する|際《さい》、|首《くび》を|突込《つつこ》み、|肩骨《かたぼね》を|外《はづ》して|九死一生《きうしいつしやう》の|苦《くるし》みを|受《う》け|呻吟《しんぎん》してゐる|二人《ふたり》の|敵《てき》を、|照公《てるこう》、|梅公《うめこう》が|手分《てわ》けして|介抱《かいほう》してゐる。|照国別《てるくにわけ》は|敵《てき》の|負傷者《ふしやうしや》に|向《むか》つて|一生懸命《いつしやうけんめい》に|鎮魂《ちんこん》を|与《あた》へた。|漸《やうや》く|首《くび》の|骨《ほね》は|二人《ふたり》の|介抱《かいほう》に|依《よ》つて|元《もと》に|復《ふく》し、|外《はづ》れた|肩胛骨《けんかうこつ》も|元《もと》の|如《ごと》く|治《をさ》まつた。
|三人《さんにん》の|介抱《かいほう》を|受《う》けて|漸《やうや》く|元《もと》に|復《ふく》したる|二人《ふたり》の|騎士《きし》は、|味方《みかた》は|一人《ひとり》もあたりに|居《を》らず、|三人《さんにん》の|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》や|信者《しんじや》の|顔《かほ》を|見《み》て|大《おほい》に|驚《おどろ》き、
『|私《わたし》は|片彦《かたひこ》|将軍《しやうぐん》の|見出《みいだ》しに|預《あづ》かり、バラモン|教《けう》の|宣伝使《せんでんし》となつてゐるケーリス、タークスといふ|二人《ふたり》の|者《もの》で|厶《ござ》います。どうぞ|今日《こんにち》|只今《ただいま》より|三五教《あななひけう》に|帰順《きじゆん》|致《いた》しますから、|命《いのち》ばかりはお|助《たす》けを|願《ねが》ひます』
とハラハラと|涙《なみだ》を|流《なが》して|頼《たの》み|込《こ》んだ。|照国別《てるくにわけ》は|言葉《ことば》を|改《あらた》めて、いと|慇懃《いんぎん》に|労《いた》はりながら、
『あなた|方《がた》は|矢張《やつぱり》バラモンの|宣伝使《せんでんし》で|厶《ござ》つたか。|世《よ》の|中《なか》は|相見互《あひみたがひ》だ、|互《たがひ》に|助《たす》け|助《たす》けられ、|持《も》ちつ|持《も》たれつの|世《よ》の|中《なか》、|三五教《あななひけう》は|決《けつ》してバラモン|教《けう》の|如《ごと》く|敵《てき》を|殺傷《さつしやう》するといふやうな|非人道的《ひじんだうてき》なことはやらないから|安心《あんしん》してゐるがよい。|就《つい》ては|汝等《なんぢら》|両人《りやうにん》に|申付《まをしつ》くることがある。|之《これ》より|清春山《きよはるやま》へ|立寄《たちよ》り、イソの|館《やかた》へお|使《つかひ》に|行《い》つてはくれまいかなア』
『ハイ|最早《もはや》|貴方《あなた》のお|弟子《でし》となつた|以上《いじやう》は|如何《いか》なることも|承《うけたま》はりませう。|併《しか》し|乍《なが》らイソの|館《やかた》へ|参《まゐ》るの|丈《だけ》は|何《なん》だか|恐《おそ》ろしい|心持《こころもち》が|致《いた》します』
『|決《けつ》して|三五教《あななひけう》は|敵《てき》でも|助《たす》ける|役《やく》だから、|汝等《なんぢら》を|苦《くるし》めるやうなことはない。|又《また》|照国別《てるくにわけ》の|弟子《でし》だといへば|屹度《きつと》|大切《たいせつ》に|扱《あつか》つて|下《くだ》さるであらう。|今《いま》|手紙《てがみ》を|書《か》くから、|之《これ》を|持《も》つて|清春山《きよはるやま》へ|立寄《たちよ》り、|其《その》|次《つぎ》にはイソの|館《やかた》に|行《い》つて|日《ひ》の|出別神《でわけのかみ》|様《さま》に|面会《めんくわい》し、|暫《しばら》くイソ|館《やかた》にて|三五《あななひ》の|道《みち》の|修業《しうげふ》を|致《いた》すやう|取計《とりはか》らうてやらう』
|二人《ふたり》は、
『ハイ』
と|云《い》つたきり|有難涙《ありがたなみだ》にくれ、|再《ふたた》び|馬《うま》に|跨《またが》り|北《きた》へ|北《きた》へと|進《すす》むこととなつた。|一通《いつつう》の|手紙《てがみ》は|清春山《きよはるやま》のポーロに|宛《あ》て、|帰順《きじゆん》を|促《うなが》す|文面《ぶんめん》であり、|一通《いつつう》は|照国別《てるくにわけ》が|出陣《しゆつぢん》の|途中《とちう》|遭遇《さうぐう》したる|一伍一什《いちぶしじふ》を|日《ひ》の|出別神《でわけのかみ》に|報告《はうこく》し、|且《か》つ|此《この》|両人《りやうにん》をして|三五教《あななひけう》の|教理《けうり》を|学《まな》ばしめ、|将来《しやうらい》|宣伝使《せんでんし》として|用《もち》ひ|給《たま》はば、|相当《さうたう》の|成績《せいせき》をあぐる|者《もの》なるべし、|何分《なにぶん》|宜《よろ》しく|頼《たの》み|入《い》るとの|文面《ぶんめん》であつた。|二人《ふたり》は|心《こころ》の|底《そこ》より|照国別《てるくにわけ》の|慈愛《じあい》に|感《かん》じ、|遂《つひ》に|清春山《きよはるやま》に|立寄《たちよ》り、ポーロに|手紙《てがみ》を|渡《わた》し、|次《つ》いでイソ|館《やかた》に|進《すす》んで|教理《けうり》を|学《まな》び、|且《かつ》|又《また》バラモン|教《けう》のイソ|館《やかた》を|攻撃《こうげき》する|一伍一什《いちぶしじふ》の|作戦《さくせん》|計画《けいくわく》を|残《のこ》らず|打開《うちあ》けて|物語《ものがた》り、|非常《ひじやう》な|便宜《べんぎ》を|与《あた》へたのである。
|清春山《きよはるやま》に|二人《ふたり》が|立寄《たちよ》り、ポーロ|其《その》|外《ほか》を|帰順《きじゆん》せしめたる|一条《いちでう》や|其《その》|他《た》の|面白《おもしろ》き|経路《けいろ》は|項《かう》を|改《あらた》めて|述《の》ぶることとする。
|話《はなし》は|元《もと》へ|返《かへ》つて、|岩彦《いはひこ》は|駿馬《しゆんめ》に|跨《またが》り、|逃《に》げゆく|片彦《かたひこ》の|後《あと》を、|己《おのれ》も|馬《うま》に|跨《またが》つて|一目散《いちもくさん》に|西南《せいなん》|指《さ》して|駆《か》け|行《ゆ》く。ライオン|河《がは》の|近《ちか》くまでやつて|来《く》ると、|釘彦《くぎひこ》|将軍《しやうぐん》の|一隊《いつたい》|又《また》もや|数十騎《すうじつき》、|片彦《かたひこ》と|共《とも》に|岩彦《いはひこ》|一人《ひとり》を|目《め》がけて|弓《ゆみ》を|射《い》かけ、|攻《せ》めかくる。|岩彦《いはひこ》は|一隊《いつたい》の|的《まと》となり、|身体《からだ》|一面《いちめん》|矢《や》に|刺《さ》され、|蝟《はりねずみ》の|如《ごと》くなつて|了《しま》つた。されど|生死《せいし》の|境《さかひ》を|超越《てうゑつ》したる|岩彦《いはひこ》は|獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》を|以《もつ》て、|馬《うま》の|蹄《ひづめ》にて|一隊《いつたい》を|踏《ふ》み|躙《にじ》らむと、|前後左右《ぜんごさいう》をかけ|巡《めぐ》りつつあつたが、|身体《からだ》の|重傷《ふかで》に|疲《つか》れ|果《は》て、ドツと|馬上《ばじやう》より|地上《ちじやう》に|転落《てんらく》し、|人事不省《じんじふせい》となつて|了《しま》つた。|片彦《かたひこ》、|釘彦《くぎひこ》|将軍《しやうぐん》は|今《いま》|此《この》|時《とき》と、|馬《うま》を|飛《と》び|下《お》り、|岩彦《いはひこ》の|首《くび》を|刎《は》ねむとする|時《とき》、|何処《いづこ》ともなく|山岳《さんがく》も|崩《くづ》るるばかりの|大音響《だいおんきやう》と|共《とも》に|数十頭《すうじつとう》の|唐獅子《からじし》|現《あら》はれ|来《きた》り、|其《その》|中《うち》にて|最《もつと》も|巨大《きよだい》なる|獅子《しし》の|背《せ》に|大《だい》の|男《をとこ》|跨《またが》り、|眉間《みけん》より|強烈《きやうれつ》なる|神光《しんくわう》を|発射《はつしや》しながら、|釘彦《くぎひこ》の|一隊《いつたい》に|向《むか》つて|突込《つつこ》み|来《きた》る、|其《その》|勢《いきほひ》に|辟易《へきえき》し、|得物《えもの》を|投《な》げ|棄《す》て、|或《あるひ》は|馬《うま》を|棄《す》て、|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|散乱《さんらん》して|了《しま》つた。|獅子《しし》の|唸《うな》り|声《ごゑ》に|岩彦《いはひこ》はハツと|気《き》が|付《つ》きあたりを|見《み》れば、|巨大《きよだい》なる|獅子《しし》の|背《せ》に|跨《またが》り、|眉間《みけん》より|霊光《れいくわう》を|発射《はつしや》する|神人《しんじん》が|側近《そばちか》く|莞爾《くわんじ》として|控《ひか》へてゐる。|岩彦《いはひこ》は|体《からだ》の|痛《いた》みを|忘《わす》れ|起直《おきなほ》り、|跪《ひざまづ》いて|救命《きうめい》の|恩《おん》を|謝《しや》した。よくよく|見《み》れば|嵩計《あにはか》らむや、|三五教《あななひけう》にて|名《な》も|高《たか》き|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》の|時置師神《ときおかしのかみ》であつた。|岩彦《いはひこ》は|驚《おどろ》きと|喜《よろこ》びの|余《あま》り、
『ヤア|貴神《あなた》は|杢助様《もくすけさま》、|如何《どう》して|私《わたし》の|遭難《さうなん》が|分《わか》りましたか、よくマア|助《たす》けて|下《くだ》さいました』
|杢助《もくすけ》はカラカラと|打笑《うちわら》ひ、
『イヤ|岩彦《いはひこ》、|今後《こんご》は|決《けつ》して|乱暴《らんばう》なことは|致《いた》してはなりませぬぞ。|苟《いやし》くも|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》たる|身《み》を|以《もつ》て|暴力《ばうりよく》に|訴《うつた》へ|敵《てき》を|悩《なや》まさむとするは|御神慮《ごしんりよ》に|反《はん》する|行動《かうどう》である。|飽迄《あくまで》|善戦善闘《ぜんせんぜんとう》し、|言霊《ことたま》の|神力《しんりき》を|発射《はつしや》し、それにしても|行《ゆ》かなければ、|隙《すき》を|覗《ねら》つて|一時《いちじ》|退却《たいきやく》するも、|決《けつ》して|神慮《しんりよ》に|背《そむ》くものではない。|汝《なんぢ》は|之《これ》より|此《この》|獅子《しし》に|跨《またが》り、ライオン|河《がは》を|渡《わた》り、|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》の|遭難《さうなん》を|救《すく》ふべし、さらば』
といふより|早《はや》く|杢助《もくすけ》の|姿《すがた》は|煙《けむり》と|消《き》え、|数多《あまた》の|獅子《しし》の|影《かげ》もなく、|只《ただ》|一頭《いつとう》の|巨大《きよだい》なる|唐獅子《からじし》のみ|両足《りやうあし》を|揃《そろ》へ、|行儀《ぎやうぎ》よく|坐《すわ》つてゐた。|今《いま》|杢助《もくすけ》と|現《あら》はれたのは、|其《その》|実《じつ》は|五六七大神《みろくのおほかみ》の|命《めい》に|依《よ》り、|木花姫命《このはなひめのみこと》が|仮《か》りに|杢助《もくすけ》の|姿《すがた》を|現《あら》はし、|岩彦《いはひこ》の|危難《きなん》を|救《すく》はれたのである。|岩彦《いはひこ》は|之《これ》より|只《ただ》|一人《ひとり》|唐獅子《からじし》に|跨《またが》り、ライオン|河《がは》を|打渡《うちわた》り、|黄金姫《わうごんひめ》の|危急《ききふ》を|救《すく》ふべく、|急《いそ》ぎ|後《あと》を|追《お》ふこととなつた。
|此《この》|時《とき》、|岩彦《いはひこ》の|姿《すがた》は|何時《いつ》の|間《ま》にやら|透《す》き|通《とほ》り、|恰《あだか》も|鼈甲《べつかう》の|如《ごと》くなつてゐた。|仏者《ぶつしや》の|所謂《いはゆる》|文珠菩薩《もんじゆぼさつ》は|岩彦《いはひこ》の|宣伝使《せんでんし》の|霊《みたま》である。|之《これ》より|岩彦《いはひこ》は|月《つき》の|国《くに》を|縦横無尽《じうわうむじん》に|獅子《しし》の|助《たす》けに|依《よ》りて、|所々《しよしよ》に|変幻出没《へんげんしゆつぼつ》し、|三五《あななひ》の|神軍《しんぐん》を、|危急《ききふ》の|場合《ばあひ》に|現《あら》はれて|救《すく》ひ|守《まも》ることとなつたのである。
|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・一一・二 旧九・一四 松村真澄録)
第八章 |使者《ししや》〔一〇九二〕
ケーリス、タークス|両人《りやうにん》は |照国別《てるくにわけ》の|命令《めいれい》を
|喜《よろこ》び|勇《いさ》み|守《まも》りつつ |栗毛《くりげ》の|駒《こま》に|跨《またが》りて
クルスの|森《もり》を|駆《か》け|出《いだ》し |一目散《いちもくさん》に|大野原《おほのはら》
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》に|頭髪《とうはつ》を |梳《くしけづ》りつつ|驀地《まつしぐら》
|谷《たに》を|飛《と》び|越《こ》え|山《やま》|渉《わた》り |秋野《あきの》にすだく|虫《むし》の|声《こゑ》
いと|悲《かな》しげに|聞《きこ》ゆなる |荒野ケ原《あらのがはら》を|辿《たど》りつつ
|勢《いきほ》ひ|込《こ》んで|村肝《むらきも》の |心《こころ》も|勇《いさ》み|魂《たましひ》も
|清春山《きよはるやま》の|岩窟《がんくつ》に |進《すす》み|行《ゆ》くこそ|健気《けなげ》なれ
|清春山《きよはるやま》の|麓《ふもと》にて |駒《こま》を|乗《の》りすて|両人《りやうにん》は
|崎嶇《きく》たる|坂《さか》を|登《のぼ》りつつ |三五教《あななひけう》の|宣伝歌《せんでんか》
|歌《うた》ひ|歌《うた》ひて|進《すす》み|行《ゆ》く。
ケーリス、タークス|両人《りやうにん》は|清春山《きよはるやま》の|山麓《さんろく》に|駒《こま》をつなぎ、|烈《はげ》しき|山颪《やまおろし》に|当《あた》りながらエイヤ エイヤと|一歩々々《ひとあしひとあし》|力《りよく》をこめて|登《のぼ》るのであつた。ケーリスは|道々《みちみち》|歌《うた》ふ。
『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善神《ぜんしん》|邪神《じやしん》を|立分《たてわ》ける
|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》 とはいひながら|人《ひと》の|身《み》の
いかでか|神《かみ》を|審《さば》きえむ |三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は |仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|御聖徳《ごせいとく》
|五六七《みろく》の|神《かみ》と|現《あ》れましぬ バラモン|教《けう》を|統《す》べ|給《たま》ふ
|大黒主《おほくろぬし》の|神司《かむづかさ》 |尊《たふと》き|神《かみ》と|聞《きこ》ゆれど
|其《その》|源《みなもと》をたづぬれば |常世《とこよ》の|国《くに》に|生《あ》れませる
|常世神王《とこよしんわう》|自在天《じざいてん》 |大国彦《おほくにひこ》の|御裔《みすゑ》なる
|大国別《おほくにわけ》の|神司《かむつかさ》 |開《ひら》き|給《たま》ひし|御教《おんをしへ》
|此《この》|正統《せいとう》は|貴《うづ》の|御子《みこ》 |国別彦《くにわけひこ》が|現《あら》はれて
バラモン|教《けう》を|守《まも》りまし |統《す》べさせ|給《たま》ふ|道《みち》なるに
|鬼雲彦《おにくもひこ》が|現《あら》はれて |国別彦《くにわけひこ》を|放逐《はうちく》し
|自《みづか》ら|教主《けうしゆ》となりすまし |大黒主《おほくろぬし》と|名《な》を|変《か》へて
|月《つき》の|都《みやこ》に|威勢《ゐせい》よく |現《あら》はれ|来《きた》りし|曲津神《まがつかみ》
|善《ぜん》と|悪《あく》とは|明《あきら》かに これにて|思《おも》ひ|知《し》られけり
ウラルの|教《をしへ》を|奉《ほう》じたる ウラルの|彦《ひこ》も|源《みなもと》を
|詳《くは》しくたづね|調《しら》ぶれば |此《この》|世《よ》を|開《ひら》き|給《たま》ひたる
|塩長彦《しほながひこ》の|神柱《かむばしら》 |盤古神王《ばんこしんわう》の|正系《せいけい》を
|疎外《そぐわい》しながら|傲然《がうぜん》と |八王大神《やつわうだいじん》の|御裔《みすゑ》なる
ウラルの|彦《ひこ》やウラル|姫《ひめ》 その|正系《せいけい》と|詐《いつは》りて
|枉《まが》の|教《をしへ》を|遠近《をちこち》に |拓《ひら》いて|此《この》|世《よ》を|乱《みだ》し|行《ゆ》く
|其《その》やり|方《かた》の|物凄《ものすご》さ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして |三五教《あななひけう》やウラル|教《けう》
バラモン|教《けう》の|障壁《しやうへき》を |一時《いちじ》も|早《はや》く|撤回《てつくわい》し
|天地《てんち》を|造《つく》り|固《かた》めたる |国治立大神《くにたるたちのおほかみ》の
|一《ひと》つの|教《をしへ》に|服《まつろ》ひて |神《かみ》の|御為《おんた》め|世《よ》の|為《た》めに
|世界《せかい》|揃《そろ》うて|一日《いちじつ》も |早《はや》く|誠《まこと》を|尽《つく》すべく
|守《まも》らせ|玉《たま》へ|三五《あななひ》の |尊《たふと》き|神《かみ》の|御前《おんまへ》に
ケーリス、タークス|両人《りやうにん》が |慎《つつし》み|敬《うやま》ひ|願《ね》ぎまつる
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも |誠《まこと》|一《ひと》つの|三五《あななひ》の
|教《をしへ》を|守《まも》る|事《こと》ならば |如何《いか》なる|事《こと》か|成《な》らざらむ
|如何《いか》なる|枉《まが》も|恐《おそ》れむや |神《かみ》は|吾等《われら》と|倶《とも》にあり
|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》、|神《かみ》の|宮《みや》 これの|尊《たふと》き|御諭《みさとし》は
|三五教《あななひけう》の|御教《おんをしへ》 バラモン|教《けう》に|比《くら》ぶれば
|天地霄壌《てんちせうじやう》の|違《ちが》ひあり |月日《つきひ》は|空《そら》に|明《あきら》かに
|輝《かがや》き|渡《わた》り|吾々《われわれ》が |頭《かうべ》を|照《て》らし|給《たま》ひつつ
|心《こころ》にかかる|村雲《むらくも》を |神《かみ》の|息吹《いぶき》に|払《はら》ひ|除《の》け
|清《きよ》く|照《て》らさせ|給《たま》ひけり |此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》
|心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》 |只《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は
|直日《なほひ》に|見直《みなほ》せ|聞《き》き|直《なほ》せ |身《み》の|過《あやま》ちは|宣《の》り|直《なほ》せ
かく|明《あきら》けき|御教《みをしへ》を |守《まも》り|給《たま》へる|神司《かむづかさ》
|照国別《てるくにわけ》は|吾々《われわれ》の |百《もも》の|罪《つみ》をば|赦《ゆる》しまし
|生命《いのち》を|助《たす》け|労《いたは》りて まだホヤホヤの|信徒《しんと》をば
|少《すこ》しも|疑《うたが》ひ|給《たま》はずに かくも|尊《たふと》き|御使《みつかひ》を
|任《よ》さし|給《たま》ひし|有難《ありがた》さ |心《こころ》は|海《うみ》の|如《ごと》くなり
|魂《みたま》は|空《そら》の|如《ごと》くなり あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|守《まも》りの|深《ふか》くして |今《いま》まで|迷《まよ》ひしバラモンの
|胸《むね》は|全《まつた》く|覚《さ》め|来《きた》り |至仁《しじん》|至愛《しあい》の|大神《おほかみ》の
|教《をしへ》に|仕《つか》ふる|嬉《うれ》しさよ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひながら|清春山《きよはるやま》の|峻坂《しゆんぱん》を|登《のぼ》りつつあつた。|最早《もはや》|山《やま》の|三合目《さんがふめ》|迄《まで》|登《のぼ》りついた。これより|坂《さか》は|益々《ますます》|険《けは》しく|道《みち》|悪《あ》しく|容易《ようい》に|登《のぼ》る|事《こと》は|出来《でき》ない|難路《なんろ》である。タークスは|一歩々々《ひとあしひとあし》|指先《ゆびさき》に|力《ちから》を|入《い》れながら、|息《いき》を|喘《はづ》ませ|登《のぼ》りつつ|拍子《ひやうし》をとつて|歌《うた》ひ|出《だ》した。
『ウントコドツコイ、ハアハアハア フウフウフウフウ|息苦《いきぐる》し
|断崕《だんがい》|絶壁《ぜつぺき》きつい|道《みち》 こんな|処《ところ》で|倒《こ》けたなら
|体《からだ》は|忽《たちま》ち|千仭《せんじん》の |谷間《たにま》にドツコイ|転落《てんらく》し
|頭《あたま》はめしやげ|腕《うで》は|折《を》れ |手足《てあし》も|五体《ごたい》もグタグタに
なつて|猛獣《まうじう》のウントコシヨ うまい|餌食《ゑじき》になるだらう
ウントコドツコイ、ハアハアハア コリヤ コリヤ ケーリス|気《き》をつけよ
これから|先《さき》が|難関《なんくわん》だ |照国別《てるくにわけ》の|御命令《ごめいれい》
|首尾《しゆび》よく|御用《ごよう》をウントコシヨ |済《す》まして|目出度《めでた》く|復《かへ》り|言《ごと》
|申《まを》し|上《あ》げねば|命《いのち》をば |助《たす》けて|貰《もら》うたウントコシヨ
|御恩報《ごおんはう》じが|出来《でき》まいぞ |又《また》もや|烈《はげ》しい|風《かぜ》が|吹《ふ》く
そこらの|樹木《じゆもく》をしつかりと |掴《つか》まへながら|指先《ゆびさき》に
|力《ちから》をこめて|登《のぼ》らうか こんな|烈《はげ》しいドツコイシヨ
|凩風《こがらしかぜ》に|吹《ふ》かれては |俺《おれ》の|体《からだ》は|散《ち》りさうだ
ポーロやシヤムの|連中《れんちう》は |嘸《さぞ》|今頃《いまごろ》はドツコイシヨ
|目玉《めだま》の|光《ひか》つたウントコシヨ |大足別《おほだるわけ》の|司《つかさ》|等《ら》が
カルマタ|国《こく》へ|出陣《しゆつぢん》し |主人《あるじ》の|留守《るす》の|間鍋焚《まなべた》き
|奥《おく》の|一間《ひとま》に|胡坐《あぐら》かき ウントコドツコイ、ドツコイシヨ
|味《あぢ》よい|酒《さけ》を|取《と》り|出《だ》して |鱈腹《たらふく》|飲《の》んで|管《くだ》を|巻《ま》き
ウントコドツコイ、ヘベレケに なつて|頭《かうべ》を|右左《みぎひだり》
|張子《はりこ》の|虎《とら》のウントコシヨ |様《やう》にプリプリふりながら
|駄法螺《だぼら》を|吹《ふ》いて|居《を》るだらう |照国別《てるくにわけ》の|御手紙《おてがみ》に
|如何《いか》なる|事《こと》がドツコイシヨ |書《か》いてあるかは|知《し》らねども
ポーロの|奴《やつ》はドツコイシヨ |定《さだ》めて|驚《おどろ》く|事《こと》だらう
ウントコドツコイ|其《その》|顔《かほ》が |今《いま》|目《ま》のあたり|見《み》るやうに
|思《おも》ひなされて|仕様《しやう》がない |雨《あめ》か|霰《あられ》か|又《また》|風《かぜ》か
|地震《ぢしん》|雷《かみなり》|火《ひ》の|雨《あめ》か |何《いづ》れはドツコイ|悶錯《もんさく》が
|起《おこ》つて|来《く》るに|違《ちが》ひない |其《その》|時《とき》ケーリス、ドツコイシヨ
シツカリ|致《いた》して|曲神《まがかみ》に ちよろまかされてはならないぞ
|一旦《いつたん》|誠《まこと》の|御教《みをしへ》を |悟《さと》つた|上《うへ》はウントコシヨ
ハアハアハアハア|後返《あとがへ》り してはならない|神《かみ》の|道《みち》
|登《のぼ》り|難《がた》きは|坂道《さかみち》だ |誠《まこと》の|道《みち》を|進《すす》むのは
|此《この》|坂道《さかみち》をのぼるやうな ウントコドツコイものだらう
チツとの|油断《ゆだん》があつたなら ガラガラガラガラ|後戻《あともど》り
|鋭《するど》く|尖《とが》つたガラ|石《いし》の |車《くるま》に|乗《の》つて|谷底《たにそこ》へ
|落《お》ちてはならぬドツコイシヨ |神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて
|善悪邪正《ぜんあくじやせい》を|立分《たてわ》ける |其《その》|功績《いさをし》はドツコイシヨ
|天地《てんち》に|広《ひろ》く|鳴《な》り|渡《わた》る |雷《いかづち》の|如《ごと》ドツコイシヨ
|眠《ねむ》れる|人《ひと》の|目《め》を|覚《さ》まし |心《こころ》の|枉《まが》を|追《お》ひやりて
|水晶玉《すゐしやうだま》の|神《かみ》の|宮《みや》 |救《すく》はせ|給《たま》ふ|有難《ありがた》さ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 ドツコイ ドツコイ|御霊《おんみたま》
|幸《さち》はひ|給《たま》ひて|吾々《われわれ》が |堅《かた》き|心《こころ》を|弥《いや》|固《かた》に
|練《ね》らせ|給《たま》へよ|三五《あななひ》の |神《かみ》の|司《つかさ》の|太柱《ふとばしら》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |御前《みまへ》に|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
ウントコドツコイ|山《やま》は|裂《さ》け |海《うみ》はあせなむ|世《よ》はありとも
|一旦《いつたん》|悟《さと》つた|三五《あななひ》の |神《かみ》の|教《をしへ》は|忘《わす》れなよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 ケーリスしつかり|肝玉《きもだま》を
|据《す》ゑてかかれよ|今《いま》|暫《しば》し |登《のぼ》つて|行《ゆ》けば|岩窟《がんくつ》だ
ポーロやシヤムの|顔《かほ》を|見《み》て もとの|如《ごと》くに|撥返《はねかへ》り
バラモン|教《けう》に|堕落《だらく》して |神《かみ》の|怒《いか》りに|触《ふ》れざらめ
|俺《おれ》はお|前《まへ》の|親友《しんいう》だ お|前《まへ》を|思《おも》ふ|心《こころ》から
くどい|事《こと》とは|知《し》りながら |一寸《ちよつと》|此処《ここ》にて|気《き》をつける
ウントコドツコイ、ドツコイシヨ アイタタタツタ、アイタツタ
あんまり|喋《しやべ》つて|足許《あしもと》に |眼《まなこ》を|配《くば》るを|忘《わす》れたか
|尖《とが》つた|石《いし》のウントコシヨ |坂《さか》の|車《くるま》に|乗《の》せられて
したたか|打《う》つた|膝頭《ひざがしら》 |赤《あか》い|血潮《ちしほ》がドツコイシヨ
タラタラタラと|流《なが》れ|出《だ》す |此《この》|血《ち》の|色《いろ》を|眺《なが》むれば
|余程《よつぽど》|俺《おれ》の|魂《たましひ》は |清《きよ》められたに|違《ちが》ひない
|鮮血淋漓《せんけつりんり》と|迸《ほとばし》り |東《あづま》の|空《そら》に|茜《あかね》さす
|日《ひ》の|大神《おほかみ》の|如《ごと》くなり |誠《まこと》の|道《みち》に|服《まつろ》ひて
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|肉体《にくたい》を |活動《くわつどう》させて|居《ゐ》るならば
|筋肉《きんにく》|次第《しだい》に|活動《くわつどう》し |血液《けつえき》|流通《りうつう》よくなつて
ウントコドツコイ、ドツコイシヨ |鬱血《うつけつ》するよな|憂《うれ》ひない
|体《からだ》をヂツと|遊《あそ》ばせて |体主霊従《たいしゆれいじう》の|事《こと》ばかり
|考《かんが》へ|暮《くら》す|枉神《まがかみ》の |血潮《ちしほ》の|色《いろ》は|真黒気《まつくろけ》
ヤツトコドツコイ|小人《せうじん》は |閑居《かんきよ》しながらウントコシヨ
|不善《ふぜん》を|為《な》すと|聞《き》くからは |人《ひと》と|生《うま》れし|此《この》|上《うへ》は
|月日《つきひ》の|如《ごと》く|朝夕《あさゆふ》に タイムを|惜《をし》んで|活動《くわつどう》し
ウントコドツコイ|光陰《くわういん》を |空《むな》しく|費《つひ》やすウントコシヨ
|不道理《ふだうり》|至極《しごく》の|事《こと》をせず |朝《あさ》から|晩《ばん》まで|道《みち》のため
|誠《まこと》のために|働《はたら》けば こんな|美《うつく》しい|血《ち》が|循《めぐ》る
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |三五教《あななひけう》の|神様《かみさま》の
|貴《うづ》の|御前《みまへ》に|真心《まごころ》を |捧《ささ》げて|感謝《かんしや》し|奉《たてまつ》る』
|漸《やうや》くにしてポーロ、シヤム|等《ら》が|守《まも》つて|居《ゐ》る|岩窟《いはや》の|前《まへ》に|両人《りやうにん》は|辿《たど》りついた。|岩窟《いはや》の|口《くち》に|二人《ふたり》はソツと|佇《たたず》み、|中《なか》の|様子《やうす》を|密《ひそか》に|窺《うかが》へば、|奥《おく》には|何《なん》となく|騒々《さうざう》しい|阿鼻叫喚《あびけうくわん》の|声《こゑ》が|聞《きこ》えて|居《ゐ》る。ケーリス、ターリス|両人《りやうにん》は|腕《うで》を|組《く》み|頭《かうべ》を|傾《かたむ》けながら、
『はてな』
(大正一一・一一・二 旧九・一四 北村隆光録)
第九章 |雁使《かりのつかひ》〔一〇九三〕
フサと|月《つき》との|国境《くにざかひ》 アフガニスタンの|北方《ほつぱう》に
|雲《くも》を|圧《あつ》してそそり|立《た》つ |清春山《きよはるやま》はバラモンの
|教《をしへ》に|取《と》つて|第一《だいいち》の |要害《えうがい》|堅固《けんご》の|関所《せきしよ》ぞと
|名《な》も|遠近《をちこち》に|轟《とどろ》きぬ |大黒主《おほくろぬし》の|命《めい》に|依《よ》り
|清春山《きよはるやま》の|神柱《かむばしら》 |大足別《おほだるわけ》は|軍卒《ぐんそつ》を
|数多《あまた》|率《ひき》ゐてカルマタの |国《くに》の|都《みやこ》に|蟠《わだか》まる
ウラルの|彦《ひこ》の|魂《たま》の|末《すゑ》 |常暗彦《とこやみひこ》の|集団《しふだん》を
|只《ただ》|一戦《いつせん》に|相屠《あひほふ》り バラモン|教《けう》の|安泰《あんたい》を
|守《まも》らむ|為《ため》に|出《い》でゆきし |後《あと》は|藻《も》ぬけの|殻《から》となり
|難攻不落《なんこうふらく》の|絶所《ぜつしよ》をば |力《ちから》となしてポーロをば
|臨時《りんじ》|岩窟《いはや》の|司《つかさ》とし |出《い》でゆきし|後《あと》の|岩窟《がんくつ》は
|制度《せいど》も|秩序《ちつじよ》も|紊《みだ》れはて |夜《よ》を|日《ひ》に|次《つ》いで|十数《じふすう》の
|番卒《ばんそつ》|共《ども》は|腸《はらわた》を |腐《くさ》らす|牛飲馬食会《ぎういんばしよくくわい》
|盛《さか》んに|行《おこな》ひ|居《ゐ》たりしが |三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》
|照国別《てるくにわけ》の|一行《いつかう》に |言霊線《ことたません》を|放射《はうしや》され
|右往左往《うわうさわう》に|逃《に》げ|惑《まど》ふ |其《その》|惨状《さんじやう》を|見《み》のがして
|先《さき》を|急《いそ》ぎし|宣伝使《せんでんし》 |両親《りやうしん》|妹《いもと》を|守《まも》りつつ
|帰《かへ》りし|後《あと》は|又《また》|元《もと》の |牛飲馬食《ぎういんばしよく》の|会《くわい》となり
|飲《の》めよ|騒《さわ》げよ|歌《うた》へよ|舞《ま》へよ |一寸先《いつすんさき》は|暗《やみ》の|夜《よ》ぢや
|暗《やみ》の|後《あと》には|月《つき》が|出《で》る |月《つき》は|月《つき》ぢやが|運《うん》の|尽《つき》
キヨロつき、マゴつき、ウソつきの バラモン|教《けう》の|神柱《かむばしら》
|戦《いくさ》に|勝《か》たうが|負《ま》けようが |国家《こくか》の|興亡《こうばう》は|吾々《われわれ》の
|敢《あへ》て|関《くわん》するとこでない |朝《あさ》から|晩《ばん》まで|酒《さけ》を|呑《の》み
|甘《うま》い|物《もの》|食《く》て|楽々《らくらく》と |暮《くら》して|其《その》|日《ひ》を|送《おく》るのが
|文明人種《ぶんめいじんしゆ》の|行方《やりかた》と ウラル|教《けう》もどきに|悪化《あくくわ》して
ポーロ、レールを|初《はじ》めとし ハール、エルマやシヤム、キルク
|其《その》|外《ほか》|残《のこ》りの|信徒《まめひと》は |飲《の》まな|損《そこな》ぢやと|争《あらそ》うて
ヘベレケ|腰《ごし》になりながら |岩窟《いはや》の|中《なか》を|這《は》ひまわり
|大蛇《をろち》の|正体《しやうたい》|現《あら》はして |騒《さわ》ぎ|狂《くる》ふぞ|可笑《をか》しけれ。
ポーロはもつれ|舌《じた》を|無理《むり》に|動《うご》かせながら、
『オイ、レール、とうとう|爺《ぢぢ》イと|婆《ばば》アを|取返《とりかへ》され、|折角《せつかく》|陥穽《おとしあな》へ|落《おと》した|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|一行《いつかう》も|亦《また》、ヤツコスの|裏返《うらがへ》りに|依《よ》つて、サツパリ|掠奪《りやくだつ》され、|最早《もはや》|俺達《おれたち》の|使命《しめい》はこれで|尽《つ》きたと|言《い》ふものだ。こんな|淋《さび》しい|岩窟《いはや》に|頑張《ぐわんば》つて|居《を》つたのも、あの|夫婦《ふうふ》を|押込《おしこ》め、|彼奴《あいつ》の|口《くち》から|菖蒲《あやめ》を|口説《くど》き|落《おと》させ、|大足別《おほだるわけ》さまの|女房《にようばう》にする|為《ため》に|勤《つと》めてゐたのだが、モウ|斯《か》うなつちやア|仕方《しかた》がない。|本館《ほんやかた》へ|立帰《たちかへ》らうぢやないか。|大足別《おほだるわけ》さまは|不在《ふざい》でも、|小足別《こだるわけ》の|神司《かむつかさ》がまだ|沢山《たくさん》の|部下《ぶか》を|伴《つ》れて|守《まも》つてゐるから、そこまで|一《ひと》つ|退却《たいきやく》しようかい。グヅグヅしてゐるとあの|宣伝使《せんでんし》|奴《め》が【むし】|返《かへ》しにやつて|来《き》よつたら、それこそ|今度《こんど》はポーロもボロクソにやられて|了《しま》はねばならぬかも|知《し》れない。さうだから|今《いま》の|間《うち》にポーロい|汁《しる》を|吸《す》うて、|後《あと》に|未練《みれん》のないやうにしておかうと|思《おも》つて、|特別《とくべつ》|破格《はかく》を|以《もつ》て、|貴様《きさま》たちに|勉強《べんきやう》さして|牛飲馬食《ぎういんばしよく》を|勤《つと》めさしてゐるのだ。|此《この》|頃《ごろ》は|貴様《きさま》も|一向《いつかう》|不勉強《ふべんきやう》ぢやないか。|初《はじ》めの|間《うち》は|僅《わづ》かに|十六人《じふろくにん》を|以《もつ》て|四斗《しと》も|五斗《ごと》も|飲《の》んでくれたが、|何《なん》だ、|此《この》|頃《ごろ》は|十七八人《じふしちはちにん》も|寄《よ》つて|僅《わづ》かに|一斗《いつと》|五六升《ごろくしよう》の|酒《さけ》にヘベレケになりよつて、そんな|事《こと》で|此《この》|岩窟《がんくつ》の|酒《さけ》が|何時《いつ》なくなるか|分《わか》つたものぢやないぞ。レール、ちつと|皆《みな》の|奴《やつ》を|鞭撻《べんたつ》して、モ|少《すこ》し|活動《くわつどう》させたら|如何《どう》だい』
レール『|俺《おれ》だつて|何時《いつ》もレールから|脱線《だつせん》する|所《ところ》まで|奨励《しやうれい》してるのだから、モウこの|上《うへ》|勉強《べんきやう》せいと|云《い》つても|仕方《しかた》がないワ。ウラル|教《けう》の|奴《やつ》でもゐよると、|五六人《ごろくにん》|新手《あらて》を|加《くは》へて、|呑《の》ましてやつたなら、それはそれは|随分《ずゐぶん》【はか】がゆくのだけれどなア。|酒《さけ》を|呑《の》むなら|薬鑵《やくわん》で|呑《の》めよ、|薬鑵《やくわん》がいやなら|壺口《つぼぐち》で|呑《の》めよ。|壺口《つぼぐち》がいやなら|飛込《とびこ》んで|呑《の》めよ、|猩々《しやうじやう》の|奴《やつ》めが|胆《きも》つぶし、|呆《あき》れ|返《かへ》つて|逃《に》げるよに|呑《の》めよ、|呑《の》めよ|呑《の》めよドツサリ|呑《の》めよ、|呑《の》めば|呑《の》む|程《ほど》|身《み》の|徳利《とくり》だ。デカタンシヨウ デカタンシヨウ……とやつたら、|随分《ずゐぶん》|面白《おもしろ》からうがな。アーン』
ポーロ『オイ、シヤム、|貴様《きさま》は|此《この》|頃《ごろ》は|一向《いつかう》|酒《さけ》に|勉強《べんきやう》をせぬぢやないか。|何《なん》だか|口汚《くちぎた》ないシヤムシヤムと|飯《めし》ばかり|食《くら》ひやがつて、そんなことで|牛飲党《ぎういんたう》の|幹部《かんぶ》になれるか。グヅグヅしてゐると|酒《さけ》のなくならぬ|間《うち》に|三五教《あななひけう》がやつてくるかも|知《し》れぬぞ。さうなつたら|俺達《おれたち》は|三五教《あななひけう》ぢやないが、|無抵抗主義《むていかうしゆぎ》だから、|甘《うま》い|酒《さけ》が|残《のこ》つてると、|後《あと》に|執着心《しふちやくしん》が|残《のこ》つて|潔《いさぎよ》う|逃《に》げられぬからなア。|敵《てき》に|酒《さけ》を|呑《の》ますも|余《あま》り|気《き》が|利《き》かぬぢやないか』
シヤム『ナアニ、|三五教《あななひけう》だつてヤツパリ|人間《にんげん》だ。|彼奴《あいつ》が|呑《の》んでもヤツパリ|甘《うま》い|酒《さけ》は|甘《うま》いのだ。ウラル|教《けう》の|奴《やつ》に|手伝《てつだ》はすより、|余程《よほど》ハカが|行《ゆ》くかも|知《し》れぬぞ。|何《なん》ぼ|呑《の》んでも|三五教《あななひけう》だから、|腹《はら》にたまる|気遣《きづかひ》もなし、|俺達《おれたち》のやうに、|直《ぢき》に【づぶ】|六《ろく》メンタルになる|虞《おそれ》はなからうぞ。なあ、ハール、|三五教《あななひけう》がやつて|来《き》たら………これはこれはようこそ|御入来《ごじゆらい》|下《くだ》さいました。|何分《なにぶん》|悪《あく》の|御大将《おんたいしやう》が|不在《ふざい》で|厶《ござ》いますから、|結構《けつこう》な|毒酒《どくしゆ》をあげる|訳《わけ》にもゆかず、とつときのよい|酒《さけ》で|済《す》みませぬが、|一献《いつこん》どうでげせう……と【かます】のだ。さうすると、|酒《さけ》|見《み》て|笑《わら》はぬ|奴《やつ》アないから、|何程《なにほど》|三五教《あななひけう》だつて、すぐに|相好《さうがう》をくずし、|喉《のど》をグルグル|言《い》はして……ヤアこれはこれは|思《おも》ひがけなき|御馳走《ごちそう》を|頂戴《ちやうだい》|致《いた》しました……といつて、|目《め》を|細《ほそ》うしてグツと|一杯《いつぱい》やつたらモウ|大丈夫《だいぢやうぶ》だ。|一杯《いつぱい》のんでも|甘《うま》い、|二杯《にはい》のんでも|亦《また》|甘《うま》い、|三杯《さんばい》のんでもまだ|甘《うま》い、|四杯《しはい》|五杯《ごはい》、|百杯《ひやつぱい》|千杯《せんぱい》と、しまひの|果《はて》にや|土手《どて》を|切《き》らし、|三五教《あななひけう》も|何《なに》も|忘《わす》れて|了《しま》ひ、キツと|牛飲馬食会《ぎういんばしよくくわい》の|会員《くわいいん》になるにきまつとる。さうなると、|余《あま》り|俺達《おれたち》は|酒《さけ》を|呑《の》まぬやうにするのだ。|向方《むかふ》が|十分《じふぶん》|酔《よ》うた|潮合《しほあひ》を|計《はか》つて、|来《く》る|奴《やつ》|来《く》る|奴《やつ》をあの|陥穽《おとしあな》へ|埋葬《まいさう》さへすれば、|三五教《あななひけう》の|百匹《ひやつぴき》や|二百匹《にひやつぴき》|来《き》たつて、さまで|驚《おどろ》くには|及《およ》ばぬよ。|何《なん》と|妙案《めうあん》|奇策《きさく》ぢやないか』
かく|話《はな》す|時《とき》しも、エルマ、キルクの|両人《りやうにん》は|今迄《いままで》|酔《よ》ひ|倒《たふ》れてゐたが、|何《なん》に|感《かん》じたかムクムクと|起上《おきあが》り、
『コーリヤ、どいつも|此奴《こいつ》も、|計略《けいりやく》を|以《もつ》ておれ|等《ら》|両人《りやうにん》を|殺《ころ》そうとしたなア。|俺《おれ》も|死物狂《しにものぐる》ひだ』
と|夢《ゆめ》を|誠《まこと》と|思《おも》ひ|僻《ひが》め、|矢庭《やには》に|奥《おく》の|間《ま》に|駆《か》け|入《い》り、|両人《りやうにん》は|長刀《ちやうたう》をスラリと|引抜《ひきぬ》いて、ポーロ、レール、シヤム、ハール|其《その》|他《た》|十二三人《じふにさんにん》の|群《むれ》に|向《むか》つて、|無性《むしやう》|矢鱈《やたら》に|切込《きりこ》んだ。|頬《ほほ》の|肉《にく》をけづられた|奴《やつ》、|鼻《はな》の|先《さき》を|切《き》られた|奴《やつ》、|耳《みみ》を|落《おと》された|奴《やつ》、|腕《うで》を|切《き》られ、|指《ゆび》を|飛《と》ばされ、
『コラコラ|何《なに》をする』
といひながら|徳利《とくり》や|鉢《はち》や|盃《さかづき》や|膳《ぜん》を|以《もつ》て|防《ふせ》ぎ|戦《たたか》ふ。|徳利《とつくり》や|鉢《はち》の|破《わ》れる|音《おと》パチパチ ガチヤ ガチヤ、ウン、キヤア、アイタと|咆吼《はうかう》|怒号《どがう》の|声《こゑ》|一時《いちじ》に|起《おこ》り|来《きた》り、|岩窟《いはや》の|外《そと》|迄《まで》|聞《きこ》えて|来《き》た。ケーリス、タークスの|両人《りやうにん》は|何事《なにごと》の|変事《へんじ》|突発《とつぱつ》せしやと、|足許《あしもと》に|注意《ちうい》しながら|奥《おく》|深《ふか》く|進《すす》み|入《い》れば、|岩窟《いはや》の|中《なか》は|阿鼻叫喚《あびけうくわん》、|修羅《しゆら》の|巷《ちまた》と|激変《げきへん》してゐる。ケーリスは|矢庭《やには》に|雷《らい》の|如《ごと》き|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げ、
『コラツ』
と|一喝《いつかつ》した。どこともなく|其《その》|言霊《ことたま》に|三五教《あななひけう》の|威力《ゐりよく》|備《そな》はつてゐたと|見《み》え、エルマ、キルクは|其《その》|声《こゑ》と|共《とも》に|刀《かたな》をバタリと|落《おと》して|尻餅《しりもち》をつき、|仰向《あふむ》けに|倒《たふ》れる。ポーロ|以下《いか》の|連中《れんちう》も|手《て》に|持《も》つた|得物《えもの》を|悉《ことごと》く|其《その》|声《こゑ》と|共《とも》にパタリと|落《おと》し、|同《おな》じく|仰向《あふむ》けに、|残《のこ》らず|倒《たふ》れて|了《しま》つた。|何《いづ》れもケーリスの|言霊《ことたま》の|威力《ゐりよく》に|打《う》たれて|身体《しんたい》|強直《きやうちよく》し、|首《くび》から|上《うへ》のみをクルクルと|廻転《くわいてん》させ、|蒼白《まつさを》な|顔《かほ》して|呻《うめ》いてゐる。
タークスは|声《こゑ》も|涼《すず》しく|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|出《だ》した。
『|大黒主《おほくろぬし》の|命《めい》を|受《う》け イソの|館《やかた》へ|立向《たちむか》ふ
|鬼春別《おにはるわけ》の|将軍《しやうぐん》が |先鋒隊《せんぽうたい》と|仕《つか》へたる
|片彦《かたひこ》さまに|従《したが》うて ライオン|河《がは》を|打渡《うちわた》り
|駒《こま》に|跨《またが》り|堂々《だうだう》と クルスの|森《もり》に|来《きた》る|折《をり》
|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》 |照国別《てるくにわけ》の|一行《いつかう》に
|思《おも》はぬ|所《ところ》で|出会《でつくは》し |互《たがひ》に|挑《いど》み|戦《たたか》ひつ
|味方《みかた》は|脆《もろ》くも|敗北《はいぼく》し |吾等《われら》|二人《ふたり》は|言霊《ことたま》に
|打《う》たれて|馬《うま》より|転落《てんらく》し |命《いのち》|危《あやふ》くなりけるが
|仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|三五《あななひ》の |神《かみ》に|仕《つか》へし|神司《かむつかさ》
|照国別《てるくにわけ》は|照《てる》、|梅《うめ》の |二人《ふたり》の|供《とも》と|諸共《もろとも》に
|吾等《われら》を|助《たす》け|労《いた》はりて |尊《たふと》き|教《をしへ》を|宣《の》り|給《たま》ひ
|三五教《あななひけう》の|信徒《まめひと》と |許《ゆる》され|給《たま》ひし|身《み》の|上《うへ》ぞ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて
|吾等《われら》|二人《ふたり》は|勇《いさ》み|立《た》ち |栗毛《くりげ》の|駒《こま》に|跨《またが》りて
|清春山《きよはるやま》の|麓《ふもと》まで |風《かぜ》に|髪《かみ》をば|梳《くしけづ》り
|進《すす》み|来《きた》りし|者《もの》なるぞ ここに|駒《こま》をば|乗捨《のりす》てて
|汝《なんぢ》ポーロに|会《あ》はむ|為《ため》 |照国別《てるくにわけ》の|信書《しんしよ》をば
|齎《もたら》し|来《きた》る|吾《わ》が|一行《いつかう》 |岩窟《いはや》の|外《そと》にて|窺《うかが》へば
|阿鼻叫喚《あびけうくわん》の|惨状《さんじやう》は |手《て》にとる|如《ごと》く|聞《きこ》えたり
|只事《ただごと》ならじと|吾々《われわれ》は |進《すす》み|来《きた》りて|眺《なが》むれば
|落花狼藉《らくくわらうぜき》ここかしこ |血潮《ちしほ》の|雨《あめ》は|降《ふ》りしきり
|丼鉢《どんぶりばち》は|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ |徳利《とくり》は|宙《ちう》に|飛上《とびあ》がり
さながら|戦場《せんぢやう》の|如《ごと》くなり ポーロ、レールよシヤム、ハール
エルマやキルク|其《その》|外《ほか》の |神《かみ》の|司《つかさ》よ、よつく|聞《き》け
|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》 |一《ひと》つの|神《かみ》の|造《つく》らしし
|同胞《はらから》なれば|村肝《むらきも》の |心《こころ》を|合《あは》せ|睦《むつま》じく
|天地《てんち》の|神《かみ》の|御使《みつかひ》と なりて|仕《つか》ふる|身《み》なるぞや
|汝等《なんぢら》|一同《いちどう》|神柱《かむばしら》 |大足別《おほだるわけ》の|出《い》でましし
|不在《るす》を|幸《さいは》ひ|甘酒《うまざけ》に |酔《よ》ひくづれつつ|此《この》|様《さま》は
|神《かみ》の|司《つかさ》と|任《ま》けられし |人《ひと》のなすべき|事《こと》ならず
|一日《ひとひ》も|早《はや》く|心《こころ》をば |改《あらた》め|直《なほ》せ|惟神《かむながら》
|神《かみ》に|誓《ちか》ひてタークスが |汝《なんぢ》を|戒《いまし》め|諭《さと》すなり
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ
|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》つ|六《む》つ |七《なな》|八《や》|九《ここの》つ|十《たり》|百《もも》|千《ち》
|万《よろづ》の|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》に ポーロを|始《はじ》め|一同《いちどう》の
|心《こころ》の|園《その》に|花《はな》|開《ひら》き |正《ただ》しき|教《をしへ》の|御柱《みはしら》と
|救《すく》はせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》にねぎまつる』
と|歌《うた》ひ|了《をは》るや、ポーロを|始《はじ》めレール|其《その》|他《た》|一同《いちどう》はムクムクと|漸《やうや》くにして|起上《おきあが》り、|二人《ふたり》の|前《まへ》に|恐《おそ》る|恐《おそ》る|手《て》をつかへ、あやまり|入《い》るのであつた。
ポーロ、レールは|同《おな》じバラモン|教《けう》にて|顔《かほ》を|見知《みし》つたるケーリス、タークスの|両人《りやうにん》が|俄《にはか》に|不可思議《ふかしぎ》の|神力《しんりき》を|身《み》にそなへ、|且《か》つ|三五教式《あななひけうしき》の|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひたるに|胆《きも》を|潰《つぶ》し、|其《その》|霊徳《れいとく》に|打《う》たれて|一言《ひとこと》も|発《はつ》せず|又《また》|反抗的《はんかうてき》|態度《たいど》もとらず、|唯々諾々《ゐゐだくだく》として|両人《りやうにん》のなすが|儘《まま》に|服従《ふくじゆう》せむと、|期《き》せずして|互《たがひ》の|心《こころ》は|一致《いつち》してゐた。
ケーリス『コレ、ポーロさま、|大将《たいしやう》の|不在中《ふざいちゆう》だと|思《おも》つて、|随分《ずゐぶん》|活躍《くわつやく》したものですな、|少《すこ》しタガがゆるんでゐるやうですよ。かかる|忠臣《ちうしん》に|留守《るす》を|守《まも》らせておけば、|大足別《おほだるわけ》|様《さま》も|御安心《ごあんしん》でせう、アハヽヽヽ』
タークス『きまつた|事《こと》よ。|鬼《おに》の|居《ゐ》ぬ|間《ま》に|心《こころ》の|洗濯《せんたく》を|遊《あそ》ばしたのだ。|誰《たれ》だつて|今《いま》の|人間《にんげん》は|面従腹背《めんじうふくはい》とかいつて、|本人《ほんにん》の|前《まへ》ではペコペコと|頭《あたま》を|下《さ》げ………お|前《まへ》さまのことなら|命《いのち》でも|差上《さしあ》げますと、|二《ふた》つ|目《め》には|巧妙《かうめう》な|辞令《じれい》を|使《つか》つてゐるが、|其《その》|前《まへ》を|離《はな》れると、すぐに|打《う》つて|変《かは》つて|悪口《あくこう》を|言《い》つたり|反対的《はんたいてき》の|行動《かうどう》を|執《と》るものだ。それが|所謂《いはゆる》|現代《げんだい》|思潮《してう》だ。いはば|時勢《じせい》に|忠実《ちうじつ》な|行方《やりかた》と|言《い》はば|云《い》へぬことはない。|何事《なにごと》も|神直日《かむなほひ》、|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し、|善意《ぜんい》に|此《この》|場《ば》は|解釈《かいしやく》しておく|方《はう》が|穏《おだや》かであらうよ。|俺《おれ》だつて、|昨日《きのふ》までならキツトさうだ。ポーロさまに|決《けつ》して|負《ま》けるものぢやない。|吾々《われわれ》だつて|片彦《かたひこ》|将軍《しやうぐん》に|何《なん》といつた………|仮令《たとへ》|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|幾万騎《いくまんき》|押寄《おしよ》せ|来《きた》るとも、|命《いのち》の|限《かぎ》り|奮闘《ふんとう》を|続《つづ》け、|不幸《ふかう》にして|命《いのち》がなくなれば、|七度《ななたび》|生《うま》れ|変《かは》つて、バラモン|教《けう》の|為《ため》に|三五教《あななひけう》の|司《つかさ》を|殲滅《せんめつ》|致《いた》さねばおきませぬ………と|誓《ちか》つた|間《ま》もなく|直《すぐ》に|此《この》|通《とほ》り|三五教《あななひけう》へ|帰順《きじゆん》して|了《しま》つたのだから、|人間《にんげん》のやる|事《こと》は|如何《どう》しても|矛盾《むじゆん》は|免《まぬ》がれない。オイポーロさま、|実《じつ》は|俺達《おれたち》は|最早《もはや》|三五教《あななひけう》の|信徒《しんと》だ。これからイソの|館《やかた》へ|修行《しうぎやう》に|参《まゐ》る|所《ところ》だ。|其《その》|途中《とちう》に|於《おい》て|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》………つまり|俺達《おれたち》の|親分《おやぶん》、|照国別命《てるくにわけのみこと》から|信書《しんしよ》をことづかつて|来《き》たから、|何《なに》が|書《か》いてあるか|知《し》らぬが、よく|検《あらた》めて|読《よ》んでくれ』
ポーロは|照国別《てるくにわけ》と|聞《き》いて、|胸《むね》をビクつかせながら|信書《しんしよ》を|受取《うけと》り、|封《ふう》おし|切《き》つてソロソロと|読《よ》み|下《くだ》した。|信書《しんしよ》を|持《も》つ|手《て》は|頻《しき》りに|慄《ふる》へてゐる。|其《その》|文面《ぶんめん》は|左《さ》の|通《とほ》りである。
『一、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|照国別《てるくにわけ》より|清春山《きよはるやま》の|岩窟《がんくつ》の|留守職《るすしよく》ポーロに|一書《いつしよ》を|送《おく》る。|吾《わが》|両親《りやうしん》は、|永《なが》らく|汝《なんぢ》の|手厚《てあつ》きお|世話《せわ》になり、|安楽《あんらく》に|月日《つきひ》を|送《おく》り、あらゆる|世《よ》の|艱難《かんなん》を|嘗《な》めた|為《ため》、|漸《やうや》くにして|尊《たふと》き|神《かみ》の|恩恵《おんけい》を|悟《さと》り、|又《また》|吾《わが》|妹《いもうと》も|同《おな》じく|神徳《しんとく》の|広大無辺《くわうだいむへん》なるを|悟《さと》り、|正《ただ》しき|三五《あななひ》の|信徒《しんと》となりしも、|要《えう》するに|汝等《なんぢら》が|迫害的《はくがいてき》|同情《どうじやう》の|賜物《たまもの》たることを|深《ふか》く|信《しん》じ|深《ふか》く|感謝《かんしや》する。|又《また》|岩彦《いはひこ》の|宣伝使《せんでんし》はヤツコスと|名《な》を|変《へん》じ、|汝《なんぢ》が|岩窟《いはや》の|館《やかた》に|忍《しの》び|込《こ》み、|種々雑多《しゆじゆざつた》のバラモン|教《けう》の|教理《けうり》を|探《さぐ》り|得《え》たるは、|向後《かうご》に|於《お》ける|彼《かれ》が|活動上《くわつどうじやう》、|最《もつと》も|便宜《べんぎ》を|得《え》たるものと|確信《かくしん》し、これ|又《また》|謹《つつし》んで|感謝《かんしや》する|次第《しだい》である。
|次《つぎ》に|吾々《われわれ》|始《はじ》め|一行《いつかう》の|者《もの》、|暗黒《あんこく》なる|陥穽《おとしあな》に|放《はふ》りこまれ、|否《いな》|陥落《かんらく》したるより、|不注意《ふちうい》の|最《もつと》も|恐《おそ》るべきを|悟《さと》りたるは、|今後《こんご》の|吾々《われわれ》が|活動上《くわつどうじやう》に|於《お》ける|良《よ》き|戒《いまし》めにして、|全《まつた》く|汝等《なんぢら》の|恩恵《おんけい》に|依《よ》るものと、これ|又《また》|謹《つつし》んで|感謝《かんしや》する。|人《ひと》は|凡《すべ》て|尊《たふと》き|造物主《ざうぶつしゆ》の|分霊《ぶんれい》|分体《ぶんたい》なれば、|狭隘《けふあい》なる|教《をしへ》の|名《な》を|設《まう》けて、|互《たがひ》に|信仰《しんかう》を|争《あらそ》ひ、|主義《しゆぎ》を|戦《たたか》はすは、|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|元《もと》つ|御祖《みおや》の|神《かみ》に|対《たい》し、|不孝《ふかう》の|罪《つみ》、これより|大《だい》なるはなかるべし。
ケーリス、タークスの|両人《りやうにん》は|直《ただ》ちに|三五《あななひ》の|教理《けうり》を|悟《さと》り、|速《すみや》かに|入信《にふしん》したれば、|今《いま》よりウブスナ|山《やま》のイソ|館《やかた》に|遣《つか》はし、|天晴《あつぱ》れ|誠《まこと》の|神柱《かむばしら》となさむ|為《ため》に|差遣《さしつか》はす|途中《とちう》、|此《この》|手紙《てがみ》を|汝《なんぢ》に|謹《つつし》んで|呈《てい》する。|万一《まんいち》|汝等《なんぢら》にして|照国別《てるくにわけ》の|言《げん》を|肯定《こうてい》するならば、|此《この》|二人《ふたり》と|共《とも》にイソの|館《やかた》に|参《まゐ》り、|日《ひ》の|出別《でわけ》の|神《かみ》|始《はじ》め|其《その》|他《た》の|神司《かむづかさ》より|教《をしへ》を|受《う》けられよ。|恐惶頓首《きようくわうとんしゆ》』
と|記《しる》してあつた。ポーロは|涙《なみだ》を|流《なが》して|感歎《かんたん》し、|再《ふたた》び|此《この》|神文《しんもん》を|読《よ》み|上《あ》げ、|一同《いちどう》に|聞《き》かせた。レール、シヤム|其《その》|他《た》|一同《いちどう》は|異口同音《いくどうおん》に|照国別《てるくにわけ》の|宣伝使《せんでんし》を|称讃《しようさん》し、|且《かつ》|三五教《あななひけう》の|教理《けうり》の|十方無礙《じつぱうむげ》、|光明赫灼《くわうみやうかくしやく》たるに|打驚《うちおどろ》き、|心《こころ》を|改《あらた》め、|二人《ふたり》に|従《したが》つてイソ|館《やかた》へ|参進《さんしん》することとなつた。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・一一・二 旧九・一四 松村真澄録)
第三篇 |霊魂《れいこん》の|遊行《いうかう》
第一〇章 |衝突《しやうとつ》〔一〇九四〕
レーブ『|初秋《しよしう》の|風《かぜ》はザワザワと |峰《みね》の|尾上《をのへ》を|吹《ふ》きまくる
|玉山峠《たまやまたうげ》の|坂道《さかみち》を |黄金姫《わうごんひめ》を|初《はじ》めとし
|清照姫《きよてるひめ》の|母娘連《おやこづ》れ |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|御言《みこと》|畏《かしこ》み|月《つき》の|国《くに》 ハルナの|都《みやこ》に|蟠《わだか》まる
|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》に|憑《つ》かれたる |大黒主《おほくろぬし》の|枉神《まがかみ》を
|言向和《ことむけやは》し|天地《あめつち》の |尊《たふと》き|神《かみ》の|御光《みひかり》に
|救《すく》はむものと|両人《りやうにん》は |険《けは》しき|山川《やまかは》|打渡《うちわた》り
|雨《あめ》にはそぼち|荒風《あらかぜ》に |吹《ふ》かれながらもやうやうに
|此処迄《ここまで》|進《すす》み|来《きた》りけり |険《けは》しき|坂《さか》の|傍《かたはら》に
スツクと|立《た》てる|千引岩《ちびきいは》 これ|幸《さいは》ひと|立寄《たちよ》つて
|母娘《おやこ》|二人《ふたり》は|腰《こし》をかけ |息《いき》を|休《やす》むる|折《をり》もあれ
|矢《や》を|射《い》る|如《ごと》く|峻坂《しゆんぱん》を |地響《ぢひび》きさせつトントンと
|下《くだ》り|来《きた》れる|男《をとこ》あり よくよくすかし|眺《なが》むれば
|玉山峠《たまやまたうげ》の|登《のぼ》り|口《ぐち》 |思《おも》はず|出会《であ》うた|神司《かむづかさ》
レーブの|姿《すがた》と|見《み》るよりも |母娘《おやこ》は|声《こゑ》をはり|上《あ》げて
|手招《てまね》きすれば|立止《たちど》まり |行《ゆ》き|過《すご》したる|坂道《さかみち》を
|再《ふたた》び|登《のぼ》りて|両人《りやうにん》が |側《そば》に|近寄《ちかよ》りシトシトと
|流《なが》るる|汗《あせ》を|押拭《おしぬぐ》ひ |貴方《あなた》は|母娘《おやこ》の|神司《かむづかさ》
|私《わたし》はレーブで|厶《ござ》ります |尊《たふと》き|神《かみ》の|引合《ひきあ》はせ
|思《おも》はぬ|処《とこ》で|会《あ》ひました |貴方《あなた》に|別《わか》れた|其《その》|時《とき》は
|酷《むご》いお|方《かた》と|心《こころ》にて きつく|怨《うら》んで|居《を》りました
|一人《ひとり》の|男《をとこ》は|森林《しんりん》へ |姿《すがた》を|隠《かく》し|行衛《ゆくゑ》をば
|尋《たづ》ぬる|折《をり》しも|河《かは》|渡《わた》り |向《むか》ふへ|越《こ》えた|釘彦《くぎひこ》の
|手下《てした》の|武士《つはもの》|二騎《にき》|三騎《さんき》 |再《ふたた》び|河《かは》を|打渡《うちわた》り
レーブの|前《まへ》に|現《あら》はれて |今《いま》|居《ゐ》た|母娘《おやこ》の|巡礼《じゆんれい》は
|蜈蚣《むかで》の|姫《ひめ》に|小糸姫《こいとひめ》 テツキリそれに|違《ちが》ひない
|後《あと》|追《お》つかけて|引捕《ひつとら》へ |大黒主《おほくろぬし》の|御前《おんまへ》に
|引連《ひきつ》れ|行《ゆ》かむと|呶鳴《どな》る|故《ゆゑ》 ハツと|当惑《たうわく》しながらも
|早速《さそく》の|頓智《とんち》|此《この》レーブ そしらぬ|顔《かほ》の|惚《とぼ》け|面《づら》
|馬《うま》の|轡《くつわ》を|引掴《ひつつか》み こりやこりや|待《ま》つた、こりや|待《ま》つた
|鬼熊別《おにくまわけ》に|仕《つか》へたる |私《わし》はレーブの|司《つかさ》ぞや
|吾《われ》も|汝等《なれら》と|同様《どうやう》に |母娘《おやこ》|二人《ふたり》の|巡礼《じゆんれい》は
|蜈蚣《むかで》の|姫《ひめ》の|母娘《おやこ》ぞと |疑《うたが》ひながら|近寄《ちかよ》つて
よくよく|顔《かほ》を|調《しら》ぶれば |似《に》ても|似《に》つかぬ|雪《ゆき》と|墨《すみ》
|片目《かため》|婆《ば》さまの|皺苦茶《しわくちや》に |痘痕《あばた》をあしらふ|御面相《ごめんさう》
|娘《むすめ》は|如何《いか》にと|眺《なが》むれば これ|亦《また》|偉《えら》いドテ|南瓜《かぼちや》
|下賤《げせん》の|姿《すがた》の|母娘《おやこ》づれ |決《けつ》して|探《たづ》ぬる|人《ひと》でない
くだらぬことに|骨《ほね》を|折《を》り |貴重《きちよう》な|光陰《くわういん》|潰《つぶ》すより
|一時《いちじ》も|早《はや》くカルマタの |都《みやこ》に|進《すす》み|抜群《ばつぐん》の
|功名《こうみやう》|手柄《てがら》をしたがよい |何《なん》ぢやかんぢやと|口《くち》|極《きは》め
|罵《ののし》り|散《ち》らせば|釘彦《くぎひこ》の |手下《てした》の|騎士《きし》は|首肯《うなづ》いて
|再《ふたた》び|河《かは》を|打渡《うちわた》り |帰《かへ》り|行《ゆ》くこそ|嬉《うれ》しけれ
つらつら|思《おも》ひ|廻《まは》らせば |貴女《あなた》が|私《わたし》を|捨《す》てたのは
|深《ふか》い|仕組《しぐみ》のありしこと |前知《ぜんち》の|明《めい》なき|此《この》レーブ
|今更《いまさら》の|如《ごと》|感嘆《かんたん》し |勢込《いきほひこ》んでスタスタと
お|後《あと》を|慕《した》ひ|玉山《たまやま》の |峠《たうげ》を|越《こ》えて|後《あと》を|追《お》ひ
|此処《ここ》に|目出度《めでた》く|面会《めんくわい》し これほど|嬉《うれ》しい|事《こと》はない
あゝ|願《ねが》はくば|両人《りやうにん》よ レーブの|司《つかさ》を|月《つき》の|国《くに》
ハルナの|都《みやこ》に|伴《ともな》ひて |鬼熊別《おにくまわけ》の|館《やかた》まで
|進《すす》ませ|給《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》に|誓《ちか》ひて|願《ね》ぎまつる
|途中《とちう》に|如何《いか》なる|枉神《まがかみ》の |現《あら》はれ|来《きた》りて|騒《さ》やるとも
|神《かみ》に|任《まか》せし|此《この》レーブ |命《いのち》を|的《まと》に|投《な》げ|出《だ》して
|無事《ぶじ》に|貴女《あなた》の|目的《もくてき》を |達成《たつせい》せしめにやおきませぬ
|何卒《なにとぞ》お|供《とも》を|許《ゆる》されよ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|祈《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》に|代《か》へて|所感《しよかん》を|述《の》べ、ハルナの|都《みやこ》まで|随行《ずゐかう》を|許《ゆる》されむ|事《こと》を|懇願《こんぐわん》した。|黄金姫《わうごんひめ》は|言葉《ことば》|厳《おごそ》かに、
『|折角《せつかく》の|其方《そなた》の|親切《しんせつ》な|願《ねがひ》なれど|吾々《われわれ》|母娘《おやこ》は|日《ひ》の|出別《でわけ》の|神様《かみさま》の|特命《とくめい》を|受《う》け、もとより|供《とも》を|許《ゆる》されなかつたのだから、|今《いま》になつて|何程《なにほど》お|前《まへ》が|頼《たの》んでも|連《つ》れて|行《ゆ》く|事《こと》は|出来《でき》ない、さうだと|云《い》つて|貴方《あなた》を|排斥《はいせき》するのではない|程《ほど》に、|何卒《どうぞ》|悪《わる》くとらぬ|様《やう》にしてお|呉《く》れ』
レーブ『さう|仰《あふ》せらるれば、たつてお|頼《たの》み|申《まを》すわけには|参《まゐ》りませぬ。それなら|私《わたし》も|是非《ぜひ》が|御座《ござ》いませぬから|単独《たんどく》|行動《かうどう》をとり、|貴女方《あなたがた》|母娘《おやこ》の|前後《あとさき》を|守《まも》つて|参《まゐ》りませう』
|清照《きよてる》『|何卒《どうぞ》|吾々《われわれ》|母娘《おやこ》の|目《め》に|見《み》えない|範囲内《はんゐない》で|行《い》つて|下《くだ》さいや。もしもお|供《とも》をつれて|行《い》つたと|云《い》はれては|吾々《われわれ》|母娘《おやこ》の|申訳《まをしわけ》が|立《た》ちませぬからな』
レーブ『|左様《さやう》なれば、たつて|無理《むり》にはお|願《ねがひ》を|申《まを》しませぬ。|私《わたし》は|之《これ》より|不離不即《ふりふそく》の|態度《たいど》を|保《たも》ち、|兎《と》も|角《かく》もハルナの|都《みやこ》へ|参《まゐ》ります、どうぞハルナの|都《みやこ》へおいでになつたら|私《わたし》を|一度《いちど》|御引見《ごいんけん》|下《くだ》さる|様《やう》に|御願《おねがひ》を|致《いた》しておきます。|私《わたし》も|貴女《あなた》|様《さま》お|二人《ふたり》の|所在《ありか》を|尋《たづ》ぬべく|御主人様《ごしゆじんさま》に|命令《めいれい》を|受《う》けたもので|厶《ござ》いますから、|貴方《あなた》|等《たち》の|所在《ありか》さへ|分《わか》れば、それで|宜《よ》いので|厶《ござ》います。それなら|之《これ》から|見《み》え|隠《がく》れにお|供《とも》をしますから、こればかりはお|含《ふく》みを|願《ねが》ひます』
|黄金《こがね》『あゝ|仕方《しかた》がない。お|前《まへ》の|勝手《かつて》にしたが|宜《よ》からう』
レーブ『はい、|有難《ありがた》う』
と|落涙《らくるい》に|咽《むせ》んでゐる。|此《この》|時《とき》|谷底《たにそこ》より|聞《きこ》え|来《く》る|法螺貝《ほらがひ》、|陣太鼓《ぢんだいこ》、|鐘《かね》の|音《おと》、|矢叫《やさけ》びの|声《こゑ》、|木谺《こだま》を|驚《おどろ》かして|響《ひび》き|来《く》る。
『|素破《すは》こそ|一大事《いちだいじ》、バラモン|教《けう》の|大黒主《おほくろぬし》が|部下《ぶか》の|者《もの》ならむ。|彼《かれ》に|捕《つか》まつては|大変《たいへん》』
と|母娘《おやこ》は|岩《いは》の|後《うしろ》に|身《み》を|隠《かく》し、|一隊《いつたい》の|通過《つうくわ》を|待《ま》たむとした。レーブは|勇《いさ》み|立《た》ち、
『やあ、|愈《いよいよ》|忠義《ちうぎ》の|現《あら》はし|時《どき》、もしもし|御両人様《ごりやうにんさま》、|貴女《あなた》は|此《この》|岩影《いはかげ》に|身《み》を|忍《しの》びお|待《ま》ち|下《くだ》さいませ。|此《この》|軍隊《ぐんたい》をイソの|館《やかた》へ|進《すす》ませてはなりませぬ。これより|私《わたし》が|力限《ちからかぎ》り|戦《たたか》つて|敵《てき》を|退却《たいきやく》させて|見《み》ませう』
|黄金《こがね》『|決《けつ》して|敵《てき》を|傷《きず》つけてはなりませぬよ。|善言美詞《ぜんげんびし》の|言霊《ことたま》を|以《もつ》てお|防《ふせ》ぎなさい。|此《この》|細谷道《ほそたにみち》、|而《しか》も|急坂《きふはん》、|何程《なにほど》|数多《あまた》の|敵《てき》が|攻《せ》め|上《のぼ》り|来《きた》るとも、|一度《いちど》にドツとかかる|事《こと》は|出来《でき》まい。|片端《かたつぱし》から|言向和《ことむけやは》すが|神慮《しんりよ》に|叶《かな》うたやり|方《かた》、|先《ま》づ|其方《そなた》が|第一戦《だいいつせん》を|試《こころ》みたが|宜《よ》からう。とても|叶《かな》はぬと|見《み》てとつた|時《とき》は|此《この》|黄金姫《わうごんひめ》が|立《た》ち|代《かは》つて|言霊戦《ことたません》を|開《ひら》いて|見《み》ようから』
レーブ『|承知《しようち》|致《いた》しました。|一卒《いつそつ》これに|拠《よ》れば|万卒《ばんそつ》|進《すす》むべからずと|云《い》ふ|此《この》|難所《なんしよ》、|私《わたし》|一人《ひとり》で|大丈夫《だいぢやうぶ》です』
と|武者振《むしやぶる》ひして|勇《いさ》み|立《た》つた。
かかる|処《ところ》へブウブウと|先登《せんとう》に|立《た》つた|武士《つはもの》は|法螺貝《ほらがひ》を|吹《ふ》き|陣容《ぢんよう》を|整《ととの》へ|登《のぼ》り|来《く》る。|旗指物《はたさしもの》、|幾十《いくじふ》となく|風《かぜ》に|翻《ひるがへ》り|単縦陣《たんじうじん》を|作《つく》りて|進《すす》む|其《その》|光景《くわうけい》、|恰《あだか》も|絵巻物《ゑまきもの》を|見《み》る|如《ごと》くであつた。レーブは|千引《ちびき》の|岩《いは》の|上《うへ》に|直立《ちよくりつ》し、|此《この》|光景《くわうけい》を|眺《なが》め|敵軍《てきぐん》の|近《ちか》づくのを|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》つてゐる。
|先頭《せんとう》に|立《た》つた|武士《つはもの》は|急坂《きふはん》を|上《のぼ》りつつ|勇《いさ》ましく|軍歌《ぐんか》を|歌《うた》つてゐる。
『|東西南《とうざいなん》の|三方《さんぱう》に |青海ケ原《あをみがはら》を|巡《めぐ》らせる
|世界《せかい》で|一《いち》の|月《つき》の|国《くに》 |神《かみ》の|御稜威《みいづ》も|明《あきら》かに
|照《て》り|輝《かがや》きしバラモンの |教《をしへ》の|柱《はしら》は|畏《かしこ》くも
|大黒主《おほくろぬし》と|現《あ》れましぬ |此《この》|度《たび》イソの|神館《かむやかた》
|神素盞嗚《かむすさのを》の|枉神《まがかみ》が |手下《てした》の|者《もの》|共《ども》|集《あつ》まりて
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|武《ぶ》を|練《ね》りつ |一挙《いつきよ》に|月《つき》へ|攻《せ》め|寄《よ》せて
バラモン|教《けう》の|本城《ほんじやう》を |覆《くつが》へさむと|企《たく》み|居《ゐ》る
|其《その》|曲業《まがわざ》を|前知《ぜんち》して |吾等《われら》が|奉《ほう》ずる|神柱《かむばしら》
|大黒主《おほくろぬし》は|畏《かしこ》くも |鬼春別《おにはるわけ》を|将《しやう》となし
ランチ|将軍《しやうぐん》|片彦《かたひこ》の |大武士《おほつはもの》を|任《ま》け|給《たま》ひ
|悪魔《あくま》の|征途《せいと》に|上《のぼ》ります |其《その》|神業《しんげふ》に|仕《つか》へ|行《ゆ》く
|吾等《われら》の|身《み》こそ|楽《たの》しけれ |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|三五教《あななひけう》の|本城《ほんじやう》を |覆《くつが》へさずにおくべきか
|常世《とこよ》の|国《くに》の|自在天《じざいてん》 |大国彦《おほくにひこ》の|御守《おんまも》り
|愈《いよいよ》|深《ふか》くましませば |如何《いか》なる|枉《まが》の|猛《たけ》ぶとも
|鬼神《きしん》を|挫《ひし》ぐ|勇《ゆう》あるも などか|恐《おそ》れむバラモンの
|教《をしへ》に|鍛《きた》へし|此《この》|体《からだ》 |刃向《はむか》ふ|敵《てき》はあらざらめ
|進《すす》めよ|進《すす》め いざ|進《すす》め |神素盞嗚《かむすさのを》の|曲神《まがかみ》の
|手下《てした》の|残《のこ》らず|亡《ほろ》ぶまで |枉津《まがつ》の|軍《ぐん》の|失《う》するまで』
と|歌《うた》ひながら|旗鼓堂々《きこだうだう》と|進《すす》み|来《きた》る|物々《ものもの》しさ。
ランチ|将軍《しやうぐん》の|部下《ぶか》は|早《はや》くもレーブの|立《た》てる|岩《いは》の|麓《ふもと》まで|進《すす》んで|来《き》た。レーブは|大音声《だいおんぜう》を|張《は》り|上《あ》げながら、
『ヤアヤア、|吾《われ》こそはバラモン|教《けう》の|神司《かむづかさ》、|鬼熊別《おにくまわけ》が|身内《みうち》の|者《もの》、|只今《ただいま》|大自在天《だいじざいてん》のお|告《つ》げにより|汝等《なんぢら》|一行《いつかう》|此処《ここ》に|来《きた》る|事《こと》を|前知《ぜんち》し、|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》ち|構《かま》へ|居《ゐ》たり。|汝《なんぢ》も|亦《また》バラモンの|部下《ぶか》に|相違《さうゐ》はない。|云《い》はば|味方《みかた》|同士《どうし》だ。|案内《あんない》するは|本意《ほんい》なれども、|汝等《なんぢら》は|今《いま》の|軍歌《ぐんか》によつて|聞《き》けば|仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の|館《やかた》に|押寄《おしよ》するものと|聞《きこ》えたり。かう|聞《き》く|上《うへ》は|少《すこ》しも|猶予《いうよ》はならぬ。|片端《かたつぱし》から|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|言霊《ことたま》を|発射《はつしや》して|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|言向和《ことむけやは》し|呉《く》れむ。|暫《しばら》く|待《ま》て』
と|呼《よ》ばはつた。|先頭《せんとう》に|立《た》つた|武士《つはもの》はカルと|云《い》ふ|一寸《ちよつと》|気《き》の|利《き》いた|小頭《こがしら》である。カルはレーブの|此《この》|声《こゑ》を|聞《き》くより|立《た》ち|止《とど》まり、
『ハテ、|心得《こころえ》ぬ|汝《なんぢ》の|言葉《ことば》、|汝《なんぢ》バラモン|教《けう》の|神司《かむづかさ》でありながら、|何《なに》を|血迷《ちまよ》うて|左様《さやう》な|事《こと》を|申《まを》すか。|大方《おほかた》|発狂《はつきやう》|致《いた》したのであらう。そこ|退《の》け、|邪魔《じやま》になるわい』
と|進《すす》まむとするをレーブは|早《はや》くも|尖《とが》つた|石《いし》を|何時《いつ》の|間《ま》にか|岩《いは》の|上《うへ》に|幾十《いくじふ》となく|積《つ》み|重《かさ》ね、|一歩《いつぽ》たりとも|前進《ぜんしん》せば、|此《この》|岩《いは》を|以《もつ》て|脳天《なうてん》より|打挫《うちくじ》かむと|右手《めて》に|岩《いは》をささげて|睨《ね》めつけてゐる。カルは|目《め》を|瞋《いか》らし、
『こりや、こりやレーブ、|左様《さやう》な|石《いし》を|捧《ささ》げて|如何《どう》|致《いた》す|心算《つもり》だ。チツと|危険《きけん》ではないか』
レーブ『ハヽヽヽチツとも、やつとも|危険《きけん》だ。|何程《なにほど》|汝《なんぢ》の|味方《みかた》は|沢山《たくさん》|押寄《おしよ》せ|来《きた》るとも|此《この》|一条《いちでう》の|難路《なんろ》、|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|討滅《うちほろぼ》すに|何《なん》の|手間暇《てまひま》|要《い》るものか。|一時《いちじ》も|早《はや》くここを|引《ひ》き|返《かへ》せよ』
カルはレーブの|顔《かほ》を|睨《ね》めつけ、|互《たがひ》に|無言《むごん》のまま|睨《にら》みあつて|居《ゐ》ると、|後《うしろ》の|方《はう》より、
『|進《すす》め|進《すす》め』
と|登《のぼ》り|来《く》る|其《その》|勢《いきほひ》にカルもやむなく|後《あと》より|押《お》されて|前進《ぜんしん》せむとする|時《とき》、レーブは|無法《むはふ》にも|其《その》|岩《いは》をとつて|一《ひと》つ|嚇《おど》かし|呉《く》れむと、|敵《てき》に|中《あた》らぬ|様《やう》にと|狙《ねら》ひを|定《さだ》めて|投《な》げつくれば、|岩《いは》はカツカツと|音《おと》をたてて|谷底《たにそこ》へ|転落《てんらく》して|了《しま》つた。
カル『こりやこりや|危《あぶ》ないわい。|何《なに》を|致《いた》すか』
レーブ『|何《なに》も|致《いた》さない。|其方等《そのはうら》を|片端《かたつぱし》から|殲殺《みなごろ》しに|致《いた》さねば|俺《おれ》の|心《こころ》が|得心《とくしん》せぬのだ』
と|云《い》ひながら|今度《こんど》は|両手《りやうて》に|二《ふた》つの|石《いし》を|引掴《ひつつか》み、|又《また》もや|登《のぼ》り|来《く》る|敵《てき》に|向《むか》つて|投《な》げつけむとする|気色《けしき》を|示《しめ》した。ランチ|将軍《しやうぐん》は|稍《やや》|後《うしろ》の|方《はう》より、
『|進《すす》め|進《すす》め』
と|下知《げち》をする。|已《や》むを|得《え》ずしてカルは|前進《ぜんしん》せむとするを、レーブは|道《みち》の|真中《まんなか》に|立《た》ちはだかり、|第一着《だいいちちやく》にカルの|首筋《くびすぢ》を|掴《つか》んで|谷底《たにそこ》|目《め》がけて|投《な》げつけた。|又《また》|来《く》る|奴《やつ》を|引掴《ひつつか》み|十人《じふにん》ばかりも|谷川《たにがは》|目蒐《めが》けて|投《な》げつくる。かかる|処《ところ》へ|遥《はる》か|下《した》の|方《はう》より|数多《あまた》の|軍卒《ぐんそつ》を|押《お》し|分《わ》けて|登《のぼ》り|来《く》る|大《だい》の|男《をとこ》、|忽《たちま》ちレーブの|前《まへ》に|現《あら》はれ、
『|何者《なにもの》ならばわが|行軍《かうぐん》を|妨害《ばうがい》|致《いた》すか。|吾《われ》こそはランチ|将軍《しやうぐん》の|懐刀《ふところがたな》と|聞《きこ》えたる|若芽《わかめ》の|春造《はるざう》だ』
と|云《い》ひながらレーブの|素首《そつくび》|引掴《ひつつか》み、|谷川《たにがは》|目《め》がけてドスンとばかり|投《な》げ|込《こ》んで|了《しま》つた。|此《この》|態《てい》を|窺《うかが》ひ|見《み》たる|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》は、
『|今《いま》は|最早《もはや》|是《これ》までなり、|天則違反《てんそくゐはん》かは|知《し》らね|共《ども》、|何《なん》とかして|敵《てき》を|追《お》ひちらし、|只《ただ》|一人《ひとり》も|此《この》|峠《たうげ》を|越《こ》えさせじ』
と|腕《うで》に|撚《より》をかけ|金剛杖《こんがうづゑ》を|前後左右《ぜんごさいう》に|打振《うちふ》り|打振《うちふ》り、|単縦陣《たんじうぢん》を|張《は》つて|登《のぼ》り|来《く》る|敵《てき》に|向《むか》つて|打込《うちこ》めば、|素破《すは》|一大事《いちだいじ》とランチ|将軍《しやうぐん》は|弓《ゆみ》に|矢《や》をつがえ、|二人《ふたり》を|目《め》がけて|発矢《はつし》と|射《い》かけた。|続《つづ》いて|数多《あまた》の|軍勢《ぐんぜい》は|弓《ゆみ》を|背《せ》より|下《おろ》し|雨《あめ》の|如《ごと》く|二人《ふたり》に|向《むか》つて|射《い》かける。|其《その》|間《あひだ》を|杖《つゑ》を|以《もつ》て|避《よ》けながら|獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》を|以《もつ》て|前後左右《ぜんごさいう》に|母娘《おやこ》が|荒《あ》れまはる。|二人《ふたり》は|遂《つひ》に|坂道《さかみち》より|足《あし》|踏《ふ》み|外《はづ》し、|谷底《たにそこ》にヅデンドウと|母娘《おやこ》|一時《いちじ》に|転落《てんらく》した。|流石《さすが》の|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》は|武術《ぶじゆつ》の|心得《こころえ》あれば|少《すこ》しも|体《からだ》に|負傷《ふしやう》をなさず、|谷底《たにそこ》の|真砂《まさご》の|上《うへ》にヒラリと|体《たい》を|下《おろ》し|敵軍《てきぐん》|来《きた》れと|手《て》に|唾《つばき》して|待《ま》つてゐる。ランチ|将軍《しやうぐん》は|母娘《おやこ》|両人《りやうにん》を|逃《にが》すなと|下知《げち》すれば、|数多《あまた》の|軍卒《ぐんそつ》は|都合《つがふ》よき|谷川《たにがは》の|下《お》り|口《ぐち》を|探《さが》し|求《もと》めて、|雲霞《うんか》の|如《ごと》く|二人《ふたり》を|取囲《とりかこ》み|弓《ゆみ》を|頻《しき》りに|射《い》かけ|出《だ》した。|二人《ふたり》は|進退《しんたい》|惟《これ》|谷《きは》まつて|最早《もはや》|運命《うんめい》|尽《つ》きたりと|覚悟《かくご》の|臍《ほぞ》をかたむる|折《をり》しもあれ、|谷底《たにそこ》よりウーウーと|狼《おほかみ》の|呻声《うなりごゑ》|聞《きこ》ゆると|共《とも》に、|幾百《いくひやく》とも|知《し》れぬ|狼軍《らうぐん》はランチ|将軍《しやうぐん》に|向《むか》つて|牙《きば》を|剥《む》き|目《め》を|瞋《いか》らして|暴《あば》れ|入《い》る。|其《その》|勢《いきほひ》に|辟易《へきえき》し、ランチ|将軍《しやうぐん》を|始《はじ》め|一同《いちどう》は|玉山峠《たまやまたうげ》を|雪崩《なだれ》の|如《ごと》くバラバラバツと|逃《に》げて|行《ゆ》く。
|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》は|前後《ぜんご》に|心《こころ》を|配《くば》りながら、|数十《すうじふ》の|狼《おほかみ》に|送《おく》られて|玉山峠《たまやまたうげ》を|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひながら|悠々《いういう》として|下《くだ》り|行《ゆ》く。|谷口《たにぐち》に|到《いた》り|見《み》れば、ランチ|将軍《しやうぐん》の|部下《ぶか》は|如何《いかが》なりしか、|影《かげ》だにも|見《み》えずなつて|居《ゐ》た。これは|玉山峠《たまやまたうげ》を|登《のぼ》れば|余程《よほど》の|近道《ちかみち》なれども、|危険《きけん》を|恐《おそ》れて|道《みち》を|東《ひがし》に|向《むか》ひて|進軍《しんぐん》したものと|見《み》える。|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》は|無人《むじん》の|野《の》を|行《ゆ》く|心地《ここち》して|悠々《いういう》と|進《すす》み|行《ゆ》くのであつた。
(大正一一・一一・二 旧九・一四 北村隆光録)
第一一章 |三途館《みづやかた》〔一〇九五〕
|四面《しめん》|寂寥《せきれう》として|虫《むし》の|声《こゑ》もなく |際限《さいげん》もなき|枯野原《かれのはら》を
|形容《けいよう》し|難《がた》き|魔《ま》の|風《かぜ》に |吹《ふ》かれながらに|進《すす》み|行《ゆ》く。
|道《みち》の|片方《かたはう》の|真赤《まつか》な|血《ち》の|流《なが》れたやうな|方形《はうけい》の|岩《いは》に|腰打掛《こしうちか》け、|息《いき》を|休《やす》めてゐる|一人《ひとり》の|男《をとこ》がある。そこへ『ホーイホーイ』と|怪《あや》しき|声《ごゑ》を|張上《はりあ》げながら、|杖《つゑ》を|力《ちから》にトボトボと|足許《あしもと》|覚束《おぼつか》なげにやつて|来《く》る|七八人《しちはちにん》の|男《をとこ》、|何《いづ》れの|顔《かほ》を|見《み》ても、|皆《みな》|土《つち》の|如《ごと》く|青白《あをじろ》く、|頭《あたま》に|三角《さんかく》の|霊衣《れいい》を|戴《いただ》いてゐる。|之《これ》は|言《い》はずと|知《し》れた|幽界《いうかい》の|旅《たび》をしてゐる|亡者《まうじや》の|一団《いちだん》であつた。|先《さき》に|腰打掛《こしうちか》けて|休《やす》んでゐたのは、|玉山峠《たまやまたうげ》の|谷底《たにそこ》から、|春造《はるざう》に|投込《なげこ》まれて|気絶《きぜつ》したレーブである。|後《あと》から|来《く》るのが、カルを|始《はじ》め|七八人《しちはちにん》のバラモン|教《けう》の|家来《けらい》であつた。カルは|黄金姫《わうごんひめ》に|投込《なげこ》まれて|気絶《きぜつ》し、|其《その》|他《た》の|亡者《まうじや》は|残《のこ》らずレーブの|為《ため》にやられた|連中《れんちう》ばかりである。
カルはレーブの|姿《すがた》を|見《み》て、
『ヨー、お|早《はや》う、お|前《まへ》も|矢張《やつぱり》こんな|所《ところ》へやつて|来《き》たのかなア、|附合《つきあひ》のいい|男《をとこ》だな。|死《し》なば|諸共《もろとも》|死出三途《しでせうづ》、|血《ち》の|池《いけ》|地獄《ぢごく》、|針《はり》の|山《やま》、|八寒《はちかん》|地獄《ぢごく》も|手《て》を|曳《ひ》いて、|十万億土《じふまんおくど》へ|参《まゐ》りませう。モウ|斯《か》うなつちや|現界《げんかい》と|違《ちが》つて、|幽界《いうかい》では|名誉心《めいよしん》も|要《い》らねば、|財産《ざいさん》の|必要《ひつえう》もない。|従《したが》つて|争《あらそ》ひも|怨恨《うらみ》も|不必要《ふひつえう》だ。|只《ただ》|恨《うら》むらくは、|生前《せいぜん》にバラモン|神様《がみさま》を|信《しん》じてゐたお|神徳《かげ》で、|至幸《しかう》|至楽《しらく》の|天国《てんごく》へやつて|貰《もら》へるだらうと|期待《きたい》してゐたのが、ガラリと|外《はづ》れて、こんな|淋《さび》しい|枯野ケ原《かれのがはら》を|渉《わた》つて|行《ゆ》くだけが|残念《ざんねん》だが、これも|仕方《しかた》がない。サア、レーブさま、|一緒《いつしよ》に|参《まゐ》りませう』
レーブ『ヤア|皆《みな》さま、お|揃《そろ》ひだなア。カルさまは|根《ね》つから|俺《おれ》に|覚《おぼ》えがないが、はたの|御連中《ごれんちう》は|残《のこ》らず|俺《おれ》が|冥途《めいど》の|旅《たび》をさしてやつたやうなものだ。|併《しか》し|俺《おれ》はまだ|死《し》んではゐないのだから、|亡者《まうじや》|扱《あつか》ひは|御免《ごめん》だ。|千引《ちびき》の|岩《いは》の|上《うへ》に|於《おい》て|激戦《げきせん》|苦闘《くとう》をつづけた|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》のレーブさまが、|年《とし》の|若《わか》いのに|今頃《いまごろ》|死《し》んで|堪《たま》るかい。|此《この》レーブさまには|生《い》きたる|神《かみ》の|御守護《ごしゆご》があるから、メツタに|死《し》んでる|気遣《きづかひ》はないのだ。お|前達《まへたち》は|甘《うま》いことをいつて、|俺《おれ》を|冥途《めいど》へ|引張《ひつぱ》りに|来《き》よつたのだな。|扨《さ》ても|扨《さ》ても|肚《はら》の|悪《わる》い|男《をとこ》だ、モウいいかげんに|娑婆《しやば》の|妄執《まうしふ》を|晴《は》らさないか。|斯様《かやう》な|所《ところ》へふみ|迷《まよ》うて|来《く》ると|結構《けつこう》な|天国《てんごく》へ|行《ゆ》かれないぞ。|南無《なむ》カル|頓生菩提《とんしようぼだい》、|願《ねが》はくば|天国《てんごく》へ|救《すく》はせ|給《たま》へ。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|手《て》を|合《あは》す。
『オイ、レーブ、|貴様《きさま》|何《なに》|呆《とぼ》けてゐるのだ。ここは|娑婆《しやば》ぢやないぞ。|幽冥界《いうめいかい》の|門口《かどぐち》、|枯野ケ原《かれのがはら》の|真中《まんなか》だ。サア|之《これ》から|前進《ぜんしん》しよう。|何《いづ》れいろいろの|鬼《おに》が|出《で》て|来《き》て、|何《なん》とか|彼《かん》とか|難題《なんだい》を|吹《ふ》つかけるかも|知《し》れないが、それも|自業自得《じごうじとく》だ、|各自《かくじ》に|心《こころ》に|覚《おぼ》えがあることだから|何《なに》が|出《で》ても|仕方《しかた》がない。|皆《みな》|俺《おれ》たちが|心《こころ》の|中《なか》に|造《つく》つた|御親類筋《ごしんるゐすぢ》の|鬼《おに》に|責《せ》められるのだから、|諦《あきら》めるより|道《みち》はなからうぞ』
『ハヽヽヽヽ|亡者《まうじや》の|癖《くせ》に、|何《なに》を|吐《ぬか》すのだ。|気楽《きらく》さうに、|青《あを》、|赤《あか》、|黒《くろ》の|鬼《おに》が|鉄棒《かなぼう》を|持《も》つてやつて|来《き》たら、|貴様《きさま》それこそ|肝玉《きもだま》を|潰《つぶ》して、|目《め》を|眩《ま》かし、|二度目《にどめ》の|幽界《いうかい》|旅行《りよかう》をやらねばならなくなるぞ。|此《この》レーブさまは|何《なん》と|云《い》つても|死《し》んだ|覚《おぼ》えはない』
『マアどうでも|可《い》いワ。|行《ゆ》くとこ|迄《まで》|行《い》つてみれば、|死《し》んでゐるか|生《い》きてるか、|能《よ》く|分《わか》るのだからなア』
|斯《か》く|話《はな》す|折《をり》しも、|枯草《かれくさ》の|中《なか》から|忽然《こつぜん》として|現《あら》はれた、|仁王《にわう》の|荒削《あらけづ》りみたやうな、|真赤《まつか》の|角《つの》を|生《はや》した|裸鬼《はだかおに》、|虎《とら》の|皮《かは》の|褌《ふんどし》をグツと|締《し》め、|蒼白《あをじろ》い|牡牛《めうし》のやうな|角《つの》、|額《ひたひ》から|二本《にほん》|突《つ》き|出《だ》しながら、
『オイ|亡者《まうじや》|共《ども》』
と|大喝《たいかつ》|一声《いつせい》した。レーブは|初《はじ》めて、|自分《じぶん》が|冥途《めいど》へ|来《き》てゐるのだなア……と|合点《がてん》した。されど|自分《じぶん》は|誠《まこと》の|神様《かみさま》のお|道《みち》を|伝《つた》ふる|真最中《まつさいちう》に|死《し》んだのだから、|決《けつ》して|斯様《かやう》な|鬼《おに》に|迫害《はくがい》されたり|虐《しひた》げらるるものではない。|善言美詞《ぜんげんびし》の|言霊《ことたま》さへ|使《つか》へば|即座《そくざ》に|消滅《せうめつ》するものだと|固《かた》く|信《しん》じて、|外《ほか》の|亡者《まうじや》のやうに|左程《さほど》に|驚《おどろ》きもせず、|平然《へいぜん》として|鬼《おに》|共《ども》の|顔《かほ》を|打眺《うちなが》めてゐた。|鬼《おに》はレーブ、カルの|二人《ふたり》に|一寸《ちよつと》|会釈《ゑしやく》して、|比較的《ひかくてき》|優《やさ》しい|顔《かほ》で、
『エー|御両人様《ごりやうにんさま》、|貴方等《あなたがた》は|之《これ》から|私《わたし》が|御案内《ごあんない》しますから、|三途《せうづ》の|川《かは》の|岸《きし》まで|来《き》て|下《くだ》さい。|外《ほか》の|奴等《やつら》は……オイ|黒《くろ》|赤《あか》|両鬼《りやうおに》に|従《したが》つて、|此処《ここ》を|右《みぎ》に|取《と》つて|行《ゆ》くがよからう。サア|行《ゆ》けツ』
と|疣々《いぼいぼ》だらけの|鉄棒《かなぼう》を|持《も》つて|追《お》つかける|様《やう》にする、|八人《はちにん》の|亡者《まうじや》はシホシホと|赤黒《あかくろ》の|鬼《おに》に|引《ひ》かれて|茫々《ばうばう》たる|枯野ケ原《かれのがはら》の|彼方《かなた》に|消《き》え|去《さ》つた。
|青鬼《あをおに》はレーブ、カルを|送《おく》つて、|漸《やうや》くに|水音《みなおと》|淙々《そうそう》と|鳴《な》り|響《ひび》いてゐる|広《ひろ》き|川辺《かはべ》に|到着《たうちやく》した。|川辺《かはべ》には|何《なん》とも|知《し》れぬ|綺麗《きれい》な|黄金造《わうごんづく》りの|小《こ》ざつぱりとした|一軒家《いつけんや》が|立《た》つてゐる。|青鬼《あをおに》は|鉄門《かなど》をガラリとあけ、|中《なか》に|這入《はい》つて、
『|只今《ただいま》、|娑婆《しやば》の|亡者《まうじや》を|二人《ふたり》|送《おく》つて|来《き》ました。どうぞ|受取《うけと》り|下《くだ》さいませ』
と|叮嚀《ていねい》に|挨拶《あいさつ》してゐる。レーブ、カルは|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見合《みあは》せ、|小声《こごゑ》で、
レーブ『オイ、コリヤ|怪体《けつたい》な|事《こと》になつて|来《き》たぢやないか。|此《この》|大川《おほかは》を|渡《わた》れといはれたら、それこそ|大変《たいへん》だぞ。|今《いま》|鬼《おに》が……|二人《ふたり》の|亡者《まうじや》を|送《おく》つて|来《き》ました、|受取《うけと》つて|下《くだ》さい………なんて|言《い》つてるぢやないか。|一寸《ちよつと》|見《み》ても|強《つよ》さうな|小面憎《こづらにく》い|鬼《おに》が、あれ|丈《だけ》|叮嚀《ていねい》に|挨拶《あいさつ》してるのだから、|余程《よつぽど》|強《つよ》い|大鬼《おほおに》が|此処《ここ》に|居《ゐ》るに|違《ちが》ひないぞ。|今《いま》の|間《うち》に|元《もと》の|道《みち》へ|逃《に》げ|出《だ》さうかなア』
カル『|逃《に》げ|出《だ》すと|云《い》つたつて、|地理《ちり》も|分《わか》らず、|何一《なにひと》つ|障碍物《しやうがいぶつ》がない|此《この》|枯野原《かれのはら》、|直《すぐ》に|見《み》つかつて|了《しま》ふワ。それよりも|神妙《しんめう》にして|甘《うま》く|交渉《かうせふ》を|遂《と》げ、よい|所《ところ》へやつて|貰《もら》ふ|方《はう》が|何程《なにほど》|得《とく》かも|知《し》れないぞ』
かく|話《はな》す|時《とき》しも、|青鬼《あをおに》は|二人《ふたり》は|向《むか》ひ、|叮嚀《ていねい》に|頭《かしら》をピヨコピヨコ|下《さ》げて、
『|私《わたし》は|之《これ》からお|暇《いとま》を|申《まを》します。|館《やかた》の|主人《あるじ》さまに|何《なに》も|彼《か》も|一伍一什《いちぶしじふ》|申上《まをしあ》げておきましたから、どうぞ|御勝手《ごかつて》に|入《はい》つて、|悠《ゆつ》くりお|話《はなし》をなさいませ』
と|云《い》ひながら|大股《おほまた》にまたげて、|鉄棒《かなぼう》を|軽《かる》さうに|打振《うちふ》り|打振《うちふ》り|元《もと》|来《き》た|道《みち》へ|引返《ひつかへ》すのであつた。
|後《あと》に|二人《ふたり》は|怪訝《けげん》な|顔《かほ》しながら、
レーブ『オイ、|如何《どう》やら|此処《ここ》は|三途《せうづ》の|川《かは》らしいぞ、|何《なん》と|妙《めう》な|川《かは》ぢやないか。|三段《さんだん》に|波《なみ》が|別《わか》れて|流《なが》れてゐる。まるで|縦《たて》に|流《なが》れてゐるのか、|横《よこ》に|流《なが》れてゐるのか|見当《けんたう》が|取《と》れぬやうな|川《かは》だのう』
カル『オイ、そんな|川《かは》|所《どころ》かい、|此《この》|館《やかた》はキツと|三途川原《せうづがはら》の|鬼婆《おにばば》の|番所《ばんしよ》かも|分《わか》らぬぞ。ここで|俺達《おれたち》はサツパリ|着物《きもの》を|剥《は》がれて|了《しま》ふのだ。さうすればこれから|前途《さき》は|追々《おひおひ》|冬空《ふゆぞら》に|向《む》くのに|赤裸《まつぱだか》になつて、|八寒《はちかん》|地獄《ぢごく》に|旅立《たびだち》といふ|悲劇《ひげき》の|幕《まく》がおりるかも|知《し》れぬぞ。|困《こま》つたことが|出来《でき》たものだなア』
かく|話《はな》す|所《ところ》へ|館《やかた》の|戸《と》を|押開《おしひら》いて|現《あら》はれて|来《き》たのは|十二三才《じふにさんさい》の|美《うつく》しい|娘《むすめ》であつた。
レーブ『ヤア|偉《えら》い|見当違《けんたうちがひ》をしてゐたワイ。|三途《せうづ》の|川《かは》の|脱衣婆《だついばば》アといへば、エグつたらしい|顔《かほ》をした、|人《ひと》でも|喰《く》ひさうな|餓鬼《がき》が|控《ひか》へてゐるかと|思《おも》へば、まだ|十二三才《じふにさんさい》の|肩揚《かたあげ》の|取《と》れぬ|少女《せうぢよ》が|而《しか》も|二人《ふたり》、|優《やさ》しい|顔《かほ》して|出《で》て|来《く》るぢやないか。|矢張《やつぱり》|現界《げんかい》とは|凡《すべ》てのことが|逆様《さかさま》だといふから、|現界《げんかい》の|所謂《いはゆる》|小娘《こむすめ》が|幽界《いうかい》の|婆《ばば》アかも|知《し》れぬぞ。|娘《むすめ》と|云《い》つたら|幽界《いうかい》では|婆《ばば》アのことだらう。|婆《ばば》アと|云《い》つたら|幽界《いうかい》では|少女《せうぢよ》のことだらう。|娘《むすめ》と|云《い》つたら……』
カル『コリヤコリヤ|同《お》んなじことばかり、|何《なに》をグヅグヅ|言《い》つてるのだい。|娘《むすめ》が|聞《き》いたら|態《ざま》が|悪《わる》いぞ』
『|余《あま》りの|不思議《ふしぎ》で、ツイあんな|事《こと》が|言《い》へたのだ』
|二人《ふたり》の|少女《せうぢよ》は|叮嚀《ていねい》に|手《て》をつかへ、
『あなたはレーブさまにカルさまで|厶《ござ》いますか。サアどうぞお|姫《ひめ》さまが|最前《さいぜん》からお|待兼《まちかね》で|厶《ござ》います。お|弁当《べんたう》の|用意《ようい》もして|厶《ござ》いますから、どうぞトツクリとお|休《やす》みの|上《うへ》お|食《あが》り|下《くだ》さいませ』
レーブ『イヤア、|洒落《しやれ》て【けつ】かるワイ、さうすると|矢張《やつぱり》ここは|現界《げんかい》だな。|此《この》|風景《ふうけい》のよい|川端《かはばた》でどこの|奴《やつ》か|知《し》らねども|沢山《たくさん》のおチヨボをおきやがつて、|茶代《ちやだい》をねだつたり|御馳走《ごちそう》を|拵《こしら》へて|高《たか》く|代価《だいか》を|請求《せいきう》し、|剥取《はぎと》りをしやがるのだな。オイ|気《き》を|付《つ》けぬと|着物《きもの》|位《くらゐ》ならいいが、|魂《たましひ》まで|女《をんな》に|抜取《ぬきと》られて|了《しま》ふかも|知《し》れぬぞ。|鬼婆《おにばば》よりも|何《なに》よりも|恐《おそ》ろしいのは|美《うつく》しい|女《をんな》だからなア』
|少女《せうぢよ》『モシモシお|客《きやく》さま、そんな|心配《しんぱい》は|要《い》りませぬ、どうぞ|早《はや》くお|入《はい》り|下《くだ》さいませ』
カル『ヤツパリ|夢《ゆめ》だつたかいな。ネツからとんと|合点《がてん》がゆかぬやうになつて|来《き》たワイ。どこともなしに|娑婆《しやば》|臭《くさ》くなつて|来《き》たぞ』
レーブ『それだから、|貴様《きさま》が|亡者《まうじや》|気分《きぶん》になつてゐやがつた|時《とき》から、|俺《おれ》はキツト|死《し》んでゐるのぢやないと|言《い》つただらう。|兎《と》も|角《かく》|警戒《けいかい》して|女《をんな》に|魂《たましひ》を|抜《ぬ》かれぬやうに|入《はい》つて|見《み》ようかい。|併《しか》し|此《この》|家《いへ》を|見《み》るだけでも|大変《たいへん》|値打《ねうち》があるぞ。|屋根《やね》も|瓦《かはら》も|壁《かべ》もどこも|黄金造《わうごんづく》りぢやないか。こんな|所《ところ》に|居《ゐ》るナイスはキツト|世間離《せけんばな》れのした|高尚《かうしやう》な|優美《いうび》な|頗《すこぶ》る……に|違《ちが》ひない』
といひながら|少女《せうぢよ》に|引《ひ》かれて|二人《ふたり》は|閾《しきゐ》を|跨《また》げた。|外《そと》から|見《み》れば|金光燦爛《きんくわうさんらん》たる|此《この》|館《やかた》、|中《なか》へ|入《はい》つてみれば、|荒壁《あらかべ》が|落《お》ちて|骨《ほね》を|剥《む》きだし、まるで|乞食小屋《こじきごや》のやうである。そして|其《その》【むさ】|苦《くる》しいこと、|異様《いやう》の|臭気《しうき》がすること、お|話《はなし》にならぬ。|二人《ふたり》は|案《あん》に|相違《さうゐ》し、|思《おも》はず|知《し》らず、
『ヤア|此奴《こいつ》ア|堪《たま》らぬ、エライ|化家《ばけいへ》だなア。こんな|所《ところ》にゐやがる|奴《やつ》ア、どうで|碌《ろく》なものぢやあるまいぞ。オイ|気《き》を|付《つ》けぬと|虱《しらみ》が|足《あし》へ|這上《はひあが》るぞ、エーエ|気分《きぶん》の|悪《わる》いことだ』
と|口々《くちぐち》に|咳《つぶや》いてゐる。|破《やぶ》れた|襖障子《からかみ》をパツとあけて|奥《おく》からやつて|来《き》たのは、こはそもいかに、|汚《きたな》い|座敷《ざしき》に|似合《にあ》はぬ、|立派《りつぱ》な|衣裳《いしやう》を|着《ちやく》した|妙齢《めうれい》の|美人《びじん》、|襠姿《うちかけすがた》の|儘《まま》、|破《やぶ》れた|畳《たたみ》の|上《うへ》を|惜気《をしげ》もなく|引《ひ》きずりながら、|現《あら》はれ|来《きた》り、
『あゝ、これはこれはお|二人様《ふたりさま》、|待《ま》つて|居《を》りました。|大変《たいへん》|早《はや》うお|越《こ》しで|厶《ござ》いましたなア。|奥《おく》に|御馳走《ごちそう》が|拵《こしら》へてありますから、|一《ひと》つ|召上《めしあが》つて|下《くだ》さい』
と|打解《うちと》けた|言《い》ひぶりである。レーブは|合点《がてん》ゆかず、|家《いへ》の|中《なか》をキヨロキヨロ|見上《みあ》げ|見下《みおろ》し、|隅々《すみずみ》|迄《まで》も|見廻《みまは》しながら、
『|何《なん》と|隅《すみ》から|隅《すみ》|迄《まで》|完全無欠《くわんぜんむけつ》なムサ|苦《ぐる》しい|家《いへ》だなア、|何程《なにほど》|山海《さんかい》の|珍味《ちんみ》でも、|此《この》|光景《くわうけい》を|眺《なが》めては、|喉《のど》へは|通《とほ》りませぬワイ。コレコレお|女中《ぢよちう》、|一体《いつたい》|此処《ここ》は|何《なん》といふ|所《ところ》ですか』
|女《をんな》『ここは|冥途《めいど》の|三途《せうづ》の|川《かは》といふ|所《ところ》で|厶《ござ》いますよ』
レーブ『さうすると|矢張《やつぱり》|私《わたし》は|亡者《まうじや》になつたのかいなア』
『ホヽヽヽヽ|亡者《まうじや》といへば|亡者《まうじや》、|生《い》きてゐるといへば|少《すこ》し|息《いき》が|通《かよ》うてゐる。|三十万年後《さんじふまんねんご》の|二十世紀《にじつせいき》の|人間《にんげん》の|様《やう》な|者《もの》だ。|半死半《はんしはん》【せう】|泥棒《どろばう》とはお|前《まへ》さまのことですよ。|私《わたし》は|三途川《せうづがは》の|有名《いうめい》な|鬼婆《おにばば》で、|辞職《じしよく》の|出来《でき》ぬ|終身官《しうしんくわん》だよ。ホツホヽヽ』
『オイオイ|馬鹿《ばか》にすない、そんな|鬼婆《おにばば》があつてたまるかい、|年《とし》は|二八《にはち》か|二九《にく》からぬ、|花《はな》の|顔容《かんばせ》|月《つき》の|眉《まゆ》、|珂雪《かせつ》の|白歯《しらは》、|玲瓏玉《れいろうたま》の|如《ごと》き|其《その》|肌《はだ》の|具合《ぐあひ》、|如何《どう》して|之《これ》が|鬼婆《おにばば》と|思《おも》へるものか、あんまり|揶揄《からか》ふものではありませぬぞ、お|前《まへ》さまは|丁度《ちやうど》|二十一世紀《にじふいちせいき》のハイカラ|女《をんな》の|様《やう》なことを|言《い》ふぢやないか。こんな|娘《むすめ》が|婆《ばば》アとはどこで|算用《さんによ》が|違《ちが》うたのだらうなア』
『ホヽヽ|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|男《をとこ》だこと、|百年目《ひやくねんめ》に|二三年《にさんねん》づつ|人《ひと》の|寿命《じゆみやう》が|縮《ちぢ》まつてゆくのだから、|二十一世紀《にじふいちせいき》の|末《すゑ》になると、|十七八才《じふしちはつさい》になれば|大変《たいへん》な|古婆《ふるばば》だよ。モ|三歳《みつつ》になると|夫婦《ふうふ》の|道《みち》を|悟《さと》るやうになるのだから……お|前《まへ》さまも|余程《よつぽど》|頭《あたま》が|古《ふる》いね』
カル『さうすると、ここは|二十一世紀《にじふいちせいき》の|幽界《いうかい》の|三途《せうづ》の|川《かは》だな』
|女《をんな》『|三途《せうづ》の|川《かは》は|何万年《なんまんねん》|経《た》つても、|決《けつ》して|変《かは》るものではない。|此《この》|婆《ばば》アだつて、|何時迄《いつまで》も|年《とし》も|老《よ》らず、いはば|三途《せうづ》の|川《かは》のコゲつきだ。サア|早《はや》く|奥《おく》へ|来《き》て、|饂飩《うどん》でも|喰《く》べたがよからうぞや。|大分《だいぶ》に|玉山峠《たまやまたうげ》で|活動《くわつどう》して|腹《はら》がすいてゐるだらう』
レーブ『それなら|兎《と》も|角《かく》も|奥《おく》へ|通《とほ》して|貰《もら》はう。オイ、カル、|俺《おれ》|一人《ひとり》では|何《なん》だか|気分《きぶん》が|悪《わる》い、|貴様《きさま》もついて|来《こ》い』
カル『ヨシヨシ|従《つ》いて|行《ゆ》かう、|此《この》|女《をんな》はバの|字《じ》とケの|字《じ》に|違《ちが》ひないから|油断《ゆだん》をすな。そして|一歩々々《いつぽいつぽ》|探《さぐ》り|探《さぐ》りにゆかぬと、|陥穽《おとしあな》でも|拵《こしら》へてあつたら|大変《たいへん》だぞ。|亡者《まうじや》でも|矢張《やつぱり》|命《いのち》が|惜《を》しいからなア』
と|云《い》ひながら|美人《びじん》の|後《あと》に|従《つ》いて|行《ゆ》く。|奥《おく》の|間《ま》かと|思《おも》へば|草《くさ》|莽々《ばうばう》と|生《は》えきつた|川《かは》の|堤《つつみ》であつた。|其《その》|向方《むかふ》を|三途《せうづ》の|川《かは》が|滔々《たうたう》とウネリを|立《た》てて|白《しろ》い|泡《あわ》を|所々《ところどころ》に|吐《は》きながら|悠々《いういう》と|流《なが》れてゐる。
レーブ『コレコレ|婆《ば》アさまとやら、お|前《まへ》の|所《ところ》の|奥《おく》の|間《ま》といふのは、こんな|野《の》つ|原《ぱら》か。|矢張《やつぱり》|冥途《めいど》といふ|所《ところ》は|娑婆《しやば》とは|趣《おもむき》が|違《ちが》ふものだなア。|娘《むすめ》を|婆《ばば》と|云《い》つたり、|野原《のはら》を|奥《おく》と|言《い》つたり、サツパリ|裏表《うらおもて》だ。なア、カル|公《こう》、ますます|怪《あや》しくなつたぢやないか』
|女《をんな》『ここはお|前《まへ》さまの|仰有《おつしや》る|通《とほ》り|野《の》ツ|原《ぱら》だ、|奥《おく》の|間《ま》といふのは|次《つぎ》の|家《いへ》だ。|此《この》|向方《むかふ》に|立派《りつぱ》な|奥《おく》の|間《ま》が|建《た》つてゐるから、そこへ|案内《あんない》を|致《いた》しませう』
レーブ『|又《また》|外《そと》から|見《み》れば、|金殿玉楼《きんでんぎよくろう》、|中《なか》へ|入《い》つて|見《み》れば|乞食小屋《こじきごや》といふやうなお|館《やかた》へ|御案内《ごあんない》|下《くだ》さるのですかなア。イヤもうこれで|結構《けつこう》で|厶《ござ》います』
カル『|何《なん》で|又《また》これ|丈《だけ》|外《そと》に|金《かね》をかけて、|立派《りつぱ》な|家《いへ》を|建《た》てながら、|中《なか》はこんなにムサ|苦《ぐる》しいのだらう。なアお|婆《ば》アさま、コラ|一体《いつたい》|何《なに》か|意味《いみ》があるだらうな』
|女《をんな》『ここは|三途《せうづ》の|川《かは》の|現界部《げんかいぶ》だから、こんな|家《いへ》が|建《た》ててあるのだ。|現界《げんかい》の|奴《やつ》は|表面《うはつら》|計《ばか》り|立派《りつぱ》にして、|人《ひと》の|目《め》に|見《み》えぬ|所《ところ》は|皆《みな》こんなものだ。|口先《くちさき》は|立派《りつぱ》なことを|言《い》ふが、|心《こころ》の|中《なか》は|丁度《ちやうど》|此《この》|家《いへ》の|中《なか》|見《み》るやうなものですよ。|私《わたし》だつて|斯《こ》んなナイスに|粉飾《ふんしよく》してるが、|此《この》|家《いへ》と|同様《どうやう》で|肝腎要《かんじんかなめ》の|腹《はら》の|中《なか》は|本当《ほんたう》に|汚《きたな》いものだよ。お|前《まへ》さまもバラモン|教《けう》だとか、|三五教《あななひけう》だとかのレツテルを|被《かぶ》つて、|宣伝《せんでん》だとか|万伝《まんでん》だとか|言《い》つて|歩《ある》いてゐただらう、|腐《くさ》つた|肉《にく》に|宣伝使服《せんでんしふく》を|着《つ》けて|糞《くそ》や|小便《せうべん》をそこら|中《ぢう》|持《も》ち|歩《ある》いて、|神様《かみさま》を【だし】に、|物《もの》の|分《わか》らぬ|婆嬶《ばばかか》に|随喜《ずゐき》|渇仰《かつかう》の|涙《なみだ》をこぼさしてゐたのだらう。|私《わたし》も|此《この》|着物《きもの》を|一《ひと》つ|剥《む》いたら、|二目《ふため》と|見《み》られぬ|鬼婆《おにばば》アだよ。|白粉《おしろい》を|塗《ぬ》り|口紅《くちべに》をさし|白髪《しらが》に|黒《くろ》ンボを|塗《ぬ》り、|身体中《からだぢう》に|蝋《らふ》の|油《あぶら》をすり|込《こ》んで、こんなよい|肉付《にくづき》にみせてゐるが、|一遍《いつぺん》|少《すこ》し|熱《あつ》い|湯《ゆ》の|中《なか》へでも|這入《はい》らうものなら|見《み》られた|態《ざま》ぢやない。サア|是《これ》から|本当《ほんたう》の|家《いへ》の|中《なか》へ|伴《つ》れて|行《い》つてあげよう。イヤ|奥《おく》の|間《ま》へつれて|行《ゆ》きませう』
レーブ『|何《なん》と|合点《がてん》のいかぬことをいふ|娘婆《むすめば》アさまぢやなア。|何《なん》だか|気味《きみ》が|悪《わる》くなつて|来《き》た。|斯《か》う|言《い》はれると|自分等《じぶんら》の|腹《はら》の|中《うち》を|浄玻璃《じやうはり》の|鏡《かがみ》で|照《て》らされたやうな|気分《きぶん》になつて|来《き》たワイ。のうカル|公《こう》』
カル『さうだな、|丸切《まるき》り|現代《げんだい》の|貴勝族《きしようぞく》の|生活《せいくわつ》の|様《やう》だなア。|外《そと》から|見《み》れば|刹帝利《せつていり》か|浄行《じやうぎやう》か|何《なに》か|貴《たふと》い|方《かた》が|住《す》んでゐるお|館《やかた》のやうだが、|中《なか》へ|這入《はい》つてみると、|毘舎《びしや》よりも|首陀《しゆだ》よりも|幾層倍《いくそうばい》|劣《おと》つた|旃陀羅《せんだら》の|住家《すみか》の|様《やう》だのう』
|女《をんな》『【せんだら】|万《まん》だら|言《い》はずと|早《はや》く|此方《こつちや》アへ|来《き》なされよ。サア|此処《ここ》が|神界《しんかい》の|人《ひと》の|住《す》む|館《やかた》だ、かういふ|家《うち》に|住居《ぢうきよ》をするやうにならぬとあきませぬぞや』
レーブ『どこに|家《うち》があるのだい、|野原《のはら》|計《ばか》りぢやないか。|向《むか》ふには|川《かは》が|滔々《たうたう》と|流《なが》れてる|計《ばか》りで、|家《いへ》らしいものは|一《ひと》つもないぢやないか』
カル『オイ、レーブ、|貴様《きさま》|余程《よほど》|悟《さと》りの|悪《わる》い|奴《やつ》ぢやなア。|神界《しんかい》の|家《いへ》といつたら|娑婆《しやば》のやうな|木《き》や|石《いし》や|竹《たけ》で|畳《たた》んだ|家《いへ》ぢやない、|際限《さいげん》もなき|此《この》|宇宙間《うちうかん》を|称《しよう》して|神界《しんかい》の|家《いへ》と|云《い》ふのだ』
レーブ『こんな|家《いへ》に|住《す》んで|居《を》つたら、それでも|雨露《うろ》を|凌《しの》ぐ|事《こと》が|出来《でき》ぬぢやないか。|神界《しんかい》の|家《いへ》といふのは|所謂《いはゆる》|乞食《こじき》の|家《いへ》だな。|何《なに》がそんな|家《うち》が|結構《けつこう》だい。|貴様《きさま》こそ|訳《わけ》の|分《わか》らぬことを|言《い》ふぢやないか』
|女《をんな》『コレコレお|二人《ふたり》さま、|何《なに》をグヅグヅいつてらつしやるのだ、|此《この》|家《うち》が|見《み》えませぬか。|水晶《すゐしやう》の|屋根《やね》、|水晶《すゐしやう》の|柱《はしら》、|何《なに》もかも|一切万事《いつさいばんじ》、|器具《きぐ》の|端《はし》に|至《いた》る|迄《まで》|水晶《すゐしやう》で|拵《こしら》へてあるのだから、お|前《まへ》さまの|曇《くも》つた|眼力《がんりき》では|見《み》えませうまい。|私《わたし》の|体《からだ》だつて|神界《しんかい》へ|這入《はい》れば、これ|此《この》|通《とほ》り、|見《み》えますまいがな』
と|俄《にはか》に|透《す》き|通《とほ》つて|了《しま》つた。
レーブ『|目《め》は|開《あ》いてゐるが|家《いへ》の|所在《ありか》が|一寸《ちよつと》も|分《わか》らぬ、これでは|盲《めくら》も|同然《どうぜん》だ。|何程《なにほど》|結構《けつこう》でも|家《いへ》の|分《わか》らぬやうな|所《ところ》へやつて|来《き》て、|水晶《すゐしやう》の|柱《はしら》へでもブツカツたら、|大変《たいへん》だから、ヤツパリ|俺《おれ》は、|最前《さいぜん》の|現界《げんかい》の|家《いへ》の|方《はう》が|何程《なにほど》よいか|分《わか》らぬわ。コレコレ|娘婆《むすめば》アさま、どこへ|行《い》つたのだい。お|前《まへ》の|姿《すがた》|丈《だけ》なつと|見《み》せてくれないか』
|耳《みみ》のはたに|女《をんな》の|声《こゑ》、
『ホヽヽ|何《なん》とまア|不自由《ふじゆう》な|明盲《あきめくら》だこと、モ|少《すこ》し|霊《みたま》を|水晶《すゐしやう》に|研《みが》きなさい。そしたら|此《この》|立派《りつぱ》な|水晶《すゐしやう》の|館《やかた》が|明瞭《はつきり》と|見《み》えます』
レーブ『どうしても|見《み》えないから、|一《ひと》つ|手《て》を|引《ひ》いて|案内《あんない》して|下《くだ》さいな』
|女《をんな》『それなら|案内《あんない》して|上《あ》げませう』
と|言《い》ひながら、|水晶《すゐしやう》の|表戸《おもてど》をガラガラガラと|音《おと》をさせて|開《あ》けた。
『ヤア|顔《かほ》は|見《み》えぬが、|確《たしか》に|戸《と》のあいた|音《おと》だ』
といひながら|二人《ふたり》は|手《て》をつなぎ、レーブは|女《をんな》に|手《て》を|引《ひ》かれて、|水晶《すゐしやう》の|館《やかた》に|這入《はい》つて|了《しま》つた。
レーブ『|何《なん》だ|家《いへ》の|内《うち》か|家《いへ》の|外《そと》か、ヤツパリ|見当《けんたう》が|取《と》れぬぢやないか。アイタタ、とうとう|頭《あたま》をうつた、ヤツパリ|家《いへ》の|内《うち》と|見《み》えるワイ、コレコレ|娘婆《むすめば》アさま、こんな|所《ところ》に|居《を》るのはモウ|嫌《いや》だ。モ|一遍《いつぺん》|手《て》を|引張《ひつぱ》つて|出《だ》して|下《くだ》さいな』
|女《をんな》『お|前《まへ》さま|等《ら》|二人《ふたり》|勝手《かつて》に|出《で》なさい。|這入《はい》つたものが|出《で》られぬといふ|筈《はず》がない』
カル『|何《なん》とマア|意地《いぢ》の|悪《わる》い|女《をんな》だなア。そんなことを|言《い》はずに|一寸《ちよつと》の|手間《てま》ぢやないか、|出口《でぐち》を|教《をし》へて|下《くだ》さいな』
|女《をんな》『お|前《まへ》さまの|身魂《みたま》さへ|研《みが》けたら、|出口《でぐち》は|明瞭《はつきり》|分《わか》りますよ。|自然《しぜん》に|霊《みたま》の|研《みが》ける|迄《まで》、|千年《せんねん》でも|万年《まんねん》でもここに|坐《すわ》つてゐなさい、こんな|綺麗《きれい》な|所《ところ》はありませぬからなア』
レーブ『|余《あま》り|汚《きたな》い|霊《みたま》が|水晶《すゐしやう》の|館《やかた》へ|入《はい》つたものだから、とうとう|神徳敗《しんとくま》けをしてしまつて、|出口《でぐち》が|分《わか》らなくなつて|了《しま》つた。エヽ|構《かま》ふこたない、|盲《めくら》でさへ|一人《ひとり》|道中《だうちう》をする|世《よ》の|中《なか》だ。|頭《あたま》を|打《う》たぬ|様《やう》に|手《て》で|空《くう》をかきながら、|出《で》られる|所《ところ》へ|出《で》ようぢやないか』
カル『さうだな、なんぼ|広《ひろ》い|家《うち》だつて、さう|大《おほ》きうはあるまい。|小口《こぐち》から|撫《な》で|廻《まは》したら|出口《でぐち》はあるだらう。|本当《ほんたう》に|盲《めくら》よりひどいぢやないか。|外《そと》が|見《み》えて|居《を》りながら|出《で》られぬとは、|何《ど》うした|因果《いんぐわ》なことだらう。コラ|大方《おほかた》あの|娘婆《むすめばば》アの|計略《けいりやく》にかかつてこんな|所《ところ》へ|入《い》れられたのかも|知《し》れぬぞ……ヤア|同《おな》じ|女《をんな》が|沢山《たくさん》に|映《うつ》り|出《だ》した。ハハア|此奴《こいつ》ア|鏡《かがみ》で|作《つく》つた|家《うち》だ、|一《ひと》つの|影《かげ》が|彼方《あちら》へ|反射《はんしや》し、|此方《こちら》へ|反射《はんしや》し、|沢山《たくさん》に|見《み》え|出《だ》しよつたのだ。ヨーヨー|俺達《おれたち》の|姿《すがた》も|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|映《うつ》つてるぢやないか、|此奴《こいつ》ア|閉口《へいこう》だ。コレ|娘婆《むすめば》アさま、そんな|意地《いぢ》の|悪《わる》いことを|言《い》はずに|出《だ》して|下《くだ》さいな』
|女《をんな》『ホヽヽ|娑婆《しやば》|亡者《まうじや》とはお|前《まへ》のことだ。それならモウ|好《よ》い|加減《かげん》に|出《だ》して|上《あ》げませう、|折角《せつかく》の|水晶《すゐしやう》の|館《やかた》が|汚《けが》れて|曇《くも》つて|了《しま》ふと、あとの|掃除《さうぢ》に|此《この》|婆《ばば》アも|困《こま》るから』
と|云《い》ひながら、|二人《ふたり》の|手《て》をつないで、|外《そと》へ|出《だ》した|手《て》を|引張《ひつぱ》つてくれた|感覚《かんかく》はするが、|声《こゑ》が|聞《きこ》えるばかりで、|少《すこ》しも|姿《すがた》は|見《み》えなかつた。
|女《をんな》『サア|此処《ここ》が|外《そと》だ。モウ|安心《あんしん》しなさい』
レーブ『ヤア|有難《ありがた》う、おかげで|助《たす》かりました。ヤアお|婆《ば》アさま、そこに|居《を》つたのか』
|女《をんな》『サア|之《これ》から|幽界《いうかい》の|館《やかた》を|案内《あんない》しませう、|私《わたし》について|来《く》るのだよ』
レーブ『|神界《しんかい》|現界《げんかい》の|立派《りつぱ》なお|家《うち》を|拝見《はいけん》したのだから、|幽界《いうかい》も|矢張《やつぱり》|序《ついで》に|見《み》せて|貰《もら》はうか。のうカル|公《こう》』
カル『|定《きま》つた|事《こと》だ。ここ|迄《まで》やつて|来《き》て|幽界《いうかい》|丈《だけ》|見《み》なくては|帰《い》んで|嬶《かか》アに|土産《みやげ》がないワイ』
|女《をんな》『ホヽヽお|前《まへ》さま|達《たち》、|帰《い》なうと|云《い》つても、モウ|斯《か》う|冥途《めいど》へ|来《き》た|上《うへ》は、メツタに|帰《かへ》ることが|出来《でき》ませぬぞや、ここは|三途《せうづ》の|川《かは》の|渡場《わたしば》だ。それ、ここに|汚《きたな》い|藁小屋《わらごや》がある、これが|幽界《いうかい》のお|館《やかた》だ』
と|言《い》ひながら|俄《にはか》に|白髪《しらが》の|婆《ばば》アになつて|了《しま》つた。
レーブ『ヤア、カル|公《こう》、あの|娘《むすめ》は|本当《ほんたう》の|婆《ばば》アになりよつたぞ。いやらしい|顔《かほ》をしてゐるぢやねえか』
|婆《ばば》『いやらしいのは|当然《あたりまへ》だ。|亡者《まうじや》の|皮《かは》を|剥《は》ぐ|脱衣婆《だついばば》アだから、サアこれからお|前《まへ》さまの|衣《ころも》をはがすのだ』
カル『エヽ|洒落《しやれ》ない、なんだ|此《この》|小《ち》つぽけな|雪隠小屋《せんちごや》のやうな|家《うち》を|見《み》つけやがつて、モウ|俺《おれ》は|止《や》めた。|矢張《やつぱり》|現界《げんかい》の|家《いへ》の|方《はう》へ|行《い》つて|休《やす》まう』
と|踵《きびす》を|返《かへ》さうとすれば、|婆《ばば》アはグツと|両《りやう》の|手《て》で|二人《ふたり》の|首筋《くびすぢ》を|掴《つか》んだ。|二人《ふたり》はゾツとして、
『オイ|婆《ば》アさま、|離《はな》した|離《はな》した、こらへてくれ、こらへてくれ』
|婆《ばば》『|何《なん》と|云《い》つても|離《はな》さない。ここは|幽界《いうかい》の|関所《せきしよ》だから、お|前《まへ》を|赤裸《まつぱだか》にして、|地獄《ぢごく》へ|追《お》ひやらねばならぬのだ。|此《この》|三途《せうづ》の|川《かは》には|神界《しんかい》へ|行《ゆ》く|途《みち》と、|現界《げんかい》へ|行《ゆ》く|途《みち》と、|幽界《いうかい》へ|行《ゆ》く|途《みち》と|三筋《みすぢ》あるから、それで|三途《せうづ》の|川《かは》といふのだよ。|伊弉諾尊《いざなぎのみこと》|様《さま》が|黄泉国《よもつのくに》からお|帰《かへ》りなさつた|時《とき》|御禊《みそぎ》をなさつたのも|此《この》|川《かは》だよ。|上《かみ》つ|瀬《せ》は|瀬《せ》|強《つよ》し、|下《しも》つ|瀬《せ》は|瀬《せ》|弱《よわ》し、|中《なか》つ|瀬《せ》に|下《くだ》り|立《た》ちて、|水底《みなそこ》に|打《う》ちかづきて|御禊《みそぎ》し|給《たま》ひし|時《とき》に|生《な》りませる|神《かみ》の|名《な》は|大事忍男神《おほことをしをのかみ》といふことがある。それあの|通《とほ》り、|川《かは》の|瀬《せ》が|三段《さんだん》になつてるだろ。|真中《まんなか》を|渡《わた》る|霊《みたま》は|神界《しんかい》へ|行《ゆ》くなり、あの|下《しも》の|緩《ぬる》い|瀬《せ》を|渡《わた》る|代物《しろもの》は|幽界《いうかい》へ|行《ゆ》くなり、|上《かみ》の|烈《はげ》しい|瀬《せ》を|渡《わた》る|者《もの》は|現界《げんかい》に|行《ゆ》くのだ。|三途《せうづ》の|川《かは》とも|天《あめ》の|安河《やすかは》とも|称《とな》へるのだから、お|前《まへ》の|霊《みたま》の|善悪《ぜんあく》を|検《あらた》める|関所《せきしよ》だ。サアお|前《まへ》はどこを|通《とほ》る|心算《つもり》だ。|真中《まんなか》の|瀬《せ》はあゝ|見《み》えてゐても|余程《よほど》|深《ふか》いぞ。グヅグヅしてると、|沈没《ちんぼつ》して|了《しま》ふなり、|下《しも》の|瀬《せ》の|緩《ぬる》い|瀬《せ》を|渡《わた》れば|渡《わた》りよいが|其《その》|代《かは》りに|幽界《いうかい》へ|行《ゆ》かねばならず、どちらへ|行《ゆ》くかな。モ|一度《いちど》|娑婆《しやば》へ|行《ゆ》きたくば|上《かみ》つ|瀬《せ》を|渡《わた》つたがよからうぞや』
レーブ『|何程《なにほど》|瀬《せ》が|緩《ぬる》いと|云《い》つても|幽界《いうかい》の|地獄《ぢごく》へ|行《ゆ》くのは|御免《ごめん》だ。|折角《せつかく》ここまでやつて|来《き》て|現界《げんかい》へ|後戻《あともど》りするのも|気《き》が|利《き》かない。|三五教《あななひけう》に|退却《たいきやく》の|二字《にじ》はないのだから……|併《しか》しカルの|奴《やつ》、マ|一度《いちど》|現界《げんかい》へ|帰《かへ》りたくば|婆《ば》アさまの|言《い》ふ|通《とほ》り、あの|瀬《せ》をバサンバサンと|渡《わた》つてみい。|俺《おれ》はどうしても|神界行《しんかいゆき》だ、|虎穴《こけつ》に|入《い》らずんば|虎児《こじ》を|得《え》ずといふから、|一《ひと》つ|運《うん》を|天《てん》に|任《まか》し、|俺《おれ》は|神界《しんかい》|旅行《りよかう》に|決《き》めた。|時《とき》に|途中《とちう》で|別《わか》れた|連中《れんちう》はどこへ|行《い》つたのだらうか、|婆《ば》アさま、お|前《まへ》|知《し》つてるだらうな』
|婆《ばば》『あいつかい、あいつは|一途《いちづ》の|川《かは》を|渡《わた》つて、|八万地獄《はちまんぢごく》へ|真逆様《まつさかさま》に|落《お》ちよつたのだよ』
カル『|一途《いちづ》の|川《かは》とは|今《いま》|聞《き》き|始《はじ》めだ。どうしてマア|彼奴等《あいつら》はそんな|所《ところ》へ|連《つ》れて|行《ゆ》かれよつたのだらう』
|婆《ばば》『|一途《いちづ》の|川《かは》といふのは、|善《ぜん》|一途《いちづ》を|立《た》てたものか、|悪《あく》|一途《いちづ》を|立《た》てた|者《もの》の|通《とほ》る|川《かは》だ。|善《ぜん》|一途《いちづ》の|者《もの》はすぐに|都率天《とそつてん》まで|上《のぼ》るなり、|悪《あく》|一途《いちづ》の|奴《やつ》は|渡《わた》しを|渡《わた》るが|最後《さいご》|八万地獄《はちまんぢごく》に|落《お》ちる|代物《しろもの》だ、|本当《ほんたう》に|可哀相《かあいさう》なものだよ。カルの|部下《ぶか》となつてゐたあの|八人《はちにん》は|今頃《いまごろ》はエライ|制敗《せいばい》を|受《う》けてるだらう。それを|思《おも》へば|此《この》|婆《ばば》アも|可哀相《かあいさう》でも|気《き》の|毒《どく》でも|何《なん》でもないわい。オホヽヽヽ』
カル『コリヤ|鬼婆《おにばば》、|俺《おれ》の|部下《ぶか》がそんな|所《ところ》へ|行《い》つているのに、|何《なん》だ|気味《きみ》がよささうに、|其《その》|笑《わら》ひ|態《ざま》は…|貴様《きさま》こそよい|悪垂婆《あくたればば》だ。|何故《なぜ》|一途《いちづ》の|川《かは》をこんな|婆《ばば》が|渡《わた》らぬのだらうかな、のうレーブ』
|婆《ばば》『|何《いづ》れ|幽界《いうかい》の|関所《せきしよ》を|守《まも》るやうな|婆《ばば》に|慈悲《じひ》ぢやの|情《なさけ》ぢやの|同情《どうじやう》などあつて|堪《たま》るかい、|悪人《あくにん》だから|三途《せうづ》の|川《かは》の|渡守《わたしもり》をしてゐるのだ。|善人《ぜんにん》が|来《く》れば|直《すぐ》に|最前《さいぜん》のやうな|娘《むすめ》になり、|現界《げんかい》の|奴《やつ》が|来《く》れば|上皮《うはかは》だけ|綺麗《きれい》な|中面《なかつら》の|汚《きたな》い|娘《むすめ》に|化《ば》ける。|悪人《あくにん》が|来《く》ればこんな|恐《おそ》ろしい|婆《ばば》になるのだ。|約《つま》りここへ|来《く》る|奴《やつ》の|心次第《こころしだい》に|化《ば》ける|婆《ばば》アだよ』
レーブ『それなら|俺《おれ》はまだ|一途《いちづ》の|川《かは》へ|鬼《おに》が|引張《ひつぱ》つて|行《ゆ》きよらなんだ|丈《だけ》、どつかに|見込《みこみ》があるのだな。ヨシヨシそれなら|一《ひと》つ|奮発《ふんぱつ》して|神界《しんかい》|旅行《りよかう》と|出《で》かけよう。オイ、カル、|貴様《きさま》も|俺《おれ》について|中《なか》つ|瀬《せ》を|渡《わた》れ』
カル『ヨシ、どこ|迄《まで》もお|前《まへ》とならば|道伴《みちづ》れにならう』
|両人《りやうにん》『イヤお|婆《ば》アさま、|大変《たいへん》なお|邪魔《じやま》を|致《いた》しました。|御縁《ごえん》があつたら|又《また》お|目《め》にかかりませう、|左様《さやう》なら、まめで、|御無事《ごぶじ》で、|御達者《おたつしや》で……ないやうに、|早《はや》く【くたばり】なされ、オホヽヽヽ』
|婆《ばば》『コリヤ|貴様《きさま》は|霊界《れいかい》へ|来《き》てまで|不心得《ふこころえ》な、|悪垂口《あくたれぐち》を|叩《たた》くか、|神界《しんかい》へ|行《ゆ》くと|云《い》つても、やらしはせぬぞ』
と|茨《いばら》の|杖《つゑ》を|振《ふ》り|上《あ》げて|追《お》つかけ|来《きた》る|其《その》|凄《すさま》じさ。|二人《ふたり》はザンブと|計《ばか》り|中《なか》つ|瀬《せ》に|飛込《とびこ》み、|一生懸命《いつしやうけんめい》|抜手《ぬきて》を|切《き》つて、あなたの|岸《きし》に|漸《やうや》く|泳《およ》ぎついた。
(大正一一・一一・二 旧九・一四 松村真澄録)
第一二章 |心《こころ》の|反映《はんえい》〔一〇九六〕
|秋風《あきかぜ》|切《しき》りに|吹《ふ》きすさぶ |玉山峠《たまやまたうげ》の|谷間《たにあひ》で
バラモン|教《けう》の|大棟梁《だいとうりやう》 イソの|館《やかた》の|征討《せいたう》に
|上《のぼ》りしランチ|将軍《しやうぐん》の |部下《ぶか》に|仕《つか》へしカル|司《つかさ》
|鬼熊別《おにくまわけ》の|家《いへ》の|子《こ》と |仕《つか》へて|名高《なだか》きレーブ|等《ら》と
|衡突《しようとつ》したる|其《その》|結果《けつくわ》 |互《たがひ》に|谷間《たにま》に|墜落《つゐらく》し
|人事不省《じんじふせい》に|陥《おちい》りて いつとはなしに|幽界《いうかい》の
|枯野ケ原《かれのがはら》を|歩《あゆ》みつつ |野中《のなか》の|巌《いはほ》に|休《やす》む|折《をり》
カルの|部下《ぶか》なる|八人《はちにん》は |赤黒《あかくろ》|二人《ふたり》の|鬼《おに》|共《ども》に
|引《ひ》つ|立《た》てられて|枯草《かれくさ》の |莽々《ばうばう》|茂《しげ》る|野原《のはら》をば
|一途《いちづ》の|川《かは》を|指《さ》して|行《ゆ》く レーブとカルの|両人《りやうにん》は
|青《あを》き|鬼《おに》|奴《め》に|誘《いざな》はれ |三途《せうづ》の|川《かは》の|渡場《わたしば》に
|漸《やうや》く|辿《たど》り|来《き》て|見《み》れば |果《はて》しも|知《し》らぬ|広《ひろ》い|川《かは》
|清《きよ》き|流《なが》れは|滔々《たうたう》と |白《しろ》き|泡《あわ》をば|吐《は》きながら
|大蛇《をろち》のうねる|如《ごと》くなり |川《かは》の|畔《ほとり》の|一《ひと》つ|家《や》は
|金光《こんくわう》きらめく|玉楼《ぎよくろう》の |眼《まなこ》まばゆきばかりなり
|金門《かなど》をあけて|青鬼《あをおに》は |館《やかた》の|中《なか》に|身《み》を|隠《かく》し
|二人《ふたり》の|男《をとこ》をやうやうと ここ|迄《まで》|誘《さそ》ひ|参《まゐ》りしぞ
|受取《うけと》りめされと|云《い》ふ|声《こゑ》の |聞《きこ》えて|暫《しば》し|経《た》つ|間《うち》に
|以前《いぜん》の|鬼《おに》は|会釈《ゑしやく》して |何処《どこ》ともなしに|消《き》えにける
|二人《ふたり》は|川辺《かはべ》に|佇《たたず》みて |思《おも》はぬ|美《うつ》しき|此《この》|家《いへ》は
|土地《とち》に|似合《にあ》はぬ|不思議《ふしぎ》さと |囁《ささや》く|折《をり》しも|金鈴《きんれい》を
|振《ふ》るよな|清《きよ》き|女声《をんなごゑ》 |早《はや》く|来《きた》れと|呼《よ》びかくる
|不思議《ふしぎ》の|眼《まなこ》をみはりつつ |近《ちか》づき|見《み》れば|鬼婆《おにばば》と
|思《おも》うた|事《こと》は|間違《まちがひ》か |花《はな》も|恥《はぢ》らふ|優姿《やさすがた》
|年《とし》は|二八《にはち》か|二九《にく》からぬ |神妙無比《しんめうむひ》の|光美人《くわうびじん》
いとニコニコと|笑《わら》ひ|居《を》る |二人《ふたり》は|驚《おどろ》き|川端《かはばた》の
|女《をんな》と|暫《しば》し|掛合《かけあ》ひつ |一間《ひとま》を|奥《おく》へと|入《い》りみれば
|奥《おく》の|一間《ひとま》は|草野原《くさのはら》 |三途《せうづ》の|川《かは》の|滔々《たうたう》と
|以前《いぜん》の|如《ごと》く|鳴《な》りゐたり |水晶館《すゐしやうやかた》に|導《みちび》かれ
|鏡《かがみ》の|如《ごと》く|透《す》きとほる |館《やかた》の|中《なか》で|出口《でぐち》をば
|失《うしな》ひ|互《たがひ》に|辟易《へきえき》し |千言万語《せんげんばんご》を|並《なら》べつつ
|救《すく》ひを|乞《こ》へば|川端《かはばた》の |美人《びじん》は|二人《ふたり》の|手《て》を|取《と》つて
|醜《しこ》けき|小屋《こや》の|其《その》|前《まへ》に |立《た》ちあらはれて|言《い》ひけらく
|今迄《いままで》|汝《なんぢ》の|立入《たちい》りし |家屋《かをく》は|娑婆《しやば》と|神界《しんかい》の
|住居《すまゐ》の|姿《すがた》の|模型《もけい》ぞや |此《この》|茅屋《あばらや》は|鬼婆《おにばば》の
|弥《いや》|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まりて |娑婆《しやば》にて|重《おも》き|罪《つみ》かさね
|十万億土《じふまんおくど》の|旅立《たびだち》を |致《いた》す|亡者《まうじや》の|皮《かは》を|剥《は》ぐ
|脱衣婆《だついば》さまの|関所《せきしよ》ぞと いふより|早《はや》く|忽《たちま》ちに
|娘《むすめ》は|醜《みにく》き|婆《ばば》となり |痩《や》せからびたる|手《て》を|伸《の》べて
|二人《ふたり》の|素《そ》ツ|首《くび》|引《ひ》つ|掴《つか》む |其《その》いやらしさ|冷《つめ》たさに
|三途《せうづ》の|川《かは》の|中《なか》つ|瀬《せ》に |身《み》を|躍《をど》らして|両人《りやうにん》は
ザンブとばかり|飛《と》び|込《こ》んで |抜手《ぬきて》を|切《き》つて|向《むか》ふ|岸《きし》
やうやう|渡《わた》り|着《つ》きにけり。
|二人《ふたり》は|着衣《ちやくい》の|儘《まま》、|際限《さいげん》もなき|広《ひろ》い|川《かは》を、|意外《いぐわい》にも|易々《やすやす》と|無事《ぶじ》に|渡《わた》つたのを、|非常《ひじやう》な|大手柄《おほてがら》をしたよな|気分《きぶん》になり、|爽快《さうくわい》の|念《ねん》に|堪《た》へられず、|川《かは》の|面《おも》を|眺《なが》めて、|紺青《こんぜう》の|波《なみ》を|見入《みい》つてゐた。
レーブ『|鬼婆《おにば》アさまに|首筋《くびすぢ》を|掴《つか》まれ、|生命《いのち》カラガラ|此《この》|川《かは》へ|飛込《とびこ》んだものの、これだけ|広《ひろ》い|川《かは》、|到底《たうてい》|無事《ぶじ》には|渡《わた》れまいと|真中《まんなか》|程《ほど》で|思《おも》うたが、|此《この》|激流《げきりう》にも|似合《にあ》はず、|弓《ゆみ》の|矢《や》が|通《とほ》つたやうに、|一直線《いつちよくせん》に|易々《やすやす》と、|而《しか》も|匆急《さうきふ》に|渡《わた》られたのは|何《なん》とも|知《し》れぬ|不思議《ふしぎ》ぢやないか』
カル『そこが|現界《げんかい》と|神界《しんかい》との|異《ことな》る|点《てん》だ。ヤアあれを|見《み》よ。|何時《いつ》の|間《ま》にか|川《かは》はどつかへ|沈没《ちんぼつ》して|了《しま》ひ、|美《うる》はしい|花《はな》が|百花爛漫《ひやくくわらんまん》と|咲《さ》き|匂《にほ》うてるぢやないか。アヽ|何《なん》とも|知《し》れぬ|芳香《はうかう》が|鼻《はな》をついて|来《く》る。あれ|見《み》よ。|川《かは》ぢやないぞ。エデンの|花園《はなぞの》みたいだ』
『ヤアほんにほんに、|何《なん》とマア|不思議《ふしぎ》な|事《こと》ぢやないか。ようよう|白梅《しらうめ》の|花《はな》が|大《おほ》きな|木《き》の|枝《えだ》に|所々《ところどころ》に|咲《さ》いてゐる。バラの|花《はな》に|牡丹《ぼたん》の|花《はな》、|紫雲英《げんげ》に|白連華《しろれんげ》|其《その》|外《ほか》いろいろの|草花《くさばな》が|所《ところ》せき|迄《まで》|咲《さ》いて|来《き》た。ヤツパリ|天国《てんごく》の|様子《やうす》は|違《ちが》つたものだ。モウこんな|所《ところ》へ|来《き》た|以上《いじやう》は|虚偽《きよぎ》ばかりの|生活《せいくわつ》をつづけてゐる|現界《げんかい》へは、|万劫末代《まんごふまつだい》|帰《かへ》りたくないワイ。なあカル|公《こう》、お|前《まへ》と|俺《おれ》とは、|少《すこ》しばかりの|意地《いぢ》から、|忠義《ちうぎ》だとか|義務《ぎむ》だとかいつて|主人《しゆじん》の|為《ため》に|互《たがひ》に|鎬《しのぎ》を|削《けづ》り、|名誉《めいよ》を|誇《ほこ》らうと|思《おも》つて、|猟師《れふし》にケシをかけられた|尨犬《むくいぬ》の|様《やう》に【いが】み|合《あ》ひ、|恨《うらみ》も|何《なに》もない|者《もの》|同士《どうし》が、|命《いのち》の|取《と》りやりをやつてゐたが、|竜虎《りうこ》|互《たがひ》に|勢《いきほひ》|全《まつた》からず、とうとう|玉山峠《たまやまたうげ》の|谷底《たにそこ》で|寂滅為楽《じやくめつゐらく》|急転直下《きふてんちよくか》、|神界《しんかい》の|旅立《たびだち》となつたのだ。が|之《これ》を|思《おも》へば|現界《げんかい》の|奴《やつ》|位《くらゐ》|可哀相《かあいさう》な|者《もの》はないのう』
『|併《しか》し|乍《なが》ら、お|前《まへ》と|俺《おれ》と|偽善《ぎぜん》の|行《や》り|比《くら》べをやつたおかげに、|互《たがひ》に|娑婆《しやば》の|苦《く》を|逃《のが》れ、こんな|天国《てんごく》|浄土《じやうど》へ|来《こ》られるやうになつたのだから、|何《なに》が|御都合《ごつがふ》になるとも|分《わか》らぬぢやないか。|昨日《きのふ》の|敵《てき》は|今日《けふ》の|味方《みかた》、|虎《とら》|狼《おほかみ》の|唸《うな》り|声《ごゑ》も|極楽《ごくらく》の|花園《はなぞの》を|渡《わた》る|花《はな》の|薫風《くんぷう》となりにけりだ。モウ|斯《か》うして|神界《しんかい》へ|来《き》た|以上《いじやう》は、|名位寿福《めいゐじゆふく》の|必要《ひつえう》もなければ|互《たがひ》に|争《あらそ》ふ|余地《よち》もない。|勝手《かつて》に|広大無辺《くわうだいむへん》な|花園《はなぞの》を|逍遥《せうえう》し、|自由自在《じいうじざい》に|木《こ》の|実《み》を|取《と》つて|食《く》ひ、|一切《いつさい》の|系累《けいるゐ》を|捨《す》てて|単身《たんしん》|天国《てんごく》の|旅《たび》をするのだから、これ|位《くらゐ》|愉快《ゆくわい》な|事《こと》はないぢやないか。|併《しか》し|乍《なが》ら|善因善果《ぜんいんぜんぐわ》、|悪因悪果《あくいんあくくわ》といふからは、|斯様《かやう》な|所《ところ》へ|来《こ》られる|様《やう》になるのは|余程《よほど》|現界《げんかい》に|於《おい》て|善《ぜん》を|尽《つく》したものでなければならぬ|筈《はず》だ。|俺達《おれたち》の|過去《くわこ》を|追懐《つゐくわい》すれば、|決《けつ》してかやうな|所《ところ》へやつて|来《こ》られる|道理《だうり》はない。ヒヨツとしたら、|神様《かみさま》が|人違《ひとちがひ》を|遊《あそ》ばしたか、|感違《かんちがひ》をなさつたかも|知《し》れぬぞ。モシそんな|事《こと》であつたなら、|俺達《おれたち》は|大変《たいへん》だ。|此《この》|美《うる》はしき|楽《たの》しき|境遇《きやうぐう》が|忽《たちま》ち|一変《いつぺん》して、|至醜《ししう》|至苦《しく》の|地獄道《ぢごくだう》へ|落《おと》されるかも|知《し》れない。|之《これ》を|思《おも》へばヤツパリ|執着心《しふちやくしん》が|起《おこ》つて|来《く》る。|何程《なにほど》|執着心《しふちやくしん》をとれと|云《い》つても、|此《この》|天国《てんごく》に|執着《しふちやく》が|残《のこ》らいでたまらうか。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。どうぞ|神様《かみさま》、|夢《ゆめ》でも|構《かま》ひませぬから、どこ|迄《まで》も|此《この》|境地《きやうち》において|下《くだ》さいますやうに』
と|手《て》を|合《あは》して|一生懸命《いつしやうけんめい》に|天地《てんち》を|拝《をが》んでゐる。|何時《いつ》の|間《ま》にか、|二人《ふたり》の|立《た》つてゐた|地面《ぢめん》は|二十間《にじつけん》ばかり|持上《もちあが》り、|左右《さいう》の|低《ひく》い|所《ところ》に|坦々《たんたん》たる|大道《だいだう》が|通《つう》じて、|種々雑多《しゆじゆざつた》の|人物《じんぶつ》や|禽獣《きんじう》が|右往左往《うわうさわう》に|往来《わうらい》してゐるのが|見《み》えて|来《き》た。
レーブ『ヤア|俄《にはか》に|又《また》|様子《やうす》が|変《かは》つて|来《き》たぞ。オイ、カル、|気《き》をつけないと、どんな|事《こと》になるか|知《し》れぬぞ、チツとも|油断《ゆだん》は|出来《でき》ないからな』
かく|話《はな》す|折《をり》しも、|二三丁《にさんちやう》|前方《ぜんぱう》に|当《あた》つて|猿《さる》をしめる|様《やう》な|悲鳴《ひめい》が|聞《きこ》えて|来《き》た。|二人《ふたり》は|物《もの》をも|言《い》はず、|其《その》|声《こゑ》を|尋《たづ》ねて|何人《なんびと》か|悪魔《あくま》に|迫害《はくがい》され|居《を》るならむ、|救《すく》うてやらねばなるまいと、|無言《むごん》のまま|駆出《かけだ》した。|近《ちか》よつて|見《み》れば、|白衣《びやくい》をダラリと|着流《きなが》した|丸《まる》ポチヤの|青白《あをじろ》い|顔《かほ》をした|男《をとこ》が、|右手《めて》に|血刀《ちがたな》を|持《も》ち、|左手《ゆんで》に|四五才《しごさい》ばかりの|美《うる》はしき|童子《どうじ》の|首筋《くびすぢ》を|引掴《ひつつか》み、|今《いま》や|胸先《むなさき》へ|短刀《たんたう》を|突《つ》き|刺《さ》さむとする|間際《まぎは》であつた。
レーブ、カルの|二人《ふたり》は|吾《われ》を|忘《わす》れて、|其《その》|男《をとこ》に|飛《と》びかかり、|血刀《ちがたな》を|引《ひ》つたくり、|童子《どうじ》を|助《たす》けむと、|力限《ちからかぎ》りにもがけども、|白衣《びやくい》の|男《をとこ》は|地《ち》から|生《は》えた|岩《いは》のやうに、|押《お》せども|突《つ》けどもビクとも|動《うご》かぬ。みるみる|間《うち》に|其《その》|童子《どうじ》を|無残《むざん》にも|突《つ》き|殺《ころ》して|了《しま》つた。
レーブ『コリヤ|悪魔《あくま》|奴《め》、|此処《ここ》は|何処《どこ》と|心得《こころえ》てゐる、|勿体《もつたい》なくもかかる|尊《たふと》き|天国《てんごく》に|於《おい》て、|左様《さやう》な|兇行《きやうかう》を|演《えん》ずるといふ|事《こと》があるか』
|男《をとこ》『アハヽヽヽ|阿呆《あはう》らしいワイ。|悪魔《あくま》の|容物《いれもの》の|分際《ぶんざい》として、|此《この》|方《はう》を|悪魔《あくま》|呼《よ》ばはりするとは|何《なん》の|事《こと》だ。|糞虫《くそむし》は|糞《くそ》の|臭気《しうき》を|知《し》らぬとは|貴様《きさま》の|事《こと》だ。サアこれから|其《その》|方《はう》の|番《ばん》だ、そこ|動《うご》くな。イヒヽヽヽ、なんとマアいぢらしいものだなア、いかさま|野郎《やらう》のインチキ|亡者《まうじや》|奴《め》、|身魂《みたま》の|因縁《いんねん》に|依《よ》つて、|此《この》|天来菩薩《てんらいぼさつ》が|之《これ》から|汝《なんぢ》を|制敗《せいばい》|致《いた》すから、|喜《よろこ》んで|此《この》|方《はう》の|刃《やいば》を|受《う》けたがよからうぞ』
レーブ『アハヽヽヽ|天来《てんらい》|菩薩《ぼさつ》とはソラ|何《なに》を|吐《ぬ》かす、|苟《いやし》くも|菩薩《ぼさつ》たる|者《もの》が|凶器《きやうき》をふりまはし、|天国《てんごく》の|街道《かいだう》に|於《おい》て|殺生《せつしやう》をするといふ|事《こと》があるか。|況《ま》して|罪《つみ》のない|童子《どうじ》を|殺害《さつがい》するとは、|以《もつ》ての|外《ほか》の|代物《しろもの》だ。コリヤ|悪魔《あくま》、イヤ|天来《てんらい》、よつく|聞《き》け、|此《この》|方《はう》こそはバラモン|教《けう》にて|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》と|世《よ》に|謳《うた》はれた|武術《ぶじゆつ》の|達人《たつじん》、カル、レーブの|両人《りやうにん》だ。|汝《なんぢ》の|如《ごと》き|小童《こわつぱ》|共《ども》、|仮令《たとへ》|幾百万人《いくひやくまんにん》|一団《いちだん》となつて|武者《むしや》ぶりつくとも、|千引《ちびき》の|岩《いは》に|蚊軍《ぶんぐん》の|襲撃《しふげき》した|様《やう》なものだ。サア|今《いま》に|此《この》|方《はう》の|武勇《ぶゆう》を|現《あら》はし、|汝《なんぢ》が|剣《つるぎ》をボツたくり、|寸断《すんだん》にしてくれむ、|覚悟《かくご》を|致《いた》したがよからうぞ。|神界《しんかい》の|名残《なごり》に|神文《しんもん》でも|称《とな》へたがよからう』
|男《をとこ》『ウツフヽヽヽうろたへ|者《もの》|奴《め》が、|神界《しんかい》の|法則《はふそく》に|依《よ》つて、|此《この》|方《はう》が|使命《しめい》を|全《まつた》くする|為《ため》、|此《この》|童子《どうじ》を|制敗《せいばい》してゐるのだ。|汝《なんぢ》はいつも|現界《げんかい》でホザいて|居《を》るだらう、|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて、|善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける、|神《かみ》でなくて、|身魂《みたま》の|善悪《ぜんあく》が|分《わか》るものか。|貴様達《きさまたち》の|容喙《ようかい》すべき|限《かぎり》でない、|人間《にんげん》は|人間《にんげん》らしく|黙《だま》つて|自分《じぶん》の|行《ゆ》くべき|所《ところ》へ|行《ゆ》けばいいのだ。|訳《わけ》も|知《し》らずに|安《やす》つぽい|慈悲心《じひしん》だとか、|義侠心《ぎけふしん》を|発揮《はつき》しようと|思《おも》つても、そんな|事《こと》は、|鏡《かがみ》の|如《ごと》き|明《あきら》かな|神界《しんかい》に|於《おい》ては|通用《つうよう》|致《いた》さぬぞ』
レーブ『|仮令《たとへ》|此《この》|童子《どうじ》に|如何《いか》なる|罪《つみ》があらうとも、|神界《しんかい》に|於《おい》ては|何事《なにごと》も|善意《ぜんい》に|解《かい》し、|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞《き》き|直《なほ》し|宣直《のりなほ》し|給《たま》ふのが|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|神様《かみさま》の|御恵《おめぐみ》だ。|其《その》|方《はう》は|使命《しめい》だと|申《まを》すが、|娑婆《しやば》|地獄《ぢごく》ならば|知《し》らぬこと、|天地《てんち》の|神《かみ》の|分霊《ぶんれい》たる|人間《にんげん》を|自《みづか》ら|手《て》を|下《くだ》して|制敗《せいばい》するといふ|道理《だうり》があるか』
|男《をとこ》『エヘヽヽヽぬかしたりな ぬかしたりな、それ|程《ほど》よく|理屈《りくつ》の|分《わか》つた|其《その》|方《はう》なれば、|此《この》|方《はう》を|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞《き》き|直《なほ》し|宣直《のりなほ》さぬか。|娑婆《しやば》で|少《すこ》しく|覚《おぼ》えた|武勇《ぶゆう》を|鼻《はな》にかけ、|吾々《われわれ》を|悪魔《あくま》|呼《よ》ばはりになし、|此《この》|方《はう》の|刀《かたな》を|掠奪《りやくだつ》して|盗賊《たうぞく》の|罪《つみ》を|重《かさ》ね、|又《また》|此《この》|方《はう》を|寸断《すんだん》せむとは|自家撞着《じかどうちやく》も|甚《はなは》だしいではないか。そんな|事《こと》で|如何《どう》して|神界《しんかい》の|旅《たび》が|出来《でき》るか。テもさても|分《わか》らぬ|奴《やつ》だな。オツホヽヽヽ|鬼《おに》の|上前《うはまへ》を|貴様《きさま》は【はね】ようと|致《いた》すのか、|何《なん》と|恐《おそ》ろしい|我《が》の|強《つよ》い|代物《しろもの》だなア』
カル『コリヤ|悪魔《あくま》、ここは|神界《しんかい》だぞ、|貴様《きさま》の|居《を》る|世界《せかい》は|幽界《いうかい》だらう。かやうな|所《ところ》へやつて|来《く》るといふ|事《こと》があるか、|早《はや》く|立去《たちさ》れ。グヅグヅ|致《いた》して|居《を》ると、|神界《しんかい》|幽界《いうかい》の|国際《こくさい》|談判《だんぱん》が|始《はじ》まり、|遂《つひ》には|談判《だんぱん》|破裂《はれつ》して、|地獄《ぢごく》|征伐《せいばつ》の|宣示《せんじ》が|渙発《くわんぱつ》されるやうになるかも|知《し》れぬぞ』
|男《をとこ》『イツヒヽヽヽ|其《その》|方《はう》は|現界《げんかい》に|於《おい》て|一《ひと》つの|善事《ぜんじ》もなさず、まぐれ|当《あた》りに|神界《しんかい》へふみ|迷《まよ》うて|来《き》よつて、|一角《ひとかど》|善人面《ぜんにんづら》をさらして、ツベコベと|理屈《りくつ》を|囀《さへづ》つてゐやがるが、|此《この》|悪魔《あくま》も|此《この》|血刀《ちがたな》も、|皆《みな》|貴様《きさま》の|心《こころ》の|反映《はんえい》だ。|貴様《きさま》は|八岐大蛇《やまたのをろち》の|悪魔《あくま》の|憑《つ》いた|大黒主《おほくろぬし》の|部下《ぶか》に|仕《つか》ふる|鬼春別《おにはるわけ》の|乾児《こぶん》の|乾児《こぶん》の|其《その》|乾児《こぶん》たる|小悪人《せうあくにん》で|居《ゐ》ながら、|三才《さんさい》の|童子《どうじ》に|等《ひと》しき|天《あめ》の|下《した》の|青人草《あをひとぐさ》の|生血《いきち》を|吸《す》ひ、|少《すこ》しの|武勇《ぶゆう》を|鼻《はな》にかけ、|修羅《しゆら》の|戦場《せんぢやう》に|疾駆《しつく》した|其《その》|罪《つみ》が|今《いま》ここに|顕現《けんげん》してゐるのだ。|要《えう》するに|此《この》|方《はう》は|貴様《きさま》の|罪《つみ》が|生《う》んだ|悪魔《あくま》だから、|貴様《きさま》が|本当《ほんたう》に|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|宣直《のりなほ》し、|発《ほつ》【ごん】と|改心《かいしん》を|致《いた》したならば、かかる|尊《たふと》き|神界《しんかい》の|大道《だいだう》に|如何《どう》して|俺《おれ》が|現《あら》はれる|事《こと》が|出来《でき》ようか。|俺《おれ》が|亡《ほろ》ぼしたくば、|貴様《きさま》の|心《こころ》から|改心《かいしん》したがよからう。|人《ひと》が|悪魔《あくま》だと|思《おも》うて|居《を》れば、みんな|自分《じぶん》の|事《こと》だぞ。コリヤ、レーブ、|其《その》|方《はう》は|今《いま》の|先《さき》|黄金姫《わうごんひめ》に|出会《であ》ひ、|三五教《あななひけう》の|教理《けうり》を|聞《き》いたであらう。|人《ひと》が|悪《わる》いと|思《おも》うてゐると|皆《みな》われの|事《こと》ぢやぞよ………と|玉山峠《たまやまたうげ》の|岩蔭《いはかげ》で|聞《き》かされたぢやないか』
レーブ『|成程《なるほど》さうすると、お|前《まへ》は|俺《おれ》の|言《い》はば|副守護神《ふくしゆごじん》だなア。|何《なん》と|悪《わる》い|副守《ふくしゆ》が|居《ゐ》やがつたものだなア』
|男《をとこ》『アハヽヽヽ|都合《つがふ》のよい|勝手《かつて》な|事《こと》をいふな。|副守護神《ふくしゆごじん》|所《どころ》か、|貴様《きさま》の|本守護神《ほんしゆごじん》の|断片《だんぺん》だ。トコトン|改心《かいしん》|致《いた》さぬと、まだまだ|此《この》|先《さき》で|貴様《きさま》の|生《う》んだ|鬼《おに》が|貴様《きさま》に|肉迫《にくはく》して、どんな|目《め》に|会《あ》はすか|知《し》れぬぞ。|己《おの》が|刀《かたな》で|己《おの》が|首切《くびき》るやうなことが|出来《しゆつたい》|致《いた》すから、|早《はや》く|改心《かいしん》|致《いた》したがよからう。レーブばかりでない、カルも|其《その》|通《とほ》りだ、|此《この》|童子《どうじ》はヤツパリ、カルの|身魂《みたま》の|化身《けしん》だ。どうだ|判《わか》つたか』
レーブ『ヤア|判《わか》つた、|斯《か》うして|二人《ふたり》|仲《なか》よくして|神界《しんかい》の|旅行《りよかう》をやつてゐるものの、|本当《ほんたう》のことを|言《い》へば、おれも|淋《さび》しくて|仕方《しかた》がないから、|道伴《みちづ》れにしようと|思《おも》ひ、|表面《へうめん》こそ|親切《しんせつ》に|打解《うちと》けたらしくしてゐるものの、|行《ゆ》く|所《ところ》まで|行《い》つたならば|斯様《かやう》な|悪人《あくにん》は|此《この》|下《した》に|見《み》ゆる|地獄道《ぢごくだう》へつき|落《おと》してやらうと、|心《こころ》の|端《はし》に|思《おも》うてゐたのだ。ヤア|悪《わる》かつた、オイ、カル|公《こう》、|俺《おれ》は|本当《ほんたう》に|済《す》まなかつた。|心《こころ》の|罪《つみ》を|赦《ゆる》してくれ』
カル『あゝさうか、おれも|実《じつ》はお|前《まへ》と|打解《うちと》けて|歩《ある》いて|居《ゐ》るものの、|何時《いつ》お|前《まへ》が|俺《おれ》の|素首《そつくび》を|引抜《ひきぬ》くか|知《し》れぬと|思《おも》うて、|戦々兢々《せんせんきやうきやう》と|心《こころ》の|底《そこ》でしてゐたのだ。さうするとあの|童子《どうじ》は|俺《おれ》の|恐怖心《きようふしん》が|塊《かたま》つて|現《あら》はれたのだな。お|前《まへ》がさう|改心《かいしん》してくれる|以上《いじやう》は、|最早《もはや》お|前《まへ》も|恐《おそ》れはせぬ。|互《たがひ》に|打解《うちと》けて|心《こころ》の|底《そこ》から|仲《なか》よくして、|此《この》|天国《てんごく》を|遊行《いうかう》しようぢやないか。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|両手《りやうて》を|合《あは》せ、|両人《りやうにん》は|目《め》をとぢて|天地《てんち》に|祈願《きぐわん》をこめた。|暫《しばら》くあつて、|目《め》を|開《ひら》きあたりを|見《み》れば、|男《をとこ》の|影《かげ》も|童子《どうじ》の|影《かげ》もなく、|大地《だいち》に|流《なが》れた|血潮《ちしほ》と|見《み》えしは|紅《くれなゐ》の|花《はな》、|紛々《ふんぷん》と|咲《さ》き|匂《にほ》ひ、|白《しろ》|黄《き》|紫《むらさき》|青《あを》などの|美《うる》はしき|羽《はね》の|蝶《てふ》|翩翻《へんぽん》と|花《はな》を|目《め》がけて|舞《ま》ひ|遊《あそ》んでゐる。|両人《りやうにん》は|初《はじ》めて|心《こころ》の|迷《まよ》ひを|醒《さ》まし、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》しながら、|北《きた》へ|北《きた》へと|手《て》をつなぎつつ、いと|睦《むつま》じげに|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一一・一一・三 旧九・一五 松村真澄録)
第一三章 |試《ためし》の|果実《このみ》〔一〇九七〕
|芳香《はうかう》|薫《くん》じ|花《はな》|匂《にほ》ひ |蝶《てふ》|舞《ま》ひ|小鳥《ことり》は|謳《うた》ひ
|地《ち》は|一面《いちめん》に|花毛氈《はなまうせん》 |空地《あきち》もなしに|敷《し》きつめし
|極楽浄土《ごくらくじやうど》の|光景《くわうけい》を |眺《なが》めて|通《とほ》る|頼《たの》もしさ
|紺碧《こんぺき》の|雲《くも》ただよへる |空《そら》に|日月《じつげつ》|相並《あひなら》び
|其《その》|光彩《くわうさい》は|七色《しちしよく》に |輝《かがや》き|渡《わた》り|暑《あつ》からず
|又《また》|寒《さむ》からず|其《その》|気候《きこう》 |中和《ちうわ》を|得《え》たる|真中《まんなか》を
カルとレーブの|両人《りやうにん》は |足《あし》に|任《まか》せて|進《すす》み|行《ゆ》く
|浄土《じやうど》の|旅《たび》と|云《い》ひながら |少《すこ》しく|足《あし》は|疲《つか》れ|来《き》て
|腹《はら》は|空虚《くうきよ》を|訴《うつた》へつ |五体《ごたい》の|勇気《ゆうき》は|何時《いつ》しかに
|衰《おとろ》へ|来《きた》りて|道《みち》の|辺《べ》に ドツカと|坐《ざ》して|息《いき》|休《やす》め
|天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|旅路《たびぢ》にも |娑婆《しやば》の|世界《せかい》と|異《こと》ならず
|饑渇《きかつ》のなやみあるものか |神《かみ》の|御諭《みふみ》に|説《と》かれたる
|楽中苦《らくちうく》あり|苦中《くちう》|亦《また》 |楽《たの》しみありとの|御教《みをしへ》は
|今《いま》|目《ま》のあたり|実現《じつげん》し とても|天地《てんち》は|苦《く》と|楽《らく》の
|互《たがひ》に|往《ゆ》き|交《か》ふものなるか |至喜《しき》と|至楽《しらく》の|境遇《きやうぐう》は
|神《かみ》と|云《い》へども|得《え》られない これが|天地《てんち》の|真相《しんさう》か
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|苦楽《くらく》の|道《みち》をほどほどに まくばり|与《あた》へ|吾々《われわれ》を
|安《やす》く|守《まも》らせ|給《たま》へよと |心《こころ》に|深《ふか》く|念《ねん》じつつ
|道《みち》の|傍《かたへ》に|座《ざ》を|占《し》めて |大空《おほぞら》|仰《あふ》ぎ|地《ち》に|伏《ふ》して
|悔悟《くわいご》の|涙《なみだ》にくれにける。
かかる|処《ところ》へ|五色《ごしき》の|薄絹《うすぎぬ》をしとやかに|着流《きなが》したる|妙齢《めうれい》の|美人《びじん》、|忽然《こつぜん》として|現《あら》はれ、|両手《りやうて》に|二個《にこ》の|美《うる》はしき|名《な》の|知《し》れぬ|果物《このみ》を|携《たづさ》へ|二人《ふたり》に|向《むか》ひ|声《こゑ》も|静《しづ》かに、
『|貴方《あなた》はレーブ、カルの|御両人様《ごりやうにんさま》で|厶《ござ》いませう。|貴方《あなた》は|三途《せうづ》の|川《かは》を|渡《わた》つてから|早《はや》|已《すで》に|一万里《いちまんり》の|道程《みちのり》を|徒歩《とほ》して、お|出《い》でになりましたのだから、|嘸《さぞ》お|腹《なか》が|空《す》いたでせう。|妾《わたし》は|都率天《とそつてん》より|月照彦神《つきてるひこのかみ》|様《さま》の|命《いのち》を|奉《ほう》じ、ここに|現《あら》はれたもので、|生魂姫命《いくむすびひめのみこと》と|申《まを》します。|此《この》|果実《このみ》は、|貴方《あなた》の|飲食《おんじき》に|授《さづ》けたいと|存《ぞん》じまして|態々《わざわざ》ここ|迄《まで》|持《も》ち|参《まゐ》りました。|何卒《なにとぞ》|食《あが》つて|下《くだ》さい』
レーブは、
『ハツ』
と|頭《かしら》を|下《さ》げ、
『|宏大無辺《くわうだいむへん》の|神様《かみさま》のお|慈悲《じひ》、|美《うる》はしき|花《はな》は|道《みち》の|両側《りやうがは》に|咲《さ》き|匂《にほ》うて|居《を》りますれど|果実《このみ》は|一《ひと》つもなく、|飢《うゑ》に|迫《せま》つて|両人《りやうにん》が|苦《くる》しみ|悶《もだ》え、もはや|一歩《いつぽ》も|行《ゆ》かれませぬので、ここで|休《やす》んで|居《を》りました。|天道《てんだう》は|人《ひと》を|殺《ころ》さずとやら、|実《じつ》に|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます』
カル『お|礼《れい》の|申様《まをしやう》もなき|有難《ありがた》き、その|仰《あふ》せ、|慎《つつし》んで|頂戴《ちやうだい》|致《いた》します』
と|両手《りやうて》を|拡《ひろ》げて|早《はや》くも|体《たい》を|前《まへ》へつき|出《だ》す。
|女神《めがみ》『|此《この》|果物《くだもの》は|都率天《とそつてん》より|下《くだ》されしもの、|二《ふた》つに|割《わ》つて|食《く》ふわけには|行《ゆ》きませぬ。|一《ひと》つの|方《はう》は、|足魂《たるむすび》と|云《い》ふ|果物《くだもの》、|一《ひと》つは|玉都売魂《たまつめむすび》と|云《い》ふ|果物《くだもの》で|厶《ござ》います。かう|見《み》た|処《ところ》では|色《いろ》も|香《か》も|容積《ようせき》も|同《おな》じやうに|見《み》えて|居《を》りますが、|此《この》|足魂《たるむすび》の|実《み》は|得《え》も|云《い》はれぬ|甘《あま》い|汁《しる》を|含《ふく》み、|五臓六腑《ござうろつぷ》を|爽《さはや》かに|致《いた》し、|此《この》|実《み》を|食《く》へば|五年《ごねん》や|十年《じふねん》は|腹《はら》の|空《す》かぬ|重宝《ちようほう》なもので|厶《ござ》ります。|又《また》|玉都売魂《たまつめむすび》の|果物《このみ》の|方《はう》は|僅《わづ》かに|飢《うゑ》を|凌《しの》ぐ|事《こと》は|出来《でき》ますが、|石瓦《いしかはら》の|如《ごと》く|固《かた》く|味《あぢ》も|悪《わる》く|苦《にが》い|汁《しる》が|出《で》て|参《まゐ》ります。|然《しか》し|乍《なが》ら|空腹《くうふく》を|凌《しの》ぐ|丈《だけ》は、どうなと|出来《でき》ますから、|何《ど》れか|一個《いつこ》づつ|進《すす》ぜたう|厶《ござ》います。レーブ、カルの|両人様《りやうにんさま》、お|心《こころ》に|叶《かな》うたのをお|食《あが》り|下《くだ》さいませ』
レーブ『ハイ、|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。それなら|私《わたし》は|玉都売魂《たまつめむすび》の|果実《このみ》を|頂《いただ》きます。|足魂《たるむすび》の|果実《このみ》は|何卒《なにとぞ》カルに|与《あた》へて|下《くだ》さいませ』
カル『もし|女神様《めがみさま》、|私《わたし》が|玉都売魂《たまつめむすび》の|果物《このみ》を|頂《いただ》きますから、|何卒《なにとぞ》レーブに|足魂《たるむすび》の|果実《このみ》を|授《さづ》けてやつて|下《くだ》さいませ』
|女神《めがみ》『オホヽヽヽ|何方《どなた》も|揃《そろ》ひも|揃《そろ》うて|此《この》|苦《にが》いまづい|固《かた》い|果実《このみ》がお|好《す》きで|厶《ござ》いますなア』
レーブ『ハイ、|嫌《きら》ひと|云《い》ふ|訳《わけ》は|厶《ござ》いませぬが、|甘《うま》いと|云《い》つても|喉三寸《のどさんずん》を|通《とほ》る|間《あひだ》だけ、|味《あぢ》ないと|云《い》つても|其《その》|通《とほ》り、なるべくは|己《おの》れの|欲《ほつ》する|処《ところ》を|人《ひと》に|施《ほどこ》し、|欲《ほつ》せざる|処《ところ》は|人《ひと》に|施《ほどこ》すなとのお|諭《さとし》を|守《まも》つて|居《を》ります|吾々《われわれ》、どうしてカルに|味《あぢ》ないものを|廻《まは》す|事《こと》が|出来《でき》ませうか』
カル『|私《わたし》も|実《じつ》はレーブと|同様《どうやう》の|意見《いけん》で|厶《ござ》います』
|女神《めがみ》『オホヽヽヽ、|何《なん》とまア、|偉《えら》い|偽善者《きぜんしや》ですこと。|貴方《あなた》は|神《かみ》のお|諭《さとし》によつて、そんな|善《よ》い|心《こころ》になれたのですな。それでは、まだ|駄目《だめ》です。|天然《てんねん》|自然《しぜん》|惟神《かむながら》の|心《こころ》から|起《おこ》つた|誠《まこと》でないと|駄目《だめ》ですよ。|自分《じぶん》は|味《あぢ》ないものを|辛抱《しんばう》して|食《く》ひ、|人《ひと》に|甘《うま》いものを|与《あた》へ、|大変《たいへん》な|善《ぜん》を|行《おこな》つたと|云《い》ふやうなお|心《こころ》のある|間《あひだ》は、|矢張《やつぱり》|真《まこと》の|善心《ぜんしん》ではありますまい。|左様《さやう》な|虚偽的《きよぎてき》|善事《ぜんじ》を|行《おこな》ひ、|其《その》|酬《むく》いによつて|天国《てんごく》|浄土《じやうど》に|行《ゆ》かうと|云《い》ふ|矢張《やつぱり》|野心《やしん》があるのでせう。|何故《なぜ》|本能《ほんのう》を|発揮《はつき》して|赤裸々《せきらら》に|自分《じぶん》の|好《この》みを|請求《せいきう》なさらぬのか。まだまだ|貴方《あなた》は|表面《うわべ》を|飾《かざ》る|心《こころ》が|盛《さかん》に|発動《はつどう》して|居《ゐ》ますよ』
レーブ『ヤア、|恐《おそ》れ|入《い》りました。|腹《はら》の|底《そこ》までエツキス|光線《くわうせん》で|見透《みす》かれて|了《しま》ひました。ほんにまだ|私《わたし》には|虚偽《きよぎ》の|精神《せいしん》が、どつかに|伏在《ふくざい》して|居《ゐ》ます。よく|御注意《ごちうい》を|下《くだ》さいました』
カル『|私《わたし》もレーブと|同様《どうやう》の|心《こころ》で|厶《ござ》いました』
|女神《めがみ》『それなら|今《いま》ここで|此《この》|果実《このみ》を|貴方《あなた》はどちらをとりますか』
レーブは|頭《かしら》を|掻《か》きながら、
『ハイ、どうも|決《けつ》しかねまする。|仰《あふ》せの|通《とほ》り|分《わ》ける|訳《わけ》には|行《ゆ》かぬのですから、|一層《いつそう》のこと、どちらも|私《わたし》は|頂《いただ》きますまい』
|女神《めがみ》『|天《てん》の|与《あた》ふるを|取《と》らざれば|災《わざはひ》|其《その》|身《み》に|及《およ》ぶと|云《い》ふ|事《こと》を|貴方《あなた》は|覚《おぼ》えて|居《を》りますか』
レーブ『ハイ、それも|確《たしか》に|存《ぞん》じて|居《を》ります』
|女神《めがみ》『それなら|何故《なぜ》|此《この》|果物《くだもの》をお|受《う》けなさらぬか』
レーブ『エー、|何《なん》ともはや|善悪邪正《ぜんあくじやせい》の|道《みち》に|踏《ふ》み|迷《まよ》ひ、どう|致《いた》してよいか|私《わたし》には|合点《がてん》が|参《まゐ》りませぬ』
|女神《めがみ》『これカルさま、|貴方《あなた》は|如何《どう》|思《おも》ひますか』
カル『ハイ、|私《わたし》は|正直《しやうぢき》に|味《あぢ》の|良《よ》い|足魂《たるむすび》の|方《はう》を|頂戴《ちやうだい》|致《いた》します。レーブさまには|気《き》の|毒《どく》だけど|吾々《われわれ》|個体《こたい》たる|一人前《いちにんまへ》の|魂《たましひ》として|持身《ぢしん》の|責任《せきにん》が|厶《ござ》います。|今《いま》|飢渇《きかつ》に|迫《せま》る|此《この》|際《さい》、|自分《じぶん》の|本心《ほんしん》の|欲求《よくきう》する|足魂《たるむすび》を|頂戴《ちやうだい》|致《いた》しませう』
|女神《めがみ》『オホヽヽヽ、それならカルさまの|欲《ほつ》せざる|玉都売魂《たまつめむすび》の|果実《このみ》をレーブさまに|与《あた》へても|宜《よろ》しいかな。それで|貴方《あなた》は|満足《まんぞく》しますか』
カル『|愈《いよいよ》むつかしくなつて|来《き》ました。もう|斯《か》うなつては|何《なん》とも|申上《まをしあ》げやうが|厶《ござ》りませぬ。|人間《にんげん》の|判断《はんだん》では|駄目《だめ》です。|此《この》|上《うへ》は、|神様《かみさま》にお|任《まか》せ|致《いた》します。|貴方《あなた》が|下《くだ》さるのを|頂戴《ちやうだい》|致《いた》しませう。|決《けつ》して|私《わたし》の|方《はう》から|好《す》きだの、|嫌《きら》ひだの、|彼《かれ》|是《これ》と|請求《せいきう》は|致《いた》しませぬ』
|女神《めがみ》『あゝそれでお|前《まへ》さまも|初《はじ》めて|神界《しんかい》|旅行《りよかう》の|資格《しかく》が|出来《でき》た。|何事《なにごと》も|人間《にんげん》の|道徳《だうとく》や|倫理説《りんりせつ》では|解決《かいけつ》がつきますまい。|神《かみ》にお|任《まか》せなさるが|第一《だいいち》だ。サア、カルさま、|神様《かみさま》に|代《かは》つて|足魂《たるむすび》の|果物《くだもの》を|貴方《あなた》に|進《しん》ぜませう』
カル『|天《てん》の|御恵《みめぐみ》、|有難《ありがた》く|頂戴《ちやうだい》|致《いた》します』
と|女神《めがみ》の|手《て》より|受取《うけと》り|嬉《うれ》しげに|飛《と》びつくやうにしてガブリガブリと|食《く》い|始《はじ》め、
『あゝうまい、|味《あぢ》が|良《よ》い、|何《なん》とした|結構《けつこう》な|果物《くだもの》だらう』
と|頻《しき》りに|褒《ほ》めちぎつて|瞬《またた》く|間《うち》に|平《たひら》げて|了《しま》つた。
|女神《めがみ》は|玉都売魂《たまつめむすび》の|果実《このみ》を|忽《たちま》ち|地上《ちじやう》に|投《な》げ|打《う》てば|五色《ごしき》の|火光《くわくわう》|発射《はつしや》し、|数多《あまた》の|美《うる》はしき|女神《めがみ》となつて|天上《てんじやう》に|帰《かへ》り|行《ゆ》く。|二人《ふたり》は|此《この》|光景《くわうけい》を|眺《なが》めて|思《おも》はず|知《し》らず|手《て》を|合《あは》せ、|伏《ふ》し|拝《をが》んでゐる。|女神《めがみ》は|懐中《ふところ》より|又《また》もや|足魂《たるむすび》の|果物《くだもの》をとり|出《いだ》し、
『さあ、レーブさま、|不公平《ふこうへい》のないやうに|神《かみ》に|代《かは》つて|生魂姫《いくむすびひめ》の|此《この》|果物《くだもの》を|上《あ》げませう、|直様《すぐさま》お|食《あが》りなさい』
とつき|出《だ》すを|両手《りやうて》を|合《あは》せて|押戴《おしいただ》き、
『あい、|有難《ありがた》う』
と|嬉《うれ》し|涙《なみだ》をこぼしながら、これも|飛《と》びつくやうにして|瞬《またた》く|間《うち》に|平《たひら》げて|了《しま》つた。
|今《いま》|生魂姫《いくむすびひめ》の|神《かみ》が|大地《だいち》に|投《な》げつけたる|玉都売魂《たまつめむすび》の|果物《くだもの》より|現《あら》はれ|出《い》でたる|数多《あまた》の|女神《めがみ》は|一旦《いつたん》|天上《てんじやう》にかけ|上《のぼ》り、|再《ふたた》び|盛装《せいさう》を|凝《こ》らし|此《この》|場《ば》に|降《くだ》り|来《きた》つて|生魂姫《いくむすびひめ》の|四方《しはう》を|囲《かこ》み、お|手車《てぐるま》に|乗《の》せたまま|嚠喨《りうりやう》たる|音楽《おんがく》の|響《ひびき》と|共《とも》に|中空《ちうくう》に|舞《ま》ひ|上《あが》り、|天《あま》の|羽衣《はごろも》|軟風《なんぷう》に|翻《ひるが》へりつつ|虹《にじ》の|如《ごと》き|道《みち》を|開《ひら》いて|天上《てんじやう》に|上《のぼ》り|行《ゆ》く。|後《あと》|見送《みおく》つて|両人《りやうにん》は|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見合《みあ》はせながら、|此《この》|解決《かいけつ》に|又《また》もや|心《こころ》を|揉《も》むのであつた。
レーブ『これ、カルさま、|大変《たいへん》|良《い》い|心持《こころもち》になつてきたぢやないか。|九死一生《きうしいつしやう》の|場合《ばあひ》に|当《あた》り|斯様《かやう》な|結構《けつこう》な|果物《くだもの》を|下《くだ》さつて、これで|吾々《われわれ》も|生返《いきかへ》つたやうな|心持《こころもち》になつたぢやないか。|九分九厘《くぶくりん》になつたら|神《かみ》が|助《たす》けてやらうと|仰有《おつしや》るのはここの|事《こと》だな。それにつけても|玉都売魂《たまつめむすび》の|果実《このみ》から、あの|様《やう》な|数多《あまた》の|女神《めがみ》が|現《あら》はれた|処《ところ》を|見《み》ると、あの|玉都売魂《たまつめむすび》の|果実《このみ》を|頂《いただ》いたら、どんな|結構《けつこう》な|事《こと》になつたか|知《し》れないよ。|然《しか》し|天《てん》から|与《あた》へられないのだから、|之《これ》も|仕方《しかた》がないわ。|神様《かみさま》も|皮肉《ひにく》ぢやないか。|石《いし》、|瓦《かはら》の|様《やう》な|味《あぢ》で|苦《にが》い|汁《しる》が|出《で》ると|仰有《おつしや》つた、あの|果実《このみ》から、あんな|美《うる》はしい|女神《めがみ》が|出《で》るとは|思《おも》はなんだ。これは|何《なに》かのお|諭《さとし》かも|知《し》れないぞ』
カル『|何程《なにほど》|天国《てんごく》と|云《い》つても、やはり|苦《にが》い|目《め》、|苦《くる》しい|目《め》を|致《いた》さねば、|都率天《とそつてん》へは|上《のぼ》れないと|云《い》ふお|示《しめ》しだらうよ。|一《ひと》つの|功《こう》もたてずに|天国《てんごく》だと|思《おも》つて、よい|気《き》になつて、ブラついて|居《を》つては|本当《ほんたう》の|栄《さか》えと|喜《よろこ》びは|出《で》て|来《こ》ない。|一時《いちじ》の|幸福《かうふく》を|充《みた》すだけの|御神徳《ごしんとく》ではつまらぬぢやないか。これから|一《ひと》つ|心《こころ》を|取直《とりなほ》して|天国《てんごく》で|一働《ひとはたら》きをやらうぢやないか』
『あゝさうだなア』
と|話《はな》しながら|又《また》ボツボツと|歩《あゆ》み|出《だ》した。|右側《みぎがは》の|二三十間《にさんじつけん》ばかり|下《した》の|大道《だいどう》から|阿鼻叫喚《あびけうくわん》の|声《こゑ》が|聞《きこ》えて|来《き》た。|二人《ふたり》は|期《き》せずしてこれを|見下《みおろ》せば、|馬車《ばしや》、|自動車《じどうしや》、|人力車《じんりきしや》、|其《その》|外《ほか》|種々雑多《しゆじゆざつた》の|人々《ひとびと》が|往来《ゆきき》してゐる。これは|現界《げんかい》の|人間《にんげん》の|生活《せいくわつ》の|有様《ありさま》であつた。よくよく|見《み》れば|自動車《じどうしや》の|中《なか》には|角《つの》の|生《は》えた|鬼《おに》や|口《くち》の|耳《みみ》まで|裂《さ》けた|夜叉《やしや》の|様《やう》な|女《をんな》がシガレツトを|薫《くゆ》らしながら、|意気《いき》|揚々《やうやう》として|大道《だいだう》を|吾物顔《わがものがほ》に|走《はし》つてゐる。|憐《あは》れな|正直《しやうぢき》な|人間《にんげん》が|自動車《じどうしや》、|馬車《ばしや》に|轢《ひ》き|倒《たふ》されたり|或《あるひ》は|肉《にく》を|削《そ》がれたり、|血《ち》を|絞《しぼ》られたり、|餓鬼《がき》となつて|重《おも》い|荷《に》を|負《お》ひ、|生命《いのち》からがら|往復《わうふく》してゐる。
|其《その》|惨状《さんじやう》は|目《め》もあてられぬ|許《ばか》りであつた。さうしてゐると|又《また》|二三十間《にさんじつけん》|右側《みぎがは》の|大道《だいだう》から|阿鼻叫喚《あびけうくわん》の|声《こゑ》が|聞《きこ》えて|来《く》る。|二人《ふたり》は|又《また》もや|此《この》|声《こゑ》の|方《はう》に|身《み》を|寄《よ》せ|走《はし》り|寄《よ》り、|足下《あしもと》を|見下《みおろ》せばバラモン|教《けう》のランチ|将軍《しやうぐん》が|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》に|出会《でつくは》し、|弓矢《ゆみや》を|射《い》かけ|槍《やり》を|打振《うちふ》り|血刀《ちがたな》を|揮《ふる》つて|十重二十重《とへはたへ》に|取囲《とりかこ》み、|二人《ふたり》の|命《いのち》をとらむと|息《いき》まいて|居《ゐ》る。|母娘《おやこ》|二人《ふたり》は|一生懸命《いつしやうけんめい》に|言霊《ことたま》を|奏上《そうじやう》するや|数《かず》|限《かぎ》りなき|狼《おほかみ》|現《あら》はれ|来《きた》つて、ランチ|将軍《しやうぐん》の|率《ひき》ゐる|軍隊《ぐんたい》に|向《むか》ひ|縦横無尽《じうわうむじん》に|荒《あ》れ|狂《くる》ひ|噛《か》み|倒《たふ》し、|互《たがひ》に|血潮《ちしほ》を|流《なが》して|争《あらそ》ひ|狂《くる》ふ|光景《くわうけい》が|歴然《れきぜん》と|見《み》えて|来《き》た。これは|幽界《いうかい》の|地獄道《ぢごくだう》の|真中《まんなか》であつて|戦慄《せんりつ》すべき|惨劇《さんげき》が|繰返《くりかへ》されて|居《ゐ》たのである。
かかる|処《ところ》へ|以前《いぜん》の|女神《めがみ》|何処《いづこ》ともなく|現《あら》はれ|来《きた》り、
『レーブさま、カルさま、|貴方《あなた》は|何《なに》か|今《いま》|御覧《ごらん》になりましたか。いや|何《なに》か|高見《たかみ》から|御見物《ごけんぶつ》をなさいましたか』
レーブ『ハイ、いろいろ|雑多《ざつた》の|惨劇《さんげき》が|目《め》に|映《うつ》りました。|吾々《われわれ》は|幸《さいは》ひ|斯様《かやう》な|天国《てんごく》へ|救《すく》はれ|神《かみ》のお|諭《さとし》の|如《ごと》く「|高見《たかみ》から|見物《けんぶつ》|致《いた》さうよりも|仕方《しかた》がないぞ」と|云《い》ふ|境遇《きやうぐう》におかれました。これを|思《おも》へば|人間《にんげん》は|決《けつ》して|悪《わる》い|事《こと》は|出来《でき》ませぬなア、|何事《なにごと》も|神《かみ》のまにまに|任《まか》すより、|人間《にんげん》としては|採《と》るべき|手段《しゆだん》も|厶《ござ》りませぬ』
|女神《めがみ》『カルさま、|貴方《あなた》は|此《この》|惨状《さんじやう》を|目撃《もくげき》してどう|御考《おかんが》へですか』
カル『ハイ、|何《なん》とも|申上《まをしあ》げやうのない|可憐想《かはいさう》の|事《こと》と|存《ぞん》じます』
|女神《めがみ》『|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》|様《さま》は|斯《か》くの|如《ごと》き|現界《げんかい》|幽界《いうかい》の|亡者《まうじや》を|救《すく》はむために|三五教《あななひけう》をお|開《ひら》き|遊《あそ》ばしたので|厶《ござ》いますな。|一掬《いつきく》|同情《どうじやう》の|涙《なみだ》があれば、|如何《どう》してもこれを|看過《かんくわ》する|事《こと》は|出来《でき》ますまい。|貴方《あなた》の|御感想《ごかんさう》|否《いな》|今後《こんご》の|御採《おと》りなさる|手段《しゆだん》をお|伺《うかが》ひ|致《いた》し|度《た》いもので|厶《ござ》いますなア』
カル『ハイ、|私《わたし》は|何事《なにごと》も|惟神《かむながら》に|任《まか》すより|道《みち》は|厶《ござ》りませぬ。|人間《にんげん》がどれほど|焦慮《あせ》つた|処《ところ》で|如何《どう》する|事《こと》も|出来《でき》ませぬから……』
|女神《めがみ》『|二十世紀《にじつせいき》の|三五教《あななひけう》の|信者《しんじや》のやうに|貴方《あなた》も|余程《よほど》|惟神中毒《かむながらちうどく》をして|居《を》られますなア。|尽《つく》すべき|手段《しゆだん》も|尽《つく》さず、|難《なん》を|避《さ》け|易《やす》きにつき、|吾《わが》|身《み》の|安全《あんぜん》を|守《まも》り、|世界《せかい》|人類《じんるゐ》の|苦難《くなん》を|傍観《ばうくわん》して……|到底《たうてい》|人力《じんりよく》の|及《およ》ぶ|限《かぎ》りでない、|何事《なにごと》も|惟神《かむながら》に|任《まか》すより|仕方《しかた》がない……とは|実《じつ》に|無責任《むせきにん》と|云《い》はうか、|無能《むのう》と|云《い》はうか、|卑怯《ひけふ》と|云《い》はうか、|人畜《じんちく》と|申《まを》さうか、|呆《あき》れはてたる|其《その》|魂《たましひ》、|左様《さやう》な|事《こと》で|如何《どう》して|衆生済度《しゆじやうさいど》が|出来《でき》ませう。お|前《まへ》さま|達《たち》|両人《りやうにん》は|神《かみ》の|恵《めぐみ》によつて|高天原《たかあまはら》の|門口《かどぐち》へ|臨《のぞ》みながら、そんな|利己主義《われよし》の|心《こころ》では|局面《きよくめん》|忽《たちま》ち|一変《いつぺん》して|八万地獄《はちまんぢごく》の|底《そこ》の|国《くに》へ、たつた|今《いま》|落《お》ちますぞや。|今日《けふ》は|他人《たにん》の|事《こと》、|明日《あす》は|貴方《あなた》の|事《こと》、|因果《いんぐわ》は|巡《めぐ》る|小車《をぐるま》の|罪《つみ》の|重荷《おもに》の|置《お》き|所《どころ》、どうして|貴方《あなた》は|何時《いつ》までも、|悠々《いういう》|楽々《らくらく》と|天国《てんごく》の|旅行《りよかう》が|続《つづ》けられませうか。|実《じつ》にお|可憐想《かはいさう》なお|方《かた》だなア。|少《すこ》しは|貴方《あなた》の|良心《りやうしん》に|御相談《ごさうだん》して|見《み》なさい。|左様《さやう》な|事《こと》で、|能《よ》うまあバラモン|教《けう》だの、|三五教《あななひけう》だのと|云《い》つて|世界《せかい》を|歩《ある》けたものですなア。|貴方《あなた》のやうな|無慈悲《むじひ》な|方《かた》には|最早《もはや》これきりお|目《め》にはかかりますまい。|左様《さやう》ならば|足許《あしもと》に|御注意《ごちうい》|遊《あそ》ばして|御機嫌《ごきげん》ようお|越《こ》しなさいませ』
と|云《い》ふかと|見《み》れば|後《あと》は|白煙《しらけむり》、|女神《めがみ》の|行衛《ゆくゑ》は|見《み》えずなりぬ。
(大正一一・一一・三 旧九・一五 北村隆光録)
第一四章 |空川《からかは》〔一〇九八〕
レーブとカルの|両人《りやうにん》は、|両側《りやうがは》の|低《ひく》き|大道《だいだう》の|惨劇《さんげき》を|見《み》て、|傍観《ばうくわん》する|訳《わけ》にも|行《ゆ》かず、|心《こころ》を|定《さだ》めて、
レーブ『オイ、カル、お|前《まへ》は|現界《げんかい》の|方《はう》に|向《むか》つて|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ、|娑婆《しやば》の|惨状《さんじやう》を|幾分《いくぶん》でも|軽減《けいげん》するやうに|努力《どりよく》せよ。|俺《おれ》は|幽界《いうかい》の|大道《だいだう》に|向《むか》つて、|此《この》|惨劇《さんげき》を|軽減《けいげん》すべく|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ふから、|両方《りやうはう》|一度《いちど》に|手分《てわ》けして|自分《じぶん》の|天職《てんしよく》を|全《まつた》うしようではないか』
カル『それなら|俺《おれ》は|左道《さだう》に|向《むか》つて|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ふ|事《こと》にしよう』
『ヨシ、さうきまらば|両方《りやうはう》|一時《いつとき》に|言霊戦《ことたません》を|開始《かいし》しよう』
と|云《い》ひながら|両人《りやうにん》|左右《さいう》に|別《わか》れ、|眼下《がんか》の|大道《だいだう》に|行《おこな》はれてゐる|惨劇《さんげき》を|見下《みお》ろしながら|歌《うた》ひ|始《はじ》めた。
レーブの|歌《うた》、
『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|只《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》せ|聞直《ききなほ》せ
|身《み》の|過《あやま》ちは|宣《の》り|直《なほ》す |尊《たふと》き|神《かみ》の|御教《おんをしへ》
|三五教《あななひけう》やバラモンと |教《をしへ》の|区劃《くくわく》は|立《た》ちぬれど
|其《その》|源《みなもと》を|尋《たづ》ぬれば |仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|五六七神《みろくしん》
|誠《まこと》の|神《かみ》は|一柱《ひとはしら》 |開《ひら》き|給《たま》ひし|三界《さんかい》の
|喜怒哀楽《きどあいらく》の|有様《ありさま》は |残《のこ》らず|神《かみ》の|御経綸《ごけいりん》
|仕組《しぐみ》にもるるものはなし バラモン|教《けう》の|神柱《かむばしら》
|大黒主《おほくろぬし》に|仕《つか》へたる ランチ|将軍《しやうぐん》|初《はじ》めとし
それに|従《したが》ふ|身魂《みたま》たち |玉山峠《たまやまたうげ》の|谷間《たにあひ》で
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |御言《みこと》|畏《かしこ》み|月《つき》の|国《くに》
|曲津《まがつ》の|神《かみ》を|言向《ことむけ》けて |天国《てんごく》|浄土《じやうど》を|地《ち》の|上《うへ》に
|建設《けんせつ》せむと|進《すす》みゆく |黄金姫《わうごんひめ》や|清照《きよてる》の
|姫《ひめ》の|命《みこと》の|前途《ぜんと》をば |擁《よう》して|戦《いくさ》|挑《いど》みつつ
|其《その》|惨劇《さんげき》は|何《なん》の|事《こと》 |短《みじか》き|浮世《うきよ》に|永《なが》らへて
|永遠無窮《ゑいゑんむきう》の|霊界《れいかい》の |苦悩《くなう》の|種《たね》を|蒔《ま》くよりは
|一日《ひとひ》も|早《はや》く|大神《おほかみ》の |元《もと》つ|教《をしへ》に|省《かへり》みて
|心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなほ》し |互《たがひ》に|睦《むつ》び|親《した》しみて
|天地《てんち》の|中《うち》に|生《うま》れたる |神《かみ》の|御子《みこ》たる|職責《しよくせき》を
|完全《うまら》に|委曲《つばら》に|尽《つく》せかし |人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》
|仮令《たとへ》|天地《てんち》はかへるとも |現幽神《げんいうしん》の|三界《さんかい》に
さまよふ|人《ひと》は|神《かみ》の|御子《みこ》 |神《かみ》の|宮居《みやゐ》に|違《ちがひ》ない
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》や|醜神《しこがみ》に |心《こころ》の|根城《ねじろ》を|占領《せんりやう》され
|小《ちひ》さき|慾《よく》にからまれて |貴重《きちよう》な|命《いのち》の|取合《とりあ》ひを
|手柄顔《てがらがほ》して|始《はじ》むるは |道《みち》を|知《し》らぬも|程《ほど》がある
|現幽神《げんいうしん》の|三界《さんかい》の |誠《まこと》の|道《みち》を|悟《さと》りなば
|無慈悲《むじひ》|極《きは》まる|戦《たたか》ひは どうでも|止《や》めずにやおかれまい
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|大神《おほかみ》の |瑞《みづ》の|御霊《みたま》のあれませる
イソの|館《やかた》に|立向《たちむか》ふ |醜神《しこがみ》たちを|言向《ことむ》けて
|誠《まこと》の|道《みち》に|甦《よみがへ》り |現幽神《げんいうしん》の|三界《さんかい》の
|教《のり》になびかせ|給《たま》へかし |黄金姫《わうごんひめ》や|清照《きよてる》の
|姫《ひめ》の|司《つかさ》は|云《い》ふも|更《さら》 ランチ|将軍《しやうぐん》|其《その》|外《ほか》の
|百《もも》の|強者《つはもの》|悉《ことごと》く |神《かみ》の|御水火《みいき》の|言霊《ことたま》に
|救《すく》ひ|助《たす》けて|大神《おほかみ》の |御子《みこ》とあれます|天職《てんしよく》を
|完全《うまら》に|委曲《つばら》に|永久《とこしへ》に |立《た》てさせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|祈《ね》ぎまつる |一《ひと》|二《ふた》|三《みい》|四《よ》|五《いつ》つ|六《む》つ
|七《なな》|八《や》つ|九《ここの》つ|十《たり》|百《もも》|千《ち》 |万《よろづ》の|災《わざはひ》|悉《ことごと》く
|払《はら》はせ|給《たま》へ|天地《あめつち》の |尊《たふと》き|神《かみ》の|御教《みをしへ》に
|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|百草《ももぐさ》を |吹《ふ》き|靡《なび》かせる|其《その》|如《ごと》く
あしたの|深霧《みきり》|夕暮《ゆふぐれ》の |深霧《みきり》を|朝風《あさかぜ》|夕風《ゆふかぜ》の
|吹払《ふきはら》ふ|如《ごと》|悉《ことごと》く |心《こころ》の|汚《けが》れ|身《み》の|曇《くも》り
|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》|八潮路《やしほぢ》の |青海《あをみ》の|原《はら》の|底《そこ》|深《ふか》く
かかのみ|給《たま》へ|惟神《かむながら》 |国治立大神《くにはるたちのおほかみ》の
|御前《みまへ》に|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる』
カルの|歌《うた》、
『バラモン|教《けう》の|大教主《だいけうしゆ》 |大黒主《おほくろぬし》の|開《ひら》きます
|教《をしへ》に|従《したが》ひ|日《ひ》に|夜《よる》に |霊《みたま》を|洗《あら》ひ|浄《きよ》めむと
|尽《つく》せし|功《こう》も|荒風《あらかぜ》に |吹《ふ》かれて|散《ち》りし|玉山《たまやま》の
|峠《たうげ》の|麓《ふもと》の|谷底《たにそこ》に |落《お》ちて|現世《げんせ》を|立退《たちの》きし
カルの|司《つかさ》はわれなるぞ |吾《われ》は|幸《さいは》ひ|大神《おほかみ》の
|深《ふか》き|恵《めぐみ》に|抱《いだ》かれて |今《いま》は|嬉《うれ》しき|霊界《れいかい》の
|中《なか》にも|尊《たふと》き|真秀良場《まほらば》や |天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|旅《たび》の|空《そら》
|神《かみ》のまにまに|進《すす》み|行《ゆ》く |時《とき》しもあれや|目《め》の|下《した》に
|忽《たちま》ち|聞《きこ》ゆる|鬨《とき》の|声《こゑ》 |何者《なにもの》ならむと|振返《ふりかへ》り
|眼下《がんか》をキツト|見《み》わたせば うつし|世《よ》に|住《す》む|人々《ひとびと》が
|喜怒哀楽《きどあいらく》や|愛悪慾《あいをよく》 |名利《めいり》の|鬼《おに》に|捉《とら》はれて
|手《て》ぶり|足《あし》ぶりするさまは |二目《ふため》と|見《み》られぬ|惨状《さんじやう》ぞ
|互《たがひ》に|生血《いきち》を|搾《しぼ》り|合《あ》ひ |或《あるひ》は|互《たがひ》に|肉《にく》をそぎ
|膏《あぶら》を|搾《しぼ》り【いが】み|合《あ》ふ |地獄《ぢごく》か|修羅《しゆら》か|畜生《ちくしやう》か
|比喩《たと》へ|方《がた》なき|娑婆《しやば》|世界《せかい》 これが|人世《じんせ》の|行路《かうろ》かと
|思《おも》へば|涙《なみだ》|自《おのづか》ら |滝《たき》の|如《ごと》くに|流《なが》れ|来《く》る
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|仮令《たとへ》|肉体《にくたい》|朽《く》ちはてて |霊体《れいたい》ばかりの|吾《われ》なれど
|之《これ》が|見《み》すてておかれうか |目下《ました》を|通《とほ》る|人々《ひとびと》よ
カルの|言葉《ことば》をよつく|聞《き》け |死生禍福《しせいくわふく》を|超越《てうゑつ》し
|生《せい》なく|死《し》なき|神《かみ》さまの |御霊《みたま》を|受《う》けし|人々《ひとびと》は
|現界《げんかい》ばかりが|永久《とこしへ》の |住処《すみか》にあらず|劫因《がふいん》の
|結果《けつくわ》によりて|天国《てんごく》に |生《うま》るるもあり|幽界《いうかい》に
おちて|焦熱《せうねつ》|大地獄《おほぢごく》 |無限《むげん》の|永苦《えいく》を|受《う》くるあり
|心一《こころひと》つの|持様《もちやう》ぞ |人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》
かかる|尊《たふと》き|御諭《おさと》しを |聞《き》きたる|人《ひと》は|省《かへり》みよ
|言心行《げんしんかう》の|三大《さんだい》を |合一《がふいつ》させて|現世《うつしよ》に
|命《いのち》のつづく|其《その》|限《かぎ》り |神《かみ》の|御子《みこ》たる|職責《しよくせき》を
|尽《つく》して|魂《たま》の|行末《ゆくすゑ》は |天津御神《あまつみかみ》の|永久《とこしへ》に
|住《すま》はせ|給《たま》ふ|花園《はなぞの》に |常世《とこよ》の|春《はる》を|送《おく》るべく
|誠《まこと》を|励《はげ》み|現世《うつしよ》の |青人草《あをひとぐさ》の|魂《たましひ》に
|神《かみ》の|教《をしへ》の|真諦《しんたい》を |完全《うまら》に|委曲《つばら》に|宣《の》り|伝《つた》ふ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|現世《うつしよ》の|人《ひと》ことごとく |慾《よく》の|悪魔《あくま》にひしがれて
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|地獄道《ぢごくだう》 |無限《むげん》|永苦《えいく》の|魁《さきがけ》を
|根本的《こんぽんてき》に|改革《かいかく》し |神《かみ》の|御子《おんこ》と|生《うま》れたる
|誠《まこと》の|道《みち》をおしなべて |守《まも》る|真人《まびと》となさしめよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
レーブやカルの|願言《ねぎごと》を |完全《うまら》に|委曲《つばら》に|聞《きこ》し|召《め》せ
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御前《おんまへ》に |畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる』
|二人《ふたり》はかく|歌《うた》ひ|了《をは》り、|眼下《がんか》をみれば、|今《いま》まで|目《め》に|映《えい》じたる|惨劇《さんげき》は|煙《けむり》の|如《ごと》く|消《き》え、|右道《うだう》には|三角《さんかく》の|霊衣《れいい》を|被《かぶ》つた|亡者連《まうじやれん》が|三々五々《さんさんごご》|杖《つゑ》を|曳《ひ》いて、|力《ちから》なげに|北《きた》へ|北《きた》へと|進《すす》んで|行《ゆ》く。|何《いづ》れも|痩《や》せ|衰《おとろ》へ|腰《こし》|屈《かが》み、|或《あるひ》は|跛者《びつこ》の|亡者《まうじや》も|沢山《たくさん》|交《まじ》つてゐた。|目《め》を|転《てん》じて|左道《さだう》を|見下《みおろ》せば、|今《いま》まで|轟々《がうがう》と|唸《うな》りを|立《た》てて|走《はし》つてゐた|自動車《じどうしや》は|忽《たちま》ち|窮屈《きうくつ》な|山駕籠《やまかご》と|変《へん》じ、|数多《あまた》の|男女《なんによ》が|肩《かた》に|棒《ぼう》を|担《かつ》ぎ、|汗《あせ》をタラタラ|流《なが》しながらエチエチと|往来《わうらい》してゐる。|二人《ふたり》は|物《もの》をも|言《い》はず、|左道《さだう》|右道《うだう》を|互《たがひ》にキヨロキヨロと|見《み》まはしてゐた。いつの|間《ま》にやら、|左道《さだう》|右道《うだう》はチクチクと|高《たか》くなり、|恰《あだか》も|自分《じぶん》の|通《とほ》つてゐる|道《みち》の|両側《りやうがは》を|垣《かき》の|如《ごと》くに|塞《ふさ》いで|了《しま》つた。|今迄《いままで》|一番《いちばん》|高《たか》い|道《みち》だと|思《おも》うてゐたる|神界道路《しんかいだうろ》は|水《みづ》のない|川《かは》の|底《そこ》を|行《ゆ》くやうに|見《み》えて|来《き》た。そして|両側《りやうがは》の|現界道路《げんかいだうろ》と|幽界道路《いうかいだうろ》は|自分《じぶん》の|頭《あたま》よりも|二三間《にさんげん》も|高《たか》くもり|上《あが》り、|其《その》|上《うへ》を|人馬《じんば》の|往来《わうらい》する|音《おと》|盛《さかん》に|聞《きこ》えて|来《く》るのであつた。
レーブ『オイ、カル|公《こう》、|天国《てんごく》|忽《たちま》ち|化《くわ》して|川底《かはそこ》となつて|了《しま》つたぢやないか。そして|俄《にはか》に|喉《のど》が|渇《かは》いて|来《き》たやうだ。|最前《さいぜん》|貰《もら》つた|足魂《たるむすび》の|木《こ》の|実《み》の|効能《かうのう》も|最早《もはや》|消《き》え|失《う》せたと|見《み》えるなア』
カル『|最前《さいぜん》の|女神《めがみ》の|言《い》つたには、|五六年《ごろくねん》が|間《あひだ》は|飢渇《うゑかは》く|事《こと》はないとの|示《しめ》しであつたが、|最早《もはや》|五六年《ごろくねん》の|歳月《さいげつ》が|暮《く》れたのであらう。|何事《なにごと》も|現界《げんかい》と|神界《しんかい》とは|様子《やうす》が|違《ちが》ふからなア、|神界《しんかい》で|三千年《さんぜんねん》と|言《い》へば|現界《げんかい》で|云《い》ふ|五十六億七千万年《しちせんまんねん》の|事《こと》だから、|神界《しんかい》の|一分間《いつぷんかん》が|娑婆《しやば》の|五六年《ごろくねん》に|当《あた》るだらう』
かく|話《はな》す|折《をり》しも|何処《どこ》ともなく、
『オーイ オーイ』
と|二人《ふたり》の|名《な》を|呼《よ》ぶ|者《もの》がある。|二人《ふたり》は|声《こゑ》する|方《はう》を|見《み》つめると、|青々《あをあを》とした|山《やま》の|頂《いただき》から|三四人《さんよにん》の|男《をとこ》が|此方《こなた》に|向《むか》つて|手招《てまね》きしながら|呼《よ》ばはつて|居《ゐ》た。
レーブ『オイ、カル|公《こう》、あの|山《やま》の|上《うへ》から|俺達《おれたち》を|呼《よ》んでゐるのは、|如何《どう》やら|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》の|様《やう》だぞ。あの|連中《れんぢう》もヤツパリ|神界《しんかい》|旅行《りよかう》をやつて、|俺《おれ》たちとは|一足先《ひとあしさき》に|行《い》つたのだらう。これ|丈《だけ》|喉《のど》が|渇《かは》き|腹《はら》がすいて|来《き》ては、|到底《たうてい》あんな|高《たか》い|山《やま》へは|上《あが》る|事《こと》は|出来《でき》ない、だと|云《い》つてこんな|狭《せま》い|石《いし》だらけの|空川《からかは》の|底《そこ》にまごついて|居《を》つても|約《つま》らぬぢやないか』
カル『|何《なに》は|兎《と》もあれ、|声《こゑ》する|方《はう》に|向《むか》つて|突喊《とつかん》する|事《こと》にしよう。|倒《たふ》れたら|倒《たふ》れた|時《とき》の|事《こと》だ』
かく|話《はな》す|折《をり》しも、|両方《りやうはう》の|土手《どて》の|上《うへ》をけたたましく|砂《すな》ぼこりを|立《た》てて|走《はし》りゆくものがある。よくよく|見《み》れば|数千頭《すうせんとう》の|狼《おほかみ》の|群《むれ》であつた。|二人《ふたり》の|佇《たたず》む|両側《りやうがは》の|土手《どて》の|上《うへ》から|力一杯《ちからいつぱい》|口《くち》をあけて、ウーウー……と|唸《うな》り|立《た》てる|其《その》|凄《すさま》じさ。|二人《ふたり》は|川底《かはそこ》にガワと|伏《ふ》し、|狼《おほかみ》の|一時《いつとき》も|早《はや》く|此《この》|場《ば》を|立去《たちさ》れかしと|念《ねん》じつつあつた。どこともなしに|冷《ひや》やかな|水《みづ》、|二人《ふたり》の|頭上《づじやう》にボトボトと|落《お》ちかかつて|来《き》た。
(大正一一・一一・三 旧九・一五 松村真澄録)
第四篇 |関風沼月《くわんぷうせうげつ》
第一五章 |氷嚢《ひようなう》〔一〇九九〕
|照国別《てるくにわけ》の|宣伝使《せんでんし》 |仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|大神《おほかみ》の
|教《をしへ》を|四方《よも》に|伝《つた》へつつ |月《つき》の|都《みやこ》にバラモンの
|教《をしへ》を|開《ひら》き|世《よ》を|乱《みだ》す |大黒主《おほくろぬし》の|神司《かむづかさ》を
|三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》に |言向和《ことむけやは》し|照国《てるくに》の
|尊《たふと》き|御代《みよ》と|立直《たてなほ》し |一切衆生《いつさいしゆじやう》の|身魂《みたま》をば
|救《すく》はむものと|勇《いさ》み|立《た》ち |険《けは》しき|山《やま》を|打渉《うちわた》り
|荒野ケ原《あらのがはら》を|踏《ふ》み|越《こ》えて |岩彦《いはひこ》、|照公《てるこう》、|梅公《うめこう》の
|三人《みたり》と|共《とも》にクルスの|森《もり》 |進《すす》み|来《きた》りて|疲《つか》れをば
|休《やす》むる|折《をり》しも|向《むか》ふより イソの|館《やかた》に|攻《せ》め|上《のぼ》る
|鬼春別《おにはるわけ》の|一部隊《いちぶたい》 |片彦《かたひこ》、|久米彦《くめひこ》|両将《りやうしやう》が
|先頭《せんと》に|立《た》ちて|進《すす》み|来《く》る |此《こ》は|一大事《いちだいじ》と|一行《いつかう》は
|森《もり》の|茂《しげ》みに|身《み》をかくし |敵《てき》の|様子《やうす》を|窺《うかが》へば
|大胆《だいたん》|不敵《ふてき》の|命令《めいれい》を |采配《さいはい》|振《ふ》つて|号令《がうれい》する
それの|態度《たいど》の|忌々《ゆゆ》しさに |照国別《てるくにわけ》は|木影《こかげ》より
|声《こゑ》|張《は》りあげて|宣伝歌《せんでんか》 |涼《すず》しく|清《きよ》く|宣《の》りつれば
|敵《てき》は|驚《おどろ》き|照国《てるくに》の |別《わけ》の|命《みこと》に|四方《しはう》より
|攻《せ》めかけ|来《きた》る|猪口才《ちよこざい》さ |無抵抗主義《むていかうしゆぎ》の|三五《あななひ》の
|教《をしへ》を|伝《つた》ふる|神司《かむづかさ》 |善言美詞《ぜんげんびし》の|言霊《ことたま》に
|成《な》るべくならば|言向《ことむ》けて |悔悟《くわいご》させむと|思《おも》へども
|暴逆無道《ばうぎやくぶだう》の|敵軍《てきぐん》は |何《なん》の|容赦《ようしや》も|荒風《あらかぜ》の
|吹《ふ》きまくる|如《ごと》|迫《せま》り|来《く》る |正当《せいたう》|防衛《ばうゑい》と|云《い》ひながら
|清春山《きよはるやま》より|現《あら》はれし |岩彦司《いはひこつかさ》は|杖《つゑ》を|振《ふ》り
|縦横無尽《じうわうむじん》に|敵軍《てきぐん》に |阿修羅《あしゆら》の|如《ごと》く|打込《うちこ》めば
|負傷者《ふしやうしや》を|残《のこ》し|馬《うま》を|棄《す》て |皆《みな》|散々《さんざん》に|逃《に》げて|行《ゆ》く
|照国別《てるくにわけ》は|敵軍《てきぐん》の |手傷《てきず》を|負《お》ひて|倒《たふ》れたる
|二人《ふたり》の|男《をとこ》を|介抱《かいほう》し |信書《しんしよ》を|認《したた》め|清春《きよはる》の
|醜《しこ》の|岩窟《いはや》を|守《まも》り|居《ゐ》る ポーロ|司《つかさ》を|戒《いまし》めつ
イソの|館《やかた》に|三五《あななひ》の |教《をしへ》の|道《みち》を|学《まな》ぶべく
|遣《つか》はしやりて|照《てる》、|梅《うめ》の |二人《ふたり》と|共《とも》に|駒《こま》に|乗《の》り
|轡《くつわ》を|並《なら》べてシトシトと テームス|山《ざん》にさしかかる
|折《をり》から|吹《ふ》き|来《く》る|凩《こがらし》の |風《かぜ》に|面《おもて》を|吹《ふ》かれつつ
これぞ|尊《たふと》き|神風《かみかぜ》と |勇気《ゆうき》|日頃《ひごろ》に|百倍《ひやくばい》し
|蹄《ひづめ》の|音《おと》も|戞々《かつかつ》と |険《けは》しき|坂《さか》を|登《のぼ》り|行《ゆ》く
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
|照国別《てるくにわけ》は|岩彦《いはひこ》の|所在《ありか》を|失《うしな》ひ、|彼《かれ》が|行衛《ゆくゑ》を|求《もと》めて、|森《もり》の|小蔭《こかげ》や|薄原《すすきばら》|隈《くま》なく|探《さぐ》り、|一行《いつかう》は|漸《やうや》くにしてテームス|山《ざん》を|登《のぼ》りつめ、|頂上《ちやうじやう》の|関所《せきしよ》に|着《つ》いた。ここには|大黒主《おほくろぬし》の|命《めい》を|奉《ほう》じて|春公《はるこう》、|雪公《ゆきこう》、|紅葉《もみぢ》|他《ほか》|二人《ふたり》が|小《ちひ》さな|庵《いほり》を|構《かま》へて|名《な》ばかりの|関守《せきもり》をやつてゐる。|大酒《おほざけ》を|煽《あふ》つては|大地《だいち》に|倒《たふ》れ、|風《かぜ》に|吹《ふ》かれ|酔醒《よひざ》めの|風《かぜ》を|引《ひ》いては|熱《ねつ》を|出《だ》し、|手拭《てぬぐひ》で|鉢巻《はちまき》をしながら|狐《きつね》の|泣《な》き|声《ごゑ》の|様《やう》な|百日咳《ひやくにちぜき》に|悩《なや》んで|居《ゐ》る。|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》もコンコンカンカンの|言霊《ことたま》の|競争《きやうそう》をやつて|居《ゐ》た。|風《かぜ》の|神《かみ》を|追《お》ひ|出《だ》すのは、|磐若湯《はんにやたう》に|限《かぎ》ると|云《い》ふので|捻鉢巻《ねぢはちまき》をしながら、|酒《さけ》の|勢《いきほひ》で|昼夜《ひるよる》|風《かぜ》の|神《かみ》と|競争《きやうそう》をやり、|薬鑵《やくわん》から|熱《ねつ》を|出《だ》し|汗《あせ》をタラタラと|流《なが》しながら|格闘《かくとう》してゐる|真最中《まつさいちう》であつた。
|春公《はるこう》『ウンウン、|痛《いた》い|痛《いた》い、|風《かぜ》の|神《かみ》の|奴《やつ》、|暴威《ばうゐ》を|逞《たくま》しうしやがつて、|此《この》|春《はる》さまの|頭蓋骨《づがいこつ》を|鉄鎚《かなづち》でカンカンと|殴《なぐ》りやがるやうな|痛《いた》さだ。|腹《はら》の|中《なか》へは|狐《きつね》でも|這入《はい》りやがつたと|見《み》えて、コンコンと|吐《ぬか》すなり、テームス|山《ざん》の|関守《せきもり》も|中《なか》から|斯《か》う|咳《せき》が|出《で》ては|副守《ふくしゆ》の|奴《やつ》、|関守《せきもり》に|早変《はやがは》りしやがつたと|見《み》える。|本当《ほんたう》に|咳《せき》がチツとやソツとぢやない、|痰《たん》と|出《で》やがつた。アハヽヽヽイヒヽヽヽ、|痛《いた》い|痛《いた》い、こりや|雪公《ゆきこう》、|一《ひと》つ|天眼通《てんがんつう》で|風《かぜ》の|神《かみ》の|正体《しやうたい》を|透視《とうし》してくれないか』
|雪公《ゆきこう》『あまり|酒《さけ》を|喰《くら》つて|寒風《かんぷう》にあたると|凍死《とうし》するものだ。|何卒《どうぞ》|凍死《とうし》してくれと|云《い》つても、|俺《おれ》は|凍死《とうし》ばかりは|御免《ごめん》だ。それよりも|万劫末代《まんごふまつだい》|生《いき》【とほし】になりたいからなア』
『こりや、|貴様《きさま》も|余程《よほど》|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|唐変木《たうへんぼく》だな。|俺《おれ》の|云《い》ふ|透視《とうし》と|云《い》ふのは、そんな|怪体《けつたい》の|悪《わる》い|凍死《とうし》ぢやないわい。|腹《はら》の|底《そこ》まで|何《なに》が|憑《つ》いて|居《を》るか|透視《とうし》してくれと|云《い》ふのだ。アイタヽヽヽオイ|早《はや》く|透視《とうし》せぬかい』
『おれは|雪《ゆき》さまだから、あまり|雪《ゆき》さまばかりに|溺《おぼ》れて|居《を》ると|凍死《とうし》する|虞《おそれ》があるぞ。|貴様《きさま》の|腹《はら》の|中《なか》を|一寸《ちよつと》|見《み》ると|大変《たいへん》な|腹通《はらとほ》しだ。|上《あ》げる|下《くだ》す、まるで|此《この》テームス|峠《たうげ》の|頂上《ちやうじやう》の|関守《せきもり》には|持《も》つて|来《こ》いだ。|貴様《きさま》も|生命《いのち》の|大峠《おほたうげ》が|来《き》たのだから、これ|迄《まで》の|因縁《いんねん》と|諦《あきら》めて|潔《いさぎよ》く|成仏《じやうぶつ》せい。|風声鶴唳《ふうせいかくれい》にもド|肝《ぎも》を|冷《ひや》やし|微躯《びく》|付《つ》いて|居《ゐ》る|様《やう》な|関守《せきもり》では|到底《たうてい》|生存《せいぞん》の|価値《かち》がない。よい|加減《かげん》に|娑婆塞《しやばふさ》ぎは|冥土《めいど》|参《まゐ》りした|方《はう》が|社会《しやくわい》の|為《ため》だからなア』
『こりや|雪《ゆき》、|貴様《きさま》は|何《なん》と|云《い》ふ|冷酷《れいこく》な|事《こと》を|云《い》ふのだ。ド|頭《あたま》をポカンと【ハル】|公《こう》にしてやるぞ』
『|雪《ゆき》と|云《い》ふものは|火《ひ》のやうに|温《あたた》かいものでも、|熱《あつ》いものでもない。|冷酷《れいこく》なのが|当《あた》り|前《まへ》だ。|冷然《れいぜん》として|人《ひと》の|病躯《びやうく》を|冷笑《れいせう》するのが|雪《ゆき》さまの|特性《とくせい》だ。|然《しか》しそれだけ|熱《ねつ》があつては|貴様《きさま》も|堪《たま》るまい。|氷嚢《ひようなう》の|代《かは》りに|此《この》|雪公《ゆきこう》さまの|冷《つめ》たい|尻《けつ》を|貴様《きさま》の|薬鑵頭《やくわんあたま》に|載《の》せてやらうか。さうすれば、|少《すこ》しは|熱《ねつ》が|減退《げんたい》するかも|知《し》れないぞ』
『|斯《か》う|熱《ねつ》が|高《たか》うては|仕方《しかた》がない。|貴様《きさま》の|尻《けつ》で|俺《おれ》の|熱《ねつ》が|下《さが》る|事《こと》なら|臭《くさ》うても|幸抱《しんぼう》せうかい』
『よし、|時々《ときどき》|風《かぜ》が|吹《ふ》くかも|知《し》れぬが、|前《まへ》|以《もつ》てお|断《ことわ》りを|云《い》うておく』
と|云《い》ひながら|冷《つめ》たい|尻《しり》をまくつて|春公《はるこう》の|頭《あたま》の|上《うへ》にドツカと|載《の》せた。
|雪公《ゆきこう》『おい、|随分《ずゐぶん》|冷《つめた》い|尻《けつ》だらう。|血《ち》も|涙《なみだ》もない|冷《れい》【ケツ】|動物《どうぶつ》だから……|熱病《ねつびやう》の|対症療法《たいしやうれうほふ》には|持《も》つて|来《こ》いだ。|実《じつ》に【ケツ】|構《こう》な|療治法《れうぢほふ》だ、アハヽヽヽ』
|春公《はるこう》『こりや、|俺《おれ》の|鼻《はな》の|上《うへ》に|何《なん》だか|袋《ふくろ》を|載《の》せたぢやないか。|冷《ひ》いやりするが、|怪体《けつたい》な|香《にほひ》がするぞ』
『これは|豚《ぶた》の|氷嚢代理《ひようなうだいり》に|睾嚢《きんなう》を|張《は》り|込《こ》んでやつたのだ。イヒヽヽヽ』
『あゝ|苦《くる》しい、|重《おも》たいわい。チツと|重量《ぢうりやう》を|軽減《けいげん》する|様《やう》に|中腰《ちうごし》になつてくれないか』
『|雪隠《せんち》の【またげ】|穴《あな》をふん|張《ば》つたやうな|調子《てうし》で|中心《ちうしん》を|保《たも》つて|居《を》るのだから|重《おも》たい|筈《はず》はない。|熱病《ねつびやう》と|云《い》ふものは|頭《あたま》の|重《おも》いものだ。おもひおもひにお|神徳《かげ》をとつたが|宜《よ》からうぞ。(|義太夫《ぎだいふ》)あゝ|思《おも》へば|思《おも》へば|前《さき》の|世《よ》で|如何《いか》なる|事《こと》の|罪悪《ざいあく》を、やつて|来《き》たのか|知《し》らねども、そりや|人間《にんげん》の|知《し》らぬ|事《こと》、|現在《げんざい》テームス|山《ざん》の|関守《せきもり》を|仰《あふ》せ|付《つ》けられながら、|其《その》|職責《しよくせき》を|完《まつた》うせず、|肝腎要《かんじんかなめ》の|蜈蚣姫《むかでひめ》、|小糸姫《こいとひめ》を|知《し》つて|見逃《みのが》した|其《その》|天罰《てんばつ》が|報《むく》い|来《きた》つて、|今《いま》ここに|臆病風《おくびやうかぜ》の|神様《かみさま》に|襲《おそ》はれたるか、いぢらしやア……|悪《わる》い|事《こと》とは【しり】ながら、【しり】のつぼめが|合《あ》はぬよな、【しり】|滅裂《めつれつ》の|報告《はうこく》が、|如何《どう》してハルナの|神館《かむやかた》に、|鎮《しづ》まりゐます|大黒主《おほくろぬし》に、|致《いた》されうか……|許《ゆる》して|下《くだ》されバラモン|天王様《てんわうさま》、お|願《ねが》ひ|申《まを》すと|計《ばか》りにて、コンコンコンとせき|上《あ》げて、|苦《くる》し|涙《なみだ》にくれにける。シヤシヤ シヤン シヤン シヤン』
『ウンウンウン、こら|雪公《ゆきこう》、そんな|気楽《きらく》な|事《こと》どこかい。|俺《おれ》や、もう|生命《いのち》の【ゆき】つまりだ。もちとシツカリ|尻《しり》をあててくれぬかい』
『(|義太夫《ぎだいふ》)「【ゆき】つ、|戻《もど》りつ、とつおいつ、|又《また》もや|咳《せき》の|声《こゑ》すれば、これがお|声《こゑ》の|聞《き》きをさめと……|思《おも》へば|弱《よわ》る|後《うしろ》が……み……|寂滅為楽《じやくめつゐらく》も|近《ちか》づきて、|無情《むじやう》の|風《かぜ》は|非時《ときじく》に、|吹《ふ》き|荒《すさ》ぶこそ|哀《あは》れなり、トテチン トテチン トツトツチン、テンテン」いやもう|瀕死《ひんし》の|病人《びやうにん》に|対《たい》し|応急《おうきふ》|療法《れうほふ》も|最早《もはや》|駄目《だめ》だ。お|前《まへ》の|一生《いつしやう》も|最早《もはや》【けつ】|末《まつ》がついた。【けつ】して|決《けつ》して|娑婆《しやば》に|執着心《しふちやくしん》を|残《のこ》し、|踏《ふ》み|迷《まよ》うて|来《き》てはならぬぞ。|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|御目《おんめ》が|届《とど》かぬと|思《おも》うて|慢心《まんしん》を|致《いた》し、|神《かみ》を|尻敷《しりし》きにした|天罰《てんばつ》で、|此《この》|清明《せいめい》|無垢《むく》の|雪《ゆき》のやうな|身魂《みたま》の|雪《ゆき》さまに|尻敷《しりし》きにしられるのだ。|因果応報《いんぐわおうはう》、|罰《ばつ》は|覿面《てきめん》、|憐《あは》れなりける|次第《しだい》なり。エヘヽヽヽ』
|紅葉《もみぢ》『こりや|雪《ゆき》、|貴様《きさま》は|俺《おれ》が|最前《さいぜん》から|聞《き》いて|居《を》れば、|春公《はるこう》さまに|対《たい》し|親切《しんせつ》にして|居《を》るのか、|不親切《ふしんせつ》にして|居《を》るのか、|或《あるひ》は|介抱《かいほう》するのか、|虐待《ぎやくたい》するのか、テンと|訳《わけ》が|分《わか》らぬぢやないか』
|雪公《ゆきこう》『かう【ゆき】つまつた|世《よ》の|中《なか》、|訳《わけ》が|分《わか》らぬのはあたり|前《まへ》だ。|俺《おれ》は【ゆき】つまつた|社会《しやくわい》の|反映《はんえい》だから、これで|普通《ふつう》だよ。|親切《しんせつ》さうに|見《み》せて|不親切《ふしんせつ》の|奴《やつ》もあり、|善《ぜん》の|仮面《かめん》を|被《かぶ》つて|悪《あく》を|行《おこな》ふ|奴《やつ》もあり、|人《ひと》を|助《たす》けてやらうと|云《い》つて|甘《うま》くチヨロまかし、|其《その》|実《じつ》|人《ひと》は|死《し》なうが|倒《たふ》れやうが|吾不関焉《われかんせずえん》だ。|自分《じぶん》さへ|甘《うま》い|汁《しる》を|鱈腹《たらふく》|吸《す》うて|自分《じぶん》が|助《たす》からうとする|奴《やつ》ばかりだ。こんな|悪魔《あくま》|横行《わうかう》の|世《よ》の|中《なか》に|如何《どう》して|真面目《まじめ》な|事《こと》が|出来《でき》ようか。|俺《おれ》の|天眼通《てんがんつう》だつてその|通《とほ》りだ。|当《あた》る|時《とき》もあれば|外《はづ》れる|事《こと》もある。|社会《しやくわい》の|利益《りえき》になる|事《こと》もあれば|社会《しやくわい》の|害毒《がいどく》になる|事《こと》もある。それだから|善悪不二《ぜんあくふじ》、|正邪一如《せいじやいちによ》と|云《い》ふのだわい。オツホン』
『|人《ひと》の|難儀《なんぎ》を|見《み》て|貴様《きさま》は|平気《へいき》で|居《ゐ》やがるが、|本当《ほんたう》に|怪《け》しからぬ|奴《やつ》ぢやないか』
『|貴様《きさま》|何《なん》だい、|袖手傍観《しうしゆばうくわん》してるぢやないか。|貴様《きさま》こそ|本当《ほんたう》に|友人《いうじん》に|対《たい》し|冷酷《れいこく》な|代物《しろもの》だ。|大方《おほかた》|触《さは》らぬ|神《かみ》に|祟《たたり》なしと|云《い》ふ|猾《づる》い|考《かんが》へを|持《も》つて|俺《おれ》ばつかりに|介抱《かいほう》させ、さうして|善《ぜん》だの|悪《あく》だの|親切《しんせつ》だの|不親切《ふしんせつ》だのと|小言《こごと》を|垂《た》れやがるのだな。|尻《けつ》でも|喰《くら》つたがよいわい。|屁《へ》なつと|吸《す》へ』
『|俺《おれ》は|貴様《きさま》|等《たち》の|二人《ふたり》の|手《て》が|塞《ふさ》がつてゐるなり、あと|二匹《にひき》の|奴《やつ》はズブ|六《ろく》に|酔《よ》ひやがつて|役《やく》に|立《た》たぬなり、|仕方《しかた》がないから|貴様《きさま》の|代《かは》りに|関守《せきもり》を|勤《つと》めて|居《を》るのだ。もしも|斯《こ》んな|処《ところ》へ|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が|堂々《だうだう》とやつて|来《き》よつたら|如何《どう》するのだ』
『そりや、その|時《とき》のまた|風《かぜ》が|吹《ふ》くわい。|春公《はるこう》の|風邪《かぜ》ぢやないがコンコンと|懇談《こんだん》して|関守《せきもり》としてのベストを|尽《つく》すだけのものだ。これだけ|熱《ねつ》が|多《おほ》いと|此《この》|春公《はるこう》も|黒死病《ペスト》になりやせぬか|知《し》らぬて、|困《こま》つたものだ。|俺《おれ》の|尻《しり》がソロソロ|焼《や》けて|来《き》だしたぞ。|大変《たいへん》な|熱《ねつ》だ』
『おい、あんまり|貴様《きさま》が|大《おほ》きな|尻《しり》で|志士仁人《ししじんじん》たる|春公《はるこう》を|圧迫《あつぱく》するものだから、|如何《どう》やら|息《いき》が|絶《き》れたと|見《み》え、|呼吸《こきふ》が|止《と》まつたぢやないか』
『|俺《おれ》は|智慧《ちゑ》の|文珠師利菩薩《もんじゆしりぼさつ》だ。|今朝《けさ》も|文珠師利菩薩《もんじゆしりぼさつ》が|獅子《しし》に|乗《の》つて、|此処《ここ》を|大変《たいへん》な|勢《いきほひ》で|通《とほ》つたぢやないか。それだから|俺《おれ》も|春公《はるこう》の|頭《あたま》に|腰掛《こしか》け、|尻《しり》からプン|珠利菩薩《しゆりぼさつ》となつて、あらゆる|最善《さいぜん》の|知識《ちしき》を|傾《かたむ》けて|治療《ちれう》に|従事《じうじ》してるのだ。|此《この》|辛《から》い|時節《じせつ》に|薬礼《やくれい》も|貰《もら》はず、これだけ|親切《しんせつ》に|介抱《かいほう》するものが|何処《どこ》にあるかい』
かく|話《はな》す|処《ところ》へ|関所《せきしよ》の|押戸《おしど》をポンポンと|叩《たた》くものがある。|紅葉《もみぢ》は|慌《あわ》てて|戸外《こぐわい》に|飛《と》び|出《だ》し|仰《あふ》ぎ|見《み》れば|照国別《てるくにわけ》|一行《いつかう》であつた。
|照国《てるくに》『|此処《ここ》はテームス|山《ざん》の|大黒主《おほくろぬし》の|関所《せきしよ》だと|聞《き》いて|居《ゐ》るが、|関守《せきもり》の|頭《かしら》に|一寸《ちよつと》お|目《め》にかかりたい』
|紅葉《もみぢ》『ハイ、|関守《せきもり》の|大将《たいしやう》は、……|実《じつ》は……|今年《ことし》の|今月《こんげつ》の|始《はじ》めから……|今日《こんにち》|今夜《こんや》に|至《いた》るまで|臆病風《おくびやうかぜ》を|引《ひ》きましてコンコンと【せき】をやつて|居《ゐ》ますので、|生憎《あひにく》【こん】|回《くわい》はお|目《め》にかかる|事《こと》は|出来《でき》ますまい』
『それは|気《き》の|毒《どく》な|事《こと》だ。|斯様《かやう》な|峠《たうげ》の|吹《ふ》きはなしでは|風《かぜ》も|引《ひ》きませう。|吾々《われわれ》が|一《ひと》つ|神様《かみさま》にお|願《ねが》ひ|致《いた》して|鎮魂《ちんこん》をやつて|上《あ》げませうかな』
『エー|滅相《めつさう》もない。|貴方《あなた》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|左様《さやう》なお|方《かた》に|鎮魂《ちんこん》とやらをやられましては、サツパリ【コン】と|駄目《だめ》になつて|了《しま》ひます。|何卒《どうぞ》【こん】|度《ど》に|限《かぎ》つてお|断《こと》わりを|申《まを》します。サアお|通《とほ》りなさい』
『|決《けつ》して|吾々《われわれ》は|貴方《あなた》|等《がた》がバラモン|教《けう》の|関守《せきもり》だからと|云《い》つて、|悪《わる》くするのではない。よくして|上《あ》げたいと|思《おも》ふからだ』
『|何程《なにほど》|御《ご》【こん】|切《せつ》に|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さつても、|三五教《あななひけう》のお|方《かた》にお|世話《せわ》になるのは|一寸《ちよつと》【こん】|難《なん》で|厶《ござ》います』
『お|前《まへ》は|同僚《どうれう》が|九死一生《きうしいつしやう》の|場合《ばあひ》を|助《たす》けたい|事《こと》はないのか』
『|晨《あした》の|紅顔《こうがん》、|夕《ゆふ》べの|白骨《はくこつ》、どうで|一度《いちど》は|死《し》なねばならぬ|人生《じんせい》の|行路《かうろ》、|夢《ゆめ》の|浮世《うきよ》で|厶《ござ》いますから、|春公《はるこう》も|一層《いつそう》の|事《こと》ここで|死《し》んだ|方《はう》が、|彼《かれ》の|為《た》めには|好都合《かうつがふ》かも|知《し》れませぬ。|親切《しんせつ》が|却《かへ》つて|無《む》になりますから、|何卒《どうぞ》|鎮魂《ちんこん》ばかりは|平《ひら》に|御容赦《ごようしや》を|願《ねが》ひます』
『|何《なん》とバラモン|教《けう》は|友人《いうじん》に|対《たい》してさへも|随分《ずゐぶん》|冷淡《れいたん》なやり|方《かた》ですなア。|一切衆生《いつさいしゆじやう》に|対《たい》しては|尚更《なほさら》|冷酷《れいこく》なと|云《い》ふ|事《こと》は|此《この》|一事《いちじ》にても|看取《かんしゆ》される、かう|云《い》ふ|事《こと》を|聞《き》くと|如何《どう》してもバラモン|教《けう》を|改造《かいざう》してやらねばなるまい』
『|実《じつ》は|此《この》|通《とほ》り|五人《ごにん》の|関守《せきもり》が|四人《よにん》まで|手抜《てぬ》きが|出来《でき》ませぬので、|困《こま》つて|居《ゐ》る|所《ところ》で|厶《ござ》います。|何卒《どうぞ》|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り|取《と》り|込《こ》んで|居《を》りますから、|御用《ごよう》があれば|又《また》|明日《あす》|来《き》て|下《くだ》され』
『アハヽヽヽ、まるで|吾々《われわれ》を|乞食《こじき》|扱《あつか》ひにして|居《ゐ》よるわい。|然《しか》し|乍《なが》ら|仮令《たとへ》バラモン|教《けう》にもせよ、|人《ひと》の|困難《こんなん》を|見《み》て|之《これ》を|救《すく》はずに|素通《すどほ》りする|事《こと》は|出来《でき》ない。|照公《てるこう》さま、|梅公《うめこう》さま、お|前《まへ》は|奥《おく》へ|這入《はい》つて|此処《ここ》に|屁垂《へた》つてゐる|病人《びやうにん》を|鎮魂《ちんこん》してやつて|下《くだ》さい』
『メヽヽ|滅相《めつさう》な、|病人《びやうにん》は|春公《はるこう》|一人《ひとり》で|厶《ござ》います。|外《ほか》の|奴《やつ》は|風《かぜ》を|引《ひ》いたといつてもホンの|鼻腔加答児《びこうカタル》をやつただけ、|風《かぜ》の|神《かみ》をおつ|払《ぱら》ふとてスヤスヤと|寝《やす》んで|居《を》るのですから、|何卒《どうぞ》お|構《かま》ひ|下《くだ》さるな』
|照公《てるこう》、|梅公《うめこう》は|委細《ゐさい》|構《かま》はず|奥《おく》に|入《い》り、|両方《りやうはう》より|天《あま》の|数歌《かずうた》を|歌《うた》ひあげた。|雪公《ゆきこう》は|驚《おどろ》いて|春公《はるこう》の|頭《あたま》の|上《うへ》にのせて|居《ゐ》た|尻《しり》をあげ、|番小屋《ばんごや》の|小隅《こすみ》に|蹲《しやが》んで|震《ふる》うて|居《ゐ》る。|天《あま》の|数歌《かずうた》を|二三回《にさんくわい》|唱《とな》へた|時《とき》、|春公《はるこう》はカツカツと|大《おほ》きな|咳《せき》を|二《ふた》つした。その|途端《とたん》に|小《ちひ》さい|百足虫《むかで》が|二匹《にひき》|飛《と》んで|出《で》た。|見《み》る|間《ま》に|五六尺《ごろくしやく》の|大百足虫《おほむかで》となり|一目散《いちもくさん》にテームス|峠《たうげ》を|矢《や》の|如《ごと》くに|逃《に》げ|下《くだ》り|行《ゆ》く。|春公《はるこう》は|初《はじ》めて|熱《ねつ》もさめ、|身体《しんたい》|元《もと》の|如《ごと》くなり|汗《あせ》を|拭《ふ》きながら、
『|何《いづ》れのお|方《かた》か|知《し》りませぬが|九死一生《きうしいつしやう》の|場合《ばあひ》、よくまあ|助《たす》けて|下《くだ》さいまして、|誠《まこと》に|有難《ありがた》う|厶《ござ》いました』
と|感謝《かんしや》の|声《こゑ》と|共《とも》に|不図《ふと》|見《み》あぐれば、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|照国別《てるくにわけ》|一行《いつかう》の|三人《さんにん》であつた。|春公《はるこう》は|生命《いのち》の|親《おや》の|宣伝使《せんでんし》|様《さま》と|喜《よろこ》び|勇《いさ》み、これより|四人《よにん》を|後《あと》に|残《のこ》し|照国別《てるくにわけ》に|従《したが》つて|心《こころ》の|底《そこ》より|悔《く》い|改《あらた》め、|案内役《あんないやく》として|月《つき》の|御国《みくに》へ|従《したが》ひ|行《ゆ》く|事《こと》となつた。
(大正一一・一一・四 旧九・一六 北村隆光録)
第一六章 |春駒《はるこま》〔一一〇〇〕
|春公《はるこう》は|宣伝使《せんでんし》に|重病《ぢうびやう》を|助《たす》けられ、|命《いのち》の|恩人《おんじん》と|感謝《かんしや》し、|茲《ここ》に|全《まつた》く|三五《あななひ》の|神徳《しんとく》に|帰順《きじゆん》して、|一行《いつかう》に|従《したが》ひ|月《つき》の|都《みやこ》へ|道案内《みちあんない》として|進《すす》み|行《ゆ》くことになつた。|春公《はるこう》はテームス|峠《たうげ》の|急坂《きふはん》を|下《くだ》りながら|足拍子《あしびやうし》をとつて|歌《うた》ひ|出《だ》した。
『|私《わたし》の|生《うま》れはアーメニヤ ウラルの|彦《ひこ》の|御教《みをしへ》を
|親《おや》の|代《だい》から|奉《ほう》じたる |尊《たふと》き|清《きよ》き|家柄《いへがら》だ
|二人《ふたり》の|親《おや》は|世《よ》を|去《さ》りて |後《あと》に|残《のこ》りし|兄弟《きやうだい》は
|浮世《うきよ》の|風《かぜ》にもまれつつ |離《はな》れ|離《ばな》れとなりはてて
|兄《あに》の|行方《ゆくへ》はまだ|知《し》れぬ ウラルの|神《かみ》の|御教《みをしへ》を
|大和田中《おほわだなか》に|漂《ただよ》へる |竜宮島《りうぐうじま》に|開《ひら》かむと
|神《かみ》の|司《つかさ》と|任《ま》けられて |進《すす》み|出《い》でたる|岩彦《いはひこ》ぞ
|兄《あに》の|所在《ありか》を|尋《たづ》ねむと フサの|国《くに》までやつて|来《き》て
|小舟《こぶね》を|操《あやつ》り|和田中《わだなか》を |渡《わた》り|行《ゆ》かむとする|時《とき》に
|大足別《おほだるわけ》の|神司《かむづかさ》 タルの|港《みなと》に|現《あら》はれて
バラモン|教《けう》の|御教《みをしへ》を いと|細々《こまごま》と|説諭《ときさと》す
|群衆《ぐんしう》に|紛《まぎ》れて|御教《みをしへ》を |聞《き》くともなしに|聞《き》き|居《を》れば
どこともなしに|味《あぢ》ありと |思《おも》ひ|込《こ》んだが|病《や》み|付《つ》きで
ウントコドツコイきつい|坂《さか》 |皆《みな》さま|用心《ようじん》なされませ
バラモン|教《けう》に|辷《すべ》り|込《こ》み |遂《つひ》には|大黒主神《おほくろぬしのかみ》
|御許《みもと》に|仕《つか》ふる|身《み》となりて |元《もと》の|名前《なまへ》の|春公《はるこう》を
|名乗《なの》りて|茲《ここ》に|関守《せきもり》と |抜擢《ばつてき》されてバラモンの
|鬼熊別《おにくまわけ》の|妻《つま》や|子《こ》の |所在《ありか》を|探《たづ》ね|三五《あななひ》の
|教司《をしへつかさ》を|悉《ことごと》く |捕《とら》へて|月《つき》の|都《みやこ》まで
|送《おく》る|使《つかひ》となりました テームス|山《ざん》は|峰《みね》|高《たか》く
|吹来《ふきく》る|風《かぜ》は|荒《あら》くして |人《ひと》の|通《とほ》らぬ|難所《なんしよ》なり
さはさりながらイソ|館《やかた》 ウブスナ|山《やま》へ|進《すす》むには
ここが|第一《だいいち》|近道《ちかみち》ぢや |三五教《あななひけう》の|司《つかさ》|等《ら》は
|大半《たいはん》ここを|越《こ》えるだらう |峠《たうげ》の|上《うへ》に|関所《せきしよ》をば
|作《つく》つて|待《ま》てとの|命令《めいれい》を |遵奉《じゆんぽう》しつつ|朝夕《あさゆふ》に
|酒《さけ》に|心《こころ》をとろかして |肝腎要《かんじんかなめ》の|関守《せきもり》は
つまり|私《わたし》の|副事業《ふくじげふ》 お|酒《さけ》を|呑《の》むのが|本職《ほんしよく》と
|勤《つと》めて|暮《くら》す|折《をり》もあれ バラモン|教《けう》の|蜈蚣姫《むかでひめ》
|小糸《こいと》の|姫《ひめ》は|駒《こま》に|乗《の》り ハイハイハイと|登《のぼ》りくる
よくよく|見《み》ればどことなく |威厳《ゐげん》|備《そな》はる|勢《いきほひ》に
|辟易《へきえき》なして|知《し》らぬ|顔《かほ》 |一大雅量《いちだいがりやう》を|発揮《はつき》して
やすやすと|関所《せきしよ》を|通《とほ》しけり かかる|所《ところ》へ|三五《あななひ》の
|教《をしへ》の|道《みち》の|杢助《もくすけ》が さも|恐《おそ》ろしき|獅子《しし》に|乗《の》り
|数多《あまた》の|群《むれ》を|引連《ひきつ》れて |登《のぼ》り|来《きた》りし|其《その》|時《とき》は
|心《こころ》をののき|身《み》はふるひ |生《い》きたる|心地《ここち》はなかりけり
アイタタタツタ|躓《つまづ》いた ウントコドツコイこれわいな
それから|一同《いちどう》|自暴《やけ》になり こんな|危険《きけん》な|山《やま》の|上《うへ》
|素面《すめん》でどうして|勤《つと》まらう お|酒《さけ》の|酔《よひ》に|紛《まぎ》らして
|一時《ひととき》なりと|恐怖心《きようふしん》 ごまかし|呉《く》れむとガブガブと
|木《こ》の|実《み》の|酒《さけ》に|酔《よ》ひつぶれ |風《かぜ》|吹《ふ》く|峠《たうげ》に|大《だい》の|字《じ》と
なつて|倒《たふ》れた|其《その》|結果《けつくわ》 |風邪《かぜ》の|神《かみ》めがやつて|来《き》て
ウントコドツコイ ドツコイシヨ |私《わたし》の|体《からだ》に|侵入《しんにふ》し
|忽《たちま》ち|起《おこ》る|頭痛《あたまいた》 カンカンカンと|鉄鎚《てつつゐ》で
|脳天《なうてん》くだくよな|苦《くる》しさに |悶《もだ》え|居《ゐ》たりし|折《をり》もあれ
|三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》 |照国別《てるくにわけ》の|生神《いきがみ》が
|現《あら》はれまして|命《いのち》をば |助《たす》けてドツコイ|下《くだ》さつた
こんな|尊《たふと》い|神《かみ》の|道《みち》 |如何《どう》して|外《ほか》にあるものか
バラモン|教《けう》やウラル|教《けう》 |何程《なにほど》|尊《たふと》い|道《みち》ぢやとて
|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|真心《まごころ》を こめて|祈《いの》れど|寸効《すんかう》も
|現《あら》はれ|来《こ》ない|馬鹿《ばか》らしさ |私《わたし》は|嫌《いや》になりました
|照国別《てるくにわけ》の|神様《かみさま》よ これから|先《さき》にライオンの
|水勢《みなせ》|激《はげ》しき|川《かは》がある とは|云《い》ふものの|易々《やすやす》と
|渡《わた》れる|個所《かしよ》が|一所《ひとところ》 あるのを|私《わたし》は|知《し》つてゐる
|流《なが》れはゆるく|瀬《せ》は|浅《あさ》く |恰好《かつかう》の|場所《ばしよ》で|厶《ござ》います
|少《すこ》しく|道《みち》はまはれども |唯一《ゆゐつ》の|安全《あんぜん》|地帯《ちたい》なら
|急《いそ》がば|廻《まは》れといふ|比喩《たとへ》 そこを|選《えら》んで|渡《わた》りませう
それから|先《さき》は|玉山《たまやま》の チヨツと|小《ちひ》さい|坂《さか》がある
|地理《ちり》に|詳《くは》しい|春公《はるこう》が |先頭《せんとう》に|仕《つか》へまつりなば
|月《つき》の|御国《みくに》へ|易々《やすやす》と |知《し》らず|知《し》らずに|行《ゆ》けませう
|私《わたし》を|信《しん》じて|下《くだ》さんせ ウントコドツコイ ドツコイシヨ
さつき|行《ゆ》かれた|蜈蚣姫《むかでひめ》 |小糸《こいと》の|姫《ひめ》は|今頃《いまごろ》は
どこに|如何《どう》して|厶《ござ》るだろ お|供《とも》に|仕《つか》へたレーブさま
|定《さだ》めて|原野《げんや》にふみ|迷《まよ》ひ |一泡《ひとあわ》ふいてゐるだろと
|思《おも》へば|俄《にはか》に|気《き》がもめる |心《こころ》の|駒《こま》に|鞭《むちう》つて
|一時《いちじ》にかけ|出《だ》す|膝栗毛《ひざくりげ》 あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて |此《この》|一行《いつかう》を|恙《つつが》なく
|勝利《しようり》の|都《みやこ》へ|易々《やすやす》と |進《すす》ませ|給《たま》へ|天地《あめつち》の
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|春公《はるこう》が |真心《まごころ》こめて|願《ね》ぎまつる
ウントコドツコイ ドツコイシヨ そこには|平坦《なる》い|路《みち》がある
|照国別《てるくにわけ》の|宣伝使《せんでんし》 |一《ひと》つ|休《やす》んで|行《ゆ》きませうか
|甘《うま》そな|木《こ》の|実《み》がなつてます あんまりきつい|坂路《さかみち》で
|喉《のど》|奴《め》が|笛《ふえ》をふきかけた お|酒《さけ》の|酔《よひ》がさめて|来《き》て
|頭《あたま》の|具合《ぐあひ》が|何《なん》となく ボンヤリしたよな|心地《ここち》する
ウントコドツコイ、ヤツトコシヨ』
と|勢《いきほひ》よく|歌《うた》ひながら、テームス|峠《たうげ》を|一行《いつかう》|四人《よにん》|潔《いさぎよ》く|下《くだ》りゆく。
|坂《さか》の|七八分《しちはちぶ》|下《くだ》つた|所《ところ》に|稍《やや》|緩勾配《くわんこうばい》の|広《ひろ》き|道《みち》がついてゐる。そこには|無花果《いちぢく》が|柘榴《ざくろ》のやうにはじけて、|人待顔《ひとまちがほ》である。
|春公《はるこう》『モシ|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、ここの|無花果《いちぢく》は|有名《いうめい》なもので、|善人《ぜんにん》が|通《とほ》ればあの|通《とほ》り|柘榴《ざくろ》のやうに|大《おほ》きくなり、|紫赤《しせき》の|顔色《かほいろ》をして、|通行人《つうかうにん》に|接待《せつたい》を|致《いた》しますなり、|悪人《あくにん》が|通《とほ》れば|小《ちひ》さくカンカンの|莟《つぼみ》になり、|人《ひと》の|目《め》につかないやうに|隠《かく》れて|了《しま》ふ|妙《めう》な|無花果《いちぢく》です。|私《わたし》は|前《まへ》から|噂《うはさ》は|聞《き》いて|居《を》りますが、|何時《いつ》|通《とほ》つても|今日《けふ》のやうに|口《くち》をあけ、|甘《うま》そな|顔《かほ》をしてゐた|事《こと》はありませぬ。キツト|誠《まこと》の|生神様《いきがみさま》がお|通《とほ》りだから、あんな|姿《すがた》をして|現《あら》はれたのでせう。ここで|一《ひと》つ|一服《いつぷく》して|腹《はら》を|拵《こしら》へ、|喉《のど》をうるほし、|無花果《いちぢく》さまの|御厄介《ごやくかい》に|預《あづか》つたら|如何《どう》でせうかなア』
|照国《てるくに》『|大分《だいぶん》|里程《みちのり》も|来《き》た|様《やう》だから、|一《ひと》つ|休息《きうそく》する|事《こと》にしよう。|春《はる》さま、お|前《まへ》|御苦労《ごくらう》だが、あの|無花果《いちぢく》を|少《すこ》しばかり|頂《いただ》いて|来《き》てくれないか』
|春公《はるこう》『ハイ|承知《しようち》|致《いた》しました。モシモシお|二人《ふたり》のお|供《とも》、|私《わたし》と|一緒《いつしよ》に|参《まゐ》りませう』
|梅公《うめこう》『そりや|面白《おもしろ》からう』
|照公《てるこう》『|私《わたし》も|春《はる》さまと|一緒《いつしよ》に|往《い》つて|来《き》ます。|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、どうぞ|此処《ここ》に|待《ま》つてゐて|下《くだ》さいませ』
|照国《てるくに》『ウン、ヨシヨシ|一人《ひとり》|待《ま》つてゐるから、|早《はや》く|頂《いただ》いて|来《き》てくれ』
ここに|三人《さんにん》はイソイソとして、|辛《から》うじて|細《ほそ》い|谷川《たにがは》を|渡《わた》り、|甘《うま》さうな|無花果《いちぢく》を|懐《ふところ》に|一杯《いつぱい》【むし】つて|帰《かへ》り|来《きた》り、|四人《よにん》は|喉《のど》をならしながら、|天《てん》の|恵《めぐみ》と|押戴《おしいただ》いて|腹《はら》につめ|込《こ》んだ。
|照国《てるくに》『|春《はる》さま、|最前《さいぜん》お|前《まへ》の|道々《みちみち》の|歌《うた》によると、|兄《あに》があるさうだが、|其《その》|兄《あに》は|岩彦《いはひこ》といつたやうだなア』
|春公《はるこう》『ハイ、|私《わたし》の|兄《あに》は|岩彦《いはひこ》と|申《まを》しまして、|少《すこ》し|腰《こし》の|屈《かが》んだ|男《をとこ》で|厶《ござ》います。ウラル|彦《ひこ》の|神様《かみさま》の|命令《めいれい》に|依《よ》つて、|音彦《おとひこ》、|梅彦《うめひこ》|等《など》といふ|神司《かむづかさ》と|竜宮島《りうぐうじま》へ|渡《わた》つたきり、|今《いま》に|何《なん》の|消息《せうそく》も|厶《ござ》いませぬ。アーメニヤの|本山《ほんざん》は|今《いま》は|孤城落日《こじやうらくじつ》、|昔《むかし》の|勢《いきほひ》もなく、|僅《わづか》に|残《のこ》つた|信者《しんじや》が|神館《かむやかた》を|守《まも》つてゐるばかり、|何《なん》でも|月《つき》の|国《くに》のカルマタ|国《こく》とか|云《い》つて、|地教山《ちけうざん》の|西南麓《せいなんろく》の|可《か》なり|広《ひろ》い|国《くに》の|都《みやこ》へ|神館《かむやかた》が|移《うつ》つたさうで|厶《ござ》います。そしてウラル|彦様《ひこさま》の|子孫《しそん》たる|常暗彦《とこやみひこ》|様《さま》が|教主《けうしゆ》となつて、|再《ふたた》び|昔日《せきじつ》の|勢《いきほひ》をもり|返《かへ》してゐられるといふ|事《こと》で|厶《ござ》います。|私《わたし》は|兄《あに》の|岩彦《いはひこ》に|俄《にはか》に|会《あ》ひたくなり、|大胆《だいたん》にも|小舟《こぶね》に|乗《の》つて|竜宮《りうぐう》の|一《ひと》つ|島《じま》へ|渡《わた》らうとする|時《とき》、バラモン|教《けう》の|大足別《おほだるわけ》の|神司《かむづかさ》がタルの|港《みなと》でバラモンの|宣伝《せんでん》をしてゐられたのを|聞《き》き、|俄《にはか》に|有難《ありがた》くなつて、とうとうバラモン|教《けう》へ|入信《にふしん》しました。|併《しか》し|乍《なが》ら|月日《つきひ》が|経《た》つに|従《したが》つてバラモン|教《けう》の|金箔《きんぱく》がはげ、|生地《きぢ》が|分《わか》つて|来《き》て|面白《おもしろ》くなく、とうとう|焼糞《やけくそ》になつて|大酒呑《おほざけのみ》になつて|了《しま》ひ、テームス|山《ざん》の|関守《せきもり》の|長《ちやう》を|任《ま》けられてゐた|所《ところ》、|性《しやう》の|悪《わる》い|風邪《かぜ》にかかり、|蜈蚣《むかで》の|霊《れい》に|憑《つ》かれて、|九死一生《きうしいつしやう》の|場合《ばあひ》を|神様《かみさま》の|御引合《おひきあは》せ、あなたの|御手《みて》を|以《もつ》て|救《すく》はれたので|厶《ござ》います』
『それならお|前《まへ》は|岩彦《いはひこ》の|弟《おとうと》であつたか。|私《わたし》は|其《その》|時《とき》の|梅彦《うめひこ》である。|岩彦《いはひこ》はクルスの|森《もり》で|別《わか》れ、バラモン|教《けう》の|騎馬隊《きばたい》の|中《なか》に|躍《をど》り|入《い》つたきり、まだ|顔《かほ》を|見《み》せないのだが、|何《いづ》れ|近《ちか》い|中《うち》に|会《あ》ふやうな|心持《こころもち》がしてゐるから、マア|楽《たの》しんでついて|来《き》なさい』
『あなたが、それなら|梅彦《うめひこ》さまで|厶《ござ》いましたか。さう|仰有《おつしや》ると|何処《どこ》とはなしに|見覚《みおぼ》えがあるやうに|思《おも》ひます。|兄《あに》の|岩彦《いはひこ》は|貴方《あなた》と|一緒《いつしよ》に|今日《こんにち》|迄《まで》|活動《くわつどう》して|居《を》りましたか』
『|岩彦《いはひこ》さまは|実《じつ》に|立派《りつぱ》な|宣伝使《せんでんし》だ。|今日《けふ》|迄《まで》バラモン|教《けう》の|大足別《おほだるわけ》が|本拠《ほんきよ》たる|清春山《きよはるやま》の|岩窟《がんくつ》に|化《ば》け|込《こ》み、ヤツコスと|名乗《なの》つて|居《を》つた|男《をとこ》だ』
『あのヤツコスは|私《わたし》の|兄《あに》の|岩彦《いはひこ》で|厶《ござ》いましたか。|噂《うはさ》は|聞《き》いて|居《を》りましたが、まだ|会《あ》つた|事《こと》はありませぬ。|同《おな》じバラモンの|内《うち》に|居《を》りながら、|余《あま》り|所《ところ》を|隔《へだ》てて|居《ゐ》るので、それとは|知《し》らずに|居《を》りました。あゝ|有難《ありがた》い、|兄《あに》の|行方《ゆくへ》が|分《わか》つたのも|全《まつた》く|神様《かみさま》の|御引合《おひきあ》せで|厶《ござ》いませう。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|合掌《がつしやう》し、|感涙《かんるい》に|咽《むせ》んでゐる。
|照公《てるこう》『|春《はる》さま、お|前《まへ》も|日頃《ひごろ》の|望《のぞ》みの|達《たつ》する|時《とき》が|来《き》たのだよ、|三五教《あななひけう》の|神様《かみさま》は|有難《ありがた》いだらう。モウ|滅多《めつた》にウラル|教《けう》へ|裏返《うらがへ》つたり、バラモン|教《けう》へ|後戻《あともど》りするこたあろまいなア』
|春公《はるこう》『|如何《どう》して|如何《どう》して、そんな|事《こと》が|出来《でき》ませう。どうぞ|一日《いちにち》も|早《はや》く|神様《かみさま》のおかげで|岩彦《いはひこ》に|会《あ》はして|貰《もら》ひたいもので|厶《ござ》います。そして|兄弟《きやうだい》が|三五《あななひ》の|教《をしへ》に|尽《つく》したいと|思《おも》ひます』
|梅公《うめこう》『モウ、ウラル|式《しき》の|大酒《おほざけ》|飲《の》みはやめますかな』
|春公《はるこう》『|余《あま》り|好《すき》でもない|酒《さけ》だけれど、|世《よ》の|中《なか》が|淋《さび》しくて|堪《た》まらないので、やけ|酒《ざけ》を|煽《あふ》つて|居《ゐ》たのですから、|今後《こんご》は|一滴《いつてき》も|飲《の》みませぬ。|大体《だいたい》が|余《あま》り|好《す》きな|酒《さけ》ではありませぬから』
|照国別《てるくにわけ》は|路傍《ろばう》の|石《いし》に|腰打掛《こしうちか》けながら、
『|天津神《あまつかみ》|国津御神《くにつみかみ》の|御恵《みめぐみ》に
|兄《あに》の|行方《ゆくへ》を|知《し》りし|今日《けふ》|哉《かな》。
|三五《あななひ》の|神《かみ》の|教《をしへ》の|幸《さち》はひて
ライオン|川《がは》も|安《やす》く|渡《わた》らむ。
テームスの|峠《たうげ》を|守《まも》る|関司《せきつかさ》
|春公《はるこう》さまの|病《やまひ》いやしつ。
|身《み》の|病《やまひ》|直《なほ》すばかりか|魂《たましひ》の
|病《やまひ》を|直《なほ》す|三五《あななひ》の|道《みち》。
|風《かぜ》|吹《ふ》かばさぞ|寒《さむ》からむテームスの
|峠《たうげ》にたてる|春《はる》の|関守《せきもり》。
あらし|吹《ふ》く|風《かぜ》に|身魂《みたま》をもまれつつ
|今《いま》は|誠《まこと》の|人《ひと》となりぬる』
と|口《くち》ずさめば、|春公《はるこう》は|之《これ》に|答《こた》へて、
『|三五《あななひ》の|神《かみ》の|司《つかさ》の|来《き》まさずば
われはあの|世《よ》に|旅《たび》だちしならむ。
|玉《たま》の|緒《を》の|命《いのち》も|魂《たま》も|助《たす》けられ
いかで|背《そむ》かむ|三五《あななひ》の|道《みち》。
|朝夕《あさゆふ》に|大酒《おほざけ》あふり|曲神《まがかみ》の
すみかとなりし|吾《われ》ぞ|忌々《ゆゆ》しき。
|蜈蚣姫《むかでひめ》|醜《しこ》の|司《つかさ》を|捉《とら》へむと
あせる|心《こころ》に|蜈蚣《むかで》すみけり。
|小糸姫《こいとひめ》|神《かみ》の|小糸《こいと》に|結《むす》ばれて
|三五教《あななひけう》の|道《みち》を|悟《さと》りぬ。
|岩彦《いはひこ》の|兄《あに》の|所在《ありか》を|聞《き》きし|時《とき》
|生《うま》れかはりし|心地《ここち》しにけり。
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|御為《おんため》|世《よ》の|為《ため》に
|尽《つく》さにやおかぬ|春《はる》の|魂《たましひ》』
と|歌《うた》ひをはり、|照国別《てるくにわけ》に|従《したが》つて、|一行《いつかう》|四人《よにん》は|又《また》もや|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひながら、テームス|峠《たうげ》を|西南《せいなん》|指《さ》して|下《くだ》り|行《ゆ》く。
(大正一一・一一・四 旧九・一六 松村真澄録)
第一七章 |天幽窟《てんいうくつ》〔一一〇一〕
|一行《いつかう》|四人《よにん》は|漸《やうや》くにしてテームス|峠《たうげ》を|下《くだ》り、ライオン|川《がは》の|川辺《かはべ》に|着《つ》いた。
|春公《はるこう》『|大分《だいぶ》に|足《あし》も|疲《つか》れました。この|儘《まま》|川中《かはなか》を|渡《わた》ると|層一層《そういつそう》|足《あし》が|疲《くたび》れるものです。|貴方等《あなたがた》は|馬《うま》があるから|差支《さしつかへ》ないと|云《い》ふやうなものの、|矢張《やはり》|馬《うま》だつて|疲《つか》れてゐませう。|私《わたし》が|最前《さいぜん》|歌《うた》つた|通《とほ》り、|少《すこ》し|廻《まは》り|道《みち》になりますが、これから|十四五丁《じふしごちやう》|下《しも》へ|下《くだ》ると|川幅《かははば》の|広《ひろ》い|瀬《せ》の|緩《ゆる》い|浅瀬《あさせ》が|厶《ござ》います。それはバラモン|教《けう》の|連中《れんちう》でもあまり|知《し》らない|秘密《ひみつ》|場所《ばしよ》です。|如何《どう》でせう、それから|渡《わた》れば|大変《たいへん》に|無難《ぶなん》ですが』
|照国《てるくに》『さうだのう、|安全《あんぜん》な|渡《わた》り|場《ば》があるのに|危険《きけん》を|冒《をか》して|急流《きふりう》を|渡《わた》る|必要《ひつえう》もあるまい。それなら|少《すこ》し|迂回《うくわい》でも|下流《かりう》を|渡《わた》りませう』
かく|話《はな》す|処《ところ》へ、バラモン|教《けう》の|神司《かむづかさ》が|乗《の》り|棄《す》てた|一匹《いつぴき》の|馬《うま》、|道端《みちばた》の|草《くさ》を|目《め》を|塞《ふさ》いで【むし】りながら、ノソリノソリとやつて|来《く》る。
|春公《はるこう》『ヤア|何《なん》と|神様《かみさま》と|云《い》ふお|方《かた》は|親切《しんせつ》なものだなア。|三人《さんにん》は|駒《こま》、|自分《じぶん》は|親譲《おやゆづ》りの|膝栗毛《ひざくりげ》で【てく】つてお|供《とも》をして|来《き》たが、|折《をり》よく|一匹《いつぴき》の|駒《こま》が|落《お》ちてゐる。これで|愈《いよいよ》|四馬《しめ》に|跨《また》がると|云《い》ふものだ。|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|乗《の》つても|宜《よろ》しいか』
|照国《てるくに》『|落《お》ちて|居《ゐ》る|馬《うま》だから|別《べつ》に|盗《ぬす》んだものにもなるまい。もし|落《おと》し|主《ぬし》が|分《わか》つたら|其《その》|時《とき》|返《かへ》してやればよいから|遠慮《ゑんりよ》なしに|乗《の》つたがよからう』
|此《この》|言葉《ことば》に|春公《はるこう》は|勇《いさ》み|立《た》ち、|馬《うま》の|側《そば》に|近《ちか》づき|首筋《くびすぢ》を|撫《な》でながら、
『オイ|馬公《うまこう》、|御苦労《ごくらう》だが|頼《たの》むよ。|今日《けふ》から|俺《おれ》がお|前《まへ》の|仮《かり》の|主人《しゆじん》だ』
と|云《い》ひながらヒラリと|飛《と》び|乗《の》つた。|比較的《ひかくてき》おとなしき|馬《うま》で|稀代《きだい》の|尤物《いうぶつ》である。これはバラモン|教《けう》の|釘彦《くぎひこ》が|乗《の》つて|居《ゐ》た|名馬《めいば》であつた。いかなる|激流《げきりう》も|大海《たいかい》も|少《すこ》しも|屈《くつ》せず|渡《わた》り|行《ゆ》くと|云《い》ふ|奴《やつ》である。ここに|四人《よにん》は|轡《くつわ》を|並《なら》べシヤンコ シヤンコと|足並《あしなみ》|揃《そろ》へて|下流《かりう》の|浅瀬《あさせ》に|到着《たうちやく》した。|水《みづ》の|深《ふか》さは|四五寸《しごすん》から|一尺《いつしやく》|迄《まで》|位《くらゐ》な|浅瀬《あさせ》である。|其《その》|代《かは》りに|川幅《かははば》は|外《ほか》の|場所《ばしよ》に|比《くら》べて|三倍《さんばい》ばかりも|展開《てんかい》して|居《ゐ》る。|四人《よにん》は|悠々《いういう》として|四方山《よもやま》の|話《はなし》に|耽《ふけ》りながら|四馬《しめ》の|首《くび》を|一緒《いつしよ》に|並《なら》べて|渡《わた》り|行《ゆ》く。
|春公《はるこう》『|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、バラモン|教《けう》の|清春山《きよはるやま》の|岩窟《がんくつ》に|仕《つか》へて|居《ゐ》たヤツコスと|云《い》ふ|男《をとこ》が|私《わたし》の|兄《あに》の|岩彦《いはひこ》だと|聞《き》きましたが、|此《この》|川《かは》を|渡《わた》るについて|此《この》ヤツコスに|関《くわん》し|面白《おもしろ》い|話《はなし》が|厶《ござ》いますから|話《はな》して|見《み》ませうか』
|照国《てるくに》『|何卒《どうぞ》|話《はな》して|下《くだ》さい。|随分《ずゐぶん》|珍談《ちんだん》が……あの|男《をとこ》の|事《こと》だからあるだらうなア』
『|私《わたし》もヤツコスが|兄《あに》ぢやと|聞《き》いて|此《この》|川《かは》が|一入《ひとしほ》|床《ゆか》しうなつて|来《き》ました。|此《この》|川《かは》にライオン|川《がは》と|名《な》のついたのは|此《この》|川上《かはかみ》に|天幽窟《てんいうくつ》と|云《い》ふ|樹木《じゆもく》の|茂《しげ》つた|人間《にんげん》の|寄《よ》りつかれない|大秘密境《だいひみつきやう》があつて、そこにはライオンが|幾百千《いくひやくせん》とも|限《かぎ》りなく|棲居《すまゐ》を|致《いた》して|居《を》ります。それでその|天幽窟《てんいうくつ》を|一名《いちめい》ライオン|窟《くつ》とも|称《とな》へ、|従《したが》つて|此《この》|川《かは》をライオン|川《がは》と|名付《なづ》けられたさうです。|昨年《さくねん》の|春《はる》の|頃《ころ》、ヤツコスと|云《い》ふ|男《をとこ》が|此《この》|川《かは》を|渡《わた》る|時《とき》、|川上《かはかみ》に|居《を》つた|唐獅子《からじし》の|子《こ》が|二匹《にひき》|川《かは》へ|遊《あそ》びに|来《き》て、|誤《あやま》つて|激流《げきりう》に|落《お》ち|入《い》りブカブカと|流《なが》れて|来《き》ました。そこをヤツコスが|通《とほ》りかかり、|溺《おぼ》れ|死《し》なむとする|獅子《しし》の|子《こ》を|二匹《にひき》ながら|取掴《とつつか》まへて|川堤《かはどて》へ|救《すく》ひあげ、|色々《いろいろ》と|介抱《かいほう》して|水《みづ》を|吐《は》かせ、|背中《せなか》に|負《お》うて|天幽窟《てんいうくつ》まで|大胆至極《だいたんしごく》に|踏《ふ》み|込《こ》み、|獅子《しし》の|巣窟《さうくつ》へ|送《おく》り|届《とど》けてやつたと|云《い》ふ|話《はなし》で|厶《ござ》います。それから|其《その》ヤツコスには|獅子《しし》が|守護《しゆご》をしてヤツコスの|身《み》に|危難《きなん》の|迫《せま》つた|時《とき》は、|何処《どこ》ともなしにライオンが|沢山《たくさん》|現《あら》はれて|来《き》て、|危急《ききふ》を|救《すく》ふと|云《い》ふ|専《もつぱ》ら|評判《ひやうばん》……いや|事実《じじつ》ださうで|厶《ござ》います。それを|聞《き》きこんで、|清春山《きよはるやま》の|大足別《おほだるわけ》がこんな|男《をとこ》を|抱《かか》へて|置《お》いたら、まさかの|時《とき》に|大丈夫《だいぢやうぶ》だと|思《おも》ひ、|自分《じぶん》の|家来《けらい》にしたと|云《い》ふ|事《こと》ですが、|其《その》ヤツコスが|果《はた》して|兄《あに》の|岩彦《いはひこ》ならば|本当《ほんたう》に|嬉《うれ》しい|事《こと》で|厶《ござ》います。|昨日《きのふ》も|文珠師利菩薩《もんじゆしりぼさつ》が|獅子《しし》に|乗《の》つてテームス|峠《たうげ》の|関所《せきしよ》を|越《こ》えたと|云《い》ふ|事《こと》を|聞《き》きましたが、|丁度《ちやうど》|私《わたし》の|兄《あに》は|文珠菩薩《もんじゆぼさつ》の|様《やう》な|男《をとこ》で|厶《ござ》いますなア』
『|何《なん》と|珍《めづ》らしい|話《はなし》を|聞《き》いた。ライオン|川《がは》でライオンの|話《はなし》を|聞《き》くとは|之《これ》も|何《なに》かの|神界《しんかい》の|摂理《せつり》だらう』
|斯《か》く|話《はな》しつつ|漸《やうや》くにして|難《なん》なく|広《ひろ》き|川《かは》を|向《むか》ふ|岸《ぎし》に|渡《わた》り、|再《ふたた》び|道《みち》を|十四五丁《じふしごちやう》ばかり|北《きた》にとり、|玉山峠《たまやまたうげ》の|麓《ふもと》にさしかかり、ハイハイハイと|秋風《あきかぜ》に|吹《ふ》かれながら|頂上《ちやうじやう》さして|登《のぼ》り|行《ゆ》く。
|一行《いつかう》|四人《よにん》は、|玉山峠《たまやまたうげ》の|頂上《ちやうじやう》から|馬《うま》を|飛《と》び|下《お》り、|各自《めいめい》|馬《うま》の|口《くち》をとりながらハアハア ハイハイと|注意《ちうい》を|駒《こま》に|促《うなが》しつつ|七八分《しちはちぶ》ばかり|下《くだ》つて|来《き》た。|俄《にはか》に|一匹《いつぴき》のかなり|大《おほ》きな|狼《おほかみ》|現《あら》はれ|来《きた》り、|先頭《せんとう》に|立《た》てる|春公《はるこう》の|裾《すそ》を|銜《くは》へて|無理《むり》やりに|引《ひ》つぱらうとする|其《その》|挙動《きよどう》の|怪《あや》しさ。
|春公《はるこう》『こん|畜生《ちくしやう》、|人間様《にんげんさま》の|裾《すそ》を|喰《く》ひやがつて|貴様《きさま》は|狼《おほかみ》ぢやないか。こりや|畜生《ちくしやう》、|俺《おれ》を|喰《く》はうと|思《おも》つても|貴様《きさま》の|手《て》には|合《あ》はないぞ。|此《この》|方《はう》さまは|勿体《もつたい》なくも|此《この》|世《よ》をお|造《つく》り|遊《あそ》ばした|大自在天《だいじざいてん》……オツトドツコイ|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》|様《さま》のお|道《みち》を|開《ひら》く|三五教《あななひけう》の|金線《きんすぢ》の|宣伝使《せんでんし》|照国別《てるくにわけ》|様《さま》のお|供《とも》に|仕《つか》ふる|春公別《はるこうわけ》さまだぞ。|人間違《ひとまちが》ひを|致《いた》すな。|人間《にんげん》が|喰《く》ひたければテームス|峠《たうげ》の|頂上《ちやうじやう》に|酒《さけ》に|喰《くら》ひ|酔《よ》うて|倒《たふ》れて|居《ゐ》る|半死半生《はんしはんしやう》の|関守《せきもり》がある。|彼奴《あいつ》をガブリとやつて|鱈腹《たらふく》、|腹《はら》を|膨《ふく》らすが|宜《よ》からう。シーツどけどけ』
と|右《みぎ》の|手《て》を|打《う》ちふつて|追《お》ひ|除《の》けようとすれども、|狼《おほかみ》は|別《べつ》に|怒《おこ》つた|気色《けしき》もなく、|尾《を》を|犬《いぬ》の|様《やう》に|左右《さいう》に|打《う》ちふりながら|裾《すそ》を|喞《くは》へ|引張《ひつぱ》つて|放《はな》さぬ。
|春公《はるこう》『こりやこりや、|俺《おれ》は|急《いそ》ぐ|旅《たび》だ。|往来《わうらい》の|妨《さまた》げを|致《いた》すと、|交番《かうばん》へ|往来妨害罪《わうらいばうがいざい》で|訴《うつた》へてやるぞ。|何《なん》だ|飼犬《かひいぬ》の|様《やう》に|尾《を》をふりやがつて、ハハア|此奴《こいつ》ア|山犬《やまいぬ》だなア。もとは|人間《にんげん》の|家《うち》に|飼《か》はれて|居《ゐ》やがつたのが、|主人《しゆじん》の|没落《ぼつらく》の|為《た》め|貴様《きさま》も|一緒《いつしよ》に|流浪《るらう》して|到頭《たうとう》|山《やま》に|逃《に》げ|込《こ》み、|山犬《やまいぬ》となり、デモ|狼《おほかみ》に|進化《しんくわ》したのだなア。|人《ひと》は|境遇《きやうぐう》によつて|人相《にんさう》|迄《まで》|変《かは》ると|云《い》ふ|事《こと》だが|矢張《やつぱり》|畜生《ちくしやう》でも|其《その》|道理《だうり》に|洩《も》れぬと|見《み》えるわい。こりや|狼犬《おほかみいぬ》|畜生《ちくしやう》、|放《はな》さぬかい、|十七八《じふしちはち》のナイスに|引張《ひつぱ》られるのならチツとは|気分《きぶん》が|宜《よ》いが、|貴様等《きさまら》に|裾《すそ》を|引張《ひつぱ》られると、あまり|宜《よ》い|心持《こころもち》がせぬわい。エー|畜生《ちくしやう》、|合点《がてん》の|悪《わる》い|奴《やつ》だな。|貴様《きさま》|狼犬《おほかみいぬ》ならチツとは|獣《けもの》の|中《うち》でも|王《わう》の|部分《ぶぶん》だから|人間《にんげん》さまの|言霊《ことたま》|位《くらゐ》は|分《わか》る|筈《はず》だ。グヅグヅ|致《いた》すと|馬《うま》に|踏《ふ》み|殺《ころ》さしてやるぞ』
|狼《おほかみ》は|尾《を》を|頻《しき》りにふり|裾《すそ》を|喞《くは》へ|道《みち》の|傍《かたはら》の|木《き》の|茂《しげ》みへ|無理《むり》に|引《ひ》き|込《こ》まうとする。
|春公《はるこう》『もし|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|此《この》|畜生《ちくしやう》、|洒落《しやれ》た|奴《やつ》で、|柄《がら》にも|似合《にあ》はぬ|四足《よつあし》の|分際《ぶんざい》として|吾々《われわれ》に|揶揄《からか》ひやがるのです。|一層《いつそう》の|事《こと》|蹶《け》り|殺《ころ》してやつたら|如何《どう》でせうか』
|照国《てるくに》『|狼《おほかみ》と|云《い》ふ|奴《やつ》は|義獣《ぎじう》だから、そんな|乱暴《らんばう》な|事《こと》をしてはならない。|何《なに》か|吾々《われわれ》に|変事《へんじ》を|知《し》らして|呉《く》れるのだらう。|先《ま》づ|狼《おほかみ》の|引張《ひつぱ》つて|行《ゆ》く|方《はう》へついて|行《い》つて|見《み》たら|如何《どう》だ。|千匹《せんびき》|狼《おほかみ》が|通《とほ》るので|吾々《われわれ》|一同《いちどう》を|助《たす》けてやらうと|思《おも》つて|隠家《かくれが》へ|引《ひ》き|行《ゆ》かうとするのかも|知《し》れぬぞ』
『さうだと|云《い》つて|狼《おほかみ》に|引張《ひつぱ》られて|行《ゆ》くのはあまり|気分《きぶん》の|宜《よ》いものぢやありませぬわ』
『おい|狼《おほかみ》、お|前《まへ》の|行《ゆ》く|処《ところ》へついて|行《ゆ》くから|春公《はるこう》の|裾《すそ》を|放《はな》してやつて|呉《く》れ』
|此《この》|声《こゑ》に|狼《おほかみ》は|喞《くは》へた|裾《すそ》をパツと|放《はな》し、|照国別《てるくにわけ》の|前《まへ》にスタスタとやつて|来《き》て、|一寸《ちよつと》|頭《かうべ》を|下《さ》げ|挨拶《あいさつ》をしながらガサリガサリと|谷川《たにがは》|目《め》がけて|下《くだ》つて|行《ゆ》く。|照国別《てるくにわけ》|一行《いつかう》は|狼《おほかみ》の|後《あと》について、|水《みづ》のチヨロチヨロ|流《なが》れて|居《ゐ》る|谷川《たにがは》へ|下《くだ》つた。|見《み》れば|其処《そこ》に|十人《じふにん》ばかりの|人間《にんげん》が、|顔《かほ》を|擦《す》り|剥《む》き|肩《かた》を|外《はづ》して|人事不省《じんじふせい》になつて|横《よこた》はつてゐる。
『ヤア、|沢山《たくさん》の|怪我人《けがにん》だ。|大方《おほかた》バラモン|教《けう》の|連中《れんちう》と|黄金姫《わうごんひめ》|様《さま》との|一隊《いつたい》とが|衝突《しようとつ》の|結果《けつくわ》であらう。さア|照《てる》、|梅《うめ》、|春《はる》の|三人《さんにん》、|一人々々《ひとりひとり》|谷水《たにみづ》を|手《て》に|掬《すく》つて|口《くち》に|含《ふく》ませ、|面部《めんぶ》に|吹《ふ》きかけてやつてくれ。|私《わたし》はここで|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|魂呼《たまよ》びをするから』
『ハイ』
と|答《こた》へて|三人《さんにん》は|各自《てんで》に|種々《いろいろ》と|介抱《かいほう》に|力《ちから》を|尽《つく》した。|漸《やうや》くにして|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|蘇生《そせい》した。|肩《かた》の|外《はづ》れた|男《をとこ》がある、|此奴《こいつ》は|気《き》のつかぬ|間《うち》に|元《もと》へ|骨《ほね》を|直《なほ》しやり、さうして|鎮魂《ちんこん》を|施《ほどこ》した。|漸《やうや》くにして|息《いき》|吹《ふ》き|返《かへ》したのは|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》をここ|迄《まで》|送《おく》つて|来《き》たレーブであつた。も|一人《ひとり》の|顔《かほ》に|大変《たいへん》な|擦傷《すりきず》を|負《お》うてゐた|男《をとこ》は、バラモン|教《けう》の|軍隊《ぐんたい》の|先頭《せんとう》に|立《た》つて|居《ゐ》たカルであつた。|此《この》|二人《ふたり》を|始《はじ》め|一同《いちどう》は|救命《きうめい》の|恩《おん》を|謝《しや》し、|三五教《あななひけう》の|大神《おほかみ》の|慈徳《じとく》を|感謝《かんしや》しながら|宣伝使《せんでんし》の|後《あと》に|従《したが》ひ|玉山峠《たまやまたうげ》を|下《くだ》り、|魔神《まがみ》の|猛《たけ》び|狂《くる》ふ|大原野《だいげんや》を|前後《ぜんご》を|警戒《けいかい》しながら|守《まも》り|行《ゆ》く|事《こと》となつた。
|照国別《てるくにわけ》|外《ほか》|四人《よにん》は|馬《うま》に|乗《の》りレーブ、カルを|始《はじ》め|八人《はちにん》は|前後《ぜんご》を|守《まも》りつつ|荒野ケ原《あらのがはら》を|進《すす》み|行《ゆ》く。|前方《ぜんぱう》にピタリと|行《ゆ》き|当《あた》つた|浅《あさ》き|広《ひろ》き|沼《ぬま》がある。|漸《やうや》くにして|日《ひ》は|暮《く》れかかつた。|照国別《てるくにわけ》は|一同《いちどう》に|向《むか》つて|此処《ここ》に|一夜《いちや》を|明《あ》かすことを|命令《めいれい》した。|照国別《てるくにわけ》の|先導《せんだう》にて|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|神言《かみごと》を|唱《とな》へ|各自《かくじ》|疲《つか》れはてて|熟睡《じゆくすい》して|了《しま》つた。|望《もち》の|夜《よ》の|月《つき》は|玉山峠《たまやまたうげ》の|頂《いただ》きから|皎々《かうかう》と|輝《かがや》きつつ|昇《のぼ》り|始《はじ》めた。|一同《いちどう》の|姿《すがた》は|手《て》に|取《と》る|如《ごと》くハツキリして|来《き》た。スガル、チルと|云《い》ふ|男《をとこ》は|熟睡《じゆくすい》を|装《よそほ》ひつつ|一同《いちどう》の|寝息《ねいき》を|考《かんが》へてゐた。|夜《よ》の|正子《しやうね》の|刻《こく》、|月《つき》は|頭上《づじやう》を|照《て》らす|刻限《こくげん》、スガル、チルの|両人《りやうにん》はソツと|起《お》き|上《あが》り、|懐中《ふところ》から|捕繩《とりなは》を|出《だ》し、|一々《いちいち》|数珠《じゆず》つなぎに|照国別《てるくにわけ》、|照公《てるこう》、|梅公《うめこう》、|春公《はるこう》、レーブ、カルの|六人《ろくにん》を|縛《しば》つて|了《しま》つた。さうして|外《ほか》の|六人《ろくにん》をソツと|揺《ゆ》り|起《おこ》してる。|熟睡《じゆくすい》の|夢《ゆめ》を|破《やぶ》られたキルと|云《い》ふ|男《をとこ》『ウンウンウン』と|云《い》ひながら|刎《は》ね|起《お》き、
『ダヽヽヽ|誰《だれ》だい、|人《ひと》が|小気味《こぎみ》|良《よ》う|寝《ね》て|居《を》るのに|鼻《はな》をつまんだり、【こそばし】やがつて|宜《よ》い|加減《かげん》に|寝《ね》ぬかい。|困《こま》つた|奴《やつ》だなア』
チルは|小《ちひ》さい|声《こゑ》で|耳《みみ》の|端《はた》に|口《くち》を|寄《よ》せ、
『おい、キル|公《こう》、|大《おほ》きな|声《こゑ》で|云《い》ふな。|今《いま》|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》や|裏返《うらがへ》り|者《もの》をフン|縛《じば》つた|処《ところ》だから、|貴様《きさま》|等《たち》|之《これ》から|目《め》を|覚《さ》まして|彼奴等《あいつら》の|頭《あたま》を【かち】|割《わ》つてしまふか、|但《ただし》は|鬼春別《おにはるわけ》|様《さま》のお|馬《うま》の|側《そば》へ|引連《ひきつ》れて|行《い》つて|手柄《てがら》をするのだから』
キルはド|拍子《びやうし》の|抜《ぬ》けた|銅羅声《どらごゑ》で、
『お|前《まへ》はチルぢやないか。|折角《せつかく》|命《いのち》を|助《たす》けてくれた|宣伝使《せんでんし》を|縛《しば》ると|云《い》ふ|事《こと》が|何処《どこ》にあるかい。こんな|事《こと》をすると|罰《ばち》があたるぞ』
チル『エー|困《こま》つた|奴《やつ》ぢやな。|気《き》の|利《き》かぬにも|程《ほど》がある。あんな|奴《やつ》を|助《たす》けて|堪《たま》るものかい』
キル『|俺《おれ》ア、|貴様《きさま》が|何《なん》と|云《い》つてもあの|宣伝使《せんでんし》に|恩《おん》があるのだ。|恩《おん》を|仇《あだ》で|返《かへ》さうとは|人間《にんげん》のなすべき|事《こと》でないぞ。チツと|誠《まこと》の|心《こころ》となつて|考《かんが》へて|見《み》い』
スガルは|又《また》|次《つぎ》の|男《をとこ》を|小声《こごゑ》で、
『オイオイ』
と|云《い》ひながら、|鼻《はな》をつまんだり|腋《わき》の|下《した》を【こそばかし】て|目《め》を|醒《さ》まさうとしてゐる。
セル『だゝゝゝ|誰《だれ》ぢやい、セルさまの|鼻《はな》をつまみやがつたり腋の|下《した》をくすぐる|奴《やつ》は。こら|寝《ね》る|時《とき》はトツトと|寝《ね》て|働《はたら》く|時《とき》には|精《せい》|出《だ》して|働《はたら》くのだぞ。|安眠《あんみん》の|妨害《ばうがい》をさらすと|俺《おれ》や|了簡《れうけん》せぬから、さう|思《おも》へ』
スガルは|小声《こごゑ》で|耳《みみ》に|口《くち》を|寄《よ》せ、
『おいセル、|大《おほ》きな|声《こゑ》で|云《い》ふな。|宣伝使《せんでんし》が|目《め》を|覚《さ》ましちや|大変《たいへん》だ。|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も|皆《みな》|俺《おれ》が|引括《ひつくく》つておいたのだから、|之《これ》から|皆《みな》|寄《よ》つて|目《め》を|覚《さ》まして|彼奴《あいつ》を|叩《たた》き|伏《ふ》せるか、|但《ただし》は|将軍《しやうぐん》|様《さま》の|前《まへ》へ|引張《ひつぱ》つて|行《ゆ》くつもりだ。さうすれば|貴様《きさま》|達《たち》の|手柄《てがら》になるのだから』
セルは|寝《ね》ぶた|目《め》を|擦《こす》りながら、
『|何《なに》、|俺《おれ》を|何《なに》か、|将軍《しやうぐん》|様《さま》の|前《まへ》へ|引張《ひつぱ》つて|行《ゆ》くと|云《い》ふのか。そりや|怪《け》しからぬ。|俺《おれ》ヤ|何時《いつ》そんな|悪《わる》い|事《こと》をしたかい。|勝負《しようぶ》は|時《とき》の|運《うん》だ。|俺《おれ》が|負《ま》けて|九死一生《きうしいつしやう》の|場合《ばあひ》に|陥《おちい》つたと|云《い》つて、それが|罪《つみ》になると|云《い》つては|戦《いくさ》に|行《ゆ》く|事《こと》も|出来《でき》ぬぢやないか。そりや|一寸《ちよつと》|無理《むり》だよ。(|大《おほ》きい|声《こゑ》で)おい|皆《みな》の|奴《やつ》、|起《お》きてくれ、スガルの|奴《やつ》、|俺達《おれたち》を|片《かた》つ|端《ぱし》から|引張《ひつぱ》つて|将軍《しやうぐん》|様《さま》の|前《まへ》へつれて|行《ゆ》くと|吐《ぬか》しよるわいのう』
|照国《てるくに》『アツハヽヽヽ』
レーブ『ウツフヽヽヽ』
|照国《てるくに》『|六蹈三略《りくたうさんりやく》の|兵法《へいはふ》も|味方《みかた》の|中《なか》から|破《やぶ》れるか、|面白《おもしろ》いものだなア。グウグウグウ』
と|又《また》|鼾《いびき》をかく。
レーブ『こりやスガル、チルの|両人《りやうにん》、|俺《おれ》が|狸寝《たぬきね》をして|居《を》れば|懐《ふところ》から|捕繩《とりなは》を|出《だ》しやがつて、|俺等《おれたち》|六人《ろくにん》を|縛《しば》りつけやがらうとしやがつたな。ヘン|馬鹿《ばか》にするない。|此《この》レーブさまは|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|神術《かむわざ》を|以《もつ》て、|縛《しば》られた|様《やう》な|顔《かほ》をして|貴様《きさま》の|捕繩《とりなは》をグツと|握《にぎ》り、|貴様《きさま》|等《たち》|八人《はちにん》を|知《し》らぬ|間《ま》に|括《くく》つておいてやつた。|俺《おれ》が|一《ひと》つ|此《こ》の|繩《なは》を|引張《ひつぱ》るが|最後《さいご》、|貴様等《きさまら》|八人《はちにん》の|首《くび》は|一遍《いつぺん》に|締《しま》つて|息《いき》がとまるやうにしてあるのだ』
と|云《い》ひながらグイグイとしやくつてみた。|不思議《ふしぎ》や|八人《はちにん》の|首《くび》は|徳利結《とつくりむす》びになり|忽《たちま》ち|息《いき》がつまり、ウンウンウンと|目《め》を|剥《む》き|手足《てあし》をジタバタさせ|苦《くる》しみ|悶《もだ》え|出《だ》した。
レーブ『アハヽヽヽ|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い、もしもし|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|梅《うめ》さま、|照《てる》さま、カルさま、|起《お》きた|起《お》きた。これから|一《ひと》つ|猿廻《さるまは》しの|芸当《げいたう》だ』
|照国《てるくに》『アハヽヽヽうまくやつたなア』
『|貴方《あなた》の|御内命《ごないめい》|通《どほ》り、|内々《ないない》で|私《わたし》の|得意《とくい》の|捕繩《とりなは》で|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も|縛《しば》りあげてやりました。|一《ひと》つ|綱《つな》を|引《ひ》きませうか』
『|一人《ひとり》づつ|綱《つな》を|解《ほど》いてやつたが|宜《よ》からう』
『さう|早《はや》く|解《ほど》いてやると|根《ね》つから|興味《きようみ》が|薄《うす》いぢや|厶《ござ》いませぬか。|照《てる》さま、|梅《うめ》さま、|春《はる》さま、カルさまにも|一《ひと》つ|面白《おもしろ》い|処《ところ》をお|目《め》にかけて|其《その》|上《うへ》でも|滅多《めつた》に|遅《おそ》くはありますまいぜ』
『グヅグヅして|居《ゐ》ると|息《いき》が|絶《き》れて|了《しま》ふぢやないか』
『|何《なに》|構《かま》ひますものか。|此奴《こいつ》ア|今《いま》|私《わたし》|等《たち》と|一緒《いつしよ》に|冥土《めいど》の|旅《たび》をして|来《き》た|奴《やつ》です。も|一遍《いつぺん》|一途《いちづ》の|川《かは》を|渡《わた》らしてやるも|宜《よろ》しからうぜ』
|八人《はちにん》はウンウンと|呻《うめ》き|出《だ》した。
|照国《てるくに》『おい、|照《てる》、|梅《うめ》、|春《はる》、カルの|四人《よにん》、|早《はや》く|綱《つな》をゆるめてやれ』
|此《この》|命令《めいれい》に|四人《よにん》は|慌《あわただ》しく|徳利結《とつくりむす》びをチクリチクリと|弛《ゆる》めてやつた。|急《きふ》に|解《ほど》くと|又《また》もや|息《いき》が|絶《た》えるからである。|八人《はちにん》はムツクと|起《お》き|上《あが》り、|蛙《かへる》つく|這《ば》ひとなつて|震《ふる》へて|居《を》る。
『おい、スガル、チルの|両人《りやうにん》、|貴様《きさま》は|命《いのち》の|御恩人《ごおんじん》に|対《たい》し|仇《あだ》を|以《もつ》て|酬《むく》いむとした|犬畜生《いぬちくしやう》だ。サア|外《ほか》の|奴《やつ》|六人《ろくにん》は|兎《と》も|角《かく》も、|貴様等《きさまら》|両人《りやうにん》は|俺《おれ》が|一《ひと》つ|活《くわつ》を|入《い》れてやる。|貴様《きさま》の|魂《たましひ》は|死《し》んで|居《を》る。|否《いな》|腐《くさ》つて|居《を》る。|烙鉄《こて》でもあててやらねば|到底《たうてい》|元《もと》の|正念《しやうねん》にはなるまい』
スガル、チルは、
『ハイハイ』
と|云《い》ひながらヂリヂリと|一歩々々《ひとあしひとあし》|後《うしろ》へ|寄《よ》り、|隙《すき》を|見《み》すまし|沼《ぬま》を|目《め》がけて|一生懸命《いつしやうけんめい》バサバサバサと|飛《と》び|込《こ》み|逃《に》げ|出《だ》した。セル、キル|外《ほか》|四人《よにん》の|奴《やつ》も|二人《ふたり》の|後《あと》について|沼《ぬま》の|中《なか》を|一生懸命《いつしやうけんめい》に、バサバサバサバサと|沼《ぬま》に|映《うつ》つた|満月《まんげつ》を|粉砕《ふんさい》しながら|一生懸命《いつしやうけんめい》に|逃《に》げて|行《ゆ》く。
レーブ『アハヽヽヽ|到頭《たうとう》|蛙突這《かへるつくば》ひになつて|往生《わうじやう》しやがつたな。まるつきり|蛙《かへる》の|様《やう》な|奴《やつ》だ。|蛙《かはづ》の|行列《ぎやうれつ》|向《むか》ふ|見《み》ずとは|此《この》|事《こと》だ。|到頭《たうとう》|水《みづ》で|助《たす》かりやがつたなア』
|無心《むしん》の|月《つき》は|皎々《かうかう》と|照《て》り|輝《かがや》き、|此《この》|活劇《くわつげき》を|密《ひそ》かに|見下《みおろ》してゐる。
(大正一一・一一・四 旧九・一六 北村隆光録)
第一八章 |沼《ぬま》の|月《つき》〔一一〇二〕
|十五夜《じふごや》の|満月《まんげつ》は|水《みづ》|清《きよ》き|可《か》なり|広《ひろ》き|葵《あふひ》の|沼《ぬま》に|浮《う》いてゐる。|空《そら》には|円満清朗《ゑんまんせいろう》の|月《つき》、|池《いけ》の|面《おも》にも|亦《また》|月影《つきかげ》をうつして、|小波《さざなみ》にゆらいでゐる。そこを|通《とほ》りかかつた|二人《ふたり》の|宣伝使《せんでんし》があつた。これは|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》の|二人《ふたり》である。
|黄金《わうごん》『|今日《けふ》の|御機嫌《ごきげん》のよいお|月《つき》さまの|御《おん》かむばせ、まるで|黄金色《わうごんいろ》のやうだ。|一《ひと》つ|此《この》|池《いけ》の|畔《ほとり》で|月《つき》を|賞翫《しやうぐわん》しながら|休息《きうそく》|致《いた》しませうか』
|清照《きよてる》『お|母《か》アさま。お|月様《つきさま》の|色《いろ》は|黄金姫《わうごんひめ》で|厶《ござ》いますなア、そして|清《きよ》く|照《て》り|輝《かがや》き|給《たま》ふ|所《ところ》は|清照姫《きよてるひめ》といつてもいいやうですなア。さうするとヤツパリ|貴方《あなた》が|体《たい》で|私《わたし》が|用《よう》といふやうなもの、|一日《いちにち》も|早《はや》く|此《この》|娑婆《しやば》|世界《せかい》をして|黄金世界《わうごんせかい》に|化《くわ》せしめ、|清《きよ》く|照《て》り|渡《わた》る|三五《あななひ》の|教《をしへ》を|天下《てんか》に|輝《かがや》かしたきもので|厶《ござ》います。|此《この》|沼《ぬま》は|何《なん》といふ|沼《ぬま》で|厶《ござ》いませうか』
『|何《なん》でも|葵沼《あふひぬま》とかいふ|事《こと》だ。|青空《あをぞら》が|映《うつ》つて、|星《ほし》の|影《かげ》さへ|浮《うか》んでゐる。|何《なん》ともいへぬ|景色《けしき》だ。|一《ひと》つここで|歌《うた》でもよみませうか』
『ハイ|宜《よろ》しからう、お|母《か》アさまから|一《ひと》つ|出《だ》して|下《くだ》さい、|私《わたし》が|下《しも》の|句《く》をつけますから』
|黄金《わうごん》……|大空《おほぞら》も|水底《みなそこ》までも|葵沼《あふひぬま》
|清照《きよてる》………|黄金色《わうごんいろ》に|月《つき》は|輝《かがや》く。
|黄金《わうごん》の|玉《たま》の|姿《すがた》は|天《あめ》と|地《つち》に
|輝《かがや》きわたり|清《きよ》く|照《て》りぬる。
|清《きよ》くてる|月《つき》の|光《ひかり》の|一《ひと》しほに
|沼《ぬま》に|映《うつ》りていとどさやけし。
|月《つき》うかび|星《ほし》さへ|浮《うか》ぶ|此《この》|沼《ぬま》は
|高天原《たかあまはら》の|姿《すがた》なるらむ。
|三五《あななひ》の|月《つき》の|教《をしへ》をまつぶさに
|上《うへ》と|下《した》とに|照《て》らしゆかなむ。
|照《て》りわたる|此《この》|池水《いけみづ》を|眺《なが》むれば
|雲井《くもゐ》の|空《そら》にまがふべらなり。
|風《かぜ》さへも|凪《な》ぎわたりたる|池《いけ》の|面《も》に
|黄金《わうごん》の|月《つき》|清《きよ》く|照《て》るなり。
|望《もち》の|夜《よ》の|月《つき》の|姿《すがた》を|眺《なが》むれば
|心持《こころもち》よき|沼《ぬま》の|面《おも》かな。
|沼《ぬま》の|月《つき》|波《なみ》に|砕《くだ》けてなみなみと
|動《うご》く|姿《すがた》を|見《み》れば|飽《あ》かぬかも。
|今宵《こよひ》こそ|沼《ぬま》の|畔《ほとり》に|熟睡《うまゐ》して
|身魂《みたま》の|疲《つか》れ|休《やす》めむとぞ|思《おも》ふ。
|吾《わが》|魂《たま》は|今《いま》|見《み》る|月《つき》の|如《ごと》くなり
|砕《くだ》けむとしていかな|砕《くだ》けず。
|大空《おほぞら》に|澄《す》み|渡《わた》りたる|月影《つきかげ》は
|清照姫《きよてるひめ》の|姿《すがた》ならまし。
|清《きよ》く|照《て》る|月《つき》の|姿《すがた》は|素盞嗚《すさのを》の
|神《かみ》の|尊《みこと》の|光《ひかり》なるらむ。
|月読《つきよみ》の|神《かみ》の|姿《すがた》や|瑞御霊《みづみたま》
|沼《ぬま》の|底《そこ》まで|照《て》りわたる|哉《かな》。
|黄金《わうごん》『オホヽヽヽ|清《きよ》さま、|中々《なかなか》お|上手《じやうづ》ですこと、|黄金姫《わうごんひめ》も|如何《どう》やら|歌《うた》の|種《たね》が|切《き》れました』
|清照《きよてる》『お|母《か》アさま、それなら|私《わたくし》が|始《はじ》めますから、どうぞ|後《あと》の|句《く》をつけて|下《くだ》さい』
|黄金《わうごん》『それも|面白《おもしろ》からう、やつて|見《み》なさい』
|清照《きよてる》……われは|今《いま》|葵《あふひ》の|沼《ぬま》の|月《つき》を|見《み》る
|黄金《わうごん》………|月《つき》の|教《をしへ》を|開《ひら》く|道《みち》にて。
|月《つき》|見《み》れば|此《この》|世《よ》の|中《なか》も|楽《たの》しけれ
みちかけ|繁《しげ》き|人《ひと》の|世《よ》なれど。
|清《きよ》く|照《て》る|月《つき》に|心《こころ》をあらはめや
|天《あめ》が|下《した》をば|照《て》らし|行《ゆ》く|身《み》は。
|此《この》|沼《ぬま》の|主《ぬし》は|幸《さち》も|多《おほ》からむ
|夜《よ》な|夜《よ》な|清《きよ》き|月《つき》を|眺《なが》めて。
|日《ひ》の|光《ひかり》|打仰《うちあふ》ぐ|度《たび》に|目《め》は|晦《くら》む
|月《つき》のみ|独《ひと》り|眼《まなこ》|養《やしな》ふ。
|日《ひ》の|光《ひかり》|隅《くま》なく|照《て》らす|世《よ》の|中《なか》に
|又《また》もや|月《つき》の|光《ひかり》めでたし。
|日《ひ》も|月《つき》も|世人《よびと》の|為《ため》に|大空《おほぞら》に
|輝《かがや》き|給《たま》ふ|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》。
|有難《ありがた》し|三五《あななひ》の|月《つき》の|御教《みをしへ》の
|旭《あさひ》の|如《ごと》く|照《て》りわたる|世《よ》は。
|日《ひ》も|月《つき》も|波間《なみま》に|浮《うか》ぶ|葵沼《あふひぬま》
|心《こころ》も|赤《あか》きわれは|眺《なが》めつ。
|母《おや》と|娘《こ》が|葵《あふひ》の|沼《ぬま》を|打眺《うちなが》め
|月《つき》の|光《ひかり》をめづる|今日《けふ》かな。
バラモンの|神《かみ》の|教《をしへ》は|晦日《つもごり》の
|暗夜《やみよ》の|如《ごと》き|姿《すがた》なるらむ。
|暗《やみ》の|夜《よ》を|照《て》らし|清《きよ》むる|黄金《わうごん》の
|月《つき》の|光《ひかり》ぞ|雄々《をを》しかりけり。
|晦日《つもごり》の|大空《おほぞら》|遠《とほ》く|眺《なが》むれば
|大黒主《おほくろぬし》の|暗夜《やみよ》なりけり。
|鬼熊《おにくま》の|別《わけ》の|命《みこと》の|魂《たましひ》は
|空《そら》|行《ゆ》く|雲《くも》に|包《つつ》まれし|月《つき》。
|大空《おほぞら》もやがてハルナの|神館《かむやかた》
|三五《あななひ》の|月《つき》の|清《きよ》く|照《て》るらむ。
|清照《きよてる》『オホヽヽヽ|私《わたし》もこれで|小出《こだ》しが|切《き》れました。|又《また》|暇《ひま》な|時《とき》、|倉庫《さうこ》よりドツサリ|出《だ》してお|目《め》にかけませう』
|黄金《わうごん》『オホヽヽヽヽ|清《きよ》さま、お|前《まへ》さまも|随分《ずゐぶん》|杢助《もくすけ》さまの|側《そば》に|居《ゐ》たおかげで、|滑稽《こつけい》が|上手《じやうづ》になりましたな』
|清照《きよてる》『コツケコと|東雲《しののめ》つぐる|鶏《とり》の|声《こゑ》
やがて|日《ひ》の|出《で》の|神《かみ》や|昇《のぼ》らむ』
|黄金《わうごん》『オホヽヽ|早速《さつそく》の|滑稽《こつけい》が|始《はじ》まつた。ドレ|此《この》|母《はは》も|一《ひと》つ|旅《たび》の|疲《つか》れを|慰《なぐさ》むる|為《ため》、|駄句《だく》つて|見《み》ませう。
|葵沼《あふひぬま》に|赤《あか》い|心《こころ》の|神司《かむづかさ》
|白《しろ》い|三五《あななひ》の|月《つき》を|見《み》る|哉《かな》。
|黄金《わうごん》の|姫《ひめ》の|司《つかさ》が|現《あら》はれて
|葵《あふひ》の|沼《ぬま》のわれた|月《つき》みる』
|清照《きよてる》『われた|月《つき》そりや|母《かあ》さまの|事《こと》ですよ
|私《わたし》の|月《つき》はまん|丸《まる》い|月《つき》』
|黄金《わうごん》『オツホヽヽヽ|手《て》にも|足《あし》にも|合《あ》はぬお|嬢《ぢやう》さまだなア』
『われぬ|月《つき》とは|言《い》ふものの|友彦《ともひこ》の
|波《なみ》に|砕《くだ》けし|半《はん》われの|月《つき》』
『うまうまと|母《はは》の|前《まへ》にて|嘘《うそ》をつき
つき|通《とほ》さむとするぞ|可笑《をか》しき』
『|片《かた》われの|月《つき》さへ|望《もち》の|夜《よ》となれば
どこもかけない|黄金《わうごん》の|月《つき》』
|黄金《わうごん》『オホヽヽヽヽ|余《あま》り|月々《つきつき》|云《い》うてると、|月《つき》がひつくり|返《かへ》つて、キズが|出《で》て|来《き》ます。モウいい|加減《かげん》に|歌《うた》の|材料《ざいれう》も【つき】だ。サアサアここでゆつくり|寝《ね》【ツキ】ませう』
|清照《きよてる》『|私《わたし》も【ツキ】|合《あ》ひにお|側《そば》に【ツキ】|添《そ》うて、|寝《ね》【ツキ】ませう。オホヽヽヽ』
と|笑《わら》ひながら、|月《つき》の|光《ひかり》を|浴《あ》びつつ、|蓑《みの》を|布《し》いて|沼《ぬま》の|畔《ほとり》に【たわい】もなく|横《よこた》はる。
|斯《か》かる|所《ところ》へ、|沼《ぬま》に|浮《うか》んだ|月《つき》を|砕《くだ》いて、バサバサバサと|波《なみ》を|蹴破《けやぶ》り、|走《はし》つて|来《き》た|七八人《しちはちにん》の|黒《くろ》い|影《かげ》、
エル『あゝあ、ドテライ|目《め》に|会《あ》うた。|蜈蚣姫《むかでひめ》、|小糸姫《こいとひめ》の|両人《りやうにん》に、テツキリと|玉山峠《たまやまたうげ》の|南坂《みなみざか》で|出会《でつくは》し、カルの|大将《たいしやう》の|命令《めいれい》で、|遮二無二《しやにむに》|攻《せ》めかけた|所《ところ》、|苦《く》もなく|谷底《たにそこ》へ|取《と》つてほられ、|気絶《きぜつ》して|一途《いちづ》の|川《かは》まで|鬼《おに》に|引《ひ》きゆかれ|困《こま》つてゐる|所《ところ》へ、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》がやつて|来《き》やがつて、|何《なん》とも|知《し》れぬ|甘露水《かんろすゐ》を|呑《の》ませて|呉《く》れやがつたと|思《おも》へば、|谷底《たにそこ》にブツ|倒《たふ》れて|夢《ゆめ》を|見《み》てゐたのであつた。|本当《ほんたう》にこはい|夢《ゆめ》だつたが、|気《き》がついて|見《み》ると|馬鹿《ばか》らしい、それにも|拘《かかは》らず、カルの|大将《たいしやう》|奴《め》、|安眠中《あんみんちう》に|起《おこ》されて、|命《いのち》の|御恩人《ごおんじん》だなどと、|御追従《ごつゐしよう》を|百万陀羅《ひやくまんだら》|並《なら》べ、|胸糞《むねくそ》が|悪《わる》くつてたまらない、とうと|彼奴《あいつ》ア|三五教《あななひけう》に|沈没《ちんぼつ》して|了《しま》ひやがつた、|猫《ねこ》の|目《め》の|玉《たま》|程《ほど》よく|気《き》の|変《かは》る|奴《やつ》だ。|俺達《おれたち》はどこ|迄《まで》も|初心《しよしん》を|変《へん》ぜず、|大黒主神《おほくろぬしのかみ》|様《さま》の|為《ため》に|身命《しんめい》を|捧《ささ》げたのだから、あんな|柔弱《にうじやく》な|事《こと》は|出来《でき》ない、なあキル|公《こう》、|本当《ほんたう》に|約《つま》らぬ|腰弱《こしよわ》ぢやないか』
キル『オヽさうだ、おれも|余《あま》りケツ|体《たい》が|悪《わる》くて、あんな|宣伝使《せんでんし》に………ハイハイおかげで|命《いのち》を|助《たす》けて|貰《もら》ひました………などと、|馬鹿《ばか》らしい、|其《その》|場《ば》|逃《のが》れにお|世辞《せじ》を|云《い》つてやつたが、|何《なん》だか|打《う》たぬ|博奕《ばくち》に|負《ま》けた|様《やう》で、|気色《きしよく》が|悪《わる》くて|堪《たま》らない。|一《ひと》つは|仇討《あだうち》の|為《ため》、|一《ひと》つは|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》の|前《まへ》に|功名《こうみやう》を|立《た》てる|為《ため》、|皆《みな》の|奴《やつ》の|寝息《ねいき》を|考《かんが》へて、ソツと|宣伝使《せんでんし》の|腰《こし》に|綱《つな》をつけ、|一《いつ》ぺんにグイと|引張《ひつぱ》つて|喉《のど》のしまる|仕掛《しかけ》をしておいた|所《ところ》、|宣伝使《せんでんし》の|奴《やつ》、|大変《たいへん》な|古狸《ふるだぬき》だから、|寝真似《ねまね》をしてをつたと|見《み》えて、いつの|間《ま》にか|魔法《まはふ》を|使《つか》ひ、あべこべに|俺達《おれたち》をフン|縛《じば》り、レーブに|綱《つな》を|引《ひ》かしやがつた|時《とき》の|苦《くる》しさ、|今度《こんど》こそ|本当《ほんたう》に|幽界《いうかい》|旅行《りよかう》をせねばならぬかと|心配《しんぱい》したよ。|一体《いつたい》|貴様《きさま》|達《たち》ア|気《き》の|利《き》かぬ|奴《やつ》だから、|大《おほ》きな|声《こゑ》を|出《だ》しやがつて………|命《いのち》の|御恩人《ごおんじん》に|恩《おん》を|仇《あだ》で|返《かへ》すよな|事《こと》をしたら|神罰《しんばつ》が|当《あた》るなんて|吐《ぬか》しやがるものだから、とうとう|計略《けいりやく》が|外《はづ》れ、|虻蜂取《あぶはちと》らずになつて|了《しま》つたぢやないか。|今度《こんど》から|気《き》をつけぬと、どんな|目《め》に|会《あ》はされるか|知《し》れやしないぞ。|本当《ほんたう》に|馬鹿《ばか》だなア。|今《いま》にも|蜈蚣姫《むかでひめ》や|小糸姫《こいとひめ》が|此《この》|沼《ぬま》を|迂回《うくわい》して、ここに|来《く》るに|違《ちがひ》ないから、|今度《こんど》はぬかつちやならないぞ。おれ|達《たち》や|貴様《きさま》|達《たち》は|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》のおかげで、|女房子《にようぼうこ》を|安楽《あんらく》に|養《やしな》うてゐるのぢやないか。よう|考《かんが》へて|見《み》い、|果物《くだもの》ばかり|食《く》つて|命《いのち》をつなぐ|訳《わけ》にもゆくまい。|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》から|御扶持《おふち》を|頂《いただ》かなかつたら、|家内中《かないぢう》が|皆《みな》かつゑて|死《し》なねばならない。それ|程《ほど》|大恩《たいおん》|深《ふか》き|御主人様《ごしゆじんさま》の|事《こと》を|打忘《うちわす》れ、たつた|自分《じぶん》|一人《ひとり》の|命《いのち》を|助《たす》けてくれた|宣伝使《せんでんし》が、ナニそれ|程《ほど》|有難《ありがた》いか、|而《しか》も|安眠《あんみん》してゐる|所《ところ》を|起《おこ》されたと|云《い》つていい|様《やう》なものだ。|大勢《おほぜい》の|命《いのち》を|常住不断《じやうぢうふだん》につながして|下《くだ》さる|大黒主《おほくろぬし》|様《さま》に、|如何《どう》して|替《か》へる|事《こと》が|出来《でき》ようか。|皆《みな》の|奴《やつ》、さうぢやないか』
|一同《いちどう》『さう|事《こと》を|分《わ》けて|説明《せつめい》して|貰《もら》へば、|大黒主《おほくろぬし》さまは|有難《ありがた》いなア。|此《この》|御恩《ごおん》に|酬《むく》ゆるには|如何《どう》しても|蜈蚣姫《むかでひめ》、|小糸姫《こいとひめ》の|二人《ふたり》を|捜《さが》して|連《つ》れ|帰《かへ》るのが|第一《だいいち》の|御恩報《ごおんはう》じだ。|最早《もはや》|将軍《しやうぐん》はイソ|館《やかた》へ|進軍《しんぐん》され、|遠《とほ》く|行《ゆ》かれたに|違《ちがひ》ないから、|俺達《おれたち》は|到底《たうてい》|本隊《ほんたい》をはなれて、|此《この》|小部隊《せうぶたい》では|険呑《けんのん》で|進《すす》む|事《こと》も|出来《でき》ないから、せめては|母娘《おやこ》|二人《ふたり》の|行方《ゆくへ》を|捜《さが》して、|彼奴《あいつ》を|捕縛《ほばく》して|凱旋《がいせん》する|方《はう》が、|何程《なんぼ》|手柄《てがら》になるか|知《し》れたものぢやないぞ。|浅《あさ》い|沼《ぬま》ではあるが、|時々《ときどき》|泥深《どろぶか》い|所《ところ》があつて、|睾丸《きんたま》も|褌《ふんどし》もズクタンボーになりよつた。|何《なん》とかして|此奴《こいつ》を|早《はや》く|干《かは》かさぬと、|気分《きぶん》が|悪《わる》くて|仕方《しかた》ない。|月《つき》は|照《て》つてゐるが、|彼奴《あいつ》はあつてもなうてもよい|奴《やつ》だから、|俺《おれ》の|褌《ふんどし》|一《ひと》つよう|乾《かわ》かす|力《ちから》を|持《も》つてゐやがらせぬワイ。|其《その》|事《こと》|思《おも》へば、|日輪《にちりん》さまはエライものだなア。|三五教《あななひけう》は|月《つき》の|教《をしへ》だとか|吐《ぬか》して|居《ゐ》るが、|夜《よる》の|守護《しゆご》だから、サツパリ|駄目《だめ》だ。サア|皆《みな》の|奴《やつ》、ここで|一《ひと》つ|一服《いつぷく》|致《いた》さうかい』
|黄金姫《わうごんひめ》は|草《くさ》の|中《なか》から、
『われこそは|一途《いちづ》の|川《かは》の|鬼婆《おにばば》だぞよ、|其《その》|方《はう》は|此処《ここ》を|葵《あふひ》の|沼《ぬま》と|思《おも》うて|居《ゐ》るか、ここは|冥途《めいど》の|関所《せきしよ》だ。サア|早《はや》く|其《その》|衣《ころも》を|脱《ぬ》げ』
キル『オイ|皆《みな》の|奴《やつ》、ヤツパリ|此奴《こいつ》ア|夢《ゆめ》かも|知《し》れぬぞ。|宣伝使《せんでんし》が|助《たす》けよつたと|思《おも》うたのは|嘘《うそ》だつたかいな。|一途《いちづ》の|川《かは》のヤツパリここは|連続《れんぞく》だ。エヽもう|斯《か》うなつてはヤケクソだ。どつかここらの|草《くさ》の|中《なか》に|脱衣婆《だついばば》の|声《こゑ》がして|来《き》た。サア|突貫《とつくわん》|々々《とつくわん》』
と|号令《がうれい》する。|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》は|草《くさ》を|分《わ》けて|八人《はちにん》の|前《まへ》にスツクと|立現《たちあら》はれ、
|黄金《わうごん》『バラモン|教《けう》の|悪人《あくにん》|共《ども》、サア|之《これ》から|蜈蚣姫《むかでひめ》が|武勇《ぶゆう》の|試《ため》し|時《どき》、|覚悟《かくご》いたせ』
キル『ナヽ|何《なん》だあ、|蜈蚣姫《むかでひめ》だ、|甘《うま》い|事《こと》|吐《ぬか》すない、|一途《いちづ》の|川《かは》の|星々婆《ほしほしばば》ア|奴《め》、ガキも|人数《にんず》だ。|八人《はちにん》と|一人《ひとり》では|叶《かな》ふまい。サア|突貫《とつくわん》|々々《とつくわん》』
|清照《きよてる》『|妾《わらは》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|小糸姫《こいとひめ》だ。バラモン|教《けう》の|悪人《あくにん》|共《ども》、|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|冥途《めいど》の|旅立《たびだち》をさしてやらう。サア|覚悟《かくご》はよいか』
キル『ヤア|此奴《こいつ》は|又《また》|若《わか》い|脱衣婆《だついばば》アだ。コリヤ|両人《りやうにん》、|蜈蚣姫《むかでひめ》や|小糸姫《こいとひめ》の|名《な》をかたつても|駄目《だめ》だぞ。|一《ひ》イ|二《ふ》ウ|三《み》ツ』
といひながら、|八人《はちにん》は|二人《ふたり》に|向《むか》つて|武者振《むしやぶ》りつくを、
『エヽ|面倒《めんだう》』
と|母娘《おやこ》|二人《ふたり》は|首筋《くびすぢ》つかんで|葵《あふひ》の|沼《ぬま》の|真中《まんなか》へ、|一人《ひとり》も|残《のこ》らず、バサリバサリと|投《な》げ|込《こ》んだ。|八人《はちにん》は|此《この》|勢《いきほひ》に|辟易《へきえき》し、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|再《ふたた》び|沼《ぬま》の|真中《まんなか》をバサバサバサと|北《きた》を|指《さ》して|逃《に》げて|行《ゆ》く。
|八人《はちにん》の|奴《やつ》は|驚《おどろ》きの|余《あま》り、|照国別《てるくにわけ》の|休《やす》んでゐる|所《ところ》へ、|以前《いぜん》の|怖《こは》さを|忘《わす》れて|又《また》もやバサバサバサと|命《いのち》からがら|上《あが》つて|来《き》た。レーブは|此《この》|姿《すがた》を|見《み》て、
『アハヽヽヽ、コリヤ|八《や》つの|蛙《かへる》、|如何《どう》したのだ。いかにカヘルだと|云《い》つて、|再《ふたた》び|元《もと》の|所《ところ》へ|逃《に》げカヘル|奴《やつ》があるかい』
キル『ヤア…………|此奴《こいつ》アしまつた、|余《あま》りビツクリして|忘《わす》れてゐた。|前門《ぜんもん》の|狼《おほかみ》、|後門《こうもん》の|虎《とら》だ。オイ、レーブ、こらへてくれ。|向《むか》ふへ|渡《わた》ると|蜈蚣姫《むかでひめ》、|小糸姫《こいとひめ》の|名《な》をかたつて|婆《ばば》や|娘《むすめ》がヒユードロドロと|出《で》やがるなり、こつちへ|来《く》れば|又《また》|此《この》|通《とほ》り、|進退《しんたい》これ|谷《きは》まるだ。モウ|改心《かいしん》するから|許《ゆる》してくれ。|頼《たの》む|頼《たの》む』
レーブ『たとへ|宣伝使《せんでんし》がお|赦《ゆる》しになつても、|貴様《きさま》の|様《やう》な|不都合《ふつがふ》な|奴《やつ》は|此《この》レーブが|赦《ゆる》さぬのだ。オイ、カル、|貴様《きさま》も|一《ひと》つ|手伝《てつだ》つてくれ。この|八匹《はつぴき》の|蛙《かへる》を|元《もと》のドブ|池《いけ》へ|突込《つつこ》んでやるのだから』
『ヨシ|来《き》た』
とカルは|立上《たちあが》り、|手《て》に|唾《つば》して、|片《かた》つぱしからドブンドブンと|沼《ぬま》を|目《め》がけて|投込《なげこ》んだ。|八人《はちにん》は|又《また》もやバサバサバサと|浅《あさ》き|沼《ぬま》を|命《いのち》カラガラ|南《みなみ》を|指《さ》して|逃《に》げて|行《ゆ》く。
|春公《はるこう》『モシ|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、ヒヨツとしたら、|黄金姫《わうごんひめ》|様《さま》、|清照姫《きよてるひめ》|様《さま》は|此《この》|沼《ぬま》の|向方《むかふ》あたりにお|休《やす》みになつてるのかも|知《し》れませぬぜ』
|照国《てるくに》『いかにもさうかも|知《し》れない、|一《ひと》つ|此《この》|沼《ぬま》を|渡《わた》つて、|追《お》つついて|査《しら》べてみよう。サア|一同《いちどう》|用意《ようい》だ』
と|云《い》ひながら、|早《はや》くも|照国別《てるくにわけ》は|裾《すそ》をからげ、|浅《あさ》き|沼《ぬま》をバサバサと|歩《あゆ》み|出《だ》した。|照《てる》、|梅《うめ》、|春《はる》、レーブ、カルの|一行《いつかう》は|照国別《てるくにわけ》の|後《あと》に|従《したが》ひ、|月《つき》|照《て》り|渡《わた》る|沼《ぬま》の|中《なか》をバサリバサリと、|波《なみ》に|円《ゑん》を|描《ゑが》きながら|急《いそ》ぎ|行《ゆ》く。
(大正一一・一一・四 旧九・一六 松村真澄録)
第一九章 |月会《つきあひ》〔一一〇三〕
|葵《あふひ》の|沼《ぬま》の|南岸《なんがん》に|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》は|沼《ぬま》の|面《おも》を|眺《なが》めながら、|八人《はちにん》の|悪者共《わるものども》の|逃《に》げ|行《ゆ》く|後姿《うしろすがた》の|隠《かく》るるまで|打眺《うちなが》めて|居《ゐ》た。
|黄金《わうごん》『|沼《ぬま》の|面《おも》にきらめき|渡《わた》る|月影《つきかげ》を
|打《う》ち|砕《くだ》きつつ|逃《に》ぐる|醜神《しこがみ》』
|清照《きよてる》『いと|清《きよ》くすみ|渡《わた》りたる|月影《つきかげ》も
|水《みづ》におちては|枉《まが》にふまれつ』
『|水《みづ》|清《きよ》き|葵《あふひ》の|沼《ぬま》の|月影《つきかげ》は
|再《ふたた》びもとの|姿《すがた》とやならむ』
『|砕《くだ》けたる|月《つき》の|姿《すがた》も|今《いま》|暫《しば》し
|波《なみ》をさまれば|又《また》|照《て》り|渡《わた》る』
『|空《そら》|清《きよ》く|水底《みなそこ》|清《きよ》き|此《この》|沼《ぬま》を
|醜《しこ》のしこ|人《びと》|掻《か》き|乱《みだ》しけり』
『バラモンの|月《つき》の|都《みやこ》の|大黒主《おほくろぬし》の
|身《み》の|滅《ほろ》び|行《ゆ》くしるしなるらむ』
『|望《もち》の|夜《よ》の|月《つき》の|光《ひかり》は|月《つき》の|国《くに》
バラモン|教《けう》のつきと|異《こと》なり』
『|此《この》|月《つき》の|輝《かがや》く|見《み》れば|清照《きよてる》の
|姫《ひめ》の|命《みこと》の|昔《むかし》|偲《しの》ばゆ。
バラモンの|醜《しこ》の|司《つかさ》が|踏《ふ》み|砕《くだ》く
|此《この》|月影《つきかげ》は|運《うん》のつきかな。
|運《うん》のつきとは|云《い》ふものの|三五《あななひ》の
|教《をしへ》の|道《みち》のつき|影《かげ》でなし。
バラモンの|月《つき》の|都《みやこ》に|螢火《ほたるび》の
|光《ひかり》を|投《な》げし|大黒主《おほくろぬし》のつき。
|大御空《おほみそら》|雲《くも》に|隠《かく》れて|大黒《おほくろ》の
|月《つき》の|姿《すがた》は|見《み》えずなりぬる。
|月《つき》も|日《ひ》も|天津御空《あまつみそら》に|輝《かが》やけど
|大黒主《おほくろぬし》の|雲《くも》にかくれつ』
『|又《また》しても|沼《ぬま》の|月《つき》をば|砕《くだ》きつつ
|此方《こなた》に|来《きた》る|人影《ひとかげ》ぞ|見《み》ゆ』
『|又《また》しても|醜《しこ》の|枉日《まがひ》の|来《く》るならむ
|天津御空《あまつみそら》の|雲《くも》|深《ふか》ければ』
『|望《もち》の|夜《よ》の|月影《つきかげ》かくす|黒雲《くろくも》の
|沼《ぬま》|渡《わた》り|来《く》る|枉人《まがひと》|忌々《ゆゆ》しき
|刻々《こくこく》に|近《ちか》づき|来《きた》る|人影《ひとかげ》は
|先《さき》の|八人《やたり》の|醜人《しこびと》ならむ
|向《むか》ふ|岸《ぎし》|渡《わた》りし|処《ところ》に|照国《てるくに》の
|別《わけ》の|命《みこと》の|居《ゐ》ませしならむ』
『|玉山《たまやま》の|峠《たうげ》に|現《あら》はれ|攻《せ》め|来《きた》る
|醜《しこ》の|片《かた》われ|八《や》つの|醜人《しこびと》』
|斯《か》く|悠々《いういう》と|三十一文字《みそひともじ》を|歌《うた》つてる|処《ところ》へ、|又《また》もや|以前《いぜん》のキル、エル|外《ほか》|六人《ろくにん》は|何者《なにもの》にか|追《お》はれたやうにバサバサと|逃《に》げ|来《きた》る|其《その》|様子《やうす》の|可笑《をか》しさ。|今迄《いままで》|空《そら》に|塞《ふさ》がつて|居《ゐ》た|黒雲《くろくも》はさらりと|晴《は》れて、|又《また》もや|皎々《かうかう》たる|月光《つきかげ》は|沼《ぬま》の|面《おも》を|照《て》らし|始《はじ》めた。キル、エル|一行《いつかう》は|依然《いぜん》として|母娘《おやこ》|二人《ふたり》の|此処《ここ》に|佇《たたず》めるを|見《み》て|打驚《うちおどろ》き|岸《きし》にも|得上《えあ》がらず、|道《みち》を|左《ひだり》に|取《と》り、|東《ひがし》の|方面《はうめん》さして|一目散《いちもくさん》に|水中《すゐちう》をバサバサバサと|駆《か》けて|行《ゆ》く。|続《つづ》いて|勢《いきほひ》よく|水《みづ》をきつて|馬《うま》に|跨《またが》り|来《きた》る|物影《ものかげ》がある。|月《つき》の|光《ひかり》に|照《て》らし|見《み》れば、どうやら|照国別《てるくにわけ》の|一行《いつかう》らしい。|四人《よにん》は|馬《うま》、|二人《ふたり》は|徒歩《とほ》、|次第々々《しだいしだい》に|岸《きし》に|向《むか》つて|近《ちか》づき|来《きた》る。|黄金姫《わうごんひめ》は|声《こゑ》をかけ|歌《うた》ひかけた。
『|天《あめ》も|地《つち》も|葵《あふひ》の|沼《ぬま》を|渡《わた》り|来《く》る
|照国別《てるくにわけ》の|姿《すがた》|雄々《をを》しき』
|清照《きよてる》『|望《もち》の|夜《よ》の|月影《つきかげ》こそは|明《あきら》けく
|照国別《てるくにわけ》の|司《つかさ》|来《き》ましぬ』
|照国別《てるくにわけ》は|此《この》|声《こゑ》に|驚《おどろ》き、|黄金姫《わうごんひめ》|母娘《おやこ》は|此処《ここ》に|居《ゐ》ませしかと、|馬上《ばじやう》より|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げて|歌《うた》ひ|返《かへ》した。
『|黄金《わうごん》の|光《ひかり》にまがふ|月影《つきかげ》の
|清照姫《きよてるひめ》はここに|居《ゐ》ますか。
|望《もち》の|夜《よ》の|月《つき》は|照国別《てるくにわけ》の|神《かみ》
|神《かみ》のまにまに|渡《わた》り|来《き》にけり』
|斯《か》く|歌《うた》ふ|間《うち》に|馬《うま》は|早《はや》くも|岸辺《きしべ》に|着《つ》いた。|照国別《てるくにわけ》|一行《いつかう》はヒラリと|馬《うま》を|飛《と》び|下《お》り|黄金姫《わうごんひめ》に|向《むか》ひ|会釈《ゑしやく》しながら、
|照国《てるくに》『|貴女《あなた》は|黄金姫《わうごんひめ》|様《さま》、|清照姫《きよてるひめ》|様《さま》、|不思議《ふしぎ》な|所《ところ》でお|目《め》にかかりました。|随分《ずゐぶん》|途中《とちう》は|種々《いろいろ》の|困難事《こんなんじ》が|起《おこ》つたでせうな』
|黄金《わうごん》『|照国別《てるくにわけ》さま、|大変《たいへん》にお|早《はや》う|厶《ござ》いました。|貴方《あなた》は|馬上《ばじやう》の|扮装《いでたち》、|吾々《われわれ》|母娘《おやこ》は|女《をんな》の|足弱《あしよわ》で|山坂《やまさか》を|跋渉《ばつせふ》したものですから、|一足《ひとあし》お|先《さき》へ|出《で》ながら|到頭《とうとう》|追《お》つつかれました。|後《あと》の|烏《からす》が|先《さき》になるとは|此《この》|事《こと》で|御座《ござ》いますわ。ホヽヽヽヽ』
|照国《てるくに》『どうも|魔神《まがみ》の|猛《たけ》ぶ|荒野原《あらのはら》、|御先頭《ごせんとう》にお|立《た》ち|遊《あそ》ばした|貴女《あなた》は|大変《たいへん》な|御苦労《ごくらう》で|厶《ござ》いましたな。|実《じつ》は|貴女方《あなたがた》のお|蔭《かげ》であまりの|障害《しやうがい》もなく、ここ|迄《まで》やつて|来《き》ました。|清照姫《きよてるひめ》|様《さま》もお|元気《げんき》で|結構《けつこう》で|厶《ござ》います』
|清照《きよてる》『ハイ|有難《ありがた》う。|随分《ずゐぶん》|脾肉《ひにく》の|嘆《たん》に|堪《た》へないやうな|事《こと》が|屡々《しばしば》|厶《ござ》いましたが|神様《かみさま》のお|諭《さと》しにより、|無抵抗主義《むていかうしゆぎ》をとり、ここ|迄《まで》|来《き》ました。|実《じつ》に|惜《を》しい|事《こと》が|幾度《いくたび》も|厶《ござ》いましたよ』
|照国《てるくに》『なるほど、|私《わたし》もバラモン|教《けう》であつたならば|随分《ずゐぶん》|暴《あば》れて|来《き》たのですが、|本当《ほんたう》に|残念《ざんねん》な|事《こと》でした。|然《しか》しこれが|却《かへ》つて|神様《かみさま》の|御経綸《ごけいりん》、|五十《ごじふ》や|百《ひやく》の|小童子《こわつぱ》|武者《むしや》に|武力《ぶりよく》を|示《しめ》した|処《ところ》で【はづみ】ませぬからな』
|清照《きよてる》『|照国別《てるくにわけ》さま、|今晩《こんばん》はここで|母娘《おやこ》|二人《ふたり》が|満月《まんげつ》を|浴《あ》びながら|一宿《いつしゆく》を|試《こころ》みて|居《を》りますと、バラモン|教《けう》の|連中《れんちう》が|此《この》|沼《ぬま》を|渡《わた》つて|慌《あわただ》しく|逃《に》げ|来《きた》り|一寸《ちよつと》|手向《たむ》ひを|致《いた》しましたので、|生命《いのち》さへ|取《と》らねば|神様《かみさま》の|御神慮《ごしんりよ》にも|背《そむ》くまいと|思《おも》ひ、|睡《ねむ》け|醒《ざま》しに|八人《はちにん》を|此《この》|沼《ぬま》へとつて|投《な》げた|処《ところ》、|思《おも》うたよりは|弱《よわ》い|奴《やつ》で、バサバサバサと|真北《まきた》を|指《さ》して|沼《ぬま》の|中《なか》をもと|来《き》し|道《みち》へ|引返《ひつかへ》しました。|其《その》|時《とき》の|狼狽《うろたへ》さ|加減《かげん》|随分《ずゐぶん》|見物《みもの》でしたよ。|暫《しばら》くすると|又《また》もや|其《その》|連中《れんちう》が|鯨《くじら》におはれた|鰯《いわし》の|様《やう》に|先《さき》を|争《あらそ》うて|逃《に》げ|寄《よ》せ|来《きた》り、|二人《ふたり》の|姿《すがた》を|見《み》るより|直《すぐ》に|沼《ぬま》の|中《なか》を|東《ひがし》へとり、|只今《たつたいま》|逃《に》げ|散《ち》つた|処《ところ》で|厶《ござ》います。まるつきり|彼奴等《あいつら》は|水鳥《みづどり》の|様《やう》な|奴《やつ》ですよ。オホヽヽヽヽ』
|照国《てるくに》『あれ|位《くらゐ》|困《こま》つた|奴《やつ》はありませぬわ。|玉山峠《たまやまたうげ》を|通《とほ》る|折《をり》、|一匹《いつぴき》の|狼《おほかみ》|現《あら》はれ|春公《はるこう》の|袖《そで》を|啣《くは》へて|放《はな》さないので、|狼《おほかみ》によく|云《い》ひ|聞《き》かし|其《その》|後《あと》へついて|行《い》つて|見《み》れば、|谷底《たにそこ》に|此《この》レーブ、カルを|始《はじ》め|八人《はちにん》のバラモン|教《けう》の|小童子《こわつぱ》|武者《むしや》|共《ども》が|人事不省《じんじふせい》になつて|倒《たふ》れて|居《ゐ》るので、|色々《いろいろ》と|介抱《かいほう》をし|命《いのち》を|助《たす》け、|此《この》|沼《ぬま》の|北岸《ほくがん》|迄《まで》やつて|来《く》るとズツポリと|日《ひ》が|暮《く》れましたので、|一同《いちどう》そこで|蓑《みの》を|敷《し》き|寝《しん》に|就《つ》きました。さうすると|夜中《よなか》|時分《じぶん》に|八人《はちにん》の|奴《やつ》、|吾々《われわれ》の|寝息《ねいき》を|考《かんが》へ|縛《しば》り|上《あ》げようと|致《いた》すので|素知《そし》らぬ|顔《かほ》して|其《その》|綱《つな》をとり、レーブに|一々《いちいち》|酸漿《ほほづき》をつないだやうに|彼等《かれら》の|知《し》らぬ|間《ま》に|首《くび》に|綱《つな》をソツとかけさせおき、|一寸《ちよつと》しやくつて|見《み》た|処《ところ》、|忽《たちま》ちウンウンと|苦悶《くもん》を|始《はじ》めドタンバタンに|暴《あば》れまはるので、|余《あま》り|可愛相《かあいさう》だと|思《おも》ひ|綱《つな》を|解《ほど》いてやると、|蛙突這《かへるつくばひ》になつて|謝《あやま》りながら|此《この》|沼《ぬま》へ|八人連《はちにんづ》れ|飛《と》び|込《こ》み、|南《みなみ》をさして|一目散《いちもくさん》に|逃《に》げて|行《い》つたと|思《おも》へば、|又《また》しても|怖《あわただ》しく|元《もと》の|処《ところ》へ|帰《かへ》つて|来《く》る。|彼等《かれら》は|再《ふたた》び|自分《じぶん》の|姿《すがた》を|見《み》て|又《また》|南《みなみ》をさして|駆《か》け|出《だ》しよつたのです。|彼奴等《あいつら》は|水鳥《みづどり》の|進化《しんくわ》した|奴《やつ》と|見《み》えますわい。アハヽヽヽヽ』
|黄金《わうごん》『ホヽヽヽヽ』
|清照《きよてる》『レーブ、お|前《まへ》も|矢張《やつぱり》|谷底《たにそこ》で|気絶《きぜつ》して|居《ゐ》たのかい。|私《わたし》は|又《また》|何処《どこ》へ|逃《に》げて|行《い》つたのかと|思《おも》つてゐたのだ。まあ|神様《かみさま》のお|蔭《かげ》で|助《たす》けられて|結構《けつこう》だつたのう』
レーブ『はい|有難《ありがた》う|厶《ござ》います。|到頭《たうとう》|気絶《きぜつ》|致《いた》しまして|三途《せうづ》の|川《かは》を|渡《わた》り、|天国《てんごく》の|道中《だうちう》を|致《いた》して|居《を》りますと、|向《むか》ふの|青々《あをあを》とした|山《やま》の|上《うへ》からレーブ レーブと|呼《よ》ぶ|方《かた》がある。|私《わたし》は|此処《ここ》に|居《ゐ》る、|貴方《あなた》にとつて|放《はふ》られたバラモンの|部下《ぶか》カルと|共《とも》に、|其《その》|声《こゑ》のする|方《はう》へ|一目散《いちもくさん》に|走《はし》らうとした|途端《とたん》、|気《き》がついて|見《み》れば|玉山峠《たまやまたうげ》の|下《した》に|肩骨《かたぼね》をぬき|倒《たふ》れゐましたのを|照国別《てるくにわけ》|様《さま》|一行《いつかう》に|助《たす》けられたので|厶《ござ》ります。カルも|其《その》|時《とき》|同《おな》じく|助《たす》けられ、|今《いま》|逃《に》げて|行《い》つた|八人《はちにん》の|奴《やつ》も|命《いのち》を|助《たす》けて|貰《もら》ひながら、|其《その》|大恩《だいおん》を|忘《わす》れて|右《みぎ》の|如《ごと》き|怪《け》しからぬ|振舞《ふるまひ》に|及《およ》んだので|厶《ござ》ります。|実《じつ》に|人間《にんげん》の|心《こころ》ほど|悪《わる》いものは|厶《ござ》りませぬ』
|黄金《わうごん》『|照国別《てるくにわけ》|様《さま》、よくまあ、レーブを|助《たす》けてやつて|下《くだ》さいました。|此《この》|男《をとこ》は|鬼熊別《おにくまわけ》|様《さま》に|仕《つか》へてゐる|忠実《ちうじつ》な|男《をとこ》で|厶《ござ》いますから、|神様《かみさま》の|思召《おぼしめし》に|違《たが》ふか|知《し》りませぬが、|下僕《しもべ》として|旅行《りよかう》に|連《つ》れて|歩《ある》かうかと|思《おも》ひますが、どんなものでせう』
|照国《てるくに》『それは|誠《まこと》に|好都合《かうつがふ》です。|貴女《あなた》も|女《をんな》|二人《ふたり》きりでは|大変《たいへん》|不便《ふべん》でせう。その|事《こと》に|就《つい》て|私《わたし》も|一寸《ちよつと》|日《ひ》の|出別様《でわけさま》に|誰《たれ》かお|供《とも》をお|命《めい》じになつたらどうですかとお|尋《たづ》ねした|処《ところ》、|日《ひ》の|出別《でわけ》|様《さま》は|首《くび》を|左右《さいう》にふつて|仰有《おつしや》るには、|決《けつ》して|心配《しんぱい》は|要《い》らぬ、|御両人《ごりやうにん》は|途中《とちう》に|於《おい》て|屹度《きつと》|二人《ふたり》のよい|供《とも》が|出来《でき》ると|仰有《おつしや》いました。|只今《ただいま》になつて|考《かんが》へて|見《み》れば、|日《ひ》の|出別神《でわけのかみ》|様《さま》の|天眼通《てんがんつう》には|実《じつ》に|驚嘆《きやうたん》|致《いた》します』
|黄金《わうごん》『|貴方《あなた》は|之《これ》からどちらのお|道《みち》をおとりになりますか』
|照国《てるくに》『|私《わたし》は|此《この》|沼《ぬま》の|縁《へり》を|伝《つた》つてデカタン|高原《かうげん》へ|出《で》て、イドムの|国《くに》からヤスの|都《みやこ》へ|渡《わた》り|霊鷲山《りやうしうざん》に|立寄《たちよ》り、バラモンの|処々《しよしよ》の|神司《かむづかさ》を|言向和《ことむけやは》せとの|日《ひ》の|出別《でわけ》|様《さま》の|御命令《ごめいれい》なれば、|直様《すぐさま》にハルナの|都《みやこ》に|参《まゐ》る|訳《わけ》には|往《ゆ》きませぬ』
|黄金《わうごん》『あゝさうでしたか。|私《わたし》はこれから|右《みぎ》へとり、フサの|国《くに》を|横断《わうだん》し、タルの|港《みなと》へ|出《で》て|海上《かいじやう》をハルナの|都《みやこ》へ|進《すす》む|積《つも》りで|厶《ござ》います。|何卒《なにとぞ》|気《き》をつけておいで|下《くだ》さいませ』
|照国《てるくに》『|左様《さやう》ならばここでお|別《わか》れ|致《いた》しませう。|何卒《どうぞ》レーブ、カルの|両人《りやうにん》を|御厄介《ごやくかい》ながらお|願《ねが》ひ|致《いた》します』
|黄金《わうごん》『いざさらば|照国別《てるくにわけ》の|神司《かむづかさ》
|名残《なごり》|惜《を》しくもここにて|別《わか》れむ』
|清照《きよてる》『|照国《てるくに》の|別《わけ》の|司《つかさ》を|初《はじ》めとし
|照《てる》、|春《はる》、|梅《うめ》の|司《つかさ》と|別《わか》れむ』
|照国《てるくに》『|黄金《わうごん》の|姫《ひめ》の|命《みこと》や|清照《きよてる》の
|姫《ひめ》の|司《つかさ》よ|安《やす》く|行《ゆ》きませ。
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|深《ふか》ければ
フサの|海原《うなばら》も|安《やす》く|渡《わた》らむ』
|照公《てるこう》『|月《つき》の|色《いろ》は|黄金色《わうごんしよく》に|輝《かがや》きて
|清照姫《きよてるひめ》の|野辺《のべ》を|行《ゆ》きませ』
|梅公《うめこう》『|大野原《おほのはら》|月《つき》の|光《ひかり》を|浴《あ》びながら
|母娘《おやこ》|二人《ふたり》は|安《やす》く|行《ゆ》きませ』
|春公《はるこう》『|左様《さやう》なら|黄金姫《わうごんひめ》や|清照《きよてる》の
|姫《ひめ》の|司《つかさ》よレーブ、カルさま。
|一日《いちにち》も|早《はや》くハルナの|都《みやこ》まで
|無事《ぶじ》に|行《ゆ》きませ|神《かみ》のまにまに』
|此処《ここ》に|照国別《てるくにわけ》|一行《いつかう》|四人《よにん》と|黄金姫《わうごんひめ》|一行《いつかう》|四人《よにん》は|東西《とうざい》に|袂《たもと》を|別《わか》ち、|各《おのおの》|命《めい》ぜられたる|道《みち》を|伝《つた》うて|征途《せいと》に|登《のぼ》り|行《ゆ》く。
(大正一一・一一・四 旧九・一六 北村隆光録)
第二〇章 |入那《いるな》の|森《もり》〔一一〇四〕
|黄金姫《わうごんひめ》は|照国別《てるくにわけ》|一行《いつかう》と|葵沼《あふひぬま》の|畔《ほとり》で|東西《とうざい》に|別《わか》れ、|西《にし》へ|西《にし》へと|進《すす》み|行《ゆ》く。|日《ひ》も|漸《やうや》く|黄昏《たそが》れて、|百鳥《ももどり》は|塒《ねぐら》を|求《もと》め、|彼方《あなた》|此方《こなた》の|森《もり》に|帰《かへ》り|行《ゆ》く、|其《その》|羽音《はおと》の|騒《さわ》がしさ。|一行《いつかう》|四人《よにん》はハタとつき|当《あた》つた|相当《さうたう》|広《ひろ》い|川辺《かはべ》に|着《つ》いた。|比較的《ひかくてき》|水《みづ》が|少《すくな》くて|徒渉《とせふ》するにも|余《あま》り|困難《こんなん》を|感《かん》じない|様《やう》に|見《み》えて|居《ゐ》る。|一行《いつかう》は|薄暗《うすくら》がりに|裾《すそ》をからげて|流《なが》れを|渡《わた》り、|二三丁《にさんちやう》|西《にし》に|当《あた》るコンモリとした|森蔭《もりかげ》を|目当《めあて》に|辿《たど》り|着《つ》いた。|後《のち》の|夜《よ》の|月《つき》はまだ|姿《すがた》を|現《あら》はさぬ|宵暗《よひやみ》である。|森《もり》の|中《なか》には|古《ふる》ぼけた|相当《さうたう》に|大《おほ》きい|祠《ほこら》が|建《た》つてゐた。
|黄金《わうごん》『|秋《あき》の|日《ひ》は|暮《く》れ|易《やす》く、|余《あま》り|足《あし》も|草臥《くたび》れない|内《うち》に|又《また》|休《やす》まねばならぬ|様《やう》になりました。|幸《さいは》ひ|此《この》|森《もり》の|祠《ほこら》の|中《なか》で|一休《ひとやす》み|致《いた》しませう』
|清照《きよてる》『お|母《かあ》アさま、|今晩《こんばん》は|斯様《かやう》な|所《ところ》で|休《やす》まずに、やがて|月《つき》も|出《で》ますから、それまでここで|月待《つきまち》をして|進《すす》むことにしませう。|夜半《よなか》|頃《ごろ》|迄《まで》|歩《ある》けば、|余程《よほど》|里程《みちのり》がはかどりませうから………』
|黄金《わうごん》『|長《なが》い|道中《だうちう》のことだから、|夜《よ》が|明《あ》けたら|歩《ある》き、|何程《なにほど》|楽《らく》でも|日《ひ》が|暮《く》れたら|泊《とま》つてゆくことにしませう』
|清照《きよてる》『それでも|何《なん》だか|気《き》がせいてなりませぬ。ハルナの|都《みやこ》にましますお|父《とう》さまの|身《み》の|上《うへ》に|何《なに》か|変事《へんじ》でも|起《おこ》つてゐるやうに|思《おも》はれて、|気《き》が|気《き》でなりませぬ』
|黄金《わうごん》『|何程《なにほど》|焦《あせ》つた|所《ところ》で|遠《とほ》い|里程《みちのり》、|何事《なにごと》も|神様《かみさま》にお|任《まか》せして、ボツボツ|行《ゆ》きませう。|草臥《くたび》れて|道《みち》で|倒《たふ》れるやうな|事《こと》があつては、|悪神《あくがみ》の|跋扈《ばつこ》する|世《よ》の|中《なか》、|困《こま》りますから』
レーブ『お|二人《ふたり》さま、ここで|今晩《こんばん》は|御一宿《ごいつしゆく》なさつたらどうです。|吾々《われわれ》|両人《りやうにん》は|互《たがひ》に|交代《かうたい》で|不寝番《ねずばん》を|致《いた》しますから………』
|黄金《わうごん》『それなら|何神様《なにがみさま》の|祠《ほこら》か|知《し》らぬが|先《ま》づ|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|此《この》お|宮《みや》を|拝借《はいしやく》することに|致《いた》しませう。|清照姫《きよてるひめ》………さうが|善《い》いぢやないか』
|清照《きよてる》『お|父《とう》さまの|身《み》の|上《うへ》の|事《こと》は、ここでトツクリ|神様《かみさま》に|御願《おねが》ひ|致《いた》しまして、|寝《やす》むことに|致《いた》しませう』
|黄金姫《わうごんひめ》は|軽《かる》くうなづきながら、|型《かた》の|如《ごと》く|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し、|祠《ほこら》の|中《なか》に|進《すす》み|入《い》り、|蓑《みの》を|布《し》いて|母娘《おやこ》|枕《まくら》を|並《なら》べ|寝《しん》に|就《つ》いた。レーブ、カルの|両人《りやうにん》は|祠《ほこら》の|床下《ゆかした》に|横《よこた》はりつつあつたが、|何時《いつ》の|間《ま》にか、ウトウトと|眠《ねむ》つて|了《しま》つた。
ここへスタスタとやつて|来《き》た|二三人《にさんにん》の|男《をとこ》がある、|足音《あしおと》を|忍《しの》ばせながら|祠《ほこら》の|前《まへ》に|立寄《たちよ》り、
アルマ『オイ、テク、|何《なん》でもここらあたりの|祠《ほこら》の|中《なか》らしいぞ』
テク『オイ、アルマ、こんな|所《とこ》に|何《なに》が|居《を》るものかい』
アルマ『それでも|何《なん》だか|妙《めう》な|響《ひびき》が|聞《きこ》えて|来《く》るぢやないか、メツタに|鼠《ねずみ》の|鼾《いびき》ぢやあるまいぞ。イルナの|刹帝利《せつていり》さまから|聞《き》いたには、キツと|黄金姫《わうごんひめ》の|一行《いつかう》は|此処《ここ》を|通《とほ》るに|違《ちが》ひないと|仰有《おつしや》つた。マアマア|黙《だま》つて|様子《やうす》を|考《かんが》へたら|如何《どう》だ。|彼奴《あいつ》さへ|捉《つか》まへたなら、|結構《けつこう》な|御褒美《ごほうび》が|頂《いただ》けるのだからなア。|小《ちひ》さい|国《くに》の|一《ひと》つも|貰《もら》つてハムとなつて|威張《ゐば》らうと|儘《まま》だよ』
テク『|併《しか》し|乍《なが》ら|黄金姫《わうごんひめ》といふ|奴《やつ》は|中々《なかなか》の|豪傑《がうけつ》で、|俺達《おれたち》の|手《て》には|合《あ》はないぞ。|只《ただ》|所在《ありか》さへ|分《わか》れば|黙《だま》つて|報告《はうこく》し、|強《つよ》い|奴《やつ》に|掴《つか》まへさせばいいのだ。それが|余程《よほど》|利口《りこう》な|行方《やりかた》ぢやからなア、おい、テム、|貴様《きさま》はどつちにするか』
テム『|俺《おれ》はどつちかといへば|中立《ちうりつ》だ。|併《しか》し|乍《なが》ら|同《おな》じことなら|生擒《いけどり》にしたいものだ。オイオイどうやら|本真物《ほんまもの》の|人間《にんげん》の|鼾《いびき》がして|来《き》だしたぞ』
レーブ、カルの|両人《りやうにん》は|床下《ゆかした》から|三人《さんにん》の|話《はなし》を|息《いき》をこらして|聞《き》いてゐた。|三人《さんにん》は|床下《ゆかした》に|二人《ふたり》がひそんでゐるとは|夢《ゆめ》にも|知《し》らず、ドシドシと|階段《かいだん》を|登《のぼ》り、
アルマ『ヤア|此《この》|縁側《えんがは》は|数百年来《すうひやくねんらい》の|風雨《ふうう》の|侵害《しんがい》に|依《よ》つて、|余程《よほど》|老朽《らうきう》してると|見《み》えるワイ。|気《き》をつけぬと|底《そこ》がぬけて、|脛《すね》でもかすつたら、|又《また》|此《この》|間《あひだ》の|様《やう》に|吠面《ほえづら》かわいて、|負《お》うてくれの|何《なん》のとダダをこねねばならぬやうになるぞ。|気《き》をつけたり |気《き》をつけたり』
レーブは|床下《ゆかした》から、そこらの|石《いし》を|拾《ひろ》つて、|古板《ふるいた》を|下《した》からガンガンと|力《ちから》をこめてなぐり|立《た》てた。|三人《さんにん》は|此《この》|声《こゑ》に|驚《おどろ》き、|飛上《とびあ》がつた|途端《とたん》に、|階段《かいだん》から|真逆様《まつさかさま》に|祠《ほこら》の|前《まへ》に|転落《てんらく》し、
『アイタヽヽ、ウンウン』
と|唸《うな》り|出《だ》した。
テク『オイ、|貴様等《きさまら》チトしつかりせぬか。あれ|位《くらゐ》な|声《こゑ》にビツクリしやがつて、|挙措《きよそ》|其《その》|度《ど》を|失《しつ》し、こんな|所《ところ》からヒツクリ|返《かへ》るといふことがあるものか。そんな|臆病《おくびやう》なことで|如何《どう》して|吾々《われわれ》の|御用《ごよう》が|勤《つと》まると|思《おも》ふか』
アルマ『テク、お|前《まへ》もヤツパリ|落《お》ちたぢやないか。|人《ひと》を|責《せ》むること|急《きふ》にして、|己《おのれ》の|失敗《しつぱい》は|口角《こうかく》につかねて|知《し》らぬ|顔《かほ》の|半兵衛《はんべゑ》とはチツと|虫《むし》がよすぎるぢやないか』
テク『|貴様等《きさまら》|二人《ふたり》が|転《ころ》げやがつたものだから、|俺《おれ》も|一緒《いつしよ》について|落《おと》されたのだ。いはば|俺《おれ》は|被害者《ひがいしや》だ。|貴様等《きさまら》|両人《りやうにん》は|証拠《しようこ》|充分《じうぶん》なる|加害者《かがいしや》だから、|刹帝利様《せつていりさま》に|報告《はうこく》して|相当《さうたう》の|処分《しよぶん》をやつて|貰《もら》ふから、さう|思《おも》へ』
アルマ『アハヽヽヽ|旃陀羅《せんだら》|成上《なりあ》がり|奴《め》、エラさうに|吐《ぬか》すない。|俺《おれ》はかう|見《み》えても、チヤキチヤキの|首陀《しゆだ》の|家柄《いへがら》だ。|貴様等《きさまら》とは|人種《じんしゆ》が|違《ちが》ふのだからなア』
テク『コリヤ|俺《おれ》が|旃陀羅《せんだら》なんて、|無礼《ぶれい》なことを|言《い》ふな、|勿体《もつたい》なくもバラモン|族《ぞく》だぞ』
アルマ『バラモンが|聞《き》いて|呆《あき》れるワイ、のうテム、|此奴《こいつ》は|今日《けふ》も|道《みち》の|真中《まんなか》で|旃陀羅《せんだら》に|会《あ》ひやがつて、|心安《こころやす》さうに|何《なん》だか|囁《ささや》いてゐたぢやないか。|彼奴《あいつ》に|近《ちか》よつて|物《もの》をいふ|奴《やつ》は|矢張《やつぱり》|其《その》|系統《けいとう》でなければ、|汚《けが》らはしくて|寄《よ》り|付《つ》く|者《もの》はないからのう』
テク『コリヤ|両人《りやうにん》、|上官《じやうくわん》に|対《たい》して|何《なん》といふ|無礼《ぶれい》なこと|申《まを》す。|吾々《われわれ》|捕手《とりて》の|役人《やくにん》は|旃陀羅《せんだら》であらうが|首陀《しゆだ》であらうが、|一々《いちいち》|出会《であ》ふ|奴《やつ》の|面《つら》を|検《あらた》めねばならず、|物《もの》も|言《い》はして|見《み》ねば|人間《にんげん》の|程度《ていど》が|分《わか》らないから、|仕方《しかた》なしに|職務《しよくむ》を|重《おも》んじて|物《もの》を|言《い》つたのだ。そんな|冷淡《れいたん》なことで|此《この》|役目《やくめ》が|勤《つと》まるか、|万々一《まんまんいち》|蜈蚣姫《むかでひめ》が|此《この》|捜索《そうさく》の|厳《きび》しいのを|悟《さと》つて、|人《ひと》のいやがる|旃陀羅《せんだら》に|化《ば》けて|通《とほ》るかも|知《し》れない。さうだから、|此《この》|方《はう》が|職務《しよくむ》|忠実《ちうじつ》に|勤《つと》めてゐたのだ。|馬鹿野郎《ばかやらう》だなア。|左様《さやう》な|不心得《ふこころえ》な|奴《やつ》は|只今《ただいま》|限《かぎ》り|暇《ひま》をくれてやるから、さう|思《おも》へ』
テム『オイ|大将《たいしやう》、|口《くち》ばかりエラさうに|言《い》つてるが、お|前《まへ》の|腰《こし》は|立《た》つのかい』
テク『|貴様《きさま》の|知《し》つてゐる|通《とほ》り、|腰《こし》が|立《た》ちやこそ|此処《ここ》までやつて|来《き》たのぢやないかい。|訳《わけ》の|分《わか》らぬことを|吐《ぬか》すものぢやないワイ。サア|只今《ただいま》|限《かぎ》り|暇《ひま》をくれる、どつこへなりと、|天下《てんか》に|放《はな》ち|飼《が》ひだ。【うせ】たがよからうぞ』
アルマ『どこへ|行《ゆ》けと|云《い》つても、|俺達《おれたち》は|両人《りやうにん》|共《とも》ビツクリ|腰《ごし》が|抜《ぬ》けたのだから、|暫《しばら》く|免職《めんしよく》|丈《だけ》は|保留《ほりう》してゐて|呉《く》れ。|同《おな》じ|免職《めんしよく》なれば、|依願《いぐわん》|免職《めんしよく》といふ|形式《けいしき》でやつて|貰《もら》はねば、|今後《こんご》の|就職口《しうしよくぐち》に|付《つ》いて|迷惑《めいわく》だから、|貴様《きさま》を|旃陀羅《せんだら》と|云《い》つた|位《くらゐ》で、|此《この》|結構《けつこう》……でもない|職《しよく》を|免《めん》ぜられて|堪《たま》るものかい。のうテム|公《こう》』
テク『|武士《ぶし》の|言葉《ことば》に|二言《にごん》はないぞ。いひ|出《だ》したら|後《あと》へは|引《ひ》かぬテクさまの|気性《きしやう》を|知《し》つてゐるだらう』
アルマ『ヘン、テクテクと|何《なん》だ【テク】せの|悪《わる》い、|泥棒《どろばう》|上《あが》り|奴《め》が、モウ|斯《か》うなつては、|破《やぶ》れかぶれだ。オイ、テム|公《こう》、|貴様《きさま》はテム|公《こう》だから、テクの|奴《やつ》がかぶりついて|来《き》たら、|手向《てむか》ふ|役《やく》となつて|格闘《かくとう》するのだ。|万々一《まんまんいち》|形勢《けいせい》|危《あやふ》しと|見《み》たら、|俺《おれ》が|助太刀《すけだち》をする、|併《しか》しモウ|少《すこ》し|経《た》たぬと|駄目《だめ》だ。まだ|抜《ぬ》けた|腰《こし》が|元《もと》の|鞘《さや》へ、|少《すこ》しばかり|納《をさ》まつてゐないからのう。|併《しか》しテクの|奴《やつ》もきつく|腰《こし》を|打《う》ちやがつたに|違《ちがひ》ない、あの|声《こゑ》の|色《いろ》を|見《み》い、|大分《だいぶ》に|痛《いた》さうだぞ。|大体《だいたい》|旃陀羅《せんだら》がこんな|尊《たふと》い|御神前《ごしんぜん》へ|土足《どそく》のまま|昇《のぼ》るものだから、|神罰《しんばつ》が|当《あた》り、|俺達《おれたち》|迄《まで》がマキ|添《ぞ》ひに|会《あ》うたのだ』
かく|話《はな》す|時《とき》しも、|又《また》もや|床下《ゆかした》から|一層《いつそう》|大《おほ》きな|怪《あや》しい|声《こゑ》が|聞《きこ》えてきた。|先《さき》のはレーブ|一人《ひとり》が|石《いし》で|床板《ゆかいた》をコツいたのであつたが、|今度《こんど》は|両人《りやうにん》が|力一杯《ちからいつぱい》|石《いし》にて|床下《ゆかした》を|叩《たた》いたのだから、|四五層倍《しごそうばい》の|響音《きやうおん》に|聞《きこ》えて|来《き》た。|三人《さんにん》はキヤツと|悲鳴《ひめい》をあげ、|逃《に》げようとして|手《て》ばかり【もが】いてゐるが、チツとも|腰《こし》が|立《た》たない。さうかうしてゐる|間《うち》に、|月《つき》は|容赦《ようしや》なく|下界《げかい》を|照《て》らし、|森《もり》の|隙間《すきま》から|強《つよ》き|光《ひかり》がさして、|三人《さんにん》の|体《からだ》を|照《て》らした。
レーブ、カルは|床下《ゆかした》よりニタリと|笑《わら》ひながら|這《は》ひ|出《いだ》し、|階段《かいだん》の|上《うへ》にツカツカと|登《のぼ》り、あたりに|響《ひび》く|大音声《だいおんぜう》にて|歌《うた》ひ|出《だ》した。
レーブ『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける
|刹帝利《せつていり》|浄行《じやうぎやう》|畏舎《びしや》|首陀《しゆだ》や |旃陀羅族《せんだらぞく》の|素性《すじやう》をば
|立別《たてわ》け|給《たま》ふ|時《とき》は|来《き》ぬ |此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》
|心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》 |唯《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は
|直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|宣直《のりなほ》し |大黒主《おほくろぬし》は|知《し》らずして
|唯《ただ》|惟神《かむながら》に|刹帝利《せつていり》の |流《なが》れのはてとあやまりつ
|旃陀羅族《せんだらぞく》のテク|公《こう》を |神《かみ》の|司《つかさ》の|供人《ともびと》と
|使《つか》ひ|居《ゐ》たりし|可笑《をか》しさよ かかる|矛盾《むじゆん》を|見《み》るにつけ
バラモン|教《けう》の|神司《かむづかさ》 |大黒主《おほくろぬし》の|盲神《めくらがみ》
ぢやといふ|事《こと》はハツキリと |今《いま》や|隈《くま》なく|知《し》れわたる
|三五《さんご》の|月《つき》の|御光《みひかり》に |照《て》らされ|苦《くるし》む|三人連《みたりづれ》
|中《なか》にも|賤《いや》しきテク|公《こう》は |天地《てんち》の|間《あひだ》も|恐《おそ》れずに
|勿体《もつたい》なくもバラモンの |鬼熊別《おにくまわけ》の|奥《おく》さまや
|小糸嬢《こいとぢやう》をば|馬《うま》に|乗《の》せ お|供《とも》に|仕《つか》へしさへあるに
|冥加《みやうが》|知《し》らずのテク|公《こう》は |怪《あや》しき|眼《まなこ》を|光《ひか》らして
|心《こころ》に|何《なに》か|企《たく》むてふ |容子《ようす》の|色《いろ》に|見《み》えければ
|神《かみ》に|斉《ひと》しき|黄金《わうごん》の |姫《ひめ》の|命《みこと》や|清照《きよてる》の
|姫《ひめ》の|司《つかさ》はそれとなく |玉山峠《たまやまたうげ》の|麓《ふもと》にて
レーブにかこつけ|暇《ひま》やると |言《い》はれた|時《とき》の|天眼通《てんがんつう》
これぞ|誠《まこと》の|生神《いきがみ》と |敬《うやま》ひ|慕《した》ひ|後《あと》を|追《お》ひ
いろいろ|雑多《ざつた》と|苦労《くらう》して ここ|迄《まで》|従《したが》ひ|来《きた》りしぞ
|此《この》|床下《ゆかした》にひそみ|居《ゐ》て |汝等《なれら》|三人《みたり》の|囁《ささや》きを
|残《のこ》らず|聞《き》いたレーブ、カル |最早《もはや》|叶《かな》はぬ|百年目《ひやくねんめ》
|腰《こし》の|抜《ぬ》けたを|幸《さいは》ひに |弱目《よわめ》をみかけて|俺達《おれたち》が
つけ|込《こ》むのではなけれども |耳《みみ》をさらへてよつく|聞《き》け
|汝《なんぢ》は|鬼熊別《おにくまわけ》の|神《かみ》 |下僕《しもべ》とならむといろいろに
|手《て》をかへ|品《しな》を|変《か》へながら |頼《たの》み|込《こ》んだが|明察《めいさつ》の
ほまれも|高《たか》き|神司《かむづかさ》 |鬼熊別《おにくまわけ》は|忽《たちま》ちに
|看破《かんぱ》なされて|御首《おんくび》を |左右《ひだりみぎ》りとふり|給《たま》ひ
|男《をとこ》を|下《さ》げてベソをかき |大黒主《おほくろぬし》の|下僕等《しもべら》に
うまく|取《と》り|入《い》り|漸《やうや》くに |下僕《しもべ》の|数《かず》に|加《くは》へられ
よからぬ|事《こと》のみ|行《おこな》ひつ |又《また》もや|此処《ここ》に|現《あら》はれて
イルナの|国《くに》の|刹帝利《せつていり》と |心《こころ》を|合《あは》せ|奥様《おくさま》や
|嬢様《ぢやうさま》たちを|捉《とら》へむと |向《むか》ひ|来《きた》るぞ|可笑《をか》しけれ
|命《いのち》|知《し》らずの|馬鹿者《ばかもの》よ |心《こころ》の|鬼《おに》に|責《せ》められて
チヨツとの|音《おと》に|胆《きも》ひやし |階段上《かいだんじやう》から|転落《てんらく》し
|腰《こし》を|痛《いた》めて|吠面《ほえづら》を かわき|苦《くるし》む|憐《あは》れさよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|悪《あく》に|返《かへ》つた|旃陀羅《せんだら》の テクの|心《こころ》を|立直《たてなほ》し
|仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|三五《あななひ》の |神《かみ》の|教《をしへ》に|逸早《いちはや》く
|進《すす》ませ|給《たま》へ|天地《あめつち》の |尊《たふと》き|神《かみ》の|御前《おんまへ》に
|慎《つつし》み|敬《いやま》ひ|願《ね》ぎまつる |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|摂取不捨《せつしゆふしや》の|御誓《おんちか》ひ |人間界《にんげんかい》に|交《まじ》こりて
|賤《いや》しき|身分《みぶん》とさげしまれ |排斥《はいせき》されし|旃陀羅《せんだら》も
|其《その》|源《みなもと》を|尋《たづ》ぬれば |天地《てんち》の|神《かみ》の|御分霊《ごぶんれい》
|御分体《ごぶんたい》ぞと|聞《き》くからは |一切平等《いつさいびやうどう》|神《かみ》の|御子《みこ》
|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|御心《みこころ》に |見直《みなほ》しましてテクの|罪《つみ》
|許《ゆる》させ|給《たま》へと|願《ね》ぎまつる』
カルはレーブの|後《あと》について|又《また》|歌《うた》ふ。
『おつたまげたか、たまげたか テクにアルマにテムの|奴《やつ》
|天《てん》に|口《くち》あり|壁《かべ》に|耳《みみ》 |汝等《なんぢら》|三人《みたり》の|悪《わる》だくみ
|残《のこ》らず|聞《き》いた|床《ゆか》の|下《した》 コリヤ|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い
|一《ひと》つおどして|胆玉《きもたま》を |試《ため》してやらうとレーブさま
カルの|二人《ふたり》が|二《ふた》つの|目《め》 |見合《みあは》しながら|床下《ゆかした》の
|石《いし》を|拾《ひろ》ひて|古板《ふるいた》を ドヽヽヽドンと|打叩《うちたた》き
おどしてみれば|面白《おもしろ》や |汝等《なんぢら》|三人《みたり》は|胆《きも》|潰《つぶ》し
|道路神《だうろしん》にさいなまれ つまみ|出《だ》された|其《その》|如《ごと》く
|階下《かいか》にドーツと|打倒《うちたふ》れ |腰《こし》をぬかしてウンウンと
|吠面《ほえづら》かわき|愚痴《ぐち》|並《なら》べ |旃陀羅族《せんだらぞく》だ|刹帝利《せつていり》と
|味方《みかた》|同志《どうし》が|内乱《ないらん》を |起《おこ》し|居《を》るこそ|馬鹿《ばか》らしい
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|神罰《しんばつ》|立《たち》どころ
|悪《あく》の|企《たく》みの|年《ねん》の|明《あ》き |大黒主《おほくろぬし》に|仕《つか》へたる
おれは|名高《なだか》きカルさまよ |今《いま》|床下《ゆかした》で|聞《き》き|居《を》れば
アルマやテムの|両人《りやうにん》を |只今《ただいま》|限《かぎ》り|免職《めんしよく》と
エラさうにほざいて|居《を》つただろ おれは|貴様《きさま》に|比《くら》ぶれば
|十三四段《じふさんしだん》|上役《うはやく》だ |此《この》カルさまが|神様《かみさま》に
|代《かは》つてテクを|免職《めんしよく》し |息《いき》の|根《ね》とめて|根《ね》の|国《くに》や
|底《そこ》の|国《くに》なる|地獄道《ぢごくだう》 |派遣《はけん》してやるテクの|奴《やつ》
|双手《もろて》を|合《あは》せ|感謝《かんしや》せよ |大慈《だいじ》|大悲《だいひ》のカルさまが
お|前《まへ》の|好《す》きな|底《そこ》の|国《くに》 |青《あを》|赤《あか》|黒《くろ》の|鬼《おに》|共《ども》が
|手具脛《てぐすね》ひいて|待《ま》つてゐる |焦熱地獄《せうねつぢごく》のドン|底《ぞこ》へ
|紹介状《せうかいじやう》をつけるから |安心《あんしん》|致《いた》して|行《ゆ》くがよい
アハヽヽハツハ オホヽヽヽ |誠《まこと》に|誠《まこと》に|気味《きみ》がよい
それに|引替《ひきか》へテムアルマ |二人《ふたり》の|奴《やつ》はカルさまが
|抜擢《ばつてき》|致《いた》して|今《いま》よりは |改心《かいしん》|次第《しだい》で|三五《あななひ》の
|司《つかさ》のお|供《とも》に|任《ま》けてやろ サア|嬉《うれ》しいか|嬉《うれ》しいか
|二人《ふたり》の|奴《やつ》らよ|返答《へんたふ》せよ |返答《へんたふ》|次第《しだい》で|天《てん》となり
|或《あるひ》は|地獄《ぢごく》と|早変《はやがは》り |極楽《ごくらく》|地獄《ぢごく》の|境目《さかひめ》ぢや
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |祠《ほこら》の|中《なか》にひそみます
|黄金姫《わうごんひめ》や|清照《きよてる》の |姫《ひめ》の|司《つかさ》の|御前《おんまへ》に
カルが|真心《まごころ》|捧《ささ》げつつ |只今《ただいま》|仲裁《ちうさい》|仕《つかまつ》る
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |叶《かな》はぬならば|逸早《いちはや》く
|両手《りやうて》を|合《あは》せ|尻《しり》をふり |頭《かしら》を|下《さ》げつ|四《よ》つ|這《ば》ひに
|三《さん》べん|廻《まは》つてワンワンと |吠《ほ》えて|改心《かいしん》したと|云《い》ふ
|証拠《しようこ》を|早《はや》く|見《み》せてくれ それをばシホにカルさまが
|神《かみ》の|司《つかさ》に|取持《とりも》つて お|前《まへ》を|許《ゆる》し|結構《けつこう》な
これから|役目《やくめ》にする|程《ほど》に |昇《のぼ》る|身魂《みたま》と|又《また》|降《くだ》る
|身魂《みたま》とさばく|神《かみ》の|道《みち》 テク|公《こう》は|降《くだ》る|両人《りやうにん》は
|天国《てんごく》|浄土《じやうど》に|昇《のぼ》るよな |心《こころ》|一《ひと》つの|持様《もちやう》で
ハツキリ|区別《けじめ》がつく|程《ほど》に メソメソ|吠《ほ》えずに|確《しつ》かりと
|早《はや》く|改心《かいしん》した|上《うへ》で |感謝《かんしや》の|誠《まこと》を|現《あら》はせよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|三人《さんにん》は|体《からだ》の|身動《みうご》きもならぬままに、|両手《りやうて》を|合《あは》せ、
『お|助《たす》け お|助《たす》け』
と|叫《さけ》んでゐる。|此《この》|騒《さわ》ぎに|黄金姫《わうごんひめ》、|清照姫《きよてるひめ》は|目《め》を|覚《さ》まし、|何事《なにごと》ならむと|祠《ほこら》の|戸《と》を|開《ひら》いて|外《そと》に|現《あら》はれ|見《み》れば、|三人《さんにん》の|男《をとこ》の|此《この》|惨状《さんじやう》、
|黄金《わうごん》『コレ、レーブ、カル|両人《りやうにん》、ここにどうやら|三人《さんにん》の|男《をとこ》が|倒《たふ》れてゐるやうだ。|早《はや》く|神様《かみさま》にお|詫《わび》をしてやつて|下《くだ》さい。|先《ま》づ|鎮魂《ちんこん》を|施《ほどこ》して、|腰《こし》を|立《た》たしてやらねばなるまいぞや』
レーブ『ハイ、|畏《かしこ》まりました。|併《しか》し|乍《なが》ら|此奴《こいつ》はテームス|峠《たうげ》を|登《のぼ》る|時《とき》、|清照姫《きよてるひめ》|様《さま》の|馬《うま》の|口《くち》を|取《と》つて、|玉山峠《たまやまたうげ》の|麓《ふもと》|迄《まで》|送《おく》つて|来《き》たテクといふ|悪者《わるもの》で|厶《ござ》います。|外《ほか》の|二人《ふたり》は|助《たす》けてやつても|宜《よろ》しいが、|此奴《こいつ》|丈《だけ》はみせしめの|為《ため》に|此《この》|儘《まま》に|捨《す》ておき、|頭《あたま》から|糞《くそ》でもひつかけてやつた|方《はう》が|将来《しやうらい》の|為《ため》かも|知《し》れませぬぜ』
テク『モシモシ、レーブさま、そんな|殺生《せつしやう》なことをいはずに、わしも|今日《けふ》から|改心《かいしん》しますから、どうぞ|助《たす》けて|下《くだ》さいな』
レーブ『|何《なん》と|云《い》つても|此《この》レーブさまとしては|許《ゆる》すことが|出来《でき》ないワ。|今日《けふ》こそ|思《おも》ふ|存分《ぞんぶん》|貴様《きさま》をいぢめてやるのだ。|貴様《きさま》もチツと|小手《こて》の|利《き》いてる|代物《しろもの》だから、こんな|時《とき》に|仕返《しかへ》しをしてやらぬと、|千載一遇《せんざいいちぐう》の|機会《きくわい》を|逸《いつ》するといふものだ。いつやら|俺《おれ》の|頭《あたま》をなぐりやがつて、|其《その》|為《ため》に|俺《おれ》は|治療《ちれう》|二週間《にしうかん》を|要《えう》する|傷《きず》を|負《お》うたのだ。それでも|長《なが》いものには|巻《ま》かれ|主義《しゆぎ》で、|今日《けふ》|迄《まで》|辛抱《しんばう》して|来《き》たのだから、|今日《けふ》は|仇討《かたきう》ちの|時節《じせつ》が|到来《たうらい》したのだ。エヘヽヽヽ、|神《かみ》が|仇《かたき》をうつてやるぞよと|仰有《おつしや》るのはここの|事《こと》だ、こりやテク、|観念《くわんねん》|致《いた》せ』
|黄金《わうごん》『コレ、レーブ、お|前《まへ》も|無抵抗主義《むていかうしゆぎ》と|忍耐《にんたい》と|慈悲《じひ》との|三五教《あななひけう》へ|入《はい》つたのだから、|今《いま》までの|恨《うら》みはサラリと|川《かは》へ|流《なが》し|赦《ゆる》してやりなさい』
『|奥様《おくさま》の|御言葉《おことば》なれど|此奴《こいつ》に|限《かぎ》つて|赦《ゆる》すことは|出来《でき》ませぬ。|恨《うら》み|骨髄《こつずゐ》に|徹《とほ》してる|不倶戴天《ふぐたいてん》の|仇敵《きうてき》ですから、どうぞ|仇《かたき》を|討《う》たして|下《くだ》さいませ』
『お|前《まへ》は|神様《かみさま》の|御言葉《おことば》を|忘《わす》れたのかな』
『イエイエどうして、|忘《わす》れてなりますものか、|片時《かたとき》の|間《ま》も、|尊《たふと》き|三五《あななひ》の|教《をしへ》は|忘却《ばうきやく》|致《いた》しませぬ』
『それなら|何故《なぜ》|仇《かたき》を|赦《ゆる》してやらないのか、チツとお|前《まへ》の|信仰《しんかう》と、|矛盾《むじゆん》しては|居《ゐ》ないかなア』
『|矛盾《むじゆん》か|撞着《どうちやく》か|知《し》りませぬが、|此奴《こいつ》ばかりは|赦《ゆる》す|事《こと》は|出来《でき》ませぬ。|普通《ふつう》の|人間《にんげん》に|擲《なぐ》られたのなら|辛抱《しんばう》も|致《いた》しますが、こんな|旃陀羅《せんだら》にやられたと|思《おも》へば|残念《ざんねん》で|堪《たま》りませぬ。こんな|奴《やつ》に|擲《なぐ》られて|其《その》|儘《まま》にしておいては|出世《しゆつせ》の|時節《じせつ》がありませぬから、どうぞ|頭《あたま》を|一《ひと》つカチ|割《わ》らせて|下《くだ》さいませ。|何《なん》と|仰有《おつしや》つてもこれ|丈《だけ》は|思《おも》ひとまる|訳《わけ》には|参《まゐ》りませぬ』
と|手頃《てごろ》の|石《いし》を|拾《ひろ》ひ、そこに|倒《たふ》れて|居《ゐ》るテクの|頭《あたま》を|打割《うちわ》らうとするのを、|黄金姫《わうごんひめ》は|大喝《たいかつ》|一声《いつせい》、
『レーブ、|暫《しばら》く|待《ま》てツ。これ|程《ほど》|事《こと》を|分《わ》けて|申《まを》すのに、|女宣伝使《をんなせんでんし》と|侮《あなど》つて、|吾《わが》|言《げん》を|用《もち》ひないのか。|只今《ただいま》|限《かぎ》り|免職《めんしよく》を|致《いた》すから、さう|思《おも》うたがよからうぞや』
レーブは|頭《あたま》を|掻《か》きながら、
『あゝ|又《また》|免職《めんしよく》が|伝染《でんせん》したと|見《み》えますわい。エヽ|仕方《しかた》がない、それなら|奥《おく》さまの|御命令《ごめいれい》に|従《したが》ひませう』
テク『コレ、レーブ、さうしたがよいぞや。|人《ひと》を|免職《めんしよく》させると、|又《また》|自分《じぶん》が|免職《めんしよく》になるぞや』
レーブ『エヽ|貴様《きさま》まで|人《ひと》を|馬鹿《ばか》にするない、アタ|忌々《いまいま》しい』
|黄金《わうごん》『オホヽヽヽ』
|清照《きよてる》『ウフヽヽヽあのマア、レーブさまの|悄気《せうげ》た|顔《かほ》わいのう』
カル『エツヘヽヽヽ、コリヤ|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い』
|黄金《わうごん》『|三人《さんにん》の|者《もの》|共《ども》、|黄金姫《わうごんひめ》が|赦《ゆる》すから、|何処《どこ》へなと|勝手《かつて》に|行《い》つたがよからう。|今度《こんど》は|決《けつ》してこんな|割《わり》のわるい|商売《しやうばい》は|致《いた》す|事《こと》はなりませぬぞ』
|三人《さんにん》『ハイ|有難《ありがた》う』
と|涙声《なみだごゑ》に|感謝《かんしや》してゐる。|不思議《ふしぎ》や|三人《さんにん》の|腰《こし》は|忽《たちま》ち|旧《もと》に|復《ふく》し、|喜《よろこ》び|勇《いさ》んで|匆々《さうさう》に|此《この》|森《もり》を|後《あと》に|逃《に》ぐるが|如《ごと》く|姿《すがた》を|隠《かく》した。
|黄金姫《わうごんひめ》|一行《いつかう》は|夜《よ》の|明《あ》くるを|待《ま》ち、|悠々《いういう》として|此《この》|場《ば》を|立出《たちい》で、イルナの|国《くに》の|都《みやこ》を|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一一・一一・五 旧九・一七 松村真澄録)
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霊界物語 第四〇巻 舎身活躍 卯の巻
終り