霊界物語 第一〇巻 霊主体従 酉の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第十巻』愛善世界社
1994(平成06)年11月06日 第一刷発行
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2004年12月20日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序歌《じよか》
|凡例《はんれい》
|総説歌《そうせつか》
|信天翁《あはうどり》(一)
第一篇 |千軍万馬《せんぐんばんば》
第一章 |常世城門《とこよじやうもん》〔四三一〕
第二章 |天地《てんち》|暗澹《あんたん》〔四三二〕
第三章 |赤玉《あかだま》|出現《しゆつげん》〔四三三〕
第四章 |鬼鼻団子《きびだんご》〔四三四〕
第五章 |狐々怪々《こンこンくわいくわい》〔四三五〕
第六章 |額《がく》の|裏《うら》〔四三六〕
第七章 |思《おも》はぬ|光栄《くわうえい》〔四三七〕
第八章 |善悪《ぜんあく》|不可解《ふかかい》〔四三八〕
第九章 |尻藍《しりあゐ》〔四三九〕
第一〇章 |注目国《めげしこくに》〔四四〇〕
第一一章 |狐火《きつねび》〔四四一〕
第一二章 |山上瞰下《さんじやうかんか》〔四四二〕
第一三章 |蟹《かに》の|将軍《しやうぐん》〔四四三〕
第一四章 |松風《まつかぜ》の|音《おと》〔四四四〕
第一五章 |言霊別《ことたまわけ》〔四四五〕
第一六章 |固門開《こもんかい》〔四四六〕
第一七章 |乱《みだ》れ|髪《がみ》〔四四七〕
第一八章 |常世馬場《とこよばんば》〔四四八〕
第一九章 |替玉《かへだま》〔四四九〕
第二〇章 |還軍《くわんぐん》〔四五〇〕
第二一章 |桃《もも》の|実《み》〔四五一〕
第二二章 |混々怪々《こんこんくわいくわい》〔四五二〕
第二三章 |神《かみ》の|慈愛《じあい》〔四五三〕
第二四章 |言向和《ことむけやはし》〔四五四〕
第二五章 |木花開《このはなびらき》〔四五五〕
第二六章 |貴《うづ》の|御児《みこ》〔四五六〕
第二篇 |禊身《みそぎ》の|段《だん》
第二七章 |言霊解《げんれいかい》一〔四五七〕
第二八章 |言霊解《げんれいかい》二〔四五八〕
第二九章 |言霊解《げんれいかい》三〔四五九〕
第三〇章 |言霊解《げんれいかい》四〔四六〇〕
第三一章 |言霊解《げんれいかい》五〔四六一〕
第三篇 |邪神《じやしん》|征服《せいふく》
第三二章 |土竜《もぐら》〔四六二〕
第三三章 |鰤公《ぶりこう》〔四六三〕
第三四章 |唐櫃《からびつ》〔四六四〕
第三五章 アルタイ|窟《くつ》〔四六五〕
第三六章 |意想外《いさうぐわい》〔四六六〕
第三七章 |祝宴《しゆくえん》〔四六七〕
附録 第三回高熊山参拝紀行歌(三)
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|序歌《じよか》
|神体詩《しんたいし》
(一)
|我《あが》|日《ひ》の|本《もと》は|神《かみ》の|国《くに》 |天地《てんち》の|神《かみ》の|守護《しゆご》|厚《あつ》く
|国運《こくうん》|隆々《りうりう》|天津日《あまつひ》の |御空《みそら》に|昇《のぼ》ります|如《ごと》く
|開国《かいこく》|茲《ここ》に|五十年《ごじふねん》 |宇内《うだい》|列強《れつきやう》の|班《はん》に|伍《ご》し
|日清《につしん》|日露《にちろ》の|大戦《たいせん》に |遭遇《さうぐう》したるも|日《ひ》の|御子《みこ》の
|神勇《しんゆう》|不撓《ふたう》の|御英断《ごえいだん》 |天地神明《てんちしんめい》の|御稜威《ごりようゐ》に
|敵《てき》を|排除《はいぢよ》し|帰順《まつろ》はせ |国家《こくか》の|進運《しんうん》|日《ひ》に|月《つき》に
|皇威《くわうゐ》|国勢《こくせい》|弥《いや》|振《ふる》ふ |聖《ひじり》の|御代《みよ》の|尊《たふと》さよ。
(二)
|斯《こ》の|神国《しんこく》の|民草《たみぐさ》は |無限《むげん》の|神助《しんじよ》|皇恩《くわうおん》を
|感謝《かんしや》しまつり|責任《せきにん》の |重大《ぢゆうだい》なるを|覚悟《かくご》して
|兵力《へいりよく》|平和《へいわ》の|戦《たたか》ひに |優勝《いうしよう》ならむ|事《こと》を|期《き》し
|猶《なほ》|又《また》|思想《しさう》|新旧《しんきう》の |霊的《れいてき》|戦争《せんさう》に|打《うち》|勝《か》ちて
|天壌無窮《てんじやうむきう》の|神国《しんこく》を |赤誠《せきせい》|籠《こ》めて|守《まも》るべし
|皇祖皇宗《くわうそくわうそう》の|御神勅《ごしんちよく》 |大本神《おほもとかみ》の|御神諭《ごしんゆ》を
|遵守《じゆんしゆ》し|奉《まつ》り|人格《じんかく》を |高《たか》めて|更《さら》に|神格《しんかく》も
|進《すす》め|神威《しんゐ》を|顕彰《けんしやう》し |神洲《しんしう》|国土《こくど》を|平安《へいあん》に
|守《まも》りて|子孫《しそん》に|至《いた》るまで |常世《とこよ》の|暗《やみ》の|世界《せかい》をば
|修理固成《つくりかため》る|天職《てんしよく》と |神《かみ》の|御子《みこ》たる|使命《しめい》をば
|直霊《なほひ》の|御魂《みたま》に|反省《はんせい》し |赤誠《せきせい》|籠《こ》めて|祈《いの》るべし。
(三)
|豊栄《とよさか》|昇《のぼ》る|旭日影《あさひかげ》 |東《あづま》の|空《そら》に|輝《かがや》きて
|万邦《ばんぱう》|光《ひか》りを|仰《あふ》ぐなる |日出《ひい》づる|国《くに》の|日《ひ》の|本《もと》は
|神《かみ》の|初《はじ》めて|造《つく》らしし |珍《うづ》の|神国《かみくに》|美《うつ》し|国《くに》
|神代《かみよ》よりして|青雲《あをくも》の |棚引《たなび》く|極《きは》み|白雲《しらくも》の
|墜居《おりゐ》|向伏《むかふ》し|塩沫《しほなわ》の |致《いた》り|留《とど》まる|其《そ》の|限《かぎ》り
|狭《せま》けき|国《くに》は|弥《いや》|広《ひろ》く |嶮《さか》しき|国《くに》は|平《たひら》けく
|遠《とほ》けき|国《くに》は|八十綱《やそつな》を |打懸《うちか》け|結《むす》び|引《ひき》|寄《よ》せて
|我《わが》|皇室《くわうしつ》の|御稜威《ごりようゐ》を |仰《あふ》ぎ|敬《ゐや》まひ|大君《おほぎみ》の
|仁慈《じんじ》に|靡《なび》き|服《まつろ》ひて |赤子《せきし》の|慈母《じぼ》を|慕《した》ふ|如《ごと》
|八十島国《やそしまくに》の|果《はて》までも |漏《も》れ|遺《お》つるなく|安国《やすくに》と
|知食《しろしめ》します|御天職《ごてんしよく》 |発揮《はつき》し|給《たま》ふ|尊《たふと》さよ
|東洋《とうやう》|文明《ぶんめい》を|代表《だいへう》し |西洋《せいやう》|文明《ぶんめい》を|調和《てうわ》して
|更《さら》に|世界《せかい》の|文明《ぶんめい》を |醇化《じゆんくわ》し|美化《びくわ》し|人類《じんるゐ》の
|真《まこと》の|平和《へいわ》を|促進《そくしん》し |人道《じんだう》|完美《くわんび》の|瑞祥《ずゐしやう》を
|図《はか》るは|神国《みくに》の|神民《しんみん》の |天職《てんしよく》|使命《しめい》と|覚悟《かくご》して
|神《かみ》の|教《をしへ》を|克《よ》く|守《まも》り |国《くに》の|光《ひかり》を|輝《かがや》かせ。
|凡例《はんれい》
一、|本巻《ほんくわん》は|三十七章《さんじふしちしやう》より|成《な》つてゐますが、そのうちの『|言霊解《ことたまかい》』|五章《ごしやう》は、かつて|五六七殿《みろくでん》において|講演《かうえん》せられ、かつ『|神霊界《しんれいかい》』|誌上《しじやう》に|掲載《けいさい》されたものです。
二、|本巻《ほんくわん》の『|信天翁《あはうどり》』はまつたく|独立《どくりつ》したお|歌《うた》であつて、|本巻《ほんくわん》の|内容《ないよう》に|関係《くわんけい》したものではなく、|今後《こんご》も|臨時《りんじ》|必要《ひつえう》に|応《おう》じて|現《あらは》れるでせう。
大正十一年七月
編者識
|総説歌《そうせつか》
|世《よ》は|常暗《とこやみ》となり|果《は》てて |再《ふたた》び|天《あま》の|岩屋戸《いはやど》を
|開《ひら》く|由《よし》なき|今《いま》の|世《よ》は |心《こころ》も|天《あま》の|手力男《たぢからを》
|神《かみ》の|御出《みで》まし|松虫《まつむし》の |鳴《な》く|音《ね》も|細《ほそ》き|秋《あき》の|空《そら》
|世《よ》の|憂事《うさごと》を|菊月《きくづき》の |十《とう》まり|八《や》つの|朝《あした》より
|述《の》べ|始《はじ》めたる|霊界《れいかい》の |奇《く》しき|神代《かみよ》の|物語《ものがたり》
|三《み》つの|御魂《みたま》に|因《ちな》みたる |三筋《みすぢ》の|糸《いと》に|曳《ひ》かれつつ
|二度目《にどめ》の|岩戸《いはと》を|開《ひら》き|行《ゆ》く |一度《いちど》に|開《ひら》く|木《こ》の|花《はな》の
|色香《いろか》|目出《めで》たき|神嘉言《かむよごと》 |常世《とこよ》の|国《くに》の|自在天《じざいてん》
|高《たか》く|輝《かがや》く|城頭《じやうとう》の |三《み》ツ|葉《ば》|葵《あふひ》の|紋所《もんどころ》
|科戸《しなど》の|風《かぜ》に|吹《ふ》きなびき |思想《しさう》の|洪水《こうずゐ》|氾濫《はんらん》し
ヒマラヤ|山頂《さんちやう》|浸《ひた》せども |明《あけ》の|烏《からす》はまだ|啼《な》かず
|長鳴鳥《ながなきどり》も|現《あら》はれず |橄欖山《かんらんざん》の|嫩葉《わかば》をば
|啣《ふく》みし|鳩《はと》の|影《かげ》もなし |天地《てんち》|曇《くも》りて|混沌《こんとん》と
|妖邪《えうじや》の|空気《くうき》|充《み》ち|充《み》ちて |人《ひと》の|心《こころ》は|腐《くさ》りはて
|高天原《たかあまはら》に|現《あら》はれし ノアの|方舟《はこぶね》|尋《たづ》ね|佗《わ》び
|百《もも》の|神人《かみびと》|泣《な》きさけぶ |阿鼻叫喚《あびけうくわん》の|惨状《さんじやう》を
|救《すく》ひ|助《たす》くる|手力男《たぢからを》の |神《かみ》は|何《いづ》れにましますぞ
|天《あめ》の|宇受売《うづめ》の|俳優《わざをぎ》の |歌舞音曲《かぶおんきよく》は|開《ひら》けども
|五《い》つ|伴緒《とものを》はいつの|日《ひ》か |現《あら》はれ|給《たま》ふことぞかし
つらつら|思《おも》ひめぐらせば |天《あま》の|手力男《たぢからを》|坐《ま》しませど
|手《て》を|下《くだ》すべき|余地《よち》もなく |鈿目《うづめ》|舞曲《ぶきよく》を|奏《そう》しつつ
|独《ひと》り|狂《くる》へる|悲惨《ひさん》さよ |三五教《あななひけう》の|御諭《みさと》しは
|最後《さいご》の|光明《くわうみやう》|艮《とど》めなり ナザレの|聖者《せいじや》キリストは
|神《かみ》を|楯《たて》としパンを|説《と》き マルクス|麺麭《パン》もて|神《かみ》を|説《と》く
|月照彦《つきてるひこ》の|霊《たま》の|裔《すゑ》 |印度《いんど》の|釈迦《しやか》の|方便《はうべん》は
|其《その》|侭《まま》|真如《しんによ》|実相《じつさう》か |般若心経《はんにやしんぎやう》を|宗《しう》とする
|竜樹菩薩《りうじゆぼさつ》の|空々《くうくう》は これまた|真理《しんり》か|実相《じつさう》か
|物理《ぶつり》に|根《ね》ざせる|哲学者《てつがくしや》 アインスタインの|唱《とな》へたる
|相対性《さうたいせい》の|原理説《げんりせつ》は |絶対《ぜつたい》|真理《しんり》の|究明《きうめい》か
|宗教《しうけう》|学者《がくしや》の|主張《しゆちやう》せる |死神死仏《ししんしぶつ》を|葬《ほうむ》りて
|最後《さいご》の|光《ひかり》は|墓《はか》を|蹴《け》り |蘇《よみが》へらすは|五六七神《みろくしん》
|胎蔵《たいざう》されし|天地《あめつち》の |根本《こんぽん》|改造《かいざう》の|大光明《だいくわうみやう》
|尽十方無碍光如来《じんじつぱうむげくわうによらい》なり |菩提樹《ぼだいじゆ》の|下《もと》|聖者《せいじや》をば
|起《た》たしめたるは|暁《あかつき》の |天明《てんめい》|閃《ひらめ》く|太白星《たいはくせい》
|東《ひがし》の|方《かた》の|博士《はかせ》をば |馬槽《ばさう》に|導《みちび》く|怪星《くわいせい》も
|否定《ひてい》の|闇《やみ》を|打破《うちやぶ》る |大統一《だいとういつ》の|太陽《たいやう》も
|舎身供養《しやしんくやう》の|炎《ほのほ》まで |残《のこ》らず|五六七《みろく》の|顕現《けんげん》ぞ
|精神上《せいしんじやう》の|迷信《めいしん》に |根《ね》ざす|宗教《しうけう》は|云《い》ふも|更《さら》
|物質的《ぶつしつてき》の|迷信《めいしん》に |根《ね》ざせる|科学《くわがく》を|焼《や》き|尽《つく》し
|迷《まよ》へる|魂《たま》を|神国《かみくに》に |復《かへ》し|助《たす》くる|導火線《だうくわせん》と
|秘《ひそ》かに|密《ひそ》かに|唯《ただ》|一人《ひとり》 |二人《ふたり》の|真《まこと》の|吾《わが》|知己《ちき》に
|注《そそ》がむ|為《ため》の|熱血《ねつけつ》か |自暴自爆《じばうじばく》の|懺悔火《ざんげび》か
|吾《われ》は|知《し》らずに|惟神《かむながら》 |神《かみ》のまにまに|述《の》べ|伝《つた》ふ
|心《こころ》も|十《たり》の|物語《ものがたり》 はつはつ|爰《ここ》に|口車《くちぐるま》
|坂《さか》の|麓《ふもと》にとどめおく あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はへましませよ。
○
|三箇《さんこ》の|桃《もも》と|現《あら》はれし |松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|姉妹《おとどい》が
|獅子奮迅《ししふんじん》の|大活動《だいくわつどう》 |智仁勇《ちじんゆう》をば|万世《よろづよ》に
|残《のこ》す|尊《たふと》き|言《こと》の|葉《は》の いや|永久《とこしへ》に|茂《しげ》りつつ
|八洲《やしま》の|国《くに》の|礎《いしずゑ》を |造《つく》り|固《かた》めしその|如《ごと》く
|数多《あまた》の|人《ひと》を|大神《おほかみ》の |誠《まこと》の|道《みち》に|誘《いざな》ひて
|雄々《をを》しき|魂《たま》となさしめよ |黄泉比良坂《よもつひらさか》|大峠《おほたうげ》
|昔《むかし》も|今《いま》も|同《おな》じこと |三《み》つの|御魂《みたま》に|神習《かむなら》ひ
|三月三日《さんぐわつみつか》の|桃《もも》の|花《はな》 |五月五日《ごぐわついつか》の|桃《もも》の|実《み》と
なりて|御国《みくに》に|尽《つく》せかし |神《かみ》は|汝《なんぢ》と|倶《とも》にあり
|御仁慈《みなさけ》|深《ふか》き|大神《おほかみ》の |御手《みて》に|曳《ひ》かれて|黄泉国《よもつのくに》
うとび|来《きた》らむ|曲神《まがかみ》を |誠《まこと》の|教《をしへ》の|剣《つるぎ》もて
|善言美辞《ぜんげんびじ》に|打払《うちはら》ひ その|身《み》その|侭《まま》|神《かみ》となり
|皇御国《すめらみくに》の|御為《おんため》に |力《ちから》|限《かぎ》りに|尽《つく》せよや
|神《かみ》を|離《はな》れて|神《かみ》に|就《つ》き |道《みち》に|離《はな》れて|道《みち》|守《まも》る
|誠《まこと》|一《ひと》つの|三五教《あななひけう》の |月《つき》の|心《こころ》を|心《こころ》とし
|尽《つく》す|真人《まびと》ぞ|頼母《たのも》しき あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》の|幸《さち》を|賜《たま》へかし。
大正十一年二月廿七日 旧二月一日
於竜宮館 王仁識
|信天翁《あはうどり》(一)
|至聖《しせい》|至厳《しげん》の|五六七殿《みろくでん》 |尊《たふと》き|神《かみ》の|御教《みをしへ》を
さとす|誠《まこと》の|神席《しんせき》に |仮設《かせつ》|劇場《げきぢやう》|常置《じやうち》して
|語《かた》る|霊界物語《れいかいものがたり》 |欺《だま》されきつた|近侍《きんじ》|等《ら》が
|浮《う》いた|調子《てうし》で|節《ふし》をつけ |三筋《みすぢ》の|糸《いと》でチヤンチヤンと
|聖場《せいぢやう》|汚《けが》す|四《よ》つ|足《あし》の |副守《ふくしゆ》のすさびを|口《くち》|開《あ》けて
|言《い》ふ|奴《やつ》|聞《き》く|奴《やつ》|三味線《さみせん》を |弾《ひ》いて|得意《とくい》になるナイス
|横《よこ》に|立《た》てつて|作《つく》る|奴《やつ》 |阿呆《あほう》と|阿呆《あほう》との|寄合《よりあひ》ぢや
|寄席《よせ》の|気分《きぶん》でワイワイと |神《かみ》の|聖場《せいぢやう》を|馬鹿《ばか》にする
|困《こま》つた|奴《やつ》が|現《あら》はれた |是《これ》も|矢張《やつぱ》り|緯役《よこやく》の
|変性女子《へんじやうによし》の|世迷言《よまひごと》 |審神《さには》をせねば|聞《き》かれない
|耳《みみ》が|汚《けが》れる|胸《むね》わるい いやぢやいやぢやと|顔《かほ》しかめ
|喰《く》はず|嫌《ぎら》ひの|没分暁漢《わからずや》 |何《なに》を|云《い》うても|汲《く》み|取《と》れぬ
デモ|先生《せんせい》の|尻《けつ》の|穴《あな》 |余《あま》り|小《ちひ》さい|肝玉《きもだま》に
あきれて|屁《へ》さへ|出《い》ではせぬ |発頭人《ほつとうにん》のわれわれが
|熟々《つらつら》|思《おも》ひめぐらせば |聞《き》かぬお|方《かた》の|身魂《みたま》こそ
|口《くち》が|悪《わる》いか|知《し》らねども |日本一《につぽんいち》の|信天翁《あほうどり》
|表面《うはつら》ばかりむつかしき |顔《かほ》をしながら|人《ひと》の|見《み》ぬ
|所《ところ》でずるいことばかり |体主霊従《たいしゆれいじう》の|偽善者《きぜんしや》が
|却《かへつ》て|殊勝《しゆしよう》らし|事《こと》を|言《い》ひ |聖人面《せいじんづら》をするものぞ
|三味線《さみせん》ひいたり|節《ふし》つけて |語《かた》るが|馬鹿《ばか》なら|一言《ひとこと》も
|聞《き》きに|来《こ》ずしてゴテゴテと そしるお|方《かた》の|馬鹿加減《ばかかげん》
|変性男子《へんじやうなんし》の|筆先《ふでさき》に |阿呆《あほう》になりて|居《ゐ》て|呉《く》れと
|書《か》いてあるのを|白煙《しらけむり》 |八十八屋《はちじふはちや》の|系統《けいとう》に
|知《し》らず|識《し》らずに|魂《たま》ぬかれ |血道《ちみち》をわけて|一心《いつしん》に
|欺《あざむ》かれたる|人《ひと》だらう あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
かまはないからどしどしと |語《かた》つて|弾《ひ》いて|面白《おもしろ》く
|六ケ《むつか》しう|仰有《おつしや》る|御方等《おかたら》の |肝玉《きもだま》デングリ|返《かへ》しつつ
|怖《を》めず|臆《おく》せずやり|通《とほ》せ |分《わか》らぬ|盲者《めくら》はあとまはし
やがて|臍《ほぞ》|噛《か》む|時《とき》が|来《く》る |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも たとへ|大地《だいち》は|沈《しづ》むとも
|曲津御霊《まがつみたま》はさわぐとも |苦集滅道《くしふめつだう》|説《と》き|諭《さと》し
|道法礼節《だうはふれいせつ》|開示《かいじ》する |五六七《みろく》の|教《をしへ》いつまでも
|生命《いのち》の|限《かぎ》り|止《や》めはせぬ |神《かみ》の|心《こころ》を|推量《すゐりやう》して
チツとは|心《こころ》|広《ひろ》くもて |神《かみ》の|言葉《ことば》に|二言《にごん》ない
|止《や》めぬと|云《い》つたら|何処迄《どこまで》も |口《くち》ある|限《かぎ》りやめはせぬ
アヽさりながらさりながら こんな|事《こと》をば|書《か》いたなら
|自分《じぶん》|免許《めんきよ》の|審神者等《さにはら》が |変性女子《へんじやうによし》の|傍《そば》|近《ちか》く
|歌劇《かげき》|思想《しさう》を|抱持《はうぢ》して |寄《よ》るモウロクの|悪霊《あくれい》が
うつられ|易《やす》い|緯役《よこやく》に |憑《つ》いて|書《か》かしたと|減《へ》らず|口《ぐち》
|又《また》も|盛《さかん》に|叩《たた》くだろ どうせ|綾部《あやべ》の|大本《おほもと》へ
|寄《よ》り|来《く》る|御魂《みたま》は|天地《あめつち》の |神《かみ》の|眼《め》よりは|中《ちう》なもの
|自分《じぶん》の|顔《かほ》についた|墨《すみ》 |吾《わが》|眼《め》さへぎる|梁《つりばり》の
|少《すこ》しも|見《み》えぬ|色盲者《しきもうじや》 |都合《つがふ》の|悪《わる》い|言訳《いひわけ》の
|世迷言《よまひごと》ぞと|聞《き》き|流《なが》し |馬耳東風《ばじとうふう》の|瑞月《ずゐげつ》が
|嘲罵《てうば》の|雲霧《くもきり》かき|別《わ》けて |下界《げかい》をのぞき|吹《ふ》き|立《た》てる
|二百十日《にひやくとをか》の|風《かぜ》の|如《ごと》 |力《ちから》|一杯《いつぱい》|大木《たいぼく》の
|倒《たふ》れる|迄《まで》も|吹《ふ》いて|見《み》む あゝ|惟神《かむながら》|々々《かむながら》
|御霊《みたま》|幸《さち》はひましませよ。
大正十一年瑞月祥日
於竜宮館
第一篇 |千軍万馬《せんぐんばんば》
第一章 |常世城門《とこよじやうもん》〔四三一〕
|東《ひがし》と|西《にし》の|荒海《あらうみ》の |浪《なみ》に|漂《ただよ》ふ|常世国《とこよくに》
ロッキー|山《ざん》の|山颪《やまおろし》 |吹《ふ》く|木枯《こがらし》に|烏羽玉《うばたま》の
|暗《やみ》にも|擬《まが》ふ|曲神《まがかみ》が |暗《くら》き|心《こころ》を|押《お》し|隠《かく》し
|白地《しろぢ》に|葵《あふひ》の|紋所《もんどころ》 |染《そ》めたる|旗《はた》を|翻《ひるが》へし
|大国彦《おほくにひこ》の|命《みこと》をば この|世《よ》を|欺《あざむ》く|神柱《かむばしら》
|太《ふと》しく|立《た》てむと|種々《いろいろ》に |心《こころ》を|砕《くだ》き|身《み》を|藻掻《もが》き
|黄泉国《よもつのくに》の|戦《たたか》ひに |勝鬨《かちどき》あげて|一《ひと》つ|島《じま》
|浪高砂《なみたかさご》の|島《しま》の|面《おも》 |心筑紫《こころつくし》の|神国《かみくに》や
|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》 |醜《しこ》の|剣《つるぎ》を|抜《ぬ》き|持《も》ちて
|常世《とこよ》の|国《くに》の|神力《しんりき》を |輝《かがや》かさむと|大国《おほくに》の
|夫《つま》の|命《みこと》を|日《ひ》の|出神《でのかみ》に|擬《なぞら》へて |大国姫《おほくにひめ》は|伊弉冊《いざなみ》の
|神《かみ》の|命《みこと》と|現《あら》はれて |心《こころ》も|驕《おご》る|鷹取別《たかとりわけ》を
|暫《しば》し|止《とど》めて|常世神王《とこよしんわう》が|宰相《さいしやう》となし |体主霊従《たいしゆれいじう》の|政策《せいさく》を
|広国別《ひろくにわけ》に|事依《ことよ》さし |天下《てんか》を|偽《いつは》る|常世神王《とこよしんわう》とこそ|称《とな》へけり。
ロッキーの|峰分《みねわ》け|昇《のぼ》る|天津日《あまつひ》に、|丸《まる》い|頭《あたま》も|照山彦《てるやまひこ》や、|竹山彦《たけやまひこ》は|勇《いさ》ましく、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》、|輿《かご》に|舁《かつ》がせ|数多《あまた》の|供人《ともびと》|引《ひ》き|連《つ》れて、|勝《かつ》|誇《ほこ》りたる|手柄顔《てがらがほ》、|肩《かた》を|怒《いか》らし|帰《かへ》り|来《く》る。
|常世城《とこよじやう》の|表門《おもてもん》に|現《あら》はれ|出《い》でたる|二人《ふたり》の|上使《じやうし》は、|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げ、
『ヤアヤア|門番《もんばん》。|照山彦《てるやまひこ》、|竹山彦《たけやまひこ》が|帰城《きじやう》。|一時《いちじ》も|早《はや》くこの|大門《おほもん》を|開《ひら》けよ』
|折《をり》から|荒《すさ》ぶ|木枯《こがらし》の|風《かぜ》。|門番《もんばん》の|蟹彦《かにひこ》、|赤熊《あかぐま》の|両人《りやうにん》は、
『ハイ』
と|答《こた》へて|表門《おもてもん》をサラリと|開《ひら》けば、|長途《ちやうと》の|旅《たび》に|疲《つか》れ|果《は》てたる|照山彦《てるやまひこ》、|竹山彦《たけやまひこ》も|功名心《こうみやうしん》に|煽《あふ》られて、|馬上《ばじやう》|裕《ゆたか》に|門番《もんばん》を|睥睨《へいげい》し、
『ヤア|蟹彦《かにひこ》、|赤熊《あかぐま》の|両人《りやうにん》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|常世神王《とこよしんわう》に、|吾等《われら》が|手柄《てがら》を|奏聞《そうもん》せよ』
と|云《い》ひ|捨《す》て|中門《なかもん》に|進《すす》み|入《い》る。|蟹彦《かにひこ》はその|名《な》の|如《ごと》く|横歩《よこある》きをしながら|大股《おほまた》に|中門《なかもん》さして|走《はし》り|来《きた》り、
『これはこれは|照山彦《てるやまひこ》、|竹山彦《たけやまひこ》の|御両所様《ごりやうしよさま》、|暫《しばら》くお|待《ま》ち|下《くだ》さいませ。|常世神王《とこよしんわう》に|奏上《そうじやう》した|上《うへ》、お|指図《さしづ》に|任《まか》せ|下《くだ》さいますやう』
|竹山彦《たけやまひこ》『エイ、|何《なに》を|愚図々々《ぐづぐづ》、|横《よこ》さの|道《みち》を|歩《あゆ》むに|妙《めう》を|得《え》たる|蟹彦《かにひこ》の|門番《もんばん》、|何彼《なにか》につけて|邪魔《じやま》を【ひろぐ】か、|平家蟹《へいけがに》のやうな|六《むつ》かしさうなその|面《つら》は、|泣《な》いて|居《ゐ》るのか|怒《おこ》つて|居《ゐ》るのか|恥《はづ》かしいのか|恐《こわ》いのか、|但《ただし》は|酒《さけ》に|酔《よ》つたのか、|顔《かほ》の|色《いろ》まで|【赤】熊《あかぐま》の、|【赤】門《あかもん》|守《まも》る|腰抜《こしぬ》け|門番《もんばん》、|絶世《ぜつせい》の|美人《びじん》、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|天女《てんによ》の|降臨《かうりん》、|常世神王《とこよしんわう》に|伺《うかが》ふも|何《なに》もあつたものか、|早《はや》くこの|門《もん》を|開《ひら》けよ』
と|馬上《ばじやう》ながら|叱《しか》りつけたり。|赤熊《あかぐま》は【きつ】となり、
『ヤア|竹山彦《たけやまひこ》|様《さま》、それはあまり|傍若無人《ばうじやくぶじん》と|申《まを》すもの。|吾等《われら》は|卑《いや》しき|門番《もんばん》と|雖《いへど》も、|城内《じやうない》の|規則《きそく》を|厳守《げんしゆ》|致《いた》す|大切《たいせつ》の|役目《やくめ》、たとへ|天女《てんによ》の|降臨《かうりん》にもせよ、|城主《じやうしゆ》|常世神王《とこよしんわう》の|許《ゆる》しもなく、|漫《みだ》りにこの|中門《なかもん》を|開《ひら》くこと|罷《まか》りならぬ』
と|渋々顔《しぶしぶがほ》。|蟹彦《かにひこ》はその|間《ま》に|松代姫《まつよひめ》の|輿《こし》を|一寸《ちよつと》|覗《のぞ》いて、|大地《だいち》に【どつか】と|尻餅《しりもち》をつき、
『ヤアヤアヤア、ヒヽヽヽ|光《ひか》るぞ|光《ひか》るぞ、|光《ひかり》の|強《つよ》い、ダイヤモンドか、|天《てん》に|輝《かがや》く|日輪《にちりん》か、|牡丹《ぼたん》の|花《はな》か、|菫《すみれ》か、|菖蒲《あやめ》か、|黒白《あやめ》も|分《わ》かぬ|常世《とこよ》の|国《くに》に、こんな|女神《めがみ》があらうとは、|思《おも》ひがけない|蟹彦《かにひこ》の、|泡《あわ》|吹《ふ》き|廻《まは》つてヘタばつた。ヤイヤイ、|赤熊《あかぐま》の|大将《たいしやう》、|黒熊《くろくま》のやうな|黒《くろ》い|顔《かほ》を、|真赤《まつか》に|致《いた》して|怒《いか》るより、|一寸《ちよつと》この|輿《かご》|覗《のぞ》いて|見《み》よ。|白《しろ》いと|言《い》はうか、|清《すず》しと|言《い》はうか、|春《はる》の|弥生《やよひ》の|梅《うめ》か|桜《さくら》か、|桃《もも》の|花《はな》か、|鼻筋《はなすぢ》|通《とほ》つて|口許《くちもと》|締《しま》り、|紅《くれなゐ》の|唇《くちびる》、|月《つき》の|眉毛《まゆげ》、|清《すず》しい|眼玉《めだま》は|三五《さんご》の|月《つき》か、|髪《かみ》は|烏《からす》の|濡羽色《ぬればいろ》、いろいろ|女《をんな》もある|世《よ》の|中《なか》に、|情婦《いろ》を|持《も》つなら、まア、まア、まア……』
|剛直《がうちよく》|律儀《りちぎ》の|赤熊《あかぐま》は、|蟹彦《かにひこ》のこの|体《てい》を|見《み》て|苦笑《にがわら》ひ、
『|常世城《とこよじやう》の|鉄門《かなど》を|守《まも》る|役目《やくめ》|仰《あふ》せつけられながら、|汝《なんじ》の|醜態《しうたい》は|何《なん》の|態《ざま》、|確《しつか》り|致《いた》せよ』
『オイオイ|赤熊《あかぐま》、さう|赤《あか》くなつて|怒《おこ》るものぢやない。この|蟹面《かにづら》の|六《むづ》かしき|蟹彦《かにひこ》の|顔《かほ》の|紐《ひも》でもサラリと|解《と》いた|天女《てんによ》の|姿《すがた》、|堅《かた》いばかりが|能《のう》ではないぞ。|貴様《きさま》は|常《つね》から|枯木《かれき》の|如《ごと》く、|岩石《がんせき》の|如《ごと》く、|味《あぢ》もなければ|色《いろ》もない、|冷酷《れいこく》|無残《むざん》の|人足《にんそく》だ。|一寸《ちよつと》お|顔《かほ》を|拝《をが》んで|見《み》よ、|貴様《きさま》の|心《こころ》の|枯木《かれき》にも|春《はる》の|花《はな》が|開《ひら》くであらう。それにつけても、|貴様《きさま》の|鼻《はな》は、|一入《ひとしほ》|黒《くろ》い|鼻高《はなたか》|野郎《やらう》、それに|不思議《ふしぎ》や、|今日《けふ》この|頃《ごろ》は|鼻柱《はなばしら》がまつ|赤《か》いけ、|鼻息《はないき》|荒《あら》い|表現《しるし》であらうか、|朝瓜《あさうり》、|鴨瓜《かもうり》、|南瓜《かぼちや》のやうな|妙《めう》な|面《つら》して、|茄子《なすび》のやうにお|色《いろ》の|黒《くろ》い|色男《いろをとこ》、|高《たか》い|鼻《はな》をば|眺《なが》めて|見《み》れば、|瓜《うり》や|茄子《なす》の|顔《かほ》に|似合《にあ》はず、|鼻《はな》|赤《あか》いな』
|赤熊《あかぐま》は|声《こゑ》を|荒《あら》らげ、
『|千騎一騎《せんきいつき》のこの|場合《ばあひ》、|何《なに》を|吐《ぬか》す』
と|睨《ね》め|付《つ》け|居《ゐ》る。|忽《たちま》ち|門内《もんない》より|声《こゑ》あつて、
『|照山彦《てるやまひこ》|殿《どの》、|竹山彦《たけやまひこ》|殿《どの》、|常世神王《とこよしんわう》の|御機嫌《ごきげん》|最《いと》も|麗《うるは》しく、|首《くび》を|伸《の》ばして|待《ま》たせたまふ。|早《はや》くお|入《はい》りあれ』
|言下《げんか》に|中門《なかもん》サラリと|開《あ》けたれば|照山彦《てるやまひこ》は、
『ヤアヤア|皆《みな》の|者《もの》|共《ども》、|遠路《ゑんろ》の|処《ところ》|御苦労《ごくらう》なりしよ。|各部屋《かくへや》に|立《た》ち|帰《かへ》り|緩《ゆつく》りと|休息《きうそく》せよ、ヤア|竹山彦《たけやまひこ》|殿《どの》、|続《つづ》かせられい』
と|先《さき》に|立《た》ち、|輿《こし》を|舁《かつ》がせ、|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|進《すす》み|入《い》る。
(大正一一・二・一九 旧一・二三 加藤明子録)
第二章 |天地《てんち》|暗澹《あんたん》〔四三二〕
|常世《とこよ》の|城《しろ》は|雲表《うんぺう》に |御空《みそら》を|摩《ま》して|遠近《をちこち》の
|樹《こ》の|間《ま》を|透《すか》しキラキラと |三葉葵《みつばあふひ》の|紋所《もんどころ》
|黄金《こがね》の|色《いろ》の|三重《みへ》の|高殿《たかどの》 |朝日《あさひ》に|輝《かがや》く|天守閣《てんしゆかく》
|見上《みあ》ぐるばかり|名《な》も|高《たか》き |三葉《みつば》の|青《あを》き|大王松《だいわうまつ》
|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》 |間《はざま》の|里《さと》より|迎《むか》へ|来《き》て
|勝《か》ち|誇《ほこ》つたる|照山彦《てるやまひこ》 |苔《こけ》むす|巌《いはほ》の|幾百樹《いくひやくじゆ》
|限《かぎ》り|知《し》られぬ|築山《つきやま》の |広庭前《ひろにはさき》に|立《た》ち|現《あら》はれし
|照山彦《てるやまひこ》は|大音声《だいおんじやう》にて、
『|常世神王《とこよしんわう》|広国別《ひろくにわけ》、ア、イヤイヤ、|大国彦神《おほくにひこのかみ》に|申《まを》し|上《あ》げます。|吾等《われら》|両人《りやうにん》、|大命《たいめい》を|奉《ほう》じ|夜《よ》を|日《ひ》についで|間《はざま》の|国《くに》の|酋長《しうちやう》、|春山彦《はるやまひこ》が|館《やかた》に|罷《まか》り|出《い》で、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|召捕《めしと》り|帰《かへ》り|候《さふら》へば、|篤《とく》と|御実検《ごじつけん》を|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る』
|続《つづ》いて|竹山彦《たけやまひこ》も|大音声《だいおんじやう》、
『|仰《あふ》せに|従《したが》ひ、|漸《やうや》う|使命《しめい》を|果《はた》し|立帰《たちかへ》り|申候《まうしさふらふ》。|聞《き》きしに|勝《まさ》る|国色《こくしよく》の|誉《ほまれ》、|譬《たと》ふるにもの|無《な》き|天下《てんか》の|美形《びけい》、|永《なが》く|此《この》|城内《じやうない》に|留《とど》め|置《お》かせられ、|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|桃《もも》の|実《み》として、|陣中《ぢんちう》に|遣《つか》はし|給《たま》へば、|如何《いか》なる|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》も、|美人《びじん》の|一瞥《いちべつ》に|魂《こん》|奪《うば》はれ|魄《はく》|散《ち》り、|帰順《きじゆん》|致《いた》すは|火《ひ》を|睹《み》るよりも|明《あきら》かならむ。|敵《てき》の|糧《かて》を|以《もつ》て|敵《てき》を|制《せい》するは、|是《これ》|六韜三略《りくたうさんりやく》の|神算鬼謀《しんさんきぼう》、|常世神王《とこよしんわう》の|御盛運《ごせいうん》は|弥々《いよいよ》|益々《ますます》|六合《りくがふ》に|輝《かがや》き|渡《わた》り|申《まを》さむ』
との|注進《ちうしん》に、|常世神王《とこよしんわう》は|莞爾《くわんじ》として、
『|今日《けふ》に|始《はじ》めぬ|二人《ふたり》が|活動《はたらき》|感《かん》じ|入《い》る。|何《なに》はともあれ|三人《さんにん》の|宣伝使《せんでんし》を|此《この》|場《ば》に|誘《いざな》ひ|来《きた》るべし』
と|厳命《げんめい》するを、|照山彦《てるやまひこ》は|従神《じうしん》の|固虎《かたとら》に|向《むか》ひ、
『ヤアヤア|固虎《かたとら》、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》を|之《これ》へ|案内《あんない》|申《まを》せよ』
『|承知《しようち》|仕《つかまつ》りました』
と|固虎《かたとら》は|此《この》|場《ば》を|立《た》ち|出《い》で、|三人《さんにん》の|輿《かご》の|前《まへ》に|現《あら》はれて、
『ヤアヤア、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》、よつく|聴《き》け。|吾《われ》こそは|常世神王《とこよしんわう》の|御家来《おんけらい》|鷹取別《たかとりわけ》の|其《その》|家来《けらい》、|照山彦《てるやまひこ》の|片腕《【かた】うで》と|選《えら》まれたる|心《こころ》も|堅《【かた】》い、|頭《あたま》も|固《【かた】》い、|腕《うで》は|鉄《かね》よりもまだ|固《【かた】》い、|固虎彦《【かた】とらひこ》の|命《みこと》であるぞよ。【かた】【がた】|以《もつ》て|容易《ようい》ならぬ、ウラル|教《けう》を|敵《【かた】き》と|睨《ねら》ふ|頑固者《【かた】くなもの》の|女宣伝使《をんなせんでんし》、|畏《おそれおほ》くも|間《はざま》の|国《くに》へ、|女《をんな》の|身《み》を|以《もつ》て|三五教《あななひけう》を|宣伝《せんでん》に|来《く》るとは、|誠《まこと》に|以《もつ》て|片腹《【かた】はら》|痛《いた》い。|鉄門《かなど》を|以《もつ》て|固《【かた】》く|守《まも》られたる|常世《とこよ》の|城《しろ》、|如何《いか》に【ガタ】【ガタ】|慄《ふる》うても、|焦慮《あせ》つても、|藻掻《もが》いても、|如何《どう》にも|斯《か》うにも|仕方《し【かた】》はなからう。もう|斯《か》うなる|上《うへ》は、|常世神王《とこよしんわう》の|御言葉《おことば》を|固《【かた】》く|守《まも》り、|片意地《【かた】いぢ》を|張《は》つて|頑固《【かた】くな》|立《た》て|通《とほ》す|訳《わけ》にはゆかぬ。サアー、サア、|之《これ》から|奥殿《おくでん》に|連《つ》れ|参《まゐ》る。この|固虎《【かた】とら》が|足跡《あし【がた】》を|踏《ふ》んで|出《い》で|来《きた》れ』
と|肩臂《【かた】ひぢ》|怒《いか》らしながら|鼻息《はないき》|荒《あら》く、|化石《くわせき》の|如《ごと》く|固《【かた】》まり|居《ゐ》る。
|三人《さんにん》の|娘《むすめ》は|何《なん》と|詮方《せんかた》【なく】|涙《なみだ》、|袖《そで》に|隠《かく》してニコニコと、|花《はな》の|唇《くちびる》|淑《しとや》かに、
『これはこれは|固虎彦《【かた】とらひこ》とやら、お|使《つか》ひ|大儀《たいぎ》。|何《なに》を|言《い》うても|繊弱《かよわ》き|女《をんな》、|城内《じやうない》の|掟《おきて》も|固《【かた】》く|存《ぞん》じませねば、|何卒《どうぞ》|貴方様《あなたさま》より|宜敷《よろし》く|執成《とりな》し|方《【かた】》を、【かた】【がた】|祈《いの》り|参《まゐ》らする』
|固虎《かたとら》『ヤア、|此《この》|固虎《【かた】とら》が【かた】【かた】|尽《づく》しで|吐《ほざ》いて|見《み》たら、【かた】【がた】|以《もつ》て|油断《ゆだん》のならぬ|痴《し》れ|者《もの》、|此奴《こいつ》も|阿呆《あほう》と|鋏《はさみ》ではないが、|使《つか》ひ|方《【かた】》によつては、|常世神王《とこよしんわう》の|御片腕《おん【かた】うで》と|成《な》らうも|知《し》れぬ、|罷《まか》り|違《ちが》へば|獅子《しし》|身中《しんちう》の|虫《むし》、|敵《【かた】き》と|成《な》つてこの|岩《いは》より|堅《【かた】》い|常世城《とこよじやう》を、【ガタ】【ガタ】と|傾《【かた】む》けかねまじき|魔性《ましやう》の|女《をんな》、|何《なに》は|兎《と》もあれ|吾《わが》|役目《やくめ》、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|神王様《しんわうさま》の|傍《【かた】》へに|侍《はべ》らせ、【かた】を|付《つ》けねばならうまい。ヤアヤア|方々《【かた】【がた】》、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》を|固《【かた】》く|守《まも》つて、|固虎《【かた】とら》が|後《あと》より|御供《おんとも》|仕《つかまつ》れ』
と|肩臂《【かた】ひぢ》|怒《いか》らし|傍《かた》への|押戸《おしど》を|押《お》し|開《あ》けて、|奥《おく》へ|奥《おく》へと|進《すす》み|行《ゆ》く。|姿《すがた》は|何時《いつ》か|消《き》え|失《う》せて、|何《なん》の|様子《やうす》も|片便《かたたよ》り、|頼《たよ》り|渚《なぎさ》の|捨小舟《すてをぶね》、|取《と》り|着《つ》く|島《しま》も【なき】|顔《がほ》の、|横《よこ》さの|道《みち》|行《ゆ》く|蟹彦《かにひこ》は、|拍子《ひやうし》|抜《ぬ》かして|泡《あわ》を|吹《ふ》き、
『ヤアヤア、もうさつぱりぢや、|一寸《ちよつと》|輿《かご》を|覗《のぞ》いて|拝《をが》んだ|時《とき》の|松代姫《まつよひめ》の|美《うつく》しいその|姿《すがた》、その|妹《いもうと》も|妹《いもうと》も、|何《いづ》れ|劣《おと》らぬ|花紅葉《はなもみぢ》、|桃《もも》か|桜《さくら》か、|梅《うめ》の|花《はな》か、|実《じつ》に|立派《りつぱ》な|代物《しろもの》だつた。アヽ|吾々《われわれ》もこの|木枯《こがらし》のピユーピユー|吹《ふ》く|寒空《さむぞら》に、|火《ひ》の|気《け》もなしに|門番《もんばん》を|吩咐《いひつ》けられて、|朝《あさ》から|晩《ばん》まで|出入《でいり》の|人《ひと》を、ナンジヤ、【かに】ぢやと|言問《ことと》ひ|合《あは》せ、|苦《くる》しい|辛《つら》い|日《ひ》を|送《おく》つて|居《ゐ》たが、まるで|暗《やみ》の|夜《よ》に|月《つき》が|出《で》たやうに、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》の|顔《かほ》を|見《み》た|時《とき》は、|自分《じぶん》の|胸《むね》は|世界晴《せかいば》れ、なんとも、かとも|譬《たと》へ|方《がた》ない、|心《こころ》の|海《うみ》に|真如《しんによ》の|日月《じつげつ》が|照《て》り|輝《かがや》いた。ヤレヤレ、|日頃《ひごろ》|辛《つら》い|門番《もんばん》も、|時《とき》には|又《また》こんな|美《うつく》しい|姫神《ひめがみ》を|拝《をが》む|事《こと》が|出来《でき》るかと|思《おも》つた|矢先《やさき》に、ビツクリ|腰《こし》を|抜《ぬ》かしてヒツクリ|返《かへ》つた。ヤ、|烏賊《いか》にも|章魚《たこ》にも|蟹《かに》にも|足《あし》は|四人前《よにんまへ》だ。|城《しろ》を|傾《かたむ》けると|言《い》ふ|美人《びじん》に|会《あ》うて、|俺《おれ》も|身体《からだ》を|傾《かたむ》けたワイ』
|赤熊《あかぐま》『オイオイ、|蟹彦《かにひこ》の|奴《やつ》、みつともないぞ。|女《をんな》に|心《こころ》を|蕩《とろ》かす|奴《やつ》が、|如何《どう》して|門番《もんばん》が|勤《つと》まらうかい。|心得《こころえ》たが|宜《よ》からう』
『ナ、ナヽヽ|何《なに》を|吐《ぬか》しよるのだ、|赤熊《あかぐま》の|野郎《やらう》、|閻魔《えんま》が|亡者《まうじや》の|帳面《ちやうめん》を|調《しら》べる|様《やう》な|七《しち》むつかしい|顔《かほ》をしよつて、|人《ひと》の|前《まへ》では|偉《えら》さうに|役人面《やくにんづら》をさらして|居《ゐ》るが、|夜分《やぶん》になつて|女房《にようばう》に|酌《しやく》をさして|酒《さけ》を|喰《くら》つて|居《ゐ》たその|時《とき》の|顔《かほ》を|何度《なんど》も|見《み》て|居《を》るが、|見《み》られた|醜態《ざま》ぢやないぞ。|女《をんな》は|見《み》ても|穢《けが》らはしいと|言《い》ふ|様《やう》なその|面付《つらつき》は|何《なん》だい。|虚偽《きよぎ》の|生活《せいくわつ》を|続《つづ》けて、この|自由自在《じいうじざい》の|世《よ》の|中《なか》を|自《みづか》ら|苦《くるし》め、|自《みづか》ら|縛《しば》り、|面白《おもしろ》くもない|生活《せいくわつ》を|送《おく》るより、この|蟹彦《かにひこ》のやうに|天真爛漫《てんしんらんまん》、|少《すこ》しの|飾《かざ》りもなく|淡泊《たんぱく》に|身《み》を|持《も》つたら|如何《どう》だい。あまり|堅《【かた】》くなると、|第二《だいに》の|固虎《【かた】とら》と|言《い》はれるぞよ』
『|猿《さる》に|渋柿《しぶがき》を|打《ぶ》つ|付《つ》けられて【メシヤゲ】たやうな|面付《つらつき》をしやがつて、|腰《こし》を|傾《かたむ》けたの、|別嬪《べつぴん》だのとは|片腹《かたはら》|痛《いた》いワイ』
|今《いま》まで|晃々《くわうくわう》と|輝《かがや》き|渡《わた》れる|天津日《あまつひ》は|俄《にはか》に|真黒《しんこく》となり、|六合暗澹《りくがふあんたん》として|咫尺《しせき》を|弁《べん》ぜず、|風《かぜ》は|縦横無尽《じうわうむじん》に|百万《ひやくまん》の|猛虎《まうこ》の|哮《ほ》え|猛《たけ》るが|如《ごと》き|唸《うな》りを|立《た》てて、|常世《とこよ》の|城《しろ》も、|秋《あき》の|木葉《このは》と【コツパ】|微塵《みじん》に|散《ち》らさむばかりの|光景《くわうけい》とはなりぬ。|赤熊《あかぐま》、|蟹彦《かにひこ》は|耳《みみ》を|抑《おさ》へ|目《め》を|閉《と》ぢ、|大地《だいち》に|平蜘蛛《ひらぐも》か|蟹《かに》のやうになつて|平伏《へいふく》し、|天明風止《てんめいふうし》の|時《とき》を|待《ま》つのみ。
(大正一一・二・一九 旧一・二三 北村隆光録)
第三章 |赤玉《あかだま》|出現《しゆつげん》〔四三三〕
|花毛氈《はなまうせん》を|敷《し》き|詰《つ》めたる|常世城《とこよじやう》の|大奥《おほおく》には、|常世神王《とこよしんわう》|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|現《あら》はれ、|鷹取別《たかとりわけ》、|玉山彦《たまやまひこ》を|左右《さいう》に|侍《はべ》らせ、|鶴翼《かくよく》の|陣《ぢん》を|張《は》りしが|如《ごと》く|傲然《がうぜん》として|構《かま》へ|居《ゐ》る。|照山彦《てるやまひこ》、|竹山彦《たけやまひこ》はズツと|退《さが》つて|下座《げざ》に|控《ひか》へ、|間《はざま》の|国《くに》に|使《つか》ひせし|一伍一什《いちぶしじふ》の|顛末《てんまつ》を|喋々《てふてふ》として|陳《の》べ|立《た》つれば、|常世神王《とこよしんわう》は|機嫌《きげん》|斜《ななめ》ならず、
『|天晴《あつぱ》れ|天晴《あつぱ》れ|汝《なんぢ》らが|功名《こうみやう》、|流石《さすが》の|日《ひ》の|出神《でのかみ》も、|汝等《なんぢら》が|縦横無尽《じうわうむじん》の|機略《きりやく》には|舌《した》を|捲《ま》くであらう。|今後《こんご》はますます|力《ちから》を|尽《つく》し、|抜群《ばつぐん》の|功名《こうみやう》|手柄《てがら》を|顕《あら》はせよ』
『ヤア、|思《おも》ひがけなき|御褒《おほめ》の|御言葉《おことば》、|照山彦《てるやまひこ》の|身《み》として、|分《ぶん》に|過《す》ぎたる|勿体《もつたい》なさ。|今後《こんご》はますます|常世神王《とこよしんわう》の|御為《おんため》に、|粉骨砕身《ふんこつさいしん》、|犬馬《けんば》の|労《らう》を|吝《をし》まざるの|覚悟《かくご》で|御座《ござ》ります』
|鷹取別《たかとりわけ》『わが|推量《すゐりやう》に|違《たが》はず、|今日《こんにち》の|使命《しめい》を|首尾《しゆび》よく|果《はた》せし|両人《りやうにん》、|常世神王《とこよしんわう》におかせられても|嘸《さぞ》|御満足《ごまんぞく》ならむ。|鷹取別《たかとりわけ》も|感《かん》じ|入《い》りたり』
『これはしたり、|常世神王《とこよしんわう》とやら、|広国別《ひろくにわけ》の|大国彦《おほくにひこ》、|大国彦《おほくにひこ》の|広国別《ひろくにわけ》、|何《なに》が|何《なん》だか|自由自在《じいうじざい》に|千変万化《せんぺんばんくわ》の|大自在天《だいじざいてん》だと、|途上《とじやう》にての|噂《うはさ》、|聞《き》いたる|時《とき》の|竹山彦《たけやまひこ》の|心《こころ》の|裡《うち》の|腹立《はらだた》しさ。|竹山彦《たけやまひこ》の|竹《たけ》を|割《わ》つたる|清《きよ》い|正《ただ》しい|心《こころ》は|何《なん》とやら、|常世《とこよ》の|暗《やみ》の|雲《くも》につつまれた|心地《ここち》ぞ|致《いた》したり。|如何《いか》に|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|常世《とこよ》の|国《くに》に|来《きた》るとも、|竹山彦《たけやまひこ》のあらむ|限《かぎ》りは、わが|天眼通力《てんがんつうりき》にて|所在《ありか》を|探《たづ》ね、|一々《いちいち》|御前《ごぜん》に|引摺《ひきず》り|出《いだ》し|御目《おんめ》に|懸《か》けむ。|頭《あたま》も|光《ひか》る|照山彦《てるやまひこ》の|人《ひと》も|無《な》げなる|功名顔《こうみやうがほ》、|余《あま》りの|可笑《をか》しさ|臍茶《へそちや》の|至《いた》り、ワハヽヽヽヽ』
と|四辺《あたり》に|轟《とどろ》く|竹山彦《たけやまひこ》の|笑《わら》ひ|声《ごゑ》。
|日《ひ》は|早《はや》|西《にし》に|傾《かたむ》きて、|黄昏《たそがれ》|告《つ》ぐる|村鴉《むらがらす》、カハイカハイと|鳴《な》きながら、|塒《ねぐら》を|指《さ》して|帰《かへ》り|行《ゆ》く。|無常《むじやう》を|告《つ》ぐる|鐘《かね》の|音《ね》は、コーンコーンコーン、コンコンコンと|響《ひび》くなり。|間毎《まごと》を|照《て》らす|銀燭《ぎんしよく》の、|眩《まばゆ》きばかり|頭《あたま》の|光《ひか》り|照山彦《てるやまひこ》は、【むつく】と|立《た》ち|上《あが》り、
『ヤアヤア、|固虎々々《かたとらかたとら》、|何《なに》を|愚図々々《ぐづぐづ》いたして|居《を》るか。|早《はや》く|三人《さんにん》をこの|場《ば》へ|誘《いざな》ひ|来《きた》れ』
と|呼《よば》はれば、|声《こゑ》の|下《した》より|固虎《かたとら》は、
『|只今《ただいま》|三人《さんにん》の|娘《むすめ》、それへ|召伴《めしつ》れ|参《まゐ》ります。|暫《しば》らく|待《ま》たせられよ』
と|言《い》ふ|折《をり》しも、|忽《たちま》ち|四面《しめん》|暗黒《あんこく》となり、|暴風《ばうふう》|吹《ふ》き|荒《すさ》び、|奥殿《おくでん》の|柱《はしら》は|前後左右《ぜんごさいう》に|揺《ゆる》ぎ|出《だ》し、|百雷《ひやくらい》の|一時《いちじ》に|轟《とどろ》く|如《ごと》き|地響《ぢひびき》、|続々《ぞくぞく》として|鳴動《めいどう》し、|燦然《さんぜん》たる|銀燭《ぎんしよく》の|光《ひかり》は|忽然《こつぜん》として|消《き》え|失《う》せ、|黒白《あやめ》も|分《わ》かぬ|真黒《しんこく》の|闇《やみ》の|岩戸《いはと》は|下《おろ》されたり。|鷹取別《たかとりわけ》は|暗中《あんちう》より|大音声《だいおんじやう》、
『ヤアヤア|者《もの》ども、|咫尺《しせき》も|弁《べん》じ|難《がた》きこの|暗黒《あんこく》、|片時《へんじ》も|早《はや》く|燈火《とうくわ》を|点《てん》ぜよ』
と|呼《よば》はる|声《こゑ》は、|百雷《ひやくらい》の|一時《いちじ》に|轟《とどろ》く|如《ごと》くなる|大音響《だいおんきやう》に|包《つつ》まれて、|聞《きこ》えざるこそもどかしき。|常世神王《とこよしんわう》は|心《こころ》も|心《こころ》ならず、|暗中《あんちう》に|端坐《たんざ》し、|如何《いかが》|成《な》り|行《ゆ》くならむと、|黙然《もくねん》として|胸《むね》|躍《をど》らせ|控《ひか》へ|居《ゐ》る。|暗中《あんちう》を|縫《ぬ》うて|毬《まり》の|如《ごと》き|一箇《いつこ》の|玉《たま》、|座敷《ざしき》の|中央《ちうあう》に|忽然《こつぜん》として|現《あら》はれ、|見《み》るみる|座敷《ざしき》の|中央《ちうあう》を|右《みぎ》に|左《ひだり》に、|前《まへ》に|後《うしろ》に|浮遊《ふいう》し|始《はじ》めたり。されど|色《いろ》|赤《あか》きのみにて|少《すこ》しも|光輝《くわうき》を|放射《はうしや》せず、|玉《たま》は|赤《あか》、|白《しろ》、|黄《き》、|紫《むらさき》、いろいろと|色《いろ》を|変《へん》じ、|照山彦《てるやまひこ》の|禿頭《はげあたま》に|向《むか》つて、ポンと|突《つ》き|当《あた》れば、
『アイタヽヽ』
と|照山彦《てるやまひこ》は|俯伏《うつぶ》せになる。|玉《たま》は|子供《こども》の|毬《まり》をつくやうに|照山彦《てるやまひこ》の|頭《あたま》を|基点《きてん》として、ポンポンポンポンとつき|出《いだ》すにぞ、|鷹取別《たかとりわけ》はその|玉《たま》を|打《う》たむとして|座席《ざせき》より|踏《ふ》み|外《はづ》し、スツテンドウと|仰向《あふむ》けに|倒《たふ》れたれば、|玉《たま》は|所《ところ》を|替《か》へて、|鷹取別《たかとりわけ》の|仰向《あふむ》けに|倒《たふ》れた|頭《あたま》の|上《うへ》を、|又《また》もやポンポンポンポンと|毬《まり》つき|始《はじ》めぬ。|不思議《ふしぎ》や、|鷹取別《たかとりわけ》の|身体《からだ》は|強直《きやうちよく》してビクとも|動《うご》き|得《え》ず、|玉《たま》は|又《また》もや|位置《ゐち》を|替《か》へ、|鼻《はな》の|上《うへ》に|来《きた》りて|又《また》もや|毬《まり》をつく。|鷹取別《たかとりわけ》は、
『アイタヽ、アイタヽヽ、|鼻《はな》が|破《めげ》る。|堪《た》まらぬ|堪《た》まらぬ』
と|泣声《なきごゑ》をしぼる。|玉《たま》は|又《また》もや|常世神王《とこよしんわう》の|額《ひたひ》に|向《むか》つて、|唸《うな》りを|立《た》てて|衝突《しようとつ》したるその|勢《はづみ》に、|常世神王《とこよしんわう》は|高座《かうざ》より|仰向《あふむ》けに|後方《こうはう》の|席《せき》に|筋斗《もんどり》|打《う》つて|顛倒《てんたふ》し、|息《いき》も|絶《た》え|絶《だ》えに|呻《うめ》き|苦《くる》しむ|折《をり》もあれ、|竹山彦《たけやまひこ》は|暗中《あんちう》より|大音声《だいおんじやう》、
『ヤア、|奇怪《きくわい》|千万《せんばん》なる|此《こ》の|場《ば》の|光景《くわうけい》、|火《ひ》の|玉《たま》となつて|風雨《ふうう》を|起《おこ》し、|唸《うな》り|声《ごゑ》を|響《ひび》かせ、|又《また》もや|常世城《とこよじやう》を|攪乱《かくらん》せむとする|心《こころ》|憎《にく》き|八十曲津神《やそまがつかみ》、わが|言霊《ことたま》の|威力《ゐりよく》にくたばれよ』
と|言葉《ことば》の|下《もと》に、|火《ひ》の|玉《たま》は|姿《すがた》を|掻《か》き|消《け》し、|今《いま》まで|猛《たけ》り|狂《くる》ひし|風《かぜ》の|響《ひびき》はピタリと|止《や》みて、|空《そら》には|一面《いちめん》の|星《ほし》|光《ひか》り|輝《かがや》き|渡《わた》る。|竹山彦《たけやまひこ》は|火打《ひうち》を|取《と》り|出《だ》し、カチカチ|火《ひ》を|打《う》ち|銀燭《ぎんしよく》を|点《てん》じたれば、|四辺《あたり》は|昼《ひる》のごとく|輝《かがや》き|渡《わた》りぬ。この|時《とき》|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|伴《ともな》ひ|来《きた》りし|固虎《かたとら》は、|腰《こし》を|抜《ぬ》かして|玄関《げんくわん》に|蹲踞《しやが》み|居《ゐ》たりき。
『ヤア、|思《おも》はざる|悪神《あくがみ》の|襲来《しふらい》、これはしたり|常世神王様《とこよしんわうさま》、お|怪我《けが》は|御座《ござ》いませぬか。|竹山彦《たけやまひこ》、|御案《ごあん》じ|申《まを》す。イヤなに|松代姫《まつよひめ》|殿《どの》、|神王《しんわう》の|御介抱《ごかいはう》|遊《あそ》ばされよ。これはしたり|鷹取別《たかとりわけ》|殿《どの》、|貴下《きか》も|常《つね》ならぬ|御顔色《おかほいろ》、|曲《まが》の|火玉《ひだま》に|打《う》たれ|給《たま》ひしと|見受《みう》けたり。|竹野姫《たけのひめ》|殿《どの》、|介抱《かいはう》|遊《あそ》ばされよ。|鷹取別《たかとりわけ》|殿《どの》の|鼻《はな》は|如何《いかが》|致《いた》されしや。イヤもう|台《だい》なしでござる』
|鷹取別《たかとりわけ》は、|搗《つ》き|立《た》ての|団子《だんご》のやうな|鼻《はな》をペコペコさせながら、|何《なに》か【フガ】フガ|言《い》つて|居《ゐ》るばかり。
『|貴殿《あなた》の|御言葉《おことば》は|判然《はつきり》いたさぬ。【フガ】フガとは|何《なん》の|事《こと》でござるか。|不甲斐《ふがひ》ないことだとの|御歎《おんなげ》きか。ヤアヤア|照山彦《てるやまひこ》|殿《どの》、|貴下《きか》の|頭《あたま》は|如何《いかが》|遊《あそ》ばされた。|実《じつ》に|妙《めう》な|恰好《かつかう》でござる。|梅ケ香姫《うめがかひめ》|殿《どの》、サア|早《はや》く|御介抱《ごかいはう》|遊《あそ》ばさるるがよからう』
『アイ』
と|答《こた》へて|三人《さんにん》の|娘《むすめ》は、|竹山彦《たけやまひこ》の|命《めい》ずるままに|甲斐々々《かひがひ》しく|介抱《かいほう》に|取《と》りかかりぬ。
『ヤアヤア、|常世《とこよ》の|国《くに》の|雪《ゆき》|起《おこ》しか、|城《しろ》|倒《たふ》しか|何《なん》だか|知《し》らないが、|生《うま》れてから|見《み》たこともない|天狗風《てんぐかぜ》が|吹《ふ》きよつて、この|固虎《【かた】とら》も|吃驚《びつくり》|仰天《ぎやうてん》、|歯《は》の|根《ね》も【ガタ】【ガタ】【ガタ】|虎《とら》になつて|了《しま》つた。|皆《みな》の|方々《【かた】【がた】》は|美《うつく》しい|御介抱人《ごかいはうにん》が|出来《でき》て|結構《けつこう》だが、|吾々《われわれ》は|肩《【かた】》は|抜《ぬ》け、|腰《こし》は|抜《ぬ》け、|旁《【かた】【がた】》|型《【かた】》の|悪《わる》いものでござる。|三人《さんにん》のお|方《【かた】》は|夫々《それぞれ》|御介抱人《ごかいはうにん》があつて|結構《けつこう》だが、この|固虎《【かた】とら》に|限《かぎ》りて|誰《たれ》も|世話《せわ》する|女《をんな》がないとは、|片手落《【かた】ておち》にも|程《ほど》がある。|何《いづ》れの|方《【かた】》か|此《こ》の|場《ば》に|現《あら》はれて、わが|身《み》の|介抱《かいほう》して|呉《く》れてもよささうなものだな』
|竹山彦《たけやまひこ》『オイ|固虎《【かた】とら》、|貴様《きさま》は|日頃《ひごろ》から|無信心《むしんじん》で、【おまけ】にヱルサレムの|宮《みや》で|昔《むかし》から|型《【かた】》もないやうな|悪戯《いたづら》をいたしただらう。それが|為《ため》に|時節《じせつ》|到来《たうらい》、|神様《かみさま》が|仇敵《【かた】き》を|御討《おう》ち|遊《あそ》ばしたのぢや。【ガタ】|虎《とら》でなうて【カタ】キとられだ。|御気《おき》の|毒《どく》|様《さま》ながら、|生命《いのち》の|失《な》くなるまで、|其処《そこ》で|辛抱《しんばう》なさるがよからう』
『ヤア|竹山彦《たけやまひこ》|殿《どの》、そんなこと|所《どころ》ではない。|本当《ほんたう》に|真面目《まじめ》になつて、|誰《たれ》か|呼《よ》んで|来《き》て|下《くだ》さいな』
『|常世神王様《とこよしんわうさま》、お|歴々《れきれき》の|方々《【かた】【がた】》のこの|大難《だいなん》を|救《すく》はねばならぬ|吾々《われわれ》の|任務《にんむ》、|汝《なんぢ》が|如《ごと》きに|介抱《かいほう》する|暇《いとま》があらうか』
|時《とき》しも|馥郁《ふくいく》たる|香気《かうき》は|室内《しつない》に|充《み》ち|渡《わた》り、|嚠喨《りうりやう》たる|音楽《おんがく》は|何処《いづこ》ともなく|聞《きこ》え|来《きた》る。|常世神王《とこよしんわう》は|松代姫《まつよひめ》に|救《すく》はれ、|御機嫌《ごきげん》|斜《ななめ》ならず、|鷹取別《たかとりわけ》、|照山彦《てるやまひこ》も、|竹野姫《たけのひめ》、|梅ケ香姫《うめがかひめ》に|介抱《かいほう》され、メシヤゲた|頭《あたま》や|鼻《はな》の|痛《いた》さを|忘《わす》れて|悦《えつ》に|入《い》る。|音楽《おんがく》の|音《ね》はますます|冴《さ》え|渡《わた》り、|何処《どこ》となく|四辺《あたり》は|賑《にぎは》しくなり|来《きた》れり。
|空《そら》に|轟《とどろ》く|天《あま》の|磐船《いはふね》、|鳥船《とりふね》の|響《ひびき》は|手《て》に|取《と》る|如《ごと》く|聞《きこ》え|来《きた》る。これより|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》を|始《はじ》め、|竹山彦《たけやまひこ》は|常世神王《とこよしんわう》の|覚《おぼ》え|目出度《めでた》く、|何事《なにごと》も|一切《いつさい》の|重要《ぢうえう》|事件《じけん》の|帷幕《ゐばく》に|参《さん》ずることとはなりぬ。
(大正一一・二・一九 旧一・二三 外山豊二録)
第四章 |鬼鼻団子《きびだんご》〔四三四〕
|皮膚《ひふ》|滑《なめら》かにして|雪《ゆき》の|如《ごと》く、|肌《はだ》|柔《やはら》かにして|真綿《まわた》の|如《ごと》く、|眼《め》の|潤《うるほ》ひ|露《つゆ》の|滴《したた》る|如《ごと》く、|優《やさ》しみの|中《なか》に|何処《どこ》となく|威厳《ゐげん》の|備《そな》はる|三人《さんにん》の|娘《むすめ》、|天津乙女《あまつをとめ》の|再来《さいらい》か、さては|弥生《やよひ》の|桜花《さくらばな》、|臥竜《ぐわりう》の|松《まつ》か|雪《ゆき》の|竹《たけ》、|鶯《うぐひす》|歌《うた》ふ|梅ケ香《うめがか》の、|春《はる》の|衿《ほこり》を|姉妹《おとどい》の、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》、|四辺《あたり》|眩《まばゆ》き|銀燭《ぎんしよく》の、|光《ひかり》に|照《て》りて|一入《ひとしほ》の、その|麗《うるは》しさを|添《そ》へにける。|常世神王《とこよしんわう》は|御機嫌斜《ごきげんななめ》ならず、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|左右《さいう》に|座《すわ》らせ、|満面《まんめん》|笑《ゑみ》を|湛《たた》へながら、
『|見《み》れば|見《み》る|程《ほど》|優《やさ》しき|女《をんな》の|姉妹《きやうだい》|連《づ》れ、ウラル|教《けう》の|最《もつと》も|盛《さか》んなる|常世《とこよ》の|国《くに》に、|三五教《あななひけう》を|宣伝《せんでん》せむと、|華々《はなばな》しく|進《すす》み|来《きた》るその|勇気《ゆうき》には|感《かん》じ|入《い》つたり。さりながら、|常世《とこよ》の|国《くに》はウラル|教《けう》の|教《をしへ》を|以《もつ》て|国是《こくぜ》となす。|万民《ばんみん》これに|悦服《えつぷく》し、その|神徳《しんとく》を|讃美渇仰《かつかう》す。|然《しか》るに、|主義《しゆぎ》|精神《せいしん》|全《まつた》く|相反《あひはん》せる|三五教《あななひけう》を|此《この》|地《ち》に|布《し》くことあらむか、|忽《たちま》ち|民心《みんしん》|離反《りはん》して、|挙国《きよこく》|一致《いつち》の|精神《せいしん》を|破《やぶ》り、|天下《てんか》の|争乱《そうらん》を|惹起《じやくき》せむは、|火《ひ》を|睹《み》るよりも|明《あきら》かなれば、|常世《とこよ》の|国《くに》は|三五教《あななひけう》の|宣伝《せんでん》を|厳禁《げんきん》せり。|然《しか》るに|繊弱《かよわ》き|女《をんな》の|身《み》を|以《もつ》て、|雄々《をを》しくも|我《わが》|国《くに》に|入《い》り|来《きた》り|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ふは、|天下《てんか》|擾乱《ぜうらん》の|基《もとゐ》を|開《ひら》く|大罪人《だいざいにん》なれば、|汝等《なんぢら》|姉妹《きやうだい》を|厳刑《げんけい》に|処《しよ》すべきは、|法《ほふ》の|定《さだ》むる|処《ところ》、さりながら|汝等《なんぢら》|姉妹《きやうだい》|三人《さんにん》は、|吾等《われら》が|危急《ききふ》を|救《すく》ひたる|其《その》|功《こう》に|愛《め》で、|今迄《いままで》の|罪《つみ》を|赦《ゆる》し、|殿内《でんない》の|一切《いつさい》を|任《まか》せ、わが|身辺《しんぺん》に|侍《じ》して、|家事《かじ》|万端《ばんたん》の|業務《げふむ》に|尽《つく》さしめむ』
と|厳命《げんめい》するにぞ、|松代姫《まつよひめ》は|莞爾《くわんじ》として、|常世神王《とこよしんわう》に|向《むか》ひ、|羞《はづ》かしげに|花《はな》の|唇《くちびる》を|開《ひら》き、
『|実《げ》に|有難《ありがた》き|御仰《おんあふ》せ、|世事《せじ》に|慣《な》れざる|不束者《ふつつかもの》の|妾《わらは》|姉妹《きやうだい》を、|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|殿内《でんない》に|止《とど》めさせ|給《たま》ふは、|暗中《あんちう》に|光明《くわうみやう》を|得《え》、|盲亀《もうき》の|浮木《ふぼく》に|逢《あ》へるが|如《ごと》き|身《み》の|光栄《くわうえい》、|慎《つつし》んでお|受《う》け|致《いた》します』
と、|言葉《ことば》|淀《よど》みなく|述《の》べ|立《た》てたり。
『ヤア、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|貴女方《あなたがた》は|天地《てんち》|赦《ゆる》すべからざる|大罪人《だいざいにん》なりしに、|今日《こんにち》|只今《ただいま》よりは、|常世神王《とこよしんわう》が|掌中《しやうちう》の|玉《たま》、|女御更衣《によごかうい》にも、ずつと|優《すぐ》れたお|局様《つぼねさま》。|吾々《われわれ》は|今後《こんご》は|貴女様《あなたさま》の|御指揮《ごしき》を|仰《あふ》ぎ|奉《たてまつ》る。|何分《なにぶん》|粗暴《そばう》|極《きは》まる|竹山彦《たけやまひこ》、|御遠慮《ごゑんりよ》なく|宜敷《よろし》く|御叱《おしか》り|下《くだ》さいませ』
と|敬意《けいい》を|表《へう》しける。|鷹取別《たかとりわけ》は|鼻《はな》をフガフガ|云《い》はせながら、
『ヤア、|目出度《めでた》いめでたい、お|祝《いは》ひ|申《まを》す、|三人《さんにん》のお|局様《つぼねさま》、|如何《いか》に|出世《しゆつせ》をしたと|言《い》つて、|鼻《はな》を|高《たか》くしてはなりませぬぞ。|何《なん》と|言《い》つても、|常世神王《とこよしんわう》の|宰相《さいしやう》は|此《こ》の|鷹取別《たかとりわけ》、|如何《いか》に|勢力《せいりよく》を|得《う》ればとて、この|鷹取別《たかとりわけ》を|除外《ぢよぐわい》する|事《こと》はなりませぬ』
『アハヽヽヽヽ、ヤア、|今迄《いままで》は|鷹取別《たかとりわけ》|様《さま》の|家来《けらい》となつて|居《ゐ》た|竹山彦《たけやまひこ》、|今日《こんにち》より|常世神王《とこよしんわう》のお|言葉《ことば》に|依《よ》りて、|直々《じきじき》の|家来《けらい》、|最早《もはや》|貴下《あなた》の|臣下《しんか》では|御座《ござ》らぬ。|貴下《きか》は|吾々《われわれ》の|同僚《どうれう》と|心得《こころえ》られよ。|斯《か》く|申《まを》す|竹山彦《たけやまひこ》の|顔《かほ》の|真中《まんなか》なるこの|鼻《はな》は、|何時《いつ》とはなしに、ムクムクと|高《たか》くなつた|心持《こころもち》が|致《いた》す。それに|引替《ひきか》へ、|貴下《きか》は|火《ひ》の|玉《たま》に|鼻《はな》を|突《つ》かれ、|平素《ひごろ》の|鼻《はな》の|鷹取別《たかとりわけ》も、お|気《き》の|毒《どく》|千万《せんばん》、|柿《かき》の【へた】のやうに|潰挫《めしや》げて|終《しま》つて、|両方《りやうはう》の|頬辺《ほほべた》にひつ|附《つ》き|申《まを》した。これからは|鼻《はな》の|低取別《ひくとりわけ》となつて、|今迄《いままで》の|傲慢《がうまん》|不遜《ふそん》の|態度《たいど》を|改《あらた》められよ。さてもさても|鼻持《はなもち》ならぬ|御顔《おかほ》だなア、ワハヽヽヽヽ』
|常世神王《とこよしんわう》は|打解《うちと》け|顔《がほ》、
『|松代姫《まつよひめ》にお|尋《たづ》ね|申《まを》したき|事《こと》がござる。|貴女方《あなたがた》は|孱弱《かよわ》き|女《をんな》の|身《み》を|以《もつ》て、この|常世《とこよ》の|国《くに》に|宣伝《せんでん》すべく|御出《おい》でになつたのは、|何《なに》か|深《ふか》い|様子《やうす》が|御座《ござ》らう。|包《つつ》まず|隠《かく》さず|仰《あふ》せられたし。|斯《か》くなる|上《うへ》は、|何《なん》の|隔《へだ》てもなければ、|心《こころ》|置《お》きなく|事実《じじつ》を|述《の》べられたし』
と|問《と》ひかくる。|松代姫《まつよひめ》は|言葉《ことば》も|軽々《かるがる》しく、
『ハイ、|妾《わらは》|姉妹《きやうだい》|三人《さんにん》の|者《もの》、|艱難《かんなん》|苦労《くらう》を|嘗《な》めて|常世《とこよ》の|国《くに》に|参《まゐ》りしは、|余《よ》の|儀《ぎ》では|御座《ござ》いませぬ。|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|三五教《あななひけう》の|守護神《まもりがみ》、|神伊弉冊命《かむいざなみのみこと》|様《さま》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》、ロッキー|山《ざん》に|現《あ》れますと|承《うけたま》はり、お|跡《あと》|慕《した》ひて|参《まゐ》りました。|郷《がう》に|入《い》つては|郷《がう》に|従《したが》へとかや、|妾《わらは》はこれより|三五教《あななひけう》を|棄《す》て、|常世神王《とこよしんわう》の|奉《ほう》じ|給《たま》ふウラル|教《けう》に|帰依《きえ》いたします。|然《しか》しながら、|伊弉冊命《いざなみのみこと》|様《さま》にも、|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》にも、|矢張《やつぱ》り|三五教《あななひけう》をお|開《ひら》きで|御座《ござ》いませう』
『イヤ、|伊弉冊大神《いざなみのおほかみ》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》は、ロッキー|山《ざん》に|宮柱太敷《みやはしらふとし》き|立《た》てウラル|教《けう》を|開《ひら》き|給《たま》ふぞ』
と、したり|顔《がほ》に|述《の》べ|立《た》つる|遠山別《とほやまわけ》の|抗弁《かうべん》いと|怪《あや》し。この|時《とき》|門番《もんばん》の|蟹彦《かにひこ》は、|畏《おそ》る|畏《おそ》る|此《こ》の|場《ば》に|現《あら》はれ、
『|鷹取別《たかとりわけ》の|司《つかさ》に|申上《まをしあ》げます。|唯今《ただいま》ロッキー|山《ざん》より、|美山別命《みやまわけのみこと》、|国玉姫《くにたまひめ》と|共《とも》に、|御使者《ごししや》として|御来城《ごらいじやう》、|別殿《べつでん》に|御休息《ごきうそく》せられあり。|如何《いかが》|致《いた》しませうや』
『|吾《われ》は|是《これ》より|寝殿《しんでん》に|入《い》つて|休息《きうそく》せむ。|鷹取別《たかとりわけ》よ、ロッキー|山《ざん》の|神使《しんし》の|御用《ごよう》の|趣《おもむき》、しかと|承《うけたま》はり、わが|前《まへ》に|報告《はうこく》せよ。|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》の|局《つぼね》|来《きた》れ』
と|云《い》ひつつ、|常世神王《とこよしんわう》は|三女《さんぢよ》と|倶《とも》に|寝殿《しんでん》|指《さ》して|悠々《いういう》と|進《すす》み|入《い》る。|鷹取別《たかとりわけ》は|蟹彦《かにひこ》に|向《むか》ひ、
『|汝《なんぢ》は|別殿《べつでん》に|於《おい》て、|美山別《みやまわけ》、|国玉姫《くにたまひめ》の|御上使《ごじやうし》に|向《むか》ひ、|速《すみや》かに|此《この》|場《ば》に|御出場《ごしゆつぢやう》あらむ|事《こと》を|申伝《まをしつた》へよ』
『|委細《ゐさい》|承知《しようち》|致《いた》しました』
と|顔《かほ》を|上《あ》げる|途端《とたん》に、|鷹取別《たかとりわけ》の|顔《かほ》を|眺《なが》め、
『ヤア、|貴方様《あなたさま》、その|鼻《【はな】》は|如何《どう》なさいました。【ハナ】【ハナ】|以《もつ》て|合点《がてん》の|行《ゆ》かぬ|御鼻《おん【はな】》、|一割《いちわり》|高《たか》い|鷹取別《たかとりわけ》の|天狗鼻《てんぐ【ばな】》も、|今《いま》は|殆《ほとん》ど|柿《かき》の【へた】|同様《どうやう》でございますなア。|余《あま》り|慢心《まんしん》|致《いた》して、|鼻《【はな】》ばかり|高《たか》う|致《いた》すと、|艮《うしとら》の|金神《こんじん》が|現《あら》はれて、|鼻《【はな】》を|捻折《ねじを》つて|潰挫《めしや》いで|終《しま》ふぞよと、|三五教《あななひけう》とやらの|教《をし》ふるとか|聞《き》きました。|真実《ほんと》に|貴方《あなた》の|鼻《【はな】》は、【へしやば】つて、|穴《あな》も|碌《ろく》に|見《み》えませぬ。|鼻《【はな】》の|穴《あな》【ない】|教《けう》ではございませぬか』
『|何《なに》|馬鹿《ばか》|申《まを》す、|速《すみや》かに|別殿《べつでん》に|報告《はうこく》|致《いた》せ』
『これはこれは、|失礼《しつれい》|致《いた》しました。【ハナ】【ハナ】|以《もつ》て|不都合《ふつがふ》|千万《せんばん》、|平《ひら》た|蟹《がに》になつて|謝罪《あやま》ります。|何卒《どうぞ》【カニ】して|下《くだ》さいませ』
と|蟹彦《かにひこ》は|馬鹿口《ばかぐち》を|叩《たた》きながら、この|場《ば》を|立出《たちい》で|独言《ひとりごと》、
『|何《なん》だ、|折角《せつかく》|美人《びじん》が|来《き》たから、このお|使《つかひ》を|幸《さいはひ》に、|美《うつく》しいお|顔《かほ》を|拝《をが》みたいと|思《おも》つて|居《ゐ》たのに、アタ|面白《おもしろ》うもない、|鷹取別《たかとりわけ》の|潰《つぶ》れ|面《づら》や、|照山彦《てるやまひこ》の|禿頭《はげあたま》を|見《み》せつけられて、エエ|胸糞《むねくそ》の|悪《わる》い|事《こと》だワイ。|二《ふた》つ|目《め》には|竹山《たけやま》の|火事《くわじ》のやうに、ポンポンと|吐《ぬ》かしよつた|鷹取別《たかとりわけ》、|何《なん》の|醜態《ざま》だい、|甚《はなは》だ|以《もつ》て|人気《にんき》の|悪《わる》い|面付《つらつき》だぞ』
|斯《か》かる|処《ところ》へ|現《あら》はれ|出《い》でたる|固虎《かたとら》は、
『オイ、|蟹彦《かにひこ》、|今《いま》|貴様《きさま》は|何《なに》を|言《い》つて|居《を》つたか、|天《てん》に|口《くち》あり|壁《かべ》に|耳《みみ》だ。チヤンと|此《この》|固虎《かたとら》さまのお|耳《みみ》に|這入《はい》つたのだ。|鷹取別《たかとりわけ》|様《さま》に|言上《ごんじやう》するから、|覚悟《かくご》を|致《いた》せ』
『ヤアヤア、|痩児《やせご》に|蓮根《はすね》とは|此《この》|事《こと》かい。|固虎《かたとら》|奴《め》が|何時《いつ》の|間《ま》にか|聞《き》きよつて……|貴様《きさま》は|聞《き》かねばならぬ|事《こと》は|一寸《ちよつと》も|聞《き》かず、|聞《き》かいでもよい|事《こと》はよく|聞《き》く|奴《やつ》だ。|言《い》はねばならぬ|事《こと》は|一寸《ちよつと》も|能《よ》う|吐《ぬ》かさず、|言《い》はいでもよい|事《こと》はベラベラと|喋《しやべ》りたがるなり、|困《こま》つた|奴《やつ》だ。が|貴様《きさま》が|鷹取別《たかとりわけ》|様《さま》に|言《い》ふなら|言《い》つてもいい。その|代《かは》りにこの|蟹彦《かにひこ》も|堪忍《かんにん》ならぬ。|貴様《きさま》は|最前《さいぜん》、|中門《なかもん》の|傍《そば》で、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|魔性《ましやう》の|女《をんな》だと|言《い》つてゐたであらうがな。チヤンとこの|蟹彦《かにひこ》が|聞《き》いてゐるのだ』
『オイ、もうこんな|事《こと》は|為替《かはせ》だ|為替《かはせ》だ、|互《たがひ》に|言《い》はぬ|事《こと》にしようかい。|又《また》|屑《くづ》が|出《で》ると|互《たがひ》の|迷惑《めいわく》だからなア』
『|態《ざま》|見《み》やがれ、|固虎《かたとら》の|野郎《やらう》、ガタガタ|慄《ぶる》ひしよつて、|他人《ひと》を|呪《のろ》へば|穴《あな》|二《ふた》つだ。|二《ふた》つの|穴《あな》さへ|滅茶々々《めちやめちや》になつた。|鷹取別《たかとりわけ》の|鼻《はな》の|不態《ぶざま》つたら、|見《み》られた|醜態《ざま》ぢやありやアしない。ヤア、ガタ|虎《とら》、|貴様《きさま》も|来《こ》い』
と|肩肘《かたひぢ》|怒《いか》らし、|横《よこ》に|歩《ある》いて|別殿《べつでん》に|進《すす》み|入《い》つた。|蟹彦《かにひこ》、|固虎《かたとら》の|両人《りやうにん》は|恐《おそ》る|恐《おそ》る|別殿《べつでん》に|進《すす》み|入《い》り、|右《みぎ》の|手《て》を|以《もつ》て|頭《あたま》を|幾度《いくど》となく|掻《か》きながら、
『これはこれは、|御上使様《ごじやうしさま》、|長《なが》らくお|待《ま》たせ|致《いた》しました。サア、|案内《あんない》|致《いた》しませう、|奥殿《おくでん》に……』
と|云《い》ひながら|先《さき》に|立《た》つて|手《て》を|振《ふ》り、|怪《あや》しき|歩《あゆ》み|恰好《かつかう》の|可笑《をか》しさ。|殊《こと》に|蟹彦《かにひこ》は|腰《こし》を|曲《ま》げ、|尻《しり》を|一歩々々《ひとあしひとあし》、プリンプリンと|振《ふ》りつつ|行《ゆ》く。|美山別《みやまわけ》、|国玉姫《くにたまひめ》は|悠々《いういう》として|奥殿《おくでん》に|進《すす》み|入《い》り、|正座《しやうざ》に|着《つ》き、
|美山別《みやまわけ》『オー、|常世城《とこよじやう》の|宰相神《さいしやうがみ》、|鷹取別《たかとりわけ》とはその|方《はう》なるや』
『ハイ、|仰《あふ》せの|如《ごと》く、|吾《われ》は|鷹取別《たかとりわけ》でございます』
『ヤア、|貴下《きか》の|顔《かほ》は|如何《いかが》なされた。|少《すこ》しく|変《へん》ではござらぬか』
『ハイ……』
|竹山彦《たけやまひこ》は|恭《うやうや》しく、
『これはこれは|御上使様《ごじやうしさま》、よく|入来《いら》せられました。|今迄《いままで》は|鷹取別《たかとりわけ》、|今日《けふ》よりは|鼻《はな》の|高《たか》きを|取《と》り、|低取屁茶彦《びくとりべちやひこ》と|改名《かいめい》|致《いた》しました』
|鷹取別《たかとりわけ》は|鼻《はな》をフガフガ|言《い》はせながら、|何事《なにごと》か|言《い》はむとすれども、|声調《せいてう》|乱《みだ》れて|聞《き》き|取《と》り|得《え》ざるぞ|憐《あは》れなる。
『|何《なに》はともあれ、|伊弉冊大神《いざなみのおほかみ》の|御神勅《ごしんちよく》、|慥《たしか》に|承《うけたま》はれ。|常世《とこよ》の|国《くに》に|渡《わた》り|来《きた》る|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》は、|間《はざま》の|酋長《しうちやう》|春山彦《はるやまひこ》の|家《いへ》に|隠匿《かくま》はれ|居《を》ると|聞《き》く。|汝《なんぢ》は|速《すみや》かに|捕手《とりて》を|遣《つか》はし、|彼《かれ》ら|三人《さんにん》を|生擒《いけどり》にして、|一時《いちじ》も|早《はや》くロッキー|山《ざん》に|送《おく》り|来《きた》れよとの|厳命《げんめい》』
と|厳《おごそ》かに|言《い》ひ|渡《わた》す。|美山別《みやまわけ》の|言葉《ことば》に|蟹彦《かにひこ》は、
『モシモシ|美山別《みやまわけ》の|御上使様《ごじやうしさま》、その|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》は|既《すで》にすでに|常世神王《とこよしんわう》の|御居間《おゐま》に……』
|遠山別《とほやまわけ》『シーツ、|蟹彦《かにひこ》、|要《い》らざる|差出口《さしでぐち》……|門番《もんばん》の|分際《ぶんざい》として|何《なに》が|解《わか》るか。|汝《なんぢ》らの|口出《くちだし》すべき|場所《ばしよ》でないぞ、|退《さが》り|居《を》らう。……これはこれは|御上使様《ごじやうしさま》、|鷹取別《たかとりわけ》は|御覧《ごらん》の|通《とほ》り|言語《げんご》も|明瞭《めいれう》を|欠《か》きますれば、|次席《じせき》なる|遠山別《とほやまわけ》が|代《かは》つてお|受《う》け|申《まを》さむ。|御上使《ごじやうし》の|趣《おもむき》、|委細《ゐさい》|承知《しようち》|仕《つかまつ》りました。|一日《いちにち》も|早《はや》く|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|生擒《いけどり》にし、お|届《とど》け|申《まを》さむ』
『|早速《さつそく》の|承知《しようち》、|満足々々《まんぞくまんぞく》、|大神《おほかみ》におかせられても、|嘸《さぞ》|御満足《ごまんぞく》に|思召《おぼしめ》すらむ。さらば|某《それがし》は、|急《いそ》ぎロッキー|山《ざん》に|立帰《たちかへ》らむ。|常世神王《とこよしんわう》に|委細《ゐさい》|伝達《でんたつ》あれよ』
と|言《い》ひ|棄《す》て、|数多《あまた》の|家来《けらい》を|引連《ひきつ》れ、|馬上《ばじやう》|裕《ゆたか》に|揺《ゆ》られながら、|国玉姫《くにたまひめ》と|諸共《もろとも》に|門外《もんぐわい》さして|帰《かへ》り|往《ゆ》く。|蟹彦《かにひこ》は|美山別《みやまわけ》の|後《あと》を|追駆《おつか》けながら、
『モシモシ|御上使様《ごじやうしさま》、|遠山別《とほやまわけ》の【トツケ】もない|言葉《ことば》に|欺《だま》されぬやうになされませや。|慥《たしか》にこの|蟹彦《かにひこ》が、|何《なに》も【カニ】も|承知《しようち》|致《いた》して|居《を》ります』
と、|皺枯声《しはがれごゑ》に|叫《さけ》べども、|蹄《ひづめ》の|音《おと》に|遮《さへぎ》られ、|美山別《みやまわけ》は|耳《みみ》にもかけず、|足《あし》を|早《はや》めて|雲《くも》を|霞《かすみ》と|帰《かへ》り|行《ゆ》く。
(大正一一・二・一九 旧一・二三 河津雄録)
第五章 |狐々怪々《こンこンくわいくわい》〔四三五〕
|美山別《みやまわけ》、|国玉姫《くにたまひめ》の|二人《ふたり》の|上使《じやうし》の|悠々《いういう》と|帰《かへ》りし|後《あと》の|奥殿《おくでん》は、|何《なん》となく|一座《いちざ》|白《しら》けて、|互《たがひ》に|吐息《といき》の|聞《きこ》ゆるのみ。
『ワハヽヽヽヽ、|何《なん》とまあ、|世《よ》の|中《なか》は【まま】ならぬものだなア。|吾々《われわれ》が|力《ちから》を|尽《つく》し|心《こころ》を|竭《つく》して|照山彦《てるやまひこ》と|二人《ふたり》で、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》を|此処《ここ》までお|供《とも》を|申《まを》し|上《あ》げ、|常世神王様《とこよしんわうさま》の|御機嫌斜《ごきげんなな》めならず、|吾々《われわれ》もお|蔭《かげ》で|神王様《しんわうさま》にお|賞《ほ》めの|詞《ことば》を|戴《いただ》いて|喜《よろこ》ぶ|間《ま》もなく、|有為転変《うゐてんぺん》の|世《よ》の|中《なか》とは|云《い》ひながら、|変《かは》れば|変《かは》るものだなア。|手《て》を|覆《くつが》へせば|雲《くも》となり、|手《て》を|翻《ひるが》へせば|雨《あめ》となる。|折角《せつかく》|喜《よろこ》んで|連《つ》れ|帰《かへ》り、|常世城内《とこよじやうない》に|錦上《きんじやう》|更《さら》に|花《はな》を|添《そ》へたと|思《おも》つたのは|束《つか》の|間《ま》、|夢《ゆめ》か|現《うつつ》か|幻《まぼろし》か、ロッキー|山《ざん》の|大神様《おほかみさま》より、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》を|速《すみや》かに|生擒《いけどり》にして|送《おく》つて|来《こ》いとの|御厳命《ごげんめい》、あれ|程《ほど》|御機嫌《ごきげん》のよい|常世神王様《とこよしんわうさま》に、|如何《どう》してその|厳命《げんめい》を|伝《つた》へられやうか。|屹度《きつと》|掌中《しやうちう》の|玉《たま》を|奪《と》られたやうに、|失望落胆《しつばうらくたん》の|淵《ふち》に|沈《しづ》まれるのは|見《み》えるやうだ。マアマアお|役目柄《やくめがら》、|斯《か》う|云《い》ふ|時《とき》は|下役《したやく》の|竹山彦《たけやまひこ》は|都合《つがふ》がいいワイ。サアサア|鷹取別《たかとりわけ》さま、|上使《じやうし》の|趣《おもむき》、|常世神王《とこよしんわう》へ|御奏上《ごそうじやう》|遊《あそ》ばさるがよからう』
|鷹取別《たかとりわけ》、|鼻《はな》のベシヤゲた|顔《かほ》をあげて、
『フガフガホンガ……ホンナホトハ、ハタハタハタドリハケガフハズトモ、フチノヨウヒク、ハケハマヒコガ、ソソモンヒテフレ』
『フガフガフガ、ホンナホトハなんて、|何《なん》の|事《こと》だか|竹山彦《たけやまひこ》にはさつぱり|分《わか》りやしない。ハナハナもつて|困《こま》り|入《い》つた。ヤア、|仕方《しかた》がない、|遠山別《とほやまわけ》さまの|番《ばん》だ。フヤクホウジヨウハサレハセ』
|遠山別《とほやまわけ》は|苦虫《にがむし》を|噛《か》むだやうな|面付《つらつき》しながら、【むつく】と|立《た》ち、|寝殿《しんでん》|目蒐《めが》けて|足《あし》|重《おも》たげに、ノソリノソリと|出《い》でて|行《ゆ》く。
『|折角《せつかく》|生命《いのち》がけになつて|猪《しし》を|捕《と》つた|犬《いぬ》が、|猟師《れふし》に|鉄砲《てつぱう》の|台《だい》で|頭《あたま》を【こづかれ】たやうなものだなア。|酒屋《さかや》へ|三里《さんり》、|豆腐屋《とうふや》へ|五里《ごり》の|山坂《やまさか》を|越《こ》えて、|漸《やうや》う|油揚《あぶらあげ》を|買《か》つて|大方《おほかた》|家《うち》の|軒《のき》まで|帰《かへ》つた|時《とき》に、|空《そら》の|鳶《とび》に|禿頭《はげあたま》をコツンとやられて、|吃驚《びつくり》して|腰《こし》を|抜《ぬ》かした|矢先《やさき》、|油揚《あぶらあげ》を|攫《さら》へて|去《い》なれたやうな、|面白《おもしろ》からぬ|有難《ありがた》くもない|怪体《けつたい》な|場面《ばめん》だ。|常世神王様《とこよしんわうさま》も|短《みじか》い|夢《ゆめ》を|見《み》られたものだ。|今夜《【こん】や》のやうな【こん】な|結構《けつこう》な、|丸《まる》で|婚礼《【こん】れい》|見《み》たやうに、|目出度《めでた》いめでたいと【よろ】【こん】だ|間《ま》もなく、【コン】【コン】さまに|魅《つま》まれたやうに、|何《なに》が|何《なに》やらさつぱり【コン】と|訳《わけ》が|判《わか》らぬ|事《こと》になつて|了《しま》うた。それだから【コン】【タン】は|夢《ゆめ》の|枕《まくら》と|云《い》ふのだ。ああ、【コン】【コン】【チキチン】、【コン】【チキチン】だ。|春山彦《はるやまひこ》が【よろ】【こん】で|隠《かく》まうて|居《を》つた|綺麗《きれい》な|女《をんな》を、|鷹取別《たかとりわけ》が|鷹《たか》が|雀《すずめ》を|掴《つか》むやうに|引奪《ひつたく》つて|帰《かへ》つて、|常世神王《とこよしんわう》に|賞《ほ》めてもらつて、|鼻高々《はなたかだか》と|今夜《こんや》は|帰《かへ》つて|女房《にようばう》に|自慢《じまん》をしようと|思《おも》つて|居《ゐ》たのに、|鼻《はな》はメシヤゲて【こん】な|態《ざま》、それについても|常世神王《とこよしんわう》の|広国別《ひろくにわけ》さま、|今夜《【こん】や》の|驚《おどろ》きはお|察《さつ》し|申《まを》す。【コン】ナ【コン】トラストが|又《また》と|世界《せかい》にあるものか。|鼈《すつぽん》に|尻《しり》をぬかれたと|言《い》はうか、|嘘《うそ》を|月夜《つきよ》に|釜《かま》をぬかれたと|言《い》はうか、たとへ|方《がた》ない|今晩《【こん】ばん》の|仕儀《しぎ》、|実《じつ》に【コン】|難《なん》【コン】|窮《きう》の|至《いた》りだ。【コン】【コン】【チキチン】、【コン】【チキチン】だ』
|照山彦《てるやまひこ》『オイ|竹山彦《たけやまひこ》、ソンナ|無駄口《むだぐち》を|言《い》つてる|場合《ばあひ》ぢやなからう。|何《なん》とか|善後策《ぜんごさく》を|講《かう》じなくてはならないのだ。お|前《まへ》もいよいよ|鷹取別《たかとりわけ》さまと|肩《かた》を|並《なら》べる|様《やう》になつたのも、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|首尾《しゆび》よく|連《つ》れて|帰《かへ》つたお|蔭《かげ》ぢやないか。|神王様《しんわうさま》のお|心《こころ》をお|察《さつ》し|申《まを》せば、そんな|気楽《きらく》な|事《こと》を|言《い》うて|居《を》られるかい』
『ハテ、|困《こま》つたなア、|誰《たれ》ぞよい|智慧《ちゑ》|貸《か》しては|呉《く》れまいか、この|竹山彦《たけやまひこ》に』
かかる|処《ところ》へ、|広国別《ひろくにわけ》の|偽常世神王《にせとこよしんわう》は、|遠山別《とほやまわけ》を|従《したが》へこの|場《ば》に|現《あらは》れ、|気分《きぶん》|勝《すぐ》れぬ|面《おも》もちにて、
『アイヤ|皆《みな》の|者《もの》、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》を、|一時《いちじ》も|早《はや》くロッキー|山《ざん》の|館《やかた》にお|送《おく》り|申《まを》さなくてはならぬ。ぢやと|申《まを》して……』
|竹山彦《たけやまひこ》『【ぢや】と|申《まを》して、|鬼《おに》と|申《まを》して、|虎《とら》と|申《まを》して、|竹山彦《たけやまひこ》には|何《なん》とも、しし|仕様《しやう》がありませぬワイ。これは|一《ひと》つ|鷹取別《たかとりわけ》さまに|智慧《ちゑ》を|貸《か》して|貰《もら》ひませう。モシモシ、ハタホリアケハン、ホイケンハ、ホウデホザリマス』
とわざと|鼻声《はなごゑ》を|出《だ》す。|鷹取別《たかとりわけ》は、
『フガフガフガ』
と|解《わか》らぬ|言語《げんご》を|続《つづ》けるのみ。
『|折角《せつかく》|予《よ》が|気《き》に|入《い》つたる|三人《さんにん》の|娘《むすめ》、お|渡《わた》し|申《まを》すは|本意《ほんい》なれど、|今《いま》|暫《しばら》く|当《たう》|城内《じやうない》に|留《とど》め|置《お》きたし。|吾《われ》|聞《き》く、|春山彦《はるやまひこ》には、|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|三人《さんにん》の|花《はな》の|如《ごと》き|娘《むすめ》ありとのこと、|手段《てだて》を|以《もつ》て|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|連《つ》れ|帰《かへ》り、|身代《みがは》りとしてロッキー|山《ざん》に|送《おく》らば|如何《いか》に』
『イヤ、|遉《さすが》は|常世神王《とこよしんわう》さま、|天晴《あつぱ》れの|妙案《めうあん》、|遠山別《とほやまわけ》|言葉《ことば》を|構《かま》へ、これより|間《はざま》の|国《くに》に|向《むか》ひ、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|召《め》し|連《つ》れ|帰《かへ》らせませう』
『|委細《ゐさい》は|汝《なんぢ》に|任《まか》す。よきに|取《と》り|計《はか》らへよ』
『ワハヽヽヽ、|妙案々々《めうあんめうあん》|妙《めう》ちきチン、【コン】【コン】【チキチン】、【コン】【チキチン】、|竹山彦《たけやまひこ》、カンカンチキチン、カンチキチン』
|斯《か》かる|処《ところ》へ、|目付役《めつけやく》の|雁若《かりわか》は|慌《あわただ》しく|進《すす》み|来《きた》り、
『|申上《まをしあ》げます。ただいま|中依彦様《なかよりわけさま》、|間《はざま》の|国《くに》より|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|照彦《てるひこ》と|云《い》ふ|豪《がう》の|者《もの》を|唐丸駕籠《たうまるかご》に|乗《の》せ|御帰城《ごきじやう》でございます。|如何《いかが》|取《と》り|計《はか》らひませうか』
『アイヤ、|遠山別《とほやまわけ》、その|他《た》|一同《いちどう》の|者《もの》、|中依別《なかよりわけ》の|連《つ》れ|帰《かへ》りし|照彦《てるひこ》とやらを、この|庭前《ていぜん》に|引《ひ》き|据《す》ゑ、|詳細《しやうさい》なる|訊問《じんもん》いたせ』
|一同《いちどう》『ハハーツ』
|常世神王《とこよしんわう》は|悠々《いういう》として|寝殿《しんでん》さして|進《すす》み|入《い》る。
○
(|話《はなし》は|少《すこ》し|元《もと》へ|返《かへ》る)
|馬《うま》に|跨《またが》り|悠々《いういう》と|意気《いき》|衝天《しようてん》の|鼻息《はないき》|荒《あら》く、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|照彦《てるひこ》を|捕《とら》へて、|常世城《とこよじやう》の|門前《もんぜん》に|立帰《たちかへ》つたる|中依別《なかよりわけ》は、|門《もん》の|戸《と》|叩《たた》いて|大音声《だいおんじやう》。
『アイヤ、|門番《もんばん》、|中依別《なかよりわけ》なるぞ。|速《すみや》かにこの|門《もん》|開《ひら》け』
|蟹彦《かにひこ》『ヤ、ナンヂヤ、|又《また》|妙《めう》な|奴《やつ》がやつて|来《き》たのでないかな。【|中《なか》よりアケ】なんて、|決《きま》つたことを|言《い》ひよるワイ。|閂《かんぬき》のした|門《もん》を、【|中《なか》より|開《あ》け】るのは|当然《あたりまへ》だ。|外《そと》より|開《あ》けられる|門《もん》なら、|外《そと》から|呶鳴《どな》らなくても、|黙《だま》つて|開《あ》けて|這入《はい》ればいいのだ』
とつぶやきながら、|閂《かんぬき》を|左右《さいう》にソツと|開《ひら》いた。
|中依別《なかよりわけ》は|馬《うま》に|跨《またが》りながら、
『アイヤ、|蟹彦《かにひこ》、|夜中《やちう》に|開門《かいもん》|大儀《たいぎ》であつた。この|駕籠《かご》が|通《とほ》つた|後《あと》は、|門扉《もんぴ》を|堅《かた》く|閉《し》め|守《まも》れよ。ヤアヤア|家来《けらい》の|者共《ものども》、|大儀《たいぎ》であつた。|汝《なんぢ》らは|各自《めいめい》|家《いへ》に|帰《かへ》り|休息《きうそく》せよ』
と|云《い》ひ|捨《す》てて|奥《おく》へ|奥《おく》へと|進《すす》み|行《ゆ》く。
|中依別《なかよりわけ》は|中門《なかもん》の|外《そと》にて|馬《うま》をヒラリと|飛《と》び|下《お》り、|馬《うま》の|鬣《たてがみ》、|顔《かほ》、|首《くび》などを|撫《な》で|擦《さす》りながら、
『ヤア、|鹿毛《かげ》よ、|長々《ながなが》|苦労《くらう》をかけた。ゆつくり|廐《うまや》へ|行《い》つて|休《やす》んでくれ』
|蟹彦《かにひこ》は|腰《こし》から|上《うへ》の|横《よこ》に|曲《まが》つた、|細長《ほそなが》き|身体《からだ》を|揺《ゆす》りながら|馳《は》せ|来《きた》り、|駕籠《かご》の|中《なか》を|一寸《ちよつと》|覗《のぞ》き、
『イヤー』
と|又《また》もや|腰《こし》を|抜《ぬ》かして|大地《だいち》に|倒《たふ》れ|伏《ふ》す。|中門《なかもん》はサツと|開《ひら》かれ、|中依別《なかよりわけ》は|駕籠《かご》を|舁《かつ》がせながら|奥深《おくふか》く|進《すす》み|入《い》り、|庭先《にはさき》に|駕籠《かご》を|下《おろ》させ、
『|只今《ただいま》|無事《ぶじ》|帰城《きじやう》|致《いた》しました。|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|照彦《てるひこ》、よく|御検視《おんあらため》|下《くだ》さいませ』
|竹山彦《たけやまひこ》『ヤー、これはこれは|中依別《なかよりわけ》|殿《どの》、お|手柄《てがら》お|手柄《てがら》、|定《さだ》めて|別嬪《べつぴん》で|御座《ござ》らうな』
『イヤ、なに|竹山彦《たけやまひこ》|殿《どの》、|八字髭《はちじひげ》を|生《は》やした、|筋骨《きんこつ》|逞《たくま》しき|鬼《おに》をも|取《と》りひしぐ|大丈夫《だいぢやうぶ》でござる、|御油断《ごゆだん》あらせられるな』
|鷹取別《たかとりわけ》は|鼻声《はなごゑ》にて、
『ホレハホレハ、ハカハカヒヨリワケカ、ヒヤクメ、ハイギハイギ』
|竹山彦《たけやまひこ》『|百目《ひやくめ》、|二百目《にひやくめ》、|一貫目《いつくわんめ》、|三十貫目《さんじふくわんめ》の|荒男《あらをとこ》、さぞ|重《おも》かつたでござんせうな』
『|竹山彦《たけやまひこ》|殿《どの》、|冗戯《じようだん》も|時《とき》にこそよれ、|櫛風沐雨《しつぷうもくう》、|難《なん》を|冒《をか》して|使命《しめい》を|全《まつた》うし、|漸《やうや》く|帰《かへ》り|来《きた》りし|中依別《なかよりわけ》|殿《どの》、|鄭重《ていちよう》に|御待遇《おんもてなし》なさらぬか、|照山彦《てるやまひこ》|御注意《ごちうい》|申《まを》す』
|駕籠《かご》の|中《なか》より、
『|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|照彦《てるひこ》とは|仮《かり》の|名《な》、|一《ひと》、|二《ふた》、|三《み》、|四《よ》、|五《いつ》、|六《むゆ》、|七《なな》、|八《や》、|九《ここの》、|十《たり》、|天《あま》の|数歌《かずうた》|名《な》に|負《お》ひし|戸山津見《とやまづみ》の|神《かみ》、|見参《けんざん》せむ』
|竹山彦《たけやまひこ》『ヤア、これは|中々《なかなか》|手強《てごわ》き|奴《やつ》でござる。アイヤ|方々《かたがた》、|御油断《ごゆだん》あるな』
|遠山別《とほやまわけ》『|拙者《せつしや》はこれより|臣下《しんか》を|召《め》し|連《つ》れ、|間《はざま》の|国《くに》に|出張《しゆつちやう》いたさむ。|後《あと》は|鷹取別《たかとりわけ》|殿《どの》、|照山彦《てるやまひこ》|殿《どの》、|竹山彦《たけやまひこ》|殿《どの》、|万事《ばんじ》|宜《よろ》しく|頼《たの》み|入《い》る』
と|言《い》ひ|捨《す》てて|旅装《りよさう》を|整《ととの》へ、|馬《うま》に|跨《またが》り、|数十人《すうじふにん》の|家来《けらい》を|引《ひ》き|連《つ》れ、|月《つき》の|光《ひかり》を|浴《あ》びながら|一目散《いちもくさん》に|進《すす》み|行《ゆ》く。
|照彦《てるひこ》は|駕籠《かご》の|戸《と》|開《あ》けて|立《た》ち|現《あら》はれ、|遠慮《ゑんりよ》|会釈《ゑしやく》もなく|座敷《ざしき》の|真中《まんなか》にドツカと|坐《ざ》し、
『|吾《われ》こそは|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|常世《とこよ》の|国《くに》の|枉神《まがかみ》を|言向《ことむ》け|和《やは》すそのために、|手段《てだて》を|以《もつ》て|中依別《なかよりわけ》が|駕籠《かご》に|乗《の》り、ここに|現《あら》はれし|上《うへ》は、|汝《なんぢ》らが|運命《うんめい》も|朝日《あさひ》に|露《つゆ》の|消《き》ゆるが|如《ごと》く、|春日《かすが》に|雪《ゆき》の|解《と》くるが|如《ごと》く、|風前《ふうぜん》の|燈火《ともしび》、|扨《さて》も|扨《さて》もいぢらしい|者《もの》だ。アハヽヽヽ』
と|言《い》ふかと|見《み》れば、|姿《すがた》は|消《き》えて|行方《ゆくへ》も|空《そら》に|白煙《しらけむり》、|松《まつ》|吹《ふ》く|風《かぜ》の|庭木《にはき》をわたる|声《こゑ》のみ|聞《きこ》え|来《きた》る。
|照山彦《てるやまひこ》『|合点《がてん》ゆかぬこの|場《ば》の|仕儀《しぎ》、|中依別《なかよりわけ》|殿《どの》、|彼《かれ》は|何者《なにもの》なりしぞ』
|中依別《なかよりわけ》『………………』
|竹山彦《たけやまひこ》『ワハヽヽヽヽ、|此奴《こいつ》、|狐《きつね》の|悪戯《いたづら》だらう。|多士済々《たしさいさい》たるこの|城中《じやうちう》に、|人《ひと》もあらうに|中依別《なかよりわけ》の、【|中《なか》】にも【|別《わ》け】て【より】|処《どころ》のない|馬鹿《ばか》|役人《やくにん》を|遣《つか》はしたその|酬《むく》い、|泣《な》かぬばかりの|顔付《かほつき》して、よりどころなき|今《いま》の|体裁《ていさい》、|訳《わけ》の|判《わか》らぬ|事《こと》だワイ。アハヽヽヽヽヽヽ』
かかる|折《をり》しも、|横歩《よこある》きの|蟹彦《かにひこ》は、|庭先《にはさき》の|樹間《このま》|潜《くぐ》つてこの|場《ば》に|現《あら》はれ、
『|御一同《ごいちどう》に|申《まを》し|上《あ》げます。タヽ|大変《たいへん》でございます。|只今《ただいま》|駕籠《かご》に|乗《の》つて|来《き》た|罪人《とがにん》は、|門前《もんぜん》に|現《あら》はれ、|大勢《おほぜい》の|家来《けらい》を|手玉《てだま》に|取《と》つて、|乱暴狼藉《らんばうろうぜき》の|最中《さいちう》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|彼《かれ》を|召捕《めしと》り|下《くだ》さいますやう』
|鷹取別《たかとりわけ》『ホガホガホガ』
|照山彦《てるやまひこ》『|素破《すは》こそ|一大事《いちだいじ》。ヤアヤア|者《もの》|共《ども》、|表門《おもてもん》に|向《むか》へ』
|竹山彦《たけやまひこ》『コリヤ|面白《おもしろ》い、ワハヽヽヽヽ』
|照山彦《てるやまひこ》は|数多《あまた》の|家来《けらい》を|引連《ひきつ》れ、|門前《もんぜん》に|慌《あわただ》しく|走《はし》り|出《で》て|見《み》れば、こはそも|如何《いか》に、|見渡《みわた》す|限《かぎ》りの|馬場先《ばばさき》は、|皎々《かうかう》たる|月《つき》に|照《て》らされ|昼《ひる》の|如《ごと》く、|人影《ひとかげ》らしきもの|目《め》に|当《あた》らず|寂然《せきぜん》たり。|照山彦《てるやまひこ》は|両手《りやうて》を|組《く》み、|首《くび》を|傾《かたむ》け、
『ハテナー』
|彼方《かなた》の|森蔭《もりかげ》より、|何物《なにもの》の|声《こゑ》とも|知《し》らぬ、
『【コン】【コン】、クワイクワイ』
『|今《いま》のは|狐《きつね》の|声《こゑ》ではなからうかな』
(大正一一・二・一九 旧一・二三 東尾吉雄録)
第六章 |額《がく》の|裏《うら》〔四三六〕
|鷹取別《たかとりわけ》、|中依別《なかよりわけ》、その|他《た》の|並居《なみゐ》る|役人《やくにん》|共《ども》は|呆気《あつけ》に|取《と》られ|居《ゐ》る|時《とき》しも、|照山彦《てるやまひこ》はこの|場《ば》に|引返《ひきかへ》し|来《きた》り、
『ヤア、|妙《めう》な|事《こと》もあるものですなア。|今《いま》|御覧《ごらん》の|如《ごと》く、|照彦《てるひこ》とやらこの|場《ば》に|現《あら》はれ、|忽《たちま》ち|姿《すがた》を|隠《かく》し、|門外《もんぐわい》にて|又《また》もや|数多《あまた》の|従者《けらい》|共《ども》を|相手《あひて》に|乱暴狼藉《らんばうろうぜき》を|働《はたら》くとの|注進《ちゆうしん》によつて、|取《と》るものも|取敢《とりあ》へず、|表《おもて》に|駆《か》け|出《だ》し|様子《やうす》を|見《み》れば、|豈計《あにはか》らむや、|人影《ひとかげ》さへもなく、ただ|彼方《かなた》の|森《もり》に、コンコンと|狐《きつね》の|鳴《な》き|声《ごゑ》|聞《きこ》ゆるのみで|御座《ござ》つた。さてもさても|不思議《ふしぎ》な|事《こと》で|御座《ござ》るワイ』
|竹山彦《たけやまひこ》『|不思議《ふしぎ》と|言《い》つても、|斯様《かやう》な|不思議《ふしぎ》が|御座《ござ》らうか。イヤ|中依別《なかよりわけ》|殿《どの》、はるばると|御苦労《ごくらう》|千万《せんばん》にも、|間《はざま》の|国《くに》まで|御足労《ごそくらう》になつたのも|全《まつた》く|水《みづ》の|泡《あわ》、|泡《あわ》を|喰《く》つてアフンと|致《いた》すとはこの|事《こと》で|御座《ござ》らう』
|鷹取別《たかとりわけ》『フギヤフギヤフギヤ』
|竹山彦《たけやまひこ》『|是《これ》はしたり|鷹取別《たかとりわけ》|殿《どの》、まだ|明瞭《はつきり》とは|申《まを》されませぬか。|寔《まこと》に|以《もつ》て|不憫《ふびん》、|不体裁《ふていさい》、|不幸《ふかう》、フギヤフギヤの|至《いた》りで|御座《ござ》る』
|欄間《らんま》の|懸額《けんがく》の|後《うしろ》より、ウーと|唸《うな》り|声《ごゑ》|響《ひび》き|来《きた》る。|一同《いちどう》は|合点《がてん》ゆかずと、|懸額《けんがく》に|向《むか》つて|目《め》を|注《そそ》ぎ|耳《みみ》を|傾《かたむ》くれば、|額《がく》の|後《うしろ》より、
『【ア】ハヽヽヽ、【アニ】|図《はか》らむや、|妹《いもうと》|図《はか》らむや、はかり|知《し》られぬ|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|魔術《まじゆつ》にかけられ、|案《【あ】ん》に|相違《さうゐ》の|汝《なんぢ》らが、【ア】フンと|致《いた》して|呆《あき》れ|果《は》てたるその|面付《つらつ》き、|余《【あ】ま》りと|云《い》へば|余《【あ】ま》りでないか。|頭《【あ】たま》|拘《かか》へて【ア】イタヽコイタヽ、|暗《やみ》から|現《【あ】ら》はれた|赤玉《【あ】かだま》に、|頭《【あ】たま》を|押《おさ》へ|叩《たた》かれ、|鼻《はな》をメシヤゲられ、|赤《【あ】か》い|顔《かほ》して|目《め》をキヨロつかせた|悪神《【あ】くがみ》の|寄合《よりあ》ひ、|浅《【あ】さ》い|智慧《ちゑ》を|以《もつ》て|何《なに》を|企《たく》んでも、|足下《【あ】しもと》の|見《み》えぬ|汝等《なんぢら》が|盲目神《めくらがみ》、|足下《【あ】しもと》から|鳥《とり》が|立《た》つぞよ。|何程《なにほど》|焦慮《【あ】せ》つても|鉄面《【あ】つかま》しう|致《いた》しても|細引《ほそびき》の|褌《ふんどし》、|彼方《【あ】ちら》へ|外《はづ》れ|此方《こちら》へ|外《はづ》れて、|後《【あ】と》の|始末《しまつ》はこの|通《とほ》り、【あ】な|可笑《をか》しやな。|三五教《【あ】ななひけう》の|宣伝使《せんでんし》と|侮《【あ】など》つて、|阿呆《【あ】ほう》の|限《かぎ》りを|尽《つく》した|汝等《なんぢら》、|余《【あ】ま》りの|事《こと》で|二《ふた》つの|眼《め》から【あはれ】や|雨《【あ】め》が|降《ふ》る。|怪《【あ】や》しい|物音《ものおと》に|耳《みみ》を|澄《す》ませ、|有《【あ】》らう|事《こと》か|有《【あ】》ろまい|事《こと》か、|肝腎《かんじん》の|玉《たま》を|取《と》られたその|有様《【あ】りさま》、|有《【あ】》るに|有《【あ】》られぬ|御心配《ごしんぱい》、|御察《おさつ》し|申《まを》す、【ア】ハヽヽヽ、|阿呆々々《【あ】はう【あ】はう》と|烏《からす》のお|悔《くや》み、オホヽヽヽ』
|照山彦《てるやまひこ》『ヤア|怪《【あ】や》しき|額《がく》の|裏《うら》、|何《いづ》れの|悪神《【あ】くがみ》か、|汝《なんぢ》が|正体《しやうたい》|暴露《【あ】らは》し|呉《く》れむ』
と|額《がく》を|目《め》がけて、あり|合《あ》ふ|木刀《ぼくたう》を|取《と》るより|早《はや》くハツシと|打《う》てば、|怪《あや》しき|声《こゑ》は|再《ふたた》び|方向《はうかう》を|転《てん》じ、|何処《どこ》ともなしに、
『【イ】ヒヽヽヽ、【い】ぢらしいものだ。|幾程《【い】くら》この|方《はう》の|所在《ありか》を|探《さが》した|処《ところ》で、|煎豆《【い】りまめ》に|花《はな》が|咲《さ》くまで|此《この》|方《はう》の|姿《すがた》は|判《わか》るまい。|如何《【い】かが》なるらむと|呼吸《【い】き》も|絶《た》えだえに|心《こころ》を|焦《【い】ら》つ|意気地《【い】くぢ》なし、|俺《おれ》が|意見《【い】けん》をトツクと|聞《き》け。|長途《ちやうと》の|旅《たび》を|漸《やうや》う|此処《ここ》に|手柄顔《てがらがほ》して|威張顔《【ゐ】ばりがほ》、|帰《かへ》つて|来《き》た|中依別《なかよりわけ》、|一寸《ちよつと》|一服《いつぷく》|憩《【い】こ》ふ|間《ま》もなくこの|場《ば》の|仕儀《しぎ》、|聊《いささ》か|以《もつ》て|御迷惑千万《ごめいわくせんばん》、|石《【い】し》が|降《ふ》つても|槍《やり》が|降《ふ》つても、|照彦《てるひこ》の|居所《【ゐ】どころ》を|探《さが》して|常世神王《とこよしんわう》の|御目《おんめ》にかけねば、|汝《なんぢ》の|顔《かほ》は|丸潰《まるつぶ》れ、|上役《うはやく》の|椅子《【い】す》も|保《たも》てまい。|今迄《【い】ままで》の|威勢《【ゐ】せい》はさつぱり|地《ち》に|落《お》ちるぞよ。|手柄顔《てがらがほ》して|欣々《【い】そ【い】そ》|帰《かへ》つた|中依別《なかよりわけ》も、|嗚呼《ああ》|痛《【い】た》はしや【い】たはしや、|只《ただ》|一人《ひとり》の|照彦《てるひこ》を|数多《あまた》の|人数《にんず》に|守《まも》らせ、|漸《やうや》う|帰《かへ》つて|来《き》たものの、|何時《【い】つ》の|間《ま》にやら|蛻《もぬけ》の|殻《から》、お|憫《【い】と》しい|事《こと》で|御座《ござ》るワイ。|今《【い】ま》も|古《【い】にしへ》も|類例《ためし》なき|赤恥《あかはぢ》を|掻《か》いて、|犬《【い】ぬ》にも|劣《おと》る|浅猿《あさま》しさ。|犬《【い】ぬ》でさへも|嗅付《かぎつ》けるのに、|何《なん》と|困《こま》つたものだのう。|言《【い】》ひ|甲斐《がひ》なき|汝《なんぢ》ら|一同《いちどう》、|忌々《【い】ま【い】ま》しさうなその|面付《つらつき》、|常世《とこよ》の|国人《くにびと》に|茨《【い】ばら》の|如《ごと》く|忌《【い】》み|嫌《きら》はれ、|嫌《【い】や》らしい|面付《つらつ》きになつて|胴《どう》も|据《すわ》らず、【い】ら【い】らとその|肝煎《きも【い】》り、|曲津《まがつ》の|神《かみ》の|好《よ》い|容器《【い】れもの》、|思案《しあん》の|外《ほか》とは|色情《【い】ろ》ばかりではないぞよ。ウフヽヽヽ』
|照山彦《てるやまひこ》『|如何《【い】か》にも|合点《がてん》のゆかぬ|物声《ものごゑ》で|御座《ござ》る。|何《【い】づ》れも|方《がた》、|如何《【い】かが》いたしたらよからうかな。|色《【い】ろ》いろと|工夫《くふう》を|致《【い】た》して、|斯《かく》の|如《ごと》き|異声《【い】せい》を|打《う》ち|消《け》さねばなりますまい』
|又《また》もや|何処《いづこ》ともなく、
『【ウ】フヽヽヽ、|呆気《【う】つけ》もの、|狼狽《【う】ろたへ》もの、|何《なに》を【ウ】サ【ウ】サ|吐《ほざ》くのか、|憂《【う】》いか、|辛《つら》いか、【う】か【う】かと|計略《けいりやく》にかかり、こんな|憂《【う】》き|目《め》を|見《み》せられて、|浮《【う】か》ぶ|瀬《せ》もあろまい。|動《【う】ご》きの|取《と》れぬこの|有様《ありさま》、|嘘《【う】そ》で|捏《つく》ねた|罰《ばち》は|目《め》の|前《まへ》、|頭《あたま》を|打《【う】》たれ|鼻《はな》を|打《【う】》ち、|呆《とぼ》けた|面《つら》して|現《【う】つつ》|三太郎《さんたらう》、|智慧《ちゑ》の|疎《【う】と》いにも|程《ほど》がある。|甘《【う】ま》い|企《たく》みも|水《みづ》の|泡《あわ》、【う】よ【う】よと|毛虫《けむし》のやうに|何《なに》をして|居《を》る。【ウ】ラル|彦《ひこ》の|教《をしへ》を|奉《ほう》ずる|狼狽《【う】ろたへ》もの、この|方《はう》の|申《まを》す|事《こと》は|気《き》に|入《い》ろまい、|煩《【う】る》さからう。その|憂《【う】れ》ひ|顔《がほ》は|何《なん》だ。この|上《【う】へ》もなき|馬鹿《ばか》な|目《め》に|遇《あ》うて、|頭《あたま》は【へさへ】られ、|鼻《はな》は|挫《め》がれ、|照彦《てるひこ》には|逃《に》げられ、|他所《よそ》の|見《み》る|目《め》も|気《き》の|毒《どく》なりける|次第《しだい》だ。ワハヽヽヽ』
|中依別《なかよりわけ》『ヤー|方々《かたがた》、あの|声《こゑ》は|何者《なにもの》で|御座《ござ》らうな。|強《きつ》う|耳《みみ》に|触《さは》り|申《まを》す。ウラル|教《けう》の|宣伝歌《せんでんか》でも|歌《うた》へば|消《き》えるでせうかな。コレコレ|竹山彦《たけやまひこ》|殿《どの》、|貴下《きか》は|何《なん》とか|御工夫《ごくふう》はあるまいか』
『サア、|吾々《われわれ》も|斯《かく》の|如《ごと》き|声《こゑ》ばかりに|向《むか》つては、|何《なん》の|手段《しゆだん》も|御座《ござ》らぬ』
|額《がく》の|上《うへ》より、
『エヘヽヽヽ、オホヽヽヽ』
|照山彦《てるやまひこ》『エヽ|又《また》|始《はじ》まつた。|奇怪《きくわい》|千万《せんばん》な|笑《わら》ひ|声《ごゑ》で|御座《ござ》る』
|何処《いづこ》ともなく、
『【エ】ヘヽヽヽ、【エ】ヽ|面倒《めんだう》な、モー|之《これ》|位《くらゐ》で|止《や》めようか。イヤイヤまだあるまだある。【オ】ホヽヽヽ、|大国彦《【お】ほくにひこ》の|神《かみ》を|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|偽《いつは》り、|大国姫《【お】ほくにひめ》を|伊邪那美神《いざなみのかみ》と|偽《いつは》つて、ロッキー|山《ざん》に|立籠《たてこも》り、この|世《よ》を|乱《みだ》さむ|汝等《なんぢら》|一味《いちみ》の|企《たく》み。|常世神王《とこよしんわう》とは|真赤《まつか》な|偽《いつは》り、|極悪無道《ごくあくぶだう》の|広国別《ひろくにわけ》、|鬼《【お】に》とも|蛇《じや》とも|分《わか》らぬ|悪人《あくにん》、【カ】ヽヽヽ|神《【か】み》も|堪《こら》へ|袋《ぶくろ》が|切《き》れるぞよ。|固虎《【か】たとら》や|蟹彦《【か】にひこ》の|不具《【か】たは》|人足《にんそく》の|構《かま》へて|居《ゐ》る|常世城《とこよじやう》の|表門《おもてもん》、|体主霊従国《【か】らくに》はサツパリ|破《ば》れて|今《いま》の|状態《ありさま》、|悔《くや》んで|還《【か】へ》らぬ|照彦《てるひこ》の|宣伝使《せんでんし》、どうして|顔《【か】ほ》が|立《た》つと|思《おも》ふか、|返《【か】へ》す|返《【が】へ》すも|馬鹿《ば【か】》な|奴《やつ》だ。|可憐相《【か】はいさう》なから、|神《【か】み》は|之《これ》きりにして|帰《【か】へ》つてやらう。|今後《こんご》は|気《き》を|附《つ》けたが|宜《よ》からう。ウー』
|固虎《かたとら》、|蟹彦《かにひこ》は|広《ひろ》き|庭前《にはさき》に|蛙《かへる》|突這《つくばひ》となつて、|蛙《かへる》に|煙草《たばこ》の|汁《ず》を|呑《の》ませし|如《ごと》く、|目《め》をしばしばさせながら、
|固虎《かたとら》『【ア】ヽヽ|阿呆《【あ】ほ》らしい、|悪性《【あ】くしやう》な|目《め》に|遇《【あ】》はされて、【イ】ヽヽ|何時《【い】つ》の|世《よ》にか|忘《わす》れられやうか。【ウ】ヽヽ|迂濶々々《【う】か【う】か》して|居《ゐ》ると、【カ】ヽヽ|蟹彦《【か】にひこ》よ、【キ】ヽヽ|狂者《【き】ちがひ》になるぞよ』
|蟹彦《かにひこ》『|何《なん》だ、|貴様《きさま》は|化物《ばけもの》の|真似《まね》をしよつて、【ク】ヽヽなんて|目《め》|計《ばか》り【ク】ル【ク】ル|剥《む》いて、|黒《【く】ろ》い|面《つら》して【くたば】つて、【ク】ヽヽもあつたものかい。【ケ】ヽヽ|怪体《【け】つたい》が|悪《わる》いぞ、|怪《【け】》しからぬ|目《め》に|遇《あ》うた。マア|怪我《【け】が》がなくてまだしもだ。【コ】ヽヽ【こ】んな|目《め》に|遇《あ》うたら、|如何《いか》な|鷹取別《たかとりわけ》でも、【サ】ヽヽ|早速《【さ】つそく》に|開《あ》いた|口《くち》が|閉《すぼ》まるまい』
『【シ】ヽヽ|静《【し】づ》かにせぬかい、|聞《きこ》えたら|叱《【し】か》られるぞ、【ス】ヽヽ|好《【す】》かぬたらしい。【セ】ヽヽ【せ】んぐり【せ】んぐり|仕様《しやう》もない|事《こと》|言《い》ひよつて、|背《【せ】》に|腹《はら》が|替《か》へられぬと|言《い》ふ|様《やう》な、|誰《たれ》も|彼《かれ》も|面付《つらつき》を|遊《あそ》ばした【そ】の|可笑《をか》しさ。【タ】ヽヽ|狸《【た】ぬき》の|奴《やつ》に、チヽヽ【チ】ツクリ、【ツ】ヽヽ|魅《【つ】ま》まれよつて、【テ】ヽヽ|体裁《【て】いさい》の|悪《わる》い、【ト】ヽヽ|蜥蜴面《【と】かげづら》して、【ナ】ヽヽ|何《【な】ん》の|態《ざま》だ。|中依別《【な】かよりわけ》もあつたものか。【ニ】ヽヽ|二進《【に】つち》も|三進《さつち》もならぬ|目《め》に|遇《あ》はされて、|月夜《つきよ》に|釜《かま》を|抜《ぬ》かれたやうな|面《つら》をして、|根《【ね】》つから|葉《は》つから|見当《けんたう》が|取《と》れぬでないか。【ノ】ヽヽ|進退《【の】つぴき》ならぬ|目《め》に|遇《あ》うて、【ハ】ヽヽ|恥《【は】ぢ》を|掻《か》き、【ヒ】ヽヽ|雲雀《【ひ】ばり》のやうに、【フ】ヽヽ【ふ】ざいた、【ヘ】ヽヽ|屁理屈《【へ】りくつ》も、【ホ】ヽヽ|反古《【ほ】ご》になつて、【マ】ヽヽ|松代姫《【ま】つよひめ》や|竹野姫《たけのひめ》、|梅ケ香姫《うめがかひめ》の、【ミ】ヽヽ|三人《【み】たり》の、【ム】ヽヽ|娘《【む】すめ》を、【メ】ヽヽ|妾《【め】かけ》にしよつて、【モ】ヽヽ|桃《【も】も》の|実《み》だとか、|梅《うめ》の|実《み》だとか、【ウメイ】|事《こと》ばつかり、【ヤ】ヽヽ【や】らかそと|思《おも》つても、【イ】ヽヽ【い】きはせぬぞよ。【ユ】ヽヽ|幽霊《【い】うれい》の|浜風《はまかぜ》ぢやないが、またドロンと|消《き》えられて、【エ】ヽヽ|豪《【え】ら》い|泡《あわ》を|吹《ふ》くのであらう。【ヨ】ヽヽ|余程《【よ】つぽど》【よ】い|白痴《たわけ》ぢやワイ』
|竹山彦《たけやまひこ》『ヤイ、その|方《はう》|共《ども》は|何《なに》を|小《ちひ》さい|声《こゑ》で|吐《ほざ》いて|居《を》るか。なぜもつと|大《おほ》きな|声《こゑ》で|申《まを》さぬのか』
|固虎《かたとら》『【カ】ヽヽ|勘忍《【か】んにん》して|下《くだ》さいませ。|一寸《ちよつと》|化物《ばけもの》の【かたとら】を|行《や》りました。|固虎《【か】たとら》の|狂言《きやうげん》、【が】た【が】た|顫《ぶる》ひの|御一同《ごいちどう》、|実《まこと》に|以《もつ》て|御気《おき》の|毒《どく》|千万《せんばん》』
|照山彦《てるやまひこ》は|大声《おほごゑ》にて、
『|馬鹿《ばか》ツ』
|固虎《かたとら》、|蟹彦《かにひこ》、|両手《りやうて》を|拡《ひろ》げ|立上《たちあが》り、
『アー』
|固虎《かたとら》『オイ|蟹公《かにこう》、|貴様《きさま》は|何《なに》を|言《い》うたのだ』
|蟹彦《かにひこ》『|固公《かたこう》、|貴様《きさま》は|何《なに》|言《い》うたのだい。|俺《おれ》は|何《なに》も|言《い》ふ|積《つも》りぢやなかつたのに、|俄《にはか》に|腹《はら》の|中《なか》から|何《なん》だか|出《で》て|来《き》よつて、|止度《とめど》もなく|喋《しやべ》つたのだ』
『|貴様《きさま》もさうか。|俺《おれ》も|何《なん》だか|腹《はら》の|中《なか》から|声《こゑ》が|出《で》て|来《き》よつて、|止《と》めようと|思《おも》つても|止《と》まらぬ。|止《と》めて|止《や》まらぬ【こゑ】の|道《みち》だ』
『|洒落《しやれ》ない、|洒落《しやれ》どころの|騒《さわ》ぎかい』
この|時《とき》|門前《もんぜん》に|又《また》もや|騒《さわ》がしき|人馬《じんば》の|物音《ものおと》|聞《きこ》え|来《きた》る。|一同《いちどう》は|立《た》ち|上《あが》り、|何事《なにごと》ならむと|聞耳《ききみみ》|立《た》つるを、|蟹彦《かにひこ》は|矢庭《やには》に|横《よこ》しなげになりて、|表門《おもてもん》に|駆《か》け|付《つ》くれば、
『ヤアヤア|吾《われ》こそは、|常世神王《とこよしんわう》の|命《めい》を|奉《ほう》じ|間《はざま》の|国《くに》に|使《つか》ひして、|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|三人《さんにん》を|奪《うば》ひ|帰《かへ》つた|手柄者《てがらもの》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|此《この》|門《もん》を|開《あ》けよ』
|蟹彦《かにひこ》『|何《なん》と|合点《がてん》のゆかぬ|事《こと》だワイ。|現《げん》に|今夜《こんや》|出立《しゆつたつ》した|遠山別《とほやまわけ》が、|何《なに》ほど|足《あし》が|速《はや》いと|言《い》つても、|間《はざま》の|国《くに》へは|三百里《さんびやくり》もある。そんな|馬鹿《ばか》な|事《こと》があつて|堪《たま》るものか。|這奴《こいつ》アまた|化物《ばけもの》だ。|開《あ》けて|堪《たま》らうかい』
|門外《もんぐわい》より、
『コラコラ|門番《もんばん》、|何《なに》をグヅグヅ、……|速《すみや》かにこの|門《もん》|開《ひら》け』
『|此《この》|門《【もん】》も|彼《あ》の|門《【もん】》もあるもんか。|訳《わけ》の|分《わか》らぬ【もん】が|遣《や》つて|来《き》よつて、|又《また》も|一《ひと》【もん】ちやくを|起《おこ》さうとするのか。よしこの|方《はう》にも|考《かんが》へがある、|門番《【もん】ばん》だとて|馬鹿《ばか》にはならぬぞ。この|蟹彦《かにひこ》さまの|腕力《わんりよく》で、【もん】で【もん】で|揉《も》み|潰《つぶ》してやらうか。オーイオーイ、|赤熊《あかぐま》|早《はや》う|来《こ》ぬかい、|又《また》【こん】【こん】さまだ。|今夜《こんや》のやうな|怪体《けつたい》な|夜《よ》さりと|言《い》ふものは、|古今独歩《ここんどつぽ》|珍無類《ちんむるゐ》だ。|今晩《こんばん》は|非《ひ》が|邪《じや》でも、この|門《もん》|開《あ》ける|事《こと》はまかり|成《な》る【もん】か』
と|呶鳴《どな》り|立《た》てて|居《ゐ》る。
|赤熊《あかぐま》はこの|場《ば》に|走《はし》り|来《きた》り、
『ヤイヤイ|蟹彦《かにひこ》、|確《しつか》りせぬか。|何《なに》を|吐《ほざ》いて|居《を》るのだ。|門《もん》はすつかり|開《あ》いてあるぢやないか、|開《あ》けるも|開《あ》けぬもあつた【もん】かい。モーつい|夜《よ》が|明《あ》けるのだ。|何《なに》を|寝《ね》|呆《とぼ》けて|居《ゐ》るのだ』
と|拳固《げんこ》を|固《かた》めて|横面《よこづら》をポカンと|打《う》てば、|蟹彦《かにひこ》は|吃驚《びつくり》し|目《め》を|擦《こす》りながら、よくよく|見《み》れば|門《もん》は【がらり】と|開《ひら》いて|人影《ひとかげ》もなく、|月《つき》は|西山《せいざん》に|落《お》ちて、|木枯《こがらし》の|風《かぜ》ヒユウヒユウと|笛《ふえ》|吹《ふ》いて|渡《わた》り|行《ゆ》くのみなり。
(大正一一・二・一九 旧一・二三 森良仁録)
第七章 |思《おも》はぬ|光栄《くわうえい》〔四三七〕
ロッキー|山《ざん》の|山颪《やまおろし》 |篠《しの》つく|雨《あめ》に|百川《ももかは》は
|漲《みなぎ》り|溢《あふ》れ|轟々《がうがう》と |西北《にしきた》|指《さ》して|流《なが》れ|行《ゆ》く
その|水音《みなおと》も|高野川《たかのがは》 |常世《とこよ》の|国《くに》の|神人《しんじん》の
|心《こころ》も|騒《さわ》ぐ|荒波《あらなみ》に |常世神王《とこよしんわう》|始《はじ》めとし
|鼻《はな》の|潰《つぶ》れた|鷹取別《たかとりわけ》や |激《はげ》しき|憂目《うきめ》を|美山別《みやまわけ》
|立帰《たちかへ》つたるその|後《あと》に
|中依別《なかよりわけ》は|門番《もんばん》の|蟹彦《かにひこ》、|赤熊《あかぐま》を|庭前《ていぜん》に|呼出《よびだ》し、
『ヤア、|蟹彦《かにひこ》、|赤熊《あかぐま》、その|方《はう》は|門番《もんばん》として|今日《けふ》の|不体裁《ふていさい》、|照彦《てるひこ》を|取遁《とりに》がせし|罪《つみ》に|依《よ》つて、|唯今《ただいま》より|暇《ひま》を|遣《つか》はす。|一時《いちじ》も|早《はや》くこの|場《ば》を|立去《たちさ》れ』
|竹山彦《たけやまひこ》『これはこれは、|中依別《なかよりわけ》|殿《どの》の|御言葉《おことば》とも|覚《おぼ》えぬ。|今日《こんにち》の|不始末《ふしまつ》は、|些々《ささ》たる|門番《もんばん》の|知《し》る|所《ところ》にあらず。|大切《たいせつ》の|玉《たま》を|取遁《とりに》がせしは、|監督《かんとく》の|任《にん》に|当《あた》らるる|貴下《きか》|中依別《なかよりわけ》にあらずや。|蟹彦《かにひこ》、|赤熊《あかぐま》が|如《ごと》き|門番《もんばん》に|当《あた》り|散《ち》らさるるは、|吾々《われわれ》として|一円《いちゑん》|合点《がてん》ゆかず。|貴下《きか》は|先《ま》ず|良心《りやうしん》あらば|責任《せきにん》をもつて|自《みづか》ら|退職《たいしよく》せられよ』
|蟹彦《かにひこ》『イヤア、|偉《えら》いえらい、|流石《さすが》は|竹山彦《たけやまひこ》の|御大将《おんたいしやう》、それでこそ|人民《じんみん》の|水上《みなかみ》に|立《た》ち、|人《ひと》を|治《をさ》むる|寛仁大度《くわんじんたいど》の|御仁徳《ごじんとく》、|蟹彦《かにひこ》|実《まこと》に|恐《おそ》れ|入《い》る。ヤアヤア|中依別《なかよりわけ》、|良心《りやうしん》あらば|貴下《きか》|先《ま》づ|責任《せきにん》を|以《もつ》て|退職《たいしよく》せられよ』
|竹山彦《たけやまひこ》『コラコラ|蟹彦《かにひこ》、|門番《もんばん》の|分際《ぶんざい》として|声名《せいめい》|高《たか》き|中依別《なかよりわけ》の|上役《うはやく》に|向《むか》つて|無礼《ぶれい》であろうぞよ』
|蟹彦《かにひこ》『これはこれは|竹山彦《たけやまひこ》の|御大将様《おんたいしやうさま》、|中依別《なかよりわけ》は|常世城《とこよじやう》に、|大勢《おほぜい》|上役《うはやく》の|坐《ま》します【|中《なか》より|別《わけ》】て、イヤハヤもう|話《はなし》にも、|杭《くひ》にもかからぬ|奴《やつ》でござる。どうぞ|公明正大《こうめいせいだい》なる|御判断《ごはんだん》のほど|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》ります』
『|門番《もんばん》に|似合《にあ》はぬ|面白《おもしろ》いことを|申《まを》す|奴《やつ》、|併《しか》しながら|今迄《いままで》は、|頭《あたま》を|振《ふ》り、|尾《を》を|掉《ふ》り、|喪家《さうか》の|狗《いぬ》の|如《ごと》く、|唯々諾々《ゐゐだくだく》として|上長《じやうちやう》と|仰《あふ》ぎし|中依別《なかよりわけ》に|対《たい》し、|余《あま》りと|云《い》へば|余《あま》りの|現金《げんきん》ではないか』
『ヤア、|何《なに》も|彼《か》も|世《よ》の|中《なか》は|時《とき》の|天下《てんか》に|随《したが》へといふ|事《こと》があります。|旗色《はたいろ》の|好《よ》き|方《はう》につくのが|当世《たうせい》、もはや|竹山彦《たけやまひこ》の|一声《ひとこゑ》にて|日《ひ》ごろ|傲慢《がうまん》|不遜《ふそん》なる|中依別《なかよりわけ》が|退職《たいしよく》となりしは、この|蟹彦《かにひこ》|一人《ひとり》ではござらぬ、|城内《じやうない》|一同《いちどう》の|下役《したやく》|共《ども》は|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|手《て》を|拍《う》つて|喜《よろこ》ぶことと|存《ぞん》じます。イヤもう|気味《きみ》のよい|事《こと》で、|余《あま》り|麦飯《【むぎ】めし》……ドツコイ……【むぎ】|道《だう》な|事《こと》をいたした|罰《ばつ》で、【あは】|喰《く》つて|貴方様《あなたさま》に|一時《いちじ》も|早《はや》く【いね】だとか|米《【こめ】》だとか|言《い》はれたその|時《とき》の|面付《つらつき》、|見《み》られた【ざま】ぢやありませぬわ。【そば】に|見《み》て|居《を》る|私《わたくし》は、イヤもう【うどん】でも|呑《の》み|込《こ》んだ|様《やう》に、つるつると|咽《のんど》の|溜飲《りういん》が|下《さが》りました。|何時迄《いつまで》も|驕《おご》る|何《なん》たらは|久《ひさ》しからずとかや。|是《これ》も|世間《せけん》の【みせしめ】、|中々《なかなか》|以《もつ》て【より】に【よつた】|中依別《なかよりわけ》の【がらくた】|役人《やくにん》、|籾《【もみ】》から|米《【こめ】》を|取《と》つた|後《あと》の|粕役人《かすやくにん》、この|蟹彦《かにひこ》が|一《ひと》つ|鼻息《はないき》したら|十間先《じつけんさき》へペロペロペロと|散《ち》るやうな【ざま】になりました。どうぞ|竹山彦《たけやまひこ》の|御大将《おんたいしやう》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|御英断《ごえいだん》を|願《ねが》ひます。|私《わたくし》|一人《ひとり》が|喜《よろこ》ぶのではなく、|城中《じやうちう》もこれからは|皆《みな》の|役人《やくにん》|共《ども》が|喜《よろこ》んで|勇《いさ》んで、|寝転《ねころ》んで、ころこんで、|滑《すべ》つて|跳《は》ねて、|尻餅《しりもち》|搗《つ》いて、|涎《よだれ》をくつて……』
『コラコラ、|止度《とめど》もなく|何《なに》をべらべら|囀《さへづ》るか。|控《ひか》へて|居《を》らう』
『ハイハイ、【かに】して|下《くだ》さいませ。あまり|逆上《のぼせ》て、|蟹《【かに】》が|一寸《ちよつと》|泡《【あわ】》を|吹《ふ》いたのでございます。|泡《【あわ】》に|就《つい》て|思《おも》ひ|出《だ》した。【あは】|喰《く》つたのは|中依別《なかよりわけ》、|哀《【あは】》れなものぢや。こんな|毒性《どくしやう》な|目《め》に【|遇《あ》は】ぬ|昔《むかし》がまだよかつたに、【ア】ンポンタンの|真黒気《まつくろけ》の|黒焼《くろやき》|奴《め》が、|案外《【あ】んぐわい》はやく|失策《しくじ》つた。|昼行灯《ひる【あ】んどん》の|餡《【あ】ん》【ころ】|餅《もち》、|暗夜《【あ】んや》に|間《ま》に|合《【あ】》ふのは|提燈《ちやうちん》、|行灯《【あ】んどん》の|明《【あ】か》り。|常世《とこよ》の|城《しろ》に|昼行灯《ひる【あ】んどん》は、イヤもう|一寸《ちよつと》も|御用《ごよう》は【あ】りますまい。【イ】ヽヽ|因縁《【い】んねん》か|因果《【い】んぐわ》か、【い】んちき|野郎《やらう》が|陰気《【い】んき》|陰鬱《【い】んうつ》なその|陰険《【い】んけん》な|陰謀《【い】んぼう》を|企《たく》んだ|因縁《【い】んねん》に|依《よ》つて、|今《【い】ま》この|通《とほ》り|夢《ゆめ》にも|知《し》らぬ|大鉄槌《だいてつつゐ》を|頭上《づじやう》から|痛々《【い】た【い】た》しくも|下《おろ》され、これ|迄《まで》の|位置《【ゐ】ち》をすつかりと|返上《へんじやう》し、|何時《【い】つ》にない|曲《【い】ぢ》けた|顔《かほ》して【い】としいことだ。|早《はや》く|帰《【い】な》して|下《くだ》さいな。|古《【い】にしへ》も|今《【い】ま》も|悪人《あくにん》の|栄《さか》えた|例《ためし》はない。|猪《【ゐ】のしし》|武者《むしや》の|中依別《なかよりわけ》、|一時《【い】ちじ》も|早《はや》く|家《【い】へ》に|帰《かへ》つて|隠居《【い】んきよ》でもしたがよからう。【い】らざる|事《こと》に|肝煎《きも【い】り》|致《【い】た》したその|罰《ばち》で、|居《【ゐ】》るに|居《【ゐ】》られぬこの|場《ば》の|仕儀《しぎ》、|曲津《まがつ》の|容器《【い】れもの》、|色《【い】ろ》は|真黒《まつくろ》けの|黒助《くろすけ》』
『アハヽヽヽ、よう|貴様《きさま》は|泡《あわ》を|吹《ふ》く|奴《やつ》だ。よしよし、|中依別《なかよりわけ》も|唯今《ただいま》|限《かぎ》り|常世城《とこよじやう》の|規則《きそく》に|照《てら》し、|退職《たいしよく》を|命《めい》ずる。|就《つい》てはその|部下《ぶか》の|蟹彦《かにひこ》も|罪《つみ》は|同然《どうぜん》』
『モシモシ、そりやちつと|違《ちが》ひは|致《いた》しませぬか。オイ|赤熊《あかぐま》、|俺《おれ》が|御払《おはら》ひ|箱《ばこ》となつたら|貴様《きさま》も|同然《どうぜん》だぞ』
|赤熊《あかぐま》『チヨツ、|何《なに》を|吐《ぬか》しよるのだ、|受売《うけうり》ばつかりしよつて、|偽物《にせもの》を|売《う》つたつて|買手《かひて》がないぞ。【ウ】ヽヽ|運《【う】ん》の|悪《わる》い|貴様《きさま》だ。|動《【う】ご》きのとれぬ|御仰《おんあふ》せ、【う】ぢ【う】ぢ|致《いた》さず|早《はや》く|帰《かへ》れ。|常世城《とこよじやう》の|鉄門《かなど》はこの|方《はう》|一人《ひとり》で|大丈夫《だいぢやうぶ》だ。|貴様《きさま》のやうな|泡《あわ》|吹《ふ》き|野郎《やらう》がけつかると、|俺《おれ》までが、しまひには【いね】と|云《い》はれて、【そば】|杖《づゑ》を|喰《く》はねばならぬ。エヽヽ【きび】の|悪《わる》い。|早《はや》く|帰《かへ》るがよからうぞよ』
|蟹彦《かにひこ》『オイ、そんな|偉《【え】ら》さうなことを|申《まを》すと、もう|斯《か》うなつては|友達《ともだち》でもない、|赤《あか》の|他人《たにん》だ。【エ】ヽヽ|遠慮会釈《【ゑ】んりよ【ゑ】しやく》があるものか。|貴様《きさま》の|腸《はらわた》を|抉《【え】ぐ》つて【え】らい|目《め》に|遇《あ》はしてやるのだ。|今《いま》まで|偉《【え】ら》さうな|面構《つらがまへ》をして|居《を》つたが、もう|叶《かな》ふまい。|高野川《たかのがは》にでも|身《み》を|投《な》げて|死《し》んで|了《しま》へ』
|竹山彦《たけやまひこ》『コラコラ|両人《りやうにん》、|此処《ここ》を|何《なん》と|心得《こころえ》て|居《を》る、|勿体《もつたい》なくも|常世城《【と】こよじやう》の|常暗《【と】こやみ》の|御城内《ごじやうない》だ。|面黒《おもくろ》い|事《こと》を|吐《ほざ》かずに|早《はや》く|狐《きつね》の|尾《を》を|下《さ》げて、コンコン|今後《こんご》はきつと|慎《つつし》みます、クワイクワイ|改心《かいしん》|改良《かいりやう》|仕《つかまつ》ると|四這《よつんばひ》になつて|謝《あやま》れ。|然《しか》らば|竹山彦《たけやまひこ》が|暫《しば》らくの|猶予《いうよ》を|与《あた》へる。その|間《あひだ》によつく|胸《むね》に|手《て》を|当《あ》てて|去就《きよしう》を|決《けつ》するがよからう。|不届《ふとど》きな|奴《やつ》、|門番《もんばん》を|免職《めんしよく》さして|中依別《なかよりわけ》の|後釜《あとがま》に|据《す》ゑてやらうか。|常世神王《とこよしんわう》の|御側附《おそばづき》に|致《いた》してやらうか』
|蟹彦《かにひこ》『あゝモシモシ、|竹山彦《たけやまひこ》の|御大将《おんたいしやう》、ソヽヽそれは|本当《ほんたう》でございますか。|叱《しか》られて|上《うへ》の|役《やく》になると|云《い》ふことは、|根《ね》つから|葉《は》つから|蕪《かぶら》から|訳《わけ》が|解《わか》りませぬ。|今後《こんご》はもつともつと|不都合《ふつがふ》を|致《いた》してドツサリ|叱《しか》らるることですな。|私《わたくし》が|今日《けふ》より|中依別《なかよりわけ》、ヤア、|有難《ありがた》いありがたい、|夢《ゆめ》に|牡丹餅《ぼたもち》|食《く》つたやうだ』
|赤熊《あかぐま》『コラコラ、|貴様《きさま》は|改心《かいしん》|致《いた》さぬと|今後《こんご》は|赦《ゆる》さぬぞ。|中依別《なかよりわけ》の|後釜《あとがま》に|赤熊《あかぐま》を|命《めい》ずるぞよ』
『ナヽヽ|何《なに》を|吐《ぬか》しやがる。|自分《じぶん》のことを|自分《じぶん》が|命《めい》ずる|奴《やつ》が|何処《どこ》にあるか。コン|畜生《ちくしやう》、|貴様《きさま》|狐《きつね》に|魅《つま》まれてそんな【うさ】|言《ごと》を|吐《ほざ》きやがるのだな。|俺《おれ》が|一言《ひとこと》|云《い》つたつて、さうきつう|根《ね》にもつて、コンコン|吐《ぬか》すに|及《およ》ばぬではないか』
|竹山彦《たけやまひこ》『|矢釜敷《やかまし》いワイ。ぐづぐづ|吐《ぬか》すと|常世神王《とこよしんわう》の|御脇立《おわきだち》にして|了《しま》ふぞ。|中依別《なかよりわけ》の|後《あと》の|役《やく》を|仰付《おほせつ》けるぞ』
|蟹彦《かにひこ》『ナンダか|狐《きつね》に|魅《つま》まれたやうだな。|斯《こ》んな|結構《けつこう》なやうな、|怪体《けつたい》なやうな、こんがらがつた、|混沌《こんとん》としたことが|又《また》と|世《よ》にあらうか』
『|何《なに》はともあれ、|両人《りやうにん》は|元《もと》の|如《ごと》く|赤門《あかもん》に|退《さが》つて|門番《もんばん》を|致《いた》せ。|追《お》つて|沙汰《さた》を|致《いた》す』
|二人《ふたり》は、
『ハイハイ、【しやちこば】りました。【しやつちけのう】ございます』
と|云《い》ひながら、|元《もと》の|門番《もんばん》の|溜《たま》り|所《しよ》に|腑《ふ》に|落《お》ちぬやうな|面構《つらがまへ》をして|帰《かへ》り|行《ゆ》く。|門外《もんぐわい》にはかに|騒《さわ》がしく、|人馬《じんば》の|物音《ものおと》|手《て》に|取《と》る|如《ごと》く|聞《きこ》え|来《きた》る。
|蟹彦《かにひこ》『オイオイ|又《また》だ。|照彦《てるひこ》の|奴《やつ》、|蒸返《むしかへ》しに|来《き》やがつたのだらう。|豪《えら》い|勢《いきほひ》だ。|今度《こんど》は|沢山《たくさん》の|手下《てした》を|伴《つ》れて|居《を》るらしい。|一《ひと》つ|貴様《きさま》と|俺《おれ》と、とつときの|智慧《ちゑ》と|力《ちから》を|放《ほ》り|出《だ》して、|照彦《てるひこ》をふん|縛《じば》つて|神王様《しんわうさま》の|前《まへ》へ|突《つ》き|出《だ》したら、|御褒美《ごほうび》が|頂《いただ》けようも|知《し》れぬぞよ』
|赤熊《あかぐま》『オケオケ、そんなことしたら|何時迄《いつまで》も|門番《もんばん》だ。|貴様《きさま》は|門番《もんばん》に|適当《てきたう》な|奴《やつ》だ。|貴様《きさま》に|限《かぎ》ると|一口《ひとくち》|言《い》はれたが|最後《さいご》、|門附《もんつき》になつて|一代《いちだい》|浮《うか》ぶ|瀬《せ》はありはしないぞ。こんな|失敗《しつぱい》があつた|御蔭《おかげ》で、|中依別《なかよりわけ》は|気《き》の|毒《どく》だが、|吾々《われわれ》は|常世神王《とこよしんわう》の|御側附《おそばづき》、|一段《いちだん》|下《さが》つた|所《ところ》で|中依別《なかよりわけ》の|後釜《あとがま》だ。|傘屋《かさや》の|丁稚《でつち》ぢやないが、|骨《ほね》|折《を》つて|叱《しか》られるより|優《ま》しだ。|貴様《きさま》も|割《わり》とは|気《き》の|利《き》かぬ|奴《やつ》ぢや。とつくりと|思案《しあん》をしたがよからうぞ』
この|時《とき》|門外《もんぐわい》より|声《こゑ》|高《たか》く、
『ヤアヤア|遠山別《とほやまわけ》、|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》を|召伴《めしつ》れ|立帰《たちかへ》つたり。|一時《いちじ》も|早《はや》くこの|門《もん》|開《ひら》け』
と|呼《よば》はる|声《こゑ》に|両人《りやうにん》、
『|何《なに》が|何《なん》だか|一寸《ちよつと》も|聞《きこ》えはしない。|戸《と》を|開《あ》けだとか、|遠山《とほやま》【あけ】だとか、|何《なん》の|事《こと》だい、|遠《とほ》の|昔《むかし》に|俺《おれ》の|耳《みみ》は|遠山別《とほやまわけ》になつて|了《しま》つた』
|門《もん》を|叩《たた》き、
『|開《あ》けよあけよ』
と|叫《さけ》ぶ|声《こゑ》、ますます|激《はげ》しくなり|来《きた》る。
|蟹彦《かにひこ》『|豆腐屋《とうふや》でも|遠山《とほやま》でも、|左官《さくわん》でも|構《かま》ふものかい。この|門《もん》|開《あ》けて|堪《たま》らうかい。この|方《はう》は|勿体《もつたい》なくも|常世神王《とこよしんわう》の|御脇立《おわきだち》だ。|中依別《なかよりわけ》の|後継《あとつ》ぎだ。|遠山《とほやま》が|何《なん》だ、|豆腐《とうふ》のやうな|腰《こし》しよつて|偉《えら》さうに|云《い》ふない。|御役《おやく》が|違《ちが》ふぞ。|仕損《しぞこな》ふな』
|中門《なかもん》の|方《はう》より、|馬鹿《ばか》|役人《やくにん》の|粕熊《かすぐま》|馳《は》せ|来《きた》り、
『ヤア、ギヤアイ、|赤《あか》よ、|蟹《かに》よ、|竹山《たけやま》さまが|赤蟹《あかがに》にちよつと|来《こ》いて|仰有《おつしや》るぞ』
|二人《ふたり》『|赤蟹《あかがに》なんて|莫迦《ばか》にしやがる。まるで|二《ふた》つ|一《いち》だ。オイ|粕熊《かすぐま》の|粕《かす》|野郎《やらう》、そら|何《なに》|吐《ぬか》す。|常世神王《とこよしんわう》の|御脇立《おわきだち》|様《さま》に|向《むか》つて、|一寸《ちよつと》|来《こ》いだの|赤蟹《あかがに》だのと、|貴様《きさま》は|狐《きつね》にでも|魅《つま》まれよつたな』
|折《をり》しも|六時《むつどき》を|報《はう》ずる|常世城《とこよじやう》の|鐘《かね》の|音《ね》は、コーンコーンコーン、コンコンコンと|響《ひび》き|渡《わた》る。
(大正一一・二・二一 旧一・二五 外山豊二録)
第八章 |善悪《ぜんあく》|不可解《ふかかい》〔四三八〕
|鳩《はと》、|雀《すずめ》、|鵯《ひよどり》、【つむぎ】|脅《おびや》かす、|鷹取別《たかとりわけ》の|秘蔵《ひざう》の|臣下《しんか》、|間《はざま》の|国《くに》に|使《つかひ》して、|片道《かたみち》さへも|三百里《さんびやくり》、|山河《やまかは》|荒野《あらの》を|打渉《うちわた》り|往復《わうふく》したる|遠山別《とほやまわけ》、|漸《やうや》う|此処《ここ》に|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|三人《さんにん》を、|肩肘《かたひぢ》【はる】|山彦《やまひこ》の|館《やかた》より、|意気《いき》|揚々《やうやう》として|駒《こま》に|跨《またが》り、|濁流《だくりう》|漲《みなぎ》る|高野川《たかのがは》を|打渡《うちわた》り、|門前《もんぜん》に|立《た》ち|現《あらは》れ、
『|遠山別《とほやまわけ》|帰城《きじやう》せり、|門番《もんばん》|早《はや》く|此《この》|門《もん》|開放《かいはう》せよ』
と|呼《よ》ばはりゐる。
|蟹彦《かにひこ》『エー、|矢釜《やかま》しいワイ。|奥《おく》から|一寸《ちよつと》|来《き》て|呉《く》れ、|門外《おもて》からも|開《あ》けて|呉《く》れ、|之《これ》だから|人気男《にんきをとこ》になるのも|困《こま》るワ。|彼方《あつち》からも|袖《そで》を|引《ひ》かれ、|此方《こつち》からも|袖《そで》を|引《ひ》かれ、|去《い》んでは|嬶《かかあ》に【ボヤ】かれ|困《こま》つた|事《こと》だ。アヽア、|色男《いろをとこ》も|辛《つら》いものだなア。オイ|赤熊《あかぐま》、その|方《はう》に|門番《もんばん》を|申《まを》し|付《つ》ける、この|方《はう》は|奥《おく》へ|行《い》つて|休息《きうそく》|致《いた》す』
|赤熊《あかぐま》『|洒落《しやれ》るない。この|赤熊《あかぐま》は|今日《けふ》|只今《ただいま》より|中依別《なかよりわけ》と|申《まを》すお|歴々《れきれき》の|役人様《やくにんさま》、ヤア|蟹彦《かにひこ》、その|方《はう》に|門番《もんばん》を|申《まを》し|付《つ》くる』
『|何《なに》を|吐《ぬか》しよるのだ』
と|言《い》ひながら|両人《りやうにん》は、|中門《なかもん》ガラリと|開《ひら》いて|奥殿《おくでん》に|進《すす》み|入《い》る。
|鷹取別《たかとりわけ》、|鼻声《はなごゑ》で、
『フラフラ、ホノホハ、ホンパカギリノ、ハンヒラカナイカ、ハニヒホ、ハカフマヂヤナイカ、ハガレオロー』
|蟹彦《かにひこ》『ヤアヤア、|中依別《なかよりわけ》が|申付《まをしつ》くる。|鼻《はな》【ベチヤ】の|鷹取別《たかとりわけ》は|門番《もんばん》を|仕《つかまつ》れ。ヨウ|照山彦《てるやまひこ》、その|方《はう》も|同然《どうぜん》、|門番《もんばん》に|昇級《しようきふ》させる。|有難《ありがた》く|思《おも》へ』
|照山彦《てるやまひこ》『オイ|蟹彦《かにひこ》、|赤熊《あかぐま》、その|方《はう》は|気《き》が|違《ちが》うたのか。|血迷《ちまよ》うたか。|確《しつか》り|致《いた》せ』
|蟹彦《かにひこ》『ワツハツハヽヽヽ、|血迷《ちまよ》ひもせぬ。|呆《はう》けも|致《いた》さぬ。この|方《はう》の|申《まを》す|事《こと》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|承《うけたま》はり、|門番《もんばん》となつて|表門《おもてもん》を|堅《かた》く|守《まも》れ。イヤ|何《なに》、|竹山彦《たけやまひこ》|殿《どの》、|今日《けふ》よりは|貴下《きか》と|同役《どうやく》、|今後《こんご》はお|心《こころ》|安《やす》くお|願《ねが》ひ|申《まを》す』
|竹山彦《たけやまひこ》『これはこれは|痛《いた》み|入《い》つたる|御挨拶《ごあいさつ》、|何分《なにぶん》よろしく|御願《おねが》ひ|申《まを》す』
|鷹取別《たかとりわけ》は|呆《ほう》けたる|顔《かほ》を【シヤクリ】ながら、
『ハテさて|合点《がてん》のゆかぬ|事《こと》だワイ。|天《てん》が|変《かは》つて|地《ち》となり、|地《ち》が|天《てん》となり、|山《やま》は|海《うみ》となり、|海《うみ》は|山《やま》となり、|桑園《さうゑん》|化《くわ》して|湖水《こすゐ》となり、|墓場《はかば》は|化《くわ》して|観劇場《みせものば》となる。|何《なん》と|合点《がてん》のゆかぬ|事《こと》で|御座《ござ》るワイ』
|竹山彦《たけやまひこ》『ヤア|鷹取別《たかとりわけ》、|照山彦《てるやまひこ》、|何《なに》をグヅグヅ|致《いた》して|居《を》るか、|早《はや》く|表門《おもてもん》を|開《あ》けぬか。|中依別《なかよりわけ》は|何故《なぜ》この|場《ば》を|立《た》ち|去《さ》らぬか』
|何時《いつ》の|間《ま》にやら|表門《おもてもん》を【ガラリ】と|開《ひら》いて、|威勢《ゐせい》よく|入《い》り|来《きた》る|遠山別《とほやまわけ》、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|引《ひ》つたてながら|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれ、
『ヤア、|某《それがし》は|間《はざま》の|国《くに》に|使《つかひ》して|首尾《しゆび》よく|御用《ごよう》を|仕遂《しと》げ、|華々《はなばな》しき|功名《こうみやう》|手柄《てがら》を|顕《あら》はして|帰城《きじやう》|致《いた》せしものぞ』
|蟹彦《かにひこ》『ヤア、|遠山別《とほやまわけ》か、|大儀《たいぎ》』
『|何《なん》ぢや、その|方《はう》は|蟹彦《かにひこ》、|門番《もんばん》の|身《み》として、|畏《おそれおほ》くも|奥殿《おくでん》に|入《い》り|居《を》るさへあるに、この|方《はう》に|向《むか》つて|恰《あたか》も|臣下《しんか》を|扱《あつか》ふが|如《ごと》き|雑言不礼《ざふごんぶれい》、|何《なん》と|心得《こころえ》|居《を》るか』
『ヤア、|何《なん》とも、【カニ】とも|心得《こころえ》|居《を》らぬ。|一時《いちじ》も|早《はや》く|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|三人《さんにん》をこの|場《ば》に|御案内《ごあんない》|申《まを》せよ』
『|何《なん》だツ、|怪体《けつたい》な、|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|事《こと》になつて|来《き》たワイ。ヤア、|鷹取別《たかとりわけ》のその|鼻《はな》は|如何《いかが》なされた。|照山彦《てるやまひこ》、その|頭《つむり》は|如何《いかが》なされしか』
『エイ、|頭《あたま》も|顔《かほ》もあつたものか、|早《はや》く|此《この》|場《ば》へ|姫《ひめ》を|出《だ》さぬか、|何《なに》は|兎《と》もあれ、|某《それがし》が|三人《さんにん》の|娘《むすめ》の|首実検《くびじつけん》いたさむ』
と|玄関先《げんくわんさき》に|据《す》ゑられたる|駕籠《かご》を|一寸《ちよつと》|開《ひら》き、|中《なか》を|窺《のぞ》いて|呆《あき》れ|声《ごゑ》、
『ヤア、|赤熊《あかぐま》よ、|何《なん》とも|彼《か》とも|言《い》へぬ。|呆《あき》れ|果《は》てたるばかりなりけりだ』
|赤熊《あかぐま》『また、|照彦《てるひこ》か』
|蟹彦《かにひこ》『|照《て》るの|照《て》らぬのと、イヤもう|偉《えら》い|照《て》りで|御座《ござ》る。|空《そら》|照《て》り|渡《わた》る|秋月姫《あきづきひめ》、|眩《まばゆ》き|許《ばか》りの|真白《まつしろ》けの|深雪姫《みゆきひめ》、|四季時《しきとき》を|論《ろん》ぜず|咲《さ》き|匂《にほ》ふ|橘姫《たちばなひめ》、|某《それがし》も|腰《こし》|抜《ぬ》かさむ|許《ばか》り【ビツクリ】|仰天《ぎやうてん》|致《いた》した』
『コラ|蟹彦《かにひこ》、【タカ】が|知《し》れた|三人《さんにん》の|女《をんな》、|何《なん》だ|恐《おそ》ろしさうに|何《なに》を【ビク】つく』
|三人《さんにん》の|娘《むすめ》は|悠然《いうぜん》として|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれ、
『ヨー、|遠山別《とほやまわけ》とやら、お|迎《むか》へ|大儀《たいぎ》であつた。その|褒美《ほうび》として|今日《こんにち》ただ|今《いま》より|常世城《とこよじやう》の|重役《ぢゆうやく》を|免《めん》じ、|門番《もんばん》に|命《めい》ずる。|一時《いつとき》も|早《はや》く|門番《もんばん》|部屋《べや》へお|下《さが》りあれ』
この|時《とき》|奥殿《おくでん》より|常世神王《とこよしんわう》を|始《はじ》め、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》の|局《つぼね》は|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれ|来《きた》り、
|常世神王《とこよしんわう》『ヤア、|遠山別《とほやまわけ》、|御苦労《ごくらう》|御苦労《ごくらう》』
『ハイ、|実《まこと》に|以《もつ》て|遅《おそ》なはり|候段《さふらふだん》、|平《ひら》にお|許《ゆる》し|下《くだ》さいませ。|愈《いよいよ》|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》、アー|否々《いやいや》、|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|三人《さんにん》の|乙女《をとめ》、これへ|引《ひ》き|連《つ》れ|申《まをし》|候《さふらふ》。|篤《とく》と|御実検《ごじつけん》|下《くだ》さいませ』
|何処《いづこ》ともなく、|何神《なにがみ》の|声《こゑ》とも|知《し》らず、|中空《ちうくう》より、
『ワツハツハヽヽヽ、オツホツホヽヽヽ、|常世神王《とこよしんわう》をはじめ|一同《いちどう》の|者《もの》、|足許《あしもと》に|注意《ちうい》|致《いた》せよ』
と|呼《よば》はるにぞ、|常世神王《とこよしんわう》は|此《この》|声《こゑ》に【ハツ】と|気《き》がつき|四辺《あたり》を|見《み》れば、|常世城《とこよじやう》の|馬場《ばんば》に【ヘタ】|張《ば》り、その|他《た》|一同《いちどう》の|役人《やくにん》も|泥《どろ》にまみれて|蠢《うごめ》いて|居《ゐ》る。またもや|中空《ちうくう》に|声《こゑ》あつて、
『ヤア、コンコンチキチン、コンチキチン、ネツカラホントカ、コンチキチン、コンコンチキチン、コンチキチン』
(大正一一・二・二一 旧一・二五 北村隆光録)
第九章 |尻藍《しりあゐ》〔四三九〕
|一時千金《ひとときせんきん》|花《はな》の|春《はる》、|金勝要大神《きんかつかねのおほかみ》の|御分霊《おんわけみたま》|言霊姫命《ことたまひめのみこと》の|鎮《しづ》まり|給《たま》ふ|常世国《とこよのくに》、|山野《さんや》は|青《あを》く|春姫《はるひめ》の、|百機千機《ももはたちはた》|織《おり》|成《な》して、|緑《みどり》|紅《くれなゐ》|白《しろ》|黄色《きいろ》、|花《はな》|咲《さ》き|乱《みだ》れ|百鳥《ももどり》は、|木々《きぎ》の|梢《こずゑ》に|歌《うた》ひ|舞《ま》ひ、|天津日《あまつひ》かげも|麗《うらら》かに、|陽炎《かげろふ》の|野辺《のべ》に|立《た》つ|有様《ありさま》は、|大海原《おほうなばら》の|凪《な》ぎたる|波《なみ》の|如《ごと》くなり。|竜宮城《りうぐうじやう》に|救《すく》はれて、|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|諸共《もろとも》に、|琴平別《ことひらわけ》の|亀《かめ》に|乗《の》り、|智利《てる》の|海辺《うみべ》にうかび|上《あが》りし|淤縢山津見《おどやまづみ》は、|朝日《あさひ》も|智利《てる》や|秘露《ひる》の|国《くに》、|宇都山峠《うづやまたうげ》を|踏《ふ》み|越《こ》えて、|歩《あゆ》みもカルの|国境《くにざかひ》、|御稜威《みいづ》も|著《しる》く|高照《たかてる》の|山《やま》を|下《くだ》りて、|神《かみ》のめぐみも|高砂《たかさご》や、|常世《とこよ》の|国《くに》をつなぎつけ、|東《ひがし》と|西《にし》に|波《なみ》|猛《たけ》る、|大海原《おほうなばら》に|浮《うか》びたる、『|間《はざま》』の|国《くに》に|一人旅《ひとりたび》、|心《こころ》も|軽《かる》き|簑笠《みのかさ》の、|盲目《めくら》もひらく『|目《め》』の|国《くに》の、|荒野ケ原《あらのがはら》を|治《をさ》めむと、|草鞋《わらぢ》|脚絆《きやはん》の|扮装《いでたち》に、|夜《よる》と|昼《ひる》との|別《わか》ちなく、|恵《めぐ》みの|露《つゆ》に|濡《ぬ》れながら、|草《くさ》の|衾《しとね》に|石枕《いはまくら》、|星《ほし》のついたる|蒲団《ふとん》|着《き》て、|山河《やまかは》あれし|国原《くにはら》を、|心《こころ》も|清《きよ》き|宣伝歌《せんでんか》、|歌《うた》ひて|進《すす》む|雄々《をを》しさよ。|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|五六七《みろく》の|神代《みよ》を|松代姫《まつよひめ》、|心《こころ》|直《す》ぐなる|竹野姫《たけのひめ》、|梅ケ香姫《うめがかひめ》の|夜昼《よるひる》を、|露《つゆ》に|濡《ぬ》れつつ|進《すす》み|来《く》る。|人足《ひとあし》|繁《しげ》き|十字街《じふじがい》、|川田《かはた》の|町《まち》の|真中《まんなか》に、ピタリと|合《あは》す|顔《かほ》と|顔《かほ》、
|淤縢山津見《おどやまづみ》『ヤア、|貴女《あなた》は|珍《うづ》の|都《みやこ》の|城主《じやうしゆ》、|正鹿山津見《まさかやまづみ》の|御娘子《おんむすめご》におはさずや。|風《かぜ》に|香《にほ》へる|梅ケ香《うめがか》の、|床《ゆか》しき|後《あと》を|尋《たづ》ねつつ、|此《こ》の|町《まち》の|入口《いりぐち》まで、スタスタ|進《すす》み|来《く》る|折《をり》しも、|町人《まちびと》の|噂《うはさ》によれば、|年《とし》は|二八《にはち》か|二九《にく》からぬ、|十九《つづ》や|二十《はたち》の|美《うつく》しき|女《をんな》の|宣伝使《せんでんし》|通過《つうくわ》ありとの|女童《をんなわらべ》の|囁《ささや》き、まさしく|御姉妹《ごきやうだい》にめぐり|会《あ》ふ|時《とき》こそ|来《きた》れりと、|心《こころ》の|駒《こま》に|鞭《むちう》つて、|思《おも》はず|駆出《かけだ》す|膝栗毛《ひざくりげ》、イヤ|去年《きよねん》の|夏《なつ》、アタルの|港《みなと》に|上陸《じやうりく》し、|玉山《たまやま》の|山麓《さんろく》にてお|別《わか》れ|申《まを》してより、|何《なん》の|便《たよ》りも|夏虫《なつむし》の、|秋《あき》も|追々《おひおひ》|近《ちか》づきて、|哀《あは》れを|添《そ》ふる|心《こころ》の|淋《さび》しさ。|鬼《おに》をも|挫《ひし》ぐ|淤縢山津見《おどやまづみ》の|大丈夫《ますらを》さへも、かくも|淋《さび》しき|秋《あき》の|旅《たび》、|紅葉《もみぢ》は|散《ち》りて|啼《な》く|鹿《しか》の、【しか】とお|行方《ゆくへ》も|探《さが》すによしなく、|心《こころ》の|色《いろ》の|紅葉《もみぢ》|散《ち》る、|智利《てる》の|山路《やまみち》を|踏《ふ》み|越《こ》えて、『|間《はざま》』の|国《くに》に|来《きた》る|折《をり》しも、|心《こころ》|驕《おご》れる|鷹取別《たかとりわけ》が|目付《めつけ》の|者《もの》に|捕《とら》へられ、|常世《とこよ》の|国《くに》に|送《おく》られ|給《たま》ひしと|聞《き》きたる|時《とき》のわが|思《おも》ひ、|隙間《すきま》の|風《かぜ》にもあてられぬ|花《はな》の|蕾《つぼみ》の|女宣伝使《をんなせんでんし》、|秋野《あきの》にすだく|虫《むし》の|音《ね》の、【いとど】|哀《あは》れを|催《もよほ》して、|男泣《をとこな》きにぞ|泣《な》きゐたる、|折《をり》から|囁《ささや》く|人《ひと》の|口《くち》、|聞《き》き|耳《みみ》|立《た》つる|時《とき》の|駒《こま》、|花《はな》の|姿《すがた》の|宣伝使《せんでんし》、|艶麗《えんれい》まばゆきばかりの【やさ】|姿《すがた》と、|道《みち》|説《と》きあかす『|目《め》』の|国《くに》の、|今《いま》|目《ま》のあたり|御目《おんめ》にかかり、|嬉《うれ》しさ、|悲《かな》しさ、|御《おん》いたはしや、その|御姿《みすがた》のやつれさせ|給《たま》ふことよ。|神《かみ》の|御為《おんた》め|道《みち》のためとは|言《い》ひながら、|聖地《せいち》ヱルサレムに|於《おい》て|神政《しんせい》を|掌握《しやうあく》し|給《たま》ひし|天使長《てんしちやう》、|桃上彦命《ももがみひこのみこと》の|御娘子《おむすめご》の|雄々《をを》しき|御志《おんこころざし》、|男子《だんし》としての|吾等《われら》、|実《じつ》に|汗顔《かんがん》の|至《いた》りに|堪《た》へませぬ』
と、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》が|応答《おうたふ》するの|暇《ひま》さへ|与《あた》へず、|心《こころ》のたけを【くだ】くだと、|賤《しづ》の|小田巻《おだまき》|繰返《くりかへ》すのみ。
|松代姫《まつよひめ》『【どなた】かと|思《おも》へば|淤縢山津見《おどやまづみ》の|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、|珍《めづら》しい|所《ところ》で|御目《おんめ》にかかりました。|妾《わらは》|姉妹《きやうだい》|三人《さんにん》は『|間《はざま》』の|国《くに》の|酋長《しうちやう》|春山彦《はるやまひこ》に|助《たす》けられ、|照彦《てるひこ》の|戸山津見《とやまづみ》、|駒山彦《こまやまひこ》の|宣伝使《せんでんし》にめぐり|会《あ》ひ、|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|三人《さんにん》の|春山彦《はるやまひこ》が|娘《むすめ》と|共《とも》に、この『|目《め》』の|国《くに》に|進《すす》み|入《い》り、メキシコ|峠《たうげ》の|山麓《さんろく》にて、あちらへ|一人《ひとり》こちらへ|三人《さんにん》と|袂《たもと》を|別《わか》ち、|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひつつロッキー|山《ざん》に|進《すす》み|行《ゆ》かむとする|所《ところ》でございます。マアマア|御壮健《ごさうけん》でゐらせられます。|貴下《あなた》に|妾《わらは》は|異郷《いきやう》の|空《そら》で|巡《めぐ》り|会《あ》ふことの|嬉《うれ》しさ、|天《てん》にも|上《のぼ》る|心地《ここち》がいたします。ここは|路《みち》の|上《うへ》、|彼方《あちら》の|森《もり》に|行《い》つて|休息《きうそく》の|上《うへ》ゆるゆるお|話《はなし》をいたしませうか』
『それも|宜《よろ》しからう。|然《しか》らば、あの|森《もり》を|目当《めあて》に|一足《ひとあし》|参《まゐ》りませう』
ここに|一男《いちなん》|三女《さんぢよ》の|宣伝使《せんでんし》は、|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひながら|東北《とうほく》|指《さ》して|進《すす》み|行《ゆ》く。|永《なが》き|春日《はるひ》も|早《はや》|西《にし》に|傾《かたむ》きて、|四辺《しへん》は|霧《きり》の|如《ごと》き|靄《もや》に|包《つつ》まれ、|闇《やみ》の|帳《とばり》は|下《おろ》されて|四辺《あたり》は|暗《くら》く、|千羽烏《せんばがらす》は|空《そら》を|包《つつ》んでカハイカハイと|啼《な》きわたる。|夕暮《ゆふぐれ》|告《つ》ぐる|鐘《かね》の|音《ね》は、|四人《よにん》の|胸《むね》を|打《う》ちて|秋《あき》の|夕《ゆふべ》の|寂寥《せきれう》|身《み》に|迫《せま》る。
|花《はな》の|姿《すがた》を『|目《め》』の|国《くに》の、|野辺《のべ》にさらすも|糸桜《いとざくら》、|心《こころ》も|細《ほそ》き|糸柳《いとやぎ》の、|並木《なみき》を|縫《ぬ》うて|進《すす》み|行《ゆ》く。|俄《にはか》に|前方《ぜんぱう》にあたり、|騒々《さうざう》しき|物音《ものおと》|聞《きこ》ゆるにぞ、|四人《よにん》は|思《おも》はず|立《た》ちどまり|耳《みみ》を|傾《かたむ》くれば、|宵闇《よひやみ》の|空《そら》を|通《とほ》して|細《ほそ》き|篝火《かがりび》|瞬《またた》き|出《だ》し、|忽《たちま》ち|宣伝歌《せんでんか》が|手《て》にとる|如《ごと》く|聞《きこ》え|来《きた》る。|一同《いちどう》は|声《こゑ》する|方《かた》に|引《ひ》きつけらるる|如《ごと》く|近《ちか》より|見《み》れば、|数百人《すうひやくにん》に|取《と》り|囲《かこ》まれ、|何《なに》か|頻《しき》りに|述《の》べ|立《た》つるものあり。
|四人《よにん》は|窃《ひそか》に|足音《あしおと》|忍《しの》ばせつつ、|闇《やみ》に|紛《まぎ》れて|群集《ぐんしふ》の|中《なか》に|紛《まぎ》れ|込《こ》み、よくよく|見《み》れば|一人《ひとり》の|男《をとこ》、|小高《こだか》き|巌《いはほ》の|上《うへ》に|立《た》ちて、|頻《しき》りに|群集《ぐんしふ》に|向《むか》ひ|何事《なにごと》か|説《と》き|諭《さと》しゐる。
|群集《ぐんしふ》の|中《なか》より、|眼《め》のクルリとした|鼻《はな》の|左《ひだり》に|曲《まが》つた、|色黒《いろぐろ》の|大男《おほをとこ》は|宣伝使《せんでんし》に|向《むか》ひ、
『ヤイ、|貴様《きさま》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》であらう。ここは|常世神王《とこよしんわう》の|御領分《ごりやうぶん》なるぞ。ウラル|教《けう》を|奉《ほう》じて、|民心《みんしん》を|統一《とういつ》する|神国《しんこく》なるに、|汝等《なんぢら》が|如《ごと》き|悪宣伝使《あくせんでんし》、|魔術《まじゆつ》を|使《つか》つて|常世《とこよ》の|城《しろ》を|攪乱《かくらん》し、|鷹取別《たかとりわけ》の|司《つかさ》の|高《たか》き|鼻《はな》を【めしやげ】させたる|悪神《あくがみ》を|奉《ほう》ずる|宣伝使《せんでんし》であらう。この|方《はう》は|牛雲別《うしくもわけ》と|申《まを》す|者《もの》、|汝《なんぢ》を|召《め》し|捕《と》らむがために、|常世神王《とこよしんわう》の|大命《たいめい》を|奉《ほう》じて、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》を|捜索《そうさく》に|来《き》たのだ。この『|目《め》』の|国《くに》は、その|名《な》の|如《ごと》く|鷹取別《たかとりわけ》の|幕下《ばくか》の|鵜《う》の【|目《め》】、|鷹《たか》の【|目《め》】、【|目《め》】を|光《ひか》らす|国《くに》だ。サア、その|巌《いはほ》を|下《くだ》つて|尋常《じんじやう》に|縛《ばく》に|就《つ》け。もはや|叶《かな》はぬ。【ヂタバタ】したとても、かくの|如《ごと》く|数十人《すうじふにん》の|手下《てした》をもつて|取《と》り|囲《かこ》みたる|以上《いじやう》は、|汝《なんぢ》が|運命《うんめい》ももはや|百年目《ひやくねんめ》、|素直《すなほ》に|降伏《かうふく》いたせ』
と|雷《らい》の|如《ごと》き|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げて|呶鳴《どな》りゐる。|巌上《がんじやう》の|宣伝使《せんでんし》は、|殆《ほとん》ど|耳《みみ》に|入《い》れざる|如《ごと》き|鷹揚《おうよう》なる|態度《たいど》にて、
『アイヤ、|牛雲別《うしくもわけ》とやら、よつく|聞《き》けよ。|吾《われ》こそは|汝《なんぢ》の|言《い》ふ|如《ごと》く|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》だ。|如何《いか》に|多勢《たぜい》を|恃《たの》み|吾《われ》を|取《と》り|囲《かこ》むとも、|吾《われ》には|深《ふか》き|神護《しんご》あり。|一時《いちじ》も|早《はや》く|此《こ》の|世《よ》を|乱《みだ》すウラル|教《けう》を|捨《す》てて、|治国平天下《ちこくへいてんか》の|惟神《かむながら》の|大道《たいどう》なるわが|教《をしへ》を|聞《き》け。|常世神王《とこよしんわう》かれ|何者《なにもの》ぞ。|鷹取別《たかとりわけ》かれ|何者《なにもの》ぞ。|積悪《せきあく》の|報《むく》い、|神罰《しんばつ》|立所《たちどころ》に|下《くだ》つて|鼻《はな》|挫《くじ》かれしその|哀《あは》れさ。|斯《か》くの|如《ごと》き|神《かみ》の|戒《いまし》めを|受《う》けながら、なほ|悔《く》い|改《あらた》めずば、|鷹取別《たかとりわけ》が|臣下《しんか》たる|汝等《なんぢら》が|鼻柱《はなばしら》、|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|粉砕《ふんさい》し|呉《く》れむぞ。サア、わが|一言《いちごん》は|神《かみ》の|言葉《ことば》だ。|救《すく》ひの|声《こゑ》だ。きくか、きかぬか、|善悪邪正《ぜんあくじやせい》、|天国《てんごく》|地獄《ぢごく》の|分水嶺《ぶんすゐれい》、この|巌《いはほ》の|如《ごと》き|堅《かた》き|信仰《しんかう》を|以《もつ》てわが|教《をしへ》に|従《したが》ふか。|否《いな》むに|於《おい》ては|吾《われ》は|千変万化《せんぺんばんくわ》の|神術《かむわざ》によつて、|汝等《なんぢら》が|頭上《づじやう》に|懲戒《ちようかい》を|加《くは》へむ。|汝等《なんぢら》の|中《うち》、わが|言葉《ことば》の|身《み》に|沁《し》みし|者《もの》は|名乗《なの》つて|出《で》よ』
と|牛雲別《うしくもわけ》の|雷声《らいせい》に|数倍《すうばい》せる|銅鑼声《どらごゑ》して、|獅子《しし》の|咆《ほ》ゆるが|如《ごと》く|唸《うな》りゐる。|数十人《すうじふにん》の|手下《てした》は、この|強《つよ》き|言霊《ことたま》に|胆《きも》を|挫《ひし》がれ、|耳《みみ》を|塞《ふさ》ぎ、|思《おも》はず|地上《ちじやう》に|縮《ちぢ》み|踞《しやが》むぞをかしけれ。
|牛雲別《うしくもわけ》は、
『エヽ|面倒《めんだう》なり、|思《おも》ひ|知《し》れよ』
と|言《い》ふより|早《はや》く、|巌上《がんじやう》に|羅刹《らせつ》の|如《ごと》き|相好《さうがう》にて|駆《か》け|上《あが》り、|鉄拳《てつけん》を|固《かた》め、|宣伝使《せんでんし》の|面部《めんぶ》を|目《め》がけて、|骨《ほね》も|砕《くだ》けよとばかり|力《ちから》を|籠《こ》めて|殴《なぐ》りつけむとする。
この|時《とき》|遅《おそ》く、かの|時《とき》|早《はや》く、|宣伝使《せんでんし》は|飛鳥《ひてう》の|如《ごと》くヒラリと|体《たい》をかはし、|牛雲別《うしくもわけ》の|足《あし》に|手《て》をかくるや|否《いな》や、|牛雲別《うしくもわけ》はモンドリうつて、さしもに|高《たか》き|巌上《がんじやう》より、|大地《だいち》にドツと|許《ばか》り|顛落《てんらく》する|途端《とたん》に、|体《からだ》の|重《おも》みにて|柔《やはら》かき|土《つち》の|中《なか》に|頭部《とうぶ》をグサリと|刺《さ》し、|臀部《でんぶ》を|天《てん》にむけ、|花立《はなたて》の|如《ごと》き|調子《てうし》にて|手足《てあし》を|藻掻《もが》き|居《ゐ》る。
|又《また》もや|群集《ぐんしふ》の|中《なか》より、
『|吾《われ》は|蟹雲別《かにくもわけ》なり、わが|鉄拳《てつけん》を|喰《くら》へ』
と|云《い》ふより|早《はや》く、|拳骨《げんこつ》を|固《かた》めて|打《う》つてかかるを、|宣伝使《せんでんし》は、
『エヽ|面倒《めんだう》なり』
と|首筋《くびすぢ》|掴《つか》んで、|猫《ねこ》を|提《ひつさ》げし|如《ごと》く|片手《かたて》に|撮《つま》んで、|牛雲別《うしくもわけ》の|上《うへ》に|向《むか》つて|吊《つ》り|下《おろ》したり。|牛雲別《うしくもわけ》の|両足《りやうあし》と、|蟹雲別《かにくもわけ》の|両足《りやうあし》はピタツと|合《あ》うて、ここに|面白《おもしろ》き|軽業《かるわざ》が|演《えん》ぜられたり。|頭《あたま》と|頭《あたま》とは|天《てん》と|地《ち》に、|尻《しり》と|尻《しり》は|向《むか》ひ|合《あは》して、【シリ】|合《あ》ひとなりぬ。|流石《さすが》|両人《りやうにん》の|乱暴《らんばう》なる|計画《けいくわく》も、【シリ】|滅裂《めつれつ》となりにける。
『|神《かみ》の|誠《まこと》の|道《みち》を|取違《とりちがひ》いたすと、|頭《あたま》を|土《つち》に|突込《つつこ》んで|足《あし》を|仰向《あふむ》けにして、のたくらねばならぬぞよ』
との|神諭《しんゆ》そのままである。
|牛《うし》と|蟹《かに》との|両《りやう》|雲別《くもわけ》は、|頭《あたま》を|下《した》に|牛《も》の【しり】の、|手《て》|四《よ》つ|足《あし》|四《よ》つ、ドタリと|倒《こ》けて|四《よ》つ|這《ば》ひとなり、|蟹雲別《かにくもわけ》の|八《や》つ|足《あし》となつて|大地《だいち》を|這《は》ひ|廻《まは》る|可笑《をか》しさ、|外《よそ》の|見《み》る|目《め》も|哀《あは》れなりける|次第《しだい》なり。
(大正一一・二・二一 旧一・二五 桜井重雄録)
第一〇章 |注目国《めげしこくに》〔四四〇〕
|神力《しんりき》|無双《むさう》の|宣伝使《せんでんし》に|打《う》つてかかつた|牛雲別《うしくもわけ》は、さしもに|高《たか》き|巌上《がんじやう》より|地《ち》に|抛《な》げ|落《おと》され、|鋭利《えいり》なる|頭上《づじやう》の|角《つの》をへし|折《を》り、ギウ|牛《ぎう》|云《い》ふ|目《め》に|遇《あ》はされて、|牛《もう》|叶《かな》はぬとも|何《なん》とも|云《い》はず、|雲《くも》を|霞《かすみ》と|群衆《ぐんしう》を|別《わ》けて【のた】のたと|姿《すがた》を|隠《かく》しぬ。|蟹雲別《かにくもわけ》は|横腹《よこはら》を、|倒《たふ》れた|拍子《ひやうし》に|岩《いは》に|打《う》ちつけ、|蟹《かに》のやうに|平《ひら》たくなりて、【カニ】して|呉《く》れとも|何《なん》とも|云《い》はず|横這《よこばひ》になり、|雲《くも》を|霞《かすみ》と|群衆《ぐんしう》を|別《わ》けて、ガサリガサリと|逃《に》げ|出《だ》しける。
|宣伝使《せんでんし》は|声《こゑ》|張《は》り|上《あ》げて、
『ロッキーの|山《やま》より|高《たか》き、|天狗《てんぐ》の|鼻《はな》の|鷹取別《たかとりわけ》は、|火玉《ひだま》に|打《う》たれて|鼻《はな》を【めしやが】れ、|中依別《なかよりわけ》は、|常世《とこよ》の|狐《きつね》に|魅《つま》まれて、|大事《だいじ》の|役目《やくめ》を|仕損《しそん》じた。|鬼《おに》の|様《やう》なる|角《つの》の|出《で》た|牛雲別《うしくもわけ》は、|力《ちから》の|強《つよ》い|麻柱《あななひ》の、|神《かみ》の|教《をしへ》の|宣伝使《せんでんし》、|蚊々虎《かがとら》に、|大事《だいじ》の|大事《だいじ》の|角《つの》|折《を》られ、|牛々《ぎうぎう》|言《い》はされ|牛《もう》|叶《かな》はぬと、|群衆《ぐんしう》に|紛《まぎ》れて|逃《に》げ|帰《かへ》り、たうとう|姿《すがた》を|牛《うし》なうた。|蟹雲別《かにくもわけ》は、|鋏《はさみ》のやうな|鋭《するど》い|腕《かいな》を|振《ふ》り|上《あ》げて、|蚊々虎《かがとら》に|飛《と》びかかり、|胆《きも》を|摧《ひし》がれ|腰《こし》|痛《いた》め、|蟹面《かにづら》をして、|暗《やみ》にまぎれてガサガサと、|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げ|失《う》せたり。サアこれからは|次《つぎ》の|番《ばん》、|百人《ひやくにん》|千人《せんにん》|一時《いちどき》に、かかれかかれ、|欲《よく》に|目《【め】》のない|目《【め】》の|国《くに》の、|心《こころ》の|聾《つんぼ》の|曲津神《まがつかみ》、これから|此《この》|方《はう》が|鷲掴《わしづか》み、|鷲《わし》にはあらで|鷹取別《たかとりわけ》の、|烏《からす》の|様《やう》な|黒《くろ》い|面《つら》、|鳩《はと》の|奴《やつ》【め】が|豆鉄砲《まめでつぱう》、|喰《くら》つたやうな|面《つら》をして、ずらりと|並《なら》んだ|皆《みな》の|奴《やつ》、|蚊々虎《かがとら》の|目《【め】》の|前《まへ》に、|阿呆面《あほづら》さらした|可笑《をか》しさよ。つらつら|思《おも》ひ|廻《めぐ》らせば、|常世《とこよ》の|国《くに》は|盲目国《【め】くらぐに》、|盲《【め】くら》が|垣《かき》を|覗《のぞ》くよな、|恰好《かつかう》|致《いた》してこの|方《はう》を、|十重《とへ》や|二十重《はたへ》に|取囲《とりかこ》み、アフンと|致《いた》して|空《そら》むいて、もろくも|白《しろ》くも|目《【め】》の|玉《たま》を、|白黒々《しろくろぐろ》と|剥《む》きながら、|未《ま》だ|目《【め】》が|醒《さ》めぬか|盲《【め】くら》ども、こんな|苦《くる》しい|目《【め】》に|遇《あ》うて、かち|目《【め】》もないのにちよん|猪口才《ちよこざい》な、|盲《【め】くら》|千人目《せんにん【め】》の|開《あ》いた、|奴《やつ》は|一人《ひとり》もないとは|情《なさけ》ない、ホンにお|目出度《【め】でた》い|奴《やつ》ばかり。コンナ|結構《けつこう》な|麻柱《あななひ》の、|教《をしへ》が|滅多《【め】つた》に|聞《き》けるかい、|目無堅間《【め】なしかたま》の|救《すく》ひの|船《ふね》だ、|摧《【め】》げる|恐《おそ》れは|一《ひと》つもないぞ、|今《いま》に|眩暈《【め】まひ》が|出《で》て|来《く》るぞ、|面目《【め】んぼく》なげに【め】そめそと、|吠面《ほえづら》かわくも|目《【め】》の|前《まへ》ぢや、|吾《われ》はこれから|目《【め】》の|国《くに》を、【め】げ|醜国《しこくに》と|云《い》うてやる。|醜《しこ》の|曲津《まがつ》の|遠近《をちこち》に、|荒《あら》ぶる|罪穢《【め】ぐり》の|深《ふか》い|国《くに》、|何《なに》を|目《【め】》あてにウラル|教《けう》、|一寸先《いつすんさき》は|暗《やみ》の|夜《よ》と、|曲《まが》の|教《をしへ》に|目《【め】》が|眩《くら》み、|心《こころ》の|眼《まなこ》は|真《しん》の|暗《やみ》、|何《なん》と|哀《あは》れなことぢやらう。|声《こゑ》を【|烏《からす》】の|蚊々虎《かがとら》が、【|鳶《とんび》】のやうにかけて|来《き》て、【つる】【|鶴《つる》】|述《の》べる|言霊《ことたま》を、|首《くび》を|長《なが》うして|聞《き》くがよい。|聞《き》く|耳《みみ》もたぬ|木耳《きくらげ》の、|松茸《まつたけ》、|椎茸《しひたけ》、|湿地茸《しめぢたけ》、|毒茸《どくたけ》、|滑茸《いくち》を|食《く》はされて、|黒血《くろち》を|吐《は》いて|目《【め】》を|廻《まは》し、|終《しまひ》にや|冥土《【め】いど》の|旅枕《たびまくら》、|首《くび》も|廻《まは》らぬ|真暗《まつくら》がり、なまくら|者《もの》の|寄《よ》り|合《あ》うた、この|目《【め】》の|国《くに》をよつく|見《み》よ。|四方《よも》の|山々《やまやま》|禿《はげ》だらけ、|大野ケ原《おほのがはら》は|草《くさ》だらけ、|茨《いばら》の|中《なか》を|潜《くぐ》るよな、この|国《くに》|態《ざま》は|何事《なにごと》ぞ、|蚊々虎《かがとら》の|申《まを》すこと、|馬鹿《ばか》にするならするがよい、|天《てん》の|冥罰《【め】いばつ》|立所《たちどころ》、|神《かみ》の|恵《【め】ぐみ》にあひたくば、|今《いま》|目《【め】》を|醒《さ》ませ|目《【め】》をさませ、|前途《むかふ》の|見《み》えぬ|目《【め】》の|国《くに》の、|人《ひと》こそ|実《じつ》に|憐《あは》れなれ、|人《ひと》こそ|実《じつ》に|憐《あは》れなれ』
と|巌上《がんじやう》に|突立《つつた》ち、|群衆《ぐんしう》に|眼《め》を|配《くば》りながら|呶鳴《どな》り|立《た》てて|居《ゐ》る。
この|時《とき》、|男女《だんぢよ》の|声《こゑ》を|交《まじ》へし|宣伝歌《せんでんか》が、|暗《やみ》の|帳《とばり》を|破《やぶ》つて|音楽《おんがく》の|如《ごと》く|聞《きこ》え|来《きた》る。|折《をり》しも|東《ひがし》の|海面《かいめん》を|照《てら》して、まん|円《まる》き|月《つき》は|下界《げかい》を|覗《のぞ》き|給《たま》ふ。|今《いま》まで|百舌鳥《もず》か、|燕《つばめ》か、|雀《すずめ》か、|雲雀《ひばり》か、|山雀《やまがら》のやうに|囀《さへづ》つて|居《ゐ》た|牛《うし》、|蟹《かに》の|手下《てした》の|者共《ものども》は、|蛇《へび》に|狙《ねら》はれた|蛙《かはず》の|如《ごと》く、|蟇蛙《ひきがへる》に|魅《みい》られた|鼬《いたち》の|如《ごと》く、【なめくじり】に|追《お》ひかけられた|蛇《へび》の|如《ごと》く、|縮《ちぢ》かまりて|大地《だいち》に|喰《くら》ひつき【しが】みつき、|地震《ぢしん》の|孫《まご》か、ぶるぶると|慄《ふる》ひ|戦《おのの》き|居《ゐ》たりける。
『|月《つき》は|照《て》る|照《て》る|目《め》の|国《くに》|曇《くも》る、|荒《あ》れた|目《め》の|国《くに》|暗《やみ》となる』
と|涼《すず》しき|声《こゑ》またもや|聞《きこ》え|来《きた》る。|蚊々虎《かがとら》は|巌上《がんじやう》より|声《ごゑ》する|方《はう》に|向《むか》つて、
『ホー、その|声《こゑ》は|淤縢山津見《おどやまづみ》か、よい|処《ところ》でお|目《め》にかかつた。マアマア、|緩《ゆつく》り|話《はな》さうかい』
|珍山彦《うづやまひこ》の|化《ば》けの|蚊々虎《かがとら》は、|涼《すず》しき|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げて|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|始《はじ》めたるに、|四人《よにん》の|宣伝使《せんでんし》は|声《こゑ》に|応《おう》じて|共《とも》に|歌《うた》ふ。|月《つき》は|海《うみ》より【いづの】|御霊《みたま》の【すみきり】|渡《わた》る、|心《こころ》も|赤《あか》き|言霊《ことたま》に|打《う》たれて、|一同《いちどう》は|思《おも》はず|宣伝歌《せんでんか》につられて|歌《うた》ひ|始《はじ》むる。|歌《うた》の|調子《てうし》に|乗《の》せられて、|今《いま》まで|足腰《あしこし》|立《た》たぬ|憂目《うきめ》に|遇《あ》ひし|悪神等《あくがみたち》も、|嬉《うれ》し|涙《なみだ》を|流《なが》しながら|立《た》ち|上《あが》つて|舞《ま》ひ|踊《をど》る|不思議《ふしぎ》さ。これよりこの|国《くに》の|神人《しんじん》は|三五教《あななひけう》の|教《をしへ》を|固《かた》く|守《まも》り、|今《いま》までの|悪心《あくしん》を|残《のこ》る|隅《くま》なく|払拭《ふつしき》し、|霊主体従《れいしゆたいじゆう》の|身魂《みたま》となり|変《かは》りたるぞ|畏《かしこ》けれ。この|国《くに》は|今《いま》に|珍山彦《うづやまひこ》の|血縁《けつえん》|伝《つた》はり|居《を》るといふ。
(大正一一・二・二一 旧一・二五 加藤明子録)
第一一章 |狐火《きつねび》〔四四一〕
|川田《かはた》の|町《まち》を|離《はな》れたる |常磐《ときは》の|森《もり》の|岩《いは》の|根《ね》に
|心《こころ》も|堅《かた》き|五柱《いつはしら》 |珍山彦《うづやまひこ》を|始《はじ》めとし
|浪《なみ》の|響《ひびき》や|吹《ふ》く|風《かぜ》の |淤縢山津見《おどやまづみ》の|宣伝使《せんでんし》
ミロクの|御代《みよ》を|松代姫《まつよひめ》 |梅ケ香姫《うめがかひめ》や|竹野姫《たけのひめ》
ここに|五人《ごにん》はいそいそと 【アナウ】の|高原《かうげん》|打《う》ち|越《こ》えて
シラ|山峠《やまたうげ》の|東麓《とうろく》を こと|問《と》ひあはす【コトド】|川《がは》
|湯津石村《ゆついはむら》にたばしれる |血潮《ちしほ》に|染《そ》むる|曲神《まがかみ》の
|苦《くる》しき|悩《なや》みを|洗《あら》はむと |思《おも》ふ|心《こころ》も【カリガネ】の
たより|渚《なぎさ》のカリガネ|湾《わん》 |東《ひがし》を|指《さ》して|浪《なみ》の|上《うへ》
|進《すす》み|行《ゆ》くこそ|雄々《をを》しけれ。
|南北《なんぽく》に|帯《おび》の|如《ごと》く|延長《えんちやう》せるカリガネ|半島《はんたう》に、|五人《ごにん》の|宣伝使《せんでんし》は|上陸《じやうりく》した。|宣伝使《せんでんし》の|影《かげ》は|細《ほそ》き|竹《たけ》の|如《ごと》く、|長《なが》く|地上《ちじやう》に|東《ひがし》に|向《むか》つて|倒《たふ》れる。|遉《さすが》に|長《なが》き|春《はる》の|日《ひ》も、【カリガネ】|湾《わん》の|彼方《あなた》に|舂《うすづ》き|始《はじ》めた。|立《た》つて|行《ゆ》く|人《ひと》、|寝《ね》て|進《すす》む|人《ひと》、|十曜《とえう》の|紋《もん》の|十人連《とたりづれ》、|日没《にちぼつ》と|共《とも》に|惜《を》しき|別《わか》れを|告《つ》げにける。
|靄《もや》に|包《つつ》まれたる|浪《なみ》を|分《わ》けて、|十四夜《いざよひ》の|月《つき》は|東天《とうてん》に|輝《かがや》き|始《はじ》めぬ。|照《て》りもせず|曇《くも》りも|果《は》てぬ|春《はる》の|夜《よ》の|朧月夜《おぼろづきよ》に、|又《また》もや|微《かすか》な|五人《ごにん》の|姿《すがた》は|西枕《にしまくら》に|現《あら》はれて|来《き》た。|蚊々虎《かがとら》は、
『ホー|淤縢山《おどやま》さま、|吾々《われわれ》は|常磐《ときは》の|森《もり》から、|斯《か》うぶらぶらと、シラ|山峠《やまたうげ》の|麓《ふもと》を|廻《めぐ》つて、|音《おと》に|響《ひび》いたコトド|川《かは》をやうやう|渡《わた》り、|草《くさ》の|褥《しとね》の|仮枕《かりまくら》、|沈《しづ》んだ|浮世《うきよ》をカリガネの、|入江《いりえ》を|渡《わた》つて|十人連《とたりづれ》、アヽ|世《よ》は|日《ひ》の|暮《く》るるとともに、|親密《しんみつ》な|五人《ごにん》に|分《わか》れ、ヤレ|淋《さび》しやと|思《おも》ふ|間《ま》もなく、|又《また》もや|五人《ごにん》のおつきあひが|出来《でき》た。|矢張《やつぱ》り|世《よ》の|中《なか》は|神歌《しんか》ではないが、|十《とう》でなければ|治《をさ》まらぬ。|遠《とほ》い|遠《とほ》い|海山《うみやま》|越《こ》えて、どうやらかうやら|此地《ここ》まで|青息吐息《あをいきといき》の|為体《ていたらく》でやつて|来《き》た。|心《こころ》も|荒《あら》き|荒浪《あらなみ》の、|淤縢山津見《おどやまづみ》の|宣伝使《せんでんし》、|松《まつ》|吹《ふ》く|風《かぜ》の|松代姫《まつよひめ》、ミロクさまがお|上《あが》りになつた。サアサア、これから|言霊姫《ことたまひめ》の|鎮《しづ》まり|給《たま》ふ|常世国《とこよぐに》、|常世《とこよ》の|暗《やみ》を【とことん】まで|晴《は》らして、|常世神王《とこよしんわう》に|改心《かいしん》させねば|吾々《われわれ》の|役目《やくめ》がすまぬ。|烏羽玉《うばたま》の|夜《よ》も、|月《つき》の|光《ひかり》に【シラ|山《やま》】|山脈《さんみやく》、サアサアこれから|行《ゆ》きませう』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『モシモシ|珍山彦《うづやまひこ》|様《さま》、|吾々《われわれ》は|今《いま》まで|五人連《ごにんづ》れで|来《き》た|筈《はず》だ。それにあなたは|十人連《とたりづ》れと|云《い》ひましたねえ。いつも|途方《とはう》|途轍《とてつ》もない|法螺《ほら》を|吹《ふ》いて|吾々《われわれ》に|栃麺棒《とちめんぼう》を|振《ふ》らすのですか』
|珍山彦《うづやまひこ》『|日《ひ》の|神様《かみさま》のお|蔭《かげ》で|十人連《とたりづ》れぢや、|神《かみ》のお|蔭《かげ》がなければ、|矢張《やつぱ》り|男女《だんぢよ》|五人《ごにん》だ。|日《ひ》の|神《かみ》のお|蔭《かげ》にはづれたと|思《おも》へば、|今度《こんど》はミロク|様《さま》のお|蔭《かげ》でまた|元《もと》の|十人連《とたりづ》れ。|情《つれ》ない|浮世《うきよ》と|人《ひと》は|言《い》へども、|蛸《たこ》さへ|釣《つ》れる|世《よ》の|中《なか》だ。|貴下《きか》も|深山《みやま》の|谷底《たにぞこ》で、|照彦神《てるひこのかみ》に|蛸《たこ》をつられたさうですなア』
『その|話《はなし》は|聞《き》いて|下《くだ》さるな。|一時《いちじ》も|早《はや》くこのシラ|山峠《やまたうげ》を|向《むか》ふに|渡《わた》つて、|常世《とこよ》の|国《くに》へ|参《まゐ》りませう。|実《じつ》は【アナウ】|高原《かうげん》を|渡《わた》つて、【テキサス】の|方《はう》から|常世城《とこよじやう》の|背面《はいめん》に|出《で》る|考《かんが》へでしたが、|何《なん》だか|俄《にはか》に|足《あし》が|東《ひがし》に|向《むか》つて、|川田《かはた》の|町《まち》で|不思議《ふしぎ》にも|三人《さんにん》の|姫《ひめ》に|出会《であ》ひ、|又《また》もや|常磐《ときは》の|森《もり》で|貴下《きか》にお|目《め》にかかつたのも、|何《なに》かの|霊界《かくりよ》からの|御指揮《おさしづ》でせう』
と|話《はな》す|折《をり》しも、|前方《ぜんぱう》より|幾百《いくひやく》とも|知《し》れぬ|人馬《じんば》の|物音《ものおと》|聞《きこ》え|来《きた》る。|五人《ごにん》の|宣伝使《せんでんし》は|又《また》もや|敵《てき》の|襲来《しふらい》かと、|腹帯《はらおび》を|締《し》め、|直《ただち》に|月光《げつくわう》に|向《むか》つて|手《て》を|合《あは》せ、|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、|声《こゑ》を|揃《そろ》へて|宣伝歌《せんでんか》をうたひける。
|追《お》ひおひ|近《ちか》づき|来《きた》る|群衆《ぐんしう》の|中《なか》より、|一人《ひとり》の|棟梁《とうりやう》らしきもの|現《あら》はれ、
『ヤアヤア、それに|居《を》る|五人《ごにん》の|者《もの》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》であらう。【テツキリ】|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》の|女《をんな》に|相違《さうゐ》はあるまい。|常世城《とこよじやう》を|夜陰《やいん》に|乗《じやう》じて|逃《に》げ|出《いだ》し、|又《また》もやこのカリガネ|半島《はんたう》に|来《きた》つて|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ふ|不届《ふとどき》|至極《しごく》の|奴《やつ》。|常世神王《とこよしんわう》の|命《めい》に|依《よ》つて、|腕力《わんりよく》|鉄《てつ》より|固《【かた】》き|固虎《【かた】とら》が|召捕《めしとり》に|向《むか》うたり。サア|尋常《じんじやう》に|縛《ばく》に|就《つ》くか。|否《いな》と|申《まを》さば、この|槍《やり》の【キツ】|尖《さき》にて|貫《つらぬ》かうか。|返答《へんたふ》|如何《いか》に』
と|馬《うま》を|進《すす》ませ|呶鳴《どな》りつつ|迫《せま》り|来《きた》る。
|一行《いつかう》は|何《なん》の|応答《いらへ》もなく、|黙然《もくねん》として|佇立《ちよりつ》し|居《ゐ》たるに、|前後左右《ぜんごさいう》に|忽《たちま》ち|起《おこ》る|鬨《とき》の|声《こゑ》、|追《お》ひおひ|身辺《しんぺん》に|近寄《ちかよ》り|来《きた》る。|空《そら》には|数十《すうじふ》の|天《あま》の|鳥船《とりふね》|天《てん》を|覆《おほ》ひて|猛《たけ》り|狂《くる》ひ、|威嚇《ゐくわく》|運動《うんどう》が|開始《かいし》されて|居《ゐ》る。|固虎《かたとら》は、
『ヤア、|汝《なんぢ》らは|此《この》|方《はう》の|威勢《ゐせい》に|恐《おそ》れて、|一言半句《いちげんはんく》も|言葉《ことば》はなく、がたがた|慄《ふる》うて|居《を》るのか。|今《いま》にこの|固虎《かたとら》が|合図《あひづ》を|致《いた》さば、|空《そら》の|鳥船《とりふね》より|下《おろ》す|投弾《なげだま》に、|汝《なんぢ》ら|五人《ごにん》の|身体《しんたい》は|木端微塵《こつぱみぢん》。|微塵《みじん》となつて|滅《ほろ》ぶるよりも、|一寸《いつすん》|延《の》びれば|尋《ひろ》とやら、|一息《ひといき》の|間《ま》も|命《いのち》が|惜《を》しからう。サア|此《この》|方《はう》に|四《し》の|五《ご》の|吐《ぬか》さず|随《つ》いて|来《こ》い。|六《ろく》でもない|事《こと》|囀《さへづ》つても、この|方《はう》はエエ|七面倒《しちめんだう》くさい、|頤《あご》を|叩《たた》くと|八《は》り|倒《たふ》して|九《く》て|仕舞《しま》ふのだ。|十《と》こよの|国《くに》の|固虎《かたとら》の|旭日昇天《きよくじつしようてん》の|御威勢《ごゐせい》を|知《し》らぬか』
と|空威張《からゐばり》に|威張《ゐば》り|散《ち》らして|呶鳴《どな》り|居《ゐ》る。|珍山彦《うづやまひこ》は|吹《ふ》き|出《いだ》し、
『ウワハヽヽヽ、ヤア|固虎《かたとら》、【ほざい】たりなほざいたりな、ロッキー|山《ざん》に|常世城《とこよじやう》に、|巣《す》を|構《かま》へたる|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》の|尻尾《しつぽ》の|奴《やつ》ども、|此《この》|方《はう》を|何《なん》と|心得《こころえ》てをるか、|世界《せかい》に|名高《なだか》い|三五教《あななひけう》の|蚊々虎《かがとら》さまとは|俺《おれ》の|事《こと》だ。|名《な》を|聞《き》いて|一同《いちどう》の|奴《やつ》、|肝《きも》を|潰《つぶ》すな。|何程《なにほど》|上《うへ》から|爆弾《ばくだん》を|投《な》げたとて、それが|何《なに》|恐《おそ》ろしいか。|一時《いちじ》も|早《はや》く|合図《あひづ》を|致《いた》して、|爆弾《ばくだん》を|投《な》げさせよ。|此《この》|方《はう》は|神変不可思議《しんぺんふかしぎ》の|神力《しんりき》|備《そな》はる、【いづの】みたまの|五人連《ごにんづ》れ。|貴様《きさま》の|方《はう》は|烏合《うがふ》の|衆《しう》だ。うごうご|致《いた》した|密集《みつしふ》|部隊《ぶたい》へ、|爆弾《ばくだん》|投下《とうか》は|此《この》|方《はう》にもつて|来《こ》いだ。|敵《てき》の|武器《ぶき》をもつて|敵《てき》を|滅《ほろ》ぼすとはこの|事《こと》だ。サア、|貴様《きさま》の|用《もち》ふる|合図《あひづ》は|此《この》|方《はう》がやつてやらう。|自繩自縛《じじようじばく》、|自滅《じめつ》の|端《たん》を|開《ひら》く|大馬鹿者《おほばかもの》』
と|云《い》ひながら、|蚊々虎《かがとら》は|懐《ふところ》より|火打《ひうち》を|取《と》り|出《だ》し、|火口《ほくち》に|火《ひ》を|移《うつ》し、|枯葉《かれは》を|集《あつ》めて|三箇所《さんかしよ》に|火《ひ》を|焚《た》き|出《だ》せば、|固虎《かたとら》は、
『ヤア、そりや|大変《たいへん》だ。|此《この》|方《はう》の|合図《あひづ》をどうして|知《し》つたか。|味方《みかた》の|武器《ぶき》で|味方《みかた》が|滅《ほろび》る。|耐《たま》らぬ|耐《たま》らぬ、ヤイヤイ、|皆《みな》の|者《もの》ども、|一時《いちじ》も|早《はや》くあの|火《ひ》を|消《け》せよ』
|一同《いちどう》は|焚火《たきび》に|向《むか》つて|消《け》しにかからうとする|奴《やつ》を、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》は、|三ケ所《さんかしよ》の|火《ひ》の|傍《そば》に|突《つ》つ|立《た》ち|上《あが》り、|寄《よ》り|来《く》る|奴《やつ》を|手玉《てだま》に|取《と》つて、|一々《いちいち》カリガネ|湾《わん》に|投《な》げ|込《こ》む。
|忽《たちま》ち|轟然《がうぜん》たる|響《ひびき》|聞《きこ》えて、|爆弾《ばくだん》は|密集《みつしふ》|部隊《ぶたい》の|頭上《づじやう》に|破裂《はれつ》せしかば、|泡《あわ》を|吹《ふ》いて|死傷《ししやう》|算《さん》なく、|命《いのち》|辛々《からがら》|逃《に》げ|行《ゆ》くもあり、その|場《ば》に|倒《たふ》れて|呻《うめ》く|声《こゑ》、|此処《ここ》|彼処《かしこ》に|聞《きこ》え|来《きた》る。|珍山彦《うづやまひこ》は|大音声《だいおんじやう》、
『ヤアヤア、|固虎《かたとら》の|部下《ぶか》の|者《もの》|共《ども》、|改心《かいしん》したか。|肝《きも》を|潰《つぶ》し、|腰《こし》を|抜《ぬ》かし、|鼻《はな》を|挫《くじ》かれ、|口《くち》は|引《ひ》き|裂《さ》かれ、|眼球《めだま》は|飛《と》び|出《だ》し、|耳《みみ》はちぎれ、|腕《うで》は|折《を》れ、|足《あし》は【むし】られ、|実《じつ》に|気《き》の|毒《どく》|千万《せんばん》なるよ。|今《いま》この|場《ば》に|於《おい》て|改心《かいしん》|致《いた》さばよし、|否《いや》と|云《い》ふなら、ま|一度《いちど》|合図《あひづ》をしようか』
|一同《いちどう》の|中《なか》より、|泣《な》き|声《ごゑ》を|絞《しぼ》りながら、
『|蚊々虎《かがとら》|様《さま》、|三人《さんにん》の|姫様《ひめさま》、|私《わたくし》は|改心《かいしん》|致《いた》します。どうぞ|助《たす》けて|下《くだ》さいませ』
『|改心《かいしん》|致《いた》した|奴《やつ》は、この|場《ば》で|罪《つみ》を|赦《ゆる》してやらう。|改心《かいしん》|致《いた》すほど|世《よ》の|中《なか》に|結構《けつこう》はない。サア|一同《いちどう》|此《この》|方《はう》の|後《あと》に|随《つ》いて|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》へ』
|一同《いちどう》『|常世《とこよ》の|国《くに》やロッキーの |山《やま》に|隠《かく》るる|曲津神《まがつかみ》
|八岐大蛇《やまたをろち》に|狙《ねら》はれて |神《かみ》の|御国《みくに》を|乱《みだ》さむと
|鼻息《はないき》|高《たか》き|鷹取別《たかとりわけ》の |醜《しこ》の|魔神《まがみ》の|腰《こし》|抜《ぬ》かし
|鼻《はな》【みしや】がれたその|家来《けらい》 |肩《かた》で|風《かぜ》|切《き》る|固虎《かたとら》が
|部下《てした》の|者《もの》よ、よつく|聞《き》け |旭《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも |常世《とこよ》の|国《くに》は|沈《しづ》むとも
|曲津《まがつ》の|砦《とりで》は|破《やぶ》るとも |三五教《あななひけう》は|世《よ》を|救《すく》ふ
|口《くち》は|引《ひ》き|裂《さ》け|鼻《はな》|曲《まが》り |眼球《めだま》は|飛《と》び|出《だ》し|耳《みみ》ちぎれ
|腕《かいな》は|折《を》れて|足《あし》はとれ |子供《こども》の|玩具《おもちや》の|人形箱《にんぎやうばこ》
ぶち|開《あ》けたやうな|今《いま》の|態《ざま》 |改心《かいしん》するのは|此《この》|時《とき》ぞ
|改心《かいしん》するのは|此《この》|場合《ばあひ》 |月日《つきひ》は|空《そら》に|蚊々虎《かがとら》の
|宣《の》る|言霊《ことたま》に|耳《みみ》|澄《す》ませ |口《くち》を|清《きよ》めて|目《め》を|洗《あら》ひ
|鼻《はな》を|低《ひ》くして|天地《あめつち》の |神《かみ》を|称《たた》ふる|神言《かみごと》を
|一度《いちど》に|宣《の》れよ|皆《みな》のもの のれよのれのれ|皇神《すめかみ》の
|救《すく》ひの|船《ふね》に|皆《みな》|乗《の》れよ ロッキー|山《ざん》に|現《あら》はれし
|日《ひ》の|出神《でのかみ》や|伊弉冊《いざなみ》の |神《かみ》と|申《まを》すは|世《よ》を|乱《みだ》す
|大蛇《をろち》や|金狐《きんこ》の|化身《けしん》ぞや |早《は》や|目《め》を|醒《さ》ませ|目《め》を|醒《さ》ませ
|心《こころ》にかかる|村雲《むらくも》を |吾《わが》|言霊《ことたま》に|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|清《きよ》めて|救《すく》ふ|神《かみ》の|道《みち》 |国《くに》てふ|国《くに》は|多《おほ》けれど
|神《かみ》てふ|神《かみ》は|多《おほ》けれど |常世《とこよ》の|国《くに》は|常久《とことは》に
|暗《やみ》ではおけぬ|神《かみ》の|胸《むね》 ロッキー|山《ざん》の|曲神《まがかみ》の
|醜《しこ》の|企《たく》みを|此《この》|侭《まま》に |捨《す》ててはおかぬ|神心《かみごころ》
この|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|唯《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|宣《の》り|直《なほ》し
|鬼《おに》や|大蛇《をろち》や|曲神《まがかみ》の |醜《しこ》の|猛《たけ》びを|皇神《すめかみ》の
|救《すくひ》の|舟《ふね》に|乗《の》り|直《なほ》し |心《こころ》を|直《なほ》せよ|諸人《もろびと》よ
この|世《よ》を|渡《わた》す|麻柱《あななひ》の |神《かみ》の|造《つく》りし|方船《はこぶね》は
どこにも|一《ひと》つ|穴《あな》はない あな|有難《ありがた》や|尊《たふと》やと
|左《ひだり》|右《みぎ》りの|手《て》を|合《あは》せ |祈《いの》れよ|祈《いの》れカリガネの
この|島人《しまびと》や|固虎《かたとら》の |部下《てした》のものよ|逸早《いちはや》く
|神《かみ》の|光《ひかり》に|目《め》を|醒《さ》ませ |神《かみ》の|光《ひかり》に|目《め》を|醒《さ》ませ
|日《ひ》は|照《て》る|光《ひか》る|月《つき》は|盈《み》つ |日《ひ》の|出神《でのかみ》が|現《あら》はれて
|常夜《とこよ》の|暗《やみ》を|照《てら》せども |行方《ゆくへ》も|知《し》らぬ|荒浪《あらなみ》の
|中《なか》に|漂《ただよ》ふ|醜船《しこぶね》の |舵《かぢ》を|取《と》られて|人心《ひとごころ》
|心《こころ》の|海《うみ》に|日月《じつげつ》の |光《ひかり》|湛《たた》へて|黄泉島《よもつじま》
|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦《たたかひ》に |力《ちから》を|尽《つく》せ|身《み》を|尽《つく》せ
|神《かみ》の|守《まも》りは|目《ま》のあたり |神《かみ》の|恵《めぐ》みは|此《この》|通《とほ》り』
と|歌《うた》ひ|舞《ま》ふ。
|固虎《かたとら》を|始《はじ》め|部下《ぶか》の|者《もの》|共《ども》は|思《おも》はず|知《し》らず、|蚊々虎《かがとら》の|言霊車《ことたまぐるま》に|乗《の》せられて、|自分《じぶん》の|事《こと》と|知《し》りながら、|知《し》らず|知《し》らずに|歌《うた》ひ|舞《ま》ひ|踊《をど》り|狂《くる》ふ。|目《め》も|鼻《はな》も|口《くち》も|耳《みみ》も|手《て》も|足《あし》も、|神《かみ》の|恵《めぐ》みに|救《すく》はれ、|元《もと》の|通《とほ》りの|完全《くわんぜん》な|肉体《にくたい》に|還元《くわんげん》して、|負傷《ふしやう》の|痕《あと》さへ|止《とど》めざるこそ|不可思議《ふかしぎ》なる。
これより|固虎《かたとら》は、|珍山彦《うづやまひこ》の|歌《うた》に|感《かん》じ、|翻然《ほんぜん》として|悟《さと》り、|道案内《みちあんない》となつてロッキー|山《ざん》に|進《すす》み|行《ゆ》く。|固虎《かたとら》は|後《のち》に|固山津見《かたやまづみ》の|神名《しんめい》を|戴《いただ》き、|神界《しんかい》のために|大活動《だいくわつどう》を|為《な》すに|至《いた》れり。
(大正一一・二・二二 旧一・二六 加藤明子録)
第一二章 |山上瞰下《さんじやうかんか》〔四四二〕
|固虎《かたとら》の|案内《あんない》にてシラ|山《やま》|山脈《さんみやく》を|春風《はるかぜ》に|吹《ふ》かれながら、|漸《やうや》うにしてその|峠《たうげ》の|巓《いただき》に|達《たつ》したり。|東《ひがし》には|漂渺《へうべう》たる|大海原《おほうなばら》、|際限《さいげん》もなく|展開《てんかい》し、|西《にし》に|聳《そび》ゆるロッキーの|山《やま》は、|中腹《ちうふく》より|山巓《さんてん》にかけて、|或《あるひ》は|濃《こ》く、|或《あるひ》は|淡《あは》き|叢雲《むらくも》に|包《つつ》まれてゐる。
|一行《いつかう》|六人《ろくにん》は|峠《たうげ》の|青草《あをくさ》|萠《も》ゆる|芝生《しばふ》の|上《うへ》に|息《いき》を|休《やす》め、|四方《よも》の|景色《けしき》に|眼《め》を|新《あたら》しく|洗《あら》ふ。
|珍山彦《うづやまひこ》『ホー、|淤縢山《おどやま》さま、|貴方《あなた》は|矢張《やつぱ》りロッキー|山《ざん》に|伊邪那美尊《いざなみのみこと》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》が|坐《ま》しますと|信《しん》じて|居《ゐ》ますか』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『|無論《むろん》の|事《こと》です。|之《これ》がどうして|信《しん》ぜられずに|居《を》れませうか。|現《げん》に|竜宮城《りうぐうじやう》から|御供《おとも》して|海上《かいじやう》で|別《わか》れた|時《とき》、|之《これ》からロッキー|山《ざん》に|行《い》つて|身《み》を|隠《かく》す、とお|口《くち》づから|御言葉《おことば》を|承《うけたま》はつたのですから』
『|成程《なるほど》、それも|無理《むり》のないことだが、|私《わたくし》の|神懸《かむがか》りで|言《い》つた|事《こと》は、|如何《どう》しても|信《しん》じませぬか』
『|信《しん》じない|事《こと》もないですが、|今《いま》の|処《ところ》では|五里霧中《ごりむちゆう》に|彷徨《はうくわう》するとでも|言《い》ふやうな|心理《しんり》|状態《じやうたい》です』
『|神様《かみさま》の|御経綸《ごけいりん》は、その|大体《だいたい》に|於《おい》て|一定不変《いつていふへん》であつても、|其処《そこ》には|又《また》|裏《うら》もあり|表《おもて》もあるものだ。|奥《おく》の|奥《おく》にも|奥《おく》があれば、|底《そこ》の|底《そこ》にも|底《そこ》がないほど|深《ふか》い|底《そこ》のあるもの、【そこ】の|処《ところ》をよく|審神《さには》せぬと|大変《たいへん》な|間違《まちが》ひが|起《おこ》りますよ。それだから|神《かみ》の|道《みち》の|宣伝使《せんでんし》は、|見直《みなほ》し、|聞《き》き|直《なほ》し、|宣《の》り|直《なほ》せと|神歌《しんか》に|示《しめ》されてあるのですよ』
『ハア、その|真偽《しんぎ》、|当否《たうひ》は|時《とき》の|問題《もんだい》です。|吾々《われわれ》は|一日《いちにち》も|早《はや》く|万難《ばんなん》を|排《はい》して|敵《てき》の|厳《きび》しき|警戒《けいかい》を|突破《とつぱ》し、ロッキー|山《ざん》に|登《のぼ》つてその|消息《せうそく》を|探《さぐ》つて|見《み》たいと|思《おも》ふのです』
『|斯《か》う|申《まを》すと|済《す》まぬが、|貴方《あなた》の|心《こころ》の|裡《うち》は|恰度《ちやうど》、あのロッキー|山《ざん》の|様《やう》ですよ。|半分《はんぶん》は|雲《くも》に|包《つつ》まれ、|半分《はんぶん》は|春《はる》の|野山《のやま》の|生地《きぢ》を|顕《あら》はして|居《ゐ》るのと|同《おな》じ|事《こと》だ。|心《こころ》の|雲《くも》を|晴《は》らさねば、|真実《ほんたう》の|神《かみ》の|経綸《しぐみ》は【ハツキリ】しない。この|固虎《かたとら》に|聞《き》いたら|一番《いちばん》よく|分《わか》るであらう』
|固虎《かたとら》『いえ、|私《わたくし》も|確《たしか》な|事《こと》は|申上《まをしあ》げられませぬが、|常世神王《とこよしんわう》の|仰《あふ》せによれば、|伊邪那美《いざなみ》の|大神様《おほかみさま》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》は、ロッキー|山《ざん》に|居《を》られるとの|事《こと》、|常世城《とこよじやう》は|申《まを》すに|及《およ》ばず、|一般《いつぱん》の|人民《じんみん》も|左様《さやう》だと|思《おも》つて|確《かた》く|信《しん》じて|居《を》ります。|吾々《われわれ》も、どちらかと|言《い》へば、|信《しん》じて|居《を》る|方《はう》の|仲間《なかま》ですよ』
|珍山彦《うづやまひこ》『|淤縢山《おどやま》さまと|云《い》ひ、|固虎《かたとら》さまと|云《い》ひ、|実《じつ》に|曖昧《あいまい》|模糊《もこ》の|考《かんが》へですな。|貴方《あなた》の|精神《せいしん》は|不安《ふあん》ではありませぬか。よくマア、そんな|頼《たよ》りない|事《こと》で|信念《しんねん》が|続《つづ》くかと、|不思議《ふしぎ》に|思《おも》はれてなりませぬワ』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『|何《なに》を|言《い》つても、|愚昧《ぐまい》な|吾々《われわれ》|人間《にんげん》の|考《かんが》へで、|広大無辺《くわうだいむへん》の|神様《かみさま》の|御神業《ごしんげふ》が【ハツキリ】と|分《わか》るべきものでない。|寧《むし》ろ|分《わか》らないのが|当然《たうぜん》だらうと|思《おも》ひます。|神様《かみさま》の|御神業《ごしんげふ》に|対《たい》して|審神《さには》をしたり、|或《あるひ》は|批評《ひへう》をするのは、|人間《にんげん》の|分際《ぶんざい》として|僣越《せんえつ》だと|考《かんが》へて|居《を》ります。|只《ただ》|何事《なにごと》も|刹那心《せつなしん》で、|行《ゆ》く|処《ところ》まで|行《ゆ》かなくては|分《わか》らない』
『|若《も》し|伊邪那美神《いざなみのかみ》|様《さま》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》が|贋物《にせもの》であつたら、その|時《とき》|貴方《あなた》は|如何《どう》|致《いた》しますか』
『その|時《とき》|始《はじ》めて|心《こころ》の|雲霧《くもきり》が|晴《は》れ、|心《こころ》の|海《うみ》に|真如《しんによ》の|日月《じつげつ》が|輝《かがや》き|渡《わた》るのです。|只《ただ》|何事《なにごと》も|惟神《かむながら》です』
『|腹《はら》を|立《た》てる|様《やう》な|事《こと》はありますまいか』
『|三五教《あななひけう》の|宣伝歌《せんでんか》の|通《とほ》り、その|時《とき》こそは|直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞《き》き|直《なほ》し、|宣《の》り|直《なほ》す|覚悟《かくご》です』
『ホー、そのお|考《かんが》へならば|貴方《あなた》も|宣伝使《せんでんし》の|及第点《きふだいてん》が|得《え》られますよ。|大変《たいへん》に|信仰《しんかう》の|持《も》ち|方《かた》が|変《かは》つて|来《き》ましたなア。|信仰《しんかう》の|力《ちから》は|山《やま》をも|動《うご》かすと|云《い》ふ|事《こと》があるが、|貴方《あなた》はあの|山《やま》を|自分《じぶん》の|前《まへ》に|引寄《ひきよ》せるだけの|信仰力《しんかうりよく》をもつて|居《ゐ》ますか』
『|到底《たうてい》そんな|事《こと》は|霊的《れいてき》の|事《こと》で、|現実的《げんじつてき》には|出来《でき》ますまい。|貴方《あなた》は|出来《でき》ますか』
『|出来《でき》ますとも、|霊界《れいかい》のみでない、|現実的《げんじつてき》に|私《わたくし》の|前《まへ》に|山《やま》を|引寄《ひきよ》せて|見《み》せませう。|貴方等《あなたがた》も|私《わたくし》の|後《うしろ》に|跟《つ》いて|御出《おい》でなさい。|手《て》を|翻《ひるがへ》せば|雨《あめ》となり、|手《て》を|覆《くつが》へせば|雲《くも》となる、|自由自在《じいうじざい》の|世《よ》の|中《なか》、|万々一《まんまんいち》|吾《わが》|言霊《ことたま》によつて|動《うご》いて|来《こ》なかつた|時《とき》は、|山《やま》の|神《かみ》さまに|何《なに》か|御都合《ごつがふ》があつてお|忙《いそが》しいのだらうから、こちらの|方《はう》から|歩《ある》いて|往《い》つて|目《め》の|前《まへ》に|引寄《ひきよ》せるまでの|事《こと》ですよ』
『|大抵《たいてい》ソンナ|事《こと》だと|思《おも》つて|居《ゐ》た。それなら|吾々《われわれ》も|海《うみ》でも|引寄《ひきよ》せるワ』
『オー、|固虎《かたとら》さま、|貴方《あなた》は|今《いま》の|今《いま》まで、|悪神《わるがみ》の|眷属《けんぞく》となつて|大変《たいへん》に|吾々《われわれ》を|苦《くる》しめようとされたが、ようマア|俄《にはか》に|掌《てのひら》を|返《かへ》した|様《やう》に|変《かは》つたものですなア』
|固虎《かたとら》『|手《て》を|翻《ひるがへ》せば|雨《あめ》となり、|手《て》を|覆《くつが》へせば|雲《くも》となる』
|珍山彦《うづやまひこ》『オイオイ、|真似《まね》をしてはいかぬよ。|悪《あく》なら|悪《あく》、|善《ぜん》なら|善《ぜん》、|何処迄《どこまで》もつき|通《とほ》したら|如何《どう》だ。|悪《わる》かつたと|思《おも》つて、|俄《にはか》に|精神《せいしん》を|燕《つばめ》|返《かへ》しにすると|言《い》ふのは、|日頃《ひごろ》|剛毅《がうき》の|固虎《かたとら》さまにも|似合《にあ》はぬではないか』
『これは|心得《こころえ》ぬ|宣伝使《せんでんし》のお|言葉《ことば》、|悪《あく》を|謬《あやま》つて|善《ぜん》と|信《しん》じた|時《とき》は、|何処《どこ》までも|猛進《まうしん》するのが|男《をとこ》の|本領《ほんりやう》だ。|悪《わる》かつたと|思《おも》つて|気《き》がついた|時《とき》は、|忽《たちま》ち|見直《みなほ》し、|聞《き》き|直《なほ》し、|宣《の》り|直《なほ》すのが|誠《まこと》の|男《をとこ》ではありますまいか』
『|変説《へんせつ》|改論《かいろん》の|御本尊《ごほんぞん》、|宣《の》り|直《なほ》しは|結構《けつこう》だ。|角《つの》の|生《は》えた|牛雲別《うしくもわけ》や|嘴《くちばし》の|鋭《するど》い|鷹取別《たかとりわけ》を|離《はな》れて、|牛《うし》を|馬《うま》に|乗《の》り|換《か》へ【のり】|直《なほ》すと|云《い》ふやうなものだなア』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『アツハツハヽヽ、|面白《おもしろ》い|面白《おもしろ》い』
|珍山彦《うづやまひこ》『|固虎《かたとら》さま、またロッキー|山《ざん》へ|行《い》つたら、|燕《つばめ》|返《かへ》しではないかなア。|変説《へんせつ》|改論《かいろん》の|張本《ちやうほん》だから|案《あん》じられたものだよ』
|固虎《かたとら》『|巌《いは》より|堅《かた》い|固虎《かたとら》の|鉄《てつ》の|様《やう》な|腹中《はらわた》を|見《み》て|下《くだ》さい。さう|馬鹿《ばか》にしたものぢやありませぬよ。かたがた|以《もつ》て|無礼千万《ぶれいせんばん》なことを|仰有《おつしや》いますが、それに|就《つい》ても|合点《がてん》のゆかぬは、|常世城《とこよじやう》の|昨冬《さくとう》の|不思議《ふしぎ》、|今《いま》|此処《ここ》に|御座《ござ》る|三人《さんにん》の|宣伝使《せんでんし》|様《さま》と|同《おな》じ|名《な》のついた|宣伝使《せんでんし》が、|間《はざま》の|国《くに》から|召捕《めしと》られて|常世城《とこよじやう》に|入《い》り、|常世神王《とこよしんわう》の|大変《たいへん》なお|気《き》に|入《い》りであつた|処《ところ》、|何時《いつ》の|間《ま》にやら|煙《けむり》の|様《やう》になつて|消《き》えて|了《しま》つたのです。そのとき|私《わたくし》は|門番《もんばん》をやつて|居《ゐ》ましたが、|照彦《てるひこ》と|言《い》ふ|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》も|召捕《めしと》られて、これまた|不思議《ふしぎ》や、|煙《けむり》となつて|消《き》えて|了《しま》ひ、|種々《いろいろ》な|不思議《ふしぎ》を|現《あら》はし、|常世神王《とこよしんわう》や|鷹取別《たかとりわけ》|等《ら》を|心《こころ》の|侭《まま》に|散々《さんざん》の|目《め》に|遇《あ》はし、|私《わたくし》はその|時《とき》の|罰《ばつ》によつて、|門番《もんばん》から|常世城《とこよじやう》の|上役人《うはやくにん》に|落《おと》されましたのか、|上《あ》げられたのか、イヤハヤ、もう|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|事《こと》ですよ。|之《これ》が|所謂《いはゆる》、|迷宮《めいきう》と|云《い》ふのでせうか。|門番《もんばん》も|俄《にはか》に|天《てん》に|上《のぼ》つて|羽振《はぶ》りを|利《き》かし、|大勢《おほぜい》の|家来《けらい》を|連《つ》れてカリガネ|半島《はんたう》に|貴方等《あなたがた》を|囲《かこ》んで|一《ひと》つ|手柄《てがら》をしようと|思《おも》つたらあの|有様《ありさま》、|改心《かいしん》せずには|居《を》れないぢやありませぬか』
『|怖《こは》さ、|恐《おそ》ろしさ、|生命《いのち》が|惜《を》しさの|改心《かいしん》は|真実《ほんたう》の|改心《かいしん》ぢやない、|怪心《くわいしん》だ。|固虎《かたとら》、|宣《の》り|直《なほ》しなさい』
この|時《とき》ロッキー|山《ざん》の|方《はう》に|当《あた》つて|鬨《とき》の|声《こゑ》|一時《いちじ》に|聞《きこ》え|来《きた》る。|一行《いつかう》|六人《ろくにん》は、
『ヨー|危機一髪《ききいつぱつ》だ。|皆《みな》さま、|之《これ》から|各自《めいめい》に|覚悟《かくご》|致《いた》しませう』
と|思《おも》ひ|思《おも》ひに|山頂《さんちやう》に|向《むか》つて|袂《たもと》を|別《わか》ち、|愈《いよいよ》ロッキー|山《ざん》に|対《たい》して|自由《じいう》|行動《かうどう》をとる|事《こと》となれり。|嗚呼《ああ》この|結果《けつくわ》は|如何《いかん》。|心許《こころもと》なくまた|心強《こころづよ》し。
(大正一一・二・二二 旧一・二六 北村隆光録)
第一三章 |蟹《かに》の|将軍《しやうぐん》〔四四三〕
|固虎《かたとら》は|淤縢山津見神《おどやまづみのかみ》の|案内者《あんないしや》として、|山道《やまみち》を|攀《よ》ぢ、|谷《たに》を|渡《わた》り、|間道《かんだう》を|経《へ》てロッキー|山《ざん》の|山麓《さんろく》に|着《つ》きしが、|数多《あまた》の|魔軍《まぐん》は|武装《ぶさう》を|整《ととの》へ、|今《いま》や|出陣《しゆつぢん》せむとする|真最中《まつさいちう》なり。|淤縢山津見《おどやまづみ》は|偵察《ていさつ》の|為《ため》に|固虎《かたとら》を|遣《つか》はして、ロッキー|山《ざん》の|城塞《じやうさい》に|向《むか》はしめ、|城門《じやうもん》に|入《い》らむとする|時《とき》、ピタリと|蟹彦《かにひこ》に|出会《しゆつかい》せり。
|蟹彦《かにひこ》『オー|固虎《かたとら》、|数多《あまた》の|軍勢《ぐんぜい》を|引率《ひきつ》れて、『|目《め》』の|国《くに》カリガネ|半島《はんたう》へ|宣伝使《せんでんし》を|捕縛《ほばく》すべく|出陣《しゆつぢん》したではないか。その|後《ご》|一向《いつかう》|何《なん》の|消息《せうそく》も|聞《き》かぬので、|如何《どう》なつたことかと|思《おも》つてゐたが、|唯《ただ》|一人《ひとり》|此処《ここ》へ|出《で》て|来《き》たのは|何《なに》か|様子《やうす》があらう。|常世城《とこよじやう》へも|帰《かへ》らず、|一体《いつたい》|引率《いんそつ》した|軍隊《ぐんたい》は|如何《どう》したのだい』
|固虎《かたとら》『|何《ど》うも|斯《か》うもあつたものか。|戦《たたか》ひは|多《おほ》く|味方《みかた》を|損《そん》ぜざるを|以《もつ》て|最上《さいじやう》とする。|何《なに》も|知《し》らぬ|数多《あまた》の|戦士《いくさびと》を|傷《きず》つけるよりは、|高《たか》の|知《し》れた|宣伝使《せんでんし》の|三人《さんにん》や|五人《ごにん》、|計略《けいりやく》を|以《もつ》て|常世城《とこよじやう》へ|誘《おび》き|寄《よ》するに|如《し》かずと、|取置《とつと》きの|智慧《ちゑ》を|出《だ》したのだ。マア|見《み》て|居《ゐ》て|呉《く》れ、|此《この》|方《はう》の|働《はたら》きを』
『|門番《もんばん》の|成上《なりあが》り|奴《め》が、あまり|偉《えら》さうに|法螺《ほら》を|吹《ふ》くない』
『|門番《もんばん》の|成上《なりあが》りはお|互《たが》ひだ。|併《しか》し|斯《か》く|騒々《さうざう》しく|数多《あまた》の|戦士《いくさびと》を|集《あつ》めて、|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|如何《どう》する|積《つも》りだい』
『そんな|間《ま》の|抜《ぬ》けた|事《こと》を|云《い》つて|居《を》るから|困《こま》るのだ。|貴様《きさま》は|未《ま》だ|知《し》らぬのか。|余程《よほど》|薄《うす》【のろ】だな。|常世《とこよ》の|国《くに》の、|眼《め》とも|鼻《はな》とも|喉首《のどくび》とも|譬《たと》へ|方《がた》ない|大事《だいじ》の|黄泉島《よもつじま》に、|天教山《てんけうざん》より|伊弉諾神《いざなぎのかみ》が|現《あら》はれ|給《たま》うて、この|醜《しこ》けき|汚《きたな》き|黄泉国《よもつのくに》を|祓《はら》ひ|清《きよ》め、|常世《とこよ》の|国《くに》まで|進《すす》み|来《きた》らむと、|智仁勇《ちじんゆう》|兼備《けんび》の|神将《しんしやう》を|数多《あまた》|引率《いんそつ》して、|黄泉比良坂《よもつひらさか》に|向《むか》つて|攻《せ》めかけ|来《きた》り|給《たま》うたと|云《い》ふ|事《こと》だ。さうなれば|常世《とこよ》の|国《くに》は|片顎《かたあご》を|取《と》られたやうなもので、|滅亡《めつぼう》をするのは|目《ま》のあたりだと|云《い》ふので、|伊弉冊大神《いざなみのおほかみ》|様《さま》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御大将《おんたいしやう》が|此処《ここ》に|数多《あまた》の|戦士《いくさびと》を|集《あつ》め、|是《これ》より|常世城《とこよじやう》の|軍隊《ぐんたい》と|合《がつ》し、|黄泉比良坂《よもつひらさか》に|進軍《しんぐん》せむとさるる|間際《まぎは》なのだ。|貴様《きさま》も|早《はや》く|軍隊《ぐんたい》を|引率《ひきつ》れて|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦《たたかひ》に|参加《さんか》せなくては、|千載一遇《せんざいいちぐう》の|好機《かうき》を|逸《いつ》するぞ。|愚図々々《ぐづぐづ》いたして|悔《くい》を|後世《こうせい》に|胎《のこ》すな。|千騎一騎《せんきいつき》のこの|場合《ばあひ》、|手柄《てがら》をするなら|今《いま》この|時《とき》だ』
『|神様《かみさま》の|夫婦《ふうふ》|喧嘩《げんくわ》といふものは、|大袈裟《おほげさ》なものだな。|犬《いぬ》も|喰《く》はない|夫婦《ふうふ》|喧嘩《げんくわ》に|大勢《おほぜい》のものが、|馬鹿《ばか》らしくつて|往《い》けるものか。|若《もし》も|戦《たたかひ》に|行《い》つて|生命《いのち》でも|取《と》られて|見《み》よ。|数万《すうまん》の|戦士《いくさびと》は、|何奴《どいつ》も|此奴《こいつ》も|可愛《かあい》い|女房《にようばう》や|子《こ》に|別《わか》れねばならぬ。たつた|一《ひと》つの|夫婦《ふうふ》|喧嘩《げんくわ》に|使《つか》はれて、|大勢《おほぜい》のものが|後家《ごけ》にならねばならぬとは、|合点《がてん》の|行《ゆ》かぬ|世《よ》の|中《なか》だ』
『|貴様《きさま》は|余程《よつぽど》よい|薄馬鹿《うすばか》だ。ロッキー|山《ざん》や、|常世城《とこよじやう》の|秘密《ひみつ》は、うすうす|判《わか》つて|居《を》りさうなものぢやないか。|知《し》らな|云《い》うてやらう。|伊弉冊命《いざなみのみこと》と|名乗《なの》つてござるのは、その|実《じつ》は|大国姫命《おほくにひめのみこと》だ。そして|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|名乗《なの》つて|居《を》るのは、その|夫神《をつとがみ》の|大国彦命《おほくにひこのみこと》だよ。|固虎《かたとら》もそれが|判《わか》らぬ|様《やう》ではダメだよ』
『|初《はじ》めて|聞《き》いた。|貴様《きさま》の|話《はなし》は|益々《ますます》|合点《がてん》がゆかなくなつて|来《き》た。それなら|常世神王《とこよしんわう》は|誰《たれ》だい。|蟹公《かにこう》|知《し》つてるだらう』
『|常世神王《とこよしんわう》は|広国別《ひろくにわけ》だよ。|一旦《いつたん》|死《し》んだと|云《い》つて|常世《とこよ》の|国《くに》の|一般《いつぱん》のものを|誑《たぶら》かし、|自分《じぶん》が|大国彦《おほくにひこ》|様《さま》と|相談《さうだん》の|結果《けつくわ》、|広国別《ひろくにわけ》が|常世神王《とこよしんわう》になつて|居《を》るのだ。これには|深《ふか》い|仔細《しさい》がある。その|秘密《ひみつ》の|鍵《かぎ》を|握《にぎ》つた|蟹彦《かにひこ》は、|常世神王《とこよしんわう》の|内々《ないない》の|頼《たの》みに|依《よ》つて、|今《いま》まで|故意《わざ》と|門番《もんばん》になつてゐたのだよ』
『それなら|貴様《きさま》は、|元《もと》は|誰《たれ》だい』
『|馬鹿《ばか》だな、|未《ま》だ|分《わか》らぬか。|俺《おれ》は【わざ】と|身体《からだ》を|歪《ゆが》めて|横《よこ》に|歩《ある》き、|顔《かほ》にいろいろの|汁《しる》を|塗《ぬ》つて|化《ば》けてゐたのだが、【もと】を|糺《ただ》せば|聖地《せいち》ヱルサレムの|家来《けらい》であつた|竹島彦命《たけしまひこのみこと》だよ。|是《これ》から|吾々《われわれ》は|先頭《せんとう》に|立《た》つて、|黄泉比良坂《よもつひらさか》に|向《むか》ふのだ。|併《しか》し|軍機《ぐんき》の|秘密《ひみつ》は|洩《も》らされない、|他言《たごん》は|無用《むよう》だ。|併《しか》し|乍《なが》ら、ロッキー|山《ざん》の|伊弉冊大神《いざなみのおほかみ》さまは|全《まつた》くの|贋物《にせもの》だ。|吾々《われわれ》も|本物《ほんもの》に|使《つか》はれるのは、たとへ|敵《てき》にもせよ|気分《きぶん》がよいが、|生地《きぢ》をかくした|鍍金《めつき》ものだと|思《おも》ふと、|何《なん》だかモー|一《ひと》つ|力瘤《ちからこぶ》が|這入《はい》らぬやうな|心持《こころもち》がするよ』
『|貴様《きさま》、|今度《こんど》は|誰《たれ》が|大将《たいしやう》で|往《ゆ》くのだ』
『|定《きま》つたことだ、これだよ』
と|自分《じぶん》の|鼻《はな》を|押《おさ》へて|見《み》せる。
『|弱《よわ》い|大将《たいしやう》だな。|今度《こんど》の|戦《たたか》ひは【|馬《ま》ーの|毛《け》】だ。|何分《なにぶん》|大将《たいしやう》が|間抜《まぬ》けだから|仕方《しかた》がない』
『|馬鹿《ばか》を|云《い》ふな。|大将《たいしやう》は|馬鹿《ばか》がよいのだ。あまり|智慧《ちゑ》があつて、コセコセ|致《いた》すと|大局《たいきよく》を|誤《あやま》る|虞《おそれ》があるので、この|薄《うす》【のろ】の|竹島彦《たけじまひこ》が|全軍《ぜんぐん》|統率《とうそつ》の|任《にん》に|当《あた》つて|居《を》るのだ。これでも|三軍《さんぐん》の|将《しやう》だぞ。あまり|馬鹿《ばか》にしては|貰《もら》ふまいかい。|併《しか》し|固虎《かたとら》、|五人《ごにん》の|宣伝使《せんでんし》を|何処《どこ》に|置《お》いたのだ。|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》の|桃《もも》の|実《み》がなければこの|戦《たたか》ひは|勝目《かちめ》がないと、|伊弉冊命《いざなみのみこと》|様《さま》の……ドツコイ|大国姫命《おほくにひめのみこと》の|御命令《ごめいれい》だ。|早《はや》く|三人《さんにん》を|貴様《きさま》の|手《て》にあるなら|御目《おめ》にかけて、|抜群《ばつぐん》の|功名《こうみやう》をなし、|手柄者《てがらもの》と|謳《うた》はれるがよからう』
『よし、|今《いま》|見《み》せてやらう』
『|俺《おれ》に|見《み》せる|必要《ひつえう》はないから、|早《はや》く|伊弉冊《いざなみ》の|贋《にせ》の|大神《おほかみ》さまに|御目《おめ》にかけるのだよ。ヤア|鳴雷《なるいかづち》、|若雷《わかいかづち》、|早《はや》く|来《きた》れ』
と|馬《うま》に|跨《またが》り|法螺貝《ほらがひ》を|吹《ふ》き|立《た》てながら、ブウブウと|口角《こうかく》|蟹《かに》のやうな|泡《あわ》を|飛《と》ばして|進《すす》み|行《ゆ》く。
|固虎《かたとら》は|蟹彦《かにひこ》の|偽《いつは》らざる|此《こ》の|物語《ものがたり》を|聴《き》いて|胸《むね》を|躍《をど》らせながら、|淤縢山津見《おどやまづみ》に|一切《いつさい》を|報告《はうこく》したるに、|淤縢山津見《おどやまづみ》は|太《ふと》き|息《いき》を|吐《つ》き、
『アヽさうか。|疑《うたが》はれぬは|神懸《かむがか》りだ。|蚊々虎《かがとら》の|神懸《かむがか》りを|実《じつ》の|事《こと》を|云《い》へば、|今《いま》まで|疑《うたが》つてゐたのは|恥《はづ》かしい。|審神《さには》は|容易《ようい》に|吾々《われわれ》の|如《ごと》き|盲《めくら》では|出来《でき》るものではない。|併《しか》し|乍《なが》ら|之《これ》を|思《おも》へば、|珍山彦《うづやまひこ》の|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|力《ちから》には|感嘆《かんたん》せざるを|得《え》ない。|先《ま》づまづ|暫《しば》らく|身《み》を|潜《ひそ》めて、|様子《やうす》を|窺《うかが》ふことにしよう』
と、|樹木《じゆもく》|茂《しげ》れる|森林《しんりん》の|中《なか》に|両人《りやうにん》は|姿《すがた》を|隠《かく》し|時《とき》を|待《ま》ちゐる。|蟹彦《かにひこ》の|竹島彦《たけしまひこ》が|一隊《いつたい》を|引率《いんそつ》し、|威風《ゐふう》|凛々《りんりん》として|四辺《あたり》を|払《はら》ひ|出陣《しゆつぢん》した|後《あと》に、|又《また》もや|法螺貝《ほらがひ》の|音《おと》、|太鼓《たいこ》の|響《ひびき》、ハテ|訝《いぶ》かしやと|木《こ》の|間《ま》を|透《すか》して|打眺《うちなが》め、|固虎《かたとら》は|頓狂《とんきやう》な|声《こゑ》にて、
『ヤア、また|第二隊《だいにたい》が|出《で》て|行《ゆ》き|居《を》るぞ。|第二隊《だいにたい》の|大将《たいしやう》は|誰《たれ》だか|知《し》らむ』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『|御苦労《ごくらう》だが、|敵《てき》|近《ちか》く|寄《よ》つて|様子《やうす》を|査《しら》べ|報告《はうこく》して|呉《く》れないか』
『|畏《かしこ》まりました』
といふより|早《はや》く|固虎《かたとら》は、|猿《ましら》が|梢《こずゑ》を|伝《つた》ふが|如《ごと》く、しのびしのび|敵前《てきぜん》|近《ちか》く|進《すす》み|行《ゆ》く。|美山別《みやまわけ》は|陣頭《ぢんとう》に|立《た》ち|采配《さいはい》を|打揮《うちふる》ひながら、
『|進《すす》め|進《すす》め』
と|号令《がうれい》してゐる。|左右《さいう》の|副将《ふくしやう》は|土雷《つちいかづち》、|伏雷《ふしいかづち》の|猛将《まうしやう》である。|花《はな》を|欺《あざむ》く|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》に|扮《ふん》したる|国玉姫《くにたまひめ》、|田糸姫《たいとひめ》、|杵築姫《きつきひめ》は|馬上《ばじやう》に|跨《またが》りながら、|桃《もも》の|実《み》|隊《たい》として|美々《びび》しき|衣裳《いしやう》を|太陽《たいやう》に|照《てら》されながら、ピカリピカリと|進《すす》んで|来《く》る。|数多《あまた》の|軍勢《ぐんぜい》は|足音《あしおと》を|揃《そろ》へて、|種々《しゆじゆ》の|武器《ぶき》を|携《たづさ》へ|繰出《くりだ》す|仰々《ぎやうぎやう》しさ。|固虎《かたとら》は|直様《すぐさま》|引返《ひきかへ》し、|淤縢山津見《おどやまづみ》に|詳細《しやうさい》の|顛末《てんまつ》を|報告《はうこく》したり。
『ヤア、|御苦労《ごくらう》ご|苦労《くらう》、ロッキー|山《ざん》の|軍人《いくさびと》はあれでしまひか』
『ナニ、ほんの|一部分《いちぶぶん》です。|必要《ひつえう》に|応《おう》じて|未《ま》だ|未《ま》だ|出《だ》すかも|知《し》れませぬ』
『ウン、|油断《ゆだん》のならぬ|醜神《しこがみ》の|仕組《しぐみ》、|吾々《われわれ》も|一《ひと》つ|考《かんが》へねばならぬワイ』
このとき|木霊《こだま》に|響《ひび》く|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》、|二人《ふたり》は|思《おも》はず|其《そ》の|声《こゑ》に|聞耳《ききみみ》|澄《す》ました。|忽《たちま》ち|東南《とうなん》の|風《かぜ》|吹《ふ》き|荒《すさ》んで|音《おと》|騒《さわ》がしく、|宣伝歌《せんでんか》は|風《かぜ》の|音《おと》に|包《つつ》まれにける。
(大正一一・二・二二 旧一・二六 外山豊二録)
第一四章 |松風《まつかぜ》の|音《おと》〔四四四〕
|風《かぜ》のまにまに|近《ちか》より|来《きた》る|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》に、|前方《ぜんぱう》を|眺《なが》むれば、|山上《さんじやう》にて|袂《たもと》を|別《わか》ちたる|珍山彦《うづやまひこ》、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》、|悠々《いういう》として|此方《こなた》に|進《すす》み|来《きた》る。
|淤縢山津見《おどやまづみ》『ホー、|妙《めう》な|所《ところ》で|邂逅《かいこう》しました。|大変《たいへん》でございますよ』
|珍山彦《うづやまひこ》『|大変《たいへん》とは|何《なん》ですか』
『|今《いま》|少《すこ》し|前《さき》に、|法螺《ほら》の|声《こゑ》、|鼓《つづみ》の|音《おと》が|聞《きこ》えたでせう』
『アヽ、あれですか、あれは|敵《てき》が|黄泉比良坂《よもつひらさか》に|進軍《しんぐん》するのですよ。|面白《おもしろ》い|事《こと》が|始《はじ》まつて|来《き》た。|吾々《われわれ》|共《ども》が|斯《か》うして|宣伝《せんでん》に|歩《ある》いたのも、|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦《たたか》ひに|出陣《しゆつぢん》せむが|為《ため》の|用意《ようい》であつた。ヤア、|面白《おもしろ》うなつて|来《き》たワイ』
『|珍山《うづやま》さま、|面白《おもしろ》いどころぢやありませぬワ。|一時《いちじ》も|早《はや》く、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》は|桃《もも》の|実《み》の|御用《ごよう》に|立《た》たねばならぬ。|敵《てき》に|黄泉比良坂《よもつひらさか》を|占領《せんりやう》せられぬ|先《さ》きにと|今《いま》まで|思《おも》つてゐたが、|余《あま》り|俄《にはか》の|敵軍《てきぐん》の|出陣《しゆつぢん》で|時期《じき》を|逸《いつ》して|了《しま》つた。あゝ|如何《どう》したら|宜《よろ》しからう』
『|何《ど》うも|斯《か》うもあるものか。|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》の|宣伝使《せんでんし》は|去年《きよねん》の|中《うち》に|黄泉島《よもつじま》に|渡《わた》つて|居《を》られますよ』
『そんな|馬鹿《ばか》な|事《こと》がありますか。ここに|現《げん》に|三人《さんにん》、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》がゐられるではないか』
『この|山《やま》を|御覧《ごらん》なさい。|松《まつ》は|世界《せかい》に|一本《いつぽん》より|生《は》えないといふ|規定《きてい》はない|筈《はず》だ。|竹《たけ》も|梅《うめ》もその|通《とほ》りだ。この|三人《さんにん》は|実《じつ》は|化物《ばけもの》だよ』
|言葉《ことば》の|終《をは》ると|共《とも》に、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》の|姿《すがた》は|烟《けむり》となりて|消《き》え|失《う》せにける。
『イヨー、|珍山《うづやま》さま、あなたは|余程《よつぽど》|変《かは》つてゐますね』
『|変《かは》つてゐるでせうが、|今《いま》|気《き》がつきましたか。|随分《ずゐぶん》ウスノロな|眼力《がんりき》ですな』
『あなたのお|口《くち》の|悪《わる》いこと、それでも|宣《の》り|直《なほ》し|宣《の》り|直《なほ》しと|仰有《おつしや》るのだから、|妙《めう》なものだ。まるで|狐《きつね》に|魅《つま》まれた|様《やう》だワイ』
この|時《とき》、|又《また》もや|人馬《じんば》の|物音《ものおと》|凄《すさま》じく|聞《きこ》え|来《きた》る。|見《み》れば|鼻《はな》の【めしやげ】た|鷹取別《たかとりわけ》、|照山彦《てるやまひこ》の|両人《りやうにん》は、|戎衣《じゆうい》の|袖《そで》に|日光《につくわう》をキラキラ|浴《あ》びながら|駿馬《しゆんめ》に|跨《またが》り、|采配《さいはい》|揮《ふ》つて|進《すす》め|進《すす》めと|下知《げち》してゐる。
|今度《こんど》は|余程《よほど》の|大部隊《おほぶたい》で、|部将《ぶしやう》には、|大雷《おほいかづち》、|黒雷《くろいかづち》、|火雷《ほのいかづち》、|拆雷《さくいかづち》が|各自《めいめい》|部隊《ぶたい》を|引率《いんそつ》し、|白地《しろぢ》に|葵《あふひ》の|紋所《もんどころ》の|旗《はた》を|春風《はるかぜ》に|靡《なび》かせながら、|旗鼓《きこ》|堂々《だうだう》として|進《すす》み|行《ゆ》く|勇《いさ》ましき|光景《くわうけい》なり。
|淤縢山津見《おどやまづみ》『あれだけの|軍勢《ぐんぜい》を|繰《く》り|出《だ》して|了《しま》つたら、|後《あと》の|陣営《ぢんえい》は|空虚《くうきよ》でせうか』
|珍山彦《うづやまひこ》『|形《かたち》に|於《おい》ては|空虚《くうきよ》だ。そのかはりに|幾百千万《いくひやくせんまん》とも|限《かぎ》りなき|醜女《しこめ》|探女《さぐめ》の|魔神《まがみ》が|城《しろ》の|内外《ないぐわい》に|充満《じうまん》してゐる。|最後《さいご》になつて|彼《か》の|魔軍《まぐん》は|比良坂《ひらさか》に|攻《せ》め|寄《よ》せるのだ』
といふより|早《はや》く、|珍山彦《うづやまひこ》の|姿《すがた》は|又《また》もや|煙《けむり》となつて|消《き》え|失《う》せにける。
|淤縢山津見《おどやまづみ》『アヽ|何《なん》だ、|怪体《けつたい》な|事《こと》だワイ。オイオイ|固虎《かたとら》さま、お|前《まへ》も|煙《けむり》となつて|消《き》えるのではないかな』
|固虎《かたとら》『|余《あま》り|偉《えら》い|神《かみ》さまばかりで、|恥《はづ》かしくて|私《わたし》は|消《き》えたいやうに|思《おも》つてゐるが、どうしても|消《き》えられないのですよ』
『あゝ|仕方《しかた》がない。これからロッキー|山《ざん》の|城内《じやうない》に|化《ば》け|込《こ》んで|様子《やうす》を|探《さぐ》らうか。|今《いま》から|黄泉比良坂《よもつひらさか》へ|行《ゆ》くのも|後《あと》の|祭《まつ》りだ。オー|固虎《かたとら》|殿《どの》、そなたは|今《いま》まで|常世城《とこよじやう》の|家来《けらい》であつたのを|幸《さいは》ひに、|私《わたし》を|連《つ》れて|城内《じやうない》に|導《みちび》いてくれまいか』
『それはお|安《やす》いことながら、|淤縢山津見《おどやまづみ》の|名《な》を|知《し》らぬものは|滅多《めつた》にない。また|大国姫命《おほくにひめのみこと》は|元《もと》の|貴方《あなた》の|素性《すじやう》もお|顔《かほ》も|知《し》つてゐる。|軽々《かるがる》しく|進《すす》み|入《い》るは|剣呑《けんのん》ですよ』
『さうかな。|併《しか》し、あまりグヅグヅいたして|居《を》つて、|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|神業《しんげふ》に|遅《おく》れて|了《しま》つた。それだから|大神様《おほかみさま》の|本陣《ほんぢん》と|連絡《れんらく》を|取《と》つておかねばならぬのだ。|自由《じいう》|行動《かうどう》を|執《と》つたばかりで、|吾《わが》|計画《けいくわく》は|六日《むゆか》の|菖蒲《あやめ》、|十日《とをか》の|菊《きく》となつて|了《しま》つたのか。エヽ|残念《ざんねん》な、|口惜《くちを》しい。どうしてこの|失敗《しつぱい》を|挽回《ばんくわい》しようか』
と|悔《くや》し|涙《なみだ》に|咽《むせ》びながら、|両手《りやうて》を|拍《う》つて|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、|力《ちから》なげに|宣伝歌《せんでんか》をうたひ|始《はじ》むる|時《とき》しも、|忽然《こつぜん》として|現《あら》はれ|出《い》でたる|宣伝使《せんでんし》あり。|淤縢山津見《おどやまづみ》は、
『オー、|貴方《あなた》は|照彦《てるひこ》、|戸山津見様《とやまづみさま》、エヽお|互《たがひ》に|残念《ざんねん》な|事《こと》をいたしましたなア。|千載一遇《せんざいいちぐう》の|比良坂《ひらさか》の|戦《たたかひ》に|参加《さんか》し|遅《おく》れたのは|口惜《くちを》しい。|最早《もはや》ロッキー|山《ざん》の|魔神《まがみ》らは|大挙《たいきよ》、|黄泉島《よもつじま》へ|出陣《しゆつぢん》して|了《しま》つた。どうしたら|宜《よ》からうか』
|照彦《てるひこ》『イヤ、|別《べつ》に|心配《しんぱい》はいりませぬ。|神界《しんかい》の|御経綸《ごけいりん》によつて、|貴方《あなた》を|此処《ここ》に|止《と》め|置《お》く|必要《ひつえう》があるのですよ。|幸《さいは》ひ、|固虎《かたとら》さまを|案内者《あんないしや》として、ロッキー|山《ざん》|深《ふか》く|進《すす》み|入《い》り、|伊弉冊《いざなみ》の|贋神《にせがみ》の|様子《やうす》を|探《さぐ》る|必要《ひつえう》がある。|遅《おく》れたのは|所謂《いはゆる》|水《みづ》も|洩《も》らさぬ|神《かみ》の|仕組《しぐみ》だ。|戦《たたかひ》に|出陣《しゆつぢん》するのみが|神業《しんげふ》ではない。サア、これから|御両人《ごりやうにん》はロッキー|城《じやう》にお|進《すす》み|下《くだ》さい。|吾々《われわれ》は|常世城《とこよじやう》に|忍《しの》び|入《い》り、|一切《いつさい》の|計画《けいくわく》を|調査《てうさ》いたしまする。|左様《さやう》なら』
と|言《い》ふかと|見《み》れば|姿《すがた》は|消《き》えて|白煙《しらけむり》、|松《まつ》|吹《ふ》く|風《かぜ》の|音《おと》のみぞ|聞《きこ》ゆる。
あゝ、この|三人《さんにん》は|如何《いか》なる|神業《しんげふ》に|参加《さんか》するであらうか。
(大正一一・二・二二 旧一・二六 桜井重雄録)
第一五章 |言霊別《ことたまわけ》〔四四五〕
|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》|出現《しゆつげん》されし|太初《たいしよ》の|世界《せかい》は、|風《かぜ》|清《きよ》く|澄《す》み、|水《みづ》|清《きよ》く、|空《そら》|青《あを》く、|日月《じつげつ》|曇《くもり》なく、|星《ほし》を|満天《まんてん》に|麗《うるは》しく|輝《かがや》き、|山《やま》|青《あを》く、|神人《しんじん》は|何《いづ》れも|和楽《わらく》と|歓喜《くわんき》に|満《みた》され、|山野《さんや》には|諸々《もろもろ》の|木《こ》の|実《み》、|蔓《つる》の|実《み》|豊熟《ほうじゆく》し、|人草《ひとぐさ》は|之《これ》を|自由自在《じいうじざい》に|取《と》りて|食《くら》ひ、|富《と》めるもなく|貧《まづ》しきもなく、|老《おい》もなく|病《やまひ》もなく|死《し》を|知《し》らず、|五風十雨《ごふうじふう》の|順序《じゆんじよ》|正《ただ》しく、|恰《あたか》も|黄金時代《わうごんじだい》、|天国《てんごく》|楽園《らくゑん》の|天地《てんち》なりき。|然《しか》るに|天足彦《あだるひこ》、|胞場姫《えばひめ》の|体主霊従的《たいしゆれいじうてき》|邪念《じやねん》は、|凝《こ》つて|悪蛇《あくじや》となり、また|悪鬼《あくき》|悪狐《あくこ》となり、その|霊魂《れいこん》|地上《ちじやう》に|横行《わうかう》|濶歩《くわつぽ》して|茲《ここ》に|妖邪《えうじや》の|気《き》|満《み》ち、|貧富《ひんぷ》の|懸隔《けんかく》を|生《しやう》じ、|強者《きやうしや》は|弱者《じやくしや》を|虐《しひた》げ、|生存競争《せいぞんきやうそう》|激烈《げきれつ》となり、|地上《ちじやう》は|遂《つひ》に|修羅《しゆら》の|巷《ちまた》と|化《くわ》したるのみならず、|神人《しんじん》|多《おほ》くその|邪気《じやき》に|感染《かんせん》して|利己主義《りこしゆぎ》を|専《もつぱ》らとし、|遂《つひ》には|至仁《しじん》|至愛《しあい》の|大神《おほかみ》の|神政《しんせい》を|壊滅《かいめつ》せむとするに|至《いた》りける。|地上《ちじやう》|神人《しんじん》の|邪気《じやき》は、|遂《つひ》に|世界《せかい》の|天変地妖《てんぺんちえう》を|現出《げんしゆつ》し、|大洪水《だいこうずゐ》を|起《おこ》し、|一旦《いつたん》|地《ち》の|世界《せかい》は|泥海《どろうみ》と|化《くわ》し、|数箇《すうこ》の|高山《かうざん》の|巓《いただき》を|残《のこ》すのみ、|惨状《さんじやう》|目《め》も|当《あ》てられぬ|光景《くわうけい》とはなりぬ。
この|時《とき》、|高皇産霊神《たかみむすびのかみ》、|神皇産霊神《かむみむすびのかみ》、|大国治立神《おほくにはるたちのかみ》は|顕国玉《うつしくにたま》の|神力《しんりき》を|活用《くわつよう》し、|天《あま》の|浮橋《うきはし》を|現《あら》はし|給《たま》ひて|地上《ちじやう》の|神人《しんじん》を|戒《いまし》め、|且《か》つ|一柱《ひとはしら》も|残《のこ》さず|神《かみ》の|綱《つな》に|救《すく》ひ|給《たま》ひ、|諾冊二神《なぎなみにしん》を|地《ち》の|高天原《たかあまはら》なる|天教山《てんけうざん》に|降《くだ》して、|海月《くらげ》なす|漂《ただよ》へる|国《くに》を、|天《あま》の|沼矛《ぬほこ》を|以《もつ》て|修理固成《しうりこせい》せしめ|給《たま》ひ、|国《くに》|生《う》み|島《しま》|生《う》み|神《かみ》を|生《う》み、|再《ふたた》び|黄金世界《わうごんせかい》を|地上《ちじやう》に|樹立《じゆりつ》せむとし|給《たま》ひぬ。|然《しか》るに|又《また》もや|幾多《いくた》の|年月《としつき》を|経《へ》て|地《ち》の|世界《せかい》は|悪鬼《あくき》、|悪蛇《あくじや》、|悪狐《あくこ》その|他《た》の|妖魅《えうみ》の|跳梁跋扈《てうりやうばつこ》する|暗黒《あんこく》|世界《せかい》と|化《か》し、|優勝劣敗《いうしようれつぱい》、|弱肉強食《じやくにくきやうしよく》の|社会《しやくわい》を|出現《しゆつげん》し、|大山杙《おほやまぐひ》、|野椎《ぬづち》、|萱野姫《かやぬひめ》、|天《あま》の|狭土《さづち》、|国《くに》の|狭土《さづち》、|天《あま》の|狭霧《さぎり》、|国《くに》の|狭霧《さぎり》、|天《あま》の|闇戸《くらど》、|国《くに》の|闇戸《くらど》、|大戸惑子《おほとまどひご》、|大戸惑女《おほとまどひめ》、|鳥《とり》の|石楠船《いはくすふね》(|一名《いちめい》|天《あま》の|鳥船《とりふね》)、|大宜都姫《おほげつひめ》、|火《ほ》の|焼速男《やきはやを》(|一名《いちめい》|火《ほ》の|迦々彦《かがひこ》、|火《ほ》の|迦具土《かぐつち》)、|金山彦《かなやまひこ》、|金山姫《かなやまひめ》|等《ら》の|諸神《しよしん》の|荒《すさ》び|給《たま》ふ|世《よ》を|現出《げんしゆつ》したりける。
|一旦《いつたん》|天地《てんち》の|大変動《だいへんどう》により|新《あらた》に|建《た》てられたる|地上《ちじやう》の|世界《せかい》は、|又《また》もや|邪神《じやしん》の|荒《あら》ぶる|世《よ》となり、|諸善神《しよぜんしん》は|天《てん》に|帰《かへ》り、|或《あるひ》は|地中《ちちう》に|潜《ひそ》み、|幽界《いうかい》に|入《い》りたまひて、|陰《いん》の|守護《しゆご》を|遊《あそ》ばさるる|事《こと》となりしため、|再《ふたた》び|常世彦《とこよひこ》、|常世姫《とこよひめ》の|系統《けいとう》は、ウラル|彦《ひこ》、ウラル|姫《ひめ》と|出現《しゆつげん》し、ウラル|山《さん》を|中心《ちうしん》として|割拠《かつきよ》し、|自《みづか》ら|盤古神王《ばんこしんわう》と|偽称《ぎしよう》し、|大国彦《おほくにひこ》、|大国姫《おほくにひめ》の|一派《いつぱ》は|邪神《じやしん》のためにその|精魂《せいこん》を|誑惑《きやうわく》され、ロッキー|山《ざん》に|立《た》て|籠《こも》り、|自《みづか》ら|常世神王《とこよしんわう》と|称《しよう》し、|遂《つひ》には|伊弉冊命《いざなみのみこと》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|僣称《せんしよう》し、|天下《てんか》の|神政《しんせい》を|私《わたくし》せむとする|野望《やばう》を|懐《いだ》くに|至《いた》れり。
|茲《ここ》に|伊弉冊命《いざなみのみこと》は、この|惨状《さんじやう》を|見《み》るに|忍《しの》びず、|自《みづか》ら|邪神《じやしん》の|根源地《こんげんち》たる|黄泉《よみ》の|国《くに》に|出《い》でまして|邪神《じやしん》を|帰順《きじゆん》せしめ、|万一《まんいち》|帰順《きじゆん》せしむるを|得《え》ざるまでも、|地上《ちじやう》の|世界《せかい》に|荒《すさ》び|疎《うと》び|来《きた》らざるやう、|牽制《けんせい》|運動《うんどう》のために、|黄泉国《よみのくに》に|出《い》でまし、|次《つい》で|海中《かいちう》の|竜宮城《りうぐうじやう》に|現《あら》はれ、|種々《しゆじゆ》の|神策《しんさく》を|施《ほどこ》し|給《たま》ひしが、|一切《いつさい》の|幽政《いうせい》を|国治立命《くにはるたちのみこと》、|稚桜姫命《わかざくらひめのみこと》に|委任《ゐにん》し、|海中《かいちう》の|竜宮《りうぐう》を|乙米姫命《おとよねひめのみこと》に|委任《ゐにん》し、|自《みづか》らロッキー|山《ざん》に|至《いた》らむと|言挙《ことあげ》し|給《たま》ひて、|窃《ひそか》に|天教山《てんけうざん》に|帰《かへ》らせ|給《たま》ひ、|又《また》もや|地教山《ちけうざん》に|身《み》を|忍《しの》びて、|修理固成《しうりこせい》の|神業《しんげふ》に|就《つ》かせ|給《たま》ひつつありたるなり。
|天地《てんち》の|神人《しんじん》は、|此《この》|周到《しうたう》なる|御経綸《ごけいりん》を|知《し》らず、|伊弉冊命《いざなみのみこと》は|黄泉《よもつ》の|国《くに》に|下《くだ》り|給《たま》ひしものと|固《かた》く|信《しん》じ|居《ゐ》たるに、|伊弉冊命《いざなみのみこと》のロッキー|山《ざん》に|現《あら》はれ|給《たま》ふとの|神勅《しんちよく》を|聞《き》くや、|得《え》たり|賢《かしこ》しとして|元《もと》の|大自在天《だいじざいてん》にして|後《のち》の|常世神王《とこよしんわう》となりし|大国彦《おほくにひこ》は、|大国姫《おほくにひめ》その|他《た》の|部下《ぶか》と|謀《はか》り、|黄泉島《よもつじま》を|占領《せんりやう》して、|地上《ちじやう》の|権利《けんり》を|掌握《しやうあく》せむとしたれば、|大神《おほかみ》は|遂《つひ》に|前代《ぜんだい》|未聞《みもん》の|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|神戦鬼闘《しんせんきとう》を|開始《かいし》さるるに|致《いた》りたるなり。
この|戦《たたかひ》は、|善悪正邪《ぜんあくせいじや》の|諸神人《しよしんじん》の|勝敗《しようはい》の|分《わか》るる|所《ところ》にして、|所謂《いはゆる》|世界《せかい》の|大峠《おほとうげ》|是《これ》なり。
○
この|物語《ものがたり》に|就《つい》て|附言《ふげん》して|置《お》きたい|事《こと》は、|諾冊二神《なぎなみにしん》が|海月《くらげ》|成《な》す|漂《ただよ》へる|国《くに》を|修理固成《しうりこせい》して、|国《くに》|生《う》み、|島《しま》|生《う》み、|神《かみ》|生《う》み、|万《よろづ》の|物《もの》に|生命《いのち》を|与《あた》へ|給《たま》ひし|世界《せかい》|以前《いぜん》に|於《お》ける|常世城《とこよじやう》と、|以後《いご》の|常世城《とこよじやう》の|位置《ゐち》は|非常《ひじやう》に|変《かは》つて|居《ゐ》る。また|鬼城山《きじやうざん》その|他《た》の|神策地《しんさくち》も|多少《たせう》の|異動《いどう》があり、|国《くに》の|形《かたち》、|島《しま》の|形《かたち》、|河川《かせん》|湖水《こすゐ》|山容《さんよう》|等《とう》にも|余程《よほど》の|変化《へんか》がある|事《こと》を|考《かんが》へねばならぬ。|一々《いちいち》|詳説《しやうせつ》すれば|際限《さいげん》がないから、この|物語《ものがたり》には|煩《はん》を|避《さ》けて|省《はぶ》いた|所《ところ》が|沢山《たくさん》ある。また|第一巻《だいいつくわん》、|第二巻《だいにくわん》に|現《あら》はれた|天《あま》の|浮橋《うきはし》|以前《いぜん》の|神《かみ》が、|第二《だいに》の|世界《せかい》に|現《あら》はれて、その|時《とき》よりは|若《わか》くなつたり、|或《あるひ》は|一旦《いつたん》|帰幽《きいう》した|神人《しんじん》が|神界《しんかい》に|前《まへ》の|姿《すがた》を|現《あら》はして|活動《くわつどう》してをるのは、|常識《じやうしき》の|上《うへ》から|判断《はんだん》すれば|常《つね》に|矛盾《むじゆん》のやうである。また|混乱《こんらん》|無秩序《むちつじよ》、|支離滅裂《しりめつれつ》の|物語《ものがたり》と|聞《きこ》えるのは|寧《むし》ろ|当然《たうぜん》である。しかし、この|物語《ものがたり》は|総《すべ》ての|神人《しんじん》の|霊《れい》を|主《しゆ》とし、その|肉体《にくたい》を|閑却《かんきやく》したる、いはゆる|霊界物語《れいかいものがたり》であつて、|霊主体従主義《れいしゆたいじゆうしゆぎ》であるから、この|神人《しんじん》は|何時《いつ》の|世《よ》に|帰幽《きいう》し、また|幾年後《いくねんご》に|肉体《にくたい》をもつて|現《あら》はれ、|何々《なになに》の|活動《くわつどう》をなし、|或《あるひ》は|善《ぜん》を|行《おこな》ひしとか、|悪《あく》を|行《おこな》ひしとか、|何神《なにがみ》の|体《からだ》に|宿《やど》つて|生《うま》れたりとか|云《い》ふやうな|詳細《しやうさい》の|点《てん》は、|際限《さいげん》がないから|大部分《だいぶぶん》|省《はぶ》いてある。
|総《すべ》て|地上《ちじやう》の|神人《しんじん》は、|霊《れい》より|肉《にく》へ、|肉《にく》より|霊《れい》へと、|明暗生死《めいあんせいし》、|現幽《げんいう》を|往来《わうらい》して|神業《しんげふ》に|従事《じうじ》するものであるから、|太古《たいこ》の|神人《しんじん》が|中古《ちうこ》に|現《あら》はれ、また|現代《げんだい》に|現《あら》はれ、|未来《みらい》に|現《あら》はれ、|若《わか》がへり|若《わか》がへりして、|永遠《ゑいゑん》に|霊《れい》|即《すなは》ち|本守護神《ほんしゆごじん》、|即《すなは》ち|吾《わが》|本体《ほんたい》の|生命《せいめい》を|無限《むげん》に|持続《ぢぞく》するものなるが|故《ゆゑ》に、その|考《かんが》へを|頭脳《づなう》に|置《お》いて|此《この》|物語《ものがたり》を|読《よ》まねば、|幾多《いくた》の|疑惑《ぎわく》や|矛盾《むじゆん》が|湧《わ》いて|来《く》るのは|当然《たうぜん》である。
|数千里《すうせんり》の|山野河海《さんやかかい》を|一ケ月《いつかげつ》|或《あるひ》は|二ケ月《にかげつ》に|跋渉《ばつせふ》したり、|又《また》は|一日《いちにち》の|間《あひだ》に|跋渉《ばつせふ》する|事《こと》がある。|千変万化《せんぺんばんくわ》、|明滅不測《めいめつふそく》の|物語《ものがたり》も、|総《すべ》て|霊界《れいかい》の|時間《じかん》|空間《くうかん》を|超越《てうゑつ》したる|現幽《げんいう》|一貫《いつくわん》の|霊的《れいてき》|活動《くわつどう》を|物質化《ぶつしつくわ》、|具体化《ぐたいくわ》して|述《の》べたものである|事《こと》をも|承知《しようち》して|貰《もら》ひたい。また|北極《ほくきよく》に|夏《なつ》の|太陽《たいやう》が|出《で》たり、|赤道《せきだう》|直下《ちよくか》に|降雪《かうせつ》を|見《み》たり、|種々《しゆじゆ》の|奇怪《きくわい》な|物語《ものがたり》がある。|口述者《こうじゆつしや》に|於《お》いても、|今日《こんにち》の|知識《ちしき》より|考《かんが》へて|不可解《ふかかい》である。されど|永遠無窮《ゑいゑんむきう》に|熱帯《ねつたい》は|熱帯《ねつたい》、|寒帯《かんたい》は|寒帯《かんたい》の|侭《まま》、|何時《いつ》までも|一定不変《いつていふへん》たる|事《こと》を|得《え》ない。|此《この》|宇宙《うちう》は|死物《しぶつ》ではない|限《かぎ》り、|気候《きこう》に|於《おい》て|位置《ゐち》に|於《おい》て|変動《へんどう》するも、|幾十億万年《いくじふおくまんねん》の|間《あひだ》の|事《こと》であるから、|強《あなが》ち|否定《ひてい》する|訳《わけ》にも|行《ゆ》くまいと|思《おも》ふ。|故《ゆゑ》に|読者《どくしや》の|本書《ほんしよ》を|肯定《こうてい》するも、|否定《ひてい》するも、|口述者《こうじゆつしや》に|於《おい》ては|何《なん》の|感《かん》じもしないのである。|至大無外《しだいむぐわい》、|至小無内《しせうむない》、|若無所在《じやくむしよざい》、|若無不所在《じやくむふしよざい》、|無明暗《むめいあん》、|無大小《むだいせう》、|無広狭《むくわうけふ》、|無遠近《むゑんきん》、|過去《くわこ》と|現在《げんざい》、|未来《みらい》とを|問《と》はず|時間《じかん》|空間《くうかん》を|超越《てうゑつ》し、|人界《じんかい》を|脱出《だつしゆつ》し、|大宇宙《だいうちう》の|中心《ちうしん》に|立《た》つて、|神霊界《しんれいかい》の|物語《ものがたり》を|口述《こうじゆつ》したものである。されど|口述者《こうじゆつしや》は、|決《けつ》して|自己《じこ》の|臆測《おくそく》や|推考力《すゐかうりよく》によつたものでない。|幽斎《いうさい》|修業《しうげふ》の|際《さい》、|見聞《けんぶん》したる|其《その》|侭《まま》の|物語《ものがたり》であつて、|要《えう》するに|七日七夜《なぬかななよ》の|霊夢《れいむ》を|並《なら》べたものである。|併《しか》しながら|私《わたくし》としては|些《すこ》しも|疑《うたが》うて|居《を》るのではない。また|不確実《ふかくじつ》の|物語《ものがたり》とも|思《おも》うて|居《ゐ》ない|事《こと》を|告白《こくはく》して|置《お》きます。
(大正一一・二・二三 旧一・二七 加藤明子録)
第一六章 |固門開《こもんかい》〔四四六〕
|常世《とこよ》の|国《くに》を|東西《とうざい》に、|分《わか》ちて|立《た》てるロッキーの、|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》に|濃《こ》き|淡《あは》き、|雲《くも》を|透《すか》してひらひらと、|白地《しろぢ》に|葵《あふひ》の|百旗千旗《ももはたちはた》、|翩翻《へんぼん》としてひるがへり、|峰《みね》の|嵐《あらし》も|淤縢山津見《おどやまづみ》の|宣伝使《せんでんし》は、シラ|山峠《やまたうげ》の|頂上《ちやうじやう》に、|全《まつた》く|帰順《きじゆん》を|表《へう》したる、|心《こころ》も|固《かた》き|固虎《かたとら》に、|固山彦《かたやまひこ》と|名《な》を|与《あた》へ、ロッキー|城《じやう》を|蹂躙《じうりん》し、|醜女《しこめ》|探女《さぐめ》の|計略《けいりやく》を、|根底《こんてい》より|覆《くつが》へさむと、|猫《ねこ》を|冠《かぶ》りて|進《すす》み|行《ゆ》く。
ここはロッキー|城《じやう》の|表門《おもてもん》である。|美山別《みやまわけ》、|竹島彦《たけしまひこ》|等《ら》の|勇将《ゆうしやう》は、|獅虎《しこ》の|如《ごと》き|猛卒《まうそつ》を|率《ひき》ゐて|黄泉島《よもつじま》の|戦闘《せんとう》に|出陣《しゆつぢん》したる|事《こと》とて、|城内《じやうない》の|守兵《しゆへい》は|甚《はなは》だ|手薄《てうす》になつてゐる。それが|為《た》め|警戒《けいかい》は|益々《ますます》|厳《げん》にして、|昼《ひる》と|雖《いへど》も|表門《おもてもん》を|容易《ようい》に|開《ひら》かず、|鎌彦《かまひこ》、|笠彦《かさひこ》の|両人《りやうにん》をして、|数人《すうにん》の|門番《もんばん》と|共《とも》に|厳守《げんしゆ》せしめてゐた。|固山彦《かたやまひこ》は|大音声《だいおんじやう》を|張《は》り|上《あ》げて、
『ヤア|門番《もんばん》、この|門《もん》を|開《ひら》け。|常世神王《とこよしんわう》の|命《めい》に|依《よ》り、|目《め》の|国《くに》カリガネ|半島《はんたう》に|於《おい》て|生擒《いけどり》にしたる|淤縢山津見《おどやまづみ》を|始《はじ》め、|四人《よにん》の|宣伝使《せんでんし》を|召伴《めしつ》れ|帰《かへ》り|来《きた》れり』
と|呼《よば》はれば、|主人《しゆじん》の|威光《ゐくわう》を|真向《まつかう》に|被《かぶ》つて|笠彦《かさひこ》は|居丈高《ゐたけだか》になり、
『オー、さういふ|声《こゑ》は|常世城《とこよじやう》の|上役《うはやく》|固虎彦《かたとらひこ》に|非《あら》ずや。|貴下《きか》は|常世城《とこよじやう》の|勇将《ゆうしやう》として|目《め》の|国《くに》に|出陣《しゆつぢん》されしもの、|何故《なにゆゑ》に|常世城《とこよじやう》に|還《かへ》らず|本城《ほんじやう》に|来《きた》りしか。その|委細《ゐさい》をつぶさに|物語《ものがた》られよ。|様子《やうす》の|如何《いかん》に|依《よ》つてはこの|門《もん》|絶対《ぜつたい》に|開《ひら》く|可《べか》らず』
と|呶鳴《どな》り|付《つ》けたり。|固山彦《かたやまひこ》は|大声《おほごゑ》にて、
『|卑《いや》しき|門番《もんばん》の|分際《ぶんざい》として、|常世神王《とこよしんわう》の|従神《じゆうしん》|固虎彦《かたとらひこ》に|向《むか》つて|無礼《ぶれい》の|雑言《ざふごん》、|四《し》の|五《ご》の|言《い》はず|速《すみや》かにこの|門《もん》を|開《ひら》け。|否《いな》むに|於《おい》ては|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|場合《ばあひ》だ、|一刻《いつこく》の|猶予《いうよ》もならず。|固虎彦《かたとらひこ》の|鉄《てつ》より|固《かた》きこの|腕《うで》を|以《もつ》て|叩《たた》き|破《やぶ》つて|這入《はい》つて|見《み》せうぞ』
|笠彦《かさひこ》『オイ|鎌彦《かまひこ》、|何《ど》うしよう。|偉《えら》い|勢《いきほひ》ぢやないか。こんな|場合《ばあひ》は|門番《もんばん》の|吾々《われわれ》には|判断《はんだん》がつかぬ。|伊弉冊大神《いざなみのおほかみ》に、どんな|御叱《おしか》りを|受《う》けるかも|解《わか》らぬなり、|鎌彦《かまひこ》、|貴様《きさま》は|奥《おく》へ|行《い》つて|開門《かいもん》の|許《ゆる》しを|受《う》けて|来《き》て|呉《く》れないか』
|鎌彦《かまひこ》『|何《なに》、|構《かま》ふものか。|開《あ》けてやれ』
『|若《も》しも|固虎彦《かたとらひこ》が|寝返《ねがへ》りを|打《う》つて、|敵《てき》の|間者《かんじや》にでもなつてゐたら|大変《たいへん》だからな』
『|何《なに》、|構《かま》ふことがあるものか。|開《あ》けるに|限《かぎ》る』
と|云《い》ふより|早《はや》く、|自《みづか》ら|門《もん》の|閂《かんぬき》を|外《はづ》し、|左右《さいう》にサラリと|戸《と》を|開《ひら》けば、|固山彦《かたやまひこ》は、
『サア、|淤縢山《おどやま》さま、|漸《やうや》く|門《もん》が|開《あ》きました。ヤア|笠彦《かさひこ》、|大儀《たいぎ》であつた。|貴様《きさま》は|何時《いつ》も|主人《しゆじん》を|笠《かさ》に|被《き》て|威張《ゐば》る|奴《やつ》だが、|矢張《やつぱ》り|癖《くせ》は|治《なほ》らぬと|見《み》えるのー』
|笠彦《かさひこ》『ハイハイ、|貴方《あなた》のやうな|結構《けつこう》な、|立派《りつぱ》な、|勇将《ゆうしやう》の|御越《おこ》し、|御通《おとほ》し|申《まを》したいは|胸《むね》|一《いつ》ぱいでございますが、|何《なに》を|云《い》つてもこの|鎌彦《かまひこ》|奴《め》が|頑張《ぐわんば》るものですから、【つい】|手間《てま》を|取《と》りまして|申訳《まをしわけ》がありませぬ。|吾々《われわれ》の|如《ごと》き|微々《びび》たる|門番《もんばん》、|三軍《さんぐん》を|指揮《しき》し|給《たま》ふ|貴方様《あなたさま》に|向《むか》つて、|一言半句《いちげんはんく》にても|抵抗《ていかう》|致《いた》すは、|恰《あたか》も|蟷螂《とうろう》が|斧《をの》を|揮《ふる》つて|竜車《りうしや》に|向《むか》ふやうなもの、|到底《たうてい》|駄目《だめ》だから|早《はや》く|御開《おあ》け|申《まを》せと|言《い》ふに、|鎌彦《かまひこ》の|奴《やつ》、|蟷螂《かまきり》のやうな|勇気《ゆうき》を|出《だ》しよつて、|容易《ようい》に|開《あ》けないのです。|本当《ほんたう》に|訳《わけ》の|解《わか》らぬ|奴《やつ》ですから』
|鎌彦《かまひこ》『|何《なに》を|云《い》ひよるのだ、|腰抜《こしぬ》け|野郎《やらう》|奴《め》、|貴様《きさま》が|拒《こば》んだのぢやないか、|俺《おれ》はちつとも|構《かま》はぬ、|御開《おあ》け|申《まを》せと|言《い》つて|居《を》るのに、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御叱《おしか》りが|怖《こは》いとか、|大神様《おほかみさま》の|御目玉《おめだま》が|光《ひか》るとか|云《い》ひよつて、|邪魔《じやま》をし|居《を》つた|癖《くせ》に、|何《なん》だい|今《いま》の【ざま】は。|少《すこ》し|強《つよ》い|者《もの》には|直《すぐ》に|犬《いぬ》のやうに|尾《を》を|掉《ふ》り|居《を》つて、|見《み》えた|嘘《うそ》を|云《い》ひ、|自分《じぶん》の|不調法《ぶてうはふ》を|同役《どうやく》の|俺《おれ》に|塗《ぬ》りつけやうとは|不届《ふとど》き|千万《せんばん》な|奴《やつ》。|以後《いご》の【みせしめ】、この|鎌公《かまこう》の|鉄拳《てつけん》を|喰《くら》へ』
といふより|早《はや》く、|笠彦《かさひこ》の|横面《よこづら》を【はり】|飛《と》ばせば、|笠彦《かさひこ》は|大肌脱《おほはだぬぎ》となつて、
『ヤイ|鎌《かま》、|馬鹿《ばか》にしよるない。|貴様《きさま》こそ|強《つよ》いと|見《み》たら|尾《を》を|下《さ》げて、|心《こころ》にもない|追従《つゐしやう》をべらべらと|喋《しやべ》くりよつて、よし|覚《おぼ》えて|居《を》れ。この|笠彦《かさひこ》が|貴様《きさま》の|笠《かさ》の|台《だい》を|引抜《ひきぬ》いてやるから』
と|首筋《くびすぢ》|目掛《めが》けて|飛《と》びついた。|二人《ふたり》は|組《く》んづ|組《く》まれつ、|上《うへ》へなり|下《した》になり|争《あらそ》うてゐる。|固虎《かたとら》の|固山彦《かたやまひこ》は、|両手《りやうて》に|拳《こぶし》を|固《かた》め、|肩肘《かたひぢ》|怒《いか》らしながら|大股《おほまた》に【のそり】のそりと|中門《なかもん》|目《め》がけて|進《すす》み|入《い》る。|淤縢山津見《おどやまづみ》は|二人《ふたり》の|格闘《かくとう》を|見返《みかへ》り|見返《みかへ》り、|中門《なかもん》を|開《ひら》いて|二人《ふたり》とも|奥《おく》に|進《すす》み|入《い》る。
|又《また》もや|表門《おもてもん》を|破《わ》るるばかりに|打《う》ち|叩《たた》くものがある。この|時《とき》|四五《しご》の|門番《もんばん》は、
『オイオイ、|笠公《かさこう》、|鎌公《かまこう》、|何《ど》うしよう。|開《あ》けようか、|開《あ》けよまいか。|喧嘩《けんくわ》してゐるやうな|場合《ばあひ》ぢやない。あんな|強《つよ》い|奴《やつ》が|二人《ふたり》まで|奥《おく》へ|通《とほ》つて|了《しま》つた。|吾々《われわれ》は|何《ど》うなる|事《こと》かと|思《おも》つて|大変《たいへん》|心配《しんぱい》して|居《を》るのだ。それに|又《また》もや|偉《えら》い|勢《いきほひ》で|門《もん》が|破《やぶ》れる|程《ほど》|叩《たた》いて|居《ゐ》るぞ。|喧嘩《けんくわ》どころの|騒《さわ》ぎぢやない。|早《はや》く|止《や》めぬかい』
|笠彦《かさひこ》『|門《もん》も|糞《くそ》もあつたものかい。|何《ど》うなと|勝手《かつて》にせい。|俺《おれ》は|鎌彦《かまひこ》の|首《くび》を|引《ひ》き|抜《ぬ》かねば|置《お》かぬのだ』
|鎌彦《かまひこ》『オイ|笠《かさ》、|喧嘩《けんくわ》は|中止《ちゆうし》して|明日《あす》まで|延《の》ばしたら|何《ど》うだ。|兄弟《けいてい》|墻《かき》に|鬩《せめ》ぐとも|外《そと》その|侮《あなど》りを|防《ふせ》ぐといふことがあるぞ。|平穏《へいおん》|無事《ぶじ》の|時《とき》には|何程《なにほど》|仇《かたき》のやうに|喧嘩《けんくわ》をしてゐた|兄弟《きやうだい》でも、サア|強敵《きやうてき》が|出《で》て|来《き》たと|云《い》ふ|時《とき》には、|犬《いぬ》と|猿《さる》とのやうな|兄弟《きやうだい》が|腹《はら》を|合《あは》して|敵《てき》に|当《あた》るものだ。|貴様《きさま》も|謂《い》はば|兄弟《きやうだい》だ。|貴様《きさま》は|俺《おれ》の|弟《おとうと》だ。|兄《あに》の|云《い》ふことを|聞《き》いて|首《くび》を|放《はな》せ』
『|何《なに》を|云《い》ひよるのだ、|弟《おとうと》もあつたものかい。|貴様《きさま》は|俺《おれ》の|奴《やつこ》になつて|尻拭《しりふき》をすると|云《い》へ。そしたら|首《くび》を|放《はな》してやらう。|首《くび》も|廻《まは》らぬやうな|九死一生《きうしいつしやう》の|場合《ばあひ》に|当《あた》つて、まだ|減《へ》らず|口《ぐち》を|叩《たた》くか』
|門《もん》を|叩《たた》く|音《おと》は|益々《ますます》|激《はげ》しくなり|来《きた》り、|四五《しご》の|門番《もんばん》はガタガタ|慄《ふる》へながら、
『オイオイ、|笠彦《かさひこ》、|早《はや》く|放《はな》さぬか。|放《はな》さな|放《はな》さぬで、|俺等《おれら》|一同《いちどう》が|寄《よ》つて|掛《かか》つて|貴様《きさま》を|打《う》ちのめすが、それでも|放《はな》さぬか』
|笠彦《かさひこ》『|放《はな》せと|云《い》つたつて、|鎌彦《かまひこ》を|始《はじ》め|訳《わけ》の|解《わか》らぬ|奴《やつ》ばかりで、|話《はな》せるやうな|気《き》の|利《き》いた|奴《やつ》が|一疋《いつぴき》でも|居《を》るかい。【はな】しとうても【はな】されぬワイ。もつと|身魂《みたま》を|研《みが》け、|研《みが》けたら|大《だい》は|宇宙《うちう》の|真理《しんり》より、|小《せう》は|蚤《のみ》の|腸《はらわた》まで|知《し》つて|居《を》るこの|方《はう》、【はな】して|聞《き》かしてやらう』
|鎌彦《かまひこ》『オイ|執拗《しつこ》いぞ、いい|加減《かげん》に|洒落《しやれ》て|置《お》け。そんな|時《とき》ぢやなからう。|大奥《おほおく》は|今《いま》|大騒動《おほさうどう》が|始《はじ》まつてゐる。さうして|門《もん》には|獅子《しし》とも|虎《とら》とも|狼《おほかみ》ともわからぬやうな|強《つよ》い|奴《やつ》が、|大勢《おほぜい》の|武士《つはもの》の|出陣《しゆつぢん》した|後《あと》を|狙《ねら》つて|攻《せ》めて|来《き》て|居《を》るのだ。|前門《ぜんもん》には|虎《とら》、|後門《こうもん》には|狼《おほかみ》を|受《う》けて|居《を》る|危急《ききふ》|存亡《そんばう》のこの|場合《ばあひ》、|喧嘩《けんくわ》どころの|騒《さわ》ぎぢやなからう』
『ナンでもよいワイ。|俺《おれ》の|奴《やつこ》さまになるか』
|門《もん》は|強力無双《がうりきむそう》の|男《をとこ》に|押破《おしやぶ》られ、|閂《かんぬき》は【めき】めきめきと|音《おと》して|裂《さ》けた。|四五《しご》の|門番《もんばん》はこの|物音《ものおと》に|腰《こし》を|抜《ぬ》かし、|大地《だいち》に|坐《すわ》つたまま|慄《ふる》へてゐる。|門《もん》ひき|開《あ》けて|入《い》り|来《きた》る|一人《ひとり》の|男《をとこ》、|花《はな》を|欺《あざむ》く|三人《さんにん》の|娘《むすめ》と|共《とも》に|悠々《いういう》としてこの|場《ば》に|現《あら》はれ、この|体《てい》を|見《み》て、
『オイ、その|方《はう》は|何《なに》を|致《いた》して|居《を》るか。|其処《そこ》は|地《つち》の|上《うへ》だ』
|一同《いちどう》『ハイ、|畏《かしこ》まつて|御迎《おむか》へを|致《いた》して|居《を》ります』
『それには|及《およ》ばぬ。|早《はや》く|立《た》つて|案内《あんない》いたせ』
『ハイ、|何分《なにぶん》|笠公《かさこう》と|鎌公《かまこう》の|門番頭《もんばんがしら》が|組付《くみつ》き|合《あ》ひを|始《はじ》めて|離《はな》れないものですから|困《こま》つてをります。|立《た》つても|居《ゐ》ても|居《を》られないので、|止《や》むを|得《え》ず|腰《こし》を|据《す》ゑ、|胴《どう》を|据《す》ゑて|泰然自若《たいぜんじじやく》と|構《かま》へて|居《を》るのです』
『|貴様《きさま》らは|慄《ふる》うてゐるぢやないか。|早《はや》く|立《た》つて|案内《あんない》いたせ』
『【たつ】て|立《た》てと|仰有《おつしや》るなら|立《た》たぬことはありませぬ。|何卒《どうぞ》|笠公《かさこう》と|鎌公《かまこう》に|掛合《かけあ》うて|下《くだ》さい』
『|妙《めう》な|奴《やつ》だな。オイ、|笠《かさ》とか|鎌《かま》とかいふ|門番《もんばん》、|何《なに》を|争《あらそ》うてゐるか』
|笠彦《かさひこ》『ヤア、|誰《たれ》かと|思《おも》へば|去年《きよねん》の|冬《ふゆ》、|常世城《とこよじやう》に|唐丸駕籠《たうまるかご》に|乗《の》せられて|来《き》よつた|照彦《てるひこ》の|奴《やつ》ぢやないか。オイ、|鎌公《かまこう》、|大変《たいへん》な|奴《やつ》がやつて|来《き》たぞ。もう|喧嘩《けんくわ》は|中止《ちゆうし》だ。また|改《あらた》めて|明日《あす》にしようかい。|貴様《きさま》も|生命《いのち》|冥加《みやうが》のある|奴《やつ》だ。この|照彦《てるひこ》の|奴《やつ》を|生擒《いけどり》にして|常世城《とこよじやう》に|送《おく》つてやらうか』
と|云《い》つて|首《くび》を|放《はな》す。
|照彦《てるひこ》は|三人《さんにん》の|美人《びじん》を|随《したが》へ、|悠々《いういう》として|委細《ゐさい》|構《かま》はず|中門《なかもん》|目《め》がけて|進《すす》み|行《ゆ》く。|鎌《かま》と|笠《かさ》は|此《この》|体《てい》を|見《み》て、
『オイ、|皆《みな》の|奴《やつ》、|中門《なかもん》|指《さ》して|行《ゆ》き|居《を》るぞ。|襟髪《えりがみ》とつて|引戻《ひきもど》せ』
|一同《いちどう》『|引戻《ひきもど》したいは|山々《やまやま》だが|腰《こし》が|立《た》たぬ。|笠公《かさこう》、|鎌公《かまこう》、|喧嘩《けんくわ》をするだけの|元気《げんき》があるなら、|二人《ふたり》|一緒《いつしよ》になつて|彼奴《あいつ》の|足《あし》をさらへて、ひつくり|返《かへ》し|縛《しば》り|上《あ》げて|常世城《とこよじやう》へ|送《おく》りなさい』
|笠彦《かさひこ》『オイ、|鎌公《かまこう》、|貴様《きさま》は|首《くび》のないとこだつた。|死《し》んだと|思《おも》つて、|一《いち》か|八《ばち》か|早《はや》く|追《お》ひかけて|飛《と》びついてでも|捉《つか》まへないか』
|鎌公《かまこう》『|何《なん》だか|気分《きぶん》が|悪《わる》い、|医者《いしや》にでも|診察《しんさつ》して|貰《もら》つて、|医者《いしや》が|行《い》つてもよいと|吐《ぬか》したら|飛《と》びつきに|行《ゆ》かうかい』
『ソンナことを|云《い》つてる|場合《ばあひ》かい、|呆《とぼ》けやがるな。|俺《おれ》が【けしかけ】てやるから|行《ゆ》け|行《ゆ》け。|犬《いぬ》でも【けしかけ】が|上手《じやうず》だと、|自分《じぶん》の|身体《からだ》の|五倍《ごばい》も|十倍《じふばい》もある|猪《しし》に|向《むか》つて|飛《と》びつくものだ。【けしかけ】も|上手《じやうず》でないと|犬《いぬ》は|弱《よわ》いものだ』
『|馬鹿《ばか》にするない、|人《ひと》を|犬《いぬ》にたとへやがつて』
『|貴様《きさま》、|何時《いつ》でも|口癖《くちぐせ》のやうに、|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》の|為《ため》には|粉骨砕身《ふんこつさいしん》だとか、|犬馬《けんば》の|労《らう》を|吝《をし》まぬとか|吐《ほざ》いたぢやないか。|犬馬《けんば》の|労《らう》を|尽《つく》すのは|今《いま》この|時《とき》だ。|口《くち》ばつかり|矢釜敷《やかまし》く|囀《さへづ》りよつて、|肝腎《かんじん》|要《かなめ》の|場合《ばあひ》に|尾《を》を|股《また》に【はさ】んで、【すつこん】でゐる|野良犬《のらいぬ》|奴《め》が、|早《はや》く|行《ゆ》け。オツシオツシ』
|中門《なかもん》の|内《うち》に|男女《だんぢよ》の|涼《すず》しき|宣伝歌《せんでんか》|聞《きこ》え|来《きた》るを、|門番《もんばん》|一同《いちどう》は|顔《かほ》をしかめ、|耳《みみ》に|手《て》を|当《あ》てて|地《ち》に【かぶり】つき|縮《ちぢ》み|居《ゐ》る。
|大奥《おほおく》の|模様《もやう》は|如何《いかん》、|心許《こころもと》なし。
(大正一一・二・二三 旧一・二七 外山豊二録)
第一七章 |乱《みだ》れ|髪《がみ》〔四四七〕
|固山彦《かたやまひこ》は|何《なん》の|憚《はばか》る|気色《けしき》もなく、|淤縢山津見《おどやまづみ》を|伴《ともな》ひて|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|入《い》る。この|時《とき》、|逆国別《さかくにわけ》は|玄関《げんくわん》に|現《あら》はれ、
『ホー、|固虎彦《かたとらひこ》|殿《どの》、|貴下《きか》は|常世神王《とこよしんわう》の|命《めい》によつて、|軍隊《ぐんたい》を|召《めし》つれ、『|目《め》』の|国《くに》に|出陣《しゆつぢん》されしと|聞《き》いてゐた。|黄泉島《よもつじま》に|味方《みかた》は|殆《ほとん》ど|出陣《しゆつぢん》して、|今《いま》はロッキー|城《じやう》|常世城《とこよじやう》、|共《とも》に|守《まも》り|甚《はなは》だ|手薄《てうす》となつてゐる。|然《しか》るに|貴下《きか》は|常世城《とこよじやう》に|帰《かへ》らず、ここに|出張《しゆつちやう》されしは|何《なに》かの|仔細《しさい》あらむ。つぶさに|物語《ものがた》られたし』
|固山彦《かたやまひこ》『お|前《まへ》は|逆国別《さかくにわけ》、これには|深《ふか》い|仔細《しさい》がある。|兎《と》も|角《かく》、|常世城《とこよじやう》の|固虎彦《かたとらひこ》、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|淤縢山津見《おどやまづみ》を|生擒《いけど》り|帰《かへ》つたりと|奏上《そうじやう》せよ』
|逆国別《さかくにわけ》は、
『|暫《しばら》く|待《ま》つて|下《くだ》さい。|日《ひ》の|出神《でのかみ》に|申上《まをしあ》げ、お|指図《さしづ》をうけます』
と|踵《きびす》をかへして|奥《おく》に|入《い》つた。|二人《ふたり》は|案内《あんない》もなく|玄関《げんくわん》に|靴《くつ》と|草鞋《わらぢ》を|脱《ぬ》ぎ|捨《す》て、|一間《ひとま》に|入《い》つて|息《いき》を|休《やす》めゐたるに、|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|四五《しご》の|従者《じゆうしや》を|引連《ひきつ》れ、|儼然《げんぜん》としてこの|場《ば》に|現《あら》はれ|来《きた》り、
『ホー、|固虎彦《かたとらひこ》、|何用《なによう》あつて|来《こ》られしぞ』
『これには|深《ふか》い|様子《やうす》も|御座《ござ》れば、|暫《しばら》く|余人《よじん》を|遠《とほ》ざけ|給《たま》へ』
『|皆《みな》の|者《もの》、この|場《ば》を|遠《とほ》ざかり、|居間《ゐま》に|帰《かへ》つて|休息《きうそく》いたせ』
『ハイ』
と|答《こた》へて|一同《いちどう》は、この|場《ば》を|立《た》ち|去《さ》る。
|日出神《ひのでのかみ》『イヤ、|汝《なんぢ》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》に|非《あら》ずや』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『|然《しか》り、|吾《われ》は|昔《むかし》、|貴下《きか》に|仕《つか》へたる|醜国別《しこくにわけ》、|今《いま》は|三五教《あななひけう》に|偽《いつは》つて|宣伝使《せんでんし》となり、|敵《てき》の|様子《やうす》を|窺《うかが》ひゐる|者《もの》、|如何《いか》に|機略《きりやく》|縦横《じうわう》の|貴下《きか》|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》と|雖《いへど》も、|遠《とほ》く|慮《おもんぱか》る|所《ところ》なかる|可《べ》からず。|吾《われ》は|旧恩《きうおん》に|報《むく》ゆるためワザと|三五教《あななひけう》に|入《い》り、|一切万事《いつさいばんじ》の|様子《やうす》を|探知《たんち》し|帰《かへ》りたる|者《もの》、|必《かなら》ず|疑《うたが》ひ|給《たま》ふことなく、|胸襟《きようきん》をひらいて|語《かた》らせ|給《たま》へ。|貴下《きか》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|名乗《なの》らせ|給《たま》へども、その|実《じつ》は|神力《しんりき》|無双《むさう》の|大自在天《だいじざいてん》|大国彦命《おほくにひこのみこと》に|坐《ま》しますこと、|一点《いつてん》の|疑《うたが》ひの|余地《よち》なし。また|伊弉冊大神《いざなみのおほかみ》と|称《とな》へ|給《たま》ふは、|貴下《きか》の|御妃《おんひ》|大国姫《おほくにひめ》なる|事《こと》|判然《はんぜん》せり。|斯《か》くなる|上《うへ》は、|包《つつ》みかくさず、|一切《いつさい》の|計画《けいくわく》を|詳細《しやうさい》に|物語《ものがた》られたし』
『|汝《なんぢ》が|推量《すゐりやう》に|違《たが》はず、|吾《われ》は|大自在天《だいじざいてん》なり。|吾《わが》|神謀鬼策《しんぼうきさく》には|汝《なんぢ》も|驚《おどろ》きしならむ』
『|吾々《われわれ》は|斯《か》くの|如《ごと》く|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》と|化《ば》け|込《こ》み、|艱難辛苦《かんなんしんく》を|致《いた》す|位《くらゐ》のもの、|貴下《きか》の|計画《けいくわく》は|略《ほ》ぼ|承知《しようち》の|上《うへ》の|事《こと》なり。|今《いま》この|固虎彦《かたとらひこ》は|常世神王《とこよしんわう》|広国別《ひろくにわけ》の|命《めい》を|奉《ほう》じ、|吾《われ》を|召捕《めしと》らむために『|目《め》』の|国《くに》に|数多《あまた》の|軍勢《ぐんぜい》を|引連《ひきつ》れ|進《すす》み|来《きた》りしも、|漸《やうや》く|吾《わが》|胸中《きようちう》を|悟《さと》りヤツト|安堵《あんど》し、|一切《いつさい》を|打明《うちあ》けて|吾《われ》を|本城《ほんじやう》に|導《みちび》きたる|英雄《えいゆう》|豪傑《がうけつ》、|感《かん》じ|入《い》つたる|固虎《かたとら》が|働《はたら》き。|随分《ずゐぶん》お|賞《ほ》めの|言葉《ことば》を|賜《たまは》りたし』
『イヤ|両人《りやうにん》の|真心《まごころ》には|感《かん》じ|入《い》つた。|併《しか》しながら、|汝《なんぢ》が|伴《ともな》ひし|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》、|及《およ》び|蚊々虎《かがとら》は|如何《いかが》されしや』
この|言葉《ことば》に|両人《りやうにん》はグツとつまり、
『|彼《かれ》ら|四人《よにん》は|慮《おもんばか》る|処《ところ》あり、|或《あ》る|所《ところ》に|秘《ひ》め|置《お》きたり。|後《ご》して|御目《おんめ》にかけ|申《まを》さむ』
『|一時《いちじ》も|早《はや》く|会《あ》ひたきものだ。その|所在《ありか》を|今《いま》ここに|於《おい》て|吾《われ》に|報告《はうこく》されよ。|吾《われ》は|適当《てきたう》なる|者《もの》を|遣《つか》はして、|之《これ》を|本城《ほんじやう》に|迎《むか》へ|還《かへ》らしめむ。|四人《よにん》の|宣伝使《せんでんし》の|所在《ありか》|知《し》れざる|間《あひだ》は、|汝等《なんぢら》を|疑《うたが》ふの|余地《よち》|充分《じうぶん》なり。|早《はや》く|所在《ありか》を|知《し》らせよ』
|固山彦《かたやまひこ》『ここ|四五日《しごにち》の|猶予《いうよ》を|願《ねが》ひます』
『|汝《なんぢ》が|言《い》ふ|如《ごと》く、|真《しん》に|吾々《われわれ》の|為《た》めに、|今《いま》まで|暗々裡《あんあんり》に|活動《くわつどう》せしこと|真《まこと》なりとせば、その|所在《ありか》の|知《し》れざる|筈《はず》なし。|返答《へんたふ》し|得《え》ざるは|汝《なんぢ》ら|帰順《きじゆん》せしと|偽《いつは》り、|心《こころ》を|合《あは》せ、|手薄《てうす》のロッキー|城《じやう》を|顛覆《てんぷく》せしめむとの|悪計《あくけい》ならむ。|返答《へんたふ》|次第《しだい》によつては|容赦《ようしや》し|難《がた》し。サア|早《はや》く|告《つ》げよ』
と|稍《やや》|声《こゑ》をはげまし|厳《きび》しく|問《と》ひ|詰《つ》められ、|二人《ふたり》は|蚊々虎《かがとら》および|三人《さんにん》の|娘《むすめ》に、|山中《さんちう》に|於《おい》て|煙《けむり》と|消《き》えられ、その|所在《ありか》を|知《し》らず、その|返答《へんたふ》に|苦《くる》しみ、|顔色《がんしよく》を|変《へん》じ、|心中《しんちう》に「サア|失敗《しくじ》つたり」と|思《おも》ひ|煩《わづら》ふ|折《をり》からに、|中門《なかもん》を|開《ひら》いて|進《すす》み|来《きた》る|照彦《てるひこ》は、|俄《にはか》に|蚊々虎《かがとら》の|姿《すがた》と|変《へん》じ、|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|三人《さんにん》を|伴《ともな》ひて|入《い》り|来《きた》り、
『|吾《われ》は|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》、|今《いま》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|旧《もと》の|家来《けらい》|蚊々虎《かがとら》にて|候《さふらふ》。|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》と|偽《いつは》つて、|三五教《あななひけう》を|宣伝《せんでん》し、|天下《てんか》を|惑《まどは》す|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|女宣伝使《をんなせんでんし》を|召連《めしつ》れ、この|場《ば》に|引連《ひきつ》れ|参《まゐ》りたり。|一時《いちじ》も|早《はや》く、|日《ひ》の|出神《でのかみ》、|実検《じつけん》せられよ』
と|呼《よ》ばはり|居《ゐ》る。
|日《ひ》の|出神《でのかみ》を|始《はじ》め|固山彦《かたやまひこ》、|淤縢山津見《おどやまづみ》は、|寝耳《ねみみ》に|水《みづ》の|面持《おももち》にて|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見合《みあ》はせ、|黙然《もくねん》として|控《ひか》へゐる。|照彦《てるひこ》は|三人《さんにん》の|娘《むすめ》を|伴《ともな》ひ、この|場《ば》にドシドシと|現《あら》はれ|来《きた》り、
『ヤア、これはこれは|大国彦《おほくにひこ》|様《さま》、|吾《われ》こそは|旧臣《きうしん》の|蚊々虎《かがとら》でございます。|漸《やうや》く|三人《さんにん》の|宣伝使《せんでんし》を|尋《たづ》ね|求《もと》めて、これに|参《まゐ》りました。ここに|現《あらは》れたる|固虎彦《かたとらひこ》、|淤縢山津見《おどやまづみ》の|二人《ふたり》も、この|事《こと》はよく|御存《ごぞん》じの|筈《はず》です。|仔細《しさい》に|御調《おしらべ》を|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る』
といふより|早《はや》く、|三人《さんにん》の|娘《むすめ》の|被面布《ひめんぷ》を|取《と》り|除《のぞ》けば、|一同《いちどう》は|思《おも》はず、
『ヤア』
と|声《こゑ》をあげたまま、|黙然《もくねん》と|三人《さんにん》の|顔《かほ》を|看守《みまも》つてゐる。|暫《しばら》くあつて、|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|三人《さんにん》の|娘《むすめ》の|顔《かほ》を|熟視《じゆくし》した|上《うへ》、
『|合点《がてん》の|行《ゆ》かぬ|三人《さんにん》の|宣伝使《せんでんし》、|汝《なんぢ》は|松代姫《まつよひめ》、|竹野姫《たけのひめ》、|梅ケ香姫《うめがかひめ》に|相違《さうゐ》なきや。|去年《きよねん》の|冬《ふゆ》、|常世神王《とこよしんわう》より|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》なりと|申《まを》し|立《た》て、|本城《ほんじやう》に|送《おく》り|来《きた》れる|三五教《あななひけう》の|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|宣伝使《せんでんし》に|比《くら》ぶれば、|容貌《ようばう》|骨格《こつかく》その|他《た》において|非常《ひじやう》に|相違《さうゐ》の|点《てん》あり。|汝《なんぢ》は|果《はた》して|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》に|相違《さうゐ》なきや』
『|妾等《わらはら》は|珍《うづ》の|国《くに》の|城主《じやうしゆ》|正鹿山津見神《まさかやまづみのかみ》の|娘《むすめ》、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》に|相違《さうゐ》これなく|候《さふらふ》。|妾等《わらはら》|三人《さんにん》は、|未《いま》だ|嘗《かつ》て|常世城《とこよじやう》に|捕《とら》はれし|事《こと》もなければ、|従《したが》つて|本城《ほんじやう》に|来《きた》りし|事《こと》もなし。|何《なに》かの|間違《まちが》ひにはおはさずや』
|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|双手《もろて》を|組《く》み、|首《かうべ》を|傾《かたむ》け|思案《しあん》に|沈《しづ》む。
|固山彦《かたやまひこ》『モシ、|日《ひ》の|出神《でのかみ》|様《さま》、|昨年《さくねん》|常世神王《とこよしんわう》より|送《おく》り|来《きた》りし|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》は、|御承知《ごしようち》の|如《ごと》く|何時《いつ》とはなしにこの|警護《けいご》|厳《きび》しき|中《なか》を|煙《けむり》の|如《ごと》く|消《き》え|去《さ》りしは、|要《えう》するに|常世神王《とこよしんわう》|広国別《ひろくにわけ》が|妖術《えうじゆつ》にて、|彼《かれ》は|表面《へうめん》|貴下《きか》に|随従《ずゐじう》する|如《ごと》く|見《み》せかけ、|密《ひそ》かに|天教山《てんけうざん》に|款《くわん》を|通《つう》じ、|貴下等《きから》の|計画《けいくわく》を|根底《こんてい》より|覆《くつが》へさむとするの|悪辣《あくらつ》なる|計略《けいりやく》を|企《たく》みをる|者《もの》。|拙者《せつしや》はその|計略《けいりやく》の|奥《おく》の|手《て》を|存《ぞん》じをれば、|広国別《ひろくにわけ》に|迫《せま》つて、その|不都合《ふつがふ》を|詰責《きつせき》せし|処《ところ》、|広国別《ひろくにわけ》は|終《つひ》に|兜《かぶと》を|脱《ぬ》ぎ、|賤《いや》しき|門番《もんばん》の|固虎《かたとら》をして|口《くち》ふさぎのため|重職《ぢうしよく》を|授《さづ》けたるは、|全《まつた》くその|奸計《かんけい》の|他《た》に|洩《も》れざらむがための|彼《かれ》の|術策《じゆつさく》。|昨冬《さくとう》|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》と|称《しよう》したるは、|広国別《ひろくにわけ》が|魔術《まじゆつ》によつて|現《あら》はれたる|悪狐《あくこ》の|所為《しよゐ》なれば、|必《かなら》ず|御油断《ごゆだん》あつてはなりませぬ』
と|言葉《ことば》|巧《たくみ》に|述《の》べ|立《た》てたり。
|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》の|日《ひ》の|出神《でのかみ》はこれを|聞《き》くとともに、|怒髪天《どはつてん》を|衝《つ》き、
『ヤアヤア|逆国別《さかくにわけ》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|家来《けらい》を|差《さ》し|向《む》け、|常世神王《とこよしんわう》を|召捕《めしと》りかへれ』
と|大音声《だいおんじやう》に|呼《よば》はれば、
『ハイ』
と|答《こた》へて|逆国別《さかくにわけ》はその|場《ば》に|現《あら》はれ、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|命《めい》の【まに】まに|数百人《すうひやくにん》の|部下《ぶか》を|引率《ひきつ》れ、|常世城《とこよじやう》に|向《むか》ひ、|馬《うま》に|跨《またが》り、あわただしく|出張《しゆつちやう》する。
|淤縢山津見《おどやまづみ》『|日《ひ》の|出神《でのかみ》に|申上《まをしあ》げます。|実《じつ》に|油断《ゆだん》のならぬは|人心《ひとごころ》、|一切《いつさい》の|秘密《ひみつ》を|打明《うちあ》け、|御信任《ごしんにん》|浅《あさ》からざる|常世神王《とこよしんわう》の|広国別《ひろくにわけ》は、かかる|腹黒《はらぐろ》き|者《もの》とは|思《おも》はれなかつたでせう。|吾々《われわれ》も|初《はじ》めて|固虎彦《かたとらひこ》の|言葉《ことば》を|聞《き》きまして|驚《おどろ》きました。|人《ひと》は|見《み》かけによらぬものとは、よく|言《い》つたものですワ』
『さうだ、|人《ひと》は|見《み》かけによらぬものだ。|醜国別《しこくにわけ》が|淤縢山津見《おどやまづみ》となつて|三五教《あななひけう》のウラを【かき】、|広国別《ひろくにわけ》が|常世神王《とこよしんわう》となつて|此《この》|方《はう》のウラを【かき】、|天教山《てんけうざん》に|款《くわん》を|通《つう》ずるのも|同《おな》じ|道理《だうり》だ。|敵《てき》の|中《なか》にも|味方《みかた》あり、|味方《みかた》の|中《なか》にも|敵《てき》ありとはこの|事《こと》だのう』
『|私《わたくし》を|信《しん》じて|下《くだ》さいますか』
|固山彦《かたやまひこ》『|吾々《われわれ》が|日《ひ》の|出神《でのかみ》であつたら、|容易《ようい》に|信《しん》じないなア。ハヽヽヽヽヽ』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『|固虎《かたとら》さま、あまり|口《くち》が|過《す》ぎますよ。あなた、そんな|顔《かほ》して|居《を》つて、|心《こころ》の|底《そこ》は|天教山《てんけうざん》の|三五教《あななひけう》に|款《くわん》を|通《つう》じてゐるのでせう。アハヽヽヽヽ』
|日出神《ひのでのかみ》『|何《なん》だか|訳《わけ》が|分《わか》らぬやうになつて|来《き》た。|狐《きつね》につままれたやうだワイ』
(大正一一・二・二三 旧一・二七 桜井重雄録)
第一八章 |常世馬場《とこよばんば》〔四四八〕
|春日《はるひ》に|照《て》れる|常世城《とこよじやう》、|霞《かすみ》|棚引《たなび》く|天守閣《てんしゆかく》、ロッキー|山《ざん》とロッキー|城《じやう》、|常世《とこよ》の|城《しろ》の|三《み》つ|葵《あふひ》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|自在天《じざいてん》、|大国彦《おほくにひこ》の|疑《うたが》ひ|受《う》けしとは|露白旗《つゆしらはた》の、ばたばた|風《かぜ》に|翻《ひるが》へる、|様子《やうす》も|知《し》らぬ|門番《もんばん》は|広《ひろ》き|馬場《ばんば》の|芝生《しばふ》の|上《うへ》に、|身《み》を|横《よこ》たへて|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》り|居《ゐ》る。|高彦《たかひこ》は、
『オイ|倉彦《くらひこ》、|去年《きよねん》の|冬《ふゆ》だつたかねえ、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|天女《てんによ》のやうな|宣伝使《せんでんし》がやつて|来《き》て、|常世神王《とこよしんわう》さまが、【ほく】ほくもので、|終《おしまひ》には|逆上《のぼせあが》つて|門番《もんばん》の|縮尻《しくじ》つた|奴《やつ》を|重役《ぢゆうやく》にしたり、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|働《はたら》いた|立派《りつぱ》なお|役人《やくにん》を|門番《もんばん》に|昇級《しようきふ》さしたり、|照彦《てるひこ》といふ|化物《ばけもの》が|出《で》て|来《き》て|荒《あ》れ|廻《まは》す、|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》と|云《い》ふ|途方《とはう》|途轍《とてつ》もない|別嬪《べつぴん》がやつて|来《き》て、この|広《ひろ》い|常世《とこよ》の|城《しろ》は、|日々《にちにち》|百花爛漫《ひやくくわらんまん》たる|弥生《やよひ》の|陽気《やうき》に|満《み》ちて、|糸竹管絃《しちくくわんげん》の|響《ひび》きに、|吾々《われわれ》も|耳《みみ》の|穴《あな》の|掃除《さうぢ》をしたものだが、【コロリ】|転変《てんぺん》の|世《よ》の|中《なか》、|城《しろ》の|中《なか》だと|思《おも》うて|居《ゐ》たら、|神王《しんわう》さまを|始《はじ》め、|吾々《われわれ》|迄《まで》が、この|馬場《ばんば》だつたね、|夜露《よつゆ》に|曝《さら》されて|馬鹿《ばか》を|見《み》たことがある。|狐《きつね》の|声《こゑ》が、|彼方《あちら》にも|此方《こちら》にもコンコン、クワイクワイ|聞《きこ》えると|思《おも》へば、|駕籠《かご》に|乗《の》つて|来《き》た|照彦《てるひこ》も、|六人《ろくにん》の|娘《むすめ》も|煙《けむり》になつて|消《き》えてしまふなり、|怪体《けつたい》な|事《こと》があつたものだ。|横歩《よこある》きの|上手《じやうず》な|蟹彦《かにひこ》|奴《め》が、|豪《えら》さうに|竹島彦《たけしまひこ》と|名乗《なの》つて、|沢山《たくさん》の|軍隊《ぐんたい》を|引率《いんそつ》して|黄泉島《よもつじま》へ|出陣《しゆつぢん》する、まるで|世《よ》の|中《なか》は【クラリ】|転変《てんぺん》だ。|又《また》あんな|事《こと》があると、|門番《もんばん》だつて|馬鹿《ばか》にならぬワ。|待《ま》てば|海路《うなぢ》の|風《かぜ》があると|云《い》ふ|事《こと》だ。ロッキー|山《ざん》も|常世城《とこよじやう》も|皆《みな》|出陣《しゆつじん》して|仕舞《しま》つて、|後《あと》に|人物《じんぶつ》が|払底《ふつてい》と|来《き》て|居《ゐ》るのだから、【きつと】|選抜《せんばつ》されて|高彦《たかひこ》が|鷹取別《たかとりわけ》におなり|遊《あそ》ばすかも|知《し》れないよ』
|倉彦《くらひこ》『|貴様《きさま》、|日《ひ》が|永《なが》いので|夢《ゆめ》でも|見《み》て|居《ゐ》るのか。|高彦《たかひこ》が|鷹取別《たかとりわけ》になつて、|化物《ばけもの》の|火《ひ》の|玉《たま》に|鼻《はな》を|挫《くじ》かれて、|鼻《はな》【ビシヤゲ】|彦《ひこ》となるも|面白《おもしろ》からう』
『|何《なに》、|鼻《はな》|位《くらゐ》【べしやげ】たつて|構《かま》ふものか、|鷹取別《たかとりわけ》は|矢張《やは》り|鷹取別《たかとりわけ》ぢや。|三軍《さんぐん》の|将《しやう》として|威風堂々《ゐふうだうだう》|四辺《あたり》を|払《はら》ひ、|黄泉島《よもつじま》に|数多《あまた》の|軍《ぐん》を|引率《いんそつ》して|出《で》た|美々《びび》しい|姿《すがた》は、この|高彦《たかひこ》の|目《め》から|見《み》ても|実《じつ》に|羨望《せんばう》の|至《いた》りだつたよ』
『|慾《よく》の|熊高彦《くまたかひこ》、|股《また》|裂《さ》けると|云《い》ふ|事《こと》を|知《し》つて|居《ゐ》るかい』
『め【くら】の、ぼん【くら】の、なま【くら】|彦《ひこ》、|何《なに》を|吐《ぬか》しよるのだ。|人《ひと》の|出世《しゆつせ》は|運《うん》にあるのだ。|俺《おれ》の|運《うん》が|貴様《きさま》に|分《わか》るか』
『|貴様《きさま》の【ウン】を|知《し》らぬものがあるかい。この|間《あひだ》も|雪隠《せつちん》に|行《ゆ》くのが|邪魔《じやま》くさいと|云《い》ひよつて、|橋《はし》の|袂《たもと》で|行灯《あんど》のかきたて|坊子《ばうし》のやうな|形《かたち》をした、【どえらい】|左巻《ひだりまき》を|垂《た》れたぢやないか。|沢山《たくさん》の|金蠅《きんばへ》が|出《で》て|来《き》よつて、ブンブンと|黒《くろ》くなるほど【たか】つて|居《ゐ》た。|貴様《きさま》は|鷹取別《たかとりわけ》ぢやない【はへたかり】|彦《ひこ》の|糞野郎《くそやらう》だなア』
『|困《こま》つた|奴《やつ》だなア。|運《うん》と|云《い》ふ|事《こと》はそんなものぢやないワイ』
『それなら|何《なん》だ』
『|運《うん》と|云《い》うたら、|雲《くも》の|上《うへ》まで|出世《しゆつせ》をする|事《こと》だ。それにどんな|望《のぞ》みでも、ここの|大将《たいしやう》の|常世神王《とこよしんわう》さまが|諾《うん》と|云《い》つたら|最後《さいご》、あの|横歩《よこある》きの|糞垂腰《ばばたれごし》の|蟹彦《かにひこ》でも|上役《うはやく》になつたぢやないか。どうだ|分《わか》つたか、|運《うん》の|因縁《いんねん》が』
『あゝさうか、ウンと|云《い》へば|出世《しゆつせ》が|出来《でき》るのだな。それなら|貴様《きさま》を|常世神王《とこよしんわう》の|上役《うはやく》、|脇立《わきだち》にしてやらう、ウン、ウン、ウン』
『|何《なん》だ、|雪隠《せつちん》に|這入《はい》つて|跨《また》げたやうな|声《こゑ》を|出《だ》しよつて、そんな|運《うん》が|何《なん》になるか』
かく|雑談《ざつだん》に|耽《ふけ》る|折《をり》しも、|数十騎《すうじつき》の|馬《うま》に|跨《またが》り、|此方《こなた》に|向《むか》つて|勢《いきほひ》よく|進《すす》み|来《きた》る|者《もの》あり。
『イヨー、ロッキー|城《じやう》から|又《また》|何《なん》だか|上使《じやうし》がやつて|来《き》たぞ。かうしては|居《を》られない、|早《はや》く|這入《はい》つて|門《もん》を|閉《し》めるのだ』
と|二人《ふたり》は|狼狽《あわ》てて|門《もん》の|内《うち》に|飛《と》び|込《こ》み、|閂《かんぬき》をがたりと|入《い》れ、
|高彦《たかひこ》『サア、|運《うん》の|開《ひら》け|口《ぐち》だ。この|門《もん》|開《ひら》けといつたが|最後《さいご》、ウンと|云《い》うて|開《ひら》くのだよ』
|倉彦《くらひこ》『オイオイ、さう|心《こころ》|易《やす》く|開《ひら》いちや|価値《かち》がないぞ。|蟹彦《かにひこ》のやうに|出世《しゆつせ》をしようと|思《おも》へば、|力《ちから》|一《いつ》ぱい、|頑張《ぐわんば》つて|見《み》るのだ』
かかる|所《ところ》へ、|逆国別《さかくにわけ》は|数多《あまた》の|部下《ぶか》を|引《ひ》き|連《つ》れ|門前《もんぜん》に|現《あら》はれ、
『ロッキー|山《ざん》の|館《やかた》の|姫神《ひめがみ》|伊諾冊大神《いざなみのおほかみ》、ロッキー|城《じやう》の|御大将《おんたいしやう》|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御上使《ごじやうし》|逆国別《さかくにわけ》、|常世神王《とこよしんわう》に|急用《きふよう》あり、|一時《いちじ》も|早《はや》くこの|門《もん》を|開《ひら》け』
|二人《ふたり》『ヤア、お|出《い》でたお|出《い》でた、いよいよ|運《うん》の|開《ひら》け|口《ぐち》、これだから|辛《つら》い|門番《もんばん》も|辛抱《しんばう》せいと|云《い》ふのだ。|犬《いぬ》も|歩《ある》けば|棒《ぼう》に|当《あた》る』
と|訳《わけ》も|知《し》らずに|喜《よろこ》んで|居《ゐ》る。|門外《もんぐわい》よりは|声《こゑ》|高《たか》く、
『ヤア、|何故《なぜ》この|門《もん》|開《あ》けぬか、|門番《もんばん》は|眠《ねむ》つて|居《ゐ》るのか』
|高彦《たかひこ》『オー、ロッキー|山《ざん》の|上使《じやうし》とかや、|大切《たいせつ》なる|役目《やくめ》を|蒙《かうむ》るこの|門番《もんばん》、|昼《ひる》の|日中《ひなか》に|眠《ねむ》る|奴《やつ》があつて|耐《たま》らうか。|何程《なにほど》|立派《りつぱ》な|御上使《ごじやうし》でも、|此《この》|門《もん》の|開《あ》け|閉《た》ては、|門番《もんばん》の|権利《けんり》だ。|頭《あたま》ごなしに|呶鳴《どな》り|立《た》てな、|駄目《だめ》だぞ』
|倉彦《くらひこ》『オイ、もつと【カスリ】|声《ごゑ》を|出《だ》さぬか。そんな|間抜《まぬ》けた、|竹筒《たけづつ》を|吹《ふ》いたやうな|声《こゑ》では、おちこぼれがないぞ。|底抜《そこぬ》け|野郎《やらう》』
|門外《もんぐわい》より、
『|早《はや》く|開《あ》けよ、|時《とき》が|迫《せま》つた』
と|頻《しき》りに|叩《たた》く。|両人《りやうにん》は、
『オイ、|兎《と》も|角《かく》|開《あ》けての|上《うへ》の|御分別《ごふんべつ》だ』
と|閂《かんぬき》を|外《はづ》し、|左右《さいう》にパツと|表門《おもてもん》を|開《ひら》く。|逆国別《さかくにわけ》は|乗馬《じやうば》の|侭《まま》|門《もん》を|潜《くぐ》り|入《い》り、
『ホー、|皆《みな》の|者《もの》、|常世城《とこよじやう》の|東西南北《とうざいなんぼく》の|鉄門《かなど》を|警護《けいご》|致《いた》せ。|一人《いちにん》たりとも|見《み》のがしてはならぬぞ』
と|云《い》ひ|捨《す》て、ドシドシ|中門《なかもん》に|向《むか》つて|進《すす》み|入《い》る。|高《たか》、|倉《くら》は|後《あと》|追《お》つかけ、|一生懸命《いつしやうけんめい》に|馬《うま》の|尻尾《しつぽ》に|縋《すが》りつき、
|高彦《たかひこ》『モシモシ、|逆国別《さかくにわけ》さま、みだりに|中門《なかもん》を|潜《くぐ》る|事《こと》は|出来《でき》ませぬ』
|逆国別《さかくにわけ》『|上使《じやうし》に|向《むか》つて|不都合《ふつがふ》|千万《せんばん》、|退《さが》れツ』
|馬《うま》『ヒンヒン、ブウブウブウ』
|倉彦《くらひこ》『ヤア、|馬鹿《ばか》にしやがる、|臭《くさ》い|屁《へ》を|嗅《か》がしよつて、|日《ひ》に|三升《さんじよう》のくづ|豆《まめ》|喰《くら》ひ、|十六文《じふろくもん》で|二足《にそく》の|履《くつ》|穿《は》きよつて、この|倉彦《くらひこ》さまに|屁《へ》を【くら】はし、|音高彦《おとたかひこ》さまとは|洒落《しやれ》て【けつ】かる。モシモシ|御上使《ごじやうし》、|物《もの》を|註文《ちゆうもん》する|時《とき》には|前金《ぜんきん》が|要《い》りますぜ。あなたが|中門《なかもん》を|開《ひら》けと|仰有《おつしや》るなら、|此方《こちら》にも|註文《ちゆうもん》がある』
かくする|内《うち》、|中門《なかもん》はサラリと|開《ひら》いた。|逆国別《さかくにわけ》は|乗馬《じやうば》のまま|中門《なかもん》を|潜《くぐ》らむとする。|高彦《たかひこ》、|倉彦《くらひこ》は|頓狂《とんきやう》な|声《こゑ》を|出《だ》して、
『ヤア、この|門《もん》みだりに|入《い》るべからず。|下馬下乗《げばげじやう》だツ、|下《さが》れツ』
と|呶鳴《どな》りつけるを、|逆国別《さかくにわけ》は|数人《すうにん》の|家来《けらい》と|共《とも》に、|委細《ゐさい》かまはず|奥《おく》へ|奥《おく》へと|進《すす》み|入《い》る。
|高彦《たかひこ》『たうとう|我慢《がまん》の|強《つよ》い、|這入《はい》つて|仕舞《しま》ひよつた』
|倉彦《くらひこ》『|門番《もんばん》の|権威《けんゐ》もよい|加減《かげん》なものだなア。|貴様《きさま》の|云《い》ふ|通《とほ》り、|倉彦《くらひこ》が|照山彦《てるやまひこ》で、|貴様《きさま》が|鷹取別《たかとりわけ》になるかも|知《し》れないぞ。まア、そんな|心配《しんぱい》らしい|顔《かほ》をすな。ヨウヨウ、|門《もん》を|閉《し》め|置《お》かないものだから、|吾々《われわれ》に|無断《むだん》で|駕籠《かご》が|三《みつ》つも|這入《はい》つて|来《き》よる。また|昨年《さくねん》の|冬《ふゆ》のやうに、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|化物《ばけもの》かも|知《し》れないぞ』
『これが|出世《しゆつせ》の|導《みちび》きだ。|昨年《さくねん》もさうだつたらう。|三人《さんにん》の|女《をんな》が|来《き》て、|次《つぎ》に|強《つよ》い|照彦《てるひこ》がやつて|来《き》て|暴《あば》れよつて、その|後《あと》へまた|三人《さんにん》の|綺麗《きれい》な|女《をんな》が|這入《はい》つて|来《き》ただろう。その|時《とき》の|騒動《さうだう》のお|蔭《かげ》で、|蟹彦《かにひこ》の|奴《やつ》、|今《いま》は|立派《りつぱ》な|三軍《さんぐん》の|将《しやう》となりよつたのだ。うまいうまい』
と|云《い》ひながら|門《もん》を【ぴしやり】と|閉《し》め、|閂《かんぬき》をおろし、
『サアサア、これから|次《つぎ》の|幕《まく》だ。また|強《つよ》い|奴《やつ》が|破《やぶ》つて|這入《はい》つて|来《く》るまで、|開《あ》けてはならないぞ』
この|時《とき》|何処《いづく》ともなく、|破鐘《われがね》のやうな|声《こゑ》がして、
『|天狗《てんぐ》の|鼻高彦《はなたかひこ》、|心《こころ》の|目倉彦《めくらひこ》、|今《いま》に|運《うん》が|開《ひら》かぬぞよ。ウワハヽヽヽ』
|二人《ふたり》は|思《おも》はず|声《こゑ》する|方《はう》に|向《むか》つて|仰天《ぎやうてん》したり。
(大正一一・二・二三 旧一・二七 加藤明子録)
第一九章 |替玉《かへだま》〔四四九〕
|天津日《あまつひ》の|光《ひかり》は|清《きよ》く|照《て》り|渡《わた》り、|三五《さんご》の|月《つき》は|大空《おほぞら》に|隅《くま》なきまでに|輝《かがや》けど、|曲《まが》の|企《たく》みの|薄暗《うすぐら》き、|常夜《とこよ》の|闇《やみ》の|奥殿《おくでん》は、|八十《やそ》の|曲霊《まがひ》のたけび|声《ごゑ》、|何処《どこ》ともなしに|洩《も》れ|来《きた》る。|虫《むし》が|知《し》らすか|何《なん》となく、|心《こころ》|塞《ふさ》がり|胸《むね》|痛《いた》む、|常世神王《とこよしんわう》|広国別《ひろくにわけ》は、|広国姫《ひろくにひめ》と|諸共《もろとも》に、|黄泉島《よもつじま》にと|遣《つか》はせし、|勇将《ゆうしやう》|猛卒《まうそつ》のあと|見送《みおく》つて、しめじめと|不安《ふあん》の|念《ねん》に|駆《か》られゐる。
|常世神王《とこよしんわう》『アヽ|広国姫《ひろくにひめ》、|日頃《ひごろ》|股肱《ここう》と|頼《たの》む|照山彦《てるやまひこ》、|中依別《なかよりわけ》、|鷹取別《たかとりわけ》などの|豪傑《がうけつ》は、|皆《みんな》|出陣《しゆつぢん》して|了《しま》つて、|何《なん》とはなしに|拍子抜《ひやうしぬけ》がしたやうだな。|恰度《ちやうど》|行灯《あんどん》を|蹴破《けやぶ》つたやうな|城内《じやうない》の|寂寥《せきれう》、|万々一《まんまんいち》|突然《とつぜん》に|強《つよ》い|敵《てき》が|攻《せ》めて|来《こ》ようものなら、|常世城《とこよじやう》は【まるつきり】|袋《ふくろ》の|鼠《ねずみ》だ。|去年《きよねん》のやうな|怪《あや》しいことが、|又復《またまた》|出《で》て|来《こ》ようものなら|如何《どう》することも|出来《でき》ない。せめて|竹山彦《たけやまひこ》だけなりと|残《のこ》して|置《お》けばよかつたに』
|広国姫《ひろくにひめ》『ナンダか|妾《わたし》も|不安《ふあん》で|堪《た》まりませぬ。|昨夜《さくや》も|妙《めう》な|夢《ゆめ》を|見《み》まして、|大変《たいへん》に|心配《しんぱい》を|致《いた》しました。|併《しか》しながら|夢《ゆめ》の|浮世《うきよ》と|云《い》つて、|何《ど》うなるも|斯《か》うなるも、|総《すべ》て|運《うん》は|天《てん》に|任《まか》さねば、|吾々《われわれ》が|何《ど》うすることも|出来《でき》ませぬ。|何《なん》だか|日々《ひび》に|気《き》が|咎《とが》めて、|天道様《てんたうさま》から|呶鳴《どな》りつけらるるやうな|心持《こころもち》がして、|何時《いつ》も【おど】おど|心《こころ》が|落着《おちつ》きませぬ』
『ソンナ|弱音《よわね》を|吹《ふ》くな。|捨《す》てる|神《かみ》もあれば|拾《ひろ》ふ|神《かみ》もある。よいことが|来《く》れば|又《また》|悪《わる》いことも|来《く》るものだ。|黄泉島《よもつじま》の|戦《たたか》ひがうまく|此方《こちら》の|勝利《しようり》となれば、この|広《ひろ》い|世界《せかい》は|伊弉冊命《いざなみのみこと》|様《さま》の|自由自在《じいうじざい》だ。さうなれば、|吾々《われわれ》も|常世《とこよ》の|国《くに》ばかりでなく|地上《ちじやう》の|大神王《だいしんわう》だ』
と|夫婦《ふうふ》は|前途《ぜんと》を|気《き》づかひ|且《か》つ|望《のぞ》みを|抱《いだ》きながら、|首《くび》を|鳩《あつ》めてひそひそ|話《はな》す|折《をり》しも、|小間使《こまづかひ》の|清姫《きよひめ》はこの|場《ば》に|現《あら》はれ、|恐《おそ》るおそる|両手《りやうて》をつき、
『|只今《ただいま》ロッキー|城《じやう》より|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御上使《ごじやうし》として、|逆国別《さかくにわけ》|数多《あまた》の|供《とも》を|引率《ひきつ》れ、|常世神王《とこよしんわう》に|申渡《まをしわた》す|仔細《しさい》があると、それはそれは|偉《えら》い|権幕《けんまく》でございます。|如何《いかが》|取計《とりはか》らひませうか』
|常世神王《とこよしんわう》『ホー、それは|吾々《われわれ》にも|出陣《しゆつぢん》せよとの|御命令《ごめいれい》だらう。|広国姫《ひろくにひめ》、|其方《そなた》はわが|代理《だいり》となつて、この|常世城《とこよじやう》を|守《まも》つて|呉《く》れ。|御命令《ごめいれい》とあれば|止《や》むを|得《え》ない』
|広国姫《ひろくにひめ》『……………』
|清姫《きよひめ》『|如何《いかが》|御返事《ごへんじ》を|致《いた》しませう』
|常世神王《とこよしんわう》『|笠取別《かさとりわけ》を|呼《よ》べ』
『ハイ』
と|答《こた》へて|清姫《きよひめ》は|此《こ》の|場《ば》を|立去《たちさ》る。|笠取別《かさとりわけ》は|庭前《にはさき》の|木《き》の|植込《うゑこみ》の|間《あひだ》を|潜《くぐ》つて|慌《あわただ》しく|入《い》り|来《きた》り、|沓脱石《くつぬぎいし》の|前《まへ》に|拝跪《はいき》して、
『|笠取別《かさとりわけ》|只今《ただいま》|参上《さんじやう》|仕《つかまつ》りました』
|常世神王《とこよしんわう》『ホー|笠取別《かさとりわけ》か、|汝《なんぢ》に|申付《まをしつ》くる|事《こと》がある。ロッキー|城《じやう》の|上使《じやうし》、|逆国別《さかくにわけ》に|応対《おうたい》を|致《いた》せ』
『|小神《せうしん》の|吾々《われわれ》、|御上使《ごじやうし》に|向《むか》つて|申上《まをしあ》げる|権利《けんり》がございませぬ』
『アイヤ、|今日《けふ》は|汝《なんぢ》を|宰相《さいしやう》に|命《めい》ずる。|鷹取別《たかとりわけ》の|代理《だいり》だ』
『エー、|一寸《ちよつと》|伺《うかが》ひます。|今日《けふ》だけでございますか。|永遠《ゑいゑん》に|鷹取別《たかとりわけ》の|役《やく》を|仰付《おほせつ》け|下《くだ》さいますのか。|臨時《りんじ》なれば|平《ひら》に|御断《おことわ》り|申《まを》します。|時《とき》の|代官《だいくわん》、|日《ひ》の|奉行《ぶぎやう》では|誠《まこと》に|以《もつ》て|心細《こころぼそ》くて、|実《み》を|入《い》れて|談判《だんぱん》する|勇気《ゆうき》も|出《で》ませぬから』
この|時《とき》|逆国別《さかくにわけ》は|大音声《だいおんじやう》、
『ヤアヤア、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|上使《じやうし》|逆国別《さかくにわけ》、|詮議《せんぎ》の|次第《しだい》あつて|本城《ほんじやう》に|向《むか》つたり。|常世神王《とこよしんわう》|一刻《いつこく》も|早《はや》く|此《この》|場《ば》に|御出会《おであ》ひあれ』
|笠取別《かさとりわけ》『モシモシ、|根《ね》つから|笠取別《かさとりわけ》に|御出会《おであ》ひあれと|申《まを》しませぬ。|常世神王《とこよしんわう》にと|上使《じやうし》が|呶鳴《どな》つてゐます』
|常世神王《とこよしんわう》『その|方《はう》が|代理《だいり》に|出《で》るのだ』
『アヽ|私《わたくし》が|常世神王《とこよしんわう》の|代理《だいり》ですか。|偉《えら》いものだな。|蝸牛《まひまひつむり》が|天上《てんじやう》したと|云《い》はうか、|雪隠《せつちん》の|中《なか》の|糞虫《くそむし》が|出世《しゆつせ》して、|羽根《はね》が|生《は》えて|王《わう》さまの|頭《あたま》へとまつたと|云《い》はうか、|蟹彦《かにひこ》が|将軍《しやうぐん》になつたやうなものだ。|矢張《やつぱ》り|常世城《とこよじやう》は|常夜《とこよ》の|闇《やみ》だな。これだから|骨折損《ほねをりぞん》の|草臥儲《くたびれまう》け、|力《ちから》のある|正直《しやうぢき》な|奴《やつ》は|皆《みな》|落《おと》されるのだ。|俺《おれ》のやうな|上役《うはやく》の|威光《ゐくわう》を|笠《かさ》に|被《き》て、|蔭《かげ》で【こそ】こそと|下手《へた》ばつかりやつて|居《を》るものは、|斯《か》う|云《い》ふ|結構《けつこう》なことが|出《で》て|来《く》るのだ。ドレ|是《これ》から|一《ひと》つ|此《この》|方《はう》が|常世神王《とこよしんわう》になつて、|逆国別《さかくにわけ》を|眼下《がんか》に|瞰下《みおろ》して|呶鳴《どな》りつけてやらうかい。|又《また》|俺《おれ》の|腕《うで》はマア|斯《こ》んなものだと、|一泡《ひとあわ》|吹《ふ》かすのも|面白《おもしろ》からう』
『オイ|笠取別《かさとりわけ》、|何《なに》をブツブツ|言《い》つてゐるか。|早《はや》く|行《ゆ》かぬか』
『|行《ゆ》くも|行《ゆ》かぬもありますか。|鶴《つる》の|一声《ひとこゑ》、|常世神王《とこよしんわう》の|代理《だいり》、|貴方《あなた》は|代理《だいり》を|御使《おつか》ひなさつた|以上《いじやう》は、|最早《もはや》|御用《ごよう》はない|筈《はず》、|御黙《おだま》り|召《め》され……ヤアヤア、ロッキー|城《じやう》の|上使《じやうし》|逆国別《さかくにわけ》とやら、|常世神王《とこよしんわう》……モシモシ|常世神王様《とこよしんわうさま》、|代理《だいり》だけ|一寸《ちよつと》ぬかして|置《お》きますから、そのおつもりで』
|常世神王《とこよしんわう》は|広国姫《ひろくにひめ》と|共《とも》に、|黙然《もくねん》として|別殿《べつでん》に|進《すす》み|入《い》り|様子《やうす》を|考《かんが》へてゐる。
|笠取別《かさとりわけ》『|常世神王《とこよしんわう》|代理《だいり》……ではない|笠取別《かさとりわけ》……オツトドツコイ|広国別《ひろくにわけ》、|此処《ここ》にあり。|逆国別《さかくにわけ》に|拝謁《はいえつ》を|許《ゆる》す。|近《ちか》う|近《ちか》う』
|逆国別《さかくにわけ》は|悠然《いうぜん》として|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれ、|一揖《いちいう》しながら|常世神王《とこよしんわう》の|座《ざ》に、つかつかと|上《あが》り|行《ゆ》く。
|笠取別《かさとりわけ》『ヤア|御上使《ごじやうし》、|其処《そこ》は|拙者《せつしや》の|場席《ばせき》でござる。|御退《おさが》り|召《め》され』
|逆国別《さかくにわけ》『|常世神王《とこよしんわう》、|魔術《まじゆつ》を|以《もつ》て|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|三人《さんにん》と|偽《いつは》り、|上《かみ》を|欺《あざむ》く|不届者《ふとどきもの》、|今日《こんにち》|只今《ただいま》より|常世城《とこよじやう》を|明渡《あけわた》し、|且《か》つ|此《この》|駕籠《かご》に|乗《の》つてロッキー|城《じやう》に|来《きた》るべく、|早《はや》く|手《て》を|廻《まは》せ』
『これは|怪《け》しからぬ』
と|言《い》ひも|終《をは》らぬに、|四五《しご》の|供人《ともびと》は|逸早《いちはや》く|笠取別《かさとりわけ》を|高手小手《たかてこて》に|縛《いまし》めたり。
|笠取別《かさとりわけ》『|俺《おれ》は|笠取別《かさとりわけ》だ。|繩捕《なはとり》|恨《うら》めしい。|笠取《かさとり》も|恨《うら》めしいワイ。|俺《おれ》は|常世神王《とこよしんわう》ぢやない。|家来《けらい》の|家来《けらい》のその|家来《けらい》だ。|今《いま》|一寸《ちよつと》|臨時《りんじ》に|神王《しんわう》になつて|見《み》たのだ。|俺《おれ》を|縛《しば》るよりも|本当《ほんたう》の|常世神王《とこよしんわう》を|縛《しば》つて|呉《く》れ』
|逆国別《さかくにわけ》『|如何《いか》に|巧《たくみ》に|吾《われ》を|欺《あざむ》かむとするも、|此《この》|方《はう》の|眼力《がんりき》に|依《よ》つて、|一眼《ひとめ》|睨《にら》んだ|以上《いじやう》は、その|方《はう》は|擬《まが》ふ|方《かた》なき|広国別《ひろくにわけ》、|常世神王《とこよしんわう》だ。ヤアヤア、|家来《けらい》|共《ども》、|文句《もんく》は|聞《き》くに|及《およ》ばぬ。|早《はや》く|駕籠《かご》に|打込《うちこ》めよ』
『ホーイ』
と|答《こた》へて、|無理無体《むりむたい》に|駕籠《かご》に|捻込《ねぢこ》み、
|逆国別《さかくにわけ》『サア、|斯《か》うなればもう|大丈夫《だいぢやうぶ》、|常世城《とこよじやう》の|明渡《あけわた》しは|追《お》つての|事《こと》、|一時《いちじ》も|早《はや》く|本城《ほんじやう》へ|立帰《たちかへ》らむ』
と|馬《うま》に|跨《またが》り、|数多《あまた》の|家来《けらい》を|引率《ひきつ》れて、ロッキー|城《じやう》|指《さ》して|意気《いき》|揚々《やうやう》と|帰《かへ》り|行《ゆ》く。
(大正一一・二・二五 旧一・二九 外山豊二録)
第二〇章 |還軍《くわんぐん》〔四五〇〕
|善《ぜん》を|退《しりぞ》け、|悪《あく》を|勧《すす》め、|天地《てんち》の|道《みち》に|逆国別《さかくにわけ》の|上使《じやうし》は、|虎《とら》の|威《ゐ》を|借《か》る|野狐《のぎつね》の、|意気《いき》|揚々《やうやう》として|主人《しゆじん》を|笠《かさ》に|威張《ゐば》り|散《ち》らす|笠取別《かさとりわけ》の|贋物《にせもの》を、これこそ|真《まこと》の|神王《しんわう》と|思《おも》ひ|誤《あやま》り、|唐丸駕籠《たうまるかご》に|投《な》げ|入《い》れ、|勝鬨《かちどき》|揚《あ》げて|悠々《いういう》と|駒《こま》に|跨《またが》り、|数多《あまた》の|軍勢《ぐんぜい》を|引連《ひきつ》れて、|帰城《きじやう》の|途《と》にぞ|就《つ》きにける。
|常世城《とこよじやう》の|門番《もんばん》|高彦《たかひこ》は、
『オイ|倉彦《くらひこ》、|常世神王様《とこよしんわうさま》は|科人《とがにん》の|乗《の》る|唐丸駕籠《たうまるかご》に|乗《の》せられて、ロッキー|城《じやう》へ|召連《めしつ》れて|行《ゆ》かれたぢやないか。|大変《たいへん》な|事《こと》が|起《おこ》つて|来《き》たものだのう。かうなると|吾々《われわれ》も|門番《もんばん》をして|居《を》つても|気《き》が|気《き》ぢやないね。|主人《しゆじん》の|留守《るす》の|門番《もんばん》も、|何《なん》だか|影《かげ》が|薄《うす》いやうな|気《き》がして|威張《ゐば》り|甲斐《がひ》がないぢやないか』
『そんな|事《こと》はどうでもよいワ。|飲《の》めよ|騒《さわ》げよ|一寸先《いつすんさき》は|闇《やみ》だ、|闇《やみ》の|後《あと》には|月《つき》が|出《で》る、と|云《い》ふからには、|常夜《とこよ》の|闇《やみ》もいつしか|晴《は》れる|事《こと》があるよ。まあまあ|此《この》|閂《かんぬき》を|吾々《われわれ》は|確《しつか》りと|守《まも》る|事《こと》だ。まアよく|考《かんが》へて|見《み》よ、この|城内《じやうない》には、|豪《えら》い|奴《やつ》は|皆《みな》|黄泉島《よもつじま》へ|出陣《しゆつじん》して|仕舞《しま》つて、|本当《ほんたう》に|人物《じんぶつ》|払底《ふつてい》だ。オイ、|一《ひと》つ|物《もの》は|相談《さうだん》だが、これから|倉彦《くらひこ》は、|唯今《ただいま》|限《かぎ》り|門番《もんばん》を|廃業《はいげふ》して|常世神王《とこよしんわう》になるのだなあ。さうして|貴様《きさま》が|鷹取別《たかとりわけ》になれ』
『|馬鹿《ばか》にするない。|貴様《きさま》が|家来《けらい》だ』
と|囁《ささや》いて|居《ゐ》る。|又《また》もや|門《もん》の|戸《と》を|手厳《てきび》しく|打叩《うちたた》く。
|高彦《たかひこ》『オイオイ、また|来《き》たぞ|来《き》たぞ。|今度《こんど》は|気《き》をつけぬと|吾々《われわれ》を|連《つ》れて|行《ゆ》くかも|知《し》れないぞ。|貴様《きさま》|望《のぞ》み|通《どほ》り|常世神王《とこよしんわう》になつて【フン】|縛《じば》られて|連《つ》れて|行《ゆ》かれるとよいワ』
|倉彦《くらひこ》『ヤア、|常世神王《とこよしんわう》はもう|廃業《はいげふ》だ』
|門外《もんぐわい》には|人馬《じんば》の|物音《ものおと》|物凄《ものすご》く|聞《きこ》えゐる。
『ヤアヤア、|吾《われ》は|常世神王《とこよしんわう》の|従臣《じゆうしん》、|竹山彦《たけやまひこ》なるぞ。この|門《もん》|速《すみやか》に|開《ひら》けよ』
|倉彦《くらひこ》『オイ、|黄泉島《よもつじま》へ|出陣《しゆつじん》したと|思《おも》つた|竹山彦《たけやまひこ》が|帰《かへ》つて|来《き》よつたぞ。こりやきつと|敗軍《はいぐん》ぢやな』
|高彦《たかひこ》『まア|何《なん》でもよい。|早《はや》く|開《ひら》かうかい』
と|二人《ふたり》は|立《た》つて|閂《かんぬき》を|外《はづ》し、|左右《さいう》に|門《もん》を|開《ひら》いた。|竹山彦《たけやまひこ》は|雲霞《うんか》の|如《ごと》き|大軍《たいぐん》を|率《ひき》ゐて、|威風《ゐふう》|堂々《だうだう》と|入《い》り|来《きた》り、|奥《おく》へ|奥《おく》へと|進《すす》み|入《い》る。
|常世神王《とこよしんわう》|夫婦《ふうふ》は、|青息吐息《あをいきといき》|思案《しあん》に|暮《く》るる|折《をり》しも、|竹山彦《たけやまひこ》の|帰《かへ》り|来《きた》りしと|聞《き》きて|合点《がてん》ゆかず、|四五《しご》の|侍臣《じしん》と|共《とも》に|本殿《ほんでん》に|現《あら》はれ|来《きた》り、|竹山彦《たけやまひこ》に|拝謁《はいえつ》を|許《ゆる》した。|竹山彦《たけやまひこ》は|威勢《ゐせい》よく|神王《しんわう》の|前《まへ》に|座《ざ》を|占《し》めたり。
|常世神王《とこよしんわう》『|汝《なんぢ》は|竹山彦《たけやまひこ》に|非《あら》ずや、|黄泉島《よもつじま》に|出陣《しゆつじん》せしに|非《あら》ざるか。|然《しか》るに|中途《ちうと》に|帰《かへ》り|来《きた》れるは|其《その》|意《い》を|得《え》ず、これには|深《ふか》き|仔細《しさい》のあらむ』
|竹山彦《たけやまひこ》『|御不審《ごふしん》|御尤《ごもつと》もなれど、ロッキー|城《じやう》には|悪人《あくにん》|多《おほ》く、|常世神王様《とこよしんわうさま》を|陥害《かんがい》せむとする|者《もの》|現《あら》はれたるを|中途《ちうと》にて|探知《たんち》し、|容易《ようい》ならざる|一大事《いちだいじ》と、|常世城《とこよじやう》の|軍卒《ぐんそつ》を|残《のこ》らず|召連《めしつ》れて|帰《かへ》りたり。|軈《やが》て|以下《いか》の|諸将《しよしやう》も|各自《めいめい》|部下《ぶか》を|引《ひ》き|連《つ》れて|帰《かへ》り|来《きた》るべし。かくなる|上《うへ》は|吾々《われわれ》は|常世城《とこよじやう》を|固《かた》く|守《まも》り、ロッキー|城《じやう》の|守《まも》り|少《すくな》くなりしを|幸《さいは》ひ、|一挙《いつきよ》に|攻《せ》め|寄《よ》せて、|日《ひ》の|出神《でのかみ》を|捕虜《とりこ》にし、|神王《しんわう》の|禍《わざはひ》を|殲滅《せんめつ》せむ。アヽ|面白《おもしろ》し|面白《おもしろ》し』
『ヤア、|遉《さすが》は|竹山彦《たけやまひこ》、|好《よ》い|所《ところ》へ|気《き》がついた』
かかる|折《を》りしも、|門前《もんぜん》またもや|騒々《さうざう》しく、|矢叫《やさけ》びの|声《こゑ》、|鬨《とき》の|声《こゑ》、|手《て》に|取《と》る|如《ごと》く|聞《きこ》え|来《きた》る。これは|常世城《とこよじやう》の|勇将《ゆうしやう》|猛卒《まうそつ》|一人《ひとり》も|残《のこ》らず|帰城《きじやう》したる|叫《さけ》び|声《ごゑ》なりけり。
これより|常世神王《とこよしんわう》は、|将卒《しやうそつ》の|帰《かへ》りしに|力《ちから》を|得《え》て、ロッキー|城《じやう》に|攻寄《せめよ》せる|事《こと》となりぬ。ロッキー|城《じやう》に|於《おい》ては、この|様子《やうす》を|聞《き》き|大《おほ》いに|驚《おどろ》き、|黄泉島《よもつじま》に|向《むか》ふ|軍卒《ぐんそつ》の|一部《いちぶ》を|割《さ》きて、|急《いそ》ぎ|帰城《きじやう》せしめ、|防禦《ばうぎよ》に|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》したるにぞ、そのために|黄泉島《よもつじま》の|兵力《へいりよく》は、その|大半《たいはん》を|削《そ》がるるに|至《いた》れり。
(大正一一・二・二五 旧一・二九 加藤明子録)
第二一章 |桃《もも》の|実《み》〔四五一〕
|茲《ここ》に|日《ひ》の|出神《でのかみ》は、|神伊邪那諾神《かむいざなぎのかみ》の|神勅《しんちよく》を|奉《ほう》じ、|三軍《さんぐん》に|将《しやう》として|黄泉島《よもつじま》に|向《むか》つて|花々《はなばな》しく|進軍《しんぐん》せり。
|石拆司《いはさくのかみ》、|根拆司《ねさくのかみ》、|石筒之男司《いはつつのをのかみ》をして|先陣《せんぢん》を|宰《つかさど》らしめ、|甕速日司《みかはやびのかみ》、|樋速日司《ひはやびのかみ》、|建布都司《たけふつのかみ》をして|本隊《ほんたい》の|部将《ぶしやう》とし、|後陣《こうぢん》には|闇淤加美神《くらおかみのかみ》、|闇御津羽神《くらみつはのかみ》を|部将《ぶしやう》とし、|旗鼓《きこ》|堂々《だうだう》として|黄泉島《よもつじま》の|比良坂《ひらさか》に|向《むか》つて|進軍《しんぐん》せしめ、|左翼《さよく》の|軍隊《ぐんたい》には|正鹿山津見神《まさかやまづみのかみ》、|駒山彦《こまやまひこ》、|右翼《うよく》には|奥山津見神《おくやまづみのかみ》、|志芸山津見神《しぎやまづみのかみ》を|部将《ぶしやう》とし、|遊軍《いうぐん》として|闇山津見神《くらやまづみのかみ》、|羽山津見神《はやまづみのかみ》、|原山津見神《はらやまづみのかみ》、|戸山津見神《とやまづみのかみ》の|十六神将《じふろくしんしやう》をして|鶴翼《かくよく》の|陣《ぢん》を|張《は》り、|魚鱗《ぎよりん》の|備《そな》へ|勇《いさ》ましく、|天《あま》の|鳥船《とりふね》、|岩樟船《いはくすぶね》に|乗《の》せて|雲霞《うんか》の|如《ごと》き|大軍《たいぐん》を|送《おく》り、|天地《てんち》も|震動《ゆる》ぐばかりの|言霊《ことたま》を|発射《はつしや》せしめたり。
|茲《ここ》に|常世《とこよ》の|国《くに》のロッキー|城《じやう》に|現《あら》はれたる|大国彦《おほくにひこ》は、|自《みづか》ら|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|偽称《ぎしよう》し、|美山別《みやまわけ》をして、|大雷《おほいかづち》、|黒雷《くろいかづち》、|火雷《ほのいかづち》、|拆雷《さくいかづち》の|勇将《ゆうしやう》を|遣《つか》はし、|数多《あまた》の|魔軍《まぐん》を|指揮《しき》せしめ、|照山彦《てるやまひこ》は|伏雷《ふしいかづち》、|土雷《つちいかづち》の|部将《ぶしやう》を|率《ひき》ゐて|左翼《さよく》となり、|竹島彦《たけしまひこ》は|鳴雷《なるいかづち》、|若雷《わかいかづち》の|部将《ぶしやう》を|率《ひき》ゐて|右翼《うよく》となり、|国玉姫《くにたまひめ》、|田糸姫《たいとひめ》、|杵築姫《きつきひめ》をして|醜女《しこめ》|探女《さぐめ》を|引率《いんそつ》せしめ、|爆弾《ばくだん》、|弓矢《ゆみや》、|槍《やり》、|剣《つるぎ》などの|兇器《きようき》を|以《もつ》て|山上《さんじやう》に|攻《せ》め|登《のぼ》り、|一挙《いつきよ》に|黄泉島《よもつじま》を|占領《せんりやう》せむと|猛虎《まうこ》の|勢《いきほひ》|凄《すさま》じく|攻《せ》め|来《きた》る。
|天《てん》|震《ふる》ひ|地《ち》|動《ゆる》ぎ、|得《え》も|言《い》はれぬ|激戦《げきせん》は|茲《ここ》に|開始《かいし》されける。|桃《もも》の|実《み》に|擬《なぞら》へたる|国玉姫《くにたまひめ》、|田糸姫《たいとひめ》、|杵築姫《きつきひめ》の|婉麗《ゑんれい》|並《なら》びなき|姿《すがた》も、|霊主体従《れいしゆたいじゆう》の|神軍《しんぐん》に|対《たい》しては、その|魔力《まりよく》を|発揮《はつき》するの|術《すべ》|更《さら》になかりけり。
|中空《ちうくう》よりは、|神軍《しんぐん》として|月照彦神《つきてるひこのかみ》、|足真彦神《だるまひこのかみ》、|少彦名神《すくなひこなのかみ》、|弘子彦神《ひろやすひこのかみ》、|雄姿《ゆうし》を|現《あら》はし|神軍《しんぐん》を|指揮《しき》しつつあり。|美山別《みやまわけ》の|軍勢《ぐんぜい》は、この|神軍《しんぐん》の|応援《おうゑん》に|進《すす》み|兼《か》ね、|稍《やや》|躊躇《ちうちよ》の|色《いろ》ありしが、|中空《ちうくう》より|聞《きこ》ゆる|森厳《しんげん》なる|言霊《ことたま》の|響《ひびき》に、|頭《あたま》は|痛《いた》み|胸《むね》は|裂《さ》けむばかり|苦《くる》しみ|悶《もだ》えて、|止《や》むを|得《え》ず|坂《さか》の|上《うへ》より|退却《たいきやく》を|始《はじ》めたれば、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|率《ひき》ゆる|神軍《しんぐん》は、|時《とき》を|移《うつ》さず|比良坂《ひらさか》を|下《くだ》りて、|美山別《みやまわけ》の|魔軍《まぐん》を|追跡《つゐせき》すること|益々《ますます》|急《きふ》なり。|美山別《みやまわけ》の|一隊《いつたい》は、|八種《やくさ》の|雷神《いかづちがみ》に|数万《すうまん》の|魔軍《まぐん》を|添《そ》へて|生命《いのち》|限《かぎ》りに|盛《も》り|返《かへ》し|来《きた》るを、|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|左翼《さよく》|部隊《ぶたい》なる|正鹿山津見《まさかやまづみ》、|駒山彦《こまやまひこ》の|一隊《いつたい》を|割《さ》いて、|迂廻《うくわい》して|魔軍《まぐん》の|背面《うしろ》に|向《むか》はしめたるに、|魔軍《まぐん》は|不意《ふい》の|言霊《ことたま》に|再《ふたた》び|胆《きも》を|抜《ぬ》かれ、|萎縮《ゐしゆく》して|思《おも》はず|大地《だいち》に|俯伏《ふふく》する。|月照彦《つきてるひこ》、|足真彦《だるまひこ》らの|神軍《しんぐん》の|活動《くわつどう》を|称《しよう》して|蒲子《ゑびかづらのみ》|生《な》りきと|云《い》ひ、|駒山彦《こまやまひこ》、|正鹿山津見《まさかやまづみ》の|一隊《いつたい》の|活動《くわつどう》を|称《しよう》して、|湯津津間櫛《ゆづつまぐし》を|引闕《ひきか》きて|投棄《なげう》て|給《たま》へば|乃《すなは》ち|笋《たかむら》|生《な》りきと|云《い》ふなり。
|日《ひ》の|出神《でのかみ》は、|軽々《かるがる》しく|進《すす》み|敵《てき》の|術中《じゆつちう》に|陥《おちい》らむ|事《こと》を|恐《おそ》れ、|此《こ》の|機《き》に|乗《じやう》じて|元《もと》の|本陣《ほんじん》に|大部隊《だいぶたい》の|神軍《しんぐん》を|還《かへ》し、|宣伝歌《せんでんか》を|高唱《かうしやう》して、|敵《てき》の|襲撃《しふげき》に|備《そな》へつつありき。
|美山別《みやまわけ》の|一隊《いつたい》は、ここを|先途《せんど》と|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》し、|魔軍《まぐん》の|力《ちから》を|集中《しふちう》し、|一団《いちだん》となつて|驀地《まつしぐら》に|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|陣営《ぢんえい》に|向《むか》つて|進《すす》み|来《きた》る。|一進一退《いつしんいつたい》、|容易《ようい》に|勝負《しようぶ》も|見《み》えざりける。
|美山別《みやまわけ》は|勝《かち》に|乗《じやう》じ、あらゆる|精巧《せいかう》なる|武器《ぶき》を|以《もつ》て|縦横無尽《じうわうむじん》に|攻《せ》め|寄《よ》せ|来《きた》るを、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|神軍《しんぐん》は、|各自《おのおの》|両刃《もろは》の|剣《つるぎ》を|携《たづさ》へをれども、|素《もと》より|折伏《しやくふく》の|剣《つるぎ》にあらず、|摂取不捨《せつしゆふしや》の|利剣《りけん》なれば、|敵《てき》の|鋒鋩《ほうばう》に|対《たい》しても|容易《ようい》にこれを|用《もち》ゐず、ただ|至誠《しせい》|至実《しじつ》の|言霊《ことたま》を|応用《おうよう》して、これに|対抗《たいかう》するのみ。されども|人《ひと》|盛《さかん》なれば|天《てん》に|勝《か》ち、|悪《あく》は|善《ぜん》を|虐《しひた》げ、|暴《ばう》は|柔《じう》を|苦《くる》しめ、|時《とき》ならずして|神軍《しんぐん》の|形勢《けいせい》は|益々《ますます》|悲境《ひきやう》に|陥《おちい》りぬ。
この|時《とき》|桃上彦《ももがみひこ》の|娘《むすめ》、|松代姫《まつよひめ》、|竹野姫《たけのひめ》、|梅ケ香姫《うめがかひめ》は|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|三人《さんにん》の|女将《めがみ》を|従《したが》へ、|数多《あまた》の|美《うつく》しき|女人《によにん》を|率《ひき》ゐて、|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひながら、|敵《てき》の|陣中《ぢんちう》を|目《め》がけて|長袖《ちやうしう》|淑《しとやか》に|踊《をど》り|舞《ま》ひ|狂《くる》ふにぞ、|遉《さすが》の|魔軍《まぐん》も、|容色端麗《ようしよくたんれい》にして|天女《てんによ》の|如《ごと》き|清楚《せいそ》なる|姿《すがた》に|眼《まなこ》|眩《くら》み、|魂《こん》|奪《うば》はれ、|呆然《ばうぜん》として|各《おのおの》|武器《ぶき》を|地《ち》に|投《な》げ|見《み》つめ|居《ゐ》る。
|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》、|月《つき》、|雪《ゆき》、|花《はな》の|宣伝使《せんでんし》は、|魔軍《まぐん》の|陣中《ぢんちう》を|前後左右《ぜんごさいう》に|飛《と》び|廻《まは》り、|声《こゑ》も|涼《すず》しく|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》へば、|魔軍《まぐん》の|将《しやう》|美山別《みやまわけ》を|始《はじ》めとし、|八種《やくさ》の|雷神《いかづちがみ》に|至《いた》るまで、|女神《めがみ》の|姿《すがた》に|恍惚《くわうこつ》として|戦《たたか》ひの|場《には》にある|事《こと》を|忘《わす》るるに|至《いた》りぬ。|此《この》|間《あひだ》に|日《ひ》の|出神《でのかみ》は、|諸将《しよしやう》を|引率《いんそつ》して|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|坂《さか》の|上《うへ》に|退却《たいきやく》し、ここに|一時《いちじ》|休養《きうやう》せり。|魔軍《まぐん》は|何《いづ》れも|戦《たたか》ふの|力《ちから》なく|平伏《へいふく》するを、|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》|以下《いか》の|女神《めがみ》は、|悠々《いういう》として|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|屯《たむろ》せる|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|坂《さか》の|上《うへ》に|還《かへ》り|来《きた》り、|戦況《せんきやう》を|具《つぶ》さに|奏上《そうじやう》せり。この|時《とき》|空中《くうちう》に|声《こゑ》あり、
『|吾《われ》は|神伊邪那諾命《かむいざなぎのみこと》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》をして|黄泉軍《よもついくさ》を|言向《ことむ》け|和《やは》さしめたれども、|魔軍《まぐん》の|勢《いきほひ》|強《つよ》くして|容易《ようい》にこれを|帰順《きじゆん》せしむ|可《べ》からず。|諸神将卒《しよしんしやうそつ》は|戦《たたか》ひに|労《つか》れ|艱《なや》みたる|折《をり》しも、|汝《なんぢ》|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|桃《もも》の|実《み》|現《あらは》れ|来《きた》りて|魔軍《まぐん》を|言向《ことむ》け|和《やは》し|吾《わが》|神軍《しんぐん》を|救《すく》ひたるは、この|戦《たたか》ひに|於《お》ける|第一《だいいち》の|功名《こうみやう》なり。これより|松《まつ》、|竹《たけ》、|梅《うめ》の|桃《もも》の|実《み》は、|吾《わが》|軍《ぐん》を|助《たす》けたる|如《ごと》く、|世人《せじん》の|悪魔《あくま》に|悩《なや》まされ、|憂瀬《うきせ》に|落《お》ちて|苦《くる》しまむ|者《もの》あらば、|汝《なんぢ》が|言霊《ことたま》を|以《もつ》てこれを|救《すく》へよ。|汝《なんぢ》ら|三柱《みはしら》に|対《たい》して、|意富加牟豆美神《おほかむづみのかみ》といふ|御名《みな》を|賜《たま》ふ』
と|宣《の》らせ|給《たま》ひぬ。
(大正一一・二・二五 旧一・二九 東尾吉雄録)
第二二章 |混々怪々《こんこんくわいくわい》〔四五二〕
|醜《しこ》の|魔風《まかぜ》の|吹《ふ》き|荒《すさ》ぶ、ロッキー|山《ざん》の|山颪《やまおろし》、|大国姫神《おほくにひめのかみ》は|黄泉島《よもつじま》なる|戦《たたか》ひに、|味方《みかた》の|勝《かち》を|美山別《みやまわけ》、|国玉姫《くにたまひめ》の|訪《おとづ》れを、|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》ち|居《ゐ》たる。|時《とき》しもあれや|大空《おほぞら》を、|轟《とどろ》き|渡《わた》る|天《あま》の|磐船《いはふね》、|此処《ここ》|彼処《かしこ》、|円《ゑん》を|描《ゑが》いて|下《くだ》り|来《く》る。|鳴音《なるおと》|高《たか》き|大雷《おほいかづち》、|火雷《ほのいかづち》の|二柱《ふたはしら》、ロッキー|山《ざん》の|城門《じやうもん》に|現《あら》はれ、|門外《もんぐわい》より|門番《もんばん》に|命《めい》じ、|鉄門《かなど》を|左右《さいう》に|開《ひら》かしめ、|息《いき》もせきせき|奥殿《おくでん》|目《め》がけて|進《すす》み|入《い》る。
ロッキー|山《ざん》の|重臣《ぢゆうしん》|武虎別《たけとらわけ》は|進《すす》み|出《い》で、|大雷《おほいかづち》、|火雷《ほのいかづち》の|二将《にしやう》を|見《み》るより、
『オー、|思《おも》ひがけなき|二神《にしん》の|帰城《きじやう》、|黄泉島《よもつじま》の|戦《たたか》ひ、|味方《みかた》の|勝敗《しようはい》|如何《いか》に、|速《すみや》かに|話《はな》されよ』
|大雷《おほいかづち》『|吾々《われわれ》|中途《ちうと》にて|急《いそ》ぎ|帰《かへ》りしは、|余《よ》の|儀《ぎ》にあらず。|黄泉島《よもつじま》の|戦闘《せんとう》は|殆《ほとん》ど|味方《みかた》の|全敗《ぜんぱい》、このまま|打捨《うちす》て|置《お》かば、|敵《てき》の|大将《たいしやう》|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|数多《あまた》の|神軍《しんぐん》を|引連《ひきつ》れ、|黄泉島《よもつじま》は|未《ま》だ|愚《おろか》、|常世《とこよ》の|国《くに》に|攻《せ》め|渡《わた》り、ロッキー|山《ざん》を|占領《せんりやう》し、|吾々《われわれ》をして|根底《ねそこ》の|国《くに》に|追《お》ひ|落《おと》さむは|目睫《もくせふ》の|間《かん》にあり。|貴下《きか》は|速《すみや》かに|此《この》|由《よし》|大神《おほかみ》に|奏上《そうじやう》されよ』
|火雷《ほのいかづち》『|時《とき》|後《おく》れては|一大事《いちだいじ》、|瞬《またた》くひまも|猶予《いうよ》ならず。|早《はや》く|早《はや》く』
と|急《せ》き|立《た》てる。
|武虎別《たけとらわけ》は|何《なん》の|答《いらへ》もなく、そのまま|隔《へだ》ての|襖《からかみ》を|押《お》し|開《ひら》きて|慌《あわただ》しく|奥殿《おくでん》|目《め》がけて|進《すす》み|入《い》りぬ。|後《あと》に|二人《ふたり》は|呆然《ばうぜん》として【もど】かしげに、|大国姫《おほくにひめ》の|出場《しゆつぢやう》を|首《くび》をのばして|今《いま》や|遅《おそ》しと|待《ま》ち|居《ゐ》たるが、|此《この》|時《とき》、|門前《もんぜん》に|何《なん》となく|騒《さわ》がしき|音《おと》|聞《きこ》え|来《きた》る。|二人《ふたり》は|耳《みみ》を|澄《す》まして|其《その》|物音《ものおと》に|聞《き》き|入《い》れば、|国玉姫《くにたまひめ》、|杵築姫《きつきひめ》、|田糸姫《たいとひめ》の|三柱《みはしら》の|美人《びじん》は|悠々《いういう》として|数多《あまた》の|女神《めがみ》を|引連《ひきつ》れ、|此《こ》の|場《ば》に|入《い》り|来《きた》るなりき。|大雷《おほいかづち》は|思《おも》はず|声《こゑ》をかけ、
『ヤア|貴下《きか》ら|三人《さんにん》は|戦《たたか》ひの|真最中《まつさいちう》にも|拘《かか》はらず、|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|場合《ばあひ》、|戦陣《せんぢん》を|捨《す》て、|女々《めめ》しくも|帰《かへ》り|来《きた》れるか。|之《これ》には|深《ふか》き|様子《やうす》のある|事《こと》ならむ、|具《つぶさ》に|物語《ものがた》られよ』
|国玉姫《くにたまひめ》『アツハヽヽ、オホヽヽヽ』
|杵築姫《きつきひめ》『ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ』
|田糸姫《たいとひめ》『イヒヽヽヽ、ホヽヽヽ』
|三人《さんにん》|一同《いちどう》にいやらしき|声《こゑ》を|張《は》りあげ、|敗軍《まけいくさ》も|心《こころ》に|留《と》めざるが|如《ごと》き|気楽《きらく》さうな|笑《わら》ひ|声《ごゑ》に、|大国姫命《おほくにひめのみこと》、|武虎別《たけとらわけ》は|慌《あわただ》しく|出《い》で|来《きた》り、
|大国姫《おほくにひめ》『アイヤ、|汝《なんぢ》は|大雷《おほいかづち》、|火雷《ほのいかづち》にはあらざるか。|天下《てんか》|分目《わけめ》の|此《この》|戦《たたか》ひ、|敵《てき》も|味方《みかた》も|死力《しりよく》を|尽《つく》し、|鎬《しのぎ》をけづる|真最中《まつさいちう》に|帰《かへ》り|来《きた》るは|其《その》|意《い》を|得《え》ず、いぶかしさの|限《かぎ》りなり。また|国玉姫《くにたまひめ》ら|三人《さんにん》のその|笑《わら》ひ|声《ごゑ》は|何事《なにごと》ぞ』
とやや|顔色《かほいろ》を|赭《あか》らめて|問《と》ひかくれば、|大雷《おほいかづち》は|大口《おほぐち》|開《ひら》いて、
『【オ】ホヽヽヽ、|恐《【お】そ》れ|入《い》つたる|御挨拶《ごあいさつ》、|鬼《【お】に》も、|大蛇《【を】ろち》も、|狼《【お】ほかみ》も、|掴《つか》んで|喰《くら》ふ|大雷《【お】ほいかづち》、【オ】メ【オ】メ|帰《かへ》り|来《きた》る|理由《りいう》があらうか。|大勢《【お】ほぜい》の|軍卒《ぐんそつ》を|引連《ひきつ》れながら|腰《こし》を|屈《かが》め、|尾《【を】》を|巻《ま》いて【お】ぢ【お】ぢと|帰《かへ》り|来《きた》る|理由《りいう》はない。|恐《【お】そ》れながら|此《この》|大雷《【お】ほいかづち》は、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御使《【お】んつかひ》|鬼武彦《【お】にたけひこ》の|化神《ばけがみ》なるぞ。|己《【お】》れの|正体《しやうたい》は|判《わか》るまい。|狼狽《うろた》へきつた|其《その》|面付《つらつき》の【を】かしさ。|大国姫命《【お】ほくにひめのみこと》も、|畏《【お】そ》れ|多《【お】ほ》くも、|伊邪那美神《いざなみのかみ》をさし|措《【お】》き|伊邪那美大神《いざなみの【お】ほかみ》と|偽《いつは》り、この|世《よ》を|誑《たばか》る|大曲津《【お】ほまがつ》の|張本《ちやうほん》、この|侭《まま》にしては【オ】ヽ|置《【お】》くものか。ヤイ、もうそんな|馬鹿《ばか》な|芸当《げいたう》は【お】け【お】け。【を】こがましくも、ロッキー|山《ざん》の|魔神《まがみ》の【お】|里《さと》にあり。|押《【お】》しも|押《【お】》されもせぬ|日《ひ》の|出神《でのかみ》に|敵対《てきた》ふとは、|分《ぶん》に|過《す》ぎたる|汝《なんぢ》の|企《たく》み、|今後《こんご》は|三五教《あななひけう》の|教《をしへ》を|守《まも》り、ソンナ|恐《【お】そ》ろしい|計画《たくみ》を|致《いた》すでないぞ。|何《なん》だツ、【お】|多福面《たふくづら》をしよつて、【おつ】に|構《かま》へて|大国姫《【お】ほくにひめ》の|贋神《にせがみ》が、|伊邪那美命《いざなみのみこと》なぞとは|尻《けつ》が|呆《あき》れるワイ。|根《ね》の|国《くに》|底《そこ》の|国《くに》に|落《【お】》ちて|怖《【お】そ》ろしい|責苦《せめく》に|遇《あ》へば、|如何《いか》に【お】|転婆《てんば》の|其《その》|方《はう》も、|多寡《たくわ》が|女《【を】んな》の|弱腰《よわごし》、|鬼《【お】に》の|鉄棒《かなぼう》や|斧《【を】の》を|以《もつ》て|追《【お】》ひまくられては、【お】|前《まへ》の|逃《に》げ|場所《ばしよ》もあるまい。【オ】メ【オ】メと|根底《ねそこ》の|国《くに》で|恥《はぢ》を|掻《か》くより、|今《いま》の|中《うち》に|心《こころ》を|改《あらた》め、|面白《【お】もしろ》くない|計画《たくみ》を|止《や》めて|祖神様《【お】やがみさま》に|従《したが》へ。さう|致《いた》せば【お】|前《まへ》の|罪《つみ》は|追《【お】》ひ|追《【お】》ひと|赦《ゆる》されるであらう。|大雷《【お】ほいかづち》と|見《み》えたるは|大《【お】ほ》きな|間違《まちが》ひ、|鬼武彦《【お】にたけひこ》が|千変万化《せんぺんばんくわ》の|活動《くわつどう》だ。アハヽヽヽ』
|火雷《ほのいかづち》『【ホ】ヽヽヽ、|呆《【ほ】う》けた|面《つら》して【ホ】ロ【ホ】ロと、|涙《なみだ》をこぼして|其《その》|態《ざま》は|何《なん》だ、|今迄《いままで》の|悪《わる》い【たくみ】を【ホ】ホ、【ホ】ウキで|掃《は》いた|様《やう》に、さつぱりと|放《【ほ】か》して|終《しま》へ。|伊邪那美神《いざなみのかみ》と|甘《うま》く|化《ば》けおほせ、これで|大丈夫《だいぢやうぶ》だと【ほ】くそ|笑《ゑみ》をして|居《ゐ》た|其《その》|方《【は】う》、|何《なに》【ほ】ど|自分《じぶん》の|力《ちから》に|呆《【ほ】う》けて|誇《【ほ】こ》つて|居《ゐ》ても、ごうたくを|吐《【ほ】ざ》いても、|貴様《きさま》の|欲《【ほ】》しい|黄泉島《よもつじま》は|中々《なかなか》|以《もつ》て|手《て》に|入《い》らぬぞ、|細引《【ほ】そびき》の|褌《ふんどし》だ。あつちに|外《はづ》れ、こつちに|外《はづ》れ|致《いた》して【ボ】タ|餅《もち》は|棚《たな》から|落《お》ちて|来《こ》ないぞ、|発根《【ほ】つこん》から|改心《かいしん》|致《いた》さばよし、|大《おほ》きな|布袋《【ほ】て》つ|腹《ぱら》を|拘《かか》へて、|何《なに》を|企《たく》んでも【ホ】コトンばかりだ、|時鳥《【ほ】ととぎす》だ。|八千八声《はつせんやこゑ》の|血《ち》を|吐《は》いて、|苦《くる》しみ|藻掻《もが》き、|誉《【ほ】まれ》|処《どころ》か|法螺《【ほ】ら》の|抜《ぬ》け|殻《がら》、|穴《あな》でも|掘《【ほ】》つて、すつ|込《こ》まねばならぬやうな|恥《はづ》かしいことが|出来《でき》て、【ホ】ロ【ホ】ロと|涙《なみだ》をこぼし、|天地《てんち》の|神《かみ》には|放棄《【ほ】か》され、|取返《とりかへ》しのならぬ|事《こと》が|出来《しゆつたい》いたすぞ。|改心《かいしん》いたすなら|今《いま》ぢや。【ホ】ヽヽヽ|火雷《【ほ】のいかづち》とは|真赤《まつか》な|偽《いつは》り、われは|火産霊神《【ほ】のむすびのかみ》だ。よつくわが|面《つら》を|見《み》て|置《お》けよ。アツハヽヽハー』
|国玉姫《くにたまひめ》『【オ】ホヽヽヽ、|淤縢山津見《【お】どやまづみ》がやつて|来《き》て、ロッキー|城《じやう》を|撹《【か】》き|乱《みだ》し、|固虎彦《【か】たとらひこ》が|仇《【か】たき》の|間者《【か】んじや》となつて、|汝《なんぢ》が|計画《たくみ》を|根本《こんぽん》よりひつくり|覆《【か】へ》す|其《その》|謀計《たくみ》に|気《き》の|付《つ》かざる|馬鹿神《ば【か】がみ》ども、アハヽヽヽハー、|呆《【あ】き》れ|蛙《かへる》の|面《つら》の|水《みづ》だ。|阿呆《【あ】ほう》|阿呆《【あ】ほう》と|朝《【あ】さ》から|晩《ばん》まで、|峰《みね》の|烏《からす》が|鳴《な》き|渡《わた》る。【ア】フンとするは|目《ま》の【あ】たり』
|田糸姫《たいとひめ》『【ウ】フヽヽ、【ウ】ラル|教《けう》に|欺《だま》されて|動《【う】ご》きの|取《と》れぬ|黄泉島《よもつじま》の|戦《たたか》ひ、【エ】ヘヽヽ、【エ】ンマが|罪人《ざいにん》の|戸籍《こせき》を|調《しら》べるやうな|得体《【え】たい》の|知《し》れぬ【えぐい】|面付《つらつ》き。【エ】ヘヽヽヽ』
|杵築姫《きつきひめ》『【イ】ツヒヽヽヽ、|伊邪那美命《【い】ざなみのみこと》などと、【い】い|加減《かげん》な|法螺《ほら》を|吹《ふ》いて、|威張《【ゐ】ば》り|散《ち》らした|大国姫《おほくにひめ》、|一寸先《いつすんさき》は|真暗《まつくら》がり、|今《【い】ま》に|化《ばけ》の|皮《かは》が|現《あら》はれるぞ。|大雷《おほいかづち》、|火雷《ほのいかづち》も、|国玉姫《くにたまひめ》も、|田糸姫《たいとひめ》も、|杵築姫《きつきひめ》も、|残《のこ》らずお|化《ばけ》と|大馬鹿者《おほばかもの》と|一《ひと》つになつた|此《こ》の|芝居《しばゐ》、|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|桃《もも》の|実《み》も、|今《【い】ま》はさつぱり|虫《むし》が|喰《く》うて|気《き》の|毒《どく》な|次第《しだい》なりだ。|本当《ほんたう》の|国玉《くにたま》、|杵築《きつき》、|田糸《たいと》の|三人《さんにん》は、|比良坂《ひらさか》に|於《おい》て、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|神軍《しんぐん》の|言霊《ことたま》に|悩《なや》まされ、|肝腎《かんじん》の|国玉姫《くにたまひめ》はキツキ|目《め》に|遇《あ》はされて|頭《あたま》を|割《わ》られ、|腕《うで》をくじかれ、【イ】タイ、【イ】タイと|半死半生《はんしはんしやう》、|見《み》るも|哀《あは》れな|次第《しだい》であるぞよ。【イ】ヒヽヽヽ、|命《【い】のち》あつての|物種《ものだね》だ。|一時《【い】つとき》も|早《はや》く|魂《たま》を|入《【い】》れ|換《か》へ|致《いた》すがよからう。コンコンコンコンカイカイカイ』
|忽《たちま》ち|五人《ごにん》の|男女《だんぢよ》は|牛《うし》の|如《ごと》く|大《だい》なる|白狐《びやくこ》となり、|大国姫《おほくにひめ》、|武虎別《たけとらわけ》|目《め》がけて|飛《と》び|付《つ》かむとする。この|時《とき》またもや|門前《もんぜん》|騒《さわ》がしく、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|御来場《ごらいぢやう》と|先導者《せんだうしや》の|声《こゑ》、|城《しろ》の|内外《ないぐわい》に|響《ひび》き|来《きた》る。
(大正一一・二・二五 旧一・二九 藤津久子録)
第二三章 |神《かみ》の|慈愛《じあい》〔四五三〕
|大国姫命《おほくにひめのみこと》は、|武虎別《たけとらわけ》と|共《とも》に、|此《この》|場《ば》の|怪《あや》しき|光景《くわうけい》に|胆《きも》を|奪《うば》はれ、|呆然《ばうぜん》として|何《なん》の|辞《ことば》もなく|佇《たたず》み|居《ゐ》る|折《をり》しも、|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|称《しよう》する|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》は、|四五《しご》の|従者《じうしや》と|共《とも》に|此《こ》の|場《ば》に|現《あら》はれ|来《きた》り、
『ヤア、ロッキー|城《じやう》は|大変《たいへん》な|事《こと》が|起《おこ》つて|来《き》た。|常世城《とこよじやう》|常世神王《とこよしんわう》、|数多《あまた》の|軍勢《ぐんぜい》を|引連《ひきつ》れ|叛逆《はんぎやく》を|企《くはだ》て、|味方《みかた》に|於《おい》ては|淤縢山津見《おどやまづみ》、|固虎彦《かたとらひこ》を|以《もつ》て|之《これ》に|当《あた》らしめ|居《を》れども、|始終《しじう》の|勝利《しようり》は|覚束《おぼつか》なし。|汝《なんぢ》|大国姫《おほくにひめ》、|今《いま》より|秘《ひそ》かに|黄泉島《よもつじま》に|渡《わた》り|伊弉冊尊《いざなみのみこと》と|称《しよう》して|出陣《しゆつぢん》し、|味方《みかた》の|士気《しき》を|鼓舞《こぶ》し|以《もつ》て|大勝利《だいしようり》を|博《はく》し、|神軍《しんぐん》を|追払《おつぱら》へよ。|然《しか》らば|如何《いか》に|広国別《ひろくにわけ》|勢《いきほひ》|猛《たけ》く|攻《せ》め|来《きた》るとも、|汝《なんぢ》が|武威《ぶゐ》に|恐《おそ》れて|忽《たちま》ち|降服《かうふく》せむ。|本城《ほんじやう》に|立籠《たてこも》り、|暗々《やみやみ》|広国別《ひろくにわけ》に|滅《ほろ》ぼされむは|策《さく》の|得《え》たるものに|非《あら》ず。|吾《われ》は|是《これ》より|本城《ほんじやう》に|止《とどま》りて、|寄《よ》せ|来《く》る|敵《てき》を|待《ま》ち|討《う》たむ。|汝《なんぢ》は|一時《いちじ》も|早《はや》く|黄泉島《よもつじま》に|向《むか》へ』
|大国姫《おほくにひめ》『|委細《ゐさい》|承知《しようち》|仕《つかまつ》りました。|併《しか》しながら|怪事《くわいじ》|多《おほ》き|此《この》|城中《じやうちう》、|十二分《じふにぶん》の|御注意《ごちうい》あれ』
と|言《い》ひ|棄《す》て、|天《あま》の|磐船《いはふね》に|乗《の》りて|天空《てんくう》を|轟《とどろ》かしながら、|四五《しご》の|従兵《じうへい》と|共《とも》に、|黄泉島《よもつじま》に|向《むか》つて|急《いそ》ぎ|進《すす》み|行《ゆ》く。
この|時《とき》|又《また》もや|門外《もんぐわい》|騒《さわ》がしく、|淤縢山津見《おどやまづみ》は、|固山彦《かたやまひこ》と|共《とも》に|周章《あわただ》しく|入《い》り|来《きた》り、
『|日《ひ》の|出神《でのかみ》に|申上《まをしあ》げます。ロッキー|城《じやう》は、|最早《もはや》|刀《かたな》|折《を》れ|矢《や》|尽《つ》き、|遂《つひ》に|敵《てき》の|占領《せんりやう》する|所《ところ》となりました』
|日出神《ひのでのかみ》『エヽ|腑甲斐《ふがひ》なき|奴輩《やつばら》|奴《め》。|吾《われ》は|是《これ》より|広国別《ひろくにわけ》の|軍《ぐん》に|向《むか》ひ|勝敗《しようはい》を|決《けつ》せむ。|淤縢山津見《おどやまづみ》、|固虎《かたとら》、|吾《われ》に|続《つづ》け』
と|言《い》ひながら、|駿馬《しゆんめ》に|跨《またが》り、|威風《ゐふう》|凛々《りんりん》として|少数《せうすう》の|軍卒《ぐんそつ》を|率《ひき》ゐ、ロッキー|山城《さんじやう》を|後《あと》に|見《み》て、ロッキー|城《じやう》に|向《むか》つて|駆《か》けつくる。
ロッキー|城《じやう》に|致《いた》り|見《み》れば、|表門《おもてもん》は|開放《かいはう》され、|一人《ひとり》の|敵軍《てきぐん》もなければ|味方《みかた》の|影《かげ》もなし。|贋《にせ》|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|怪《あや》しみながら、|将卒《しやうそつ》を|率《ひき》ゐて|四方《しはう》に|心《こころ》を|配《くば》りつつ|奥深《おくふか》く|進《すす》み|入《い》る。|見《み》れば、|狐《きつね》の|声《こゑ》|四方《しはう》|八方《はつぱう》より、
『|狐々怪々《こんこんくわいくわい》』
|寂《せき》として|人影《ひとかげ》もなし。
|日出神《ひのでのかみ》『|合点《がてん》の|行《ゆ》かぬ|今《いま》の|鳴声《なきごゑ》。アイヤ、|淤縢山津見《おどやまづみ》、|固虎彦《かたとらひこ》、|残《のこ》る|隅《くま》なく|捜索《そうさく》せよ』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『オー、|吾《われ》こそは|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、|今《いま》まで|汝《なんぢ》が|味方《みかた》と|云《い》ひしは、|汝《なんぢ》の|悪逆無道《あくぎやくぶだう》を|懲《こら》さむ|為《ため》なり。サア、|斯《か》くなる|以上《いじやう》は|尋常《じんじやう》に|降服《かうふく》するか』
『エヽ』
|固山彦《かたやまひこ》『|汝《なんぢ》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|名《な》を|偽《いつは》り、ロッキー|城《じやう》に|立籠《たてこも》り、|神界《しんかい》の|経綸《けいりん》を|根底《こんてい》より|破壊《はくわい》せむとせし|悪鬼《あくき》|羅刹《らせつ》の|張本《ちやうほん》、|斯《か》くなる|以上《いじやう》は、|隠《かく》るるとも|逃《に》ぐるとも、|最早《もはや》|力《ちから》|及《およ》ばぬ。|覚悟《かくご》を|致《いた》せ』
|日出神《ひのでのかみ》『ヤー|残念《ざんねん》|至極《しごく》、|大国姫《おほくにひめ》は|黄泉島《よもつじま》に|向《むか》つて|進軍《しんぐん》し、|部下《ぶか》の|勇将《ゆうしやう》|猛卒《まうそつ》は、|或《あるひ》は|出陣《しゆつぢん》し|或《あるひ》は|遁走《とんそう》し、|今《いま》はわが|身《み》|一《ひと》つの、|如何《いかん》とも|術《すべ》なし。サア、|汝等《なんぢら》|斬《き》るなら|斬《き》れよ、|殺《ころ》すなら|殺《ころ》せよ』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『アイヤ|贋《にせ》|日《ひ》の|出神《でのかみ》、よつく|聴《き》け。|天地《てんち》の|神明《しんめい》は|愛《あい》を|以《もつ》て|心《こころ》となし|給《たま》ふ。|吾々《われわれ》|人間《にんげん》として|如何《いかん》ともなし|難《がた》きは|空気《くうき》と|水《みづ》と|死《し》とである。|死《し》するも|生《い》くるも|神《かみ》の|御心《みこころ》だ。|徒《いたづら》に|汝《なんぢ》が|如《ごと》き|命《いのち》を|奪《うば》ひて|何《なん》の|効《かう》かあらむ。|仮令《たとへ》|肉体《にくたい》は|死《し》するとも、|汝《なんぢ》の|霊《れい》は|再《ふたた》び|悪鬼《あくき》となりて|天下《てんか》に|横行《わうかう》し、|妖邪《えうじや》を|行《おこな》ふは|目《め》に|見《み》るが|如《ごと》し。|吾《われ》は|汝《なんぢ》の|生命《いのち》を|奪《うば》ひて|以《もつ》て|事足《ことたる》れりとなすものでない。|汝《なんぢ》が|霊魂中《れいこんちう》に|割拠《かつきよ》せる|悪霊《あくれい》を|悔《く》い|改《あらた》めしめ、|或《あるひ》は|退去《たいきよ》せしめ、|改過遷善《かいくわせんぜん》の|実《じつ》を|挙《あ》げさせむと|欲《ほつ》するのみ。|三五教《あななひけう》は|汝《なんぢ》らの|主張《しゆちやう》の|如《ごと》き、|武器《ぶき》を|以《もつ》て|人《ひと》を|征服《せいふく》し、|或《あるひ》は|他国《たこく》を|略奪《りやくだつ》するものにあらず。|至仁《しじん》|至愛《しあい》の|神《かみ》の|教《をしへ》、よつく|耳《みみ》を|洗《あら》つて|聴聞《ちやうもん》せよ』
『オー、|小賢《こざか》しき|汝《なんぢ》の|言葉《ことば》、|聞《き》く|耳《みみ》|持《も》たぬ。|斯《か》くなる|以上《いじやう》は|最早《もはや》|吾等《われら》の|運《うん》の|尽《つき》、|鍛《きた》へに|鍛《きた》へし|都牟刈太刀《つむがりのたち》を|味《あぢ》はつて|見《み》よ』
と|言《い》ふより|早《はや》く、|太刀《たち》をズラリと|引《ひ》き|抜《ぬ》いて、|淤縢山津見《おどやまづみ》、|固山彦《かたやまひこ》に|斬《き》つて|掛《か》かるその|勢《いきほひ》|凄《すさま》じく、|恰《あたか》も|阿修羅王《あしゆらわう》の|荒《あ》れ|狂《くる》ふが|如《ごと》し。|淤縢山津見《おどやまづみ》、|固山彦《かたやまひこ》は|剣《つるぎ》の|下《した》をくぐり、|一目散《いちもくさん》に|表門《おもてもん》|指《さ》して|逃《に》げ|出《いだ》す。
|日出神《ひのでのかみ》『ヤア、|卑怯《ひけふ》|未練《みれん》な|奴《やつ》。ナゼ|尋常《じんじやう》に|勝負《しようぶ》を|致《いた》さぬか』
|固山彦《かたやまひこ》『エヽ|残念《ざんねん》だ、|淤縢山津見《おどやまづみ》さま、|如何《いか》に|三五教《あななひけう》の|玉《たま》の|教《をしへ》なればとて、|斯《かく》の|如《ごと》き|侮辱《ぶじよく》を|受《う》けながら、|旗《はた》を|捲《ま》き|鋒《ほこ》を|納《をさ》めて、この|場《ば》を|逃《に》ぐるは|卑怯《ひけふ》と|見《み》られませう。|変事《へんじ》に|際《さい》して|剣《つるぎ》の|威徳《ゐとく》を|現《あら》はすは、|神《かみ》も|許《ゆる》し|給《たま》ふべし』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『イヤイヤ、|至仁《しじん》|至愛《しあい》の|神《かみ》の|心《こころ》を|以《もつ》て|吾《われ》は|此《この》|場《ば》を|逃《に》ぐるなり。|竜虎《りうこ》|共《とも》に|戦《たたか》はば|勢《いきほ》ひ|互《たがひ》に|全《まつた》からず。|彼《かれ》を|斬《き》るか、|斬《き》らるるか、|彼《かれ》も|神《かみ》の|子《こ》、|吾《われ》も|神《かみ》の|子《こ》、|神《かみ》の|御子《みこ》|同士《どうし》|傷《きず》つけ|合《あ》ふは、|親神《おやがみ》に|対《たい》して|申訳《まをしわけ》なし。|暫《しばら》く|彼《かれ》が|鋭鋒《えいほう》を|避《さ》けて、|更《あらた》めて|時《とき》を|窺《うかが》ひ|悔《く》い|改《あらた》めしめむと|思《おも》ふ』
『エヽ|三五教《あななひけう》は|誠《まこと》に|以《もつ》て|行《や》り|難《にく》い|教《をしへ》であるワイ』
と|地団駄《ぢだんだ》|踏《ふ》んで|口惜《くや》しがる。|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|見《み》え|隠《がく》れに|後《あと》をつけ|来《きた》り、この|話《はなし》を|聞《き》いて|大《おほ》いに|驚《おどろ》き、|思《おも》はず、
『ワツ』
とばかり|泣《な》き|伏《ふ》しにける。
|固山彦《かたやまひこ》『ヤア、なんだか|暗《くら》がりに|泣声《なきごゑ》が|致《いた》しますよ』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『さうだなア、|何《なん》だか|妙《めう》な|泣声《なきごゑ》だ、よく|似《に》た|声《こゑ》だ。ヤア、|暗中《あんちう》に|泣《な》き|叫《さけ》ぶは|何人《なんびと》なるぞ』
|暗中《あんちう》より、
『|私《わたくし》は|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|名《な》を|偽《いつは》つた|大国彦《おほくにひこ》であります。|只今《ただいま》|貴方《あなた》の|仁慈《じんじ》に|富《と》める|御言葉《おことば》を|聞《き》いて、|感涙《かんるい》に|咽《むせ》び|思《おも》はず|泣《な》きました。|私《わたくし》は|今迄《いままで》の|悪《あく》を|翻然《ほんぜん》として|悔《く》い|改《あらた》めます。どうぞ|御赦《おゆる》し|下《くだ》さいませ』
|淤縢山津見《おどやまづみ》『ホー、|満足々々《まんぞくまんぞく》、|斯《か》くならば|敵《てき》も|味方《みかた》もない、|全《まつた》く|兄弟《きやうだい》だ。|兄弟《きやうだい》を|助《たす》けたさに、|吾《われ》は|宣伝使《せんでんし》となつて|苦労《くらう》を|致《いた》して|居《ゐ》るのだ。|貴方《あなた》の|知《し》らるる|如《ごと》く、|吾《われ》も|旧《もと》は|大逆無道《たいぎやくぶだう》の|醜国別《しこくにわけ》、|神《かみ》の|仁慈《じんじ》の|雨《あめ》に|浴《よく》し、|悔《く》い|改《あらた》めて|宣伝使《せんでんし》となりし|者《もの》、かくなる|上《うへ》は|貴下《きか》と|共《とも》に|是《これ》より|常世城《とこよじやう》に|進《すす》み、|常世神王《とこよしんわう》|広国別《ひろくにわけ》を|神《かみ》の|教《をしへ》に|帰順《きじゆん》せしめむ』
|固山彦《かたやまひこ》『ヤア、|流石《さすが》は|淤縢山津見《おどやまづみ》さま、|本当《ほんたう》に|感心《かんしん》だ。|実地《じつち》の|良《よ》い|教訓《けうくん》を|受《う》けました。サアサア|日《ひ》の|出神《でのかみ》……ではない|大国彦《おほくにひこ》|殿《どの》、これより|常世城《とこよじやう》に|向《むか》ひませう』
|嚇《おど》し|上手《じやうず》の|淤縢山津見《おどやまづみ》、|固《かた》い|一方《いつぱう》の|固山彦《かたやまひこ》、|目《め》から|火《ひ》の|出《で》る|日《ひ》の|出神《でのかみ》の、|意外《いぐわい》な|憂目《うきめ》に|大国彦《おほくにひこ》、|今《いま》は|全《まつた》く|悔《く》い|改《あらた》めて、|心《こころ》の|駒《こま》も|勇《いさ》み|立《た》ち、|三人《さんにん》|一同《いちどう》に|連銭葦毛《れんぜんあしげ》の|駿馬《しゆんめ》に|跨《またが》り、|魔神《まがみ》の|猛《たけ》る|常世《とこよ》の|暗《やみ》の|常世城《とこよじやう》、|群《むら》がる|敵《てき》を|物《もの》ともせず、|神《かみ》を|力《ちから》に|信仰《しんかう》を|杖《つゑ》に、|生死《せいし》の|境《さかひ》を|超越《てうゑつ》し、|勇気《ゆうき》を|鼓《こ》して|敵《てき》の|群衆《ぐんしう》に|向《むか》つて、|馬《うま》の|蹄《ひづめ》の|音《おと》|勇《いさ》ましく、ハイヨーハイヨと|鞭《むち》を|加《くは》へて|進《すす》み|行《ゆ》く。
|竹山彦《たけやまひこ》その|他《た》の|部将《ぶしやう》は、この|光景《くわうけい》を|見《み》て、|抵抗《ていかう》するかと|思《おも》ひの|外《ほか》、|馬上《ばじやう》より、
『ヤア、|大国彦命《おほくにひこのみこと》、ウローウロー、|目出度《めでた》しめでたし、|一時《いちじ》も|早《はや》く|奥殿《おくでん》に|入《い》らせられよ』
と|案《あん》に|相違《さうゐ》の|挨拶《あいさつ》ぶり、|大国彦《おほくにひこ》は|怪訝《けげん》の|念《ねん》に|駆《か》られながら、|淤縢山津見《おどやまづみ》、|固山彦《かたやまひこ》と|共《とも》に、|馬上《ばじやう》ゆたかに|奥《おく》へ|奥《おく》へと|進《すす》み|行《ゆ》く。|今《いま》まで|雲霞《うんか》の|如《ごと》き|大軍《たいぐん》と|見《み》えしは、|夢《ゆめ》|幻《まぼろし》と|消《き》え|失《う》せて|跡形《あとかた》もなく、|奥殿《おくでん》には|嚠喨《りうりやう》たる|音楽《おんがく》|響《ひび》き|渡《わた》り|爽快《さうくわい》|身《み》に|迫《せま》る。|一同《いちどう》は|奥《おく》の|間《ま》に|端坐《たんざ》し、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|宣伝歌《せんでんか》を|唱《とな》ふ。
|是《これ》よりロッキー|城《じやう》も|常世《とこよ》の|城《しろ》も、|十曜《とえう》の|神旗《しんき》|翻《ひるが》へり、|神徳《しんとく》を|讃美《さんび》する|声《こゑ》|天地《てんち》に|響《ひび》き、|常世国《とこよのくに》は|一時《いちじ》|天国《てんごく》|楽園《らくゑん》と|化《くわ》したるぞ|目出度《めでた》けれ。
(大正一一・二・二五 旧一・二九 松村真澄録)
第二四章 |言向和《ことむけやはし》〔四五四〕
|善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわけ》る |遠《とほ》き|神代《かみよ》の|大峠《おほたうげ》
|黄泉《よもつ》の|島《しま》の|戦《たたか》ひに |弱《よわ》りきつたる|美山別《みやまわけ》
|国玉姫《くにたまひめ》の|部下《ぶか》たちは |朝日《あさひ》|輝《かがや》く|日《ひ》の|出神《でのかみ》の
|味方《みかた》の|軍《いくさ》に|艱《なや》まされ |天地《てんち》に|轟《とどろ》く|言霊《ことたま》の
|貴《うづ》の|力《ちから》に|這々《はふはふ》の|体《てい》 |悶《もだ》え|苦《くる》しむ|折《をり》からに
|黒雲《くろくも》|塞《ふさ》がる|大空《おほぞら》を |轟《とどろ》かしつつ|舞《ま》ひ|降《くだ》る
|磐樟船《いはくすふね》の|刻々《こくこく》に |地上《ちじやう》に|向《むか》つて|降《くだ》り|来《く》る
|大国姫《おほくにひめ》を|神伊邪那美大神《かむいざなみのおほかみ》と |敵《てき》や|味方《みかた》を|偽《いつは》りて
|日頃《ひごろ》|企《たく》みし|枉業《まがわざ》を |遂《と》げむとするぞ|浅《あさ》ましき。
|神軍《しんぐん》の|言霊《ことたま》に|魂《たましひ》を|抜《ぬ》かし、|胆《きも》を|挫《くじ》かれ、|腰《こし》を|抜《ぬ》かした|醜女《しこめ》|探女《さぐめ》の|悪神《あくがみ》|等《たち》は、|泥《どろ》に|酔《よ》うたる|鮒《ふな》の|如《ごと》く、|毒酒《どくざけ》に|酔《ゑ》うた|猩々《しやうじやう》の|如《ごと》く、|骨《ほね》も|筋《すぢ》も|菎蒻然《こんにやくぜん》と|悶《もだ》え|苦《くる》しむ|其《その》|処《ところ》へ、|常世《とこよ》の|国《くに》の|総大将《そうだいしやう》、|神伊邪那美神《かむいざなみのかみ》の|御出陣《ごしゆつぢん》と|聞《き》いて、|再《ふたた》び|元気《げんき》を|盛《も》り|返《かへ》し、|八種《やくさ》の|雷神《いかづちがみ》を|始《はじ》めとし、|百千万《ももちよろづ》の|魔軍《まぐん》は|一度《いちど》にどつと|鬨《とき》をつくつて、|黄泉比良坂《よもつひらさか》|指《さ》して|破竹《はちく》の|如《ごと》くに|攻《せ》め|登《のぼ》る。
「ウロー、ウロー」の|叫《さけ》び|声《ごゑ》、|天地《てんち》も|震撼《しんかん》するばかりにて、|天津御空《あまつみそら》は|黒雲《くろくも》|益々《ますます》|濃厚《のうこう》となり、|雷霆《いかづち》|鳴《な》り|轟《とどろ》き、|大地《だいち》は|震動《しんどう》し、|海嘯《つなみ》は|山《やま》の|中央《ちうあう》までも|襲《おそ》ひ|来《きた》り、|黄泉《よもつ》の|国《くに》か、|根《ね》の|国《くに》か、|底《そこ》の|判《わか》らぬ|無残《むざん》の|光景《くわうけい》に、|美山別《みやまわけ》、|国玉姫《くにたまひめ》は、
『|常世《とこよ》の|国《くに》の|興亡《こうばう》|此《この》|一挙《いつきよ》にあり』
と、|部下《ぶか》の|魔軍《まぐん》を|励《はげ》まして、
『|進《すす》め|進《すす》め』
と|下知《げち》すれば、|命《いのち》|知《し》らずの|魔軍《まいくさ》は、|醜女《しこめ》|探女《さぐめ》を|先頭《せんとう》に、|心《こころ》の|闇《やみ》に|迷《まよ》ひつつ、|力《ちから》|限《かぎ》りに|戦《たたか》ひける。
|爆弾《ばくだん》の|響《ひび》き、|砲《つつ》の|音《おと》、|矢《や》の|通《かよ》ふ|音《おと》は、|暴風《ばうふう》の|声《こゑ》と|相和《あひわ》して|益々《ますます》|凄《すさま》じくなり|来《きた》る。
|此《こ》の|時《とき》|日《ひ》の|出神《でのかみ》は|比良坂《ひらさか》の|坂《さか》の|上《うへ》に|立《た》ちて、|攻《せ》め|登《のぼ》り|来《く》る|数万《すうまん》の|魔軍《まぐん》に|向《むか》ひ、
『|神伊邪那岐大神《かむいざなぎのおほかみ》、|神伊邪那美大神《かむいざなみのおほかみ》、|守《まも》らせ|給《たま》へ。|常世《とこよ》の|国《くに》より|疎《うと》び|荒《すさ》び|来《きた》る|黄泉神《よもつがみ》、|大国姫《おほくにひめ》の|伊邪那美命《いざなみのみこと》に|一泡《ひとあわ》|吹《ふ》かせ、|心《こころ》の|曲《まが》を|払《はら》ひ|去《さ》り、|皇大神《すめおほかみ》の|神嘉言《かむよごと》の|声《こゑ》に|邪《まが》の|心《こころ》を|照《てら》させ|給《たま》へ。|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》の|神《かみ》|等《たち》よ、|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|一《ひと》つ|炬《び》を、|天地《てんち》に|照《てら》すは|今《いま》この|時《とき》ぞ。|許《ゆる》させ|給《たま》へ』
と|云《い》ふより|早《はや》く、|姿《すがた》は|消《き》えて|巨大《きよだい》なる|大火球《たいくわきう》と|変《へん》じ、|魔軍《まぐん》の|頭上《づじやう》に|向《むか》つて|唸《うな》りを|立《た》て、|前後左右《ぜんごさいう》に|飛《と》び|廻《まは》るにぞ、|数多《あまた》の|魔軍《まぐん》は、|神光《しんくわう》に|照《てら》されて|眼《まなこ》|眩《くら》み、|炬《ひ》の|唸《うな》りに|頭《あたま》|痛《いた》み、|耳《みみ》|痺《しび》れ、|身体《しんたい》|忽《たちま》ち|強直《きやうちよく》して|化石《くわせき》の|如《ごと》く、|幾万《いくまん》の|立像《りつざう》は|大地《だいち》の|砂《すな》の|数《かず》の|如《ごと》くに|現《あら》はれける。
|正鹿山津見《まさかやまづみ》は|涼《すず》しき|声《こゑ》を|張《は》りあげて、
『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立別《たてわけ》る
|此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》 |心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》
|只《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は |直日《なほひ》に|見直《みなほ》せ|聞《き》き|直《なほ》せ
|身《み》の|過失《あやまち》は|宣《の》り|直《なほ》せ |黄泉《よもつ》の|島《しま》は|善悪《ぜんあく》の
|道《みち》を|隔《へだ》つる|大峠《おほたうげ》 |言問《ことと》ひわたす|神々《かみがみ》の
|誠《まこと》の|道《みち》を|千代《ちよ》|八千代《やちよ》 |定《さだ》むる|世界《せかい》の|大峠《おほたうげ》
|鬼《おに》も|大蛇《をろち》も|曲津見《まがつみ》も |言問《ことと》ひ|和《やは》す|言問岩《ことどいは》
|此《この》|坂《さか》の|上《へ》に|塞《さや》りたる |千引《ちびき》の|岩《いは》は|神《かみ》の|世《よ》と
|邪曲世《まがよ》を|隔《へだ》つる|八重《やへ》の|垣《かき》 |出雲《いづも》|八重垣《やへがき》|妻《つま》ごみに
|八重垣《やへがき》|造《つく》る|神《かみ》の|国《くに》 ソモ|伊邪那美《いざなみ》の|大神《おほかみ》と
|詐《いつは》り|来《きた》る|曲神《まがかみ》の |大国姫《おほくにひめ》よ|国姫《くにひめ》よ
|汝《なれ》が|命《みこと》は|幽界《かくりよ》の |黄泉醜女《よもつしこめ》を|悉《ことごと》く
|言向《ことむ》け|和《やは》せ|現世《うつしよ》を あとに|見捨《みす》てて|帰《かへ》り|行《ゆ》く
|百《もも》の|霊魂《みたま》を|守《まも》れかし |黄泉《よもつ》の|国《くに》に|出《い》でまして
|一日《ひとひ》に|千人《ちひと》|八千人《やちひと》の |落《お》ち|行《ゆ》く|魂《たま》を|和《なご》めつつ
|現《うつつ》の|国《くに》に|来《きた》らじと |黄泉《よみ》の|鉄門《かなど》をよく|守《まも》れ
|神伊邪那岐《かむいざなぎ》の|大神《おほかみ》の |生成化育《せいせいくわいく》の|御徳《おんとく》に
|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|現《あら》はれて |一日《ひとひ》に|千五百《ちいほ》の|人草《ひとぐさ》や
|万《よろづ》|民草《たみぐさ》を|大空《おほぞら》の |星《ほし》の|如《ごと》くに|生《う》み|殖《ふ》やし
|神《かみ》の|御国《みくに》を|開《ひら》くべし |那岐《なぎ》と|那美《なみ》との|二柱《ふたはしら》
|互《たがひ》に|呼吸《いき》を|合《あは》せまし |国《くに》の|八十国《やそくに》|八十《やそ》の|嶋《しま》
|青人草《あをひとぐさ》や|諸々《もろもろ》の |活《い》ける|物《もの》らを|生《う》みなして
|堅磐常磐《かきはときは》に|神《かみ》の|世《よ》を |樹《た》てさせ|給《たま》へ|常世国《とこよくに》
ロッキー|山《ざん》をふり|捨《す》てて |心《こころ》をしづめ|幽界《かくりよ》の
|黄泉《よもつ》の|神《かみ》と|現《あ》れませよ |黄泉《よもつ》の|神《かみ》と|現《あ》れませよ』
|大国姫《おほくにひめ》はこの|歌《うた》に|感《かん》じてや、|千引《ちびき》の|岩《いは》の|前《まへ》に|現《あら》はれて、
『|吾《われ》は|常世《とこよ》の|神司《かむづかさ》 |神伊邪那美《かむいざなみ》の|大神《おほかみ》と
|百《もも》の|神人《かみびと》|詐《いつは》りて |日《ひ》に|夜《よ》に|枉《まが》を|行《おこな》ひつ
|心《こころ》を|曇《くも》らせ|悩《なや》ませて あらぬ|月日《つきひ》を|送《おく》りしが
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》も|明《あきら》けき |日《ひ》の|出神《でのかみ》や|諸神《ももがみ》の
|清《きよ》き|心《こころ》に|照《てら》されて |胸《むね》に|一《ひと》つ|炬《び》|輝《かがや》きぬ
|輝《かがや》きわたる|村肝《むらきも》の |心《こころ》の|空《そら》は|美《うる》はしき
|誠《まこと》の|月日《つきひ》|現《あ》れましぬ |嗚呼《ああ》|天地《あめつち》を|固《かた》めたる
|神伊邪那美《かむいざなみ》の|大神《おほかみ》の |吾《われ》は|黄泉《よみぢ》に|身《み》をひそめ
|醜《しこ》の|枉霊《まがひ》の|醜《しこ》みたま |醜女《しこめ》|探女《さぐめ》を|悉《ことごと》く
|神《かみ》の|御教《みのり》に|導《みちび》きて |霊魂《みたま》を|洗《あら》ひ|清《きよ》めさせ
|再《ふたた》び|生《い》きて|現世《うつしよ》の |神《かみ》の|柱《はしら》と|生《あ》れしめむ
|美《うつ》し|神世《かみよ》に|住《す》みながら |曲業《まがわざ》たくむ|醜神《しこがみ》を
|一日《ひとひ》に|千人《ちひと》|迎《むか》へ|取《と》り |根底《ねそこ》の|国《くに》に|連《つ》れ|行《ゆ》きて
|百《もも》の|責苦《せめく》を|与《あた》へつつ きたなき|魂《たま》を|清《きよ》むべし
あゝ|皇神《すめかみ》よ|皇神《すめかみ》よ |常世《とこよ》の|暗《やみ》の|黄泉国《よもつのくに》
|暗《やみ》を|照《てら》して|日月《じつげつ》の |底《そこ》ひも|知《し》れぬ|根《ね》の|国《くに》や
|底《そこ》の|国《くに》まで|隅《くま》もなく |照《てら》させ|給《たま》へ|朝日《あさひ》|照《て》る
|夕日《ゆふひ》|輝《かがや》く|一《ひと》つ|炬《び》の |日《ひ》の|出神《でのかみ》よいざさらば
|百《もも》の|神《かみ》|等《たち》いざさらば』
と|歌《うた》つて|改心《かいしん》の|誠《まこと》を|現《あら》はし、|黄泉《よみ》の|大神《おほかみ》となつて|幽政《いうせい》を|支配《しはい》する|事《こと》を|誓《ちか》ひ|給《たま》ひたるぞ|畏《かしこ》けれ。ここに|伊邪那岐神《いざなぎのかみ》の|神言《みこと》|以《も》ちて、|日《ひ》の|出神《でのかみ》その|他《た》の|諸神将卒《しよしんしやうそつ》は、|刃《やいば》に|衂《ちぬ》らず、|言霊《ことたま》の|威力《ゐりよく》によつて、|黄泉軍《よもついくさ》を|言向《ことむ》け|和《やは》し、|神《かみ》の|守護《まもり》の|下《もと》に|天教山《てんけうざん》に|向《むか》つて|凱旋《がいせん》されたり。
|数多《あまた》の|曲津神《まがつかみ》は|悔《く》い|改《あらた》めて、|生《い》きながら|善道《ぜんだう》に|立帰《たちかへ》るもあり、|霊魂《みたま》となりて|悔《く》い|改《あらた》むるもあり、|或《あるひ》は|根底《ねそこ》の|国《くに》に|落《お》ち|行《ゆ》きて|黄泉大神《よもつおほかみ》の|戒《いまし》めを|受《う》け、|長年月《ちやうねんげつ》の|間《あひだ》|苦《くる》しみて、その|心《こころ》を|改《あらた》め|霊魂《れいこん》を|清《きよ》め、|現界《げんかい》に|向《むか》つて|生《うま》れ|来《きた》り、|神業《しんげふ》に|参加《さんか》する|神々《かみがみ》も|少《すくな》からずとの|神言《みこと》なりけり。
(大正一一・二・二五 旧一・二九 井上留五郎録)
第二五章 |木花開《このはなびらき》〔四五五〕
|天雲《あまぐも》も|伊行《いゆ》きはばかる|遠近《をちこち》の |鮮岳《せんがく》|清山《せいざん》|抜《ぬ》き|出《い》でし
|天教山《てんけうざん》の|真秀良場《まほらば》や |心《こころ》もつくしの|山《やま》の|上《うへ》
|地底《ちそこ》の|国《くに》より|吐《は》き|出《いだ》す |猛《たけ》き|火口《くわこう》に|向《むか》ひたる
|天津日向《あまつひむか》のあをぎ|原《はら》 |穢《きたな》き|国《くに》に|到《いた》りたる
|醜《しこ》のけがれを|清《きよ》めむと |神伊邪那岐《かむいざなぎ》の|大神《おほかみ》は
|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|諸共《もろとも》に |千五百軍《ちいほいくさ》を|呼《よ》び|集《つど》へ
|浅間《あさま》の|海《うみ》に|下《お》り|立《た》ちて |御身《おんみ》の|穢《けがれ》を|払《はら》ひます
|大神業《だいしんげふ》ぞ|勇《いさ》ましき |天《てん》の|教《をしへ》を|杖《つゑ》となし
|進《すす》む|衝立船戸神《つきたちふなどがみ》 |心《こころ》の|帯《おび》を|固《かた》く|締《し》め
|曲言向《まがことむ》けし|神《かむ》ながら |道之長乳歯彦《みちのながちはひこ》の|神《かみ》
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》の |御稜威《みいづ》の|御裳《みも》になり|出《い》でし
|道《みち》の|蘊奥《おくが》を|時置師《ときおかし》 |一度《いちど》に|開《ひら》く|木《こ》の|花《はな》の
|散《ち》りては|結《むす》ぶ|大御衣《おほみけし》 |神《かみ》の|心《こころ》も|和豆良比能《わづらひの》
|宇斯能御神《うしのみかみ》や|御褌《みはかま》に なります|神《かみ》は|道俣神《ちまたがみ》
|心《こころ》の|空《そら》も|飽咋《あくぐひ》の |宇斯能御神《うしのみかみ》と|冠《かかぶ》りに
|戴《いただ》き|奉《まつ》り|左手《ゆんで》の|手纏《たまき》に |救《すく》ひの|御手《みて》を|曲神《まがかみ》の
|穢《けが》れの|上《うへ》に|奥疎神《おきさかるかみ》 |四方《よも》の|大海《おほうみ》|国原《くにはら》も
|神《かみ》の|心《こころ》に|奥津那芸佐毘古《おきつなぎさびこ》 |奥津甲斐弁羅神《おきつかひべらのかみ》
|神世幽界辺疎神《かみよかくりよへざかるのかみ》 |辺津那芸佐毘古《へつなぎさびこ》
|辺津甲斐辺羅神《へつかひべらのかみ》 |十二柱《じふにはしら》の|神《かみ》たちは
|黄泉《よもつ》の|島《しま》へ|出《い》でまして この|世《よ》の|曲霊《まがひ》を|照《てら》し|給《たま》ふとき
|穢《けがれ》に|生《あ》れし|神《かみ》ぞかし アヽ|麗《うるは》しく|尊《たふと》さの
|限《かぎ》り|知《し》られぬ|神業《かむわざ》よ |限《かぎ》り|知《し》られぬ|神業《かむわざ》よ。
|伊邪那美大神《いざなみのおほかみ》
『|久方《ひさかた》の|天津御神《あまつみかみ》の|言霊《ことたま》の |伊吹《いぶき》の|狭霧《さぎり》に|黄泉島《よもつじま》
|黄泉軍《よもついくさ》を|言向《ことむ》けて |暗《やみ》よりくらき|烏羽玉《うばたま》の
|常夜《とこよ》の|空《そら》も|晴《は》れ|渡《わた》り |天《あめ》と|地《つち》とに|冴《さ》え|渡《わた》る
|日《ひ》の|出神《でのかみ》の|功績《いさをし》は この|世《よ》の|光《ひかり》となりぬべし
|三五《もちひ》の|月《つき》に|弥《いや》まさり |御魂《みたま》も|清《きよ》き|月照彦《つきてるひこ》の
|神《かみ》のみことの|宣伝使《せんでんし》 |尊《たふと》き|御代《みよ》に|大足彦《おほだるひこ》の
|神《かみ》のみことの|言霊別《ことたまわけ》や |嶮《さか》しき|国《くに》は|平《たひら》けく
|狭《せま》けき|国《くに》は|弘子《ひろやす》の |神《かみ》の|伊吹《いぶき》に|払《はら》はれて
|世《よ》の|曲神《まがかみ》も|少彦名《すくなひこな》 |神《かみ》の|光《ひかり》の|高照姫《たかてるひめ》や
|心《こころ》も|清《きよ》き|真澄姫《ますみひめ》 |八咫《やあた》の|鏡《かがみ》の|純世姫《すみよひめ》
|清《きよ》き|教《をしへ》も|竜世姫《たつよひめ》 |地教《ちけう》の|山《やま》に|現《あら》はれし
|神伊邪那美大神《かむいざなみのおほかみ》の |御稜威《みいづ》|輝《かがや》く|瑞御魂《みづみたま》
|世《よ》は|望月《もちづき》の|永遠《とこしへ》に |円《まる》く|治《をさ》まる|五六七《みろく》の|世《よ》
|天津御国《あまつみくに》も|国原《くにはら》も |堅磐常磐《かきはときは》に|常立《とこたち》と
|開化《ひら》くる|御世《みよ》ぞ|楽《たの》しけれ |天津御神《あまつみかみ》の|御教《みをしへ》は
|一度《いちど》に|開《ひら》く|木《こ》の|花《はな》の |咲《さ》き|匂《にほ》ふなる|天教山《てんけうざん》の
|嶺《みね》|永遠《とこしへ》に|動揺《ゆるぎ》なく |天津日嗣《あまつひつぎ》の|何時《いつ》までも
|変《かは》らざらまし|神《かみ》の|御世《みよ》 |豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》
|御稜威《みいづ》も|高《たか》き|厳御魂《いづみたま》 この|世《よ》の|泥《どろ》をことごとく
|洗《あら》ひ|清《きよ》むる|瑞御魂《みづみたま》 |厳《いづ》と|瑞《みづ》との|二神柱《ふたはしら》は
|天《てん》に|現《あら》はれ|地《ち》に|生《うま》れ |清《きよ》き|神世《かみよ》を|経緯《たてよこ》の
|錦《にしき》の|御旗《みはた》|織《お》りなして |天津御空《あまつみそら》の|星《ほし》の|如《ごと》
|八洲《やしま》の|国《くに》の|砂《すな》の|如《ごと》 |天《あめ》の|益人《ますひと》|生《う》み|生《う》みて
|世《よ》を|永久《とこしへ》に|永遠《とことは》に |雲《くも》に|抜《ぬ》き|出《で》た|高砂《たかさご》の
|珍《うづ》の|島ケ根《しまがね》の|尉《じやう》と|姥《うば》 |千歳《ちとせ》の|松《まつ》の|弥《いや》|茂《しげ》り
|栄《さか》え|尽《つ》きせぬ|神《かみ》の|国《くに》 |限《かぎ》りも|知《し》れぬ|青雲《あをくも》の
|棚引《たなび》く|極《きは》み|白雲《しらくも》の |向伏《むかふ》す|限《かぎ》りたてよこの
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|治《をさ》むべし |神《かみ》の|御稜威《みいづ》に|治《をさ》むべし』
と|歌《うた》ひ|終《をは》らせ、|伊邪那美大神《いざなみのおほかみ》は【あをぎ】が|原《はら》の|神殿《しんでん》|深《ふか》く|御姿《みすがた》を|隠《かく》し|給《たま》ふ。
|木花姫命《このはなひめのみこと》は|満面《まんめん》に|笑《ゑみ》を|湛《たた》へ、|諸神《しよしん》の|前《まへ》に|現《あら》はれ|給《たま》ひて|声音《せいおん》|朗《ほがら》かに|歌《うた》ひ|給《たま》ふ。
『|豊葦原《とよあしはら》の|中国《なかくに》に |一輪《いちりん》|清《きよ》く|芳《かん》ばしく
|匂《にほ》へる|白《しろ》き|梅《うめ》の|花《はな》 |神世《かみよ》の|昔《むかし》|廻《めぐ》り|来《き》て
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》が |日《ひ》に|夜《よ》に|心《こころ》|配《くば》らせし
|常夜《とこよ》の|国《くに》も|晴《は》れ|渡《わた》り |曲津軍《まがついくさ》も|服従《まつろ》ひて
|一度《いちど》に|開《ひら》く|木《こ》の|花《はな》の うましき|御代《みよ》となりにけり
|闇《やみ》より|暗《くら》き|世《よ》の|中《なか》を |天津御神《あまつみかみ》の|神言《みこと》もて
|黄泉《よもつ》の|島《しま》に|天降《あまくだ》り |醜《しこ》の|国原《くにばら》|言向《ことむ》けて
|日《ひ》の|出神《でのかみ》と|現《あらは》れし |天《あめ》と|地《つち》との|大道別《おほみちわけ》の
|神《かみ》の|命《みこと》と|勇《いさ》ましく |事戸《ことど》を|渡《わた》し|琴平別《ことひらわけ》の
|厳《いづ》の|御魂《みたま》の|百引千引《ももびきちびき》 |岩《いは》をも|射《い》ぬく|誠心《まごころ》を
|貫《つらぬ》き|徹《とほ》す|桑《くは》の|弓《ゆみ》 |弓張月《ゆみはりづき》の|空《そら》|高《たか》く
|輝《かがや》き|渡《わた》る|神々《かみがみ》の |功《いさを》は|清《きよ》し|天教山《てんけうざん》の
|尾根《をね》に|湧《わ》き|出《づ》る|言霊《ことたま》は |湖《うみ》の|鏡《かがみ》に|映《うつ》るなり
|移《うつ》り|替《かは》るは|世《よ》の|中《なか》の |習《なら》ひと|聞《き》けど|兄《こ》の|花姫《はなひめ》や
|咲《さ》き|匂《にほ》ふなる|春《はる》の|日《ひ》も |瞬《またた》く|間《うち》に|紅《くれなゐ》の
|色香《いろか》も|夏《なつ》の|若緑《わかみどり》 |涼《すず》しき|風《かぜ》に|送《おく》られて
|四方《よも》の|山々《やまやま》|錦織《にしきお》り |紅葉《もみぢ》も|散《ち》りて|木枯《こがらし》の
|風《かぜ》|吹《ふ》き|荒《すさ》み|雪霜《ゆきしも》の ふる|言《こと》の|葉《は》にかへり|見《み》て
|心《こころ》を|配《くば》れ|神々《かみがみ》よ |心《こころ》を|配《くば》れ|神々《かみがみ》よ
|春《はる》の|花《はな》|咲《さ》く|今日《けふ》の|日《ひ》は |吾《わが》|胸《むね》さへも|開《ひら》くなり
|吾《わが》|胸《むね》さへもかをるなり かをりゆかしき|神《かみ》の|道《みち》
|一度《いちど》に|開《ひら》く|梅《うめ》の|花《はな》 |一度《いちど》に|開《ひら》く|梅《うめ》の|花《はな》
|一度《いちど》に|開《ひら》く|梅《うめ》の|花《はな》』
|日《ひ》の|出神《でのかみ》は、|神人《かみがみ》らの|総代《そうだい》として|凱旋《がいせん》の|歌《うた》を|詠《よ》ませ|給《たま》ひぬ。その|歌《うた》、
『|日《ひ》の|若宮《わかみや》に|現《あ》れませる |神伊邪那岐《かむいざなぎ》の|大神《おほかみ》は
|妹《いも》|伊邪那美《いざなみ》の|大神《おほかみ》と |天津御神《あまつみかみ》の|神言《みこと》もて
|天《あめ》と|地《つち》との|中空《なかぞら》に |架《か》け|渡《わた》されし|浮橋《うきはし》に
|立《た》たせ|給《たま》ひて|二柱《ふたはしら》 |撞《つき》の|御柱大神《みはしらおほかみ》と
|天《あま》の|瓊矛《ぬほこ》をさしおろし |溢《あふ》れ|漲《みなぎ》る|泥海《どろうみ》を
こをろこをろにかきなして |豊葦原《とよあしはら》の|中津国《なかつくに》
|筑紫《つくし》の|日向《ひむか》のたちばなの をどのあをぎが|原《はら》の|辺《べ》に
|天降《あまくだ》りまし|木《こ》の|花姫《はなひめ》の |神《かみ》の|命《みこと》と|諸共《もろとも》に
この|世《よ》の|泥《どろ》を|清《きよ》めつつ |珍《うづ》の|国《くに》|生《う》み|島《しま》を|生《う》み
|万《よろづ》の|神人《かみびと》|生《う》みまして |山川草木《やまかはくさき》の|神《かみ》を|任《ま》け
|大宮柱《おほみやはしら》|太知《ふとし》りて |鎮《しづ》まり|給《たま》ふ|折《をり》からに
|天足《あだる》の|彦《ひこ》や|胞場姫《えばひめ》の |醜《しこ》の|魂《たま》より|現《あらは》れし
|八岐大蛇《やまたをろち》や|鬼狐《おにきつね》 |荒《あら》ぶる|神《かみ》の|訪《おとなひ》に
|万《よろづ》の|災《わざはひ》|群《む》れ|起《おこ》り |常夜《とこよ》の|暗《やみ》となり|果《は》てし
|世《よ》を|照《てら》さむと|貴《うづ》の|御子《みこ》 |日《ひ》の|出神《でのかみ》に|事依《ことよ》さし
|大道別《おほみちわけ》と|名乗《なの》らせて |世界《せかい》の|枉《まが》をことごとに
|言向《ことむ》け|和《やは》せと|詔《の》り|給《たま》ふ |力《ちから》も|稜威《いづ》もなき|吾《われ》は
|恵《めぐ》みの|深《ふか》き|木《こ》の|花姫《はなひめ》の |三十三相《みそみすがた》に|身《み》を|変《へん》じ
|助《たす》け|給《たま》ひし|御恵《みめぐ》みに |力《ちから》|添《そ》はりて|四方《よも》の|国《くに》
|荒振《あらぶ》る|曲《まが》を|言向《ことむ》けて |黄泉《よもつ》の|島《しま》の|戦《たたか》ひに
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》を|顕《あら》はせし その|功績《いさをし》は|木《こ》の|花姫《はなひめ》の
|神《かみ》のみことの|稜威《いづ》ぞかし |厳《いづ》の|御魂《みたま》や|瑞御魂《みづみたま》
|三五《もちひ》の|月《つき》の|御教《みをしへ》に |世界《せかい》|隈《くま》なく|晴《は》れ|渡《わた》り
|千尋《ちひろ》の|海《うみ》の|底《そこ》|深《ふか》く |竜《たつ》の|宮居《みやゐ》も|烏羽玉《うばたま》の
|暗《くら》き|根底《ねそこ》の|国《くに》までも |天津日《あまつひ》かげの|永遠《とこしへ》に
|明《あか》し|照《てら》さむ|神《かみ》の|道《みち》 |富士《ふじ》と|鳴門《なると》のこの|経綸《しぐみ》
|富士《ふじ》と|鳴門《なると》のこの|経綸《しぐみ》 |弥《いや》|永遠《とこしへ》に|永遠《とこしへ》に
|神《かみ》の|大道《おほぢ》を|天地《あめつち》と |共《とも》に|開《ひら》かむ、いざさらば
|鎮《しづ》まりませよ|百《もも》の|神《かみ》 |鎮《しづ》まりいませ|百《もも》の|神《かみ》
|桃上彦《ももがみひこ》の|貴《うづ》の|御子《みこ》 |堅磐常磐《かきはときは》の|松代姫《まつよひめ》
|心《こころ》すぐなる|竹野姫《たけのひめ》 |色香《いろか》|目出《めで》たき|梅ケ香姫《うめがかひめ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|三柱《みはしら》は |意富加牟豆美《おほかむづみ》の|桃《もも》の|実《み》と
この|世《よ》に|現《あらは》れ|厳御魂《いづみたま》 |瑞《みづ》の|御魂《みたま》と|何時《いつ》までも
|三五《みいづ》の|月《つき》の|御教《みをしへ》を |堅磐常磐《かきはときは》に|守《まも》り|坐《ま》せ
|堅磐常磐《かきはときは》に|守《まも》り|坐《ま》せ』
この|御歌《みうた》に|数多《あまた》の|神々《かみがみ》は|歓喜《くわんき》の|声《こゑ》に|満《み》たされて、さしもに|高《たか》き|天教山《てんけうざん》も|破《わ》るる|許《ばか》りの|光景《くわうけい》なりき。
|木《こ》の|花《はな》の|鎮《しづ》まり|給《たま》ふこの|峰《みね》は
|不二《ふじ》の|三山《みやま》と|世《よ》に|鳴《な》り|渡《わた》る
(大正一一・二・二五 旧一・二九 上西真澄録)
第二六章 |貴《うづ》の|御児《みこ》〔四五六〕
|神《かみ》の|御稜威《みいづ》も|弥《いや》|高《たか》く、|恵《めぐ》みも|深《ふか》き|和田《わだ》の|原《はら》、|抜《ぬ》き|出《で》て|立《た》てる|不二《ふじ》の|山《やま》、|雲《くも》を|摩《ま》したる|九山八海《きうざんはつかい》の、|神《かみ》の|集《あつ》まる|青木ケ原《あをきがはら》に、|黄泉軍《よもついくさ》を|言向《ことむ》けて、|凱旋《がいせん》したる|神伊弉諾大神《かむいざなぎのおほかみ》は、|上瀬《かみつせ》は|瀬《せ》|速《はや》し、|下瀬《しもつせ》は|瀬《せ》|弱《よわ》しと|詔《の》り|玉《たま》ひ、|初《はじ》めて|中瀬《なかつせ》に|降潜《おりかづ》きて、|美《うる》はしき|身魂《みたま》を|滌《そそ》ぎ、|選《よ》り|分《わ》け|各々《おのもおのも》の|司《つかさ》の|神《かみ》を|定《さだ》め|給《たま》へり。
|大国彦《おほくにひこ》を|八十禍津日神《やそまがつひのかみ》に|命《めい》じ、|美山別《みやまわけ》、|国玉姫《くにたまひめ》、|広国別《ひろくにわけ》、|広国姫《ひろくにひめ》をして、|八十禍津日神《やそまがつひのかみ》の|神業《しんげふ》を|分掌《ぶんしやう》せしめ|給《たま》ひ、|次《つぎ》に|淤縢山津見《おどやまづみ》をして|大禍津日神《おほまがつひのかみ》に|任《にん》じ、|志芸山津見《しぎやまづみ》、|竹島彦《たけしまひこ》、|鷹取別《たかとりわけ》、|中依別《なかよりわけ》をして、|各《おのおの》その|神業《しんげふ》を|分掌《ぶんしやう》せしめ|給《たま》ひぬ。|大禍津日神《おほまがつひのかみ》は|悪鬼《あくき》|邪霊《じやれい》を|監督《かんとく》し|或《あるひ》は|誅伐《ちうばつ》を|加《くは》ふる|神《かみ》となり、|八十禍津日神《やそまがつひのかみ》も|亦《また》|各地《かくち》に|分遣《ぶんけん》されて、|小区域《せうくゐき》の|禍津神《まがつかみ》を|監督《かんとく》し、|誅伐《ちうばつ》を|加《くは》ふる|神《かみ》となりぬ。(|詳《くは》しき|事《こと》は|言霊解《げんれいかい》を|読《よ》めば|解《わか》ります)
|次《つぎ》に|豊国姫《とよくにひめ》を|神直日神《かむなほひのかみ》に|任《にん》じ、|月照彦神《つきてるひこのかみ》、|足真彦神《だるまひこのかみ》、|少彦名神《すくなひこなのかみ》、|弘子彦神《ひろやすひこのかみ》をして|其《そ》の|神業《しんげふ》を|分担《ぶんたん》せしめ|給《たま》ひ、|国直姫《くになほひめ》をして|大直日神《おほなほひのかみ》に|任《にん》じ、|高照姫《たかてるひめ》、|真澄姫《ますみひめ》、|純世姫《すみよひめ》、|竜世姫《たつよひめ》、|言霊姫《ことたまひめ》をして|其《そ》の|神業《しんげふ》を|分掌《ぶんしやう》せしめ|給《たま》ふ。|何《いづ》れも|皆《みな》|霊的主宰《れいてきしゆさい》の|神《かみ》に|坐《ま》しける。
|次《つぎ》に|木《こ》の|花姫神《はなひめのかみ》、|日《ひ》の|出神《でのかみ》をして、|伊豆能売神《いづのめのかみ》に|任《にん》じ|給《たま》ひぬ。(|言霊解《げんれいかい》を|見《み》る|可《べ》し)|総《すべ》て|神人《しんじん》の|身魂《みたま》は、|其《そ》の|霊能《れいのう》の|活用《くわつよう》|如何《いかん》に|依《よ》りて|優劣《いうれつ》の|差別《さべつ》あり。|之《これ》を|上中下《じやうちうげ》の|三段《さんだん》に|大別《たいべつ》され、|猶《なほ》も|細別《さいべつ》をすれば、|正神界《せいしんかい》も|邪神界《じやしんかい》も|各《おのおの》|百八十一《ひやくはちじふいち》の|階級《かいきふ》となる。|邪神《じやしん》は|常《つね》に|正神《せいしん》を|圧迫《あつぱく》し|誑惑《きやうわく》し、|邪道《じやだう》に|陥《おとしい》れむと|昼夜《ちうや》|間断《かんだん》なく|隙《すき》を|窺《うかが》ひつつあるものにして、|第三段《だいさんだん》の|身魂《みたま》の|垢《あか》を|洗《あら》はむが|為《ため》に、|底津綿津見神《そこつわたつみのかみ》、|底筒之男神《そこづつのをのかみ》を|任《にん》じ|給《たま》ひ、|第二段《だいにだん》の|身魂《みたま》を|洗《あら》ひ|清《きよ》むる|為《ため》に、|中津綿津見神《なかつわたつみのかみ》、|中筒之男神《なかづつのをのかみ》を|任《にん》じ|給《たま》ひ、|第一段《だいいちだん》の|身魂《みたま》を|洗《あら》ひ|清《きよ》むる|為《ため》に、|上津綿津見神《うはつわたつみのかみ》、|上筒之男神《うはづづのをのかみ》を|任《にん》じ|給《たま》へり。|何《いづ》れも|瑞《みづ》の|御魂《みたま》の|活動《くわつどう》にして、|大和田原《おほわだのはら》の|汐《しほ》となりて|世界《せかい》を|還《めぐ》り、|雨《あめ》となり、|雪《ゆき》となりて、|物質界《ぶつしつかい》の|穢《けが》れをも|洗《あら》ひ|清《きよ》め|生気《せいき》を|与《あた》ふる|御職掌《ごしよくしやう》なり。
|斯《か》くの|如《ごと》く|分掌《ぶんしやう》の|神《かみ》を|任《ま》け|給《たま》ひ、【いやはて】に|左《ひだり》の|御眼《おんめ》を|洗《あら》ひ|給《たま》ひて、|天照大御神《あまてらすおほみかみ》を|生《う》ませ|給《たま》ひ、|太陽界《たいやうかい》の|主宰《しゆさい》となし|給《たま》ふ。|次《つぎ》に|右《みぎ》の|御眼《おんめ》を|洗《あら》ひ|給《たま》ひて、|月読命《つきよみのみこと》を|生《う》み|給《たま》ひ、|太陰界《たいいんかい》の|主宰《しゆさい》となし|給《たま》ひ、【いやはて】に|陰陽《いんやう》の|火水《いき》を|放《はな》ち|給《たま》ひて、|豊国姫《とよくにひめ》の|身魂《みたま》を|神格化《しんかくくわ》して|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》と|名《な》づけ、|大海原《おほうなばら》の|司《つかさ》に|任《にん》じ|給《たま》ふ。|豊国姫命《とよくにひめのみこと》より|神格化《しんかくくわ》せる|神素盞嗚尊《かむすさのをのみこと》の|又《また》の|御名《みな》を|本巻《ほんくわん》にては|国大立命《くにひろたちのみこと》といふ。|国大立命《くにひろたちのみこと》は|四魂《しこん》を|分《わか》ちて、|月照彦神《つきてるひこのかみ》、|足真彦神《だるまひこのかみ》、|少彦名神《すくなひこなのかみ》、|弘子彦神《ひろやすひこのかみ》となり、|現《げん》、|神《しん》、|幽《いう》の|三界《さんかい》に|跨《またが》りて|神業《しんげふ》に|参加《さんか》し|給《たま》ひつつあることは|前巻《ぜんくわん》|既《すで》に|述《の》べたる|所《ところ》なり。
(大正一一・二・二六 旧一・三〇 外山豊二録)
第二篇 |禊身《みそぎ》の|段《だん》
第二七章 |言霊解《げんれいかい》一〔四五七〕
|皇典《くわうてん》|美曽岐《みそぎ》の|段《だん》
『|是《ここ》を|以《もつ》て|伊邪那岐大神《いざなぎのおほかみ》|宣《の》り|玉《たま》はく』
『|是《ここ》を|以《もつ》て』とは|前《さき》の「|黄泉大神《よもつおほかみ》と|事戸《ことど》を|渡《わた》し|玉《たま》ひ」|云々《うんぬん》の|御本文《ごほんぶん》を|受《う》けて|謂《い》へる|言葉《ことば》であります。
【イザナギ】の|命《みこと》の|御名義《ごめいぎ》は、|大本言霊《おほもとことたま》|即《すなは》ち|体《たい》より|解釈《かいしやく》する|時《とき》は、【イ】は|気《いき》なり、【ザ】は|誘《さそ》ふなり、【ナ】は|双《ならぶ》ことなり、【ギ】は|火《ひ》にして|即《すなは》ち|日《ひ》の|神《かみ》、|陽神《やうしん》なり。【イザナミ】の【ミ】は|水《みづ》にして|陰神《いんしん》なり、|所謂《いはゆる》|気誘双神《いざなみのかみ》と|云《い》ふ|御名《みな》であつて、|天地《てんち》の|陰陽《いんやう》|双《なら》びて|運《めぐ》り、|人《ひと》の|息《いき》|双《なら》びて|出入《しゆつにふ》の|呼吸《いき》をなす、|故《ゆゑ》に|呼吸《いき》は|両神《りやうしん》|在《いま》すの|宮《みや》である。|息《いき》|胞衣《えな》の|内《うち》に|初《はじ》めて|吹《ふ》くを|号《なづ》けて|天浮橋《あめのうきはし》と|云《い》ふ。その|意義《いぎ》は【ア】は|自《おのづか》らと|曰《い》ふこと、【メ】は|回《めぐ》ることである。【ウキ】はウキ、ウクと|活用《はたら》き、【ハシ】はハシ、【ハス】と|活用《はたら》く|詞《ことば》である。【ウ】は|水《みづ》にして|〓《うき》|也《なり》。【ハ】は|水《みづ》にして|横《よこ》をなす、|即《すなは》ち|〓《はし》である。|水火《いき》|自然《おのづから》に|廻《めぐ》り、|浮発《ふはつ》して|縦横《たてよこ》を|為《な》すを|天浮橋《あめのうきはし》と|云《い》ふ。|大本神諭《おほもとしんゆ》に『|此《こ》の|大本《おほもと》は|世界《せかい》の|大橋《おほはし》、この|橋《はし》|渡《わた》らねば|世界《せかい》の|事《こと》は|判《わか》らぬぞよ。|経《たて》と|緯《よこ》との|守護《しゆご》で|世《よ》を|開《ひら》くぞよ。|日《ひ》の|大神《おほかみ》|月《つき》の|神様《かみさま》は、|此《この》|世《よ》の|御先祖様《ごせんぞさま》であるぞよ』とあるは|此《こ》の|意味《いみ》に|外《ほか》ならぬのであります。
|天地《てんち》|及《およ》び|人間《にんげん》の|初《はじ》めて|気《き》を|発《ひら》く、|之《これ》を|二神《にしん》|天浮橋《あめのうきはし》に|立《た》ちてと|云《い》ふのである。|孕《はら》みて|胎内《たいない》に|初《はじ》めて|動《うご》くは、|天浮橋《あめのうきはし》であり|綾《あや》の|大橋《おほはし》である。|是《かく》の|如《ごと》く|天地《てんち》の|気《き》|吹《ふ》き|吹《ふ》き、|人《ひと》の|息《いき》|吹《ふ》き|吹《ふ》きて、|其《その》|末《すゑ》|濡《しめ》りて|露《つゆ》の|如《ごと》き|玉《たま》を|為《な》す、|是《こ》れ|塩累積成《しほかさなりつもりな》る|島《しま》である。|水火《みづひ》は【シホ】であり、【シマ】の【シ】は|水《みづ》なり、【マ】は|円《まどら》かと|云《い》ふ|事《こと》で、|水火累積《しほこり》て|水円《しま》を|成《な》し、|息《いき》の|濡《しめり》をなす、その|息《いき》|自《おの》づと|凝《こ》り|固《かた》まる、|之《これ》を|淤能碁呂嶋《おのころしま》と|云《い》ふのである。|要《えう》するに|伊邪那岐《いざなぎ》、|伊邪那美《いざなみ》|二神《にしん》は、|地球《ちきう》を|修理固成《しうりこせい》し、|以《もつ》て|生成《せいせい》|化々《くわくわ》|止《や》まざるの|御神徳《ごしんとく》を|保有《ほいう》し、|且《かつ》|之《これ》を|発揮《はつき》し、|万有《ばんいう》の|根元《こんげん》を|生《う》み|玉《たま》ふ|大神《おほかみ》である。|併《しか》し|一旦《いつたん》|黄泉国《よみのくに》の|神《かみ》と|降《くだ》らせ|玉《たま》へる|時《とき》の|伊邪那美《いざなみ》の|大神《おほかみ》は、|終《つひ》に|一日《いちにち》に|千人《せんにん》を|殺《ころ》さむ、と|申《まを》し|玉《たま》ふに|立到《たちいた》つたのであります。|更《さら》に|日本言霊学《につぽんげんれいがく》の|用《よう》より|二神《にしん》の|神名《しんめい》を|解釈《かいしやく》すれば、|伊邪那岐命《いざなぎのみこと》は|万有《ばんいう》の|基礎《きそ》となり|土台《どだい》となり、|大金剛力《だいこんがうりき》を|発揮《はつき》して|修理固成《しうりこせい》の|神業《しんげふ》を|成就《じやうじゆ》し、|天津神《あまつかみ》の|心《こころ》を|奉体《ほうたい》して|大地《だいち》を|保《たも》ち、|万能《ばんのう》|万徳《ばんとく》|兼備《けんび》し|◎《す》の|根元《こんげん》を|定《さだ》め、|永遠無窮《ゑいゑんむきう》に|活《い》き|徹《とほ》し、|天津御祖《あまつみおや》の|真《しん》となり、|善道《ぜんだう》に|誘《いざな》ふ|火水様《かみさま》である。|次《つぎ》に|伊邪那美命《いざなみのみこと》は、|三元《さんげん》を|統《す》べ|体《たい》の|根元《こんげん》を|為《な》し、|身体《しんたい》|地球《ちきう》の|基台《きだい》となり|玉《たま》となりて|暗黒界《あんこくかい》を|照《てら》し|玉《たま》ふ、|太陰《たいいん》の|活用《くわつよう》ある|神様《かみさま》であつて、|月《つき》の|大神様《おほかみさま》であり、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》である。|斯《かく》の|如《ごと》き|尊貴《そんき》|円満《ゑんまん》|仁慈《じんじ》の|神《かみ》も、|黄泉国《よもつのくに》に|神去《かむさ》ります|時《とき》は、やむを|得《え》ずして|体主霊従《たいしゆれいじう》の|神《かみ》と|化生《くわせい》し|給《たま》ふのである。|此処《ここ》には|御本文《ごほんぶん》により|男神《をがみ》のみの|御活動《ごくわつどう》と|解釈《かいしやく》し|奉《たてまつ》るのであります。
『|吾《あ》は|厭醜悪《いなしこめしこめき》|穢国《きたなきくに》に|到《いた》りて|在《あ》りけり』
【ア】の|言霊《げんれい》は|天《あめ》|也《なり》、|海《あま》|也《なり》、|自然《しぜん》|也《なり》、|○《わ》|也《なり》、|七十五声《しちじふごせい》の|総名《そうみやう》|也《なり》、|無《む》にして|有《いう》|也《なり》、|空中《くうちう》の|水霊《すゐれい》|也《なり》。これを|以《もつ》て|考《かんが》ふれば、|吾《あ》とは|宇宙《うちう》|万有《ばんいう》|一切《いつさい》の|代名詞《だいめいし》である。この|宇宙《うちう》|万有《ばんいう》|一切《いつさい》の|上《うへ》に|醜悪《しうあく》|汚穢《をゑ》|充満《じうまん》して、|実《じつ》に|黄泉国《よみのくに》の|状態《じやうたい》に|立到《たちいた》つたと|曰《い》ふ|事《こと》である。|現代《げんだい》は|実《じつ》に|天《てん》も|地《ち》も|其《その》|他《た》|一切《いつさい》の|事物《じぶつ》は|皆《みな》【イナシコメシコメキキタナキ】|国《くに》と|成《な》り|果《は》てて|居《ゐ》るのである。|政治《せいぢ》も|外交《ぐわいかう》も|教育《けういく》も|実業《じつげふ》も|道義《だうぎ》も|皆《みな》|悉《ことごと》く|廃《すた》れて、|神《かみ》の|守《まも》り|玉《たま》ふてふ|天地《てんち》なるを|疑《うたが》ふばかりになつて|来《き》て|居《を》るのであります。
『|故《ゆゑ》に|吾《あ》は|御身《おほみま》の|祓為《はらひせ》なと|詔《の》りたまひて、|筑紫《つくし》の|日向《ひむか》の|立花《たちはな》の|小門《をど》の|阿波岐原《あはぎはら》に|到《いた》りまして|美曽岐《みそぎ》|祓《はら》ひたまひき』
|大々的《だいだいてき》|宇宙《うちう》|及《およ》び|国家《こくか》の|修祓《しうばつ》を|断行《だんかう》せむと|詔《の》りたまうたのである。|御神諭《ごしんゆ》に、『|三千世界《さんぜんせかい》の|大洗濯《おほせんだく》、|大掃除《おほさうぢ》を|天《てん》の|御三体《ごさんたい》の|大神《おほかみ》の|御命令《ごめいれい》に|依《よ》りて、|艮《うしとら》の|金神《こんじん》が|立替立直《たてかへたてなほ》しを|致《いた》す|世《よ》になりたぞよ』と|示《しめ》されたるは、|即《すなは》ち|美曽岐《みそぎ》の|大神事《だいしんじ》であります。
【ツ】は|実相《じつさう》|真如《しんによ》|決断力《けつだんりよく》|也《なり》、|照応力《せうおうりよく》|也《なり》。
【ク】は|暗《くらやみ》の|交代《かうたい》|也《なり》、|三大暦《さんだいれき》の|本元《ほんげん》|也《なり》、|深奥《しんおう》の|極《きよく》|也《なり》。
【シ】は|世《よ》の|現在《げんざい》|也《なり》、|皇国《くわうこく》の|北極《ほくきよく》|也《なり》、|天橋立《あまのはしだて》|也《なり》。
【ノ】は|天賦《てんぷ》の|儘《まま》|也《なり》、|産霊子《むすびのこ》|也《なり》、|無障《さはりなき》|也《なり》。
【ヒ】は|顕幽《けんいう》|貫徹《くわんてつ》|也《なり》、|無狂《くるひなき》|也《なり》、|本末一貫《ほんまついつくわん》|也《なり》。
【ム】は|押《お》し|定《さだ》む|也《なり》、|国《くに》の|億兆《おくてう》を|成《な》す|也《なり》、|真身《まみ》の|結《むすび》|也《なり》。
【カ】は|晴《は》れ|見《み》る|也《なり》、|際立《きはだ》ち|変《かは》る|也《なり》、|光《ひか》り|暉《かがや》く|也《なり》。
【ノ】は|続《つづ》く|言《ことば》|也《なり》。
【タ】は|対照力《たいせうりよく》|也《なり》、|平均力《へいきんりよく》|也《なり》、|足《た》り|余《あま》る|也《なり》。
【チ】は|溢《あふ》れ|極《きは》まる|也《なり》、|造化《ざうくわ》に|伴《ともな》ふ|也《なり》、|親《おや》の|位《くらゐ》|也《なり》。
【ハ】は|太陽《たいやう》の|材料《ざいれう》|也《なり》、|天体《てんたい》を|保《たも》つ|也《なり》、|春《はる》|也《なり》。
【ナ】は|火水《ひみづ》|也《なり》、|真空《しんくう》の|全体《ぜんたい》|也《なり》、|成《な》り|調《ととの》ふ|也《なり》、|水素《すゐそ》の|全体《ぜんたい》|也《なり》。
【ア】は|大本初頭《おほもとはじめ》|也《なり》、|大母公《だいぼこう》|也《なり》、|円象入眼《ゑんしやうにふがん》|也《なり》。
【ハ】は|延《の》び|開《ひら》く|也《なり》、|天《あめ》の|色《いろ》|也《なり》、|歯《は》|也《なり》、|葉《は》|也《なり》。
【ギ】は|霊魂《れいこん》の|本相《ほんさう》|也《なり》、|天津御祖《あまつみおや》の|真《しん》|也《なり》、|循環無端《じゆんかんむたん》|也《なり》。
【ハ】は|切断力《せつだんりよく》|也《なり》、フアの|結《むすび》|也《なり》、|辺際《へんさい》を|見《み》る|也《なり》。
【ラ】は|高皇産霊《たかみむすび》|也《なり》、|本末《ほんまつ》|打合《うちあ》ふ|也《なり》、|無量寿《むりやうじゆ》の|基《もとゐ》|也《なり》。
|以上《いじやう》の|言霊《ことたま》を|約《つづ》むる|時《とき》は、|筑紫《つくし》の|日向《ひむか》の|橘《たちばな》の|小戸《をど》の|阿波岐原《あはぎはら》は、|実相《じつさう》|真如《しんによ》の|顕彰《けんしやう》にして|一切《いつさい》の|事物《じぶつ》を|照応《せうおう》し、|決断力《けつだんりよく》を|具有《ぐいう》して、|暗黒界《あんこくかい》を|照変《せうへん》し、|神政《しんせい》を|樹立《じゆりつ》し、|御倉棚《みくらたな》の|神《かみ》なる|宇宙《うちう》|経綸《けいりん》の|三大暦《さんだいれき》|即《すなは》ち|恒天暦《かうてんれき》、|太陽暦《たいやうれき》、|太陰暦《たいいんれき》の|大本元《だいほんげん》を|極《きは》めて、|深甚玄妙《しんじんげんめう》の|極《きよく》を|闡明《せんめい》し、|現在《げんざい》の|世《よ》を|済《さい》する|為《ため》に|天橋立《あまのはしだて》なる|皇国《くわうこく》の|北極《ほくきよく》に|天賦《てんぷ》|自然《しぜん》の|産霊子《むすびのこ》を|生成化育《せいせいくわいく》して、|障壁《しやうへき》なく|狂《くる》ひなく|顕幽《けんいう》|貫徹《くわんてつ》、|本末一貫《ほんまついつくわん》、|以《もつ》て|万象《ばんしやう》を|押定《おしさだ》め、|真身《しんしん》の|結《むすび》に|依《よ》りて|国《くに》の|億兆《おくてう》を|悉皆《しつかい》|完成《くわんせい》し、|光輝《くわうき》|以《もつ》て|神徳《しんとく》を|発揚《はつやう》し、|青天《せいてん》|白日《はくじつ》の|瑞祥《ずゐしやう》を|照《てら》して、|宇宙《うちう》|一切《いつさい》の|大変革《たいへんかく》を|最《もつと》も|迅速《じんそく》に|敢行《かんかう》し|給《たま》ひ、|上下一致《しやうかいつち》、|顕幽一本《けんいういつぽん》、|平均力《へいきんりよく》を|以《もつ》て、|善悪《ぜんあく》|美醜《びしう》|清濁《せいだく》を|対照《たいせう》し、|全智全能《ぜんちぜんのう》にして、|親《おや》たるの|位《くらゐ》を|保《たも》ち、|溢《あふ》れ|極《きは》まる|霊力《れいりよく》を|以《もつ》て|造化《ざうくわ》に|伴《ともな》ひ、|太陽《たいやう》に|等《ひと》しき|稜威《りようゐ》を|顕彰《けんしやう》して|天体《てんたい》を|保有《ほいう》し、|春《はる》の|長閑《のどか》なる|松《まつ》の|代《よ》を|改立《かいりつ》し、|真空《しんくう》の|全体《ぜんたい》たる|霊魂球《れいこんきう》を|涵養《かんやう》し、|水素《すゐそ》の|本元《ほんげん》たる|月《つき》の|本能《ほんのう》を|照《てら》して、|宇宙《うちう》|一切《いつさい》を|完成《くわんせい》|調理《てうり》し、|万有《ばんいう》を|結《むす》びて|一《いち》と|成《な》し、|天地《てんち》を|祭《まつ》り|人道《じんだう》を|守《まも》り、|国家《こくか》を|平《たひら》けく|安《やす》らけく|治《をさ》め|幸《さち》はひ、|男性的《だんせいてき》|機能《きのう》を|発揮《はつき》し、|大仁《だいじん》|大慈《だいじ》の|神心《しんしん》を|照《てら》し、|造化《ざうくわ》の|機関《きくわん》たる|位《くらゐ》を|保《たも》ち、|元《もと》の|美《うる》はしき|神世《かみよ》に|突《つ》き|戻《もど》し、|円象入眼《ゑんしやうにふがん》、|総《すべ》ての|霊《れい》と|体《たい》に|生命《せいめい》|眼目《がんもく》を|与《あた》へ、|大母公《だいぼこう》として|世《よ》の|大本《おほもと》となり、|初頭《はじめ》と|現《あら》はれ、|無限《むげん》に|延《の》び|無極《むきよく》に|開《ひら》き、|蒼天《さうてん》の|色《いろ》の|如《ごと》く|清《きよ》く、|且《か》つ|高《たか》く|広《ひろ》く、|生成化育《せいせいくわいく》の|徳《とく》を|上下《しやうか》の|末葉《まつえう》に|及《およ》ぼし、|天津御祖神《あまつみおやがみ》の|真《しん》を|体得《たいとく》し、|循環《じゆんかん》|極《きは》まりなく、|各自《かくじ》|霊魂《れいこん》の|本相《ほんさう》を|研《と》ぎ|尽《つく》し、|妖邪《えうじや》を|切断《せつだん》し|世《よ》の|辺際《へんさい》を|見極《みきは》め、|言霊力《げんれいりよく》を|以《もつ》て|破邪顕正《はじやけんせい》し、|本末《ほんまつ》|相対《あひたい》して|世《よ》を|清《きよ》め|洗《あら》ひ、|一切《いつさい》|無量寿《むりやうじゆ》たるの|根基《こんき》を|達成《たつせい》すべき|霊系《れいけい》|高皇産霊《たかみむすび》の|神業《しんげふ》を|大成《たいせい》する|霊場《れいぢやう》と|曰《い》ふことである。|現代《げんだい》の|世《よ》に|於《おい》て、|斯《かく》の|如《ごと》き|霊場《れいぢやう》たる|神界《しんかい》の|経綸地《けいりんち》が、|果《はた》して|日本国《につぽんこく》に|存在《そんざい》するであらう|乎《か》。|若《も》し|存在《そんざい》せりとせば、|其《その》|地点《ちてん》は|何国《いづくに》の|何《いづ》れの|方面《はうめん》であらう|乎《か》、|大本人《おほもとびと》と|云《い》はず、|日本人《につぽんじん》と|云《い》はず、|世界《せかい》の|人類《じんるゐ》は、|急《いそ》ぎ|探究《たんきう》すべき|問題《もんだい》であらうと|思《おも》ふのであります。
|次《つぎ》に|美曽岐《みそぎ》の|言霊《ことたま》を|解釈《かいしやく》すれば、
【ミ】は|水《みづ》|也《なり》、|太陰《たいいん》|也《なり》、|充《みつ》|也《なり》、|実《み》|也《なり》、|道《みち》|也《なり》、|玉《たま》と|成《な》る|也《なり》。
【ソ】は|風《かぜ》の|種《たね》|也《なり》、|身《み》の|衣服《いふく》|也《なり》、|◎《す》を|包裏《つつみ》|居《を》る|也《なり》。
【ギ】は|活貫《いきつらぬ》く|也《なり》、|白《しろ》く|成《な》る|也《なり》、|色《いろ》を|失《うしな》ふ|也《なり》、|万《よろづ》に|渡《わた》る|也《なり》。
|要《えう》するに、|所在《あらゆる》|汚穢《をゑ》を|清《きよ》め|塵埃《ぢんあい》を|払《はら》ひ、|風《かぜ》と|水《みづ》との|霊徳《れいとく》を|発揮《はつき》して、|清浄《せいじやう》|無垢《むく》の|神世《かみよ》を|玉成《ぎよくせい》し、|虚栄《きよえい》|虚飾《きよしよく》を|去《さ》り、|万事《ばんじ》に|亘《わた》りて|充実《じうじつ》し、|活気《くわつき》|凛々《りんりん》たる|神威《しんゐ》を|顕彰《けんしやう》し、|金甌無欠《きんおうむけつ》の|神政《しんせい》を|施行《しかう》して、|宇内《うだい》|一点《いつてん》の|妖邪《えうじや》を|留《とど》めざる|大修祓《だいしうばつ》の|大神事《だいしんじ》を|云《い》ふのである。|現代《げんだい》の|趨勢《すうせい》は、|世界《せかい》|一般《いつぱん》に|美曽岐《みそぎ》の|大神事《だいしんじ》を|厳修《げんしう》すべき|時運《じうん》に|遭遇《さうぐう》せる|事《こと》を|忘《わす》れては|成《な》らぬ。|大本《おほもと》の|目的《もくてき》も|亦《また》、この|天下《てんか》の|美曽岐《みそぎ》を|断行《だんかう》するに|在《あ》るのであります。
『|故《かれ》|投棄《なげす》つる|御杖《みつゑ》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は|衝立船戸神《つきたつふなどのかみ》』
|御杖《みつゑ》の|言霊《ことたま》、【ツ】は|大金剛力《だいこんがうりき》|決断力《けつだんりよく》で|玉《たま》の|蔵《くら》であり、【ヱ】は|中腹《ちうふく》に|成就《じやうじゆ》し|行《ゆ》き|進《すす》み|玉《たま》を|保《たも》つことであつて、|即《すなは》ち|神《かみ》の|御力添《みちからぞ》へをする|役目《やくめ》であります。|然《しか》るに|神《かみ》は、この|杖《つゑ》までも|投《な》げ|棄《す》て|玉《たま》うたと|云《い》ふことは、よくも|汚《けが》れたものであります。|現代《げんだい》で|曰《い》へば|大政《たいせい》を|補弼《ほひつ》する|大官《たいくわん》のことであります。
|衝立船戸神《つきたてふなどのかみ》の|名義《めいぎ》は、|上《うへ》と|下《した》との|中《なか》に|衝立《つきた》ち|遮《さへぎ》り、|下情《かじやう》を|上《かみ》に|達《たつ》せしめず、|上《かみ》の|意《い》を|下《しも》に|知《し》らしめざる|近親《きんしん》の|神《かみ》と|云《い》ふことである。|現代《げんだい》は|何事《なにごと》にも|総《すべ》てこの|神様《かみさま》が|遮《さへぎ》り|玉《たま》ふ|世《よ》の|中《なか》であります。|杖《つゑ》とも|柱《はしら》とも|成《な》るべき|守護神《しゆごじん》が、|却《かへつ》て|力《ちから》に|成《な》らず|邪魔《じやま》になると|曰《い》ふので、|伊邪那岐大神《いざなぎのおほかみ》は、|第一着《だいいちちやく》に|御杖《おんつゑ》を|投《な》げ|棄《す》て|賜《たま》うたのであります。
『|次《つぎ》に|投棄《なげす》つる|御帯《みおび》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は|道《みち》の|長乳歯《ながちは》の|神《かみ》』
|御帯《みおび》の|言霊《ことたま》は、【オ】は|霊魂《れいこん》、|精神《せいしん》を|治《をさ》め|修《をさ》むることで、|亦《また》|神人《しんじん》|合一《がふいつ》の|連結帯《れんけつたい》である。【ビ】は|光華明彩《くわうかめいさい》、|照徹六合《りくがふ》の|意《い》である。|即《すなは》ち|顕界《けんかい》の|政《まつりごと》を|為《な》すに|当《あた》りては、|必《かなら》ず|精神的《せいしんてき》に|天地《てんち》|人道《じんだう》を|説《と》き|諭《さと》し、|以《もつ》て|億兆《おくてう》をして|帰依《きえ》せしめ、|顕界《けんかい》の|政治《せいぢ》に|悦服《えつぷく》|帰順《きじゆん》せしめねば|成《な》らぬのである。|是《これ》が|所謂《いはゆる》|神《かみ》の|御帯《みおび》であります。|神《かみ》は|此《この》|御帯《みおび》も|穢《けが》れて|使《つか》へなく|成《な》つたから|投《な》げ|棄《す》て|玉《たま》うたのであります。
|道《みち》の|長乳歯《ながちは》の|意義《いぎ》は、|天理《てんり》|人道《じんだう》を|説《と》く|宗教家《しうけうか》、|教育家《けういくか》、|倫理《りんり》|学者《がくしや》、|敬神《けいしん》|尊皇《そんのう》|愛国《あいこく》を|唱《とな》ふる|神道家《しんだうか》、|皇道《くわうだう》|宣伝者《せんでんしや》、|演説《えんぜつ》|説教家《せつけうか》|等《とう》の|大家《たいか》と|曰《い》ふ|事《こと》である。この|帯《おび》を|投棄《なげす》て|給《たま》ふと|云《い》ふ|事《こと》は、|総《すべ》ての|教育《けういく》、|宗教《しうけう》、|倫理《りんり》の|学説《がくせつ》を|根本《こんぽん》より|革正《かくせい》し|給《たま》ふと|曰《い》ふ|事《こと》であります。
(大正九・一・一五 講演筆録 谷村真友)
第二八章 |言霊解《げんれいかい》二〔四五八〕
『|次《つぎ》に|投棄《なげす》つる|御裳《みも》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は、|時置師神《ときおかしのかみ》』
|御裳《みも》の|言霊《ことたま》、【モ】は|下《した》である。|平民《へいみん》|教育《けういく》の|意味《いみ》であり、|社交的《しやかうてき》|言辞《げんじ》の|意《い》である。
|時置師神《ときおかしのかみ》は、|小説《せうせつ》や|演劇《えんげき》や|歌舞《かぶ》や|芸技《げいぎ》や|俗歌《ぞくか》|等《とう》の|頭株《かしらかぶ》と|言《い》ふ|事《こと》である。|是《これ》も|根本的《こんぽんてき》に|革正《かくせい》さるると|言《い》ふ|事《こと》で、|御裳《みも》に|成《な》る|神《かみ》を|投棄《なげす》て|玉《たま》ふと|言《い》ふ|事《こと》であります。
『|次《つぎ》に|投棄《なげす》つる|御衣《みそ》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は、|和豆良比能宇斯神《わづらひのうしのかみ》』
|御衣《みそ》の|言霊《ことたま》は、|身《み》の|家《いへ》と|云《い》ふ|事《こと》である。|人《ひと》の|肉体《にくたい》は|霊魂《れいこん》の|住所《すみか》であり|御衣《みそ》であります。|薬《やく》|浴《よく》|防《ばう》|棄《き》|避《ひ》の|五種《ごしゆ》の|医術《いじゆつ》も、|皇国《くわうこく》|医法《いほふ》に|適《てき》せず、|治病《ちびやう》の|効《かう》なく、|却《かへつ》て|害毒《がいどく》となるを|以《もつ》て、|現代《げんだい》の|医法《いほふ》を|廃《はい》し|玉《たま》ふと|云《い》ふ|事《こと》で、|御衣《みそ》を|投棄《なげす》て|玉《たま》ふと|曰《い》ふ|事《こと》である。【ワヅラヒノウシ】|神《のかみ》とは、|病《や》み|煩《わづら》ひを|癒《いや》す|神《かみ》と|曰《い》ふ|事《こと》である。|凡《すべ》て|医術《いじゆつ》|薬法《やくほふ》の、|皇国《くわうこく》の|神法《しんぱふ》に|背反《はいはん》せる|事《こと》を|看破《かんぱ》して、|根本的《こんぽんてき》|革正《かくせい》し|玉《たま》ふために、|御衣《みそ》を|投《な》げ|棄《す》て|玉《たま》うたのであります。|現代《げんだい》の|西洋《せいやう》|医学《いがく》も|漢法医《かんぽふい》も、|之《これ》を|廃《はい》して|神国《しんこく》|固有《こいう》の|医学《いがく》を|採用《さいよう》せなくては|成《な》らぬやうに|成《な》つて|来《き》て|居《ゐ》るのと|同《おな》じ|事《こと》であります。
『|次《つぎ》に|投《な》げ|棄《す》つる|御褌《みはかま》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は|道俣神《ちまたのかみ》』
|御褌《みはかま》の|言霊《ことたま》は、|走《はし》り|駆《かけ》り|廻《まは》ると|云《い》ふ|事《こと》で、|要《えう》するに|交通機関《かうつうきくわん》や|通信《つうしん》|機関《きくわん》を|指《さ》して【ハカマ】と|言《い》ふのである。|今日《こんにち》の|汽車《きしや》は、|危車《きしや》となり|鬼車《きしや》となり、|電車《でんしや》、|自動車《じどうしや》、|汽船《きせん》、|飛行船《ひかうせん》、|郵便《いうびん》、|電信《でんしん》、|電話《でんわ》|等《とう》も|大《おほい》に|改良《かいりやう》すべき|必要《ひつえう》がある。|要《えう》するに|従来《じうらい》の|交通《かうつう》や|通信《つうしん》|機関《きくわん》に|対《たい》して|根本的《こんぽんてき》|革正《かくせい》の|要《えう》あり、|故《ゆゑ》に|一旦《いつたん》|現代《げんだい》の|方法《はうはふ》を|大変更《だいへんかう》すべき|事《こと》を、|御褌《みはかま》を|投棄《なげす》つると|曰《い》ふのであります。
|道俣神《ちまたのかみ》とは、|鉄道《てつだう》や|航路《かうろ》や|道路《だうろ》の|神《かみ》と|云《い》ふ|事《こと》である、|交通《かうつう》と|通信《つうしん》|機関《きくわん》の|四通《しつう》|八達《はつたつ》せる|状況《じやうきやう》を|指《さ》して|道俣《ちまた》と|云《い》ふのである。|日本《につぽん》にすれば、|現今《げんこん》の|鉄道《てつだう》や|道路《だうろ》や|郵便《ゆうびん》や|電信《でんしん》なぞも、|大々的《だいだいてき》に|改良《かいりやう》せなくては|成《な》らぬやうになつて|居《ゐ》る。|是《これ》を|拡張《くわくちやう》し|以《もつ》て|国民《こくみん》の|便利《べんり》を|計《はか》らねばならぬ|今日《こんにち》の|現状《げんじやう》であるのと|同《おな》じ|事《こと》であります。
『|次《つぎ》に|投《な》げ|棄《す》つる|御冠《みかがぶり》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は|飽咋之宇斯神《あきぐひのうしのかみ》』
|右《みぎ》の|言霊《ことたま》は、|三公《さんこう》とか、|公卿《くげ》とか、|殿上人《てんじやうびと》とか、|神官《しんくわん》とか|言《い》ふ|意味《いみ》である。|今日《こんにち》の|世《よ》で|曰《い》へば、|華族《くわぞく》とか、|神官《しんくわん》とか、|国務《こくむ》|大臣《だいじん》とか、|高等官《かうとうくわん》とか|曰《い》ふ|意味《いみ》である。|是《これ》も|断乎《だんこ》として|改善《かいぜん》すると|言《い》ふ|事《こと》が|御冠《みかがぶり》を|投《な》げ|棄《す》つると|言《い》ふ|事《こと》である。|現代《げんだい》は|実《じつ》に|一大改革《いちだいかいかく》を|必要《ひつえう》とする|時期《じき》ではありますまいか。
『|次《つぎ》に|投《な》げ|棄《す》つる|左《ひだり》の|御手《みて》の|手纒《たまき》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は、|奥疎神《おきざかるのかみ》、|次《つぎ》に|奥津那芸佐毘古神《おきつなぎさびこのかみ》、|次《つぎ》に|奥津甲斐弁羅神《おきつかひべらのかみ》』
|左《ひだり》の|御手《みて》と|言《い》ふことは、|左《ひだり》は|上位《じやうゐ》であり|官《くわん》である。|奥疎神《おきざかるのかみ》は|陸軍《りくぐん》である。|奥津那芸佐毘古神《おきつなぎさびこのかみ》は|海軍《かいぐん》である。|奥津甲斐弁羅神《おきつかひべらのかみ》は|陸海軍《りくかいぐん》の|武器《ぶき》である。|従来《じうらい》の|軍法《ぐんぱふ》|戦術《せんじゆつ》では|到底《たうてい》|駄目《だめ》であるから、|大々的《だいだいてき》|改良《かいりやう》を|加《くは》へ、|神軍《しんぐん》の|兵法《へいはふ》に|依《よ》り、|細矛千足国《くはしほこちたるのくに》の|実《じつ》を|挙《あ》ぐ|可《べ》く|執《と》り|行《おこな》う|為《ため》に、|左《ひだり》の|御手《みて》の|手纒《たまき》を|投棄《なげす》て|玉《たま》ふのであります。
『|次《つぎ》に|投《な》げ|棄《す》つる|右《みぎ》の|御手《みて》の|手纒《たまき》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は、|辺疎神《へざかるのかみ》、|次《つぎ》に|辺津那芸佐毘古神《へつなぎさびこのかみ》、|次《つぎ》に|辺津甲斐弁羅神《へつかひべらのかみ》』
|右《みぎ》は|下《した》であり|民《たみ》であり|地《ち》である。|辺疎神《へざかるのかみ》は|農業《のうげふ》である。|辺津那芸佐毘古神《へつなぎさびこのかみ》は|工商業《こうしやうげふ》である。|辺津甲斐弁羅神《へつかひべらのかみ》は|農工商《のうこうしやう》に|使用《しよう》すべき|機械《きかい》|器具《きぐ》である。|是《これ》も|一大改良《いちだいかいりやう》を|要《えう》するを|以《もつ》て、|従前《じうぜん》の|方針《はうしん》を|変革《へんかく》する|事《こと》を、|右《みぎ》の|御手《みて》の|手纒《たまき》に|成《な》りませる|神《かみ》を、|投《な》げ|棄《す》て|玉《たま》ふと|言《い》ふのであります。
『|右《みぎ》の|件《くだり》、|船戸神《ふなどのかみ》より|以下《いか》|辺津甲斐弁羅神《へつかひべらのかみ》|以前《まで》、|十二神《とをまりふたはしら》は|身《み》に|着《つ》ける|物《もの》を|脱《ぬ》ぎ|棄《す》て|玉《たま》ひしに|由《よ》りて|生《な》りませる|神《かみ》なり』
|右《みぎ》の|十二神《じふにはしら》は、|黄泉国《よもつのくに》|如《な》す|醜穢《きたな》き|国《くに》と|化《な》り|果《は》てたるを、|大神《おほかみ》の|大英断《だいえいだん》に|由《よ》りて、|大々的《だいだいてき》|改革《かいかく》を|実行《じつかう》され、|以《もつ》て|宇宙大修祓《うちうだいしうばつ》の|端緒《たんちよ》を|開《ひら》き|給《たま》うた|大神業《だいしんげふ》であります。
『|於是《ここにおいて》|上瀬《かみつせ》は|瀬《せ》|速《はや》し、|下瀬《しもつせ》は|瀬《せ》|弱《よわ》しと|詔《のり》ごちたまひて、|初《はじ》めて|中瀬《なかつせ》に|降《おり》|潜《かづ》きて|滌《そそ》ぎたまふ|時《とき》に|成《な》りませる|神《かみ》の|名《な》は、|八十禍津日神《やそまがつひのかみ》、|次《つぎ》に|大禍津日神《おほまがつひのかみ》、|此《この》|二神《ふたはしら》は、|其《そ》の|穢《きたな》き|繁国《しげくに》に|到《いた》りましし|時《とき》の|汚垢《けがれ》に|因《よ》りて|成《な》りませる|神《かみ》|也《なり》』
|上瀬《かみつせ》とは|現代《げんだい》の|所謂《いはゆる》|上流《じやうりう》|社会《しやくわい》であり、|下瀬《しもつせ》は|下流《かりう》|社会《しやくわい》である。|上流《じやうりう》|社会《しやくわい》は|権力《けんりよく》|財力《ざいりよく》を|恃《たの》みて|容易《ようい》に|体主霊従《たいしゆれいじう》の|醜行為《しうかうゐ》を|改《あらた》めず、|却《かへつ》て|神諭《しんゆ》に|極力《きよくりよく》|反抗《はんかう》するの|意《い》を『|上瀬《かみつせ》は|瀬《せ》|速《はや》し』と|言《い》ふのである。|下流《かりう》は|権力《けんりよく》も|財力《ざいりよく》もなく、なにほど|神諭《しんゆ》を|実行《じつかう》せむとするも、|其《その》|日《ひ》の|生活《せいくわつ》に|苦《くる》しみ|且《か》つ|権力《けんりよく》の|圧迫《あつぱく》を|恐《おそ》れて、|一《ひと》つも|改革《かいかく》の|神業《しんげふ》を|実行《じつかう》するの|実力《じつりよく》なし。|故《ゆゑ》に『|下瀬《しもつせ》は|瀬《せ》|弱《よわ》し』と|言《い》ふのである。そこで|大神《おほかみ》は|中瀬《なかつせ》なる|中流《ちうりう》|社会《しやくわい》に|降《お》り|潜《ひそ》みて、|世界《せかい》|大修祓《だいしうばつ》、|大改革《だいかいかく》の|神業《しんげふ》を|遂行《すゐかう》したまふのである。|中流《ちうりう》なれば|今日《こんにち》の|衣食《いしよく》に|窮《きう》せず、|且《か》つ|相当《さうたう》の|学力《がくりよく》と|理解《りかい》とを|有《いう》し、|国家《こくか》の|中堅《ちうけん》と|成《な》る|可《べ》き|実力《じつりよく》を|具有《ぐいう》するを|以《もつ》て、|神明《しんめい》は|中流《ちうりう》|社会《しやくわい》の|真人《しんじん》の|身魂《みたま》に|宿《やど》りて、|一大神業《いちだいしんげふ》を|開始《かいし》されたのであります。
|大神《おほかみ》が|宇宙《うちう》|一切《いつさい》の|醜穢《しうゑ》を|祓除《ばつぢよ》し|玉《たま》うた|時《とき》に|出現《しゆつげん》せる|神《かみ》は、|八十禍津日神《やそまがつひのかみ》、つぎに|大禍津日神《おほまがつひのかみ》の|二神《ふたはしら》であります。|人《ひと》は|宇宙《うちう》の|縮図《しゆくづ》である。|世界《せかい》も|人体《じんたい》も|皆《みな》|同一《どういつ》の|型《かた》に|出来《でき》て|居《ゐ》るのであるから|茲《ここ》に|宇宙《うちう》と|云《い》はず、|伊邪那岐大神《いざなぎのおほかみ》の|一身上《いつしんじやう》に|譬《たと》へて|示《しめ》されたのである。|故《ゆゑ》に|瑞月《すゐげつ》|亦《また》|之《これ》を|人身上《じんしんじやう》より|略解《りやくかい》するを|以《もつ》て|便利《べんり》と|思《おも》ふのであります。
|八十禍津神《やそまがつかみ》は、|吾人《ごじん》の|身外《しんぐわい》に|在《あ》りて|吾人《ごじん》の|進路《しんろ》を|妨《さまた》げ|且《か》つ|大々的《だいだいてき》|反対《はんたい》|行動《かうどう》を|取《と》り、|以《もつ》て|自己《じこ》を|利《り》せむとするの|悪魔《あくま》である。|現《げん》に|大本《おほもと》に|対《たい》して|種々《しゆじゆ》の|中傷《ちうしやう》|讒誣《ざんぶ》を|敢《あ》へてし、|且《か》つ|書物《しよもつ》を|発行《はつかう》して|奇利《きり》を|占《し》めむとする|三文《さんもん》|蚊士《ぶんし》の|如《ごと》きは、|所謂《いはゆる》|八十禍津神《やそまがつかみ》であります。|之《これ》を|国家《こくか》の|上《うへ》から|言《い》ふ|時《とき》は、|排日《はいにち》とか|排貨《はいくわ》とか|敵国《てきこく》|陸海軍《りくかいぐん》の|襲来《しふらい》とかに|当《あた》るのである。この|八十禍津神《やそまがつかみ》を|監督《かんとく》し、|制御《せいぎよ》し、|懲戒《ちやうかい》し|玉《たま》ふ|神《かみ》を|八十禍津日神《やそまがつひのかみ》といふのであります。|日《ひ》の|字《じ》が|加《くは》はると|加《くは》はらざるとに|依《よ》つて、|警官《けいくわん》と|罪人《ざいにん》との|様《やう》に|位置《ゐち》が|替《かは》るのであります。|大禍津神《おほまがつかみ》は|吾人《ごじん》の|身魂内《みたまない》に|潜入《せんにふ》して、|悪事《あくじ》|醜行《しうかう》を|為《な》さしめむとする|悪霊《あくれい》|邪魂《じやこん》である。|色《いろ》に|沈溺《ちんでき》し、|酒《さけ》に|荒《すさ》み、|不善《ふぜん》|非行《ひかう》を|為《な》すは|皆《みな》|大禍津神《おほまがつかみ》の|所為《しよゐ》であります。
|之《これ》を|国家《こくか》の|上《うへ》に|譬《たと》へる|時《とき》は、|危険《きけん》|思想《しさう》、|反国家《はんこくか》|主義《しゆぎ》、|政府《せいふ》|顛覆《てんぷく》、|内乱《ないらん》|等《とう》の|陰謀《いんぼう》を|為《な》す|非国民《ひこくみん》の|潜在《せんざい》し、|且《か》つ|体主霊従《ぐわいこく》|同様《どうやう》の|政治《せいぢ》に|改《あらた》めむとする、|悪逆無道《あくぎやくぶだう》の|人面獣心的《じんめんじうしんてき》|人物《じんぶつ》の|居住《きよぢう》して|居《ゐ》る|事《こと》である。|之《これ》を|討伐《たうばつ》し|懲戒《ちやうかい》し|警告《けいこく》するのは|大禍津日神《おほまがつひのかみ》であります。
正
|八十禍津日神《やそまがつひのかみ》
|大禍津日神《おほまがつひのかみ》
|邪《じや》
|八十禍津神《やそまがつかみ》
|大禍津神《おほまがつかみ》
(大正九・一・一五 講演筆録 外山豊二)
第二九章 |言霊解《げんれいかい》三〔四五九〕
『|次《つぎ》に|其《そ》の|禍《まが》を|直《なほ》さむと|為《し》て|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は、|神直日神《かむなほひのかみ》、|次《つぎ》に|大直日神《おほなほひのかみ》、|次《つぎ》に|伊都能売神《いづのめのかみ》』
|神直日神《かむなほひのかみ》は|宇宙《うちう》|主宰《しゆさい》の|神《かみ》の|直霊魂《ちよくれいこん》にして、|大直日神《おほなほひのかみ》は|天帝《てんてい》の|霊魂《れいこん》の|分賦《ぶんぷ》たる|吾人《ごじん》の|霊魂《れいこん》をして|完全《くわんぜん》|無疵《むし》たらしめむとする|直霊《ちよくれい》である。|所謂《いはゆる》|罪科《つみとが》を|未萠《みぼう》に|防《ふせ》ぐ|至霊《しれい》にして、|大祓《おほはらひ》の|祝詞《のりと》に、|之《これ》を|気吹戸主神《いぶきどぬしのかみ》と|謂《まを》すのである。|又《また》|八十曲津日神《やそまがつひのかみ》、|大曲津日神《おほまがつひのかみ》は、|大祓祝詞《おほはらひのりと》に、|之《これ》を|瀬織津姫神《せおりつひめのかみ》と|謂《い》ひ、|伊都能売神《いづのめのかみ》を|速秋津彦神《はやあきつひこのかみ》、|速秋津姫神《はやあきつひめのかみ》と|謂《い》ひ、|神素盞嗚神《かむすさのをのかみ》を|速佐須良姫神《はやさすらひめのかみ》と|謂《まを》すのである。|以上《いじやう》の|四柱《よはしら》の|神様《かみさま》を|総称《そうしよう》して|祓戸《はらひど》の|大神《おほかみ》と|謂《い》ふのであります。
|即《すなは》ち|伊邪那岐命《いざなぎのみこと》が|黄泉津国《よもつのくに》の|汚穢《をゑ》|混濁《こんだく》を|払滌《ふつでう》せむとして、|筑紫《つくし》の|日向《ひむか》の|橘《たちばな》の|小戸《をど》の|阿波岐原《あはぎはら》に、|禊身《みそぎ》|祓《はら》ひの|神業《しんげふ》を|修《しう》し|玉《たま》ひし|時《とき》に|生《あ》れませる|大神《おほかみ》なるは|前陳《ぜんちん》の|通《とほ》りである。
|大曲津日神《おほまがつひのかみ》は、|大神《おほかみ》の|神勅《しんちよく》を|奉《ほう》じて|邪神《じやしん》を|誅征《ちうせい》し|討伐《たうばつ》し|玉《たま》ふ|大首領《だいしゆりやう》の|任《にん》に|当《あた》る|神《かみ》であつて|八十曲津日神《やそまがつひのかみ》を|指揮《しき》し|使役《しえき》し|玉《たま》ふ|神《かみ》である。|之《これ》を|現界《げんかい》に|移写《いしや》する|時《とき》は、|大君《おほぎみ》の|勅命《ちよくめい》を|畏《かしこ》みて|征途《せいと》に|上《のぼ》る|総司令官《そうしれいくわん》の|役目《やくめ》である。|以下《いか》の|将卒《しやうそつ》は、|即《すなは》ち|八十曲津日神《やそまがつひのかみ》|様《さま》であります。|猶《な》ほ|更《さら》に|直日《なほひ》(|直霊《ちよくれい》)と|曲霊《まがひ》について|左《さ》に|大要《たいえう》を|示《しめ》して|置《お》きます。
|直霊《ちよくれい》
○|直日《なほひ》の|霊《れい》は|荒魂《あらみたま》の|中《なか》にも、|和魂《にぎみたま》の|中《なか》にも、|奇魂《くしみたま》の|中《なか》にも、|幸魂《さちみたま》の|中《なか》にも|含有《がんいう》さる。|四魂中《しこんちう》|各自《かくじ》|極《きは》めて|美《うる》はしく、|至《いた》つて|細《くは》しき|霊《みたま》の|名称《めいしよう》にして、|善々美々《ぜんぜんびび》なるものを|謂《い》ふ。
○|直霊《なほひ》は|過失《くわしつ》を|未萠《みぼう》に|消滅《せうめつ》せしむるの|能力《のうりよく》あり。|四魂《しこん》|各自《かくじ》|用《もち》ゐて|直《ちよく》は|其《その》|中《うち》にあり、|之《こ》れ|即《すなは》ち|直霊《なほひ》なり、|神典《しんてん》|之《これ》を|神直日《かむなほひ》|大直日《おほなほひ》と|云《い》ふ。|始祖《しそ》の|所名《しよめい》なり。
○|直霊《なほひ》は|平時《へいじ》に|現《あらは》れず、|事《こと》に|当《あた》つて|発動《はつどう》す。
○|神直日《かむなほひ》とは、|天帝《てんてい》の|本霊《ほんれい》たる|四魂《しこん》に|具有《ぐいう》せる|直霊魂《ちよくれいこん》を|謂《い》ふ。
○|大直日《おほなほひ》とは、|吾人《ごじん》|上帝《じやうてい》より|賦与《ふよ》せられたる|吾《わが》|魂《みたま》の|中《なか》に|具有《ぐいう》せる|直霊魂《ちよくれいこん》を|謂《い》ふ。
直霊 勇……荒魂
親……和魂
愛……幸魂
智……奇魂
|曲霊《きよくれい》
○|曲霊《きよくれい》は|神典《しんてん》|之《これ》を|八十曲津神《やそまがつかみ》、|大曲津神《おほまがつかみ》と|謂《い》ふ。
○|八十曲津神《やそまがつかみ》は|吾人《ごじん》の|霊魂《れいこん》|以外《いぐわい》に|在《あ》りて|災禍《わざはひ》を|為《な》す|曲霊《きよくれい》なり。|大曲津神《おほまがつかみ》は|吾人《ごじん》の|霊魂中《れいこんちう》に|潜《ひそ》みて|災禍《さいくわ》を|為《な》す|曲霊《きよくれい》なり。
○|曲霊《きよくれい》なるものは|悉《ことごと》く|罪悪《ざいあく》|汚穢《をゑ》より|湧出《ゆうしゆつ》するものなり。
○|曲霊《きよくれい》、|荒魂《あらみたま》を|乱《みだ》るときは|争《あらそ》ひとなり、|和魂《にぎみたま》を|乱《みだ》るときは|悪《あく》となり、|幸魂《さちみたま》を|乱《みだ》るときは|逆《ぎやく》となり、|奇魂《くしみたま》を|乱《みだ》るときは|狂《きやう》となる。
○|曲霊《きよくれい》は|体《たい》を|重《おも》んじ|霊《れい》を|軽《かろ》んずるに|因《よ》りて|成《な》り|出《い》づる|悪霊《あくれい》なり。
○|曲霊《きよくれい》は|世俗《せぞく》の|所謂《いはゆる》|悪魔《あくま》なり、|邪神《じやしん》なり、|妖魅《えうみ》なり、|探女《さぐめ》なり。
曲霊 争……荒魂
悪……和魂
逆……幸魂
狂……奇魂
|神明《しんめい》の|戒律《かいりつ》
○|省《しやう》、|恥《ち》、|悔《くわい》、|畏《ゐ》、|覚《かく》の|五情《ごじやう》は|霊魂中《れいこんちう》に|含有《がんいう》す、|即《すなは》ち|神明《しんめい》の|戒律《かいりつ》なり。|末世《まつせ》の|無識《むしき》、|妄《みだり》に|戒律《かいりつ》を|作《つく》り、|後学《こうがく》を|眩惑《げんわく》し、|知識《ちしき》の|開発《かいはつ》を|妨害《ばうがい》す、|神府《しんぷ》の|罪奴《ざいど》と|謂《い》ふ|可《べ》し。
霊魂 恥……荒魂……勇
悔……和魂……親
省……直霊
畏……幸魂……愛
覚……奇魂……智
○|釈迦《しやか》の|十戒《じつかい》と|謂《い》ひ、|基督《キリスト》の|十戒《じつかい》と|謂《い》ひ、|其《その》|他《た》の|学者《がくしや》|神道者《しんだうしや》の|唱導《しやうだう》する|戒律《かいりつ》は、|悉皆《しつかい》|浅薄《せんぱく》|偏狭《へんけふ》、|頑迷《ぐわんめい》|固執《こしつ》にして|社会《しやくわい》の|発達《はつたつ》、|人智《じんち》の|開明《かいめい》に|大害《たいがい》を|為《な》すものなり。
○|人《ひと》は|天帝《てんてい》の|御子《みこ》なり、|神子《みこ》たるもの、|真《しん》の|父《ちち》たり|母《はは》たる|上帝《じやうてい》より|賦与《ふよ》せられたる|至明《しめい》|至聖《しせい》なる|戒律《かいりつ》を|度外視《どぐわいし》し、|人《ひと》の|智慮《ちりよ》に|依《よ》つて|作為《さくゐ》したる|不完全《ふくわんぜん》なる|戒律《かいりつ》を|楯《たて》と|頼《たの》み、|以《もつ》て|心《こころ》を|清《きよ》め|徳《とく》を|行《おこな》ひ、|向上《こうじやう》し|発展《はつてん》し、|立命《りつめい》せむとするは|愚《ぐ》の|骨頂《こつちやう》にして、|恰《あたか》も|木《き》に|縁《よ》つて|魚《うを》を|求《もと》めむとするが|如《ごと》し。
○|省《かへりみ》る。この|戒律《かいりつ》を|失《うしな》ひたる|時《とき》は、|直霊《なほひ》|直《ただち》に|曲霊《きよくれい》に|変《へん》ず。
○|恥《はぢ》る。この|戒律《かいりつ》を|失《うしな》ひたる|時《とき》は、|荒魂《あらみたま》|直《ただち》に|争魂《さうこん》に|変《へん》ず。
○|悔《くい》る。この|戒律《かいりつ》を|失《うしな》ひたる|時《とき》は、|和魂《にぎみたま》|直《ただち》に|悪魂《あくこん》に|変《へん》ず。
○|畏《おそ》る。この|戒律《かいりつ》を|失《うしな》ひたる|時《とき》は、|幸魂《さちみたま》|直《ただち》に|逆魂《ぎやくこん》に|変《へん》ず。
○|覚《さと》る。この|戒律《かいりつ》を|失《うしな》ひたる|時《とき》は、|奇魂《くしみたま》|直《ただち》に|狂魂《きやうこん》に|変《へん》ず。
|直霊《ちよくれい》|五情《ごじやう》|曲霊《きよくれい》の|解《かい》
恥 争 荒魂……勇
悔 悪 和魂……親
曲霊 省 直霊
畏 逆 幸魂……愛
覚 狂 奇魂……智
○|荒魂《あらみたま》は|勇《ゆう》なり、|勇《ゆう》の|用《はたらき》は|進《しん》なり|果《くわ》なり|奮《ふん》なり|勉《べん》なり|克《こく》なり。
○|和魂《にぎみたま》は|親《しん》なり、|親《しん》の|用《はたらき》は|平《へい》なり|修《しう》なり|斎《さい》なり|治《ち》なり|交《かう》なり。
○|幸魂《さちみたま》は|愛《あい》なり、|愛《あい》の|用《はたらき》は|益《えき》なり|造《ざう》なり|生《せい》なり|化《くわ》なり|育《いく》なり。
○|奇魂《くしみたま》は|智《ち》なり、|智《ち》の|用《はたらき》は|巧《かう》なり|感《かん》なり|察《さつ》なり|覚《かく》なり|悟《ご》なり。
経 |荒魂《あらみたま》の|体《たい》は|勇《ゆう》|也《なり》。|勇《いさ》の|用《はたらき》は|進《しん》|果《くわ》|奮《ふん》|勉《べん》|克《こく》|也《なり》。
|和魂《にぎみたま》の|体《たい》は|親《しん》|也《なり》。|親《しん》の|用《はたらき》は|平《へい》|修《しう》|斎《さい》|治《ち》|交《かう》|也《なり》。
緯 |幸魂《さちみたま》の|体《たい》は|愛《あい》|也《なり》。|愛《あい》の|用《はたらき》は|益《えき》|造《ざう》|生《せい》|化《くわ》|育《いく》|也《なり》。
|奇魂《くしみたま》の|体《たい》は|智《ち》|也《なり》。|智《ち》の|用《はたらき》は|巧《かう》|感《かん》|察《さつ》|覚《かく》|悟《ご》|也《なり》。
|義《ぎ》
○|義《ぎ》は|四魂《しこん》|各《おのおの》|之《こ》れ|有《あ》り、|而《しか》して|裁《さい》、|制《せい》、|断《だん》、|割《かつ》を|主《つかさど》る|也《なり》。
○|之《こ》れを|四魂《しこん》に|配《はい》せば|裁《さい》は|智《ち》なり、|制《せい》は|親《しん》なり、|断《だん》は|勇《ゆう》なり、|割《かつ》は|愛《あい》なり。
○|裁《さい》は|弥縫補綴《びほうほてつ》の|意《い》を|兼《か》ね、|制《せい》は|政令法度《せいれいほふど》の|意《い》を|兼《か》ね、|断《だん》は|果毅敢為《くわきかんゐ》の|意《い》を|兼《か》ね、|割《かつ》は|忘身殉難《ばうしんじゆんなん》の|意《い》を|兼《か》ぬ。
▲|政《せい》は|正《せい》なり、|令《れい》は|理《り》なり、|法《ほふ》は|公《こう》なり、|度《ど》は|同《どう》なり。
○|過《あやまち》を|悔《く》い|改《あらた》むるは|義《ぎ》なり。
義 裁 智……兼弥縫補綴之意
制 親……兼政令法度之意
断 勇……兼果毅敢為之意
割 愛……兼忘身殉難之意
|欲《よく》
○|欲《よく》は|四魂《しこん》より|出《い》でて|而《しか》して|義《ぎ》を|併立《へいりつ》す。|故《ゆゑ》に|義《ぎ》の|裁《さい》|制《せい》|断《だん》|割《かつ》に|対《たい》して、|名《めい》、|位《ゐ》、|寿《じゆ》、|富《ふう》となる。|名《めい》は|美《び》を|欲《ほつ》し、|位《ゐ》は|高《かう》を|欲《ほつ》し、|寿《じゆ》は|長《ちやう》を|欲《ほつ》し、|富《ふう》は|大《だい》を|欲《ほつ》す。
義 …断…勇 欲 …位…高…勇…進
…制…親 …富…大…親…平
…割…愛 …寿…長…愛…益
…裁…智 …名…美…智…巧
伊都能売神 経 荒魂……勇
和魂……親
緯 奇魂……智
幸魂……愛
|経魂《けいこん》たる|荒和二魂《くわうわにこん》の|主宰《しゆさい》する|神魂《しんこん》を|厳《いづ》の|御魂《みたま》と|云《い》ひ、|緯魂《ゐこん》たる|奇幸二魂《きかうにこん》の|主宰《しゆさい》する|神魂《しんこん》を|瑞《みづ》の|御魂《みたま》と|云《い》ひ、|厳瑞《げんずゐ》|合一《がふいつ》したる|至霊《しれい》を|伊都能売御魂《いづのめのみたま》と|云《い》ふのである。
(大正九・一・一五 講演筆録 谷村真友)
第三〇章 |言霊解《げんれいかい》四〔四六〇〕
『|次《つぎ》に|水底《みなそこ》に|滌《そそ》ぎ|玉《たま》ふ|時《とき》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は、|底津綿津見神《そこつわたつみのかみ》、|次《つぎ》に|底筒之男命《そこづつのをのみこと》、|中《なか》に|滌《そそ》ぎたまふ|時《とき》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は、|中津綿津見神《なかつわたつみのかみ》、|次《つぎ》に|中筒之男命《なかづつのをのみこと》、|水《みづ》の|上《うへ》に|滌《そそ》ぎたまふ|時《とき》に|成《な》りませる|神《かみ》の|御名《みな》は、|上津綿津見神《うはつわたつみのかみ》、|次《つぎ》に|上筒之男命《うはづつのをのみこと》、|此《この》|三柱《みはしら》の|綿津見神《わたつみのかみ》は|阿曇《あづみ》の|連《むらじ》|等《ら》が|祖神《そしん》ともち|斎《いつ》く|神《かみ》なり、|故《かれ》|阿曇《あづみ》の|連《むらじ》|等《ら》は、|其《そ》の|綿津見神《わたつみのかみ》の|子《こ》、|宇都志日金柝命《うつしひかなさくのみこと》の|子孫《しそん》なり。|其《その》|底筒之男命《そこづつのをのみこと》、|中筒之男命《なかづつのをのみこと》、|上筒之男命《うはづつのをのみこと》、|三柱《みはしら》の|神《かみ》は|墨江《すみのえ》の|三前《みまへ》の|大神《おほかみ》なり』
|水底《みなそこ》の|言霊《ことたま》を|一々《いちいち》|解釈《かいしやく》する|時《とき》は、
【ミ】は|形体《けいたい》|具足《ぐそく》|成就《じやうじゆ》|也《なり》。|充実《じうじつ》|也《なり》。|天真《てんしん》|也《なり》。|道《みち》の|大本《たいほん》|也《なり》。|肉体玉《にくたいたま》|也《なり》。
【ナ】は|万《よろづ》を|兼統《かねすぶ》る|也《なり》。|水素《すゐそ》の|全体《ぜんたい》|也《なり》。|思兼神《おもひかねのかみ》|也《なり》。|顕《けん》を|以《もつ》て|幽《いう》を|知《し》る|也《なり》。|行《ゆ》き|届《とど》き|居《を》る|也《なり》。
【ソ】は|心《こころ》の|海《うみ》|也《なり》。|金剛空《こんがうくう》|也《なり》。|臍《へそ》|也《なり》。|◎《す》を|包《つつ》み|居《を》る|也《なり》。|無限《むげん》|清澄《せいちやう》|也《なり》。
【コ】は|天津誠《あまつまこと》の|精髄《せいずゐ》|也《なり》。|全《まつた》く|要《かな》むる|也《なり》。|一切《いつさい》の|真元《しんげん》と|成《な》る|也《なり》。|親《おや》の|元素《もと》|也《なり》。|劣《おと》り|負《ま》くる|也《なり》。
|要《えう》するに|水底《みなそこ》は、|海《うみ》の|底《そこ》とか|河《かは》の|底《そこ》、|池《いけ》の|底《そこ》なぞで、|水《みづ》の|集合《しふがふ》したる|場所《ばしよ》である。|水《みづ》は|総《すべ》てのものを|養《やしな》ひ|育《そだ》て、|生成《せいせい》の|功《こう》を|為《な》し、|且《か》つ|又《また》|一切《いつさい》の|汚物《をぶつ》と|混交《こんかう》して|少《すこ》しも|厭《いと》はず、|万物《ばんぶつ》の|汚穢《をゑ》を|洗滌《せんでき》し、|以《もつ》て|清浄《せいじやう》ならしむるものは|水《みづ》ばかりである。また|水《みづ》は|低《ひく》きに|向《むか》つて|流《なが》れ、|凹所《あふしよ》に|集《あつ》まり、|方円《はうゑん》の|器《うつは》に|従《したが》ひ、|以《もつ》て|利用《りよう》|厚生《こうせい》の|活用《くわつよう》を|為《な》すもので、|宇宙間《うちうかん》に|於《おい》て|最《もつと》も|重要《ぢゆうえう》なる|神器《しんき》であります。|火《ひ》の|熱《ねつ》にあへば、|蒸発《じようはつ》して|天《てん》に|昇《のぼ》り、|雲雨《うんう》となりて|地上《ちじやう》|一切《いつさい》を|哺育《ほいく》す。|斯《かく》の|如《ごと》き|活用《くわつよう》ある|神霊《しんれい》を|称《たた》へて、|水《みづ》の|御魂《みたま》と|申上《まをしあ》げるのである。
【ミ】は|形体《けいたい》|具足《ぐそく》|成就《じやうじゆ》して、|一点《いつてん》の|空隙《くうげき》なく、|随所《ずゐしよ》に|充満《じうまん》し、|天真《てんしん》の|侭《まま》にして|少《すこ》しも|争《あらそ》はず、|生成化育《せいせいくわいく》の|大本《たいほん》をなし、|人身《じんしん》を|養《やしな》ひ|育《そだ》て、|玉《たま》と|成《な》るの|特性《とくせい》を|保《たも》ち、【ナ】は|万物《ばんぶつ》を|統御《とうぎよ》し、|有形《いうけい》を|以《もつ》て|無形《むけい》の|神界《しんかい》を|探知《たんち》し、|思兼《おもひかね》の|神《かみ》となりて|世《よ》を|開《ひら》き|治《をさ》め、|上中下《じやうちうげ》|共《とも》に|完全《くわんぜん》に|行《ゆ》き|届《とど》き、【ソ】は|精神《せいしん》の|海《うみ》となりて|神智《しんち》|妙能《めうのう》を|発揮《はつき》し、|臍下丹田《さいかたんでん》よく|整《ととの》ひて|事物《じぶつ》に|動《どう》ぜず、|限《かぎ》りなく|澄《す》み|切《き》りて|一片《いつぺん》の|野望《やばう》なく、|利己的《りこてき》の|行動《かうどう》を|為《な》さず、|◎《す》の|尊厳《そんげん》を|発揮《はつき》し、【コ】は|天津誠《あまつまこと》の|真理《しんり》を|顕彰《けんしやう》して|親《しん》たるの|位《くらゐ》を|惟神《かむながら》に|保《たも》ち、|生類《せいるい》|一切《いつさい》の|真元《しんげん》と|成《な》りて、|全地球《ぜんちきう》を|要《かな》むるの|神力《しんりき》|霊能《れいのう》を|具有《ぐいう》するも、|和光同塵《わくわうどうぢん》、|以《もつ》て|時《とき》の|致《いた》るを|待《ま》ちて、|天《てん》にのぼる|蛟竜《かうりやう》の|如《ごと》く、|時《とき》|非《ひ》なる|時《とき》は|努《つと》めて|自己《じこ》の|霊能《れいのう》を|隠伏《いんぷく》し、|劣者《れつしや》|愚者《ぐしや》|弱者《じやくしや》にも、|譲《ゆづ》りて|下位《かゐ》に|立《た》ち、|寸毫《すんがう》も|心意《しんい》に|介《かい》せざる|大真人《だいしんじん》の|潜居《せんきよ》せる|低所《ていしよ》を|指《さ》して|水底《みなそこ》と|云《い》ふのであります。アヽ|海《うみ》よりも|深《ふか》く|山《やま》よりも|高《たか》き、|水《みづ》の|御魂《みたま》の|一日《いちじつ》も|速《はや》く|出現《しゆつげん》して、|無明常暗《むみやうじやうあん》の|天地《てんち》を|洗滌《せんでき》し、|以《もつ》て|天国《てんごく》|極楽《ごくらく》|浄土《じやうど》の|出現《しゆつげん》せむ|事《こと》を|待《ま》つ|間《ま》の|長《なが》き|鶴《つる》の|首《くび》、|亀《かめ》も|所《ところ》を|得《え》て|水底《すゐてい》より|浮《うか》び|上《のぼ》るの|祥瑞《しやうずゐ》を|希求《ききう》するの|時代《じだい》であります。
|綿津見《わたつみ》の|神《かみ》の|言霊解《ことたまかい》
【ワ】は|輪《わ》にして|筒《つつ》の|体《たい》である。|紋理《あや》の|起《おこ》りである。|親子《しんし》である。|世《よ》を|知《し》り|初《そ》むる|言霊《ことたま》である。|物《もの》の|起《おこ》りにして|人《ひと》の|起《おこ》りである。|締寄《しめよ》する|言霊《ことたま》である。|順々《じゆんじゆん》に|世《よ》を|保《たも》つ|言霊《ことたま》である。|子《こ》の|世《よ》にして|親《おや》の|位《くらゐ》を|践《ふ》む|言霊《ことたま》であります。
【タ】は|対照力《たいせうりよく》である。|東《ひがし》は|西《にし》に|対《たい》し、|南《みなみ》は|北《きた》に|対《たい》し、|天《てん》は|地《ち》に|対《たい》し、|生《せい》は|死《し》に|対《たい》する|如《ごと》きを|対照力《たいせうりよく》と|云《い》ふのであります。
【ツ】は|大金剛力《だいこんがうりき》である。|強《つよ》く|続《つづ》き、|実相真如《じつさうしんによ》、|之《これ》を【ツ】と|言《い》ふのである。|又《また》|応照《おうせう》|応対力《おうたいりよく》|対偶力《たいぐうりよく》であり、|産霊《むすび》の|大元《たいげん》であり、|平均力《へいきんりよく》の|極《きよく》であり、|霊々《れいれい》|神々《しんしん》|赫々《かくかく》として|間断《かんだん》なく、|大造化《だいざうくわ》の|力《ちから》にして、|機臨《さし》の|大元《おほもと》であり、|速力《そくりよく》の|極《きよく》であります。
【ミ】は|水《みづ》であり、|身《み》であり、|充《み》ち|満《み》つるの|意《い》にして、|惟神大道《かむながらのたいだう》の【ミチ】であります。
|以上《いじやう》の|四言霊《しげんれい》を|以《もつ》て|思考《しかう》する|時《とき》は、|実《じつ》に|無限《むげん》の|神力《しんりき》を|具備《ぐび》し、|円満《ゑんまん》|充全《じうぜん》にして、|天下《てんか》の|妖邪神《えうじやしん》を|一掃《いつさう》し、|所在《あらゆる》|罪悪《ざいあく》|醜穢《しうゑ》を|洗滌《せんでき》し|玉《たま》ふ|威徳《ゐとく》|兼備《けんび》の|勇猛《ゆうまう》なる|五六七《みろく》の|大神《おほかみ》の|御活動《ごくわつどう》ある|神《かみ》である|事《こと》が|分明《ぶんめい》するのであります。
|筒之男命《つつのをのみこと》
【ツツノオ】の|言霊《ことたま》は、|大金剛力《だいこんがうりき》を|具有《ぐいう》し、|以《もつ》て|正邪《せいじや》|理非《りひ》を|決断《けつだん》し、|水《みづ》の|元質《げんしつ》を|発揮《はつき》して、|一切《いつさい》の|悪事《あくじ》を|洗《あら》ひ|清《きよ》め、|霊主体従《れいしゆたいじう》|日本魂《やまとだましひ》の|身魂《みたま》に、|復帰《ふくき》せしめ|玉《たま》ふてふ|神名《しんめい》であります。|茲《ここ》に|底《そこ》|中《なか》|上《かみ》の|神《かみ》と|命《みこと》とが|区別《くべつ》して|載《の》せられて|在《あ》るのは、|大《おほい》に|意味《いみ》のある|事《こと》である。|古典《こてん》は|霊《れい》を|称《しよう》して|神《かみ》と|言《い》ひ、|体《たい》を|称《しよう》して|命《みこと》と|言《い》ふ。|神《かみ》とは|幽体《いうたい》、|隠身《かくれみ》、|即《すなは》ち【カミ】であつて、|命《みこと》とは|体異《みこと》、|体別《みこと》、|即《すなは》ち|身殊《みこと》の|意味《いみ》である。|後世《こうせい》の|古学《こがく》を|研究《けんきう》するもの、|無智《むち》|蒙昧《もうまい》にして、|古義《こぎ》を|知《し》らずに|神《かみ》と|命《みこと》を|混用《こんよう》し、|幽顕《いうけん》を|同称《どうしよう》するが|故《ゆゑ》に、|古典《こてん》の|真義《しんぎ》は|何時《いつ》まで|研究《けんきう》しても、|分《わか》つて|来《こ》ないのであります。|又《また》|底《そこ》とは|最《もつと》も|下級《かきふ》の|神界《しんかい》|及《およ》び|社会《しやくわい》であり、|中《なか》とは|中流《ちうりう》の|神界《しんかい》|及《およ》び|社会《しやくわい》であり、|上《かみ》とは|上流《じやうりう》の|神界《しんかい》|及《およ》び|社会《しやくわい》を|指《さ》すのである。|故《ゆゑ》に|綿津見神《わたつみのかみ》は|底《そこ》|中《なか》|上《かみ》の|三段《さんだん》に|分《わか》れて、|神界《しんかい》の|大革正《だいかくせい》を|断行《だんかう》し|玉《たま》ひ、|筒之男命《つつのをのみこと》は、|同《おな》じく|三段《さんだん》に|分《わか》れて、|現社会《げんしやくわい》の|大革正《だいかくせい》を|断行《だんかう》し|玉《たま》ふ|御神事《ごしんじ》であります。|大本神諭《おほもとしんゆ》に『|神《かみ》の|世《よ》と|人《ひと》の|世《よ》との|立替立直《たてかへたてなほ》しを|致《いた》すぞよ』とあり、|亦《また》『|神《かみ》、|仏《ぶつ》|儒《じゆ》|人民《じんみん》なぞの|身魂《みたま》の|建替建直《たてかへたてなほ》しを|致《いた》す|時節《じせつ》が|参《まゐ》りたから、|艮《うしとら》の|金神《こんじん》|大国常立尊《おほくにとこたちのみこと》が、|出口《でぐち》の|神《かみ》と|現《あらは》れて、|天《てん》の|御三体《ごさんたい》の|大神《おほかみ》の|御命令《ごめいれい》|通《どほ》りに、|大洗濯《おほせんだく》|大掃除《おほさうぢ》を|致《いた》して、|松《まつ》の|世《よ》|五六七《みろく》の|結構《けつこう》な|世《よ》にして|上中下《じやうちうげ》|三段《さんだん》の|身魂《みたま》が|揃《そろ》うて、|三千世界《さんぜんせかい》を|神国《しんこく》に|致《いた》すぞよ』と|示《しめ》されてあるのも、|斯《こ》の|三柱《みはしら》の|神《かみ》と、|命《みこと》との|御活動《ごくわつどう》に|外《ほか》ならぬのであります。
|現代《げんだい》の|如《ごと》く|世界《せかい》の|隅々《すみずみ》まで|面白《おもしろ》からぬ|思想《しさう》が|勃興《ぼつこう》し、|人心《じんしん》は|日《ひ》に|月《つき》に|悪化《あくくわ》し、|暴動《ばうどう》や|爆弾《ばくだん》|騒《さわ》ぎが|相次《あひつ》いで|起《おこ》り|天下《てんか》は|実《じつ》に|乱麻《らんま》の|如《ごと》き|状態《じやうたい》である。|斯《か》かる|醜《しこ》めき|穢《きたな》き|国《くに》になり|果《は》てたる|以上《いじやう》は、どうしても|禊身祓《みそぎはらひ》の|大々的《だいだいてき》|御神業《ごしんげふ》が|開始《かいし》されなくては、|到底《たうてい》|人間《にんげん》の|智力《ちりよく》、|学力《がくりよく》、|武力《ぶりよく》などで|治《をさ》めると|云《い》ふことは|不可能《ふかのう》であります。|八十曲津神《やそまがつかみ》、|大曲津神《おほまがつかみ》の|征服《せいふく》は|絶対《ぜつたい》|無限《むげん》の|金剛力《こんがうりき》を|具有《ぐいう》し|玉《たま》ふ|神剣《しんけん》の|発動《はつどう》、|即《すなは》ち|神界《しんかい》の|大祓《おほはらひ》|行事《ぎやうじ》に|待《ま》たなくば、|障子《しやうじ》|一枚《いちまい》|侭《まま》ならぬ|眼《まなこ》を|有《もつ》て|居《を》る|如《や》うな|人間《にんげん》が|何程《なにほど》|焦慮《せうりよ》して|見《み》た|所《ところ》で、|百日《ひやくにち》の|説法《せつぽふ》|屁《へ》|一《ひと》つの|力《ちから》も|現《あらは》れないのである。|是《これ》はどうしても|神界《しんかい》の|一大《いちだい》|権威《けんゐ》を|以《もつ》て|大祓《おほはらひ》を|遂行《すゐかう》され、|日本国体《につぽんこくたい》の|崇高《すうかう》|至厳《しげん》を|根本的《こんぽんてき》に|顕彰《けんしやう》すべき|時機《じき》であつて、|実《じつ》に|古今《ここん》|一轍《いつてつ》の|神典《しんてん》の|御遺訓《ごゐくん》の、|絶対的《ぜつたいてき》|神書《しんしよ》なるに|驚《おどろ》くのであります。
|神界《しんかい》の|権威《けんゐ》なる、|宇宙《うちう》の|大修祓《だいしうばつ》は|人間《にんげん》としては|不可抗力《ふかかうりよく》である。|由来《ゆらい》|天災地妖《てんさいちえう》の|如《ごと》きは、|人間《にんげん》の|左右《さいう》し|得《う》るもので|無《な》いと、|現代《げんだい》の|物質《ぶつしつ》|本能《ほんのう》|主義《しゆぎ》の|学者《がくしや》や|世俗《せぞく》は|信《しん》じて|居《を》るが、|併《しか》しその|実際《じつさい》に|於《おい》ては、|天災地妖《てんさいちえう》と|人事《じんじ》とは、|極《きは》めて|密接《みつせつ》の|関係《くわんけい》が|有《あ》るのである。|故《ゆゑ》に|国家《こくか》|能《よ》く|治平《ちへい》なる|時《とき》は、|天上《てんじやう》|地上《ちじやう》|倶《とも》に|平穏《へいおん》|無事《ぶじ》にして、|上下万民《しやうかばんみん》|鼓腹撃壤《こふくげきじやう》の|怡楽《ゐらく》を|享《う》くるのは|天理《てんり》である。|地上《ちじやう》|二十億《にじふおく》の|生民《せいみん》は、|皆《みな》|悉《ことごと》く|御皇祖《ごくわうそ》の|神《かみ》の|御実体《ごじつたい》なる、|大地《だいち》に|蕃殖《ばんしよく》するものであるが、この|人間《にんげん》なるものは、|地上《ちじやう》を|経営《けいえい》すべき|本能《ほんのう》を|禀《う》け|得《え》て|生長《せいちやう》するのである。|然《しか》るに、|万物《ばんぶつ》の|霊長《れいちやう》とまで|称《とな》ふる|人間《にんげん》が|吾《われ》の|天職《てんしよく》をも|知《し》らず、|法則《はふそく》をも|究《きは》めずして、|日夜《にちや》|横暴《わうばう》|無法《むはふ》なる|醜行《しうかう》|汚為《をゐ》を|敢行《かんかう》しつつあるは、|実《じつ》に|禽獣《きんじう》と|何等《なんら》|択《えら》ぶ|所《ところ》は|無《な》いのである。|全体《ぜんたい》|宇宙《うちう》は|天之御中主神《あめのみなかぬしのかみ》の|御精霊体《ごせいれいたい》なる|以上《いじやう》は、|地上《ちじやう》の|生民《せいみん》|等《ら》が|横暴《わうばう》|無法《むはふ》の|行動《かうどう》によつて、|精神界《せいしんかい》の|順調《じゆんてう》も、|亦《また》|乱《みだ》れざるを|得《え》ない|次第《しだい》である。|要《えう》するに|天災地妖《てんさいちえう》の|原因《げんいん》|結果《けつくわ》は、|所謂《いはゆる》|天《てん》に|唾《つばき》して|自己《じこ》の|顔面《がんめん》に|被《かぶ》るのと|同一《どういつ》である。|人間《にんげん》を|始《はじ》め|動物《どうぶつ》や|植物《しよくぶつ》が、|天賦《てんぷ》の|生命《せいめい》を|保《たも》つ|能《あた》はずして、|夭死《えうし》し|或《あるひ》は|病災《びやうさい》|病毒《びやうどく》の|為《ため》に、|変死《へんし》し|枯朽《こきう》する|其《そ》の|根本《こんぽん》の|原因《げんいん》は、|要《えう》するに|天則《てんそく》に|違反《ゐはん》し、|矛盾《むじゆん》せる|国家《こくか》|経綸《けいりん》の|結果《けつくわ》にして、|政弊腐敗《せいへいふはい》の|表徴《へうちよう》である。|現時《げんじ》の|如《ごと》く|天下《てんか》|挙《こぞ》つて|人生《じんせい》の|天職《てんしよく》を|忘却《ばうきやく》し、|天賦《てんぷ》の|衣食《いしよく》を|争奪《そうだつ》するが|為《ため》に|営々《えいえい》たるが|如《ごと》き、|国家《こくか》の|経綸《けいりん》は|実《じつ》に|矛盾《むじゆん》|背理《はいり》の|極《きよく》である。|皇国《くわうこく》は|世界《せかい》を|道義的《だうぎてき》に|統一《とういつ》すべき、|神明《しんめい》の|国《くに》であつて、|決《けつ》して|体主霊従的《がいこく》の|経綸《けいりん》の|如《ごと》く、|征服《せいふく》とか|占領《せんりやう》とかの、|無法《むはふ》|横暴《わうばう》を|為《な》す|事《こと》を|許《ゆる》さぬ|神国《しんこく》である。|皇典《くわうてん》|古事記《こじき》の|斯《こ》の|御遺訓《ごゐくん》に|由《よ》り|奉《たてまつ》りて、|国政《こくせい》を|革新《かくしん》し、|以《もつ》て|皇道《くわうだう》|宣揚《せんやう》の|基礎《きそ》を|確立《かくりつ》し、|以《もつ》て|皇祖《くわうそ》|天照大神《あまてらすおほかみ》の|御神勅《ごしんちよく》を|仰《あふ》ぎ、|以《もつ》て|世界《せかい》|経綸《けいりん》の|発展《はつてん》に|着手《ちやくしゆ》すべきものなる|事《こと》は、|艮《うしとら》の|金神《こんじん》|国常立尊《くにとこたちのみこと》の|終始一貫《しうしいつくわん》せる|御神示《ごしんじ》であります。
(大正九・一・一五 講演筆録 谷村真友)
第三一章 |言霊解《げんれいかい》五〔四六一〕
『|墨江《すみのえ》の|三前《みまへ》の|大神《おほかみ》』
【スミノエノミマヘ】の|言霊《ことたま》を|解説《かいせつ》すると、
【ス】は、|真《しん》の|中心《ちうしん》|也《なり》、|本末《ほんまつ》を|一轍《いつてつ》に|貫《つら》ぬく|也《なり》、|玉《たま》|也《なり》、|八咫《やあた》に|伸《の》び|極《きは》まる|也《なり》、|出入《しゆつにふ》の|息《いき》|也《なり》、|不至所《いたらざるところ》|無《な》く|不為所《なさざるところ》|無《な》き|也《なり》、|天球中《てんきうちう》の|一切《いつさい》|也《なり》、|八極《はつきよく》を|統《す》ぶる|也《なり》、|数《かず》の|限《かぎ》り|住《す》む|也《なり》、|安息《あんそく》の|色《いろ》|也《なり》、|清澄《せいちやう》|也《なり》、|自由自在《じいうじざい》|也《なり》、|素《す》の|侭《まま》|也《なり》。
【ミ】は、|瑞《みづ》|也《なり》、|満《みつ》|也《なり》、|水《みづ》|也《なり》、|体《み》|也《なり》。
【ノ】は、|助辞《じよじ》|也《なり》。
【エ】は、ヤ|行《ぎやう》の【エ】にして|心《こころ》の|結晶点《けつしやうてん》|也《なり》、|集《あつま》り|来《きた》る|也《なり》。|胞衣《えな》|也《なり》、|悦《よろこ》び|合《あ》ふ|也《なり》、|撰《え》る|也《なり》、|大《だい》|也《なり》。
【ノ】は、|助辞《じよじ》|也《なり》。
【ミ】は、|三《み》|也《なり》、|天地人《てんちじん》の|三《み》|也《なり》、|太陰《たいいん》|也《なり》、|屈伸《くつしん》|自在《じざい》|也《なり》、|円《ゑん》|也《なり》、|人《ひと》の|住所《ぢゆうしよ》|也《なり》。
【マ】は、|一《いち》の|位《くらゐ》に|当《あた》る|也《なり》、|一《いち》の|此《この》|世《よ》に|出《いづ》る|也《なり》、|全備《ぜんび》|也《なり》、|円《ゑん》|也《なり》、|人《ひと》の|住所《ぢゆうしよ》|也《なり》。
【ヘ】は、|◎《す》の|堅庭《かたには》|也《なり》、|動《うご》き|進《すす》む|義《ぎ》|也《なり》、|部《べ》|也《なり》、|辺《へ》|也《なり》、|高天原《たかあまはら》の|内《うち》に|◎《す》を|見《み》る|也《なり》。
|以上《いじやう》の|言霊《ことたま》を|総括《そうくわつ》する|時《とき》は、|明皎々《めいかうかう》たる|八咫《やあた》の|神鏡《しんきやう》の|如《ごと》く|澄《すみ》|極《きは》まり、|顕幽《けんいう》を|透徹《とうてつ》し、|真中真心《しんちゆうしんしん》の|位《くらゐ》に|坐《ざ》し、|至《いた》らざる|所《ところ》|無《な》く、|為《な》さざる|所《ところ》|無《な》く、|清《きよ》き|泉《いづみ》となり、|一切《いつさい》の|本末《ほんまつ》を|明《あきら》かにし|現体《げんたい》を|完全《くわんぜん》に|治《をさ》め、|万物《ばんぶつ》|発育《はついく》の|本源《ほんげん》となり、|以《もつ》て|邪《じや》を|退《しりぞ》け|正《せい》を|撰《えら》み|用《もち》ゐ、|温厚《をんこう》|円満《ゑんまん》にして|月神《げつしん》の|如《ごと》く、|各自《かくじ》の|天賦《てんぷ》を|顕彰《けんしやう》し、|身魂《みたま》の|位《くらゐ》を|明《あきら》かにし、|一《いち》の|位《くらゐ》を|世《よ》に|照《てら》し|活動《くわつどう》|自在《じざい》にして、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》に|八百万《やほよろづ》の|神《かみ》を|集《つど》へ、|以《もつ》て|◎《す》を|守《まも》る|三柱《みはしら》の|大神《おほかみ》と|曰《い》ふ|事《こと》である。|故《ゆゑ》に|三柱《みはしら》の|大神《おほかみ》の|御活動《ごくわつどう》ある|時《とき》は、|風水火《ふうすいくわ》の|大三災《だいさんさい》も|無《な》く、|飢病戦《きびやうせん》の|小三災《せうさんさい》も|跡《あと》を|絶《た》ち、|天祥地瑞《てんしやうちずゐ》|重《かさ》ねて|来《きた》り、|所謂《いはゆる》|松《まつ》の|世《よ》|五六七《みろく》の|世《よ》、|天国《てんごく》|浄土《じやうど》を|地上《ちじやう》に|現出《げんしゆつ》して、|終《つひ》に|天照大神《あまてらすおほかみ》、|月読命《つきよみのみこと》、|須佐之男命《すさのをのみこと》の|三柱《みはしら》の|貴《うづ》の|御子《みこ》|生《あ》れ|給《たま》ひ、|日《ひ》、|地《つち》、|月《つき》|各自《かくじ》|其《その》|位《くらゐ》に|立《た》ちて、|全大宇宙《ぜんだいうちう》を|平《たひら》けく|安《やす》らけく|治《をさ》め|給《たま》ふに|至《いた》るのであります。|故《ゆゑ》に|神《かみ》の|御子《みこ》と|生《うま》れ|天地経綸《てんちけいりん》の|司宰者《しさいしや》として|生《うま》れ|出《い》でたる|人間《にんげん》は、|一日《いちにち》も|早《はや》く|片時《かたとき》も|速《すみやか》に、|各自《かくじ》に|身魂《みたま》を|研《みが》き|清《きよ》め、|以《もつ》て|神人《しんじん》|合一《がふいつ》の|境地《きやうち》に|入《い》り、|宇内《うだい》|大禊祓《おほみそぎはらひ》の|御神業《ごしんげふ》に|奉仕《ほうし》せなくては、|人間《にんげん》と|生《うま》れた|効能《かうのう》が|無《な》く|成《な》るのであります。
|宇都志日金拆命《うつしひかなさくのみこと》
|宇都志日金拆命《うつしひかなさくのみこと》は、|綿津見神《わたつみのかみ》の|御子《みこ》であつて、|阿曇《あづみ》の|連《むらじ》は|其《そ》の|子孫《しそん》である。|宇都志日金拆命《うつしひかなさくのみこと》の|名義《めいぎ》を|言霊《ことたま》に|照《てら》して|解釈《かいしやく》すると、
【ウ】は、|三世《あとさき》を|了達《れうたつ》するなり、|艮《うしとら》の|活動《くわつどう》|也《なり》。
【ツ】は、|大造化《だいざうくわ》の|極力《きよくりよく》|也《なり》。|平均力《へいきんりよく》|也《なり》、|五六七《みろく》の|活動《くわつどう》|也《なり》。
【シ】は、|世《よ》の|現在《げんざい》|也《なり》、|基《もとゐ》|也《なり》、|台《だい》|也《なり》、|竜神《りうじん》の|活動《くわつどう》|也《なり》。
【ヒ】は、|顕幽《けんいう》|悉《ことごと》く|貫徹《くわんてつ》する|也《なり》、|本末一貫《ほんまついつくわん》|也《なり》、|太陽神《たいやうしん》|活動《くわつどう》の|本元《ほんげん》|也《なり》。
【カ】は、|光《ひか》り|輝《かがや》く|也《なり》、|弘《ひろま》り|極《きは》まる|也《なり》、|禁闕要《きんかつかね》の|大神《おほかみ》、|思兼神《おもひかねのかみ》の|活動《くわつどう》|也《なり》。
【ナ】は、|智能《ちのう》|完備《くわんび》|也《なり》、|万物《ばんぶつ》を|兼結《かねむす》ぶ|也《なり》、|直霊主《なほひぬし》の|活動《くわつどう》|也《なり》。
【サ】は、|水質《すゐしつ》|也《なり》、|水《みづ》の|精《せい》|也《なり》、|昇《のぼ》り|極《きは》まる|也《なり》、|瑞《みづ》の|神霊《しんれい》の|活動《くわつどう》|也《なり》。
【ク】は、|明暗《めいあん》の|焼点《せうてん》|也《なり》、|成《な》り|付《つ》く|言霊《ことたま》|也《なり》、|国常立《くにとこたち》の|活動《くわつどう》|也《なり》。
|以上《いじやう》の|言霊《げんれい》|活用《くわつよう》に|依《よ》り、|命《みこと》の|御名義《ごめいぎ》を|総括《そうくわつ》する|時《とき》は、|知識《ちしき》|明達《めいたつ》にして|大造化《だいざうくわ》の|極力《きよくりよく》を|発揮《はつき》し、|天下《てんか》の|不安《ふあん》|不穏《ふおん》を|平定《へいてい》し、|理想《りさう》|世界《せかい》を|樹立《じゆりつ》するの|基礎《きそ》となり、|鎮台《ちんだい》となりて、|顕幽《けんいう》を|悉皆《しつかい》|達観《たつくわん》し、|一大真理《いちだいしんり》に|貫徹《くわんてつ》して|一切《いつさい》|事物《じぶつ》の|本末《ほんまつ》を|糺明《きうめい》し、|邪《じや》を|破《やぶ》り|正《せい》を|顕《あら》はし|無限絶対《むげんぜつたい》|無始無終《むしむしう》の|神明《しんめい》の|光徳《くわうとく》を|宇内《うだい》に|輝《かがや》かし、|皇徳《くわうとく》を|八紘《はつかう》に|弘《ひろ》めて|止《や》まず、|智能《ちのう》|具足《ぐそく》してよく|万物《ばんぶつ》を|兼《か》ね|結《むす》び|合《あは》せ|国《くに》に|戦乱《せんらん》なく|疾病《しつぺい》なく|飢饉《ききん》なく、|暴風《ばうふう》なく、|洪水《こうずゐ》の|氾濫《はんらん》する|事《こと》なく、|大火《たいくわ》の|災《わざはひ》なく、|万物《ばんぶつ》を|洗《あら》ひ|清《きよ》めて、|瑞《みづ》の|御霊《みたま》の|心性《しんせい》を|発揮《はつき》し、|明暗《めいあん》|正邪《せいじや》の|焼点《せうてん》に|立《た》ちて、|能《よ》く|之《これ》を|裁断《さいだん》し、|以《もつ》て|天国《てんごく》|浄土《じやうど》を|建設《けんせつ》するの|活用《くわつよう》を|具備《ぐび》し|成就《じやうじゆ》し|給《たま》ふ|御活動《ごくわつどう》の|命《みこと》と|曰《い》ふ|事《こと》である。|即《すなは》ち|宇宙《うちう》|一切《いつさい》は、|綿津見神《わたつみのかみ》の|活動《くわつどう》|出現《しゆつげん》に|依《よ》りて、|艮《うしとら》の|金神《こんじん》、|五六七《みろく》の|大神《おほかみ》、|竜宮《りうぐう》の|姫神《ひめがみ》、|太陽神《たいやうしん》の|活動《くわつどう》、|禁闕要《きんかつかね》の|大神《おほかみ》、|思兼神《おもひかねのかみ》、|直霊主《なほひぬし》、|稚姫神《わかひめのかみ》、|月読神《つきよみのかみ》、|大国常立神《おほくにとこたちのかみ》|等《たち》の|出現《しゆつげん》|活動《くわつどう》に|拠《よ》りて、|万有《ばんいう》|一切《いつさい》は|修理固成《しうりこせい》され|清浄《せいじやう》|無垢《むく》の|世界《せかい》と|成《な》りて、|終《つひ》に|三貴神《さんきしん》を|生《う》み|給《たま》ふ、|原動力《げんどうりよく》の|位置《ゐち》に|在《あ》る|神《かみ》と|曰《い》ふ|意義《いぎ》であります。
|阿曇《あづみ》の|連《むらじ》
【アヅミノムラジ】の|名義《めいぎ》は、|天之御中主神《あめのみなかぬしのかみ》の|霊徳《れいとく》|顕《あら》はれ|出《い》でて、|至治泰平《しぢたいへい》の|大本源《だいほんげん》となり、|初頭《しよとう》となり、|大母公《だいぼこう》の|仁徳《じんとく》を|拡充《くわくじう》し、|大金剛力《だいこんがうりき》を|発揮《はつき》して、|大造化《だいざうくわ》の|真元《しんげん》たる|神霊《しんれい》|威力《ゐりよく》を|顕彰《けんしやう》し、|純一《じゆんいち》|実相《じつさう》にして、|無色《むしよく》|透明《とうめい》|天性《てんせい》その|侭《まま》の|位《くらゐ》を|定《さだ》め、|万民《ばんみん》を|愛護《あいご》して、|月《つき》の|本能《ほんのう》を|実現《じつげん》する|真人《しんじん》と|曰《い》ふことが、【アヅミ】の|活用《くわつよう》である。
【ムラジ】は、|億兆《おくてう》を|悉《ことごと》く|強国《きやうこく》|不動《ふどう》に|結《むす》び|成《な》して、|凡《すべ》ての|暴逆無道《ばうぎやくぶだう》を|押《お》し|鎮《しづ》め、|本末《ほんまつ》|能《よ》く|親和《しんわ》して、|産霊《むすび》の|大道《だいだう》たる|惟神《かむながら》の|教《をしへ》を|克《よ》く|遵守《じゆんしゆ》し、|万民《ばんみん》を|能《よ》く|統轄《とうかつ》して、|国家《こくか》を|富強《ふきやう》ならしめ、|一朝《いつてう》|事《こと》あるときは、|天津誠《あまつまこと》の|神理《しんり》を|以《もつ》て、|神明鬼神《しんめいきしん》を|号令《ごうれい》し、|使役《しえき》する|神《かみ》の|御柱《みはしら》を|称《しよう》して、【アヅミ】の【ムラジ】と|謂《い》ふのであります。アヽ|伊邪那岐大神《いざなぎのおほかみ》の|心《こころ》つくしの|宇宙《うちう》の|大修祓《だいしうばつ》の|神功《しんこう》|無《な》くして、|如何《いか》で|神人《しんじん》の|安息《あんそく》するを|得《え》むや。|実《じつ》に|現代《げんだい》は|大神《おほかみ》の|美曽岐《みそぎ》の|大神事《だいしんじ》の、|大々的《だいだいてき》|必要《ひつえう》の|時機《じき》に|迫《せま》れる|事《こと》を|確信《かくしん》すると|共《とも》に、|国祖《こくそ》|国常立尊《くにとこたちのみこと》、|国直日主命《くになほひぬしのみこと》、|稚姫君命《わかひめぎみのみこと》の|神剣《しんけん》の|御発動《ごはつどう》を|期待《きたい》し|奉《たてまつ》る|次第《しだい》であります。(完)
|瑞《みづ》の|神歌《しんか》
|霊幸《たまちは》ふ|神《かみ》の|心《こころ》を|高山《たかやま》の
|雲霧《くもきり》|分《わ》けて|照《てら》せたきもの
|日《ひ》の|光《ひか》り|昔《むかし》も|今《いま》も|変《かは》らねど
|東《あづま》の|空《そら》にかかる|黒雲《くろくも》
この|度《たび》の|神《かみ》の|気吹《いぶき》の|無《な》かりせば
|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|誰《たれ》か|払《はら》はむ
|葦原《あしはら》に|生《お》ひ|繁《しげ》りたる|仇草《あだぐさ》を
|薙払《なぎはら》ふべき|時《とき》は|来《き》にけり
|霊主体従《ひのもと》の|教《をしへ》を|四方《よも》に|播磨潟《はりまがた》
|磯《いそ》|吹《ふ》く|風《かぜ》に|世《よ》は|清《きよ》まらむ
(大正九・一・一五 講演筆録 外山豊二)
第三篇 |邪神《じやしん》|征服《せいふく》
第三二章 |土竜《もぐら》〔四六二〕
|海月《くらげ》なす|漂《ただよ》ふ|国《くに》を|真細《まつぶ》さに |固《かた》め|成《な》したる|伊邪那岐《いざなぎ》の
|皇大神《すめおほかみ》は|日《ひ》の|国《くに》の |元津御座《もとつみくら》に|帰《かへ》りまし
|神伊邪那美《かむいざなみ》の|大神《おほかみ》は |月《つき》の|御国《みくに》に|帰《かへ》りまし
|速須佐之男《はやすさのを》の|大神《おほかみ》は |大海原《おほうなばら》の|主宰神《つかさがみ》と|定《さだ》め|給《たま》ひて
|伊都能売《いづのめ》の|神《かみ》の|霊《みたま》の|木之花姫《このはなひめ》 |日《ひ》の|出神《でのかみ》に|現界《うつつ》、|幽界《かくりよ》、|神《かみ》の|界《よ》を
|守《まも》らせ|給《たま》ひ|天地《あめつち》は |良《よ》く|治《をさ》まりて|日月《じつげつ》は
|清《きよ》く|照《て》り|渡《わた》り|風《かぜ》|爽《さわや》かに |雨《あめ》の|順序《ついで》も|程々《ほどほど》に
|栄《さか》えミロクの|御代《みよ》となり |天津神《あまつかみ》|等《たち》|八百万《やほよろづ》
|国津神《くにつかみ》|等《たち》|八百万《やほよろづ》 |百《もも》の|民草《たみくさ》|千万《ちよろづ》の
|草木《くさき》|獣《けもの》に|至《いた》るまで |恵《めぐ》みの|露《つゆ》に|潤《うるほ》ひて
|歓《ゑら》ぎ|喜《よろこ》ぶ|其《その》|声《こゑ》は |高天原《たかあまはら》に|鳴《な》り|響《ひび》く
|芽出度《めでた》き|神世《かみよ》となりにけり |黄泉軍《よもついくさ》の|戦争《たたかひ》に
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》は|消《き》え|失《う》せて |此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》
|心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》 |直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞《き》き|直《なほ》し
|互《たがひ》に|睦《むつ》み|親《した》しみて |天《あめ》の|下《した》には|争闘《あらそひ》も
|疾病《やまひ》も|老《おい》も|死《し》も|無《な》くて |治《をさ》まりけるも|束《つか》の|間《ま》の
|隙行《ひまゆ》く|駒《こま》の|此処《ここ》|彼処《かしこ》 |荒振《あらぶ》る|神《かみ》の|曲津見《まがつみ》は
|八岐大蛇《やまたをろち》や|醜《しこ》の|鬼《おに》 |醜《しこ》の|狐《きつね》の|曲業《まがわざ》の
おこり|来《きた》りて|千早《ちはや》|振《ふ》る |神《かみ》の|御国《みくに》を|撹《か》き|乱《みだ》し
|世人《よびと》の|心《こころ》|漸《やうや》くに あらぬ|方《かた》にと|傾《かたむ》きて
|乱《みだ》れ|騒《さわ》ぐぞ|由々《ゆゆ》しけれ |恵《めぐ》みも|深《ふか》き|皇神《すめかみ》の
|誠《まこと》の|光《ひかり》に|照《て》らされて |常世《とこよ》の|国《くに》の|自在天《じざいてん》
|大国彦《おほくにひこ》や|大国姫《おほくにひめ》の|命《みこと》は|畏《かしこ》くも |魂《たま》の|真柱《まはしら》|樹《た》て|直《なほ》し
|任《まけ》のまにまに|黄泉国《よもつくに》 |常世《とこよ》の|国《くに》に|留《とど》まりて
|四方《よも》の|神人《かみびと》|守《まも》れども |常世《とこよ》の|彦《ひこ》や|常世姫《とこよひめ》
|神《かみ》の|末裔《すゑ》なるウラル|彦《ひこ》 ウラルの|姫《ひめ》は|懲《こ》りずまに
|盤古神王《ばんこしんわう》と|詐《いつわ》りて ウラルの|山《やま》の|麓《ふもと》なる
アーメニヤの|野《の》に|都《みやこ》を|構《かま》へ |探女《さぐめ》|醜女《しこめ》と|諸々《もろもろ》の
|八十《やそ》の|曲津《まがつ》を|引寄《ひきよ》せて |又《また》もや|此《この》|世《よ》を|乱《みだ》し|行《ゆ》くこそ|是非《ぜひ》なけれ。
|闇《やみ》を|照《てら》す|東雲別《しののめわけ》の|宣伝使《せんでんし》、|東彦《あづまひこ》は|石凝姥神《いしこりどめのかみ》となつて、アルタイ|山《さん》の|麓《ふもと》の|原野《げんや》に|進《すす》み|行《ゆ》く。ここには|可《か》なり|大《おほ》きな|川《かは》が|流《なが》れて|居《ゐ》る。|之《これ》を|宇智川《うちがは》と|謂《い》ふ。|此《この》|川《かは》を|渡《わた》るもの、|百人《ひやくにん》の|中《うち》ほとんど|九十九人《くじふくにん》まで|生命《いのち》をとらるるので、|一名《いちめい》|死《し》の|川《かは》|又《また》は|魔《ま》の|川《かは》と|称《とな》へて|居《ゐ》る。|石凝姥神《いしこりどめのかみ》はアーメニヤに|宣伝《せんでん》を|試《こころ》みむとし、アルタイ|山《さん》を|越《こ》え、クスの|原野《げんや》を|渉《わた》り、アカシの|湖《みづうみ》、ビワの|海《うみ》を|渡《わた》つてコーカス|山《ざん》の|南麓《なんろく》を|通《とほ》り、アーメニヤに|行《ゆ》かむと|行《かう》を|急《いそ》ぎける。
|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は|漸《やうや》う|此《この》|魔《ま》の|川《かは》の|辺《ほとり》に|着《つ》いた。|橋《はし》も|無《な》ければ|舟《ふね》も|無《な》い。|加《くは》ふるに|濁流《だくりう》が|漲《みなぎ》つて|居《ゐ》る。|偶《たまたま》|上流《じやうりう》より|巨大《きよだい》なる|材木《ざいもく》が|続々《ぞくぞく》として|流《なが》れ|来《きた》り、|川《かは》に|横《よこ》たはり、|自然《しぜん》に|浮橋《うきはし》が|出来《でき》た。この|時《とき》|四五《しご》の|男《をとこ》は|川辺《かはべ》に|立《た》ち|此《この》|光景《くわうけい》を|眺《なが》めて|話《はなし》に|耽《ふけ》り|居《ゐ》たり。
|甲《かふ》『|此《この》|川《かは》は|何時《いつ》も|泥水《どろみづ》が|流《なが》れ|通《どほ》しで、|向《むか》ふへ|渡《わた》らうと|思《おも》へば|誰《たれ》も|彼《かれ》も|川《かは》の|真中《まんなか》で|皆《みな》|生命《いのち》をとられて|仕舞《しま》ふのだが、|今日《けふ》は|又《また》|珍《めづ》らしい|材木《ざいもく》が|沢山《たくさん》に|流《なが》れて|来《き》よつて、|自然《しぜん》の|橋《はし》が|出来《でき》たがどうだらう。|吾々《われわれ》も|三年前《さんねんまへ》にあの|橋《はし》が|出来《でき》て、こちらに|良《い》い|果物《くだもの》があるのを|幸《さいは》ひに|漸《やうや》う|渡《わた》つたと|思《おも》へば|橋《はし》は|流《なが》れて|仕舞《しま》ひ、|帰《かへ》る|事《こと》は|出来《でき》なくなつて、もう|一生《いつしやう》|川向《かはむか》ふの|吾家《わがや》には|帰《かへ》る|事《こと》はあるまいと|覚悟《かくご》して|居《ゐ》たのに、|今日《けふ》は|又《また》|如何《どう》した|事《こと》か、|橋《はし》が|架《か》かつた。|此《この》|機《き》を|幸《さいは》ひに|帰《かへ》らうぢやないか』
|乙《おつ》『まア|待《ま》て、|一《ひと》つ|思案《しあん》せなくてはならぬ。|大切《だいじ》な、|一《ひと》つより|無《な》い|生命《いのち》だ。|魔《ま》の|川《かは》の|藻屑《もくず》になつても|困《こま》るからのう』
|丙《へい》『|何《なに》、|構《かま》ふものかい。|恋《こひ》しい|女房《にようばう》や|兄弟《きやうだい》が|心配《しんぱい》して|待《ま》つてゐるから、|運《うん》を|天《てん》に|任《まか》して|一《ひと》つ|渡《わた》つて|見《み》ようかい』
|丁《てい》『|何《なん》でも|此《この》|水上《みなかみ》にウラル|彦《ひこ》の|家来《けらい》の|悪神《わるがみ》が|居《を》つて、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》とやらが|此《この》|川《かは》を|渡《わた》らぬ|様《やう》に|魔神《まがみ》が|守護《しゆご》して|居《を》ると|云《い》ふ|事《こと》だよ。|吾々《われわれ》はウラル|教《けう》でもなければ、|三五教《あななひけう》でもない。いろいろの|神《かみ》さまが|現《あら》はれて、|両方《りやうはう》から|喧嘩《けんくわ》をなさるものだから、|吾々《われわれ》の|迷惑《めいわく》|此《こ》の|上《うへ》なしだよ』
|甲《かふ》『オー、|其《その》|三五教《あななひけう》で|想《おも》ひ|起《おこ》したが、ウラル|彦《ひこ》の|神《かみ》とやらが、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が|来《き》たら、|引攫《ひつつかま》へてアルタイ|山《さん》の|砦《とりで》まで|引立《ひつた》てて|来《こ》い。さうすれば|此《この》|川《かは》に|橋《はし》を|架《か》けてやる。そして|沢山《たくさん》の|褒美《ほうび》を|与《や》るとの|事《こと》だから、こんな|処《ところ》へ|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が|来《き》よつたら、それこそ|引捉《ひつとら》まへて|一《ひと》つ|手柄《てがら》をしようぢやないか』
|乙《おつ》『そんな|都合《つがふ》の|良《い》い|事《こと》があれば|結構《けつこう》だが、|吾々《われわれ》の|様《やう》な|賓頭盧型《びんづるがた》では、|到底《たうてい》|思《おも》ひも|寄《よ》らぬ|事《こと》だ。|三年《さんねん》も|斯《か》うして|川《かは》を|隔《へだ》てて、|棚機《たなばた》さまでさへも|年《とし》に|一度《いちど》の|逢瀬《あふせ》はあるに、|永《なが》い|間《あひだ》|川《かは》を|隔《へだ》てて|互《たがひ》に|顔《かほ》を|見乍《みなが》ら、|侭《まま》ならぬ|憂目《うきめ》に|遭《あ》うて|居《を》る|様《やう》な|不運《ふうん》な|者《もの》だから、そんな|事《こと》はまア|孫《まご》の|代《だい》|位《ぐらゐ》には|会《あ》ふかも|知《し》れぬよ』
|斯《か》く|語《かた》り|合《あ》ふ|処《ところ》へ|何気《なにげ》なく|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は、|三五教《あななひけう》の|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|乍《なが》ら|進《すす》み|来《きた》る。|一同《いちどう》は|此《この》|声《こゑ》に|耳《みみ》をすませ|頸《くび》を|傾《かたむ》け、
|甲《かふ》『オー、|噂《うはさ》をすれば|影《かげ》とやら、|呼《よ》ぶより|誹《そし》れとは|此《この》|事《こと》だ。|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》の|歌《うた》らしい。オイオイ|皆《みな》の|奴《やつ》、|此《この》|川辺《かはべり》の|砂《すな》の|中《なか》へ|体躯《からだ》をスツカリ|匿《かく》して|首《くび》だけ|出《だ》して、|様子《やうす》を|考《かんが》へて|見《み》ようかい』
|一同《いちどう》は|灰《はい》の|様《やう》な|軽《かる》い|柔《やはら》かい|砂《すな》の|中《なか》へ、|首《くび》から|下《した》をスツカリ|隠《かく》して|仕舞《しま》ひ、|俯伏《うつぶせ》になつて|宣伝歌《せんでんか》を|聞《き》いて|居《ゐ》る。|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は|何気《なにげ》なく|此《この》|川辺《かはべり》に|進《すす》み|来《きた》り、|川《かは》の|面《おも》を|見《み》れば、|沢山《たくさん》の|材木《ざいもく》が|横倒《よこだふ》れになつて|自然《しぜん》の|橋《はし》を|架《か》けてゐる。
『ホー、|神様《かみさま》の|御恵《みめぐみ》と|言《い》ふものは|結構《けつこう》なものだナア。|実《じつ》は|此《この》|宇智川《うちがは》は|死《し》の|川《かは》とか|魔《ま》の|川《かは》とか|謂《い》つて|到底《たうてい》|渡《わた》る|事《こと》が|出来《でき》ない。|此《この》|川《かは》を|首尾《しゆび》|克《よ》く|渡《わた》るものは|百人《ひやくにん》に|一人《ひとり》より|無《な》いと|云《い》ふ|事《こと》を|聞《き》いて|居《ゐ》たが、|今日《けふ》は|又《また》、|何《なん》と|云《い》ふ|都合《つがふ》の|好《い》い|事《こと》だらう。|之《これ》も|全《まつた》く|三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|御守護《ごしゆご》だ。アヽ|之《これ》を|思《おも》へば|前途《ぜんと》の|光明《くわうみやう》は|赫々《かくかく》として|輝《かがや》き|渡《わた》る|様《やう》な|思《おも》ひがするワイ。|何《なに》は|兎《と》もあれ|広大無辺《くわうだいむへん》の|神恩《しんおん》を|感謝《かんしや》する|為《た》めに、|此処《ここ》で|一《ひと》つ|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、|宣伝歌《せんでんか》を|潔《いさぎよ》く|歌《うた》つて|渡《わた》る|事《こと》にしよう』
と|独語《ひとりご》ち|乍《なが》ら|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し|始《はじ》むる。
|日《ひ》は|西山《せいざん》に|傾《かたむ》いて|川水《かはみづ》に|光《ひかり》を|投《な》げて|居《ゐ》る。|祝詞《のりと》の|声《こゑ》|始《はじ》まると|共《とも》に、|附近《ふきん》の|川辺《かはべ》から|呻《うめ》き|声《ごゑ》|聞《きこ》え|来《きた》る|不思議《ふしぎ》さ。
|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は|不図《ふと》|声《こゑ》する|方《はう》を|眺《なが》むれば、|四五《しご》の|黒《くろ》い|円《まる》いものが|何《なん》だかウンウンと|呻《うめ》いてゐる。
『ホー、|此奴《こいつ》はウラル|彦《ひこ》の|部下《てした》の|魔神《まがみ》の|所作《しよさ》だナア。|大方《おほかた》|悪魔《あくま》が|化《ば》けてゐるのだらう。|何《なん》だ|西瓜畑《すゐくわばたけ》の|様《やう》に……|黒《くろ》い、|円《まる》いものがウンウンと|呻《うめ》き|出《だ》したぞ。どれ|一《ひと》つ|正体《しやうたい》を|見届《みとど》けてやらうか』
と|膝《ひざ》を|没《ぼつ》する|柔《やはら》かき|砂原《すなはら》に|足《あし》を|向《む》け、|黒《くろ》い|円《まる》い|塊《かたまり》を|掴《つか》んで|見《み》れば、|土人《どじん》の|首《くび》である。|見《み》れば|眼《め》をギヨロギヨロさせ|口《くち》を|開《あ》けて、
『アヽヽア、お|前《まへ》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》か、|此《この》|川《かは》は|魔《ま》の|川《かは》と|謂《い》つて|渡《わた》るものは|皆《みな》|生命《いのち》が|無《な》くなるのだ。|三五教《あななひけう》がある|為《た》めに|此《この》|土地《とち》の|人民《じんみん》はどれだけ|苦労《くらう》するか|知《し》れやしない。|之《これ》から|吾々《われわれ》が|寄《よ》つてたかつて、お|前《まへ》を|引捉《ひつとら》まへてアルタイ|山《ざん》の|魔神《まがみ》の|砦《とりで》に|連《つ》れて|行《ゆ》くから|覚悟《かくご》をせい。|斯《か》う|橋《はし》が|架《かか》つた|様《やう》に|見《み》えても|此《この》|橋《はし》は|化物《ばけもの》だ。|吾々《われわれ》も|向《むか》ふ|岸《ぎし》に|帰《かへ》りたいのだが|土産《みやげ》が|無《な》ければ|渡《わた》る|事《こと》は|出来《でき》ぬ。オイ|皆《みな》の|者《もの》、|出《で》て|此奴《こいつ》を|引捉《ひつとら》まへて|呉《く》れ。|俺《おれ》の|頭《あたま》の|毛《け》を|引掴《ひつつか》へよつて|離《はな》さうとしよらぬので|如何《どう》する|事《こと》も|出来《でき》やしない』
|此《この》|声《こゑ》に|四人《よにん》の|頭《あたま》は|俄《にはか》に|砂《すな》より【ムツク】と|姿《すがた》を|現《あらは》し、|前後左右《ぜんごさいう》より|石凝姥《いしこりどめ》を|取《と》り|囲《かこ》む。
|一同《いちどう》『ヤア、|待《ま》ちに|待《ま》つたる|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》、さア|尋常《じんじやう》に|手《て》を|廻《まは》せ』
『|貴様等《きさまら》は|一体《いつたい》|何《なん》だ、|砂《すな》の|中《なか》に|住居《すまゐ》を|致《いた》す|人間《にんげん》か。【オチヨボ】|虫《むし》か【ベンベコ】|虫《むし》の|様《やう》な|奴《やつ》だなア。|斯《こ》んな|馬鹿《ばか》な|態《ざま》を【すな】。|此《この》|方《はう》は|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》だ。|此《この》|川《かは》を|渡《わた》つてアーメニヤに|進《すす》み、ウラル|彦《ひこ》の|悪神《わるがみ》を|平《たひら》げてお|前《まへ》|等《たち》の|難儀《なんぎ》を|救《すく》うてやるのだ。|心配《しんぱい》|致《いた》【すな】』
|一同《いちどう》『|板《いた》【すな】も|糞《くそ》もあるものかい、|砂《すな》の|中《なか》を|自由自在《じいうじざい》に|潜《くぐ》る|此《この》|方《はう》だ。|弱《よわ》い|奴《やつ》は|引捉《ひつとら》まへてウラル|彦《ひこ》の|神《かみ》に|奉《たてまつ》り|御褒美《ごほうび》を|頂戴《ちやうだい》|致《いた》す|積《つも》りだが、|万々一《まんまんいち》お|前《まへ》が|手《て》に|負《お》へぬ|剛《がう》の|者《もの》なら、|俺《おれ》|等《たち》は|砂《すな》の|中《なか》を|潜《くぐ》つて|隠《かく》れるから、|如何《どう》する|事《こと》も|出来《でき》やせぬぞ』
『|何《なん》だ、|貴様《きさま》は|土竜《もぐらもち》か、|火鼠《ひねずみ》か、|蚯蚓《みみづ》の|様《やう》な|奴《やつ》だな。|砂《すな》を|潜《くぐ》る、それは|面白《おもしろ》い。|一遍《いつぺん》その|芸当《げいたう》を|旅《たび》の|慰《なぐさ》めに|見《み》せて|呉《く》れないか。|素直《【すな】ほ》に|砂《すな》くぐりを|致《いた》せ。やり|損《そこ》なひは【すな】』
『|洒落《しやれ》やがるない。|貴様《きさま》こそ|素直《【すな】ほ》に|手《て》を|廻《まは》せ、|取《と》り|損《ぞこ》なひを|致《いた》して|後《あと》で、|後悔《こうくわい》【すな】』
と|言《い》ひ|乍《なが》ら|砂《すな》を|掴《つか》んで|石凝姥神《いしこりどめのかみ》の|両眼《りやうがん》めがけて|一生懸命《いつしやうけんめい》に|投《な》げつける。|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は|目《め》を|閉《ふさ》ぎ|乍《なが》ら|思《おも》はず|一人《ひとり》の|男《をとこ》を|手放《てばな》した。|五人《ごにん》は|一度《いちど》に|立《た》ち|上《あが》り、
『さア、|斯《か》うなつてはもう|大丈夫《だいぢやうぶ》だ。|早《はや》く|此《この》|方《はう》の|申《まを》す|通《とほ》りに|致《いた》さぬか』
|石凝姥《いしこりどめ》『|一《ひと》、|二《ふた》、|三《み》、|四《よ》、|五《いつ》、|六《むゆ》、|七《なな》、|八《や》、|九《ここの》、|十《たり》、|百《もも》、|千《ち》、|万《よろづ》』
『ヤア、こいつは|堪《た》まらぬ。|頭《あたま》が|痛《いた》い、|目《め》が|眩《くら》む、|潜《もぐ》れ、|潜《もぐ》れ』
と|土竜《もぐら》の|様《やう》に|砂《すな》を【ムク】ムクさせ|乍《なが》ら|全身《ぜんしん》を|隠《かく》して|走《はし》り|行《ゆ》くのが|浪《なみ》の|様《やう》に|見《み》えて|居《ゐ》る。|石凝姥《いしこりどめ》は|砂《すな》を|両手《りやうて》に|握《にぎ》つて|団子《だんご》を|拵《こしら》へ|息《いき》をふつかけると、|忽《たちま》ち|凝結《ぎようけつ》して|石《いし》の|玉《たま》となりける。その|玉《たま》を|砂《すな》の|浪《なみ》を|目《め》がけて、【ポン】ポンと|投《な》げつくれば、|一同《いちどう》の|土人《どじん》は|堪《た》まり|兼《か》ねてか、|砂《すな》【まぶれ】の|体躯《からだ》を【ヌツ】と|現《あら》はし、|両手《りやうて》を|合《あは》せ、
『カヽヽヽ|勘忍々々《かんにんかんにん》』
と|砂上《さじやう》に|平伏《へいふく》して|謝《あやま》り|入《い》る。
『オイ、|土竜《もぐらもち》、|許《ゆる》してやるから|俺《おれ》の|前《まへ》へ|出《で》て|来《こ》い。|何《なに》を|怕《お》ぢ|怕《お》ぢとして|居《ゐ》るか。|少《すこ》しも|恐《こは》い|事《こと》はないぞ』
『ハイ、|本当《ほんたう》に、タヽヽヽ|助《たす》けて|貰《もら》へますか』
『|仮《か》りにも|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》たるもの、|嘘《うそ》|偽《いつは》りは|少《すこ》しも|申《まを》さぬ。|素直《すなほ》に|此《この》|方《はう》の|前《まへ》に|集《あつ》まり|来《きた》れ。|良《よ》い|事《こと》を|聞《き》かして|与《や》らう』
|土人《どじん》は|恐《おそ》る|恐《おそ》る|前《まへ》に|集《あつ》まり|来《きた》り、|俯伏《うつぶ》せになり|半泣《はんな》きになつて|居《ゐ》る。|石凝姥《いしこりどめ》は|又《また》もや|宣伝歌《せんでんか》を|声《こゑ》|爽《さわや》かに|歌《うた》ひ|始《はじ》めたり。
『|吾《われ》は|石凝姥《いしこりどめ》の|神《かみ》 ウラルの|神《かみ》の|曲津見《まがつみ》を
|言向《ことむ》け|和《やは》し|三五《あななひ》の |神《かみ》の|教《をしへ》に|救《すく》はむと
|東雲《しののめ》の|空《そら》|別《わ》け|昇《のぼ》る |東《あづま》の|彦《ひこ》の|宣伝使《せんでんし》
|心《こころ》も|固《かた》き|石凝姥《いしこりどめ》 |神《かみ》の|命《みこと》と|現《あら》はれて
|数多《あまた》|悪魔《あくま》もアルタイの |山《やま》の|砦《とりで》を|清《きよ》めむと
|夜《よ》を|日《ひ》に|次《つ》いで|道《みち》の|為《た》め |世人《よびと》を|救《すく》ふ|真心《まごころ》に
|宇智《うち》の|川辺《かはべ》に|来《き》て|見《み》れば |瓜《うり》の|畑《はたけ》を|見《み》る|如《ごと》く
|円《まる》い|頭《あたま》の|此処《ここ》|彼処《かしこ》 これ|枉神《まがかみ》の|曲業《まがわざ》と
|川辺《かはべ》に|下《お》り|立《た》ち|髪《かみ》の|毛《け》を |一寸《ちよつと》|握《にぎ》つて|眺《なが》むれば
|烏《からす》の|様《やう》な|黒《くろ》い|顔《かほ》 |美事《みごと》、|目鼻《めはな》も|口《くち》|耳《みみ》も
|眉毛《まゆげ》も|額《ひたい》も|出来《でき》てゐる |頭《かしら》ばかりの|人間《にんげん》が
|如何《どう》して|此処《ここ》に|住《す》まうかと |思案《しあん》にくるる|折柄《をりから》に
|土竜《もぐら》の|様《やう》に【ムク】ムクと |砂《すな》もち|上《あ》げて|現《あら》はれし
|黒《くろ》さも|黒《くろ》し|鍋墨《なべずみ》の |様《やう》な|体躯《からだ》は|化物《ばけもの》か
|大馬鹿者《おほばかもの》か|知《し》らねども |三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》
|召捕《めしと》り|呉《く》れむと|四方《しはう》より |吾《われ》に|向《むか》つて|攻《せ》め|来《きた》る
その|有様《ありさま》の|可笑《をか》しさに |天《あま》の|数歌《かずうた》|宣《の》りつれば
|頭《あたま》を|抑《おさ》へ|目《め》を|顰《しか》め |堪《こら》へ|兼《か》ねたる|体《てい》たらく
|吾《わが》|行《ゆ》く|道《みち》は|三五《あななひ》の |教《をしへ》なれどもお|前等《まへら》は
|穴有《【あなあ】》り|教《けう》か|忽《たちま》ちに |土竜《もぐら》の|様《やう》に|穴《【あな】》あけて
|砂《すな》に|波《なみ》をば|立《た》たせゐる 【あな】|面白《おもしろ》や|面白《おもしろ》や
|一《ひと》つ|嚇《おど》して|見《み》ようとて |砂《【すな】》を|握《にぎ》つて|固《かた》めおき
|神《かみ》の|御息《みいき》を|吹《ふ》き|掛《か》けて |石凝姥《いしこりどめ》の|玉《たま》となし
|前後左右《ぜんごさいう》に|投《な》げやれば こりや|堪《た》まらぬと|各自《めいめい》が
|生命《いのち》|惜《を》しさに|我《が》を|折《を》つて |素直《【すな】ほ》に|吾《われ》に|従《したが》ひし
|心《こころ》の|神《かみ》の|助《たす》け|神《がみ》 もう|之《これ》からは|慎《つつし》みて
|決《けつ》して|馬鹿《ばか》な|真似《まね》は【すな】 |素直《【すな】ほ》に|心《こころ》を|改《あらた》めよ
|素直《【すな】ほ》に|心《こころ》を|改《あらた》めよ』
と|滑稽《こつけい》|交《まじ》りに|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひければ、|五人《ごにん》は|一斉《いつせい》に|顔《かほ》を|上《あ》げ、
『アヽヽア、|有難《ありがた》う|御座《ござ》います。もう|之《これ》から【スツカリ】と|改心《かいしん》を|致《いた》します。【すな】と|仰有《おつしや》つた|事《こと》は【すな】ほに|廃《や》めまする。オイオイ|皆《みな》の|奴《やつ》、これから|素直《【すな】ほ》になれよ』
|石凝姥《いしこりどめ》『|貴様《きさま》もよく|洒落《しやれ》る|奴《やつ》だな、さア|之《これ》から|此《この》|橋《はし》を|渡《わた》るのだ。お|前《まへ》|達《たち》も|俺《おれ》に|跟《つ》いて|来《こ》い。|俺《おれ》が|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ふ|後《あと》から|一緒《いつしよ》に|歌《うた》ふのだ。さうすれば|無事《ぶじ》|安全《あんぜん》に|渡《わた》れるから』
|甲《かふ》『|可愛《かあい》い|嬶《かかあ》に|久《ひさ》し|振《ぶ》りに|御面会《ごめんくわい》が|叶《かな》ひますかなア』
|乙《おつ》『|又《また》|嬶《かかあ》の|事《こと》を|言《い》ひよるワ。|渡《わた》つた|上《うへ》の|事《こと》だ。|一寸先《いつすんさき》は|暗《やみ》の|世《よ》だよ』
|石凝姥《いしこりどめ》『|貴様《きさま》はウラル|教《けう》だな』
|乙《おつ》『|滅相《めつさう》な、ウラメシ|教《けう》です。もう|之《これ》から|私《わたくし》も|三五教《あななひけう》になります。|然《しか》し|私《わたくし》の|女房《にようばう》だけは【あなない】|教《けう》にして|貰《もら》つては|困《こま》ります』
|丙《へい》『|三五教《あななひけう》でも|心配《しんぱい》するな。|矢《や》つ|張《ぱ》り、【あな】|有難《ありがた》や【アル】タイ|山《さん》だ』
としやれながら、|石凝姥神《いしこりどめのかみ》の|後《あと》に|跟《つ》いて|浮木《うきき》の|橋《はし》を|西《にし》に|向《むか》つて|漸《やうや》く|渡《わた》り|終《をは》りぬ。
(大正一一・二・二七 旧二・一 北村隆光録)
第三三章 |鰤公《ぶりこう》〔四六三〕
|海月《くらげ》なす|漂《ただよ》ふ|国《くに》を|固《かた》めむと、|心《こころ》も|堅《かた》き|石凝姥《いしこりどめ》の、|神《かみ》の|命《みこと》の|宣伝使《せんでんし》、|其《その》|言霊《ことたま》に|川《かは》の|辺《べ》の、|四五《しご》の|土人《どじん》は|堅《かた》き|頭《あたま》を|宇智《うち》の|川《かは》、|浮木《うきき》の|橋《はし》を|危《あぶ》なげに、やうやう|西《にし》へ|打渡《うちわた》り、
|甲《かふ》『アヽ|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|様《さま》、お|蔭《かげ》で|三年《さんねん》|振《ぶ》りに|故郷《こきやう》に|帰《かへ》る|事《こと》が|出来《でき》ました。これも|全《まつた》く、あなた|様《さま》のお|蔭《かげ》でございます。|私《わたくし》の|村《むら》へ|一寸《ちよつと》|御立寄《おたちよ》りを|願《ねが》ひたいのは|山々《やまやま》ですが、そこには|一寸《ちよつと》、エヽ|一寸《ちよつと》……』
|石凝姥《いしこりどめ》『|何《なん》だ、|云《い》ひ|憎《にく》さうに、|明瞭《はつきり》と|云《い》はぬかい』
『オイ|鰤公《ぶりこう》、|貴様《きさま》|俺《おれ》に|代《かは》つて|申上《まをしあ》げて|呉《く》れないか』
|鰤公《ぶりこう》『ソンナ|甘《うま》い|事《こと》を|云《い》ふな。|此《この》|鰤公《ぶりこう》だつて|久《ひさ》し【|振《ぶ》り】に|川《かは》を|渡《わた》つて、やつと|安心《あんしん》したとこだ、ソンナ|事《こと》|明瞭《はつきり》と|云《い》はうものなら、それ|又《また》アルタイ|山《さん》の|魔神《まがみ》さまには【ブリ】ブリと|怒《おこ》られて、ドンナ|災難《さいなん》が|俺《おれ》の|頭《あたま》に【ブリ】|懸《かか》つて|来《く》るか、|分《わか》つたものぢやないワ。さうすれば|家《うち》の|嬶《かかあ》めが|三年《さんねん》【|振《ぶ》り】に|折角《せつかく》|帰《かへ》つて|来《き》て、|好《よ》い|男《をとこ》【|振《ぶ》り】を|拝《をが》んで、ヤレヤレ|嬉《うれ》しやと|思《おも》つて|居《ゐ》たのに、お|前《まへ》さまは|馬鹿《ばか》だから、ソンナ|大事《だいじ》な|事《こと》を|喋《しやべ》つて、こんな|目《め》に|遇《あ》ふのだと|云《い》つて、【ブリ】ブリ|怒《おこ》られて、|大《おほ》きな|尻《しり》を|俺《おれ》の|方《はう》へ【ブリ】ブリと|振《ふ》られやうものならつまらぬからなア』
|石凝姥《いしこりどめ》『オイ、|貴様《きさま》|達《たち》は|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|奴《やつ》だな。|何《なに》が【ブリ】ブリだ』
|乙《おつ》『イヤ|最《も》う|毎日《まいにち》|日日《ひにち》、|大雨《おほあめ》が【ブリ】ブリで、|宇智川《うちがは》はドえらい|洪水《こうずゐ》で|御座《ござ》います。|家《うち》の|嬶《かかあ》も【ブリ】ブリで|腹立《はらた》て、|涙《なみだ》の|雨《あめ》が【ブリ】ブリになると|困《こま》りますから、どうぞ|是《これ》だけは|御許《おゆる》し|下《くだ》さいませ』
『|貴様《きさま》たち、|愚図々々《ぐづぐづ》|云《い》つて|秘密《ひみつ》を|明《あか》さぬならば、こちらにも|考《かんが》へがあるぞ。|又《また》|石《いし》の|玉《たま》を|御見舞《おみまひ》ひ|申《まを》さうか』
と|云《い》ひながら、|直《ただ》ちに|土《つち》を|握《にぎ》つて|団子《だんご》を|造《つく》り|息《いき》を|吹《ふ》きかけたるを、
|甲《かふ》『マアマア|待《ま》つて|下《くだ》さいませ。そんな|石玉《いしだま》を|貰《もら》つたら、|私《わたくし》の|頭《あたま》は|一遍《いつぺん》にポカーンと|割《わ》れて|了《しま》ふ、|堪《たま》つたものぢやない。|胆玉《きもだま》までが|潰《つぶ》れて|睾丸《きんたま》が|縮《ちぢ》んで|了《しま》ひます』
|石凝姥《いしこりどめ》『それなら|素直《すなほ》に、|何《なん》だか|秘密《ひみつ》らしい|貴様《きさま》の|口《くち》【|振《ぶ》り】、|白状《はくじやう》せぬかい』
『ハイハイ、|仕方《しかた》がありませぬ、さつぱりと|申《まを》し|上《あ》げます。エヽ|実《じつ》は、|誠《まこと》にそれは、ほんにほんに、|真《しん》に、エー、アルタイ|山《さん》の、アヽ|間《ま》の|悪《わる》い|曲神《まがかみ》が、マアマア、マアで|御座《ござ》いますが』
『|貴様《きさま》の|云《い》ふ|事《こと》は|益々《ますます》|分《わか》らぬ、|真面目《まじめ》に|申《まを》さぬか。また|石玉《いしだま》を|呉《く》れるぞよ』
『オイ、|鰤公《ぶりこう》、|貴様《きさま》も|俺《おれ》ばかりに|云《い》はさずに、【ちつと】は|責任《せきにん》を|分担《ぶんたん》したらどうだ』
|鰤公《ぶりこう》『エー|仕方《しかた》がない。どんな|事《こと》があつても、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|様《さま》|引受《ひきう》けて|下《くだ》さいますか』
|石凝姥《いしこりどめ》『|何《なん》でも|引受《ひきう》けてやる、|驚《おどろ》くな、|尋常《じんじやう》に|真実《しんじつ》を|申《まを》せ』
『アルタイ|山《さん》には|蛇掴《へびつかみ》と|云《い》ふ、それはそれはえらい|悪神《わるがみ》が|棲《す》んで|居《を》ります。|其《その》|神《かみ》は|毎日《まいにち》|日日《ひにち》|大《おほ》きな|蛇《へび》を|十二匹《じふにひき》|宛《づつ》|餌食《ゑじき》に|致《いた》して|居《を》ります。|其《その》|蛇《へび》がない|時《とき》には|此処《ここ》ら|辺《あたり》の|村々《むらむら》に|沢山《たくさん》の|子分《こぶん》を|連《つ》れて|来《き》て、|嬶《かかあ》や|娘《むすめ》を|代《かは》りに|奪《と》つて|喰《くら》ひますので、|大事《だいじ》な|女房《にようばう》や|娘《むすめ》を|食《く》はれては|堪《たま》らないので、|村々《むらむら》の|者《もの》が|各自《めいめい》|手分《てわけ》けをして|毎日《まいにち》|十二匹《じふにひき》の|太《ふと》い|蛇《へび》を|獲《と》つて、|之《これ》をアルタイ|山《さん》の|窟《いはや》に|供《そな》へに|行《ゆ》くのです。|夏《なつ》は|沢山《たくさん》に|蛇《へび》が|居《を》つて|取《と》るのも|容易《ようい》ですが、|斯《か》う|寒《さむ》くなると|残《のこ》らず|土《つち》の|中《なか》へ|這入《はい》つて|了《しま》ふので、|之《これ》を|獲《と》らうと|思《おも》へば|大変《たいへん》な|手間《てま》が|入《い》りますし、|之《これ》を|獲《と》らねば|女房《にようばう》|子《こ》をいつの|間《ま》にやら|奪《と》つて|食《く》はれるなり、イヤもう|此《この》|辺《へん》の|人民《じんみん》は、|大蛇獲《だいじやと》りにかかつては|命《いのち》がけで|御座《ござ》います。|若《も》しもこんな|事《こと》をあなたに|申《まを》し|上《あ》げた|事《こと》が、アルタイ|山《さん》の|魔神《まがみ》の|蛇掴《へびつかみ》の|耳《みみ》へでも|入《はい》つたら、それこそ|此《この》|村《むら》は|全滅《ぜんめつ》の|憂目《うきめ》に|遇《あ》はねばなりませぬから、どうぞ|助《たす》けて|下《くだ》さいませ』
『ヤア、|何事《なにごと》かと|思《おも》へばソンナ|事《こと》か、よしよし。|此《この》|方《はう》がこれからアルタイ|山《さん》に|登《のぼ》つて|其《その》|蛇掴《へびつかみ》の|魔神《まがみ》を|退治《たいぢ》てやらう。|貴様等《きさまら》は|案内《あんない》せよ』
|一同《いちどう》『|案内《あんない》は|致《いた》しますが、|三年《さんねん》|振《ぶ》りで|漸《やうや》う|帰《かへ》つたばかし、どうぞ|一度《いちど》|吾家《わがや》へ|帰《かへ》つて|妻子《さいし》に|面会《めんくわい》した|上《うへ》|案内《あんない》さして|下《くだ》さい』
『|三年《さんねん》も|居《を》らなかつたのだから、|屹度《きつと》お|前等《まへら》の|女房《にようばう》|子《こ》は|喰《く》はれて|了《しま》つたかも|知《し》れないよ』
|一同《いちどう》|声《こゑ》を|揃《そろ》へてワアワアと|泣《な》き|伏《ふ》すあはれさ。
|石凝姥《いしこりどめ》『オー|心配《しんぱい》するな、|滅多《めつた》にそんな|事《こと》はあるまい。とも|角《かく》|貴様等《きさまら》の|村《むら》に|暫《しば》らく|逗留《とうりう》して|様子《やうす》を|窺《うかが》ふ|事《こと》としよう』
と|一同《いちどう》と|共《とも》に|彼等《かれら》が|部落《ぶらく》に|進《すす》み|行《ゆ》く。
この|部落《ぶらく》を|鉄谷村《かなたにむら》と|云《い》ふ。|一行《いつかう》が|此《この》|村《むら》の|入口《いりぐち》に|差掛《さしかか》つた|頃《ころ》は、|既《すで》に|烏羽玉《うばたま》の|闇《やみ》の|帳《とばり》は|下《おろ》され、|空《そら》には|黒雲《こくうん》|塞《ふさ》がり|咫尺《しせき》を|弁《べん》ぜざる|闇黒界《あんこくかい》となりぬ。
|七八十軒《しちはちじつけん》もある|鉄谷村《かなたにむら》は、|何故《なにゆゑ》か、どの|家《いへ》にも|一点《いつてん》の|燈火《あかり》もついて|居《ゐ》ない。|微《かすか》に|鼻《はな》をすする|音《おと》や|泣《な》き|声《ごゑ》が|聞《きこ》えてゐる。|鰤公《ぶりこう》の|一行《いつかう》はあまりの|暗《くら》さに|吾家《わがや》さへも|分《わか》らず、|一歩々々《ひとあしひとあし》|杖《つゑ》を|持《も》たぬ|盲目《めくら》の|様《やう》な|足付《あしつき》をして|探《さぐ》りさぐり|進《すす》んで|行《ゆ》く。やや|高《たか》き|所《ところ》に|忽然《こつぜん》として|一柱《ひとはしら》の|火光《くわくわう》が|瞬《またた》き|始《はじ》めた。|石凝姥《いしこりどめ》その|他《た》の|一行《いつかう》は|其《その》|火《ひ》を|目当《めあて》にドンドンと|進《すす》んで|来《き》て|見《み》れば、|此処《ここ》は|鉄谷村《かなたにむら》の|酋長《しうちやう》の|鉄彦《かなひこ》の|屋敷《やしき》である。|何《なん》だか|秘密《ひみつ》が|潜《ひそ》んでゐる|様《やう》な|気《き》がする。|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は|門前《もんぜん》に|立《た》つて|声《こゑ》|朗《ほがら》かに|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひ|始《はじ》めた。|門内《もんない》より|雷《かみなり》の|如《ごと》き|声《こゑ》を|張《は》り|上《あ》げて、
『ヤア、|此《この》|門前《もんぜん》に|立《た》ちて|三五教《あななひけう》の|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ふ|奴《やつ》は|何者《なにもの》だツ。|酋長様《しうちやうさま》の|御家《おいへ》の|一大事《いちだいじ》、そんな|気楽《きらく》な|事《こと》を|云《い》つてゐる|場合《ばあひ》ではあるまい。|何処《どこ》の|何奴《なにやつ》か|知《し》らぬが、|悪戯《ふざけ》た|真似《まね》を|致《いた》すと|笠《かさ》の|台《だい》が|飛《と》んで|了《しま》ふぞ』
|門外《もんぐわい》より|鰤公《ぶりこう》|声《こゑ》を|張上《はりあ》げ、
『ヤア、さう|言《い》ふ|声《こゑ》は|門番《もんばん》の|時公《ときこう》ではないか。|俺《おれ》は|三年前《さんねんまへ》に|宇智川《うちがは》の|向岸《むかふぎし》に|渡《わた》つたきり、|丸木橋《まるきばし》が|落《お》ちたものだから、|今日《けふ》まで|帰《かへ》らなかつたので|村《むら》の|様子《やうす》はちつとも|知《し》らぬが、|酋長《しうちやう》の|家《いへ》の|一大事《いちだいじ》とは|何《なん》だい』
|時公《ときこう》『|何《なん》だも|糞《くそ》もあつたものか、|蛇掴《へびつかみ》の|曲神《まがかみ》さまに|酋長《しうちやう》の|娘《むすめ》|清姫《きよひめ》さまを|今晩中《こんばんちう》にアルタイ|山《さん》の|砦《とりで》に|人身御供《ひとみごくう》に|上《あ》げねばならぬのだ。あんな|美《うつく》しい|可惜娘《あたらむすめ》を|蛇掴《へびつかみ》の|曲神《まがかみ》の|餌食《ゑじき》にするのかと|思《おも》へば、|俺《おれ》はもう|気《き》の|毒《どく》で|惜《を》しうて|何《なに》どころではない。|貴様《きさま》それにも|拘《かか》はらず、|蛇掴《へびつかみ》の|嫌《きら》ひな|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ふとは|何《なん》の|事《こと》だい。|貴様《きさま》の|娘《むすめ》も|今年《ことし》の|春《はる》だつたか、|食《く》はれて|了《しま》うたのだよ』
|鰤公《ぶりこう》は、
『エーツ』
と|云《い》つた|限《き》り、|其《その》|場《ば》にドツと|倒《たふ》れ|伏《ふ》し|人事不省《じんじふせい》となる。
|甲《かふ》『オイ、|俺《おれ》は|貴様《きさま》のよく|知《し》つて|居《を》る|吉公《きちこう》だが、|門《もん》を|開《あ》けて|呉《く》れ。|屹度《きつと》|酋長《しうちやう》がお|喜《よろこ》びになる|事《こと》は|請合《うけあひ》だ。|俺《おれ》は|救《すく》ひの|神様《かみさま》をお|迎《むか》へして|来《き》たのだから、|清姫《きよひめ》さまも|屹度《きつと》お|助《たす》かりになるだらう。|早《はや》く|開《あ》けないかい』
『マア|何《なに》は|兎《と》もあれ、|開《あ》けて|見《み》ようか』
と|時公《ときこう》はやや|不安《ふあん》にかられながら、|白木《しらき》の|門《もん》をガラガラと|開《あ》ける。|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は、
『|御免《ごめん》』
と|云《い》ひつつ|門《もん》を|潜《くぐ》つて|進《すす》み|入《い》る。
(大正一一・二・二七 旧二・一 藤津久子録)
第三四章 |唐櫃《からびつ》〔四六四〕
|曲津《まがつ》の|猛《たけ》る|世《よ》の|中《なか》は かかる|例《ためし》もアルタイの
|山《やま》の|砦《とりで》に|巣《す》を|構《かま》へ |鬼《おに》か|大蛇《をろち》か|蛇掴《へびつかみ》
|魔神《まがみ》は|一日《ひとひ》に|十《とう》あまり |二《ふた》つの|蛇《へび》を|取《と》り|喰《くら》ひ
|春夏秋《はるなつあき》はよけれども |雪《ゆき》|降《ふ》りしきる|冬《ふゆ》の|夜《よ》は
|蛇《へび》の|姿《すがた》もかくろひて |飢《うゑ》をばしのぐ|由《よし》もなく
|魔神《まがみ》は|遂《つひ》に|遠近《をちこち》の |村町里《むらまちさと》に|現《あら》はれて
|世人《よびと》の|妻《つま》や|娘子《むすめご》を |一日《ひとひ》に|一人《ひとり》|奪《と》り|喰《くら》ひ
|日々《ひび》に|減《へ》り|行《ゆ》く|女子《をみなご》の |哀《あはれ》にもれず|鉄谷《かなたに》の
|村《むら》の|司《つかさ》の|鉄彦《かなひこ》が |一人娘《ひとりむすめ》の|清姫《きよひめ》に
|白羽《しらは》の|征矢《そや》は|立《た》ちにける。
|憂《うれ》ひに|沈《しづ》む|門《もん》の|内《うち》、|吹《ふ》き|来《く》る|風《かぜ》も|湿《しめ》り|勝《がち》なる|闇《やみ》の|夜《よ》に、|門《もん》の|戸《と》|叩《たた》いて|入《い》り|来《きた》る、|心《こころ》も|堅《かた》き|石凝姥《いしこりどめ》の|宣伝使《せんでんし》は、|門番《もんばん》|時公《ときこう》の|案内《あんない》につれ、|五人《ごにん》の|土人《どじん》と|共《とも》に、|玄関先《げんくわんさき》に|立《た》ち|現《あら》はれたるを|見《み》るや、|時公《ときこう》は|慌《あわただ》しく|奥《おく》の|間《ま》に|駆入《かけい》り、
『|申《まを》し|上《あ》げます、|申《まを》し|上《あ》げます。|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》がお|越《こ》しになりました』
|主人《しゆじん》の|鉄彦《かなひこ》は、|妻《つま》の|鉄姫《かなひめ》、|清姫《きよひめ》と|共《とも》に|唐櫃《からびつ》の|前《まへ》に|座《ざ》を|占《し》め、|門番《もんばん》の|言葉《ことば》も|耳《みみ》に|入《い》らぬ|体《てい》にて|憂《うれ》ひに|沈《しづ》み|居《ゐ》る。
|隣《となり》の|室《しつ》には、|村人《むらびと》の|口々《くちぐち》に|囁《ささや》く|声《こゑ》|悲《かな》しげに|聞《きこ》え|居《ゐ》る。|時公《ときこう》は、
『モシモシ、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が|見《み》えました』
|鉄彦《かなひこ》『|何《なに》ツ、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》とは、そりや|大変《たいへん》だ。|門《もん》を|堅《かた》く|閉《と》ぢて|一歩《いつぽ》も|入《い》れる|事《こと》は|罷《まか》りならぬぞ』
|時公《ときこう》は、
『ハイ』
と|云《い》つたきり、|頭《あたま》をがしがし|掻《か》いて|縮《ちぢ》まり|居《ゐ》る。
『|早《はや》く|行《い》つて|門《もん》を|閉《し》めぬか。|万々一《まんまんいち》、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が|吾《わが》|屋敷《やしき》へ|一歩《いつぽ》たりとも|踏《ふ》み|込《こ》ませなば、|又《また》もやウラル|彦《ひこ》の|眷属《けんぞく》、|蛇掴《へびつかみ》の|神《かみ》に|如何《いか》なる|難題《なんだい》を|吹《ふ》きかけらるるやも|図《はか》り|難《がた》し。|疾《はや》く|門《もん》を|閉《とざ》せよ』
『イヽ|今《いま》、コヽ|此処《ここ》に|宣伝使《せんでんし》が|無理《むり》やりに|私《わたくし》を|突《つ》き|倒《たふ》し|蹴《け》り|倒《たふ》し、|跳《は》ね|飛《と》ばし、|加之《おまけ》に|拳骨《げんこつ》を|喰《くら》はして|這入《はい》つて|来《き》ました。いやもう|乱暴《らんばう》な|奴《やつ》で、|力《ちから》の|強《つよ》い|剛力《がうりき》|無双《むさう》の|私《わたくし》でも、どうする|事《こと》も|出来《でき》ませぬ。|凶《わる》い|後《あと》には【きつと】よい|事《こと》が|来《き》ますから、どうぞ|見直《みなほ》し|聞《き》き|直《なほ》して|下《くだ》さいませ』
『ホー、|貴様《きさま》は|三五教《あななひけう》だな、|何時《いつ》そんな|教《をしへ》を|聞《き》いたのか』
『ハイ、|今《いま》|門《もん》の|口《くち》で|聞《き》きました』
|此《この》|時《とき》|玄関《げんくわん》に|当《あた》つて、
『|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立《た》て|別《わ》ける
ウラルの|山《やま》に|巣《す》を|構《つく》る ウラルの|彦《ひこ》の|曲神《まがかみ》の
|部下《てした》に|仕《つか》ふる|蛇掴《へびつかみ》 |三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》
|現《あら》はれ|来《きた》る|上《うへ》からは もはや|逃《のが》れぬ|百年目《ひやくねんめ》
|神《かみ》の|教《をしへ》の|言霊《ことたま》に |人《ひと》を|奪《と》り|喰《く》ふ|曲神《まがかみ》の
|頭《かしら》|挫《ひし》ぎて|鷲掴《わしづか》み |言向《ことむ》け|和《やは》し|鉄谷《かなたに》の
|里《さと》に|塞《ふさ》がる|村雲《むらくも》や |悩《なや》みを|清《きよ》く|吹《ふ》き|払《はら》ひ
|浦安国《うらやすくに》の|浦安《うらやす》き |神《かみ》の|御国《みくに》に|治《をさ》むべし
あゝ|鉄彦《かなひこ》よ|鉄姫《かなひめ》よ |身魂《みたま》も|清《きよ》き|清姫《きよひめ》よ
|案《あん》じ|煩《わづら》ふ|事《こと》|勿《なか》れ |此《この》|世《よ》を|造《つく》りし|神直日《かむなほひ》
|心《こころ》も|広《ひろ》き|大直日《おほなほひ》 |唯《ただ》|何事《なにごと》も|人《ひと》の|世《よ》は
|直日《なほひ》に|見直《みなほ》し|聞《き》き|直《なほ》し |世《よ》の|曲事《まがこと》は|宣《の》り|直《なほ》す
|三五教《あななひけう》の|神《かみ》の|道《みち》 |鬼《おに》や|大蛇《をろち》や|狼《おほかみ》の
|勢《いきほひ》|如何《いか》に|猛《たけ》くとも |神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|言霊《ことたま》に
|言向《ことむ》け|和《やは》し|村肝《むらきも》の |心《こころ》も|晴《は》れて|冬《ふゆ》の|空《そら》
|月《つき》|照《て》り|渡《わた》る|望《もち》の|夜《よ》の |御空《みそら》すがしき|清姫《きよひめ》を
|今宵《こよひ》の|内《うち》に|恙《つつが》なく |命《いのち》|救《すく》ひて|曲神《まがかみ》を
アルタイ|山《さん》の|山《やま》の|尾《を》に |追《お》ひ|散《ち》らしつつ|宇智川《うちがは》の
|河瀬《かはせ》に|禊祓《みそぎはら》ふべし |河瀬《かはせ》に|禊祓《みそぎはら》ふべし
|憂《うれ》ひを|晴《は》らせ|疾《と》く|晴《は》らせ |喜《よろこ》び|勇《いさ》め|諸共《もろとも》に
|朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも |月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも
|仮令《たとへ》|天地《てんち》は|覆《かへ》るとも |三五教《あななひけう》は|世《よ》を|救《すく》ふ
あな|有難《ありがた》き|神《かみ》の|道《みち》 あな|有難《ありがた》き|神《かみ》の|道《みち》』
と|涼《すず》しき|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》。|鉄彦《かなひこ》|親子《おやこ》を|始《はじ》め|別室《べつしつ》に|集《あつ》まりたる|村人《むらびと》は、この|歌《うた》を|聞《き》いて|今迄《いままで》とは|打《う》つて|変《かは》り|蘇生《そせい》したる|如《ごと》き|面色《おももち》にて、|思《おも》はず|知《し》らず|手《て》を|拍《う》ち、ウロー、ウローと|叫《さけ》びながら|立《た》ち|上《あが》り|踊《をど》り|狂《くる》ふ。
|此《この》|時《とき》|又《また》もや|優《やさ》しき|声《こゑ》にて|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひながら、|門《もん》を|潜《くぐ》つて|入《い》り|来《きた》る|女《をんな》あり。|玄関《げんくわん》に|立《た》ち|止《ど》まり、
『|闇《やみ》を|縫《ぬ》ひ|来《く》る|一《ひと》つ|火《び》を |辿《たど》りて|此処《ここ》に|来《き》て|見《み》れば
|鉄谷村《かなたにむら》の|酋長《しうちやう》の |鉄門《かなど》はサラリと|開《ひら》かれて
|憂《うれ》ひを|包《つつ》む|家《いへ》の|内《うち》 |様子《やうす》あらむと|頭《かしら》をば
|傾《かたむ》け|耳《みみ》を|澄《す》ませつつ |暗《くら》さは|暗《くら》し|烏羽玉《うばたま》の
|闇《やみ》にも|擬《まが》ふ|鉄彦《かなひこ》や |妻《つま》の|鉄姫《かなひめ》、|清子姫《きよこひめ》
アルタイ|山《さん》の|曲神《まがかみ》の |醜《しこ》の|餌食《ゑじき》になる|今宵《こよひ》
|思《おも》ひは|同《おな》じ|女気《をんなぎ》の |娘心《むすめごころ》を|推《を》し|量《はか》り
|世人《よびと》を|救《すく》ふ|三五《あななひ》の |教《をしへ》を|開《ひら》く|妾《わらは》こそ
|今宵《こよひ》は|此処《ここ》に【みかへる】の |神《かみ》の|教《をしへ》に|仕《つか》へむと
|思《おも》ふ|心《こころ》はアルタイの |谷《たに》より|深《ふか》く|思《おも》ひつめ
|宇智《うち》の|川《かは》より|尚《な》ほ|深《ふか》く |心《こころ》|定《さだ》めし|宣伝使《せんでんし》
|今宵《こよひ》は|吾《われ》を|窟戸《いはやど》に |舁《かつ》ぎて|往《ゆ》けよ|疾《と》く|往《ゆ》けよ
|神《かみ》が|表《おもて》に|現《あら》はれて |善《ぜん》と|悪《あく》とを|立《た》て|別《わ》ける
|今《いま》この|時《とき》ぞこの|時《とき》ぞ |時《とき》|後《おく》れては|一大事《いちだいじ》
|早《はや》く|此《この》|門《もん》|開《あ》けよかし |早《はや》く|此《この》|門《もん》|開《あ》けよかし』
|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は、|思《おも》はぬ|宣伝使《せんでんし》の|声《こゑ》を|聞《き》きていぶかり、|玄関《げんくわん》に|立《た》ち|出《い》で|見《み》れば、|黄泉比良坂《よもつひらさか》の|戦闘《せんとう》に|偉勲《ゐくん》を|奏《そう》したる|梅ケ香姫《うめがかひめ》なり。|二人《ふたり》は|思《おも》はず|顔《かほ》を|見合《みあ》はせ、|互《たがひ》に、
『オー』
と|云《い》つたきり、|黙然《もくねん》として|暫《しば》し|佇《たたず》みその|奇遇《きぐう》に|呆《あき》れ|居《ゐ》たりき。
(大正一一・二・二七 旧二・一 加藤明子録)
第三五章 アルタイ|窟《くつ》〔四六五〕
|石凝姥神《いしこりどめのかみ》、|梅ケ香姫《うめがかひめ》|二人《ふたり》の|宣伝歌《せんでんか》に、|酋長《しうちやう》|鉄彦《かなひこ》を|始《はじ》め|一同《いちどう》の|者《もの》は、やつと|安心《あんしん》の|胸《むね》を|撫《な》でおろし、|梅ケ香姫《うめがかひめ》の|意見《いけん》を|容《い》れ、|清姫《きよひめ》の|身代《みがは》りをこしらへ、|梅ケ香姫《うめがかひめ》を|唐櫃《からびつ》の|中《なか》に|納《をさ》めて、|石凝姥神《いしこりどめのかみ》と|時公《ときこう》の|門番《もんばん》は|唐櫃《からびつ》を|舁《かつ》ぎ、|数百人《すうひやくにん》の|老若男女《らうにやくなんによ》に|送《おく》られて、アルタイ|山《さん》の|山口《やまぐち》にさしかかれば、|忽《たちま》ち|一天《いつてん》|深黒《しんこく》に|彩《いろど》られ、|烈《はげ》しき|山颪《やまおろし》は|岩石《がんせき》も|飛《と》ばさむ|許《ばか》りに|吹《ふ》き|荒《すさ》んで|来《き》た。|一同《いちどう》は|風《かぜ》に|逆《さか》らひながら、|漸《やうや》くにして|山寨《さんさい》の|前《まへ》に|進《すす》み|着《つ》き、|梅ケ香姫《うめがかひめ》を|納《をさ》めたる|唐櫃《からびつ》を|岩窟《がんくつ》の|前《まへ》に|静《しづか》に|据《す》ゑ、|村人《むらびと》は|先《さき》を|争《あらそ》うて|倒《こ》けつ|輾《まろ》びつ|闇《やみ》の|山路《やまみち》を|下《くだ》り|行《ゆ》く。
|石凝姥神《いしこりどめのかみ》、|時公《ときこう》の|二人《ふたり》は、|間近《まぢか》の|茂《しげ》みの|中《なか》に|身《み》を|横《よこ》たへて、|様子《やうす》|如何《いか》にと|窺《うかが》ひ|居《ゐ》る。|暫《しばら》くあつてアルタイ|山《さん》の|一面《いちめん》に、|大空《おほぞら》の|星《ほし》の|如《ごと》く|青《あを》き|火光《くわくわう》が|瞬《またた》き|始《はじ》め、|中《なか》より|一層《いつそう》|大《だい》なる|松火《たいまつ》の|如《ごと》き|火《ひ》は、ブウンブウンと|唸《うな》りを|立《た》てて|唐櫃《からびつ》の|上空《じやうくう》を、|前後左右《ぜんごさいう》に|駆《か》け|廻《まは》り|駆《か》け|廻《まは》る|事《こと》ほとんど|一時《ひととき》ばかり、|唐櫃《からびつ》の|中《なか》よりは|幽《かす》かなる|宣伝歌《せんでんか》|響《ひび》いて|居《ゐ》る。この|声《こゑ》に|恐《おそ》れてや、|大《だい》なる|火光《くわくわう》は|上空《じやうくう》を|廻《まは》るのみにて、|容易《ようい》に|下《お》りて|来《こ》ない。
|数百千《すうひやくせん》の|山《やま》の|青白《あをじろ》き|火《ひ》は|追々《おひおひ》に|消《き》え|失《う》せ、|咫尺《しせき》も|弁《べん》ぜざる|闇黒《あんこく》と|変《へん》じ、|松火《たいまつ》の|火《ひ》は|追々《おひおひ》と|光《ひかり》|薄《うす》く|小《ちひ》さくなり|行《ゆ》く。|宣伝歌《せんでんか》は|唐櫃《からびつ》の|中《なか》より|次第々々《しだいしだい》と|声《こゑ》|高《たか》く|聞《きこ》え|来《きた》る。|一塊《いつくわい》の|火《ひ》は|忽《たちま》ち|上空《じやうくう》に|舞《ま》ひ|昇《のぼ》り、|西南《せいなん》の|天《てん》を|指《さ》して|帯《おび》を|引《ひ》きつつ|逃《に》げて|行《ゆ》く。
|石凝姥神《いしこりどめのかみ》はこの|態《てい》を|見《み》て|腕《うで》を|組《く》み、
『オイ、|時公《ときこう》、|今《いま》の|火《ひ》を|見《み》たか、|随分《ずゐぶん》|立派《りつぱ》なものだのう。|到底《たうてい》アルタイ|山《さん》でなければ、コンナ|立派《りつぱ》な|火《ひ》を|見《み》る|事《こと》は|出来《でき》ないぞ』
|時公《ときこう》『ハイ、ドウも|恐《おそ》ろしい|事《こと》で|御座《ござ》いました。|何《なん》だか|身体《からだ》が|縮《ちぢ》かむ|様《やう》で、|手《て》も|足《あし》も|動《うご》きませぬ』
『|気《き》の|弱《よわ》い|奴《やつ》だなア。|貴様《きさま》|一寸《ちよつと》|声《こゑ》を|当《あて》に、|御苦労《ごくらう》だが|唐櫃《からびつ》のそばへ|寄《よ》つて、|梅ケ香姫《うめがかひめ》はどうして|居《を》るか、|調《しら》べて|来《き》て|呉《く》れぬか』
『ヘイ、イイエ、|滅相《めつさう》な、ドウして|足《あし》が|立《た》ちますものか』
『ソレナラ|俺《おれ》が|行《い》つて|来《く》るから、|貴様《きさま》はここに|隠《かく》れて|居《を》れ』
と|云《い》つて|立上《たちあが》らむとするを|時公《ときこう》は、
『モシモシ、|私《わたくし》も|一緒《いつしよ》に|連《つ》れて|行《い》つて|下《くだ》さい。コンナ|処《ところ》に|一人《ひとり》|放《ほ》つとけぼりを|喰《く》はされては|堪《た》まりませぬワ』
|石凝姥《いしこりどめ》『|貴様《きさま》、|手《て》も|足《あし》も|動《うご》かぬと|云《い》つたぢやないか。|連《つ》れて|行《ゆ》けと|云《い》つた|処《ところ》で、|此《この》|闇《くら》がりに|負《お》うてやる|訳《わけ》にも|行《ゆ》かず、|仕方《しかた》がない。マア|神妙《しんめう》に|待《ま》つて|居《ゐ》るがよい』
『イヤ、ソレナラ、|立《た》つて|御供《おとも》を|致《いた》します』
『ナンダ、なまくらな|奴《やつ》だ、|臆病者《おくびやうもの》だな、サア|来《こ》い』
と|手《て》を|引《ひ》いて、|唐櫃《からびつ》の|前《まへ》に|探《さぐ》りさぐり|進《すす》み|行《ゆ》く。|宣伝歌《せんでんか》の|声《こゑ》は|唐櫃《からびつ》の|外《そと》に|洩《も》れ|聞《きこ》えてゐる。
|石凝姥《いしこりどめ》『オー、|梅ケ香姫《うめがかひめ》|殿《どの》、|悪神《あくがみ》は|逃《に》げ|去《さ》つた|様《やう》です』
と|云《い》ひながら、|唐櫃《からびつ》の|蓋《ふた》をパツと|取《と》れば、|梅ケ香姫《うめがかひめ》は|白装束《しろしやうぞく》の|侭《まま》|髪《かみ》|振《ふ》り|乱《みだ》し、|双刃《もろは》の|剣《つるぎ》を|闇《やみ》にピカつかせながらスツクと|起《た》ち|上《あが》り、
『ヤアー、アルタイ|山《さん》に|巣《す》を|構《かま》へ、|人《ひと》の|命《いのち》を|奪《うば》ふ|悪神《あくがみ》|蛇掴《へびつかみ》、|思《おも》ひ|知《し》れよ』
と|矢庭《やには》に|声《こゑ》する|方《はう》に|向《むか》つて|迫《せま》り|来《きた》る|其《その》|権幕《けんまく》に、|時公《ときこう》はキヤツと|叫《さけ》びてその|場《ば》に|倒《たふ》れ|伏《ふ》す。
『ホー、|梅ケ香姫《うめがかひめ》|殿《どの》、お|鎮《しづ》まりなさい、|拙者《せつしや》は|石凝姥《いしこりどめ》です。|悪魔《あくま》は|最早《もはや》|西南《せいなん》の|天《てん》に|向《むか》つて|火《ひ》の|玉《たま》となり|逃《に》げ|去《さ》りました』
|梅ケ香姫《うめがかひめ》『ヤー、|蛇掴《へびつかみ》、|汝《なんぢ》は|吾《わが》|宣伝歌《せんでんか》に|恐《おそ》れ、|再《ふたた》び|計略《けいりやく》を|以《もつ》て|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|石凝姥神《いしこりどめのかみ》と|佯《いつは》り、|吾《われ》を|籠絡《ろうらく》せむとするか。|思《おも》ひ|知《し》れよ』
と|剣《つるぎ》を|抜《ぬ》き|放《はな》つて、|前後左右《ぜんごさいう》に|振《ふ》り|立《た》て|振《ふ》り|立《た》て|迫《せま》り|来《きた》る。|石凝姥《いしこりどめ》は|後《あと》しざりしながら、
『マアマア、|待《ま》つた|待《ま》つた、|本物《ほんもの》だ』
|梅ケ香姫《うめがかひめ》『|此《この》|期《ご》に|及《およ》んで|小賢《こざか》しき|其《その》|云《い》ひ|訳《わけ》、|聞《き》く|耳《みみ》|持《も》たぬ』
と|白装束《しろしやうぞく》の|侭《まま》、|石凝姥《いしこりどめ》に|向《むか》つて|斬《き》つてかかる。|石凝姥《いしこりどめ》は|已《や》むを|得《え》ず、|闇中《あんちゆう》に|幽《かす》かに|見《み》ゆる|白《しろ》き|唐櫃《からびつ》の|蓋《ふた》を|取《と》つて|梅ケ香姫《うめがかひめ》の|刃《やいば》を|受《う》け|止《と》め、
『|石凝姥《いしこりどめ》だ|石凝姥《いしこりどめ》だ』
と|頻《しき》りに|叫《さけ》ぶ。|梅ケ香姫《うめがかひめ》は|岩角《いはかど》に|躓《つまづ》きバタリとその|場《ば》に|倒《たふ》れたるが、あたかも|時公《ときこう》の|倒《たふ》れたる|一尺《いつしやく》ばかり|傍《そば》なりしかば、|時公《ときこう》は|又《また》もやキヤツと|声《こゑ》|立《た》て、
『ヘヽ|蛇掴様《へびつかみさま》、ワヽ|私《わたくし》は|時公《ときこう》と|云《い》ふ|男《をとこ》で|御座《ござ》います。|貴方《あなた》のお|好《す》きな|餌食《ゑじき》を|御供《おそな》へに|来《き》た|者《もの》、どうぞ|命《いのち》ばかりは|御助《おたす》け|下《くだ》さいませ。お|気《き》に|入《い》らぬか|知《し》りませぬが、|実《じつ》の|処《ところ》を|白状《はくじやう》|致《いた》しますれば、|清姫《きよひめ》ではなくて、なんでも|酸《す》い|酸《す》い|名《な》のついた|風来者《ふうらいもの》の|乞食姫《こじきひめ》で|御座《ござ》います。|併《しか》し|食《く》つてみな|味《あぢ》は|分《わか》りませぬ。お|気《き》に|入《い》らねば、|又《また》|明日《あす》の|晩《ばん》に|本真物《ほんまもの》を|持《も》つて|来《き》ます。|是《これ》でよければ、どうぞ|辛抱《しんばう》して、|私《わたくし》はお|助《たす》け|下《くだ》さいなー』
|石凝姥《いしこりどめ》は|暗中《あんちう》より、
『ホー、|時公《ときこう》の|奴《やつ》、|不埒《ふらち》|千万《せんばん》な、|其《その》|方《はう》は|清姫《きよひめ》の|身代《みがは》りを|持《も》つて|来《き》たなア。|身代《みがは》りで|済《す》むものなら、|男《をとこ》でも|女《をんな》でもかまはぬ。この|梅ケ香姫《うめがかひめ》は【スツ】ぱくて|此《この》|方《はう》の|口《くち》に|合《あ》はぬ。|貴様《きさま》の|肉《にく》はポツテリ|肥《こ》えてウマさうだから、これから|貴様《きさま》を|御馳走《ごちそう》にならうかい』
|時公《ときこう》『ソヽヽヽヽそれは|違《ちが》ひます、そんな|約束《やくそく》ぢやなかつたに、マヽ|待《ま》つて|下《くだ》さいませ。|食《く》はれる|此《この》|身《み》は|厭《いと》はねども、|家《うち》に|残《のこ》つた|女房《にようばう》が|嘸《さぞ》|歎《なげ》く|事《こと》で|御座《ござ》いませう。|命《いのち》ばかりはお|助《たす》け|下《くだ》さいませ。アヽ、こんな|事《こと》になると|知《し》つたら、|三五教《あななひけう》の|奴乞食《どこじき》の|様《やう》な、|石凝姥《いしこりどめ》とやらの|云《い》ふ|事《こと》を|聞《き》くぢやなかつたのに、|是《これ》から|彼奴《あいつ》を|私《わたくし》が|平《たひら》げて、|貴方《あなた》の|恨《うらみ》を|晴《は》らしますから、どうぞお|助《たす》けを|願《ねが》ひます』
|梅ケ香姫《うめがかひめ》|闇《くら》がりより、
『ホヽホヽホヽ』
|時公《ときこう》『なんだ、アタいやらしい。ホヽホヽ|処《どころ》かい、|今《いま》|食《く》はれかけて|居《を》るとこぢや。お|前《まへ》は|替玉《かへだま》で、|蛇掴様《へびつかみさま》のお|気《き》に|入《い》らぬとて、|助《たす》かつて|嬉《うれ》しからうが、|俺《おれ》の|身《み》にもなつて|見《み》たがよい。|千騎一騎《せんきいつき》の|背中《せなか》に|腹《はら》の|替《か》へられぬ、|苦《くる》しい|場合《ばあひ》になつて|居《を》るのに、|人《ひと》を|助《たす》ける|宣伝使《せんでんし》が|笑《わら》ふと|云《い》ふ|事《こと》があるものか。|馬鹿《ばか》にするない。もう|斯《か》うなつては|破《やぶ》れかぶれだ。|俺《おれ》が|食《く》はれる|前《まへ》に|貴様《きさま》の|命《いのち》を|取《と》つて|腹癒《はらい》せをしてやらう』
『ホヽホヽホヽ、|時公《ときこう》さま、|貴方《あなた》|口《くち》ばつかり|御達者《おたつしや》ですなア、|御手足《おてあし》が|動《うご》きますか』
『ウヽ|動《うご》かいでかい、|動《うご》かして|見《み》せてやらう、かう|見《み》えても、もとは|時野川《ときのがは》と|云《い》つて、|小角力《こずまふ》の|一《ひと》つもとつた|者《もの》だ。|乞食女《こじきをんな》の|阿魔女《あまつちよろ》|奴《め》が|何《なに》を|吐《ぬか》しよるのだ。それにつけても|石凝姥《いしこりどめ》の|奴《やつ》、|偉《えら》さうな|法螺《ほら》ばかり|吹《ふ》きよつて|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げて|仕舞《しま》ひよつた。どうせ|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》に|碌《ろく》な|奴《やつ》があるものか。ほんたうにドエライ|目《め》に|遭《あ》はせよつたワイ』
|石凝姥《いしこりどめ》|作《つく》り|声《ごゑ》をして、
『コラコラ|時公《ときこう》、|頬桁《ほほげた》が|過《す》ぎるぞ。|舌《した》から|抜《ぬ》かうか』
|時公《ときこう》『|下《した》からも|上《うへ》からもありませぬ。|私《わたくし》の|様《やう》な|骨《ほね》の|硬《かた》い|味《あぢ》のないものを|食《く》つた|処《ところ》で、|胸《むね》が|悪《わる》くなるばかりです。|梅ケ香姫《うめがかひめ》よりもう|一段《いちだん》|酸《す》い|酸《す》い、|粋《すゐ》な|男《をとこ》と|内《うち》の|嬶《かかあ》が|申《まを》します』
『その|酸《す》い|奴《やつ》が|喰《く》つて|見《み》たいのだ』
『|矢張《やつぱ》り|嘘《うそ》です、|酸《す》い|奴《やつ》は|梅ケ香姫《うめがかひめ》』
|石凝姥《いしこりどめ》は|元《もと》の|声《こゑ》になつて、
『オイ|時公《ときこう》、|随分《ずゐぶん》|俺《おれ》の|悪口《わるぐち》をよく|囀《さへづ》つたなア。とうの|昔《むかし》に|蛇掴《へびつかみ》はアーメニヤの|方《はう》へ|逃《に》げて|仕舞《しま》つたよ。|最前《さいぜん》から|蛇掴《へびつかみ》と|云《い》つたのは、|暗《くら》がりを|幸《さいは》ひ、|俺《おれ》が|一《ひと》つ|貴様《きさま》の|肝《きも》と|心《こころ》の|善悪《ぜんあく》を|調《しら》べて|見《み》たのだ。|貴様《きさま》はまだまだ|改心《かいしん》が|出来《でき》て|居《を》らぬワイ』
『ハイハイ、【ほんま】|物《もの》ですか。【ほんま】|物《もの》なら|今《いま》から|改心《かいしん》いたしますから|赦《ゆる》して|下《くだ》さいな』
『|蛇掴《へびつかみ》の|肉体《にくたい》は|逃《に》げ|去《さ》つたが、|其《その》|霊《れい》が|俺《おれ》に|憑《うつ》つて、|貴様《きさま》を|喰《く》へと|云《い》ふのだ。|必《かなら》ず|石凝姥《いしこりどめ》を|鬼《おに》の|様《やう》な|奴《やつ》と|恨《うら》めて|呉《く》れなよ。|俺《おれ》に|憑《うつ》つた|副守護神《ふくしゆごじん》が、|貴様《きさま》をこれから|喰《く》ふのだよ』
『あなた、そんな|殺生《せつしやう》な|副守護神《ふくしゆごじん》を|去《いな》して|下《くだ》され』
|梅ケ香姫《うめがかひめ》『ホヽホヽホヽ』
|時公《ときこう》『コレコレ|梅ケ香《うめがか》さま、|旅《たび》は|道連《みちづ》れ|世《よ》は|情《なさけ》だ。かうして|三人《さんにん》この|深山《しんざん》に|出《で》て|来《き》たのも|深《ふか》い|因縁《いんねん》があつての|事《こと》でせう。|貴女《あなた》|宣伝使《せんでんし》なら、あの|副《ふく》とか|守《しゆ》とか|云《い》ふものを|去《いな》して|下《くだ》さいな』
『ホヽホヽホヽ』
|石凝姥《いしこりどめ》『アハヽヽヽヽ、|嘘《うそ》だ|嘘《うそ》だ』
|時公《ときこう》『ウヽ、ウヽソウですか』
『|洒落《しやれ》|処《どころ》でないワイ。もう|夜《よ》が|明《あ》ける、サアサア|支度《したく》だ|支度《したく》だ。|梅ケ香《うめがか》|様《さま》、|貴女《あなた》は|女《をんな》の|事《こと》だから、|此《この》|唐櫃《からびつ》にお|這入《はい》りなさい。|私《わたくし》と|時公《ときこう》と|舁《かつ》いで|帰《かへ》ります』
『|舁《かつ》げと|云《い》つたつて|腰《こし》が|抜《ぬ》けて|舁《かつ》げませぬ』
かくする|中《うち》、|東雲《しののめ》の|空《そら》|紅《くれなゐ》を|潮《てう》し、あたりはホンノリと|明《あ》け|放《はな》れた。|見《み》れば|辺《あた》りには|大小《だいせう》の|鬼《おに》の|形《かたち》したる|岩石《がんせき》が、そこら|一面《いちめん》に|散乱《さんらん》して|居《ゐ》る。|石凝姥神《いしこりどめのかみ》は|辺《あた》りの|手頃《てごろ》の|細長《ほそなが》き|岩片《がんぺん》を|拾《ひろ》ひ、|之《これ》に|息《いき》を|吹《ふ》きかけ|頭槌《くぶつち》を|作《つく》り、|鬼《おに》の|化石《くわせき》を|片《かた》つ|端《ぱし》より|頭《あたま》を|目《め》がけて|叩《たた》き|割《わ》れば、|不思議《ふしぎ》や、|其《その》|石《いし》よりは|霧《きり》の|如《ごと》く、|血煙《ちけむり》|盛《さか》んに|噴出《ふんしゆつ》す。|幾十百《いくじふひやく》とも|限《かぎ》りなき|鬼《おに》の|化石《くわせき》を|一《ひと》つも|残《のこ》らず|首《くび》を|斬《き》り、ここに|三人《さんにん》は|悠々《いういう》として|山《やま》を|下《くだ》り、|再《ふたた》び|鉄谷村《かなたにむら》の|酋長《しうちやう》|鉄彦《かなひこ》の|家居《いへゐ》をさして|悠然《いうぜん》として|凱歌《がいか》をあげて|帰《かへ》り|来《きた》る。
(大正一一・二・二七 旧二・一 岩田久太郎録)
第三六章 |意想外《いさうぐわい》〔四六六〕
アルタイ|山《さん》の|蛇掴《へびつかみ》 |一度《いちど》に|開《ひら》く|梅ケ香姫《うめがかひめ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|言霊《ことたま》に |吹《ふ》き|散《ち》らされて|曲津見《まがつみ》は
|御空《みそら》も|高《たか》く|駆《か》け|上《あが》り |西南《せいなん》|指《さ》してアーメニヤ
|雲《くも》を|霞《かすみ》と|逃《に》げ|去《さ》りし |後《あと》に|二人《ふたり》の|宣伝使《せんでんし》
|胸《むね》ドキドキと|時公《ときこう》の |供《とも》を|引連《ひきつ》れ|帰《かへ》り|来《く》る
|鉄谷村《かなたにむら》の|鉄彦《かなひこ》が |館《やかた》の|前《まへ》になりければ
|今《いま》の|今《いま》まで|悄気返《しよげかへ》り |弱《よわ》り|入《い》つたる|時公《ときこう》は
|肩《かた》を|怒《いか》らし|肘《ひぢ》を|張《は》り |俺《おれ》の|武勇《ぶゆう》は|此《この》|通《とほ》り
|鉄谷村《かなたにむら》の|人々《ひとびと》よ |昔《むかし》|取《と》つたる|杵柄《きねづか》の
|猪《しし》|喰《く》た|犬《いぬ》の|時野川《ときのがは》 |時世時節《ときよじせつ》で|是非《ぜひ》もなく
|鉄彦《かなひこ》さまの|門番《もんばん》と |身《み》を|下《くだ》しては|居《ゐ》たけれど
|愈《いよいよ》めぐる|時津風《ときつかぜ》 |吹《ふ》いて|吹《ふ》いて|吹《ふ》きまはし
|流石《さすが》に|強《つよ》き|蛇掴《へびつかみ》 |片手《かたて》に|掴《つか》んでビシヤビシヤと
|岩《いは》に|投付《なげつ》け|引《ひ》つ|千切《ちぎ》り |上《うへ》と|下《した》との|彼奴《きやつ》が|顎《あご》
|右《みぎ》と|左《ひだり》の|手《て》を|掛《か》けて ウンと|一声《ひとこゑ》きばつたら
|鰻《うなぎ》を|断《た》つたその|如《ごと》く |左右《さいう》に|別《わか》れてメリメリメリ
|時《とき》の|天下《てんか》に|従《したが》へと |言《い》ふ|諺《ことわざ》を|知《し》つてるか
サアサア|是《これ》から|時《とき》さまが |時《とき》の|天下《てんか》ぢや|殿様《とのさま》ぢや
|迚《とて》も|敵《かな》はぬ|鉄谷《かなたに》の |村《むら》の|頭《かしら》の|鉄彦《かなひこ》も
|俺《おれ》に|叶《かな》はぬ|鉄姫《かなひめ》よ |必《かなら》ず|是《これ》から|此《この》|方《はう》に
|背《そむ》いちやならぬぞ|時野川《ときのがは》 |時《とき》の|天下《てんか》は|俺《おれ》がする
|時《とき》の|代官《だいくわん》|日《ひ》の|奉行《ぶぎやう》 |時《とき》にとつての|儲《まう》け|物《もの》
モウ|是《これ》からはアルタイの |山《やま》の|魔神《まがみ》の|蛇掴《へびつかみ》
|此《この》|時《とき》さまのある|限《かぎ》り |再《ふたた》び|出《で》て|来《く》る|例《ためし》ない
ためしもあらぬ|豪傑《がうけつ》の |此《この》|腕前《うでまへ》をよつく|見《み》よ
|御代《みよ》は|安《やす》らか|平《たひら》かに |時公《ときこう》さまが|治《をさ》め|行《ゆ》く
「ドツコイシヨウノドツコイシヨ」 「ウントコドツコイ、ドツコイシヨ」
「ヨイトコヨイトコ、ヨイトコサ」 「ヨイトサノ、ヨーイトサ」
と|手《て》を|振《ふ》り、|足《あし》を|六方《ろくぱう》に|踏《ふ》みながら、|饒舌《しやべ》り|散《ち》らし、|鉄彦《かなひこ》が|門口《かどぐち》ガラリと|開《あ》けて|入《い》り|来《きた》る。
|村人《むらびと》は|今日《けふ》も|酋長《しうちやう》の|館《やかた》に|詰《つ》めかけて、アルタイ|山《さん》の|様子《やうす》|如何《いか》にと|待《まち》|居《ゐ》たる|折柄《をりから》なれば、|此《この》|法螺《ほら》を|聞《き》いて|半信半疑《はんしんはんぎ》の|念《ねん》に|駆《か》られ、|喜《よろこ》ぶ|者《もの》、|顔《かほ》を|顰《しか》める|者《もの》、ポカンとする|者《もの》など|沢山《たくさん》に|現《あら》はれたる。|鉄彦《かなひこ》|夫婦《ふうふ》は|娘《むすめ》|清姫《きよひめ》と|共《とも》に|慌《あわただ》しく|宣伝使《せんでんし》の|前《まへ》に|現《あら》はれ、
『ヤア、|御苦労《ごくらう》で|御座《ござ》いました。|様子《やうす》は|如何《いかが》で|御座《ござ》いませう。|吾々《われわれ》|始《はじ》め|一統《いつとう》の|者《もの》、|御身《おんみ》の|上《うへ》|如何《いか》にと、|首《くび》を|長《なが》くし、|顔色《かほいろ》を|変《か》へて|待《ま》つて|居《ゐ》ました。はやく|様子《やうす》を|聞《き》かして|下《くだ》さいませ』
と|三人《さんにん》|一度《いちど》に|両手《りやうて》をついて|頼《たの》み|入《い》つた。|石凝姥《いしこりどめ》はニツコと|笑《わら》ひ、
『ヤア、|先《ま》づ|先《ま》づ|御安心《ごあんしん》|下《くだ》さいませ、|此《この》|通《とほ》り|梅ケ香姫《うめがかひめ》も|無事《ぶじ》に|帰《かへ》つて|参《まゐ》りました』
|親子《おやこ》|三人《さんにん》『ヤア、これは|梅ケ香姫《うめがかひめ》さま、|結構《けつこう》で|御座《ござ》いましたナ。これと|申《まを》すも|貴女様《あなたさま》の|御親切《ごしんせつ》が|天地《てんち》の|神様《かみさま》に|通《つう》じたので|御座《ござ》いませう。オー|時公《ときこう》、お|前《まへ》は|何《なん》だか|偉《えら》う|元気張《げんきば》つて|唄《うた》つて|居《ゐ》たなア。|早《はや》く|様子《やうす》を|聴《き》かして|呉《く》れよ』
|時公《ときこう》『|只今《ただいま》の|時公《ときこう》は、|昨日《きのふ》|迄《まで》の|時公《ときこう》とは、ヘン|一寸《ちよつと》|違《ちが》ひますよ。|其《その》|積《つも》りで|聴《き》いて|貰《もら》ひませう。|何時《いつ》までも|人間《にんげん》は|金槌《かなづち》の|川流《かはなが》れ、|頭《あたま》が|上《あが》らぬといふ|理屈《りくつ》はない。|此《この》|時公《ときこう》の|手柄話《てがらばなし》、よつく|承《うけたま》はりなさい……オイオイ、|時野川《ときのがは》の|言霊《ことたま》をよつく|聞《き》けよ。|中々《なかなか》|以《もつ》て|素適滅法界《すてきめつぽふかい》な……』
|鉄彦《かなひこ》『オイ|時公《ときこう》、|前置《まへおき》は|好《よ》い|加減《かげん》にして、|早《はや》く|本当《ほんたう》のことを|言《い》はぬか』
『ヤア、お|気《き》の|毒《どく》な|事《こと》が|出来《でき》ました』
『エツ』
『|折角《せつかく》|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》が|清姫《きよひめ》|様《さま》のお|身代《みがは》りになつてやらうとの|仁慈《じんじ》|無限《むげん》のお|志《こころざし》、|吾々《われわれ》|始《はじ》め|一同《いちどう》の|者《もの》は|誠《まこと》に|以《もつ》て|感謝《かんしや》の|至《いた》りに|堪《た》へませぬ。|併《しか》しながら|蛇掴《へびつかみ》の|奴《やつ》、|岩窟《いはや》の|中《なか》からやつて|来《き》て、|唐櫃《からびつ》の|廻《まは》りをフンフンと|嗅《か》ぎまはり「ヤア|此奴《こいつ》は|香《にほひ》が|違《ちが》ふ、|酸《す》いぞ|酸《す》いぞ、|酸《す》いも|甘《あま》いも|知《し》り|抜《ぬ》いた|此《この》|蛇掴《へびつかみ》に、|身代《みがは》りを|立《た》てて|誤魔化《ごまくわ》さうとは|不都合《ふつがふ》|千万《せんばん》な|鉄彦《かなひこ》|奴《め》、モウ|了簡《れうけん》ならぬ。|是《これ》から|此《この》|方《はう》が|出張《しゆつちやう》して、|鉄彦《かなひこ》|親子《おやこ》は|申《まを》すに|及《およ》ばず、|村中《むらぢう》の|奴《やつ》を|老若男女《らうにやくなんによ》の|区別《くべつ》なく|片《かた》つ|端《ぱし》から|皆《みんな》|喰《く》つて|了《しま》ふ」と|云《い》つて、ドエライ|声《こゑ》で|呶鳴《どな》りよつた|其《その》|勢《いきほひ》の|凄《すさま》じさ。|何《なん》とも|彼《か》とも|云《い》ふに|云《い》はれぬ、|大抵《たいてい》の|者《もの》なら|皆《みんな》|腰《こし》を|抜《ぬ》かして、|到底《たうてい》この|時公《ときこう》の|様《やう》に|帰《かへ》つて|来《く》ることは|出来《でき》ないのですが、そこは|流石《さすが》は|時公《ときこう》だ。|鬼《おに》をも|掴《つか》んで|喰《く》ふやうな|蛇掴《へびつかみ》の|前《まへ》に、|何《なん》の|怖《おそ》るる|色《いろ》もなく|悠然《いうぜん》として|現《あら》はれ|給《たま》ひ「ヤイ、|蛇掴《へびつかみ》とやら、|其《その》|方《はう》に|申渡《まをしわた》す|仔細《しさい》がある。|貴様《きさま》は|蛇《へび》の|代《かは》りに|結構《けつこう》な|人間様《にんげんさま》を|喰《く》ふ|奴《やつ》だ。モウ|是《これ》からは|人間《にんげん》を|喰《く》ふ|様《やう》な|事《こと》を|致《いた》すと|了簡《れうけん》ならぬぞ」と|拳骨《げんこつ》を|固《かた》めて、ポンと|擲《なぐ》る|積《つも》りぢやつたが、|擲《なぐ》るのだけは|止《や》めておいた。「モウ|人間《にんげん》を|喰《く》ふ|事《こと》は|罷《まか》りならぬ」と|言《い》つた|処《ところ》、|蛇掴《へびつかみ》の|奴《やつ》|四《よ》つの|目《め》を|細《ほそ》くしよつて「ヘイヘイ|時公《ときこう》さまの|御威勢《ごゐせい》には|恐《おそ》れ|入《い》りました。モウ|是《これ》が|人間《にんげん》の|喰《くら》ひをさめ、|一人《ひとり》だけは|許《ゆる》して|下《くだ》さい」と|頼《たの》みやがる。そこで|此《この》|方《はう》も「ヨシ|分《わか》つた、|割《わり》と|融通《ゆうづう》のきく|奴《やつ》だ。サア|此処《ここ》へ|清姫《きよひめ》を|伴《つ》れて|来《き》た、これを|喰《くら》つて|満足《たんのう》せよ」と|云《い》つた|処《ところ》、|蛇掴《へびつかみ》の|奴《やつ》「|此奴《こいつ》は|酸《す》い|贋物《にせもの》だ、|本当《ほんたう》の|清姫《きよひめ》をよこせ」とほざきやがる。「ヤアそれも|尤《もつと》もだ」と|云《い》つて|請合《うけあ》つて|帰《かへ》つて|来《き》たのだ。サア|清姫《きよひめ》さま、|気《き》の|毒《どく》ながら|今晩《こんばん》ぜひ|御苦労《ごくらう》にならねばなりませぬワイ』
『エヽ、それは|大変《たいへん》な|事《こと》ぢや。|主人《しゆじん》が|門番《もんばん》に|手《て》を|下《さ》げて|頼《たの》むのだから、マ|一度《いちど》お|前《まへ》|蛇掴《へびつかみ》に|会《あ》つて|談判《だんぱん》をして|来《き》て|呉《く》れまいか』
『なかなか|以《もつ》て……|抜《ぬ》かりのない|時公《ときこう》は「オイ|蛇掴《へびつかみ》、モウ|人間《にんげん》の|一《ひと》つイヤ|一人《ひとり》くらゐ|喰《く》つても|喰《く》はいでも、|同《おな》じ|事《こと》ぢやないか、モウ|是《これ》で|諦《あきら》めて|了《しま》へ」と|千言万語《せんげんばんご》を|尽《つく》して|云《い》うて|聞《き》かした|処《ところ》「モウ|是《これ》が|喰《くら》ひをさめだから、|是非《ぜひ》|喰《く》はして|貰《もら》ひたい。|蛇掴《へびつかみ》の|肉体《にくたい》は|改心《かいしん》したから|喰《く》ひたくないが、|腹《はら》の|中《なか》の|副守護神《ふくしゆごじん》が|喰《く》ひたいと|申《まを》すに|依《よ》つて、|女子《をなご》の|代《かは》りに|時公《ときこう》を……ヤ|違《ちが》ふ|違《ちが》ふ……|梅ケ香姫《うめがかひめ》の|代《かは》りに、|清姫《きよひめ》と|鉄彦《かなひこ》、|鉄姫《かなひめ》を|邪魔《じやま》|臭《くさ》いから|一緒《いつしよ》に|喰《く》はして|呉《く》れ」と|云《い》ひよつたのだ。ナア|鉄彦《かなひこ》さま、|貴方《あなた》は|此《この》|村《むら》を|守《まも》る|御方《おんかた》、|今迄《いままで》は|吾々《われわれ》が|集《よ》つて|働《はたら》いて、|酋長《しうちやう》さまと|敬《うやま》つて|養《やしな》つて|上《あ》げたのだから、|今夜《こんや》は|其《その》|勘定《かんぢやう》をなさるのだ。たつた|三人《さんにん》の|命《いのち》を|棄《す》てて|此《この》|村《むら》は|愚《おろ》か、|国中《くにぢう》の|者《もの》が|助《たす》かると|思《おも》へば|安《やす》い|生命《いのち》だ、|御苦労《ごくらう》さま……』
|鉄彦《かなひこ》、|鉄姫《かなひめ》、|清姫《きよひめ》は|一度《いちど》にワツと|泣《な》き|伏《ふ》す。|時公《ときこう》は、
『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ』
|村《むら》の|者《もの》『オイ|時公《ときこう》、|何《なに》が|可笑《をか》しい。|貴様《きさま》|不届《ふとど》きな|奴《やつ》だ。こんな|悲《かな》しい|時《とき》に|可笑《をか》しいのか、|貴様《きさま》を|村中《むらぢう》|集《よ》つてたかつて|成敗《せいばい》してやらう。|覚悟《かくご》せい』
『ヤア、|騒《さわ》ぐな|騒《さわ》ぐな、|皆《みな》|嘘《うそ》だ』
『|嘘《うそ》とは|何《なん》だ、|冗談《じやうだん》も|時《とき》に|依《よ》る』
『ヤア|時公《ときこう》が|言《い》つたのぢやない、|副守護神《ふくしゆごじん》が|云《い》つたのだよ。みんな|嘘《うそ》だ|嘘《うそ》だ』
|石凝姥《いしこりどめ》『アハヽヽヽヽ』
|梅ケ香姫《うめがかひめ》『ホヽヽヽヽ』
|石凝姥《いしこりどめ》は|声《こゑ》を|張上《はりあ》げて、
『|山路《やまぢ》|険《けは》しきアルタイの |岩窟《いはや》の|前《まへ》に|送《おく》られし
|梅ケ香姫《うめがかひめ》の|唐櫃《からびつ》を |巌《いはほ》の|上《うへ》に|据《す》ゑ|置《お》きて
|村人《むらびと》|達《たち》は|帰《かへ》り|行《ゆ》く |梅ケ香姫《うめがかひめ》は|唐櫃《からびつ》の
|中《なか》に|潜《ひそ》みて|宣伝歌《せんでんか》 |歌《うた》ふ|其《その》|声《こゑ》|中天《ちうてん》に
|轟《とどろ》き|渡《わた》り|曲神《まがかみ》は |幾百千《いくひやくせん》の|火《ひ》となりて
|見《み》まもり|居《ゐ》たる|折柄《をりから》に |忽《たちま》ち|来《きた》る|一《ひと》つ|火《び》の
|玉《たま》は|此《この》|場《ば》に|現《あら》はれて |唐櫃《からびつ》の|上《へ》を|右《みぎ》|左《ひだり》
|前《まへ》や|後《うしろ》に|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ |声《こゑ》も|涼《すず》しき|梅ケ香姫《うめがかひめ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|言霊《ことたま》に |恐《おそ》れて|逃《に》げ|行《ゆ》くアーメニヤ
|跡形《あとかた》もなき|暗《やみ》の|空《そら》 |吾《われ》は|木蔭《こかげ》に|身《み》を|忍《しの》び
|此《この》|光景《ありさま》を|窺《うかが》へば |臆病風《おくびやうかぜ》に|襲《おそ》はれし
|胸《むね》もドキドキ|時公《ときこう》が |腰《こし》を|抜《ぬ》かして|啜《すす》り|泣《な》く
|彼《かれ》を|伴《ともな》ひ|唐櫃《からびつ》の |前《まへ》に|致《いた》りて|蔽蓋《おひぶた》を
|開《ひら》くや|忽《たちま》ち|暗《やみ》の|夜《よ》を |透《す》かして|立《た》てる|白姿《しろすがた》
|髪《かみ》|振《ふ》り|乱《みだ》す|梅ケ香姫《うめがかひめ》の |神《かみ》の|姿《すがた》に|仰天《ぎやうてん》し
|狼狽《うろた》へ|騒《さわ》ぐ|面白《おもしろ》さ |吾《われ》は|此《この》|場《ば》の|可笑《をか》しさに
|魔神《まがみ》となつて|声《こゑ》を|変《か》へ |嚇《おど》して|見《み》れば|時公《ときこう》は
|訳《わけ》も|分《わか》らぬくどき|言《ごと》 |女房《にようばう》が|悔《くや》む|助《たす》けてと
ほざく|男《をとこ》の|涙声《なみだごゑ》 |腹《はら》を|抱《かか》へる|可笑《をか》しさを
こらへて|漸《やうや》う|今《いま》|此処《ここ》に |帰《かへ》りて|見《み》れば|時公《ときこう》は
|俄《にはか》に|肩《かた》で|風《かぜ》を|切《き》り |大《おほ》きな|法螺《ほら》を|吹《ふ》きかけて
|煙《けむり》に|巻《ま》いた|減《へ》らず|口《ぐち》 あゝ|鉄彦《かなひこ》よ|鉄姫《かなひめ》よ
|心《こころ》も|清《きよ》き|清姫《きよひめ》よ |御心《みこころ》|安《やす》く|平《たひら》けく
|思召《おぼしめ》されよ|三五《あななひ》の |神《かみ》の|教《をしへ》に|救《すく》はれし
|鉄谷村《かなたにむら》はまだ|愚《おろか》 |四方《よも》の|国々《くにぐに》|民草《たみぐさ》の
|憂《うれ》ひはここに|払《はら》はれぬ |歓《よろこ》び|勇《いさ》め|諸人《もろびと》よ
|喜《よろこ》び|祝《いは》へ|神《かみ》の|恩《おん》』
この|歌《うた》に|鉄彦《かなひこ》|始《はじ》め|一同《いちどう》はヤツト|胸《むね》を|撫《な》で|下《おろ》し、|三五教《あななひけう》の|神徳《しんとく》に|感《かん》じ、かつ|二人《ふたり》の|宣伝使《せんでんし》が|義侠心《ぎけふしん》を|深《ふか》く|謝《しや》し、|茲《ここ》に|村内《そんない》|集《あつ》まつて|賑々《にぎにぎ》しく|祝《いはひ》の|酒宴《さかもり》|開《ひら》きたり。
やがて|鉄彦《かなひこ》の|座敷《ざしき》を|開放《かいはう》して|大祝宴《だいしゆくえん》が|開《ひら》かれ、|鉄彦《かなひこ》は|立《た》つて|感謝《かんしや》の|意《い》を|表《へう》するため|歌《うた》をうたふ。
『|此《この》|世《よ》を|救《すく》ふ|三五《あななひ》の |神《かみ》の|誠《まこと》の|宣伝使《せんでんし》
|世人《よびと》を|救《すく》ふ|赤心《まごころ》の |岩《いは》より|堅《かた》き|神司《かむつかさ》
|石凝姥《いしこりどめ》や|梅ケ香姫《うめがかひめ》の |神《かみ》の|命《みこと》のアルタイ|山《さん》の
|峰《みね》より|高《たか》く|海《うみ》よりも |深《ふか》き|恵《めぐみ》に|助《たす》けられ
|一人《ひとり》の|娘《むすめ》|清姫《きよひめ》の |生命《いのち》ばかりか|国々《くにぐに》の
|人《ひと》の|禍《わざはひ》|悉《ことごと》く |払《はら》ひ|給《たま》ひし|大御稜威《おほみいづ》
|汝《なれ》が|命《みこと》は|久方《ひさかた》の |天《あま》の|河原《かはら》に|棹《さをさ》して
|下《くだ》り|給《たま》ひし|神《かみ》ならめ あゝ|有難《ありがた》や|有難《ありがた》や
|深《ふか》き|恵《めぐ》みに|報《むく》いむと |心《こころ》ばかりの|此《この》|莚《むしろ》
|酒《さけ》は|甕瓶《みかのへ》たかしりて |百《もも》の|木《こ》の|実《み》は|横山《よこやま》の
|如《ごと》く|御前《みまへ》に|奉《たてまつ》り |心《こころ》の|丈《たけ》を|今《いま》|此処《ここ》に
|受《う》けさせ|給《たま》へ|宣伝使《せんでんし》 |果実《このみ》の|酒《さけ》はさわさわに
あかにの|穂《ほ》にときこし|召《め》せ あゝ|諸人《もろびと》よ|諸人《もろびと》よ
|救《すく》ひの|神《かみ》は|三五《あななひ》の |誠《まこと》の|道《みち》の|二柱《ふたはしら》
|天《あめ》と|地《つち》とになぞらへて |日《ひ》に|夜《よ》に|仕《つか》へ|奉《たてまつ》れ
|日《ひ》に|夜《よ》に|崇《あが》め|奉《たてまつ》れ あゝ|尊《たふと》しや|神《かみ》の|恩《おん》
あゝ|尊《たふと》しや|君《きみ》が|恩《おん》 たとへ|天地《てんち》は|変《かは》るとも
|栄《さか》え|五六七《みろく》の|末《すゑ》|迄《まで》も |娘《むすめ》を|救《すく》ひ|給《たま》ひたる
|此《この》|御恵《みめぐみ》は|忘《わす》れまじ さはさりながら、あゝわれは
|三年《みとせ》の|前《まへ》に|清姫《きよひめ》が |姉《あね》と|生《うま》れし|照姫《てるひめ》を
|魔神《まがみ》の|為《ため》に|呪《のろ》はれて |損《そこな》はれたる|悲《かな》しさよ
|三年《みとせ》の|前《まへ》に|二柱《ふたはしら》 ここに|現《あら》はれましまさば
あゝ|照姫《てるひめ》も|清姫《きよひめ》の |如《ごと》くに|無事《ぶじ》に|救《すく》はれむ
|返《かへ》す|返《がへ》すも|恐《おそ》ろしく |返《かへ》す|返《がへ》すも|悲《かな》しけれ
|石凝姥《いしこりどめ》の|神様《かみさま》よ |梅ケ香姫《うめがかひめ》の|神様《かみさま》よ
かへらぬ|事《こと》を|繰返《くりかへ》し |愚《おろか》な|親《おや》とおもほすな
|此《この》|世《よ》の|中《なか》に|何《なに》よりも |吾《わが》|子《こ》に|勝《まさ》る|宝《たから》なし
あゝさりながらさりながら それに|勝《まさ》りて|尊《たふと》きは
|神《かみ》の|教《をしへ》ぞ|御道《おんみち》ぞ あゝ|是《これ》よりは|三五《あななひ》の
|道《みち》の|教《をしへ》を|宝《たから》とし |四方《よも》の|民草《たみくさ》|導《みちび》かむ
あゝ|村人《むらびと》よ|村人《むらびと》よ |神《かみ》に|斉《ひと》しき|宣伝使《せんでんし》
|唯《ただ》|一言《ひとこと》も|洩《も》らさずに |御教《みのり》を|聴《き》けよ、いざ|聞《き》けよ
|聞《き》いて|忘《わす》れな|何時《いつ》|迄《まで》も |聴《き》いて|行《おこな》へ|何処《どこ》|迄《まで》も
|心《こころ》を|治《をさ》め|魂《たま》|研《みが》き |月日《つきひ》の|如《ごと》く|明《あきら》かに
|照《てら》して|御神《みかみ》を|讃《ほ》めたたへ |誠《まこと》の|御神《みかみ》を|讃《ほ》めよかし
|祈《いの》れよ|祈《いの》れ|唯《ただ》|祈《いの》れ |此《この》|世《よ》を|救《すく》ふ|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|御前《みまへ》によく|祈《いの》れ』
と|二人《ふたり》の|宣伝使《せんでんし》に|向《むか》ひ、|涙《なみだ》と|共《とも》に|感謝《かんしや》する。これより|鉄彦《かなひこ》は|神恩《しんおん》に|報《むく》ゆるため、|梅ケ香姫《うめがかひめ》の|従者《とも》となつて、アーメニヤに|進《すす》み|行《ゆ》くこととなりける。
(大正一一・二・二七 旧二・一 松村真澄録)
第三七章 |祝宴《しゆくえん》〔四六七〕
|鉄彦《かなひこ》|夫婦《ふうふ》は|最愛《さいあい》の|一人娘《ひとりむすめ》|清姫《きよひめ》の|大難《だいなん》を|免《まぬ》がれ、かつ|国中《くにぢう》の|禍《わざはひ》の|種《たね》を|除《のぞ》かれたるは、|全《まつた》く|神《かみ》の|御恵《みめぐ》みと、|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し、|宣伝歌《せんでんか》を|奉唱《ほうしやう》し、|祝《いは》ひの|宴《えん》を|開《ひら》き、|村中《むらぢう》|数百《すうひやく》の|老若男女《らうにやくなんによ》は、|上下《じやうげ》の|区別《くべつ》なく|祝《いは》ひの|酒《さけ》に|酔《ゑ》ひ|潰《つぶ》れ、|喜《よろこ》んで|泣《な》く|者《もの》、|笑《わら》ふ|者《もの》、|法螺《ほら》を|吹《ふ》く|者《もの》など、|沢山《たくさん》|現《あら》はれ|来《きた》り、|其《その》|中《なか》より|四五《しご》の|若者《わかもの》は|門番《もんばん》の|時公《ときこう》を|取《と》り|巻《ま》き、
|甲《かふ》『オイ|時公《ときこう》、|貴様《きさま》は|随分《ずゐぶん》えらい|勢《いきほひ》で|帰《かへ》つて|来《き》て、|途法《とほふ》|途轍《とてつ》もない|法螺《ほら》を|吹《ふ》き|居《を》つたが、|宣伝使《せんでんし》|様《さま》の|御歌《おうた》を|聴《き》けば、|何《なん》だ、|貴様《きさま》は|腰《こし》を|抜《ぬ》かして、|吠面《ほえづら》かわいたぢやないか。|何《なん》でソンナ|空威張《からいば》をするのだ』
|時公《ときこう》『|吠面《ほえづら》かわくつて|当然《あたりまへ》だ。ところで|吠《ほ》えぬ|犬《いぬ》はないと|言《い》ふぢやないか。|法螺《ほら》を|吹《ふ》くのも|吠面《ほえづら》かわくのも、|時公《ときこう》にとつての|愛嬌《あいけう》だよ』
『また|洒落《しやれ》よるナ。|貴様《きさま》ア、|昔《むかし》は|時野川《ときのがは》と|言《い》つて|小角力《こずまふ》をとつたと|言《い》つただらう。サア、|俺《おれ》と|一《ひと》つ、|此《この》|座敷《ざしき》で|角力《すまふ》をとつて|見《み》ようかい』
『|措《お》け|措《お》け、|危《あぶ》ないぞ。|葱《ねぶか》の|様《やう》なヒヨロヒヨロ|腰《ごし》で、|鉄《かね》のやうな|時《とき》さまに|当《あた》るのは、|自滅《じめつ》を|招《まね》くやうなものだ。それよりもアルタイ|山《さん》に|行《い》つた|時《とき》の|実地談《じつちばなし》を|聴《き》かしてやらうかい』
|乙《おつ》『オイ、|皆《みな》の|者《もの》、|此奴《こいつ》の|言《い》ふ|事《こと》は、いつも|法螺《ほら》ばかりだ。|眉毛《まゆげ》に|唾《つば》を|付《つ》けて|聴《き》いてやれ』
『ヨー、|俺《おれ》に|敬意《けいい》を|表《へう》して【ツハモノ】と|言《い》ふのか。イザこれより|時公《ときこう》がアルタイ|山《ざん》の|曲神《まがかみ》|退治《たいぢ》の|梗概《あらまし》を|物語《ものがた》るから|確《しつ》かり|聴《き》け。|抑々《そもそも》アルタイ|山《さん》は|深山幽谷《しんざんいうこく》、これに|進《すす》み|行《ゆ》く|者《もの》は、|虎《とら》|狼《おほかみ》か|山犬《やまいぬ》か、|但《ただ》しは|熊《くま》か|時公《ときこう》さまか……』
|甲《かふ》『オイオイ、|初《はじ》めから|吹《ふ》くなよ。|吾々《われわれ》も|唐櫃《からびつ》を|舁《かつ》いで、|現《げん》に|登《のぼ》つた|連中《れんちう》ぢやないか』
『ヤア、|縮尻《しくじ》つた。これからが|真実《ほんたう》の|物語《ものがたり》だ。そもそも|汝《なんぢ》ら|村《むら》の|弱虫《よわむし》|等《ども》に、|砦《とりで》の|前《まへ》で|別《わか》れてより、|暗《くら》さは|暗《くら》し、|雨《あめ》は|車軸《しやぢく》と|降《ふ》つて|来《く》る、|風《かぜ》は|唸《うな》りを|立《た》てて|岩石《がんせき》も|飛《と》び|散《ち》るばかりの|凄《すさま》じさ。それを|物《もの》とも|致《いた》さず|時公《ときこう》さまは、|三五教《あななひけう》の|宣伝使《せんでんし》|石凝姥《いしこりどめ》を|従《したが》へて、|梅ケ香姫《うめがかひめ》を|舁《かつ》ぎつつ|巌窟《いはや》を|指《さ》して、|天地《てんち》も|呑《の》まむず|勢《いきほひ》に、|七八尺《しちはつしやく》も|一足《ひとあし》に|跨《また》げながら、|巌戸《いはと》の|前《まへ》にと|立現《たちあら》はれ、ウン、ウーンとばかりに|唸《うな》つて|見《み》せた。|流石《さすが》に|剛《つよ》き|蛇掴《へびつかみ》の|野郎《やらう》も、|吾《わが》|言霊《ことたま》に|縮《ちぢ》み|上《あが》つて|大《だい》なる|火《ひ》の|玉《たま》と|変《へん》じ、|小《ちひ》さき|火玉《ひだま》と|諸共《もろとも》に、|天《てん》に|舞《ま》ひ|昇《のぼ》り、|西南《せいなん》の|空《そら》を|指《さ》して、アーメニヤに|逃《に》げ|去《さ》つたり、と|思《おも》つたのは|彼《かれ》が|計略《けいりやく》、|忽《たちま》ち|時公《ときこう》さまの|身体《しんたい》に|神憑《かむがか》りいたし「ヤア、|吾《われ》こそはアルタイ|山《さん》の|主神《ぬしがみ》|蛇掴《へびつかみ》であるぞ」と|呶鳴《どな》り|立《た》てた。|流石《さすが》の|宣伝使《せんでんし》も|慄《ふる》ひ|上《あが》つて、モシモシどうぞ|生命《いのち》ばかりはお|助《たす》け|下《くだ》され、コヽこの|通《とほ》り|腰《こし》の|骨《ほね》が|宿替《やどが》へ|致《いた》しました、と【ほざき】よるのだ。そこでこの|時公《ときこう》さまに|憑《かか》つて|来《き》た|蛇掴《へびつかみ》|奴《め》が「ヤア、この|時公《ときこう》は|赦《ゆる》す|積《つも》りで|居《を》れども、|副守護神《ふくしゆごじん》の|蛇掴《へびつかみ》が|赦《ゆる》さない。|頭《あたま》から|塩《しほ》をつけてムシヤムシヤとかぶつて|喰《く》つてやらうか」と|仰有《おつしや》るのだ。|梅ケ香姫《うめがかひめ》は|白《しろ》い|手《て》を|合《あは》して「モシモシ|時公《ときこう》さま、どうぞ|石凝姥《いしこりどめ》の|宣伝使《せんでんし》を|助《たす》けて|下《くだ》さい」と|可愛《かあい》い|顔《かほ》して|頼《たの》むものだから、|時公《ときこう》さまも、|副守護神《ふくしゆごじん》も、|俄《にはか》に|憐《あは》れを|催《もよほ》して「|今晩《こんばん》は|喰《く》ひ|殺《ころ》す|処《ところ》なれど、|汝《なんぢ》の|優《やさ》しい|顔《かほ》に|免《めん》じて|赦《ゆる》してやらう」と|仰有《おつしや》つた。さうすると|宣伝使《せんでんし》が|平蜘蛛《ひらぐも》になつて、|喜《よろこ》ぶの|喜《よろこ》ばないのつて、|譬《たと》へるに|物《もの》なき|次第《しだい》なりけりだ』
|丙《へい》『オツト、|時公《ときこう》、|待《ま》つた。そりやお|人《ひと》が|違《ちが》やせぬか』
『|人《ひと》の|一人《ひとり》ぐらゐ|違《ちが》つたつて|何《なん》だ。|一寸《ちよつと》|身代《みがは》りになつて|言《い》つとるのだ』
|乙《おつ》『ハハー、さうすると|時公《ときこう》が|石凝姥《いしこりどめ》の|宣伝使《せんでんし》で、その|宣伝使《せんでんし》が|時公《ときこう》としたら|真実《ほんたう》だな』
『そんな|種明《たねあ》かしをすると、|酒《さけ》の|座《ざ》が|醒《さ》める。マア|黙《だま》つて|聴《き》かうよ。それからこの|時公《ときこう》が|手頃《てごろ》の|岩《いは》を|拾《ひろ》つて、フツと|息《いき》を|吹《ふ》きかけ、|固《かた》いかたい|石《いし》の|槌《つち》を|造《つく》つて、|鬼《おに》の|化石《くわせき》の|首《くび》を|片《かた》つ|端《ぱし》からカツンカツンとやつた。その|腕力《わんりよく》は|炮烙《はうらく》でも|砕《め》ぐやうに、|首《くび》は|中空《ちうくう》に|舞《ま》ひ|上《あが》つて、どれもこれもアーメニヤに|向《むか》つて|飛《と》んで|行《い》つてしまつたよ。アハヽヽヽ』
|甲《かふ》『オイ|鰤公《ぶりこう》、チツト|勇《いさ》まぬか。この|目出度《めでた》い|酒《さけ》に、|何《なに》をベソベソと|吠《ほ》えてゐるのだ』
|鰤公《ぶりこう》は|泣《な》き|声《ごゑ》で、
『|貴様《きさま》|達《たち》は|嬉《うれ》しからうが、|俺《おれ》は|三年《さんねん》|振《ぶ》りでヤツト|故郷《こきやう》へ|帰《かへ》つたと|思《おも》へば、|俺《おれ》の|娘《むすめ》は|今年《ことし》の|春《はる》、|蛇掴《へびつかみ》の|悪神《わるがみ》に|喰《く》はれてしまつたと|言《い》ふ|事《こと》だ。|天《てん》にも|地《ち》にも|一人《ひとり》よりない|娘《むすめ》の|顔《かほ》を|見《み》ようと|思《おも》つて、|今《いま》の|今《いま》まで|楽《たの》しんでゐたのが、|噫《あゝ》|夢《ゆめ》となつたか。|夢《ゆめ》の|浮世《うきよ》と|云《い》ひながら、さてもさても|悲《かな》しい|事《こと》だワイ。これが|泣《な》かずにゐられよか。アーン アーン アーン』
|時公《ときこう》『ウアハヽヽヽヽヽ』
『ヤイヤイ、|貴様《きさま》は|何《なに》が|可笑《をか》しい。|俺《おれ》が|大切《たいせつ》な|娘《むすめ》を|喰《く》はれて|悲《かな》しんでゐるのに、|笑《わら》ふと|云《い》ふ|事《こと》があるものかい。ヤイ、アーン アーン アーン』
『ワハヽヽヽヽヽ』
|鰤公《ぶりこう》は|四辺《あたり》かまはず、
『ウオーン ウオーン ウオーン』
と|狼泣《おほかみな》きをする。
|甲《かふ》『オイオイ|鰤公《ぶりこう》、|泣《な》くな。|貴様《きさま》【とこ】の|娘《むすめ》は、そら、そこに|来《き》て|居《ゐ》るぢやないか。|最前《さいぜん》から|貴様《きさま》が|帰《かへ》つたと|言《い》ふ|事《こと》を|聞《き》いて、|探《さが》しまはして|居《ゐ》るのだけれど、あまり|色《いろ》が|黒《くろ》くなつたものだから、|分《わか》らぬので|迷《まよ》つてゐるのだ。|時公《ときこう》の|奴《やつ》、|貴様《きさま》を|威《おど》かしてやらうと|思《おも》つて、アンナ|法螺《ほら》を|吹《ふ》きよつたのだよ』
|鰤公《ぶりこう》『ウオーン ウオーン ウオーン、|娘《むすめ》、|娘《むすめ》、|居《を》るか|居《を》るか、|女房《にようばう》も|居《を》るか』
|此《この》|声《こゑ》に|女房《にようばう》も|娘《むすめ》も|走《はし》り|来《きた》つて、|鰤公《ぶりこう》に|取《と》り|付《つ》き|嬉《うれ》し|泣《な》きに|泣《な》き|立《た》てる。
|清姫《きよひめ》は|立上《たちあが》り、|声《こゑ》も|涼《すず》しく|歌《うた》ひ|始《はじ》めた。
『|年《とし》てふ|年《とし》は|多《おほ》けれど |月《つき》てふ|月《つき》は|多《おほ》けれど
|日《ひ》といふ|日《ひ》にちは|多《おほ》けれど |世界晴《せかいばれ》した|今日《けふ》の|日《ひ》は
|如何《いか》なる|吉日《よきひ》の|足日《たるひ》ぞや |曲津《まがつ》の|神《かみ》に|呪《のろ》はれて
|命《いのち》も|既《すで》になきところ あな|有難《ありがた》や|三五《あななひ》の
|神《かみ》の|教《をしへ》の|宣伝使《せんでんし》 |石凝姥《いしこりどめ》の|神司《かむづかさ》
|梅ケ香姫《うめがかひめ》の|御恵《おんめぐ》み |神《かみ》の|御稜威《みいづ》の|輝《かがや》きて
|吾《わが》|身《み》はここにアルタイの |山《やま》より|高《たか》き|父《ちち》の|恩《おん》
|母《はは》の|恩《おん》にも|弥《いや》|勝《まさ》る |神《かみ》の|恵《めぐみ》の|露《つゆ》に|濡《ぬ》れ
|湿《しめ》り|果《は》てたる|吾《わが》|袖《そで》の |涙《なみだ》も|乾《かわ》く|今日《けふ》の|空《そら》
|噫《あゝ》|有難《ありがた》やありがたや |吾《わ》が|父母《ちちはは》と|諸共《もろとも》に
|今《いま》より|心《こころ》を|改《あらた》めて |天教山《てんけうざん》に|現《あ》れませる
|日《ひ》の|出神《でのかみ》や|木《こ》の|花《はな》の |厳《いづ》の|御魂《みたま》の|御教《みをしへ》と
|黄金山《わうごんざん》に|現《あ》れませる |埴安彦《はにやすひこ》や|埴安姫《はにやすひめ》の
|神《かみ》の|命《みこと》の|御教《みをしへ》を |麻柱《あなな》ひまつり|祝《ほ》ぎまつり
|地教《ちけう》の|山《やま》に|現《あ》れましし |神伊邪那美《かむいざなみ》の|大神《おほかみ》の
|鎮《しづ》まり|給《たま》ふ|月夜見《つきよみ》の |円《まる》き|身魂《みたま》を|洗《あら》ひつつ
この|世《よ》の|暗《やみ》を|照《てら》すべし |朝日《あさひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも
|月《つき》は|盈《み》つとも|虧《か》くるとも たとへ|天地《てんち》は|覆《かへ》るとも
|三五教《あななひけう》を|守《まも》ります |誠《まこと》の|神《かみ》は|世《よ》を|救《すく》ふ
|救《すく》ひの|舟《ふね》に|棹《さを》さして |浮世《うきよ》の|浪《なみ》を|漕《こ》ぎ|渡《わた》り
|大海原《おほうなばら》に|棹《さを》さして |高天原《たかあまはら》に|漕《こ》ぎ|行《ゆ》かむ
|月《つき》の|光《ひかり》も|清姫《きよひめ》の |清《きよ》き|心《こころ》の|真寸鏡《ますかがみ》
|隈《くま》なく|光《ひか》る|今日《けふ》の|空《そら》 |光《ひか》り|輝《かがや》く|今日《けふ》の|空《そら》
あゝ|諸人《もろびと》よ|諸人《もろびと》よ |返《かへ》すがへすも|三五《あななひ》の
|教《をしへ》に|魂《たま》を|研《みが》けかし |神《かみ》に|身魂《みたま》を|任《まか》せかし
|祈《いの》れよ|祈《いの》れよ|真心《まごころ》を |神《かみ》に|捧《ささ》げて|祷《いの》れかし
|祈《いの》るは|命《いのち》の|基《もと》なるぞ |祈《いの》るは|命《いのち》の|基《もと》なるぞ』
と|歌《うた》ひ|終《をは》り、|賑《にぎや》かに|此《この》|宴会《えんくわい》は|閉《とざ》された。|茲《ここ》に|鉄彦《かなひこ》は、|二人《ふたり》の|宣伝使《せんでんし》と|共《とも》に|宣伝歌《せんでんか》を|歌《うた》ひながら|後事《こうじ》を|妻《つま》の|鉄姫《かなひめ》に|託《たく》し、アルタイ|山《ざん》を|右《みぎ》に|見《み》て、|西《にし》へ|西《にし》へと【クス】|野ケ原《のがはら》の|曠野《ひろの》を|進《すす》み|行《ゆ》く。
(大正一一・二・二七 旧二・一 河津雄録)
(全文 昭和一〇・三・三〇 王仁校正)
附録 第三回高熊山参拝紀行歌(三)
王仁作
高熊山参拝者名簿(三)
(大正十一年四月十三日 旧三月十七日)
(七)
神が表に現はれて 【鈴木】ケ原も山奥も(鈴木すう)
澄ま【すう】れしき松の御代 【河合】と思召す神心(河合一男)
【一男】聞いては十を知る 誠の【安保】と成り変り(安保米太郎)
神の教を村肝の 心に深く登【米太郎】(斎田のぶ)
朝夕【斎】く【田】のもしさ その身【のぶ】じも【泉山】(泉山貞夫)
魂の【貞】め【夫】嬉しみて 教祖の出【西】神の島(西島躬幸)
神の【躬幸】も和田の【原】 荒浪よ【せつ】【博】々と(原せつ)
漕ぎ行く雄島女島潟 波に浮べる神【山】の(同博子)
磯端清き上り【口】 【恒】き心の【彦】姫が(山口恒彦)
社の前に【平】伏し 難を【岡】して漸くに(平岡基良)
参詣したる大【基】の 教を守る【良】き信徒(大野徳松)
恵みも【大野徳松】氏 【尾形太郎作】いさぎよく(尾形太郎作)
赤き心は【秋山】の 紅葉の色の【義之】が(秋山義之)
【新】たに【掘】り出す黄金の 玉の在所を【菊】の月(新堀菊次)
【次】第々々【西】げり行く 草【村】わけて【〓】りたる(西村〓三)
【三】日月空に輝きて 常世の暗を明し行く
神の御稜威ぞ畏こけれ。
(八)
|【西】洋《から》も大和も押並べて 醜の【村】雲空を掩ひ(西村雛子)
親に離れし【雛子】鳥 高天に【上】るよしもなく(上滝美祐)
佐久那垂りにと落【滝】津 速川の瀬に【美】はしく(柳生宣子)
身魂を洗ひ大神の 【祐柳生】の【宣】伝使(小原茂樹)
【小原】の中に【茂】る【樹】の 花も【吉井】の|健【康】《すこやか》に(吉井康素)
匂ふも清し太【素】の 同じ教の道の【ため】(同ため)
【|前《すす》】むも知らに退くも 知らずに【田】依る【稲】の国(前田稲子)
天津日嗣の日の御子の みこと畏こき【佐伯】の庄(佐伯史夫)
稗田の阿礼が|国【史夫】《くにふみを》 語り【岡】れしその如く(岡文雄)
空澄み渡る瑞月が 神代の【文雄】伝へむと
【高】天【野】原の神業を 【やす】く楽しく述べ立つる(高野やす)
何の淀みも【荒川】の 流るる如く物語る(荒川保史)
浦【保】国の神の【史】 魂の【力】を【丸】めつつ(力丸金吉)
【金】鉄溶かす勇猛心 【吉】凶禍福の外に立ち(同あさを)
尊き神の御教を 【あさを】考へ無【田口】を(田口改治)
たたく信者を【改】めて 誠一つに【治】め行く
【市場】の如く喧ましく さわぎ廻りし人々に(市場義堅)
真【義】を【堅】く説きさとす 神の救ひの方【船】は(船越英一)
万のものに超【越】し 【英】でて尊き【一】の教
誠の【紙】の大【本】は 老も若きも押並べて(紙本鉄蔵)
堅き心は金【鉄蔵】 世界に【名】高き【島】国の(名島鶴子)
千歳の松に【鶴】巣ぐひ 恵みの風も【福井】氏(福井重内)
慶び【重】ねて【内】外の 国の民草勇み立ち
【篠】と乱れし国【原】も 【隆】き稜威を仰ぎつつ(篠原隆)
君の蔦歳祝ふなり。
(九)
四四十六の【菊】の花 薫り床しき玉の【池】(菊池正英)
教【正】しく【英】でたる 【大】本神【野】おん恵み(大野只次郎)
【只】には聞くないち【次郎】き 【神】の【守】りの限りなく(神守)
栄え目出度植【木村】 いと綿【密】に竜宮の(木村密)
池に漂ふ【松】の【島】 神の【懿】徳も世に【秀】で(松島懿秀)
【斎】祀の司【藤】原の 子孫の家に【相】生れ(斎藤相造)
天地【造】化の大神に 仕へて誌す筆の【文字】(文字蔦之介)
【蔦】なきすさびも皇神【之】 深き【介】に【はつ】れじと(同はつ)
四方の草【村山】の上 照らす神の世近づきて(村山政光)
神【政】成就の【光】明を 海の【中】外の【島】々に(中島りう)
【りう】りう昇る朝日子の 姿も清く【中】天の(中村新吉)
【村】雲四方に吹き分けて 【新】らしく見ゆる景色【吉】さ
眺めも【吉田】の【春】の色 【治】まる御代の姿かな(吉田春治)
【左】を【近】く見渡せば 曽我部の野辺に咲き充てる(左近英吉)
木々の【|英《はなぶさ》】【|吉《よ》】く薫る 数【多幾】多の青野原(多幾光太郎)
天津日影に【光太郎】 |家庭《やには》もさ【きくえ】らえらに(同きくえ)
楽しむ人の笑ひ声 【関藤】めあえぬ神【軍】の(関藤軍治)
道を【治】むる【大】八【島】 【金】竜海の波【|次郎《しろ》】く(大島金次郎)
心地も【よし】や【稲田】原 飛び交ふ【幾】多の小雀も(同よし)
チウチウ忠と【三郎】なり 鳴子も【古瀬】の田の面に(稲田幾三郎)
黄【金】の波も【平】けく 【野】辺も川【瀬】も恙なく(古瀬金平)
【長】閑に栄ゆる神の【則】 稜威高熊と響くなり(野瀬長則)
(一〇)
万の災湧き充ちて 【板】けり狂ふ曲神を(板橋次郎)
誠の道に救はむと 高天原の大【橋】を
世に著【次郎】く架け渡し 【吉】とあしとを【田】て別くる(吉田秀男)
【秀】妻の国の御教 変性【男】子と生れませる
【原】つ御魂を【谷】の底 深く封【次郎】枉神も(原谷次郎松)
【松】の神代の近づきて 神の心も【石】の上(石津末太郎)
遠【津】御神の御【末|太郎《たる》】 伊都の御【たま】や瑞御魂(同たま)
深山の【奥】に名【西】おふ 国常立の大神の(奥西はる)
厳の教を【はる】ばると 山の尾の【上西】き拡め(上西信助)
【信】入悟入の諸人を 神の大道に【助】けゆく
【清水】湧き出る宮垣内 丑【寅】大神未申(清水寅吉)
皇大神に神【吉】辞 宣るも涼しき神の庭(同敏夫)
【敏夫】かさねて開け行く 【小】さき人の信仰も(小高もと)
【高】天原の神国に 悦び昇る【もと】ぞかし
秋津【島】根の【田】庭国 【まつの】教は遠近に(島田まつの)
【酒】へて雲【井】の空たかく 【峯】を照らして【生】れ出る(酒井峯生)
初日の如くいす【細】し 加々【見】の光り麗はしく(細見睦順)
【睦】び|帰【順】《まつろふ》神の道 開い【田所】は【彰】かに(田所彰)
御座の【湯川】いや高く 天に【貫】く|松魚木《かつをぎ》は(湯川貫一)
真【一】文字に輝きて 棟【木】の上も屋根【下】も(木下さわ)
揃うて清き尊【さわ】 神の心と仰がれぬ
【松】の神代の末【永】く 教の【友】と【吉】く睦び(松永友吉)
【高木】稜威を輝さむと 金【鉄】とかす【男】心は(高木鉄男)
神代の種と知られける
(一一)
神代も廻り【北沢】の 千歳を【祝】ふ【大】日本(北沢祝大)
【真金】の神の【幸】ひ【雄】 貴賤上下の区別なく(真金幸雄)
仰ぎ【三島】の光り【佐平】 常夜の晴を【松】の月(三島佐平)
【村】雲散りて【真澄】空 竜宮館の神苑に(松村真澄)
処狭き迄【植】込みし 【芝】生の花も今【盛】り(植芝盛隆)
【隆】く輝く池【中野】 男島に斎きし【岩】の神(中野岩太)
雨と風との【太】御神 玉の【井】の【上】に御姿を(井上留五郎)
清く涼しく【留】たまひ 日【五郎】信ずる信徒の
【額】を照らし守りつつ 大御【田】柄の造りたる(額田保)
【保】食神の御神徳 戴く心【中野】嬉しさよ(中野作郎)
【作】りも豊かに【郎】らかに 稔りて神の大前に
【横山】の如献り 尽きぬ【英二】四の神の綱(横山英二)
曳かれて返さぬ【桑】の弓 高天【原】に【住之江】の(桑原住之江)
心地も殊に【淑子】姫 【稲次】々に美はしく(同淑子)
実る御【玖仁】の【豊】の国 野【山】も【崎】はひ【増】々に(稲次玖仁豊)
【造】化の神の御神業 開くも楽し【鈴木】原(山崎増造・鈴木伊助)
【伊】照りかかやく御神【助】は 天津御空を【渡辺】の(渡辺しづ)
月日の恵の【しづ】くなり 【同】じ教の【道】の【子】が(同道子)
晴【西村】雲打ながめ 皇大神の神【徳】に(西村徳治)
【治】まる御代を仰ぎつつ 【藤】の高山久方の(藤井健弘)
雲【井】の空に端然と 勇壮【健】々根も【弘】く(上原芳登志)
【上】る雲霧【原】ひつつ 景色も【芳登志】聳ゆなり(依田善五郎)
誠の道に【依田】かる 【善】一筋の神【五郎】母(同たき)
聞くも目出【たき】神の【前】 【田】は【満】作の【稲】の波(前田満稲)
風おだやかに吹き渡り 【田辺】も【林】もいと清く(田辺林三郎)
よりて【三郎】君が御代 花の都も【渋谷】も(渋谷武一郎)
尚【武】慈愛の【一郎】に 心かたむけ【前】みゆく(前田よしや)
大御【田】柄の幸【よしや】 【あや】の高天をいそいそと(同あや)
【足】に任せて【立】ながら 進み【兼太郎】信徒が(足立兼太郎)
互に心合ふ【田中】 【清】き教の交りは(田中清右衛門)
この【右衛門】なき楽みぞ 【清水】湧き出る宮垣内(清水床栄)
瑞の御霊の【床】しくも 【栄】えて桃も【桜井】の(桜井信太郎)
神の教を【信】じ【太郎】 人の心は玉の【井】の(井上ちよの)
【上】にも匂ふ【ちよの】春 道を【佐藤】りて神【六合雄】(佐藤六合雄)
守る常磐の【木下】蔭 【愛】は【隣】人のみならず(木下愛憐)
海の内外の限りなく 大【小】無数の国々に(小原稜威夫)
高天【原】の神等の 御【稜威夫】ひらく物語(江本立吉)
おし【江】の【本】の【立】ちも【吉】く 彼岸に渡す大【橋】の(橋本亮輔)
【本亮】かに【輔】けゆく 五十【鈴】の川の水【木】よく(鈴木政吉)
神【政吉】しく治まりて 豊葦原の【中】津国(中倉さだ)
御【倉】の棚も【さだ】まりて 浦【安】国も発【達】し(安達政史)
天壌無窮の神【政史】 語るも嬉し高熊の
山に現れます大神の 御前に感謝し奉る。
(一二)
小幡の【宮】の広庭に 立ち並びたる【木】々【|〓《たかし》】(宮木〓)
【中条】の東流れたる 小川の水はいと【清】く(中条清吉)
汲み取る人は身心も 【吉】く洗はれて【仕合】も(仕合新太郎)
日々に【新】たに充ち【太郎】 【高】き恵みを【沢】々に(高沢たか)
受けし瑞白【たか】熊の 【岡】に登りて大【基】の(岡基道)
【道】を開きし物語 中和大【中条】分けて(中条武雄)
学びし【武雄】【小】まごまと 八【島】の国に拡めむと(小島修岳)
【修】養したる神の【岳】 【津】々む樹草も【村】々【藤】(津村藤太郎)
生ひ茂り【太郎】賑はしさ 正義に【敏】き大丈【夫】が(同敏夫)
御前に【菅】る【村】社 祝詞の声も【なつ】かしく(菅村なつ)
【安】全無事の境界に 到【達】せむは【貞】かなり(安達貞子)
男【子】と女子の|志豆機《しづはた》を 【織田】由来は【志賀】の湖(織田志賀子)
黄金【橋】の【本】清く 神の救ひを【公】に(橋本公子)
普ねく伊由【吉】渡さむと 神楽ケ【岡】の皇神の(吉岡善雄)
【善】一筋の大道【雄】 高熊山のいや高く
開きたまふぞ尊とけれ。
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霊界物語 第一〇巻 霊主体従 酉の巻
終り