霊界物語 第三二巻 海洋万里 未の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第三二巻』愛善世界社
1999(平成11)年11月03日 第一刷発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2004年05月13日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序文《じよぶん》
|総説《そうせつ》
第一篇 |森林《しんりん》の|都《みやこ》
第一章 |万物同言《ばんぶつどうげん》〔八九二〕
第二章 |猛獣《まうじう》|会議《くわいぎ》〔八九三〕
第三章 |兎《うさぎ》の|言霊《ことたま》〔八九四〕
第四章 |鰐《わに》の|言霊《ことたま》〔八九五〕
第五章 |琉球《りうきう》の|光《ひかり》〔八九六〕
第六章 |獅子粉塵《ししふんじん》〔八九七〕
第二篇 |北《きた》の|森林《しんりん》
第七章 |試金玉《しきんぎよく》〔八九八〕
第八章 |三人娘《さんにんむすめ》〔八九九〕
第九章 |岩窟女《がんくつをんな》〔九〇〇〕
第一〇章 |暗黒殿《あんこくでん》〔九〇一〕
第一一章 |人《ひと》の|裘《かはごろも》〔九〇二〕
第一二章 |鰐《わに》の|橋《はし》〔九〇三〕
第一三章 |平等愛《びやうどうあい》〔九〇四〕
第一四章 |山上《さんじやう》の|祝《いはひ》〔九〇五〕
第三篇 |瑞雲靉靆《ずゐうんあいたい》
第一五章 |万歳楽《ばんざいらく》〔九〇六〕
第一六章 |回顧《くわいこ》の|歌《うた》〔九〇七〕
第一七章 |悔悟《くわいご》の|歌《うた》〔九〇八〕
第一八章 |竜国別《たつくにわけ》〔九〇九〕
第一九章 |軽石車《かるいしぐるま》〔九一〇〕
第二〇章 |瑞《みづ》の|言霊《ことたま》〔九一一〕
第二一章 |奉答歌《ほうたふか》〔九一二〕
第四篇 |天祥地瑞《てんしやうちずゐ》
第二二章 |橋架《はしかけ》〔九一三〕
第二三章 |老婆心切《らうばしんせつ》〔九一四〕
第二四章 |冷氷《れいひよう》〔九一五〕
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|序文《じよぶん》
|本巻《ほんくわん》は|伊豆国《いづのくに》|湯ケ島温泉《ゆがしまをんせん》|湯本館《ゆもとくわん》の|狩野川《かのがは》に|向《むか》へる|特別《とくべつ》|建物《たてもの》を|給《きふ》せられ、|折柄《をりから》の|大洪水《だいこうずゐ》にて、|激潭《げきたん》|飛沫《ひまつ》の|声《こゑ》ゴウゴウと|騒《さわ》がしく、遂には|新館《しんくわん》へ|引移《ひきうつ》り、|漸《やうや》くにして|編《あ》み|上《あ》げました。|日数《につすう》は|三ケ日《さんかにち》に|亘《わた》り、|急速度《きふそくど》を|以《もつ》て、|例《れい》の|如《ごと》く|無事《ぶじ》に|脱稿《だつかう》したのも、|全《まつた》く|神明《しんめい》の|加護《かご》と|信《しん》じます。
|時《とき》に|天声社《てんせいしや》より|便《たよ》りあり、|大本《おほもと》の|幹部《かんぶ》たりし|某々二三氏《ぼうぼうにさんし》より、|霊界物語《れいかいものがたり》はくだらないから、|印刷《いんさつ》|発行《はつかう》|停止《ていし》され|度《た》しとの|申込《まをしこ》みありたりと。|実《じつ》に|御尤《ごもつと》もなる|要求《えうきう》である。|現代《げんだい》の|文明《ぶんめい》とか|云《い》ふ|学問《がくもん》を|詰込《つめこ》みたる|人士《じんし》の|耳《みみ》には、|馬鹿《ばか》らしくて、|気《き》に|容《い》らぬのは|当然《たうぜん》でありませう。されど|本教《ほんけう》の|大精神《だいせいしん》のある|所《ところ》を、|普《あまね》く|世《よ》に|紹介《せうかい》するには、|物語《ものがたり》の|方法《はうはふ》に|依《よ》らなくては、|余《あま》り|立派《りつぱ》な|学究的《がくきうてき》な|書物《しよもつ》は、|一般《いつぱん》の|人々《ひとびと》に|諒解《りやうかい》しがたきを|以《もつ》て、|止《や》むを|得《え》ず、|神様《かみさま》から|親切《しんせつ》に|御示《おしめ》し|下《くだ》さるので、|決《けつ》して|瑞月《ずゐげつ》が|頭脳《づなう》|而己《のみ》の|産物《さんぶつ》ではありませぬ。|只《ただ》|私《わたくし》は|惟神《かむながら》の|儘《まま》に|従《したが》ふより|外《ほか》に|道《みち》なく、|如何《いか》なる|妨害《ばうがい》も|圧迫《あつぱく》も|恐《おそ》れず|口述《こうじゆつ》し、|且《か》つ|世《よ》に|広《ひろ》く|発表《はつぺう》する|考《かんが》へであります。
大正十一年八月二十四日 旧七月二日
於 伊豆湯ケ島
|総説《そうせつ》
|言霊学《ことたまがく》|応用《おうよう》の|大要《たいえう》を|説示《せつじ》し、|且《か》つ|神《かみ》の|平等愛《びやうどうあい》は|洽《あまね》く|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》に|至《いた》る|迄《まで》|均霑《きんてん》し|給《たま》ふ|事《こと》を、|具体的《ぐたいてき》に|現《あら》はし、|三五教《あななひけう》の|教主《けうしゆ》|言依別命《ことよりわけのみこと》、|国依別命《くによりわけのみこと》が|琉球《りうきう》の|玉《たま》の|霊光《れいくわう》によりて、アマゾン|河《がは》および|南北《なんぽく》の|大森林《だいしんりん》に|入《い》りて|舎身的《しやしんてき》|大活動中《だいくわつどうちう》、|霊光《れいくわう》に|照《て》らされて、|漸《やうや》くその|効《かう》を|奏《そう》し、|一行《いつかう》|十八人《じふはちにん》アルゼンチン(ウヅ)の|都《みやこ》へ|首尾《しゆび》よく|凱旋《がいせん》し、|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》に|親《した》しく|拝顔《はいがん》し、|国依別《くによりわけ》は|尊《みこと》の|末女《まつぢよ》なる|末子姫《すゑこひめ》と|結婚《けつこん》の|約《やく》|成立《せいりつ》したる|際《さい》、|例《れい》の|高姫《たかひめ》が|清濁《せいだく》|二本《にほん》の|霊魂上《れいこんじやう》の|見地《けんち》より、|極力《きよくりよく》|妨害《ばうがい》|運動《うんどう》を|開始《かいし》せる|面白《おもしろ》き|顛末《てんまつ》を|述《の》べてあります。|双方《さうはう》ともに|真心《まごころ》の|発動《はつどう》にて、|其《その》|間《あひだ》に、|毫末《がうまつ》も|私心私慾《ししんしよく》の|混入《こんにふ》することなく、|唯々《ただただ》|世《よ》を|思《おも》ひ|神《かみ》の|道《みち》を|思《おも》ふの|余《あま》り、|種々《しゆじゆ》|意見《いけん》の|相違《さうゐ》を|来《きた》したる|次第《しだい》は|明《あきら》かに|現《あら》はれて|居《を》ります。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
大正十一年八月二十四日 旧七月二日
於 伊豆湯ケ島
第一篇 |森林《しんりん》の|都《みやこ》
第一章 |万物同言《ばんぶつどうげん》〔八九二〕
|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》が  |再《ふたた》び|地上《ちじやう》に|現《あら》はれて
|至仁《しじん》|至愛《しあい》の|五六七神《みろくしん》  |真善美《しんぜんび》なる|神《かみ》の|世《よ》を
|堅磐常磐《かきはときは》に|樹《た》て|給《たま》ふ  |其《その》|経綸《けいりん》の|神宝《しんぱう》と
|尊重《そんちよう》されし|珍宝《うづだから》  |金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》
|紫色《むらさきいろ》の|霊玉《れいぎよく》や  |黄金《こがね》の|玉《たま》を|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|聖地《せいち》に|納《をさ》めつつ  |時《とき》|待《ま》ちたまふ|折柄《をりから》に
|錦《にしき》の|宮《みや》の|黒姫《くろひめ》が  |保管《ほくわん》なしたる|黄金《わうごん》の
|珍《うづ》の|宝《たから》を|紛失《ふんしつ》し  |日《ひ》の|出神《でのかみ》と|自称《じしよう》する
|系統《ひつぽう》の|身魂《みたま》|高姫《たかひめ》に  |追放《つゐはう》されて|黒姫《くろひめ》は
|竜宮洲《りうぐうじま》なるオセアニア  |一《ひと》つの|洲《しま》に|打渡《うちわた》り
|玉《たま》の|所在《ありか》を|探《たづ》ねむと  |進《すす》み|行《い》くこそ|憐《あは》れなれ
アルプス|教《けう》を|開《ひら》きたる  |鷹依姫《たかよりひめ》も|高姫《たかひめ》の
|嫌疑《けんぎ》を|受《う》けて|止《や》むを|得《え》ず  |竜国別《たつくにわけ》を|伴《ともな》ひて
|浪路《なみぢ》を|遥《はるか》に|浮《うか》びつつ  |数多《あまた》の|島《しま》を|捜索《そうさく》し
|心筑紫《こころつくし》の|果《は》て|迄《まで》も  |駆《か》け|巡《めぐ》りつつ|探《さが》せども
|行方《ゆくへ》は|更《さら》に|白波《しらなみ》の  |舟《ふね》|漕《こ》ぎ|渡《わた》りやうやうに
そば|立《だ》つ|波《なみ》も|高砂《たかさご》の  |旭《あさひ》もテルの|港《みなと》迄
テーリスタンやカーリンス  |二人《ふたり》を|加《くは》へて|四人連《よにんづれ》れ
|漸々《やうやう》|此処《ここ》に|安着《あんちやく》し  テル|国《くに》|街道《かいだう》をスタスタと
|南《みなみ》に|向《むか》つて|行進《かうしん》し  |蛸取村《たことりむら》を|乗越《のりこ》えて
アリナの|滝《たき》の|其《その》ほとり  |鏡《かがみ》の|池《いけ》の|岩窟《がんくつ》に
|一行《いつかう》|四人《よにん》は|居《きよ》を|構《かま》へ  あらぬ|知識《ちしき》を|搾《しぼ》り|出《だ》し
テルの|国《くに》をば|振出《ふりだ》しに  |夜昼《よるひる》なしにヒルの|国《くに》
|足許《あしもと》さへもカルの|国《くに》  ブラジル|国《こく》の|果《は》て|迄《まで》も
|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|神霊《しんれい》に  |玉《たま》と|名《な》のつく|物《もの》あらば
|惜《を》しまず|隠《かく》さず|献《たてまつ》り  |宏大無辺《くわうだいむへん》の|神徳《しんとく》を
|早《はや》く|受《う》けよと|宣伝《せんでん》の  |其《その》|効《かう》|空《むな》しからずして
|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|聖場《せいぢやう》は  |種々《しゆじゆ》|様々《さまざま》の|厄雑玉《やくざだま》
|山《やま》の|如《ごと》くに|積《つ》まれける  さはさりながら|一《いつ》として
|鷹依姫《たかよりひめ》の|求《もと》め|居《ゐ》る  |黄金《こがね》の|玉《たま》の|神宝《しんぱう》は
|容易《ようい》に|現《あら》はれ|来《きた》らずて  テー、カー|二人《ふたり》は|張詰《はりつ》めし
|心《こころ》の|箍《たが》もいつしかに  |緩《ゆる》みて|厭気《いやけ》はさしにけり
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|心《こころ》に|叶《かな》はぬか
|一日《ひとひ》も|早《はや》く|此《この》|国《くに》を  |後《あと》に|見捨《みす》ててハルの|国《くに》
|清《きよ》き|霊地《れいち》を|選択《せんたく》し  ふたたび|玉《たま》の|収集《しうしふ》に
|着手《ちやくしゆ》せばやと|鷹依姫《たかよりひめ》の  |教司《をしへつかさ》に|献策《けんさく》し
いろいろ|雑多《ざつた》と|村肝《むらきも》の  |心《こころ》を|悩《なや》ます|折柄《をりから》に
テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》が  |家《いへ》の|秘蔵《ひざう》の|金玉《きんぎよく》を
|御輿《みこし》に|乗《の》せて|献《たてまつ》り  |神《かみ》の|御前《みまへ》に|三五《あななひ》の
|心《こころ》の|誠《まこと》を|捧《ささ》げける  |鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》は
|忽《たちま》ち|玉《たま》を|取出《とりいだ》し  |夜《よる》に|紛《まぎ》れてアリナ|山《やま》
|駆登《かけのぼ》りつつウヅの|国《くに》  |荒野ケ原《あらのがはら》に|遁走《とんさう》し
|神《かみ》の|化身《けしん》に|散々《さんざん》と  |不言実行《ふげんじつかう》の|懲戒《いましめ》を
|受《う》けていよいよ|改心《かいしん》し  |一行《いつかう》|四人《よにん》は|荒野原《あらのはら》
|東《ひがし》へ|指《さ》して|進《すす》み|行《い》く  アルの|港《みなと》を|船出《ふなで》して
|百《もも》の|艱《なや》みに|遇《あ》ひながら  ゼムの|港《みなと》に|漂着《へうちやく》し
|天祥山《てんしやうざん》に|立向《たちむか》ひ  モールバンドの|危害《きがい》をば
|救《すく》ひてチンの|港《みなと》より  |岩樟船《いはくすふね》を|造《つく》りあげ
アマゾン|河《がは》を|溯《さかのぼ》り  |時雨《しぐれ》の|森《もり》に|潜《ひそ》みたる
|八岐大蛇《やまたをろち》や|醜鬼《しこおに》を  |言向《ことむ》け|和《やは》し|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|照《て》らさむと  |心《こころ》をきはめて|進《すす》み|行《い》く。
|目《め》の|届《とど》かぬ|許《ばか》り|川幅《かははば》|広《ひろ》く、うす|濁《にご》りのした|水底《みなそこ》の|深《ふか》き|大激流《だいげきりう》、|飛沫《ひまつ》を|飛《と》ばし、|何物《なにもの》の|制圧《せいあつ》をも|恐《おそ》れざる|勢《いきほひ》を|以《もつ》て、|自由自在《じいうじざい》に|奔流《ほんりう》するアマゾン|河《がは》の|河口《かはぐち》に、|鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》は、|帆《ほ》に|風《かぜ》を|孕《はら》ませ|漸《やうや》くに|安着《あんちやく》しぬ。
|此処《ここ》には|水陸《すゐりく》|両棲《りやうせい》|動物《どうぶつ》のモールバンドと|云《い》ふ|怪獣《くわいじう》がすべての|猛獣《まうじう》の|王《わう》として|覇《は》を|利《き》かして|居《ゐ》る。|象《ざう》の|体《からだ》を|十四五《じふしご》|許《ばか》り|集《あつ》めた|様《やう》な|太《ふと》さの|長《なが》き|図体《づうたい》をなし、|爬虫族《はちうぞく》の|様《やう》に|四本《しほん》の|足《あし》の|先《さき》に|水掻《みづか》きあり、|爪《つめ》の|長《なが》さ|七八尺《しちはつしやく》にして、|剣《つるぎ》の|如《ごと》く|光《ひか》り|且《か》つ|尖《とが》つて|居《ゐ》る。|頭部《とうぶ》は|鰐《わに》の|如《ごと》く、|口《くち》は|非常《ひじやう》に|大《おほ》きく、|鹿《しか》のやうな|角《つの》を|生《はや》し、|角《つの》の|尖《さき》より|何時《いつ》も|煙《けむり》のやうなものを|噴出《ふんしゆつ》してゐる。|目《め》は|常《つね》に|血走《ちばし》り、|尻《しり》は|蜥蜴《とかげ》の|尾《を》の|如《ごと》く、|必要《ひつえう》に|応《おう》じ|四五十間《しごじつけん》|迄《まで》|伸《の》ばす|事《こと》が|出来《でき》る。さうして|尾《を》の|先《さき》には|鋭利《えいり》な|両刃《もろは》の|剣《つるぎ》の|如《ごと》き|凶器《きやうき》を|持《も》つてゐる。|此《この》モールバンドに|対《たい》しては、|如何《いか》なる|大蛇《をろち》も|猛獣《まうじう》も|恐《おそ》れ|戦《をのの》き、|森林《しんりん》|深《ふか》く|姿《すがた》を|隠《かく》して、モールバンドの|害《がい》を|免《まぬが》れむとして|居《ゐ》る。
|又《また》|此《この》アマゾン|河《がは》には|長大《ちやうだい》なる|蛇《へび》|数多《あまた》|棲息《せいそく》し、|或時《あるとき》は|森林《しんりん》に|或時《あるとき》は|水底《みなそこ》に|潜《ひそ》んで|獣《けもの》を|呑《の》み|且《か》つ|人々《ひとびと》の|此《この》|地点《ちてん》に|迷《まよ》ひ|来《きた》る|者《もの》あらば、|先《さき》を|争《あらそ》うて|出《い》で|来《きた》り|呑《の》み|喰《くら》はむと|待《ま》ち|構《かま》へ|居《ゐ》るなり。
|又《また》|外《ほか》にエルバンドと|云《い》ふ、|鰐《わに》でもなく|大蛇《をろち》でもなく、|鱗《うろこ》は|鉄《かね》の|如《ごと》く|固《かた》く、|竜《りう》の|如《ごと》き|髯《ひげ》を|生《しやう》じ、|四本《しほん》の|足《あし》ある|動物《どうぶつ》あり。エルバンドの|頭《あたま》は|玉《たま》の|如《ごと》く|丸《まる》く、|其《その》|目《め》は|比較的《ひかくてき》|小《ちひ》さい。エルバンドは|其《その》|丸《まる》い|頭部《とうぶ》を|必要《ひつえう》に|応《おう》じ、|細《ほそ》く|長《なが》く|伸《の》ばし、|動物《どうぶつ》の|血《ち》を|吸《す》ひ|生《い》き|居《ゐ》る|怪物《くわいぶつ》なり。
モールバンドは|猛獣《まうじう》を|取《と》り|喰《くら》ふにも、|男性的《だんせいてき》に|敵《てき》をグツと|睨《ね》めつけ、|尻尾《しつぽ》を|打振《うちふ》り、|尾端《びたん》の|剣《つるぎ》を|以《もつ》て|敵《てき》を|叩《たた》きつけ、|切《き》り|殺《ころ》し、|其《その》|後《のち》に|自分《じぶん》の|腹《はら》に|入《い》れて|了《しま》ふ。|又《また》エルバンドは|之《これ》に|反《はん》し、|其《その》|働《はたら》きは|極《きは》めて|女性的《ぢよせいてき》で、|動物《どうぶつ》の|寝《ね》てゐる|隙《すき》を|考《かんが》へ、|柔《やはら》かき|蛸《たこ》のやうな|頭《あたま》を、どこ|迄《まで》も|細《ほそ》く|長《なが》く|延長《えんちやう》し、|動物《どうぶつ》の|肛門《こうもん》に|舌《した》の|先《さき》や|口《くち》の|先《さき》を|当《あ》てがひ、|生血《いきち》を|搾《しぼ》る|恐《おそ》ろしき|動物《どうぶつ》なり。|只《ただ》モールバンドにしてもエルバンドにしても、|彼《かれ》の|最《もつと》も|恐《おそ》るる|敵《てき》は、アマゾン|河《がは》の|畔《ほとり》に|棲息《せいそく》してゐる|巨大《きよだい》なる|鰐《わに》の|群《むれ》ばかりなりといふ。
|鷹依姫《たかよりひめ》|一行《いつかう》は、かかる|怪物《くわいぶつ》の|棲息《せいそく》するアマゾン|河《がは》の|河口《かはぐち》に|辿《たど》り|着《つ》き、|危険《きけん》|刻々《こくこく》に|身《み》に|迫《せま》り|来《きた》る|為《ため》に、|船《ふね》を|乗《の》り|捨《す》て、アマゾン|河《がは》の|南岸《なんがん》に|上陸《じやうりく》し、|時雨《しぐれ》の|森《もり》に|向《むか》つて|宣伝歌《せんでんか》をうたひながら、|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンスを|伴《ともな》ひ、|樹蔭《こかげ》を|縫《ぬ》ひて、|西《にし》へ|西《にし》へと|進《すす》み|行《ゆ》く。
|宇宙《うちう》の|森羅万象《しんらばんしやう》は|一《ひとつ》として、|陰陽《いんやう》の|水火《いき》によつて|形成《けいせい》されざる|物《もの》はない。|従《したが》つて|神人《しんじん》は|云《い》ふも|更《さら》なり、|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》、|山川草木《さんせんさうもく》に|至《いた》る|迄《まで》、|何《いづ》れも|言霊《ことたま》の|水火《いき》を|有《いう》し、|言語《げんご》を|発《はつ》せざるものはないのである。|中臣《なかとみ》の|祓《はらひ》にも『|草《くさ》の|片葉《かきは》をも|言止《ことや》めて|云々《うんぬん》』の|文句《もんく》あり、|古《いにしへ》の|人《ひと》は|凡《すべ》て|禽獣草木《きんじうさうもく》の|言語《げんご》|迄《まで》も|能《よ》く|諒解《りやうかい》したるものなり。
|又《また》|禽獣《きんじう》は|人語《じんご》を|解《かい》し、|人《ひと》は|又《また》|禽獣草木《きんじうさうもく》の|言葉《ことば》を|能《よ》く|解《かい》する|事《こと》を|得《え》たり。されど|世《よ》は|追々《おひおひ》と|降《くだ》り、|人《ひと》の|心《こころ》は|佞《ねぢ》け|曲《まが》り、|遂《つひ》に|罪悪《ざいあく》の|塊《かたまり》となり、|一切《いつさい》の|語《ご》を|解《かい》する|能《あた》はざる|迄《まで》、|不便《ふべん》|極《きは》まる|人間《にんげん》と|堕落《だらく》し|了《おほ》せたるなり。|又《また》|同《おな》じ|人間《にんげん》の|中《うち》に|於《おい》ても、|国々《くにぐに》|所々《ところどころ》|言語《げんご》の|相違《さうゐ》するは、|第一《だいいち》|国魂神《くにたまがみ》の|霊魂《みたま》の|関係《くわんけい》|及《および》|風土《ふうど》|寒暑《かんしよ》の|関係《くわんけい》に|依《よ》るものなるが、|之《これ》を|一々《いちいち》|聞分《ききわ》け|其《その》|意《い》を|悟《さと》る|事《こと》が|出来《でき》ぬまでに|人間《にんげん》の|耳《みみ》が|鈍《にぶ》り|来《きた》りぬ。|幸《さいはひ》に|言霊学《げんれいがく》を|体得《たいとく》する|時《とき》は、|別《べつ》に|英語《えいご》とか|仏蘭西語《フランスご》、|露西亜語《ロシアご》などと、せせこましい|語学《ごがく》を|研究《けんきう》せなくとも、|其《その》|声音《せいおん》の|色《いろ》|並《ならび》に|抑揚《よくやう》|頓挫《とんざ》|等《とう》にて|悟《さと》り|得《え》らるる|筈《はず》なり。|従《したが》つて|禽獣《きんじう》|虫魚《ちうぎよ》|山川草木《さんせんさうもく》の|言葉《ことば》も、|容易《ようい》に|解《かい》し|得《う》べきものなり。
|例《たと》へば|無生機物《むせいきぶつ》たる|三味線《しやみせん》を|引《ひ》き|鳴《な》らして、いろいろの|音律《おんりつ》を|発《はつ》し、|浄瑠璃《じやうるり》、|唄《うた》などに|合《あ》はして|物《もの》を|言《い》はしむるに、|聞《き》き|慣《な》れたる|耳《みみ》には、|其《その》|音《ね》の|何《なに》を|語《かた》り|居《ゐ》るやを|弁別《べんべつ》し|得《う》るが|如《ごと》し。|其《その》|他《た》|縦笛《たてぶえ》、|横笛《よこぶえ》、|笙《しやう》、ひちりき、|太鼓《たいこ》、|鼓《つづみ》に|至《いた》るまで、|僅《わづ》かに|五音《ごいん》、|或《あるひ》は|七八音《しちはちいん》を|以《もつ》て、|能《よ》く|其《その》|用《よう》を|達《たつ》する|如《ごと》く、|禽獣《きんじう》|虫魚《ちうぎよ》|等《とう》の|声音《せいおん》は、|其《その》|数《かず》|少《すくな》しと|雖《いへど》も、|我《わが》|耳《みみ》を|清《きよ》くして|聞《き》く|時《とき》は、|禽獣草木《きんじうさうもく》の|声《こゑ》を|明《あきら》かに|悟《さと》る|事《こと》が|出来《でき》|得《う》る。|例《たと》へば、|喇叭《ラツパ》は|僅《わづか》にタチツテトの|五音《ごいん》を|以《もつ》て|数多《あまた》の|軍隊《ぐんたい》を|動《うご》かし、|三味線《しやみせん》はパピプペポ、タチツテトの|十音《じふいん》を|以《もつ》て|一切《いつさい》を|語《かた》り、|牛《うし》はマミムメモ、|馬《うま》はハヒフヘホ、|猫《ねこ》はナニヌネノ、|犬《いぬ》はワヰウヱヲと|云《い》ふやうに、|各《おのおの》|特定《とくてい》の|言霊《ことたま》を|使用《しよう》し、|自分《じぶん》の|意思《いし》を|完全《くわんぜん》に|表示《へうじ》し、|尚《なほ》|及《およ》ばざる|所《ところ》は、|目《め》を|働《はたら》かせ|体《からだ》の|形容《けいよう》を|以《もつ》て|之《これ》を|補《おぎな》ひ、|且《か》つ|声《こゑ》の|抑揚《よくやう》|頓挫《とんざ》にて、|其《その》|意思《いし》を|明《あきら》かに|表示《へうじ》するものなり。
|日本人《にほんじん》は|円満《ゑんまん》|清朗《せいらう》なる|七十五声《しちじふごせい》を|完全《くわんぜん》に|使用《しよう》し|得《う》る|高等《かうとう》|人種《じんしゆ》である。|之《こ》れ|全《まつた》く|国魂《くにたま》の|秀《すぐ》れたる|所以《ゆゑん》にして、|人種《じんしゆ》として|又《また》|優等《いうとう》なる|所以《ゆゑん》である。|人種《じんしゆ》に|依《よ》つては|二十四五声《にじふしごせい》|或《あるひ》は|三十声《さんじつせい》|内外《ないぐわい》より|言語《ことば》を|使用《しよう》し|得《え》ざるものあり。|而《しか》して|其《その》|声音《せいおん》は|拗音《えうおん》、|濁音《だくおん》、|鼻音《びおん》、|半濁音《はんだくおん》、|獣畜音《じうちくおん》|等《とう》が|混入《こんにふ》してゐる。されど|神《かみ》と|同《おな》じく|七十五声《しちじふごせい》を|使用《しよう》し|得《う》る|人種《じんしゆ》も|今《いま》は|全《まつた》く|心《こころ》の|耳塞《ふさ》がり、|心《こころ》の|眼《まなこ》|閉《と》ぢたれば、|到底《たうてい》|神諭《しんゆ》にある|如《ごと》く、|一《いち》を|聞《き》いて|十《じふ》を|悟《さと》るが|如《ごと》き、|鋭敏《えいびん》なる|心《こころ》の|耳目《じもく》を|欠《か》き、|百言《ひやくげん》|聞《き》いて|僅《わづか》に|一二言《いちにげん》を|悟《さと》り|得《う》る|位《くらゐ》の|程度《ていど》まで|耳目《じもく》|活用《くわつよう》の|能率《のうりつ》が|低下《ていか》し、|他《た》の|動物《どうぶつ》と|殆《ほとん》ど|選《えら》ぶ|所《ところ》なき|迄《まで》に|到《いた》れるなり。|実《じつ》に|天地経綸《てんちけいりん》の|司宰者《しさいしや》たる|人《ひと》として|浩歎《かうたん》すべきの|至《いた》りならずや。
|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、テー、カーの|四人《よにん》は|此《この》|森林《しんりん》に|進《すす》み|虎《とら》、|熊《くま》、|獅子《しし》、|狼《おほかみ》、|大蛇《をろち》、|鷲《わし》、|狐《きつね》、|兎《うさぎ》、|其《その》|外《ほか》|一切《いつさい》の|動物《どうぶつ》の|声音《せいおん》を|聞《き》き、|能《よ》く|其《その》|意《い》を|諒解《りやうかい》し、|茲《ここ》に|猛獣《まうじう》を|使役《しえき》して|森《もり》の|王《わう》となり、モールバンド、エルバンドの|征服《せいふく》に|従事《じゆうじ》する|事《こと》となりぬ。|併《しか》し|乍《なが》ら|古《いにしへ》の|人《ひと》は|現代《げんだい》の|如《ごと》く、|余《あま》り|小《こ》ざかしき|円滑《ゑんくわつ》な|辞令《じれい》を|用《もち》ゐず、|又《また》|数万言《すうまんげん》を|並《なら》べて|喋々喃々《てふてふなんなん》する|必要《ひつえう》もなし。それ|故《ゆゑ》アとウとの|息《いき》にて|禽獣草木《きんじうさうもく》と|能《よ》く|其《その》|意思《いし》を|交換《かうくわん》する|事《こと》を|得《え》たりしなり。
|併《しか》し|乍《なが》ら|現代人《げんだいじん》は、|到底《たうてい》|簡単《かんたん》なる|言語《げんご》にて|其《その》|意思《いし》を|諒解《りやうかい》する|丈《だけ》の|能力《のうりよく》なし。|故《ゆゑ》に|此《この》|口述《こうじゆつ》も|現代人《げんだいじん》の|耳《みみ》に|諒解《りやうかい》し|易《やす》からしむる|為《ため》、|大蛇《をろち》、|熊《くま》、|鹿《しか》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|狐《きつね》、|兎《うさぎ》、|其《その》|他《た》の|鳥類《てうるゐ》に|至《いた》るまで、|現代《げんだい》の|人間《にんげん》の|言語《げんご》を|以《もつ》て|話《はな》したる|如《ごと》く|訳《やく》して|口述《こうじゆつ》せむとす。|古事記《こじき》にも|大己貴命《おほなむちのみこと》、|気多《けた》の|岬《みさき》にて|因幡《ゐなば》の|白兎《しろうさぎ》に|出会《であ》ひ、いろいろと|問答《もんだふ》し|給《たま》ふ|神文《しんもん》がある|如《ごと》く、|鳥獣草木《てうじうさうもく》の|声音《せいおん》と|雖《いへど》も、|真《しん》の|神国魂《みくにだましひ》に|返《かへ》りなば、よく|諒解《りやうかい》し|得《え》らるるものなり。
|禽獣草木《きんじうさうもく》は|今日《こんにち》に|至《いた》る|迄《まで》、|朧《おぼろ》げながら|人語《じんご》を|解《かい》するに、|人間《にんげん》として|禽獣草木《きんじうさうもく》の|声音《せいおん》を|聞《き》く|事《こと》を|得《え》ざるは、|実《じつ》に|万物《ばんぶつ》の|霊長《れいちやう》たる|権威《けんゐ》はいづこにありや。|斯《か》かる|不完全《ふくわんぜん》なる|五感《ごかん》を|以《もつ》て、いかでか、|神《かみ》の|生宮《いきみや》として|万有《ばんいう》に|安息《あんそく》を|与《あた》へ、|天地経綸《てんちけいりん》の|司宰者《しさいしや》たる|其《その》|職責《しよくせき》を|全《まつた》うする|事《こと》を|得《え》む。|思《おも》へば|思《おも》へば|実《じつ》に|遺憾《ゐかん》の|極《きは》みなり。
|口述者《こうじゆつしや》は|外国語《ぐわいこくご》を|学《まな》びし|事《こと》なく、|又《また》|横文字《よこもじ》を|一字《いちじ》も|解《かい》し|得《え》ない。されど|各国人《かくこくじん》の|談話《だんわ》を|傍《かたはら》に|在《あ》りて、|耳《みみ》をすませて|聞《き》く|時《とき》は、|其《その》|意《い》の|何《なん》たるかを、|言霊《ことたま》の|原則上《げんそくじやう》、|諒解《りやうかい》し|得《え》らるるなり。|此《この》|物語《ものがたり》も|亦《また》|古代《こだい》の|土人《どじん》の|言語《げんご》を|所々《ところどころ》に|羅列《られつ》し、|或《あるひ》は|現代《げんだい》の|外国語《ぐわいこくご》を|使用《しよう》したる|所《ところ》もあり。|併《しか》し|今日《こんにち》の|世界《せかい》の|語学《ごがく》は、|言霊学上《ことたまがくじやう》|其《その》|原則《げんそく》を|乱《みだ》しゐる|為《ため》に、|現代人《げんだいじん》の|言語《げんご》は|諒解《りやうかい》し|難《がた》き|点《てん》|多々《たた》あり。|如何《いか》なる|国《くに》の|言語《げんご》と|雖《いへど》も、|今《いま》の|禽獣草木《きんじうさうもく》の|如《ごと》く|言霊《ことたま》の|原則《げんそく》を|誤《あやま》らざるに|於《おい》ては、|世界《せかい》|共通的《きようつうてき》に|通《つう》ずべきが|言霊《ことたま》の|妙用《めうよう》、|宇宙《うちう》の|真理《しんり》なり。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第二章 |猛獣《まうじう》|会議《くわいぎ》〔八九三〕
|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|一行《いつかう》は|宣伝歌《せんでんか》をうたひ|乍《なが》ら、|数百万年《すうひやくまんねん》の|秘密《ひみつ》の|籠《こも》りたる|南岸《なんがん》の|森林《しんりん》に|進《すす》み|入《い》る。|併《しか》し|乍《なが》ら|人跡《じんせき》なき|此《この》|森林《しんりん》も、|思《おも》ひの|外《ほか》|雑草《ざつさう》|少《すくな》く、|空《そら》はあらゆる|大木《たいぼく》に|蔽《おほ》はれて、|日月《じつげつ》の|光《ひかり》を|見《み》る|事《こと》|甚《はなは》だ|稀《まれ》であつた。
|一本《いつぽん》の|大木《たいぼく》と|云《い》へば|周囲《しうゐ》|百丈《ひやくぢやう》|余《あま》りもあり、|高《たか》さ|数百丈《すうひやくぢやう》に|及《およ》び、|樹上《じゆじやう》には|猩々《しやうじやう》、|〓々《ひひ》、|野猿《やえん》の|類《るゐ》|群《むれ》をなし、|果物《くだもの》を|常食《じやうしよく》として|可《か》なりに|安心《あんしん》な|生活《せいくわつ》をつづけ、|其《その》|種族《しゆぞく》を|益々《ますます》|繁殖《はんしよく》させ、|至《いた》る|所《ところ》に|猿《さる》の|叫《さけ》び|声《ごゑ》は|耳《みみ》をつんざく|許《ばか》り|怪《あや》しく|聞《きこ》えて|居《ゐ》る。
|二三尺《にさんじやく》|許《ばか》りの|大蜥蜴《おほとかげ》は|時々《ときどき》|一行《いつかう》が|路《みち》を|遮《さへぎ》り、|開闢《かいびやく》|以来《いらい》|見《み》た|事《こと》もなき|人《ひと》の|姿《すがた》を|見《み》て、|驚《おどろ》いて|逃《に》げ|隠《かく》るるもあり、|中《なか》には|飛付《とびつ》き|来《く》るもあり、|其《その》|他《た》|異様《いやう》の|爬虫族《はちうぞく》、|先《さき》を|争《あらそ》うて|逃《に》げ|隠《かく》るる|音《おと》、ザワザワと|谷川《たにがは》の|水流《すゐりう》の|如《ごと》くに|聞《きこ》え|来《きた》る。|此《この》|時《とき》|白毛《はくまう》の|兎《うさぎ》の|一群《ひとむれ》、|大《だい》なるは|現代《げんだい》の|牛《うし》の|如《ごと》きもの、ノソノソと|一行《いつかう》の|前《まえ》に|宣伝歌《せんでんか》を|尋《たづ》ねて|来《きた》り、|両足《りやうあし》を|前《まへ》に|行儀《ぎやうぎ》よく|並《なら》べて|涙《なみだ》を|流《なが》し|乍《なが》ら、
|兎《うさぎ》『|私《わたくし》は|此《この》|森林《しんりん》に|神代《かみよ》の|昔《むかし》より|永住《えいぢゆう》|致《いた》しまする|兎《うさぎ》の|長《をさ》で|厶《ござ》います。|此《この》|通《とほ》り|数多《あまた》の|種族《しゆぞく》を|引連《ひきつ》れ、あなた|様《さま》|一行《いつかう》の|御降《おくだ》りを|月《つき》の|大神様《おほかみさま》より|御示《おしめ》しに|預《あづか》り、ここに|謹《つつし》んでお|迎《むか》へに|参《まゐ》りました。あなたは|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》、|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》の|御一行《ごいつかう》で|厶《ござ》いませう。|何卒《なにとぞ》この|森林《しんりん》を|御踏査《ごたうさ》|下《くだ》さいまして、|吾々《われわれ》の|安逸《あんいつ》に|一生《いつしやう》を|送《おく》り|得《え》らるる|様《やう》、|御守《おまも》りの|程《ほど》|偏《ひとへ》に|願《ねが》ひ|上《あ》げ|奉《たてまつ》ります』
と|慇懃《いんぎん》に|頼《たの》み|入《い》るにぞ、|竜国別《たつくにわけ》は、
『ヤア|始《はじ》めて|御目《おめ》にかかります。あなたは|此《この》|森林《しんりん》に|長《なが》らく|御住居《おすまゐ》なさると|聞《き》きましたが、|大変《たいへん》に|険呑《けんのん》な|所《ところ》で|厶《ござ》いますなア』
『ハイ|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り、|此《この》|時雨《しぐれ》の|森《もり》は、|其《その》|昔《むかし》|吾々共《われわれども》の|種族《しゆぞく》が|月《つき》の|大神様《おほかみさま》より|千代《ちよ》の|棲処《すみか》として|与《あた》へられたもので|厶《ござ》いますが、アダム、エバの|霊《みたま》より|発生《はつせい》したる|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》の|一族《いちぞく》を|始《はじ》め|悪鬼悪狐《あくきあくこ》の|子孫《しそん》|益々《ますます》|跋扈《ばつこ》して、|遂《つひ》にはモールバンドやエルバンドの|如《ごと》き|怪獣《くわいじう》と|成《な》り|変《かは》り、|吾々《われわれ》|一同《いちどう》のものを|餌食《ゑじき》と|致《いた》し、|今《いま》は|殆《ほとん》ど|亡《ほろ》ぼされて|了《しま》ひ、|此《この》|数百里《すうひやくり》の|大森林《だいしんりん》の|棲処《すみか》に|於《おい》て、|実《じつ》に|数千頭《すうせんとう》の|影《かげ》を|止《とど》むるのみ、|実《じつ》に|吾々《われわれ》は|悲惨《ひさん》な|生活《せいくわつ》をつづけ、|戦々兢々《せんせんきようきよう》として、|一時《いつとき》の|間《ま》も|安楽《あんらく》に|生活《せいくわつ》を|送《おく》る|事《こと》が|出来《でき》ないので|厶《ござ》います。|加《くは》ふるに、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|獅子《しし》、|熊《くま》、|大蛇《をろち》、|鷲《わし》などの|連中《れんぢう》が、|常世《とこよ》の|国《くに》のロツキー|山《ざん》|方面《はうめん》より、|常世《とこよ》|会議《くわいぎ》のありし|後《のち》、|此《この》|森林《しんりん》に|逃《に》げ|来《きた》り、|吾等《われら》が|種族《しゆぞく》を|餌食《ゑじき》と|致《いた》し、|暴虐無道《ばうぎやくぶだう》の|其《その》|振舞《ふるまひ》、|実《じつ》に|名状《めいじやう》す|可《べか》らざる|惨状《さんじやう》で|厶《ござ》います。|何卒《なにとぞ》あなた|方《がた》の|御神力《ごしんりき》を|以《もつ》て|此《この》|森林《しんりん》の|悪獣《あくじう》、|悪蛇《あくだ》、|悪鳥《あくてう》を|言向和《ことむけやは》し、|動物《どうぶつ》|一切《いつさい》|相和《あひわ》し|相親《あひした》しみ、|天与《てんよ》の|恩恵《おんけい》を|永遠《えいゑん》に|楽《たの》しむ|様《やう》、お|執《と》りなしを|偏《ひとへ》に|希《こひねが》ひ|奉《たてまつ》ります』=兎は月神を祭る民族の意=
『|委細《ゐさい》|承知《しようち》|致《いた》した。|然《しか》らば、|是《これ》より|其《その》|方《はう》は|吾々《われわれ》の|先導《せんだう》になつて、|第一《だいいち》に|猛獣《まうじう》の|棲処《すみか》へ|案内《あんない》|致《いた》せ。|惟神《かむながら》の|神法《しんぱふ》を|以《もつ》て、|彼等《かれら》を|善《ぜん》に|導《みちび》き、|悪《あく》を|悔《く》い|改《あらた》めしめ、|此《この》|森林《しんりん》をして|忽《たちま》ち|天国《てんごく》の|楽園《らくゑん》と|化《くわ》せしめむ。あゝ|面白《おもしろ》し|面白《おもしろ》し……|母上様《ははうへさま》、|妙《めう》なことになつて|参《まゐ》りました。サア|兎殿《うさぎどの》、|案内《あんない》|召《め》されよ』
『ハイ、|早速《さつそく》の|御承知《ごしようち》、|吾々《われわれ》|一族《いちぞく》は|実《じつ》に|蘇生《そせい》の|思《おも》ひを|致《いた》します』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|大兎《おほうさぎ》は|数多《あまた》の|団体《だんたい》を|率《ひき》ゐ、|鷹依姫《たかよりひめ》|一行《いつかう》の|前後《ぜんご》を|警護《けいご》しつつ|森林《しんりん》|深《ふか》く|進《すす》み|行《ゆ》く。
|数多《あまた》の|兎《うさぎ》に|送《おく》られて、|鷹依姫《たかよりひめ》|一行《いつかう》は|天《てん》を|封《ふう》じて|樹《た》てる|森林《しんりん》の|中《なか》を、|意気《いき》|揚々《やうやう》と|半日《はんにち》|許《ばか》り|進《すす》み|行《ゆ》く。|此処《ここ》には|稍《やや》|展開《てんかい》された|樹木《じゆもく》のなき|空地《あきち》がある。|殆《ほとん》ど|十里《じふり》|四方《しはう》の|間《あいだ》は|余《あま》り|太《ふと》き|樹木《じゆもく》もなく、|針葉樹《しんえうじゆ》の|小高《こだか》き|丘《をか》|四方《しはう》を|包《つつ》み、|恰《あだか》も|青垣山《あをがきやま》の|屏風《びやうぶ》を|引廻《ひきまは》せし|如《ごと》き|安全《あんぜん》|地帯《ちたい》である。
|兎《うさぎ》の|一族《いちぞく》は|僅《わづか》に|此《この》|地帯《ちたい》を|永住処《えいぢうしよ》となして|生活《せいくわつ》を|続《つづ》けてゐる。|謂《い》はば|兎《うさぎ》の|都《みやこ》である。|其《その》|殆《ほとん》ど|中心《ちうしん》に、|聖地《せいち》に|於《お》ける|桶伏山《をけぶせやま》の|如《ごと》き|美《うる》はしき|岩石《がんせき》を|以《もつ》て|自然《しぜん》に|造《つく》られたる|霊場《れいぢやう》があり、そこには|兎《うさぎ》の|最《もつと》も|尊敬《そんけい》する|月《つき》の|大神《おほかみ》の|宮《みや》が|儼然《げんぜん》として|建《た》てられてある。
|此《この》|清《きよ》き|宮山《みややま》を|繞《めぐ》る|清鮮《せいせん》の|水《みづ》を|湛《たた》へた|広《ひろ》き|湖《うみ》の|辺《ほとり》には、|大小《だいせう》|無数《むすう》の|鰐《わに》=鰐は武人の群=が|棲息《せいそく》し、|鰐《わに》と|兎《うさぎ》の|両族《りやうぞく》は|互《たがひ》に|相提携《あひていけい》して|天与《てんよ》の|恩恵《おんけい》を|楽《たのし》んでゐる。つまり|此《この》|鰐《わに》は|森林《しんりん》の|持主《もちぬし》たる|兎《うさぎ》の|眷属《けんぞく》とも|云《い》ふべきものにして、|兎《うさぎ》の|国《くに》の|軍隊《ぐんたい》の|如《ごと》き|用務《ようむ》に|従事《じうじ》してゐるのである。
モールバンド、エルバンドの|怪獣《くわいじう》は|兎《うさぎ》を|食《しよく》する|事《こと》を|最《もつと》も|好《この》み、|日夜《にちや》|其《その》|事《こと》のみに|精神《せいしん》を|傾注《けいちゆう》して|居《ゐ》る。されど|兎《うさぎ》は|最早《もはや》|此《この》|安全《あんぜん》|地帯《ちたい》に|集《あつ》まりし|事《こと》とて、|巨大《きよだい》なる|肉体《にくたい》を|有《いう》するモールバンドは、|数多《あまた》の|密生《みつせい》したる|樹木《じゆもく》に|遮《さへぎ》られて、ここに|侵入《しんにふ》するを|得《え》なくなつて|了《しま》つた。|如何《いか》にエルバンドと|雖《いへど》も、アマゾン|河《がは》の|岸《きし》より|首《くび》を|伸《の》ばし、ここ|迄《まで》|届《とど》かす|事《こと》は|到底《たうてい》|出来《でき》ない。それ|故《ゆゑ》|止《や》むを|得《え》ず、|余《あま》り|好《この》まざる|肉《にく》ながら|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|熊《くま》、|獅子《しし》|等《など》を|捕喰《とりくら》ひ、|僅《わづ》かに|其《その》|餓《うゑ》を|凌《しの》ぎつつあるのである。
|或時《あるとき》モールバンドはエルバンドを|使者《ししや》として、|猛獣《まうじう》の|集《あつ》まる|森林《しんりん》の|都《みやこ》、|獅子《しし》の|巣窟《さうくつ》に|向《むか》つて|使《つか》ひせしめ、ここに|談判《だんぱん》を|開始《かいし》する|事《こと》となつた。|其《その》|談判《だんぱん》の|要領《えうりやう》は|左《さ》の|通《とほ》りである。
|獅子王《ししわう》『あなたはモールバンド|様《さま》の|御使者《ごししや》エルバンド|様《さま》、|能《よ》くこそ|御入来《ごじゆらい》|下《くだ》さいました。|就《つ》いては|今日《こんにち》の|御用《ごよう》の|趣《おもむき》、|何卒《なにとぞ》|詳《つぶ》さに|御話《おはな》し|下《くだ》さいませ』
エルバンド『|吾々《われわれ》|今日《こんにち》|使者《ししや》として|獅子王《ししわう》の|都《みやこ》へ|参《まゐ》りしは、|余《よ》の|儀《ぎ》では|御座《ござ》らぬ。|吾《わが》|統領《とうりやう》のモールバンド|様《さま》、アマゾン|河《がは》に|数多《あまた》の|眷族《けんぞく》を|御連《おつ》れ|遊《あそ》ばし、|兎《うさぎ》を|捉《とら》へて|常食《じやうしよく》となし|給《たま》ふ。|吾々《われわれ》も|亦《また》、|兎《うさぎ》を|以《もつ》て|最上《さいじやう》の|美味《びみ》と|致《いた》して|居《ゐ》るもの、|然《しか》るに|此《この》|頃《ごろ》は|兎《うさぎ》の|影《かげ》も|見《み》せ|申《まを》さず、|甚《はなはだ》|以《もつ》て|吾々《われわれ》|一族《いちぞく》は|困窮《こんきう》|致《いた》して|居《を》る|次第《しだい》で|御座《ござ》います。|就《つ》いては|獅子王《ししわう》|殿《どの》に|一《ひと》つの|談判《だんぱん》があつて、ワザワザここに|使者《ししや》として、エルバンド|出張《しゆつちやう》|仕《つかまつ》りました。|其《その》|理由《りいう》とする|所《ところ》は、|獅子王《ししわう》の|手《て》を|以《もつ》て、|熊《くま》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》を|使《つか》ひ、|兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|侵入《しんにふ》し、|彼等《かれら》を|生捕《いけどり》にし、|日《ひ》に|数百《すうひやく》の|兎《うさぎ》をモールバンド|様《さま》に|御献上《ごけんじやう》ありたし。|然《しか》らざれば|熊《くま》、|鹿《しか》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|止《や》むを|得《え》ざれば、|獅子《しし》の|一族《いちぞく》をも、|手当《てあた》り|次第《しだい》|捕喰《とりくら》ふべしとの|厳命《げんめい》で|御座《ござ》いますれば、|速《すみや》かに|否《いな》やの|御返答《ごへんたふ》を|承《うけたま》はりたう|御座《ござ》います』
『これはこれは、|何事《なにごと》かと|思《おも》へば、|思《おも》ひもよらぬ|御仰《おんあふ》せ、|吾々《われわれ》|一族《いちぞく》は|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|熊《くま》、|獅子《しし》の|区別《くべつ》なく、|日夜《にちや》モールバンド|様《さま》の|部下《ぶか》に|捉《とら》へられ、|日《ひ》に|幾百《いくひやく》となく|生命《せいめい》を|断《た》たれ、|捕喰《とりくら》はれ、|実《じつ》に|困憊《こんぱい》の|極《きよく》に|達《たつ》して|居《を》りまする。|就《つい》ては|吾々《われわれ》|四足《よつあし》|一族《いちぞく》は|茲《ここ》に|大軍隊《だいぐんたい》を|組織《そしき》し、|北岸《ほくがん》の|森林《しんりん》の|同志《どうし》と|相謀《あひはか》り、|川《かは》を|差挟《さしはさ》んでモールバンド、エルバンドの|軍隊《ぐんたい》を|一匹《いつぴき》も|残《のこ》らず|殲滅《せんめつ》し|呉《く》れむと|日夜《にちや》|肝胆《かんたん》を|砕《くだ》き、|今《いま》や|協議《けふぎ》の|真最中《まつさいちう》で|御座《ござ》れば、|早速《さつそく》に|此《この》|返答《へんたふ》は|致《いた》し|難《がた》し。|御返事《ごへんじ》は、|追《お》つてアマゾン|河《がは》の|岸《きし》に|使者《ししや》を|遣《つか》はし、|御答《おこた》へ|申《まを》さむ。|此《この》|場《ば》は|一先《ひとま》づ|御帰《おかへ》りあらむ|事《こと》を|希望《きばう》|致《いた》します』
『|然《しか》らば|是非《ぜひ》に|及《およ》ばぬ。|一時《いちじ》も|早《はや》く|協議《けふぎ》を|遂《と》げ、|御返事《ごへんじ》あらむことを|希望《きばう》|致《いた》します』
と|云《い》ひ|捨《す》て、|長大《ちやうだい》なる|巨躯《きよく》を|蛭《ひる》の|如《ごと》く|伸縮《しんしゆく》させ、のそりのそりと|獅子王《ししわう》の|都《みやこ》を|後《あと》に、アマゾン|河《がは》のモールバンドの|本陣《ほんぢん》と|聞《きこ》えたる|寝覚《ねざめ》の|淵《ふち》を|指《さ》して|帰《かへ》り|行《ゆ》く。
あとに|獅子王《ししわう》は|数多《あまた》の|四《よ》つ|足族《あしぞく》を|獅子《しし》の|都《みやこ》に|召集《せうしふ》し、|一大《いちだい》|会議《くわいぎ》を|開催《かいさい》する|事《こと》となりぬ。
|獅子王《ししわう》はエルバンドの|使者《ししや》の|帰《かへ》つた|後《のち》、|直《ただ》ちに|使獅子《つかひじし》を|森林《しんりん》の|各処《かくしよ》に|派遣《はけん》し、|熊王《くまわう》、|狼王《おほかみわう》、|虎《とら》の|王《わう》、|大蛇《をろち》の|頭《かしら》、|鷲《わし》の|王《わう》などを|代表者《だいへうしや》として|召集《せうしふ》し、|獅子王《ししわう》の|館《やかた》に|於《おい》て|大会議《だいくわいぎ》を|開《ひら》く|事《こと》となつた。|日《ひ》ならずして|各獣《かくじう》の|代表者《だいへうしや》は|集《あつ》まり|来《きた》る。
|山桃《やまもも》の|林《はやし》の|下《もと》に|大会議《だいくわいぎ》は|開《ひら》かれた。|獅子王《ししわう》は|先《ま》づ|開会《かいくわい》の|挨拶《あいさつ》をなし|終《をは》つて、
『モールバンドの|使者《ししや》の|齎《もたら》した|申込《まをしこ》みに|対《たい》し、|各自《かくじ》の|意見《いけん》を|吐露《とろ》し、|最善《さいぜん》の|方法《はうはふ》を|協議《けふぎ》されむ|事《こと》を|望《のぞ》む』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|諄々《じゆんじゆん》として|一伍一什《いちぶしじふ》の|経緯《いきさつ》を|物語《ものがた》れば、|茲《ここ》に|熊王《くまわう》は|進《すす》み|出《で》て、|手《て》に|唾《つばき》し|憤然《ふんぜん》として|雄猛《をたけ》びし、|巨大《きよだい》なる|目《め》を|瞠《みは》りつつ、
『|皆様《みなさま》、|如何《いかが》で|御座《ござ》いませう。|吾々《われわれ》|四《よ》つ|足族《あしぞく》は、|今日迄《こんにちまで》|互《たがひ》に|反噬《はんぜい》を|逞《たくま》しうし、|優勝劣敗《いうしようれつぱい》、|弱肉強食《じやくにくきやうしよく》の|戦闘《せんとう》を|続《つづ》けて|参《まゐ》りました。|処《ところ》が|仁愛《じんあい》|深《ふか》き|獅子王《ししわう》|様《さま》の|御威勢《ごゐせい》と|御尽力《ごじんりよく》に|依《よ》り、|互《たがひ》に|其《その》|範囲《はんゐ》を|犯《をか》さず、|熊《くま》は|熊《くま》の|団体《だんたい》、|狼《おほかみ》は|狼《おほかみ》、|豹《へう》は|豹《へう》、|大蛇《をろち》は|大蛇《をろち》、|虎《とら》は|虎《とら》と|各《おのおの》|部落《ぶらく》を|作《つく》り、|此《この》|森林《しんりん》は|漸《やうや》く|無事《ぶじ》|太平《たいへい》に|治《をさ》まり、|辛《から》うじて|猿《さる》を|捕《と》り、|兎《うさぎ》を|捕獲《ほくわく》し、|吾々《われわれ》|獣族《じうぞく》は|漸《やうや》く|其《その》|生命《せいめい》を|保《たも》つて|来《き》たのである。|然《しか》るに|此《この》|頃《ごろ》モールバンド、エルバンドの|一族《いちぞく》、アマゾン|河《がは》より|這《は》ひ|上《あが》り|来《きた》り、|吾等《われら》が|部落《ぶらく》を|犯《をか》す|事《こと》|一再《いつさい》ならず、|吾《わが》|種族《しゆぞく》は|夜《よ》も|枕《まくら》を|高《たか》くし|安眠《あんみん》する|事《こと》も|出来《でき》ない|惨状《さんじやう》で|御座《ござ》います。|然《しか》るに|何《なん》ぞや、|悪虐《あくぎやく》|益々《ますます》|甚《はなは》だしく、|日《ひ》に|数百頭《すうひやくとう》の|兎《うさぎ》を|貢《みつぎ》せざれば、|吾々《われわれ》が|種族《しゆぞく》を|捕《と》り|喰《くら》ふべしとの|酷烈《こくれつ》なる|要求《えうきう》、どうして|是《これ》が|吾々《われわれ》として|応《おう》じられませうか。|吾々《われわれ》は|仮令《たとへ》|種族《しゆぞく》|全滅《ぜんめつ》の|厄《やく》に|遭《あ》ふとも、|撓《たゆ》まず|屈《くつ》せず|一戦《いつせん》を|試《こころ》み、|勝敗《しようはい》を|決《けつ》せむ|覚悟《かくご》で|御座《ござ》る。|皆様《みなさま》の|御考《おかんが》へは|如何《いかが》で|御座《ござ》いますか』
と|息《いき》も|荒々《あらあら》しく|述《の》べ|立《た》つる。|狼王《おほかみわう》は|直《ただ》ちに|口《くち》を|開《ひら》き、
『|熊王様《くまわうさま》の|御意見《ごいけん》、|実《じつ》に|御尤《ごもつと》も|至極《しごく》では|御座《ござ》いまするが、どう|考《かんが》へても|強者《きやうしや》に|対《たい》する|吾々《われわれ》の|如《ごと》き|弱者《じやくしや》として、|戦《たたか》ふなどとは|思《おも》ひも|寄《よ》らぬ|拙劣《せつれつ》なる|策《さく》では|御座《ござ》いますまいか。|常世会議《とこよくわいぎ》に|於《おい》て|吾《わが》|祖先《そせん》は|翼《つばさ》をそがれ、|最早《もはや》|空中《くうちう》|飛行《ひかう》の|自由《じいう》を|失《うしな》ひし|吾々《われわれ》|四《よ》つ|足族《あしぞく》、|如何《いか》に|獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》にて|攻撃《こうげき》|致《いた》すとも、|暴虎馮河《ぼうこひようが》の|勇《ゆう》あるとも、|豺狼《さいらう》の|奸策《かんさく》を|弄《ろう》するとも、|到底《たうてい》|及《およ》び|難《がた》き|議論《ぎろん》だと|考《かんが》へます。|若《し》かず|彼《かれ》が|要求《えうきう》を|容《い》れ|部下《ぶか》を|駆使《くし》して|兎《うさぎ》を|捕獲《ほくわく》し、モールバンドに|日々《にちにち》これを|貢《みつ》ぎ、|吾等《われら》|一族《いちぞく》の|大難《だいなん》を|免《まぬが》れるが、|第一《だいいち》の|策《さく》かと|考《かんが》へます。|勝敗《しようはい》の|数《すう》|分《わ》かり|切《き》つたる|此《この》|戦闘《せんとう》に|従事《じゆうじ》するは|策《さく》の|得《え》たるものではありますまい。|皆様《みなさま》|如何《いかが》で|御座《ござ》いませうか』
と|首《くび》を|傾《かたむ》け、|前足《まへあし》を|腕《うで》の|如《ごと》くに|組《く》みながら、|心配《しんぱい》げに|述《の》べ立てる。
|虎王《とらわう》は|腕《うで》を|組《く》み、|髭《ひげ》に|露《つゆ》をもたせ、|巨眼《きよがん》をクワツと|見開《みひら》き、|言葉《ことば》も|重々《おもおも》しく、
『|吾々《われわれ》の|考《かんが》ふる|所《ところ》に|依《よ》れば、|如何《いか》に|弱肉強食《じやくにくきやうしよく》を|恣《ほしいまま》にするモールバンドなればとて、|吾々《われわれ》の|種族《しゆぞく》を|殲滅《せんめつ》することは|出来《でき》ますまい。|吾々《われわれ》も|天地《てんち》の|神《かみ》の|水火《いき》を|以《もつ》て|生《うま》れ、|神《かみ》の|精霊《せいれい》の|宿《やど》りしものなれば、|如何《いか》に|悪虐無道《あくぎやくむだう》のモールバンドなればとて、|妄《みだ》りに|暴威《ばうゐ》を|逞《たくま》しうし、|此《この》|森林《しんりん》を|吾物顔《わがものがほ》に|占領《せんりやう》する|事《こと》は|到底《たうてい》|不可能《ふかのう》でせう。|要《えう》するに|彼等《かれら》が|如何《いか》なる|事《こと》を|申込《まをしこ》み|来《きた》るとも|虎耳狼風《こじらうふう》と|聞流《ききなが》し、|相手《あひて》にならず、|打棄《うちす》ておく|方《はう》が|獅子《しし》(|志士《しし》)の|本分《ほんぶん》で|御座《ござ》らう。……|熊王殿《くまわうどの》、|豹王殿《へうわうどの》、|大蛇《をろち》の|頭殿《かしらどの》、|諸君《しよくん》の|御意見《ごいけん》は|如何《いかが》で|御座《ござ》りますか』
|大蛇《をろち》の|頭《かしら》『|吾々《われわれ》|如何《いか》に|剽悍《へうかん》|決死《けつし》の|勇《ゆう》ありとも、モールバンドの|一族《いちぞく》、|完全《くわんぜん》|無欠《むけつ》の|武器《ぶき》を|備《そな》へ|攻来《せめきた》るに|於《おい》ては|到底《たうてい》|敵《てき》する|事《こと》は|出来《でき》ますまい。|飽《あ》く|迄《まで》も|豺狼《さいらう》の|慾《よく》を|逞《たくま》しうし、|獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》を|以《もつ》て|猛虎《まうこ》の|如《ごと》く|攻《せ》め|来《きた》る|敵軍《てきぐん》、|何程《なにほど》|準備《じゆんび》は【|熊《くま》】なく|整《ととの》ふとも、|到底《たうてい》|防戦《ばうせん》する【|豺《さい》】も|覚束《おぼつか》なき|吾々《われわれ》の|境遇《きやうぐう》、なまじひに|強者《きやうしや》に|向《むか》つて|弓《ゆみ》を|引《ひ》くよりは、モールバンドの命に|従《したが》ひ、|兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|攻《せ》めのぼり、|残《のこ》らずこれを|捕獲《ほくわく》し、モールバンドの|前《まへ》に|貢物《みつぎもの》として|捧《ささ》げなば、|彼《かれ》が|歓心《くわんしん》を|買《か》ひ|且《か》つ|同情《どうじやう》を|得《え》、|吾等《われら》の|種族《しゆぞく》を|捕喰《とりくら》ふことを|免《めん》じて|呉《く》れるでせう。|弱《じやく》を|以《もつ》て|強《きやう》に|当《あた》るは|吾々《われわれ》の【|虎《とら》】ざる|所《ところ》、|一刻《いつこく》も|早《はや》く|兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|進撃《しんげき》し、|彼等《かれら》を|悉《ことごと》く|捕獲《ほくわく》して|貢物《みつぎもの》となし、|吾等《われら》|種族《しゆぞく》の|安全《あんぜん》を|保《たも》つに【|鹿《しか》】ず、|議長《ぎちやう》|獅子王殿《ししわうどの》、|御意見《ごいけん》|如何《いか》がで|御座《ござ》るか』
と|詰《つ》めよる。|獅子王《ししわう》は|暫《しば》し|首《かうべ》を|傾《かたむ》け【|獅《し》】|案《あん》にくれてゐたが、やがて|頭《かしら》を|擡《もた》げ、|大《おほ》きく|唸《うな》り|乍《なが》ら、
『|左様《さやう》で|御座《ござ》る。|到底《たうてい》|勝算《しようさん》なき|敵《てき》に|向《むか》つて|戦《たたかひ》を|挑《いど》み、|部下《ぶか》の|者共《ものども》を|亡《ほろぼ》されむよりは、|弱小《じやくせう》なる|兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|攻《せ》め|入《い》り|彼等《かれら》を|引《ひき》【|虎《とら》】へ、|戦《たたかひ》の|危害《きがい》を|除《のぞ》くに|若《し》かず。【|鹿《しか》】らば|諸《しよ》【|窘《くん》】と|共《とも》に|時《とき》を|移《うつ》さず|一族《いちぞく》を|引率《いんそつ》し、|兎《うさぎ》の|都《みやこ》を|繞《めぐ》る|四辺《しへん》の|山《やま》より|一斉《いつせい》に|攻《せ》め|入《い》り、【|鬼虎《きこ》】|堂々《だうだう》として|湖《みづうみ》を|渡《わた》り、|兎《うさぎ》の|王《わう》を|降服《かうふく》せしめ、|一族《いちぞく》が|犠牲《ぎせい》に|供《きよう》さむ』
と|憤然《ふんぜん》として|宣示《せんじ》する。|一同《いちどう》は|獅子王《ししわう》の|宣示《せんじ》に|返《かへ》す|言葉《ことば》もなく、|直《ただち》に|軍備《ぐんび》を|整《ととの》へ|数多《あまた》の|部下《ぶか》を|引率《いんそつ》し、|兎《うさぎ》の|都《みやこ》を|指《さ》して|進撃《しんげき》することとなりぬ。
|兎王《うさぎわう》は|斯《か》かる|敵軍《てきぐん》の|襲来《しふらい》せむとは|神《かみ》ならぬ|身《み》の|知《し》る|由《よし》もなく、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、テー、カーの|四人《よにん》の|賓客《ひんきやく》に|珍《めづら》しき|物《もの》を|饗応《きやうおう》し、|数多《あまた》の|部下《ぶか》を|集《あつ》めて|舞《ま》ひ|踊《をど》り|狂《くる》ひつつ|四人《よにん》の|旅情《りよじやう》を|慰《なぐさ》めむと|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》し|居《ゐ》たりき。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第三章 |兎《うさぎ》の|言霊《ことたま》〔八九四〕
|兎《うさぎ》の|都《みやこ》にては、|一族《いちぞく》|此処《ここ》に|集《あつ》まり|来《きた》り、|形《かたち》ばかりの|月《つき》の|大神《おほかみ》の|宮《みや》の|前《まへ》に、|芭蕉《ばせう》の|葉《は》を|数多《あまた》|敷《し》き|並《なら》べて|筵《むしろ》となし、バナナ、|林檎《りんご》、|梨《なし》、|山桃《やまもも》、|苺《いちご》などの|果物《くだもの》を|数多《あまた》|並《なら》べ|立《た》て、|鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》を|神《かみ》の|如《ごと》くに|敬《うやま》ひつ、|茲《ここ》に|歓迎《くわんげい》の|宴会《えんくわい》を|開《ひら》きたり。
|兎《うさぎ》の|王《わう》は|立上《たちあ》がり、|恰《あたか》も|天上《てんじやう》より|天津神《あまつかみ》の|降臨《かうりん》せし|如《ごと》く|打喜《うちよろこ》び、|吾等《われら》を|救《すく》ふ|王者《わうじや》は|現《あらは》れたりと、|歌《うた》をうたつて|祝意《しゆくい》を|表《へう》しぬ。もとより|兎《うさぎ》の|言語《げんご》なれば、|其《その》|真意《しんい》は|判然《はんぜん》と|分《わか》り|兼《か》ぬれども、|其《その》|動作《どうさ》|形容《けいよう》|表情《へうじやう》と|言葉《ことば》の|抑揚頓挫《よくやうとんざ》に|依《よ》つて、|大体《だいたい》の|意味《いみ》は|解《かい》さる。
|其《その》|歌《うた》を|訳《やく》すれば|左《さ》の|如《ごと》し。
『|昔《むかし》の|昔《むかし》の|其《その》|昔《むかし》  |天《てん》に|輝《かがや》く|月《つき》の|大神様《おほかみさま》の
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》に|霑《うるほ》ひて  アマゾン|河《がは》の|北南《きたみなみ》
|広袤千里《くわうぼうせんり》の|森林《しんりん》を  |吾等《われら》が|千代《ちよ》の|棲処《すみか》ぞと
|依《よ》さし|給《たま》ひて|永久《とこしへ》に  |与《あた》へ|給《たま》ひし|楽園地《らくゑんち》
|天津御空《あまつみそら》の|星《ほし》の|如《ごと》  |浜《はま》の|真砂《まさご》の|数《かず》の|如《ごと》
|吾等《われら》が|種族《しゆぞく》は|日《ひ》に|月《つき》に  |生《う》めよ|栄《さか》えよ|育《そだ》てよと
|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|言《こと》の|葉《は》は  |弥益々《いやますます》に|幸《さち》はひて
|時雨《しぐれ》の|森《もり》を|吾々《われわれ》が  |玉《たま》の|命《いのち》の|繋《つな》ぎ|所《しよ》と
|喜《よろこ》び|暮《くら》す|折柄《をりから》に  |天足《あだる》の|彦《ひこ》や|胞場姫《えばひめ》の
|醜《しこ》の|魂《たま》より|現《あらは》れし  |八岐大蛇《やまたをろち》の|成《な》れの|果《は》て
アダムの|霊《みたま》を|受《う》けつぎし  |大蛇《をろち》の|魂《たま》はモールバンド
エバの|霊《みたま》を|受《う》けつぎし  |悪狐《あくこ》の|霊《みたま》はエルバンド
さも|恐《おそ》ろしき|悪神《わるがみ》と  |生《う》まれ|変《かは》りてアマゾンの
|河《かは》の|上下《かみしも》|隈《くま》もなく  |数多《あまた》の|子孫《しそん》を|生《う》み|生《う》みて
|蟠《わだか》まりつつ|吾々《われわれ》が  |種族《しゆぞく》を|彼等《かれら》が|餌食《ゑじき》とし
|旦《あした》に|五百《ごひやく》|夕《ゆふ》べに|五百《ごひやく》  |日々《ひび》に|千兎《せんと》を|捕《と》り|喰《くら》ひ
|吾等《われら》は|悲《かな》しき|今《いま》の|身《み》よ  |千代《ちよ》の|棲処《すみか》を|失《うしな》ひし
|兎族《とぞく》|一同《いちどう》|止《や》むを|得《え》ず  |仁慈《じんじ》の|深《ふか》き|鰐族《わにぞく》に
|固《かた》く|守《まも》られ|青垣山《あをがきやま》を  |四方《よも》に|繞《めぐ》らす|此《この》|島《しま》に
|清《きよ》けき|湖《うみ》を|隔《へだ》てつつ  |僅《わづか》に|生《せい》を|保《たも》ちけり。
さはさりながら|吾々《われわれ》は  |此《この》|湖《みづうみ》をうち|渡《わた》り
|鰐《わに》の|子供《こども》に|守《まも》られて  |青垣山《あをがきやま》を|打越《うちこ》えて
さも|香《かんば》しき|餌食《ゑじき》をば  |探《たづ》ね|求《もと》めつ|行《ゆ》く|度《たび》に
モールバンドは|来《きた》らねど  さも|恐《おそ》ろしき|獅子《しし》|熊《くま》や
|虎《とら》|狼《おほかみ》は|云《い》ふも|更《さら》  |醜《しこ》の|大蛇《をろち》や|禿鷲《はげわし》に
|貴《たつと》き|命《いのち》を|奪《うば》はれて  |日々《ひび》に|減《へ》り|行《ゆ》く|吾《わが》|種族《うから》
|心淋《こころさび》しき|折柄《をりから》に  |天津御空《あまつみそら》の|雲《くも》わけて
|神《かみ》の|使《つかひ》の|神人《しんじん》が  |天《あま》の|河原《かはら》に|船《ふね》|浮《うか》べ
アマゾン|河《がは》の|河口《かはぐち》に  |降《くだ》り|給《たま》ひて|悠々《いういう》と
|貴《たつと》き|歌《うた》をうたはせつ  |上《のぼ》り|来《き》ませる|嬉《うれ》しさよ
|吾等《われら》が|救《すく》ひの|神《かみ》とます  |天津御空《あまつみそら》の|月《つき》の|神《かみ》
|汝《なれ》が|命《みこと》を|遣《つか》はして  |此《この》|苦《くるし》みを|救《すく》はむと
|降《くだ》させ|給《たま》ひしものならむ  |思《おも》へば|思《おも》へば|有難《ありがた》し
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》は|草《くさ》の|葉《は》に  |浮《うか》びて|月《つき》の|御姿《おんすがた》
|宿《やど》らせ|給《たま》ふたふとさよ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて  |此《この》|月島《つきしま》は|永久《とこしへ》に
|神《かみ》の|守《まも》りの|弥深《いやふか》く  |栄《さか》え|栄《さか》えて|瑞御霊《みづみたま》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の  |恵《めぐみ》も|開《ひら》く|教《のり》の|花《はな》
|紅《くれなゐ》|緑《みどり》こき|交《ま》ぜて  |吾等《われら》が|赤《あか》き|心根《こころね》を
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|表白《へうはく》し  |救《すく》はせ|給《たま》へ|神司《かむつかさ》
|鷹依姫《たかよりひめ》よ|竜国別《たつくにわけ》よ  |御供《みとも》の|神《かみ》と|仕《つか》へます
テーリスタンやカーリンス  |此《この》|四柱《よはしら》の|御前《おんまへ》に
|兎《うさぎ》|一同《いちどう》|代表《だいへう》し  |謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎまつる
|旭《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも  |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも  モールバンドは|猛《たけ》くとも
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|熊《くま》の  |醜《しこ》の|猛《たけ》びは|烈《はげ》しとも
なぞや|恐《おそ》れむ|吾々《われわれ》は  |救《すく》ひの|神《かみ》を|得《え》たりけり
|守《まも》りの|王《わう》を|得《え》たりけり  |喜《よろこ》び|勇《いさ》めわが|子供《こども》
これより|後《のち》は|永久《とこしへ》に  |月《つき》の|社《やしろ》と|諸共《もろとも》に
|尽《つ》きせぬ|千代《ちよ》の|喜《よろこ》びを  |味《あぢ》はひまつり|神国《かみくに》の
|其《その》|楽《たの》しみを|味《あぢ》はひて  |此《この》|世《よ》を|造《つく》り|給《たま》ひたる
|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》は  すべての|罪《つみ》を|赦《ゆる》しまし
|百《もも》の|災《わざはひ》|打払《うちはら》ひ  |此《この》|世《よ》を|洗《あら》ひ|清《きよ》めます
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の  |御稜威《みいづ》を|尊《たふと》み|敬《うやま》ひて
|此《この》|世《よ》のあらむ|極《きはみ》まで  |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|神恩《しんおん》を
|称《たた》へ|奉《まつ》らむ|惟神《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|了《をは》り、|兎《うさぎ》の|王《わう》は|四人《よにん》の|前《まへ》に|平伏《へいふく》し、
『|誠《まこと》に|不調法《ぶてうほふ》な|不完全《ふくわんぜん》な|歌《うた》をうたひ、|舞曲《ぶきよく》を|演《えん》じまして、さぞお|困《こま》り|遊《あそ》ばしたで|御座《ござ》いませう』
と|耳《みみ》を|打振《うちふ》り|打振《うちふ》り、さも|慇懃《いんぎん》に|挨拶《あいさつ》をする。|鷹依姫《たかよりひめ》は|立上《たちあが》り、|兎《うさぎ》の|群《むれ》に|向《むか》つて、|手《て》を|拍《う》ち|体《からだ》を|揺《ゆす》り、|面白《おもしろ》|可笑《をか》しき|身振《みぶ》りしながら、うたひ|始《はじ》めた。
『|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》  |波《なみ》に|浮《うか》べる|五大洲《ごだいしう》
|何《いづ》れの|山《やま》も|海河《うみかは》も  |皆《みな》|大神《おほかみ》の|御水火《みいき》より
|生《うま》れ|出《い》でたるものぞかし  |神《かみ》の|宮《みや》なる|人《ひと》の|身《み》は
|云《い》ふも|更《さら》なり|鳥《とり》|獣《けもの》  |魚虫草木《うをむしくさき》に|至《いた》るまで
|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》や  |金勝要大神《きんかつかねのおほかみ》の
|御水火《みいき》に|依《よ》りて|世《よ》の|中《なか》に  |現《あらは》れ|出《い》でしものなれば
|神《かみ》の|御目《みめ》より|見給《みたま》へば  |何《いづ》れも|尊《たふと》き|貴《うづ》の|御子《みこ》
|恵《めぐみ》に|隔《へだ》てあるべきや  |天津日光《あまつひかげ》は|人《ひと》の|身《み》も
|木草《きぐさ》の|上《うへ》も|鳥《とり》|獣《けもの》  |虫族《むしけら》までもおし|並《な》べて
|光《ひか》り|輝《かがや》き|給《たま》ふなり  |天地《てんち》の|間《あひだ》に|人《ひと》となり
|獣《けもの》となりて|生《うま》るるも  |皆《みな》|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》ぞ
|神《かみ》の|慈眼《じがん》に|見給《みたま》へば  |尊《たか》き|卑《ひく》きの|区別《くべつ》なし
|吾《われ》も|神《かみ》の|子《こ》|汝《なれ》も|又《また》  |神《かみ》の|尊《たふと》き|貴《うづ》の|御子《みこ》
|御子《みこ》と|御子《みこ》とは|睦《むつ》び|合《あ》ひ  |弱《よわ》きを|助《たす》け|強《つよ》きをば
なだめすかして|睦《むつ》まじく  |此《この》|世《よ》を|渡《わた》り|祖神《おやがみ》の
|大慈悲心《だいじひしん》に|酬《むく》ゆべし  モールバンドは|云《い》ふも|更《さら》
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|熊《くま》の  |猛《たけ》き|獣《けもの》に|至《いた》るまで
|神《かみ》の|授《さづ》けし|言霊《ことたま》の  |恵《めぐみ》の|水火《いき》の|幸《さち》はひば
|服従《まつろ》ひ|来《きた》らむ|事《こと》あらむ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御子《おんこ》と|生《うま》れたる  |汝《なれ》の|一族《いちぞく》|兎《うさぎ》ども
|天津神《あまつかみ》たち|国津神《くにつかみ》  |国魂神《くにたまがみ》の|御恵《みめぐみ》を
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|嬉《うれ》しみて  |清《きよ》き|此《この》|世《よ》を|送《おく》りつつ
|凡《すべ》ての|曲《まが》に|打勝《うちか》ちて  |月《つき》の|御神《みかみ》の|依《よ》さします
|汝《な》が|天職《てんしよく》を|尽《つく》すべし  われも|一度《いちど》は|村肝《むらきも》の
|心《こころ》|曇《くも》りて|豹狼《さいらう》の  |獣《けもの》に|劣《おと》らぬ|醜《しこ》の|道《みち》
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|辿《たど》りたる  |人《ひと》の|衣《ころも》を|被《かぶ》りたる
モールバンドとなりたれど  |尊《たふと》き|神《かみ》の|御光《みひか》りに
|照《て》らされ|今《いま》は|執着《しふちやく》の  |雲霧《くもきり》|晴《は》れて|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|身魂《みたま》となりにけり  |三千世界《さんぜんせかい》の|梅《うめ》の|花《はな》
|一度《いちど》に|開《ひら》く|時《とき》|来《きた》り  |神《かみ》の|仕組《しぐみ》か|白波《しらなみ》の
|上《うへ》|漕《こ》ぎ|渡《わた》り|漸《やうや》うに  |高砂島《たかさごじま》の|土《つち》を|踏《ふ》み
アリナの|滝《たき》に|身《み》を|浄《きよ》め  |再《ふたた》び|玉《たま》の|執着《しふちやく》に
|心《こころ》を|濁《にご》り|曇《くも》らせつ  |慈愛《じあい》の|笞《しもと》に|叩《たた》かれて
|漸《やうや》く|神《かみ》に|立帰《たちかへ》り  |大海原《おほうなばら》を|乗《の》り|切《き》りて
やつと|此処《ここ》まで|着《つ》きにけり  |広袤千里《くわうぼうせんり》|果《は》てしなき
|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|此《この》|霊地《れいち》  いや|永久《とこしへ》に|鎮《しづ》まりて
|汝《なれ》が|一族《いちぞく》|云《い》ふも|更《さら》  |虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|熊《くま》の
|猛《たけ》き|獣《けもの》を|始《はじ》めとし  |大蛇《をろち》|猩々《しやうじやう》|禿鷲《はげわし》の
|醜《しこ》の|魔神《まがみ》を|言霊《ことたま》の  |清《きよ》き|御水火《みいき》に|服従《まつろ》はせ
モールバンドに|至《いた》る|迄《まで》  |悪虐無道《あくぎやくむだう》の|行《おこな》ひを
|改《あらた》めしめて|神国《かみくに》の  |五六七《みろく》の|神世《みよ》を|建設《けんせつ》し
|所在《あらゆる》|生物《いきもの》|親《した》しみて  |常世《とこよ》の|春《はる》を|楽《たのし》まむ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|鷹依姫《たかよりひめ》を|始《はじ》めとし  |竜国別《たつくにわけ》やテー、カーの
|神《かみ》の|司《つかさ》を|悉《ことごと》く  |皇大神《すめおほかみ》の|御心《みこころ》に
|叶《かな》はせ|給《たま》へ|天津神《あまつかみ》  |百千万《ももちよろづ》の|神等《かみたち》の
|御前《みまへ》に|祈《いの》り|奉《たてまつ》る  |旭《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも  |高砂島《たかさごじま》は|亡《ほろ》ぶとも
アマゾン|河《がは》は|涸《かわ》くとも  |時雨《しぐれ》の|森《もり》は|焼《や》けるとも
|神《かみ》に|従《したが》ふ|真心《まごころ》は  |幾千代《いくちよ》|迄《まで》も|変《かは》らまじ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて
これの|兎《うさぎ》のおとなしく  |服従《まつろ》ひまつりし|其《その》|如《ごと》く
|猛獣毒蛇《まうじうどくじや》を|始《はじ》めとし  モールバンドやエルバンド
|其《その》|外《ほか》|百《もも》の|獣《けもの》をば  |尊《たふと》き|神《かみ》の|言霊《ことたま》に
|言向《ことむ》け|和《やは》せ|給《たま》へかし  |黄金《こがね》の|玉《たま》は|見《み》えずとも
|神《かみ》に|受《う》けたる|吾《わが》|魂《たま》は  |金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》
|紫玉《むらさきだま》か|黄金《わうごん》の  |玉《たま》の|如《ごと》くに|照《て》り|渡《わた》る
|此《この》|御威徳《ごゐとく》をどこ|迄《まで》も  |発揮《はつき》し|奉《まつ》りて|御恵《みめぐみ》の
|露《つゆ》おく|間《ま》なく|禽獣《きんじう》の  |上《うへ》に|注《そそ》がせ|給《たま》へかし
|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|目醒《めざ》めたる  |鷹依姫《たかよりひめ》の|此《この》|願《ねが》ひ
|完美《うまら》に|委曲《つばら》に|聞《きこ》し|召《め》せ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》りて|座《ざ》に|着《つ》けば、|兎《うさぎ》の|王《わう》を|始《はじ》めとし、|湖《みづうみ》より|此《この》|言霊歌《ことたまうた》を|聞《き》いて|喜《よろこ》び|勇《ゆう》み|集《あつ》まり|来《きた》れる|鰐《わに》の|群《むれ》は、|嬉《うれ》しげに|耳《みみ》を|澄《す》ませて|聞《き》き|終《をは》り|感謝《かんしや》するのみ。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第四章 |鰐《わに》の|言霊《ことたま》〔八九五〕
|鰐《わに》の|頭《かしら》はツカツカと|四人《よにん》の|前《まへ》に|現《あらは》れ|来《きた》り、さも|嬉《うれ》しげに|頭《かしら》を|垂《た》れ|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》し|且《か》つ|歌《うた》ふ。
『|仰《あふ》げば|尊《たふと》し|天地《あめつち》の  |神《かみ》の|恵《めぐみ》は|目《ま》のあたり
|天《あま》の|河原《かはら》に|棹《さを》さして  アマゾン|河《がは》の|河口《かはぐち》に
|降《くだ》り|給《たま》ひし|神《かみ》の|御子《みこ》  |鰐《わに》の|一族《いちぞく》|喜《よろこ》びて
|赤《あか》き|心《こころ》を|捧《ささ》げつつ  |茲《ここ》に|現《あら》はれ|参《ま》ゐ|来《きた》り
|祝《ことほ》ぎ|仕《つか》へ|奉《たてまつ》る  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御恵《おんめぐみ》  |吾等《われら》が|上《うへ》に|降《くだ》りけり
|吾等《われら》のすさむ|魂《たましひ》も  |一度《いちど》に|開《ひら》く|木《こ》の|花《はな》の
|薫《かを》るが|如《ごと》く|栄《さか》えけり  |鷹依姫《たかよりひめ》の|神様《かみさま》よ
|竜国別《たつくにわけ》の|神様《かみさま》よ  はるばる|此処《ここ》に|天降《あも》りまし
|吾等《われら》が|王《わう》と|仕《つか》へたる  |兎《うさぎ》の|君《きみ》の|鎮《しづ》まれる
|霊地《れいち》に|現《あらは》れ|給《たま》ひしは  |天地《てんち》の|神《かみ》の|御恵《みめぐ》みか
|譬方《たとへがた》なき|喜《よろこ》びに  これの|湖水《こすゐ》を|包《つつ》みたる
|青垣山《あをがきやま》の|草木《くさき》|迄《まで》  |色《いろ》|美《うるは》しく|生々《いきいき》と
|甦《よみがへ》りたる|如《ごと》き|思《おも》ひなり  |吾等《われら》は|月《つき》の|大神《おほかみ》の
|貴《うづ》の|御子《みこ》なる|兎族《うさぎぞく》  |尊《たふと》み|敬《うやま》ひ|朝夕《あさゆふ》に
|心《こころ》を|尽《つく》し|身《み》を|尽《つく》し  モールバンドやエルバンド
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|熊《くま》の  |襲《おそ》ひ|来《きた》れる|災禍《わざはひ》を
|防《ふせ》ぎて|守《まも》る|永《なが》の|年《とし》  さはさりながら|吾々《われわれ》は
|神《かみ》の|御水火《みいき》を|受《う》けながら  |昔《むかし》の|罪《つみ》の|消《き》えやらず
げに|浅間《あさま》しき|此《この》|境遇《きやうぐう》  |如何《いか》に|心《こころ》を|尽《つく》すとも
|神《かみ》の|御水火《みいき》の|言霊《ことたま》を  |照《て》らす|事《こと》さへ|白波《しらなみ》の
|中《なか》に|漂《ただよ》ふ|悲《かな》しさに  |月日《つきひ》を|送《おく》る|甲斐《かひ》もなく
これの|湖辺《こへん》を|棲処《すみか》とし  |十里《じふり》|四方《しはう》の|霊地《れいち》をば
|僅《わづか》に|守《まも》る|計《ばか》りなり  さはさりながら|吾々《われわれ》が
これの|湖辺《うみべ》に|棲《す》む|間《うち》は  |如何《いか》なる|猛《たけ》き|獣類《けだもの》も
|容易《ようい》に|犯《をか》し|得《え》ざるべし  あゝさりながらさりながら
|猛獣毒蛇《まうじうどくじや》と|生《うま》れたる  |彼《かれ》の|身魂《みたま》は|憐《あは》れにも
|神《かみ》の|御子《みこ》にて|御子《みこ》ならず  |優勝劣敗《いうしようれつぱい》|罪《つみ》|重《かさ》ね
|弱肉強食《じやくにくきやうしよく》|日《ひ》に|月《つき》に  |行《おこな》ひ|続《つづ》け|生命《せいめい》を
|僅《わづか》に|保《たも》てる|憐《あは》れさよ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて  |天《あめ》が|下《した》なる|生物《いきもの》は
|互《たがひ》に|愛《あい》し|助《たす》け|合《あ》ひ  |争《あらそ》ひ|猛《たけ》ぶ|事《こと》もなく
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|平等《びやうどう》に  |受《う》けて|身魂《みたま》を|磨《みが》き|上《あ》げ
|賤《いや》しき|殻《から》を|脱《ぬ》ぎすてて  |再《ふたた》び|魂《たま》は|天国《てんごく》の
|神《かみ》の|御許《みもと》に|立帰《たちかへ》り  |万《よろづ》の|物《もの》の|長《をさ》として
|権威《けんゐ》のこもる|言霊《ことたま》を  |自由自在《じいうじざい》に|使用《しよう》する
|神《かみ》となさしめ|給《たま》へかし  |鷹依姫《たかよりひめ》の|神司《かむづかさ》
|竜国別《たつくにわけ》の|御前《おんまへ》に  |鰐族《わにぞく》|一同《いちどう》を|代表《だいへう》し
|清《きよ》く|磨《みが》きし|言霊《ことたま》の  |恵《めぐみ》の|光《ひかり》に|天地《あめつち》の
すべての|生物《いきもの》|救《すく》ひませ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|司《つかさ》の|御前《おんまへ》に  |誠《まこと》の|限《かぎ》りを|現《あらは》して
|慎《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎ|奉《まつ》る』
と|唄《うた》ひ|終《をは》り、|堅牢《けんらう》なる|甲《かふ》を|以《もつ》て|包《つつ》まれたる|長大《ちやうだい》なる|身体《しんたい》を|左右《さいう》に|揺《ゆす》りながら、|満足《まんぞく》の|意《い》を|表《へう》し、|数多《あまた》の|鰐《わに》と|共《とも》に|前後左右《ぜんごさいう》に|舞《ま》ひ|踊《をど》り、|歓迎《くわんげい》の|意《い》を|示《しめ》したり。|竜国別《たつくにわけ》は|立上《たちあが》り、|兎《うさぎ》と|鰐《わに》の|愛《あい》らしき|群《むれ》に|向《むか》つて、さも|嬉《うれ》しげに|歌《うた》をうたふ。
『|天地《てんち》の|水火《いき》をうけつぎて  |生《うま》れ|出《い》でたる|神司《かむづかさ》
|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》  |鷹依姫《たかよりひめ》の|体《たい》を|借《か》り
|肉《にく》の|宮《みや》をば|建造《けんざう》し  |生《うま》れ|出《い》でたる|神司《かむづかさ》
|竜国別《たつくにわけ》は|今《いま》|此処《ここ》に  |大空《おほぞら》|伝《つた》ひ|照《て》り|渡《わた》る
|月大神《つきおほかみ》の|宮《みや》の|前《まへ》  |貴《うづ》の|神徳《しんとく》|拝《はい》しつつ
|兎《うさぎ》や|鰐《わに》のともがらに  |稜威《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて
|心《こころ》の|丈《たけ》を|宣《の》べ|伝《つた》ふ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|蒙《かかぶ》りて  |稜威《いづ》の|聖地《せいち》と|聞《きこ》えたる
|綾《あや》の|高天《たかま》に|聳《そそ》り|立《た》つ  |錦《にしき》の|宮《みや》を|後《あと》にして
|黄金《こがね》の|玉《たま》の|所在《ありか》をば  |探《たづ》ねむものと|高砂《たかさご》の
|島《しま》に|渡《わた》りていろいろと  |心《こころ》の|駒《こま》のはやるまに
|醜《しこ》の|企《たく》みを|立《た》てながら  |再《ふたた》び|神《かみ》の|御声《おんこゑ》に
|眼《まなこ》をさまして|美《うる》はしき  |元津身魂《もとつみたま》となりにけり
|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|隈《くま》もなく  |青人草《あをひとぐさ》は|云《い》ふも|更《さら》
|鳥《とり》|獣《けだもの》や|魚《うを》に|虫《むし》  |草木《くさき》の|片葉《かきは》に|至《いた》るまで
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|垂《た》れ|給《たま》ふ  |公平《こうへい》|無私《むし》の|神心《かみごころ》
|漸《やうや》う|悟《さと》り|今《いま》|茲《ここ》に  |現《あら》はれ|来《きた》る|吾々《われわれ》は
|知《し》らず|識《し》らずに|大神《おほかみ》の  |仕組《しぐみ》の|糸《いと》に|操《あやつ》られ
|進《すす》み|来《きた》りし|者《もの》ならむ  |誠《まこと》の|神《かみ》の|御使《みつかひ》と
|定《さだ》められたる|四人連《よにんづ》れ  |今《いま》は|汝《なんぢ》が|親《おや》となり
|兄《あに》ともなりて|天地《あめつち》の  |神《かみ》の|恵《めぐみ》をこまやかに
|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|果《は》てまでも  |隈《くま》なく|広《ひろ》め|御恵《みめぐ》みの
|雨《あめ》|降《ふ》り|注《そそ》ぐ|楽園《らくゑん》と  |堅磐常磐《かきはときは》に|守《まも》るべし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|御霊《みたま》に|生《うま》れたる
|兎《うさぎ》や|鰐《わに》の|一族《いちぞく》よ  |必《かなら》ず|歎《なげ》く|事《こと》|勿《なか》れ
|吾等《われら》|四人《よにん》の|神人《しんじん》が  ここに|現《あらは》れ|来《き》た|上《うへ》は
モールバンドは|云《い》ふも|更《さら》  |如何《いか》なる|猛《たけ》き|獣類《けだもの》も
|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|御水火《みいき》より  |生《うま》れ|出《い》でたる|言霊《ことたま》に
|言向《ことむ》け|和《やは》し|敵《てき》もなく  |争《あらそ》ひもなく|永久《とこしへ》に
|平和《へいわ》の|森《もり》となさしめむ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御水火《みいき》に|生《うま》れたる  |吾等《われら》を|始《はじ》め|汝《なれ》が|群《むれ》
|仮令《たとへ》|天地《てんち》は|変《かは》るとも  |尊《たふと》き|深《ふか》き|御恵《みめぐ》みを
|一日《ひとひ》も|忘《わす》れず|朝夕《あさゆふ》に  |神《かみ》の|御前《みまへ》にひれ|伏《ふ》して
|其《その》|神徳《しんとく》を|称《たた》へかし  |神《かみ》は|吾等《われら》と|倶《とも》にあり
|神《かみ》は|汝《なれ》らの|身《み》を|守《まも》る  |神《かみ》の|恵《めぐみ》に|開《ひら》かれし
|天《あめ》が|下《した》なる|生物《いきもの》は  |仮令《たとへ》|如何《いか》なる|曲者《まがもの》も
いかでか|恐《おそ》るる|事《こと》あらむ  |心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め
|神《かみ》のまにまに|真心《まごころ》を  |尽《つく》せよ|尽《つく》せ|諸々《もろもろ》よ
|竜国別《たつくにわけ》が|改《あらた》めて  |汝等《なれら》が|群《むれ》に|宣《の》り|伝《つた》ふ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
テーリスタンは|面白《おもしろ》き|歌《うた》をうたつて|興《きよう》を|添《そ》ふ。
『|鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の  |教《のり》の|司《つかさ》の|御後《おんあと》に
カーリンスと|諸共《もろとも》に  |広袤千里《くわうぼうせんり》の|荒野原《あらのはら》
|草《くさ》を|分《わ》けつつ|進《すす》み|来《き》て  アルの|港《みなと》に|安着《あんちやく》し
|大海原《おほうなばら》を|船《ふね》に|乗《の》り  |渡《わた》つて|来《きた》る|折柄《をりから》に
|俄《にはか》に|烈《はげ》しき|荒風《あらかぜ》に  |浪《なみ》|立《た》ち|狂《くる》ひ|鷹依姫《たかよりひめ》は
|真逆様《まつさかさま》に|海中《わだなか》へ  ザンブとばかり|陥《おちい》りて
|姿《すがた》|見《み》えなくなつて|来《き》た  |孝心《かうしん》|深《ふか》き|竜国別《たつくにわけ》は
|吾身《わがみ》を|忘《わす》れて|海中《わだなか》に  |飛込《とびこ》み|姿《すがた》を|失《うしな》ひぬ
テー、カー|二人《ふたり》は|驚《おどろ》いて  |最早《もはや》|叶《かな》はぬ|百年目《ひやくねんめ》
|殉死《じゆんし》なさむと|意《い》を|決《けつ》し  |一《ひ》イ|二《ふ》ウ|三《みつ》ツで|飛込《とびこ》めば
|後白浪《あとしらなみ》に|呑《の》まれつつ  |竜宮海《りうぐうかい》を|探険《たんけん》と
|思《おも》うた|事《こと》の|的外《まとはづ》れ  |亀《かめ》の|背中《せなか》に|乗《の》せられて
ゼムの|港《みなと》に|漂着《へうちやく》し  |天祥山《てんしやうざん》に|立向《たちむか》ひ
モールバンドに|出会《しゆつくわい》し  |吾《わが》|言霊《ことたま》の|神力《しんりき》に
「オツトドツコイ」こら|違《ちが》うた  |鷹依姫《たかよりひめ》の|言霊《ことたま》に
|言向《ことむ》け|和《やは》し|荒男《あらをとこ》  |二人《ふたり》の|命《いのち》を|救《すく》ひつつ
|天祥山《てんしやうざん》の|谷《たに》を|越《こ》え  |果《は》てしも|知《し》らぬ|荒野原《あらのはら》
|涼《すず》しき|風《かぜ》に|送《おく》られて  チンの|港《みなと》に|安着《あんちやく》し
|船《ふね》を|造《つく》りてアマゾンの  |河口《かはぐち》さして|進《すす》み|来《く》る
|音《おと》に|聞《きこ》えしモールバンド  エルバンドの|此処彼処《ここかしこ》
|怪《あや》しき|頭《かしら》を|擡《もた》げつつ  |吾等《われら》|一行《いつかう》の|顔《かほ》を|見《み》て
|何《なに》が|怖《こは》いか|知《し》らねども  |水勢《すいせい》|強《つよ》き|河《かは》の|瀬《せ》に
|姿《すがた》を|隠《かく》し|失《う》せにける  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|蒙《かうむ》りて  |教司《をしへつかさ》の|神力《しんりき》に
|恐《おそ》れ|戦《をのの》き|逃《に》げたるか  |何《なに》は|兎《と》もあれアマゾンの
|河《かは》の|岸《きし》をば|攀上《よぢのぼ》り  |此《この》|森中《もりなか》に|来《き》て|見《み》れば
|幾千年《いくせんねん》とも|限《かぎ》りなき  |年《とし》の|老《お》いたる|兎《うさぎ》の|王《わう》
|数多《あまた》の|眷族《けんぞく》|引《ひ》きつれて  |吾等《われら》|一行《いつかう》を|慇懃《いんぎん》に
|迎《むか》へに|来《き》たる|嬉《うれ》しさよ  |広袤千里《くわうぼうせんり》の|森林《しんりん》の
その|中心《ちうしん》に|斯《かく》の|如《ごと》  |聖《きよ》き|霊地《れいち》のあらむとは
|夢《ゆめ》にも|悟《さと》り|得《え》ざりしが  |豈計《あにはか》らむや|天伝《あまつた》ふ
|空《そら》に|輝《かがや》く|月《つき》の|神《かみ》  |形《かたち》|計《ばか》りの|宮居《みやゐ》をば
|清《きよ》けき|水《みづ》を|繞《めぐ》らせる  |此《この》|霊場《れいぢやう》に|鎮祭《ちんさい》し
|兎《うさぎ》の|王《わう》の|一族《いちぞく》が  |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|真心《まごころ》を
|捧《ささ》げて|祈《いの》るゆかしさよ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|宮居《みやゐ》と|生《うま》れたる  |人《ひと》は|尚更《なほさら》|神《かみ》の|道《みち》
|清《きよ》く|守《まも》りて|天地《あめつち》の  |深《ふか》き|恵《めぐみ》を|感謝《かんしや》しつ
|皇大神《すめおほかみ》の|御心《みこころ》に  |叶《かな》へ|奉《まつ》らであるべきや
いよいよ|茲《ここ》に|三五《あななひ》の  |神《かみ》の|司《つかさ》と|現《あら》はれて
|仮令《たとへ》|獣《けもの》と|云《い》ひながら  |其《その》|源《みなもと》を|尋《たづ》ぬれば
|何《いづ》れも|同《おな》じ|神《かみ》の|御子《みこ》  |救《すく》ひまつらでおくべきか
|兎《うさぎ》の|群《むれ》よ|鰐《わに》の|群《むれ》  |必《かなら》ず|心《こころ》を|悩《なや》めまじ
|鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》が  |現《あら》はれ|来《きた》りし|上《うへ》からは
|如何《いか》なる|魔神《まがみ》の|災《わざはひ》も  |旭《あさひ》に|露《つゆ》の|消《き》ゆる|如《ごと》
|払《はら》ひ|清《きよ》めて|禍《わざはひ》の  |根《ね》を|絶《た》ち|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》の
|露《つゆ》に|霑《うるほ》ふ|花園《はなぞの》と  |開《ひら》き|守《まも》らむ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》を|嬉《うれ》しみて  これの|聖地《せいち》を|能《よ》く|守《まも》れ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
とうたひ|終《をは》り、|社《やしろ》の|前《まへ》に|端坐《たんざ》し、|神恩《しんおん》を|感謝《かんしや》し、|且《か》つ|一時《ひととき》も|早《はや》く|此《この》|森林《しんりん》の|災《わざはひ》を|除《のぞ》き、|再《ふたた》び|綾《あや》の|聖地《せいち》に|帰《かへ》し|給《たま》へと|祈願《きぐわん》なしける。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第五章 |琉球《りうきう》の|光《ひかり》〔八九六〕
カーリンスは|三人《さんにん》の|宣伝使《せんでんし》の|歌《うた》を|聞《き》き、|吾《われ》も|亦《また》|歌《うた》をうたひ、|兎《うさぎ》、|鰐《わに》の|一族《いちぞく》に|対《たい》し、|巾《はば》を|利《き》かさねばなるまいと|思《おも》つたか、|直《ただち》に|立上《たちあが》り、|妙《めう》な|手附《てつき》をして|踊《をど》りながら、|歌《うた》ひ|始《はじ》むる。
『|此処《ここ》は|名《な》に|負《お》ふハルの|国《くに》  アマゾン|河《がは》に|沿《そ》ひて|樹《た》てる
|大森林《だいしんりん》の|時雨《しぐれ》の|森《もり》と|人《ひと》も|言《い》ふ  モールバンドやエルバンド
|其《その》|外《ほか》|百《もも》の|獣《けもの》たち  |堅城鉄壁《けんじやうてつぺき》|千代《ちよ》の|棲処《すみか》と
|天日《てんじつ》に|怖《お》ぢず|地《ち》に|憚《はばか》らず  |月《つき》の|光《ひかり》に|恐《おそ》れず
|自由自在《じいうじざい》に  |咆哮怒号《はうかうどがう》の|魔窟ケ原《まくつがはら》
|優勝劣敗《いうしようれつぱい》  |弱肉強食《じやくにくきやうしよく》の|修羅《しゆら》の|巷《ちまた》を
|数百万年《すうひやくまんねん》の|昔《むかし》より  |世界《せかい》の|秘密国《ひみつこく》として
|汝《なれ》が|一族《いちぞく》に  |与《あた》へられたる|此《この》|森《もり》よ
|森《もり》の|主《あるじ》は|兎《うさぎ》の|王《わう》と  |誇《ほこ》りし|夢《ゆめ》も|何時《いつ》しか|消《き》えて
|今《いま》は|悪魔《あくま》の  |棲処《すみか》と|成《な》り|果《は》てぬ
|変《かは》れば|変《かは》る|現世《うつしよ》の  |例《ためし》に|洩《も》れぬ|兎《うさぎ》の|身《み》の|上《うへ》
|鰐《わに》|一族《いちぞく》の|淋《さび》しき|生活《せいくわつ》  |広袤千里《くわうぼうせんり》の|森林《しんりん》に
|十里《じふり》|四方《しはう》の|地点《ちてん》を|選《えら》び  |要害《えうがい》|堅固《けんご》の|鉄城《てつじやう》と
|頼《たの》みて|暮《くら》す|霊場《れいぢやう》も  |今《いま》は|危《あやふ》くなりにけり
|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》|醜狐《しこぎつね》  |曲鬼《まがおに》|共《ども》の|霊《たま》の|裔《すゑ》
|激浪《げきらう》|猛《たけ》る|奔流《ほんりう》の  |深《ふか》き|河瀬《かはせ》に|身《み》を|潜《ひそ》め
|汝《なれ》が|一族《いちぞく》|悉《ことごと》く  |命《いのち》の|綱《つな》の|餌食《ゑじき》にし
|根絶《こんぜつ》せむと|附《つ》け|狙《ねら》ふ  モールバンドやエルバンド
|斯《か》かる|仇敵《かたき》のある|中《なか》に  |虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》に|熊《くま》
|大蛇《をろち》|禿鷲《はげわし》|猿《さる》の|群《むれ》  |汝《なれ》が|一族《いちぞく》|狙《ねら》ひつつ
|眼《まなこ》を|配《くば》る|時《とき》もあれ  |国治立大神《くにはるたちのおほかみ》の
|守《まも》り|給《たま》へる|三五《あななひ》の|神《かみ》の|司《つかさ》  |鷹依姫《たかよりひめ》を|始《はじ》めとし
|竜国別《たつくにわけ》の|宣伝使《せんでんし》  テーリスタンやカーリンス
|四人《よたり》の|貴《うづ》の|神《かみ》の|子《こ》が  |救《すく》ひの|神《かみ》と|現《あら》はれて
|此処《ここ》まで|降《くだ》り|来《きた》りしは  |枯木《かれき》に|花《はな》の|咲《さ》きしが|如《ごと》く
|大旱《たいかん》に|雨《あめ》を|得《え》たるが|如《ごと》くなるべし  |勇《いさ》み|喜《よろこ》べ|兎《うさぎ》よ|鰐《わに》よ
|吾等《われら》は|是《これ》よりハルの|国《くに》  アマゾン|河《がは》の|森林《しんりん》を
|神《かみ》の|御水火《みいき》に|言向《ことむ》け|和《やは》し  |尚《なほ》も|進《すす》んで|珍《うづ》の|国《くに》
|旭《あさひ》のテルやヒルの|国《くに》  カルの|国《くに》まで|天降《あまくだ》り
|八岐大蛇《やまたをろち》の|一族《いちぞく》を  |言向《ことむ》け|和《やは》し|神《かみ》の|世《よ》の
|畏《かしこ》き|清《きよ》き|政事《まつりごと》  |布《し》き|施《ほどこ》すは|目《ま》のあたり
|仮令《たとへ》|悪神《あくがみ》アマゾンの  |河底《かはぞこ》|深《ふか》く|潜《ひそ》むとも
|猛《たけ》き|獣《けもの》の|徒《いたづら》に  |汝《なれ》が|群《むれ》をば|攻《せ》むるとも
|吾等《われら》が|此処《ここ》に|来《きた》りし|限《かぎ》り  ビクともさせぬ|神力《しんりき》を
|固《かた》く|信《しん》じて|朝夕《あさゆふ》に  |喜《よろこ》び|勇《いさ》み|神《かみ》の|前《まへ》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|現《あ》れませる  |月《つき》の|御神《みかみ》の|御前《おんまへ》は
|云《い》ふも|更《さら》なり|国魂《くにたま》の  |神《かみ》と|現《あ》れます|竜世《たつよ》の|姫《ひめ》を
|厚《あつ》く|祀《まつ》れよ|敬《うやま》へよ  |吾《われ》も|神《かみ》の|子《こ》|亦《また》|汝《なれ》も
|同《おな》じく|神《かみ》の|御子《みこ》なれば  |何《なん》の|隔《へだ》てのあるべきや
|神《かみ》は|万物《ばんぶつ》|一切《いつさい》に  |平等愛《びやうどうあい》を|垂《た》れ|給《たま》ふ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|現《あら》はれて
|心《こころ》も|固《かた》き|鰐《わに》の|群《むれ》  |集《あつ》まり|守《まも》る|聖場《せいぢやう》に
|三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|国《くに》  |堅磐常磐《かきはときは》に|限《かぎ》りなく
|基《もとゐ》を|建《た》つる|頼《たの》もしさ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|嬉《うれ》しみて  |兎《うさぎ》や|鰐《わに》の|群等《むれたち》よ
|喜《よろこ》び|勇《いさ》め|神《かみ》の|前《まへ》  |森《もり》の|谺《こだま》の|響《ひび》くまで
|歌《うた》へよ|祈《いの》れ|神《かみ》の|恩《おん》  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|是《これ》より|鷹依姫《たかよりひめ》|外《ほか》|三人《さんにん》は|数多《あまた》の|兎《うさぎ》を|使嗾《しそう》し、|兎《うさぎ》の|都《みやこ》の|王《わう》となつて、|殆《ほとん》ど|一年《いちねん》の|日子《につし》を|此《この》|別世界《べつせかい》に|楽《たの》しく|面白《おもしろ》く|送《おく》りたり。
|或夜《あるよ》、|月《つき》|皎々《かうかう》と|光《ひか》りを|湖面《こめん》に|投《な》ぐる|折《をり》しも、|四方《しはう》の|丘《をか》の|上《うへ》より、|一斉《いつせい》に『ウーウー』と|咆哮怒号《ほうかうどがう》|突喊《とつかん》の|声《こゑ》、|耳《みみ》も|引裂《ひきさ》くるばかり|聞《きこ》え|来《きた》りぬ。|兎《うさぎ》の|王《わう》は|驚《おどろ》きて|鷹依姫《たかよりひめ》の|前《まへ》に|走《はし》り|来《きた》り、
『|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》に|申上《まをしあ》げます。|只今《ただいま》|四方《よも》の|山々《やまやま》を|取囲《とりかこ》み、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|獅子《しし》、|大蛇《をろち》、|熊王《くまわう》、|数多《あまた》の|一族《いちぞく》を|呼《よ》び|集《あつ》め、|雲霞《うんか》のごとく|此《この》|霊地《れいち》を|占領《せんりやう》し、|吾等《われら》が|部下《ぶか》を|捉《とら》へむと|勢《いきほひ》|猛《たけ》く|攻《せ》め|寄《よ》せました。|鰐《わに》の|頭《かしら》は|数多《あまた》の|眷族《けんぞく》を|呼《よ》びあつめ、|死力《しりよく》を|尽《つく》して|闘《たたか》つて|居《ゐ》るでは|御座《ござ》いませうが、|何《なに》を|云《い》つても|目《め》に|余《あま》る|大軍《たいぐん》、|容易《ようい》に|撃退《げきたい》することは|不可能《ふかのう》なれば、|何《なに》とか|御神力《ごしんりき》を|以《もつ》て|彼等《かれら》|寄《よ》せ|来《く》る|魔軍《まぐん》を|言向《ことむ》け|和《やは》し|給《たま》はむ|事《こと》を、|偏《ひとへ》に|一族《いちぞく》に|代《かは》り|御願《おねが》ひ|申上《まをしあ》げます』
と|慌《あわ》ただしく|息《いき》を|喘《はづ》ませ|頼《たの》み|入《い》る。|鷹依姫《たかよりひめ》はウツラウツラ|眠《ねむ》りつつありしが、|忽《たちま》ち|身《み》を|起《おこ》し、|月《つき》の|大神《おほかみ》を|祀《まつ》りたる|最《もつと》も|高《たか》き|地点《ちてん》に|登《のぼ》り、|四辺《しへん》をキツと|見詰《みつ》むれば、|四方《よも》を|包《つつ》みし|青垣山《あをがきやま》の|彼方此方《あなたこなた》に|炬火《たいまつ》の|光《ひかり》|煌々《くわうくわう》と|輝《かがや》き、|咆哮怒号《ほうこうどごう》の|声《こゑ》、|万雷《ばんらい》の|一時《いちじ》に|聞《きこ》ゆる|如《ごと》く、|物凄《ものすご》さ|刻々《こくこく》に|激烈《げきれつ》となり|来《きた》る。
|鷹依姫《たかよりひめ》は|直《ただち》に|拍手《はくしゆ》しながら|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|天地《てんち》に|向《むか》つて|言霊《ことたま》を|宣《の》り|上《あ》げたり。
『|天津神等《あまつかみたち》|八百万《やほよろづ》  |国津神等《くにつかみたち》|八百万《やほよろづ》
|国魂神《くにたまがみ》を|始《はじ》めとし  |取分《とりわ》け|此《この》|世《よ》を|造《つく》らしし
|国治立大御神《くにはるたちのおほみかみ》  |豊国姫大御神《とよくにひめのおほみかみ》
|天照《あまて》らします|大御神《おほみかみ》  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|貴《うづ》の|御前《みまへ》に|三五《あななひ》の  |神《かみ》の|司《つかさ》と|任《ま》けられし
|鷹依姫《たかよりひめ》が|真心《まごころ》を  こめて|祈《いの》りを|捧《ささ》げます
あゝ|大神《おほかみ》よ|大神《おほかみ》よ  |高砂島《たかさごじま》のハルの|国《くに》
アマゾン|河《がは》の|両岸《りやうがん》に  |幾万年《いくまんねん》の|星霜《せいさう》を
|重《かさ》ねて|樹《た》てる|大森林《だいしんりん》  |中《なか》に|尊《たふと》き|此《この》|霊地《れいち》
|千代《ちよ》の|棲処《すみか》と|定《さだ》めつつ  |身魂《みたま》も|清《きよ》く|美《うる》はしき
|兎《うさぎ》の|群《むれ》や|鰐《わに》の|群《むれ》  いや|永久《とこしへ》に|棲居《すまゐ》して
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|喜《よろこ》びつ  |天伝《あまつた》ひます|月《つき》の|神《かみ》
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|伏《ふ》し|拝《をが》み  |天地《てんち》の|恵《めぐみ》を|感謝《かんしや》する
|尊《たふと》き|心《こころ》を|憐《あはれ》みて  |寄《よ》せ|来《く》る|魔神《まが》を|大神《おほかみ》の
|稜威《いづ》の|御水火《みいき》に|吹《ふ》き|払《はら》ひ  |安全《あんぜん》|地帯《ちたい》となし|給《たま》へ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|恵《めぐみ》に|包《つつ》まれし
|兎《うさぎ》の|都《みやこ》の|此《この》|聖地《せいち》  |千代《ちよ》も|八千代《やちよ》も|永久《とこしへ》に
|曲津《まがつ》の|神《かみ》の|一指《いつし》だも  |触《ふ》るる|事《こと》なく|恙《つつが》なく
|常世《とこよ》の|春《はる》のいつまでも  |喜《よろこ》び|勇《いさ》みの|花《はな》|咲《さ》かせ
これの|聖地《せいち》を|元《もと》として  |時雨《しぐれ》の|森《もり》に|棲《すま》ひたる
|猛《たけ》き|獣《けもの》や|大蛇《をろち》まで  |神《かみ》の|恵《めぐみ》に|漏《も》るるなく
|救《すく》はせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》  |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎ|奉《まつ》る
|旭《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも  |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|敵《てき》の|勢《いきほひ》|猛《たけ》くとも  |神《かみ》より|受《う》けし|言霊《ことたま》の
|吾等《われら》|四人《よにん》が|御稜威《みいづ》をば  |天津御空《あまつみそら》の|日《ひ》の|如《ごと》く
|照《て》らさせ|給《たま》ひて|功績《いさをし》を  |千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|永久《とこしへ》に
|建《た》てさせ|給《たま》へよ|惟神《かむながら》  |神《かみ》の|御前《みまへ》にひれ|伏《ふ》して
|言霊《ことたま》|称《とな》へ|奉《たてまつ》る』
|斯《か》く|歌《うた》ふ|折《をり》しも、|西南《せいなん》の|隅《すみ》に|当《あた》つて、|屏風山脈《びやうぶさんみやく》の|最高地点《さいかうちてん》、|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|方面《はうめん》より、|二《ふた》つの|火光《くわくわう》、サーチライトの|如《ごと》く|輝《かがや》き|来《きた》り、|四方《しはう》を|囲《かこ》みし|魔軍《まぐん》は|光《ひか》りに|打《う》たれて|声《こゑ》を|秘《ひそ》め、|爪《つめ》を|隠《かく》し、|牙《きば》を|縮《ちぢ》め、|眼《まなこ》を|塞《ふさ》ぎ、|大地《だいち》にカツパとひれ|伏《ふ》して、|震《ふる》ひ|戦《をのの》き|居《ゐ》たりける。
|竜国別《たつくにわけ》は|立上《たちあが》り、|火光《くわくわう》に|向《むか》つて|再拝《さいはい》し、|拍手《はくしゆ》しながら|歌《うた》ふ。
『|青垣山《あをがきやま》を|繞《めぐ》らせる  これの|聖地《せいち》に|永久《とこしへ》に
|棲《すま》ひなれたる|兎《うさぎ》の|子等《こら》が  |魔神《まが》の|災《わざはひ》|遁《のが》れむと
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|月《つき》の|神《かみ》  |斎《いつ》きまつりて|誠心《まごころ》の
|限《かぎ》りを|尽《つく》し|仕《つか》へ|居《ゐ》る  |其《その》|誠心《まごころ》に|同情《どうじやう》し
|八尋《やひろ》の|鰐《わに》は|湖《うみ》の|辺《べ》に  |集《あつ》まり|来《きた》りて|夜昼《よるひる》の
|区別《くべつ》も|知《し》らず|聖場《せいぢやう》を  |守《まも》り|居《ゐ》るこそ|畏《かしこ》けれ
|時《とき》しもあれや|三五《あななひ》の  |道《みち》を|伝《つた》ふる|神司《かむづかさ》
|自転倒島《おのころじま》を|後《あと》にして  |現《あら》はれ|来《きた》る|吾々《われわれ》が
|一行《いつかう》|四人《よにん》は|恙《つつが》なく  |神《かみ》の|仕組《しぐみ》の|経糸《たていと》に
|引《ひ》かれて|此処《ここ》に|来《き》て|見《み》れば  |兎《うさぎ》の|都《みやこ》は|永久《とこしへ》に
|八尋《やひろ》の|鰐《わに》に|守《まも》られて  |天国《てんごく》|浄土《じやうど》を|目《ま》のあたり
|見《み》るが|如《ごと》くに|栄《さか》えけり  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》と|嬉《うれ》しみて  |吾等《われら》はここに|大神《おほかみ》の
|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》の|端《はし》までも  |恵《めぐ》み|給《たま》へる|御心《みこころ》を
|信仰《あなな》ひまつりて|王《わう》となり  |兎《うさぎ》や|鰐《わに》の|一族《いちぞく》に
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|間配《まくば》りつ  |守《まも》る|折《をり》しも|青垣《あをがき》の
|山《やま》を|踏《ふ》み|越《こ》え|攻《せ》め|来《きた》る  |虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|熊《くま》や
|大蛇《をろち》の|霊《みたま》|諸共《もろとも》に  これの|霊地《れいち》を|蹂躙《じうりん》し
|兎《うさぎ》や|鰐《わに》の|一族《いちぞく》を  |滅亡《めつぼう》させむと|迫《せま》り|来《く》る
|其《その》|災害《わざはひ》を|遁《のが》れむと  |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|言霊《ことたま》の
|稜威《いづ》の|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し  |漸《やうや》く|無事《ぶじ》に|来《きた》りけり
|然《しか》るに|又《また》もや|四方《よも》の|山《やま》  |峰《みね》の|尾《を》の|上《へ》に|曲津神《まがつかみ》
|雲霞《うんか》の|如《ごと》く|攻《せ》め|来《きた》り  |此《この》|聖場《せいぢやう》を|奪《うば》はむと
|息《いき》まき|来《きた》る|物凄《ものすご》さ  |吾等《われら》|四人《よにん》は|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|限《かぎ》りを|尽《つく》しつつ  |暗祈黙祷《あんきもくたう》やや|暫《しば》し
|勤《つと》むる|折《をり》しも|西北《せいほく》の  |空《そら》を|隔《へだ》てし|屏風山《びやうぶやま》
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|頂上《ちやうじやう》より  |琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》は
|電火《でんくわ》の|如《ごと》く|輝《かがや》きて  |魔神《まがみ》の|咆哮《はうかう》|一時《いつとき》に
|跡形《あとかた》もなく|止《や》みにけり  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|如何《いか》なる|神《かみ》の|御救《みすく》ひか  |如何《いか》なる|人《ひと》の|救援《きうゑん》か
げに|有難《ありがた》き|今日《けふ》の|宵《よひ》  |竜国別《たつくにわけ》は|謹《つつし》みて
|皇大神《すめおほかみ》の|御前《おんまへ》に  |心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め
|遥《はるか》に|感謝《かんしや》し|奉《たてまつ》る  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|斯《か》く|感謝《かんしや》の|言霊《ことたま》を|宣《の》り|上《あ》げ、|再《ふたた》び|月《つき》の|大神《おほかみ》の|神前《しんぜん》に|向《むか》つて|拍手《はくしゆ》を|終《をは》り、|兎《うさぎ》の|王《わう》に|一《ひと》|先《ま》づ|安堵《あんど》すべき|事《こと》を|宣示《せんじ》した。|兎《うさぎ》の|王《わう》は|喜《よろこ》び|勇《いさ》んで|此《この》|旨《むね》を|部下《ぶか》に|伝達《でんたつ》せり。
|鰐《わに》の|頭《かしら》|此処《ここ》に|現《あら》はれ|来《きた》り、|大《おほい》に|勇《いさ》みて、
『|斯《か》く|天祐《てんいう》の|現《あら》はれ|来《きた》る|限《かぎ》りは、|吾等《われら》は|湖辺《こへん》に|陣《ぢん》を|取《と》り、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|獅子《しし》、|熊《くま》、|大蛇《をろち》の|群《むれ》、|仮令《たとへ》|幾百万《いくひやくまん》|襲《おそ》ひ|来《きた》るとも、これの|湖水《こすゐ》は|一歩《いつぽ》も|渡《わた》らせじ、|御安心《ごあんしん》あれ|兎《うさぎ》の|王《わう》よ』
と|勇《いさ》み|立《た》ち、|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》より|輝《かがや》き|来《きた》る|霊光《れいくわう》に|向《むか》つて|感謝《かんしや》し、|一同《いちどう》は|歓声《くわんせい》を|挙《あ》げて|天祐《てんいう》を|祝《しゆく》し、|其《その》|夜《よ》は|無事《ぶじ》に|明《あ》かす|事《こと》とはなりぬ。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第六章 |獅子粉塵《ししふんじん》〔八九七〕
|兎《うさぎ》の|王《わう》の|側近《そばちか》く|仕《つか》へたる|左守《さもり》の|位置《ゐち》にある|大兎《おほうさぎ》は、|立上《たちあが》つて|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》し、|又《また》もやうたひ|始《はじ》むる。
『|暗夜《やみよ》を|照《て》らす|琉《りう》の|玉《たま》  |吾等《われら》を|救《すく》ふ|球《きう》の|玉《たま》
|二《ふた》つの|玉《たま》は|大空《おほぞら》の  |月日《つきひ》の|如《ごと》く|輝《かがや》きぬ
|青《あを》くしぼみし|吾々《われわれ》の  |曇《くも》りし|顔《かほ》も|忽《たちま》ちに
|二《ふた》つの|玉《たま》の|御威光《ごゐくわう》に  |喜《よろこ》び|栄《さか》え|輝《かがや》きぬ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|救《すく》ひか|神人《しんじん》の
|吾等《われら》を|救《すく》ふ|真心《まごころ》の  |魂《たま》の|光《ひかり》の|現《あら》はれか
|南《みなみ》と|北《きた》に|立並《たちなら》ぶ  |屏風ケ峰《びやうぶがみね》の|山脈《やまなみ》に
|雲《くも》を|圧《あつ》して|聳《そび》え|立《た》つ  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|頂上《ちやうじやう》より
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|神司《かむつかさ》  |言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》
|国依別《くによりわけ》の|真人《まさびと》が  |琉《りう》と|球《きう》との|神力《しんりき》を
|発揮《はつき》し|給《たま》ひて|吾々《われわれ》が  |此《この》|苦《くる》しみを|詳《まつぶ》さに
|救《すく》ひ|給《たま》ひし|事《こと》の|由《よし》  |月大神《つきおほかみ》の|御前《おんまへ》に
|額《ぬか》づく|折《をり》しも|示《しめ》されぬ  いよいよ|吾等《われら》は|天地《あめつち》の
|神《かみ》の|教《をしへ》を|相守《あひまも》り  |互《たがひ》に|他《た》をば|犯《をか》さずに
|睦《むつ》び|親《した》しみ|皇神《すめかみ》の  |大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|御心《みこころ》に
|叶《かな》へまつらであるべきや  |皇大神《すめおほかみ》の|任《ま》けのまに
|百《もも》の|艱《なや》みを|凌《しの》ぎつつ  |心《こころ》の|岩戸《いはと》を|打開《うちあ》けて
|遥々《はるばる》|此処《ここ》に|来《きた》りまし  |吾等《われら》が|救《すく》ひの|神《かみ》となり
|百《もも》の|艱《なや》みを|科戸辺《しなどべ》の  |風《かぜ》に|隈《くま》なく|吹払《ふきはら》ひ
アマゾン|河《がは》の|急流《きふりう》に  |流《なが》し|給《たま》ひし|有難《ありがた》さ
|神徳《しんとく》|高《たか》き|鷹依姫《たかよりひめ》の  |貴《うづ》の|命《みこと》の|神司《かむづかさ》
|竜国別《たつくにわけ》を|始《はじ》めとし  |心《こころ》の|色《いろ》もさやさやに
テーリスタンの|真人《まさぴと》よ  |森《もり》に|茂《しげ》れる|雑草《あららぎ》を
カーリンスなる|神司《かむつかさ》  |茲《ここ》に|四柱《よはしら》|並《なら》ばして
|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|中心地《ちうしんち》  |十里《じふり》|四方《しはう》の|霊場《れいぢやう》に
|降《くだ》り|給《たま》ひて|湖《みづうみ》の  |清《きよ》き|泉《いづみ》の|御教《みをしへ》を
|開《ひら》き|給《たま》へる|尊《たふと》さよ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|御徳《みとく》を|蒙《かかぶ》りて  |吾等《われら》も|早《はや》く|執着《しふちやく》の
|衣《ころも》を|脱《ぬ》いで|天津国《あまつくに》  |神《かみ》の|御側《みそば》に|参《ま》ゐ|詣《まう》で
|幸《さち》ある|人《ひと》と|生《うま》れ|来《き》て  |青人草《あをひとぐさ》は|云《い》ふも|更《さら》
|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》の|端《はし》までも  |三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》に
|漏《も》れなく|落《お》ちなく|救《すく》ひ|上《あ》げ  |功《いさを》を|樹《た》てて|神《かみ》の|子《こ》と
|清《きよ》く|仕《つか》へむ|惟神《かむながら》  |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》  |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|只《ただ》|何事《なにごと》も|現《うつ》し|世《よ》は  |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し
|宣《の》り|直《なほ》しませ|天津神《あまつかみ》  |国魂神《くにたまがみ》の|御前《おんまへ》に
|兎《うさぎ》|一同《いちどう》を|代表《だいへう》し  |救《すく》ひの|御手《みて》の|一時《いつとき》も
|早《はや》く|降《くだ》らせ|給《たま》ひまし  |獣《けもの》とおちし|身魂《みたま》をば
|救《すく》はせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》  |神《かみ》かけ|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
|旭《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも  |仮令《たとへ》|天地《てんち》は|変《かは》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも  おのが|身魂《みたま》のある|限《かぎ》り
|皇大神《すめおほかみ》や|世《よ》の|為《ため》に  |心《こころ》を|清《きよ》めて|三五《あななひ》の
|大道《おほぢ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りなむ  |救《すく》はせ|給《たま》へ|天津神《あまつかみ》
|恵《めぐ》み|給《たま》へよ|国津神《くにつかみ》  |国魂神《くにたまがみ》の|竜世姫《たつよひめ》
|御前《みまへ》に|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|斯《か》かる|所《ところ》へ|兎《うさぎ》の|一群《いちぐん》、|鰐《わに》の|背《せ》に|乗《の》せられ、|気息奄々《きそくえんえん》として|帰《かへ》り|来《きた》るあり。|見《み》れば|四五《しご》の|兎《うさぎ》は|手《て》を|咬《か》まれ、|傷《きず》つけられ、|腹《はら》をえぐられ、|殆《ほとん》ど|瀕死《ひんし》の|状態《じやうたい》に|陥《おちい》れり。
|之《これ》を|見《み》るより|竜国別《たつくにわけ》は|忽《たちま》ち|側《そば》に|寄《よ》り|添《そ》ひ、|天《あま》の|数歌《かずうた》を|声《こゑ》|高《たか》く|歌《うた》ひ|上《あ》げながら、|右《みぎ》の|手《て》を|伸《の》べて|各自《かくじ》|其《その》|傷所《きずしよ》を|撫《な》でさすり、|懇《ねんごろ》に|労《いた》はり|且《か》つ|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|一刻《いつこく》も|早《はや》く|傷所《きずしよ》の|痛《いた》みを|止《とど》めさせ|給《たま》へと、|暗祈黙祷《あんきもくたう》を|続《つづ》けたるに、|不思議《ふしぎ》なるかな、|神徳《しんとく》|忽《たちま》ち|現《あら》はれて|四五《しご》の|兎《うさぎ》は|一斉《いつせい》に|痛《いた》み|鎮《しづ》まり、|疵口《きずぐち》は|見《み》る|間《ま》に|癒《い》えにける。|兎《うさぎ》は|跪《ひざまづ》いて、|竜国別《たつくにわけ》に|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》し|涙《なみだ》を|流《なが》して|俯伏《うつぶ》せり。
|兎《うさぎ》の|王《わう》は|一同《いちどう》に|向《むか》ひ、|一刻《いつこく》も|早《はや》く|遭難《さうなん》の|顛末《てんまつ》を|言上《ごんじやう》せよと|迫《せま》れば、|其《その》|中《なか》にて|最《もつと》も|大《だい》なる|兎《うさぎ》は、|兎王《うさぎわう》に|向《むか》ひ、|前膝《まへひざ》をつき、|詳《つぶ》さに|戦況《せんきやう》を|物語《ものがた》る。
『|申《まを》すも|詮《せん》なき|事《こと》ながら  |吾々《われわれ》は|一行《いつかう》|五十《ごじふ》の|兄弟《きやうだい》と|共《とも》に
ターリスの|峰《みね》を|越《こ》え  |獅子王《ししわう》の|棲処《すみか》|近《ちか》き
アラスの|森《もり》に|進《すす》まむと  |峻《さか》しき|坂《さか》を|登《のぼ》る|折《をり》しも
|俄《にはか》に|聞《きこ》ゆる|猛獣隊《まうじうたい》の|唸《うな》り|声《ごゑ》  |驚破《すは》|一大事《いちだいじ》と
|四辺《あたり》の|木蔭《こかげ》に|身《み》を|忍《しの》び  |様子《やうす》を|窺《うかが》ふ|時《とき》もあれ
|現《あら》はれ|出《い》でたる|熊《くま》の|群《むれ》  |吾等《われら》が|一隊《いつたい》に|向《むか》つて
|勢《いきほひ》|猛《たけ》く|攻《せ》め|来《きた》り  |強力《がうりき》に|任《まか》せて
|或《あるひ》は|生首《なまくび》|引《ひ》きぬき  |手足《てあし》をもぎ|取《と》り
|或《あるひ》は|捕虜《ほりよ》となし  |山《やま》のあなたに|引立《ひつた》てて|行《ゆ》く
|吾等《われら》はもとより  |強力《がうりき》なる|熊《くま》の|群《むれ》に|向《むか》つて
|対抗《たいかう》するの|力《ちから》もなく  |負傷《ふしやう》をしながらも|逃《に》げまはる
|今《いま》や|吾等《われら》は  |熊《くま》の|爪牙《さうが》にかかりて
|亡《ほろ》びむとする|時《とき》しもあれ  |眩《まばゆ》きばかりの|霊光《れいくわう》
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|方面《はうめん》より  |鏡《かがみ》の|如《ごと》く|射照《いて》らし|給《たま》へば
|流石《さすが》|強力無双《がうりきむさう》の  |熊《くま》の|一隊《いつたい》も|眼《まなこ》|眩《くら》みて|忽《たちま》ちに
|其《その》|場《ば》に|倒《たふ》れて|伏《ふ》しました  |此《この》|機《き》を|窺《うかが》ひ|吾々《われわれ》|一隊《いつたい》のもの|共《ども》は
|命《いのち》カラガラ|湖《みづうみ》の  |畔《ほとり》に|漸《やうや》く|逃《に》げ|帰《かへ》り
|湖辺《こへん》を|守《まも》る|鰐《わに》|共《ども》に  |救《すく》はれ|此処《ここ》に|帰《かへ》りました
|此《この》|戦況《せんきやう》を|王様《わうさま》に  |完全《うまら》に|委曲《つばら》に|申上《まをしあ》げ
|敵《てき》に|向《むか》つて|膺懲《ようちよう》の  |戦《いくさ》を|起《おこ》し|悪神《わるがみ》の
|心《こころ》を|改《あらた》め|以後《いご》は|必《かなら》ず|無謀《むぼう》の|戦《いくさ》を  |起《おこ》さざらしめむ|事《こと》の|用意《ようい》を
|遊《あそ》ばされたしと  |心《こころ》|計《ばか》りは|張弓《はりゆみ》の
|思《おも》ひ|迫《せま》つて|帰《かへ》りました  しかるに|尊《たふと》や|有難《ありがた》や
|日頃《ひごろ》|尊《たふと》み|仕《つか》へたる  |三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》
|竜国別《たつくにわけ》の|神様《かみさま》に  |危《あやふ》き|命《いのち》を|助《たす》けられ
|痛《いた》みも|忽《たちま》ち|全快《ぜんくわい》し  これ|程《ほど》|尊《たふと》い|嬉《うれ》しこと
|又《また》と|世界《せかい》にありませうか  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|目《ま》のあたり  |授《さづ》かりました|吾々《われわれ》は
|是《これ》より|月《つき》の|大神《おほかみ》に  |感謝《かんしや》の|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し
|兎《うさぎ》の|都《みやこ》の|霊地《れいち》をば  |堅磐常磐《かきはときは》に|守《まも》りませう
|鷹依姫《たかよりひめ》の|神様《かみさま》よ  |竜国別《たつくにわけ》の|神様《かみさま》よ
|其《その》|外《ほか》|二人《ふたり》の|神司《かむつかさ》  |千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|此《この》|里《さと》に
|鎮《しづ》まりまして|吾々《われわれ》の  |身魂《みたま》を|守《まも》り|給《たま》へかし
|海《うみ》より|深《ふか》き|大恩《たいおん》を  |感謝《かんしや》しまつり|行末《ゆくすゑ》の
|守《まも》りを|茲《ここ》に|願《ね》ぎまつる  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|嬉《うれ》し|涙《なみだ》を|流《なが》しながら、|心《こころ》の|底《そこ》より|神恩《しんおん》を|感謝《かんしや》し、|且《かつ》|竜国別《たつくにわけ》の|親切《しんせつ》を|打喜《うちよろこ》び、|親《おや》の|如《ごと》くに|慕《した》ひける。
|雲霞《うんか》の|如《ごと》く|押《お》し|寄《よ》せたる|猛獣《まうじう》の|一隊《いつたい》は、|琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》に|照《て》らされ、|命《いのち》カラガラアラスの|森《もり》の|獅子王《ししわう》が|陣屋《ぢんや》へ、|転《こ》けつ|輾《まろ》びつ|帰《かへ》り|行《ゆ》く。
|獅子王《ししわう》は|此《この》|度《たび》の|兎《うさぎ》の|都攻《みやこぜ》めに|対《たい》し、|勝利《しようり》は|如何《いか》にと|首《くび》を|伸《の》ばして|待《ま》ちゐたり。かかる|所《ところ》へ|速力《そくりよく》|早《はや》き|禿鷲《はげわし》は、|三丈《さんぢやう》ばかりの|翼《つばさ》をひろげ、|空中《くうちう》を|翔《かけ》つて|矢《や》の|如《ごと》く|獅子王《ししわう》の|前《まへ》に|翔《は》せ|帰《かへ》り|来《きた》る。|獅子王《ししわう》は|早《はや》くも|之《これ》を|認《みと》めて、
『|汝《なんぢ》は|禿鷲《はげわし》の|王《わう》ならずや。|今日《けふ》の|一戦《いつせん》、|味方《みかた》の|勝敗《しようはい》|詳《つぶ》さに|語《かた》れ!』
と|待《ま》ちかねし|如《ごと》く|慌《あわただ》しく|問《と》ひかくる。|禿鷲《はげわし》は|羽搏《はばた》きしながら、さも|恨《うら》めしげに|獅子王《ししわう》に|向《むか》つて|戦闘《せんとう》の|模様《もやう》を|陳弁《ちんべん》する。
『|狼《おほかみ》の|王《わう》は|青垣山《あをがきやま》の|南《みなみ》より  |熊王《くまわう》|北《きた》より|進《すす》みより
|虎王《とらわう》|西《にし》より|突進《とつしん》し  |豺王《さいわう》は|東《ひがし》の|谷間《たにま》より
|大蛇《をろち》は|巽乾《たつみいぬゐ》より  |鷲《わし》の|一隊《いつたい》|艮《うしとら》や
|坤《ひつじさる》に|陣《ぢん》を|取《と》り  |兎《うさぎ》の|都《みやこ》を|十重二十重《とへはたへ》
|包《つつ》みて|一度《いちど》に|鬨《とき》の|声《こゑ》  ドツと|挙《あ》げつつ|進《すす》む|折《をり》
|湖辺《こへん》に|潜《ひそ》む|数万《すうまん》の  |鰐《わに》は|忽《たちま》ち|立上《たちあが》り
|波《なみ》を|踊《をど》らせ|水《みづ》を|吹《ふ》き  |其《その》|勢《いきほひ》は|中々《なかなか》に
|近寄《ちかよ》り|難《がた》く|見《み》えけるが  |獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》を
|発揮《はつき》しながら|驀地《まつしぐら》に  |命《いのち》を|的《まと》に|攻《せ》めよつて
|漸《やうや》く|兎《うさぎ》の|一部隊《いちぶたい》  |四十有五《しじふいうご》を|捕獲《ほくわく》して
ヤツト|一息《ひといき》それよりは  |尚《なほ》も|進《すす》んて|湖《みづうみ》を
|一瀉千里《いつしやせんり》に|打渡《うちわた》り  |月《つき》の|聖地《せいち》に|立向《たちむか》ひ
|兎《うさぎ》の|王《わう》を|捕虜《ほりよ》となし  |愈《いよいよ》|目的《もくてき》|達《たつ》せむと
|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|折柄《をりから》に  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|頂上《ちやうじやう》より
|不思議《ふしぎ》の|霊光《れいくわう》|現《あら》はれて  |吾等《われら》の|軍《いくさ》を|射照《いて》らせば
|眼《まなこ》はくらみ|手《て》はしびれ  |足《あし》わななきて|進《すす》み|得《え》ず
|命《いのち》カラガラ|青垣《あをがき》の  |山《やま》を|再《ふたた》び|攀登《よぢのぼ》り
|東西南北《とうざいなんぽく》|一時《いちどき》に  |恨《うらみ》を|呑《の》んで|引返《ひきかへ》し
|味方《みかた》は|四方《よも》に|散乱《さんらん》し  |熊王《くまわう》|虎王《とらわう》|狼王《おほかみわう》
|大蛇《をろち》の|王《わう》の|行方《ゆくへ》さへ  |今《いま》に|至《いた》りて|判明《はんめい》せず
|無念《むねん》ながらも|只《ただ》|一機《いつき》  |空中《くうちう》|翔《かけ》りてやうやうに
|報告《はうこく》|旁《かたがた》|帰《かへ》りし』と
|語《かた》れば|獅子王《ししわう》|腕《うで》を|組《く》み  |悲憤《ひふん》の|涙《なみだ》にくれけるが
どこともなしに|宣伝歌《せんでんか》  |風《かぜ》のまにまに|響《ひび》き|来《く》る
|其《その》|声《こゑ》|聞《き》くより|獅子王《ししわう》は  |頭《あたま》を|抱《かか》へ|目《め》を|塞《ふさ》ぎ
|忽《たちま》ち|其《その》|場《ば》にドツと|伏《ふ》し  |悶《もだ》え|苦《くる》しみ|居《ゐ》たりける
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第二篇 |北《きた》の|森林《しんりん》
第七章 |試金玉《しきんぎよく》〔八九八〕
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》  |紫色《むらさきいろ》の|宝玉《ほうぎよく》や
|黄金《こがね》の|玉《たま》を|紛失《ふんしつ》し  |心《こころ》いらちて|高姫《たかひめ》が
|鷹依姫《たかよりひめ》や|黒姫《くろひめ》は  |言《い》ふも|更《さら》なり|傍人《ばうじん》に
|向《むか》つて|怒《いか》り|八当《やつあた》り  |玉《たま》の|在処《ありか》を|探《さぐ》らむと
|海洋万里《かいやうばんり》を|乗越《のりこ》えて  |捜《さが》し|廻《まは》れど|影《かげ》さへも
なみの|上《うへ》をば|徘徊《さまよ》ひつ  |再《ふたた》び|聖地《せいち》に|立帰《たちかへ》り
|八尋《やひろ》の|殿《との》に|黒姫《くろひめ》と  |麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|玉《たま》しらべ
これ|又《また》|案《あん》に|相違《さうゐ》して  |面《つら》を|膨《ふく》らせ|泡《あわ》をふき
|言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》|奴《め》が  |三《みつ》つの|宝《たから》や|麻邇《まに》の|玉《たま》
|盗《ぬす》み|隠《かく》して|聖地《せいち》をば  |後《あと》に|見《み》すてて|高砂《たかさご》の
|島《しま》に|渡《わた》りしものなりと  |思《おも》ひつめたる|一心《いつしん》の
|心猿意馬《しんゑんいば》の|狂《くる》ふまで  |春彦《はるひこ》、|常彦《つねひこ》|伴《ともな》ひて
|高砂島《たかさごじま》に|打渡《うちわた》り  テルの|島国《しまぐに》|振出《ふりだ》しに
|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|立寄《たちよ》りて  |架橋御殿《かけはしごてん》に|侵入《しんにふ》し
|減《へ》らず|口《ぐち》のみ|並《なら》べ|立《た》て  |皇大神《すめおほかみ》の|戒《いまし》めを
|受《う》けてやかたを|飛《と》び|出《いだ》し  アリナの|山《やま》を|乗越《のりこ》えて
アルゼンチンの|大野原《おほのはら》  |木《こ》の|花姫《はなひめ》の|化身《けしん》なる
|日《ひ》の|出姫《でのひめ》に|廻《めぐ》り|会《あ》ひ  いよいよ|茲《ここ》に|悔悟《くわいご》して
|荒野《あらの》をわたり|河《かは》を|越《こ》え  |夜《よ》を|日《ひ》についでアル|港《みなと》
ここより|船《ふね》に|身《み》を|任《まか》せ  ゼムの|港《みなと》に|上陸《じやうりく》し
|天祥山《てんしやうざん》を|乗越《のりこ》えて  チンの|港《みなと》に|辿《たど》りつき
|鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》を  |救《すく》はむものと|真心《まごころ》の
|駒《こま》に|鞭《むち》うち|進《すす》み|行《ゆ》く  アマゾン|河《がは》に|来《き》て|見《み》れば
|半濁流《はんだくりう》は|滔々《たうたう》と  |目《め》さへ|届《とど》かぬ|広河《ひろかは》を
|勢《いきほひ》|猛《たけ》く|流《なが》れ|居《ゐ》る  |波《なみ》のまにまにモールバンド
|怪《あや》しき|頭《かしら》を|擡《もた》げつつ  |吾物顔《わがものがほ》に|荒《すさ》び|居《ゐ》る
|流石《さすが》の|高姫《たかひめ》|仰天《ぎやうてん》し  アマゾン|河《がは》の|北岸《きたぎし》に
|命《いのち》からがら|辿《たど》りつき  |天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|宣伝歌《せんでんか》をば|歌《うた》ひつつ  |森林《しんりん》|深《ふか》く|進《すす》み|入《い》る
|遠《とほ》き|神代《かみよ》の|物語《ものがたり》  いよいよここに|述《の》べ|立《た》つる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
|高姫《たかひめ》は|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》、ヨブと|共《とも》に|漸《やうや》くアマゾン|河《がは》の|大森林《だいしんりん》、|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|北《きた》の|林《はやし》に|安着《あんちやく》せり。|此処《ここ》は|東西《とうざい》|殆《ほとん》ど|三百里《さんびやくり》、|南北《なんぽく》|四百里《よんひやくり》|位《くらゐ》の|際限《さいげん》もなき|大森林《だいしんりん》なり。
|高姫《たかひめ》は|此《この》|森林《しんりん》に|鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》が|迷《まよ》ひ|居《ゐ》るものと|深《ふか》く|信《しん》じ、|一日《いちにち》も|早《はや》く|救《すく》ひ|出《いだ》さむものと、|鬱蒼《うつさう》たる|樹木《じゆもく》の|間《あひ》を|右《みぎ》にくぐり|左《ひだり》に|抜《ぬ》け、|草《くさ》を|分《わ》け、|身《み》を|没《ぼつ》する|許《ばか》りの|笹原《ささはら》をくぐり、|時々《ときどき》|猛獣《まうじう》に|脅《おびや》かされ、|毒蛇《どくじや》に|追《お》はれ、|稍《やや》|広《ひろ》き|樹木《じゆもく》|稀《まれ》なる|原野《げんや》に|出《で》ることを|得《え》たり。
|世界《せかい》|第一《だいいち》の|大森林《だいしんりん》のこととて|名《な》も|知《し》れぬ|大木《たいぼく》、|風《かぜ》を|含《ふく》んでごうごうと|吼《ほ》え|猛《たけ》り、|見慣《みな》れぬ|美《うる》はしき|果物《くだもの》は|所々《ところどころ》に|稔《みの》りつつあり。|一行《いつかう》は|樹木《じゆもく》まばらなる|此《この》|原野《げんや》に|酷熱《こくねつ》の|太陽《たいやう》の|光《ひかり》を|浴《あ》びながら|物珍《ものめづ》しげに|日光浴《につくわうよく》を|恣《ほしいまま》にせり。
|此《この》|時《とき》|前方《ぜんぱう》より|得《え》も|言《い》はれぬ|美《うる》はしき|一人《ひとり》の|女《をんな》、|悠々《いういう》として|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》が|前《まへ》に|進《すす》み|来《きた》る|訝《いぶ》かしさ。|四人《よにん》は|顔《かほ》を|見合《みあは》せて、|妖怪変化《えうくわいへんげ》の|出現《しゆつげん》ならむと、|腹帯《はらおび》を|締《し》め|肝《きも》を|据《す》ゑて、|女《をんな》の|近寄《ちかよ》るを|待《ま》ち|居《ゐ》たる。
|女《をんな》は|声《ごゑ》しとやかに|高姫《たかひめ》の|前《まへ》に|来《きた》り、お|辞儀《じぎ》しながら、|少《すこ》しく|顔《かほ》を|赤《あか》らめ、
『エヽ|一寸《ちよつと》お|尋《たづ》ね|致《いた》しますが、あなたは|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|玉捜《たまさが》しの|高姫《たかひめ》|様《さま》|一行《いつかう》では|御座《ござ》いませぬか? |玉《たま》が|御入用《ごにふよう》ならば|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》、|紫色《むらさきいろ》の|玉《たま》、|黄金《こがね》の|玉《たま》、|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》は、|数限《かずかぎ》りなく|妾《わらは》の|館《やかた》に|遠《とほ》き|神代《かみよ》の|昔《むかし》より、|神政《しんせい》|成就《じやうじゆ》の|宝《たから》として|数多《あまた》|蓄《たくは》へて|御座《ござ》いますれば、どうぞ、|御検《おあらた》めの|上《うへ》|御受《おう》け|取《と》り|下《くだ》さいますれば、|実《じつ》に|有難《ありがた》き|仕合《しあは》せに|存《ぞん》じ|奉《たてまつ》ります』
|一旦《いつたん》|玉《たま》の|執着《しふちやく》をはなれたる|高姫《たかひめ》は、|又《また》もや|此《この》|言葉《ことば》を|聞《き》いて|持病《ぢびやう》|再発《さいはつ》したるものの|如《ごと》く、|目《め》を|丸《まる》くし、|顔《かほ》を|妙《めう》に|緊張《きんちやう》させながら、
『エヽ|何《なん》と|仰《おほ》せられます。|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》は|世界《せかい》に|一《ひと》つよりなきものと|存《ぞん》じて|居《を》りますが、|貴女《あなた》の|御宅《おたく》にはそれ|程《ほど》|沢山《たくさん》に|御持《おも》ちで|御座《ござ》いますか。ソリヤ|大方《おほかた》|偽玉《にせだま》では|御座《ござ》いませぬか? |金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》と|云《い》へば|世界《せかい》に|一《ひと》つよりなき|筈《はず》で|御座《ござ》いますが……』
と|半信半疑《はんしんはんぎ》の|目《め》を|見張《みは》り、あわよくば|此《この》|玉《たま》を|得《え》て|帰《かへ》らむとの|野心《やしん》にみたされながら、|心《こころ》|欣々《いそいそ》として|尋《たづ》ね|返《かへ》した。|美人《びじん》は|打笑《うちわら》ひ、
『ホヽヽヽヽ、|高姫《たかひめ》|様《さま》|貴女《あなた》は|妾《わらは》の|申《まを》す|事《こと》をお|疑《うたが》ひ|遊《あそ》ばすので|御座《ござ》いますか? |論《ろん》より|証拠《しようこ》、|妾《わらは》が|宅《たく》へお|出《い》で|下《くだ》さいますれば、お|分《わか》りになるでせう。|如意《によい》の|宝珠《ほつしゆ》は|只《ただ》|一個《いつこ》とのみ|思召《おぼしめ》すのは、|失礼《しつれい》な|申分《まをしぶん》ながら、|井中《せいちう》の|蛙《かはづ》|大海《たいかい》を|知《し》らざる|譬《たとへ》も|同様《どうやう》で|御座《ござ》います。マア|一寸《ちよつと》|妾《わらは》の|宅《たく》までお|出《い》で|下《くだ》さいまして、お|査《しら》べなさいませ』
『ナンと|妙《めう》なことを|仰《あふ》せられます。さうして|又《また》|昔《むかし》から|人《ひと》の|来《き》たことのない|此《この》|森林《しんりん》に|貴女《あなた》が|住《す》んで|居《を》られるとは|合点《がつてん》が|参《まゐ》らぬぢやありませぬか? |何神様《なにがみさま》かの|化身《けしん》では|御座《ござ》いますまいか? |人間《にんげん》の|住《す》むべき|場所《ばしよ》ぢや|御座《ござ》いますまい』
『ホヽヽヽヽ、|此《この》|森林《しんりん》に|人間《にんげん》が|住《す》めない|道理《だうり》がどこに|御座《ござ》いませう。|現《げん》に|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|鷹依姫《たかよりひめ》さまの|一行《いつかう》が|御住居《おすまゐ》になつてゐるぢやありませぬか』
『アヽ|其《その》|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》|一行《いつかう》の|在処《ありか》を|捜《さが》すべく、それが|第一《だいいち》の|目的《もくてき》で|御座《ござ》います。|玉《たま》などは|最早《もはや》|断念《だんねん》して|居《を》ります。|併《しか》し|乍《なが》ら|貴女《あなた》のお|宅《うち》に|其《その》|尊《たふと》い|玉《たま》があつて、|私《わたくし》に|受取《うけと》れとの|事《こと》なれば、|別《べつ》に|否《いな》みは|致《いた》しませぬ。そんなら|参《まゐ》りませう。どうぞ|御宅《おたく》まで|案内《あんない》して|下《くだ》さい』
『|一寸《ちよつと》|待《ま》つて|下《くだ》さいませ。つい|其処《そこ》に|妾《わらは》の|住家《すみか》が|御座《ござ》いますれば、|俄《にはか》にお|越《こ》し|下《くだ》さいますと|余《あま》り|散《ち》らかつて|居《を》りますので|済《す》みませぬ。どうぞ|此処《ここ》でゆるゆると|休《やす》んでゐて|下《くだ》さい。|其《その》|中《うち》に|又《また》お|迎《むか》へに|参《まゐ》ります。|又《また》|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》|一行《いつかう》の|在処《ありか》を|御探《おたづ》ねならば、|妾《わらは》が|存《ぞん》じてゐますから、ゆつくりと|妾《わらは》が|案内《あんない》|致《いた》します。|此《この》|広《ひろ》い|森《もり》を|五年《ごねん》や|十年《じふねん》|当所《あてど》もなく|御探《おたづ》ねになつたつて、|分《わか》る|道理《だうり》がありませぬから……』
『|何《なに》から|何《なに》まで|御親切《ごしんせつ》なる|御言葉《おことば》、|神様《かみさま》のなさることは|抜《ぬ》け|目《め》のないもので……あなたにお|目《め》にかかるも|神様《かみさま》のお|引合《ひきあは》せです。
ほのぼのと|出《で》て|行《い》けど|心淋《こころさび》しく|思《おも》ふなよ
|力《ちから》になる|人《ひと》|用意《ようい》がしてあるぞよ
とお|筆《ふで》に|出《で》て|居《ゐ》る。|一分一厘《いちぶいちりん》|神様《かみさま》の|御言葉《おことば》は|違《ちが》ひはありませぬワイ。これが|違《ちが》うたら|神《かみ》は|此《この》|世《よ》に|居《を》らぬぞよと|仰有《おつしや》るのだから、|斯《こ》んな|大丈夫《だいぢやうぶ》なことは|御座《ござ》いませぬ。オホヽヽヽ』
『|暫《しばら》く|御免《ごめん》|蒙《かうむ》ります。|後《ご》してお|迎《むか》へに……』
と|云《い》ひながら、|足早《あしばや》にあたりの|森林《しんりん》に|消《き》ゆるが|如《ごと》く|姿《すがた》をかくしける。
|高姫《たかひめ》は|後《あと》|見送《みおく》つてニコニコ|顔《がほ》、
『コレ|常《つね》さま、|春《はる》さま、ヨブさまえ、|神《かみ》さまと|云《い》ふ|方《かた》はエライ|力《ちから》で|御座《ござ》いませうがなア。|此《この》|様《やう》な|東西南北《とうざいなんぽく》|果《は》てしもなき|大森林《だいしんりん》の|中《なか》で、あんな|美《うつく》しき|女《をんな》に|出会《であ》ふとは|夢《ゆめ》にも|思《おも》はなかつたでせう。|私《わたし》でさへもこんな|事《こと》があらうとは|思《おも》はなんだのですよ。ついては|改心《かいしん》|位《くらゐ》|結構《けつこう》なものは|御座《ござ》いますまい。|自転倒島《おのころじま》に|居《を》つた|時《とき》に、|金剛不壊《こんがうふゑ》の|一《ひと》つの|玉《たま》に|現《うつつ》をぬかし、|此《この》|宝《たから》がなければ|神政《しんせい》|成就《じやうじゆ》は|出来《でき》ない、|又《また》|高姫《たかひめ》が|之《これ》を|使用《しよう》せなくては、|神政《しんせい》|成就《じやうじゆ》は|駄目《だめ》だと|思《おも》ひつめて、いろいろと|心《こころ》を|砕《くだ》きましたが、|神様《かみさま》は|有難《ありがた》い。|苦労《くらう》|艱難《かんなん》を|十分《じふぶん》にさせておいて、こんな|所《ところ》で|思《おも》ひがけなく|如意宝珠《によいほつしゆ》の|玉《たま》を|下《くだ》さるとは、|何《なん》と|有難《ありがた》いことぢや|御座《ござ》いませぬか。それだから|魂《たましひ》を|研《みが》いて|改心《かいしん》なされと|申《まを》すのだよ。コレ|常《つね》さま、|春《はる》さま、ヨブさまよ、お|前《まへ》は|結構《けつこう》なお|神徳《かげ》を|頂《いただ》いて|万劫末代《まんがふまつだい》|名《な》の|残《のこ》る|御用《ごよう》が|出来《でき》ますぞえ。これも|全《まつた》く|日《ひ》の|出神《でのかみ》の……オツトドツコイ、モウ|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|云《い》はぬ|筈《はず》だつた……|神《かみ》さま、うつかりと|申《まを》しました、どうぞお|許《ゆる》し|下《くだ》さいませ……|高姫《たかひめ》についてお|出《い》でたればこそ、こんな|御用《ごよう》が|出来《でき》ますぞえ。|何《なに》を|云《い》うても|変性男子《へんじやうなんし》の|御系統《ごひつぽう》……オツトドツコイ、|之《これ》も|云《い》ふ|筈《はず》ぢやなかつたが|余《あま》りの|嬉《うれ》しさに、ツイこぼれました。ホヽヽヽヽ』
|常彦《つねひこ》『|其《その》|玉《たま》が|沢山《たくさん》|手《て》に|入《い》るからは、|何程《なにほど》|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》と|仰有《おつしや》らうが、|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》と|申《まを》されようが、|差支《さしつかへ》はないぢやありませぬか。|正々堂々《せいせいだうだう》と|玉《たま》を|携《たづさ》へて|帰《かへ》り、さすがは|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》ぢや、|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》のなさることは、マアざつとこの|通《とほ》りだ。|皆《みな》さま、ヘン|済《す》みませぬナ……と|云《い》ふやうな|顔《かほ》して|帰《かへ》つた|所《ところ》で、|誰《たれ》が|何《なん》と|云《い》ふ|者《もの》が|御座《ござ》いませうか。|神《かみ》さまだつて、これ|丈《だけ》の|御用《ごよう》をあそばした|高姫《たかひめ》|様《さま》に、|少々《せうせう》の|過《あやま》ち|位《くらゐ》あつたとて、|御咎《おとが》め|遊《あそ》ばす|道理《だうり》も|御座《ござ》いますまい。イヤもう|結構《けつこう》な|事《こと》が|到来《たうらい》|致《いた》しました。お|供《とも》に|出《で》て|来《き》た|私《わたし》さへ、|余《あま》り|嬉《うれ》して|嬉《うれ》しうて、|手《て》が|舞《ま》ひ、|足《あし》が|踊《をど》りますワイ。アハヽヽヽオホヽヽヽ』
と|何《なに》が|嬉《うれ》しいのやら、|手《て》を|拍《う》つて|踊《をど》りまはる|其《その》|可笑《をか》しさ。|春彦《はるひこ》は|余《あま》りすぐれぬ|顔付《かほつき》にて、
『モシモシ|高姫《たかひめ》さま、|常彦《つねひこ》さま、チツト|御用心《ごようじん》なされませや。あなたは|又《また》もや|玉《たま》に|執着心《しふちやくしん》が|出《で》て|来《き》たやうな|塩梅《あんばい》ですよ。|今《いま》|来《き》た|女《をんな》は|真《まこと》の|人間《にんげん》だと|思《おも》うて|居《を》られますか。どうも|私《わたくし》には|腑《ふ》におちぬ|点《てん》が|御座《ござ》いますワ。|能《よ》く|能《よ》く|見《み》れば、あの|娘《むすめ》の|耳《みみ》が|時々《ときどき》ビリビリと|動《うご》いたぢやありませぬか。|人間《にんげん》の|耳《みみ》は|不随意筋《ふずゐいきん》ですから、|動《うご》く|道理《だうり》はありませぬ。|獣《けだもの》に|限《かぎ》つて|随意筋《ずゐいきん》が|発達《はつたつ》して、|耳《みみ》を|手《て》のやうに|動《うご》かすものです。コリヤうつかりはして|居《を》られますまい』
|高姫《たかひめ》『|人間《にんげん》の|分際《ぶんざい》として、|神《かみ》さまの|事《こと》が|分《わか》るものですか。|春《はる》さまは|春《はる》さまらしうしてゐなさい……なア、ヨブさま、あなたどう|思《おも》ひますか、あの|御方《おかた》を……』
ヨブ『|左様《さやう》ですなア。|吾々《われわれ》にはちつとも|見当《けんたう》が|取《と》れませぬ』
|高姫《たかひめ》『アヽさうだらう さうだらう、そこが|正直《しやうぢき》な|所《ところ》だ。|耳《みみ》が|動《うご》くの|動《うご》かぬの、|怪《あや》しいの|怪《あや》しくないの、|頭《あたま》から|疑《うたぐ》つてかかつては|神様《かみさま》の|御仕組《おしぐみ》は|分《わか》りませぬワイ。お|前《まへ》は|余程《よつぽど》|悧巧《りかう》な|方《かた》だと|思《おも》つたが、|私《わたし》の|目《め》はヤツパリ|違《たが》ひませぬワイ、オホヽヽヽ』
|春彦《はるひこ》『そらさうかは|知《し》りませぬが、|如何《どう》しても|私《わたくし》には|合点《がつてん》の|虫《むし》が|承認《しようにん》しませぬよ。よう|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい。こんな|森林《しんりん》にあんな|美《うつく》しい|女《をんな》が|住居《すまゐ》して|居《ゐ》る|道理《だうり》はないぢや|御座《ござ》いませぬか。そして|又《また》|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》の|如《ごと》き|結構《けつこう》な|宝《たから》が|幾《いく》つもあつて、それを|貰《もら》うてくれと|云《い》ふのが、それが|第一《だいいち》|理由《わけ》が|分《わか》らぬぢや|御座《ござ》いませぬか。|又《また》しても|執着心《しふちやくしん》を|起《おこ》して|失敗《しつぱい》なされましたら、|今度《こんど》は|取返《とりかへ》しが|出来《でき》ませぬぞ。どうぞ|胸《むね》に|手《て》を|当《あ》ててトツクリと|御思案《ごしあん》なされませや』
|高姫《たかひめ》『コレ|春《はる》さま、お|前《まへ》は|年《とし》が|若《わか》いから、|何《なに》も|知《し》りさうな|事《こと》がない。マア|此《この》|高姫《たかひめ》のすることを|黙《だま》つて|見《み》て|居《ゐ》なさい。|年《とし》の|効《かう》は|豆《まめ》の|粉《こ》、|豆《まめ》の|粉《こ》は|黄《き》ナ|粉《こ》だ。|浮世《うきよ》の|波《なみ》にさらはれて、|千軍万馬《せんぐんばんば》の|功《こう》を|経《へ》た|心《こころ》の|鏡《かがみ》の|光明《くわうみやう》に|映《うつ》つた|以上《いじやう》は、どうして|間違《まちが》ふ|気遣《きづか》ひが|御座《ござ》いませうかい。|細工《さいく》は|流々《りうりう》|仕上《しあ》げを|御覧《ごらう》じ、そんな|分《わか》らぬ|事《こと》を|言《い》ふと、たつた|今《いま》アフンと|致《いた》さねばなりませぬぞや。……コレ|常彦《つねひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》さま、|私《わたし》の|言《い》ふことが|違《ちが》ひますかな』
ヨブ『|違《ちが》ふか|違《ちが》はぬか、そんなこと|如何《どう》して|分《わか》りませう』
|高姫《たかひめ》『お|前《まへ》もみかけによらぬ|先《さき》の|見《み》えぬ|御方《おかた》ぢやなア。|大概《たいがい》|分《わか》りさうなものぢやないか。|籔《やぶ》を|見《み》たら|筍《たけのこ》が|生《は》えて|居《ゐ》る、|池《いけ》を|見《み》たら|魚《さかな》が|住《す》んで|居《ゐ》る、|果樹《くわじゆ》を|見《み》たら、コラ|甘《うま》い|果物《くだもの》がなつて|居《ゐ》る|位《くらゐ》の|事《こと》が|分《わか》らねば、|宣伝使《せんでんし》になつて|人《ひと》を|助《たす》けることは|出来《でき》ませぬぞえ。お|筆先《ふでさき》には|一《いち》を|聞《き》いて|十《じふ》を|悟《さと》る|身魂《みたま》でないと、まさかの|時《とき》の|間《ま》に|合《あ》はぬぞよと|御示《おしめ》しになつてるぢやありませぬか』
ヨブ『さうだと|云《い》つて|正直《しやうぢき》に|告白《こくはく》してゐるのですよ。|不可解《ふかかい》の|事《こと》を|分《わか》つたとは|申《まを》されませず、|又《また》|断然《だんぜん》|分《わか》らぬとも|云《い》へぬぢやありませぬか。|否定《ひてい》と|肯定《こうてい》とのまん|中《なか》に|立《た》つて|御返事《ごへんじ》をしたので|御座《ござ》います。お|気《き》に|障《さは》りましたら、|真平《まつぴら》|御免《ごめん》|下《くだ》さいませ』
|高姫《たかひめ》『エヽ|仕方《しかた》のない|御人足《ごにんそく》だな……コレコレ|常彦《つねひこ》、お|前《まへ》は|余程《よほど》|悧巧《りかう》さうな|顔付《かほつき》だ。お|前《まへ》の|考《かんが》へは|間違《まちが》ひなからう、どう|思《おも》ひますかなア』
|常彦《つねひこ》『|誰《たれ》が|何《なん》と|云《い》つても、|私《わたし》は|高姫《たかひめ》さまの|仰有《おつしや》ることを|真《まこと》と|信《しん》じます。|乍併《しかしながら》あの|娘《むすめ》の|言《い》つたことは|実地《じつち》に|当《あた》らねば、|愚鈍《ぐどん》な|私《わたくし》、|確《たし》かな|御返答《ごへんたふ》は|出来《でき》ませぬ』
|高姫《たかひめ》『|扨《さて》も|扨《さて》も|困《こま》つた|分《わか》らずや|計《ばか》り|寄《よ》つたものだな。|世界《せかい》に|此《この》|事《こと》を|分《わ》ける|者《もの》|一人《ひとり》ありたら|物事《ものごと》は|立派《りつぱ》に|成就《じやうじゆ》するものなれど、|余《あま》り|身魂《みたま》が|曇《くも》り|切《き》りて|居《を》るから、|神《かみ》も|誠《まこと》に|骨《ほね》が|折《を》れるぞよ……と|大神様《おほかみさま》が|仰有《おつしや》つた。|思《おも》へば|思《おも》へば|大神様《おほかみさま》の|御心《おこころ》がおいとしいわいのう……それはさうと、|何故《なぜ》|早《はや》くあの|娘《むすめ》さまは|出《で》て|来《こ》ないだらうか。|余《あま》り|広《ひろ》い|座敷《ざしき》で|御掃除《おさうぢ》に|暇《ひま》が|要《い》るのではなからうか』
|春彦《はるひこ》『|高姫《たかひめ》さまの|天眼通《てんがんつう》で|御覧《ごらん》になつたら、あの|娘《むすめ》が|何《なに》をしてゐる|位《くらゐ》は|分《わか》らにやなりますまい』
|高姫《たかひめ》『|千騎一騎《せんきいつき》の|此《この》|場合《ばあひ》、|神政《しんせい》|成就《じやうじゆ》の|御宝《おたから》が|手《て》に|入《い》るか|入《い》らぬかと|云《い》ふ|時《とき》に、そんな|小理屈《こりくつ》を|言《い》うておくれなや。さうだから|大勢《おほぜい》は|入《い》らぬ、|大勢《おほぜい》|居《を》ると|邪魔《じやま》が|入《い》りて|物事《ものごと》は|成就《じやうじゆ》|致《いた》さぬと|御示《おしめ》しになつて|居《を》るぞえ』
|春彦《はるひこ》『そんなら|私《わたくし》はこれからお|暇《いとま》|申《まを》して|帰《かへ》りませうか』
|高姫《たかひめ》『肝腎の|御用《ごよう》は|一人《ひとり》ありたら|勤《つと》まるのだから、|勝手《かつて》になさりませ』
ヨブ『|今《いま》の|御言葉《おことば》によれば、|一人《ひとり》ありたらよいとの|事《こと》、そんなら|私《わたくし》も|春彦《はるひこ》さまと|一緒《いつしよ》にお|暇《いとま》|致《いた》しませうか、|御邪魔《おじやま》をしては|済《す》みませぬからなア』
|高姫《たかひめ》『コレ|気《き》の|早《はや》い、そら|何《なに》を|言《い》はつしやるのだ。ヨブさまに|帰《かへ》つてくれとは|申《まを》しませぬぞえ。|春《はる》さまだとて、|別《べつ》に|私《わたし》が|邪魔《じやま》になると|言《い》つたのぢやない。|神様《かみさま》の|御言葉《おことば》を|参考《さんかう》の|為《ため》に|話《はな》して|聞《き》かした|丈《だけ》の|事《こと》だよ。つまり|誠《まこと》のお|道《みち》は|大勢《おほぜい》よりは|一人《ひとり》の|方《はう》が|御用《ごよう》が|出来《でき》よいものだと|云《い》ふ|神様《かみさま》の|御示《おしめ》しを|話《はな》した|丈《だけ》ですから、|今《いま》となつて、さう|悪気《わるき》をまはして|貰《もら》つちや|困《こま》りますワ。|千騎一騎《せんきいつき》の|此《この》|場合《ばあひ》、|如意宝珠《によいほつしゆ》の|玉《たま》を|何程《なにほど》|慾《よく》に|持《も》つたとて、|一人《ひとり》に|三《みつ》つ|位《くらゐ》より|持《も》てるものでない。そして|四人《よにん》|居《を》れば、|三四十二《さんしじふに》の|玉《たま》が|手《て》に|入《い》るぢやありませぬか。あゝ|斯《か》うなるとモ|少《すこ》しガラクタ|人間《にんげん》でもよいから|伴《つ》れて|来《く》るのだつたに、|世《よ》の|中《なか》は|思《おも》ふやうに|行《ゆ》かぬものだなア』
|春彦《はるひこ》『アハヽヽヽ、|何《なん》とお|口《くち》の|達者《たつしや》な|事《こと》、|兎《と》も|角《かく》|御手際《おてぎは》|拝見《はいけん》の|上《うへ》、お|詫《わび》を|致《いた》しませう』
|常彦《つねひこ》は|口《くち》を|尖《とが》らし、
『コリヤ|春彦《はるひこ》、|変性男子《へんじやうなんし》の|御系統《ごひつぽう》に、|何《なん》と|云《い》ふ|御無礼《ごぶれい》な|事《こと》を|申《まを》すか。|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》ぢやぞよ』
|春彦《はるひこ》『ハイ|恐《おそ》れ|入《い》りました。|乍併《しかしながら》どうぞ|不調法《ぶてうはふ》のないやうに、|皆《みな》さま|御願《おねがひ》|申《まを》します』
|高姫《たかひめ》『オホヽヽヽヽ、あのマア|疑《うたがひ》の|深《ふか》い|事《こと》ワイのう』
|斯《か》く|話《はな》す|折《をり》しも、|以前《いぜん》の|娘《むすめ》、|美々《びび》しき|盛装《せいさう》をこらし、|二人《ふたり》の|侍女《じじよ》を|従《したが》へて、|悠々《いういう》と|此方《こなた》に|向《むか》ひ|進《すす》み|来《きた》る。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第八章 |三人娘《さんにんむすめ》〔八九九〕
|高姫《たかひめ》は、|以前《いぜん》の|美人《びじん》が|二人《ふたり》の|侍女《じじよ》を|伴《ともな》ひ|悠々《いういう》として|此方《こなた》に|向《むか》つて|進《すす》み|来《きた》るを、|百間《ひやくけん》|許《ばか》りこちらから|嬉《うれ》しげに|打眺《うちなが》め、|夢《ゆめ》に|牡丹餅《ぼたもち》でも|食《く》つた|様《やう》な|嬉《うれ》しさうな|顔《かほ》をつき|出《いだ》してゐる。|其《その》スタイルのどことなく|間《ま》の|抜《ぬ》けた|可笑《をか》しさに、|吹出《ふきだ》す|許《ばか》り|思《おも》はるるを、ジツと|怺《こら》へて|春彦《はるひこ》は|女《をんな》を|指《さ》し、
『アレ|御覧《ごらん》なさい……|一人《ひとり》かと|思《おも》へば|三人《さんにん》も|魔性《ましやう》の|女《をんな》が|耳《みみ》をピラピラさせ|乍《なが》らやつて|来《く》るぢやありませぬか……|高姫《たかひめ》さま、あれでも|御信用《ごしんよう》になりますかなア』
|高姫《たかひめ》は|最早《もはや》|玉《たま》と|聞《き》いて、|再《ふたた》び|心《こころ》を|曇《くも》らしてゐる。
『コレ|春《はる》さま、|失礼《しつれい》なことを|云《い》ふものぢやありませぬよ。あれ|程《ほど》|能《よ》う|目《め》につく|耳《みみ》が|動《うご》いてるか|動《うご》いとらぬか、|能《よ》く|御覧《ごらん》なさい。|動《うご》く|様《やう》に|見《み》えるのはお|前《まへ》の|目《め》の|玉《たま》が|動《うご》くから、|向方《むかふ》の|耳《みみ》が|動《うご》くやうに|見《み》えるのだよ』
『|私《わたし》の|目《め》が|動《うご》くのならば、|誰《たれ》の【|耳《みみ》】も【|体《からだ》】も|一緒《いつしよ》に|動《うご》きさうなものぢやありませぬか。よくお|前《まへ》さま、|気《き》をつけて|目《め》をあけてミヽヽ|見《み》なさい。アフンと|致《いた》してあいた【|口《くち》】がすぼまらぬ|様《やう》な|事《こと》があつたら、|後《あと》で|何程《なにほど》|後悔《こうくわい》したと|云《い》つても|悔《くや》んでも|後《あと》の|祭《まつ》り、|折角《せつかく》|高《たか》い【|鼻《はな》】がめしやげて|了《しま》ひますぞや。|私《わたし》が|今《いま》|何程《なにほど》|御意見《ごいけん》しても【|歯《は》】|節《ぶし》は|立《た》ちますまい。|私《わたし》の|云《い》ふ|事《こと》は|一々《いちいち》【|足《あし》】と|思《おも》うて|御座《ござ》るから、|何《なん》と|云《い》つても、【|手《て》】ごたへはせぬのも|道理《だうり》ぢや。|併《しか》し|乍《なが》ら|人《ひと》にあの【|拇指《おやゆび》】は【|小指《こゆび》】の|意見《いけん》も|聞《き》かず、|時雨《しぐれ》の|森《もり》でバカを|見《み》たと、|後《うしろ》【|指《ゆび》】をさされぬやうになされませ。【|背《せ》】|中《なか》に【|腹《はら》】は|替《か》へられませぬぞえ。|後《あと》で【|臍《へそ》】をかむやうな|事《こと》のないやうに、【|胸《むね》】をさはやかにし、【|腹《はら》】を|据《す》ゑて【|乳《ちち》】と|考《かんが》へなされ。【|股《また》】|後《あと》で|叱言《こごと》をおつしやつても、【|尻《しり》】まへんワ、【けつ】|喰《くら》へ|観音《くわんのん》ですよ』
『|黙《だま》つて|聞《き》いて|居《を》れば、|蚤《のみ》か|蝨《しらみ》の|様《やう》に|体中《からだぢう》を|這《は》ひまはし、|何《なに》【|屁《へ》】|理窟《りくつ》を|垂《た》れなさるのぢや。【|糞《ばば》】が|呆《あき》れますぞえ』
『アーア、【|腹《はら》】が|春彦《はるひこ》だ。【|小便《せうべん》】ぢやないが、【シヽシリ】もせぬ|癖《くせ》に、エラさうに|仰有《おつしや》つて|今《いま》にアフンとなさる|御方《おかた》が、どこやらに|一人《ひとり》ありさうだ。アーア|又《また》もや|例《れい》の|病《やまひ》がおこつたのかなア』
『|喧《やかま》しい!』
と|制《せい》し|止《とど》むる|時《とき》しもあれ、|三人《さんにん》の|女《をんな》は|早《はや》くも|此処《ここ》に|近寄《ちかよ》り|来《きた》り、|叮嚀《ていねい》に|会釈《ゑしやく》しながら、
『|高姫《たかひめ》|様《さま》、|永《なが》らく|御待《おま》たせ|致《いた》しました。|私《わたし》はあなたの|御名《おな》に|能《よ》く|似《に》た|高子姫《たかこひめ》と|申《まを》す|者《もの》、|此《この》|侍女《じじよ》は|一人《ひとり》はお|月《つき》、|一人《ひとり》はお|朝《あさ》と|申《まを》します。どうぞ|御見知《おみし》りおかれまして|末永《すえなが》く|御交際《ごかうさい》をお|願《ねがひ》|致《いた》します』
|春彦《はるひこ》|小声《こごゑ》で、
『それやつて|来《き》たぞ! だまされな!』
と|拍子《びやうし》をつけて、|小声《こごゑ》で|囁《ささや》いてゐる。|高姫《たかひめ》は|春彦《はるひこ》をグツと|睨《ね》めつけながら、|俄《にはか》に|顔色《かほいろ》を|和《やはら》げ、|高子姫《たかこひめ》に|向《むか》つて、
『これはこれは、|始《はじ》めて|御名《おな》を|承《うけたま》はりました。マアマア|実《じつ》に|御優《おやさ》しい|御立派《ごりつぱ》な|御姿《おすがた》ですこと!』
『イエイエどうしてどうして、さう|御誉《おほ》め|下《くだ》さつては、お|恥《は》づかしう|御座《ござ》います。|山家育《やまがそだ》ちの|山時鳥《やまほととぎす》、ホーホケキヨの|片言《かたこと》まじり、|何《なに》も|知《し》らない|未通娘《おぼこむすめ》で|御座《ござ》りますれば、どうぞ|宜《よろ》しく|御指導《ごしだう》を|御願《おねがひ》|致《いた》します』
|春彦《はるひこ》はそばより、
『|何《なん》と|言《い》つても、|海千《うみせん》|山千《やません》|河千《かはせん》の|経験《けいけん》を|経《へ》た|高姫《たかひめ》さまですから、|大丈夫《だいぢやうぶ》ですよ、アハヽヽヽ。|其《その》|三千年《さんぜんねん》の|劫《がふ》を|経《へ》た|高姫《たかひめ》さまをチヨロまかす|娘《むすめ》さまは、ドテライ|偉《えら》い|変《かは》つた|変《へん》な|見当《けんたう》の|取《と》れぬ|仕方《しかた》のない|御方《おかた》で|御座《ござ》いませう。オツトドツコイ|眉毛《まゆげ》に|唾《つばき》をつけ、おけつの|毛《け》に|気《き》をつけて、|高姫《たかひめ》さまの|後《あと》から|従《つ》いて|参《まゐ》りませうかい』
|高姫《たかひめ》|目《め》を|怒《いか》らし、|口《くち》を|尖《とが》らし、|歯《は》のぬけた|口《くち》から|唾《つばき》を|吐《は》き|出《だ》しながら、
『コレ|春彦《はるひこ》さま、さうズケズケと|淑女《しゆくぢよ》に|向《むか》つて、|失礼《しつれい》な|事《こと》を|云《い》ふことがありますかい。モウシ|高子姫《たかこひめ》さま、|斯様《かやう》な|動物《どうぶつ》がついて|居《を》りますので、|寔《まこと》に|妾《わたし》も|頭《あたま》を|悩《なや》めます。どうぞお|気《き》を|悪《わる》くせぬやうにして|下《くだ》さいませ』
|春彦《はるひこ》『ハイハイ、|誠《まこと》に|以《もつ》て|失礼千万《しつれいせんばん》、どうぞ|寒狐《かんぎつね》に|見直《みなほ》し、|大狐《おほぎつね》に|宣直《のりなほ》し、|大空《おほぞら》は【|高倉《たかくら》】でも、【|月日《つきひ》】をかくす、|雲《くも》さへ|払《はら》へば|吾々《われわれ》の|魂《たま》は【|朝日《あさひ》】の|豊栄昇《とよさかのぼ》る|様《やう》な|勢《いきほひ》になつて|来《き》ます……コレ|高《たか》さま、オツトドツコイ|高姫《たかひめ》さま、だまされなさるな。|常世《とこよ》の|城《しろ》で|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|八王《やつわう》の|神《かみ》や|八頭《やつがしら》、|立派《りつぱ》な|御方《おかた》が|寄《よ》り|合《あ》うて、|泥田圃《どろたんぼ》の|大失敗《だいしつぱい》も|鑑《かがみ》が|出《で》て|居《を》りますぞや。コレコレ|高倉稲荷《たかくらいなり》さま、|月日《つきひ》、|旭明神《あさひみやうじん》さま、|化《ば》けた|所《ところ》で|此《この》|春《はる》さまが|承知《しようち》をしませぬぞえ。|何《なん》と|恐《おそ》れ|入《い》りましたかなア……|隠《かく》されぬ|証拠《しようこ》と|云《い》ふのは、お|前《まへ》の|二《ふた》つの|耳《みみ》だ。お|尻《けつ》に|白《しろ》い|尻尾《しつぽ》が|下《さが》つて|居《を》りますぞえ。こんな|深《ふか》い|森林《しんりん》までだましに|来《く》るとは……(|浄瑠璃《じやうるり》|文句《もんく》)そりや|聞《きこ》えませぬ|胴慾《どうよく》ぢや、|慾《よく》に|呆《はう》けた|高姫《たかひめ》さまを、|高子《たかこ》の|姫《ひめ》と|現《あら》はれて、|心《こころ》|曳《ひ》かうとなさるのか、|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》、|玉《たま》と|云《い》うたら|目《め》の|玉《たま》を、グルグルまはす|癖《くせ》のある、|高姫《たかひめ》さまにありもせぬ、|如意《によい》の|宝珠《ほつしゆ》をやらうとは、|馬鹿《ばか》になさるも|程《ほど》がある。|此《この》|春彦《はるひこ》が|天眼通《てんがんつう》、|一目《ひとめ》|睨《にら》んで|査《しら》べたら、メツタに|間違《まちが》ひありませぬ、|高倉稲荷《たかくらいなり》の|白狐《びやくこ》さま、|月日《つきひ》|旭《あさひ》の|明神《みやうじん》さま、|早《はや》く|尻尾《しつぽ》を|出《だ》しなされ』
|高姫《たかひめ》『コレコレ|又《また》しても|失礼《しつれい》なことを|仰有《おつしや》るのかいなア。|高倉稲荷《たかくらいなり》さまや|月日《つきひ》|旭《あさひ》の|明神《みやうじん》さまは、|此《この》|高砂島《たかさごじま》へは|御座《ござ》らつしやる|筈《はず》はありませぬぞや。|常世《とこよ》の|国《くに》の|大江山《たいかうざん》に|御住《おすま》ひ|遊《あそ》ばされ、|間《はざま》の|国《くに》を|境《さかひ》として、|自転倒島《おのころじま》へ|御渡《おわた》り|遊《あそ》ばす|方《かた》ぢや|程《ほど》に、|見違《みちがひ》をするも|程《ほど》がある。|黙《だま》つてゐなさい!』
|春彦《はるひこ》『そんなら、|黙《だま》つて|御手前《おてまへ》|拝見《はいけん》と、|出《で》かけませうかなア……ヨブさま、|常《つね》さま、お|前《まへ》は|如何《どう》|考《かんが》へるか、|一寸《ちよつと》|否定《ひてい》|肯定《こうてい》|如何《いかん》を|聞《き》かして|下《くだ》さいな』
|常彦《つねひこ》『|否定《ひてい》も|肯定《こうてい》もありませぬワイ。ゴテゴテ|言《い》ひなさるな』
ヨブ『|何《なん》と|云《い》つても|合点《がてん》の|往《ゆ》かぬ|事《こと》ですワイ』
|高子《たかこ》『|何《なん》なと|御疑《おうたが》ひ|遊《あそ》ばしませ。|何《なに》よりも|事実《じじつ》が|証明《しようめい》|致《いた》しますよ』
|高姫《たかひめ》『|左様《さやう》ならば|御伴《おとも》を|致《いた》します……コレコレ|春彦《はるひこ》、|常彦《つねひこ》、ヨブさま、おとなしうして|従《つ》いて|来《く》るのだよ。|何《なに》も|言《い》つちやなりませぬぜ。|人民《じんみん》がゴテゴテ|言《い》つたつて、|神《かみ》の|仕組《しぐみ》が|分《わか》るものぢやありませぬ。|黙《だま》つて|居《ゐ》る|方《はう》が、どれ|程《ほど》|賢《かしこ》う|見《み》えるか|分《わか》らぬぞえ』
とイラツクやうな|声《こゑ》でたしなめながら、|三人《さんにん》の|後《あと》に|従《したが》ひ、|水《みづ》のたまつたシクシク|原《ばら》を|足《あし》の|裏《うら》をひやし、
『アヽ|気分《きぶん》がよい、|久《ひさ》しぶりでお|水《みづ》にありついた。これと|云《い》ふのも|神様《かみさま》の|水《みづ》も|漏《も》らさぬ|御仕組《おしぐみ》、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|御神徳《ごしんとく》だよ。|足《あし》で|踏《ふ》むのも|勿体《もつたい》ないけれど、ここを|通《とほ》らねば|行《ゆ》くことが|出来《でき》ませぬから、どうぞ|神様《かみさま》|許《ゆる》して|下《くだ》さいませや』
と|肩《かた》を|四角《しかく》に|欹《そばだ》て、|尻《しり》をプリンプリンとふりながら、|三人《さんにん》の|後《あと》に|従《したが》ひ、|勇《いさ》み|進《すす》んでついて|行《ゆ》く。
|此処《ここ》には|大変《たいへん》に|広《ひろ》い|河《かは》が|飛沫《ひまつ》を|飛《と》ばしてゴーゴーと|音《おと》を|立《た》てて|流《なが》れてゐる。|三人《さんにん》の|娘《むすめ》は、|尻《しり》をまくり、|兎《うさぎ》が|飛《と》ぶ|様《やう》に|高《たか》い|石《いし》の|頭《あたま》を|狙《ねら》つて、|向方《むかふ》へ|瞬《またた》く|間《うち》に|渡《わた》つて|了《しま》つた。|高姫《たかひめ》もわれ|遅《おく》れじと|尻《しり》ひきめくり、
『コレコレ|皆《みな》さま、|気《き》をつけなされ。|此《この》|石《いし》はよく|辷《すべ》りますよ』
と|後向《うしろむ》く|途端《とたん》に|背中《せなか》に|負《おぶ》つた|石地蔵《いしぢざう》の|重《おも》みで|自分《じぶん》から|辷《すべ》つて|激流《げきりう》におち|込《こ》み、|浮《う》きつ|沈《しづ》みつ、|足《あし》を|上《うへ》にして|苦《くるし》み|悶《もだ》え、|矢《や》を|射《い》る|如《ごと》くに|流《なが》れ|行《ゆ》く。
『コリヤ|大変《たいへん》』
と|春彦《はるひこ》は|忽《たちま》ち|赤裸《まつぱだか》となり、
『オイ|常彦《つねひこ》、ヨブ、|俺《おれ》の|着物《きもの》を|預《あづか》つてくれ!』
と|云《い》ひながら、|渦《うづ》まく|波《なみ》にザンブと|飛込《とびこ》み、|急流《きふりう》を|泳《およ》いで、|浮《う》きつ|沈《しづ》みつ|高姫《たかひめ》に|追《お》つつき、|漸《やうや》くにして|岩上《がんじやう》に|救《すく》ひ|上《あ》げた。|高姫《たかひめ》は|幸《さいは》ひに|余《あま》り|水《みづ》も|呑《の》まず、|気《き》も|取《と》り|失《うしな》つては|居《ゐ》ない。
|春彦《はるひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|危《あぶ》ない|事《こと》で|御座《ござ》いましたなア。それだから|私《わたし》が|怪《あや》しいと|云《い》つて|止《と》めたぢやありませぬか。|是《これ》からチツト|吾々《われわれ》の|云《い》ふ|事《こと》も|聞《き》いて|貰《もら》はなくちやなりませぬぞや』
『お|前《まへ》がありや、こりや、なけりや、こりや、|善《よ》い|事《こと》もあれば|悪《わる》い|事《こと》もある。サア|早《はや》く|行《ゆ》きませう』
『どこへ|急《いそ》いで|行《ゆ》くのですか』
『きまつた|事《こと》だ。|早《はや》く|高子姫《たかこひめ》さまの|御宅《おたく》へ|行《い》かねば、さぞ|御待兼《おまちか》ねだらうから…』
『ハテさて|困《こま》つた|事《こと》だなア。こんな|目《め》に|遭《あ》つてもまだ|目《め》が|醒《さ》めないのですか』
『|神界《しんかい》の|御仕組《おしぐみ》が|分《わか》りますかい』
と|云《い》ひながら、|川《かは》ぶちの|森林《しんりん》を、|上《かみ》へ|上《かみ》へと|伝《つた》ひのぼり、|最前《さいぜん》はまつた|飛石《とびいし》の|前《まへ》|迄《まで》|走《はし》り|来《きた》り、
|高姫《たかひめ》『ヤア|常彦《つねひこ》、ヨブさま、|待《ま》たせました。サア|行《ゆ》きませう』
|常彦《つねひこ》『|兎《と》も|角《かく》、|御無事《ごぶじ》で|御目出度《おめでた》う|御座《ござ》います』
ヨブ『マア|是《これ》で|私《わたし》も|安心《あんしん》しました』
|高姫《たかひめ》『コレ|常《つね》さま、ヨブさま、お|前等《まへら》|二人《ふたり》は、|水臭《みづくさ》い、なぜ|私《わたし》の|危難《きなん》を|救《すく》はなかつたのだ。|斯《か》うなると|始終《しじう》|口答《くちごた》へする|春彦《はるひこ》の|方《はう》が|余程《よほど》|為《ため》になる。まさかの|時《とき》に|間《ま》に|合《あ》ふ|者《もの》はメツタにないと、|神様《かみさま》が|仰有《おつしや》るが、いかにも|其《その》|通《とほ》りだよ』
|常彦《つねひこ》『あなたは|神《かみ》さまだから、メツタに|水《みづ》に|溺《おぼ》れて|死《し》になさると|云《い》ふやうなことはないと|思《おも》つて|安心《あんしん》してゐたのですよ。|人民《じんみん》が|神様《かみさま》を|助《たす》けようなんテ、そんなことが|如何《どう》して|出来《でき》ますか』
ヨブ『|余《あま》り|勿体《もつたい》なうて、|寄《よ》りつく|訳《わけ》にも|行《ゆ》きませず、|吾々《われわれ》の|為《ため》に|千座《ちくら》の|置戸《おきど》を|負《お》うて|下《くだ》さるのだと|思《おも》ひましたから、ヂツト|暗祈黙祷《あんきもくたう》してゐました』
|高姫《たかひめ》『|生神《いきがみ》がこんな|谷川《たにがは》|位《くらゐ》にはまつて|弱《よわ》るやうな|事《こと》はないが、|併《しか》し|乍《なが》ら、|人民《じんみん》として|案《あん》じて|私《わたし》を|助《たす》けに|来《き》た|春彦《はるひこ》の|心《こころ》は、|実《じつ》に|美《うる》はしいものだ。|神《かみ》は|人間《にんげん》の|真心《まごころ》を|喜《よろこ》ぶのだからなア』
|春彦《はるひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|春彦《はるひこ》でも|又《また》|間《ま》に|合《あ》ふ|事《こと》がありませうがな』
|高姫《たかひめ》『|棒千切《ぼうちぎ》れも、|三年《さんねん》|田《た》の|中《なか》にすてておけば|肥《こや》しになる。|腐《くさ》れ|繩《なは》にも|取《と》りえといふ|比喩《たとへ》の|通《とほ》り、あんな|者《もの》が|斯《こ》んな|手柄《てがら》をすると|云《い》ふ|神様《かみさま》のお|筆先《ふでさき》の|実地正真《じつちしやうまつ》のおかげをお|前《まへ》は|頂《いただ》いたのだ。サア|神様《かみさま》へ|御礼《おれい》を|申《まを》しなさい。こんな|結構《けつこう》な|御用《ごよう》をさして|頂《いただ》いてお|前《まへ》は|余程《よほど》|果報者《くわはうもの》だよ。これから|高姫《たかひめ》の|云《い》ふ|事《こと》を|一《ひと》つも|背《そむ》かず|聞《き》きなされや。さうでないと|高姫《たかひめ》が|又《また》お|前《まへ》の|代《かは》りに|犠牲《ぎせい》にならねばならぬから、チツト|心得《こころえ》て|下《くだ》されよ。あんな|若《わか》い|女《をんな》の|方《かた》が、|何《なん》ともなしに|渉《わた》れる|石《いし》の|飛《と》び|越《こ》えを、|辷《すべ》ると|云《い》ふ|様《やう》な|道理《だうり》がない。これも|全《まつた》く|神様《かみさま》がお|前《まへ》の|罪《つみ》の|贖《あがな》ひに、|私《わたし》を|辷《すべ》りおとし、お|前《まへ》を|飛込《とびこ》ませ、|惟神的《かむながらてき》にお|前《まへ》の|禊《みそぎ》を|遊《あそ》ばしたのだから、|決《けつ》して、|高姫《たかひめ》を|助《たす》けてやつたなどと|思《おも》つちやなりませぬぞや』
|三人《さんにん》|一度《いちど》に|顔《かほ》を|見合《みあは》せ、|目《め》を|丸《まる》くし、|口《くち》を|尖《とが》らせ、|高姫《たかひめ》の|言《げん》に|呆《あき》れてゐる。
|高子姫《たかこひめ》、お|月《つき》、お|朝《あさ》の|三女《さんぢよ》は、|岸《きし》の|向方《むかふ》に|停立《ていりつ》し、|白《しろ》き|細《ほそ》き|手《て》を|差出《さしだ》し『|早《はや》く|来《きた》れ』と|差招《さしまね》いてゐる。|高姫《たかひめ》は|一歩々々《ひとあしひとあし》|指《ゆび》の|先《さき》に|力《ちから》を|入《い》れながら|糞垂《ばばた》れ|腰《ごし》になつて、|怖相《こはさう》に|向《むか》ふ|岸《ぎし》へと|渡《わた》りつき、|太《ふと》き|息《いき》をつきながら……|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》……と|二三回《にさんくわい》|繰返《くりかへ》し、|渡《わた》り|来《きた》れる|一行《いつかう》と|共《とも》に、|三人《さんにん》の|女《をんな》の|後《あと》に|従《したが》ひ、|得意《とくい》の|鼻《はな》を|蠢《うごめ》かしつつ|心《こころ》|欣々《いそいそ》|従《つ》いて|行《ゆ》く。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第九章 |岩窟女《がんくつをんな》〔九〇〇〕
|三人《さんにん》の|娘《むすめ》の|後《あと》から|高姫《たかひめ》は|期《き》する|所《ところ》あるものの|如《ごと》く、|体《からだ》をゆすり、どことなく|春駒《はるこま》の|勇《いさ》んだやうに、シヤンシヤンとして|従《つ》いて|行《ゆ》く。|常彦《つねひこ》、ヨブの|二人《ふたり》はせう|事《こと》なさに|従《つ》いて|行《ゆ》くといふ|様《やう》な|足元《あしもと》で、|莽々《ばうばう》と|草《くさ》の|生《は》え|茂《しげ》つた|中《なか》を、|一歩々々《ひとあしひとあし》|探《さぐ》る|様《やう》にしてゐる。|春彦《はるひこ》は|殿《しんがり》をつとめながら、|何《なん》となく|心《こころ》の|底《そこ》より|可笑《をか》しくなり、
『|時雨《しぐれ》の|森《もり》に|現《あら》はれた  |魔性《ましやう》の|女《をんな》にだまされて
|慾《よく》の|熊高姫《くまたかひめ》さまが  |又《また》も|持病《ぢびやう》を|再発《さいはつ》し
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》  |数《かず》|限《かぎ》りなく|吾宿《わがやど》に
|隠《かく》してあるから|出《で》ておいで  お|気《き》に|入《い》るのがあつたなら
いくらなりとも|上《あ》げませうと  |茨《いばら》に|餅《もち》のなるやうな
|甘《うま》い|話《はなし》を|聞《き》かされて  |心《こころ》の|中《なか》はうはの|空《そら》
|我慾《がよく》の|雲《くも》にとざされて  |一寸先《いつすんさき》は|真《しん》の|暗《やみ》
【|旭《あさひ》】が|出《で》てるが|分《わか》らない  【|月日《つきひ》】の|姿《すがた》も|目《め》につかぬ
【|高倉《たかくら》】|暗《やみ》の|高姫《たかひめ》が  ドツコイ|一杯《いつぱい》|喰《く》はされて
|又《また》も|吠《ほ》え|面《づら》かわくだらう  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
なぜにこれ|程《ほど》|高姫《たかひめ》の  |心《こころ》がグラグラするのだらう
|勢込《いきほひこ》んであの|通《とほ》り  |玉《たま》ぢや|玉《たま》ぢやと|勇《いさ》み|立《た》ち
|狐《きつね》の|穴《あな》につれ|込《こ》まれ  コレコレまうし|高姫《たかひめ》さま
|如意《によい》の|宝珠《ほつしゆ》はこれですと  さらけ|出《いだ》したる|玉手箱《たまてばこ》
|開《ひら》いて|見《み》ればこはいかに  |如意《によい》の|宝珠《ほつしゆ》と|思《おも》ひきや
|狸《たぬき》の|睾丸《きんたま》|八畳敷《はちでふじき》  オツ【たま】げたよ【たま】げたよ
コリヤ【たま】らぬと|尻《しり》からげ  |一目散《いちもくさん》にかけ|出《だ》して
|底《そこ》ひも|知《し》れぬ|谷川《たにがは》へ  ドンブリコンと|墜落《つゐらく》し
|水《みづ》の|泡《あわ》|程《ほど》|泡《あわ》をふき  アフンとするに|違《ちが》ひない
それを|見《み》るのが|春彦《はるひこ》は  |気《き》の|毒《どく》さまでたまらない
あれほど|意見《いけん》をしたけれど  |玉《たま》にかけたら|魂《たましひ》を
|奪《うば》はれ|切《き》つた|高姫《たかひめ》は  |口角泡《こうかくあわ》をば|飛《と》ばしつつ
|神《かみ》の|仕組《しぐみ》は|人民《じんみん》の  |容喙《ようかい》|致《いた》す|事《こと》でない
|神《かみ》の|仕組《しぐみ》は|神《かみ》が|知《し》る  お|前《まへ》の|様《やう》な|人民《じんみん》が
|神《かみ》の|仕組《しぐみ》をゴテゴテと  |横槍《よこやり》|入《い》れるこたならぬ
だまつて|厶《ござ》れとはねつけて  ありもせないに|宝玉《ほうぎよく》を
|手《て》に|握《にぎ》らむと|進《すす》み|行《ゆ》く  |猿猴《ゑんこう》が|水《みづ》に|映《うつ》つたる
|月《つき》の|影《かげ》をば|掴《つか》むやうに  |水《みづ》に|溺《おぼ》れてブルブルと
|泡《あわ》を|吹《ふ》いては|八当《やつあた》り  |二百十日《にひやくとをか》に|吹《ふ》きまくる
|風《かぜ》ぢやなけれど|吾々《われわれ》は  【|蕎麦《そば》】の|迷惑《めいわく》|思《おも》ひやる
そばに|見《み》てゐる|俺達《おれたち》も  |高姫《たかひめ》さまの|吹《ふ》く【|粟《あは》】を
【|黍《きび》】がよいとは|思《おも》やせぬ  |狐《きつね》の|七化《ななば》け、ド|狸《たぬき》、|豆狸《まめだぬき》
|八化《やば》けと|更《さら》に|知《し》らずして  |玉《たま》を|手《て》に|入《い》れ|其《その》|上《うへ》に
|鷹依姫《たかよりひめ》の|在処《ありか》をば  |知《し》らして|貰《もら》ふと|暗雲《やみくも》に
|糠《ぬか》よろこびの|気《き》の|毒《どく》さ  |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも  |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|如意《によい》の|宝珠《ほつしゆ》の|宝玉《ほうぎよく》は  |高砂島《たかさごじま》にあるものか
|言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》  |初稚姫《はつわかひめ》や|玉能姫《たまのひめ》
|二人《ふたり》の|身魂《みたま》にコツソリと  |離《はな》れの|島《しま》にかくさせて
|誰《たれ》も|在処《ありか》は|分《わか》らない  とは|云《い》ふものの|自転倒《おのころ》の
どつかの|島《しま》に|隠《かく》しある  |其《その》|事《こと》だけは|確《たしか》ぢやと
|錦《にしき》の|宮《みや》の|杢助《もくすけ》が  |私《わたし》に|話《はな》してをつたぞや
お|気《き》の|毒《どく》なは|高姫《たかひめ》ぢや  モウよい|加減《かげん》に|諦《あきら》めて
|玉《たま》の|執着《しふちやく》|捨《す》てなさい  お|前《まへ》が|玉《たま》に|執着《しふちやく》し
|心《こころ》を|曇《くも》らすものだから  こんな|苦労《くらう》をせにやならぬ
|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》か  |系統《ひつぽう》の|身魂《みたま》か|知《し》らねども
|俺《おれ》は|愛想《あいそ》がつきて|来《き》た  |改心《かいしん》したかと|思《おも》や|又《また》
|又《また》もや|慢心《まんしん》あと|戻《もど》り  |改慢心《かいまんしん》をくり|返《かへ》し
|神《かみ》さまだとて|気《き》の|毒《どく》ぢや  こんな|身魂《みたま》を|元《もと》のやうに
|研《みが》き|直《なほ》すは|大変《たいへん》だ  |俺《おれ》が|神《かみ》さまであつたなら
|遠《とほ》くの|昔《むかし》に|棄《す》ててをる  ホントにホントに|気《き》が|長《なが》い
|尊《たふと》き|神《かみ》の|思召《おぼしめ》し  |誠《まこと》に|感《かん》じ|入《い》りました
|先《さき》へ|出《で》て|行《ゆ》く|三人《さんにん》は  |高倉稲荷《たかくらいなり》を|始《はじ》めとし
|月日《つきひ》、|旭《あさひ》の|明神《みやうじん》だ  |神《かみ》が|姿《すがた》を|現《あら》はして
|高姫《たかひめ》さまの|改心《かいしん》を  |試《ため》してござるも|知《し》らずして
|従《つ》いて|行《ゆ》くのか|情《なさけ》ない  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして  |高姫《たかひめ》さまの|執着《しふちやく》を
|一日《ひとひ》も|早《はや》く|晴《は》らしませ  |私《わたし》も|真《まこと》に|困《こま》ります
あんな|御方《おかた》の|供《とも》をして  |居《ゐ》るものならば|何時《いつ》|迄《まで》も
|自転倒島《おのころじま》へは|帰《かへ》れない  |鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》は
アマゾン|河《がは》の|南岸《みなみぎし》  |兎《うさぎ》の|王《わう》にかしづかれ
|尊《たふと》き|霊地《れいち》を|守《まも》りつつ  |高姫《たかひめ》さまの|到《いた》るのを
|待《ま》つてゐるのに|違《ちが》ひない  |早《はや》く|改心《かいしん》させてたべ
|高姫《たかひめ》|一人《ひとり》の|為《ため》ならず  |常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》、ヨブの|為《ため》
|神《かみ》かけ|念《ねん》じ|奉《たてまつ》る  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひながら、|後《あと》より|厭々《いやいや》ついて|行《ゆ》く。
|高子姫《たかこひめ》は|草路《くさみち》を|分《わ》けつつ、|此《この》|森林《しんりん》に|見《み》た|事《こと》もない|大岩石《だいがんせき》|十町四面《じつちやうしめん》|許《ばか》り、|洋館《やうくわん》の|如《ごと》くに|屹立《きつりつ》し、|岩《いは》の|面《おもて》には|白苔《しらこけ》が|所斑《ところまんだら》に|生《は》えてゐる。そして|岩《いは》の|凹所《くぼど》には|小《ちひ》さき|樹木《じゆもく》の|割《わり》には|年《とし》を|寄《と》つて、|植木《うゑき》のやうな|面白《おもしろ》き|枝振《えだぶり》りで、|彼方此方《あちらこちら》に|点々《てんてん》として|生《は》えてゐる。|其《その》|下《した》の|方《はう》に|縦《たて》|一丈《いちぢやう》|横《よこ》|八尺《はつしやく》|許《ばか》りの|真四角《ましかく》な|穴《あな》が|穿《うが》たれ、|入口《いりぐち》には|頑丈《ぐわんぢやう》な|岩《いは》の|戸《と》が|閉《た》てられてあつた。|高子姫《たかこひめ》は|高姫《たかひめ》に|向《むか》ひ、
『これが|妾《わらは》の|住家《すみか》で|御座《ござ》います。どうぞ|皆《みな》さま、|御遠慮《ごゑんりよ》なしに|御這入《おはい》り|下《くだ》さいませ。お|茶《ちや》なつと|差上《さしあ》げますから、ゆるゆる|御休息《ごきうそく》|下《くだ》され。|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》にも|御面会《ごめんくわい》|下《くだ》さらば、|真《まこと》に|有難《ありがた》う|存《ぞん》じます』
|高姫《たかひめ》は|余《あま》り|立派《りつぱ》なる|岩窟《いはや》の|入口《いりぐち》に|肝《きも》をつぶし|舌《した》を|巻《ま》きながら、
『これはこれは|思《おも》ひがけなき|立派《りつぱ》な|御住居《おすまゐ》、|此《この》|岩窟《がんくつ》は|何時《いつ》|築造《ちくざう》になりましたか。|斯様《かやう》な|森林内《しんりんない》に|立派《りつぱ》な|館《やかた》が|立《た》つて|居《を》らうとは|夢《ゆめ》にも|知《し》りませなんだ』
|高子《たかこ》『|何分《なにぶん》|此《この》|辺《へん》は|大蛇《をろち》や|悪獣《あくじう》の|跋扈《ばつこ》|甚《はなは》だしく、|夜分《やぶん》は|斯様《かやう》な|処《とこ》でなければ、|到底《たうてい》|安眠《あんみん》する|事《こと》も|出来《でき》ませぬので、|天然《てんねん》の|岩山《いはやま》を|幸《さいは》ひ、|掘《ほ》り|付《つ》けまして、|漸《やうや》く|此《この》|頃《ごろ》|仕上《しあが》つたばかりで|御座《ござ》います。|貴女《あなた》が|始《はじ》めてお|客《きやく》さまとして、|御這入《おはい》り|下《くだ》さるかと|思《おも》へば、|実《じつ》に|光栄《くわうえい》に|存《ぞん》じます』
|春彦《はるひこ》『モシモシ|高姫《たかひめ》さま、|確《しつか》りせぬと|出《で》られぬやうな|目《め》に|会《あ》はされますよ。|決《けつ》して|這入《はい》つちや|可《い》けませぬ。ここは|立派《りつぱ》な|岩窟《いはや》の|様《やう》に|見《み》えて|居《を》つても、シクシク|原《ばら》の|泥田圃《どろたんぼ》で|御座《ござ》いますよ。チト|確《しつか》りなさらぬか』
|高子《たかこ》『ホヽヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『コレ|春《はる》! お|前《まへ》はどうかしてゐるぢやないか。|曲津《まがつ》に|憑依《ひようい》されて|結構《けつこう》な|御用《ごよう》をゴテゴテと|邪魔《じやま》する|事《こと》|計《ばか》り|考《かんが》へてゐるのだなア』
|春彦《はるひこ》『アイタヽヽヽ、|俄《にはか》に|足《あし》が|引《ひ》きつつて|来《き》ました。どうやら|化石《くわせき》しさうになつて|来《き》たぞ。モシ|高姫《たかひめ》さま、|鎮魂《ちんこん》をして|下《くだ》さいな。こんな|所《ところ》で|石仏《いしぼとけ》になつちや|堪《たま》りませぬからなア』
『それ|見《み》なさい。|余《あま》り|御神業《ごしんげふ》の|邪魔《じやま》|計《ばか》りするものだから、|神罰《しんばつ》が|立所《たちどころ》に|当《あた》つて|其《その》|通《とほ》り|固《かた》められて|了《しま》つたのだ。マア|暫《しばら》くそこに|門番《もんばん》を|勤《つと》めて|居《ゐ》なさい。|此《この》|高姫《たかひめ》は|常彦《つねひこ》、ヨブの|二人《ふたり》と|共《とも》に|奥殿《おくでん》に|案内《あんない》され|結構《けつこう》な|玉《たま》を|拝見《はいけん》し、|其《その》|都合《つがふ》に|依《よ》つて|頂戴《ちやうだい》して|来《く》る|考《かんが》へだから、それ|迄《まで》お|前《まへ》はそこに|立番《たちばん》してゐる|方《はう》がよからうぞ。|又《また》してもゴテゴテ|差出《さしで》られると、|御主人《ごしゆじん》の|御機嫌《ごきげん》を|損《そこ》ね、|折角《せつかく》|見《み》せて|貰《もら》へる|玉《たま》まで|拝《をが》む|事《こと》が|出来《でき》ない|様《やう》になつちや|困《こま》るから……あゝ|神様《かみさま》といふ|御方《おかた》は|何《なん》とした|気《き》の|利《き》いたお|方《かた》だらう。|実《じつ》はお|前《まへ》を|連《つ》れて、|此《この》|館《やかた》へ|這入《はい》るのは|真平《まつぴら》だと|思《おも》うてゐた|所《ところ》、|都合《つがふ》よく|神様《かみさま》が|御繰合《おくりあは》せをして|下《くだ》さつた。|慢心《まんしん》|致《いた》すと、にじりとも|出来《でき》ぬやうになるぞよと、お|筆先《ふでさき》に|出《で》て|居《を》りませうがな。チト|改心《かいしん》なされ。|左様《さやう》なら、|春《はる》さま|御苦労《ごくらう》……』
と|云《い》ひ|捨《す》て、|高子姫《たかこひめ》に|手《て》をひかれ|岩窟内《がんくつない》に|潜《くぐ》り|入《い》らうとする。|春彦《はるひこ》は|声《こゑ》を|限《かぎ》りに、
『|高姫《たかひめ》さま、シツカリしなさい、|違《ちが》ひますよ。オイ|常彦《つねひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》、|俺《おれ》の|言《い》ふ|事《こと》を|聞《き》いて|高姫《たかひめ》さまを|引止《ひきと》めて|呉《く》れ。|大変《たいへん》な|目《め》に|遭《あ》はねばならないぞ。|俺《おれ》はかう|見《み》えても、|天眼通《てんがんつう》が|利《き》いて|居《ゐ》るのだから……』
|高姫《たかひめ》『エヽ|喧《やかま》しい、|体《からだ》も|動《うご》かぬ|癖《くせ》に、|天眼通《てんがんつう》もあつたものかい……サア|常彦《つねひこ》、ヨブ|参《まゐ》りませう』
と|三人《さんにん》の|女《をんな》に|手《て》を|曳《ひ》かれ、|奥深《おくふか》く|進《すす》み|入《い》る。|後《あと》に|春彦《はるひこ》は|呆然《ばうぜん》として|三人《さんにん》の|後姿《うしろすがた》を|眺《なが》め、
『ハテ|困《こま》つた|明盲《あきめくら》ばかりだなア。|高姫《たかひめ》さまも|是《これ》ではサツパリ|駄目《だめ》だワイ』
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第一〇章 |暗黒殿《あんこくでん》〔九〇一〕
|外《そと》から|見《み》た|割《わり》とは|非常《ひじやう》に|広《ひろ》い|岩窟《がんくつ》と|見《み》え、|二間幅《にけんはば》の|隧道《つゐだう》が|高《たか》く|穿《うが》たれて|居《ゐ》る。そこを|二三丁《にさんちやう》|許《ばか》り|雄大《ゆうだい》なる|岩窟《がんくつ》に|呆《あき》れつつ、|三人《さんにん》の|後《あと》に|従《したが》つて|行《ゆ》く。
|高子《たかこ》『ここが|妾《わらは》の|住居《すまゐ》で|御座《ござ》います。どうぞ|御遠慮《ごゑんりよ》なく|御上《おあが》り|下《くだ》さいませ』
|高姫《たかひめ》『ハイ|有難《ありがた》う。|何《なん》とマア|綺麗《きれい》な|青畳《あをだたみ》を|敷《し》きつめ、|立派《りつぱ》な|壁掛《かべかけ》がかかつて|居《を》りますなア。どうしてマア|此《この》|不便《ふべん》な|土地《とち》に、こんな|立派《りつぱ》な|行届《ゆきとど》いたことが|出来《でき》たでせう。|熱心《ねつしん》と|云《い》ふものは|怖《こは》いものですね。こんな|固《かた》い|岩《いは》を|穿《うが》つて、こんな|館《やかた》を|拵《こしら》へるには、|随分《ずゐぶん》|時日《じじつ》が|掛《かか》つたでせうな』
『ハイ、|私《わたくし》の|生《うま》れた|時《とき》から、|私《わたくし》の|父《ちち》がそろそろ|開掘《かいくつ》にかかりました。|丁度《ちやうど》|今年《ことし》で|五十六億万年《ごじふろくおくまんねん》になりますよ、ホヽヽヽヽ』
『|何《なん》と|仰有《おつしや》る。お|前《まへ》さまが|生《うま》れた|時《とき》に|掘《ほ》りかけた|此《この》|岩窟《がんくつ》、|五十六億万年《ごじふろくおくまんねん》とは、チト|勘定《かんぢやう》が|合《あ》はぬぢやありませぬか。お|前《まへ》さまの|年《とし》はまだ|十七八才《じふしちはつさい》の|花《はな》の|蕾《つぼみ》ぢやないか』
『イエイエ、|私《わたし》はそんな|若《わか》い|女《をんな》では|御座《ござ》いませぬよ。|芝居《しばゐ》の|役者《やくしや》ぢやないが、どないにでも|女《をんな》と|云《い》ふものは|化《ば》けられますからなア。|顔《かほ》の|皺《しわ》に|白粉《おしろい》を|一杯《いつぱい》|埋《う》めて、|其《その》|上《うへ》に|鬢《びん》つけ|脂《あぶら》をコテコテと|蝋《らふ》のやうにぬり、|其《その》|上《うへ》に|又《また》|白粉《おしろい》を|白壁《しらかべ》のやうにぬつて|一寸《ちよつと》|紅《べに》をあしらひ、|白髪《しらが》には|黒《くろ》い|汁《しる》をぬつて、|此《この》|通《とほ》り|若《わか》く|見《み》せて|居《ゐ》るのですよ。ここは|陸《あげ》の|竜宮《りうぐう》で、|妾《わらは》は|乙姫《おとひめ》で|御座《ござ》います。そして|私《わたくし》の|夫《をつと》|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|奥《おく》に|高鼾《たかいびき》をかいて|休《やす》んで|居《を》ります。いつも|貴女《あなた》の|御肉体《おにくたい》を|借用《しやくよう》|致《いた》しますさうで|御座《ござ》いますが、|随分《ずゐぶん》|貴女《あなた》も|御困《おこま》りでせう。|私《わたくし》は|貴女《あなた》の|家来《けらい》の|黒姫《くろひめ》さまの|体内《たいない》をチヨイチヨイ|拝借《はいしやく》|致《いた》す|竜宮《りうぐう》の|乙姫《おとひめ》で|御座《ござ》います。|竜宮《りうぐう》の|乙姫《おとひめ》はいつ|見《み》ても|若《わか》い|顔《かほ》をして|居《ゐ》ると、|世界《せかい》の|人間《にんげん》が|思《おも》うて|居《を》りますが、|此《この》|通《とほ》り|化《ば》けて|居《ゐ》るのですからなア。お|前《まへ》さまも|大化物《おほばけもの》の|容器《いれもの》だから、|随分《ずゐぶん》おめかしやうによつては|若《わか》く|見《み》えますよ。ホヽヽヽヽ』
『|何《なん》と|合点《がてん》の|行《い》かぬ|事《こと》を|仰有《おつしや》るぢやありませぬか。チト|私《わたくし》は|合点《がてん》が|往《ゆ》きませぬがなア』
『そらさうでせう。|此処《ここ》は|五里夢中郷《ごりむちうきやう》といふ|暗黒《あんこく》|世界《せかい》の|中心地点《ちうしんちてん》、|高姫村《たかひめむら》の|黒姫御殿《くろひめごてん》と|名《な》が|付《つ》いて|居《ゐ》る|怪体《けたい》な|処《ところ》ですよ』
『|貴女《あなた》は|私《わたし》をこんな|所《とこ》へうまくだまし|込《こ》んで、|玉《たま》をやらうなぞと|云《い》つたのは、|何《なに》か|一《ひと》つの|企《たく》みがあるのでせう』
『ハイ、|勿論《もちろん》のこと、|大《おほ》いに|目的《もくてき》があつての|事《こと》で|御座《ござ》いますワ』
『|其《その》|目的《もくてき》とは|何《なん》ですか、|聞《き》かして|下《くだ》さい。|返答《へんたふ》|次第《しだい》に|依《よ》つては、|此《この》|高姫《たかひめ》にも|一《ひと》つ|了見《れうけん》がありますぞや。|化物《ばけもの》なんかに|化《ばか》されて、おめおめして|居《ゐ》るやうな|高姫《たかひめ》とは|違《ちが》ひますぞや!』
と|大声《おほごゑ》に|呶鳴《どな》り|立《た》てた。お|月《つき》、お|朝《あさ》の|両人《りやうにん》はおチョボ|口《ぐち》を|尖《とが》らし、
『ホヽヽヽヽ……』
と|笑《わら》ひ|嘲《あざけ》る。|高子姫《たかこひめ》の|姿《すがた》は|俄《にはか》に|白髪《はくはつ》と|変《へん》じ、|皺《しわ》だらけの|渋紙《しぶがみ》のやうな|面《つら》をヌツと|前《まへ》につき|出《だ》し、|尖《とが》つた|牙《きば》を|下唇《したくちびる》より|一寸《いつすん》|許《ばか》り、|下《した》まではみ|出《だ》し、
『イヒヽヽヽ、イツ|迄《まで》もイツ|迄《まで》も|執着心《しふちやくしん》の|取《と》れぬ|婆《ば》アさまだのー。
ウフヽヽヽ、ウロウロと|世界中《せかいぢう》をうろたへまはる|玉捜《たまさが》し、
エヘヽヽヽ、エヽ|加減《かげん》に|諦《あきら》めたらどうだ。|改心《かいしん》したかと|思《おも》へば、|玉《たま》の|声《こゑ》|聞《き》きや、すぐ|慢心《まんしん》する|困《こま》つた|高姫婆《たかひめば》アさま、
オホヽヽヽ、オソロしい|負惜《まけをし》みの|強《つよ》い、|疳《かん》のきいた|婆《ば》アさまだのー、
カヽヽヽヽ、カんで|食《く》てやらうか。イヤサ、|咬《か》んで|呑《の》んで|吐《は》き|出《だ》してやらねば、まだ|本当《ほんたう》の|改心《かいしん》は|致《いた》すまい。|何《なん》と|云《い》つても|常世姫《とこよひめ》の|身魂《みたま》の|継承《けいしよう》だから、しぶといのも|無理《むり》はないわいのう』
|高姫《たかひめ》『|如意宝珠《によいほつしゆ》の|玉《たま》を|見《み》せると|云《い》つたぢやありませぬか。そんな|婆顔《ばばがほ》をして【だま】さうと|思《おも》つたつて、【だま】されもおどろかされも|致《いた》しませぬよ。サアこれから|高姫《たかひめ》が|岩窟《いはや》|退治《たいぢ》の|幕開《まくびら》きだ。……オイ|常彦《つねひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》、|何《なに》をおぢおぢと|慄《ふる》うてゐるのか、|千騎一騎《せんきいつき》の|此《この》|場合《ばあひ》、チツト|気《き》を|付《つ》けなされ』
|常彦《つねひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|此《この》|草《くさ》つ|原《ぱら》で|貴女《あなた》|何《なに》を|一人《ひとり》、|喋《しやべ》くつて|居《ゐ》るのですか』
『お|前《まへ》も|余程《よほど》|好《よ》い|呆《はう》け|人足《にんそく》だなア。|此《この》|立派《りつぱ》な|岩窟《いはや》がお|前《まへ》の|目《め》にはつかぬのか』
ヨブ『|高姫《たかひめ》さま、|向《むか》ふの|森蔭《もりかげ》にモールバンドのやうな|怪獣《くわいじう》が|此方《こちら》を|向《む》いて|睨《にら》んで|居《ゐ》ますよ。チトしつかりして|下《くだ》さい』
『お|前《まへ》こそしつかりして|呉《く》れなくちや|困《こま》るぢやないか。そんなとぼけた|事《こと》、|千騎一騎《せんきいつき》の|場合《ばあひ》になつて、|云《い》うてるやうなことではどうなりませう。|何《なん》の|為《ため》にお|前《まへ》をはるばる|連《つ》れて|来《き》たのだい。こんな|時《とき》に|足手纏《あしてまと》ひにならうとは、|如何《いか》な|高姫《たかひめ》も|思《おも》はなかつた。……オイオイ|高子姫《たかこひめ》と|吐《ぬか》す|化物婆《ばけものばば》ア、|早《はや》く|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》を|出《だ》して|来《こ》ないか。|日《ひ》の|出神《でのかみ》を|偽《いつは》ると、|八万地獄《はちまんぢごく》へ|落《お》として、|水責火責《みづぜめひぜめ》の|成敗《せいばい》にあはしてやるぞよ。|三千世界《さんぜんせかい》の|救主《すくひぬし》を|何《なん》と|心得《こころえ》て|居《ゐ》るか!』
|高子《たかこ》『オホヽヽヽ、|玉《たま》が|見《み》たければ、|自転倒島《おのころじま》の|附近《ふきん》の|小島《こじま》を|捜《さが》しなさい。さうして|麻邇《まに》の|宝《たから》は|雄島《をしま》|雌島《めしま》にかくしてあるぞえ。|早《はや》く|鷹依姫《たかよりひめ》に|廻《めぐ》り|会《あ》ふて、|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|御用《ごよう》を|天晴《あつぱ》れ|勤《つと》め|上《あ》げ、スツパリ|改心《かいしん》|致《いた》して、|玉照彦《たまてるひこ》、|玉照姫《たまてるひめ》|様《さま》に|心《こころ》の|底《そこ》から|御仕《おつか》へ|致《いた》し、|我情我慢《がじやうがまん》を|出《だ》さぬ|様《やう》にしなさいよ』
『おいて|下《くだ》さい、お|前《まへ》さま|等《ら》に|意見《いけん》を|受《う》けずとも、チヤンと|此《この》|高姫《たかひめ》が|胸《むね》にあるのだ。|雄島《をしま》|雌島《めしま》に|隠《かく》してあるなんぞと、そんな|馬鹿《ばか》を|云《い》ふものでない。|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も|云《い》ひ|合《あ》はした|様《やう》に、|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》は、|雄島雌島《をしまめしま》に|隠《かく》してあると|異口同音《いくどうおん》に|言《い》ひくさる。そんな|古《ふる》い|文句《もんく》はモウ|聞《き》きあいた。サア|約束《やくそく》|通《どほ》り、|玉《たま》がなければ|許《ゆる》してやるから、|鷹依姫《たかよりひめ》に|面会《めんくわい》さしたがよからうぞ。それをゴテゴテ|言《い》ふならば、|此《この》|高姫《たかひめ》も|千騎一騎《せんきいつき》の|活動《くわつどう》だ』
|高子姫《たかこひめ》は|白髪《はくはつ》の|醜《みにく》き|婆《ば》アさまの|姿《すがた》になつた|儘《まま》、
『|高姫《たかひめ》さま、こちらへ|御座《ござ》らつしやれ。|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンスの|四人《よにん》の|御方《おかた》に|面会《めんくわい》させてあげませう』
と|先《さき》に|立《た》つて|岩窟《がんくつ》を|右《みぎ》に|廻《まは》り|左《ひだり》に|廻《まは》り、うす|暗《ぐら》い|奥《おく》の|方《はう》まで|連《つ》れて|行《ゆ》く。
|高子《たかこ》『サア|高姫《たかひめ》さま、ここに|四人《よにん》|共《とも》|居《を》られます。ゆつくり|御話《おはな》し|下《くだ》さいませ』
|見《み》ればガラスの|如《ごと》く|透《す》き|通《とほ》つた|隔《へだ》ての|中《なか》に、|鷹依姫《たかよりひめ》を|始《はじ》め|一同《いちどう》は|兎《うさぎ》と|鰐《わに》に|取巻《とりま》かれ、|嬉《うれ》しさうに|果物《くだもの》の|酒《さけ》を|飲《の》んだり、|唄《うた》つたり、|踊《をど》つたり、|愉快《ゆくわい》さうに|戯《たはむ》れて|居《ゐ》る。|高姫《たかひめ》は|之《これ》を|見《み》るより、|隔《へだ》てのガラスのあるとは|知《し》らず、
『コレ|鷹依姫《たかよりひめ》さま、|何《なん》の|事《こと》だい。|千騎一騎《せんきいつき》の|此《この》|場合《ばあひ》、お|前《まへ》さまは|気楽《きらく》さうに、こんな|魔神《まがみ》の|岩窟《いはや》に|這入《はい》つて、|兎《うさぎ》や|鰐《わに》を|相手《あひて》に|酒《さけ》を|飲《の》んで、|踊《をど》り|狂《くる》うて|居《を》るといふ|事《こと》がありますかいな。|私《わたし》はお|前《まへ》の|後《あと》を|尋《たづ》ねて、お|前《まへ》の|難儀《なんぎ》を|助《たす》けたいと|思《おも》つたから、|危険《きけん》を|冒《をか》してここまでやつて|来《き》たのだ。それ|程《ほど》|気楽《きらく》に|暮《くら》して|居《ゐ》るのなら、アタ|阿呆《あほ》らしい、ここまで|来《く》るのぢやなかつたに』
と|飛《と》び|込《こ》み、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》を|引摺《ひきず》り|出《だ》さうとする|刹那《せつな》、ガラスに|顔《かほ》を|打《う》ちつけ、
『アイタヽヽヽ、|此《この》|高姫《たかひめ》と|同《おな》じ|奴《やつ》が|向方《むかふ》に|一人《ひとり》|這入《はい》つてゐる、コラ|化物《ばけもの》!』
と|腕《かいな》を|振上《ふりあ》げると、|向《むか》ふも|腕《かいな》を|振《ふ》り|上《あ》げる。|此方《こちら》が|目《め》を|剥《む》けば、|向《むか》ふも|目《め》を|剥《む》く。|高姫《たかひめ》は|初《はじ》めて|鏡《かがみ》を|見《み》たのである。
『コレコレ|常彦《つねひこ》、ヨブさま、これ|御覧《ごらん》! |私《わたし》に|寸分《すんぶん》|違《ちが》はぬ|化物《ばけもの》が|居《ゐ》やがる。|一寸《ちよつと》も|油断《ゆだん》はなりませぬぞや。|蜃気楼《しんきろう》の|様《やう》に|私《わたし》の|姿《すがた》をソツクリ|其《その》|儘《まま》に|現《あら》はして|居《ゐ》やがる。|油断《ゆだん》のならぬ|化物《ばけもの》だぞ。|一寸《ちよつと》ここまでお|出《い》でなさい』
|二人《ふたり》は『ハイ』と|答《こた》へて、|高姫《たかひめ》の|側《そば》にすりよつた。|又《また》もや|常彦《つねひこ》、ヨブの|同《おな》じ|姿《すがた》が|立《た》つて|居《ゐ》る。|高姫《たかひめ》は|二人《ふたり》を|見比《みくら》べて|又《また》もや|頓狂《とんきやう》な|声《こゑ》を|出《だ》し、
『|又《また》しても|化《ば》けよつたなア。コレコレ|常彦《つねひこ》、ヨブさま、しつかりせぬか。お|前《まへ》|迄《まで》が|模型《もけい》をとられて|了《しま》つたぢやないか。|是《これ》からキツト|此《この》|化物《ばけもの》|奴《め》、|高姫《たかひめ》、|常彦《つねひこ》、ヨブと|姿《すがた》を|変《へん》じ、|其処等《そこら》あたりを、【だま】し|歩《あゆ》くに|間違《まちが》ひないから、|今《いま》の|間《うち》に|亡《ほろ》ぼしておかねばなりませぬぞや。サア|高姫《たかひめ》が|力《ちから》|一杯《いつぱい》、|此奴《こいつ》と|格闘《かくとう》してこらしめてやるから、お|前《まへ》はお|前《まへ》の|模型《もけい》と、|一《ひと》つ|力《ちから》|比《くら》べをしなさい。……コレコレ|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、お|前《まへ》は|化物《ばけもの》の|後《うしろ》に|居《ゐ》るのだから、|一《ひと》つ|加勢《かせい》をしてお|呉《く》れ。さうすりや、|私《わたし》の|姿《すがた》の|化州《ばけしう》を|前《まへ》と|後《うしろ》からはさみ|討《う》ちに、こんな|化物《ばけもの》は|一人《ひとり》と|一人《ひとり》は|到底《たうてい》|互角《ごかく》の|勢《いきほひ》で|勝負《しようぶ》がつくまい。|人《ひと》が|口《くち》を|動《うご》かせば|動《うご》かす|真似《まね》をさらす、|稀有《けう》とい|奴《やつ》、……コレコレ|常彦《つねひこ》、ヨブ、お|前《まへ》は|後《あと》まはしにして、|私《わたし》の|模型《もけい》から|叩《たた》きつけて|御呉《おく》れ』
|常彦《つねひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》は、
『ハイ|承知《しようち》|致《いた》しました』
と|鏡《かがみ》に|映《うつ》つた|高姫《たかひめ》の|頭《あたま》を|目《め》がけて、|力一杯《ちからいつぱい》になぐりつけた。|高姫《たかひめ》はビツクリ|仰天《ぎやうてん》、
『アイタヽヽヽ、コレ|両人《りやうにん》|何《なに》をする、|私《わたし》ぢやない、|向方《むかふ》の|化州《ばけしう》ぢやがな』
|二人《ふたり》は|鏡《かがみ》の|顔《かほ》を|目当《めあて》に|力一杯《ちからいつぱい》なぐりつける。
『|又《また》しても|私《わたし》をなぐるのんかいな。ソレ|向方《むかふ》の|奴《やつ》ぢや』
|常彦《つねひこ》『|向方《むかふ》の|奴《やつ》を|擲《なぐ》つて|居《ゐ》るぢやありませぬか。あれを|御覧《ごらん》なさいよ。|化州《ばけしう》をなぐると|思《おも》へばお|前《まへ》が|知《し》らぬ|間《ま》になぐられたのだ』
『エヽ|鈍《どん》な|男《をとこ》だなア。それだから、まさかの|時《とき》に|間《ま》に|合《あ》はぬと、|何時《いつ》も|云《い》ふのだ。……|痛《いた》いがなア、モウおいておくれ』
|常彦《つねひこ》『そんなら|措《お》きませうか』
ヨブ『|何《どれ》だかチツとも|合点《がてん》が|往《ゆ》かぬぢやないか。エヽ|仕方《しかた》がない、|何《なん》と|云《い》つても、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|奴《やつ》、|酒《さけ》に|魂《たましひ》を|取《と》られやがつて、|兎《うさぎ》や|鰐《わに》を|相手《あひて》に|遊《あそ》んで|居《ゐ》やがる。モウかうなる|上《うへ》は|第一《だいいち》の|魔性《ましやう》の|女《をんな》を|成敗《せいばい》|致《いた》せ』
『さうぢや さうぢや』
と|両人《りやうにん》は|高子姫《たかこひめ》の|後《あと》を|追《お》つかけて|行《ゆ》く。|高姫《たかひめ》はブツブツ|呟《つぶや》き|乍《なが》ら、|自分《じぶん》と|同《おな》じ|姿《すがた》に|向《むか》つて|睨《ね》めつけ|乍《なが》ら、サツサと|岩窟《いはや》の|入口《いりぐち》|指《さ》して|走《は》せ|帰《かへ》る。|外《そと》に|仁王《にわう》の|如《ごと》く|立《た》つて|居《ゐ》る|春彦《はるひこ》は|大口《おほぐち》あけて、
『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』
と|哄笑《こうせう》してゐる。|高姫《たかひめ》は|之《これ》を|眺《なが》めて、
『コレコレ|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》は|余程《よつぽど》|馬鹿《ばか》ぢやなア。|何《なに》を|気楽《きらく》さうに|笑《わら》うてゐるのだい。|常彦《つねひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》は、|行方《ゆくへ》が|分《わか》らなくなつて|了《しま》つたよ。お|前《まへ》もチツトしつかりせないと、どんな|事《こと》が|此《この》|悪魔《あくま》の|岩窟《いはや》には|起《おこ》るか|知《し》れぬ。エーエ|腑甲斐《ふがひ》なや、|足《あし》が|立《た》たないのかや』
|春彦《はるひこ》『アハヽヽヽ、|高姫《たかひめ》さま、|最前《さいぜん》から|随分《ずゐぶん》|泥水《どろうみ》の|葦原《あしはら》で|能《よ》く|踊《をど》りましたな。|二人《ふたり》はあこに|転《ころ》げて|居《ゐ》るぢやありませぬか』
|斯《か》かる|所《ところ》へ|以前《いぜん》の|三人《さんにん》の|女《をんな》、|美《うつく》しき|姿《すがた》となつて|現《あら》はれ|来《きた》り、
『|高姫《たかひめ》さま、|誠《まこと》に|済《す》みませなんだねえ』
|高姫《たかひめ》『エヽ|化物《ばけもの》|奴《め》、|思《おも》ひ|知《し》れ!』
と|拳《こぶし》を|固《かた》めて、|三人《さんにん》|目《め》がけて、|打《う》たむとする|其《その》|刹那《せつな》、パツと|三人《さんにん》は|煙《けむり》となつて|消《き》えて|了《しま》つた。|白狐《びやくこ》の|姿《すがた》|目《め》の|前《まへ》に|三《みつ》つ、のそりのそりと|這《は》ひ|出《だ》し、あなたの|森林《しんりん》|目《め》がけて|一目散《いちもくさん》に|逃《に》げ|去《さ》り「コンコンカイカイ」と|鳴《な》き|立《た》てて|居《ゐ》る。|高姫《たかひめ》は|始《はじ》めて|気《き》がつき、あたりを|見《み》れば、シクシク|原《ばら》に|泥《どろ》まぶれとなつて、|立《た》つて|居《ゐ》る|事《こと》が|分《わか》つて|来《き》た。|是《これ》より|高姫《たかひめ》は|翻然《ほんぜん》として|悟《さと》り、|玉《たま》の|執着心《しふちやくしん》を|悉《ことごと》く|心《こころ》の|底《そこ》より|払拭《ふつしき》し|去《さ》り、|遂《つひ》に|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|邪神《じやしん》を|言向《ことむ》け|和《やは》し、|目出度《めでた》く|自転倒島《おのころじま》をさして|帰国《きこく》の|途《と》に|就《つ》けり。
(大正一一・八・二二 旧六・三〇 松村真澄録)
第一一章 |人《ひと》の|裘《かはごろも》〔九〇二〕
アマゾン|河《がは》の|南岸《なんがん》に|展開《てんかい》せる|大森林《だいしんりん》は、|猛獣《まうじう》|毒蛇《どくじや》の|公然《こうぜん》として|暴威《ばうゐ》を|逞《たくま》しうするのみなれば、|却《かへつ》て|之《これ》が|征服《せいふく》には|余《あま》り|骨《ほね》を|折《を》らなくてもよかつた。|只《ただ》|表面的《へうめんてき》|神力《しんりき》を|発揮《はつき》さへすれば|獅子《しし》、|狼《おほかみ》|其《その》|他《た》の|猛獣《まうじう》をも|悦服《えつぷく》させ|得《え》たのである。
|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》は|兎《うさぎ》の|都《みやこ》の|王《わう》となり、|暫《しばら》く|此処《ここ》に|止《とどま》つてゐた。|然《しか》るに|屡々《しばしば》、|獅子《しし》、|熊《くま》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|大蛇《をろち》、|禿鷲《はげわし》、|豺《さい》|其《その》|他《た》の|獣《けだもの》、|群《むれ》をなして|兎《うさぎ》の|都《みやこ》を|包囲《はうゐ》|攻撃《こうげき》し、|大《おほき》いにそれが|防禦《ばうぎよ》に|艱《なや》みつつありし|処《ところ》に、|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|山頂《さんちやう》より|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|場合《ばあひ》は、|不思議《ふしぎ》の|霊光《れいくわう》、|猛獣《まうじう》の|頭《かしら》を|射照《いて》らし、|遂《つひ》に|流石《さすが》の|猛獣《まうじう》|大蛇《をろち》も|我《が》を|折《を》り、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|許《ところ》に|鷲《わし》の|使《つかひ》を|派遣《はけん》し|帰順《きじゆん》を|乞《こ》ひ、|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|南森林《みなみしんりん》は、|全《まつた》く|鷹依姫《たかよりひめ》|女王《ぢよわう》の|管掌《くわんしやう》する|所《ところ》となりぬ。
|之《これ》に|反《はん》し|北《きた》の|森林《しんりん》はすべての|獣類《じうるゐ》、|奸佞《かんねい》にして|妖怪変化《えうくわいへんげ》をなし、|容易《ようい》に|其《その》|行動《かうどう》、|端倪《たんげい》すべからざるものあり。そこへ|動《やや》もすれば|執着心《しふちやくしん》を|盛返《もりかへ》し、|心《こころ》|動《うご》き|易《やす》き|高姫《たかひめ》を|主《しゆ》として|一行《いつかう》|四人《よにん》、|鷹依姫《たかよりひめ》を|助《たす》けむと|出《い》で|来《きた》りたるが、|到底《たうてい》|北《きた》の|森林《しんりん》は、|一通《ひととほり》や|二通《ふたとほり》で|通過《つうくわ》する|事《こと》さへ|出来《でき》ない|事《こと》を|大江山《たいかうざん》の|鬼武彦《おにたけひこ》が|推知《すゐち》し、|茲《ここ》に|白狐《びやくこ》の|高倉《たかくら》、|月日《つきひ》、|旭《あさひ》の|眷族《けんぞく》を|遣《つか》はし、|先《ま》づ|第一《だいいち》に|高姫《たかひめ》の|執着心《しふちやくしん》を|根底《こんてい》より|除《のぞ》き、|我《が》を|折《を》らしめ、|完全《くわんぜん》|無欠《むけつ》なる|神《かみ》の|司《つかさ》として、|森林《しんりん》の|探険《たんけん》を|了《を》へしめむと|企画《きくわく》されたるが、|果《はた》して|高姫《たかひめ》は|玉《たま》と|聞《き》くや、|執着心《しふちやくしん》の|雲《くも》|忽《たちま》ち|心天《しんてん》を|蔽《おほ》ひ、|斯《かく》の|如《ごと》き|神《かみ》の|試《こころ》みに|遇《あ》ひたるぞ|浅《あさ》ましき。
|高姫《たかひめ》は|泥田圃《どろたんぼ》の|葦《あし》の|中《なか》にアフンとして、|夢《ゆめ》から|醒《さ》めたやうな|面《つら》をさらしてゐる。|常彦《つねひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》は、|鼈《すつぽん》に|尻《しり》をぬかれた|様《やう》な、ド|拍子《びやうし》の|抜《ぬ》けた|面《つら》をさげて、|高姫《たかひめ》の|体《からだ》を|不思議《ふしぎ》さうに、|頭《あたま》の|先《さき》から|足《あし》の|先《さき》まで、まんじりともせず|眺《なが》めながら|黙然《もくねん》として|立《た》つて|居《ゐ》る。|春彦《はるひこ》は|何時《いつ》の|間《ま》にやら、|身体《しんたい》|自由《じいう》になつて|居《ゐ》た。
|春彦《はるひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|私《わたし》の|云《い》つた|事《こと》は|如何《どう》でした。|違《ちが》ひましたかなア』
|高姫《たかひめ》『|違《ちが》はぬ|事《こと》もない、|違《ちが》ふと|云《い》つたら、マア|違《ちが》ふやうなものだ。チツトお|前《まへ》さま|改心《かいしん》なさらぬと、|私《わたくし》|迄《まで》がこんな|目《め》に|遇《あ》はなくちやなりませぬよ』
『アハヽヽヽ、|何《なん》とマア|徹底的《てつていてき》に|強《つよ》いこと、|世間《せけん》へ|顔出《かほだ》しがならぬ|様《やう》になりて|来《く》るぞよ、われ|程《ほど》の|者《もの》はなき|様《やう》に|申《まを》して、|慢心《まんしん》|致《いた》して|居《を》ると、|眉毛《まゆげ》をよまれ、|尻《しり》の|毛《け》が|一本《いつぽん》もない|所《ところ》|迄《まで》|抜《ぬ》かれて|了《しま》うて、アフンといたし、そこになりてから、|何程《なにほど》|神《かみ》を|頼《たの》みたとて、|聞済《ききずみ》はないぞよ……と|三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》にスツカリ|現《あら》はしてあるぢや|御座《ござ》いませぬか……スゴスゴと|姿《すがた》|隠《かく》して|逃《に》げていぬぞよと』
『コレコレ|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》そりや|誰《たれ》に|云《い》つてるのだえ。そんなこた、チヤンと|知《し》つてゐる|者《もの》|計《ばか》りだ。|高姫《たかひめ》はそんな|事《こと》は|百《ひやく》も|千《せん》も|承知《しようち》の|上《うへ》の|事《こと》だから、モウ|何《な》にも|云《い》うて|下《くだ》さるな。エヽこんな|男《をとこ》の|側《そば》に|居《を》つて、ひやかされて|居《ゐ》るよりも、どつかの|木《き》の|下《した》で|一《ひと》つ|沈思黙考《ちんしもくかう》と|出掛《でか》けようか』
と|云《い》ひながら、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|尻《しり》ひきまくり、|森林《しんりん》の|奥深《おくふか》く|駆入《かけい》る。
|常彦《つねひこ》は|高姫《たかひめ》の|姿《すがた》を|見失《みうしな》はじと、|是亦《これまた》|尻《しり》ひつからげ、|後《あと》を|慕《した》うて|従《つ》いて|行《ゆ》く。
|春彦《はるひこ》、ヨブの|二人《ふたり》は、|二人《ふたり》の|姿《すがた》を|見失《みうしな》ひ、
『|又《また》|何《いづ》れどつかで|会《あ》ふ|事《こと》があるだらう。|吾々《われわれ》は|鷹依姫《たかよりひめ》|一行《いつかう》を|早《はや》く|捜《さが》し|求《もと》めて|救《すく》ひ|出《だ》し、|自転倒島《おのころじま》へ|早《はや》く|帰《かへ》らねばならぬ』
と|春彦《はるひこ》は|先《さき》に|立《た》つて|高姫《たかひめ》が|走《はし》つて|行《い》つた|反対《はんたい》の|方向《はうかう》へワザとに|歩《ほ》を|進《すす》めた。|半時《はんとき》|許《ばか》り|森林《しんりん》の|中《なか》をかきわけて、|西北《せいほく》を|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》くと、そこに|真黒《まつくろ》けの|苔《こけ》の|生《は》えた、|目鼻口《めはなくち》の|輪廓《りんくわく》も|碌《ろく》に|分《わか》らぬ|様《やう》な|三尺《さんじやく》|許《ばか》りの|石地蔵《いしぢざう》が、|耳《みみ》が|欠《か》けたり、|手《て》が|欠《か》けたり、|頭《あたま》|半分《はんぶん》わられたりしたまま、|淋《さび》しげに|横一《よこいち》の|字《じ》に|立《た》つてゐる。
ヨブ『|春彦《はるひこ》さま、|一寸《ちよつと》|御覧《ごらん》、|此《この》|石地蔵《いしぢざう》を……|耳《みみ》の|欠《か》けたのや、|頭《あたま》の|欠《か》けたの、|手《て》の|欠《か》けたのや、|而《しか》も|三体《さんたい》、|能《よ》くも|不具《ふぐ》がこれ|丈《だけ》|揃《そろ》うたものですな。|一寸《ちよつと》|此《この》|辺《へん》で|一服《いつぷく》|致《いた》しませうか』
|春彦《はるひこ》『サアもう|一休《ひとやす》みしてもよい|時分《じぶん》だ。|併《しか》し|此《この》|石地蔵《いしぢざう》は|決《けつ》して|正真《しやうまつ》ぢやありますまいで。|気《き》をつけないと、|又《また》|高姫《たかひめ》さまの|二《に》の|舞《まひ》をやらされるか|知《し》れませぬワイ。|神《かみ》さまに|吾々《われわれ》は|始終《しじう》|気《き》を|引《ひ》かれて|修業《しうげふ》をさせられますからな』
『|春彦《はるひこ》さま、|私《わたし》はモウ|三五教《あななひけう》が|厭《いや》になりましたよ。|高姫《たかひめ》さまの|正直《しやうぢき》な|態度《たいど》に、|船中《せんちう》に|於《おい》て|感歎《かんたん》し、|本当《ほんたう》に|好《よ》い|教《をしへ》だと|思《おも》うて|入信《にふしん》し、|一切《いつさい》の|慾《よく》に|離《はな》れて|財産《ざいさん》|迄《まで》|人《ひと》に|呉《く》れてやり、ここ|迄《まで》|発起《ほつき》してワザワザついて|来《き》ましたが、どうも|高姫《たかひめ》さまの|執着心《しふちやくしん》の|深《ふか》い|事《こと》、あの|豹変振《へうへんぶ》り、ホトホト|愛想《あいさう》がつきて、|三五教《あななひけう》がサツパリ|厭《いや》になつて|了《しま》つたのですよ』
『あなたは|神様《かみさま》を|信《しん》ずるのですか、|高姫《たかひめ》さまを|信《しん》じてるのですか……|人《ひと》を|信《しん》じて|居《を》ると、|大変《たいへん》な|間違《まちが》ひが|起《おこ》りますよ。|肝腎要《かんじんかなめ》の|大神様《おほかみさま》の|御精神《ごせいしん》さへ|体得《たいとく》すれば、|高姫《たかひめ》さまが|悪《あく》であらうが、|取違《とりちが》ひをしようが、|別《べつ》に|信仰《しんかう》に|影響《えいきやう》する|筈《はず》はないぢやありませぬか』
『さう|聞《き》けばさうですなア。|併《しか》し|高姫《たかひめ》さまの|行《おこな》ひに|惚込《ほれこ》んで|入信《にふしん》した|私《わたし》ですから、|何《なん》だか|高姫《たかひめ》さまがあんな|事《こと》を|言《い》つたり、したりなさるのを|実地《じつち》|目撃《もくげき》しては、|坊主《ばうず》|憎《にく》けら|袈裟《けさ》|迄《まで》|憎《にく》いとか|云《い》つて、|神様《かみさま》|迄《まで》が|信用《しんよう》|出来《でき》なくなつて|来《き》ましたよ』
『そらそんなものです。|大抵《たいてい》の|人《ひと》が|百人《ひやくにん》が|九十九人《くじふくにん》|迄《まで》|導《みちび》いて|呉《く》れた|人《ひと》の|言行《げんかう》を|標準《へうじゆん》として|信仰《しんかう》に|入《い》るのですから、|盲《めくら》が|杖《つゑ》を|取《と》られたやうに|淋《さび》しみを|感《かん》ずるのは|当然《たうぜん》です。どうでせう、|是《これ》から|吾々《われわれ》|両人《りやうにん》が|高姫《たかひめ》さまに|層一層《そういつそう》|立派《りつぱ》な|神柱《かむばしら》になつて|貰《もら》ふやうに|努《つと》めようぢやありませぬか。|神様《かみさま》から|吾々《われわれ》に|対《たい》する|試験《しけん》|問題《もんだい》として|提供《ていきよう》されたのに|違《ちが》ひありませぬよ』
『|兎《と》も|角《かく》|入信《にふしん》|間《ま》もなき|私《わたし》ですから、|先輩《せんぱい》のあなたの|御意見《ごいけん》に|従《したが》ひませう。|私《わたし》もあなたには|感心《かんしん》しました。|高姫《たかひめ》さま|以上《いじやう》の|神通力《じんつうりき》をお|持《も》ちになり、|吾々《われわれ》|三人《さんにん》が|今《いま》の|今迄《いままで》|神様《かみさま》の|試《こころ》みに|会《あ》ひ、|泡《あわ》を|吹《ふ》いて|苦《くる》しむ|事《こと》を、|先《さき》へ|御存《ごぞん》じの|春彦《はるひこ》さま、|高姫《たかひめ》さま|以上《いじやう》ですワ』
『イエイエ、|決《けつ》して|高姫《たかひめ》さまの|側《そば》へも|寄《よ》れませぬ。|併《しか》しながら|如何《どう》したものか、|私《わたし》の|体《からだ》が|余程《よほど》|霊感《れいかん》|気分《きぶん》になり、あんな|事《こと》を|言《い》つたのです。つまり|神様《かみさま》から|言《い》はされたのです』
と|話《はな》して|居《ゐ》る。|後《うしろ》の|石地蔵《いしぢざう》はソロソロ|歩《ある》き|出《だ》し、|二人《ふたり》の|前《まへ》に|胡坐《あぐら》をかき|始《はじ》めた。ヨブはビツクリして、
『アヽ|春彦《はるひこ》さま、|大変《たいへん》ですよ。|石地蔵《いしぢざう》|奴《め》、そろそろ|動《うご》き|出《だ》して、|此処《ここ》に|胡坐《あぐら》をかいて|笑《わら》つてるぢやありませぬか』
『アハヽヽヽ|是《これ》ですかいな。コリヤ【オホカミ】|様《さま》ですよ。|獣《けだもの》としては|優良品《いうりやうひん》ですよ。|一《ひと》つの|奴《やつ》は【アークマ】|大明神《だいみやうじん》と|云《い》ふ|奴《やつ》、|一《ひと》つの|奴《やつ》は【シシトラ】|大明神《だいみやうじん》と|云《い》ふ|化神《ばけがみ》さまだから、|用心《ようじん》なさいませや』
『|何《なん》と|能《よ》う|化州《ばけしう》の|現《あら》はれる|所《とこ》ですなア』
『|元《もと》より|妖怪《えうくわい》の|巣窟《さうくつ》だから、いろいろの|御客《おきやく》さまが|現《あら》はれて、|面白《おもしろ》い|芸当《げいたう》を|見《み》せてくれますワイ……オイ|熊公《くまこう》、|獅子《しし》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、なんぢや|猪口才《ちよこざい》な、|石地蔵《いしぢざう》や|人間《にんげん》の|姿《すがた》に|化《ば》けやがつて、|四《よ》ツ|足《あし》は|四《よ》ツ|足《あし》らしうしたがよからうぞ。|勿体《もつたい》ない、|人間様《にんげんさま》の|姿《すがた》に|化《ば》けると|云《い》ふ|事《こと》があるかい、|僣越至極《せんゑつしごく》にも|程《ほど》があるワ』
|石地蔵《いしぢざう》『ホツホヽヽ、|俺達《おれたち》が|人間《にんげん》の|姿《すがた》や|仏《ほとけ》の|姿《すがた》をするのが、|夫程《それほど》|可笑《をか》しいのかい。|又《また》|夫程《それほど》|罪《つみ》になるのか。よう|考《かんが》へて|見《み》よ、|今《いま》の|人間《にんげん》に|四足《よつあし》の|容器《いれもの》になつて|居《を》らぬ|奴《やつ》が|一人《ひとり》でもあると|思《おも》ふか。|虎《とら》や|狼《おほかみ》、|獅子《しし》、|熊《くま》、|狐《きつね》、|狸《たぬき》、|鷲《わし》、|鳶《とび》、|大蛇《をろち》、|鬼《おに》は|云《い》ふも|更《さら》なり、|下級《かきふ》な|器《うつは》になると、|豆狸《まめだぬき》や|蛙《かはづ》までが|人間《にんげん》の|皮《かは》を|被《かぶ》つて、|白昼《はくちう》に|大都市《だいとし》のまん|中《なか》を|横行《わうかう》|濶歩《くわつぽ》して|居《ゐ》る|世《よ》の|中《なか》だよ。
これはしも|人《ひと》にやあるとよく|見《み》れば
あらぬ|獣《けもの》が|人《ひと》の|皮《かは》|着《き》る
と|云《い》ふ|様《やう》な|今日《こんにち》の|世界《せかい》だ。そんな|野暮《やぼ》な|分《わか》らぬ|事《こと》を|云《い》ふものでないよ。|今《いま》の|人間《にんげん》は|神様《かみさま》の|真似《まね》をしたり、|志士仁人《ししじんじん》、|聖人君子《せいじんくんし》、|学者《がくしや》、|宗教家《しうけうか》、|教育家《けういくか》などと、|洒落《しやれ》てゐやがるが、|大抵《たいてい》|皆《みな》|四足《よつあし》のサツクだ。どうだ、チツト|合点《がつてん》がいつたか』
『お|前《まへ》がさう|云《い》ふとチツト|考《かんが》へねばならぬやうな|気分《きぶん》がするワイ。|全《まつた》くの|悪口《わるくち》でもないやうだ。|併《しか》し、お|前《まへ》の|目《め》から|俺《おれ》の|肉体《にくたい》を|見《み》ると、|神《かみ》さまのサツクの|様《やう》に|見《み》えはせぬかな』
『|見《み》えるとも|見《み》えるとも、スツカリ|神様《かみさま》だ』
『|四足《よつあし》の|容器《いれもの》のやうにはないかなア』
『|四足《よつあし》|所《どころ》かモツトモツト○○だ。|神《かみ》は|神《かみ》ぢやが|渋紙《しぶがみ》の|様《やう》な|面《つら》をし、|心《こころ》の|中《なか》は|貧乏神《びんばふがみ》、|弱味《よわみ》につけ|込《こ》む|風邪《かぜ》の|神《かみ》、|疱瘡《はうさう》の|神《かみ》に|痳疹《はしか》の|神《かみ》、おまけに|顔《かほ》はシガミ|面《づら》、|人情《にんじやう》うすき|紙《かみ》の|如《ごと》き|破《やぶ》れ|神《がみ》……と|云《い》ふ|様《やう》な|神様《かみさま》のサツクだなア』
『そら、|余《あま》り|酷評《こくひやう》ぢやないか』
『どうでも|良《よ》いワ。お|前《まへ》の|心《こころ》と|協議《けふぎ》して|考《かんが》へたが|一番《いちばん》だ。お|前《まへ》は|高姫《たかひめ》を|見棄《みす》てる|精神《せいしん》だらうがな』
『イヤア|決《けつ》して|決《けつ》して|見《み》すてる|考《かんが》へぢやない。|一日《いちにち》も|早《はや》く|改心《かいしん》をして|貰《もら》つて、|立派《りつぱ》な|神司《かむつかさ》になつて|欲《ほ》しいのだから、それでワザとに|高姫《たかひめ》さまが|苦労《くらう》をする|様《やう》に、|二人《ふたり》こちらへ|別《わか》れて|来《き》たのだ。|此《この》|春彦《はるひこ》が|従《つ》いてゐると、|高姫《たかひめ》さまがツイ|慢心《まんしん》をして、|折角《せつかく》の|改心《かいしん》が|後戻《あともど》りをすると|約《つま》らないからなア』
『アツハヽヽヽ、|腰抜神《こしぬけがみ》の|分際《ぶんざい》として、|高姫《たかひめ》さまに|改心《かいしん》をして|貰《もら》ひたいなどとは、よう|言《い》へたものだ。お|前《まへ》の|心《こころ》の|曇《くも》りが、みんな|高姫《たかひめ》さまを|包《つつ》んで|了《しま》ふんだから、|折角《せつかく》|改心《かいしん》した|高姫《たかひめ》が、|最前《さいぜん》の|様《やう》な|試《こころ》みに|遇《あ》うたのだぞよ。|今《いま》|高姫《たかひめ》はモールバンドに|取囲《とりかこ》まれ、|大木《たいぼく》の|幹《みき》を|目《め》がけて、|常彦《つねひこ》と|共《とも》に|難《なん》を|避《さ》けてゐるが、|上《うへ》には|沢山《たくさん》な|〓々猿《ひひざる》が|居《を》つて、|高姫《たかひめ》に|襲撃《しふげき》して|来《く》る。|下《した》からはモールバンドが|目《め》を|怒《いか》らして、|只《ただ》|一打《ひとう》ちと|狙《ねら》つてゐる|最中《さいちう》だ。オイ|春彦《はるひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》、|是《これ》から|高姫《たかひめ》を|救《すく》ひに|行《ゆ》くと|云《い》ふ|真心《まごころ》はないのか』
『そりやない|事《こと》はないが、|此《この》|春彦《はるひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》が|往《い》つた|所《ところ》で、モールバンドのやうな、|強《つよ》い|奴《やつ》が|目《め》を|怒《いか》らして|待《ま》ち|構《かま》へとる|以上《いじやう》は、|吾々《われわれ》|二人《ふたり》が|救《すく》ひに|行《い》つた|所《ところ》で、|駄目《だめ》だ。|否《いや》|駄目《だめ》のみならず、|吾々《われわれ》の|命《いのち》|迄《まで》、あの|尻尾《しつぽ》で|一《ひと》つやられようものなら、|台《だい》なしになつて|了《しま》ふ。|人間《にんげん》の|体《からだ》は|神様《かみさま》の|大切《たいせつ》なる|御道具《おだうぐ》だから、さう|易々《やすやす》と|使《つか》ふ|訳《わけ》には|行《ゆ》きますまい。|何分《なにぶん》にも、お|前《まへ》の|云《い》ふ|通《とほ》り、|人情《にんじやう》うすき|紙《かみ》の|様《やう》な|神《かみ》や、|腰抜神《こしぬけがみ》の|容器《いれもの》だからなア』
『アツハヽヽヽ、|口《くち》|計《ばか》り|立派《りつぱ》な|事《こと》を|云《い》つて|居《を》つても、まさかの|時《とき》になつたら|尻込《しりご》みを|致《いた》す、|誠《まこと》のない|代物《しろもの》|計《ばか》りだなア。それでは|三五教《あななひけう》も|駄目《だめ》だよ』
『|喧《やかま》しう|云《い》ふな。|春彦《はるひこ》の|精神《せいしん》が|石地蔵《いしぢざう》のお|化《ば》けに|分《わか》つて|堪《たま》らうかい。|俺《おれ》は|高姫《たかひめ》さまの|様《やう》に|有言不実行《いうげんふじつかう》ではないのだ。|不言実行《ふげんじつかう》だ。どんな|事《こと》をやるか|見《み》て|居《を》つて|呉《く》れい。モールバンドであらうがエルバンドであらうが、|誠《まこと》と|云《い》ふ|一《ひと》つの|武器《ぶき》で|言向《ことむ》け|和《やは》し、|見《み》ン|事《ごと》|二人《ふたり》の|生命《いのち》を|助《たす》けて|見《み》ようぞ。サア、ヨブさま、|春彦《はるひこ》に|従《つ》いてお|出《い》でなさい』
とあわてて、|高姫《たかひめ》の|走《はし》つた|方《はう》へ|行《ゆ》かうとする。|石地蔵《いしぢざう》は、
『アツハヽヽヽ、たうとう|俺《おれ》の|言《げん》に|励《はげ》まされて、|直日《なほひ》の|霊《みたま》に|省《かへり》みよつたなア。|人《ひと》に|言《い》うて|貰《もら》うてからの|改心《かいしん》は|駄目《だめ》だよ。|心《こころ》の|底《そこ》から|発根《ほつこん》と|改心《かいしん》した|誠《まこと》でないと|役《やく》には|立《た》たぬぞよ。|今《いま》にアフンと|致《いた》して|腮《あご》が|外《はづ》れるやうな|事《こと》がない|様《やう》に|気《き》をつけたがよいぞよ。|石地蔵《いしぢざう》が|気《き》を|付《つ》けておくぞよ。|此《この》|方《はう》はアキグヒの|艮《うしとら》の|神《かみ》、それに、|良《よ》き|獣《けもの》の|使《つか》はし|女《め》を|沢山《たくさん》|抱《かか》へて|居《ゐ》る|狼《おほかみ》|又《また》アークマ|大明神《だいみやうじん》と|云《い》ふ|立派《りつぱ》な|御方《おかた》だ。ドレ、|是《これ》から|石地蔵《いしぢざう》に|化《ば》けて|居《を》つても|本当《ほんたう》の|活動《くわつどう》は|出来《でき》ない。うしろから、お|前《まへ》の|腕前《うでまへ》を、|実地見分《じつちけんぶん》と|出《で》かけよう。|口《くち》と|心《こころ》と|行《おこな》ひの|揃《そろ》ふやうな|誠《まこと》を|見《み》せて|貰《もら》はうかい』
『エヽ|喧《やかま》しい、|化州《ばけしう》、|俺《おれ》の|御手際《おてぎは》を|見《み》てから、|何《なん》なと|吐《ほざ》け。サア、ヨブさま|行《ゆ》かう』
と|尻《しり》ひつからげ、|以前《いぜん》の|谷川《たにがは》を|兎《うさぎ》の|如《ごと》くポイポイポイと|身軽《みがる》く|打渡《うちわた》り、|転《こ》けつ|輾《まろ》びつ、
『オーイオイ、|高姫《たかひめ》さまはどこぢやアどこぢやア、モールバンドのお|宿《やど》はどこぢや、|春彦《はるひこ》さまの|御見舞《おみまひ》だ、|俺《おれ》がこれ|程《ほど》ヨブのに、|何故《なぜ》|春彦《はるひこ》ともヨブさまとも|返答《へんたふ》をせぬのか。|高姫《たかひめ》、お|前《まへ》は|聾《つんぼ》になつたのか。オーイ、オイ』
と|声《こゑ》を|限《かぎ》りに|叫《さけ》び|乍《なが》ら、ドンドンドンと|地響《ぢひび》きさせつつ、|草原《くさはら》を|無性矢鱈《むしやうやたら》に|大木《たいぼく》の|茂《しげ》みを|指《さ》して|走《はし》り|行《ゆ》く。
(大正一一・八・二三 旧七・一 松村真澄録)
第一二章 |鰐《わに》の|橋《はし》〔九〇三〕
|春彦《はるひこ》はヨブと|共《とも》に|高姫《たかひめ》の|危難《きなん》を|救《すく》はむと、|大声《おほごゑ》に|叫《さけ》びながら|密林《みつりん》の|中《なか》に|駆《か》け|入《い》り、|呼《よ》べど|叫《さけ》べど、|森《もり》の|木霊《こだま》に|吾《わが》|声《こゑ》の|反響《はんきやう》するのみ、|何《なん》の|見当《けんたう》もつかず、|已《や》むを|得《え》ず|大声《おほごゑ》に|歌《うた》ひながら、|森林《しんりん》を|何処彼処《どこかしこ》となく|循《めぐ》り|始《はじ》めたり。
|春彦《はるひこ》『|吾等《われら》の|師匠《ししやう》と|頼《たの》みたる  |高姫《たかひめ》さまが|又《また》しても
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》  |其《その》|他《た》の|玉《たま》に|魂《たま》ぬかれ
アタ|恥《はづ》かしや|森林《しんりん》の  |此《この》|正中《まんなか》で|高倉《たかくら》や
|月日《つきひ》、|旭《あさひ》の|明神《みやうじん》に  |心《こころ》の|底《そこ》を|査《しら》べられ
|散々《さんざん》|脂《あぶら》を|搾《しぼ》られて  |体《からだ》は|泥《どろ》にまみれつつ
|尚《なほ》も|取《と》れない|負惜《まけをし》み  へらず|口《ぐち》のみ|言《い》ひながら
|吾等《われら》|二人《ふたり》を|振棄《ふりす》てて  |元来《もとき》し|路《みち》へ|引返《ひきかへ》し
|鷹依姫《たかよりひめ》の|在処《ありか》をば  |捜《さが》さむものと|出《い》でましぬ
|吾々《われわれ》|二人《ふたり》は|是非《ぜひ》もなく  |西北《せいほく》|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》けば
|道《みち》の|片方《かたへ》の|石地蔵《いしぢざう》  |耳《みみ》が|取《と》れたり|手《て》が|千切《ちぎ》れ
|頭《あたま》の|欠《か》けた|立《た》ちすくみ  |黒《くろ》い|顔《かほ》して|道《みち》の|辺《べ》に
|罷《まか》り|立《た》つたる|其《その》|前《まへ》に  |暫《しばら》く|息《いき》を|休《やす》めつつ
|高姫《たかひめ》さまの|噂《うはさ》のみ  |為《な》せる|折《をり》しも|石地蔵《いしぢざう》
ソロソロ|立《た》つて|吾《わが》|前《まへ》に  |胡坐《あぐら》をかいてすわり|込《こ》み
|不思議《ふしぎ》や|物《もの》をベラベラと  |喋《しやべ》り|出《だ》したる|可笑《をか》しさよ
|化《ば》けた|地蔵《ぢざう》の|言《い》ふことにや  |高姫《たかひめ》さまや|常彦《つねひこ》は
モールバンドに|取巻《とりま》かれ  |大木《おほき》の|枝《えだ》にかけ|登《のぼ》り
|避難《ひなん》してゐる|最中《さいちう》に  |〓々《ひひ》の|群《むれ》|奴《め》がやつて|来《き》て
|無性矢鱈《むしやうやたら》にせめかける  モールバンドは|木《き》の|下《した》に
|目《め》を|怒《いか》らして|控《ひか》へ|居《を》る  |進退《しんたい》|茲《ここ》に|谷《きは》まりて
|流石《さすが》|剛毅《がうき》の|高姫《たかひめ》も  |常彦《つねひこ》|諸共《もろとも》|抱《いだ》き|合《あ》ひ
アヽアヽどうせう|斯《か》うせうと  |吐息《といき》もらして|居《ゐ》るだらう
|春彦《はるひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》は  こんな|話《はなし》を|耳《みみ》にして
|如何《どう》して|見捨《みす》てておかれうか  |仮令《たとへ》|大蛇《をろち》の|巣窟《さうくつ》も
モールバンドの|棲処《すみか》をも  |恐《おそ》れず|撓《たゆ》まず|進撃《しんげき》し
|救《すく》ひ|出《だ》さねばおかれない  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|皇大神《すめおほかみ》の|御光《みひかり》に  |高姫《たかひめ》さまの|在処《ありか》をば
てらして|吾《われ》に|見《み》せ|給《たま》へ  |高姫《たかひめ》さまも|是《これ》からは
|心《こころ》の|底《そこ》より|改良《かいりやう》し  |三五教《あななひけう》の|神柱《かむばしら》
|神《かみ》の|使《つかひ》と|申《まを》しても  |恥《はづ》かしからぬ|魂《たま》となり
キツト|手柄《てがら》を|為《な》さるだらう  |一時《いちじ》も|早《はや》く|胸《むね》の|戸《と》を
|開《ひら》いて|在処《ありか》を|明《あきら》かに  |春彦《はるひこ》、ヨブの|両人《りやうにん》に
|知《し》らさせ|給《たま》へ|天津神《あまつかみ》  |国津神《くにつかみ》|等《たち》|国魂《くにたま》の
|竜世《たつよ》の|姫《ひめ》の|御前《おんまへ》に  |心《こころ》|清《きよ》めて|祈《ね》ぎまつる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひながら、|大樹《たいじゆ》の|根元《ねもと》を|一々《いちいち》|巡視《じゆんし》し、|且《か》つ|空《そら》を|仰《あふ》ぎなどしつつ、|奥《おく》へ|奥《おく》へと|捜《さが》し|行《ゆ》く。
|春彦《はるひこ》、ヨブの|二人《ふたり》は|漸《やうや》くにして、|高姫《たかひめ》の|避難《ひなん》せる|大樹《たいじゆ》の|間近《まぢか》に|辿《たど》りつけば、|石地蔵《いしぢざう》のお|化《ば》けの|云《い》つた|通《とほ》り、|小山《こやま》のやうな|胴体《どうたい》をしたモールバンドが、|森《もり》の|樹立《こだち》のマバラなる|所《ところ》を|選《えら》み、|目《め》を|怒《いか》らして|高姫《たかひめ》を|睨《ね》めつけ、|何《なん》とかして|一打《ひとう》ちに|打《う》ちころさむと|息《いき》まいてる|其《その》|物凄《ものすご》さ。|春彦《はるひこ》は|真蒼《まつさを》になり、ソロソロ|慄《ふる》ひ|出《だ》し『|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』も|天《あま》の|数歌《かずうた》も|千切《ちぎ》れ|千切《ちぎ》れになり、|一向《いつかう》|美《うる》はしき|言霊《ことたま》を|発射《はつしや》することが|出来《でき》なくなつて|来《き》た。
モールバンドは|春彦《はるひこ》、ヨブの|間近《まぢか》に|来《きた》りしに|気付《きづ》きしものと|見《み》え、|小山《こやま》のやうな|胴体《どうたい》を|徐《おもむ》ろに|二人《ふたり》の|方《はう》に|向《む》け|直《なほ》し、|長大《ちやうだい》なる|尾《を》に|撚《よ》りをかけ、|今《いま》や|一打《ひとう》ちに|両人《りやうにん》を|打《う》たむとする|形勢《けいせい》を|示《しめ》して|居《ゐ》る。|二人《ふたり》は|命《いのち》カラガラ|傍《かたはら》の|大木《たいぼく》|目蒐《めが》けて|漸《やうや》く|登《のぼ》りつめ、|後《あと》は|兎《と》も|角《かく》、|暫時《ざんじ》の|避難所《ひなんじよ》と|常磐樹《ときはぎ》の|頂上《ちやうじやう》にしがみついて、|誰《たれ》か|助《たす》けに|来《き》てくれる|者《もの》はなからうかと|期待《きたい》して|居《ゐ》る。|樹《き》の|上《うへ》にて|春彦《はるひこ》は|声《こゑ》を|慄《ふる》はせながら、
『コレコレ、ヨブさま、|大変《たいへん》な|事《こと》ぢや|御座《ござ》いませぬか。|私《わたし》も|獅子《しし》、|虎《とら》、|熊《くま》、|狼《おほかみ》、|大蛇《をろち》|位《くらゐ》は、さうも|恐《おそ》れないのだが、どれ|丈《だけ》|肝《きも》を|放《はう》り|出《だ》して|見《み》ても、あのモールバンド|丈《だけ》は|如何《どう》することも|出来《でき》ない。|腹《なか》の|底《そこ》から|自然《しぜん》に|戦《おのの》いて|来《き》て、|自分《じぶん》の|体《からだ》がどこにあるやら、|分《わか》らなくなつて|来《き》ました。お|前《まへ》さまは|如何《どう》ですかな?』
『|私《わたし》だとて|同《おな》じ|事《こと》ですよ。|併《しか》しながら、|何時迄《いつまで》もああしてモールバンドに|狙《ねら》はれて|居《を》らうものなら、|何時《いつ》ここを|下《くだ》つて|逃《に》げ|帰《かへ》ると|云《い》ふことも|出来《でき》ず、|困《こま》つたものですなア。|幸《さいはひ》に|此《この》|樹《き》に|固《かた》い|果物《くだもの》がなつて|居《を》りますが、これさへ|食《た》べて|居《を》れば、|仮令《たとへ》|十日《とをか》や|二十日《はつか》、|此《この》|樹《き》の|上《うへ》に|籠城《ろうじやう》したつて、|別《べつ》に|困《こま》りもしませぬが、|大風《おほかぜ》が|吹《ふ》いたり、|大雨《おほあめ》の|時《とき》には|実《じつ》に|困《こま》るぢやありませぬか。|此《この》|頃《ごろ》の|様《やう》に|毎日《まいにち》|日日《ひにち》|二三回《にさんくわい》づつ|大《おほ》きな|雨《あめ》が|降《ふ》つて|来《く》ると、|第一《だいいち》|身体《からだ》が|持《も》てませぬワイ。モウ|斯《か》うなる|上《うへ》からは|神様《かみさま》におすがりして、|運《うん》を|天《てん》に|任《まか》すより|方法《はうはふ》はないから、|一《ひと》つ|此処《ここ》で|一生懸命《いつしやうけんめい》に、モールバンドが|退却《たいきやく》する|様《やう》に|御祈念《ごきねん》を|致《いた》しませうかい』
『ソリヤ|結構《けつこう》です……|併《しか》し、|何《なん》だか、|腹《はら》の|底《そこ》がワナワナして……|声《こゑ》が|円満《ゑんまん》に|出《で》て|来《き》ませぬ……』
と|千切《ちぎ》れ|千切《ちぎ》れに|話《はな》して|居《ゐ》る。|斯《か》かる|所《ところ》へ、|又《また》もや|宣伝歌《せんでんか》が|聞《きこ》え|来《きた》る。
『|国依別《くによりわけ》の|神司《かむづかさ》  |御供《みとも》をなしてはるばると
ヒルの|国原《くにはら》|立出《たちい》でて  ブラジル|峠《たうげ》を|打《う》ちわたり
|果《は》てしも|知《し》れぬ|谷道《たにみち》を  |辿《たど》り|辿《たど》りてシーズンの
|川《かは》の|片方《かたへ》に|来《き》て|見《み》れば  |恋《こひ》の|虜《とりこ》となりはてし
|秋山別《あきやまわけ》やモリスの|司《つかさ》  |二人《ふたり》の|男《をとこ》が|激流《げきりう》に
|浮《う》きつ|沈《しづ》みつ|流《なが》れ|来《く》る  コリヤ|大変《たいへん》と|吾々《われわれ》は
|国依別《くによりわけ》の|命《めい》を|受《う》け  |衣類《いるゐ》をすぐに|脱《ぬ》ぎすてて
ザンブと|計《ばか》り|飛込《とびこ》めば  |流石《さすが》に|名《な》に|負《お》ふシーズンの
|速瀬《はやせ》の|波《なみ》に|漂《ただよ》ひて  |溺《おぼ》れ|死《し》せむとせし|所《ところ》
|思《おも》はぬ|河中《かちう》の|岩石《がんせき》に  |二人《ふたり》の|身体《からだ》は|引《ひ》つかかり
ヤツと|息《いき》をば|休《やす》めつつ  |岩《いは》の|真下《ました》を|眺《なが》むれば
|秋山別《あきやまわけ》やモリスの|司《つかさ》  |二人《ふたり》の|身体《からだ》は|渦巻《うづまき》に
|巻《ま》かれて|浮《う》きつ|沈《しづ》みつつ  |人事不省《じんじふせい》の|有様《ありさま》に
|又《また》もや|身《み》をば|跳《をど》らして  |安彦《やすひこ》、|宗彦《むねひこ》|両人《りやうにん》は
|二人《ふたり》の|身体《からだ》をひつ|抱《かか》へ  |弱《よわ》き|川瀬《かはせ》を|選《えら》みつつ
|彼方《かなた》の|岸《きし》に|救《すく》ひ|上《あ》げ  |介抱《かいほう》すればやうやうに
|息吹返《いきふきかへ》し|両人《りやうにん》は  |恋《こひ》の|虜《とりこ》の|夢《ゆめ》もさめ
|国依別《くによりわけ》に|従《したが》ひて  アマゾン|河《がは》の|森林《しんりん》に
|潜《ひそ》みて|世間《せけん》に|災《わざはひ》の  |霊《みたま》を|送《おく》る|曲津見《まがつみ》を
|言向《ことむ》け|和《やは》し|世《よ》の|中《なか》の  なやみを|払《はら》ひ|清《きよ》めむと
|茲《ここ》に|五人《ごにん》の|一行《いつかう》は  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|頂上《ちやうじやう》を
|目当《めあて》に|進《すす》み|登《のぼ》り|行《ゆ》く  |遠《とほ》く|彼方《かなた》を|見《み》わたせば
アマゾン|河《がは》の|急流《きふりう》は  |天津日影《あまつひかげ》にてらされて
|長蛇《ちやうだ》の|如《ごと》く|光《ひか》り|居《ゐ》る  |南《みなみ》と|北《きた》の|森林《しんりん》は
|緑紅《みどりくれなゐ》こき|交《ま》ぜて  |果《は》てしも|知《し》らず|茂《しげ》り|生《お》ふ
|此《この》|光景《くわうけい》を|眺《なが》めつつ  |言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
|国依別《くによりわけ》と|諸共《もろとも》に  |琉《りう》と|球《きう》との|神力《しんりき》を
|遠《とほ》く|此方《こなた》に|照《て》らしつつ  |吾等《われら》|一行《いつかう》が|言霊《ことたま》の
|戦《いくさ》の|勝《かち》を|守《まも》らむと  |幽玄微妙《いうげんびめう》の|神策《しんさく》を
|立《た》てさせ|給《たま》ふ|有難《ありがた》さ  |此《この》|森林《しんりん》は|名《な》にし|負《お》ふ
|妖怪窟《えうくわいくつ》と|聞《きこ》ゆれば  |八岐大蛇《やまたをろち》は|云《い》ふも|更《さら》
|虎《とら》|狼《おほかみ》に|獅子《しし》や|熊《くま》  |其《その》|外《ほか》|百《もも》の|怪物《くわいぶつ》が
いろいろ|雑多《ざつた》と|身《み》を|変《へん》じ  |吾等《われら》を|誑《たば》かる|事《こと》あらむ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|御霊《みたま》を|身《み》に|受《う》けて
|如何《いか》なる|曲《まが》も|恐《おそ》れなく  |誠一《まことひと》つの|神《かみ》の|道《みち》
|撓《たゆ》まず|屈《くつ》せず|進《すす》み|行《ゆ》く  モールバンドやエルバンド
|仮令《たとへ》|幾千《いくせん》|来《きた》るとも  |吾《わが》|言霊《ことたま》の|神力《しんりき》に
|言向《ことむ》け|和《やは》し|今《いま》よりは  アマゾン|河《がは》の|底《そこ》|深《ふか》く
|潜《ひそ》みて|百《もも》の|災《わざはひ》を  |思《おも》ひとまらせくれむぞと
|言依別《ことよりわけ》の|御言《みこと》もて  やうやう|此処《ここ》に|来《きた》りけり
|高姫《たかひめ》さまを|初《はじ》めとし  |常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》、|今《いま》いづこ
|果《は》てしも|知《し》らぬ|此《この》|森《もり》の  いづこに|彷徨《さまよ》ひ|給《たま》ふらむ
|神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて  |一日《ひとひ》も|早《はや》く|高姫《たかひめ》が
|在処《ありか》を|教《をし》へ|給《たま》へかし  |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも  モールバンドは|攻《せ》め|来《く》とも
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|熊《くま》の  |勢《いきほひ》いかに|猛《たけ》くとも
なにか|恐《おそ》れむ|敷島《しきしま》の  |大和心《やまとごころ》の|益良夫《ますらを》が
|神《かみ》の|光《ひか》りを|楯《たて》となし  |神《かみ》の|恵《めぐみ》を|矛《ほこ》として
|進《すす》みに|進《すす》む|森《もり》の|中《なか》  |実《げ》に|勇《いさ》ましき|次第《しだい》なり
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひつつ、|安彦《やすひこ》を|先頭《せんとう》に、|宗彦《むねひこ》、|秋山別《あきやまわけ》、モリスの|四人《よにん》は、|神《かみ》の|引合《ひきあは》せか、|期《き》せずして、|高姫《たかひめ》、|春彦《はるひこ》|等《ら》が|避難《ひなん》せる|樹蔭《こかげ》|近《ちか》く|進《すす》み|来《きた》れり。
|春彦《はるひこ》、|高姫《たかひめ》の|二組《ふたくみ》の|避難者《ひなんしや》は|樹上《じゆじやう》より|此《この》|宣伝歌《せんでんか》を|聞《き》き、|未《いま》だ|一度《いちど》も|聞《き》きしことなき|声《こゑ》なれども、|必《かなら》ず|途中《とちう》にて、|言依別《ことよりわけ》、|国依別《くによりわけ》の|教《をしへ》に|感《かん》じ|入信《にふしん》せし|者《もの》ならむ、あゝ|有難《ありがた》し|辱《かたじけ》なし、|神《かみ》の|救《すく》ひの|御手《みて》……と|忽《たちま》ち|元気《げんき》|恢復《くわいふく》し、|拍手《はくしゆ》し|終《をは》り、|樹上《じゆじやう》より|声《こゑ》|高《たか》らかに、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|始《はじ》めた。|春彦《はるひこ》の|祝詞《のりと》の|声《こゑ》に、はるか|離《はな》れた|樹《き》の|上《うへ》に|避難《ひなん》して|居《ゐ》た|高姫《たかひめ》、|常彦《つねひこ》は、|始《はじ》めて|春彦《はるひこ》の|所在《しよざい》を|知《し》り、|非常《ひじやう》に|心強《こころづよ》さを|感《かん》じ、ますます|元気《げんき》を|出《だ》して|天津祝詞《あまつのりと》を|力一杯《ちからいつぱい》、|天地《てんち》も|震撼《しんかん》せよと|許《ばか》りに|宣《の》り|上《あ》げた。
|安彦《やすひこ》、|宗彦《むねひこ》の|一行《いつかう》は|双方《さうはう》より|聞《きこ》え|来《きた》る|樹上《じゆじやう》の|祝詞《のりと》の|声《こゑ》に、|始《はじ》めて|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》のここに|居《ゐ》ることを|悟《さと》り、|歓喜《くわんき》|斜《ななめ》ならず、|尚《なほ》も|元気《げんき》を|出《だ》して|天津祝詞《あまつのりと》を|宣《の》り|始《はじ》めた。モールバンドは|少《すこ》しも|屈《くつ》せず、|目《め》を|怒《いか》らし、|尾《を》を|振《ふ》りしごき、|縦横無尽《じうわうむじん》に|四人《よにん》に|向《むか》つて|突進《とつしん》し|来《きた》る。|四人《よにん》は|忽《たちま》ち|傍《かたはら》の|大木《たいぼく》に|辛《から》うじて|避難《ひなん》し、|樹上《じゆじやう》より|祝詞《のりと》を|頻《しき》りに|奏上《そうじやう》し、|早《はや》く|此《この》|怪獣《くわいじう》の|遁走《とんさう》して、|吾等《われら》|一行《いつかう》を|救《すく》ひ|給《たま》へと|念《ねん》じつつありぬ。
|忽《たちま》ち|西北《せいほく》の|空《そら》をこがして|輝《かがや》き|来《きた》る|琉《りう》、|球《きう》の|大火光《だいくわくわう》、あたりは|忽《たちま》ち|火《ひ》の|如《ごと》く|赤《あか》くなりぬ。これ|言依別《ことよりわけ》、|国依別《くによりわけ》の|神司《かむづかさ》が、|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》より|救援《きうゑん》の|為《た》め|発射《はつしや》する|所《ところ》の|霊光《れいくわう》なりき。モールバンドは|驚《おどろ》いて、|尾《を》を|縮《ちぢ》め、|首《くび》をすくめ、コソコソと|森林《しんりん》を|駆《か》け|出《いだ》し、|数十里《すうじふり》の|林《はやし》を|潜《くぐ》つて、アマゾン|河《がは》に|逃《に》げ|去《さ》りにけり。
|安彦《やすひこ》|一行《いつかう》|四人《よにん》はヤツと|胸《むね》をなでおろし、|枝振《えだぶり》のよい|大木《たいぼく》を|下《くだ》り|来《きた》り、
|安彦《やすひこ》『|高姫《たかひめ》|様《さま》|々々々《たかひめさま》』
と|呼《よ》ばはりながら、|樹下《じゆか》を|巡《めぐ》り、|空《そら》を|仰《あふ》いで|高姫《たかひめ》の|居所《ゐどころ》を|捜《さが》して|居《ゐ》る。
|高姫《たかひめ》は|常彦《つねひこ》と|共《とも》にヤツと|安心《あんしん》し|乍《なが》ら|下《くだ》つて|来《き》た。|春彦《はるひこ》もヨブも|亦《また》|一《ひと》つの|大木《たいぼく》の|空《そら》より|此処《ここ》に|漸《やうや》く|下《くだ》り|来《きた》り、|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見合《みあは》せ、|嬉《うれ》し|泣《な》きに|抱《だ》き|合《あ》ひて|泣《な》く。
|是《これ》より|八人《はちにん》は|互《たがひ》に|手《て》を|取《と》り、|無事《ぶじ》を|祝《しゆく》し、|且《か》つ|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は|安彦《やすひこ》|一行《いつかう》に|向《むか》ひ|厚《あつ》く|感謝《かんしや》の|詞《ことば》を|述《の》べながら、アマゾン|河《がは》の|沿岸《えんがん》に|向《むか》つて|引返《ひきかへ》し、|南岸《なんがん》の|森林中《しんりんちう》に|鷹依姫《たかよりひめ》|一行《いつかう》が|猛獣《まうじう》の|王《わう》として|住《すま》ひ|居《ゐ》ることを、|安彦《やすひこ》を|以《もつ》て|国依別《くによりわけ》より|伝達《でんたつ》したれば、|取《と》る|物《もの》も|取《と》り|敢《あへ》ず、|河端《かはばた》に|向《むか》つて|進《すす》む。|一行《いつかう》が|一心《いつしん》をこめて|奏上《そうじやう》したる|天津祝詞《あまつのりと》の|声《こゑ》に、|北《きた》の|森林《しんりん》の|猛獣共《まうじうども》は|争《あらそ》つて|此処《ここ》に|集《あつ》まり|来《きた》り、|八人《はちにん》の|後《あと》に|従《したが》ひ、これ|亦《また》アマゾン|河《がは》の|岸《きし》|迄《まで》、|幾百千《いくひやくせん》とも|知《し》れず、|列《れつ》を|作《つく》つて|従《したが》ひ|来《きた》る。
これより|高姫《たかひめ》は、アマゾン|河《がは》の|急流《きふりう》を|眺《なが》め、|一生懸命《いつしやうけんめい》に、|南岸《なんがん》に|無事《ぶじ》|渡《わた》らせ|給《たま》へ……と|祈念《きねん》した。|忽《たちま》ち|川底《かはぞこ》より|八尋鰐《やひろわに》、|幾千万《いくせんまん》とも|限《かぎ》りなく|現《あら》はれ|重《かさ》なり|合《あ》うて、|忽《たちま》ち|鰐橋《わにばし》を|架《か》けたり。|高姫《たかひめ》は|大神《おほかみ》の|神徳《しんとく》と|鰐《わに》の|好意《かうい》を|一々《いちいち》|感謝《かんしや》し、|七人《しちにん》と|共《とも》に|南岸《なんがん》に|辛《から》うじて|渡《わた》ることを|得《え》たり。|此《この》|間《あひだ》|何里《なんり》とも|分《わか》らぬ|位《くらゐ》、|広《ひろ》き|河幅《かははば》なりけり。
|北《きた》の|森林《しんりん》に|棲《す》める|猛獣《まうじう》は|此処《ここ》まで|送《おく》り|来《きた》り、|此《この》|激流《げきりう》を|眺《なが》めて|稍《やや》|躊躇《ちゆうちよ》の|色《いろ》ありしが、|忽《たちま》ち|鰐橋《わにばし》の|架《かか》りたるに|力《ちから》を|得《え》、|一匹《いつぴき》も|残《のこ》らず、|南森林《みなみしんりん》に|打渡《うちわた》り、|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》を|送《おく》りて|兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|向《むか》ひ|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一一・八・二三 旧七・一 松村真澄録)
第一三章 |平等愛《びやうどうあい》〔九〇四〕
|高姫《たかひめ》|外《ほか》|七人《しちにん》は|鰐《わに》の|橋《はし》を|渡《わた》り、|南《みなみ》の|森林《しんりん》に|数多《あまた》の|兎《うさぎ》に|迎《むか》へられ、|漸《やうや》くにして、|青垣山《あをがきやま》を|繞《めぐ》らせる|森林《しんりん》の|都《みやこ》、|月《つき》の|大神《おほかみ》の|鎮祭《ちんさい》しある|霊場《れいぢやう》に|辿《たど》り|着《つ》いた。|鷹依姫《たかよりひめ》は|白髪《はくはつ》の|冠《かむり》を|頂《いただ》き、|凡《すべ》ての|猛獣《まうじう》を|子《こ》の|如《ごと》くなつけ、|普《あまね》く|獣《けもの》の|霊《れい》の|済度《さいど》に|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》してゐる。
|高姫《たかひめ》は|久《ひさ》し|振《ぶ》りに|鷹依姫《たかよりひめ》に|面会《めんくわい》し、|固《かた》く|手《て》を|握《と》りものをも|言《い》はず、|嬉《うれ》しさと|懐《なつか》しさに|涙《なみだ》を|両頬《りやうほほ》より|垂《た》らしてゐる。ここに|愈《いよいよ》|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|八人《はちにん》と、|鷹依姫《たかよりひめ》の|一行《いつかう》|四人《よにん》を|加《くは》へ|十二《じふに》の|身魂《みたま》は、|天地《てんち》に|向《むか》つて|七日七夜《なぬかななよ》の|間断《かんだん》なき|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、すべての|猛獣《まうじう》を|悉《ことごと》く|言向《ことむ》け|和《やは》し、|肉体《にくたい》を|離《はな》れたる|後《のち》は|必《かなら》ず|天国《てんごく》に|到《いた》り、|神人《しんじん》となつて|再《ふたた》び|此《この》|土《ど》に|生《うま》れ|来《きた》り、|神業《しんげふ》に|参加《さんか》すべき|約束《やくそく》を|与《あた》へ、|所在《あらゆる》|猛獣《まうじう》をして|歓喜《くわんき》の|涙《なみだ》に|酔《よ》はしめたり。
|如何《いか》に|猛悪《もうあく》なる|獅子《しし》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|熊《くま》、|大蛇《をろち》、|豺《さい》、|豹《へう》と|雖《いへど》も、|口腹《こうふく》|充《み》つる|時《とき》は、|決《けつ》して|他《た》の|獣類《じうるゐ》を|犯《をか》す|如《ごと》き|暴虐《ばうぎやく》はなさないものである。|只《ただ》|飢《うゑ》に|迫《せま》り、|其《その》|肉体《にくたい》の|保存上《ほぞんじやう》、|止《や》むを|得《え》ずして|他《た》の|動物《どうぶつ》の|生命《いのち》を|奪《と》り|食《くら》ふのみである。
|然《しか》るに|万物《ばんぶつ》の|霊長《れいちやう》たる|人間《にんげん》は、|倉廩《さうりん》|満《み》ちても|猶《なほ》|慾《よく》を|逞《たくま》しうし、|他人《たにん》を|倒《たふ》し、|只《ただ》|単《たん》に|自己《じこ》の|財嚢《ざいなう》を|肥《こや》し、|吾《わが》|子孫《しそん》の|為《ため》に|美田《びでん》を|買《か》ひ、|決《けつ》して|他《た》を|憐《あはれ》み|助《たす》くるの|意思《いし》なき|者《もの》、|大多数《だいたすう》を|占《し》めてゐる。|併《しか》し|乍《なが》ら、|神代《かみよ》は|社会上《しやくわいじやう》の|組織《そしき》、|最《もつと》も|簡単《かんたん》にして、|物々交換《ぶつぶつかうくわん》の|制度《せいど》|自然《しぜん》に|行《おこな》はれ、|金銭《きんせん》と|雖《いへど》も|珍《めづら》しき|貝殻《かひがら》、|或《あるひ》は|椰子《やし》の|実《み》の|種《たね》をいろいろの|器《うつは》になし、|之《これ》を|現今《げんこん》の|金《かね》に|代用《だいよう》し、|又《また》は|砂金《しやきん》などを|拾《ひろ》ひて|通貨《つうくわ》の|代用《だいよう》にしてゐたのである。さうして|一定《いつてい》の|価格《かかく》も|定《さだ》まつてゐなかつた。それ|故《ゆゑ》|神代《じんだい》の|人《ひと》は|最《もつと》も|寡慾《くわよく》にして、|如何《いか》に|悪人《あくにん》と|称《しよう》せらるる|者《もの》と|雖《いへど》も、|只々《ただただ》|情慾《じやうよく》の|為《ため》に|争《あらそ》ふ|位《くらゐ》のものであつた。|時《とき》には|大宜津姫神《おほげつひめのかみ》|現《あら》はれて、|衣食住《いしよくぢゆう》の|贅沢《ぜいたく》|始《はじ》まり、|貧富《ひんぷ》の|区別《くべつ》|漸《やうや》く|現《あら》はれたりと|雖《いへど》も、|現代《げんだい》の|如《ごと》き|大懸隔《だいけんかく》は|到底《たうてい》|起《おこ》らなかつたのである。
|大山祇《おほやまずみ》、|野槌《のづち》の|神《かみ》などの|土地山野《とちさんや》を|区劃《くくわく》して|占領《せんりやう》し、|私有物視《しいうぶつし》したる|者《もの》も|出《い》で|来《きた》りたれども、これ|亦《また》|現代《げんだい》の|如《ごと》くせせこましき|者《もの》にあらず、|実《じつ》に|安泰《あんたい》なものであつた。
|高姫《たかひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》は、|茲《ここ》に|猛獣《まうじう》に|対《たい》し、|神《かみ》に|許《ゆる》しを|受《う》けて、|律法《りつぽふ》を|定《さだ》め、|彼等《かれら》をして|固《かた》く|守《まも》らしめた。|其《その》|律法《りつぽふ》の|大要《たいえう》は、
一、|熊《くま》は|熊《くま》、|虎《とら》は|虎《とら》、|狼《おほかみ》は|狼《おほかみ》、|獅子《しし》は|獅子《しし》、|蛇《へび》は|蛇《へび》、|兎《うさぎ》は|兎《うさぎ》として|或《ある》|地点《ちてん》を|限《かぎ》り、|其処《そこ》に|部落《ぶらく》を|作《つく》り、|互《たがひ》に|他獣《たじう》の|住所《すみか》を|侵《をか》さざる|事《こと》
一、|各獣族《かくじうぞく》は|一切《いつさい》の|肉食《にくしよく》を|廃《はい》し、|木《こ》の|実《み》|又《また》は|草《くさ》の|葉《は》、|木《き》の|芽《め》などを|常食《じやうしよく》とし、|而《しか》も|身体《しんたい》|少《すこ》しも|痩衰《やせおとろ》へず、|性質《せいしつ》|温良《をんりやう》になり、|互《たがひ》に|呑噬《どんぜい》の|争《あらそ》ひをなさざる|事《こと》
一、|時々《ときどき》|各獣《かくじう》|団体《だんたい》より|代表者《だいへうしや》を|兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|派遣《はけん》し、|最善《さいぜん》の|生活上《せいくわつじやう》の|評議《へうぎ》をなす|事《こと》
一、|鰐《わに》をして、モールバンド、エルバンドの|襲来《しふらい》に|備《そな》へ、|且《か》つアマゾン|河《がは》の|往来《わうらい》の|用《よう》に|任《にん》ずる|事《こと》
一、|鰐《わに》を|獅子王《ししわう》の|次《つぎ》の|位《くらゐ》と|尊敬《そんけい》し、|年々《ねんねん》、|各獣《かくじう》、|月《つき》の|大神《おほかみ》の|社前《しやぜん》に|集《あつ》まりて、|懇談会《こんだんくわい》を|開《ひら》き|鰐《わに》を|主賓《しゆひん》となし、|年中《ねんちう》の|労苦《らうく》を|犒《ねぎら》ふ|事《こと》
一、|右《みぎ》の|律法《りつぽふ》に|違反《ゐはん》したるものは、|獅子王《ししわう》の|命《めい》により、|其《その》|肉体《にくたい》は|取《と》り|喰《くら》はれ、|其《その》|子孫《しそん》|永遠《えいゑん》に|獣類《じうるゐ》の|身体《からだ》を|受得《じゆとく》して、|地上《ちじやう》に|棲息《せいそく》するの|神罰《しんばつ》を|与《あた》へらるる|事《こと》
|等《とう》の|数ケ条《すうかでう》の|律法《りつぽふ》を|定《さだ》め、|獅子王《ししわう》を|始《はじ》め|各獣《かくじう》の|王《わう》をして、|之《これ》を|其《その》|種族《しゆぞく》|一般《いつぱん》に|布告《ふこく》せしめた。
これより|其《その》|律法《りつぽふ》を|遵守《じゆんしゆ》し、|月《つき》の|大神《おほかみ》の|宮《みや》に|詣《まう》でて|赤誠《せきせい》を|捧《ささ》げたるものは、|一定《いつてい》の|肉体《にくたい》の|期間《きかん》を|経《へ》て|帰幽《きいう》するや、|直《ただち》に|其《その》|霊《れい》は|天国《てんごく》に|上《のぼ》り、|再《ふたた》び|人間《にんげん》として|地上《ちじやう》に|生《うま》れ|来《きた》ることとなりぬ。
|又《また》|此《この》|律法《りつぽふ》に|違反《ゐはん》したる|各獣《かくじう》は、|其《その》|子孫《しそん》に|至《いた》る|迄《まで》、|依然《いぜん》として|祖先《そせん》の|形体《けいたい》を|保《たも》ち、|今《いま》に|尚《なほ》|人跡《じんせき》|稀《まれ》なる|深山幽谷《しんざんいうこく》|森林《しんりん》などに、|苦《くる》しき|生活《せいくわつ》を|続《つづ》けてゐるのである。あゝ|尊《たふと》き|哉《かな》、|月《つき》の|大神《おほかみ》の|御仁慈《ごじんじ》よ。
|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》は、あらゆる|神人《しんじん》を|始《はじ》め|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》に|至《いた》る|迄《まで》、|其《その》|霊《みたま》に|光《ひかり》を|与《あた》へ、|何時迄《いつまで》も|浅《あさ》ましき|獣《けだもの》の|体《たい》を|継続《けいぞく》せしむることなく、|救《すく》ひの|道《みち》を|作《つく》り|律法《りつぽふ》を|守《まも》らしめて、|其《その》|霊《れい》を|向上《こうじやう》せしめ|給《たま》へり。|故《ゆゑ》に|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》の|帰幽《きいう》せし|其《その》|肉体《にくたい》は、|決《けつ》して|地上《ちじやう》に|遺棄《ゐき》することなく、|直《ただち》に|屍化《しけ》の|方法《はうほふ》に|依《よ》つて|天《てん》に|其《その》|儘《まま》|昇《のぼ》り|得《う》るは、|人間《にんげん》を|措《を》いて|他《た》の|動物《どうぶつ》に|共通《きやうつう》の|特権《とくけん》である。|猛獣《まうじう》は|云《い》ふも|更《さら》なり。|烏《からす》、|鳶《とび》、|雀《すずめ》、|燕《つばめ》|其《その》|外《ほか》の|空中《くうちう》をかける|野鳥《やてう》は、|決《けつ》して|屍《かばね》を|地上《ちじやう》に|遺棄《ゐき》し、|人《ひと》の|目《め》に|触《ふ》るる|事《こと》のなきは、|皆《みな》|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|依《よ》りて、|或《ある》|期間《きかん》|種々《しゆじゆ》の|修業《しゆげふ》を|積《つ》み、|天上《てんじやう》に|昇《のぼ》り、|其《その》|霊《みたま》を|向上《こうじやう》せしむる|故《ゆゑ》なり。|只《ただ》|死《し》して|其《その》|体躯《たいく》を|残《のこ》す|場合《ばあひ》は、|人《ひと》に|鉄砲《てつぱう》にて|撃《う》たれ、|弓《ゆみ》にて|射殺《いころ》され、|或《あるひ》は|小鳥《ことり》の|大鳥《おほとり》に|掴《つか》み|殺《ころ》され、|地上《ちじやう》に|落《お》ちたる|変死的《へんしてき》|動物《どうぶつ》のみ。|其《その》|他《た》|自然《しぜん》の|天寿《てんじゆ》を|保《たも》ち|帰幽《きいう》せし|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》は|残《のこ》らず|神《かみ》の|恵《めぐみ》によりて、|屍化《しけ》の|方法《はうほふ》に|依《よ》り|天上《てんじやう》に|昇《のぼ》り|得《う》る|如《ごと》きは、|天地《てんち》の|神《かみ》の|無限《むげん》の|仁慈《じんじ》、|偏頗《へんぱ》なく|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》に|至《いた》る|迄《まで》、|依怙《えこ》なく|均霑《きんてん》し|給《たま》ふ|証拠《しようこ》なり。|只《ただ》|人間《にんげん》に|比《くら》べて、|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》としての|卑《いや》しき|肉体《にくたい》を|保《たも》ち、|此《この》|世《よ》にあるは、|人間《にんげん》に|進《すす》むの|行程《かうてい》であることを|思《おも》へば、|吾人《ごじん》は|如何《いか》なる|小《ちひ》さき|動物《どうぶつ》と|雖《いへど》も、|粗末《そまつ》に|取扱《とりあつか》ふ|事《こと》は|出来《でき》ない|事《こと》を|悟《さと》らねばならぬ。|其《その》|精神《せいしん》に|目覚《めざ》めねば、|真《しん》の|神国魂《みくにだま》となり、|神心《かみごころ》となることは|到底《たうてい》|出来《でき》ない。|又《また》|人間《にんげん》としての|資格《しかく》もない。
|斯《か》く|曰《い》はば|人《ひと》|或《あるひ》は|云《い》はむ、|魚《うを》を|捕《と》る|漁師《れふし》なければ|吾等《われら》|尊《たふと》き|生命《いのち》を|保《たも》つ|能《あた》はず、|獣《けだもの》を|捉《とら》ふる|猟夫《れうふ》なければ|日常《にちじやう》|生活《せいくわつ》の|必要品《ひつえうひん》に|不便《ふべん》を|感《かん》ず、|無益《むえき》の|殺生《せつしやう》はなさずと|雖《いへど》も、|有益《いうえき》の|殺生《せつしやう》は|又《また》|已《や》むを|得《え》ざるべし。|斯《か》かる|道《みち》を|真《ま》に|受《う》けて|遵守《じゆんしゆ》することとせば、|社会《しやくわい》の|不便《ふべん》|実《じつ》に|甚《はなはだ》しかるべしとの|反対論《はんたいろん》をなす|者《もの》がキツト|現《あら》はれるでありませう。|併《しか》し|各自《めいめい》にその|天職《てんしよく》が|備《そな》はり、|猫《ねこ》は|鼠《ねずみ》を|捕《と》り、|鼠《ねずみ》は|人類《じんるゐ》の|害《がい》をなす|恙《つつが》を|捕《と》り|喰《くら》ひ、|魚《うを》は|蚊《か》の|卵《たまご》|孑孑《ぼうふり》を|食《しよく》し、|蛙《かへる》は|稲虫《いなむし》を|捕《と》り、|山猟師《やまれふし》は|獅子《しし》、|熊《くま》を|捕《と》り、|川漁師《かはれふし》は|川魚《かはざかな》を|捕《と》り、|海漁師《うみれふし》は|海魚《うみざかな》を|捕《と》りて、|其《その》|職業《しよくげう》を|守《まも》るは|皆《みな》|宿世《すぐせ》の|因縁《いんねん》にして、|天《てん》より|特《とく》に|許《ゆる》されたるものである。|故《ゆゑ》に|山猟師《やまれふし》の|手《て》にかかる|禽獣《きんじう》はすでに|天則《てんそく》を|破《やぶ》り、|神《かみ》の|冥罰《めいばつ》を|受《う》くべき|時機《じき》の|来《きた》れるもののみ、|猟師《れふし》の|手《て》に|掛《かか》つて|斃《たふ》れる|事《こと》になつてゐるのである。|海《うみ》の|魚《さかな》も|川魚《かはざかな》も|皆《みな》|其《その》|通《とほ》りである。
|然《しか》るに|現代《げんだい》の|如《ごと》く、|遊猟《いうれふ》と|称《しよう》し、|職人《しよくにん》が|休暇《きうか》を|利用《りよう》して|魚《さかな》を|釣《つ》り、|官吏《くわんり》その|他《た》の|役人《やくにん》が|遊猟《いうれふ》の|鑑札《かんさつ》を|与《あた》へられて、|山野《さんや》に|猟《れふ》をなすが|如《ごと》きは、|実《じつ》に|天則《てんそく》|違反《ゐはん》の|大罪《たいざい》と|云《い》ふべきものである。|自分《じぶん》の|心《こころ》を|一時《いちじ》|慰《なぐさ》むる|為《ため》に、|貴重《きちよう》なる|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》の|生命《せいめい》を|断《た》つは、|鬼畜《きちく》にも|優《まさ》る|残酷《ざんこく》なる|魔心《ましん》と|云《い》はなければならぬ。|人《ひと》には|各《おのおの》|天《てん》より|定《さだ》まりたる|職業《しよくげう》がある。|之《これ》を|一意専心《いちいせんしん》に|努《つと》めて、|士農工商《しのうこうしやう》|共《とも》|神業《しんげふ》に|参加《さんか》するを|以《もつ》て、|人生《じんせい》の|本分《ほんぶん》とするものである。
ペストが|流行《りうかう》すると|云《い》つては、|毒薬《どくやく》を|盛《も》り|鼠《ねずみ》を|全滅《ぜんめつ》せむと|謀《はか》る|人間《にんげん》の|考《かんが》へも、|理論《りろん》のみは|立派《りつぱ》なれども|到底《たうてい》|之《これ》を|全滅《ぜんめつ》する|事《こと》は|出来《でき》ない。|又《また》|鼠《ねずみ》が|人家《じんか》になき|時《とき》は|人間《にんげん》の|寝息《ねいき》より|発生《はつせい》する|邪気《じやき》、|天井《てんじやう》に|凝結《ぎようけつ》して|小《ちひ》さき|恙虫《つつがむし》を|発生《はつせい》せしめ、|其《その》|虫《むし》の|為《ため》に|貴重《きちよう》の|生命《いのち》を|縮《ちぢ》むる|様《やう》になつて|了《しま》ふ。|神《かみ》は|此《この》|害《がい》を|除《のぞ》かしめ、|人《ひと》の|為《ため》に|必要《ひつえう》に|応《おう》じて|鼠《ねずみ》を|作《つく》り|給《たま》うたのである。|鼠《ねずみ》は|恙虫《つつがむし》を|最《もつと》も|好《この》むものである。|故《ゆゑ》に|其《その》|鳴声《なきごゑ》は|常《つね》に『チウチウ』と|云《い》ふ。チウの|霊返《たまがへ》しは『ツ』となる。|併《しか》し|乍《なが》ら|鼠《ねずみ》の|繁殖《はんしよく》|甚《はなはだ》しき|時《とき》は、|食《しよく》すべき|恙《つつが》|少《すくな》き|為《ため》、|止《や》むを|得《え》ず、|米櫃《こめびつ》を|齧《かぢ》り、いろいろと|害《がい》をなすに|至《いた》る。|故《ゆゑ》に|神《かみ》は|猫《ねこ》を|作《つく》りて、|鼠《ねずみ》の|繁殖《はんしよく》を|調節《てうせつ》し|給《たま》うたのである。|猫《ねこ》の|好《この》んで|食《しよく》するものは|鼠《ねずみ》である。|鼠《ねずみ》の|霊返《たまがへ》しは『ニ』となる。|猫《ねこ》の|鳴声《なきごゑ》は『ニヤン』と|鳴《な》く、『ヤ』は|退《やら》ふこと、『ン』は|畜生自然《ちくしやうしぜん》の|持前《もちまへ》として、|言語《げんご》の|末《すゑ》に|響《ひび》く|音声《おんせい》である。|故《ゆゑ》に『ニヤン』と|云《い》ふ|声《こゑ》を|聞《き》く|時《とき》は、|鼠《ねずみ》の『ニ』は|恐《おそ》れて|姿《すがた》を|隠《かく》すに|至《いた》るは|言霊学上《ことたまがくじやう》|動《うご》かすべからざる|真理《しんり》である。|人《ひと》|試《こころ》みに|引《ひ》く|息《いき》を|以《もつ》て、|鼠《ねずみ》の|荒《あ》れ|廻《まは》る|時《とき》、『ニヤン』と|一二声《いちにせい》|猫《ねこ》の|真似《まね》をなす|時《とき》、|荒《あ》れ|狂《くる》ひたる|鼠《ねずみ》は|一時《いちじ》に|静《しづ》まり|遠《とほ》く|逃《に》げ|去《さ》るべし。『ニヤ』の|霊返《たまがへ》しは『ナ』となる。|故《ゆゑ》に|猫《ねこ》の|中《なか》に|於《おい》て、|言霊《ことたま》の|清《きよ》きものは『ナン』と|鳴《な》くなり。
すべて|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》は|引《ひ》く|息《いき》を|以《もつ》て|音声《おんせい》を|発《はつ》し、|神国人《みくにびと》は|吹《ふ》く|息《いき》を|以《もつ》て|臍下丹田《せいかたんでん》より|嚠喨《りうりやう》たる|声音《せいおん》を|発《はつ》し、|又《また》|引《ひ》く|息《いき》、|吹《ふ》く|息《いき》の|中間的《ちうかんてき》|言語《げんご》を|発《はつ》する|人種《じんしゆ》もあることを|忘《わす》れてはならぬ。
|又《また》|鳥《とり》の|中《なか》にも、|吹《ふ》く|息《いき》、|引《ひ》く|息《いき》の|中間的《ちうかんてき》の|声音《せいおん》を|一二声《いちにせい》|発《はつ》するものが、たまにはあるものである。|馬《うま》は|陽性《やうせい》の|動物《どうぶつ》なれば、『ハヒフヘホ』と|声音《せいおん》を|発《はつ》し、|牛《うし》は|陰性《いんせい》の|動物《どうぶつ》なれば、『マミムメモ』の|声音《せいおん》を|発《はつ》す。|其《その》|他《た》|一切《いつさい》の|動物《どうぶつ》、|各《かく》|特有《とくいう》の|音声《おんせい》を|有《いう》し、|完全《くわんぜん》に|其《その》|意思《いし》を|表示《へうじ》することは|発端《ほつたん》に|述《の》べた|通《とほ》りである。
|馬《うま》は|陽性《やうせい》の|獣類《じうるゐ》なれば、|人《ひと》|其《その》|背《せな》に|跨《また》がり『ハイ』と|声《こゑ》をかくれば、|忽《たちま》ち|無意識《むいしき》に|前進《ぜんしん》す。『ハ』は|開《ひら》き|進《すす》むの|言霊《ことたま》であり『イ』は|左右《さいう》の|息《いき》である。|即《すなは》ち|左右《さいう》の|脚《あし》を|開《ひら》きて|進《すす》めと|云《い》ふ|命令詞《めいれいし》となる。|牛《うし》は|陰性《いんせい》の|獣類《じうるゐ》なれば、|人《ひと》あり、|後《うしろ》より『シイ』と|言《い》へば|前進《ぜんしん》す。『シ』は|水《みづ》にして|且《か》つ|俯《うつ》むき|流《なが》れ|動《うご》くの|意《い》である。『イ』は|前《まへ》に|述《の》べた|通《とほ》りである。|馬《うま》は|頭《あたま》をあげて、|陽《やう》の|息《いき》を|示《しめ》して|進《すす》み、|牛《うし》は|頭《あたま》を|下《さ》げて|陰《いん》の|水火《いき》を|示《しめ》して|進《すす》む。|陽性《やうせい》の|馬《うま》は『ドー』と|言《い》へば|止《と》まり、|陰性《いんせい》の|牛《うし》は『オウ』と|言《い》へば|止《と》まる。『ド』は|陽的不動《やうてきふどう》の|意味《いみ》であり、『オー』は|陰的不動《いんてきふどう》の|言霊《ことたま》の|意味《いみ》である。
|之《これ》を|以《もつ》て|之《これ》を|見《み》れば、|禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》|一切《いつさい》、|惟神的《かむながらてき》に|言霊《ことたま》によりて|動止進退《どうししんたい》することは|明白《めいはく》なる|事実《じじつ》である。|其《その》|他《た》の|禽獣《きんじう》|皆《みな》|然《しか》りである。
|或《ある》|古書《こしよ》にミカエル|立《た》ちて|叫《さけ》び|給《たま》へば、|山川草木《さんせんさうもく》、|天地《てんち》|一切《いつさい》これに|応《おう》ずとあるも、|言霊《ことたま》の|真意《しんい》|活用《くわつよう》を|悟《さと》りたる|真人《しんじん》の|末世《まつせ》に|現《あら》はれて、|天地《てんち》を|震撼《しんかん》し、|風雨雷霆《ふううらいてい》を|叱咤《しつた》し|又《また》は|駆使《くし》し、|山川草木《さんせんさうもく》を|鎮定《ちんてい》せしめ、|安息《あんそく》を|与《あた》ふる|言霊《ことたま》の|妙用《めうよう》を|示《しめ》されたものである。あゝ|偉大《ゐだい》なる|哉《かな》、|言霊《ことたま》の|妙用《めうよう》!
|是《これ》より|高姫《たかひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、|外《ほか》|九人《くにん》は|月《つき》の|大神《おほかみ》の|御前《みまへ》に|恭《うやうや》しく|拝礼《はいれい》を|了《をは》り、|兎《うさぎ》の|王《わう》をして|厚《あつ》く|仕《つか》へしめ、アマゾン|河《がは》の|畔《ほとり》に|出《い》でて、モールバンドを|始《はじ》めエルバンドの|一族《いちぞく》に|向《むか》ひ、|善言美詞《ぜんげんびし》の|言霊《ことたま》を|与《あた》へて、|彼等《かれら》を|悦服《えつぷく》せしめ、|遂《つひ》にモールバンド、エルバンドは|言霊《ことたま》の|妙用《めうよう》に|感《かん》じ、|雲《くも》を|起《おこ》し、|忽《たちま》ち|竜体《りうたい》となつて|天《てん》に|昇《のぼ》り、|風《かぜ》を|起《おこ》し、|雨《あめ》を|呼《よ》び、|地上《ちじやう》の|一切《いつさい》に|雨露《うろ》を|与《あた》へ、|清鮮《せいせん》の|風《かぜ》を|万遍《まんべん》なく|与《あた》へて、|神人万有《しんじんばんいう》を|安住《あんぢう》せしむる|神《かみ》の|使《つかひ》となりたり。
|併《しか》し|乍《なが》ら、まだ|悔《く》い|改《あらた》めざる|彼等《かれら》|怪獣《くわいじう》|及《および》|猛獣《まうじう》の|一部《いちぶ》は、|今尚《いまなほ》|浅《あさ》ましき|肉体《にくたい》を|子孫《しそん》に|伝《つた》へて、|或《あるひ》は|森林《しんりん》に|或《あるひ》は|幽谷《いうこく》に|潜《ひそ》み、|海底《かいてい》、|河底《かてい》に|潜伏《せんぷく》などして、|面白《おもしろ》からぬ|光陰《くわういん》を|送《おく》つてゐるものもあるのである。
|古《いにしへ》の|怪《あや》しき|獣《けもの》は、|今日《こんにち》に|比《くら》ぶれば、|其《その》|数《すう》に|於《おい》て|其《その》|種類《しゆるゐ》に|於《おい》て|最《もつと》も|夥《おびただ》しかつた。|併《しか》しながら|三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|仁慈《じんじ》と|言霊《ことたま》の|妙用《めうよう》によつて、|追々《おひおひ》に|浄化《じやうくわ》し、|人体《じんたい》となつて|生《うま》れ|来《きた》ることとなつた。|故《ゆゑ》に|霊《みたま》の|因縁《いんねん》|性来《しやうらい》|等《とう》に|於《おい》て、|今日《こんにち》と|雖《いへど》も、|高下勝劣《かうげしようれつ》の|差別《さべつ》を|来《き》たすこととなつたのである。|併《しか》しながら|何《いづ》れも|其《その》|根本《こんぽん》は|天御中主大神《あめのみなかぬしのおほかみ》、|高皇産霊神《たかみむすびのかみ》、|神皇産霊神《かむみむすびのかみ》の|造化三神《ざうくわさんしん》の|陰陽《いんやう》の|水火《いき》より|発生《はつせい》したるものなれば、|宇宙《うちう》|一切《いつさい》の|森羅万象《しんらばんしやう》は|皆《みな》|同根《どうこん》にして、|何《いづ》れも|兄弟《きやうだい》|同様《どうやう》である。
|同《おな》じ|人間《にんげん》の|形体《けいたい》を|備《そな》へ、|同《おな》じ|教育《けういく》をうけ、|同《おな》じ|国《くに》に|住《す》み、|同《おな》じ|食物《しよくもつ》を|食《しよく》しながら、|正邪《せいじや》|賢愚《けんぐ》の|区別《くべつ》あるは、|要《えう》するに|霊《みたま》の|因縁性来《いんねんしやうらい》のしからしむる|所以《ゆゑん》である。
|或《ある》|理窟屋《りくつや》の|中《なか》には、|総《すべ》ての|人間《にんげん》は|同《おな》じ|天帝《てんてい》の|分霊《ぶんれい》なれば、|霊《みたま》の|因縁性来《いんねんしやうらい》、|系統《けいとう》、|直系《ちよくけい》、|傍系《ばうけい》などの|区別《くべつ》ある|理由《りいう》なしと|論《ろん》ずる|人《ひと》がある。|斯《かく》の|如《ごと》き|論説《ろんせつ》は、|只《ただ》|一片《いつぺん》の|道理《だうり》に|堕《だ》して、|幽玄微妙《いうげんびめう》なる|霊魂《れいこん》の|経緯《けいゐ》を|知《し》らざる|人《ひと》である。|人《ひと》の|肉体《にくたい》に|長短肥瘠《ちやうたんひせき》、|美醜《びしう》ある|如《ごと》く、|霊魂《れいこん》も|亦《また》これに|倣《なら》ふは|自然《しぜん》の|道理《だうり》である。|要《えう》するに|人間《にんげん》の|肉体《にくたい》は|霊魂《れいこん》のサツクのやうなものであるから、|人間《にんげん》|各自《かくじ》の|形体《けいたい》は|霊魂《れいこん》そのものの|形体《けいたい》であることを|悟《さと》らねばならぬ。|霊魂《れいこん》|肉体《にくたい》を|離《はな》れ、|霊界《れいかい》に|遊《あそ》ぶ|時《とき》は、|其《その》|脱却《だつきやく》したる|肉体《にくたい》と|同様《どうやう》の|形体《けいたい》を|備《そな》へ|居《を》る|事《こと》は、|欧米《おうべい》|霊学者《れいがくしや》の|漸《やうや》く|認《みと》むる|所《ところ》である。
|物質文明《ぶつしつぶんめい》の|学《がく》は|泰西人《たいせいじん》に|先鞭《せんべん》をつけられ、|霊魂学《れいこんがく》の|本場《ほんば》たる|我国《わがくに》は|亦《また》|泰西人《たいせいじん》に|霊魂学《れいこんがく》|迄《まで》|先鞭《せんべん》をつけられつつあるは、|天地《てんち》|顛倒《てんたふ》、|主客《しゆかく》|相反《あひはん》する|惨状《さんじやう》と|云《い》はねばならぬ。|我々《われわれ》は|数十年来《すうじふねんらい》|霊魂学《れいこんがく》の|研究《けんきう》につき、|舌《した》をただらし、|声《こゑ》をからして|叫《さけ》んで|来《き》た。されど|邦人《ほうじん》は|如何《いか》に|深遠《しんゑん》なる|真理《しんり》と|雖《いへど》も、|泰西人《たいせいじん》の|口《くち》より|筆《ふで》より|出《い》でざれば、|之《これ》を|信《しん》ぜざるの|悪癖《あくへき》がある。|故《ゆゑ》に|如何《いか》なる|高論卓説《かうろんたくせつ》と|雖《いへど》も、|一旦《いつたん》|泰西《たいせい》|諸国《しよこく》に|輸出《ゆしゆつ》し、|再《ふたた》び|泰西人《たいせいじん》の|手《て》を|借《か》りて、|輸入《ゆにふ》し|来《きた》らざれば、|信《しん》ずること|能《あた》はざる|盲目《もうもく》|人種《じんしゆ》たることを、|我々《われわれ》は|大《おほい》に|歎《なげ》く|者《もの》である。|此《この》|物語《ものがたり》も|亦《また》|一度《いちど》|泰西《たいせい》|諸国《しよこく》の|哲人《てつじん》の|耳目《じもく》に|通《つう》じ、|再《ふたた》び|訳《やく》されて|輸入《ゆにふ》し|来《きた》る|迄《まで》は、|邦人《ほうじん》の|多数《たすう》は|之《これ》を|信《しん》じないだらうと|予想《よさう》し、|且《か》つ|深《ふか》く|歎《なげ》く|次第《しだい》であります。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・二三 旧七・一 松村真澄録)
第一四章 |山上《さんじやう》の|祝《いはひ》〔九〇五〕
|神代《かみよ》の|昔《むかし》|高天《たかま》にて  |五六七《みろく》の|神《かみ》と|現《あら》はれし
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|月神《げつしん》が  |大海原《おほうなばら》に|漂《ただよ》へる
|高砂島《たかさごじま》の|秘密郷《ひみつきやう》  ブラジル|国《こく》に|名《な》も|高《たか》き
アマゾン|河《がは》の|南北《なんぽく》に  |聳《そそ》り|立《た》ちたる|大森林《だいしんりん》
|広袤千里《くわうぼうせんり》の|中心《ちうしん》に  |貴《うづ》の|聖地《せいち》を|形造《かたづく》り
|月《つき》の|御霊《みたま》の|天降《あまくだ》り  これの|聖地《せいち》を|悉《ことごと》く
|兎《うさぎ》の|王《わう》に|与《あた》へられ  |千代《ちよ》の|棲処《すみか》と|定《さだ》めつつ
|月大神《つきおほかみ》を|朝夕《あさゆふ》に  |心《こころ》の|限《かぎ》り|伏《ふ》し|拝《をが》み
|斎《いつ》き|祀《まつ》れる|折柄《をりから》に  |常世会議《とこよくわいぎ》の|其《その》|砌《みぎり》
|武備撤回《ぶびてつくわい》の|制定《せいてい》に  |翼《つばさ》はがれし|猛獣《まうじう》は
|常世《とこよ》の|国《くに》を|後《あと》にして  ブラジル|国《こく》に|打渡《うちわた》り
|此《この》|森林《しんりん》に|襲《おそ》ひ|来《き》て  |心《こころ》|正《ただ》しき|兎《うさぎ》の|族《やから》を
|虐《しひた》げ|殺《ころ》して|餌《ゑば》となし  |日《ひ》に|日《ひ》に|募《つの》る|暴虐《ばうぎやく》に
|正《ただ》しき|兎《うさぎ》は|九分九厘《くぶくりん》  |彼等《かれら》が|毒牙《どくが》にかかりつつ
|種族《しゆぞく》も|絶《た》えむとする|時《とき》に  |綾《あや》の|聖地《せいち》を|後《あと》にして
|現《あら》はれ|来《きた》る|三五《あななひ》の  |神《かみ》の|司《つかさ》の|鷹依姫《たかよりひめ》や
|竜国別《たつくにわけ》の|一行《いつかう》が  |目無《めな》し|堅間《かたま》の|船《ふね》に|乗《の》り
|大激流《だいげきりう》の|氾濫《はんらん》し  |伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふアマゾン|河《がは》を
|溯《さかのぼ》りつつ|南岸《なんがん》に  |辿《たど》りてここに|一行《いつかう》は
|兎《うさぎ》の|王《わう》に|迎《むか》へられ  |月《つき》の|御神《みかみ》を|祀《まつ》りたる
|聖地《せいち》にやうやう|辿《たど》りつき  |虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》に|熊《くま》
|大蛇《をろち》|禿鷲《はげわし》|其《その》|外《ほか》の  |禽獣虫魚《きんじうちうぎよ》に|至《いた》る|迄《まで》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|言霊《ことたま》に  |言向《ことむ》け|和《やは》し|今《いま》は|早《はや》
|時雨《しぐれ》の|森《もり》は|天国《てんごく》の  |春《はる》を|楽《たのし》む|真最中《まつさいちう》
|鷹依姫《たかよりひめ》の|後《あと》を|追《お》ひ  はるばる|探《たづ》ね|来《きた》りたる
|三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》  |高姫《たかひめ》、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》が
|神《かみ》の|伊吹《いぶき》に|服従《まつろ》ひて  |茲《ここ》にいよいよ|十二人《じふににん》
アマゾン|河《がは》に|立出《たちい》でて  |天津御神《あまつみかみ》の|賜《たま》ひてし
|貴《うづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》りつれば  モールバンドやエルバンド
|其《その》|他《た》の|怪獣《くわいじう》|悉《ことごと》く  |神《かみ》の|恵《めぐみ》に|悦服《えつぷく》し
|霊《みたま》を|清《きよ》め|天上《てんじやう》に  |雲《くも》を|起《おこ》して|舞《ま》ひ|上《のぼ》り
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御使《みつかひ》と  なりて|風雨《ふうう》の|調節《てうせつ》に
|仕《つか》へ|奉《まつ》るぞ|尊《たふと》けれ  テーリスタンやカーリンス
|竜国別《たつくにわけ》を|始《はじ》めとし  |心《こころ》の|空《そら》も|安彦《やすひこ》や
|胸凪《むねな》ぎ|渡《わた》る|宗彦《むねひこ》が  |清《きよ》き|心《こころ》の|秋山別《あきやまわけ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》と|諸共《もろとも》に  |教《をしへ》を|固《かた》くまモリスの
|案内《あない》につれて|屏風山《びやうぶやま》  |果《は》てしも|知《し》らぬ|山脈《さんみやく》の
|空《そら》に|秀《ひい》でていと|高《たか》き  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|霊光《れいくわう》を
|杖《つゑ》や|力《ちから》と|頼《たの》みつつ  |神《かみ》の|恵《めぐみ》に|抱《いだ》かれて
|山河《やまかは》|渡《わた》り|谷《たに》を|越《こ》え  |嶮《けは》しき|坂《さか》をよぢ|登《のぼ》り
ここに|十二《じふに》の|生身魂《いくみたま》  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》にをさまりて
|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|神軍《しんぐん》に  |光《ひかり》を|与《あた》へ|助《たす》けたる
|言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》  |国依別《くによりわけ》の|神司《かむづかさ》
|二人《ふたり》が|前《まへ》に|辿《たど》りつき  |宏大無辺《くわうだいむへん》の|神恩《しんおん》を
|感謝《かんしや》しながらウヅの|国《くに》  |都《みやこ》を|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
|十二人《じふににん》の|一行《いつかう》はアマゾン|河《がは》の|魔神《まがみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》し、|各自《かくじ》に|霊魂《みたま》の|行末《ゆくすゑ》を|明《あきら》かに|諭《さと》し、|且《か》つ|救《すく》ひの|道《みち》を|開《ひら》き、|琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》に|照《て》らされ、|意気《いき》|揚々《やうやう》として|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひながら、|山川《さんせん》|渓谷《けいこく》を|跋渉《ばつせふ》し、やうやくにして、|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|止《とどま》り、|種々《しゆじゆ》の|神策《しんさく》を|行《おこな》ひ、|神軍《しんぐん》|応援《おうゑん》に|従事《じゆうじ》しゐたる|教主《けうしゆ》|言依別命《ことよりわけのみこと》、|国依別命《くによりわけのみこと》の|前《まへ》に|帰《かへ》り|来《きた》り|互《たがひ》に|其《その》|無事《ぶじ》を|祝《しゆく》し、|成功《せいこう》をほめ、|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》を|流《なが》しつつ|互《たがひ》に|打解《うちと》け、|喜《よろこ》び|勇《いさ》んで|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|頂上《ちやうじやう》に、|国魂神《くにたまがみ》の|神霊《しんれい》を|祀《まつ》り、|感謝《かんしや》の|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し、|凱旋《がいせん》の|祝《いはひ》を|兼《か》ね、あたりの|木《こ》の|実《み》を|採収《さいしう》し|来《きた》りて|各《おのおの》|其《その》|美味《びみ》をほめ、ここに|山上《さんじやう》の|大宴会《だいえんくわい》は|開《ひら》かれにける。
|然《しか》るに、|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|北《きた》の|森林《しんりん》に|向《むか》ひたる|正純彦《まさずみひこ》、カール、|石熊《いしくま》、|春公《はるこう》の|一隊《いつたい》は|何《なん》の|消息《せうそく》もなく、|一日《いちにち》|待《ま》てども|二日《ふつか》|待《ま》てども、|帰《かへ》り|来《きた》るべき|様子《やうす》さへなかりける。
ここに|言依別命《ことよりわけのみこと》が|国魂神《くにたまがみ》を|厚《あつ》く|念《ねん》じ、|一同《いちどう》|神楽《かぐら》を|奏《そう》し、|言霊歌《ことたまうた》をうたひて、|正純彦《まさずみひこ》|一行《いつかう》が、|無事《ぶじ》|此処《ここ》に|帰《かへ》り|来《きた》るべき|事《こと》を|十二《じふに》の|身魂《みたま》を|合《あは》せて、|熱心《ねつしん》に|祈願《きぐわん》をこめつつありぬ。
|一行《いつかう》|四人《よにん》は|大森林《だいしんりん》を|右《みぎ》に|左《ひだり》に|駆巡《かけめぐ》り、|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》の|在処《ありか》を|捜《さが》し|求《もと》むれども、|音《おと》に|聞《きこ》えし|数百里《すうひやくり》の|大森林《だいしんりん》、|容易《ようい》に|発見《はつけん》すべくもあらず、|殆《ほとん》ど|絶望《ぜつばう》の|淵《ふち》に|沈《しづ》み、|一行《いつかう》|四人《よにん》は|双手《もろて》を|組《く》んで、|以前《いぜん》|春彦《はるひこ》、ヨブが|暫《しば》し|休息《きうそく》したる|頭欠《あたまか》け|石地蔵《いしぢざう》の|傍《かたはら》に|惟神的《かむながらてき》に|引寄《ひきよ》せられ、|石地蔵《いしぢざう》より、|高姫《たかひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》|以下《いか》|十人《じふにん》、アマゾン|河《がは》の|魔神《まがみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》し、|今《いま》や|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|向《むか》つて|凱旋《がいせん》の|途中《とちう》なることを|詳細《しやうさい》に|解《と》き|諭《さと》され、|喜《よろこ》び|勇《いさ》んで、|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》さして、|三日《みつか》|遅《おく》れた|夕暮《ゆふぐれ》に|漸《やうや》く|山上《さんじやう》に|辿《たど》りつき、|言依別命《ことよりわけのみこと》|以下《いか》の|無事《ぶじ》を|祝《しゆく》し、ここに|一行《いつかう》|十八人《じふはちにん》となり、|賑々《にぎにぎ》しく|屏風ケ岳《びやうぶがだけ》の|山脈《さんみやく》を|降《くだ》りて|長《なが》き|原野《げんや》をわたり、ブラジル|峠《たうげ》を|乗越《のりこ》え、|暑熱《しよねつ》の|太陽《たいやう》に|全身《ぜんしん》をさらしながら、|漸《やうや》くにしてウヅの|都《みやこ》の|末子姫《すゑこひめ》が|館《やかた》に|凱旋《がいせん》する|事《こと》となりたり。
(大正一一・八・二三 旧七・一 松村真澄録)
第三篇 |瑞雲靉靆《ずゐうんあいたい》
第一五章 |万歳楽《ばんざいらく》〔九〇六〕
|五六七《みろく》の|神世《みよ》を|松代姫《まつよひめ》  |心《こころ》も|直《すぐ》なる|竹野姫《たけのひめ》
|一度《いちど》に|開《ひら》く|梅ケ香姫《うめがかひめ》の  |貴《うづ》の|命《みこと》の|御父《おんちち》と
|現《あら》はれまして|高砂《たかさご》の  ウヅの|都《みやこ》に|神館《かむやかた》
|開《ひら》きて|世人《よびと》を|導《みちび》きし  |桃上彦《ももがみひこ》の|神司《かむづかさ》
|五月《さつき》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に  |神《かみ》の|御言《みこと》を|蒙《かかぶ》りて
|黄泉《よもつ》の|島《しま》に|出陣《しゆつぢん》し  |親子《おやこ》|夫婦《ふうふ》が|抜群《ばつぐん》の
|功《いさを》を|立《た》てて|其《その》ほまれ  |四方《よも》に|輝《かがや》き|給《たま》ひたる
|正鹿山津見神《まさかやまづみかみ》の|主《ぬし》  |教《をしへ》の|司《つかさ》の|国彦《くにひこ》に
ウヅの|館《やかた》を|任《まか》せつつ  |遠《とほ》く|海原《うなばら》|打渡《うちわた》り
|今《いま》は|再度《ふたたび》ヱルサレム  |貴《うづ》の|聖地《せいち》にましまして
|三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》を  |完全《うまら》に|委曲《つばら》に|開《ひら》きましぬ
|心《こころ》も|清《きよ》き|国彦《くにひこ》の  |長子《ちやうし》と|生《あ》れし|松若彦《まつわかひこ》は
|父《ちち》の|言葉《ことば》を|畏《かしこ》みて  ウヅの|館《やかた》に|謹《つつし》みて
|皇大神《すめおほかみ》の|正道《まさみち》を  |四方《よも》に|伝《つた》ふる|折柄《をりから》に
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の  |貴《うづ》の|御子《おんこ》とあれませる
|八人乙女《やたりをとめ》の|末子姫《すゑこひめ》  |捨子《すてこ》の|姫《ひめ》を|伴《ともな》ひて
|潮《うしほ》の|八百路《やほぢ》を|打渡《うちわた》り  |光《ひか》り|輝《かがや》き|降《くだ》りまし
|神《かみ》の|教《をしへ》は|遠近《をちこち》に  |栄《さか》えて|四方《よも》の|国人《くにびと》は
|神《かみ》の|恵《めぐみ》と|末子姫《すゑこひめ》が  |尊《たふと》き|政治《せいぢ》に|悦服《えつぷく》し
|互《たがひ》に|歓《ゑら》ぎ|喜《よろこ》びつ  |松《まつ》の|神世《かみよ》を|立《た》てゐたる
|時《とき》しもあれや|三五《あななひ》の  |神《かみ》の|教《をしへ》の|大教主《だいけうしゆ》
|言依別《ことよりわけ》の|神司《かむづかさ》  |錦《にしき》の|宮《みや》を|立出《たちい》でて
|玉照彦《たまてるひこ》や|玉照姫《たまてるひめ》の  |貴《うづ》の|命《みこと》の|神勅《しんちよく》を
|守《まも》りてここに|出《い》でましぬ  |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》を|始《はじ》めとし
|松若彦《まつわかひこ》や|其《その》|外《ほか》の  |神《かみ》の|司《つかさ》は|喜《よろこ》びて
|言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》をば  |生《い》きたる|神《かみ》と|尊敬《そんけい》し
|教《をしへ》の|花《はな》は|四方八方《よもやも》に  |匂《にほ》ひ|栄《さか》ゆる|折柄《をりから》に
アマゾン|河《がは》の|森林《しんりん》に  |神《かみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》さむと
|立向《たちむか》ひたる|神司《かむつかさ》  |国依別《くによりわけ》を|始《はじ》めとし
|鷹依姫《たかよりひめ》や|高姫《たかひめ》が  |言霊戦《ことたません》を|助《たす》けむと
|正純彦《まさずみひこ》の|神司《かむつかさ》  カール、|石熊《いしくま》、|春公《はるこう》の
|四人《よにん》の|供《とも》を|引率《いんそつ》し  |夜《よ》を|日《ひ》についで|山河《やまかは》を
いくつか|渉《わた》り|屏風山《びやうぶやま》  |大山脈《だいさんみやく》の|中央《ちうあう》に
|雲《くも》を|圧《あつ》して|聳《そび》え|立《た》つ  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|立向《たちむか》ひ
|国依別《くによりわけ》に|面会《めんくわい》し  |琉《りう》と|球《きう》との|宝玉《ほうぎよく》の
|珍《うづ》の|霊光《れいくわう》|発射《はつしや》して  |時雨《しぐれ》の|森《もり》に|潜《ひそ》みたる
|猛獣《まうじう》|大蛇《をろち》は|云《い》ふも|更《さら》  モールバンドやエルバンド
|其《その》|外《ほか》|数多《あまた》の|曲神《まががみ》に  |向《むか》つて|戦《たたか》ふ|神軍《しんぐん》を
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》より|射照《いて》らして  |言向《ことむ》け|和《やは》し|大勝利《だいしようり》
|雲《くも》の|上《うへ》|迄《まで》|立《た》て|給《たま》ふ  |其《その》|言霊《ことたま》の|尊《たふと》さに
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|其《その》|外《ほか》の  |数多《あまた》の|司《つかさ》は|勇《いさ》み|立《た》ち
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》を|指《ゆびさ》して  ここに|漸《やうや》く|寄《よ》り|来《きた》り
アマゾン|河《がは》の|水流《すゐりう》が  |帯《おび》の|如《ごと》くに|流《なが》れたる
|景色《けしき》を|眺《なが》めて|言霊《ことたま》の  |太祝詞言《ふとのりとごと》|奏上《そうじやう》し
|言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の  |琉《りう》と|球《きう》との|神人《しんじん》を
|始《はじ》めて|外《ほか》に|十六《じふろく》の  |神《かみ》の|司《つかさ》と|諸共《もろとも》に
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|守《まも》ります  アルゼンチンの|大都会《だいとくわい》
ウヅの|館《やかた》に|悠々《いういう》と  |凱歌《がいか》を|奏《そう》して|帰《かへ》ります
|其《その》|御姿《みすがた》の|勇《いさ》ましさ  |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》を|始《はじ》めとし
|松若彦《まつわかひこ》や|捨子姫《すてこひめ》  |其《その》|外《ほか》|数多《あまた》の|神司《みつかさ》は
ウヅの|都《みやこ》の|国人《くにびと》を  |数多《あまた》|伴《ともな》ひ|出《い》で|迎《むか》へ
|無事《ぶじ》の|凱旋《がいせん》|祝《しゆく》しつつ  ウヅの|館《やかた》に|迎《むか》へ|入《い》る
アルゼンチンの|開《ひら》けてゆ  かかる|例《ため》しもあらたふと
|此《この》|世《よ》を|造《つく》り|固《かた》めたる  |国治立大神《くにはるたちのおほかみ》や
|豊国姫大御神《とよくにひめのおほみかみ》  |金勝要大御神《きんかつかねのおほみかみ》
|日《ひ》の|出神《でのかみ》や|木《こ》の|花《はな》の  |神《かみ》の|命《みこと》も|勇《いさ》み|立《た》ち
|五六七《みろく》の|神世《みよ》は|目《ま》のあたり  |開《ひら》けましぬと|喜《よろこ》びて
|百《もも》の|正《ただ》しき|神司《かむつかさ》  これの|聖地《せいち》に|遣《つか》はして
|神《かみ》の|軍《いくさ》の|凱旋《かちどき》を  |喜《よろこ》び|祝《いは》ひ|給《たま》ひけり
|歓呼《くわんこ》の|声《こゑ》は|天地《あめつち》に  |響《ひび》き|渡《わた》りて|高砂《たかさご》の
|島《しま》もゆるがむ|許《ばか》りなり  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして  |言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の
|高砂島《たかさごじま》の|大活動《だいくわつどう》  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
はるばる|此処《ここ》に|現《あ》れまして  |神世《かみよ》の|仕組《しぐみ》をなし|給《たま》ふ
|清《きよ》き|尊《たふと》き|物語《ものがたり》  |完美《うまら》に|委曲《つばら》に|細《こま》やかに
|言霊車《ことたまぐるま》|遅滞《ちたい》なく  ころばせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|瑞月《ずゐげつ》が  |畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎまつる。
|末子姫《すゑこひめ》は、|言依別命《ことよりわけのみこと》|一行《いつかう》の|凱旋《がいせん》を|祝《しゆく》し、|金扇《きんせん》を|拡《ひろ》げ、|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ひ|給《たま》ふ。
『|世《よ》は|久方《ひさかた》のいや|尊《たか》き  |綾《あや》の|高天《たかま》を|立出《たちい》でて
|高砂島《たかさごじま》の|民草《たみぐさ》を  |仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|大神《おほかみ》の
|貴《うづ》の|光《ひか》りに|照《て》らさむと  |言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
|国依別《くによりわけ》と|諸共《もろとも》に  |目無《めな》し|堅間《かたま》の|船《ふね》に|乗《の》り
|旭《あさひ》もテルの|港《みなと》まで  |海路《うなぢ》を|渡《わた》り|来《きた》りまし
ヒルとテルの|国境《くにざかひ》  |三座《みくら》の|山《やま》の|谷間《たにあひ》に
|瀕死《ひんし》に|悩《なや》む|国人《くにびと》を  |尊《たふと》き|神《かみ》の|御教《みをしへ》に
|霊肉《れいにく》|共《とも》に|救《すく》ひつつ  |国依別《くによりわけ》に|立別《たちわか》れ
あなた|此方《こなた》と|廻《めぐ》りまし  |数多《あまた》の|国人《くにびと》|救《すく》ひつつ
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|熊《くま》|獅子《しし》の  |伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|荒野原《あらのはら》
|渉《わた》り|給《たま》ひてやうやうに  ウヅの|都《みやこ》に|出《い》でまして
|玉照彦《たまてるひこ》や|玉照姫《たまてるひめ》の  |神《かみ》の|教《をしへ》をま|詳《つぶ》さに
|開《ひら》かせ|給《たま》ふ|時《とき》もあれ  |此《この》|世《よ》を|洗《あら》ふ|瑞御霊《みづみたま》
|父大神《ちちおほかみ》の|御言《みこと》もて  |捨子《すてこ》の|姫《ひめ》の|口《くち》を|借《か》り
|宣《の》らせ|給《たま》ひし|太祝詞《ふとのりと》  |畏《かしこ》みまつりて|言依別《ことよりわけ》の
|神《かみ》の|命《みこと》は|神館《かむやかた》  |立出《たちい》で|給《たま》ひ|正純彦《まさずみひこ》の
|教司《をしへつかさ》を|始《はじ》めとし  カール、|石熊《いしくま》、|春公《はるこう》の
|四人《よにん》の|供《とも》を|従《したが》へて  アマゾン|河《がは》の|南北《なんぽく》に
|展開《てんかい》したる|大森林《だいしんりん》  |伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|猛獣《まうじう》や
モールバンドやエルバンド  |言向《ことむ》け|和《やは》し|給《たま》ひつつ
|兎《うさぎ》の|都《みやこ》に|祀《まつ》りたる  |瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|月《つき》の|神《かみ》
|尊《たふと》き|御稜威《みいづ》を|畏《かしこ》みて  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|頂上《ちやうじやう》より
|琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》を  |照《て》り|合《あ》はしつつ|永久《とこしへ》に
|百《もも》の|霊《みたま》を|治《をさ》めまし  |凱歌《がいか》をあげて|今《いま》ここに
|帰《かへ》り|来《き》ませる|嬉《うれ》しさよ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして  ウヅの|都《みやこ》は|永久《とこしへ》に
|治《をさ》まる|常磐《ときは》の|松代姫《まつよひめ》  |清《きよ》くすぐなる|竹野姫《たけのひめ》
|梅ケ香姫《うめがかひめ》の|一時《いつとき》に  |御稜威《みいづ》も|開《ひら》きて|桃《もも》の|実《み》の
|大加牟豆美《おほかむづみ》と|現《あ》れまして  |黄泉戦《よもついくさ》に|大殊勲《だいしゆくん》
|立《た》てさせ|給《たま》ひし|其《その》|如《ごと》く  |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》を|始《はじ》めとし
|言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の  |貴《うづ》の|命《みこと》の|御功績《みいさをし》
|天地《てんち》と|共《とも》に|永久《とこしへ》に  |月日《つきひ》の|如《ごと》く|明《あきら》かに
|照《て》らし|給《たま》へよ|天津神《あまつかみ》  |国津神《くにつかみ》たち|八百万《やほよろづ》
|国魂神《くにたまがみ》の|竜世姫《たつよひめ》  |月照彦《つきてるひこ》の|御前《おんまへ》に
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》が|慎《つつし》みて  |請《こ》ひのみまつり|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|教《をしへ》はいつ|迄《まで》も  すぼまず|散《ち》らず|時《とき》じくの
|香具《かぐ》の|木《こ》の|実《み》の|花《はな》の|如《ごと》  |薫《かほ》りしげらせ|給《たま》へかし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |皇大神《すめおほかみ》の|御前《おんまへ》に
|言霊《ことたま》|清《きよ》く|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|一同《いちどう》に|会釈《ゑしやく》して、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の|鎮《しづ》まります|奥殿《おくでん》さして|進《すす》み|入《い》る。
(大正一一・八・二三 旧七・一 松村真澄録)
第一六章 |回顧《くわいこ》の|歌《うた》〔九〇七〕
ウヅの|神館《かむやかた》の|八尋殿《やひろどの》に、|末子姫《すゑこひめ》の|発起《ほつき》として|大歓迎会《だいくわんげいくわい》は|開《ひら》かれ、|言依別命《ことよりわけのみこと》は|立《た》つて、|簡単《かんたん》なる|祝歌《しゆくか》を|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|此《この》|世《よ》を|造《つく》り|固《かた》めたる
|厳《いづ》の|御霊《みたま》とあれませる
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》は
|百八十国《ももやそくに》の|神人《しんじん》を
おいずまからず|永久《とこしへ》に
|五六七《みろく》の|神世《みよ》に|救《すく》はむと
|天地《てんち》の|律法《りつぽふ》|制定《せいてい》し
|清《きよ》き|教《をしへ》を|立《た》て|給《たま》ひ
|豊国姫《とよくにひめ》の|大神《おほかみ》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|現《あら》はれて
|錦《にしき》の|機《はた》を|織《お》らせつつ
|天教《てんけう》|地教《ちけう》の|神《かみ》の|山《やま》
|堅磐常磐《かきはときは》に|鎮《しづ》まりて
|貴《うづ》の|聖地《せいち》と|諸共《もろとも》に
|教《をしへ》を|開《ひら》き|給《たま》ひける
|時《とき》しもあれや|天足彦《あだるひこ》
|胞場姫《えばひめ》|二人《ふたり》の|霊《みたま》より
|生《うま》れ|出《い》でたる|曲津神《まがつかみ》
|八岐大蛇《やまたをろち》や|醜狐《しこぎつね》
|曲鬼《まがおに》|共《ども》の|現《あら》はれて
|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》
|隈《くま》なく|荒《すさ》び|猛《たけ》りつつ
|神《かみ》の|依《よ》さしの|八王神《やつわうがみ》
|八頭神《やつがしらがみ》まで|籠絡《ろうらく》し
|追々《おひおひ》|勢力《せいりよく》|扶植《ふしよく》して
|塩長彦《しほながひこ》を|謀主《ぼうしゆ》とし
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》が
|此《この》|世《よ》を|遂《つひ》に|退隠《たいいん》の
|余儀《よぎ》なきまでに|至《いた》らしめ
|世《よ》は|刈菰《かりごも》の|乱《みだ》れ|行《ゆ》く
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|主《ぬし》なる|厳御霊《いづみたま》
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》は
|天教山《てんけうざん》の|火口《くわこう》より
|身《み》を|跳《をど》らして|根《ね》の|国《くに》に
|一度《いちど》は|落《お》ちさせ|給《たま》へども
|此《この》|世《よ》を|思《おも》ふ|真心《まごころ》の
|凝《こ》り|固《かた》まりて|身《み》を|下《くだ》し
|野立《のだち》の|彦《ひこ》と|現《あら》はれて
|豊国姫《とよくにひめ》の|化身《けしん》なる
|野立《のだち》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に
|天教《てんけう》|地教《ちけう》の|両山《りやうざん》に
|現《あら》はれ|給《たま》ひて|三五《あななひ》の
|教《をしへ》を|開《ひら》き|給《たま》ひけり
|再《ふたた》び|厳《いづ》の|御霊《おんたま》を
|分《わ》けさせ|給《たま》ひて|埴安彦《はにやすひこ》の
|厳《いづ》の|御霊《みたま》や|姫命《ひめみこと》
|時節《じせつ》をまちてヱルサレム
|黄金山下《わうごんさんか》に|現《あら》はれて
|救《すく》ひの|道《みち》を|宣《の》べ|給《たま》ふ
|其《その》|御心《みこころ》を|畏《かしこ》みて
|国大立《くにひろたち》の|大神《おほかみ》の
|四魂《しこん》の|神《かみ》とあれませる
|御稜威《みいづ》も|殊《こと》に|大八洲彦《おほやしまひこ》
|神《かみ》の|命《みこと》や|大足彦《おほだるひこ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|神司《かむつかさ》
|神国別《かみくにわけ》や|言霊別《ことたまわけ》の
|瑞《みづ》の|御魂《みたま》と|現《あら》はれて
|茲《ここ》に|再《ふたた》び|三五《あななひ》の
|清《きよ》き|教《をしへ》を|四方《よも》の|国《くに》
|開《ひら》き|給《たま》ひし|尊《たふと》さよ
|国大立《くにひろたち》の|大神《おほかみ》は
|神素盞嗚《かむすさのを》の|大神《おほかみ》と
|現《あら》はれまして|許々多久《ここたく》の
|罪《つみ》や|汚穢《けがれ》を|一身《いつしん》に
|負《お》はせ|給《たま》ひて|天地《あめつち》の
|百神等《ももがみたち》の|罪科《つみとが》を
|我身《わがみ》|一《ひと》つに|引《ひ》き|受《う》けて
|八洲《やしま》の|国《くに》に|蟠《わだか》まる
|八岐大蛇《やまたをろち》や|醜神《しこがみ》を
|天津誠《あまつまこと》の|大道《おほみち》に
|言向《ことむ》け|和《やは》して|助《たす》けむと
いそしみ|給《たま》ふぞ|尊《たふと》けれ
ウブスナ|山《やま》の|斎苑館《いそやかた》
|此処《ここ》に|暫《しばら》く|現《あ》れまして
|日《ひ》の|出別《でのわけ》の|命《みこと》をば
|後《あと》に|残《のこ》して|皇神《すめかみ》は
いろいろ|雑多《ざつた》に|身《み》をやつし
|島《しま》の|八十島《やそしま》|八十《やそ》の|国《くに》
|大海原《おほうなばら》を|打《う》ちわたり
|自転倒島《おのころじま》に|出《い》でまして
|貴《うづ》の|霊場《れいぢやう》と|聞《きこ》えたる
|綾《あや》の|聖地《せいち》に|上《のぼ》りまし
|四尾《よつを》の|山《やま》に|潜《ひそ》みます
|国治立《くにはるたち》の|御化身《おんけしん》
|国武彦《くにたけひこ》の|大神《おほかみ》と
|互《たがひ》に|心《こころ》を|合《あは》せつつ
|経《たて》と|緯《よこ》との|糸筋《いとすぢ》を
|整《ととの》へ|給《たま》ひて|世《よ》を|救《すく》ふ
|錦《にしき》の|機《はた》を|織《お》り|給《たま》ふ
|錦《にしき》の|宮《みや》の|神司《かむつかさ》
|玉照彦《たまてるひこ》や|玉照姫《たまてるひめ》の
|貴《うづ》の|命《みこと》にかしづきて
|八尋《やひろ》の|殿《との》に|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|教《をしへ》を|開《ひら》きつつ
|教主《けうしゆ》の|役《やく》を|任《ま》けられて
|教《をしへ》を|開《ひら》きゐたりしが
|厳《いづ》の|御霊《みたま》や|瑞御霊《みづみたま》
|経《たて》と|緯《よこ》との|大神《おほかみ》の
|御言《みこと》|畏《かしこ》み|聖地《せいち》をば
|後《あと》に|眺《なが》めて|和田《わだ》の|原《はら》
|渉《わた》りてここに|来《き》て|見《み》れば
|思《おも》ひがけなき|瑞御霊《みづみたま》
|神素盞嗚《かむすさのを》の|珍《うづ》の|子《こ》と
|生《うま》れ|給《たま》ひし|末子姫《すゑこひめ》
|桃上彦《ももがみひこ》の|鎮《しづ》まりし
|教《をしへ》の|館《やかた》に|現《あら》はれて
|神《かみ》の|教《をしへ》を|楯《たて》となし
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|民草《たみぐさ》の
|頭《かしら》に|下《くだ》し|給《たま》ひつつ
|五六七《みろく》の|神世《みよ》の|有様《ありさま》を
|今《いま》|目《ま》のあたり|開《ひら》きます
|斯《か》かる|尊《たふと》き|霊場《れいぢやう》に
|参《まゐ》り|来《きた》りし|楽《たの》しさよ
|時《とき》しもあれや|素盞嗚《すさのを》の
|神《かみ》の|尊《みこと》ははるばると
これの|館《やかた》に|出《い》でまして
|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》に|帰神《かむがか》り
アマゾン|河《がは》の|曲神《まがかみ》を
|言向《ことむ》け|和《やは》し|救《すく》へよと
|宣《の》らせ|給《たま》ひし|言《こと》の|葉《は》を
|謹《つつし》み|畏《かしこ》み|屏風山《びやうぶやま》
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|立向《たちむか》ひ
|国依別《くによりわけ》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ
|琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》に
|数多《あまた》の|魔神《まがみ》を|言向《ことむ》けて
|目出度《めでた》く|凱歌《がいか》を|奏《そう》しつつ
|十八柱《じふはちはしら》の|神《かみ》の|子《こ》は
ウヅの|館《やかた》に|安々《やすやす》と
|帰《かへ》りて|見《み》れば|有難《ありがた》や
|神素盞嗚《かむすさのを》の|大御神《おほみかみ》
はるばる|此処《ここ》に|出《い》でまして
|憩《いこ》はせ|給《たま》ふ|嬉《うれ》しさよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|高砂島《たかさごじま》は|云《い》ふも|更《さら》
|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》
|百八十島《ももやそしま》の|果《は》て|迄《まで》も
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》に|潤《うるほ》ひて
|世《よ》は|泰平《たいへい》の|花《はな》|開《ひら》き
|梅《うめ》の|香《かほ》りの|五六七《みろく》の|世《よ》
|松《まつ》の|操《みさを》のいつ|迄《まで》も
|色《いろ》も|変《かは》らず|永久《とこしへ》に
|栄《さか》えましませ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|誠《まこと》の|力《ちから》は|世《よ》を|救《すく》ふ
|誠《まこと》の|神《かみ》は|今《いま》ここに
|現《あら》はれ|給《たま》ひし|上《うへ》からは
|天地《てんち》と|共《とも》に|永久《とこしへ》に
|神《かみ》の|言葉《ことば》は|失《う》せざらむ
|厳《いづ》の|御霊《みたま》や|瑞御霊《みづみたま》
|金勝要《きんかつかね》の|大御神《おほみかみ》
|日《ひ》の|出神《でのかみ》や|木《こ》の|花《はな》の
|咲耶《さくや》の|姫《ひめ》の|神力《しんりき》は
|竜宮海《りうぐうかい》の|底《そこ》|深《ふか》く
|天教山《てんけうざん》の|空高《そらたか》く
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|揺《ゆる》ぎなく
|輝《かがや》き|渡《わた》り|天地《あめつち》の
|光《ひかり》となりて|輝《かがや》かむ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|尊《たふと》き|御恵《みめぐみ》を
|謹《つつし》み|感謝《かんしや》し|奉《たてまつ》り
|神《かみ》の|司《つかさ》を|始《はじ》めとし
|四方《よも》の|民草《たみぐさ》|悉《ことごと》く
|神《かみ》の|恵《めぐみ》を|嬉《うれ》しみて
|常磐《ときは》の|松《まつ》のいつ|迄《まで》も
|変《かは》らざらまし|高砂《たかさご》の
|島根《しまね》に|生《お》ふる|青松《せいしよう》の
|梢《こずゑ》に|鶴《つる》のすごもりて
|名《な》さへ|目出度《めでた》き|尉《じやう》と|姥《うば》
|亀《かめ》の|齢《よはひ》のどこ|迄《まで》も
|大海原《おほうなばら》の|波《なみ》|清《きよ》く
|吹《ふ》く|風《かぜ》さへも|朗《ほがら》かに
|静《しづ》まりませと|祝《ほ》ぎまつる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|了《をは》り、|末子姫《すゑこひめ》の|後《あと》を|逐《お》ひて、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の|休《やす》ませ|給《たま》ふ|奥殿《おくでん》|指《さ》して|進《すす》み|入《い》る。
|国依別《くによりわけ》は|立上《たちあが》り、|金扇《きんせん》を|開《ひら》いて|祝歌《しゆくか》を|歌《うた》ひ|且《か》つ|舞《ま》ひ|始《はじ》めた。|其《その》|歌《うた》、
『|錦《にしき》の|宮《みや》を|立出《たちい》でて  |言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》
|高砂島《たかさごじま》に|出《い》でませる  |御供《みとも》に|仕《つか》へまつりつつ
|波間《なみま》に|浮《うか》ぶ|琉球《りうきう》の  |宝《たから》の|島《しま》に|上陸《じやうりく》し
|琉《りう》と|球《きう》との|玉《たま》を|得《え》て  |棚無《たなな》し|船《ぶね》に|身《み》を|任《まか》せ
|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|荒浪《あらなみ》を  |乗《の》り|切《き》り|乗《の》り|切《き》り|高砂《たかさご》の
|島《しま》の|手前《てまへ》に|来《き》て|見《み》れば  |高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|暗礁《あんせう》に
|船《ふね》を|乗上《のりあ》げ|浪《なみ》の|上《うへ》  |渡《わた》りて|進《すす》む|時《とき》もあれ
|山《やま》なす|浪《なみ》に|襲《おそ》はれて  |命《いのち》|危《あやふ》く|見《み》えければ
|高島丸《たかしままる》の|船長《せんちやう》に  |命《めい》じて|船《ふね》に|救《すく》はしめ
テルの|港《みなと》に|来《き》て|見《み》れば  |先頭一《せんとういち》に|高姫《たかひめ》は
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|伴《ともな》ひて  |姿《すがた》を|早《はや》く|隠《かく》しける
|言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》  われを|伴《ともな》ひ|三座山《みくらやま》
|国魂神《くにたまがみ》を|祀《まつ》りたる  |竜世《たつよ》の|姫《ひめ》の|神霊地《しんれいち》
|集《あつ》まり|来《きた》る|国人《くにびと》の  |霊《みたま》と|肉《にく》とを|救《すく》ひつつ
|暫《しばら》く|此処《ここ》に|止《とどま》りて  |誠《まこと》の|道《みち》を|宣《の》り|伝《つた》へ
それより|進《すす》んでヒルの|国《くに》  |楓《かへで》の|別《わけ》の|永久《とこしへ》に
|鎮《しづ》まりいます|神館《みやかた》に  |出《い》で|行《ゆ》く|折《をり》しも|天地《あめつち》は
|震《ふる》ひ|動《うご》きて|山《やま》は|裂《さ》け  |河《かは》は|溢《あふ》れて|人々《ひとびと》の
|住家《すみか》は|砕《くだ》け|諸人《もろびと》は  |水《みづ》と|炎《ほのほ》に|包《つつ》まれて
|苦《くるし》み|悶《もだ》ゆる|憐《あは》れさよ  |楓《かへで》の|別《わけ》の|妹《いもうと》なる
|紅井姫《くれなゐひめ》の|命《いのち》をば  |艱《なや》みの|中《なか》より|救《すく》ひ|出《だ》し
ヒルの|館《やかた》に|立向《たちむか》ひ  |稜威《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて
|天変地妖《てんぺんちえう》を|鎮定《ちんてい》し  |館《やかた》を|立《た》ちてアラシカの
|峠《たうげ》を|越《こ》えて|日暮《ひぐら》しの  |館《やかた》に|教《をしへ》を|開《ひら》きたる
ウラルの|道《みち》の|神司《かむつかさ》  ブール|其《その》|他《た》の|人々《ひとびと》に
|神《かみ》の|教《をしへ》を|宣《の》り|伝《つた》へ  |紅井姫《くれなゐひめ》やエリナ|姫《ひめ》
|二人《ふたり》の|女性《ぢよせい》を|預《あづ》けおき  |又《また》もやここを|立出《たちい》でて
|安彦《やすひこ》、|宗彦《むねひこ》|従《したが》へつ  ブラジル|峠《たうげ》に|差《さ》しかかり
|丸木《まるき》の|橋《はし》を|危《あやふ》くも  |生命《いのち》カラガラ|打《う》ちわたり
シーズン|川《がは》を|乗越《のりこ》えて  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|立向《たちむか》ひ
|別《わか》れて|程経《ほどへ》し|神司《かむつかさ》  |言依別《ことよりわけ》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ
|手《て》を|握《にぎ》りたる|楽《たの》しさよ  |琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》に
アマゾン|河《がは》や|森林《しんりん》の  |数多《あまた》の|魔神《まがみ》を|言霊《ことたま》の
|御水火《みいき》に|助《たす》けしづめつつ  |凱歌《がいか》をあげて|十八《じふはち》の
|神《かみ》の|柱《はしら》は|潔《いさぎよ》く  ウヅの|館《やかた》に|来《き》て|見《み》れば
|思《おも》ひ|掛《がけ》なき|末子姫《すゑこひめ》  |捨子《すてこ》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に
|貴《うづ》の|教《をしへ》をひらきまし  |松《まつ》の|神代《かみよ》と|栄《さか》えゆく
|其《その》|目出度《めでた》さは|言《こと》の|葉《は》の  |尽《つく》す|限《かぎ》りにあらじかし
|心《こころ》|静《しづ》かな|国彦《くにひこ》が  |御子《みこ》の|松若彦《まつわかひこ》の|神《かみ》
|主《あるじ》の|君《きみ》に|能《よ》く|仕《つか》へ  |治《をさ》まるこれの|神館《かむやかた》
|来《きた》りて|見《み》れば|瑞御霊《みづみたま》  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は
はるばるここに|出《い》でまして  |我等《われら》が|言霊軍《ことたまいくさ》をば
|遥《はるか》に|守《まも》り|給《たま》ひつつ  |光《ひか》り|輝《かがや》き|給《たま》ふこそ
|実《げ》に|尊《たふと》さの|限《かぎ》りなれ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|国依別《くによりわけ》の|神司《かむつかさ》  |厳《いづ》の|御霊《みたま》や|瑞御霊《みづみたま》
|日《ひ》の|出神《でのかみ》や|木《こ》の|花姫《はなひめ》の  |貴《うづ》の|命《みこと》の|御前《おんまへ》に
|国魂神《くにたまがみ》を|通《とほ》しつつ  |嬉《うれ》しみ|尊《たふと》み|祝《ほ》ぎまつる
|畏《かしこ》み|尊《たふと》み|祝《ほ》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|欣然《きんぜん》として|奥殿《おくでん》に|進《すす》み|入《い》る。
(大正一一・八・二三 旧七・一 松村真澄録)
第一七章 |悔悟《くわいご》の|歌《うた》〔九〇八〕
|松若彦《まつわかひこ》は|銀扇《ぎんせん》を|拡《ひろ》げて、|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ひ|祝意《しゆくい》を|表《へう》しぬ。|其《その》|歌《うた》、
『|珍《うづ》の|都《みやこ》の|神司《かむつかさ》  |時《とき》めき|給《たま》ふ|桃上彦《ももがみひこ》の
|神《かみ》の|命《みこと》のみまつりを  |麻柱《あなな》ひまつりし|吾父《わがちち》の
|後《あと》を|襲《おそ》ひて|神館《かむやかた》  |心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め
|謹《つつし》み|守《まも》り|来《きた》る|折《をり》  |天《あめ》の|八重雲《やへくも》かき|分《わ》けて
|天降《あも》りましたる|末子姫《すゑこひめ》  |捨子《すてこ》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に
これの|聖地《せいち》に|来《きた》りまし  |神《かみ》の|教《をしへ》を|遠近《をちこち》に
|開《ひら》き|給《たま》ひて|国人《くにびと》に  |恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|隈《くま》もなく
|与《あた》へ|給《たま》ひし|尊《たふと》さよ  |松若彦《まつわかひこ》は|素盞嗚《すさのを》の
|神《かみ》の|尊《みこと》の|貴《うづ》の|御子《みこ》  |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》に|朝夕《あさゆふ》に
|仕《つか》へまつりて|三五《あななひ》の  |教《をしへ》に|侍《はべ》らふ|折柄《をりから》に
|言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》  |自転倒島《おのころじま》の|中心地《ちうしんち》
|高天《たかま》の|原《はら》より|降《くだ》りまし  |神《かみ》の|教《をしへ》はますますに
|茂《しげ》り|栄《さか》えて|木《こ》の|花《はな》の  |一度《いちど》に|匂《にほ》ふ|如《ごと》くなり
かかる|例《ため》しは|古《いにし》より  |夢《ゆめ》にも|聞《き》かぬ|瑞祥《ずゐしやう》の
|光《ひかり》は|清《きよ》く|日月《じつげつ》と  |御稜威《みいづ》を|争《あらそ》ひ|給《たま》ひつつ
|再《ふたた》び|降《くだ》り|来《きた》ります  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|清《きよ》き|御姿《みすがた》|畏《かしこ》くも  |拝《をが》みまつりし|嬉《うれ》しさよ
|松若彦《まつわかひこ》は|云《い》ふも|更《さら》  |百《もも》の|司《つかさ》を|始《はじ》めとし
|四方《よも》の|国人《くにびと》|喜《よろこ》びて  |御徳《みとく》を|慕《した》ひまつりつつ
|鼓腹撃壤《こふくげきじやう》の|神《かみ》の|世《よ》を  |寿《ことほ》ぎまつる|折柄《をりから》に
アマゾン|河《がは》の|曲神《まががみ》を  |神《かみ》の|教《をしへ》に|言向《ことむ》けて
|帰《かへ》り|来《き》ませる|言依別《ことよりわけ》の  |瑞《みづ》の|命《みこと》の|一行《いつかう》を
|目出度《めでた》く|迎《むか》へ|奉《たてまつ》り  |枯木《かれき》に|花《はな》の|咲《さ》く|如《ごと》く
|灸《あぶ》りし|豆《まめ》に|紫《むらさき》の  |花《はな》|咲《さ》き|出《い》でし|如《ごと》くなる
|千代《ちよ》の|歓《よろこ》び|永久《とこしへ》の  |春《はる》の|楽《たのし》み|末永《すえなが》く
|高砂島《たかさごじま》の|永久《とこしへ》に  あらむ|限《かぎ》りは|忘《わす》れまじ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|御水火《みいき》の|幸《さち》はひて
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|守《まも》ります  アルゼンチンの|神国《かみくに》は
|大三災《だいさんさい》の|憂《うれ》ひなく  |小三災《せうさんさい》の|曲《まが》もなく
いや|永久《とこしへ》に|松《まつ》の|世《よ》の  |五六七《みろく》の|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》に
うるはせ|給《たま》へ|惟神《かむながら》  |神《かみ》の|御前《みまへ》に|千歳経《ちとせふ》る
|松若彦《まつわかひこ》が|謹《つつし》みて  |心《こころ》の|丈《たけ》を|立直《たてなほ》し
ひたすら|念《ねん》じ|奉《たてまつ》る  |只管《ひたすら》|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》の|幸《さち》を|賜《たま》へかし』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|蒼惶《さうくわう》として|一同《いちどう》に|拝礼《はいれい》し、|又《また》もや|奥殿《おくでん》に|姿《すがた》を|隠《かく》しぬ。
|鷹依姫《たかよりひめ》は|銀扇《ぎんせん》を|開《ひら》き、|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ひ|祝意《しゆくい》を|表《へう》する。|其《その》|歌《うた》、
『|豊葦原《とよあしはら》の|中津国《なかつくに》  メソポタミヤの|顕恩郷《けんおんきやう》
バラモン|教《けう》の|本山《ほんざん》に  |大国彦《おほくにひこ》を|奉斎《ほうさい》し
バラモン|教《けう》を|開《ひら》きたる  |鬼雲彦《おにくもひこ》に|従《したが》ひて
|教《をしへ》を|四方《よも》に|伝《つた》へつつ  |自転倒島《おのころじま》に|渡《わた》り|来《き》て
|高春山《たかはるやま》の|岩窟《がんくつ》に  |又《また》もやアルプス|教《けう》を|立《た》て
テーリスタンやカーリンス  |百《もも》の|司《つかさ》を|呼《よ》び|集《つど》へ
|紫色《むらさきいろ》の|宝玉《ほうぎよく》を  |斎《いつ》きまつれる|折柄《をりから》に
|三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》  |高姫《たかひめ》、|黒姫《くろひめ》|両人《りやうにん》が
|天《あま》の|鳥船《とりふね》|空高《そらたか》く  |轟《とどろ》かせつつ|出《い》で|来《きた》り
|給《たま》ひし|折《をり》を|奇貨《きくわ》として  |手段《てだて》をめぐらし|岩窟《いはやど》の
|中《なか》に|押《お》し|込《こ》めゐたる|折《をり》  |玉治別《たまはるわけ》や|杢助《もくすけ》が
|国依別《くによりわけ》や|竜国別《たつくにわけ》を  |先頭《せんとう》に|立《た》てて|出《い》で|来《きた》り
|年端《としは》も|行《ゆ》かぬ|愛娘《まなむすめ》  |初稚姫《はつわかひめ》の|言霊《ことたま》に
|厳《きび》しく|打《う》たれアルプスの  |教《をしへ》を|棄《す》てて|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|教《をしへ》に|服従《まつろ》ひつ  |竜国別《たつくにわけ》は|吾子《わがこ》ぞと
|悟《さと》りし|時《とき》の|嬉《うれ》しさよ  |綾《あや》の|聖地《せいち》に|送《おく》られて
|錦《にしき》の|宮《みや》に|朝夕《あさゆふ》に  |謹《つつし》み|仕《つか》へ|居《ゐ》たりしが
|黄金《こがね》の|玉《たま》の|保管役《ほくわんやく》  |托《たく》されゐたる|黒姫《くろひめ》が
|思《おも》はず|玉《たま》を|紛失《ふんしつ》し  ヤツサモツサの|最中《さいちう》に
|高姫司《たかひめつかさ》が|現《あら》はれて  |思《おも》ひもよらぬ|御難題《ごなんだい》
|黒姫《くろひめ》さまを|始《はじ》めとし  |鷹依姫《たかよりひめ》は|竜国別《たつくにわけ》の
|教司《をしへつかさ》を|伴《ともな》ひて  |尊《たふと》き|聖地《せいち》を|立《た》ちはなれ
テーリスタンやカーリンス  |五《いつ》つの|身魂《みたま》は|名自《めいめい》に
|黄金《こがね》の|玉《たま》の|在処《ありか》をば  あく|迄《まで》|捜《さが》し|求《もと》めむと
|大海原《おほうなばら》を|打渡《うちわた》り  |竜宮島《りうぐうじま》や|常世国《とこよくに》
|高砂島《たかさごじま》の|果《は》て|迄《まで》も  さまよひ|巡《めぐ》りて|探《たづ》ぬれど
|探《たづ》ぬる|由《よし》もなき|寝入《ねい》り  アリナの|滝《たき》に|現《あら》はれて
|四方《よも》の|国《くに》より|種々《くさぐさ》の  |大小《だいせう》|無数《むすう》の|品玉《しなだま》を
|手段《てだて》を|以《もつ》て|呼《よ》び|集《あつ》め  |時《とき》を|待《ま》ちつつありけるが
テーナの|里《さと》より|黄金《わうごん》の  |貴《うづ》の|御玉《みたま》の|納《をさ》まりて
ヤツト|心《こころ》を|治《をさ》めつつ  |黄金《こがね》の|玉《たま》を|逸早《いちはや》く
|錦《にしき》の|袋《ふくろ》に|納《をさ》め|込《こ》み  |一行《いつかう》|四人《よにん》は|烏羽玉《うばたま》の
|暗《やみ》に|紛《まぎ》れてアリナ|山《さん》  |漸《やうや》くわたりてウヅの|国《くに》
|荒野ケ原《あらのがはら》に|来《き》て|見《み》れば  |木《こ》の|花姫《はなひめ》の|化身《けしん》なる
|神《かみ》に|出会《であ》ひて|村肝《むらきも》の  |心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなほ》し
|広袤千里《くわうぼうせんり》の|大原野《だいげんや》  |辿《たど》りてアルの|港《みなと》まで
|駒《こま》を|進《すす》むる|膝栗毛《ひざくりげ》  |折柄《をりから》|出《い》で|来《く》る|帆船《はんせん》に
|身《み》を|任《まか》せつつ|海原《うなばら》を  |渡《わた》る|折《をり》しも|過《あやま》ちて
|一度《いちど》は|海《うみ》に|陥落《かんらく》し  |大道別《おほみちわけ》の|分霊《わけみたま》
|琴平別《ことひらわけ》の|化身《けしん》なる  |八尋《やひろ》の|亀《かめ》に|救《すく》はれて
ゼムの|港《みなと》に|上陸《じやうりく》し  |天祥山《てんしやうざん》を|乗越《のりこ》えて
チンの|港《みなと》やアマゾンの  |河瀬《かはせ》を|舟《ふね》にて|上《のぼ》りつめ
|時雨《しぐれ》の|森《もり》の|南側《みなみがは》  |兎《うさぎ》の|王《わう》の|都《みやこ》なる
|珍《うづ》の|聖地《せいち》に|安着《あんちやく》し  |月《つき》の|大神《おほかみ》まつりたる
|清《きよ》き|湖水《こすゐ》をめぐらせる  |霊地《れいち》に|足《あし》を|止《とど》めつつ
|数多《あまた》の|猛《たけ》き|獣《けだもの》を  |神《かみ》の|御水火《みいき》の|言霊《ことたま》に
|言向《ことむ》け|和《やは》しアマゾンの  |兎《うさぎ》の|司《つかさ》と|成《な》りをへて
|恵《めぐみ》のつゆを|隈《くま》もなく  うるほし|与《あた》ふる|折柄《をりから》に
アマゾン|河《がは》を|打渡《うちわた》り  |探《たづ》ね|来《き》ませる|高姫《たかひめ》が
|一行《いつかう》|八人《やたり》と|諸共《もろとも》に  |不思議《ふしぎ》の|再会《さいくわい》|祝《いは》ふ|折《をり》
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》のあなたより  |無限《むげん》の|霊光《れいくわう》|発射《はつしや》して
|霊《みたま》を|照《て》らし|給《たま》ひけり  |是《これ》より|一同《いちどう》|勇《いさ》み|立《た》ち
アマゾン|河《がは》に|立出《たちい》でて  |醜《しこ》の|魔神《まがみ》を|征服《せいふく》し
|神《かみ》の|恵《めぐみ》に|言向《ことむ》けて  |一行《いつかう》|喜《よろこ》び|勇《いさ》みたち
|十二柱《じふにはしら》の|神《かみ》の|子《こ》は  |不思議《ふしぎ》の|霊光《れいくわう》|探《たづ》ねつつ
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》によぢ|登《のぼ》り  |言依別《ことよりわけ》の|瑞御霊《みづみたま》
|国依別《くによりわけ》と|諸共《もろとも》に  |無事《ぶじ》の|凱旋《がいせん》ことほぎて
|天地《てんち》の|神《かみ》に|太祝詞《ふとのりと》  となへ|了《をは》りて|一行《いつかう》は
|山野《さんや》を|渉《わた》り|坂《さか》を|攀《よ》ぢ  |清《きよ》き|流《なが》れの|谷《たに》を|越《こ》え
|深《ふか》き|恵《めぐみ》もアルゼンチンの  ウヅの|都《みやこ》に|恙《つつが》なく
|凱旋《がいせん》したる|嬉《うれ》しさよ  ウヅの|館《やかた》に|来《き》てみれば
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》や  |八人乙女《やたりをとめ》の|貴《うづ》の|子《こ》と
|生《あ》れ|出《い》でませる|末子姫《すゑこひめ》  |松若彦《まつわかひこ》と|諸共《もろとも》に
|神《かみ》の|尊《たふと》き|御教《みをしへ》を  |世人《よびと》に|広《ひろ》く|伝《つた》へつつ
|鎮《しづ》まりいます|尊《たふと》さよ  |心《こころ》にかかる|村雲《むらくも》も
|拭《ぬぐ》ふが|如《ごと》く|晴《は》れわたり  |真如《しんによ》の|日月《じつげつ》|心天《しんてん》に
|輝《かがや》き|給《たま》ひて|三五《あななひ》の  |誠《まこと》を|悟《さと》り|一同《いちどう》が
|皇大神《すめおほかみ》の|御前《おんまへ》に  |額《ぬか》づきまつる|今日《けふ》の|幸《さち》
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》や  |豊国姫大神《とよくにひめのおほかみ》の
|仕組《しぐ》み|給《たま》ひし|松《まつ》の|世《よ》の  |錦《にしき》の|機《はた》の|神業《しんげふ》に
|仕《つか》へまつりて|天地《あめつち》の  |貴《うづ》の|御子《おんこ》と|生《うま》れたる
|清《きよ》き|務《つと》めを|永久《とこしへ》に  |尽《つく》させ|給《たま》へ|惟神《かむながら》
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつり  |今日《けふ》の|喜《よろこ》び|心安《うらやす》く
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|祝《ほ》ぎまつる  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》りて、|座《ざ》に|着《つ》き、|一同《いちどう》に|向《むか》つて、|叮嚀《ていねい》に|挨拶《あいさつ》をする。
|次《つぎ》に|高姫《たかひめ》は|金扇《きんせん》を|開《ひら》いて、|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ふ。|其《その》|歌《うた》、
『われは|高姫神司《たかひめかむつかさ》  フサの|国《くに》なる|北山《きたやま》の
|隠《かく》れし|里《さと》に|神館《かむやかた》  |造《つく》り|設《まう》けてウラナイの
|神《かみ》の|教《をしへ》を|立《た》てながら  |瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|大神《おほかみ》の
|御心《みこころ》|疑《うたが》ひ|怪《あや》しみて  いろいろ|雑多《ざつた》と|気《き》をいらち
|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》の  |経《たて》の|教《をしへ》を|主《おも》となし
|緯《よこ》の|教《をしへ》をことごとく  |損《そこな》ひ|破《やぶ》り|松《まつ》の|世《よ》の
|五六七《みろく》の|神世《みよ》を|来《きた》さむと  |思《おも》ひし|事《こと》も|水《みづ》の|泡《あわ》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|真心《まごころ》を  |取違《とりちが》ひたる|愚《おろ》かさに
|前非《ぜんぴ》を|悔《く》いて|三五《あななひ》の  |神《かみ》の|教《をしへ》に|立帰《たちかへ》り
|変性男子《へんじやうなんし》の|御教《みをしへ》や  |変性女子《へんじやうによし》の|教《をしへ》をば
|経《たて》と|緯《よこ》とに|織《お》りなして  |尊《たふと》き|神《かみ》の|神業《かむわざ》に
|仕《つか》へまつりし|折柄《をりから》に  |金剛不壊《こんごうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》
|紫色《むらさきいろ》の|宝玉《ほうぎよく》を  |失《うしな》ひ|心《こころ》は|顛倒《てんたふ》し
あらゆる|島根《しまね》をまぎ|求《もと》め  |遂《つひ》には|竜宮《りうぐう》の|一《ひと》つ|島《じま》
|地恩《ちおん》の|郷《さと》|迄《まで》あらはれて  |心《こころ》を|砕《くだ》き|身《み》をくだき
|捜《さが》しまはれど|影《かげ》さへも  |波《なみ》の|上《へ》|渡《わた》り|自転倒《おのころ》の
|又《また》もや|島《しま》に|立帰《たちかへ》り  |執念深《しふねんぶか》くもさまざまと
|再《ふたた》び|玉《たま》の|行方《ゆくへ》をば  |捜《さが》し|求《もと》むる|時《とき》も|時《とき》
|竜宮島《りうぐうじま》より|現《あら》はれし  |玉依姫《たまよりひめ》の|御宝《おんたから》
|天火水地《てんくわすゐち》と|結《むす》びたる  |青《あを》|赤《あか》|白《しろ》|黄《き》|紫《むらさき》の
|麻邇《まに》の|宝珠《ほつしゆ》の|点検《てんけん》に  |又《また》もや|不審《ふしん》を|起《おこ》しつつ
|言依別《ことよりわけ》の|後《あと》を|追《お》ひ  |高砂島《たかさごじま》に|来《き》て|見《み》れば
|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|片畔《かたほとり》  |架橋御殿《かけはしごてん》に|黄金《わうごん》の
|玉《たま》は|更《さら》なり|如意宝珠《によいほつしゆ》  |紫玉《むらさきだま》や|麻邇《まに》の|玉《たま》
|隠《かく》しあらむと|気《き》をひがみ  いろいろ|雑多《ざつた》と|争《あらそ》ひつ
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|伴《ともな》ひて  テルとウヅとの|国境《くにざかひ》
アリナの|山《やま》を|乗越《のりこ》えて  |荒野ケ原《あらのがはら》に|来《き》て|見《み》れば
ポプラの|上《うへ》にブラブラと  |黄金《こがね》の|玉《たま》は|輝《かがや》きぬ
|天《てん》の|与《あた》へと|雀躍《こをどり》し  |喜《よろこ》び|勇《いさ》む|折《をり》もあれ
|木《こ》の|花姫《はなひめ》の|御化身《おんけしん》  |日《ひ》の|出姫《でのひめ》の|現《あら》はれて
|天地《てんち》の|道理《だうり》をこまごまと  |教《をし》へ|給《たま》ひし|嬉《うれ》しさに
いよいよ|迷《まよ》ひの|夢《ゆめ》|醒《さ》めて  |執着心《しふちやくしん》を|脱却《だつきやく》し
|荒野《あらの》を|渡《わた》り|河《かは》を|越《こ》え  |湖水《こすゐ》をめぐりて|漸《やうや》うと
アルの|港《みなと》に|安着《あんちやく》し  |折柄《をりから》|来《きた》る|帆船《はんせん》に
|乗《の》りて|海原《うなばら》|渡《わた》る|折《をり》  ふとした|事《こと》より|船中《せんちう》の
ヨブの|真人《まひと》に|巡《めぐ》り|会《あ》ひ  |師弟《してい》の|約《やく》を|結《むす》びつつ
ゼムの|港《みなと》に|上陸《じやうりく》し  |天祥山《てんしやうざん》やチン|港《みなと》
アマゾン|河《がは》を|横《よこ》ぎりて  |時雨《しぐれ》の|森《もり》の|北野原《きたのはら》
|鷹依姫《たかよりひめ》の|在処《ありか》をば  |探《たづ》ねてさまよひゐたりしが
さも|恐《おそ》ろしきモールバンド  |勢《いきほひ》|猛《たけ》く|攻《せ》め|来《きた》り
|命《いのち》からがら|常磐樹《ときはぎ》の  |梢《こずゑ》に|難《なん》を|避《さ》けながら
|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し  |厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》る|折《をり》に
|秋山別《あきやまわけ》を|始《はじ》めとし  モリス、|安彦《やすひこ》、|宗彦《むねひこ》が
|三五教《あななひけう》の|宣伝歌《せんでんか》  |声《こゑ》も|涼《すず》しく|歌《うた》ひつつ
|此方《こなた》に|向《むか》つて|進《すす》み|来《く》る  |時《とき》しもあれや|西北《せいほく》の
|雲《くも》|押分《おしわ》けて|光《ひか》り|来《く》る  |琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》に
モールバンドは|驚《おどろ》きて  スゴスゴ|逃《に》げ|出《だ》す|嬉《うれ》しさよ
|茲《ここ》に|一行《いつかう》|八人《はちにん》は  |無事《ぶじ》の|奇遇《きぐう》を|祝《しゆく》しつつ
アマゾン|河《がは》の|岸《きし》の|辺《べ》に  |森林《しんりん》|分《わ》けて|辿《たど》りつき
|鰐《わに》の|架橋《かけはし》|打渡《うちわた》り  |南《みなみ》の|森《もり》に|現《あ》れませる
|鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の  |珍《うづ》の|住家《すみか》に|立向《たちむか》ひ
ここに|一行《いつかう》|再会《さいくわい》を  |祝《しゆく》し|合《あ》ひつつ|大神《おほかみ》の
|御前《みまへ》に|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し  |虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》に|熊《くま》
|其《その》|外《ほか》|数多《あまた》の|禽獣《きんじう》に  |稜威《いづ》の|律法《りつぽふ》|制定《せいてい》し
|固《かた》く|守《まも》らせおきながら  |再《ふたた》び|岸辺《きしべ》に|立出《たちい》でて
モールバンドやエルバンド  さしもに|猛《たけ》き|曲神《まがかみ》を
|言向《ことむ》け|和《やは》し|十二人《じふににん》  |琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》を
|目当《めあ》てに|進《すす》み|帰《かへ》り|来《く》る  |心《こころ》の|駒《こま》の|勇《いさ》ましさ
|言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の  |貴《うづ》の|命《みこと》に|迎《むか》へられ
|感謝《かんしや》|祈願《きぐわん》も|胸《むね》の|中《うち》  |嬉《うれ》し|涙《なみだ》に|暮《く》れながら
|一行《いつかう》ここに|十八《じふはち》の  |神《かみ》の|司《つかさ》は|勇《いさ》み|立《た》ち
|夜《よ》を|日《ひ》についでウヅの|国《くに》  これの|館《やかた》に|立向《たちむか》ひ
|数多《あまた》の|人《ひと》に|迎《むか》へられ  |八尋《やひろ》の|殿《との》に|来《き》て|見《み》れば
|五六七《みろく》の|神世《みよ》の|救主《すくひぬし》  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》や
|貴《うづ》の|御子《みこ》なる|末子姫《すゑこひめ》  その|他《ほか》|数多《あまた》の|神司《かむつかさ》
|天《あま》つ|御空《みそら》の|星《ほし》の|如《ごと》  |居並《ゐなら》び|給《たま》ふ|尊《たふと》さよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|恵《めぐみ》を|蒙《かうむ》りて
|心《こころ》|曇《くも》りし|高姫《たかひめ》も  |真如《しんによ》の|月日《つきひ》に|照《てら》されて
|身魂《みたま》も|清《きよ》き|増鏡《ますかがみ》  |伊照《いて》り|輝《かがや》く|身《み》となりぬ
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも  |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|天地《てんち》は|覆《かへ》るとも  |天津御空《あまつみそら》に|日月《じつげつ》の
|輝《かがや》く|限《かぎ》り|大神《おほかみ》の  |深《ふか》き|恵《めぐ》みは|忘《わす》れまじ
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御教《みをしへ》を  |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|麻柱《あなな》ひて
|今迄《いままで》|犯《をか》せし|罪科《つみとが》を  |悔《く》い|改《あらた》めて|惟神《かむながら》
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御前《おんまへ》に  |功《いさを》を|立《た》てむ|永久《とことは》に
|松《まつ》の|五六七《みろく》の|末《すゑ》|迄《まで》も  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|莞爾《くわんじ》として|座《ざ》に|着《つ》く。
(大正一一・八・二三 旧七・一 松村真澄録)
第一八章 |竜国別《たつくにわけ》〔九〇九〕
|竜国別《たつくにわけ》は|銀扇《ぎんせん》を|開《ひら》き、|自《みづか》ら|歌《うた》ひ|自《みづか》ら|舞《ま》ふ。|其《その》|歌《うた》、
『われは|竜国別司《たつくにわけつかさ》  ウラナイ|教《けう》の|高姫《たかひめ》が
|教《をしへ》を|尊《たふと》み|畏《かしこ》みて  |心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなほ》し
|高城山《たかしろやま》の|麓《ふもと》なる  |松姫館《まつひめやかた》の|門番《もんばん》と
|仕《つか》へまつりて|朝夕《あさゆふ》に  |鉄門《かなど》を|守《まも》る|折柄《をりから》に
|三五教《あななひけう》の|教《のり》の|御子《みこ》  |馬《うま》と|鹿《しか》との|両人《りやうにん》が
|訪《たづ》ね|来《きた》れる|様《さま》を|見《み》て  |門番《もんばん》|共《ども》は|猛《たけ》り|立《た》ち
いろいろ|雑多《ざつた》の|乱暴《らんばう》を  |加《くは》へて|懲《こら》せど|両人《りやうにん》は
|忍耐強《にんたいづよ》く|何事《なにごと》も  |神《かみ》の|心《こころ》に|任《まか》せゐる
|其《その》|真心《まごころ》に|感動《かんどう》し  |傲慢《がうまん》|無礼《ぶれい》を|恥《は》ぢながら
|忽《たちま》ち|竜《たつ》の|真似《まね》をなし  |奥殿《おくでん》|深《ふか》く|這《は》ひ|込《こ》めば
|神罰《しんばつ》|忽《たちま》ちめぐり|来《き》て  |吾々《われわれ》|一同《いちどう》は|畜生《ちくしやう》の
|体《からだ》と|忽《たちま》ち|変《へん》じけり  |神《かみ》の|御国《みくに》に|生《うま》れたる
|凡《すべ》ての|人《ひと》は|言霊《ことたま》や  |身《み》の|行《おこな》ひを|慎《つつし》みて
|清《きよ》き|人格《じんかく》|保《たも》てよと  |示《しめ》させ|給《たま》ふ|神教《みをしへ》に
|迷《まよ》ひの|雲《くも》も|晴《は》れ|渡《わた》り  |松姫《まつひめ》、お|節《せつ》の|目《め》の|前《まへ》で
|神《かみ》の|使《つかひ》の|神人《しんじん》に  |天地《てんち》|自然《しぜん》の|真理《しんり》をば
|説《と》き|示《しめ》されて|三五《あななひ》の  |神《かみ》の|教《をしへ》に|入信《にふしん》し
|竜若司《たつわかつかさ》と|呼《よ》ばれたる  |昔《むかし》の|名《な》をば|改《あらた》めて
|竜国別《たつくにわけ》と|名《な》を|賜《たま》ひ  |茲《ここ》に|尊《たふと》き|宣伝使《せんでんし》
|玉治別《たまはるわけ》や|国依別《くによりわけ》の  |教《をしへ》の|司《つかさ》と|諸共《もろとも》に
|高春山《たかはるやま》に|捉《とら》はれし  |高姫《たかひめ》、|黒姫《くろひめ》|両人《りやうにん》を
|救《すく》ひ|出《だ》さむと|立向《たちむか》ひ  |杢助《もくすけ》、お|初《はつ》の|応援《おうゑん》に
アルプス|教《けう》の|神司《かむつかさ》  |鷹依姫《たかよりひめ》を|言向《ことむ》けて
|紫色《むらさきいろ》の|宝玉《ほうぎよく》や  |高姫《たかひめ》、|黒姫《くろひめ》|両人《りやうにん》を
|此方《こなた》に|受取《うけと》り|鷹依姫《たかよりひめ》の  |神《かみ》の|司《つかさ》をよく|見《み》れば
|思《おも》ひ|掛《がけ》なき|垂乳根《たらちね》の  |生《う》みの|母《はは》ぞと|判明《はんめい》し
|驚《おどろ》き|喜《よろこ》び|神恩《しんおん》を  |感謝《かんしや》しながら|親《おや》と|子《こ》が
|三五教《あななひけう》の|人々《ひとびと》と  |手《て》を|携《たづさ》へて|綾錦《あやにしき》
|高天原《たかあまはら》の|霊場《れいぢやう》に  |大宮柱《おほみやばしら》|太知《ふとし》りて
|建《た》ち|並《なら》びたる|神床《かむどこ》に  |赤《あか》き|心《こころ》を|捧《ささ》げつつ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|親《おや》と|子《こ》が  |心《こころ》の|限《かぎ》り|身《み》の|限《かぎ》り
|仕《つか》へまつれる|折《をり》もあれ  |黒姫《くろひめ》さまの|保管《ほくわん》せし
|黄金《こがね》の|玉《たま》はいつの|間《ま》か  |行方《ゆくへ》も|知《し》らず|消《き》え|失《う》せぬ
|黒姫《くろひめ》さまに|疑《うたが》はれ  |高姫《たかひめ》さまに|追《お》ひ|出《だ》され
|親子《おやこ》は|悲《かな》しきさすらひの  |旅《たび》に|上《のぼ》りて|宝玉《ほうぎよく》の
|在処《ありか》を|捜《さが》し|高姫《たかひめ》の  |疑念《ぎねん》をはらし|清《きよ》めむと
|棚無《たなな》し|船《ぶね》に|身《み》を|任《まか》せ  |当所《あてど》も|波《なみ》の|上《うへ》を|漕《こ》ぎ
|広袤千里《くわうぼうせんり》の|海原《うなばら》を  |難行《なんぎやう》|苦行《くぎやう》の|末《すゑ》|遂《つひ》に
|高砂島《たかさごじま》のテルの|国《くに》  テーリスタンやカーリンス
|茲《ここ》に|四人《よにん》の|一行《いつかう》は  |恙《つつが》もあらず|上陸《じやうりく》し
|玉《たま》の|在処《ありか》を|捜《さが》せども  |果《は》てしも|知《し》らぬ|大国《たいごく》を
|仮令《たとへ》|百年《ひやくねん》|探《さぐ》るとも  いかでか|捜《さが》し|得《う》べけむや
|親子《おやこ》は|首《かうべ》を|傾《かたむ》けつ  |千思《せんし》|万慮《ばんりよ》の|其《その》|結果《けつくわ》
|見込《みこみ》はアリナの|滝《たき》の|上《うへ》  |親子《おやこ》の|心《こころ》を|照《て》らすなる
|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|現《あら》はれて  |猿世《さるよ》の|彦《ひこ》の|旧蹟地《きうせきち》
|岩窟《いはや》の|側《そば》に|草庵《さうあん》を  |結《むす》びて|神《かみ》を|祀《まつ》りつつ
|鷹依姫《たかよりひめ》の|吾母《わがはは》を  |岩窟《がんくつ》|深《ふか》く|忍《しの》ばせて
|権謀術数《けんぼうじゆつすう》の|悪業《あくげふ》と  |心《こころ》を|悩《なや》ませ|痛《いた》めつつ
|一《ひと》つの|策《さく》をねり|出《だ》して  われは|審神者《さには》の|役《やく》となり
|母《はは》は|月照彦《つきてるひこ》となり  テーリスタンやカーリンス
|二人《ふたり》を|言触《ことふ》れ|神《がみ》となし  |高砂島《たかさごじま》の|全体《ぜんたい》を
|月照彦大神《つきてるひこのおほかみ》に  |玉《たま》を|献《けん》ぜし|者《もの》あらば
すべての|願《ねがひ》を|叶《かな》へむと  |宣《の》らせ|給《たま》ふと|触《ふ》れまはし
|其《その》|効《かう》|空《むな》しからずして  |遠《とほ》き|近《ちか》きの|国々《くにぐに》の
|種々《しゆじゆ》の|玉《たま》をば|携《たづさ》へて  |詣《まう》で|来《きた》れる|可笑《をか》しさよ
|心《こころ》の|底《そこ》は|何《なん》となく  ウラ|恥《はづ》かしく|思《おも》へども
|黄金《こがね》の|玉《たま》の|行方《ゆくへ》をば  |探《さぐ》らむ|為《ため》の|此《この》|手段《てだて》
|吾《わが》|真心《まごころ》を|天地《あめつち》の  |神《かみ》も|照覧《せうらん》ましまさむ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |広《ひろ》き|心《こころ》に|宣《の》り|直《なほ》し
|善《よ》きに|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し  |黄金《こがね》の|玉《たま》を|一日《いちにち》も
|早《はや》く|取寄《とりよ》せ|給《たま》へよと  |祈《いの》る|折《をり》しもヒルの|国《くに》
テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》が  |献《たてまつ》りたる|黄金《わうごん》の
|玉《たま》に|喉《のど》をば|鳴《な》らしつつ  |夜陰《やいん》に|紛《まぎ》れてアリナ|山《さん》
|一行《いつかう》|四人《よにん》|打《う》ちわたり  |荒野ケ原《あらのがはら》に|露《つゆ》の|宿《やど》
|借《か》る|折《をり》もあれ|木《こ》の|花《はな》の  |神《かみ》の|命《みこと》の|御化身《ごけしん》に
|戒《いまし》められて|改心《かいしん》し  |原野《げんや》を|渉《わた》り|海《うみ》を|越《こ》え
アマゾン|河《がは》を|溯《さかのぼ》り  |時雨《しぐれ》の|森《もり》の|南森《みなみもり》
|兎《うさぎ》の|一族《いちぞく》|住《す》まひたる  |青垣山《あをがきやま》の|聖場《せいぢやう》に
|立現《たちあら》はれて|諸々《もろもろ》の  |鳥《とり》|獣《けだもの》に|三五《あななひ》の
|誠《まこと》を|諭《さと》し|言霊《ことたま》の  |威力《ゐりよく》を|示《しめ》す|折柄《をりから》に
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》のあたりより  |輝《かがや》き|来《きた》る|霊光《れいくわう》に
|吾等《われら》|一同《いちどう》|勇《いさ》み|立《た》ち  |月大神《つきおほかみ》の|御前《おんまへ》に
|感謝《かんしや》|祈願《きぐわん》をなせる|折《をり》  |三五教《あななひけう》の|高姫《たかひめ》が
|数多《あまた》の|司《つかさ》を|従《したが》へて  |波《なみ》|立《た》ち|狂《くる》ふ|激流《げきりう》を
|鰐《わに》の|族《やから》に|助《たす》けられ  |厳言霊《いづことたま》を|宣《の》りながら
|進《すす》み|来《きた》るぞ|嬉《うれ》しけれ  ここに|吾等《われら》は|雀躍《こをどり》し
|大森林《だいしんりん》の|禽獣《きんじう》に  |神《かみ》の|教《をしへ》を|蒙《かうむ》りて
|一定《いつてい》|不変《ふへん》の|律法《りつぽふ》を  |制定《せいてい》しながらアマゾンの
|河辺《かはべ》に|潜《ひそ》む|怪獣《くわいじう》を  |言向《ことむ》け|和《やは》し|天国《てんごく》の
|恵《めぐみ》の|光《ひか》りを|与《あた》へつつ  |茲《ここ》に|一行《いつかう》|十二人《じふににん》
|琉《りう》と|球《きう》との|霊光《れいくわう》を  |目当《めあて》となして|西北《せいほく》の
|雲間《くもま》に|近《ちか》き|大高山《だいかうざん》  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|駆《か》け|登《のぼ》り
|言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の  |神《かみ》の|命《みこと》に|面会《めんくわい》し
|嬉《うれ》し|涙《なみだ》に|暮《く》れながら  |互《たがひ》に|無事《ぶじ》を|祝《しゆく》しつつ
|前途《ぜんと》の|光明《くわうみやう》|楽《たのし》みて  |茲《ここ》に|一行《いつかう》|十八《じふはち》の
|身魂《みたま》は|山野《さんや》を|打渉《うちわた》り  |日数《ひかず》を|重《かさ》ねて|漸《やうや》くに
ウヅの|館《やかた》に|来《き》て|見《み》れば  げに|有難《ありがた》き|末子姫《すゑこひめ》
|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》と|諸共《もろとも》に  |遠《とほ》き|浪路《なみぢ》を|打渡《うちわた》り
ここに|降臨《かうりん》ましまして  |治《をさ》め|給《たま》へる|尊《たふと》さよ
|国彦司《くにひこつかさ》の|貴《うづ》の|御子《みこ》  |松若彦《まつわかひこ》が|忠実《ちうじつ》に
いそしみ|給《たま》ふ|功績《いさをし》は  |月日《つきひ》の|如《ごと》く|輝《かがや》きて
|怪《あや》しき|雲《くも》の|影《かげ》もなく  |国人《くにびと》|歓《ゑら》ぎ|睦《むつ》びつつ
|高砂島《たかさごじま》の|名《な》に|恥《は》ぢず  ウヅの|都《みやこ》の|名《な》も|清《きよ》く
|栄《さか》えいませる|其《その》|中《なか》に  |言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》
はるばる|此処《ここ》に|下《くだ》りまし  |神徳《しんとく》ますます|赫灼《いやちこ》に
|輝《かがや》きわたり|給《たま》ひけり  アマゾン|河《がは》に|迷《まよ》ひたる
|吾等《われら》|一行《いつかう》|助《たす》けよと  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|清《きよ》き|尊《たふと》き|神懸《かむがか》り  |其《その》|御教《みをしへ》を|畏《かしこ》みて
|自《みづか》ら|言依別神《ことよりわけのかみ》  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|登《のぼ》りまし
|吾等《われら》|一行《いつかう》は|云《い》ふも|更《さら》  アマゾン|河《がは》や|森林《しんりん》に
|潜《ひそ》む|曲津《まがつ》に|無限《むげん》なる  |仁慈《じんじ》の|恵《めぐみ》を|垂《た》れ|給《たま》ひ
|其《その》|神徳《しんとく》はいや|高《たか》く  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》の|頂上《ちやうじやう》に
|光《ひか》り|輝《かがや》き|給《たま》ひけり  |頃《ころ》しもあれや|現世《うつしよ》の
|救《すく》ひの|神《かみ》と|現《あ》れませる  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は
|高砂島《たかさごじま》に|蟠《わだか》まる  |醜《しこ》の|霊《みたま》を|言向《ことむ》けて
|安《やす》きに|救《すく》ひ|助《たす》けむと  |天降《あも》りましたる|尊《たふと》さよ
|思《おも》へば|思《おも》へば|罪深《つみふか》き  |吾等《われら》|親子《おやこ》がはしなくも
|尊《たふと》き|神《かみ》にめぐり|会《あ》ひ  |御影《みかげ》を|拝《はい》する|嬉《うれ》しさは
|仮令《たとへ》|天地《てんち》は|変《かは》るとも  |千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|忘《わす》れまじ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|今日《けふ》の|親子《おやこ》が|喜《よろこ》びを  |幾千代《いくちよ》|迄《まで》も|変《かは》りなく
|恵《めぐ》ませ|給《たま》へ|惟神《かむながら》  |神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|自席《じせき》に|着《つ》きぬ。
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
第一九章 |軽石車《かるいしぐるま》〔九一〇〕
|今《いま》までバラモン|教《けう》の|教主《けうしゆ》となり、|高照山《たかてるやま》の|山麓《さんろく》に|宏大《くわうだい》なる|館《やかた》を|造《つく》り、|其《その》|勢力《せいりよく》を|四方《よも》に|拡充《くわくじゆう》したる|石熊《いしくま》は、|乾《いぬゐ》の|滝《たき》に|禊《みそぎ》をなす|折柄《をりから》、|大蛇《をろち》に|魅入《みい》られ、|身体《しんたい》|強直《きやうちよく》し、|今《いま》や|危機一髪《ききいつぱつ》の|際《さい》、|末子姫《すゑこひめ》の|一行《いつかう》に|言霊《ことたま》を|以《もつ》て|救《すく》はれ、|茲《ここ》にいよいよ|三五《あななひ》の|教《をしへ》に|帰順《きじゆん》し、テル|山峠《やまたうげ》を|乗越《のりこ》え、|巽《たつみ》の|池《いけ》の|魔神《まがみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》さむとして|大失敗《だいしつぱい》を|演《えん》じ、|腰《こし》を|抜《ぬ》かし、|一時《いちじ》は|両脚《りやうあし》の|自由《じいう》を|失《うしな》ひ|困窮《こんきう》の|折柄《をりから》、カールの|奇智《きち》によりて|助《たす》けられ、カールの|後《あと》を|追《お》つかけ、|末子姫《すゑこひめ》の|御後《みあと》を|慕《した》ひて|此処《ここ》に|参《ま》ゐ|詣《まう》で、バラモン|教《けう》の|信徒《しんと》を|悉《ことごと》く|三五教《あななひけう》に|導《みちび》き|高照山《たかてるやま》の|霊場《れいぢやう》をウヅの|館《やかた》の|末子姫《すゑこひめ》が|出張所《しゆつちやうじよ》となし、|捨子姫《すてこひめ》、カールの|両人《りやうにん》をして、|此《この》|神館《かむやかた》を|守《まも》らしめ|居《ゐ》たりしが、|此《この》|度《たび》|言依別命《ことよりわけのみこと》、ウヅの|館《やかた》へ|降《くだ》り|来《きた》れるを|機会《きくわい》に、|石熊《いしくま》はカールを|招《まね》き、|春彦《はるひこ》を|伴《ともな》ひ、|言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》に|従《したが》ひ、アマゾン|河《がは》に|立向《たちむか》ひ、|漸《やうや》くにして|一行《いつかう》|一八人《じふはちにん》と|共《とも》に、ウヅの|都《みやこ》に|凱旋《がいせん》し、|見《み》れば|思《おも》ひもかけぬ|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の|御降臨《ごかうりん》と|聞《き》き、|歓喜《くわんき》の|念《ねん》に|堪《た》へず、|茲《ここ》に|祝歌《しゆくか》をうたつて|舞踏《ぶたう》し|始《はじ》めた。|其《その》|歌《うた》、
『|常世《とこよ》の|国《くに》の|自在天《じざいてん》  |大国彦《おほくにひこ》や|大国別《おほくにわけ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|樹《た》て|給《たま》ふ  バラモン|教《けう》の|御教《みをしへ》を
|此上《こよ》なき|救《すく》ひの|道《みち》となし  |心《こころ》の|限《かぎ》り|身《み》の|限《かぎ》り
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|仕《つか》へつつ  |沐雨櫛風《もくうしつぷう》の|労《らう》を|積《つ》み
|教《をしへ》を|四方《よも》に|開《ひら》きつつ  |三五教《あななひけう》を|目《め》の|上《うへ》の
|敵《かたき》と|思《おも》ひあやまりて  |教《をしへ》の|御子《みこ》をウヅの|国《くに》
これの|館《やかた》に|忍《しの》ばせて  いろいろ|雑多《ざつた》と|画策《くわくさく》を
めぐらし|来《きた》りし|愚《おろ》かさよ  テル|山峠《やまたうげ》の|中腹《ちうふく》に
|高《たか》くかかれる|大瀑布《だいばくふ》  |乾《いぬゐ》の|池《いけ》より|降《くだ》り|来《く》る
|水《みづ》に|身魂《みたま》を|清《きよ》めつつ  |天眼通《てんがんつう》の|神力《しんりき》を
|授《さづ》け|給《たま》へと|祈《いの》る|折《をり》  |吾《わが》|身体《しんたい》は|強直《きやうちよく》し
|身動《みうご》きならぬ|不思議《ふしぎ》さに  |仰《あふ》いで|瀑布《ばくふ》を|眺《なが》むれば
さも|恐《おそ》ろしき|大蛇《をろち》|奴《め》が  |眼《め》を|怒《いか》らしつ|口《くち》|開《ひら》き
|呑《の》み|喰《くら》はむと|構《かま》へ|居《ゐ》る  |其《その》|恐《おそ》ろしさ|身《み》も|震《ふる》ひ
|胸《むね》も|轟《とどろ》き|悩《なや》む|折《をり》  |忽《たちま》ち|聞《きこ》ゆる|三五《あななひ》の
|誠《まこと》の|道《みち》の|宣伝歌《せんでんか》  |近付《ちかづ》き|来《きた》る|嬉《うれ》しさに
|以前《いぜん》の|心《こころ》を|取直《とりなほ》し  |私《ひそか》に|感謝《かんしや》し|居《ゐ》たりしが
|三千世界《さんぜんせかい》の|救世主《きうせいしゆ》  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|八人乙女《やたりをとめ》の|末子姫《すゑこひめ》  |捨子《すてこ》の|姫《ひめ》を|伴《ともな》ひて
|吾《わが》|側近《そばちか》く|仕《つか》へたる  カールの|司《つかさ》を|先頭《せんとう》に
|悠々《いういう》|進《すす》み|来《きた》りまし  |九死一生《きうしいつしやう》の|危難《きなん》をば
|安々《やすやす》|救《すく》はせ|給《たま》ひつつ  |大蛇《をろち》に|向《むか》つて|言霊《ことたま》の
|恵《めぐみ》も|深《ふか》き|露《つゆ》の|玉《たま》  |注《そそ》がせ|給《たま》へば|流石《さすが》にも
|獰猛《だうまう》なりし|曲神《まがかみ》は  |涙《なみだ》を|流《なが》し|喜《よろこ》びて
|執着心《しふちやくしん》を|解脱《げだつ》なし  |恵《めぐみ》の|綱《つな》に|曳《ひ》かれつつ
|雲《くも》を|起《おこ》して|天上《てんじやう》に  |喜《よろこ》び|勇《いさ》み|昇《のぼ》りゆく
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|尊《たふと》さよ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》に|従《したが》ひて  テル|山峠《やまたうげ》の|峻坂《しゆんぱん》を
|登《のぼ》りつ|下《くだ》りつ|楠《くすのき》の  |樹蔭《こかげ》に|一夜《ひとよ》の|雨宿《あまやど》り
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|一行《いつかう》と  |巽《たつみ》の|池《いけ》に|立向《たちむか》ひ
|世人《よびと》を|悩《なや》め|喰《くら》ふなる  |大蛇《をろち》を|言向《ことむ》け|和《やは》さむと
|心《こころ》も|勇《いさ》み|進《すす》み|行《ゆ》く  |神徳《しんとく》|足《た》らぬ|石熊《いしくま》が
|宣《の》る|言霊《ことたま》は|忽《たちま》ちに  |大蛇《をろち》の|怒《いかり》を|激発《げきはつ》し
|風《かぜ》|吹《ふ》き|荒《すさ》び|浪《なみ》|猛《たけ》り  |雨《あめ》は|車軸《しやぢく》と|降《ふ》り|来《きた》り
|何《なん》と|詮方《せんかた》なき|儘《まま》に  |兜《かぶと》を|脱《ぬ》いで|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|御前《おんまへ》に  |心《こころ》の|罪《つみ》を|謝《しや》しければ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》は|忽《たちま》ちに  |厳《いづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|上《あ》げて
|雲霧《くもきり》|四方《よも》に|吹払《ふきはら》ひ  |波《なみ》をば|鎮《しづ》め|雨《あめ》を|止《と》め
|稜威《いづ》の|神力《しんりき》|目《ま》のあたり  |示《しめ》させ|給《たま》ふ|尊《たふと》さよ
|忽《たちま》ち|大蛇《をろち》は|解脱《げだつ》して  |巽《たつみ》の|池《いけ》の|波《なみ》を|割《わ》り
|姿《すがた》を|此処《ここ》に|現《あら》はしつ  |感謝《かんしや》しながら|空高《そらたか》く
|雲《くも》を|起《おこ》して|昇《のぼ》り|行《ゆ》く  |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|一行《いつかう》は
|神業《かむわざ》|終《を》へて|池《いけ》の|辺《べ》を  |後《あと》に|眺《なが》めて|去《さ》り|給《たま》ふ
いかにやしけむ|石熊《いしくま》は  |両脚《りやうあし》|自由《じいう》を|失《うしな》ひて
|行歩《かうほ》も|自由《まま》にならざれば  カールの|司《つかさ》を|呼《よ》びとどめ
|救《すく》ひを|求《もと》め|鎮魂《ちんこん》の  |其《その》|神業《かむわざ》を|頼《たの》めども
カールは|如何《いかが》|思《おも》ひけむ  |口《くち》を|極《きは》めて|嘲弄《てうろう》し
|尻《しり》をからげて|逃《に》げ|出《いだ》す  |其《その》|無念《むねん》さに|腹《はら》を|立《た》て
カールの|司《つかさ》|思《おも》ひ|知《し》れ  |仇敵《かたき》を|討《う》たねばおかないと
|雄健《をたけ》ぶ|機《はずみ》に|両脚《りやうあし》は  |思《おも》ふが|儘《まま》に|活動《くわつどう》し
カールの|後《あと》を|追《お》ひながら  ウヅの|館《やかた》に|来《き》て|見《み》れば
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》や|捨子姫《すてこひめ》  |松若彦《まつわかひこ》の|真心《まごころ》を
こめさせ|給《たま》ひし|御待遇《ごたいぐう》  |嬉《うれ》し|涙《なみだ》に|暮《く》れ|果《は》てて
|殊恩《しゆおん》を|感謝《かんしや》し|忽《たちま》ちに  バラモン|教《けう》の|信徒《まめひと》を
|三五教《あななひけう》に|導《みちび》きて  |帰順《きじゆん》の|誠《まこと》を|表《へう》しつつ
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|神前《しんぜん》に  |仕《つか》へまつりし|折柄《をりから》に
げに|有難《ありがた》き|三五《あななひ》の  |言依別《ことよりわけ》の|神司《かむづかさ》
|此処《ここ》に|現《あら》はれ|給《たま》ひつつ  |尊《たふと》き|教《をしへ》を|宣《の》り|給《たま》ふ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|有難《ありがた》や
|辱《かたじけ》なしと|真心《まごころ》を  |捧《ささ》ぐる|折《をり》しも|瑞御霊《みづみたま》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は  |捨子《すてこ》の|姫《ひめ》の|口《くち》を|藉《か》り
アマゾン|河《がは》の|森林《しんりん》に  |立向《たちむか》ひたる|高姫《たかひめ》や
|鷹依姫《たかよりひめ》の|応援《おうゑん》に  |早《はや》く|向《むか》へと|宣《の》り|給《たま》ふ
|其《その》|神勅《しんちよく》を|畏《かしこ》みて  |言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》
|正純彦《まさずみひこ》を|始《はじ》めとし  カール、|石熊《いしくま》、|春公《はるこう》を
|伴《ともな》ひ|館《やかた》を|立出《たちい》でて  |千里《せんり》の|原野《はらの》を|打渉《うちわた》り
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|立向《たちむか》ひ  |国依別《くによりわけ》の|神司《かむづかさ》に
|対面《たいめん》されて|琉《りう》、|球《きう》の  |玉《たま》の|光《ひか》りにアマゾンの
|河《かは》の|魔神《まがみ》や|森林《しんりん》の  |猛《たけ》き|獣《けもの》の|荒《すさ》びをば
|言向《ことむ》け|和《やは》し|霊光《れいくわう》に  |照《て》らさせ|給《たま》ふ|有難《ありがた》さ
|鷹依姫《たかよりひめ》や|高姫《たかひめ》の  |神《かみ》の|司《つかさ》と|諸共《もろとも》に
|帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|相会《あひくわい》し  |教主《けうしゆ》の|君《きみ》に|従《したが》ひて
|身《み》も|勇《いさ》ましくウヅ|館《やかた》  |凱旋《がいせん》したる|目出度《めでた》さよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|恵《めぐ》みの|浅《あさ》からず
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|恋《こ》ひしたふ  |瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|救世主《きうせいしゆ》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は  |斎苑《いそ》の|館《やかた》を|立出《たちい》でて
|自《みづか》ら|此処《ここ》に|降《くだ》りまし  |汚《けが》れ|果《は》てたる|吾々《われわれ》が
|身魂《みたま》を|清《きよ》め|与《あた》へむと  |御幸《みゆき》ありしぞ|有難《ありがた》き
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |神《かみ》の|恵《めぐみ》を|蒙《かうむ》りて
|心《こころ》きたなき|石熊《いしくま》の  |重《おも》き|罪《つみ》をば|赦《ゆる》せかし
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|神恩《しんおん》の  |尊《たふと》き|限《かぎ》りを|忘《わす》れずに
|孫子《まごこ》に|伝《つた》へていや|固《かた》く  |仕《つか》へまつらむ|惟神《かむながら》
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|大御神《おほみかみ》  |国魂神《くにたまがみ》の|御前《おんまへ》に
|神寿《かむほ》ぎ|言《ごと》を|宣《の》りあげて  |畏《かしこ》み|畏《かしこ》み|願《ね》ぎ|申《まを》す
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|自分《じぶん》の|懺悔《ざんげ》や|経歴《けいれき》を|語《かた》り、|且《か》つ|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|大神《おほかみ》の|降臨《かうりん》ありし|事《こと》を|感謝《かんしや》し、|自席《じせき》に|復《ふく》しぬ。
カールは|又《また》もや|立上《たちあが》つて|両手《りやうて》を|拍《う》ち、|腰《こし》を|振《ふ》り、|面白《おもしろ》く|踊《をど》りながら|歌《うた》ふ。
『|罪《つみ》もカールの|神司《かむづかさ》  |口《くち》もカールの|神司《かむづかさ》
|手足《てあし》もカールの|神司《かむづかさ》  カールガール|皆《みな》さまが
|尊《たふと》き|歌《うた》を|誦《よ》みながら  |踊《をど》つて|舞《ま》うて|来歴《らいれき》を
|数千万言《すうせんまんげん》|並《なら》べ|立《た》て  |最後《さいご》に|至《いた》つて|救世主《きうせいしゆ》
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の  ウヅの|館《やかた》に|天降《あまくだ》り
ましましたりと|聞《き》くよりも  |手《て》の|舞《ま》ひ|足《あし》の|踏《ふ》み|所《どころ》
|知《し》らぬ|許《ばか》りの|嬉《うれ》しさを  |得意《とくい》の|言霊《ことたま》|運転《うんてん》し
|高尚《かうしやう》|優雅《いうが》に|述《の》べ|上《あ》ぐる  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
カールも|一《ひと》つ|驥尾《きび》に|附《ふ》し  |何《なに》か|歌《うた》はにやなるまいと
|此《この》|場《ば》にスツクと|立上《たちあが》り  |得意《とくい》の|手踊《てをど》りお|目《め》にかけ
|言霊車《ことたまぐるま》|押《お》しませう  バラモン|教《けう》の|神司《かむづかさ》
|頭《あたま》の|固《かた》き|石熊《いしくま》が  |高照山《たかてるやま》の|山麓《さんろく》に
|教《をしへ》の|館《やかた》を|構《かま》へつつ  |猜疑《さいぎ》の|心《こころ》|深《ふか》くして
|三五教《あななひけう》を|邪魔助《じやますけ》と  |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|思《おも》ひつめ
ウヅの|館《やかた》にまはし|者《もの》  |信者《しんじや》に|化《ば》かして|入《い》りこませ
あらゆる|手段《てだて》をめぐらして  |漁夫《ぎよふ》の|巨利《きより》をば|占《し》めむとす
|其《その》|憎《にく》さげな|行動《かうどう》を  |顛覆《てんぷく》さしてくれむずと
|松若彦《まつわかひこ》の|前《まへ》に|出《い》で  |心《こころ》の|丈《たけ》を|打開《うちあ》けて
|願《ねが》へば|松若彦《まつわかひこ》の|神《かみ》  |暫《しば》し|首《かうべ》を|傾《かたむ》けて
|吐息《といき》をもらし|宣《の》らすやう  あゝ|是非《ぜひ》もない|是非《ぜひ》もない
カールの|勝手《かつて》にするがよい  |石熊館《いしくまやかた》に|忍《しの》び|込《こ》み
|偵察《ていさつ》するのはよけれども  |虜《とりこ》になつてくれるなよ
お|前《まへ》の|心《こころ》はブカブカと  |信仰《しんかう》きまらぬ|浮草《うきぐさ》よ
|昨日《きのふ》はこちらの|岸《きし》に|咲《さ》き  |今日《けふ》は|向方《むかふ》の|岸《きし》に|咲《さ》く
|安心《あんしん》ならぬと|宣《のたま》へば  カールは|左右《さいう》に|首《くび》をふり
|私《わたし》も|男《をとこ》で|御座《ござ》ります  |石熊《いしくま》|如何《いか》に|弁舌《べんぜつ》を
|揮《ふる》つて|籠絡《らうらく》しようとも  どうしてどうして|動《うご》きませう
|必《かなら》ず|心配《しんぱい》|遊《あそ》ばすな  |細工《さいく》は|流々《りうりう》|仕上《しあ》がりを
|見《み》てゐて|下《くだ》されませいやと  バラモン|教《けう》に|化《ば》けこんで
|石熊《いしくま》さまにお|気《き》に|入《い》り  お|側《そば》の|重《おも》き|役《やく》となり
|信任《しんにん》されたる|苦《くる》しさよ  |頃《ころ》しもあれや|素盞嗚《すさのを》の
|神《かみ》の|尊《みこと》の|貴《うづ》の|御子《みこ》  |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》や|捨子姫《すてこひめ》
|遠《とほ》き|波路《なみぢ》を|打渡《うちわた》り  ウヅの|館《やかた》に|出《い》でますと
|天眼力《てんがんりき》かは|知《し》らねども  |石熊《いしくま》さまが|前知《ぜんち》して
|吾々《われわれ》|五人《ごにん》をテル|山《やま》の  |峠《たうげ》を|越《こ》えてハル|港《みなと》
|二人《ふたり》の|女《をんな》を|待伏《まちぶ》せて  ものをも|言《い》はせずフン|縛《じば》り
|高照山《たかてるやま》に|帰《かへ》れよと  さもいかめしき|御命令《ごめいれい》
|心《こころ》そぐはぬ|五人連《ごにんづ》れ  |黄昏《たそがれ》|過《す》ぐる|芝《しば》の|上《うへ》
|息《いき》を|休《やす》らふ|折柄《をりから》に  |片方《かたへ》の|木蔭《こかげ》に|怪《あや》しくも
|細《ほそ》く|聞《きこ》ゆる|怪声《くわいせい》に  |伴《つ》れの|奴等《やつら》は|肝《きも》つぶし
バラバラバラと|逃《に》げて|行《ゆ》く  カールは|後《あと》に|只《ただ》|一人《ひとり》
|木蔭《こかげ》に|佇《たたず》み|伺《うかが》へば  これこそ|確《たしか》に|末子姫《すゑこひめ》
|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》と|知《し》つた|故《ゆゑ》  テル|山峠《やまたうげ》の|案内《あんない》に
|仕《つか》へまつりて|登《のぼ》る|折《をり》  |水音《みなおと》|高《たか》き|滝《たき》の|声《こゑ》
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|命令《めいれい》に  |乾《いぬゐ》の|滝《たき》に|往《い》て|見《み》れば
|豈計《あにはか》らむや|石熊《いしくま》の  |神《かみ》の|司《つかさ》は|滝《たき》の|下《した》
|化石《くわせき》の|如《ごと》く|固《かた》まりて  |両眼《りやうがん》|計《ばか》りキヨロつかせ
|苦《くるし》み|居《ゐ》たる|気《き》の|毒《どく》さ  |末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|言霊《ことたま》に
|大蛇《をろち》の|霊《みたま》を|解脱《げだつ》させ  |石熊《いしくま》さまを|従《したが》へて
テル|山峠《やまたうげ》の|急坂《きふはん》を  |節《ふし》|面白《おもしろ》く|歌《うた》ひつつ
|降《くだ》り|降《くだ》りて|楠《くす》の|森《もり》  |短《みじか》き|夏《なつ》の|一夜《ひとよさ》を
|明《あ》かして|巽《たつみ》の|池《いけ》の|辺《べ》に  |迎《むか》への|人《ひと》と|諸共《もろとも》に
|一行《いつかう》|七人《しちにん》|立向《たちむか》ひ  |石熊《いしくま》さまの|言霊《ことたま》に
|大蛇《をろち》の|神《かみ》は|怒《いか》り|立《た》ち  |形勢《けいせい》|不穏《ふをん》となりければ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》は|厳《おごそ》かに  |貴《うづ》の|言霊《ことたま》|宣《の》り|給《たま》ひ
|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》け|和《やは》しつつ  |天《てん》に|救《すく》はせ|給《たま》ひける
|石熊《いしくま》さまは|腰《こし》|抜《ぬ》かし  アイタヽタツタアイタヽヽ
どうしたものか|俺《おれ》の|足《あし》  |一寸《ちよつと》も|云《い》ふ|事《こと》ききよらぬ
|助《たす》けて|呉《く》れよと|泣《な》き|出《いだ》す  |妙《めう》なことをば|云《い》ふ|人《ひと》ぢや
|耳《みみ》なら|如何《いか》に|遠《とほ》くても  |聞《き》くであらうが|足《あし》が|又《また》
|耳《みみ》の|代《かは》りをするものか  |早《はや》く|立《た》て|立《た》て|早立《はやた》てと
|言霊車《ことたまぐるま》を|押《お》しつれど  |躄《ゐざり》になつた|石熊《いしくま》は
|身動《みうご》きならぬ|気《き》の|毒《どく》さ  |直《なほ》してやらねばなるまいと
|愛想《あいさう》づかしの|数々《かずかず》を  |並《なら》べ|立《た》つれば|石熊《いしくま》は
|目《め》を|釣《つ》り|上《あ》げて|立腹《りつぷく》し  おのれカール|奴《め》|馬鹿《ばか》にすな
|今《いま》にぞ|思《おも》ひ|知《し》らせむと  |足《あし》の|痛《いた》みを|打忘《うちわす》れ
|大地《だいち》をドンドン|響《ひび》かせて  カールの|後《あと》について|来《く》る
|足《あし》もカールの|石熊《いしくま》は  |始《はじ》めてカールの|真心《まごころ》を
|心《こころ》の|底《そこ》より|諒解《りやうかい》し  |嬉《うれ》し|涙《なみだ》を|流《なが》しつつ
|御礼《おれい》を|云《い》うて|下《くだ》さつた  コレコレモウシ|石熊《いしくま》さま
|御礼《おれい》は|言《い》うて|下《くだ》さるな  |私《わたし》が|直《なほ》すぢやない|程《ほど》に
|尊《たふと》き|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》と  お|前《まへ》の|心《こころ》が|引立《ひきた》つて
|足《あし》が|立《た》つたに|違《ちがひ》ない  |私《わたし》にお|礼《れい》を|言《い》ふよりは
|三五教《あななひけう》の|神様《かみさま》に  |感謝《かんしや》|祈願《きぐわん》の|太祝詞《ふとのりと》
|奏上《そうじやう》なさるがよからうと  |一寸《ちよつと》|教《をし》へてやつたれば
|石熊《いしくま》さまは|手《て》を|拍《う》つて  カールさまお|前《まへ》の|云《い》ふ|通《とほ》り
|寔《まこと》に|感服《かんぷく》しましたと  ニツと|笑《わら》うた|其《その》|顔《かほ》は
|今《いま》も|吾《わが》|目《め》にちらついて  どしても|斯《こ》しても|忘《わす》られぬ
カール、|石熊《いしくま》|両人《りやうにん》は  いよいよ|心《こころ》を|合《あは》せつつ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》や|松若彦《まつわかひこ》の  |教《をしへ》の|司《つかさ》に|能《よ》く|仕《つか》へ
|誠《まこと》を|励《はげ》む|折柄《をりから》に  |言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》
|突然《とつぜん》|此処《ここ》に|天降《あも》りまし  |尊《たふと》き|神《かみ》の|御教《みをしへ》を
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|宣《の》り|給《たま》ひ  |天《あま》の|岩戸《いはと》の|開《ひら》けたる
やうに|心《こころ》も|勇《いさ》み|立《た》ち  これでいよいよ|夜《よ》があけた
|心《こころ》にかかる|雲《くも》もない  |嬉《うれ》し|嬉《うれ》しと|喜《よろこ》んで
いそしみ|仕《つか》ふる|時《とき》もあれ  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|貴《うづ》の|教《をしへ》に|言依別《ことよりわけ》の  |瑞《みづ》の|命《みこと》は|吾々《われわれ》を
|伴《ともな》ひ|給《たま》ひて|屏風山《びやうぶやま》  |帽子ケ岳《ぼうしがだけ》に|立向《たちむか》ひ
|時雨《しぐれ》の|森《もり》やアマゾンの  |河《かは》に|潜《ひそ》める|曲神《まがかみ》を
|言向《ことむ》け|和《やは》し|悠々《いういう》と  |再《ふたた》び|館《やかた》に|凱旋《がいせん》し
|喜《よろこ》び|勇《いさ》む|時《とき》もあれ  |肉体《にくたい》|持《も》つた|正真《しやうまつ》の
|神素盞嗚神《かむすさのをのかみ》|様《さま》が  |此処《ここ》に|現《あら》はれましますと
|聞《き》いたる|時《とき》の|嬉《うれ》しさよ  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|賤《いや》しき|吾等《われら》も|天地《あめつち》の  |恵《めぐみ》の|露《つゆ》にうるほひて
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|救世主《きうせいしゆ》  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》に
|間近《まぢか》く|仕《つか》へまつるとは  |天地《あめつち》|開《ひら》けし|始《はじ》めより
これに|優《まさ》りし|喜悦《きえつ》なし  あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|嬉《うれ》しき|夢《ゆめ》は|何時迄《いつまで》も  |醒《さ》めずにあれやウヅ|館《やかた》
|一度《いちど》に|開《ひら》く|木《こ》の|花《はな》の  |匂《にほ》ひめでたくいつ|迄《まで》も
|散《ち》らずにあれや|惟神《かむながら》  |神《かみ》の|御前《みまへ》に|祝《ほ》ぎまつり
|国魂神《くにたまがみ》の|御前《おんまへ》に  |謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎまつる
|謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎまつる』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、さも|厳粛《げんしゆく》なる|宴席《えんせき》をドツと|許《ばか》り|笑《わら》はせける。
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
第二〇章 |瑞《みづ》の|言霊《ことたま》〔九一一〕
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は|奥殿《おくでん》より、|末子姫《すゑこひめ》、|言依別《ことよりわけ》、|国依別《くによりわけ》|其《その》|他《た》の|主《おも》なる|神司《かむづかさ》を|従《したが》へ、|宴席《えんせき》に|現《あら》はれ|給《たま》ひ、|一同《いちどう》に|向《むか》ひ、さも|愉快気《ゆくわいげ》に|目礼《もくれい》を|与《あた》へ、|座《ざ》の|中央《ちうあう》に|立《た》たせ|給《たま》ひて、|喜《よろこ》びの|歌《うた》をうたひ|給《たま》うた。|其《その》|大御歌《おほみうた》、
『|久方《ひさかた》の|天津御空《あまつみそら》のいや|高《たか》く
|雲《くも》|押分《おしわ》けて|降《くだ》ります
|神伊弉諾《かむいざなぎ》の|大御神《おほみかみ》
|神伊弉冊《かむいざなみ》の|大御神《おほみかみ》
|筑柴《つくし》の|日向《ひむか》の|橘《たちばな》の
|小戸《をど》の|青木《あはぎ》が|原《はら》と|聞《きこ》えたる
|天教山《てんけうざん》の|中腹《ちうふく》に
|撞《つき》の|御柱《みはしら》いや|太《ふと》く
|御立《みた》て|給《たま》ひしあが|御祖《みおや》
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》は
|天地《あめつち》|百《もも》の|神人《しんじん》の
|百《もも》の|罪科《つみとが》|負《お》ひ|給《たま》ひ
|烈火《れつくわ》の|中《なか》に|身《み》を|投《とう》じ
|根底《ねそこ》の|国《くに》に|至《いた》りまし
|豊国姫《とよくにひめ》の|大神《おほかみ》は
|阿波《あは》の|鳴門《なると》に|身《み》を|投《とう》じ
|又《また》もや|根《ね》の|国《くに》|底《そこ》の|国《くに》
|完美《うまら》に|委曲《つばら》に|取調《とりしら》べ
ここに|二柱《ふたはしら》の|大神《おほかみ》は
|再《ふたた》び|地上《ちじやう》に|現《あら》はれて
|野立《のだち》の|彦《ひこ》や|野立姫《のだちひめ》
|神《かみ》の|命《みこと》と|世《よ》を|忍《しの》び
|天地《あめつち》|百《もも》の|神人《しんじん》を
|安《やす》きに|救《すく》ひ|助《たす》けむと
|心《こころ》|悩《なや》ませ|給《たま》ひつつ
|黄金山《わうごんざん》やヒマラヤの
|峰《みね》に|現《あら》はれましまして
|三五教《あななひけう》を|樹《た》て|給《たま》ひ
|再《ふたた》び|五六七《みろく》の|神《かみ》の|世《よ》を
|開《ひら》き|給《たま》ひて|万有《ばんいう》を
|一切《いつさい》|残《のこ》らず|救《すく》はむと
|経《たて》と|緯《よこ》との|機《はた》を|織《お》り
|深遠《しんゑん》|微妙《びめう》の|神業《かむわざ》を
|開《ひら》かせ|給《たま》ふぞ|尊《たふと》けれ
|豊国姫《とよくにひめ》の|分霊《わけみたま》
|神素盞嗚《かむすさのを》のあが|魂《たま》は
|神伊弉諾《かむいざなぎ》の|大神《おほかみ》の
|教《をしへ》の|御子《みこ》と|生《うま》れ|来《き》て
|大海原《おほうなばら》に|漂《ただよ》へる
|島《しま》の|八十島《やそしま》|八十《やそ》の|国《くに》
|完美《うまら》に|委曲《つばら》に|治《し》らす|折《をり》
|八岐大蛇《やまたをろち》の|醜身魂《しこみたま》
|勢《いきほひ》|猛《たけ》き|醜狐《しこぎつね》
|曲鬼《まがおに》などの|此処彼処《ここかしこ》
|現《あら》はれ|来《きた》りて|八洲国《やしまぐに》
|世《よ》は|刈菰《かりごも》と|紊《みだ》れ|果《は》て
|山河草木《やまかはくさき》は|枯《か》れほして
|常世《とこよ》の|闇《やみ》となりにける
|神伊弉諾《かむいざなぎ》の|大神《おほかみ》は
|此《この》|惨状《さんじやう》をみそなはし
|日《ひ》の|稚宮《わかみや》を|出《い》で|立《た》ちて
|天教山《てんけうざん》に|降《くだ》りまし
|我《あ》れに|向《むか》つて|宣《のたま》はく
|汝《いまし》の|治《し》らす|国《くに》ならず
|月《つき》の|御国《みくに》に|到《いた》れよと
|涙《なみだ》|片手《かたて》に|宣《の》り|給《たま》ふ
|千万《せんまん》|無量《むりやう》の|御心《みこころ》を
|拝《はい》しまつりて|久方《ひさかた》の
|高天原《たかあまはら》に|参上《まゐのぼ》り
|姉大神《あねおほかみ》の|御前《おんまへ》に
|到《いた》りて|心《こころ》の|清《きよ》きこと
|詳《つぶ》さに|現《あら》はし|奉《まつ》らむと
|御側《みそば》に|参《まゐ》りさむらへば
|姉大神《あねおほかみ》は|怪《あや》しみて
|八洲《やす》の|河原《かはら》を|中《なか》に|置《お》き
|誓約《うけひ》をせよと|宣《の》り|給《たま》ふ
われは|畏《かしこ》み|忽《たちま》ちに
|姉《あね》のまかせる|美須麻琉《みすまる》の
|五《いつ》つの|玉《たま》を|請《こ》ひ|受《う》けて
|天《あめ》の|真名井《まなゐ》にふり|滌《そそ》ぎ
|姉大神《あねおほかみ》はわが|佩《は》ける
|十握《とつか》の|剣《つるぎ》を|手《て》に|取《と》らせ
|天《あめ》の|真名井《まなゐ》にふり|滌《そそ》ぎ
|高皇産霊《たかみむすび》の|大神《おほかみ》の
|御前《みまへ》に|畏《かしこ》み|侍《さむ》らひて
|善悪邪正《ぜんあくじやせい》の|魂分《たまわ》けを
|祈《いの》り|給《たま》へば|姉神《あねがみ》は
|厳《いづ》の|御霊《みたま》とあれましぬ
|清明無垢《せいめいむく》のあが|霊《たま》は
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|現《あら》はれぬ
|厳《いづ》と|瑞《みづ》との|霊《たま》しらべ
|善悪邪正《ぜんあくじやせい》は|明《あきら》かに
|鏡《かがみ》の|如《ごと》くなりにけり
さはさりながら|八十猛《やそたける》
|神《かみ》の|命《みこと》は|怒《いか》らして
あが|大神《おほかみ》は|誠《まこと》なり
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|救世主《きうせいしゆ》
いづくに|曲《まが》のあるべきか
|答《いら》へあれよと|詰《つ》めよつて
|畔放《あはな》ち|溝埋《みぞう》め|頻蒔《しきまき》し
|其《その》|他《ほか》|百《もも》の|荒《すさ》び|事《ごと》
|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|恐《おそ》ろしさ
|姉大神《あねおほかみ》は|畏《かしこ》みて
|天《あま》の|岩戸《いはと》に|隠《かく》れまし
|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》
|再《ふたた》び|常世《とこよ》の|暗《やみ》となり
|黒白《あやめ》も|分《わ》かぬ|悲《かな》しさに
|百《もも》の|神等《かみたち》|相議《あひはか》り
|八洲《やす》の|河原《かはら》に|集《あつ》まりて
|五伴《いつとも》の|男《を》の|神司《かむつかさ》
|鈿女《うづめ》の|神《かみ》の|演技《わざをぎ》に
|目出度《めでた》く|岩戸《いはと》は|開《ひら》きける
|神素盞嗚《かむすさのを》の|我《あ》が|魂《たま》は
|天地《あめつち》|百《もも》の|神人《かみびと》の
|千座《ちくら》の|罪《つみ》を|負《お》ひながら
|高天原《たかあまはら》を|退《やら》はれて
|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》
|当所《あてど》も|知《し》らぬ|長《なが》の|旅《たび》
|此《この》|世《よ》を|忍《しの》ぶ|身《み》となりぬ
さはさりながら|伊弉諾《いざなぎ》の
|皇大神《すめおほかみ》の|御心《おんこころ》
|秘《ひそ》かに|我《わ》れに|伝《つた》へまし
|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》を|言向《ことむ》けて
|天地《てんち》を|塞《ふさ》ぐ|村雲《むらくも》の
|大蛇《をろち》の|剣《つるぎ》を|奪《うば》ひ|取《と》り
|姉大神《あねおほかみ》に|献《たてまつ》れ
|豊葦原《とよあしはら》の|神国《かみくに》は
|頓《やが》て|汝《いまし》の|治《し》らす|国《くに》
|心《こころ》を|煩《わずら》ふ|事《こと》|勿《なか》れ
|斯《か》く|宣《の》り|終《を》へて|久方《ひさかた》の
|御空《みそら》に|高《たか》く|去《さ》りましぬ
|瑞《みづ》の|御霊《みたま》と|現《あら》はれて
|百八十国《ももやそくに》を|駆《か》けめぐり
フサの|国《くに》なるウブスナの
|大山脈《だいさんみやく》の|最高地《さいかうち》
|我《わが》|隠《かく》れ|家《や》と|定《さだ》めつつ
|新木《あらき》の|宮《みや》を|建《た》て|並《なら》べ
|日《ひ》の|出《で》の|別《わけ》に|守《まも》らせて
|八人乙女《やたりをとめ》を|中津国《なかつくに》
メソポタミヤの|顕恩《けんおん》の
|郷《さと》に|遣《つか》はしバラモンの
|教《をしへ》の|司《つかさ》を|三五《あななひ》の
|誠《まこと》の|道《みち》に|言向《ことむ》けて
|心《こころ》を|平《たひら》に|安《やす》らかに
|世界《せかい》の|神人《しんじん》|睦《むつ》び|合《あ》ひ
|松《まつ》の|神世《かみよ》の|瑞祥《ずゐしやう》を
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|立《た》てむとて
|心《こころ》を|配《くば》る|我《あ》が|身魂《みたま》
|八人乙女《やたりをとめ》の|末《すゑ》の|子《こ》と
|生《うま》れ|出《い》でたる|末子姫《すゑこひめ》
|仕組《しぐみ》の|糸《いと》に|操《あやつ》られ
|高砂島《たかさごじま》に|渡《わた》り|来《き》て
アルゼンチンのウヅ|館《やかた》
|現幽二界《げんいうにかい》の|救主《きうしゆ》ぞと
|敬《うやま》はれつつ|神《かみ》の|道《みち》
|開《ひら》きいますと|聞《き》きしより
|斎苑《いそ》の|館《やかた》を|立出《たちい》でて
|鳥《とり》の|磐樟船《いはくすふね》に|乗《の》り
やうやう|此処《ここ》に|来《き》て|見《み》れば
|言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
|国依別《くによりわけ》や|高姫《たかひめ》や
|鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|相並《あひなら》び
アマゾン|河《がは》に|潜《ひそ》みたる
|八岐大蛇《やまたをろち》の|残党《ざんたう》や
|猛《たけ》き|獣《けもの》を|悉《ことごと》く
あが|三五《あななひ》の|大道《おほみち》に
|言向《ことむ》け|和《やは》し|帰《かへ》り|来《く》る
|其《その》|勇《いさ》ましき|有様《ありさま》を
|見《み》るより|心《こころ》も|勇《いさ》み|立《た》ち
|汝等《なんぢら》|正《ただ》しき|神《かみ》の|子《こ》に
|神祝《かむほ》ぎ|言葉《ことば》を|述《の》べむとて
|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれ|来《きた》りしぞ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|大道《おほぢ》をよく|守《まも》り
|五六七《みろく》の|神世《みよ》の|神政《しんせい》に
|清《きよ》く|仕《つか》へて|天地《あめつち》の
|神《かみ》の|柱《はしら》となれよかし
|神《かみ》は|汝《なんぢ》と|倶《とも》にあり
|人《ひと》は|神《かみ》の|子《こ》|神《かみ》の|宮《みや》
|小《ちひ》さき|慾《よく》に|踏《ふ》み|迷《まよ》ひ
|宝《たから》の|宮《みや》を|汚《けが》すなよ
|心《こころ》の|空《そら》は|冴《さ》えわたり
|真如《しんによ》の|日月《じつげつ》|晃々《くわうくわう》と
いや|永久《とこしへ》にかがやきて
|下界《げかい》の|暗《やみ》を|照臨《せうりん》し
|神《かみ》の|御子《みこ》たる|天職《てんしよく》を
|堅磐常磐《かきはときは》に|立《た》てよかし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》に|誓《ちか》ひて|宣《の》り|伝《つた》ふ
|神《かみ》に|誓《ちか》ひて|宣《の》り|諭《さと》す
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|如何《いか》なる|悩《なや》みに|遇《あ》ふとても
|神《かみ》より|受《う》けし|真心《まごころ》を
|汚《けが》し|損《そこな》ふ|事《こと》|勿《なか》れ
これ|素盞嗚《すさのを》が|汝等《なんぢら》に
|真心《まごころ》こめて|宣《の》り|伝《つた》ふ
|誠《まこと》の|道《みち》の|言霊《ことたま》ぞ
|世界《せかい》を|救《すく》ふ|神言《かみごと》ぞ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り|給《たま》ひて、|正座《しやうざ》に|着《つ》かせ|給《たま》ふ。
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
第二一章 |奉答歌《ほうたふか》〔九一二〕
|末子姫《すゑこひめ》を|始《はじ》め、|一同《いちどう》の|神司《かむつかさ》は|大神《おほかみ》の|此《この》|宣示《せんじ》に|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》|堪《た》へ|難《がた》く、|只《ただ》|俯《うつ》むいて|神恩《しんおん》の|広大無辺《くわうだいむへん》なるに|驚喜《きやうき》するばかりなりき。
|捨子姫《すてこひめ》は|一同《いちどう》を|代表《だいへう》し、|大神《おほかみ》に|対《たい》し、|答礼歌《たふれいか》を|謹厳《きんげん》なる|口調《くてう》にて|歌《うた》ひ|上《あ》げ|奉《たてまつ》る。|其《その》|歌《うた》、
『|神伊弉諾大神《かむいざなぎのおほかみ》の  |御鼻《みはな》に|生《あ》れます|貴《うづ》の|御子《みこ》
|一度《いちど》に|開《ひら》く|梅《うめ》の|花《はな》  |結《むす》ぶみのりも|豊《ゆた》やかに
|其《その》|味《あぢ》はひも|素盞嗚《すさのを》の  |澄《す》み|切《き》り|給《たま》ふ|神身魂《かむみたま》
|救《すく》ひの|神《かみ》と|現《あ》れまして  |天地《あめつち》|百《もも》の|罪科《つみとが》を
|御身一《おんみひと》つに|負《お》はせつつ  |八洲《やしま》の|国《くに》に|蟠《わだか》まる
|八岐大蛇《やまたをろち》や|醜狐《しこぎつね》  |探女《さぐめ》|醜女《しこめ》や|曲鬼《まがおに》を
|誠《まこと》の|道《みち》の|言霊《ことたま》に  |言向《ことむ》け|和《やは》し|救《すく》はむと
|尊《たふと》き|御身《おんみ》も|厭《いと》はずに  |雪《ゆき》|積《つ》む|山《やま》を|打渡《うちわた》り
|虎《とら》|伏《ふ》す|野辺《のべ》を|乗越《のりこ》えて  |大海原《おほうなばら》をはるばると
|巡《めぐ》り|給《たま》ひて|人草《ひとぐさ》の  |災《わざはひ》|払《はら》ひ|病気《いたづき》の
|神《かみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》しつつ  |天《あま》の|鳥船《とりぶね》|空高《そらたか》く
|雲霧《くもきり》|分《わ》けてテルの|国《くに》  テル|山峠《やまたうげ》を|下《した》に|見《み》て
アルゼンチンの|神館《かむやかた》  |八人乙女《やたりをとめ》の|貴《うづ》の|御子《みこ》
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|現《あ》れまして  |霊《れい》と|肉《にく》との|教《をしへ》もて
|世人《よびと》を|救《すく》ひ|給《たま》ひつつ  |月日《つきひ》を|送《おく》る|神館《かむやかた》
|厭《いと》ひ|給《たま》はず|天降《あも》りまし  |三五教《あななひけう》の|神司《かむつかさ》
|教《をしへ》の|御子《みこ》は|云《い》ふも|更《さら》  |青人草《あをひとぐさ》の|末《すゑ》までも
|恵《めぐみ》の|露《つゆ》を|与《あた》へむと  |出《い》でさせ|給《たま》ひし|尊《たふと》さよ
|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》や|捨子姫《すてこひめ》  |言依別《ことよりわけ》の|神司《かむつかさ》
|国依別《くによりわけ》や|高姫《たかひめ》や  |鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|教司《をしへつかさ》は|神恩《しんおん》の  いやちこなるに|感歎《かんたん》し
|感謝《かんしや》の|詞《じ》さへ|口籠《くちごも》る  |実《げ》にも|嬉《うれ》しき|此《この》|聖場《みには》
|厭《いと》はせ|給《たま》はず|何時迄《いつまで》も  |身魂《みたま》を|寛《くつろ》ぎ|給《たま》ひつつ
|高砂島《たかさごじま》の|国人《くにびと》に  |瑞《みづ》の|御霊《みたま》のうるほひを
|恵《めぐ》ませ|給《たま》へ|惟神《かむながら》  |神《かみ》の|司《つかさ》を|代表《だいへう》し
|捨子《すてこ》の|姫《ひめ》が|畏《かしこ》みて  |御前《みまへ》に|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも  |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも  |誠一《まことひと》つを|立《た》て|通《とほ》し
|此《この》|世《よ》を|守《まも》り|恵《めぐ》みます  |神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の
|大御心《おほみこころ》を|慎《つつし》みて  |夢寐《むび》にも|忘《わす》れず|三五《あななひ》の
|教《をしへ》を|四方《よも》に|拡充《くわくじゆう》し  |大御恵《おほみめぐみ》の|万一《まんいつ》に
|酬《むく》い|奉《まつ》らむ|吾々《われわれ》が  |清《きよ》き|心《こころ》を|諾《うべ》なひて
ウヅの|都《みやこ》に|末永《すえなが》く  |御跡《みあと》を|垂《た》れさせ|給《たま》へかし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》  |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|簡単《かんたん》に|挨拶《あいさつ》を|述《の》べ|終《をは》る。
|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は、|満足《まんぞく》げに|微笑《ほほゑ》み|給《たま》ひながら、|末子姫《すゑこひめ》、|言依別命《ことよりわけのみこと》を|従《したが》へ、|再《ふたた》び|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|進《すす》み|入《い》り|給《たま》ふ。
|安彦《やすひこ》、|宗彦《むねひこ》、|秋山別《あきやまわけ》、モリス、|正純彦《まさずみひこ》、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》、ヨブ、テーリスタン、カーリンス、|春公《はるこう》などの|祝歌《しゆくか》あれども、|余《あま》りくだくだしければ、|省略《しやうりやく》する|事《こと》となしぬ。
|一同《いちどう》は|神殿《しんでん》に|詣《まう》で|天津祝詞《あまつのりと》を|声《こゑ》も|涼《すず》しく|奏上《そうじやう》し、|終《をは》つて|天《あま》の|数歌《かずうた》をうたひ|上《あ》げ、|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、|神恩《しんおん》を|今更《いまさら》の|如《ごと》く|深《ふか》く|厚《あつ》く|感謝《かんしや》し、|各々《おのおの》|与《あた》へられたる|席《せき》に|着《つ》き、|暖《あたた》かなる|一夜《いちや》の|夢《ゆめ》を|結《むす》ぶ|事《こと》となりぬ。
|茲《ここ》に|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》は、|奥殿《おくでん》に|於《おい》て|言依別命《ことよりわけのみこと》、|松若彦《まつわかひこ》の|司《つかさ》と|謀《はか》り、|末子《すゑこ》の|姫《ひめ》の|一身上《いつしんじやう》に|関《くわん》する|大問題《だいもんだい》につき|協議《けふぎ》を|凝《こ》らし|給《たま》うた。|果《はた》して|如何《いか》なる|協議《けふぎ》が|纏《まと》まつたであらうか。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
|今日《けふ》は|大正《たいしやう》|十一年《じふいちねん》|八月《はちぐわつ》|二十四日《にじふよつか》|旧《きう》|七月《しちぐわつ》|二日《ふつか》、|昨夜来《さくやらい》の|豪雨《がうう》に|狩野川《かのがは》は|濁水《だくすい》|氾濫《はんらん》し、|水声轟々《すいせいがうがう》として、|川辺《かはべ》の|館《やかた》に|於《お》ける|口述《こうじゆつ》は|声《こゑ》|低《ひく》き|物語《ものがたり》、|聞取《ききと》り|難《がた》きを|慮《おもんばか》り、|新築《しんちく》されし|臨時《りんじ》|教主殿《けうしゆでん》の|奥《おく》の|間《ま》に|於《おい》て、|筆者《ひつしや》|松村氏《まつむらし》と|共《とも》に|第三十二巻《だいさんじふにくわん》の|霊界物語《れいかいものがたり》を|編《あ》むこととなつた。|湯本館《ゆもとくわん》の|二階《にかい》には|綾《あや》の|聖地《せいち》より、|福島《ふくしま》、|星田《ほしだ》|両女史《りやうぢよし》|出張《しゆつちやう》し、|何事《なにごと》か|筆《ふで》を|走《はし》らせ|例《れい》の|筆先《ふでさき》を|認《したた》めて|居《を》られる。|忽《たちま》ち|飛電《ひでん》あり。|二代《にだい》|教主《けうしゆ》、|瑞月《ずゐげつ》に|急々《きふきふ》|相談《さうだん》あり、|昨夜《さくや》|八時《はちじ》の|急行《きふかう》にて|来《く》ると。|瑞月《ずゐげつ》は|雨《あめ》の|館《やかた》に|身《み》を|横《よこた》へながら|人待顔《ひとまちがほ》に|述《の》べ|立《た》つる。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
第四篇 |天祥地瑞《てんしやうちずゐ》
第二二章 |橋架《はしかけ》〔九一三〕
|国依別《くによりわけ》、|高姫《たかひめ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》|其《その》|他《た》の|宣伝使《せんでんし》は|各《かく》|休息室《きうそくしつ》を|与《あた》へられ、|夜《よる》は|其処《そこ》に|眠《ねむ》り、|筋骨《きんこつ》を|休《やす》ませて|居《ゐ》た。|翌朝《よくあさ》|早々《さうさう》|国依別《くによりわけ》の|一室《いつしつ》に|松若彦《まつわかひこ》は|訪《たづ》ね|来《きた》り、
『|国依別《くによりわけ》|様《さま》、|御早《おはや》う|御座《ござ》います。|就《つ》いてはあなたに|折入《をりい》つて|御相談《ごさうだん》が|御座《ござ》いまして、|早《はや》くから|御邪魔《おじやま》を|致《いた》しました』
と|心《こころ》ありげに|笑《ゑみ》を|含《ふく》んでゐる。|国依別《くによりわけ》は、
『これは|又《また》|改《あらた》まつた|御言葉《おことば》、|私《わたくし》に|対《たい》し、|御相談《ごさうだん》とはどんな|事《こと》で|御座《ござ》いますか。|明智《あけち》の|言依別《ことよりわけ》|様《さま》が|居《ゐ》らせられる|以上《いじやう》は、どうぞ|命様《みことさま》に|御相談《ごさうだん》|下《くだ》さつたら、|如何《いかが》でせうかなア』
『|実《じつ》の|所《ところ》は|夜前《やぜん》|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》の|御召《おめ》しに|依《よ》り、|言依別《ことよりわけ》|様《さま》|及《およ》び|私《わたし》と|三人《さんにん》|三《み》つ|巴《どもゑ》になつて、|御相談《ごさうだん》あつた|結果《けつくわ》、|私《わたし》が|特命《とくめい》|全権《ぜんけん》|公使《こうし》に|選《えら》まれて|参《まゐ》りましたので|御座《ござ》います。|万一《まんいち》|此《この》|使《つかひ》が、|不成功《ふせいこう》に|終《をは》るやうな|事《こと》があれば、|此《この》|松若彦《まつわかひこ》は|海外《かいぐわい》|旅行券《りよかうけん》を|交附《かうふ》された|手前《てまへ》、|腹《はら》を|切《き》らねばならないのです』
『そりやマア|大変《たいへん》な|御使命《ごしめい》と|見《み》えますが、どうぞ|早《はや》く|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さいませ。|私《わたくし》の|力《ちから》の|及《およ》ぶ|事《こと》ならば、|神様《かみさま》に|捧《ささ》げた|此《この》|体《からだ》、|如何《いか》なる|御用《ごよう》も|承《うけたま》はるで|御座《ござ》いませう』
『|実《じつ》は|私《わたし》の|父《ちち》|国彦《くにひこ》は、|正鹿山津見神《まさかやまづみのかみ》|様《さま》が|五月姫《さつきひめ》|様《さま》と|共《とも》に|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦《たたか》ひに|御出陣《ごしゆつぢん》の|砌《みぎり》、ウヅの|国《くに》の|人民《じんみん》は|申《まを》すも|更《さら》なり、|此《この》|神館《かむやかた》を|御預《おあづ》け|遊《あそ》ばし、やがて|時《とき》|来《きた》らば、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》の|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|貴《うづ》の|御子《みこ》、|此《この》|国《くに》に|降《くだ》り|給《たま》ふことあるべし。それ|迄《まで》|汝《なんぢ》は|我命《わがめい》を|守《まも》つて、|此《この》|国《くに》|及《およ》び|神館《かむやかた》を|預《あづか》り|呉《く》れよとの|厳命《げんめい》で|御座《ござ》いました。|父《ちち》は|幸《かう》か|不幸《ふかう》か、|最早《もはや》|幽界《いうかい》に|参《まゐ》りましたが、|後《あと》に|残《のこ》つた|私《わたし》が|父《ちち》の|後《あと》を|継《つ》ぎ、|此《この》|館《やかた》を|守《まも》つて|居《を》ります|所《ところ》へ、|正鹿山津見《まさかやまづみ》の|神様《かみさま》の|御仰《おんあふ》せの|如《ごと》く、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|大神様《おほかみさま》の|御娘子《おんむすめご》、|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》が|御越《おこ》し|遊《あそ》ばしたので、|直《ただ》ちに|御館《おやかた》を|姫様《ひめさま》に|御渡《おわた》し|申《まを》し、|此《この》|国《くに》をも|御渡《おわた》しをして、|私《わたし》は|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り|総司《そうし》として|仕《つか》へて|参《まゐ》りました。|然《しか》るに|此《この》|度《たび》、|御父君《おんちちぎみ》|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》、|突然《とつぜん》|天降《あまくだ》り|給《たま》ひ、|大変《たいへん》に|御悦《およろこ》び|遊《あそ》ばし、|且《か》つ|末子姫《すゑこひめ》も|最早《もはや》|良《よ》い|年頃《としごろ》であるから、|適当《てきたう》な|夫《をつと》を|持《も》たせたいのだが……との|御尋《おたづ》ね、|招《まね》かれた|吾々《われわれ》|始《はじ》め|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》は、|言下《げんか》に|国依別《くによりわけ》|様《さま》を|御婿様《おむこさま》になされましたら|如何《どう》でせうと|申上《まをしあ》げし|処《ところ》、|大神様《おほかみさま》は|大変《たいへん》に|御悦《およろこ》び|遊《あそ》ばされ、|実《じつ》は|其《その》|事《こと》に|就《つい》て、はるばるとここまで|出《で》て|来《き》たのだ。どうぞ|神徳《しんとく》の|強《つよ》き|国依別《くによりわけ》を|末子姫《すゑこひめ》の|夫《をつと》になつて|呉《く》れる|様《やう》、|其《その》|方《はう》は|取《と》り|持《も》てよ……との|御命令《ごめいれい》|取《と》る|物《もの》も|取《と》り|敢《あへ》ず、あなたに|於《おい》ても|御異存《ごいぞん》は|御座《ござ》いますまいと|思《おも》ひまして……ヘヽヽヽ、|一寸《ちよつと》|全権《ぜんけん》|公使《こうし》の|役《やく》を|拝命《はいめい》し、|御伺《おうかが》ひに|参《まゐ》つた|次第《しだい》で|御座《ござ》います。どうぞ|善《ぜん》は|急《いそ》げですから、|早《はや》く|善《よ》き|御返事《ごへんじ》を|御願《おねが》ひ|申《まを》します』
|国依別《くによりわけ》は|案《あん》に|相違《さうゐ》の|面持《おももち》にて|首《かうべ》を|傾《かたむ》け、|双手《もろて》を|組《く》み、|太《ふと》き|息《いき》をつきながら、ものをも|言《い》はず|両眼《りやうがん》より|涙《なみだ》さへ|滴《したた》らしつつ|居《ゐ》る。
『モシ|国依別《くによりわけ》さま、あなたは|何《なに》それ|程《ほど》|御思案《ごしあん》なされますか、|見《み》れば|涙《なみだ》を|御垂《おた》らしになつてゐるやうですなア。|如何《どう》しても|御気《おき》に|入《い》らないのですか?』
『イエイエどうしてどうして|気《き》に|入《い》らぬ|所《どころ》か、|余《あま》りの|事《こと》で、|勿体《もつたい》なくて、|申上《まをしあ》げる|言葉《ことば》も|御座《ござ》いませぬ。|私《わたし》は|若《わか》い|時《とき》より|道楽《だうらく》の|有丈《ありたけ》を|尽《つく》し、|沢山《たくさん》の|女殺《をんなごろ》し、|御家《ごけ》|倒《だほ》し、|家潰《いへつぶ》しをやつてきた|罪《つみ》の|塊《かたまり》で|御座《ござ》います。|今日《こんにち》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》として、|女《をんな》と|一切《いつさい》の|関係《くわんけい》を|絶《た》ち、|生涯《しやうがい》|独身《どくしん》|生活《せいくわつ》を|続《つづ》ける|覚悟《かくご》を|致《いた》して|居《を》るので|御座《ござ》います。|如何《いか》に|大神様《おほかみさま》の|思召《おぼしめ》しなればとて、|私《わたし》の|様《やう》な|横着者《わうちやくもの》の|成《な》れの|果《は》て、|何程《なにほど》|魂《みたま》が|研《みが》けたと|申《まを》しても、|白《しろ》い|布《きれ》に|墨《すみ》が|浸《し》んだのと|同様《どうやう》に、いくら|洗《あら》つても|元《もと》の|白《しろ》い|生地《きぢ》にはなりませぬ。つまり|霊魂上《れいこんじやう》の|疵者《きずもの》で|御座《ござ》います。|斯様《かやう》な|疵者《きずもの》が|水晶身魂《すいしやうみたま》の|生《うぶ》の|処女《しよぢよ》なる|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》の|夫《をつと》になるなぞと|云《い》ふ|事《こと》は、どうしても|良心《りやうしん》が|咎《とが》めてなりませぬ。|冥加《みやうが》の|程《ほど》が|恐《おそ》ろしうなつて|参《まゐ》りました。どうぞ|右様《みぎやう》の|次第《しだい》で|御座《ござ》いますから、|悪《あ》しからず、|大神様《おほかみさま》に|私《わたし》の|素性《すじやう》を|素破《すつぱ》ぬいた|上《うへ》、|宜《よろ》しく|御断《おことわ》り|下《くだ》さいませ』
『|左様《さやう》な|御遠慮《ごゑんりよ》はチツとも|要《い》りませぬ。|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》は、あなたがバラモン|教《けう》の|信者《しんじや》であつた|事《こと》も、|女《をんな》|泣《な》かしの|御家《ごけ》|倒《たふ》し、|家潰《いへつぶ》しをなさつた|事《こと》も、|大《だい》の|悪戯者《いたづらもの》で|居《ゐ》らつしやつた|事《こと》も、|松鷹彦《まつたかひこ》|様《さま》のお|宿《やど》を|知《し》らず|識《し》らずに|訪《たづ》ね、お|勝殿《かつどの》といろいろのローマンスのあつた|事《こと》、それから|真浦様《まうらさま》の|弟《おとうと》なる|事《こと》、|一切《いつさい》|万事《ばんじ》|御取調《おとりしらべ》の|上《うへ》の|事《こと》で|御座《ござ》いますから、|決《けつ》してそんな|御遠慮《ごゑんりよ》は|要《い》りませぬ。|言依別《ことよりわけ》|様《さま》も|口《くち》を|極《きは》めてあなたの|美点《びてん》をあげ、|又《また》|悪《わる》い|癖《くせ》を|一《ひと》つも|残《のこ》らず、|大神様《おほかみさま》に|申上《まをしあ》げられました。|所《ところ》が|大神様《おほかみさま》は|大変《たいへん》な|御機嫌《ごきげん》で……あゝ|其奴《そいつ》は|益々《ますます》|面白《おもしろ》い|男《をとこ》だ、|気《き》に|入《い》つた、どうぞ|早《はや》く|末子姫《すゑこひめ》の|夫《をつと》にしたいものだ……との|思召《おぼしめ》しで|御座《ござ》いましたよ……|国依別《くによりわけ》|様《さま》、あなたは|言依別《ことよりわけ》|様《さま》から|承《うけたまは》れば、|随分《ずゐぶん》からかひの|上手《じやうず》な|御方《おかた》ぢやさうですから、|私《わたし》がこんな|事《こと》をいつて、あなたをからかつてゐると|思《おも》はれるか|知《し》りませぬが、|今日《けふ》は|真剣《しんけん》ですから、どうぞ|真面目《まじめ》に|聞《き》いて|下《くだ》さい』
『から|買《か》ひも|豆腐買《とうふかひ》も、|厄介《やくかい》も|喧嘩買《けんくわかひ》も、|法螺貝《ほらがひ》もドブ|貝《がひ》も|心霊研究会《しんれいけんきうくわい》も、|大日本修斎会《だいにほんしうさいくわい》も、|議会《ぎくわい》も|日本海《にほんかい》も|皆目《かいもく》ありませぬワイ。|正真正銘《しやうしんしやうめい》の|偽《いつは》りなきあなたの|御言葉《おことば》、|国依別《くによりわけ》、|実《じつ》に|光栄《くわうえい》に|存《ぞん》じます。|併《しか》しながら|貴族《きぞく》と|卑族《ひぞく》との|結婚《けつこん》は|提灯《ちやうちん》に|釣鐘《つりがね》、|釣合《つりあ》はぬは|不縁《ふえん》の|元《もと》ですから、|要《い》らぬ|苦労《くらう》をさせずに、どうぞ|体《てい》よく|断《ことわ》つて|下《くだ》さい』
『エヽ|国依別《くによりわけ》さま、|真剣《しんけん》ですよ。|又《また》|例《れい》の|癖《くせ》を|出《だ》して、|正直《しやうぢき》な|私《わたし》をじらしなさるのですか。あなたの|本守護神《ほんしゆごじん》はキツト|契約済《けいやくずみ》の|実印《じついん》を|押捺《あふなつ》して|御座《ござ》るに|間違《まちがひ》ありませぬよ。|又《また》|世《よ》の|諺《ことわざ》にも、|恋《こひ》に|上下《じやうげ》の|隔《へだ》てなしと|云《い》ふぢやありませぬか。|隔《へだて》のないのが|所謂《いはゆる》|恋《こひ》の|神聖《しんせい》なる|所以《ゆゑん》です』
『|私《わたし》は|一旦《いつたん》|婦人《ふじん》との|関係《くわんけい》を|心《こころ》の|底《そこ》より|断念《だんねん》して|居《ゐ》ますから、|恋《こひ》なんか|心《こころ》に|起《おこ》した|事《こと》はありませぬ。|鯉《こひ》が|滝上《たきのぼ》りをし、|夕立《ゆふだち》に|乗《の》つて|天上《てんぢやう》する|様《やう》な|険呑《けんのん》な|結婚《けつこん》|問題《もんだい》は、どうぞ|御頼《おたの》みですから、|早《はや》く|撤廃《てつぱい》して|下《くだ》さい』
『|又《また》しても【|鮒《ふな》】|々《ふな》と|埒《らち》のあかぬ、あなたの|御言葉《おことば》、|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》があの【|飯鞘《いひだこ》】、【|尻目《しじめ》】で、お|前《まへ》さまの|後姿《うしろすがた》を|睨《にら》んで、あの|男《をとこ》を【|鰌《どぜう》】なとして、|私《わたくし》の【オツトセイ】に|持《も》ちたいものだと、|明《あ》けても|暮《く》れても、【つばす】を|呑《の》みこんで、【あかえ】|年《とし》だから、【|鯉《こひ》】の|炎《ほのほ》をもやして|御座《ござ》るのだから、どうぞ|色《いろ》よい【あぢ】のよい|返事《へんじ》をして|下《くだ》さい。あなたも【|鱒《ます》】|々《ます》【|鯖《さば》】けた|人間《にんげん》だと|云《い》つて、【|鱶《ふか》】はまりしてゐられるのだ。それにお|前《まへ》さまが【|尾《を》】をふり、【|鰭《ひれ》】をピンとはねるやうな|事《こと》をなさつたら……あゝ|私《わたし》も|折角《せつかく》の【|鯉《こひ》】が|叶《かな》はねば、|一層《いつそう》の|事《こと》、【ちぬ|鯛《だひ》】、|小《こ》【|鮒《ふな》】な|浮世《うきよ》に【|生鰕《なまえび》】したかて、【サヨリ】がないからと|云《い》つて|淵川《ふちかは》へ|身《み》を|投《な》げて|了《しま》はれたら、お|前《まへ》さま|何程《なにほど》【|魚《うを》】|々《うを》とうろついて|悔《くや》んでもあとの|祭《まつ》り、|大神様《おほかみさま》からは、|是程《これほど》|事《こと》を|分《わ》けて|言《い》ふのに、【|鯉《こひ》】の|様《やう》にはねつけるとは、【ギギシイラ】ぬ|奴《やつ》だと|御立腹《ごりつぷく》|遊《あそ》ばすかも|知《し》れませぬ。|私《わたし》はこれ|程《ほど》【|白魚《しらうを》】もやさして、お|前《まへ》さまはそれでも|気《き》が|済《す》むの【|貝《かひ》】な。マア|厭《いや》でも|添《そ》うて|見《み》なさい。|仕舞《しまひ》にや【すすき】になりますぞや、【ヤマメ】で|暮《くら》すより【|鮎《あゆ》】らしい|奥《おく》さまと【ガザミ】に|手《て》を|引《ひ》いて、|山野《やまの》を|時々《ときどき》|跋渉《ばつせふ》なさるのも|乙《おつ》ですよ。これ|程《ほど》|私《わたし》に|八《や》【カマス】【|鰯《いわし》】ておいて、だまつてゐるとは、|余《あんま》りぢやありませぬか。|今日《けふ》は|大神様《おほかみさま》の|思《おぼ》し|召《めし》だから、|瓢箪《へうたん》【|鯰《なまづ》】では|通《とほ》りませぬぞや』
『【エエハモ】【|鰈《かれい》】【ヤガラ】|腥《なまぐさ》い|厄介《やくかい》|坊主《ばうず》の|自堕落《じだらく》|上人《しやうにん》で|御座《ござ》いますから、どうぞ|今日《けふ》|限《かぎ》りそんな|事《こと》を|言《い》つて|下《くだ》さるな。|女《をんな》の【スキ|身《み》】も【|刺身《さしみ》】もモウ|若《わか》い|時《とき》から|食《く》ひあいて|来《き》ました。|夜《よ》も|昼《ひる》も【レコ|貝《がひ》】に【|蛤《はまぐり》】だつたものだから、どうぞ、【カマス】において|下《くだ》さい。|此《この》|事《こと》に|付《つい》ては、【イカナゴ】とも【|飯蛸《いひだこ》】|致《いた》す|訳《わけ》には|参《まゐ》りませぬ。アハヽヽヽ』
|松若彦《まつわかひこ》は|国依別《くによりわけ》の|背中《せなか》を、|後《うしろ》へまはつてポンと|叩《たた》き、
『コレ|国依別《くによりわけ》さま! |又《また》しても、あなたは、からかひ|病《びやう》が|起《おこ》りましたね』
『【カラカギ】でも、【|鯰《なまづ》】でも【フンゾクラヒ】でもありませぬよ。|小雲川《こくもがは》で|石《いし》の|魚《な》を|釣《つ》つて【フンゾクラヒ】だと|云《い》つて、|高姫《たかひめ》さまに|贈《おく》つた|事《こと》があります。|随分《ずゐぶん》|固《かた》い|魚《うを》でした。|其《その》|通《とほ》り|私《わたし》は|今《いま》は|鯉《こひ》の|慾《よく》が|化石《くわせき》して|了《しま》ひ、|石地蔵《いしぢざう》の|様《やう》な|冷酷《れいこく》な|人間《にんげん》ですから、|到底《たうてい》|此《この》|縁談《えんだん》は|温《あたた》まりますまい。|鯉《こひ》と|云《い》ふ|奴《やつ》は|水《みづ》の|中《なか》に|常住《じやうぢゆう》してゐますから、|随分《ずゐぶん》|体《からだ》が|冷《ひ》えてゐますからね、アハヽヽヽ』
『コレ|国依別《くによりわけ》さま、|大国主《おほくにぬし》の|神《かみ》さまの|妻呼《つまよ》びの|歌《うた》を|知《し》つてますだらう、|男子《だんし》たる|者《もの》はさうなくては|到底《たうてい》|世《よ》に|立《た》つことは|出来《でき》ますまい。|情《なさけ》を|知《し》らずして、どうして|宣伝使《せんでんし》が|完全《くわんぜん》に|勤《つと》まりますか。|八千矛《やちほこ》の|神《かみ》さまを|御覧《ごらん》なさい。はるばると|出雲《いづも》の|国《くに》から|越《こし》の|国《くに》まで、|腰弁当《こしべんたう》でお|出《い》でになつたぢやありませぬか。|其《その》|時《とき》のお|歌《うた》に、
|八千矛《やちほこ》の |神《かみ》の|命《みこと》は |八洲国《やしまぐに》 |妻求《つまま》ぎかねて
|遠々《とほとほ》し |越《こし》の|国《くに》に |賢《さか》し|女《め》を ありと|聞《き》かして
|麗《くは》し|女《め》を ありと|聞《き》こして さよばひに ありたたし
|結婚《よきひ》にあり|通《かよ》はせ |太刀《たち》が|緒《を》も |未《いま》だ|解《と》かずて
|襲《おす》ひをも |未《いま》だ|解《と》かねば |乙女《をとめ》の |鳴《な》すや|板戸《いたど》を
|押《お》そぶらひ |吾《わ》が|立《た》たせれば |引《ひ》こずらひ |吾《わ》が|立《た》たせれば
|青山《あをやま》に |鵺《ぬえ》は|鳴《な》き |野鳥《さぬつどり》 |雉子《きぎす》は|響《どよ》む
|庭《には》つ|鳥《とり》 |鶏《かけ》は|鳴《な》く |慨《うれ》たくも |鳴《な》くなる|鳥《とり》か
|此《こ》の|鳥《とり》も |打《う》ち|悩《や》めこせね いしたふや |天《あま》はせづかひ
ことの|語《かた》り|言《ごと》も こをば
と|歌《うた》はしやつて、|越《こし》の|国《くに》の|沼河姫《ぬながはひめ》|様《さま》の|板《いた》の|戸《と》を、|夜《よる》の|夜中《よなか》に|押開《おしあ》け|這入《はい》らうと|遊《あそ》ばす、|沼河姫《ぬながはひめ》さまは|這入《はい》られては|大変《たいへん》と、|男《をとこ》と|女《をんな》が|押《お》そぶらひ、|引《ひ》こづらひを|永《なが》らく|遊《あそ》ばした|末《すゑ》、|遂《つひ》に|大国主命《おほくにぬしのみこと》さまの|熱心《ねつしん》なる|恋《こひ》に|感《かん》じ、|沼河姫《ぬながはひめ》さまは|戸《と》の|中《なか》から、
|八千矛《やちほこ》の |神《かみ》の|命《みこと》 |軟《ぬ》え|草《ぐさ》の |女《め》にしあれば
|吾《わ》が|心《こころ》 |浦渚《うらす》の|鳥《とり》ぞ |今《いま》こそは |千鳥《ちどり》にあらめ
のちわ |和鳥《などり》にあらむを いのちは な|死《し》せ|給《たま》ひそ
いしたふや |天《あま》はせづかひ
ことの|語《かた》り|言《ごと》も こをば
|青山《あをやま》に |日《ひ》が|隠《かく》らば |烏羽玉《ぬばたま》の |夜《よ》は|出《い》でなむ
|旭《あさひ》の |笑《ゑ》み|栄《さか》え|来《き》て |栲綱《たくづぬ》の |白《しろ》き|腕《ただむき》
|沫雪《あはゆき》の |弱《わ》かやる|胸《むね》を そ|叩《だた》き |叩《たた》き|拱《まな》がり
|真玉手《またまで》 |玉手《たまで》さしまき |股長《ももなが》に |寝《い》はなさむを
あやに |勿《な》|恋聞《こひき》こし |八千矛《やちほこ》の |神《かみ》の|命《みこと》
ことの|語《かた》り|言《ごと》も こをば
と|歌《うた》つて|沼河姫《ぬながはひめ》がたうとう|降参《まゐ》つて|了《しま》ひ、|実《じつ》に|神聖《しんせい》なローマンスが|行《おこな》はれたぢやありませぬか。それに|何《なん》ぞや、お|前《まへ》さまは、|八千矛《やちほこ》の|神《かみ》|一名《いちめい》|大国主《おほくにぬし》の|神《かみ》さまとは|反対《はんたい》で|沼河姫《ぬながはひめ》|様《さま》よりズツと|綺麗《きれい》な|賢女麗女《さかしめくはしめ》にラバーされて、それを|何《なん》とも|思《おも》はず、すげなくもエツパツパを|喰《く》はす|考《かんが》へですか。|本当《ほんたう》に|人《ひと》の|悪《わる》い|唐変木《たうへんぼく》だなア……オツトドツコイ、|余《あま》り|一心《いつしん》になつて、ツイ|言霊《ことたま》が|濁《にご》りました。どうぞ|早《はや》く、
|綾垣《あやがき》の ふはやが|下《した》に |虫衾《むしぶすま》 |柔《にこ》やが|下《した》に
|栲衾《たくぶすま》 |亮《さや》ぐが|下《した》に |沫雪《あはゆき》の |弱《わ》かやる|胸《むね》を
|栲綱《たくづぬ》の |白《しろ》き|腕《ただむき》 そ|叩《だた》き |叩《たた》き|拱《まな》がり
|真玉手《またまで》 |玉手《たまで》|差纏《さしま》き |股長《ももなが》に |寝《い》をし|宿《な》せ
|豊御酒《とよみき》 |献《たてまつ》らせ
と|云《い》ふやうに|御返事《ごへんじ》をして|下《くだ》さい。|外《ほか》の|方《かた》の|御使《おつかひ》と|違《ちが》ひ、|大神様《おほかみさま》の|思召《おぼしめし》だから、これ|計《ばか》りは|邪《じや》が|非《ひ》でも|聞《き》いて|貰《もら》はなくちや、|松若彦《まつわかひこ》の|男《をとこ》が|立《た》ちませぬ』
『|大神様《おほかみさま》を|始《はじ》め|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》に|於《おい》て、|御異存《ごいぞん》なければ|御世話《おせわ》になりませう。|其《その》|代《かは》りに|古疵《ふるきず》だらけの|国依別《くによりわけ》ですから、|何時《なんどき》|持病《ぢびやう》が|再発《さいはつ》して、|御姫様《おひめさま》に|眉気《まゆげ》を|逆立《さかだ》てさしたり、|牙《きば》をむかせたり、|死《し》ぬの|走《はし》るの、ひまをくれのと|乱痴気《らんちき》|騒《さわ》ぎをさすかも|知《し》れませぬから、それが|御承知《ごしようち》なら、|宜《よろ》しく|御取持《おとりもち》|願《ねが》ひます』
『アハヽヽヽ、|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い、|私《わたし》もそれがズンと|気《き》に|入《い》つた……|国依別《くによりわけ》さま、いよいよ|御結婚《ごけつこん》が|整《ととの》へば、あなたはウヅの|国《くに》の|司《つかさ》、|私《わたし》は|御家来《ごけらい》で|御座《ござ》いますから、どうぞ|末永《すえなが》くお|召《めし》|使《つか》ひ|下《くだ》さいませ。|今迄《いままで》の|御無礼《ごぶれい》な|申《まを》し|様《やう》、|只今《ただいま》|限《かぎ》り|御忘《おわす》れの|程《ほど》を|願《ねが》ひます』
『サア|忽《たちま》ちさうなるから、|窮屈《きうくつ》でたまらぬ。それだから|独身《どくしん》|生活《せいくわつ》がしたいのだよ。あんたはん(|阿弥陀《あみだ》はん)、ぶつたはん(|仏陀《ぶつた》はん)、|大将《たいしやう》さんと|皆《みな》の|連中《れんぢう》にピヨコピヨコ|頭《あたま》を|下《さ》げられ、|敬遠《けいゑん》|主義《しゆぎ》を|取《と》られるやうになつて|了《しま》つちや、|根《ね》つから|世《よ》の|中《なか》が|無味乾燥《むみかんさう》で、|面白《おもしろ》くも|何《なん》ともなくなつて|了《しま》ふ。あゝ|折角《せつかく》|自由《じいう》の|世界《せかい》へ|解放《かいはう》されたと|思《おも》つたら、|又《また》もや|窮屈《きうくつ》な、お|慈悲《じひ》の|獄屋《ごくや》に|繋《つな》がれねばならぬのかいなア。エヽこんな|事《こと》なら|紅井姫《くれなゐひめ》でも|伴《つ》らつて|来《き》て、|自分《じぶん》の|女房《にようばう》のやうに|見《み》せて|居《を》つたら、こんな|問題《もんだい》は|起《おこ》らなかつただらうに、エヽ|有難迷惑《ありがためいわく》とは|此《この》|事《こと》だ。|女《をんな》が|男《をとこ》にお|膳《ぜん》を|末子姫《すゑこひめ》と|来《き》てゐるのだから、さう|無下《むげ》に|無愛想《ぶあいさう》に|捨子姫《すてこひめ》する|訳《わけ》にも|行《ゆ》こまい、アハヽヽヽ』
『なるべく、お|気楽《きらく》な|様《やう》に|持《も》ちかけますから、どうぞ|取越苦労《とりこしぐらう》をなさらずに、|決心《けつしん》をして|下《くだ》さいませ』
『ハイ、|是非《ぜひ》に|及《およ》びませぬ。|大神《おほかみ》の|御言葉《おことば》、あなたの|御取持《おとりもち》、|謹《つつし》んで|御受《おう》け|致《いた》します』
とキツパリ|答《こた》ふれば、|松若彦《まつわかひこ》はニコニコしながら|軽《かる》く|一礼《いちれい》し、|急《いそ》ぎ|奥殿《おくでん》|指《さ》して|進《すす》み|入《い》る。
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
第二三章 |老婆心切《らうばしんせつ》〔九一四〕
|国依別《くによりわけ》、|末子姫《すゑこひめ》の|結婚《けつこん》の|噂《うはさ》は、|忽《たちま》ち|館《やかた》の|内外《ないぐわい》に|雷《らい》の|如《ごと》く|駄賃《だちん》|取《と》らずの|飛脚《ひきやく》の|口《くち》から|喧伝《けんでん》されて|了《しま》つた。|之《これ》を|聞《き》いた|高姫《たかひめ》はムツクと|立上《たちあが》り、|言依別命《ことよりわけのみこと》の|居間《ゐま》を|訪《たづ》ねた。|言依別命《ことよりわけのみこと》は|結婚《けつこん》の|準備《じゆんび》に|就《つ》いて、いろいろと|独《ひと》り|心《こころ》を|働《はたら》かせて|居《ゐ》た|所《ところ》である。|高姫《たかひめ》は|襖《ふすま》をソツと|引開《ひきあ》け、|叮嚀《ていねい》に|頭《あたま》を|下《さ》げ、
『|言依別《ことよりわけ》|様《さま》、|御邪魔《おじやま》を|致《いた》しますが、|一寸《ちよつと》|貴方《あなた》に|御相談《ごさうだん》|申《まを》したきこと、|否《いや》|御尋《おたづ》ね|申《まを》したき|事《こと》が|御座《ござ》いまして|伺《うかが》ひました。お|差支《さしつかへ》は|御座《ござ》いますまいかなア』
『ハイ、|別《べつ》に|大《たい》した|用《よう》も|御座《ござ》いませぬ。どうぞ|御這入《おはい》り|下《くだ》さいませ』
と|気乗《きの》りのせぬ|様《やう》な|言葉《ことば》|附《つ》きである。|高姫《たかひめ》はツカツカと|言依別《ことよりわけ》の|前《まへ》に|進《すす》み、|行儀《ぎやうぎ》よく|膝《ひざ》を|折《を》つてすわり、|両手《りやうて》を|膝《ひざ》の|上《うへ》に|乗《の》せ、|極《きは》めて|謹厳《きんげん》な|態度《たいど》で、
『|言依別《ことよりわけ》|様《さま》、|承《うけたま》はりますれば、|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》に|対《たい》し|国依別《くによりわけ》の|宣伝使《せんでんし》が|養子婿《やうしむこ》になられるにきまつたとか|云《い》ふ|専《もつぱ》らの|噂《うはさ》ですが、それは|実際《じつさい》の|御話《おはなし》で|御座《ござ》いますか?』
『ハイ、|実際《じつさい》で|御座《ござ》います。|私《わたくし》と|松若彦《まつわかひこ》|両人《りやうにん》の|肝煎《きもいり》で|漸《やうや》く|婚約《こんやく》が|成立《せいりつ》|致《いた》しました』
『それは|又《また》|怪《け》しからぬ|事《こと》ぢや|御座《ござ》いませぬか。|三千世界《さんぜんせかい》の|救《すく》ひ|主《ぬし》、|水晶玉《すいしやうだま》の|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》の|御娘子《おむすめご》、|生粋《きつすい》の|大和魂《やまとだましひ》の|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》に|娶《めあ》はすに、|人《ひと》もあらうに、|国依別《くによりわけ》の|様《やう》な|悪戯者《いたづらもの》を|御周旋《ごしうせん》なさるとは、|余《あま》りぢや|御座《ござ》いませぬか。|能《よ》う|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい、|女《をんな》だましの|御家倒《ごけたふ》し、|家潰《いへつぶ》しの|天則《てんそく》|違反者《ゐはんしや》、|瓢軽者《へうきんもの》、|揶揄《からかひ》|上手《じやうず》の、|至極《しごく》|粗末《そまつ》に|出来上《できあが》つた|男《をとこ》……|丸《まる》で|鷺《さぎ》と|烏《からす》の|夫婦《ふうふ》ぢやありませぬか。|其《その》|様《やう》な|汚《けが》れた|身魂《みたま》を|水晶《すゐしやう》の|生《うぶ》の|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》に|御世話《おせわ》をするなんて、|折角《せつかく》の|結構《けつこう》な|身魂《みたま》を|又《また》|紊《みだ》して|了《しま》ふぢやありませぬか。さうすれば、|折角《せつかく》ウヅの|国《くに》が|五六七《みろく》の|世《よ》になりかけてゐるのに、|再《ふたた》び|泥海《どろうみ》となり、|上《あ》げも|下《おろ》しもならぬやうなことが|出来《しゆつたい》|致《いた》します。|私《わたし》は|此《この》|縁談《えんだん》ばかりは|仮令《たとへ》|大神様《おほかみさま》が|何《なん》と|仰《おほ》せられようとも、|神界《しんかい》の|為《ため》|御道《おみち》の|為《ため》|御家《おいへ》の|為《ため》に、どこ|迄《まで》も|反対《はんたい》せなくては|置《お》きませぬぞえ。まだ|幸《さいは》ひ|結婚《けつこん》の|式《しき》も|挙《あ》げてゐらつしやらないのだから、|今《いま》の|間《うち》ならば|如何《どう》でもなります。|縁談《えんだん》と|云《い》ふものは、|飯《まま》たく|間《ま》にも|冷《ひえ》ると|云《い》ふ|事《こと》だ。|此《この》|話《はなし》を|取消《とりけ》した|所《ところ》で、|今《いま》ならば|何《なん》のイサクサも|起《おこ》りますまい。|国依別《くによりわけ》が|若《も》しもゴテゴテ|云《い》ふならば、|及《およ》ばずながら|高姫《たかひめ》が|物《もの》の|道理《だうり》を|説《と》き|諭《さと》し、|納得《なつとく》させて|見《み》せませう。|又《また》|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》が|如何《どう》してもお|聞《き》きにならなければ、|高姫《たかひめ》の|老婆心《らうばしん》と|言《い》はれるか|知《し》りませぬが、|此《この》|道《みち》にかけたら|千軍万馬《せんぐんばんば》の|功《こう》を|経《へ》た|高姫《たかひめ》、|三寸《さんずん》の|舌鋒《ぜつぽう》を|以《もつ》て、どちらも|得心《とくしん》の|行《い》く|様《やう》になだめすかし、|此《この》|結婚《けつこん》|問題《もんだい》を|蛇尾《じやみ》にして|見《み》せませう。……|言依別《ことよりわけ》さま、|此《この》|事《こと》はどうぞ|私《わたし》に|一任《いちにん》して|下《くだ》さいませ。キツと|成功《せいこう》させて|見《み》せますから……』
『|一旦《いつたん》|男子《だんし》と|男子《だんし》が|契約《けいやく》した|以上《いじやう》は、|今《いま》となつて|動《うご》かすことは|出来《でき》ませぬ。|私《わたくし》も|男《をとこ》です。|一旦《いつたん》|言《い》ひ|出《だ》した|事《こと》は|後《あと》へは|引《ひ》きませぬ。|第一《だいいち》|大神様《おほかみさま》の|御所望《ごしよまう》ですから』
『|仮令《たとへ》|大神様《おほかみさま》の|御所望《ごしよまう》であらうとも、なぜお|前《まへ》さまは|御忠言《ごちうげん》|申上《まをしあ》げないのだ。お|髭《ひげ》の|塵《ちり》を|払《はら》つて|自分《じぶん》の|地位《ちゐ》を|安全《あんぜん》に|守《まも》らうと|云《い》ふ|御考《おかんが》へだらう。|良薬《りやうやく》は|口《くち》に|苦《にが》し、|諫言《かんげん》は|耳《みみ》に|逆《さか》らふとやら、|至誠《しせい》を|以《もつ》て|諫《いさ》め|奉《まつ》り、もし|聞《き》かなければ、|潔《いさぎよ》く|死《し》を|以《もつ》て|決《けつ》すると|云《い》ふ、お|前《まへ》さまに|誠意《せいい》がありさへすれば、こんな|不都合《ふつがふ》な|話《はなし》は|持上《もちあ》がらない|筈《はず》だ。あんな|者《もの》を|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》の|夫《をつと》にしようものなら、それこそ|三五教《あななひけう》の|権威《けんゐ》は|忽《たちま》ち|地《ち》に|落《お》ち、|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》の|御信用《ごしんよう》はサツパリ、ゼロとなつて|了《しま》ひますよ』
『あんな|者《もの》が|斯《こ》んな|者《もの》になつたと|云《い》ふ|仕組《しぐみ》でせうかい、アハヽヽヽ』
『コレ|笑《わら》ひごつちやありませぬぜ。|千騎一騎《せんきいつき》の|国家《こくか》|興亡《こうばう》に|関《くわん》する|此《この》|場合《ばあひ》、|気楽《きらく》さうに|面《つら》をあげてアハヽヽヽとはソリヤ|何《なん》と|云《い》ふ|心得《こころえ》|違《ちが》ひな|事《こと》ですか。それだから|年《とし》の|若《わか》い|者《もの》は|困《こま》ると|云《い》ふのだ。|何程《なにほど》|憎《にく》まれても、|此《この》|高姫《たかひめ》が|構《かま》はねば|三五教《あななひけう》はサツパリ|駄目《だめ》だ。アーア、|気《き》のもめる|事《こと》だ。|肩《かた》も|腕《かひな》もメキメキ|云《い》うて|来《き》たわいのう』
『|折角《せつかく》の|御親切《ごしんせつ》な|御注意《ごちうい》、|実《じつ》に|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。|併《しか》し|乍《なが》ら|此《この》|問題《もんだい》に|就《つ》いては、|一分《いちぶ》たりとて|動《うご》かす|事《こと》は|出来《でき》ませぬ。……|高姫《たかひめ》|様《さま》、どうぞ|貴女《あなた》もゆつくり|御考《おかんが》へ|下《くだ》さいませ。|私《わたくし》は|少《すこ》し|取急《とりいそ》ぐ|用事《ようじ》が|御座《ござ》いますから、|失礼《しつれい》を|致《いた》します』
『チト|煙《けぶ》たうなつて|来《き》ましたかなア。ドレドレ|若《わか》い|方《かた》のお|側《そば》へ、|歯抜婆《はぬけばば》アが|出《で》て|来《き》て|熱《ねつ》を|吹《ふ》き、|煙《けぶ》たがられて|居《ゐ》るよりも、|是《これ》から|国依別《くによりわけ》の|居間《ゐま》へ|行《い》つて、|一《ひと》つドンナ|意見《いけん》だか|叩《たた》いて|来《き》ませう。|将《しやう》を|射《い》むと|欲《ほつ》する|者《もの》は|先《ま》づ|其《その》|馬《うま》を|射《い》よだ。|何《なん》と|云《い》つても|言依別《ことよりわけ》さまは、|年《とし》が|若《わか》いから、こんな|事《こと》の|談判《だんぱん》は|厭《いや》だらう。それも|無理《むり》もない、|憎《にく》まれ|序《ついで》に|高姫《たかひめ》が、お|道《みち》の|為《ため》に、|国依別《くによりわけ》の|改心《かいしん》する|所《ところ》まで、|居《ゐ》すわり|談判《だんぱん》をやつて|来《き》ませう』
と|呟《つぶや》きながら、イソイソと|此《この》|場《ば》を|立《た》つて|出《い》でて|行《ゆ》く。
|国依別《くによりわけ》は|高姫《たかひめ》の|意見《いけん》に|来《く》るとは|夢《ゆめ》にも|知《し》らず、
『あゝ|是《これ》から|俺《おれ》も|窮屈《きうくつ》な|生活《せいくわつ》に|入《はい》らねばならぬか。|今《いま》の|間《うち》に|気楽《きらく》のしたんのうをしておかうかい』
と|窓《まど》の|戸《と》をガラリとあけ、|赤裸《まつぱだか》になつて、|仰向《あふむ》けになり、|手足《てあし》をピンピンさせて、|座敷《ざしき》|運動《うんどう》に|余念《よねん》なかつた。そこへ|高姫《たかひめ》はあわただしくガラリと|戸《と》を|開《あ》け|入《い》り|来《きた》り、|此《この》|態《さま》を|見《み》て|目《め》を|丸《まる》くし、|口《くち》を|尖《とが》らせ、
『マアマアマア|国《くに》さまかいな。|其《その》|態《ざま》は|一体《いつたい》|何《なん》の|事《こと》だい! |誰《た》も|知《し》らぬかと|思《おも》つて|其《その》|態《ざま》は|何《なん》ぢやいな。ヤツパリ|人《ひと》の|居《ゐ》る|所《ところ》では|鹿爪《しかつめ》らしうしてゐても、|鍍金《めつき》が|剥《は》げて|三《み》つ|児《ご》の|癖《くせ》は|百《ひやく》|迄《まで》とやら、お|前《まへ》は|若《わか》い|時《とき》から、そんな|不規律《ふきりつ》な|生活《せいくわつ》をして|来《き》たのだらう。エヽ|困《こま》つたものだ。|時々刻々《じじこくこく》に|愛想《あいさう》がつきて|来《き》た。……コレ|国依別《くによりわけ》どの、|高姫《たかひめ》ですよ、|起《お》きて|貰《もら》ひませう』
『|高姫《たかひめ》さま、|一寸《ちよつと》ここを|写真《しやしん》にうつして、|大神様《おほかみさま》や|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》の|御前《ごぜん》に|御覧《ごらん》に|入《い》れて|下《くだ》さいな。|国依別《くによりわけ》も|実《じつ》にトチ|面棒《めんぼう》をふつてゐますワイ』
『エヽ|又《また》しても、|四《よ》ツ|足《あし》の|正体《しやうたい》をあらはし、|其《その》|態《ざま》は|何《なん》の|事《こと》だい。|大神様《おほかみさま》や|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》に|写真《しやしん》にとつて|見《み》せてくれなんて、ヘン、|自惚《うぬぼれ》にも|程《ほど》がある。|誰《たれ》だつてそんなとこを|見《み》ようものなら、|三年《さんねん》の|恋《こひ》が|一度《いちど》に|醒《さ》めますぞや。|或処《あるところ》に|若《わか》い|娘《むすめ》が|綺麗《きれい》な|若《わか》い|男《をとこ》を|恋慕《こひした》ひ、よい|仲《なか》になつて|居《を》つたが、|其《その》|男《をとこ》が|女《をんな》の|前《まへ》で|尻《しり》をまくり、|庇《へ》を|一《ひと》つプンと|放《ひ》つたが|最後《さいご》、|其《その》|女《をんな》はそれきり、|恋《こひ》しい|男《をとこ》が|見《み》るも|厭《いや》になつて|了《しま》うた|例《ため》しがありますぞえ。それにそんな|態《ざま》を|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》に|御覧《ごらん》に|入《い》れてくれとは|余《あま》りぢやないか。|色男《いろをとこ》|気取《きど》で|結構《けつこう》な|結婚《けつこん》を|申《まを》し|込《こ》まれ、|余《あま》り|嬉《うれ》しいので|逆上《ぎやくじやう》して|了《しま》ひ、|赤裸《まつぱだか》になつて、|一角《いつかど》よい|姿《すがた》と|思《おも》ひ……|此《この》|姿《すがた》を|恋女《こひをんな》に|見《み》せ……とはよい|加減《かげん》に|呆《ほう》けておきなさい。エヽ|見《み》つともない、|早《はや》く|着物《きもの》を|着《き》なさらぬか!』
『|何分《なにぶん》お|門《かど》が|広《ひろ》いものだから、こんな|風《ふう》でもして|撃退策《げきたいさく》でも|構《かう》じなけりや、やり|切《き》れませぬワイ。ア、あちらからも|此方《こちら》からも、|目《め》ひき|袖《そで》ひき|連中《れんぢう》が|沢山《たくさん》で、|国依別《くによりわけ》も|実《じつ》に|迷惑《めいわく》|致《いた》して|居《を》るぞよ。|男《をとこ》は|裸百貫《はだかひやくくわん》と|申《まを》して、|飾《かざ》りのないのが|値打《ねうち》であるぞよ。|元《もと》の|生《うま》れ|赤児《あかご》になりて|神《かみ》の|御用《ごよう》を|致《いた》して|下《くだ》されよ。|生《うま》れ|赤児《あかご》と|申《もう》せば、みんな|丸裸《まるはだか》ばかりであるぞよ。アツハヽヽヽ』
『コレ|国《くに》どの、お|前《まへ》は|一国《いつこく》の|大将《たいしやう》にでもならうと|云《い》ふ|千騎一騎《せんきいつき》の|大峠《おほたうげ》に|差掛《さしかか》つて|居《を》り|乍《なが》ら、チツと|謹《つつし》んだら|如何《どう》だいなア。|油断《ゆだん》を|致《いた》すと、|坂《さか》に|車《くるま》を|押《お》すが|如《ごと》く|後《あと》へ|戻《もど》りますぞえ』
『あとへ|戻《もど》るやうに|逆《さか》になつて、|油断《ゆだん》でなうて|冗談《じようだん》をして|逆様車《さかさまぐるま》を|押《お》してゐるのだ、アツハヽヽヽ。アーア、|早《はや》う|此処《ここ》を|誰《たれ》か、|一寸《ちよつと》|覗《のぞ》いて|愛想《あいさう》をつかして|呉《く》れないかな。|高姫《たかひめ》さまに|愛想《あいさう》つかされても、|根《ね》つから|目的《もくてき》が|達《たつ》しませぬワイ』
『コレ|国《くに》どの』
と|声《こゑ》を|高《たか》め、|国依別《くによりわけ》の|太腿《ふともも》を三つ四つ|平手《ひらて》でピシヤピシヤと|擲《なぐ》りつける。|国依別《くによりわけ》は|此《この》|機《はず》みに、ガバとはねおき、|慌《あわただ》しく|窓際《まどぎは》にかけておいた|単衣《ひとへ》をひつ|被《かぶ》り、|三尺帯《さんしやくおび》を|無雑作《むざふさ》にキリキリとまきつけ、ドスンと|高姫《たかひめ》の|前《まへ》にすわり|込《こ》んだ。
『|高姫《たかひめ》|様《さま》、|何《なん》の|御用《ごよう》で|御座《ござ》いますかな。どうぞ|実際《じつさい》の|事《こと》を|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さい』
『お|楽《たのし》みでせうな! |此《この》|頃《ごろ》は|半日《はんにち》の|日《ひ》も|百日《ひやくにち》も|経《た》つやうな|気《き》がするでせう。イヤもう|御心配《ごしんぱい》|御察《おさつ》し|申《まを》しますワイ。|併《しか》し|乍《なが》ら、|月《つき》にも|盈《み》つる|虧《か》くるがあり、|村雲《むらくも》のかくすこともあり、|綺麗《きれい》な|花《はな》には|虫《むし》がつき、|嵐《あらし》が|夜《よ》の|間《あひだ》に|吹《ふ》いて|来《き》て、|無残《むざん》にも|散《ち》らすことがありますぞや。モウ|大丈夫《だいぢやうぶ》|此方《こちら》の|者《もの》だと、|笑壺《ゑつぼ》に|入《い》つて|居《ゐ》ると、|夜《よる》の|間《ま》に|天候《てんこう》|忽《たちま》ち|激変《げきへん》し、|女《をんな》の|方《はう》から|秋《あき》の|空《そら》、|凩《こがらし》の|冷《つめ》たい|風《かぜ》が|吹《ふ》いて|来《こ》ぬとも|限《かぎ》りませぬぞや。さうなつてから、|梟鳥《ふくろどり》が|夜食《やしよく》に|外《はづ》れたやうな、|約《つま》らぬ|顔《かほ》を|致《いた》しても、|何程《なにほど》アフンと|致《いた》しても、|後《あと》の|祭《まつ》りで、|取返《とりかへ》しは|出来《でき》ませぬぞや。それよりも|男《をとこ》らしく|今《いま》の|間《うち》に、|花《はな》の|散《ち》らされぬ|間《うち》に、お|前《まへ》さまの|方《はう》から、キレイサツパリと|縁談《えんだん》を|御断《おことわ》りなさい。|国依別《くによりわけ》どののやうな、……|言《い》ふとすまぬが……ガンガラと|水晶《すゐしやう》の|生粋《きつすい》のお|姫様《ひめさま》と|夫婦《ふうふ》になつても、|末子姫《すゑこひめ》が|遂《と》げられますまい。|悪《わる》い|事《こと》は|云《い》ひませぬぞえ。|今《いま》の|間《うち》に|男《をとこ》らしう|破談《はだん》をなさい。さうしたら|天晴《あつぱ》れ|国依別《くによりわけ》の|男前《をとこまへ》が|上《あが》りますぞや。|此《この》|広《ひろ》いウヅの|国《くに》の|第一《だいいち》|美人《びじん》で、|而《しか》も|評判《ひやうばん》のよい|御姫様《おひめさま》を、|国依別《くによりわけ》が|一《ひと》つポンと|肱鉄《ひぢてつ》をかましたと|云《い》ふことが|世間《せけん》に|拡《ひろ》がつて|見《み》なさい。それこそどれ|丈《だけ》お|前《まへ》さまの|威徳《ゐとく》が|上《あが》るか|知《し》れたものぢやない。さうして|牛《うし》は|牛《うし》づれ|馬《うま》は|馬連《うまづ》れと|云《い》つて、|似合《にあ》うた|女房《にようばう》を|貰《もら》ひ、|誰《たれ》|憚《はばか》らず|天下《てんか》を|横行《わうかう》|濶歩《くわつぽ》する|方《はう》が、|窮屈《きうくつ》な|籠《かご》の|鳥《とり》の|様《やう》な|目《め》に|遇《あ》ひ、|一人《ひとり》の|姫様《ひめさま》に|忠勤《ちうきん》|振《ぶ》りを|発揮《はつき》するよりも|何程《なにほど》|徳《とく》か|分《わか》りませぬぞえ。お|前《まへ》さまが|姫様《ひめさま》の|夫《をつと》になり、|天下《てんか》の|権利《けんり》を|握《にぎ》るやうな|事《こと》があつたら、それこそ|天地《てんち》がひつくりかへりますぞや、いかな|高姫《たかひめ》も|神様《かみさま》の|御用《ごよう》はやめねばなりませぬワイ。かうズケズケと|私《わたし》が|云《い》ふので、お|前《まへ》さまは|御気《おき》に|入《い》らぬだらうが、チツとは|私《わたし》の|言《い》ふ|事《こと》も、|聞《き》きなさつたがよからう。|随分《ずゐぶん》お|前《まへ》さまもいたづらぢやないか。|野天狗《のてんぐ》か|何《なに》か|知《し》らぬが、|如意宝珠《によいほつしゆ》の|玉《たま》や|其《その》|他《ほか》|二《ふた》つの|玉《たま》は、|近江《あふみ》の|国《くに》の|竹生島《ちくぶじま》に|隠《かく》してあるなどと、|大《だい》それた|嘘《うそ》を|言《い》つて、はるばると|年《とし》を|老《と》つた|吾々《われわれ》をチヨロまかすと|云《い》ふ|腕前《うでまへ》だから、|私《わたし》の|言葉《ことば》がチツト|位《くらゐ》きつくても|辛抱《しんぼう》しなさい』
『アツハヽヽヽ|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い、|私《わたし》も|実《じつ》は|今度《こんど》の|結婚《けつこん》は|厭《いや》でたまらないのだけれど、|余《あま》り|大神様《おほかみさま》や|言依別《ことよりわけ》|様《さま》、|其《その》|外《ほか》の|方々《かたがた》の|御熱心《ごねつしん》な|御取《おと》りなしで|断《ことわ》る|訳《わけ》にも|行《ゆ》かず、|義理《ぎり》にせめられ|承諾《しようだく》したのだから、さうけなりさうに|法界悋気《ほふかいりんき》をして|下《くだ》さるな。|国依別《くによりわけ》も|実《じつ》に|迷惑《めいわく》|致《いた》しますワイ』
『オツホヽヽヽ、|厭《いや》で|叶《かな》はぬなどと、よう|言《い》へたものだ。|此《この》|縁談《えんだん》を|蛇尾《じやみ》にされるのが、イヤでイヤで|叶《かな》はぬのだらう。そんなテレ|隠《かく》しを|云《い》つたつて、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》……オツトドツコイ、|是《これ》は|云《い》ふのぢやなかつた……|高姫《たかひめ》の|黒《くろ》い|目《め》でチヤンと|睨《にら》ンだら|間違《まちが》ひつこはありませぬぞや』
『アーア、|困《こま》つた|事《こと》が|出来《でて》て|来《き》たワイ。どうしたらよからうな、この|国《くに》どのも』
『|何程《なにほど》|困《こま》つても|仕方《しかた》がない。|此《この》|縁談《えんだん》ばかりは|言依別《ことよりわけ》が|何《なん》と|言《い》はうと、|仮令《たとへ》|天地《てんち》がかへらうと、|金輪際《こんりんざい》|水《みづ》をさして、グチヤグチヤにして|了《しま》はなくちや、|折角《せつかく》|大神様《おほかみさま》が|艱難《かんなん》|苦労《くらう》なされてお|造《つく》り|遊《あそ》ばしたウヅの|国《くに》が|総崩《そうくづ》れになつて|了《しま》ひますワイ。お|前《まへ》|一人《ひとり》さへ|改心《かいしん》が|出来《でき》たら、|国中《くにぢう》の|者《もの》が|喜《よろこ》ぶのだから、|女《をんな》の|一人《ひとり》|位《くらゐ》は|男《をとこ》らしう|思《おも》ひ|切《き》つて|数多《あまた》の|人民《じんみん》を|助《たす》けた|方《はう》が、|何程《なにほど》|立派《りつぱ》か|知《し》れませぬぜ。|又《また》|何程《なにほど》|愉快《ゆくわい》か|分《わか》りますまいがなア』
『アーア、|最早《もはや》|幽界《いうかい》も|神界《しんかい》もいやになつて|了《しま》つた。|現界《げんかい》の|悪《わる》い……|高姫《たかひめ》さま、|私《わたし》の|腹《はら》の|底《そこ》が|如何《どう》しても、|神界《しんかい》(|真解《しんかい》)|出来《でき》ませぬのかい』
『それは|何《なに》を【ユーカイ】……|皆目《かいもく》お|前《まへ》さまの|腹《はら》の|底《そこ》を|諒解《りやうかい》することが|出来《でき》ぬぢやないかい』
『アーア、|仕方《しかた》がない……|私《わたし》は|一寸《ちよつと》|急用《きふよう》がありますので、そこ|迄《まで》|往《い》つて|来《き》ます。どうぞ|又《また》|四五日《しごにち》したら、ゆつくりと|遊《あそ》びにお|出《い》で|下《くだ》さりませ』
『|最早《もはや》|明日《あす》に|迫《せま》つた|此《この》|結婚《けつこん》、|四五日《しごにち》してから|来《き》て|下《くだ》さい……なンて、ヘン、|甘《うま》いことを|仰有《おつしや》りますワイ。どうでも|斯《か》うでも、|今夜《こんや》の|間《うち》にお|前《まへ》の|所存《しよぞん》をきめさせて、|其《その》|上《うへ》|末子姫《すゑこひめ》さまに|御意見《ごいけん》をして|来《こ》ねばならぬのだから、さう|逃腰《にげごし》にならずに、ジツクリと|聞《き》きなさい』
『|聞《き》きなさいつても、|危機一髪《ききいつぱつ》でも|聞《き》きませぬワイ……|御免《ごめん》|候《さふら》へ、|高姫《たかひめ》さま、|私《わたし》は|結婚《けつこん》の|用意《ようい》が|急《いそ》ぎますから、|髪《かみ》を|梳《す》いたり、|髯《ひげ》をそつたり、チツクを|一寸《ちよつと》つけたり、|頬紅《ほほべに》もさしたり、|口紅《くちべに》もチツとあしらはねばならず、|鏡《かがみ》も|一寸《ちよつと》|見《み》て|来《こ》ねばなりませぬ。そんな|色《いろ》の|黒《くろ》い|顔《かほ》のお|婆《ば》アさまに|相手《あひて》になつてをると、ますます|末子姫《すゑこひめ》さまが|恋《こひ》しうなつて|来《く》る。|左様《さやう》なら……』
とあわてて|飛《と》び|出《だ》さうとする。|高姫《たかひめ》は|後《うしろ》よりグツと|抱《だ》きとめ、
『コレコレ|国《くに》どの、|何処《どこ》へ|行《ゆ》くのだい。マア|待《ま》ちなされ、ジツクリとすわつて、|天地《てんち》の|道理《だうり》を|聞《き》いて|下《くだ》さい。|決《けつ》して|悪《わる》いことは|申《まを》しませぬぞや』
『どうぞ|離《はな》して|下《くだ》さい。そんな|固《かた》い|手《て》で|握《にぎ》られると|痛《いた》くて|仕方《しかた》がない。|一時《いつとき》も|早《はや》う|末子姫《すゑこひめ》さまのお|側《そば》へ|行《ゆ》かねばならぬワイなア。|岩《いは》に|抱《だ》かれるか、|真綿《まわた》に|抱《だ》かれるかと|云《い》ふ|程《ほど》|懸隔《けんかく》があるのだから|堪《たま》らない……|高姫《たかひめ》さま、どうぞ|後生《ごしやう》だから|放《はな》して|頂戴《ちやうだい》な』
『エヽ|是《これ》が|放《はな》してなるものかい』
『|高姫《たかひめ》さま、|今《いま》これが|放《はな》してなるものか、と|云《い》ひましたな。そんならヤツパリ|二人《ふたり》の|仲《なか》を|離《はな》さぬといふ|御意見《ごいけん》ですか?』
『そりや|話《はなし》が|違《ちが》ふ。|離《はな》れさすと|云《い》ふ|話《はなし》だ。|今《いま》がお|前《まへ》の|運《うん》のきめ|所《どころ》、サアさつぱりここでツンと|思《おも》ひ|切《き》りましたと|立派《りつぱ》に|言挙《ことあ》げしなさい』
『そんなら……スツカリ|思《おも》ひ|切《き》りました』
『ヤレヤレ|嬉《うれ》しや、お|前《まへ》は|本当《ほんたう》に|見上《みあ》げたものだよ』
『スツカリ|思《おも》ひ|切《き》つたのは、|皺苦茶婆《しわくちやばば》アの|高姫《たかひめ》さまとの|交際《かうさい》だ、アハヽヽヽ』
『エヽ|国《くに》どの、|覚《おぼ》えて|居《ゐ》なさいや。|明日《あす》の|晩《ばん》にはアフンとさして|上《あ》げますぞや、|女《をんな》の|一心《いつしん》|岩《いは》でもつきぬく、これが|通《とほ》らいでなるものかい!』
と|目《め》をつり|上《あ》げながら、あわただしく|此《この》|場《ば》を|立去《たちさ》る。
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
第二四章 |冷氷《れいひよう》〔九一五〕
|高姫《たかひめ》は|国依別《くによりわけ》の|室《しつ》を|立出《たちい》で、|応援《おうゑん》を|求《もと》めて|此《この》|目的《もくてき》を|達《たつ》せむと、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|一室《いつしつ》を|訪問《はうもん》した。
『|御免《ごめん》なさいませ……|鷹依姫《たかよりひめ》さま、|竜国別《たつくにわけ》さま、|何《なん》とマア|親子《おやこ》|仲《なか》のよいこと、あなたも|孝行《かうかう》な|息子《むすこ》を|持《も》つて|幸福《かうふく》ですなア。|私《わたし》の|様《やう》な|独身者《どくしんもの》は|親子《おやこ》|睦《むつ》まじう、さうして|御座《ござ》る|所《ところ》を|拝見《はいけん》|致《いた》しますと、|実《じつ》に|羨《うらや》ましうなつて|来《き》ました。|本当《ほんたう》に|親子《おやこ》の|円満《ゑんまん》なのは|見《み》よいものですワイ……|時《とき》にお|二人《ふたり》さまに|至急《しきふ》|御相談《ごさうだん》したい|事《こと》があつて|参《まゐ》りました。どうぞ|暫《しばら》くの|間《あひだ》|御邪魔《おじやま》をさして|下《くだ》さいませ』
『それはマア|能《よ》う|来《き》て|下《くだ》さいました。|伜《せがれ》の|竜国別《たつくにわけ》が|孝行《かうかう》にして|呉《く》れますので、|私《わたし》も|全《まつた》く|神様《かみさま》のお|蔭《かげ》だと|思《おも》ひ、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|感謝《かんしや》を|致《いた》して|居《を》ります。|若《わか》い|時《とき》には|随分《ずゐぶん》|極道《ごくだう》で、|何《なん》べんも|親《おや》を|泣《な》かせたもので|御座《ござ》いますが、|年《とし》の|薬《くすり》で|此《この》|様《やう》な|孝行《かうかう》な|息子《むすこ》になつてくれました。|子《こ》が|無《な》うて|泣《な》く|親《おや》は|無《な》いが、|子《こ》がある|為《ため》に|泣《な》く|親《おや》は、|世界《せかい》に|沢山《たくさん》|御座《ござ》いますでなア。|私《わたし》は|神様《かみさま》のおかげで、|子《こ》がある|為《ため》に|日々《にちにち》|勇《いさ》んで|暮《くら》して|居《を》ります』
『それは|何《なに》より|結構《けつこう》で|御座《ござ》います。|併《しか》しお|二人《ふたり》さま、|一《ひと》つ|聞《き》いて|貰《もら》はねばならぬことが|突発《とつぱつ》して|来《き》ました』
|竜国《たつくに》『|高姫《たかひめ》さま、ソリヤ|大方《おほかた》|国依別《くによりわけ》さまのお|目出度《めでた》い|話《はなし》でせう。|本当《ほんたう》に|結構《けつこう》ですなア。|不断《ふだん》から|一寸《ちよつと》|変《かは》つた|偉《えら》い|男《をとこ》だと|感服《かんぷく》してゐましたが、ヤツパリ|栴檀《せんだん》は|二葉《ふたば》より|馨《かんば》し、|蛇《じや》は|寸《すん》にして|人《ひと》を|呑《の》むとやら、ヤツパリ|身魂《みたま》の|性来《しやうらい》は|争《あらそ》はれぬものですワイ。|私《わたし》は|今迄《いままで》|心易《こころやす》い|友《とも》だちとして、ワレかオレかでつき|合《あ》つて|来《き》ましたが、モウ|是《これ》からは|態度《たいど》を|改《あらた》めねばならなくなつて|来《き》ました。|本当《ほんたう》に|人《ひと》の|出世《しゆつせ》は|分《わか》らぬものですな……|高姫《たかひめ》さま、あなたは|国依別《くによりわけ》さまの|結婚《けつこん》について|御祝《おいはひ》をしたいから、どんな|物《もの》を|送《おく》つたらよからうと|云《い》ふ|同情《どうじやう》ある|御相談《ごさうだん》でせう……なアお|母《か》アさま』
『|何《なに》から|何《なに》まで、|耳《みみ》から|鼻《はな》まで、|目《め》から|口《くち》までつきぬけるやうな|高姫《たかひめ》さまが|御座《ござ》るのだから、メツタに|仰有《おつしや》る|事《こと》に|抜目《ぬけめ》はありませぬ。|高姫《たかひめ》さまの|御意見《ごいけん》に|御任《おまか》せしなさい』
『ハイ』
『コレ|竜国別《たつくにわけ》さま、お|前《まへ》さまのお|母《か》アさまの|仰有《おつしや》つた|通《とほ》り、|何事《なにごと》も|私《わたくし》の|意見《いけん》に|従《したが》ふのだよ』
『ハイ、|従《したが》ひますよ。|何《なに》を|祝《いは》うたら|宜《よろ》しいでせうなア』
『エヽ|辛気臭《しんきくさ》い、お|祝《いは》ひ|所《どころ》の|騒《さわ》ぎですか。|国家《こくか》の|興亡《こうばう》|危機一髪《ききいつぱつ》の|間《あひだ》に|在《あ》り、|地異天変《ちいてんぺん》の|大騒動《おほさうどう》、|何《なに》を|気楽《きらく》な、|悠然《いうぜん》として|控《ひか》へて|御座《ござ》るのだい。マア|能《よ》う|考《かんが》へて|御覧《ごらん》、|女《をんな》たらしの|御家倒《ごけたふ》し、|家潰《いへつぶ》しの|国依別《くによりわけ》のやうなガラクタ|身魂《みたま》と、|誠水晶《まことすゐしやう》の|生粋《きつすゐ》の|大和魂《やまとだましひ》の|末子姫《すゑこひめ》|様《さま》と|夫婦《ふうふ》にでもしようものなら、それこそ|白米《はくまい》の|中《なか》へ|砂《すな》を|混《ま》ぜたやうなものだ。どうにもかうにも【ママ】になりませぬぞや。|何《なん》とかして|此《この》|縁談《えんだん》を|冷《ひや》す|工夫《くふう》をせなくては、|国家《こくか》の|一大事《いちだいじ》だから|御相談《ごさうだん》に|来《き》ましたのぢや』
『|冷《ひや》す|相談《さうだん》ですか? |此《この》|暑《あつ》いのに|俄《にはか》に|方法《はうはふ》もありませぬワ。|何《なに》しろ|百度《ひやくど》|以上《いじやう》に|逆上《のぼ》せ|上《あが》つてゐるのですからなア。|併《しか》し|冷《ひや》さぬと|腐敗《ふはい》の|虞《おそれ》がありませう。あなた|御苦労《ごくらう》だが、|一《ひと》つ|竜紋氷室《りうもんひようしつ》へ|走《はし》つて|行《い》つて、|百貫目《ひやくくわんめ》|程《ほど》|氷《こほり》を|買《か》つて|来《き》て|下《くだ》さいな』
『コレ|竜《たつ》どの、|氷《こほり》の|話《はなし》ぢやありませぬぞや。お|前《まへ》さまは|此《この》|暑《あつ》さで|氷《こほり》の|事《こと》|計《ばか》り|思《おも》つてゐるものだから、|何《なに》を|云《い》つても|皆《みな》|氷《こほり》に|聞《きこ》えるのだよ』
『チツとカチワリにして、|細《こま》かう|云《い》つて|下《くだ》さらぬと、|氷解《ひようかい》することが|出来《でき》ませぬワイ』
『コレコレお|前《まへ》さまは|私《わたくし》がこれ|程《ほど》|熱心《ねつしん》に|話《はなし》をしよるのに、|頭《あたま》から|冷《ひや》かすのかいなア』
『|高姫《たかひめ》さま、|今《いま》|冷《ひや》さうと|云《い》つて|来《き》たぢやないか。さうだからお|前《まへ》さまの|意見《いけん》に|従《したが》つて、|冷《ひや》かしにかかつて|居《ゐ》るのだよ。|冷笑冷罵《れいせうれいば》の|言霊《ことたま》を|一《ひと》つ|進上《しんじやう》|致《いた》しませうか。|今朝《けさ》から|井戸《ゐど》の|中《なか》へ|吊《つ》り|下《おろ》しておいたのだから……』
『エヽ|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|男《をとこ》だなア。|西瓜《すゐくわ》の|事《こと》を|誰《たれ》が|云《い》つていますか!』
『コレコレ|竜国別《たつくにわけ》……|勿体《もつたい》ない、|高姫《たかひめ》さまに|向《むか》つて、さうツベコベと|口答《くちごたへ》するものぢやありませぬぞえ……なア|高姫《たかひめ》さま、|若《わか》い|者《もの》と|云《い》ふものは、|実《じつ》に|側《そば》に|聞《き》いて|居《を》つても、|氷《こほり》の|側《そば》に|居《ゐ》るやうに、ヒヤヒヤするやうな|事《こと》|計《ばか》り|申《まを》します。どうぞ|冷静《れいせい》にお|聞《き》き|下《くだ》さいませ』
『|高姫《たかひめ》さま、お|前《まへ》さまは|善言美詞《ぜんげんびし》の|言霊《ことたま》を|忘《わす》れましたか? |国依別《くによりわけ》さまがモウ|一息《ひといき》で|成功《せいこう》すると|云《い》ふ|間際《まぎは》になつて、|昔《むかし》のアラをさらけ|出《だ》したり、|反対《はんたい》|運動《うんどう》をすると|云《い》ふ|様《やう》な|非人道的《ひじんだうてき》な|事《こと》が|御座《ござ》いますか。|私《わたくし》は|左様《さやう》な|相談《さうだん》には|真平《まつぴら》|御免《ごめん》ですよ』
『|私《わたくし》だとて|国依別《くによりわけ》のアラをさらけ|出《だ》すのは|実《じつ》に|辛《つら》い、|熱鉄《ねつてつ》を|呑《の》むやうな|心持《こころもち》がするけれど、|多勢《おほぜい》の|人民《じんみん》と|一人《ひとり》とには|替《か》へられませぬから、|止《や》むを|得《え》ずイヤな|事《こと》を|云《い》はねばならぬ|因果《いんぐわ》な|身《み》の|上《うへ》……コレ|鷹依姫《たかよりひめ》さま、|高姫《たかひめ》の|心《こころ》の|中《なか》を|推量《すゐりやう》して|下《くだ》さいませなア』
『|御尤《ごもつと》もで|御座《ござ》います。|併《しか》し|乍《なが》ら|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》の|御所望《ごしよまう》に|依《よ》り、|言依別神《ことよりわけのかみ》さま、|松若彦《まつわかひこ》の|神司《かむつかさ》のおきめ|遊《あそ》ばしたこと、|吾々《われわれ》がどうかう|申《まを》す|権利《けんり》もなければ|場合《ばあひ》でも|御座《ござ》いませぬ。どうなるのも|皆《みな》|神様《かみさま》の|御仕組《おしぐみ》で|御座《ござ》いませうから、|吾々《われわれ》としては|只《ただ》お|目出度《めでた》いと|御祝《おいは》ひ|申《まを》すより|外《ほか》に|道《みち》はなからうかと|存《ぞん》じます』
『エーエ、|親子《おやこ》|共《とも》、|揃《そろ》ひも|揃《そろ》うて|分《わか》らぬ|人《ひと》だなア。|是《これ》では|何程《なにほど》|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》……オツトドツコイ、|是《これ》は|云《い》ふのぢやなかつた……|高姫《たかひめ》が、シヤチになつてきばつても、|此《この》|濁流《だくりう》はせきとめる|事《こと》は|出来《でき》ないかなア……アヽ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。どうぞ|神様《かみさま》、|早《はや》く|善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》け|下《くだ》さいまして、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》|様《さま》の|貴《うづ》の|御子《みこ》の|結構《けつこう》な|身魂《みたま》を、|国依別《くによりわけ》の|泥身魂《どろみたま》が|汚《けが》しませぬ|様《やう》に、|夜《よ》の|守《まも》り|日《ひ》の|守《まも》りに|守《まも》り|幸《さち》はひ|下《くだ》さいませ。|偏《ひとへ》に|御願《おねがひ》|申上《まをしあ》げ|奉《たてまつ》ります』
『|高姫《たかひめ》さま、|今《いま》となつて、|何程《なにほど》ジリジリ|悶《もだ》えをしたつて|駄目《だめ》ですよ。|私《わたくし》も|余《あま》り|国依別《くによりわけ》さまの|悪口《わるくち》をきかされて、|腹《はら》が|竜国別《たつくにわけ》となつて|了《しま》つた。サアサア|一時《いちじ》も|早《はや》く|此処《ここ》を|竜国別《たつくにわけ》として|下《くだ》さい。|是《これ》から|国依別《くによりわけ》さまの|所《ところ》へ|御祝《おいは》ひに|行《ゆ》かねばなりませぬ……お|母《か》アさま、|高姫《たかひめ》さまに|失礼《しつれい》して、|親子《おやこ》|揃《そろ》うて、このお|目出度《めでた》い|結婚《けつこん》の|前祝《まへいはひ》に|行《い》つて|来《こ》ようぢやありませぬか』
『どうなつと、|御勝手《ごかつて》になさりませ。|後《あと》で|後悔《こうくわい》せぬ|様《やう》に|一寸《ちよつと》|気《き》を|付《つ》けて|置《お》きますぞえ』
『|後《あと》で|後悔《こうくわい》どころか、|最早《もはや》|此《この》|結婚《けつこん》の|話《はなし》は|前以《まへもつ》て|公開《こうかい》された|筈《はず》だ。アハヽヽヽ』
|斯《か》かる|所《ところ》へカールは|勢《いきほ》ひよく|走《はし》り|来《きた》り、
『|今《いま》|言依別《ことよりわけ》|様《さま》の|御居間《おゐま》へ|招《まね》かれて|行《い》つて|来《き》ました|所《ところ》、【タカ】とか|鳶《とび》とかの|雌鳥《めんどり》がやつて|来《き》て、|畏《おそ》れ|多《おほ》い|大神様《おほかみさま》の|思召《おぼしめし》に|依《よ》つて|成立《なりた》つた|結構《けつこう》な|結婚《けつこん》|問題《もんだい》を|冷《ひや》かさうとして、|百万陀羅《ひやくまんだら》|泡《あわ》を|吹《ふ》いて|帰《かへ》つたと|云《い》ふことで|御座《ござ》いましたよ。|何《いづ》れ|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》や|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》の|御宅《おたく》へもタカがケチをつけに|行《ゆ》くだらうから、お|前《まへ》|一《ひと》つタカや|鳶《とび》が|出《で》て|来《き》ても|相手《あひて》にならず、ぼつ|返《かへ》せと|仰有《おつしや》いましたからお|使《つかひ》に|出《で》て|参《まゐ》りました。グヅグヅしてると、タカや|鳶《とび》に|油揚《あぶらあげ》をさらはれ、アフンとしても|後《あと》の|祭《まつ》りだから、|一寸《ちよつと》|言依別《ことよりわけ》|様《さま》の|御命令《ごめいれい》に|依《よ》つて|御知《おし》らせに|参《まゐ》りました……オツトドツコイ、|此処《ここ》にタカとか|高姫《たかひめ》さまとか|云《い》ふ|御本尊《ごほんぞん》が|御座《ござ》つたのかなア……|大神様《おほかみさま》、|何卒《どうぞ》|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し|下《くだ》さいませ。アヽ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
(大正一一・八・二四 旧七・二 松村真澄録)
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霊界物語 第三二巻 海洋万里 未の巻
終り