霊界物語 第二九巻 海洋万里 辰の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第二九巻』愛善世界社
1999(平成11)年02月03日 第一刷発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2004年05月27日作成
2008年06月23日修正
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●目次
序
|総説《そうせつ》
|端書《はしがき》
第一篇 |玉石混来《ぎよくせきこんらい》
第一章 アリナの|滝《たき》〔八二三〕
第二章 |懸橋御殿《かけはしごてん》〔八二四〕
第三章 |白楊樹《はくようじゆ》〔八二五〕
第四章 |野辺《のべ》の|訓戒《くんかい》〔八二六〕
第二篇 |石心放告《せきしんはうこく》
第五章 |引懸戻《ひつかけもど》し〔八二七〕
第六章 |玉《たま》の|行衛《ゆくゑ》〔八二八〕
第七章 |牛童丸《うしどうまる》〔八二九〕
第八章 |高姫《たかひめ》|慴伏《せふふく》〔八三〇〕
第九章 |俄狂言《にはかきやうげん》〔八三一〕
第一〇章 |国治《くにはる》の|国《くに》〔八三二〕
第三篇 |神鬼《しんき》|一転《いつてん》
第一一章 |日出姫《ひのでひめ》〔八三三〕
第一二章 |悔悟《くわいご》の|幕《まく》〔八三四〕
第一三章 |愛流川《あいるがは》〔八三五〕
第一四章 カーリン|丸《まる》〔八三六〕
第一五章 ヨブの|入信《にふしん》〔八三七〕
第一六章 |波《なみ》の|響《ひびき》〔八三八〕
第四篇 |海《うみ》から|山《やま》へ
第一七章 |途上《とじやう》の|邂逅《かいこう》〔八三九〕
第一八章 |天祥山《てんしやうざん》〔八四〇〕
第一九章 |生霊《いきりやう》の|頼《たのみ》〔八四一〕
第二〇章 |道《みち》すがら〔八四二〕
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序
|本巻《ほんくわん》は|前巻《ぜんくわん》と|共《とも》に、|伊豆《いづ》|湯ケ島《ゆがしま》の|湯本館《ゆもとくわん》に|於《おい》て、|筆記者《ひつきしや》|松村《まつむら》|真澄《まさずみ》|氏《し》|一人《ひとり》を|相手《あひて》に|口述《こうじゆつ》したものであります。|同氏《どうし》の|健腕《けんわん》は|一日《いちにち》に|五百頁《ごひやくページ》|以上《いじやう》を、|口述《こうじゆつ》|其《その》|儘《まま》|原稿紙《げんかうし》に|浄写《じやうしや》されても、|尚《なほ》|余裕綽々《よゆうしやくしやく》たるには|感《かん》じ|入《い》りました。|本巻《ほんくわん》は|二日《ふつか》と、|少《すこ》しく|三日目《みつかめ》に|掛《か》けて|編《あ》み|上《あ》げられました。|私《わたし》の|息《いき》さへ|続《つづ》かば、|二日間《ふつかかん》に|容易《ようい》に|同氏《どうし》の|筆《ふで》に|写《うつ》す|事《こと》が|出来《でき》ると|云《い》ふ|経験《けいけん》を|得《え》ました。|炎熱《えんねつ》|烈《はげ》しき|折柄《をりから》、|伊豆《いづ》の|温泉旅館《おんせんりよくわん》|安藤《あんどう》|唯夫《ただを》|氏《し》|方《かた》にてしるす。
大正十一年八月十三日
|総説《そうせつ》
|黒姫《くろひめ》が|保管《ほくわん》せし|黄金《こがね》の|神宝《しんぱう》|紛失《ふんしつ》の|為《ため》、|高姫《たかひめ》に|放逐《はうちく》されて、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンスの|四人《よにん》が|種々《いろいろ》|苦辛《くしん》して、|南洋諸島《なんやうしよたう》に|出没《しゆつぼつ》し、|玉《たま》の|所在《ありか》を|捜索《そうさく》し、|遂《つひ》に|南米《なんべい》|高砂島《たかさごじま》に|渡《わた》り、アリナの|滝《たき》にて|一策《いつさく》を|案出《あんしゆつ》し、|種々《いろいろ》の|玉《たま》を|蒐集《しうしふ》し、|最後《さいご》に|黄金《こがね》の|玉《たま》を|得《え》て|鏡《かがみ》の|池《いけ》を|立去《たちさ》り、アルゼンチンの|大原野《だいげんや》にて|神《かみ》の|訓戒《くんかい》を|受《う》け|改心《かいしん》なし、それよりアマゾン|河《がは》を|遡《さかのぼ》り、|玉《たま》の|森林《しんりん》に|迷《まよ》ひ|込《こ》みし|物語《ものがたり》と、|高姫《たかひめ》が|言依別命《ことよりわけのみこと》、|国依別《くによりわけ》の|後《あと》を|追《お》ひて|高砂島《たかさごじま》に、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》と|共《とも》に|渡《わた》り|来《きた》り、|是又《これまた》|同原野《どうげんや》に|於《おい》て|神《かみ》の|訓戒《くんかい》を|受《う》け、|悔悟《くわいご》の|花《はな》を|心《こころ》に|咲《さ》かし、|玉《たま》の|森《もり》に|迷《まよ》ふ|鷹依姫《たかよりひめ》を|救《すく》はむと、|天祥山《てんしやうざん》を|越《こ》え|進《すす》み|行《ゆ》く、|面白《おもしろ》き|改心《かいしん》|物語《ものがたり》であります。
大正十一年八月 於伊豆湯ケ島
王仁識
|端書《はしがき》
|霊界物語《れいかいものがたり》『|海洋万里《かいやうばんり》』(|辰《たつ》の|巻《まき》)より|未《ひつじ》の|巻《まき》に|至《いた》り、|南米《なんべい》|太古《たいこ》の|物語《ものがたり》を|口述《こうじゆつ》しておきました。|今日《こんにち》は|人文《じんぶん》|大《おほ》いに|開《ひら》けたる|結果《けつくわ》、|国《くに》を|建《た》つるもの|十数ケ国《じふすうかこく》になつて|居《を》ります。|中《なか》にも|南米《なんべい》|第一《だいいち》の|富源《ふうげん》を|擁《よう》して|居《ゐ》るにも|拘《かか》はらず、|国民《こくみん》は|遊惰《いうだ》にして|何時《いつ》も|外国《ぐわいこく》の|厄介《やくかい》にばかりなつてゐるのは|秘露《ペルウ》の|国《くに》であります。|故《ゆゑ》に|英米人《えいべいじん》は|此《この》|国《くに》を|評《へう》して『|黄金《わうごん》の|床《とこ》に|寝《ね》て|居《ゐ》る|乞食《こじき》の|国《くに》』と|謂《い》つて|居《を》ります。この|文章《ぶんしやう》は|現今《げんこん》|南米《なんべい》|諸国《しよこく》の|状況《じやうきやう》を|示《しめ》したもので、|決《けつ》して|三十余万年前《さんじふよまんねんぜん》の|太古《たいこ》の|事《こと》では|有《あ》りませぬ。|只《ただ》|物語《ものがたり》の|参考《さんかう》として|茲《ここ》に|引用《いんよう》した|迄《まで》であります。
|秘露《ペルウ》はこの|物語《ものがたり》にはヒルの|国《くに》と|称《しよう》してあります。|此《この》|国《くに》に|無尽蔵《むじんざう》の|富源《ふうげん》を|抱《いだ》いて|居《ゐ》ること、|其《そ》の|北隣《ほくりん》なるコロンビヤ(|物語《ものがたり》にはカル)と|共《とも》に|第一《だいいち》に|置《お》かれて|居《を》ります。このヒルの|国《くに》は|現今《げんこん》でこそ|南米中《なんべいちう》の|二等国《にとうこく》に|沈淪《ちんりん》したものの、|昔《むかし》インカ|帝国《ていこく》としての|全盛《ぜんせい》|時代《じだい》は、その|文明《ぶんめい》の|程度《ていど》は|上代《じやうだい》の|希臘《ギリシヤ》、|羅馬《ローマ》の|隆盛《さかん》なりし|折《をり》に|比《ひ》すべきもので、|現今《げんこん》の|智利《チリー》(|物語《ものがたり》にはテル)エクアドル、ボリビヤ|等《とう》の|諸国《しよこく》は|皆《みな》『|太陽《たいやう》の|子《こ》』インカ|王《わう》の|配下《はいか》にあつたもので、|今《いま》を|距《さ》る|四百年前《よんひやくねんぜん》、|彼《か》の|西班牙《スペイン》の|奸雄《かんゆう》ビサロが、アタワルバを|殺害《さつがい》して|国《くに》を|奪《うば》ひ、|西班牙《スペイン》の|植民地《しよくみんち》と|為《な》してから|三百年間《さんびやくねんかん》は、|西班牙《スペイン》は|戦慄《せんりつ》すべき|暴政《ばうせい》を|行《おこな》つたので、|国土《こくど》が|荒廃《くわうはい》し|文化《ぶんくわ》は|退歩《たいほ》したのであります。ビサロがアタワルバ|王家《わうけ》から|奪《うば》つた|金塊《きんくわい》でも、|現今《げんこん》の|価格《かかく》で|十億円《じふおくゑん》のものであると|言《い》はれた|程《ほど》に、|此《この》|国《くに》は|貴重《きちよう》な|礦物《くわうぶつ》を|沢山《たくさん》に|包蔵《はうざう》して|居《を》ります。
この|国《くに》を|地理的《ちりてき》に|区別《くべつ》すると、|南北《なんぽく》に|縦走《じうそう》するアンデス|大山脈《だいさんみやく》にて|海岸《かいがん》、|山嶽《さんがく》、|森林《しんりん》の|三地帯《さんちたい》に|区分《くぶん》されますが、|海岸《かいがん》|地帯《ちたい》は|無雨地帯《むうちたい》と|称《しよう》せられ(|物語《ものがたり》|参照《さんせう》)、|時々《ときどき》|霏雨《ひう》は|降《ふ》りますが、|雨《あめ》らしい|雨《あめ》は|無《な》いから|土地《とち》が|砂漠的《さばくてき》に|見《み》えますが、|其《その》|間《あひだ》にはアンデス|山《さん》(|高照山《たかてるやま》)より|発《はつ》する|五十余《ごじふよ》の|河川《かせん》があり、その|流域《りうゐき》には|数十《すうじふ》の|沃野《よくや》があつて、|良質《りやうしつ》の|綿《わた》や、|甘蔗《かんしよ》の|耕作《かうさく》が|盛《さかん》に|行《おこな》はれて|居《を》ります。|此《この》|地域《ちゐき》は|昔《むかし》インカ|帝国《ていこく》|時代《じだい》には|現在《げんざい》の|数倍《すうばい》も|耕作《かうさく》されて|居《ゐ》たもので、|今日《こんにち》も|猶《なほ》|壮大《さうだい》なる|昔時《せきじ》の|灌漑《くわんがい》|工事《こうじ》の|跡《あと》が|方々《はうばう》に|残《のこ》つて|居《を》るのです。
|此《この》|地帯《ちたい》は|一見《いつけん》した|所《ところ》|不毛《ふまう》の|土地《とち》でありますが、|水《みづ》さへ|引《ひ》けば|忽《たちま》ち|青々《あをあを》たる|草野《さうや》に|変《かは》り、|地味《ちみ》は|非常《ひじやう》に|肥沃《ひよく》であります。また|此《この》|地帯《ちたい》に|於《お》ける|農業《のうげふ》の|特色《とくしよく》は、|異常《いじやう》な|確実性《かくじつせい》を|有《いう》し、|害虫《がいちう》は|殆《ほとん》ど|無《な》く、|又《また》|風水《ふうすゐ》の|害《がい》も|絶無《ぜつむ》でありますから、その|収穫《しうくわく》も|安全《あんぜん》を|期待《きたい》されて|居《ゐ》ます。|一万人余《いちまんにんよ》を|計上《けいじやう》されて|居《ゐ》る|日本《にほん》|移民《いみん》の|大部分《だいぶぶん》は|皆《みな》この|地帯《ちたい》の|耕耘《かううん》に|従事《じゆうじ》して|居《ゐ》るのです。
|気候《きこう》は|又《また》|一年中《いちねんぢう》、|日本《にほん》|内地《ないち》の|五六月《ごろくぐわつ》の|気候《きこう》で|実《じつ》に|理想的《りさうてき》であります。|目下《もくか》|白人《はくじん》は|約《やく》|十万《じふまん》|町歩《ちやうぶ》を|耕《たがや》して|居《を》りますが、|灌漑《くわんがい》に|堪《た》ゆる|土地《とち》が|尚《なほ》|二十万《にじふまん》|町歩《ちやうぶ》は|残存《ざんぞん》して|居《を》ります。|山嶽《さんがく》|地帯《ちたい》は|一名《いちめい》|礦山《くわうざん》|地帯《ちたい》とも|云《い》はれ、|礦産《くわうさん》は|無類《むるゐ》|無量《むりやう》であります。バナデユームは|世界《せかい》|第一位《だいいちゐ》、|金《きん》と|銀《ぎん》とは|同《どう》|第四位《だいよんゐ》、|銅《どう》と|鉛《なまり》とは|同《どう》|第六位《だいろくゐ》で、|石炭《せきたん》も|到《いた》る|処《ところ》に|埋蔵《まいざう》されて|居《を》りますが、|何分《なにぶん》|不便《ふべん》の|為《ため》に|発掘量《はつくつりやう》が|少《すくな》いのです。
|次《つぎ》に|特記《とくき》すべき|事《こと》は|森林《しんりん》|地帯《ちたい》で|是《これ》が|所謂《いはゆる》|極楽郷《ごくらくきやう》であります。この|地帯《ちたい》はアンデス|山脈《さんみやく》の|東方《とうはう》で|長《なが》さ|南北《なんぽく》|約《やく》|一千《いつせん》|哩《マイル》、|幅《はば》は|二百《にひやく》|哩《マイル》|乃至《ないし》|七百《しちひやく》|哩《マイル》を|出入《しゆつにふ》する|広《ひろ》い|地面《ちめん》で、|海抜《かいばつ》は|二三千尺《にさんせんしやく》から|一百尺《いつぴやくしやく》の|低地《ていち》に|及《およ》んで|居《ゐ》る。|秘露《ペルウ》の|行政《げうせい》|区劃上《くくわくじやう》、この|地帯《ちたい》は|八県《はちけん》に|分《わか》たれて|居《ゐ》ますが、|実《じつ》に|全国《ぜんこく》の|三分《さんぶ》の|二《に》の|地積《ちせき》を|占《し》め、アマゾン|河《がは》|本流《ほんりう》|及《およ》び|其《その》|支流《しりう》の|上流《じやうりう》を|為《な》す|大小《だいせう》|数千《すうせん》の|河川《かせん》は、|皆《みな》この|地帯《ちたい》に|発《はつ》して|東走《とうそう》するのでありますから、|将来《しやうらい》に|於《おい》て|河川《かせん》を|利用《りよう》する|交通《かうつう》|機関《きくわん》を|起《おこ》すには|地勢上《ちせいじやう》|甚《はなは》だ|便利《べんり》があるのです。この|地帯《ちたい》の|気候《きこう》はコロンビヤ、ボリビヤ、ブラジル(|物語《ものがたり》にはハルの|国《くに》)|国境《こくきやう》|近《ちか》くは|熱帯《ねつたい》の|暑熱《しよねつ》で|年中《ねんぢう》|華氏《くわし》|九十度《くじふど》|位《くらゐ》の|平均《へいきん》であるが、アンデス|山系《さんけい》の|斜面地《しやめんち》|及《およ》び|海抜《かいばつ》|二千尺《にせんしやく》|以上《いじやう》の|地域《ちゐき》は|亜熱帯《あねつたい》や|温帯《おんたい》の|気候《きこう》で、|伊太利《イタリー》の|南部《なんぶ》に|似《に》て|居《ゐ》るのです。|旅行《りよかう》するものは|実《じつ》に|良好《りやうかう》な|気持《きもち》を|感《かん》ずるものです。|其《その》フツクリとして|柔《やはら》かな|何《なん》とも|言《い》へない|身《み》は、まつたく|植物《しよくぶつ》の|吐《は》く|香気《かうき》に|埋《うも》れた|温室《おんしつ》の|中《なか》でソヨソヨと|微涼《びりやう》に|吹《ふ》かれる|様《やう》な|具合《ぐあひ》で、|古来《こらい》この|地帯《ちたい》を|通過《つうくわ》した|人《ひと》は|凡《すべ》て|極楽《ごくらく》の|気候《きこう》だと|感《かん》ずるものであります。
|雨量《うりやう》は|豊《ゆたか》で|一年《いちねん》を|二期《にき》に|区別《くべつ》し、|十一月《じふいちぐわつ》から|翌年《よくねん》|四月《しぐわつ》が|最《もつと》も|多《おほ》く(|冬季《とうき》)、|五月《ごぐわつ》より|次第《しだい》に|少《すくな》くなり、|十月《じふぐわつ》には|最《もつと》も|少《すく》ない(|夏季《かき》)。|而《しか》して、|地味《ちみ》の|肥沃《ひよく》なることは|無比《むひ》である。
この|地帯《ちたい》に|足《あし》を|入《い》れた|人《ひと》の|先《ま》づ|驚嘆《きやうたん》するのは、|植物《しよくぶつ》の|発育《はついく》の|旺盛《わうせい》な|情態《じやうたい》であります。|天《てん》を|摩《ま》する|巨木《きよぼく》は|到《いた》る|所《ところ》に|見出《みいだ》だされ、|香《にほひ》|高《たか》き|蘭科《らんくわ》|植物《しよくぶつ》の|多種《たしゆ》なること、|人間《にんげん》が|乗《の》れさうな|巨大《きよだい》なる|花《はな》、|大蛇《だいじや》の|如《ごと》き|大蔓草《おほつるくさ》、|人間《にんげん》の|頭《あたま》ほどある|種々《いろいろ》の|美味《びみ》なる|果物《くだもの》、|日本《にほん》の|如《や》うな|貧弱《ひんじやく》な|植物界《しよくぶつかい》を|見馴《みな》れた|眼《め》には|胆《きも》を|奪《うば》はれる|位《くらゐ》であります。|又《また》エボニー、マホガニー|等《とう》の|貴重《きちよう》なる|材《ざい》は|到《いた》る|所《ところ》に|見出《みいだ》だされ、|薬草《やくさう》の|豊富《ほうふ》なることも、|世界一《せかいいち》と|言《い》はれて|居《を》ります。|其《そ》の|他《た》|染料《せんれう》、|繊維《せんゐ》、|香料《かうれう》、ゴム|樹《じゆ》|等《とう》も|頗《すこぶ》る|多《おほ》く、|一哩《マイル》|平方《へいはう》の|地面《ちめん》に、|植物《しよくぶつ》の|種類《しゆるゐ》、|凡《およ》そ|一百万種《いつぴやくまんしゆ》に|近《ちか》い|位《くらゐ》で、|実《じつ》に|植物《しよくぶつ》の|豊富《ほうふ》なるには|驚《おどろ》くの|外《ほか》は|無《な》いのであります。
|次《つぎ》に|此《この》|地帯《ちたい》に|棲《す》む|動物《どうぶつ》も|頗《すこぶ》る|多種類《たしゆるゐ》で、アマゾン|河《がは》|中《ちう》に|在《あ》る|魚貝《ぎよかひ》のみでも|地中海《ちちうかい》に|棲《す》むものの|種類《しゆるゐ》に|匹敵《ひつてき》するのであります。
|最近《さいきん》この|地帯《ちたい》の|河川《かせん》、|湖沼《こせう》で|蒐集《しうしふ》された|珍奇《ちんき》なる|魚介《ぎよかい》の|種類《しゆるゐ》は、|一万五千余種《いちまんごせんよしゆ》に|及《およ》び、その|中《うち》|八百余種《はつぴやくよしゆ》は|全《まつた》く|新《あたら》しい|発見《はつけん》に|係《かか》るものである。|又《また》アマゾン|河《がは》の|上流《じやうりう》ワヤガ|河《がは》|附近《ふきん》には、|握《にぎ》り|拳《こぶし》ほどの|大蝸牛《おほかたつむり》や|団扇《うちわ》|程《ほど》の|蝶《てふ》が|居《ゐ》る。|現今《げんこん》では|猛獣《まうじう》|毒蛇《どくじや》は|少《すくな》く|虎《とら》と|豹《へう》などが|棲《す》んで|居《ゐ》るが、|姿《かたち》は|却《かへつ》て|小《ちい》さく、|左程《さほど》|怖《おそ》るるに|足《た》らない。この|森林《しんりん》|地帯《ちたい》にも|埋蔵《まいざう》の|礦物《くわうぶつ》は|極《きは》めて|多量《たりやう》であれども、|交通《かうつう》|不便《ふべん》の|為《ため》に|発掘《はつくつ》されて|居《ゐ》ないのです。|元来《ぐわんらい》この|地帯《ちたい》は|地質上《ちしつじやう》カルの|国《くに》からボリビヤに|至《いた》る|石油《せきたん》|及《およ》び|黄金《わうごん》の|大地脈《だいちみやく》であつて、|英米《えいべい》の|専門家《せんもんか》は|近年来《きんねんらい》|熱心《ねつしん》に|調査《てうさ》を|進《すす》めて|居《ゐ》るのである。|既《すで》に|英国《えいこく》の|石油《せきたん》|業者《げふしや》はこの|地帯《ちたい》のバチラヤ、ワヤガ|河《かは》、サクラメントバンバ|附近《ふきん》まで|五百万《ごひやくまん》|町歩《ちやうぶ》、マドレヂオス|河《がは》|附近《ふきん》で|一千万《いつせんまん》|町歩《ちやうぶ》、マラニヨン|河《がは》|附近《ふきん》で|五百《ごひやく》|町歩《ちやうぶ》に|亘《わた》る|石油《せきたん》コンゼツシヨンを|獲得《くわくとく》せむと、|秘露《ペルウ》|政府《せいふ》に|交渉《かうせふ》して|居《ゐ》るのであります。|現《げん》に|加奈陀人《カナダじん》のロバートダンスミールと|云《い》ふのが、|秘露《ペルウ》|政府《せいふ》との|間《あひだ》に、|同国《どうこく》の|森林《しんりん》|地帯《ちたい》を|貫通《くわんつう》さす|二千四百哩《にせんよんひやくマイル》の|一大《いちだい》|鉄道《てつだう》|建設《けんせつ》の|契約《けいやく》を|結《むす》び、|四十五ケ年間《しじふごかねん》の|経営権《けいえいけん》を|握《にぎ》つたのも、|実《じつ》に|此《この》|地帯《ちたい》の|礦物《くわうぶつ》|運搬《うんぱん》が|主《おも》なる|目的《もくてき》であるとさへ|見《み》られて|居《ゐ》る|位《くらゐ》であります。そして|其《その》|目的《もくてき》は|貴金属《ききんぞく》よりも|発掘《はつくつ》の|容易《ようい》なる|石油《せきゆ》にあるのは|当然《たうぜん》でせう。|此《この》|国《くに》の|石油《せきゆ》は|七八百年前《しちはつぴやくねんぜん》インカ|帝国《ていこく》|時代《じだい》に|発見《はつけん》されて|採取《さいしゆ》|利用《りよう》されたが、|欧洲人《おうしうじん》の|来《きた》るに|及《およ》び、|小規模《せうきぼ》|乍《なが》らも|各所《かくしよ》で|採掘《さいくつ》|事業《じげふ》が|営《いとな》まれた。|将来《しやうらい》は|世界一《せかいいち》の|石油《せきゆ》|産地《さんち》として|著明《ちよめい》になるでありませう。
|又《また》ヒル(|秘露《ペルウ》)、カル(|古倫比亜《コロムビア》)との|間《あひだ》に|聳立《しようりつ》せる|日暮山《ひぐらしやま》(アンデス|山《さん》)|山脈《さんみやく》は|海抜《かいばつ》|二万《にまん》|五六千《ごろくせん》|尺《しやく》もあり、|其《その》|頂上《ちやうじやう》には|一大《いちだい》|湖水《こすゐ》があり、|山《やま》の|中腹《ちうふく》には|今《いま》も|猶《なほ》|邪気《じやき》の|籠《こ》もれる|死線《しせん》と|云《い》ふものが|横《よこ》たはり、|知《し》らずに|登《のぼ》るものは|水腫病《すいしゆびやう》を|起《おこ》し、|直《ただち》に|死亡《しぼう》するといふ|危険《きけん》な|箇所《かしよ》があります。|概《がい》して|此《この》|地方《ちはう》は|薬草《やくさう》の|多《おほ》い|所《ところ》で|又《また》|年中《ねんぢう》|降雨《かうう》の|無《な》いのが|特徴《とくちよう》となつてをります。
大正十一年八月十三日
第一篇 |玉石混来《ぎよくせきこんらい》
第一章 アリナの|滝《たき》〔八二三〕
|千早《ちはや》|振《ふ》る|遠《とほ》き|神代《かみよ》の|其《その》|昔《むかし》 |支那《チヤイナ》、|西蔵《チベツト》、|印度《ツキ》の|国《くに》
|三国《みくに》に|跨《またが》る|青雲《せいうん》の |山《やま》に|鎮《しづ》まる|八王神《やつわうがみ》
|神《かみ》の|心《こころ》も|澄《す》み|渡《わた》る |神澄彦《かむずみひこ》や|八頭《やつがしら》
|吾妻彦《あづまのひこ》の|神司《かむつかさ》 |黄金《こがね》の|玉《たま》を|黄金《わうごん》の
|宮《みや》に|納《をさ》めて|玉守彦《たまもりひこ》の |神《かみ》の|司《つかさ》に|守《まも》らせし
|神世《かみよ》を|造《つく》る|珍宝《うづたから》 ウラルの|彦《ひこ》に|狙《ねら》はれて
|遂《つひ》に|危《あやふ》ふくなりければ |玉守彦《たまもりひこ》を|始《はじ》めとし
|朝日《あさひ》|輝《かがや》く|吾妻彦《あづまのひこ》 |玉《たま》を|御輿《みこし》に|納《をさ》めつつ
|黄金山下《わうごんさんか》に|現《あ》れませる |埴安彦《はにやすひこ》や|三葉彦《みつばひこ》
|埴安姫《はにやすひめ》の|御許《おんもと》に |送《おく》り|来《きた》りて|暫《しばら》くは
|宝《たから》の|倉《くら》に|納《をさ》めつつ |時《とき》の|至《いた》るを|待《ま》つ|間《うち》に
|黄金《こがね》の|玉《たま》は|何時《いつ》しかに |唸《うな》りを|立《た》てて|竜門《りうもん》の
|玉《たま》と|釜《かま》とに|別《わか》れつつ |頻《しき》りに|不思議《ふしぎ》のありければ
|埴安彦《はにやすひこ》は|神勅《しんちよく》を |伺《うかが》ひまつり|桶伏《をけぶせ》の
|山《やま》に|再《ふたた》び|埋蔵《まいざう》し |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|村肝《むらきも》の
|心《こころ》を|配《くば》り|守《まも》り|居《ゐ》る |時《とき》しもあれやバラモンの
|神《かみ》の|司《つかさ》の|蜈蚣姫《むかでひめ》 いろいろ|雑多《ざつた》と|計略《はかりごと》
めぐらし|遂《つひ》に|黄金《わうごん》の |珍《うづ》の|宝《たから》を|盗《ぬす》み|出《だ》し
|三国ケ岳《みくにがだけ》の|岩窟《がんくつ》に |納《をさ》めゐたるを|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|国依別《くによりわけ》や |玉治別《たまはるわけ》の|一行《いつかう》に
|玉《たま》の|所在《ありか》を|嗅出《かぎだ》され |再《ふたた》び|玉《たま》は|桶伏《をけぶせ》の
|山《やま》の|麓《ふもと》に|千木《ちぎ》|高《たか》く |築《きづ》きあがりし|綾錦《あやにしき》
|貴《うづ》の|都《みやこ》に|納《をさ》まりて |三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》
|高山彦《たかやまひこ》の|妻《つま》として |仕《つか》へ|奉《まつ》りし|黒姫《くろひめ》に
|玉《たま》の|保管《ほくわん》を|命《めい》じつつ |言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》
|神《かみ》の|教《をしへ》を|遠近《をちこち》に |伝《つた》へゐませる|時《とき》もあれ
|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》と |自《みづか》ら|名乗《なの》る|高姫《たかひめ》や
|黒姫《くろひめ》|達《たち》の|心意気《こころいき》 |甚《はなは》だ|怪《あや》しくなりければ
|言依別《ことよりわけ》は|神前《しんぜん》に |進《すす》みて|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し
|玉照彦《たまてるひこ》や|玉照姫《たまてるひめ》の |珍《うづ》の|命《みこと》の|手《て》を|通《と》ふし
|国治立《くにはるたち》の|御前《おんまへ》に |請《こ》ひのみまつり|伺《うかが》へば
『|高姫《たかひめ》、|黒姫《くろひめ》|両人《りやうにん》の |心《こころ》の|空《そら》は|定《さだ》まらず
|又《また》もや|玉《たま》を|呑《の》み|込《こ》みて ウラナイ|教《けう》を|恢復《くわいふく》し
|此《この》|世《よ》を|紊《みだ》す|虞《おそれ》あり |言依別《ことよりわけ》は|今《いま》の|間《ま》に
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》 |紫色《むらさきいろ》の|宝玉《ほうぎよく》や
|黄金《こがね》の|玉《たま》を|取出《とりいだ》し |私《ひそ》かに|隠《かく》しおくべし』と
いと|厳《おごそ》かに|宣《の》り|玉《たま》ふ。 |言依別《ことよりわけ》は|意《い》を|決《けつ》し
|高姫《たかひめ》、|黒姫《くろひめ》|両人《りやうにん》が |生命《いのち》の|綱《つな》と|朝夕《あさゆふ》に
|頼《たの》みて|守《まも》る|神宝《しんぱう》を |神《かみ》の|神言《みこと》に|従《したが》ひて
|何時《いつ》の|間《ま》にかは|取出《とりいだ》し |錦《にしき》の|宮《みや》の|奥深《おくふか》く
|納《をさ》めおきしと|知《し》らずして |松《まつ》の|根元《ねもと》に|黒姫《くろひめ》は
|夜《よ》な|夜《よ》な|通《かよ》ひて|玉《たま》の|番《ばん》 |隠《かく》せし|場所《ばしよ》の|何《なん》となく
|心《こころ》にかかり|黒姫《くろひめ》は ソツと|唐櫃《からと》を|押開《おしあ》けて
|中《なか》をつくづく|眺《なが》むれば |金光《きんくわう》|眩《まばゆ》き|宝玉《ほうぎよく》は
|空《むな》しく|消《き》えて|玉《たま》|無《な》しの |唐櫃《からと》の|姿《すがた》に|仰天《ぎやうてん》し
|四尾《よつを》の|峰《みね》の|山麓《さんろく》に |薄《うす》き|氷《こほり》の|張《は》り|詰《つ》めし
|小池《おいけ》にザンブと|飛込《とびこ》みて |生命《いのち》を|棄《す》てむとなしけるが
|窺《うかが》ひ|寄《よ》つたる|従僕《じゆうぼく》の テーリスタンやカーリンス
バサリと|聞《きこ》えた|水音《みなおと》に コリヤ|大変《たいへん》と|玉《たま》の|緒《を》の
|生命《いのち》を|的《まと》に|厳寒《げんかん》の |空《そら》をも|厭《いと》はず|池中《いけなか》に
|飛《と》び|込《こ》み|水底《みなそこ》かひくぐり |黒姫司《くろひめつかさ》を|救《すく》ひあげ
やうやう|館《やかた》に|連《つ》れ|帰《かへ》り |生命《いのち》を|助《たす》けた|黒姫《くろひめ》に
|無理難題《むりなんだい》を|浴《あ》びせられ |困《こま》り|入《い》つたる|折柄《をりから》に
|高姫司《たかひめつかさ》の|耳《みみ》に|入《い》り |竜国別《たつくにわけ》や|鷹依姫《たかよりひめ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》を|始《はじ》めとし テーリスタンやカーリンス
|黒姫《くろひめ》|五人《ごにん》に|打向《うちむか》ひ 『|黄金《こがね》の|玉《たま》の|所在《ありか》をば
どこどこまでも|捜《さが》し|出《だ》し |錦《にしき》の|宮《みや》に|持帰《もちかへ》り
|其《その》|責任《せきにん》を|果《はた》す|迄《まで》 |再《ふたた》び|聖地《せいち》に|帰《かへ》るな』と
いとも|厳《きび》しき|命令《めいれい》に |涙《なみだ》を|呑《の》んで|五人連《ごにんづ》れ
|高山彦《たかやまひこ》や|黒姫《くろひめ》は |大海原《おほうなばら》に|漂《ただよ》へる
|一《ひと》つ|島《じま》なる|竜宮《りうぐう》へ |玉《たま》の|所在《ありか》を|探《さぐ》らむと
|出《い》で|行《ゆ》く|後《あと》に|鷹依姫《たかよりひめ》の |神《かみ》の|司《つかさ》は|竜国別《たつくにわけ》の
|神《かみ》の|命《みこと》やテー、カーの |三人《みたり》を|伴《ともな》ひ|高砂《たかさご》の
テルの|港《みなと》に|安着《あんちやく》し |南《みなみ》を|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く。
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
|黒姫《くろひめ》は|私《ひそ》かに|高山彦《たかやまひこ》を|伴《ともな》ひ、|竜宮《りうぐう》の|一《ひと》つ|島《じま》に|黄金《こがね》の|玉《たま》の|所在《ありか》を|探《さぐ》らむと、|聖地《せいち》を|後《あと》に|出《い》で|行《ゆ》きたることは、|既《すで》に|如意宝珠《によいほつしゆ》(|酉《とり》の|巻《まき》)に|述《の》べた|通《とほ》りである。
|又《また》テーリスタンやカーリンスは|亜弗利加《アフリカ》の|筑紫洲《つくしじま》へ、|玉《たま》の|所在《ありか》を|探《さが》すべく|決心《けつしん》して、|聖地《せいち》を|出発《しゆつぱつ》したるが、|途中《とちう》にてつくづく|考《かんが》ふるに、|広袤《くわうぼう》|数千里《すうせんり》の|筑紫《つくし》の|島《しま》に、|一人《ひとり》や|二人《ふたり》|出《で》かけた|所《ところ》で、|雲《くも》を|掴《つか》むよりも|便《たよ》りなき|話《はなし》と|俄《にはか》に|心機一転《しんきいつてん》し、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|後《あと》に|従《したが》ひ、|一行《いつかう》|四人《よにん》、|運《うん》を|天《てん》に|任《まか》して、|南米《なんべい》(|高砂島《たかさごじま》)へ|玉《たま》の|所在《ありか》を|探《さぐ》らむと、|数百日《すうひやくにち》の|間《あひだ》、|海上《かいじやう》をさまよひ、|大小《だいせう》|無数《むすう》の|島々《しまじま》を、|残《のこ》る|隈《くま》なく|探索《たんさく》し、|漸《やうや》くにしてテルの|港《みなと》に|安着《あんちやく》し、|夫《それ》より|一行《いつかう》|四人《よにん》は|路《みち》を|南《みなみ》に|取《と》り、|昔《むかし》|猿世彦《さるよひこ》が|狭依彦神《さよりひこのかみ》となりて、|三五教《あななひけう》を|開《ひら》きたる|旧跡《きうせき》、|蛸取村《たことりむら》の|山奥《やまおく》、アリナの|滝《たき》の|上流《じやうりう》、|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|岩窟《がんくつ》に|巣《す》を|構《かま》へ、|鷹依姫《たかよりひめ》は|岩窟《がんくつ》の|中《なか》に|深《ふか》く|潜《ひそ》みて|姿《すがた》を|隠《かく》し、|竜国別《たつくにわけ》は|岩窟《がんくつ》の|外《そと》に|庵《いほり》を|結《むす》び、|日夜《にちや》|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|神勅《しんちよく》を|請《こ》うと|称《しよう》し、|玉《たま》の|所在《ありか》を|居乍《ゐなが》らにして|探《さぐ》るべく|計画《けいくわく》を|立《た》てたりける。
|其《その》|方法《はうはふ》はテーリスタンやカーリンスをテルの|国《くに》や|珍《うづ》の|国《くに》、ヒルの|国《くに》、ハルの|国《くに》までも|巡礼姿《じゆんれいすがた》となつて|巡回《じゆんくわい》せしめ、……|此《この》|度《たび》テルの|国《くに》の|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|岩窟《がんくつ》に|月照彦神《つきてるひこのかみ》|現《あら》はれ|給《たま》ひ、|如何《いか》なる|玉《たま》にても|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|献上《けんじやう》する|者《もの》は、|富貴《ふうき》を|与《あた》へ|長寿《ちやうじゆ》を|守《まも》り、|盗難《たうなん》、|風難《ふうなん》、|水難《すゐなん》、|火難《くわなん》、|剣《つるぎ》の|難《なん》まで|免《のが》れしめ|玉《たま》ふ。|何人《なにびと》に|依《よ》らず、|玉《たま》を|所持《しよぢ》する|人《ひと》は|一日《ひとひ》も|早《はや》く、アリナの|滝《たき》の|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|持参《ぢさん》せば、|福徳《ふくとく》|円満《ゑんまん》、|子孫《しそん》|長久《ちやうきう》の|基《もとゐ》を|開《ひら》き、|遂《つひ》には|天下《てんか》の|覇権《はけん》を|握《にぎ》る|神徳《しんとく》を|与《あた》へらるべし。|特《とく》に|黄金色《こがねいろ》の|玉《たま》は、|最《もつと》も|大神《おほかみ》の|喜《よろこ》び|給《たま》ふ|所《ところ》なり……と|両人《りやうにん》は|東西南北《とうざいなんぽく》に|手分《てわけ》けして|宣伝《せんでん》に|廻《まは》つた。
|比較的《ひかくてき》|質朴《しつぼく》なる|高砂島《たかさごじま》の|人間《にんげん》は、テー、カーの|宣伝《せんでん》を|真《ま》に|受《う》け、|玉《たま》らしき|物《もの》は、|先《さき》を|争《あらそ》うて、|遠《とほ》き|山坂《やまさか》を|越《こ》え、|遥々《はるばる》とアリナの|滝《たき》の|上流《じやうりう》、|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|持参《ぢさん》し、|神徳《しんとく》を|蒙《かうむ》らむと|参来集《まゐきつど》ふ|者《もの》|踵《きびす》を|接《せつ》した。|幾百《いくひやく》とも|知《し》れぬ|玉《たま》は|一年《いちねん》ならずして|集《あつ》まつた。され|共《ども》|何《いづ》れも|珍《めづ》らしき|石《いし》の|玉《たま》や、|丸《まる》き|団子石玉《だんごいしだま》にて|鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の|尋《たづ》ね|求《もと》むる|黄金《こがね》の|玉《たま》は|一《ひと》つも|集《あつ》まらざりける。
|時《とき》にヒルの|国《くに》のアールと|云《い》ふ|男《をとこ》、|先祖代々《せんぞだいだい》より、|神宝《しんぱう》として|秘蔵《ひざう》したる|黄金色《こがねいろ》の|玉《たま》を|取出《とりだ》し、|恭《うやうや》しく|柳筥《やなぎばこ》に|納《をさ》め、|美《うる》はしき|御輿《みこし》を|造《つく》り、|里人《さとびと》に|担《かつ》がせ|乍《なが》ら、|数十旒《すうじふりう》の|旗《はた》を|押立《おした》て、|法螺貝《ほらがひ》を|吹《ふ》き、|磬盤《けいばん》を|叩《たた》き、|横笛《よこぶえ》、|縦笛《たてぶえ》|等《とう》にて、|長《なが》き|道中《だうちう》をねり|歩《あゆ》き|乍《なが》ら、アリナの|滝《たき》の|月照彦神《つきてるひこのかみ》に|献上《けんじやう》せむと、|夜《よ》を|日《ひ》についで|長途《ちやうと》の|旅《たび》をつづけ、|漸《やうや》く|蛸取村《たことりむら》に|安着《あんちやく》し、|茲《ここ》に|暫《しば》し|止《とど》まつて、|七日七夜《なぬかななよ》の|御禊《みそぎ》をなし、|改《あらた》めて|祭服《さいふく》を|着《ちやく》し、|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|献上《けんじやう》することとなりける。
テーリスタン、カーリンスは|一《ひと》わたり、|高砂島《たかさごじま》の|目星《めぼし》き|地点《ちてん》を|宣伝《せんでん》し|終《をは》り、|漸《やうや》くアリナの|滝《たき》に|帰《かへ》つて、|竜国別《たつくにわけ》、|鷹依姫《たかよりひめ》と|共《とも》に、|黄金《こがね》の|玉《たま》の|集《あつ》まり|来《きた》ることを、|指折《ゆびを》り|数《かぞ》へて|待《ま》ちつつありき。
|又《また》|鷹依姫《たかよりひめ》は|岩窟《がんくつ》の|奥深《おくふか》く|身《み》を|忍《しの》び、|竹筒《たけづつ》を|口《くち》に|当《あ》て、ド|拍子《びやうし》の|抜《ぬ》けた|声《こゑ》にて|神示《しんじ》を|伝《つた》へる|生神様《いきがみさま》となり、|竜国別《たつくにわけ》は|神勅《しんちよく》を|伺《うかが》ふ|審神者《さには》の|職《しよく》を|勤《つと》め、|国人《くにびと》をうまく|誤魔化《ごまくわ》し、|玉《たま》の|収集《しうしふ》に|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》してゐたり。
|今日《けふ》は|朝《あさ》から|何人《たれ》も|来《き》さうにないので、|鷹依姫《たかよりひめ》も|気《き》を|許《ゆる》し、|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンスと|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|傍《かたはら》の|庵《いほり》に|集《あつ》まり、|懇談会《こんだんくわい》を|開《ひら》きゐたり。
|鷹依姫《たかよりひめ》『わしも|年《とし》がよつてから|聖地《せいち》を|離《はな》れ、はるばるとこんな|遠《とほ》いテルの|国《くに》までやつて|来《き》て、|窮屈《きうくつ》な|岩窟《がんくつ》の|中《なか》に|身《み》をかくし、|虫《むし》には|咬《か》まれ、|蟹《かに》には|脛《すね》を|挟《はさ》まれ、いろいろと|辛抱《しんぼう》して、|歯《は》の|抜《ぬ》けた|口《くち》を|無理《むり》に【すぼめ】て、こんな|重《おも》たい|竹筒《たけづつ》を|吹《ふ》かされ、|丸《まる》つきり|野師《やし》の|様《やう》な|所作《しよさ》をして、|玉集《たまあつ》めをせなきやならぬと|思《おも》へば、いくら|神界《しんかい》の|為《ため》、|世界《せかい》の|為《ため》とは|言《い》へ、|情無《なさけな》うなつてきた。|玉《たま》は|山《やま》の|如《ごと》くに|集《あつ》まつたけれども、|一《ひと》つも|黄金《こがね》の|玉《たま》は|出《で》て|来《こ》ず、|団子石《だんごいし》に|毛《け》の|生《は》えた|様《やう》な、ヤクザ|石《いし》ばつかりで、|目的《もくてき》の|宝玉《ほうぎよく》は|一《ひと》つも|集《あつ》まらず、……あゝヤツパリ|此《この》|島《しま》には、|黄金《こがね》の|玉《たま》は|来《き》て|居《を》らぬと|見《み》えまするワイ。わしも|何時迄《いつまで》もこんな|窮屈《きうくつ》な|真似《まね》は|叶《かな》ひませぬから、|一《ひと》つ|代《かは》つて|貰《もら》つて、わしは|外《そと》へ|出《で》て|働《はたら》かして|貰《もら》はう。モ|一度《いちど》|宣伝《せんでん》して|見《み》たら、|集《あつ》まつて|来《く》るかも|知《し》れぬ。|人間《にんげん》は|慾《よく》の|皮《かは》が|厚《あつ》いから、|黄金《きん》の|登《のぼ》り|竜《りう》、|下《くだ》り|竜《りう》の|現《あら》はれた、あのお|宝《たから》は、|有《あ》つても|容易《ようい》に|手放《てばな》しするものではない。それには|一《ひと》つ|宣伝《せんでん》の|方法《はうはふ》を|替《か》へて、|出《だ》す|様《やう》に|致《いた》さねばなりますまい。|中《なか》には|随分《ずゐぶん》|珍《めづら》しい|玉《たま》も|集《よ》つてゐるが、どうも|神政《しんせい》|成就《じやうじゆ》のお|宝《たから》に|比《くら》べては|雲泥《うんでい》の|相違《さうゐ》だ。アヽすまじきものは|宮仕《みやづか》へだ』
と|太《ふと》い|息《いき》を|漏《もら》して|首《くび》を|傾《かたむ》け、グニヤリとなる。
|竜国別《たつくにわけ》『お|母《か》アさま、お|歎《なげ》きは|御尤《ごもつと》もなれど、これ|丈《だけ》|玉《たま》の|多《おほ》い|高砂島《たかさごじま》、|初《はじ》まりは|団子石《だんごいし》の|様《やう》な|玉《たま》|計《ばか》り|集《あつ》まつて|居《を》つたが、|段々《だんだん》と|数《かず》は|減《へ》つて|来《き》た|代《かは》りに、|一日々々《いちにちいちにち》|立派《りつぱ》な|玉《たま》が|此《この》|通《とほ》り|集《あつ》まつて|来《く》ることを|思《おも》へば、モウ|暫《しばら》く|此処《ここ》で|御辛抱《ごしんばう》|下《くだ》さいませ。|私《わたくし》が|中《なか》へ|這入《はい》つて、あなたは|外《そと》で|審神者《さには》の|役《やく》をして|貰《もら》ふのは|易《やす》いことですが、|何程《なんぼ》|竹筒《たけづつ》を|通《とほ》して|物《もの》を|言《い》つても、|竜国別《たつくにわけ》の|声《こゑ》は|熱心《ねつしん》な|信者《しんじや》が|能《よ》く|聞分《ききわ》けるであらうし、|又《また》|今迄《いままで》|姿《すがた》を|見《み》せた|事《こと》のない、|年寄《としと》りのお|前《まへ》さまが|審神者《さには》となり、|此《この》|竜国別《たつくにわけ》の|姿《すがた》が|見《み》えなくなつたら、それこそ|疑《うたがひ》の|種《たね》を|播《ま》き、|九仭《きうじん》の|功《こう》を|一簣《いつき》に|虧《か》く|様《やう》な|事《こと》が|出来《でき》ても|詰《つま》りませぬから、モウ|暫《しばら》くの|所《ところ》、|何程《なんぼ》|御窮屈《ごきうくつ》でも|御辛抱《ごしんばう》|下《くだ》さいませ。|大蛇《をろち》や|猛獣《まうじう》の|猛《たけ》び|狂《くる》ふ|此《この》|山国《やまぐに》や、|大沙漠《だいさばく》を|渡《わた》る|事《こと》を|思《おも》へば、|何程《なんぼ》|窮屈《きうくつ》でも、|穴《あな》の|中《なか》で|涼《すず》しい|目《め》をして、|辛抱《しんぼう》して|下《くだ》さる|方《はう》が|何程《なんぼ》|能《よ》いか|分《わか》りませぬ』
|鷹依《たかより》『アヽそんなら、お|前《まへ》の|言《い》ふ|通《とほ》り、モウ|暫《しばら》く|辛抱《しんぼう》|致《いた》して|見《み》ようかなア』
|竜国《たつくに》『どうぞ|御苦労《ごくらう》ですが、|暫《しばら》く、さうして|居《を》つて|下《くだ》さいませ。キツト|前途《ぜんと》|有望《いうばう》だと|信《しん》じますから……。オイ、テーリスタン、お|前《まへ》も|永々《ながなが》と|御苦労《ごくらう》だつたが、|随分《ずいぶん》|宣伝《せんでん》に|骨《ほね》が|折《を》れただらうなア。……カーリンス、お|前《まへ》も|中々《なかなか》の|骨折《ほねをり》だつた。お|前《まへ》の|往《い》つた|方《はう》も、テーの|行《い》つた|方《はう》も、|余程《よほど》よく|宣伝《せんでん》が|行《ゆ》き|渡《わた》つたと|見《み》えて|随分《ずゐぶん》、|珍《ウヅ》の|国《くに》や、ヒルの|国《くに》、カルの|国《くに》あたりから、|種々《いろいろ》の|玉《たま》を|供《そな》へに|来《き》たよ。まだ|一人《ひとり》も|出《で》て|来《こ》ぬのは、ハルの|国《くに》だ。ヒヨツとしたらハルの|国《くに》にあるかも|知《し》れない。|併《しか》しあの|国《くに》はブラジル|山《やま》と|云《い》ふ|大《おほ》きな|山《やま》があり、アマゾン|河《がは》と|云《い》ふ|広大《くわうだい》な|流《なが》れがあつたり、|大沙漠《だいさばく》もあるから、|何程《なんぼ》|熱心《ねつしん》な|者《もの》だとて、|一寸《ちよつと》|此処《ここ》までワザワザ|玉《たま》を|納《をさ》めに|来《く》るものはなからう、モウ|一寸《ちよつと》|辛抱《しんぼう》しても|来《こ》なかつたら、ハルの|国《くに》へ|宿替《やどが》へして、モウ|一芝居《ひとしばゐ》|打《う》たうぢやないいか』
テー『さうですな、|随分《ずゐぶん》|山《やま》の|如《ごと》く|玉《たま》が|集《よ》つて|来《き》ましたが、|世《よ》の|中《なか》には|慾呆《よくぼ》けや、|迷信家《めいしんか》が|沢山《たくさん》あると|見《み》えますわい。アハヽヽヽ』
カー『|身魂《みたま》|相応《さうおう》の|玉《たま》を|持《も》つて|来《く》ると|見《み》えて、|随分《ずゐぶん》ヤクザ|玉《たま》ばかり|集《よ》つたものだ。|高姫玉《たかひめだま》や|黒姫玉《くろひめだま》、|高山玉《たかやまだま》に|杓子《しやくし》のお|玉《たま》、|狸《たぬき》の|睾丸《きんたま》、|瓢六玉《へうろくだま》、|団子玉《だんごだま》などは|沢山《たくさん》|集《あつ》まつて|来《き》たが、|肝腎《かんじん》の|黄金《こがね》の|玉《たま》はまだ|根《こ》つからお|出《い》で|遊《あそ》ばさぬ。|何程《なんぼ》|毎日《まいにち》、あゝ|惟神《かむながら》|御玉幸《みたまさち》はひましませ……とか、|玉《たま》ちはひませ……とか|云《い》つて|拝《をが》んでも、|根《こ》つから|神様《かみさま》は|肝腎《かんじん》の|御性念玉《ごしやうねんだま》を|集《あつ》めては|下《くだ》さらず、わしも|肝玉《きもだま》がひしげる|様《やう》な|恐《こわ》い|目《め》にあうたり、|睾丸《きんたま》が|縮《ちぢ》み|上《あ》がる|様《やう》な|苦労《くらう》をして、|随分《ずゐぶん》|頭《あたま》の|脳味噌《なうみそ》を|絞《しぼ》つて|見《み》たが、【タマ】で|目的《もくてき》の|黄金玉《わうごんだま》は|集《あつ》まり|来《きた》らず、|玉々《たまたま》|黄色《きいろ》い|色《いろ》がして|居《ゐ》ると|思《おも》へば、|土玉《つちだま》で、|少《すこ》しひねくつてをると|砕《くだ》けて|了《しま》ふ|様《やう》なフヌケ|玉《だま》|許《ばか》り、これ|丈《だけ》|苦労《くらう》|艱難《かんなん》しても|玉《たま》の|悪《わる》い|奴《やつ》|許《ばか》りより|集《よ》つて|来《こ》ぬかと|思《おも》へば、わしも|癇癪玉《かんしやくだま》が|破裂《はれつ》しさうだ。|本当《ほんたう》に|遠《とほ》い|山坂《やまさか》や|谷川《たにがは》を|駆《か》けめぐり、こんな|張合《はりあひ》のない|事《こと》では、【たま】らぬぢやありませぬか。なア|竜国別《たつくにわけ》さま』
|竜国《たつくに》『さう|気投《きな》げをせずに、モウちつと|辛抱《しんばう》して|呉《く》れ。チツとは|結構《けつこう》なことが|出《で》て|来《く》るよ。|黄金《こがね》の|玉《たま》を|手《て》に|入《い》れるが|最後《さいご》、|俺達《おれたち》は|聖地《せいち》へ|帰《かへ》り、|高姫《たかひめ》の|頑固者《ぐわんこもの》に|頭《あたま》を|下《さ》げさせ、アツと|云《い》はして、|天晴《あつぱれ》|三五教《あななひけう》の|柱石《ちうせき》となり、|巾《はば》を|利《き》かして|大神業《だいしんげふ》に|参加《さんか》するのを|楽《たのし》みに、モウ|暫《しばら》く|忍耐《にんたい》して、モウ|一働《ひとはたら》き|働《はたら》いて|呉《く》れ』
カー『|忍耐《にんたい》は|幸福《かうふく》の|母《はは》、|鷹依姫《たかよりひめ》は|竜国別《たつくにわけ》の|母《はは》、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》は|世界《せかい》の|母《はは》だ。……|母《はは》に|別《わか》れて|幼子《をさなご》が、|遠《とほ》き|山路《やまぢ》を|打渉《うちわた》り、|艱難《かんなん》して|此処《ここ》まで|尋《たづ》ね|来《き》たものを、|聞《きこ》えませぬと|取《と》り|付《つ》いて、|涙《なみだ》|先立《さきだ》つ|恨《うら》み|声《ごゑ》、チンチリチンぢや』
テー『コリヤコリヤ、そんな|気楽《きらく》な|事《こと》|所《どころ》かい。チツと|確《しつか》りと|智慧《ちゑ》をめぐらし、モウ|一活動《ひとくわつどう》やらねばならぬ、|肝腎要《かんじんかなめ》の|性念場《しやうねんば》だぞ』
|斯《か》く|云《い》ふ|折《をり》しも、|俄《にはか》に|聞《きこ》ゆる|縦笛《たてぶえ》、|横笛《よこぶえ》、|法螺貝《ほらがい》、|磬盤《けいばん》を|叩《たた》く|音《おと》|頻《しき》りに|聞《きこ》え、『|黄金《こがね》の|玉《たま》|献上《けんじやう》』と|云《い》ふ|旗《はた》|幾十《いくじふ》となく|木《こ》の|間《ま》に|見《み》えつ|隠《かく》れつ、|翩翻《へんぽん》として|谷風《たにかぜ》に|吹《ふ》かれ|乍《なが》ら|登《のぼ》つて|来《く》る。
|鷹依姫《たかよりひめ》は|竹筒《たけづつ》を|右手《みぎて》に|握《にぎ》つたまま、|慌《あわた》だしく|岩窟内《がんくつない》に|姿《すがた》を|隠《かく》した。|竜国別《たつくにわけ》は|威儀《ゐぎ》を|正《ただ》して|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|前《まへ》に|端坐《たんざ》し、|両手《りやうて》を|合《あは》せて|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》してゐる。テー、カー|両人《りやうにん》は|行儀《ぎやうぎ》よく|竜国別《たつくにわけ》の|後《うしろ》に|平伏《へいふく》して|一生懸命《いつしやうけんめい》に|鏡《かがみ》の|池《いけ》を|拝《をが》み|居《ゐ》る。
(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
第二章 |懸橋御殿《かけはしごてん》〔八二四〕
|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンスの|三人《さんにん》は、|黄金《こがね》の|玉《たま》|献上《けんじやう》といふ|旗印《はたじるし》を、|木《こ》の|間《ま》にチラとすかし|見《み》て、|胸《むね》を|躍《をど》らせ、|俄《にはか》に|心《こころ》も|緊張《きんちやう》し、|謹厳振《きんげんぶり》を|装《よそほ》うて、|祈願《きぐわん》に|余念《よねん》なきものの|如《ごと》く、|素知《そし》らぬ|顔《かほ》にて|一生懸命《いつしやうけんめい》に|祈《いの》つて|居《ゐ》る。そこへ|御輿《みこし》を|担《かつ》がせ、|数多《あまた》の|村人《むらびと》を|伴《ともな》ひ、ヒルの|国《くに》のテーナの|酋長《しうちやう》アールは|盛装《せいさう》を|整《ととの》へ、|細路《ほそみち》を|漸《やうや》くにして、アリナの|滝《たき》を|横《よこ》にながめ、この|岩窟《がんくつ》の|前《まへ》に|辿《たど》り|着《つ》き、|三人《さんにん》の|祈願《きぐわん》の|姿《すがた》を|見《み》て|感《かん》じ|入《い》り、|自分《じぶん》もソツと、|御輿《みこし》を|傍《かたはら》の|美《うる》はしき|岩《いは》の|上《うへ》に|据《す》ゑさせ、|一生懸命《いつしやうけんめい》になつて|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|打向《うちむか》ひ、|拝跪合掌《はいきがつしやう》してゐる。|一同《いちどう》は|無言《むごん》の|儘《まま》、テーナの|酋長《しうちやう》の|背後《はいご》に|堵列《とれつ》し、|跪《ひざまづ》いて|鏡《かがみ》の|池《いけ》を|隔《へだ》てて|岩窟内《がんくつない》を|拝《をが》みゐる。
|岩窟《がんくつ》の|中《なか》より、|奴拍子《どびやうし》の|抜《ぬ》けた|声《こゑ》で、
『|月照彦命《つきてるひこのみこと》、|此処《ここ》に|在《あ》り。|黄金《こがね》の|玉《たま》を|遥々《はるばる》と|持参《ぢさん》|致《いた》したる|身魂《みたま》の|美《うる》はしき|信者《しんじや》、|一時《いつとき》も|早《はや》く|其処《そこ》に|居《ゐ》る|神司《かむづかさ》に|手渡《てわた》し|致《いた》せ、|汝《なんぢ》の|名《な》は|月照彦神《つきてるひこのかみ》より|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》と|名《な》を|賜《たま》ふ』
|酋長《しうちやう》のアールはハツと|平伏《へいふく》し、
アール『|恐《おそ》れ|乍《なが》ら、|月照彦大神《つきてるひこのおほかみ》|様《さま》、|私《わたくし》はヒルの|国《くに》のテーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》、アールと|申《まを》す|賤《いや》しき|神《かみ》の|僕《しもべ》で|御座《ござ》います。|此《こ》の|度《たび》|神界《しんかい》の|御経綸上《ごけいりんじやう》いろいろの|玉《たま》を、|神様《かみさま》よりお|集《あつ》めになると|云《い》ふことを|承《うけたま》はり、|家《いへ》の|重宝《ぢうほう》として|大切《たいせつ》に|保護《ほご》|致《いた》したる|黄金《こがね》の|玉《たま》を、|女房《にようばう》のアルナ|姫《ひめ》と|謀《はか》り、|只今《ただいま》|此処《ここ》に|持参《ぢさん》|致《いた》しまして|御座《ござ》います。どうぞ|御調《おしら》べの|上《うへ》、|御受納《おうけをさ》め|下《くだ》さいますれば、|私《わたくし》を|始《はじ》め|妻《つま》のアルナも|恐悦《きようえつ》|至極《しごく》に|存《ぞん》ずることで|御座《ござ》いませう』
|岩穴《いはあな》の|中《なか》より、
『|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》、|神《かみ》は|時節《じせつ》|参《まゐ》りて、|声《こゑ》を|人民《じんみん》の|前《まへ》に|発《はつ》する|様《やう》になりたれ|共《ども》、|吾《わが》|姿《すがた》を|現《あら》はすことは、|神界《しんかい》の|規則《きそく》として|相成《あひな》らざれば、そこに|控《ひか》へ|居《を》る|竜国別《たつくにわけ》の|審神者《さには》、|月照彦神《つきてるひこのかみ》が|代理《だいり》として|受取《うけと》らしめむ、|左様《さやう》|心得《こころえ》たがよからうぞ』
アール、アルナの|夫婦《ふうふ》はハツと|許《ばか》りに|有難《ありがた》|涙《なみだ》をこぼし、
『|実《じつ》に|有難《ありがた》き|神《かみ》の|御言葉《おことば》、|斯様《かやう》な|嬉《うれ》しい|事《こと》は|御座《ござ》いませぬ。……|竜国別《たつくにわけ》の|神司様《かむづかささま》、どうぞ|此《こ》の|宝玉《ほうぎよく》をよく|検《あらた》めて|御受取《おうけと》りを|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》ります』
|竜国別《たつくにわけ》は、|漸《やうや》くにして|重《おも》たさうに|口《くち》を|開《ひら》き、
『|其方《そなた》は|噂《うはさ》に|高《たか》きテーナの|郷《さと》の|酋長《しうちやう》であつたか。|其方《そなた》は|神界《しんかい》に|因縁《いんねん》|深《ふか》き|身魂《みたま》であるから、|斯《かく》の|如《ごと》く|結構《けつこう》な|御用《ごよう》が|勤《つと》めあがつたのであるぞよ。|有難《ありがた》く|思《おも》へ。……あいや、テー、カーの|両人《りやうにん》、|酋長《しうちやう》アルナの|献上《たてまつ》つた|黄金《こがね》の|宝玉《ほうぎよく》を|早《はや》く|実検《あらた》めて、|此《この》|方《はう》が|前《まへ》に|差出《さしだ》せよ』
テー、カー|両人《りやうにん》は|小声《こごゑ》にて、
『|何《なん》ぢや、|馬鹿々々《ばかばか》しい。|竜国別《たつくにわけ》の|奴《やつ》、|俄《にはか》に|荘重《さうちよう》らしい|言霊《ことたま》を|使《つか》ひよつて、まるで|俺達《おれたち》を|奴扱《やつこあつか》ひにしやがる。|怪《け》しからぬ|奴《やつ》だ。これが|果《はた》して|吾々《われわれ》の|捜《さが》してゐる|黄金《こがね》の|宝玉《ほうぎよく》なれば|結構《けつこう》だが、モシヤ|鍍金玉《めつきだま》でもあつたら、|吾々《われわれ》|両人《りやうにん》の|者《もの》は|愈《いよいよ》|馬鹿《ばか》の|上塗《うはぬ》りをせなならぬがなア』
と|呟《つぶや》き|乍《なが》ら|輿《こし》の|前《まへ》に|進《すす》み|寄《よ》る。アルナは|恭《うやうや》しく|輿《こし》の|戸《と》を|開《ひら》き、|玉筥《たまばこ》を|取出《とりだ》し、テー、カーの|二人《ふたり》の|前《まへ》に|差出《さしだ》した。テー、カー|両人《りやうにん》は|左右《さいう》より|其《その》|玉筥《たまばこ》を|手《て》に|取《と》り、|頭上《づじやう》|高《たか》く|捧《ささ》げ、|蟹《かに》の|様《やう》になつて、|四《よつ》つの|足《あし》をそろりそろりと|運《はこ》び|出《だ》した。|余《あま》り|頭上《づじやう》の|玉筥《たまばこ》に|心《こころ》を|奪《と》られ、|足許《あしもと》に|気《き》が|付《つ》かず、|岩角《いはかど》にガンと|躓《つまづ》いた|途端《とたん》に、|二人《ふたり》は|玉筥《たまばこ》と|共《とも》に、|鏡《かがみ》の|池《いけ》にドブンと|音《おと》|立《た》てて|落《お》ち|込《こ》んで|了《しま》つた。|竜国別《たつくにわけ》を|始《はじ》め、|酋長《しうちやう》|夫婦《ふうふ》、|其《その》|他《た》|一同《いちどう》は|総立《そうだ》ちとなり『アツ』と|叫《さけ》んで、|池《いけ》の|面《おも》を|眺《なが》めてゐる。|幸《さいは》ひ|玉筥《たまばこ》は、|二人《ふたり》の|落《お》ち|込《こ》んだ|機《はづ》みに|撥《はね》られて、|岩窟《がんくつ》の|中《なか》に|都合《つがふ》よく|飛《と》び|込《こ》みにけり。
|岩窟内《がんくつない》の|鷹依姫《たかよりひめ》は|吾《わが》|足許《あしもと》に|勢《いきほひ》よく|飛込《とびこ》んで|来《き》た|玉筥《たまばこ》に|心《こころ》を|奪《うば》はれ、|外《そと》に|酋長《しうちやう》|其《その》|他《た》の|人々《ひとびと》の|居《を》るのも|忘《わす》れ、|玉筥《たまばこ》を|引抱《ひつかか》へ、ツカツカと|岩窟内《がんくつない》を|走《はし》り|出《い》で、|竜国別《たつくにわけ》の|前《まへ》に|持来《もちきた》り、
『コレコレ|竜国別《たつくにわけ》、よく|検《あらた》めて|御覧《ごらん》なさい。|全《まつた》くこれは|本物《ほんもの》に|相違《さうゐ》ありませぬぞよ』
|竜国別《たつくにわけ》『お|母《か》アさま、こんな|所《とこ》へ|出《で》られちや|困《こま》るぢやありませぬか。モウ|暫《しばら》く|幸抱《しんぼう》して|居《を》つて|下《くだ》さらぬと|化《ばけ》が|現《あら》はれますよ』
|鷹依姫《たかよりひめ》『モウ|現《あら》はれたつて|良《よ》いぢやないか。|斯《こ》うして|此方《こちら》の|手《て》に|入《はい》つた|以上《いじやう》は、|誰《たれ》が|何《なん》と|云《い》つても|構《かま》はぬぢやないか』
|斯《か》くする|内《うち》テー、カーの|両人《りやうにん》は|体中《からだぢう》、|青藻《あをも》を|被《かぶ》つて|這《は》ひ|上《あが》り|来《きた》り、
『アーア、|玉《たま》のおかげで、ドテライ|目《め》に|会《あ》ひ、|肝玉《きもだま》を|潰《つぶ》し、|面目玉《めんぼくだま》をなくして|了《しま》つた』
|酋長《しうちやう》は|鷹依姫《たかよりひめ》の|姿《すがた》を|見《み》て、|神様《かみさま》の|御意《ぎよい》に|叶《かな》ひしと|見《み》え、|大神様《おほかみさま》は|婆《ばば》の|姿《すがた》と|変《へん》じ、|此処《ここ》に|生神《いきがみ》となつて|出現《しゆつげん》し|玉《たま》ひしものと|深《ふか》く|信《しん》じ、|有難《ありがた》|涙《なみだ》をこぼし、|恐《おそ》る|恐《おそ》る|拍手《かしはで》を|打《う》ち、
アール『コレはコレは|月照彦神《つきてるひこのかみ》|様《さま》、よくも|御神体《ごしんたい》を|現《あら》はして、|私《わたくし》|如《ごと》き|身魂《みたま》の|曇《くも》つた|者《もの》の|前《まへ》に|現《あら》はれ|下《くだ》さいました。どうぞ|此《この》|玉《たま》をお|納《をさ》め|下《くだ》さいますれば、|夫婦《ふうふ》の|者《もの》の|喜《よろこ》び、|里人《さとびと》の|喜《よろこ》びは|此《この》|上《うへ》|御座《ござ》いませぬ』
|鷹依姫《たかよりひめ》はヤツと|安心《あんしん》したものの|如《ごと》く、|俄《にはか》に|荘重《さうちよう》な|口調《くてう》にて、
『|其《その》|方《はう》、|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》、|神《かみ》は|汝《なんぢ》の|至誠《しせい》を|満足《まんぞく》に|思《おも》ふぞよ。|併《しか》し|乍《なが》ら|汝《なんぢ》に|言《い》ひ|渡《わた》したき|事《こと》あれ|共《ども》、まだ|身魂《みたま》の|垢《あか》|取《と》れざれば、|四五丁《しごちやう》|下《くだ》つて、アリナの|滝《たき》に|一日一夜《いちにちいちや》、|夫婦《ふうふ》|共《とも》|身魂《みたま》を|浄《きよ》め、|又《また》|従《したが》ひ|来《きた》れる|者共《ものども》、|残《のこ》らず|赤裸《まつぱだか》となつて|御禊《みそぎ》をなし、|更《あらた》めて|吾《わが》|前《まへ》に|登《のぼ》り|来《きた》れ。|大切《たいせつ》なる|使命《しめい》を|汝《なんぢ》に|仰《あふ》せ|付《つ》けるぞよ』
アール、アルナの|夫婦《ふうふ》を|始《はじ》め、|供人《ともびと》|一同《いちどう》は、|此《この》|言葉《ことば》に、
『ハイ|畏《かしこ》まりました』
と|恐《おそ》る|恐《おそ》る|後《あと》しざりし|乍《なが》ら、|岩窟《がんくつ》の|前《まへ》を|退《しりぞ》きアリナの|滝《たき》に|一昼夜《いつちうや》の|御禊《みそぎ》をなすべく、|降《くだ》つて|行《ゆ》く。
|蜩《ひぐらし》の|声《こゑ》は|谷間《たにま》の|木々《きぎ》にけたたましく|聞《きこ》えて|来《き》た。
|鷹依姫《たかよりひめ》は|一同《いちどう》をうまくアリナの|滝《たき》に|向《むか》はせおき、|猫《ねこ》の|様《やう》に|喉《のど》を|鳴《な》らし、|玉筥《たまばこ》に|飛付《とびつ》き、|中《なか》を|開《ひら》いて|見《み》れば、|金色燦然《こんじきさんぜん》たる|黄金《こがね》の|玉《たま》、されど、|黒姫《くろひめ》が|保管《ほくわん》せし|玉《たま》に|比《くら》べては、|稍《やや》|小《ちい》さき|感《かん》じがした。されどこれも|心《こころ》の|故《せい》であらうと、|無理《むり》に|得心《とくしん》し、|手早《てばや》く|元《もと》の|如《ごと》く|蓋《ふた》を|閉《と》ぢ、
『サア|此《この》|玉《たま》さへ|手《て》に|入《はい》れば、|吾々《われわれ》の|願望《ぐわんもう》は|成就《じやうじゆ》したのだ。|併《しか》し|乍《なが》らテーナの|郷《さと》の|酋長《しうちやう》に|対《たい》し、|何《なに》か|一《ひと》つの|神徳《しんとく》を|渡《わた》しておかねば|済《す》むまい。|何《なん》とか|良《よ》い|工夫《くふう》はあるまいかな』
|竜国別《たつくにわけ》『お|母《か》アさま、そんなら|斯《こ》う|致《いた》しませう。|此《この》|玉筥《たまばこ》の|中《なか》の|黄金《こがね》の|玉《たま》は|錦《にしき》の|此《この》|袋《ふくろ》に|納《をさ》め|吾々《われわれ》が|持帰《もちかへ》ることと|致《いた》し、|後《あと》へ|此処《ここ》にある|沢山《たくさん》の|玉《たま》の|中《うち》、|最《もつと》も|優《すぐ》れたるものに、|月照彦神《つきてるひこのかみ》|様《さま》の|御霊《みたま》をうつし……『テーナの|酋長《しうちやう》アールを|以《もつ》て|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》と|名《な》を|賜《たま》ひ、アルナを|以《もつ》て|玉竜姫命《たまたつひめのみこと》と|名《な》を|賜《たま》ふ。|汝《なんぢ》はこれより|此《この》|庵《いほり》に|永住《えいぢう》し、|月照彦神《つきてるひこのかみ》の|神司《かむづかさ》となり、|普《あまね》く|万民《ばんみん》を|救《すく》へよ。|此《この》|汝《なんぢ》が|献《たてまつ》りし|黄金《こがね》の|玉《たま》は|万劫末代《まんがふまつだい》|開《ひら》く|可《べ》からず。|万一《まんいち》|此《この》|玉筥《たまばこ》を|開《ひら》く|時《とき》は|神霊《しんれい》|忽《たちま》ち|現《あら》はれ、|汝等《なんぢら》|夫婦《ふうふ》の|身《み》に|大災厄《だいさいやく》|来《きた》り、|高砂島《たかさごじま》は、|地震《ぢしん》|洪水《こうずい》の|厄《やく》に|遭《あ》ひ、|海底《かいてい》に|沈没《ちんぼつ》するの|虞《おそれ》あり、|必《かなら》ず|必《かなら》ず|神《かみ》の|言葉《ことば》を|反《そむ》く|勿《なか》れ。|月照彦神《つきてるひこのかみ》は|此《この》|黄金《こがね》の|玉《たま》に|御霊《みたま》をうつし、|三人《さんにん》の|眷属《けんぞく》を|引連《ひきつ》れ、|雲《くも》に|乗《の》つて|天上《てんじやう》に|帰《かへ》るべし』……(とスラスラと|玉筥《たまばこ》のぐるりに|烏羽玉《うばたま》の|実《み》の|汁《しる》もて|書《か》き|記《しる》し)……サア|斯《こ》うしておけば、|酋長《しうちやう》も|結構《けつこう》なお|蔭《かげ》を|戴《いただ》き、|御神徳《ごしんとく》が|世界《せかい》に|輝《かがや》くであらう』
これから|此《この》|鏡《かがみ》の|池《いけ》にお|暇乞《いとまごひ》の|為《ため》に|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|後《あと》をよく|御願《おねが》ひ|申《まを》し、
『|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》、|玉竜姫命《たまたつひめのみこと》に|宏大無辺《くわうだいむへん》なる|御神徳《ごしんとく》をお|授《さづ》け|下《くだ》され、|遂《つひ》には|高砂島《たかさごじま》の|生神《いきがみ》となつて、|人望《じんばう》を|一身《いつしん》に|集《あつ》むる|様《やう》|御守護《ごしゆご》|下《くだ》さいませ』
と|一生懸命《いつしやうけんめい》に|祈願《きぐわん》し、|一行《いつかう》|四人《よにん》は|闇《やみ》に|紛《まぎ》れて、|雲《くも》を|霞《かすみ》と、|山《やま》を|越《こ》え、|夜《よ》を|日《ひ》に|継《つ》いで、|漸《やうや》く|宇都《うづ》の|国《くに》の|櫟《くぬぎ》が|原《はら》と|云《い》ふ|平原《へいげん》に|辿《たど》り|着《つ》きけり。
アール、アルナの|酋長《しうちやう》|夫婦《ふうふ》は|月照彦《つきてるひこ》の|神示《しんじ》と|確信《かくしん》し、|一昼夜《いつちうや》の|御禊《みそぎ》を|終《をは》り、|恭《うやうや》しく|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|前《まへ》に|来《き》て|見《み》れば、|庵《いほり》の|中《なか》は|藻抜《もぬ》けの|殻《から》、|神様《かみさま》の|声《こゑ》もなければ、|三人《さんにん》の|男《をとこ》の|姿《すがた》も|見《み》えぬ。……ハテ|不思議《ふしぎ》……と|庵《いほり》の|中《なか》を|隈《くま》なく|捜《さが》し|見《み》れば、|美《うる》はしき|石《いし》を|積《つ》み|重《かさ》ね、|其《その》|上《うへ》に|自分《じぶん》の|持来《もちきた》りし|玉筥《たまばこ》がキチンと|載《の》つて|居《ゐ》る。よくよく|見《み》れば|以前《いぜん》の|文句《もんく》が|書《か》き|記《しる》してある。|酋長《しうちやう》|夫婦《ふうふ》は|送《おく》り|来《きた》りし|御輿《みこし》を|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|向《むか》ふ|側《がは》、|岩窟《がんくつ》の|入口《いりぐち》に|安置《あんち》し、|玉筥《たまばこ》を|再《ふたた》び|其《その》|中《なか》に|納《をさ》め、|書置《かきお》きの|文句《もんく》を|堅《かた》く|信《しん》じ、|自分《じぶん》は|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》、|妻《つま》は|玉竜姫命《たまたつひめのみこと》となり|済《す》まし、|御輿《みこし》の|前《まへ》に|朝夕《あさゆふ》|祈願《きぐわん》を|凝《こ》らし、|夜《よ》は|庵《いほり》に|入《い》りて、|夫婦《ふうふ》はここを|住処《すみか》とし、|普《あまね》く|四方《しはう》より|参《まゐ》り|来《きた》る|人々《ひとびと》の|為《ため》に|福徳《ふくとく》|円満《ゑんまん》、|寿命《じゆみやう》|長久《ちやうきう》、|病気《びやうき》|平癒《へいゆ》などの|祈願《きぐわん》を|凝《こ》らし|居《ゐ》たりける。
テー、カー|二人《ふたり》の|宣伝《せんでん》は|大《おほい》に|功《こう》を|奏《そう》したと|見《み》え、|日々絡繹《にちにちらくえき》として、|玉《たま》の|形《かたち》したる|石塊《いしころ》を|携《たづさ》へ、|或《あるひ》はいろいろの|木《こ》の|実《み》を|持来《もちきた》りて|神前《しんぜん》に|供《きよう》し、|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》|夫婦《ふうふ》の|祈願《きぐわん》を|依頼《いらい》し、|相当《さうたう》の|御神徳《ごしんとく》を|蒙《かうむ》つて|帰《かへ》る|者《もの》、|日《ひ》に|月《つき》に|殖《ふ》えて|来《き》た。|遂《つひ》には|余《あま》り|多数《たすう》の|参詣者《さんけいしや》にて、|身《み》を|容《い》るる|所《ところ》なく、|余《あま》り|広《ひろ》からざる|鏡《かがみ》の|池《いけ》のあたりは、|身動《みうご》きならぬ|計《ばか》りの|雑閙《ざつたう》を|来《きた》すこととなり、|止《や》むを|得《え》ず、|数多《あまた》の|信者《しんじや》|協議《けふぎ》の|上《うへ》、|谷《たに》から|谷《たに》へ|橋《はし》を|渡《わた》し、|宏大《くわうだい》なる|八尋殿《やひろどの》を|造《つく》り、ここに|改《あらた》めて|玉筥《たまばこ》を|奉斎《ほうさい》し、|夫婦《ふうふ》は|神主《かむぬし》として|神前《しんぜん》に|仕《つか》へ、|国《くに》、|玉《たま》、|依《より》、|竜《たつ》、|別《わけ》などの|人々《ひとびと》を|幹部《かんぶ》とし、|三五《あななひ》の|神《かみ》の|教《をしへ》を|日夜《にちや》|宣伝《せんでん》することとなりぬ。|此《この》|八尋殿《やひろどの》は|谷《たに》の|上《うへ》を|塞《ふさ》いで|橋《はし》の|如《ごと》く|造《つく》られたるを|以《もつ》て、|懸橋《かけはし》の|御殿《ごてん》と|称《とな》へられける。
|国玉依別《くにたまよりわけ》|夫婦《ふうふ》は、|毎夜《まいよ》|丑満《うしみつ》の|頃《ころ》に、|神殿《しんでん》に|怪《あや》しき|物音《ものおと》の|聞《きこ》ゆるに|不審《ふしん》を|起《おこ》し、|十五《じふご》の|月《つき》の|照《て》り|輝《かがや》く|夜《よ》、|幹部《かんぶ》にも|知《し》らさず、|夫婦《ふうふ》|只《ただ》|二人《ふたり》、|神前《しんぜん》に|端坐《たんざ》して、|怪《あや》しき|物音《ものおと》の|正体《しやうたい》を|調《しら》べむと|待構《まちかま》へてゐた。|神殿《しんでん》の|床下《ゆかした》より|怪《あや》しき|煙《けむり》ポーツと|立昇《たちのぼ》り、|朦朧《もうろう》として|蛸《たこ》の|様《やう》な|禿頭《はげあたま》の|不細工《ぶさいく》な|一柱《ひとはしら》の|神《かみ》、|腰《こし》を【く】の|字《じ》に|曲《ま》げて、|煙《けぶり》の|中《なか》より|現《あら》はれ、|輿《こし》のぐるりを|幾回《いくくわい》となく、クルクルと|廻《まは》つてゐる、|其《その》|怪《あや》しさ、|厭《いや》らしさ。|玉竜姫《たまたつひめ》は|肝《きも》を|潰《つぶ》し『キヤツ』と|悲鳴《ひめい》をあげて|其《その》|場《ば》に|倒《たふ》れた。|国玉依別《くにたまよりわけ》は|流石《さすが》|気丈《きぢやう》の|男子《だんし》とて、|怪《あや》しき|影《かげ》に|向《むか》ひ、|言葉《ことば》|厳《おごそ》かに、
『|吾《われ》こそは|月照彦神《つきてるひこのかみ》の|命《めい》を|奉《ほう》じ、|御神霊《ごしんれい》を|玉筥《たまばこ》に|納《をさ》め、|朝夕《あさゆふ》|此《この》|八尋殿《やひろどの》を|作《つく》りて|奉仕《ほうし》する|神司《かむづかさ》なるぞ。|汝《なんぢ》|何者《なにもの》なるか、|吾々《われわれ》の|許《ゆる》しもなく、|神聖《しんせい》なる|神殿《しんでん》に|夜《よ》な|夜《よ》な|現《あら》はれ|来《きた》り、|御神宝《ごしんぱう》の|辺《あた》りに|附纏《つきまと》ふ|曲者《くせもの》、|名《な》を|名乗《なの》れ、|返答《へんたふ》|次第《しだい》に|依《よ》つては|容赦《ようしや》は|致《いた》さぬぞ』
とキツとなつて|身構《みがまへ》へした。|怪《あや》しき|影《かげ》は|追々《おひおひ》|濃厚《のうこう》の|度《ど》を|増《ま》し、そこに|倒《たふ》れたる|玉竜姫《たまたつひめ》の|傍《かたはら》に|足音《あしおと》も|立《た》てず|寄添《よりそ》ひ、|細《ほそ》き|手《て》を|伸《の》べて、|二三回《にさんくわい》|胸《むね》のあたりを|撫《な》でさすれば、|姫《ひめ》は|忽《たちま》ち|正気《しやうき》づき、|両手《りやうて》を|合《あは》せて|怪物《くわいぶつ》に|向《むか》ひ、|恐《おそ》れ|気《げ》もなく|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》し|居《ゐ》たりける。
|国玉依別《くにたまよりわけ》は|合点《がつてん》|行《ゆ》かず、|黙然《もくねん》として|怪物《くわいぶつ》の|姿《すがた》を|眺《なが》めて|居《ゐ》た。|怪物《くわいぶつ》は|涼《すず》しき、|細《ほそ》き|声《こゑ》にて、
|怪物《くわいぶつ》『|吾《わ》れこそはアリナの|滝《たき》の|水上《みなかみ》、|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|岩窟《がんくつ》に|三五《あななひ》の|教《をしへ》を|宣伝《せんでん》し|居《ゐ》たる|狭依彦《さよりひこ》の|神《かみ》の|霊体《れいたい》である。|吾《わ》れ|帰幽後《きいうご》は、|一人《ひとり》として|吾《わが》|霊魂《れいこん》を|祭《まつ》る|者《もの》なく、|御供《ごく》|一《ひと》つ|供《そな》へ|呉《く》るる|者《もの》もなし。|然《しか》るに|一年《いちねん》|以前《いぜん》、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》は|二人《ふたり》の|供人《ともびと》を|引連《ひきつ》れ、|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|岩窟《がんくつ》に|来《きた》り、|玉集《たまあつ》めをなし、|遂《つひ》に|汝《なんぢ》が|家《いへ》の|重宝《ぢうほう》|黄金《こがね》の|玉《たま》を|奪《うば》ひ|取《と》り|帰《かへ》りたり。|吾《わ》れは|此《この》|事《こと》を|汝《なんぢ》に|知《し》らさむが|為《ため》に|夜《よ》な|夜《よ》な|出現《しゆつげん》するものなり。|其《その》|玉筥《たまばこ》の|中《なか》は|瑪瑙《めなう》の|玉《たま》と|摺替《すりか》へおき、|黄金《こがね》の|玉《たま》を|引《ひつ》さらへて、|四人《よにん》の|者《もの》は|今《いま》や|宇都《うづ》の|国《くに》の|櫟《くぬぎ》が|原《はら》に|出《い》で、|草原《くさはら》をあちらこちらとさまよひつつあり。|汝《なんぢ》は|其《その》|玉《たま》を|取返《とりかへ》す|所存《しよぞん》なきか』
|国玉依《くにたまより》『|何《いづ》れの|神様《かみさま》かと|思《おも》へば、|昔《むかし》|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|神《かみ》として|有名《いうめい》なる|狭依彦《さよりひこ》|様《さま》で|御座《ござ》いましたか。|御親切《ごしんせつ》は|有難《ありがた》う|御座《ござ》いまするが、|何事《なにごと》も|因縁《いんねん》づくと|諦《あきら》めて|居《を》りますれば、|仮令《たとへ》|黄金《こがね》の|玉《たま》が|瑪瑙《めなう》の|玉《たま》に|変《かは》ればとて、|少《すこ》しも|苦《くる》しうは|御座《ござ》いませぬ。|月照彦《つきてるひこ》の|御神霊《ごしんれい》の|懸《うつ》らせ|玉《たま》ふ|以上《いじやう》は、|仮令《たとへ》|団子石《だんごいし》の|玉《たま》にても、|私《わたくし》に|取《と》つては、それの|方《はう》が|何程《なにほど》|重宝《ちようほう》だか|知《し》れませぬ。|黄金《こがね》の|玉《たま》などには|少《すこ》しも|執着《しふちやく》はかけませぬ』
|狭依彦《さよりひこ》『|実《じつ》に|感《かん》じ|入《い》つたる|其《その》|方《はう》の|心掛《こころが》け、それでこそ|三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|教《をしへ》は|天下《てんか》に|拡《ひろ》まり、|万民《ばんみん》を|救《すく》う|事《こと》が|出来《でき》るであらう。|狭依彦《さよりひこ》も|汝《なんぢ》|夫婦《ふうふ》が|尊《たつと》き、|清《きよ》き|真心《まごころ》に|感《かん》じ、これより|此《この》|神前《しんぜん》に|幽仕《いうし》して、|汝《なんぢ》が|神業《しんげふ》を|助《たす》けむ。ゆめゆめ|疑《うたが》ふ|事《こと》|勿《なか》れ』
と|又《また》もやパツと|立上《たちのぼ》る|煙《けぶり》の|中《なか》に、|怪《あや》しき|姿《すがた》を|消《け》しにける。これより|夫婦《ふうふ》は|狭依彦《さよりひこ》の|霊《みたま》を|祀《まつ》るべく|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|傍《かたはら》に|宮《みや》を|造《つく》り、|朝夕《あさゆふ》に|種々《くさぐさ》の|供物《くもつ》を|献《けん》じ、|崇敬《すうけい》|怠《おこた》らざりき。|月照彦神《つきてるひこのかみ》の|霊力《れいりよく》と|狭依彦《さよりひこ》の|守護《しゆご》と、|国魂神《くにたまのかみ》の|威徳《ゐとく》に|依《よ》つて、|懸橋《かけはし》の|御殿《ごてん》の|奥深《おくふか》く|斎《いつ》き|奉《まつ》れる|神壇《しんだん》は|日《ひ》に|月《つき》に|神徳《しんとく》|輝《かがや》き、|遂《つひ》には|高砂島《たかさごじま》|全部《ぜんぶ》に|国玉依別《くにたまよりわけ》|夫婦《ふうふ》の|盛名《せいめい》は|隈《くま》なく|喧伝《けんでん》さるるに|至《いた》りける。
|鰯《いわし》の|頭《あたま》も|信心《しんじん》からとやら、|黄金《こがね》の|玉《たま》は|掏《す》り|替《かへ》られ、|似《に》ても|似《に》つかぬ|瑪瑙《めなう》の|玉《たま》も|神《かみ》の|神霊《しんれい》の|力《ちから》と、|信仰《しんかう》の|誠《まこと》に|依《よ》つて|無限《むげん》|絶大《ぜつだい》なる|光輝《くわうき》を|放《はな》つに|至《いた》りしを|見《み》れば、|形体上《けいたいじやう》の|宝《たから》の、|余《あま》り|尊重《そんちよう》すべき|物《もの》にあらざるを|悟《さと》り|得《え》らるるなるべし。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
○
|因《ちなみ》に|曰《い》ふ。|竜国別《たつくにわけ》|一行《いつかう》が|遥々《はるばる》|海洋万里《かいやうばんり》の|浪《なみ》を|渡《わた》りて、|玉《たま》の|所在《ありか》を|尋《たづ》ねむとしたるは、|実《じつ》は|鷹依姫《たかよりひめ》の|帰神《かむがかり》を|盲信《まうしん》したるが|故《ゆゑ》なり。|帰神《かむがかり》に|迷信《めいしん》したるもの|程《ほど》、|憐《あは》れむべきは|無《な》かるべし。|然《さ》り|乍《なが》ら|又《また》|一方《いつぱう》には、|是《これ》によりて|海外《かいぐわい》の|布教《ふけう》|宣伝《せんでん》を|為《な》し|得《え》たるは|神慮《しんりよ》と|云《い》ふべき|也《なり》。
第三章 |白楊樹《はくようじゆ》〔八二五〕
|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》 |鷹依姫《たかよりひめ》を|始《はじ》めとし
|竜国別《たつくにわけ》やテー、カーの |一行《いつかう》|四人《よにん》は|蛸取村《たことりむら》の
|山奥《やまおく》|深《ふか》く|進《すす》み|入《い》り アリナの|滝《たき》の|上流《じやうりう》に
|神代《かみよ》の|昔《むかし》|月照彦《つきてるひこ》の |神《かみ》の|命《みこと》の|現《あ》れませる
|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|岩窟《がんくつ》に |身《み》を|潜《ひそ》めつつ|黄金《わうごん》の
|玉《たま》の|所在《ありか》を|探《さぐ》らむと |鷹依姫《たかよりひめ》を|岩窟《がんくつ》の
|中《なか》に|隠《かく》して|神《かみ》となし |竜国別《たつくにわけ》は|池《いけ》の|辺《へ》に
|庵《いほり》を|結《むす》び|朝夕《あさゆふ》に |天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|審神者《さには》の|職《しよく》を|勤《つと》めつつ テーリスタンやカーリンス
|二人《ふたり》の|男《をとこ》を|西《にし》|東《ひがし》 |北《きた》や|南《みなみ》の|国々《くにぐに》へ
|言宣《ことふ》れ|神《がみ》と|身《み》をやつし アリナの|滝《たき》の|上流《じやうりう》に
|月照彦《つきてるひこ》の|現《あら》はれて |何《いづ》れの|人《ひと》に|限《かぎ》りなく
|玉《たま》と|名《な》のつく|物《もの》あらば |到《いた》りて|神《かみ》に|献《けん》ずれば
|大三災《だいさんさい》の|風水火《ふうすゐくわ》 |小三災《せうさんさい》の|饑病戦《きびやうせん》
|赦《ゆる》し|玉《たま》ひて|其《その》|人《ひと》に |無限《むげん》|無量《むりやう》の|寿《じゆ》を|与《あた》へ
|五穀《ごこく》|果物《くだもの》|成就《ぜうじゆ》し |無限《むげん》の|福徳《ふくとく》|授《さづ》かると
|善《よ》い|事《こと》づくめをふれまはし |慾《よく》に|目《め》のなき|国人《くにびと》は
|玉《たま》に|善《よ》く|似《に》た|円石《まるいし》や |瑪瑙《めなう》の|玉《たま》や【しやこ】|翡翠《ひすゐ》
|珊瑚《さんご》|珠玉《じゆだま》を|持出《もちだ》して |遠《とほ》き|山野《やまの》を|打渡《うちわた》り
|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|傍《かたはら》に |供《そな》へて|帰《かへ》る|可笑《をか》しさよ
|竜国別《たつくにわけ》は|一々《いちいち》に |目《め》を|光《ひか》らして|眺《なが》むれど
|一《ひと》つも|碌《ろく》な|奴《やつ》はない |偶《たまたま》|黄色《きいろ》の|玉《たま》|見《み》れば
|表面《へうめん》|飾《かざ》る|金鍍金《きんめつき》 ガラクタ|玉《だま》は|山《やま》の|如《ごと》
|積《つ》み|重《かさ》なりて|数《かず》|多《おほ》く |日《ひ》を|重《かさ》ぬれど|三五《あななひ》の
|錦《にしき》の|宮《みや》に|納《をさ》まりし |黄金《こがね》の|玉《たま》は|影《かげ》もなし
テー、カー|二人《ふたり》はそろそろと |小言八百《こごとはつぴやく》|言《い》ひ|並《なら》べ
『|鏡《かがみ》の|池《いけ》を|後《あと》にして |何処《いづこ》の|果《はて》にか|宿替《やどがへ》し
|又《また》|更《あらた》めて|一芝居《ひとしばゐ》 |打《う》たうぢやないか』と|両人《りやうにん》に
|言挙《ことあ》げすれば|鷹依姫《たかよりひめ》や |竜国別《たつくにわけ》は『|待《ま》て|暫《しば》し
モウ|一息《ひといき》の|辛抱《しんばう》だ |堪《こら》へ|忍《しの》びは|幸福《かうふく》の
|母《はは》となるぞ』と|両人《りやうにん》を チヨロまかしつつ|待《ま》つ|間《うち》に
テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》が |黄金《こがね》の|玉《たま》を|持出《もちい》でて
|玉《たま》の|輿《みこし》に|乗《の》せ|乍《なが》ら |数多《あまた》の|人数《にんず》を|引連《ひきつ》れて
アリナの|滝《たき》や|鏡池《かがみいけ》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|捧《ささ》げむと
|風《かぜ》に|旗《はた》をば|靡《なび》かせつ |進《すす》み|来《きた》るぞ|勇《いさ》ましき。
|虚実《きよじつ》の|程《ほど》は|知《し》らねども |擬《まが》ふ|方《かた》なき|黄金《わうごん》の
|玉《たま》に|喉《のど》をば|鳴《な》らせつつ テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》に
|国玉依別《くにたまよりわけ》と|名《な》を|与《あた》へ |暫《しばら》くアリナの|滝《たき》の|辺《へ》に
|御禊《みそぎ》の|業《わざ》を|命《めい》じおき |瑪瑙《めなう》の|玉《たま》と|摩《す》り|替《か》へて
|夜陰《やいん》に|紛《まぎ》れて|谷川《たにがは》を |遡《さかのぼ》りつつアリナ|山《やま》
|峰《みね》|打渉《うちわた》り|宇都《うづ》の|国《くに》 |櫟《くぬぎ》が|原《はら》に|四人連《よにんづ》れ
|萱《かや》|生茂《おひしげ》る|大野原《おほのはら》 やうやう|辿《たど》りつきにけり。
|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンスの|三人《さんにん》は、|代《かは》る|代《がは》る|黄金《こがね》の|玉《たま》を|錦《にしき》の|袋《ふくろ》に|納《をさ》め、|肩《かた》に|担《かつ》いでアリナ|山《さん》の|急坂《きふはん》を|登《のぼ》り|降《くだ》りし|乍《なが》ら、|汗《あせ》をタラタラ|漸《やうや》く|茲《ここ》に|辿《たど》り|着《つ》きぬ。どうしたものか、|此《この》|玉《たま》は|一歩々々《ひとあしひとあし》|重量《ぢうりやう》を|増《ま》し、|後《うしろ》から|何者《なにもの》か|引張《ひつぱ》る|様《やう》な|心地《ここち》し、|余程《よほど》|頭《あたま》を|前《まへ》に|傾《かたむ》けて|居《を》らぬと、|玉《たま》の|重《おも》みに|引《ひ》きつけられて、|仰向《あふむ》けに|転倒《てんだう》する|様《やう》な|気分《きぶん》になつた。|漸《やうや》くにして|生命《いのち》カラガラ|此処《ここ》までやつて|来《き》て、|最早《もはや》|大丈夫《だいぢやうぶ》と|白楊樹《はくやうじゆ》の|蔭《かげ》に|足《あし》を|伸《の》ばして|一休《ひとやすみ》する|事《こと》と|為《な》しぬ。
|身《み》の|丈《たけ》|五尺《ごしやく》|計《ばか》りの|大蜥蜴《おほとかげ》は|幾百《いくひやく》ともなく|萱野ケ原《かやのがはら》を|前後左右《ぜんごさいう》に|駆巡《かけめぐ》り、|雀《すずめ》の|様《やう》な|熊蜂《くまばち》、|虻《あぶ》は|汗臭《あせくさ》い|臭《にほひ》をかいで|寄《よ》り|来《きた》り、|油蝉《あぶらぜみ》の|様《やう》な|金色《きんいろ》の|糞蠅《くそばひ》、|咫尺《しせき》も|弁《べん》ぜざる|程《ほど》|群集《ぐんしふ》し|来《きた》り、ブンブンと|唸《うな》りを|立《た》てる、|其《その》|煩《うる》ささ。|四人《よにん》は|萱《かや》の|穂《ほ》を|束《たば》ねて|大麻《おほぬさ》に|代《か》へ、|右《みぎ》の|手《て》にて|虻《あぶ》、|蜂《はち》、|金蠅《きんばい》などを|払《はら》ひ|乍《なが》ら、|日《ひ》の|暮《く》れたるに|是非《ぜひ》なく、|玉《たま》を|抱《かか》えて、|四人《よにん》は|草《くさ》の|上《うへ》に|横《よこ》たはり、|草臥《くたびれ》|果《は》てて、|舁《か》いて|放《ほ》られても|分《わか》らぬ|迄《まで》に|熟睡《じゆくすい》し|居《ゐ》たりけり。
|折柄《をりから》|吹《ふ》き|来《く》るレコード|破《やぶ》りの|夜嵐《よあらし》に、|萱草《かやぐさ》はザワザワと|音《おと》を|立《た》て、|白楊樹《はくようじゆ》は|風《かぜ》を|含《ふく》んで|弓《ゆみ》の|如《ごと》く、|大地《だいち》を|撫《な》で、|虻《あぶ》、|蜂《はち》、|蠅《はへ》などは、|何処《どこ》へか|吹《ふ》き|散《ち》らされて、|一匹《いつぴき》も|居《ゐ》なくなつて|了《しま》つた。|白楊樹《はくようじゆ》は|弓《ゆみ》の|如《ごと》く|風《かぜ》に|吹《ふ》かれて|地《ち》を|撫《な》でた|途端《とたん》に、|四人《よにん》の|体《からだ》の|上《うへ》に|襲《おそ》ひ|来《き》たりぬ。
テーリスタンは|寝惚《ねとぼ》けた|儘《まま》、|玉《たま》の|袋《ふくろ》を|首《くび》に|結《むす》びつけ|乍《なが》ら、|白楊樹《はくようじゆ》の|枝《えだ》を、|夢現《ゆめうつつ》になつて|力《ちから》|限《かぎ》りに|抱《かか》えた。さしもの|暴風《ばうふう》もピタリと|止《や》んで、|天《てん》に|冲《ちう》する|白楊樹《はくようじゆ》は|元《もと》の|如《ごと》く|直立《ちよくりつ》して|了《しま》つた。よくよく|見《み》ればテーリスタンは、|白楊樹《はくようじゆ》の|梢《しん》に、|何時《いつ》の|間《ま》にか|上《あげ》られてゐた。『アツ』と|驚《おどろ》く|途端《とたん》に|足《あし》ふみ|外《はづ》し、|唸《うな》りを|立《た》てて|三人《さんにん》が|寝《ね》てゐる|側近《そばちか》く、|図転倒《づでんどう》と|落下《らくか》し|来《きた》り、ウンと|一声《ひとこゑ》|目《め》の|黒玉《くろたま》をどつかへ|隠《かく》して|了《しま》つて、|白玉《しろたま》|計《ばか》りグルリと|剥《む》き、|大《だい》の|字《じ》となつて、|手足《てあし》をピリピリと|震《ふる》はして|居《ゐ》る。|玉《たま》を|包《つつ》んだ|錦《にしき》の|袋《ふくろ》は、|白楊樹《はくようじゆ》の|空《そら》に|引《ひ》つかかつて【ブラ】つきゐたり。
|三人《さんにん》は|驚《おどろ》いてテーリスタンの|側《そば》に|駆寄《かけよ》り『|水《みづ》よ|水《みづ》よ』と|叫《さけ》び|乍《なが》ら、あたりを|見《み》れ|共《ども》、|水溜《みづたま》りはどこにも|無《な》い。|月《つき》は|淡雲《たんうん》を|押分《おしわ》けて、|漸《やうや》く|下界《げかい》に|光《ひかり》を|投《な》げた。あたりを|見《み》れば|地《ち》を|赤《あか》く|染《そ》めて|苺《いちご》の|実《み》がそこら|一面《いちめん》に|熟《じゆく》してゐる。|竜国別《たつくにわけ》は|手早《てばや》く|二三個《にさんこ》を【むし】り|取《と》り、|歯《は》をくひしばつて|倒《たふ》れてゐるテーリスタンの|口《くち》を|無理《むり》にこじあけ、|苺《いちご》を|潰《つぶ》して、|其《その》|汁《しる》を|口中《こうちゆう》に|入《い》れた。テーリスタンは|漸《やうや》くにして|息《いき》を|吹《ふ》き|返《かへ》し、|顔《かほ》をしかめて、|腰《こし》のあたりを|切《しき》りに|撫《な》で|廻《まは》しゐる。
カー『おいテー、|貴様《きさま》|一体《いつたい》|如何《どう》したのだ。こんな|所《ところ》でフンのびたり、|心細《こころぼそ》い|事《こと》をやつて|呉《く》れな。ヤアそして|貴様《きさま》の|首《くび》にかけて|居《を》つた|玉袋《たまぶくろ》は|何処《どこ》へやつたのだい』
テー『どこへやつたのか、|根《こ》つから|覚《おぼ》えない。|何《なん》でも|俺《おれ》は|天狗《てんぐ》にさらはれて、|高《たか》い|所《とこ》へあげられた|夢《ゆめ》を|見《み》たが、ヤツパリ|元《もと》の|所《しよ》だつた。|大方《おほかた》|夢《ゆめ》の|中《なか》の|天狗《てんぐ》が|取《と》つて|帰《い》にやがつたかも|知《し》れやしないぞ。|何《なん》と|云《い》つても|結構《けつこう》な|黄金《こがね》の|玉《たま》だから、|天狗《てんぐ》|迄《まで》が|欲《ほ》しがると|見《み》える。|小人《せうじん》|玉《たま》を|抱《いだ》いて|罪《つみ》ありとは|此《この》|事《こと》だなア。あゝ|腰《こし》が|痛《いた》い、|玉《たま》|所《どころ》の|騒《さわ》ぎかい。|何《なん》とかして|呉《く》れぬと、|息《いき》がつまりさうだ。アイタタ アイタタ』
と|顔《かほ》をしかめて|居《ゐ》る。|鷹依姫《たかよりひめ》はビツクリして|顔色《かほいろ》を|変《か》へ、
|鷹依《たかより》『コレ、テーさま、|今迄《いままで》|苦労《くらう》|艱難《かんなん》して|手《て》に|入《い》れた|黄金《こがね》の|玉《たま》を、お|前《まへ》|如何《どう》したのだ。サア|早《はや》く|返《かへ》して|下《くだ》さい。あの|玉《たま》を|紛失《ふんしつ》でもしたら、|承知《しようち》しませぬぞや』
テー『そんな|事《こと》|云《い》つたつて、|無《な》い|袖《そで》はふれぬぢやありませぬか。|何《いづ》れどつかにアリナの|滝《たき》でせう。|甘《うま》い|事《こと》を|云《い》つて|酋長《しうちやう》の|家《いへ》の|宝《たから》を|何々《なになに》して|来《き》たものだから、|神罰《しんばつ》は|覿面《てきめん》、|何々《なになに》がやつて|来《き》て|何々《なになに》したのかも|知《し》れませぬぜ。お|前《まへ》さまも|余《あま》り|大《おほ》きな|声《こゑ》で|小言《こごと》を|云《い》ふ|資格《しかく》はありますまい。|仮令《たとへ》|泥棒《どろぼう》に|盗《と》られた|所《ところ》で|元々《もともと》ぢやないか。|泥棒《どろぼう》の|上前《うはまへ》をはねられたと|思《おも》へば|済《す》む|事《こと》だ。あゝこれで|改心《かいしん》をして|権謀術数的《けんぼうじゆつすうてき》の|行方《やりかた》は|今日《けふ》|限《かぎ》り|断念《だんねん》なされませ。|心《こころ》の|玉《たま》さへ|光《ひか》れば、|黄金《こがね》の|玉《たま》の|三《みつ》つや|四《よ》つ|無《な》くなつたつて、|物《もの》の|数《かず》でもありませぬ。|酋長《しうちやう》の|奴《やつ》の|性念玉《しやうねんだま》が|憑《の》りうつつてると|見《み》えて、アリナの|山《やま》を|渉《わた》る|時《とき》にも|随分《ずゐぶん》|後《あと》から|引張《ひつぱ》られる|様《やう》で、|重《おも》たくて、|苦《くる》しくて|仕方《しかた》がなかつた。|此《この》|広《ひろ》い|高砂島《たかさごじま》を、あんな|重《おも》たい|物《もの》を|持《も》つて|歩《ある》かされようものなら、それこそ|吾々《われわれ》は|息《いき》ついて|了《しま》ひますワ。|黄金《こがね》の|玉《たま》を|紛失《ふんしつ》したとてさう|悲観《ひくわん》したものでもありませぬ。つまり|神様《かみさま》から|大難《だいなん》を|小難《せうなん》に|祭《まつ》りかへて、|罪業《めぐり》をとつて|頂《いただ》いたと|思《おも》へば、こんな|結構《けつこう》な|事《こと》はありませぬ。サアサア|皆様《みなさま》、|大神様《おほかみさま》に|感謝《かんしや》|祈願《きぐわん》の|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》して|下《くだ》さい』
|鷹依姫《たかよりひめ》『これテーさま、|何《なん》|云《い》ふ|勝手《かつて》な|事《こと》を|仰有《おつしや》るのだ。お|前《まへ》もチツとは|責任《せきにん》|観念《かんねん》を|持《も》つたら|如何《どう》だい。|折角《せつかく》|長《なが》の|海山《うみやま》を|越《こ》え、|苦労《くらう》|艱難《かんなん》をしてヤツと|手《て》に|入《い》れた|三千世界《さんぜんせかい》の|御神宝《ごしんぱう》を、ムザムザと|紛失《ふんしつ》しておいて、ようマアそんな|勝手《かつて》な|事《こと》が|云《い》へたものだ。|如何《どう》しても|斯《か》うしても、|其《その》|玉《たま》を|再《ふたた》び|発見《はつけん》する|迄《まで》は、テーさま、お|前《まへ》は|仮令《たとへ》|十年《じふねん》でも|百年《ひやくねん》でも、ここを|動《うご》く|事《こと》はなりませぬぞえ』
テー『あゝ|困《こま》つたなア。お|月様《つきさま》は|何程《なにほど》|照《て》つても、|肝腎《かんじん》の|月照彦神《つきてるひこのかみ》|様《さま》は|如何《どう》して|御座《ござ》るのか。キツパリとあの|玉《たま》はどこに|隠《かく》れて|居《ゐ》るとか、|誰人《たれ》が|盗《と》つたとか、|知《し》らして|下《くだ》さりさうなものだ。アヽ|鷹依姫《たかよりひめ》さまに【ボヤ】かれる、|腰《こし》の|骨《ほね》は|歪《ゆが》んで|痛《いた》い|苦《くるし》い。この|様《やう》な|蜥蜴原《とかげばら》に|脛腰《すねこし》の|立《た》たぬ|様《やう》な|目《め》に|遭《あ》はされて|如何《どう》なるものか。|神様《かみさま》も|余《あんま》り|聞《きこ》えませぬワイ、アンアンアン』
とソロソロ|泣《な》き|出《だ》したり。
|鷹依《たかより》『これテー、|何程《なにほど》|泣《な》いたつて、|玉《たま》は|返《かへ》つては|来《き》ませぬぞえ。チトしつかりして、|胸《むね》に|手《て》を|当《あて》て|考《かんが》へて|見《み》なさい。お|前《まへ》はまだ|本当《ほんたう》に|目《め》が|醒《さ》めぬのだらう』
テー『マアさうセチセチ|言《い》はずに、チツと|計《ばか》り|猶予《いうよ》を|与《あた》へて|下《くだ》さい。|玉《たま》の|行方《ゆくへ》は|何処《いづく》ぞと、|沈思黙考《ちんしもくかう》せなくては、|短兵《たんぺい》|急《きふ》に|吐血《とけつ》の|起《おこ》つた|様《やう》に|請求《せいきう》されても、|早速《さつそく》に|開《あ》いた|口《くち》がすぼまりませぬワイ』
|鷹依《たかより》『お|前《まへ》|所《どころ》か、こつちの|方《はう》から、|余《あま》りの|事《こと》で、|阿呆《あはう》らしさが|偉大《いつこ》うて、|開《あ》いた|口《くち》が、それこそすぼまりませぬワイナ』
カーリンス|空《そら》を|仰《あふ》ぎ|見《み》て、
カー『ヤア、|月夜《つきよ》でハツキリは|分《わか》らぬが、あのポプラの|梢《しん》に、|何《なん》だかピカピカと|光《ひか》つて、ブラ|下《さが》つて|居《ゐ》る|物《もの》が|見《み》えるぢやないか。あれはテツキリ|玉《たま》の|這入《はい》つた|錦《にしき》の|袋《ふくろ》の|様《やう》だぞ』
|竜国別《たつくにわけ》は|白楊樹《はくやうじゆ》の|空《そら》を|眺《なが》めて、
|竜国《たつくに》『ヤア|如何《いか》にも、あれは|錦《にしき》の|袋《ふくろ》だ。おいテー、お|前《まへ》は|御苦労《ごくらう》にも、あの|様《やう》な|高《たか》い|木《き》の|梢《しん》へ|袋《ふくろ》を|括《くく》りつけ、|盗《ぬす》まれぬ|様《やう》にと|気《き》を|利《き》かした|迄《まで》はよかつたが、|足《あし》ふみ|外《はづ》し、|真逆様《まつさかさま》に|墜落《つゐらく》して|腰《こし》を|打《う》ち、|目《め》を|眩《ま》かして|居《ゐ》よつたのだなア。アハヽヽヽ。サアこれから|御苦労《ごくらう》だが、テーさまに|登《のぼ》つておろして|来《き》て|貰《もら》はうかい。あこ|迄《まで》|括《くく》りつけに|往《い》た|丈《だけ》のお|前《まへ》だから、|木登《きのぼ》りはよく|得手《えて》て|居《を》ると|見《み》える。サア|早《はや》う|下《お》ろして|来《き》てくれ』
テー、|天空《そら》を|仰《あふ》ぎ|見《み》て、
テー『ヤア|如何《いか》にも|不思議《ふしぎ》だ。|何時《いつ》の|間《ま》にかあんな|所《ところ》へ、|誰《たれ》が|持《も》つて|登《のぼ》りよつたのだらう。|私《わし》は|生《うま》れ|付《つ》き、|木登《きのぼ》りは|拙劣《へた》だから、|到底《たうてい》あんな|所《ところ》へあがれる|気遣《きづかひ》はないのだ。|大方《おほかた》|天狗《てんぐ》の|奴《やつ》|悪戯《いたづら》しよつたのであらう。あんな|所《ところ》へあがるのは、|到底《たうてい》|天狗《てんぐ》でなくては|出来《でき》るものではありませぬワイ……なア|竜国別《たつくにわけ》さま、あなた|鎮魂《ちんこん》して|天狗《てんぐ》を|呼集《よびあつ》め、あの|袋《ふくろ》を|茲《ここ》へ|持《も》つて|来《く》る|様《やう》にして|下《くだ》さいなア』
|竜国《たつくに》『お|母《か》アさま、|如何《どう》でせう。|合点《がてん》の|往《ゆ》かぬ|事《こと》ぢやありませぬか。テーは|御存《ごぞん》じの|通《とほ》り、|身《み》の|重《おも》たい|男《をとこ》で、あの|様《やう》な|所《ところ》へ、|能《よ》うあがり|相《さう》な|事《こと》はありませぬ。コリヤ|矢張《やつぱり》|天狗《てんぐ》の|悪戯《いたづら》に|間違《まちがひ》ありませぬよ』
|鷹依《たかより》『|此《この》|辺《へん》には|野天狗《のてんぐ》が|沢山《たくさん》に|居《ゐ》るから、|油断《ゆだん》をする|事《こと》は|出来《でき》ませぬ。これは|何《なん》とかして、|神様《かみさま》に|御願《おねがひ》|申《まを》し|下《お》ろして|頂《いただ》かねば|吾々《われわれ》は|何時《いつ》になつても|此処《ここ》を|離《はな》れる|事《こと》は|出来《でき》ませぬ。……コレ、カー、お|前《まへ》はチツとばかり|身《み》が|軽《かる》さうだ。|神様《かみさま》の|為《ため》、|世界《せかい》の|為《ため》の|御宝《おたから》だから、|取《と》りにあがつても|滅多《めつた》に|無調法《ぶてうはふ》はありますまい。|私《わたし》がこれから|大神様《おほかみさま》に|一生懸命《いつしやうけんめい》|願《ねがひ》をこめるから、お|前《まへ》|御苦労《ごくらう》だが、|一寸《ちよつと》|登《のぼ》つて|来《き》て|呉《く》れまいかなア』
カー『さうですな、マア|一寸《ちよつと》|試《ためし》に|登《のぼ》れるか|登《のぼ》れぬか、|調《しら》べて|見《み》ませう』
と、|一抱《ひとかかへ》もある|白楊樹《はくようじゆ》の|根元《ねもと》に|立寄《たちよ》り、|木《き》の|幹《みき》に|一寸《ちよつと》|手《て》をかけ『キヤツ』と|悲鳴《ひめい》をあげて、|其《その》|場《ば》にカーリンスは|打倒《うちたふ》れ|人事不省《じんじふせい》に|陥《おちい》りにける。
(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
第四章 |野辺《のべ》の|訓戒《くんかい》〔八二六〕
|白楊樹《はくやうじゆ》の|下《もと》に|立寄《たちよ》つたカーリンスは|幹《みき》に|手《て》をかけるや|否《いな》や『アツ』と|叫《さけ》んで|其《その》|場《ば》に|倒《たふ》れて|了《しま》つた。テーリスタンは|腰《こし》をしたたか|打《う》つた|為《ため》、|少《すこ》しも|歩《あゆ》む|事《こと》は|出来《でき》ず、|元《もと》の|所《ところ》に|横《よこ》たはつてゐる。|竜国別《たつくにわけ》は|驚《おどろ》いて、|樹下《じゆか》に|立寄《たちよ》り、|又《また》もや『アツ』と|一声《ひとこゑ》|叫《さけ》んだ|儘《まま》、カーリンスと|枕《まくら》を|並《なら》べて|南向《みなみむ》けに|倒《たふ》れて|了《しま》つた。|後《あと》には|鷹依姫《たかよりひめ》|只一人《ただひとり》、|元《もと》より|気丈《きぢやう》の|女《をんな》とて、|少《すこ》しも|騒《さわ》がず、|泰然《たいぜん》として|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|天《あま》の|数歌《かずうた》を|歌《うた》ひ、|二人《ふたり》の|恢復《くわいふく》を|祈《いの》つてゐた。
|竜国別《たつくにわけ》、カーリンスの|両人《りやうにん》は|掛合《かけあひ》に『ウンウン』と|虎《とら》の|嘯《うそぶ》く|様《やう》な|厭《いや》らしい|声《こゑ》を|出《だ》して|唸《うな》りつづけてゐる。|鷹依姫《たかよりひめ》は|此《この》|声《こゑ》を|聞《き》いて……アヽ|生命《いのち》に|別条《べつじやう》はない、マア|大丈夫《だいぢやうぶ》だ。|夜《よ》が|明《あ》けたら|何《なん》とか|工夫《くふう》がつくだらう……|位《くらゐ》に|思《おも》つて、|切《しき》りに|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し、|黄金《こがね》の|玉《たま》を|策略《さくりやく》を|以《もつ》て|集《あつ》め、うまくチヨロまかして|此処《ここ》まで|来《きた》りし|其《その》|罪《つみ》を|大神《おほかみ》に|謝罪《しやざい》しつつ、|夜《よ》の|明《あ》くるを|待《ま》つた。
|東《ひがし》の|空《そら》を|紅《くれなゐ》に|染《そ》めて|漸《やうや》く|天津日《あまつひ》の|神《かみ》は|地平線上《ちへいせんじやう》に、|円《まる》き|姿《すがた》を|現《あら》はし|玉《たま》うた。テーリスタンは|漸《やうや》くにして|腰《こし》の|痛《いた》みも|癒《なほ》り、|稍《やや》|元気《げんき》づき、|鷹依姫《たかよりひめ》と|共《とも》に|四辺《あたり》の|苺《いちご》をむしり、|両人《りやうにん》の|口《くち》に|含《ふく》ませ、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|鎮魂《ちんこん》を|施《ほどこ》した。|二人《ふたり》は|漸《やうや》くにして|正気《しやうき》づき、|起《お》き|上《あが》つて、
|竜国《たつくに》『あゝ|大変《たいへん》に|恐《おそ》ろしい|事《こと》だつた。たうとう|閻魔《えんま》の|庁《ちやう》まで|引出《ひきだ》され、|大《おほ》きな|蜥蜴《とかげ》や|毒蛇《どくじや》の|責苦《せめく》に|遭《あ》はされ、|黄金《こがね》の|玉《たま》を|幾十《いくじふ》となく|背中《せなか》に|負《お》はされ、|骨《ほね》も|砕《くだ》くる|計《ばか》り、|其《その》|重《おも》さと|苦《くるし》さに、|体《からだ》は|段々《だんだん》と|地《ち》の|中《なか》へ|落《お》ち|込《こ》んで|了《しま》ひ、|何《なん》とも|云《い》はれぬ|責苦《せめく》に|会《あ》うて|来《き》た。あゝ|執着心《しふちやくしん》|位《くらゐ》|恐《おそ》ろしいものはない。……モウ|玉《たま》の|事《こと》は、お|母《か》アさま、|断念《だんねん》したら|如何《どう》でせう』
カー『|竜国別《たつくにわけ》さま、お|前《まへ》さまもさうでしたか。|私《わたし》も|同《おな》じ|様《やう》な|目《め》に|遭《あ》はされましたよ。そして|横《よこ》の|方《はう》にウンウンと|苦《くる》しさうに|呻《うめ》く|声《こゑ》が|聞《きこ》えたので、ソツと|覗《のぞ》いて|見《み》ましたら、|恐《おそ》ろしや|恐《おそ》ろしや、|高姫《たかひめ》さまと|黒姫《くろひめ》さまが、|如意宝珠《によいほつしゆ》や|紫《むらさき》の|玉《たま》に|取囲《とりかこ》まれ、|押《おさ》へられ、|紙《かみ》の|様《やう》な|薄《うす》い|体《からだ》になり、|鰈《かれひ》のやうに|目《め》が|片一方《かたいつぱう》の|方《はう》へ|寄《よ》つて|了《しま》ひ、|随分《ずゐぶん》エグイ|顔《かほ》をして、|口《くち》から|黒血《くろち》を|吐《は》き、|見《み》られた|態《ざま》ぢや|御座《ござ》いませなんだよ。|吾々《われわれ》の|霊《みたま》は|生《い》き|乍《なが》ら|地獄《ぢごく》へ|落《お》ち|込《こ》んでゐると|見《み》えますワイ。……あゝ|神様《かみさま》、どうぞ|許《ゆる》して|下《くだ》さいませ。キツと|今日《けふ》|限《かぎ》り|心《こころ》を|改《あらた》めます』
と|合掌《がつしやう》し、|涙《なみだ》を|滝《たき》の|如《ごと》くに|流《なが》してゐる。
テー『おいカー、|貴様《きさま》は|目《め》を|眩《ま》かしてそんな|夢《ゆめ》を|見《み》てゐたのだよ。|夜前《やぜん》から|俺《おれ》は|腰《こし》が|痛《いた》いので、|横《よこ》になつた|儘《まま》、ヂツとして|貴様《きさま》の|倒《たふ》れたのを|見《み》てゐたが、|別《べつ》に|地獄《ぢごく》へ|往《い》た|様子《やうす》もなし、|只《ただ》|此《この》|木《き》の|下《もと》で|竜国別《たつくにわけ》さまと|掛合《かけあひ》にウンウンと|唸《うな》つてゐたのだ。そんな|気《き》の|弱《よわ》い|事《こと》を|云《い》ふな。そりやキツト|心《こころ》の|迷《まよ》ひだ。|鬼《おに》も|蛇《じや》も、|地獄《ぢごく》も|極楽《ごくらく》も、|皆《みな》|自分《じぶん》の|心《こころ》の|船《ふね》の|舵《かぢ》|次第《しだい》で、どないでも|転回《てんくわい》するのだ。そんな|迷信《めいしん》|臭《くさ》い|事《こと》を|言《い》はずに、チトしつかりして|呉《く》れ』
|竜国《たつくに》『イヤそれでも|夢《ゆめ》とは|思《おも》はれない。|又《また》|俺達《おれたち》の|決《けつ》して|心《こころ》の|迷《まよ》ひではない。|日頃《ひごろ》|思《おも》つてゐる|事《こと》を|見《み》るのなら、|夢幻《ゆめまぼろし》と|判断《はんだん》しても|良《い》いが、|吾々《われわれ》はそれ|程《ほど》|悪事《あくじ》だとも|思《おも》つてゐない。|世界《せかい》の|為《ため》、|神様《かみさま》の|為《ため》、|最善《さいぜん》の|努力《どりよく》をしてゐる|考《かんが》へで、|寧《むし》ろ|吾々《われわれ》のやつた|事《こと》を|誇《ほこ》りと|思《おも》つてゐた|位《くらゐ》だから、|決《けつ》して|幻想《げんさう》でも|妄想《もうさう》でもないよ。|兎《と》も|角《かく》|吾々《われわれ》は|今迄《いままで》の|行方《やりかた》に|無理《むり》があつたに|違《ちがひ》ない。|神様《かみさま》は|一《ひと》つ|間違《まちが》へば|直《すぐ》に|懲戒《みせしめ》をして|気《き》をつける……と|筆先《ふでさき》に|御示《おしめ》しになつてゐるのだから、ウツカリ|疑《うたが》ふ|訳《わけ》には|行《ゆ》かないよ』
カー『|竜国別《たつくにわけ》さまの|仰有《おつしや》る|通《とほ》りだ。|俺《おれ》やモウ|未来《みらい》が|恐《おそ》ろしくなつて|来《き》たワイ』
|鷹依《たかより》『お|前達《まへたち》は|一丈《いちぢやう》|二尺《にしやく》の|褌《ふんどし》を|締《しめ》た|一人前《いちにんまへ》の|堂々《だうだう》たる|男《をとこ》ぢやないか。|仮令《たとへ》|如何《いか》なる|事《こと》があらうとも、|初一念《しよいちねん》を|貫徹《くわんてつ》するのが|男子《だんし》の|本分《ほんぶん》だ。|妾《わたし》は|此《こ》の|通《とほ》り|年《とし》を|老《と》つた|女《をんな》の|身《み》だ。けれ|共《ども》そんな|弱《よわ》い|心《こころ》はチツとも|持《も》つて|居《ゐ》ない。|仮令《たとへ》|地獄《ぢごく》の|底《そこ》に|落《おと》されて|如何《いか》なる|成敗《せいばい》に|遇《あ》はされよう|共《とも》、|世界《せかい》の|為《ため》、お|道《みち》の|為《ため》になる|事《こと》ならば、|断乎《だんこ》として|初心《しよしん》を|曲《ま》げる|事《こと》は|出来《でき》ませぬ。それ|程《ほど》|夢《ゆめ》|位《くらゐ》が|恐《おそ》ろしいやうな|事《こと》で、|此《この》|夢《ゆめ》の|浮世《うきよ》に|如何《どう》して|暮《くら》す|事《こと》が|出来《でき》ませうか。|大神様《おほかみさま》はお|前達《まへたち》の|心《こころ》を|試《ため》すために、いろいろと|気《き》をお|引《ひ》き|遊《あそ》ばすのだ。……エヽチヨロ|臭《くさ》い、もう|仕方《しかた》がない。|妾《わたし》は|仮令《たとへ》|此《この》|木《き》の|上《うへ》から|踏《ふ》み|外《はづ》して|墜落《つゐらく》し、|頭《あたま》を|割《わ》つて|国替《くにがへ》をせう|共《とも》、あの|玉《たま》を|取《と》つて|来《こ》ねば|措《を》きませぬ。|妾《わたし》が|上《うへ》から、あの|袋《ふくろ》を|下《さ》げおろすから、お|前達《まへたち》は|下《した》に|居《を》つて、ソーツと|手《て》を|拡《ひろ》げて|鄭重《ていちよう》に|受《う》けるのだよ』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|一抱《ひとかかへ》|許《ばか》りの|白楊樹《はくやうじゆ》の|根元《ねもと》に|手《て》をかけた。|白楊樹《はくようじゆ》の|幹《みき》には|三尺《さんじやく》|四尺《よんしやく》も|丈《だけ》のある|大蜈蚣《おほむかで》が|一面《いちめん》に|巻《まき》ついて|居《ゐ》る。さうして|太《ふと》き|一尺《いつしやく》|計《ばか》りの|亀甲形《きつかふがた》の|斑文《はんもん》のある|蛇《へび》、|赤《あか》い|舌《した》をペロペロと|出《だ》し、|目《め》を|怒《いか》らして、|木《き》の|周囲《しうゐ》に|幾十匹《いくじふひき》とも|数限《かずかぎ》りなく|控《ひか》えて|居《ゐ》る。|根元《ねもと》から|梢《しん》まで、|蜈蚣《むかで》と|蛇《へび》とが|空地《あきち》なく、|幹《みき》も|枝《えだ》も|絡《から》んで|居《ゐ》る|其《その》|厭《いや》らしさ。|流石《さすが》の|鷹依姫《たかよりひめ》も|之《これ》には|辟易《へきえき》し、|二三間《にさんげん》|後《あと》しざりし|乍《なが》ら、
『コレコレ|竜国別《たつくにわけ》、テーに、カー、|如何《いか》にもこれは|容易《ようい》に|登《のぼ》る|事《こと》は|出来《でき》ませぬワイ。|幸《さいはひ》に|此《この》|通《とほ》り|苺《いちご》が|沢山《たくさん》に|生《な》つてゐる。|食物《たべもの》に|何時《いつ》まで|居《を》つたつて|不自由《ふじいう》はないから、あの|玉《たま》が、|風《かぜ》でも|吹《ふ》いて|自然《しぜん》に|落《お》ちて|来《く》るか、|蜈蚣《むかで》や|蛇《へび》が|根負《こんまけ》して|逃《に》げていぬか、どちらなりと|埒《らち》の|付《つ》く|迄《まで》、|此処《ここ》で|持久戦《ぢきうせん》をやりませう。……サアサア|皆《みな》さま、|雨《あめ》が|降《ふ》つては|困《こま》るから、|今《いま》の|間《うち》にそこらの|萱《かや》を|刈《か》り|集《あつ》めて、|草庵《さうあん》を|結《むす》び、あの|蛇《へび》、|蜈蚣《むかで》と|根比《こんくら》べを|致《いた》しませう』
|三人《さんにん》は|鷹依姫《たかよりひめ》の|言《げん》に|従《したが》ひ、|俄《にはか》に|木《き》や|草《くさ》を|刈《か》り|集《あつ》めて|庵《いほり》を|結《むす》び、|籠城《ろうじやう》の|準備《じゆんび》に|取《とり》かかつた。|漸《やうや》くにして|雨蔽《あまおひ》の|為《ため》の、|形《かたち》ばかりの|草庵《さうあん》は|出来上《できあが》つた。|四人《よにん》は|夜露《よつゆ》を|凌《しの》ぎつつ、|庵《いほり》の|中《なか》にて|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し、|一時《いつとき》も|早《はや》く|玉《たま》の|都合《つがふ》よく|吾《わが》|手《て》に|帰《かへ》り、|且《かつ》|又《また》、|蛇《へび》、|蜈蚣《むかで》の|悪虫《あくちう》の|退散《たいさん》せむ|事《こと》を|昼夜《ちうや》|間断《かんだん》なく|祈願《きぐわん》して|居《ゐ》た。
|外面《そとも》に|当《あた》つて『ケラケラケラ』と|厭《いや》らしき|笑《わら》ひ|声《ごゑ》が|聞《きこ》えた。|竜国別《たつくにわけ》、テー、カーの|三人《さんにん》は|此《この》|声《こゑ》が|耳《みみ》に|入《い》るや|否《いな》や、|寒水《かんすゐ》を|頭《あたま》から|幾百石《いくひやくこく》ともなく|浴《あ》ぶせかけられた|様《やう》な|感《かん》じがし、ビリビリと|慄《ふる》ひ|出《だ》し、|歯《は》をガチガチと|鳴《な》らして|居《ゐ》る。|鷹依姫《たかよりひめ》は|平気《へいき》な|顔《かほ》して、
|鷹依《たかより》『コレコレお|前達《まへたち》、なぜ|斯様《そん》な|真青《まつさを》な|顔《かほ》をして|怖《お》ぢけてゐるのだ。|何《なに》が|一体《いつたい》|恐《こは》いのだい。|大方《おほかた》、|今《いま》の|笑《わら》ひ|声《ごゑ》が|恐《こわ》かつたのだらう。オホヽヽヽ、|何《なん》と|臆病《おくびやう》たれだなア。ドレドレ|妾《わたし》が|一《ひと》つ|外《そと》へ|出《で》て、|何者《なにもの》か|知《し》らぬが、|言向《ことむ》け|和《やは》して|参《まゐ》りませう』
とムクムクと|立上《たちあ》がり、|萱製《かやせい》の|莚戸《むしろど》を|押開《おしあ》けて|出《で》て|行《ゆ》かうとする。|竜国別《たつくにわけ》は|驚《おどろ》いて、|鷹依姫《たかよりひめ》の|腰《こし》をシツカと|抱止《だきと》め、
『モシモシお|母《か》アさま、あなたがそんな|危険《きけん》な|事《こと》をなさらいでも、|若《わか》い|者《もの》が|三人《さんにん》も|控《ひか》えて|居《を》ります。どうぞお|待《ま》ち|下《くだ》さいませ』
|此《この》|時《とき》|又《また》もや『ケラケラケラ』と|厭《いや》らしき|声《こゑ》が|連発的《れんぱつてき》に|聞《きこ》えて|来《き》た。|三人《さんにん》の|男《をとこ》は|首筋《くびすぢ》がゾクゾクし|出《だ》し、|又《また》もや|歯《は》がガチガチと|鳴《な》り|出《だ》したり。
|鷹依《たかより》『ホヽヽヽ、|化物《ばけもの》の|奴《やつ》、ケラケラケラなんて、ナアニ|悪戯《わるさ》をするのだ。|用《よう》があるのならば、|犬《いぬ》の|遠吠《とほぼえ》の|様《やう》に、|遠《とほ》くから|相手《あひて》にならずに、なぜ|此処《ここ》へ|這入《はい》つて|来《こ》ぬか。|奴甲斐性《どがひしやう》なし|奴《め》が』
テー『モシモシ|鷹依姫《たかよりひめ》さま、そんな|事《こと》|言《い》つて|貰《もら》うてはたまりませぬ。あんな|奴《やつ》に|這入《はい》つて|来《こ》られて|如何《どう》なりますか』
と|慄《ふる》ひ|声《ごゑ》で|半泣《はんな》きになつてゐる。
|鷹依《たかより》『エーエ、どいつも|此奴《こいつ》も|弱虫《よわむし》ばつかりだな。|今《いま》の|若《わか》い|者《もの》は|口《くち》|計《ばか》り|達者《たつしや》で、|実地《じつち》になつたら、|此《この》|態《ざま》、それだから、|何程《なにほど》|畑水練《はたけすゐれん》の|学問《がくもん》をしたつて|駄目《だめ》だ。|実地《じつち》に|当《あた》つて|苦労《くらう》を|致《いた》さねば|誠《まこと》は|出《で》て|来《こ》ぬぞよ……と|神様《かみさま》が|仰有《おつしや》るのだ。サアお|前達《まへたち》、|立派《りつぱ》な|男《をとこ》|三人《さんにん》も|居《を》つて、|外《そと》へ|出《で》て|化物《ばけもの》を|言向《ことむ》け|和《やは》す|事《こと》をようせぬのなら、ようせぬでよいから、|妾《わたし》が|独《ひと》り|出《で》て|来《き》て|談判《だんぱん》をして|来《く》る|程《ほど》に、|必《かなら》ず|止《と》めては|下《くだ》さるなや』
と|又《また》もや|立上《たちあが》り、|莚戸《むしろど》を|押《お》し|開《あ》けて|出《で》ようとする。|竜国別《たつくにわけ》は|周章《あわて》て|抱止《だきと》め、
『コレコレお|母《か》アさま、|貴女《あなた》が|自《みづか》らお|出《で》ましにならなくても、|荒男《あらをとこ》が|三人《さんにん》も|居《を》ります。どうぞ|私《わたくし》に|任《まか》して|下《くだ》さいませ』
|最前《さいぜん》の|怪《あや》しき|声《こゑ》|追々《おひおひ》と|近付《ちかづ》き|来《きた》り、|一層《いつそう》|厭《いや》らし|相《さう》な|音調《おんてう》にて、
『ガツハヽヽヽ、ギヒヽヽヽ、グフヽヽヽ、ゲヘヽヽヽ、ゴホヽヽヽ、ギヤハヽヽヽ、ギイヒヽヽヽ、ギユフヽヽヽ、ギエヘヽヽヽ、ギヨホヽヽヽ』
と|益々《ますます》|烈《はげ》しくなつて|来《き》た。|竜国別《たつくにわけ》はテー、カー|二人《ふたり》に|向《むか》ひ、
『おいテー、カー、お|前《まへ》|御苦労《ごくらう》だが、|俺《おれ》はお|母《か》アさまの|側《そば》に|守《まも》つて|居《ゐ》るから、お|前《まへ》、|一《ひと》つ|様子《やうす》を|考《かんが》へに|出《で》て|見《み》て|呉《く》れぬか』
テー『ハイ、お|易《やす》いこつて|御座《ござ》いますが、|何分《なにぶん》|此《この》|間《あひだ》|天狗《てんぐ》に|取《と》つて|放《ほ》られ、|腰《こし》の|骨《ほね》を|折《を》つて、|思《おも》ふ|様《やう》に|足《あし》が|動《うご》けませぬので、どうぞカー|一人《ひとり》に|仰《あふ》せ|付《つ》けて|下《くだ》さいな』
カー『|俺《おれ》だつて|此《この》|間《あひだ》|転倒《てんたふ》した|時《とき》に、|大腿骨《だいたいこつ》を|痛《いた》めて|居《ゐ》るから、|体《からだ》が|思《おも》ふ|様《やう》に|動《うご》かない。マア|仕方《しかた》がない。|此処《ここ》に|暫《しばら》く|籠城《ろうじやう》して、|化物《ばけもの》と|根比《こんくら》べをしたら|如何《どう》でせう』
|竜国《たつくに》『アヽそれもさうだ。……なアお|母《か》アさま、テー、カーもあの|通《とほ》り、|体《からだ》を|痛《いた》めて|居《を》りますから、|一層《いつそう》の|事《こと》、|化物《ばけもの》と|根比《こんくら》べを|此処《ここ》でする|事《こと》にしませうか』
|鷹依姫《たかよりひめ》は、
『エヽ|腰抜《こしぬけ》|共《ども》だなア』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|吊《つ》り|戸《ど》を|押《お》し|開《あ》け、|外《そと》に|飛《と》び|出《だ》して|了《しま》つた。|三人《さんにん》は|其《その》|勇気《ゆうき》に|舌《した》を|巻《ま》き、コワゴワ|乍《なが》ら|外面《そとも》を、|萱壁《かやかべ》の|隙間《すきま》から|覗《のぞ》いて|居《ゐ》る。
|鷹依姫《たかよりひめ》は|斯《こ》う|云《い》ふ|時《とき》には|無茶苦茶《むちやくちや》に|肝《きも》の|太《ふと》くなる|女《をんな》である。|平気《へいき》の|平左《へいざ》で|怪《あや》しき|声《こゑ》を|尋《たづ》ねて、あちらこちらと|探《さが》し|廻《まは》つた。|前《まへ》かと|思《おも》へば|後《うしろ》に|聞《きこ》え、|右《みぎ》かと|思《おも》へば|左《ひだり》に|聞《きこ》へ、|一向《いつかう》|掴《つか》まへ|所《どころ》のないのに|劫《がふ》を|煮《に》やし、|大音声《だいおんじやう》をはりあげて、
|鷹依《たかより》『ヤアヤア、|何者《なにもの》の|妖怪変化《ようくわいへんげ》ぞ。|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》、|木《こ》の|花姫命《はなひめのみこと》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》、|神素盞嗚大神《かむすさのをのおほかみ》の|御神業《ごしんげふ》に|仕《つか》へまつる|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|鷹依姫《たかよりひめ》|其《その》|他《た》に|対《たい》し、|無礼千万《ぶれいせんばん》にも、|外面《そとも》より|罵詈嘲弄的《ばりてうろうてき》|態度《たいど》を|取《と》るは、|心得《こころえ》|難《がた》き|憎《につく》き|曲者《くせもの》、サア|早《はや》く|正体《しやうたい》を|現《あら》はせ。|天地《てんち》の|道理《だうり》を|説《と》き|諭《さと》し、|汝《なんぢ》が|修羅《しゆら》の|妄執《まうしふ》を|払拭《ふつしき》し、|其《その》|霊魂《みたま》を|天国《てんごく》|浄土《じやうど》に|助《たす》けてやらう。|違背《ゐはい》に|及《およ》ばば、|三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》|鷹依姫《たかよりひめ》、|神《かみ》に|代《かは》つて、|汝《なんぢ》を|根《ね》の|国《くに》|底《そこ》の|国《くに》に、|吾《わが》|言霊《ことたま》の|威力《ゐりよく》を|以《もつ》て|追落《おひおと》してやらうぞ。サア|如何《どう》ぢや、|返答《へんたふ》を|聞《き》かせ。|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》……』
と|大音声《だいおんじやう》に、|天《あま》の|数歌《かずうた》を|歌《うた》ひ|上《あ》げた。|萱《かや》の|株《かぶ》を|隔《へだ》てて、|少《すこ》し|計《ばか》り|前方《ぜんぱう》に|白煙《しらけぶり》|立《た》ち|上《のぼ》り、|其《そ》の|中《なか》からボンヤリと|現《あら》はれた|頭《あたま》の|光《ひか》つた|蛸入道《たこにふだう》、|赤黒《あかぐろ》い|細《ほそ》い|手《て》をニユツと|前《まへ》に|出《だ》し、|招《まね》き|猫《ねこ》の|様《やう》な|恰好《かつかう》をし|乍《なが》ら、
『フツフヽヽヽ、|其《その》|方《はう》はバラモン|教《けう》の|神司《かむづかさ》、|転《てん》じてアルプス|教《けう》の|教主《けうしゆ》となり、|再転《さいてん》して|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》と|変《かは》り、|高姫《たかひめ》に|無実《むじつ》の|難題《なんだい》を|吹《ふ》きかけられて、|遥々《はるばる》と|高砂島《たかさごじま》まで|迂路《うろ》つきまわり、|小人《せうじん》|窮《きう》して|乱《らん》をなす|譬《たとへ》に|洩《も》れず、|所在《あらゆる》|策略《さくりやく》をめぐらし、テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》が|家宝《かほう》と|致《いた》せる、|黄金《こがね》の|玉《たま》をウマウマ|手《て》に|入《い》れたであらうがなア』
|鷹依《たかより》『|大功《たいこう》は|細瑾《さいきん》を|顧《かへり》みずと|云《い》つて、|天下《てんか》|国家《こくか》の|為《ため》ならば、|少々《せうせう》|位《くらゐ》の|犠牲《ぎせい》は|見越《みこ》しておかねば、|何事《なにごと》も|成就《じやうじゆ》するものではありませぬワイ。|大魚《たいぎよ》|小池《せうち》に|棲《す》まず、|清泉《せいせん》には|魚《うを》|育《そだ》たず、|春《はる》の|夜《よ》の|月《つき》は|朦朧《もうろう》として|居《ゐ》るのが|却《かへつ》て|雅趣《がしゆ》がある|様《やう》なもので、|人間《にんげん》として|神業《しんげふ》に|奉仕《ほうし》する|上《うへ》に|於《おい》て、チツと|位《くらゐ》|過《あやま》ちがあつた|所《ところ》で、|天津祝詞《あまつのりと》の|功力《くりき》により、|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|朝霧《あさきり》|夕霧《ゆふきり》を|吹払《ふきはら》ふ|事《こと》の|如《ごと》く、|罪《つみ》も|穢《けがれ》も、|消《き》え|失《う》せるは|神界《しんかい》の|尊《たふと》き|御恵《おめぐ》み、|何処《どこ》の|枉神《まがかみ》か|知《し》らぬが、その|様《やう》なせせこましい|小理窟《こりくつ》を|云《い》つて、|吾々《われわれ》を【へこま】さうと|思《おも》つても、|左様《さやう》な|事《こと》に|尾《を》を|巻《ま》いたり、|旗《はた》を|巻《ま》いたり、|鉾《ほこ》を|〓《をさ》めて|退却《たいきやく》する|様《やう》なヘドロイ|女《をんな》|宣伝使《せんでんし》では|御座《ござ》らぬぞや。お|前《まへ》は|一体《いつたい》|何者《なにもの》だ。|大方《おほかた》|黄金《こがね》の|玉《たま》に|執着《しふちやく》があつて、|折角《せつかく》|吾々《われわれ》が|手《て》に|入《い》れたものを|横奪《わうだつ》せうと|思《おも》ひ、あの|白楊樹《はくやうじゆ》の|上《うへ》|迄《まで》|持《も》つて|上《のぼ》つたのだらう。サアもう|斯《こ》うなる|以上《いじやう》は、|此《この》|鷹依姫《たかよりひめ》が|承知《しようち》|致《いた》さぬ。サア|早《はや》く|木登《きのぼ》りをしてここへ|持《も》つて|御座《ござ》れ。お|前《まへ》と|云《い》ふ|奴《やつ》は、|怪《け》しからぬ|悪戯《いたづら》を|致《いた》す|者《もの》だ。アハヽヽヽ、|油断《ゆだん》も|隙《すき》もあつたものぢやないワイ。オツホヽヽヽ』
禿化『|此《この》|方《はう》は、|昔《むかし》の|神代《かみよ》に|常世《とこよ》の|国《くに》の|常世姫《とこよひめ》の|部下《ぶか》となり、|言霊別命《ことたまわけのみこと》、|元照彦命《もとてるひこのみこと》などの|神将《しんしやう》を、|縦横無尽《じうわうむじん》に|駆悩《かけなや》ましたる|猿世彦《さるよひこ》の|勇将《ゆうしやう》であつたが、|言霊別命《ことたまわけのみこと》、|元照彦命《もとてるひこのみこと》|両人《りやうにん》が|風《かぜ》を|喰《くら》つて|常世城《とこよじやう》を|逃《に》げ|失《う》せたる|後《あと》を|追《お》ひ、スペリオル|湖《こ》の|湖辺《こへん》まで|追《お》ひかけ|到《いた》り|見《み》れば、|両人《りやうにん》の|姿《すがた》は|雲《くも》を|霞《かすみ》と|北方《ほくぱう》へ|遠《とほ》く|逃《に》げ|去《さ》つた|様子《やうす》、それ|故《ゆゑ》、|此《この》|猿世彦《さるよひこ》は|元照彦《もとてるひこ》、|美濃彦《みのひこ》の|間者《まはしもの》なる、|船頭《せんどう》の|湊彦《みなとひこ》に|船《ふね》を|操《あやつ》らせ、|寒風《かんぷう》|吹《ふ》き|荒《すさ》ぶ|湖上《こじやう》を|渡《わた》る|折《をり》しも、|退引《のつぴき》ならぬ|湊彦《みなとひこ》の|強談《ごうだん》に|赤裸《まつぱだか》となり、とうとう|吾《わが》|肉体《にくたい》は|木乃伊《みいら》になつて|了《しま》つた。|暫《しばら》くあつて、|三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》に|言霊《ことたま》を|以《もつ》て|助《たす》けられ、|蘇生《よみが》へり、|茲《ここ》に|身魂《みたま》は|二《ふた》つに|分《わか》れ、|一方《いつぱう》の|身魂《みたま》は|猿世彦《さるよひこ》の|肉体《にくたい》を|使《つか》つて、|遂《つひ》には|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|教訓《けうくん》を|受《う》け、|宣伝使《せんでんし》となつて、アリナの|滝《たき》の|水上《みなかみ》、|鏡《かがみ》の|池《いけ》にて|神界《しんかい》の|御用《ごよう》を|勤《つと》める|事《こと》となつたが、|此《この》|方《はう》はスペリオル|湖《こ》の|湖上《こじやう》に|於《おい》て、|木乃伊《みいら》となつた|苦《くる》しき|時《とき》の|思《おも》ひが|凝《こ》つて、|今《いま》に|此《この》|高砂島《たかさごじま》の|山中《さんちう》に|彷徨《さまよ》ひ、|三五教《あななひけう》の|奴原《やつばら》に|対《たい》し、|恨《うら》みを|返《かへ》さねばならぬと、|汝等《なんぢら》|四人《よにん》アリナの|滝《たき》に|現《あら》はれしを|幸《さいは》ひ、|如何《いか》にもして、|恨《うらみ》を|晴《は》らさむと、|心《こころ》は|千々《ちぢ》に|砕《くだ》いたなれど、|何《なに》を|言《い》うても、|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|月照彦神《つきてるひこのかみ》の|神霊《しんれい》|守《まも》りあれば、|容易《ようい》に|汝等《なんぢら》を|悩《なや》ますの|余地《よち》なく、|隙《すき》を|窺《うかが》ひ、|汝《なんぢ》の|後《あと》に|引添《ひつそ》ひ、|錦《にしき》の|袋《ふくろ》にブラ|下《さが》り|乍《なが》ら、ここまでやつて|来《き》た|猿世彦《さるよひこ》の|副守護神《ふくしゆごじん》、|怨霊《おんりやう》の|凝固《かたまり》である|程《ほど》に、モウ|斯《こ》うなる|上《うへ》は、|何程《なにほど》|藻掻《もが》いても、|此《この》|櫟ケ原《くぬぎがはら》は|悪霊《あくれい》の|集合《しふがふ》|地帯《ちたい》だ。|飛《と》んで|火《ひ》に|入《い》る|夏《なつ》の|虫《むし》、|覚悟《かくご》を|致《いた》して、|一時《ひととき》も|早《はや》く|元《もと》へ|引《ひ》き|返《かへ》し、|此《この》|玉《たま》を|此《この》|猿世彦《さるよひこ》に|渡《わた》して|帰《かへ》るがよからう。グズグズ|申《まを》すと、|寝首《ねくび》を|引掻《ひつか》き、むごい|目《め》にあはしてやるぞよ。ウツフヽヽヽ』
|鷹依姫《たかよりひめ》は|声《こゑ》を|励《はげ》まし、
『|猿世彦《さるよひこ》の|怨霊《おんりやう》とやら、よつく|聞《き》け。|其《その》|方《はう》の|本守護神《ほんしゆごじん》は|狭依彦神《さよりひこのかみ》となり、|立派《りつぱ》に|神業《しんげふ》に|古《いにしへ》より|奉仕《ほうし》して、|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦《たたか》ひにまで|出陣《しゆつぢん》し、|抜群《ばつぐん》の|功名《こうみやう》を|立《た》てたでないか。なぜ|其《その》|方《はう》は|左様《さやう》な|怨霊《おんりやう》となつて、|何時《いつ》までもまごつきゐるか。チツと|胸《むね》に|手《て》を|当《あ》て、|善悪正邪《ぜんあくせいじや》の|道理《だうり》を|考《かんが》へて|見《み》たら|如何《どう》だえ』
禿化『|私《わし》だとて|本守護神《ほんしゆごじん》が|神《かみ》になつてゐるのに、|何時《いつ》までも|斯様《かやう》な|曲神《まがかみ》に|落《お》ちてゐたい|事《こと》はないのだ。|併《しか》し|吾々《われわれ》を|済度《さいど》し|助《たす》けて|呉《く》れる|宣伝使《せんでんし》が|出《で》て|来《こ》ないので、|今《いま》に|身魂《みたま》は|世《よ》に|落《お》ち、|曲神《まがかみ》の|群《むれ》に|入《い》つて、|日夜《にちや》|艱難辛苦《かんなんしんく》を|嘗《な》めてゐるのだ』
|鷹依《たかより》『そんなら|此《この》|鷹依姫《たかよりひめ》が|有難《ありがた》き|神文《しんもん》を|聞《き》かしてやるから、これにて|綺麗《きれい》サツパリと|成仏《じやうぶつ》|致《いた》し、|誠《まこと》の|神《かみ》に|立帰《たちかへ》れよ』
と|言《い》ひ|乍《なが》ら、|天津祝詞《あまつのりと》と|神言《かみごと》を|二三回《にさんくわい》、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|繰返《くりかへ》し|唱《とな》へ|上《あ》げ、
『サア|是丈《これだけ》|結構《けつこう》な|祝詞《のりと》を|上《あ》げた|以上《いじやう》は、|最早《もはや》|解脱《げだつ》したであらう。|早《はや》く|此《この》|場《ば》を|立去《たちさ》らぬか』
禿化『|何程《なにほど》|結構《けつこう》な|神文《しんもん》を|唱《とな》へて|呉《く》れても、お|前《まへ》の|心《こころ》に|執着心《しふちやくしん》と|云《い》ふ|鬼《おに》が|潜《ひそ》んで|居《ゐ》る|以上《いじやう》は、|其《その》|言霊《ことたま》が|濁《にご》り|切《き》つて|居《ゐ》るから、|解脱《げだつ》|所《どころ》か|苦《くる》しくて|苦《くる》しくて、|益々《ますます》|迷《まよ》ひが|深《ふか》くなる|計《ばか》りだ。|黄金《こがね》の|玉《たま》の|事《こと》は|今日《けふ》|限《かぎ》りフツツリと|思《おも》ひ|切《き》つて|善心《ぜんしん》に|立返《たちかへ》つてくれ。お|前《まへ》の|尋《たづ》ねる|桶伏山《をけぶせやま》の|黄金《こがね》の|玉《たま》は|既《すで》に|既《すで》に|発見《はつけん》されて、|言依別神《ことよりわけのかみ》|様《さま》が|或《ある》|地点《ちてん》に、|人《ひと》|知《し》れず、|神界《しんかい》の|命《めい》に|依《よ》つてお|納《をさ》めになつてゐるぞ。|最早《もはや》|玉《たま》の|詮議《せんぎ》は|無用《むよう》だ。お|前達《まへたち》の|心中《しんちう》を|憐《あはれ》み、|頓《やが》て|言依別命《ことよりわけのみこと》|様《さま》が、|国依別《くによりわけ》を|伴《ともな》ひ、お|前《まへ》の|所在《ありか》を|尋《たづ》ねてお|越《こ》し|遊《あそ》ばすから、お|前《まへ》はこれより|東《ひがし》を|指《さ》して|海岸《かいがん》に|出《い》で、|海《うみ》ばたを|通《とほ》つて、|巴留《ハル》の|国《くに》のアマゾン|河《がは》の|河口《かはぐち》に|出《い》で、それより、|河船《かはふね》に|乗《の》つて、|玉《たま》の|森林《しんりん》に|向《むか》へ』
|鷹依《たかより》『|如何《いか》にも、さう|承《うけたま》はらば、どこともなしに|妙味《めうみ》のある|言葉《ことば》だ。|一《ひと》つコリヤ|考《かんが》へる|余地《よち》が|充分《じゆうぶん》にある。|何《いづ》れ|三人《さんにん》の|者《もの》とトツクリと|相談《さうだん》をしておいて、|返事《へんじ》をするから、|今晩《こんばん》はこれで|帰《かへ》つて|下《くだ》さい。|又《また》|明日《みやうにち》の|晩《ばん》お|目《め》にかかりませう』
|禿頭《はげあたま》の|化物《ばけもの》はジユンジユンと|怪《あや》しき|音《おと》を|立《た》て、|濛々《もうもう》と|白煙《はくえん》を|起《おこ》し、|忽《たちま》ち|其《その》|怪《あや》しき|姿《すがた》を|隠《かく》して|了《しま》つた。
これより|鷹依姫《たかよりひめ》|一行《いつかう》は|此《この》|玉《たま》に|対《たい》する|執着心《しふちやくしん》を|除去《ぢよきよ》し、|櫟ケ原《くぬぎがはら》を|東《ひがし》にとり、|海岸《かいがん》に|出《い》で、|北《きた》へ|北《きた》へと|進《すす》んで|行《ゆ》く。
|因《ちなみ》に|此《この》|怪物《くわいぶつ》は|決《けつ》して|猿世彦《さるよひこ》の|怨霊《おんりやう》では|無《な》い。|天教山《てんけうざん》の|木花姫《このはなひめ》が、|一行《いつかう》の|執着心《しふちやくしん》を|払《はら》ひ、|誠《まこと》の|宣伝使《せんでんし》に|仕立《した》て|上《あ》げむとの|周到《しうたう》なる|御計《おはか》らひなりける。
(大正一一・八・一一 旧六・九 松村真澄録)
第二篇 |石心放告《せきしんはうこく》
第五章 |引懸戻《ひつかけもど》し〔八二七〕
|三五教《あななひけう》の|大教主《だいけうしゆ》 |言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|後《あと》を|追《お》ひ |心《こころ》も|驕《おご》る|高姫《たかひめ》が
|如意《によい》の|宝珠《ほつしゆ》や|紫《むらさき》の |珍《うづ》の|宝《たから》を|始《はじ》めとし
|黄金《こがね》の|玉《たま》や|麻邇《まに》の|玉《たま》 |言依別《ことよりわけ》が|携《たづさ》へて
|高砂島《たかさごじま》に|渡《わた》りしと |寝《ね》ても|醒《さ》めても|思《おも》ひ|詰《つ》め
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》を |甘《うま》くたらして|供《とも》となし
|潮《しほ》の|八百路《やほぢ》を|打渡《うちわた》り |高島丸《たかしままる》に|救《すく》はれて
|朝日《あさひ》もテルの|港《みなと》まで |漸《やうや》く|無事《ぶじ》に|安着《あんちやく》し
|数多《あまた》の|船客《せんきやく》|押分《おしわ》けて |先頭一《せんとういち》の|高姫《たかひめ》は
|雲《くも》を|霞《かすみ》と|細《ほそ》くなり |体《からだ》を|斜《ななめ》に|山路《やまみち》を
|勢《いきほひ》|込《こ》んで|進《すす》み|行《ゆ》く。 |常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》は
|高姫司《たかひめつかさ》の|後《あと》を|追《お》ひ グヅグヅして|居《ゐ》て|高姫《たかひめ》を
|見失《みうしな》うなと|言《い》ひ|乍《なが》ら |老木《らうぼく》|茂《しげ》る|山路《やまみち》を
|縫《ぬ》ひつ|潜《くぐ》りつ|谷川《たにがは》を |数多《あまた》|渡《わた》りて|暗間山《くらまやま》
|其《その》|山口《やまぐち》に|追《お》ひ|付《つ》きぬ。
|高姫《たかひめ》は|暗間山《くらまやま》の|山口《やまぐち》の|雑草《ざつさう》|茂《しげ》る|松原《まつばら》に|横《よこ》たはり、
『サア、モウ|此処《ここ》まで|来《く》れば|大丈夫《だいぢやうぶ》だ。よもや|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》は|追《お》ひかけては|能《よ》う|来《こ》まい。|何程《なにほど》|探《さが》すと|云《い》つても、|此《この》|広《ひろ》い|高砂島《たかさごじま》、|滅多《めつた》に|出会《でくわ》す|気遣《きづか》ひはない。あゝモウ|是《こ》れで|安心《あんしん》だ。|海上《かいじやう》は|船《ふね》を|操《あやつ》らせねばならぬから、どうしても|二人《ふたり》の|連中《れんぢう》が|必要《ひつえう》だつたが、あんな|頓馬《とんま》な|男《をとこ》が|二人《ふたり》も|附《つ》いて|居《ゐ》ると、|国人《くにびと》に|対《たい》し、|余《あま》りお|里《さと》が|見《み》え|透《す》いて|肝腎《かんじん》の|御用《ごよう》が|完全《くわんぜん》に|勤《つと》めあがらぬ。サア|是《こ》れから|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|神力《しんりき》を|現《あら》はし、|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|神術《かむわざ》を|以《もつ》て、|仮令《たとへ》|曲津《まがつ》でも|構《かま》はぬから、|金毛九尾《きんまうきうび》さまに|御厄介《ごやくかい》になつて、|一《ひと》つ|不思議《ふしぎ》を|現《あら》はし、|新《あたら》しい|弟子《でし》を|沢山《たくさん》に|拵《こしら》へ、そして、|勝手《かつて》を|知《し》つた|国人《くにびと》に、|遠近《ゑんきん》|隈《くま》なく、|喜《よろこ》んで|玉《たま》|捜《さが》しを|致《いた》す|様《やう》に|仕向《しむ》けさへすれば、|余《あま》り|苦労《くらう》せず|共《とも》、キツと|玉《たま》は|集《あつ》まつて|来《く》るに|違《ちがひ》ない。|又《また》|言依別《ことよりわけ》の|所在《ありか》を|見《み》つけて、|直様《すぐさま》|報告《はうこく》|致《いた》した|者《もの》は、|褒美《ほうび》は|望《のぞ》み|次第《しだい》と、|一《ひと》つ、|大芝居《おほしばゐ》を|始《はじ》めるのだなア。それに|付《つ》いては、あの|様《やう》な|間抜《まぬ》けた|面《つら》した|気《き》の|利《き》かぬ、|半鐘《はんしよう》|泥棒《どろぼう》の|常彦《つねひこ》や、|蜥蜴面《とかげづら》の|貧相《ひんさう》な|春彦《はるひこ》を|連《つ》れて|居《ゐ》ると|都合《つがふ》が|悪《わる》い、|甘《うま》くまいたものだ。あゝ|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》は、ヤツパリ|変《かは》つた|智慧《ちゑ》を|持《も》つて|御座《ござ》るワイ。|余《あま》りに|智慧《ちゑ》が|出《で》るので、|此《この》|高姫《たかひめ》も|吾《われ》と|吾《わ》が|手《て》に|感心《かんしん》を|致《いた》しますワイ。それだから|願望《ぐわんもう》|成就《じやうじゆ》する|迄《まで》は、|黒姫《くろひめ》さまの|様《やう》に|周章《あわて》てハズバンドを|持《も》ちませぬのだ。わしの|夫《をつと》にならうと|云《い》ふ|人物《じんぶつ》は、|三千世界《さんぜんせかい》の|悧巧者《りかうもの》でないと、|一寸《ちよつと》はお|気《き》に|入《い》りませぬからなア』
と|得意《とくい》になつて|独言《ひとりごと》を|喋《しやべ》くり、|思《おも》はず|調子《てうし》に|乗《の》つて、|段々《だんだん》|声《こゑ》が|大《おほ》きくなつて|来《き》た。|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|二人《ふたり》はソツと|後《うしろ》から|走《はし》つて|来《き》て、|灌木《くわんぼく》の|茂《しげ》みに|姿《すがた》を|隠《かく》し、|高姫《たかひめ》の|独言《ひとりごと》を|一口《ひとくち》も|残《のこ》らず|聞取《ききと》つて|了《しま》ひ、|互《たがひ》に|顔《かほ》|見合《みあは》して|目《め》をまるくし、|舌《した》を|出《だ》し、ニヤリと|笑《わら》つて|居《ゐ》る。|高姫《たかひめ》は|少《すこ》しも|気《き》が|付《つ》かず、
『サア|是《こ》れからが|性念場《しやうねんば》だ。|併《しか》し|此《この》テルの|国《くに》へ|来《き》て、|只一人《ただひとり》の|顔馴染《かほなじみ》もなし、|如何《どう》して|国人《くにびと》に|甘《うま》くひつかかつて|見《み》ようかなア。|始《はじ》めに|引《ひ》つかかる|人間《にんげん》が|一番《いちばん》|大切《たいせつ》だ。|国中《くにぢう》でもあの|人《ひと》なら……と|持囃《もてはや》されてゐる|立派《りつぱ》な|人間《にんげん》を|弟子《でし》にするのと、|常《つね》や|春《はる》の|様《やう》なヘボ|人間《にんげん》を|弟子《でし》にするのとは、|国人《くにびと》の|信仰上《しんかうじやう》|非常《ひじやう》な|影響《えいきやう》がある。どうぞ|神様《かみさま》、|一《ひと》つ、|立派《りつぱ》なテルの|国《くに》でも|一《いち》か|二《に》と|云《い》ふ|人間《にんげん》を|妾《わたし》の|弟子《でし》に|授《さづ》けて|下《くだ》さいませ。お|願《ねが》ひ|致《いた》します』
と|拍手《かしはで》を|打《う》ち、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|始《はじ》めた。|日《ひ》は|漸《やうや》く|暗間山《くらまやま》の|頂《いただ》きに|没《ぼつ》し、あたりは|追々《おひおひ》と|暗《くら》くなり|来《き》たる。
|高姫《たかひめ》『あゝモウ|日《ひ》が|暮《く》れた。|仕方《しかた》がない。ここで|一《ひと》つ、|一夜《いちや》を|明《あ》かし、|又《また》|明日《あす》の|思案《しあん》にせうかなア。アヽそれも|良《よ》からう』
と|自問自答《じもんじたふ》し|乍《なが》ら、ゴロリと|横《よこ》になつた。されど|何《なん》とはなしに|心《こころ》|落《お》ちつかず、|甘《うま》く|眠《ねむ》られないので、いろいろの|瞑想《めいさう》に|耽《ふけ》つて|居《ゐ》る。
|常《つね》、|春《はる》の|両人《りやうにん》は|俄《にはか》にウーツと|唸《うな》り|乍《なが》ら、ガサガサ ガサガサと|音《おと》を|立《た》て、|慌《あわた》だしく|森《もり》の|彼方《かなた》に|向《むか》つて|姿《すがた》を|隠《かく》した。
『なんだ、|四《よ》つ|足《あし》かなア。|油断《ゆだん》のならぬものだ、|最前《さいぜん》から|高姫《たかひめ》の|独言《ひとりごと》を|聞《き》いてゐやがつたかも|知《し》れぬ。|仮令《たとへ》|四《よ》つ|足《あし》にしても|霊《れい》はヤツパリ|神様《かみさま》の|分霊《ぶんれい》だから、あんな|事《こと》を|聞《き》かれると|余《あま》り|気分《きぶん》のよいものだない。あゝ|慎《つつし》むべきは|口《くち》なりだ。ドレこれから|口《くち》をつまへて|無言《むごん》の|行《ぎやう》でも|致《いた》しませうかい』
と|又《また》ゴロンと|横《よこ》になる。|少時《しばらく》あつて、|高《たか》らかに|話《はなし》|乍《なが》ら、ここを|通《とほ》り|過《す》ぎむとする|二人《ふたり》の|旅人《たびびと》があつた。
甲『あなたは|是《こ》れから|何処《どこ》までお|出《いで》になりますか』
乙『ハイ|私《わたし》はテルの|都《みやこ》のカナンと|申《まを》す|男《をとこ》で|御座《ござ》います。|一寸《ちよつと》|暗間山《くらまやま》へ|玉《たま》が|出《で》るとか|聞《き》きまして、|行《い》つて|来《き》ましたが、モウ|既《すで》に|誰《たれ》かが|掘出《ほりだ》した|後《あと》でしたよ』
甲『テルの|都《みやこ》のカナンさまと|云《い》へば、|国王様《こくわうさま》のお|側付《そばつき》のカナンさまと|違《ちが》ひますか』
乙『ハイ|左様《さやう》で|御座《ござ》います』
甲『これはこれは、|一度《いちど》お|目《め》に|掛《かか》りたい|掛《かか》りたいと|憧憬《あこがれ》て|居《を》りましたが、|是《こ》れは|又《また》|良《よ》い|所《ところ》でお|目《め》にかかりました。これと|云《い》ふも|全《まつた》く|三五《あななひ》の|神《かみ》の|御引合《おひきあは》せで|御座《ござ》いませう。|私《わたし》はヒルの|都《みやこ》のヤツパリ|国王《こくわう》の|近侍《きんじ》を|致《いた》して|居《を》ります、アンナと|云《い》ふ|男《をとこ》で|御座《ござ》います』
乙『アヽあなたがあの|有名《いうめい》なアンナさまで|御座《ござ》いますか。|何《なん》とマア|奇遇《きぐう》で|御座《ござ》いますなア』
と|立話《たちばな》しをして|居《ゐ》る。|高姫《たかひめ》は|此《この》|話《はなし》を|聞《き》き、
『ヤレ|良《よ》い|奴《やつ》が|行《や》つて|来《き》よつた。アンナにカナンと|云《い》ふ|有名《いうめい》な|男《をとこ》、|同《おな》じ|供《とも》に|連《つ》れるのでも、|偉《えら》い|違《ちがひ》だ。|一人《ひとり》と|万人《まんにん》とに|係《かか》はる|拾《ひろ》ひ|者《もん》だ。|万卒《ばんそつ》は|得易《えやす》く|一将《いつしやう》は|得難《えがた》し、|何《なん》と|神様《かみさま》も|甘《うま》くお|繰合《くりあは》せをして|下《くだ》さる|事《こと》だ。|有難《ありがた》う|御座《ござ》います』
と|口《くち》の|奥《おく》で|感謝《かんしや》し|乍《なが》ら、|暗《やみ》の|中《なか》より|涼《すず》しき|若《わか》い|声《こゑ》を|出《だ》して、
|高姫《たかひめ》『ヤアヤア、アンナ、カナンの|両人《りやうにん》、|暫《しばら》く|待《ま》ちやれよ。|天教山《てんけうざん》に|現《あら》はれたる|日出神《ひのでのかみ》の|生宮《いきみや》、|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》、|高姫《たかひめ》の|神司《かむづかさ》、|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》の|神勅《しんちよく》により、|汝等《なんぢら》|両人《りやうにん》|此処《ここ》を|通《とほ》る|事《こと》を|前知《ぜんち》し、|此《この》|神柱《かむばしら》が|只《ただ》|一柱《ひとはしら》、|此処《ここ》に|海山《うみやま》を|越《こ》えて|高砂島《たかさごじま》に|渡《わた》り、|暗間山口《くらまやまぐち》に|待《ま》つて|居《ゐ》たぞよ。|是《こ》れより|両人《りやうにん》は|高姫《たかひめ》が|部下《ぶか》となし、|宣伝使《せんでんし》の|職《しよく》を|授《さづ》ける。|有難《ありがた》う|思《おも》へ』
甲『ハイ|誠《まこと》に|以《もつ》て|有難《ありがた》う|存《ぞん》じませぬ』
乙『|余《あま》り|有難《ありがた》うてお|臍《へそ》が|茶《ちや》を|沸《わか》します』
|高姫《たかひめ》『コレコレ、アンナ、カナンとやら、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》の|申《まを》す|事《こと》、|何《なん》と|心得《こころえ》なさる』
甲『|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》もモウ|聞《き》き|飽《あ》きました』
|高姫《たかひめ》『アヽさうだろう。お|前《まへ》さまが|聞飽《ききあ》く|程《ほど》、|生宮《いきみや》の|名《な》は|此《この》|高砂島《たかさごじま》に|響《ひび》き|渡《わた》つて|居《ゐ》るだらう』
乙『|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》の|御仕組《おしぐみ》は、|何時《いつ》も|御失敗《ごしつぱい》だらけで|呑《の》み|込《こ》んだ|玉《たま》|迄《まで》|紛失《ふんしつ》をなされ、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》の|家来《けらい》|迄《まで》が|最前《さいぜん》も|途中《とちう》に|私《わたくし》に|出会《であ》ひ、アンナ|阿呆《あはう》らしい|事《こと》はカナンと|申《まを》してゐましたよ。ウフヽヽヽ』
『コレコレ|段々《だんだん》と|声《こゑ》の|地金《ぢがね》が|現《あら》はれて|来《き》た。お|前《まへ》は|常《つね》、|春《はる》の|両人《りやうにん》ぢやないか。|此《この》|日《ひ》の|出神《でのかみ》を|暗《くら》がりで|騙《だま》さうと|思《おも》つたつて、……ヘンだまされますかい。|人《ひと》がワザとに|呆《はう》けて|居《を》れば|良《よ》い|気《き》になつて、アンナぢやの、カナンぢやの、|何《なに》を|言《い》うのだい。|本当《ほんたう》に|好《す》かぬたらしい。どこどこ|迄《まで》も|悪性男《あくしやうをとこ》が|女子《をなご》の|尻《しり》を|追《お》ひまはす|様《やう》に、よい|加減《かげん》に|恥《はじ》を|知《し》りなさらぬか』
|常彦《つねひこ》『|実《じつ》の|所《ところ》は|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》で|御座《ござ》います。お|前《まへ》さまが|最前《さいぜん》から|水臭《みづくさ》い|独言《ひとりごと》を|云《い》つてゐましたから、|私《わたし》も|返報返《へんぽうがへ》しに|一寸《ちよつと》お|気《き》をもませました。|誠《まこと》に|済《す》みませぬ。お|前《まへ》さまが|余《あま》り|水臭《みづくさ》いから、|私《わたし》には|一《ひと》つの|面白《おもしろ》い|秘密《ひみつ》があるのだけれど、|魚心《うをごころ》あれば|水心《みづごころ》ありだ。モウ|云《い》ひませぬワ。なア|春彦《はるひこ》、ソレ、|高島丸《たかしままる》の|船中《せんちう》で、|言依別《ことよりわけ》さまと|国依別《くによりわけ》さまに|出会《であ》つて、|玉《たま》の|所在《ありか》をソツと|言《い》つて|貰《もら》つたから、|此《この》|島《しま》にキツト|隠《かく》してある。|何々《なになに》に|往《い》つて|一日《いちにち》も|早《はや》く|掘出《ほりだ》し、|何々《なになに》へ|持《も》つて|行《い》つて|手柄《てがら》をせうかい。|高姫《たかひめ》さまは|随分《ずゐぶん》|水臭《みづくさ》いことを|仰有《おつしや》つて、|俺達《おれたち》を|邪魔者《じやまもの》|扱《あつか》ひなさるから、|俺達《おれたち》の|方《はう》も|却《かへつ》て|結構《けつこう》だ。|其《その》|言葉《ことば》を|聞《き》かうと|思《おも》つてワザワザ|隠《かく》れて|従《つ》いて|来《き》たのだ。|二人《ふたり》で|聞《き》いた|以上《いじやう》は、なんぼ|言訳《いひわけ》なさつたつて|駄目《だめ》ですよ。|左様《さやう》なら……』
|春彦《はるひこ》『|常彦《つねひこ》、|早《はや》う|逃《に》げろ|逃《に》げろ、|又《また》|高姫《たかひめ》に|追《お》ひつかれては|険呑《けんのん》だぞ。|早《はや》く|早《はや》く』
と|同《おな》じ|所《ところ》を|足踏《あしふ》みならして、|逃《に》げる|真似《まね》してゐる。
|高姫《たかひめ》『コレコレ|二人《ふたり》の|御方《おかた》、|一寸《ちよつと》|待《ま》つて|下《くだ》され。|今《いま》のは|嘘《うそ》だよ。こんな|遠《とほ》い|所《ところ》へ|来《き》て|一人《ひとり》になつてたまりませうか。|一寸《ちよつと》|待《ま》つてお|呉《く》れいなアー』
|春彦《はるひこ》『オイ|常公《つねこう》、|高姫《たかひめ》さまが|半泣《はんな》きになつて|頼《たの》まつしやるから、|旅《たび》は|道連《みちづ》れ|世《よ》は|情《なさけ》だ。|玉《たま》の|所在《ありか》さへ|知《し》らさにや|良《よ》いのだから、|待《ま》つて|上《あ》げて|呉《く》れ』
|常彦《つねひこ》は|側《そば》に|居乍《ゐなが》ら、|遠《とほ》い|所《ところ》に|居《ゐ》るやうな|声《こゑ》を|出《だ》して、
『オイ、そんなら|仕方《しかた》がないなア。|待《ま》つて|上《あ》げやうかい』
と|足音《あしおと》を|段々《だんだん》|高《たか》くし、
|常彦《つねひこ》『アヽ|此処《ここ》だつたか、そんならマア|此処《ここ》でゆつくりと|夜明《よあ》かしをせうかい。|又《また》|明日《あす》、|高姫《たかひめ》さま、|面白《おもしろ》い|話《はなし》を|聞《き》かして|上《あ》げますワ』
|高姫《たかひめ》『アヽそれで|安心《あんしん》しました。|余《あま》り|仲《なか》がよすぎると、|心易《こころやす》すぎて、|互《たがひ》に|罪《つみ》のない|喧嘩《けんくわ》をするものだ。オホヽヽヽ』
と|笑《わら》ひに|紛《まぎ》らす。|常彦《つねひこ》は|暗《くら》がり|紛《まぎ》れに、|寝《ね》るにも|寝《ね》られず、|平坦《へいたん》な|芝生《しばふ》を|幸《さいは》ひ、|盆踊《ぼんをどり》りの|様《やう》な|恰好《かつかう》で、|口《くち》から|出放題《ではうだい》を|喋《しやべ》り|乍《なが》ら|踊《をど》り|始《はじ》めたり。
|常彦《つねひこ》『|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》と いつも|仰有《おつしや》るエライ|人《ひと》
|変性男子《へんじやうなんし》の|御系統《ごひつぽう》 |高姫《たかひめ》さまに|欺《あざむ》かれ
|自転倒島《おのころじま》をあとにして |琉球《りうきう》の|島《しま》|迄《まで》|漕《こ》ぎ|渡《わた》り
|槻《つき》の|大木《たいぼく》の|洞穴《どうけつ》に |這入《はい》つて|散々《さんざん》からかはれ
|言依別《ことよりわけ》の|大教主《だいけうしゆ》 |国依別《くによりわけ》と|一所《ひととこ》に
|万里《ばんり》の|波濤《はたう》をうち|渡《わた》り |高砂島《たかさごじま》へ|七種《なないろ》の
|玉《たま》を|隠《かく》しに|行《ゆ》かしやつた |高姫《たかひめ》さまは|如何《どう》しても
|言依別《ことよりわけ》を|引捉《ひつとら》へ |取返《とりかへ》さねばおかないと
|目《め》をつり|頬《ほほ》をふくらして ブウブウ|泡《あわ》を|吹《ふ》き|乍《なが》ら
フーリン|島《たう》や|台湾島《たいわんたう》 |左手《ゆんで》に|眺《なが》めて|海原《うなばら》を
|波《なみ》|押切《おしき》つて|渡《わた》る|折《をり》 |思《おも》はぬ|暗礁《あんせう》に|乗上《のりあ》げて
|船《ふね》は|忽《たちま》ちメキメキと |木端微塵《こつぱみぢん》に|粉砕《ふんさい》し
|取《と》り|付《つ》く|島《しま》も|沖《おき》の|中《なか》 |尻《しり》ひつからげ|波《なみ》の|上《うへ》
コブラを|没《ぼつ》する|潮水《しほみづ》を |遥《はるか》にかすむテルの|国《くに》
|山《やま》を|合図《あひづ》に|歩《あゆ》き|出《だ》す |忽《たちま》ち|吹来《ふきく》る|荒風《あらかぜ》に
|山岳《さんがく》の|波《なみ》|寄《よ》せ|来《きた》り アワヤ|三人《みたり》の|生命《せいめい》は
|水泡《みなわ》と|消《き》えむとする|所《ところ》 |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひか
|高島丸《たかしままる》がやつて|来《き》て |吾等《われら》|三人《みたり》を|救《すく》ひ|上《あ》げ
|船長室《せんちやうしつ》に|導《みちび》かれ タルチルさまに|国所《くにところ》
いろいろ|雑多《ざつた》と|尋《たづ》ねられ |高姫《たかひめ》さまが|頑張《ぐわんば》つて
|日《ひ》の|出神《でのかみ》を|楯《たて》に|取《と》り |屁理窟《へりくつ》|言《い》うたを|船長《せんちやう》は
|逆上《ぎやくじやう》してると|思《おも》ひ|詰《つ》め |矢庭《やには》に|手足《てあし》を|縛《しば》り|上《あ》げ
クルリクルリと|帆柱《ほばしら》に |吊《つ》り|上《あ》げられて|高姫《たかひめ》は
|目《め》を|剥《む》き|出《だ》した|可笑《をか》しさよ そこへ|国依別神《くによりわけのかみ》
|言依別《ことよりわけ》が|現《あ》れまして |高島丸《たかしままる》の|船長《せんちやう》に
|一言《ひとこと》いへば|船長《せんちやう》は |二《ふた》つ|返事《へんじ》で|高姫《たかひめ》を
マストの|上《うへ》から|吊下《つりおろ》し |其《その》|儘《まま》|姿《すがた》を|隠《かく》しける
それから|種々《いろいろ》|面白《おもしろ》い |高姫《たかひめ》さまの|御説教《ごせつけう》
|辻褄《つじつま》|合《あ》はぬ|御示《おしめ》しも |却《かへつ》て|皆《みな》のお|慰《なぐさ》み
|国依別《くによりわけ》が|現《あら》はれて コレコレ|常彦《つねひこ》、|高姫《たかひめ》が
デツキの|上《うへ》に|居《を》る|故《ゆゑ》に |言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》が|此《この》|船《ふね》に
|乗《の》つて|居《ゐ》るとは|云《い》うてくれな |代《かは》りにお|前《まへ》に|肝腎《かんじん》の
|玉《たま》の|所在《ありか》を|知《し》らしてやらう コレ|此《この》|通《とほ》り|美《うつく》しい
|七《なな》つの|玉《たま》と|吾《わ》が|前《まへ》に |差出《さしだ》し|玉《たま》うた|其《その》|時《とき》は
|如何《いか》な|俺《おれ》でもギヨツとした |高姫《たかひめ》さまが|鯱《しやち》になり
|玉々《たまたま》|云《い》つて|騒《さわ》ぐのも |決《けつ》して|無理《むり》はあるまいと
|私《わたし》も|本当《ほんたう》に|気《き》が|付《つ》いた オツトドツコイ|高姫《たかひめ》さまの
|御座《ござ》る|前《まへ》とは|知《し》り|乍《なが》ら ウツカリ|口《くち》が|辷《すべ》りました
ヤツパリこれは|夢《ゆめ》ぢやつた |嘘《うそ》でも|本真《ほんま》でもかまやせぬ
|夢《ゆめ》にしておきや|別状《べつじやう》ない アヽ|夢《ゆめ》ぢやつた|夢《ゆめ》ぢやつた
|高姫《たかひめ》さまよ|春彦《はるひこ》よ |必《かなら》ず|俺《おれ》が|麻邇宝珠《まにほつしゆ》
|其《その》|他《た》の|玉《たま》の|所在《ありか》をば |知《し》つて|居《ゐ》るとは|思《おも》ふなよ
|国依別《くによりわけ》に|頼《たの》まれた オツトドツコイ|又《また》|違《ちが》うた
|国依別《くによりわけ》が|居《を》つたなら |言依別《ことよりわけ》と|一所《ひととこ》に
|七《なな》つの|玉《たま》を|嬉《うれ》しそに |抱《かか》えてニコニコしとるだろ
それに|相違《さうゐ》はあろまいと |思《おも》うて|寝《ね》たらこんな|夢《ゆめ》
|毎晩《まいばん》|続《つづ》けて|見《み》たのだよ |夢《ゆめ》の|浮世《うきよ》と|言《い》ひ|乍《なが》ら
|不思議《ふしぎ》の|夢《ゆめ》もあるものぢや |高姫《たかひめ》さまよ|春彦《はるひこ》よ
|此《この》|常彦《つねひこ》が|申《まを》すこと ゆめゆめ|疑《うたが》ふこと|勿《なか》れ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |私《わたし》の|毎晩《まいばん》|見《み》た|夢《ゆめ》は
|嘘《うそ》ではあるまい|誠《まこと》ぢやなかろ ホンに|分《わか》らぬ|物語《ものがたり》
ドツコイシヨノドツコイシヨ ウントコドツコイ|高姫《たかひめ》さま
ヤツトコドツコイ|春彦《はるひこ》さま ドツコイドツコイ|常彦《つねひこ》さま
ウントコセーのヤツトコセー』
と|口《くち》から|出放題《ではうだい》、|真偽《しんぎ》|不判明《ふはんめい》の|歌《うた》を|唄《うた》つて、|高姫《たかひめ》にからかつて|見《み》た。|高姫《たかひめ》は|玉《たま》に|関《くわん》する|話《はなし》ときたら、どんな|嘘《うそ》でも|聞耳《ききみみ》|立《た》て、|目《め》を|釣《つ》り|上《あ》げ、|一言《ひとこと》も|洩《も》らさじと|体《からだ》を|斜《ななめ》に|構《かま》へ、|此《この》|歌《うた》もヤツパリ|大部分《だいぶぶん》|誠《まこと》の|物《もの》と|信《しん》じ|切《き》り|居《ゐ》たり。
(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
(昭和一〇・六・七 王仁校正)
第六章 |玉《たま》の|行衛《ゆくゑ》〔八二八〕
|高姫《たかひめ》は|言葉《ことば》を|軟《やは》らげ、
『コレコレ|常彦《つねひこ》さま、ヤツパリお|前《まへ》は|私《わたし》が|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》の|中《なか》でも、|一番《いちばん》|気《き》の|利《き》いた|立派《りつぱ》な|方《かた》だと|思《おも》うて|連《つ》れて|来《き》たが、……ヤツパリ|此《この》|高姫《たかひめ》の|目《め》は|違《ちが》ひませぬワイ。ようマア|目敏《めざと》くも、|言依別《ことよりわけ》や、|国依別《くによりわけ》の|船《ふね》に|乗《の》つてるのが|気《き》がつきましたなア』
|常彦《つねひこ》『|蛇《じや》の|道《みち》は|蛇《へび》ですからなア。どうも|言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》の|臭《にほひ》が|船《ふね》に|乗《の》つた|時《とき》から、|鼻《はな》について|仕方《しかた》がないものですから、|一寸《ちよつと》|考《かんが》へてゐましたが、いよいよ|此奴《こいつ》ア|変《へん》だと|思《おも》うてかぎつけました』
|春彦《はるひこ》『まるで|犬《いぬ》の|様《やう》な|鼻《はな》の|利《き》く|男《をとこ》だなア。|蛇《じや》の|道《みち》は|蛇《へび》でなくて、|猪《しし》の|道《みち》は|犬《いぬ》ぢやないか。さうして|本当《ほんたう》に|言依別《ことよりわけ》さまや|国依別《くによりわけ》が|立派《りつぱ》な|玉《たま》を|持《も》つて|御座《ござ》つたのか』
|常彦《つねひこ》『|貴様《きさま》が|海《うみ》へ|踊《をど》つて|落込《おちこ》んだ|時《とき》に、|綱《つな》を|投《な》げて|呉《く》れた|船客《せんきやく》が|国依別《くによりわけ》だつたのだ。つまりお|前《まへ》は|国依別《くによりわけ》さまに|生命《いのち》を|助《たす》けて|貰《もら》うたのだよ』
|春彦《はるひこ》『アヽさうか、それは|有難《ありがた》い。|一《ひと》つ|御礼《おれい》を|言《い》うぢやつたに、お|前《まへ》が|云《い》つて|呉《く》れぬものだから、つい|御無礼《ごぶれい》をした。ヤツパリ|国依別《くによりわけ》さまは|親切《しんせつ》だなア。|二《ふた》つ|目《め》には|足手纏《あしてまと》ひになるの、エヽ|加減《かげん》にまいて|了《しま》はぬと、あんなヒヨツトコは|邪魔《じやま》になるとか|仰有《おつしや》る|生神《いきがみ》もあるなり、|世《よ》は|種々《いろいろ》だ。そして|立派《りつぱ》な|玉《たま》をお|前《まへ》は|拝見《はいけん》したのか』
|常彦《つねひこ》『|天機《てんき》|洩《も》らす|可《べ》からずだ。|大《おほ》きな|声《こゑ》で|云《い》ふない。そこに|高姫《たかひめ》さまが|聞《き》いて|御座《ござ》るぢやないか。|高姫《たかひめ》さまの|御座《ござ》らぬ|所《ところ》で、トツクリとお|前《まへ》|丈《だけ》に|一厘《いちりん》の|秘密《ひみつ》を|知《し》らしてやるワ。オツと|了《しま》うた、|余《あま》り|大《おほ》きな|声《こゑ》でウツカリ|喋《しやべ》つて|了《しま》つた。……モシ|高姫《たかひめ》さま、|今《いま》|私《わたし》が|何《なに》を|言《い》うたか|聞《きこ》えましたか。|余《あま》りハツキリとは|聞《きこ》えては|居《ゐ》やせぬだらうな。|聞《きこ》えたら|大変《たいへん》ぢやからなア。アヽ|桑原々々《くはばらくはばら》、|慎《つつし》むべきは|言葉《ことば》なりけりぢや、アハヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『コレ|常彦《つねひこ》さま、お|前《まへ》、そんなにイチヤつかすものぢやありませぬぞえ。トツトと|有体《ありてい》に|仰有《おつしや》い。そしたら|此《この》|高姫《たかひめ》は|云《い》ふに|及《およ》ばず、|錦《にしき》の|宮《みや》の|教主《けうしゆ》となり、お|前《まへ》を|総務《そうむ》にして|立派《りつぱ》な|神業《しんげふ》に|使《つか》つて|上《あ》げます。|五六七《みろく》の|世《よ》でも|出《で》て|来《き》て|見《み》なさい。それはそれはあんな|者《もの》がこんな|者《もの》になつたと|云《い》ふ|御仕組《おしぐみ》ですから、それで|神《かみ》には|叶《かな》はぬと|仰有《おつしや》るのぢやぞえ』
|常彦《つねひこ》『ハヽア、さうすると|最前《さいぜん》アンナ、カナンに|化《ば》けたのも、|強《あなが》ち|徒労《とらう》ではありませぬな。|私《わたし》がアンナ、|春彦《はるひこ》はカナン、|私《わたし》はアンナ|者《もの》がコンナ|者《もの》になり、|春彦《はるひこ》は|立派《りつぱ》な|人間《にんげん》になつて、|高姫《たかひめ》さまでも|何人《なんぴと》でも、|到底《たうてい》カナンと|云《い》ふ|立派《りつぱ》な|人間《にんげん》になると|云《い》ふ|前兆《ぜんてう》ですか、ハツハヽヽヽ。これと|云《い》ふのも|国依別《くによりわけ》さまが|御親切《ごしんせつ》に、|玉《たま》の|所在《ありか》を|決《けつ》して|他言《たごん》はならぬと|固《かた》く|戒《いまし》めて|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さつたのは、|本当《ほんたう》に|有難《ありがた》い。よく|私《わたし》の|魂《たま》を|悟《さと》つて|下《くだ》さつた。|士《し》は|己《おのれ》を|知《し》る|者《もの》の|為《ため》に|死《し》すとか|云《い》つて、|自分《じぶん》の|真心《まごころ》を|見《み》ぬいてくれた|人《ひと》|位《くらゐ》、|有難《ありがた》く|思《おも》ふものはない。|私《わたし》も|男《をとこ》と|見込《みこ》まれて、|大事《だいじ》の|秘密《ひみつ》の|玉《たま》の|所在《ありか》を|知《し》らされ、|実物《じつぶつ》|迄《まで》|拝見《はいけん》さして|頂《いただ》いたのだから、|此《この》|首《くび》が|仮令《たとへ》|千切《ちぎ》れても、|国依別《くによりわけ》さまが|云《い》つてもよいと|仰有《おつしや》る|迄《まで》|申《まを》されませぬワイ。アヽ|云《い》はな|分《わか》らず、|云《い》うてはならず、|六《むつ》かしい|仕組《しぐみ》であるぞよ……とお|筆先《ふでさき》に|神様《かみさま》が|仰有《おつしや》つてゐるのは、|大方《おほかた》こんな|事《こと》だらう。お|筆先《ふでさき》の|文句《もんく》がキタリキタリと|出《で》て|来《き》て、|身《み》に|滲《し》みわたる|様《やう》で|御座《ござ》いますワイ』
|高姫《たかひめ》『お|前《まへ》は|言《い》はねばならぬ|人《ひと》には|隠《かく》して|云《い》はぬなり、|言《い》うて|悪《わる》い|人《ひと》には|言《い》はうとするから、|国依別《くによりわけ》さまが|厳《きび》しく|口止《くちど》めをしたのだよ。よう|考《かんが》へて|御覧《ごらん》なさい。|私《わたし》の|供《とも》になつて|来《き》て|居《ゐ》るお|前《まへ》に|秘密《ひみつ》を|明《あ》かすと|云《い》ふ|事《こと》は、つまり|高姫《たかひめ》に|知《し》らせよと|云《い》ふ|謎《なぞ》ですよ。|此《この》|事《こと》を|詳《くは》しう|高姫《たかひめ》に|伝《つた》へてくれと|云《い》つたら、|却《かへつ》て|心易《こころやす》う|思《おも》ひ、|忘《わす》れて|了《しま》ふだらうから、|言《い》ふな……と|云《い》つておけば、|大事《だいじ》な|事《こと》と|思《おも》ひ、お|前《まへ》が|念頭《ねんとう》にかけ、コッソリとお|前《まへ》が|私《わたし》に|云《い》うだらうと、|先《さき》の|先《さき》まで|気《き》をまはし、お|前《まへ》に|言《い》うたのだよ。|国依別《くによりわけ》も|中々《なかなか》|偉《えら》いワイ。よう|理窟《りくつ》を|云《い》ふ|男《をとこ》だが、どこともなく|香《かう》ばしい|所《ところ》のある|男《をとこ》だと|思《おも》うた。……コレコレ|常彦《つねひこ》、|言《い》ひなさい、キット|後《あと》は|私《わたし》が|引受《ひきう》けますから……』
|常彦《つねひこ》『メッサウな、そんな|事《こと》|言《い》うてなりますかいな。お|前《まへ》さまは|私《わたし》を、|甘《うま》くたらして|云《い》はさうと|思《おも》ひ、|巧言令色《かうげんれいしよく》の|限《かぎ》りを|尽《つく》して、うまく|誘導《いうだう》|訊問《じんもん》をなさるが、マア|止《や》めておきませうかい。こんな|所《ところ》でお|前《まへ》さまに|言《い》はうものなら、あとは|尻喰《しりくら》ひ|観音《くわんのん》、そこに|居《を》るかとも|仰有《おつしや》らせないだらう。マア|言《い》はずにおけば|常彦《つねひこ》の|御機嫌《ごきげん》を|損《そこな》はぬ|様《やう》に|親切《しんせつ》に|目《め》をかけてくれるに|違《ちが》ひない。|言《い》ひさへせなきや、|桜花爛漫《おうくわらんまん》と|常彦《つねひこ》の|身辺《しんぺん》に|咲《さ》き|匂《にほ》ふといふものだ。|言《い》うたが|最後《さいご》、|明日《あす》ありと|思《おも》ふ|心《こころ》の|仇桜《あだざくら》、|夜半《よは》に|嵐《あらし》の|吹《ふ》かぬものかは……と|忽《たちま》ち|高姫颪《たかひめおろし》に|吹《ふ》きおろされ、ザックバランな|目《め》に|遇《あ》はされるに|定《きま》つてる。|花《はな》は|半開《はんかい》にして、|長《なが》く|梢《こずゑ》に|咲《さ》き|匂《にほ》ふ|位《くらゐ》な|所《ところ》で|止《や》めておきませうかい。イッヒヽヽヽ。アヽこんな|愉快《ゆくわい》な|事《こと》が|又《また》と|再《ふたた》び|三千世界《さんぜんせかい》にあらうかいな。|三千世界《さんぜんせかい》|一度《いちど》に|開《ひら》く|梅《うめ》の|花《はな》、|開《ひら》く|時節《じせつ》が|来《き》たら|秘密《ひみつ》の|倉《くら》を|開《あ》けて|見《み》せて|上《あ》げませう。それも|一寸《ちよつと》でも|私《わたし》の|御機嫌《ごきげん》を|損《そこ》ねたが|最後《さいご》|駄目《だめ》ですよ』
|高姫《たかひめ》『コレ|常彦《つねひこ》、|情《なさけ》ない|事《こと》を|云《い》うておくれな。なんぼ|私《わたし》だつてさう|現金《げんきん》な|女《をんな》ぢやありませぬぞえ。|今《いま》の|人間《にんげん》は|思惑《おもわく》さへ|立《た》ちや、|後《あと》は|見向《みむ》きもせぬのが|多《おほ》いが、|苟《いやし》くも、|善一筋《ぜんひとすぢ》の|誠生粋《まこときつすゐ》の|大和魂《やまとだましひ》の|根本《こつぽん》の|性来《しやうらい》の、|而《しか》も|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》、|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》、これ|丈《だけ》|何《なに》もかも|資格《しかく》の|揃《そろ》うた|高姫《たかひめ》がそんな|人間《にんげん》|臭《くさ》い|心《こころ》を|持《も》ち、|行《おこな》ひを|致《いた》さうものなら、|第一《だいいち》|神様《かみさま》のお|道《みち》が|潰《つぶ》れるぢやありませぬか。|変性男子《へんじやうなんし》の|身魂《みたま》に|対《たい》しても、お|顔《かほ》に|泥《どろ》を|塗《ぬ》るやうなものなり、|日《ひ》の|出神《でのかみ》さまに|対《たい》しても|申訳《まをしわけ》がありませぬ。さうだから|大丈夫《だいぢやうぶ》ですよ。|先《さき》で|云《い》ふも|今《いま》|云《い》ふも|同《おな》じことだ。さう|出《だ》し|惜《をし》みをせずと、お|前《まへ》の|腹《はら》の|痛《いた》む|事《こと》ぢやなし、|一口《ひとくち》、かうだとお|前《まへ》の|口《くち》に|出《だ》して|呉《く》れたら|良《よ》いぢやないか。サア|常彦《つねひこ》、ホンにお|前《まへ》は|気《き》の|良《よ》い|人《ひと》だ。そんなにピンとすねずにチヤツと|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さいナ』
|常彦《つねひこ》『|猫《ねこ》があれ|程《ほど》|好《すき》な|鼠《ねずみ》を|生捕《いけどり》にしても|中々《なかなか》さうムシヤムシヤと|食《く》ひはしますまい。くはへては|放《ほ》り|上《あ》げ、くはへては|放《ほ》り|上《あ》げ、|追《お》ひかけたり|押《おさ》へたり、|何遍《なんべん》も|何遍《なんべん》もイチヤつかして、|終局《しまひ》には|嬲殺《なぶりごろし》にして、|楽《たのし》んで|食《く》ふように、|此《この》|話《はなし》もさう|直々《ぢきぢき》に|申上《まをしあ》げると、|大事件《だいじけん》だから|値打《ねうち》がなくなる。マア|楽《たの》しんで|私《わたし》に|従《つ》いて|来《き》なさい。|其《その》|代《かは》りに|或《ある》|時期《じき》が|来《き》たら|知《し》らして|上《あ》げますから、|一《ひと》つ|約束《やくそく》をしておかねばなりませぬ。|高姫《たかひめ》さま、|物《もの》を|教《をし》へて|貰《もら》ふ|者《もの》が|弟子《でし》で、|教《をし》へる|者《もの》が|先生《せんせい》ですなア』
|高姫《たかひめ》『きまつた|事《こと》だよ。|教《をし》へる|者《もの》が|先生《せんせい》だ。さうだからお|前達《まへたち》は|私《わたし》の|弟子《でし》になつて|居《を》るぢやないか』
|常彦《つねひこ》『あゝそれで|分《わか》りました。|其《その》|御考《おかんが》へなれば、|行《ゆ》く|行《ゆ》くは|玉《たま》の|所在《ありか》を|教《をし》へて|上《あ》げませう。|其《その》|代《かは》り|今日《けふ》から|私《わたし》が|先生《せんせい》でお|前《まへ》さまは|弟子《でし》だよ。サア|荷物《にもつ》を|持《も》つて|従《つ》いて|来《き》なさい』
|高姫《たかひめ》『コレ|常彦《つねひこ》、おまへは|何《なに》と|云《い》ふ|事《こと》を|云《い》ふのだい。|天地《てんち》|顛倒《てんたう》も|甚《はなはだ》しいぢやないか。|誰《たれ》がお|前《まへ》の|弟子《でし》になる|者《もの》があるものか。|苟《いやしく》も|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》ですよ。|余《あま》り|馬鹿《ばか》にしなさるな』
|常彦《つねひこ》『これはこれは|失礼《しつれい》な|事《こと》を|申《まを》し|上《あ》げました。そんならどうぞ|何《なに》もかも|教《をし》へて|下《くだ》さいませ。|私《わたし》は|教《をし》へる|資格《しかく》がありませぬから、モウ|此《こ》れ|限《かぎ》り|何《なに》も|申上《まをしあ》げませぬ。|教《をし》へて|上《あ》げやうと|云《い》へばお|目玉《めだま》を|頂戴《ちやうだい》するなり、|其《その》|方《はう》が|宜《よろ》しい。モウ|此《こ》れ|限《かぎ》り、|夜前《やぜん》あなたの|仰有《おつしや》つた|様《やう》に|此《この》|国《くに》の|人《ひと》を|弟子《でし》にして、|半鐘《はんしよう》|泥棒《どろぼう》や|蜥蜴面《とかげづら》の|吾々《われわれ》に|離《はな》れて|活動《くわつどう》して|下《くだ》さい。……なア|春彦《はるひこ》、|半鐘《はんしよう》|泥棒《どろぼう》や|蜥蜴面《とかげづら》が|従《つ》いて|居《ゐ》ると|高姫《たかひめ》さまのお|邪魔《じやま》になるから、これでお|別《わか》れせうかい』
|春彦《はるひこ》『|何《なに》が|何《なん》だか、|俺《おれ》やモウサツパリ|訳《わけ》が|分《わか》らぬ|様《やう》になつて|来《き》たワイ。……オイ|常彦《つねひこ》、そんな|意地《いぢ》の|悪《わる》い|事《こと》|言《い》はずに、|男《をとこ》らしう|薩張《さつぱり》と|高姫《たかひめ》さまに|申《まを》し|上《あ》げたら|如何《どう》だ』
|高姫《たかひめ》『コレコレ|春彦《はるひこ》、|流石《さすが》はお|前《まへ》は|見上《みあ》げたものだ。さうなくては|宣伝使《せんでんし》とは|言《い》へませぬワイ。……コレ|常彦《つねひこ》、|言《い》はな|言《い》はぬで|宜《よろ》しい。お|前《まへ》の|行《ゆ》く|所《ところ》へ|従《つ》いて|行《ゆ》きさへすればキット|分《わか》るのだから……』
|常彦《つねひこ》『ソラ|分《わか》りませう。|併《しか》し|乍《なが》ら|私《わたし》は|出直《でなほ》してくる|共《とも》、お|前《まへ》さまの|従《つ》いて|厶《ござ》る|限《かぎ》りは、|玉《たま》の|在《あ》る|方面《はうめん》へは|決《けつ》して|足《あし》は|向《む》けませぬワ。そしたら|如何《どう》なさる。オホヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『エヽ|気色《きしよく》の|悪《わる》い、しぶとい|奴《やつ》だなア。ヨシヨシ|今《いま》に|神界《しんかい》に|奏上《そうじやう》して、|口《くち》も|何《なに》も|利《き》けぬ|様《やう》に|金縛《かなしば》りをかけてやるから、それでも|宜《よろ》しいか』
|常彦《つねひこ》『どうぞ|早《はや》うかけて|下《くだ》さい。お|前《まへ》さまに|玉《たま》の|所在《ありか》を|言《い》へ|言《い》へと|云《い》うて|迫《せま》られるのが、|辛《つら》うてたまらぬから、|物《もの》が|言《い》へぬようにして|下《くだ》されば、それで|私《わたし》の|責任《せきにん》が|逃《のが》れると|云《い》ふものだ。どうぞ|早《はや》うかけて|下《くだ》さいな。|不動《ふどう》の|金縛《かなしば》りを……』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|舌《した》を|一寸《ちよつと》|上下《うへした》の|唇《くちびる》の|間《あひだ》に|挟《はさ》んで|高姫《たかひめ》の|前《まへ》に|頤《あご》をしやくり、|突《つ》き|出《だ》して|見《み》せる。
|高姫《たかひめ》『エヽどうもかうも|仕方《しかた》のない、|上《あ》げも|下《お》ろしもならぬ|動物《どうもの》ぢやなア』
|常彦《つねひこ》『オイ|春彦《はるひこ》、|駆足々々《かけあしかけあし》。|高姫《たかひめ》さまをまくのだよ』
と|尻引《しりひき》まくり、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|地響《ぢひび》きさせ|乍《なが》ら、|降《くだ》り|坂《ざか》を|駆出《かけだ》した。|高姫《たかひめ》は|後《あと》より|一生懸命《いつしやうけんめい》に|二人《ふたり》の|姿《すがた》を|見失《みうしな》はじと|追《お》つかけて|行《ゆ》く。
|高姫《たかひめ》は|高《たか》い|石《いし》に|躓《つまづ》きパタリと|大地《だいち》に|倒《たふ》れ、|額《ひたい》をしたたか|打《う》ち、|血《ち》をタラタラ|流《なが》し、|且《か》つ|膝頭《ひざがしら》を|打《う》つて、|頭《あたま》を|撫《な》で|足《あし》を|撫《な》で、|身《み》を|藻掻《もが》いてゐる。|二人《ふたり》は|高姫《たかひめ》が|必《かなら》ず|追《お》つかけ|来《く》るものと|信《しん》じて、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|走《はし》り|行《ゆ》く。
ここを|通《とほ》りかかつた|四五人《しごにん》の|男《をとこ》、|高姫《たかひめ》の|疵《きず》を|見《み》て|気《き》の|毒《どく》がり、|傍《かたはら》の|交《まじ》り|気《け》のない|土《つち》を|水《みづ》に|溶《と》かし、|額《ひたい》と|足《あし》とに|塗《ぬ》りつける。|高姫《たかひめ》は、
『|何方《どなた》か|知《し》りませぬが、ようマア|助《たす》けて|下《くだ》さいました。これも|全《まつた》く|日《ひ》の|出神《でのかみ》さまのお|神徳《かげ》で|厶《ござ》います。|貴方方《あなたがた》も|結構《けつこう》なお|神徳《かげ》を|頂《いただ》きなさつたな。|高姫《たかひめ》と|云《い》ふお|方《かた》は、|誠《まこと》に|結構《けつこう》な|身魂《みたま》であるから、|此《この》|身魂《みたま》に|水《みづ》|一杯《いつぱい》でも、|茶《ちや》|一滴《ひとしづく》でも|供養《くやう》した|者《もの》は、|大神様《おほかみさま》のお|喜《よろこ》びによつて、|家《いへ》は|代々《だいだい》|富貴《ふうき》|繁昌《はんじやう》、|子孫《しそん》|長久《ちやうきう》、|五穀《ごこく》|豊饒《ほうぜう》、|病気《びやうき》|平癒《へいゆ》、|千客万来《せんきやくばんらい》の|瑞祥《ずゐしやう》が|出《で》て|参《まゐ》ります。|皆《みな》さま、|結構《けつこう》な|御用《ごよう》をさして|貰《もら》ひなさつた。サア、|是《これ》から、|三五教《あななひけう》の|神様《かみさま》に|御礼《おれい》をなさい。|私《わたし》も|一緒《いつしよ》に|御礼《おれい》をしてあげます』
甲『|何《なん》と|妙《めう》な|事《こと》を|言《い》ふ|婆《ばば》アぢやのう。|人《ひと》に|世話《せわ》になつておいて、|反対《あべこべ》にお|礼《れい》をせい、|御礼《おれい》をして|上《あ》げるのと、|訳《わけ》が|分《わか》らぬぢやないか。|大方《おほかた》これはキ|印《じるし》かも|知《し》れぬぞ。うつかり|相手《あひて》にならうものなら|大変《たいへん》だ。イヽ|加減《かげん》にして|行《ゆ》かうぢやないか』
|高姫《たかひめ》『コレコレ|若《わか》い|衆《しう》、キ|印《じるし》ですよ。|三千世界《さんぜんせかい》の|大狂者《おほきちがひ》の|大化物《おほばけもの》の|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》の|生神様《いきがみさま》ぢや』
乙『それ|程《ほど》エライ|生神《いきがみ》さまが、|何《なん》で|又《また》|道《みち》に|倒《たふ》れて|怪我《けが》をなさるのだらう。|此《この》|点《てん》が|一寸《ちよつと》|合点《がつてん》が|行《ゆ》かぬぢやないか』
|高姫《たかひめ》『そこが|神様《かみさま》の|御仕組《おしぐみ》だ。|縁《えん》なき|衆生《しうじやう》は|度《ど》し|難《がた》しと|云《い》ふ|事《こと》がある。|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》が、|一寸《ちよつと》|此《この》|肉体《にくたい》を|道《みち》に|倒《たふ》してみせて、ワザとお|前等《まへら》に|世話《せわ》をさせて、|手柄《てがら》をさして、|因縁《いんねん》の|綱《つな》を|掛《か》け、|結構《けつこう》にして|助《たす》けてやらうと|遊《あそ》ばすのだ。|分《わか》りましたかなア』
乙『|根《こ》つから|分《わか》りませぬワイ。……オイ|皆《みな》の|連中《れんぢう》、|早《はや》く|玉《たま》を|御供《おそな》へに|往《ゆ》かうぢやないか。|結構《けつこう》の|玉《たま》を|供《そな》へたら、|結構《けつこう》にしてやらうと|云《い》ふ|神《かみ》があるから、|早《はや》く|何々《なになに》|迄《まで》|急《いそ》がうぢやないか』
丙『|随分《ずゐぶん》|沢山《たくさん》にお|参《まゐ》りだから、ヤツと|玉《たま》も|種々《いろいろ》と|集《よ》つて|居《ゐ》るだらうなア』
乙『ソリヤお|前《まへ》、|一遍《いつぺん》|俺《おれ》も|参《まゐ》つて|来《き》たが、それはそれは|立派《りつぱ》な|玉《たま》が|山《やま》の|如《ごと》くに|神《かみ》さまの|前《まへ》に|積《つ》んであつたよ。|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》に|黄金《こがね》の|玉《たま》、|竜宮《りうぐう》の|麻邇宝珠《まにほつしゆ》の|玉《たま》とか|云《い》つて、|紫《むらさき》、|青《あを》、|白《しろ》、|赤《あか》、|黄《き》、|立派《りつぱ》な|玉《たま》が|目醒《めざま》しい|程《ほど》|供《そな》へてあつたよ』
|高姫《たかひめ》『コレコレお|前《まへ》、|其《その》|玉《たま》はどこに|供《そな》へてあるのだ。|一寸《ちよつと》|云《い》つて|下《くだ》さらぬか』
乙『|其《その》|玉《たま》の|所在《ありか》ですかいな。ソリヤ|一寸《ちよつと》|何々《なになに》して|貰《もら》はぬと、|何々《なになに》に|何々《なになに》が|納《をさ》まつて|居《ゐ》ると|云《い》ふ|事《こと》は|云《い》はれませぬなア』
|高姫《たかひめ》『そんならお|金《かね》を|上《あ》げるから|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さい』
乙『|私《わたし》も|実《じつ》は|貧乏《びんばふ》で|困《こま》つてをるのだ。|金儲《かねまう》けになる|事《こと》なら|云《い》つてあげようかな。ここに|五人《ごにん》も|居《を》るけれど、|玉《たま》の|場所《ばしよ》を|知《し》つた|者《もの》は|俺《おれ》|丈《だけ》だから|儲《まう》け|放題《はうだい》だ。|一口《ひとくち》にナンボ|金《かね》を|出《だ》しますか』
|高姫《たかひめ》『|一口《ひとくち》に|一両《いちりやう》づつ|上《あ》げよう。|成《な》る|可《べ》く|二口《ふたくち》|位《くらゐ》に|詳《くは》しう|云《い》つて|下《くだ》さいや』
乙『|中々《なかなか》|一口《ひとくち》や|二口《ふたくち》には|云《い》ひませぬで、|一口《ひとくち》|云《い》うたら|一両《いちりやう》づつ|引替《ひきかへ》に|致《いた》しませう。それも|先銭《さきせん》ですよ』
|高姫《たかひめ》『サア|一両《いちりやう》』
と|突《つ》き|出《だ》す。
乙『ア……』
|高姫《たかひめ》『|後《あと》を|言《い》はぬかいな』
乙『モウ|一両《いちりやう》だけ、|一口《ひとくち》がとこ|云《い》つたぢやないか。モ|一両《いちりやう》|下《くだ》さい。|其《その》|次《つぎ》を|云《い》うて|上《あ》げよう』
|高姫《たかひめ》『あゝ|仕方《しかた》がない、……それ|一両《いちりやう》』
と|又《また》|突《つ》き|出《だ》す。
乙『リ……』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|又《また》|一両《いちりやう》を|呉《く》れと|手《て》を|突《つ》き|出《だ》す。
|高姫《たかひめ》『|何《なん》と|高《たか》い|案内料《あんないれう》ぢやなア。モチト|長《なが》く|言《い》うてお|呉《く》れぬかいな』
乙『|元《もと》からの|約束《やくそく》だ、ア……と|云《い》へば|一口《ひとくち》かかる。リ……といへば|又《また》|一口《ひとくち》ぢやないか』
|高姫《たかひめ》『エヽ|慾《よく》な|男《をとこ》ぢや。……それ|一両《いちりやう》、|今度《こんど》はチト|長《なが》く|言《い》うて|呉《く》れ』
|乙《おつ》は|又《また》|一両《いちりやう》|懐《ふところ》にねぢ|込《こ》み、
乙『|今度《こんど》は|長《なが》く|言《い》ひますよ。……ナーー……』
かう|云《い》ふ|調子《てうし》に『アリナの|滝《たき》の|水上《みなかみ》、|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|前《まへ》に|沢山《たくさん》の|宝玉《ほうぎよく》が|供《そな》へてある』と|云《い》ふ|事《こと》を|教《をし》へられ、|高姫《たかひめ》は|勢《いきほひ》|込《こ》んでテルの|国《くに》のアリナの|滝《たき》を|指《さ》して、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|駆《か》けり|行《ゆ》く。
|道傍《みちばた》の|木蔭《こかげ》に|休《やす》んで|居《ゐ》た|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》は、|高姫《たかひめ》の|血相《けつさう》|変《か》へて|行《ゆ》く|姿《すがた》を|眺《なが》め、
『オイオイ|高姫《たかひめ》さま、|一寸《ちよつと》|待《ま》つて|下《くだ》さいなア』
と|呼《よ》びかけた。|高姫《たかひめ》は|後《あと》を|一寸《ちよつと》|振向《ふりむ》き、|上下《うへした》の|歯《は》を|密着《みつちやく》させ、ニユツと|口《くち》から|現《あら》はし、|頤《あご》を|二三遍《にさんぺん》しやくつて、
|高姫《たかひめ》『イヽヽ、|大《おほ》きに|憚《はばか》りさま。|玉《たま》の|所在《ありか》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》さまから|知《し》らして|貰《もら》ひました。|必《かなら》ず|従《つ》いて|来《き》て|下《くだ》さるなや』
と|一生懸命《いつしやうけんめい》に|走《はし》り|行《ゆ》く。|常彦《つねひこ》は、
|常彦《つねひこ》『|本当《ほんたう》に|玉《たま》が|此《この》|国《くに》に|隠《かく》してあるのかな。こりや|一《ひと》つ|高姫《たかひめ》さまの|後《あと》から|従《つ》いて|行《い》つて、|白玉《しろたま》でも|黄玉《きだま》でも、|一《ひと》つ|拾《ひろ》はぬと、はるばる|出《で》て|来《き》た|甲斐《かひ》がないワ。……オイ|春彦《はるひこ》、|急《いそ》げ』
と|尻《しり》ひつからげ|大股《おほまた》にドンドン、|髪《かみ》|振《ふ》り|乱《みだ》し|砂煙《すなけぶり》を|立《た》て|乍《なが》ら、|高姫《たかひめ》の|通《とほ》つた|後《あと》を|一目散《いちもくさん》に|走《はし》り|行《ゆ》く。
(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
第七章 |牛童丸《うしどうまる》〔八二九〕
|高姫《たかひめ》は|長途《ちやうと》の|旅《たび》を|思《おも》ひ|切《き》つて|駆《か》け|出《だ》し、|喉《のど》は|渇《かは》き、|身体《からだ》は|疲《つか》れ、|止《や》むを|得《え》ず、|路傍《ろばう》の|樹蔭《こかげ》に|身《み》を|横《よこ》たへ、|細谷川《ほそたにがは》に|喉《のど》をうるほし、|蔓苺《つるいちご》を【むし】つて|食《く》ひ、|一夜《いちや》をここに|明《あか》さむと、|小声《こごゑ》になつて、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》しゐたり。
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》の|二人《ふたり》は|十丁《じつちやう》|計《ばか》り|遅《おく》れた|儘《まま》、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|身体《からだ》をはすかひに、|余《あま》り|広《ひろ》からぬテルの|街道《かいだう》を|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|走《はし》つて|行《ゆ》く。|里《さと》の|童《わらべ》が|夕暮《ゆふぐれ》に|牛《うし》を|川《かは》に|入《い》れ、|其《その》|背《せ》に|跨《またが》つて、|横笛《よこぶえ》を|吹《ふ》き|乍《なが》ら|帰《かへ》つて|行《ゆ》く。|常彦《つねひこ》は|一生懸命《いつしやうけんめい》に|吾前《わがまへ》に|牛《うし》の|居《ゐ》ることも|気《き》がつかず、ドスンと|牛《うし》の|尻《しり》に|頭突《づづき》を|持《も》つて|行《い》つた。|牛《うし》は|驚《おどろ》いて|飛《と》び|上《あが》り、|背《せ》に|乗《の》つてゐた|童《わらべ》は|忽《たちま》ち|地上《ちじやう》に|顛落《てんらく》し、ムクムク|起上《おきあが》り、|牛《うし》の|綱《つな》をグツと|握《と》り|乍《なが》ら、
|童児《どうじ》『オイ、どこの|奴《やつ》か|知《し》らぬが|気《き》をつけぬかい。|貴様《きさま》の|目玉《めだま》は|節穴《ふしあな》か』
と、|小《ちい》さき|童《わらべ》に|似《に》ず|大胆《だいたん》にも|大《だい》の|男《をとこ》に|向《むか》つて|呶鳴《どな》りつけたる。
|常彦《つねひこ》『これはこれは|誠《まこと》に|日《ひ》の|暮《くれ》の|事《こと》と|云《い》ひ、チツと|気《き》が|急《せ》きましたので、|牛《うし》の|尻餅《しりもち》を|突《つ》きました。どうぞ|御勘弁《ごかんべん》|下《くだ》さりませ』
|童児《どうじ》『コリヤ|謝《あやま》つて|事《こと》が|済《す》むと|思《おも》ふか。|人《ひと》を|牛々《ぎうぎう》|云《い》ふ|様《やう》な|目《め》に|合《あ》はしやがつて、|只《ただ》|一言《ひとこと》の|断《ことわ》り|位《くらゐ》で|此《この》|場《ば》を|逃《にげ》ようとしても、|牛《もう》|叶《かな》はぬぞ。オイ、そこに|一寸《ちよつと》|平太《へた》れ!』
|常彦《つねひこ》『ハイ、そんなら|平太《へた》りますワ。どうぞこれで|勘忍《かんにん》して|下《くだ》さい』
|童児《どうじ》『お|前《まへ》|計《ばか》りでは|可《い》かぬ。モ|一人《ひとり》の|蜥蜴《とかげ》のような|顔《かほ》した|奴《やつ》、そいつも|坐《すわ》れ!』
|春彦《はるひこ》『なんとマア、|小《ち》つぽけなザマして、|大人《おとな》に|向《むか》ひ|御託《ごうたく》をほざく|奴《やつ》だなア。|俺《おれ》は|別《べつ》に|突当《つきあた》つたのぢやない。|俺迄《おれまで》が|謝《あやま》つてたまるかい』
|童児《どうじ》『お|前《まへ》も|同類《どうるゐ》だ。グヅグヅ|云《い》ふと|牛《うし》にケシをかけ|突殺《つきころ》してやろか。|俺《おれ》は|身体《からだ》は|小《ち》つこうても、|俺《おれ》の|家来《けらい》の|牛《うし》は|大分《だいぶ》に|大《おほ》きいぞ』
|常彦《つねひこ》『【モ】|牛《うし》【モ】|牛《うし》、|童児《どうじ》さま、モウいゝ|加減《かげん》に|了見《れうけん》して|下《くだ》さいなア』
|童児《どうじ》『|俺《おれ》の|正体《しやうたい》を|誰《たれ》ぢやと|思《おも》うてるか。それを|当《あて》たら|許《ゆる》してやらう』
|常彦《つねひこ》『ハイ、|確《たし》かにお|前《まへ》は|牛童丸《うしどうまる》さまぢや|御座《ござ》いませぬか。|高砂島《たかさごじま》には、えてしては、|牛童丸《うしどうまる》と|云《い》ふ|神《かみ》さまが|現《あらは》れて、|牛《うし》に|乗《の》つて|横笛《よこぶえ》を|吹《ふ》いてゐられると|云《い》ふことを|聞《き》きました』
|童児《どうじ》『|牛童丸《うしどうまる》は|何神《なにがみ》の|化神《けしん》か、|知《し》つて|居《ゐ》るだらうなア』
|常彦《つねひこ》『ハイ、|知《し》つて|居《を》ります。|御年村《みとせむら》の|百姓《ひやくしやう》、|自称《じしよう》|艮《うしとら》の|金神《こんじん》さま……とは|違《ちが》ひますか』
|童児《どうじ》『|私《わたし》は|百姓《ひやくしやう》の|神《かみ》だ。|大歳《おほとし》の|神《かみ》の|化身《けしん》だよ』
|春彦《はるひこ》『ハアそれで|常彦《つねひこ》があなたの|牛《うし》にぶつかり、|背中《せなか》から|童児《どうじ》を|大歳《おほとし》の|神《かみ》さまですか、アハヽヽヽ。|但《ただし》は|小《ち》つこいザマして、|大《おほ》きな|人間《にんげん》をオウドシの|神《かみ》さまだらう』
|童児《どうじ》『お|前《まへ》は|春彦《はるひこ》と|云《い》ふ|男《をとこ》だなア、|一寸《ちよつと》ここへ|来《こ》い。お|前《まへ》にやりたい|物《もの》がある』
|春彦《はるひこ》『ハイ|有難《ありがた》う。|出《だ》すことなら、|舌《した》を|出《だ》すのも、|手《て》を|出《だ》すのも|嫌《いや》だが、|貰《もら》ふ|事《こと》なら、|犬《いぬ》の|葬斂《さうれん》でも、|牛《うし》の|骨《ほね》でも|頂《いただ》きます』
と|子供《こども》だと|思《おも》ひ、からかひ|半分《はんぶん》に|童児《どうじ》の|前《まへ》にすり|寄《よ》つた。|童児《どうじ》は|横笛《よこぶえ》を|逆手《さかて》に|持《も》ち、|春彦《はるひこ》の|横面《よこづら》を|目蒐《めが》けて、|牛《うし》の|背中《せなか》から、
|牛童《うしどう》『|大歳《おほとし》の|神《かみ》が|横笛《よこぶえ》を|以《もつ》て、お|前《まへ》の|横面《よこづら》を|力一杯《ちからいつぱい》|春彦《はるひこ》だよ』
と|首《くび》がいがむ|程《ほど》|叩《たた》きつけ、
|牛童《うしどう》『モ|一《ひと》つやらうか』
と|平然《へいぜん》として|笑《わら》つて|居《ゐ》る。
|春彦《はるひこ》『モウモウ|沢山《たくさん》で|御座《ござ》います。|随分《ずゐぶん》お|前《まへ》さまは|小《ちひ》さい|癖《くせ》に、エライ|力《ちから》だな。これ|丈《だけ》の|腕《うで》があれば、|大《だい》の|男《をとこ》を|捉《とら》まへて|嘲弄《てうろう》するのも|無理《むり》はないワイ。それだから|神《かみ》さまが|何程《なにほど》|小《ちい》さい|者《もの》でも|侮《あなど》ることはならぬ、どんな|結構《けつこう》な|方《かた》が|化《ば》けて|御座《ござ》るか|知《し》れぬぞよ……と|仰有《おつしや》つたのだ。……オイ|常彦《つねひこ》、モウいゝ|加減《かげん》にこらへて|貰《もら》つて、|行《ゆ》かうぢやないか』
|常彦《つねひこ》『さうだな。……【モ】|牛《うし》【モ】|牛《うし》|牛童丸様《うしどうまるさま》、そんならこれでお|別《わか》れ|致《いた》します』
|牛童《うしどう》『|待《ま》て|待《ま》て、お|前達《まへたち》|両人《りやうにん》にモ|一《ひと》つ|大《おほ》きな|物《もの》をやりたいのだ』
|春彦《はるひこ》『イヤもう|結構《けつこう》で|御座《ござ》います。モウあれで|沢山《たくさん》で|御座《ござ》います。|此《この》|上《うへ》|頂《いただ》きますと、|笠《かさ》の|台《だい》が|飛《と》んで|了《しま》ひます』
|牛童《うしどう》『イヤ|心配《しんぱい》するな。|此《この》|牛《うし》をお|前《まへ》にやるから、アリナの|滝《たき》|迄《まで》|乗《の》つて|行《ゆ》け。|大変《たいへん》に|足《あし》も|草疲《くたび》れてゐる|様《やう》だから……。そして|高姫《たかひめ》はこれから|十丁《じつちやう》|計《ばか》り|南《みなみ》へ|行《ゆ》くと、|小川《をがは》がある。|其《その》|小川《をがは》を|左《ひだり》にとつて|十間《じつけん》|計《ばか》りのぼると、そこに|高姫《たかひめ》が|休《やす》んで|居《ゐ》るから、|此《この》|牛《うし》に|乗《の》つて、|川《かは》をバサバサと|上《のぼ》つて|行《ゆ》け。|左様《さやう》なら……』
と|云《い》ふかと|見《み》れば、|最早《もはや》|童児《どうじ》の|姿《すがた》は|見《み》えなくなり|居《ゐ》たり。
|常彦《つねひこ》『オイ|春彦《はるひこ》、どうだ。|俺《おれ》が|突当《つきあた》つた|計《ばか》りで、こんな|結構《けつこう》な|乗物《のりもの》を|頂戴《ちやうだい》したぢやないか。サア|是《こ》れから|二人共《ふたりとも》|此《この》|牛《うし》の|背中《せなか》に|跨《またが》つて|往《ゆ》かうぢやないか』
|春彦《はるひこ》『お|前《まへ》は|結構《けつこう》だが、|俺《おれ》は|横笛《よこぶえ》でなぐられ、|痛《いた》くて|仕方《しかた》がないワ』
|常彦《つねひこ》『ナニ、|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|鞭《むち》だよ。|牛童丸《うしどうまる》|様《さま》になぐられたのだから、|余程《よほど》|貴様《きさま》も|光栄《くわうゑい》だ。これが|高姫《たかひめ》にでも|撲《なぐ》られたのだつたら、それこそ|腹《はら》が|立《た》つてたまらぬけれど、|何《なに》しろ|神様《かみさま》が、|春彦《はるひこ》モウ|別《わか》れるのか、【おなぐ】り|惜《を》しいと|云《い》つて、お|撲《なぐ》り|遊《あそ》ばしたのだよ。サア|早《はや》く|乗《の》らう。|牛《うし》と|見《み》し|世《よ》ぞ|今《いま》は|恋《こひ》しき……と|云《い》つて、|今《いま》が|一番《いちばん》|結構《けつこう》かも|知《し》れぬぞ。|据膳《すえぜん》|食《く》はぬは|男《をとこ》の|中《うち》ぢやない。サア|早《はや》く|乗《の》つたり|乗《の》つたり』
|春彦《はるひこ》『コシカ|峠《たうげ》の|弥次《やじ》、|与太《よた》の|夢《ゆめ》の|様《やう》に|又《また》|牛《うし》に|乗《の》つて、|牛《うし》の|奴《やつ》から|小言《こごと》をきかされるやうな|事《こと》はあろまいかな』
|常彦《つねひこ》『|心配《しんぱい》するな』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、ヒラリと|背《せな》に|跨《またが》つた。|春彦《はるひこ》は|牛《うし》の|綱《つな》を|引《ひ》き|乍《なが》ら、|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|進《すす》み、|遂《つひ》に|童児《どうじ》の|教《をし》へた|細谷川《ほそたにがは》を|左《ひだり》に|取《と》り、|川《かは》を|溯《さかのぼ》りて、|高姫《たかひめ》の|休《やす》んでゐる|二三間《にさんげん》|側《そば》まで|進《すす》み、『オウオウ』……と|牛《うし》を|制《せい》し、ヒラリと|飛《と》び|下《お》り、
|春彦《はるひこ》『モシモシ|牛《もう》さま、エライ|御苦労《ごくらう》で|御座《ござ》いました。【モウ】どうぞお|帰《かへ》り|下《くだ》さいませ』
|牛《うし》『ウン ウン ウン ウウー』
と|山《やま》もはぢける|様《やう》な|声《こゑ》を|出《だ》して|唸《うな》り|立《た》てる。|高姫《たかひめ》はウツラウツラ|夢路《ゆめぢ》を|辿《たど》つてゐたが、|此《この》|声《こゑ》に|驚《おどろ》いて|目《め》を|覚《さ》まし、|巨大《きよだい》の|牛《うし》の|両側《りやうがは》に|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|二人《ふたり》の|立《た》つてゐるを|見《み》て、
|高姫《たかひめ》『お|前《まへ》は|常《つね》、|春《はる》の|二人《ふたり》ぢやないか。|何《なん》だ、そんな|大《おほ》きな|物《もの》を|引《ひ》つぱつて|来《き》て……|又《また》|道中《だうちう》で|百姓《ひやくしやう》の|宝《たから》を|何々《なになに》して|来《き》たのだらう。どこ|迄《まで》も|泥棒《どろぼう》|根性《こんじやう》は|直《なほ》らぬと|見《み》えるワイ。さうぢやから|此《この》|高姫《たかひめ》がお|前《まへ》の|様《やう》な|者《もの》を|連《つ》れて|歩《あゆ》くと、|神徳《しんとく》がおちると|云《い》うたのだよ。エヽ|汚《けが》らはしい、トツトと|帰《かへ》つて|呉《く》れ。ツユー ツユー ツユー』
と|唾《つばき》を|吐《は》き|出《だ》して、|二人《ふたり》にかける|真似《まね》をする。
|常彦《つねひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|心機一転《しんきいつてん》もそこまで|行《ゆ》けば、|徹底《てつてい》したものですなア。モウ|私《わたし》はお|前《まへ》さまになんにも|言《い》ひませぬ。|玉《たま》の|所在《ありか》もお|前《まへ》さまの|心《こころ》を|見抜《みぬ》いた|上《うへ》で|知《し》らしてあげたいと|思《おも》つてゐたが、さう|猫《ねこ》の|目《め》のやうにクレクレクレと|変《かは》るお|方《かた》は|険呑《けんのん》だから、これきり|秘密《ひみつ》は|云《い》ひませぬから、|其《そ》の|積《つも》りでゐて|下《くだ》さい』
|高姫《たかひめ》『オイ|常《つね》、ソラ|何《なに》を|言《い》ふのだい。|大《だい》それた|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》に|向《むか》つて、|言《い》うてやるの、|言《い》うてやらぬのもあるものか。|妾《わし》が|知《し》らぬやうな|顔《かほ》して|気《き》を|引《ひ》いて|見《み》れば、エラソウに|恩《おん》に|着《き》せて、|序文《じよぶん》や|総論《そうろん》|計《ばか》りを|並《なら》べ、|肝腎《かんじん》の|中味《なかみ》は|水《みづ》の|中《なか》で|屁《へ》を|放《こ》いたやうな|掴《つか》まへ|所《どころ》のないことを|云《い》ふのだらう。|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》から、|玉《たま》の|所在《ありか》はチヤンと|聞《き》いたのだ。モウお|前《まへ》さまに|用《よう》はない、|一生《いつしやう》|頼《たの》みませぬ。トツトと|妾《わし》の|目《め》にかからぬ|所《ところ》へ|往《い》つてお|呉《く》れ』
|常彦《つねひこ》『|高姫《たかひめ》さま、さう|啖呵《たんか》を|切《き》るものぢやありませぬよ。|腐《くさ》り|繩《なは》にも|亦《また》|取得《とりえ》と|云《い》つて、|私《わたし》にでも|頼《たの》まねばならぬことが、たつた|今《いま》|出《で》て|来《き》ますから、|余《あま》りエラソウなことは|云《い》はぬが|宜《よろ》しからうぜ』
|高姫《たかひめ》『エヽうるさい』
|常彦《つねひこ》『そんなら、|此《この》|牛《うし》に|乗《の》つて、|一口《ひとくち》|一両《いちりやう》の、ア、リ、ナーへお|先《さき》へ|失礼《しつれい》|致《いた》しますワ。|私《わたし》は|途中《とちう》で|牛童丸《うしどうまる》さまに|一伍一什《いちぶしじふ》|教《をし》へられ、お|前《まへ》さまのここに|居《ゐ》ることも、チヤンと|知《し》らして|貰《もら》ひ、|結構《けつこう》な|四足《よつあし》の|乗物《のりもの》まで|頂戴《ちやうだい》して|来《き》たのだから、|一寸《ちよつと》も|草疲《くたび》れはせぬ。モウ|十日《とをか》|計《ばか》りアリナーまでかかるけれど、これで|乗《の》つて|行《ゆ》けば|三日《みつか》|計《ばか》りで|行《い》ける。……ぢやお|先《さき》へ、|高姫《たかひめ》さま……アバヨ』
|又《また》もや|牛《うし》に|跨《また》がらうとする。|高姫《たかひめ》はコリヤ|大変《たいへん》と、|慌《あわただ》しく|起上《おきあが》り、|常彦《つねひこ》の|腰《こし》をグツと|引掴《ひつつか》み、
|高姫《たかひめ》『|待《ま》つたり|待《ま》つたり|常彦《つねひこ》、|妾《わし》が|悪《わる》かつた。さう|腹《はら》を|立《た》てて|下《くだ》さるな。|一寸《ちよつと》お|前《まへ》が|如何《どう》|云《い》ふか|知《し》らぬと|思《おも》つて|気《き》を|曳《ひ》いて|見《み》たのだよ』
|常彦《つねひこ》『|又《また》|何時《いつ》もの|筆法《ひつぱふ》ですかな。|其《その》|手《て》は|食《く》ひませぬワ。……サア|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》も|乗《の》つて|呉《く》れ。……|高姫《たかひめ》さま、お|先《さき》へ、|如意宝珠《によいほつしゆ》、|其《その》|他《た》の|御神宝《ごしんぱう》を|頂《いただ》いて|帰《かへ》ります。アリヨース』
|高姫《たかひめ》『コレ|常公《つねこう》、|春公《はるこう》、|待《ま》てと|言《い》つたら、|待《ま》ちなさつたら|如何《どう》ぢや、さう|高姫《たかひめ》を|嫌《きら》つたものぢやないぜ』
と|円《まる》い|目《め》をワザと|細《ほそ》うし、おチヨボ|口《ぐち》を|作《つく》つて|機嫌《きげん》をとる。|月夜《つきよ》でスツカリは|分《わか》らねど、|言葉《ことば》の|云《い》ひ|方《かた》から、スタイルでそれと|肯《うなづ》かれた。
|高姫《たかひめ》『モウ|牛《うし》は|帰《かへ》つて|貰《もら》つたら|如何《いかが》です。|却《かへつ》て|修業《しうげう》にならぬかも|知《し》れませぬで』
|常彦《つねひこ》『アヽさうだなア。そんなら|牛《もう》さま、【モウ】|帰《かへ》つて|下《くだ》さい』
|牛《うし》は|常彦《つねひこ》の|一言《いちごん》に|泡《あわ》の|如《ごと》く|其《その》|場《ば》に|消《き》え|失《う》せけり。|高姫《たかひめ》は|之《こ》れを|見《み》て、|稍《やや》|安心《あんしん》の|胸《むね》を|撫《な》で|下《おろ》し、ソロソロ|又《また》|強《つよ》いことを|言《い》ひかけた。
|高姫《たかひめ》『|何程《なにほど》お|前《まへ》の|足《あし》が|達者《たつしや》でも、|私《わし》には|従《つ》いて|来《こ》られますまい。それだから|慢心《まんしん》はなさるなと|始終《しじう》|教訓《けうくん》してゐるのだよ』
|常彦《つねひこ》『|又《また》|高姫《たかひめ》さまは|弱味《よわみ》をつけ|込《こ》んで、そんなことを|仰有《おつしや》る。アヽこんな|事《こと》なら、|牛《うし》に|帰《かへ》つて|貰《もら》ふのぢやなかつたに。……モシモシ|牛《もう》さま、モ|一遍《いつぺん》こちらへ|帰《かへ》りて|下《くだ》さい。そして|牛童丸《うしどうまる》の|仰有《おつしや》つた|様《やう》に、アリナの|滝《たき》|迄《まで》|連《つ》れて|行《い》つて|下《くだ》さいな』
と|当途《あてど》もなく|叫《さけ》んだ。|呼《よ》べど|叫《さけ》べど|梨《なし》の|礫《つぶて》の|何《なに》の|音沙汰《おとさた》もない。
|常彦《つねひこ》『アヽ|折角《せつかく》|牛《もう》さまに|助《たす》けて|貰《もら》うたと|思《おも》へば、|明日《あす》は|又《また》|砂《すな》つぽこりの|道《みち》を、|親譲《おやゆづ》りの|交通《かうつう》|機関《きくわん》に|油《あぶら》でもかけてテクらねばならぬかいな。……|牛《うし》と|見《み》し|世《よ》ぞ|今《いま》は|恋《こひ》しき……と|云《い》ふ|歌《うた》の|心《こころ》が、|今《いま》は|事実《じじつ》となつて|来《き》たワイ』
|高姫《たかひめ》『オツホヽヽヽ、そら|御覧《ごらん》、|驕《おご》る|平家《へいけ》は|久《ひさ》しからず、……と|云《い》つて、|何時迄《いつまで》も|柳《やなぎ》の|下《した》に|鰌《どぢやう》は|居《を》りませぬぞや。お|前《まへ》のやうな|人《ひと》を|連《つ》れてゆくのは|手足《てあし》|纏《まと》ひだが|仕方《しかた》がない。そんならドツと|張込《はりこ》んで、お|供《とも》を|許《ゆる》してあげよう。サアゆつくりと|此処《ここ》で|休《やす》みなさい』
|春彦《はるひこ》『そんな|事《こと》を|言《い》つて、|俺達《おれたち》がグウグウ|休《やす》んでる|間《あひだ》に、ソツと|高姫《たかひめ》さまが|抜《ぬ》け|出《だ》し、|先《さき》へ|行《い》つて、|玉《たま》をスツカリ|取《と》つてしまはつしやるのだなからうかな』
|常彦《つねひこ》『ウン、まさか、そんなこともなさるまいかい。|兎《と》も|角《かく》|私《わし》の|聞《き》いて|居《ゐ》るのは|又《また》|外《ほか》にあるのぢやから、さう|心配《しんぱい》したものぢやないワイ』
|高姫《たかひめ》『お|前達《まへたち》はそれだから|可《い》かぬと|云《い》ふのぢや。|心《こころ》を|疑《うたが》ふといふ|事《こと》は|神界《しんかい》で|大変《たいへん》な|罪《つみ》ですよ。|疑《うたがひ》を|晴《は》らして、|綺麗《きれい》さつぱりと|改心《かいしん》なされ、|改心《かいしん》が|出来《でき》ねば|御供《おとも》は|許《ゆる》しませぬぞや』
|常彦《つねひこ》『ハイ|改心《かいしん》|致《いた》します』
|高姫《たかひめ》『|春彦《はるひこ》もさうだらうな』
|春彦《はるひこ》『|尤《もつと》も|左様《さやう》で|御座《ござ》います』
|斯《か》く|話《はなし》す|所《ところ》へ|大杉《おほすぎ》の|枝《えだ》の|梢《しん》から|何者《なにもの》とも|知《し》れず、
『|高姫々々《たかひめたかひめ》、|常彦《つねひこ》コツコ、|春《はる》ヒコツココ』
と|梟鳥《ふくろどり》のような|声《こゑ》でなき|出《だ》した。
|高姫《たかひめ》うす|気味《きみ》|悪《わる》くなり、スゴスゴと|座《ざ》を|立《た》ちて、|元《もと》|来《き》し|道《みち》へ|逃出《にげだ》した。|二人《ふたり》も|薄気味《うすきみ》|悪《わる》く|高姫《たかひめ》の|後《あと》に|従《したが》ひ、テルの|街道《かいだう》へ|出《で》て、|三人《さんにん》は|一生懸命《いつしやうけんめい》に|南《みなみ》へ|南《みなみ》へと|眠《ねむ》い|目《め》を|俄《にはか》にさまし、トボトボと|歩《あゆ》み|行《ゆ》く。
|草《くさ》を|褥《しとね》に|木株《きかぶ》を|枕《まくら》に|芭蕉《ばせう》の|葉《は》を【むし】つて|夜具《やぐ》に|代用《だいよう》し|乍《なが》ら、|七日《なぬか》|計《ばか》りを|経《へ》て|漸《やうや》く、|猿世彦《さるよひこ》の|奇蹟《きせき》を|残《のこ》した|蛸取村《たことりむら》の|海岸《かいがん》に|出《で》た。|此《この》|時《とき》|既《すで》に|日《ひ》は|西山《せいざん》に|没《ぼつ》し、|二日《ふつか》の|月《つき》は|西方《せいはう》の|波《なみ》の|上《うへ》|近《ちか》く|浮《う》いた|様《やう》に|見《み》えてゐる。|三人《さんにん》は|月《つき》に|向《むか》つて|合掌《がつしやう》し、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|天《あま》の|数歌《かずうた》をうたひ|乍《なが》ら、|夜中《やちう》をも|屈《くつ》せず、アリナの|滝《たき》を|目当《めあ》にトボトボと|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
(昭和一〇・六・七 王仁校正)
第八章 |高姫《たかひめ》|慴伏《せふふく》〔八三〇〕
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は|漸《やうや》くにしてアリナの|滝《たき》に|着《つ》いた。|四五人《しごにん》の|信者《しんじや》らしき|者《もの》|滝壺《たきつぼ》の|前《まへ》に|赤裸《まつぱだか》のまま|跪《ひざまづ》いて|何事《なにごと》か|一生懸命《いつしやうけんめい》に|祈願《きぐわん》してゐる。されど|轟々《ぐわうぐわう》たる|瀑布《ばくふ》の|音《おと》に|聞《き》き|取《と》ることは|出来《でき》なかつた。|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は|身《み》を|浄《きよ》め、それより、|瀑布《ばくふ》の|右側《みぎがは》を|攀登《よぢのぼ》り、|漸《やうや》くにして|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|着《つ》いたのは|恰度《ちやうど》|夜明《よあ》けであつた。|群鴉《むらからす》は|前後左右《ぜんごさいう》に|飛交《とびか》ひ、『カアカア』と|潔《いさぎよ》く|鳴《な》いてゐる。
|因《ちなみ》に|云《い》ふ、|朝《あさ》なく|烏《からす》は|最《もつと》も|冴《さ》えたる|声《こゑ》にて、『カアカア』と|鳴《な》く、|之《これ》を|鵲《かささぎ》と|云《い》ふ、|少《すこ》しく|普通《ふつう》の|烏《からす》よりは|矮小《わいせう》である。|夕《ゆふ》べに|鳴《な》くのを|之《これ》を|真《しん》の|烏《からす》と|云《い》ふ。|夕《ゆふ》べの|烏《からす》は|鵲《かささぎ》に|比《くら》べては|余程《よほど》|体格《たいかく》も|大《おほ》きく、どこともなしに|下品《げひん》な|所《ところ》があり、|鳴声《なきごゑ》は『ガアガア』と|濁《にご》つて|居《ゐ》る。|又《また》|百人一首《ひやくにんいつしゆ》の|歌《うた》に……|鵲《かささぎ》の|渡《わた》せる|橋《はし》におく|霜《しも》の|白《しろ》きを|見《み》れば|夜《よ》ぞ|更《ふ》けにける……とある|鵲《かささぎ》の|橋《はし》は|大極殿《たいきよくでん》の|階段《かいだん》を|指《さ》したものである。【カ】と|云《い》ふ|言霊《ことたま》は|輝《かがや》き|照《て》る|意《い》、ササギは|幸《さちは》ひと|云《い》ふ|意義《いぎ》である。|天津日継天皇《あまつひつぎてんのう》|様《さま》の|御昇降《ごしようかう》|遊《あそ》ばす、|行幸橋《みゆきはし》と|云《い》ふ|意味《いみ》である。|又《また》|帝陵《ていりよう》をみささぎと|云《い》ふのは、|水幸《みづさち》はふと|云《い》ふ|意味《いみ》であつて、|神霊《しんれい》の|脱出《だつしゆつ》し|給《たま》ひたる|肉体《にくたい》は|即《すなは》ち|水《みづ》である。それ|故《ゆゑ》、|崩御《ほうぎよ》して|行幸《みゆき》|遊《あそ》ばす|所《ところ》を|御陵《みささぎ》と|云《い》ふのである。|鵲《かささぎ》のカは|火《ひ》の|意義《いぎ》であり|御陵《みささぎ》のミは|水《みづ》の|意義《いぎ》である。|今《いま》|鳴《な》いた|烏《からす》は|即《すなは》ち|鵲《かささぎ》の|声《こゑ》であつた。
|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|傍《かたはら》には|狭依彦命《さよりひこのみこと》の|神霊《しんれい》が|新《あたら》しき|宮《みや》を|立《た》てて|斎《まつ》られてあつた。さうして、|岩窟《がんくつ》の|前方《ぜんぱう》|左側《さそく》の|方《はう》に|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|向《むか》つて、|竜国別《たつくにわけ》|等《ら》の|住《す》まつてゐた|庵《いほり》が|残《のこ》つてゐる。そこには|国《くに》、|玉《たま》の|両人《りやうにん》が|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|番《ばん》を|兼《か》ね、|狭依彦《さよりひこ》|神社《じんじや》の|奉仕《ほうし》にかかつて|居《ゐ》た。|諸方《しよはう》より|献上《けんじやう》したる|種々《いろいろ》の|玉石《たまいし》や|瑪瑙《めなう》などの|玉《たま》は|山《やま》の|如《ごと》くに|積《つ》み|重《かさ》ねられてある。|少《すこ》しく|上《うへ》の|方《はう》には|例《れい》の|懸橋《かけはし》の|御殿《ごてん》が|新造《しんざう》され、|木《き》の|香《にほひ》|香《かう》ばしく、あたりに|漂《さすら》ひゐたり。
|高姫《たかひめ》は|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|向《むか》ひ、|拍手《はくしゆ》し|乍《なが》ら、うづ|高《たか》くつまれたる|種々《しゆじゆ》の|玉《たま》に|早《はや》くも|目《め》をつけ、|如意宝珠《によいほつしゆ》、|麻邇《まに》の|宝玉《ほうぎよく》などはなきかと、|隼《はやぶさ》の|如《ごと》き|眼《まなこ》を|光《ひか》らせ|乍《なが》ら|眺《なが》め|入《い》つた。|鏡《かがみ》の|池《いけ》は|俄《にはか》に|永年《ながねん》の|沈黙《ちんもく》を|破《やぶ》つて、
『ブクブクブク、ウンウンウン』
と|唸《うな》り|出《だ》した。|国《くに》、|玉《たま》の|神司《かむづかさ》は|顔色《がんしよく》を|変《か》へて、|懸橋御殿《かけはしごてん》へ|国玉依別《くにたまよりわけ》の|神司《かむづかさ》の|前《まへ》に|報告《はうこく》の|為《ため》に|走《はし》つて|行《ゆ》く。|池《いけ》の|中《なか》より、
『アヽヽ、|綾《あや》の|聖地《せいち》をあとにして、|玉《たま》の|所在《ありか》を|尋《たづ》ねむと、|執着心《しふちやくしん》の|魔《ま》につかれ、ここまで|出《で》て|来《き》たうろたへ|宣伝使《せんでんし》。
イヽヽ、|意久地《いくぢ》なしの|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》を|力《ちから》と|致《いた》し、|海原《うなばら》を|渡《わた》り、|漸《やうや》うここまでやつて|来《き》た|意地悪《いぢわる》|同志《どうし》の|三人連《さんにんづれ》のイカサマ|宣伝使《せんでんし》。
ウヽヽ、うろたへ|騒《さわ》いで|南洋諸島《なんやうしよたう》はまだ|愚《おろか》、|高砂島《たかさごじま》まで、|小《ちい》さき|意地《いぢ》と|慾《よく》とに|絡《から》まれて、ド|迷《まよ》ひ|来《きた》る|高姫《たかひめ》のデモ|宣伝使《せんでんし》。
エヽヽ、|遠慮《ゑんりよ》|会釈《ゑしやく》もなく|人《ひと》の|門戸《もんこ》を|叩《たた》き、|沓島《くつじま》の|鍵《かぎ》を|盗《ぬす》み|出《だ》し、|如意宝珠《によいほつしゆ》の|玉《たま》を|呑《の》み|込《こ》み、ウラナイ|教《けう》を|立《た》てて|三五教《あななひけう》の|瑞《みづ》の|御霊《みたま》に|刃向《はむか》ひたる|没分暁漢《わからづや》の|宣伝使《せんでんし》。
オヽヽ、|大江山《おほえやま》の|山麓《さんろく》|魔窟ケ原《まくつがはら》に|土窟《どくつ》を|作《つく》り、|又《また》|庵《いほり》を|結《むす》び、|庵《いほり》の|火事《くわじ》を|起《おこ》してうろたへ|騒《さわ》いだ|肝《きも》の|小《ちい》さい、|口《くち》|許《ばか》り|立派《りつぱ》なデモ|宣伝使《せんでんし》。
カヽヽ、|烏《からす》の|鳴《な》かぬ|日《ひ》があつても、|玉《たま》に|執着心《しふちやくしん》の|離《はな》れた|日《ひ》のない|執念深《しふねんぶか》き、|高《たか》、|黒《くろ》、|二人《ふたり》の|宣伝使《せんでんし》。
キヽヽ、|鬼城山《きじやうざん》の|木常姫《こつねひめ》の|再来《さいらい》、|金毛九尾《きんまうきうび》の|悪狐《あくこ》に|憑依《ひようい》された|外面如菩薩《げめんによぼさつ》、|内心如夜叉《ないしんによやしや》のイカサマ|宣伝使《せんでんし》。
クヽヽ、|国依別《くによりわけ》の|偽《にせ》|天狗《てんぐ》に|誑《たぶら》かされ、|三人連《さんにんづれ》にて|竹生島《ちくぶしま》|迄《まで》|玉《たま》|捜《さが》しに|参《まゐ》り、よい|恥《はぢ》を|〓《さら》して、スゴスゴ|聖地《せいち》へ|帰《かへ》つて|来《き》た|高《たか》、|黒《くろ》、|宣伝使《せんでんし》。
ケヽヽ、|見当《けんたう》の|取《と》れぬ|仕組《しぐみ》ぢやと|申《まを》して、|行《ゆき》つまる|度《たび》に|逃《に》げを|張《は》るズルイ|宣伝使《せんでんし》。
コヽヽ、|小面《こづら》|憎《にく》い|程《ほど》|自我心《じがしん》の|強《つよ》い、|困《こま》り|者《もの》の|宣伝使《せんでんし》。|今日《こんにち》|限《かぎ》り|直日《なほひ》の|身魂《みたま》に|立帰《たちかへ》り、|我《が》を|折《を》らねば、|其《その》|方《はう》の|思惑《おもわく》は|何時《いつ》になつても|成就《じやうじゆ》|致《いた》さぬのみか、|万劫《まんがふ》|末代《まつだい》の|恥《はぢ》を|〓《さら》さねばならぬぞよ』
|高姫《たかひめ》『あゝゝ、|何《いづ》れの|水神《すゐじん》さまか|知《し》りませぬが、こう|見《み》えても|私《わたし》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》、|水神《すゐじん》さま|位《くらゐ》に|御意見《ごいけん》を|受《う》けるやうな|高姫《たかひめ》とは|一寸《ちよつと》|違《ちが》ひますワイ。
いゝゝ、|意見《いけん》がましい|事《こと》を|云《い》つて|威張《ゐば》らうと|思《おも》つても、いつかな いつかな|其《その》|様《やう》なイカサマ|宣示《せんじ》はいつになつても、|聞《き》きませぬぞや。
うゝゝ、うさんな|声《こゑ》を|出《だ》して、ウヨウヨと|水《みづ》の|中《なか》から|泡《あわ》を|吹《ふ》くよりも、|天晴《あつぱ》れと|正体《しやうたい》を|現《あら》はして|言《い》ひなされ。|日《ひ》の|出神《でのかみ》が|審神《さには》をして、|善《ぜん》か|悪《あく》かを|調《しら》べて|改心《かいしん》さして|上《あ》げませうぞや。
えゝゝ、|得体《えたい》の|知《し》れぬ|神《かみ》の|云《い》ふ|事《こと》は、|高姫《たかひめ》の|耳《みみ》には|這入《はい》りませぬぞや。
おゝゝ、|鬼《おに》でも|蛇《じや》でも|悪魔《あくま》でも、|誠一《まことひと》つの|生粋《きつすゐ》の|大和魂《やまとだましひ》で|改心《かいしん》させる|此《この》|高姫《たかひめ》で|厶《ござ》いますぞ。|余《あま》り|見違《みちがひ》をして|下《くだ》さるなや。
かゝゝ、かけ|構《かま》へのないことを、|傍《かたはら》から|干渉《かんせう》して|貰《もら》ふと|癇癪玉《かんしやくだま》が|破裂《はれつ》|致《いた》しますぞ。
きゝゝ、|鬼城山《きじやうざん》だの、|金毛九尾《きんまうきうび》だのと|何《なに》を|証拠《しようこ》に、そんな|悪口雑言《あくこうざふごん》を|仰有《おつしや》るのです。
くゝゝ、|苦労《くらう》なしのヤクザ|神《かみ》では|誠《まこと》のお|仕組《しぐみ》は|分《わか》りませぬぞや。
けゝゝ、|気《け》もない|間《うち》から|世界《せかい》の|事《こと》を|神《かみ》、|仏事《ぶつじ》、|人民《じんみん》に|説《と》いてきかす|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》の|生宮《いきみや》で|御座《ござ》いますぞ。|見当違《けんたうちが》ひをして|下《くだ》さるな。
こゝゝ、ここまで|言《い》うたら、お|前《まへ》も|曲津《まがつ》か|何《なに》か|知《し》らねど、チツとは|合点《がてん》がいつたでせう。|今後《こんご》はこんな|馬鹿《ばか》な|真似《まね》はなさらぬが|宜《よろ》しいぞや』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『サヽヽ、|逆理窟《さかりくつ》|計《ばか》りこねまはす、|探女《さぐめ》|醜女《しこめ》の|宣伝使《せんでんし》、サアサア|今日《けふ》よりサツパリと|了見《れうけん》を|直《なほ》し、|月照彦神《つきてるひこのかみ》の|命令《めいれい》を|奉《ほう》ずるか、さなくば|其《その》|方《はう》の|職名《しよくめい》を|剥奪《はくだつ》せうか』
|高姫《たかひめ》『さゝゝ、|何《なん》ぼなつと、|勝手《かつて》に|喋《しやべ》つておきなされ。|審神《さには》の|随一《ずゐいつ》と|聞《きこ》えたる|此《この》|高姫《たかひめ》、|指一本《ゆびいつぽん》さへる|者《もの》は、|神々《かみがみ》にも|人民《じんみん》にも|御座《ござ》いませぬぞえ』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『シヽヽ、|渋《しぶ》とい|執着心《しふちやくしん》のどこ|迄《まで》も|取《と》れぬ、|負《ま》けぬ|気《き》の|強《つよ》い|女《をんな》だのう。|何程《なにほど》|言《い》うても、|其《その》|方《はう》の|耳《みみ》は|死人《しにん》も|同様《どうやう》だ。|叱《しか》つても【たら】しても、どうにも|斯《か》うにも|仕様《しやう》のない|厄介者《やつかいもの》だ』
|高姫《たかひめ》『しゝゝ、|知《し》りませぬワイナ。お|前《まへ》こそ【しぶ】といぢやないか。これ|丈《だけ》|誠一筋《まことひとすぢ》の|神《かみ》の|生宮《いきみや》が|分《わか》らぬやうなことで、エラソウに|知《し》つた|顔《かほ》をなさるな。|百八十一《ひやくはちじふいち》|通《とほ》りの|神様《かみさま》の|階級《かいきふ》の|中《うち》でも、|第三番目《だいさんばんめ》の|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》で|御座《ござ》いますぞ。お|前《まへ》さまは|百八十《ひやくはちじふ》|段《だん》|以下《いか》の|神様《かみさま》だから、こんな|池《いけ》の|底《そこ》に|何時《いつ》までもひつ|込《こ》んで……ヘン|月照彦《つきてるひこ》なんて、|愛想《あいさう》が|尽《つ》きますワイ。|大方《おほかた》|運《うん》が【つきてる】|彦《ひこ》だろ。オホヽヽヽ』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『スヽヽ、すつたもんだと|理窟《りくつ》|計《ばか》りこねまはし、そこら|中《ぢう》を|飛《とび》まはり、|法螺《ほら》をふきまはし、|玉《たま》に|現《うつつ》を|抜《ぬ》かす、|玉抜《たまぬけ》|宣伝使《せんでんし》。チツと|胸《むね》に|手《て》を|当《あ》てて|考《かんが》へたらどうだ』
|高姫《たかひめ》『すゝゝ、|好《す》かんたらしい。いい|加減《かげん》に|水《みづ》の|中《なか》で|庇《へ》こいたやうな|事《こと》を|云《い》うておきなさい。こつちの|方《はう》から|愛想《あいさう》が|月照彦《つきてるひこ》だ。|何程《なにほど》|月《つき》がエロウても|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|日《ひ》に|叶《かな》ふまい。|日《ひ》は|表《おもて》、|月《つき》は|裏《うら》ぢやぞえ。そんな|事《こと》を|云《い》ふのなら、モツト|外《ほか》の|没分暁漢《わからずや》の|人民《じんみん》に|言《い》つたが|宜《よろ》しい。|酸《す》いも|甘《あま》いも|透《す》きとほつた|程《ほど》|知《し》りぬいた|高姫《たかひめ》に|向《むか》つて|言《い》ふのは、チツと|天地《てんち》が|逆《さか》さまになつて|居《を》る|様《やう》なものですよ』
|常彦《つねひこ》『コレコレ|高姫《たかひめ》さま、|余《あんま》りぢやありませぬか。|神様《かみさま》に|向《むか》つて|何《なん》と|云《い》ふ|御無礼《ごぶれい》な|事《こと》を|仰有《おつしや》るのです。チツと|心得《こころえ》なさい』
|高姫《たかひめ》『エーお|前《まへ》は|常《つね》か、こんな|所《ところ》へ|口嘴《くちばし》を|出《だ》すとこぢやない。すつ|込《こ》んで|居《ゐ》なさい』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『セヽヽ、|先生顔《せんせいがほ》を|致《いた》して、|何時《いつ》もエラソウに|申《まを》して|居《を》るが、|牛童丸《うしどうまる》の|牛《うし》に|乗《の》つて、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》がアリナの|滝《たき》へ|先《さき》へ|参《まゐ》ると|申《まを》した|時《とき》には、|随分《ずゐぶん》せつなかつたであらうのう。せんぐりせんぐり|屁理窟《へりくつ》を|並《なら》べて、ようマア|良心《りやうしん》に|恥《はづか》しいとは|思《おも》はぬか。|雪隠虫《せつちんむし》の|高上《たかあ》がり|奴《め》』
|高姫《たかひめ》『せゝゝ、|精出《せいだ》して、|何《なん》なつと|仰有《おつしや》れ。そんな|事《こと》|聞《き》いて|居《ゐ》る|様《やう》な|暇人《ひまじん》ぢや|御座《ござ》いませぬワイ。|三千世界《さんぜんせかい》の|立替《たてかへ》|立直《たてなほ》しの|御神業《ごしんげふ》に|対《たい》し、|千騎一騎《せんきいつき》の|此《この》|場合《ばあひ》、チツト|改心《かいしん》して、お|前《まへ》さまも|池《いけ》の|底《そこ》にカブリ|付《つ》いて|居《を》らずに、|私《わたし》の|尻《しり》へついて、|世界《せかい》の|為《ため》に|活動《くわつどう》なさつたらどうだ。|神《かみ》、|仏事《ぶつじ》、|人民《じんみん》、|餓鬼《がき》、|虫《むし》ケラまで|助《たす》ける|神《かみ》だぞえ』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『ソヽヽ、そんな|事《こと》は|其《その》|方《はう》に|聞《き》かいでも、よく|分《わか》つて|居《ゐ》る。どこ|迄《まで》も|改心《かいしん》を|致《いた》さねば|神《かみ》は|止《や》むを|得《え》ず、そぐり|立《た》ててツツボへ|落《おと》してやらうか』
|高姫《たかひめ》『そゝゝ、ソリヤ|何《なに》を|吐《ぬか》すのだ。うるささを|怺《こら》へて|相手《あひて》になつて|居《ゐ》れば、どこ|迄《まで》も|伸《の》し|上《あが》つて、|粗相《そさう》な|事《こと》を|申《まを》す|厄雑神《やくざがみ》、|大方《おほかた》|池《いけ》の|中《なか》に|居《を》る|神《かみ》だから、ドン|亀《かめ》か、スツポンがめ、ズ|蟹《かに》の|劫《がふ》|経《へ》た|奴《やつ》だろ。|其奴《そいつ》が|神《かみ》の|真似《まね》して、|昔《むかし》の|月照彦《つきてるひこ》さまの|芝居《しばゐ》をしてをるのだろ。グヅグヅ|申《まを》すと|此《この》|団子石《だんごいし》を|池《いけ》の|中《なか》へ|放《ほ》り|込《こ》んでやらうか』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『タヽヽ、|玉《たま》|盗《ぬす》みの|高姫《たかひめ》、|又《また》|玉《たま》を|隠《かく》されて、|玉《たま》|騒《さわ》ぎを|致《いた》す|魂抜《たまぬけ》|女《をんな》、|其《その》|方《はう》の|尋《たづ》ねる|玉《たま》は|自転倒島《おのころじま》の|中心地《ちうしんち》に|隠《かく》してあるぞえ。|其《その》|方《はう》が|改心《かいしん》さへ|致《いた》せば|麻邇《まに》の|玉《たま》の|所在《ありか》が|知《し》らして|貰《もら》へるのだが、まだ|中々《なかなか》|其《その》|方《はう》へ|教《をし》へてやる|所《ところ》へは|行《ゆ》かぬワイ。|早《はや》く|魂《たま》を|研《みが》いて|改心《かいしん》を|致《いた》せよ』
|高姫《たかひめ》『たゝゝ、|叩《たた》くな|叩《たた》くな|頬桁《ほほげた》を、|高天原《たかあまはら》の|神司《かむづかさ》、|誰《たれ》が|何《なん》と|云《い》つても、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》に|楯《たて》つかうと|思《おも》うても|駄目《だめ》だから、お|前《まへ》こそ|改心《かいしん》を|致《いた》し、|高姫《たかひめ》の|申《まを》す|事《こと》を|神妙《しんめう》に|聞《き》きなされ。|玉《たま》の|所在《ありか》は|自転倒島《おのころじま》の|中心《ちうしん》にあるなんて、……ヘン|知《し》らぬ|者《もの》の|半分《はんぶん》も|知《し》らぬ|癖《くせ》に、|何《なに》を|云《い》ふのだ。|此《こ》んな|池《いけ》の|中《なか》にすつ|込《こ》んでゐるスツポンのお|化《ばけ》に、そんな|事《こと》が|分《わか》つて|堪《たま》るものかい』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『チヽヽ、|血筋《ちすぢ》だ|系統《ひつぽう》だと|申《まを》して、それを|鼻《はな》にかけ、|威張《ゐば》りちらすものだから、お|山《やま》の|大将《たいしやう》おれ|一人式《ひとりしき》だ。|誰一人《たれひとり》として|其《その》|方《はう》の|力《ちから》になる|者《もの》は|一人《ひとり》もあるまいがな。
ツヽヽ、|月照彦神《つきてるひこのかみ》が|申《まを》す|事《こと》、|心《こころ》の|波《なみ》を|静《しづ》めてよつく|承《うけたま》はれ。|其《その》|方《はう》の|心《こころ》の|海《うみ》の|波《なみ》さへ|静《しづ》まらば、|真如《しんによ》の|月《つき》は|皎々《かうかう》として、|心《こころ》の|空《そら》に|照《て》りわたり、|玉《たま》の|所在《ありか》|位《くらゐ》は|一目《ひとめ》に|見《み》え|透《す》き、|天晴《あつぱ》れ|神界《しんかい》の|御用《ごよう》が|出来《でき》るやうになるのだ。
テヽヽ、|天狗《てんぐ》の|様《やう》に|鼻《はな》|許《ばか》り|高《たか》くして、|天狗《てんぐ》の|鼻《はな》の|高姫《たかひめ》と|皆《みな》の|者《もの》が|譏《そし》つてゐるが、|気《き》がつかぬか。|天地《てんち》の|道理《だうり》をチツとは|弁《わきま》へて|見《み》よ。
トヽヽ、トボケ|面《づら》して|遠《とほ》い|国《くに》|迄《まで》|玉《たま》|捜《さが》しにウロツキ|廻《まは》り、|何時《いつ》も|失敗《しつぱい》|計《ばか》り|致《いた》して|居《を》るではないか』
|高姫《たかひめ》『ちちち、|近《ちか》くの|者《もの》より|遠《とほ》くから|分《わか》りてくる|仕組《しぐみ》だ。|燈台下暗《とうだいもとくら》がりと|云《い》ふことを、お|前《まへ》さまは|井中《せいちう》の|蛙《かはず》……ではない…スツポンだから、|世間《せけん》が|分《わか》らぬので、そんな|時代《じだい》|遅《おく》れのことを|云《い》ふのだよ。
つゝゝ、|月並式《つきなみしき》のそんな|屁理窟《へりくつ》を|並《なら》べたつて、|聞《き》くやうな|者《もの》は|広《ひろ》い|世界《せかい》に|一人《ひとり》もありませぬぞえ。
てゝゝ、テンで|物《もの》にならぬ|天地顛倒《てんちてんどう》のお|前《まへ》の|世迷言《よまひごと》。
とゝゝ、トンボリ|返《かへ》りを|打《う》たねばならぬことが|出《で》て|来《き》ますぞや。チト|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御託宣《ごたくせん》を|聞《き》きなさい。|途方《とはう》もない|訳《やく》の|分《わか》らぬ、トツボケ|神《かみ》だな』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『ナヽヽ、|男子《なんし》の|系統《ひつぽう》を|楯《たて》に|取《と》り、|何《なん》でもかでも|無理《むり》を|押《お》し|通《とほ》し、|人《ひと》に|難題《なんだい》を|吹《ふ》つかけ、|何遍《なんべん》も|何遍《なんべん》も|人《ひと》に|生命《いのち》を|助《たす》けられて、|反対《はんたい》に|不足《ふそく》を|申《まを》す|難錯者《なんさくもの》。
ニヽヽ、|西《にし》|東《ひがし》|北《きた》|南《みなみ》と|駆《かけ》まはり、|憎《うら》まれ|口《ぐち》の|限《かぎ》りを|尽《つく》し、|二進《につち》も|三進《さつち》もゆかぬ|様《やう》になつては|改心《かいしん》を|標榜《へうぼう》し、|又《また》しても|執着心《しふちやくしん》の|悪魔《あくま》に|縛《しば》られて、|悪《あく》に|逆転《ぎやくてん》し、
ヌヽヽ、|糠喜《ぬかよろこ》びばかり|致《いた》して、|一度《いちど》も|満足《まんぞく》に|思惑《おもわく》の|立《た》つた|事《こと》はあるまいがな。
ネヽヽ、|年《ねん》が|年中《ねんぢう》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》を|楯《たて》に|取《と》り、ねぢけ|曲《まが》つた|小理窟《こりくつ》を|云《い》うて、|人《ひと》を|困《こま》らす|奸佞邪智《かんねいじやち》の|其《その》|方《はう》の|行方《やりかた》。
ノヽヽ、|野天狗《のてんぐ》に|脅《おびや》かされ、|安眠《あんみん》も|能《よ》うせず、テル|街道《かいだう》をスタスタと|痛《いた》い|足《あし》を|引《ひき》ずつてここまで|出《で》て|来《き》た|口《くち》の|大《おほ》きい、|肝《きも》の|小《ちい》さいデモ|宣伝使《せんでんし》。
ハヽヽ、|早《はや》く|改心《かいしん》|致《いた》さぬと、|誰《た》も|相手《あひて》がなくなるぞよ。
ヒヽヽ、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》も、|世界《せかい》の|人民《じんみん》がウンザリして|居《ゐ》るぞよ。モウそんな|黴《かび》の|生《は》えたコケおどしは|使《つか》はぬが|能《よ》からう。
フヽヽ、|古臭《ふるくさ》つた|文句《もんく》を|百万《ひやくまん》ダラ|並《なら》べて|新《あたら》しがつてゐる|其《その》|方《はう》の|心根《こころね》が|愛《いと》しいワイ。
ヘヽヽ、|下手《へた》に|魔誤付《まごつ》くと|命《いのち》がなくなるぞよ。
ホヽヽ、|時鳥《ほととぎす》|喉《のど》から|血《ち》を|吐《は》きもつて、|国治立命《くにはるたちのみこと》は|其《その》|方《はう》の|慢心《まんしん》を|朝夕《あさゆふ》|直《なほ》したいと|思《おも》つて|御苦労《ごくらう》を|遊《あそ》ばして|御座《ござ》るぞよ。
マヽヽ、|曲津《まがつ》の|容物《いれもの》となつて|居乍《ゐなが》ら、|誠《まこと》の|日《ひ》の|出神《でのかみ》ぢやと|思《おも》うて|見《み》たり、|時《とき》には|疑《うたが》つて|見《み》たりし|乍《なが》ら、どこ|迄《まで》も|日《ひ》の|出神《でのかみ》でつつぱらうと|致《いた》す|横着者《わうちやくもの》。
ミヽヽ、|蚯蚓《みみづ》の|這《は》うた|様《やう》な|文字《もんじ》を|列《つら》ねて、|長《なが》たらしい|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|筆先《ふでさき》だと|申《まを》して、|紙《かみ》|食《く》ひ|虫《むし》の|墨《すみ》|泥棒《どろぼう》をいたし、|世界《せかい》の|経済界《けいざいかい》を|紊《みだ》す|身《み》の|程《ほど》|知《し》らず|奴《め》。
ムヽヽ、|昔《むかし》の|昔《むかし》の|去《さ》る|昔《むかし》、まだも|昔《むかし》のその|昔《むかし》、ま|一《ひと》つ|昔《むかし》のまだ|昔《むかし》、|大先祖《おほせんぞ》の|根本《こつぽん》の、|誠一《まことひと》つの|生粋《きつすゐ》の|大和魂《やまとだましひ》の|御種《おんたね》、|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》とは、|能《よ》うも|云《い》へたものぢやぞよ。
メヽヽ、|冥土《めいど》の|鬼《おに》|迄《まで》が|愛想《あいさう》をつかし、|腹《はら》を|抱《かか》へて、|其《その》|方《はう》の|脱線《だつせん》|振《ぶ》りを|笑《わら》つてゐるぞよ。
モヽヽ、|百千万《ももちよろづ》の|身魂《みたま》の|借銭《しやくせん》を、|日日《ひにち》|毎日《まいにち》つみ|重《かさ》ね、|地獄《ぢごく》|行《ゆ》きの|用意《ようい》|許《ばか》り|致《いた》してをる|其《その》|方《はう》、|今《いま》の|間《うち》に|神《かみ》の|申《まを》すことを|聞《き》いて、|心《こころ》を|洗《あら》ひ|替《か》へ|立直《たてなほ》さぬと、|未来《みらい》が|恐《おそ》ろしいぞよ。
ヤヽヽ、ヤツサモツサと|朝《あさ》から|晩《ばん》|迄《まで》、|騒《さわ》ぎまはり、
イヽヽ、|意久地《いくぢ》を|立通《たてとほ》し、|威張《ゐば》り|散《ち》らし、|己一了見《おのれいちれうけん》で|教主《けうしゆ》の|意見《いけん》も|聞《き》かず、|可愛相《かあいさう》に|黒姫《くろひめ》や|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンスに|対《たい》し、|国外《こくぐわい》に|放逐《はうちく》|致《いた》した|横暴《わうばう》|極《きは》まる|其《その》|方《はう》の|行方《やりかた》。
ユヽヽ、|雪《ゆき》と|墨《すみ》と|程《ほど》|違《ちが》つてゐる|瑞《みづ》の|御霊《みたま》を、|酢《す》につけ|味噌《みそ》につけ|悪《わる》く|申《まを》し、|自分《じぶん》の|勢力《せいりよく》を|植付《うゑつ》けようと|致《いた》す|横着者《わうちやくもの》。
エヽヽ、エライ|慢心《まんしん》を|致《いた》したものぢやのう。
ヨヽヽ、|世《よ》の|中《なか》に|吾《われ》|程《ほど》エライ|者《もの》はない|様《やう》に|申《まを》して|独《ひと》り|燥《はしや》いでも、|世《よ》の|中《なか》は|割《わり》とは|広《ひろ》いぞよ。お|前《まへ》の|云《い》ふやうな|事《こと》は|二十世紀《にじつせいき》の|豆人間《まめにんげん》の|没分暁漢《わからずや》の|中《うち》には、|一人《ひとり》や|二人《ふたり》は|一度《いちど》や|二度《にど》は|聞《き》いて|呉《く》れるであらうが、|四五遍《しごへん》|聞《き》くと、|誰《た》も|彼《か》れも|内兜《うちかぶと》をみすかし、|愛想《あいさう》をつかして|逃《に》げて|了《しま》うぞよ。
ラヽヽ、|楽《らく》な|道《みち》へ|行《ゆ》きよると|道《みち》がテンと|行《ゆ》き|当《あた》つて、|後戻《あともど》りを|致《いた》さねばならぬ|変性女子《へんじやうによし》の|行方《やりかた》を|見《み》よれ、|人《ひと》の|苦労《くらう》で|徳《とく》を|取《と》らうと|致《いた》し、|楽《らく》な|方《はう》を|行《ゆ》きよるから、あの|通《とほ》りだと、|自分《じぶん》が|後《あと》から|潰《つぶ》しに|廻《まは》つておいては、|愉快相《ゆくわいさう》にふれ|歩《ある》く、|悪垂《あくた》れ|婆《ばば》の|宣伝使《せんでんし》。
リヽヽ、|悧巧相《りかうさう》な|事《こと》ばかり|申《まを》して|居《を》るが、テンで|理窟《りくつ》にも|何《なん》にも、お|前《まへ》の|云《い》ふ|事《こと》はなつて|居《を》らぬぢやないか。
ルヽヽ、|留守《るす》の|家《うち》へ|剛情《がうじやう》ばつて|押入《おしい》らうとし、|生田《いくた》の|森《もり》に|玉能姫《たまのひめ》に|剣突《けんつく》をくわされて|往生《わうじやう》|致《いた》したヘボ|宣伝使《せんでんし》。
レヽヽ、|連木《れんぎ》で|腹《はら》を|切《き》れと|云《い》ふやうな、|脅《おど》し|文句《もんく》を|並《なら》べて|信者《しんじや》を|引込《ひきこ》まうと|致《いた》しても、そんな|事《こと》を|食《く》ふやうな|馬鹿者《ばかもの》は|此《この》|広《ひろ》い|世界《せかい》に|只《ただ》の|一人《ひとり》もありはせぬぞよ。
ロヽヽ、|碌《ろく》でもない|真似《まね》をするよりも、|一時《いつとき》も|早《はや》く|聖地《せいち》へ|立帰《たちかへ》り、|改心《かいしん》|致《いた》して|神妙《しんめう》に|神《かみ》の|御用《ごよう》を|致《いた》すがよからう。
ワヽヽ、|分《わか》り|切《き》つたる|団子理窟《だんごりくつ》を|並《なら》べて、|人《ひと》を|煙《けぶり》に|巻《ま》く
ヰヽヽ、イカサマ|宣伝使《せんでんし》。そこら|中《ぢう》を
ウヽヽ、ウロつき|廻《まは》つて、いつも|糞《ばば》をたれ
ヱヽヽ、|枝《えだ》の|神《かみ》と|知《し》らずに、|根本《こつぽん》の|日《ひ》の|出神《でのかみ》ぢやと|誤解《ごかい》を|致《いた》し
ヲヽヽ、おめも|恐《おそ》れも|致《いた》さず、|世界《せかい》を|股《また》にかけて、|法螺《ほら》|吹《ふ》きまはる、ガラクタ|宣伝使《せんでんし》、|口《くち》の|悪《わる》い|神《かみ》ぢやと|申《まを》すであらうが、|昔《むかし》からスツポンに|尻《しり》を|抜《ぬ》かれた|様《やう》だと|云《い》ふ|事《こと》があらうがな。|其《その》|方《はう》が|池《いけ》の|底《そこ》のスツポンと|認《みと》めた|此《この》|方《はう》が、|其《その》|方《はう》が|悪事《あくじ》の|一切《いつさい》をスツポ|抜《ぬ》いてやりたぞよ。ウヽヽ、ブルブルブルブル』
|高姫《たかひめ》『なゝゝ、|何《なん》でも|碌《ろく》な|奴《やつ》ぢやないと|思《おも》うて|居《を》つたら、とうとう|鼈《すつぽん》ぢやと|白状《はくじやう》|致《いた》しよつた。
にゝゝ、|二人《ににん》の|家来《けらい》|共《ども》、|此《この》|高姫《たかひめ》の|眼力《がんりき》を|見《み》て|感心《かんしん》したであらうなア。
ぬゝゝ、|抜《ぬ》かつた|面付《つらつき》では|到底《たうてい》こんな|時《とき》に|出会《でつくは》したら、|到底《たうてい》|審神《さには》は|出来《でき》ませぬぞえ。
ねゝゝ、|熱心《ねつしん》にお|筆先《ふでさき》を|研究《けんきう》なさいと|云《い》ふのは、|斯《こ》う|云《い》ふ|時《とき》に|間《ま》に|合《あは》す|為《ため》ぢやぞえ。|常公《つねこう》、|春公《はるこう》、どうだえ、|分《わか》つたかなア。
のゝゝ、|野天狗《のてんぐ》の|生宮《いきみや》に|仕《し》られておつてはサツパリ|駄目《だめ》ですよ。
はゝゝ、|早《はや》く|改心《かいしん》|致《いた》して、|高姫《たかひめ》の|云《い》ふ|通《とほ》りにしなさいや。
ひゝゝ、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》に|間違《まちが》ひないぞえ。
ふゝゝ、|不足《ふそく》があるなら、|何《なん》ぼなつと|仰有《おつしや》れ、どんな|事《こと》でも|説《と》き|聞《き》かして、|得心《とくしん》さして|上《あ》げる。
へゝゝ、|返答《へんたふ》は|如何《どう》だえ、|常公《つねこう》、|春公《はるこう》。
ほゝゝ、|呆《はう》け|面《づら》して|何《なに》うつそりして|居《を》るのだ。|池《いけ》の|底《そこ》のスツポン|神《がみ》がそれ|程《ほど》|恐《おそ》ろしいのかい。
まゝゝ、まさかの|時《とき》の|杖《つゑ》となり、|力《ちから》となるのは|誠《まこと》|信仰《しんかう》の|力《ちから》ぢやぞえ。
みゝゝ、|身慾《みよく》|信心《しんじん》|計《ばか》り|致《いた》して|居《を》ると、|肝腎《かんじん》の|時《とき》になりて、アフンと|致《いた》さねばならぬぞえ。
むゝゝ、|昔《むかし》からの|根本《こつぽん》の|因縁《いんねん》を|知《し》つた|者《もの》は、|此《この》|広《ひろ》い|世界《せかい》に|高姫《たかひめ》|丈《だけ》よりないのだから、|今日《けふ》からスツパリと|心《こころ》を|立直《たてなほ》して、|絶対《ぜつたい》に|服従《ふくじゆう》するのだよ。
めゝゝ、めつたに|神《かみ》は|嘘《うそ》は|申《まを》さぬぞえ。これが|違《ちが》うたら、|神《かみ》は|此《この》|世《よ》に|居《を》らぬぞえ。|世《よ》の|変《かは》り|目《め》、|世界《せかい》の|事《こと》を|人民《じんみん》に|説《と》いてきかさねばならぬから、|此《この》|高姫《たかひめ》は|昔《むかし》からの|尊《たふと》い|因縁《いんねん》があつて|筆先《ふでさき》を|書《か》かせ、|口《くち》で|言《い》はせ、|人民《じんみん》を|改心《かいしん》さす|役《やく》に、|神《かみ》がお|使《つか》ひ|遊《あそ》ばして|御座《ござ》るのだ。しつかり|聞《き》いておきなされや。
めゝゝ、|目《め》から|鼻《はな》|迄《まで》つきぬけるやうな、|先《さき》の|見《み》えすく|神《かみ》の|生宮《いきみや》、メツタに|間違《まちがひ》はありませぬぞえ。
もゝゝ、|盲碌神《まうろくがみ》を|誠《まこと》の|神《かみ》と|信《しん》じて|盲従《まうじゆう》して|居《を》ると、|取返《とりかへ》しのならぬ|事《こと》が|出来《でき》ますぞえ。
やゝゝ、|大和魂《やまとだましひ》の|生粋《きつすゐ》の|身魂《みたま》の|申《まを》す|事《こと》に|一事《ひとこと》でも|横槍《よこやり》を|入《い》れて|見《み》よれ、|其《その》|場《ば》で|見《み》せしめを|致《いた》すとお|筆《ふで》に|現《あら》はれて|居《を》るぞえ。
ゐゝゝ、|幾《いく》ら|云《い》ひ|聞《き》かしても、|生《うま》れ|付《つき》の|魂《たま》が|悪《わる》いのだから、|云《い》ひごたへがないけれど、|云《い》ふは|云《い》はぬにいやまさる。お|前《まへ》が|可愛相《かあいさう》だから、チツト|計《ばか》り|改心《かいしん》の|為《ため》に|言《い》うておくぞえ。
ゆゝゝ、|幽霊《いうれい》のやうにあちらへブラブラ、|此方《こちら》へブラブラと|能《よ》う|気《き》の|変《かは》る、|落《おち》つかぬ|身魂《みたま》では|到底《たうてい》|三千世界《さんぜんせかい》の|御神業《ごしんげふ》の|一端《いつたん》に|加《くは》へて|貰《もら》ふ|事《こと》は|六《むつ》かしいから、|余程《よほど》|腹帯《はらおび》をしつかりしめなされ。
ゑゝゝ、えぐたらしい、|高姫《たかひめ》の|言葉《ことば》と|思《おも》はずに、|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|大神様《おほかみさま》の|救《すく》ひの|言葉《ことば》だと|有難《ありがた》く|思《おも》つて|戴《いただ》きなさい。
よゝゝ、|余程《よつぽど》お|前《まへ》は|身魂《みたま》が|曇《くも》つて|居《ゐ》るから、|一寸《ちよつと》やソツとに|研《みが》きかけが|致《いた》さぬので、|此《この》|高姫《たかひめ》も|骨《ほね》が|折《を》れるぞえ。
らゝゝ、|楽《らく》の|方《はう》へ|行《ゆ》かうとお|前《まへ》はするから、|牛童丸《うしどうまる》とやらに|気《き》を|引《ひ》かれて、|牛《うし》に|乗《の》せられたのだよ。
りゝゝ、|理窟《りくつ》|云《い》ふのは|今日《けふ》|限《かぎ》り|止《や》めなされや。これ|丈《だけ》、|神力《しんりき》を|受《う》けた|能弁家《のうべんか》の|高姫《たかひめ》に|対《たい》しては、|何《なん》と|云《い》うても|駄目《だめ》だからなア。
るゝゝ、|累卵《るゐらん》の|如《ごと》く|危《あやふ》ふくなつた|此《この》|暗雲《やみくも》の|世《よ》の|中《なか》を、|万劫末代《まんがふまつだい》|潰《つぶ》れぬ|松《まつ》の|世《よ》に|立直《たてなほ》さねばならぬ|神界《しんかい》の|御用《ごよう》だから、|並《なみ》や|大抵《たいてい》の|艱難《かんなん》や|苦労《くらう》では|勤《つと》め|上《あが》りませぬぞえ。
れゝゝ、|蓮華《れんげ》の|花《はな》はあの|汚《きたな》い|泥《どろ》の|中《なか》から、パツと|一度《いちど》に|開《ひら》いて、|香《かう》ばしい|香《にほひ》を|現《あら》はすぢやないか。それに|能《よ》く|似《に》た|身魂《みたま》は|誰《たれ》ぢやと|思《おも》うて|居《ゐ》なさる。
ろゝゝ、|論《ろん》より|証拠《しようこ》、|池《いけ》の|中《なか》のスツポン|神《がみ》でもへこました、|此《この》|高姫《たかひめ》さまの|事《こと》ぢやぞえ。
わゝゝ、|吾身《わがみ》|良《よ》かれの|信心《しんじん》|許《ばか》り|致《いた》して|居《を》ると、|神《かみ》の|御《ご》きかんに|叶《かな》はぬ|事《こと》が|出来《でき》て、ジリジリ|舞《まひ》を|致《いた》して|逆《さか》トンボリを|打《う》たねばならぬ|事《こと》が|出来《でき》るから、|早《はや》く|改心《かいしん》なされよ。
ゐゝゝ、|威張《ゐば》りちらして、|意地《いぢ》くね|悪《わる》く、|国依別《くによりわけ》から|玉《たま》の|所在《ありか》をきかして|貰《もら》ひ|乍《なが》ら、いつ|迄《まで》もイチヤイチヤと|申《まを》して、|日《ひ》の|出神《でのかみ》に|報告《はうこく》せぬ|様《やう》ないけ|好《す》かない、|奴根性《どこんじやう》は|綺麗《きれい》サツパリと|立直《たてなほ》して、これから|素直《すなほ》に|白状《はくじやう》するのだぞえ。
うゝゝ、|売言葉《うりことば》に|買言葉《かひことば》と|云《い》ふ|様《やう》に、|此《この》|高姫《たかひめ》が|一口《ひとくち》お|気《き》に|入《い》らぬ|事《こと》を|申《もう》せば、すぐに|何《なん》だかんだと|小理窟《こりくつ》を|申《まを》すが、これから|其《その》|態度《たいど》をスツクリと|改《あらた》めなされや。
ゑゝゝ、|偉相《えらさう》に|云《い》ふぢやなけれど、|誰《たれ》が|何《なん》と|云《い》つても、ヤツパリ|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》に|楯《たて》つく|者《もの》は、|此《この》|広《ひろ》い|世界《せかい》に|一人《ひとり》もなからうがな。
をゝゝ、お|前《まへ》も、|今日《けふ》が|善《ぜん》になるか、|悪《あく》になるかの|境目《さかひめ》だ。|善《ぜん》になりたければ、|国依別《くによりわけ》から|聞《き》かして|貰《もら》つた|玉《たま》の|所在《ありか》をチヤツと|言《い》ひなされ。|渋《しぶ》とう|致《いた》すと|万劫末代《まんがふまつだい》|帳面《ちやうめん》につけておきますぞえ。|常彦《つねひこ》はこれこれの|事《こと》を|致《いた》し、|神《かみ》に|叛《そむ》いた|悪人《あくにん》だと、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|筆先《ふでさき》に|末代《まつだい》|書残《かきのこ》しますぞや』
|常彦《つねひこ》『アハヽヽヽ、|黙《だま》つて|聞《き》いて|居《を》れば、|随分《ずゐぶん》あなたも|池《いけ》の|中《なか》の|神《かみ》の|真似《まね》が|上手《じやうづ》ですな。とうとう|五十音《ごじふおん》を|並《なら》べなさつた。それ|程《ほど》の|頬桁《ほほげた》を|持《も》つて|居《を》れば、|世界中《せかいぢう》に|阿呆《あほ》らしうて、|一人《ひとり》も|楯突《たてつ》く|者《もの》はありませぬワ。ウツフヽヽヽ、……のう|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》も|感心《かんしん》しただらうのう』
|春彦《はるひこ》『イヤもう、ズツトズツト|感心《かんしん》しました。ホンに|能《よ》うまはる|口車《くちぐるま》だなア。……|時《とき》に|高姫《たかひめ》さま、これ|丈《だけ》|沢山《たくさん》のお|玉《たま》がつみ|上《あ》げてあるのに、|目的《もくてき》の|御宝《おたから》はないやうですな』
|高姫《たかひめ》『ここはホンの|露店《ろてん》だから、どうで|良《よ》い|物《もの》はこんな|所《ところ》に|雨〓《あまざら》しにしてあるものか。キツと|懸橋御殿《かけはしごてん》の|中《なか》に|隠《かく》してあるにきまつてゐる。これから|高姫《たかひめ》が|懸橋御殿《かけはしごてん》へ|行《い》つて|取調《とりしら》べて|来《く》るのだ』
|池《いけ》の|中《なか》より、
『ブクブクブクブク』
と|泡立《あわた》ち|上《あが》り、|大《おほ》きな|声《こゑ》で、
『アツハヽヽ、|阿呆《あほ》らしい、そんな|物《もの》があつてたまるかい。
イヒヽヽ、|何時《いつ》までも|何時《いつ》までも|執念深《しふねんぶか》い|婆《ばば》アだなア。
ウフヽヽ、うるさい|婆《ばば》アだ。モウいゝ|加減《かげん》に|此処《ここ》を|立退《たちの》かぬか』
|高姫《たかひめ》『エー、やかましいワイナ。スツポンはスツポンらしくスツ|込《こ》んでゐなさい。オヽヽお|前達《まへたち》の|嘴《くち》を|容《い》れる|所《ところ》ぢやありませぬぞえ』
|常彦《つねひこ》『モシモシ|高姫《たかひめ》さま、いゝ|加減《かげん》にしておきなさらぬかいな。|神様《かみさま》に|怒《おこ》られたら|仕方《しかた》がありませぬで』
|高姫《たかひめ》『|怒《いか》る|勿《なか》れと|云《い》ふ|神界《しんかい》の|律法《りつぽふ》がチヤンとありますワイナ。ここで|怒《おこ》る|様《やう》な|神《かみ》なら、それこそ|悪神《あくがみ》ですよ』
|常彦《つねひこ》『さうすると、|貴女《あなた》はヤツパリ、|悪神《あくがみ》ですか』
|高姫《たかひめ》は|目《め》を|釣《つ》り|上《あ》げ|面《つら》をふくらし、
|高姫《たかひめ》『コレ、|常彦《つねひこ》、|何《なん》と|云《い》ふ|事《こと》を|仰有《おつしや》る。|私《わたし》がどこが|悪神《あくがみ》だ。モウ|了見《れうけん》しませぬぞえ』
と|胸倉《むなぐら》をグツと|掴《つか》む。
|常彦《つねひこ》『それだから|悪神《あくがみ》ぢやと|云《い》ふのですよ。|直《すぐ》に|怒《おこ》るぢやありませぬか』
|高姫《たかひめ》『|私《わたし》がどこに|怒《おこ》りました。チート|体《からだ》を|急《きふ》に|動《うご》かしたり、|声《こゑ》を|高《たか》うした|丈《だけ》の|事《こと》ぢやありませぬか。これでもお|前《まへ》の|目《め》から|見《み》ると|怒《おこ》つたやうに|見《み》えますかな』
|春彦《はるひこ》『アハヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『コレ|春彦《はるひこ》、|何《なに》が|可笑《をか》しいのだ。チト|心得《こころえ》なされ』
|春彦《はるひこ》『アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ、オホヽヽヽ、|怒《おこ》つた|怒《おこ》つた。|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い。|恐《おそ》ろしい|御立腹《ごりつぷく》だ』
|高姫《たかひめ》『コレ|春彦《はるひこ》、シツカリしなさらぬかいな。|池《いけ》の|底《そこ》のスツポン|神《がみ》の|世迷言《よまいごと》が|伝染《でんせん》しかけましたよ』
|春彦《はるひこ》『タヽヽヽヽ、|高姫《たかひめ》さまの|世迷言《よまいごと》が、チヽヽチツと|計《ばか》り|伝染《でんせん》|致《いた》しました、ウフヽヽヽ』
|斯《か》かる|所《ところ》へ、|国《くに》、|玉《たま》の|両人《りやうにん》は|国玉依別《くにたまよりわけ》の|神司《かむづかさ》を|守《まも》りつつ、|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれた。
|国玉依別《くにたまよりわけ》『お|前《まへ》さまは|何処《どこ》の|方《かた》か|知《し》りませぬが、|此《この》|鏡《かがみ》の|池《いけ》へお|参《まゐ》りになるのならば、|一応《いちおう》|懸橋御殿《かけはしごてん》に|伺《うかが》つた|上《うへ》の|事《こと》にして|下《くだ》さらぬと、|池《いけ》の|底《そこ》の|神様《かみさま》が、|大変《たいへん》に|御立腹《ごりつぷく》|遊《あそ》ばしては|困《こま》りますから、チト|心得《こころえ》て|下《くだ》されや』
|高姫《たかひめ》『お|前《まへ》は|懸橋御殿《かけはしごてん》とやらの|神司《かむづかさ》だと、|今《いま》|仰有《おつしや》つたが、|此《この》|池《いけ》の|底《そこ》の|神《かみ》が、それ|程《ほど》|恐《おそ》ろしいのかい。|此奴《こいつ》アお|前《まへ》、|偉相《えらさう》に|月照彦神《つきてるひこのかみ》だなんて|言《い》つて|居《を》るが、|池《いけ》の|底《そこ》の|劫《がふ》を|経《へ》たスツポンのお|化《ば》けだよ。いゝ|加減《かげん》に|迷信《めいしん》しておきなさい。これから|懸橋御殿《かけはしごてん》へ|行《い》つて、|天地《てんち》の|道理《だうり》を、|昔《むかし》の|根本《こつぽん》から|説《と》いて|聞《き》かして|上《あ》げませうぞ。コレ|御覧《ごらん》なさい。|今《いま》|此《この》|石《いし》を|一《ひと》つ|池《いけ》の|底《そこ》へぶち|込《こ》んで|見《み》ませうか。キツとスツポンが|浮上《うきあが》つて|来《き》ますよ』
|国玉依《くにたまより》『|何《な》んと|云《い》ふ|乱暴《らんばう》なことを、お|前《まへ》さまは|宣伝使《せんでんし》であり|乍《なが》ら|言《い》ふのですか。チツと|御無礼《ごぶれい》ではありませぬか』
|高姫《たかひめ》『マア|論《ろん》より|証拠《しようこ》だ。|御覧《ごらん》なさい』
と|言《い》ひ|乍《なが》ら、|堆《うづたか》く|積《つ》みあげたる|玉《たま》の|形《かたち》したる|石《いし》を|右手《めて》に|握《と》り、ドブンと|計《ばか》り|投《な》げ|込《こ》んだ。|忽《たちま》ち|池《いけ》の|底《そこ》より|烈《はげ》しき|唸《うな》り|声《ごゑ》、|大地《だいち》は|大地震《だいぢしん》の|如《ごと》く|震《ふる》ひ|出《だ》し、|高姫《たかひめ》は|真青《まつさを》な|顔《かほ》になり、ビリビリと|慄《ふる》ひ|乍《なが》ら、|叶《かな》はぬ|時《とき》の|神頼《かんだの》みと|云《い》つた|様《やう》に、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|両手《りやうて》を|合《あは》せ、|其《その》|場《ば》に|平太張《へたば》つて|了《しま》つた。|国玉依別《くにたまよりわけ》を|始《はじ》め、|国《くに》、|玉《たま》の|従者《じゆうしや》|並《ならび》に|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》は|平気《へいき》の|平左《へいざ》で、|此《この》|音響《おんきやう》を|音楽《おんがく》を|聞《き》く|様《やう》な|心持《こころもち》で、|愉快気《ゆくわいげ》に|両手《りやうて》を|合《あは》し|感謝《かんしや》し|居《ゐ》たり。|高姫《たかひめ》は|益々《ますます》|慄《ふる》ひ|出《だ》し、|歯《は》を|喰《く》ひ|締《し》め、|歯《は》の|間《あい》から|赤《あか》い|血《ち》をにじり|出《だ》し、|慄《ふる》ひ|戦《をのの》き|居《ゐ》たりける。
(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
(昭和一〇・六・八 王仁校正)
第九章 |俄狂言《にはかきやうげん》〔八三一〕
|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|唯《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し
|過《あやま》ちあれば|宣《の》り|直《なほ》す |三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|道《みち》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》の|大八洲《おほやしま》 |彦命《ひこのみこと》の|又《また》の|御名《みな》
|月照彦《つきてるひこ》の|神霊《しんれい》は |随時《ずいじ》|随所《ずいしよ》に|現《あら》はれて
|三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》 |信徒《まめひと》|等《たち》は|云《い》ふも|更《さら》
|四方《よも》の|民草《たみくさ》|悉《ことごと》く |恵《めぐみ》の|露《つゆ》にうるほひつ
|心《こころ》の|雲《くも》を|吹《ふ》き|払《はら》ひ |晴《は》れ|渡《わた》りたる|大空《おほぞら》に
|天《あめ》の|御柱《みはしら》つき|固《かた》め |掃《は》き|浄《きよ》めたる|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|土《つち》に|惟神《かむながら》 |国《くに》の|御柱《みはしら》つき|固《かた》め
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|神人《しんじん》の |身魂《みたま》を|永遠《とは》に|助《たす》けむと
|現《あら》はれますぞ|尊《たふと》けれ。 |皇大神《すめおほかみ》の|御恵《みめぐ》みも
アリナの|滝《たき》の|上流《じやうりう》に |誠《まこと》を|映《うつ》す|鏡池《かがみいけ》
|堅磐常磐《かきはときは》の|岩窟《がんくつ》に |神《かみ》の|御言《みこと》を|蒙《かうむ》りて
|夜《よる》なきヒルの|神《かみ》の|国《くに》 テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》の
|誠《まこと》アールやアルナ|姫《ひめ》 |桃上彦《ももがみひこ》の|昔《むかし》より
|三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》を |今《いま》に|伝《つた》へて|奉《ほう》じたる
|尊《たふと》き|血筋《ちすぢ》の|酋長《しうちやう》は |家《いへ》の|宝《たから》と|大切《たいせつ》に
|親《おや》の|代《だい》より|守《まも》り|居《ゐ》る |黄金《こがね》の|玉《たま》を|取出《とりいだ》し
|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|納《をさ》めむと |数多《あまた》の|里人《さとびと》|引率《いんそつ》し
|遠《とほ》き|山坂《やまさか》|打渉《うちわた》り |心《こころ》も|清《きよ》き|白旗《しらはた》に
|玉献上《たまけんじやう》と|書《か》き|記《しる》し |珍《うづ》の|御輿《みこし》を|新造《しんざう》し
|黄金《こがね》の|玉《たま》を|納《をさ》めつつ |縦笛《たてぶえ》|横笛《よこぶえ》|吹《ふ》き|鳴《な》らし
|天然《てんねん》|自然《しぜん》の|石《いし》の|鉦《かね》 |磬盤《けいばん》|法螺貝《ほらがひ》|鳴《な》らし|立《た》て
|谷《たに》を|飛《と》び|越《こ》え|川《かは》|渡《わた》り |山鳥《やまどり》の|尾《を》のしだり|尾《を》の
|長々《ながなが》しくもヒルの|国《くに》 テルの|国《くに》をば|跋渉《ばつせう》し
|漸《やうや》く|此処《ここ》に|安着《あんちやく》し |鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》の|目《め》の|前《まへ》に |恭《うやうや》しくも|捧《ささ》げつつ
|誠《まこと》か|嘘《うそ》か|知《し》らね|共《ども》 |鷹依姫《たかよりひめ》の|神懸《かむがか》り
|仰《あふ》せの|儘《まま》を|畏《かしこ》みて |正直《しやうぢき》|一途《いちづ》の|酋長《しうちやう》は
|国玉依別《くにたまよりわけ》、|玉竜姫《たまたつひめ》の |神《かみ》の|命《みこと》と|夫婦連《ふうふづれ》
|御名《みな》を|賜《たま》はり|千丈《せんぢやう》の |滝《たき》の|麓《ふもと》に|御禊《みそぎ》して
|一日一夜《ひとひひとよ》を|明《あ》かしつつ アリナの|滝《たき》を|後《あと》にして
|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|往《い》て|見《み》れば |豈《あに》|図《はか》らむや|鷹依姫《たかよりひめ》の
|神《かみ》の|命《みこと》を|始《はじ》めとし |三人《みたり》の|司《つかさ》は|雲《くも》と|消《き》え
|行方《ゆくへ》も|白木《しらき》の|玉筥《たまばこ》に |種々《いろいろ》|様々《さまざま》|神《かみ》の|旨《むね》
|書《か》きしるしたる|嬉《うれ》しさに アール、アルナの|両人《りやうにん》は
|草《くさ》の|庵《いほり》を|永久《とこしへ》の |住家《すみか》と|定《さだ》め|池《いけ》の|辺《べ》に
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|神言《かみごと》を |声《こゑ》|高《たか》らかに|宣《の》りつつも
|四方《よも》の|国《くに》より|詣《まう》で|来《く》る |善男《ぜんなん》|善女《ぜんぢよ》を|三五《あななひ》の
|誠《まこと》の|道《みち》に|導《みちび》きつ |神《かみ》の|御稜威《みいづ》も|日《ひ》に|月《つき》に
|輝《かがや》き|渡《わた》り|身《み》を|容《い》るる |所《ところ》なき|迄《まで》|諸人《もろびと》の
|姿《すがた》|埋《うづ》まる|谷《たに》の|底《そこ》 |是非《ぜひ》なく|茲《ここ》に|信徒《まめひと》は
|大峡小峡《おほがひこがひ》の|木《き》を|伐《き》りて |山《やま》と|山《やま》とに|架《か》け|渡《わた》し
|八尋《やひろ》の|殿《との》を|築《きづ》きあげ |黄金《こがね》の|玉《たま》を|奉斎《ほうさい》し
|国玉依別《くにたまよりわけ》、|玉竜姫《たまたつひめ》の |神《かみ》の|司《つかさ》は|勇《いさ》み|立《た》ち
|懸橋御殿《かけはしごてん》に|現《あら》はれて |教《をしへ》を|開《ひら》く|折柄《をりから》に
|玉《たま》に|心《こころ》を|奪《と》られたる |三五教《あななひけう》の|高姫《たかひめ》が
|自転倒嶋《おのころじま》を|後《あと》にして |太平洋《たいへいやう》を|打渡《うちわた》り
テルの|湊《みなと》に|安着《あんちやく》し |常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|伴《ともな》ひて
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》 |其《その》|他《た》の|玉《たま》の|所在《ありか》をば
アリナの|滝《たき》を|目当《めあて》とし |現《あら》はれ|来《きた》り|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|善悪《よしあし》|映《うつ》すてふ |鏡《かがみ》の|池《いけ》の|前《まへ》に|立《た》ち
|相《あひ》も|変《かは》らぬ|減《へ》らず|口《ぐち》 |傍若無人《ばうじやくぶじん》に|罵《ののし》れば
|数千年《すうせんねん》の|沈黙《ちんもく》を |破《やぶ》つて|鳴《な》りだす|池《いけ》の|面《おも》
ブクブクブクと|泡《あわ》だして ウンウンウンと|唸《うな》り|声《ごゑ》
|月照彦《つきてるひこ》の|神霊《しんれい》と |名乗《なの》らせ|玉《たま》ひて|五十韻《ごじふゐん》
|珍《うづ》の|言霊《ことたま》|並《なら》べつつ |高姫《たかひめ》|一同《いちどう》を|訓戒《くんかい》し
|身魂《みたま》を|救《すく》ひ|助《たす》けむと |計《はか》り|玉《たま》ひし|尊《たふと》さよ
|自負心《じふしん》|強《つよ》き|高姫《たかひめ》は |持《も》つて|生《うま》れた|能弁《のうべん》に
|負《まけ》ず|劣《おと》らず|五十韻《ごじふゐん》 アオウエイよりワヲウヱヰ
|只《ただ》|一言《ひとこと》も|洩《も》らさずに |一々《いちいち》|神《かみ》に|口答《くちごた》へ
|月照彦《つきてるひこ》とは|詐《いつは》りぞ ドン|亀《かめ》、|鼈《すつぽん》、|蟹神《かにがみ》と
|頭《あたま》ごなしにけなしつつ |言葉《ことば》の|鉾《ほこ》を|常彦《つねひこ》や
|春彦《はるひこ》の|上《うへ》に|相転《あひてん》じ |生宮《いきみや》|気取《きど》りで|諄々《じゆんじゆん》と
|脱線《だつせん》だらけの|託宣《たくせん》を まくし|立《た》つれば|池中《いけなか》の
|声《こゑ》は|益々《ますます》|高《たか》くなり |大地《だいち》の|震動《しんどう》|恐《おそ》ろしく
|流石《さすが》|頑固《ぐわんこ》の|高姫《たかひめ》も |色《いろ》|青《あを》ざめて|慴伏《せふふく》し
|歯《は》をかみしめて|黒血《くろち》をば |吐《は》きつつ|爰《ここ》に|平伏《へいふく》し
|次第々々《しだいしだい》に|息《いき》の|根《ね》は |細《ほそ》りて|遂《つひ》に|玉《たま》の|緒《を》の
|生命《いのち》の|糸《いと》も|細《ほそ》り|行《ゆ》く。 あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|善悪邪正《ぜんあくじやせい》を|明《あきら》かに |心《こころ》に|映《うつ》す|鏡池《かがみいけ》
|底《そこ》ひも|知《し》れぬ|神界《しんかい》の |深《ふか》き|心《こころ》ぞ|尊《たふ》とけれ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
|懸橋御殿《かけはしごてん》の|神前《しんぜん》に|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|奉仕《ほうし》する|三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》、テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》アール、アルナの|夫婦《ふうふ》は、|月照彦神《つきてるひこのかみ》より、|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》、|玉竜姫命《たまたつひめのみこと》と|名《な》を|賜《たま》ひ、|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|真心《まごころ》を|籠《こ》めて、|教《をしへ》を|伝《つた》へつつありしが、|茲《ここ》に|三五教《あななひけう》の|高姫《たかひめ》が|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|現《あら》はれて、|堆《うづたか》く|供《そな》へ|奉《まつ》れる|諸々《もろもろ》の|玉《たま》を|持帰《もちかへ》らむとするを、|国《くに》と|玉《たま》との|鏡《かがみ》の|池《いけ》|及《およ》び|狭依彦《さよりひこ》の|宮《みや》に|仕《つか》へたる|神主《かむぬし》は|驚《おどろ》いて、|懸橋御殿《かけはしごてん》に|急報《きふはう》し、|教主《けうしゆ》|夫婦《ふうふ》と|諸共《もろとも》に|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれ、|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》に|向《むか》ひ、|来意《らいい》を|尋《たづ》ぬる|折《をり》しも、|傲慢《ごうまん》|不遜《ふそん》の|高姫《たかひめ》は、|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|神霊《しんれい》が|威力《ゐりよく》に|打《う》たれて|打倒《うちたふ》れ、|殆《ほとん》ど|人事不省《じんじふせい》となりければ、|国《くに》、|玉《たま》、|竜《たつ》、|別《わけ》などの|神司《かむづかさ》と|共《とも》に、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》を|伴《ともな》ひ、|懸橋御殿《かけはしごてん》に|担《かつ》ぎ|入《い》れ、|水《みづ》よ|薬《くすり》よと|介抱《かいほう》をなし、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》の|神示《しんじ》の|反魂歌《はんこんか》を|奏上《そうじやう》し、|漸《やうや》くにして|高姫《たかひめ》は|正気《しやうき》に|復《かへ》り、|稍《やや》|安心《あんしん》の|胸《むね》を|撫《な》で|下《を》ろしたり。
|因《ちなみ》に|云《い》ふ。アール、アルナの|夫婦《ふうふ》は|其《その》|実《じつ》、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|故意《こい》を|以《もつ》て、|月照彦《つきてるひこ》の|神示《しんじ》と|偽《いつは》り、|国玉依別《くにたまよりわけ》、|玉竜姫《たまたつひめ》の|名《な》を|与《あた》へたれ|共《ども》、やはり|惟神《かむながら》の|摂理《せつり》に|依《よ》つて|神《かみ》より|斯《かく》の|如《ごと》く|行《おこな》はしめられたるものにして、|決《けつ》して|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|悪戯《いたづら》にあらず、|全《まつた》く|神意《しんい》に|依《よ》りて、|両人《りやうにん》は|夫婦《ふうふ》に|神名《しんめい》を|与《あた》へた|事《こと》と、|神界《しんかい》より|見《み》れば|確《たし》かになつて|居《ゐ》るのである。
|高姫《たかひめ》はキヨロキヨロと|四辺《あたり》を|見《み》まはし、|木《き》の|香《か》かをれる|新《あたら》しき|殿内《でんない》に|吾身《わがみ》のある|事《こと》を|訝《いぶ》かり、|首《くび》を|切《しき》りに|振《ふ》り|乍《なが》ら、|元来《ぐわんらい》の|負惜《まけをし》み|強《つよ》き|性質《せいしつ》とて……ここは|何処《いづこ》ぞ……と|問《と》ひ|尋《たづ》ぬる|事《こと》を|恥《はぢ》の|様《やう》に|思《おも》ひ、|荐《しき》りに|考《かんが》へ|込《こ》んで|居《ゐ》る。|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》は|高姫《たかひめ》の|左右《さゆう》に|寄《よ》り|添《そ》ひ、
『モシ|高姫《たかひめ》さま、お|気《き》が|付《つ》きましたか。|余《あま》り|貴女《あなた》は|自我《じが》を|立通《たてとほ》しなさるものだから、とうとう|池《いけ》の|神様《かみさま》に|戒《いまし》められ、|人事不省《じんじふせい》に|陥《おちい》り、|殆《ほとん》ど|息《いき》の|根《ね》も|絶《た》えむとする|所《ところ》、|御親切《ごしんせつ》にも、|此《この》|御殿《ごてん》の|主人《あるじ》、|国玉依別《くにたまよりわけ》|様《さま》、|玉竜姫《たまたつひめ》|様《さま》の|御介抱《ごかいほう》と|御祈念《ごきねん》に|依《よ》り、|生命《いのち》を|助《たす》けてお|貰《もら》ひなされたのですから、サア|早《はや》く|神様《かみさま》と、お|二人《ふたり》に|御礼《おれい》を|申《まを》しなさいませ』
|高姫《たかひめ》『|妾《わたし》がいつ……|人事不省《じんじふせい》などと、|汚《けが》らはしい、|死《し》にかけました。そんな|屁泥《へどろ》い|高姫《たかひめ》ぢや|御座《ござ》いませぬぞえ。お|前《まへ》は|神界《しんかい》の|事《こと》が|分《わか》らぬから、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》が、|池《いけ》の|底《そこ》の|神《かみ》の|正体《しやうたい》を|審神《さには》する|為《ため》、|肉《にく》の|宮《みや》を|一寸《ちよつと》|立出《たちい》で、|幽界《いうかい》|探険《たんけん》に|往《い》て|居《を》つたのですよ。それだから、|心《こころ》の|盲《めくら》と|云《い》ふのですよ。ヘン……|阿呆《あはう》らしい。|神《かみ》の|生宮《いきみや》は|万劫末代《まんがふまつだい》|生《い》き|通《とほ》し、アタ|汚《けが》らはしい、|人事不省《じんじふせい》に|陥《おちい》つたなどと、お|前等《まへら》と|同《おな》じように|人間《にんげん》|扱《あつか》ひをして|貰《もら》ふと、チツと|困《こま》りますぞえ。コレコレお|前《まへ》は|国依別《くによりわけ》、|玉治別《たまはるわけ》、|竜国別《たつくにわけ》と|云《い》つたぢやないか。|何時《いつ》の|間《ま》にやらこんな|所《ところ》へ|魁《さきがけ》してやつて|来《き》て、|世間《せけん》をごまかさうと|思《おも》つて、|国《くに》と|玉《たま》とが|一《ひと》つになつて|国玉依別《くにたまよりわけ》だとか、|玉竜姫《たまたつひめ》だのと、そんなカラクリをしたつて|駄目《だめ》です。キツとそんな|名前《なまへ》がついてる|以上《いじやう》は、|此《この》|館《やかた》に|国《くに》、|玉《たま》、|竜《たつ》の|宣伝使《せんでんし》が|潜《ひそ》んでるに|違《ちがひ》ない。|又《また》|言依別《ことよりわけ》も|隠《かく》れて|居《を》るだらう。モウ|斯《こ》うなつたら|百年目《ひやくねんめ》だ。サア|女《をんな》の|一心《いつしん》|岩《いは》でも|通《とほ》す。|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》|其《その》|他《た》の|神宝《しんぱう》を|〓《あらた》めて、|自転倒嶋《おのころじま》の|聖地《せいち》へ|持《も》つて|帰《かへ》らねばおきませぬぞえ。コレコレ|国玉依別《くにたまよりわけ》とやら、お|前《まへ》は|国《くに》や|玉《たま》や|竜《たつ》の、|蔭《かげ》から|糸《いと》を|引《ひ》く|操《あやつ》り|人形《にんぎやう》だらう。そんなこたア、チヤンと、|此《この》|高姫《たかひめ》の|黒《くろ》い|眼《め》で|睨《にら》んだら|一分一厘《いちぶいちりん》|間違《まちが》ひはありませぬぞや。ここに|三五教《あななひけう》の|神館《かむやかた》を、お|前《まへ》さま|等《ら》が|寄《よ》つて|集《たか》つて|建《た》てたやうに|思《おも》つて|居《ゐ》るが、|国治立命《くにはるたちのみこと》の|御指図《おさしづ》で、|日《ひ》の|出神《でのかみ》が|片腕《かたうで》となり、|竜宮《りうぐう》さまの|御手伝《おてつだひ》ひで|出来上《できあが》つたのですよ。|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》だからチヤンと|分《わか》つてる。ここの|神司《かむづかさ》はそれが|分《わか》つて|居《ゐ》ますかな』
|常彦《つねひこ》『ナント|徹底的《てつていてき》にどしぶとい|婆《ばば》だなア、これ|丈《だけ》お|世話《せわ》になつておき|乍《なが》らヨーモ ヨーモ、こんな|憎《にく》たれ|口《ぐち》が|叩《たた》けたものだ。|喃《のう》|春彦《はるひこ》、|穴《あな》でもあつたらモグリ|込《こ》みたいやうな|気《き》がするぢやないか』
|春彦《はるひこ》『|開《あ》いた|口《くち》がすぼまりませぬワイ』
と|云《い》つた|限《き》り、|余《あま》りの|事《こと》に|呆《あき》れ|果《は》ててポカンとしてゐる。
|常彦《つねひこ》『イヤもうし、|国玉依別《くにたまよりわけ》|御夫婦様《ごふうふさま》、かくの|通《とほ》りの|没分暁漢《わからずや》で|御座《ござ》いますから、|自転倒嶋《おのころじま》の|聖地《せいち》に|於《おい》ても、|皆《みな》の|者《もの》が|腫物《はれもの》にさはるやうに|取扱《とりあつか》つて|居《を》るので|御座《ござ》います。|吾々《われわれ》だつてこんな|腫物《はれもの》に|従《つ》いて|来《き》たい|事《こと》は|御座《ござ》いませぬが、|気違《きちがひ》を|一人《ひとり》おつ|放《ぱな》しておきますと、どんな|事《こと》を|致《いた》すやら|分《わか》りませぬ。|虎《とら》を|野《の》に|放《はな》つやうな|危険《きけん》で|御座《ござ》いますから、|吾々《われわれ》|両人《りやうにん》は|世界《せかい》の|為《ため》に|犠牲《ぎせい》となつて、|精神《せいしん》|病者《びやうしや》|看護人《かんごにん》の|積《つも》りで、はるばるとやつて|参《まゐ》りました。|何《いづ》れ|癲狂院《てんきやうゐん》|代物《しろもの》ですから、|必《かなら》ず|必《かなら》ず|御心《おこころ》にさえて|下《くだ》さいますな。|何卒《なにとぞ》|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し|下《くだ》さいまして、|高姫《たかひめ》の|無礼《ぶれい》をお|赦《ゆる》し|下《くだ》さいませ』
と|気《き》の|毒《どく》さうに|述《の》べ|立《た》てる。|国玉依別《くにたまよりわけ》は、
『|実《じつ》にお|気《き》の|毒《どく》ですなア。|決《けつ》して|決《けつ》して|気《き》にはかけて|居《を》りませぬ。あなた|方《がた》こそ、|本当《ほんたう》に|御苦労《ごくらう》お|察《さつ》し|申《まを》します』
|高姫《たかひめ》『コレ|常《つね》、|天教山《てんけうざん》より|現《あ》れませる|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》を、|天教山《てんけうざん》|代物《しろもの》とは|何《なん》だい。|余《あんま》り|無礼《ぶれい》ぢやないか。|宣《の》り|直《なほ》しなさい』
|常彦《つねひこ》『|癲狂院《てんきやうゐん》に|現《あ》れませる、|鼻高姫命《はなたかひめのみこと》か、|天教山《てんけうざん》に|現《あら》はれませる|木《こ》の|花姫神《はなひめのかみ》のお|使《つかい》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮様《いきみやさま》か、|但《ただし》は|二世《にせ》か|三代《さんだい》か、|男《をとこ》か|女《をんな》か、|凡夫《ぼんぷ》の|吾々《われわれ》にはテンと|判断《はんだん》が|付《つ》きませぬワイ。アハヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『アヽさうだらうさうだらう。テンと|判断《はんだん》がつかぬと|云《い》ふのは|道理《だうり》ぢや。|偽《いつは》らざるお|前《まへ》の|告白《こくはく》だ。|此《この》|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|正体《しやうたい》が、お|前達《まへたち》に|分《わか》るやうな|事《こと》なら、|此《この》|高姫《たかひめ》も|万里《ばんり》の|波《なみ》を|越《こ》えて、こんな|所《ところ》|迄《まで》|来《き》は|致《いた》しませぬわいな。お|前《まへ》のやうな|没分暁漢《わからずや》が|世界《せかい》にウヨウヨして|居《ゐ》るから、|実地《じつち》の|行《おこな》ひを|見《み》せて|改心《かいしん》させる|為《ため》に|神《かみ》の|御用《ごよう》で|来《き》て|居《ゐ》るのだぞえ。サアこれから|肝腎要《かんじんかなめ》の|言依別《ことよりわけ》の|盗《ぬす》み|出《だ》した|宝玉《ほうぎよく》を|受取《うけと》つて|帰《かへ》りませう。お|前《まへ》もここ|迄《まで》|従《つ》いて|来《き》たのだから、|玉《たま》のお|供《とも》|位《くらい》はさしてあげるぞえ。|有難《ありがた》く|思《おも》ひなさい。……コレコレ|茲《ここ》の|宮番《みやばん》|夫婦《ふうふ》、|早《はや》く|玉《たま》を|渡《わた》す|手続《てつづき》を|一刻《いつこく》も|早《はや》くしなされや。グヅグヅしてゐなさると、|神界《しんかい》の|規則《きそく》に|照《てら》し、|根《ね》の|国《くに》|底《そこ》の|国《くに》の|成敗《せいばい》に|会《あ》はさねばなりませぬぞえ』
|国玉依別《くにたまよりわけ》は|藪《やぶ》から|棒《ぼう》の|高姫《たかひめ》の|言葉《ことば》に|何《なに》が|何《なに》やら|合点《がつてん》が|行《ゆ》かず、
『ヘー』
と|云《い》つたきり、|穴《あな》のあく|程《ほど》、|高姫《たかひめ》の|顔《かほ》を|打《う》ち|見守《みまも》つて|居《ゐ》る。|国《くに》、|玉《たま》、|竜《たつ》、|別《わけ》、|依《より》の|幹部《かんぶ》を|始《はじ》め、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|迄《まで》が|高姫《たかひめ》の|顔《かほ》をジツと|打眺《うちなが》め|舌《した》を|巻《ま》き|居《ゐ》たりける。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
(昭和一〇・六・八 王仁校正)
第一〇章 |国治《くにはる》の|国《くに》〔八三二〕
|高姫《たかひめ》は|一同《いちどう》の|不思議《ふしぎ》さうな|顔《かほ》をして|高姫《たかひめ》を|見《み》つめ|居《ゐ》るに、|何《なん》となく|気分《きぶん》|面白《おもしろ》からず、|又《また》もやソロソロ|憎《にく》まれ|口《ぐち》を|叩《たた》き|出《だ》した。
|高姫《たかひめ》『あのマア|折角《せつかく》|言依別《ことよりわけ》や|国依別《くによりわけ》と|腹《はら》を|合《あは》せ、ウマウマとこんな|御殿《ごてん》を|造《つく》りて、|三千世界《さんぜんせかい》のお|宝《たから》を|隠《かく》し、よもや|高姫《たかひめ》はこんな|所迄《ところまで》、|後《あと》|追《お》ひかけて|来《く》る|筈《はず》はないと|安心《あんしん》をして|厶《ござ》つたのに、|梟鳥《ふくろどり》が|夜食《やしよく》に|外《はづ》れたやうな、|皆《みな》さまのあのむつかしい|顔《かほ》ワイの。ホヽヽヽヽ、……|悪《あく》は|一旦《いつたん》は|思惑《おもわく》が|立《た》つやうなけれど、|九分九厘《くぶくりん》まで|行《い》つた|所《ところ》でクレンと|返《かへ》してやるぞよと、|変性男子《へんじやうなんし》のお|筆先《ふでさき》に|出《で》てゐませうがな。|善《ぜん》は|苦労《くらう》が|永《なが》くて|分《わか》るのが|遅《おそ》いけれど、|分《わか》りて|来《き》たら、|万劫《まんがふ》|末代《まつだい》しほれぬ|花《はな》が|咲《さ》くぞよと、|変性男子《へんじやうなんし》のお|筆先《ふでさき》に|出《で》て|居《を》りますぞえ。チツト|四股《しこ》を|入《い》れてお|筆先《ふでさき》をいただきなさい。|何程《なんぼ》われ|程《ほど》|偉《えら》い|者《もの》はない、|甘《うま》く|高姫《たかひめ》を|瞞《だま》してやつた、ここに|納《をさ》めておけば、|堅城鉄壁《けんじやうてつぺき》と|思《おも》うて|居《を》つても、|神様《かみさま》は|遠近《ゑんきん》、|明暗《めいあん》、|広狭《くわうけふ》の|区別《くべつ》なく、|一目《ひとめ》に|見《み》すかして|御座《ござ》るから、|到底《たうてい》|悪《あく》の|企《たく》みは|長続《ながつづ》きは|致《いた》しませぬぞえ。|素直《すなほ》に|改心《かいしん》するのが、お|主《ぬし》のお|得策《とく》だ。サア、|早《はや》く|玉番《たまばん》さま、|素直《すなほ》にお|出《だ》しなされ。|素直《すなほ》にさへすれば、どう|云《い》ふ|深《ふか》い|罪科《つみとが》でも、|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|神様《かみさま》がお|赦《ゆる》し|下《くだ》さいますぞや』
|国玉依別《くにたまよりわけ》『これはこれは|存《ぞん》じもよらぬ|迷惑《めいわく》で|御座《ござ》る。|私《わたくし》はヒルの|国《くに》テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》アール、アルナと|云《い》ふ|夫婦者《ふうふもの》で|御座《ござ》いまして、|祖先代々《そせんだいだい》|三五教《あななひけう》の|教《をしへ》を|信《しん》じ、|朝夕《あさゆふ》に|神様《かみさま》のお|給仕《きふじ》を|致《いた》して|居《を》る|者《もの》で|御座《ござ》いました。|所《ところ》が|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|月照彦神《つきてるひこのかみ》さまが|再《ふたた》び|現《あら》はれ|玉《たま》うて、|玉《たま》を|献《けん》じたき|者《もの》は、|一日《いちにち》も|早《はや》く|持来《もちきた》れよと|御宣示《ごせんじ》あらせられると|聞《き》き、|先祖代々《せんぞだいだい》より|大切《たいせつ》に|保護《ほご》|致《いた》して|居《を》つた|黄金《こがね》の|玉《たま》を|献上《けんじやう》せむと、|鏡《かがみ》の|池《いけ》へ|来《き》て|見《み》れば、|竜国別《たつくにわけ》と|云《い》ふ|審神者様《さにはさま》や、テーリスタン、カーリンスと|云《い》ふお|側付《そばつき》、それに|又《また》|月照彦神《つきてるひこのかみ》|様《さま》は|勿体《もつたい》ない、お|婆《ば》アさまの|姿《すがた》となり、|現《あら》はれ|玉《たま》うて、|吾々《われわれ》|夫婦《ふうふ》に|尊《たふと》き|名《な》を|賜《たま》はり、それより|朝夕《あさゆふ》|神《かみ》のお|道《みち》を|宣伝《せんでん》|致《いた》し、|遂《つひ》には|信者《しんじや》の|真心《まごころ》に|依《よ》つて、かような|立派《りつぱ》な|御殿《ごてん》|迄《まで》|出来上《できあが》り、|吾々《われわれ》は|朝夕《あさゆふ》に|真心《まごころ》をこめて|神前《しんぜん》にお|仕《つか》へいたしてをる|者《もの》で|御座《ござ》います。|玉《たま》と|申《もう》せば|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|傍《かたはら》に|積《つ》み|重《かさ》ねてあるもの|許《ばか》り、そして|吾々《われわれ》の|献《たてまつ》つた|黄金《こがね》の|玉《たま》は|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》がお|持帰《もちかへ》りになり、|其《その》|代《かは》りに|瑪瑙《めなう》の|玉《たま》を|御神体《ごしんたい》とし、|此《この》|御神殿《ごしんでん》に|祀《まつ》つて|御座《ござ》います。|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》とか|麻邇《まに》の|玉《たま》とかは、|此処《ここ》に|祭《まつ》つてをりませぬ。|又《また》|私共《わたくしども》は|拝《をが》んだこともありませぬ。もし|其《その》|玉《たま》をお|捜《さが》しならば、|外《ほか》をお|捜《さが》し|下《くだ》さい。ここには|決《けつ》して|決《けつ》して|左様《さやう》な|玉《たま》は|一個《いつこ》もありませぬ』
|高姫《たかひめ》『|何《なに》、|竜国別《たつくにわけ》が|黄金《こがね》の|玉《たま》を|持《も》つて|帰《かへ》つたとは、ソラ|何時《いつ》のこつて|御座《ござ》いますか。そして、テー、カー、の|両人《りやうにん》が|従《つ》いて|来《き》て|居《を》りましたかなア。お|前《まへ》の|目《め》に|婆《ばば》アの|生神《いきがみ》と|見《み》えたのは、そりやキツと|竜国別《たつくにわけ》の|母親《ははおや》で|鷹依姫《たかよりひめ》と|云《い》ふ|身魂《みたま》の|大変《たいへん》に|悪《わる》い|婆《ばば》ですよ。ヨウお|前《まへ》も|騙《だま》されたものだなア。オツホヽヽヽ』
|国玉依別《くにたまよりわけ》『|鰯《いわし》の|頭《あたま》も|信心《しんじん》からと|申《まを》しまして、|何程《なにほど》だまされても、|神徳《しんとく》さへ|立《た》てば|結構《けつこう》で|御座《ござ》います。|私《わたくし》の|様《やう》な|者《もの》は|一通《ひととほり》や|二通《ふたとほり》で|神界《しんかい》へ|入《い》れて|貰《もら》ふことは|出来《でき》ませぬから、いろいろと|神様《かみさま》が|人《ひと》の|手《て》をかり、|口《くち》をかつて|導《みちび》いて|下《くだ》さつたのだと、|朝夕《あさゆふ》|神様《かみさま》に|感謝《かんしや》いたしてをります。|併《しか》し|乍《なが》ら|鷹依姫《たかよりひめ》さまは|悪人《あくにん》かは|知《し》りませぬが、こう|申《まを》してはすみませぬが、お|前《まへ》さまに|比《くら》ぶれば、|幾層倍《いくそうばい》と|知《し》れぬ|人格《じんかく》の|高《たか》いお|婆《ば》アさまでした。あの|人《ひと》ならば、|私《わたくし》は|月照彦神《つきてるひこのかみ》だと|仰有《おつしや》つても|誰一人《たれひとり》|疑《うたが》ふ|者《もの》はありませぬ。お|前《まへ》さまは|何程《なにほど》|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》だと|自家《じか》|広告《くわうこく》をなさつても、|私《わたし》のやうな|素人《しろうと》の|目《め》より|見《み》れば、|如何《どう》しても|金毛九尾《きんまうきうび》の|容物《いれもの》とより|見《み》えませぬ。すべて|縁《えん》は|合縁奇縁《あひえんきえん》と|申《まを》しまして、|虫《むし》の|好《す》く|方《かた》と|虫《むし》の|好《す》かぬものと|御座《ござ》います。アハヽヽヽ』
と|円滑《ゑんくわつ》な|辞令《じれい》を|以《もつ》て、|高姫《たかひめ》を|罵倒《ばたふ》して|居《ゐ》る。
|高姫《たかひめ》『ヘン、あなたのお|目《め》は|偉《えら》いものですな。|悪魔《あくま》は|光明《くわうみやう》を|忌《い》み、|悪人《あくにん》は|善人《ぜんにん》を|嫌《きら》ふとやら、|世《よ》の|中《なか》はようしたものだ。……お|前《まへ》|嫌《いや》でも|又《また》|好《す》く|人《ひと》が、なけりや|私《わたし》の|身《み》が|立《た》たぬ、|捨《す》てる|神《かみ》があれば、|拾《ひろ》ふ|神《かみ》もある。お|気《き》に|入《い》らねばモウ|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|居《を》つてやりませぬぞえ』
|国玉《くにたま》『ハイどうぞお|願《ねが》ひで|御座《ござ》います。|一時《いちじ》も|早《はや》く|居《を》つてやらぬ|様《やう》になさつて|下《くだ》さいませ。|御願《おねがひ》|致《いた》します』
|高姫《たかひめ》『ナニ、お|前《まへ》は|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》の|此《この》|高姫《たかひめ》を|追《お》ひ|出《だ》さうと|云《い》ふのかい。|此《この》|懸橋御殿《かけはしごてん》は|三五教《あななひけう》の|神様《かみさま》の|物《もの》、|三五教《あななひけう》の|大神様《おほかみさま》は|国治立命《くにはるたちのみこと》|様《さま》、|変性男子《へんじやうなんし》と|現《あら》はれて、|世界《せかい》の|御守護《ごしゆご》を|遊《あそ》ばす、|其《その》|系統《ひつぽう》の|高姫《たかひめ》を|追《お》ひ|出《だ》さうとは、ソリヤ|又《また》、|何《なん》と|云《い》ふ|心得《こころえ》|違《ちがひ》だ。|左様《さやう》な|了見《れうけん》では|三五教《あななひけう》の|取次《とりつぎ》は|許《ゆる》すことは|出来《でき》ませぬ。|今日《けふ》|限《かぎ》り|系統《ひつぽう》の|生宮《いきみや》が|免職《めんしよく》を|言《い》ひつけます。サアトツトと|早《はや》く、|三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|館《やかた》を、|夫婦《ふうふ》|共《とも》|立退《たちの》いて|下《くだ》さい。これから|高姫《たかひめ》がここに|居《ゐ》すわり、そして、|立派《りつぱ》に|立派《りつぱ》に|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|神力《しんりき》を|現《あら》はし、|三千世界《さんぜんせかい》の|大立替《おほたてかへ》|大立直《おほたてなほ》しを|致《いた》しますぞ。|訳《わけ》の|分《わか》らぬガラクタ|役員《やくゐん》が|沢山《たくさん》|居《ゐ》ると、|足手纏《あしてまと》ひになつて|御神業《ごしんげふ》がはかどりませぬ。|誠《まこと》の|分《わか》りた|者《もの》が、|三人《さんにん》ありたら、|神《かみ》の|仕組《しぐみ》は|立派《りつぱ》に|成就《じやうじゆ》|致《いた》すもので|御座《ござ》いますぞや』
|国玉《くにたま》『|誠《まこと》の|分《わか》つた|方《かた》は、モウ|三人《さんにん》|揃《そろ》ひましたか』
|高姫《たかひめ》『|確《たしか》に|揃《そろ》ひました』
|国玉《くにたま》『|其《その》お|方《かた》の|御名《おんな》は|何《なん》と|申《まを》しますか』
|高姫《たかひめ》『|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》が|一人《ひとり》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》が|一人《ひとり》、|三五教《あななひけう》の|神司《かむづかさ》|高姫《たかひめ》が|一人《ひとり》、|三位一体《さんみいつたい》の|世《よ》の|元《もと》の|大神《おほかみ》の|御用《ごよう》を|致《いた》す、|三人《さんにん》|世《よ》の|元《もと》、|結構《けつこう》な|結構《けつこう》な|神柱《かむばしら》さへあれば、ガラクタ|神《がみ》は|一人《ひとり》も|居《ゐ》なくても、|宜《よろ》しいわいな。ホヽヽヽヽ……|余《あま》り|盲《めくら》|聾《つんぼ》の|世《よ》の|中《なか》で、|神《かみ》も|骨《ほね》が|折《を》れますワイ』
|国玉依別《くにたまよりわけ》は|高姫《たかひめ》の|勝手《かつて》|気儘《きまま》な|議論《ぎろん》に|愛想《あいさう》をつかし、こんな|連中《れんぢう》に|掛《かか》り|合《あ》つてゐては、|却《かへつ》て|馬鹿《ばか》を|見《み》なくてはならない、|又《また》|国《くに》、|玉《たま》、|竜《たつ》、|別《わけ》、|依《より》などの|幹部《かんぶ》に|対《たい》しても、|信用《しんよう》を|落《おと》す|訳《わけ》だと、|玉竜姫《たまたつひめ》を|伴《ともな》ひ、
|国玉《くにたま》『|高姫《たかひめ》|様《さま》、|暫《しばら》く|失礼《しつれい》を|致《いた》します。どうぞユルリと|遊《あそ》ばしませ。|御思案《ごしあん》が|付《つ》きましたら、|一時《いちじ》も|早《はや》く|御退場《ごたいぢやう》を|御願《おねがひ》|致《いた》します。……|常彦《つねひこ》さま、|春彦《はるひこ》さま、あなたも|大抵《たいてい》ぢや|御座《ござ》いますまいが、どうぞそこは|宜《よろ》しき|様《やう》に|御取計《おとりはか》らひを|願《ねが》ひます』
と|云《い》ひ|捨《す》て、|逃《に》げる|様《やう》にして、|玉竜姫《たまたつひめ》の|手《て》を|取《と》り、|睦《むつま》じげに|別館《べつくわん》に|立《た》つて|行《ゆ》く。|高姫《たかひめ》は|少《すこ》しく|目《め》の|上《うへ》の|瘤《こぶ》の|様《やう》に|迷惑《めいわく》がつてゐた|夫婦《ふうふ》が|別館《べつくわん》に|姿《すがた》をかくしたのに、ヤツと|胸《むね》を|撫《な》でおろし、ソロソロ|言霊《ことたま》の|連発《れんぱつ》を|始《はじ》めかけた。
|高姫《たかひめ》『コレコレ|懸橋御殿《かけはしごてん》に|御奉公《ごほうこう》|致《いた》す|皆《みな》さま|達《たち》、|是《こ》れから|誠生粋《まこときつすゐ》の|大和魂《やまとだましひ》の|因縁《いんねん》を|説《と》いて|聞《き》かしますから、|私《わたし》の|云《い》ふ|事《こと》が|分《わか》つたら、|此《この》|館《やかた》に|隠《かく》してある|金剛不壊《こんがうふえ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》を|始《はじ》め、|麻邇《まに》の|宝《たから》の|所在《ありか》を|綺麗《きれい》サツパリと、|素直《すなほ》に|白状《はくじやう》しなされや。……アレ|御覧《ごらん》なさい、|宮番《みやばん》|夫婦《ふうふ》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御威勢《ごゐせい》に|恐《おそ》れて、|別館《べつくわん》へコソコソと|逃《に》げてゐたぢやありませぬか』
|常彦《つねひこ》『モシ|高姫《たかひめ》さま、|自惚《うぬぼれ》するにも|程《ほど》がありますよ。|御夫婦《ごふうふ》の|方々《かたがた》は|貴女《あなた》の|御威勢《ごゐせい》に|恐《おそ》れて|逃《に》げられたのぢやありませぬ。|余《あま》り|脱線《だつせん》だらけの|事《こと》を、ベラベラと|際限《さいげん》もなく、お|前《まへ》さまがまくし|立《た》てるので、うるさがつて|逃《に》げて|行《ゆ》かしやつたのですよ。|慢心《まんしん》すると|嫌《きら》はれて|居《を》つても、|恐《おそ》れて|逃《に》げられた|様《やう》に|見《み》えますかいな。いかに|善意《ぜんい》に|解《かい》する|教《をしへ》だと|云《い》つても、|高姫《たかひめ》さまの|善意《ぜんい》は|一寸《ちよつと》|趣《おもむき》が|違《ちが》ふ。……コレコレ|皆様方《みなさまがた》、|必《かなら》ず|気《き》にさへて|下《くだ》さいますな、|御存《ごぞん》じの|通《とほり》の|代物《しろもの》ですから……』
|高姫《たかひめ》『コレ|常《つね》、ソラ|何《なに》を|言《い》ふのだ。|人民《じんみん》のゴテゴテ|云《い》ふ|幕《まく》ぢやありませぬぞや。|世界《せかい》のことは|隅《すみ》から|隅《すみ》まで、イロハ|四十八文字《しじふはちもじ》で|解決《かいけつ》のつく|三五教《あななひけう》の|教《をしへ》ですよ。|此《この》|高姫《たかひめ》は、|人民《じんみん》|共《ども》の|作《つく》つた|学《がく》は|知《し》りませぬが、|正真正銘《しやうしんしやうめい》の|神《かみ》|直々《ぢきぢき》の|知慧《ちゑ》が、|無尽蔵《むじんざう》に|湧《わ》いてくるのだから、|皆《みな》さま、|心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|謹《つつし》んでお|聞《き》きなさい。
いゝゝ|一番《いちばん》|此《この》|世《よ》の|中《なか》で|尊《たふと》い|宝《たから》は|誠《まこと》と|云《い》ふ|一《ひと》つの|大和魂《やまとだましひ》ですよ。それさへあれば|三千世界《さんぜんせかい》の|物事《ものごと》はキタリキタリと|何《なに》の|躊躇《ちうちよ》もなく、|成就《じやうじゆ》|致《いた》しますぞや』
|国《くに》『いゝゝ|一番《いちばん》|尊《たふと》いお|宝《たから》が|大和魂《やまとだましひ》なら、なぜお|前《まへ》さまは|無形《むけい》の|魂《たましひ》を|尊重《そんちよう》せずに、|高砂島《たかさごじま》|三界《さんかい》まで|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》を|捜《さが》しに|来《き》たのだい。ヤツパリ|形《かたち》ある|宝《たから》の|方《はう》がお|前《まへ》さまにはお|気《き》に|入《い》ると|見《み》えますな』
|高姫《たかひめ》『ろゝゝ|碌《ろく》でもない|理窟《りくつ》を|云《い》ふものでない。|金剛不壊《こんがうふえ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》は、|神様《かみさま》の|御宝《おたから》、|大和魂《やまとだましひ》は|人間《にんげん》の|宝《たから》だよ。|神《かみ》と|人《ひと》とを|一緒《いつしよ》にしてはなりませぬぞえ』
|国《くに》『ろゝゝ|論《ろん》より|証拠《しようこ》、お|前《まへ》さまは|何時《いつ》も|神人《しんじん》|合一《がふいつ》と|云《い》ふことを|称《とな》へてゐるぢやありませぬか。|神人《しんじん》|合一《がふいつ》は|神《かみ》さまと|人《ひと》と|一緒《いつしよ》になつた|事《こと》ぢやありませぬか』
|高姫《たかひめ》『はゝゝはしたない|人間《にんげん》の|知慧《ちゑ》を|以《もつ》て、|神《かみ》の|申《まを》す|事《こと》をゴテゴテと|云《い》ふものぢやありませぬワイ。|花《はな》は|桜木《さくらぎ》|人《ひと》は|武士《ぶし》と|云《い》つて、|潔《いさぎよ》うするものだ。|女《をんな》の|腐《くさ》つた|様《やう》に|何《なに》をツベコベと|小理窟《こりくつ》を|云《い》ひなさる。|何《なん》とか、|彼《か》とか|云《い》つて、|如意《によい》の|宝珠《ほつしゆ》を|渡《わた》そまいとしても|駄目《だめ》ですよ』
|国《くに》『はゝゝゝゝ|腹《なか》がよれるワイ。これ|丈《だけ》|脱線《だつせん》されては、|安心《あんしん》して|汽車《きしや》に|乗《の》る|事《こと》も|出来《でき》ませぬワイ』
|高姫《たかひめ》『にゝゝ|日本《にほん》の|神《かみ》の|道《みち》さへ|歩《ある》いてをれば|脱線《だつせん》する|気遣《きづか》ひはありませぬ。……|走《はし》り|行《ゆ》く|汽車《きしや》の|足許《あしもと》|眺《なが》むれば、ヤハリ【にほん】の|道《みち》を|行《ゆ》くなり。……|日本《にほん》の|道《みち》を|大切《たいせつ》に|守《まも》り、|外国《ぐわいこく》の|教《をしへ》をほかしさへすれば|脱線《だつせん》|所《どころ》か|一瀉千里《いつしやせんり》の|勢《いきほひ》で|希望《きばう》の|都《みやこ》へ|達《たつ》しますぞや。|外国《ぐわいこく》とは|外《はづ》れた|国《くに》と|書《か》きませうがな。|脱線《だつせん》は|即《すなは》ち|外《はづ》れるのだ。|分《わか》つたかなア』
|国《くに》『にゝゝ|二本《にほん》の|道《みち》か|四本《しほん》の|道《みち》か|知《し》らぬが、お|前《まへ》さまの|仰有《おつしや》る|事《こと》は、どうも|四本足《しほんあし》が|云《い》うとる|様《やう》に|聞《きこ》えますぞや。|四本足《しほんあし》は|所謂《いはゆる》|四《よ》つ|足《あし》だ。ゴテゴテと【|六《ろく》】でない|事《こと》を【|七《しち》】むつかしく、【|八《や》】かましう、【|九《く》】ちから|出任《でまか》せにこきちらし、【|十《と》】りとめもなく、【|百《ひやく》】【|千《せん》】【|万《まん》】|遍《べん》|喋《しやべ》り|立《た》てる、|百舌鳥《もず》か|雲雀《ひばり》の|親方《おやかた》が|此《この》|頃《ごろ》|一匹《いつぴき》|高砂島《たかさごじま》へ|飛《と》んで|来《き》たと|云《い》ふ|事《こと》だ。|百舌鳥《もず》かと|思《おも》へば|小鳥《こどり》を|取《と》つて|食《く》ふ|目玉《めだま》の|鋭《するど》い|鷹《たか》ぢやさうな。ワツハヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『ほゝゝ|吐《ほざ》くな|吐《ほざ》くな、|深遠《しんゑん》|無量《むりやう》の|神《かみ》の|御経綸《ごけいりん》がお|前《まへ》たちに|分《わか》るものか。|不言実行《ふげんじつかう》だ、ゴテゴテ|云《い》はずに、ホヽヽ|宝玉《ほうぎよく》を|早《はや》く|渡《わた》して、|素直《すなほ》に|改心《かいしん》なさるが|第一《だいいち》の|得策《とく》ぢやぞえ。お|前《まへ》はここの|総取締《そうとりしまり》ぢやないか。お|前《まへ》から|改心《かいしん》せねば|皆《みな》の|者《もの》が|助《たす》かりませぬぞや。|一人《ひとり》さへ|改心《かいしん》いたしたら|外《ほか》の|者《もの》は|皆《みな》|一度《いちど》に|改心《かいしん》|致《いた》す|仕組《しぐみ》だから、|人間界《にんげんかい》の|理窟《りくつ》はやめて、|神《かみ》の|生宮《いきみや》の|言《い》ふ|事《こと》に|絶対《ぜつたい》|服従《ふくじゆう》しなさい。ゴテゴテと|理窟《りくつ》の|云《い》ひたい|間《あひだ》は、まだ|御神徳《ごしんとく》が|充実《じゆうじつ》してゐないのだよ』
|国《くに》『ほゝゝ|放《ほ》つといて|下《くだ》され、|私《わたし》には|立派《りつぱ》な|国玉依別《くにたまよりわけ》|様《さま》と|云《い》ふお|師匠《ししやう》さまが|御座《ござ》います。|別《べつ》にお|前《まへ》さまに|下《くだ》らぬ|事《こと》を|教《をし》へて|貰《もら》ふ|必要《ひつえう》もなければ、|仮令《たとへ》|宝玉《ほうぎよく》が|有《あ》つたとしても、お|前《まへ》さまに|渡《わた》す|義務《ぎむ》がありませぬ。オツホヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『へゝゝ|屁理窟《へりくつ》|許《ばか》り、|能《よ》く|垂《た》れる|男《をとこ》ぢやな。|流石《さすが》は|国依別《くによりわけ》の|仕込《しこ》み|丈《だけ》あつて、|偉《えら》いものだワイ』
|国《くに》『へゝゝ|臍《へそ》が|茶《ちや》を|沸《わ》かしますワイ。|如何《いか》に|私《わたし》の|名《な》が|国《くに》ぢやと|云《い》つて、|見《み》た|事《こと》もない|国依別《くによりわけ》さまとやらの|仕込《しこ》みぢやなどとは、|能《よ》くも|当推量《あてすいりやう》したものだ。|私《わたし》の|国《くに》は|国依別《くによりわけ》さまの|国《くに》ぢやありませぬぞ。|此《この》|世《よ》の|御先祖《ごせんぞ》の|国治立命《くにはるたちのみこと》|様《さま》の|国《くに》で|御座《ござ》いますワイナ。ヘン……ちつと|済《す》みませぬが、|秀妻国《ほつまのくに》と|常世国《とこよのくに》と|程《ほど》|国《くに》が|違《ちが》うのだから、|余《あま》り|人《ひと》の|事《こと》まで【クニ】|病《や》んで|下《くだ》さいますな。|余《あま》り【クニ】クニ|思《おも》うと|寿命《じゆみやう》がちぢまりますぞえ。|早《はや》く【クニ】|替《が》へをせにやならぬ|事《こと》がないように【クニ】クニも|気《き》をつけておきますぞよ』
|高姫《たかひめ》『とゝゝとへうもない|事《こと》を|言《い》ひなさるな。|国治立命《くにはるたちのみこと》|様《さま》の|国《くに》ぢやなんて、|慢心《まんしん》するにも|程《ほど》がある。|慢心《まんしん》は|大怪我《おほけが》の|元《もと》ぢやぞえ』
|国《くに》『とゝゝ|途方途徹《とはうとてつ》もない|駄法螺《だぼら》を|吹《ふ》く、|唐変木《たうへんぼく》、トチ|呆《ばう》けの|尻切蜻蛉《しりきりとんぼ》の|捉《とら》へ|所《どころ》のない、|団子理窟《だんごりくつ》を|囀《さへづ》る、|常世姫《とこよひめ》の|身魂《みたま》の|性来《しやうらい》を|受《う》けた|罪人《とがにん》の|身魂《みたま》の|宿《やど》つた|肉《にく》の|宮《みや》を|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》ぢやなんて、とつけもない|法螺《ほら》を|吹《ふ》いてをると、|今《いま》に|化《ばけ》が|現《あら》はれて、|栃麺棒《とちめんぼう》を|振《ふ》り、|途方《とはう》に|暮《くれ》て|吠面《ほえづら》かわかねばならぬことが|出来《しゆつたい》|致《いた》しますぞや。
ちゝゝちつと|胸《むね》を|手《て》を|当《あて》て|考《かんが》へて|御覧《ごらん》。
りゝゝ|理窟《りくつ》|許《ばか》り|並《なら》べたつて、|神徳《しんとく》のない|者《もの》に|誰《たれ》が|往生《わうじやう》するものか。
ぬゝゝ|糠《ぬか》に|釘《くぎ》、|豆腐《とうふ》に|鎹《かすがひ》だ。
るゝゝるるとして|千万言《せんまんげん》を|連《つ》らねても|誰《たれ》も|聞《き》き|手《て》がありませぬぞや。
をゝゝをどし|文句《もんく》を|並《なら》べ|立《た》てて、|我意《がい》を|立通《たてとほ》し、|玉《たま》を|吐《は》き|出《だ》さそうとしても、お|前《まへ》さま|等《ら》の|口車《くちぐるま》に|乗《の》る|馬鹿《ばか》はありませぬワイ』
|高《たか》『わゝゝ|吾《われ》よしの|守護神《しゆごじん》|奴《め》、|人《ひと》の|言霊《ことたま》を|横取《よこどり》して、|先言《さきい》うと|云《い》ふ|事《こと》があるものか。|今《いま》|言《い》うたチリヌルヲ|如何《どう》して|呉《く》れるのだ。|訳《わけ》が|分《わか》らぬと|云《い》うても|程《ほど》があるぢやないか、|此《この》|高姫《たかひめ》が|言《い》うた|後《あと》で|力一杯《ちからいつぱい》、|辻褄《つじつま》の|合《あ》はぬ|言訳《いひわけ》を|致《いた》すのならまだしもだが、|人《ひと》より|先《さき》へ|先《さき》へ|行《ゆ》かうと|致《いた》す、|其《その》|我慢心《がまんしん》が|所謂《いはゆる》|四《よ》つ|足《あし》|根性《こんじやう》ぢやぞえ。|本当《ほんたう》に|性来《たち》の|悪《わる》い|男《をとこ》だなア』
|国《くに》『わゝゝ|悪《わる》かろが|善《よ》かろが|自由《じいう》の|権《けん》、|放《ほ》つといて|下《くだ》され。
かゝゝ|構立《かまへだて》にはして|下《くだ》さるなや。
よヽヽ|善《よ》からうが|悪《わる》かろが、|誠《まこと》の|神様《かみさま》が|裁《さば》いて|下《くだ》さるぞや。
たゝゝ|高姫《たかひめ》の|干渉《かんせう》する|問題《もんだい》ぢやありませぬぞ。
れゝゝ|礼儀《れいぎ》も|作法《さほふ》も|知《し》らずに
そゝゝそそつかしい、|人《ひと》の|館《やかた》へ|這入《はい》つて|来《き》て、|挨拶《あいさつ》も|碌《ろく》に|致《いた》さず
つゝゝ|月照彦神《つきてるひこのかみ》|様《さま》に|戒《いまし》めをくひ|乍《なが》ら
ねゝゝねぢけ|曲《まが》つた|魂《たましひ》は|何時《いつ》までも|直《なほ》らず
なゝゝ|何《なに》も|分《わか》らぬ|癖《くせ》に、|三千世界《さんぜんせかい》の|事《こと》はどんな|事《こと》でも|知《し》つてをるとか、|知《し》つて|居《を》らぬとか、|駄法螺《だぼら》を|吹《ふ》き、
らゝゝ|乱脈振《らんみやくぶり》と|云《い》つたら、|到底《たうてい》|御話《おはな》しのしかけが|出来《でき》ませぬ。
むゝゝ|六《むつ》かしい|面《つら》をして、|人《ひと》が|聞《き》いても
うゝゝウンザリする|様《やう》な、|身勝手《みがつて》な|事《こと》|許《ばか》り|並《なら》べ|立《た》て
ゐゝゝ|意地《いぢ》の|悪《わる》い|事《こと》|許《ばか》りまくし|立《た》て
のゝゝ|野天狗《のてんぐ》、|野狐《のぎつね》、|野狸《のだぬき》の|囀《さへづ》る|様《やう》な|脱線《だつせん》|理窟《りくつ》を|喋々《てふてふ》と|弁《べん》じ
おゝゝ|恐《おそ》ろしい|執着心《しふちやくしん》を|極端《きよくたん》に|発揮《はつき》し
くゝゝ|国《くに》さまに|向《むか》つて|玉《たま》の|所在《ありか》を|知《し》らせと|何程《なんぼ》|云《い》つても、|駄目《だめ》ですよ。そんな|馬鹿《ばか》な|事《こと》は
やゝゝ|止《や》めておきませうかい。|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》の|金毛九尾《きんまうきうび》の|狐《きつね》の|霊《れい》の|憑《かか》つた、どこやらのお|方《かた》には、|仮令《たとへ》|天地《てんち》がかへる|共《とも》、|此《この》|玉《たま》|許《ばか》りは|渡《わた》す|事《こと》は|罷《まか》りなりませぬワイ。
まゝゝ|誠一《まことひと》つの|心《こころ》の|持様《もちやう》で、|手《て》に|入《い》らぬ|玉《たま》も|手《て》に|入《い》る|事《こと》があり、|罷《まか》り|誠《まこと》をふみ|外《はづ》せば、|目《め》の|前《まへ》にある|玉《たま》でも|握《にぎ》れぬやうな|事《こと》が|出《で》てくるし、
けゝゝ|毛筋《けすぢ》の|横巾《よこはば》でも、|此《この》|国《くに》さまの|御機嫌《ごきげん》を|損《そこ》ねたら、|立派《りつぱ》な|玉《たま》を|上《あ》げたいと|思《おも》うても、|中途《ちうと》でひつこめて|了《しま》ひますぞ。
ふゝゝふくれ|面《づら》して|威張《ゐば》つてをる|間《あひだ》は、|高姫《たかひめ》さまも|駄目《だめ》ですよ。
こゝゝ|是丈《これだけ》|道理《だうり》を|解《と》き|聞《き》かしても|分《わか》らぬやうな|御方《おかた》なら、トツトと|帰《かへ》つて|下《くだ》され。
えゝゝ|枝《えだ》の|神《かみ》や|末《すゑ》の|神《かみ》の|分際《ぶんざい》として、|此《この》|御殿《ごてん》に|納《をさ》まつてをる|御神宝《ごしんぱう》を、|持帰《もちかへ》らうとは|身《み》の|程《ほど》|知《し》らずと|云《い》ふものだ。
てゝゝテンから|物《もの》にならぬ|企《たく》みをするより
あゝゝアツサリと|思《おも》ひ|切《き》つて
さゝゝサツサと|帰《かへ》つて|下《くだ》さい。
きゝゝ|気分《きぶん》が|悪《わる》なつて|来《き》た。アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ、オホヽヽヽ』
と|体《からだ》を|面白《おもしろ》くゆすつて、キヨくつて|見《み》せる。
|高姫《たかひめ》『ゆゝゝ|言《い》はしておけばベラベラと|際限《さいげん》もなく、こけ|徳利《どつくり》のよに、|口《くち》から|出任《でまか》せに、|泥水《どろうみ》を|吐《は》く|醜魂《しこだま》だな。
めゝゝ|盲《めくら》の|垣覗《かきのぞ》きと|云《い》ふ|事《こと》はお|前《まへ》の|事《こと》だ。|盲《めくら》|万人《まんにん》|目明《めあき》|一人《ひとり》の|世《よ》の|中《なか》だから、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|様《やう》な|目明《めあき》は|又《また》と|二人《ふたり》、|三千世界《さんぜんせかい》にないのだから、|無理《むり》はないけれど、|盲《めくら》なら|盲《めくら》らしうして|居《ゐ》なさい。|盲《めくら》|蛇《へび》におぢずと|云《い》うて、|恐《こわ》い|事《こと》|知《し》らぬ|奴《やつ》になつたら、|仕方《しかた》のないものだ。お|前《まへ》さまの|様《やう》な|盲《めくら》に、|手引《てびき》せられる|盲《めくら》|信者《しんじや》こそ|気《き》の|毒《どく》なものだ。|今《いま》の|取次《とりつぎ》|盲《めくら》|聾《つんぼ》|許《ばか》り、|其《その》|又《また》|盲《めくら》が|暗雲《やみくも》で、|世界《せかい》の|盲《めくら》の|手《て》を|引《ひ》いて、|盲《めくら》めつぽに|地獄《ぢごく》の|暗《やみ》へおちて|行《ゆ》く……と|神様《かみさま》のお|筆《ふで》に|出《で》てをりますぞえ。チツとしつかり|目《め》を|醒《さ》ましなさい。
みゝゝ|見《み》えもせぬ|節穴《ふしあな》の|様《やう》な|団栗目《どんぐりめ》をキヨロつかしても、|足許《あしもと》の|溝《どぶ》が|分《わか》りますまいがな。
しゝゝしぶとい【どうくづ】の|身魂《みたま》|程《ほど》、|改心《かいしん》さしてやりたいと|思《おも》うて|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|神様《かみさま》が|御心配《ごしんぱい》をなさる、|其《その》お|心根《こころね》がおいとしいわいの、|勿体《もつたい》ないわいの。オンオンオン』
|国《くに》『ゑゝゝゑらう|御心配《ごしんぱい》|遊《あそ》ばして|下《くだ》さいますな。|併《しか》し|乍《なが》ら、|泣《な》くの|丈《だけ》は|止《や》めて|下《くだ》さいませ。
ひゝゝ|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》ともあらうものが、|余《あま》り|見《み》つともよくありませぬぞ。
もゝゝ|諸々《もろもろ》の|邪念《じやねん》を|去《さ》つて、|今日《けふ》|限《かぎ》り|此《この》|館《やかた》に|納《をさ》めてある、|結構《けつこう》な|御神宝《ごしんぱう》に|対《たい》する|執着心《しふちやくしん》を|綺麗《きれい》サツパリと|脱却《だつきやく》なさいませ。
せゝゝ|雪隠《せんち》で|饅頭《まんぢう》|食《く》うたよな|顔《かほ》をして、|人《ひと》の|苦労《くらう》で|得《とく》をとり、|自分《じぶん》が|発見《はつけん》したやうな|顔《かほ》して|聖地《せいち》へ|帰《かへ》り、|威張《ゐば》りちらさうと|思《おも》うても|駄目《だめ》ですよ。
すゝゝ|澄《す》み|渡《わた》る|月照彦神《つきてるひこのかみ》の|申《まを》す|事《こと》、|能《よ》く|耳《みみ》へ|入《い》れて、|高砂島《たかさごじま》を|一日《いちにち》も|早《はや》く|立去《たちさ》り、|自転倒島《おのころじま》の|中心地《ちうしんち》、|冠島《をしま》|沓島《めしま》に|麻邇《まに》の|宝玉《ほうぎよく》|隠《かく》しあれば、|其《その》|方《はう》は、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》|等《ら》と|共《とも》に|其《その》|玉《たま》を|掘出《ほりだ》し、|錦《にしき》の|宮《みや》に|持帰《もちかへ》り、|言依別命《ことよりわけのみこと》の|留守番《るすばん》を|神妙《しんめう》に|致《いた》すがよからう。ウンウンウン』
ドスンと|飛《と》び|上《あが》り……
『あゝ|何《なん》だか|随分《ずゐぶん》、|喧《やかま》しう|囀《さへづ》つた|様《やう》ですなア。|皆《みな》さま、|私《わたし》はどんな|事《こと》を|云《い》ひましたな。|覚《おぼ》えて|居《を》つて|下《くだ》さいますやらうねエ』
|高姫《たかひめ》『コレ、|国《くに》さまとやら、|人《ひと》を|盲《めくら》にしなさるのか。|本当《ほんたう》の|神様《かみさま》か|神様《かみさま》でないか、|世界一《せかいいち》の|此《この》|審神者《さには》が|見届《みとど》けたら|間違《まちが》ひありませぬぞえ。そんな|嘘《うそ》の|神懸《かむがかり》をして、|国依別《くによりわけ》が|生田《いくた》の|森《もり》で|私《わたし》を|騙《だま》さうとしたやうな、|古《ふる》い|手《て》は|食《く》ひませぬぞえ。ホヽヽヽヽ、|若《も》し|誰《たれ》が|何《なん》と|云《い》つても|是《これ》から|家探《やさが》しして、|玉《たま》の|所在《ありか》を|捜《さが》すのだ。……サア|常《つね》、|春《はる》、ここが|千騎一騎《せんきいつき》の|性念場《しやうねんば》だ』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、つかつかと|神殿《しんでん》|目《め》がけて|走《は》せ|上《のぼ》りけり。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
第三篇 |神鬼《しんき》|一転《いつてん》
第一一章 |日出姫《ひのでひめ》〔八三三〕
|高姫《たかひめ》は|矢庭《やには》に|神前《しんぜん》に|駆《か》け|上《のぼ》り、|扉《とびら》に|手《て》をかけた。|忽《たちま》ち|頭《あたま》の|光《ひか》つた|脇立《わきだち》の|狭依彦神《さよりひこのかみ》、|煙《けぶり》の|如《ごと》く|朦朧《まうろう》と|現《あら》はれ、|高姫《たかひめ》の|首筋《くびすぢ》をグツと|握《にぎ》つて|壇上《だんじやう》より、|蛇《へび》を|大地《だいち》に|投《な》げつけた|様《やう》に、ポイと|撥《は》ね|飛《と》ばした。|高姫《たかひめ》は|暫《しばら》く|虫《むし》の|息《いき》にてそこに|打倒《うちたふ》れ、|何事《なにごと》か|切《しき》りに|囈言《うさごと》を|言《い》つてゐる。|国《くに》、|玉《たま》は|驚《おどろ》いて『|水《みづ》ぢや|水《みづ》ぢや』と|立騒《たちさわ》ぐを、|常彦《つねひこ》は|制《せい》し|止《とど》め、
『モシモシ|皆《みな》さま、|構立《かまへだて》をせずに、|少時《しばらく》|放《ほ》つといて|下《くだ》さいませ。|御存《ごぞん》じの|通《とほり》|御神前《ごしんぜん》の|脇《わき》に|朦朧《もうろう》として|御神体《ごしんたい》が|現《あら》はれ、こらしめの|為《ため》に|高姫《たかひめ》を|取《と》つて|投《な》げられたのですから、|余《あま》り|高姫《たかひめ》を|構《かま》うと、|又《また》へらず|口《ぐち》を|叩《たた》き|慢心《まんしん》を|致《いた》しますから、|十分《じふぶん》|改心《かいしん》する|所《ところ》|迄《まで》|放《ほ》つといてやつて|下《くだ》さいませ。|高姫《たかひめ》の|身《み》の|為《ため》ですから……|一人前《いちにんまへ》の|誠《まこと》の|宣伝使《せんでんし》にしてやらうと|思召《おぼしめ》さば、|十分《じふぶん》に|苦《くるし》ましておく|方《はう》が|高姫《たかひめ》に|対《たい》する|慈悲《じひ》になりまする』
と|真心《まごころ》から|語《かた》り|出《だ》したるを、|一同《いちどう》は|常彦《つねひこ》の|言《ことば》に|従《したが》ひ、|高姫《たかひめ》が|自然《しぜん》|正気《しやうき》に|復《かへ》る|迄《まで》、そこに|放任《はうにん》しておき、|各自《めいめい》|別間《べつま》に|入《い》つて、|神徳《しんとく》を|戴《いただ》き、|昼飯《ちうはん》などを|喫《きつ》し、|悠々《いういう》として|世間話《せけんばなし》に|耽《ふけ》つてゐた。|暫《しばら》くすると|神殿《しんでん》に|於《おい》て、|高姫《たかひめ》の|金切声《かなきりごゑ》が|聞《きこ》えて|来《き》た。|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》、|国《くに》、|玉《たま》|等《ら》|一同《いちどう》は|此《この》|声《こゑ》に|驚《おどろ》いて、|神殿《しんでん》に|駆《か》けつけ|見《み》れば、|高姫《たかひめ》は|何《なん》とも|知《し》れぬ|大《おほ》きな|男《をとこ》に、|毬《まり》つく|様《やう》に、|放《はう》り|上《あ》げられたり、おとされたり、なぶりものに|会《あ》はされ、|悲鳴《ひめい》を|上《あ》げゐたりける。
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》の|姿《すがた》を|見《み》るより、|大《だい》の|男《をとこ》は|煙《けぶり》の|如《ごと》くに|消《き》えて|了《しま》つた。|此《この》|大《だい》の|男《をとこ》と|見《み》えしは、|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|現《あら》はれました|月照彦命《つきてるひこのみこと》の|出現《しゆつげん》であつたとの|事《こと》なり。
|高姫《たかひめ》は|真青《まつさを》な|顔《かほ》をし|乍《なが》ら、|懸橋《かけはし》の|御殿《ごてん》を|表《おもて》に|駆《か》け|出《だ》し、|一生懸命《いつしやうけんめい》にアリナの|山《やま》を|指《さ》して|登《のぼ》つて|行《ゆ》く。|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》は|見失《みうしな》うては|大変《たいへん》と、|高姫《たかひめ》の|後《あと》を|一生懸命《いつしやうけんめい》に|追《お》つかけて|行《ゆ》く。|国玉依別命《くにたまよりわけのみこと》の|命令《めいれい》によつて、|竜《たつ》、|玉《たま》の|両人《りやうにん》は|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》の|後《うしろ》より、『オーイ オーイ』と|呼《よ》ばはり|乍《なが》ら、アリナの|峰《みね》を|駆《か》け|登《のぼ》り|行《ゆ》く。
|高姫《たかひめ》は|漸《やうや》くにして、|鷹依姫《たかよりひめ》|一行《いつかう》が|野宿《のじゆく》したる|白楊樹《はくようじゆ》の|傍《かたはら》まで|駆《か》け|着《つ》いた。|何《なん》とはなしに|身体《しんたい》|非常《ひじやう》に|重《おも》たくなり、|疲労《ひらう》を|感《かん》じ、グタリと|横《よこ》になつて、|大蜥蜴《おほとかげ》の|沢山《たくさん》に|爬行《はかう》して|居《ゐ》る|草原《くさはら》に|横《よこ》たはり、|他愛《たあい》もなく|寝《ね》て|了《しま》つた。
|夜半《やはん》に|目《め》を|醒《さ》まし、そこらあたりをキヨロキヨロと|見廻《みまは》し、
|高姫《たかひめ》『ハテナア、ここは|何処《どこ》だつたいなア。|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|懸橋御殿《かけはしごてん》の|中《なか》だと|思《おも》つてゐたのに、そこら|中《ぢう》が|萱野原《かやのはら》、|人《ひと》の|子《こ》|一匹《いつぴき》|居《を》りはせぬ。アハー、やつぱり|鏡《かがみ》の|池《いけ》のスツポン|奴《め》、|此《この》|野原《のはら》を、あんな|立派《りつぱ》な|御殿《ごてん》と|見《み》せて、|騙《だま》しよつたのだな。|悪神《あくがみ》と|云《い》ふものは|油断《ゆだん》のならぬものだ。|禿頭《はげあたま》の|神《かみ》が|出《で》て|来《き》て、|取《と》つて|放《ほ》かしたり、|大《おほ》きな|男《をとこ》が|現《あら》はれて、|此《この》|高姫《たかひめ》を|毬《まり》つくやうにさいなめよつたと|思《おも》つたが、ヤツパリ|騙《だま》されて|居《ゐ》たのかなア。|昔《むかし》|常世会議《とこよくわいぎ》の|時《とき》にも、|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|立派《りつぱ》な|国魂神《くにたまがみ》が、|泥田《どろた》の|中《なか》で|狐《きつね》に|魅《つま》まれ、|末代《まつだい》の|恥《はぢ》をかいたと|云《い》ふことだが、ヤツパリ|此《この》|高砂島《たかさごじま》も|常世《とこよ》の|国《くに》の|陸《おか》つづきだから、|居《を》ると|見《み》えるワイ。アヽドレドレ|眉毛《まゆげ》に|唾《つばき》でも|付《つ》けて、しつかり|致《いた》しませう。……|時《とき》に|常《つね》や|春《はる》の|周章者《あわてもの》は、どこへ|沈没《ちんぼつ》しよつたのか、テンで|影《かげ》も|形《かたち》も|見《み》えなくなつて|了《しま》つた』
と|独語《ひとりごと》を|云《い》つて|居《ゐ》る。
|俄《にはか》に|大粒《おほつぶ》の|雨《あめ》パラパラパラと|降《ふ》り|出《だ》して|来《き》た。|満天《まんてん》|黒雲《こくうん》に|包《つつ》まれ、|次第々々《しだいしだい》に|足許《あしもと》さへ|見《み》えなくなつて|来《き》た。|獅子《しし》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》の|吼《ほ》えたける|様《やう》な|怪《あや》しき|唸《うな》り|声《ごゑ》は、|暴風《ばうふう》の|如《ごと》く|耳《みみ》をつんざく。|寂寥《せきれう》|刻々《こくこく》に|加《くは》はり、|流石《さすが》の|高姫《たかひめ》も|茫々《ばうばう》として|際限《さいげん》もなき|原野《げんや》の|中《なか》に|只一人《ただひとり》|投《な》げ|出《だ》され、|足許《あしもと》さへ|見《み》えなくなり、|心細《こころぼそ》さに|目《め》を|塞《ふさ》ぎ、|腕《うで》を|組《く》み、|大地《だいち》に|胡坐《あぐら》をかき|思案《しあん》に|暮《く》れて|居《ゐ》る。
パツと|雷光《いなづま》の|如《ごと》き|光《ひかり》が|現《あら》はれたと|思《おも》ふ|途端《とたん》に、|雲突《くもつ》く|計《ばか》りの|白髪《はくはつ》の|怪物《くわいぶつ》、|耳《みみ》|迄《まで》|引裂《ひきさ》けた|口《くち》から、|血《ち》をタラタラと|垂《た》らし|乍《なが》ら、|高姫《たかひめ》の|前《まへ》にのそりのそりと|浮《う》いた|様《やう》に|進《すす》み|来《きた》り、
|怪物《くわいぶつ》『アハヽヽヽ、|人肉《じんにく》の|温《あたた》かいのが|一度《いちど》|食《く》つて|見《み》たいと、|常《つね》がね|希望《きばう》して|居《ゐ》たが、アヽ|時節《じせつ》は|待《ま》たねばならぬものだ。|少《すこ》し|古《ふる》うて|皺《しわ》がより、|肉《にく》が|固《かた》くなり、|骨《ほね》も|余《あま》り|軟《やわら》かくないが、これでもひだるい|時《とき》にまづい|物《もの》なし、|辛抱《しんばう》して|食《く》つてやらうかな。イヒヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エハヽヽヽ、オホヽヽヽ。|甘《うま》いぞ|甘《うま》いぞ』
とニコニコし|乍《なが》ら、|高姫《たかひめ》の|髻《たぶさ》をグツと|握《にぎ》つた。|高姫《たかひめ》は|猫《ねこ》に|掴《つか》まつた|鼠《ねずみ》の|如《や》うに、|五体《ごたい》|萎縮《ゐしゆく》し、ビリビリと|震《ふる》ひ|戦《おのの》いて|居《ゐ》る。|此《この》|時《とき》|何処《どこ》ともなく、|嚠喨《りうりやう》たる|音楽《おんがく》の|音《ね》が|聞《きこ》えて|来《き》た。|此《この》|声《こゑ》の|耳《みみ》に|入《い》ると|共《とも》に、|高姫《たかひめ》は|俄《にはか》に|心《こころ》|晴《は》れ|晴《ば》れしくなり、|強力《きやうりよく》なる|味方《みかた》を|得《え》たやうな|気分《きぶん》に|充《みた》された。|怪物《くわいぶつ》は|高姫《たかひめ》の|髻《たぶさ》を|握《にぎ》つた|手《て》をパツと|放《はな》した。|目《め》をあけて|見《み》れば、|容色《ようしよく》|花《はな》の|如《ごと》く、|水《みづ》のしたたる|様《やう》な|黒髪《くろかみ》を|背後《はいご》に|垂《た》らし、|梅《うめ》の|花《はな》を|片手《かたて》に|持《も》ち、|片手《かたて》に|白扇《はくせん》を|拡《ひろ》げて|持《も》つた|女神《めがみ》、|厳然《げんぜん》として|現《あら》はれ、|言葉《ことば》|静《しづ》かに|宣《の》り|玉《たま》ふやう、
|女神《めがみ》『|其《その》|方《はう》は|高姫《たかひめ》であらうがな。|今迄《いままで》|我情《がじやう》|我慾《がよく》の|雲《くも》に|包《つつ》まれ、|少《すこ》しも|反省《はんせい》の|念《ねん》なく、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》を|標榜《へうぼう》し、|随分《ずゐぶん》|大神《おほかみ》の|御神業《ごしんげふ》に|対《たい》し|妨害《ばうがい》を|加《くは》へ|来《きた》りし|事《こと》を|悟《さと》つて|居《ゐ》るか。|其《その》|方《はう》は|力一杯《ちからいつぱい》|神界《しんかい》の|御用《ごよう》を|努《つと》めた|積《つも》りで、|極力《きよくりよく》|神界《しんかい》の|妨害《ばうがい》を|致《いた》し、|神《かみ》の|依《よ》さしの|教主《けうしゆ》|言依別命《ことよりわけのみこと》に|対《たい》し、|悪言暴語《あくげんぼうご》を|以《もつ》て|向《むか》ひ|奉《たてまつ》り、|黒姫《くろひめ》を|頤使《いし》して|今迄《いままで》|聖地《せいち》を|混乱《こんらん》|致《いた》した|其《その》|方《はう》の|罪《つみ》、|山《やま》よりも|高《たか》く、|海《うみ》よりも|深《ふか》し。さり|乍《なが》ら、|汝《なんぢ》|今《いま》|茲《ここ》にて|悔《く》い|改《あらた》めなば、|今《いま》|一度《いちど》|其《その》|罪《つみ》を|赦《ゆる》し、|身魂《みたま》|研《みが》きし|上《うへ》、|神界《しんかい》の|御用《ごよう》に|使《つか》うてやらう。|高姫《たかひめ》、|返答《へんたふ》は|如何《いかが》であるか』
と|宣《の》らせ|玉《たま》ひ、|高姫《たかひめ》の|顔《かほ》を|熟視《じゆくし》し|給《たま》ふ。|高姫《たかひめ》は|女神《めがみ》のどこともなく|身体《しんたい》より|発《はつ》する|光輝《くわうき》に|打《う》たれ、
『ハイハイ、|今日《こんにち》|限《かぎ》り|改心《かいしん》|致《いた》しまする。どうぞ|今迄《いままで》の|罪《つみ》はお|赦《ゆる》し|下《くだ》さいませ。|如何《いか》なる|事《こと》でも、|神様《かみさま》の|仰《あふ》せとあらば|承《うけた》まはりませう』
|女神《めがみ》『|然《しか》らば|汝《なんぢ》に|申《まを》し|付《つ》くる|事《こと》がある。|此《この》|白楊樹《はくようじゆ》の|空《そら》に、|錦《にしき》の|袋《ふくろ》|止《と》まりあり、|其《その》|中《なか》には、テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》が|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|献《たてまつ》りたる|黄金《こがね》の|宝玉《ほうぎよく》あり。|今《いま》これを|汝《なんぢ》の|手《て》に|相渡《あひわた》す。|汝《なんぢ》が|手《て》より|明朝《みやうてう》|茲《ここ》に|現《あら》はれ|来《きた》る|懸橋御殿《かけはしごてん》の|神司《かむづかさ》、|玉《たま》、|竜《たつ》の|両人《りやうにん》に|相渡《あひわた》し、|持帰《もちかへ》らしめよ。|金色燦爛《きんしよくさんらん》たる|此《この》|玉《たま》を|眺《なが》めて、|再《ふたた》び|執着心《しふちやくしん》を|起《おこ》す|如《ごと》きことあらば、|最早《もはや》|汝《なんぢ》は|神界《しんかい》の|御用《ごよう》には|立《た》つ|可《べか》らず。|能《よ》く|余《よ》が|言葉《ことば》を|胸《むね》に|畳《たた》みて|忘《わす》るるな』
|高姫《たかひめ》『ハイ、|決《けつ》して|決《けつ》して|忘《わす》れは|致《いた》しませぬ。|今日《こんにち》|限《かぎ》り、|玉《たま》に|対《たい》する|執着心《しふちやくしん》は|放棄《はうき》|致《いた》します』
|女神《めがみ》は|白楊樹《はくようじゆ》に|向《むか》ひ、
『|来《きた》れ|来《きた》れ』
と|招《まね》き|玉《たま》へば、|不思議《ふしぎ》や、|白楊樹《はくようじゆ》は|暗《やみ》の|中《なか》に|輪廓《りんくわく》|明《あか》く|現《あら》はれ、|錦《にしき》の|袋《ふくろ》はフワリフワリと|女神《めがみ》の|前《まへ》に|降《くだ》り|来《き》たりぬ。
|女神《めがみ》『|高姫《たかひめ》、|此《この》|錦《にしき》の|袋《ふくろ》の|中《なか》には|黄金《こがね》の|如意宝珠《によいほつしゆ》が|包《つつ》まれあり。|披見《ひけん》を|許《ゆる》す。|早《はや》く|〓《あらた》め|見《み》よ』
|高姫《たかひめ》は、
『ハイ』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|袋《ふくろ》の|紐《ひも》を|解《と》き、|中《なか》を|覗《のぞ》き|見《み》てハツと|計《ばか》り、|其《その》|光《ひかり》に|打《う》たれ|居《ゐ》る。
|女神《めがみ》『どうぢや、|其《その》|玉《たま》は|欲《ほ》しくはないか』
|高姫《たかひめ》『イエもう|決《けつ》して、|何程《なにほど》|立派《りつぱ》な|玉《たま》でも、|形《かたち》ある|宝《たから》には|少《すこ》しの|未練《みれん》も|御座《ござ》いませぬ。|無形《むけい》の|心《こころ》の|玉《たま》こそ、|最《もつと》も|大切《たいせつ》だと|御神徳《おかげ》をとらして|頂《いただ》きました。|決《けつ》して|決《けつ》して|今後《こんご》は、|玉《たま》に|対《たい》して、|心《こころ》を|悩《なや》ます|様《やう》なことは|致《いた》しませぬ』
|女神《めがみ》『|又《また》|後戻《あともど》りを|致《いた》さぬ|様《やう》に|気《き》をつけて|置《お》く。|就《つ》いては、|汝《なんぢ》これより|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》と|共《とも》に|此《この》|原野《げんや》を|東《ひがし》へ|渉《わた》り、|種々《いろいろ》|雑多《ざつた》の|艱難《かんなん》を|嘗《な》め、アルの|港《みなと》より|海岸線《かいがんせん》を|舟《ふね》にて|北方《ほくぱう》に|渡《わた》り、ゼムの|港《みなと》に|立寄《たちよ》り、そこに|上陸《じやうりく》して、|神業《しんげふ》を|修《しう》し、|再《ふたた》び|船《ふね》に|乗《の》り、チンの|港《みなと》より|再《ふたた》び|上陸《じやうりく》して、アマゾン|河《がは》の|口《くち》に|出《い》で、|船《ふね》にて|河《かは》を|遡《さかのぼ》り、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》の|一行《いつかう》に|出会《であ》ひ、そこにて|再《ふたた》び|大修業《だいしうげふ》をなし、|言依別命《ことよりわけのみこと》、|国依別命《くによりわけのみこと》の|命《めい》に|従《したが》ひ、|直様《すぐさま》|自転倒島《おのころじま》に|立帰《たちかへ》り、|沓島《くつじま》、|冠島《かむりじま》に|隠《かく》されてある、|青《あを》、|赤《あか》、|白《しろ》、|黄《き》の|麻邇《まに》の|珠《たま》を|取出《とりいだ》し、|錦《にしき》の|宮《みや》に|納《をさ》めて、|生《うま》れ|赤子《あかご》の|心《こころ》となり、|神業《しんげふ》に|参加《さんか》せよ。|少《すこ》しにても|慢神心《まんしんごころ》あらば、|最前《さいぜん》の|如《ごと》く、|鬼神《おにがみ》|現《あら》はれて、|汝《なんぢ》が|身魂《みたま》に|戒《いまし》めを|致《いた》すぞよ。ゆめゆめ|疑《うたが》ふ|勿《なか》れ。|余《わ》れこそは|言依別命《ことよりわけのみこと》を|守護《しゆご》|致《いた》す、|日《ひ》の|出姫神《でひめのかみ》であるぞよ。|今日迄《こんにちまで》|其《その》|方《はう》|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》と|申《まを》して|居《ゐ》たが、|其《その》|実《じつ》は|金毛九尾《きんまうきうび》|白面《はくめん》の|悪狐《あくこ》の|霊《れい》、|汝《なんぢ》の|体内《たいない》に|憑《かか》りて、|三五《あななひ》の|神《かみ》の|経綸《けいりん》を|妨害《ばうがい》|致《いた》さむと、|汝《なんぢ》の|肉体《にくたい》を|使用《しよう》してゐたのであるぞや』
|高姫《たかひめ》『ハイあなた|様《さま》から、さう|承《うけたま》はりますと、|何《なん》だか、|其《その》|様《やう》な|心持《こころもち》が|致《いた》して|参《まゐ》りました。それに|間違《まちがひ》は|御座《ござ》いますまい』
|女神《めがみ》『|最早《もはや》|夜明《よあ》けにも|近《ちか》ければ、|妾《わらは》は|天教山《てんけうざん》に|立帰《たちかへ》り、|日《ひ》の|出神《でのかみ》、|木花姫神《このはなひめのかみ》に|汝《なんぢ》が|改心《かいしん》の|次第《しだい》を|申《まを》し|上《あ》げむ。|高姫《たかひめ》さらば……』
と|言《い》ふより|早《はや》く、|五色《ごしき》の|雲《くも》に|乗《の》り、|天上《てんじやう》|高《たか》く|昇《のぼ》らせ|玉《たま》うた。|高姫《たかひめ》はホツと|一息《ひといき》し|乍《なが》ら、あたりを|見《み》れば、|夜《よ》は|既《すで》に|明《あ》け|放《はな》れ、|東《ひがし》の|空《そら》は|麗《うるは》しき|五色《ごしき》の|雲《くも》|靉《たなび》き、|太陽《たいやう》は|地平線《ちへいせん》を|離《はな》れて、|清《きよ》き|姿《すがた》を|現《あら》はし|給《たま》ふ|間際《まぎわ》なりけり。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
第一二章 |悔悟《くわいご》の|幕《まく》〔八三四〕
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》は|後《あと》より|追《お》つかけ|来《きた》りし|玉《たま》、|竜《たつ》の|二人《ふたり》と|共《とも》に、アリナの|高山《かうざん》を|漸《やうや》く|登《のぼ》り、|到底《たうてい》、|高姫《たかひめ》に|追付《おひつ》く|可《べか》らざるを|断念《だんねん》し、|高山《かうざん》の|頂《いただ》きにて|息《いき》を|休《やす》め、|其《その》|夜《よ》を|明《あ》かした。
|丑満《うしみつ》|頃《ごろ》と|覚《おぼ》しき|時《とき》、|東《ひがし》の|空《そら》をフト|眺《なが》むれば、|俄《にはか》に|黒雲《くろくも》|起《おこ》り、|満天《まんてん》の|星《ほし》は|一《ひと》つも|残《のこ》らず|姿《すがた》を|隠《かく》し、|追々《おひおひ》|風《かぜ》は|烈《はげ》しく|峰《みね》の|尾《を》の|上《へ》を|吹《ふ》き|捲《まく》り、|四人《よにん》は|眠《ねむ》りもならず、|其《その》|雲《くも》を|怪《あや》しみ|眺《なが》めつつあつた。|忽《たちま》ち|東《ひがし》の|天《てん》に|黒雲《くろくも》の|中《なか》より、|輪廓《りんくわく》|明《あきら》かなる|白髪《はくはつ》の|大怪物《だいくわいぶつ》|現《あら》はれ|来《きた》り、|地上《ちじやう》に|向《むか》つて|降《くだ》る|姿《すがた》が|見《み》えた。|四人《よにん》は『アレヨアレヨ』と|指《さ》し、|眺《なが》めてゐた。|暫《しばら》くあつて|容色端麗《ようしよくたんれい》なる|女神《めがみ》|又《また》もや|空中《くうちう》に|現《あら》はるるよと|見《み》る|間《ま》に、|見《み》るも|恐《おそ》ろしき|金毛九尾《きんまうきうび》|白面《はくめん》の|悪狐《あくこ》は|暗《やみ》を|照《て》らし|乍《なが》ら、|北方《ほくぱう》|常世国《とこよのくに》の|空《そら》を|目《め》がけて|走《はし》り|行《ゆ》く。|四人《よにん》は|奇異《きゐ》の|思《おも》ひに|打《う》たれ、|目《め》も|放《はな》たず|東天《とうてん》を|眺《なが》めて|居《ゐ》た。|不思議《ふしぎ》や|空中《くうちう》に|錦《にしき》の|袋《ふくろ》、あたりを|照《て》らし|乍《なが》らこれ|又《また》フワリフワリと|櫟《くぬぎ》が|原《はら》の|上《うへ》に|落下《らくか》するのを|見《み》た。
|漸《やうや》くにして|東天《とうてん》|五色《ごしき》の|雲《くも》に|色《いろ》どられ、|天津日《あまつひ》は|悠々《いういう》として|昇《のぼ》らせ|給《たま》うた。|四人《よにん》は|直《ただち》に|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|終《をは》つて、|木々《きぎ》の|果実《このみ》を|朝飯《あさめし》の|代《かは》りにむしり|喰《くら》ひ、|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|乍《なが》ら、|足《あし》に|任《まか》せて、|高姫《たかひめ》の|所在《ありか》を|探《さぐ》らむと|下《くだ》り|行《ゆ》く。
|漸《やうや》くにして|日《ひ》の|暮《く》るる|頃《ころ》、|櫟ケ原《くぬぎがはら》の|高姫《たかひめ》が|端坐《たんざ》せる|白楊樹《はくようじゆ》の|下《もと》に|辿《たど》り|着《つ》いた。|高姫《たかひめ》は|心魂《しんこん》|開《ひら》け、|真如《しんによ》の|日月《じつげつ》|心《こころ》の|空《そら》に|輝《かがや》き、|天眼通力《てんがんつうりき》を|得《え》て、|四人《よにん》の|後《あと》を|追《お》ひ|来《きた》る|事《こと》を|知《し》り、|茲《ここ》に|端坐《たんざ》して|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し|乍《なが》ら、|一行《いつかう》を|待《ま》つてゐたのである。
|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|神霊《しんれい》と |現《あら》はれませる|月照彦《つきてるひこ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|戒《いまし》めに |天狗《てんぐ》の|鼻《はな》の|高姫《たかひめ》は
|高《たか》い|鼻《はな》をばめしやがれて |忽《たちま》ち|身体《しんたい》|震動《しんどう》し
|人事不省《じんじふせい》に|陥《おちい》りつ |懸橋御殿《かけはしごてん》にかきこまれ
|国玉依別《くにたまよりわけ》|始《はじ》めとし |数多《あまた》の|神《かみ》の|司《つかさ》|等《ら》に
|水《みづ》よ|薬《くすり》よ|祝詞《のりと》よと |手《て》あつき|介抱《かいほう》に|息《いき》を|吹《ふ》き
|感謝《かんしや》するかと|思《おも》ひきや |又《また》もや|例《れい》の|逆理窟《さかりくつ》
|教主《けうしゆ》|夫婦《ふうふ》も|驚《おどろ》いて |愛想《あいそ》をつかし|別館《べつくわん》に
|早々《さうさう》|姿《すがた》を|隠《かく》しける |後《あと》に|高姫《たかひめ》|傲然《ごうぜん》と
|御殿《ごてん》に|近《ちか》く|仕《つか》へたる |国《くに》、|玉《たま》、|竜《たつ》の|宣伝使《せんでんし》
|向《むか》ふに|廻《まは》して|減《へ》らず|口《ぐち》 いろは|匂《にほ》へど|散《ち》りぬるを
|四十八文字《しじふやもじ》で|世《よ》の|中《なか》の |一切万事《いつさいばんじ》|高姫《たかひめ》が
|解決《かいけつ》すると|法螺《ほら》を|吹《ふ》き |金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》
|麻邇《まに》の|宝《たから》を|国依別《くによりわけ》の |教司《をしへつかさ》や|玉治別《たまはるわけ》
|言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》|等《ら》が |広《ひろ》き|御殿《ごてん》を|拵《こしら》へて
|三千世界《さんぜんせかい》の|神宝《しんぱう》を |隠《かく》してゐるに|違《ちがひ》ない
|高姫《たかひめ》ここへ|来《き》た|上《うへ》は |最早《もはや》|逃《のが》れぬ|百年目《ひやくねんめ》
|綺麗《きれい》サツパリ|渡《わた》せよと |無理難題《むりなんだい》を|吹《ふ》きかける
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|其《その》|外《ほか》の |御殿《ごてん》に|仕《つか》ふる|司《つかさ》|等《ら》も
|猜疑《さいぎ》の|深《ふか》き|高姫《たかひめ》に |顔《かほ》|見合《みあは》せて|当惑《たうわく》し
|一時《いちじ》も|早《はや》く|此《この》|場《ば》をば |出発《た》つて|欲《ほ》しいと|促《うなが》せば
|高姫《たかひめ》|眼《まなこ》を|怒《いか》らして |悪言暴語《あくげんぼうご》を|連発《れんぱつ》し
|遂《つひ》には|清《きよ》き|神殿《しんでん》に |阿修羅王《あしゆらわう》の|如《ごと》|駆上《かけあが》り
|扉《とびら》に|両手《りやうて》をかくる|折《をり》 |鏡《かがみ》の|池《いけ》の|守護神《まもりがみ》
|狭依《さより》の|彦《ひこ》が|現《あら》はれて |高姫司《たかひめつかさ》の|首筋《くびすぢ》を
グツと|掴《つか》んで|階段《かいだん》の |真下《ました》にきびしく|投《な》げつける
|流石《さすが》の|高姫《たかひめ》|目《め》をまはし |半死半生《はんしはんしやう》の|有様《ありさま》を
|以後《いご》の|見《み》せしめ|捨《す》ておけと |常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》は
|国《くに》、|玉《たま》、|依《より》や|竜《たつ》などの |神《かみ》の|司《つかさ》の|親切《しんせつ》を
|暫《しば》しとどめて|別館《べつくわん》に |到《いた》りて|神酒《みき》を|頂戴《ちやうだい》し
|世間話《せけんばなし》に|耽《ふけ》る|折《をり》 |御殿《ごてん》に|怪《あや》しき|叫《さけ》び|声《ごゑ》
|何事《なにごと》ならむと|一同《いちどう》は |駆《かけ》より|見《み》れば|此《こ》は|如何《いか》に
|大《だい》の|男《をとこ》は|高姫《たかひめ》を |手玉《てだま》に|取《と》つてさいなみつ
|其《その》|儘《まま》|姿《すがた》を|隠《かく》しける |高姫《たかひめ》|驚《おどろ》き|立上《たちあが》り
|玄関口《げんくわんぐち》に|立出《たちい》でて |手早《てばや》く|草鞋《わらぢ》を|足《あし》にかけ
アリナの|山《やま》の|急坂《きふはん》を |矢《や》を|射《い》る|如《ごと》く|逃《に》げて|行《ゆ》く
|高姫《たかひめ》やうやう|大野原《おほのはら》 |芒《すすき》の|茂《しげ》り|白楊樹《はくようじゆ》
|並《なら》びて|立《た》てる|櫟ケ原《くぬぎがはら》の |大木《おほき》の|根元《ねもと》に|辿《たど》り|着《つ》き
|草臥《くたびれ》|果《は》てて|腰《こし》おろし |前後《ぜんご》も|知《し》らず|眠入《ねい》りけり。
|高姫《たかひめ》|夜中《よなか》に|目《め》を|醒《さ》まし |耳《みみ》をすませばコハ|如何《いか》に
|獅子《しし》|狼《おほかみ》や|虎《とら》|熊《くま》の |幾百千《いくひやくせん》とも|限《かぎり》なく
|声《こゑ》を|揃《そろ》へて|唸《うな》るよな |身《み》の|毛《け》もよだつ|物凄《ものすご》さ
|黒雲《くろくも》|四方《よも》に|塞《ふさ》がりて |足許《あしもと》さへも|見《み》えかぬる
|暗《やみ》の|帳《とばり》を|押《おし》あけて |現《あら》はれ|出《い》でたる|白髪《はくはつ》の
|雲《くも》つく|許《ばか》りの|大男《おほをとこ》 |耳《みみ》まで|裂《さ》けた|大口《おほぐち》に
|血《ち》をにじませて|進《すす》み|寄《よ》り アハヽヽヽと|大笑《おほわら》ひ
|時節《じせつ》は|待《ま》たねばならぬもの |生々《いきいき》したる|人間《にんげん》の
|肉《にく》を|食《く》ひたい|食《く》ひたいと |今迄《いままで》|飢《う》ゑて|居《ゐ》た|爺《おやぢ》
|天《てん》の|恵《めぐみ》か|有難《ありがた》や |此《この》|高姫《たかひめ》は|年《とし》を|老《と》り
|少《すこ》しく|肉《にく》は|固《かた》けれど |腹《はら》の|空《す》いたる|吾身《わがみ》には
|決《けつ》して|不味《まづ》うはあるまいぞ あゝ|有難《ありがた》や|有難《ありがた》や
これから|頂戴《ちやうだい》|致《いた》しませうと |高姫司《たかひめつかさ》の|前《まへ》に|寄《よ》り
グツと|髻《たぶさ》を|握《にぎ》りしめ |笑《わら》うた|時《とき》の|厭《いや》らしさ
|廿日鼠《はつかねずみ》が|大猫《おほねこ》に |掴《つか》まへられた|時《とき》のよに
|身《み》をビリビリと|震《ふる》はして |戦《をのの》く|折《をり》しも|嚠喨《りうりやう》と
|天津御空《あまつみそら》に|音楽《おんがく》の |響《ひび》き|聞《きこ》えて|一道《いちだう》の
|光明《くわうみやう》|大地《だいち》を|射照《ゐて》らせば さも|恐《おそ》ろしき|怪物《くわいぶつ》は
|煙《けぶり》と|消《き》えて|美《うる》はしき |女神《めがみ》の|姿《すがた》|忽然《こつぜん》と
|笑《ゑみ》を|湛《たた》へて|出現《しゆつげん》し |種々《いろいろ》|雑多《ざつた》と|天地《あめつち》の
|真《まこと》の|道理《だうり》を|高姫《たかひめ》に |諭《さと》し|玉《たま》へば|頑強《ぐわんきやう》な
|高姫司《たかひめつかさ》も|村肝《むらきも》の |心《こころ》の|底《そこ》より|悔悟《くわいご》して
|玉《たま》に|対《たい》する|執着《しふちやく》の |迷《まよ》ひは|爰《ここ》に|速川《はやかは》の
|清《きよ》き|流《なが》れに|落《おと》しける あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|外《ほか》|二人《ふたり》は|高姫《たかひめ》の|今迄《いままで》の|如《ごと》き|高慢面《かうまんづら》に|引替《ひきか》へ、|極《きは》めて|温順《おんじゆん》な|顔色《かほいろ》となり、|行儀《ぎやうぎ》よくつつましやかに、|芝生《しばふ》の|上《うへ》に|端坐《たんざ》して、|小声《こごゑ》に|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し|居《ゐ》る|姿《すがた》を|眺《なが》めて、|案《あん》に|相違《さうゐ》し|乍《なが》ら、
|常彦《つねひこ》『モシモシ|高姫《たかひめ》さま、|如何《どう》で|御座《ござ》いました。|貴女《あなた》のお|姿《すがた》を|見失《みうしな》つては|大変《たいへん》だと、|吾々《われわれ》はお|後《あと》を、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|附《つ》けて|走《はし》つて|参《まゐ》りましたが、|何《なに》を|言《い》つても、アリナの|高山《かうざん》……とうとう|貴女《あなた》の|御健脚《ごけんきやく》には|追《お》ひ|付《つ》き|得《え》ず、|峰《みね》の|尾《を》の|上《へ》で、とうとう|往生《わうじやう》|致《いた》し、|一夜《ひとよ》を|明《あ》かして、|漸《やうや》く|此処《ここ》に|参《まゐ》りました。ようマア|待《ま》つてゐて|下《くだ》さいました。アヽ、これで|肩《かた》の|重荷《おもに》が|下《お》りた|様《やう》で|御座《ござ》います』
|高姫《たかひめ》『|常彦《つねひこ》に|春彦《はるひこ》、|鏡《かがみ》の|池《いけ》のお|役人様《やくにんさま》、|嶮《けは》しき|道《みち》を|遥々《はるばる》と、|能《よ》うマア|来《き》て|下《くだ》さいました。|私《わたくし》もおかげで、|長《なが》い|夢《ゆめ》が|醒《さ》めました。|只今《ただいま》の|高姫《たかひめ》は|昨日《きのふ》|迄《まで》の|様《やう》な、|自我心《じがしん》の|強《つよ》い、|猜疑心《さいぎしん》の|深《ふか》い、|高慢坊《かうまんばう》の|高姫《たかひめ》では|御座《ござ》いませぬ。スツカリと|神様《かみさま》の|訓戒《くんかい》を|受《う》けて|改心《かいしん》を|致《いた》しましたから、どうぞ|御安心《ごあんしん》をして|下《くだ》さいませ。さうして|茲《ここ》に|御座《ござ》います|此《この》|錦《にしき》の|袋《ふくろ》に|這入《はい》つて|居《を》る|黄金《こがね》の|玉《たま》は、テーナの|里《さと》から|国玉依別《くにたまよりわけ》の|教主《けうしゆ》がワザワザ|持《も》つて|来《こ》られた|御神宝《ごしんぱう》で|御座《ござ》います。どうぞ|玉公《たまこう》、|竜公《たつこう》、あなた|御苦労《ごくらう》ですが、|此《この》お|宝《たから》を|鏡《かがみ》の|池《いけ》の|懸橋御殿《かけはしごてん》へお|供《とも》をしてお|帰《かへ》り|遊《あそ》ばし、|国玉依別《くにたまよりわけ》|様《さま》に|御神殿《ごしんでん》へ|納《をさ》めて|戴《いただ》いて|下《くだ》さいませ。|此《この》お|宝《たから》は|夜前《やぜん》まで|白楊樹《はくようじゆ》の|梢《しん》に|引《ひつ》かかつてあつたので|御座《ござ》いますが、|天教山《てんけうざん》の|日《ひ》の|出姫神《でひめのかみ》|様《さま》が|御神力《ごしんりき》に|依《よ》りて、|無事《ぶじ》に|私《わたくし》の|前《まへ》に|降《ふ》つて|来《こ》られた、|大切《たいせつ》な|神界《しんかい》の|御神宝《ごしんぱう》で|御座《ござ》います。|一寸《ちよつと》|御覧《ごらん》なさいませ。|金色燦爛《こんじきさんらん》として|目《め》の|眩《まばゆ》き|計《ばか》りの|御光《ごくわう》がさして|居《を》ります』
とニコニコし|乍《なが》ら、|錦《にしき》の|袋《ふくろ》の|紐《ひも》を|解《と》き、|四人《よにん》の|前《まへ》に|玉《たま》を|現《あら》はして|見《み》せた。|四人《よにん》は|稀代《きたい》の|神宝《しんぱう》に|肝《きも》を|潰《つぶ》し、|只《ただ》|茫然《ばうぜん》として|舌《した》を|巻《ま》き、|目《め》を|見張《みは》り、|少時《しばし》|無言《むごん》の|儘《まま》|感歎《かんたん》を|続《つづ》けてゐる。|暫《しばら》くあつて|常彦《つねひこ》は|口《くち》を|尖《とが》らせ|乍《なが》ら、
『|高姫《たかひめ》|様《さま》、|貴女《あなた》は|今迄《いままで》|寝《ね》ても|醒《さ》めても、|玉々《たまたま》と|玉《たま》|気違《きちがひ》の|様《やう》に|仰有《おつしや》つて|御座《ござ》つたが、こんな|結構《けつこう》な|玉《たま》が|手《て》に|入《い》つた|以上《いじやう》は、さぞ|御満足《ごまんぞく》と|思《おも》ひの|外《ほか》、|玉公《たまこう》や|竜公《たつこう》にお|渡《わた》しなさると|云《い》ふ|其《その》|見上《みあ》げたお|心《こころ》は、|私《わたし》も|感心《かんしん》しましたが、|心機一転《しんきいつてん》も|余《あんま》り|早《はや》いぢやありませぬか』
|高姫《たかひめ》『イヤ|早《はや》い|所《どころ》ぢや|御座《ござ》りませぬ。|妾《わたし》の|改心《かいしん》が|丁度《ちやうど》|十二年《じふにねん》|遅《おく》れました。それが|為《ため》に|聖地《せいち》の|方々《かたがた》に|対《たい》し、いろいろの|御迷惑《ごめいわく》をかけ、|神業《しんげふ》のお|邪魔《じやま》を|致《いた》し、|大神様《おほかみさま》に|対《たい》しても|申訳《まをしわけ》のない|御無礼《ごぶれい》|計《ばか》りを|致《いた》しました。|妾《わたし》の|様《やう》な|身魂《みたま》の|曇《くも》つた|神界《しんかい》の|邪魔者《じやまもの》を、|神様《かみさま》はお|気《き》の|長《なが》い、|改心《かいしん》さして|使《つか》うてやらうと|思召《おぼしめ》して、|能《よ》うマア|茲《ここ》まで|辛抱《しんばう》して|下《くだ》されたと|思《おも》へば、|妾《わたし》は|勿体《もつたい》なうて、お|詫《わび》の|申様《まをしやう》も、|御礼《おれい》の|致《いた》し|様《やう》も|分《わか》りませぬ。|是《これ》から|妾《わたし》は|此《この》|櫟ケ原《くぬぎがはら》を|東《ひがし》へ|渡《わた》り、いろいろと|神様《かみさま》の|為《ため》に|苦労《くらう》を|致《いた》し、|今迄《いままで》の|深《ふか》い|罪《つみ》を|除《と》つて|貰《もら》ひ、アマゾン|川《がは》を|溯《さかのぼ》り、|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》や|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》、あわよくば、|言依別《ことよりわけ》|様《さま》にも|面会《めんくわい》し、|今迄《いままで》の|深《ふか》い|罪《つみ》のお|詫《わび》を|致《いた》した|上《うへ》、|自転倒島《おのころじま》へ|帰《かへ》り、|御神業《ごしんげふ》の|一端《いつたん》に|奉仕《ほうし》する|妾《わたし》の|考《かんが》へ、……コレ|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》も|妾《わたし》に|従《つ》いてこれから|先《さき》は|真面目《まじめ》に|御用《ごよう》を|勤《つと》め|上《あ》げて|下《くだ》されや』
|常彦《つねひこ》|涙《なみだ》を|流《なが》しながら、
|常彦《つねひこ》『ハイ|有難《ありがた》う、|能《よ》うそこ|迄《まで》なつて|下《くだ》さいました。|今《いま》になつて|白状《はくじやう》|致《いた》しますが、|実《じつ》の|所《ところ》|吾々《われわれ》|両人《りやうにん》は|杢助様《もくすけさま》の|内々《ないない》の|御頼《おたの》みで、|貴女《あなた》のお|供《とも》に|参《まゐ》り、|徹底的《てつていてき》に|改心《かいしん》をして|頂《いただ》かねばならない|使命《しめい》を|受《う》けて|来《き》て|居《を》つたので|御座《ござ》います。アヽそれを|承《うけたま》はつて、|私《わたくし》も|何《なん》となく|嬉《うれ》し|涙《なみだ》が|澪《こぼ》れます。……なア|春彦《はるひこ》、|有難《ありがた》いぢやないか』
|春彦《はるひこ》『ウン|有難《ありがた》いなア』
と|云《い》つた|限《き》り、|涙《なみだ》を|隠《かく》して|俯《うつ》むいて|居《ゐ》る。
これより|玉《たま》、|竜《たつ》の|両人《りやうにん》は|錦《にしき》の|袋《ふくろ》に|納《をさ》めたる|黄金《こがね》の|宝玉《ほうぎよく》を|高姫《たかひめ》の|手《て》より|受取《うけと》り、|三人《さんにん》に|別《わか》れを|告《つ》げて、アリナ|山《さん》を|越《こ》え、|懸橋《かけはし》の|御殿《ごてん》に|立帰《たちかへ》り、|教主《けうしゆ》|夫婦《ふうふ》を|始《はじ》め、|役員《やくゐん》|信徒《しんと》の|前《まへ》にこれを|据《す》ゑ、|御禊《みそぎ》を|修《しう》し、|教主《けうしゆ》|自《みづか》ら|斎主《さいしゆ》となり、|神殿《しんでん》に|奉按《ほうあん》する|事《こと》となつた。これより|懸橋《かけはし》の|御殿《ごてん》の|神徳《しんとく》は|益々《ますます》|四方《よも》に|輝《かがや》き、|遂《つひ》には|高砂島《たかさごじま》の|西半部《せいはんぶ》を|風靡《ふうび》する|事《こと》となつた。
|又《また》|高姫《たかひめ》は|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》と|共《とも》に、|大蜥蜴《おほとかげ》や|蜈蚣《むかで》、|蛇《へび》、|蜂《はち》、|虻《あぶ》などの|群《むら》がれる|原野《げんや》を|越《こ》え、アルの|港《みなと》を|指《さ》して|進《すす》み、それより|海岸《かいがん》|伝《つた》ひに、|便船《びんせん》に|乗《じやう》じ、ゼムの|港《みなと》に|上陸《じやうりく》し、|又《また》もやチンの|港《みなと》よりアマゾン|川《がは》の|河口《かはぐち》に|出《い》でて、|船《ふね》を|溯《さかのぼ》らせ、|玉《たま》の|森林《しんりん》に|進《すす》む|事《こと》となつた。|此《この》|間《あひだ》の|道中《だうちう》の|記事《きじ》は|別項《べつかう》に|述《の》ぶる|考《かんが》へであります。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
第一三章 |愛流川《あいるがは》〔八三五〕
|高姫《たかひめ》は|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》と|共《とも》にアルゼンチンの|大原野《だいげんや》、|櫟ケ原《くぬぎがはら》を|東《ひがし》へ|東《ひがし》へと|進《すす》み|行《ゆ》く。アルの|港《みなと》|迄《まで》は|殆《ほとん》ど|三百七八十里《さんびやくしちはちじふり》もある。|何程《なにほど》あせつても|一ケ月《いつかげつ》の|日数《につすう》を|費《つひ》やさねば、アルの|港《みなと》へは|行《ゆ》かれない。|沢山《たくさん》の|蜥蜴《とかげ》のノロノロと|這《は》つてゐる|草野原《くさのはら》を、|萱《かや》の|株《かぶ》を|右《みぎ》に|左《ひだり》に|潜《くぐ》りつつ、|天恵的《てんけいてき》に|野辺《のべ》|一面《いちめん》に|赤《あか》くなつて|稔《みの》つて|居《ゐ》る|味《あぢ》の|良《よ》き|苺《いちご》を|食《く》ひ|乍《なが》ら、|草《くさ》の|枕《まくら》も|五《いつ》つ|六《むつ》つ|重《かさ》ねて、|稍《やや》|樹木《じゆもく》の|茂《しげ》れる|地点《ちてん》|迄《まで》|出《で》て|来《き》た。
|此処《ここ》には|相当《さうたう》に|広《ひろ》い|河《かは》が|清《きよ》く|流《なが》れて|居《ゐ》た。|河《かは》の|岸《きし》には|行儀《ぎやうぎ》よく|大王松《だいわうまつ》や、|樫《かし》などが|生《は》えて|居《ゐ》る。|河辺《かはべ》には|桔梗《ききやう》の|花《はな》|女郎花《をみなへし》の|花《はな》などが|時《とき》ならず|咲《さ》き|乱《みだ》れてゐた。|丁度《ちやうど》|内地《ないち》の|秋《あき》の|草野《くさの》の|如《や》うであつた。|三人《さんにん》は|河《かは》の|辺《ほとり》に|下《お》り|立《た》ち、|清泉《せいせん》に|喉《のど》をうるほし、あたりの|風景《ふうけい》を|眺《なが》めて、|過来《すぎこ》し|方《かた》の|蜥蜴《とかげ》や|虻《あぶ》、|蜂《はち》、|金蠅《きんばへ》のうるさかつたこと、|苺《いちご》の|味《あぢ》の|美味《びみ》なりしと、|黄《き》|紅《くれなゐ》|青《あを》|白《しろ》|紫《むらさき》|其《その》|他《た》いろいろの|美《うる》はしき|草花《くさばな》の|処《ところ》|狭《せ》きまで|咲《さ》き|満《み》ちて、|旅情《りよじやう》を|慰《なぐさ》めてくれたことなどを|追懐《つゐくわい》し、|神《かみ》の|恩恵《おんけい》の|深《ふか》きを|感謝《かんしや》しつつあつた。
|其処《そこ》へのそりのそりと|草蓑《くさみの》を|着《つ》け、|編笠《あみがさ》を|被《かぶ》り、|竹《たけ》の|杖《つゑ》をついた|七十《しちじふ》|許《ばか》りの|婆《ばば》アがやつて|来《き》た。|三人《さんにん》は……ハテ|斯様《かやう》な|所《ところ》に|人《ひと》が|住《す》んで|居《ゐ》るのかなア……と|不審相《ふしんさう》に、|婆《ばば》アの|顔《かほ》を|眺《なが》め|入《い》つた。|婆《ばば》アは|三人《さんにん》を|手招《てまね》きし|乍《なが》ら、|一二丁《いちにちやう》|上手《かみて》の|小《ちい》さき|草葺《くさぶき》の|家《いへ》に|身《み》を|隠《かく》した。
|常彦《つねひこ》『モシ|高姫《たかひめ》さま、あの|婆《ばば》アは|何《なん》でせうなア。あの|松《まつ》の|木《き》の|根元《ねもと》の|小《ちい》さな|家《いへ》へ|這入《はい》つて|了《しま》ひましたが、|吾々《われわれ》|三人《さんにん》を|嬉《うれ》し|相《さう》な|顔《かほ》して|手招《てまね》きして|居《ゐ》たぢやありませぬか。|何《なん》でもあの|婆《ばば》アの|配偶者《つれあひ》が|病気《びやうき》にでも|罹《かか》つて|居《を》るので、|吾々《われわれ》を|頼《たの》みに|来《き》たのかも|知《し》れませぬよ。|何《なに》は|兎《と》もあれ|一寸《ちよつと》|立寄《たちよ》つて|見《み》やうではありませぬか』
|高姫《たかひめ》『あゝあ、|玉公《たまこう》、|竜公《たつこう》に|別《わか》れてから、|今日《けふ》が|日《ひ》|迄《まで》|六日《むゆか》の|間《あひだ》、|人《ひと》の|姿《すがた》を|見《み》たことはなかつたが、|今日《けふ》は|珍《めづら》しい、|人間《にんげん》に|会《あ》ふことが|出来《でき》ました。|兎《と》も|角《かく》あの|婆《ばば》アの|庵《いほり》|迄《まで》|往《い》つて|見《み》ませう。|併《しか》し|乍《なが》ら|神様《かみさま》が|如何《どう》して|御試《おため》しなさるか|分《わか》りませぬから、|決《けつ》して|腹《はら》を|立《たて》てはなりませぬよ』
|常彦《つねひこ》『ハイ|承知《しようち》|致《いた》しました。|絶対《ぜつたい》に|腹《はら》などは|立《た》てませぬワ。|安心《あんしん》して|下《くだ》さい。……なア|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》もさうだろな』
|春彦《はるひこ》『ウン、|私《わたし》もその|通《とほ》りだ。|高姫《たかひめ》さま、サア|参《まゐ》りませう』
|三人《さんにん》は|漸《やうや》くにして|婆《ばば》アの|庵《いほり》に|着《つ》いた。|婆《ばば》アは|嬉《うれ》しさうに|三人《さんにん》を|出迎《でむか》へ、
『これはこれは|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|能《よ》うこそ|斯様《かやう》な|醜《みにく》い|茅屋《あばらや》を|御訪《おたづ》ね|下《くだ》さいました。|就《つ》いては|折入《をりい》つて|御頼《おたの》み|申《まを》したい|事《こと》が|御座《ござ》いますのぢや。|何《なん》と|人《ひと》を|一人《ひとり》|助《たす》けると|思《おも》うて、お|聞《き》き|下《くだ》さる|訳《わけ》には|参《まゐ》りますまいかなア』
|高姫《たかひめ》『ハイ|妾達《わたしたち》の|力《ちから》に|叶《かな》ふことならば、|如何様《いかやう》なことなり|共《とも》|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さいませ』
|婆《ばば》『それは|早速《さつそく》の|御承知《ごしようち》、|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。|実《じつ》の|所《ところ》は|宅《うち》の|爺《おやぢ》さまは|最早《もはや》|八十《はちじふ》の|坂《さか》を|七《なな》つも|越《こ》え、|来年《らいねん》は|桝掛《ますかけ》の|祝《いは》ひをせうと|思《おも》うて、|孫《まご》や|子供《こども》が|楽《たのし》んで|居《を》りましたが、とうとう|今年《ことし》の|春《はる》|頃《ごろ》から、|人《ひと》の|嫌《いや》がる|病気《びやうき》に|取付《とりつ》き、あの|爺《ぢい》は|天刑病《てんけいびやう》だから、|村《むら》には|置《お》くことは|出来《でき》ぬと|云《い》つて、|此《この》|様《やう》な|一軒家《いつけんや》の|淋《さび》しい|川《かは》の|畔《ほとり》に|形《かたち》ばかりの|家《いへ》を|造《つく》り、|雨露《うろ》を|凌《しの》ぎ|乍《なが》ら、|年《とし》の|老《と》つた|婆《ばば》アが|介抱《かいほう》を|致《いた》して|居《を》りまする。いろいろと|百草《ひやくさう》を|集《あつ》め、|薬《くすり》を|拵《こしら》へて|呑《の》ましたり、|附《つ》けたり|致《いた》しましたが、|病《やまひ》は|日《ひ》に|日《ひ》に|重《おも》る|計《ばか》り、|体《からだ》はずるけ、|何《なん》とも|言《い》へぬ|臭《くさ》い|匂《にほ》ひが|致《いた》し、|沢山《たくさん》|蠅《はへ》が|止《と》まつて、|女房《にようばう》の|妾《わたし》が|見《み》てさへもゾゾ|髪《かみ》が|立《た》ちまする。|併《しか》し|乍《なが》ら、|四五日《しごにち》|以前《いぜん》から|妙《めう》な|夢《ゆめ》を|続《つづ》けて|見《み》ますのぢや。|其《その》|夢《ゆめ》と|申《まを》すのは、あのアイル|河《がは》の|畔《ほとり》に|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が|現《あら》はれて|来《く》るから、|其《その》お|方《かた》を|頼《たの》んで|癒《なほ》して|頂《いただ》けとの|女神《めがみ》さまの|夢《ゆめ》のお|告《つ》げ、それが|又《また》|毎晩々々《まいばんまいばん》|同《おな》じ|夢《ゆめ》を、|昨夜《ゆうべ》で|五《い》つ|夜《よ》さも|見《み》まするので、|此《この》|茅屋《あばらや》から|翡翆《かはせみ》の|様《やう》に|川《かは》|計《ばか》り|眺《なが》めて|待《ま》つて|居《を》りました。|所《ところ》が|神様《かみさま》の|仰有《おつしや》つた|通《とほ》り、|三人連《さんにんづ》れで|立派《りつぱ》な|宣伝使《せんでんし》|様《さま》が|御越《おこ》しになり、|川《かは》でお|休《やす》みになつてる|其《その》|姿《すがた》を|拝《をが》んだ|時《とき》の|嬉《うれ》しさ、|思《おも》はず|熱《あつ》い|涙《なみだ》がこぼれました。|就《つ》いては|神様《かみさま》の|仰《あふ》せには、|此《この》ずるけた|病気《びやうき》でも、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》がやつて|来《き》て、|体《からだ》の|汁《しる》や|膿《うみ》を、スツカリ|舐《な》めて|呉《く》れたならば、|其《その》|場《ば》で|全快《ぜんくわい》すると|仰有《おつしや》いました。|誠《まこと》にかやうな|事《こと》を|御願《おねがひ》|申《まを》すは|畏《おそれおほ》いことで|御座《ござ》いますが、|神様《かみさま》の|夢《ゆめ》のお|告《つ》げで|御座《ござ》いますから、お|気《き》に|障《さわ》るか|存《ぞん》じませぬが、|一寸《ちよつと》|申上《まをしあ》げました』
|高姫《たかひめ》|暫《しばら》く|差《さ》し|俯《うつ》むいて|腕《うで》を|組《く》み、|考《かんが》へて|居《ゐ》たが、
|高姫《たかひめ》『あゝ|宜《よろ》しい|宜《よろ》しい、どんな|膿《うみ》でも|汁《しる》でも、|御註文《ごちうもん》|通《どほ》り|吸《す》ひ|取《と》つて|上《あ》げませう。|竜宮《りうぐう》の|一《ひと》つ|島《じま》で、|初稚姫《はつわかひめ》や|玉能姫《たまのひめ》の|一行《いつかう》が、|癩病患者《らいびやうくわんじや》の|膿血《うみち》を|吸《す》うて|助《たす》けた|例《ため》しもある。サアお|爺《ぢい》さまのお|座敷《ざしき》へ|案内《あんない》して|下《くだ》さいませ』
|婆《ばば》『ハイ|有難《ありがた》う、|案内《あんない》しませう』
と|立《たち》あがり、|奥《おく》の|間《ま》へ|進《すす》んで|行《ゆ》く。|奥《おく》の|間《ま》と|云《い》つても|只《ただ》|萱草《かやくさ》の|壁《かべ》を|仕切《しき》つた|丈《だけ》で、|二間《ふたま》|作《づく》りの|小《ちい》さき|家《いへ》であつた。|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》も|高姫《たかひめ》と|共《とも》に|奥《おく》の|間《ま》に|従《つ》いて|行《ゆ》く。|見《み》れば|金色《きんいろ》の|蠅《はへ》が|真黒《まつくろ》にたかつて|居《ゐ》る。|爺《ぢい》は|仰向《あふむ》けに|骨《ほね》と|皮《かは》とになつて、|体《からだ》|一面《いちめん》|膿《うみ》|汁《しる》を|流《なが》し、|蠅《はへ》に|吸《す》はれた|儘《まま》、|半死半生《はんしはんしやう》の|態《てい》で|苦《くる》しんで|居《ゐ》る。|高姫《たかひめ》は|直《ただち》に|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》するや、|数多《あまた》の|金蠅《きんばい》は|一匹《いつぴき》も|残《のこ》らず、ブンブンと|唸《うな》りを|立《た》てて、|窓《まど》の|外《そと》へ|逃出《にげだ》して|了《しま》つた。|高姫《たかひめ》は|爺《ぢい》の|体《からだ》に|口《くち》を|当《あ》て、|胸《むね》の|辺《あた》りから|膿血《うみち》を|吸《す》ひ|始《はじ》めた。|常彦《つねひこ》は|足《あし》から、|春彦《はるひこ》は|頭《あたま》から、|汚《きた》な|相《さう》にもせず、|此《この》|爺《ぢい》さまを|助《たす》けたい|一杯《いつぱい》に、|吾《わ》れを|忘《わす》れて、|臭気《しうき》|紛々《ふんぷん》たる|膿《うみ》|汁《しる》を|平気《へいき》で|吸《す》うて|居《ゐ》る。
|爺《ぢ》イは『ウン』と|云《い》つて|撥《は》ね|起《お》|来《き》た。|見《み》れば|不思議《ふしぎ》や、|紫摩黄金《しまわうごん》の|肌《はだ》を|現《あら》はしたる|妙齢《めうれい》の|美人《びじん》となり、
|美人《びじん》『ヤア|高姫《たかひめ》、|汝《なんぢ》の|心底《しんてい》|見届《みとど》けたり。|我《わ》れこそは|天教山《てんけうざん》に|鎮《しづ》まる|木《こ》の|花姫命《はなひめのみこと》の|化身《けしん》なるぞ。いよいよ|汝《なんぢ》は|是《こ》れより|天晴《あつぱ》れ|神柱《かむばしら》として|神業《しんげふ》に|仕《つか》ふることを|得《う》るであらう。まだまだ|幾回《いくくわい》となく|神《かみ》の|試《ため》しに|会《あ》ふことあらむ。そこを|切抜《きりぬ》けなば、|真《まこと》の|汝《なんぢ》の|肉体《にくたい》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》となりて|仕《つか》ふるも|難《がた》き|事《こと》にあらざるべし。|必《かなら》ず|慢心《まんしん》してはなりませぬぞ。|又《また》|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》も|三五教《あななひけう》の|教《をしへ》を|間違《まちが》はない|様《やう》に、|不言実行《ふげんじつかう》を|第一《だいいち》とするが|宜《よろ》しいぞ。|木《こ》の|花姫《はなひめ》が|三人《さんにん》の|為《ため》に|斯《かく》の|如《ごと》く|仕組《しぐ》んだのであるから、|必《かなら》ず|今後《こんご》とても|油断《ゆだん》を|致《いた》してはなりませぬぞや』
|高姫《たかひめ》|外《ほか》|二人《ふたり》は『ハイ』と|答《こた》へて|平伏《へいふく》した。
|何処《いづこ》よりともなく、|香《かん》ばしき|匂《にほ》ひ|薫《くん》じ|来《きた》り|音楽《おんがく》の|響《ひび》き|嚠喨《りうりやう》として|冴《さ》え|渡《わた》り、|涼《すず》しき|風《かぜ》は|窓《まど》を|通《とほ》して、|三人《さんにん》の|面《おもて》を|払《はら》ふ。
|不図《ふと》|頭《かうべ》をあぐれば、こは|如何《いか》に、|茅屋《あばらや》もなければ、|爺婆《ぢいばば》の|姿《すがた》も|女神《めがみ》の|姿《すがた》もなく、|依然《いぜん》として、|河《かは》の|辺《ほとり》にウツラウツラと|昼船《ひるふね》を|漕《こ》いで|居《ゐ》た。
|高姫《たかひめ》は|吐息《といき》をつき|乍《なが》ら、
|高姫《たかひめ》『あゝ|今《いま》のは|夢《ゆめ》であつたか、|大変《たいへん》な|結構《けつこう》な|御神徳《おかげ》を|夢《ゆめ》の|中《なか》で|頂《いただ》きました。|夢《ゆめ》なればこそ、あんな|事《こと》が|出来《でき》たのだらう。イヤイヤ|実際《じつさい》にあの|心《こころ》にならなくてはなりますまい。あゝ|有難《ありがた》い|有難《ありがた》い』
と|切《しき》りに|独言《ひとりごと》を|云《い》つて|居《ゐ》る。
|常彦《つねひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|私《わたし》も|夢《ゆめ》を|見《み》ましたよ。|随分《ずゐぶん》|虫《むし》のよい|夢《ゆめ》でした。|春彦《はるひこ》と|三人《さんにん》、それはそれは|汚《きたな》い|病人《びやうにん》の|介抱《かいほう》をさせられ、|膿血《うみち》を|吸《す》はされましたが、|何《なん》ともかとも|知《し》れぬ|甘露《かんろ》の|様《やう》な|味《あぢ》がして、|夢中《むちう》になつて|吸《す》ひ|付《つ》いて|居《ゐ》ると、|汚《きたな》い|爺《ぢい》だと|思《おも》つたら、|天教山《てんけうざん》の|木《こ》の|花咲耶姫《はなさくやひめ》|様《さま》、|醜《しう》の|極端《きよくたん》から|美《び》の|極端《きよくたん》|迄《まで》|見《み》せて|頂《いただ》きました。……|高姫《たかひめ》さま、|貴女《あなた》もさういふ|夢《ゆめ》でしたか、……|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》の|夢《ゆめ》は|如何《どう》だつたい』
|春彦《はるひこ》『イヤもうチツトも|違《ちが》ひはない。|三人《さんにん》が|三人《さんにん》|乍《なが》ら|同様《どうやう》の|夢《ゆめ》を|見《み》たと|見《み》える。|不思議《ふしぎ》なこともあるものだなア。あの|汚《きたな》い|病人《びやうにん》はキツと|俺達《おれたち》の|心《こころ》の|映像《えいざう》かも|知《し》れないよ。あの|如《や》うな|汚《きたな》いむさくるしい|吾々《われわれ》の|身魂《みたま》を、|木《こ》の|花咲耶姫大神《はなさくやひめのおほかみ》|様《さま》が、|俺達《おれたち》が|病人《びやうにん》の|膿血《うみち》を|吸《す》うた|様《やう》に、|身魂《みたま》の|汚《けが》れを|吸《す》ひ|取《と》つて|下《くだ》さるに|違《ちが》ひないワ。あゝ|実《じつ》に|畏《おそれおほ》いことだ。コリヤキツと|人《ひと》のこつちやない、|吾々《われわれ》の|魂《みたま》を|見《み》せて|戴《いただ》いたのだらうよ。なア|高姫《たかひめ》さま、さうぢや|御座《ござ》いますまいか』
|高姫《たかひめ》『それはさうに|間違《まちがひ》|御座《ござ》いませぬワ。|神様《かみさま》から|御覧《ごらん》になつたら、|妾《わたし》の|身魂《みたま》は|汚《けが》れ|腐《くさ》り、ズルケかけて|居《ゐ》るでせう。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。|諸々《もろもろ》の|罪穢《つみけが》れを|払《はら》ひ|玉《たま》ひ|清《きよ》め|玉《たま》へ』
と|一生懸命《いつしやうけんめい》に|俄《にはか》に|合掌《がつしやう》する。
|常彦《つねひこ》『|高姫《たかひめ》さま、|貴女《あなた》は|何《なん》と|云《い》つても、|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》だから、|汚《けが》れたと|云《い》つても、ホンの|一寸《ちよつと》したものですよ。あの|汚《けが》れやうは|吾々《われわれ》の|身魂《みたま》の|映写《えいしや》に|違《ちがひ》ありませぬ』
|高姫《たかひめ》『モウ|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》などと|言《い》つて|下《くだ》さるな。|妾《わたし》のやうな|者《もの》を|系統《ひつぽう》だなぞと|申《まを》さうものなら、それこそ|変性男子様《へんじやうなんしさま》の|御神徳《ごしんとく》を|傷《きず》つけます。|此《この》|後《ご》は|決《けつ》して|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》なぞとは|申《まを》しませぬから、あなたもどうぞ、|其《その》|積《つも》りで|居《を》つて|下《くだ》さい』
|春彦《はるひこ》『それでも|事実《じじつ》はヤツパリ|事実《じじつ》だから|仕方《しかた》がありませぬワ』
|高姫《たかひめ》『|系統《ひつぽう》なら|系統《ひつぽう》|丈《だけ》の|行《おこな》ひが|出来《でき》なくては|恥《はづ》かしう|御座《ござ》います。|妾《わたし》が|天晴《あつぱ》れと|改心《かいしん》が|出来《でき》、|誠《まこと》が|天《てん》に|通《つう》じ、|大神《おほかみ》さまから、|系統《ひつぽう》|丈《だけ》の|事《こと》あつて、|何《なに》から|何《なに》まで|行《おこな》ひが|違《ちが》ふ、|誠《まこと》の|鑑《かがみ》ぢや……と|仰有《おつしや》つて|下《くだ》さるまでは、|妾《わたし》は|系統《ひつぽう》|所《どころ》ぢやありませぬ。|変性男子様《へんじやうなんしさま》の|御徳《おとく》を|傷《きず》つける|様《やう》な|者《もの》ですから、どうぞ|暫《しばら》く|系統《ひつぽう》|呼《よば》はりは|止《や》めて|下《くだ》さいませ』
|春彦《はるひこ》『|変《かは》れば|変《かは》るものですな。|毎日《まいにち》|日日《ひにち》|系統々々《ひつぽうひつぽう》の|連発《れんぱつ》を|御《お》やり|遊《あそ》ばしたが、|改心《かいしん》と|云《い》ふものは|恐《おそ》ろしいものだなア。そんなら|私《わたし》も|是《これ》から|貴女《あなた》に|対《たい》し、|態度《たいど》を|変《か》へませう』
|高姫《たかひめ》『ハイ|妾《わたし》からも|変《か》へますから、どうぞ|上下《うへした》なしに、|教《をしへ》の|道《みち》の|姉弟《けうだい》として|交際《つきあ》つて|下《くだ》さい。|今迄《いままで》のやうに|弟子《でし》|扱《あつかひ》をしたり、|家来《けらい》|扱《あつかひ》は|決《けつ》して|致《いた》しませぬ』
|常彦《つねひこ》『|私《わたし》も|其《その》|積《つも》りで|交際《かうさい》さして|頂《いただ》きます。|併《しか》し|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》の|件《けん》は|如何《どう》なさいましたか』
|高姫《たかひめ》『モウどうぞそんな|事《こと》は|云《い》うて|下《くだ》さいますな。|日《ひ》の|出神《でのかみ》さま|所《どころ》か、|金毛九尾《きんまうきうび》が、|妾《わたし》の|肉体《にくたい》に|憑《つ》いてをつて、あんな|事《こと》を|言《い》はしたり、|慢心《まんしん》をさしたのですよ。|櫟ケ原《くぬぎがはら》の|白楊樹《はくようじゆ》の|下《した》で、スツカリ|妾《わたし》の|肉体《にくたい》から|正体《しやうたい》を|現《あら》はして|脱《ぬ》けて|出《で》ました。それ|故《ゆゑ》、|今日《こんにち》の|妾《わたし》は|誠《まこと》の|神様《かみさま》の|生宮《いきみや》でもなければ、|悪神《あくがみ》の|巣窟《さうくつ》でも|御座《ござ》いませぬ。これから、|本守護神《ほんしゆごじん》にしつかりして|頂《いただ》いて、|天晴《あつぱ》れ|神様《かみさま》の|御用《ごよう》に|立《た》たねばなりませぬ』
|常彦《つねひこ》『あゝそれは|結構《けつこう》ですな。|私《わたし》がアリナ|山《ざん》の|頂《いただ》きから|東《ひがし》の|方《はう》を|眺《なが》めて|居《を》りましたら、|櫟ケ原《くぬぎがはら》から、|金毛九尾《きんまうきうび》の|悪狐《あくこ》が、|黒雲《くろくも》に|乗《の》り、|常世《とこよ》の|国《くに》の|方《はう》を|目蒐《めが》けて、エライ|勢《いきほひ》で|逃《に》げて|行《ゆ》きました。|大方《おほかた》あの|時《とき》に|貴女《あなた》の|肉体《にくたい》から|退散《たいさん》したのでせう』
|高姫《たかひめ》『あゝさうでしたか。|恐《おそ》ろしいものですなア。|妾《わたし》の|肉体《にくたい》を|離《はな》れる|時《とき》にチラツと|姿《すがた》を|見《み》せましたが、それはそれは|立派《りつぱ》な|八畳《はちじやう》の|間《ま》|一杯《いつぱい》になる|様《やう》な|長《なが》い|裲襠《うちかけ》を|着《き》て|真白《まつしろ》な|顔《かほ》を|致《いた》し、ヌツと|妾《わたし》の|前《まへ》に|立《た》ちましたから、……おのれ|金毛九尾《きんまうきうび》の|悪狐《あくこ》|奴《め》と|睨《にら》みますと、|忽《たちま》ち|金毛九尾《きんまうきうび》となり、|尾《を》の|先《さき》に|孔雀《くじやく》の|尾《を》の|玉《たま》のやうな|光《ひか》つた|物《もの》を|沢山《たくさん》につけて|天《てん》へ|舞上《まひのぼ》り、|北《きた》の|空《そら》|目蒐《めが》けて|逃《に》げて|行《ゆ》きました。|大方《おほかた》|其《その》|時《とき》の|事《こと》を|御覧《ごらん》になつたのでせう。あゝ|恐《おそ》ろしい、ゾツとして|来《き》ました。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
|常彦《つねひこ》『|時《とき》に|高姫《たかひめ》さま、|此《この》|大河《おほかは》を|如何《どう》して|渡《わた》りませうか。|橋《はし》もなし|仕方《しかた》がないぢやありませぬか。|翼《つばさ》があれば|飛《と》んで|行《ゆ》けますが、|此《この》|広《ひろ》い|深《ふか》い|流川《ながれがは》、|而《しか》も|急流《きふりう》と|来《き》て|居《を》るのだから、|泳《およ》ぐ|訳《わけ》にも|行《ゆ》かず、|困《こま》つたものですワ。|如何《どう》しませう』
|高姫《たかひめ》『|神様《かみさま》に|御願《おねがひ》するより|途《みち》はありませぬ。これも|一《ひと》つは|神様《かみさま》のお|試《ため》しに|会《あ》うとるのですよ。|兎《と》も|角《かく》|神《かみ》を|力《ちから》に|誠《まこと》を|杖《つゑ》に、|渡《わた》つて|見《み》ませう。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|高姫《たかひめ》は|一生懸命《いつしやうけんめい》に|川《かは》の|面《おも》に|向《むか》つて|祈願《きぐわん》をこらした。|不思議《ふしぎ》や|幾丈《いくぢやう》とも|分《わか》らぬ|大《だい》の|鰐《わに》|数多《あまた》|重《かさ》なり|来《きた》り、|見《み》る|見《み》る|間《うち》に|鰐橋《わにばし》を|架《か》けた。|三人《さんにん》は|天《てん》の|与《あた》へと|雀躍《こをどり》し『|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』を|一心《いつしん》に|唱《とな》へ|乍《なが》ら、|鰐《わに》の|背《せ》を|踏《ふ》み|越《こ》え|踏《ふ》み|越《こ》え、|漸《やうや》くにして|向《むか》うの|岸《きし》に|達《たつ》した。
|常彦《つねひこ》『あゝ|有難《ありがた》い、おかげで|楽《らく》に|渡《わた》して|貰《もら》うた。|斯《か》うなつて|見《み》ると、|余《あま》り|鰐《わに》さまの|悪《わる》い|事《こと》も|言《い》へませぬな』
|高姫《たかひめ》『ホヽヽヽヽ』
|春彦《はるひこ》『|祝部《はふりべ》の|神《かみ》さまが、どこやらの|海《うみ》を|渡《わた》る|時《とき》に|仰有《おつしや》つたぢやないか。|鰐《わに》が|悪《わる》けりや、|甘鯛鱒《あまだいます》から|蟹《かに》して|下《くだ》さい、ギニシイラねばドブ|貝《がひ》なとしなさい……とか|何《なん》とか|云《い》つて、|魚尽《うをづく》しを|唄《うた》はれたといふ|事《こと》が、|霊界物語《れいかいものがたり》に|書《か》いてあつただらう』
|常彦《つねひこ》『ソリヤお|前《まへ》|違《ちが》ふぢやないか、|鰐《わに》が|悪《わる》けりや……だない、|鰐《わに》に|悪《わる》けりや、|甘鯛鱒《あまだいます》からと|云《い》ふのだ。|甘鯛鱒《あまだいます》とは|魚《さかな》の|名《な》だが、|実際《じつさい》は|謝罪《あやま》りますと|云《い》ふことを、|魚《さかな》に【もぢ】つたのだよ。アハヽヽヽ』
|高姫《たかひめ》『サア|皆《みな》さま、|行《ゆ》きませう』
と|先《さき》に|立《た》つて、|青草《あをくさ》の|茂《しげ》れる|野《の》を|東《ひがし》へ|東《ひがし》へと|進《すす》んで|行《ゆ》く。|今迄《いままで》|執着心《しふちやくしん》に|捉《とら》はれて|居《ゐ》た|高姫《たかひめ》の|眼《め》には、|森羅万象《しんらばんしやう》|一切《いつさい》|悪《あく》に|映《えい》じてゐたが、|悔悟《くわいご》の|花《はな》が|心《こころ》に|開《ひら》いてから|見《み》る|天地間《てんちかん》は、|何《なに》もかも|一切万事《いつさいばんじ》|花《はな》ならざるはなく、|恵《めぐみ》ならざるはなく、|風《かぜ》の|音《おと》も|音楽《おんがく》に|聞《きこ》え、|虫《むし》の|音《ね》も|神《かみ》の|慈言《じげん》の|如《ごと》く|響《ひび》き、|野辺《のべ》に|咲《さ》き|乱《みだ》れた|花《はな》の|色《いろ》は|一層《いつそう》|麗《うるは》しく、|楽《たの》しく|且《か》つ|有難《ありがた》く、|一切《いつさい》|万事《ばんじ》|残《のこ》らず|自分《じぶん》の|為《ため》に|現《あら》はれて|呉《く》れたかの|如《ごと》くに、|嬉《うれ》しく|楽《たの》しく|感《かん》じられた。
|三人《さんにん》は|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|乍《なが》ら、|焼《や》きつくような|空《そら》を、|草《くさ》を|分《わ》けつつ|苺《いちご》の|実《み》を【むし】り|喰《く》ひ、|神《かみ》に|感謝《かんしや》し、|殆《ほとん》ど|七八里《しちはちり》|計《ばか》り、|知《し》らぬ|間《ま》に|面白《おもしろ》く|楽《たの》しく|進《すす》んで|来《き》た。ハタと|行詰《ゆきつま》つた|原野《げんや》の|中《なか》の|大湖水《だいこすゐ》、|人《ひと》も|居《を》らねば|舟《ふね》もない。|又《また》もや|三人《さんにん》は|茲《ここ》で|一《ひと》つ|思案《しあん》をせなくてはならなくなつた。|紺碧《こんぺき》の|水《みづ》を|湛《たた》へた|此《この》|湖《みづうみ》は|幾丈《いくぢやう》とも|計《はか》り|知《し》られぬ|底無《そこな》し|湖《うみ》の|如《ごと》くに|感《かん》ぜられた。
|常彦《つねひこ》『|一《ひと》つ|逃《のが》れて|又《また》|一《ひと》つとは|此《この》|事《こと》だ。|此《この》|前《まへ》は|何《なん》と|云《い》つても、|向《むか》う|岸《ぎし》の|見《み》えた|河《かは》なり、そこへ|沢山《たくさん》の|鰐《わに》さまが|現《あら》はれて|橋《はし》を|架《か》けて|下《くだ》さつたので、|無事《ぶじ》に|此処《ここ》まで|面白《おもしろ》く|楽《たの》しく|旅行《りよかう》を|続《つづ》けて|来《き》たが、|此奴《こいつ》ア|又《また》|際限《さいげん》のない|大湖水《だいこすゐ》、|湖水《こすゐ》の|周囲《しうゐ》を|廻《まは》つて|行《ゆ》くより|仕方《しかた》がありますまい。|高姫《たかひめ》さま、|如何《どう》|致《いた》しませう。|此《この》|湖《みづうみ》を|真直《まつすぐ》に|渡《わた》れば|余程《よほど》|近《ちか》いのですが、さうだと|云《い》つて、|湖上《こじやう》を|渡《わた》ることは|出来《でき》ますまい。|急《いそ》がば|廻《まは》れと|云《い》ふ|諺《ことわざ》もありますから、|廻《まは》ることに|致《いた》しませうか』
|高姫《たかひめ》『さう|致《いた》しませう。|無理《むり》に|神様《かみさま》にお|願《ねがひ》をして|最前《さいぜん》の|様《やう》に|橋《はし》を|架《か》けて|貰《もら》ひ、|御眷属《おけんぞく》さまに|御苦労《ごくらう》をかけてはなりませぬ。|自分《じぶん》の|事《こと》は|自分《じぶん》で|埒《らち》を|能《よ》うつけぬような|事《こと》で、|到底《たうてい》|世《よ》を|救《すく》うと|云《い》ふ|神聖《しんせい》な|御用《ごよう》は|勤《つと》まりませぬからなア』
|春彦《はるひこ》『そんなら、|右《みぎ》へ|行《ゆ》きませうか、|左《ひだり》へ|行《ゆ》きませうか』
|高姫《たかひめ》『|進左退右《しんさたいう》と|云《い》ふ|事《こと》がありますから、|左《ひだり》へ|廻《まは》つて|行《ゆ》くことに|致《いた》しませう。|警察《けいさつ》の|交通《かうつう》|宣伝《せんでん》だつて、|左側《さそく》|通行《つうかう》を|喧《やかま》しく|云《い》つて|奨励《しやうれい》しとるぢやありませぬか。サア|斯《か》うおいでなさいませ』
と|高姫《たかひめ》は|先《さき》に|立《た》ち、|草野《くさの》を|分《わ》けて|進《すす》んで|行《ゆ》く。それより|殆《ほとん》ど|一里《いちり》|計《ばか》り|前進《ぜんしん》すると、|天《てん》を|封《ふう》じた|椰子樹《やしじゆ》の|森《もり》があつた。|日《ひ》は|漸《やうや》く|暮《くれ》|近《ちか》くなつた。|此処《ここ》で|三人《さんにん》は|足《あし》を|伸《の》ばし、|蓑《みの》を|敷《し》き、ゴロリと|横《よこ》たはつて|一夜《いちや》を|明《あ》かす|事《こと》としたりける。
|執着心《しふちやくしん》の|権化《ごんげ》とも |人《ひと》に|言《い》はれた|高姫《たかひめ》が
|転迷開悟《てんめいかいご》の|花《はな》|開《ひら》き |天教山《てんけうざん》の|木《こ》の|花姫《はなひめ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|隠《かく》し|御名《みな》 |日《ひ》の|出姫《でのひめ》の|訓戒《くんかい》に
|心《こころ》の|駒《こま》を|立直《たてなほ》し |誠《まこと》の|道《みち》に|乗替《のりか》へて
|草野ケ原《くさのがはら》を|進《すす》み|行《ゆ》く。 |森羅万象《しんらばんしやう》|悉《ことごと》く
|濁《にご》り|汚《けが》れて|吾《わ》れ|一人《ひとり》 |天地《てんち》の|中《なか》に|澄《す》めりとて
|鼻高々《はなたかだか》と|誇《ほこ》りたる |高姫司《たかひめつかさ》も|鼻《はな》|折《を》れて
|見直《みなほ》す|世界《せかい》は|天国《てんごく》か |浄土《じやうど》の|春《はる》と|早替《はやがわ》り
|草木《くさき》の|色《いろ》も|美《うる》はしく |風《かぜ》の|声《こゑ》さへ|天人《てんにん》の
|音楽《おんがく》かとも|感《かん》ぜられ |草野《くさの》にすだく|虫《むし》の|音《ね》も
|神《かみ》の|慈音《じおん》となりにけり |高姫《たかひめ》|常彦《つねひこ》|春彦《はるひこ》は
|草鞋脚絆《わらぢきやはん》に|身《み》をかため |心《こころ》も|急《いそ》ぐ|膝栗毛《ひざくりげ》
アイルの|河《かは》の|岸《きし》の|辺《べ》に |暫《しば》し|息《いき》をば|休《やす》めつつ
|清《きよ》き|流《なが》れを|打眺《うちなが》め |天地《てんち》の|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》を
|讃美《さんび》しゐたる|折柄《をりから》に |見《み》るも|汚《きた》なき|蓑笠《みのかさ》に
|身《み》を|包《つつ》みたる|婆《ば》アさまが |忽《たちま》ち|茲《ここ》に|現《あら》はれて
|三人《みたり》の|前《まへ》に|手《て》を|伸《の》ばし |差招《さしまね》きつつ|川上《かはかみ》の
|松《まつ》の|根元《ねもと》に|建《た》てられし |醜《しこ》けき|小屋《ごや》に|入《い》りにける。
|茲《ここ》に|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は |老婆《らうば》の|後《あと》に|従《したが》ひて
|賤《しづ》が|伏屋《ふせや》に|来《き》て|見《み》れば |老婆《らうば》は|喜《よろこ》び|手《て》を|合《あは》せ
|妾《わし》が|夫《をつと》は|八十《はちじふ》の |坂道《さかみち》|七《なな》つ|越《こ》えました
|人《ひと》の|厭《いや》がる|天刑《てんけい》の |病《やまひ》に|罹《かか》り|村外《むらはづ》れ
|淋《さび》しき|河辺《かはべ》に|追《お》ひ|出《だ》され |老《おい》の|夫婦《ふうふ》の|憂《うき》|苦労《くらう》
|天教山《てんけうざん》に|現《あ》れませる |木《こ》の|花姫《はなひめ》の|夢枕《ゆめまくら》
|夜毎々々《よごとよごと》に|立《た》ち|玉《たま》ひ |三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》
|日《ひ》ならず|此処《ここ》に|来《きた》るらむ |汝《なんぢ》は|彼《かれ》を|呼《よ》び|寄《よ》せて
|夫《をつと》の|悩《なや》む|膿汁《うみしる》を |吸《す》うて|貰《もら》へば|忽《たちま》ちに
|本復《ほんぷく》するとの|神《かみ》の|告《つ》げ |誠《まこと》に|済《す》まぬこと|乍《なが》ら
|老《おい》の|願《ねがひ》を|聞《き》いてよと |誠《まこと》しやかに|頼《たの》み|入《い》る
|高姫《たかひめ》、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》は |何《なん》のためらふ|事《こと》もなく
|膿《うみ》に|汚《けが》れし|老人《らうじん》の |身体《しんたい》|全部《ぜんぶ》に|口《くち》をつけ
|天津神《あまつかみ》たち|国津神《くにつかみ》 |憐《あは》れ|至極《しごく》な|此《この》|人《ひと》を
|何卒《なにとぞ》|救《すく》ひ|玉《たま》へよと |心《こころ》に|祈願《きぐわん》をこめ|乍《なが》ら
|力限《ちからかぎ》りに|吸《す》ひ|取《と》れば |豈《あに》|計《はか》らむや|悪臭《あくしう》の
|鼻《はな》さへ|落《おち》むと|思《おも》はれし |其《その》|膿汁《うみしる》は|甘露《かんろ》の
|露《つゆ》の|如《ごと》くに|香《かう》ばしく |麝香《じやかう》の|匂《にほ》ひ|馥郁《ふくいく》と
|実《げ》に|心地《ここち》よくなりにける。 |不思議《ふしぎ》と|頭《あたま》を|擡《もた》ぐれば
|天刑病《てんけいびやう》と|思《おも》ひたる |爺《じじい》は|何時《いつ》しか|霊光《れいくわう》の
|輝《かがや》き|亘《わた》る|神人《しんじん》と |姿《すがた》を|変《へん》じこまごまと
|三五教《あななひけう》の|真髄《しんずゐ》を |説《と》き|諭《さと》しつつ|忽然《こつぜん》と
|煙《けぶり》の|如《ごと》く|消《き》え|玉《たま》ふ |高姫《たかひめ》、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》は
ハツと|驚《おどろ》き|目《め》をさまし |見《み》れば|以前《いぜん》の|川《かは》の|辺《べ》に
|眠《ねむ》り|居《ゐ》たるぞ|不思議《ふしぎ》なれ。 |夢《ゆめ》の|中《なか》なる|教訓《けうくん》を
|吾身《わがみ》に|省《かへり》み|宣《の》り|直《なほ》し アイルの|河《かは》を|如何《いか》にして
|向《むか》うの|岸《きし》に|渡《わた》らむと |神《かみ》に|祈《いの》れる|折柄《をりから》に
|祈《いの》りは|天《てん》に|通《つう》じけむ |八尋《やひろ》の|鰐《わに》は|幾百《いくつ》とも
|限《かぎ》りなき|迄《まで》|川《かは》の|瀬《せ》に |体《からだ》を|並《なら》べて|橋《はし》|作《つく》り
|三人《みたり》をここに|安々《やすやす》と |彼方《かなた》の|岸《きし》に|渡《わた》しける。
|天地《てんち》の|恵《めぐみ》に|咲出《さきい》でし |百花千花《ひやくくわせんくわ》の|香《か》に|酔《よ》ひつ
|足《あし》も|軽《かる》げに|七八里《しちはちり》 |進《すす》みて|来《きた》る|前方《ぜんぱう》に
|紺青《こんぜう》の|波《なみ》を|湛《たた》へたる |思《おも》ひ|掛《がけ》なき|大湖水《だいこすゐ》
|茲《ここ》に|三人《みたり》は|立止《たちと》まり |協議《けふぎ》の|結果《けつくわ》|高姫《たかひめ》の
|差図《さしづ》に|従《したが》ひ|湖畔《こはん》をば |左《ひだり》に|取《と》りて|一里半《いちりはん》
|椰子樹《やしじゆ》の|蔭《かげ》に|身《み》を|休《やす》め |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|有難《ありがた》き
|話《はなし》に|一夜《いちや》を|明《あか》しける あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
第一四章 カーリン|丸《まる》〔八三六〕
|三人《さんにん》は|湖水《こすゐ》の|傍《かたはら》なる|椰子樹《やしじゆ》の|森《もり》に|一夜《いちや》を|明《あ》かした。|其《その》|夜《よ》は|比較的《ひかくてき》|風《かぜ》|強《つよ》く、|湖水《こすゐ》の|波《なみ》の|音《おと》は|雷《らい》の|如《ごと》く|時々《ときどき》ドンドンと|響《ひび》いて|来《き》た。|此《この》|湖水《こすゐ》の|名《な》を|玉《たま》の|湖《うみ》と|云《い》ふ。|東西《とうざい》|五十里《ごじふり》、|南北《なんぽく》|三十五里《さんじふごり》|位《ぐらゐ》の|大湖水《だいこすゐ》であつた。そして|此《この》|湖水《こすゐ》の|形《かたち》は|瓢箪《へうたん》を|縦《たて》に|割《わ》つて|半分《はんぶん》を|仰向《あふむ》けにしたやうな|形《かたち》をしてゐる。|地平線上《ちへいせんじやう》より|新《あらた》に|生《うま》れ|出《い》で|玉《たま》ふ|真紅《しんく》の|太陽《たいやう》はニコニコとして|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ|乍《なが》ら、|刻々《こくこく》に|昇天《しようてん》し|給《たま》ふ。|一同《いちどう》は|湖水《こすゐ》に|顔《かほ》を|洗《あら》ひ、|口《くち》を|滌《すす》ぎ|手《て》を|清《きよ》め、|拍手《はくしゆ》|感謝《かんしや》の|詞《ことば》を|奏上《そうじやう》し、|蔓苺《つるいちご》を|掌《たなごころ》に|一杯《いつぱい》むしり|取《と》つて|朝飯《あさめし》に|代《か》へた。|能《よ》く|能《よ》く|見《み》れば|傍《かたはら》に|神《かみ》の|姿《すがた》した|石《いし》が|立《た》つて|居《ゐ》る。|扨《さ》て|不思議《ふしぎ》と|裏面《りめん》を|見《み》れば、|軟《やはら》かき|石像《せきざう》の|裏《うら》に、『|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタン、カーリンスの|一行《いつかう》|四人《よにん》、|改心《かいしん》|記念《きねん》の|為《ため》に|此《この》|石《いし》|像《ざう》を|刻《きざ》み|置《お》く……』と|刻《ほ》り|附《つ》けてあつた。|常彦《つねひこ》は|此《この》|文面《ぶんめん》を|読《よ》み|上《あ》げて|高姫《たかひめ》に|聞《き》かした。|高姫《たかひめ》は|驚《おどろ》いて、
|高姫《たかひめ》『あゝ|矢張《やつぱり》|鷹依姫《たかよりひめ》さまも|竜国別《たつくにわけ》さまも、テー、カーも、つまり|此《この》|荒原《くわうげん》を|彷徨《さまよ》うて|御座《ござ》つたと|見《み》える。ホンにお|気《き》の|毒《どく》な、あるにあられぬ|苦労《くらう》をなさつたであらう。|此《この》|高姫《たかひめ》が|無慈悲《むじひ》にも、|黒姫《くろひめ》さまが|黄金《こがね》の|玉《たま》を|紛失《ふんしつ》したと|云《い》つて、|鷹依姫《たかよりひめ》さまや、|外《ほか》|三人《さんにん》の|方《かた》にまで|難題《なんだい》を|云《い》ひつのり、|聖地《せいち》を|追《お》ひ|出《だ》したのは、|何《なん》と|云《い》ふ|気強《きづよ》いことをしたのであらう。|今《いま》になつて|過去《くわこ》を|顧《かへり》みれば、|私《わたし》の|犯《をか》した|罪《つみ》、|人《ひと》さまの|恨《うら》みが|実《じつ》に|恐《おそ》ろしくなつて|来《き》た。せめては|鷹依姫《たかよりひめ》さま|一同《いちどう》の|苦労《くらう》なさつて|通《とほ》られた|跡《あと》を、|斯《こ》うして|修業《しうげふ》に|歩《ある》かして|貰《もら》ふのも、|私《わたし》の|罪亡《つみほろ》ぼし、|又《また》|因果《いんぐわ》の|循《めぐ》り|循《めぐ》りて|同《おな》じ|処《ところ》を|迂路《うろ》つき|廻《まは》るやうになつたのだらう。|諺《ことわざ》にも……|人《ひと》を|呪《のろ》はば|穴《あな》|二《ふた》つ……とやら、|情《なさけ》は|人《ひと》の|為《ため》ならずとやら、|善《ぜん》にもあれ、|悪《あく》にもあれ、|何事《なにごと》も|皆《みな》|吾身《わがみ》に|報《むく》うて|来《く》るものだ……と|口《くち》にはいつも|立派《りつぱ》に|人様《ひとさま》に|向《むか》つて、|諭《さと》しては|居《ゐ》たものの、|斯《か》うして|自分《じぶん》が|実地《じつち》に|当《あた》つて|見《み》ると、|尚更《なほさら》|神様《かみさま》の|教《をしへ》が|身《み》に|沁々《しみじみ》と|沁《し》み|亘《わた》つて、|有難《ありがた》いやら|恐《おそ》ろしいやら、|何《なん》とも|申上《まをしあ》げやうが|御座《ござ》いませぬ。……あゝ|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》、|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》、テー、カーの|両人《りやうにん》さま、|高姫《たかひめ》のあなた|方《がた》に|加《くは》へた|残虐無道《ざんぎやくぶだう》の|罪《つみ》、どうぞ|許《ゆる》して|下《くだ》さいませ。あなたがこんな|遠国《ゑんごく》へ|来《き》て|種々《いろいろ》|雑多《ざつた》と|苦労《くらう》をなさるのも、|皆《みな》|此《この》|高姫《たかひめ》に|憑依《ひようい》してゐた、|金毛九尾《きんまうきうび》の|悪狐《あくこ》の|為《な》せし|業《わざ》、どうぞ|赦《ゆる》して|下《くだ》さいませ。|此《この》|石像《せきざう》は、|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》、|竜国別《たつくにわけ》|様《さま》の|心《こころ》を|籠《こ》められた|記念物《きねんぶつ》、|之《これ》を|見《み》るにつけても、おいとしいやら、お|気《き》の|毒《どく》やら、お|懐《なつ》かしいような|気《き》が|致《いた》します。|何程《なにほど》|重《おも》たくても|罪《つみ》|亡《ほろ》ぼしの|為《ため》に|此《この》|石像《せきざう》を、|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》、|外《ほか》|御一同《ごいちどう》と|思《おも》ひ|自転倒島《おのころじま》まで|負《お》うて|帰《かへ》り、お|宮《みや》を|建《た》てて、|朝夕《あさゆふ》にお|給仕《きふじ》を|致《いた》し、|私《わたし》の|重《おも》い|罪《つみ》を|赦《ゆる》して|戴《いただ》かねばなりませぬ』
と|念《ねん》じ|乍《なが》ら、|四辺《あたり》の|蔓草《つるぐさ》を|綯《よ》つて|繩《なは》を|作《つく》り、|背中《せなか》に|括《くく》りつけ、|其《その》|上《うへ》から|蓑《みの》を|被《かぶ》り、|持重《もちおも》りのする|石像《せきざう》を|背中《せなか》に|負《お》うて、たうとうアマゾン|河《がは》の|森林《しんりん》|迄《まで》|帰《かへ》つて|了《しま》つたのである。これが|家々《いへいへ》に、|小《ちい》さき|地蔵《ぢざう》を|造《つく》り、|屋敷《やしき》の|隅《すみ》に、|石《いし》を|畳《たた》み、|其《その》|上《うへ》に|祀《まつ》ることとなつた|濫觴《らんしやう》である。
さて|高姫《たかひめ》は|石像《せきざう》を|背《せ》に|負《お》ひ、エチエチし|乍《なが》ら|草野《くさの》を|分《わ》けて|湖畔《こはん》を|東《ひがし》へ|東《ひがし》へと|二人《ふたり》の|同行《どうぎやう》と|共《とも》に|進《すす》み|行《ゆ》く。
|高姫《たかひめ》は|玉《たま》の|湖畔《こはん》を|進《すす》み|乍《なが》ら、|湖中《こちう》に|溌溂《はつらつ》として|泳《およ》げる、|何《なん》とも|云《い》へぬ|美《うつく》しき|五色《ごしき》の、|縦筋《たてすぢ》や|横筋《よこすぢ》の|通《とほ》つた|魚《うを》を|眺《なが》め、
|高姫《たかひめ》『コレコレ、|一寸《ちよつと》|御覧《ごらん》なさい、|常彦《つねひこ》、|不思議《ふしぎ》な|魚《さかな》が|居《を》ります。これが|噂《うはさ》に|聞《き》いた、|玉《たま》の|湖《うみ》の|錦魚《にしきのうを》といふのでせう。|一名《いちめい》|金魚《きんぎよ》とか|云《い》ふさうですが、|本当《ほんたう》に|綺麗《きれい》なものぢや|御座《ござ》いませぬか』
|常彦《つねひこ》『|成程《なるほど》、|天火水地結《てんくわすいちむすび》と|青赤紫白黄《あをあかむらさきしろき》、|順序《じゆんじよ》|能《よ》く|縦筋《たてすぢ》がはいつて|居《を》りますな。|之《これ》が|所謂《いはゆる》|縦魚《たてうを》で|御座《ござ》いませう。あゝ|此処《ここ》にも|横《よこ》に|又《また》|同《おな》じ|如《や》うな|五色《ごしき》の|斑《もん》の|附《つ》いた|魚《うを》が|泳《およ》いでゐます。どちらが|雄《をん》で、どちらが|雌《めん》でせうかなア』
|春彦《はるひこ》『|定《き》まつた|事《こと》よ。|縦筋《たてすぢ》の|方《はう》が|雄《をん》で、|横筋《よこすぢ》のはいつた|方《はう》が|雌《めん》だ。|経《たて》と|緯《よこ》と|夫婦《ふうふ》|揃《そろ》うて|錦《にしき》の|機《はた》を|織《お》ると|云《い》ふのだから、|錦魚《にしきのうを》と|云《い》ふのだ。|此《この》|鰭《はた》を|見《み》よ、|随分《ずゐぶん》|立派《りつぱ》な|鰭《はた》ぢやないか』
|常彦《つねひこ》『|併《しか》し|此《この》|魚《うを》には|目《め》が|無《な》いぢやないか。|此奴《こいつ》アどうも|不思議《ふしぎ》ぢやないか』
|春彦《はるひこ》『|此《この》|縦筋《たてすぢ》のはいつた|盲魚《めくらうを》は|一名《いちめい》|高姫魚《たかひめうを》と|云《い》ひ、|横筋《よこすぢ》のはいつたのは|春彦魚《はるひこうを》と|云《い》ふのだ。どちらも|盲《めくら》だから、マタイものだ。それ|此《この》|通《とほ》り|逃《に》げも|何《なに》もせぬぢやないか。|併《しか》し|手《て》に|取《と》ると、やつぱりピンピン|撥《は》ねよるワ。ヤア|其処《そこ》へ|本当《ほんたう》の|錦魚《にしきうを》がやつて|来《き》たぞ。|此奴《こいつ》ア|縦横《たてよこ》|十文字《じふもんじ》、|素的《すてき》|滅法界《めつぽふかい》、|綺麗《きれい》な|筋《すぢ》がはいつて、ピカピカ|光《ひか》つてゐる。|目《め》も|大《おほ》きな|目《め》があいてゐる。……なア|高姫《たかひめ》さま、これを|見《み》ても|経《たて》と|緯《よこ》と|揃《そろ》はねば、|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》ばかりでも|見《み》えず、|女子《によし》の|行方《やりかた》ばかりでも|後先《あとさき》が|見《み》えぬと|云《い》ふ|神様《かみさま》の|御教訓《ごけうくん》ですな』
|高姫《たかひめ》|頻《しき》りに|首《くび》を|振《ふ》り、
|高姫《たかひめ》『ウーン、なんとまア|神様《かみさま》の|御経綸《ごけいりん》と|云《い》ふものは|恐《おそ》れ|入《い》つたもので|御座《ござ》います。これを|見《み》て|改心《かいしん》せねばなりませぬワイ。|今迄《いままで》の|三五教《あななひけう》の|様《やう》に、|経緯《たてよこ》の|盲《めくら》|同士《どうし》が|盲縞《めくらじま》を|織《お》つて|居《を》つては、|何時迄《いつまで》も|錦《にしき》の|機《はた》は|織《お》り|上《あ》がりませぬ。|夫《それ》に|就《つ》いては|私《わたし》が|第一《だいいち》|悪《わる》かつた。|経糸《たていと》はヂツとさへして|居《を》れば|良《よ》いのに、|緯糸《よこいと》|以上《いじやう》に|藻掻《もが》くものだから、|薩張《さつぱり》ワヤになつて|了《しま》うたのぢや。あゝ|何《なに》を|見《み》ても|神様《かみさま》の|教訓《けうくん》|許《ばか》り、|何故《なにゆゑ》|今迄《いままで》こんな|見易《みやす》い|道理《だうり》が|分《わか》らなんだのだらう。ヤツパリ|金毛九尾《きんまうきうび》に|眼《まなこ》を|眩《くら》まされてゐたのだ』
と|長大嘆息《ちやうだいたんそく》をしてゐる。|是《こ》れより|一行《いつかう》は|夜《よ》を|日《ひ》に|継《つ》ぎ、|漸《やうや》くにしてアルの|海岸《かいがん》に|着《つ》いた。|幸《さいは》ひ|船《ふね》はゼムの|港《みなと》に|向《むか》つて|出帆《しゆつぱん》せむとする|間際《まぎは》であつた。|高姫《たかひめ》は|慌《あわただ》しく『オーイオーイ』と|呼止《よびと》めた。|船頭《せんどう》は|今《いま》|纜《ともづな》を|解《と》いて|港《みなと》を|少《すこ》しばかり|離《はな》れた|船《ふね》を|引返《ひきかへ》し、|三人《さんにん》を|乗《の》らしめ、|折《をり》からの|南風《なんぷう》に|帆《ほ》を|孕《はら》ませ、ゼムの|港《みなと》を|指《さ》して|波上《はじやう》ゆるやかに|辷《すべ》り|行《ゆ》く。
|長《なが》き|海上《かいじやう》の|退屈《たいくつ》|紛《まぎ》れに|船客《せんきやく》の|間《あひだ》にあちらこちらと|雑談《ざつだん》が|始《はじ》まつた。|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は|船《ふね》の|片隅《かたすみ》に|小《ちい》さくなつて|控《ひか》へてゐる。
甲『|去年《きよねん》の|事《こと》だつたか、|此《この》|船《ふね》に|乗《の》つてゼムの|港《みなと》へ|渡《わた》る|時《とき》の|船客《せんきやく》の|話《はな》しに、テルの|国《くに》のアリナの|滝《たき》とやらに|大変《たいへん》な|玉取神《たまとりがみ》さまが|現《あら》はれ、|彼方《あちら》からも|此方《こちら》からも、|種々雑多《たくさん》の|玉《たま》をお|供《そな》へに|行《い》つて、いろいろの|願事《ねがひごと》を|叶《かな》へて|貰《もら》はうと、|慾《よく》な|連中《れんぢう》が|引《ひき》も|切《き》らず|参拝《さんぱい》してゐたさうぢや。さうすると|何《なん》でもヒルとか|夜《よる》とか|云《い》ふ|国《くに》の|偉《えら》いお|方《かた》が|黄金《こがね》の|玉《たま》をお|供《そな》へになつた。|玉取神《たまとりがみ》さまはその|黄金《こがね》の|玉《たま》が|気《き》に|入《い》つたと|見《み》えて、|夜《よ》さりの|間《あひだ》に|玉《たま》を|引《ひ》つ|担《かつ》ぎ、|何処《どつか》へ|逃《に》げ|出《だ》し、ウヅの|国《くに》の|櫟ケ原《くぬぎがはら》とかで、|折角《せつかく》|持出《もちだ》した|玉《たま》を、|天狗《てんぐ》に|取上《とりあ》げられ、|這々《はうはう》の|体《てい》でウヅの|国《くに》(アルゼンチン)の|大原野《だいげんや》を|横断《わうだん》し、アルの|港《みなと》から|船《ふね》に|乗《の》つて、アマゾン|川《がは》の|河上《かはかみ》まで|行《い》つたと|云《い》ふ|事《こと》だ。|併《しか》し|神《かみ》さまの|中《なか》にもいろいろあつて、|慾《よく》な|神《かみ》さまもあればあるものぢやなア。|其《その》|玉取神《たまとりがみ》さまの|大将《たいしやう》は、|何《なん》でも|自転倒島《おのころじま》の|鷹《たか》とか|鳶《とび》とか|烏《からす》の|様《やう》な|名《な》のつく、|矢釜《やかま》しい|女神《をんながみ》があつて、|大切《たいせつ》に|守《まも》つて|居《を》つた|玉《たま》を|玉取神《たまとりがみ》が|失《うしな》うたので|怒《おこ》つて|叩《たた》き|出《だ》し、|其《その》|玉《たま》を|手《て》に|入《い》れる|迄《まで》、|帰《かへ》つて|来《く》な……と|此《この》|広《ひろ》い|世《よ》の|中《なか》に|玉《たま》の|一《ひと》つ|位《ぐらゐ》、|何程《なんぼ》|捜《さが》したつて、|分《わか》りさうなことがないのに、|無茶《むちや》を|言《い》うて、いぢり|倒《たふ》したと|云《い》ふ|話《はなし》を|聞《き》いたが、|随分《ずゐぶん》|悪《わる》い|神《かみ》もあればあるものだなア。|屹度《きつと》|其奴《そいつ》には|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》やら、|金毛九尾《きんまうきうび》の|狐《きつね》が|憑《つ》いてをつて、そんな|無茶《むちや》なことを|言《い》はしたり、さしたりすると|云《い》ふ|話《はな》しだ。|本当《ほんたう》に|神《かみ》さまだと|云《い》つても、|無茶苦茶《むちやくちや》に|信神《しんじん》|出来《でき》ぬものだ。|鷹鳶姫《たかとびひめ》とか|玉取姫《たまとりひめ》とか|云《い》ふケチな|神《かみ》もある|世《よ》の|中《なか》だからなア』
乙『|玉取姫《たまとりひめ》|位《くらゐ》なら|屁《へ》どろいこつちやが、|世間《せけん》には|沢山《たくさん》、|嬶取彦《かかとりひこ》や|爺取姫《おやぢとりひめ》が|現《あら》はれて、|随分《ずゐぶん》|社会《しやくわい》の|秩序《ちつじよ》を|紊《みだ》し、|此《この》|世《よ》の|中《なか》に|悪《あく》の|種《たね》を|蒔《ま》く|神《かみ》も、|此《この》|頃《ごろ》は|大分《だいぶん》に|出来《でき》て|来《き》たぞよ。アハヽヽヽ』
と|他愛《たあい》なく|笑《わら》ふ。|高姫《たかひめ》は|真赤《まつか》な|顔《かほ》して|小《ちい》さくなつて、|甲乙《かふおつ》の|談《はなし》を|聞《き》いて|居《ゐ》た。
|常彦《つねひこ》は|高姫《たかひめ》の|耳《みみ》に|口《くち》を|寄《よ》せ、
『|高姫《たかひめ》さま、どうも|世間《せけん》は|広《ひろ》いやうで|狭《せま》いものですな。|海洋万里《かいやうばんり》の|斯《こ》んな|所《ところ》まで、|自転倒島《おのころじま》の|出来事《できごと》が、|仮令《たとへ》|間違《まちが》ひにもせよ、|大体《だいたい》が|行渡《ゆきわた》つて|居《を》るとは|実《じつ》に|驚《おどろ》きましたねえ。|玉野原《たまのはら》の|玉《たま》の|湖《うみ》の|椰子樹《やしじゆ》の|下《した》に、|竜国別《たつくにわけ》さまが|刻《きざ》んでおいた|四人《よにん》の|石像《せきざう》、|仮令《たとへ》|何万年《なんまんねん》|経《た》つたつて、|貴女《あなた》や|私達《わたしたち》の|目《め》にとまる|筈《はず》がないのに、|何百里《なんびやくり》とも|際限《さいげん》のない|野《の》の|中《なか》に、こんな|小《ち》つぽけな|物《もの》が|只《ただ》の|一《ひと》つ、それが|斯《か》うして|貴女《あなた》の|背《せな》に|負《お》はれる|様《やう》になると|云《い》ふも、|不思議《ふしぎ》ぢやありませぬか。|之《これ》を|思《おも》うと|人間《にんげん》も|余程《よほど》|心得《こころえ》なくてはなりませぬなア』
|高姫《たかひめ》『サアそれについて、|私《わたし》は|胸《むね》も|何《なに》も|引裂《ひきさ》けるやうになつて|来《き》ました。|私《わたし》が|変性男子様《へんじやうなんしさま》の|系統々々《ひつぽうひつぽう》と|云《い》つて、それを|鼻《はな》にかけ、|金毛九尾《きんまうきうび》に|誑惑《きやうわく》されて、|今迄《いままで》は|一生懸命《いつしやうけんめい》に|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|御徳《おとく》を|落《お》とすこと|許《ばか》りやつて|来《き》たかと|思《おも》へば、|如何《どう》して|此《この》|罪《つみ》が|贖《あがな》へやうかと、|誠《まこと》に|恐《おそ》ろしく、|悲《かな》しくなつて|来《き》ました』
と|涙《なみだ》ぐむ。|船客《せんきやく》は|又《また》もや|盛《さか》んに|喋《しやべ》り|出《だ》した。
丙『オイお|前《まへ》の|云《い》うて|居《を》つた|鷹鳶姫《たかとびひめ》と|云《い》ふのは、ソリヤ|高姫《たかひめ》の|間違《まちが》ひだらう。そして|玉取姫《たまとりひめ》と|云《い》ふのは|鷹依姫《たかよりひめ》の|間違《まちが》ひだらう。|高姫《たかひめ》と|云《い》ふ|奴《やつ》はなア、|徹底的《てつていてき》|我慢《がまん》の|強《つよ》い|奴《やつ》で、|変性男子《へんじやうなんし》とか|云《い》ふ|立派《りつぱ》なお|方《かた》の|腹《はら》から|生《うま》れて、それはそれは|意地《いぢ》の|悪《わる》い|頑固者《ぐわんこもの》の、|利己主義《われよし》の|口達者《くちたつしや》の、|論《ろん》にも|杭《くひ》にも|掛《かか》らぬ|化物《ばけもの》ださうな。そして|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》とか|云《い》ふお|宝物《ほうもつ》を|腹《はら》に|呑《の》んだり、|出《だ》したり、|丸《まる》で|手品師《てじなし》のやうなことをやる、|悪神《あくがみ》の|容物《いれもの》だと|云《い》ふ|事《こと》だ。|噂《うはさ》を|聞《き》いて|憎《にく》らしうなつて|来《く》る。どうで|遠《とほ》い|自転倒島《おのころじま》の|話《はな》しだから、|到底《たうてい》|吾々《われわれ》には|一代《いちだい》に|会《あ》ふことは|出来《でき》まいが、|若《も》しも|出会《であ》うたが|最後《さいご》、|世界《せかい》の|為《ため》に|俺《おれ》は|素首《そつくび》|引抜《ひきぬ》いてやらうと|思《おも》つてゐるのだ。|何《なん》だか|高姫《たかひめ》の|話《はな》しが|出《で》ると、|腹《はら》の|底《そこ》からむかついて|来《き》て|堪《たま》らないワ。|去年《きよねん》の|今頃《いまごろ》だつた。|高姫《たかひめ》に|仕《つか》へて|居《を》つた|鷹依姫《たかよりひめ》、|其《その》|息子《むすこ》の|鼻《はな》の|素的《すてき》|滅法界《めつぽふかい》に|高《たか》い|竜国別《たつくにわけ》、それに|一寸《ちよつと》|人種《じんしゆ》の|変《かは》つた、|鼻《はな》の|高《たか》い|細長《ほそなが》い、|色《いろ》の|少《すこ》し|白《しろ》いテーリスタンとかカーリンスとか|云《い》ふ|四人連《よにんづ》れが、アリナの|滝《たき》の……|何《なん》でも|近所《きんじよ》に|鏡《かがみ》の|池《いけ》とか|云《い》ふ|不思議《ふしぎ》な|池《いけ》があつて、そこに|長《なが》らく|居《を》つた|所《ところ》、|俄《にはか》にどんな|事情《じじやう》か|知《し》らぬが、|居《を》れなくなつて、たうとうアリナ|山脈《さんみやく》を|越《こ》えて、ウヅの|国《くに》の|櫟ケ原《くぬぎがはら》を|横断《わうだん》し、アルの|港《みなと》からヒルへ|行《ゆ》く|途中《とちう》、|誤《あやま》つて|婆《ばば》アはデツキの|上《うへ》から|海中《かいちう》へ|陥没《かんぼつ》し、|皆目《かいもく》|姿《すがた》がなくなつて|了《しま》つた。そこで|息子《むすこ》の|竜国別《たつくにわけ》が、|婆《ば》アさまを|助《たす》けようとドブンと|計《ばか》り|飛込《とびこ》んだが、これも|亦《また》|波《なみ》に|捲《ま》かれて|行《ゆ》き|方《がた》|知《し》れず、テ、カの|二人《ふたり》も|続《つづ》いてドブンとやつたが、|此奴《こいつ》もテンで|行方《ゆくへ》が|知《し》れなくなつて|了《しま》つた。|彼奴《あいつ》は|悪人《あくにん》か|何《なに》か|知《し》らぬが|随分《ずゐぶん》|親孝行者《おやかうかうもの》だ。|母親《ははおや》が|陥《はま》つたのを|助《たす》けようと|思《おも》うて、|伜《せがれ》の|竜国別《たつくにわけ》が|飛込《とびこ》んで|殉死《じゆんし》し、|又《また》|弟子《でし》の|二人《ふたり》が|助《たす》けようと|思《おも》つたか、|殉死《じゆんし》の|覚悟《かくご》だつたか|知《し》らぬが、|共《とも》に|水泡《みなわ》と|消《き》えて|了《しま》つた。|随分《ずゐぶん》|此《この》|航路《かうろ》では|有名《いうめい》な|話《はな》しだ。お|前《まへ》まだ|耳《みみ》にして|居《を》らぬのか』
乙『|成程《なるほど》、|親子《おやこ》|主従《しゆじゆう》の|心中《しんちう》とか|云《い》つて、|随分《ずゐぶん》|有名《いうめい》な|話《はなし》だが、|其《その》……|何《なん》だなア、|宣伝使《せんでんし》の|一行《いつかう》のことか、|俺《おれ》や|又《また》どつかの|親子《おやこ》|主従《しゆじゆう》の|心中《しんちう》かと|思《おも》つてゐた。ホンに|可哀相《かあいさう》なこつたナア』
丙『それと|云《い》ふのも|元《もと》を|糺《ただ》せば、ヤツパリ|高姫《たかひめ》と|云《い》ふ|奴《やつ》が|悪《わる》いからだ。|彼奴《あいつ》が|無理難題《むりなんだい》を|云《い》ひかけて、|自転倒島《おのころじま》から|高砂島《たかさごじま》(|南米《なんべい》)|三界《さんがい》|迄《まで》|追《お》ひ|出《だ》したものだから、たうとうあんなことになつて|了《しま》つたのだ。|四人《よにん》の|宣伝使《せんでんし》は|可哀相《かあいさう》でたまらぬ。|俺《おれ》やモウ|其《その》|話《はな》しを|聞《き》いてから、|空《そら》を|翔《た》つてる|鷹《たか》を|見《み》ても|癪《しやく》に|障《さは》つて|堪《たま》らぬのだ。|人間《にんげん》にでも|鷹《たか》と|云《い》ふ|名《な》の|附《つ》いてる|奴《やつ》に|会《あ》うと、|其奴《そいつ》が|憎《にく》らしくなつて|来《き》て、|擲《なぐ》りつけたいやうな|気《き》がするのだよ。|赤《あか》の|他人《たにん》の|俺《おれ》が、|何故《なぜ》|鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の、それ|丈《だけ》|贔屓《ひいき》をせにやならぬかと|思《おも》うと、|不思議《ふしぎ》でたまらないワ。|大方《おほかた》あの|陥《はま》る|時《とき》に、アヽ|可哀相《かあいさう》だと|思《おも》うて|見《み》てゐたものだから、|其《その》|亡魂《ばうこん》でも|憑依《ひようい》したのか……。|今日《けふ》は|何《なん》だか|其《その》タカと|云《い》ふ|名《な》のついた|奴《やつ》が|乗《の》つて|居《ゐ》やせぬかなア。|何《なん》だかむかついてむかついて|仕方《しかた》がないのだ』
と|目《め》を|真赤《まつか》にし、|歯噛《はが》みし、|拳《こぶし》を|握《にぎ》り、|形相《ぎやうさう》|凄《すさま》じく|息《いき》を|喘《はづ》ませてゐる。
甲『ハヽヽヽヽ、|他人《たにん》の|疝気《せんき》を|頭痛《づつう》に|病《や》むと|云《い》ふのはお|前《まへ》のことだ。そんなことはイヽ|加減《かげん》にしておけ。|何程《なにほど》|力《りき》んでみた|所《ところ》で、|肝腎《かんじん》の|本人《ほんにん》は|海洋万里《かいやうばんり》の|自転倒島《おのころじま》に|居《を》るのだから|駄目《だめ》だよ』
丙『|何《なん》だか|俄《にはか》に|体《からだ》が|震《ふる》ひ|出《だ》した。|何《なん》でも|此《この》|船《ふね》に|高姫《たかひめ》と|云《い》ふ|奴《やつ》、|乗《の》つてゐるのぢやあるまいかな。オイ|一寸《ちよつと》|女客《をんなきやく》の|名《な》を、|御苦労《ごくらう》だが、|一々《いちいち》|尋《たづ》ねて|来《き》て|呉《く》れぬか』
甲『|馬鹿《ばか》を|言《い》ふない、おれが|尋《たづ》ねなくても、|船長《せんちやう》さまに|聞《き》けば、チヤンと|帳面《ちやうめん》に|附《つ》けてあるワ』
丙『それもさうだ、そんなら|尋《たづ》ねて|見《み》やうかな』
と|立上《たちあ》がらうとする。|高姫《たかひめ》は、|丙《へい》の|袖《そで》を|控《ひか》へて、
|高姫《たかひめ》『モシモシ|何処《どこ》の|方《かた》かは|知《し》りませぬが、|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》|一行《いつかう》の|為《ため》に、|能《よ》うそこ|迄《まで》|一心《いつしん》に|思《おも》うてやつて|下《くだ》さいます。|定《さだ》めて|四人《よにん》の|者《もの》も|冥土《めいど》から|喜《よろこ》んで|居《を》ることで|御座《ござ》いませう。あなたは|最前《さいぜん》から|承《うけたま》はれば、|四人《よにん》の|海《うみ》へ|落《お》ちたのを|見《み》て|居《ゐ》なさつたさうですが、|後《あと》に|何《なに》か|残《のこ》つてゐませなんだか。|私《わたし》があなたの|憎《にく》いと|思召《おぼしめ》す|自転倒島《おのころじま》から|来《き》た|高姫《たかひめ》で|御座《ござ》いますよ。|罪《つみ》の|深《ふか》い|私《わたし》、サアどうぞ|貴方《あなた》の|存分《ぞんぶん》にして|下《くだ》さいませ。さうすれば、|四人《よにん》の|者《もの》も|定《さだ》めし|浮《う》かぶことで|御座《ござ》いませう。|今《いま》|私《わたし》の|負《お》うて|居《を》ります|石《いし》には、|右《みぎ》|四人《よにん》の|姿《すがた》が|刻《ほ》り|込《こ》んで|御座《ござ》います。かやうなことがあらうとて|虫《むし》が|知《し》らしたのか、チヤンと|自分《じぶん》から|石碑《せきひ》を|拵《こしら》へて|残《のこ》しておいたと|見《み》えます。あゝ|因縁《いんねん》と|云《い》ふものは|恐《おそ》ろしいものだ。|天網恢々《てんまうくわいくわい》|疎《そ》にして|漏《も》らさず、こんなことと|知《し》つたら、あんな|酷《むご》いことを|云《い》ふのぢやなかつたに』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら、|背中《せなか》の|石像《せきざう》を|前《まへ》に|据《す》ゑ、|手《て》を|合《あは》せ、
|高姫《たかひめ》『コレコレ|四人《よにん》の|御方《おかた》、どうぞ|怺《こら》へて|下《くだ》さい。|三千世界《さんぜんせかい》の|御神業《ごしんげふ》に|参加《さんか》せなくてはならぬ|大切《たいせつ》な|体《からだ》なれど、|私《わたし》は|今《いま》|此《この》|御方《おかた》に|生首《なまくび》を|引抜《ひきぬ》かれて|国替《くにがへ》を|致《いた》し、お|前《まへ》さまの|側《そば》へ|行《い》つて、|更《あらた》めてお|詫《わび》を|致《いた》します。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。|鷹依姫《たかよりひめ》、|竜国別《たつくにわけ》、テーリスタンにカーリンス、|頓生菩提《とんしやうぼだい》、あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》』
と|一生懸命《いつしやうけんめい》に|念《ねん》じてゐる。|丙《へい》は|高姫《たかひめ》の|真心《まごころ》より|悔悟《くわいご》した|其《その》|言葉《ことば》と|挙動《きよどう》とに、|今迄《いままで》|張《は》り|切《き》つた|勢《いきほひ》もどこへか|抜《ぬ》け、|今《いま》は|却《かへつ》て、|高姫《たかひめ》|崇拝者《すうはいしや》と|心《こころ》の|中《なか》で|知《し》らず|知《し》らずの|間《あひだ》になつてしまつてゐた。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
第一五章 ヨブの|入信《にふしん》〔八三七〕
|高姫《たかひめ》の|偽《いつは》らざる|告白《こくはく》に|船客《せんきやく》の|一人《ひとり》は、|今迄《いままで》の|憤怒《ふんぬ》の|情《じやう》は|何処《どこ》へやら|消《き》え|失《う》せ、|今度《こんど》は|全《まつた》く|高姫《たかひめ》に|対《たい》する|同情者《どうじやうしや》となつて|了《しま》つた。|丙《へい》は|高姫《たかひめ》に|向《むか》ひ、
丙『|私《わたし》はカーリン|島《じま》(|今《いま》のフオークランド)のヨブと|云《い》ふ|者《もの》で|御座《ござ》います。|去年《きよねん》の|此《この》|頃《ごろ》、|此《この》カーリン|丸《まる》に|乗《の》り、ゼムの|港《みなと》に|往来《ゆきき》する|途中《とちう》、|最前《さいぜん》|話《はな》しました|様《やう》な、|親子《おやこ》|主従《しゆじゆう》の|溺死《できし》を|目撃《もくげき》し、|夫《それ》から|何《なん》となく|憐《あは》れを|催《もよほ》し、|能《よ》く|探《さぐ》つて|見《み》れば、|自転倒島《おのころじま》の|高姫《たかひめ》さまから|追《お》ひ|出《だ》されて、ここまで|遥々《はるばる》やつて|来《き》た|憐《あは》れな|人《ひと》だと|聞《き》いてから、おのれ|高姫《たかひめ》|見《み》つけ|次第《しだい》|素首《そつくび》|抜《ぬ》かずにおくものかと、|親《おや》の|仇敵《かたき》ででもあるかの|様《やう》に、|力瘤《ちからこぶ》を|入《い》れて|憤怒《ふんぬ》の|情《じやう》に|堪《た》へ|兼《か》ねてゐましたが、|今《いま》|御本人《ごほんにん》の|高姫《たかひめ》さまに|出会《であ》ひ、|聞《き》くと|見《み》るとは|大変《たいへん》な|違《ちが》ひ、あなたの|潔白《けつぱく》なる|御精神《ごせいしん》には、|此《この》ヨブも|感嘆《かんたん》|致《いた》しました。|話《はなし》と|云《い》ふものは|両方《りやうはう》|聞《き》かねば|一方《いつぱう》|計《ばか》り|聞《き》いては|分《わか》らぬものです。どうぞ|高姫《たかひめ》さま、|不思議《ふしぎ》な|御縁《ごえん》で|此《この》|船《ふね》の|中《なか》でお|目《め》にかかりました。これを|機《しほ》に|私《わたし》を|貴女《あなた》の|御弟子《おでし》にして|下《くだ》さいませぬか。|私《わたし》は|両親《りやうしん》もあり、|兄《あに》も|妹《いもうと》も|御座《ござ》いますが、|幸《さいは》ひ|部屋住《へやずみ》の|身《み》で|何処《どこ》まで|行《い》つても、|神《かみ》さまの|為《ため》なら|親兄妹《おやきやうだい》も|何《なに》も|申《まを》しませぬ。どうぞ|私《わたし》を|何処《どこ》までもお|供《とも》をさして|下《くだ》さいませ。|又《また》|路銀《ろぎん》に|御困《おこま》りなら、|二年《にねん》や|三年《さんねん》の|路銀《ろぎん》は|丁度《ちやうど》ここに|携帯《けいたい》|致《いた》して|居《を》りますから、どうぞお|供《とも》にお|願《ねがひ》|致《いた》します』
|高姫《たかひめ》『それは|誠《まこと》に|結構《けつこう》な|思召《おぼしめ》しで|御座《ござ》いますが、まだ|貴方《あなた》には|執着心《しふちやくしん》がありますから、|到底《たうてい》|御辛抱《ごしんばう》は|出来《でき》ますまい。|又《また》|御縁《ごえん》がありましたら、|其《その》|時《とき》に|御世話《おせわ》になりませう。|併《しか》しどうぞ|三五《あななひ》の|道《みち》の|信者《しんじや》におなり|下《くだ》さいませ』
ヨブ『|私《わたし》は|素《もと》より|三五教《あななひけう》の|信者《しんじや》で|御座《ござ》いますよ。|別《べつ》に|教会《けうくわい》とか、|教典《けうてん》とか|又《また》は|経文《きやうもん》とか、|形式的《けいしきてき》の|道《みち》は|踏《ふ》んで|居《を》りませぬが、|誠《まこと》の|宗教《しうけう》は|決《けつ》して|教会《けうくわい》や|儀式《ぎしき》などから|生《うま》れるものでは|御座《ござ》りませぬ。どうぞ|左様《さやう》な|結構《けつこう》なお|道《みち》を|世界《せかい》に|宣伝《せんでん》し、|同《おな》じ|人間《にんげん》と|生《うま》れて、|一生《いつしやう》を|暮《くら》すならば、|世界《せかい》の|人民《じんみん》を|助《たす》け、|喜《よろこ》ばれて|此《この》|世《よ》を|過《す》ごし|度《た》う|御座《ござ》います。どうぞお|気《き》に|入《い》りますまいが、|貴女《あなた》のお|弟子《でし》にして|下《くだ》さいませ』
|高姫《たかひめ》『|一寸《ちよつと》|御様子《ごやうす》を|見《み》れば、|随分《ずゐぶん》あなたは|新《あたら》しい|学問《がくもん》をしてゐるお|方《かた》のやうだ。|余程《よほど》お|悧巧《りかう》な|方《かた》とみえますから、|到底《たうてい》|私《わたし》のやうな|無学《むがく》|文盲《もんまう》な|昔人間《むかしにんげん》の|云《い》ふことはお|気《き》に|入《い》りますまいから……』
ヨブ『|誠《まこと》の|道《みち》は|学問《がくもん》や|智慧《ちゑ》で|分《わか》るものではありませぬ。|私《わたし》は|貴女《あなた》の|言心行《げんしんかう》|一致《いつち》の|誠《まこと》に|感心《かんしん》をしたので|御座《ござ》います。|今《いま》の|世《よ》の|中《なか》は|口《くち》と|心《こころ》と|行《おこな》ひと|全然《すつかり》|反対《はんたい》な|者《もの》ばかり、どうぞ|誠《まこと》の|人《ひと》を|見《み》つけて、|世界《せかい》の|為《ため》に|尽《つく》し|度《た》いと、|寝《ね》ても|醒《さ》めても|神様《かみさま》に|祈願《きぐわん》を|籠《こ》めてゐました。|今日《けふ》も|今日《けふ》とて|大悪人《だいあくにん》と|思《おも》ひつめてゐた、|貴女《あなた》の|言心行《げんしんかう》|一致《いつち》の|執着心《しふちやくしん》のない|信仰心《しんかうしん》の|強《つよ》いのを|実地《じつち》|拝見《はいけん》|致《いた》しまして、|何《なん》とも|愉快《ゆくわい》でたまりませぬ。|貴女《あなた》の|弟子《でし》になることが|出来《でき》ませねば、せめて|荷持《にもち》になりと|連《つ》れて|行《い》つて|下《くだ》さいませ。|此《この》|宇都《うづ》の|国《くに》から|巴留《はる》の|国《くに》(|現今《げんこん》のブラジル)の|海岸《かいがん》は、|私《わたし》は|詳《くは》しく|存《ぞん》じてゐますから、どうぞ|道案内《みちあんない》|旁《かたがた》|御供《おとも》をさして|下《くだ》さる|様《やう》に|御願《おねがひ》|致《いた》します』
|高姫《たかひめ》『|私《わたし》|一了見《いちれうけん》では|参《まゐ》りませぬ。ここに|同行《どうかう》|致《いた》してをります|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》の|御意見《ごいけん》を|伺《うかが》ひまして、|其《その》|上《うへ》で|御返事《ごへんじ》を|致《いた》しませう。……なア|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》、あなたも|今《いま》お|聞《き》きの|通《とほ》り、|此《この》|方《かた》の|仰有《おつしや》ること|如何《どう》|思《おも》はれますか。どうぞ|御意見《ごいけん》を|腹蔵《ふくざう》なく|今《いま》|此処《ここ》で|仰《おつしや》つて|下《くだ》さいませ』
|常彦《つねひこ》『それは|誠《まこと》に|結構《けつこう》だと|思《おも》ひます。……なア|春彦《はるひこ》、お|前《まへ》も|賛成《さんせい》だらう』
|春彦《はるひこ》『|私《わたし》もズツト|賛成《さんせい》です。ヨブさまがここへ|加《くは》はつて|下《くだ》されば、|丁度《ちやうど》|神様《かみさま》を|一霊《いちれい》とし、|吾々《われわれ》が|四魂《しこん》となつて、|御用《ごよう》を|致《いた》しますのに、|大変《たいへん》な|好都合《かうつがふ》で|御座《ござ》います』
|高姫《たかひめ》『あゝ|御二人《おふたり》|共《とも》|御同意《ごどうい》|下《くだ》さいましたか、それは|誠《まこと》に|喜《よろこ》ばしいこつて|御座《ござ》います。……モシモシ ヨブ|様《さま》、お|聞《きき》の|通《とほ》りで|御座《ござ》いますから、どうぞ|宜《よろ》しくお|願《ねが》ひ|致《いた》します』
ヨブ『ハイ|早速《さつそく》の|御聞済《おききず》み、これに|越《こ》したる|悦《よろこび》は|御座《ござ》いませぬ。どうぞ|末永《すえなが》く|御使《おつか》ひの|程《ほど》|御願《おねがひ》|致《いた》します』
|高姫《たかひめ》『|併《しか》し|乍《なが》らあなた|最前《さいぜん》|路銀《ろぎん》を|沢山《たくさん》|持《も》つてると|仰《あふ》せられましたが、|吾々《われわれ》|宣伝使《せんでんし》は|余《あま》り|沢山《たくさん》の|路銀《ろぎん》は|必要《ひつえう》が|御座《ござ》いませぬ。どうぞ|夫《それ》を|難儀《なんぎ》な|人《ひと》に、ゼムの|港《みなと》へ|御上陸《ごじやうりく》になつたら|分《わ》けてお|上《あ》げ|下《くだ》さい。さうでないと|誠《まこと》の|御神徳《ごしんとく》を|頂《いただ》けもせず、|本当《ほんたう》の|御用《ごよう》も|勤《つと》まりませぬ。|身魂《みたま》の|因縁《いんねん》|性来《しやうらい》で、|神様《かみさま》の|御用《ごよう》が|出来《でき》るので|御座《ござ》いますから、|宣伝使《せんでんし》として|決《けつ》してお|金《かね》なんか|必要《ひつえう》が|御座《ござ》いませぬ、|野《の》に|寝《ね》たり、|山《やま》に|臥《ね》たり、|辻堂《つじだう》に|寝《ね》たり、|種々《いろいろ》|修業《しうげふ》|致《いた》して、|世界《せかい》の|人民《じんみん》に|安心立命《あんしんりつめい》を|与《あた》へ、|天下《てんか》|泰平《たいへい》の|祈願《きぐわん》を|致《いた》すのが|宣伝使《せんでんし》の|職責《しよくせき》で|御座《ござ》いますから……|夫《それ》とも|綾《あや》の|聖地《せいち》とか、|波斯《フサ》の|国《くに》|斎苑《いそ》の|館《やかた》の|御普請《ごふしん》とかにお|献《ささ》げ|下《くだ》さるのなら|結構《けつこう》で|御座《ござ》いますが、|併《しか》し|其《その》お|金《かね》は|如何《どう》して|御手《おて》にお|入《い》れ|遊《あそ》ばしたのですか。まだお|年《とし》も|若《わか》いし、お|金《かね》の|儲《まう》かる|塩梅《あんばい》も|御座《ござ》いませぬが、|大方《おほかた》|両親《りやうしん》の|財産《ざいさん》でも|分《わ》けてお|頂《いただ》きになつたのでせう』
ヨブ『ハイ、|御察《おさつ》しの|通《とほ》り、|両親《りやうしん》から|各自《かくじ》に|財産《ざいさん》の|分配《ぶんぱい》を|受《うけ》て|居《を》りまする。|夫《それ》だから|決《けつ》して|怪《あや》しき|金《かね》でも、|盗《ぬす》んだ|物《もの》でも|御座《ござ》いませぬから、そんならどうか|神様《かみさま》の|御普請《ごふしん》にお|使《つか》ひ|下《くだ》さいませぬか』
|高姫《たかひめ》『あなたが|汗脂《あせあぶら》を|絞《しぼ》つて|苦労《くらう》の|塊《かたまり》で|蓄《た》めたお|金《かね》なら、|神様《かみさま》もお|喜《よろこ》びでせうが、|親譲《おやゆづ》りの|財産《ざいさん》で、|自分《じぶん》の|手《て》も|汚《よご》さず、|懐《ふところ》にしたお|金《かね》は|苦労《くらう》が【しゆん】でゐませぬから、|神様《かみさま》にお|上《あ》げしても|御喜《およろこ》びにはなりませぬ。どうぞそれは|慈善的《じぜんてき》に、|難儀《なんぎ》な|人《ひと》にお|与《あた》へ|下《くだ》さいませ。|世界《せかい》の|人民《じんみん》は|皆《みな》|神様《かみさま》の|尊《たふと》い|霊《れい》の|宿《やど》つたお|子様《こさま》で|御座《ござ》いますから、|言《い》はば|人民《じんみん》|同志《どうし》は|兄弟《けうだい》も|同様《どうやう》、|兄弟《けうだい》を|大切《たいせつ》にするのは、|親神様《おやがみさま》は|大変《たいへん》お|喜《よろこ》びで|御座《ござ》いますからなア』
ヨブ『イヤ|能《よ》く|分《わか》りました。|左様《さやう》ならば|其《その》|考《かんが》へに|致《いた》します。|金銭《きんせん》などは|実《じつ》のところ|煩《うるさ》くて|堪《たま》らないのですが、これが|無《な》くては|旅《たび》も|出来《でき》ませぬので、せう|事《こと》なしに|重《おも》たいものを|腹《はら》に|巻《ま》いて|歩《ある》いて|居《を》ります』
|船客《せんきやく》の|一人《ひとり》|甲《かふ》は|此《この》|話《はな》しを|聞《き》いて|側《そば》に|寄《よ》り|来《きた》り、
甲『モシモシ ヨブさま、あなたは|愈《いよいよ》|此《この》|方《かた》のお|弟子《でし》になる|積《つも》りですか』
ヨブ『お|察《さつ》しの|通《とほ》りです。どうぞ|国《くに》へお|帰《かへ》りになつた|時《とき》には、|私《わたし》の|両親《りやうしん》|始《はじ》め|兄弟《けうだい》|親類《しんるゐ》、|村中《むらぢう》の|方々《かたがた》に|宜《よろ》しく|云《い》つて|下《くだ》さいませ』
甲『ハイ|承知《しようち》|致《いた》しました。|併《しか》し|乍《なが》ら|今《いま》|承《うけたま》はれば、あなたは|所持金《しよぢきん》を|一切《いつさい》|慈善的《じぜんてき》に|難儀《なんぎ》なものに|施《ほどこ》すと|云《い》はれましたなア。|同《おな》じ|人《ひと》を|助《たす》けるのならば、カーリン|島《たう》にも|沢山《たくさん》な|難儀《なんぎ》な|人民《じんみん》が|居《を》りますから、|国《くに》を|立《た》つたお|土産《みやげ》に|島人《しまびと》の|難渋《なんじふ》なものにお|与《あた》へになつては|如何《どう》です』
ヨブ『あゝさう|願《ねが》ひませうか』
甲『オイ、ヤコブ、お|前《まへ》も|一緒《いつしよ》にヨブさまから|今《いま》お|金《かね》を|受取《うけと》つたら|証人《しようにん》になつて|呉《く》れ、|若《も》し|間違《まちが》うと|困《こま》るからなア』
ヨブ『タールさまの|正直正道《しやうぢきしやうだう》のあなた、|決《けつ》して|間違《まちが》ひはありますまい。|最早《もはや》あなたのお|手《て》に|渡《わた》した|以上《いじやう》は、|私《わたし》のお|金《かね》ではありませぬ、あなたの|御自由《ごじいう》になさつたらいいのです。|別《べつ》にヤコブさまを、|七《しち》むづかしい、|証人《しようにん》なんかに|立《た》てる|必要《ひつえう》はありますまい。|併《しか》しヤコブさまが|同意《どうい》して|下《くだ》さらば、お|二人《ふたり》に|分《わ》けて|預《あづか》つて|貰《もら》ひませう』
ヤコブ『どちらなりと、あなたの|御意《ぎよい》に|従《したが》ひます』
ヨブは|懐《ふところ》より|沢山《たくさん》の|小判《こばん》を|取出《とりだ》し、|其《その》|一部分《いちぶぶん》は【まさか】の|用意《ようい》と|後《あと》に|残《のこ》し、|九分《くぶ》|迄《まで》|両人《りやうにん》に|托《たく》し、
ヨブ『どうぞ|難渋《なんじふ》な|人《ひと》に、お|前《まへ》さまから|与《あた》へて|下《くだ》さい。|決《けつ》してヨブの|金《かね》だとは|言《い》つて|下《くだ》さいますな。|人《ひと》に|施《ほどこ》す|時《とき》は、|右《みぎ》の|手《て》にて|施《ほどこ》すのを、|左《ひだり》の|手《て》に|知《し》れない|様《やう》にせよ……との|神様《かみさま》の|御示《おしめ》しも|御座《ござ》いますから、どうぞ|其《その》お|積《つも》りでお|願《ねが》ひ|致《いた》します』
|両人《りやうにん》は|感心《かんしん》し|乍《なが》ら、|其《その》|金《かね》を|受取《うけと》り|帰国《きこく》の|後《のち》、ヨブの|依頼《たより》の|如《ごと》く、|数多《あまた》の|貧《まづ》しき|人々《ひとびと》に、|一文《いちもん》も|残《のこ》らず|正直《しやうぢき》に|与《あた》へて|了《しま》つた。
|高姫《たかひめ》、|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》もヨブの|恬淡《てんたん》|無慾《むよく》なるに|感《かん》じ|入《い》り、|大《おほい》に|其《その》|行為《かうゐ》を|賞揚《しやうやう》した。|常彦《つねひこ》は|立《た》ち|上《あが》り、|歌《うた》を|謡《うた》つてヨブの|入信《にふしん》を|祝《しゆく》した。
|常彦《つねひこ》『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわ》ける
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|只《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し
|過《あやま》りあれば|宣《の》り|直《なほ》す |三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|道《みち》
|高姫司《たかひめつかさ》が|今迄《いままで》は |正邪《せいじや》の|道《みち》に|踏《ふ》み|迷《まよ》ひ
|我情《がじやう》|我慾《がよく》を|立通《たてとほ》し |下《しも》を|虐《しひた》げ|上《かみ》|押《おさ》へ
|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》と |日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》を
|真向《まつかう》|上段《じやうだん》に|振翳《ふりかざ》し |三五教《あななひけう》の|人々《ひとびと》を
|朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|威喝《ゐかつ》して |鳥《とり》なき|里《さと》の|蝙蝠《かうもり》と
|成《な》りすましたる|愚《おろか》さよ |心《こころ》の|暗《やみ》はいや|深《ふか》く
|黒白《あやめ》も|分《わ》かぬ|黒姫《くろひめ》が |黄金《こがね》の|玉《たま》を|紛失《ふんしつ》し
|心《こころ》|痛《いた》むる|折柄《をりから》に |高姫司《たかひめつかさ》が|嗅《か》ぎつけて
|悪鬼《あくき》のやうな|顔色《がんしよく》で |小言《こごと》|八百《はつぴやく》|並《なら》べ|立《た》て
|黒姫《くろひめ》さまを|始《はじ》めとし |鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|教《のり》の|司《つかさ》やテー、カーの |五人《ごにん》の|司《つかさ》を|無残《むざん》にも
|綾《あや》の|聖地《せいち》を|追《お》ひ|出《いだ》し |海洋万里《かいやうばんり》の|竜宮島《りうぐうじま》
|高砂島《たかさごじま》|迄《まで》|追《お》ひ|出《いだ》し |自分《じぶん》も|玉《たま》を|紛失《ふんしつ》し
|再《ふたた》び|心《こころ》の|暗雲《やみくも》に |包《つつ》まれ|聖地《せいち》を|後《あと》にして
|南洋諸島《なんやうしよたう》や|高砂《たかさご》の |島《しま》に|又《また》もや|渡《わた》り|来《き》て
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》 |紫玉《むらさきだま》や|黄金《わうごん》の
|珍《うづ》の|宝玉《ほうぎよく》|麻邇《まに》の|玉《たま》 |言依別《ことよりわけ》の|教主《けうしゆ》|等《ら》が
|着服《ちやくふく》なして|海外《かいぐわい》へ |姿《すがた》を|隠《かく》し|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|元《もと》なる|厳御魂《いづみたま》 |変性男子《へんじやうなんし》に|楯《たて》をつき
|謀叛《むほん》を|企《たく》むに|違《ちが》ひない こりや|斯《こ》うしては|居《を》られぬと
|夜叉《やしや》のやうなる|勢《いきほひ》で |霊界《あのよ》|現世《このよ》の|瀬戸《せと》の|海《うみ》
|馬関《ばくわん》|海峡《かいけふ》アンボイナ ニユージランドやオセアニヤ
|高砂島《たかさごじま》の|奥《おく》までも |探《さぐ》り|探《さぐ》りて|鏡池《かがみいけ》
|懸橋御殿《かけはしごてん》に|侵入《しんにふ》し |又《また》もうるさい|玉騒《たまさわ》ぎ
|月照彦《つきてるひこ》の|化身《けしん》|等《ら》に |散々《さんざん》|脂《あぶら》を|絞《しぼ》られて
|命《いのち》からがら|逃《に》げ|出《いだ》し アリナの|峰《みね》を|乗《の》り|越《こ》えて
アルゼンチンの|大野原《おほのはら》 |櫟ケ原《くぬぎがはら》の|真中《まんなか》に
ポプラの|茂《しげ》みを|宿《やど》となし |一夜《いちや》を|明《あ》かす|其《その》|中《うち》に
|木《こ》の|花姫《はなひめ》の|化身《けしん》なる |日《ひ》の|出姫《でのひめ》の|深遠《しんゑん》な
|神示《しんじ》を|受《う》けて|改心《かいしん》し |執着心《しふちやくしん》を|払拭《ふつしき》し
|生《うま》れ|赤子《あかご》になりければ |隙《すき》を|覘《ねら》つて|憑《つ》いてゐた
|金毛九尾《きんまうきうび》の|悪狐《あくこ》|奴《め》が ゐたたまらずに|肉体《にくたい》を
|後《あと》に|残《のこ》して|雲《くも》に|乗《の》り |常世《とこよ》の|空《そら》に|逃《に》げて|行《ゆ》く
それから|後《のち》の|高姫《たかひめ》は |日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》か
|木《こ》の|花姫《はなひめ》の|再来《さいらい》か たとへ|方《がた》なき|善良《ぜんりやう》の
|忽《たちま》ち|身魂《みたま》となり|変《かは》り |昨日《きのふ》の|鬼《おに》は|今日《こんにち》の|神《かみ》
|実《げ》にも|尊《たつと》き|神柱《かむばしら》 |心《こころ》の|空《そら》につき|固《かた》め
アイルの|激《はげ》しき|荒河《あらかは》を |神《かみ》の|造《つく》りし|鰐《わに》の|橋《はし》
|易々《やすやす》|渡《わた》りて|玉《たま》の|湖《こ》の |畔《ほとり》に|漸《やうや》く|辿《たど》りつき
|高姫司《たかひめつかさ》を|始《はじ》めとし |常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|諸共《もろとも》に
|椰子樹《やしじゆ》の|森《もり》に|横《よこ》たはり |一夜《いちや》を|明《あ》かし|目《め》を|醒《さ》まし
あたりキヨロキヨロ|見廻《みまは》せば |鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|教《のり》の|司《つかさ》やテー、カーの |四人《よにん》の|姿《すがた》を|刻《きざ》みたる
|石《いし》を|眺《なが》めて|拝礼《はいれい》し |悔悟《くわいご》の|涙《なみだ》せきあへず
ここに|全《まつた》く|改心《かいしん》の |開悟《かいご》の|花《はな》は|満開《まんかい》し
|森羅万象《しんらばんしやう》|悉《ことごと》く |至善《しぜん》|至楽《しらく》の|光景《くわうけい》と
|変《かは》りたるこそ|面白《おもしろ》き |吾等《われら》|三人《みたり》は|玉《たま》の|湖《こ》の
|錦《にしき》の|魚《うを》に|教《をし》へられ |経《たて》と|緯《よこ》との|経綸《けいりん》を
|隈《くま》なく|悟《さと》りやうやうに アルの|港《みなと》に|来《き》て|見《み》れば
|折《をり》よく|船《ふね》は|出帆《しゆつぱん》の |間際《まぎは》なりしを|幸《さいは》ひに
|嬉《うれ》しく|乗《の》りて|今《いま》|此処《ここ》に |胸《むね》|凪《な》ぎ|渡《わた》る|海《うみ》の|上《うへ》
タールや、ヤコブ、ヨブさまの |世間話《せけんばなし》に|花《はな》が|咲《さ》き
|聞《き》くともなしに|聞《き》き|居《を》れば |鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|教《のり》の|司《つかさ》の|一行《いつかう》が |大和田中《おほわだなか》に|落《お》ち|入《い》りて
みまかり|玉《たま》ひし|物語《ものがたり》 |吾等《われら》の|胸《むね》に|轟《とどろ》きつ
|涙《なみだ》を|抑《おさ》へて|聞《き》く|中《うち》に |高姫《たかひめ》さまの|物語《ものがたり》
|鷹依姫《たかよりひめ》が|一行《いつかう》の |奇禍《きくわ》にあひしも|其《その》|元《もと》を
|詳《くは》しく|探《さぐ》れば|高姫《たかひめ》が |我情《がじやう》|我慢《がまん》の|結果《けつくわ》ぞと
|聞《き》いて|吾等《われら》は|胸《むね》|痛《いた》め |如何《いかが》ならむと|思《おも》ふうち
|身魂《みたま》も|清《きよ》き|高姫《たかひめ》は |打《う》つて|変《かは》つて|正直《しやうぢき》に
おのが|前非《ぜんぴ》を|告白《こくはく》し |捨身《しやしん》の|覚悟《かくご》をなし|玉《たま》ふ
|其《その》|雄々《をを》しさにヨブさまも |日頃《ひごろ》の|怒《いか》りは|氷解《ひようかい》し
|打《う》つて|変《かは》つた|機嫌顔《きげんがほ》 |不言実行《ふげんじつかう》の|行動《かうどう》に
|感《かん》じ|玉《たま》ひて|高姫《たかひめ》が |御弟子《みでし》にならむと|請《こ》ひ|玉《たま》ふ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて
|高姫《たかひめ》さまの|今日《けふ》の|胸《むね》 |旭《あさひ》の|如《ごと》く|澄《す》みわたり
|照《て》り|輝《かがや》くぞ|雄々《をを》しけれ |高姫《たかひめ》さまの|改心《かいしん》が
|若《も》しや|遅《おく》れてゐたならば カーリン|丸《まる》の|船中《せんちう》で
ヨブに|素首《そつくび》|引抜《ひきぬ》かれ |吾等《われら》は|悲《かな》しき|長旅《ながたび》の
|何《なん》と|詮術《せんすべ》|波《なみ》の|上《うへ》 |泣《な》けど|叫《さけ》べど|甲斐《かひ》もなく
|悲《かな》しき|別《わか》れせしならむ |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|誠一《まことひと》つは|身《み》を|救《すく》ふ |誠《まこと》の|道《みち》の|御教《みをしへ》を
|只一筋《ただひとすぢ》に|是《こ》れからは |脇目《わきめ》もふらず|進《すす》みなむ
|神《かみ》は|吾等《われら》を|守《まも》ります |神《かみ》の|御旨《みむね》に|叶《かな》ひなば
|如何《いか》なる|事《こと》か|恐《おそ》れむや |茲《ここ》に|常彦《つねひこ》|謹《つつし》みて
|高姫《たかひめ》さまの|御改心《ごかいしん》 |入信《にふしん》されたヨブさまの
|目出度《めでた》き|今日《けふ》の|生日《いくひ》をば |喜《よろこ》び|勇《いさ》み|祝《ほ》ぎまつる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|腰《こし》を|下《おろ》した。|高姫《たかひめ》を|始《はじ》め、ヨブ|其《その》|他《た》の|船中《せんちう》の|人々《ひとびと》は|常彦《つねひこ》が|現在《げんざい》|高姫《たかひめ》を|前《まへ》におき、|露骨《ろこつ》に|其《その》|経路《けいろ》を|語《かた》りたる|公平《こうへい》|無私《むし》の|態度《たいど》に|感嘆《かんたん》の|舌《した》を|巻《ま》くのであつた。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
第一六章 |波《なみ》の|響《ひびき》〔八三八〕
|常彦《つねひこ》が|祝《いはひ》を|兼《か》ねたる|佯《いつは》らざる|告白歌《こくはくか》に|励《はげ》まされ、ヨブは|立上《たちあ》がり、|入信《にふしん》の|祝歌《しゆくか》を|歌《うた》つた。
ヨブ『|高天原《たかあまはら》と|定《さだ》まりし |貴《うづ》の|聖地《せいち》のエルサレム
|国治立大神《くにはるたちのおほかみ》は |三千世界《さんぜんせかい》を|救《すく》はむと
|神《かみ》の|御言《みこと》を|畏《かしこ》みて |教《をしへ》を|開《ひら》き|玉《たま》ひつつ
|天地《てんち》の|律法《りつぽふ》|制定《せいてい》し |世《よ》は|平安《へいあん》に|治《をさ》まりて
|神人和楽《しんじんわらく》の|瑞祥《ずゐしやう》を |楽《たのし》み|玉《たま》ふも|束《つか》の|間《ま》の
|隙行《ひまゆ》く|駒《こま》の|曲神《まがかみ》に |天《あめ》の|御柱《みはしら》|国柱《くにはしら》
|転覆《てんぷく》されて|葦原《あしはら》の |瑞穂《みづほ》の|国《くに》の|守護権《しゆごけん》
|常世《とこよ》の|国《くに》に|生《うま》れたる |曲《まが》の|頭《かしら》に|渡《わた》しつつ
|天教山《てんけうざん》の|火坑《くわこう》より |根底《ねそこ》の|国《くに》におりまして
|忍《しの》びて|此《この》|世《よ》を|守《まも》ります |其《その》|功績《いさをし》ぞ|尊《たふと》けれ
|斯《か》かる|尊《たふと》き|皇神《すめかみ》の いかで|此《この》|儘《まま》|根《ね》の|国《くに》や
|底《そこ》の|御国《みくに》にましまさむ |時節《じせつ》を|待《ま》つて|天教《てんけう》の
|再《ふたた》び|山《やま》に|現《あら》はれて |野立《のだち》の|彦《ひこ》と|名《な》を|変《へん》じ
|埴安彦《はにやすひこ》と|現《あ》れまして |迷《まよ》へる|四方《よも》の|人草《ひとぐさ》を
|安《やす》きに|救《すく》ひ|助《たす》けむと |仁慈《じんじ》|無限《むげん》の|心《こころ》より
|三五教《あななひけう》を|建設《けんせつ》し |神《かみ》の|司《つかさ》を|四方《よも》の|国《くに》
|間配《まくば》り|玉《たま》ひて|川《かは》の|瀬《せ》や |山《やま》の|尾《を》の|上《へ》に|至《いた》る|迄《まで》
|尊《たふと》き|御教《みのり》を|布《し》き|玉《たま》ふ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|心《こころ》を|白波《しらなみ》の |天足彦《あだるのひこ》や|胞場姫《えばひめ》が
|罪《つみ》より|現《あ》れし|醜神《しこがみ》の |醜《しこ》の|叫《さけ》びに|化《ばか》されて
|世人《よびと》の|心《こころ》|日《ひ》に|月《つき》に |曇《くも》り|行《ゆ》くこそ|忌々《ゆゆ》しけれ
|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|大神《おほかみ》は |国武彦《くにたけひこ》と|現《あ》れまして
|四尾《よつを》の|山《やま》の|神峰《しんぽう》に |此《この》|世《よ》を|忍《しの》び|玉《たま》ひつつ
|五六七《みろく》の|御世《みよ》の|経綸《けいりん》を |行《おこな》ひ|玉《たま》ひ|素盞嗚《すさのを》の
|神尊《かみのみこと》の|瑞御霊《みづみたま》 コーカス|山《ざん》や|産土《うぶすな》の
|斎苑《いそ》の|館《やかた》に|現《あ》れまして |八洲《やしま》の|国《くに》にわだかまる
|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》や|醜狐《しこぎつね》 |曲鬼《まがおに》|共《ども》を|言向《ことむ》けて
|天地《てんち》にさやる|村雲《むらくも》を |神《かみ》の|伊吹《いぶき》に|払《はら》はむと
|心《こころ》を|配《くば》らせ|玉《たま》ひつつ |言依別《ことよりわけ》を|現《あら》はして
|自転倒島《おのころじま》の|中心地《ちうしんち》 |綾《あや》の|高天《たかま》と|聞《きこ》えたる
|錦《にしき》の|宮《みや》に|神司《かむづかさ》 |清《きよ》き|神務《しんむ》を|命《めい》じつつ
|世人《よびと》を|救《すく》ひ|玉《たま》ひけり。 |旭日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|高砂島《たかさごじま》は|亡《ほろ》ぶ|共《とも》 |誠《まこと》の|神《かみ》の|御教《みをしへ》に
いかでか|反《そむ》きまつらむや |大和田中《おほわだなか》に|浮《うか》びたる
カーリン|島《たう》の|神《かみ》の|御子《みこ》 ヨブは|今《いま》より|高姫《たかひめ》が
|清《きよ》き|心《こころ》を|諾《うべ》なひて |仮令《たとへ》|野《の》の|末《すゑ》|山《やま》の|奥《おく》
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|大蛇《をろち》 |如何《いか》なる|曲津《まがつ》の|棲処《すみか》をも
おめず|臆《おく》せず|道《みち》の|為《ため》 |心《こころ》を|尽《つく》し|身《み》を|尽《つく》し
|皇大神《すめおほかみ》や|世《よ》の|中《なか》の |青人草《あをひとぐさ》の|其《その》|為《ため》に
|仕《つか》へまつらむ|惟神《かむながら》 |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|幸《さち》はひて
ヨブが|身魂《みたま》を|研《みが》き|上《あ》げ |尊《たふと》き|貴《うづ》の|御柱《みはしら》と
|依《よ》さし|玉《たま》へよ|天津神《あまつかみ》 |国津神《くにつかみ》|達《たち》|八百万《やほよろづ》
|国魂神《くにたまがみ》の|御前《おんまへ》に |謹《つつし》み|敬《ゐやま》ひ|願《ね》ぎまつる
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》つて|座《ざ》に|着《つ》いた。|春彦《はるひこ》は|又《また》もや|歌《うた》ひ|出《だ》したり。
『|綾《あや》の|聖地《せいち》を|後《あと》にして |変性男子《へんじやうなんし》の|御系統《ごひつぽう》
|高姫《たかひめ》さまに|従《したが》ひて |瀬戸内海《せとないかい》を|打渡《うちわた》り
|南洋諸島《なんやうしよたう》を|駆《か》けめぐり |如意《によい》の|宝珠《ほつしゆ》を|探《たづ》ねつつ
|高砂島《たかさごじま》の|手前《てまへ》まで |小舟《をぶね》を|操《あやつ》り|来《きた》る|折《をり》
|隠《かく》れた|岩《いは》に|突当《つきあた》り |当惑《たうわく》したるをりもあれ
|高島丸《たかしままる》に|助《たす》けられ |漸《やうや》くテルの|港《みなと》まで
|到着《たうちやく》するや|高姫《たかひめ》は |数多《あまた》の|船客《せんきやく》かきわけて
|先頭一《せんとういち》に|上陸《じやうりく》し |吾等《われら》|二人《ふたり》をふりまいて
|暗間《くらま》の|山《やま》の|松林《まつばやし》 |姿《すがた》を|隠《かく》し|玉《たま》ひしが
|綾《あや》の|聖地《せいち》に|現《あ》れませる |杢助《もくすけ》さまに|高姫《たかひめ》の
|監督役《かんとくやく》を|命《めい》ぜられ |居乍《ゐなが》ら のめのめ|見失《みうしな》ひ
|如何《どう》して|言訳《いひわけ》|立《た》つものか |急《いそ》げ|急《いそ》げと|一散《いつさん》に
|尻《しり》ひつからげ|大地《だいち》をば ドンドン|威喝《ゐかつ》させ|乍《なが》ら
|暗間《くらま》の|山《やま》の|麓《ふもと》|迄《まで》 |来《きた》りて|様子《やうす》を|窺《うかが》へば
|高姫《たかひめ》さまの|独言《ひとりごと》 |常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》の
|半鐘泥棒《はんしやうどろぼう》や|蜥蜴面《とかげづら》 |間抜男《まぬけをとこ》を|伴《ともな》うて
|高砂島《たかさごじま》の|人々《ひとびと》に |軽蔑《けいべつ》されてはたまらない
|何《なん》とか|立派《りつぱ》な|国人《くにびと》を |甘《うま》く|操《あやつ》り|弟子《でし》となし
|千変万化《せんぺんばんくわ》の|一芝居《ひとしばゐ》 |打《う》つて|見《み》ようと|水臭《みづくさ》い
|吾等《われら》|二人《ふたり》を|放棄《はうき》して |甘《うま》い|事《こと》のみ|考《かんが》へる
|其《その》|蔭言《かげごと》を|灌木《くわんぼく》の |茂《しげ》みに|隠《かく》れて|聞《き》き|終《をは》り
|余《あま》りに|腹《はら》の|立《た》つままに ガサガサガサと|飛出《とびだ》せば
|高姫《たかひめ》さまの|曰《いは》くには |油断《ゆだん》のならぬ|世《よ》の|中《なか》ぢや
|仮令《たとへ》|獣《けもの》といひ|乍《なが》ら |今《いま》の|秘密《ひみつ》を|聞《き》きよつた
|神《かみ》の|霊《みたま》を|授《さづ》かりし |四《よ》つ|足《あし》なれば|一言《ひとこと》も
|聞《き》かれちや|都合《つがふ》がチト|悪《わる》い |天《てん》に|口《くち》あり|壁《かべ》に|耳《みみ》
|謹《つつし》むべきは|口《くち》なりと |後悔《こうくわい》|遊《あそ》ばす|可笑《をか》しさよ
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》は |足音《あしおと》|隠《かく》して|二三丁《にさんちやう》
|山《やま》の|麓《ふもと》に|忍《しの》び|足《あし》 それから|足音《あしおと》|高《たか》めつつ
ヒルの|国王《こきし》のお|側役《そばやく》 |私《わたし》はアナンと|申《まを》す|者《もの》
|暗間《くらま》の|山《やま》に|如意宝珠《によいほつしゆ》 |隠《かく》してあると|聞《き》いた|故《ゆゑ》
|私《わたし》は|捜《さが》しに|行《ゆ》きました されど|遅《おく》れた|其《その》|為《ため》に
|後《あと》の|祭《まつ》りと|常彦《つねひこ》が |声《こゑ》|高々《たかだか》と|話《はなし》する
そこで|私《わたし》はテルの|国《くに》 |国王様《こくわうさま》のお|側役《そばやく》
カナンと|申《まを》す|男《をとこ》ぞと |八百長話《やほちやうばなし》を|始《はじ》むれば
|猫《ねこ》が|松魚節《かつぶし》|見《み》た|如《や》うに |高姫《たかひめ》さまが|飛《と》びついて
もうしもうし|旅《たび》の|人《ひと》 |暫《しばら》くお|待《ま》ちなされませ
|変性男子《へんじやうなんし》の|系統《ひつぽう》で |日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》と
|世《よ》に|謳《うた》はれた|高姫《たかひめ》ぢや お|前《まへ》も|中々《なかなか》|偉《えら》い|人《ひと》
|私《わたし》の|話《はなし》を|聞《き》きなされ |昔《むかし》の|昔《むかし》の|根本《こつぽん》の
|尊《たふと》き|因縁《いんねん》|聞《き》かさうと お|婆《ば》アの|癖《くせ》に|小娘《こむすめ》の
やうな|優《やさ》しい|作《つく》り|声《ごゑ》 |吹出《ふきだ》すように|思《おも》へども
ここで|笑《わら》うては|一大事《いちだいじ》 |大事《だいじ》の|前《まへ》の|小事《せうじ》ぢやと
|脇《わき》のあたりでキユーキユーと |笑《わら》ひの|神《かみ》をしめつけて
|足音《あしおと》|低《ひく》く|高《たか》くして |遥《はるか》|向《むか》うから|後戻《あともど》り
して|来《き》たように|作《つく》りなし どこの|何方《どなた》か|知《し》らね|共《ども》
|私《わたし》に|向《むか》つて|何御用《なにごよう》 |早《はや》く|聞《き》かして|下《くだ》されと
|吾《われ》から|可笑《をか》しい|作《つく》り|声《ごゑ》 |流石《さすが》の|高姫《たかひめ》|嗅《か》ぎつけて
お|前《まへ》はアンナと|云《い》ふけれど |半鐘泥棒《はんしようどろぼう》の|常彦《つねひこ》だ
カナンと|名乗《なの》る|蜥蜴面《とかげづら》 |春彦《はるひこ》さまにきまつたり
|余《あんま》り|人《ひと》を|馬鹿《ばか》にすな |声《こゑ》を|尖《とが》らし|怒《おこ》り|出《だ》す
|暴風《ばうふう》|襲来《しふらい》|低気圧《ていきあつ》 |二百十日《にひやくとをか》の|風害《ふうがい》も
|来《きた》らむとする|其《その》|時《とき》に |私《わたし》がアンナと|云《い》うたのは
お|筆先《ふでさき》にもある|通《とほ》り |神《かみ》の|仕組《しぐみ》はアンナ|者《もの》
こんな|者《もの》になつたかと |世界《せかい》の|人《ひと》がビツクリし
アフンとさせるお|仕組《しぐみ》ぢや カナンと|云《い》うて|名乗《なの》つたは
|春彦《はるひこ》さまの|平常《へいぜい》は |赤子《あかご》のやうな|人《ひと》なれど
|神《かみ》が|憑《うつ》つた|其《その》|時《とき》は |誰《たれ》でもカナン|身魂《みたま》ぢやと
|言《い》はして|人《ひと》を|大道《たいだう》に |導《みちび》くお|役《やく》と|逆理窟《さかりくつ》
|一本《いつぽん》かましてやつたれば |高姫《たかひめ》さまは|腹《はら》を|立《た》て
|私等《わたしら》|二人《ふたり》を|振《ふり》すてて |又《また》も|逃《に》げよとする|故《ゆゑ》に
|高島丸《たかしままる》の|船中《せんちう》で |国依別《くによりわけ》に|面会《めんくわい》し
|金剛不壊《こんがうふゑ》の|如意宝珠《によいほつしゆ》 |其《その》|他《ほか》|珍《うづ》の|御宝《みたから》を
|拝見《はいけん》さして|貰《もら》うたと カマをかけたら|高姫《たかひめ》が
|玉《たま》にかけたら|夢《ゆめ》うつつ |忽《たちま》ち|機嫌《きげん》を|直《なほ》し|出《だ》し
ホンにお|前《まへ》は|偉《えら》い|人《ひと》 |気《き》の|利《き》く|男《をとこ》と|思《おも》うてゐた
さうして|如意《によい》の|宝玉《ほうぎよく》は |国依別《くによりわけ》が|如何《どう》したか
|知《し》らしてお|呉《く》れと|云《い》ふ|故《ゆゑ》に |此《この》|春彦《はるひこ》は|知《し》らねども
|狐《きつね》のやうに|常彦《つねひこ》が |眉毛《まゆげ》に|唾《つば》をつけ|乍《なが》ら
|三千世界《さんぜんせかい》の|神宝《しんぱう》は |高砂島《たかさごじま》にコツソリと
|言依別《ことよりわけ》や|国依《くにより》の |神《かみ》の|司《つかさ》が|出《で》て|参《まゐ》り
|何々々《なになになに》に|何々《なになに》し |絶対《ぜつたい》|秘密《ひみつ》ぢや|云《い》はれない
|国依別《くによりわけ》のお|言葉《ことば》に お|前《まへ》を|男《をとこ》と|見込《みこ》んでの
|肝腎要《かんじんかなめ》の|秘密《ひみつ》をば |明《あ》かした|上《うへ》は|高姫《たかひめ》に
|決《けつ》して|云《い》ふちやならないぞ |私《わたし》も|常彦《つねひこ》|宣伝使《せんでんし》
|言《い》はぬと|云《い》つたらどこ|迄《まで》も |首《くび》がとれても|云《い》はないと
|約束《やくそく》したから|如何《どう》しても |高姫《たかひめ》さまには|済《す》まないが
これ|許《ばつか》りは|御免《ごめん》だと キ|常彦《つねひこ》|口《くち》から|出任《でまか》せに
からかひまはす|可笑《をか》しさよ とうとう|喧嘩《けんくわ》に|花《はな》が|咲《さ》き
|常彦《つねひこ》|私《わたし》の|両人《りやうにん》は |高姫《たかひめ》さまを|振《ふり》すてて
|今度《こんど》は|二人《ふたり》が|逃《に》げ|出《だ》した |高姫《たかひめ》さまは|驚《おどろ》いて
|吾等《われら》|二人《ふたり》を|引捉《ひつとら》へ |玉《たま》の|所在《ありか》を|白状《はくじやう》させ
|綾《あや》の|聖地《せいち》に|持帰《もちかへ》り |日《ひ》の|出神《でのかみ》の|生宮《いきみや》の
|天眼通《てんがんつう》は|此《この》|通《とほ》り |皆《みな》さまこれから|吾々《われわれ》の
|言葉《ことば》に|反《そむ》いちやならないと |法螺《ほら》|吹《ふ》き|立《た》てる|御算段《ごさんだん》
そんな|事《こと》には|乗《の》るものか |三十六計《さんじふろくけい》|奥《おく》の|手《て》を
|最極端《さいきよくたん》に|発揮《はつき》して |雲《くも》を|霞《かすみ》と|駆《か》け|出《だ》せば
|高姫《たかひめ》さまは|道《みち》の|上《へ》の |高《たか》い|小石《こいし》に|躓《つまづ》いて
|大地《だいち》にバタリと|打倒《うちたふ》れ |額《ひたい》を|打破《うちわ》り|膝《ひざ》|挫《くじ》き
|生血《なまち》を|流《なが》してアイタタと |頭《あたま》を|撫《な》でたり|膝坊主《ひざぼうづ》
|押《おさ》へて|顔《かほ》をしかめゐる |此《この》|時《とき》|四五《しご》の|若者《わかもの》は
どこともなしに|出《い》で|来《きた》り |高姫《たかひめ》さまを|介抱《かいほう》して
|抱《いだ》き|起《おこ》して|助《たす》くれば いつも|変《かは》らぬ|減《へ》らず|口《ぐち》
|結構《けつこう》なおかげをお|前等《まへら》は |頂《いただ》きなさつた|神様《かみさま》に
|御礼《おれい》なされよ|私《わたし》にも |御礼《おれい》を|仰有《おつしや》れ|神《かみ》の|綱《つな》
|私《わたし》がかけて|上《あ》げました などと|又《また》もや|世迷言《よまいごと》
|玉《たま》の|所在《ありか》を|知《し》ると|云《い》ふ |一人《ひとり》の|男《をとこ》に|騙《だま》されて
アと|云《い》つては|金《きん》|一両《いちりやう》 リと|聞《き》いては|金《きん》|一両《いちりやう》
ナーと|云《い》つては|金《かね》|取《と》られ |滝《たき》と|云《い》つては|二両《にりやう》|取《と》られ
|鏡《かがみ》の|池《いけ》と|六《む》つの|口《くち》 |又《また》もや|六両《ろくりやう》はぎ|取《と》られ
|呑《の》み|込《こ》み|顔《がほ》で|高姫《たかひめ》が |吾々《われわれ》|二人《ふたり》が|路端《みちばた》に
|憩《いこ》ふ|所《ところ》をドシドシと |肩肱《かたひぢ》いからし|高姫《たかひめ》は
|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御告《おつ》げにて |玉《たま》の|所在《ありか》を|知《し》つた|故《ゆゑ》
これから|独《ひと》り|行《ゆ》く|程《ほど》に |間抜男《まぬけをとこ》は|来《く》るでない
|神《かみ》の|仕組《しぐみ》の|邪魔《じやま》になる |必《かなら》ず|従《つ》いて|来《き》てくれな
|言葉《ことば》を|残《のこ》してドンドンと テル|国《くに》|街道《かいだう》を|走《は》せて|行《ゆ》く
|吾等《われら》|二人《ふたり》は|高姫《たかひめ》が |後《あと》を|追《お》ひつつ|駆出《かけだ》して
|牛《うし》のお|尻《えど》に|衝突《しようとつ》し ヤツサモツサと|争《あらそ》ひつ
|牛童丸《うしどうまる》に|横笛《よこぶえ》で |首《くび》が|飛《と》ぶ|程《ほど》|横《よこ》ツ|面《つら》
やられた|時《とき》の|其《その》|痛《いた》さ |常彦《つねひこ》さまが|行《や》つた|事《こと》
|私《わたし》は|傍杖《そばづゑ》くわされて あんなつまらぬ|事《こと》はない
|牛童丸《うしどうまる》に|牛《うし》|貰《もら》うて |常彦《つねひこ》さまは|牛《うし》の|背《せな》
|私《わたし》は|綱《つな》を|曳《ひ》き|乍《なが》ら |小川《をがは》を|伝《つた》うて|杉林《すぎばやし》
|十間《じつけん》|許《ばか》り|遡《さかのぼ》り |高姫《たかひめ》さまが|他愛《たあい》なく
|休《やす》んで|厶《ござ》る|其《その》|前《まへ》に |牛《うし》|引《ひき》つれて|往《い》て|見《み》れば
モウモウモウと|唸《うな》り|出《だ》す |其《その》|大声《おほごゑ》に|目《め》を|醒《さ》まし
|高姫《たかひめ》さまはうるさがり |又《また》も|二人《ふたり》を|振棄《ふりす》てて
アリナの|滝《たき》に|只一人《ただひとり》 |玉《たま》を|占領《せんりやう》せむものと
|行《ゆ》かうとしたので|吾々《われわれ》は お|前《まへ》はアリナの|滝《たき》の|上《うへ》
|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|行《ゆ》くのだろ |吾等《われら》|二人《ふたり》は|牛《うし》に|乗《の》り
お|前《まへ》さまより|二三日《にさんにち》 |先《さき》にアリナへ|到着《たうちやく》し
|玉《たま》を|手《て》にして|帰《かへ》ります |左様《さやう》ならばと|立出《たちい》づる
|高姫《たかひめ》さまは|又《また》しても |猫撫声《ねこなでごゑ》と|早変《はやがは》はり
コレコレ|常公《つねこう》|春公《はるこう》へ |私《わたし》の|心《こころ》を|知《し》らぬのか
|海山《うみやま》|越《こ》えてはるばると こんな|所迄《とこまで》やつて|来《き》て
お|前《まへ》に|別《わか》れて|如何《どう》ならう |一緒《いつしよ》に|行《ゆ》かうぢやないかいと
|相談《さうだん》かけて|呉《く》れた|故《ゆゑ》 モウモウモーさん|帰《い》んでよと
|牛《うし》に|向《むか》つて|言霊《ことたま》を |発射《はつしや》|致《いた》せばアラ|不思議《ふしぎ》
|煙《けぶり》となつて|消《き》えにける |夫《そ》れより|三人《さんにん》|手《て》を|引《ひ》いて
テルの|街道《かいだう》ドシドシと |大西洋《たいせいやう》を|眺《なが》めつつ
アリナの|滝《たき》のほとりなる |鏡《かがみ》の|池《いけ》に|来《き》て|見《み》れば
|数千年《すうせんねん》の|沈黙《ちんもく》を |破《やぶ》りて|池《いけ》はブクブクと
|泡《あわ》を|立《た》てたりウンウンと |厭《いや》らし|声《こゑ》にて|唸《うな》り|出《だ》す
|高姫《たかひめ》さまは|玉《たま》どこか |肝腎要《かんじんかなめ》の|魂抜《たまぬ》かれ
|焼糞気味《やけくそぎみ》になりまして |月照彦神《つきてるひこのかみ》さまと
いろはにほへとちりぬるの |四十八文字《しじふやもじ》の|掛合《かけあひ》に
|奴肝《どぎも》を|抜《ぬ》かれて|失心《しつしん》し |人事《じんじ》|不覚《ふかく》となられける
|懸橋御殿《かけはしごてん》の|神司《かむづかさ》 |現《あら》はれまして|高姫《たかひめ》を
|助《たす》け|玉《たま》へば|高姫《たかひめ》は |相《あひ》も|変《かは》らぬ|憎《にく》い|事《こと》
|百万《ひやくまん》ダラリと|並《なら》べ|立《た》て |側《そば》に|控《ひか》えた|吾々《われわれ》も
|余《あま》り|憎《にく》うて|横《よこ》ツ|面《つら》 |擲《なぐ》つてやりたいよに|思《おも》うた
|夫程《それほど》|分《わか》らぬ|度《ど》し|太《ぶと》い |高姫《たかひめ》さまもどうしてか
|櫟ケ原《くぬぎがはら》の|真中《まんなか》で |天教山《てんけうざん》に|現《あ》れませる
|木《こ》の|花姫《はなひめ》の|御化身《おんけしん》 |日《ひ》の|出姫《でのひめ》の|訓戒《くんかい》に
|心《こころ》の|底《そこ》から|改心《かいしん》し |虎《とら》と|思《おも》うた|高姫《たかひめ》が
サツパリ|猫《ねこ》と|早変《はやがは》り それから|段々《だんだん》おとなしく
もの|言《い》ひさへも|改《あらた》まり |誠《まこと》に|可愛《かあい》うなつて|来《き》た
|玉《たま》の|湖水《こすい》の|畔《ほとり》にて |椰子樹《やしじゆ》の|森《もり》に|夜《よ》を|明《あ》かし
|鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の |神《かみ》の|司《つかさ》やテー、カーの
|姿《すがた》を|刻《きざ》んだ|石地蔵《いしぢざう》 |眺《なが》めて|高姫《たかひめ》|手《て》を|合《あは》し
コレコレ|四人《よにん》のお|方《かた》さま |此《この》|高姫《たかひめ》が|悪《わる》かつた
どうぞ|勘忍《かんにん》しておくれ |黒姫《くろひめ》さまの|過《あやま》ちを
お|前《まへ》さま|等《ら》に|無理《むり》|云《い》うて |綾《あや》の|聖地《せいち》を|放《ほ》り|出《いだ》し
|苦労《くらう》をかけたは|済《す》みませぬ |罪亡《つみほろぼ》しに|今日《けふ》からは
お|前等《まへら》|四人《よにん》の|姿《すがた》をば |刻《きざ》んだ|重《おも》たい|此《この》|石《いし》を
|背中《せなか》に|負《お》うて|自転倒《おのころ》の |島《しま》|迄《まで》|大事《だいじ》に|連《つ》れ|帰《かへ》り
|祠《ほこら》を|建《た》てて|奉斎《ほうさい》し |朝晩《あさばん》お|給仕《きふじ》|致《いた》します
どうぞ|許《ゆる》して|下《くだ》されと |心《こころ》の|底《そこ》から|善心《ぜんしん》に
|立返《たちかへ》られた|健気《けなげ》さよ |余《あんま》り|早《はや》い|変《かは》りよで
|私《わたし》も|一寸《ちよつと》|疑《うたが》うた アルの|港《みなと》で|船《ふね》に|乗《の》り
|高姫《たかひめ》さまが|偽《いつは》らぬ |其《その》|告白《こくはく》に|感歎《かんたん》し
ヨブさま|迄《まで》が|驚《おどろ》いて |高姫《たかひめ》さまの|弟子《でし》となり
|入信《にふしん》されたお|目出度《めでた》さ あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|神《かみ》の|恵《めぐみ》は|目《ま》のあたり こんな|嬉《うれ》しい|事《こと》はない
|高姫《たかひめ》|様《さま》の|御改心《ごかいしん》 |入信《にふしん》なされたヨブさまの
|前途《ぜんと》|益々《ますます》|健全《けんぜん》に |渡《わた》らせ|玉《たま》ひて|神徳《しんとく》を
|世界《せかい》に|照《て》らし|玉《たま》ふ|日《ひ》を |指折《ゆびをり》|数《かぞ》へ|待《ま》ちまする
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|最後《さいご》に|高姫《たかひめ》は|改心《かいしん》と|入信《にふしん》の|悦《よろこ》びの|歌《うた》を|唄《うた》ひけり。
『あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |尊《たふと》き|神《かみ》の|御恵《みめぐみ》に
|常夜《とこよ》の|暗《やみ》も|晴《は》れわたり |真如《しんによ》の|月《つき》は|村肝《むらきも》の
|心《こころ》の|空《そら》に|輝《かがや》きて |金毛九尾《きんまうきうび》の|曲神《まがかみ》に
すぐはれ|居《ゐ》たる|吾《わが》|身魂《みたま》 |今《いま》は|漸《やうや》く|夢《ゆめ》|醒《さ》めて
|曲津《まがつ》の|神《かみ》の|影《かげ》もなく |神《かみ》の|賜《たま》ひし|伊都能売《いづのめ》の
|霊《みたま》の|光《ひかり》|輝《かがや》きて |心《こころ》の|悩《なや》みも|消《き》え|失《う》せぬ
|旭《あさひ》は|照《て》る|共《とも》|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも |一旦《いつたん》|改心《かいしん》した|上《うへ》は
|身魂《みたま》の|此《この》|世《よ》にある|限《かぎ》り |天地《てんち》に|誓《ちか》うて|変《かは》らまじ
|此《この》|高姫《たかひめ》の|改心《かいしん》が |一日《いちにち》|遅《おく》れて|居《を》つたなら
|此《この》|船中《せんちう》でヨブさまに |命《いのち》|取《と》らるるとこだつた
|変性男子《へんじやうなんし》の|筆先《ふでさき》に |何《なに》よりかより|改心《かいしん》が
|一番《いちばん》|結構《けつこう》と|云《い》うてある |改心《かいしん》すれば|其《その》|日《ひ》から
|敵《てき》もなければ|苦労《くらう》もない |早《はや》く|改心《かいしん》なされよと
|幾度《いくたび》となく|書《か》いてある あゝ|改心《かいしん》か|改心《かいしん》か
|木《こ》の|花姫《はなひめ》の|御言葉《おことば》で |始《はじ》めて|悟《さと》つた|改心《かいしん》の
|誠《まこと》の|味《あぢ》は|此《この》|通《とほ》り |私《わたし》を|仇《かたき》と|狙《ねら》うたる
カーリン|島《たう》のヨブさまが |打《う》つて|変《かは》つて|高姫《たかひめ》を
|師匠《ししやう》と|仰《あふ》いで|入信《にふしん》し |無事《ぶじ》に|此《この》|場《ば》の|治《をさ》まりし
|其《その》|原因《げんいん》を|尋《たづ》ぬれば ヤツパリ|私《わたし》の|改心《かいしん》ぢや
|改心《かいしん》|入信《にふしん》|一時《ひととき》に |善《よ》い|事《こと》|計《ばか》りが|降《ふ》つて|来《き》た
こんな|嬉《うれ》しい|事《こと》はない さはさり|乍《なが》ら|海中《かいちう》に
|陥《おちい》り|玉《たま》ひし|四人連《よにんづれ》 |思《おも》へば|思《おも》へばいぢらしい
せめては|霊《みたま》を|慰《なぐさ》めて |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|奉斎《ほうさい》し
|叮嚀《ていねい》にお|給仕《きふじ》|致《いた》しませう |鷹依姫《たかよりひめ》や|御一同《ごいちどう》
|広《ひろ》き|心《こころ》に|見直《みなほ》して |私《わたし》の|罪《つみ》を|赦《ゆる》しませ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御前《みまへ》に|慎《つつし》みて
|今日《けふ》の|慶《よろこ》び|永久《とこしへ》に |感謝《かんしや》しまつり|鷹依姫《たかよりひめ》の
|教《のり》の|司《つかさ》や|三人《さんにん》の |冥福《めいふく》|祈《いの》り|奉《たてまつ》る
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ』
|斯《か》く|歌《うた》ひ|了《をは》りて、|莞爾《くわんじ》として|座《ざ》に|着《つ》いた。|船《ふね》は|三日三夜《みつかみよ》さ|海上《かいじやう》を|逸走《いつそう》し、|漸《やうや》くゼムの|港《みなと》に|安着《あんちやく》した。|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|四人《よにん》はここに|上陸《じやうりく》し、ゼムの|町《まち》を|二三里《にさんり》|許《ばか》り|隔《へだ》てたる|天祥山《てんしやうざん》の|大瀑布《だいばくふ》に|御禊《みそぎ》をなすべく、|意気《いき》|揚々《やうやう》として、|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|乍《なが》ら|山《やま》|深《ふか》く|進《すす》み|入《い》りにける。あゝ|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
第四篇 |海《うみ》から|山《やま》へ
第一七章 |途上《とじやう》の|邂逅《かいこう》〔八三九〕
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》は、|海上《かいじやう》|波《なみ》も|静《しづ》かに|神徳《しんとく》|著《いちじる》しく、|漸《やうや》くにしてゼム|港《みなと》に|安着《あんちやく》した。|此《この》|地《ち》は|船着《ふなつ》きの|事《こと》とて|相当《さうたう》に|人家《じんか》も|稠密《てうみつ》であつた。|老若男女《らうにやくなんによ》は|高姫《たかひめ》|一同《いちどう》の|宣伝使《せんでんし》|姿《すがた》を|見《み》て、|物珍《ものめづ》らしげに|目送《もくそう》し|乍《なが》ら、|口々《くちぐち》に|囁《ささや》き|合《あ》うて|居《ゐ》る。
甲『|去年《きよねん》の|恰度《ちやうど》|此《この》|頃《ごろ》だつた。|婆《ばば》アの|宣伝使《せんでんし》が|一人《ひとり》と、|男《をとこ》の|宣伝使《せんでんし》が|三人《さんにん》、|尾羽打《をはうち》|枯《か》らして、|淋《さび》しさうな|恰好《かつかう》で、|宣伝歌《せんでんか》とやらを|唄《うた》ひ、ここを|通《とほ》りよつたが、|今年《ことし》も|又《また》|廻《まは》つて|来《き》よつただないか。|併《しか》し|乍《なが》らあの|婆《ばば》アは|少《すこ》し|若《わか》うなつてるぢやないか。|一生懸命《いつしやうけんめい》|宣伝歌《せんでんか》を|唄《うた》つてると、|年寄《としと》りでもヤツパリ|若《わか》くなると|見《み》えるなア』
乙『|馬鹿《ばか》|言《い》ふな。|去年《きよねん》|通《かよ》つた|宣伝使《せんでんし》は、|三五教《あななひけう》の|鷹依姫《たかよりひめ》と|云《い》ふ|婆《ばば》アだ。|一人《ひとり》は|息子《むすこ》で、|後《あと》|二人《ふたり》はあの|婆《ばば》アの|従僕《しもべ》といふ|事《こと》だつたよ。カーリン|丸《まる》から|海中《かいちう》に|堕《お》ちて、|婆《ばば》アを|始《はじ》め|四人《よにん》の|行方《ゆくへ》が|不明《ふめい》となつて、|大捜索《だいさうさく》をしたものだが、|何時《いつ》の|間《ま》にか、|大《おほ》きな|亀《かめ》の|背中《せなか》に|乗《の》つて|四人《よにん》|共《とも》ゼムの|港《みなと》に|悠々《いういう》と|浮《うか》みあがり、|大勢《おほぜい》をアツと|言《い》はした|婆《ば》アさまに|比《くら》ぶれば、|余程《よほど》|見劣《みおと》りがするよ。|大方《おほかた》|彼奴《あいつ》ア、あの|婆《ばば》アの|弟子《でし》|位《くらゐ》なものだらう。|併《しか》し|妙《めう》な|事《こと》があるものぢやないか。|丁度《ちやうど》|去年《きよねん》の|今日《けふ》ぢやつた。|日《ひ》と|云《い》ひ|刻限《こくげん》|迄《まで》チツとも|違《ちが》はずに、|婆《ばば》ア|一人《ひとり》|男《をとこ》|三人《さんにん》の|宣伝使《せんでんし》が、|此《この》|街道《かいだう》を|通《とほ》ると|云《い》ふ|事《こと》は|実《じつ》に|不思議《ふしぎ》なものだなあ』
甲『それが|所謂《いはゆる》|神《かみ》の|因縁《いんねん》と|云《い》ふものだらうかい。|何《なん》でも|婆《ばば》アのお|伴《とも》をしてゐたテーとか、カーとか|云《い》ふ|男《をとこ》の|話《はなし》では、|可哀相《かあいさう》に|年《とし》が|老《と》つてから、|自転倒島《おのころじま》を|追《お》ひ|出《だ》され、こんな|所迄《ところまで》|出《で》て|来《き》て、|艱難《かんなん》|苦労《くらう》をしてると|云《い》ふ|事《こと》だ。|其《その》|又《また》|追出《おひだ》した|高姫《たかひめ》とか|云《い》ふ|奴《やつ》、|聞《き》いても|憎《にく》らしいよな|婆《ばば》アだなア。|人《ひと》の|事《こと》でも|腹《はら》が|立《た》つ。|彼奴《あいつ》は|大方《おほかた》|其《その》|高姫《たかひめ》と|云《い》ふ|奴《やつ》ぢやなからうかなア』
乙『さうかも|知《し》れぬな。|何《なん》でも|高姫《たかひめ》は|鷹依姫《たかよりひめ》より|十歳《とう》|計《ばか》り|年《とし》が|若《わか》いと|聞《き》いてゐたから、ヒヨツとして、|的《てき》さまかも|知《し》れぬぞ』
と|聞《きこ》えよがしに、|大《おほ》きな|声《こゑ》で|喋《しやべ》つてゐる。|高姫《たかひめ》はこれを|聞《き》くより、|二人《ふたり》の|男《をとこ》の|側《そば》に、ツカツカと|進《すす》み|寄《よ》り、
|高姫《たかひめ》『モシモシ|今《いま》あなたの|御話《おはなし》を|耳《みみ》にしますれば、|三五教《あななひけう》の|鷹依姫《たかよりひめ》さまとやらが、ここを|御通《おとほ》りになつたと|仰有《おつしや》いましたが、|本当《ほんたう》で|御座《ござ》いますか』
乙『|本当《ほんたう》だとも、|本島《ほんたう》には|三五教《あななひけう》の|高姫《たかひめ》の|様《やう》な|出鱈目《でたらめ》を|云《い》つたり、|都合《つがふ》が|悪《わる》ければ|嘘《うそ》をつくと|云《い》ふ|様《やう》な|者《もの》は|一人《ひとり》も|御座《ござ》いませぬワイ』
|高姫《たかひめ》『あゝ|左様《さやう》で|御座《ござ》いますか。|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。さうして|其《その》|鷹依姫《たかよりひめ》さまの|一行《いつかう》はどちらへ|行《ゆ》かれましたか、|御存《ごぞん》じなれば、|御知《おし》らせ|下《くだ》さいませぬか』
乙『|噂《うはさ》に|聞《き》けば|天祥山《てんしやうざん》の|瀑布《ばくふ》で、|暫《しばら》く|荒行《あらぎやう》をし、それから|山越《やまご》しにチンの|港《みなと》へ|出《で》て、|何《なん》でもアマゾン|河《がは》を|溯《さかのぼ》つて、モールバンドの|沢山《たくさん》に|棲《すま》ゐしてをる|玉《たま》の|森《もり》とかへ|行《い》つたとか|云《い》ふ|話《はなし》だ』
|高姫《たかひめ》『あゝ|左様《さやう》で|御座《ござ》いましたか、どうも|御邪魔《おじやま》を|致《いた》しました。……サア|皆《みな》さま、|参《まゐ》りませう』
甲『コレコレ|婆《ば》アさま、|一寸《ちよつと》|待《ま》つた。お|前《まへ》は|鷹依姫《たかよりひめ》を|追《お》つ|放《ぽ》り|出《だ》した、|意地悪婆《いぢわるばば》アの|高姫《たかひめ》ではあるまいかなア』
乙『オイそんな|事《こと》を|尋《たづ》ねるに|及《およ》ばぬぢやないか。|意地《いぢ》くねの|悪《わる》い|三五教《あななひけう》の|高姫《たかひめ》とチヤンとあの|顔《かほ》に|印《しるし》が|入《い》つてるぢやないか。お|前《まへ》も|余程《よほど》|察《さつ》しの|悪《わる》い|男《をとこ》だなア』
甲『お|前《まへ》の|云《い》ふ|通《とほ》りだ。いくら|頭脳《あたま》の|悪《わる》い|俺《おれ》でも、|一見《いつけん》して|高姫《たかひめ》だと|云《い》ふ|事《こと》は|分《わか》つてゐるワイ。……コリヤ|高姫《たかひめ》|一寸《ちよつと》|待《ま》て!|貴様《きさま》に|申渡《まをしわた》すべき|仔細《しさい》があるのだ』
|高姫《たかひめ》『|御察《おさつ》しの|通《とほ》り、|妾《わたし》は|高姫《たかひめ》に|間違《まちがひ》ありませぬ。さうして|又《また》お|前《まへ》は|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》の|事《こと》に|付《つ》いて、エロウ|御詳《おくは》しい|様《やう》だが、|一体《いつたい》あの|方《かた》とは、|如何《どう》|云《い》ふ|御関係《おくわんけい》があるのですか』
甲『|有《あ》るの|無《な》いのつて、|鷹依姫《たかよりひめ》さまは|俺達《おれたち》の|生命《いのち》の|親《おや》だ。あの|御方《おかた》が|去年《きよねん》|天祥山《てんしやうざん》の|滝《たき》へ|来《き》て|呉《く》れなかつた|位《くらゐ》なら、|俺達《おれたち》|二人《ふたり》は|今頃《いまごろ》は|此《この》|世《よ》の|明《あか》りを|見《み》る|所《どころ》か、|白骨《はくこつ》になつて|居《ゐ》る|所《ところ》だ。|其《その》|命《いのち》の|恩人《おんじん》を|虐待《ぎやくたい》して、|無理難題《むりなんだい》を|申《まを》し、この|様《やう》な|所《ところ》まで|追放《つゐはう》しよつた|高姫《たかひめ》こそ|生命《いのち》の|親《おや》の|仇敵《きうてき》だ。サア|高姫《たかひめ》、モウ|斯《こ》うなつた|以上《いじやう》は|天運《てんうん》の|尽《つ》きだ。|冥途《めいど》の|旅立《たびだち》をさしてやらう。|覚悟《かくご》せ』
と|懐《ふところ》よりピカツと|光《ひか》る|物《もの》を|取出《とりだ》し、|両方《りやうはう》から|突《つ》いてかからうとする。|高姫《たかひめ》はヒラリと|体《たい》をかはした。ヨブは|二人《ふたり》の|真《ま》ん|中《なか》に|大手《おほで》を|拡《ひろ》げ、
ヨブ『マア|待《ま》つた|待《ま》つた。これには|深《ふか》い|訳《わけ》があるのだ。|俺《おれ》も|今迄《いままで》|此《この》|高姫《たかひめ》を|見付《みつ》け|次第《しだい》、|生首《なまくび》|引抜《ひきぬ》かにやおかぬと、|附《つ》け|狙《ねら》うて|居《を》つたが、|事情《じじやう》を|聞《き》いて、|今《いま》は|俺《おれ》も|高姫《たかひめ》さまの|御弟子《みでし》となつたのだ。マア|待《ま》つてくれ。お|前《まへ》はカーリン|島《たう》のマールにボールぢやないか』
マール『さう|云《い》ふお|前《まへ》はヨブさまか、|久《ひさ》し|振《ぶ》りだつたなア』
ヨブ『チツとお|前等《まへら》|両人《りやうにん》、|改心《かいしん》が|出来《でき》たかなア』
マール、ボールの|二人《ふたり》は、
『ハイ』
と|俄《にはか》に|態度《たいど》を|改《あらた》め、
|両人《りやうにん》『|先年《せんねん》は|誠《まこと》に|済《す》まぬ|事《こと》を|致《いた》しました。|斯《こ》う|云《い》ふ|所《ところ》でお|目《め》に|係《かか》るのも、ヤツパリ|天罰《てんばつ》が|循《めぐ》つて|来《き》たのでせう』
ヨブ『イヤ|過去《すぎさ》つた|事《こと》は|云《い》ふに|及《およ》ばぬ。|高姫《たかひめ》さま|始《はじ》め|二人《ふたり》の|方《かた》が|居《を》られる|前《まへ》だから、|俺《おれ》は|何《なん》にも|言《い》はぬ。|其《その》|代《かは》りに|是《これ》から|俺《おれ》が|高姫《たかひめ》さまの|因縁《いんねん》を|説《と》いて|聞《き》かしてやるから、しつかり|聞《き》いてくれ。|今迄《いままで》の|罪《つみ》はスツカリと|帳消《ちやうけ》しにしてやるから……』
マール『ハイ|有難《ありがた》う|御座《ござ》います』
ボール『|改心《かいしん》|致《いた》しまして、|御話《おはなし》を|聞《き》かして|貰《もら》ひませう』
ヨブ『|最前《さいぜん》お|前《まへ》は|鷹依姫《たかよりひめ》さまを|命《いのち》の|親《おや》だと|云《い》つたが、そりや|又《また》|如《ど》う|云《い》ふ|理由《りいう》だ。|其《その》|訳《わけ》を|聞《き》かしてくれ』
マール『|実《じつ》の|所《ところ》はカーリン|島《たう》では|無頼漢《ぶらいかん》と|言《い》はれ、|悪漢《あくかん》と|罵《ののし》られ、|誰一人《だれひとり》|相手《あひて》になつてくれる|者《もの》もなし、|余《あま》り|面白《おもしろ》くないのでお|前《まへ》の|家《うち》へ|夜中《よなか》に|忍《しの》び|込《こ》み、|三百両《さんびやくりやう》の|金《かね》をボツたくり、|首尾《しゆび》|克《よ》く|逃《にげ》ようとする|所《ところ》、お|前《まへ》が|外《そと》から|帰《かへ》つて|来《く》るのと|門口《かどぐち》で|出会《であ》ひ……ヤアお|前《まへ》はマール、ボールの|両人《りやうにん》だないか……と|言《い》はれた|時《とき》の|恐《おそ》ろしさ。コリヤきつと|島《しま》の|規則《きそく》にてらして、|明日《あす》は|両人《りやうにん》|共《とも》|締《し》め|首《くび》の|刑《けい》に|遇《あ》はねばならぬと、|小舟《こぶね》を|盗《ぬす》み|出《だ》し、|暗《やみ》に|紛《まぎ》れて|夜《よ》を|日《ひ》に|継《つ》いで、どうやら|斯《こ》うやら、ゼムの|港《みなと》|迄《まで》|風《かぜ》に|吹《ふ》きつけられ……ヤアこれで|一安心《ひとあんしん》だ。|併《しか》し|乍《なが》らどうも|自分《じぶん》の|後《あと》から|追手《おつて》が|来《き》さうで、|恐《おそ》ろしくてたまらないものだから、コリヤ|天祥山《てんしやうざん》の|滝《たき》に|打《う》たれて、|一《ひと》つ|修行《しうぎやう》をし、|神様《かみさま》に|罪《つみ》を|赦《ゆる》して|戴《いただ》かうと、それから|毎晩《まいばん》|滝《たき》にひたつて、|修業《しうげふ》をやつて|居《を》りました。そした|所《ところ》が、|何時《いつ》の|間《ま》にか、モールバンドがバサリバサリと|長《なが》い|尾《を》をツンと|立《た》て|乍《なが》ら、|赤裸《まつぱだか》で|二人《ふたり》が|滝《たき》に|打《う》たれてる|前《まへ》へやつて|来《き》て、|尻《しり》をブリブリ|振《ふ》り|立《た》てて|尾《を》の|先《さき》の|剣《けん》にて|吾々《われわれ》を|打《う》たうと|身構《みがまへ》して|居《ゐ》る。|此奴《こいつ》アたまらぬと|一生懸命《いつしやうけんめい》に|天地《てんち》の|神様《かみさま》を|念《ねん》じて|見《み》たが、|中々《なかなか》|容易《ようい》に|退却《たいきやく》する|所《どころ》か、|益々《ますます》|其《その》|尾《を》を|振《ふ》り|動《うご》かし、|今《いま》や|二人《ふたり》の|体《からだ》は|尻尾《しつぽ》の|剣《つるぎ》に|切《き》られて、|真二《まつぷた》つにならむとする|所《ところ》、|俄《にはか》に|宣伝歌《せんでんか》が|聞《きこ》え|出《だ》した。|其《その》|声《こゑ》を|聞《き》くと|共《とも》に、モールバンドの|奴《やつ》そろそろ|尾《を》を|縮《ちぢ》めて|短《みじか》くし|出《だ》した。|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》は|段々《だんだん》と|高《たか》くなつて|来《く》る。モールバンドの|怪獣《くわいじう》は|尾《を》を|垂《た》れ、|首《くび》を|垂《た》れ、バサリバサリと|傍《かたはら》の|森林《しんりん》|目蒐《めが》けて|姿《すがた》を|隠《かく》して|了《しま》つた。そこへやつて|来《こ》られたのは|三五教《あななひけう》の|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》を|始《はじ》め、|竜国別《たつくにわけ》、テー、カーと|云《い》ふ|宣伝使《せんでんし》の|一行《いつかう》であつた。あの|時《とき》に|若《も》しも、|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》がそこへ|来《き》て|下《くだ》さらなかつたならば、|吾々《われわれ》は|最早《もはや》|此《この》|世《よ》の|人《ひと》ではないのだ。そこで|俺達《おれたち》は|鷹依姫《たかよりひめ》さまを|命《いのち》の|親《おや》と|仰《あふ》ぎ、|直《ただち》に|入信《にふしん》してお|弟子《でし》となつたのだ。テー、カーと|云《い》ふ|二人《ふたり》の|男《をとこ》から|高姫《たかひめ》と|鷹依姫《たかよりひめ》さまとの|関係《くわんけい》を|残《のこ》らず|聞《き》かされ、|腹《はら》が|立《た》つてたまらなくなり、|神様《かみさま》のお|指図《さしづ》に|依《よ》つて、|今日《けふ》はキツと|高姫《たかひめ》がゼムの|港《みなと》へ|上陸《じやうりく》すると|云《い》ふ|事《こと》を|悟《さと》つた|故《ゆゑ》、|私《わたくし》の|命《いのち》を|助《たす》けて|貰《もら》つた|今日《けふ》は|記念日《きねんび》だ、|命《いのち》の|親《おや》の|敵《かたき》を|討《う》つのは|今日《けふ》だと、|刃物《はもの》を|用意《ようい》し、|研《と》ぎすまして|待《ま》つてゐたのだ。そした|所《ところ》|神《かみ》のお|指図《さしづ》に|違《たが》はず、|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》がここへ|見《み》えたのだから、|如何《どう》しても|命《いのち》の|親様《おやさま》の|御恩《ごおん》に|酬《むく》ゆる|為《ため》、|高姫《たかひめ》の|命《いのち》をとり、|仇敵《きうてき》を|討《う》つてお|上《あ》げ|申《まを》さねばならない。……どうぞヨブ|様《さま》、|私《わたくし》の|目的《もくてき》を|立《た》てさせて|下《くだ》さいませ』
ヨブ『お|前《まへ》の|命《いのち》を|助《たす》けてくれたのはそりや|鷹依姫《たかよりひめ》であらう。|併《しか》し|乍《なが》ら|其《その》|鷹依姫《たかよりひめ》を|高砂島《たかさごじま》へ|出《で》て|来《く》るようにしたのは|誰《たれ》だと|思《おも》うてゐるか。ここに|御座《ござ》る|高姫《たかひめ》さまぢやないか、そうすれば|直接《ちよくせつ》|間接《かんせつ》の|違《ちがひ》こそあれ、|高姫《たかひめ》さまがお|前《まへ》の|命《いのち》を|助《たす》けてくれたも|同様《どうやう》ぢやないか』
マール『さう|聞《き》けばさうですなア』
ボール『|如何《いか》にもヨブさまの|仰有《おつしや》る|通《とほ》り、|高姫《たかひめ》さまが|鷹依姫《たかよりひめ》さまを、|無茶《むちや》を|云《い》うて|追出《おひだ》さなかつたら、こんな|所《ところ》へお|出《い》でになる|気遣《きづかひ》はなし、|又《また》|俺達《おれたち》も|助《たす》けて|貰《もら》ふ|訳《わけ》にも|行《ゆ》かなかつたのだ。さう|思《おも》へば|余《あま》り|高姫《たかひめ》さまを|悪《わる》く|思《おも》ふ|訳《わけ》には|行《ゆ》かぬワイ』
ヨブ『|何事《なにごと》もすべて|神様《かみさま》の|御心《みこころ》から|出来《でけ》て|来《く》るのだから、|人間《にんげん》の|考《かんが》へで|或《ある》|一部分《いちぶぶん》を|掴《つか》まへて、|善《ぜん》だの|悪《あく》だの、|敵《てき》だの|味方《みかた》だのと|云《い》ふのは|第一《だいいち》|間違《まちがひ》ぢや。|只《ただ》|何事《なにごと》も、|人間《にんげん》は、|神様《かみさま》の|御意思《ごいし》に|任《まか》すより|仕方《しかた》がないのだよ。|高姫《たかひめ》|様《さま》に|御無礼《ごぶれい》を|働《はたら》かうとした、|其《その》|罪《つみ》をお|詫《わび》するがよからう』
マール『コレハコレハ|高姫《たかひめ》|様《さま》、|誠《まこと》にエライ|取違《とりちがひ》を|致《いた》しまして、どうぞ|憎《にく》い|奴《やつ》ぢやと|思召《おぼしめ》さずに、|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》に|見直《みなほ》し|聞直《ききなほ》し、お|赦《ゆる》し|下《くだ》さいませ。|今《いま》ヨブさまの|御意見《ごいけん》によりましてスツカリ|改心《かいしん》|致《いた》しました。|貴女《あなた》こそ|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》にも|優《まさ》る|私等《わたくしら》に|対《たい》しての、|生命《いのち》の|御恩人《ごおんじん》で|御座《ござ》います』
ボール『|高姫《たかひめ》|様《さま》、|何卒《どうぞ》|御許《おゆる》しを|願《ねが》ひます。……ヨブさま、どうぞあなた|様《さま》から、|宜《よろ》しくお|執成《とりな》しを|御願《おねがひ》|致《いた》します』
|高姫《たかひめ》『あゝ|皆《みな》さま|有難《ありがた》う。|能《よ》うそこ|迄《まで》|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》に|対《たい》し、お|心《こころ》を|掛《かけ》て|下《くだ》さいます。|妾《わたし》は|何《なに》よりあなた|方《がた》の|其《その》|美《うる》はしきお|心《こころ》が|嬉《うれ》しう|御座《ござ》います。|妾《わたし》もあなたの|御聞《おきき》の|通《とほ》り|随分《ずゐぶん》|我情《がじやう》|我慢《がまん》の|強《つよ》い|女《をんな》で|御座《ござ》いました。さうして|鷹依姫《たかよりひめ》|様《さま》|其《その》|外《ほか》の|方々《かたがた》に|対《たい》し、|実《じつ》に|無残《むざん》な|仕方《しかた》を|致《いた》しましたが、|今日《こんにち》では|最早《もはや》スツカリと|改心《かいしん》を|致《いた》しまして、|真心《まごころ》|一《ひと》つで|神様《かみさま》の|御用《ごよう》をさして|頂《いただ》いて|居《を》りますから、どうぞ|今後《こんご》は|宜《よろ》しく、|御互《おたがひ》に|御世話《おせわ》を|願《ねが》ひます』
マール『|有難《ありがた》う|御座《ござ》いました。|是《これ》にて|私《わたくし》もヤツと|安心《あんしん》|致《いた》しました』
ボール『|高姫《たかひめ》さま、ヨブさま、|御一同様《ごいちどうさま》、どうぞ|私《わたくし》の|様《やう》な|愚者《おろかもの》、|何卒《なにとぞ》|御見捨《おみす》てなく、|今後《こんご》の|御指導《ごしだう》を|御願《おねがひ》|申《まを》します』
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|両人《りやうにん》は|奇妙《きめう》なる|因縁《いんねん》の|寄合《よりあ》ひに|今更《いまさら》の|如《ごと》く|感《かん》じ|入《い》り、|呆《とぼ》けたやうな|顔《かほ》をして、|此《この》|光景《くわうけい》をまんじりともせず|眺《なが》めて|居《ゐ》る。
(大正一一・八・一三 旧六・二一 松村真澄録)
第一八章 |天祥山《てんしやうざん》〔八四〇〕
|大海中《おほわだなか》に|浮《うか》びたる カーリン|島《たう》に|名《な》も|高《たか》き
|無頼《ぶらい》の|悪漢《あくかん》マール、ボールは |島《しま》の|男女《なんによ》に|嫌《きら》はれて
|詮術《せんすべ》もなき|悲《かな》しさに |夜陰《やいん》に|乗《じやう》じヨブの|家《いへ》
|忍《しの》びて|宝《たから》を|掠奪《りやくだつ》し |暗《やみ》に|紛《まぎ》れて|逃出《にげいだ》す
|天網恢々《てんまうくわいくわい》|疎《そ》なれ|共《ども》 |洩《も》れぬ|例《ため》しに|洩《も》れずして
|逃行《にげゆ》く|姿《すがた》を|門口《かどぐち》で |此《この》|家《や》のヨブに|見付《みつ》けられ
お|前《まへ》はマール、ボールかと |声《こゑ》かけられて|恐縮《きようしゆく》し
|茲《ここ》にグヅグヅしてゐたら |島《しま》の|規則《きそく》に|照《て》らされて
|明日《あす》は|必《かなら》ず|締首《しめくび》の |処刑《しおき》に|会《あ》ふは|知《し》れた|事《こと》
|逃《に》げるに|若《し》かずと|磯端《いそばた》の |小舟《こぶね》を|盗《ぬす》んで|両人《りやうにん》が
|波立《なみた》ち|騒《さわ》ぐ|海原《うなばら》を |櫓櫂《ろかい》を|操《あやつ》り|生命《いのち》|懸《が》け
|北《きた》へ|北《きた》へと|漕《こ》いで|行《ゆ》く |俄《にはか》に|吹《ふ》き|来《く》る|暴風《ばうふう》に
|小舟《こぶね》は|木《こ》の|葉《は》の|散《ち》る|如《ごと》く |茲《ここ》に|危《あやふ》き|玉《たま》の|緒《を》の
やつと|命《いのち》を|拾《ひろ》ひつつ ゼムの|港《みなと》に|漂着《へうちやく》し
|後《あと》|振《ふ》り|返《かへ》り|眺《なが》むれば |只《ただ》|一時《いつとき》の|出来心《できごころ》
|犯《おか》した|罪《つみ》の|恐《おそ》ろしさ |後《あと》より|追手《おつて》のかかるよな
|不安《ふあん》の|雲《くも》に|包《つつ》まれて |天地《てんち》の|神《かみ》に|罪悪《ざいあく》の
お|詫《わび》をなさむと|天祥《てんしやう》の |山《やま》にかかれる|大瀑布《だいばくふ》
ハンドの|滝《たき》に|身《み》を|打《う》たせ |七日七夜《なぬかななや》の|荒行《あらげふ》を
|勤《つと》むる|折《をり》しも|恐《おそ》ろしや モールバンドの|怪獣《くわいじう》が
|思《おも》はずここへのそのそと |現《あら》はれ|来《きた》りて|両人《りやうにん》を
|尻尾《しつぽ》の|先《さき》の|鋭利《えいり》なる |剣《けん》をふり|立《た》てふりすごき
|二人《ふたり》に|向《むか》つて|攻《せ》め|来《きた》る |進退《しんたい》|茲《ここ》に|谷《きは》まりし
マール、ボールは|胸《むね》を|据《す》ゑ |天《てん》をば|拝《はい》し|地《ち》を|拝《はい》し
|力《ちから》|限《かぎ》りに|太祝詞《ふとのりと》 |天《あま》の|数歌《かずうた》|一《ひと》|二《ふた》|三《み》つ
|四《よ》つ|五《い》つ|六《む》つ|七《なな》つ|八《や》つ |九《ここの》つ|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》
|心《こころ》を|砕《くだ》いて|祈《いの》り|居《ゐ》る モールバンドは|容赦《ようしや》なく
|尻尾《しつぽ》に|力《ちから》を|集中《しふちう》し |二人《ふたり》を|打《う》たむとする|所《とこ》へ
|俄《にはか》に|聞《きこ》ゆる|宣伝歌《せんでんか》 |次第《しだい》|次第《しだい》に|近付《ちかづ》けば
|流石《さすが》|獰猛《だうまう》な|怪獣《くわいじう》も |次第《しだい》|次第《しだい》に|萎縮《ゐしゆく》して
|鉾《ほこ》をば|〓《をさ》め|尾《を》を|縮《ちぢ》め |頭《かしら》をさげてノタノタと
あたりの|林《はやし》に|身《み》を|隠《かく》し |後白雲《あとしらくも》となりにけり。
マール、ボールの|両人《りやうにん》は |九死一生《きうしいつしやう》の|此《この》|場合《ばあひ》
|助《たす》け|玉《たま》ひし|生神《いきがみ》は |何神《なにがみ》なるぞと|近《ちか》よりて
|両手《りやうて》を|合《あは》せ|跪《ひざまづ》き |涙《なみだ》と|共《とも》に|伺《うかが》へば
|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》 |鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の
|神《かみ》の|司《つかさ》を|始《はじ》めとし テーリスタンやカーリンス
|四人《よにん》の|珍《うづ》の|神司《かむづかさ》 |茲《ここ》に|二人《ふたり》は|平伏《へいふく》し
|救命《きうめい》|謝恩《しやおん》の|辞《じ》を|述《の》べて |鷹依姫《たかよりひめ》の|弟子《でし》となり
|此《この》|滝水《たきみづ》に|身《み》を|浸《ひた》し |朝《あさ》な|夕《ゆふ》なに|大神《おほかみ》を
|祈《いの》りてここに|詣《まう》で|来《く》る |数多《あまた》の|人《ひと》を|救《すく》ひつつ
|楽《たのし》き|月日《つきひ》を|送《おく》りしが いよいよ|今日《けふ》は|玉《たま》の|緒《を》の
|命《いのち》|拾《ひろ》ひし|一年目《いちねんめ》 |命《いのち》の|親《おや》の|恩人《おんじん》を
|虐《しへた》げまつりし|高姫《たかひめ》を ここに|待受《まちう》け|鷹依姫《たかよりひめ》の
|教《のり》の|司《つかさ》の|仇《あだ》を|討《う》ち |万分一《まんぶんいち》の|恩報《おんはう》じ
|仕《つか》へまつりて|天地《あめつち》の |神《かみ》の|御前《みまへ》に|赤誠《せきせい》を
|現《あら》はし|呉《く》れむと|待《ま》ちゐたる |時《とき》しもあれや|高姫《たかひめ》は
|常彦《つねひこ》、|春彦《はるひこ》|始《はじ》めとし ヨブを|引《ひ》きつれ|悠々《いういう》と
|天祥山《てんしやうざん》を|指《ゆび》さして |進《すす》んで|来《きた》る|四人連《よにんづ》れ
マール、ボールの|両人《りやうにん》は これこそ|的切《てきき》り|高姫《たかひめ》と
|九寸五分《くすんごぶ》をば|振翳《ふりかざ》し |右《みぎ》と|左《ひだり》に|突《つ》きつける
|流石《さすが》の|高姫《たかひめ》|身《み》をかはし |飛鳥《ひてう》の|如《ごと》く|飛《と》び|退《の》けば
カーリン|島《たう》のヨブさまは |二人《ふたり》の|中《なか》に|割《わ》つて|入《い》り
まづまづ|待《ま》てよ|両人《りやうにん》よ お|前《まへ》はマール、ボールの|両人《りやうにん》か
|如何《どう》してお|前《まへ》はここへ|来《き》た |様子《やうす》を|聞《き》かせと|呼《よ》ばはれば
ヨブと|聞《き》くより|両人《りやうにん》は |驚《おどろ》き|周章《あわて》|手《て》をつかへ
|心《こころ》の|鬼《おに》に|責《せ》められて あやまり|入《い》るぞ|健気《けなげ》なれ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|因縁者《いんねんもの》の|寄合《よりあひ》で |此《この》|街道《かいだう》に|神《かみ》の|道《みち》
【うまら】に【つばら】に|説《と》きあかし |鷹依姫《たかよりひめ》や|高姫《たかひめ》の
|雪《ゆき》より|清《きよ》き|胸《むね》の|内《うち》 |輝《かがや》き|渡《わた》るぞ|尊《たふと》けれ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
マール、ボールの|両人《りやうにん》は、|高姫《たかひめ》、ヨブの|訓戒《くんかい》に|依《よ》り、|釈然《しやくぜん》として|吾《わが》|考《かんが》への|誤《あやま》れることを|悟《さと》り、|天祥山《てんしやうざん》のハンドの|滝《たき》|迄《まで》|案内者《あんないしや》として|進《すす》み|行《ゆ》く|事《こと》となつた。
|茲《ここ》に|一行《いつかう》|六人《ろくにん》は|途々《みちみち》|勇《いさ》ましく|宣伝歌《せんでんか》を|唄《うた》ひ|乍《なが》ら、|路傍《ろばう》の|大蜥蜴《おほとかげ》や|虻《あぶ》|蜂《はち》などを|脅威《けふゐ》しつつ、|早《はや》くも|天祥山《てんしやうざん》の|山口《やまぐち》に|差《さし》かかつた。ハンドの|滝《たき》|迄《まで》は、まだ|十四五丁《じふしごちやう》の|距離《きより》がある。され|共《ども》ナイヤガラの|瀑布《ばくふ》に|次《つ》いでの|名高《なだか》き|大滝《おほたき》、|淙々《そうそう》たる|滝《たき》の|音《おと》は|手《て》に|取《と》る|如《ごと》く|聞《きこ》えて|来《き》た。|油蝉《あぶらぜみ》や|蜩《ひぐらし》の|鳴《な》く|声《こゑ》は、|耳《みみ》を|聾《ろふ》せむ|許《ばか》り|鳴《な》き|立《た》てる。|流石《さすが》|熱国《ねつこく》のブラジルの|此《この》|地域《ちゐき》、|二三里《にさんり》の|間《あひだ》は|天祥山《てんしやうざん》より|吹《ふ》き|颪《おろ》す|涼風《りやうふう》に、|恰《あたか》も|内地《ないち》の|秋《あき》の|如《ごと》く、|滝《たき》に|近付《ちかづ》くに|従《したが》ひ|肌寒《はださむ》く、|歯《は》さへガチガチと|鳴《な》り|出《だ》して|来《き》た。
|常彦《つねひこ》『|随分《ずゐぶん》|涼《すず》しい|所《ところ》ですなア。|高砂島《たかさごじま》へ|渡《わた》つて|以来《いらい》、|斯様《かやう》な|涼《すず》しい|目《め》に|会《あ》うた|事《こと》は|初《はじ》めてです。|此《この》|山《やま》には|種々《いろいろ》と|恐《おそ》ろしい|猛獣《まうじう》が|棲《す》んでゐると|云《い》ふことを、|船中《せんちう》の|客《きやく》より|聞《き》きましたが、|実《じつ》に|物凄《ものすご》い|光景《くわうけい》ぢやありませぬか』
マール『|此《この》|山《やま》には|獅子《しし》、|山犬《やまいぬ》、|虎《とら》、|熊《くま》などの|猛獣《まうじう》が|出没《しゆつぼつ》|致《いた》しまして、|夜《よ》な|夜《よ》な|里《さと》に|現《あら》はれ|来《きた》り、|年老《としよ》りや|子供《こども》に|害《がい》を|与《あた》へますから、|吾々《われわれ》は|三五教《あななひけう》の|神様《かみさま》を|此《この》|瀑布《ばくふ》の|傍《かたはら》にお|祭《まつ》りいたし、|朝夕《あさゆふ》|人民《じんみん》|安全《あんぜん》の|為《ため》に、|御祈念《ごきねん》をこらして|居《を》ります。|其《その》|御神徳《おかげ》にや|此《この》|頃《ごろ》は|猛獣《まうじう》の|影《かげ》も|余程《よほど》|減《へ》つて|来《き》ました。|二年《にねん》|以前《いぜん》に|比《くら》ぶれば、|二十分《にじふぶん》の|一《いち》|位《くらゐ》より|居《を》らなくなりました。そしてモウ|一《ひと》つ|恐《おそ》ろしいモールバンドと|云《い》ふ|怪獣《くわいじう》が|時々《ときどき》やつて|来《き》ます。|其《その》|獣《けだもの》は|象《ざう》を|十匹《じつぴき》も|寄《よ》せた|様《やう》な|胴体《どうたい》をし、|水掻《みづか》きのある|爪《つめ》の|長《なが》い|四本足《しほんあし》で、|鰐《わに》の|様《やう》な|尻尾《しつぽ》の|先《さき》に|鋭利《えいり》な|剣《けん》がついてゐて、すべての|猛獣《まうじう》を|其《その》|尾《を》でしばき|斃《たふ》し、|食《く》つて|居《ゐ》る|恐《おそ》ろしき|動物《どうぶつ》が|居《を》ります。|此《この》|頃《ごろ》は|猛獣《まうじう》が|少《すくな》くなつたので、モールバンドも|滅多《めつた》に|参《まゐ》りませぬが、|若《も》しも|彼《かれ》の|目《め》に|止《と》まつたが|最後《さいご》、|人間《にんげん》だろが、|獣《けだもの》だらうが、|容赦《ようしや》なく|片《かた》つぱしから|尾《を》で|叩《たた》き|殺《ころ》し、|皆《みな》|食《く》つて|了《しま》うと|云《い》ふ|恐《おそ》ろしい|奴《やつ》ですから|随分《ずゐぶん》|気《き》を|付《つ》けねばなりますまい。|時々《ときどき》|暑《あつ》くなるとハンドの|滝《たき》に|横《よこ》たはつて|滝水《たきみづ》を|浴《あ》び、グウグウと|鼾《いびき》をかいて|寝《ね》てゐることがあります。|私《わたくし》も|昨年来《さくねんらい》|四五回《しごくわい》|見《み》つけました。さういふ|時《とき》にはソーツと|足《あし》を|忍《しの》ばせて|近《ちか》よらない|方《はう》が|得策《とくさく》です。|鷹依姫《たかよりひめ》の|宣伝使《せんでんし》の|様《やう》に|御神徳《ごしんとく》があれば|言霊《ことたま》を|以《もつ》て|追《お》ひ|散《ち》らす|事《こと》が|出来《でき》ますが、|到底《たうてい》|吾々《われわれ》|如《ごと》き|神徳《しんとく》のなき|者《もの》は|近寄《ちかよ》らぬのが|一番《いちばん》ですよ。|併《しか》し|今日《けふ》は|私《わたくし》があの|滝《たき》に|於《お》いて|鷹依姫《たかよりひめ》さまに|命《いのち》を|拾《ひろ》つて|貰《もら》つた|記念日《きねんび》ですから、これからあの|滝《たき》の|下《した》で|祭典《さいてん》を|行《おこな》ひ、|天地《てんち》の|大神様《おほかみさま》に|御礼《おれい》を|申上《まをしあ》げねばなりませぬ。|幸《さひは》ひあなた|方《がた》は|宣伝使《せんでんし》で|居《ゐ》らせられますから、|一《ひと》つ|此《この》|祭典《さいてん》を|賑々《にぎにぎ》しく|御手伝《おてつだ》ひ|下《くだ》さいませぬか』
|高姫《たかひめ》『それは|何《なに》より|好都合《かうつがふ》です』
と|云《い》ひ|乍《なが》ら|早《はや》くも|滝《たき》の|側近《そばちか》く|辿《たど》り|着《つ》いた。
|大瀑布《だいばくふ》の|飛沫《ひまつ》はあたりに|散《ち》つて|霧《きり》の|如《ごと》く|濛々《もうもう》とそこらの|樹木《じゆもく》を|包《つつ》んでゐる。|互《たがひ》の|姿《すがた》さへもハツキリ|見《み》えぬ|迄《まで》に|深《ふか》き|霧《きり》が|立《た》ちこめて|居《ゐ》た。
(大正一一・八・一三 旧六・二一 松村真澄録)
第一九章 |生霊《いきりやう》の|頼《たのみ》〔八四一〕
|名《な》に|負《お》ふ|大瀑布《だいばくふ》の|前《まへ》に|一行《いつかう》|六人《ろくにん》は、|霧雨《きりあめ》を|冒《をか》して|進《すす》み|寄《よ》り、|高姫《たかひめ》は|背《せな》の|石像《いしざう》をおろし、|滝《たき》の|傍《かたはら》に|木《こ》の|葉《は》や|笹《ささ》で|箒《はうき》を|拵《こしら》へ、|掃《は》き|清《きよ》め、|滝壺《たきつぼ》に|〓《さら》された|小砂利《こじやり》を|各自《かくじ》に|手《て》にすくひ、|其《その》|跡《あと》に|布《し》き|並《なら》べ、|石像《いしざう》を|安置《あんち》して、あたりの|木《こ》の|実《み》を【むし】り、|之《こ》れを|供《そな》へ、|且《か》つ|槲《かしは》の|枝《えだ》を|玉串《たまぐし》として、|一々《いちいち》|供《そな》へ、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|終《をは》つて、|滝壺《たきつぼ》に|身《み》を|躍《をど》らせ、|禊《みそぎ》を|修《しう》した。|禊《みそぎ》の|業《わざ》も|漸《やうや》く|終《をは》り、|再《ふたた》び|石像《いしざう》の|前《まへ》に|端坐《たんざ》して、|幽斎《いうさい》の|修業《しうげふ》に|差《さし》かかつた。
マールの|依頼《いらい》によつて、|彼《かれ》を|神主《かむぬし》となし、|美《うる》はしき|小砂《こすな》の|上《うへ》に|坐《ざ》せしめ、|高姫《たかひめ》は|自《みづか》ら|審神者《さには》の|役《やく》を|奉仕《ほうし》した。
ブラジル|国《こく》に|名《な》も|高《たか》き |雲《くも》を|圧《あつ》してそそり|立《た》つ
|天祥山《てんしやうざん》より|落《お》ちかかる |幾千丈《いくせんぢやう》の|白滝《しらたき》に
|高姫《たかひめ》|一行《いつかう》|六人《ろくにん》は |心《こころ》を|清《きよ》め|身《み》を|浄《きよ》め
|禊《みそぎ》|払《はら》へば|清涼《せいりやう》の |空気《くうき》はあたりに|充《み》ちわたり
|常世《とこよ》の|春《はる》の|梅《うめ》の|花《はな》 |四辺《しへん》に|薫《かを》る|心地《ここち》して
|幽斎《いうさい》|修業《しうげふ》を|始《はじ》めける |高姫司《たかひめつかさ》を|審神者《さには》とし
マールを|砂庭《さには》に|端坐《たんざ》させ いよいよ|神人《しんじん》|感合《かんがふ》の
|行事《げうじ》に|仕《つか》へ|奉《まつ》りける。 マールは|身体《しんたい》|震動《しんどう》し
|両手《りやうて》を|組《く》んだ|其《その》|儘《まま》に |右《みぎ》に|左《ひだり》に|振《ふ》りまはし
|両手《りやうて》を|上《あ》げ|下《さ》げなし|乍《なが》ら ウンウンウンと|唸《うな》り|出《だ》す
|獅子《しし》|狼《おほかみ》か|野天狗《のてんぐ》か |金毛九尾《きんまうきうび》か|曲鬼《まがおに》か
|但《ただし》は|野狐《のぎつね》|野狸《のだぬき》か |姿勢《しせい》の|悪《わる》い|神憑《かむがか》り
|此奴《こいつ》はチツと|怪《あや》しいと |団栗眼《どんぐりまなこ》を|剥《む》き|乍《なが》ら
|歯並《はなみ》の|悪《わる》い|口《くち》あけて |高姫《たかひめ》さまがする|審神《さには》
マールの|体《からだ》は|中天《ちうてん》に |高《たか》くあがりて|落《お》ち|来《きた》る
|此《この》|有様《ありさま》に|常彦《つねひこ》は これこそ|的切《てきき》り|曲神《まがかみ》の
|憑依《ひようい》したるに|違《ちがひ》ない |言向《ことむ》け|和《やは》し|神界《しんかい》の
|誠《まこと》の|道《みち》を|諭《さと》さむと |高姫司《たかひめつかさ》の|側《そば》に|立《た》ち
|双手《もろて》を|組《く》んで|鎮魂《ちんこん》の |姿勢《しせい》を|執《と》りつつ|神主《かむぬし》の
|体《からだ》に|向《むか》つて|霊《れい》かける |漸《よ》う|漸《よ》うマールは|鎮静《ちんせい》し
|汗《あせ》をタラタラ|流《なが》しつつ |口《くち》をへの|字《じ》に|相結《あひむす》び
|口《くち》を|切《き》らむと|焦《あ》せれ|共《ども》 |容易《ようい》に|出《い》でぬ|言霊《ことたま》に
ワアワアワア|私《わたくし》は アヽヽ|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|教《をしへ》の|宣伝使《せんでんし》 タヽヽヽ|鷹依《たかより》の
|姫《ひめ》の|命《みこと》やタタタ |竜国別《たつくにわけ》やテヽヽ
テーリスタンやカヽヽ カーリンスの|一行《いつかう》と
クヽヽヽ|黒姫《くろひめ》が |黄金《こがね》の|玉《たま》を|紛失《ふんしつ》し
タヽヽヽ|高姫《たかひめ》に メヽヽヽ|目《め》を|剥《む》かれ
スヽヽヽ|住《す》み|慣《な》れし |綾《あや》の|聖地《せいち》を|後《あと》にして
|大海原《おほうなばら》を|打渡《うちわた》り |玉《たま》の|在処《ありか》を|探《さぐ》らむと
クヽヽヽ|黒姫《くろひめ》や |高山彦《たかやまひこ》の|夫婦《ふうふ》|連《づ》れ
ワヽヽヽ|和田中《わだなか》の |竜宮島《りうぐうじま》に|行《ゆ》かしやつた
|鷹依姫《たかよりひめ》は|三人《さんにん》の |神《かみ》の|司《つかさ》と|諸共《もろとも》に
タヽヽヽ|高砂《たかさご》の |秘密《ひみつ》の|島《しま》に|打渡《うちわた》り
|黄金《こがね》の|玉《たま》を|探《さぐ》らむと テルの|街道《かいだう》を|南進《なんしん》し
アヽヽヽ|足《あし》|痛《いた》め |漸《やうや》く|茲《ここ》にターターター
|蛸取村《たことりむら》に|安着《あんちやく》し |昔《むかし》の|昔《むかし》の|其《その》|昔《むかし》
|日《ひ》の|出神《でのかみ》に|従《したが》ひて |三五教《あななひけう》の|御教《みをしへ》を
|開《ひら》き|玉《たま》ひしサヽヽ |狭依《さより》の|彦《ひこ》の|旧蹟地《きうせきち》
アリナの|滝《たき》に|身《み》を|打《う》たれ |鏡《かがみ》の|池《いけ》の|傍《かたはら》に
|庵《いほり》を|結《むす》びタヽヽ |鷹依姫《たかよりひめ》は|岩窟《がんくつ》に
タヽヽヽ|竹筒《たけづつ》を |携《たづさ》へ|乍《なが》ら|忍《しの》び|入《い》り
|月照彦《つきてるひこ》と|瞞着《まんちやく》し タヽヽヽ|竹筒《たけづつ》を
ハヽヽヽ|歯《は》の|脱《ぬ》けた |口《くち》に|喰《く》はへてフーフーと
|竹筒《たけづつ》|通《とほ》して|作《つく》り|声《ごゑ》 |月照彦大神《つきてるひこのおほかみ》が
|再《ふたた》び|茲《ここ》に|現《あら》はれて |高砂島《たかさごじま》の|人々《ひとびと》よ
|福徳《ふくとく》|寿命《じゆめう》が|欲《ほ》しければ |玉《たま》を|供《そな》へに|来《く》るがよい
|必《かなら》ず|広《ひろ》き|神徳《しんとく》を |渡《わた》してやらうとテー、カーの
|言触《ことふ》れ|神《がみ》を|遣《つか》はして |旭《あさひ》もテルやヒルの|国《くに》
|花《はな》|咲《さ》き|匂《にほ》ふハルの|国《くに》 |出《い》で|行《ゆ》く|足《あし》もカルの|国《くに》
|宇都《うづ》の|国《くに》まで|跋渉《ばつせふ》し |鏡《かがみ》の|池《いけ》にダヽヽ
|大事《だいじ》の|玉《たま》を|供《そな》へたら キツと|御神徳《おかげ》が|有《あ》るぞやと
あちらこちらと|宣伝《せんでん》し |其《その》|効《かう》|空《むな》しからずして
|数多《あまた》の|玉《たま》は|集《よ》り|来《きた》り |眼《まなこ》|光《ひか》らし|一々《いちいち》に
|尋《たづ》ねまはれど|肝腎《かんじん》の |黄金《こがね》の|玉《たま》は|現《あら》はれぬ
コヽヽヽこんな|事《こと》 |何時迄《いつまで》やつて|居《を》つたとて
|肝腎要《かんじんかなめ》の|黄金《わうごん》の |珍《うづ》の|神宝《しんぱう》はデヽヽ
|出《で》て|来《こ》ないとテ、カが ブツブツ|小言《こごと》を|称《とな》へ|出《だ》す
|竜国別《たつくにわけ》の|神司《かむづかさ》 |二人《ふたり》を|宥《なだ》めて|待《ま》て|暫《しば》し
これ|丈《だけ》|沢山《たくさん》いろいろの |玉《たま》がやうやう|寄《よ》つて|来《く》る
|肝腎要《かんじんかなめ》の|瑞宝《ずゐはう》は キツと|一番《いちばん》|後押《あとおさ》へ
モウ|暫《しばら》くの|辛抱《しんばう》と |宥《なだ》めすかしつ|待《ま》つ|間《うち》に
|木《こ》の|間《ま》にひらめく|白旗《しらはた》に オヽヽヽ|黄金《わうごん》の
|玉献上《たまけんじやう》と|記《しる》しつつ |大勢《おほぜい》の|人数《にんず》に|送《おく》られて
|御輿《みこし》をかつぎ|登《のぼ》り|来《く》る |之《これ》を|眺《なが》めたタヽヽ
|鷹依姫《たかよりひめ》は|雀躍《こをどり》し |岩窟内《がんくつない》に|忍《しの》び|込《こ》み
|様子《やうす》|如何《いか》にと|窺《うかが》へば テーナの|里《さと》の|酋長《しうちやう》が
|玉《たま》の|御輿《みこし》をかつぎ|込《こ》み |池《いけ》の|畔《ほとり》の|石《いし》の|上《へ》に
|按置《あんち》し|乍《なが》らタヽヽ |竜国別《たつくにわけ》に|打向《うちむか》ひ
|私《わたし》が|宅《うち》の|重宝《ぢうほう》で |先祖代々《せんぞだいだい》|伝《つた》はりし
|黄金《こがね》の|玉《たま》を|神様《かみさま》に |献《たてまつ》らむと|夫婦《ふうふ》|連《づ》れ
はるばる|詣《まう》でマヽヽ |参《まゐ》りましたカヽヽ
|神主様《かむぬしさま》よ|一時《いつとき》も |早《はや》く|検《あらた》め|宝玉《ほうぎよく》を
|受取《うけと》り|神《かみ》にオヽヽ |御供《おそな》へなさつて|下《くだ》されと
|聞《き》いたる|時《とき》の|嬉《うれ》しさよ テー、カー|二人《ふたり》は|宝玉《ほうぎよく》を
|入《い》れたる|筥《はこ》を|手《て》に|捧《ささ》げ |余《あま》りの|事《こと》の|嬉《うれ》しさに
|心《こころ》は|空《そら》に|足許《あしもと》は |真暗《まつくら》がりの|岩角《いはかど》に
|躓《つまづ》き|倒《たふ》れてドンブリと |鏡《かがみ》の|池《いけ》に|墜落《つゐらく》し
ソヽヽヽ|其《その》|機《はず》み タヽヽヽ|玉筥《たまばこ》は
|鷹依姫《たかよりひめ》が|隠《かく》れたる |岩窟内《がんくつない》の|足許《あしもと》に
|折《をり》よく|飛《と》んで|来《き》た|故《ゆゑ》に |月照彦神《つきてるひこのかみ》さまに
|化《ば》けてゐたのを|胴忘《どうわす》れ |思《おも》はず|外《そと》に|飛《と》び|出《だ》せば
|竜国別《たつくにわけ》は|肝《きも》|潰《つぶ》し コレコレまうしお|母《か》アさま
|今《いま》|出《で》られては|仕様《しやう》がない サツパリ|化《ばけ》が|現《あら》はれる
|肝腎要《かんじんかなめ》の|性念場《しやうねんば》 ヘヽヽヽ|拙劣《へた》なこと
してお|呉《く》れたと|口《くち》の|中《なか》 |囁《ささや》く|胸《むね》の|苦《くる》しさよ
|正直《しやうぢき》|一途《いちづ》の|酋長《しうちやう》は |幸《さひは》ひタヽヽヽ|鷹依《たかより》の
|姫《ひめ》の|姿《すがた》を|生神《いきがみ》と |一《いち》も|二《に》もなく|信頼《しんらい》し
|玉《たま》を|渡《わた》して|呉《く》れた|故《ゆゑ》 カヽヽヽヽ|神様《かみさま》に
|対《たい》して|誠《まこと》に|済《す》まないが |生神様《いきがみさま》の|気取《きど》りにて
|酋長《しうちやう》|夫婦《ふうふ》に|打向《うちむか》ひ お|前《まへ》の|身魂《みたま》は|清《きよ》けれど
モ|少《すこ》し|垢《あか》が|残《のこ》つてる |一日一夜《いちにちいちや》|滝水《たきみづ》に
|体《からだ》を|浄《きよ》めて|来《く》るがよい さうしておいて|酋長《しうちやう》が
アリナの|滝《たき》へ|往《い》た|後《あと》で |瑪瑙《めなう》の|玉《たま》を|取出《とりいだ》し
|黄金《こがね》の|玉《たま》とすりかへて |悪《わる》い|事《こと》とは|知《し》り|乍《なが》ら
|三千世界《さんぜんせかい》の|人々《ひとびと》を |助《たす》ける|為《ため》の|御神宝《ごしんぱう》
タヽヽヽ|大功《たいこう》は |小々々々《せうせうせうせう》|小瑾《せうきん》を
|顧《かへり》みずと|云《い》ふ|事《こと》も あるではないかと|一行《いつかう》が
|黄金《こがね》の|玉《たま》を|引掴《ひつつか》み |錦《にしき》の|袋《ふくろ》に|納《をさ》めつつ
アリナの|峰《みね》を|打渡《うちわた》り アルゼンチンの|大原野《おほげんや》
ポプラ|繁《しげ》れる|木《き》の|蔭《かげ》に |一夜《いちや》を|明《あ》かし|待《ま》つ|中《うち》に
レコード|破《やぶ》りの|風《かぜ》が|吹《ふ》き テーリスタンも|宝玉《ほうぎよく》も
|中空《ちうくう》|高《たか》く|舞《ま》ひ|上《あが》り |玉《たま》は|梢《こずゑ》にブラ|下《さ》がり
テーリスタンは|逆様《さかさま》に |唸《うな》りを|立《た》てて|落来《おちきた》り
|人事不省《じんじふせい》の|為態《ていたらく》 カヽヽヽカーリンス
|竜国別《たつくにわけ》も|木《き》の|下《もと》に |進《すす》み|寄《よ》るよと|見《み》る|中《うち》に
ウンと|一声《ひとこゑ》|顛倒《てんたう》し |人事不省《じんじふせい》となりにける
|鷹依姫《たかよりひめ》は|唯一人《ただひとり》 |三人《みたり》の|男《をとこ》の|介抱《かいほう》を
|致《いた》せば|漸《やうや》く|息《いき》を|吹《ふ》く |草《くさ》の|庵《いほり》を|結《むす》びつつ
ポプラの|幹《みき》を|包《つつ》みたる |蜈蚣《むかで》や|蛇《へび》の|厭《いや》らしき
|影《かげ》|消《き》ゆる|迄《まで》|根比《こんくら》べ |自然《しぜん》に|玉《たま》の|落《お》つる|迄《まで》
|待《ま》つて|居《を》ろかと|言《い》ひ|乍《なが》ら |草《くさ》の|庵《いほり》に|立入《たちい》りて
|一夜《ひとよ》を|明《あ》かす|折柄《をりから》に ケラケラケラと|笑《わら》ひ|声《ごゑ》
|妖怪変化《ようくわいへんげ》と|驚《おどろ》いて |三人《みたり》の|男《をとこ》は|泡《あわ》を|吹《ふ》き
|慄《ふる》ひ|居《ゐ》るこそ|可笑《をか》しけれ |鷹依姫《たかよりひめ》は|立出《たちい》でて
|怪《あや》しき|声《こゑ》に|打向《うちむか》ひ |談判《だんぱん》すれば|此《こ》は|如何《いか》に
|尊《たふと》き|神《かみ》の|現《あら》はれて |執着心《しふちやくしん》をサヽヽ
サツパリ|放《ほ》かせと|諭《さと》さるる |鷹依姫《たかよりひめ》も|我《が》を|折《を》つて
|生《うま》れ|赤児《あかご》と|成《な》り|変《かは》り |罪《つみ》|亡《ほろ》ぼしに|四方《よも》の|国《くに》
|誠《まこと》の|道《みち》を|開《ひら》かむと |櫟ケ原《くぬぎがはら》の|草《くさ》を|分《わ》け
|苺《いちご》に|喉《のど》をうるほせつ |玉《たま》の|湖水《こすゐ》の|傍《かたはら》に
|繁《しげ》れる|椰子樹《やしじゆ》の|雨宿《あまやど》り |神《かみ》に|任《まか》せし|此《この》|体《からだ》
|何時《いつ》か|如何《いか》なる|災《わざはひ》の |迫《せま》り|来《く》るやも|計《はか》られず
|記念《きねん》の|為《ため》に|一行《いつかう》の |姿《すがた》を|刻《きざ》みおかうかと
|竜国別《たつくにわけ》が|心《こころ》をば こめて|作《つく》りし|石《いし》の|像《ざう》
|後《あと》に|残《のこ》してアル|湊《みなと》 |四人《よにん》は|此処《ここ》に|船《ふね》に|乗《の》り
|北《きた》へ|北《きた》へと|進《すす》む|折《をり》 |吾《わ》れは|誤《あやま》り|海中《かいちう》に
|陥《おちい》り|水底《みなそこ》フヽヽヽ |深《ふか》く|沈《しづ》みてありけるが
|竜国別《たつくにわけ》は|吾《わが》|母《はは》の |危難《きなん》を|救《すく》ひ|助《たす》けむと
|身《み》を|躍《をど》らして|飛込《とびこ》みぬ |続《つづ》いてテー、カー|両人《りやうにん》も
|吾等《われら》|親子《おやこ》を|助《たす》けむと |飛込《とびこ》みたるぞ|健気《けなげ》なれ
|大道別《おほみちわけ》の|分霊《わけみたま》 |琴平別《ことひらわけ》の|亀《かめ》の|背《せ》に
|四人《よにん》は|無事《ぶじ》に|助《たす》けられ |波《なみ》に|泛《うか》びてやうやうに
ゼムの|湊《みなと》に|送《おく》られて |茲《ここ》に|四人《よにん》は|天祥《てんしやう》の
|山《やま》にかかれる|大滝《おほたき》に |心《こころ》の|垢《あか》を|浄《きよ》めむと
|進《すす》みよる|折《をり》マール、ボール |二人《ふたり》の|男《をとこ》が|怪獣《くわいじう》に
|悩《なや》まされむとする|所《ところ》 |天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し
|危《あやふ》き|所《ところ》を|救《すく》ひやり それより|山河《やまかは》|伝《つた》ひつつ
チンの|湊《みなと》に|安着《あんちやく》し |船《ふね》を|造《つく》りて|真帆《まほ》をあげ
アマゾン|川《がは》を|溯《さかのぼ》り |広袤《くわうぼう》|千里《せんり》の|玉《たま》の|森《もり》
モールバンドを|言霊《ことたま》の |力《ちから》に|言向《ことむ》け|和《やは》さむと
|四人《よにん》はやうやう|森《もり》の|中《なか》 |探《さぐ》り|探《さぐ》りて|奥深《おくふか》く
|今《いま》は|迷《まよ》ひの|最中《さいちう》ぞ タヽヽヽ|高姫《たかひめ》よ
|一時《いちじ》も|早《はや》く|玉《たま》の|森《もり》 |現《あら》はれまして|吾々《われわれ》が
コヽヽヽ|此《この》|度《たび》の |神業《しぐみ》を|助《たす》け|玉《たま》へかし
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御霊《みたま》の|幸《さち》はひて
マールの|身魂《みたま》に|神懸《かむがか》り |鷹依姫《たかよりひめ》の|生霊《いくみたま》
ここに|現《あら》はれ|願《ね》ぎまつる ウンウンウンと|飛《と》びあがり
|跳《は》ねまはりつつ|元《もと》の|如《ごと》 マールは|正気《しやうき》に|復《ふく》しけり。
これより|高姫《たかひめ》はマール、ボールに|暇《いとま》を|告《つ》げ、|天祥山《てんしやうざん》の|麓《ふもと》を|巡《めぐ》り、|夜《よ》を|日《ひ》に|継《つ》いでチンの|湊《みなと》に|出《い》で、それより|船《ふね》を|求《もと》めて|鷹依姫《たかよりひめ》の|迷《まよ》ひ|苦《くるし》む|玉《たま》の|森《もり》に|四人《よにん》を|救《すく》ひ|出《いだ》すべく|進《すす》み|行《ゆ》く。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
(大正一一・八・一三 旧六・二一 松村真澄録)
第二〇章 |道《みち》すがら〔八四二〕
|大《ひろ》き|正《ただ》しき|聖《ひじり》の|世《よ》 |十一年《じふいちねん》の|夏《なつ》の|末《すゑ》
|八月《はちぐわつ》|三日《みつか》に|聖地《せいち》をば 【|出口《でぐち》】の【|王仁《おに》】や【|松村《まつむら》】|氏《し》(出口王仁・松村真澄)
【|佐賀《さが》】の【|伊佐男《いさを》】の|三人《さんにん》は |厳《いづ》と|瑞《みづ》との|機《はた》を|織《お》る(佐賀伊佐男)
|伊豆《いづ》の|霊《みたま》の【|杉山《すぎやま》】|氏《し》 |一行《いつかう》|四人《よにん》と|諸共《もろとも》に(杉山当一)
|夕日《ゆふひ》を|浴《あ》びて|汽車《きしや》の|窓《まど》 |本宮山《ほんぐうやま》や|小雲川《こくもがは》
|左右《さいう》に|眺《なが》めて|上《のぼ》り|行《ゆ》く 【|山家《やまが》】の|駅《えき》や【|和知《わち》】の|駅《えき》(和知)
|神《かみ》の|仕組《しぐみ》を|細《こま》【|胡麻《ごま》】と |説《と》き|明《あ》かしつつ|木《こ》の|花《はな》の(胡麻)
|一度《いちど》に|開《ひら》く|此《この》|仕組《しぐみ》 |花《はな》の【|園部《そのべ》】や|小麦山《こむぎやま》(園部)
いつしか【|八木《やぎ》】の|関《せき》|越《こ》えて |万世《よろづよ》|祝《いは》ふ【|亀岡《かめをか》】の(八木・亀岡)
|瑞祥会《ずいしやうくわい》の|役員《やくゐん》に |見送《みおく》られつつ|谷間《たにあひ》の
|岩石《がんせき》|穿《うが》つトンネルを |七《なな》|八《や》つ|越《こ》えて|嵐山《あらしやま》(嵐山)
【|花園《はなぞの》】、【|二条《にでう》】、【|丹波口《たんばぐち》】 【|京都《きやうと》】の|駅《えき》に|着《つ》きにける。(花園・二条・丹波口)
|急行《きふかう》|列車《れつしや》に|身《み》を|任《まか》せ |神《かみ》の|恵《めぐみ》に【|逢阪《あふさか》】の(逢阪)
|関路《せきぢ》をわたる|夜《よる》の|内《うち》 |人《ひと》も【|大津《おほつ》】の|夏《なつ》の|旅《たび》(大津)
【|琵琶《びは》】の|湖水《こすゐ》を|眺《なが》めつつ いづの|御霊《みたま》の|現《あら》はれし(琵琶)
|由緒《ゆいしよ》の|深《ふか》き【|彦根《ひこね》】|城《じやう》 【|米原《まいばら》】|駅《えき》を|乗越《のりこ》えて(米原)
|昇降客《しやうかうきやく》も【|大垣《おほがき》】や |岐阜《ぎふ》|々々《ぎふ》つまる|汽車《きしや》の|中《なか》(大垣・岐阜)
【|名古屋《なごや》】【|豊橋《とよはし》】【|浜松《はままつ》】と |浜辺《はまべ》の|駅《えき》に|停車《ていしや》しつ(名古屋・豊橋・浜松)
わだちの|音《おと》も【|静岡《しづをか》】の |数多《あまた》の|信者《しんじや》に|迎《むか》へられ
【|沼津《ぬまづ》】の|駅《えき》に|着《つ》きにける。 |伊豆《いづ》の|身魂《みたま》の|人々《ひとびと》に(沼津)
|自動車《じどうしや》|持《も》ちて|迎《むか》へられ |軌《わだち》を|連《つら》ねて|桃源《たうげん》の
|里《さと》の|名《な》を|負《お》ふ【|桃《もも》】の【|郷《さと》】 |眺《なが》めも|清《きよ》き【|江《え》】の【|浦《うら》】や(桃源・江ノ浦)
【|口野《くちの》】の|村《むら》の【|天皇山《てんわうざん》】 |斎《いつ》きまつれる|皇神《すめかみ》の(口野・天皇山)
|祠《ほこら》に|一同《いちどう》|参拝《さんぱい》し |天津祝詞《あまつのりと》を|宣《の》り|終《を》へて
|社前《しやぜん》の|雑草《ざつさう》|抜《ぬ》き|取《と》りつ |遥《はるか》に|霞《かす》む|富士《ふじ》の|山《やま》
|清《きよ》き|眺《なが》めを|賞《ほ》め|乍《なが》ら |鰐《わに》の|島《しま》をば|前《まへ》に|見《み》て
|再《ふたた》び|車《くるま》の|客《きやく》となり 【|北条《ほうでう》】、【|南条《なんでう》】|束《つか》の|間《ま》に(北条・南条)
|矢《や》を|射《い》る|如《ごと》く【|田京《たきやう》】|村《むら》 |心地《ここち》も【|吉田《よしだ》】の|造酒店《ざうしゆてん》(田京・吉田)
【|杉原《すぎはら》】|方《かた》にと|安着《あんちやく》し |茲《ここ》に|車《くるま》を|乗捨《のりす》てて(杉原)
|汗《あせ》を|入《い》れつつ|半日《はんにち》の |楽《たの》しき|休養《きうやう》|取《と》り|乍《なが》ら
|再《ふたた》び|車《くるま》の|人《ひと》となり |迎《むか》ひの|数《かず》も【|大仁《おほひと》】や(大仁)
【|横瀬《よこせ》】に【|立野《たつの》】|黒《くろ》い|影《かげ》 |鮎《あゆ》かけ|人《ひと》も【|大平《おほたひら》】(横瀬・立野・大平)
|針《はり》にかかるを【|松ケ瀬《まつがせ》】や |神《かみ》の【|出口《でぐち》】の|里《さと》|越《こ》えて(松ケ瀬・出口)
|梅《うめ》はなけれど【|月《つき》】が【|瀬《せ》】の |空《そら》に|輝《かがや》く|十一夜《じふいちや》
【|門野ケ原《かどのがはら》】を|乗越《のりこ》えて |待《ま》ちに|待《ま》ちたる【|湯ケ島《ゆがしま》】の(門野ケ原・湯ケ島)
【|安藤《あんどう》】|旅館《りよくわん》|温泉場《をんせんば》 |狩野《かの》の|激流《げきりう》|音高《おとたか》く(安藤唯夫)
【|谷口清《たにぐちきよ》】く|涼風《りやうふう》【|満《み》】ち |夏《なつ》を|忘《わす》るる|計《ばか》り|也《なり》(谷口清水)
アヽ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |御霊《みたま》|幸《さち》はひましまして
|温泉《いでゆ》の【|伊佐男《いさを》】に|身《み》を|浄《きよ》め |明《あ》くれば|旧《もと》の|十二日《じふににち》
【|杉原《すぎはら》】|氏《し》より|送《おく》られし |安楽《あんらく》|椅子《いす》に|横《よこた》はり
|奇《くし》き|神代《かみよ》の|物語《ものがたり》 いよいよ|二十八《にじふはち》の|巻《まき》
|言霊車《ことたまぐるま》|乗《の》り|出《だ》せば |万年筆《まんねんひつ》を|携《たづさ》へて
|手具脛《てぐすね》|引《ひ》いて【|松村《まつむら》】|氏《し》 |心《こころ》【|真澄《ますみ》】のすがすがと
|一々《いちいち》|茲《ここ》に|書《か》きとめる |神代《かみよ》を【|松村《まつむら》】、【|杉山《すぎやま》】|氏《し》
|三千世界《さんぜんせかい》を【|当一《たういち》】の |珍《うづ》の|神風《かみかぜ》【|福井《ふくゐ》】|氏《うじ》(福井精平)
|我《わが》【|精《せい》】|魂《こん》も【|平《たひら》】かに |筆《ふで》の【|林《はやし》】の|影《かげ》うつす(林波)
|硯《すずり》の|海《うみ》も【|波《なみ》】【|静《しづ》】か 【|青木《あをき》】が|原《はら》に|現《あ》れませる
|厳《いづ》の|御霊《みたま》の|大御神《おほみかみ》 【|久二《くに》】|常立《とこたち》の|御教《みをしへ》を(青木久二)
【|浅《あさ》】な|夕《ゆふ》なに【|田《た》】づねつつ |清《きよ》く【|正《ただ》】しく|澄《す》み|昇《のぼ》る(浅田正英)
|日《ひ》の|出神《でのかみ》や|木《こ》の|花《はな》の |珍《うづ》の【|英《はなぶさ》】|芳《かん》ばしく
|詔《の》る|言霊《ことたま》も|漸《やうや》くに 【|安藤《あんどう》】の|胸《むね》を|撫《な》で|降《おろ》し
【|唯夫《ただを》】も|白《しろ》く|語《かた》り|出《だ》す |台湾島《たいわんたう》の|物語《ものがたり》
|日月潭《じつげつたん》の|霊境《れいきやう》も |早《はや》【|杉原《すぎはら》】や|小松原《こまつばら》
|花《はな》【|佐久《さく》】|野辺《のべ》を|後《あと》にして |教《をしへ》を|照《て》らす|瑞月《ずゐげつ》が(杉原佐久)
|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》 |高姫《たかひめ》、|黒姫《くろひめ》|春彦《はるひこ》が
|高島丸《たかしままる》に|助《たす》けられ テルの|港《みなと》に|上陸《じやうりく》し
|鏡《かがみ》の|池《いけ》に|立寄《たちよ》りて |月照彦大神《つきてるひこのおほかみ》に
|百《もも》の|戒《いまし》め|与《あた》へられ |生命《いのち》カラガラ アリナ|山《さん》
|櫟ケ原《くぬぎがはら》に|立向《たちむか》ひ |天教山《てんけうざん》の|御神霊《ごしんれい》
|日《ひ》の|出姫《でのひめ》の|計《はか》らひに |心《こころ》の|暗《やみ》も|晴《は》れ|渡《わた》り
|開悟《かいご》の|花《はな》にみたされて アルゼンチンの|極東《きよくとう》の
アルの|港《みなと》に|到着《たうちやく》し カーリン|丸《まる》に|身《み》を|托《たく》し
やうやうゼムの|港《みなと》まで |高姫《たかひめ》|一行《いつかう》ヨブ|一人《ひとり》
|天祥山《てんしやうざん》に|詣《まう》でむと ゼムの|街道《かいだう》|辿《たど》る|折《をり》
マール、ボールの|両人《りやうにん》に |茲《ここ》に|端《はし》なく|巡《めぐ》り|会《あ》ひ
|鷹依姫《たかよりひめ》や|竜国別《たつくにわけ》の |教司《をしへつかさ》の|消息《せうそく》を
|探《さぐ》りてここを|出立《しゆつたつ》し |山《やま》を|乗越《のりこ》え|川《かは》|渡《わた》り
|日数《ひかず》を|重《かさ》ねてブラジルの チンの|港《みなと》に|安着《あんちやく》し
|又《また》もや|船《ふね》に|帆《ほ》をあげて アマゾン|河《がは》を|溯《さかのぼ》り
モールバンドの|巣《す》ぐひたる |玉《たま》の|森林《しんりん》|指《さ》して|行《ゆ》く
|高姫《たかひめ》|冒険《ばうけん》|物語《ものがたり》 |八岐《やまた》の|大蛇《をろち》も|影《かげ》|隠《かく》し
|世《よ》は|太《たい》【|平《へい》】の【|松《まつ》】の|御代《みよ》 |恵《めぐみ》の|風《かぜ》も【|福三郎《ふくさぶらう》】(平松福三郎)
|壬戌《みづのえいぬ》の|秋《あき》の|野辺《のべ》 |豊《ゆたか》に|稔《みの》り【|米倉《よねくら》】に(米倉嘉兵衛)
|道《みち》|治《をさ》まりし|聖《ひじり》の|世《よ》 |今《いま》から【|嘉《こと》】|言《ほ》ぎ|奉《たてまつ》り
|神《かみ》の【|兵《へい》】|士《し》に【|衛《まも》】られて |二十九巻《にじふくくわん》の|物語《ものがたり》
ここにいよいよ|述《の》べ|終《をは》る |豊葦原《とよあしはら》の【|中《なか》】|津国《つくに》(中村純也)
さやる【|村《むら》】|雲《くも》|晴《は》れわたり |空《そら》も【|純也《すみや》】の|信徒《まめひと》が
|東《あづま》の|国《くに》より|遥々《はるばる》と |訪《たづ》ね|来《きた》れる|雄々《をを》しさよ
あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》 |神《かみ》の|御霊《みたま》を|蒙《かか》ぶりて
|心《こころ》も|清《きよ》き|神人《しんじん》や |信徒等《まめひとたち》に|守《まも》られて
|霊物語《たまものがたり》|述《の》べ|終《をは》る。
(大正一一・八・一三 旧六・二一 松村真澄録)
(昭和一〇・六・八 王仁校正)
名に高き地名人名読み込みて
この巻末を飾る旅かな
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霊界物語 第二九巻 海洋万里 辰の巻
終り