霊界物語 第三三巻 海洋万里 申の巻
出口王仁三郎
--------------------
●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第三三巻』愛善世界社
2000(平成12)年02月03日 第一刷発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2005年12月23日作成
2008年06月23日修正
-------------------------
●目次
|序歌《じよか》
|瑞祥《ずゐしやう》
第一篇 |誠心誠意《せいしんせいい》
第一章 |高論濁拙《かうろんたくせつ》〔九一六〕
第二章 |灰猫婆《はひねこばば》〔九一七〕
第三章 |言霊停止《ことたまていし》〔九一八〕
第四章 |楽茶苦《らくちやく》〔九一九〕
第二篇 |鶴亀躍動《かくきやくどう》
第五章 |神寿言《かむよごと》〔九二〇〕
第六章 |皮肉歌《ひにくか》〔九二一〕
第七章 |心《こころ》の|色《いろ》〔九二二〕
第八章 |春駒《はるこま》〔九二三〕
第九章 |言霊結《ことたまむすび》〔九二四〕
第一〇章 |神歌《しんか》〔九二五〕
第一一章 |波静《なみしづか》〔九二六〕
第一二章 |袂別《けつべつ》〔九二七〕
第三篇 |時節《じせつ》|到来《たうらい》
第一三章 |帰途《きと》〔九二八〕
第一四章 |魂《たま》の|洗濯《せんたく》〔九二九〕
第一五章 |婆論議《ばばろんぎ》〔九三〇〕
第一六章 |暗夜《やみよ》の|歌《うた》〔九三一〕
第一七章 |感謝《かんしや》の|涙《なみだ》〔九三二〕
第一八章 |神風清《かみかぜきよし》〔九三三〕
第四篇 |理智《りち》と|愛情《あいじやう》
第一九章 |報告祭《ほうこくさい》〔九三四〕
第二〇章 |昔語《むかしがたり》〔九三五〕
第二一章 |峯《みね》の|雲《くも》〔九三六〕
第二二章 |高宮姫《たかみやひめ》〔九三七〕
第二三章 |鉄鎚《てつつい》〔九三八〕
第二四章 |春秋《しゆんじう》〔九三九〕
第二五章 |琉《りう》の|玉《たま》〔九四〇〕
第二六章 |若《わか》の|浦《うら》〔九四一〕
付録 伊豆温泉旅行に就き訪問者人名詠込歌
付録 湯ケ島所感
------------------------------
|序歌《じよか》
|中津御代《なかつみよ》より|体主霊従《からさま》の |邪《よこ》さの|教《をしへ》|蔓《はび》こりて
|吾等《われら》が|遠津御祖《とほつみおや》たち |世人《よびと》もろとも|村肝《むらきも》の
|心《こころ》は|漸《やうや》く|人《ひと》ながら |悪《あ》しき|風習《ならひ》に|移《うつ》ろひて
|異《け》しき|卑《いや》しき|蕃神《からかみ》を |専《もは》らと|斎《いつ》き|奉《まつ》りつつ
|高《たか》く|尊《たふと》き|天地《あめつち》の |厳《いづ》の|御魂《みたま》や|瑞御魂《みづみたま》
|御幸《みさち》に|依《よ》りて|惟神《かむながら》 |大道《おほぢ》の|中《うち》に|生《うま》れ|出《い》で
|食物《をしもの》|衣服《きもの》|住《す》む|家《いへ》|等《ら》 |為《な》しと|為《な》すこと|事《こと》|毎《ごと》に
|大御恵《おほみめぐみ》を|受《う》け|乍《なが》ら |神《かみ》の|大道《おほぢ》を|粗略《おろそか》に
|思《おも》ひ|居《を》る|人《ひと》|多《おほ》く|出《い》で |神《かみ》に|仕《つか》ふる|大道《おほみち》は
|月日《つきひ》と|共《とも》に|廃《すた》れ|行《ゆ》き |天津神《あまつかみ》|等《たち》|国津神《くにつかみ》
|祭《まつ》れる|神社《やしろ》も|衰《おとろ》へて |皇神《すめかみ》たちは|弥放《いやさか》り
|放《さか》りて|神《かみ》の|大稜威《おほみいづ》 |隠《かく》ろひ|玉《たま》ひ|蕃神《からかみ》は
|所《ところ》を|得《え》つつ|天地《あめつち》の |大御祖神《おほみおやがみ》|生神《いきがみ》を
|押《お》し|籠《こ》めおきて|空蝉《うつせみ》の |世人《よびと》を|欺《あざむ》き|美《うる》はしき
|神《かみ》の|御国《みくに》を|掻《か》き|乱《みだ》し |汚《けが》せしことの|慷慨《うれた》しと
|思《おも》ふの|余《あま》り|大本《おほもと》の |皇大神《すめおほかみ》の|御教《みをしへ》を
|能《よ》く|説《と》き|明《あ》かし|世《よ》の|人《ひと》に |普《あまね》く|厳《いづ》の|御恵《おんめぐ》み
|深《ふか》き|由緒《ゆはれ》を|克《よ》く|諭《さと》し |尊《たふと》き|珍《うづ》の|御柱《みはしら》に
|造《つく》り|上《あ》げむと|瑞月《ずゐげつ》が |神《かみ》の|御命《みこと》を|畏《かしこ》みて
|大《ひろ》き|正《ただ》しき|十《たり》の|年《とし》 |九月《くぐわつ》の|中《なか》の|八日《やうか》より
|神《かみ》のまにまに|述《の》べ|立《た》つる |尊《たふと》き|神代《かみよ》の|物語《ものがたり》
|編《あ》み|初《はじ》めしぞ|嬉《うれ》しけれ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はへましまして この|大本《おほもと》に|集《つど》ひ|来《く》る
|信徒《まめひと》たちは|言《い》ふも|更《さら》 |普《あまね》く|世人《よびと》に|神界《しんかい》の
|奇《く》しき|消息《たより》の|大略《あらまし》を |悟《さと》らせ|玉《たま》へと|願《ね》ぎまつる
|此《こ》の|時《とき》この|際《さい》|信徒《まめひと》は |各自《おのおの》|霊《たま》の|御柱《みはしら》を
|築《つ》き|固《かた》めつつ|厳御魂《いづみたま》 |瑞《みづ》の|御魂《みたま》の|説《と》き|諭《さと》す
|教《をしへ》を|以《も》ちて|行《ゆ》く|先《さき》も |如何《いか》なる|曲神《まがかみ》あらはれて
|異議曲論《まがこと》|蔓《はびこ》り|来《きた》るとも |交《まじ》らひ|口《くち》|会《あ》ふ|事《こと》もなく
|主一無適《しゆいつむてき》の|信仰《しんかう》を |続《つづ》けて|経《たて》と|緯糸《よこいと》の
|教《をしへ》を|信《うべ》なひ|玉《たま》へかし この|世《よ》の|御先祖《みおや》と|現《あ》れませる
|国常立大神《くにとこたちのおほかみ》は |三千年《さんぜんねん》のいと|長《なが》き
あひだ|根底《ねそこ》の|国《くに》|深《ふか》く |隠《かく》ろひまして|現世《うつしよ》を
|浦安国《うらやすくに》と|平《たひら》けく |知食《しろしめ》さむと|神議《かむはか》り
|議《はか》り|玉《たま》ひし|有難《ありがた》さ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はへましまして |奇《く》しき|神代《かみよ》の|物語《ものがたり》
|心《こころ》|静《しづ》めて|信徒《まめひと》が |読《よ》み|上《あ》げ|読《よ》み|上《あ》げ|大神《おほかみ》の
|心《こころ》を|悟《さと》りて|一日《いちにち》も |早《はや》く|尊《たふと》き|大神《おほかみ》の
|柱《はしら》となりて|神業《かむわざ》に |仕《つか》へて|世界《せかい》を|泰平《たいへい》に
|進《すす》め|開《ひら》かせ|玉《たま》へかし |心《こころ》も|空《むな》しき|瑞月《ずゐげつ》が
|真心《まごころ》こめて|天地《あめつち》の |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎ|奉《まつ》る。
大正十一年九月十九日(旧七月廿八日)
|瑞祥《ずゐしやう》
|今日《けふ》は|如何《いか》なる|吉日《きちじつ》ぞ |万代《よろづよ》|祝《いは》ふ|亀岡《かめをか》の
|瑞祥閣《ずゐしやうかく》の|建《た》てられし |名《な》さへ|目出度《めでた》き|万寿苑《まんじゆゑん》
|天津御空《あまつみそら》は|蒼々《さうさう》と |澄切《すみき》り|渡《わた》る|初秋《はつあき》の
|空《そら》をかすめて|緩々《ゆるゆる》と かけり|来《きた》りし|二羽《には》の|田鶴《たづ》
|折《をり》から|【出口】《でぐち》の|【瑞月】《ずゐげつ》が |不二《ふじ》の|高峰《たかね》に|常永《とことは》に 出口瑞月
|鎮《しづ》まりゐます|木《こ》の|花《はな》の |咲哉《さくや》の|姫《ひめ》の|御経綸《ごけいりん》
|変現《へんげん》|出没《しゆつぼつ》|極《きは》みなき |三十三相《さんじふさんさう》の|神業《かむわざ》に
|因《ちなみ》て|述《の》ぶる|物語《ものがたり》 |三十三巻《さんじふさんくわん》|述《の》べ|了《を》へて 松村真澄
|浄写菩薩《じやうしやぼさつ》の|【松村】《まつむら》|氏《し》 |心《こころ》も|【加藤】《かとう》|明《あきら》けく 加藤明子
いよいよ|楽《たの》しき|休養日《きうやうび》 |【東尾】《ひがしを》|見《み》れば|吉祥《きつしやう》の 東尾吉雄
|瑞【雄】《ずゐを》あらはす|公孫樹《こうそんじゆ》 |常磐《ときは》の|松《まつ》に|羽《はね》|休《やす》め
|綾部《あやべ》の|方《かた》を|眺《なが》め|居《ゐ》る |鶴《つる》の|姿《すがた》ぞ|勇《いさ》ましき
|尊《たふと》き|神《かみ》の|開《ひら》きたる |教《をしへ》の|花《はな》の|千載《せんざい》に
かがやく|時《とき》も|【北村】《きたむら》や いや|【隆光】《たかひか》る|【伊佐男】氏《いさをし》は 北村隆光
|手《て》にとる|如《ごと》く|思《おも》はれぬ |天《あま》の|岩戸《いはと》の|奥《おく》|深《ふか》く
|隠《かく》れ|居《ゐ》ませし|大神《おほかみ》の |稜威《みいづ》も|出口《でぐち》の|神《かみ》の|道《みち》 出口伊佐男
|暗夜《やみよ》を|照《て》らす|瑞月《ずゐげつ》が |歓《よろこ》び|勇《いさ》み|打仰《うちあふ》ぎ
|我《わが》|大本《おほもと》の|瑞兆《ずゐてう》を |皇大神《すめおほかみ》のまつぶさに
|示《しめ》し|玉《たま》ひしものなりと |千代万代《ちよよろづよ》を|寿《ことほ》ぎて
|小松《こまつ》の|茂《しげ》る|神《かみ》の|園《その》 |心《こころ》も|涼《すず》しき|鈴虫《すずむし》や
|五六七《みろく》の|御代《みよ》を|松虫《まつむし》や |経《たて》と|緯《よこ》との|綾錦《あやにしき》
|機織虫《はたおりむし》の|此所《ここ》|彼所《かしこ》 |歌《うた》へる|声《こゑ》はキリギリス
コホロギ|虫《むし》の|声《こゑ》|清《きよ》く |真澄《ますみ》の|鏡《かがみ》|明《あきら》けく
|照《て》り|渡《わた》る|如《ごと》|聞《きこ》えたり あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はへ|坐《ま》しまして |芽出度《めでた》き|田鶴《たづ》の|舞《ま》ふ|如《ごと》く
|高峯《たかね》の|空《そら》に|皇神《すめかみ》の |畏《かしこ》き|教《をしへ》を|敷島《しきしま》の
|大和心《やまとごころ》の|隈《くま》もなく |照《て》らさせ|玉《たま》へ|天地《あめつち》の
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|謹《つつし》みて |大《ひろ》き|正《ただ》しき|十一年《じふいちねん》
|九月《くぐわつ》|二十日《はつか》の|瑞祥《ずゐしやう》を うれしみ|畏《かしこ》み|命毛《いのちげ》の
|肉筆《にくひつ》ならぬ|万年筆《まんねんひつ》の|永々《ながなが》と |墨《すみ》をふくませ|一苦労《ひとくらう》
|神《かみ》の|御為《おんため》|世《よ》の|為《ため》に |神苑内《しんゑんない》の|老松《おいまつ》の
|枝《えだ》をば|垂《た》るる|心地《ここち》よさ |例《ためし》もあらぬ|事《こと》なれば
|後日《ごじつ》の|為《ため》に|記《しる》しおく あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ。
大正十一年九月二十日
第一篇 |誠心誠意《せいしんせいい》
第一章 |高論濁拙《かうろんたくせつ》〔九一六〕
|厳《いづ》の|御霊《みたま》に|由緒《ゆかり》ある |伊豆《いづ》の|神国《かみくに》|田方《たかた》の|郡《こほり》
|湯ガ島温泉《ゆがしまをんせん》|湯本館《ゆもとくわん》 |軒《のき》を|流《なが》るる|狩野川《かのがは》
|連日《れんじつ》|連夜《れんや》の|大雨《おほあめ》に |水量《みづかさ》まさり|囂々《がうがう》と
|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|水《みづ》の|音《おと》 |又《また》もや|降《ふ》り|来《く》る|大雨《おほあめ》に
|亜鉛板《トタン》の|屋根《やね》を|轟《とどろ》かし |耳《みみ》さわがしき|雨館《あめやかた》
|皇大神《すめおほかみ》を|斎《まつ》りたる |奥《おく》の|一間《ひとま》に|瑞月《ずゐげつ》が
|安全椅子《あんぜんいす》に|横臥《わうぐわ》して |瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|由緒《ゆかり》ある
|三十三巻《さんじふさんくわん》|物語《ものがたり》 |完全《うまら》に|委曲《つばら》に|述《の》べ|立《た》つる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|待《ま》ちに|待《ま》ちたる|霊界《れいかい》の |三十《みづ》の|三巻《みまき》の|物語《ものがたり》
|皇大神《すめおほかみ》の|道《みち》の|為《ため》 |世人《よびと》の|為《ため》に|三五《あななひ》の
|教《のり》の|蘊奥《おくが》を|説《と》き|諭《さと》す |此《この》|真心《まごころ》を|諾《うべ》なひて
|神《かみ》の|教《をしへ》は|日《ひ》に|月《つき》に |茂《しげ》り|栄《さか》えてどこ|迄《まで》も
|道《みち》の|柱《はしら》となさしめよ |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|神《かみ》の|言葉《ことば》は|何時《いつ》までも |天地《てんち》の|続《つづ》く|其《その》|限《かぎ》り
|月日《つきひ》と|共《とも》に|変《かは》らまじ |天地《あめつち》|開《ひら》けし|初《はじ》めより
|天津神《あまつかみ》|達《たち》|八百万《やほよろづ》 |国津神《くにつかみ》|達《たち》|八百万《やほよろづ》
|中《なか》にも|分《わ》けて|国治立《くにはるたち》の |神《かみ》の|命《みこと》の|御来歴《ごらいれき》
|其《その》|外《ほか》|殊《こと》に|御功績《みいさを》の |著《いちじる》しきを|選《よ》り|集《あつ》め
|雲霧《くもきり》|分《わ》けて|瑞月《ずゐげつ》が |宇宙《うちう》の|外《そと》に|立《た》ち|乍《なが》ら
|松雲太夫《しよううんだいふ》に|筆《ふで》とらせ とく|物語《ものがたり》|永久《とことは》に
|五六七《みろく》の|御世《みよ》の|末《すゑ》までも |照《て》らさせ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる。
|蒼空《さうくう》|一点《いつてん》の|雲影《うんえい》もなく |天津日《あまつひ》は|東天《とうてん》に
|高山《かうざん》の|頂《いただ》きを|掠《かす》めて |昇《のぼ》らせ|玉《たま》ひ
|平和《へいわ》の|輝《かがや》きを |地上《ちじやう》に|投《な》げ|玉《たま》ひ
|涼《すず》しき|風《かぜ》は |天然《てんねん》の|音楽《おんがく》を|奏《そう》し
|山野《さんや》の|樹木《じゆもく》は |惟神的《かむながらてき》に|競《きそ》うて|舞踏《ぶたう》をなす
|蝶《てふ》は|翩翻《へんぽん》として |心地《ここち》よげに|飛《と》びまはり
|魚《さかな》は|溌溂《はつらつ》として |清泉《せいせん》に|躍《をど》る
|実《げ》に|名《な》にし|負《お》ふ|高砂島《たかさごじま》の |瑞祥《ずゐしやう》を、|目《ま》の|前《あた》り
|天地《あめつち》|四方《よも》に|現《あら》はしぬ |今日《けふ》はしも|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》
|天降《あまくだ》り|玉《たま》ひて アルゼンチンの|珍《うづ》の|神館《かむやかた》に
|出《い》でさせ|玉《たま》ひ |八人乙女《やたりをとめ》の|末《すゑ》の|御子《みこ》
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|花《はな》の|春《はる》 |一度《いちど》に|開《ひら》く|木《こ》の|花《はな》の
|莟《つぼみ》の|上《うへ》におく|露《つゆ》も いとすがすがしげに|見《み》えにける。
|三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》 |竜《たつ》の|腮《あぎと》の|球《きう》の|玉《たま》
|其《その》|神徳《しんとく》を|身《み》に|受《う》けて |救《すく》ひの|神《かみ》と|輝《かがや》ける
|国依別《くによりわけ》の|神司《かむつかさ》を |珍《うづ》の|都《みやこ》の|主《あるじ》とし
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》に|娶《めあ》はして |千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|高砂《たかさご》の
ほまれを|四方《よも》に|伝《つた》へむと |心《こころ》|欣々《いそいそ》|大神《おほかみ》は
|今《いま》さし|昇《のぼ》る|天津日《あまつひ》に |向《むか》つて|両手《りやうて》を|合《あは》せつつ
|祈《いの》り|玉《たま》ふぞ|尊《たふと》けれ。
|愈《いよいよ》|結婚《けつこん》の|式《しき》は|今宵《こよひ》と|差迫《さしせま》り、|松若彦《まつわかひこ》、|捨子姫《すてこひめ》は|数多《あまた》の|神司《かむづかさ》を|初《はじ》め、|信徒《しんと》を|使役《しえき》して、|今夜《こんや》の|慶事《けいじ》の|準備《じゆんび》|万端《ばんたん》に|全力《ぜんりよく》を|注《そそ》ぎ、|何《いづ》れも|甲斐々々《かひがひ》しく|東奔西走《とうほんせいさう》して、|喜色《きしよく》|満面《まんめん》にあらはれ、|上下《しやうか》|一致《いつち》、|手《て》の|舞《ま》ひ|足《あし》の|踏《ふ》む|所《ところ》を|知《し》らず、|吾《われ》を|忘《わす》れて|大活動《だいくわつどう》をなせる|折柄《をりから》、|此《この》|慶事《けいじ》を|少《すこ》しも|祝《しゆく》せざるのみか、|体主霊従《たいしゆれいじう》の|限《かぎ》りを|尽《つく》し|来《きた》りし|国依別《くによりわけ》が、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|生娘《うぶむすめ》、|末子姫《すゑこひめ》に|娶《めあ》ひて、|清《きよ》き|御魂《みたま》を|混濁《こんだく》し、|折角《せつかく》ここ|迄《まで》|造《つく》り|上《あ》げた|高砂島《たかさごじま》の|瑞祥《ずゐしやう》を|黒白《あやめ》も|分《わか》ぬ|暗《やみ》の|夜《よ》に|覆《くつが》へさむは|目《ま》の|前《あた》り、|神《かみ》の|御為《おんため》|世《よ》の|為《ため》に、|飽《あ》く|迄《まで》も|之《これ》を|拒《こば》み|遮《さへぎ》り|破約《はやく》せしめむと、|夜叉《やしや》の|勢《いきほひ》|凄《すさま》じく、|彼方《かなた》|此方《こなた》と|駆巡《かけめぐ》り、|目《め》を|釣《つ》り|上《あ》げ、|顔《かほ》を|赤《あか》らめ、|口《くち》を|尖《とが》らせて|運《はこ》ぶ|歩《あゆ》みも|荒々《あらあら》しく、|今夜《こんや》の|準備《じゆんび》に|目《め》のまはる|程《ほど》|多忙《たばう》をきはめ|居《ゐ》たる|松若彦《まつわかひこ》が|館《やかた》を|叩《たた》き、|慌《あわ》ただしく|入《い》り|来《きた》るは|例《れい》の|高姫《たかひめ》さまであつた。|高姫《たかひめ》は|門口《かどぐち》より|尖《とが》つた|声《こゑ》で、
|高姫《たかひめ》『|御免《ごめん》なさいませ……|私《わたし》は|皆《みな》さまに|憎《にく》まれ|者《もの》の|名《な》を|取《と》つた|身魂《みたま》の|悪《わる》い|高姫《たかひめ》で|御座《ござ》います。|急々《きふきふ》お|目《め》にかかつて|申上《まをしあ》げたい|事《こと》が|御座《ござ》いますから、どうぞ|松若彦《まつわかひこ》|様《さま》に|少時《しばらく》で|宜《よろ》しいから、|御目《おめ》にかかりたう|御座《ござ》います。どうぞ|御取次《おとりつぎ》を|願《ねが》ひます』
とエライ|権幕《けんまく》で|呼《よば》はつて|居《ゐ》る。カールは|此《この》|声《こゑ》に|表《おもて》へ|駆出《かけい》で、
カール『これはこれは、|貴《たふと》き|高姫《たかひめ》さまで|御座《ござ》いましたか。よくマア|御入来《ごじゆらい》、|何《なん》の|用《よう》かは|存《ぞん》じませぬが、|今日《けふ》は|貴方《あなた》も|御聞《おきき》|及《およ》びの|通《とほ》り、|瑞月祥日《ずゐげつしやうじつ》と|申《まを》しまして、アルゼンチン|開《ひら》けて|以来《このかた》、|又《また》とない|結構《けつこう》な|御日柄《おひがら》で|御座《ござ》います。|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り、|一片《いつぺん》の|雲影《うんえい》もなき|青空《あをぞら》に、|天津日《あまつひ》の|大神様《おほかみさま》は|赫々《かくかく》として|輝《かがや》かせ|玉《たま》ひ、|夜《よ》は|三五《さんご》の|明月《めいげつ》、|銀玉《ぎんぎよく》を|空《そら》に|懸《か》けたる|如《ごと》き|瑞祥《ずゐしやう》の|今日《こんにち》、イヤもう|目出《めで》たうて|目出《めで》たうて、|鶴《つる》は|千年《せんねん》、|亀《かめ》は|万年《まんねん》、|東方朔《とうはうさく》は|九千年《きうせんねん》、|三浦《みうら》の|王統家《わうすけ》|五千歳《ごせんざい》、|三千年《さんぜんねん》の|御仕組《おしぐみ》の|一厘《いちりん》の|花《はな》も|開《ひら》きそめ、|目出《めで》たいの|目出《めで》たくないのつて、|何《なに》を|仰有《おつしや》つても、|今日《けふ》に|限《かぎ》つてグサグサした|言葉《ことば》はテンと|耳《みみ》には|這入《はい》りませぬ。|御用《ごよう》があれば|更《あらた》めて|明日《あす》|承《うけたま》はりますから、どうぞ|今日《けふ》は|早《はや》く|御帰《おかへ》り|遊《あそ》ばし、|貴方《あなた》も|御結婚《ごけつこん》の|準備《じゆんび》の|御手伝《おてつだひ》に|御殿《ごてん》へお|上《あが》り|下《くだ》さいませ。さぞ|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》が|御待《おま》ちかねで|御座《ござ》いませうぞえ』
|高姫《たかひめ》『コレコレ、カール|殿《どの》、お|前《まへ》に|話《はな》さうと|思《おも》つて|来《き》たのぢやない。|主人《しゆじん》の|松若彦《まつわかひこ》に|意見《いけん》をしようと|思《おも》うて|来《き》たのですよ。|主人《しゆじん》にも|取次《とりつ》がず、|僣越至極《せんゑつしごく》にも|門前払《もんぜんばら》ひをくらはすとはチト|脱線《だつせん》ぢやありますまいか。|又《また》|此《この》|高姫《たかひめ》に|対《たい》し、|早《はや》く|御殿《ごてん》へ|上《あが》り、|御手伝《おてつだ》ひをせよと|仰有《おつしや》つたやうだが、そんな|命令《めいれい》を|下《くだ》すお|前《まへ》に、ヘン、|権利《けんり》がありますかい。グヅグヅして|居《ゐ》ると、|日《ひ》が|暮《く》れます。さうすりやサツパリ|後《あと》の|祭《まつ》り、サアもうお|前《まへ》さまに|係《かか》り|合《あ》つて|居《を》つては、|事《こと》が|遅《おく》れる。エヽそこ|退《どか》つしやれ』
カール『コレコレ|高姫《たかひめ》さま、|貴方《あなた》は|強行的《きやうかうてき》|家宅侵入《かたくしんにふ》をするのですか、|法律《はふりつ》を|心得《こころえ》てゐますかなア』
|高姫《たかひめ》『エヽ|小癪面《こしやくづら》をさげて、|法律《はふりつ》の|糞《くそ》のて、|何《なに》を|言《い》ふのだ。|法律《はふりつ》は|死物《しぶつ》だ、|生《い》きた|人間《にんげん》が|之《これ》を|使《つか》へば|活《い》きるが、お|前《まへ》のやうなデモ|法律家《はふりつか》が|何《なに》を|吐《ほざ》いたつて、|三文《さんもん》の|価値《かち》もありませぬぞや。それだから|神様《かみさま》が|法律《はふりつ》を|変《か》へるぞよと|仰有《おつしや》るのだよ』
カール『|高姫《たかひめ》さま|余《あんま》り|馬鹿《ばか》にして|下《くだ》さるな。これでも|赤門出《あかもんで》のチヤキチヤキの|法学士《はふがくし》、|而《しか》も|優等《いうとう》で|出《で》たカールさまだよ。|余《あんま》り|馬鹿《ばか》にして|貰《もら》ひますまいかい。やがて|博士《はかせ》の|称号《しやうがう》が|下《さが》らむとしてゐる|所《ところ》だ』
|高姫《たかひめ》『|博士《はかせ》が|聞《き》いて|呆《あき》れますぞえ、お|前《まへ》のは|博士《はかせ》でなうて、バカセだ。|昔《むかし》はハカセとよんだが|今《いま》はハクシと|読《よ》むのだよ。|読方《よみかた》も|知《し》らぬような|法学士《はふがくし》が|何《なん》になるか、|法学士《はふがくし》でなうて、|方角《はうがく》|知《し》らずと|云《い》ふ|馬鹿者《ばかもの》だらう。|薄志弱行《はくしじやくかう》の|徒《と》|計《ばか》りが|集《あつ》まつて|居《ゐ》るから、|今《いま》ではハクシといふのだ。|白紙《はくし》|主義《しゆぎ》と|云《い》うて、|白紙《はくし》の|様《やう》な|清《きよ》い|精神《せいしん》なればまだしもだが、|真黒々助《まつくろくろすけ》の|濁《にご》つた|魂《たましひ》で、|法学士《はふがくし》も|博士《はくし》もあつたものかいな。|法律《はふりつ》を|殺《ころ》して|皆《みな》|墓《はか》へ|埋《うづ》めるのだから、ハカセと|昔《むかし》は|云《い》つたのだ。|此《この》|頃《ごろ》は|松若彦《まつわかひこ》さまの|庭先《にはさき》に|立《た》つて、|箒《はうき》を|以《もつ》て|庭掃《にはは》かせになるとこだと|云《い》つて|威張《ゐば》つて|居《ゐ》るのだらう。|何程《なにほど》|箒《はうき》(|法規《はふき》)が|立派《りつぱ》でも、|神様《かみさま》の|自然《しぜん》の|憲法《けんぱふ》には|抵抗《ていかう》することは|出来《でき》ますまい。|法律《はふりつ》と|云《い》ふものは|其《その》|源《みなもと》を|神界《しんかい》の|憲法《けんぱふ》に|発《はつ》して|居《ゐ》るのだ。|其《その》|元《もと》を|掴《つか》んだ|日本魂《やまとだましひ》の|生粋《きつすゐ》の|高姫《たかひめ》に|対《たい》し、|何程《なにほど》|弁護士《べんごし》もどきに|滔々《たうたう》と|懸河《けんが》の|弁《べん》を|揮《ふる》つても|駄目《だめ》ですよ。|舌端《ぜつたん》|火《ひ》を|吐《は》き、|炎《ほのほ》を|吹《ふ》いて|高姫《たかひめ》を|煙《けむり》にまき、|追《お》ひ|帰《かへ》さうと|思《おも》つても、いつかないつかな|日《ひ》の|出神《でのかみ》の…オツトドツコイ……|日《ひ》の|出《で》る|様《やう》な|勢《いきほひ》でも、|只《ただ》|一口《ひとくち》ジユンと|水《みづ》を|注《さ》したら、|忽《たちま》ち|消滅《せうめつ》して|了《しま》ふ|様《やう》な|屁理屈《へりくつ》を|云《い》ふものぢやありませぬぞえ。それだから、|人間《にんげん》の|作《つく》つた|不完全《ふくわんぜん》な|学問《がくもん》は|駄目《だめ》だと|云《い》ふのですよ。『|学《がく》ありたとて、|知慧《ちゑ》ありたとて、|神界《しんかい》の|仕組《しぐみ》は|人民《じんみん》では|分《わか》るものではないぞよ』と|此《この》|世《よ》の|根本《こつぽん》を|御造《おつく》り|遊《あそ》ばした|大先祖《おほせんぞ》の|国治立命《くにはるたちのみこと》|様《さま》が|仰《あほせ》られて|御座《ござ》るぢやありませぬか。|其《その》|大神様《おほかみさま》の|片腕《かたうで》となつて|御手伝《おてつだ》ひ|申《まを》す|身魂《みたま》の|云《い》ふことを、|揚《あ》げ|面《づら》して|聞《き》くと|云《い》ふやうな|不都合千万《ふつがふせんばん》の|罰当《ばちあた》りが、どこにありますか。エーエ|面倒《めんだう》|臭《くさ》い、|家宅侵入《かたくしんにふ》だらうが、|何《なん》だらうが、そんな|事《こと》を|構《かま》うてゐる|暇《ひま》がない、カールさますつこんでゐなさい』
|斯《か》く|争《あらそ》ふ|所《ところ》へ、|松若彦《まつわかひこ》は|慌《あわ》ただしく、|何事《なにごと》ならむと|奥《おく》の|間《ま》より|走《はし》り|来《きた》り、
|松若彦《まつわかひこ》『ヤア|貴方《あなた》は|高姫《たかひめ》|様《さま》、|何御用《なにごよう》か|存《ぞん》じませぬが、なることならば|明日《みやうにち》、どうぞ|御訪《おたづ》ね|下《くだ》さいませ。|万一《まんいち》|御都合《ごつがふ》が|悪《わる》ければ、|私《わたくし》の|方《はう》から|明日《みやうにち》|更《あらた》めて|御伺《おうかが》ひ|致《いた》す|考《かんが》へで|御座《ござ》いますから……』
|高姫《たかひめ》『|間髪《かんぱつ》を|容《い》れざる|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|今日《こんにち》の|場合《ばあひ》、そんな|暢気《のんき》な|事《こと》を|云《い》つて|居《を》られませぬ。|何《なん》でもかでも、お|前《まへ》が|発頭人《ほつとうにん》だから、ここで|一《ひと》つ|生命《いのち》に|代《か》へても|往生《わうじやう》させねばならぬ|大問題《だいもんだい》が|差迫《さしせま》つて|来《き》て|居《を》ります。|後《あと》の|後悔《こうくわい》は|間《ま》に|合《あ》ひませぬからなア』
|松若彦《まつわかひこ》『これはこれは|何《なん》の|御用《ごよう》かと|思《おも》へば、|大変《たいへん》な|急用《きふよう》との|御話《おはなし》、そんなら|私《わたし》も|結婚《けつこん》の|準備《じゆんび》に|付《つ》いて、|何《なに》かと|繁忙《はんばう》をきはめ、|只今《ただいま》|言依別《ことよりわけ》|様《さま》の|御館《おやかた》へ|出仕《しゆつし》する|所《ところ》で|御座《ござ》いましたが、|僅《わづか》|五分間《ごふんかん》だけ|繰合《くりあは》せまして|御話《おはなし》を|承《うけたま》はりませう』
|高姫《たかひめ》『|別《べつ》に|五分間《ごふんかん》もかかりませぬ。お|前《まへ》さまが|高姫《たかひめ》の|云《い》ふことを……ウンさうか、|御尤《ごもつと》も……と|首《くび》を|縦《たて》に|一《ひと》つふりさへすれば、それで|万事《ばんじ》|解決《かいけつ》がつくのだ』
|松若彦《まつわかひこ》は|言依別《ことよりわけ》、|国依別《くによりわけ》、|竜国別《たつくにわけ》より|昨夜《さくや》の|高姫《たかひめ》の|妨害《ばうがい》|運動《うんどう》を|早《はや》くも|聞《き》かされてゐたので、テツキリ、|此《この》|事《こと》ならむと|早合点《はやがつてん》し、
|松若彦《まつわかひこ》『|高姫《たかひめ》さま……|如何《いか》にも|御尤《ごもつと》も、|仰有《おつしや》る|通《とほ》りに|致《いた》します……ウンウン……』
ガクリガクリと|首《くび》を|縦《たて》にふり、
|松若彦《まつわかひこ》『|左様《さやう》なら……』
と|言《い》つたきり、|足早《あしばや》に|裏口《うらぐち》よりぬけ|出《いだ》し、|言依別命《ことよりわけのみこと》の|館《やかた》を|指《さ》して、|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げて|行《ゆ》く。
|高姫《たかひめ》『コレ……|松《まつ》、ワヽ|若《わか》、ヒヽ|彦《ひこ》|何《なに》をビコビコとしてゐるのだ。|奥《おく》の|間《ま》にかくれて|居《を》つても、|埒《らち》はあきませぬぞえ。……ヤツパリ|気《き》が|咎《とが》めると|見《み》えて、|蒟蒻《こんにやく》のやうにビリビリふるつて、|奥《おく》の|間《ま》に|隠《かく》れたのだな。|蚤《のみ》が|蒲団《ふとん》の|縫目《ぬひめ》に|頭《あたま》|計《ばか》り|隠《かく》して、|尻《しり》を|出《だ》しとるやうな、アザとい|事《こと》をしたつて|駄目《だめ》ですよ。|今日《けふ》は|奥《おく》の|手《て》の、とつときの|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》を|現《あら》はして|侵入《しんにふ》しますぞ。|今日《けふ》は|肉体《にくたい》の|高姫《たかひめ》では|御座《ござ》いませぬぞ。|改《あらた》めてカールさま、|念《ねん》|押《お》しておくから、|後《あと》で|刑法《けいはふ》だの、|民法《みんぽふ》だのと|小言《こごと》を|云《い》うて|下《くだ》さるなや』
と|云《い》ひながら|奥《おく》の|間《ま》さして|足音《あしおと》|高《たか》くかけ|込《こ》んだ。|見《み》れば|松若彦《まつわかひこ》の|影《かげ》もない。
|高姫《たかひめ》『ハテ、どこへ|隠《かく》れたか』
と|言《い》ひつつ、|窓《まど》をガラリと|開《あ》けて|外面《そと》を|眺《なが》むれば、|松若彦《まつわかひこ》は|一生懸命《いつしやうけんめい》、|裏道《うらみち》を|尻《しり》ひつからげて、どこかを|指《さ》して|走《はし》り|行《ゆ》く|姿《すがた》が|見《み》えた。|高姫《たかひめ》は|地団駄《ぢだんだ》ふんで|悔《くや》しがり、
|高姫《たかひめ》『エヽ|卑怯《ひけふ》|未練《みれん》な|松若彦《まつわかひこ》、|彼奴《あいつ》を|往生《わうじやう》させねば|此《この》|世《よ》はサツパリ|泥海《どろうみ》だ。|千騎一騎《せんきいつき》の|神界《しんかい》の|御用《ごよう》だ』
と|云《い》ひながら、|裏口《うらぐち》あけて|松若彦《まつわかひこ》が|後《あと》をトントントンと|追《お》つかけて|行《ゆ》く。
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
第二章 |灰猫婆《はひねこばば》〔九一七〕
カールは|高姫《たかひめ》の|無遠慮《ぶゑんりよ》にも|奥《おく》の|間《ま》にかけこみしを|怒《いか》り|乍《なが》ら、|自分《じぶん》も|奥《おく》の|間《ま》に|到《いた》つて|見《み》れば、|豈計《あにはか》らむや、|松若彦《まつわかひこ》、|高姫《たかひめ》の|姿《すがた》が|見《み》えない。ふと|開《あ》け|放《はな》つた|窓《まど》より|外《ほか》を|覗《のぞ》き|見《み》れば、|一丁《いつちやう》|許《ばか》り|距離《きより》を|保《たも》つて、|二人《ふたり》はマラソン|競走《きやうそう》の|真最中《まつさいちう》であつた。
カール『|何《なん》とマア、|我《が》の|強《つよ》い|婆《ばば》アだなア! |後《あと》|追《お》つかけて|引《ひ》つ|掴《つか》まへ、|散々《さんざん》に|懲《こ》らしめてやりたいは|山々《やまやま》だが、|俺《おれ》が|今《いま》ここを|飛出《とびだ》せば、サツパリ|不在《るす》となつて|了《しま》ふ。あれ|丈《だけ》|距離《きより》を|保《たも》つて|居《ゐ》る|以上《いじやう》は、ヨモヤ|追《お》つ|着《つ》きはせまい。|其《その》|間《あひだ》に|松若彦《まつわかひこ》|様《さま》はどつかへ|隠《かく》れられるだらう。|俺《おれ》も|臨時《りんじ》|留守番《るすばん》を|頼《たの》まれて|来《き》た|以上《いじやう》は|一刻《いつこく》の|間《あひだ》も、|此《この》|家《や》を|空《から》にしておく|訳《わけ》には|行《ゆ》くまい。アヽ|残念《ざんねん》だ……』
と|呟《つぶや》き|乍《なが》ら、|玄関口《げんくわんぐち》に|帰《かへ》つて|来《き》た。そこへ|慌《あわ》ただしく|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》の|両人《りやうにん》、|駆《か》け|来《きた》り、
|常彦《つねひこ》『ヤア|是《これ》はカールさまですか。|一寸《ちよつと》|御尋《おたづ》ね|致《いた》しますが、ウチの|高姫《たかひめ》さまは|御越《おこ》しにはなりませぬか』
カール『ハイ、お|越《こ》しか|怒《おこ》りか|知《し》りませぬが、|随分《ずゐぶん》に|妙《めう》な|事《こと》が|起《おこ》りましたよ。|今《いま》|裏《うら》の|広道《ひろみち》で、|松《まつ》の|木《き》と|鷹《たか》とのマラソン|競走《きやうそう》が|行《おこな》はれて|居《ゐ》ますワイ』
|春彦《はるひこ》『|鷹《たか》は|羽《はね》があつて|空中《くうちう》を|翔《かけ》るでせうが、|松《まつ》が|走《はし》るとはチツト|合点《がつてん》が|往《ゆ》かぬぢやありませぬか』
カール『|今日《けふ》は|余《あま》りお|目出《めで》たい|日《ひ》だから、|山川草木《さんせんさうもく》|皆《みな》|踊《をど》り|狂《くる》うて、|喜《よろこ》んでゐます。|私《わたくし》だつて|常彦《つねひこ》……オツトドツコイ、|常《つね》の|日《ひ》とは|違《ちが》ひ、|春彦《はるひこ》……|又《また》|違《ちが》うた……|春《はる》の|花《はな》|咲《さ》くやうな|陽気《やうき》な|気《き》になつて、|勇《いさ》んで|居《を》ります。|常《つね》は|尻《しり》の|重《おも》い|私《わたし》でも、|今日《けふ》は|何《なん》となしに|気《き》もカール、|足《あし》もカールになりました。アハヽヽヽ』
|常彦《つねひこ》『それはさうと、|私方《わたしかた》の|大将《たいしやう》、|高姫《たかひめ》さまは|如何《どう》なりましたか』
カール『どうも|斯《か》うもなりませぬワイ』
|春彦《はるひこ》『お|出《い》でになつたか、ならぬか、ハツキリ|言《い》つて|下《くだ》さいな』
カール『ハイ、お|這入《はい》りになりまして、すぐ|裏口《うらぐち》から|御出《おで》になりました。|大島《おほしま》が|入口《いりぐち》、|出口《でぐち》が|元《もと》で、|竜宮館《りうぐうやかた》が|高天原《たかあまはら》と|定《さだ》まりたぞよ。アツハヽヽヽ』
|常彦《つねひこ》『まるでキツネ|彦《ひこ》が|狐《きつね》にだまされたやうな|心持《こころもち》になつて|来《き》た』
カール『|松若彦《まつわかひこ》の|世《よ》になるぞよ、|末広《すゑひろ》き|末子姫《すゑこひめ》、|国依別命《くによりわけのみこと》と|今夜《こんや》は、|愈々《いよいよ》|夫婦《ふうふ》におなり|遊《あそ》ばすぞよ、|霊《みたま》と|霊《みたま》の|因縁《いんねん》が|寄合《よりあ》うて、|此《こ》の|身魂《みたま》は|此《この》|身魂《みたま》、あの|身魂《みたま》はあの|身魂《みたま》、これとこれと|夫婦《めをと》、あれとあれと|夫婦《めをと》と、|身魂《みたま》の|因縁《いんねん》|性来《しやうらい》を|検《あらた》めて、|結婚《けつこん》な|結婚《けつこん》な|結婚式《けつこんしき》が|今晩《こんばん》は|始《はじ》まり、|高砂《たかさご》や|此《この》|浦舟《うらぶね》に|帆《ほ》をあげて、と|云《い》ふ|所《ところ》だアハヽヽヽ。イヤもう|目出《めで》たいの、|目出《めで》たうないのつて、|開闢《かいびやく》|以来《いらい》の|御目出《おめで》たさだ……コレ|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》、|御両人《ごりやうにん》、お|前《まへ》さま|達《たち》は|何《なん》と|心得《こころえ》ますか』
|常彦《つねひこ》『|本当《ほんたう》に|結構《けつこう》な|事《こと》ですなア。|併《しか》し|乍《なが》ら|結構《けつこう》だとは|申《まを》されませぬワイ……ナア|春彦《はるひこ》、|一寸《ちよつと》|面倒《めんだう》いからなア』
カール『あなた|方《がた》|御両人《ごりやうにん》は、|今度《こんど》の|結婚《けつこん》が|御気《おき》に|容《い》らないのですか』
|常彦《つねひこ》『イエイエどうしてどうして、|大賛成《だいさんせい》です。|併《しか》し|乍《なが》ら|夜前《やぜん》も、|夜中時分《よなかじぶん》に|高姫《たかひめ》さまに|叩《たた》き|起《おこ》され……お|前《まへ》の|感想《かんさう》はどうだ……と|尋《たづ》ねられたので、|国依別《くによりわけ》さまもエライ|人《ひと》だと|思《おも》うて|居《を》つたがヤツパリ|偉《えら》い|御方《おかた》だと、うつかり|蝶《しやべ》つた|所《ところ》、それはそれはエライ|権幕《けんまく》で|大変《たいへん》な|不機嫌《ふきげん》でした。それから|高姫《たかひめ》さまは|夜《よ》の|明《あ》ける|迄《まで》|一目《ひとめ》も|寝《ね》ず、|奥《おく》の|間《ま》でブツブツと|独言《ひとりごと》を|云《い》つて|言依別《ことよりわけ》がどうの、|松若彦《まつわかひこ》がどうのと、ハツキリは|分《わか》らぬが、|大変《たいへん》にこぼしてゐました。|私《わたくし》も|夜明《よあ》け|前《まへ》になつてからグツと|寝《ね》て|了《しま》ひ、|目《め》をあけて|見《み》れば、|高姫《たかひめ》さまのお|姿《すがた》が|見《み》えない、コリヤ|大方《おほかた》、|松若彦《まつわかひこ》|様《さま》の|御宅《おたく》へ|出《で》て|来《き》て、|又《また》もや|生《うま》れつきの|持病《ぢびやう》を|起《おこ》し、|鉈理屈《なたりくつ》をこねて|困《こま》らせてゐるに|違《ちが》ひない、こんな|目出《めで》たい|事《こと》にケチつけてはたまらないから、|何《なん》とか|吾々《われわれ》|両人《りやうにん》が、|高姫《たかひめ》さまに|出会《であ》つて、|御意見《ごいけん》を|申《まを》したいとの|一心《いつしん》から、|手水《てうづ》もつかはず、|朝飯《あさめし》も|食《く》はず、|周章狼狽《しうしやうらうばい》、|取《と》る|物《もの》も|取《と》りあへず|此処《ここ》まで|駆《か》けつけた|次第《しだい》で|御座《ござ》いますワイ』
|春彦《はるひこ》『|本当《ほんたう》に|困《こま》つたお|婆《ばば》アですワイナ。|私《わたし》も|永《なが》らく|自転倒島《おのころじま》から|此処《ここ》までついて|来《き》ましたが、それはそれは|随分《ずゐぶん》でしたよ』
カール『アハヽヽヽ、ずいぶんジヤジヤ|馬《うま》ですなア。|併《しか》し|乍《なが》らあの|儘《まま》にして|置《お》いたら、|此《こ》の|目出《めで》たいお|日柄《ひがら》を|目出《めで》たくない|様《やう》な|事《こと》に|潰《つぶ》して|了《しま》ふか|分《わか》りませぬから、コリヤ|斯《か》うしては|居《を》られますまい……|常彦《つねひこ》さま、お|前《まへ》はここの|留守《るす》をして|居《ゐ》て|下《くだ》さい。|私《わたし》は|松若彦《まつわかひこ》|様《さま》の|後《あと》を|追《お》つて|行《い》く、|春彦《はるひこ》は|高姫《たかひめ》さまの|後《あと》を|追《お》つて|行《ゆ》くと|云《い》ふ|事《こと》にしてカール、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》が|第二《だいに》のマラソンをつづけませうかい』
|常彦《つねひこ》『|何分《なにぶん》|宜《よろ》しう|頼《たの》みますよ……カールさま、|春彦《はるひこ》さま、サア|早《はや》く|往《い》つて|下《くだ》さい。キツト|捨子姫《すてこひめ》|様《さま》か、|言依別《ことよりわけ》|様《さま》の|御宅《おたく》に|間違《まちが》ひないから……』
|両人《りやうにん》は「|合点《がつてん》だ」と|尻《しり》ひつからげ、|裏口《うらぐち》より|大股《おほまた》に|大地《だいち》をドンドンドンと|威喝《ゐかつ》させ|乍《なが》ら、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|駆出《かけだ》した。
|二人《ふたり》は|二三丁《にさんちやう》|許《ばか》り|駆出《かけだ》した。そこには|横幅《よこはば》|三間《さんげん》|許《ばか》りの|深《ふか》い|川《かは》が|流《なが》れてゐる。さうして|丸木橋《まるきばし》が|架《かか》つて|居《ゐ》た。|川《かは》は|深《ふか》い|割《わり》には|水《みづ》は|少《すくな》く、ほとんど|向脛《むかふずね》の|半分《はんぶん》|許《ばか》り|没《ぼつ》する|位《くらゐ》な|浅《あさ》き|流《なが》れであつた…………フト|見《み》れば|一本橋《いつぽんばし》は|脆《もろ》くも|落《おと》され、|高姫《たかひめ》は|川底《かはそこ》に|大《だい》の|字《じ》となつて、フン|伸《の》びてゐる。これは|松若彦《まつわかひこ》が|高姫《たかひめ》の|追《お》ひ|来《きた》るのを|防《ふせ》がむ|為《ため》に、|臨時《りんじ》に|一本橋《いつぽんばし》を|落《おと》しておいたのである。|高姫《たかひめ》は|頭《あたま》を|前《まへ》にして、|力一杯《ちからいつぱい》|走《はし》つて|来《き》た|其《その》|惰力《だりよく》で、|俄《にはか》に|立《たち》とまる|事《こと》を|得《え》ず、|止《や》むを|得《え》ず、|橋《はし》なき|川《かは》と|知《し》り|乍《なが》ら、|落込《おちこ》んで|了《しま》つたのであつた。|二人《ふたり》は、
『ヤア、コリヤ|大変《たいへん》だ』
と|辛《から》うじて|川《かは》に|下《お》りたち、|高姫《たかひめ》の|人事不省《じんじふせい》となつてゐる|体《からだ》を|引《ひつ》かたげ|高姫《たかひめ》の|臨時館《りんじやかた》へ|送《おく》り|届《とど》け、いろいろと|介抱《かいほう》をし、|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し、|鎮魂《ちんこん》を|施《ほどこ》した。|漸《やうや》くにして|高姫《たかひめ》は|息《いき》を|吹《ふ》き|返《かへ》し、あたりをキヨロキヨロ|眺《なが》めてゐる。
カール『モシモシ|高姫《たかひめ》さま、お|気《き》がつきましたか、|大変《たいへん》なお|危《あぶ》ないこつて|御座《ござ》いました。マアマア|私《わたし》や|春彦《はるひこ》、|両人《りやうにん》が、|後《あと》から|従《つ》いてゐたものだから、あなたの|貴重《きちよう》な|命《いのち》が|御助《おたす》かり|遊《あそ》ばし、こんな|目出《めで》たい|事《こと》は|御座《ござ》いませぬワイ』
|高姫《たかひめ》『ハイ、それは|有難《ありがた》う|御座《ござ》います……と|御礼《おれい》を|申《まを》したらお|前《まへ》さまのスツカリ|壺《つぼ》にはまるだらうが、ヘンさうは|往《ゆ》きませぬぞや。|何《なん》だか|後《あと》から|人《ひと》が|突《つ》くやうに|走《はし》つたと|思《おも》うて|居《を》つたら、カール、お|前《まへ》は|私《わたし》の|後《あと》を|追《お》つかけて|来《き》て、あの|丸木橋《まるきばし》の|下《した》へ|突込《つつこ》んだのだな。|此《この》|高姫《たかひめ》だとて|橋《はし》のない|川《かは》を|渡《わた》らうとするやうな|馬鹿《ばか》ぢやありませぬワ。|何《なん》だか|余《あま》り|後《あと》から|突《つ》きよつたものだから、とうとう|其《その》|勢《いきほ》ひに|落込《おちこ》んで|了《しま》つたのだ。あんな|深《ふか》い|川《かは》へはまつたのが|分《わか》つたと|云《い》ふのは|怪《あや》しいぢやないか、お|前《まへ》は|松若彦《まつわかひこ》の|御贔屓《ごひいき》を|志《し》て、|私《わたし》を|突《つ》きはめたのだらう。オツホヽヽヽ、|悪《あく》を|企《たく》んでも|忽《たちま》ち|露《あら》はれませうがな』
|春彦《はるひこ》『|高姫《たかひめ》さま|余《あま》りぢやありませぬか、|現《げん》に|私《わたし》が|証拠人《しようこにん》です。|折角《せつかく》|命《いのち》を|助《たす》けて|貰《もら》ひ|乍《なが》ら、|何《なん》と|云《い》ふ|無茶《むちや》な|事《こと》を|仰有《おつしや》るのですか』
|高姫《たかひめ》『オツホヽヽヽ、|同《おな》じ|穴《あな》の|狐《きつね》|同志《どうし》が|同盟《どうめい》して、|甘《うま》い|事《こと》を|仰有《おつしや》いますワい。|何程《なにほど》あの|川《かは》の|様《やう》な|深《ふか》い|企《たく》みをしても、|知慧《ちゑ》の|流《ながれ》が|浅《あさ》いのだから、|直《すぐ》に|底《そこ》が|見《み》えましてな、ホツホヽヽヽ』
カール『|何《なん》とマア|小面憎《こづらにく》い|婆《ばば》アだなア。|俺《おれ》も|最早《もはや》|愛想《あいさう》が|尽《つ》きて|来《き》た』
|高姫《たかひめ》『さうだらう さうだらう、|小面憎《こづらにく》い|婆《ば》アで|愛想《あいさう》がつきたものだから、|突《つ》き|落《おと》したのだな。カールは|口《くち》から、|吾《われ》と|吾《わが》|手《て》に|白状《はくじやう》しましたねエ』
|春彦《はるひこ》『アーア、モウ|情《なさけ》ない……これ、カールさま、どうぞ|私《わたし》に|免《めん》じて、|御腹《おはら》が|立《た》つだらうが|怺《こら》へて|下《くだ》さいや』
|高姫《たかひめ》『コレ|春公《はるこう》、|怺《こら》へてくれと|云《い》ふのは、ソリヤ|見当《けんたう》|違《ちが》ひぢやありませぬか。|大《だい》それた|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》………とも|云《い》ふべき、|此《この》|高姫《たかひめ》をこんな|目《め》に|合《あは》せておいて、なぜ|低頭平身《ていとうへいしん》、おわびをせないのか、チツト|方角《はうがく》|違《ちが》ひぢやありませぬか』
|春彦《はるひこ》『|知《し》りませぬワイ。お|前《まへ》の|様《やう》な|疑《うたが》ひの|深《ふか》い|悪垂《あくた》れ|婆《ばば》アは、|今日《けふ》|限《かぎ》り|絶交《ぜつかう》だ、カールさまに|対《たい》して|申訳《まをしわけ》がないから……|人《ひと》の|命《いのち》を|助《たす》けてやつて、あやまらねばならぬ|法《ほふ》がどこにあるものか、おまけに|吾々《われわれ》が|突《つ》き|落《おと》したなどと、|無理難題《むりなんだい》を|云《い》ふにも|程《ほど》がある』
|高姫《たかひめ》『|謝罪《あやま》らな、あやまらぬでよい。|殺人未遂罪《さつじんみすゐざい》で|告発《こくはつ》するから|其《その》|積《つも》りでゐなさいや』
カール『|高姫《たかひめ》さま、あなたは|余《あま》り|俄《にはか》にあんな|所《ところ》から|転倒《てんたふ》なさつたものだから、|精神《せいしん》が|逆上《ぎやくじやう》してるのでせう。マア|気《き》を|落《お》ち|着《つ》けて|能《よ》く|物《もの》の|道理《だうり》を|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい。|私《わたくし》は|是《これ》から|御暇《おいとま》いたします』
|高姫《たかひめ》『ヘン、|口《くち》と|云《い》ふものは|重宝《ちようはう》なものですなア、|甘《うま》い|事《こと》|云《い》つて|逃《に》げようとしても、|逃《に》がしませぬぞや。|人殺《ひとごろ》し|奴《め》が!』
|春彦《はるひこ》『エヽもう|俺《おれ》も|堪忍袋《かんにんぶくろ》の|緒《を》が|切《き》れた。たとへ|天則違反《てんそくゐはん》になつても、カールさまに|対《たい》して|申訳《まをしわけ》がない、|覚悟《かくご》せい!』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|其処《そこ》にあつた|木株《きかぶ》の|火鉢《ひばち》を|取《と》るより|早《はや》く、|高姫《たかひめ》|目《め》がけてブチつけようとする。|此《この》|時《とき》カールはあわてて、
カール『ヤア|春《はる》さま、まつた まつた』
と|抱《だ》きとめる。|春彦《はるひこ》は、
|春彦《はるひこ》『オイ、カールさま、|構《かま》うてくれな。おりやモウ|死物狂《しにものぐる》ひだ』
と|火鉢《ひばち》を|両手《りやうて》に、|頭上《づじやう》|高《たか》くふり|上《あ》げた|儘《まま》、|目《め》を|怒《いか》らしてゐる。|高姫《たかひめ》は、
|高姫《たかひめ》『ヘン、|春《はる》の|野郎《やらう》、|何《なに》をするのだ。そんな|事《こと》でビクつく|様《やう》な|高姫《たかひめ》ぢやありませぬぞえ。|悪《わる》い|事《こと》をした|言訳《いひわけ》のテレ|隠《かく》しに、そんな|狂言《きやうげん》を、|二人《ふたり》が|腹《はら》を|合《あは》せてやつた|所《ところ》で、|計略《けいりやく》の|奥《おく》の|奥《おく》まで、チヤンと|見《み》えすいた|高姫《たかひめ》、そんな|威喝《ゐかつ》は|駄目《だめ》ですよ。オホヽヽヽ』
|春彦《はるひこ》|益々《ますます》|怒《いか》り、
『モウ|了見《りやうけん》ならぬ』
と|高姫《たかひめ》の|頭《あたま》に|投《な》げつけようとする。カールは|力一杯《ちからいつぱい》|春彦《はるひこ》の|捧《ささ》げた|両手《りやうて》を|握《にぎ》つてとめやうとする。|火鉢《ひばち》はいつの|間《ま》にかひつくり|返《かへ》り、|三人《さんにん》の|頭《あたま》の|上《うへ》は|灰《はい》だらけになり、|真黒《まつくろ》けの|黒猫《くろねこ》になつて、|目《め》も|見《み》えぬ|儘《まま》に|金切声《かなきりごゑ》を|張《は》り|上《あ》げ|掴《つか》み|合《あ》うてゐる。|此《この》|所《ところ》へ|言葉《ことば》も|静《しづか》に、
『|御免《ごめん》なさい』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|門口《かどぐち》の|戸《と》を|開《あ》けて|入《い》り|来《く》る|一人《ひとり》の|立派《りつぱ》な|男《をとこ》ありき。|是《これ》は|言依別命《ことよりわけのみこと》なりける。
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
第三章 |言霊停止《ことたまていし》〔九一八〕
|言依別命《ことよりわけのみこと》は|此《この》|灰《はひ》まぶれ|騒動《さうだう》を|一目《ひとめ》|見《み》て、|顔《かほ》をしかめ|乍《なが》ら、
『モシ|高姫《たかひめ》さま、|言依別《ことよりわけ》で|御座《ござ》います。コリヤまあ|如何《どう》なさいました。カールに|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》さまも|灰《はひ》まぶれぢやないか』
カール『ハイ、さつぱり|灰猫婆《はひねこばば》に|灰《はひ》を|吹《ふ》かれまして、イヤもう|此《この》|通《とほ》り、【ハイ】|北《ぼく》【ハイ】|陣《ぢん》の|為体《ていたらく》で|御座《ござ》います。【ハイ】もうさつぱり、さ【ハイ】が|付《つ》きませぬワイ。どうぞ|御《ご》【ハイ】|慮《りよ》|下《くだ》さいませぬ|様《やう》に、【ハイ】|願《ぐわん》|致《いた》します』
|春彦《はるひこ》『|紅塵万丈《こうぢんばんぢやう》……でなくて、|薩張《さつぱり》【ハイ】|塵万丈《ぢんばんぢやう》な|目《め》にあひました。【ハイ】|神楽《かぐら》の|舞《まひ》を|一《ひと》つ|舞《ま》うて|見《み》ましたが、|何分《なにぶん》|爺《おやぢ》になる|役《やく》が【ハイ】カラですものだから、|薩張《さつぱり》|采《さい》【ハイ】をふり|損《そこな》つて、|灰猫婆《はひねこば》アさまに|咬《か》みつかれました』
|言依別《ことよりわけ》『|何《なん》だか|知《し》らぬが、|大変《たいへん》な|喧嘩《けんくわ》をしたと|見《み》えますな。………|高姫《たかひめ》さま、コリヤ|一体《いつたい》|如何《どう》して|斯《こ》んな|事《こと》が|突発《とつぱつ》したのですか、|何《なに》か|深《ふか》い|事情《じじやう》があるでせう。お|差支《さしつかへ》なくば|其《その》|理由《りいう》を|拝聴《はいちやう》したいものですな』
|高姫《たかひめ》『あのマア|言《こと》さまの|白々《しらじら》しい|事《こと》ワイの。|甘《うま》く|両人《りやうにん》に|言《い》ひ|含《ふく》ませ、|此《この》|婆《ばば》アをこんな|目《め》にあはしておいて、ヘン、そんな|計略《けいりやく》は|最早《もはや》|駄目《だめ》ですよ。|良《い》い|加減《かげん》にお|前《まへ》も|改心《かいしん》をなさいませ。ドハイカラ|奴《め》が……』
|言依別《ことよりわけ》『コレハ コレハ、|思《おも》ひがけなき|高姫《たかひめ》|様《さま》のお|言葉《ことば》……』
|高姫《たかひめ》『|思《おも》ひがけないでせう、それだけ|死際《しにぎは》の|悪《わる》い|高姫《たかひめ》とは、いかなお|前《まへ》でも|思《おも》ひがけなかつたでせう、ホツホヽヽヽ。|憎《にく》まれ|子《ご》|世《よ》に|覇張《はば》る……とか|申《まを》しましてな、|折角《せつかく》|国依別《くによりわけ》が|甘《うま》くドハイカラの|言《こと》さまに|取込《とりこ》み、|今晩《こんばん》は|男蝶女蝶《をてふめてふ》の|花《はな》の|盃《さかづき》|酌《つぎ》かはす|段取《だんどり》まで、やうやう|漕《こ》ぎつけた|所《ところ》、|諸行無常《しよぎやうむじやう》の|世《よ》の|中《なか》、|月《つき》に|叢雲《むらくも》、|花《はな》に|嵐《あらし》の|高姫婆風《たかひめばばかぜ》が、|情《つれ》なくも|吹《ふ》きすさみ、|半開《はんかい》の|莟《つぼみ》を|散《ち》らさうとする。|其《その》|防禦網《ぼうぎよあみ》を……|否《いな》|網《あみ》|所《どころ》か、|妨害《ばうがい》を|根絶《こんぜつ》せむと|甘《うま》く|企《たく》んだお|前達《まへたち》のお|手際《てぎは》、|実《じつ》に|見上《みあ》げたもので|御座《ござ》いますワイ。オツホヽヽヽ。|何程《なにほど》|琉《りう》の|玉《たま》や|球《きう》の|玉《たま》を|手《て》に|入《い》れたと|云《い》つて、|琉球《りうきう》|相《さう》にして|居《を》つても、|肝腎《かんじん》の|身魂《みたま》が|曇《くも》り|切《き》り、|灰泥《はひどろ》の|様《やう》になつて|居《を》つては、|玉《たま》の|効用《かうよう》はサツパリ|玉《たま》|無《な》しですよ』
|春彦《はるひこ》『コラ|灰猫婆《はひねこばば》ア! |貴様《きさま》は|比喩方《たとへかた》のない|悪垂婆《あくたればば》アだ。|改心《かいしん》をしたり、|慢心《まんしん》をしたり、モウ|是《これ》から|先《さき》は|何《なに》をするのだ。|疑心暗鬼《ぎしんあんき》の|張本人《ちやうほんにん》|奴《め》が』
|高姫《たかひめ》『|改心《かいしん》|慢心《まんしん》の|後《あと》は|感心《かんしん》だよ。お|前達《まへたち》のどこ|迄《まで》も|執念深《しふねんぶか》い|計略《けいりやく》には|此《この》|高姫《たかひめ》も|実《じつ》に|感心《かんしん》……|否《いな》|寒心《かんしん》せざるを|得《え》ませぬワイ。オツホヽヽヽ』
と|云《い》つた|限《き》り『ウーン』と|反《そ》り|返《かへ》り、|癲癇《てんかん》の|様《やう》に|口《くち》から|泡《あわ》を|吹《ふ》き、|手足《てあし》をピリピリと|震《ふる》はせて、|其《その》|場《ば》にふん|伸《の》びて|了《しま》つた。
|春彦《はるひこ》『|余《あま》り|逆理屈《さかりくつ》ばかりを|云《い》ふものだから、|神様《かみさま》の|神罰《しんばつ》が|当《あた》つて、|此《この》|通《とほ》りふん|伸《の》びて|了《しま》つたのだ。……なあカール、|善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける|神《かみ》は、|此《この》|世《よ》に|確《たしか》に|居《を》られますねえ』
|言依別《ことよりわけ》『オイお|前達《まへたち》、そんな|事《こと》|言《い》つてゐる|時《とき》ぢやない。|早《はや》く|灰《はひ》を|掃除《さうぢ》して、|顔《かほ》を|洗《あら》ひ、|手《て》を|清《きよ》め、|高姫《たかひめ》さまの|御恢復《ごくわいふく》を|祈《いの》らなならないぢやないか』
|春彦《はるひこ》『|言依別《ことよりわけ》|様《さま》、こんな|婆《ばば》アは|懲戒《みせしめ》の|為《ため》に、|斯《か》うやつて|冷《つめ》たくなる|所《ところ》まで|放《はう》つといてやつたら|如何《どう》でせう。|実《じつ》に|怪《け》しからぬ|奴《やつ》ですから、|又《また》|呼《よ》び|生《い》かしてやらうものなら、それこそ|反対《はんたい》に|団子理屈《だんごりくつ》を|捏《こ》ね、|殺人未遂犯《さつじんみすゐはん》で|告訴《こくそ》するの|何《なん》のと、|命《いのち》|助《たす》けて|貰《もら》うた|恩人《おんじん》に|向《むか》つて、|仇《あだ》を|返《かへ》すのですから、|幸《さいは》ひ、|自分《じぶん》が|勝手《かつて》に|死《し》んだのですから、こんな|厄介者《やつかいもの》はモウ|放《はう》つといたらどうでせうなア。カールに|対《たい》しても、|実《じつ》に|私《わたくし》としては|助《たす》けてやつて|呉《く》れとは|申《まを》されませぬワイ』
カール『そんな|御気遣《おきづか》ひは|要《い》りませぬ。サア|早《はや》く|御病気《ごびやうき》|全快《ぜんくわい》の|御祈念《ごきねん》を|致《いた》しませう』
と|門先《かどさき》を|流《なが》れる|小川《をがは》に|飛込《とびこ》み、|身《み》をきよめ、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|病気《びやうき》|恢復《くわいふく》の|祈願《きぐわん》をこめ|始《はじ》めた。
|言依別命《ことよりわけのみこと》は|天《あま》の|数歌《かずうた》を|歌《うた》ひ|上《あ》げ、|反魂《はんこん》の|神術《かむわざ》を|修《しう》して|居《を》る。|春彦《はるひこ》も|止《や》むを|得《え》ず、|身《み》を|清《きよ》め|一生懸命《いつしやうけんめい》に|祈願《きぐわん》をこめた。|漸《やうや》くにして|高姫《たかひめ》は|息《いき》|吹《ふ》き|返《かへ》し、|目《め》をキヨロつかせ|乍《なが》ら、|三人《さんにん》の|姿《すがた》をマンジリともせずに|打眺《うちなが》めてゐる。
|言依別《ことよりわけ》『|高姫《たかひめ》|様《さま》、お|気《き》がつきましたか、|大変《たいへん》に|心配《しんぱい》を|致《いた》しましたよ』
|高姫《たかひめ》は|耳《みみ》は|聞《きこ》えるが、まだ|言霊《ことたま》の|応用《おうよう》を|許《ゆる》されてゐなかつた。|蚕《かひこ》の|蛹《さなぎ》か|芋虫《いもむし》のやうに|面《つら》をふくらし、プリンと|体《からだ》を|振《ふ》つて、|背中《せなか》を|向《む》けて、……|甘《うま》い|事《こと》を|言《い》うて|呉《く》れな。そんな|上手《じやうず》|追従《つゐしやう》は|喰《く》ひませぬぞ……といふ|意思《いし》を|表示《へうじ》して|居《ゐ》る。|春彦《はるひこ》は|又《また》もや|高姫《たかひめ》の|前《まへ》にまはり、
|春彦《はるひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|御気分《ごきぶん》は|如何《いかが》ですかな』
と|尋《たづ》ぬれば、|又《また》もプリンと|背中《せなか》を|向《む》ける。カールも|亦《また》|前《まへ》に|寄《よ》つて、
カール『|高姫《たかひめ》さま、|良《よ》い|加減《かげん》に|疑《うたがひ》を|晴《は》らし、|御機嫌《ごきげん》を|直《なほ》されては|如何《いかが》ですか、|余《あま》り|執拗《しつこう》|過《す》ぎるぢやありませぬか』
と|顔《かほ》を|覗《のぞ》けば、|又《また》もやプリンと|背中《せなか》を|向《む》ける。|三人《さんにん》の|挨拶《あいさつ》を|一人《ひとり》|々々《ひとり》、|弓張《ゆみはり》はぢきでもする|様《やう》に|彼方《あちら》へ|向《む》き|此方《こちら》へ|向《む》き、|恰度《ちやうど》、|操《あやつ》り|人形《にんぎやう》の|様《やう》に|同《おな》じ|所《ところ》に|尻《しり》を|卸《おろ》した|儘《まま》、|右《みぎ》に|左《ひだり》に|回転《くわいてん》して|居《ゐ》る。
|言依別命《ことよりわけのみこと》は|言霊《ことたま》の|使用《しよう》を|神様《かみさま》より|止《と》められて|居《ゐ》る|事《こと》を|悟《さと》り、|又《また》もや|天《あま》の|数歌《かずうた》を|歌《うた》つて、|言語《げんご》の|自由《じいう》に|発《はつ》し|得《う》る|様《やう》と|祈願《きぐわん》をこめた。されど|何故《なにゆゑ》か|容易《ようい》に|言霊《ことたま》を|発射《はつしや》することが|出来《でき》なかつた。|言依別《ことよりわけ》はカールを|従《したが》へ、|目礼《もくれい》し|乍《なが》ら、|春彦《はるひこ》に|介抱《かいほう》を|命《めい》じ|置《お》き|館《やかた》を|指《さ》して|帰《かへ》り|行《ゆ》く。
(大正一一・八・二六 旧七・四 松村真澄録)
第四章 |楽茶苦《らくちやく》〔九一九〕
|夜《よ》の|明《あ》けぬ|前《まへ》から|捨子姫《すてこひめ》は、|末子姫《すゑこひめ》の|結婚《けつこん》の|用意《ようい》に|取掛《とりかか》り、|相当《さうたう》に|繁忙《はんばう》を|極《きは》めて|居《ゐ》た。そこへ|松若彦《まつわかひこ》は|慌《あわ》ただしく|走《はし》り|来《きた》り、|案内《あんない》を|請《こ》うた。|高公《たかこう》は|玄関《げんくわん》にて|其《その》|用事《ようじ》の|趣《おもむき》を|聞《き》き、|直《ただ》ちに|捨子姫《すてこひめ》の|居間《ゐま》に|通《とほ》した。
|捨子姫《すてこひめ》『|松若彦《まつわかひこ》|様《さま》、|慌《あわ》ただしきあなたの|御様子《ごやうす》、|何《なに》か|変事《へんじ》が|出来《しゆつたい》したので|御座《ござ》いますか』
|松若彦《まつわかひこ》は|息《いき》を|喘《はづ》ませ|乍《なが》ら、
|松若彦《まつわかひこ》『|今日《けふ》は|誠《まこと》に|以《もつ》てお|目出《めで》たう|存《ぞん》じます。さて|只今《ただいま》|私《わたし》の|館《やかた》へ|高姫《たかひめ》さまが|御出《おい》でになり|大変《たいへん》な|権幕《けんまく》で|御座《ござ》いました。|要《えう》するに|今度《こんど》の|結婚《けつこん》をジヤミにしようと|熱心《ねつしん》に|車輪的《しやりんてき》|運動《うんどう》をやつて|居《を》られます。|私《わたし》も|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》より|昨夜《さくや》|大体《だいたい》を|承《うけたま》はつて|居《を》りましたので、これは|屹度《きつと》|其《その》|問題《もんだい》に|違《ちがひ》ないと|思《おも》つてゐますと、|果《はた》して|私《わたし》が|只一口《ただひとくち》……ウン……と|云《い》つて、|首《くび》を|縦《たて》にふりさえすれば、|万事《ばんじ》|解決《かいけつ》のつく|話《はなし》だと|言《い》はれましたので、コリヤ|大変《たいへん》、|今《いま》となつて|水《みづ》を|注《さ》されては、|素盞嗚大神《すさのをのおほかみ》|様《さま》|初《はじ》め、|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》に|対《たい》し、|申訳《まをしわけ》がない。|弁舌《べんぜつ》の|巧《たくみ》な|高姫《たかひめ》さまに|対《たい》して|議論《ぎろん》をして|居《を》つても、|追《お》つ|付《つ》かない、|取《と》り|合《あ》はぬが|奥《おく》の|手《て》と、|裏口《うらぐち》から|逃《に》げて|参《まゐ》りました。あと|振《ふ》り|返《かへ》り|見《み》れば、|高姫《たかひめ》さまは|髪《かみ》ふり|乱《みだ》し、|夜叉《やしや》の|様《やう》な|勢《いきほ》ひで、|私《わたし》のあとを|追《お》つかけて|来《き》ます。|私《わたし》は|幸《さいは》ひ、|一本橋《いつぽんばし》を|落《おと》しておいて|高姫《たかひめ》さまの|進路《しんろ》を|遮《さへぎ》り、|漸《やうや》く|此処《ここ》まで|駆《か》けつけました。|何《いづ》れ、|後《のち》|程《ほど》お|宅《たく》へお|出《い》でになるでせうから、それ|迄《まで》にトツクリとあなたと|御相談《ごさうだん》を|遂《と》げ、|姫様《ひめさま》にも|断乎《だんこ》たる|決心《けつしん》を|持《も》つて|頂《いただ》きたいと|存《ぞん》じまして、お|邪魔《じやま》を|致《いた》しました|次第《しだい》で|御座《ござ》います』
|捨子姫《すてこひめ》『あゝ|左様《さやう》で|御座《ござ》いましたか。それは|大変《たいへん》|御心配《ごしんぱい》をおかけ|申《まを》しました。|姫様《ひめさま》の|方《はう》に|於《おい》ては|夜前《やぜん》より、|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》と|私《わたくし》が、|及《およ》ばず|乍《なが》ら、いろいろと|申上《まをしあ》げ、|今《いま》の|処《ところ》では|挺《てこ》でも|棒《ぼう》でも|動《うご》かぬ|様《やう》な|固《かた》い|御決心《ごけつしん》で|御座《ござ》いますから、たとへ|高姫《たかひめ》さまが|何《なん》と|云《い》はう|共《とも》、|最早《もはや》ビクとも|動《うご》きませぬ。|安心《あんしん》して|下《くだ》さいませ』
|松若彦《まつわかひこ》『それを|聞《き》いて|私《わたくし》も|一寸《ちよつと》|安心《あんしん》|致《いた》しました。|併《しか》し|乍《なが》ら、こんなゴテゴテした|事《こと》が、|肝腎《かんじん》の|国依別《くによりわけ》さまの|耳《みみ》へでも|這入《はい》らうものなら、|淡泊《たんぱく》な|人《ひと》だから……エヽもう|斯《こ》んなゴテゴテした|縁談《えんだん》なら|真平《まつぴら》だ……と|首《くび》を|横《よこ》にふられたが|最後《さいご》、|吾々《われわれ》は|大神様《おほかみさま》に|対《たい》して|申訳《まをしわけ》が|御座《ござ》いませぬから、それが|第一《だいいち》|心配《しんぱい》で|御座《ござ》います』
|捨子姫《すてこひめ》『|国依別《くによりわけ》さまも、|妾《わたし》が|夜前《やぜん》ソツと|高公《たかこう》を|伴《つ》れ|訪問《はうもん》|致《いた》し、いろいろと|御意見《ごいけん》を|承《うけたま》はりましたが、|高姫《たかひめ》さまの|混《まぜ》つ|返《かへ》しについて、|少《すこ》し|許《ばか》り、うるさがつて|居《を》られました。|併《しか》し|乍《なが》ら、|今度《こんど》はどうしても、|大神様《おほかみさま》の|思召《おぼしめし》だから、|否《いな》む|訳《わけ》には|行《ゆ》かぬ……と|仰有《おつしや》つて|固《かた》い|固《かた》い|決心《けつしん》が|見《み》えました。これも|一《ひと》つ|御安心《ごあんしん》|下《くだ》さいませ』
|斯《か》かる|所《ところ》へ、|言依別命《ことよりわけのみこと》は|只《ただ》|一人《ひとり》|現《あら》はれ|来《きた》り、|高公《たかこう》に|案内《あんない》させ|乍《なが》ら、ツカツカと|奥《おく》に|入《い》り、
『ヤア|松若彦《まつわかひこ》さま、|此処《ここ》でしたか、よい|所《ところ》でお|目《め》にかかりました……|捨子姫《すてこひめ》|様《さま》、|御忙《おいそが》しい|事《こと》で|御座《ござ》いませうなア』
|松若彦《まつわかひこ》『つい|今《いま》の|先《さき》、|参《まゐ》つた|所《ところ》で|御座《ござ》います』
|捨子姫《すてこひめ》『|何《なん》と|云《い》つても、お|目出《めで》たい|事《こと》で|御座《ござ》います。あなたも|此《この》|事《こと》に|就《つい》て|御奔走《ごほんそう》|遊《あそ》ばし、さぞお|心遣《こころづか》ひの|程《ほど》|御察《おさつ》し|申上《まをしあ》げます』
|言依別《ことよりわけ》『|時《とき》に|松若彦《まつわかひこ》さま……|高姫《たかひめ》さまの|事《こと》ですが、|俄《にはか》に|病気《びやうき》が|起《おこ》り、|一旦《いつたん》は|人事不省《じんじふせい》に|陥《おちい》られましたが、|吾々《われわれ》|初《はじ》め、カール、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》の|祈願《きぐわん》に|依《よ》りて、|漸《やうや》く|息《いき》を|吹《ふ》き|返《かへ》されました。|併《しか》し|乍《なが》ら|言霊《ことたま》が|停止《ていし》されて|了《しま》ひ、|何《なに》を|言《い》つても|御答《おこた》へなく、|目《め》|計《ばか》りパチつかせ、|体《からだ》をプリンプリンと|振《ふ》つて|計《ばか》りゐられます。|何《いづ》れ|今夜《こんや》の|御結婚《ごけつこん》がお|気《き》に|入《い》らないのでせうが、|此《この》|事《こと》|計《ばか》りは|如何《どう》あつても、|高姫《たかひめ》さまの|御意見《ごいけん》ばかり|用《もち》ゐる|事《こと》は|出来《でき》ませぬから、|飽《あ》く|迄《まで》も|此《この》|盛典《せいてん》を|完全《くわんぜん》に|成功《せいこう》させたいと|思《おも》つて、あなたの|御宅《おたく》へ|御訪《おたづ》ねした|所《ところ》、|常彦《つねひこ》さまが|留守《るす》をして|居《を》り、|大方《おほかた》|捨子姫《すてこひめ》|様《さま》の|御宅《おたく》へ|御出《おい》でになつたのだらうとの|事《こと》、それ|故《ゆゑ》お|邪魔《じやま》を|致《いた》しました|様《やう》な|次第《しだい》で|御座《ござ》います』
|松若彦《まつわかひこ》『|何《なん》と|云《い》つても、|最早《もはや》|動《うご》かすことは|出来《でき》ませぬ。サア|是《これ》から|御殿《ごてん》へ|上《あが》りまして、|一切《いつさい》の|準備《じゆんび》に|取掛《とりかか》りませう』
|言依別《ことよりわけ》『|左様《さやう》ならば、|捨子姫《すてこひめ》さま、|松若彦《まつわかひこ》|様《さま》、|取急《とりいそ》ぎ|参《まゐ》りませう』
と|立出《たちい》でむとする|所《ところ》へ、|高姫《たかひめ》は|髪《かみ》ふり|乱《みだ》し、|玄関口《げんくわんぐち》に|立塞《たちふさ》がり、|何時《いつ》の|間《ま》にか|言霊《ことたま》の|停止《ていし》は|解除《かいぢよ》されて、
|高姫《たかひめ》『|言依別《ことよりわけ》、|松若彦《まつわかひこ》、|捨子姫《すてこひめ》|殿《どの》、|用《よう》が|御座《ござ》る。|早《はや》く|此《この》|門《もん》あけて|下《くだ》さい』
と|呶鳴《どな》り|立《た》ててゐる。|後《あと》よりカール、|春彦《はるひこ》の|二人《ふたり》は|慌《あわ》ただしく|走《はし》り|来《きた》り、|漸《やうや》く|玄関先《げんくわんさき》で|追《お》ひ|着《つ》き、|胸《むね》を|撫《な》で|卸《おろ》してゐる。
|言依別命《ことよりわけのみこと》|外《ほか》|二人《ふたり》は、|高姫《たかひめ》の|声《こゑ》を|聞《き》き、|又《また》うるさい、やつて|来《き》よつたなア……と|口《くち》には|云《い》はねど、|互《たがひ》の|顔《かほ》を|色《いろ》に|表《あら》はし|乍《なが》ら、|松若彦《まつわかひこ》は|表《おもて》の|戸《と》を|開《ひら》き、
|松若彦《まつわかひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|今日《けふ》は|取込《とりこ》んで|居《を》りますので、どうぞ|御帰《おかへ》り|下《くだ》さいませ。|又《また》|明日《あす》ゆつくりとお|目《め》にかかりませう』
|高姫《たかひめ》『|又《また》しても|妾《わたし》を|邪魔者《じやまもの》|扱《あつか》ひにして、|門前払《もんぜんばら》ひを|食《く》はす|積《つも》りですか。|言《こと》に|捨《すて》の|両人《りやうにん》も|此《ここ》に|居《を》られるでせう。|何程《なにほど》|忙《いそが》しいか|知《し》りませぬが、|今晩《こんばん》の【ことよりわけ】て、きまりつけねば、|此《この》|儘《まま》に|捨子姫《すてこひめ》と|云《い》ふ|訳《わけ》にも|参《まゐ》りませぬぞや。|各自《めいめい》が|気《き》をつけて、|姫様《ひめさま》の|此《この》|結婚《けつこん》は|末《すゑ》の|末子姫《すゑこひめ》まで|考《かんが》へて|上《あ》げねば、あつたら|娘《むすめ》をドブ|壺《つぼ》へおとすやうなことを|致《いた》しましたら、それこそ|瑞《みづ》の|御霊様《みたまさま》へ、あなた|方《がた》の|言《い》ひ|訳《わけ》が|立《た》ちますまいぞや、|此《この》|高姫《たかひめ》も|第一《だいいち》|申訳《まをしわけ》が|立《た》ちませぬからなア。|妾《わたし》の|言《い》ふ|事《こと》はどうで|御気《おき》には|容《い》りますまいが、ここは|一《ひと》つ|大雅量《だいがりやう》を|出《だ》して|老人《としより》の|云《い》ふ|事《こと》も|取上《とりあ》げて|貰《もら》ひませぬと、|後《あと》に|至《いた》つて|臍《ほぞ》を|噛《か》むとも|及《およ》ばない、|困《こま》つた|事《こと》になりますぞや』
|松若彦《まつわかひこ》『そんな|玄関口《げんくわんぐち》で、|見《み》つともない、どうぞ|奥《おく》へ|御通《おとほ》り|下《くだ》さい』
|高姫《たかひめ》『|通《とほ》れと|云《い》はなくても、|通《とほ》らなおきますか。|妾《わたし》の|云《い》ふ|事《こと》が|通《とほ》らねば、|通《とほ》る|所《ところ》まで|通《とほ》して|見《み》せます。|桃李《たうり》|物《もの》|云《い》はずと|云《い》ふ|事《こと》がある。|此《この》|高姫《たかひめ》が|通《とほ》りたら|最後《さいご》、|物言《ものい》ひなしに|私《わたし》の|意見《いけん》を|通《とほ》して|下《くだ》さい。お|前《まへ》さま|方《かた》は|寄《よ》つてたかつて、とりどりの|小田原《をだはら》|評定《ひやうぢやう》|計《ばか》りに|日《ひ》を|暮《くら》して|御座《ござ》るが、|何《なに》を|云《い》つても、|雪《ゆき》と|炭《すみ》、|月《つき》と|鼈《すつぽん》|程《ほど》|身魂《みたま》の|違《ちが》ふ|此《この》|縁談《えんだん》がどうして|纏《まと》まりませう。チツト|胸《むね》に|手《て》を|当《あ》てて|後先《あとさき》を|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい。|誠《まこと》に|神様《かみさま》を|侮辱《ぶじよく》すると|云《い》うても、これ|位《くらゐ》|甚《はなは》だしい|事《こと》は|御座《ござ》いますまい。|誰《たれ》も|彼《かれ》も|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》の|御機嫌《ごきげん》をとる|事《こと》|計《ばか》り|考《かんが》へて、|御身《おんみ》の|上《うへ》の|大事《だいじ》と|云《い》ふ|事《こと》を|一寸《ちよつと》も|構《かま》はないから、|已《や》むを|得《え》ず、|年《とし》の|老《よ》つた|高姫《たかひめ》が|又《また》しても|又《また》しても|出馬《しゆつば》せねばならぬ|様《やう》な|事《こと》が、|出来《でき》て|来《く》るのだ』
カール『|高姫《たかひめ》さま、そらさうですワイ。お|前《まへ》さまは|三五教《あななひけう》の|元老株《げんらうかぶ》だから、かういふ|時《とき》にや|飛《と》んで|出《で》るのが|当《あた》り|前《まへ》だらう。|内閣《ないかく》|組織《そしき》の|時《とき》でも、いつも|元老《げんらう》が|飛出《とびだ》すぢやないか。|併《しか》し|乍《なが》ら|立憲《りつけん》|政体《せいたい》の|今日《こんにち》、|元老《げんらう》の|飛出《とびだ》しは|時代《じだい》|錯誤《さくご》だとか|何《なん》とか|云《い》つて、|随分《ずゐぶん》|国民《こくみん》が|小言《こごと》を|云《い》うてゐますよ。モウいい|加減《かげん》にお|前《まへ》さまも|目《め》をつぶつておとなしくしたら|如何《どう》ですか。|日進月歩《につしんげつぽ》の|今日《こんにち》|余《あま》り|古《ふる》い|事《こと》をふりまはされると、|時代《じだい》に|順応《じゆんおう》すると|云《い》ふ|神策《しんさく》が|行《おこな》はれなくなり、|此《この》ウヅの|国《くに》は|今日《こんにち》の|文明《ぶんめい》から|継子扱《ままこあつかひ》をされる|様《やう》になつて|了《しま》ひますよ』
|高姫《たかひめ》『お|黙《だま》り|召《め》され……カール|口《ぐち》か|何《なん》ぞのやうにベラベラと、こんな|所《ところ》へ|出《だ》しやばる|幕《まく》ぢやありませぬぞえ。|私《わたし》は|言依別《ことよりわけ》|様《さま》、|其《その》|外《ほか》の|立派《りつぱ》な|方々《かたがた》に|御意見《ごいけん》に|来《き》たのだ。コンマ|以下《いか》のお|前《まへ》さまが、|此《この》|大問題《だいもんだい》に|対《たい》して、|何《なに》|嘴《くちばし》を|尖《とが》らすのだい』
カール『これだから、あの|儘《まま》にしておいたが|宜《よ》かつたのだ。|言依別《ことよりわけ》さまを|途中《とちう》まで|御送《おおく》りすると……おいカール、お|前《まへ》は|高姫《たかひめ》の|言霊《ことたま》が|利《き》く|様《やう》に、マ|一度《いちど》|引返《ひきかへ》し、ウ…ア…と|二声《ふたこゑ》|言霊《ことたま》を|唱《とな》へてやれ、そしたら|自由自在《じいうじざい》に|口《くち》が|利《き》けるやうになるから……と|気《き》の|良《よ》い|言依別《ことよりわけ》|様《さま》が|仰有《おつしや》つたものだから、|此奴《こいつ》ア|今《いま》|物《もの》|言《い》はしたら、|面倒《めんだう》だと|思《おも》ひ|乍《なが》ら、|教主《けうしゆ》の|命令《めいれい》|背《そむ》くに|由《よし》なく、|引返《ひきかへ》して|物《もの》を|言《い》ふ|様《やう》にしてやれば、すぐ|此《こ》れだから|困《こま》つて|了《しま》ふ。どうぞマ|一遍《いつぺん》、とめる|工夫《くふう》はあるまいかな』
と|首《くび》を|振《ふ》つてゐる。
|高姫《たかひめ》『ヘン、お|構《かま》ひ|遊《あそ》ばすなや。|高姫《たかひめ》は|生《うま》れついてから|唖《おし》ぢや|御座《ござ》いませぬぞや。|言霊《ことたま》は|天地《てんち》の|神様《かみさま》から|授《さづ》かつて|居《を》ります。とめられるものなら、とめて|御覧《ごらん》なさい。|妾《わたし》が|物《もの》|言《い》はなかつたのは|余《あま》りむかつくから、|言《い》はぬは|言《い》ふにいや|優《まさ》ると、プリンプリンと|身振《みぶ》りで|妾《わたし》の|意志《いし》を|表示《へうじ》してゐたのだよ。|何《なに》も|御前《おまへ》さまのウ…ア…なんてアタ|阿呆《あはう》らしい、そんな|言霊《ことたま》で|物《もの》が|云《い》へたなぞと、|余《あんま》り、ヘン、|見違《みちが》ひをして|貰《もら》ひますまいかいなア。アヽドレドレ、|何時迄《いつまで》も|門立《かどだ》ち|芸者《げいしや》の|様《やう》に|玄関口《げんくわんぐち》に|立《た》ちはだかつて、|言霊《ことたま》の|発射《はつしや》も|気《き》が|利《き》きませぬワイ』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|奥《おく》の|間《ま》に|主人顔《しゆじんがほ》して、ドンとすわり|込《こ》み、
|高姫《たかひめ》『|松若彦《まつわかひこ》さま、|今朝《けさ》|程《ほど》は|大《おほ》きに|御世話《おせわ》になりました。ヨウまアあんな|深《ふか》い|川《かは》へおとして|下《くだ》さいまして、|誠《まこと》に|高姫《たかひめ》も|空中滑走《くうちうくわつそう》の|味《あぢ》を|覚《おぼ》え、|愉快《ゆくわい》なこつて|御座《ござ》いました、ホヽヽヽヽ。|人《ひと》を|呪《のろ》はば|穴二《あなふた》つですよ。お|前《まへ》さまもシツカリなさらぬと|何時《いつ》ドブへはまるか|分《わか》りませぬぞや……コレ|捨子姫《すてこひめ》さま、お|前《まへ》に|一《ひと》つ|言《い》ひたい|事《こと》がある』
|捨子姫《すてこひめ》『ハイ、|何事《なにごと》か|存《ぞん》じませぬが、|承《うけたま》はりませう』
|高姫《たかひめ》『お|前《まへ》も|大抵《たいてい》|私《わたし》が|何《なに》しに|来《き》た|位《くらゐ》は、|云《い》はいでも|御分《おわか》りになつてゐるでせう。|今《いま》|高姫《たかひめ》が|茶々入《ちやちやい》れに|来《く》るから、|腹帯《はらおび》をしめねばならぬと、|三人《さんにん》が|三人《さんにん》|云《い》ひ|合《あ》はして|御座《ござ》つたでせう。|併《しか》し|乍《なが》ら、よく|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい。あの|国依別《くによりわけ》と|云《い》ふ|男《をとこ》、|若《わか》い|時《とき》から|親子《おやこ》|兄弟《きやうだい》|散《ち》り|散《ぢ》りバラバラとなり、|碌《ろく》に|教育《けういく》も|受《う》けず、|乞食《こじき》の|様《やう》にうろつきまはり、|少《すこ》し|大《おほ》きくなると、|女《をんな》たらしの|後家倒《ごけたふ》し、|婆嬶弱《ばばかかよわ》らせの|家潰《いへつぶ》しをやつて|来《き》た|如何《どう》にも|斯《か》うにも|仕方《しかた》のない|代物《しろもの》を、|此《この》|頃《ごろ》|球《きう》の|玉《たま》とかの|神力《しんりき》を|受《う》けたと|云《い》つて、|御勿体《ごもつたい》ない|素盞嗚尊《すさのをのみこと》|様《さま》の|大切《たいせつ》な|御娘子《おむすめご》、|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》の|婿《むこ》にしよう|等《なぞ》とは|地異天変《ちいてんぺん》、|天地《てんち》|転倒《てんたふ》の|行方《やりかた》と|申《まを》さねばなりますまい。|是《これ》までお|前《まへ》さまは|何時《いつ》も|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》の|近侍《きんじ》を|勤《つと》めてゐた|関係上《くわんけいじやう》、|主人《しゆじん》が|大事《だいじ》と|思《おも》ふ|誠《まこと》があれば、|国依別《くによりわけ》の|欠点《けつてん》を|包《つつ》まず|隠《かく》さずさらけ|出《だ》して、|愛想《あいさう》をつかさせ、|此《この》|縁談《えんだん》を|破約《はやく》なさるやうに|仕向《しむ》けるのが、お|前《まへ》の|誠《まこと》だ。|本当《ほんたう》に|姫様《ひめさま》を|大事《だいじ》と|思召《おぼしめ》すなら、|早《はや》く|御意見《ごいけん》を|遊《あそ》ばして、やめさせて|下《くだ》さい。|年《とし》が|老《よ》つた|高姫《たかひめ》がワザワザここへ|訪問《はうもん》したのも|其《その》|為《ため》ですから、どうぞ|高姫《たかひめ》のここへ|来《き》たことが|無駄足《むだあし》にならぬ|様《やう》に|頼《たの》みますよ…なア|捨子姫《すてこひめ》さま、お|前《まへ》は|余《あま》り|身魂《みたま》が|良過《よす》ぎて、|映《うつ》り|易《やす》いから、|言依別《ことよりわけ》さまや|松若彦《まつわかひこ》に|甘《うま》く|抱《だ》き|込《こ》まれ、とうとう|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》の|御心《おこころ》を|動《うご》かしたのぢやありませぬかなア』
|捨子姫《すてこひめ》『ハイ|妾《わたし》が|第一《だいいち》、|大賛成《だいさんせい》で|御話《おはなし》を|持《も》ちかけたので|御座《ござ》います。さうすると|言依別《ことよりわけ》|様《さま》や、|松若彦《まつわかひこ》|様《さま》、|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》|初《はじ》め、|肝腎《かんじん》の|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》が、それはそれは|御愉快《ごゆくわい》|相《さう》な|御顔《おかほ》でニコニコとお|笑《わら》ひ|遊《あそ》ばし……|捨子姫《すてこひめ》、|何事《なにごと》もそなたに|御任《おまか》せするから、|宜《よろ》しう|頼《たの》むよ……と|恥《はづ》かし|相《さう》に|仰有《おつしや》いました。それで|妾《わたし》が|気《き》を|利《き》かし、|相手方《あひてがた》の|国依別《くによりわけ》|様《さま》へも|極力《きよくりよく》|運動《うんどう》いたし、ヤツとの|事《こと》で|纏《まと》まつた|此《この》|縁談《えんだん》、|何程《なにほど》|高姫《たかひめ》|様《さま》が|水《みづ》をお|注《さ》し|遊《あそ》ばしても|最早《もはや》ビクとも|動《うご》かす|事《こと》は|出来《でき》なくなつて|居《を》ります。|御注意《ごちゆうい》|御親切《ごしんせつ》は|有難《ありがた》う|厶《ござ》いますが、|今度《こんど》はモウ|仕方《しかた》がないと|御諦《おあきら》め|下《くだ》さいませ。|肝腎《かんじん》の|御本人様《ごほんにんさま》|同志《どうし》が、ニコニコで|居《を》られるなり、|大神様《おほかみさま》は|特《とく》に|御喜《およろこ》びなり、どうして|今日《こんにち》になつて|之《これ》を|顛覆《てんぷく》さす|事《こと》が|出来《でき》ませうか』
|高姫《たかひめ》『エヽそこ|迄《まで》モウ|固《かた》い|決心《けつしん》が|出来《でき》て、|若《わか》い|方《かた》|同志《どうし》が|思《おも》ひ|合《あ》うて|御座《ござ》るのを|動《うご》かさうと|云《い》つたつて|動《うご》きますまい。|残念《ざんねん》|乍《なが》ら、モウ|高姫《たかひめ》も|賛成《さんせい》いたしま……せうかい、|就《つ》いては、|貴女《あなた》も|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り、|大神様《おほかみさま》の|教《をしへ》には|一汁一菜《いちじふいつさい》との|定《さだ》めで|御座《ござ》いますから、|決《けつ》して|御馳走《ごちそう》はしてはなりませぬぞや。|上《うへ》から|贅沢《ぜいたく》な|鑑《かがみ》を|出《だ》すと、|人民《じんみん》が|皆《みな》それに|傚《なら》ひ、|世《よ》の|中《なか》が|不経済《ふけいざい》になつて|来《き》ましては、|神様《かみさま》に|又《また》もや|御心配《ごしんぱい》をかけなくてはなりませぬからなア』
|松若彦《まつわかひこ》『|何程《なにほど》|軍備《ぐんび》|縮小《しゆくせう》、|経費《けいひ》|節約《せつやく》の|流行《りうかう》する|世《よ》の|中《なか》だとて、|一生《いつしやう》|一代《いちだい》の|結婚《けつこん》に|其《その》|様《やう》なケチな|事《こと》が|如何《どう》して|出来《でき》ませうか、そんな|時代《じだい》|遅《おく》れのイントレランスな|事《こと》を|言《い》ふと、|人《ひと》が|馬鹿《ばか》にしますよ。それ|相当《さうたう》の|身分《みぶん》に|応《おう》じて|御馳走《ごちそう》もせねばなりますまい。お|酒《さけ》もドツサリ|皆《みな》さまに|飲《あが》つて|頂《いただ》き、|底抜《そこぬけ》|騒《さわ》ぎをやつて|面白《おもしろ》|可笑《をか》しく|御祝《おいはひ》をする|方《はう》がどれ|丈《だけ》|素盞嗚大神《すさのをのおほかみ》|様《さま》が|御喜《およろこ》び|遊《あそ》ばすかも|知《し》れませぬ。|又《また》|吾々《われわれ》も|大変《たいへん》に|御喜《およろこ》びですからな。アハヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『|私《わたし》の|云《い》ふ|事《こと》が|頑迷《ぐわんめい》だと|仰有《おつしや》るのですか、|何程《なにほど》|新《あたら》しいのが|流行《はや》る|時節《じせつ》だと|云《い》つて、|神様《かみさま》の|教《をしへ》まで|背《そむ》いてすると|云《い》ふ|事《こと》は、|一《ひと》つ|考《かんが》へものでせう』
|言依別《ことよりわけ》『|高姫《たかひめ》さまの|御言葉《おことば》も|御尤《ごもつと》もです。|松若彦《まつわかひこ》さまの|御意見《ごいけん》も|強《あなが》ち|棄《す》てる|訳《わけ》にも|行《ゆ》きますまい。そこは|身分相応《みぶんさうおう》と|云《い》ふ|事《こと》に|致《いた》しまして、|正中《まんなか》を|取《と》り、|余《あま》りケチつかず、|余《あま》り|奢《おご》らずといふ|程度《ていど》に、|今晩《こんばん》の|結婚《けつこん》を|無事《ぶじ》に、|幾久《いくひさ》しく|祝《いは》ひ|納《をさ》めるやうにしたら|如何《どう》でせう』
|高姫《たかひめ》『そんなら|私《わたし》も|我《が》を|折《を》つて|言依別《ことよりわけ》|様《さま》にお|任《まか》せ|致《いた》します。|又《また》|空中滑走《くうちうくわつそう》さされたり、|言霊《ことたま》を|停止《ていし》さされたり、|灰猫婆《はひねこばば》アにせられると|困《こま》りますから、|憎《にく》まれないやうにおとなしう|改心《かいしん》しておきませう』
|言依別《ことよりわけ》『|有難《ありがた》う』
|松若彦《まつわかひこ》『|安心《あんしん》|致《いた》しました』
|捨子姫《すてこひめ》『お|目出《めで》たう|御座《ござ》います』
カール『|面白《おもしろ》うなつて|来《き》ました』
|春彦《はるひこ》『|今晩《こんばん》は|御馳走《ごちそう》で、ドツサリと|酔《よ》はして|貰《もら》ひませう。|何《なに》より|彼《か》より|上戸《じやうご》の|春彦《はるひこ》、|一番《いちばん》にお|目出《めで》たいワ、|有難《ありがた》いワ、アハヽヽヽ』
(大正一一・八・二六 旧七・四 松村真澄録)
第二篇 |鶴亀躍動《かくきやくどう》
第五章 |神寿言《かむよごと》〔九二〇〕
|末子姫《すゑこひめ》、|国依別《くによりわけ》の|結婚《けつこん》|問題《もんだい》も、|高姫《たかひめ》の|不同意的《ふどういてき》|了解《れうかい》を|得《え》て、|漸《やうや》く|執行《とりおこな》はるる|事《こと》となつた。|珍《うづ》の|館《やかた》の|大広前《おほひろまへ》に|於《おい》て|祭壇《さいだん》を|設《まう》け、|言依別命《ことよりわけのみこと》は|斎主《さいしゆ》となり、|松若彦《まつわかひこ》、|竜国別《たつくにわけ》は|其《その》|他《た》の|神務《しんむ》に|奉仕《ほうし》し、|茲《ここ》に|芽出度《めでた》く、|神前《しんぜん》|結婚《けつこん》の|祭典《さいてん》は|済《す》んだ。|愈《いよいよ》|直会《なほらひ》の|宴《えん》に|移《うつ》り、|十二分《じふにぶん》の|歓喜《くわんき》を|尽《つく》し、|各《おのおの》|歌《うた》を|唄《うた》ひ、|舞《ま》ひ、|踊《をど》りなどして、|今日《けふ》の|慶事《けいじ》を|祝《しゆく》することとなつた。
|言依別命《ことよりわけのみこと》は|恭《うやうや》しく|神殿《しんでん》に|拝礼《はいれい》し、|礼服《れいふく》を|着《つ》けたる|儘《まま》、|声《こゑ》|淑《しと》やかに|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。
『|仰《おほ》げば|高《たか》し|久方《ひさかた》の |天《あめ》の|八重雲《やへくも》かき|分《わ》けて
|筑紫《つくし》の|日向《ひむか》の|立花《たちばな》の |青木ケ原《あをきがはら》に|天降《あも》りまし
|撞《つき》の|御柱《みはしら》|巡《めぐ》り|合《あ》ひ |妹背《いもせ》の|契《ちぎり》を|結《むす》びたる
|神伊弉諾大御神《かむいざなぎのおほみかみ》 |神伊弉冊大神《かむいざなみのおほかみ》の
|其《その》|古事《ふるごと》に|神《かむ》ならひ |瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|現《あ》れませる
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |御子《おんこ》とあれます|末子姫《すゑこひめ》
|心《こころ》の|色《いろ》も|紅《くれなゐ》の |誠《まこと》|一《ひと》つの|神司《かむつかさ》
|珍《うづ》の|御国《みくに》に|天降《あも》りまし |神《かみ》の|教《をしへ》を|楯《たて》となし
|四方《よも》の|民草《たみぐさ》|安《やす》らかに |治《をさ》め|玉《たま》ひし|功績《いさをし》は
|皇大神《すめおほかみ》の|御心《みこころ》に |叶《かな》ひまつれるものぞかし
|三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》 |言依別《ことよりわけ》は|自凝《おのころ》の
|秀妻《ほづま》の|国《くに》を|後《あと》にして |心《こころ》も|清《きよ》き|宣伝使《せんでんし》
|国依別《くによりわけ》と|諸共《もろとも》に |神《かみ》の|教《をしへ》を|開《ひら》かむと
|波《なみ》かき|分《わ》けてテルの|国《くに》 |高砂島《たかさごじま》に|名《な》も|高《たか》き
テル|山峠《やまたうげ》を|乗越《のりこ》えて ウヅの|都《みやこ》に|来《き》て|見《み》れば
|五風十雨《ごふうじふう》の|序《ついで》よく |五穀《ごこく》は|稔《みの》り|果物《くだもの》は
|豊《ゆたか》に|熟《じゆく》する|神《かみ》の|国《くに》 あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひて |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|御神力《ごしんりき》
|月日《つきひ》と|共《とも》に|輝《かがや》きぬ かかる|折《をり》しも|素盞嗚《すさのを》の
|神尊《かみのみこと》ははるばると ウブスナ|山《やま》の|斎苑館《いそやかた》
|立出《たちい》でここに|来《きた》りまし |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ
|喜《よろこ》び|勇《いさ》み|玉《たま》ふ|折《をり》 |言依別《ことよりわけ》の|伴《ともな》ひし
|国依別《くによりわけ》を|見《み》そなはし |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|夫《つま》となし
|此《この》|神国《かみくに》を|守《まも》れよと |宣《の》らせ|玉《たま》ひし|尊《たふと》さよ
|言依別《ことよりわけ》は|畏《かしこ》みて |松若彦《まつわかひこ》や|捨子姫《すてこひめ》
|其《その》|外《ほか》|数多《あまた》の|人々《ひとびと》に |皇大神《すめおほかみ》の|言《こと》の|葉《は》を
|宣《の》べ|伝《つた》ふれば|悉《ことごと》く |喜《よろこ》び|勇《いさ》み|此《この》|度《たび》の
|慶事《けいじ》をあななひ|玉《たま》ひけり。 あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|結《むす》びの|神《かみ》の|引合《ひきあわ》せ |魂《たま》と|魂《たま》との|睦《むつ》び|合《あ》ひ
|魂《たま》の|納《をさ》まる|肉宮《にくみや》に |尊卑高下《そんぴかうげ》はありとても
その|源《みなもと》を|尋《たづ》ぬれば |同《おな》じ|御神《みかみ》の|分霊《わけみたま》
|時世時節《ときよじせつ》につれられて |高《たか》くも|生《うま》れ|又《また》|低《ひく》く
|生《うま》るる|事《こと》は|神界《しんかい》の |幽玄微妙《いうげんびめう》の|御経綸《ごけいりん》
|霊魂《みたま》と|霊魂《みたま》の|系統《すぢ》を|分《わ》け |清《きよ》く|結《むす》びし|此《この》|縁《えにし》
|千代《ちよ》も|八千代《やちよ》も|限《かぎ》りなく |高砂島《たかさごじま》のいつ|迄《まで》も
|栄《さか》え|尽《つ》きせぬ|松《まつ》の|世《よ》の |色《いろ》も|褪《あ》せざれ|永久《とこしへ》に
|波《なみ》も|静《しづ》かに|二柱《ふたはしら》 |鴛鴦《をし》の|衾《ふすま》の|暖《あたた》かに
|浮《うか》びて|進《すす》む|和田《わだ》の|原《はら》 |深《ふか》きは|民《たみ》の|心《こころ》かな
|深《ふか》きは|神《かみ》の|御恵《みめぐ》みぞ |月日《つきひ》は|清《きよ》く|明《あきら》かに
|空《そら》|澄《す》み|渡《わた》る|今日《けふ》の|宵《よひ》 |心《こころ》も|勇《いさ》み|身《み》も|勇《いさ》み
|此《この》|慶《よろこ》びは|此処《ここ》よりは |外《ほか》へはやらじと|真心《まごころ》を
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|誓《ちか》ひつつ |嬉《うれ》しみ|尊《たふと》み|祝《ほ》ぎまつる
|嬉《うれ》しみ|尊《たふと》み|祝《ほ》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|元《もと》の|座《ざ》に|着《つ》きぬ。|松若彦《まつわかひこ》は|立上《たちあが》り、|銀扇《ぎんせん》を|開《ひら》いて|祝歌《しゆくか》を|歌《うた》ひ|且《か》つ|自《みづか》ら|舞《ま》ひ|踊《をど》りける。
『|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》 |島《しま》の|八十島《やそしま》|八十《やそ》の|国《くに》
|隈《くま》なく|巡《めぐ》り|救《すく》ひます |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|末《すゑ》の|御子《おんこ》と|生《あ》れませる |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》のくはし|女《め》に
|浮瀬《うきせ》に|沈《しづ》みて|悩《なや》み|居《ゐ》る |世人《よびと》を|普《あまね》く|救《すく》ひ|行《ゆ》く
|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》 |国依別《くによりわけ》の|神司《かむつかさ》
|汐《しほ》の|八百路《やほぢ》を|打渡《うちわた》り |奇《く》しき|功績《いさを》を|遠近《をちこち》に
|現《あら》はし|玉《たま》ひて|今《いま》ここに ウヅの|都《みやこ》に|出《い》で|玉《たま》ひ
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |御言《みこと》|畏《かしこ》みましまして
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|妹《いも》と|背《せ》の |契《ちぎり》を|結《むす》ぶ|今日《けふ》の|宵《よひ》
|天津御空《あまつみそら》に|照《て》りわたる |日影《ひかげ》は|明《あ》かく|月《つき》|清《きよ》く
|星《ほし》の|影《かげ》さへキラキラと いつもに|変《かは》る|空《そら》の|色《いろ》
|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》の|吉祥日《きつしやうび》 |言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
|斎主《さいしゆ》となりて|神前《しんぜん》に |結婚式《けつこんしき》を|挙行《きよかう》し
いよいよ|茲《ここ》に|妹《いも》と|背《せ》の |道《みち》を|結《むす》びて|永久《とこしへ》に
|此《この》|神国《かみくに》を|守《まも》ります |今日《けふ》は|初《はじ》めとなりにけり
いよいよこれよりウヅ|館《やかた》 |月日《つきひ》|並《なら》びて|皓々《かうかう》と
|輝《かがや》き|玉《たま》ふ|高砂《たかさご》の |常磐《ときは》の|御世《みよ》となりぬべし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |松若彦《まつわかひこ》が|真心《まごころ》を
|述《の》べて|芽出度《めでた》き|今日《けふ》の|日《ひ》を |寿《ことほ》ぎまつり|瑞御霊《みづみたま》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |千代《ちよ》の|齢《よはひ》を|祈《いの》りつつ
|夫婦《めをと》が|幸《さち》を|皇神《すめかみ》の |御前《みまへ》に|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つ|共《とも》|虧《か》くる|共《とも》
|国依別《くによりわけ》や|末子姫《すゑこひめ》 さかし|女《め》くはし|夫《を》|相並《あひなら》び
|現《あら》はれゐます|上《うへ》からは |高砂島《たかさごじま》は|何時《いつ》までも
|珍《うづ》の|御国《みくに》と|称《たた》へられ |常世《とこよ》の|春《はる》の|永久《とこしへ》に
|花《はな》|咲《さ》き|乱《みだ》れ|鳥《とり》|歌《うた》ひ |山川《やまかは》|清《きよ》く|風《かぜ》|清《きよ》く
|野《の》は|青々《あをあを》と|茂《しげ》り|合《あ》ひ |青人草《あをひとぐさ》は|大空《おほぞら》の
|星《ほし》の|如《ごと》くに|生《う》み|殖《ふ》えて |栄《さか》え|久《ひさ》しき|松《まつ》の|世《よ》の
|嬉《うれ》しき|姿《すがた》を|瑞御霊《みづみたま》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|言霊《ことたま》の
|清《きよ》き|限《かぎ》りを|捧《ささ》げつつ |畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる
|畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|了《をは》つて|座《ざ》に|着《つ》いた。|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》は|立上《たちあが》り、|銀扇《ぎんせん》を|開《ひら》いて|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ひ、|今日《けふ》の|慶事《けいじ》を|祝《ほ》ぎ|奉《まつ》りける。|其《その》|歌《うた》、
『|久方《ひさかた》の|高天原《たかあまはら》を|出《い》でまして |四方《よも》の|国々《くにぐに》|巡《めぐ》りまし
|八岐大蛇《やまたをろち》や|醜神《しこがみ》の |伊猛《いたけ》り|狂《くる》ひ|民草《たみぐさ》を
|苦《くる》しめ|悩《なや》ます|曲津見《まがつみ》を |仁慈無限《じんじむげん》の|大神《おほかみ》は
|生言霊《いくことたま》の|神力《しんりき》に |言向《ことむ》け|和《やは》し|玉《たま》ひつつ
|百《もも》の|悩《なや》みを|嘗《な》め|玉《たま》ひ |心《こころ》も|辛《から》き|潮沫《しほなわ》の
|凝《こ》りて|成《な》るてふ|島々《しまじま》を |巡《めぐ》らせ|玉《たま》ひ|御恵《みめぐみ》の
|露《つゆ》をば|与《あた》へ|玉《たま》ひつつ |草木《くさき》も|靡《なび》く|御威勢《ごゐせい》に
|高天原《たかあまはら》の|空《そら》|清《きよ》く |大海原《おほうなばら》の|底《そこ》あかく
|波《なみ》に|泛《うか》べる|国土《くにつち》は |清《きよ》くさやけく|茂《しげ》り|合《あ》ひ
|三千世界《さんぜんせかい》の|万有《ばんいう》は |君《きみ》の|威徳《ゐとく》を|畏《かしこ》みて
|仕《つか》へまつれる|尊《たふと》さよ かかる|目出度《めでた》き|大神《おほかみ》の
|珍《うづ》の|御子《おんこ》と|生《あ》れませる |八人乙女《やたりをとめ》の|末子姫《すゑこひめ》
|年端《としは》も|行《ゆ》かぬ|中《うち》よりも |神《かみ》の|御為《おんため》|世《よ》の|為《ため》に
|神《かみ》の|誠《まこと》の|御恵《みめぐみ》を |草《くさ》の|片葉《かきは》に|至《いた》るまで
うるほはせむと|思召《おぼしめ》し |顕恩郷《けんおんきやう》に|現《あ》れまして
バラモン|教《けう》の|鬼雲彦《おにくもひこ》が |館《やかた》に|入《い》らせ|玉《たま》ひつつ
|醜《しこ》の|魔人《まびと》の|惟神《かむながら》 |誠《まこと》の|道《みち》に|服従《まつろ》ふを
|待《ま》たせ|玉《たま》へる|折柄《をりから》に |太玉神《ふとたまがみ》の|現《あ》れまして
|鬼雲彦《おにくもひこ》は|逸早《いちはや》く |雲《くも》を|起《おこ》して|逃《に》げ|去《さ》りぬ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》は|是非《ぜひ》もなく |姉《あね》の|命《みこと》と|諸共《もろとも》に
|流《なが》れも|清《きよ》きエデン|川《がは》 |渡《わた》りて|四方《よも》に|神《かみ》の|道《みち》
|開《ひら》かせ|玉《たま》ふ|折《をり》もあれ |鬼雲彦《おにくもひこ》が|部下《ぶか》|共《ども》に
|嗅《か》ぎつけられて|妾《わらは》まで |半《なかば》|朽《く》ちたる|釣舟《つりぶね》に
|乗《の》せてすげなく|和田《わだ》の|原《はら》 つき|放《はな》されし|苦《くる》しさよ
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |雄々《をを》しき|清《きよ》き|霊《みたま》をば
|受《う》けさせ|玉《たま》ふ|末子姫《すゑこひめ》 |少《すこ》しも|驚《おどろ》き|玉《たま》はずて
|妾《わらは》の|心《こころ》を|励《はげ》ませつ |荒波《あらなみ》|猛《たけ》る|海原《うなばら》を
かいくぐりつつ|漸《やうや》くに |神《かみ》の|御稜威《みいづ》もテルの|国《くに》
ハラの|港《みなと》に|上陸《じやうりく》し テル|山峠《やまたうげ》を|乗越《のりこ》えて
|御霊《みたま》の|力《ちから》を|現《あら》はしつ バラモン|教《けう》の|神司《かむづかさ》
|石熊《いしくま》カールの|両人《りやうにん》を |言向和《ことむけやは》せ|急坂《きふはん》を
|登《のぼ》りつ|下《くだ》りつ|人々《ひとびと》の |命《いのち》を|狙《ねら》ふ|曲神《まがかみ》を
|稜威《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|玉《たま》ひ |言向和《ことむけやは》してウヅの|国《くに》
|神《かみ》の|館《やかた》に|出《い》でましぬ |妾《わらは》も|姫《ひめ》に|従《したが》ひて
ここに|現《あら》はれ|来《きた》る|身《み》の |嬉《うれ》しさ|楽《たの》しさ|如何《いか》|許《ばか》り
|国《くに》の|司《つかさ》となり|玉《たま》ひ |世人《よびと》を|導《みちび》き|玉《たま》ふ|折《をり》
|三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》 |言依別《ことよりわけ》の|神人《しんじん》が
|雲霧《くもきり》|分《わ》けて|降《くだ》りまし |此処《ここ》に|止《とど》まり|玉《たま》ひつつ
|教《をしへ》を|開《ひら》き|玉《たま》ひしが |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|捨子姫《すてこひめ》 |此《この》|現身《うつそみ》にかからせて
アマゾン|河《かは》に|向《むか》ひたる |鷹依姫《たかよりひめ》や|高姫《たかひめ》の
|危難《きなん》を|救《すく》ひ|言霊《ことたま》の |御稜威《みいづ》に|百《もも》の|曲神《まがかみ》を
|言向和《ことむけやは》せと|宣《の》り|玉《たま》ふ |言依別《ことよりわけ》の|神人《しんじん》は
|其《その》|神言《かみこと》を|畏《かしこ》みて |時《とき》を|移《うつ》さず|供人《ともびと》を
|従《したが》へ|都《みやこ》を|立出《たちい》でて |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|向《むか》ひまし
アマゾン|河《かは》を|見下《みおろ》して |微笑《ほほゑ》み|玉《たま》ふ|折柄《をりから》に
|国依別《くによりわけ》の|宣伝使《せんでんし》 |仕組《しぐみ》の|糸《いと》に|引《ひ》かされて
|四人《よにん》の|供《とも》を|従《したが》へつ ここに|登《のぼ》りて|来《き》ましける。
|琉《りう》と|球《きう》との|宝玉《ほうぎよく》の |御稜威《みいづ》に|充《み》てる|両人《りやうにん》は
アマゾン|河《かは》の|南北《なんぽく》に |展開《てんかい》したる|森林《しんりん》の
|醜《しこ》の|曲津《まがつ》を|射《い》てらせば |神《かみ》の|御稜威《みいづ》は|目《ま》のあたり
|鷹依姫《たかよりひめ》や|高姫《たかひめ》も |光《ひかり》を|慕《した》ひて|屏風山《びやうぶやま》
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|集《あつ》まりぬ かくも|尊《たふと》き|神徳《しんとく》を
|負《お》はせ|玉《たま》へる|宣伝使《せんでんし》 |国依別《くによりわけ》の|真人《しんじん》が
ウヅの|都《みやこ》に|現《あ》れまして |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|夫《つま》となり
|幾久《いくひさ》しくも|末永《すえなが》く |契《ちぎり》を|結《むす》ばせ|玉《たま》ふこそ
|実《げ》にも|尊《たふと》き|限《かぎ》りなれ。 |加之《しかのみならず》|瑞御霊《みづみたま》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は |遠《とほ》く|波路《なみぢ》を|打《うち》わたり
これの|慶事《けいじ》に|臨《のぞ》みまし |親子《おやこ》|夫婦《ふうふ》の|契《ちぎり》をば
|依《よ》さし|玉《たま》へる|有難《ありがた》さ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|目《ま》のあたり |永《なが》く|仕《つか》へし|捨子姫《すてこひめ》
やうやう|心《こころ》もおちつきて |雪《ゆき》|積《つ》む|山《やま》の|冬《ふゆ》の|木《き》の
|花《はな》|咲《さ》く|春《はる》に|会《あ》ふ|心地《ここち》 あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|結《むす》ぶの|神《かみ》のいつ|迄《まで》も |二人《ふたり》の|仲《なか》は|睦《むつま》じく
|変《かは》ることなくましまして |神《かみ》の|御稜威《みいづ》も|高砂《たかさご》の
|尾《を》の|上《へ》の|松《まつ》の|色《いろ》|深《ふか》く |千年《ちとせ》の|鶴《つる》の|末永《すえなが》く
|亀《かめ》の|齢《よはひ》の|万世《よろづよ》も いと|平《たひら》けく|安《やす》らけく
|鎮《しづ》まりゐませ|二柱《ふたはしら》 |捨子《すてこ》の|姫《ひめ》は|今《いま》よりは
|尚《なほ》も|心《こころ》を|励《はげ》まして |力《ちから》の|続《つづ》く|其《その》|限《かぎ》り
|誠《まこと》|一《ひと》つを|楯《たて》となし |神《かみ》と|君《きみ》とに|仕《つか》へなむ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ』
と|歌《うた》ひ|了《をは》り、|悠々《いういう》として|吾《わが》|座《ざ》に|着《つ》きける。
(大正一一・八・二六 旧七・四 松村真澄録)
第六章 |皮肉歌《ひにくか》〔九二一〕
|高姫《たかひめ》は|立上《たちあが》り、|祝歌《しゆくか》を|歌《うた》ひ|始《はじ》めた。|其《その》|歌《うた》、
『|天《あま》の|岩戸《いはと》の|初《はじ》めより |女《をんな》ならでは|夜《よ》が|明《あ》けぬ
|国《くに》と|称《とな》へし|神《かみ》の|国《くに》 |女《をんな》にかけては|抜目《ぬけめ》なき
|国依別《くによりわけ》の|神司《かむつかさ》 |宗彦《むねひこ》お|勝《かつ》の|昔《むかし》より
|凄《すご》い|腕《うで》をば|持《も》つてゐた |此《この》|世《よ》の|紊《みだ》れた|行方《やりかた》を
|自由自在《じいうじざい》に|振《ふ》りまはし |名《な》を|轟《とどろ》かし|来《きた》りけり
さはさり|乍《なが》ら|三五《あななひ》の |尊《たふと》き|神《かみ》の|御教《みをしへ》に
|心《こころ》の|底《そこ》より|改心《かいしん》し |生《うま》れ|赤児《あかご》になりたれど
|未《いま》だ|安心《あんしん》する|所《とこ》へ |私《わたし》としては|行《ゆ》きませぬ
さはさり|乍《なが》ら|瑞御霊《みづみたま》 |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|清《きよ》き|尊《たふと》き|思召《おぼしめ》し |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|御心《みこころ》に
|叶《かな》へまつりし|果報者《くわはうもの》 |国依別《くによりわけ》の|宣伝使《せんでんし》
|玉《たま》かこつけに|高姫《たかひめ》を |瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|現《あ》れませる
|竹生《ちくぶ》の|島《しま》|迄《まで》はるばると |遣《つか》はし|玉《たま》ひし|御神力《ごしんりき》
|誠《まこと》に|感《かん》じ|奉《たてまつ》る あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》に|任《まか》せて|高姫《たかひめ》は モウ|此《この》|上《うへ》は|何事《なにごと》も
|此《この》|縁談《えんだん》に|関《くわん》しては |申上《まをしあ》げぬと|定《き》めました
コレコレ|国依別《くによりわけ》さまえ お|前《まへ》は|元《もと》より|気楽者《きらくもの》
からかひ|上手《じやうず》の|生《うま》れつき これからチツトは|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなほ》し |早《はや》く|真面目《まじめ》になりなされ
アルゼンチンの|神館《かむやかた》 |神《かみ》の|柱《はしら》と|国《くに》の|君《きみ》
|重荷《おもに》を|負《お》うたお|前《まへ》さま どうぞ|確乎《しつかり》しておくれ
|親子《おやこ》は|一世《いつせ》|夫婦《ふうふ》|二世《にせ》 |主従《しゆじう》|三世《さんぜ》といふ|掟《おきて》
お|前《まへ》の|夫婦《ふうふ》は|二世《にせ》|三世《さんぜ》 |五世《ごせ》や|六世《ろくせ》ぢや|御座《ござ》るまい
|天地《てんち》の|規則《きそく》にてらしなば これ|程《ほど》|違反《ゐはん》な|人《ひと》はない
さはさり|乍《なが》ら|惟神《かむながら》 |瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|贖《あがな》ひに
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|只《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|罪《つみ》 |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し
|宣《の》り|直《なほ》されて|宗彦《むねひこ》の |成《な》れの|果《は》てなる|宣伝使《せんでんし》
|国依別《くによりわけ》は|不思議《ふしぎ》にも |水晶無垢《すいしやうむく》の|御霊《みたま》なる
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|結婚《けつこん》し |高《たか》き|位《くらゐ》に|上《のぼ》りつめ
|普《あまね》く|世人《よびと》に|臨《のぞ》むとは どこで|算用《さんよう》が|違《ちが》うたかと
|私《わたし》は|合点《がてん》が|行《ゆ》きませぬ |国依別《くによりわけ》の|神《かみ》さまよ
|憎《にく》いことをば|高姫《たかひめ》が |吐《ぬか》すと|思《おも》うたら|違《ちが》ふぞえ
モウ|是《これ》からは|謹《つつし》んで |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》を|尊《たふと》んで
|他《ほか》の|女《をんな》に|目《め》をくれず |妻大明神《つまだいみやうじん》と|崇《あが》めたて
|大事《だいじ》に|大事《だいじ》に|仕《つか》へませ またも|持病《ぢびやう》が|再発《さいはつ》し
|手当《てあて》たり|次第《しだい》に|手《て》を|出《だ》して |姫《ひめ》の|心《こころ》を|悩《なや》ますな
これこれ|末子《すゑこ》のお|姫《ひめ》さま |国依別《くによりわけ》と|云《い》ふ|人《ひと》は
|私《わたし》が|只今《ただいま》|云《い》うたよに |油断《ゆだん》のならぬ|色男《いろをとこ》
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なの|起伏《おきふ》しに |気《き》を|付《つ》けなされ|婢女《はしため》を
|側《そば》におくなら|不器量《ぶきりやう》な おかめの|様《やう》な|女《をんな》をば
きつと|侍《はべ》らせおきなされ |中々《なかなか》|油断《ゆだん》がなりませぬ
これ|高姫《たかひめ》が|老婆心《らうばしん》 お|道《みち》を|思《おも》ひ|国《くに》|思《おも》ひ
お|前《まへ》を|大事《だいじ》と|思《おも》ふ|故《ゆゑ》 |日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》が
オツトドツコイコラ|違《ちが》うた、 |日《ひ》の|出《で》の|勢《いきほ》ひ|大空《おほぞら》に
|輝《かがや》き|亘《わた》る|増鏡《ますかがみ》 |心《こころ》に|映《うつ》つた|誠《まこと》をば
|鏡《かがみ》にかへて|進《しん》ぜませう あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |貴《うづ》の|御前《おんまへ》|憚《はばか》らず
|申上《まをしあ》げたる|高姫《たかひめ》の |苦《にが》き|言葉《ことば》を|神直日《かむなほひ》
|心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》 |見直《みなほ》しませよ|大神《おほかみ》よ
|言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》さま |捨子《すてこ》の|姫《ひめ》の|侍女《こしもと》さま
|松若彦《まつわかひこ》の|司《つかさ》さま |此《この》|高姫《たかひめ》が|云《い》うたこと
キツト|忘《わす》れちやなりませぬ |正月《しやうぐわつ》|言葉《ことば》は|誰《たれ》も|好《す》く
|人《ひと》の|嫌《いや》がる|言霊《ことたま》を |並《なら》べて|云《い》ふのも|心《こころ》より
|皆《みな》を|大事《だいじ》と|思《おも》ふゆゑ |不調法《ぶてうはふ》してからゴテゴテと
|意見《いけん》したとて|仕様《しやう》がない |前《まへ》つ|前《まへ》つに|気《き》をつける
|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける
|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|明《あきら》かに |鏡《かがみ》の|如《ごと》く|善悪《ぜんあく》を
|心《こころ》の|底《そこ》より|照《て》りわたし おさばきなさる|神様《かみさま》よ
|一度《いちど》に|開《ひら》く|木《こ》の|花《はな》の |今日《けふ》の|目出《めで》たき|宴席《えんせき》に
|皆《みな》さまたちの|喜《よろこ》ばぬ |苦《にが》い|言霊《ことたま》|御馳走《ごちそう》に
|私《わたし》は|並《なら》べておきました こんな|粗末《そまつ》な|品物《しなもの》と
|只《ただ》|一口《ひとくち》にけなさずに |能《よ》く|味《あぢは》うてたべてたべ
|苦《にが》い|言葉《ことば》は|胃《ゐ》の|薬《くすり》 |霊《みたま》の|薬《くすり》になりますぞ
クスリクスリと|片隅《かたすみ》に |笑《わら》うて|御座《ござ》る|人《ひと》がある
お|前《まへ》は|何《なに》がそれ|程《ほど》に |可笑《をか》しう|御座《ござ》るか|石熊《いしくま》さま
お|前《まへ》の|名前《なまへ》は|固《かた》けれど |心《こころ》の|中《うち》は|反対《あべこべ》に
|国依別《くによりわけ》の|亜流《ありう》だらう |同気同心《どうきどうしん》|相求《あひもと》め
|同病《どうびやう》|互《たがひ》に|憐《あは》れむは |天地《てんち》の|道理《だうり》と|聞《き》くからは
|今日《けふ》は|目出《めで》たい|席《せき》ぢや|故《ゆゑ》 |余《あま》り|咎《とが》めはしませぬが
モウ|是《これ》からは|晴《は》れの|場《ば》で こんな|不都合《ふつがふ》があつたなら
|高姫《たかひめ》|承知《しようち》をしませぬぞ |皆《みな》さま|奇妙《きめう》な|顔付《かほつき》で
|穴《あな》があく|程《ほど》わしの|顔《かほ》 |眺《なが》めて|御座《ござ》るが|気《き》が|知《し》れぬ
あゝ|豆鉄砲《まめでつぱう》を|鳩鳥《はとどり》が くらつたやうなお|顔付《かほつき》
|何《なに》を|心配《しんぱい》なされます |目出《めで》たく|式《しき》も|済《す》みたれば
|皆《みな》さま|互《たがひ》に|打《うち》とけて |心《こころ》の|底《そこ》をさらけ|出《だ》し
|此《この》|高姫《たかひめ》の|云《い》ふ|通《とほ》り |国依別《くによりわけ》の|身《み》の|為《ため》に
|気《き》をつけなさるが|誠《まこと》ぞえ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|余《あま》り|永《なが》らく|言霊《ことたま》を |使《つか》ふと|皆《みな》さま|欠伸《あくび》して
あゝゝゝゝゝゝ|言《い》ひなさる ホンに|醜《みにく》いお|顔付《かほつき》
アフンと|致《いた》して|御座《ござ》るのか |折角《せつかく》あいた|其《その》|口《くち》が
|塞《ふさ》がらぬ|様《やう》な|顔《かほ》をして |五百羅漢《ごひやくらかん》の|陳列場《ちんれつぢやう》
さながら|眺《なが》むる|如《ごと》くなり あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
お|気《き》にいらないこと|計《ばか》り ベンベンだらりと|述《の》べ|立《た》てて
お|気《き》をもませて|済《す》みませぬ |此《この》|高姫《たかひめ》は|今日《けふ》|限《かぎ》り
|国依別《くによりわけ》の|事《こと》につき |一切万事《いつさいばんじ》|申《まを》さない
|国依別《くによりわけ》の|神《かみ》さまよ どうぞ|安心《あんしん》なさいませ
|是《これ》ぢやに|依《よ》つて|平常《へいぜい》の |其《その》|行《おこな》ひが|肝腎《かんじん》ぢや
まさかの|時《とき》に|人々《ひとびと》の |前《まへ》で|恥《はぢ》をば|晒《さら》されて
|赤《あか》い|顔《かほ》をばせにやならぬ |皆《みな》さまこれが|好《よ》い|鑑《かがみ》
|三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》を よつく|守《まも》りて|妹《いも》と|背《せ》の
|夫婦《ふうふ》の|道《みち》を|違《たが》へじと |慎《つつし》み|守《まも》るが|宜《よろ》しいぞ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |惟神《かむながら》ぢやと|思《おも》やこそ
|私《わたし》も|今度《こんど》の|縁談《えんだん》を |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|言葉《ことば》に|免《めん》じて|口《くち》つめる |天津神《あまつかみ》|達《たち》|八百万《やほよろづ》
|国津神《くにつかみ》|達《たち》|八百万《やほよろづ》 |国魂神《くにたまがみ》の|竜世姫《たつよひめ》
|神命《かみのみこと》の|御前《おんまへ》に |高姫《たかひめ》|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
|高姫《たかひめ》|祈《いの》り|奉《たてまつ》る』
と|皮肉《ひにく》な|歌《うた》を|唄《うた》ひ、|元《もと》の|座《ざ》にツーンとして、|坐《すわ》り|込《こ》みける。
(大正一一・八・二六 旧七・四 松村真澄録)
第七章 |心《こころ》の|色《いろ》〔九二二〕
|鷹依姫《たかよりひめ》は|立上《たちあが》り、|嬉《うれ》しげに|銀扇《ぎんせん》を|開《ひら》き、|少《すこ》し|曲《まが》つた|腰《こし》を|伸《の》ばせる|様《やう》な|心持《こころもち》にて、おとなしく|歌《うた》ひ|始《はじ》めた。
『|常世《とこよ》の|国《くに》の|自在天《じざいてん》 |斎《いつ》きまつりしバラモンの
|神《かみ》の|教《をしへ》を|諾《うべな》ひて |此上《こよ》なきものと|思《おも》ひつめ
|自凝島《おのころじま》に|打《うち》わたり アルプス|教《けう》と|銘《めい》|打《う》つて
|高春山《たかはるやま》にたてこもり テ、カ、|二人《ふたり》を|司《つかさ》とし
|教《をしへ》を|伝《つた》ふる|折柄《をりから》に |思《おも》ひがけなき|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|方々《かたがた》が |言霊戦《ことたません》を|開《ひら》くべく
|登《のぼ》り|来《き》ませし|其《その》|時《とき》に |竜国別《たつくにわけ》の|吾《わが》|伜《せがれ》
|巡《めぐ》り|会《あ》うたる|嬉《うれ》しさよ |国依別《くによりわけ》の|神様《かみさま》は
|竜国別《たつくにわけ》や|玉治別《たまはるわけ》の |教司《をしへつかさ》や|杢助《もくすけ》さま
お|初《はつ》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に いと|懇《ねんご》ろに|三五《あななひ》の
|教《をしへ》を|諭《さと》し|玉《たま》ひつつ |錦《にしき》の|宮《みや》に|伴《つ》れ|帰《かへ》り
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|神《かみ》の|前《まへ》 |使《つか》はせ|玉《たま》ひし|嬉《うれ》しさよ
|黒姫《くろひめ》|様《さま》が|預《あづか》りし |黄金《こがね》の|玉《たま》ははしなくも
いつの|間《ま》にやら|紛失《ふんしつ》し |黒姫《くろひめ》さまが|驚《おどろ》いて
ヤツサモツサと|修羅《しゆら》もやし |吾等《われら》|親子《おやこ》を|疑《うたが》ひて
|詰《つ》めよせたまふ|恐《おそ》ろしさ |此《この》|事《こと》|忽《たちま》ち|高姫《たかひめ》の
|耳《みみ》に|聞《きこ》えて|親《おや》と|子《こ》は |黄金《こがね》の|玉《たま》の|捜索《そうさく》を
|言《い》ひつけられて|是非《ぜひ》もなく |高砂島《たかさごじま》にふみ|迷《まよ》ひ
いろいろ|雑多《ざつた》と|憂苦労《うきくらう》 |嘗《な》めたる|御《お》かげに|神様《かみさま》の
|誠《まこと》の|道《みち》を|心《こころ》より |悟《さと》りて|親子《おやこ》はテ、カの
|二人《ふたり》と|共《とも》にアマゾンの |速瀬《はやせ》を|渡《わた》りて|空《そら》を|蔽《おほ》ふ
|時雨《しぐれ》の|森《もり》に|立向《たちむか》ひ |獣《けもの》の|王《わう》となりすまし
|神《かみ》の|御言《みこと》を|宣《の》べ|伝《つた》ふ |時《とき》しもあれや|琉球《りうきう》の
|玉《たま》の|力《ちから》を|身《み》に|受《う》けし |言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
|国依別《くによりわけ》の|神人《しんじん》が |吾等《われら》|一同《いちどう》を|救《すく》ひ|上《あ》げ
アルゼンチンの|都《みやこ》まで |伴《ともな》ひ|玉《たま》ひ|帰《かへ》りける。
|吾等《われら》|親子《おやこ》は|勇《いさ》み|立《た》ち |来《きた》りて|見《み》れば|末子姫《すゑこひめ》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |此処《ここ》に|現《あら》はれましまして
|御稜威《みいづ》を|照《てら》させ|玉《たま》ひつつ |大恩《たいおん》|受《う》けし|国依別《くによりわけ》の
|神《かみ》の|命《みこと》に|末子姫《すゑこひめ》 |千代《ちよ》の|契《ちぎり》を|今日《けふ》の|宵《よひ》
|結《むす》ばせ|玉《たま》ふと|聞《き》きしより |心《こころ》も|勇《いさ》み|気《き》も|勇《いさ》み
|有難涙《ありがたなみだ》にくれました |国依別《くによりわけ》の|神様《かみさま》よ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》を|末永《すえなが》く いつくしみつつウヅの|国《くに》
ウヅの|館《やかた》に|永久《とこしへ》に |鎮《しづ》まりゐまして|世《よ》の|人《ひと》を
|安《やす》きに|導《みちび》き|玉《たま》へかし あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》を |感謝《かんしや》しまつり|妹《いも》と|背《せ》の
|身《み》も|健《すこや》かに|幸《さき》かれと |国治立大御神《くにはるたちのおほみかみ》
|豊国姫大御神《とよくにひめのおほみかみ》 |其《その》|外《ほか》|百《もも》の|神《かみ》|達《たち》の
|御前《みまへ》に|祈《いの》り|奉《たてまつ》る あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|了《をは》つて、|重《おも》き|体《からだ》をゆすり|乍《なが》ら、|元《もと》の|座《ざ》に|着《つ》いた。|竜国別《たつくにわけ》は|立上《たちあが》り、|銀扇《ぎんせん》を|開《ひら》いて、|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ふ。
『|高姫《たかひめ》さまや|黒姫《くろひめ》の |鋭《するど》き|眼《まなこ》に|睨《にら》まれて
|思《おも》はぬ|嫌疑《けんぎ》をうけ|乍《なが》ら |親子《おやこ》は|悲《かな》しき|旅《たび》の|空《そら》
|自凝島《おのころじま》を|後《あと》にして |荒波《あらなみ》|猛《たけ》る|海原《うなばら》を
|命《いのち》カラガラ|渡《わた》り|来《き》て |高砂島《たかさごじま》に|上陸《じやうりく》し
|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|居《きよ》を|構《かま》へ |親子《おやこ》|二人《ふたり》が|玉捜《たまさが》し
|心《こころ》の|鬼《おに》に|責《せ》められて |夜陰《やいん》に|紛《まぎ》れてアリナ|山《さん》
スタスタ|登《のぼ》り|下《くだ》りつつ アルゼンチンの|荒野原《あれのはら》
ポプラの|蔭《かげ》にて|皇神《すめかみ》の |清《きよ》き|尊《たふと》き|御教《おんをしへ》
かかぶり|茲《ここ》に|親《おや》と|子《こ》は |初《はじ》めて|迷《まよ》ひの|夢《ゆめ》もさめ
|曠野《くわうや》を|渉《わた》り|海《うみ》を|越《こ》え |艱難辛苦《かんなんしんく》の|其《その》|果《は》ては
アマゾン|河《がは》の|森林《しんりん》に |兎《うさぎ》の|王《わう》の|神《かみ》となり
|言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の |教司《をしへつかさ》の|神人《しんじん》が
|光《ひかり》に|照《てら》され|屏風山《びやうぶやま》 |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|攀登《よぢのぼ》り
|茲《ここ》に|一行《いつかう》|十八《じふはち》の |身魂《みたま》と|共《とも》にやうやうに
ウヅの|都《みやこ》に|来《き》て|見《み》れば |思《おも》ひがけなき|末子姫《すゑこひめ》
|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に |降《くだ》りゐますぞ|有難《ありがた》き
|吾等《われら》|親子《おやこ》は|朝夕《あさゆふ》に |神《かみ》の|恵《めぐみ》を|嬉《うれ》しみて
|仕《つか》へまつれる|折《をり》もあれ |救《すく》ひの|神《かみ》とたよりたる
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は |又《また》もや|此処《ここ》に|天降《あも》りまし
げに|温《あたた》かき|言《こと》の|葉《は》を |下《くだ》させ|玉《たま》ふ|尊《たふと》さよ
|自凝島《おのころじま》をあちこちと |手《て》を|引《ひ》き|合《あ》うて|巡《めぐ》りたる
いとも|親《した》しき|道《みち》の|友《とも》 |国依別《くによりわけ》の|神司《かむつかさ》
|球《きう》の|御玉《みたま》の|光《ひかり》もて ウヅの|御国《みくに》の|神柱《かむばしら》
|司《つかさ》となりて|末子姫《すゑこひめ》 |妻《つま》に|持《も》たせつ|永久《とこしへ》に
|鎮《しづ》まり|玉《たま》ふ|妹《いも》と|背《せ》の |今日《けふ》の|御式《みのり》を|親《おや》と|子《こ》が
|心《こころ》の|底《そこ》より|感激《かんげき》し |祝《いは》ひ|奉《まつ》るぞ|嬉《うれ》しけれ
|国依別《くによりわけ》よ|若草《わかぐさ》の |妻《つま》の|命《みこと》と|末永《すえなが》く
|鴛鴦《をし》の|衾《ふすま》の|夢《ゆめ》さめず |身《み》も|健《すこや》かに|栄《さか》えませ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|恵《めぐみ》は|目《ま》のあたり
|現《あら》はれますぞ|尊《たふと》けれ |現《あら》はれますぞ|尊《たふと》けれ』
と|極《きは》めて|簡単《かんたん》なる|歌《うた》なれども、|竜国別《たつくにわけ》が|国依別《くによりわけ》に|対《たい》する|友情《いうじやう》の|籠《こも》りあるに、|何《いづ》れも|感歎《かんたん》せざる|者《もの》はなかつた。|石熊《いしくま》は|立上《たちあが》り、|銀扇《ぎんせん》を|開《ひら》いて、|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ふ。
『|高照山《たかてるやま》の|山麓《さんろく》に バラモン|教《けう》の|神館《かむやかた》
|太《ふと》しく|広《ひろ》く|立《た》て|並《なら》べ |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|大国彦《おほくにひこ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|神霊《しんれい》を |斎《いつ》きまつりて|諸人《もろびと》を
|教《をし》へ|導《みちび》きゐたりしが アンゼンチンのウヅ|都《みやこ》
|三五教《あななひけう》の|勢《いきほ》ひは |旭《あさひ》の|豊栄《とよさか》|昇《のぼ》る|如《ごと》
|四方《よも》に|輝《かがや》きわたりしを |心《こころ》の|中《なか》の|曲者《くせもの》に
そそのかされていろいろと |神《かみ》の|大道《おほぢ》のさまたげを
|致《いた》せしことの|恥《はづ》かしさ |乾《いぬゐ》の|滝《たき》にあらはれて
|命《いのち》|危《あやふ》き|所《ところ》をば |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》に|助《たす》けられ
|巽《たつみ》の|池《いけ》に|向《むか》ひ|立《た》ち |足《あし》を|痛《いた》めていろいろと
|悩《なや》む|折柄《をりから》|側近《そばちか》く |添《そ》ひて|仕《つか》へしカールさまが
|心《こころ》|配《くば》りの|神徳《しんとく》に |足《あし》の|病《やまひ》も|癒《い》やされて
|心《こころ》も|勇《いさ》み|身《み》も|踊《をど》り ウヅの|都《みやこ》に|来《き》て|見《み》れば
|教《をしへ》の|花《はな》は|日《ひ》に|月《つき》に |梅花《ばいくわ》の|如《ごと》く|薫《かを》りける
かかる|所《ところ》へ|三五《あななひ》の |錦《にしき》の|宮《みや》の|大教主《だいけうしゆ》
|言依別《ことよりわけ》の|出《い》でましに |再《ふたた》び|喜悦《きえつ》の|花《はな》は|咲《さ》き
|上下《しやうか》|睦《むつ》びて|惟神《かむながら》 |教《をしへ》を|伝《つた》ふる|折《をり》もあれ
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の いと|厳《おごそ》かな|神懸《かむがかり》
アマゾン|河《がは》に|向《むか》ひたる |鷹依姫《たかよりひめ》や|高姫《たかひめ》の
|司《つかさ》を|救《すく》ひて|逸早《いちはや》く |珍《うづ》の|都《みやこ》に|帰《かへ》れよと
|宣《の》らせ|玉《たま》ひし|神言《かみごと》に |言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》
|吾等《われら》|四人《よにん》を|従《したが》へて |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|向《むか》ひまし
めでたく|凱旋《がいせん》なし|玉《たま》ひ |帰《かへ》りて|見《み》れば|素盞嗚神《すさのをのかみ》の
|瑞《みづ》の|尊《みこと》は|日月《じつげつ》の |御空《みそら》に|輝《かがや》く|御姿《おんすがた》
|天降《あまくだ》ります|尊《たふと》さよ |斯《か》くも|尊《たふと》き|神人《しんじん》の
|集《あつ》まり|玉《たま》ふ|珍館《うづやかた》 |国依別《くによりわけ》や|末子姫《すゑこひめ》
|妹背《いもせ》の|契《ちぎり》を|月《つき》|清《きよ》き |今宵《こよひ》の|空《そら》に|結《むす》びます
|其《その》|嬉《うれ》しさに|石熊《いしくま》も |皇大神《すめおほかみ》の|底《そこ》|知《し》れぬ
|深《ふか》き|仕組《しぐみ》を|拝察《はいさつ》し |心《こころ》の|限《かぎ》り|身《み》の|限《かぎ》り
|誠《まこと》を|捧《ささ》げまつりつつ |天地《あめつち》|百《もも》の|神《かみ》|達《たち》に
|誓《ちか》ひて|仕《つか》へ|奉《たてまつ》る あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて |心《こころ》|濁《にご》れる|石熊《いしくま》を
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|永久《とこしへ》に |使《つか》はせ|玉《たま》へ|国依別《くによりわけ》の
|神《かみ》の|命《みこと》や|末子姫《すゑこひめ》 |珍《うづ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
(大正一一・八・二六 旧七・四 松村真澄録)
第八章 |春駒《はるこま》〔九二三〕
|春彦《はるひこ》も|立上《たちあが》り、|祝意《しゆくい》を|表《へう》し、|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。
『|高姫《たかひめ》さまのお|伴《とも》して |【秋】津《あきつ》の|島《しま》を|【春】彦《はるひこ》が
いと【なつ】かしき|故里《ふるさと》を |御霊《みたま》の【ふゆ】をかかぶりて
|教《をしへ》を|四方《よも》に【しき】|島《しま》の |大和男子《やまとをのこ》の|益良夫《ますらを》が
|常彦《つねひこ》さまと|只《ただ》|二人《ふたり》 |瀬戸《せと》の|海《うみ》をば|船出《ふなで》して
|艪櫂《ろかい》を|漕《こ》ぎつつ|渡《わた》り|来《く》る |浪高姫《なみたかひめ》の|御剣幕《ごけんまく》
|荒《あら》き|汐路《しほぢ》を|打《う》ち|渡《わた》り |船《ふね》を|暗礁《あんせう》に|乗《の》り|上《あ》げて
|高島丸《たかしままる》の|船長《せんちやう》の タルチルさまに|助《たす》けられ
|波高砂《なみたかさご》の|島《しま》の|端《はて》 テルの|港《みなと》に|安着《あんちやく》し
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》 |其《その》|他《た》の|玉《たま》の|所在《ありか》をば
|尋《たづ》ねむものと|言依別《ことよりわけ》の |瑞《みづ》の|命《みこと》の|跡《あと》|逐《お》うて
|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|立向《たちむか》ひ いろいろ|雑多《ざつた》と|身《み》をこがし
アマゾン|河《がは》を|初《はじ》めとし |時雨《しぐれ》の|森《もり》のまん|中《なか》で
モールバンドに|出会《でつくは》し |震《ふる》ひ|戦《をのの》く|折柄《をりから》に
|言依別《ことよりわけ》の|神《かみ》さまが |遣《つか》はし|玉《たま》ひし|神司《かむつかさ》
|四人《よにん》のお|方《かた》と|諸共《もろとも》に |大森林《だいしんりん》をくぐりぬけ
|鰐《わに》の|架橋《かけはし》|打《う》ちわたり |兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|立向《たちむか》ひ
|鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》と |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|霊光《れいくわう》を
|合図《あひづ》に|漸《やうや》く|登《のぼ》りつめ |目出度《めでた》く|此処《ここ》につきにけり
|国依別《くによりわけ》の|神司《かむつかさ》 |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|夫《つま》となり
|偕老同穴《かいらうどうけつ》|永久《とこしへ》に |妹背《いもせ》の|道《みち》を|結《むす》びます
|其《その》|事《こと》きまりて|高姫《たかひめ》は |身魂《みたま》が|濁《にご》つた|濁《にご》らぬと
|自《みづか》ら|心《こころ》を|濁《にご》しつつ あちら|此方《こちら》とかけ|廻《めぐ》り
|遂《つい》には|深《ふか》き|川《かは》に|落《お》ち |命《いのち》を|助《たす》けて|貰《もら》ひつつ
|突《つ》き|落《おと》したと|逆理屈《さかりくつ》 |呆《あき》れ|果《は》てたる|計《ばか》りなり
|又《また》もや|館《やかた》にかつがれて |帰《かへ》つて|息《いき》を|吹返《ふきかへ》し
|相《あい》も|変《かは》らぬ|毒々《どくどく》しい |憎《にく》まれ|口《ぐち》を|叩《たた》きつつ
カール|春彦《はるひこ》|腹《はら》を|立《た》て |目《め》を|釣《つ》り|合《あ》うてゐたりしが
|私《わたし》は|腹《はら》がたちまちに |有合《ありあ》ふ|火鉢《ひばち》を|手《て》にささげ
|高姫《たかひめ》|目《め》がけて|投《な》げつける |覚悟《かくご》した|時《とき》カールさま
|待《ま》て|待《ま》て|暫《しば》し|待《ま》て|暫《しば》し そんな|乱暴《らんばう》はやめておけ
|何《なん》ぢや|彼《かん》ぢやと|引止《ひきと》める |火鉢《ひばち》は|忽《たちま》ち|墜落《つゐらく》し
そこらあたりが|灰《はひ》まぶれ |高姫《たかひめ》さまは|知《し》らぬ|間《ま》に
|灰猫婆《はひねこば》さまとなりました |灰《はひ》にまみれた|三人《さんにん》が
ヤツサモツサの|最中《さいちう》に |言依別《ことよりわけ》の|神《かみ》さまが
|表戸《おもてど》あけて|入《い》り|来《きた》り いろいろ|雑多《ざつた》と|言《こと》わけて
|諭《さと》し|玉《たま》へど|高姫《たかひめ》は |俄《にはか》に|唖《おし》の|真似《まね》をして
プリンプリンと|身《み》をまはす |芋葉《いもば》に|止《とま》つた|芋虫《いもむし》か
|蚕《かひこ》の|蛹《さなぎ》の|虫《むし》のよに |頭《あたま》をふつたり|尻《しり》をふり
|御機嫌《ごきげん》|悪《わる》いお|顔付《かほつき》 |忽《たちま》ち|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》さまの
|館《やかた》をさして|駆出《かけいだ》す こりやたまらぬと|春彦《はるひこ》は
カールの|司《つかさ》と|諸共《もろとも》に |後《あと》|追《お》つかけて|往《い》て|見《み》れば
フルナの|弁《べん》の|高姫《たかひめ》も |言依別《ことよりわけ》や|捨子姫《すてこひめ》
|二人《ふたり》の|御方《おかた》の|言霊《ことたま》に |何時《いつ》の|間《ま》にやら|降伏《かうふく》し
いやいや|乍《なが》ら|承諾《しようだく》し ホンに|目出《めで》たいお|目出《めで》たい
|今宵《こよひ》は|私《わたし》も|参《まゐ》りませう |何《なに》かお|祝《いはひ》しませうと
|立派《りつぱ》に|立派《りつぱ》に|言《い》はしやつた |何《なに》をお|祝《いはひ》なさるかと
|固唾《かたづ》を|呑《の》んで|見《み》て|居《を》れば |言《い》はいでもよい|事《こと》ばかり
|国依別《くによりわけ》のアラ|捜《さが》し こんな|目出《めで》たい|宴席《えんせき》で
ケチをつけるも|程《ほど》がある |意地《いぢ》くね|悪《わる》い|婆《ば》さまぢやと
|私《わたし》は|腹《はら》が|立《た》ちました |外《ほか》の|時《とき》なら|此《この》|儘《まま》に
|私《わたし》は|放《ほ》かしちやおきませぬ さは|然《さ》り|乍《なが》ら|今日《けふ》の|日《ひ》は
|誠《まこと》に|芽出《めで》たいお|日柄《ひがら》ぢや |喧嘩《けんくわ》をしては|済《す》まないと
|今迄《いままで》きばつて|居《ゐ》たけれど |腹《はら》の|虫《むし》|奴《め》が|承知《しようち》せぬ
|実《じつ》に|呆《あき》れたお|婆《ば》アさま |皆《みな》さま|定《さだ》めて|高姫《たかひめ》の
あの|歌《うた》|聞《き》いたら|腹《はら》が|立《た》たう |何程《なにほど》|腹《はら》が|立《た》つとても
|今宵《こよひ》ばかりは|許《ゆる》しやんせ |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
あれ|丈《だけ》ねぢれた|魂《たましひ》が どうして|元《もと》へ|帰《かへ》らうか
|曲《まが》つた|剣《つるぎ》は|如何《どう》しても |元《もと》の|鞘《さや》には|納《をさ》まらぬ
|一《いつ》ぺんあつい|火《ひ》にかけて きつい|重《おも》たい|向《むか》ふ|鎚《づち》
ドツサリ|加《くは》へて|打《う》ち|直《なほ》し |焼刃《やきば》を|入《い》れねば|仕方《しかた》ない
|曲《まが》り|切《き》つたる|魂《たましひ》が |如何《どう》して|元《もと》へ|返《かへ》るやら
|何程《なにほど》|真直《ますぐ》な|杖《つゑ》でさへ |水《みづ》にひたして|眺《なが》むれば
|必《かなら》ず|曲《まが》つて|見《み》えまする |瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御前《おんまへ》で
|曲《まが》つた|心《こころ》の|魂《たましひ》を |浸《ひた》した|所《ところ》で|如何《どう》してか
これが|真直《ますぐ》に|見《み》えませうか これ|程《ほど》|分《わか》らぬ|御方《おんかた》に
はるばる|従《つ》いて|此処《ここ》までも |来《き》た|春彦《はるひこ》と|思《おも》はれちや
|誠《まこと》に|誠《まこと》に|恥《はづ》かしい こんな|人《ひと》とは|知《し》らなんだ
|呆《あき》れて|物《もの》が|言《い》へませぬ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し |高姫《たかひめ》さまは|此《この》|頃《ごろ》は
|神経過敏《しんけいくわびん》のヒステリに かかつて|御座《ござ》ると|宣《の》り|直《なほ》し
|今迄《いままで》|加《くは》へた|御無礼《ごぶれい》を |皆《みな》さま|許《ゆる》して|下《くだ》さんせ
お|伴《とも》についてやつて|来《き》た |此《こ》の|春彦《はるひこ》が|高姫《たかひめ》に
|代《かは》つてお|詫《わび》を|致《いた》します あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
こんな|事《こと》をば|此《この》|席《せき》で |申上《まをしあ》げるは|済《す》まないが
|私《わたし》の|体《からだ》に|憑《うつ》つたる |副守護神《ふくしゆごじん》が|承知《しようち》せぬ
|止《や》むを|得《え》ずして|悪口《わるくち》を ベラベラ|喋《しやべ》つた|此《こ》の|私《わたし》
|天津神《あまつかみ》|達《たち》|国津神《くにつかみ》 |国魂神《くにたまがみ》さま|春彦《はるひこ》の
|此《この》|過《あやま》ちを|平《たひら》けく |見直《みなほ》しまして|今日《けふ》だけは
どうぞお|赦《ゆる》しなさりませ |国依別《くによりわけ》の|神《かみ》さまよ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|睦《むつ》まじう |生《い》き|存《なが》らへていつ|迄《まで》も
|神《かみ》の|御為《おんため》|世《よ》の|為《ため》に どうぞ|尽《つく》して|下《くだ》さんせ
|春彦《はるひこ》ここに|真心《まごころ》を こめて|御願《おねが》ひ|致《いた》します
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
テーリスタンは|立上《たちあが》り、|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。|其《その》|歌《うた》、
『|自転倒島《おのころじま》の|中心地《ちうしんち》 |高春山《たかはるやま》に|現《あら》はれし
|鷹依姫《たかよりひめ》に|従《したが》うて テーリスタンやカーリンス
|左守《さもり》|右守《うもり》の|神《かみ》となり |羽振《はぶ》りを|利《き》かしてゐる|所《ところ》
|高姫《たかひめ》|黒姫《くろひめ》|両人《りやうにん》が |天《あめ》の|森《もり》までやつて|来《き》て
|茲《ここ》に|二人《ふたり》が|同志打《どうしうち》 |其《その》|機《き》を|伺《うかが》ひいろいろと
|手段《てだて》を|以《もつ》て|両人《りやうにん》を |岩窟《いはや》の|中《なか》へ|押込《おしこ》めて
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》 |喉《のど》から|吐《は》かそと|思《おも》ふ|間《うち》
|国依別《くによりわけ》の|一行《いつかう》が ここに|現《あら》はれましまして
|不思議《ふしぎ》の|縁《えん》で|吾々《われわれ》は |三五教《あななひけう》に|入信《にふしん》し
|錦《にしき》の|宮《みや》の|側《そば》|近《ちか》き |黒姫館《くろひめやかた》に|身《み》を|托《たく》し
|仕《つか》へ|居《ゐ》るをり|黄金《わうごん》の |玉《たま》の|紛失《ふんしつ》|事件《じけん》より
|高姫《たかひめ》さまに|追《お》ひ|出《だ》され カーリンスと|諸共《もろとも》に
|大海原《おほうなばら》を|漂《ただよ》ひつ |鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》に|巡《めぐ》り|合《あ》ひ |四人《よにん》|揃《そろ》うて|高砂《たかさご》の
|島《しま》にやうやう|安着《あんちやく》し いろいろ|雑多《ざつた》と|気《き》を|配《くば》り
|玉《たま》の|所在《ありか》を|尋《たづ》ねつつ |時雨《しぐれ》の|森《もり》の|森林《しんりん》に
|兎《うさぎ》の|王《わう》の|神《かみ》となり |月日《つきひ》を|送《おく》る|折柄《をりから》に
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|八人《はちにん》は のそのそ そこへやつて|来《き》た
|無事《ぶじ》でおまめでお|達者《たつしや》で |目出《めで》たい|事《こと》で|御座《ござ》います
こんな|挨拶《あいさつ》そこそこに かはす|間《ま》もなく|一行《いつかう》は
|天津祝詞《あまつのりと》を|宣《の》り|乍《なが》ら |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|立向《たちむか》ひ
|今日《けふ》の|花形役者《はながたやくしや》なる |国依別《くによりわけ》の|神《かみ》さまに
ベツタリ|出会《であ》うて|勇《いさ》み|立《た》ち |言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》|等《ら》と
|十八人《じふはちにん》の|一行《いつかう》は ウヅの|都《みやこ》へ|帰《かへ》りけり
|思《おも》ひがけなき|末子姫《すゑこひめ》 |神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》まで
|此処《ここ》に|現《あら》はれゐますとは |私《わたし》は|夢《ゆめ》にも|知《し》らなんだ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|現《あら》はれて
|国依別《くによりわけ》の|神司《かむつかさ》 |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|合衾《がふきん》の
|目出《めで》たき|式《しき》をあげ|玉《たま》ふ |此《この》|宴席《えんせき》に|侍《はんべ》りて
|神酒《みき》|神饌《みけ》|御水《みもひ》は|云《い》ふも|更《さら》 |海河山野《うみかはやまぬ》|種々《くさぐさ》の
|珍物《うましもの》をばあてがはれ |謡《うた》ひつ|舞《ま》ひつ|勇《いさ》ましく
|千歳《ちとせ》|寿《ことほ》ぐ|嬉《うれ》しさよ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして |放《ほ》り|出《だ》されたる|高姫《たかひめ》さまに
|又《また》もや|此処《ここ》でいろいろの |妙《めう》なお|歌《うた》を|聞《き》かされて
|私《わたし》は|感心《かんしん》|々々《かんしん》と |頭《あたま》をかたげて|居《を》りました
|感心《かんしん》したと|申《まを》すのは |意地《いぢ》くね|悪《わる》い|高姫《たかひめ》の
|負《ま》けず|嫌《ぎら》ひの|魂《たましひ》に |本当《ほんたう》に|呆《あき》れた|事《こと》ですよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 こんな|目出《めで》たい|席上《せきじやう》で
|高姫《たかひめ》さまとの|争《いさか》ひを したくはなけれど|後《のち》の|為《ため》
|高姫《たかひめ》さまの|戒《いまし》めに |一寸《ちよつと》|意見《いけん》を|述《の》べました
|思《おも》へば|畏《かしこ》き|神《かみ》の|前《まへ》 |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|御前《おんまへ》も
|憚《はばか》りませぬ|無作法《ぶさはふ》を |何卒《なにとぞ》|許《ゆる》して|下《くだ》さんせ
テーリスタンが|真心《まごころ》を こめて|御願《おねがひ》|致《いた》します
|言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》 |其《その》|他《た》|一同《いちどう》の|方々《かたがた》よ
|互《たがひ》に|心《こころ》をあはせつつ |打寛《うちくつ》ろいで|酒肴《さけさかな》
ドツサリよばれて|舞《ま》ひ|踊《をど》り |千秋万歳万々歳《せんしうばんざいばんばんざい》
|世《よ》は|高砂《たかさご》の|何時《いつ》までも |栄《さか》え|栄《さか》えて|後《のち》の|世《よ》の
|礎《いしずゑ》|固《かた》くつきかため これの|目出《めで》たい|宴席《えんせき》を
|仇《あだ》に|流《なが》さずいつ|迄《まで》も |心《こころ》に|刻《きざ》みて|喜《よろこ》びませう
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|寿《ほ》ぎまつる
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|祝《ほ》ぎまつる』
(大正一一・八・二六 旧七・四 松村真澄録)
第九章 |言霊結《ことたまむすび》〔九二四〕
カールは|立上《たちあが》り|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。
『|吾等《われら》が|信《しん》ずる|三五《あななひ》の |神《かみ》の|司《つかさ》とましませる
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |珍《うづ》の|御子《おんこ》と|現《あら》はれし
|姿《すがた》|優《やさ》しき|末子姫《すゑこひめ》 |古今無双《ここんむさう》の|神力《しんりき》を
|霊《みたま》に|備《そな》へましませる |国依別《くによりわけ》の|神《かみ》さまと
いよいよ|婚礼《こんれい》の|式《しき》を|挙《あ》げ ここに|目出《めで》たく|千代《ちよ》|八千代《やちよ》
|万代《よろづよ》までも|変《かは》らじと |妹背《いもせ》の|道《みち》を|契《ちぎ》ります
|其《その》|神業《かむわざ》ぞ|尊《たふと》けれ |此《この》|御慶事《ごけいじ》を|高姫《たかひめ》が
イントレランスな|事《こと》を|言《い》ひ |四方《しはう》|八方《はつぱう》|駆《か》け|巡《めぐ》り
いろいろ|雑多《ざつた》と|気《き》をいらち |水晶御霊《すいしやうみたま》の|生粋《きつすゐ》の
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|姫《ひめ》さまに |女殺《をんなごろ》しの|御家倒《ごけたふ》し
|婆嬶《ばばかか》なやめの|家《いへ》つぶし |棒《ぼう》でも|梃《てこ》でもゆかぬ|人《ひと》
|国依別《くによりわけ》を|夫《つま》として |結婚《けつこん》なんかをさしたなら
アルゼンチンの|神国《かみくに》は |地異天変《ちいてんぺん》の|大騒動《おほさうだう》
|此《この》|世《よ》が|濁《にご》つて|常暗《とこやみ》の |泥《どろ》の|世界《せかい》となるだらう
|此《この》|縁談《えんだん》は|如何《どう》しても |水《みづ》を|注《さ》さねばおかないと
|松若彦《まつわかひこ》の|館《やかた》まで |目《め》をつり|上《あ》げて|立向《たちむか》ひ
|一言二言《ひとことふたこと》|熱《ねつ》ふけば |松若彦《まつわかひこ》は|逸早《いちはや》く
|背戸口《せとぐち》あけてトントンと かけ|出《だ》し|玉《たま》へば|高姫《たかひめ》は
|阿修羅《あしうら》の|如《ごと》く|荒《あ》れ|狂《くる》ひ |髪《かみ》ふりみだし|追《お》うて|行《ゆ》く
マラソン|競争《きやうそう》の|烈《はげ》しさよ |松若彦《まつわかひこ》は|丸木橋《まるきばし》
|力《ちから》に|任《まか》して|打《うち》おとし ヤツと|胸《むね》をば|撫《な》で|乍《なが》ら
|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》の|館《やかた》|迄《まで》 |息《いき》せき|切《き》つて|逃《に》げて|行《ゆ》く
|勢《いきほひ》|余《あま》つて|高姫《たかひめ》は |高《たか》い|土手《どて》から|墜落《つゐらく》し
|大《だい》の|字《じ》|描《ゑが》く|川《かは》の|底《そこ》 |後《あと》|追《お》つかけし|両人《りやうにん》が
うち|驚《おどろ》いて|高姫《たかひめ》を |息《いき》をふかせて|助《たす》けやり
コレコレもうし|高姫《たかひめ》さま |危《あぶ》ないことで|御座《ござ》つたと
いと|親切《しんせつ》におとなへば |高姫《たかひめ》さまは|喜《よろこ》ぶと
|思《おも》ひの|外《ほか》の|逆理屈《さかりくつ》 こんなお|方《かた》にいつ|迄《まで》も
|相手《あひて》になつちや|日《ひ》が|暮《く》れる さはさはり|乍《なが》ら|此《この》ままに
|放《ほ》かしておきもなるまいと カール、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》は
|婆《ば》さまを|担《かつ》いでエーエーと |館《やかた》に|送《おく》り|届《とど》くれば
|口《くち》を|極《きは》めて|又《また》しても |罵《ののし》り|出《いだ》す|面《つら》にくさ
|春彦《はるひこ》|腹《はら》にすゑかねて |忽《たちま》ち|火鉢《ひばち》を|引《ひ》つ|掴《つか》み
ヤツサモツサの|其《その》|結果《けつくわ》 |三人《みたり》の|男女《だんぢよ》は|灰《はひ》まぶれ
|鎬《しのぎ》を|削《けづ》る|折《をり》もあれ |言依別《ことよりわけ》の|神《かみ》さまが
お|訪《たづ》ねなすつた|其《その》|為《ため》に |喧嘩《けんくわ》は|漸《やうや》くをさまつた
|高姫《たかひめ》さまは|腹《はら》を|立《た》て |物《もの》をも|言《い》はず|一散《いつさん》に
|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》のお|館《やかた》に |夜叉《やしや》の|如《ごと》くに|飛《と》んで|行《ゆ》く
|春彦《はるひこ》、カールの|両人《りやうにん》は |御無礼《ごぶれい》の|事《こと》をさせまいと
|後《あと》からついて|行《い》て|見《み》れば |初《はじ》めの|勢《いきほ》ひどこへやら
|竜頭蛇尾《りうとうだび》の|高姫《たかひめ》が |手持無沙汰《てもちぶさた》の|御顔付《おかほつき》
|時《とき》の|勢《いきほ》ひやむを|得《え》ず |一度《いちど》は|我《が》をば|折《を》りつれど
|胸《むね》くそ|悪《わる》さにたつた|今《いま》 こんな|目出《めで》たい|席上《せきじやう》で
けたいな|事《こと》を|言《い》ひよつた |口《くち》がカールか|知《し》らね|共《ども》
これが|黙《だま》つて|居《を》られよか |後日《ごじつ》の|為《ため》に|言《い》うておく
|三五教《あななひけう》の|高姫《たかひめ》よ お|前《まへ》も|五十《ごじふ》の|坂《さか》|越《こ》して
ヤンチヤ|小僧《こぞう》の|言《い》ふ|様《やう》な バカな|理屈《りくつ》はやめなされ
お|前《まへ》の|御器量《ごきりやう》がさがるぞえ |金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》
|其《その》|外《ほか》|麻邇《まに》の|宝玉《ほうぎよく》が お|前《まへ》を|嫌《きら》うて|逃《に》げ|出《だ》して
|隠《かく》れて|了《しま》うたも|無理《むり》はない |玉《たま》でなうても|此《この》|私《わし》が
お|前《まへ》の|顔《かほ》を|見《み》る|度《たび》に |隠《かく》れ|度《た》いやうになつてくる
|心《こころ》|一《ひと》つの|持様《もちやう》で |多勢《おほぜい》の|人《ひと》に|愛《あい》せられ
|又《また》|憎《にく》まれる|世《よ》の|中《なか》ぢや |高姫《たかひめ》さまよ|高姫《たかひめ》よ
|私《わたし》は|決《けつ》してこんな|事《こと》 |多勢《おほぜい》の|中《なか》で|言《こと》あげて
|恥《はぢ》をかかそた|思《おも》はない お|前《まへ》の|末《すゑ》が|案《あん》じられ
|心《こころ》の|底《そこ》から|嫌《いや》なこと |忍《しの》んで|言《い》うておきまする
|心《こころ》|直《なほ》して|下《くだ》さんせ |決《けつ》してお|前《まへ》を|憎《にく》いとは
|一度《いちど》も|思《おも》うたことはない |憎《にく》いと|思《おも》うたら|言《い》ひはせぬ
お|前《まへ》が|可愛《かあい》いばつかりに |苦《にが》いことをばベラベラと
|喋《しやべ》らにやならぬ|身《み》の|因果《いんぐわ》 |推量《すゐりやう》なすつて|下《くだ》さんせ
|天地《てんち》の|神《かみ》も|御照覧《ごせうらん》 |遊《あそ》ばしまして|此《この》カールが
|清《きよ》き|心《こころ》の|奥底《おくそこ》を |高姫《たかひめ》さまの|真心《まごころ》に
|何卒《なにとぞ》|映《うつ》させ|玉《たま》へかし あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて |今日《けふ》の|喜《よろこ》び|永久《とこしへ》に
|変《かは》らであれや|高砂《たかさご》の |松《まつ》の|千歳《ちとせ》の|色《いろ》|深《ふか》く
|茂《しげ》り|栄《さか》えてウヅの|国《くに》 |神《かみ》の|大道《おほぢ》も|弥広《いやひろ》く
|教《をしへ》の|徳《とく》はどこ|迄《まで》も |科戸《しなど》の|風《かぜ》の|草《くさ》や|木《き》を
|靡《なび》かす|如《ごと》く|開《ひら》けかし あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる |神《かみ》の|御前《みまへ》に|祝《ほ》ぎまつる』
|常彦《つねひこ》も|立上《たちあが》り、|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。
『|高姫《たかひめ》さまの|神司《かむつかさ》 |言依別《ことよりわけ》や|国依《くにより》の
|真人《まびと》の|後《あと》を|追《お》ひかけて |高砂島《たかさごじま》に|渡《わた》らむと
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》を |伴《ともな》ひまして|出《い》で|玉《たま》ふ
|琉球《りうきう》の|島《しま》で|泡《あわ》をふき |大海原《おほうなばら》で|船《ふね》を|割《わ》り
|高島丸《たかしままる》に|救《すく》はれて やうやう|来《きた》るテルの|国《くに》
|吾等《われら》|二人《ふたり》をふりすてて |邪魔者扱《じやまものあつかひ》なされつつ
|木蔭《こかげ》に|隠《かく》れて|独言《ひとりごと》 |聞《き》いたる|時《とき》の|腹立《はらだ》たさ
|高姫《たかひめ》さまは|水臭《みづくさ》い こんな|所《とこ》まで|伴《つ》れて|来《き》て
|二人《ふたり》をまかうとは|余《あんま》りぢや こんな|御方《おかた》と|知《し》つたなら
ついて|来《く》るのぢやなかつたに |後悔《こうくわい》しても|是非《ぜひ》がない
|再《ふたた》び|途中《とちう》に|出会《でくわ》して |鏡《かがみ》の|池《いけ》に|立向《たちむか》ひ
|架橋《かけはし》|御殿《ごてん》に|担《かつ》がれて |又《また》もや|命《いのち》を|助《たす》けられ
|憎《にく》まれ|口《ぐち》を|叩《たた》きつつ |愛想《あいさう》をつかされ|館《やかた》をば
|駆出《かけだ》しアリナの|山《やま》を|越《こ》え アルゼンチンの|荒野原《あれのはら》
ポプラの|下《した》で|木《こ》の|花《はな》の |神《かみ》の|化身《けしん》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ
そこでスツカリ|改心《かいしん》を |遊《あそ》ばしまして|河《かは》|渡《わた》り
|原野《はらの》を|越《こ》えて|海《うみ》の|上《うへ》 アマゾン|河《がは》の|北《きた》の|森《もり》
|鷹依姫《たかよりひめ》を|助《たす》けむと |果《は》てしも|知《し》らぬ|林《はやし》をば
さまよひ|巡《めぐ》りてモールバンド |大怪物《だいくわいぶつ》に|出会《でつくわ》し
|震《ふる》ひ|戦《おのの》く|最中《さいちう》に |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》より|照《て》り|来《きた》る
|琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》に |漸《やうや》く|命《いのち》を|助《たす》けられ
|南《みなみ》の|森《もり》に|打《うち》わたり |鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》と
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|頂上《ちやうじやう》で |言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の
|大神人《だいしんじん》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ ウヅの|館《やかた》に|立向《たちむか》ひ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|国依別《くによりわけ》の |神《かみ》の|命《みこと》の|結婚《けつこん》を
|聞《き》いて|忽《たちま》ち|腹《はら》を|立《た》て |系統《ひつぽう》の|身魂《みたま》を|鼻《はな》にかけ
|言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》をば |目下《めした》の|如《ごと》く|言《い》ひこなし
|国依別《くによりわけ》や|其《その》|外《ほか》の |幹部《かんぶ》の|方《かた》をば|訪問《はうもん》し
いろいろ|雑多《ざつた》と|邪魔《じやま》したが とうとう|結局《しまひ》にや|我《が》を|折《を》つて
|此《この》|宴席《えんせき》に|列《れつ》せられ |歌《うた》を|唄《うた》うて|下《くだ》さつた
さはさり|乍《なが》ら|皆《みな》の|人《ひと》 |意地《いぢ》くね|悪《わる》い|高姫《たかひめ》と
|決《けつ》して|思《おも》うて|下《くだ》さるな |高姫《たかひめ》さまの|真心《まごころ》は
|大神様《おほかみさま》の|道《みち》|思《おも》ひ |此《この》|世《よ》を|思《おも》ふばつかりに
あんな|事《こと》をば|言《い》うたのだ |私《わたし》は|永《なが》らくついて|居《ゐ》て
|高姫《たかひめ》さまの|腹《はら》の|中《なか》 |直澄《ますみ》の|鏡《かがみ》にうつす|如《ごと》
よつく|存《ぞん》じて|居《を》りまする こんな|事《こと》をば|申《まを》したら
お|気《き》に|入《い》らぬか|知《し》らね|共《ども》 |此《この》|常彦《つねひこ》は|中立《ちうりつ》で
|公平無私《こうへいむし》の|言霊《ことたま》を |皆様方《みなさまがた》の|御前《おんまへ》に
おめず|臆《おく》せず|述《の》べまする あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し
|高姫《たかひめ》|様《さま》は|一心《いつしん》で |誠《まこと》|一《ひと》つの|塊《かたまり》で
あんな|事《こと》をば|言《い》ふのだと |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|宣《の》り|直《なほ》しませ|方々《かたがた》よ |常彦《つねひこ》ここに|高姫《たかひめ》の
|心《こころ》の|中《なか》を|代表《だいへう》し |誓《ちか》つて|述《の》べておきまする
|決《けつ》して|間違《まちが》ひないことを あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして |国依別《くによりわけ》の|神司《かむづかさ》
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|合衾《がふきん》の |目出《めで》たき|式《しき》を|挙《あ》げ|玉《たま》ふ
|何卒々々《なにとぞなにとぞ》|末永《すえなが》う ウヅの|都《みやこ》に|止《とどま》りて
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》を|輝《かがや》かし |世人《よびと》を|安《やす》く|平《たひら》けく
|守《まも》らせ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|祝《ほ》ぎまつる』
(大正一一・八・二六 旧七・四 松村真澄録)
第一〇章 |神歌《しんか》〔九二五〕
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》が|末子姫《すゑこひめ》の|婚姻《こんいん》を|祝《しゆく》し|玉《たま》ふ|御歌《おんうた》。
『|八雲《やくも》|立《た》つ|出雲《いづも》|八重垣《やへがき》|妻《つま》ごみに
|八重垣《やへがき》|造《つく》る|其《その》|八重垣《やへがき》を
|神代《かみよ》の|昔《むかし》|高天原《たかあまはら》にて
|日《ひ》の|大御神《おほみかみ》|神伊邪諾尊《かむいざなぎのみこと》
|月《つき》の|大御神《おほみかみ》|神伊邪冊尊《かむいざなみのみこと》
|自転倒島《おのころじま》におり|立《た》ちて
|天教山《てんけうざん》の|中腹《ちうふく》に
|撞《つき》の|御柱《みはしら》つき|固《かた》め
|左《ひだり》|右《みぎ》りと|巡《めぐ》り|会《あ》ひ
あなにやし|好男《えーをとこ》
あなにやし|好乙女《えーおとめ》よと
|宣《の》らせ|玉《たま》ひて|妹《いも》と|背《せ》の
|婚嫁《とつぎ》の|道《みち》を|開《ひら》き|玉《たま》ひし
|其《その》|古事《ふるごと》に|神傚《かむなら》ひ
|三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》
|心《こころ》も|清《きよ》き|国依別命《くによりわけのみこと》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|末《すゑ》の|子《こ》と
|神《かみ》の|依《よ》さしの|末子姫《すゑこひめ》
|今日《けふ》の|佳《よ》き|日《ひ》の|吉《よ》き|時《とき》に
|妹背《いもせ》の|契《ちぎり》|永久《とこしへ》に
|結《むす》び|終《を》へたる|芽出《めで》たさよ
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|天地《てんち》は|変《かは》るとも
|国依別《くによりわけ》と|末子姫《すゑこひめ》
|夫婦《めをと》の|契《ちぎり》は|永久《とこしへ》に
|変《かは》らざらまし|高砂《たかさご》の
|松《まつ》の|緑《みどり》の|色《いろ》|深《ふか》く
|鶴《つる》の|齢《よはひ》の|千代《ちよ》|八千代《やちよ》
|亀《かめ》の|齢《よはひ》の|万世《よろづよ》も
|変《かは》らであれや|惟神《かむながら》
|皇大神《すめおほかみ》の|御前《おんまへ》に
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神柱《かむばしら》
|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》
|畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》
|言依別命《ことよりわけのみこと》を|初《はじ》めとし
|松若彦《まつわかひこ》や|高姫《たかひめ》や
|鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》
|其《その》|外《ほか》|百《もも》の|神司《かむつかさ》
|信徒《まめひと》|達《たち》に|至《いた》るまで
|今日《けふ》の|佳《よ》き|日《ひ》の|吉《よ》き|時《とき》を
|喜《よろこ》びまつり|集《つど》ひ|来《く》る
|其《その》|真心《まごころ》の|麗《うるは》しさ
|心《こころ》の|色《いろ》はまちまちに
|高姫《たかひめ》のごと|変《かは》れども
|神《かみ》の|大道《おほぢ》と|世《よ》の|為《ため》に
|尽《つく》す|心《こころ》は|皆《みな》|一《ひと》つ
|一《ひと》つ|心《ごころ》に|睦《むつ》びあひ
|神《かみ》の|心《こころ》を|推《お》し|量《はか》り
|堅磐常磐《かきはときは》に|神《かみ》の|代《よ》の
|柱《はしら》となれよ|礎《いしづゑ》と
なりて|尽《つく》せよ|惟神《かむながら》
|神《かみ》は|汝《なんぢ》と|倶《とも》にあり
|清《きよ》き|畏《かしこ》き|真心《まごころ》に
|鎮《しづ》まりゐます|月《つき》と|日《ひ》の
|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|目《ま》のあたり
|立《た》ちさやぎたる|荒波《あらなみ》の
|早《はや》なぎ|渡《わた》る|和田《わだ》の|原《はら》
|深《ふか》き|恵《めぐみ》の|底知《そこし》れず
|高《たか》き|恵《めぐみ》は|天《あま》の|原《はら》
|限《かぎ》り|知《し》られぬ|青雲《あをくも》の
|広《ひろ》く|高《たか》きは|皇神《すめかみ》の
|大御心《おほみこころ》ぞ|永遠《とことは》に
|変《かは》らず|動《うご》かず|真心《まごころ》を
|捧《ささ》げて|祈《いの》れよく|祈《いの》れ
|大国治立大御神《おほくにはるたちのおほみかみ》
|高皇産霊大御神《たかみむすびのおほみかみ》
|神皇産霊大御神《かむみむすびのおほみかみ》
|天照《あまてら》します|大御神《おほみかみ》
|国治立大御神《くにはるたちのおほみかみ》
|豊国主大御神《とよくにぬしのおほみかみ》
|其《その》|他《ほか》|百《もも》の|神《かみ》たちの
|深《ふか》き|恵《めぐみ》を|畏《かしこ》みて
|千代《ちよ》も|八千代《やちよ》も|永久《とこしへ》に
|大御前《おほみまへ》に|能《よ》く|仕《つか》へ
|五六七《みろく》の|御世《みよ》の|末《すゑ》|迄《まで》も
|清《きよ》き|心《こころ》を|濁《にご》らすな
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》に|誓《ちか》ひて|今日《けふ》の|日《ひ》を
|喜《よろこ》び|敬《ゐやま》ひ|行先《ゆくさき》の
|夫婦《めをと》の|幸《さち》を|寿《ことほ》ぎつ
|神《かみ》の|司《つかさ》や|信徒《まめひと》や
|国人《くにびと》|達《たち》に|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|心《こころ》を|誓《ちか》ひおく
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|欣然《きんぜん》として|其《その》|儘《まま》|奥殿《おくでん》に|神姿《みすがた》を|隠《かく》し|玉《たま》ひけり。
(大正一一・八・二七 旧七・五 松村真澄録)
第一一章 |波静《なみしづか》〔九二六〕
|高姫《たかひめ》は|再《ふたた》び|立《た》つて、|尊《みこと》の|御歌《みうた》に|感《かん》じ、|懺悔的《ざんげてき》の|歌《うた》を|謡《うた》ひ、|此《この》|度《たび》は|自《みづか》ら|手《て》を|拍《う》つて|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ、|心《こころ》の|底《そこ》より|打解《うちと》けて|見《み》せた。|其《その》|歌《うた》、
『|変性男子《へんじやうなんし》の|腹《はら》をかり |生《うま》れ|出《い》でたる|高姫《たかひめ》は
|知《し》らず|識《し》らずに|高《たか》ぶりて |八岐大蛇《やまたをろち》の|曲霊《まがたま》に
|何時《いつ》の|間《ま》にかは|欺《あざむ》かれ |疑心暗鬼《ぎしんあんき》の|雲《くも》|蔽《おほ》ひ
|心《こころ》の|空《そら》は|烏羽玉《うばたま》の |全《まつた》く|暗《やみ》となりにけり
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |清《きよ》き|尊《たふと》き|御心《おんこころ》
|少《すこ》しも|悟《さと》らずいろいろと |力《ちから》|限《かぎ》りに|妨害《ばうがい》し
|其《その》|神業《しんげふ》を|遅《おそ》らせし |深《ふか》き|罪《つみ》をも|咎《とが》めずに
|許《ゆる》させ|玉《たま》ひし|瑞御霊《みづみたま》 |深《ふか》き|仁慈《じんじ》を|目《ま》のあたり
|拝《をが》みまつりて|高姫《たかひめ》も |心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなほ》し
|初《はじ》めて|開《ひら》く|胸《むね》の|暗《やみ》 あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|水火《いき》より|生《うま》れたる |人《ひと》は|七転八起《ななころびやおき》てふ
|坂《さか》を|越《こ》ゆべきものなるに |神《かみ》の|大道《おほぢ》にさやりたる
|其《その》|罪科《つみとが》も|悟《さと》らずに いろいろ|雑多《ざつた》と|身《み》をいらち
|心《こころ》を|曇《くも》らせ|玉《たま》の|緒《を》の |生命《いのち》|危《あやふ》き|境遇《きやうぐう》に
|出会《であ》ひし|事《こと》も|幾度《いくたび》か |七死八生《しちしはつしやう》の|関《せき》を|経《へ》て
|漸《やうや》くここに|着《つ》きにけり |金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》
|黄金《こがね》の|玉《たま》や|紫《むらさき》の |玉《たま》を|初《はじ》めて|麻邇宝珠《まにほつしゆ》
あらゆる|宝《たから》を|吾《われ》の|手《て》に |納《をさ》めて|功績《いさを》を|誇《ほこ》らむと
いらちし|事《こと》の|恥《はづ》かしさ それのみならず|国依別《くによりわけ》の
|教司《をしへつかさ》の|此《この》|度《たび》の |慶事《けいじ》を|手《て》もなく|覆《かや》さむと
|思《おも》ひ|余《あま》つて|真心《まごころ》の |梶取《かぢと》り|外《はづ》し|曲津見《まがつみ》の
|醜《しこ》の|虜《とりこ》となり|果《は》てて いろいろ|雑多《ざつた》と|動《うご》きたる
|其《その》|行《おこな》ひの|恥《はづ》かしさ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|心《こころ》に|宣《の》り|直《なほ》し |見直《みなほ》しまして|高姫《たかひめ》が
|心《こころ》の|罪《つみ》を|赦《ゆる》せかし |言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
|松若彦《まつわかひこ》を|初《はじ》めとし |鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|珍《うづ》の|命《みこと》や|石熊《いしくま》の |教《をしへ》の|司《つかさ》の|御前《おんまへ》に
|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひわびまつる かくも|悟《さと》りし|高姫《たかひめ》は
いよいよ|今日《けふ》より|慎《つつし》みて |我情我慢《がじやうがまん》を|放擲《はうてき》し
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御柱《みはしら》と |成《な》りて|仕《つか》へむ|人々《ひとびと》よ
|心《こころ》さかしき|高姫《たかひめ》と さげすみまさず|手《て》を|引《ひ》いて
|神《かみ》の|御為《おんため》|世《よ》の|為《ため》に |功績《いさを》を|立《た》てさせ|玉《たま》へかし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り|元《もと》の|座《ざ》に|着《つ》く。
|国依別《くによりわけ》は|立《た》つて|歌《うた》ひ|舞《ま》ふ。
『|仰《あふ》げば|高《たか》し|久方《ひさかた》の |神《かみ》の|恵《めぐみ》をかかぶりて
|松鷹彦《まつたかひこ》の|子《こ》と|生《うま》れ |天《あま》の|岩戸《いはと》の|閉《とざ》されし
それの|騒《さわ》ぎに|親《おや》と|子《こ》は |風《かぜ》に|木《こ》の|葉《は》の|散《ち》る|如《ごと》く
ちりちりパツと|散《ち》りみだれ |暗《やみ》にさまよふ|幼児《をさなご》の
|吾《わが》|兄弟《はらから》も|白雲《しらくも》の |遠《とほ》き|国路《くにぢ》へさすらひの
|悲《かな》しき|身《み》とはなりにけり あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
かかる|情《つれ》なき|兄弟《おとどひ》も |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひて
|恋《こひ》しき|父《ちち》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ |兄妹《あにいもうと》の|所在《ありか》をば
|初《はじ》めて|悟《さと》る|胸《むね》の|内《うち》 |天《あま》の|岩戸《いはと》も|一時《いつとき》に
|開《ひら》き|初《そ》めたる|如《ごと》くなり |三五教《あななひけう》の|大道《おほみち》に
|救《すく》ひ|上《あ》げられ|宗彦《むねひこ》は |言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》より
|名《な》さへ|尊《たふと》き|宣伝使《せんでんし》 |国依別《くによりわけ》と|任《ま》けられて
|主一無適《しゆいつむてき》の|信仰《しんかう》を |深《ふか》く|心《こころ》に|刻《きざ》みつつ
|東《ひがし》や|西《にし》や|北南《きたみなみ》 |遠《とほ》き|近《ちか》きの|隔《へだ》てなく
|海《うみ》と|陸《くが》との|分《わか》ちなく |神《かみ》の|御為《おんため》|世《よ》の|為《ため》に
|力《ちから》の|限《かぎ》り|尽《つく》せしが |思《おも》ひがけなき|今日《けふ》の|空《そら》
|月日《つきひ》は|清《きよ》く|照《て》りわたり |星《ほし》の|光《ひかり》はキラキラと
|輝《かがや》きわたる|尊《たふと》さよ |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|珍《うづ》の|御子《おんこ》と|生《あ》れませる |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|今日《けふ》よりは
|千歳《ちとせ》を|契《ちぎ》る|妹《いも》と|背《せ》の |鴛鴦《をし》の|衾《ふすま》の|新枕《にひまくら》
|千代《ちよ》も|八千代《やちよ》も|変《かは》りなく |皇大神《すめおほかみ》の|御恵《みめぐみ》と
|三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》 |信徒《まめひと》たちは|言《い》ふも|更《さら》
|高姫司《たかひめつかさ》の|御恵《みめぐみ》に |今日《けふ》は|嬉《うれ》しき|此《この》|宴会《うたげ》
|天津神《あまつかみ》|達《たち》|国津神《くにつかみ》 |百神《ももがみ》|達《たち》の|御守《みまも》りに
|笑《ゑ》み|栄《さか》え|行《ゆ》く|高砂《たかさご》の |島根《しまね》に|青《あを》き|一《ひと》つ|松《まつ》
|緑《みどり》の|色《いろ》もこまやかに |五六七《みろく》の|御代《みよ》の|末子姫《すゑこひめ》
|幾千代《いくちよ》までも|睦《むつ》まじく |神《かみ》の|館《やかた》に|止《とど》まりて
|教《をしへ》を|開《ひら》き|国人《くにびと》を いと|安《やす》らけく|平《たひら》けく
|守《まも》らせ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》 |畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる
|畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる』
|末子姫《すゑこひめ》は|三十一文字《みそひともじ》を|以《もつ》て、|言霊《ことたま》の|歌《うた》をよみ、|国依別《くによりわけ》の|歌《うた》に|答《こた》へ、|且《か》つ|其《その》|慶事《けいじ》を|祝《しゆく》した。
|末子姫《すゑこひめ》『【あ】ら|尊《たふ》と【い】く|千代《ちよ》|迄《まで》も【う】ごきなく
【え】にし|結《むす》びし【お】しの|衾《ふすま》の
【か】けまくも【き】みの|天降《あも》りし【く】になれば
【け】はしき|人《ひと》の【こ】ころだになし
【さ】しのぼる【し】ののめの|空《そら》【す】み|渡《わた》り
【せ】このかんばせ【そ】ふる|月影《つきかげ》
【た】らちねの【ち】ち|大神《おほかみ》の【つ】きの|魂《たま》
【て】らさせ|玉《たま》ふ【と】よの|神国《かみくに》
【な】がかれと【に】しきの|宮《みや》に【ぬ】かづきて
【ね】がふ|心《こころ》ぞ【の】どかなりけり
【は】に|安《やす》の【ひ】この|教《をしへ》の【ふ】かくして
【へ】いわの|風《かぜ》は【ほ】どほどにふく
【ま】す|鏡《かがみ》【み】がきすまして【む】つまじく
【め】をとの|道《みち》を【も】も|年《とせ》もがな
【や】くも|立《た》つ【い】づもの|神《かみ》の【ゆ】はせたる
【え】にしにあれば【よ】きもあしきも
【わ】かくさの【ゐ】もせの|道《みち》の【う】るはしく
【ゑ】らぎゑらぎて【を】くるうまし|世《よ》』
と|四十五音《しじふごおん》の|折込《をりこ》み|歌《うた》を|謡《うた》ひ、|悠々《いういう》として|国依別《くによりわけ》と|共《とも》に、|父大神《ちちおほかみ》の|後《あと》を|追《お》ひ|奥殿《おくでん》に|進《すす》み|入《い》る。これにていよいよ|結婚《けつこん》|祝賀《しゆくが》の|歌《うた》も|済《す》み、|一同《いちどう》|歓《くわん》を|尽《つく》して、|各自《かくじ》の|館々《やかたやかた》へ|立帰《たちかへ》るのであつた。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
|次《つぎ》に|捨子姫《すてこひめ》は|国依別《くによりわけ》、|末子姫《すゑこひめ》|夫婦《ふうふ》の|媒酌《ばいしやく》に|依《よ》り、これより|一年《ひととせ》の|後《のち》|松若彦《まつわかひこ》の|妻《つま》となり、|国依別《くによりわけ》|夫婦《ふうふ》の|部下《ぶか》に|仕《つか》へて、|偉功《ゐこう》を|立《た》てたりにける。
(大正一一・八・二七 旧七・五 松村真澄録)
第一二章 |袂別《けつべつ》〔九二七〕
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は|言依別命《ことよりわけのみこと》、カールと|共《とも》にウヅの|都《みやこ》を|後《あと》にして、|国依別《くによりわけ》|夫婦《ふうふ》を|初《はじ》め|其《その》|他《た》|一同《いちどう》に|送《おく》られ、|天《あま》の|鳥船《とりふね》に|乗《の》りて、|空中《くうちう》|高《たか》く|羽《は》ばたき|勇《いさ》ましく、フサの|国《くに》|斎苑《いそ》の|館《やかた》を|指《さ》して|帰《かへ》り|玉《たま》ふこととなりましぬ。|別《わか》れに|臨《のぞ》み、|大神《おほかみ》は|一同《いちどう》に|左《さ》の|歌《うた》を|賜《たま》はりける。
『|天《あめ》と|地《つち》との|中空《なかぞら》を
|功績《いさを》も|高《たか》く|身《み》も|高《たか》く
|心《こころ》も|広《ひろ》く|帰《かへ》り|行《ゆ》く
|斎苑《いそ》の|館《やかた》へ|欣々《いそいそ》と
|言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
カールを|従《したが》へ|三人連《みたりづ》れ
ウヅの|都《みやこ》を|今《いま》はしも
|別《わか》れに|臨《のぞ》みて|末子姫《すゑこひめ》
|国依別《くによりわけ》や|其《その》|外《ほか》の
|百《もも》の|司《つかさ》に|宣《の》べておく
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》のいや|深《ふか》く
|道《みち》の|御稜威《みいづ》のいや|尊《たか》く
|山川《やまかは》|清《きよ》く|野《の》は|青《あを》き
|高砂島《たかさごじま》は|神《かみ》の|国《くに》
|尊《たふと》き|神《かみ》の|殊更《ことさら》に
|選《えら》み|玉《たま》ひし|真秀良場《まほらば》ぞ
|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め
|神《かみ》の|教《をしへ》を|朝夕《あさゆふ》に
|固《かた》く|守《まも》りて|三五《あななひ》の
|道《みち》の|光《ひかり》を|輝《かがや》かし
|青人草《あをひとぐさ》を|悉《ことごと》く
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》にうるほはせ
|千代《ちよ》も|八千代《やちよ》も|穏《おだや》かに
|治《をさ》め|玉《たま》へよ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|司《つかさ》や|信徒《まめひと》に
|別《わか》れに|臨《のぞ》み|宣《の》べておく
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|玉《たま》へば、|国依別《くによりわけ》は|直《ただち》に|立《た》つて|歌《うた》を|歌《うた》ひ、|大神《おほかみ》に|名残《なごり》を|惜《を》しみまいらせけり。
『|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|吹《ふ》き|払《はら》ひ |汚《けが》れを|清《きよ》め|天地《あめつち》の
|百《もも》の|神人《かみびと》|助《たす》けむと |心《こころ》を|配《くば》り|身《み》を|砕《くだ》き
|尽《つ》くさせ|玉《たま》ふ|瑞御霊《みづみたま》 |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|神言《みこと》を|畏《かしこ》みウヅの|国《くに》 |神《かみ》の|司《つかさ》に|選《えら》まれて
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に アルゼンチンを|守《まも》りつつ
|三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》を ウヅの|御国《みくに》は|云《い》ふも|更《さら》
|高砂島《たかさごじま》は|尚《なほ》|愚《おろか》 |常世《とこよ》の|国《くに》の|果《は》て|迄《まで》も
|開《ひら》き|進《すす》めて|大神《おほかみ》の |深《ふか》き|恵《めぐみ》に|酬《むく》いなむ
|吾《われ》は|卑《いや》しき|身《み》を|以《もつ》て |尊《たふと》き|神《かみ》の|御裔《みすゑ》なる
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|夫《つま》となり |空《むな》しく|月日《つきひ》を|送《おく》る|身《み》の
うら|恥《はづ》かしき|神司《かむつかさ》 |今《いま》より|心《こころ》を|練直《ねりなほ》し
|千代《ちよ》も|八千代《やちよ》に|永久《とこしへ》に |皇大神《すめおほかみ》の|御教《おんをしへ》
あななひまつりうまし|世《よ》を |五六七《みろく》の|神世《かみよ》と|開《ひら》きなむ
あゝ|大神《おほかみ》の|御恵《おんめぐみ》 |仮令《たとへ》|天地《てんち》は|変《かは》るとも
いかで|忘《わす》れむ|神心《かみごころ》 |心《こころ》を|平《たひら》に|安《やす》らかに
|国依別《くによりわけ》や|末子姫《すゑこひめ》 ウヅの|館《やかた》に|御心《みこころ》を
|配《くば》らせ|玉《たま》はずすくすくに |天津御空《あまつみそら》をかけらして
|御国《みくに》に|帰《かへ》らせ|玉《たま》へかし あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|親子《おやこ》|夫婦《ふうふ》の|生別《いきわか》れ |名残《なごり》は|尽《つ》きじ|雲《くも》の|上《うへ》
|仰《あふ》ぐも|高《たか》し|君《きみ》の|恩《おん》 |謹《つつし》み|感謝《かんしや》し|奉《たてまつ》る
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|茲《ここ》に|素盞嗚尊《すさのをのみこと》は|再《ふたた》び|天《あま》の|鳥船《とりふね》に|乗《の》つて、|天空《てんくう》|高《たか》く|帰《かへ》り|玉《たま》ひぬ。|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》は|空《そら》を|打仰《うちあふ》ぎ、|歌《うた》を|詠《よ》む。|其《その》|歌《うた》、
『|久方《ひさかた》の|天津御空《あまつみそら》を|打仰《うちあふ》ぎ
|隠《かく》れし|後《あと》も|眺《なが》めつるかな。
|垂乳根《たらちね》の|父《ちち》は|雲井《くもゐ》の|空《そら》|高《たか》く
かけりて|波斯《フサ》に|帰《かへ》りましけり。
|今《いま》|暫《しば》し|待《ま》たせ|玉《たま》へと|願《ねが》ふ|間《ま》も
なくなく|父《ちち》は|帰《かへ》りましけり。
|打《う》ち|仰《あふ》ぎ|眺《なが》めすかして|大空《おほぞら》の
|清《きよ》きは|父《ちち》の|心《こころ》なる|哉《かな》。
|国依別神《くによりわけかみ》の|命《みこと》と|諸共《もろとも》に
ウヅの|館《やかた》に|清《きよ》く|仕《つか》へむ。
|言依別神《ことよりわけかみ》の|命《みこと》の|御姿《みすがた》を
|仰《あふ》けば|清《きよ》し|瑞御霊《みづみたま》かも。
|言依別神《ことよりわけかみ》の|命《みこと》はいかにして
|珍《うづ》の|館《やかた》を|去《さ》りましにけむ。
|木《こ》の|花《はな》の|神《かみ》の|命《みこと》の|分霊《わけみたま》
カールの|司《つかさ》いとなつかしき|哉《かな》。
|大空《おほぞら》を|昇《のぼ》りつめたる|鳥船《とりふね》は
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》をふらしてぞ|行《ゆ》く。
|霊《たま》|幸《ち》はふ|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|朝夕《あさゆふ》に
|忘《わす》れざらまし|夫婦《めをと》|二人《ふたり》は。
|天降《あまくだ》り|玉《たま》ひし|父《ちち》も|今《いま》は|早《はや》
|雲井《くもゐ》の|空《そら》に|隠《かく》れましけり。
|千早《ちはや》ふる|神《かみ》の|造《つく》りしウヅの|国《くに》
|高砂島《たかさごじま》の|国《くに》の|真秀良場《まほらば》。
|桃上彦神《ももがみひこかみ》の|司《つかさ》の|鎮《しづ》まりし
ウヅの|神国《かみくに》|殊《こと》にさやけき。
|国彦《くにひこ》の|神《かみ》の|御裔《みすゑ》の|松若彦《まつわかひこ》が
|尽《つく》す|誠《まこと》は|神《かみ》ぞ|知《し》るらむ。
|高砂《たかさご》の|尾《を》の|上《へ》に|立《た》てる|松若彦《まつわかひこ》の
|誉《ほまれ》は|千代《ちよ》に|輝《かがや》きやせむ。
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|御前《みまへ》に|慴《ひ》れ|伏《ふ》して
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|国《くに》を|守《まも》らむ。
|数万年《すまんねん》|歴史《れきし》の|末《すゑ》に|夫《つま》と|言《い》ひ
|妻《つま》といふ|者《もの》|生《うま》れ|来《こ》しかな。
|垂乳根《たらちね》の|親《おや》の|恵《めぐみ》を|身《み》に|受《う》けて
ウヅの|都《みやこ》に|照《て》りわたるかな。
|朝日《あさひ》さす|夕日《ゆふひ》|輝《かがや》くウヅの|国《くに》
|恵《めぐみ》は|殊《こと》に|高砂《たかさご》の|島《しま》。
|国民《くにたみ》のかまどの|煙《けむり》|賑《にぎは》しく
|竜世《たつよ》の|姫《ひめ》の|恵《めぐみ》|尊《たふと》き。
アマゾンの|河《かは》の|魔神《まがみ》を|言向《ことむ》けし
|言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の|神《かみ》。
|国依別神《くによりわけかみ》の|命《みこと》の|働《はたら》きに
|時雨《しぐれ》の|森《もり》は|治《をさ》まりにけり』
|末子姫《すゑこひめ》は|三十一文字《みそひともじ》の|歌《うた》を|以《もつ》て、|名残《なごり》を|惜《をし》み、|或《あるひ》は|述懐《じゆつくわい》を|述《の》べなどして、|茲《ここ》に|一同《いちどう》に|会釈《ゑしやく》し、|神殿《しんでん》|指《さ》して|進《すす》み|入《い》りにける。
|竜国別《たつくにわけ》は|別《わか》れに|臨《のぞ》み、|三十一文字《みそひともじ》を|詠《よ》む。|其《その》|歌《うた》、
『|霊《たま》|幸《ち》はふ|神《かみ》の|国依《くにより》|別《わか》れ|別《わか》れに
|竜国別《たつくにわけ》の|心《こころ》|悲《かな》しき。
|神国《かみくに》を|今《いま》|竜国別《たつくにわけ》の|神司《かむつかさ》
|母《はは》|諸共《もろとも》に|自凝島《おのころ》へ|行《ゆ》かむ』
|高姫《たかひめ》の|歌《うた》、
『|高砂《たかさご》の|千歳《ちとせ》の|松《まつ》に|今《いま》しばし
|別《わか》れなむとす|名残《なごり》|惜《を》しさよ。
|遥々《はるばる》と|海山《うみやま》|越《こ》えてウヅの|国《くに》
|珍《うづ》の|身魂《みたま》と|吾《われ》はなりぬる。
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|光《ひかり》に|照《て》らされて
|高姫《たかひめ》|胸《むね》も|晴《は》れわたりける。
|素盞嗚神尊《すさのをのかみのみこと》のいます|限《かぎ》り
|世《よ》はおだやかに|治《をさ》まりて|行《ゆ》く。
|高砂《たかさご》の|島《しま》に|天降《あも》りし|素盞嗚《すさのをの》
|神《かみ》の|尊《みこと》ぞ|尊《たふと》かりけり。
|国依別《くによりわけ》|貴《うづ》の|命《みこと》の|神司《かむつかさ》
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|御国《みくに》|守《まも》れよ。
|大神《おほかみ》の|八人乙女《やたりをとめ》の|末子姫《すゑこひめ》
わけて|清《きよ》けき|君《きみ》の|御姿《みすがた》。
|松若彦神《まつわかひこかみ》の|命《みこと》の|神司《かむつかさ》
ウヅの|館《やかた》に|永遠《とは》に|仕《つか》へよ。
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|御国《みくに》を|高姫《たかひめ》が
|別《わか》れ|惜《をし》みて|神言《かみごと》を|宣《の》る』
|鷹依姫《たかよりひめ》も|亦《また》|三十一文字《みそひともじ》を|詠《よ》む。|其《その》|歌《うた》、
『|自凝《おのころ》の|島《しま》より|来《きた》る|鷹依姫《たかよりひめ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》は|今《いま》|別《わか》れなむ。
これやこの|行《ゆ》くも|帰《かへ》るも|別《わか》れても
|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|大本《おほもと》の|道《みち》。
|足曳《あしびき》の|山《やま》を|踏《ふ》み|越《こ》え|川《かは》わたり
|海《うみ》に|浮《うか》びて|神《かみ》の|道《みち》|行《ゆ》く。
|国依別《くによりわけ》|貴《うづ》の|命《みこと》や|末子姫《すゑこひめ》
|幸《さち》|多《おほ》かれと|朝夕《あさゆふ》|祈《いの》る。
|鷹依姫《たかよりひめ》|神《かみ》の|司《つかさ》は|珍《うづ》の|都《みやこ》
|別《わか》れむとして|涙《なみだ》こぼるる。
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|御為《おんため》|道《みち》の|為《ため》
|世人《よびと》の|為《ため》に|尽《つく》す|真心《まごころ》。
アマゾンの|河《かは》の|流《なが》れはさかしくも
|神《かみ》とわたればさかしくもなし。
アマゾンの|時雨《しぐれ》の|森《もり》に|鷹依《たかより》の
|姫《ひめ》の|司《つかさ》は|心《こころ》|残《のこ》りぬ。
|月《つき》の|神《かみ》|斎《いつ》きまつりし|兎《う》の|都《みやこ》
|今《いま》は|恋《こひ》しくなりにけるかな。
|黄金《わうごん》の|玉《たま》の|所在《ありか》を|探《たづ》ねむと
|求《ま》ぎ|来《きた》りける|親子《おやこ》|悲《かな》しも。
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|御前《みまへ》にひれ|伏《ふ》して
ウヅの|館《やかた》の|幸《さち》を|祈《いの》らむ。
|見渡《みわた》せば|山川《やまかは》|清《きよ》く|野《の》は|青《あを》し
|天津御空《あまつみそら》は|真澄《ますみ》の|鏡《かがみ》。
|野《の》も|山《やま》も|清《きよ》くさやけき|神国《かみくに》に
|別《わか》れて|帰《かへ》る|名残《なごり》|惜《を》しさよ。
|自凝《おのころ》の|島《しま》を|立出《たちい》で|早《はや》|三年《みとせ》
|四年振《よとせぶり》にて|錦《にしき》の|宮《みや》へ。
|四尾《よつを》の|山《やま》の|麓《ふもと》にそそり|立《た》つ
|錦《にしき》の|宮《みや》を|遠《とほ》く|拝《をが》みつ。
|素盞嗚神尊《すさのをのかみのみこと》の|御姿《みすがた》を
|近《ちか》く|拝《をが》みし|事《こと》の|嬉《うれ》しさ。
|言依別神《ことよりわけかみ》の|命《みこと》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ
|雄々《をを》しき|姿《すがた》|見《み》たる|嬉《うれ》しさ。
|国依別神《くによりわけかみ》の|命《みこと》よ|今日《けふ》よりは
|心《こころ》を|配《くば》れ|重荷《おもに》|負《お》ふ|身《み》は。
|八乙女《やおとめ》の|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|御館《おんやかた》
|今《いま》|別《わか》れ|行《ゆ》く|心《こころ》|悲《かな》しき。
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひて
|又《また》|会《あ》ふ|春《はる》を|待《ま》ちつつぞ|経《へ》む』
テーリスタンは|覚束《おぼつか》なげに|歌《うた》を|詠《よ》む。
『|鷹依姫《たかよりひめ》|神《かみ》の|司《つかさ》に|従《したが》ひて
|玉《たま》を|索《もと》めつ|今《いま》|此処《ここ》にあり。
|玉々《たまたま》と|玉《たま》に|心《こころ》を|奪《うば》はれて
|今《いま》はたまらぬ|悲《かな》しい|別《わか》れ。
|魂《たましひ》はどこかの|空《そら》に|宿替《やどがへ》し
テーリスタンの|魂無《たまな》し|男《をとこ》。
われも|亦《また》|自凝島《おのころじま》に|立帰《たちかへ》り
|若草《わかぐさ》の|妻《つま》|持《も》たむとぞ|思《おも》ふ。
|若草《わかぐさ》の|妻《つま》の|命《みこと》と|手《て》をひいて
ウヅの|都《みやこ》にいます|芽出《めで》たさ。
|素盞嗚神尊《すさのをのかみのみこと》の|御姿《おんすがた》
|伏《ふ》し|拝《をが》む|時《とき》|涙《なみだ》こぼれつ。
|言依別《ことよりわけ》|神《かみ》の|命《みこと》は|空《そら》|高《たか》く
|吾《わ》れを|見棄《みす》てて|去《さ》りましにけり。
カールさま|二人《ふたり》の|後《あと》に|従《したが》ひて
|身《み》もカールガールと|御空《みそら》|行《ゆ》くかな。
|高姫《たかひめ》も|漸《やうや》く|心《こころ》|和《やは》らぎて
|久方《ひさかた》|振《ぶ》りに|笑《わら》ひ|顔《がほ》|見《み》る。
いと|涼《すず》し|風《かぜ》|吹《ふ》く|島《しま》の|神《かみ》の|国《くに》
|後《あと》に|見棄《みす》てて|帰《かへ》る|惜《を》しさよ。
|黒姫《くろひめ》の|生命《いのち》|救《すく》ひし|其《その》|為《ため》に
|高砂島《たかさごじま》に|退《やら》はれにけり。
|烏羽玉《うばたま》の|心《こころ》も|黒《くろ》き|黒姫《くろひめ》は
|今《いま》や|何処《いづこ》の|空《そら》に|彷徨《さまよ》ふ。
いつ|迄《まで》も|腰折歌《こしをれうた》は|尽《つ》きざれど
|神《かみ》のまにまにとどめおくなり』
カーリンスは、|又《また》もや|三十一文字《みそひともじ》を|詠《よ》む。
『カーリンス、テーリスタンと|諸共《もろとも》に
|涙《なみだ》の|海《うみ》に|漂《ただよ》ひにけり。
|高砂《たかさご》の|島《しま》にやうやう|渡《わた》り|来《き》て
|玉捜《たまさが》しする|時《とき》の|苦《くる》しさ。
|天祥《てんしやう》の|山《やま》の|瀑布《ばくふ》へ|現《あらは》れて
モールバンドを|言向《ことむ》け|和《やは》しぬ。
|言向《ことむ》けしモールバンドの|功績《いさをし》は
カーリンスならで|鷹依《たかより》の|姫《ひめ》。
|竜国別《たつくにわけ》|神《かみ》の|命《みこと》の|鼻《はな》|高《たか》き
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|登《のぼ》り|行《ゆ》くかな。
|素盞嗚神尊《すさのをのかみのみこと》を|伏《ふ》し|拝《をが》み
|身《み》の|置所《おきどころ》|知《し》らぬ|嬉《うれ》しさ。
|嬉《うれ》しやと|思《おも》ふ|間《ま》もなく|大神《おほかみ》は
われを|見《み》すてて|帰《かへ》りましけり。
|高姫《たかひめ》の|司《つかさ》と|共《とも》に|海原《うなばら》を
|渡《わた》ると|思《おも》へば|涙含《なみだぐ》まるる。
|高姫《たかひめ》よ|心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなほ》し
|波《なみ》|太平洋《たいへいやう》を|渡《わた》りましませ。
カーリンスこれが|一生《いつしやう》の|御願《おねがひ》ぞ
|波高姫《なみたかひめ》よ|心《こころ》|鎮《しづ》めよ。
|村肝《むらきも》の|心《こころ》の|海《うみ》に|荒波《あらなみ》の
|竜国別《たつくにわけ》よ|暫《しば》し|鎮《しづ》まれ』
と|口《くち》から|出放題《ではうだい》の|歌《うた》を|並《なら》べ、|高姫《たかひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンス、|常彦《つねひこ》の|一行《いつかう》は、ウヅの|都《みやこ》に|別《わか》れを|告《つ》げ、テル|山峠《やまたうげ》を|踏《ふ》み|越《こ》え、ハラの|港《みなと》に|出《い》で、|自凝島《おのころじま》に|向《むか》つて|帰《かへ》ることとなりにけり。
(大正一一・八・二八 旧七・六 松村真澄録)
第三篇 |時節《じせつ》|到来《たうらい》
第一三章 |帰途《きと》〔九二八〕
アルゼンチンの|神《かみ》の|国《くに》 |都《みやこ》を|後《あと》に|竜国別《たつくにわけ》や
|鷹依姫《たかよりひめ》や|高姫《たかひめ》や テーリスタンやカーリンス
|常彦《つねひこ》|一行《いつかう》|六人《ろくにん》は |国依別《くによりわけ》や|末子姫《すゑこひめ》
|松若彦《まつわかひこ》に|送《おく》られて |互《たがひ》に|前途《ぜんと》を|祝《しゆく》しつつ
|焼《や》きつく|如《ごと》き|炎天《えんてん》を |何《なん》とはなしに|自転倒《おのころ》の
|島根《しまね》に|帰《かへ》る|嬉《うれ》しさに |心《こころ》も|勇《いさ》み|足並《あしなみ》も
いと|軽《かる》さげに|帰《かへ》り|行《ゆ》く あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|蒙《かかぶ》りて |玉《たま》に|対《たい》する|執着《しふちやく》を
|弊履《へいり》の|如《ごと》く|打棄《うちす》てて |心《こころ》の|色《いろ》もテル|山《やま》の
|峠《たうげ》の|麓《ふもと》にさしかかる |坂《さか》の|麓《ふもと》の|樟《くす》の|森《もり》
|此処《ここ》に|一夜《いちや》の|雨宿《あまやど》り |烏《からす》の|声《こゑ》に|起《おこ》されて
|細谷川《ほそたにがは》に|身《み》を|清《きよ》め |携《たづさ》へ|持《も》てるパンを|出《だ》し
|朝餉《あさげ》をすまし|膝栗毛《ひざくりげ》 |駒《こま》に|鞭《むちう》ち|登《のぼ》り|行《ゆ》く
|岩石《がんせき》|起伏《きふく》の|峻坂《しゆんぱん》を |聞《き》くも|勇《いさ》まし|三五《あななひ》の
|教《をしへ》の|道《みち》の|宣伝歌《せんでんか》 |歌《うた》ひ|歌《うた》ひて|登《のぼ》り|行《ゆ》く
|足《あし》の|運《はこ》びもいつしかに |風《かぜ》|吹《ふ》きすさぶテル|山《やま》の
|峠《たうげ》にやうやう|辿《たど》りつき ここに|一行《いつかう》|六人《ろくにん》は
|一先《ひとま》づ|足《あし》を|休《やす》めける。
|竜国別《たつくにわけ》『|皆《みな》さま、|此《この》|涼《すず》しい|風《かぜ》を|浴《あ》び|乍《なが》ら、|暫《しばら》く|休息《きうそく》を|致《いた》し、ウヅの|国《くに》に|別《わか》れを|告《つ》げませうか』
|一同《いちどう》『|宜《よろ》しからう』
と|異議《いぎ》なく|賛意《さんい》を|表《へう》し、|荒《あら》き|息《いき》を|吐《は》き|出《だ》しながら、|頂上《ちやうじやう》に|枝振《えだぶり》|面白《おもしろ》く|立《た》つてゐる|常磐木《ときはぎ》の|蔭《かげ》に|腰《こし》を|下《おろ》し、|息《いき》を|休《やす》むる|事《こと》となつた。
|竜国別《たつくにわけ》『この|山《やま》は|桃上彦命《ももがみひこのみこと》|様《さま》がウヅの|都《みやこ》に|五月姫《さつきひめ》と|鎮《しづ》まりまして、|神業《しんげふ》にお|仕《つか》へ|遊《あそ》ばした|時《とき》、|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦《たたか》ひに、|大加牟津見命《おほかむづみのみこと》と|現《あら》はれ|玉《たま》へる|松《まつ》|竹《たけ》|梅《うめ》の|姉妹《おとどい》が、|宣伝使《せんでんし》の|初陣《うひぢん》の|時《とき》、ここ|迄《まで》|登《のぼ》つて|来《き》て、ウヅの|都《みやこ》の|空《そら》を|打仰《うちあふ》ぎ、|訣別《けつべつ》の|歌《うた》をうたはれた|名高《なだか》い|所《ところ》です。|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》も、|捨子姫《すてこひめ》、カール、|石熊《いしくま》の|三人《さんにん》を|従《したが》へ、ここに|暫《しばら》く|息《いき》を|休《やす》め|歌《うた》を|歌《うた》つて、ウヅの|都《みやこ》へお|越《こ》しになつた|由緒《ゆゐしよ》の|深《ふか》き|場所《ばしよ》です。|吾々《われわれ》も|一《ひと》つ|何《なん》とか|各自《かくじ》に|歌《うた》をうたつて、|後世《こうせい》に|伝《つた》えなくてはなりますまい。|一《ひと》つ|高姫《たかひめ》さま、|貴女《あなた》が|此《この》|一行中《いつかうちう》の|棟梁株《とうりやうかぶ》だから、|何《なん》とか|歌《うた》つて|聞《き》かして|下《くだ》さいませぬか』
|高姫《たかひめ》『|仰《あふ》せ|迄《まで》もなく、|何《なに》か|歌《うた》を|歌《うた》つて|見《み》ようと|思《おも》つてゐた|所《ところ》です。どうせ|俄作《にはかづく》りの|出放題《ではうだい》だから|笑《わら》つちや|可《い》けませぬよ』
と|前置《まへおき》きし、ウヅの|都《みやこ》を|瞰下《かんか》し|乍《なが》ら|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。
『|向《むか》ふに|見《み》えるはウヅの|国《くに》 アルゼンチンの|神館《かむやかた》
|青野ケ原《あをのがはら》にピカピカと |光《ひか》り|輝《かがや》く|白《しろ》い|壁《かべ》
|国依別《くによりわけ》の|神司《かむつかさ》 |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に
さぞ|今頃《いまごろ》は|睦《むつ》まじく |誰《たれ》|憚《はばか》らず|水入《みづい》らず
|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見合《みあは》して ニタリニタリと|恵比須顔《えびすがほ》
さぞやさぞさぞお|楽《たの》しみ |其《その》|有様《ありさま》がありありと
|目《め》に|見《み》る|様《やう》に|思《おも》はれる あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|仕組《しぐみ》か|知《し》らねども |此《この》|炎天《えんてん》をはるばると
|喘《あへ》ぎ|喘《あへ》ぎて|胸《むね》を|突《つ》く |嶮《けは》しき|坂《さか》を|攀登《よぢのぼ》り
|汗《あせ》や|膏《あぶら》をしぼりつつ |世人《よびと》の|為《ため》に|尽《つく》す|身《み》に
|比《くら》べて|見《み》れば|雲泥《うんでい》の |実《じつ》に|相違《さうゐ》があるものだ
|上《うへ》に|上《うへ》ある|世《よ》の|中《なか》に |下《した》に|下《した》ある|世《よ》の|中《なか》だ
|暑《あつ》い|涼《すず》しい|言《い》ひ|乍《なが》ら うちわは|丸《まる》く|末《すゑ》|広《ひろ》く
|扇《あふぎ》を|開《ひら》いてバタバタと |風《かぜ》を|起《おこ》しつ|二人連《ふたりづ》れ
|治《をさ》まり|返《かへ》つて|御座《ござ》るだろ それに|吾等《われら》は|何《なん》とした
|因果《いんぐわ》な|生《うま》れつきだらう テル|山峠《やまたうげ》をエチエチと
|登《のぼ》つて|荒《あら》き|息《いき》をつき |僅《わづか》に|吹《ふ》き|来《く》る|山風《やまかぜ》を
|浴《あ》びて|涼《すず》しい|涼《すず》しいと |云《い》うては|居《を》れど|国依別《くによりわけ》の
|神《かみ》の|命《みこと》に|比《くら》ぶれば |月《つき》に|鼈《すつぽん》|雪《ゆき》に|炭《すみ》
|涼《すず》しと|云《い》つても|涼《すず》しさが |天《てん》と|地《ち》と|程《ほど》|違《ちが》うてゐる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
テル|山峠《やまたうげ》を|下《くだ》るまで |雲《くも》を|起《おこ》して|天津日《あまつひ》の
|御影《みかげ》をかくし さやさやと |涼《すず》しき|風《かぜ》の|吹《ふ》くように
|国魂神《くにたまがみ》の|竜世姫《たつよひめ》 どうぞ|守《まも》つて|下《くだ》さんせ
|竜国別《たつくにわけ》や|鷹依姫《たかよりひめ》の |神《かみ》の|司《つかさ》は|云《い》ふも|更《さら》
テーリスタンやカーリンス |常彦《つねひこ》までが|泡《あわ》|吹《ふ》いて
|一目《ひとめ》|見《み》るさへお|気《き》の|毒《どく》 |仁慈《じんじ》の|心《こころ》に|照《てら》されて
|目《め》あけてこれが|見《み》られうか |皆《みな》さま|本当《ほんたう》に|暑《あつ》からう
|暑《あつ》うても|御辛抱《ごしんばう》なされませ |神《かみ》の|手《て》【あつ】き|御恵《みめぐみ》と
|思《おも》へば|暑《あつ》さも|涼《すず》しうなる |心《こころ》の|中《なか》に|燃《も》えしきる
|火熱《くわねつ》も|瑞《みづ》の|御霊《みたま》にて |恵《めぐみ》の|雨《あめ》を|注《そそ》ぎなば
|火《ひ》も|亦《また》|涼《すず》しうなるだらう さはさり|乍《なが》ら|高姫《たかひめ》は
どうしてこれ|程《ほど》|暑《あつ》いだろ |国依別《くによりわけ》の|若夫婦《わかふうふ》
|涼《すず》しき|北《きた》の|窓《まど》あけて |水《みづ》も|曳《も》らさぬささやきを
|思《おも》ひまはせばウヅの|空《そら》 |羨望《せんばう》の|念《ねん》にかられます
|此《この》|高姫《たかひめ》もモウ|少《すこ》し |年《とし》|若《わか》ければどうかして
|残《のこ》りの|花《はな》の|返《かへ》り|咲《ざ》き |立派《りつぱ》な|夫《をつと》を|迎《むか》へ|取《と》り
|四尾《よつを》の|山《やま》の|山麓《さんろく》に たち|並《なら》びたる|八尋殿《やひろどの》
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|参上《まゐのぼ》り |涼《すず》しき|夫婦《ふうふ》が|宮仕《みやづか》へ
する|身《み》にならば|何程《なにほど》か |心《こころ》|楽《たの》しき|事《こと》だらう
|只《ただ》|今《いま》までは|如意宝珠《によいほつしゆ》 |玉《たま》に|心《こころ》を|奪《うば》はれて
|夫《をつと》の|事《こと》など|夢《ゆめ》にだに |思《おも》ひそめたる|事《こと》はない
|玉《たま》に|心《こころ》を|悩《なや》ませし |夢《ゆめ》も|醒《さ》めたる|今日《けふ》こそは
|一《ひと》つの|望《のぞ》みが|湧《わ》いて|来《き》た あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|結《むす》びの|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》に |老《おい》さらばひし|高姫《たかひめ》が
|心《こころ》の|友《とも》となる|人《ひと》を |授《さづ》け|玉《たま》へよ|天津神《あまつかみ》
|国津御神《くにつみかみ》の|御前《おんまへ》に |慎《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎまつる
|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎまつる』
|常彦《つねひこ》『アハヽヽヽ、|高姫《たかひめ》さま、チツト|暑《あつ》さが|酷《ひど》いので、|逆上《ぎやくじやう》してますねい。|併《しか》し|今《いま》の|御述懐《ごじゆつくわい》は|本当《ほんたう》かも|知《し》れませぬ。なる|事《こと》ならば|此処《ここ》にも|一羽《いちは》【やもめ】|鳥《どり》がおちてゐますが、|併《しか》し|乍《なが》らさうは|甘《うま》く|問屋《とひや》が|卸《おろ》しませぬワイ』
|鷹依姫《たかよりひめ》『オツホヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『ヘン、|常彦《つねひこ》、|馬鹿《ばか》にしなさるな。|如何《いか》に|高姫《たかひめ》だとて、お|前《まへ》の|様《やう》な|気《き》の|利《き》かぬ|男《をとこ》を、|誰《たれ》がハズバンドにする|者《もの》がありますかい。|自惚《うぬぼれ》も|良《い》い|加減《かげん》にしておきなさいよ』
テーリスタン『アハヽヽヽ|常彦《つねひこ》、やられやがつたな。|末子姫《すゑこひめ》さまのやうな|若《わか》いナイスにやられるのなれば、まだしもだが、|歯《は》の|半分《はんぶん》|落《お》ちた|冬《ふゆ》の|初《はじ》めの|木《き》の|如《や》うな|冷《つめ》たい|御方《おかた》に、|肱鉄《ひぢてつ》をくはされては|最早《もはや》|男《をとこ》として|世《よ》の|中《なか》に|出《だ》す|顔《かほ》はあるまいぞ』
|常彦《つねひこ》『|馬鹿《ばか》|言《い》ふな。|俺《おれ》の|事《こと》を|言《い》つたのぢやない。|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》をお|世話《せわ》しようと|思《おも》つて、|一寸《ちよつと》|口《くち》をむしつて|見《み》たのだ。それに|高姫《たかひめ》さまが|気《き》をまはして、|早取《はやど》りをなさるものだから、こんな|事《こと》に|誤解《ごかい》されて|了《しま》ふのだ。モシ|竜国別《たつくにわけ》さま、|思召《おぼしめ》しは|御座《ござ》いますかな』
|竜国別《たつくにわけ》『|御親切《ごしんせつ》は|有難《ありがた》う|御座《ござ》いますが、|私《わたくし》のやうな|者《もの》は|到底《たうてい》、|高姫《たかひめ》さまのお|気《き》には|入《い》りませぬ。|又《また》|私《わたくし》としてもお|気《き》に|入《い》らぬのですからな、アハヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『コレ|竜国別《たつくにわけ》さま、|此《この》|暑《あつ》いのに|能《よ》い|加減《かげん》に|馬鹿《ばか》にしておきなさい。お|気《き》に|入《い》らぬもの|同志《どうし》なら|丁度《ちやうど》よいぢやないか。|要《い》らぬ|口《くち》を|叩《たた》くものぢやありませぬぞえ』
|竜国別《たつくにわけ》『これはこれは|思《おも》ひがけなき|御逆鱗《ごげきりん》、どうぞ|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》して|下《くだ》さい』
|高姫《たかひめ》『お|前《まへ》さまが|何《なに》か|歌《うた》つたらどうだと、|発起《ほつき》したのぢやありませぬか。サア|一《ひと》つ|歌《うた》つて|御覧《ごらん》。|何《いづ》れもお|前《まへ》さまの|事《こと》だから、|御立派《ごりつぱ》な|歌《うた》が|出《で》るでせう』
|竜国別《たつくにわけ》は|歌《うた》ひ|出《だ》したり。
『|珍《うづ》の|館《やかた》を|立出《たちい》でて |一行《いつかう》|六人《ろくにん》|漸《やうや》くに
テル|山峠《やまたうげ》の|頂上《ちやうじやう》に |登《のぼ》りて|見《み》れば|極楽《ごくらく》の
|余《あま》り|風《かぜ》かは|知《し》らねども |吾等《われら》の|面《おもて》を|吹払《ふきはら》ふ
その|涼《すず》しさよ|心《こころ》よさ |松竹梅《まつたけうめ》の|桃《もも》の|実《み》が
|立《た》たせ|玉《たま》ひてウヅの|国《くに》 |都《みやこ》にいます|父神《ちちがみ》に
|名残《なごり》を|惜《をし》み|玉《たま》ひたる ほまれも|高《たか》き|此《この》|峠《たうげ》
|遠《とほ》く|彼方《あなた》を|見《み》わたせば |大西洋《たいせいやう》の|波《なみ》|高《たか》く
|目下《ました》に|見《み》ゆるはテルの|国《くに》 |山川《やまかは》|清《きよ》く|野《の》は|青《あを》く
|天津御空《あまつみそら》も|海原《うなばら》も |真澄《ますみ》の|鏡《かがみ》の|如《ごと》くなり
ウヅの|都《みやこ》に|永久《とこしへ》に |鎮《しづ》まりいます|神司《かむつかさ》
|国依別《くによりわけ》や|末子姫《すゑこひめ》 その|外《ほか》|百《もも》の|司《つかさ》|達《たち》
|信徒《まめひと》|達《たち》にテルの|山《やま》の |峠《たうげ》に|立《た》ちて|名残《なごり》をば
|再《ふたた》び|惜《をし》む|六人連《むたりづ》れ |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|高砂島《たかさごじま》に|渡《わた》り|来《き》て いろいろ|雑多《ざつた》と|道《みち》の|為《ため》
|身《み》を|尽《つく》したる|経歴《けいれき》は |五六七《みろく》の|御世《みよ》の|末《すゑ》までも
|語《かた》り|伝《つた》へて|忘《わす》れまじ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて |竜国別《たつくにわけ》が|行末《ゆくすゑ》を
|厚《あつ》く|守《まも》らせ|玉《たま》ひつつ |太《ふと》しき|功績《いさを》を|後《あと》の|世《よ》に
|立《た》てさせ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|弥深《いやふか》き
ウヅの|御国《みくに》を|去《さ》るにつけ |心《こころ》の|限《かぎ》り|身《み》の|限《かぎ》り
|誠心《まことごころ》を|捧《ささ》げつつ |謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎまつる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|再《ふたた》び|腰《こし》を|芝生《しばふ》の|上《うへ》に|下《おろ》す。これより|鷹依姫《たかよりひめ》、テー、カー、|常彦《つねひこ》|等《ら》の|歌《うた》あれども、|余《あま》りくどければ、|省略《しやうりやく》する|事《こと》と|致《いた》します。
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は|此《この》|峠《たうげ》を|下《くだ》り、|石熊《いしくま》が|大蛇《をろち》に|魅入《みい》られ、|苦《くるし》みゐたる|際《さい》、|末子姫《すゑこひめ》に|救《すく》はれたる|乾《いぬゐ》の|滝《たき》に|立寄《たちよ》り、|各々《おのおの》|此処《ここ》に|御禊《みそぎ》を|修《しう》し、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|数歌《かずうた》を|歌《うた》ひ|上《あ》げ、|一日一夜《いちにちいちや》|此処《ここ》に|費《つひ》やして、|一行《いつかう》|六人《ろくにん》|峻坂《しゆんばん》を|下《くだ》り、|漸《やうや》くハラの|港《みなと》に|進《すす》み、|船《ふね》を|待《ま》ち|合《あは》せ、|又《また》もや|高島丸《たかしままる》に|乗《の》つて|帰国《きこく》する|事《こと》となりける。
(大正一一・八・二八 旧七・六 松村真澄録)
第一四章 |魂《たま》の|洗濯《せんたく》〔九二九〕
テーリスタンは|坂《さか》を|降《くだ》りつつカールもどきに|歌《うた》を|唄《うた》ひ、|足拍子《あしびやうし》を|取《と》り|乍《なが》ら|下《くだ》つて|行《ゆ》く。|一行《いつかう》|五人《ごにん》は|腹《はら》を|抱《かか》へ、|笑《わら》ひ|乍《なが》ら、|一歩々々《ひとあしひとあし》|趾《ゆび》の|先《さき》に|力《ちから》を|入《い》れて、|覚束《おぼつか》なげに|杖《つゑ》を|力《ちから》に|下《くだ》り|行《ゆ》く。
『テル|山峠《やまたうげ》の|頂上《ちやうじやう》は |今《いま》を|去《さ》ること|一昔《ひとむかし》
|昔《むかし》と|云《い》つても|三十年《みそとせ》だ |正鹿山津見神《まさかやまづみかみ》さまが
|五月《さつき》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に ウヅの|館《やかた》にましまして
|教《をしへ》を|開《ひら》き|民《たみ》を|撫《な》で |三五教《あななひけう》の|御御《みをしへ》を
アルゼンチンの|空《そら》|高《たか》く |照《てら》し|玉《たま》ひしウヅ|都《みやこ》
|後《あと》に|眺《なが》めて|三人《さんにん》の |松竹梅《まつたけうめ》の|宣伝使《せんでんし》
|此《この》|頂上《ちやうじやう》に|登《のぼ》り|詰《つ》め |名残《なごり》を|惜《をし》み|蚊々虎《かがとら》の
|神《かみ》の|化身《けしん》と|諸共《もろとも》に |歌《うた》ひ|玉《たま》ひし|旧跡地《きうせきち》
|高姫《たかひめ》さまが|言霊《ことたま》を ウヅの|館《やかた》に|差向《さしむ》けて
|法界悋気《ほふかいりんき》の|物凄《ものすご》さ |側《そば》に|聞《き》いてるテーリスタン
|実《まこと》に|情《なさ》けなくなつた |雀《すずめ》|百《ひやく》まで|牡鳥《おんどり》を
|忘《わす》れないとは|能《よ》く|言《い》うた |高姫《たかひめ》さまも|是《これ》からは
|心《こころ》が|和《やは》らぎ|来《き》たならば |物《もの》の|憐《あは》れも|知《し》るであろ
|固《かた》い|計《ばか》りが|能《のう》でない オツトドツコイ|危《あぶ》ないぞ
うつかりしてると|石車《いしぐるま》 |乗《の》つて|転《こ》けては|堪《たま》らない
|玉《たま》ぢや|玉《たま》ぢやと|喧《やか》ましく |騒《さわ》いでゐたが|此《この》|道《みち》に
|沢山《たくさん》|転《ころ》げた|石玉《いしだま》を |持《も》つて|御帰《おかへ》り|遊《あそ》ばして
|黒姫《くろひめ》さまに|見《み》せたなら |喜《よろこ》び|飛《と》びつきしがみつき
|固《かた》く|喜《よろこ》びなさるだろ ウントコドツコイ ドツコイシヨ
|高姫《たかひめ》さまよ|如何《どう》なさる |石《いし》でもヤツパリ|丸《まる》ければ
|玉《たま》に|能《よ》う|似《に》て|居《を》りまする |国依別《くによりわけ》が|釣《つ》り|上《あ》げた
お|前《まへ》は|魚《さかな》を|頂《いただ》いて |怒《おこ》つたことがあるさうな
ウントコドツコイ コレワイシヨ グヅグヅしてると|転《ころ》げるぞ
|国依別《くによりわけ》や|末子姫《すゑこひめ》 |二人《ふたり》のお|方《かた》も|今頃《いまごろ》は
スツカリ|転《ころ》んで|御座《ござ》るだろ |同《おな》じ|転《ころ》ぶにしたとこが
ここで|転《ころ》ぶはたまらない |是《これ》から|少《すこ》し|下《くだ》つたら
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》が|石熊《いしくま》を お|助《たす》けなさつた|滝《たき》がある
|皆《みな》さま|寄《よ》つて|行《ゆ》きませうか |高砂島《たかさごじま》を|去《さ》るにつけ
|汗《あせ》をば|流《なが》し|垢《あか》を|取《と》り |身魂《みたま》を|浄《きよ》めてスクスクと
|大海原《おほうなばら》を|打渡《うちわた》り いよいよ|目出《めで》たく|自凝《おのころ》の
|神《かみ》のまします|真秀良場《まほらば》へ |帰《かへ》ると|思《おも》へば|有難《ありがた》い
ドツコイシヨ、ドツコイシヨ |神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて
|善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける |国依別《くによりわけ》の|神《かみ》さまは
|善《ぜん》の|酬《むく》いが|廻《めぐ》り|来《き》て |珍《うづ》の|司《つかさ》とならしやつた
|私《わたし》は|身魂《みたま》が|悪《わる》いので |高姫《たかひめ》さまと|同《おな》じよに
|折角《せつかく》|出《で》て|来《き》た|此《この》|島《しま》で |一《ひと》つの|玉《たま》をも|能《よ》う|取《と》らず
やみやみ|帰《かへ》るか|情《なさ》けない |何《なん》の|因果《いんぐわ》で|此《この》|様《やう》に
|拍子《ひやうし》の|悪《わる》い|身魂《みたま》だろ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ ウントコドツコイ ドツコイシヨ
|皆《みな》さま|気《き》をつけ|危《あぶ》ないぞ それ|又《また》そこに|石《いし》ころだ
|辷《すべ》つて|転《ころ》んで|泡《あわ》|吹《ふ》いて |高姫《たかひめ》さまの|御厄介《ごやくかい》
ならない|様《やう》にしておくれ テーリスタンが|心《こころ》から
|気《き》をつけますぞや|皆《みな》の|人《ひと》 |人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》
とは|云《い》ふものの|今《いま》の|人《ひと》 |何《いづ》れも|神《かみ》の|仇《あだ》となり
|悪魔《あくま》の|宮《みや》となつてゐる |乾《いぬゐ》の|滝《たき》に|出《い》で|立《た》ちて
|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め ついた|曲津《まがつ》を|放《はう》り|出《だ》して
|誠《まこと》の|神《かみ》の|御子《みこ》となり |神《かみ》の|宮居《みやゐ》となりませう
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる』
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》はテル|山峠《やまたうげ》を|西《にし》へ|西《にし》へと|下《くだ》りつつ、|瀑布《ばくふ》の|音《おと》|凄《すさま》じく|聞《きこ》えたるテル|山峠《やまたうげ》の|中腹《ちうふく》に|下《くだ》り|着《つ》いた。これより|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は|乾《いぬゐ》の|瀑布《ばくふ》をさして、|御禊《みそぎ》を|修《しう》すべく、|音《おと》を|尋《たづ》ねて|探《さぐ》り|寄《よ》つた。|相当《さうたう》に|幅《はば》の|広《ひろ》い|高《たか》い|瀑布《ばくふ》である。|此処《ここ》はバラモン|教《けう》の|神司《かむつかさ》|石熊《いしくま》が|水垢離《みづごり》を|取《と》つてゐる|際《さい》、|大蛇《をろち》に|魅《み》せられて|九死一生《きうしいつしやう》の|破目《はめ》に|陥《おちい》りたる|折《をり》、|末子姫《すゑこひめ》の|一行《いつかう》に|救《すく》はれた|有名《いうめい》な|瀑布《ばくふ》である。|近《ちか》づき|見《み》れば|大《だい》の|男《をとこ》が|只《ただ》|一人《ひとり》、|一心不乱《いつしんふらん》に|滝《たき》にかかつてゐる。
|高姫《たかひめ》は|委細《ゐさい》|構《かま》はず、|薄衣《うすぎぬ》を|脱《ぬ》ぎすて、|滝壺《たきつぼ》|目《め》がけてザンブと|許《ばか》り|飛《と》び|込《こ》みしが、|如何《いかが》はしけむ、|高姫《たかひめ》の|姿《すがた》はそれ|切《き》り、|何《なに》も|見《み》えなくなつて|了《しま》つた。|竜国別《たつくにわけ》、テー、カー、|常彦《つねひこ》の|四人《よにん》は|慌《あわ》ただしく、|赤裸《まつぱだか》となつて、|滝壺《たきつぼ》に|探《さぐ》り|探《さぐ》り|這入《はい》つて、|高姫《たかひめ》の|肉体《にくたい》の|若《も》しや|水底《みなそこ》に|沈《しづ》み|居《を》らざるかと、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|捜索《そうさく》し|始《はじ》めた。されど|如何《どう》しても|所在《ありか》が|分《わか》らぬ。|何《いづ》れも|途方《とはう》に|暮《く》れて、|一時《いちじ》も|早《はや》く|高姫《たかひめ》の|肉体《にくたい》の|浮《う》き|上《あが》ることを|祈願《きぐわん》するのであつた。
|一人《ひとり》の|男《をとこ》は|悠々《いういう》として|水垢離《みづごうり》を|終《をは》り、タオルにて|体《からだ》を|拭《ふ》き|乍《なが》ら、|鷹依姫《たかよりひめ》の|前《まへ》に|来《きた》り、
|男《をとこ》『|随分《ずゐぶん》|暑《あつ》いことで|御座《ござ》いますな。|貴方《あなた》も|一《ひと》つ|滝《たき》におかかりになつては|如何《いかが》ですか。|随分《ずゐぶん》|涼《すず》しい|滝《たき》で、|身魂《みたま》の|垢《あか》がスツカリと|除《と》れた|様《やう》な|気分《きぶん》が|致《いた》しますよ』
|鷹依姫《たかよりひめ》『ハイ|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。|併《しか》し|乍《なが》ら|只《ただ》|今《いま》|私《わたくし》の|同行者《どうかうしや》の|一人《ひとり》なる|高姫《たかひめ》さまと|云《い》ふ|方《かた》が、|滝壺《たきつぼ》へ|飛込《とびこ》み、|其《その》|儘《まま》お|姿《すがた》がなくなつて|了《しま》ひましたので……アレあの|通《とほ》り、|四人《よにん》の|男《をとこ》が|赤裸《まつぱだか》になり、|水底《みなそこ》を|探《さぐ》つて|居《を》ります。どうで|御座《ござ》いませうか、|此《この》|滝壺《たきつぼ》はそれ|程《ほど》|深《ふか》いので|御座《ござ》いませうか』
|男《をとこ》『|別《べつ》に|大《たい》した|深《ふか》い|滝壺《たきつぼ》では|御座《ござ》いませぬが、|私《わたくし》が|最前《さいぜん》|滝《たき》にかかつて|居《を》ります|際《さい》、|高姫《たかひめ》さまは|衣類《いるゐ》を|脱《ぬ》ぎすて、|神様《かみさま》にお|願《ねがひ》もせず、|先頭一《せんとういち》に|飛《と》び|込《こ》みました。|併《しか》し|乍《なが》ら|生命《いのち》に|別状《べつじやう》はありますまい。|神様《かみさま》から|御禊《みそぎ》の|行《ぎやう》をさせられて|居《を》られるのでせう』
|鷹依姫《たかよりひめ》『それぢやと|申《まを》して、モウ|大分《だいぶん》にタイムが|経《た》ちます。|人間《にんげん》の|肉体《にくたい》を|以《もつ》てさう|永《なが》らく|水中《すゐちう》に|生《いき》て|居《を》られる|筈《はず》が|御座《ござ》いませぬ。|如何《どう》したら|助《たす》かりませうかなア』
|男《をとこ》『|私《わたくし》は|高島丸《たかしままる》の|船長《せんちやう》をやつて|居《を》つた、タルチールと|云《い》ふ|者《もの》で|御座《ござ》いますが、|随分《ずゐぶん》|高姫《たかひめ》と|云《い》ふ|人《ひと》は|我慢《がまん》の|強《つよ》い|方《かた》ですから、|此《この》|高砂島《たかさごじま》を|離《はな》れるに|際《さい》し、|神様《かみさま》の|修祓《しうばつ》を|受《う》けて|居《ゐ》るのでせう。マア|御心配《ごしんぱい》なされますな』
と|平気《へいき》な|顔《かほ》にて|笑《わら》つてゐる。|竜国別《たつくにわけ》|外《ほか》|三人《さんにん》は|滝壺《たきつぼ》を|隈《くま》なく|捜《さが》し、どうしても|高姫《たかひめ》の|姿《すがた》の|見《み》えざるに|絶望《ぜつばう》の|声《こゑ》を|放《はな》ち|乍《なが》ら、|二人《ふたり》の|前《まへ》に|赤裸《まつぱだか》の|儘《まま》、|集《あつ》まり|来《きた》り、
|竜国別《たつくにわけ》『お|母《か》アさま、|如何《どう》しても|駄目《だめ》ですワ。|仮令《たとへ》|肉体《にくたい》が|現《あら》はれた|所《ところ》で、|最早《もはや》|縡切《ことき》れて|了《しま》つてゐるに|違《ちが》ひありませぬ。|困《こま》つたことが|出来《でき》ましたなあ』
と|思案顔《しあんがほ》にうなだれる。
タルチール『あなたは|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|竜国別《たつくにわけ》さまで|御座《ござ》いましたか』
|竜国別《たつくにわけ》『ヤア|貴方《あなた》は|何処《いづこ》のお|方《かた》か|存《ぞん》じませぬが、|余《あま》りあわてまして、|此処《ここ》にお|居《ゐ》でになるのも|気《き》が|着《つ》かず、|失礼《しつれい》|致《いた》しました。どうでせう、|高姫《たかひめ》さまはモウ|駄目《だめ》でせうかなあ』
タルチール『マア|気《き》を|落《おち》つけなさい。|何事《なにごと》も|惟神《かむながら》に|任《まか》すより|仕方《しかた》がありませぬ。|高姫《たかひめ》さまは|随分《ずゐぶん》|我《が》の|強《つよ》い|人《ひと》ですから、こんな|事《こと》がなくては|本当《ほんたう》の|身魂研《みたまみが》きは|出来《でき》ませぬからなア』
|常彦《つねひこ》『|貴方《あなた》は|高島丸《たかしままる》の|船長《せんちやう》タルチールさまでは|御座《ござ》いませぬか。|私《わたくし》は|常彦《つねひこ》と|申《まを》す|者《もの》、|久《ひさ》し|振《ぶ》りでお|目《め》にかかります』
|竜国別《たつくにわけ》『|常彦《つねひこ》さま、|此《この》|方《かた》を|如何《どう》して|知《し》つてゐるのだ』
|常彦《つねひこ》『|高姫《たかひめ》さまと|春彦《はるひこ》と|吾々《われわれ》|三人《さんにん》が|高砂島《たかさごじま》へ|小舟《こぶね》に|乗《の》つて|出《で》て|来《く》る|途中《とちう》、|助《たす》けて|下《くだ》さつた|御方《おかた》です』
|竜国別《たつくにわけ》『|珍《めづ》らしい|所《ところ》でお|目《め》にかかりました。|何《なに》かの|御縁《ごえん》で|御座《ござ》いませう。さうして|又《また》|貴方《あなた》は|斯様《かやう》な|所《ところ》へお|越《こ》しになつたのは、|何《なに》か|深《ふか》い|訳《わけ》があるのでは|御座《ござ》いませぬか』
タルチール『|私《わたくし》は|高島丸《たかしままる》の|船中《せんちう》に|於《おい》て、|言依別命《ことよりわけのみこと》、|国依別《くによりわけ》|様《さま》より|三五教《あななひけう》の|教理《けうり》を|聞《き》かして|頂《いただ》き、|直《ただ》ちに|入信《にふしん》|致《いた》しまして、|船長《せんちやう》を|伜《せがれ》のテルチルに|譲《ゆづ》り、|私《わたくし》は|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》、|国依別《くによりわけ》|様《さま》に|従《したが》ひ、ハラの|港《みなと》へ|上陸《じやうりく》し、|言依別《ことよりわけ》|様《さま》の|命令《めいれい》に|依《よ》つて、テルの|国《くに》の|宣伝《せんでん》を|言《い》ひ|付《つ》けられ、|此《こ》の|乾《いぬゐ》の|滝《たき》に|時々《ときどき》|身魂研《みたまみが》きに|参《まゐ》つて|居《を》りました。|今日《けふ》は|端《はし》なくも|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|様《さま》にお|出会《であ》ひ|申《まを》し、|実《じつ》に|愉快《ゆくわい》な|気分《きぶん》に|打《う》たれました』
|竜国別《たつくにわけ》『それは|不思議《ふしぎ》の|御縁《ごえん》で|御座《ござ》いますなア、|併《しか》し|乍《なが》ら|高姫《たかひめ》さまの|身《み》の|上《うへ》が|案《あん》じられて、ゆつくり|御話《おはなし》を|承《うけたま》はる|気《き》も|致《いた》しませぬ。|今一度《いまいちど》|捜索《そうさく》を|行《や》つて|見《み》ますから、|後《あと》でゆるゆる|御話《おはなし》を|承《うけたま》はりませう』
タルチール『|決《けつ》して|御心配《ごしんぱい》なさいますな。|此《この》|滝壺《たきつぼ》には|横穴《よこあな》があつて、そこから|水《みづ》が|或《あ》る|地点《ちてん》へ|流出《りうしゆつ》して|居《を》ります。|大方《おほかた》|其《その》|穴《あな》へ|吸《す》ひ|込《こ》まれたのでせう。キツト|今頃《いまごろ》は|無事《ぶじ》でいらつしやいませう。|貴方《あなた》もお|望《のぞ》みならば、|滝壺《たきつぼ》の|横穴《よこあな》を|潜《くぐ》り、|私《わたくし》と|一緒《いつしよ》に|高姫《たかひめ》さまの|所《ところ》へ|行《ゆ》かうぢやありませぬか』
|竜国別《たつくにわけ》『|合点《がつてん》の|行《ゆ》かぬ|事《こと》を|仰《あふ》せられます。うつかりして|居《ゐ》ると、|幽冥界《いうめいかい》へ|往《い》つて|了《しま》ふのではありますまいかな』
タルチール『|別状《べつじやう》は|御座《ござ》いますまい』
と|話《はな》して|居《ゐ》る。|傍《かたはら》の|木《き》の|茂《しげ》みより、|高姫《たかひめ》は|赤裸《まつばだか》の|儘《まま》、|二人《ふたり》の|美《うる》はしい|女《をんな》に|手《て》を|引《ひ》かれ、|一行《いつかう》の|前《まへ》に|帰《かへ》つて|来《き》た。
|竜国別《たつくにわけ》『ヤアこれは|高姫《たかひめ》さま、|能《よ》うマア|無事《ぶじ》で|帰《かへ》つて|来《き》て|下《くだ》さいました。|吾々《われわれ》|四人《よにん》は|貴方《あなた》のお|姿《すがた》が|見《み》えなくなつたので、|滝壺《たきつぼ》へ|飛《と》び|込《こ》み|捜《さが》してゐた|所《ところ》で|御座《ござ》います』
|高姫《たかひめ》『ハイ|有難《ありがた》う、エライ|心配《しんぱい》をかけました。|何《なん》とはなしに|飛《と》び|込《こ》むや|否《いな》や、|真赤《まつか》いけの|者《もの》がやつて|来《き》て、|私《わたし》の|足《あし》を|銜《くわ》へたと|思《おも》つたら、ドンドンドンドンと|矢《や》の|如《ごと》く|深《ふか》い|水《みづ》の|中《なか》を|流《なが》され、パツと|明《あか》くなつたと|思《おも》へば、|大変《たいへん》な|広《ひろ》い|底《そこ》の|浅《あさ》い|池《いけ》へ|流《なが》されました。|其《その》|池《いけ》の|中《なか》に|美《うつく》しい|岩島《いはしま》があり、|其《その》|上《うへ》に|綺麗《きれい》な|小《ちい》さい|家《いへ》が|建《た》つてゐました。|其《その》|家《いへ》の|中《なか》から|此《この》お|二人《ふたり》の|方《かた》が|現《あら》はれて、|私《わたし》の|手《て》を|取《と》り|救《すく》ひあげ、ここ|迄《まで》|連《つ》れて|来《き》て|下《くだ》さつたのですよ。どうぞ|御礼《おれい》を|申《まを》して|下《くだ》さいませ』
|竜国別《たつくにわけ》『これはどうも|御二人様《おふたりさま》、|偉《えら》い|御世話《おせわ》になりました。|竜国別《たつくにわけ》、|一同《いちどう》を|代表《だいへう》して|御礼《おれい》を|申上《まをしあ》げます。|貴方《あなた》は|何《なん》と|云《い》ふ|御方《おかた》で|御座《ござ》いますか、お|差支《さしつかへ》なくば、|何卒《どうぞ》お|名《な》をお|名乗《なの》り|下《くだ》さいませ。|私《わたくし》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|竜国別《たつくにわけ》と|申《まを》す|者《もの》で|御座《ござ》います』
|女《をんな》の|一《いち》『|貴方《あなた》が|噂《うはさ》に|高《たか》き|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》で|御座《ござ》いましたか。|黄金《わうごん》の|玉《たま》の|詮索《せんさく》に、はるばる|高砂島《たかさごじま》まで、|親子《おやこ》|共《ども》にお|越《こ》しになつたと|云《い》ふ|事《こと》を、|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》より|承《うけたま》はつて|居《を》りました。|其《その》|玉《たま》は|此《この》|島《しま》には|御座《ござ》いますまいがなア』
|竜国別《たつくにわけ》『|何《なん》と|詳《くは》しいことを|御存《ごぞん》じですな、さうして|言依別《ことよりわけ》|様《さま》には|何時《いつ》|御会《おあ》ひになりましたか』
|女《をんな》の|一《いち》『ハイ、|琉球《りうきう》の|近海《きんかい》でお|目《め》にかかり、|高姫《たかひめ》さまが|後《あと》を|追《お》うて|御《お》いでになることやら、|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》がそれに|先《さき》んじて|玉詮議《たませんぎ》にお|越《こ》しになつたことを|一伍一什《いちぶしじう》|承《うけたま》はりました』
|竜国別《たつくにわけ》『さうして|貴女《あなた》のお|名《な》は|何《なん》と|申《まを》しますか』
|女《をんな》の|一《いち》『ハイ、|私《わたくし》は|永《なが》らく|比沼《ひぬ》の|真名井《まなゐ》の|宝座《ほうざ》に|仕《つか》へて|居《ゐ》ました|清子姫《きよこひめ》で|御座《ござ》います。|一人《ひとり》は|私《わたくし》の|妹《いもうと》で|照子《てるこ》と|申《まを》します。|言依別《ことよりわけ》の|神様《かみさま》より、|常世《とこよ》の|国《くに》の|宣伝《せんでん》を|仰《あふ》せ|付《つ》けられましたので、|一巡《いちじゆん》|常世《とこよ》の|国《くに》を|渡《わた》り、|神界《しんかい》の|都合《つがふ》に|依《よ》つて、|一ケ月《いつかげつ》|程《ほど》|以前《いぜん》に|此処《ここ》に|参《まゐ》り、|身魂《みたま》を|清《きよ》め、|貴方《あなた》|方《がた》のここをお|通《とほ》り|遊《あそ》ばすことを|知《し》つて、お|待受《まちう》けして|居《を》りました。|高姫《たかひめ》|様《さま》も|結構《けつこう》な|水《みづ》くぐりの|御修業《ごしうげふ》が|出来《でき》ましたから、|最早《もはや》これで|大丈夫《だいぢやうぶ》で|御座《ござ》います。|妾《わらは》|姉妹《おとどい》も|一度《いちど》|此《この》|経路《けいろ》を|踏《ふ》んだので|御座《ござ》います』
|竜国別《たつくにわけ》『|何《なん》と|不思議《ふしぎ》な|修業場《しうげふば》もあるものですな。|吾々《われわれ》の|様《やう》な|身魂《みたま》の|汚《けが》れた|者《もの》は|到底《たうてい》|無事《ぶじ》に|通過《つうくわ》することは|出来《でき》ますまい』
|清子姫《きよこひめ》『これ|位《くらゐ》の|水道《すゐだう》が|通過《つうくわ》|出来《でき》ない|様《やう》な|事《こと》では、|到底《たうてい》|肝腎《かんじん》の|御神業《ごしんげふ》は|勤《つと》まりませぬよ。|皆《みな》さま|如何《いかが》です。|一度《いちど》|御修行《ごしうぎやう》|遊《あそ》ばしましたら……』
|竜国別《たつくにわけ》『イヤもう|結構《けつこう》で|御座《ござ》います』
と|気味《きみ》|悪《わる》さうに|慄《ふる》うて|居《ゐ》る。
|清子姫《きよこひめ》『ホヽヽヽヽ』
(大正一一・八・二八 旧七・六 松村真澄録)
第一五章 |婆論議《ばばろんぎ》〔九三〇〕
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|六人《ろくにん》はタルチール、|清子姫《きよこひめ》、|照子姫《てるこひめ》の|三人《さんにん》に|袂《たもと》を|分《わか》ち、ハラの|港《みなと》を|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く。
|因《ちなみ》に|清子姫《きよこひめ》は|妹《いもうと》|照子姫《てるこひめ》と|共《とも》に|言依別命《ことよりわけのみこと》の|命《めい》に|依《よ》り、|三倉山《みくらやま》の|谷川《たにがは》に|進《すす》み、|国魂神《くにたまがみ》の|竜世姫命《たつよひめのみこと》の|宮《みや》に|詣《まう》で、|数多《あまた》の|国人《くにびと》を|教《をし》へ|導《みちび》き、それよりヒル、カル、|間《はざま》の|国《くに》を|経《へ》て、|常世《とこよ》の|国《くに》に|渡《わた》り、ロツキー|山《ざん》に|進《すす》み、|鬼城山《きじやうざん》に|到《いた》り、|鬼武彦《おにたけひこ》|以下《いか》の|白狐神《びやくこしん》に|守《まも》られ、|三五《あななひ》の|道《みち》を|宣伝《せんでん》し、|清子姫《きよこひめ》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|命《めい》に|依《よ》りて、ヒルの|都《みやこ》の|楓別命《かへでわけのみこと》の|妻《つま》となり、ヒルの|館《やかた》を|立出《たちい》で、|妹《いもうと》|照子姫《てるこひめ》と|共《とも》に|此《この》|瀑布《ばくふ》に|立向《たちむか》ひ、|山中《さんちう》の|玉《たま》の|池《いけ》の|中心《ちうしん》に|屹立《きつりつ》せる|岩石《がんせき》の|上《うへ》に|小《ちひ》さき|亭《ちん》を|建《た》て、|百日百夜《ひやくにちひやくや》の|修行《しうぎやう》をせむとしてゐたのであつた。|又《また》|照子姫《てるこひめ》は|国依別命《くによりわけのみこと》の|媒酌《ばいしやく》に|依《よ》つて、バラモン|教《けう》の|教主《けうしゆ》たりし|石熊《いしくま》の|妻《つま》となり、|高照山《たかてるやま》の|館《やかた》に|於《おい》て|三五教《あななひけう》を|開《ひら》く|事《こと》となつた。さうして|石熊《いしくま》は|国依別命《くによりわけのみこと》より、|光国別《てるくにわけ》と|云《い》ふ|神名《しんめい》を|頂《いただ》き、|夫婦《ふうふ》|相和《あひわ》して|大蛇《をろち》|退治《たいぢ》の|大神業《だいしんげふ》に|奉仕《ほうし》する|事《こと》となつた。
アマゾン|河《がは》の|魔神《まがみ》|及《および》|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|猛獣《まうじう》は|鷹依姫《たかよりひめ》|等《ら》の|尽力《じんりよく》に|依《よ》りて、|何《いづ》れも|神《かみ》の|道《みち》に|救《すく》はれたれ|共《ども》、|未《いま》だヒルの|国《くに》の|一部《いちぶ》|及《および》カルの|国《くに》の|森林《しんりん》には、|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》の|系統《けいとう》の|邪神《じやしん》|数多《あまた》|棲息《せいそく》して|暴威《ばうゐ》を|揮《ふる》ひ、|人民《じんみん》を|苦《くる》しめ|居《ゐ》たれば、|茲《ここ》に|光国別《てるくにわけ》、|楓別命《かへでわけのみこと》の|両《りやう》|夫婦《ふうふ》は|神《かみ》の|力《ちから》を|得《え》て、|苦心惨憺《くしんさんたん》の|結果《けつくわ》、|漸《やうや》く|邪神《じやしん》を|言向和《ことむけやは》すことが|出来《でき》たのである。さうして|高姫《たかひめ》に|従《したが》ひ|来《きた》りし|春彦《はるひこ》は、タルチールと|共《とも》に|常世《とこよ》の|国《くに》を|乗《の》り|越《こ》え、|遠《とほ》く|北方《ほくぱう》の|雪国《ゆきぐに》に|進《すす》み、|抜群《ばつぐん》の|功名《こうみやう》を|立《た》てたのである。|此《この》|物語《ものがたり》は|後日《ごじつ》|更《あらた》めて|述《の》ぶることに|致《いた》しませう。
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》はハラの|港《みなと》より|又《また》もや|都合《つがふ》よく|高島丸《たかしままる》に|乗《の》り|込《こ》み、|自転倒島《おのころじま》に|向《むか》つて|帰《かへ》る|事《こと》となつた。|海上《かいじやう》|波《なみ》|静《しづ》かにして、さしもに|広《ひろ》き|大西洋《たいせいやう》も|鏡《かがみ》の|如《ごと》く|凪《な》ぎわたつて|居《ゐ》る。|船中《せんちう》の|無聊《むれう》を|慰《なぐさ》むる|為《ため》、あちらの|隅《すみ》にも、こちらの|隅《すみ》にも|雑談《ざつだん》が|始《はじ》まつて|居《ゐ》る。
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は|静《しづ》かに|諸人《もろびと》の|雑談《ざつだん》をゆかしげに|聞《き》いて|居《ゐ》た。|高姫《たかひめ》の|傍《かたはら》に|座《ざ》を|占《し》めた|三人連《さんにんづ》れの|男《をとこ》、チビリチビリと|瓢《ひさご》の|酒《さけ》を|呑《の》み|乍《なが》ら、|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》りゐたり。
|甲《かふ》『|先《さき》の|年《とし》、|竜宮《りうぐう》の|一《ひと》つ|島《じま》からテルの|国《くに》へ|帰《かへ》つて|来《く》る|途中《とちう》、ヤツパリ|此《この》|高島丸《たかしままる》に|乗《の》つて|帰《かへ》つたが、|其《その》|時《とき》に|妙《めう》なことがあつたよ。|小《ちひ》さい|舟《ふね》に|婆《ばば》が|一人《ひとり》、|屈強《くつきやう》な|男《をとこ》が|二人《ふたり》|乗《の》つて|来《き》て|暗礁《あんせう》に|舟《ふね》を|当《あ》て、|止《や》むを|得《え》ず、|大胆至極《だいたんしごく》にも|波《なみ》の|上《うへ》を|歩《ある》き|出《だ》した|所《ところ》、|俄《にはか》の|暴風《ばうふう》で|波《なみ》は|高《たか》くなり、|困《こま》つて|居《ゐ》る|所《ところ》へ、|高島丸《たかしままる》がそこを|通《とほ》り|合《あは》せ、|救《すく》ひ|上《あ》げた|事《こと》がある。|其《その》|時《とき》に|何《なん》でも、|高姫《たかひめ》とか|云《い》ふ|名《な》だと|記憶《きおく》して|居《ゐ》るが、|舟《ふね》の|上《うへ》から|真逆《まつさか》さまに|海中《かいちう》へ|墜落《つゐらく》し、|連《つ》れの|男《をとこ》に|助《たす》けられて、|反対《はんたい》に|理屈《りくつ》を|言《い》うた|悪垂婆《あくたればば》アが|乗《の》つてゐた。|随分《ずゐぶん》|世《よ》の|中《なか》には|妙《めう》な|婆《ばば》アもあるものぢやないか』
|乙《おつ》『|高姫《たかひめ》に|限《かぎ》らず、どこの|婆《ばば》アでも|中々《なかなか》|意地《いぢ》の|悪《わる》いものだよ。それだから|老婆心《らうばしん》と|云《い》うて|人《ひと》が|厭《いや》がるのだ。|婆《ばば》アに|碌《ろく》な|奴《やつ》ア|一人《ひとり》もありやしない。|俺《おれ》んとこも|女房《にようばう》が|来《き》てから、|今迄《いままで》|大切《たいせつ》にしてくれた|内《うち》の|母者人《ははじやびと》も|俄《にはか》に|心機一転《しんきいつてん》して、|一人息子《ひとりむすこ》の|俺《おれ》に|対《たい》してさへ、|何《なん》とか|彼《かん》とか|云《い》つて|強《つよ》く|当《あた》るのだものなア。|嫁《よめ》と|名《な》がつきや|吾《わが》|子《こ》も|憎《にく》いとか|云《い》つて|婆《ばば》アのつむじ|曲《まが》りは、|如何《どう》にも|斯《か》うにも|仕方《しかた》がないものだ。|余《あま》り|内《うち》の|婆《ばば》アが|嫁《よめ》につらく|当《あた》つて|苛《いぢ》め|散《ち》らすものだから、|俺《おれ》も|見《み》るに|見《み》かねて……|婆《ばあ》さま、まだ|年《とし》の|若《わか》い|嫁《よめ》だから、|経験《けいけん》がないのは|無理《むり》はない。これからボツボツと|教《をし》へ|込《こ》んで、|家風《かふう》に|合《あ》ふ|様《やう》に、|婆《ば》アさまのお|気《き》に|入《い》るやうにさすから、|暫《しばら》く|女房《にようばう》のする|事《こと》は、うるさくても|目《め》をつぶつてゐて|下《くだ》さい……と|頼《たの》み|込《こ》んだ|所《ところ》、|婆《ば》アさまの|怒《おこ》るの|怒《おこ》らないのつて、|忽《たちま》ち|目《め》を|縦《たて》にして|了《しま》ひ……お|前《まへ》は|今迄《いままで》|私《わし》に|随分《ずゐぶん》|孝行《かうかう》にして|呉《く》れたが、あのお|亀《かめ》が|来《き》てから、|俄《にはか》に|了見《りやうけん》が|悪《わる》くなり、|親不孝《おやふかう》になりよつた。これと|云《い》ふのも、|決《けつ》してお|前《まへ》が|悪《わる》いのぢやない。あのお|亀《かめ》|奴《め》が|此《この》|年老《としより》を|邪魔者《じやまもの》|扱《あつか》ひにして、|早《はや》くあの|婆《ばば》アが|死《し》んでくれれば|良《い》いがと|毎朝《まいあさ》|神様《かみさま》に|祈願《きぐわん》をこめて|居《ゐ》やがる。|私《わたし》の|血統《ちすぢ》にはそんな|不孝《ふかう》な|子《こ》は|生《うま》れる|気遣《きづか》ひはない、|鶴公《つるこう》は|性来《しやうらい》がおとなしい|孝行者《かうかうもの》だ。|兎《と》も|角《かく》|女房《にようばう》が|悪《わる》いのだ……などと、|勝手《かつて》な|理屈《りくつ》を|云《い》つて、|俺《おれ》も|実《じつ》は|困《こま》つて|居《ゐ》るのだ。|婆《ばば》アになるとなぜあの|様《やう》に、|奴根性《どこんじやう》が|悪《わる》くなるのかなア』
|甲《かふ》『|其《その》|位《くらゐ》な|無理《むり》|云《い》ふ|婆《ばば》は|別《べつ》に|珍《めづら》しい|事《こと》はないワ。|村中《むらぢう》|九分通《くぶどほり》まで|其《その》|式《しき》の|婆《ばば》ばかりだ。|併《しか》し|婆《ばば》は|家《いへ》の|宝《たから》だから|先《ま》づ|尊敬《そんけい》を|払《はら》はねばなるまい、が、|俺《おれ》の|云《い》ふ|高姫婆《たかひめばば》と|云《い》ふ|奴《やつ》ア、|又《また》|特別製《とくべつせい》の|代物《しろもの》でそんなヘドロイ|婆《ばあ》さまぢやないワ。|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》か|金毛九尾《きんまうきうび》か、モールバンドかと|云《い》ふ|様《やう》なエグイ|婆《ばば》アだと|云《い》ふ|事《こと》だよ。|何《なん》でも|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》とか、|其《その》|外《ほか》いろいろの|立派《りつぱ》な|玉《たま》を|呑《の》んだり|吐《は》いたりする、|鵜《う》の|如《や》うな|婆《ばば》アださうぢや。|其奴《そいつ》が|貴様《きさま》、|高砂島《たかさごじま》まではるばるやつて|来《き》よつて|時雨《しぐれ》の|森《もり》のモールバンドに|出会《でくわ》し、|其奴《そいつ》と|角力《すまふ》とつて、|彼奴《あいつ》の|尻《しり》の|剣《けん》を|持《も》つて|帰《かへ》り、|自転倒島《おのころじま》とかで|威張《ゐば》り|散《ち》らさうと|云《い》ふ|途方《とはう》|途轍《とてつ》もない|悪垂婆《あくたればば》アの|鬼婆《おにばば》だからなア』
|鶴公《つるこう》『オイ|松公《まつこう》、|世《よ》の|中《なか》は|広《ひろ》い|様《やう》でも|狭《せま》いものだぞ。そんなこと|言《い》ふとると、|其《その》|御本人《ごほんにん》が|若《も》しや|此《この》|船《ふね》にでも|乗《の》つて|居《を》らうものなら、サツパリ|始末《しまつ》に|終《を》へぬぞ。チト|気《き》をつけぬかい』
|松公《まつこう》『|何《いづ》れ|此《この》|船《ふね》には|人間《にんげん》|計《ばか》りが|乗《の》つて|居《ゐ》るのだから、|婆《ばば》だつて、|一人《ひとり》や|二人《ふたり》は|居《を》るだらう。|高姫《たかひめ》に|能《よ》う|似《に》た|面《つら》した|奴《やつ》も|俺《おれ》の|近所《きんじよ》に|居《ゐ》る|様《やう》な|気《き》がするのだ。それだから|高姫《たかひめ》|類似者《るゐじしや》の|霊《れい》が|俺《おれ》に|憑《うつ》りよつて、|高姫《たかひめ》の|事《こと》を|思《おも》はせ、|已《や》むを|得《え》ず、|話《はな》さなければならなくなつたのだ。|言依別《ことよりわけ》の|神《かみ》さまも、|良《い》い|加減《かげん》に|意茶《いちや》つかさずに、|其《その》|玉《たま》を|高姫《たかひめ》に|呑《の》ましてやると、|根性《こんじやう》が|直《なほ》るのだけれどなア。|虎《とら》でも|狼《おほかみ》でも|腹《はら》がふくれて|居《を》れば、メツタに|人間《にんげん》にかぶりつくものぢやない。|人《ひと》を|見《み》たら|直《すぐ》にカブリついて、ワンワン|吐《ぬか》す|痩犬《やせいぬ》でも|腹《はら》さへふくらしてやれば、すぐに|尾《を》を|振《ふ》つておとなしくなる|様《やう》なもので、|高姫《たかひめ》だつて、|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》を|腹《はら》に|詰《つ》め|込《こ》んでおきさへすりや、おとなしうなつて、|言依別《ことよりわけ》さまとやらを、|夜叉《やしや》の|様《やう》に、こんな|所《ところ》まで|追《お》ひかけて|来《き》やしようまいになア』
|鶴公《つるこう》『まるで|人間《にんげん》を|四《よ》つ|足《あし》に|譬《たと》へとるぢやないか。|高姫《たかひめ》が|聞《き》いたら、|人《ひと》を|馬鹿《ばか》にすると|云《い》うて|怒《おこ》るだらうよ』
|松公《まつこう》『ナーニ、|高姫《たかひめ》だつて、|四《よ》つ|足《あし》のサツクだ。|宣伝使《せんでんし》とか|云《い》ふ|雅号《ががう》を|持《も》つてるだけで、|何《なに》か|変《かは》つた|奴《やつ》の|様《やう》に|思《おも》へるだけだ。|宣伝服《せんでんふく》を|脱《ぬ》がし|赤裸《まつぱだか》にして|見《み》よ。|俺《おれ》んとこのお|竹《たけ》よりも|年《とし》が|老《よ》つとるだけ|値打《ねうち》がなくて、おまけに|見《み》つともない。|尊敬《そんけい》の|念《ねん》はチツトも|起《おこ》りやしないよ。|男《をとこ》でも|女《をんな》でも|赤裸《まつぱだか》にして|見《み》なくちや、|本当《ほんたう》の|価値《かち》は|分《わか》るものぢやない。|大将《たいしやう》だとか|頭《かしら》だとか|偉相《えらさう》に|言《い》つて、|立派《りつぱ》な|風呂敷《ふろしき》を|被《かぶ》つて|居《ゐ》るから、|大将《たいしやう》らしう|見《み》えたり、|頭《かしら》らしう|見《み》えるのだが、|裸《はだか》にすりや|俺《おれ》たちと|別《べつ》にどこも|変《かは》つたところはありやアしない。どうぞ|赤裸《まつぱだか》な|人間《にんげん》ばかり|住《す》んで|居《ゐ》る、|誠《まこと》|一《ひと》つの|世《よ》の|中《なか》が|来《き》て|欲《ほ》しいものだなア』
|鶴公《つるこう》『|鷹依姫《たかよりひめ》とか|云《い》ふ|婆《ばば》アも、アリナの|滝《たき》で|甘《うま》い|事《こと》|云《い》つて、|沢山《たくさん》の|玉《たま》を|集《あつ》め、|終局《しまひ》の|果《は》てにや、ヒルの|国《くに》のテーナの|里《さと》から|納《をさ》まつた|黄金《わうごん》の|玉《たま》をチヨロまかし、|夜裏《よさり》の|間《ま》に|同類《どうるゐ》|四人《よにん》が、|随徳寺《ずゐとくじ》をきめこみ、|荒野ケ原《あらのがはら》で|神《かみ》さまに|散々《さんざん》に|膏《あぶら》を|絞《しぼ》られ、とうとう|改心《かいしん》とか|安心《あんしん》とかしよつて、アマゾン|河《がは》の|畔《ほとり》で|兎《うさぎ》の|王《わう》になつたとか|云《い》ふ|噂《うはさ》があるが、|貴様《きさま》|聞《き》いて|居《ゐ》るか』
|松公《まつこう》『ソラ|聞《き》いて|居《ゐ》る。|何程《なにほど》|大《おほ》きうても、|牛《うし》の|尻尾《しつぽ》になるよりも、|鶏《にはとり》の|頭《あたま》になる|方《はう》が|人間《にんげん》としての|理想《りさう》だから、|鷹依姫《たかよりひめ》は|余程《よほど》|偉《えら》い|奴《やつ》だと、|俺《おれ》は|何時《いつ》も|感心《かんしん》して|居《ゐ》るのだ。あの|婆《ばば》アも、ヤツパリ|自転倒島《おのころじま》から|高姫《たかひめ》の|無理難題《むりなんだい》に|依《よ》つて|逃《に》げて|来《き》たと|云《い》ふ|話《はなし》だ。|本当《ほんたう》に|高姫《たかひめ》と|云《い》ふ|奴《やつ》は、|他人《たにん》が|聞《き》いても、|向《むか》つ|腹《ぱら》の|立《た》つ|悪垂婆《あくたればば》アだなア』
|鶴公《つるこう》『オイ|余《あま》り|大《おほ》きな|声《こゑ》で|言《い》ふない。お|前《まへ》の|後《うしろ》に|居《ゐ》る|二人《ふたり》の|婆《ばば》アが、|妙《めう》な|顔《かほ》して、ベソをかきかけて|居《ゐ》るぢやないか』
|斯《か》かる|所《ところ》へ、テーリスタンはスタスタとやつて|来《き》て、
『|松公《まつこう》、|鶴公《つるこう》とやら、|随分《ずゐぶん》|婆論《ばばろん》がはづんで|居《を》りますな』
|松公《まつこう》『オー、はづんで|居《ゐ》る。|随分《ずゐぶん》|威張《ゐば》り|散《ち》らす|高姫《たかひめ》の|噂《うはさ》を|摘発《てきはつ》して|罵詈《ばり》ついて|居《ゐ》るのだ。そこに|居《ゐ》る|婆々《ババ》ンツは、|昨年《さくねん》|此《この》|船《ふね》で|見《み》た|高姫《たかひめ》にどつか|似《に》たやうな|気《き》がするが、|併《しか》しあんな|白《しろ》い|顔《かほ》ぢやなかつた。お|前《まへ》は|一体《いつたい》|其《その》|高姫《たかひめ》に|関係《くわんけい》のある|代物《しろもの》かなア』
テーリスタン『|関係《くわんけい》があるでもなし、ないでもなし、お|前達《まへたち》が|妙《めう》な|話《はなし》を|面白《おもしろ》さうにやつてるから、|俺《おれ》も|一《ひと》つ|聞《き》かして|貰《もら》ひたいと|思《おも》つて、チツト|耳《みみ》が|遠《とほ》いものだから、|近《ちか》う|寄《よ》せて|貰《もら》うたのだ』
|鶴公《つるこう》『マア|一杯《いつぱい》やれ、|酒《さけ》もなしに|此《この》|長《なが》の|道中《だうちう》、|勤《つと》まりつこはない』
と|瓢《ひさご》をさし|出《だ》す。
テーリスタン『ソリヤ|有難《ありがた》う。|併《しか》し|折角《せつかく》だが、|私《わたし》は|下戸《げこ》だから|一滴《いつてき》もいかないのだ』
|鶴公《つるこう》『ナヽ|何《なん》だ、ここは|下戸《げこ》|共《ども》の|来《く》る|所《ところ》ぢやない。|折角《せつかく》の|興味《きようみ》が|醒《さ》めて|了《しま》ふワイ』
テーリスタン『ナイスの|話《はなし》なれば、|酒《さけ》の|味《あぢ》も|甘《うま》からうが、|婆《ばば》ア|話《ばなし》では|根《ね》つから|酒《さけ》も|甘《うま》くはありますまいなア』
|松公《まつこう》『|甘《うま》くないのは|承知《しようち》だが、|一遍《いつぺん》|高姫《たかひめ》オツトドツコイ、そこらの|婆《ばば》アに、|聞《き》けよがしに|云《い》うておかねばならぬ|事《こと》があるからなア』
|鶴公《つるこう》『そんな|事《こと》、|誰《たれ》から|頼《たの》まれたのだい』
|松公《まつこう》『|松若彦《まつわかひこ》、オツトドツコイ、|此《この》|松《まつ》さまが|若《わか》い|時《とき》から、|婆《ばば》アが|嫌《きら》ひでなア、そこへ|婆《ばば》アの|海《うみ》へおちたのを、|去年《きよねん》|此《この》|船《ふね》で|見《み》たものだから、|今日《けふ》は|又《また》|其《その》|時《とき》の|光景《くわうけい》が|記憶《きおく》に|浮《うか》んで|来《き》て、いつとはなしに|婆《ばあ》さま|話《ばなし》にバサンと|深《ふか》みへ|落《お》ち|込《こ》んで|了《しま》つたのだ。モウ|斯《こ》んなババイ|話《はなし》はこれ|限《かぎ》りやめにしようかい』
テーリスタン『コレ|松公《まつこう》、お|前《まへ》はレコの|間者《まはしもの》ぢやなア』
|松公《まつこう》『バカ|言《い》つて|呉《く》れない。まはし|者《もの》なんて、お|前《まへ》の|方《はう》が|気《き》をまはし|者《もの》だ。|人《ひと》の|褌《まはし》で|相撲《すまふ》とるよなズルイ|事《こと》をする|松公《まつこう》とは、チツト|違《ちが》ひますワイ……ナア|鶴公《つるこう》、お|前《まへ》|私《わし》の|平常《へいぜい》を|知《し》つとるぢやらう』
|鶴公《つるこう》『|貴様《きさま》は|服《ふく》をつけて、ウヅの|都《みやこ》の|宣伝使《せんでんし》だと|威張《ゐば》つて|居《ゐ》やがるが、|酒《さけ》を|喰《くら》ふとサツパリ|駄目《だめ》だな。ヤツパリ|元《もと》がウラル|教《けう》だから、|其《その》|癖《くせ》が|直《なほ》らぬと|見《み》えるワイ』
|松公《まつこう》『コリヤ、|人《ひと》の|秘密《ひみつ》をあばく|奴《やつ》があるか、|宣《の》り|直《なほ》せ』
|鶴公《つるこう》『モシモシ|高姫《たかひめ》さまに|能《よ》う|似《に》たお|方《かた》、|其《その》|他《た》の|御一行様《ごいつかうさま》、|此《この》|松公《まつこう》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》で|御座《ござ》いますが、|酒《さけ》を|喰《くら》ふとサツパリ|地金《ぢがね》が|現《あら》はれ|駄目《だめ》だと|云《い》ふ|意味《いみ》の|事《こと》を|申上《まをしあ》げましたが、|松公《まつこう》の|請求《せいきう》に|依《よ》つて、|更《あらた》めて|宣《の》り|直《なほ》します、|決《けつ》して|宣伝使《せんでんし》ではないと|思《おも》うて|下《くだ》さい。アハヽヽヽ』
テーリスタン『アハー、ヤツパリ、デモ|宣伝使《せんでんし》だな。|一体《いつたい》どこへ|行《ゆ》く|積《つも》りだ。|何《なん》と|云《い》つても|最早《もはや》かくすのは|駄目《だめ》だ、サア|事実《じじつ》を|言《い》つて|貰《もら》はう、|私《わたし》もウヅの|都《みやこ》から|此処《ここ》|迄《まで》やつて|来《き》た|者《もの》でヤツパリ|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》の|端《はし》くれだ』
|松公《まつこう》『そんなら、|白状《はくじやう》しませう。|実《じつ》の|所《ところ》は|松若彦《まつわかひこ》さまに|命令《めいれい》を|受《う》けて、お|前《まへ》さま|一行《いつかう》の|後《あと》をつけて|来《き》たのだ。|決《けつ》して|悪《わる》い|考《かんが》へを|持《も》つて|来《き》たのぢやない。|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》の|御内命《ごないめい》に|依《よ》つて|高姫《たかひめ》さまや|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》に、|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|誠《まこと》の|御用《ごよう》がさせたいから、|同《おな》じ|船《ふね》に|乗《の》つて|高姫《たかひめ》の|慢心《まんしん》をせない|様《やう》、いろいろとそれとはなしに、|教訓《けうくん》をしてくれよとの|事《こと》で、|選《えら》まれて、|多勢《おほぜい》の|中《なか》からやつて|来《き》たのだよ』
テーリスタン『さうか、それは|大《おほ》いに|御苦労《ごくらう》だ。|併《しか》しそれ|計《ばか》りぢやあるまい。|何《なに》か|外《ほか》に|折入《をりい》つて|大切《だいじ》な|使命《しめい》を|帯《お》びてゐるのだらう。|否《いや》|秘密《ひみつ》の|鍵《かぎ》を|握《にぎ》つて|居《ゐ》るのだらう。それを|今《いま》ここでソツと|俺《おれ》に|言《い》つてくれる|訳《わけ》には|行《ゆ》かぬか』
|松公《まつこう》『|秘密《ひみつ》はどこ|迄《まで》も|秘密《ひみつ》だ。|自転倒島《おのころじま》に|着《つ》く|迄《まで》は、これ|計《ばか》りは|言《い》ふ|事《こと》は|出来《でき》ない。|併《しか》し|今《いま》|之《これ》を|言《い》ふと、お|前達《まへたち》の|手柄《てがら》が|出来《でき》ないから、|後《あと》の|楽《たのし》みに|除《の》けておかう』
テーリスタン『|秘密《ひみつ》とあれば、どこ|迄《まで》も|追求《つゐきう》する|訳《わけ》にも|行《ゆ》くまい。|兎《と》に|角《かく》|同《おな》じ|神《かみ》さまの|道《みち》を|歩《あゆ》む|宣伝使《せんでんし》だから、|互《たがひ》に|気《き》をつけあうて、|仲良《なかよ》くして|行《ゆ》かうぢやないか』
|松公《まつこう》『お|前《まへ》と|俺《おれ》とは|仲良《なかよ》うしよう。また|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|宣伝使《せんでんし》が、|若《も》しや|此《この》|船《ふね》に|居《を》られたら、これは|仲良《なかよ》うして|貰《もら》ひたいものだ。|併《しか》し|乍《なが》ら|高姫婆《たかひめばあ》さまだけは、マア|一寸《ちよつと》|暫《しば》らく|御免《ごめん》|蒙《かうむ》りたいなア』
テーリスタン『オイ、|大《おほ》きな|声《こゑ》で|言《い》ふな。そこに|本当《ほんたう》の|高姫《たかひめ》さまが|目《め》を|塞《ふさ》いで|居眠《ゐねむ》つたやうな|顔《かほ》して|聞《き》いて|御座《ござ》るぞ』
と|耳《みみ》に|口《くち》あて、|小声《こごゑ》にささやく。|船《ふね》は|順風《じゆんぷう》に|帆《ほ》を|孕《はら》み、|勢《いきほひ》よく|海上《かいじやう》を|辷《すべ》り|行《ゆ》く。
(大正一一・八・二八 旧七・六 松村真澄録)
第一六章 |暗夜《やみよ》の|歌《うた》〔九三一〕
|斯《か》く|話《はな》す|中《うち》、|日《ひ》は|西海《せいかい》の|波《なみ》に|没《ぼつ》し、|暗《やみ》の|帳《とばり》は|刻々《こくこく》に|辺《あた》りを|包《つつ》んで|来《き》た。|船客《せんきやく》は|何《いづ》れも|誰《たれ》|彼《かれ》の|区別《くべつ》を|知《し》らず、|各自《かくじ》に|頬杖《ほほづゑ》をつき|眠《ねむ》りについた。|暗《やみ》の|中《なか》より|女《をんな》の|声《こゑ》として|一種《いつしゆ》の|歌《うた》が|聞《きこ》えて|来《き》た。|其《その》|歌《うた》、
|高姫《たかひめ》『|思《おも》ひまはせば|去年《こぞ》の|夏《なつ》 |金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》
|麻邇《まに》の|宝《たから》に|村肝《むらきも》の |心《こころ》を|曇《くも》らせ|高姫《たかひめ》は
|言依別《ことよりわけ》の|後《あと》を|追《お》ひ |瀬戸《せと》の|海《うみ》をば|船出《ふなで》して
|波《なみ》に|泛《うか》べる|大小《だいせう》の |島根《しまね》を|尋《たづ》ねて|宝玉《ほうぎよく》の
|所在《ありか》を|探《さぐ》り|索《もと》めつつ |棚無《たなな》し|舟《ぶね》に|身《み》を|任《まか》せ
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|諸共《もろとも》に |高砂島《たかさごじま》の|近《ちか》くまで
|来《きた》る|折《を》りしも|過《あやま》ちて |岩《いは》に|御舟《みふね》を|砕《くだ》きつつ
|進退《しんたい》|谷《きは》まる|時《とき》もあれ |高島丸《たかしままる》の|船長《せんちやう》に
|救《すく》ひ|上《あ》げられ|漸《やうや》くに テルの|国《くに》まで|安着《あんちやく》し
|言依別《ことよりわけ》や|宝玉《ほうぎよく》の |所在《ありか》を|捜《さが》し|索《もと》めつつ
|鏡《かがみ》の|池《いけ》や|荒野原《あらのはら》 |時雨《しぐれ》の|森《もり》に|立向《たちむか》ひ
|心《こころ》を|配《くば》り|身《み》を|砕《くだ》き ウヅの|都《みやこ》に|立向《たちむか》ひ
|国依別《くによりわけ》や|末子姫《すゑこひめ》 |妹背《いもせ》の|縁《えにし》を|結《むす》び|昆布《こぶ》
|其《その》|宴席《えんせき》に|列《つら》なりて |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|尊《たふと》き|姿《すがた》に|拝謁《はいえつ》し |茲《ここ》に|一行《いつかう》|六人《ろくにん》は
ウヅの|都《みやこ》を|後《あと》にして テル|山峠《やまたうげ》の|峻坂《しゆんぱん》を
|漸《やうや》く|登《のぼ》り|息《いき》|休《やす》め |西《にし》へ|西《にし》へと|降《くだ》り|行《ゆ》く
|音《おと》に|名高《なだか》き|大瀑布《だいばくふ》 |乾《いぬゐ》の|滝《たき》に|立向《たちむか》ひ
|御禊《みそぎ》をなさむと|飛込《とびこ》めば |底《そこ》ひの|水《みづ》に|流《なが》されて
|波《なみ》|漂《ただよ》へる|玉《たま》の|池《いけ》 いつの|間《ま》にやら|流《なが》れ|行《ゆ》く
|心《こころ》の|空《そら》もうとくなり |途方《とはう》に|暮《く》るる|折《を》りもあれ
|清子《きよこ》の|姫《ひめ》や|照子姫《てるこひめ》 ここに|現《あら》はれましまして
|吾《われ》をば|救《すく》ひ|玉《たま》ひつつ |乾《いぬゐ》の|滝《たき》の|麓《ふもと》まで
|送《おく》り|玉《たま》ひし|嬉《うれ》しさよ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|目《ま》のあたり |鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》と
|無事《ぶじ》の|対面《たいめん》し|乍《なが》らも |心《こころ》いそいそ|峻坂《しゆんぱん》を
|下《くだ》りてハラの|港《みなと》まで |到《いた》りて|見《み》れば|折《をり》よくも
|高島丸《たかしままる》は|今《いま》すでに |出帆《しゆつぱん》せむとする|処《ところ》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》と|雀躍《こをど》りし |一行《いつかう》これに|乗込《のりこ》めば
|思《おも》ひも|寄《よ》らぬ|松《まつ》さまが |国依別《くによりわけ》や|松若《まつわか》の
|彦《ひこ》の|司《つかさ》の|内命《ないめい》で |此《この》|高姫《たかひめ》が|行動《かうどう》を
|監視《かんし》|遊《あそ》ばすけなげさよ |乾《いぬゐ》の|滝《たき》に|研《みが》きたる
|此《この》|高姫《たかひめ》の|神身魂《かむみたま》 |月日《つきひ》の|如《ごと》く|輝《かがや》きて
|塵《ちり》も|芥《あくた》も|雲霧《くもきり》も |払拭《ふつしき》したる|今日《けふ》の|空《そら》
|心《こころ》を|配《くば》らせ|玉《たま》ふまじ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御光《みひかり》に |照《て》らされ|帰《かへ》るテルの|国《くに》
ハラの|港《みなと》を|後《あと》にして |汐《しほ》の|八百路《やほぢ》を|打渡《うちわた》り
|自凝島《おのころじま》の|中心地《ちうしんち》 |錦《にしき》の|宮《みや》を|祀《まつ》りたる
|綾《あや》の|聖地《せいち》へ|帰《かへ》り|行《ゆ》く |吾《わが》|身《み》の|上《うへ》ぞ|楽《たの》しけれ
|吾《わが》|身《み》の|上《うへ》ぞ|楽《たの》しけれ |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|道《みち》 |清《きよ》く|悟《さと》りし|高姫《たかひめ》は
いかで|心《こころ》の|変《かは》らむや |研《みが》きすました|此《この》|身魂《みたま》
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|宝珠《ほつしゆ》より |麻邇《まに》の|玉《たま》よりいちじるく
|閃《ひらめ》きわたる|今日《けふ》の|空《そら》 |数多《あまた》の|星《ほし》のピカピカと
|照《てら》すはおのが|心《こころ》かな |神《かみ》は|吾等《われら》と|倶《とも》にあり
|吾《われ》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》 |高天原《たかあまはら》に|千木《ちぎ》|高《たか》く
|大宮柱太《おほみやばしらふと》しりて |仕《つか》へ|玉《たま》ひし|玉照彦《たまてるひこ》の
|貴《うづ》の|命《みこと》や|玉照姫《たまてるひめ》や |其《その》|外《ほか》|数多《あまた》の|神司《かむつかさ》
|教《をしへ》の|御子《みこ》を|初《はじ》めとし |心《こころ》|汚《きたな》き|高姫《たかひめ》が
|今《いま》まで|作《つく》りし|罪科《つみとが》を |神《かみ》の|御前《みまへ》や|人《ひと》の|前《まへ》
さらけ|出《いだ》して|許々多久《ここたく》の |罪《つみ》や|汚《けが》れを|払《はら》ふべし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |高島丸《たかしままる》の|船《ふね》の|上《うへ》
|遠《とほ》く|御空《みそら》を|伏拝《ふしをが》み |深《ふか》く|海底《うなぞこ》|拝《をが》みつつ
|心《こころ》の|中《なか》の|誠《まこと》をば ここに|現《あら》はし|奉《たてまつ》る
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|改心《かいしん》の|歌《うた》を|歌《うた》つてゐる。|此《この》|歌《うた》を|聞《き》いた|松彦《まつひこ》は|又《また》もや|暗《やみ》の|中《なか》より|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。
『|松若彦《まつわかひこ》の|家《いへ》の|子《こ》と |仕《つか》へまつれる|松彦《まつひこ》が
|高姫《たかひめ》さまの|歌《うた》を|聞《き》き |感謝《かんしや》の|余《あま》り|今《いま》ここに
|委細《ゐさい》を|白状《はくじやう》|致《いた》します |言依別《ことよりわけ》の|神様《かみさま》の
|仰《あふ》せられたるお|言葉《ことば》に |高姫《たかひめ》さまは|何《ど》うしても
|玉《たま》に|執着《しふちやく》|強《つよ》くして |到底《たうてい》、|改心《かいしん》むつかしい
|言依別《ことよりわけ》もそればかり |日夜《にちや》に|心配《しんぱい》|致《いた》し|居《を》る
|高姫《たかひめ》さまが|此《この》|砌《みぎり》 |自凝島《おのころじま》へ|帰《かへ》りなば
|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|所在《ありか》をば |知《し》らせて|手柄《てがら》をさせたいと
|心《こころ》は|千々《ちぢ》に|逸《はや》れども |安心《あんしん》ならぬ|高姫《たかひめ》が
|心《こころ》を|包《つつ》みし|八重曇《やへぐも》り |晴《は》らさむ|由《よし》もなき|儘《まま》に
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |御後《みあと》に|従《したが》ひフサの|国《くに》
|斎苑《イソ》の|館《やかた》に|進《すす》み|行《ゆ》く |汝《なんぢ》|松彦《まつひこ》|慎《つつし》みて
|高姫《たかひめ》さまの|乗《の》りませる |高島丸《たかしままる》に|身《み》を|任《まか》せ
|其《その》|行動《かうどう》を|監視《かんし》して いよいよ|無垢《むく》の|精神《せいしん》に
|返《かへ》られたりと|見《み》た|上《うへ》は |由良《ゆら》の|港《みなと》に|立向《たちむか》ひ
|秋山彦《あきやまひこ》に|言依別《ことよりわけ》の |神《かみ》の|司《つかさ》の|言伝《ことづて》を
|完全《うまら》に|詳細《つばら》に|物語《ものがた》り |宣《の》らせ|玉《たま》ひし|言《こと》の|葉《は》を
|諾《うべな》ひまつり|今《いま》ここに |高島丸《たかしままる》に|打乗《うちの》りて
|来《きた》りて|見《み》れば|高姫《たかひめ》が |心《こころ》の|底《そこ》より|改《あらた》めて
|罪《つみ》をわびたる|健《けな》げさよ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|高姫《たかひめ》さまが|真心《まごころ》に |復《かへ》り|玉《たま》へば|世《よ》の|中《なか》は
|雲霧《くもきり》|四方《よも》に|吹散《ふきち》りて |五六七《みろく》の|御世《みよ》は|明《あきら》かに
|堅磐常磐《かきはときは》に|立《た》つならむ さはさり|乍《なが》ら|言依別《ことよりわけ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|御教《みをしへ》は |固《かた》く|守《まも》りてどこ|迄《まで》も
|自凝島《おのころじま》に|至《いた》る|迄《まで》 |明《あか》しかねたる|吾《わが》|秘密《ひみつ》
テーリスタンの|神司《かむつかさ》 |何程《なにほど》|勧《すす》め|玉《たま》ふとも
ただ|一厘《いちりん》の|此《この》|秘密《ひみつ》 まだまだ|明《あ》かすこた|出来《でき》ぬ
あゝ|高姫《たかひめ》よ|高姫《たかひめ》よ |今《いま》の|心《こころ》を|永久《とこしへ》に
|変《かは》らず|動《うご》かず|守《まも》りまし |松《まつ》の|神世《かみよ》の|太柱《ふとばしら》
|清《きよ》きほまれを|身《み》に|負《お》ひて |神《かみ》の|御為《おんため》|世《よ》の|為《ため》に
|身魂《みたま》を|研《みが》かせ|玉《たま》へかし |松彦《まつひこ》、|鶴彦《つるひこ》|両人《りやうにん》は
|汝《な》が|身《み》の|後《あと》に|付添《つきそ》ひて |高姫《たかひめ》さまの|使命《しめい》をば
|果《は》たさせ|奉《まつ》る|吾《わが》|覚悟《かくご》 |悪《あ》しく|思《おも》はせ|玉《たま》ふまじ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |高島丸《たかしままる》の|船《ふね》の|上《うへ》
|心《こころ》の|丈《たけ》を|打《うち》あけて |神《かみ》に|誓《ちか》ひて|宣《の》り|上《あ》ぐる
|神《かみ》に|誓《ちか》ひて|宣《の》り|伝《つた》ふ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|又《また》もや|暗中《あんちう》より|歌《うた》|聞《きこ》えて|来《き》たりぬ。
『|自凝島《おのころじま》の|聖地《せいち》をば |竜国別《たつくにわけ》の|宣伝使《せんでんし》
|鷹依姫《たかよりひめ》と|諸共《もろとも》に |高姫《たかひめ》さまに|疑《うたが》はれ
|親子《おやこ》は|疑団《ぎだん》を|晴《は》らさむと |大海原《おほうなばら》を|打《うち》わたり
|難行《なんぎやう》|苦行《くぎやう》の|末《すゑ》|遂《つひ》に |高砂島《たかさごじま》に|漂着《へうちやく》し
いろいろ|雑多《ざつた》と|気《き》をもみて |玉《たま》の|所在《ありか》を|尋《たづ》ねつつ
アマゾン|河《がは》に|打向《うちむか》ひ |神《かみ》の|恵《めぐみ》をまつぶさに
|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》に|注《そそ》ぎつつ |又《また》もや|此処《ここ》を|立出《たちい》でて
ウヅの|都《みやこ》に|立向《たちむか》ひ |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》や
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》に|拝謁《はいえつ》し |目出《めで》たき|席《せき》に|列《つら》ねられ
|高姫《たかひめ》さまと|諸共《もろとも》に |山野《さんや》を|渡《わた》り|河《かは》を|越《こ》え
|乾《いぬゐ》の|滝《たき》に|立寄《たちよ》りて |互《たがひ》に|魂《たま》を|洗《あら》ひつつ
|漸《やうや》くハラの|港《みなと》まで |一行《いつかう》|六人《ろくにん》|辿《たど》りつき
|高島丸《たかしままる》に|乗《の》せられて |自凝島《おのころじま》へ|帰《かへ》り|行《ゆ》く
|此《この》|船中《せんちう》にはしなくも |松彦《まつひこ》さまが|乗《の》りあはし
|鷹依姫《たかよりひめ》や|高姫《たかひめ》の |噂《うはさ》をなさる|不思議《ふしぎ》さに
|耳《みみ》をすまして|聞《き》き|居《を》れば |言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
|深《ふか》き|思《おも》ひをめぐらして |遣《つか》はし|玉《たま》ひし|松彦《まつひこ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》と|聞《き》きしより |心《こころ》も|勇《いさ》み|気《き》も|勇《いさ》み
|名乗《なの》り|上《あ》げむとする|時《とき》に |夜《よる》の|帳《とばり》はおろされて
|黒白《あやめ》も|分《わ》かぬ|真《しん》の|暗《やみ》 |忽《たちま》ち|聞《きこ》ゆる|高姫《たかひめ》の
|詐《いつは》りのなき|物語《ものがたり》 |歌《うた》に|装《よそ》ひて|宣《の》り|玉《たま》ふ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて
|高姫《たかひめ》さまの|真心《まごころ》を |初《はじ》めて|聞《き》きし|心地《ここち》して
|其《その》|嬉《うれ》しさは|限《かぎ》りなく |御空《みそら》を|拝《はい》し|地《ち》を|拝《はい》し
|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》せきあへず ここに|言霊《ことたま》|宣《の》りあぐる
あゝ|高姫《たかひめ》よ|高姫《たかひめ》よ |今《いま》の|心《こころ》を|永久《とこしへ》に
|動《うご》かず|違《たが》へず|三五《あななひ》の |誠《まこと》の|道《みち》にまつろひて
|五六七《みろく》の|御代《みよ》の|神柱《かむばしら》 |広《ひろ》く|太《ふと》しく|立《た》てませよ
|竜国別《たつくにわけ》が|真心《まごころ》を こめてぞ|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひつつ|船《ふね》は|暗《やみ》の|海面《かいめん》を、|帆《ほ》を|孕《はら》ませ|数多《あまた》の|船客《せんきやく》の|鼾《いびき》を|乗《の》せて|西《にし》へ|西《にし》へと|辷《すべ》り|行《ゆ》く。
(大正一一・八・二八 旧七・六 松村真澄録)
『本日大正日々新聞社長床次正広氏湯ケ島へ来訪即日帰阪す。
大本二代教主渡辺淳一氏を伴ひ帰綾す』
第一七章 |感謝《かんしや》の|涙《なみだ》〔九三二〕
|高島丸《たかしままる》はテルの|国《くに》、ハラの|港《みなと》より|西《にし》へ|西《にし》へと|進《すす》んで、|現今《げんこん》の|日本国《にほんこく》|台湾島《たいわんたう》へ|帰《かへ》つて|来《き》た。
|今日《こんにち》の|航路《かうろ》より|見《み》れば|全然《ぜんぜん》|反対《はんたい》の|道《みち》をとり、|且《か》つ|非常《ひじやう》に|迂回《うくわい》して|居《ゐ》るのは、|三十万年前《さんじふまんねんぜん》の|地球《ちきう》の|傾斜《けいしや》の|関係《くわんけい》|及《および》|潮流《てうりう》の|関係《くわんけい》に|依《よ》つたものである。|蒸気《じやうき》の|力《ちから》を|以《もつ》て|自由自在《じいうじざい》に|航行《かうかう》する|現代《げんだい》に|比《くら》ぶれば、|非常《ひじやう》に|不便《ふべん》なものであつた。|併《しか》し|乍《なが》ら|其《その》|速力《そくりよく》は|今日《こんにち》の|二十浬《にじふノツト》|以上《いじやう》を、|風《かぜ》なき|時《とき》と|雖《いへど》も、|航行《かうかう》する|事《こと》が|出来《でき》たのである。|其《その》|故《ゆゑ》は|例《たと》へば|二百人《にひやくにん》|乗《の》りの|船《ふね》ならば、|船《ふね》の|両舷側《りやうげんそく》に|百本《ひやくぽん》の|艪櫂《ろかい》がついてゐて、|二百人《にひやくにん》の|乗客《じやうきやく》の|中《うち》|百人《ひやくにん》は、|力《ちから》|限《かぎ》りに|艪櫂《ろかい》を|漕《こ》ぎ、|稍《やや》|疲労《ひらう》したる|時《とき》は、|又《また》|百人《ひやくにん》これに|代《かは》り、|交《かは》る|交《がは》る|艪櫂《ろかい》を|漕《こ》いだものである。|船頭《せんどう》は|只《ただ》|船《ふね》の|方向《はうかう》を|定《さだ》め、|水先《みづさき》を|調《しら》べ、|舵《かぢ》をとるのみであつた。|大《おほ》きな|船《ふね》になると、|二階造《にかいづく》りになり、|下《した》からも、|上《うへ》からも|船《ふね》を|漕《こ》ぐ|仕掛《しかけ》になつて|居《ゐ》た。|恰度《ちやうど》|舷《ふなばた》を|見《み》ると、|蜈蚣《むかで》の|足《あし》の|様《やう》に|見《み》ゆる|船《ふね》の|造《つく》り|方《かた》であつた。それ|故《ゆゑ》|非常《ひじやう》な|速力《そくりよく》で、|少々《せうせう》の|荒波《あらなみ》|位《くらゐ》には|少《すこ》しも|弱《よわ》らなかつたのである。|且《かつ》|又《また》|昔《むかし》の|人《ひと》は|総《そう》じて|剛胆者《がうたんもの》が|多《おほ》く、|臆病者《おくびやうもの》は|頭《あたま》から|乗船《じやうせん》を|許《ゆる》さなかつたのである。|故《ゆゑ》に|余《あま》り|役《やく》に|立《た》たぬ|老人《としより》や、|子供《こども》の|船客《せんきやく》は|皆無《かいむ》と|云《い》つても|良《よ》い|位《くらゐ》であつた。|特別《とくべつ》の|事情《じじやう》ある|者《もの》でなければ、|船《ふね》に|乗《の》ることを|互《たがひ》に|戒《いまし》めて|許《ゆる》さなかつたものである。
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は|漸《やうや》くにして、|月日《つきひ》を|重《かさ》ね|自転倒島《おのころじま》の|由良《ゆら》の|港《みなと》に|安着《あんちやく》した。|秋山彦《あきやまひこ》は|錦《にしき》の|宮《みや》の|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》の|命《めい》に|依《よ》り、|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》が|由良《ゆら》の|港《みなと》に|帰《かへ》り|来《きた》ることを|前知《ぜんち》し、|数多《あまた》の|里人《さとびと》を|集《あつ》め、|埠頭《ふとう》に|一行《いつかう》を|迎《むか》ふべく、|十曜《とえう》の|神旗《しんき》を|海風《かいふう》に|翻《ひるがへ》し|乍《なが》ら、|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》ちつつあつた。
|此処《ここ》へ|竹島丸《たけしままる》は|波《なみ》を|蹴《け》つて、|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》を|乗《の》せて|帰《かへ》り|来《く》るのであつた。|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は、|台湾《たいわん》のキルの|港《みなと》より|竹島丸《たけしままる》に|乗《の》り|替《か》へたのである。|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|六人《ろくにん》|外《ほか》に|松彦《まつひこ》、|鶴公《つるこう》の|二人《ふたり》を|加《くは》へて|八人《はちにん》は、|秋山彦《あきやまひこ》の|迎《むか》への|人数《にんず》に|送《おく》られて、|勇《いさ》ましげに|秋山彦館《あきやまひこやかた》に|入《い》り、|息《いき》を|休《やす》むる|事《こと》となつた。|其《その》|夜《よ》は|何《いづ》れも|草臥果《くたびれは》て、|夕餉《ゆふげ》を|喫《きつ》したる|儘《まま》、|這《は》ふが|如《ごと》くグタリとした|体《からだ》を、|与《あた》へられた|各自《かくじ》の|寝間《ねま》に|運《はこ》び、つぶれた|様《やう》に|寝《ね》て|了《しま》つた。
|言依別命《ことよりわけのみこと》より|監視役《かんしやく》を|命《めい》ぜられて、|従《つ》いて|来《き》た|松彦《まつひこ》は、|其《その》|夜《よ》は|一睡《いつすゐ》もせず、|秋山彦《あきやまひこ》|夫婦《ふうふ》と|共《とも》に、|高姫《たかひめ》の|身《み》の|上《うへ》に|関《くわん》する|事《こと》、|及《およ》び|麻邇宝珠《まにほつしゆ》の|御用《ごよう》の|件《けん》に|就《つい》て、ひそかに|協議《けふぎ》を|凝《こ》らし、|夜《よ》の|明《あ》くる|頃《ころ》|漸《やうや》くにして|寝《しん》に|就《つ》いた。|秋山彦《あきやまひこ》|夫婦《ふうふ》も|亦《また》|昨夜《さくや》の|疲労《ひらう》を|慰《ゐ》すべく、|太陽《たいやう》の|高《たか》く|昇《のぼ》る|頃《ころ》まで|白河夜船《しらかはよぶね》の|夢《ゆめ》を|貪《むさぼ》ることとなつた。
|聖地《せいち》よりは|東助《とうすけ》を|初《はじ》め、|加米彦《かめひこ》|其《その》|他《た》の|面々《めんめん》が|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》を|迎《むか》ふべく、|由良川《ゆらがは》を|下《くだ》つて|此処《ここ》にやつて|来《き》たのである。|秋山彦館《あきやまひこやかた》は|俄《にはか》の|客《きやく》にて、|下僕《しもべ》|共《ども》は|上《うへ》を|下《した》へと|大繁忙《だいはんばう》を|極《きは》め、|馳走《ちそう》の|用意《ようい》に|差《さし》かかつて|居《ゐ》る。
|秋山彦《あきやまひこ》は|高姫《たかひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|三人《さんにん》を|一間《ひとま》に|招《まね》き、|松彦《まつひこ》が|齎《もたら》せる|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|及《およ》び|言依別命《ことよりわけのみこと》の|密書《みつしよ》の|件《けん》に|就《つい》て、|三人《さんにん》に|対《たい》し、|意見《いけん》を|聞《き》くこととなつた。
|秋山彦《あきやまひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|其《その》|他《た》のお|二方《ふたかた》、|永《なが》らくの|間《あひだ》、|御遠方《ごゑんぱう》の|所《ところ》、|御苦労《ごくらう》で|御座《ござ》いました。|大神様《おほかみさま》に|於《お》かせられても、さぞ|御満足《ごまんぞく》の|事《こと》で|御座《ござ》いませう。|就《つ》いては|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|件《けん》で|御座《ござ》いますが、|竜宮島《りうぐうじま》より|迎《むか》へられた|五個《ごこ》の|中《うち》、|其《その》|四《よ》つまで|紛失《ふんしつ》|致《いた》しました|事《こと》は、|実《じつ》に|神界経綸上《しんかいけいりんじやう》|大変《たいへん》な|不都合《ふつがふ》で|御座《ござ》います。これに|就《つい》てあなた|方《がた》に|今《いま》|一度《いちど》お|世話《せわ》になつて、|四《よつ》つの|玉《たま》を|発見《はつけん》して|頂《いただ》かねばならないので|御座《ござ》いますが、|如何《いかが》でせう、お|世話《せわ》になれるでせうか』
|高姫《たかひめ》『ハイ、|私《わたくし》は|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》を|初《はじ》め、|其《その》|他《ほか》|一切《いつさい》の|玉《たま》に|関《くわん》し、|最早《もはや》|何《なん》の|執着《しふちやく》もなくなりましたから、|此《この》|事《こと》|計《ばか》りは、|最早《もはや》|断念《だんねん》して|居《を》ります。|此《この》|広《ひろ》い|世《よ》の|中《なか》、|言依別命《ことよりわけのみこと》がどうかされたのでせうから、いくら|捜《さが》しても|駄目《だめ》です。どうぞ|玉《たま》の|事《こと》だけはモウ|言《い》はないでおいて|下《くだ》さいませ』
|秋山彦《あきやまひこ》『|如何《いか》なる|神界《しんかい》の|御用《ごよう》を|致《いた》すのも、|皆《みな》|神様《かみさま》からの|御命令《ごめいれい》、|身魂《みたま》|相応《さうおう》の|因縁《いんねん》がなくては|出来《でき》ないので|御座《ござ》います。|就《つ》いては、|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》、|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》、モウ|一人《ひとり》の|黒姫《くろひめ》|様《さま》、|此《この》|四人《よにん》の|方《かた》が、|麻邇宝珠《まにほつしゆ》の|御用《ごよう》をして|下《くだ》さらねばならない|因縁《いんねん》で|御座《ござ》いますが、|生憎《あいにく》|竜宮島《りうぐうじま》より|五色《いついろ》の|麻邇宝珠《まにほつしゆ》が|現《あら》はれ|玉《たま》ふ|時機《じき》|到来《たうらい》して、|惟神的《かむながらてき》に|高姫《たかひめ》|様《さま》、|黒姫《くろひめ》|様《さま》お|二人《ふたり》を|竜宮《りうぐう》の|一《ひと》つ|島《じま》へお|導《みちび》きになりましたなれど、あなた|方《がた》は|此《この》|一《ひと》つ|島《じま》には|最早《もはや》|玉《たま》はない、|外《ほか》を|捜《さが》さうと|云《い》つて、お|帰《かへ》りになられました。それ|故《ゆゑ》|止《や》むを|得《え》ず、|神界《しんかい》の|思召《おぼしめし》に|依《よ》つて、|梅子姫《うめこひめ》|様《さま》は|紫《むらさき》の|玉《たま》の|御用《ごよう》、これは|身魂《みたま》の|因縁《いんねん》で|当然《たうぜん》|錦《にしき》の|宮《みや》へお|持帰《もちかへ》りにならねばならぬ|御役《おやく》で|御座《ござ》いました。それから|青色《コーマ》の|玉《たま》は|高姫《たかひめ》|様《さま》、|赤色《せきしよく》の|玉《たま》は|黒姫《くろひめ》|様《さま》、|白色《はくしよく》の|玉《たま》は|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》、|黄金《わうごん》の|玉《たま》は|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》が|御用《ごよう》|遊《あそ》ばす、|昔《むかし》からの|因縁《いんねん》にきまつて|居《を》つたのです。|併《しか》し|乍《なが》ら、|四人《よにん》の|方《かた》はいろいろと|神界《しんかい》の|時節《じせつ》を|待《ま》たずお|焦《あせ》りになつて、|何《いづ》れも|方角《はうがく》|違《ちが》ひの|方《はう》へ|往《い》ていらツしやつたものですから、|神界《しんかい》のお|計《はか》らひにて、|黄竜姫《わうりようひめ》、|蜈蚣姫《むかでひめ》、|友彦《ともひこ》、テールス|姫《ひめ》の|四柱《よはしら》が|此《この》|自転倒島《おのころじま》まで|臨時御用《りんじごよう》を|遊《あそ》ばしたので|御座《ござ》います。|併《しか》し|乍《なが》ら|身魂《みたま》の|因縁《いんねん》だけの|御用《ごよう》を、|今度《こんど》は|勤《つと》めねばならないのですから、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》、|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》のお|計《はか》らひにて、|紫《むらさき》の|玉《たま》を|除《のぞ》く|外《ほか》|四《よつ》つの|玉《たま》は|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》が|責任《せきにん》を|負《お》ひ、|或《ある》|地点《ちてん》にお|隠《かく》しになつてゐるので|御座《ござ》います。どうしても|因縁《いんねん》だけの|事《こと》を|勤《つと》めねばならぬのであります。|今度《こんど》の|御用《ごよう》を|仕損《しぞこな》つたら、モウ|此《この》|先《さき》は|末代《まつだい》|取返《とりかへ》しが|出来《でき》ませぬから、そんな|事《こと》があつては、あなた|方《がた》にお|気《き》の|毒《どく》だと、|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|大御心《おほみこころ》より|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》が|吾《わが》|子《こ》の|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》に|責任《せきにん》を|負《お》はせ、|罪《つみ》を|着《き》せ、あゝ|云《い》ふ|具合《ぐあひ》にお|取扱《とりあつか》ひになつたので|御座《ござ》いますよ。|今《いま》|此処《ここ》にウヅの|国《くに》より、|松彦《まつひこ》の|司《つかさ》に|事依《ことよ》さし|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》を|初《はじ》め、|言依別命《ことよりわけのみこと》、|国依別命《くによりわけのみこと》より|神書《しんしよ》が|届《とど》きました。どうぞ|之《これ》を|御披《おひら》き|下《くだ》されば、|玉《たま》の|所在《ありか》もスツカリお|分《わか》りでせう。どうぞ|御苦労《ごくらう》ですが、モウ|一働《ひとはたら》き|御用《ごよう》を|願《ねが》ひませう』
|高姫《たかひめ》は|初《はじ》めて|大神《おほかみ》の|大慈悲心《だいじひしん》と、|言依別命《ことよりわけのみこと》|及《およ》び|国依別命《くによりわけのみこと》の|真心《まごころ》を|悟《さと》り、|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》に|暮《く》れて|其《その》|場《ば》に|泣《な》き|倒《たふ》れた。|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》も|声《こゑ》を|放《はな》つて、|其《その》|神恩《しんおん》の|深《ふか》きに|号泣《がうきふ》して|居《ゐ》る。
|斯《か》かる|所《ところ》へ|筑紫《つくし》の|島《しま》より|黒姫《くろひめ》の|所在《ありか》を|尋《たづ》ね、|玉治別《たまはるわけ》、|秋彦《あきひこ》の|両人《りやうにん》、|黒姫《くろひめ》を|伴《つ》れて|帰《かへ》り|来《きた》り、|茲《ここ》に|四人《よにん》の|身魂《みたま》は|久《ひさ》しぶりに|顔《かほ》を|見合《みあは》す|事《こと》となつた。
|秋山彦《あきやまひこ》は|黒姫《くろひめ》に|重《かさ》ねて|前述《ぜんじゆつ》の|次第《しだい》を|物語《ものがた》り、|神書《しんしよ》を|開《ひら》いて|読《よ》み|聞《き》かせた。|黒姫《くろひめ》、|玉治別《たまはるわけ》|等《ら》の|筑紫島《つくしじま》に|於《お》ける|活動《くわつどう》の|模様《もやう》は|後日《ごじつ》に|稿《かう》を|改《あらた》め、|述《の》ぶる|事《こと》と|致《いた》します。
|秋山彦《あきやまひこ》は|神文《しんもん》を|押戴《おしいただ》き、|静《しづ》かに|開《ひら》いて、|四人《よにん》の|前《まへ》に|読《よ》み|上《あ》げた。|其《その》|神文《しんもん》、
『|此《この》|度《たび》、|国治立命《くにはるたちのみこと》、|国武彦命《くにたけひこのみこと》と|身《み》を|下《くだ》し|玉《たま》ひ、また|豊国姫命《とよくにひめのみこと》は|国大立命《くにひろたちのみこと》となり|再《ふたた》び|変《へん》じて|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》となり、|国武彦命《くにたけひこのみこと》は|聖地《せいち》|四尾山《よつをざん》に|隠《かく》れ、|素盞嗚尊《すさのをのみこと》はウブスナ|山《やま》の|斎苑《イソ》の|館《やかた》に|隠《かく》れて、|神政成就《しんせいじやうじゆ》の|錦《にしき》の|機《はた》を|織《お》りなす|神界《しんかい》の|大準備《だいじゆんび》に|着手《ちやくしゆ》すべき|身魂《みたま》の|因縁《いんねん》である。それに|付《つ》いて、|稚姫君命《わかひめぎみのみこと》の|御霊《みたま》の|裔《すゑ》なる|初稚姫《はつわかひめ》は|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》を|永遠《ゑいゑん》に|守護《しゆご》し、|国直姫命《くになほひめのみこと》の|御霊《みたま》の|裔《すゑ》なる|玉能姫《たまのひめ》は|紫《むらさき》の|玉《たま》の|守護《しゆご》に|当《あた》り、|言依別命《ことよりわけのみこと》は|黄金《わうごん》の|玉《たま》を|永遠《ゑいゑん》に|守護《しゆご》し、|梅子姫命《うめこひめのみこと》は|紫色《むらさきいろ》の|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|御用《ごよう》に|仕《つか》へ、|高姫《たかひめ》は|青色《せいしよく》の|麻邇《まに》の|宝玉《ほうぎよく》、|黒姫《くろひめ》は|赤色《せきしよく》の|麻邇《まに》の|宝玉《ほうぎよく》、|鷹依姫《たかよりひめ》は|白色《はくしよく》の|麻邇《まに》の|宝玉《ほうぎよく》、|竜国別《たつくにわけ》は|黄色《わうしよく》の|麻邇《まに》の|宝玉《ほうぎよく》を|守護《しゆご》すべき|身魂《みたま》の|因縁《いんねん》なれば、これより|四人《よにん》は|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》を|取出《とりだ》し、|綾《あや》の|聖地《せいち》に|向《むか》ふべし。|控《ひか》への|身魂《みたま》は|何程《なにほど》にてもありとは|云《い》へども、|成《な》るべくは|因縁《いんねん》の|身魂《みたま》に|此《この》|御用《ごよう》を|命《めい》じたく、|万劫末代《まんがふまつだい》の|神業《しんげふ》なれば、|高姫《たかひめ》|以下《いか》の|改心《かいしん》の|遅《おく》れたる|為《ため》、|神業《しんげふ》の|遅滞《ちたい》せし|罪《つみ》を|言依別命《ことよりわけのみこと》に|負《お》はせて、|高姫《たかひめ》|以下《いか》に|万劫末代《まんがふまつだい》の|麻邇《まに》の|神業《しんげふ》を|命《めい》ずるものなり。……|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》』
と|記《しる》してあつた。|四人《よにん》は|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》にむせび|乍《なが》ら、|直《ただ》ちに|手《て》を|拍《う》ち、|神殿《しんでん》に|感謝《かんしや》の|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》した。|秋山彦《あきやまひこ》は|黄金《こがね》の|鍵《かぎ》を|持《も》ち|出《い》でて、|高姫《たかひめ》に|渡《わた》し、
|秋山彦《あきやまひこ》『いざ|四人《よにん》の|方々《かたがた》、|吾《わが》|館《やかた》の|裏門《うらもん》よりひそかに|由良《ゆら》の|港《みなと》に|出《い》で、|沓島《めしま》に|渡《わた》り、|麻邇宝珠《まにほつしゆ》の|四個《よんこ》の|玉《たま》を、|各自《かくじ》|命《めい》ぜられたる|如《ごと》く|取出《とりだ》し、|秘《ひそか》に|聖地《せいち》へ|帰《かへ》り、|尊《たふと》き|神業《しんげふ》に|参加《さんか》されたし。|此《この》|事《こと》、|聖地《せいち》|其《その》|他《た》の|神司《かむつかさ》、|信徒《しんと》の|耳《みみ》に|入《い》らば、|却《かへつ》て|四人《よにん》の|神徳《しんとく》|信用《しんよう》に|関係《くわんけい》する|事《こと》|大《だい》なれば、|一切《いつさい》|秘密《ひみつ》を|守《まも》り、|大神《おほかみ》の|御意志《ごいし》を|奉戴《ほうたい》し、|今迄《いままで》の|罪《つみ》を|贖《あがな》ひ、|天晴《あつぱ》れ|麻邇宝珠《まにほつしゆ》の|神司《かむつかさ》として|聖地《せいち》にあつて|奉仕《ほうし》されむ|事《こと》を|希望《きばう》|致《いた》します。サア|早《はや》く|早《はや》く……』
と|急《せ》き|立《た》てられ、|四人《よにん》は|喜《よろこ》び|勇《いさ》んで、|裏口《うらぐち》より|秘《ひそか》に|脱《ぬ》け|出《い》で|沓島《めしま》に|向《むか》つて|進《すす》み|行《ゆ》く。
|此《この》|事《こと》|玉治別《たまはるわけ》を|初《はじ》め、|加米彦《かめひこ》、テー、カー、|常彦《つねひこ》、|其《その》|他《た》の|神司《かむつかさ》、|聖地《せいち》の|紫姫《むらさきひめ》、|黄竜姫《わうりようひめ》、|蜈蚣姫《むかでひめ》、|友彦《ともひこ》、テールス|姫《ひめ》|其《その》|他《た》の|神司《かむつかさ》も|信徒《しんと》も|永遠《ゑいゑん》に|知《し》る|者《もの》がなかつたのである。
|高姫《たかひめ》|外《ほか》|三人《さんにん》は|素盞嗚尊《すさのをのみこと》の|仁慈無限《じんじむげん》のお|計《はか》らひにて、|罪穢《つみけが》れを|許《ゆる》され、|身魂相応《みたまさうおう》|因縁《いんねん》の|御用《ごよう》を|完全《くわんぜん》に|奉仕《ほうし》させられたのである。アヽ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・二九 旧七・七 松村真澄録)
第一八章 |神風清《かみかぜきよし》〔九三三〕
|秋山彦《あきやまひこ》は|東助《とうすけ》、|玉治別《たまはるわけ》|其《その》|他《た》|一同《いちどう》の|集《あつ》まる|広間《ひろま》に|現《あら》はれ、
『|皆様《みなさま》、|御苦労《ごくらう》で|御座《ござ》いました。|高姫《たかひめ》|様《さま》|初《はじ》め|黒姫《くろひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|御一行《ごいつかう》は|漸《やうや》く|惟神《かむながら》の|御経綸《ごけいりん》に|依《よ》り、|私《わたくし》の|館《やかた》までお|帰《かへ》り|下《くだ》さいまして、|実《じつ》にこれ|位《くらゐ》|喜《よろこ》ばしい|事《こと》は|御座《ござ》いませぬ。|就《つ》いては|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》が|責任《せきにん》を|負《お》うて、|聖地《せいち》をお|立退《たちの》きになりました|大事件《だいじけん》の|根源《こんげん》たる|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|所在《ありか》が、|高姫《たかひめ》|様《さま》|以下《いか》|御一同《ごいちどう》の|熱誠《ねつせい》に|依《よ》つて、|判明《はんめい》|致《いた》しましたに|付《つ》いては、|軈《やが》て|近《ちか》き|内《うち》に|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》を|持《も》つてお|帰《かへ》りになることで|御座《ござ》いませう。|皆様《みなさま》はどうぞ、これより|聖地《せいち》に|帰《かへ》り、|歓迎《くわんげい》の|御準備《ごじゆんび》を|願《ねが》ひます。|国治立命《くにはるたちのみこと》|様《さま》、|豊国姫命《とよくにひめのみこと》|様《さま》を|初《はじ》め、|神々様《かみがみさま》の|御仁慈《ごじんじ》は|到底《たうてい》|吾々《われわれ》の|語《かた》り|尽《つく》すべき|所《ところ》では|御座《ござ》いませぬ』
と|嬉《うれ》し|涙《なみだ》に|湿《しめ》つた|声《こゑ》を|張上《はりあ》げて|挨拶《あいさつ》をするのであつた。|東助《とうすけ》、|玉治別《たまはるわけ》|其《その》|他《た》の|一同《いちどう》は、|秋山彦《あきやまひこ》の|案《あん》に|相違《さうゐ》の|言葉《ことば》に|驚《おどろ》き|且《か》つ|怪《あや》しみ|乍《なが》ら、|高姫《たかひめ》|以下《いか》の|此《この》|場《ば》より|何処《いづこ》ともなく|消《き》えたるに|拍子抜《ひやうしぬけ》けしたる|面色《おももち》にて、|急《いそ》ぎ|聖地《せいち》を|指《さ》して|帰《かへ》り|行《ゆ》くのであつた。
|聖地《せいち》の|錦《にしき》の|宮《みや》の|八尋殿《やひろどの》には、|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》、|英子姫《ひでこひめ》は、|紫姫《むらさきひめ》と|共《とも》に|数多《あまた》の|幹部《かんぶ》を|従《したが》へ、|一行《いつかう》の|帰《かへ》り|来《きた》るを|待《ま》ちつつあつた。|東助《とうすけ》は|三人《さんにん》の|神司《かむつかさ》の|前《まへ》に|恭《うやうや》しく|進《すす》み|寄《よ》り、|頭《かしら》を|下《さ》げ|両手《りやうて》をつかへ、
|東助《とうすけ》『|由良《ゆら》の|港《みなと》の|秋山彦《あきやまひこ》の|館《やかた》へ、|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》を|迎《むか》への|為《ため》|参《まゐ》りました|所《ところ》、|竹島丸《たけしままる》に|乗込《のりこ》み、|高砂島《たかさごじま》より|一行《いつかう》|八人《はちにん》お|帰《かへ》りになりました。それより|秋山彦館《あきやまひこやかた》にお|迎《むか》へ|致《いた》し、|一夜《いちや》を|明《あ》かし、いろいろの|款待《もてなし》に|預《あづか》り、|無事《ぶじ》の|帰国《きこく》を|祝《しゆく》して|居《ゐ》る|際《さい》、|黒姫《くろひめ》もお|帰《かへ》りになり|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|四人《よにん》の|方々《かたがた》は|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|所在《ありか》が|分《わか》つたとかで、ソツトどこかへ|御出《おい》でになりました。|就《つ》いては|近日《きんじつ》|其《その》|玉《たま》を|得《え》て|聖地《せいち》へお|帰《かへ》りになるから、|早《はや》く|帰《かへ》つて|歓迎《くわんげい》の|準備《じゆんび》をせよとの|事《こと》で|御座《ござ》いました。|何《なに》が|何《なん》だか、|私《わたくし》には|一向《いつかう》|要領《えうりやう》を|得《え》ませぬが、|是非《ぜひ》なく|此処《ここ》まで|帰《かへ》つて|参《まゐ》りました。|如何《いかが》|致《いた》せば|宜《よろ》しいので|御座《ござ》いませうか。|紫姫《むらさきひめ》|様《さま》、どうぞあなたより|三柱《みはしら》の|神司《かむつかさ》へ|宜《よろ》しく|言上《ごんじやう》を|願《ねが》ひます』
と|云《い》つた。|紫姫《むらさきひめ》は『ハイ』と|答《こた》へて|高座《かうざ》にのぼり、|三柱《みはしら》の|前《まへ》に|額《ぬか》づき、|東助《とうすけ》の|言葉《ことば》を|一々《いちいち》|言上《ごんじやう》した。|英子姫《ひでこひめ》、|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》の|三柱《みはしら》の|神司《かむつかさ》はニコニコし|乍《なが》ら、|頭《あたま》を|縦《たて》に|振《ふ》つてゐられる。|其《そ》の|様子《やうす》がどこやらに|深《ふか》き|確信《かくしん》あるものの|如《ごと》く|見《み》られた。|三柱《みはしら》の|神司《かむつかさ》は|神前《しんぜん》に|向《むか》ひ、|恭《うやうや》しく|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し|終《をは》つて、|一同《いちどう》の|神司《かむつかさ》|及《およ》び|信徒《しんと》に|目礼《もくれい》を|施《ほどこ》し|乍《なが》ら|館《やかた》の|奥《おく》|深《ふか》く|忍《しの》び|入《い》り|給《たま》うた。
|紫姫《むらさきひめ》は|東助《とうすけ》に|向《むか》ひ、
『|只今《ただいま》|三柱《みはしら》の|大神司《おほかむつかさ》より|承《うけたま》はりますれば、|高姫《たかひめ》|様《さま》は|明日《みやうにち》|四人連《よにんづ》れにてお|帰《かへ》りのはずで|御座《ござ》いますから、どうぞ|歓迎《くわんげい》の|準備《じゆんび》を|遊《あそ》ばして|下《くだ》さいませ』
|東助《とうすけ》『ハイ|委細《ゐさい》|承知《しようち》|仕《つかまつ》りました』
と|此《この》|場《ば》をさがり、|歓迎《くわんげい》の|準備《じゆんび》に|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》し、|高姫《たかひめ》の|帰《かへ》るを|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》ちつつあつた。
|明《あか》くれば|九月《くぐわつ》|八日《やうか》、|高姫《たかひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|黒姫《くろひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|四人《よにん》は|嬉々《きき》として、|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》を|捧《ほう》じ、|錦《にしき》の|宮《みや》の|八尋殿《やひろどの》|指《さ》して|帰《かへ》り|来《きた》り、|直《ただち》に|神殿《しんでん》の|前《まへ》に|進《すす》み、|各《おのおの》|玉《たま》を|捧持《ほうぢ》して、|無言《むごん》の|儘《まま》|控《ひか》へて|居《ゐ》る。|紫姫《むらさきひめ》は|此《この》|体《てい》を|見《み》て、|直《ただち》に|三柱《みはしら》の|大神司《おほかむつかさ》に|奉告《ほうこく》した。
|茲《ここ》に|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》、|英子姫《ひでこひめ》、|紫姫《むらさきひめ》は|礼装《れいさう》を|調《ととの》へ、|四人《よにん》の|前《まへ》に|無言《むごん》の|儘《まま》|現《あら》はれ、|玉照彦《たまてるひこ》は|高姫《たかひめ》の|手《て》より|青色《せいしよく》の|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》を|受取《うけと》り、|玉照姫《たまてるひめ》は|黒姫《くろひめ》の|手《て》より|赤色《せきしよく》の|宝珠《ほつしゆ》を|受取《うけと》り、|英子姫《ひでこひめ》は|鷹依姫《たかよりひめ》の|手《て》より|白色《はくしよく》の|宝珠《ほつしゆ》を|受取《うけと》り、|紫姫《むらさきひめ》は|竜国別《たつくにわけ》の|手《て》より|黄色《わうしよく》の|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》を|受取《うけと》り、|頭上《づじやう》|高《たか》く|捧《ささ》げ|乍《なが》ら|悠々《いういう》として|錦《にしき》の|宮《みや》の|神前《しんぜん》に|進《すす》み、|案上《あんじやう》に|恭《うやうや》しく|安置《あんち》され、|再《ふたた》び|八尋殿《やひろどの》に|下《くだ》り|来《きた》り、|高姫《たかひめ》|外《ほか》|三人《さんにん》の|手《て》を|取《と》り、|殿内《でんない》に|導《みちび》き|感謝《かんしや》|祈願《きぐわん》の|祝詞《のりと》を|共《とも》に|奏上《そうじやう》し、|八人《はちにん》|相伴《あひともな》ひて、|教主殿《けうしゆでん》の|奥《おく》の|間《ま》さして|進《すす》み|入《い》り、|互《たがひ》に|歓《くわん》を|尽《つく》して、|無事《ぶじ》の|帰国《きこく》と|其《その》|成功《せいこう》を|祝《しゆく》し|玉《たま》うたのである。
|英子姫《ひでこひめ》『|皆様《みなさま》、|随分《ずゐぶん》|御苦労《ごくらう》で|御座《ござ》いましたなア。|神界《しんかい》の|御経綸《ごけいりん》は|到底《たうてい》、|人間《にんげん》|共《ども》の|量《はか》り|知《し》る|所《ところ》で|御座《ござ》いませぬ。|只《ただ》|何事《なにごと》も|神様《かみさま》の|御命令《ごめいれい》に|従《したが》ふより|外《ほか》に|途《みち》は|御座《ござ》いませぬ』
|高姫《たかひめ》『ハイ、|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。|私《わたくし》も|余《あま》り|神様《かみさま》の|御道《おみち》を|大事《だいじ》に|思《おも》ふ|余《あま》り、|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》の|行方《やりかた》を|見《み》て、|大神様《おほかみさま》の|御経綸《ごけいりん》を|妨害《ばうがい》し、|再《ふたた》び|天《あま》の|岩戸《いはと》をとざす|悪魔《あくま》の|所為《しよゐ》と|思《おも》ひつめ、いろいろ|雑多《ざつた》と|誤解《ごかい》を|致《いた》し|妨害《ばうがい》のみ|致《いた》して|参《まゐ》りました。|今日《けふ》となつて|顧《かへり》みれば|実《じつ》に|恥《はづ》かしう|御座《ござ》います。|私《わたくし》の|改心《かいしん》が|遅《おく》れた|計《ばか》りで、|皆様《みなさま》にいろいろの|御苦労《ごくらう》をかけ|騒《さわ》がしました。|言依別《ことよりわけ》の|教主様《けうしゆさま》も、|私《わたくし》の|為《ため》に|大変《たいへん》な|御艱難《ごかんなん》を|遊《あそ》ばし、|実《じつ》に|申訳《まをしわけ》が|御座《ござ》いませぬ。|大化者《おほばけもの》だとか、|体主霊従《たいしゆれいじう》の|身魂《みたま》だとか、|世界悪《せかいあく》の|映像《えいざう》だとか、いろいろ|雑多《ざつた》と|云《い》ひふらし、|邪魔《じやま》|計《ばか》り|致《いた》して|来《き》ましたが、|顧《かへり》みれば|私《わたくし》こそ|悪神《あくがみ》の|虜《とりこ》となり、|知《し》らず|識《し》らずに|体主霊従《たいしゆれいじゆう》の|行《おこな》ひをなし、|世界悪《せかいあく》の|根本《こつぽん》を|敢《あへ》てしながら|人《ひと》の|事《こと》|計《ばか》り|喧《やかま》しく|申上《まをしあ》げて|来《き》ました。|私《わたくし》の|迂愚迂濶《うぐうくわつ》、|今更《いまさら》|弁解《べんかい》の|辞《じ》も|御座《ござ》いませぬ。|大化者《おほばけもの》と|云《い》ふ|事《こと》は、|決《けつ》して|悪《わる》い|意味《いみ》では|御座《ござ》いませなんだ。|余《あま》り|人物《じんぶつ》が|大《おほ》き|過《す》ぎて、|吾々《われわれ》の|身魂《みたま》では|測量《そくりやう》することが|出来《でき》なかつた|為《ため》に、|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|教主《けうしゆ》だと|思《おも》ひ、|大化者《おほばけもの》だと|云《い》つて|罵《ののし》つたので|御座《ござ》いました。|仁慈《じんじ》の|深《ふか》き、|到底《たうてい》|吾々《われわれ》|凡夫《ぼんぶ》の|知《し》る|所《ところ》ではないことを、|深《ふか》く|深《ふか》く|身《み》に|沁《し》み|渡《わた》つて|感《かん》じまして|御座《ござ》います。|何程《なにほど》あせつても、|身魂《みたま》の|因縁《いんねん》だけの|事《こと》より|出来《でき》るものでは|御座《ござ》いませぬ。どうぞ|今迄《いままで》の|不都合《ふつがふ》をお|許《ゆる》し|下《くだ》さいまして、|身魂相応《みたまさうおう》の|御用《ごよう》を|仰《あふ》せ|付《つ》け|下《くだ》さいますれば、|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます』
|英子姫《ひでこひめ》『|其《その》お|言葉《ことば》を|聞《き》いて、|妾《わらは》も|安心《あんしん》|致《いた》しました。|玉照彦《たまてるひこ》|様《さま》、|玉照姫《たまてるひめ》|様《さま》、さぞお|喜《よろこ》びで|御座《ござ》いませう。|第一《だいいち》、|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》|様《さま》の|御化身《ごけしん》|国武彦命《くにたけひこのみこと》|様《さま》、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》は|貴女《あなた》の|御改心《ごかいしん》をお|聞《き》き|遊《あそ》ばして、さぞ|御満足《ごまんぞく》に|思召《おぼしめ》すで|御座《ござ》いませう。|貴女《あなた》の|御改心《ごかいしん》が|出来《でき》て、|身魂《みたま》の|御因縁《ごいんねん》が|御了解《ごれうかい》になれば、|三五教《あななひけう》は|上下《しやうか》|一致《いつち》して|御神業《ごしんげふ》に|参加《さんか》し、|五六七神政《みろくしんせい》の|基礎《きそ》が|確実《かくじつ》に|築《きづ》き|上《あ》げられる|事《こと》と|喜《よろこ》びに|堪《た》へませぬ』
|高姫《たかひめ》『ハイ、|何《なに》から|何《なに》まで、|御注意《ごちゆうい》|下《くだ》さいまして|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます』
|黒姫《くろひめ》『|私《わたくし》は|最早《もはや》|何《なん》にも|申上《まをしあ》げる|事《こと》は|御座《ござ》いませぬ。|只《ただ》|感謝《かんしや》より|外《ほか》に|道《みち》は|御座《ござ》いませぬ。どうぞ|万事《ばんじ》|宜《よろ》しく、|今後《こんご》とても|不都合《ふつがふ》なき|様《やう》、|御注意《ごちゆうい》を|願《ねが》ひます』
|鷹依姫《たかよりひめ》『|私《わたくし》も|高姫《たかひめ》|様《さま》に|聖地《せいち》を|追《お》ひ|出《だ》され、いろいろと|艱難《かんなん》|苦労《くらう》を|致《いた》しまして、|一時《いちじ》は|高姫《たかひめ》|様《さま》をお|恨《うら》み|申《まを》したことさへ|御座《ござ》いましたが、|今《いま》となつて|考《かんが》へて|見《み》ますれば、|何事《なにごと》も|皆《みな》|神様《かみさま》の|御仕組《おしぐみ》で、|曇《くも》つた|魂《たましひ》を|研《みが》いて、|神界《しんかい》の|御用《ごよう》に|立《た》ててやらうとの|御取《おと》りなしであつたことを、|今更《いまさら》の|如《ごと》く|感《かん》じました。|実《じつ》に|申上《まをしあ》げ|様《やう》もなき|有難《ありがた》き|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|思召《おぼしめ》し、|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》のお|心遣《こころづか》ひ、お|礼《れい》は|口《くち》では|申上《まをしあ》げられませぬ』
と|嬉《うれ》し|涙《なみだ》にかき|暮《く》れる。
|竜国別《たつくにわけ》『|神恩《しんおん》の|高《たか》き|深《ふか》き、|感謝《かんしや》の|外《ほか》|御座《ござ》いませぬ。|何卒《どうぞ》|万事《ばんじ》|不束《ふつつか》な|者《もの》、|宜《よろ》しくお|願《ねが》ひ|致《いた》します』
|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》は|四人《よにん》に|向《むか》ひ|鎮魂《ちんこん》を|施《ほどこ》し、|悠々《いういう》として|我《わが》|居間《ゐま》に|帰《かへ》り|玉《たま》うた。|高姫《たかひめ》は|初《はじ》めて|今迄《いままで》の|我《が》を|払拭《ふつしき》し、|青色《せいしよく》の|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|玉《たま》に|対《たい》する|神業《しんげふ》に|参加《さんか》することを|決意《けつい》し、|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》の|御用《ごよう》の|吾《わが》|身《み》に|添《そ》はざることを|深《ふか》く|悟《さと》ることを|得《え》たのである。
○
|茲《ここ》に|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》の|御用《ごよう》を|勤《つと》めたる|初稚姫《はつわかひめ》は|初《はじ》めて|錦《にしき》の|宮《みや》の|八尋殿《やひろどの》の|教主《けうしゆ》となり、|紫色《ししよく》の|宝玉《ほうぎよく》の|御用《ごよう》に|仕《つか》へたる|玉能姫《たまのひめ》は|生田《いくた》の|森《もり》の|神館《かむやかた》に|於《おい》て、|若彦《わかひこ》(|後《のち》に|国玉別《くにたまわけ》と|名《な》を|賜《たま》ふ)と|夫婦《ふうふ》|相並《あひなら》びて、|生田《いくた》の|森《もり》の|神館《かむやかた》に|仕《つか》ふることとなつた。
|又《また》|黄金《わうごん》の|玉《たま》の|神業《しんげふ》に|奉仕《ほうし》したる|言依別命《ことよりわけのみこと》は|少名彦名神《すくなひこなのかみ》の|神霊《しんれい》と|共《とも》に|斎苑《イソ》の|館《やかた》を|立出《たちい》で、アーメニヤに|渡《わた》り、エルサレムに|現《あら》はれ、|立派《りつぱ》なる|宮殿《きうでん》を|造《つく》り、|黄金《わうごん》の|玉《たま》の|威徳《ゐとく》と|琉《りう》の|玉《たま》の|威徳《ゐとく》とを|以《もつ》て、|普《あまね》く|神人《しんじん》を|教化《けうくわ》し|玉《たま》ふこととなつた。
|又《また》|梅子姫《うめこひめ》は|父大神《ちちおほかみ》のまします|斎苑《いそ》の|館《やかた》に|帰《かへ》り、|紫《むらさき》の|麻邇《まに》の|玉《たま》の|威徳《ゐとく》に|依《よ》つてフサの|国《くに》の|斎苑館《イソやかた》に|仕《つか》へて|神業《しんげふ》に|参加《さんか》し、|高姫《たかひめ》は|八尋殿《やひろどの》に|大神司《おほかむつかさ》を|初《はじ》め|紫姫《むらさきひめ》の|部下《ぶか》となつて|神妙《しんめう》に|奉仕《ほうし》し、|黒姫《くろひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》もそれぞれの|身魂《みたま》だけの|神務《しんむ》に|奉仕《ほうし》し、|神政成就《しんせいじやうじゆ》の|基礎的《きそてき》|活動《くわつどう》を|励《はげ》む|事《こと》となつたのである。
|此等《これら》の|神々《かみがみ》の|舎身的《しやしんてき》|活動《くわつどう》の|結果《けつくわ》、いよいよ|四尾山麓《よつをさんろく》に|時節《じせつ》|到来《たうらい》して、|国常立尊《くにとこたちのみこと》と|現《あら》はれ、|現幽神《げんいうしん》|三界《さんかい》の|修理固成《しうりこせい》を|開始《かいし》し|玉《たま》ふことを|得《え》るに|至《いた》つたのである。これが|即《すなは》ち|大本《おほもと》の|教《をしへ》を|国祖《こくそ》|国常立尊《くにとこたちのみこと》が|変性男子《へんじやうなんし》の|身魂《みたま》、|出口教祖《でぐちけうそ》に|帰懸《かむがかり》し|玉《たま》ひて|神宮《しんぐう》|本宮《ほんぐう》の|坪《つぼ》の|内《うち》より|現《あら》はれ|玉《たま》うた|原因《げんいん》である。|又《また》|言依別命《ことよりわけのみこと》の|舎身的《しやしんてき》|活動《くわつどう》に|依《よ》つて|黄金《わうごん》の|玉《たま》の|威霊《ゐれい》より|変性女子《へんじやうによし》の|身魂《みたま》、|高熊山《たかくまやま》の|霊山《れいざん》を|基点《きてん》として|現《あら》はれ、|大本《おほもと》の|教《をしへ》を|輔助《ほじよ》し|且《か》つ|開《ひら》くこととなつたのである。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・二九 旧七・七 松村真澄録)
第四篇 |理智《りち》と|愛情《あいじやう》
第一九章 |報告祭《ほうこくさい》〔九三四〕
|綾《あや》の|聖地《せいち》に|於《お》ける|錦《にしき》の|宮《みや》の|八尋殿《やひろどの》には、|七五三《しちごさん》の|太鼓《たいこ》の|音《おと》が|聞《きこ》えて|来《き》た。|今日《けふ》は|殊《こと》の|外《ほか》|風《かぜ》|清《きよ》く、|陰鬱《いんうつ》なる|霧《きり》も|早朝《さうてう》より|晴《は》れ|渡《わた》り、|紺碧《こんぺき》の|空《そら》は|愈《いよいよ》|高《たか》く、|太陽《たいやう》は|東《ひがし》の|山《やま》の|端《は》より|其《その》|雄姿《ゆうし》を|現《あら》はし、|金色《こんじき》の|光《ひかり》を|地上《ちじやう》に|投《な》げてゐる。|今朝《けさ》は|太鼓《たいこ》の|音《おと》も|何《なん》となく|冴《さ》え|渡《わた》り、|下界《げかい》の|邪気《じやき》を|万里《ばんり》の|外《そと》に|追《お》ひ|払《はら》うた|様《やう》な|気分《きぶん》が|漂《ただよ》うてゐる。
|東助《とうすけ》、|高姫《たかひめ》を|初《はじ》め、|秋彦《あきひこ》、|友彦《ともひこ》、テールス|姫《ひめ》、|夏彦《なつひこ》、|佐田彦《さだひこ》、お|玉《たま》、|高山彦《たかやまひこ》|其《その》|他《た》の|幹部《かんぶ》は|祭服《さいふく》|厳《いか》めしく、|報告祭《ほうこくさい》を|勤行《ごんぎやう》するのであつた。|高姫《たかひめ》が|久振《ひさしぶ》りにて|高砂島《たかさごじま》より|帰《かへ》り、|又《また》|黒姫《くろひめ》、|玉治別《たまはるわけ》が|筑紫《つくし》の|島《しま》より|遥々《はるばる》|帰国《きこく》し、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|宣伝使《せんでんし》が|無事《ぶじ》に|帰国《きこく》して、|麻邇宝珠《まにほつしゆ》の|神業《しんげふ》に|無事《ぶじ》|奉仕《ほうし》せし|歓《よろこ》びと、|黒姫《くろひめ》が|三十五年《さんじふごねん》|振《ぶ》りに|吾《わが》|実子《じつし》の|発見《はつけん》せられし|事《こと》の|感謝《かんしや》を|兼《か》ねたる|報告祭《はうこくさい》であつた。
|一紘琴《いちげんきん》、|二紘琴《にげんきん》の|嚠喨《りうりやう》たる|音楽《おんがく》の|声《こゑ》と|共《とも》に|祭典《さいてん》は|無事《ぶじ》|終了《しうれう》した。|教主《けうしゆ》の|英子姫《ひでこひめ》を|初《はじ》め、|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》の|神司《かむつかさ》|並《ならび》に|紫姫《むらさきひめ》も、|神殿《しんでん》に|深《ふか》く|進《すす》みて|此《この》|祭典《さいてん》に|列《れつ》せられた。|祭典《さいてん》|終《をは》ると|共《とも》に|此《この》|四柱《よはしら》は|教主《けうしゆ》の|館《やかた》を|指《さ》して、|悠々《いういう》と|四五人《しごにん》の|信徒《しんと》に|送《おく》られ|帰《かへ》つて|行《ゆ》く。
|後《あと》には|賑々《にぎにぎ》しく|直会《なほらひ》の|宴《えん》が|開《ひら》かれた。|万代未聞《ばんだいみもん》の|大慶事《だいけいじ》といふので、|錦《にしき》の|宮《みや》の|八尋殿《やひろどの》も|日頃《ひごろ》の|窮屈《きうくつ》に|引替《ひきか》へ、|今日《けふ》|一日《いちにち》は|気楽《きらく》に|直会《なほらひ》の|酒《さけ》を|飽《あ》く|迄《まで》|頂《いただ》き、|口々《くちぐち》に|歌《うた》ひ|舞《ま》ひ、|踊《をど》り|狂《くる》ふ|事《こと》を|黙許《もくきよ》されて|居《ゐ》た。|酒《さけ》の|酔《ゑひ》が|廻《まは》るにつれて、そろそろ|雑談《ざつだん》が|始《はじ》まつて|来《く》る。
|甲《かふ》『オイ|虎公《とらこう》、|時節《じせつ》は|待《ま》たねばならぬものだなア。|高姫《たかひめ》の|大将《たいしやう》や、|黒姫《くろひめ》|婆《ば》アさまが、|寝《ね》ても|醒《さ》めても、|玉々《たまたま》と|云《い》つて|随分《ずゐぶん》|玉騒《たまさわ》ぎで、|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》や、|大勢《おほぜい》の|者《もの》を|手古摺《てこず》らしたものだが、|到頭《たうとう》|一心《いつしん》を|貫《つらぬ》いて、|玉《たま》の|御用《ごよう》を|首尾《しゆび》|克《よ》く|勤《つと》め|上《あ》げたぢやないか。おまけに|筑紫《つくし》の|島《しま》から|玉《たま》を|一《ひと》つ|持《も》つて|帰《かへ》りよつたのは|黒姫《くろひめ》だ。|本当《ほんたう》に|甘《うま》い|事《こと》しよつたネー』
|虎公《とらこう》『オイ、|小《ちひ》さい|声《こゑ》で|言《い》はぬか。あれ|見《み》よ、|高姫《たかひめ》さまや|黒姫《くろひめ》さまが|正座《しやうざ》に|構《かま》へて|御座《ござ》るぞ』
|甲《かふ》『|俺《おれ》も|一《ひと》つ|是《これ》から|玉《たま》さがしに|往《い》つて|来《こ》うかなア』
|虎公《とらこう》『|貴様《きさま》|捜《さが》しに|往《い》かなくても、|宅《うち》に|沢山《たくさん》あるぢやないか。よく|考《かんが》へて|見《み》よ。|貴様《きさま》ん|所《とこ》の|猫《ねこ》は|【玉】《たま》といふだらう。そして|毛《け》の|色《いろ》が|真黒々助《まつくろくろすけ》の|黒姫《くろひめ》だオツトドツコイ|黒猫《くろねこ》だ。おまけに|貴様《きさま》の|嬶《かか》がお【すみ】と|云《い》つて|名詮自称《めいせんじしよう》の|真黒々助《まつくろくろすけ》、|中低《なかびく》のお|【玉】杓子《たまじやくし》のやうな|顔《かほ》をしてゐるだらう。そして|小《ちい》つぽけな|肝【玉】《きもたま》を|持《も》つてゐるなり、|団栗《どんぐり》のやうな|目【玉】《めだま》も|二《ふた》つぶら|下《さ》げてゐる。|貴様《きさま》の|睾【丸】《きんたま》は|名代《なだい》の|八畳敷《はちでふじき》|狸《たぬき》が|税金取《うんじやうと》りに|来《く》るやうな|品【玉】《しなだま》だ。これ|丈《だけ》|沢山《たくさん》に|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》や|金《きん》の|【玉】《たま》を|持《も》つてゐる|癖《くせ》に、|此《この》|上《うへ》|玉騒《たまさわ》ぎをせられちや|皆《みな》の|者《もの》が【たま】らぬから、モウ|良《い》い|加減《かげん》に|諦《あきら》めたがよからうぞ。のう|狸《たぬき》の|安公《やすこう》』
|安公《やすこう》『コリヤ|虎猫《とらねこ》、|何《なに》を|吐《ぬか》すのだ。|人《ひと》の|事《こと》を|云《い》ふよりも、|自分《じぶん》の|蜂《はち》から|払《はら》うてかかれ。|俺《おれ》のは|八畳敷《はちでふじき》ぢやない|錦《にしき》の|信玄袋《しんげんふくろ》だ。|奴狸野郎《どたぬきやらう》|奴《め》|貴様《きさま》は|手力男神《たぢからをのかみ》さまの|様《やう》に、おれは|猫《ねこ》の|年《とし》に|生《うま》れた|寅公《とらこう》だけれど、ヤツパリ|人《ひと》の|家《うち》に|養《やしな》はれる|家畜《かちく》だから、|自称《じしよう》|艮《うしとら》の|金神《こんじん》よりも|余程《よつぽど》|偉《えら》いと|吐《ぬか》してゐやがるが、|猫寅《ねことら》の|金神《こんじん》と|云《い》ふ|者《もの》がどこにあるか。よつ|程《ぽど》よい|馬鹿者《ばかもの》だなア』
|虎公《とらこう》『トラ|何《なに》を|吐《ぬか》す。|丑《うし》と|云《い》ふ|奴《やつ》は|庭《には》のすみつこに|置《お》いて|貰《もら》ひ、|糞《くそ》まぶれになつて|草《くさ》を|喰《くら》つて|暮《くら》して|居《ゐ》る|奴《やつ》だ。|猫《ねこ》と|云《い》ふ|奴《やつ》は、|主人《しゆじん》の|膝《ひざ》へものり、|同《おな》じ|炬燵《こたつ》へも|這入《はい》り、|家庭《かてい》の|花《はな》となつて、|優待《いうたい》される|代物《しろもの》だぞ。それだから|猫《ねこ》が|一番《いちばん》|偉《えら》いのだ。それだから|猫虎《ねことら》の|金神《こんじん》は|丑寅《うしとら》の|金神《こんじん》よりも|位《くらゐ》が|上《うへ》だと|云《い》ふのだ。
|猫《ねこ》が|三筋《みすぢ》の|手管《てくだ》の|糸《いと》で
|鰌《どぜう》や|鯰《なまづ》を|引《ひ》きころす………
と|云《い》ふ|事《こと》を|知《し》らぬか。|何程《なにほど》|鰌《どぜう》ひげを|生《は》やし、|鯰《まなづ》ひげを|生《は》やしとる【ゼニトルメン】でも、|自由自在《じいうじざい》に|引《ひ》きまはす、|万能力《ばんのうりよく》を|持《も》つてゐるのだから|大《たい》したものだ。|猫寅《ねことら》の|金神《こんじん》さまに|限《かぎ》るぞよ。………|猫寅《ねことら》の|金神《こんじん》が|現《あら》はれて、|三千世界《さんぜんせかい》の|神《かみ》、|仏事《ぶつじ》、|人民《じんみん》、|鳥類《てうるゐ》、|獣《けだもの》、|虫族《むしけら》に|至《いた》るまで|守護《しゆご》|致《いた》さぬぞよ。……コラ|安《やす》、イヤ|狸安《たぬきやす》、どうだい、|豪勢《がうせい》な|者《もの》だらう。オツホヽヽヽ』
と|笑《わら》ふ。|安公《やすこう》は|立《たち》あがり、そこらをキヨロキヨロ|見《み》まはし、|自分《じぶん》の|加勢《かせい》に|来《き》て|呉《く》れる|友達《ともだち》はないかと、|酔眼朦朧《すゐがんまうろう》とあたりを|調《しら》べてゐる。そこへ|目《め》についたのは|竹公《たけこう》と|云《い》ふ|友達《ともだち》である。|安公《やすこう》は、
『オイ|竹公《たけこう》、|一寸《ちよつと》|来《き》てくれ、|加勢《かせい》だ|加勢《かせい》だ』
|此《この》|声《こゑ》に|竹公《たけこう》は|多勢《おほぜい》の|中《なか》をヒヨロリヒヨロリと|千鳥足《ちどりあし》になり、|徳利《とくり》を|蹴転《けころ》がし、|盃《さかづき》をふみ|砕《くだ》き、|人《ひと》の|頭《あたま》の|上《うへ》に|尻餅《しりもち》をついたり、|肩《かた》を|押《おさ》へたりし|乍《なが》ら、やつとの|事《こと》で|安公《やすこう》の|前《まへ》にやつて|来《き》た。|少《すこ》し|目《め》が|悪《わる》いので|信仰《しんかう》を|始《はじ》めた|近在《きんざい》の|百姓男《ひやくしやうをとこ》である。|真珠《しんじゆ》の|上《うへ》に|雑水《ざふづ》をかぶせた|様《やう》な|目玉《めだま》を、|底《そこ》の|方《はう》からピカピカ|光《ひか》らせ|乍《なが》ら、|竹公《たけこう》は、
『オイ|安公《やすこう》、|何《なに》を【かせい】するのだ。かせいと|云《い》つたつて、|此《この》|頃《ごろ》はサツパリ|懐《ふところ》が|冬枯《ふゆが》れだ。|木《こ》の|葉《は》|一枚《いちまい》ドンドン|乍《なが》ら、|持《も》つてゐないのだから、|反対《あべこべ》にこつちへチツト|許《ばか》り|貸《か》せないかなア。|俺《おれ》も|今日《けふ》は|斯《か》うして|目出《めで》たい|酒《さけ》を|頂《いただ》いたのだが、|今日《けふ》|働《はたら》いて|今日《けふ》|食《く》ふと|云《い》ふ|江戸《えど》つ|児《こ》|気質《かたぎ》の|哥兄《にい》さまだから、|今日《けふ》は|稼《かせ》ぎが|出来《でき》ない。|三界《さんがい》の|首枷《くびかせ》となる|餓鬼《がき》が|二三匹《にさんびき》、|家《うち》にや|嬶《かか》と|一緒《いつしよ》に|鍋《なべ》を|洗《あら》つて|待《ま》つてゐるのだから、|俺《おれ》やモウそれを|思《おも》ふと、|折角《せつかく》|呑《の》んだ|酒《さけ》がさめて|了《しま》ひさうだ。おれのやうな|者《もの》にカセカセ|吐《ぬか》さずと、|此《この》|猫寅《ねことら》に|貸《か》して|貰《もら》つたら|如何《どう》だい』
|虎公《とらこう》『オイ|竹公《たけこう》、|猫虎《ねことら》とは|余《あま》りぢやないか』
|竹公《たけこう》『|丑寅《うしとら》の|金神《こんじん》さまよりも|偉《えら》い|名《な》ぢやないか。|今《いま》お|前《まへ》がさう|言《い》つて|自慢《じまん》して|居《ゐ》ただらう。それだから|此《この》|竹公《たけこう》が、|力《ちから》|一杯《いつぱい》|尊敬《そんけい》して|猫寅《ねことら》といふのだが、どこが|悪《わる》いのだ、そんな|事《こと》|言《い》はずにチツト|俺《おれ》に|貸《か》せ。|今日《けふ》は|目出《めで》たい|日《ひ》だから、お|前《まへ》も|人《ひと》に|頼《たの》まれて|滅多《めつた》に|首《くび》を|横《よこ》にふるやうな|事《こと》はしさうな|筈《はず》もなし、|俺《おれ》も|亦《また》|借《か》つて|呉《く》れと|頼《たの》まれて|借《か》つてやらぬと|云《い》つて、|一口《ひとくち》にはねるやうな|拙劣《へた》な|事《こと》はせないからなア』
|安公《やすこう》『オイ|竹公《たけこう》、こんな|奴《やつ》に|金《かね》でも|借《か》らうものなら、それこそ|大事《おほごと》だ。|出会《であ》ふ|度《たび》に、|貸《か》してやつた|貸《か》してやつたと、|人《ひと》の|前《まへ》だらうが|何処《どこ》だらうが|構《かま》はずに、いつ|迄《まで》も|恥《はぢ》をかかしやがるから、|措《お》け|措《お》け、|後《あと》の|為《ため》が|悪《わる》いぞ』
|竹公《たけこう》『ナーニ、|構《かま》ふものか。こちらの|方《はう》から|反対《はんたい》に、|人《ひと》に|出会《であ》ふ|度《たび》に|借《か》つてやつた|借《か》つてやつたと|云《い》つたらいいぢやないか。|貸《か》してられる|奴《やつ》よりも|借《か》る|奴《やつ》の|方《はう》が、|当世《たうせい》は|力《ちから》があるのだからなア。さうだから|人間《にんげん》は|借金《しやくきん》をせなくては、|男《をとこ》の|幅《はば》が|利《き》かぬといふのだ。|貴様《きさま》のやうに|金持《かねもち》の|所《ところ》へ|行《い》つては|三文一文《さんもんいちもん》の|世話《せわ》にもならぬ|癖《くせ》に、|追従《つゐしよう》タラダラ、|旦那《だんな》はん|仏壇《ぶつだ》はん、ゼントルマンだとか|吐《ぬか》しやがつて、お|髭《ひげ》の|塵《ちり》を|払《はら》ふよりも、|俺達《おれたち》は|自分《じぶん》の|甲斐性《かひしやう》でドツサリ|金《かね》を|借《か》り、お|髭《ひげ》の|塵《ちり》どころか、|三文《さんもん》も|払《はら》うてやらぬのだ。さうすると、|借《か》られた|奴《やつ》めが、|反対《あべこべ》に|俺《おれ》の|機嫌《きげん》を|取《と》りやがつて、|逆《さか》さまに|振《ふる》うても|虱《しらみ》|一《ひと》つおちぬ|男《をとこ》を、|道《みち》で|出会《であ》ふと|向《むか》ふの|方《はう》からペコペコ|頭《あたま》を|下《さ》げて、|機嫌《きげん》を|取《と》るのだから|大《たい》したものだよ。モシも|俺《おれ》を|怒《おこ》らさうものなら、|貸《か》した|金《かね》をふみつぶされちや|堪《たま》らないと、|執着心《しふちやくしん》の|慾《よく》にかられて|弱《よわ》くなるのだからなア、|貴様《きさま》の|様《やう》に|貸《か》しもせねば、|能《よ》う|借《か》りもせず、|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|碌《ろく》な|物《もの》も|食《くら》はず、|嬶《かか》アと|睨《にら》みつこ|計《ばか》りして……あゝ|今年《ことし》もなんぼ なんぼ|食《く》ひ|込《こ》んだ、|田《た》が|一町《いつちやう》|減《へ》つた。|林《はやし》が|一《ひと》つ|飛《と》んだ……と|言《い》つて、|青息吐息《あをいきといき》で|暮《くら》す|代物《しろもの》とは、チツト|種《たね》が|違《ちが》ふのだからなア』
|虎公《とらこう》は|酒《さけ》にヅブ|六《ろく》に|酔《よ》うて|居《ゐ》る|竹公《たけこう》の|話《はなし》を|聞《き》いて、|何《なん》と|思《おも》うたか、
|虎公《とらこう》『オイ|竹公《たけこう》、|貴様《きさま》の|言草《いひぐさ》は|中々《なかなか》|面白《おもしろ》い。|今《いま》まで|随分《ずゐぶん》|借倒《かりたふ》されたが、|到底《たうてい》|返《かへ》してくれる|見込《みこみ》もあり|相《さう》にない。|一生《いつしやう》|貴様《きさま》のいふ|通《とほ》り、|俺《おれ》は|貴様《きさま》の|機嫌《きげん》をとらねばならぬと|思《おも》へば|情《なさけ》なうなつて|来《き》た。どうぞおれに|金《かね》を|借《か》つてやつたと|云《い》ふことを|忘《わす》れてくれ。|俺《おれ》も|亦《また》|貸《か》したなんどといふ|事《こと》は|夢《ゆめ》にも|思《おも》はぬからなア。ここに|金《きん》|百両《ひやくりやう》あるが、これも|貴様《きさま》に|献上《けんじやう》するから|受取《うけと》つてくれ。そして|俺《おれ》から|貰《もら》うたといふ|事《こと》もスツカリ|忘《わす》れるのだぞ。|俺《おれ》も|貴様《きさま》にやつたといふ|事《こと》を、|今日《けふ》|限《かぎ》り|忘《わす》れて|了《しま》ふからなア』
|竹公《たけこう》『ヨシ、|特別《とくべつ》を|以《もつ》て|許《ゆる》してやらう。|有難《ありがた》く|頂戴《ちやうだい》いたせ……ぢやない、|俺《おれ》が|頂戴《ちやうだい》いたす……オイ|安公《やすこう》、どうだい、|竹哥兄《たけにい》のお|腕前《うでまへ》を|知《し》つたか、アーン』
|安公《やすこう》『チツト|俺《おれ》にも|分配《ぶんぱい》せぬかい。|貴様《きさま》|一人《ひとり》、|猫糞《ねこばば》をきめるとは、|余《あま》り|虫《むし》がよすぎるぞ』
|竹公《たけこう》『|猫糞《ねこばば》をきめこむのは|当然《あたりまへ》だ。|灰猫《はひねこ》の|猫寅《ねことら》から……オツトドツコイ、|忘《わす》れるのだつた、|貰《もら》つたか|貰《もら》はぬか、|曖眛《あいまい》|模糊《もこ》として、|捕捉《ほそく》す|可《べか》らざる|活劇《くわつげき》に|依《よ》つて、|捕捉《ほそく》したのだから、マア|内《うち》の|嬶《かか》アに|御届《おとど》けする|迄《まで》は|御免《ごめん》|蒙《かうむ》らうかい。ウフヽヽヽ……|時《とき》に|黒姫《くろひめ》さまの|本当《ほんたう》の|子《こ》といふのは、あの……それ……|何《なん》ぢやないか、|本当《ほんたう》に|呆《あき》れたものだなア』
|安公《やすこう》『|玉治別《たまはるわけ》さまが|黒姫《くろひめ》の|若《わか》い|時《とき》の|伜《せがれ》だつたといの。|何《なん》と|黒姫《くろひめ》も|今《いま》こそ|神《かみ》さまだとか、|教《をしへ》だとか、|偉相《えらさう》に|云《い》つてゐやがるが、|若《わか》い|時《とき》や|余程《よほど》の|淫奔娘《いたづらむすめ》だつたと|見《み》えるワイ』
|竹公《たけこう》『さうだから、|神《かみ》さまが|此《この》|八尋殿《やひろどの》へ|集《あつま》つて|来《く》る|者《もの》は、|罪人《とがにん》|計《ばか》りだと|仰有《おつしや》るのだ。|一代《いちだい》で|取《と》れぬ|罪《つみ》を|神《かみ》の|御用《ごよう》を|命《さ》して、|一代《いちだい》で|取《と》つてやらうと|仰有《おつしや》るのだからなア。|此《この》|聖地《せいち》で|偉《えら》さうにやつて|居《を》る|東助《とうすけ》|総務《そうむ》でも、|高姫《たかひめ》でも、げほうさまでも、|若《わか》い|時《とき》に|如何《どん》な|事《こと》をやつて|来《き》やがつたか、|知《し》れたものぢやないぞ。|上《うへ》に|立《た》つて|居《ゐ》る|者《もの》|程《ほど》|霊《みたま》の|悪《わる》い|如何《どう》も|斯《か》うもならぬ|奴《やつ》が|引寄《ひきよ》せてあるぞよと、|神《かみ》さまが|仰有《おつしや》るのだからなア』
|虎公《とらこう》『オイ|両人《りやうにん》、|余《あんま》りな|事《こと》を|言《い》つちや|可《い》けないぞ。|今日《けふ》は|目出《めで》たい|日《ひ》だから、|話《はなし》をするのは|良《い》いが、|人身《じんしん》|攻撃《こうげき》になるやうな|事《こと》は|謹《つつし》まねばならうまい。|悪言暴語《ののしること》なく、|善言美詞《みやび》の|言霊《ことたま》を|以《もつ》て|普《あまね》く|神人《かみがみ》を|和《なご》め、|天地《あめつち》の|御子《みこ》と|生《うま》れ|出《い》でたる|其《その》|本分《つとめ》を|尽《つく》させ|玉《たま》へ……と|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|祈《いの》る|所《ところ》の|八尋殿《やひろどの》ぢやないか。チツト|場所《ばしよ》を|考《かんが》へて|見《み》よ』
|竹公《たけこう》『|上《うへ》に|立《た》つとる|奴《やつ》は、|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》もすました|顔《かほ》しやがつて、|俺《おれ》はゼントルメンだと|吐《ぬか》してゐるが、|神《かみ》さまを|松魚節《かつをぶし》にして、|人《ひと》の|懐《ふところ》から|銭取奴《ぜにとるめん》だ。まるで|体《てい》のよい|泥棒《どろばう》だよ。|八尋殿《やひろどの》が|聞《き》いて|呆《あき》れら。ワツハヽヽヽ』
|安公《やすこう》『|銭取《ぜにと》る|奴《めん》といふ|事《こと》は|貴様《きさま》の|事《こと》だ。|衆人《しうじん》|環視《くわんし》の|中《なか》で、|猫寅《ねことら》の|懐《ふところ》から、|現《げん》に|銭取《ぜにと》る|奴《めん》をやつたぢやないか。|人《ひと》の|事《こと》だと|思《おも》うて|居《を》つたら、|皆《みな》|吾《わが》|事《こと》であるぞよと|神《かみ》さまの|御教《みをしへ》にあるのを|貴様《きさま》|覚《おぼ》えて|居《を》るか』
|竹公《たけこう》『そんな|所《ところ》は|俺《おれ》が|覚《おぼ》える|必要《ひつえう》がないのだ。|各自《めいめい》に|心《こころ》|相応《さうおう》に|取《と》れる|教《をしへ》だから、|俺《おれ》はおれで|取《と》る|所《ところ》があるのだ。|貴様《きさま》も|貴様《きさま》で、|気《き》に|入《い》つた|筆先《ふでさき》の|文句《もんく》があるだらう』
|安公《やすこう》『さうだなア、|俺《おれ》だつて|嫌《きら》ひな|所《ところ》もあれば|好《す》きな|所《ところ》もある。……|艮《うしとら》の|金神《こんじん》|現《あら》はれて……と|云《い》ふ|声《こゑ》を|聞《き》くと、|俄《にはか》に|頭《あたま》が|痛《いた》くなりやがるなり……|竜宮《りうぐう》の|乙姫《おとひめ》が|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|現《あら》はれるぞよ……といふ|文句《もんく》になつて|来《く》ると、|益々《ますます》|気分《きぶん》が|悪《わる》くなつて|逃《に》げて|帰《かへ》りたくなつて|了《しま》ふワ。さうだと|思《おも》ふと……|世《よ》におちぶれた|者《もの》を|侮《あなど》る|事《こと》はならぬぞよ、|結構《けつこう》なお|方《かた》が|世《よ》におとしてあるぞよ、|誠《まこと》の|人間《にんげん》ほど|苦労《くらう》が|永《なが》いぞよ、|神《かみ》は|上下《うへした》|運否《うんぷ》のなき|様《やう》に|致《いた》すぞよ……といふ|点《てん》になると、|中々《なかなか》|気《き》に|入《い》るね。|斯《か》ういふ|所《ところ》を|聞《き》かされると、|虎公《とらこう》なぞは|頭《あたま》の|痛《いた》い|口《くち》だらう。それだから|其《その》|人々《ひとびと》の|心《こころ》に|取《と》れる|筆先《ふでさき》だと|神様《かみさま》が|仰有《おつしや》るのだ』
|虎公《とらこう》『|俺《おれ》は|別《べつ》にどこが|好《す》きだの|嫌《きら》ひだのといふ|事《こと》はない、|神《かみ》さまの|教《をしへ》には|無条件《むでうけん》|降服《かうふく》だ。|何程《なにほど》|人間《にんげん》が|偉相《えらさう》に|考《かんが》へて|見《み》た|所《ところ》で|神様《かみさま》のお|詞《ことば》が|分《わか》るものぢやない。|俺《おれ》は|変性男子《へんじやうなんし》に|対《たい》しても|変性女子《へんじやうによし》に|対《たい》しても|絶対服従《ぜつたいふくじゆう》だ。|無条件《むでうけん》|降服《かうふく》だ。それより|取《と》るべき|途《みち》がないのだからなア』
|安公《やすこう》『|貴様《きさま》も|偉《えら》い|迷信家《めいしんか》だなア。|筆先《ふでさき》といふものは|一々《いちいち》|審神《さには》をせなくては、|何《なに》もかも、|貴様《きさま》のやうに|唐辛《たうがらし》|丸呑《まるの》みの|議論《ぎろん》ではサツパリ|駄目《だめ》だ。|辛《から》いか|甘《あま》いか|苦《にが》いか、よくかみ|分《わ》けるのが、|吾々《われわれ》の|務《つと》めだ』
|竹公《たけこう》『もうゴテゴテいふな、|今日《けふ》は|目出《めで》たい|日《ひ》だから、|俺《おれ》は|兎《と》も|角《かく》|筆先《ふでさき》に|有難《ありがた》いことがあるのだ。……|難儀《なんぎ》な|者《もの》を|助《たす》ける|精神《せいしん》にならぬと、|神《かみ》の|気《き》かんに|叶《かな》はぬぞよ……といふ|所《ところ》がある。|其《その》|筆先《ふでさき》のおかげで、|猫寅《ねことら》が|今迄《いままで》の|執着心《しふちやくしん》をスツパリ|捨《す》てて|了《しま》つて|俺《おれ》に|現金《げんきん》で|百両《ひやくりやう》も、|沢山《たくさん》|借金《しやくきん》がある|上《うへ》に、くれる|様《やう》な|善《ぜん》の|心《こころ》に|立返《たちかへ》りなされたぞよ。|竜宮《りうぐう》の|乙姫《おとひめ》|殿《どの》は、|誠《まこと》に|慾《よく》の|深《ふか》い|神《かみ》でありたなれど、|此《この》|度《たび》|艮《うしとら》の|金神《こんじん》さまが|表《おもて》に|現《あら》はれ|遊《あそ》ばして、|三千世界《さんぜんせかい》をお|構《かま》ひ|遊《あそ》ばすについて、|乙姫《おとひめ》さまも、これでは|可《い》かぬと|御合点《おがつてん》を|遊《あそ》ばし、|今《いま》まで|海《うみ》の|底《そこ》にためておいた|宝《たから》を、|残《のこ》らず|艮《うしとら》の|金神様《こんじんさま》にお|渡《わた》し|申《まを》して、|今度《こんど》の|御用《ごよう》の|片腕《かたうで》にお|成《な》りなされたぞよ。|人民《じんみん》も|其《その》|通《とほ》り、|慾《よく》にためて|居《を》りて|万劫末代《まんごふまつだい》|吾《われ》の|物《もの》だとこばりて|居《を》りても、|天地《てんち》の|物《もの》は|皆《みな》|神《かみ》の|物《もの》であるから、|神《かみ》に|返《かへ》さねばならぬぞよ。|上下運否《うへしたうんぷ》のなき|世《よ》に|致《いた》して、|世界《せかい》の|人民《じんみん》を|安心《あんしん》させるぞよ。|早《はや》く|改心《かいしん》|致《いた》した|者《もの》|程《ほど》|結構《けつこう》になるぞよ……と|云《い》ふお|筆先《ふでさき》は|俺達《おれたち》に|取《と》つては|天来《てんらい》の|大福音《だいふくいん》だ。|猫寅《ねことら》でさへも|竜宮《りうぐう》の|乙姫《おとひめ》さまになりかけたのだからなア。ウツフヽヽ、ボロイボロイこんなボロイ|事《こと》が|世《よ》にあらうか。それだから|信心《しんじん》の|味《あぢ》が|分《わか》らぬといふのだ』
|斯《か》く|得意《とくい》になつて、ベラベラ|喋《しやべ》つてゐる|所《ところ》へ、|伊助《いすけ》といふ|竹公《たけこう》の|身内《みうち》の|男《をとこ》、|矢庭《やには》に|走《はし》り|来《き》たり、『|馬鹿《ばか》ツ』と|大声《たいせい》|一喝《いつかつ》、|竹公《たけこう》の|横面《よこづら》をなぐりつけた。
|竹公《たけこう》『アイタヽ、コリヤ|伊助《いすけ》、|貴様《きさま》は|誰《たれ》に|断《ことわ》つて|俺《おれ》の|面《つら》を|擲《なぐ》つたのだ。|伊《い》け|助《すけ》ない|餓鬼《がき》だ。|今《いま》にドツサリ|金《かね》を|持《も》つてお|礼《れい》に|行《ゆ》くから、さう|思《おも》へ』
|伊助《いすけ》『|早《はや》くお|礼《れい》に|来《き》てくれ、|待《ま》つて|居《ゐ》る』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら|群集《ぐんしふ》を|押分《おしわ》け|表《おもて》へ|駆出《かけだ》した。|東助《とうすけ》は|高座《かうざ》に|立現《たちあら》はれ、|大声《おほごゑ》を|張上《はりあ》げて、
|東助《とうすけ》『|皆様《みなさま》、|御苦労《ごくらう》で|御座《ござ》いました。これで|宴会《えんくわい》を|閉《と》ぢますから、|一先《ひとま》づ|御退場《ごたいぢやう》を|願《ねが》ひます』
と|宣示《せんじ》した。|数千人《すうせんにん》の|人々《ひとびと》は|東助《とうすけ》の|鶴《つる》の|一声《ひとこゑ》に、|神殿《しんでん》に|向《むか》ひ|拍手《はくしゆ》|再拝《さいはい》し、|各《おのおの》|上機嫌《じやうきげん》で|住家《すみか》を|指《さ》して|帰《かへ》り|行《ゆ》く。
(大正一一・九・一九 旧七・二八 松村真澄録)
第二〇章 |昔語《むかしがたり》〔九三五〕
|桶伏山《をけふせやま》の|東麓《とうろく》に|小雲川《こくもがは》を|眺《なが》めた|風景《ふうけい》よき|黒姫《くろひめ》の|館《やかた》には、|主人側《しゆじんがは》の|黒姫《くろひめ》を|初《はじ》めとし、|高山彦《たかやまひこ》、|東助《とうすけ》、|高姫《たかひめ》、|秋彦《あきひこ》、|友彦《ともひこ》、テールス|姫《ひめ》、|夏彦《なつひこ》、|佐田彦《さだひこ》、お|玉《たま》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|面々《めんめん》が|親子《おやこ》|対面《たいめん》の|祝宴《しゆくえん》に|招《まね》かれ|静《しづか》に|酒《さけ》|汲《く》み|交《か》はし、|色々《いろいろ》の|話《はなし》に|耽《ふけ》つて|居《ゐ》る。
|高姫《たかひめ》『|黒姫《くろひめ》|様《さま》、|長《なが》らく|筑紫《つくし》の|島《しま》へ|御苦労《ごくらう》で|御座《ござ》いました。|第一《だいいち》の|御目的《ごもくてき》は|高山彦《たかやまひこ》|様《さま》の|後《あと》を|慕《した》つてお|出《い》で|遊《あそ》ばしたのだが、|何《なに》が|経綸《しぐみ》になるのか|分《わか》りませぬなア。|肝腎《かんじん》の|目的物《もくてきぶつ》たる|高山彦《たかやまひこ》さまは、|灯台下《とうだいもと》は|真暗《まつくら》がり、|足許《あしもと》の|伊勢屋《いせや》の|奥座敷《おくざしき》にかくれて|居《を》られましたのも|御存《ごぞん》じなく、|御苦労《ごくらう》|千万《せんばん》にも|遥々《はるばる》と|波濤《はたう》を|越《こ》えてお|出《い》で|遊《あそ》ばし、|気《き》の|毒《どく》な|事《こと》だと|思《おも》ひましたが、|不思議《ふしぎ》の|縁《えん》にて、|玉治別《たまはるわけ》が|貴方《あなた》のお|子様《こさま》だと|云《い》ふ|事《こと》が|分《わか》つて|参《まゐ》りましたのも、|実《じつ》に|不思議《ふしぎ》の|神様《かみさま》のお|引合《ひきあは》せ、|何《なに》が|御都合《ごつがふ》になるか|分《わか》つたものぢや|御座《ござ》いませぬなア』
|黒姫《くろひめ》『ハイ、|本当《ほんたう》に|嬉《うれ》しい|事《こと》で|御座《ござ》います。|私《わたくし》の|伜《せがれ》がこんな|立派《りつぱ》な|宣伝使《せんでんし》になつて|居《ゐ》るとは|夢《ゆめ》にも|知《し》りませなんだ。ほんに|因縁者《いんねんもの》の|寄《よ》り|合《あひ》だと|神様《かみさま》が|仰有《おつしや》るのは|争《あらそ》はれないお|示《しめ》しで|御座《ござ》います……|改心《かいしん》|致《いた》せば|御魂《みたま》だけの|御用《ごよう》を|指《さ》してやる、|改心《かいしん》|致《いた》さねば|親子《おやこ》の|対面《たいめん》も|出来《でき》ぬやうになるぞよ……と、お|筆《ふで》に|出《で》て|居《を》りますが、|私《わたくし》は|余《あま》り|身魂《みたま》の|曇《くも》りが|甚《ひど》かつたために、|今《いま》まで|吾《わが》|子《こ》に|遇《あ》ひながら|知《し》らずに|居《を》りました。こんな|嬉《うれ》しい|事《こと》は|御座《ござ》いませぬ。|年《とし》が|寄《よ》ると|何《なに》を|云《い》うても|子《こ》が|力《ちから》で|御座《ござ》いますからなア。|親子《おやこ》は|一世《いつせ》と|云《い》つて|切《き》つても|切《き》れぬ|深《ふか》い|縁《えにし》のあるもので|御座《ござ》います。それにつけても|夫婦《ふうふ》|二世《にせ》とはよくいつたもの、|親子《おやこ》の|関係《くわんけい》に|比《くら》ぶれば|夫婦《ふうふ》の|道《みち》は|随分《ずゐぶん》|水臭《みづくさ》いもの、|少《すこ》し|気《き》にくはぬ|事《こと》を|云《い》つたと|仰有《おつしや》つて、|高山《たかやま》さまのやうに|姿《すがた》をかくし、|女房《にようばう》に|甚《ひど》い|心配《しんぱい》をさせる|夫《をつと》もありますからなア』
|高山彦《たかやまひこ》『モウ、その|話《はなし》は|中止《ちうし》を|願《ねが》ひます。|一家《いつか》の|政治上《せいぢじやう》の|治安《ちあん》|妨害《ばうがい》になりますから……』
|黒姫《くろひめ》『ホヽヽヽヽ、|何《なん》とマア|都合《つがふ》のよい|事《こと》を|仰有《おつしや》いますワイ。よい|年《とし》をして|居《を》つて|伊勢屋《いせや》の|下女《げぢよ》と|何《なん》とか|彼《か》とか……|真偽《しんぎ》は|知《し》りませぬが、|私《わたくし》の|留守中《るすちう》|噂《うはさ》を|立《た》てられなさつた|好男子《かうだんし》だから、|本当《ほんたう》に|水臭《みづくさ》いハズバンドだ。アヽ|併《しか》しもう|云《い》ひますまい。|立派《りつぱ》な|伜《せがれ》の|前《まへ》だから|恥《はづ》かしうなつて|来《き》ます』
|高山彦《たかやまひこ》『お|前《まへ》は|実《じつ》の|伜《せがれ》に|遇《あ》うて|嬉《うれ》しうなつたと|見《み》えて|俄《にはか》に|燥《はしや》ぎだし、ハズバンドの|私《わし》に|対《たい》して|非常《ひじやう》に|冷《ひや》やかになつて|来《き》たぢやないか。|私《わし》もかうなつて|見《み》ると|子《こ》が|欲《ほ》しくなつて|来《き》た。|併《しか》し|乍《なが》らお|前《まへ》のやうな|婆《ばば》では|到底《たうてい》|子《こ》を|生《う》むと|云《い》ふ|望《のぞ》みもなし、もう|諦《あきら》めるより|仕方《しかた》がない。|玉治別《たまはるわけ》さまはお|前《まへ》の|子《こ》だ。そしてお|前《まへ》は|私《わし》の|女房《にようばう》だ。さうすれば|私《わし》も|万更《まんざら》|他人《たにん》ではない。|玉治別《たまはるわけ》さまのお|世話《せわ》になるより|仕方《しかた》がないなア。|併《しか》し|乍《なが》ら、お|前《まへ》はいつの|間《ま》に|誰《たれ》と|夫婦《ふうふ》になつて|玉治別《たまはるわけ》さまを|生《う》んだのだ。|差支《さしつかへ》なければ|皆《みな》さまの|居《を》られる|中《なか》だけれど、|一《ひと》つ|話《はな》して|呉《く》れないか』
|黒姫《くろひめ》は、
『これも|私《わたし》の|罪滅《つみほろぼ》し、|恥《はぢ》を|曝《さら》して|罪《つみ》を|神様《かみさま》に|取《と》つて|貰《もら》はねばなりませぬから、|懺悔《ざんげ》のために|申上《まをしあ》げます』
と|云《い》ひながら|一紘琴《いちげんきん》を|引《ひ》き|寄《よ》せて|歌《うた》ひ|出《だ》したり。
『ペルシヤの|国《くに》の|柏井《かしはゐ》の |里《さと》に|名高《なだか》き|人子《ひとご》の|司《つかさ》
|烏羽玉彦《うばたまひこ》や|烏羽玉姫《うばたまひめ》の |長女《ちやうぢよ》と|生《うま》れ|育《そだ》ちたる
アバズレ|娘《むすめ》の|黒姫《くろひめ》が |柏井川《かしはゐがは》にかけ|渡《わた》す
|橋《はし》の|袂《たもと》を|夕間暮《ゆふまぐ》れ |一人《ひとり》トボトボ|川風《かはかぜ》に
|吹《ふ》かれて|空《そら》を|打《う》ち|仰《あふ》ぎ |天《あま》の|河原《かはら》の|西東《にしひがし》
|棚機姫《たなばたひめ》が|御姿《みすがた》を |仰《あふ》ぐ|折《をり》しも|向《むか》ふより
|二八《にはち》|許《ばか》りの|優男《やさをとこ》 |粋《いき》な|浴衣《ゆかた》を|身《み》に|纏《まと》ひ
ホロ|酔《ゑひ》|機嫌《きげん》でヒヨロヒヨロと |鼻歌《はなうた》|謡《うた》ひ|進《すす》み|来《く》る
|声《こゑ》の|音色《ねいろ》は|鈴虫《すずむし》か |松虫《まつむし》、|蟋蟀《こほろぎ》、|螽斯《きりぎりす》
|秋《あき》の|夕《ゆふ》べの|肌寒《はださむ》き |魔風《まかぜ》|恋風《こひかぜ》さつと|吹《ふ》き
|顔《かほ》と|顔《かほ》とは|相生《あいおひ》の |実《げ》にも|気高《けだか》き|男《をとこ》よと
|此方《こちら》に|思《おも》へば|其《その》|人《ひと》も |摩擦《すれ》つ|縺《もつ》れつからみあひ
|松《まつ》と|梅《うめ》との|色《いろ》|深《ふか》く |露《つゆ》の|契《ちぎり》を|人《ひと》|知《し》れず
|四辺《あたり》の|木蔭《こかげ》に|忍《しの》び|入《い》り |暗《くら》さは|暗《くら》し|烏羽玉《うばたま》の
|星《ほし》の|影《かげ》さへ|封《ふう》じたる |森《もり》の|木蔭《こかげ》の|草《くさ》の|上《うへ》
|白《しろ》き|腕《ただむき》|淡雪《あはゆき》の |若《わか》やる|胸《むね》を|素抱《そだた》きて
たたきまながり|真玉手《またまで》|玉手《たまで》 さし|捲《ま》きもも|長《なが》に
|寝《いぬ》る|折《をり》しも|恥《はづ》かしや |忽《たちま》ち|来《きた》る|人《ひと》の|足音《あしおと》
|吾《われ》は|驚《おどろ》き|身《み》を|藻掻《もが》き |恋《こひ》しき|男《をとこ》と|右左《みぎひだり》
あはれや|男《をとこ》は|何人《なにびと》と |尋《たづ》ぬる|間《ま》さへ|夏《なつ》の|末《すゑ》
|果敢《はか》なき|露《つゆ》の|契《ちぎり》にて |三十五年《さんじふごねん》の|昔《むかし》より
|夢《ゆめ》や|現《うつつ》と|日《ひ》を|送《おく》り |今《いま》に|夫《をつと》の|行方《ゆくへ》さへ
|知《し》らぬ|妾《わらは》の|身《み》のつらさ その|月《つき》よりも|身《み》は|重《おも》く
|不思議《ふしぎ》や|妾《わらは》は|懐胎《くわいたい》し |厳《きび》しき|父《ちち》や|母上《ははうへ》に
|何《なん》と|応《こた》へもなきままに |暗《やみ》に|紛《まぎ》れて|柏井《かしはゐ》の
|父《ちち》の|館《やかた》を|脱《ぬ》け|出《いだ》し |赤子《あかご》を|抱《かか》へさまざまと
|苦労《くらう》も|絶《た》えぬ|黒姫《くろひめ》が |心《こころ》は|忽《たちま》ち|鬼《おに》となり
|哀《あは》れや|赤子《あかご》に|富士咲《ふじさく》と |名《な》をつけ|道《みち》の|四辻《よつつじ》に
|捨《す》てて|木蔭《こかげ》に|立《た》ち|乍《なが》ら |如何《いか》なる|人《ひと》の|御恵《みめぐみ》に
|吾《わが》|子《こ》は|拾《ひろ》い|上《あ》げらるか あはれみ|給《たま》へ|天津神《あまつかみ》
|国津神《くにつかみ》|達《たち》|国魂《くにたま》の |神《かみ》よ|守《まも》らせ|玉《たま》へかしと
|心《こころ》に|祈《いの》る|折柄《をりから》に カチリカチリと|杖《つゑ》の|音《おと》
|子《こ》の|泣《な》き|声《ごゑ》を|聞《き》きつけて いづくの|人《ひと》か|知《し》らねども
かかるいとしき|幼児《をさなご》を |此処《ここ》に|捨《す》てしは|云《い》ひ|知《し》れぬ
|深《ふか》き|仔細《しさい》のあるならむ |何《なに》は|兎《と》もあれ|拾《ひろ》ひあげ
|救《すく》ひやらむと|云《い》ひ|乍《なが》ら その|旅人《たびびと》は|富士咲《ふじさく》を
|労《いたは》り|抱《いだ》き|懐《ふところ》に かかへて|橋《はし》を|渡《わた》り|行《ゆ》く
|妾《わらは》は|後《あと》より|伏《ふ》し|拝《をが》み |拾《ひろ》ひし|人《ひと》の|幸福《しあはせ》や
|捨《す》てた|吾《わが》|子《こ》はスクスクと |成人《せいじん》なして|世《よ》の|中《なか》の
|花《はな》と|謳《うた》はれ|暮《くら》せよと |涙《なみだ》と|共《とも》に|立《た》ち|別《わか》れ
|四方《よも》を|彷徨《さまよ》ふ|折柄《をりから》に |又《また》もや|父《ちち》に|廻《めぐ》り|合《あ》ひ
|再《ふたた》び|吾《わが》|家《や》に|立《た》ち|帰《かへ》り |厳《きび》しき|父母《ふぼ》の|膝下《ひざもと》で
|月日《つきひ》を|送《おく》る|十年振《ととせぶ》り |捨《す》てた|吾《わが》|子《こ》が|苦《く》になつて
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|気《き》を|焦《いら》ち |案《あん》じ|過《す》ごせど|手係《てがか》りも
|泣《な》きの|涙《なみだ》で|日《ひ》を|送《おく》り メソポタミヤの|顕恩郷《けんおんきやう》に
|鬼雲彦《おにくもひこ》の|現《あら》はれて バラモン|教《けう》を|開《ひら》きますと
|聞《き》くより|妾《わらは》は|両親《りやうしん》の |眼《まなこ》をぬすみ|遥々《はるばる》と
|顕恩郷《けんおんきやう》に|参上《まゐのぼ》り |神《かみ》の|教《をしへ》を|聞《き》きながら
|吾《わが》|子《こ》を|思《おも》ひ|恋人《こひびと》を |慕《した》ふ|心《こころ》の|執着《しふちやく》は
|未《ま》だ|晴《は》れやらぬ|苦《くる》しさに |高姫《たかひめ》さまの|立《た》て|給《たま》ふ
ウラナイ|教《けう》に|身《み》を|寄《よ》せて |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|海山《うみやま》の
|恩顧《おんこ》を|受《う》けて|三五《あななひ》の |誠《まこと》の|道《みち》に|入信《にふしん》し
|黄金《こがね》の|玉《たま》の|行方《ゆくへ》をば |尋《たづ》ね|彷徨《さまよ》ひ|高山彦《たかやまひこ》の
|夫《をつと》の|後《あと》を|尋《たづ》ねつつ |火《ひ》の|国《くに》|都《みやこ》に|来《き》て|見《み》れば
|高国別《たかくにわけ》の|神司《かむつかさ》 |高山彦《たかやまひこ》と|名乗《なの》らせて
|住《す》まはせ|玉《たま》ひし|尊《たふと》さよ |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひて
|茲《ここ》に|吾《わが》|子《こ》と|名乗《なの》りを|上《あ》げ |玉治別《たまはるわけ》に|導《みちび》かれ
|漸《やうや》く|海《うみ》を|乗《の》り|越《こ》えて |由良《ゆら》の|港《みなと》に|来《き》て|見《み》れば
|思《おも》ひも|寄《よ》らぬ|高姫《たかひめ》さまが |高砂島《たかさごじま》より|帰《かへ》りまし
|互《たがひ》に|無事《ぶじ》を|祝《しゆく》しつつ |思《おも》ひがけなき|麻邇宝珠《まにほつしゆ》の
|珍《うづ》の|神業《しんげふ》につかはれて |聖地《せいち》に|帰《かへ》り|来《きた》りたる
|此《この》|嬉《うれ》しさは|何時《いつ》の|世《よ》か |身魂《みたま》の|限《かぎ》り|忘《わす》れまじ
|玉治別《たまはるわけ》の|宣伝使《せんでんし》 |御魂《みたま》の|曇《くも》りし|黒姫《くろひめ》が
|身《み》を|卑下《さげ》すまずいつ|迄《まで》も |親子《おやこ》の|睦《むつ》びいや|深《ふか》く
|続《つづ》かせ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|平伏《ひれふ》して
|真心《まごころ》|尽《つく》して|願《ね》ぎまつる あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ』
|玉治別《たまはるわけ》は|黒姫《くろひめ》の|後《あと》に|続《つづ》いて|歌《うた》ひ|初《はじ》めたり。
『|思《おも》へば|昔《むかし》フサの|国《くに》 |高井ケ岳《たかゐがだけ》の|山麓《さんろく》に
|其《その》|名《な》も|高《たか》き|人子《ひとご》の|司《つかさ》 |高依彦《たかよりひこ》や|高依姫《たかよりひめ》の
|夫婦《ふうふ》が|情《なさけ》に|育《はぐく》まれ |十五《じふご》の|年《とし》の|春《はる》までも
|吾《わが》|子《こ》の|如《ごと》く|労《いた》はりて |育《そだ》て|玉《たま》ひし|有難《ありがた》さ
|時《とき》しもあれや|真夜中《まよなか》|頃《ごろ》 |覆面頭巾《ふくめんづきん》の|黒装束《くろしやうぞく》
|五人《ごにん》の|姿《すがた》は|表戸《おもてど》を |蹴《け》やぶり|座敷《ざしき》へ|侵入《しんにふ》し
|有無《うむ》を|云《い》はせず|両親《りやうしん》を |高手《たかて》や|小手《こて》に|縛《いまし》めて
|凱歌《がいか》を|奏《そう》して|帰《かへ》り|往《ゆ》く |吾《われ》は|子供《こども》の|痩力《やせぢから》
|山《やま》より|高《たか》く|海《うみ》よりも |深《ふか》き|恵《めぐみ》を|蒙《かかぶ》りし
|育《そだ》ての|親《おや》の|危難《きなん》をば |眺《なが》めて|居《ゐ》たる|苦《くる》しさに
|父《ちち》の|秘蔵《ひざう》の|守《まも》り|刀《がたな》 |取《と》るより|早《はや》く|荒男《あらをとこ》が
|群《むれ》に|向《むか》つて|斬《き》り|込《こ》めど |何条《なんでう》もつて|耐《たま》るべき
あなたも|強者《しれもの》|隼《はやぶさ》の |爪《つめ》|磨澄《とぎす》まし|小雀《こすずめ》を
|掴《つか》みし|如《ごと》く|吾《わが》|体《からだ》 |又《また》もや|高手《たかて》に|縛《しば》りつけ
|山奥《やまおく》さして|親子《おやこ》|三人《さんにん》あへなくも |連《つ》れ|往《ゆ》かれたる|悲《かな》しさよ
|吾《われ》は|隙《すき》をば|窺《うかが》ひて |高井ケ岳《たかゐがだけ》の|山寨《さんさい》を
|後《あと》に|見捨《みす》てて|逃《に》げ|出《いだ》し |父母《ちちはは》|二人《ふたり》を|救《すく》はむと
|心《こころ》を|千々《ちぢ》に|配《くば》る|折《をり》 |二人《ふたり》の|義親《おや》は|木《こ》の|花《はな》の
|姫《ひめ》の|命《みこと》に|助《たす》けられ |此《この》|世《よ》に|無事《ぶじ》に|居《ゐ》ますぞと
|聞《き》いたる|時《とき》の|嬉《うれ》しさよ |高井《たかゐ》の|村《むら》に|立《た》ち|帰《かへ》り
|高依彦《たかよりひこ》や|母君《ははぎみ》に |出会《であ》ひて|無事《ぶじ》を|祝《しゆく》しつつ
|暫《しばら》く|此処《ここ》に|居《ゐ》る|中《うち》に |二人《ふたり》の|仲《なか》に|生《あ》れませる
|玉《たま》をあざむく|男《をとこ》の|子《こ》 |玉春別《たまはるわけ》と|命名《めいめい》し
いよいよ|茲《ここ》に|育《そだ》ての|親《おや》は |誠《まこと》の|御子《みこ》を|生《う》みしより
|両親様《りやうしんさま》の|許《ゆる》し|得《え》て |真《まこと》の|父母《ふぼ》を|探《さぐ》らむと
フサの|国《くに》より|月《つき》の|国《くに》 |漸《やうや》く|越《こ》えて|自凝《おのころ》の
|島《しま》にいつしか|漂《ただよ》ひつ |人《ひと》の|情《なさけ》に|助《たす》けられ
|宇都山村《うづやまむら》の|春助《はるすけ》が |子無《こな》きを|幸《さいは》ひ|養子《やうし》となり
|土《つち》かい|草切《くさき》り|稲麦《いねむぎ》を |作《つく》りて|其《その》|日《ひ》を|暮《く》らす|中《うち》
|天《あめ》の|真浦《まうら》や|宗彦《むねひこ》が |此処《ここ》に|現《あら》はれ|来《きた》りまし
|不思議《ふしぎ》の|縁《えにし》の|廻《めぐ》り|合《あ》ひ |妹《いも》のお|勝《かつ》を|吾《わが》|妻《つま》に
|娶《めと》りて|神《かみ》の|道《みち》に|入《い》り |玉治別《たまはるわけ》と|宣伝使《せんでんし》
|清《きよ》けき|御名《みな》を|授《さづ》けられ |三五教《あななひけう》を|遠近《をちこち》に
|開《ひら》き|伝《つた》ふる|折《をり》もあれ |三十五年《さんじふごねん》の|時津風《ときつかぜ》
|吹《ふ》き|廻《めぐ》り|来《き》て|村肝《むらきも》の |心筑紫《こころつくし》の|火《ひ》の|国《くに》で
|真《まこと》の|母《はは》に|廻《めぐ》り|遇《あ》ひ |天《てん》にも|昇《のぼ》る|心地《ここち》して
|今日《けふ》の|生日《いくひ》を|祝《いは》へども まだ|気《き》にかかる|垂乳根《たらちね》の
|父《ちち》の|命《みこと》は|今《いま》いづこ |遇《あ》はま|欲《ほ》しやと|朝夕《あさゆふ》に
|祈《いの》る|吾《われ》こそ|悲《かな》しけれ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましまして |一日《ひとひ》も|早《はや》く|吾《わが》|父《ちち》に
|遇《あ》はせ|玉《たま》へよ|天津神《あまつかみ》 |国治立大御神《くにはるたちのおほみかみ》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |御前《みまへ》に|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましませよ』
と、|母《はは》に|遇《あ》うた|嬉《うれ》しさと、|父《ちち》に|遇《あ》はれぬ|苦《くる》しさと|悲喜《ひき》|交々《こもごも》|混《まじ》はりたる|一種《いつしゆ》|異様《いやう》の|声調《せいてう》にて|歌《うた》ひ|了《をは》り、|悄然《せうぜん》として|項垂《うなだ》れ|居《ゐ》たりける。
(大正一一・九・一九 旧七・二八 加藤明子録)
第二一章 |峯《みね》の|雲《くも》〔九三六〕
|高姫《たかひめ》『|今《いま》|承《うけたま》はれば、|実《じつ》に|黒姫《くろひめ》さまも|奇妙《きめう》な|運命《うんめい》を|辿《たど》られたものですな。|随分《ずゐぶん》|貴女《あなた》も|若《わか》い|時《とき》は|引手《ひくて》|数多《あまた》の|花菖蒲《はなあやめ》、|若《わか》い|男《をとこ》に|随分《ずゐぶん》チヤホヤされたでせう。|何処《どこ》ともなしに|床《ゆか》しい|花《はな》の|香《か》が|未《いま》だに|備《そな》はつて|居《ゐ》ますよ。オホヽヽヽ……|然《しか》し|乍《なが》らこんなお|目出度《めでた》い|事《こと》は|御座《ござ》いませぬ。|私《わたし》も|自分《じぶん》の|子《こ》に|会《あ》うた|様《やう》に|嬉《うれ》しうなつて|来《き》ました。……|高山彦《たかやまひこ》さま、|貴方《あなた》も|若《わか》い|時《とき》に|子《こ》でも|生《う》みつけて|置《お》きなされば、|今頃《いまごろ》はさぞ|神様《かみさま》のお|蔭《かげ》で|親子《おやこ》の|対面《たいめん》が|出来《でき》|御愉快《ごゆくわい》で|御座《ござ》いませうがな』
|黒姫《くろひめ》『ハイ、|誠《まこと》に|恥《はづ》かしい|事《こと》で|御座《ござ》います。|畏《おそ》れ|多《おほ》い……|神様《かみさま》から|頂《いただ》いた|吾《わが》|子《こ》を|捨《す》てたり、こんな|罰当《ばちあた》りの|私《わたし》でも|神様《かみさま》はお|許《ゆる》し|下《くだ》さいまして、|斯《こ》んな|嬉《うれ》しい|親子《おやこ》の|対面《たいめん》をさして|下《くだ》さいました。|随分《ずゐぶん》|彼方《あちら》|此方《こちら》と|気儘《きまま》の|事《こと》をして|廻《まは》り、|両親《りやうしん》の|事《こと》は|左程《さほど》にも|思《おも》はず、|夫《をつと》の|事《こと》や|吾《わが》|子《こ》の|事《こと》ばかり|尋《たづ》ねて|居《を》りました。|私《わたし》の|両親《りやうしん》も|最早《もはや》|此《この》|世《よ》に|居《を》るか|居《を》らぬか|知《し》りませぬが、|私《わたし》が|子《こ》に|恋《こ》ひ|焦《こが》れる|様《やう》に|私《わたし》の|両親《りやうしん》も|嘸《さぞ》や|嘸《さぞ》|私《わたし》の|事《こと》を|気《き》にかけて|居《を》られるでせう。|本当《ほんたう》に|親《おや》の|心《こころ》と|云《い》ふものは|何処《どこ》まで|慈愛《じあい》の|深《ふか》いものか|分《わか》りませぬ。|斯《か》うなつて|来《く》ると|両親《りやうしん》の|身《み》の|上《うへ》も|案《あん》じられ、|又《また》|伜《せがれ》の|玉治別《たまはるわけ》が|折角《せつかく》|母親《ははおや》に|会《あ》うて|喜《よろこ》んで|居《を》りますが、|屹度《きつと》|父親《てておや》の|所在《ありか》を|知《し》りたいと|思《おも》うて|居《ゐ》るに|違《ちが》ひ|御座《ござ》いませぬ。|何事《なにごと》も|皆《みな》|私《わたし》の|不心得《ふこころえ》から、|一人《ひとり》の|伜《せがれ》までに|切《せつ》ない|思《おも》ひをさせます。あゝ|玉治別《たまはるわけ》、|何卒《どうぞ》|許《ゆる》して|下《くだ》さい。|屹度《きつと》|私《わたし》がお|前《まへ》のお|父《とう》さまを|草《くさ》を|分《わ》けても|探《さが》し|出《だ》し、お|会《あ》はせしませうから……』
|玉治別《たまはるわけ》『|勿体《もつたい》ない|事《こと》を|云《い》つて|下《くだ》さいますな。|此《この》|広《ひろ》い|世《よ》の|中《なか》、|何時《いつ》まで|探《さが》しても|分《わか》りさうな|事《こと》は|御座《ござ》いませぬ。|神様《かみさま》が|会《あ》はして|下《くだ》さらうと|思召《おぼしめ》したら|屹度《きつと》|会《あ》はして|下《くだ》さいますから……そんな|事《こと》に|心《こころ》を|悩《なや》まさず、|一心《いつしん》に|母子《おやこ》が|揃《そろ》うて|神様《かみさま》の|御用《ごよう》を|勤《つと》めさして|頂《いただ》きませうか』
|黒姫《くろひめ》『|左様《さやう》で|御座《ござ》いますな。|母子《おやこ》|手《て》を|引《ひ》き|合《あ》うて|神様《かみさま》の|御用《ごよう》を|致《いた》しませう』
|東助《とうすけ》は|両手《りやうて》を|組《く》み|頭《かしら》を|項垂《うなだ》れ、|時々《ときどき》|太《ふと》い|息《いき》を|吐《つ》き、|物《もの》をも|言《い》はず|此《この》|光景《くわうけい》を|打看守《うちみまも》つて|居《ゐ》る。
|高山彦《たかやまひこ》は|歌《うた》ひ|出《だ》した。
『コーカス|山《ざん》に|現《あら》はれし |大気津姫《おほげつひめ》の|八王《やつこす》と
|仕《つか》へまつりし|千代彦《ちよひこ》や |万代姫《よろづよひめ》の|其《その》|中《なか》に
|生《うま》れし|吾《われ》は|珍《うづ》の|御子《みこ》 |隙間《すきま》の|風《かぜ》にも|当《あ》てられず
|蝶《てふ》よ|花《はな》よと|育《はぐく》まれ |栄耀栄華《えいやうえいぐわ》に|育《そだ》ちしが
|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》 |石凝姥《いしこりどめ》や|高彦《たかひこ》や
|其《その》|他《た》|数多《あまた》の|神司《かむつかさ》 コーカス|山《ざん》に|現《あら》はれて
|言霊戦《ことたません》を|開《ひら》きてゆ |老《おい》たる|父母《ふぼ》は|大気津姫《おほげつひめ》の
|神《かみ》の|命《みこと》に|従《したが》ひて |逃《に》げ|行《ゆ》く|先《さき》はアーメニヤ
|館《やかた》の|奥《おく》に|隠《かく》れまし ウラルの|神《かみ》の|御教《みをしへ》を
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|守《まも》りつつ |世人《よびと》を|導《みちび》き|給《たま》ひけり
|吾《われ》には|三人《みたり》の|兄弟《おとどひ》が いと|健《まめ》やかに|生《お》ひ|育《そだ》ち
|父《ちち》の|家《いへ》をば|嗣《つ》ぎまして |暮《くら》し|玉《たま》へど|弟《おとうと》と
|生《うま》れ|出《い》でたる|吾《われ》こそは |自由自在《じいうじざい》の|身《み》なりとて
|夜《よ》な|夜《よ》な|館《やかた》を|抜《ぬ》け|出《いだ》し |若《わか》き|女《をんな》と|手《て》を|曳《ひ》いて
|都《みやこ》を|後《あと》にフサの|国《くに》 |逃《に》げ|行《ゆ》く|折《をり》しも|両人《りやうにん》は
|新井《あらゐ》の|峠《たうげ》を|越《こ》ゆる|折《をり》 |谷《たに》に|架《か》けたる|丸木橋《まるきばし》
|危《あやふ》く|之《これ》を|踏《ふ》み|外《はづ》し |二人《ふたり》は|千尋《ちひろ》の|谷底《たにそこ》に
|落《お》ちて|果敢《あへ》なくなりにけり かかる|処《ところ》へ|杣人《そまびと》が
|現《あら》はれ|来《きた》りて|吾《わが》|身《み》をば |種々《いろいろ》|雑多《ざつた》と|介抱《かいほう》し
|吾《われ》は|危《あやふ》き|生命《せいめい》を |助《たす》かりたれど|吾《わが》|恋《こ》ふる
|女《をんな》のお|里《さと》は|影《かげ》|見《み》えず |深谷川《ふかたにがは》の|激流《げきりう》に
|流《なが》されたるは|是非《ぜひ》もなし |最早《もはや》|此《この》|世《よ》に|永《なが》らへて
|一人《ひとり》|暮《くら》すも|詮《せん》なしと |柏井川《かしはゐがは》に|架《か》け|渡《わた》す
|橋《はし》の|袂《たもと》に|来《き》て|見《み》れば |夜目《よめ》には|確《しつか》と|分《わか》らねど
お|里《さと》の|顔《かほ》によく|似《に》たり |何《いづ》れの|人《ひと》の|情《なさけ》にて
|危《あやふ》き|生命《いのち》を|免《のが》れしか |不思議《ふしぎ》なことと|擦《す》り|寄《よ》つて
よくよく|姿《すがた》を|眺《なが》むれば |女《をんな》はお|里《さと》に|非《あら》ずして
|色香《いろか》|勝《すぐ》れし|真娘《まなむすめ》 |心《こころ》の|裡《うち》の|曲者《くせもの》に
|取《と》り|挫《ひし》がれて|懊悩《あうなう》の |雲《くも》はいつしか|晴《は》れ|渡《わた》り
|再《ふたた》び|陽気《やうき》に|立《た》ち|帰《かへ》り |擦《す》れつ|縺《もつ》れつ|顔《かほ》と|顔《かほ》
|眺《なが》めて|忽《たちま》ち|恋《こひ》の|糸《いと》 |搦《から》まるままに|傍《かたはら》の
|林《はやし》の|中《なか》に|立《た》ち|入《い》りて ○○○の|折柄《をりから》に
けたたましくも|出《い》で|来《きた》る |人《ひと》の|足音《あしおと》|耳《みみ》につき
パツと|驚《おどろ》き|立《た》ち|別《わか》れ |雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げ|去《さ》りぬ
|吾《われ》はそれよりフサの|国《くに》 |彼方《あなた》|此方《こなた》と|逍遥《さまよ》ひつ
|若《もし》やお|里《さと》は|現世《うつしよ》に |生永《いきなが》らへて|居《ゐ》はせぬか
|飽《あく》まで|探《さが》し|求《もと》めむと |雲《くも》をば|掴《つか》む|頼《たよ》りなき
|詮議《せんぎ》に|月日《つきひ》を|送《おく》りしが |今《いま》|黒姫《くろひめ》の|物語《ものがたり》
|聞《き》いて|驚《おどろ》く|胸《むね》の|裡《うち》 |柏井川《かしはゐがは》の|橋《はし》の|上《へ》で
|会《あ》うたる|女《をんな》は|黒姫《くろひめ》か さすれば|玉治別神《たまはるわけのかみ》
|全《まつた》く|吾《われ》の|珍《うづ》の|御子《みこ》 あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|山《やま》よりも |勝《すぐ》れて|高《たか》く|海《うみ》よりも
いやまし|深《ふか》く|思《おも》はれて |感謝《かんしや》の|涙《なみだ》は|雨《あめ》となり
|降《ふ》り|注《そそ》ぐなる|今日《けふ》の|宵《よひ》 |玉治別《たまはるわけ》よ|黒姫《くろひめ》よ
|高山彦《たかやまひこ》は|汝《な》が|父《ちち》ぞ |汝《なれ》が|昔《むかし》の|夫《をつと》ぞや
|親子《おやこ》の|縁《えにし》|斯《か》くの|如《ごと》 |月日《つきひ》の|如《ごと》く|明《あきら》かに
なりたる|上《うへ》は|今《いま》よりは |親子《おやこ》|心《こころ》を|協《あは》せつつ
|錦《にしき》の|宮《みや》の|御前《おんまへ》に |誠《まこと》を|捧《ささ》げて|朝夕《あさゆふ》に
|力《ちから》|限《かぎ》りに|尽《つ》くすべし |昔《むかし》の|罪《つみ》が|廻《めぐ》り|来《き》て
|色々《いろいろ》|雑多《ざつた》と|世《よ》の|中《なか》の |憂目《うきめ》を|忍《しの》び|迷《まよ》ひたる
|夫婦《ふうふ》の|仲《なか》も|皇神《すめかみ》の |恵《めぐみ》の|鞭《むち》の|戒《いまし》めか
|今《いま》は|心《こころ》も|打《う》ち|解《と》けて |天津御空《あまつみそら》は|殊更《ことさら》に
|弥《いや》|明《あきら》けく|地《ち》の|上《うへ》は |弥《いや》|清《きよ》らけくなりにけり
|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|今《いま》までの |悲哀《ひあい》の|音《おと》は|何処《どこ》へやら
|千代《ちよ》を|祝《しゆく》する|歓《ゑら》ぎ|声《ごゑ》 |小雲《こくも》の|流《なが》れもサヤサヤと
|吾等《われら》|親子《おやこ》の|行末《ゆくすゑ》を |祝《いは》ふが|如《ごと》く|聞《きこ》ゆなり
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|黒姫《くろひめ》、|玉治別《たまはるわけ》は|高山彦《たかやまひこ》の|物語《ものがたり》に|二度《にど》|吃驚《びつく》り、……あの|時《とき》の|青年《せいねん》は|高山彦《たかやまひこ》|様《さま》であつたか……|吾《わが》|父《ちち》であつたか……と|双方《さうはう》より|取縋《とりすが》り|嬉《うれ》し|涙《なみだ》にかき|暮《く》れる|様《さま》、|実《じつ》に|割《わり》なく|見《み》えて|居《ゐ》る。
|高姫《たかひめ》『|黒姫《くろひめ》さま、|目出度《めでた》い|事《こと》が|重《かさ》なれば|重《かさ》なるものですな。お|前《まへ》さまも|全《まつた》く|今《いま》|迄《まで》の|罪障《めぐり》がとれたと|見《み》えて、|神様《かみさま》が|親子《おやこ》の|対面《たいめん》をさして|下《くだ》さつたのですよ。そして|高山彦《たかやまひこ》さまは|露《つゆ》の|契《ちぎり》と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|若《わか》い|時《とき》の|貴方《あなた》のラバーしたお|方《かた》、なんとまア|夢《ゆめ》に|牡丹餅《ぼたもち》を|喰《く》つた|様《やう》な|甘《うま》い|話《はなし》で|御座《ござ》いますなア。それにつけても|此《この》|高姫《たかひめ》はまだ|神様《かみさま》のお|許《ゆる》しがないと|見《み》えまして、|心《こころ》の|中《うち》に|大変《たいへん》な|悩《なや》みを|持《も》つて|居《ゐ》ます。あゝ|如何《どう》かして|一時《いつとき》も|早《はや》く、|此《この》|悩《なや》みの|雲《くも》が|晴《は》れ、|青天《せいてん》|白日《はくじつ》、|今日《けふ》の|空《そら》の|様《やう》にサラリとなり|度《た》いものです。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|涙声《なみだごゑ》になつて|両手《りやうて》を|合《あは》せ|祈《いの》りゐる。
|黒姫《くろひめ》『|貴女《あなた》も|何時《いつ》かのお|話《はなし》の|序《ついで》に|一寸《ちよつと》|承《うけたま》はりましたが、|妾《わたし》の|様《やう》に|捨児《すてご》をなされたさうですが、|貴方《あなた》の|様《やう》な|気丈《きぢやう》なお|方《かた》でも|矢張《やは》り|気《き》にかかりますか』
|高姫《たかひめ》『|親子《おやこ》の|情《じやう》といふものは|誰《たれ》しも|同《おな》じ|事《こと》です。|年《とし》が|寄《よ》れば|寄《よ》る|程《ほど》|子《こ》が|恋《こ》ひしくなるものです。アーア、|黒姫《くろひめ》|様《さま》が|元《もと》の|親子《おやこ》|夫婦《ふうふ》の|対面《たいめん》を|遊《あそ》ばしたに|就《つ》いて、|一入《ひとしほ》|昔《むかし》の|事《こと》が|思《おも》ひ|出《だ》され、|吾《わが》|子《こ》に|一度《いちど》|会《あ》ひ|度《た》くなつて|堪《たま》りませぬ。|其《その》|時《とき》の|夫《をつと》は|今《いま》は|何処《どこ》に|如何《どう》して|居《を》られますやら……|今日《けふ》となつては|其《その》|夫《をつと》と|出会《であ》つた|処《ところ》が、|夫婦《ふうふ》となる|訳《わけ》には|行《ゆ》きませぬなれども、せめて……お|前《まへ》はあの|時《とき》の|妻《つま》であつたか、|夫《をつと》であつたか、|子《こ》であつたか……と|名乗《なの》り|合《あ》つて|見《み》たう|御座《ござ》います』
と|云《い》ひ|放《はな》つて|泣《な》き|沈《しづ》む。|黒姫《くろひめ》は|確信《かくしん》あるものの|如《ごと》くニツコリと|笑《わら》ひ|乍《なが》ら、
『|高姫《たかひめ》さま、あまり|迂濶《うつかり》して|居《を》つて|貴女《あなた》のお|話《はなし》を|十分《じふぶん》に|記憶《きおく》して|居《を》りませぬが、|何《なん》でも|貴女《あなた》のお|捨《す》てになつたお|子《こ》さまには、|守刀《まもりがたな》に|真珠《しんじゆ》で|十《じふ》の|字《じ》の|印《しるし》を|入《い》れ|柄元《つかもと》に「|東《ひがし》」と「|高《たか》」との|印《しるし》をお|入《い》れになつたぢや|御座《ござ》いませぬでしたかな』
|高姫《たかひめ》『ナニ、|黒姫《くろひめ》さま、そんな|詳《くは》しい|事《こと》を|私《わたし》は|申上《まをしあ》げた|様《やう》な|記憶《きおく》はありませぬが、|左様《さやう》の|事《こと》を|申上《まをしあ》げた|事《こと》が|御座《ござ》いますかな』
|黒姫《くろひめ》『そのお|子《こ》さまの|名《な》は|金太郎《きんたらう》とは|申《まを》しませなんだか、|丁度《ちやうど》|今年《ことし》で|私《わたくし》と|同《おな》じ|様《やう》に|三十五年《さんじふごねん》になるのぢや|御座《ござ》いませぬか』
|東助《とうすけ》の|顔《かほ》の|色《いろ》が|之《これ》を|聞《き》くよりサツと|変《かは》つた。|高姫《たかひめ》の|顔《かほ》も|亦《また》|俄《にはか》に|変《かは》り、|目《め》は|円《まる》くなり|口先《くちさき》が|尖《とが》つて|来《き》|出《だ》した。
|高姫《たかひめ》『|何《なん》とまあ、|詳《くは》しい|事《こと》を|御存《ごぞん》じで|御座《ござ》いますな。|私《わたし》はそこ|迄《まで》お|話《はな》した|覚《おぼ》えは|御座《ござ》いませぬが、|如何《どう》してまアそんな|詳《くは》しい|事《こと》がお|分《わか》りで|御座《ござ》いますか。これには|何《なに》か|御様子《ごやうす》のある|事《こと》でせう。|何卒《どうぞ》|明《あか》らさまに|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さいませ』
|黒姫《くろひめ》は|歌《うた》を|以《もつ》てこれに|答《こた》へける。
『|高山彦《たかやまひこ》の|後《あと》を|追《お》ひ |筑紫《つくし》の|島《しま》に|立《た》ち|向《むか》ひ
|建日《たけひ》の|港《みなと》を|後《あと》にして |筑紫ケ岳《つくしがだけ》の|大峠《おほたうげ》
|高山峠《たかやまたうげ》を|登《のぼ》り|行《ゆ》く |其《その》|頂上《ちやうじやう》となりし|時《とき》
|傍《かたへ》に|五人《ごにん》の|荒男《あらをとこ》 |玉公《たまこう》、|虎公《とらこう》|面々《めんめん》の
|人《ひと》の|噂《うはさ》を|聞《き》きつれば |熊襲《くまそ》の|国《くに》の|神司《かむつかさ》
|建日別《たけひわけ》の|御息女《おんむすめ》 |建能姫《たけのひめ》の|夫《つま》として
|誉《ほまれ》も|高《たか》き|建国別《たけくにわけ》の |神《かみ》の|命《みこと》は|何人《なにびと》の
|捨《す》てたる|児《こ》とも|分《わか》らずに |三十五才《さんじふごさい》の|今年《ことし》まで
|父母《ふぼ》|両親《りやうしん》の|所在《ありか》をば |尋《たづ》ね|居《ゐ》ますと|聞《き》きしより
|遥々《はるばる》|館《やかた》に|立《た》ち|寄《よ》つて |夫婦《めをと》の|神《かみ》に|面会《めんくわい》し
もしや|吾《わが》|子《こ》にあらぬかと |昔《むかし》の|来歴《らいれき》|物語《ものがた》り
|種々《いろいろ》|調《しら》べ|見《み》たりしに |建国別《たけくにわけ》の|宣《の》らす|様《やう》
|吾《われ》は|如何《いか》なる|人《ひと》の|子《こ》か |未《いま》だに|分《わか》らぬ|悲《かな》しさに
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|三五《あななひ》の |神《かみ》に|仕《つか》へて|父母《ちちはは》の
|行方《ゆくへ》を|尋《たづ》ね|求《もと》めつつ |其《その》|日《ひ》を|送《おく》る|悲《かな》しさよ
|汝《なれ》の|命《みこと》は|遠近《をちこち》と |神《かみ》の|教《をしへ》を|伝《つた》へつつ
|出《い》でます|身《み》なれば|父母《ちちはは》に もしもや|会《あ》はせ|給《たま》ひなば
|一日《ひとひ》も|早《はや》く|吾《わが》|許《もと》に |知《し》らさせ|給《たま》へ|幼名《をさなな》は
|聞《き》くも|目出《めで》たき|金太郎《きんたらう》 |吾《わが》|身《み》に|添《そ》へたる|綾錦《あやにしき》
|守袋《まもりぶくろ》に|名《な》を|記《しる》し |守刀《まもりがたな》に|真珠《しんじゆ》にて
|十字《じふじ》の|印《しるし》を|描《ゑが》き|出《だ》し |鍔元《つばもと》|篤《とく》と|眺《なが》むれば
「|東《ひがし》」と「|高《たか》」の|印《しるし》あり |人《ひと》の|情《なさけ》に|哺《はぐく》まれ
|漸《やうや》く|成人《せいじん》なせしもの |誠《まこと》の|生《う》みの|父母《ちちはは》が
|此《この》|世《よ》に|居《ゐ》ます|事《こと》ならば |一目《ひとめ》なりとも|会《あ》ひたやと
|嘆《なげ》かせ|給《たま》ふを|聞《き》くにつけ |此《この》|黒姫《くろひめ》も|胸《むね》|迫《せま》り
|名乗《なの》り|上《あ》げむかと|思《おも》へども いや|待《ま》て|暫《しば》し|待《ま》て|暫《しば》し
|高姫《たかひめ》|様《さま》に|面会《めんくわい》し |詳《くは》しき|事《こと》を|更《あらた》めて
|承《うけたま》はらずは|軽々《かるがる》に |名乗《なの》りもならずと|口許《くちもと》へ
|出《で》かけた|言葉《ことば》を|呑《の》み|込《こ》んで |素知《そし》らぬ|顔《かほ》を|装《よそほ》ひつ
|此処《ここ》まで|帰《かへ》り|来《きた》りけり まさかに|汝《なれ》の|生《う》みませし
|御子《みこ》にはあるまじさり|乍《なが》ら |合点《がてん》の|往《ゆ》かぬは|三年前《みとせまへ》
|高姫《たかひめ》|様《さま》の|物語《ものがたり》 |朧気《おぼろげ》ながら|思《おも》ひ|出《だ》し
|半信半疑《はんしんはんぎ》に|包《つつ》まれて |名乗《なの》りも|得《え》ざりしもどかしさ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひて
|高姫《たかひめ》さまが|愛《いと》し|子《ご》に |目出度《めでたく》|会《あ》はせ|給《たま》ふべき
|時《とき》こそ|来《きた》れるなるべしと |何《なん》とはなしに|勇《いさ》ましく
|心《こころ》の|空《そら》も|晴《は》れにけり |高姫《たかひめ》さまよ|黒姫《くろひめ》が
|此《この》|物語《ものがたり》|諾《うべな》ひて お|心当《こころあた》りのあるならば
|人《ひと》を|遥々《はるばる》|遣《つか》はして |今一度《まいちど》|調《あらた》め|給《たま》へかし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|玉治別《たまはるわけ》『|屹度《きつと》|建国別命《たけくにわけのみこと》は|高姫《たかひめ》|様《さま》の|御子息《ごしそく》に|間違《まちが》ひありますまい。|如何《どう》も|私《わたし》はその|様《やう》な|気《き》が|致《いた》します。さうであつたならば、|実《じつ》に|此《この》|上《うへ》ない|目出《めで》たい|事《こと》で|御座《ござ》いますがな。|私《わたくし》は|久《ひさ》し|振《ぶ》りで|両親《りやうしん》に|邂逅《めぐりあ》ひ、|斯《こ》んな|嬉《うれ》しい|事《こと》は|御座《ござ》いませぬ。|高姫《たかひめ》|様《さま》も、|一度《いちど》|遠方《ゑんぱう》なれども|私《わたくし》が|御案内《ごあんない》|致《いた》しますから、|熊襲《くまそ》の|国《くに》までお|調《しら》べにお|出《い》でになつたら|如何《どう》でせう』
|高姫《たかひめ》『ハイ、|御親切《ごしんせつ》に|有難《ありがた》う|御座《ござ》います』
と|言《い》つたきり|稍《やや》|少時《しばし》|頭《かうべ》を|垂《た》れ|吐息《といき》を|洩《も》らし|居《ゐ》る。|東助《とうすけ》も|亦《また》|顔色《かほいろ》を|変《か》へ|高姫《たかひめ》の|顔《かほ》を|穴《あな》のあく|程《ほど》|見詰《みつ》め|居《ゐ》たり。
(大正一一・九・一九 旧七・二八 北村隆光録)
第二二章 |高宮姫《たかみやひめ》〔九三七〕
|高姫《たかひめ》は、|心《こころ》の|底《そこ》より|悔悟《くわいご》の|色《いろ》を|現《あら》はし、|一切《いつさい》の|秘密《ひみつ》を|自《みづか》ら|暴露《ばくろ》すべく、|立《た》つて|歌《うた》を|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。
『|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》 |厳《いづ》の|御霊《みたま》の|系統《ひつぽう》で
|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》と |今《いま》まで|固執《こしつ》して|来《き》たが
|思《おも》へば|思《おも》へば|恐《おそ》ろしい |誠《まこと》の|素性《すじやう》を|明《あか》すれば
コーカス|山《ざん》に|現《あ》れませる ウラルの|彦《ひこ》やウラル|姫《ひめ》
|二人《ふたり》の|中《なか》に|生《うま》れたる |吾《われ》は|高宮姫命《たかみやひめみこと》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の |使《つか》ひ|玉《たま》へる|宣伝使《せんでんし》
|松《まつ》|竹《たけ》|梅《うめ》を|初《はじ》めとし |石凝姥《いしこりどめ》の|東彦《あづまひこ》
|高彦《たかひこ》などが|現《あら》はれて |言霊戦《ことたません》を|開《ひら》きてゆ
|母《はは》と|現《あ》れます|大気津《おほげつ》の |姫命《ひめのみこと》は|逸早《いちはや》く
アーメニヤへと|帰《かへ》りまし |其《その》|時《とき》|妾《わらは》は|小娘《こむすめ》の
|詮術《せんすべ》もなく|暮《くら》す|折《をり》 |御伴《みとも》の|神《かみ》を|引《ひき》つれて
|高天原《たかあまはら》のエルサレム |三五教《あななひけう》の|本城《ほんじやう》を
|探《さぐ》らむ|為《ため》と|往《い》て|見《み》れば |眉目《びもく》|秀《すぐ》れし|青年《せいねん》が
|花《はな》の|顔色《かんばせ》|麗《うるは》しく |向《むか》ふの|方《かた》より|進《すす》み|来《く》る
|茲《ここ》に|妾《わらは》は|何《なん》となく |其《その》|青年《せいねん》を|慕《した》はしく
|後《あと》を|追《お》はむとしたりしが |御伴《みとも》の|神《かみ》が|邪魔《じやま》になり
|甘《うま》く|之《これ》をばまかむとて |千思万慮《せんしばんりよ》の|其《その》|結果《けつくわ》
|事《こと》を|構《かま》へて|追《お》ひ|散《ち》らし |木《こ》かげに|見《み》ゆる|恋人《こひびと》を
|慕《した》ひて|進《すす》む|山《やま》の|路《みち》 |男《をとこ》は|足《あし》もいと|早《はや》く
いつの|間《ま》にやら|山蔭《やまかげ》に |姿《すがた》をかくし|玉《たま》ひけり
かよわき|女《をんな》の|足《あし》を|以《も》て |追《おひ》つく|術《すべ》も|泣《な》き|倒《たふ》れ
|助《たす》けてくれと|呼《よ》ばはれば |恋《こひ》しき|人《ひと》は|驚《おどろ》いて
わが|傍《かたはら》へスタスタと |帰《かへ》り|来《き》ませる|恥《はづ》かしさ
これこれ|旅《たび》の|女中《ぢよちう》さま |只今《ただいま》|助《たす》けを|叫《さけ》んだは
お|前《まへ》の|声《こゑ》ではなかつたか |訝《いぶ》かしさよと|尋《たづ》ねられ
|答《こた》ふる|由《よし》もないじやくり 「ハイハイ|誠《まこと》に|有難《ありがた》う
あなたのお|蔭《かげ》で|悪者《わるもの》は |雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げました」
「|何卒《どうぞ》|用心《ようじん》なされませ |女《をんな》の|危《あやふ》い|一人旅《ひとりたび》」
「あなたも|若《わか》い|身《み》を|以《もつ》て |此《この》|山路《やまみち》を|只《ただ》|一人《ひとり》
お|行《ゆ》きなさるは|如何《どう》しても |危険《きけん》が|体《からだ》に|迫《せま》りませう
なる|事《こと》ならば|妾《わたくし》を |何卒《なにとぞ》|連《つ》れて|此《この》|坂《さか》を
|向《むか》ふへ|越《こ》えて|下《くだ》さい」と |二《ふた》つの|睫毛《まつげ》に|唾《つば》をつけ
|泣《な》き|真似《まね》すれば|恋人《こひびと》は |稍《やや》|同情《どうじやう》の|念《ねん》に|暮《く》れ
「ホンに|危《あぶ》ない|山路《やまみち》よ |私《わたし》も|貴女《あなた》も|一人旅《ひとりたび》
|願《ねが》うてもなき|道《みち》づれだ そんなら|一緒《いつしよ》に|行《ゆ》きませう」と
|答《こた》へてくれた|嬉《うれ》しさよ |人《ひと》も|通《とほ》らぬ|山路《やまみち》を
|若《わか》き|血汐《ちしほ》に|燃《も》え|立《た》つる |二人《ふたり》の|男女《だんぢよ》が|手《て》を|引《ひ》いて
|嬉《うれ》しく|楽《たの》しく|話《はな》しつつ |貴《うづ》の|聖地《せいち》へ|行《ゆ》く|途中《とちう》
いつとはなしに|四《よ》つの|目《め》が ピタリと|合《あ》うた|恋鏡《こひかがみ》
|燃《も》ゆる|思《おも》ひが|如何《いか》にして |互《たがひ》の|心《こころ》に|映《うつ》らめや
|忽《たちま》ち|妥協《だけふ》は|成立《せいりつ》し |水《みづ》も|洩《も》らさぬ|仲《なか》となり
|黄金山下《わうごんさんか》に|身《み》を|忍《しの》び |庵《いほり》を|結《むす》びて|暮《くら》す|中《うち》
|日《ひ》に|夜《よ》に|吾《わが》|身《み》が|重《おも》くなり |月《つき》を|重《かさ》ねて|腹《はら》|太《ふと》り
|生《うま》れおとした|男《をとこ》の|子《こ》 |名《な》も|金太郎《きんたらう》と|与《あた》へつつ
|二月《ふたつき》|三月《みつき》|暮《くら》す|中《うち》 |三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》
|北照神《きたてるかみ》が|現《あら》はれて |信仰《しんかう》|調《しら》べを|始《はじ》めかけ
|恋《こひ》しき|人《ひと》は|筑紫国《つくしくに》 |都《みやこ》に|居《ゐ》ます|神人《かみびと》の
|尊《たふと》き|御子《みこ》と|見破《みやぶ》られ |親《おや》の|恥《はぢ》をば|曝《さら》すのは
|辛《つら》いと|云《い》つてあわて|出《だ》し コリヤ|高姫《たかひめ》よ|高姫《たかひめ》よ
|聞《き》けばお|前《まへ》はウラル|教《けう》 |大気津姫《おほげつひめ》の|御腹《みはら》より
|生《うま》れ|出《い》でたる|御子《みこ》なれば |如何《どう》して|永《なが》く|添《そ》はれうぞ
|神《かみ》の|咎《とが》めも|恐《おそ》ろしい |二人《ふたり》の|縁《えにし》はこれ|迄《まで》と
|諦《あきら》めここで|別《わか》れよかと |藪《やぶ》から|棒《ぼう》の|言《こと》の|葉《は》に
|妾《わらは》は|心《こころ》も|転倒《てんたふ》し |泣《な》いつ くどいつ|頼《たの》め|共《ども》
|袖《そで》ふり|切《き》つてスタスタと |暗《やみ》に|紛《まぎ》れて|逃《に》げましぬ
|後《あと》に|残《のこ》つた|一振《ひとふり》の |守《まも》り|刀《がたな》に「|東《ひがし》」の|字《じ》
「|高《たか》」の|印《しるし》を|刻《きざ》みたる |剣《つるぎ》を|記念《きねん》と|残《のこ》しおき
|雲《くも》を|霞《かすみ》と|消《き》え|失《う》せし |男《をとこ》の|無情《むじやう》を|歎《かこ》ちつつ
|幼児《をさなご》|抱《かか》へし|女《をんな》の|身《み》 いかに|詮術《せんすべ》なき|儘《まま》に
|守刀《まもりがたな》に|綾錦《あやにしき》 |守袋《まもりぶくろ》に|金太郎《きんたらう》と
|名《な》をば|書《か》き|添《そ》へ|四辻《よつつじ》に |不憫《ふびん》|乍《なが》らも|捨子《すてご》して
なくなく|此処《ここ》を|立別《たちわか》れ メソポタミヤの|顕恩郷《けんおんきやう》
バラモン|教《けう》を|探《さぐ》らむと |尋《たづ》ね|詣《まう》でて|暫《しばら》くは
|神《かみ》の|教《をしへ》を|聞《き》きつるが |夫《をつと》の|君《きみ》の|守《まも》りたる
|三五教《あななひけう》を|守《まも》りなば |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひて
|恋《こひ》しき|夫《をつと》に|何時《いつ》の|日《ひ》か |巡《めぐ》り|合《あ》ふ|世《よ》もあるならむ
|三五教《あななひけう》に|若《し》くなしと |系統《ひつぽう》の|身魂《みたま》と|詐《いつは》りて
フサの|御国《みくに》に|居《きよ》を|構《かま》へ |教《をしへ》を|開《ひら》く|折柄《をりから》に
|変性女子《へんじやうによし》の|行方《やりかた》が |心《こころ》に|合《あ》はぬ|所《ところ》より
ウラルの|教《をしへ》と|三五《あななひ》の |教《をしへ》を|合《あ》はしてウラナイ|教《けう》と
|大看板《だいかんばん》を|掲《かか》げつつ |北山村《きたやまむら》に|立籠《たてこも》り
|教《をしへ》を|開《ひら》き|居《ゐ》たりける それより|進《すす》んで|自凝《おろころ》の
|神《かみ》の|島《しま》なる|中心地《ちうしんち》 |由良《ゆら》の|港《みなと》に|程《ほど》|近《ちか》き
|魔窟ケ原《まくつがはら》に|黒姫《くろひめ》を |遣《つか》はし|教《をしへ》の|司《つかさ》とし
バラモン|教《けう》の|大棟梁《だいとうりやう》 |鬼雲彦《おにくもひこ》や|三五《あななひ》の
|教《をしへ》の|道《みち》を|根底《ねそこ》より |改良《かいりやう》せむといら|立《だ》ちて
|心《こころ》を|千々《ちぢ》に|砕《くだ》きしが |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|仁慈無限《じんじむげん》の|御心《みこころ》が |身《み》に|浸《し》みわたり|三五《あななひ》の
|誠《まこと》の|道《みち》に|入信《にふしん》し |教司《をしへつかさ》に|任《ま》けられて
|茲《ここ》まで|仕《つか》へ|来《きた》りけり |思《おも》へば|思《おも》へば|罪深《つみふか》き
われは|此《この》|世《よ》の|曲津神《まがつかみ》 |今《いま》まで|積《つ》み|来《き》し|塵《ちり》|芥《あくた》
|清《きよ》むる|由《よし》もないじやくり |心《こころ》に|恥《は》づる|折柄《をりから》に
|黒姫《くろひめ》さまの|物語《ものがたり》 |筑紫《つくし》の|島《しま》の|熊襲国《くまそくに》
|建日《たけひ》の|館《やかた》の|神司《かむつかさ》 |建国別《たけくにわけ》の|身《み》の|上《うへ》を
|思《おも》ひ|廻《まは》せば|紛《まぎ》れなき |吾《わが》|子《こ》に|相違《さうゐ》あらざらむ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|深《ふか》くして
|錦《にしき》の|宮《みや》の|聖場《せいぢやう》で いとしき|吾《わが》|子《こ》の|所在《ありか》をば
|探《さぐ》り|得《え》たりし|嬉《うれ》しさよ さはさり|乍《なが》ら|其《その》|時《とき》の
|夫《つま》の|命《みこと》は|今《いま》|何処《いづこ》 |此《この》|世《よ》に|生《い》きていますなら
|定《さだ》めて|吾《わが》|子《こ》の|行先《ゆくさき》を |行《ゆ》く|年波《としなみ》と|諸共《もろとも》に
|思《おも》ひ|出《いだ》して|朝夕《あさゆふ》に |心《こころ》を|痛《いた》めますならむ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |国治立大御神《くにはるたちのおほみかみ》
|神素盞嗚大御神《かむすさのをのおほみかみ》 |金勝要大御神《きんかつかねのおほみかみ》
|一日《ひとひ》も|早《はや》く|親《おや》と|子《こ》の |憂《う》き|瀬《せ》にさまよふ|憐《あは》れさを
|救《すく》はせ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|高姫《たかひめ》が
|慎《つつし》み|敬《うやま》ひ|願《ね》ぎまつる あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|力《ちから》なげに|歌《うた》ひ、|恥《はづ》かしげに|其《その》|場《ば》に|俯《うつむ》く。
|黒姫《くろひめ》は|少《すこ》しく|笑《ゑみ》を|含《ふく》み、いそいそとして、
『|高姫《たかひめ》さま、あなたの|素性《すじやう》を|承《うけたま》はりました。|何《なん》とマア、|時節《じせつ》といふものは|恐《おそ》ろしいもので|御座《ござ》いますなア。|私《わたくし》は|今《いま》まで|稚姫君尊《わかひめぎみのみこと》|様《さま》の|孫《まご》さま|位《くらゐ》に|信《しん》じて|居《を》りましたが、マア|恐《おそ》ろしいウラル|彦《ひこ》、ウラル|姫《ひめ》の|腹《はら》から|生《うま》れなさつた|貴女《あなた》とは、|夢《ゆめ》のやうで|御座《ござ》いますワ。さうしてマア|随分《ずゐぶん》と|私《わたし》と|同《おな》じ|様《やう》に、|若《わか》い|時《とき》は|勝手気儘《かつてきまま》を|遊《あそ》ばしたと|見《み》えますなア。|互《たがひ》に|人《ひと》が|悪《わる》いと|思《おも》へば|皆《みな》|吾《われ》が|悪《わる》いのだと、|神様《かみさま》が|仰有《おつしや》いますが、ようマア|屑人間《くづにんげん》ばかり|是《こ》れだけ|引《ひき》よせて、|大切《たいせつ》な|御用《ごよう》をさして|下《くだ》さつたものです。|之《これ》を|思《おも》へば|本当《ほんたう》に|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|神様《かみさま》の|大御心《おほみこころ》が|有難《ありがた》くて|堪《たま》りませぬ。|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》、|国武彦命《くにたけひこのみこと》|様《さま》は|申《まを》すに|及《およ》ばず、|言依別《ことよりわけ》の|教主様《けうしゆさま》も|確《たしか》に|御存《ごぞん》じであつた|筈《はず》、|何時《いつ》やら|言依別神《ことよりわけのかみ》さまが|私《わたくし》に|向《むか》ひ、|高姫《たかひめ》さまは|決《けつ》して|厳《いづ》の|身魂《みたま》の|系統《ひつぽう》ではない、あれは|大気津姫《おほげつひめ》の|腹《はら》から|生《うま》れた|女《をんな》だと|仰有《おつしや》つた|事《こと》が|御座《ござ》いました。その|時《とき》に|私《わたくし》はドハイカラの|教主《けうしゆ》が|訳《わけ》も|知《し》らずに、|何《なに》を|言《い》ふのだ、|人《ひと》の|悪口《わるくち》を|云《い》ふにも|程《ほど》があると|思《おも》ひ、|腹《はら》が|立《た》ち、それから|一層《いつそう》あなたを|思《おも》ふやうになり、|言依別命《ことよりわけのみこと》が|癪《しやく》に|障《さは》つてなりませなんだ。|誹《そし》る|勿《なか》れと|云《い》ふ|律法《りつぱう》を|守《まも》らねばならぬ、|併《しか》も|教主《けうしゆ》とあるものが、|何《なん》といふ|情《なさけ》ないことを|仰有《おつしや》るのか、ヤツパリ|悪《あく》の|霊《みたま》の|守護《しゆご》に|相違《さうゐ》あるまいと、|心《こころ》の|中《うち》に|蔑《さげす》んで|居《を》りましたが、|今《いま》|思《おも》へばホンに|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》も|偉《えら》いお|方《かた》だ。どんな|悪《あく》の|霊《みたま》でも、|魂《たま》を|研《みが》いて|改心《かいしん》さして|結構《けつこう》な|御用《ごよう》に|使《つか》うてやらうとの|思召《おぼしめし》、|私《わたくし》は|有難《ありがた》うて、|今更《いまさら》の|如《ごと》く|涙《なみだ》が|止《と》まりませぬワイナ、オンオンオン』
と|声《こゑ》を|放《はな》つて|泣《な》き|立《た》てる。|一同《いちどう》は|黒姫《くろひめ》の|話《はなし》を|聞《き》いて、|今更《いまさら》の|如《ごと》く|大神《おほかみ》を|初《はじ》め、|言依別命《ことよりわけのみこと》の|広《ひろ》き|心《こころ》に|感歎《かんたん》するのみであつた。
『そんな|事《こと》が|御座《ござ》いましたか。|私《わたくし》も|此《こ》れでスツパリと|改心《かいしん》を|致《いた》します。|生《うま》れ|赤子《あかご》になつて、|今後《こんご》は|何事《なにごと》も|英子姫《ひでこひめ》|様《さま》、|東助様《とうすけさま》の|指図《さしづ》に|従《したが》ひ、|御用《ごよう》の|端《はし》に|使《つか》つて|頂《いただ》きませう。かやうな|身魂《みたま》の|悪《わる》い|素性《すじやう》の|人間《にんげん》と|知《し》り|乍《なが》ら、|麻邇宝珠《まにほつしゆ》の|御神業《ごしんげふ》|迄《まで》さして|下《くだ》さつた、|其《その》|御高恩《ごかうおん》は|何時《いつ》になつても|忘《わす》れませぬ。ホンに|今《いま》まで|言依別命《ことよりわけのみこと》の|美《うる》はしき|優《やさ》しき|御心《みこころ》を|知《し》らなんだか、エヽ|残念《ざんねん》な、|定《さだ》めて|高姫《たかひめ》ははしたない|女《をんな》だと、|心《こころ》の|奥《おく》で|笑《わら》うてゐられたであらう。|実《じつ》に|情《なさけ》ない|事《こと》で|御座《ござ》います。|斯様《かやう》な|母親《ははおや》があつたかと、|伜《せがれ》が|聞《き》いたら、どれだけ|悔《くや》むでせう。|又《また》|私《わたくし》の|若《わか》い|時《とき》の|掛合《かかりあひ》の|男《をとこ》が|此《この》|世《よ》に|居《を》つて、|私《わたくし》の|脱線振《だつせんぶ》りを|聞《き》いたなら、さぞやさぞ|愛想《あいさう》をつかして、|折角《せつかく》|廻《めぐ》り|会《あ》うても、|逃《に》げて|了《しま》はれるでせう。ホンに|私《わたくし》には|矢張《やつぱり》|悪霊《あくれい》が|守護《しゆご》してゐたに|違《ちがひ》ありませぬ……あゝ|神様《かみさま》、どうぞ|赦《ゆる》して|下《くだ》さいませ。|誠《まこと》に|今日《けふ》|迄《まで》は|済《す》まぬ|事《こと》を|致《いた》しました。|今度《こんど》こそ|本当《ほんたう》に|改心《かいしん》を|致《いた》します。|今《いま》までは|改心《かいしん》|々々《かいしん》と|申《まを》して、|掛値《かけね》を|申上《まをしあ》げて|居《を》りました』
|秋彦《あきひこ》は|思《おも》はず|吹《ふ》き|出《だ》し、
|秋彦《あきひこ》『ウツフヽヽヽ|高姫《たかひめ》さま、|改心《かいしん》の|掛値《かけね》といふのはどんな|事《こと》ですか、|私《わたし》には|分《わか》りませぬがなア』
|高姫《たかひめ》『|秋彦《あきひこ》、どうぞ|堪忍《かんにん》して|下《くだ》さい。|恥《はづ》かしうて|何《なん》にも|言《い》へませぬから、|恋《こひ》しい|吾《わが》|子《こ》にさへも|会《あ》ふのが|恥《はづ》かしうなつて|来《き》たのだから……』
|秋彦《あきひこ》『さうすると、|今日《けふ》のあなたの|改心《かいしん》は|生中《きなか》も|掛値《かけね》のない、ネツトプライスの|正札付《しやうふだつき》の|改心《かいしん》ですか、オツホヽヽヽ』
|東助《とうすけ》『コレ|秋彦《あきひこ》、お|黙《だま》りなさい。|此《この》|愁歎場《しうたんば》が|俄《にはか》に|晴《はれ》やかになつては、|薩張《さつぱり》|興《きよう》がさめて|了《しま》ふぢやないか。サア|是《これ》からこの|東助《とうすけ》が|罪亡《つみほろ》ぼしに、|一《ひと》つ|愁歎場《しうたんば》をお|聞《き》きに|達《たつ》しようアツハヽヽヽヽ』
(大正一一・九・一九 旧七・二八 松村真澄録)
第二三章 |鉄鎚《てつつい》〔九三八〕
|東助《とうすけ》は|何《なん》と|思《おも》うてか、ツト|立《た》ち|上《あが》り、|音吐朗々《おんとらうらう》として|四辺《あたり》を|響《ひび》かせながら|歌《うた》ひ|出《だ》した。
『|生者必滅《しやうじやひつめつ》|会者定離《ゑしやぢやうり》 |廻《めぐ》る|浮世《うきよ》と|云《い》ひながら
|怪《あや》しき|事《こと》のあるものか |河《かは》の|流《なが》れと|人《ひと》の|身《み》の
|行末《ゆくすゑ》こそは|不思議《ふしぎ》なれ |筑紫《つくし》の|島《しま》の|筑紫国《つくしくに》
|白日《しらひ》の|別《わけ》の|守《まも》りたる |珍《うづ》の|館《やかた》を|預《あづか》りて
|数多《あまた》の|国人《くにびと》|恵《めぐ》みつつ |治《をさ》め|玉《たま》ひし|高照彦《たかてるひこ》の
|貴《うづ》の|命《みこと》の|神司《かむつかさ》 |父《ちち》は|国治立神《くにはるたちのかみ》
|遠《とほ》き|神代《かみよ》の|昔《むかし》より |豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》
|完美《うまら》に|委曲《つばら》に|造《つく》りまし |治《をさ》め|玉《たま》ひし|皇神《すめかみ》の
|忘《わす》れ|片身《がたみ》の|吾《わが》|父《ちち》は |八十熊別《やそくまわけ》と|名《な》を|変《か》へて
|此《この》|世《よ》を|忍《しの》び|玉《たま》ひしが |日《ひ》の|出神《でのかみ》や|祝姫《はふりひめ》
|神《かみ》の|司《つかさ》の|宣伝使《せんでんし》 |面那芸彦《つらなぎひこ》と|諸共《もろとも》に
|豊《とよ》の|御国《みくに》に|現《あ》れまして |高照彦《たかてるひこ》の|吾《わが》|父《ちち》を
|見出《みいだ》し|玉《たま》ひ|筑紫国《つくしくに》 |国《くに》の|司《つかさ》とまけ|玉《たま》ふ
|高照彦《たかてるひこ》の|珍《うづ》の|子《こ》と |生《うま》れ|出《い》でたる|三人《さんにん》の
|其《その》|一人《いちにん》となり|出《い》でし |吾《われ》は|東野別神《あづまのわけのかみ》
|父《ちち》の|御命《みこと》を|蒙《かかぶ》りて |大海原《おほうなばら》を|渡《わた》り|越《こ》え
エデンの|川《かは》を|溯《さかのぼ》り |神《かみ》の|都《みやこ》のエルサレム
|黄金山下《わうごんさんか》に|進《すす》まむと |来《きた》る|折《をり》しも|麗《うるは》しき
|孱弱《かよわ》き|女《をんな》の|一人旅《ひとりたび》 |見捨《みす》てて|進《すす》む|折柄《をりから》に
|俄《にはか》に|聞《きこ》ゆる|叫《さけ》び|声《ごゑ》 |如何《いか》なる|曲《まが》の|現《あら》はれて
|人《ひと》を|虐《しひた》げ|苦《くる》しむる |見遁《みのが》しならじ|助《たす》けむと
|後《あと》へかへして|叫《さけ》び|声《ごゑ》 |頼《たよ》りに|尋《たづ》ね|寄《よ》り|見《み》れば
|以前《いぜん》の|娘《むすめ》は|地《ち》に|伏《ふ》して |思《おも》はぬ|悪魔《あくま》に|出会《しゆつくわい》し
|危《あやふ》き|処《ところ》を|汝《な》が|君《きみ》に |救《すく》はれたりと|喜《よろこ》びて
|若《わか》き|男女《なんによ》は|人通《ひとどほ》り |稀《まれ》なる|山路《やまみち》|上《のぼ》り|行《ゆ》く
|山《やま》の|色《いろ》さへ|青春《せいしゆん》の |血《ち》の|湧《わ》き|充《み》てる|両人《りやうにん》は
|何《なに》かはもつて|耐《たま》るべき |結《むす》びの|神《かみ》の|許《ゆる》しなく
|思《おも》はぬ|綱《つな》に|耽溺《たんでき》し |子《こ》|迄《まで》なしたる|折柄《をりから》に
|北光彦《きたてるひこ》の|宣伝使《せんでんし》 |信仰調《しんかうしら》べを|標榜《へうぼう》し
|吾《わが》|身《み》の|素性《すじやう》を|尋《たづ》ねむと |吾《わが》|庵《や》をさして|入《い》り|来《きた》る
|父《ちち》の|使命《しめい》を|忘却《ばうきやく》し |罪《つみ》を|重《かさ》ねし|吾《われ》なれば
|女《をんな》は|不憫《ふびん》と|思《おも》へども |見捨《みす》てて|庵《いほり》を|遁走《とんそう》し
それより|進《すす》んでフサの|国《くに》 |月《つき》の|国《くに》をば|横断《わうだん》し
|西蔵《チベツト》|暹羅《シヤム》や|唐土《もろこし》の |山河《さんか》を|渡《わた》り|荒野《あらの》|越《こ》え
|進《すす》み|進《すす》みて|自凝《おろころ》の |島《しま》へと|渡《わた》りて|来《きた》る|折《をり》
|風《かぜ》に|船《ふね》をば|破《やぶ》られて |命《いのち》|危《あやふ》き|折柄《をりから》に
|天《てん》の|恵《めぐみ》か|地《ち》の|恩《おん》か |翼《つばさ》の|生《は》えし|神人《しんじん》が
|吾《わが》|身《み》をムズと|引《ひ》き|掴《つか》み |大空《たいくう》|高《たか》く|翔《かけ》りつつ
|命《いのち》の|瀬戸《せと》の|海原《うなばら》に |浮《う》かびて|広《ひろ》き|淡路島《あはぢしま》
|暁山《あかつきやま》の|山頂《さんちやう》に |聳《そそ》り|立《た》ちたる|松《まつ》の|上《へ》に
|連《つ》れ|行《ゆ》かれたる|不思議《ふしぎ》さよ |淡路《あはぢ》の|国《くに》の|島人《しまびと》は
|松《まつ》の|梢《こずゑ》に|佇《たたず》める |吾《われ》の|姿《すがた》を|打仰《うちあふ》ぎ
|天《てん》より|下《くだ》りし|神人《しんじん》と |敬《うやま》ひ|迎《むか》へて|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|底《そこ》より|嬉《うれ》しがり |淡路《あはぢ》の|島《しま》の|酋長《しうちやう》と
まつり|上《あ》げられ|此《この》|島《しま》に |淑女《しゆくぢよ》の|誉《ほまれ》|弥《いや》|高《たか》き
お|百合《ゆり》を|選《えら》んで|妻《つま》となし |名《な》も|東助《とうすけ》と|改《あらた》めて
|月日《つきひ》を|送《おく》り|来《きた》りしが |三五教《あななひけう》の|大神《おほかみ》の
|恵《めぐみ》の|綱《つな》に|曳《ひ》かされて |今《いま》は|聖地《せいち》に|出張《しゆつちやう》し
|英子《ひでこ》の|姫《ひめ》に|従《したが》ひて |教司《をしへつかさ》となりましぬ
|今《いま》|高姫《たかひめ》が|物語《ものがたり》 |黒姫《くろひめ》さまが|筑紫島《つくしじま》
|土産話《みやげばなし》に|聞《き》き|見《み》れば |建日《たけひ》の|館《やかた》の|神司《かむつかさ》
|建国別《たけくにわけ》は|紛《まぎ》れなき |高宮姫《たかみやひめ》との|其《その》|中《なか》に
|生《うま》れ|出《い》でたる|御子《みこ》ならむ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて |吾《わが》|子《こ》の|行方《ゆくへ》は|明《あきら》かに
なりて|来《きた》れど|其《その》|時《とき》の |高宮姫《たかみやひめ》の|艶姿《あですがた》
|変《かは》れば|変《かは》るものだなア |今《いま》|迄《まで》|幾度《いくたび》|高姫《たかひめ》と
|顔《かほ》をば|合《あ》はせし|事《こと》あるも |三十五年《さんじふごねん》の|其《その》|昔《むかし》
|月日《つきひ》の|関《せき》の|高《たか》くして |寄《よ》る|年浪《としなみ》に|顔色《かんばせ》も
|太《いた》く|変《かは》りてありければ |昔《むかし》の|夫婦《めをと》と|云《い》ふ|事《こと》は
|今《いま》の|今《いま》|迄《まで》|知《し》らざりき さはさり|乍《なが》ら|東助《とうすけ》は
|昔《むかし》の|妻《つま》に|遇《あ》へばとて お|百合《ゆり》の|方《かた》のある|身《み》なり
|如何《いか》に|縁《えにし》は|深《ふか》くとも もはや|詮術《せんすべ》なきものと
|諦《あきら》め|玉《たま》へ|高姫《たかひめ》よ |若《わか》き|心《こころ》の|血《ち》にもえて
|思《おも》はず|知《し》らず|罪《つみ》|作《つく》り いとしき|吾《わが》|子《こ》をあちこちと
|迷《まよ》はせたるこそ|悲《かな》しけれ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸倍《さちはへ》ましまして |高姫司《たかひめつかさ》はいふも|更《さら》
|建国別《たけくにわけ》の|吾《わが》|伜《せがれ》 |千代万代《ちよよろづよ》も|末長《すゑなが》く
|命《いのち》|長《なが》らへ|皇神《すめかみ》の |大道《おほぢ》に|尽《つく》させ|玉《たま》へかし
|昔《むかし》の|恥《はぢ》を|神《かみ》の|前《まへ》 |包《つつ》まずかくさず|表白《へうはく》し
|悔悟《くわいご》の|言霊《ことたま》|宣《の》りあげて この|行先《ゆくさき》は|東助《とうすけ》の
|深《ふか》き|罪《つみ》をば|許《ゆる》しまし |尊《たふと》き|神《かみ》の|御道《おんみち》に
|進《すす》ませ|玉《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り|悠然《いうぜん》として|座《ざ》に|就《つ》きぬ。
|高姫《たかひめ》は|初《はじ》めて、|東助《とうすけ》の|三十五年前《さんじふごねんぜん》の|恋男《こひをとこ》たりし|事《こと》を|悟《さと》り、|遉《さすが》|女《をんな》の|恥《はづ》かし|気《げ》に|顔《かほ》を|赤《あか》らめ、|稍《やや》しばし|俯《うつむ》き|居《ゐ》たりしが、|思《おも》ひ|切《き》つたやうに|東助《とうすけ》に|向《むか》ひ、
『アヽ|貴方《あなた》は|其《その》|時《とき》の|優《やさ》しい|男《をとこ》、|東野別神《あづまのわけのかみ》|様《さま》で|御座《ござ》いましたか。|存《ぞん》ぜぬ|事《こと》とて|色々《いろいろ》と|御無礼《ごぶれい》を|致《いた》しました。|嘸《さぞ》や|嘸《さぞ》|私《わたくし》の|自我心《じがしん》の|強《つよ》いのには|愛想《あいさう》が|尽《つ》きたで|御座《ござ》いませう。|淡路島《あはぢしま》の|遭難《さうなん》の|時《とき》と|云《い》ひ、|家島《えじま》での|脱線振《だつせんぶ》りと|云《い》ひ、|嘸々《さぞさぞ》はしたない|女《をんな》だとお|笑《わら》ひで|御座《ござ》いませう。|迂濶《うつかり》とこんな|昔話《むかしばなし》を|申上《まをしあ》げて、|其《その》|時《とき》の|女《をんな》は|此《この》|高姫《たかひめ》であつたかと、さげすまれるかと|思《おも》へば、あゝ|昔《むかし》のままに|分《わか》らずに|居《を》つた|方《はう》が|互《たがひ》によかつたで|御座《ござ》いませうに、|是《これ》もやつぱり|神様《かみさま》から|昔《むかし》の|泥《どろ》を|吐《は》かされたので|御座《ござ》いませう。|何卒《どうぞ》お|見捨《みす》てなく|元《もと》の|通《とほ》り|可愛《かあい》がつて|下《くだ》さいませ』
と|東助《とうすけ》の|傍《そば》|近《ちか》く|進《すす》みよつて|手《て》を|握《にぎ》らむとするを、|東助《とうすけ》は|儼然《げんぜん》として|突《つ》きのけはねのけ|威儀《ゐぎ》を|正《ただ》し、|言葉《ことば》も|荘重《さうちよう》に|高姫《たかひめ》に|向《むか》ひ、
『|高姫《たかひめ》さま、ちとお|慎《つつし》みなさいませ。|昔《むかし》は|昔《むかし》、|今《いま》は|今《いま》、|折角《せつかく》|忘《わす》れて|居《ゐ》た|百八煩悩《ひやくはちぼんなう》を|再《ふたた》びここに|繰返《くりかへ》すやうな|事《こと》があつては、|神様《かみさま》に|対《たい》し|申訳《まをしわけ》が|立《た》ちますまいぞ。|貴方《あなた》も|立派《りつぱ》な|夫《をつと》のある|身《み》の|上《うへ》、|私《わたくし》も|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り|淡路《あはぢ》の|島《しま》の|酋長《しうちやう》でお|百合《ゆり》と|云《い》ふ|女房《にようばう》もある|身《み》の|上《うへ》、|况《ま》して|三五教《あななひけう》の|総務《そうむ》を|勤《つと》むる|以上《いじやう》は、|怪我《けが》にも|左様《さやう》な|事《こと》は|出来《でき》ますまい。|此《この》|後《ご》は|他人《たにん》よりも|一層《いつそう》|厳重《げんぢゆう》に、|御交際《ごかうさい》を|願《ねが》ひませう。|併《しか》し|乍《なが》ら|熊襲《くまそ》の|国《くに》の|神司《かむつかさ》、|建国別《たけくにわけ》は|私《わたくし》と|貴方《あなた》の|間《あひだ》に|生《うま》れた|伜《せがれ》である|事《こと》だけは|認《みと》めて|置《お》きませう。|貴女《あなた》も|其《その》|伜《せがれ》に|会《あ》ひ|度《た》くば|御自由《ごじいう》にお|会《あ》ひになつても|宜《よろ》しからう。|敢《あへ》て|私《わたくし》は|其処《そこ》|迄《まで》は|干渉《かんせう》|致《いた》しませぬ。|然《しか》し|此《この》|東助《とうすけ》としては|何程《なにほど》|恋《こひ》しい|吾《わが》|子《こ》と|雖《いへど》も、|会《あ》ふ|訳《わけ》には|参《まゐ》りませぬ。|先《ま》づ|第一《だいいち》に|英子姫《ひでこひめ》|様《さま》にお|願《ねが》ひ|申《まを》し、|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》の|神司《かむつかさ》に|許《ゆる》しを|受《う》けた|上《うへ》、|現在《げんざい》の|妻《つま》お|百合《ゆり》の|方《かた》に|事情《じじやう》を|打《う》ち|明《あ》け、お|百合《ゆり》の|許《ゆる》しを|得《え》た|上《うへ》、それも|折《をり》があつたら|面会《めんくわい》するかも|分《わか》りませぬ。どうぞ|今日《けふ》|限《かぎ》り|昔《むかし》の|夢《ゆめ》は|忘《わす》れて|頂《いただ》き、|此《この》|東助《とうすけ》は|此《この》|後《のち》|貴女《あなた》に|対《たい》し、|一層《いつそう》|厳格《げんかく》の|態度《たいど》を|取《と》りますから、どうぞ|悪《わる》く|思《おも》うて|下《くだ》さいますな。|皆様《みなさま》の|前《まへ》で|私《わたくし》の|態度《たいど》を|公言《こうげん》して|置《お》きます』
と|矢《や》でも|鉄砲《てつぱう》でもいつかな|動《うご》かぬ|其《その》|顔色《がんしよく》に|高姫《たかひめ》は|縮《ちぢ》み|上《あが》り、|顔《かほ》をも|得《え》あげず|涙《なみだ》と|共《とも》に|泣《な》き|伏《ふ》した。
|高姫《たかひめ》は|力《ちから》なげに|詠《うた》ふ。
『|相《あい》|見《み》ての|今《いま》の|心《こころ》に|比《くら》ぶれば
|昔《むかし》|恋《こひ》しくなりにけるかな』
|東助《とうすけ》『|古《いにしへ》を|思《おも》ひ|浮《う》かべてくやむより
|開《ひら》く|五六七《みろく》の|御代《みよ》を|楽《たの》しめ
|親《おや》となり|子《こ》と|生《うま》るるも|神《かみ》の|代《よ》の
|深《ふか》き|縁《えにし》と|知《し》るや|知《し》らずや
|三十《みそ》あまり|五《いつ》つの|年《とし》を|経廻《へめぐ》りて
ここに|吾《わが》|子《こ》の|頼《たよ》りを|聞《き》くかな』
|高山彦《たかやまひこ》『|世《よ》の|中《なか》の|因果《いんぐわ》は|廻《めぐ》る|小車《をぐるま》の
|片輪車《かたわぐるま》ぞあはれなりけり
さりながら|吾《われ》も|昔《むかし》の|罪《つみ》の|子《こ》よ
|救《すく》はせ|玉《たま》へ|三五《あななひ》の|神《かみ》』
|黒姫《くろひめ》『|海山《うみやま》を|越《こ》えて|夫《をつと》を|尋《たづ》ねつつ
わがいとし|子《ご》に|会《あ》ひし|嬉《うれ》しさ』
|玉治別《たまはるわけ》『|吾《われ》を|生《う》みし|父《ちち》と|母《はは》とを|知《し》らずして
あだに|過《す》ごせし|身《み》の|愚《おろか》さよ』
|秋彦《あきひこ》『|三五《あななひ》の|神《かみ》の|恵《めぐみ》のいや|深《ふか》く
|吾《わが》|子《こ》の|行方《ゆくへ》|悟《さと》る|今日《けふ》かな』
|友彦《ともひこ》『|親《おや》と|子《こ》は|切《き》つても|切《き》れぬ|神々《かみがみ》の
|縁《えにし》の|綱《つな》に|結《むす》ばれにけむ』
テールス|姫《ひめ》『|桶伏《をけふせ》の|山《やま》の|麓《ふもと》の|神屋敷《かみやしき》
|目出度《めでた》き|事《こと》を|聞《き》く|今宵《こよひ》かな』
|夏彦《なつひこ》『|居《ゐ》ながらに|吾《わが》|子《こ》の|行方《ゆくへ》まつぶさに
|知《し》り|玉《たま》ひたる|君《きみ》ぞ|尊《たふと》き』
|佐田彦《さだひこ》『|古《いにしへ》の|夫《をつと》を|悟《さと》り|妻《つま》を|知《し》り
|吾《わが》|子《こ》に|遇《あ》ひし|人《ひと》ぞ|目出度《めでた》し』
|紫姫《むらさきひめ》『|今日《けふ》こそは|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|花《はな》|開《ひら》き
|心《こころ》も|薫《かを》る|秋《あき》の|大空《おほぞら》』
お|玉《たま》『|玉治別神《たまはるわけかみ》の|司《つかさ》は|父母《ちちはは》に
|遇《あ》ひて|嬉《うれ》しく|思召《おぼしめ》すらむ』
|竜国別《たつくにわけ》『たらちねの|親《おや》に|遇《あ》うたる|嬉《うれ》しさは
|吾《われ》も|一度《いちど》は|味《あぢ》はひにけり』
|鷹依姫《たかよりひめ》『|黒姫《くろひめ》や|高姫司《たかひめつかさ》|嘸《さぞ》やさぞ
|嬉《うれ》しかるらむ|御子《みこ》を|悟《さと》りて
|惟神《かむながら》|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひて
|今日《けふ》は|嬉《うれ》しき|夕《ゆふべ》なるかな』
|常彦《つねひこ》、|波留彦《はるひこ》、|孫公《まごこう》、|芳公《よしこう》、|房公《ふさこう》|其《その》|外《ほか》の|祝歌《しゆくか》は|数《かず》|限《かぎ》りなく|詠《よ》まれたれども、あまりくどくどしければ、|省略《しやうりやく》する|事《こと》となしぬ。|高姫《たかひめ》は|此《この》|後《のち》|如何《いか》なる|活動《くわつどう》をなすであらうか。
(大正一一・九・一九 旧七・二八 加藤明子録)
第二四章 |春秋《しゆんじう》〔九三九〕
|錦《にしき》の|宮《みや》の|偏《かた》|辺《ほと》り|総務館《やかた》の|奥《おく》の|間《ま》に、|東助《とうすけ》は|佐田彦《さだひこ》に|茶《ちや》を|汲《く》ませ|乍《なが》ら|脇息《けふそく》に|凭《も》たれ、|深《ふか》き|思案《しあん》に|沈《しづ》むものの|如《ごと》くであつた。|此《この》|時《とき》|表戸《おもてど》をガラリと|引《ひ》き|開《あ》け|出《で》て|来《き》たのは|秋彦《あきひこ》である。
|秋彦《あきひこ》『モシモシ|総務様《そうむさま》、|英子姫《ひでこひめ》|様《さま》が|一寸《ちよつと》お|目《め》にかかり|度《た》いと|仰《あふ》せになりますから|何卒《どうぞ》お|越《こ》し|下《くだ》さいませ。|紫姫《むらさきひめ》|様《さま》とお|二人《ふたり》が|待《ま》つて|居《を》られます』
|東助《とうすけ》『ヤアお|前《まへ》は|秋彦《あきひこ》、それは|御苦労《ごくらう》だつたナア。それなら|直《すぐ》に|参《まゐ》りませう……|佐田彦《さだひこ》|後《あと》を|頼《たの》むぞ』
と|云《い》ひ|捨《す》て|秋彦《あきひこ》と|共《とも》に|教主館《けうしゆやかた》に|礼服《れいふく》を|整《ととの》へ|進《すす》み|入《い》る。|英子姫《ひでこひめ》、|紫姫《むらさきひめ》は|東助《とうすけ》の|来《きた》るを|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》ちつつあつた。
|東助《とうすけ》『|英子姫《ひでこひめ》|様《さま》、お|使《つかひ》を|下《くだ》さいまして|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。|東助《とうすけ》|只今《ただいま》|参《まゐ》りまして|御座《ござ》います』
|紫姫《むらさきひめ》は|欣々《いそいそ》として|出《い》で|迎《むか》へ、
|紫姫《むらさきひめ》『|御苦労様《ごくらうさま》で|御座《ござ》いました。|何卒《どうぞ》|奥《おく》へお|通《とほ》り|下《くだ》さいませ』
と|慇懃《いんぎん》に|挨拶《あいさつ》し|乍《なが》ら|奥《おく》へ|連《つ》れて|行《ゆ》く。
|英子姫《ひでこひめ》『|総務《そうむ》さま、よく|来《き》て|下《くだ》さいました。|只今《ただいま》|玉照彦《たまてるひこ》|様《さま》、|玉照姫《たまてるひめ》|様《さま》の|御命令《ごめいれい》が|下《くだ》りましたので、|貴方《あなた》にお|伝《つた》へ|致《いた》さねばならぬ|事《こと》が|出来《でき》ました。|早速《さつそく》お|越《こ》し|下《くだ》さいまして|満足《まんぞく》に|思《おも》ひます』
|東助《とうすけ》はスボツコな|口調《くてう》で、
『|教主様《けうしゆさま》、|何《なに》か|急用《きふよう》でも|起《おこ》りましたか』
|英子姫《ひでこひめ》『はい、|別《べつ》に|大《たい》した|急用《きふよう》でも|御座《ござ》いませぬが|二柱《ふたはしら》の|神司《かむつかさ》のお|言葉《ことば》には、|貴方《あなた》はこれより|秋彦《あきひこ》を|従《したが》へ、フサの|国《くに》の|斎苑《いそ》の|館《やかた》へ|急行《きふかう》して|頂《いただ》かねばなりませぬ。|御用《ごよう》の|趣《おもむき》は|今日《けふ》の|処《ところ》では|分《わか》りませぬが、|何《なん》でも|素盞嗚尊《すさのをのみこと》|様《さま》が|貴方《あなた》に|対《たい》し|強《た》つての|御用《ごよう》があるさうで|御座《ござ》いますから、|何卒《どうぞ》|一日《いちにち》も|早《はや》く|御出立《ごしゆつたつ》を|願《ねが》ひます。|就《つ》いては|東助様《とうすけさま》、|貴方《あなた》の|御子様《おこさま》の|所在《ありか》が|分《わか》つたさうで|御座《ござ》いますナ、そして|高《たか》……』
と|云《い》ひかけて|俄《にはか》に|口《くち》を|噤《つぐ》み、
『|高砂島《たかさごじま》とやら|筑紫島《つくしじま》にお|在《い》でで|御座《ござ》いますとの|事《こと》を|承《うけたま》はりましたが、|実《じつ》にお|目出度《めでた》う|御座《ござ》います。|然《しか》るに|貴方《あなた》は|総務《そうむ》の|役目《やくめ》を|重《おも》んじ|遊《あそ》ばし|三十五年前《さんじふごねんぜん》の|吾《わが》|子《こ》にも|会《あ》はないとか|仰《あふ》せられたとかで、|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》|様《さま》は|大変《たいへん》に|感心《かんしん》をして|居《を》られました。|人《ひと》は|云《い》ふも|更《さら》なり、|禽獣《きんじう》の|端《はし》に|至《いた》るまで|吾《わが》|子《こ》を|恋《こひ》しく|思《おも》はないものは|御座《ござ》いますまい。お|見上《みあ》げ|申《まを》したお|心《こころ》と|云《い》つて、|二柱様《ふたはしらさま》が|非常《ひじやう》に|褒《ほ》めて|居《を》られましたぞえ』
|東助《とうすけ》『いやもうお|恥《はづ》かしい|事《こと》で|御座《ござ》います。|合《あ》はす|顔《かほ》も|御座《ござ》いませぬ。|今《いま》|迄《まで》|雪隠《せんち》で|饅頭《まんぢう》を|喰《く》た|様《やう》な|顔《かほ》して|居《を》りましたが、|斯《こ》んな|事《こと》がパツとしました|以上《いじやう》、|最早《もはや》|総務《そうむ》の|席《せき》に|留《とど》まつて|居《を》る|訳《わけ》には|参《まゐ》りませぬ。|何《なん》とかして|総務《そうむ》を|御辞退《ごじたい》|申《まを》し|度《た》いと|今日《けふ》も|今日《けふ》とて|思案《しあん》に|暮《く》れて|居《を》りました|処《ところ》へ、|秋彦《あきひこ》さまのお|使《つかひ》、|取《と》るものも|取敢《とりあへ》ずお|伺《うかが》ひ|致《いた》しました|次第《しだい》で|御座《ござ》います。|就《つい》ては|仰《あふ》せに|従《したが》ひ|一時《いちじ》も|早《はや》く|聖地《せいち》をさり、|大神様《おほかみさま》のお|指図《さしづ》に|従《したが》ひ、フサの|国《くに》の|斎苑館《いそやかた》に|急《いそ》ぎませう』
|英子姫《ひでこひめ》『|早速《さつそく》の|御承知《ごしようち》|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。|二柱《ふたはしら》の|神司様《かむつかささま》も|嘸《さぞ》|御満足《ごまんぞく》に|思召《おぼしめ》すで|御座《ござ》いませう。|然《しか》らば|道中《だうちう》お|仕合《しあは》せよく……|遠方《ゑんぱう》ですから|何卒《どうぞ》お|気《き》をつけてお|出《い》で|下《くだ》さいませ……これ|秋彦《あきひこ》、お|前《まへ》も|御気《おき》の|毒《どく》ですが|総務《そうむ》さまのお|伴《とも》をしてフサの|国《くに》へ|行《い》て|来《き》て|下《くだ》さいや』
|秋彦《あきひこ》『|願《ねが》うてもなき|御命令《ごめいれい》、こんな|嬉《うれ》しい|事《こと》は|御座《ござ》いませぬ。|又《また》もや|大神様《おほかみさま》に|親《した》しく|御面会《ごめんくわい》が|叶《かな》ふかと|思《おも》へば、|何《なん》とも|云《い》へぬ|心持《こころもち》で|御座《ござ》います。|能《よ》うマア|沢山《たくさん》の|幹部《かんぶ》が|御座《ござ》いますのに、|私《わたくし》|如《ごと》きを|選《えら》んで|下《くだ》さいました。これと|云《い》ふも|貴女様《あなたさま》のお|引立《ひきたて》、|厚《あつ》く|御礼《おんれい》を|申上《まをしあ》げます』
|英子姫《ひでこひめ》『|左様《さやう》なれば|機嫌《きげん》よう|行《い》て|来《き》て|下《くだ》さいませ』
|東助《とうすけ》『|然《しか》らば|玉照彦《たまてるひこ》|様《さま》、|玉照姫《たまてるひめ》|様《さま》にお|暇《いとま》を|申上《まをしあ》げて|参《まゐ》りませう』
|英子姫《ひでこひめ》『|今《いま》|錦《にしき》の|宮《みや》の|八尋殿《やひろどの》へお|越《こ》し|下《くだ》されば、お|二柱《ふたはしら》は|先《さき》に|神前《しんぜん》にてお|待受《まちう》けで|御座《ござ》いますから|私《わたくし》と|直《すぐ》に|八尋殿《やひろどの》に|参《まゐ》りませう』
|東助《とうすけ》『|左様《さやう》なればお|供《とも》をさして|頂《いただ》きませう』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|紫姫《むらさきひめ》、|秋彦《あきひこ》|諸共《もろとも》|英子姫《ひでこひめ》の|後《あと》に|従《したが》ひ|八尋殿《やひろどの》に|上《のぼ》り|行《ゆ》く。
|八尋殿《やひろどの》|正面《しやうめん》の|高座《かうざ》には|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》の|二柱《ふたはしら》|莞爾《くわんじ》として|四人《よにん》の|来《きた》るを|待《ま》たせ|給《たま》ひつつあつた。これより|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》の|神司《かむつかさ》を|初《はじ》め|英子姫《ひでこひめ》、|紫姫《むらさきひめ》、|東助《とうすけ》、|秋彦《あきひこ》は|神前《しんぜん》|近《ちか》く|進《すす》み|入《い》り、|大神《おほかみ》に|祈願《きぐわん》を|凝《こ》らし|長途《ちやうと》の|無事《ぶじ》を|祈《いの》りたる|上《うへ》、|二柱《ふたはしら》の|神司《かむつかさ》は|手《て》づから|東助《とうすけ》、|秋彦《あきひこ》に|神酒《みき》を|賜《たま》ひ|乍《なが》ら、
|玉照彦《たまてるひこ》『|東助殿《とうすけどの》、|何卒《どうぞ》|御無事《ごぶじ》で……』
|玉照姫《たまてるひめ》『|御神業《ごしんげふ》に|御奉仕《ごほうし》なさるやう……』
|英子姫《ひでこひめ》『|神《かみ》かけて|祈《いの》ります』
|紫姫《むらさきひめ》『|何卒《どうぞ》|早《はや》く|御用《ごよう》を|済《す》ませ、|御無事《ごぶじ》にお|帰《かへ》り|遊《あそ》ばす|日《ひ》をお|待《ま》ち|申《まを》して|居《を》ります』
|東助《とうすけ》は|神前《しんぜん》にて|歌《うた》ふ。
『|二柱神《ふたはしらかみ》の|司《つかさ》の|御言《みこと》もて
|斎苑《いそ》の|館《やかた》に|行《ゆ》くぞ|嬉《うれ》しき
|素盞嗚神尊《すさのをのかみのみこと》の|神館《かむやかた》
|指《さ》して|行《ゆ》く|身《み》ぞ|楽《たの》しかりけり
いざさらば|錦《にしき》の|宮《みや》を|立《た》ち|出《い》でて
|大海原《おほうなばら》を|越《こ》えて|進《すす》まむ
|諸々《もろもろ》の|教司《をしへつかさ》や|信徒《まめひと》に
|別《わか》れて|吾《われ》は|遠《とほ》く|行《ゆ》くなり』
|英子姫《ひでこひめ》『|鳥《とり》が|鳴《な》く|東野別《あづまのわけ》の|神司《かむつかさ》
|幸《さち》あれかしと|吾《われ》は|祈《いの》らむ』
|東助《とうすけ》『|古《いにしへ》の|吾《わが》|名《な》を|如何《いか》に|知《し》らすらむ
|実《げ》に|恥《はづ》かしき|罪《つみ》の|身《み》の|上《うへ》』
|英子姫《ひでこひめ》『|此《この》|頃《ごろ》のしるべ|無《な》しとも|大神《おほかみ》に
|由緒《ゆかり》ある|人《ひと》|雄々《をを》しかりけり』
|紫姫《むらさきひめ》『|東別神命《あづまわけかみのみこと》の|草枕《くさまくら》
|旅《たび》を|思《おも》ひて|吾《われ》は|嬉《うれ》しき
|秋彦《あきひこ》の|神《かみ》の|司《つかさ》よ|何処《どこ》までも
|心《こころ》|注《そそ》ぎて|御供《みとも》に|仕《つか》へよ』
|秋彦《あきひこ》『いざさらば|吾《われ》は|聖地《せいち》を|立《た》ち|出《い》でて
|東野別《あづまのわけ》の|供《とも》に|仕《つか》へむ』
|玉照彦《たまてるひこ》『|千早振《ちはやぶ》る|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|深《ふか》ければ
|大海原《おほうなばら》もつつむ|事《こと》なし』
|玉照姫《たまてるひめ》『|霊《たま》|幸《ち》はふ|神《かみ》の|恵《めぐみ》にやすやすと
|大海原《おほうなばら》を|渡《わた》り|行《ゆ》け|君《きみ》』
|東助《とうすけ》『|有難《ありがた》し|神《かみ》の|御言《みこと》を|蒙《かかぶ》りて
|進《すす》み|行《ゆ》かなむ|神《かみ》の|御許《みもと》へ』
と|互《たがひ》に|歌《うた》を|取《と》り|交《かは》し|乍《なが》ら、|喜《よろこ》び|勇《いさ》んで|旅装《りよさう》を|整《ととの》へ、|此《この》|度《たび》は|路《みち》を|南《みなみ》にとり、|明石《あかし》の|港《みなと》より|淡路島《あはぢしま》の|吾《わが》|館《やかた》に|立《た》ちより、お|百合《ゆり》の|方《かた》に|暫《しば》し|暇《いとま》を|告《つ》げ、|秋彦《あきひこ》|外《ほか》|吾《わが》|家《や》の|家《いへ》の|子《こ》|二三《にさん》を|伴《ともな》ひ|波《なみ》の|上《うへ》を|辷《すべ》つて|月日《つきひ》を|重《かさ》ね、フサの|国《くに》のタルの|港《みなと》に|上陸《じやうりく》し、ウブスナ|山《やま》の|斎苑館《いそやかた》を|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く|事《こと》となつた。
これは|英子姫《ひでこひめ》の|慈悲心《じひしん》によつて|東助《とうすけ》の|立場《たちば》を|慮《おもんばか》り、フサの|都《みやこ》に|急用《きふよう》ありとて|差《さ》し|遣《つか》はしなば、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は|喜《よろこ》び|給《たま》ひて|片腕《かたうで》となし|給《たま》ひ、|且《か》つ|斎苑《いそ》の|館《やかた》へ|参詣《まゐまう》で|来《く》る|建日館《たけひやかた》の|建国別《たけくにわけ》、|建能姫《たけのひめ》に|期《き》せずして|面会《めんくわい》せしめむとの|計《はか》らひであつた。さうして|東助《とうすけ》の|聖地《せいち》をさりし|後《あと》は|竜国別《たつくにわけ》|総務《そうむ》となりて|聖地《せいち》を|守《まも》る|事《こと》となりにける。
○
|東助《とうすけ》の|聖地《せいち》を|去《さ》りし|事《こと》を|夢《ゆめ》にも|知《し》らぬ|高姫《たかひめ》は、|夏彦《なつひこ》の|使《つかひ》によつて|教主《けうしゆ》|英子姫《ひでこひめ》の|館《やかた》に|出頭《しゆつとう》した。
|高姫《たかひめ》『お|早《はや》う|御座《ござ》います。|今朝《けさ》は|夏彦《なつひこ》さまを|以《もつ》てお|招《まね》き|下《くだ》さいまして|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。|何《なに》か|変《かは》つた|御用《ごよう》でも|出来《でき》たので|御座《ござ》いますかな』
|英子姫《ひでこひめ》『それは|能《よ》くこそ|御入出《おいで》|下《くだ》さいました。|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》|様《さま》の|御命令《ごめいれい》で|御座《ござ》いますが、|貴女《あなた》|様《さま》は|御苦労《ごくらう》|乍《なが》ら、これから|暫《しばら》く|生田《いくた》の|森《もり》へ|行《い》つて|御守護《ごしゆご》を|願《ねが》はねばなりませぬ。さうして|東助様《とうすけさま》は|今《いま》はフサの|国《くに》へお|使《つか》ひにお|出《い》でになりましたから、|淡路島《あはぢしま》の|方面《はうめん》も|守《まも》つて|頂《いただ》かねばなりませぬ』
|高姫《たかひめ》『ハイ、|畏《かしこ》まりまして|御座《ござ》います。|御命令《ごめいれい》とあれば|何処《どこ》へなりとも|参《まゐ》ります。さうして|総務様《そうむさま》はフサの|国《くに》へ|何時《いつ》お|出《いで》になりましたか』
|英子姫《ひでこひめ》『ハイ、|昨日《きのふ》の|夕方《ゆふがた》|此処《ここ》を|立《た》たれました』
|高姫《たかひめ》はサツと|顔《かほ》の|色《いろ》を|変《か》へた。されど|素知《そし》らぬ|顔《かほ》をよそほひ、
『アヽ|左様《さやう》で|御座《ござ》いましたか。|遠方《ゑんぱう》へ|御苦労《ごくらう》で|御座《ござ》いますな』
|英子姫《ひでこひめ》『|此《この》|世《よ》の|中《なか》は|何事《なにごと》も|神様《かみさま》にお|任《まか》せするより|仕方《しかた》はありませぬ。|何程《なにほど》|人間《にんげん》があせつても|成《な》る|様《やう》にほか|成《な》りませぬからな』
|高姫《たかひめ》『|生田《いくた》の|森《もり》には|玉能姫《たまのひめ》、|国玉別《くにたまわけ》、|駒彦《こまひこ》が|居《を》られるぢやございませぬか』
|英子姫《ひでこひめ》『ハイ、|彼処《あこ》には|琉《りう》と|球《きう》との|宝玉《ほうぎよく》が|納《をさ》まり、|国玉別《くにたまわけ》|夫婦《ふうふ》が|守《まも》つて|居《を》りますが、|神界《しんかい》の|都合《つがふ》に|依《よ》つて|球《きう》の|玉《たま》を|紀《き》の|国《くに》の|離《はな》れ|島《じま》へ|納《をさ》めに|行《ゆ》かねばなりませぬ。|就《つい》ては|生田《いくた》の|森《もり》に|琉《りう》の|宝玉《ほうぎよく》を|祭《まつ》り、|御守護《ごしゆご》を|致《いた》さねばならないので|御座《ござ》います。|此《この》|御守護《ごしゆご》は|高姫《たかひめ》|様《さま》にお|願《ねが》ひ|致《いた》さねばならないのですから、|御苦労《ごくらう》|乍《なが》ら|佐田彦《さだひこ》と|共《とも》に|御出張《ごしゆつちやう》を|願《ねが》ひます。|貴女《あなた》がお|出《いで》になれば|国玉別《くにたまわけ》、|玉能姫《たまのひめ》は|待《ま》ち|受《う》けて|居《を》る|事《こと》になつて|居《ゐ》ますから……』
|高姫《たかひめ》『|願《ねが》うてもなき|有難《ありがた》き|御命令《ごめいれい》、|謹《つつし》んでお|受《う》けを|致《いた》します』
と|俄《にはか》に|欣々《いそいそ》とし|袖《そで》を|羽《は》ばたきし|乍《なが》ら|立上《たちあが》り、
|高姫《たかひめ》『サア、|佐田彦《さだひこ》、お|前《まへ》も|結構《けつこう》だよ、|早《はや》く|準備《こしらへ》なさいませ。|愚図々々《ぐづぐづ》して|居《ゐ》ると|東助《とうすけ》さまが……|否々《いやいや》|国玉別《くにたまわけ》さまがお|待《ま》ち|兼《か》ねですから……』
と|慌《あわ》てて|立《た》ち|出《い》でむとする。
|英子姫《ひでこひめ》『|一寸《ちよつと》お|待《ま》ち|下《くだ》さいませ。|御神前《ごしんぜん》にて|道中《だうちう》の|御無事《ごぶじ》を|祈《いの》りし|上《うへ》|御神酒《おみき》を|頂《いただ》いて|御出《おいで》|下《くだ》さいませ。|東助様《とうすけさま》も|御神酒《おみき》を|頂《いただ》き|秋彦《あきひこ》を|連《つ》れて|生田《いくた》の|森《もり》をさして|行《ゆ》かれました』
|高姫《たかひめ》『ハイ、|有難《ありがた》う。|何《なに》を|云《い》うても|内地《ないち》の|事《こと》で|御座《ござ》いますから、|神界《しんかい》の|御用《ごよう》|一刻《いつこく》の|猶予《いうよ》も|出来《でき》ませぬ。|何卒《どうぞ》|貴女《あなた》|代《かは》はつて|御祈願《ごきぐわん》して|下《くだ》さい……コレ|佐田彦《さだひこ》、|早《はや》く|立《た》ち|上《あが》りなさらぬか』
と|英子姫《ひでこひめ》の|言葉《ことば》も|碌々《ろくろく》|耳《みみ》にも|入《い》れず|慌《あわ》てふためき|内心《ないしん》は……|生田《いくた》の|森《もり》に|東助《とうすけ》が|泊《とま》つて|居《ゐ》るだらうから|愚図々々《ぐづぐづ》してはフサの|国《くに》へ|行《ゆ》かれた|後《あと》の|祭《まつ》り、|今《いま》|一言《ひとこと》|云《い》つても|見《み》たい、|会《あ》うても|見度《みた》い……と|云《い》ふ|心《こころ》がムラムラと|起《おこ》りし|為《ため》、|気《き》が|気《き》でなく|慌《あわ》て|出《だ》して、|時《とき》を|移《うつ》さず|旅装《りよさう》を|整《ととの》へ、|須知山峠《しゆちやまたうげ》を|踏《ふ》み|越《こ》え、|足《あし》を|早《はや》めて|生田《いくた》の|森《もり》へと|急《いそ》ぎ|行《ゆ》く。
(大正一一・九・一九 旧七・二八 北村隆光録)
第二五章 |琉《りう》の|玉《たま》〔九四〇〕
|東助《とうすけ》は|秋彦《あきひこ》と|共《とも》に|生田《いくた》の|森《もり》の|若彦《わかひこ》(|今《いま》は|国玉別《くにたまわけ》)の|館《やかた》に|翌日《あくるひ》の|夜明《よあ》け|頃《ごろ》、|一寸《ちよつと》|立寄《たちよ》つて|見《み》た。|昔《むかし》は|人《ひと》は|一夜《いちや》の|中《うち》に|五十里《ごじふり》や|八十里《はちじふり》は|平気《へいき》で|跋渉《ばつせふ》したものである。
|東助《とうすけ》『|国玉別《くにたまわけ》さまは|居《を》られますかなア』
と|訪《おとな》ふ|声《こゑ》に|駒彦《こまひこ》はあわてて|飛《と》び|出《だ》し、
|駒彦《こまひこ》『コレハコレハ|総務《そうむ》さまで|御座《ござ》いますか。……ヤアお|前《まへ》は|秋彦《あきひこ》、|久振《ひさしぶ》りだつたなあ』
|秋彦《あきひこ》『ウン』
|東助《とうすけ》『|夫婦《ふうふ》は|居《を》られるかなア』
と|重《かさ》ねて|問《と》へば|駒彦《こまひこ》は、
|駒彦《こまひこ》『ハイ、|今朝《けさ》のお|礼《れい》を|済《す》ませ、|夫婦《ふうふ》|連《づ》れにて|軈《やが》て|東助様《とうすけさま》が|見《み》えるだらうから、それ|迄《まで》に|布引《ぬのびき》の|滝《たき》へ|水垢離《みづごり》を|取《と》りに|往《い》つて|来《く》るから、|一寸《ちよつと》|待《ま》つてゐて|貰《もら》へとの|命令《めいれい》で|御座《ござ》いました。どうぞ|暫《しばら》く|御休息《ごきうそく》|下《くだ》さいませ。やがてお|帰《かへ》りになるでせうから……』
|東助《とうすけ》『|別《べつ》に|用《よう》もないのだから、|夫婦《ふうふ》が|帰《かへ》られたら、|東助《とうすけ》がフサの|国《くに》の|斎苑《いそ》の|館《やかた》へ|御神務《ごしんむ》を|帯《お》びて|行《ゆ》く|途中《とちう》、|一寸《ちよつと》|訪問《はうもん》したと|伝《つた》へておいてくれ。|神様《かみさま》の|御用《ごよう》は|一刻《いつこく》も|猶予《いうよ》は|出来《でき》ないから………』
と|云《い》ひすて、|早《はや》くも|此《この》|場《ば》をスタスタと|立去《たちさ》りにける。|秋彦《あきひこ》も|兄《あに》の|駒彦《こまひこ》に|折角《せつかく》|会《あ》ひ|乍《なが》ら、|碌々《ろくろく》に|詞《ことば》も|交《かは》し|得《え》ざる|本意《ほんい》なさに、|後《あと》ふり|返《かへ》りふり|返《かへ》り|名残《なごり》を|惜《を》しみつつ、|東助《とうすけ》の|後《あと》に|従《したが》つて|明石《あかし》の|港《みなと》を|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く。
|後《あと》に|駒彦《こまひこ》は|双手《もろて》を|組《く》み、
|駒彦《こまひこ》『あゝ|何《なん》としたすげない|人《ひと》だらう。いつも|朴訥《ぼくとつ》な|東助《とうすけ》さまだと|聞《き》いて|居《を》つたが、コリヤ|又《また》|余《あま》り|愛想《あいさう》がなさすぎる。|国玉別《くにたまわけ》|夫婦《ふうふ》も|夫婦《ふうふ》だ、|何故《なぜ》こんな|時《とき》に|布引《ぬのびき》の|滝《たき》なんかへ|行《ゆ》くのだらう。|行《い》きたけりやモ|少《すこ》し|早《はや》く|往《い》つて、|早《はや》く|帰《かへ》つて|来《く》れば|良《よ》いのに、|此《この》|頃《ごろ》は|玉能姫《たまのひめ》が|膨《ふく》れたとか、ふくれぬとか、|何《なん》とか|彼《かん》とか|云《い》つて、|小言《こごと》ばかり|仰有《おつしや》るものだから、|女房《にようばう》に|甘《あま》い|国公《くにこう》も、|夜分《やぶん》は|碌々《ろくろく》によう|寝《ね》ないと|見《み》えて、|朝寝《あさね》をするのだ。それだから|斯《こ》んなことが|出来《でき》て|来《く》るのだ。エヽまあまあなんでこれ|程《ほど》|遅《おそ》いのだろ。これから|一走《ひとはし》り|駆《か》け|出《だ》せば、|秋彦《あきひこ》に|会《あ》はれぬ|事《こと》はないが、|又《また》|不在《るす》にしておいては、おれの|役《やく》がすまぬなり、|困《こま》つた|事《こと》が|出来《でき》て|来《き》た。これだから|若夫婦《わかふうふ》の|世話《せわ》はするものぢやないと|人《ひと》が|言《い》ふのだ。|東助《とうすけ》さまも|大方《おほかた》|早《はや》く|淡路島《あはぢしま》へ|立寄《たちよ》つて|女房《にようばう》のお|百合《ゆり》に|会《あ》ひ、|一分間《いつぷんかん》でもいちやつかうと|思《おも》うて、|倉皇《さうくわう》として|駆《か》け|出《だ》したのだらう。ヤツパリ|夫婦《ふうふ》といふものは|互《たがひ》に|恋《こひ》しいものと|見《み》えるワイ。おれも|早《はや》く|修行《しうぎやう》をして|結構《けつこう》な|女房《にようばう》を|持《も》ち、|家庭《かてい》を|作《つく》つて、……コレ|駒彦《こまひこ》……イヤ|女房《にようばう》……と|意茶《いちや》ついて|見《み》たいものだ。あゝ|辛気《しんき》|臭《くさ》い、|男同志《をとこどうし》の|兄弟《きやうだい》にさへ|碌々《ろくろく》|話《はなし》も|出来《でき》ぬやうな|詰《つま》らぬことがあるものか』
と|呟《つぶや》いてゐる。そこへ|帰《かへ》つて|来《き》たのは|国玉別《くにたまわけ》、|玉能姫《たまのひめ》の|両人《りやうにん》であつた。
|駒彦《こまひこ》『コレ|国《くに》さま、|玉《たま》さま、|何《なに》をグヅグヅしてゐるのだ。とうとう|東助《とうすけ》が|愛想《あいさう》をつかして|帰《かへ》つて|了《しま》ひました。|秋彦《あきひこ》までが……』
|国玉別《くにたまわけ》『|東助《とうすけ》が|帰《かへ》つたとは、|誰《たれ》の|事《こと》だ』
|駒彦《こまひこ》『|誰《たれ》のこともあつたものか。|国玉別《くにたまわけ》さま、|玉能姫《たまのひめ》さま、よい|加減《かげん》にしておきなさい。|聖地《せいち》の|総務《そうむ》の|東助《とうすけ》さまがここへ|一寸《ちよつと》お|寄《よ》りになり、お|前《まへ》さま|等《ら》|夫婦《ふうふ》の|不在《ふざい》を|見《み》て、|何《なん》とマア|仲《なか》の|良《よ》い|夫婦《ふうふ》ぢやなア……と|思《おも》はれたか、|思《おも》はれぬか、そりや|知《し》らぬが、どうぞ|宜《よろ》しうと|云《い》つて、トツトと|帰《かへ》つて|行《い》かれました。|秋彦《あきひこ》までが、|折角《せつかく》|兄弟《きやうだい》に|対面《たいめん》し|乍《なが》ら、ロクに|私《わたし》に|詞《ことば》も|交《かは》さず、|明石《あかし》の|港《みなと》まで|行《い》つて|了《しま》つたのですよ。まだ|半時《はんとき》|許《ばか》り|前《さき》だから、|私《わたし》はこれから|追《お》つかけて、|弟《おとうと》にモウ|一目《ひとめ》|会《あ》うて|来《き》ます。どうぞお|前《まへ》さま|等《ら》|夫婦《ふうふ》は|此処《ここ》に|仲好《なかよ》うしてゐて|下《くだ》さい。|何《なに》か|伝言《ことづけ》があるなら|申上《まをしあ》げますから……』
|玉能姫《たまのひめ》『それはそれは|誠《まこと》に|不都合《ふつがふ》な|事《こと》で|御座《ござ》いましたなア……|国玉別《くにたまわけ》さま|如何《どう》|致《いた》しませうか』
|国玉別《くにたまわけ》『|後《あと》|追《お》つかけてでも|行《い》かうものなら、|東助様《とうすけさま》の|気性《きしやう》としてどんなに|怒《おこ》られるか|知《し》れたものぢやない。いつそ|駒彦《こまひこ》に|往《い》つて|貰《もら》はう。……コレ|駒彦《こまひこ》、|国玉別《くにたまわけ》|夫婦《ふうふ》が|誠《まこと》にすまぬことで|御座《ござ》いましたとお|詫《わび》をしてゐたと、|是《これ》だけ|言《い》つてくれ。|其《その》|外《ほか》のことは|何《なん》にも|言《い》はぬが|宜《よろ》しいぞ』
|駒彦《こまひこ》『ヨシ|合点《がつてん》だ!』
といひ|乍《なが》ら|尻《しり》ひつからげ、|生田《いくた》の|森《もり》の|中《なか》に|姿《すがた》をかくした|限《き》り|日《ひ》の|暮《く》れ|過《すぎ》まで|帰《かへ》つて|来《こ》なかつた。
|其《その》|日《ひ》の|暮《くれ》|頃《ごろ》、|高姫《たかひめ》は|佐田彦《さだひこ》と|共《とも》に|慌《あわ》ただしくやつて|来《き》た。
|高姫《たかひめ》『モシモシ|国玉別《くにたまわけ》さま、|私《わたし》は|高姫《たかひめ》で|御座《ござ》います。|神様《かみさま》の|御命令《ごめいれい》に|依《よ》つて、|生田《いくた》の|森《もり》の|守護職《しゆごしよく》となり、はるばると|出《で》て|来《き》ました。お|前《まへ》さまは|此《この》|事《こと》は|疾《と》つくに|御存《ごぞん》じでせうなア』
と|門口《かどぐち》から|出《だ》しぬけに|喚《わめ》いてゐる。|玉能姫《たまのひめ》は|此《この》|声《こゑ》を|聞《き》くよりあわただしく|表《おもて》に|飛《と》び|出《だ》し、
|玉能姫《たまのひめ》『これはこれは|高姫《たかひめ》|様《さま》、|能《よ》うこそいらせられました。サアお|這入《はい》り|下《くだ》さいませ。|貴女《あなた》の|此所《ここ》へお|越《こ》しになることは、|二三日《にさんにち》|以前《いぜん》より、|錦《にしき》の|宮《みや》から|通知《つうち》が|御座《ござ》いまして、|其《その》|用意《ようい》の|為《ため》にいろいろ|道具《だうぐ》の|取片付《とりかたづけ》も|致《いた》し、|今日《けふ》は|名残《なごり》に|布引《ぬのびき》の|滝《たき》へ|禊《みそぎ》に|行《い》つて|参《まゐ》りました。サア|今日《けふ》からは|貴女《あなた》は|此《この》|館《やかた》の|主人《あるじ》、どうぞ|御遠慮《ごゑんりよ》なく|奥《おく》へお|通《とほ》り|下《くだ》さいませ』
|高姫《たかひめ》『ハイ|有難《ありがた》う』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|何《なん》となくそはそはしい|様子《やうす》で、そこらあたりをキヨロキヨロと|見《み》まはしつつ、|言《い》ひ|憎《にく》さうに、モヂモヂし|乍《なが》ら、
『あの……|東助《とうすけ》さまはここへ|御立寄《おたちよ》りにはなりませなんだかなア』
|玉能姫《たまのひめ》『ハイ、|今朝《けさ》|早々《さうさう》お|尋《たづ》ね|下《くだ》さつた|相《さう》で|御座《ござ》いますが、|折《をり》あしく|布引《ぬのびき》の|滝《たき》へ|夫婦《ふうふ》の|者《もの》が|水行《すいぎやう》に|参《まゐ》り、|不在中《ふざいちゆう》だつたものですから、|門《かど》の|閾《しきゐ》も|跨《また》げずに、|秋彦《あきひこ》と|一緒《いつしよ》にお|帰《かへ》りなつたといふことです。|大方《おほかた》|今頃《いまごろ》は|淡路島《あはぢしま》の|吾《わが》|館《やかた》へでもお|立寄《たちよ》りになつて、|今晩《こんばん》はゆつくりお|休《やす》み|遊《あそ》ばし、|明日《みやうにち》|更《あらた》めてお|出《い》でになるでせう』
|高姫《たかひめ》『ヤアそりや|大変《たいへん》だ。|如何《どう》しても|斯《か》うしても|東助《とうすけ》さまに|一目《ひとめ》お|目《め》にかかり、|一言《ひとこと》|恨《うら》みいはねばなりませぬ。イヤ|一言《ひとこと》|御礼《おれい》をいはねばならないのです。コレ|国玉別《くにたまわけ》さま、|玉能姫《たまのひめ》さま、|御苦労《ごくらう》だが、|一《ひと》ツ|舟《ふね》を|急《いそ》いで|出《だ》して|下《くだ》さい。そして|淡路島《あはぢしま》まで|送《おく》り|届《とど》けて|下《くだ》さい。|玉能姫《たまのひめ》|様《さま》は|舟《ふね》を|操《あやつ》るのが|大変《たいへん》お|上手《じやうづ》だから……』
|国玉別《くにたまわけ》『|又《また》|貴方《あなた》は|俄《にはか》に|東助様《とうすけさま》をお|慕《した》ひ|遊《あそ》ばすのですな。|何《なに》か|深《ふか》い|事情《じじやう》が|御座《ござ》いますか』
|高姫《たかひめ》『|事情《じじやう》がなうて|何《なん》としよう。|私《わたし》の|恋《こひ》しい|恋《こひ》しい|昔《むかし》の|夫《をつと》で|御座《ござ》んすワイナ。サア|早《はや》く|舟《ふね》を|出《だ》して|下《くだ》さいなア。コレ|玉能姫《たまのひめ》さま、|一生《いつしやう》の|願《ねが》ひぢや、|早《はや》う|出《だ》して|下《くだ》さらぬと|間《ま》に|合《あ》ひませぬ』
|玉能姫《たまのひめ》『モシ|国玉別《くにたまわけ》|様《さま》、|舟《ふね》を|出《だ》して|送《おく》つて|上《あ》げませうかなア』
|国玉別《くにたまわけ》『|折角《せつかく》のお|頼《たの》みだから、|送《おく》つて|上《あ》げたいが、|昔《むかし》の|恋男《こひをとこ》だなんて|聞《き》く|上《うへ》は、ウツカリ|送《おく》る|訳《わけ》にも|行《ゆ》くまい。|東助《とうすけ》さまの|御心《おこころ》も|分《わか》らず、ウツカリ|送《おく》つて|行《ゆ》かうものなら、それこそ|何《ど》んなお|目玉《めだま》を|頂戴《ちやうだい》するか|分《わか》るまいぞや。いつもの|東助様《とうすけさま》ならば、ゆつくりと|吾《わが》|家《や》に|休《やす》んで|行《い》つて|下《くだ》さるのだけれど、|閾《しきゐ》もまたげずに|行《ゆ》かれたとこを|思《おも》へば、|高姫《たかひめ》さまが|後《あと》からお|出《いで》になるのを|知《し》つて、うるさがつて|逃《に》げられたのかも|分《わか》らぬから、|此奴《こいつ》ア|一《ひと》つ|考《かんが》へものだ』
|高姫《たかひめ》『エヽ|人情《にんじやう》を|知《し》らぬ|冷酷《れいこく》な|動物《どうぶつ》だなア。そんなことで|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が|出来《でき》ますか。チツト|粋《すゐ》を|利《き》かしたら|如何《どう》だなア』
かく|話《はな》す|折《をり》しもスタスタと|帰《かへ》つて|来《き》たのは|駒彦《こまひこ》であつた。
|国玉別《くにたまわけ》『ヤア|駒彦《こまひこ》か。|東助《とうすけ》さまに|会《あ》うて|来《き》たか』
|駒彦《こまひこ》『ハイ|都合《つがふ》よく|明石《あかし》の|港《みなと》で|追《お》つ|着《つ》き、|秋彦《あきひこ》にも|会《あ》ひ、それから|舟《ふね》で|淡路島《あはぢしま》のお|宅《たく》まで|送《おく》り|届《とど》け、お|百合《ゆり》さまと|面会《めんくわい》の|上《うへ》|酒《さけ》を|汲《く》みかはし、|私《わたし》|達《たち》|兄弟《きやうだい》もドツサリと|頂《いただ》きました』
|高姫《たかひめ》『コレお|前《まへ》は|駒彦《こまひこ》だつたな。そして|東助《とうすけ》さまはまだ|淡路島《あはぢしま》にゐられますかな』
|駒彦《こまひこ》『ヤア|高姫《たかひめ》|様《さま》か、お|珍《めづ》らしい|所《ところ》でお|目《め》にかかりました。|随分《ずゐぶん》|貴女《あなた》も|玉《たま》の|事《こと》について、|生田《いくた》の|森《もり》には|面白《おもしろ》い|経歴《けいれき》が|残《のこ》つて|居《を》りますなア。|国依別《くによりわけ》さまの|神憑《かむがかり》で|竹生島《ちくぶしま》へお|越《こ》しになつたり、|随分《ずゐぶん》|御苦労《ごくらう》をなさいましたですなア。|未《いま》だに|時々《ときどき》|思《おも》ひ|出《だ》して、|国玉別《くにたまわけ》|様《さま》と|話《はなし》して|居《ゐ》るのですよ。|随分《ずゐぶん》|玉《たま》にかけては、|貴女《あなた》も|偉《えら》いものですなア』
|高姫《たかひめ》『コレ|駒彦《こまひこ》、|玉《たま》の|事《こと》は|如何《どう》でも|宜《よろ》しい、|暇《ひま》な|時《とき》に|聞《き》かして|下《くだ》さい。|東助《とうすけ》さまは|如何《どう》して|居《を》られますかなア。サア|早《はや》く|云《い》つて|下《くだ》さい。|早《はや》く|早《はや》く、|気《き》がせけてなりませぬワイナ』
|駒彦《こまひこ》『|東助《とうすけ》さまですか、|明石海峡《あかしかいけふ》で|別《わか》れました。モウ|今頃《いまごろ》にやあの|勢《いきほひ》で|行《ゆ》かれたら、|高砂《たかさご》の|沖《おき》へでもかかつてゐられるでせう。|私《わたし》は|小舟《こぶね》でたつた|一人《ひとり》、ここまで|帰《かへ》つて|来《き》ました。そして|森《もり》の|中《なか》でいろいろと|道草《みちくさ》をくつて|居《を》りましたから、|大分《だいぶん》|時間《じかん》がたつて|居《を》りますよ。|高姫《たかひめ》さまは|東助《とうすけ》さまに|何《なに》か|急用《きふよう》があるのですか』
|高姫《たかひめ》『エヽもう|宜《よろ》しい。|東助《とうすけ》の|事《こと》は|思《おも》ひますまい』
|国玉別《くにたまわけ》『サア|高姫《たかひめ》|様《さま》、|何卒《どうぞ》ここに|洗足《せんそく》の|湯《ゆ》が|沸《わ》いて|居《を》りますから、|之《これ》を|使《つか》つてお|上《あが》り|下《くだ》さいませ、|事務《じむ》の|引継《ひきつ》ぎをせなくてはなりませぬから、|引継《ひきつ》いだ|以上《いじやう》は|最早《もはや》|此処《ここ》は|貴女《あなた》のお|館《やかた》ですから、どうぞ|御《ご》ゆつくりとくつろいで|御話《おはなし》を|承《うけたま》はりませう』
|高姫《たかひめ》『ハイ|有難《ありがた》う』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|佐田彦《さだひこ》に|足《あし》を|洗《あら》つて|貰《もら》ひ、|塵《ちり》を|打払《うちはら》ひ|乍《なが》ら、|笠《かさ》をぬぎ|蓑《みの》をすて、|奥《おく》の|間《ま》へ|進《すす》み|入《い》る。
|其《その》|夜《よ》は|主客《しゆきやく》|共《とも》に|安《やす》く|寝《しん》につき、|翌日《あくるひ》|国玉別《くにたまわけ》は|琉《りう》の|玉《たま》を|高姫《たかひめ》の|前《まへ》に|差出《さしだ》し、
|国玉別《くにたまわけ》『これが|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》より|預《あづか》りました|琉《りう》の|宝玉《ほうぎよく》で|御座《ござ》います。|貴女《あなた》は|此《この》|玉《たま》を|何処《どこ》までも|保護《ほご》して|長《なが》く|此《この》|森《もり》にお|止《とど》まり|下《くだ》さいませ。|私《わたし》は|神命《しんめい》に|依《よ》り、|玉能姫《たまのひめ》、|駒彦《こまひこ》と|共《とも》に|球《きう》の|玉《たま》を|持《も》つて、|紀《き》の|国路《くにぢ》へ|参《まゐ》り、|之《これ》を|祀《まつ》らねばなりませぬから、どうぞ、|宜《よろ》しうお|願《ねがひ》|申《まを》します』
|玉能姫《たまのひめ》『|高姫《たかひめ》|様《さま》、|何卒《どうぞ》|宜《よろ》しく』
|高姫《たかひめ》『ハイ、|畏《かしこ》まりました。|私《わたし》のやうな|者《もの》が、|尊《たふと》い|琉《りう》の|玉《たま》を|保護《ほご》さして|頂《いただ》くといふ|事《こと》は、|何《なん》とした|冥加《みやうが》に|余《あま》つた|事《こと》で|御座《ござ》いませう。キツト|大切《たいせつ》にお|守《まも》り|致《いた》しますから、|御安心《ごあんしん》|下《くだ》さいませ』
|国玉別《くにたまわけ》『|早速《さつそく》|御承知《ごしようち》|下《くだ》さつた|上《うへ》は、|一刻《いつこく》も|猶予《いうよ》がなりませぬ。サア|是《これ》より|球《きう》の|玉《たま》を|捧《ほう》じ、|紀《き》の|国《くに》へ|参《まゐ》りますから、|随分《ずゐぶん》|御機嫌《ごきげん》よくお|勤《つと》めなさいませ』
|玉能姫《たまのひめ》『|駒彦《こまひこ》、サア|参《まゐ》りませう………|高姫《たかひめ》|様《さま》|左様《さやう》ならば|暫《しばら》くお|別《わか》れ|致《いた》します』
|高姫《たかひめ》『どうぞ|御無事《ごぶじ》に|御神業《ごしんげふ》をお|勤《つと》めあそばすやう|祈《いの》つて|居《を》ります。そんならそこ|迄《まで》|私《わたくし》がお|送《おく》り|致《いた》しますから、コレ|佐田彦《さだひこ》、|此《この》|宝玉《ほうぎよく》の|番《ばん》をしてゐて|下《くだ》さい』
|国玉別《くにたまわけ》『イエイエそれには|及《およ》びませぬ。|此《この》|玉《たま》が|館《やかた》にある|以上《いじやう》は、あなたは|暫《しばら》くの|間《あひだ》は|此《この》|家《いへ》をお|出《で》ましになつてはいけませぬ』
|高姫《たかひめ》『|左様《さやう》ならば、|是非《ぜひ》が|御座《ござ》いませぬ。ここでお|別《わか》れ|致《いた》しませう』
と|門口《かどぐち》に|見送《みおく》る。|国玉別《くにたまわけ》、|玉能姫《たまのひめ》、|駒彦《こまひこ》は|十数人《じふすうにん》の|信徒《しんと》に|送《おく》られ、|夜《よ》を|日《ひ》についで|紀《き》の|国《くに》の|若《わか》の|浦《うら》を|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一一・九・一九 旧七・二八 松村真澄録)
第二六章 |若《わか》の|浦《うら》〔九四一〕
|秋《あき》も|漸《やうや》く|高《たか》くして |四方《よも》の|山辺《やまべ》に|佐保姫《さほひめ》の
|錦《にしき》|織出《おりだ》し|小男鹿《さをしか》の |妻《つま》|恋《こ》ふ|声《こゑ》を|聞《き》き|乍《なが》ら
|心《こころ》あうたる|夫婦《ふうふ》|連《づ》れ |国玉別《くにたまわけ》や|玉能姫《たまのひめ》
|駒彦《こまひこ》さまと|諸共《もろとも》に |数多《あまた》の|信者《しんじや》に|送《おく》られて
|球《きう》の|玉《たま》をば|捧持《ほうぢ》しつ |再度山《ふたたびさん》の|山麓《さんろく》に
たちたる|館《やかた》を|後《あと》にして |少《すこ》しは|名残《なごり》を|惜《を》しみつつ
|生田《いくた》の|森《もり》をくぐりぬけ |夜《よ》を|日《ひ》についで|紀《き》の|国《くに》の
|若《わか》の|浦《うら》へと|着《つ》きにける。
|若《わか》の|浦《うら》は|昔《むかし》は|豊見《とよみ》の|浦《うら》といつた。|国玉別命《くにたまわけのみこと》が|球《きう》の|玉《たま》を|捧《ほう》じ、|樟樹《しやうじゆ》|鬱蒼《うつさう》として|茂《しげ》れる|和田中《わだなか》の|一《ひと》つ|島《じま》に|稚姫君命《わかひめぎみのみこと》の|御霊《みたま》を|球《きう》の|玉《たま》に|取《と》りかけ|斎《いつき》|祀《まつ》つてより、|豊見《とよみ》の|浦《うら》はここに|若《わか》の|浦《うら》と|改称《かいしよう》する|事《こと》となつたのである。|此《こ》の|島《しま》を|玉留島《たまつめじま》と|名《な》づけられた。
|玉留《たまつめ》といふ|意義《いぎ》は|玉《たま》を|固《かた》く|地中《ちちう》に|埋《うづ》め、|其《その》|上《うへ》に|神社《かむやしろ》を|建《た》てて|永久《とことは》に|守《まも》るといふ|意味《いみ》である。|今《いま》は|此《この》|玉留島《たまつめじま》は|陸続《りくつづ》きとなつて、|玉津島《たまつじま》と|改称《かいしよう》されてゐる。
|此《この》|辺《あた》りは|非常《ひじやう》に|巨大《きよだい》なる|杉《すぎ》の|木《き》や|楠《くすのき》が|大地《だいち》|一面《いちめん》に|繁茂《はんも》してゐた。|太《ふと》い|楠《くすのき》になると、|幹《みき》の|周囲《まはり》|百丈《ひやくぢやう》|余《あま》りも|廻《まは》つたのがあつた。|杉《すぎ》も|亦《また》|三十丈《さんじふぢやう》、|五十丈《ごじふぢやう》の|幹《みき》の|周囲《しうゐ》を|有《いう》するものは|数《かず》|限《かぎ》りもなく|生《は》えてゐた。|自転倒島《おのころじま》に|於《おい》て|最《もつと》も|巨大《きよだい》なる|樹木《じゆもく》の|繁茂《はんも》せし|国《くに》なれば、|神代《かみよ》より|木《き》の|国《くに》と|称《とな》へられてゐたのである。
|大屋比古《おほやひこ》の|神《かみ》などは|此《この》|大木《たいぼく》の|股《また》よりお|生《うま》れになつたといふ|事《こと》である。また|木股《きまた》の|神《かみ》といふ|神代《かみよ》の|神《かみ》も|大木《たいぼく》の|精《せい》より|現《あらは》れた|神人《しんじん》である。
|近代《きんだい》は|余《あま》り|大木《たいぼく》は|少《すくな》くなつたが、|太古《たいこ》は|非常《ひじやう》に|巨大《きよだい》なる|樹木《じゆもく》が|木《き》の|国《くに》のみならず、|各地《かくち》にも|沢山《たくさん》に|生《は》えてゐたものである。|植物《しよくぶつ》の|繊維《せんゐ》が|醗酵《はつかう》|作用《さよう》によつて|虫《むし》を|生《しやう》じ、|其《そ》の|虫《むし》は|孵化《ふくわ》して|甲虫《かぶとむし》の|如《ごと》き|甲虫族《かふちうぞく》を|発生《はつせい》する|如《ごと》く、|古《いにしへ》は|大木《たいぼく》の|繊維《せんゐ》により|風水火《ふうすいくわ》の|醗酵《はつかう》|作用《さよう》によつて、|人《ひと》が|生《うま》れ|出《で》た|事《こと》も|珍《めづら》しくない。|又《また》|猿《さる》などは|随分《ずゐぶん》|沢山《たくさん》に|発生《はつせい》したものである。
|天狗《てんぐ》を|木精《こだま》といふのは|木《き》の|魂《たましひ》といふ|事《こと》であつて|樹木《じゆもく》の|精魂《せいこん》より|発生《はつせい》する|一種《いつしゆ》の|動物《どうぶつ》である。|天狗《てんぐ》は|人体《じんたい》に|似《に》たのもあり、|或《あるひ》は|鳥族《てうぞく》に|似《に》たのもある。|近代《きんだい》に|至《いた》つても|巨大《きよだい》なる|樹木《じゆもく》は|之《これ》を|此《この》|天狗《てんぐ》の|止《と》まり|木《ぎ》と|称《とな》へられ|地方《ちはう》によつては|非常《ひじやう》に|恐《おそ》れられてゐる|所《ところ》もある。|現代《げんだい》に|於《おい》ても|大森林《だいしんりん》の|大樹《たいじゆ》には|天狗《てんぐ》の|種類《しゆるゐ》が|可《か》なり|沢山《たくさん》に|発生《はつせい》しつつあるのである。
|斯《かく》の|如《ごと》き|事《こと》を|口述《こうじゆつ》する|時《とき》は、|現代《げんだい》の|理学者《りがくしや》や|植物学者《しよくぶつがくしや》は、|痴人《ちじん》の|夢物語《ゆめものがたり》と|一笑《いつせう》に|付《ふ》して|顧《かへり》みないであらうが、|併《しか》し|天地《てんち》の|間《あひだ》はすべて|不可思議《ふかしぎ》なものである。|到底《たうてい》|今日《こんにち》の|所謂《いはゆる》|文明人士《ぶんめいじんし》の|智嚢《ちなう》では|神《かみ》の|霊能力《れいのうりよく》は|分《わか》るものではない|事《こと》を|断言《だんげん》しておく。
さて|国玉別《くにたまわけ》、|玉能姫《たまのひめ》は|此《この》|島《しま》に|社《やしろ》を|造《つく》りて、|球《きう》の|宝玉《ほうぎよく》を|捧按《ほうあん》し、|之《これ》を|稚姫君《わかひめぎみ》の|大神《おほかみ》と|斎《いつき》|祀《まつ》り、|傍《かたはら》に|広殿《ひろどの》を|建《た》て、ここにありて|三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》を|木《き》の|国《くに》|一円《いちゑん》はいふも|更《さら》なり|伊勢《いせ》、|志摩《しま》、|尾張《をはり》、|大和《やまと》、|和泉《いづみ》|方面《はうめん》まで|拡充《くわくじう》したのである。
|国玉別《くにたまわけ》は|宮殿《きうでん》を|造《つく》り|玉《たま》を|納《をさ》めて|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|祝歌《しゆくか》を|歌《うた》ふ。|其《その》|歌《うた》、
|国玉別《くにたまわけ》『|朝日《あさひ》のたださす|神《かみ》の|国《くに》 |夕日《ゆふひ》のひてらす|珍《うづ》の|国《くに》
|自凝島《おのころじま》のいや|果《は》てに |打寄《うちよ》せ|来《きた》る|荒波《あらなみ》の
|中《なか》に|浮《うか》べる|珍《うづ》の|島《しま》 |下津磐根《したついはね》はいや|深《ふか》く
|竜宮《りうぐう》の|底《そこ》まで|届《とど》くなり |千引《ちびき》の|岩《いは》もて|固《かた》めたる
|此《この》|珍島《うづしま》は|神国《かみくに》の |堅磐常磐《かきはときは》の|固《かた》めぞや
|皇大神《すめおほかみ》の|御言《みこと》もて |琉球島《りうきうたう》より|現《あらは》れし
|球《きう》の|御玉《みたま》を|今《いま》ここに |大宮柱《おほみやばしら》|太知《ふとし》りて
|高天原《たかあまはら》に|千木《ちぎ》|高《たか》く |仕《つか》へまつりて|永久《とこしへ》に
|納《をさ》むる|今日《けふ》の|目出《めで》たさよ |此《この》|神国《かみくに》に|此《この》|玉《たま》の
|鎮《しづ》まりゐます|其《その》|限《かぎ》り |自凝島《おのころじま》はいや|固《かた》く
|波《なみ》も|静《しづ》かに|治《をさ》まりて |青人草《あをひとぐさ》は|日《ひ》に|月《つき》に
|天津御空《あまつみそら》の|星《ほし》の|如《ごと》 |浜《はま》の|真砂《まさご》も|数《かず》ならず
|栄《さか》えて|行《ゆ》かむ|神《かみ》の|国《くに》 |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |大地《だいち》は|泥《どろ》にひたるとも
|球《きう》の|御玉《みたま》をかくしたる |此《この》|珍島《うづしま》は|永久《とこしへ》に
|水《みづ》に|溺《おぼ》れず|火《ひ》にやけず |国《くに》の|守《まも》りとなりなりて
|国玉別《くにたまわけ》や|玉能姫《たまのひめ》 |仕《つか》へまつりし|功績《いさをし》を
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|止《とど》むべし あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さちは》ひましまして |皇大神《すめおほかみ》の|守《まも》ります
|三五教《あななひけう》は|天《あめ》の|下《した》 |四方《よも》の|国々《くにぐに》|隈《くま》もなく
|伊行《いゆ》きわたらひ|神人《かみびと》は いと|安《やす》らけく|平《たひら》けく
|五六七《みろく》の|御代《みよ》を|楽《たの》しみて |鳥《とり》|獣《けだもの》はいふもさら
|草《くさ》の|片葉《かきは》に|至《いた》るまで |各々《おのおの》|其《その》|所《しよ》を|得《え》せしめよ
|球《きう》の|御玉《みたま》に|取《とり》かけし |稚姫君《わかひめぎみ》の|生御霊《いくみたま》
|木《き》の|神国《かみくに》に|鎮《しづ》まりて |押《お》しよせ|来《きた》る|仇波《あだなみ》を
|伊吹払《いぶきはら》ひに|吹《ふ》き|払《はら》へ |自凝島《おのころじま》は|永久《とこしへ》に
|栄《さか》え|栄《さか》えて|神人《かみびと》の ゑらぎ|楽《たの》しむ|楽園地《らくゑんち》
|天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|有様《ありさま》を いや|永久《とこしへ》に|保《たも》ちつつ
|千代《ちよ》に|栄《さか》えを|松緑《まつみどり》 |世《よ》はくれ|竹《たけ》の|起《お》きふしに
|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め |仕《つか》へまつらむ|夫婦《めをと》|連《づ》れ
|心《こころ》の|駒彦《こまひこ》|潔《いさぎよ》く |神《かみ》の|御前《みまへ》に|服《まつ》ろひて
|恵《めぐみ》も|開《ひら》く|梅《うめ》の|花《はな》 |一度《いちど》に|薫《かを》る|時津風《ときつかぜ》
|松《まつ》の|神代《かみよ》の|礎《いしづゑ》を |樟《くす》の|木《き》の|根《ね》のいや|固《かた》に
|杉《すぎ》の|木立《こだち》のすぐすぐと |守《まも》らせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り|拍手《はくしゆ》|再拝《さいはい》して、|傍《かたはら》の|樟《くす》の|根《ね》に|腰《こし》|打《うち》かけた。|玉能姫《たまのひめ》は|又《また》|歌《うた》ふ。
『|南《みなみ》に|広《ひろ》き|海《うみ》をうけ |東《ひがし》に|朝日《あさひ》を|伏《ふ》し|拝《をが》み
|西《にし》に|二日《ふつか》の|月《つき》を|見《み》る |此《この》|珍島《うづしま》に|畏《かしこ》くも
|稚姫君《わかひめぎみ》の|御霊魂《おんみたま》 |斎《いつ》きまつりて|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|宣伝使《せんでんし》 |国玉別《くにたまわけ》や|玉能姫《たまのひめ》
|心《こころ》の|駒彦《こまひこ》|諸共《もろとも》に |大宮柱太《おほみやばしらふと》しりて
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|仕《つか》へゆく |其《その》|神業《かむわざ》ぞ|尊《たふと》けれ
|天教山《てんけうざん》に|現《あ》れませし |神伊邪諾大御神《かむいざなぎのおほみかみ》
|神伊邪冊大御神《かむいざなみのおほみかみ》 |日《ひ》の|出神《でのかみ》や|木《こ》の|花《はな》の
|咲耶《さくや》の|姫《ひめ》の|御言《みこと》もて |天《あめ》の|下《した》なる|国々《くにぐに》を
|開《ひら》き|給《たま》ひし|神《かみ》の|道《みち》 |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|畏《かしこ》くも |高天原《たかあまはら》を|退《やら》はれて
|大海原《おほうなばら》の|国々《くにぐに》を |巡《めぐ》り|給《たま》ひて|許々多久《ここたく》の
|教司《をしへつかさ》を|配《くば》りつつ |数多《あまた》の|神《かみ》や|人々《ひとびと》を
|教《をし》へ|導《みちび》き|鳥《とり》|獣《けもの》 |虫《むし》けら|草木《くさき》に|至《いた》るまで
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》をたれ|給《たま》ひ コーカス|山《ざん》や|斎苑館《いそやかた》
|綾《あや》の|聖地《せいち》に|天降《あも》りまし |仁慈無限《じんじむげん》の|神徳《しんとく》を
|施《ほどこ》し|玉《たま》ふ|有難《ありがた》さ |妾《わらは》も|同《おな》じ|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|大道《おほぢ》の|宣伝使《せんでんし》 |大海原《おほうなばら》を|打渡《うちわた》り
|山川《やまかは》|幾《いく》つふみ|越《こ》えて やうやく|玉能《たまの》の|姫《ひめ》となり
|生田《いくた》の|森《もり》に|年《とし》|永《なが》く |仕《つか》へまつりし|折《をり》もあれ
|夫《つま》の|命《みこと》の|若彦《わかひこ》は |言依別《ことよりわけ》の|御言《みこと》もて
|琉球《りうきう》の|島《しま》より|宝玉《ほうぎよく》を |捧《ほう》じて|目出《めで》たく|再度《ふたたび》の
|山《やま》の|麓《ふもと》の|神館《かむやかた》 |生田《いくた》の|森《もり》に|帰《かへ》りまし
ここに|夫婦《ふうふ》は|同棲《どうせい》の |恵《めぐみ》に|浴《よく》し|朝夕《あさゆふ》に
|琉《りう》と|球《きう》との|神宝《しんぽう》を |固《かた》く|守《まも》りて|居《ゐ》る|間《うち》に
|玉照彦《たまてるひこ》や|玉照姫《たまてるひめ》の |貴《うづ》の|命《みこと》の|御言《みこと》もて
|生田《いくた》の|森《もり》の|館《やかた》をば |高姫司《たかひめつかさ》に|相渡《あいわた》し
|琉《りう》の|玉《たま》をば|残《のこ》しおき |球《きう》の|神宝《しんぽう》を|捧持《ほうぢ》して
|木《き》の|神国《かみくに》に|打渡《うちわた》り |大海原《おほうなばら》に|漂《ただよ》へる
|堅磐常磐《かきはときは》の|岩《いは》が|根《ね》に |宮居《みやゐ》を|建《た》てて|厳《おごそ》かに
|稚姫君《わかひめぎみ》の|御霊《みたま》とし |仕《つか》へまつれと|宣《の》り|給《たま》ふ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御言《みこと》はそむかれず
|住《すみ》なれかけし|館《やかた》をば |後《あと》に|見《み》すててはるばると
|此《この》|島国《しまぐに》に|来《き》て|見《み》れば |思《おも》ひもよらぬ|珍《うづ》の|国《くに》
|木々《きぎ》の|色艶《いろつや》|美《うる》はしく |野山《のやま》は|錦《にしき》の|機《はた》を|織《お》り
|川《かは》の|流《なが》れはさやさやと |自然《しぜん》の|音楽《おんがく》|奏《かな》でつつ
|天国《てんごく》|浄土《じやうど》の|如《ごと》くなり |殊《こと》に|尊《たふと》き|此《この》|島《しま》に
|珍《うづ》の|社《やしろ》を|建《た》て|上《あ》げて いや|永久《とこしへ》に|守《まも》る|身《み》は
げにも|嬉《うれ》しき|優曇華《うどんげ》の |花《はな》|咲《さ》く|春《はる》に|会《あ》ふ|心地《ここち》
|皇大神《すめおほかみ》の|御恵《みめぐみ》の |深《ふか》きを|今更《いまさら》|思《おも》ひ|知《し》り
|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》しとしとと |口《くち》には|言《い》はれぬ|嬉《うれ》しさよ
|稚姫君大御神《わかひめぎみのおほみかみ》 |汝《なれ》が|命《みこと》は|此《この》|島《しま》に
いや|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まりて |普《あまね》く|世人《よびと》の|身魂《みたま》をば
|守《まも》らせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|只管《ひたすら》に
|玉能《たまの》の|姫《ひめ》が|願《ね》ぎまつる あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|永久《とこしへ》に|此《この》|島《しま》に|鎮《しづ》まり|神業《しんげふ》に|奉仕《ほうし》する|事《こと》とはなりける。
(大正一一・九・一九 旧七・二八 松村真澄録)
(昭和一〇・六・一〇 王仁校正)
付録 伊豆温泉旅行に就き訪問者人名詠込歌
|沼津駅《ぬまづえき》|【杉】《すぎ》て|【山】海《やまうみ》ながめつつ
|温泉《いでゆ》を|【当】《あ》てに|【一】筋《ひとすじ》に|行《ゆ》く(杉山当一)
|夏《なつ》|木立《こだち》|繁《しげ》る|【林】《はやし》を|右左《みぎひだり》
【やへ】|九重《ここのへ》の|路《みち》を|分《わ》けゆく(林八重)
|松【林】《まつばやし》|風《かぜ》なきままにむしあつく
あたり【しづ】かに|羽車《はぐるま》の|音《おと》(林しづ)
かた|側《がは》は|【林】《はやし》|片方《かたへ》は|和田《わだ》の|原《はら》
【なみ】を|眺《なが》めて|進《すす》み|行《ゆ》くかな(林なみ)
|水《みづ》にごる|【池川】《いけがは》|深《ふか》く【ウタ】がひの
|雲《くも》|晴《は》れ|映《うつ》る|不二《ふじ》の|神山《かみやま》(池川ウタ)
|【相】《あい》ともに|【磯】《いそ》しみ|神《かみ》に|仕《つか》へつつ
|大和《やまと》|御魂《みたま》の【たね|子《こ》】|培《つちか》ふ(相磯たね子)
|夏《なつ》の|風《かぜ》|【福井】《ふくゐ》の|隧道《あな》に|【精】魂《せいこん》は
いと|【平】《たひら》かに|湯ケ島《ゆがしま》に|行《ゆ》く(福井精平)
|見渡《みわた》せば|【小田】《をだ》の|稲葉《いなば》もそよぐなり
|野【武士】《たびと》の|水火《いき》もさわやかにして(小田武士)
|小田《をだ》|【牧野】《まきの》いと|永々《ながなが》と|【亀】《かめ》の|子《こ》の
よはひを|保《たも》ち|【吉】美《きみ》に|仕《つか》へむ(牧野亀吉)
|松《まつ》の|代《よ》と|早《はや》|【成岡】《なりをか》の|神《かみ》の|山《やま》
|【銀】光《ぎんくわう》|【一】路《いちろ》(|【郎】《らう》)|頂上《ちやうじやう》に|輝《かがや》く(成岡銀一郎)
|【石田】《いしだ》たみ|敷並《しきなら》べたる|都路《みやこぢ》に
|【卓】越《たくゑつ》したり|深山《しんざん》の|路【次】《ろじ》(石田卓次)
|【石田】《いしだ》たみ|敷《しき》つめたりし|天王《てんわう》の
|山《やま》【よう】ように|登《のぼ》りけるかな(石田よう)
|【遠】《とほ》き|空《そら》に|雲《くも》を|被《かぶ》りし|【藤】《ふじ》の|山《やま》
|眺《なが》めも|【弘雄】《ひろを》|見《み》え|渡《わた》るかな(遠藤弘雄)
|初《はじめ》より|【相】《あい》も|【川】《かは》らず|大本《おほもと》の
|金《きん》【ぎん】の|教《をしへ》|守《まも》る|信徒《まめひと》(相川ぎん)
|小田《をだ》|【牧野】《まきの》|糸《いと》|永々《ながなが》と|【大】本《おほもと》の
|神《かみ》の|【吉】言《よごと》や|物語《ものがたり》すも(牧野大吉)
|小田《をだ》|【牧野】《まきの》いと|永《なが》き|日《ひ》を|神【軍】《しんぐん》の
あとを|尋《たづ》ねて|夢物語《ゆめものがたり》せむ(牧野軍吉)
|【遠】州《ゑんしう》の|浜松《はままつ》よりも|【藤】《ふじ》の|峰《みね》の
|神《かみ》の|御【伊喜】《みいき》の|【知】《し》られけるかな(遠藤伊喜知)
|【伊】《い》すくはし|加【賀】美《かがみ》に|等《ひと》しうし【とら】の
|神《かみ》の|御教《みのり》を|諭《さと》す|此《この》|書《ふみ》(伊賀とら)
|狩野川《かりのがは》|【谷口】《たにぐち》|【清】《きよ》く|温《あたた》かき
|泉《いづみ》の|水《みづ》は|湧《わ》き|【満】《み》ちにけり(谷口清満)
|小松原《こまつばら》|【杉原】《すぎはら》|清《きよ》く|立並《たちなら》び
|梅《うめ》の|花《はな》|【佐久】《さく》|松《まつ》の|神代《みよ》かな(杉原佐久)
|【百】《もも》と|【瀬】《せ》も|千年《ちとせ》|【豊】《ゆたか》に|稔《みの》れかし
|大《おほ》みたからの|【作】《つく》る|田《た》の|面《も》は(百瀬豊作)
|汚《けが》れたる|世《よ》はいつしかに|【杉原】《すぎはら》や
|百《もも》の|【喜】《よろこ》び|【重】《かさ》ね|重《かさ》ねて(杉原喜重)
|神【杉】《かむすぎ》の|神《かみ》さび|立《た》てる|清《きよ》の|【原】《はら》は
【たか】|天原《あまはら》の|心地《ここち》こそすれ(杉原たか)
|【杉】去《すぎさ》りしなやみ|苦《くるし》み|【原】《はら》ひつつ
【いよ】いよ|進《すす》む|神《かみ》の|大前《おほまへ》に(杉原いよ)
|老《おい》の|坂《さか》|安《やす》く|楽《たの》しく|【杉原】《すぎはら》の
|神《かみ》の|御【徳】《みとく》ぞこの|【右衛門】《うゑもん》なし(杉原徳右衛門)
|【鈴木】野《すずきの》を|分《わ》けて|神【政】《しんせい》|布《し》く|時《とき》は
|世《よ》は|太【平】《たいへい》の|夢《ゆめ》に|酔《よ》ふらむ(鈴木政平)
|神《かむ》ながら|【鈴】《すず》し|【木】《き》いづの|言霊《ことたま》は
|【八】島《やしま》の|国《くに》を|清【郎】《せいらう》にする(鈴木八郎)
|【水】御魂《みづみたま》|【口】《くち》より|出《い》づる|言《こと》の|葉《は》の
|【聡夫】《さとを》あつむる|物語《ものがたり》かな(水口聡夫)
|惟神《かむながら》|清《きよ》き|御魂《みたま》を|【与五沢】《よごさ》じと
|神《かみ》の|【光男】《ひかりを》|尋《たづ》ね|詣《まう》でつ(与五沢光男)
|暗《くら》がりの|世《よ》も|【杉原】《すぎはら》の|神《かみ》の|代《よ》は
|五六七《みろく》の|【光】《ひかり》|【次】々《つぎつぎ》に|照《て》る(杉原光次)
|神徳【野】《しんとくの》|【極】《きは》まりもなき|大本《おほもと》は
|他《た》に|【勝】《すぐ》れたる|教《をしへ》なりけり(野極勝)
|釜谷《かまたに》のふもと|流《なが》るる|【大川】《おほかは》に
お【りん】とすれば|温泉《をんせん》の|滝《たき》(大川りん)
|神々《かみがみ》の|天降《あまくだ》ります|坪《つぼ》の|【内】《うち》は
|【田】庭《たには》の|国《くに》に【ふさ】はしき|御名《みな》(内田ふさ)
|【浅】《あさ》かすみ|【田】《た》な|引《び》く|空《そら》に|【正】《ただ》しくも
|【英】《ひい》でて|立《た》てる|不二《ふじ》の|神山《かみやま》(浅田正英)
|【安】々《やすやす》|【藤】《とう》|【唯夫】《ただを》もしろく|進《すす》むかな
|神《かみ》の|教《をしへ》の|船《ふね》に|棹《さを》して(安藤唯夫)
|野《の》も|山《やま》も|【青木】《あをき》のみどり|栄《さか》え|行《ゆ》く
|日本《やまと》の|【久】二【三】《くにぞ》|尊《たふと》かりけり(青木久三)
|【谷】波《たには》なる|出【口】《でぐち》の|神《かみ》の|御教《みをしへ》は
|【忠】《ちう》と|考《かう》と|【夫】《を》さとす|大道《おほみち》(谷口忠夫)
『|神《かみ》の|教《をしへ》を|大《たい》【せつ】に(谷口せつ)
|守《まも》りて|身魂《みたま》|【皓男】子《てるをのこ》(同皓男)
|天《あま》の|岩戸《いはと》を|押《お》し|開《ひら》く
|五《い》つ|【鞆】《とも》の|【男】《を》と|現《あらは》れて(同鞆男)
|千入《ちの》りの|【偏男】《ゆきを》|負《お》はせつつ(偏男)
|寄《よ》せ|来《く》る|魔軍《まぐん》を|打《う》ち|払《はら》へ
|世《よ》は|【安】国《やすくに》|【藤】《とう》|進《すす》み|行《ゆ》く
|天地《あめつち》【かね】の|大御神《おほみかみ》(安藤かね)
【きん】|勝金《かつかね》の|大神《おほかみ》の(同きん)
|開《ひら》き|給《たま》ひし|神言《かみこと》の
|御【文夫】《みふみを》|力《ちから》に|信徒《まめひと》が(同文夫)
|三千世界《さんぜんせかい》の|宝《たから》【とし】(同とし)
|国《くに》の|御【出夫】《みいづを》|中外《うちそと》に(同出夫)
かがやき|渡《わた》せ|秋津人《あきつびと》』
いと|深《ふか》き|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|【相川】《あいかは》の
|思《おも》ひも|【春】《はる》の|心地《ここち》|【吉】《よ》きかな(相川春吉)
|【宇城】《うしろ》より|【信】夫《しのぶを》の|花《はな》は|咲《さ》きにけり
|日【五郎】《ひごらう》|尽《つく》せし|誠《まこと》|生《うま》れて(宇城信五郎)
|【中】々《なかなか》に|心【野】《こころの》|【武】《たけ》の|伸々《のびのび》と
|故【郷】《こきやう》|忘《わす》るる|温泉《をんせん》の|宿《やど》(中野武郷)
|【谷】川《たにがは》を|眺《なが》めて|涼《すず》しき|物語《ものがたり》
|【広】《ひろ》き|【賢】《かしこ》き|大神《おほかみ》の|教《のり》(谷広賢)
|国【中】《くになか》にさやる|【村】雲《むらくも》|吹《ふ》き|払《はら》ふ
|科戸《しなど》の|風《かぜ》は|【純】《すみ》わたる|【也】《なり》(中村純也)
|八百【米】《やほよね》を|杵築《きづき》の|宮《みや》の|高御【倉】《たかみくら》
|神《かみ》|【嘉】《ほ》ぎ|祭《まつ》り|【兵】《つは》もの|【衛】《まも》る(米倉嘉兵衛)
|【平】《たひら》けく|治《をさ》まる|【松】《まつ》の|神《かみ》の|世《よ》は
|【福】風《ふくかぜ》|【三】《さ》えも|【朗】《きよ》く|涼《すず》しき(平松福三郎)
あき|【米倉】《めくら》さまして|救《すく》ひ|助《たす》くべし
|実地《じつち》の|【範】《のり》を|【治】《をさ》め|示《しめ》しつ(米倉範治)
|【星田】《ほしだ》にも|見《み》えわかぬまで|曇《くも》る|代《よ》を
|照《てら》して|【悦】《よろこ》ぶ|神《かみ》の|御【子】《みこ》たち(星田悦子)
|真【清水】《ましみづ》に|清《きよ》き|姿《すがた》をうつそみの
|心《こころ》の|【秋】《あき》の|【月】《つき》ぞ|尊《たふと》き(清水秋月)
|久方《ひさかた》の|雲【井】《くもゐ》の|【上】《うへ》に|照《て》る|月《つき》を
|【頼】《たよ》りに|進《すす》め|【次】第次第《しだいしだい》に(井上頼次)
いと|【清】《きよ》き|【水】《みづ》の|御魂《みたま》の|神言《かみごと》を
|【菊蔵】《きくざう》うれしき|今日《けふ》の|旅《たび》かな(清水菊蔵)
かく|【戸田】《とだ》に|思《おも》はざりけり|天地《あめつち》も
|【澄】《すみ》きりませる|神《かみ》の|【国】《くに》とは(戸田澄国)
|大神《おほかみ》の|誠《まこと》の|道《みち》を|【佐藤】《さとう》りつつ
|御【六合雄】《みくにを》まもる|人《ひと》ぞ|尊《たふと》き(佐藤六合雄)
|大神《おほかみ》の|道《みち》|【柴田】《しばた》どる|【健】気《けなげ》さの
|幸《さち》いち|【次郎】《じらう》く|見《み》えにける|哉《かな》(柴田健次郎)
|漸《やうや》くに|平和《へいわ》の|風《かぜ》も|【福島】《ふくしま》の
|【久】方《ひさかた》ぶりに|笑顔《ゑがほ》|見《み》る|哉《かな》(福島久子)
|神館《かむやかた》|立《た》ちて|【出口】《でぐち》の|汽車《きしや》の|旅《たび》
|伊豆《いづ》の|【澄】湯《すみゆ》に|尋《たづ》ね|来《き》しかな(出口澄子)
|高天《たかま》より|伊豆《いづ》の|霊地《れいち》へ|【渡辺】《わたなべ》の
|至清《しせい》|至【淳】《しじゆん》の|【一】道《ひとみち》|男子《をのこ》かな(渡辺淳一)
大正十一年八月廿五日 於伊豆湯ケ島
付録 湯ケ島所感
|千早振《ちはやふる》|神代《かみよ》の|儘《まま》の|狩野川《かりのがは》
|清《きよ》き|流《なが》れに|魂《たま》を|洗《あら》ひつ
|谷川《たにがは》の|水瀬《みなせ》の|音《おと》も|淙々《さうさう》と
|清《きよ》く|響《ひび》きぬ|旅寝《たびね》の|枕《まくら》に
|蒸《む》し|暑《あつ》き|晩夏《ばんか》の|空《そら》を|狩野川《かのがは》の
|涼《すず》しき|森《もり》に|身魂《みたま》ひやしつ
|新《あたら》しく|作《つく》り|了《を》へたる|珍《うづ》の|家《や》に
|隔《へだ》てなき|友《とも》の|寄《よ》りつ|語《かた》りつ
|蝉《せみ》|蜻蛉《とんぼ》|熊蜂《くまばち》|蝶《てふ》と|川《かは》の|辺《べ》に
|遊《あそ》びて|神代《かみよ》の|心地《ここち》|養《やしな》ふ
|狩野川《かのがは》の|中《なか》に|浮《うか》べる|湯ケ島《ゆがしま》の
|阿屋《あづまや》|涼《すず》し|水音《みなおと》|清《きよ》し
|川《かは》|深《ふか》み|彼方《かなた》の|岸《きし》に|渡《わた》さむと
|心《こころ》の|竹《たけ》の|橋《はし》をかけたる
|川《かは》と|川《かは》に|挟《はさ》まれ|涼《すず》しき|林中《りんちう》に
|林姉妹《はやしおとどい》|静岡《しづをか》より|来《く》る
|速川《はやかは》の|岩《いは》にせかれて|波《なみ》|白《しろ》し
|鮎《あゆ》を|漁《すなど》る|人《ひと》の|背《せ》|黒《くろ》し
|吾《わが》|憩《いこ》ふ|細谷川《ほそたにがは》に|尾《を》を|垂《た》れて
|岩《いは》とび|渡《わた》る|鶺鴒《せきれい》|一羽《いちは》
|水眼鏡《みづめがね》かけて|片手《かたて》に|棹《さを》にぎり
|河童息子《かつぱむすこ》の|魚《さかな》|漁《と》るなり
|釣《つ》りあげた|鮎《あゆ》や【ヤマメ】を|嬉《うれ》しげに
【めをと】|二人《ふたり》が|眺《なが》め|居《ゐ》るなり
大正十一年八月廿五日 於伊豆湯ケ島
-----------------------------------
霊界物語 第三三巻 海洋万里 申の巻
終り