霊界物語 第四巻 霊主体従 卯の巻
出口王仁三郎
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●テキスト中に現れる記号について
《》……ルビ
|……ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天地|剖判《ぼうはん》の
[#]……入力者注
【】……傍点が振られている文字列
(例)【ヒ】は火なり
●シフトJISコードに無い文字は他の文字に置き換え、そのことをWebサイトに「相違点」として記した。
●底本
『霊界物語 第四巻』愛善世界社
1993(平成05)年06月19日 第一刷発行
※「第九篇 宇宙真相」に関しては『霊界物語資料篇』(大本教典刊行会)所収の聖師御校正本の復刻を底本にした。
※図表が第四六章に五枚、第四八章に一枚あるが、テキストでは再現できないので省略した。
※現代では差別的表現と見なされる箇所もあるが修正はせずにすべて底本通りにした。
※図表などのレイアウトは完全に再現できるわけではないので適宜変更した。
※詳細な凡例は次のウェブサイト内に掲載してある。
http://www.onisavulo.jp/
※作成者…『王仁三郎ドット・ジェイピー』
2004年09月14日作成
2008年06月23日修正
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●目次
|序《じよ》
|凡例《はんれい》
|総説《そうせつ》
第一篇 |八洲《やす》の|川浪《かはなみ》
第一章 |常世会議《とこよくわいぎ》〔一五一〕
第二章 |聖地《せいち》の|会議《くわいぎ》〔一五二〕
第三章 |使臣《ししん》の|派遣《はけん》〔一五三〕
第四章 |乱暴《らんばう》な|提案《ていあん》〔一五四〕
第五章 |議場《ぎぢやう》の|混乱《こんらん》〔一五五〕
第六章 |怪《くわい》また|怪《くわい》〔一五六〕
第七章 |涼風《りやうふう》|凄風《せいふう》〔一五七〕
第二篇 |天地《てんち》|暗雲《あんうん》
第八章 |不意《ふい》の|邂逅《かいこう》〔一五八〕
第九章 |大《だい》の|字《じ》の|斑紋《はんもん》〔一五九〕
第一〇章 |雲《くも》の|天井《てんじやう》〔一六〇〕
第一一章 |敬神《けいしん》の|自覚《じかく》〔一六一〕
第一二章 |横紙《よこがみ》|破《やぶ》り〔一六二〕
第一三章 |再転再落《さいてんさいらく》〔一六三〕
第一四章 |大怪物《だいくわいぶつ》〔一六四〕
第一五章 |出雲舞《いづもまひ》〔一六五〕
第三篇 |正邪《せいじや》|混交《こんかう》
第一六章 |善言美辞《ぜんげんびじ》〔一六六〕
第一七章 |殺風景《さつぷうけい》〔一六七〕
第一八章 |隠忍《いんにん》|自重《じちやう》〔一六八〕
第一九章 |猿女《さるめ》の|舞《まひ》〔一六九〕
第二〇章 |長者《ちやうじや》の|態度《たいど》〔一七〇〕
第二一章 |敵本主義《てきほんしゆぎ》〔一七一〕
第二二章 |窮策《きゆうさく》の|替玉《かへだま》〔一七二〕
第四篇 |天地《てんち》|転動《てんどう》
第二三章 |思《おも》ひ|奇《き》や その一〔一七三〕
第二四章 |思《おも》ひ|奇《き》や その二〔一七四〕
第二五章 |燕返《つばめかへ》し〔一七五〕
第二六章 |庚申《かうしん》の|眷属《けんぞく》〔一七六〕
第二七章 |阿鼻叫喚《あびけうくわん》〔一七七〕
第二八章 |武器《ぶき》|制限《せいげん》〔一七八〕
第五篇 |局面《きよくめん》|一転《いつてん》
第二九章 |月《つき》|雪《ゆき》|花《はな》〔一七九〕
第三〇章 |七面鳥《しちめんてう》〔一八〇〕
第三一章 |傘屋《かさや》の|丁稚《でつち》〔一八一〕
第三二章 |免《のが》れぬ|道《みち》〔一八二〕
第六篇 |宇宙大道《うちうたいだう》
第三三章 |至仁《しじん》|至愛《しあい》〔一八三〕
第三四章 |紫陽花《あぢさゐ》〔一八四〕
第三五章 |頭上《づじやう》の|冷水《ひやみづ》〔一八五〕
第三六章 |天地開明《てんちかいめい》〔一八六〕
第三七章 |時節《じせつ》|到来《たうらい》〔一八七〕
第三八章 |隙《すき》|行《ゆ》く|駒《こま》〔一八八〕
第七篇 |因果応報《いんぐわおうはう》
第三九章 |常世《とこよ》の|暗《やみ》〔一八九〕
第四〇章 |照魔鏡《せうまきやう》〔一九〇〕
第四一章 |悪盛勝天《あくさかんにしててんにかつ》〔一九一〕
第四二章 |無道《ぶだう》の|極《きはみ》〔一九二〕
第八篇 |天上《てんじやう》|会議《くわいぎ》
第四三章 |勧告使《くわんこくし》〔一九三〕
第四四章 |虎《とら》の|威《ゐ》〔一九四〕
第四五章 ああ|大変《たいへん》〔一九五〕
第九篇 |宇宙《うちう》|真相《しんさう》
第四六章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その一〔一九六〕
第四七章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その二〔一九七〕
第四八章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その三〔一九八〕
第四九章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その四〔一九九〕
第五〇章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その五〔二〇〇〕
附録 第二回高熊山参拝紀行歌
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|序《じよ》
|本巻《ほんくわん》は|主《しゆ》として、|常世会議《とこよくわいぎ》の|結末《けつまつ》および|国祖《こくそ》|御退隠《ごたいいん》の|大略《たいりやく》を|述《の》べたるものなり。|神典《しんてん》に|国常立之命《くにとこたちのみこと》、|豊雲野命《とよくもぬのみこと》は|独神成坐《すになりまし》て|隠身《すみきり》|也《なり》とあるは、|言葉《ことば》|簡単《かんたん》なれども、|実《じつ》に|無限《むげん》の|意味《いみ》の|含《ふく》まれあるなり。|第五巻《だいごくわん》には|盤古大神《ばんこだいじん》の|神政《しんせい》より|天《あめ》の|三柱《みはしら》の|大神《おほかみ》、|地上《ちじやう》に|降臨《かうりん》して、|先《ま》づ|淤能碁呂島《おのころじま》より|神業《しんげふ》をはじめ、|国魂神《くにたまのかみ》を|生《う》みたまひたる、その|経緯《けいゐ》を|神示《しんじ》のまま|述《の》べむとする|也《なり》。|故《ゆゑ》に|本書《ほんしよ》|第四巻《だいよんくわん》の|終《をは》りまでは、|我《わ》が|日《ひ》の|本《もと》を|中心《ちうしん》とする|霊界《れいかい》の|物語《ものがたり》にあらざることを|知《し》りたまふべし。
大正十年十二月十五日 |王仁《おに》|識《しるす》
|凡例《はんれい》
一、|本巻《ほんくわん》は|現代《げんだい》の|海軍《かいぐん》|制限案《せいげんあん》|討議《たうぎ》の|華府《くわふ》|会議《くわいぎ》にも|匹敵《ひつてき》す|可《べ》き、|神代《かみよ》に|於《お》ける|武備《ぶび》|撤廃《てつぱい》の|常世《とこよ》|会議《くわいぎ》を|其《そ》の|巻頭《くわんとう》に|掲《かか》げ、|次《つぎ》に|最《もつと》も|悲歎愁傷《ひたんしうしやう》の|念《ねん》に|堪《た》へざる|国祖《こくそ》の|御隠退《ごいんたい》|及《およ》び|天文《てんもん》|地文学《ちもんがく》に|大立替《おほたてかへ》を|促進《そくしん》す|可《べ》き|神示《しんじ》の|宇宙観《うちうくわん》が|巻尾《くわんび》に|輯録《しふろく》されてあります。|元来《ぐわんらい》|神示《しんじ》の|宇宙《うちう》は|国祖《こくそ》|大神《おほかみ》を|始《はじ》め|奉《たてまつ》り、|諸《しよ》|正神《せいしん》の|御隠退《ごいんたい》|遊《あそ》ばされし|箇所《かしよ》を|示《しめ》さむために|口述《こうじゆつ》されたものであります。|想《おも》へば|吾々《われわれ》は|木《こ》の|葉《は》|一枚《いちまい》|造《つく》られぬ|身《み》でありますから、|洪大無辺《こうだいむへん》の|神示《しんじ》に|対《たい》して|云為《うんゐ》する|資格《しかく》|無《な》きものであります。|憖《なまじひ》に|先入主《せんにふしゆ》に|執着《しふちやく》して|居《ゐ》ては|雁《がん》も|鳩《はと》も|立《た》つた|後《のち》に|後悔《こうくわい》し、|又《また》|耻《はづ》かしいことがあると|思《おも》はれますから、|素直《すなほ》に|神示《しんじ》を|肯定《こうてい》する|方《はう》が|上乗《じやうじやう》であらうと|考《かんが》へます。
一、|第一巻《だいいつくわん》より|第三巻《だいさんくわん》までに|得《え》たるものは、|唯《ただ》【|執着《しふちやく》】の|二字《にじ》を|心底《しんてい》より|取《と》り|去《さ》らねばならぬと|言《い》ふことでありました。|然《しか》らざれば|或《あるひ》は|大切《たいせつ》な|玉《たま》|即《すなは》ち|日本魂《やまとだましひ》を|此《こ》の|上《うへ》にも|引抜《ひきぬ》かれることは|請合《うけあひ》だと|思《おも》ひます。|総《すべ》ての|先入主《せんにふしゆ》に|執着《しふちやく》せずして|神《かみ》に|任《まか》すといふことが、|何《なに》より|大切《たいせつ》だと|考《かんが》へます。|誠《まこと》を|以《もつ》て|赤子《あかご》の|心《こころ》で|本巻《ほんくわん》を|味《あぢ》はひ|得《う》る|人《ひと》は、|国祖《こくそ》|大神《おほかみ》の|御隠退《ごいんたい》と|御仁慈《ごじんじ》の|御心《みこころ》に|対《たい》し、|万斛《ばんこく》の|涙《なみだ》を|注《そそ》ぐと|共《とも》に|黙《だま》つて|改心《かいしん》さるることと|信《しん》じます。
一、|本巻《ほんくわん》第二一章|迄《まで》と、第二五、二八章|及《およ》び第四三章より第四五章までは、|瑞月《ずゐげつ》|聖師《せいし》|自《みづか》ら|執筆《しつぴつ》されたものであります。
|聖師《せいし》が|一度《ひとたび》|執筆《しつぴつ》さるるや|些《さ》の|渋滞《じふたい》もなく、|淀《よど》みもなく、すらすらと|書《か》き|誌《しる》され、しかも|一字《いちじ》|一句《いつく》|訂正《ていせい》を|要《えう》せらるることは|無《な》いのであります。|故《ゆゑ》に|一日《いちにち》に|二百《にひやく》|頁《ページ》も|原稿《げんかう》を|綴《つづ》らるるので、|其《そ》の|実况《じつきやう》を|熟視《じゆくし》した|人々《ひとびと》は|迚《とて》も|人間業《にんげんわざ》とは|思《おも》へぬといふのであります。
一、|各章《かくしやう》の|末尾《まつび》に|筆録者《ひつろくしや》の|署名《しよめい》をしてあるのは、|其《そ》の|全文《ぜんぶん》に|對《たい》して|責任《せきにん》を|有《も》たねばならぬことに|定《き》めてあるのです。|兎《と》に|角《かく》|編輯《へんしふ》|印刷《いんさつ》を|急《いそ》ぎますので、|種々《しゆじゆ》の|点《てん》に|於《おい》て|不満《ふまん》に|思《おも》はれるでありませうが、|読者《どくしや》|幸《さいはひ》に|諒《りやう》せられむことを|希望《きばう》します。
大正十一年二月十九日 於瑞祥閣 編者識す
|総説《そうせつ》
|吾人《ごじん》が|朝夕《あさゆふ》|神前《しんぜん》に|拝跪《はいき》して|奏上《そうじやう》したてまつる|神言《かみごと》の|本文《ほんぶん》には、
『|高天原《たかあまはら》に|神集《かみつま》ります、|皇親《すめらがむつ》|神漏岐《かむろぎ》|神漏美《かむろみ》の|神言《みこと》|以《もち》て|八百万《やほよろづ》の|神等《かみたち》を|神集《かむつど》へに|集《つど》へたまひ、|神議《かむはか》りに|議《はか》り|玉《たま》ひて、|吾《あが》|皇御孫命《すめみまのみこと》は|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂《みずほ》の|国《くに》を|安国《やすくに》と|平《たひら》けく|知食《しろしめ》せと|言依《ことよ》さし|奉《まつ》りき。かく|依《よ》さし|奉《まつ》りし|国中《くぬち》に|荒《あら》ぶる|神《かみ》どもをば、|神問《かむと》はしに|問《と》はし|玉《たま》ひ、|神払《かむはら》ひに|払《はら》ひ|玉《たま》ひて|言問《ことと》ひし|岩根《いはね》|木根《きね》|立草《たちくさ》の|片葉《かきは》をも|言止《ことや》めて、|天《あめ》の|磐位《いはくら》|放《はな》ち|天《あめ》の|八重雲《やへくも》を|伊都《いづ》の|千別《ちわき》に|千別《ちわき》て|聞食《きこしめ》さむ |云々《うんぬん》』
と|天児屋根命《あめのこやねのみこと》|以来《いらい》|皇国《くわうこく》に|伝《つた》はつた|神言《かみごと》のごとく、|神々《かみがみ》は|天《あま》の|八洲《やす》の|河原《かはら》に|八百万《やほよろづ》の|神《かみ》を|集《あつ》めて、|神界《しんかい》の|一大事《いちだいじ》を|協議《けふぎ》されたることは|明白《めいはく》な|活《い》きたる|事実《じじつ》であります。
|約幹伝《よはねでん》|首章《しゆしやう》には、
『|太初《はじめ》に|道《ことば》あり|道《ことば》は|神《かみ》なり、|神《かみ》は|道《ことば》と|倶《とも》にありき。|万物《ばんぶつ》|之《これ》に|依《よ》りて|造《つく》らる、|造《つく》られたるもの|之《これ》に|依《よ》らざるはなし|云々《うんぬん》』
とあるごとく、|真正《しんせい》の|神《かみ》はアオウエイの|五大父音《ごだいふおん》とカサタナハマヤラワの|九大母音《くだいぼおん》とをもつて、|宇宙《うちう》|万有《ばんいう》を|生成化育《せいせいくわいく》したまふたのであります。ゆゑに|凡《すべ》ての|神々《かみがみ》は|言葉《ことば》をもつて|神《かみ》の|生命活力《せいめいくわつりよく》となしたまふのであつて、|神界《しんかい》の|混乱《こんらん》|紛糾《ふんきう》を|鎮定《ちんてい》するために|高天原《たかあまはら》の|天《あま》の|安《やす》の|河原《かはら》に|神集《かむつど》ひを|遊《あそ》ばしたのであります。
そして|各《おのおの》|神《かみ》の|意志《いし》を|表白《へうはく》するために、|第一《だいいち》の|生命《いのち》ともいふべき|言霊《ことたま》の|神器《しんき》を|極力《きよくりよく》|応用《おうよう》されたのであります。|現代《げんだい》のごとく|自由《じいう》だとか、|平等《べうどう》だとか|言《い》つて|誰《たれ》もかれも|祝詞《のりと》に|所謂《いはゆる》「|草《くさ》の|片葉《かきは》に|至《いた》るまで|言問《こととひ》」すなはち|論議《ろんぎ》するやうになつては|神界《しんかい》|現界《げんかい》ともに|平安《へいあん》に|治《をさ》まるといふことは、|望《のぞ》まれないのであります。
|本巻《ほんくわん》は|主《しゆ》として、|常世国《とこよのくに》の|常世城《とこよじやう》における|太古《たいこ》の|神人《しんじん》の|会議《くわいぎ》についての|物語《ものがたり》が、その|大部分《だいぶぶん》を|占《し》めてをります。|八百万《やほよろづ》の|神人《かみがみ》の|種々《しゆじゆ》の|意見《いけん》や|論争《ろんそう》が|述《の》べてありますが、ある|一部《いちぶ》の|人士《じんし》は、「|神様《かみさま》といふものは|議論《ぎろん》ばかりしてをるものだなあ」と|怪訝《くわいが》の|念《ねん》にかられた|方《かた》があるやうですが、すべて|神様《かみさま》は|前述《ぜんじゆつ》のごとく|言葉《ことば》(|道《ことば》)をもつて|生命《せいめい》となしたまふものであるから、|言霊《ことたま》の|幸《さち》はふ|国《くに》、|言霊《ことたま》の|生《い》ける|国《くに》、|言霊《ことたま》の|助《たす》くる|国《くに》、|言霊《ことたま》の|清《きよ》き|国《くに》、|言霊《ことたま》の|天照国《あまてるくに》と|古来《こらい》いはれてあるのであります。ゆゑに|本巻《ほんくわん》の|大半《たいはん》は|常世会議《とこよくわいぎ》の|大要《たいえう》と、|神人《かみがみ》らの|侃々諤々《かんかんがくがく》の|大議論《だいぎろん》で|埋《うづ》まつてをるといつてよいくらゐであります。
|宇宙《うちう》|万有《ばんいう》|一切《いつさい》を|無限絶対《むげんぜつたい》、|無始無終《むしむしう》の|全能力《ぜんのうりよく》をもつて|創造《さうざう》したまひし|独一真神《どくいつしんしん》なる|大国治立尊《おほくにはるたちのみこと》は、|最初《さいしよ》に|五大父音《ごだいふおん》と|九大母音《くだいぼおん》を|形成《けいせい》して|天業《てんげふ》を|開始《かいし》されし|以来《いらい》、|今日《こんにち》にいたるまで|一秒時《いちべうじ》といへども、その|言霊《ことたま》の|活動《くわつどう》を|休止《きうし》されたことはないのである。|万々一《まんまんいち》、|一分間《いつぷんかん》にてもその|活動《くわつどう》を|休止《きうし》したまふことあらば、|宇宙《うちう》はたちまち|潰滅《くわいめつ》し、|天日《てんじつ》も、|太陰《たいいん》も、|大地《だいち》も、|列星《れつせい》もたちまちその|中心《ちうしん》を|失《うしな》ひ、つひには|大宇宙《だいうちう》の|破壊《はくわい》を|来《きた》すのである。|宇宙《うちう》には|常住不断的《じやうぢうふだんてき》にアオウエイの|五大父音《ごだいふおん》が、|巨大《きよだい》なる|音響《おんきやう》をたてて、とどろき|渡《わた》つてゐるのであります。されど|諺《ことわざ》にいふごとく「|大声《たいせい》は|耳裡《じり》に|入《い》らず」|人間《にんげん》の|聴覚《ちやうかく》にはあまりに|巨大《きよだい》にして、|却《かへつ》て|感覚《かんかく》せないのであります。|巨大《きよだい》なる|音響《おんきやう》と、|微細《びさい》なる|音響《おんきやう》は|人間《にんげん》の|耳《みみ》に|入《い》らないのは、|音響学《おんきやうがく》の|精神《せいしん》である。されど|人《ひと》もし|大宇宙《だいうちう》の|五大父音《ごだいふおん》を|聞《き》かむとせば、|両手《りやうて》の|指《ゆび》をもつて|耳《みみ》の|穴《あな》をふさぎみよ、|轟々《ぐわうぐわう》たる|音響《おんきやう》を|聞《き》くことを|得《え》む。これぞ|大宇宙《だいうちう》に|不断《ふだん》とどろき|渡《わた》れる|声音《せいおん》そのままである。|今日《こんにち》|文明《ぶんめい》の|利器《りき》たる|諸々《もろもろ》の|機械《きかい》といへども、その|運転《うんてん》|活動《くわつどう》するあひだは|各自《かくじ》に|相当《さうたう》の|音響《おんきやう》を|発《はつ》してをる。かかる|無生機物《むせいきぶつ》の|器械《きかい》といへども、|音響《おんきやう》の|休止《きうし》したときは、すなわち|機関《きくわん》の|休止《きうし》した|時《とき》である。|况《いは》むや|宇宙《うちう》の|大機関《だいきくわん》の|運転《うんてん》に|於《おい》てをやである。|宇宙《うちう》のアオウエイの|五大父音《ごだいふおん》は、すなはち|造物主《ざうぶつしゆ》なる|真《まこと》の|神《かみ》の|生《い》ける|御声《みこゑ》であつて、|真神《しんしん》は|絶《た》えず|言語《げんご》を|発《はつ》して|宇宙《うちう》の|進化《しんくわ》と|運行《うんかう》と|保持《ほぢ》に|努力《どりよく》されつつあるのであります。
その|真神《しんしん》の|分霊《ぶんれい》、|分力《ぶんりよく》、|分体《ぶんたい》を|受《う》けたる|神人《しんじん》は、|言語《げんご》のもつとも|多《おほ》きは|当然《たうぜん》である。|世人《せじん》は|神《かみ》といへば|常《つね》に|沈黙《ちんもく》を|永遠《ゑいゑん》に|続《つづ》けてゐるものと|考《かんが》へ、|黙々《もくもく》として|天《てん》|答《こた》へず、|寂《せき》として|地《ち》|語《かた》らずなどといつて、|唐人《たうじん》の|寝言《ねごと》を|信《しん》じてゐるものの|多《おほ》いのは、|実《じつ》に|天地《てんち》の|真理《しんり》と、その|無限《むげん》の|神力《しんりき》を|悟《さと》らない|迂愚《うぐ》の|極《きよく》であります。
|常世会議《とこよくわいぎ》における|神人《かみがみ》らの|議論《ぎろん》の|百出《ひやくしゆつ》したるも、|神人《しんじん》の|会議《くわいぎ》としては|実《じつ》に|止《や》むを|得《え》ないのである。|王仁《おに》は|常世会議《とこよくわいぎ》の|神人《かみがみ》らの|論説《ろんせつ》を、|一々《いちいち》|詳細《しやうさい》に|記《しる》せば|数千《すうせん》|頁《ページ》を|費《つひや》すも|足《た》りないから、ただその|一部分《いちぶぶん》を|述《の》べたにすぎませぬ。|恰《あたか》も|九牛《きうぎう》の|一毛《いちまう》、|大海《たいかい》の|一滴《いつてき》にも|及《およ》ばない|量《りやう》であります。
『至聖大賢斯民所称、神眼視之未尽全美、況乎其他哉、故先霊不能守後魂必矣』
と|先師《せんし》|本田言霊彦命《ほんだことたまひこのみこと》の|喝破《かつぱ》されたるごとく、|現代《げんだい》の|人間《にんげん》の|眼《まなこ》から|見《み》た|聖賢者《せいけんしや》、|哲人《てつじん》も|神《かみ》の|眼《め》より|見《み》そなはしたまへば、|不完全《ふくわんぜん》きはまるものである。また|同師《どうし》|著《ちよ》、『|道《みち》の|大原《たいげん》』にも、
『万物之中也者有形之中也。其中可測、神界之中也者無形之中也。其中不可測。勿混語。』
とあり。また、
『漢人所謂中庸中和大中、其中者与神府之中迥別、勿同視』
と|示《しめ》されてある。|人心小智《じんしんせうち》のたうてい|神界《しんかい》の|真相《しんさう》を|究《きは》むること|能《あた》はざるは|必然《ひつぜん》である。ゆゑにこの|物語《ものがたり》を|読《よ》ンで|怪乱狂妄《くわいらんきやうもう》とみる|人《ひと》あるも、|人間《にんげん》としては、あながち|咎《とが》むべきものにあらず。ただその|域《ゐき》に|達《たつ》せざるがためなることを|憐《あはれ》み|寛容《くわんよう》せねばならぬのであります。
|玉鉾百首《たまほこひやくしゆ》にも、
あやしきはこれの|天地《あめつち》うべなうべな、|神代《かみよ》にことに|異《あや》しきものを。
おほけなく|人《ひと》のいやしき|心《こころ》もて|神《かみ》のなすわざ|争《あらそ》ひえめや。
|天地《てんち》を|創造《さうざう》したまひし|独一《どくいつ》の|真神《しんしん》およびその|他《た》の|神々《かみがみ》の|御行為《ごかうゐ》の|怪異《くわいい》なる|到底《たうてい》|現代人《げんだいじん》の|知識《ちしき》|学説《がくせつ》をもつて|窺知《きち》し|得《う》べきものでないことを|覚《さと》らねば、|神界《しんかい》のことは|信《しん》じられないものであります。
第一篇 |八洲《やす》の|川浪《かはなみ》
第一章 |常世会議《とこよくわいぎ》〔一五一〕
|太古《たいこ》の|神界《しんかい》|経綸《けいりん》の|神業《しんげふ》は、|最初《さいしよ》|稚桜姫命《わかざくらひめのみこと》の|天則違反《てんそくゐはん》によりて|瓦解《ぐわかい》し、つぎに|国直姫命《くになほひめのみこと》の|神政《しんせい》となり、これまた|姫命《ひめみこと》の|地上《ちじやう》を|見捨《みす》て|天上《てんじやう》へ|帰還《きくわん》されしため、|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》の|神政《しんせい》に|移《うつ》りける。いづれも|国治立命《くにはるたちのみこと》の|統轄《とうかつ》のもとに、|神政《しんせい》の|経綸《けいりん》に|奉仕《ほうし》したまひけり。つぎには|天上《てんじやう》より|高照姫命《たかてるひめのみこと》、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》にくだりて|神政《しんせい》|経綸《けいりん》の|神業《しんげふ》に|奉仕《ほうし》し、またもや|瓦解《ぐわかい》の|運命《うんめい》におちいり、ついで|沢田彦命《さはだひこのみこと》|天《てん》より|降《くだ》りて|国治立命《くにはるたちのみこと》のもとに|神政《しんせい》|経綸《けいりん》の|神業《しんげふ》に|奉仕《ほうし》し、|大破壊《だいはくわい》を|馴致《じゆんち》して、またもや|地上《ちじやう》を|捨《す》て|天上《てんじやう》に|還《かへ》りたまひたるなり。
|国治立命《くにはるたちのみこと》は|幾度《いくど》|主任《しゆにん》の|神《かみ》を|代《か》ふるも|失敗《しつぱい》に|帰《き》し、あたかも|蟹《かに》の|手足《てあし》をもぎ|取《と》られたるごとくに|途方《とはう》に|暮《く》れたまひける。されど|性来《せいらい》の|剛直端正《がうちよくたんせい》なる|国治立命《くにはるたちのみこと》は、|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|厳守《げんしゆ》して、いかなる|難局《なんきよく》に|会《くわい》するも|毫《がう》も|屈《くつ》せず、|部下《ぶか》の|諸神人《しよしん》にむかつて|律法《りつぱふ》の|寸毫《すんがう》も|干犯《かんはん》すべからざることを|厳格《げんかく》に|命《めい》じたまひしがために|地《ち》の|高天原《たかあまはら》の|主任者《しゆにんしや》は、しばしば|更迭《かうてつ》したりける。
|常世《とこよ》の|国《くに》の|八王大神《やつわうだいじん》は|機《き》|逸《いつ》すべからずとして、|世界《せかい》|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王八頭《やつわうやつがしら》を|常世城《とこよじやう》に|召集《せうしふ》し|謀議《ぼうぎ》を|凝《こ》らさむと、|天《あま》の|鳥舟《とりぶね》を|四方《しほう》に|馳《は》せ|神《かみ》の|正邪《せいじや》の|論《ろん》なく、|智愚《ちぐ》に|関《くわん》せず|一所《ひとところ》に|集《あつ》めて、|八王八頭《やつわうやつがしら》の|聯合《れんがふ》を|図《はか》りたり。また|一方《いつぱう》には|自在天《じざいてん》|大国彦《おほくにひこ》と|内々《ないない》|協議《けふぎ》を|遂《と》げおき、|世界《せかい》|神人《かみがみ》の|国魂《くにたま》|会議《くわいぎ》を|開《ひら》かむとせり。
すなはち|八王大神《やつわうだいじん》|側《がは》よりは|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》、|魔我彦《まがひこ》、|魔我姫《まがひめ》、|清熊《きよくま》、|竜山別《たつやまわけ》、|蠑〓別《いもりわけ》、|八十枉彦《やそまがひこ》、|朝触《あさふれ》、|夕触《ゆふふれ》、|日触《ひふれ》、|山嵐《やまあらし》、|広若《ひろわか》、|舟木姫《ふなきひめ》、|田糸姫《たいとひめ》、|鬼若《おにわか》、|猿姫《さるひめ》、|広依別《ひろよりわけ》らの|諸神人《しよしん》の|出席《しゆつせき》することとなりにける。
|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》|側《がは》よりは、|大鷹彦《おほたかひこ》、|中依別《なかよりわけ》、|牛雲別《うしくもわけ》、|蚊取別《かとりわけ》、|蟹雲別《かにくもわけ》、|藤高別《ふぢたかわけ》、|鷹取別《たかとりわけ》、|遠山別《とほやまわけ》、|醜国別《しこくにわけ》、|倉波《くらなみ》、|蚊々虎《かがとら》、|荒虎別《あらとらわけ》、|国弘別《くにひろわけ》、|出雲別《いづもわけ》、|高彦《たかひこ》らの|神人《かみがみ》、|堂々《だうだう》として|出席《しゆつせき》したり。
また|十二《じふに》の|八王八頭《やつわうやつがしら》の|神司《しんし》は、|万寿山《まんじゆざん》の|磐樟彦《いはくすひこ》、|瑞穂別《みづほわけ》を|除《のぞ》くほかは、|全部《ぜんぶ》|出席《しゆつせき》することとなりけり。しかるに|常世《とこよ》の|国《くに》の|八王大神《やつわうだいじん》より、ぜひ|出席《しゆつせき》すべく|数多《あまた》の|鳥舟《とりぶね》を|率《ひき》ゐ、|蠑〓別《ゐもりわけ》[#愛世版ルビ「ゐもりわけ」]をして|万寿山《まんじゆざん》に|急使《きふし》を|遣《つか》はしていふ、
『|神界《しんかい》|統一《とういつ》のため、|平和《へいわ》のための|会議《くわいぎ》に|出席《しゆつせき》なき|時《とき》は、|一大《いちだい》|団結力《だんけつりよく》をもつて|貴下《きか》を|神界《しんかい》|現界《げんかい》|一般《いつぱん》の|破壊者《はくわいしや》とみなし、これを|討伐《たうばつ》するのやむを|得《え》ざるに|至《いた》らむ』
と|脅喝的《けふかつてき》|信書《しんしよ》をもつて|来《き》たらしめたりけるに、|万寿山城《まんじゆざんじやう》にては|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|磐樟彦《いはくすひこ》|以下《いか》の|神人《かみがみ》らは|俄《にはか》の|会議《くわいぎ》を|開《ひら》かれにける。
|磐樟彦《いはくすひこ》は|強剛《きやうがう》なる|態度《たいど》を|持《ぢ》していふ、
『たとへ|世界《せかい》の|神人《かみがみ》らが|一束《ひとたば》となつて|万寿山《まんじゆざん》へ|押寄《おしよ》せくるとも、|我《われ》は|霊鷲山《れいしうざん》の|神《かみ》の|力《ちから》によりて|引受《ひきう》け、|数百千万《すうひやくせんまん》の|敵軍《てきぐん》をただ|一息《ひといき》の|伊吹《いぶき》に|吹払《ふきはら》ひ|退《の》け、|天地《てんち》|律法《りつぱふ》の|精神《せいしん》によりて|天下《てんか》の|千妖万魔《せんえうばんま》を|言向《ことむ》け|和合《やは》し、|国治立命《くにはるたちのみこと》の|神慮《しんりよ》に|叶《かな》ひたてまつれる|大神世《だいしんせい》を|樹立《じゆりつ》せむ。|生《い》ける|誠《まこと》の|神《かみ》の|神力《しんりき》には、|如何《いか》なる|邪神《じやしん》も、|悪魔《あくま》も|敵《てき》し|得《う》べきものにあらず。|今回《こんくわい》の|常世《とこよ》の|会議《くわいぎ》は|常世彦《とこよひこ》、|大国彦《おほくにひこ》が|大陰謀《だいいんぼう》の|発露《はつろ》なればかかる|会議《くわいぎ》に|相交《あひまじ》はり、|相口合《あひくちあ》ふは|巨石《きよせき》を|抱《いだ》きて|海《うみ》に|投《とう》ずるよりも|危険《きけん》なれば、|当山《たうざん》の|神司《かみがみ》は|一柱《ひとはしら》といへども|出席《しゆつせき》すべからず』
と|主張《しゆちやう》したりければ、|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》は|第一《だいいち》に|八王神《やつわうじん》|磐樟彦《いはくすひこ》の|説《せつ》に|賛成《さんせい》の|意《い》を|表《へう》し、|断《だん》じて|出席《しゆつせき》すべからずと|主張《しゆちやう》したまへり。
ここに|瑞穂別《みづほわけ》は|立《た》ち|上《あが》り、
『|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|磐樟彦《いはくすひこ》の|御説示《ごせつじ》は、|実《じつ》にもつとも|千万《せんばん》の|次第《しだい》なれども、|時世時節《ときよじせつ》の|力《ちから》には|抗《かう》すべからず。よろしく|時代《じだい》の|趨勢《すうせい》に|順応《じゆんおう》するをもつて、|神政《しんせい》|経綸《けいりん》の|必要事《ひつえうじ》と|思《おも》ふ。すみやかに|当山《たうざん》より|何《いづ》れかの|神司《しんし》を|遣《つか》はして、|今回《こんくわい》の|大会議《だいくわいぎ》に|列《れつ》せしめたまへ。|万々一《まんまんいち》にも|出席《しゆつせき》を|望《のぞ》まざる|神司《かみがみ》|数多《あまた》ありとせば、|願《ねが》はくば|我《われ》を|使者《ししや》として|派遣《はけん》せしめたまへ。いかに|霊鷲山《れいしうざん》の|神人《かみがみ》らの|威徳《ゐとく》は|強《つよ》くとも、|国治立命《くにはるたちのみこと》の|制定《せいてい》せられし|律法《りつぱふ》の|一端《いつたん》に|触《ふ》るることありとも、|今回《こんくわい》の|神集《かむつど》ひに|出席《しゆつせき》せざらむか、|世界《せかい》の|神人《かみがみ》らに|万寿山《まんじゆざん》の|神司《しんし》らは、|世界《せかい》の|平和《へいわ》を|破壊《はくわい》する|邪神司《じやしん》として|一斉《いつせい》に|攻撃《こうげき》さるるも、|答弁《たふべん》の|辞《ことば》なかるべし。|今《いま》や|当山《たうざん》は|実《じつ》に|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|秋《とき》なり。|吾《われ》らは|神界《しんかい》|現界《げんかい》|平和《へいわ》のために|強《しひ》て|出席《しゆつせき》の|議《ぎ》を|決定《けつてい》されむことを|希望《きばう》の|至《いた》りに|耐《た》へず』
と|主張《しゆちやう》したりければ、|神司《かみがみ》らはこの|場《ば》の|光景《くわうけい》を|見《み》ていかになりゆくかと、|各自《かくじ》|固唾《かたづ》を|呑《の》みてひかへゐる。このとき|神国別命《かみくにわけのみこと》は|立《た》つて、|瑞穂別《みづほわけ》の|出席説《しゆつせきせつ》に|大々的《だいだいてき》|反対《はんたい》を|唱《とな》へける。
|瑞穂別《みづほわけ》はおほいに|怒《いか》りて、
『|貴下《きか》らは|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|破《やぶ》り、|国治立命《くにはるたちのみこと》より|当山《たうざん》に|御預《おあづ》け、|否《い》な|食客《しよくきやく》となりし|神司《しんし》なれば、|八頭神《やつがしらがみ》たる|我々《われわれ》の|所説《しよせつ》に|容喙《ようかい》すべき|資格《しかく》なし。|退場《たいぢやう》あれ』
と|声《こゑ》を|慄《ふる》はせながら|顔色《がんしよく》|火《ひ》のごとくなりて|怒鳴《どな》りつけたり。
ここに|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|神国別命《かみくにわけのみこと》、|言霊別命《ことたまわけのみこと》、|大足彦《おほだるひこ》は|席《せき》を|蹴《け》つて|退場《たいぢやう》したりけり。
あとに|瑞穂別《みづほわけ》は|肩《かた》をいからせ、|肱《ひぢ》を|張《は》り、|居丈《ゐた》け|高《だか》になりて、|八王神《やつわうじん》の|磐樟彦《いはくすひこ》に|出席《しゆつせき》の|正当《せいたう》なる|理由《りいう》を|千言万語《せんげんばんご》|理《り》をつくし|理義《りぎ》を|明《あか》して|説《と》き|迫《せま》りけり。|城内《じやうない》の|諸神司《しよしん》の|賛否《さんぴ》は|相半《あひなかば》し、いづれとも|決断《けつだん》|付《つ》かざりにける。|磐樟彦《いはくすひこ》は|立《た》つて、
『|最早《もはや》この|上《うへ》は|神示《しんじ》に|従《したが》ふのほかに|道《みち》なし。|汝《なんぢ》|瑞穂別《みづほわけ》は|神殿《しんでん》に|拝跪《はいき》し、|自《みずか》ら|神勅《しんちよく》を|乞《こ》ひ、|神示《しんじ》によりて|出否《しゆつぴ》を|決《けつ》せよ』
と|一言《いちごん》を|遺《のこ》して|退席《たいせき》したり。ここに|瑞穂別《みづほわけ》は|直《ただち》に|月宮殿《げつきうでん》に|参拝《さんぱい》し、|今回《こんくわい》の|事件《じけん》にたいする|神示《しんじ》を|恭《うやうや》しく|奉伺《ほうし》したるに、たちまち|瑞穂別《みづほわけ》の|身体《しんたい》は、|麻痺《まひ》して|微動《びどう》だもできずなりぬ。|従《したが》ひきたれる|瑞穂姫《みづほひめ》は|俄然《がぜん》|帰神《かむがかり》となり、|身体《しんたい》|上下左右《じやうげさいう》に|震動《しんどう》しはじめ、|早《はや》くも|口《くち》が|切《き》りし|憑神《ひようしん》はいふ、
『|我《われ》は|国治立命《くにはるたちのみこと》の|荒魂《あらみたま》、|奇魂《くしみたま》なり。|今回《こんくわい》の|神集《かむつど》ひは|常世彦《とこよひこ》、|大国彦《おほくにひこ》ら|一派《いつぱ》の|周到《しうたう》なる|陰謀《いんぼう》に|出《い》づるものなれば、|当山《たうざん》の|神司《かみがみ》は|一柱《ひとはしら》といへども|出席《しゆつせき》すべからず。|今後《こんご》いかなる|難関《なんくわん》に|逢《あ》ふことありとも、よく|忍《しの》ぶべし。|第二《だいに》の|神界《しんかい》|経綸《けいりん》の|聖場《せいぢやう》なれば、|当城《たうじやう》のみは|決《けつ》して|敵《てき》に|蹂躙《じうりん》さるるがごときことなし。|真正《しんせい》の|力《ちから》ある|神司神人《かみがみ》をして、|五六七《みろく》|出現《しゆつげん》の|世《よ》までは|固《かた》く|守護《しゆご》せしめむ。|夢《ゆめ》|疑《うたが》ふことなかれ』
と|宣言《せんげん》して、|姫《ひめ》の|体内《たいない》より|出《い》で|去《さ》りたまひぬ。それと|同時《どうじ》に|姫《ひめ》の|身体《しんたい》はもとに|復《ふく》しける。この|神勅《しんちよく》と|様子《やうす》を|見聞《けんぶん》しゐたる|瑞穂別《みづほわけ》は、おほいに|前非《ぜんぴ》を|悔悟《くわいご》し、|心中《しんちう》にて|大神《おほかみ》に|謝罪《しやざい》すると|同時《どうじ》に|瑞穂別命《みづほわけのみこと》の|身体《しんたい》また|旧《きう》に|復《ふく》し|自由自在《じいうじざい》となりぬ。|固《よ》りて|直《ただ》ちに|大神《おほかみ》に|感謝《かんしや》し、|荘厳《さうごん》なる|報本反始《はうほんはんし》の|祭典《さいてん》を|挙行《きよかう》し、|八王大神《やつわうだいじん》および|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》|以下《いか》の|神司《かみがみ》らに|陳謝《ちんしや》し、|万寿山《まんじゆざん》の|神人《かみがみ》は|一柱《ひとはしら》も|出席《しゆつせき》せざる|由《よし》を|常世《とこよ》の|国《くに》の|使者《ししや》にむかつて、|断乎《だんこ》として|宣示《せんじ》したりける。|常世《とこよ》の|使者《ししや》、|蠑〓別《いもりわけ》は|拍子《へうし》ぬけしたる|顔色《かほいろ》にて、|一同《いちどう》の|神人《かみがみ》をさもいやらしき|眼《め》にて|睨《にら》みつけ、
『|勝手《かつて》にされよ。|後日《ごじつ》に|悔《く》いをのこされな』
と|捨台詞《すてぜりふ》をのこして|天《あま》の|鳥舟《とりふね》に|乗《の》り、あまたの|従者《じゆうしや》とともに|常世《とこよ》の|国《くに》へ|還《かへ》りける。
(大正一〇・一二・一五 旧一一・一七 出口瑞月)
第二章 |聖地《せいち》の|会議《くわいぎ》〔一五二〕
|地《ち》の|高天原《たかあまはら》の|神政《しんせい》は|沢田彦命《さはだひこのみこと》の|還天《くわんてん》|以来《いらい》、ますます|混乱《こんらん》|紛糾《ふんきう》して|収拾《しうしふ》すべからざるの|惨状《さんじやう》を|呈《てい》するにいたりぬ。されど|広宗彦《ひろむねひこ》は、|母《はは》|事足姫《ことたるひめ》、|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》らとともに|鋭意《えいい》|神政《しんせい》の|完成《くわんせい》に|努力《どりよく》したまひしかば、|一《いつ》たん|混乱《こんらん》|状態《じやうたい》におちいりたる|地《ち》の|高天原《たかあまはら》も、この|四柱《よはしら》の|奮闘的《ふんとうてき》|至誠《しせい》の|力《ちから》によりてやうやく|瓦解《ぐわかい》を|免《まぬが》れゐたりける。
|然《しか》るにここに|突然《とつぜん》として|常世《とこよ》の|国《くに》より|地上《ちじやう》|神界《しんかい》|一般《いつぱん》の|国魂《くにたま》の|神人《かみがみ》の|大集会《だいしふくわい》を|開催《かいさい》するにつき、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》より|使者《ししや》を|派遣《はけん》すべきことを|通告《つうこく》しきたりぬ。|重《かさ》ねて|常世彦《とこよひこ》は、|竜山別《たつやまわけ》を|使者《ししや》として|天《あま》の|鳥舟《とりふね》に|乗《の》り|数多《あまた》の|従者《じゆうしや》とともに|地《ち》の|高天原《たかあまはら》へ|遣《つか》はしたりける。その|信書《しんしよ》の|主意《しゆい》によれば、
『|今《いま》や|地上《ちじやう》の|世界《せかい》は|八王神《やつわうじん》、|八頭神《やつがしらがみ》、たがひに|嫉視反目《しつしはんもく》してその|権力《けんりよく》を|争《あらそ》ひ|優勝劣敗《いうしようれつぱい》、|弱肉強食《じやくにくきやうしよく》の|惨状《さんじやう》|目《め》もあてられぬ|次第《しだい》にして、|国治立命《くにはるたちのみこと》の|御聖旨《ごせいし》に|背反《はいはん》すること|最《もつと》もはなはだし。|天地《てんち》は|現在《げんざい》のままに|放任《はうにん》せむか、つひには|地上《ちじやう》はたちまち|修羅道《しゆらだう》となり、|餓鬼地獄《がきぢごく》の|暗黒界《あんこくかい》と|化《くわ》すべきは|火《ひ》をみるよりも|明白《めいはく》なる|事実《じじつ》なれば、|八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》はここに|大《おほ》いに|覚《さと》るところありて、|大国彦《おほくにひこ》と|相謀《あひはか》り、|八王八頭《やつわうやつがしら》その|他《た》|諸山《しよざん》の|国魂《くにたま》を|常世城《とこよじやう》に|集合《しふがふ》せしめ|神界《しんかい》|平和《へいわ》のため|一大会議《いちだいくわいぎ》を|開催《かいさい》せむとす。ついては|第一着手《だいいちちやくしゆ》として|地《ち》の|高天原《たかあまはら》の|主宰者《しゆさいしや》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|天使長《てんしちやう》|広宗彦《ひろむねひこ》|以下《いか》の|御出席《ごしゆつせき》を|懇請《こんせい》す』
といふにありける。
|広宗彦《ひろむねひこ》は、|弟《おとうと》|行成彦《ゆきなりひこ》ならびに|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》その|他《た》の|諸神司《しよしん》を|集《あつ》めて|会議《くわいぎ》を|開《ひら》き、|出席《しゆつせき》の|賛否《さんぴ》を|慎重《しんちよう》に|審議《しんぎ》したり。|広宗彦《ひろむねひこ》はほとんど|土崩《どほう》|瓦解《ぐわかい》の|有様《ありさま》を|呈《てい》したる|地《ち》の|高天原《たかあまはら》を|修理固成《しうりこせい》し、|地上《ちじやう》の|世界《せかい》を|平和《へいわ》に|統一《とういつ》せむと|日夜《にちや》|焦慮《せうりよ》しつつありし|際《さい》なれば、|常世彦《とこよひこ》の|信書《しんしよ》をみて|大《おほ》いによろこび、|欣喜《きんき》|雀躍《じやくやく》の|体《てい》なりき。|地《ち》の|高天原《たかあまはら》にては|即刻《そくこく》|大広前《おほひろまへ》に|諸神司《しよしん》を|集《あつ》めて|大祭典《だいさいてん》を|執行《しつかう》し、つぎに|各神司《かくしんし》は|設《まう》けの|座《ざ》に|着《つ》き|神前《しんぜん》|会議《くわいぎ》を|開《ひら》きける。この|会議《くわいぎ》に|参《さん》ずる|神司《かみがみ》は|八百八柱《はつぴやくやはしら》の|大多数《だいたすう》に|達《たつ》し、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》|神政《しんせい》|開始《かいし》|以来《いらい》の|大集会《だいしふくわい》なりけり。
ここに|事足姫《ことたるひめ》は|議席《ぎせき》にあらはれ、|今回《こんくわい》の|大会議《だいくわいぎ》に|出席《しゆつせき》の|不可《ふか》なることを|極力《きよくりよく》|主張《しゆちやう》したりける。その|説《せつ》によれば、
『|極悪《ごくあく》|無道《むだう》の|常世彦《とこよひこ》ならびに|常世姫《とこよひめ》|以下《いか》の|邪神《じやしん》は、あらゆる|奸策《かんさく》を|弄《ろう》して|天使長《てんしちやう》|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》を|退隠《たいいん》せしめ、つぎに|国直姫命《くになほひめのみこと》をして|還天《くわんてん》の|余儀《よぎ》なきにいたらしめ、なほも|高照姫命《たかてるひめのみこと》|以下《いか》の|天使長《てんしちやう》および|天使《てんし》を|失脚《しつきやく》せしめて、その|後《ご》の|聖職《せいしよく》を|奪《うば》はむと|千計万略《せんけいばんりやく》|日《ひ》も|足《た》らざる|彼《か》れ|邪神《じやしん》の|悪行《あくかう》|邪心《じやしん》、たうてい|改心《かいしん》すべき|筈《はず》のものにあらず、かならず|深《ふか》き|計略《けいりやく》のもとに|行《おこな》はるるペテン|会議《くわいぎ》に|相違《さうゐ》なからむ。|加《くは》ふるに|常世姫《とこよひめ》は|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》、|魔我彦《まがひこ》、|田依彦《たよりひこ》らをたくみに|籠絡《ろうらく》|頤使《いし》して|不断《ふだん》に|地《ち》の|高天原《たかあまはら》をはじめ|竜宮城《りうぐうじやう》に|仮面《かめん》を|被《かぶ》りて|出入《しゆつにふ》せしめ、|機会《きくわい》のいたるを|待《ま》ちつつあるを|知《し》らざるか。|万々一《まんまんいち》|広宗彦《ひろむねひこ》その|他《た》の|神司《かみがみ》にして、かれ|常世彦《とこよひこ》の|奸策《かんさく》におちいり、|遠《とほ》く|衆《しう》を|率《ひき》ゐて|出席《しゆつせき》せば、|混乱《こんらん》の|極《きよく》に|達《たつ》したる|地《ち》の|高天原《たかあまはら》はこれを|統轄《とうかつ》する|神人《かみ》の|数《すう》を|減《げん》じ、ますます|無勢力《むせいりよく》となるべし。その|虚《きよ》に|乗《じやう》じて|彼《かれ》らの|一派《いつぱ》たる|美山彦《みやまひこ》|以下《いか》の|邪神《じやしん》は|一時《いちじ》に|反旗《はんき》をあげ、|聖地《せいち》|聖場《せいぢやう》を|蹂躙《じうりん》するは|目《め》の|前《まへ》にあり、|断《だん》じて|油断《ゆだん》あるべからず。|万々一《まんまんいち》|常世彦《とこよひこ》にして|地上《ちじやう》の|世界《せかい》を|統一《とういつ》し、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|聖旨《せいし》に|奉答《ほうたふ》せむとするの|真実《しんじつ》|誠意《せいい》あらば、|彼《かれ》らはまづ|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》の|鎮《しづ》まりたまふこのヱルサレムの|聖地《せいち》に|参《ま》ゐのぼりて|国祖《こくそ》の|神《かみ》の|許可《きよか》をうけたる|上《うへ》、|天神《てんしん》|地祇《ちぎ》の|神集《かむつど》ひに|集《つど》ひて|神議《かむはか》りすべき|神定《しんてい》の|聖地《せいち》、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》において|大会議《だいくわいぎ》を|開《ひら》かざるべからず。|苟《いやし》くも|地上《ちじやう》|一般《いつぱん》の|国魂神《くにたまがみ》を|集《あつ》めて|世界《せかい》の|大事《だいじ》を|決定《けつてい》するに、|常世国《とこよのくに》をもつて|中心《ちうしん》たるもののごとく、|聖地《せいち》のごとく|振《ふ》れ|舞《ま》はむとするは、はじめより|天地《てんち》の|神定《しんてい》に|背反《はいはん》せる|破律的《はりつてき》|悪行為《あくかうゐ》にして、|却《かへ》つて|天地《てんち》を|混乱《こんらん》せしむるものなり。よろしく|今回《こんくわい》の|大会議《だいくわいぎ》はヱルサレムにおいて|開催《かいさい》すべく|常世彦《とこよひこ》に|勧告《くわんこく》せよ』
と|宣示《せんじ》したまひける。このとき|常世《とこよ》の|国《くに》より|第二《だいに》の|使者《ししや》として|広若《ひろわか》なる|者《もの》|諸々《もろもろ》の|従者《じゆうしや》を|率《ひき》ゐて|来《きた》り、|一日《いちにち》も|早《はや》く|広宗彦《ひろむねひこ》|以下《いか》の|重職《ぢうしよく》の|出席《しゆつせき》を|促《うなが》しやまず。|聖地《せいち》の|会議《くわいぎ》は|事足姫《ことたるひめ》の|大反対《だいはんたい》のため|連日《れんじつ》|連夜《れんや》の|会議《くわいぎ》を|重《かさ》ねて、|未《いま》だその|解決《かいけつ》にまでいたらざりし|時《とき》なりき。|第一《だいいち》の|使者《ししや》たる|竜山別《たつやまわけ》、|第二《だいに》の|使者《ししや》|広若《ひろわか》はしきりにその|回答《くわいたふ》を|迫《せま》つて|止《や》まざりける。ここに|広宗彦《ひろむねひこ》は|衆議《しうぎ》の|如何《いかん》にかかはらず、|行成彦《ゆきなりひこ》をして|常世《とこよ》の|会議《くわいぎ》に|列《れつ》せしめむと|決心《けつしん》の|色《いろ》を|面《おもて》にあらはし、すみやかに|決定《けつてい》すべきことを|主張《しゆちやう》したり。|母《はは》の|事足姫《ことたるひめ》は|前述《ぜんじゆつ》の|不賛成説《ふさんせいせつ》を|固持《こぢ》して|少《すこ》しも|譲《ゆづ》るの|色《いろ》なく、|広宗彦《ひろむねひこ》|以下《いか》の|神人《かみがみ》は|進退《しんたい》これ|谷《きは》まり、|青息吐息《あをいきといき》の|体《てい》なりける。
かかる|時《とき》しも|常世彦《とこよひこ》の|間者《かんじや》にして|美山彦《みやまひこ》の|幕下《ばくか》なる|清熊《きよくま》は|進《すす》み|出《い》で、さも|横柄《わうへい》に|諸神人《しよしん》を|見廻《みまは》し|梟《ふくろ》のごとき|眼《め》を|開《ひら》きながら、
『|諸神人《しよしん》は|如何《いか》に|思《おも》はるるか|知《し》らざれども、|現今《げんこん》の|聖地《せいち》、ヱルサレムの|勢力《せいりよく》は|極《きは》めて|微弱《びじやく》にして、その|運命《うんめい》また|風前《ふうぜん》の|燈火《ともしび》に|等《ひと》し。いかに|神定《しんてい》の|聖地《せいち》なればとて、かかる|微力《びりよく》なる|神人《かみがみ》の|集団《しふだん》をもつて、かの|強大《きやうだい》なる|常世国《とこよのくに》の|勢力《せいりよく》に|対抗《たいかう》せむとするは|実《じつ》に|無謀《むぼう》の|極《きよく》にあらずや。|万々一《まんまんいち》|常世彦《とこよひこ》の|怒《いか》りに|触《ふ》れむか、|巌石《がんせき》をもつて|卵《たまご》を|打《う》ち|砕《くだ》くよりも|脆《もろ》きは、|現今《げんこん》|聖地《せいち》の|真相《しんさう》ならずや。|諺《ことわざ》にも|長《なが》きものには|巻《ま》かれよ、といふことあり。|立寄《たちよ》れば|大樹《たいじゆ》の|蔭《かげ》とかや。しかるに|神定《しんてい》とか、|聖地《せいち》とかの、ほとんど|有名無実《いうめいむじつ》の|旧習《きうしふ》や、|形式《けいしき》にとらはれて|時代《じだい》の|趨勢《すうせい》を|弁《わきま》へず、|天下《てんか》の|同情《どうじやう》を|失墜《しつつゐ》し、つひには|自滅《じめつ》を|招《まね》くよりも、|今日《こんにち》のごとき|千載一遇《せんざいいちぐう》の|好機《かうき》をとらへ、すみやかに|出席《しゆつせき》を|諾《だく》し、おほいに|神政《しんせい》の|基礎《きそ》を|固《かた》め、もつて|災禍《さいくわ》を|未萠《みばう》に|防《ふせ》ぐこそ、|策《さく》の|上々《じやうじやう》たるものなるべし』
と、|言辞《ことば》を|尽《つく》して|述《の》べたてにけり。
|広宗彦《ひろむねひこ》は|板挟《いたばさ》みの|姿《すがた》となり、|兎《と》やせむ|角《かく》や|決《けつ》せむと|焦慮《せうりよ》さるる|折《をり》しも、|大道別《おほみちわけ》の|密使《みつし》として|鷹依別《たかよりわけ》は|霊鷹《れいよう》と|変《へん》じ、|常世《とこよ》の|国《くに》より|飛《と》びきたりて|密書《みつしよ》を|口《くち》にくはへ、これを|広宗彦《ひろむねひこ》に|渡《わた》し、ただちに|天空《てんくう》さして|姿《すがた》をかくしたりける。|広宗彦《ひろむねひこ》はこの|信書《しんしよ》を|見《み》るや|顔色《がんしよく》|俄《にはか》に|変《へん》じ、|急病《きふびやう》と|称《しよう》してこの|議席《ぎせき》を|退出《たいしゆつ》したり。アヽこの|結末《けつまつ》はいかに|展開《てんかい》するならむか。
(大正一〇・一二・一五 旧一一・一七 出口瑞月)
第三章 |使臣《ししん》の|派遣《はけん》〔一五三〕
|広宗彦《ひろむねひこ》は|霊鷹《れいよう》の|信書《しんしよ》を|見《み》たるより|急病《きふびやう》と|称《しよう》して|議席《ぎせき》を|退去《たいきよ》し、わが|居館《きよくわん》に|入《い》りて、|幾度《いくたび》となくその|信書《しんしよ》を|繰返《くりかへ》しくりかへし|打《う》ち|眺《なが》め、|漸《やうや》くにして|打《うち》うなづき|会心《くわいしん》の|笑《ゑみ》をもらし、|枯木《かれき》に|花《はな》の|咲《さ》きしごとき|華《はな》やかなる|心地《ここち》したりけり。
その|文意《ぶんい》の|大略《たいりやく》は|左《さ》の|意味《いみ》が|認《したた》めありぬ。
『|私《わたくし》は|大道別《おほみちわけ》であるが、|神命《しんめい》を|奉《ほう》じて|常世《とこよ》の|国《くに》|常世城《とこよじやう》に|忍《しの》びこみ、いまは|常世彦命《とこよひこのみこと》の|従僕《じゆうぼく》となつて|一切《いつさい》の|様子《やうす》を|探査《たんさ》してゐる。|私《わたくし》は|一度《いちど》|聾唖《ろうあ》|痴呆《ちはう》となつたが、|南高山《なんかうざん》において|不思議《ふしぎ》のことより|一《ひと》たび|全快《ぜんくわい》した。それより、|各地《かくち》|各山《かくざん》の|国魂神《くにたまがみ》の|動静《どうせい》を|調査《てうさ》すべく|長高山《ちやうかうざん》に|進《すす》み、ふたたび|神命《しんめい》により、|今度《こんど》は|偽《にせ》の|聾唖痴呆《ろうあちはう》と|化《ば》け|高白山《かうはくざん》にむかひ、つぎに|世界《せかい》の|各地《かくち》を|精細《せいさい》に|調査《てうさ》し、つひに|常世城《とこよじやう》にいたり|不可思議《ふかしぎ》なる|神《かみ》の|摂理《せつり》によりて|常世彦《とこよひこ》に|見出《みいだ》され、|聾唖痴呆《ろうあちはう》の|強力者《きやうりよくしや》として|抜擢《ばつてき》され、いまは|城門《じやうもん》の|守衛《しゆゑい》となつてゐる。|私《わたくし》のほかに|八島姫《やしまひめ》、|鷹住別《たかすみわけ》、|春日姫《かすがひめ》の|三人《さんにん》は|常世彦《とこよひこ》の|気《き》に|入《い》りの|従臣《じゆうしん》となつて|仕《つか》へてゐる。|私《わたし》と|八島姫《やしまひめ》には|神命《しんめい》によつて|高倉《たかくら》、|旭《あさひ》といふ|二個《にこ》の|白狐《びやくこ》が|交《か》はるがはる|守護《しゆご》して、|常《つね》に|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|神力《しんりき》を|現《あら》はし、|吾《わ》が|使命《しめい》を|全《まつた》からしめてゐる。ついては|今回《こんくわい》の|会議《くわいぎ》の|目的《もくてき》とするところの|真意《しんい》は|常世彦《とこよひこ》が|神界《しんかい》の|主宰者《しゆさいしや》たらむとする、|大野心《だいやしん》から|起《おこ》つたもので、|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》との|密議《みつぎ》の|結果《けつくわ》である。|各山《かくざん》の|八王《やつわう》や|八頭《やつがしら》はその|真相《しんさう》を|知《し》つてゐないので、いづれも|五六七《みろく》の|世《よ》のいまに|出現《しゆつげん》するかのやうに|平和来《へいわらい》の|福音《ふくいん》として、|有頂天《うちやうてん》になつて|今度《こんど》の|会議《くわいぎ》を|歓迎《くわんげい》し、|先《さき》を|争《あらそ》ふて|出席《しゆつせき》を|申《まを》し|込《こ》むといふ|有様《ありさま》である。されども|八王大神《やつわうだいじん》の|目的《もくてき》は、|聖地《せいち》より|代表者《だいへうしや》を|送《おく》らせて、|満座《まんざ》の|中《なか》にて|聖地《せいち》を|八王大神《やつわうだいじん》|一派《いつぱ》の|管理《くわんり》に|移《うつ》した|上《うへ》、|盤古大神《ばんこだいじん》をして|国治立命《くにはるたちのみこと》に|代《かは》らしめ、|八王大神《やつわうだいじん》は|貴下《きか》を|却《しりぞ》け、みづから|天使長《てんしちやう》となりて|神政《しんせい》を|私《わたくし》せむとするものである。ゆゑに|彼《かれ》らはどうしても|聖地《せいち》より|貴下《きか》または|代理者《だいりしや》を|出席《しゆつせき》させやうとして|種々《しゆじゆ》の|奸策《かんさく》をめぐらしてゐるから、どうしても|誰《だれ》かの|神司《かみ》を|出席《しゆつせき》せしめねばをさまらぬのである。ゆゑに|今回《こんくわい》の|常世会議《とこよくわいぎ》を|断然《だんぜん》|拒絶《きよぜつ》して|一柱《ひとはしら》の|神司《かみ》も|参加《さんか》なきときは、|貴下《きか》をして|神界《しんかい》の|攪乱者《かくらんしや》とみなし|一挙《いつきよ》に|聖地《せいち》を|攻略《こうりやく》せむとの|下心《したごころ》であるから、いかに|神徳《しんとく》|盛大《せいだい》なりとて|衆寡《しうくわ》|敵《てき》せず、|敗北《はいぼく》を|見《み》ることなきを|保《ほ》しがたければ、ぜひ|行成彦《ゆきなりひこ》を|代理《だいり》として|派遣《はけん》ありたし。|吾《われ》らは|神変不可思議《しんぺんふかしぎ》の|白狐《びやくこ》の|妙策《めうさく》をもつて、|邪神《じやしん》の|企図《きと》を|根底《こんてい》より|転覆《てんぷく》せしむるの|心算《しんざん》は|確立《かくりつ》しあれば|衆議《しうぎ》の|如何《いかん》にかかはらず、すみやかに|決行《けつかう》されたし』
との|文意《ぶんい》であつた。
|広宗彦《ひろむねひこ》は|決心《けつしん》の|臍《ほぞ》をかため、ふたたび|大広間《おほひろま》の|会議《くわいぎ》に|列《れつ》し、|使臣《ししん》を|派遣《はけん》することを|断乎《だんこ》として|宣示《せんじ》したるに、|母《はは》の|事足姫《ことたるひめ》は|自説《じせつ》を|固執《こしつ》して|動《うご》きたまはず。されど|広宗彦《ひろむねひこ》は、
『|天下《てんか》の|一大事《いちだいじ》|猶予《いうよ》すべきにあらず。たとへ|大義《たいぎ》|親《しん》を|滅《めつ》するの|結果《けつくわ》を|来《きた》すとも、|天下《てんか》を|救《すく》ふを|得《え》ば|決《けつ》して|大神《おほかみ》の|神慮《しんりよ》を|怒《いか》らしむるものにあらず。いまは|形式《けいしき》|律法《りつぱふ》|等《とう》に|囚《とら》はるべき|時機《じき》にあらず』
と|奮然《ふんぜん》として|立《た》ち|上《あが》りぬ。|弟《おとうと》|行成彦《ゆきなりひこ》はその|説《せつ》に|賛成《さんせい》し、|一切《いつさい》の|情実《じやうじつ》を|却《しりぞ》け|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》その|他《た》の|従者《じゆうしや》を|数多《あまた》|引連《ひきつ》れ|常世《とこよ》の|使者《ししや》とともに|天《あま》の|磐船《いはふね》を|天空《てんくう》にならべて|出発《しゆつぱつ》したりける。あとに|事足姫《ことたるひめ》は、|国治立命《くにはるたちのみこと》に|無事《ぶじ》を|祈《いの》り、かつ|日々《にちにち》|侍者《じしや》とともに、|天《あま》の|原《はら》なる|国《くに》の|広宮《ひろみや》に|詣《まう》でて|行成彦《ゆきなりひこ》|一行《いつかう》の|成功《せいこう》を|祈《いの》りけり。これより|常世城《とこよじやう》における|大道別《おほみちわけ》|以下《いか》の|神人《しんじん》の|行動《かうどう》は、|実《じつ》に|面白《おもしろ》きものありしなり。
(大正一〇・一二・一六 旧一一・一八 出口瑞月)
第四章 |乱暴《らんばう》な|提案《ていあん》〔一五四〕
|常世《とこよ》の|国《くに》の|首府《しゆふ》たる|常世城内《とこよじやうない》の|大広間《おほひろま》には、|世界《せかい》における|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》の|神司《かみ》をはじめ、|数多《あまた》の|使者《ししや》を|集《あつ》めたる|大会議《だいくわいぎ》は|開催《かいさい》されたり。|大広間《おほひろま》の|中央《ちうあう》に|高座《かうざ》が|設《まう》けられて|八王八頭《やつわうやつがしら》をはじめ|諸神司《しよしん》は|立《た》つて|議題《ぎだい》を|演述《えんじゆつ》するの|装置《さうち》なりける。
|常世彦《とこよひこ》は|美山彦《みやまひこ》をしたがへ、この|高座《かうざ》に|現《あら》はれ、
『|世界《せかい》の|平和《へいわ》を|永遠《ゑいゑん》に、|無窮《むきう》に|保持《ほぢ》して、|神人《しんじん》をして|国治立命《くにはるたちのみこと》の|神政《しんせい》に|随喜《ずいき》し|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|厳守《げんしゆ》し、|各山《かくざん》|各地《かくち》の|神政《しんせい》を|統一《とういつ》して|根本的《こんぽんてき》|世界《せかい》の|大改造《だいかいざう》を|断行《だんかう》すべく、そのため、|諸神司《しよしん》の|来集《らいしふ》を|求《もと》めたるに、|神界《しんかい》および|万有《ばんいう》の|平和《へいわ》|安息《あんそく》を|望《のぞ》まるる|至誠《しせい》|至仁《しじん》の|諸神司《しよしん》は|漏《も》れなく、|空前絶後《くうぜんぜつご》のこの|大会議《だいくわいぎ》に|先《さき》を|争《あらそ》ふて|出席《しゆつせき》されたるは、|主催者《しゆさいしや》として|実《じつ》に|感謝《かんしや》のいたりに|耐《た》へず。|願《ねが》はくば、|諸神司《しよしん》は|協心戮力《けふしんりくりよく》もつて|慎重《しんちよう》に|世界《せかい》のため、|天下《てんか》|神人《しんじん》のために|最善《さいぜん》をつくして|審議《しんぎ》されむことを|懇請《こんせい》す。ただ|恨《うら》むらくは|万寿山《まんじゆざん》における|八王八頭《やつわうやつがしら》の|反抗的《はんかうてき》|態度《たいど》を|固持《こぢ》して|出席《しゆつせき》を|拒絶《きよぜつ》せる|頑迷不霊《ぐわんめいふれい》の|行動《かうどう》を|遺憾《ゐかん》とするのみ。|万々一《まんまんいち》この|会議《くわいぎ》をして、|不結果《ふけつくわ》に|終《をは》らしむる|様《やう》のことあらば、|本会議《ほんくわいぎ》にたいする|責任《せきにん》は|万寿山《まんじゆざん》の|八王神司《やつわうじん》に|帰《き》すべきものと|確信《かくしん》する。|諸神司《しよしん》それ|克《よ》く|吾《わ》が|誠意《せいい》の|存《そん》するところを|洞察《どうさつ》して、|我《わ》が|主催《しゆさい》の|大目的《だいもくてき》を|達成《たつせい》せしめられむことを|希望《きばう》す』
と|宣明《せんめい》せり。
|諸神司《しよしん》は|一度《いちど》に|拍手《はくしゆ》|喝采《かつさい》し|八王大神《やつわうだいじん》の|宣示《せんじ》を|大神《おほかみ》の|慈言《じげん》のごとく、|救世主《きうせいしゆ》の|福音《ふくいん》として|口《くち》を|極《きは》めて|讃美《さんび》したり。その|声《こゑ》は|常世《とこよ》の|国《くに》の|天地《てんち》も|崩《くづ》るるばかりの|勢《いきほひ》なりける。ついで|万寿山《まんじゆざん》の|不参加《ふさんか》を|口々《くちぐち》に|悪罵《あくば》|嘲笑《てうせう》して|世界《せかい》の|大敵《たいてき》、|平和《へいわ》の|破壊者《はくわいしや》とまで|極言《きよくげん》するにいたりける。
|諸神司《しよしん》の|会《くわい》するもの|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》をはじめとし、|諸山《しよざん》|諸地《しよち》の|守護《しゆご》なる|国魂《くにたま》および|使臣《ししん》を|合《がつ》して|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|多数《たすう》が|綺羅星《きらほし》のごとく、|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》を|円形《ゑんけい》に|取《とり》まきたりしが、その|光景《くわうけい》は、|大宇宙《だいうちう》の|中心《ちうしん》にわが|宇宙球《うちうきう》ありて、|無数《むすう》の|小宇宙球《せううちうきう》が|包囲《はうゐ》し|居《ゐ》るごとく|見《み》えにけり。
ここに|大国彦《おほくにひこ》の|重臣《ぢうしん》なる|大鷹彦《おほたかひこ》は|八王大神《やつわうだいじん》の|退場《たいぢやう》とともに|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|現《あら》はれ、|議席《ぎせき》を|一瞥《いちべつ》し|厭《いや》らしき|笑《ゑみ》をもらし、|眉毛《まゆげ》を|上下《じやうげ》に|転動《てんどう》させながら|百雷《ひやくらい》の|一時《いちじ》にとどろくごとき|大音声《だいおんじやう》を|発《はつ》して、|諸神司《しよしん》の|荒胆《あらぎも》を|奪《うば》はむとしたりしより、|諸神司《しよしん》はその|声《こゑ》にのまれて|摺伏《しうふく》せむばかりなりける。
|因《ちなみ》にいふ、この|時代《じだい》はいまだ|神人《しんじん》の|区別《くべつ》なく、|現代《げんだい》のごとき|厳格《げんかく》なる|国境《こくきやう》も|定《さだ》まらず、|神人《かみがみ》は|単《たん》に|高山《かうざん》を|中心《ちうしん》として、|国魂神《くにたまがみ》を|祭《まつ》り|神政《しんせい》を|行《おこな》ひゐたりしなり。|神人《かみがみ》らは|竜蛇《りうだ》、|虎《とら》、|狼《おほかみ》、|獅子《しし》、|悪狐《あくこ》、|鬼《おに》、|白狐《びやくこ》、|鰐《わに》、|熊《くま》、|鷲《わし》、|鷹《たか》、|烏《からす》、|鵄《とび》なぞを|眷属《けんぞく》として|使役《しえき》し、これらの|眷属《けんぞく》によつて|各自《かくじ》に|守《まも》らしめゐたりしなり。ちやうど|現代《げんだい》の|国防《こくばう》に|任《にん》ずるところの|陸海軍《りくかいぐん》、|空軍《くうぐん》が|各自《かくじ》に|武装《ぶさう》をこらしゐて|敵《てき》にあたるごとく、|角《つの》や、|牙《きば》や、|羽根《はね》や、|甲《かふ》のごときは|太古《たいこ》の|時代《じだい》における|神人《かみがみ》の|大切《たいせつ》なる|武器《ぶき》とせられける。
ここに|大鷹彦《おほたかひこ》、|美山彦《みやまひこ》|二人《ふたり》は|立《た》つて、
『|神界《しんかい》の|争乱《そうらん》を|根絶《こんぜつ》し、|真個《しんこ》|平和《へいわ》の|神政《しんせい》を|布《し》き、|道義的《だうぎてき》に|世界《せかい》を|統一《とういつ》せむとせば、|各神《かくしん》の|率《ひき》ゆる|眷属《けんぞく》の|有《いう》するその|武器《ぶき》を|脱却《だつきやく》せしめざるべからず。かつ|各山《かくざん》の|主権者《しゆけんしや》なる|八王《やつわう》を|廃《はい》し、|上中下《じやうちうげ》の|神人《かみ》の|区別《くべつ》を|撤回《てつくわい》し、|四海《しかい》|平等《べうどう》の|神政《しんせい》を|行《おこな》ふをもつて|第一《だいいち》の|要件《えうけん》と|思《おも》ふ。|諸神司《しよしん》は|如何《いかん》、|御意見《ごいけん》あらば、|遠慮《ゑんりよ》なくこの|高座《かうざ》に|登《のぼ》りて、その|正否《せいひ》を|陳弁《ちんべん》|論議《ろんぎ》されたし』
と|述《の》べ|立《た》てたりしより、|十一柱《じふいちはしら》の|八王《やつわう》は|寝耳《ねみみ》に|水《みづ》の|驚《おどろ》きに|打《う》たれ、|鳩《はと》が|豆鉄砲《まめでつぱう》を|喰《くら》つたるごとく、|唖然《あぜん》として|互《たが》ひに|顔《かほ》を|見合《みあは》すばかりなり。ここに|蛸間山《たこまやま》の|八頭《やつがしら》なる|国玉別《くにたまわけ》はただちに|登壇《とうだん》し、|大鷹彦《おほたかひこ》、|美山彦《みやまひこ》|二人《ふたり》の|提出《ていしゆつ》せる|議案《ぎあん》について|口《くち》を|極《きは》めて|讃歎《さんたん》し、|八王《やつわう》の|廃止《はいし》をもつて|平和《へいわ》|第一《だいいち》の|要点《えうてん》なりと|述《の》べ、|且《か》つ、
『|武備《ぶび》の|全廃《ぜんぱい》は|平和《へいわ》のために|欠《か》くべからざる|大名案《だいめいあん》なれば、|一同《いちどう》の|賛成《さんせい》を|乞《こ》ふ』
と|謂《ゐ》ひつつ|壇《だん》をしづかに|降《くだ》り、|自分《じぶん》の|定席《ていせき》につきぬ。|満場《まんぢやう》|水《みづ》を|打《う》ちたるごとく|暫時《ざんじ》のあひだは|寂寥《せきれう》の|気《き》に|充《み》たされ、|神人《かみがみ》らは|呆然《ばうぜん》として|口《くち》を|開《ひら》いたまま|閉《と》づるものなかりける。|大広間《おほひろま》の|外部《ぐわいぶ》には|数万《すうまん》の|猛虎《まうこ》|嘯《うそぶ》き、|獅子《しし》|吼《ほ》え|猛《たけ》り、|狼《おほかみ》|唸《うな》り、|竜蛇《りうだ》|荒《あ》れくるひ、|鷲《わし》の|羽《は》ばたき|凄《すさ》まじく、|大空《おほぞら》には|天《あま》の|磐船《いはふね》|幾百千《いくひやくせん》ともかぎりなく|飛《と》びまはりて|巨音《きよおん》をたて、|一大《いちだい》|示威《じゐ》|運動《うんどう》が|開始《かいし》されつつありき。いづれも|常世彦《とこよひこ》の|指揮《しき》によるものなりけり。
|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》の|神司《かみ》をはじめ|諸神人《しよしん》は、いまに|何事《なにごと》かの|一大惨事《いちだいさんじ》の|勃発《ぼつぱつ》せむやも|計《はか》り|難《がた》しと、|煩悶《はんもん》の|結果《けつくわ》は、たちまち|顔色《がんしよく》|土《つち》のごとく、|蒼《あを》ざめたる|唇《くちびる》を|慄《ふる》はせて、|上下《じやうげ》の|歯《は》に|音《おと》をたてつつ|一言《いちげん》も|発《はつ》せずして、|扣《ひか》へてゐたりける。|示威的《じゐてき》|運動《うんどう》は|時々刻々《じじこくこく》に|激烈《げきれつ》の|度《ど》を|加《くは》ふるのみ。|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|神司《かみがみ》らは、この|光景《くわうけい》に|胆《きも》をうばはれ|畏縮《ゐしゆく》して、|何《なに》の|意見《いけん》をも|述《の》べむとする|者《もの》なかりけり。
この|腑甲斐《ふがひ》なき|場面《ばめん》をながめて、|聖地《せいち》よりの|使者《ししや》|行成彦《ゆきなりひこ》は、|恐《おそ》るる|色《いろ》もなく|立上《たちあが》り|壇上《だんじやう》|目《め》がけて|悠々《いういう》と|登《のぼ》りゆく。|神司《かみがみ》らの|視線《しせん》はのこらず|行成彦《ゆきなりひこ》の|一身《いつしん》に|集注《しふちう》されたりける。アヽ|行成彦《ゆきなりひこ》は|果《はた》していかなる|意見《いけん》を|吐《は》くならむか。
(大正一〇・一二・一六 旧一一・一八 出口瑞月)
第五章 |議場《ぎぢやう》の|混乱《こんらん》〔一五五〕
|行成彦《ゆきなりひこ》は|満場《まんぢやう》にむかつて|慇懃《いんぎん》に|挨拶《あいさつ》を|述《の》べ|且《か》つ、
『|今回《こんくわい》の|大会議《だいくわいぎ》は|世界《せかい》|永遠《ゑいゑん》の|平和《へいわ》を|企図《きと》さるるため、|八王大神《やつわうだいじん》および|大自在天《だいじざいてん》の|発起《ほつき》されしものにして、じつに|現今《げんこん》の|世界《せかい》の|状況《じやうきやう》よりみて、まことに|吾々《われわれ》は|感謝《かんしや》に|耐《た》へないのである。これ|全《まつた》く|二神《にしん》が|天下《てんか》|蒼生《さうせい》を|愛《あい》したまふ|大慈大悲心《だいじだいひしん》の|発露《はつろ》にして|大神《おほかみ》の|慈言《じげん》に|等《とう》し。|我々《われわれ》は|誠心《せいしん》|誠意《せいい》をもつて|相《あひ》|終始《しうし》しこの|平和《へいわ》|会議《くわいぎ》をして|名実《めいじつ》|相伴《あひともな》ひ、|真個《しんこ》|世界《せかい》の|永遠《ゑいゑん》|平和《へいわ》の|基礎《きそ》たらしめざるべからず。この|点《てん》においては、|諸神司《しよしん》におかせられても|吾々《われわれ》と|同感《どうかん》なるべきことを|信《しん》じて|疑《うたが》はない|次第《しだい》である。|各自《かくじ》の|武備《ぶび》を|撤廃《てつぱい》し、|四海同胞《しかいどうはう》|和親《わしん》の|曙光《しよくわう》に|接《せつ》するは|実《じつ》に|同慶《どうけい》の|至《いた》りである。ゆゑに|我々《われわれ》は|武備《ぶび》の|撤廃《てつぱい》については|双手《さうしゆ》をあげて|賛成《さんせい》するものである。されど|吾々《われわれ》は|八王《やつわう》|廃止《はいし》の|件《けん》については、おほいに|考《かんが》ふべき|余地《よち》の|幾多《いくた》|存《そん》することと|思《おも》ふ。そのゆゑは、かの|八王《やつわう》なるものは、|天地《てんち》の|大神《おほかみ》の|定《さだ》められたる|規定《きてい》にして、それぞれに|国魂《くにたま》を|配置《はいち》し、もつて|神界《しんかい》|現界《げんかい》|御経綸《ごけいりん》の|守護《しゆご》となしおかれ、|八王《やつわう》は|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》をあまねく|神人《しんじん》に|宣伝《せんでん》し、かつ|国魂《くにたま》を|通《つう》じて|国治立命《くにはるたちのみこと》に|仕事《しじ》するの|聖職《せいしよく》である。かかる|聖職《せいしよく》を|神界《しんかい》|大神《おほかみ》の|御神慮《ごしんりよ》をも|伺《うかが》はず、|軽々《かるがる》しくこれを|提唱《ていしやう》するごときは、|第一《だいいち》|天地《てんち》の|神明《しんめい》を|無視《むし》したる|反逆的《はんぎやくてき》|行為《かうゐ》なれば、|吾《われ》らはこの|議案《ぎあん》にたいしては|大々的《だいだいてき》|反対《はんたい》である。|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王《やつわう》を|撤廃《てつぱい》するは、|恰《あたか》も|扇子《せんす》の|要《かなめ》を|抜《ぬ》きとりたると|同様《どうやう》にして|却《かへ》つて、|世界《せかい》の|四分五裂《しぶんごれつ》を|招《まね》き、これより|地上《ちじやう》は|一層《いつそう》の|混乱《こんらん》、|無明《むみやう》の|天地《てんち》と|悪化《あくくわ》せむ。|吾々《われわれ》は|世界《せかい》の|前途《ぜんと》を|思《おも》ふのあまり、|一時《いちじ》も|早《はや》くかくのごとき|愚案《ぐあん》は|撤回《てつくわい》されむことを|望《のぞ》まざるべからず。いかに|徳望《とくばう》|高《たか》く、|勢力《せいりよく》|旺盛《わうせい》にして|旭日昇天《きよくじつしようてん》の|威望《ゐばう》ある|八王大神《やつわうだいじん》の|提案《ていあん》なりとはいへ、かくのごとき|天意《てんい》に|反《はん》したる|議案《ぎあん》には|他人《たにん》はいざ|知《し》らず、|吾々《われわれ》は|断《だん》じて|盲従《まうじゆう》すること|能《あた》はず』
とやや|声《こゑ》を|荒《あら》らげ、|憤然《ふんぜん》として|降壇《かうだん》した。
ここに|八王大神《やつわうだいじん》は|烈火《れつくわ》の|如《ごと》く|憤《いきどほ》りながら、|強力《ごうりき》の|神《かみ》|道彦《みちひこ》を|従《したが》へ、ふたたび|壇上《だんじやう》に|登《のぼ》り|一座《いちざ》を|瞰下《みくだ》し、|恐《おそ》ろしき|眼《め》を|見《み》はりつつ、|視線《しせん》を|行成彦《ゆきなりひこ》の|方《はう》にむけたる|時《とき》の|容貌《ようばう》は|実《じつ》に|六面八臂《ろくめんはつぴ》の|邪鬼《じやき》の|面相《めんさう》そのままなりける。|諸神司《しよしん》は|固唾《かたづ》をのんで|雨《あめ》か、|風《かぜ》か、はた|洪水《こうずゐ》か、|雷鳴《らいめい》か、|地震《ぢしん》かと、おそるおそる|八王大神《やつわうだいじん》の|顔色《かほいろ》をのぞくやうにして、|見上《みあ》げてゐたり。
このとき|八王大神《やつわうだいじん》|声《こゑ》を|励《はげ》まし|雷鳴《らいめい》のごとくに|怒号《どがう》|咆哮《はうかう》し、|列座《れつざ》の|諸神司《しよしん》をして|恐怖《きようふ》の|念《ねん》に|駆《か》られしめたり。しかして|行成彦《ゆきなりひこ》をハツタとにらみ、
『|汝《なんじ》は|若年《じやくねん》の|身《み》として|小賢《こざか》しくも|屁理屈《へりくつ》を|百万陀羅《ひやくまんだら》|述《の》べ|立《たつ》るといへども、|口角《こうかく》いまだ|乳臭《にうしう》を|脱《だつ》せず。|汝《なんぢ》は|律法《りつぱふ》を|楯《たて》にとりて|吾《われ》らの|大慈旨《だいじし》を|抹消《まつせう》せむとは|片腹《かたはら》|痛《いた》し。|時世《じせい》の|大勢《たいせい》に|透徹《とうてつ》せざる|迂遠《うゑん》|狂愚《きやうぐ》の|論議《ろんぎ》を、かかる|尊《たつと》き|会議《くわいぎ》の|席《せき》において|蝶々喃々《てふてふなんなん》し、|議席《ぎせき》の|神聖《しんせい》を|汚《けが》し、|天下《てんか》の|神人《しんじん》|万有《ばんいう》を|安住《あんぢう》せしめ、|真個《しんこ》の|天国《てんごく》を|地上《ちじやう》に|顕出《けんしゆつ》せむとする|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》および|吾《われ》らの|神策《しんさく》の|実行《じつかう》を|妨害《ばうがい》せむとする、その|心事《しんじ》の|陋劣《ろふれつ》にして|悪逆無道《あくぎやくむだう》なる|実《じつ》に|汝《なんぢ》の|言辞《げんじ》といひ、|精神《せいしん》といひ|見下《みさ》げ|果《は》てたるその|振舞《ふるま》ひ、|汝《なんぢ》のごとき|邪心《じやしん》を|包蔵《はうざう》する|愚者《おろかもの》は、この|席《せき》に|列《れつ》するの|資格《しかく》なし、|一時《いちじ》もはやく|退場《たいぢやう》せよ』
と|厳命《げんめい》し、かつ|諸神司《しよしん》の|方《はう》に|眼《め》を|転《てん》じていふ、
『|諸神司《しよしん》は|彼《かれ》|行成彦《ゆきなりひこ》の|言《げん》をもつて、|天地経綸《てんちけいりん》の|神策《しんさく》を|破壊《はくわい》するものと|見做《みな》さざるや。|諸神司《しよしん》にして|我《わ》が|説《せつ》に|賛成《さんせい》ならば、|手《て》をあげて|以《もつ》て|誠意《せいい》を|示《しめ》されたし』
と|傍若無人《ばうじやくむじん》の|暴言《ばうげん》をはき、|場《ぢやう》の|四隅《しぐう》を|見渡《みわた》しける。|諸神司《しよしん》はその|権幕《けんまく》の|猛烈《まうれつ》さに、ますます|気《き》をのまれ、|猫《ねこ》に|出《で》あひし|鼠《ねずみ》のごとく、|戦々兢々《せんせんきやうきやう》として|縮《ちぢ》みあがり|片言隻句《へんげんせきく》も|発《はつ》し|得《え》ざるの|卑怯《ひけふ》さを|遺憾《ゐかん》なく|発露《はつろ》したりける。
|行成彦《ゆきなりひこ》は|憤然《ふんぜん》として|立《た》ち|上《あが》り、|何事《なにごと》か|自席《じせき》より|発言《はつげん》せむとするや、|八王大神《やつわうだいじん》|大《おほい》に|怒《いか》り、
『|汝《なんぢ》は|神聖《しんせい》なる|議場《ぎぢやう》を|汚《けが》す|曲人《まがびと》なり。|意見《いけん》あらば|何《な》ンぞ|場内《ぢやうない》の|規律《きりつ》を|守《まも》り|登壇《とうだん》してこれをなさざるや』
と|叱咤《しつた》したるにぞ、|行成彦《ゆきなりひこ》は、
『|然《しか》らば|御免《ごめん》あれ』
といひつつ|自席《じせき》をはなれ|登壇《とうだん》せむとするや、|八王大神《やつわうだいじん》は、
『この|愚昧者《ぐまいもの》』
といふより|早《はや》く、|壇上《だんじやう》より|蹴《け》り|落《おと》さむとする|際《さい》、|従者《じゆうしや》なる|道彦《みちひこ》は|暫時《ざんじ》の|御猶予《ごいうよ》と|言《い》ひながら、|八王大神《やつわうだいじん》の|片腕《かたうで》を|掴《つか》みける。|八王大神《やつわうだいじん》は|強力《ごうりき》の|道彦《みちひこ》に|利腕《ききうで》を|固《かた》く|握《にぎ》られ、|全身《ぜんしん》|麻痺《まひ》してその|場《ば》に|顔《かほ》をしかめて|打《う》ち|倒《たふ》れたり。この|態《てい》を|見《み》たる|大鷹彦《おほたかひこ》、|美山彦《みやまひこ》は|矢庭《やには》に|壇上《だんじやう》に|立《た》ち|上《あ》がり、|道彦《みちひこ》を|蹴《け》り|落《おと》したり。|蹴落《けおと》されたるは|道彦《みちひこ》と|思《おも》ひきや、|行成彦《ゆきなりひこ》なりき。しかして|道彦《みちひこ》の|姿《すがた》は|煙《けむり》と|消《き》えて|跡形《あとかた》もなくなりぬ。|八王大神《やつわうだいじん》は|痛《いた》さをこらへ、やうやくにして|立上《たちあが》り、|道彦《みちひこ》を|叱咤《しつた》せむとし|四辺《あたり》を|見《み》れば、|道彦《みちひこ》の|姿《すがた》は|見《み》えず、|行成彦《ゆきなりひこ》が|壇下《だんか》に|倒《たふ》れて|七転八倒《しちてんばつたう》し|居《ゐ》たりける。|八王大神《やつわうだいじん》は|心地《ここち》よげに|打《うち》ながめ、
『|汝《なんぢ》は|若年《じやくねん》の|分際《ぶんざい》として、|老練《らうれん》なる|神政者《しんせいしや》の|我《われ》にむかつて|抗弁《かうべん》せり。|天地《てんち》の|大神《おほかみ》は|汝《なんぢ》の|暴逆《ばうぎやく》を|悪《にく》みたまひて、その|高《たか》き|鼻梁《はなばしら》をうち|砕《くだ》きたまふ。|今《いま》より|汝《なんぢ》は|良心《りやうしん》に|立《たち》かへり、|我《わが》|主張《しゆちやう》に|賛成《さんせい》せば|汝《なんぢ》のいまの|無礼《ぶれい》を|許《ゆる》し|与《あた》へむ』
と|欣然《きんぜん》として|降壇《かうだん》する|際《さい》、|八王大神《やつわうだいじん》は|吾《わ》が|足《あし》をもつて|行成彦《ゆきなりひこ》の|倒《たふ》れたる|身体《しんたい》をはね|退《の》けむとする|刹那《せつな》、|行成彦《ゆきなりひこ》の|身体《しんたい》より|数個《すうこ》の|玉《たま》|現《あら》はれ|満場《まんぢやう》を|照《てら》して|天上《てんじやう》へ|上《のぼ》ると|見《み》るまに|玉《たま》はその|姿《すがた》をかくしたりける。
|行成彦《ゆきなりひこ》は、|依然《いぜん》として|最前《さいぜん》より|自分《じぶん》の|議席《ぎせき》に|静《しづ》まりゐたるなり。また|道彦《みちひこ》は|八王大神《やつわうだいじん》の|館《やかた》の|正門《せいもん》を|離《はな》れず|厳守《げんしゆ》しゐたりける。アヽこれ|何物《なにもの》の|所為《しよゐ》なりしならむか。
(大正一〇・一二・一六 旧一一・一八 出口瑞月)
(序〜第五章 昭和一〇・一・一九 於鹿児島市錦江支部 王仁校正)
第六章 |怪《くわい》また|怪《くわい》〔一五六〕
|竜宮城《りうぐうじやう》に|野心《やしん》を|包蔵《はうざう》して|永《なが》く|仕《つか》へゐたる|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》は、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》の|事情《じじやう》によく|通《つう》じゐたるを|幸《さいは》ひ、|美山彦《みやまひこ》とともに|国照姫《くにてるひめ》は|傲然《ごうぜん》として|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|登壇《とうだん》し、|口《くち》を|極《きは》めて、|聖地《せいち》の|窮状《きうじやう》を|満座《まんざ》の|前《まへ》にて|嘲笑《てうせう》し、かつ|凡《すべ》ての|内情《ないじやう》を|暴露《ばくろ》したるにぞ、|行成彦《ゆきなりひこ》、|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》は、|国照姫《くにてるひめ》の|行動《かうどう》をいま|眼前《がんぜん》に|認《みと》めて|非常《ひじやう》に|憤慨《ふんがい》し、|獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》にて|前後《ぜんご》の|区別《くべつ》も|知《し》らず、たちまち|壇上《だんじやう》に|馳《は》せのぼり、|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》は|国照姫《くにてるひめ》の|襟髪《えりがみ》をとるより|早《はや》く、|高座《かうざ》より|引《ひ》きずりおとし、|驚《おどろ》きおそれ|狼狽《らうばい》する|国照姫《くにてるひめ》の|部下《ぶか》を、|一々《いちいち》|女姓《ぢよせい》の|強力《がうりき》にて|打据《うちす》ゑ|蹴飛《けと》ばし、|泣《な》き|叫《さけ》ぶ|神人《かみがみ》を|目《め》がけて、|二女《にぢよ》は|多数《たすう》を|相手《あひて》に|戦《たたか》ふにぞ、|大虎彦《おほとらひこ》、|美山彦《みやまひこ》は、
『ソレ|狼藉者《らうぜきもの》|逃《に》がすな、|引捕《ひきとら》へて|縛《ばく》せよ』
と|厳《きび》しく|下知《げち》するを、|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》らは|呆気《あつけ》に|取《と》られて、この|場《ば》の|光景《くわうけい》を|黙視《もくし》するのみなりき。|神司《かみがみ》は|漸《やうや》くにして|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》を|捕《とら》へ|高手小手《たかてこて》に|縛《しば》りあげ、|中央《ちうあう》の|壇上《だんじやう》に|押《お》しあげ、|満座《まんざ》にむかつて、
『|地《ち》の|高天原《たかあまはら》の|神人《しんじん》は、|女性《ぢよせい》といへども|斯《か》くのごとき|乱暴《らんばう》なるもののみ。その|他《た》の|男司《だんし》の|暴悪無道《ばうあくむだう》や|知《し》るべきのみ。|諸神司《しよしん》はこの|現場《げんぢやう》において|暴逆《ばうぎやく》なる|女性《ぢよせい》の|行為《かうゐ》を|直接《ちよくせつ》|目撃《もくげき》されたれば|初《はじ》めて|迷夢《めいむ》を|覚《さ》まし|玉《たま》ひしならむ。これにてもなほ|聖地《せいち》の|神政《しんせい》|経綸《けいりん》を|謳歌《おうか》し、もつて|行成彦《ゆきなりひこ》の|説《せつ》に|賛成《さんせい》|盲従《まうじゆう》をつづけたまふ|所存《しよぞん》なりや』
と|両肩《りやうかた》をゆすり、|口《くち》を|左方《さはう》に|斜《ななめ》に|釣《つ》りあげながら、したり|顔《がほ》に|高座《かうざ》より|述《の》べたてたり。|一座《いちざ》の|神司《かみがみ》らは|耳《みみ》を|澄《す》ませて|聞《き》き|入《い》りしが|不思議《ふしぎ》なるかな、いままで|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》と|見《み》えしは、まつたくの|間違《まちが》ひなりける。|猿田姫《さだひめ》と|見《み》えしは、|八王大神《やつわうだいじん》の|寵神《ちようしん》にして|常世城《とこよじやう》の|内外《ないぐわい》に|嬌名《けうめい》たかき|春日姫《かすがひめ》にして、|出雲姫《いづもひめ》と|見《み》えしは、これはまた|八王大神《やつわうだいじん》の|寵神《ちようしん》にして|常世城《とこよじやう》に|艶名《えんめい》|並《なら》びなき|八島姫《やしまひめ》なりき。|真《しん》の|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》は|依然《いぜん》として|自席《じせき》に|柔順《じうじゆん》にひかへて|静《しづ》かにこの|光景《くわうけい》を|対岸《たいがん》の|火災視《くわさいし》しつつ|無心《むしん》の|態《てい》なり。|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》らは、この|不審《ふしん》の|出来事《できごと》にその|真偽《しんぎ》に|迷《まよ》はざるを|得《え》ざりける。
|今《いま》まで|沈黙《ちんもく》を|守《まも》り|怖《お》ぢ|怖《お》ぢし|居《ゐ》たりし|青雲山《せいうんざん》の|八頭《やつがしら》なる|吾妻彦《あづまひこ》は、|猛然《まうぜん》として|立《た》ちあがり|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|登壇《とうだん》し、|一同《いちどう》にむかつていふ、
『ただいま|大虎彦《おほとらひこ》、|美山彦《みやまひこ》ならびに|常世城《とこよじやう》の|神司《かみがみ》らは、|聖地《せいち》の|神人《しんじん》は|女性《ぢよせい》さへもかくのごとき|乱暴狼藉《らんばうろうぜき》におよぶ。これを|見《み》ても|聖地《せいち》の|神人《しんじん》らの|暴悪《ばうあく》は|察知《さつち》さるべしとの|言明《げんめい》にあらざりしか。|然《しか》るにただいまの|狼藉者《ろうぜきもの》の|女性《によしやう》は、|満座《まんざ》|諸神司《しよしん》の|見《み》らるるごとく、|常世彦《とこよひこ》の|寵神《ちようしん》なる|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》の|二人《ふたり》に|非《あら》ずや。しかるに|温柔《おんじう》なる|聖地《せいち》ヱルサレム|城《じやう》の|女臣《ぢよしん》、|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》の|暴動《ばうどう》せしごとく|主張《しゆちやう》せし|美山彦《みやまひこ》、|大虎彦《おほとらひこ》、|国照姫《くにてるひめ》らの|神司《かみがみ》らは、かかる|明白《めいはく》なる|事実《じじつ》をとらへて、|罪《つみ》を|聖地《せいち》の|女性《ぢよせい》に|科《くわ》せむとするは|何《なに》ゆゑぞ。|乱暴《らんばう》もまた|極《きは》まれりとゐふべし。|今《いま》ここに|縛《ばく》されし|二人《ふたり》は、|常世城《とこよじやう》にてもつとも|声望《せいばう》|高《たか》き|女性《によしやう》にして、かつ|八王大神《やつわうだいじん》の|無二《むに》の|寵女《ちようぢよ》なり。そのもつとも|精選《せいせん》されたる|女性《ぢよせい》にして、その|乱暴《らんばう》の|行為《かうゐ》かくのごとし。これをもつて|推《お》し|考《かんが》ふるときは、|常世城《とこよじやう》の|男神《だんしん》らの|悪逆無道《あくぎやくむだう》の|邪神《じやしん》たるは|論《ろん》をまたず。|况《いは》ンやこれを|統轄《とうかつ》する|常世彦《とこよひこ》に|於《お》いておや、その|悪逆無道《あくぎやくむだう》は|察《さつ》するに|余《あま》りありとゐふべきのみ。|常世城《とこよじやう》の|神人《かみがみ》らはこれにたいして|何《なん》の|辞《じ》あるか。ただちに|明確《めいかく》なる|答弁《たふべん》を|待《ま》つ』
と|壇上《だんじやう》に|突立《つきた》ちたるまま|大虎彦《おほとらひこ》、|美山彦《みやまひこ》の|面《おもて》をにらみつけたり。にらみつけられたる|二人《ふたり》は|何《なん》の|返答《へんたふ》もなく|顔《かほ》|見合《みあは》せてブルブルと|菎蒻《こんにやく》の|幽霊《いうれい》のごとく|震《ふる》ひをののき|居《ゐ》たりける。このとき|会場《くわいぢやう》の|空《そら》には、|天《あま》の|鳥船《とりふね》のとどろく|声《こゑ》ますます|激烈《げきれつ》となり、|示威《じゐ》|運動《うんどう》は|再開《さいかい》せられたり。|吾妻彦《あづまひこ》は、|毫《がう》も|屈《くつ》せず、|直立《ちよくりつ》|不動《ふどう》の|姿勢《しせい》をとり、|壇上《だんじやう》にて、
『|常世彦《とこよひこ》は|悪逆無道《あくぎやくむだう》にして|天地《てんち》に|容《い》るべからざる|魔神《ましん》なれば、|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》らはこの|機《き》を|逸《いつ》せず|常世彦《とこよひこ》を|面縛《めんばく》し、|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|説《と》き|諭《さと》し、いよいよ|改心《かいしん》せざるにおいては、|吾一人《われひとり》としても|諸神司《しよしん》の|面前《めんぜん》にて|天《てん》に|代《かは》り|誅伐《ちうばつ》せむ』
と|臆《お》めず|恐《おそ》れず|懸河《けんが》の|弁舌《べんぜつ》さはやかに|述《の》べたてたり。|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》らは|呆然《ばうぜん》|自失《じしつ》ほとんど|腰《こし》を|抜《ぬ》かさむばかりの|状態《じやうたい》なり。このとき|場《ぢやう》の|一隅《いちぐう》より|魔我彦《まがひこ》は|席《せき》をけつて|立《た》ちあがり、
『|畏《かしこ》くも|八王大神《やつわうだいじん》にむかつて|無礼《ぶれい》の|暴言《ばうごん》|聞《き》きすてならじ、|我《われ》は|天《てん》に|代《かは》つて|無礼者《ぶれいもの》を|誅伐《ちうばつ》せむ。|思《おも》ひ|知《し》れや』
といふより|早《はや》く|長刀《ちやうたう》を|引抜《ひきぬ》き、|高座《かうざ》に|馳《は》せ|登《のぼ》り、ただ|一刀《いつたう》のもとに|吾妻彦《あづまひこ》を|頭上《づじやう》より|斬《き》りつけたりしが、ハツト|思《おも》ふとたんに|一条《いちでう》の|白煙《はくえん》|立《た》ちのぼり|見《み》るまに、|吾妻彦《あづまひこ》の|姿《すがた》は|消《き》え|失《う》せにけり。|同時《どうじ》に|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》の|姿《すがた》も|見《み》えずなりぬ。|魔我彦《まがひこ》は|吾《わ》が|振《ふ》りあげたる|長刀《ちやうたう》の|尖《さき》に|我《われ》とわが|脚《あし》を|斬《き》り、|流血《りうけつ》|河《かは》のごとく【あけ】に|染《そ》まりてその|場《ば》に|打《う》ち|倒《たふ》れたりける。|神司《かみがみ》らは|周章狼狽《しうしやうらうばい》して|魔我彦《まがひこ》をかつぎ|一室《いつしつ》に|送《おく》り、|侍女《じぢよ》をして|看護《かんご》せしめたりき。しかるに、またも|不思議《ふしぎ》や|吾妻彦《あづまひこ》は|依然《いぜん》として|自席《じせき》に|柔順《じうじゆん》にひかへ|無心《むしん》の|態《てい》に、コクリコクリと|白河夜船《しらかはよぶね》をこぎ、|華胥《くわしよ》の|国《くに》に|遊楽《いうらく》の|最中《さいちう》なりける。かかる|大騒動《おほさうどう》を|前《まへ》にして|議席《ぎせき》に|着《つ》きしまま|眠《ねむ》りゐたる|吾妻彦《あづまひこ》こそは、じつに|暢気《のんき》なものといふべし。
|大虎彦《おほとらひこ》、|美山彦《みやまひこ》は|一向《いつかう》|合点《がつてん》ゆかず、アフンとして、|魂《たましひ》をぬかれたる|人形《にんぎやう》のごとく、|木像《もくざう》のごとく|呆然《ばうぜん》|自失《じしつ》の|態《てい》にて、|蛸《たこ》の|八足《やつあし》を|取《と》られし|時《とき》のごとく、|身体《しんたい》は|一寸一分《いつすんいちぶ》といへども、|動《うご》かずなりゐたりける。|第一回《だいいつくわい》の|会議《くわいぎ》は|混乱《こんらん》|紛糾《ふんきう》の|中《なか》に|幕《まく》を|閉《と》ぢられしが、|第二回目《だいにくわいめ》の|会議《くわいぎ》の|模様《もやう》は|果《はた》していかなる|結果《けつくわ》を|来《き》たすならむか。|吾妻彦《あづまひこ》、|八島姫《やしまひめ》、|春日姫《かすがひめ》は|果《はた》して|何《なに》ものなりしや|合点《がつてん》|行《い》かざる|次第《しだい》なりける。
(大正一〇・一二・一六 旧一一・一八 出口瑞月)
第七章 |涼風《りやうふう》|凄風《せいふう》〔一五七〕
|第一回《だいいつくわい》の|常世城《とこよじやう》の|大会議《だいくわいぎ》は|前述《ぜんじゆつ》のごとく、|大混乱《だいこんらん》のあひだに|日没《にちぼつ》とともに|幕《まく》は|閉《と》ぢられ、|翌《あく》れば|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|神司《かみがみ》|鶏鳴《けいめい》を|合図《あひづ》にさきを|争《あらそ》ふて|大広間《おほひろま》に|参集《さんしふ》したり。|合図《あひづ》の|磬盤《けいばん》の|響《ひび》きとともに|神司《かみがみ》らは|各自《かくじ》|設《まう》けの|席《せき》に|着《つ》きにける。
|八王大神《やつわうだいじん》の|妻《つま》|常世姫《とこよひめ》は|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》とともに|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|登壇《とうだん》したり。|春日姫《かすがひめ》の|艶麗《えんれい》なる|容姿《ようし》は、|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》らをして|驚歎《きやうたん》の|眼《まなこ》を|見《み》はらしめたり。あたかも|五百羅漢《ごひやくらかん》を|陳列《ちんれつ》せしごとき|不恰好《ぶかつかう》の|顔《かほ》のみなる|神司《かみがみ》らの|間《あひだ》には、|一層《いつそう》|衆目《しうもく》を|惹《ひ》きたるも|自然《しぜん》の|道理《だうり》なりける。つぎに|八島姫《やしまひめ》の|容貌《ようばう》、また|春日姫《かすがひめ》に|劣《おと》らぬ|美《うる》はしさ、|衆《しう》の|視線《しせん》は|期《き》せずして|二人《ふたり》の|姿《すがた》に|集注《しふちう》せり。|常世姫《とこよひめ》は|色《いろ》あくまで|白《しろ》く、|光沢《くわうたく》|鮮麗《せんれい》にして|白雪《はくせつ》の|旭日《あさひ》に|照《て》らされたるごとき|容姿《ようし》にして、この|三人《さんにん》の|女性《めがみ》は|月《つき》|雪《ゆき》|花《はな》を|一度《いちど》に|眺《なが》めしごとき、|何《なん》ともいへぬ|立派《りつぱ》なる|神品《しんぴん》を|遺憾《ゐかん》なく|壇上《だんじやう》に|発揮《はつき》したりけり。|昨日《きのふ》の|殺風景《さつぷうけい》なる|議場《ぎぢやう》に|引《ひ》きかへ、|今日《けふ》は|打《う》つて|変《かは》りし|女性《めがみ》の|出場《しゆつぢやう》で、|春《はる》の|長閑《のどか》な|空気《くうき》|漂《ただよ》ひ|居《ゐ》たりける。すべて|相談事《さうだんごと》は|女性《ぢよせい》の|姿《すがた》|現《あら》はれざれば、|何事《なにごと》もゴツゴツとしてうまくゆかぬものなり。|第一回《だいいつくわい》の|会議《くわいぎ》の|紛糾《ふんきう》|混乱《こんらん》に|手《て》を|焼《や》きたる|常世彦《とこよひこ》は、|方針《はうしん》を|一変《いつぺん》し、|平和《へいわ》の|女性《ぢよせい》として|月《つき》|雪《ゆき》|花《はな》に|擬《まが》ふ|嬋娟窈窕《せんけんえうてう》たる|三女性《さんぢよせい》をこの|議場《ぎぢやう》に|出席《しゆつせき》せしめ、|集議《しふぎ》の|大目的《だいもくてき》を|達成《たつせい》せむとしたるなり。
|一旦《いつたん》モスコーに|破《やぶ》れ、|八頭《やつがしら》|夕日別《ゆうひわけ》とともに|万寿山《まんじゆざん》に|避難《ひなん》し|居《ゐ》たる|八王《やつわう》|道貫彦《みちつらひこ》は、|春日姫《かすがひめ》の、いまや|常世姫《とこよひめ》の|侍女《じぢよ》としてこの|壇上《だんじやう》に|現《あら》はれたるを|見《み》て、|不審《ふしん》に|堪《た》へず、|首《くび》をやや|左方《さはう》に|傾《かたむ》け、|彼《かれ》はわが|最愛《さいあい》の|娘《むすめ》|春日姫《かすがひめ》には|非《あら》ずやと、わき|眼《め》もふらず|見守《みまも》りゐたりけるが、|道貫彦《みちつらひこ》|心《こころ》のうちに|思《おも》ふやう、|花《はな》の|唇《くちびる》|月《つき》の|眉《まゆ》、|加《くは》ふるに|左頬《さけふ》の【ゑくぼ】といひ、|背恰好《せかつかう》といひ、|寸分《すんぶん》|違《ちが》はぬその|容姿《ようし》、もしや|我《わが》|娘《むすめ》の|春日姫《かすがひめ》にあらざるかと、|溜息《ためいき》をつき|思案《しあん》に|暮《く》れゐたりける。
また|南高山《なんかうざん》の|八王《やつわう》|大島別《おほしまわけ》は、|八島姫《やしまひめ》の|姿《すがた》を|遠《とほ》く|自席《じせき》よりながめ、|日常《にちじやう》|心《こころ》を|砕《くだ》きて|恋慕《こひした》ふ|吾《わ》が|娘《むすめ》|八島姫《やしまひめ》の|容貌《ようばう》に|酷似《こくじ》せるは|如何《いか》なる|理由《りいう》ぞ、|世《よ》には|似《に》たるものもあるものかな。|吾《わ》が|居城《きよじやう》にある|八島姫《やしまひめ》と|見比《みくら》べて|瓜《うり》を|二《ふた》つに|割《わ》りたるごとし。アヽなつかしさの|限《かぎ》りなりと|飛《と》び|立《た》つごとき|思《おも》ひにて、つくづくと|八島姫《やしまひめ》の|面色《かほいろ》を|穴《あな》のあくほど|見《み》つめてゐたり。
このとき|常世姫《とこよひめ》は|満座《まんざ》の|神人《かみがみ》らを|見渡《みわた》し、|慇懃《いんぎん》に|遠来《ゑんらい》の|労苦《らうく》を|謝《しや》し、|顔色《がんしよく》をやはらげ、|温順《おんじゆん》を|装《よそほ》ひて|挨拶《あいさつ》を|述《の》べけり。
『|神界《しんかい》|永遠《ゑいゑん》の|平和《へいわ》のため、|諸神司《しよしん》の|和衷《わちう》|協同《けふどう》して|本会議《ほんくわいぎ》の|目的《もくてき》を|完全《くわんぜん》に|達成《たつせい》せしめられむ|事《こと》を|希望《きばう》の|至《いた》りに|堪《た》へず』
と|滔々《たうたう》として|布留那《ふるな》の|雄弁《ゆうべん》をふるひ|諸神司《しよしん》をして|酔《よ》はしめたりぬ。|今日《けふ》は|旭光《きよくくわう》ことのほか|鮮麗《せんれい》なりしが、|正午《しやうご》に|至《いた》りてますます|光輝《くわうき》を|増《ま》し、|大広間《おほひろま》は|何《な》ンとも|云《い》ひ|様《やう》なき|明《あか》るき|気分《きぶん》と|輝《かがや》きがただよひ、|神司《かみがみ》らの|顔色《がんしよく》も|何《なん》となく|勇《いさ》ましげに|見《み》えにける。
ここに|春日姫《かすがひめ》は|満座《まんざ》にむかひ、|叮嚀《ていねい》に|一礼《いちれい》していふ、
『|妾《わらは》はモスコーの|城主《じやうしゆ》|八王《やつわう》|道貫彦《みちつらひこ》の|娘《むすめ》にして、|春日姫《かすがひめ》と|申《まを》すものなり。|妾《わらは》は|邪神《じやしん》のために|魅《み》せられ、|不覚《ふかく》の|過《あやま》ちより|生命《せいめい》すでに|危《あやふ》きところ、|慈愛《じあい》に|富《と》める|常世姫《とこよひめ》のために|一命《いちめい》を|救《すく》はれしのみならず、|肉身《にくしん》の|父母《ふぼ》にもおよばぬ|無限《むげん》の|愛《あい》をほどこされ、いまは|常世彦《とこよひこ》|御夫婦《ごふうふ》の|侍女《じぢよ》として、|日夜《にちや》|誠心《せいしん》|誠意《せいい》のあらむ|限《かぎ》りをつくし|奉仕《ほうし》せり。|妾《わらは》も|最初《さいしよ》は|御夫婦《ごふうふ》の|心事《しんじ》と|行動《かうどう》をうたがひ、|平素《へいそ》|審神《さには》の|道《みち》を|怠《おこた》らざりしが、|案《あん》に|相違《さうゐ》の|八王大神《やつわうだいじん》の|仁慈《じんじ》|博愛《はくあい》に|富《と》める|大御心《おほみこころ》は|天《てん》のごとく|高《たか》く、|海洋《かいやう》のごとく|深《ふか》く、|広《ひろ》きを|心底《しんてい》より|透察《とうさつ》して、はじめの|妾《わらは》が|疑《うたが》ひたてまつりたる|邪心《じやしん》を|愧《は》ぢ、|天《てん》にも|地《ち》にも|身《み》の|置《お》きどころなきまでに|懺悔《ざんげ》の|念《ねん》に|打《う》たれたり。|諺《ことわざ》にも|疑心暗鬼《ぎしんあんき》を|生《しやう》ずとかや、|神司《かみがみ》らはよろしく|反省《はんせい》して、|清《きよ》く、|赤《あか》く、|直《なほ》く、|正《ただ》しき|至誠《しせい》の|心《こころ》をもつて、その|大御心《おほみこころ》とその|行為《かうゐ》を|拝察《はいさつ》されなば、|平素《へいそ》の|疑団《ぎだん》はまつたく|氷解《ひようかい》せむ。|現今《げんこん》のごとき|草《くさ》の|片葉《かきは》にいたるまで|言問《ことと》ひあげつらふ|世界《せかい》は、|到底《たうてい》|以前《いぜん》のごとき|神政《しんせい》|経綸《けいりん》の|神策《しんさく》にては|修斎《しうさい》の|道《みち》|思《おも》ひもよらず、|天下《てんか》の|神人《しんじん》をして|至安《しあん》|至楽《しらく》の|世《よ》に|安住《あんぢう》せしめむとの|八王大神《やつわうだいじん》の|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|神心《かみごころ》よりいでたる|大会議《だいくわいぎ》なれば、|諸神司《しよしん》は|時代《じだい》の|趨勢《すうせい》を|慮《おもんぱか》りて|小異《せうい》を|捨《す》て|大同《だいどう》に|合《がつ》し、|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|神心《かみごころ》を|発揮《はつき》し、|区々《くく》たる|一切《いつさい》の|感情《かんじやう》を|捨《す》て|世界《せかい》|統一《とういつ》の|大業《たいげふ》を|翼賛《よくさん》するため、その|第一着手《だいいちちやくしゆ》として|諸山《しよざん》|各地《かくち》に|割拠《かつきよ》|守護《しゆご》する|八王《やつわう》の|聖座《せいざ》を|自発的《じはつてき》に|撤廃《てつぱい》し、|天下《てんか》|共同《きようどう》のもとに|八王大神《やつわうだいじん》の|幕下《ばくか》となり、|一切《いつさい》の|聖職《せいしよく》を|挙《あ》げて|八王大神《やつわうだいじん》の|管理《くわんり》に|委任《ゐにん》し、その|指揮《しき》を|仰《あふ》ぐにいたらば、|政令一途《せいれいいつと》に|出《いで》て、|現今《げんこん》のごとき|天下《てんか》の|紛乱《ふんらん》を|根本《こんぽん》より|払拭《ふつしき》し、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|大神業《だいしんげふ》に|至誠《しせい》|忠実《ちうじつ》に|奉仕《ほうし》することを|得《え》む。|諸神司《しよしん》の|御決心《ごけつしん》や|如何《いかん》』
と、あたかも|梅花《ばいくわ》の|露《つゆ》にほころぶごとき|優美《いうび》なる|口《くち》より、|流暢《りうてう》なる|懸河《けんが》の|能弁《のうべん》をふるひ、|莞爾《くわんじ》として、|降壇《かうだん》せむとするや、|神人《かみがみ》らの|拍手《はくしゆ》の|声《こゑ》は|雨霰《あめあられ》のごとく|四辺《しへん》より|響《ひび》ききたりぬ。|常世姫《とこよひめ》はなにゆゑか|春日姫《かすがひめ》の|降壇《かうだん》せむとするを|引留《ひきと》め|依然《いぜん》として|壇上《だんじやう》に|立《た》たしめたり。このとき|議席《ぎせき》の|左側《ひだりがは》|八王《やつわう》の|座席《ざせき》より|突《つ》と|身《み》を|起《おこ》したる|神司《しんし》ありき。これ|春日姫《かすがひめ》の|父《ちち》にして、モスコーの|城主《じやうしゆ》|八王《やつわう》の|道貫彦《みちつらひこ》なりける。|八王《やつわう》は|常世姫《とこよひめ》にむかひて|登壇《とうだん》を|許可《きよか》せられむ|事《こと》をと、|心《こころ》ありげに|請求《せいきう》しければ、|常世姫《とこよひめ》はニヤリと|笑《わら》ひて、|快《こころよ》く|登壇《とうだん》の|請求《せいきう》を|快諾《くわいだく》したりける。
(大正一〇・一二・一七 旧一一・一九 出口瑞月)
第二篇 |天地《てんち》|暗雲《あんうん》
第八章 |不意《ふい》の|邂逅《かいこう》〔一五八〕
|道貫彦《みちつらひこ》は|常世姫《とこよひめ》の|快諾《くわいだく》を|得《え》て、|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》にのぼり|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》にむかひ|一礼《いちれい》していふ。
『|我《われ》はモスコーを|管轄《くわんかつ》する|八王《やつわう》|道貫彦《みちつらひこ》なり。|今日《こんにち》はじめて|常世彦《とこよひこ》の|至仁《しじん》|至愛《しあい》にして|毫末《がうまつ》の|野心《やしん》もなく、|真個《しんこ》|世界《せかい》|平和《へいわ》を|欲求《よくきう》したまふ|至誠《しせい》のあまり|今回《こんくわい》の|大会議《だいくわいぎ》を|開催《かいさい》されたることと|確信《かくしん》す。|諸神司《しよしん》|試《こころ》みに|現今《げんこん》|地《ち》の|高天原《たかあまはら》の|状勢《じやうせい》を|見《み》られよ。|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》は|有《あ》つて|無《な》きがごとく、|綱紀《かうき》は|弛緩《ちくわん》し、|邪神《じやしん》は|至善《しぜん》|至美《しび》|至仁《しじん》の|仮面《かめん》をかぶりて|聖地《せいち》に|出入《しゆつにふ》し、|天使《てんし》|真心彦《うらひこ》は|糸竹管絃《しちくくわんげん》に|心《こころ》を|奪《うば》はれ|花顔柳腰《くわがんりうえう》に|心魂《しんこん》をとろかし、つひには|自決《じけつ》するのやむなきに|立《た》ちいたれり。|天使《てんし》の|行動《かうどう》にして|斯《かく》のごとしとせば、その|他《た》の|神人《かみがみ》の|悪行《あくかう》|非為《ひゐ》や|知《し》るべきのみ。|第一《だいいち》、|天使長《てんしちやう》たりし|沢田彦命《さはだひこのみこと》は|神命《しんめい》を|軽《かろ》ンじ、|律法《りつぱふ》の|尊厳《そんげん》を|無視《むし》し、|薄志弱行《はくしじやくかう》の|心性《しんせい》を|暴露《ばくろ》し、|聖地《せいち》の|紛糾《ふんきう》|混乱《こんらん》を|余所《よそ》に|見《み》て|還天《くわんてん》したるごとき|無責任《むせきにん》|極《きは》まる|行動《かうどう》を|敢《あへ》てし、ために|聖地《せいち》の|秩序《ちつじよ》をみづから|破《やぶ》りたるにあらずや。その|片割《かたわれ》たる|真心彦《うらひこ》の|後嗣《こうし》|広宗彦《ひろむねひこ》は、やや|反省《はんせい》するところあるもののごとく、|神政《しんせい》|経綸《けいりん》のため|最善《さいぜん》の|努力《どりよく》を|竭《つく》しつつありといへども、|元来《ぐわんらい》|無責任《むせきにん》にして|放埒《はうらつ》きはまる|真心彦《うらひこ》の|血統《けつとう》を|享《う》けたる|者《もの》なれば、|言《げん》、|心《しん》、|行《かう》、|常《つね》に|一致《いつち》せず、ために|聖地《せいち》の|神人《かみがみ》が|日《ひ》に|月《つき》に|聖地《せいち》をはなれ、|各地《かくち》に|居住《きよぢう》を|定《さだ》め、|邑《いふ》に|君《きみ》となり、|村《むら》に|長《をさ》となり、たがひに|権勢《けんせい》を|争《あらそ》ひ|戦乱《せんらん》|止《や》むなき|常暗《とこやみ》の|現代《げんだい》を|招来《せうらい》したり。いかに|智仁勇《ちじんゆう》|兼備《けんび》の|神将《しんしやう》と|称《たた》へらるる|広宗彦《ひろむねひこ》といへども、|今日《こんにち》のごとく|敗亡《はいばう》の|域《ゐき》に|瀕《ひん》せる|聖地《せいち》ヱルサレムの|神政《しんせい》を|恢興《くわいこう》し、|回天《くわいてん》の|大神業《だいしんげふ》を|遂行《すゐかう》すること|思《おも》ひもよらず、かつ|聖地《せいち》の|勢力《せいりよく》は|至《いた》つて|微弱《びじやく》にして、いつ|顛覆《てんぷく》の|運命《うんめい》に|遭遇《さうぐう》するやも|計《はか》りがたく、|嵐《あらし》の|前《まへ》の|朽樹《くちき》のごとき|状態《じやうたい》なり。このさい|常世城《とこよじやう》の|八王大神《やつわうだいじん》にして|聖地《せいち》の|神政《しんせい》を|根底《こんてい》より|破壊《はくわい》し、おのれ|取《と》つて|代《かは》り|神政《しんせい》を|管掌《くわんしやう》せむと|計《はか》りたまはば、じつに|焼鎌《やきがま》の|敏鎌《とがま》をもつて|葱《ねぎ》を|刈《か》り|取《と》るごとく|易々《いい》たる|業《わざ》のみ。しかるに|至仁《しじん》|至愛《しあい》にして、|世界《せかい》の|万有《ばんいう》にたいし、|恵《めぐ》みの|乳房《ちぶさ》を|抱《いだ》かしめむとして|苦心《くしん》|焦慮《せうりよ》したまふ、|常世彦《とこよひこ》のごとき|至誠《しせい》|至実《しじつ》の|神司《しんし》は、はたして|何処《いづく》にか|之《これ》を|求《もと》めて|得《う》るものぞ。|我々《われわれ》は|八王大神《やつわうだいじん》|御夫婦《ごふうふ》の|万有《ばんいう》に|対《たい》したまふ|平等《べうどう》なる|大慈愛《だいじあい》の|大御心《おほみこころ》に|対《たい》し|奉《たてまつ》りて|感歎《かんたん》|措《を》くところを|知《し》らず、じつに|八王大神《やつわうだいじん》は|天来《てんらい》の|救世主《きうせいしゆ》にして、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|股肱《ここう》たるべき|真正《しんせい》の|義神《ぎしん》なれば、|我《われ》らは|世界《せかい》|永遠《ゑいゑん》の|平和《へいわ》のために|率先《そつせん》して、|八王神《やつわうじん》の|聖職《せいしよく》を|退《しりぞ》き|一切《いつさい》の|権能《けんのう》を|八王大神《やつわうだいじん》に|奉《たてまつ》り、|一天《いつてん》|四海《しかい》の|平和《へいわ》のさきがけを|為《な》さむ。|諸神司《しよしん》はいかが|思召《おぼしめ》したまふや、|現《げん》にわが|肉身《にくしん》の|娘《むすめ》|春日姫《かすがひめ》は|永《なが》く|大神《だいじん》の|近側《きんそく》に|奉仕《ほうし》し|無類《むるゐ》の|慈愛《じあい》に|浴《よく》し、|至善《しぜん》|至愛《しあい》の|神司《しんし》にゐませることを|証言《せうげん》したるに|見《み》るも、|一点《いつてん》|八王大神《やつわうだいじん》を|疑《うたが》ひたてまつるの|余地《よち》、|寸毫《すんがう》も|発見《はつけん》することあたはず。|行成彦《ゆきなりひこ》の|主張《しゆちやう》のごときは、ほとんど|歯牙《しが》にかくるに|足《た》らざる、|短見的《たんけんてき》|愚論《ぐろん》にして|耳《みみ》をかすの|価値《かち》なきものなり。|諸神司《しよしん》にして|吾《わ》が|言《い》ふところをもつて|是《ぜ》としたまはば、|直《ただ》ちに|起立《きりつ》をもつて|賛成《さんせい》の|意《い》を|表《へう》したまへ』
と|陳《の》べたて|悠然《いうぜん》として|降壇《かうだん》したりける。|常世姫《とこよひめ》|以下《いか》|二女《にぢよ》は|依然《いぜん》として|壇上《だんじやう》に|立《た》ち、その|艶麗《えんれい》|国色《こくしよく》の|誉《ほま》れを|輝《かがや》かしゐたり。|八王八頭《やつわうやつがしら》その|他《た》の|国魂《くにたま》をはじめ、|諸々《もろもろ》の|神人《かみがみ》は|何《なん》の|言葉《ことば》もなく、|黙然《もくぜん》として|呆気《あつけ》に|取《と》られ、|眼球《がんきう》を|白黒《しろくろ》に|転回《てんくわい》させ、|口《くち》をへの|字《じ》に|結《むす》び|何人《なにびと》かの|答辞《たふじ》を|待《ま》ちゐたりける。
このとき|場《ぢやう》の|何処《どこ》よりともなく、
『|満場《まんぢやう》の|神人《しんじん》たち、|常世彦《とこよひこ》の|奸策《かんさく》に|陥《おちい》るな、|注意《ちうい》せよ。|悪魔《あくま》は|善《ぜん》の|仮面《かめん》をかぶりて|世《よ》を|惑《まど》はすぞ』
と|大声《おほごゑ》に|呶鳴《どな》りしものあり。|常世姫《とこよひめ》をはじめ|列座《れつざ》の|神人《かみがみ》は、|何神《なにがみ》の|声《こゑ》なるかと|四隅《しぐう》を|見渡《みわた》したるが|何《なに》の|影《かげ》もなかりき。|常世姫《とこよひめ》は|声《こゑ》を|震《ふる》はせ|息《いき》をはづませながら、|諸神司《しよしん》にむかつていふ。
『|諸神司《しよしん》、よろしく|心魂《しんこん》を|臍下丹田《さいかたんでん》に|鎮《しづ》めよ。|好事《かうず》|魔《ま》|多《おほ》し、|寸善尺魔《すんぜんしやくま》とはただ|今《いま》のことなり。|天下《てんか》を|混乱《こんらん》せむとする|邪神《じやしん》|妖鬼《えうき》の|言《げん》に|迷《まよ》はさるること|勿《なか》れ。|良果《りやうくわ》には|虫害《ちうがい》|多《おほ》く|善神《ぜんしん》と|善人《ぜんにん》には|病魔《びやうま》|常《つね》につけねらふ。|神界《しんかい》をして|永遠無窮《えいゑんむきう》に|至治太平《しちたいへい》ならしめむとするこの|神聖《しんせい》|無比《むひ》の|議会《ぎくわい》を|根底《こんてい》より|破壊《はくわい》せむとして、|数万《すうまん》の|悪鬼《あくき》|羅刹《らせつ》は|場《ぢやう》の|内外《ないぐわい》に|充満《じゆうまん》せり。|寸毫《すんがう》といへども|油断《ゆだん》あるべからず。すみやかに|諸神司《しよしん》は|八王《やつわう》の|撤廃《てつぱい》に|賛成《さんせい》されむことを|望《のぞ》む』
と|容色《ようしよく》を|柔《やわら》げ|笑《ゑみ》を|満面《まんめん》に|湛《たた》へて|述《の》べ|立《た》てたり。|諸神司《しよしん》は|何《なに》ゆゑか|口舌《こうぜつ》をしばられたるごとく|一言《いちげん》をも|発《はつ》すること|能《あた》はず、かつ|全身《ぜんしん》|麻痺《まひ》して|微躯《びく》とも|動《うご》くを|得《え》ざりしがため|起立《きりつ》して|賛意《さんい》を|表《へう》すること|能《あた》はず、ただおのおの|目《め》を|円《まる》くしてギロギロと|異様《いやう》の|光《ひかり》を|放《はな》つのみなりけり。
このとき|壇上《だんじやう》の|八島姫《やしまひめ》は|口《くち》をひらき、
『|妾《わらは》は|南高山《なんかうざん》の|八王《やつわう》|大島別《おほしまわけ》の|娘《むすめ》なりしが、ある|一時《いちじ》の|心得《こころえ》ちがひより|父母《ふぼ》を|捨《す》てて|城内《じやうない》をひそかに|脱出《だつしゆつ》し、それより|世界《せかい》の|各地《かくち》を|漂浪《へうらう》し、|零落《れいらく》して|四方《しはう》を|彷徨《はうくわう》せし|折《をり》しも、|至仁《しじん》|至愛《しあい》なる|常世彦《とこよひこ》の|部下《ぶか》に|救《すく》はれ、|言舌《げんぜつ》につくしがたき|手厚《てあつ》き|恩恵《おんけい》に|浴《よく》しその|洪恩《こうおん》|譬《たと》ふるにものなく、|日夜《にちや》|感謝《かんしや》の|涙《なみだ》に|暮《く》れゐたりしに、|思《おも》ひきや、|勢力《せいりよく》|徳望《とくばう》|天下《てんか》に|冠絶《くわんぜつ》せる|八王大神《やつわうだいじん》|夫婦《ふうふ》の|殊寵《しゆちよう》を|忝《かたじけ》なうし、|今《いま》やかくのごとく|畏《おそ》れおほくも|姫命《ひめみこと》の|侍女《じぢよ》として、|春日姫《かすがひめ》と|相《あひ》ならび|一日《いちにち》の|不平《ふへい》|不満《ふまん》もなく|近侍《きんじ》し、|二神司《にしん》の|神徳《しんとく》の|非凡《ひぼん》にして|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|救世主《きうせいしゆ》にましますことを|覚《さと》り、|洪恩《こうおん》の|万一《まんいち》にも|報《むく》いたてまつらむと|寸時《すんじ》も|忘《わす》るることなし。|諸神司《しよしん》は|妾《わらは》のこの|証言《せうげん》を|信《しん》じて、|一刻《いつこく》も|早《はや》く|原案《げんあん》に|賛成《さんせい》され、もつて|永遠《ゑいゑん》|平和《へいわ》の|神《かみ》と|後世《こうせい》まで|謳《うた》はれたまはむことを、|天地《てんち》の|大神《おほかみ》に|誓《ちか》ひて|勧告《くわんこく》したてまつる』
と|述《の》べ|立《た》つる。このとき|会場《くわいぢやう》の|一方《いつぱう》より|常世姫《とこよひめ》に|登壇《とうだん》の|許可《きよか》を|請求《せいきう》せる|八王《やつわう》あらはれにける。さて、この|結末《けつまつ》は|如何《いか》になり|行《ゆ》くならむか。
(大正一〇・一二・一七 旧一一・一九 出口瑞月)
(第六章〜第八章 昭和一〇・一・一九 於錦江支部 王仁校正)
第九章 |大《だい》の|字《じ》の|斑紋《はんもん》〔一五九〕
|常世姫《とこよひめ》の|快諾《くわいだく》を|得《え》て|今《いま》や|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|現《あら》はれたる|神司《しんし》は、|南高山《なんかうざん》を|主管《しゆくわん》する|八王《やつわう》の|大島別《おほしまわけ》なりき。|命《みこと》は|登壇《とうだん》するや|否《いな》や、|八島姫《やしまひめ》の|全身《ぜんしん》に|眼《め》をつけ、|頭上《づじやう》より|足《あし》の|爪先《つまさき》まで|異様《いやう》の|顔色《がんしよく》すさまじく|熟視《じゆくし》し、ややしばらく|無言《むごん》のまま|壇上《だんじやう》に|突《つ》つ|立《た》ち|瞑目《めいもく》をつづけ、|思案《しあん》に|暮《く》るるものの|如《ごと》くなり。|満場《まんぢやう》の|諸神人《しよしん》は|大島別《おほしまわけ》の|態度《たいど》の|尋常《じんじやう》ならざるに|怪訝《くわいが》の|念《ねん》を|湧起《ゆうき》し、たがひに|眼《め》と|眼《め》を|見合《みあは》せゐる。|場内《ぢやうない》はあたかも|水《みづ》を|打《う》つたるごとき|静寂《せいじやく》の|空気《くうき》|漂《ただよ》ふ。
|大島別《おほしまわけ》はやうやく|口《くち》を|開《ひら》いていふ、
『|満場《まんぢやう》の|神人《かみがみ》よ、|活目張耳《くわつもくちやうじ》して|今回《こんくわい》の|会議《くわいぎ》を|熟慮《じゆくりよ》されよ。|昨日《きのふ》の|議場《ぎぢやう》の|怪《くわい》といひ、|種々《しゆじゆ》|合点《がつてん》のゆかざることのみ|多《おほ》かりしに、|今日《こんにち》またもやその|怪《くわい》はますます|怪《くわい》ならずや|先刻《せんこく》|道貫彦《みちつらひこ》の|賛成説《さんせいせつ》を|吐露《とろ》するや、たちまち|中空《ちうくう》に|怪声《くわいせい》あり、…|常世彦《とこよひこ》の|奸策《かんさく》に|陥《おちい》るな、|悪魔《あくま》は|常《つね》に|善《ぜん》の|仮面《かめん》を|被《かぶ》るものぞ、|諸人《しよしん》|注意《ちうい》せよ…と|呼《よ》ばはりしその|声《こゑ》は、|果《はた》して|何神《なにがみ》の|発声《はつせい》なりしぞ。おそらくは|現場《げんば》に|出席《しゆつせき》したまふ|神司《かみがみ》らの|声《こゑ》には|非《あら》ざるべし。|我《われ》は|之《これ》をもつて|全《まつた》く|天津神《あまつかみ》の|御注意《ごちうい》の|御声《みこゑ》なりと|断言《だんげん》して|憚《はばか》らざるものなり。|現《げん》に|見《み》よ、いまこの|壇上《だんじやう》に|立《た》てる|八島姫《やしまひめ》はいかにも|我《わが》|娘《むすめ》の|八島姫《やしまひめ》に|酷似《こくじ》して、その|真偽《しんぎ》を|判別《はんべつ》せむとするは、|現在《げんざい》の|父《ちち》たる|吾《われ》においても、これに|困《くる》しまざるを|得《え》ざるまでに|克《よ》くも|化《ば》けたり。これをもつて|察《さつ》するときは|常世姫《とこよひめ》はじめ|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》の|三女《さんぢよ》は、けつして|正《ただ》しきものにあらず。かならず|妖怪《えうくわい》|邪鬼《じやき》の|変化《へんげ》なるべし。|現《げん》に|吾《わ》が|娘《むすめ》|八島姫《やしまひめ》は|一度《いちど》ある|事情《じじやう》のために、|城内《じやうない》を|脱出《だつしゆつ》し、|諸方《しよはう》に|彷徨《はうくわう》せしことあるは|事実《じじつ》なれども、|忠実《ちうじつ》なる|従者《じうしや》|玉純彦《たますみひこ》の|苦辛《くしん》|惨憺《さんたん》の|結果《けつくわ》、スペリオル|湖《こ》の|南岸《なんがん》において|姫《ひめ》に|邂逅《かいこう》し、ただちに|姫《ひめ》を|南高山《なんかうざん》にともなひ|還《かへ》りたれば、|我《われ》は|南高山《なんかうざん》にありて|姫《ひめ》の|孝養《かうやう》を|受《う》け|日夜《にちや》|傍《かたはら》を|放《はな》れしことなし。しかるに|一応《いちおう》|合点《がつてん》のゆかぬは、いま|眼《ま》のあたり|八島姫《やしまひめ》の|堂々《だうだう》としてこの|壇上《だんじやう》に|現《あら》はれ、|小賢《こざか》しき|駄弁《だべん》を|振《ふる》ひをることなり、|吾《われ》は|二柱《ふたはしら》の|八島姫《やしまひめ》を|産《う》みし|覚《おぼ》えなし。|思《おも》ふに、この|八島姫《やしまひめ》なるものは、|妖怪変化《えうくわいへんげ》の|作用《さよう》に|相違《さうゐ》なし。|吾《われ》いまその|正体《しやうたい》を|曝露《ばくろ》し、|諸神人《しよしん》の|眼《め》を|醒《さま》し|参《まゐ》らせむ』
と|言《い》ふより|早《はや》く|長刀《ちやうたう》を|抜《ぬ》きはなち、|電光石火《でんくわうせきくわ》の|迅業《はやわざ》に|八島姫《やしまひめ》の|首《くび》は|壇上《だんじやう》に|落《お》ちたるかと|思《おも》ひきや、|八島姫《やしまひめ》はヒラリと|体《たい》をかはし、|悠然《いうぜん》として|直立《ちよくりつ》し、|微笑《びせう》をたたへながら、
『|父上《ちちうへ》よ|心《こころ》をしづめて|妾《わらは》が|言葉《ことば》を|聞《き》きたまへ。|大事《だいじ》の|前《まへ》の|小事《せうじ》、|早《はや》まつて|噬臍《ぜいせい》の|悔《くい》を|後日《ごじつ》に|貽《のこ》したまふな』
と、|泰然自若《たいぜんじじやく》すこしの|恐《おそ》れげもなく|述《の》べたてけり。
|大島別《おほしまわけ》は|八島姫《やしまひめ》の|少《すこ》しも|動《どう》ぜざる、その|態度《たいど》にあきれ、やや|躊躇《ちうちよ》の|色《いろ》|見《み》えたる|折《をり》しも、|玉純彦《たますみひこ》はまつしぐらに|壇上《だんじやう》に|登《のぼ》り|八島姫《やしまひめ》の|前《まへ》に|立《た》ちふさがり、|言葉《ことば》を|荒《あら》らげ|肩《かた》をそびやかし、|眼《め》を|怒《いか》らせながら、
『|汝《なんぢ》は|必定《ひつぢやう》|常世《とこよ》の|国《くに》の|邪神《じやしん》の|変化《へんげ》なること|一点《いつてん》|疑《うたが》ふの|余地《よち》なし。|汝《なんぢ》いかに|巧《たく》みに|変化《へんげ》して|神人《しんじん》を|誑惑《けうわく》せむとするも、|吾一人《われひとり》のみは|欺《あざむ》き|得《え》ざるべし。|八島姫《やしまひめ》には|他神人《たしん》の|知《し》らざる|特徴《とくちやう》あり|吾《われ》は|常《つね》に|姫《ひめ》に|奉侍《ほうじ》してその|一部《いちぶ》|身体《しんたい》の|特徴《とくちやう》を|知悉《ちしつ》す、|第一《だいいち》には|額《ひたい》に|巴形《ともゑがた》の|斑紋《はんもん》なかるべからず、|第二《だいに》には|左《ひだり》の|肩《かた》のあたりに|大《だい》の|字形《じがた》の|紋《もん》あり、|汝《なんぢ》|果《はた》して|八島姫《やしまひめ》ならばその|斑紋《はんもん》を|明《あき》らかに|吾《わ》が|前《まへ》に|示《しめ》して|證明《しようめい》せよ』と|言葉《ことば》|鋭《するど》く|詰《つ》め|寄《よ》れば、|八島姫《やしまひめ》はカラカラとうち|笑《わら》ひ、
『|愚《おろか》なるかな|玉純彦《たますみひこ》、|汝《なんぢ》かくまで|妾《わらは》を|疑《うたが》ふならば、|今《いま》その|證拠《しようこ》を|顕《あら》はさむ』
と|額《ひたい》に|塗《ぬ》りつけたる|白粉《おしろい》を、|両手《りやうて》をもつて|擦《す》りおとし、
『|玉純彦《たますみひこ》これを|見《み》よ』
と|額《ひたい》を|突出《つきだ》し|見《み》せたるに、|擬《まが》ふ|方《かた》なき|巴形《ともゑがた》の|斑紋《はんもん》は|歴然《れきぜん》として|表《あら》はれたり。|玉純彦《たますみひこ》は|眉毛《まゆげ》に|唾《つばき》し|眼《め》をこすり、|吾《われ》と|吾《わ》が|頬《ほほ》を|爪《つめ》もてつまみ、|不審《ふしん》の|眉《まゆ》をひそめて、|八島姫《やしまひめ》を|深《ふか》く|見《み》つめてゐたり。|八島姫《やしまひめ》はまたもや|笑《わら》つて、
『いかに|玉純彦《たますみひこ》よ、|妾《わらは》の|妖怪変化《えうくわいへんげ》に|非《あら》ざることを|悟《さと》りしや』
と|言《い》ひながらクルリと|背《せな》を|玉純彦《たますみひこ》の|方《はう》に|向《む》けたり。|玉純彦《たますみひこ》はその|後姿《うしろすがた》を|首筋《くびすぢ》から|足《あし》の|下《した》まで|打《う》ちながめ、|長《なが》き|舌《した》をまき|太《ふと》き|息《いき》を|吐《は》きながら、
『この|畜生奴《め》、よくも|完全《くわんぜん》に|化《ば》けをつたなあ』
と|思《おも》はず|叫《さけ》ぶ。|八島姫《やしまひめ》はやや|声《こゑ》をとがらせ、
『|汝《なんぢ》は|主《しゆ》の|姫女《むすめ》にむかつて|無礼《ぶれい》の|雑言《ざうごん》|畜生《ちくしやう》|奴《め》とは|何事《なにごと》ぞ』
と|向《む》きなほり|柳眉《りうび》を|逆立《さかだ》て|叱《しか》りつけたるに、|玉純彦《たますみひこ》はその|真偽《しんぎ》の|判断《はんだん》に|苦《くる》しみける。|玉純彦《たますみひこ》は|半信半疑《はんしんはんぎ》の|雲《くも》につつまれ|壇上《だんじやう》に|諸神人《しよしん》とともに、|無言《むごん》のまま|暫時《ざんじ》|突立《つつた》ち|居《ゐ》たり。|八島姫《やしまひめ》は、
『|汝《なんぢ》はこれでも|疑《うたが》ひを|晴《は》らさざるか』
と|言《い》ひつつ|片肌《かたはだ》を|脱《ぬ》ぎ、|左肩《ひだりかた》の|大《だい》の|字《じ》の|斑紋《はんもん》を|示《しめ》したるより、|玉純彦《たますみひこ》はその|場《ば》に|平伏《ひれふ》し|無礼《ぶれい》の|罪《つみ》を|陳謝《ちんしや》したり。
|大島別《おほしまわけ》は、|初《はじ》めて|疑《うたが》ひ|晴《は》れたれど、|南高山《なんかうざん》にある、|八島姫《やしまひめ》の|身上《しんじやう》についてふたたび|疑問《ぎもん》を|喚《よ》び|起《おこ》さざるを|得《え》ざりけり。|第一《だいいち》の|不審《ふしん》は、|城内《じやうない》の|八島姫《やしまひめ》には|巴形《ともゑがた》の|斑紋《はんもん》の|有無《うむ》に|気《き》づかざりし|故《ゆゑ》なり。|玉純彦《たますみひこ》もまた|巴形《ともゑがた》の|斑紋《はんもん》の|消《き》え|失《う》せたるものと|考《かんが》へゐたるが、いま|目《ま》のあたり|確固不動《かくこふどう》の|証拠《せうこ》を|見《み》て、|南高山《なんかうざん》の|八島姫《やしまひめ》を|疑《うたが》ふこととなり、|大会議《だいくわいぎ》の|壇上《だんじやう》に|我身《わがみ》の|立《た》てることさへも|気《き》づかずありける。このとき|南高山《なんかうざん》より|大島別《おほしまわけ》の|後《あと》を|追《お》いつつ|八島姫《やしまひめ》きたれりとの|報告《はうこく》あり。アヽこの|判別《はんべつ》は|如何《いかン》。
(大正一〇・一二・一七 旧一一・一九 出口瑞月)
第一〇章 |雲《くも》の|天井《てんじやう》〔一六〇〕
|南高山《なんかうざん》より|八島姫《やしまひめ》|来場《らいぢやう》せりとの|急報《きふはう》は、|諸神人《しよしん》の|耳朶《じだ》に、|晴天《せいてん》の|霹靂《へきれき》のごとくに|轟《とどろ》きわたりけり。|八島姫《やしまひめ》は|盛装《せいさう》を|凝《こ》らして、|諸神人《しよしん》|列座《れつざ》の|前《まへ》をはづかしげに|一礼《いちれい》して|通《とほ》りぬけ、ただちに|壇上《だんじやう》に|登《のぼ》りたり。ここに|毫末《がうまつ》の|差異《さい》なき|八島姫《やしまひめ》は|二柱《ふたはしら》あらはれたるなり。このとき|又《また》もや、
『|八島姫《やしまひめ》ここにあり』
と|場《ぢやう》の|一隅《いちぐう》よりまたもや|同《おな》じ|八島姫《やしまひめ》が|現《あら》はれ|壇上《だんじやう》に|登《のぼ》りける。|衣服《いふく》の|色《いろ》といひ、|頭髪《とうはつ》の|艶《つや》といひ、|面貌《めんばう》といひ、|背《せ》の|高《たか》さといひ、|分厘《ふんりん》の|差《さ》もなきこの|光景《くわうけい》を|見《み》やりたる|神人《かみがみ》は、|夢《ゆめ》かうつつか、はた|幻《まぼろし》かと、|互《たがひ》に|眼《め》をこすり|頬《ほほ》をつめれども|夢《ゆめ》でもうつつでも|幻《まぼろし》でもなかりける。この|時《とき》、
『モスコーの|城主《じやうしゆ》|八王神《やつわうじん》|道貫彦《みちつらひこ》の|娘《むすめ》|春日姫《かすがひめ》|来城《らいじやう》あり』
との|急報《きふはう》あり。|諸神人《しよしん》はまたもや|不審《ふしん》の|眉《まゆ》をひそめゐる|際《さい》、|悠然《いうぜん》として|入《い》りきたる|絶世《ぜつせい》の|美人《びじん》あり。|美人《びじん》は|列座《れつざ》の|神人《かみがみ》に|叮嚀《ていねい》に|一礼《いちれい》し、ただちに|中央《ちうあう》の|壇上《だんじやう》に|登《のぼ》りたれば、|春日姫《かすがひめ》はまたもや|二人《ふたり》ならびたり。いづれを|見《み》ても|花菖蒲《はなあやめ》、|正非《せいひ》の|区別《くべつ》つかざりにける。
この|時《とき》、
『|竜宮城《りうぐうじやう》に|久《ひさ》しく|出《いで》たまひし|八王大神《やつわうだいじん》の|妻《つま》|常世姫《とこよひめ》|御帰城《ごきじやう》あり』
と|報告《はうこく》する|使神《ししん》あり。
|常世姫《とこよひめ》は|顔色《かほいろ》を|変《へん》じていふ、
『|常世姫《とこよひめ》は|妾《わらは》なり、|何《なん》ぞ|妾《わらは》のほかに|常世姫《とこよひめ》あらむや』
と|絶叫《ぜつけう》する。このとき|絹《きぬ》ずれの|音《おと》しとやかに|入《い》りきたる|女性《によしやう》は、|常世姫《とこよひめ》そのままなりき。|女性《によしやう》は|列座《れつざ》の|神人《かみがみ》に|一礼《いちれい》して|直《ただ》ちに|壇上《だんじやう》に|登《のぼ》る。またもや|二人《ふたり》の|常世姫《とこよひめ》が|現《あら》はれたるなり。|大広間《おほひろま》の|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》は|月《つき》|雪《ゆき》|花《はな》にも|擬《まが》ふ|二《に》|常世姫《とこよひめ》、|二《に》|春日姫《かすがひめ》、|三《さん》|八島姫《やしまひめ》の|美人《びじん》|立《たち》ならび、じつに|立派《りつぱ》なるものなりき。これを|七柱《ななはしら》の|女神《めがみ》と|誰《たれ》いふとなく|言《い》ひふらす|者《もの》ありける。
|以前《いぜん》より|現《あら》はれゐたる|常世姫《とこよひめ》は|柳眉《りうび》を|逆立《さかだ》て、
『|汝《なんぢ》いづれの|邪神《じやしん》にや、かかる|神聖《しんせい》なる|議場《ぎぢやう》に|突然《とつぜん》|入《い》りきたりて、|妾《わらは》と|同様《どうやう》の|姿《すがた》と|変《へん》じ、この|聖場《せいぢやう》を|汚《けが》さむとするや。いでや|汝《なんぢ》が|化《ばけ》の|皮《かは》をぬぎ、|正体《しやうたい》を|現《あら》はしてくれむ』
といふより|早《はや》く、|後《あと》の|常世姫《とこよひめ》にむかつて|組付《くみつ》けば、|後《あと》の|女神《によしん》は|声《こゑ》を|張《は》りあげ、
『|汝《なんぢ》こそは|真《しん》の|妖怪変化《えうくわいへんげ》なり、|今《いま》にその|正体《しやうたい》を|露《あら》はし、|神人《しんじん》の|目《め》を|醒《さま》しくれむ』
といふより|早《はや》く、|細《ほそ》き|白《しろ》き|腕《うで》を|捲《まく》りて|丁々発止《ちやうちやうはつし》と|打《う》ちすゑたり。
|八王大神《やつわうだいじん》は|従者《じゆうしや》|道彦《みちひこ》の|急報《きふはう》におどろき|愴惶《そうくわう》として|議場《ぎぢやう》に|走《はし》りきたり、|常世姫《とこよひめ》|以下《いか》|女性《ぢよせい》のあまた|並立《へいりつ》せるに|呆《あき》れはて、いづれをそれと|分別《ふんべつ》しかねて|眼《め》を|光《ひか》らせ、|直立《ちよくりつ》|不動《ふどう》の|体《てい》に|七柱《ななはしら》の|女神《によしん》の|様子《やうす》を|凝視《ぎようし》しゐたり。|常世姫《とこよひめ》は|八王大神《やつわうだいじん》の|姿《すがた》を|見《み》るや、|飛《と》びかかつて|泣《な》きはじめたるに、またもや|一人《ひとり》の|常世姫《とこよひめ》は|八王大神《やつわうだいじん》に|飛《と》びかかり|泣《な》きつく。|春日姫《かすがひめ》は|二人《ふたり》|一度《いちど》に|八王大神《やつわうだいじん》にむかつて、
『|妾《わらは》こそは|真正《しんせい》の|春日姫《かすがひめ》なり』
『いな|彼《かれ》は|偽神《ぎしん》なり。|真正《しんせい》の|春日姫《かすがひめ》は|妾《わらは》なり、かならず|見過《みあや》まりたまふな』
と|泣《な》いて|抱《だき》つかむとするや、|一方《いつぱう》の|八島姫《やしまひめ》は、
『|妾《わらは》こそ|真正《しんせい》の|八島姫《やしまひめ》なり、|他《た》は|偽神《ぎしん》なり』
『いな|妾《わらは》こそ|真《しん》の|八島姫《やしまひめ》なり』
『いな|妾《わらは》なり』
と|同《おな》じ|姿《すがた》の|三柱《みはしら》の|姫《ひめ》は、|四方《しはう》|八方《はつぱう》より|八王大神《やつわうだいじん》を|取《と》りまき、|一寸《いつすん》も|動《うご》かさず。|八王大神《やつわうだいじん》は|五里霧中《ごりむちゆう》に|彷徨《はうくわう》するの|思《おも》ひにて、|真偽《しんぎ》の|判別《はんべつ》に|苦《くる》しむ|折《をり》しも、
『|八王大神《やつわうだいじん》これにあり、|偽神《ぎしん》の|八王大神《やつわうだいじん》に|面会《めんくわい》せむ』
と|大音声《だいおんじやう》に|呼《よ》ばはりながら|悠々《いういう》として|入《い》りきたり、|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|登《のぼ》れば、|八王大神《やつわうだいじん》は|烈火《れつくわ》のごとく|憤《いきどほ》り、
『|汝《なんぢ》|何神《なにがみ》なれば|我《わ》が|名《な》を|偽《いつは》りて、この|神聖《しんせい》なる|議場《ぎぢやう》を|攪乱《かくらん》せむとするや、|目《め》に|物《もの》|見《み》せてくれむ』
と、|後来《こうらい》の|八王大神《やつわうだいじん》にむかつて|打《う》つてかかり、|八王大神《やつわうだいじん》と|八王大神《やつわうだいじん》は|互《たがひ》に|鎬《しのぎ》を|削《けづ》りて|壇上《だんじやう》に|挑《いど》みあひ、|終《つひ》には|入《い》り|乱《みだ》れて|前後《ぜんご》の|八王大神《やつわうだいじん》の|判別《はんべつ》を|失《うしな》ふに|致《いた》りける。|列座《れつざ》の|神人《かみがみ》は|狐《きつね》に|魅《つま》まれたるごとき|顔《かほ》して|見入《みい》るばかりなりけり。たちまち|中空《ちうくう》に|声《こゑ》あり、
『|常暗《とこやみ》の|夜《よ》の|常世《とこよ》の|国《くに》の|常世彦《とこよひこ》、その|妻《つま》の|常世姫《とこよひめ》、それに|従《したが》ふ|八島姫《やしまひめ》、こンな|不審《ふしん》の|三柱《みはしら》の、|女神《によしん》の|心《こころ》は|暗《やみ》の|夜《よ》に、|鼻《はな》をつままれ|鼻《はな》|折《お》られ、|春日《かすが》の|姫《ひめ》のかすかにも、|光《ひかり》さへ|見《み》ぬ|常世国《とこよのくに》、|列座《れつざ》の|神《かみ》の|胸《むね》の|内《うち》、みな|常暗《とこやみ》となりにけり、みな|常暗《とこやみ》となりにけり。アハヽヽハのアハヽヽヽ』
と|声高《こゑたか》らかに|笑《わら》ふ。|諸神《しよしん》は|一斉《いつせい》に|声《こゑ》する|方《はう》の|空《そら》をながむれば、|天井《てんじやう》の|堅《かた》く|張《は》りつめられたる|常世城《とこよじやう》の|大広間《おほひろま》の|上《うへ》には、|数万《すうまん》の|星《ほし》が|明滅《めいめつ》し、|天《あま》の|川原《かはら》は|明《あき》らかに|見《み》えきたりける。このとき|行成彦《ゆきなりひこ》は|大《おほい》に|笑《わら》つていふ、
『|常暗《とこやみ》の|夜《よ》の|神人《かみ》たちよ、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|神勅《しんちよく》|律法《りつぱふ》を|無視《むし》したる|天罰《てんばつ》は|覿面《てきめん》なり。|諸神《しよしん》はよろしく|各自《かくじ》の|脚下《あしもと》を|熟視《じゆくし》されよ』
と|怒号《どがう》したりければ、|八王大神《やつわうだいじん》はじめ|列座《れつざ》の|神人《かみがみ》は、ふと|気《き》がつき|四辺《しへん》を|見《み》れば、|足下《あしもと》のじるき|泥田《どろた》のなかに、|泥《どろ》まぶれになりて|坐《すわ》りゐたること|明白《めいはく》となりきたりぬ。|常世城《とこよじやう》の|大広間《おほひろま》は|巍然《ぎぜん》として|遥《はるか》の|遠方《ゑんぱう》に|聳《そび》えゐたり。|常世彦《とこよひこ》、|常世姫《とこよひめ》の|背後《はいご》には、あまたの|邪鬼《じやき》、|妖狐《えうこ》のつねに|憑依《ひようい》して|悪業《あくげふ》を|勧《すす》めつつありしが、|正義《せいぎ》の|神人《しんじん》には|勝《か》つべからず。この|時《とき》のみはさすがの|悪竜《あくりう》も|金毛九尾《きんまうきうび》の|悪狐《あくこ》も、その|魔術《まじゆつ》を|行《おこな》ふに|由《よし》なく、だます|狐《きつね》が|正義《せいぎ》の|白狐《びやくこ》にすつかりだまされて、|拭《ぬぐ》ふべからざる|末代《まつだい》の|愧《はぢ》を|天地《てんち》にさらしたるなり。
ここに|目覚《めざ》めたる|八王大神《やつわうだいじん》|以下《いか》|満座《まんざ》の|神人《かみがみ》は、|第一《だいいち》に|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|認許《にんきよ》を|得《え》ざれば、|何事《なにごと》も|成就《じやうじゆ》せざることを|心底《しんてい》より|悟了《ごれう》し、|第三回《だいさんくわい》の|会議《くわいぎ》よりは、|天地《てんち》の|大神《おほかみ》にたいして|祝詞《のりと》を|奏上《そうじやう》し|供物《くもつ》を|献《けん》じ、|神界《しんかい》の|許《ゆる》しを|得《え》て、その|後《のち》に|何事《なにごと》にも|着手《ちやくしゆ》すべきものなることを、|深《ふか》く|感得《かんとく》したりける。
(大正一〇・一二・一七 旧一一・一九 出口瑞月)
第一一章 |敬神《けいしん》の|自覚《じかく》〔一六一〕
|常世彦《とこよひこ》をはじめ|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|神司《かみがみ》は、|天地《てんち》の|大神《おほかみ》の|神慮《しんりよ》に|反《はん》し、|律法《りつぱふ》を|軽視《けいし》し、この|大会議《だいくわいぎ》を|開催《かいさい》し|又《また》は|参列《さんれつ》し、|大神《おほかみ》の|神慮《しんりよ》を|怒《いか》らせたてまつり、|意外《いぐわい》の|失敗《しつぱい》を|招《まね》きたるに|悔悟《くわいご》の|心《こころ》を|起《おこ》し、ここに|諸神司《しよしん》は|大会議《だいくわいぎ》の|開催《かいさい》に|先《さき》だち、まづ|天地《てんち》の|大元霊《だいげんれい》たる|天之御中主《あめのみなかぬし》の|大神《おほかみ》|一名《いちめい》|大国治立尊《おほくにはるたちのみこと》を|奉祀《ほうし》し、|山野河海《さんやかかい》の|珍《うま》し|物《もの》を|献《けん》じ、|大神《おほかみ》の|守護《しゆご》のもとに|至誠《しせい》|至実《しじつ》の|神聖《しんせい》なる|大会議《だいくわいぎ》を|開催《かいさい》せむことを|期《き》せずして|感得《かんとく》し、|天地《てんち》の|大神《おほかみ》の|畏《おそ》るべきを|自覚《じかく》したり。|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》には、
『|省《かへり》みよ。|耻《は》ぢよ。|畏《おそ》れよ。|悔《く》い|改《あらた》めよ。|克《よ》く|覚《さと》れよ』
との|五ケ条《ごかでう》の|内面的《ないめんてき》|戒律《かいりつ》あり、これを|的確《てきかく》に|遵守《じゆんしゆ》せざるべからざることを|自覚《じかく》したり。これぞまつたく|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|大神《おほかみ》の、|甚深微妙《じんしんびめう》なる|恩恵《おんけい》の|鞭《むち》なりにける。
|諸神人《しよしん》はここに|翻然《ほんぜん》として|前非《ぜんぴ》を|悔《く》い|改《あらた》め、わが|心胸《しんきよう》に|手《て》をあてて|反省《はんせい》し、|各自《かくじ》の|思慮《しりよ》の|浅薄《せんぱく》にして|無智《むち》なりしを|耻《は》ぢ、|天地《てんち》|主宰《しゆさい》の|大神《おほかみ》の|威厳《ゐげん》の|犯《をか》すべからざるを|畏《かしこ》み、|邪《じや》は|正《せい》に|敵《てき》しがたき|大真理《だいしんり》をおのづから|覚《さと》り|得《え》たりけり。
|八王大神《やつわうだいじん》は、ここに|地《ち》の|高天原《たかあまはら》なるヱルサレムの|聖地《せいち》を|蹂躙《じうりん》し、あはよくば|漸進的《ぜんしんてき》に|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》までも|退去《たいきよ》せしめ、みづから|国治立命《くにはるたちのみこと》の|職権《しよくけん》を|奪《うば》はむとする|方法《はうはふ》|手段《しゆだん》として、|盤古大神《ばんこだいじん》を|擁立《ようりつ》して|時《とき》を|待《ま》つて|盤古大神《ばんこだいじん》を|押《お》しこめ|万古不易的《ばんこふえきてき》に|八王大神《やつわうだいじん》の|神政《しんせい》を|樹立《じゆりつ》せむことを|企《くはだ》ててゐたるに、|今回《こんくわい》の|失敗《しつぱい》に|八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》は|本心《ほんしん》に|立復《たちかへ》り、|常世姫《とこよひめ》もまた|夫《をつと》とともに『|悔《く》い|改《あらた》め』の|心《こころ》をおこしける。ここに|八王大神《やつわうだいじん》は、|国祖《こくそ》の|地位《ちゐ》を|奪《うば》はむとするの|大陰謀《だいいんぼう》のみは|断念《だんねん》したれども、|国祖《こくそ》を|奉《ほう》じてみづから|聖地《せいち》の|宰相神《さいしやうしん》たらむとするの|目的《もくてき》のみは|夢寐《むび》にも|忘《わす》れざりける。
|第二回《だいにくわい》の|議席《ぎせき》に|現《あら》はれ、|侃々諤々《かんかんがくがく》の|雄弁《ゆうべん》を|振《ふる》ひ、|満座《まんざ》の|神人《しんじん》をして|舌《した》を|捲《ま》かしめたる|春日姫《かすがひめ》と|八島姫《やしまひめ》の|二《に》|女性《ぢよせい》は、その|実《じつ》は|白狐《びやくこ》の|高倉《たかくら》と|旭《あさひ》なりき。|二女《にぢよ》に|化《くわ》したる|白狐《びやくこ》は、|大道別《おほみちわけ》の|周到《しうたう》なる|妙策《めうさく》に|出《い》でたるものにして、いはば|邪神《じやしん》の|野望《やばう》を|破壊《はくわい》せむための|反間苦肉《はんかんくにく》の|神策《しんさく》にして、|敵本《てきほん》|主義《しゆぎ》の|謀略《ぼうりやく》に|出《い》でたるものなりき。この|白狐《びやくこ》の|今後《こんご》の|行動《かうどう》こそ|実《じつ》に|面白《おもしろ》き|見《み》ものなるべし。
いよいよ|第三回《だいさんくわい》の|会議《くわいぎ》を|開《ひら》かむと、まづ|第一《だいいち》に|常世城《とこよじやう》の|大広間《おほひろま》に|荘厳《さうごん》なる|祭壇《さいだん》は|設《まう》けられ、|海川山野《うみかはやまぬ》の|種々《くさぐさ》の|神饌《しんせん》を|供進《けうしん》せむと|衆議《しうぎ》の|結果《けつくわ》、|宮比彦《みやびひこ》を|斎主《さいしゆ》とし|美山彦《みやまひこ》その|他《た》は|斎官《さいくわん》として|神事《しんじ》に|奉仕《ほうし》し、|目出度《めでた》く|祭典《さいてん》は|執行《しつかう》されたるが、このとき|天空《てんくう》|澄《す》み|渡《わた》りて|一点《いつてん》の|雲片《うんぺん》もなく、|微風《びふう》おもむろに|吹《ふ》ききたつて|温《あたた》かに、|鳥《とり》は|艶声《えんせい》をあげて|樹木《じゆもく》の|枝《えだ》にうたひ、|得《え》も|言《い》はれぬ|芳香《はうかう》|四辺《しへん》をつつみ、|常世《とこよ》の|春《はる》の|長閑《のどか》な|景色《けしき》はさながら、|五六七《みろく》の|神政《しんせい》を|地上《ちじやう》に|移写《いしや》されたるかと|疑《うたが》はるるばかりなり。
|南瓜《かぼちや》に|目鼻《めはな》をつけたるごとき、|不景気《ふけいき》な|神人《しんじん》の|顔《かほ》も、|蕪《かぶら》や、|瓢箪《へうたん》や、|茄子《なすび》、|長瓜《ながうり》、|田芋《たいも》などに|目鼻《めはな》をつけたるごとき、|醜悪《しうあく》なる|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|神人《かみがみ》の|面色《めんしよく》も、この|時《とき》のみは、|実《じつ》に|勇気《ゆうき》と|希望《きばう》に|充《み》ち、|華《はな》やかなりけり。|神々《かみがみ》は|心《こころ》の|奥底《おくそこ》より、|無限《むげん》の|愉快《ゆくわい》と|喜悦《きえつ》とを|感得《かんとく》したりける。|大本神諭《おほもとしんゆ》に、
『|心《こころ》の|持《も》ちやう|一《ひと》つによりて|顔《かほ》の|相好《さうがう》までが|変《かは》るから、|心《こころ》の|持《も》ちやうが|一番《いちばん》|大切《たいせつ》であるぞよ』
と|喝破《かつぱ》されたるは|実《じつ》に|至言《しげん》といふべし。
いよいよ|第三回目《だいさんくわいめ》の|会議《くわいぎ》は、|諸神人《しよしん》|喜悦《きえつ》|歓呼《くわんこ》の|間《うち》にもつとも|荘厳《さうごん》に|静粛《せいしゆく》に|開《ひら》かれける。|諸神人《しよしん》は|各自《かくじ》|設《まう》けの|席《せき》に|着《つ》きぬ。この|度《たび》は|前回《ぜんくわい》のごとき|野天泥田《のてんどろた》の|会議《くわいぎ》にあらずして、|真《しん》の|常世城内《とこよじやうない》の|大広間《おほひろま》なり。|神人《かみがみ》らのうちには、|前日《ぜんじつ》の|泥田《どろた》に|懲《こ》りてか、|足《あし》をもつて|座席《ざせき》を|念《ねん》いりに|踏《ふ》みてみるもの、|手《て》を|伸《の》ばして|議席《ぎせき》を|撫《な》でまはし、|議場《ぎぢやう》の|真偽《しんぎ》を|試《ため》しみるものありき。|中《なか》には|吾《われ》と|吾身《わがみ》をつめりて|痛《いた》さを|感《かん》じ、やつと|安心《あんしん》の|胸《むね》を|撫《な》でおろすもあり。どうやら|今度《こんど》は、|真正《しんせい》の|会議場《くわいぎぢやう》であるらしいと|自語《じご》するもありぬ。|羹《あつもの》に|懲《こ》りて|鱠《なます》を|吹《ふ》くといふ|譬《たと》へは、かかる|時《とき》のことを|指《さ》したるものなるべし。|神諭《しんゆ》に、
『|国会《こくくわい》|開《びら》きは|人民《じんみん》が|何時《いつ》まで|掛《かか》りても|開《ひら》けは|致《いた》さむぞよ。|神《かみ》が|開《ひら》かな|開《ひら》けぬぞよ。|神《かみ》が|開《ひら》いて|見《み》せうぞよ。|改心《かいしん》なされ』
とあるは|実《じつ》に|千古不易《せんこふえき》の|至言《しげん》なり。|太古《たいこ》の|神人《かみがみ》さへも、|国祖《こくそ》の|御許《おゆる》しなくしては、かくのごとき|失敗《しつぱい》を|演出《えんしゆつ》するものを、|况《いは》ンや|罪悪《ざいあく》の|淵《ふち》に|沈《しづ》みたる、|体主霊従《たいしゆれいじゆう》の|人間《にんげん》の|開《ひら》く|会議《くわいぎ》においておや。|猶更《なほさら》の|事《こと》なりと|云《い》ふべし。
|常世彦《とこよひこ》は、まづ|神前《しんぜん》に|進《すす》み、|恭《うやうや》しく|拝跪《はいき》して|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》し、|静《しづ》かに|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|登《のぼ》り|謹厳《きんげん》の|態度《たいど》にて|諸神人席《しよしんせき》に|眼《まなこ》を|配《くば》りていふ。
『|吾《われ》らは|成功《せいこう》を|急《いそ》ぐのあまり、|神《かみ》に|祈願《きぐわん》したてまつり、|神助《しんじよ》の|下《もと》に|神聖《しんせい》なる|議案《ぎあん》を|討究《たうきう》することを|忘却《ばうきやく》したるがために|大神《おほかみ》の|神怒《しんど》に|触《ふ》れ、|議場《ぎぢやう》はたちまち|混乱《こんらん》に|混乱《こんらん》の|惨状《さんじやう》を|現出《げんしゆつ》し|四離滅裂《しりめつれつ》の|苦《くるし》き|経験《けいけん》を|嘗《な》めたり。いまより|吾《われ》らは|諸神人《しよしん》とともに、|悔悟《くわいご》して|世界《せかい》|平和《へいわ》のため|誠心《せいしん》|誠意《せいい》をもつて|終始《しうし》せざる|可《べか》らず。|今日《こんにち》までの|二回《にくわい》の|会議《くわいぎ》は|怪事《くわいじ》|頻々《ひんぴん》として|湧起《わきおこ》り、|一《ひと》つも|決定《けつてい》にいたらずして|幕《まく》を|閉《と》ぢたり。これ|全《まつた》く|神慮《しんりよ》に|叶《かな》はざるがための|結果《けつくわ》に|外《ほか》ならざれば、|今《いま》より|改《あらた》めて|神聖《しんせい》なる|会議《くわいぎ》を|神助《しんじよ》の|下《もと》に|開《ひら》かむ』
と|宣示《せんじ》し、|諸神人《しよしん》は|拍手《はくしゆ》して|八王大神《やつわうだいじん》の|宣示《せんじ》を|迎《むか》へたり。
このとき、|天井《てんじやう》には|微妙《びめう》の|音楽《おんがく》|聞《きこ》え、|天男天女《てんなんてんによ》は|天《あま》の|羽衣《はごろも》を|春風《はるかぜ》に|靡《な》びかせながら、|舞《ま》ひ|遊《あそ》び、|以前《いぜん》のすさまじき|猛虎《まうこ》、|悪狐《あくこ》、|獅子《しし》の|咆哮《はうかう》、|怒号《どがう》の|悪声《あくせい》や、|天《あま》の|鳥船《とりふね》の|轟《とどろ》き|渡《わた》る|示威的《じゐてき》|光景《くわうけい》に|比《くら》ぶれば、|天地霄壤《てんちせうじやう》の|差《さ》あることを|覚《おぼ》えしめける。
(大正一〇・一二・一七 旧一一・一九 出口瑞月)
第一二章 |横紙《よこがみ》|破《やぶ》り〔一六二〕
|常世城《とこよじやう》の|大広間《おほひろま》の|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》には、|八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》|泰然《たいぜん》として|現《あら》はれ、ふたたび|神界《しんかい》|永遠《ゑいゑん》の|平和《へいわ》|確立《かくりつ》のため、|八王神《やつわうじん》の|聖職《せいしよく》を|撤廃《てつぱい》し、|神人《かみがみ》|各自《かくじ》の|武装《ぶさう》を|除却《ぢよきやく》すべきことを|提案《ていあん》したり。
|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》の|重臣《ぢうしん》なる|大鷹別《おほたかわけ》は、|登壇《とうだん》するや|否《いな》や|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》に|向《むか》つて、|八王大神《やつわうだいじん》の|提案《ていあん》にたいし、|縷々《るる》|数万言《すうまんげん》を|費《つい》やしてその|提案《ていあん》を|称讃《しようさん》し、かつ、
『かくのごとき|事理明白《じりめいはく》なる|天来《てんらい》の|福音《ふくいん》にたいして、|異議《いぎ》をはさむ|神司《しんし》ありとせば、|我《われ》らは|神界《しんかい》|平和《へいわ》の|攪乱者《かくらんしや》としてこれを|排斥《はいせき》せざる|可《べか》らず。|諸神司《しよしん》はいづれも|公明正大《こうめいせいだい》にして、|天下《てんか》の|平和《へいわ》を|心底《しんてい》より|好愛《かうあい》さるる|仁義《じんぎ》の|方々《かたがた》なれば、|八王大神《やつわうだいじん》の|大慈眼《だいじがん》の|発露《はつろ》ともいふべき|今回《こんくわい》の|提案《ていあん》に|対《たい》しては、|満場《まんぢやう》|一致《いつち》もつて|本会議《ほんくわいぎ》の|大目的《だいもくてき》を|達成《たつせい》すべく|努力《どりよく》されむは|必定《ひつぢやう》なりと、|吾々《われわれ》は|堅《かた》く|信《しん》じて|疑《うたが》はざる|次第《しだい》なり。|願《ねが》はくば|賢明《けんめい》なる|諸神司《しよしん》の|一致的《いつちてき》|賛成《さんせい》を|世界《せかい》|平和《へいわ》のために|熱望《ねつばう》して|止《や》まざる|次第《しだい》なり』
と|頭上《づじやう》より|大風呂敷《おほぶろしき》をかぶせ|有無《うむ》を|言《い》はせず、|一瀉千里《いつしやせんり》の|勢《いきほひ》を|以《もつ》てこの|議案《ぎあん》を|疾風迅雷《しつぷうじんらい》|耳《みみ》を|覆《おほ》ふに|暇《いとま》なく|通過《つうくわ》せしめむとしたり。
|列座《れつざ》の|諸神司《しよしん》はまたもや|乱暴《らんばう》|極《きは》まる|議案《ぎあん》の|提出《ていしゆつ》と、|大鷹別《おほたかわけ》の|強要的《きやうえうてき》|弁舌《べんぜつ》に|不快《ふくわい》の|念《ねん》をおこし|満場《まんぢやう》|寂《せき》として、|一柱《ひとはしら》の|立《た》つて|応答《おうたふ》|弁駁《べんばく》するものなく、いづれもその|突飛《とつぴ》なる|提案《ていあん》に|呆《あき》れ|果《は》て|面上《めんじやう》にも、|形容《けいよう》しがたき|不安《ふあん》と|公憤《こうふん》の|色《いろ》ただよひぬ。|中《なか》には|隣席《りんせき》の|神司《かみ》と|眼《め》と|眼《め》を|見合《みあは》せ、その|横暴《わうばう》に|舌《した》をまくものもありける。|常世彦《とこよひこ》をはじめ、|大国彦《おほくにひこ》は|苦虫《にがむし》を|噛《か》み|潰《つぶ》したる|如《ごと》き|六ケ《むつか》しき|面構《つらがま》へを|高座《かうざ》に|曝《さら》して、|形勢《けいせい》いかんと|固唾《かたづ》を|呑《の》み|手《て》に|汗《あせ》を|握《にぎ》りて、|何人《なにびと》かの|発言《はつげん》を、もどかしげに|待《ま》ちゐたり。
このとき|天山《てんざん》の|八王《やつわう》|斎代彦《ときよひこ》は|八王大神《やつわうだいじん》にむかひ、|発言権《はつげんけん》を|求《もと》めながら|両腕《りやううで》を|振《ふ》りつつ|登壇《とうだん》したれば、|諸神司《しよしん》の|視線《しせん》は|期《き》せずしてその|一身《いつしん》に|集注《しふちう》したり。
|斎代彦《ときよひこ》は|壇上《だんじやう》に|現《あら》はれ|咳一咳《がいいちがい》し、|右《みぎ》の|手《て》の|掌《てのひら》をもつて|鼻先《はなさき》を|左《ひだり》より|右《みぎ》に|擦《こす》りあげ、そのまま|右《みぎ》の|眼瞼《まぶた》から|眼尻《めじり》にかけてツルリと|撫《な》で|次《つい》で、|洟《みづばな》を|右《みぎ》の|手《て》の|甲《かふ》にてかみ、ただちに|右《みぎ》の|乳《ちち》の|下《した》あたりの|着衣《ちやくい》に|無造作《むざうさ》に|拭《ふ》きとり、|上唇《うはくちびる》を|山形《やまがた》に|人中《じんちう》の|下《した》に|押《お》し|上《あ》げ|配列《はいれつ》|不整《ふせい》なる|赤黒《あかぐろ》き|歯《は》を|剥《む》きだし、|平素《へいそ》|得意《とくい》の|能弁《のうべん》を|活用《くわつよう》するはいまこの|時《とき》なり、との|誇《ほこ》りを|面《おもて》に|遺憾《ゐかん》なく|表白《へうはく》したりける。|元来《ぐわんらい》|斎代彦《ときよひこ》は|磊落不覊《らいらくふき》の|勇者《ゆうしや》なり。|八王大神《やつわうだいじん》の|大勢力《だいせいりよく》も|大自在天《だいじざいてん》の|権勢力《けんせいりよく》も|彼《かれ》にとつては|放屁《はうひ》の|一《ひと》つとも|思《おも》ひをらず。またもや|鼻《はな》をこすり|上《あ》げ|眼《め》を|撫《な》で|洟《みづばな》をかみ、その|手《て》を|乳《ちち》の|方《はう》で|拭《ぬぐ》ひながら、|雷声《らいせい》を|発《はつ》していふ。
『|元来《ぐわんらい》|八王大神《やつわうだいじん》かれ|何《なに》ものぞ、|大自在天《だいじざいてん》とは|彼《か》れ|果《はた》して|何《なに》ものぞ。そもそも|狐《こ》ン|怪《くわい》の|屁和怪疑《へわくわいぎ》なるものは、|天地神明《てんちしんめい》の|大御心《おほみこころ》に|出《い》でたるものに|非《あら》ずして、|神《かみ》にあらざる|神《かみ》の|発企《ほつき》に|成《な》れるものなれば、|我《われ》らをはじめ|諸神司《しよしん》は、|互《たがひ》にその|蘊蓄《うんちく》をかたむけて|各自《かくじ》の|意見《いけん》を|吐露《とろ》し|正邪《せいじや》|理非《りひ》の|根本《こんぽん》を|討覈《たうかく》し、|和衷《わちう》|協同《けふどう》して、もつて|世界《せかい》|永遠《ゑいゑん》|平和《へいわ》の|基礎《きそ》を|確立《かくりつ》せざるべからず。しかるに|何《な》ンぞや、|八王大神《やつわうだいじん》の|強要的《きやうえうてき》|宣示《せんじ》といひ、|大自在天《だいじざいてん》の|部下《ぶか》なる|大鷹別《おほたかわけ》の|傍若無人《ばうじやくぶじん》の|強圧的《きやうあつてき》|暴言《ばうげん》といひ、|殆《ほと》ンど|巨石《きよせき》を|以《もつ》て|頭上《づじやう》を|打《う》ち|砕《くだ》くに|等《とう》しき、その|言辞《げんじ》|論説《ろんせつ》の|横暴《わうばう》|無道《むだう》なる、どこに|和親《わしん》|協同《けふどう》の|精神《せいしん》がある。|平和《へいわ》を|懇望《こんもう》するの|至誠《しせい》|果《はた》していづれにあるや。|諸神司《しよしん》よ|柔順《じうじゆん》と|隠忍《いんにん》と|盲従《まうじゆう》とは|決《けつ》して|平和《へいわ》を|招来《せうらい》するものに|非《あら》ず、|諸神司《しよしん》は|本会議《ほんくわいぎ》に|対《たい》しては、|無限絶対的《むげんぜつたいてき》の|権能《けんのう》あり、しかるに|何《なに》を|苦《くる》しみてか|諸神司《しよしん》らは|斯《か》かる|大問題《だいもんだい》に|対《たい》して|沈黙《ちんもく》を|守《まも》らるるや。|諺《ことわざ》にいふ、|出《で》る|杭《くひ》は|打《う》たれ、|喬木《けうぼく》は|風《かぜ》にもまる、|如《し》かず|退《しりぞ》いて|我身《わがみ》の|安全《あんぜん》を|守《まも》らむ、とするに|如《し》かずと|卑怯《ひけふ》の|精神《せいしん》に|抑圧《よくあつ》されたまふに|非《あら》ずや、|左《さ》もなくば|八王大神《やつわうだいじん》ごとき|神司《かみ》の|勢力《せいりよく》に|恐怖《きようふ》されしに|非《あら》ずや。|八王大神《やつわうだいじん》も|神司《しんし》なれば、|諸神司《しよしん》もまた|同様《どうやう》なり、|大自在天《だいじざいてん》の|権威《けんゐ》にして、いかに|強大《きやうだい》|不可犯《ふかはん》の|趣《おもむ》きあるごとく|見《み》ゆるとも、|宇宙《うちう》の|大元霊《だいげんれい》たる|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》の、|無限絶対《むげんぜつたい》の|神威《しんゐ》と|慈心《じしん》に|比《くら》ぶれば、|象《ざう》にたいする|蚤《のみ》の|比較《ひかく》にも|如《し》かず。|我《われ》らは|大神《おほかみ》の|厳命《げんめい》にしたがひ、|天山《てんざん》の|八王《やつわう》として|神明《しんめい》の|示教《しけう》を|奉戴《ほうたい》し、|普《あまね》く|神人《しんじん》を|教化《けうくわ》し|扶掖《ふえき》す。これにたいして|虱《しらみ》にも|比《くら》べがたき|微々《びび》たる|八王大神《やつわうだいじん》、または|大自在天《だいじざいてん》を|恐《おそ》るるの|理由《りいう》あらむや。|我《われ》らの|王《わう》は|生《い》ける|真正《しんせい》の|独一神《どくいつしん》なり。|諸神司《しよしん》よ、|宇宙《うちう》はいかに|広大《くわうだい》にして|無辺《むへん》なりといへども、|畏《おそ》るべく、|信《しん》ずべく、|親《した》しむべく、|愛《あい》すべきものは|真誠《しんせい》の|活《い》ける|神《かみ》ただ|一柱《ひとはしら》あるのみ、|何《な》ンぞ|八王大神《やつわうだいじん》らの|頤使《いし》に|盲従《まうじゆう》し、|以《もつ》て|真正《しんせい》の|神《かみ》の|聖慮《せいりよ》に|背《そむ》かむや。|諸神司《しよしん》よろしく|自己《じこ》の|天授的《てんじゆてき》|聖職《せいしよく》の|神聖《しんせい》|不可犯《ふかはん》なる|理由《りいう》を|反省《はんせい》され、|神《かみ》にあらざる|神《かみ》の|圧制的《あつせいてき》|宣示《せんじ》に|盲従《まうじゆう》すること|勿《なか》れ。|大宇宙《だいうちう》にはただ|独一《どくいつ》の|真神《しんしん》なる|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》ゐますのみ。しかるに|常世彦《とこよひこ》はみづから|称《しよう》して、|王《わう》の|王《わう》たらむとし、|八王大神《やつわうだいじん》と|称《しよう》す、|真正《しんせい》の|神《かみ》ならぬ|身《み》として|八王大神《やつわうだいじん》とは|僣上《せんじやう》|至極《しごく》、|天地《てんち》|容《い》れざるの|大逆罪《だいぎやくざい》なり。|我《われ》は|今《いま》より|八王大神《やつわうだいじん》に|尊称《そんしよう》を|奉《たてまつ》らむ、|即《すなは》ち|八王《やつわう》の【お】は|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《だいじや》の|尾《を》にして、|大神《だいじん》を|台陣《だいぢん》と|敬称《けいしやう》せむ、|諸神司《しよしん》の|賛否《さんぴ》いかん』
と|弁舌《べんぜつ》|水《みづ》の|流《なが》るるごとく|説《と》き|去《さ》り|説《と》き|来《きた》つて、|平然《へいぜん》として|一座《いちざ》を|見渡《みわた》したり。|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》らは|斎代彦《ときよひこ》の|痛快《つうくわい》なる|演説《えんぜつ》に|溜飲《りういん》を|下《さ》げ、|元気《げんき》は|頓《とみ》に|加《くは》はり、|各自《かくじ》|肩《かた》のそびゆるを|覚《おぼ》えざる|程《ほど》なりき。|八王大神《やつわうだいじん》の|部下《ぶか》の|邪神《じやしん》は|喧々囂々《けんけんごうごう》として|嘲罵《てうば》し|咆哮《はうかう》し、この|演説《えんぜつ》を|極力《きよくりよく》|妨害《ばうがい》せむとせしに、|斎代彦《ときよひこ》はそれらの|妨害《ばうがい》も|嘲笑《てうせう》も|馬耳東風《ばじとうふう》と|聞《き》きながし、|滔々《たうたう》として|所信《しよしん》を|述《の》べ|了《をは》り、|右手《めて》をもつて|鼻《はな》と|目《め》をこすり、|最後《さいご》に|着衣《ちやくい》の|袖《そで》にて|洟《みづばな》の|手《て》を|拭《ぬぐ》ひながら|悠々《いういう》として|降壇《かうだん》し|自席《じせき》に|着《つ》きにける。
(大正一〇・一二・一八 旧一一・二〇 出口瑞月)
第一三章 |再転再落《さいてんさいらく》〔一六三〕
このとき|八王大神《やつわうだいじん》の|部下《ぶか》なる|八十枉彦《やそまがひこ》は、|胡麻煎型《ごまいりがた》の|禿頭《はげあたま》に|湯気《ゆげ》を|立《た》てながら、|発言権《はつげんけん》を|請求《せいきう》して|登壇《とうだん》し、|右手《みぎて》を|高《たか》く|右耳《みぎみみ》のあたりより、クルリと|左頬部《さけふぶ》を|撫《な》で|廻《まは》し、その|手《て》を|胸《むね》のあたりに|抱《かか》へるやうな|招《まね》き|猫《ねこ》よろしくといふ|恰好《かつかう》で|一寸《ちよつと》|押《おさ》へ、ややうつむきつつ|頭《あたま》を|前方《ぜんぱう》に|突《つ》きだし、|蚊《か》の|鳴《な》くやうな|歯切《はぎ》れのせぬ、|細《ほそ》い|肝声《かんせい》を|臍《へそ》の|上方《じやうはう》より|搾《しぼ》りだし、|乞食《こじき》が|物《もの》を|貰《もら》ふときの|姿勢《しせい》よろしく|承《うけたまは》り|腰《ごし》になりて、
『アヽ|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》よ』
と|一言《いちごん》を|発《はつ》したまま、|今度《こんど》は|腹《はら》をやや|前方《ぜんぱう》に|突出《つきだ》し、|左《ひだり》の|手《て》で|自分《じぶん》の|腰《こし》を|三《み》ツ|四《よ》ツ|打《う》ちながら|衝立《つつた》つかと|思《おも》ふと、またもや|腰《こし》を|曲《ま》げて|前方《ぜんぱう》に|頭《かしら》をうつむけ、|幾回《いくくわい》ともかぎりなく|繰《く》り|返《かへ》し|繰《く》り|返《かへ》し|狂態《きやうたい》を|續《つづ》けたり。あたかも|機織《はたおり》バツタの|化物然《ばけものぜん》として|滑稽《こつけい》なる|態度《たいど》を|晒《さら》しける。
|神人《かみがみ》らの|中《なか》には|可笑《おか》しさに|耐《こら》へかねて、クツクツと|吹《ふ》き|出《だ》すものさへありけり。|今《いま》まで|斎代彦《ときよひこ》の|痛快《つうくわい》なる|演説《えんぜつ》のために|緊張《きんちやう》し|切《き》つたる|議場《ぎぢやう》は|時《とき》に|取《と》つての|実《じつ》に|一種《いつしゆ》の|愛嬌《あいけう》にぞありける。
『|八十枉彦《やそまがひこ》といふは、その|名《な》のごとく|心《こころ》の|八十色《やそいろ》|百種《ひやくしゆ》に|曲《まが》つてゐるかと|思《おも》へば、|頭《あたま》も|腰《こし》も|素敵滅法界《すてきめつぱふかい》に|曲《まが》つた|奴《やつ》だ』
と|小声《こごゑ》に|囁《ささや》く|神人《かみ》もありき。|八十枉彦《やそまがひこ》は|妙《めう》な|手付《てつ》きをしながら、|憤然《ふんぜん》として|斎代彦《ときよひこ》の|言《げん》にたいして|大々的《だいだいてき》|攻撃《こうげき》を|加《くは》へ、|大勢《たいせい》を|挽回《ばんくわい》せむとし、|矢庭《やには》に|登壇《とうだん》はしたものの、にはかに|舌《した》が|釣《つ》り|上《あが》りしために、ただ|口《くち》ばかりをパクパクさせて|上唇《うはくちびる》と|下唇《したくちびる》との|衝突《しようとつ》|運動《うんどう》を|開始《かいし》したるのみ。|衣川《ころもがは》の|弁慶《べんけい》よろしくといふ|行体《ぎやうたい》にて、|壇上《だんじやう》に|機織《はたおり》バツタの|曲芸《きよくげい》を|演《えん》じ、|諸神司《しよしん》を|抱腹絶倒《はうふくぜつたう》せしめたるのみ、|一言半句《いちごんはんく》も|得出《えだ》さず、またもや|右《みぎ》の|手《て》を|右耳《みぎみみ》のうしろより|左頭部《さとうぶ》にクルリと|撫《な》で|廻《まは》し、ついでに|頭《あたま》を|三《み》ツ|四《よ》つガシガシと|掻《か》きながら、|満座《まんざ》の|中《なか》で|赤耻《あかはぢ》まで【かいて】|手持無沙汰《てもちぶさた》に|降壇《かうだん》し、こそこそとその|珍姿《ちんし》|怪体《くわいたい》を|隠《かく》したりにける。
|大自在天《だいじざいてん》の|部下《ぶか》なる|蚊取別《かとりわけ》は、|八十枉彦《やそまがひこ》の|失敗《しつぱい》に|憤慨《ふんがい》し、|会稽《くわいけい》の|耻辱《ちじよく》を|晴《は》らさばやと|焦立《いらだ》ちながら|八王大神《やつわうだいじん》にたいし|発言《はつげん》の|許可《きよか》をもとめて、|肩《かた》を|斜《ななめ》にゆすりながら|傲然《がうぜん》として|登壇《とうだん》したり。
|蚊取別《かとりわけ》にもまた|一《ひと》つの|面白《おもしろ》き|癖《くせ》ありき。|満場《まんぢやう》の|神司《かみがみ》に|向《むか》つて|一礼《いちれい》せむとし、まづ|吾《わ》が|額《ひたい》をあたかも|蚊《か》の|止《と》まれるを|打《う》ちたたくごとき|手《て》つきにて、ピシヤリと|右《みぎ》の|手《て》にて|打《う》ちながら、|屁放《へつぴ》り|腰《ごし》になりて|前方《ぜんぱう》を|見渡《みわた》し、|大文字屋《だいもんじや》の|福助《ふくすけ》に|菊石《あばた》をあしらつたごとき|御面相《ごめんさう》にて|大口《おほぐち》を|開《ひら》き、|満場《まんぢやう》を|睥睨《へいげい》し、
『アヽ|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》よ、|諸神司《しよしん》は|斎代彦《ときよひこ》の|驕慢《けうまん》|不遜《ふそん》なる|言動《げんどう》にたいしていかなる|御感想《ごかんそう》を』
と、ここまでいつて、またもや|額《ひたい》をピシヤリと|一《ひと》つ|打《う》ち、|腰《こし》をかがめ、
『|承《うけたま》はりたし、|畏《おそれおほ》くも|大宇宙《だいうちう》の|大元神《だいげんしん》たる|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》の|神霊《しんれい》を|奉祀《ほうし》し、|神明《しんめい》の』
と、ここまで|云《い》つてまたもや|額《ひたい》を|右《みぎ》の|手《て》でピシヤリと|音《おと》をさせ、|屁放《へつぴ》り|腰《ごし》を|後《うしろ》に|突《つき》だしながら、
『|御許容《ごきよよう》の|下《もと》に|開《ひら》かれたる|神聖《しんせい》なる』
とここまで|云《い》つては、またもや|止《と》まつた|蚊《か》をたたくがごとき|手《て》つきにてピシヤリとたたき、
『|大議場《だいぎぢやう》を|攪乱《かくらん》せむとする|悪逆無道《あくぎやくむだう》の|邪神《じやしん》なり。|我々《われわれ》は|議場《ぎぢやう》の|神聖《しんせい》を|保《たも》つために|先《ま》づ|第一着手《だいいちちやくしゆ》として』
とここまで|云《い》つて、またもや|額《ひたい》をピシヤリと|打《う》ちたたき、|調子《てうし》にのつて|吾《われ》と|吾《わ》が|鼻柱《はなばしら》を|拳骨《げんこつ》を|握《にぎ》りかためて|打《う》ちたたき、|眼《め》から|火《ひ》を|出《だ》し|昏迷《こんめい》して|壇上《だんじやう》より|真逆様《まつさかさま》に|顛倒《てんたふ》し|肱《ひぢ》を|折《を》り、
『イイイ|痛《い》つたーい』
と|左《ひだり》の|手《て》で|右手《めて》の|肱《ひぢ》を|撫《な》で、|涙《なみだ》をボロボロとこぼして|男神《をとこがみ》に|似合《にあは》ず、ほへ|面《づら》をかはく|可笑《おか》しさ、|神人《かみがみ》らは|周章《あは》てて|之《これ》を|担《かつ》ぎ|場外《ぢやうぐわい》に|持《も》ち|運《はこ》びけり。
ここに|八王大神《やつわうだいじん》の|一味《いちみ》なる|広依別《ひろよりわけ》は、|発言《はつげん》の|権《けん》を|求《もと》めて、|勢《いきほひ》よく|大手《おほて》を|振《ふ》つて|登壇《とうだん》したるが、|広依別《ひろよりわけ》にもまた|一《ひと》つの|妙《めう》な|癖《くせ》ありき。|彼《かれ》は|演壇《えんだん》に|立《た》つや、|両手《りやうて》を|背後《はいご》にまはし|弱腰《よわごし》の|辺《へん》にて|結《むす》び|合《あは》せ、|反身《そりみ》になつて|壇上《だんじやう》を|前後左右《ぜんごさいう》に|往来《ゆきき》しながら|演説《えんぜつ》を|始《はじ》めたりしが、|少《すこ》しく|油《あぶら》が|乗《の》り|来《きた》ると、その|往来《ゆきき》はだんだん|激烈《げきれつ》の|度《ど》をまして、|終《つひ》には|両手《りやうて》を|離《はな》し、|両《りやう》の|手《て》に|拳骨《げんこつ》を|握《にぎ》り、|一言《いちごん》|云《い》つてはポンと|卓上《たくじやう》を|乱打《らんだ》する|悪癖《あくへき》あり。
|広依別《ひろよりわけ》はその|名《な》のごとく、|壇上《だんじやう》を|広《ひろ》く|往来《ゆきき》せねば|演説《えんぜつ》の|出来《でき》ざる|奴《やつ》なり。|彼《かれ》は|列座《れつざ》の|神人《かみがみ》に|向《むか》ひ、お|玉杓子《たまじやくし》に|目鼻《めはな》をあしらつた|如《ごと》き|凹《へこ》みたる|顔《かほ》に、|田螺《たにし》のごとき|丸《まる》い|眼玉《めだま》の|持主《もちぬし》なるが、|彼《かれ》はその|丸《まる》い|眼《め》をギヨロつかせ、|右《みぎ》の|手《て》の|拇指《おやゆび》を|以《もつ》て|左《ひだり》の|眼《め》をこすりながら、
『|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》よ。|吾《われ》こそは|此《こ》の|広大《くわうだい》なる|常世《とこよ》の|国《くに》の|常世《とこよ》の|城主《じやうしゆ》、もつたいなくも|天下《てんか》に|勢力《せいりよく》|徳望《とくばう》ならびなき|八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》、|常世姫《とこよひめ》の|最寵《さいちよう》|最愛《さいあい》の|従臣《じゆうしん》にして、|常世城《とこよじやう》はおろか|常世《とこよ》の|国《くに》は|未《ま》だおろか、トコトコまでも|名《な》の|轟《とどろ》いた|常世彦《とこよひこ》の|床《とこ》の|間近《まぢか》く|侍《はべ》りたてまつる|智勇《ちゆう》|兼備《けんび》の|勇者《ゆうしや》なり。|世《よ》の|諺《ことわざ》にも|勇将《ゆうしやう》の|下《もと》に|弱卒《じやくそつ》なしとは|宜《むべ》なる|哉言《かなげん》や。|諸神司《しよしん》よ、|今度《こんど》こそは|耳《みみ》の|穴《あな》の|掃除《さうぢ》をなして、|余《よ》が|明智《めいち》の|言《げん》を|聞《き》かれよ』
と|傲然《ごうぜん》として|鼻《はな》うごめかしつつ|述《の》べ|立《た》てながら、|例《れい》の|癖《くせ》を|発揮《はつき》して|壇上《だんじやう》を|前後左右《ぜんごさいう》に|往来《ゆきき》しつつ、|卓《テーブル》を|頻《しき》りに|打《う》ちながら、グルグルと|速度《そくど》を|早《はや》めて|舞《ま》ひ|狂《くる》ふ。
|神司《かみがみ》らは|広依別《ひろよりわけ》が、|蚊取別《かとりわけ》の|二《に》の|舞《まひ》を|演《えん》ずるごとき|失態《しつたい》を|演出《えんしゆつ》せざらむかを、|汗《あせ》を|握《にぎ》つて|危《あやぶ》み、その|身体《しんたい》のみを|凝視《ぎようし》し|居《ゐ》たるが|広依別《ひろよりわけ》は、その|演説《えんぜつ》に|油《あぶら》がのり|来《き》たり、いよいよますます|猛烈《まうれつ》に|舞《ま》ひ|狂《くる》ふその|態度《たいど》を、|神人《かみがみ》らは|半笑半危《はんせうはんき》の|態《てい》にて|打《う》ち|眺《なが》め|居《ゐ》たる。|広依別《ひろよりわけ》は|図《づ》に|乗《の》り|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ、|愚論《ぐろん》|迂説《うせつ》を|連発《れんぱつ》しながら、|踏《ふ》み|外《はづ》して|壇上《だんじやう》より|転落《てんらく》し、|蚊取別《かとりわけ》|同様《どうやう》に|右《みぎ》の|肱《ひぢ》を|折《を》り|挫《くじ》き、|神司《かみがみ》らに|担《かつ》がれてまたもや|場外《ぢやうぐわい》に|運《はこ》ばれにけり。|斯《か》くも|邪説《じやせつ》を|吐《は》く|邪神《じやしん》の|不可思議《ふかしぎ》なる|運命《うんめい》に|遭遇《さうぐう》するの|悲劇《ひげき》は|果《はた》して|何《なに》ものの|所為《しよゐ》なりや。|量《はか》り|知《し》るべからざるなり。
(大正一〇・一二・一八 旧一一・二〇 出口瑞月)
第一四章 |大怪物《だいくわいぶつ》〔一六四〕
ここに|大島別《おほしまわけ》の|従臣《じゆうしん》たる|玉純彦《たますみひこ》は、|八王大神《やつわうだいじん》の|許《ゆる》しを|得《え》て|威勢《ゐせい》よく|登壇《とうだん》し、|笑顔《ゑがほ》を|湛《たた》へながら|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》の|首《くび》を|一々《いちいち》|実検《じつけん》におよび、|両肩《りやうかた》をわざと|聳《そび》やかしながら、
『アヽ|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》よ、|耳《みみ》の|穴《あな》の|清潔法《せいけつはふ》を|執行《しつかう》し、|風通《かぜとほ》しを|良《よ》くして|以《もつ》て、|吾《わ》が|述《の》ぶるところの|高論卓説《かうろんたくせつ》を|謹聴《きんちやう》せられよ。|我《われ》こそは、|南高山《なんかうざん》に|隠《かく》れなき|雷名《らいめい》|天地《てんち》に|轟《とどろ》き|渡《わた》る|八王神《やつわうじん》|大島別《おほしまわけ》の|第一《だいいち》の|重臣《ぢうしん》のその|従臣《じゆうしん》、|又《また》その|従臣《じゆうしん》なる|玉純彦《たますみひこ》とは|我《わ》がことなり。|日《ひ》は|照《て》るとも|曇《くも》るとも、|常世《とこよ》の|城《しろ》は|焼《や》けるとも、|南高山《なんかうざん》の|名城《めいじやう》さへ|無事《ぶじ》ならば|毫《がう》も|痛痒《つうよう》を|感《かん》ぜず、|笑《わら》つてこれを|看過《かんくわ》するといふ|鷹揚《おうよう》|至極《しごく》の|大英傑《だいえいけつ》|大胆者《だいたんもの》の|玉純彦《たますみひこ》なるぞ。|諺《ことわざ》にも|勇将《ゆうしやう》の|下《した》に|弱卒《じやくそつ》|無《な》し、|臍《へそ》の|下《した》に|乳房《ちぶさ》なし、|口《くち》の|下《した》に|眼《め》なし、ただ|眼《まなこ》と|口《くち》の|間《あひだ》には、かくのごとき|高《たか》き|鼻《はな》あるのみ』
と|言《い》ひつつ|右手《めて》の|指《ゆび》を|固《かた》めて|拳《こぶし》となし、その|拳《こぶし》を|吾《わが》|鼻《はな》の|上《うへ》におき、|左《ひだり》の|手《て》の|指《ゆび》を|固《かた》めて|前《まへ》の|如《ごと》く|拳骨《げんこつ》を|造《つく》り、|右手《めて》の|上《うへ》に|重《かさ》ねて、またもや|右《みぎ》の|手《て》を|抜《ぬ》いては|左《ひだり》の|手《て》の|上《うへ》に|重《かさ》ね|又《また》|左手《ひだりて》を|抜《ぬ》いては|右手《めて》の|拳《こぶし》の|上《うへ》に|重《かさ》ね、|交《かは》る|交《がは》る|手《て》を|抜《ぬ》きては|重《かさ》ね|腕《うで》を|上前方《じやうぜんぱう》に|伸長《しんちやう》して、
『|我《われ》はかくの|如《ごと》き|鼻《はな》の|高《たか》き|英雄《えいゆう》なれば、|南高山《なんかうざん》の|鼻形役者《はながたやくしや》と|持《も》てはやさるる、|花《はな》も|実《み》もある|尊《たふと》きものなるぞ。|花《はな》の|都《みやこ》の|花《はな》と|謳《うた》はれしは、|智仁勇《ちじんゆう》|兼備《けんび》の|誉《ほまれ》を|恣《ほしいまま》にする|吾《わが》|玉純彦《たますみひこ》のことなり。|吾《わが》|素性《すじやう》を|聞《き》いて|胆《きも》を|潰《つぶ》し、|壇上《だんじやう》より|転落《てんらく》し、|肱《ひぢ》を|折《を》り|挫《くじ》かざる|様《やう》、|登壇《とうだん》さるる|諸神人《しよしん》にたいし|忠告《ちゆうこく》を|与《あた》ふ』
と、|広依別《ひろよりわけ》もどきにさも|横柄《わうへい》にかまへ、またもや|以前《いぜん》のごとく|両手《りやうて》の|拳《こぶし》を|交《かは》る|交《がは》る|鼻《はな》の|先《さき》に|高《たか》く|重《かさ》ねながら、|手《て》を|振《ふ》り|足《あし》|踏《ふ》みとどろかし、|品《ひん》よく|面白《おもしろ》く|踊《をど》りながら、|即座《そくざ》に|口《くち》から|出《で》まかせの|歌《うた》を|作《つく》りける。その|歌《うた》、
『|狐《こ》ン|狐《こ》ン|痴奇珍《ちきちん》|狐《こ》ン|痴奇珍《ちきちん》  |抑《そもそも》|狐《こ》ン|度《ど》の|大怪議《だいくわいぎ》
|常世《とこよ》の|国《くに》の|常世彦《とこよひこ》  |常世《とこよ》の|姫《ひめ》の|狐《こ》ン|胆《たん》で
ヤツト|開《ひら》けた|狐《こ》ン|怪《くわい》の  |真怪屁和《しんくわいへいわ》のそのために
|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の  |寄《よ》りに|寄《よ》つたる|痴甚幽《ちじんいう》
|惨得犬尾《さんとくけんび》の|誤醜怪《ごしうくわい》  |恐《おそ》れ|入谷《いりや》の|鬼子母神《きしもじん》
|鬼《おに》や|悪蛇《あくじや》の|御念仏《ごねんぶつ》  アカンアカンと|鳴《な》る|鐘《かね》は
|弥勒三会《みろくさんゑ》の|鐘鳴《かねな》らで  |地獄《ぢごく》の|門《もん》を|押《お》し|開《ひら》く
|合図《あひづ》とかねてきく|耳《みみ》の  |耳《みみ》と|舌《した》とは|極楽《ごくらく》へ
|上《のぼ》る|壇上《だんじやう》は|針《はり》の|山《やま》  |足並《あしなみ》|痛《いた》く|揃《そろ》はぬは
|妙痴奇珍《めうちきちん》の|珍怪議《ちんくわいぎ》  |泥田《どろた》や|野天《のてん》で|法螺《ほら》を|吹《ふ》く
|尾《を》も|白狸《しろたぬき》の|腹《はら》つづみ  |神《かみ》の|面《つら》には|泥《どろ》をぬり
どこもかしこも|泥田《どろた》ン|坊《ぼう》  |泥《どろ》つくどんどん|泥《どろ》まぶれ
|泥《どろ》に|酔《よ》ふたる|鮒《ふな》のごと  |泥吐《どろは》かされて|笑《わら》はれる
|狐《こ》ンな|馬鹿《ばか》げた|失態《しつたい》は  |常世《とこよ》の|何処《いづこ》を|探《さが》しても
またと|有《あ》るまい|赤愧《あかはぢ》と  あたまを|掻《か》いて|仰天《ぎやうてん》し
|見《み》れば|天《てん》には|天《あま》の|川《かは》  |数千万《すうせんまん》の|星《ほし》の|影《かげ》
ほしいほしいは|神界《しんかい》の  |総統権《そうとうけん》と|咽《のど》|鳴《な》らす
|猫《ねこ》を|被《かぶ》つた|常世彦《とこよひこ》  |常夜《とこよ》の|暗《やみ》の|常世姫《とこよひめ》
さぞや|心《こころ》は|細引《ほそびき》の  |褌《まはし》のやうに|右左《みぎひだり》
|外《はづ》れた|目算《もくさん》|桁違《けたちが》ひ  |春日《かすが》の|森《もり》の|古狐《ふるぎつね》
|喰《くは》へて|振《ふ》られたモスコーの  |道貫彦《みちつらひこ》の|面《つら》の|皮《かは》
かはいかはいの|春日姫《かすがひめ》  |長《なが》い|尻尾《しつぽ》に|尻《しり》の|毛《け》を
|抜《ぬ》かれて|八王《やつわう》の|聖職《せいしよく》を  |捨《す》てるといつた|腰抜《こしぬ》けの
|尻《しり》からはげて|泥《どろ》の|中《なか》  なかぬ|斗《ばか》りの|顔《かほ》つきで
あつもの|食《く》つて|懲《こ》りこりし  |鱠《なます》を|吹《ふ》いた|可笑《おか》しさよ
|南高山《なんかうざん》は|名《な》にし|負《お》ふ  |難攻不落《なんこうふらく》の|鉄城《てつじやう》と
|天下《てんか》にほこりし|八王《やつわう》の  |大島別《おほしまわけ》の|尻《しり》の|毛《け》は
|八島《やしま》の|狐《きつね》につままれて  |一本《いつぽん》も|残《のこ》らず|抜《ぬ》き|取《と》られ
|城《しろ》よりか|己《おの》れ|真先《まつさき》に  あばずれ|姫《ひめ》の|春日女《かすがめ》の
|愛《あい》におぼれて|無残《むざん》にも  |自《みづか》ら|八王《やつわう》の|聖職《せいしよく》を
|落《おと》す|盲目《めくら》の|常夜城《とこよじやう》  |野天《のてん》の|泥田《どろた》に|落《おと》されて
からしが|利《き》いたか|双《さう》の|眼《め》に  |涙《なみだ》|落《おと》した|可笑《おか》しさよ
|禿《は》げたあたまは|光《ひか》れども  |心《こころ》の|魂《たま》は|光《ひか》りなし
|早《はや》く|身魂《みたま》を|研《みが》きあげ  |玉純彦《たますみひこ》の|神《かみ》となり
|聖地《せいち》の|神《かみ》に|謝罪《しやざい》せよ  それが|厭《いや》なら|我前《わがまへ》に
|三度《さんど》も|四度《よんど》も|尻《しり》まくり  ワンワンワンと|声《こゑ》|高《たか》く
ほえて|廻《まは》れよ|禿八王《はげやつわう》  |時世時節《ときよじせつ》と|云《い》ひながら
|斎代《ときよ》の|彦《ひこ》の|鼻神《はなかみ》は  |鼻《はな》をこすつて|眼《め》をこすり
|寝《ね》とぼけ|顔《がほ》の|寝言《ねごと》をば  |百万陀羅尼《ひやくまんだらに》と|蝶舌《しやべ》り|立《た》て
|口先《くちさき》ばかりの|大神楽《だいかぐら》  |獅子《しし》の|舞《まひ》ならよからうが
|奇想天外《きさうてんぐわい》|天山《てんざん》の  |八王《やつわう》の|神《かみ》の|唐威張《からゐばり》
|心《こころ》の|底《そこ》はドキドキと  |轟《とどろ》き|震《ふる》ふた|斎代彦《ときよひこ》
|何《なに》を|柚《ゆう》やら|蜜柑《みかん》やら  キンカン|桝《ます》で|量《はか》るやら
はかり|知《し》られぬ|底《そこ》ぬけの  |池《いけ》の|鮒《ふな》とぞならにやよい
|生血《いきち》を|搾《しぼ》り|吸《す》ひに|来《く》る  |蚊取別神《かとりわけがみ》|壇上《だんじやう》に
|現《あら》はれ|出《い》でて|灰猫《はひねこ》の  |手水《てうづ》を|使《つか》ふその|恰好《かつかう》
ツルリと|撫《な》でた|黒《くろ》い|顔《かほ》  ピシヤリとたたいて|鼻柱《はなばしら》
|吾《われ》と|吾手《わがて》で|打《う》ち|懲《こ》らし  |眼《め》から|火《ひ》を|出《だ》し|肱《ひぢ》を|折《を》り
|痛《い》つたいいたいと|男泣《をとこな》き  |気《き》の|毒《どく》なりける|次第《しだい》なり
|八十枉彦《やそまがひこ》の|腰《こし》まがり  |心《こころ》も|鼻《はな》も|首筋《くびすぢ》も
|能《よ》く|能《よ》く|揃《そろ》ふた|曲津神《まがつかみ》  |機織《はたおり》バツタの|化物《ばけもの》か
|稀代《きだい》の|珍姿怪体《ちんしくわいたい》を  もれなく|高座《かうざ》に|曝《さら》したり
|広依別《ひろよりわけ》のウロウロと  |前後左右《ぜんごさいう》に|壇上《だんじやう》に
|大法螺《おほぼら》|吹《ふ》いて|舞《ま》ひ|狂《くる》ひ  |蚊取《かとり》の|別《わけ》の|二《に》の|舞《まひ》を
|演《えん》じてまたもや|赤耻《あかはぢ》を  かいてかかれて|場外《ぢやうぐわい》へ
|投《な》げ|出《い》だされし|愚《おろか》さは  |余所《よそ》の|見《み》る|目《め》も|憐《あはれ》なり
|余所《よそ》の|見《み》る|目《め》も|憐《あはれ》なり  |狐《こ》ン|狐《こ》ン|痴奇珍《ちきちん》|狐《こ》ン|痴奇珍《ちきちん》』
|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》は|玉純彦《たますみひこ》の|面白《おもしろ》き|節《ふし》にて|謳《うた》ふその|美声《びせい》に|酔《よ》はされ、|神聖《しんせい》なる|議席《ぎせき》にあるを|忘《わす》れて、ただ|口《くち》のみ、あんぐりとし|耳《みみ》を|澄《す》まし、|目《め》を|見張《みは》りゐたりける。
ふと|面《おもて》を|上《あ》ぐれば、|今《いま》まで|玉純彦《たますみひこ》と|見《み》えしは|謬《あやま》りにて、|仁王《にわう》にまがふ|骨格《こつかく》たくましき|荒神《あらがみ》は、|鏡《かがみ》のごとき|両眼《りやうがん》をカツと|見開《みひら》き、|太《ふと》き|鉄棒《てつぼう》をひつさげ|壇上《だんじやう》に|衝立《つつた》ちながら、|八王大神《やつわうだいじん》の|方《はう》を|見《み》つめて|火焔《くわえん》のごとき|舌《した》を|吐《は》き|出《だ》しヂリヂリと|攻《せ》めよるにぞ、さすがの|常世彦《とこよひこ》も|満座《まんざ》の|諸神司《しよしん》もこの|光景《くわうけい》に|荒胆《あらぎも》をくじかれ、|顔色《がんしよく》|土《つち》のごとくに|変《へん》じ、わなわなと|地震《ぢしん》の|孫《まご》の|火事《くわじ》|見舞《みまひ》のやうに|震《ふる》ひ|出《だ》しける。この|荒神《あらかみ》は|次第々々《しだいしだい》に|煙《けむり》のごとく|成《な》りて|消《き》えたまひける。|日《ひ》は|常世《とこよ》の|西山《せいざん》に|舂《うすづ》きて、|早《はや》くも|黄昏《たそがれ》つぐる|長鳴鶏《ながなきどり》の|声《こゑ》とともに、|第三日目《だいさんにちめ》の|大会議《だいくわいぎ》はまたもや|有耶無耶《うやむや》に|閉《と》ぢられたりにけり。|玉純彦《たますみひこ》は|依然《いぜん》として|此《こ》の|間《あいだ》|自席《じせき》に|眠《ねむ》りを|貪《むさぼ》りゐたるなり。そのため、この|光景《くわうけい》を|夢《ゆめ》にも|知《し》らざりける。はたして|何神《なにがみ》の|化身《けしん》なりしぞ。この|怪物《くわいぶつ》の|正体《しやうたい》はいつの|日《ひ》か|氷解《ひようかい》さるるならむ。|神諭《しんゆ》に|示《しめ》されたる|三千世界《さんぜんせかい》の|大化者《おほばけもの》とは|如何《いか》なる|神《かみ》にましますか、たいてい|推知《すゐち》し|得《う》べきなり。
(大正一〇・一二・一八 旧一一・二〇 出口瑞月)
第一五章 |出雲舞《いづもまひ》〔一六五〕
|天気《てんき》|清朗《せいらう》にして|蒼空《さうくう》|一天《いつてん》の|雲片《うんぺん》もなく、|東風《とうふう》|徐《おもむ》ろに|地上《ちじやう》を|撫《な》で|擦《さす》り、ロッキー|山《ざん》は|新装《しんさう》をこらして|高《たか》く|雲表《うんぺう》にそびえ、|満山《まんざん》|満野《まんや》の|草木《さうもく》はおのおのその|艶麗《えんれい》を|競《きそ》ひ、その|枝葉《えだは》は|黄紅《わうこう》、|白紫《はくし》、|赤黒《せきこく》、|青緋《せいひ》の|花《はな》を|咲《さ》かせ、|芳香馥郁《はうかうふくいく》として、|宛《さなが》らエデンの|花園《はなぞの》にさも|似《に》たり。|百鳥《ひやくてう》|羽《はね》ゆるやかに|〓翔《こうしよう》し、|蝶《てふ》は|花《はな》をたづねて|四方《よも》の|原野《げんや》に|翩翻《へんぽん》とし、|陽炎《かげろう》のまたたき|悠々《ゆうゆう》として|春風《はるかぜ》になびき、|神人《しんじん》みな|喜悦《きえつ》の|色《いろ》に|満《み》つ|常世《とこよ》の|長閑《のどか》な|春《はる》の|光景《くわうけい》、|天地《てんち》|神人《しんじん》をして|思《おも》はず|歌《うた》ひ|舞《ま》ひ|踊《をど》らしめむとするに|致《いた》る。かかる|心地《ここち》よき|空《そら》に|巍然《ぎぜん》として|聳《そび》えたてる|常世城《とこよじやう》の|大広間《おほひろま》には、|前日《ぜんじつ》の|失敗《しつぱい》に|省《かへり》み、|八王大神《やつわうだいじん》をはじめ|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》、|国魂《くにたま》の|数々《かずかず》は|各自《かくじ》の|議席《ぎせき》についた。|八王大神《やつわうだいじん》は|温顔《おんがん》に|笑《ゑ》みを|湛《たた》へて|例《れい》のごとく、|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に|常世姫《とこよひめ》、|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》を|随《したが》へ、|粛々《しゆくしゆく》として|登壇《とうだん》したり。|末席《まつせき》より|登壇《とうだん》を|請求《せいきう》したるは|出雲姫《いづもひめ》なりき。|出雲姫《いづもひめ》は|長閑《のどか》なる|常世《とこよ》の|春《はる》を|讃美《さんび》し、
『これぞ|全《まつた》く|八王大神《やつわうだいじん》|盛徳《せいとく》の|致《いた》す|所《ところ》にして、|昨日《きのふ》に|変《かは》る|今日《けふ》の|空《そら》の|色《いろ》、|心《こころ》にかかる|叢雲《むらくも》も|無《な》し。|嗚呼《ああ》これ|天国《てんごく》か、|浄土《じやうど》か、|将《は》た|楽園《らくゑん》か。アヽかかる|尊《たふと》き|瑞祥《ずゐしやう》を|妾《わらは》は|祝《いは》ひ|奉《たてまつ》らむ』
と、|手《て》を|拍《う》ち|節《ふし》|面白《おもしろ》く|歌《うた》ひ|出《だ》したり。その|歌《うた》、
『|至美《しび》と|至楽《しらく》の|神《かみ》の|世《よ》は  |百千万歳億兆《ひやくせんまんざいおくてう》の
|月日《つきひ》を|経《ふ》るも|変《かは》らざれ  |神《かみ》の|経綸《しぐみ》は|天地《あめつち》の
あらむ|限《かぎ》りは|常永《とこしへ》に  |動《うご》かざれども|空蝉《うつせみ》の
|世《よ》は|紫陽花《あぢさい》の|七変《ななかは》り  |変《かは》り|果《は》てたる|今《いま》の|世《よ》も
|昔《むかし》も|一度《いちど》はこのごとき  |瑞祥至慶《ずゐしやうしけい》の|世《よ》ありけり
|常世《とこよ》の|国《くに》の|常世彦《とこよひこ》  |常世《とこよ》の|姫《ひめ》は|何《なに》ものぞ
|尊《たふと》き|神《かみ》の|裔《すゑ》なれど  |心《こころ》の|空《そら》の|曇《くも》り|切《き》り
|天足《あだる》と|胞場《えば》の|御魂《みたま》より  |生《うま》れ|出《い》でたる|八頭《やつがしら》
|八尾《やつを》の|大蛇《をろち》の|邪霊《まがつみ》や  |金毛九尾《きんまうきうび》|白面《はくめん》の
|常世《とこよ》の|悪狐《あくこ》に|魅《み》せられて  |体主霊従《たいしゆれいじゆう》の|目的《もくてき》を
|達成《たつせい》せむと|執拗《しつえう》に  |聖地《せいち》|聖城《せいじやう》|蹂躙《じうりん》し
イスカの|嘴《はし》の|喰《く》ひ|違《ちが》ひ  |是非《ぜひ》なく|常世《とこよ》へ|逃《に》げ|帰《かへ》り
|暴威《ばうゐ》を|振《ふ》るひ|四方山《よもやま》の  |尾《を》の|上《へ》に|守《まも》る|八王《やつわう》や
|国魂司《くにたまがみ》や|諸神司《ももがみ》を  |常世《とこよ》の|城《しろ》に|甘言《かんげん》を
もつて|誘《いざ》なひ|召《よ》び|集《あつ》め  |集《あつ》まる|八王八頭《やつわうやつがしら》
|国魂《くにたま》その|他《た》の|神人《かみ》の|数《かず》  |嘘《うそ》は|八百余柱《はつぴやくよはしら》の
|頭顱《あたま》の|光《ひかり》ピカピカと  |甚《いた》く|輝《かがや》く|稲妻《いなづま》の
またたきする|間《ま》も|長《なが》の|日《ひ》の  |常世《とこよ》の|城《しろ》に|神集《かむつど》ひ
|集《つど》ひて|議《はか》る|眼目《がんもく》は  |八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》
|永《なが》い|奸計《たくみ》を|達《たつ》せむと  |千々《ちぢ》に|心《こころ》を|砕《くだ》きたる
その|甲斐《かひ》ありや|有難《ありがた》や  |常世会議《とこよくわいぎ》は|常永《とこしへ》に
|和親《わしん》|破壊《はくわい》の|魁《さきがけ》と  なり|渡《わた》らひて|雷《いかづち》の
|轟《とどろ》くばかり|四方《よも》の|空《そら》  |海《うみ》の|底《そこ》まで|破《わ》れ|鐘《がね》の
ひびき|鳴戸《なると》や|瀬戸《せと》の|海《うみ》  かへて|干《ほ》す|世《よ》はありとても
|常世《とこよ》の|国《くに》のこの|会議《くわいぎ》  |松《まつ》の|嵐《あらし》となりぬべし
|松《まつ》の|嵐《あらし》や|浪《なみ》の|音《おと》  |声《こゑ》を|限《かぎ》りに|天地《あめつち》の
|神《かみ》に|救《すく》ひを|祈《いの》る|世《よ》は  アヽまだ|遠《とほ》き|常暗《とこやみ》の
|常世会議《とこよくわいぎ》ぞ|頼《たの》みなき  |頼《たの》みなき|世《よ》に|杖《つゑ》となり
|力《ちから》となるは|天地《あめつち》を  |造《つく》りかためし|国《くに》の|祖《おや》
|国治立《くにはるたち》の|神《かみ》のみぞ  |神《かみ》は|議場《ぎぢやう》に|祭《まつ》れども
|許《ゆる》し|無《な》ければ|空《から》の|宮《みや》  |常世《とこよ》の|神《かみ》のからくりは
|見《み》よみよ|今《いま》に|根底《ねそこ》より  くつがへされむヱルサレム
|聖地《せいち》を|守《まも》る|天使長《てんしちやう》  |広宗彦《ひろむねひこ》の|執成《とりな》しを
|威力《ゐりよく》に|任《まか》せ|無視《むし》したる  |報《むく》ひは|厳《きび》しく|眼《ま》の|当《あた》り
|国治立《くにはるたち》の|神力《しんりき》に  |打《う》たれて|転《ころ》ぶ|神人《しんじん》の
|八十枉彦《やそまがひこ》や|蚊取別《かとりわけ》  |広依別《ひろよりわけ》の|三《さん》の|舞《ま》ひ
|八王大神《やつわうだいじん》|村肝《むらぎも》の  |心《こころ》を|洗《あら》へ|神《かみ》の|前《まへ》
|心《こころ》を|洗《あら》へ|神《かみ》の|前《まへ》』
|容姿《ようし》|端麗《たんれい》にして|一種《いつしゆ》の|威厳《ゐげん》を|具《そな》へたる|出雲姫《いづもひめ》は、|衆神司《しうしん》|環視《くわんし》の|壇上《だんじやう》に|長袖《ちやうしう》しとやかに|舞《ま》ひ|歌《うた》ひける。
(大正一〇・一二・一九 旧一一・二一 出口瑞月)
(第九章〜第一五章 昭和一〇・一・二〇 於日奈久町泉屋旅館 王仁校正)
第三篇 |正邪《せいじや》|混交《こんかう》
第一六章 |善言美辞《ぜんげんびじ》〔一六六〕
|出雲姫《いづもひめ》は|口演《こうえん》に|代《か》へ|優雅《いうが》と、|皮肉《ひにく》との|混交歌《こんかうか》を|歌《うた》つて、|自己《じこ》の|憤怒《ふんど》と、|所信《しよしん》とを|遺憾《ゐかん》なく、|諸神司《しよしん》の|前《まへ》に|訴《うつた》へたるにぞ、|常世彦《とこよひこ》、|常世姫《とこよひめ》は|心中《しんちゆう》|甚《はなは》だ|面白《おもしろ》からず、|冷然《れいぜん》として|出雲姫《いづもひめ》の|歌《うた》を|聞《き》くともなしに|聞《き》き|入《い》りにける。
|凡《すべ》て|歌《うた》は|天地神明《てんちしんめい》の|聖慮《せいりよ》を|和《やはら》げ、|万有《ばんいう》に|陽気《やうき》を|与《あた》へ、|神人《しんじん》の|心魂《しんこん》を|照《て》り|明《あ》かす|言霊《ことたま》の|精華《せいくわ》なり。ゆゑに|常世彦《とこよひこ》もこれに|向《むか》つて|憤怒《ふんど》を|発《はつ》し、|叱責《しつせき》するの|余地《よち》|無《な》かりしなり。
|現代《げんだい》の|人間《にんげん》|同士《どうし》の|会議《くわいぎ》は、すべて|言論《げんろん》のみを|用《もち》ゐ、|決《けつ》して|歌《うた》なぞの|風雅《ふうが》の|声《こゑ》に|耳《みみ》を|藉《か》すものはなく、|却《かへ》つてこれを|禁止《きんし》するにいたれり。それゆゑに|現代《げんだい》の|会議《くわいぎ》は|何事《なにごと》にも|口角泡《こうかくあわ》を|飛《と》ばし、|眼《め》を|釣《つ》り|争論《そうろん》の|花《はな》を|散《ち》らせ、|鎬《しのぎ》をけづりて|快哉《くわいさい》を|叫《さけ》び、|如何《いか》なる|問題《もんだい》に|関《くわん》しても|言葉《ことば》|冷《つめ》たく|尖《する》どく|不平《ふへい》|不満《ふまん》の|間《あひだ》に|優勝劣敗的《いうしようれつぱいてき》|多数決《たすうけつ》てふ、|衆愚《しうぐ》|本位《ほんゐ》の|議決《ぎけつ》に|甘《あま》ンじ|居《を》らざるべからず。|秋津嶋浦安国《あきつしまうらやすくに》の|神国《しんこく》の|遠《とほ》き|昔《むかし》は|言霊《ことたま》の|幸《さちは》ひ、|助《たす》け、|天照《あまて》り|渡《わた》り|生《い》ける|国《くに》にして、|善言美詞《ぜんげんびし》をもつて|相《あひ》|終始《しうし》したりしに、|最早《もはや》この|時代《じだい》は、|天地神明《てんちしんめい》の|大道《だいだう》なる|言霊《ことたま》の|応用《おうよう》も|乱《みだ》れ|乱《みだ》れてつひにはその|跡《あと》を|絶《た》つに|至《いた》れり。|今日《こんにち》にては|神人《かみがみ》が|優雅《いうが》にして|高潔《かうけつ》なる|歌《うた》をもつて、その|意志《いし》を|述《の》ぶるもの|甚《はなは》だ|尠《すくな》く、ただ|上位《じやうゐ》の|神人《しんじん》の|間《あひだ》にわづかに|行《おこな》はれ|居《ゐ》たりける。ゆゑに|今回《こんくわい》の|常世《とこよ》の|会議《くわいぎ》においても、|神人《かみがみ》の|自由《じいう》にまかせ、|直接《ちよくせつ》の|言辞《げんじ》によるものと、|単《たん》に|歌《うた》のみに|依《よ》つて|意志《いし》を|表白《へうはく》するものと、|言辞《げんじ》と|歌《うた》とを|混合《こんがふ》して|口演《こうえん》するものとありしなり。|言霊《ことたま》の|清《きよ》く|朗《ほがら》かなる|神人《しんじん》は、|凡《すべ》て|和歌《わか》によりて|難問題《なんもんだい》を|解決《かいけつ》せむと|努力《どりよく》したりける。
ここに|常世姫《とこよひめ》は、|出雲姫《いづもひめ》の|意見《いけん》|表示《へうじ》の|歌《うた》にたいして、|答歌《たふか》を|歌《うた》はねばならぬ|破目《はめ》となりければ、|常世姫《とこよひめ》は|長袖《ちやうしう》を|壇上《だんじやう》に|曳摺《ひきず》りながら、|声音《せいおん》|清《きよ》く|滑《なめら》かにその|主張《しゆちやう》を|歌《うた》ひける。その|歌《うた》、
『|天地《あめつち》を|造《つく》りかためし|大御祖《おほみおや》  |国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》の
|千々《ちぢ》の|恵《めぐみ》に|生《あ》れし|国《くに》  |国《くに》とふ|国《くに》は|多《おほ》けれど
|神《かみ》とふ|神《かみ》は|沢《さは》ませど  |真《まこと》の|神《かみ》は|一《ひと》はしら
|神《かみ》の|造《つく》りて|神《かみ》の|住《す》む  |常磐《ときは》の|松《まつ》の|生《お》ひ|茂《しげ》り
|色香《いろか》|妙《たへ》なる|白梅《しらうめ》の  |咲《さ》きて|賑《にぎは》ふ|神国《かみくに》は
|常世《とこよ》の|国《くに》を|余所《よそ》にして  |尊《たふと》き|国《くに》はあらざらめ
|常世《とこよ》の|国《くに》はとこしへに  |開《ひら》け|栄《さか》えて|天《あめ》の|下《した》
|四方《よも》の|国々《くにぐに》|嶋々《しまじま》も  |東《あづま》の|空《そら》ゆきらきらと
|輝《かがや》き|昇《のぼ》る|朝日子《あさひこ》の  |光《ひかり》と|共《とも》に|明《あきら》けく
|治《をさむ》る|国《くに》は|天地《あめつち》の  その|真秀良場《まほらば》や|常世国《とこよくに》
|常世《とこよ》の|国《くに》の|空《そら》|高《たか》く  そそり|立《た》ちたるロッキーの
|山《やま》よりたかきそのほまれ  |空《そら》|行《ゆ》く|雲《くも》も|憚《はばか》りて
|避《さ》くる|斗《ばか》りの|大稜威《おほみいづ》  |常永《とは》に|照《て》る|日《ひ》の|常世彦《とこよひこ》
|心《こころ》は|清《きよ》く|身《み》も|清《きよ》く  |雪《ゆき》より|清《きよ》き|常世姫《とこよひめ》
|常夜《とこよ》の|暗《やみ》を|照《て》らさむと  |赤《あか》き|心《こころ》をふり|起《おこ》し
|世《よ》の|叢雲《むらくも》を|払《はら》ひつつ  |千々《ちぢ》に|思《おも》ひを|筑紫潟《つくしがた》
|深《ふか》き|恵《めぐ》も|不知火《しらぬひ》の  |波《なみ》に|漂《ただよ》ふ|神人《かみがみ》の
|苦《くる》しみ|叫《さけ》ぶ|声《こゑ》あはれ  あはれを|余所《よそ》に|見捨《みすて》かね
ここに|八王《やつわう》の|大神《おほかみ》は  |山《やま》より|高《たか》く|海《うみ》よりも
|深《ふか》き|恵《めぐみ》の|神《かみ》の|露《つゆ》  |諸々《もも》の|千草《ちぐさ》にそそがむと
|神《かみ》と|親《おや》との|心《こころ》もて  |開《ひら》きたまひしこの|集《つど》ひ
|集《つど》ひたまひし|山《やま》と|野《の》の  つかさと|居《ゐ》ます|八王《やつわう》の
|神《かみ》に|仕《つか》ふる|八頭《やつがしら》  |国魂神《くにたまがみ》や|百《もも》の|神《かみ》
|集《あつ》まる|数《かず》は|八百柱《やほはしら》  |八十八柱《やそやはしら》の|真心《まごころ》を
|一《ひと》つに|協《あは》せ|活力《はたらき》を  |一《ひと》つに|固《かた》めて|天《あめ》の|下《した》
|四方《よも》の|醜草《しこぐさ》|薙《な》ぎ|払《はら》ひ  はらひ|清《きよ》めて|天《あめ》に|坐《ま》す
|天《あめ》の|御柱神《みはしらかみ》の|前《まへ》  |国治立《くにはるたち》の|知《し》ろしめす
|豊葦原《とよあしはら》の|瑞穂国《みづほくに》  いや|常永《とこしへ》に|平《たひら》けく
|安《やす》く|治《をさ》めて|浦安《うらやす》の  |神《かみ》の|御国《みくに》を|守《まも》らむと
|常世《とこよ》の|城《しろ》の|神集《かむつど》ひ  |先《ま》づ|八王《やつわう》の|聖職《つかさ》をば
|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|朝《あさ》なさな  |霊霧《たまきり》|四方《よも》に|吹《ふ》きはらひ
|天《あめ》|明《あきら》けく|地《つち》|清《きよ》く  |高《たか》き|低《ひく》きの|差別《けじめ》|無《な》く
|親《おや》と|児《こ》のごと|親《した》しみて  |神《かみ》の|恵《めぐみ》を|嬉《うれ》しみつ
|治《をさ》まる|御代《みよ》を|松《まつ》ばかり  |時《とき》じく|薫《かを》る|白梅《しらうめ》の
|世《よ》は|照妙《てるたへ》の|神《かみ》の|国《くに》  |開《ひら》く|常世《とこよ》の|神集《かむつど》ひ
かくも|尊《たふと》き|神人《かみがみ》の  |清《きよ》き|集《つど》ひを|怪《あや》しみて
きたなき|心《こころ》と|言挙《ことあげ》し  |心《こころ》にかかる|黄昏《たそがれ》の
|空《そら》に|湧《わ》き|立《た》つ|出雲姫《いづもひめ》  |暗《くら》き|御魂《みたま》の|戸《と》を|開《ひら》き
|常世《とこよ》の|神《かみ》の|赤心《まごころ》を  |諾《うべな》ひ|神《かみ》と|国《くに》のため
うたがふ|胸《むね》の|雲霧《くもきり》と  |暗《やみ》の|戸張《とばり》を|引上《ひきあ》げて
|神《かみ》の|定《さだ》めしこの|度《たび》の  |集《つど》ひの|功《いさを》すくすくと
|言問《ことと》ひ|和《な》ごめ|天津神《あまつかみ》  |国《くに》の|御祖《みおや》と|坐《ま》しませる
|国治立《くにはるたち》のみこころに  |叶《かな》ひ|奉《まつ》れよ|百《もも》の|神《かみ》
|叶《かな》ひ|奉《まつ》れよ|百《ひやく》の|神《かみ》  これぞ|常世《とこよ》の|願《ねがひ》なり
これぞ|常世《とこよ》の|願《ねがひ》なり』
|斯《か》くうたひて|列座《れつざ》の|神司《かみがみ》に|一礼《いちれい》し、
『|今回《こんくわい》の|八王大神《やつわうだいじん》の|救世的《きうせいてき》|提案《ていあん》に|奮《ふる》つて|賛成《さんせい》されむことを|望《のぞ》む』
と|優《やさ》しき|花《はな》の|唇《くちびる》を|閉《と》ぢ、|壇上《だんじやう》なる|己《おの》が|設《まう》けの|席《せき》におもむろに|着《つ》きにける。
(大正一〇・一二・一九 旧一一・二一 出口瑞月)
第一七章 |殺風景《さつぷうけい》〔一六七〕
さすがは|稚桜姫《わかざくらひめ》の|娘《むすめ》にして、|智勇《ちゆう》|兼備《けんび》の|常世彦《とこよひこ》の|妻《つま》だけありて、かかる|紛糾《ふんきう》|混乱《こんらん》せる|議場《ぎぢやう》の|猛烈《まうれつ》なる|反対派《はんたいは》の|神《かみ》たちの|反駁《はんばく》も、|攻撃《こうげき》も、|突喊《とつかん》もほとんど|鎧袖《がいしう》|一触《いつしよく》の|感《かん》じも|抱《いだ》かざるごとき|悠然《いうぜん》たる|態度《たいど》をもつて、よく|胸中《きようちう》の|野心《やしん》と|不満《ふまん》とその|希望《きばう》を、|優雅《いうが》なる|歌《うた》もて|遺憾《ゐかん》なく|表白《へうはく》し、|諸神人《しよしん》の|心胆《しんたん》を|柔《やはら》げ、|且《か》つその|大度量《だいどりやう》に|敬服《けいふく》せしめ、|反対側《はんたいがは》をして|一言一句《いちげんいつく》を|挟《はさ》むの|余地《よち》|無《な》からしめたる|手腕《しゆわん》は|実《じつ》に|天晴《あつぱれ》なり。あたかも|清風《せいふう》|爽々《さうさう》として|巷塵《かうぢん》をおもむろに|吹《ふ》き|散《ち》らして|一片《いつぺん》の|埃影《あいえい》をも|止《とど》めざるの|概《がい》ありき。
|満座《まんざ》の|神人《かみがみ》は|常世姫《とこよひめ》の|堂々《だうだう》として|動《うご》かず、|悠々《いういう》として|騒《さわ》がず|焦慮《あせ》らず、|小児《せうに》にたいする|大人《おとな》のごとく、|綽々《しやくしやく》として|余裕《よゆう》ある|長者《ちやうじや》の|態度《たいど》に|心胆《しんたん》を|呑《の》まれ、|一柱《ひとはしら》といへども|立《た》つて|之《これ》を|反駁《はんばく》する|神人《かみ》なかりたり。
この|時《とき》、モスコーの|従臣《じゆうしん》|森鷹彦《もりたかひこ》は|瓢然《へうぜん》として|自席《じせき》より|身《み》を|起《おこ》し、|八王大神《やつわうだいじん》に|向《むか》つて|発言権《はつげんけん》を|請求《せいきう》し、|骨格《こつかく》|衆《しう》に|秀《ひい》でたる|仁王《にわう》のごとき|巨躯《きよく》を|提《ひつさ》げ、|足早《あしばや》に|一歩《いつぽ》|一歩《いつぽ》|場内《ぢやうない》をヤツコスの|六方《ろつぱう》|踏《ふ》みしごとき|調子《てうし》にて、|節《ふし》くれ|立《だ》つた|両腕《りやううで》に|拳《こぶし》を|固《かた》く|握《にぎ》り、|腕《うで》を|広《ひろ》く|左右《さいう》に|張《は》りつつ|威勢《ゐせい》よく|登壇《とうだん》したり。|森鷹彦《もりたかひこ》はモスコーの|爆裂弾《ばくれつだん》と|称《とな》へられ|居《ゐ》る|強力《ごうりき》にして、|無鉄砲《むてつぱう》なる|英傑《えいけつ》なりける。
|常世姫《とこよひめ》の|言霊《ことたま》の|威力《ゐりよく》に|呑《の》まれて|堂々《だうだう》たる|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》をはじめ、その|他《た》の|神人《かみがみ》らの|一柱《ひとはしら》として|反駁《はんばく》を|試《こころ》むるものなき|腑甲斐《ふがひ》なさを|見《み》て|心中《しんちゆう》|深《ふか》く|憤懣《ふんまん》し、|終《つひ》に|耐《た》へかねて|登壇《とうだん》を|試《こころ》みたるなり。|森鷹彦《もりたかひこ》は|壇下《だんか》に|居並《ゐなら》ぶ|諸神人《しよしん》に|赭顔《しやがん》を|曝《さら》し|睨《にら》みつけ、つぎに|身体《しんたい》をクルリと|常世姫《とこよひめ》の|方《はう》にむけ、|嬋娟《せんけん》たる|美容《びよう》を|頭上《づじやう》より|脚下《きやくか》まで|熟視《じゆくし》し、|口唇《くちびる》をへの|字形《じがた》にかたく|結《むす》び、|巨眼《きよがん》をむき|出《だ》し、|忌々《いまいま》しげに|太《ふと》き|息《いき》を|猛虎《まうこ》の|嘯《うそぶ》くごとく|吹《ふ》き|立《た》てたる。その|形相《ぎやうさう》の|凄《すさま》じきこと、|悪鬼《あくき》|羅刹《らせつ》の|怒《いか》りたる|時《とき》の|如《ごと》なりけり。
|森鷹彦《もりたかひこ》は|舌端《ぜつたん》|火《ひ》を|吐《は》きながら|満座《まんざ》に|向《むか》つて|声《こゑ》を|励《はげ》まし、
『そもそも|今回《こんくわい》の|大会議《だいくわいぎ》については、|八王大神《やつわうだいじん》の|世界《せかい》を|永遠《ゑいゑん》に|平和《へいわ》ならしめむとする、|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|至誠《しせい》より|発起《ほつき》されたるものと|聞《き》きおよぶ。しかし|表面的《へうめんてき》|理由《りいう》は|如何《いかん》とも|名《な》づく|可《べ》けれども、その|落着《おちつ》く|心《こころ》の|真《しん》の|精神《せいしん》の|如何《いかん》については、|十分《じふぶん》|考量《かうりやう》を|要《えう》すべきことと|思《おも》ふ。|本会議《ほんくわいぎ》に|臨《のぞ》みたまふ|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》は|申《まを》すにおよばず、その|他《た》の|神人《かみがみ》はいづれも|神定《しんてい》の|聖地《せいち》ヱルサレムの|地上《ちじやう》|高天原《たかあまはら》において、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|神定《しんてい》によりてその|身魂々々《みたまみたま》に|匹敵《ひつてき》する|神界《しんかい》の|天職《てんしよく》を|命《めい》ぜられたる、|至厳《しげん》|至重《しちよう》の|聖職《せいしよく》に|奉仕《ほうし》すべき|天賦的《てんぷてき》|大使命《だいしめい》を|負《お》はせらるる|方々《かたがた》ならずや。しかるに|何《な》ンぞや、|大神《おほかみ》の|天使《てんし》たる|八王《やつわう》をはじめ、その|他《た》の|神司《かみがみ》の|今日《こんにち》の|行動《かうどう》は、|天地神明《てんちしんめい》の|聖慮《せいりよ》を|無視《むし》したる|反逆的《はんぎやくてき》|悪事《あくじ》にあらざるか。かれ|八王大神《やつわうだいじん》なるもの|果《はた》して|何《なん》の|特権《とくけん》あるか。かれは|国祖《こくそ》の|神任《しんにん》によりて|八王大神《やつわうだいじん》と|成《な》りしに|非《あら》ず。ただただ|時《とき》の|力《ちから》を|利用《りよう》し、|体主霊従的《たいしゆれいじゆうてき》|行為《かうゐ》を|続行《ぞくかう》して|数多《あまた》の|邪神《じやしん》を|蒐集《しうしふ》し、|自《みづか》らその|頭目《とうもく》となりしものにして、|一言《いちげん》にして|論《ろん》ずれば|彼《かれ》のごときは、|天則違反《てんそくゐはん》|自由《じいう》|行動《かうどう》の|反道者《はんだうしや》たるのみ。|素性《すじやう》|賤《いや》しき|野蕃神《やばんじん》の|成《な》り|上《あが》りにして|真正《しんせい》の|天使《てんし》にあらず、|天下《てんか》を|掠奪《りやくだつ》せむとする|一大《いちだい》|盗賊《たうぞく》の|徒《と》なり。|吾々《われわれ》は|彼《かれ》が|如《ごと》き|大盗賊《だいたうぞく》をして|心底《しんてい》より|悔《く》い|改《あらた》めしめ、|善道《ぜんだう》に|導《みちび》き、|大神《おほかみ》の|慈徳《じとく》の|洪大無辺《こうだいむへん》なるを|悟《さと》らせ、|身魂《しんこん》ともに|天国《てんごく》に|救《すく》ひ|与《あた》へむとの|真情《まごころ》より、はるばると|本会議《ほんくわいぎ》に|参列《さんれつ》したる|次第《しだい》である。|然《しか》るに|諸神司《しよしん》はかかる|天則《てんそく》を|破《やぶ》る|大盗賊《だいたうぞく》の|配下《はいか》となり、|神《かみ》より|任命《にんめい》されたる|各自《かくじ》の|聖職《せいしよく》を|捨《す》てむとするや。|八王《やつわう》|以下《いか》の|聖職《せいしよく》は|神《かみ》の|職《しよく》を|任《ま》けられたる|貴《たふと》き|天職《てんしよく》にして、|決《けつ》して|個人《こじん》の|自由《じいう》に|左右《さいう》すべきものにあらず、|諸神司《しよしん》はよろしく|我《わ》が|天職《てんしよく》を|反省《はんせい》し、|軽々《かるがる》しくかかる|暴論《ばうろん》|暴挙《ばうきよ》に|耳《みみ》を|藉《か》し、|参加《さんか》して|国祖《こくそ》の|神慮《しんりよ》を|怒《いか》らしむる|勿《なか》れ。|吾々《われわれ》は|八王大神《やつわうだいじん》にして|心底《しんてい》より|省《かへり》み、|前非《ぜんぴ》を|悔《く》い|改《あらた》め、|天地《てんち》の|真理《しんり》を|覚《さと》り|大神《おほかみ》の|律法《りつぱふ》に|背戻《はいれい》するの|罪《つみ》を|畏《かし》こみ、また|八王大神《やつわうだいじん》らの|奸策《かんさく》にのりて|野天泥田《のてんどろた》に|陥《おちい》りたるその|無智《むち》を|恥《は》ぢ、|断然《だんぜん》として|今回《こんくわい》の|会議《くわいぎ》を|脱退《だつたい》し、|天賦《てんぷ》の|聖職《せいしよく》を|尊重《そんちよう》し、|聖地《せいち》ヱルサレムにおいて|神慮《しんりよ》に|叶《かな》へる|至善《しぜん》|至真《ししん》の|会議《くわいぎ》を|開催《かいさい》されむことを|望《のぞ》む』
と|大声《たいせい》|疾呼《しつこ》しつつ|降壇《かうだん》せむとし、たちまち|巨躯《きよく》をクルリと|返《か》へし、ふたたび|演説《えんぜつ》を|始《はじ》めたり。
『|諸神司《しよしん》はくれぐれも|真《しん》の|神《かみ》の|恩徳《おんとく》を|忘《わす》れたまふことなく、|至誠《しせい》の|真心《まごころ》を|発揮《はつき》し|今日《こんにち》の|失敗《しつぱい》を|大神《おほかみ》に|泣謝《きふしや》し、|蕃神《ばんしん》|八王大神《やつわうだいじん》|大自在天《だいじざいてん》の|陰謀《いんぼう》を|根底《こんてい》より|破壊《はくわい》し、|以《もつ》て|神《かみ》の|前《まへ》に|清《きよ》き、|赤《あか》き、|直《なほ》き、|正《ただ》しきを|顕彰《けんしやう》されよ。|我《われ》は|微賤《びせん》の|者《もの》なりといへども、|世界《せかい》|平和《へいわ》のため、|律法《りつぱふ》|保護《ほご》のためには、|決《けつ》して|諸神司《しよしん》の|後《あと》に|落《お》ちざるものである。アヽ|八王大神《やつわうだいじん》よ、|常世姫《とこよひめ》よ、|寸時《すんじ》も|早《はや》く|至誠《しせい》にかへれ。アヽ|満場《まんぢやう》の|諸神人《しよしん》も、|片時《かたとき》も|速《すみや》かに|迷夢《めいむ》を|醒《さ》ませ。|悪魔《あくま》は|善《ぜん》の|仮面《かめん》を|以《もつ》て|善《ぜん》なる|神人《しんじん》を|誑惑《けうわく》す。|正邪《せいじや》|理非《りひ》|曲直《きよくちよく》の|判断《はんだん》に|迷《まよ》ふなかれ』
と|現在《げんざい》|名声《めいせい》を|世界《せかい》にとどろかし、|勢力《せいりよく》|巨大《きよだい》なる|八王大神《やつわうだいじん》の|前《まへ》をも|憚《はばか》らず、|洒々然《しやしやぜん》として|猛烈《まうれつ》に|攻撃《こうげき》の|矢《や》を|放《はな》ちたるその|大胆不敵《だいたんふてき》さに|驚《おどろ》かざるはなかりける。|要《えう》するに|森鷹彦《もりたかひこ》は|一意専心《いちいせんしん》に|大神《おほかみ》の|神威《しんゐ》を|畏《おそ》れ、|神徳《しんとく》の|洪大無辺《こうだいむへん》なるを|確信《かくしん》するより、かくのごとき|強敵《きやうてき》の|前《まへ》をも|憚《はばか》らず、|諄々《じゆんじゆん》として|大胆《だいたん》に、|率直《そつちよく》に|所信《しよしん》と|抱負《はうふ》を|無遠慮《ぶゑんりよ》に|叶露《とろ》することを|得《え》たるなり。アヽ|信仰《しんかう》の|力《ちから》は|山《やま》をも|動《うご》かすとかや、|千祈万祷《せんきばんたう》|至誠《しせい》|一貫《いつくわん》して|以《もつ》て|山《やま》|動《うご》かざる|時《とき》は、|吾《われ》より|往《ゆ》きて|山《やま》に|登《のぼ》らむてふ|確固不抜《かくこふばつ》の|信仰《しんかう》あらば、|天下《てんか》|何《なに》ものか|之《これ》に|敵《てき》し|得《え》むや。|森鷹彦《もりたかひこ》の|熱心《ねつしん》なる|大々的《だいだいてき》|攻撃《こうげき》も|悪罵《あくば》も|流石《さすが》の|八王大神《やつわうだいじん》において、|如何《いかん》ともすること|能《あた》はざりしは、|全《まつた》く|信念《しんねん》の|力《ちから》の|致《いた》す|所《ところ》といふべし。
(大正一〇・一二・二〇 旧一一・二二 出口瑞月)
第一八章 |隠忍《いんにん》|自重《じちやう》〔一六八〕
|森鷹彦《もりたかひこ》の|壇上《だんじやう》における|大獅子吼《だいししく》はその|実《じつ》、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》より|神命《しんめい》を|奉《ほう》じて、この|反逆的《はんぎやくてき》|会議《くわいぎ》を|根底《こんてい》より|改《あらた》めしむべく、|神使《しんし》として|鬼武彦《おにたけひこ》なる|白狐《びやくこ》|出《で》の|猛神《まうしん》の|変化《へんげ》なりける。|森鷹彦《もりたかひこ》はモスコーの|八王《やつわう》|道貫彦《みちつらひこ》の|従臣《じゆうしん》にして、あくまで|強力《がうりき》の|男子《だんし》なるが、いま|壇上《だんじやう》にその|雄姿《ゆうし》を|表《あら》はしたるは、|実《じつ》に|鬼武彦《おにたけひこ》の|化身《けしん》なりける。|鬼武彦《おにたけひこ》は|大江山《たいかうざん》の|守神《しゆしん》にして|悪魔《あくま》|征服《せいふく》の|強神《きやうしん》なりけり。
|八王大神《やつわうだいじん》|以下《いか》|常世国《とこよのくに》の|神人《かみがみ》らは、|何《いづ》れも|悪鬼《あくき》、|邪神《じやしん》、|悪狐《あくこ》、|毒蛇《どくじや》の|天足《あだる》と|胞場《えば》の|裔霊《えいれい》|常《つね》に|彼《かれ》らの|身魂《みたま》を|左右《さいう》し、|日夜《にちや》|悪逆無道《あくぎやくぶだう》、|天則《てんそく》|破壊《はくわい》の|行為《かうゐ》を|続行《ぞくかう》せしめつつありける。ゆゑに|今回《こんくわい》の|常世会議《とこよくわいぎ》は、すべて|背後《はいご》にこれらの|邪神《じやしん》|操縦《さうじう》して|居《を》りて、|大々的《だいだいてき》|野望《やばう》を|達《たつ》せむと|企《くはだ》てゐたりけるに、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》より|大神《おほかみ》の|命《めい》により|派遣《はけん》されたる|大江山《たいかうざん》の|猛神《まうしん》|鬼武彦《おにたけひこ》のために、さすがの|邪神《じやしん》もその|魔力《まりよく》を|発揮《はつき》する|機会《きくわい》を|全《まつた》く|失《うしな》ひけるぞ|心地《ここち》よき。
すべて|天地《てんち》の|間《あひだ》は|宇宙《うちう》の|大元神《だいげんしん》たる|大神《おほかみ》の|御許容《ごきよよう》なき|時《とき》は、|九分九厘《くぶくりん》にて|打《う》ち|覆《かへ》さるるものなれば、さしもに|名望《めいばう》|勢力《せいりよく》|一世《いつせい》に|冠絶《くわんぜつ》せる|八王大神《やつわうだいじん》と|大自在天《だいじざいてん》の|威力《ゐりよく》をもつてするも、|到底《たうてい》その|目的《もくてき》を|達《たつ》し|得《え》ざるは、|神明《しんめい》の|儼乎《げんこ》として|動《うご》かすべからざるの|證拠《せうこ》なり。|神《かみ》は|自《みづか》ら|創造《さうざう》したる|世界《せかい》を|修理固成《しうりこせい》せむと、ここに|千辛万苦《せんしんばんく》の|結果《けつくわ》、|無限《むげん》の|霊徳《れいとく》をもつて|神人《しんじん》を|生《う》み|出《だ》したまひ、|天地経綸《てんちけいりん》の|大司宰《だいしさい》として|大神《おほかみ》に|代《かは》りて、|世界《せかい》を|至善《しぜん》、|至美《しび》、|至安《しあん》、|至楽《しらく》の|神境《しんきやう》となしたまふが|大主願《だいしゆぐわん》なり。|併《しか》しこの|時代《じだい》は|前述《ぜんじゆつ》せるごとく、|世界一体《せかいいつたい》にして|地上《ちじやう》の|主宰者《しゆさいしや》は|只《ただ》|一柱《ひとはしら》と|限定《げんてい》されゐたりしなり。しかるに|世《よ》はおひおひと|開《ひら》け、|神人《しんじん》は|神人《しんじん》を|生《う》み|地上《ちじやう》に|充満《じゆうまん》するに|至《いた》つて、|各自《かくじ》の|慾望《よくばう》|発生《はつせい》し、|神人《しんじん》みなその|天職《てんしよく》を|忘《わす》れて、|利己的《りこてき》|精神《せいしん》を|発生《はつせい》し、つひには|自由《じいう》|行動《かうどう》をとり、|優勝劣敗《いうしようれつぱい》の|悪風《あくふう》|吹《ふ》き|荒《すさ》み、|八王大神《やつわうだいじん》のごとき|自主的《じしゆてき》|強力《きやうりよく》の|神《かみ》|現《あら》はれ、|天下《てんか》を|掌握《しやうあく》せむとするに|立到《たちいた》りたるなり。
ちなみに|神人《しんじん》とは|現代《げんだい》にいふ|人格《じんかく》の|優《すぐ》れたる|人《ひと》をいふにあらず、|人《ひと》の|形《かたち》に|造《つく》られたる|神《かみ》にしてある|時《とき》は|竜蛇《りうじや》となり、|猛虎《まうこ》となり、|獅子《しし》となりて|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|行動《かうどう》を|為《な》し|得《う》る|神《かみ》の|謂《いひ》なり。ゆゑに|神《かみ》として|元形《げんけい》のままに|活動《くわつどう》する|時《とき》は、|天地《てんち》をかけり、|宇宙《うちう》を|自由自在《じいうじざい》に|遠近《ゑんきん》|明暗《めいあん》の|区別《くべつ》なく|活動《くわつどう》し|得《う》るの|便宜《べんぎ》あり。|宇宙《うちう》の|大元神《だいげんしん》はここにおいてその|自由《じいう》|行動《かうどう》を|抑圧《よくあつ》し、|地上《ちじやう》の|神界《しんかい》を|修理《しうり》せむとして|神通力《じんつうりき》をのぞき、|神人《しんじん》なるものに|生《う》み|代《か》へ|変《かは》らしめたまひける。
ゆゑに|神人《しんじん》なるものは|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|時《とき》に|到《いた》るや、|元《もと》の|姿《すがた》のままの|竜《りう》となり、|白蛇《はくじや》となり、その|他《た》|種々《しゆじゆ》の|形《かたち》に|還元《くわんげん》することあり。されど|還元《くわんげん》するは|神《かみ》の|生成化育《せいせいくわいく》、|進歩《しんぽ》|発達《はつたつ》の|大精神《だいせいしん》に|違反《ゐはん》するものにして、|一度《いちど》|元形《げんけい》に|復《ふく》し|神変不可思議《しんぺんふかしぎ》の|神力《しんりき》を|顕《あら》はすや、たちまち|天則違反《てんそくゐはん》の|大罪《だいざい》となりて、|根底《ねそこ》の|国《くに》に|駆逐《くちく》さるるのみならず、|神格《しんかく》たちまち|下降《かかう》して|畜生道《ちくしやうだう》に|陥《おちい》るの|恐《おそ》れあり。ゆゑに|神人《しんじん》たる|名誉《めいよ》の|地位《ちゐ》を|守《まも》るためには、いかなる|悔《くや》しさ、|残念《ざんねん》さをも|隠忍《いんにん》してその|神格《しんかく》を|保持《ほぢ》することに|努力《どりよく》さるるものなり。|自暴自棄《じばうじき》の|神人《しんじん》はつひに|神格《しんかく》を|捨《す》て|悪竜《あくりう》と|変《へん》じ、つひに|万劫末代《まんごうまつだい》|亡《ほろ》びの|基《もとい》を|開《ひら》くなり。|現代《げんだい》のごとき|体主霊従《たいしゆれいじゆう》の|物質《ぶつしつ》|主義者《しゆぎしや》は、すべてこの|自暴自棄《じばうじき》してふたたび|畜生道《ちくしやうだう》に|堕落《だらく》したる|邪神《じやしん》と|同様《どうやう》なり。これを|思《おも》へば|人間《にんげん》たるものは、あくまでも|忍耐《にんたい》の|心《こころ》を|持《も》ち|大道《たいだう》を|厳守《げんしゆ》して、|神《かみ》の|御裔《みすえ》たる|品格《ひんかく》を|永遠《ゑいゑん》に|保《たも》つべきなり。
|人間《にんげん》の|中《なか》には|短慮《たんりよ》なるもの|在《あ》りて|危急《ききふ》の|場合《ばあひ》とか、|一大事《いちだいじ》の|場合《ばあひ》に|際《さい》し、|身命《しんめい》を|擲《なげう》ちてその|主張《しゆちやう》を|急速《きふそく》に|達成《たつせい》せむとし、|知《し》らず|識《し》らずの|間《あひだ》に|自暴自棄的《じばうじきてき》|行動《かうどう》を|敢行《かんかう》し、|瓦全《ぐわぜん》よりも|玉砕《ぎよくさい》|主義《しゆぎ》を|選《えら》ぶと|言《い》ひて|誇《ほこ》るものあり。|玉砕《ぎよくさい》は|自己《じこ》の|滅亡《めつぼう》にして、|自《みづか》ら|人格《じんかく》を|無視《むし》するものとなり、|神界《しんかい》の|大神《おほかみ》の|眼《め》よりは|自暴自棄《じばうじき》、|薄志弱行《はくしじやくかう》の|徒《と》として|指弾《しだん》され|霊魂《れいこん》の|人格《じんかく》までも|失墜《しつつゐ》するに|致《いた》るものなり。すべて|瓦全《ぐわぜん》と|玉砕《ぎよくさい》は、|人間《にんげん》として|易々《いい》たる|業《わざ》なり。|天地経綸《てんちけいりん》の|大司宰《だいしさい》として、|生《うま》れ|出《い》でしめられたる|人間《にんげん》はあくまでも|隠忍《いんにん》|自重《じちよう》して、|人格《じんかく》を|尊重《そんちよう》し、いかなる|圧迫《あつぱく》も、|困窮《こんきう》も、|災禍《さいくわ》も、|忍耐力《にんたいりよく》、|荒魂《あらみたま》の|勇《ゆう》を|揮《ふる》つて|玉全《ぎよくぜん》を|計《はか》るべきは|当然《たうぜん》の|道《みち》なり。アヽ|現代《げんだい》の|人間《にんげん》にしてこの|忍耐《にんたい》を|守《まも》り、|人格《じんかく》を|傷害《しやうがい》せざるもの|幾人《いくにん》かある。|人《ひと》は|残《のこ》らず|禽獣《きんじう》の|域《ゐき》を|脱《だつ》すること|能《あた》はずして、|神《かみ》の|造《つく》りし|世界《せかい》は|日《ひ》に|月《つき》に|餓鬼《がき》、|修羅《しゆら》、|畜生《ちくしやう》の|暗黒界《あんこくかい》と|化《くわ》しつつあるは、|実《じつ》に|遺憾《ゐかん》の|極《きは》みなりけり。
|国祖《こくそ》の|神諭《しんゆ》にも、
『|三千年《さんぜんねん》の|永《なが》き|月日《つきひ》を|悔《くや》し|残念《ざんねん》、|艱難辛苦《かんなんしんく》を|耐《こら》へ|耐《こら》へて、ここまできた|艮《うしとら》の|金神《こんじん》であるぞよ』
と|示《しめ》されたるも、|右《みぎ》の|理由《りいう》に|基《もとづ》くものなり。|天地《てんち》|万有《ばんいう》をみづから|創造《さうざう》したまひ、|絶対《ぜつたい》|無限《むげん》|無始無終《むしむしう》の|神徳《しんとく》を|完全《くわんぜん》に|具有《ぐいう》したまふ|宇宙《うちう》の|大元神《だいげんしん》たる|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》にして、|固有《こいう》の|神力《しんりき》を|発揚《はつやう》し、|太古《たいこ》の|初発《しよはつ》|時代《じだい》の|神姿《しんし》に|還元《くわんげん》して|活動《くわつどう》したまふにおいては、|如何《いか》なる|大神業《だいしんげふ》といへども|朝飯前《あさめしまへ》の|御事業《ごじげふ》なるべし。されど|大神《おほかみ》は|一旦《いつたん》|定《さだ》めおかれたる|天則《てんそく》をみづから|破《やぶ》り、その|無限《むげん》の|神力《しんりき》を|発揮《はつき》したまふは、みづから|天則《てんそく》を|造《つく》りて|自《みづか》ら|之《これ》を|破《やぶ》るの|矛盾《むじゆん》を|来《きた》すものなれば、|大神《おほかみ》は|軽々《かるがる》しくこれを|断行《だんかう》したまはざるは、もつともなる|次第《しだい》なりけり。
|神諭《しんゆ》にいふ、
『|艮《うしとら》の|金神《こんじん》が、|太古《たいこ》の|元《もと》の|姿《すがた》に|還《かへ》りて|活《はた》らき|出《だ》したら、|世界《せかい》は|如何様《どのやう》にでも|致《いた》すなれど、|元《もと》の|姿《すがた》のままに|現《あら》はれたら、|一旦《いつたん》この|世《よ》を|泥海《どろうみ》に|致《いた》さねばならぬから、|神《かみ》は|成《な》るだけ|静《しづ》まりて、|世《よ》の|立替《たてかへ》を|致《いた》そうと|思《おも》ふて|神代一代《かみよいちだい》|世《よ》に|落《お》ちて、|世界《せかい》の|神《かみ》、|仏《ぶつ》、|人民《じんみん》、|畜類《ちくるゐ》、|鳥類《てうるゐ》、|昆虫《むしけら》までも|助《たす》けてやらうと|思《おも》ふて|苦労《くらう》を|致《いた》して|居《を》るぞよ』
と|示《しめ》されたる|神示《しんじ》は、|我々《われわれ》は|十分《じふぶん》に|味《あぢ》はひおかざるべからず。|万々一《まんまんいち》|国祖《こくそ》の|神《かみ》にして|憤《いきどほ》りを|発《はつ》し、|太初《たいしよ》の|神姿《しんし》に|復帰《ふくき》したまひし|時《とき》は、|折角《せつかく》ここまで|物質的《ぶつしつてき》に|完成《くわんせい》したるこの|世界《せかい》を|破壊《はくわい》し|終《をは》らざれば|成《な》らぬものなれば、|大神《おほかみ》はあくまでも|最初《さいしよ》の|規則《きそく》を|遵守《じゆんしゆ》して|忍耐《にんたい》に|忍耐《にんたい》を|重《かさ》ねたまひしなり。アヽ|有難《ありがた》き|大神《おほかみ》の|御神慮《ごしんりよ》よ。
|常世彦《とこよひこ》をはじめ、さすがの|暴悪無道《ばうあくぶだう》の|神人《かみ》といへども|太古《たいこ》のままの|元形《げんけい》に|還《かへ》り、|神変不可思議《しんぺんふかしぎ》の|活動《くわつどう》をなすことは|知《し》りをり、かつ|又《また》その|実力《じつりよく》は|慥《たしか》に|保有《ほいう》してをれども、その|神人《しんじん》たるの|神格《しんかく》を|失《うしな》ひ、|根底《ねそこ》の|国《くに》において|永遠無窮《えいゑんむきう》に|身魂《みたま》の|苦《くる》しまむことを|恐《おそ》れて、|容易《ようい》にその|魔力《まりよく》を|揮《ふる》はざりしなり。この|真理《しんり》を|悟《さと》りし|神人《かみがみ》はたとへ|肉体《にくたい》は|滅亡《めつぼう》するとも、|決《けつ》して|根本的《こんぽんてき》に|脱線的《だつせんてき》|還元《くわんげん》の|道《みち》は|選《えら》ばざりしなり。アヽ|犯《おか》し|難《がた》きは|天則《てんそく》の|大根元《だいこんげん》なるかな。
(大正一〇・一二・二一 旧一一・二三 出口瑞月)
第一九章 |猿女《さるめ》の|舞《まひ》〔一六九〕
|聖地《せいち》ヱルサレムの|神都《しんと》より|行成彦《ゆきなりひこ》に|随伴《ずゐはん》して|入城《にふぢやう》せる|猿田姫《さだひめ》は、|妹《いもうと》|出雲姫《いづもひめ》の|登壇《とうだん》して|皮肉《ひにく》なる|歌《うた》を|作《つく》り、|諸神人《しよしん》を|感歎《かんたん》せしめたるも、やや|神格《しんかく》を|傷《きず》つけたるの|点《てん》ありと|煩慮《はんりよ》し、その|欠《けつ》を|補《おぎな》ひ、|聖地《せいち》の|神使《しんし》たる|神格《しんかく》を|保持《ほぢ》せむと|平素《へいそ》|物静《ものしづか》なる|姫《ひめ》も|断然《だんぜん》|意《い》を|決《けつ》し|発言《はつげん》の|権《けん》を|愧《はづ》かしげに|請求《せいきう》し、|静《しづ》かに|壇上《だんじやう》に|現《あら》はれたりける。|猿田姫《さだひめ》は、|出雲姫《いづもひめ》の|容色《ようしよく》|艶麗《えんれい》なるには|到底《たうてい》|及《およ》ばざりけり。されどその|口許《くちもと》のどことなく|締《しま》りありて、|涼《すず》しき|眼《め》は|諸神人《しよしん》をして|知《し》らず|識《し》らずの|間《あひだ》に|引《ひ》きつけ|得《う》る|不思議《ふしぎ》な|力《ちから》を|持《も》ちゐたりける。|猿田姫《さだひめ》は|稍《やや》|愧《はづ》かしげに|頬《ほほ》を|赧《あか》らめて|壇上《だんじやう》に|立《た》ちしが、その|赧《あか》らめる|頬《ほほ》には|何《な》ンともいへぬ|親《した》しみ|湧《わ》き|来《き》たりける。|姫《ひめ》は|女性《によしやう》の|分際《ぶんざい》を|省《かへり》みて|烈《はげ》しき|言論《げんろん》をさけ、なるべく|優《やさ》しき|言霊《ことたま》の|威力《ゐりよく》をもつて|所感《しよかん》を|述《の》べむとし、|優美《いうび》なる|歌《うた》をもつて|言論《げんろん》にかへたりにけり。
『もろこしの|常世《とこよ》の|国《くに》は|遠《とほ》けれど  モロコスヨトコヨヨクシホトホケレド
|神代《かみよ》をおもふまごころは  カムヨヨオモフマコモトホ
からも、あきつも|常永《とこしへ》に  カロモ、アキツモトコスヱイ
|変《かは》らぬものぞ|天地《あめつち》の  コホロヌモヨゾアメツツヨ
|神《かみ》の|御魂《みたま》のさちはひて  カムヨミタマヨソチホイテ
|生《うま》れ|出《いで》たる|神人《かみびと》の  ウモレウデトルカムフトヨ
|心《こころ》は|直《なほ》く|正《ただ》しくて  モモトホノヲクトドスクテ
|誠《まこと》の|道《みち》にすすみつつ  マコトヨミツイススイツツ
|開《ひら》くるままにいつとなく  フロクルモモイウツトノク
|世《よ》は|常暗《とこやみ》の|雲《くも》おこり  ヨホトコヨイヨクモオコイ
|浪《なみ》たかまりし|四《よ》つの|海《うみ》  ノミトカモリスヨツヨイミ
|吹《ふ》きくるあらし|静《しづか》めむと  フキコルコセイスズメムト
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》は  クシホルトチヨオオカムホ
こころを|砕《くだ》き|身《み》をくだき  コモトヨクドキミヨクドキ
|朝《あした》の|深霧《みきり》|夕霧《ゆふきり》を  アストヨミキリユウキリヨ
|科戸《しなど》の|風《かぜ》に|吹《ふ》きはらひ  スノドヨコゼイフキホロイ
はらひたまへど|空蝉《うつせみ》の  ホロイトモヘトウツセミヨ
|世《よ》は|烏羽玉《うばたま》の|暗《くら》くして  ヨホウボトモヨクロクステ
|高山《たかやま》の|末《すゑ》|短山《ひきやま》の  タコヨモヨスエホコヨモヨ
|山《やま》の|尾《を》の|上《へ》の|神人《かみひと》も  ヨモヨヨヨエヨカムフトヨ
|旭日《あさひ》の|光《ひかり》|月《つき》の|影《かげ》  アソホヨフカリツクヨカゲ
|星《ほし》の|輝《かがや》き|不知火《しらぬひ》の  ホスヨカカヨキスロヌホヨ
|千々《ちぢ》に|心《こころ》をつくし|潟《がた》  ツツイコモトヨツクスゴト
|海《うみ》にも|野《の》にも|曲神《まがかみ》の  イムイヨノイヨマゴカムヨ
|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|有様《ありさま》を  ウトコイクロフアイソモヨ
|和《なご》めすかしていにしへの  ノゴメスコステウイスエヨ
|元津御神《もとつみかみ》のうまし|世《よ》に  モトツミカムヨウモスヨイ
|持《も》ち|直《なほ》さむと|御心《みこころ》を  モチノヨソムヨミコモトヨ
|砕《くだ》かせたまひて|畏《かしこ》くも  クドコセトモイテカスコクヨ
|高天原《たかあまはら》に|八百万《やほよろづ》  タコモヨホライヨホヨロヅ
|神《かみ》を|集《つど》へてまつりごと  カムヨツドエテマツリコト
はじめたまへど|海《うみ》|川《かは》や  ホジメトモヘボイミコハヨ
|山野《やまぬ》の|果《は》てに|立《た》つ|雲《くも》の  ヨモヨヨホテイトツクモヨ
|晴《は》るる|暇《ひま》なき|常暗《とこやみ》の  ホルルホミノキトコヨミヨ
|神《かみ》のおとなひ|草《くさ》や|木《き》の  カムヨオトノイクサヨコヨ
かきはときはに|言問《ことと》ひて  カキホトコホイコトトイテ
|万《よろづ》のわざはひ|五月蠅《さばゑ》|如《な》す  ヨロヅヨウズウイソボヘノス
|群《むら》がりおこり|天地《あめつち》の  ムラゴイオコイアメツツヨ
|国《くに》の|真秀良場《まほらば》|高天《たかあま》の  クシヨモホロボタコアモヨ
|原《はら》に|現《あら》はれ|村肝《むらきも》の  ホライアラホレムラキモヨ
|心《こころ》も|広《ひろ》き|広宗彦《ひろむねひこ》の  コモトヨフロキフロムネホコヨ
|貴《うづ》の|命《みこと》の|知《し》らす|世《よ》は  ウツヨミコトヨスラスヨホ
|山河草木《やまかはくさき》みな|靡《なび》き  ヨモコホクソコムノノイキ
|浦安国《うらやすくに》となりひびく  イラヨスクシヨノリフブク
かかる|芽出度《めでた》き|神《かみ》の|世《よ》の  カカムメデトキカムヨヨヨ
|礎《いしずゑ》かたく|搗《つ》きかため  ウスツエコトクツキコトメ
|建《た》て|初《はじ》めたる|真木柱《まきはしら》  タテホシメテルモコボスロ
|千代《ちよ》に|八千代《やちよ》に|動《うご》きなき  ツヨイヨツヨイウコギノク
|清《きよ》き|神代《かみよ》のまつりごと  イヨキカムヨヨマツイコト
|立《た》てはじめたるこのみぎり  タテホシメトルコヨミキリ
|世《よ》は|平《たひら》けく|安《やす》らけく  ヨホトフロケクヨスロケク
|治《をさ》まるべしと|思《おも》ひきや  オソモルベスヨオモイコヨ
|四方《よも》の|山野《やまぬ》や|海川《うみかは》の  ヨモヨヨモヨヨイミコホヨ
|神《かみ》はかたみに|村肝《むらきも》の  カムホコトミイムロキモヨ
こころの|侭《まま》にさやぎつつ  コモトヨモモヨソヨギツツ
|日《ひ》に|夜《よ》に|曇《くも》る|天地《あめつち》の  フイヨイクモルアメツツヨ
|万《よろづ》の|曲《まが》を|払《はら》はむと  ヨロヅヨモコヨホロホムヨ
|神世《かみよ》を|思《おも》ふまごころの  カムヨヨオモフモコモトヨ
|常世《とこよ》の|国《くに》に|名《な》もたかく  トコヨヨクシイノモタコク
|御心《みこころ》きよき|常世彦《とこよひこ》  ミコモトキヨキトコヨホコ
|大国彦《おほくにひこ》の|二柱《ふたはしら》  オオクシホコヨフトホシロ
|心《こころ》のたけを|打《う》ち|明《あ》けて  コモトヨタケヨウツアケテ
|天《あめ》と|地《つち》とのおだやかを  アメヨツツヨヨオトヨコヨ
|来《き》たさむためのこの|度《たび》の  キトソムトメヨコヨトイヨ
|常世《とこよ》の|城《しろ》の|神集《かむつど》ひ  トコヨヨスロヨカムツトイ
|集《つど》ひたまひし|神人《かみひと》は  ツトヒトモイスカムフトホ
|清《きよ》けく|直《なほ》く|正《ただ》しくて  キヨケクノヲクタドスクテ
|万《よろづ》のものに|安《やす》らけき  ヨロヅヨモヨヨヨスロケク
いける|生命《いのち》をあたへむと  ウケルイヨツヨアトエムヨ
|心《こころ》を|砕《くだ》くこの|集《つど》ひ  コモトヨクドキコヨツドイ
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》は  クシホルトツヨオオカムヨ
かならず|諾《うべな》ひたまふらむ  カノロズイベノイトモフロム
されど|物《もの》には|順序《ついで》あり  サレドモヨイホツユデアリ
これの|順序《ついで》を|誤《あやま》りて  コレヨツユデヨアヨモリテ
|本《もと》と|末《すゑ》とを|一《ひと》つにし  モトヨスヱヨヨフトツニス
|内《うち》と|外《そと》との|差別《けじめ》をば  ウツヨソトヨヨケズメヨホ
|過《あやま》つことのあらざらめ  アヨモツコトヨアロゾロメ
これの|集《つど》ひを|開《ひら》きたる  コレヨツドヒヨフロクトロ
|神《かみ》の|御心《みこころ》いと|清《きよ》く  カムヨミコモトウトクヨク
|尊《たふと》く|坐《ま》せど|天地《あめつち》の  タフトクモセドアメツツヨ
|元津御神《もとつみかみ》の|定《さだ》めたる  モトツミカムヨサドメトロ
|聖《きよ》き|神庭《みには》の  ヱルサレムクヨキミニホヨヱルソレム
|神《かみ》の|都《みやこ》に|神集《かむつど》ひ  カムヨミヨコイカムツドイ
たがひに|心《こころ》を|打開《うちひら》き  カトミニコモトヨウチヒロキ
|常夜《とこよ》の|暗《やみ》の|戸《と》|押分《おしわ》けて  トコヨヨヨミヨトオスフロキ
|言問《ことと》ひ|議《はか》り|赤誠《まごころ》を  コトトイホコリモコモトヨ
|神《かみ》の|御前《みまへ》に|捧《ささ》げつつ  カムヨミモヘニサソゲツツ
|尽《つく》すは|天地《あめつち》|惟神《かむながら》  ツクスホアメツツカムナガラ
|神《かみ》の|大道《おほぢ》に|叶《かな》ふべし  カムヨオオヂニカノウベス
|常世《とこよ》も|同《おな》じ|大神《おほかみ》の  トコヨヨオノシオオカムヨ
|造《つく》りたまひし|国《くに》なれば  ツクリタモイスクシノレボ
|神《かみ》の|定《さだ》めしヱルサレム  カムヨサドメスヱルソレム
|神《かみ》の|都《みやこ》も|変《かは》らじと  カムヨミヨコヨカホロズト
|言挙《ことあ》げたまふ|神人《かみがみ》も  コトアゲタモフカムフトヨ
|沢《さは》に|居《ゐ》まさむさりながら  サホイイモソムソリノゴロ
|元津御神《もとつみかみ》の|御心《みこころ》は  モトツミカムヨミコモトホ
|荒浪《あらなみ》|狂《くる》ふもろこしの  アロノミクルフモロコスヨ
|常世《とこよ》の|国《くに》と|定《さだ》めてし  トコヨヨクシヨサトメトロ
|神《かみ》の|御言《みこと》ぞなかりけり  カムヨミコトヨノコイケリ
|神《かみ》の|御許《みゆる》しなき|国《くに》の  カムヨミユルスノキクシヨ
|常世《とこよ》の|城《しろ》の|神《かむ》つどひ  トコヨヨスロヨカムツドイ
|集《つど》ひにつどふ|諸《もも》の|神《かみ》  ツトイニツドフモモヨカム
|皇大神《すめおほかみ》の|御心《みこころ》と  スメオオカムヨミコモトヨ
おきての|則《のり》は|如何《いか》にぞと  オキテヨヨロホイコノロム
|深《ふか》く|省《かへり》みたまふべし  フコクカヘリミタモフベス
|常世《とこよ》の|国《くに》は|広《ひろ》くとも  トコヨヨクシホフロクトモ
|常世《とこよ》の|神《かみ》は|強《つよ》くとも  トコヨヨカムホツヨクトモ
|神《かみ》の|許《ゆる》さぬから|神《かみ》の  カムヨユルソヌカロカムヨ
|許《もと》に|交《まじ》こり|口《くち》|合《あ》ひて  モトニモロコリクツオイテ
|舌《した》の|剣《つるぎ》を|振《ふ》りかざし  ストヨツルギヨフリコゾス
|火花《ひばな》を|散《ち》らし|鎬《しのぎ》をば  ホホノヲツロススノキオボ
たがひに|削《けづ》る|浅間《あさま》しさ  カトミニケヅルアソモスソ
|八王《やつわう》の|神《かみ》は|皇神《すめかみ》の  ヤツコスヨカムホスメカムヨ
よさしたまひしつかさぞや  ヨソストモイスツコソゾヨ
|清《きよ》くたふとくおごそかに  キヨコタフトコオコソコニ
|守《まも》るは|八王《やつわう》|国魂《くにたま》の  マモルホヤツコスクシタモヨ
|身魂《みたま》につける|特権《ちから》なり  ムタマニツクルチコロノリ
そのちからさへ|軽《かろ》しみて  ソノチコロソヱカロソミテ
|破《やぶ》れし|沓《くつ》を|捨《す》つるごと  ヤブレスクツヨスツルゴト
すてて|惜《をし》まぬ|神《かみ》の|胸《むね》  ステテオスモヌカムヨロロ
アヽ|常暗《とこやみ》となりにけり  アオトコヨミトノリニケリ
アヽ|常暗《とこやみ》となりにけり  アオトコヨミトノリニケリ
|荒《あら》ぶる|神《かみ》の|身《み》に|持《も》てる  アロブルカムヨミニモトロ
|猛《たけ》きつはもの|速《すみや》かに  タケキツホモヨスムヨコニ
|捨《すて》てこの|世《よ》のあらそひを  ステテコノヨヨアロソイヨ
|科戸《しなど》の|風《かぜ》に|吹《ふ》き|払《はら》ふ  シノドヨコセニフキホロフ
その|語《かた》らひは|猿田姫《さだひめ》も  ソノカトロイホサドフメモ
|左《ひだ》り|右《みぎ》りの|手《て》を|挙《あ》げて  ヒドリミギリヨテヲアゲテ
あななひ|奉《まつ》り|功績《いさをし》を  アノノイマツリイソホスヨ
|皇大神《すめおほかみ》も|嘉《よみ》すらむ  スメオオカムヨヨモスロム
ただ|八王《やつわう》の|神柱《かむばしら》  タドヤツコスヨカムボスロ
|一《ひと》つ|欠《か》くとも|空蝉《うつせみ》の  フトツコクトモイツソミヨ
|御代《みよ》も|曲代《まがよ》とたちまちに  ミヨモマモヨヨトチモチニ
かたむき|乱《みだ》れ|潰《つい》ゆべし  カトムキミドレツイユベス
|神《かみ》の|許《ゆる》せし|八王神《やつわうがみ》  カムヨユルセスヤツコスカム
|八頭神《やつがしらがみ》|諸《もも》の|神《かみ》  ヤツコシロカムモモヨカム
|高天原《たかあまはら》の|御使《みつかひ》と  タコモヨホロヨミツコイヨ
|天降《あまくだ》りたる|猿田姫《さだひめ》の  アメクドリテルサドホメノ
|言葉《ことば》の|花《はな》を|常暗《とこやみ》の  コトボヨホノヨトコヨミヨ
|夜半《よは》の|嵐《あらし》に|散《ち》らさざれ  ヨホヨアロスニチロソゾレ
|夜半《よは》の|嵐《あらし》に|散《ち》らさざれ  ヨホヨアロスニチロソゾレ
|大虎彦《おほとらひこ》や|常世彦《とこよひこ》  オオトロホコヨトコヨホコ
|常世《とこよ》の|姫《ひめ》の|類《たぐ》ひなき  トコヨヨホメヨタクイノキ
|直《なほ》き|正《ただ》しき|真心《まごころ》を  ノヲキタドスキモコモトヨ
|尊《たふと》み|敬《うやま》ひ|歓《よろこ》びて  タフトミウヨモイヨロコビテ
|心《こころ》きたなき|醜草《しこぐさ》の  コモトキトノキスコクソヨ
|片葉《かきは》を|風《かぜ》に|任《まか》せつつ  カキホヨコセニマコセツツ
|清《きよ》き|会場《つどひ》を|汚《けが》したる  キヨキツトイヨケゴストロ
|我《わ》が|身《み》の|深《ふか》きつみとがを  ワゴミヨフコキツムトゴヨ
|咎《とが》めたまはず|姫神《ひめがみ》の  トゴメタモホズホメカムヨ
|足《たら》はぬすさびと|平《たひら》けく  タロホヌスソブヨタヒロケク
|心安《うらやす》らけく|神直日《かむなほひ》  ウロヨスロケクカムノヲヒ
|大直日《おほなほひ》にと|詔《の》り|直《なほ》し  オオノヲヒニヨノルノヲス
また|聞直《ききなほ》し|見直《みなほ》しつ  マトキクノヲスミノヲスツ
|道《みち》ある|道《みち》に|手《て》を|曳《ひ》きて  ミツアルミツニテヲヒイテ
|常世《とこよ》の|暗《やみ》を|輝《かがや》かし  トコヨヨヨミヨカゴヨロス
|天《あま》の|岩戸《いはと》を|押《お》し|開《ひら》き  アメヨイホトヨオスヒロキ
|天津御神《あまつみかみ》や|地《ち》の|上《うへ》の  アメツミカムヨツツヨエヨ
|元津御神《もとつみかみ》の|大前《おほまへ》に  モトツミカムヨオオモヘニ
かへりまをしの|太祝詞《ふとのりと》  カヘリモヲスノフトノリト
|声《こゑ》もさやかに|唱《とな》へかし  コエモサヨコニトノヘコス
|目出度《めでた》し|目出度《めでた》しお|芽出度《めでた》し  メデトスメデトスオメデトス』
(下段は神代言葉)
|猿田姫《さだひめ》は|春風《しゆんぷう》|面《おもて》を|吹《ふ》くごとく、|平穏《へいおん》なる|言霊《ことたま》に|一種《いつしゆ》の|強味《つよみ》と、|大抱負《だいはうふ》を|歌《うた》ひつ|舞《ま》ひつ、|双方《さうはう》の|神人《かみがみ》をしてやや|反省《はんせい》せしめたるは、|実《じつ》に|聖地《せいち》の|使者《ししや》としてその|名《な》を|愧《はづ》かしめざるものと|云《い》ふべきなり。
(大正一〇・一二・二一 旧一一・二三 出口瑞月)
(第一五章〜第一九章 昭和一〇・一・二〇 於日奈久泉屋旅館 王仁校正)
第二〇章 |長者《ちやうじや》の|態度《たいど》〔一七〇〕
|森鷹彦《もりたかひこ》の|峻烈《しゆんれつ》なる|攻撃《こうげき》|演説《えんぜつ》と、|猿田姫《さだひめ》の|流暢《りうちやう》なる|水《みづ》も|漏《もら》さぬ|歌意《かい》とによつて、|並居《なみゐ》る|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》はややその|本心《ほんしん》に|立復《たちかへ》り|神威《しんゐ》の|畏《おそ》るべく、|神律《しんりつ》の|儼《げん》として|犯《をか》すべからざるを|今《いま》さらの|如《ごと》く|自覚《じかく》し、|神人《かみがみ》らは|以心伝心的《いしんでんしん》に|八王大神《やつわうだいじん》らの|今回《こんくわい》の|言動《げんどう》の|信憑《しんぴよう》すべからざるを|固《かた》く|知了《ちれう》したるごとき|形勢《けいせい》は、|会場《くわいぢやう》の|各所《かくしよ》に|漂《ただよ》ひける。この|形勢《けいせい》を|目敏《めざと》くも|見《み》てとりし|八王大神《やつわうだいじん》は、ヤオラ|身《み》を|起《おこ》して|演壇《えんだん》の|前《まへ》に|立《た》ち|現《あら》はれたり。
さて|八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》は|頭髪《とうはつ》|長《なが》く|背後《はいご》に|垂《た》れ、|身躯《しんく》|長大《ちやうだい》にして|色《いろ》|白《しろ》く、|眼《め》|清《きよ》く、|眉《まゆ》|正《ただ》しく|鼻《はな》は|高《たか》からず|低《ひく》からず、|骨格《こつかく》|逞《たくま》しうして|神格《しんかく》あり、|何処《どこ》となく|長者《ちやうじや》たり|頭領《とうりやう》たるの|権威《けんゐ》|自然《しぜん》に|備《そな》はり、|諸神人《しよしん》の|猛烈《まうれつ》なる|攻撃《こうげき》も|嘲罵《てうば》も、|少《すこ》しも|意《い》に|介《かい》せざるがごとく、|如何《いか》なる|強敵《きやうてき》の|襲来《しふらい》も、たとへば|鋼鉄艦《かうてつかん》に|蝶々《てふてふ》の|襲撃《しふげき》したるごとき|態度《たいど》にて|悠々《いういう》せまらず、|光風霽月《くわうふうせいげつ》の|暢気《のんき》さを|惟神《かむながら》に|発揮《はつき》しゐたりけり。かくのごとき|神格者《しんかくしや》の|八王大神《やつわうだいじん》も、|少《すこ》しく|心中《しんちゆう》に|慾望《よくばう》の|念《ねん》|萠《きざ》さむか、たちまち|体主霊従的《たいしゆれいじゆうてき》|行動《かうどう》を|敢行《かんかう》して|憚《はばか》らぬまで|神格《しんかく》|一変《いつぺん》したりしなり。|心《こころ》に|一点《いつてん》の|慾望《よくばう》おこるや、|宇宙間《うちうかん》に|充満《じゆうまん》せる|邪神《じやしん》は、その|虚《きよ》に|乗《じやう》じて|体内《たいない》に|侵入《しんにふ》し、ただちにその|神格《しんかく》をして|変化《へんくわ》せしめ、|悪心《あくしん》|慾望《よくばう》をますます|増長《ぞうちよう》せしめむとするものなり。ゆゑに|八王大神《やつわうだいじん》も|常世姫《とこよひめ》も、|天授《てんじゆ》の|精魂《せいこん》|体内《たいない》を|完全《くわんぜん》に|支配《しはい》するときは、じつに|智仁勇《ちじんゆう》|兼備《けんび》し|且《か》つ|至聖《しせい》|至直《しちよく》の|神格者《しんかくしや》となり|得《う》る|人物《じんぶつ》なり。|邪神《じやしん》の|憑依《ひやうい》せしときの|二人《ふたり》は、|俄然《がぜん》|狂暴《きやうばう》となり、|時《とき》に|由《よ》つては|意外《いぐわい》の|卑怯者《ひけふもの》と|変《へん》ずることあり。|如何《いか》に|善良《ぜんりやう》なる|神人《しんじん》といへども、その|心中《しんちゆう》に【|空虚《くうきよ》】あり、【|執着《しふちやく》】あり、【|慾望《よくぼう》】あるときは|直様《すぐさま》|邪神《じやしん》の|容器《いれもの》となる。|実《じつ》に|恐《おそ》るべきは|心《こころ》の|持方《もちかた》なりける。これに|反《はん》し、|至誠《しせい》|一貫《いつくわん》わづかの|執着心《しふちやくしん》も|慾望《よくばう》もなき|神人《しんじん》は、いかなる|場合《ばあひ》にも|恐怖《きようふ》し|嗟嘆《さたん》し|失望《しつばう》することなく、|行成彦《ゆきなりひこ》のごとく、|敵城《てきじやう》にありながら|少《すこ》しも|恐《おそ》れず|滔々《たうたう》として|所信《しよしん》を|述《の》べ、その|目的《もくてき》の|達成《たつせい》に|努力《どりよく》を|吝《をし》まず、その|使命《しめい》を|完全《くわんぜん》に|遂行《すゐかう》することを|得《う》るものなり。
|常世彦《とこよひこ》は|悠々《いういう》せまらず|静《しづ》かに|壇上《だんじやう》に|行儀《ぎやうぎ》|正《ただ》しく|佇立《ちよりつ》し、|温顔《をんがん》に|溢《あふ》るるばかりの|笑《ゑみ》を|湛《たた》へて|両手《りやうて》を|揃《そろ》へて|卓上《たくじやう》におき、ややうつむき|気味《きみ》になりて、|諸神人《しよしん》の|面上《めんじやう》を|見《み》るごとく|見《み》ざるごとく、|諄々《じゆんじゆん》として|口演《こうえん》を|始《はじ》めたり。
『あゝ|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》ら、|吾《わ》が|最《もつと》も|敬愛《けいあい》するところの|八王《やつわう》をはじめ、|慈愛《じあい》と|正義《せいぎ》の|権化《ごんげ》とも|称《とな》ふべき|神人《かみがみ》らの|前《まへ》に、|謹《つつし》ンで|吾《わ》が|胸中《きようちう》に|深《ふか》く|永年《ながねん》|納《をさ》めおきたる|赤心《せきしん》を|吐露《とろ》し、もつてその|同情《どうじやう》ある|御了解《ごれうかい》を|得《え》て、|這般《しやはん》の|大会議《だいくわいぎ》の|目的《もくてき》を|世界《せかい》|平和《へいわ》のために|達成《たつせい》せむことを、|天地《てんち》の|神明《しんめい》に|誓《ちか》ひ、|至誠《しせい》をもつて|貫徹《くわんてつ》せむことを|希望《きばう》する|次第《しだい》であります。そもそも、|宇宙《うちう》の|大元霊《だいげんれい》たる|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》の|大宇宙《だいうちう》を|創造《さうざう》し、|太陽《たいやう》、|太陰《たいいん》、|大地《だいち》および、|列星《れつせい》を|生《う》み|成《な》し|洪大無辺《こうだいむへん》の|神業《しんげふ》を|樹《た》て|給《たま》ひしは、|万有《ばんいう》|一切《いつさい》の|生物《せいぶつ》をして、|至安《しあん》|至楽《しらく》の|世《よ》に|永遠無窮《ゑいゑんむきう》に|栄《さか》え|住《すま》はしめ、かつ|宇宙《うちう》の|大意志《だいいし》を|完全《くわんぜん》に|遂行《すゐかう》せしめたまはむが|為《ため》であります。|大神《おほかみ》は|太陽《たいやう》を|造《つく》り、これに|附《ふ》するにその|霊魂《れいこん》と、|霊力《れいりよく》と|霊体《れいたい》をもつてし、|太陽《たいやう》の|世界《せかい》にその|守護神《しゆごじん》を|任《にん》じたまひ、|太陰《たいいん》にも|同《おな》じくその|霊魂《れいこん》と|霊力《れいりよく》と|霊体《れいたい》とを|附与《ふよ》して、|各自《かくじ》の|守護神《しゆごじん》を|定《さだ》めて、|太陽界《たいやうかい》と|太陰界《たいいんかい》の|永遠無窮《ゑいゑんむきう》の|守護神《しゆごじん》として、それぞれの|尊《たふと》き|神《かみ》をして|守護《しゆご》せしめたまふ|如《ごと》く、|我《わが》|地上《ちじやう》にも|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》の|分霊《ぶんれい》をして、これを|守護《しゆご》せしめたまふたのであります。これぞ、|吾々《われわれ》の|日夜《にちや》|尊敬《そんけい》して|止《や》まざる|大地《だいち》の|主宰《しゆさい》たる|国治立命《くにはるたちのみこと》であります。|賢明《けんめい》にわたらせらるる|諸神司《しよしん》の|方々《かたがた》は、|吾々《われわれ》のごとき|愚者《ぐしや》の|言《げん》は、|耳《みみ》を|傾《かたむ》くるの|価値《かち》なきものとして|一笑《いつせう》に|付《ふ》して|顧《かへり》みられざるは、|当然《たうぜん》であらうと|思《おも》ひます。しかしながら、|宇宙《うちう》|一切《いつさい》のものには|凡《すべ》て|本末《ほんまつ》がありますから、|幼稚《えうち》|極《きは》まる|論説《ろんせつ》でありますが、|今日《こんにち》は|天地開闢《かいびやく》にも|比《ひ》すべき|神聖《しんせい》|祥徴《しやうちよう》の|大会議《だいくわいぎ》でありますから、|賢明《けんめい》なる|諸神司《しよしん》の|特《とく》に|御承知《ごしようち》のこととは|存《ぞん》じながら、|神《かみ》の|御恩徳《ごおんとく》を|讃美《さんび》したてまつるために、|謹《つつし》ンで|天地《てんち》|根本《こんぽん》の|大道《だいだう》より|説《と》きはじめた|次第《しだい》であります。そもそも|我《わが》|地上《ちじやう》の|大主宰《だいしゆさい》にまします、|国祖《こくそ》の|国治立命《くにはるたちのみこと》は、|鋭意《えいい》|世界《せかい》の|平和《へいわ》と、|進歩《しんぽ》|発達《はつたつ》の|聖業《せいげふ》を|完成《くわんせい》せむと、|不断《ふだん》の|努力《どりよく》を|続《つづ》けさせたまふは、|諸神司《しよしん》の|熟知《じゆくち》さるるところと|堅《かた》く|信《しん》じて|疑《うたが》はざる|次第《しだい》であります。|国祖《こくそ》は|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|大御親心《おほみおやごころ》を|発揮《はつき》し、|神人《しんじん》その|他《た》の|生物《せいぶつ》をして|各自《かくじ》そのところを|得《え》せしめむと、|大御心《おほみこころ》を|日夜《にちや》に|砕《くだ》かせたまふは、|吾々《われわれ》は|実《じつ》に|何《な》ンとも|申上《まをしあ》げやうのなき|有難《ありがた》きことであつて、その|洪恩《こうおん》に|報《むく》いたてまつり、|大神《おほかみ》の|御子《みこ》と|生《うま》れ|出《い》でたる|地上《ちじやう》の|万有《ばんいう》も、|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》を|心《こころ》として、|吾々《われわれ》はそれぞれ|神《かみ》のために、|最善《さいぜん》の|努力《どりよく》と|奉仕《ほうし》を|励《はげ》まねばならぬのであります。|国祖《こくそ》の|神《かみ》は、その|御理想《ごりさう》を|地上《ちじやう》に|完全《くわんぜん》に|遂行《すゐかう》せむがために、ここに|国魂《くにたま》の|神《かみ》を|祭《まつ》り、|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》を|配置《はいち》し、もつて|神政《しんせい》の|完成《くわんせい》を|企図《きと》したまひしことは、|諸神司《しよしん》も|御承知《ごしようち》のことと|思《おも》ふのであります。しかるに、|現今《げんこん》|世界《せかい》の|状況《じやうきやう》をつらつら|思考《しかう》するに、|賢明《けんめい》なる|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》の|方々《かたがた》の|鋭意《えいい》|心力《しんりよく》を|尽《つく》して|治《おさ》めらるる|各山《かくざん》|各地《かくち》は、いづれも|星《ほし》|移《うつ》り|月《つき》|代《かは》りて、|次第《しだい》に|綱紀《かうき》は|緩《ゆる》み|最早《もはや》|収拾《しうしふ》すべからざるに|立到《たちいた》つたことは、|直接《ちよくせつ》その|任《にん》に|当《あた》りたまふ、|諸神司《しよしん》らの|熟知《じゆくち》さるるところでありませう。かくのごとき|世界《せかい》の|混乱《こんらん》を|放任《はうにん》して、これを|修斎《しうさい》せざるは、|果《はた》して|国祖《こくそ》の|御聖慮《ごせいりよ》に|叶《かな》ふものでありませうか、いづれの|神司《しんし》らも、|我々《われわれ》としては|実《じつ》に|申上《まをしあ》げがたき|言葉《ことば》でありますが、これでも、|立派《りつぱ》に|国祖《こくそ》の|大御心《おほみこころ》を|奉体《ほうたい》されてをらるるのでありませうか。|国祖《こくそ》は|現代《げんだい》の|世界《せかい》の|状況《じやうきやう》を|見《み》て、いかに|思召《おぼしめ》したまふでありませうか。|吾々《われわれ》は、|深夜《しんや》ひそかに|国祖《こくそ》の|神《かみ》の|大御心《おほみこころ》を|推察《すいさつ》したてまつるときは、|熱涙滂沱《ねつるいばうだ》として|腮辺《しへん》に|伝《つた》ふるを|覚《おぼ》えざる|次第《しだい》であります。|仁慈《じんじ》に|富《と》ませたまふ、|国祖《こくそ》の|神《かみ》の|御聖慮《ごせいりよ》はいかに|残念《ざんねん》に|思召《おぼしめ》さるるでありませう。|一旦《いつたん》|神命《しんめい》を|下《くだ》したまひて|八王《やつわう》と|定《さだ》めたまひし|以上《いじやう》は、その|不都合《ふつがふ》なる|神政《しんせい》をおこなふ|神司《かみがみ》が、|万々一《まんまんいち》ありとしても、|神司《かみがみ》らの|体面《たいめん》を|重《おも》ンじ、|容易《ようい》にその|御意思《ごいし》を|表白《へうはく》したまはず、|神司《かみがみ》らの|本心《ほんしん》に|立復《たちかへ》り、|神意《しんい》の|神政《しんせい》をおこなふを|鶴首《くわくしゆ》して|待《ま》たせたまふは、|必定《ひつぢやう》であらうと|思《おも》はれます。アヽ|国祖《こくそ》は|今日《こんにち》の|八王《やつわう》らの、|優柔不断《いうじうふだん》の|行動《かうどう》を|見《み》て、|日暮《ひくれ》ンとして|途《みち》|遠《とほ》しの|御感想《ごかんさう》をいだき、|内心《ないしん》|御落涙《ごらくるい》の|悲惨《ひさん》を|嘗《な》めたまはぬでありませうか。|吾々《われわれ》|神人《しんじん》の|身《み》をもつて、|国祖《こくそ》の|大御心《おほみこころ》を|拝察《はいさつ》したてまつるは|畏《おそ》れ|多《おほ》きことではありますが、|大神《おほかみ》は|必《かなら》ずや、|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王《やつわう》の|退隠《たいいん》を、|自発的《じはつてき》に|敢行《かんかう》するのを|希望《きばう》されつつ、|心《こころ》を|痛《いた》めさせたまはぬでありませうか。|諸神司《しよしん》はここにおいて、|一《ひと》つ|御熟考《ごじゆくかう》を|願《ねが》はねばなりませぬ』
と|自発的《じはつてき》|八王《やつわう》の|退隠《たいいん》を|慫慂《しようよう》したりける。|並《なみ》ゐる|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》は、|国祖《こくそ》を|笠《かさ》にきての|堂々《だうだう》たる|八王大神《やつわうだいじん》の|論旨《ろんし》にたいして、|一言半句《いちごんはんく》も|返《かへ》す|辞《ことば》なく、|羞恥《しうち》の|念《ねん》にかられて|太《ふと》き|息《いき》を|吐《は》くのみなりける。この|時《とき》いかがはしけむ、|八王大神《やつわうだいじん》の|顔色《がんしよく》|俄《にはか》に|蒼白《さうはく》となり、アツ、と|叫《さけ》ンで|壇上《だんじやう》に|打倒《うちたふ》れたり。アヽこの|結末《けつまつ》は|如何《いか》に|治《おさ》まるならむか。
(大正一〇・一二・二一 旧一一・二三 出口瑞月)
第二一章 |敵本主義《てきほんしゆぎ》〔一七一〕
|八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》の|堂々《だうだう》として|毫末《がうまつ》も|抜目《ぬけめ》なき、|真綿《まわた》で|首《くび》を|締《し》め|付《つく》るごとき|手痛《ていた》き|雄弁《ゆうべん》に|列座《れつざ》の|諸神司《しよしん》、ことに|直接《ちよくせつ》の|関係《くわんけい》ある|八王《やつわう》は、|我身《わがみ》の|境遇《きやうぐう》と、その|責任《せきにん》に|省《かへり》みて、|鷺《さぎ》を|烏《からす》といひくるめたる|巧妙《かうめう》なる|言論《げんろん》にたいし、|抗弁《かうべん》|反駁《はんばく》の|余地《よち》なく、たがひに|顔《かほ》を|見《み》あはせ|当惑《たうわく》|至極《しごく》の|体《てい》にて|青息吐息《あをいきといき》、|五色《ごしき》の|息《いき》を|一時《いちじ》にホツと|吐《は》き、さすが|雄弁《ゆうべん》の|行成彦《ゆきなりひこ》も|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》、|斎代彦《ときよひこ》その|他《た》の|神司《かみがみ》も|悄気《しよげ》かへりて、
『|八王大神《やつわうだいじん》め、よくも|吐《ぬか》したり』
と|心中《しんちゆう》に|驚異《きやうい》しつつ|形勢《けいせい》いかになり|行《ゆ》かむかと、とつおいつ、|諸行無常《しよぎやうむじやう》|是生滅法《ぜしやうめつぱう》の|因果《いんぐわ》をつらつら|思《おも》はざるを|得《え》ざりける。
|連日《れんじつ》の|諸神司《しよしん》が|至誠《しせい》|一貫《いつくわん》|全力《ぜんりよく》を|傾注《けいちう》して、|神界《しんかい》のために|舌端《ぜつたん》|火花《ひばな》を|散《ち》らして|奮闘《ふんとう》したるその|熱誠《ねつせい》と|猛烈《まうれつ》なる|大々的《だいだいてき》|攻撃《こうげき》も、|沖《おき》の|鴎《かもめ》の|諸声《もろごゑ》と|聞《き》き|流《なが》したる|八王大神《やつわうだいじん》が、|敵《てき》の|武器《ぶき》をもつて|敵《てき》を|制《せい》するてふ|甚深《じんしん》なる|計略《けいりやく》と、その|表面的《へうめんてき》|雅量《がりやう》とによりて、|国祖《こくそ》の|聖慮《せいりよ》を|云為《うんゐ》し、|敵《てき》の|弱点《じやくてん》を|捕《とら》へ、|鼠《ねずみ》を|袋《ふくろ》に|入《い》れて|堅《かた》く|口《くち》を|締《し》めたるごとく、|咽元《のどもと》に|短刀《たんたう》を|突付《つきつ》けたるがごとき、|辛辣《しんらつ》なる|手腕《しゆわん》に、いづれも|敬服《けいふく》するの|止《や》むなきに|至《いた》らしめ、|満座《まんざ》の|諸神人《しよしん》を|小児《せうに》のごとく、|内心《ないしん》に|見《み》くびりさげしみながら、|綽々《しやくしやく》として|無限《むげん》の|余裕《よゆう》を|示《しめ》したるその|威容《ゐよう》は、|常世城《とこよじやう》の|大会議《だいくわいぎ》における|檜舞台《ひのきぶたい》の|千両《せんりやう》|役者《やくしや》としての|価値《かち》、|十分《じふぶん》に|備《そな》はりにける。
|幸《かう》か|不幸《ふかう》か、|八王大神《やつわうだいじん》はいま|一息《ひといき》にして、その|目的《もくてき》を|達《たつ》せむとする|折《をり》しも、|突然《とつぜん》として|発病《はつびやう》したれば、|彼我《ひが》の|諸神人《しよしん》は|周章狼狽《しうしやうらうばい》し、|懇切《こんせつ》に|介抱《かいほう》しつつありき。|常世城《とこよじやう》の|従臣《じゆうしん》、|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》は|驚《おどろ》きながら、|城中《じやうちう》|奥深《おくふか》く|八王大神《やつわうだいじん》の|病躯《びやうく》を|扶《たす》けて、その|艶姿《えんし》を|議場《ぎぢやう》より|没《ぼつ》したりける。
この|突然《とつぜん》の|出来事《できごと》に、|城内《じやうない》は|上《うへ》を|下《した》へと、|大騒《おほさわ》ぎの|真最中《まつさいちう》、|突然《とつぜん》|登壇《とうだん》したる|神人《かみ》は、|大自在天《だいじざいてん》の|重臣《ぢうしん》たる|大鷹別《おほたかわけ》なりき。
『アヽ|満場《まんぢやう》の|諸神人《しよしん》よ、|本会議《ほんくわいぎ》の|主管者《しゆくわんしや》たる|八王大神《やつわうだいじん》は、|御承知《ごしようち》の|通《とほ》り|急病《きふびやう》のため|退席《たいせき》の|止《や》むなきに|立到《たちいた》られましたことは、|相互《さうご》に|遺憾《ゐかん》の|至《いた》りであります。しかしながら、|吾々《われわれ》はこの|大切《たいせつ》なる|会議《くわいぎ》を、|中止《ちゆうし》することは|出来《でき》なからうと|思《おも》ふのであります。|吾々《われわれ》は|八王大神《やつわうだいじん》のあまりに|天下《てんか》の|平和《へいわ》について、|造次《ざうじ》にも|顛沛《てんぱい》にも|忘《わす》れたまはざる、|至誠《しせい》の|心魂《しんこん》ここに|凝《こ》つて、つひに|病《やまひ》を|発《はつ》したまふたのではあるまいかと、|推察《すいさつ》する|次第《しだい》でありますが、|諸神人《しよしん》は|如何《いかが》の|御感想《ごかんさう》を|保持《ほぢ》したまふや。|思《おも》ふに|吾々《われわれ》はじめお|互《たが》ひに、|八王大神《やつわうだいじん》の|御熱誠《ごねつせい》なる|訓戒的《くんかいてき》お|宣示《せんじ》にたいして、|一言《いちげん》の|辞《ことば》なきを|思《おも》ひ、|実《じつ》に、|汗顔《かんがん》の|至《いた》りに|耐《た》へませぬ。|直接《ちよくせつ》の|関係者《くわんけいしや》たる|八王《やつわう》|各位《かくゐ》においても、|腹《はら》の|底《そこ》をたたけば|何《いづ》れも|同《おな》じ|穴《あな》の|狐《きつね》、|疵《きず》もつ|足《あし》の|仲間《なかま》と|云《い》はれても、|答弁《たふべん》の|辞《じ》はなからうと|思《おも》ひます。いづれも|神定《しんてい》の|天職《てんしよく》を|全《まつた》うされた|神司《かみがみ》らは、あまり|沢山《たくさん》には、この|席《せき》に|列《つら》なる|方々《かたがた》には、|失敬《しつけい》ながら|有《あ》るまいと|断言《だんげん》して|憚《はばか》らないのであります。|諸神司《しよしん》の|間《あひだ》には|斯《かく》のごとき|重大《ぢゆうだい》なる|会議《くわいぎ》は、|国祖《こくそ》の|御許容《ごきよよう》を|得《え》て、|神定《しんてい》の|聖地《せいち》ヱルサレム|城《じやう》において、|開催《かいさい》するが|至当《したう》である、|徒《いたづら》に|常世城《とこよじやう》において|会議《くわいぎ》を|開《ひら》くことをもつて、|自由《じいう》|行動《かうどう》、|天則違反《てんそくゐはん》の|甚《はなはだ》しきものと|主張《しゆちやう》さるる|神司《かみがみ》らもありましたが、|諸神人《しよしん》、|胸《むね》に|手《て》をあてて、|冷静《れいせい》に|御熟考《ごじゆくかう》をして|戴《いただ》きたいのであります。|万々一《まんまんいち》、|前日来《ぜんじつらい》のごとき|紛乱《ふんらん》の|議会《ぎくわい》を|聖地《せいち》において|開《ひら》いたとすれば、|第一《だいいち》、|大神《おほかみ》の|聖地《せいち》を|汚《けが》し|神慮《しんりよ》を|悩《なや》ませたてまつり、|吾々《われわれ》は|天地《てんち》の|神明《しんめい》に|対《たい》して|謝《しや》するの|辞《じ》がありますまい。|賢明《けんめい》|卓識《たくしき》の|八王大神《やつわうだいじん》は、|今日《こんにち》の|結末《けつまつ》を|事前《じぜん》に|感知《かんち》して|止《や》むを|得《え》ず、この|地《ち》において|会議《くわいぎ》を|開《ひら》き、|聖地《せいち》を|汚《けが》さざらしめむと、|苦心《くしん》されたる、その|敬神《けいしん》の|御心《みこころ》と|天眼力《てんがんりき》は、|吾々《われわれ》|凡夫《ぼんぶ》の|企及《ききふ》すべからざる|所《ところ》であります。|諸神人《しよしん》は|八王大神《やつわうだいじん》の|理義《りぎ》|明白《めいはく》なる|御主張《ごしゆちやう》に|対《たい》し、すみやかに|御賛成《ごさんせい》あらむことを|希望《きばう》いたします』
と|述《の》ぶるや、|末席《まつせき》の|方《はう》より、
『ヒヤヒヤ』
『ノウノウ』
の|声《こゑ》|湧《わ》き|起《おこ》り、|中《なか》には、
『ヒヤヒヤ|冷《ひ》やかなノウノウの|能弁者《のうべんしや》』
と|叫《さけ》ぶものもあり。
この|時《とき》、|緊急《きんきふ》|動議《どうぎ》ありとて、|登壇《とうだん》したるは|例《れい》の|斎代彦《ときよひこ》なり。|斎代彦《ときよひこ》は、|例《れい》のごとく|右手《みぎて》をもつて|鼻《はな》をこぢ|上《あ》げ、|両眼《りやうがん》を|撫《な》で、|洟《みづばな》を|手《て》の|甲《かふ》にて|拭《ぬぐ》ひ、その|手《て》を|右側《みぎがは》の|着衣《ちやくい》にて|拭《ぬぐ》ひながら、
『|今日《こんにち》は、|八王大神《やつわうだいじん》の|御急病《ごきふびやう》なればこれにて|解散《かいさん》いたし、|明日《あす》あらためて|開会《かいくわい》せばいかん、|諸神人《しよしん》の|御意見《ごいけん》を|承《うけたま》はりたし』
と|大声《おほごゑ》に|呼《よ》ばはりければ、|満座《まんざ》の|諸神人《しよしん》は、|八九分《はちくぶ》まで|手《て》を|拍《う》つて|賛成《さんせい》したり。
ここに、|当日《たうじつ》の|会議《くわいぎ》もまた|不得要領《ふとくえうりやう》のうちに|幕《まく》を|閉《と》ぢられたり。アヽ|今後《こんご》の|八王大神《やつわうだいじん》の|病気《びやうき》および、|会議《くわいぎ》の|結果《けつくわ》は|如何《いか》に|展開《てんかい》するならむか。
(大正一〇・一二・二二 旧一一・二四 出口瑞月)
(第二〇章〜第二一章 昭和一〇・一・二一 於八代駅長室 王仁校正)
第二二章 |窮策《きゆうさく》の|替玉《かへだま》〔一七二〕
いかなる|美事善事《びじぜんじ》といへども、|天地《てんち》|根本《こんぽん》の|大神《おほかみ》の|御許容《ごきよよう》なきときは、|完全《くわんぜん》に|何《なに》の|事業《じげふ》といへども、|成功《せいこう》すること|不可能《ふかのう》なり。|世界《せかい》の|一切《いつさい》はすべて|神《かみ》の|意志《いし》のままにして、|神《かみ》は|宇宙《うちう》|一切《いつさい》をして|至美《しび》|至善《しぜん》の|境界《きやうかい》に|転回《てんくわい》せしめむとするが|第一《だいいち》の|理想《りさう》にして、かつ|生命《せいめい》なり。ゆゑに|如何《いか》なる|善《ぜん》なる|事業《じげふ》といへども、|第一《だいいち》に|神明《しんめい》を|祭《まつ》り、|神明《しんめい》の|許諾《きよだく》を|得《え》て|着手《ちやくしゆ》せざれば、その|善《ぜん》も|神《かみ》をして|悦《よろこ》ばしむることを|得《え》ず。つまり|神《かみ》の|眼《め》よりは、|自由《じいう》|行動《かうどう》の|所為《しよゐ》と|見《み》られ、かつ|宇宙《うちう》の|大本《おほもと》たる|神明《しんめい》の|尊厳《そんげん》を|犯《をか》すものとなるがゆゑなり。いはンや、|心中《しんちゆう》|大《だい》なる|野心《やしん》を|包蔵《はうざう》し、|天下《てんか》の|神人《しんじん》を|籠絡《ろうらく》したる|八王大神《やつわうだいじん》、および、|大自在天《だいじざいてん》|一派《いつぱ》の|今回《こんくわい》の|常世会議《とこよくわいぎ》における、|紛糾《ふんきう》|混乱《こんらん》|怪事《くわいじ》|百出《ひやくしゆつ》するなどは、|国祖《こくそ》の|神《かみ》の|大御心《おほみこころ》に|叶《かな》はざりし|確《たしか》なる|證拠《しようこ》なるべし。これを|思《おも》へば|人間《にんげん》はいかなる|善事《ぜんじ》をなすも、まづ|神《かみ》の|許《ゆる》しを|受《う》けて、|至誠《しせい》|至実《しじつ》の|心《こころ》をもつて|熱心《ねつしん》にとりかからざるべからざるものなり。
ある|信徒《しんと》の|中《なか》には、|抜《ぬ》けがけの|功名《こうみやう》を|夢《ゆめ》み、|神《かみ》のため|道《みち》のため、|非常《ひじやう》なる|努力《どりよく》をはらひ|九分九厘《くぶくりん》の|域《ゐき》に|達《たつ》したるとき、その|誠意《せいい》は|貫徹《くわんてつ》せずしてガラリとはづれることあり。その|時《とき》にいふ、|吾々《われわれ》は|神《かみ》のため、|道《みち》のため、|最善《さいぜん》の|努力《どりよく》をつくすにもかかはらず、|神《かみ》はこれを|保護《ほご》したまはず。|神《かみ》は|果《はた》してこの|世《よ》にありや。|一歩《いつぽ》をゆづつて|神《かみ》が|果《はた》してありとせば、|無力《むりよく》|無能《むのう》|理義《りぎ》を|解《かい》せざるものと|嘲罵《てうば》し、あるひは|恨《うら》み、つひには|信仰《しんかう》より|離《はな》るる|者《もの》|多《おほ》し。しかしそれこそ|大《だい》なる|誤解《ごかい》|慢心《まんしん》と|云《い》ふべし。|神《かみ》が|人間《にんげん》をこの|世《よ》に|下《くだ》したまへる|目的《もくてき》は、|何事《なにごと》も|神《かみ》の|命《めい》のまにまに、|天地《てんち》の|経綸《けいりん》に|当《あた》らしめむが|為《ため》なり。もし、|神《かみ》にして|善事《ぜんじ》ならば|自由《じいう》|行動《かうどう》をなしても|差支《さしつかへ》なしとする|時《とき》は、ここに|宇宙《うちう》|一切《いつさい》の|秩序《ちつじよ》を|破壊《はくわい》するの|端《たん》を|開《ひら》くことを|忌《い》みたまふが|故《ゆゑ》なり。ゆゑに、|一旦《いつたん》|神《かみ》に|祈願《きぐわん》し|着手《ちやくしゆ》したることは、たとへその|事《こと》が|万一《まんいち》|失敗《しつぱい》に|終《をは》るとも、ふたたび|芽《め》を|吹《ふ》き|出《だ》し、|立派《りつぱ》に|花《はな》|咲《さ》き|実《みの》る|時期《じき》あるものなり。これに|反《はん》して|自己《じこ》の|意志《いし》よりはじめて|失敗《しつぱい》したることは、|決《けつ》して|回復《くわいふく》の|時期《じき》はなきのみならず、|神《かみ》の|怒《いか》りに|触《ふ》れて、つひには|身《み》を|亡《ほろ》ぼす|結果《けつくわ》をきたすものなり。
|八王大神《やつわうだいじん》はじめ、|常世姫《とこよひめ》らの|連日《れんじつ》の|献身的《けんしんてき》|大活動《だいくわつどう》も、|最初《さいしよ》に|神《かみ》の|認可《にんか》を|得《え》ず、|加《くは》ふるに|胸中《きようちう》に|大野心《だいやしん》を|包蔵《はうざう》しての|開催《かいさい》なれば、|成功《せいこう》せざるは|当然《たうぜん》の|理《り》なり。しかして|八王大神《やつわうだいじん》の|壇上《だんじやう》にて|病気《びやうき》|突発《とつぱつ》したるは、|大江山《たいかうざん》の|鬼武彦《おにたけひこ》が、|国祖《こくそ》の|神命《しんめい》によつて、|邪神《じやしん》の|陰謀《いんぼう》を|根本的《こんぽんてき》に|破壊《はくわい》せむとしたる|結果《けつくわ》なり。|八王大神《やつわうだいじん》の|急病《きふびやう》によりて、|常世城《とこよじやう》の|大奥《おほおく》は|非常《ひじやう》なる|混雑《こんざつ》を|極《きは》め、そのためせつかくの|会議《くわいぎ》も、|一週間《いつしうかん》|停会《ていくわい》するのやむなきに|立《た》ちいたりぬ。|八王八頭《やつわうやつがしら》をはじめ、|今回《こんくわい》|会議《くわいぎ》に|集《つど》ひたる|神人《かみがみ》は、|代《かは》るがはる|八王大神《やつわうだいじん》の|病気《びやうき》を|伺《うかが》ふべく、|夜《よ》を|日《ひ》についで|訪問《はうもん》したりしが、|常世姫《とこよひめ》は|代《かは》りてこれに|応接《おうせつ》し、|一柱《ひとはしら》の|神人《かみ》もその|病床《びやうしやう》に|入《い》ることを|許《ゆる》さざりける。|八王大神《やつわうだいじん》は、|日《ひ》に|夜《よ》に|幾回《いくくわい》となく|激烈《げきれつ》なる|吐瀉《としや》をはじめ、|胸部《きようぶ》、|腹部《ふくぶ》の|疼痛《とうつう》はげしく、|苦悶《くもん》の|声《こゑ》は|室外《しつぐわい》に|漏《も》れ|聞《きこ》へたり。かかる|苦悶《くもん》のうちにも、|今回《こんくわい》の|大会議《だいくわいぎ》の|成功《せいこう》せむことを|夢寐《むび》にも|忘《わす》れぬ|執着心《しふちやくしん》を|持《も》ちゐたるなり。|大神《だいじん》の|病《やまひ》は|時々刻々《じじこくこく》に|重《おも》るばかりにして、|肉《にく》は|落《お》ち|骨《ほね》は|立《た》ち、ちようど|田舎《いなか》の|破家《あばらや》のごとく|骨《ほね》の|壁下地《かべしたぢ》|現《あら》はれ、バツチヤウ|笠《がさ》のごとく、|骨《ほね》と|皮《かは》とに|痩《やせ》きり|仕舞《しま》ひけり。
|常世姫《とこよひめ》は、|重《おも》なる|神人《かみがみ》を|八王大神《やつわうだいじん》の|枕頭《ちんとう》に|集《あつ》めて|協議《けふぎ》を|凝《こ》らしたり。|常世姫《とこよひめ》はいかに|雄弁《ゆうべん》なりといへども、この|大会議《だいくわいぎ》をして|目的《もくてき》を|達《たつ》せしむるには、|少《すこ》しく|物足《ものた》りなく、|不安《ふあん》の|感《かん》あり。どうしても|八王大神《やつわうだいじん》の|顔《かほ》が|議場《ぎぢやう》に|現《あら》はれねば、たうてい|進行《しんかう》しがたき|議場《ぎぢやう》の|形勢《けいせい》なりける。
ここに|謀議《ぼうぎ》の|結果《けつくわ》、|八王大神《やつわうだいじん》と|容貌《ようばう》、|骨格《こつかく》、|身長《しんちやう》、|態度《たいど》、|分厘《ふんりん》の|差《さ》もなき|道彦《みちひこ》に、|八王大神《やつわうだいじん》の|冠《かんむり》を|戴《いただ》かせ、|正服《せいふく》を|着用《ちやくよう》せしめて、|身代《みがは》りとすることの|苦策《くさく》を|企《くはだ》てける。|道彦《みちひこ》は|招《まね》かれて|八王大神《やつわうだいじん》の|病室《びやうしつ》に|入《い》りければ、|常世姫《とこよひめ》は|前述《ぜんじゆつ》の|結果《けつくわ》を|手真似《てまね》で|道彦《みちひこ》に|伝《つた》へけるに、|道彦《みちひこ》は|嬉々《きき》として、ウーと|一声《ひとこゑ》、|首《くび》を|二三度《にさんど》も|縦《たて》に|振《ふ》りて|応諾《おうだく》の|意《い》を|表《へう》しければ、|神人《かみがみ》らは|道彦《みちひこ》に|衣冠束帯《いくわんそくたい》を|着用《ちやくよう》せしめて|見《み》たるに、|妻《つま》の|常世姫《とこよひめ》さへも、そのあまりによく|酷似《こくじ》せるに|驚《おどろ》きにける。
(大正一〇・一二・二三 旧一一・二五 加藤明子録)
第四篇 |天地《てんち》|転動《てんどう》
第二三章 |思《おも》ひ|奇《き》や その一〔一七三〕
|道彦《みちひこ》は|神人《かみがみ》の|推薦《すゐせん》によりて、|八王大神《やつわうだいじん》の|衣冠束帯《いくわんそくたい》を|着用《ちやくよう》し、ここに|偽常世彦《にせとこよひこ》となりすましたり。|常世姫《とこよひめ》の|意見《いけん》によりて、|立派《りつぱ》なる|別殿《べつでん》を|与《あた》へられ、|殿中《でんちう》に|数多《あまた》の|従者《じゆうしや》をしたがへて|収《をさ》まりかへりゐたり。|奸黠《かんきつ》なる|常世姫《とこよひめ》は、|思《おも》ふところありて|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》にたいし|八王大神《やつわうだいじん》に|面会《めんくわい》することを|許《ゆる》したり。
|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》は、|玄関《げんくわん》の|間《ま》に|盛装《せいさう》をこらして、|八王《やつわう》の|病気《びやうき》|伺《うかが》ひにたいし、|応接《おうせつ》の|役《やく》にあたりゐたりしが、ここにモスコーの|城主《じやうしゆ》|道貫彦《みちつらひこ》は|病気《びやうき》を|見舞《みま》ふべく|別殿《べつでん》を|訪《と》ひたるに、|玄関《げんくわん》には|娘《むすめ》の|春日姫《かすがひめ》が、|花《はな》のごとき|姿《すがた》を|現《あら》はしあふるるばかりの|愛嬌《あいけう》をたたへて|控《ひか》へをるにぞ、|道貫彦《みちつらひこ》は|思《おも》はず|知《し》らず|大声《おほごゑ》を|発《はつ》し、
『また|出《で》よつたなア』
と|叫《さけ》びながら、|春日姫《かすがひめ》の|顔《かほ》を|穴《あな》のあくほど|見《み》つめゐたり。|春日姫《かすがひめ》は|言葉《ことば》|静《しづ》かに、
『|父上様《ちちうへさま》、おなつかしう|存《ぞん》じます』
と|叮嚀《ていねい》に|頭《かしら》を|下《さ》げたるが、その|顔《かほ》には|悲喜《ひき》|交々《こもごも》まじり、|両眼《りやうがん》からは|涙《なみだ》さへ|滲《にじ》み|出《いで》ゐたり。|姫《ひめ》は|立《た》ちてその|手《て》をとり、|奥殿《おくでん》に|案内《あんない》せむとするや、|道貫彦《みちつらひこ》は|驚《おどろ》いてその|手《て》を|振《ふ》りはなち、|眼《め》を|刮《くわつ》と|見《み》ひらき、
『|油断《ゆだん》のならぬ|大化物《おほばけもの》、その|手《て》は|喰《く》はぬぞ』
と|一喝《いつかつ》したるに、|春日姫《かすがひめ》は|強《しひ》てその|手《て》をとり、|親切《しんせつ》に|奥《おく》へ|導《みちび》かむとするを、|右手《めて》に|持《も》てる|杖《つゑ》にて|春日姫《かすがひめ》の|面上《めんじやう》を|力《ちから》かぎりに|打据《うちす》ゑたり。|姫《ひめ》は|悲鳴《ひめい》をあげてその|場《ば》に|打仆《うちたふ》れける。
|道貫彦《みちつらひこ》は|杖《つゑ》の|先《さき》にて|姫《ひめ》の|全身《ぜんしん》を|衝《つ》いたり、|叩《たた》いたりしながら、
『コン|畜生《ちくしやう》、|何時《いつ》までも|馬鹿《ばか》にしてやがる』
と|怒《いか》り|狂《くる》ひつつ|姫《ひめ》には|目《め》もくれず、|悠々《いういう》として|杖《つゑ》を|曳《ひ》きながら、|奥殿《おくでん》に|進《すす》み|入《い》りぬ。|奥殿《おくでん》には|八王大神《やつわうだいじん》|端然《たんぜん》として|神々《かみがみ》に|取《と》りまかれ|控《ひか》へゐたり。
|道貫彦《みちつらひこ》は|叮嚀《ていねい》に|敬礼《けいれい》しながら、ふと|見上《みあ》げるとたんに、|八王大神《やつわうだいじん》の|下顎《したあご》の|裏《うら》の|黒子《ほくろ》に|気《き》がつき、|合点《がつてん》ゆかじと|目《め》を|円《まる》くして|見《み》つめてゐたるが、|道貫彦《みちつらひこ》は|思《おも》はず、
『|汝《なんぢ》は|八王大神《やつわうだいじん》とは|真赤《まつか》な|偽《いつは》り、|先年《せんねん》|吾《われ》に|仕《つか》へたる|大道別《おほみちわけ》に|非《あら》ずや。|汝《なんぢ》|不届《ふとどき》にもこの|常世《とこよ》の|国《くに》に|渡《わた》り、|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|魔術《まじゆつ》をつかひ、|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|稚桜姫命《わかざくらひめのみこと》の|第三女《だいさんぢよ》|常世姫《とこよひめ》を|籠絡《ろうらく》し、|八王大神《やつわうだいじん》と|僣越《せんえつ》にも|自称《じしよう》して、|反逆無道《はんぎやくぶだう》の|慾望《よくばう》を|貫徹《くわんてつ》せむとし、|世界《せかい》の|八王《やつわう》をはじめ、|有力《いうりよく》なる|国魂《くにたま》をここに|参集《さんしふ》せしめたる、その|伎倆《ぎれう》や|感《かん》ずるにあまりあり。されど|邪《じや》は|正《せい》に|敵《てき》しがたく、|開会《かいくわい》|以来《いらい》の|議場《ぎぢやう》の|怪《くわい》を|見《み》よ。これ|全《まつた》く|国祖《こくそ》|大神《おほかみ》の|御神慮《ごしんりよ》に|反《はん》し、|神明《しんめい》の|罰《ばつ》をうけ|汝《なんぢ》が|目的《もくてき》の|大望《たいもう》も|九分九厘《くぶくりん》にて|幾回《いくくわい》ともなく|打《う》ち|覆《かや》され、つひには|諸神《しよしん》|環視《くわんし》の|壇上《だんじやう》にて|急病《きふびやう》を|発《はつ》し、|大失態《だいしつたい》を|演《えん》じたるに|非《あら》ずや。かくのごとく|覿面《てきめん》なる|神罰《しんばつ》を|蒙《かう》むりながら、なほ|未《いま》だ|目《め》ざめず、あくまで|反逆心《はんぎやくしん》を|貫徹《くわんてつ》せむとし、ふたたび|議場《ぎぢやう》に|現《あら》はれむとするか。われは|開会《かいくわい》の|当日《たうじつ》より|汝《なんぢ》の|面体《めんてい》を|熟視《じゆくし》して|疑団《ぎだん》|晴《は》れざりしが、いま|汝《なんぢ》に|接近《せつきん》してその|化《ば》けの|皮《かは》を|感知《かんち》せり。あらそはれぬ|証拠《せうこ》は|汝《なんぢ》が|下顎下《かがくか》の|黒子《ほくろ》を|見《み》よ。|他神人《たしん》はいざ|知《し》らず、われは|汝《なんぢ》を|宰相《さいしやう》として|永《なが》く|使用《しよう》したれば、|如何《いか》に|隠《かく》すとも|隠《かく》されまじ。また|春日姫《かすがひめ》なるものは|汝《なんぢ》が|魔術《まじゆつ》によつて|現《あら》はれたる|悪狐《あくこ》の|化身《けしん》なり。われいま|玄関口《げんくわんぐち》において|彼女《かれ》を|打仆《うちたふ》しおきたり。さぞ|今《いま》ごろは|彼女《かれ》が|正体《しやうたい》を|現《あら》はし、|身体《しんたい》|一面《いちめん》に|毛《け》を|生《しやう》じ|仆《たふ》れをるならむ。|汝《なんぢ》もまた|或《ある》ひはその|狐《きつね》なるやも|計《はか》りがたし、|化《ばけ》の|皮《かは》を|現《あら》はしてくれむ』
といふより|早《はや》く、|携《たづさ》へたる|杖《つゑ》にて|面上《めんじやう》|目《め》がけて|打据《うちす》ゑむとするや、この|時《とき》|数多《あまた》の|従臣《じゆうしん》は、
『|乱暴者《らんばうもの》』
と|云《い》ひながら、|前後左右《ぜんごさいう》よりとりまき、その|杖《つゑ》をもぎとりにけり。|八王大神《やつわうだいじん》は|目《め》をもつて、|神司《かみがみ》らに|何《なん》か|合図《あひづ》をなしければ、|常世姫《とこよひめ》はじめ|従者《じゆうしや》は|一柱《ひとはしら》も|残《のこ》らず|席《せき》を|避《さ》けたり。
あとには|八王大神《やつわうだいじん》と|道貫彦《みちつらひこ》とただ|二柱《ふたはしら》のみ。ここに|八王大神《やつわうだいじん》は|座《ざ》を|立《た》つて|下座《げざ》に|降《くだ》り、|一別《いちべつ》|以来《いらい》の|挨拶《あいさつ》を|声低《こゑひく》に|述《の》べをはり、かつ|常世城《とこよじやう》の|一切《いつさい》の|秘密《ひみつ》および|春日姫《かすがひめ》が、|命《みこと》の|真《しん》の|娘《むすめ》なることを|打明《うちあ》け、|固《かた》く|口外《こうぐわい》せざることを|約《やく》しける。|道貫彦《みちつらひこ》は|始《はじ》めて|実《じつ》の|娘《むすめ》なることを|悟《さと》り、|心《こころ》も|心《こころ》ならず、|急《いそ》ぎこの|場《ば》を|立《た》つて|玄関《げんくわん》に|出《で》たり。
|春日姫《かすがひめ》は|少《すこ》しく|面部《めんぶ》に|負傷《ふしやう》しながら、|依然《いぜん》として|玄関《げんくわん》に|控《ひか》へゐる。|道貫彦《みちつらひこ》は|真《しん》の|吾《わ》が|娘《むすめ》なることを|覚《さと》り、|飛《と》びつきて|抱《かか》へたき|心持《こころもち》したれど、|大事《だいじ》の|前《まへ》の|小事《せうじ》と|動《うご》く|心《こころ》をみづから|制《せい》し、|目《め》に|物《もの》|言《い》はせながら|素知《そし》らぬ|顔《かほ》に、この|場《ば》を|立去《たちさ》りにける。
(大正一〇・一二・二三 旧一一・二五 外山豊二録)
第二四章 |思《おも》ひ|奇《き》や その二〔一七四〕
|南高山《なんかうざん》の|八王《やつわう》|大島別《おほしまわけ》は、|八王大神《やつわうだいじん》に|拝顔《はいがん》せむと|玉純彦《たますみひこ》を|従《したが》へ、|玄関口《げんくわんぐち》に|現《あら》はれたるに、ここには、|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》の|二《に》|女性《ぢよせい》が|受付《うけつけ》|兼《けん》|応接《おうせつ》の|役《やく》にあたりゐたりければ、|大島別《おほしまわけ》は|二女《にぢよ》の|姿《すがた》を|見《み》て、|呆然《ばうぜん》として|立《た》ちとまり、みづから|我《わ》が|頬《ほほ》をつねり|眉毛《まゆげ》に|唾《つばき》をつけ、|玄関《げんくわん》の|階段《かいだん》めがけて、
『またもや|白狐《びやくこ》には|非《あら》ざるか』
としきりに|杖《つゑ》の|先《さき》にて|突《つ》き|試《こころ》みけり。|玉純彦《たますみひこ》は|声《こゑ》を|荒《あら》らげ、
『|八島《やしま》の|古狐《ふるぎつね》またもや|八島姫《やしまひめ》と|身《み》を|変《へん》じ、|吾《われ》を|誑《たぶら》かさむとするか。ここは|立派《りつぱ》なる|玄関口《げんくわんぐち》と|見《み》せかけをるも、|擬《まが》ふかたなき|泥田《どろた》の|中《なか》、|吾《わ》が|天眼力《てんがんりき》にてこれを|看破《かんぱ》せり。|速《すみやか》に|正体《しやうたい》を|露《あら》はし、|尻尾《しつぽ》を|曲《ま》げ|降伏《かうふく》するか。さなくば|汝《なんぢ》|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》と|称《しよう》する|悪狐《あくこ》、|目《め》に|物《もの》|見《み》せてくれむ』
と|言《い》ふより|早《はや》く、|腰《こし》の|一刀《いつたう》を|引《ひ》きぬき、|頭上《づじやう》より|梨割《なしわ》りに|斬《き》りつけむとしたるに、|二女《にぢよ》は|驚《おどろ》きて|体《たい》をかはし、そのまま|奥殿《おくでん》に|走《はし》りいり、|道彦《みちひこ》の|前《まへ》に|致《いた》つて|救《すく》ひを|乞《こ》ひぬ。|大島別《おほしまわけ》、|玉純彦《たますみひこ》は|二女《にぢよ》の|後《あと》を|追《お》ひ|杖《つゑ》を|打《う》ち|揮《ふる》ひ、|長刀《ちやうたう》を|閃《ひらめ》かしながら|乱入《らんにふ》する。
このとき|常世姫《とこよひめ》|以下《いか》|数多《あまた》の|神司《かみがみ》は、|大《おほ》いに|驚《おどろ》き、|各自《かくじ》|得物《えもの》をとつて、|前後左右《ぜんごさいう》より|大島別《おほしまわけ》および|玉純彦《たますみひこ》に|打《う》つてかかりぬ。|大島別《おほしまわけ》は|老身《らうしん》のこととて、たちまち|取《と》り|押《おさ》へられ|縛《ばく》されたり。|玉純彦《たますみひこ》はこれを|見《み》てますます|怒《いか》り、|獅子奮迅《ししふんじん》の|勢《いきほひ》を|以《もつ》て、|当《あた》るを|幸《さいは》ひ|前後左右《ぜんごさいう》に|斬《き》りまくる。その|勢《いきほひ》に|辟易《へきえき》したる|常世姫《とこよひめ》|以下《いか》は、|倉皇《さうくわう》として|蜘蛛《くも》の|子《こ》を|散《ち》らすごとく|逃《に》げ|散《ち》り、|姿《すがた》をかくしたり。|後《あと》には|八王大神《やつわうだいじん》|高座《かうざ》に|八重畳《やへだたみ》を|敷《し》き|悠然《いうぜん》として、この|光景《くわうけい》を|見守《みまも》りゐたり。
|玉純彦《たますみひこ》は|八王大神《やつわうだいじん》にむかひ、
『|常世《とこよ》の|国《くに》の|邪神《じやしん》の|変化《へんげ》|思《おも》ひ|知《し》れや』
と、またもや|打《う》つてかかれば、|八王大神《やつわうだいじん》は|少《すこ》しも|騒《さわ》がず、|玉純彦《たますみひこ》の|利《き》き|腕《うで》を【ぐつ】と|握《にぎ》りしめたり。|玉純彦《たますみひこ》は|強力《がうりき》の|大神《おほかみ》につかまれて、その|場《ば》に|顔《かほ》をしかめて|平伏《へいふく》したりけり。|八王大神《やつわうだいじん》はただちに|立《た》つて、|大島別《おほしまわけ》の|縛《いましめ》を|解《と》き、|慇懃《いんぎん》にその|背《せ》をなでさすり、|四辺《しへん》をはばかりながら|小声《こごゑ》になりて、|常世城《とこよじやう》における|一切《いつさい》の|秘密《ひみつ》を|物語《ものがた》り、かつ|真正《しんせい》の|八王大神《やつわうだいじん》は|急病《きふびやう》のため|今《いま》は|九死一生《きうしいつしやう》、|命《めい》|旦夕《たんせき》に|迫《せま》る|旨《むね》を|耳《みみ》うちし、|自分《じぶん》は|一旦《いつたん》|聾唖痴呆《ろうあちはう》となりゐたる|大道別《おほみちわけ》にして|春日姫《かすがひめ》は|真《しん》の|八王《やつわう》|道貫彦《みちつらひこ》の|娘《むすめ》なること、および|八島姫《やしまひめ》は|真《しん》の|大島別《おほしまわけ》の|娘《むすめ》にして、|南高山《なんかうざん》にある|八島姫《やしまひめ》は|白狐《びやつくこ》|旭《あさひ》の|化身《けしん》なることを|詳細《しやうさい》に|物語《ものがた》り、かつ|今後《こんご》の|議場《ぎぢやう》におけるすべての|計画《けいくわく》を|打合《うちあは》せたり。
|大島別《おほしまわけ》、|玉純彦《たますみひこ》は、はじめて|疑《うたが》ひ|晴《は》れ、かつ|大道別《おほみちわけ》の|智謀《ちぼう》|絶倫《ぜつりん》なるを|感嘆《かんたん》し、|二神司《にしん》は|喜《よろこ》び|勇《いさ》みて、その|場《ば》を|退場《たいぢやう》せむとする|時《とき》、|物蔭《ものかげ》より|現《あら》はれ|出《い》でたる|八十枉彦《やそまがひこ》は、
『|聞《き》く|神《かみ》なしと|思《おも》ふは、|汝《なんぢ》ら|愚者《ぐしや》の|不覚《ふかく》、この|由《よし》、|常世姫《とこよひめ》に|報告《はうこく》せむ』
と|足早《あしばや》に|走《はし》り|出《いで》むとするを、|玉純彦《たますみひこ》はうしろより|飛《と》びかかり、|長刀《ちやうたう》を|抜《ぬ》き、|背部《はいぶ》よりただ|一刀《いつたう》のもとに|斬《き》り|付《つ》けたれば、|八十枉彦《やそまがひこ》は|七転八倒《しちてんばつたう》、|手《て》をもがき|足《あし》を|動《うご》かせ、|虚空《こくう》をつかんで|脆《もろ》くも|絶命《ぜつめい》したりける。
ここに|八島姫《やしまひめ》、|春日姫《かすがひめ》は|赤《あか》き|布《ぬの》をもつて|八十枉彦《やそまがひこ》の|遺骸《なきがら》をつつみ、その|上《うへ》をふたたび|白布《しらぬの》をもつておほひ、|玉純彦《たますみひこ》の|背《せ》に【しつか】とくくりつけたり。
|玉純彦《たますみひこ》は|素知《そし》らぬ|顔《かほ》にヤツコス|気取《きど》りにて、|大島別《おほしまわけ》の|後《あと》にしたがひ、|六方《ろつぱう》を|踏《ふ》みながら|足音《あしおと》|高《たか》く|城内《じやうない》を|面白《おもしろ》き|歌《うた》を|唄《うた》ひつつ|退出《たいしゆつ》したりける。
|玉純彦《たますみひこ》は|背《せな》の|荷物《にもつ》を|夜陰《やいん》にまぎれて、|草原《くさはら》の|野井戸《のゐど》にひそかに|投《な》げ|込《こ》み、|素知《そし》らぬ|風《ふう》を|装《よそほ》ひゐたり。このことは|常世城《とこよじやう》の|何人《なにびと》も|知《し》る|者《もの》なかりしといふ。
(大正一〇・一二・二三 旧一一・二五 桜井重雄録)
第二五章 |燕返《つばめかへ》し〔一七五〕
|八王大神《やつわうだいじん》は|病気《びやうき》まつたく|恢復《くわいふく》し、ふたたび|会議《くわいぎ》を|続行《ぞくかう》すべきことを|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|神司《かみがみ》に、|常世姫《とこよひめ》より|一々《いちいち》|叮嚀《ていねい》に|通知《つうち》したれば、|諸神司《しよしん》は|先《さき》を|争《あらそ》ひて|大広間《おほひろま》に|参集《さんしふ》し、|例《れい》のごとく|八王大神《やつわうだいじん》はじめ|常世姫《とこよひめ》、|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》、その|他《た》の|常世城《とこよじやう》の|神司《かみがみ》らは、|中央《ちうあう》の|高座《かうざ》に、|花《はな》を|飾《かざ》りたるごとく|立派《りつぱ》なる|姿《すがた》をあらはしたり。この|時《とき》|行成彦《ゆきなりひこ》はたちまち|登壇《とうだん》して|八王大神《やつわうだいじん》の|急病《きふびやう》まつたく|癒《い》え、ふたたびこの|大切《たいせつ》なる|会議《くわいぎ》に|出席《しゆつせき》されたることを、|口《くち》を|極《きは》めて|慶賀《けいが》し、|諸神司《しよしん》とともに|万歳《ばんざい》を|唱《とな》へ、かつ|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いづもひめ》、|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》をして|祝意《しゆくい》を|表《へう》するため、|壇上《だんじやう》に、|優美《いうび》にして|高尚《かうしやう》なる|舞曲《ぶきよく》を|演《えん》ぜしめたり。|四《よん》|女性《ぢよせい》の|艶麗《えんれい》|優美《いうび》なる|姿《すがた》は、あたかも|柳《やなぎ》の|枝《えだ》に|桜《さくら》の|花《はな》を|咲《さ》かせ、|白梅《しらうめ》の|薫《かほ》りを|添《そ》へたるごとくなりけり。|頭《あたま》には|金色《きんいろ》の|烏帽子《ゑぼし》を|戴《いただ》き、|衣服《いふく》は|揃《そろ》ひの|桃色《ももいろ》、|緋《ひ》の|袴《はかま》を|長《なが》くひきずりながら、|四女《よんぢよ》は|一度《いちど》に|手拍子《てべうし》、|足拍子《あしべうし》をそろへて、|春《はる》の|野《の》の|草花《くさばな》に|蝶《てふ》の|戯《たは》むれ|飛《と》び|交《か》ひ|遊《あそ》ぶごとくなりける。|諸神司《しよしん》は、この|長閑《のどか》なる|光景《くわうけい》に|心魂《しんこん》を|奪《うば》はれ、|吾《われ》を|忘《わす》れて|眺《なが》めゐたり。
|行成彦《ゆきなりひこ》は|壇上《だんじやう》に|立《た》ち、|優雅《いうが》な|声調《せいてう》にて|謳《うた》ひはじめたるが、|鶯《うぐひす》の|春陽《しゆんやう》に|逢《あ》ひ|谷《たに》の|戸《と》|開《ひら》いて、|白梅《しらうめ》の|梢《こづゑ》に|春《はる》を|謳《うた》ひ、|鈴虫《すずむし》の|秋《あき》の|野《の》の|夕《ゆふべ》に、|涼《すず》しき|声《こゑ》にて|鳴《な》くにも|似《に》たる|床《ゆか》しき|声調《せいてう》に、|四辺《しへん》の|空気《くうき》をたちまち|清鮮《せいせん》ならしめたり。
その|歌《うた》、
『|千早《ちはや》|振《ふ》る|神《かみ》の|御心《みこころ》かしこみて  チーバブリカンヨミコモトカスクミテ
|天地《あめつち》|四方《よも》の|国魂《くにたま》や  アメツツヨシノコキシタマ
|八王《やつわう》の|司《つかさ》や|八頭《やつがしら》  ヤツコスヨツカスヨヤツカムロ
ももの|神《かみ》たち|八百万《やほよろづ》  モモロカムタチヤモヨロヅ
|常世《とこよ》の|国《くに》に|神集《かむつど》ひ  トコヨヨクシイカムツトヒ
|虎《とら》|狼《おほかみ》や|獅子《しし》|大蛇《をろち》  トツオオカムヨシスオロミ
|鬼《おに》も|探女《さぐめ》も|曲津見《まがつみ》も  オヌモサヨメヨマトツミヨ
|伊寄《いよ》り|集《つど》ひて|村肝《むらきも》の  イヨキクルミテムロイコヨ
|心《こころ》の|雲《くも》を|吹《ふ》き|払《はら》ひ  コモトヨコモヨフチハロチ
|払《はら》ひ|清《きよ》めて|神《かみ》の|世《よ》の  ハロチコソメテカムホヨヨ
|目出度《めでた》き|光《ひかり》|照妙《てるたへ》の  メロトチフカリテロトオヨ
|綾《あや》と|錦《にしき》の|大御機《おほみはた》  アヨヨヌスコヨオオムホト
|織《お》りて|神世《かみよ》のまつりごと  オリテカムヨヨマツイコヨ
|堅磐常磐《かきはときは》にたてよこの  カコハトコハイタトヨコヨ
|神《かみ》の|任《よ》さしの|神《かみ》みたま  カムヨヨサイヨカムミトモ
|世《よ》に|出《い》でまして|美《うる》はしき  ヨニウテモステウロホスク
|栄《さか》えみろくの|大神《おほかみ》の  サコエミロクヨオオカムヨ
|安《やす》けき|国《くに》を|守《まも》らむと  ヨソケシコモヨモモロムト
|心《こころ》めでたき|常世国《とこよくに》  コモトメテトキトコヨクシ
うしはぎ|坐《ゐ》すとこよひこ  オソフクイモストコヨホコ
とこよの|姫《ひめ》の|世《よ》をなげき  トコヨヨホメヨヨヨノゲク
ももの|千草《ちぐさ》のあら|風《かぜ》に  モモヨツクソヨアロコセイ
|倒《たふ》れ|苦《くる》しむわざはひを  トヨレコロスムワロワイヨ
|救《すく》はむためのもよほしは  スクホムトメイモヨホスヨ
この|天地《あめつち》の|開《ひら》けてゆ  コヨアメツツヨフロケトヨ
ためしあらしのしづまりて  トモスアロスヨスヅモリテ
|常世《とこよ》の|春《はる》の|常永《とこしへ》に  トコヨヨホロヨトコスヱイ
|千代万世《ちよよろづよ》も|動《うご》きなく  トヨヨロヅヨヨヨロギノク
|高天原《たかあまはら》も|賑《にぎ》はしく  タコオモホロヨヌグホスク
|千歳《ちとせ》の|松《まつ》の|色《いろ》あせず  トツセヨマツヨウロアセズ
|枝葉《えだは》も|繁《しげ》るくはし|世《よ》に  エロホヨスゲリクホスヨイ
|立直《たてなほ》さむと|身《み》を|忘《わす》れ  トチノヨソムヨムヨワスリ
|家《いへ》を|忘《わす》れて|朝夕《あさゆふ》に  ウヘヨワスレテアソヨベイ
|心《こころ》を|尽《つく》し|身《み》を|尽《つく》し  コモトヨツクイモヨツクイ
|四方《よも》の|雲霧《くもきり》|吹払《ふきはら》ひ  ヨモヨコモクリホキホロヒ
|国治立《くにはるたち》の|大神《おほかみ》の  クシホロトチヨオオカムヨ
いかしき|御世《みよ》を|守《まも》らむと  ウカスキムヨヨモモラムト
|開《ひら》きたまひしこの|集《つど》ひ  フロキトモイスコヨツドイ
|集《つど》ひ|来《き》たりし|行成彦《ゆきなりひこ》も  ツドヒコモステユキノリホコモ
もろてをあげてこのたびの  モロテヨアゲテコヨトヒヨ
|常世《とこよ》の|彦《ひこ》の|御《み》こころに  トコヨヨホコヨミコモトイ
まつろひまつり|常暗《とこやみ》の  マツロイマツイトコヨミヨ
|世《よ》をとこしへに|照《てら》しなむ  ヨヨトコシエイテラスノム
|百《もも》の|神《かみ》たちみともたち  モモヨカムトチミトモトチ
|一日《ひとひ》も|早《はや》くかた|時《とき》も  ヒツカモホヨクカトトキヨ
いと|速《すみ》やかにかたりあひ  イトスムヨコイカトリアイ
けふのつどひをうれしみて  ケフヨツドイヨウロスミテ
むなしく|過《すご》すことなかれ  ムノスクスゴスコトノコレ
|国治立《くにはるたち》の|神《かみ》のまへ  クシホロトチヨカムヨミエ
|常世《とこよ》の|神《かみ》のうるはしき  トコヨヨカムヨウロホスキ
|赤《あか》き|心《こころ》をうべなひて  アコキコモトヨウベノイテ
|四方《よも》の|神人《かみびと》|草《くさ》や|木《き》の  ヨモヨカムフトクサヨコヨ
さやぎの|声《こゑ》を|静《しづ》めかし  サヨギヨコエヨスズメカス
|救《すく》ひの|神《かみ》とあれませる  スクイヨカムヨアレモセル
|国治立《くにはるたち》の|神《かみ》ごころ  クシホロトチヨカムコモト
ただに|受《う》けます|常世彦《とこよひこ》  トドイウケモストコヨホコ
とこよの|姫《ひめ》のひらきてし  トコヨヨホメヨホロキテス
これのもよほしいときよし  コレヨモヨホスイトキヨス
きよきこころの|百《もも》の|神《かみ》  キヨキコモトヨモモヨカム
|八王《やつわう》の|司《つかさ》やつはものの  ヤツコスヨツカスヨツホモヨヨ
|猛《たけ》きうつはをとりのぞき  トケキウツホヨトリヨゾキ
その|根底《ねそこ》よりあらためて  ソヨネトコヨイアロトメテ
はやとりのぞき|大神《おほかみ》に  ホヨトリヨゾキオオカムイ
|叶《かな》ひまつれよ|松《まつ》の|世《よ》の  カノイモツリテマツヨヨヨ
|神《かみ》のこころの|神《かみ》ぞ|目出度《めでた》く  カムヨコモトヨカムゾメデトキ
|松《まつ》の|心《こころ》の|神《かみ》ぞ|目出度《めでた》けれ  マツヨコモトヨカムゾメデトケレ』
|行成彦《ゆきなりひこ》は、|以前《いぜん》の|極力《きよくりよく》|反対的《はんたいてき》の|態度《たいど》に|打《う》つて|変《かは》り、|八王大神《やつわうだいじん》|賛成《さんせい》の|歌《うた》を|作《つく》り、その|豹変的《へうへんてき》|態度《たいど》に|諸神司《しよしん》を|驚異《きやうい》せしめたり。|八王大神《やつわうだいじん》は|欣然《きんぜん》として、|無言《むごん》のまま|行成彦《ゆきなりひこ》の|讃美《さんび》の|歌《うた》を、|耳《みみ》を|澄《す》まして|聞《き》き|入《い》りぬ。
|常世姫《とこよひめ》は、|行成彦《ゆきなりひこ》の|行動《かうどう》に|合点《がつてん》ゆかず、|首《くび》をしきりにかたむけ、|思案《しあん》に|暮《く》るるもののごとくなりける。
|行成彦《ゆきなりひこ》の|豹変的《へうへんてき》|態度《たいど》をとりたるは、|八王大神《やつわうだいじん》の|偽物《にせもの》たることを、よく|知悉《ちしつ》しゐたるが|故《ゆゑ》なり。|四柱《よはしら》の|女性《によしやう》は|満座《まんざ》に|一礼《いちれい》し、|得《え》もいはれぬ|愛嬌《あいけう》を|振《ふ》りまきながら|静々《しづしづ》と|降壇《かうだん》したり。このとき|末席《まつせき》より|発言権《はつげんけん》を|請求《せいきう》して|登壇《とうだん》する|神司《しんし》あり。
これは|長白山《ちやうはくざん》の|八王《やうわう》|有国彦《ありくにひこ》にして、その|神格《しんかく》は|温和《おんわ》にして|至誠《しせい》|一貫《いつくわん》の|神司《しんし》なり。やや|頭《あたま》の|頂《いただき》に|禿《はげ》を|現《あら》はし、|背丈《せたけ》はスラリと|高《たか》く、どこともなく|威徳《ゐとく》|具《そな》はりて|見《み》へけり。いまや|行成彦《ゆきなりひこ》の|豹変的《へうへんてき》|歌《うた》を|聞《き》きて、|平素《へいそ》の|温柔《おんじう》なる|性質《せいしつ》にも|似合《にあは》ず、|猛然《まうぜん》として|立上《たちあが》り|登壇《とうだん》したるなり。|諸神司《しよしん》は|彼《かれ》の|顔色《がんしよく》のただならざるを|見《み》て、その|発言《はつげん》のいかんを|気遣《きづか》ひける。|彼《かれ》は|口《くち》を|開《ひら》いて、
『|満座《まんざ》の|諸神司《しよしん》よ、|吾々《われわれ》は|今回《こんくわい》の|大会議《だいくわいぎ》については、|許多《きよた》の|疑問《ぎもん》|胸中《きようちう》に|山積《さんせき》せり。|第一《だいいち》に|泥田《どろた》の|中《なか》の|失態《しつたい》といひ、|同《おな》じ|姿《すがた》の|女性《によしやう》の|続出《ぞくしゆつ》せる|怪《くわい》といひ、|八王大神《やつわうだいじん》の|急病《きふびやう》といひ、|森鷹彦《もりたかひこ》の|異変《いへん》といひ、|数《かぞ》へきたれば|限《かぎ》りなき|怪事《くわいじ》の|続出《ぞくしゆつ》すること、あたかも|妖怪変化《えうくわいへんげ》の|巣窟《さうくつ》ともいふべき|有様《ありさま》ならずや。しかのみならず|聖地《せいち》ヱルサレムの|天使長《てんしちやう》|広宗彦《ひろむねひこ》の|代理《だいり》たる|行成彦《ゆきなりひこ》の|軟化《なんくわ》|豹変《へうへん》、|燕返《つばめがへ》しの|曲芸的《きよくげいてき》|行動《かうどう》の|不審《ふしん》|千万《せんばん》にして|逆睹《ぎやくと》すべからざるに|非《あら》ずや。|思《おも》ふに|行成彦《ゆきなりひこ》も、|連日《れんじつ》の|疲労《ひらう》の|結果《けつくわ》|精神《せいしん》に|異状《いじやう》をきたせしにはあらざるか。ただしは|前日来《ぜんじつらい》|議場《ぎぢやう》を|攪乱《かくらん》しつつありし|邪神《じやしん》|悪鬼《あくき》に|憑依《ひようい》され、|誑惑《けうわく》されて、その|大切《たいせつ》なる|使命《しめい》を|忘却《ばうきやく》し、かかる|変説《へんせつ》|改論《かいろん》の|醜《しう》を|演《えん》じたるには|非《あら》ざるか。|熟考《じゆくかう》すればするにつけ|腑《ふ》に|落《お》ちぬことのみ、|如何《いか》にしても、|吾《われ》らは|何処《どこ》までも|疑《うたが》はざるを|得《え》ぬ。|要《えう》するに、|今回《こんくわい》の|会議《くわいぎ》は|怪《くわい》より|始《はじ》まりて|怪《くわい》に|終《をは》るにあらざるか。|吾々《われわれ》は|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|聖慮《せいりよ》に|背《そむ》き、|神界《しんかい》の|御制定《ごせいてい》になれる|八王神《やつわうじん》の|聖座《せいざ》を|撤廃《てつぱい》し、|野武士的《のぶしてき》|神政《しんせい》を|樹立《じゆりつ》せむとする|悪平等《あくべうどう》|主義《しゆぎ》の、|反逆的《はんぎやくてき》|目的《もくてき》を|根底《こんてい》より|破壊《はくわい》せむとの、|国祖《こくそ》|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》に|出《い》づる|諸神人《しよしん》への|厳《きび》しき|懲戒《ちやうかい》の|鞭《むち》を|加《くは》へさせたまひしものと|断《だん》ぜざるを|得《え》ず。ゆゑに|吾々《われわれ》は|失礼《しつれい》ながら|今日《こんにち》かぎり|本会議《ほんくわいぎ》を|脱退《だつたい》せむ。|諸神司《しよしん》よろしく|吾々《われわれ》の|行動《かうどう》をもつて|本会議《ほんくわいぎ》を|乱《みだ》すものとなす|勿《なか》れ』
と|声《こゑ》に|力《ちから》をこめて|述《の》べをはり、|降壇《かうだん》せむとするや、
『|暫《しばら》く、しばらく』
と|大声《たいせい》に|呼《よ》ばはる|神司《しんし》ありける。
(大正一〇・一二・二三 旧一一・二五 出口瑞月)
第二六章 |庚申《かうしん》の|眷属《けんぞく》〔一七六〕
|有国彦《ありくにひこ》は、|常世会議《とこよくわいぎ》より|脱退《だつたい》せむことを|宣言《せんげん》し、|降壇《かうだん》せむとするや、
『|暫《しばら》く、しばらく』
と、|大声《たいせい》に|呼《よ》ばはりたる|神司《しんし》は、ヒマラヤ|山《さん》の|八王《やつわう》|高山彦《たかやまひこ》なりき。|高山彦《たかやまひこ》はただちに|登壇《とうだん》し|満座《まんざ》を|睥睨《へいげい》し、おもむろに|口《くち》を|開《ひら》いていふ。
『そもそも|今回《こんくわい》の|会議《くわいぎ》は、|八王《やつわう》の|撤廃《てつぱい》をもつてその|眼目《がんもく》とするもののごとし。|八王大神《やつわうだいじん》はさきに|八王《やつわう》|聯合《れんがふ》を|図《はか》り、|一大《いちだい》|団結力《だんけつりよく》をもつて、|聖地《せいち》ヱルサレムの|天使長《てんしちやう》|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》|以下《いか》の|神司《かみがみ》を|協力《けふりよく》|一致《いつち》|弾劾《だんがい》して|失脚《しつきやく》せしめたるは、|今日《こんにち》にいたつて|考《かんが》ふれば、|吾々《われわれ》は|実《じつ》に|天則違反《てんそくゐはん》の|非行為《ひかうゐ》なりと|思《おも》ふ。その|後《ご》の|世界《せかい》|一般《いつぱん》の|形勢《けいせい》は、ますます|悪化《あくくわ》し|紛糾《ふんきう》|混乱《こんらん》の|巷《ちまた》と|化《くわ》し|去《さ》りしは、はたして|何《なに》に|原因《げんいん》するものぞ。|吾々《われわれ》は|思《おも》ふ、これ|全《まつた》く|国祖《こくそ》の|大御心《おほみこころ》に|叶《かな》はざるがためなりと。しかるに|今回《こんくわい》の|提案《ていあん》たるや、|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王八頭《やつわうやつがしら》の|政令《せいれい》おこなはれず、|地上《ちじやう》の|世界《せかい》はあたかも|修羅《しゆら》の|巷《ちまた》と|化《くわ》しさりしを|口実《こうじつ》に、また|八王《やつわう》の|無能《むのう》を|口実《こうじつ》としてこれを|撤廃《てつぱい》し|八王大神《やつわうだいじん》みづから|特権《とくけん》を|握《にぎ》りますます|慾望《よくばう》を|完全《くわんぜん》に|達成《たつせい》せむとするの|下心《したごころ》あることは、|吾々《われわれ》の|天地《てんち》の|大神《おほかみ》に|誓《ちか》つて|声明《せいめい》するところのものである。ゆゑに|吾々《われわれ》の|考《かんが》へとしては、|八王《やつわう》の|撤廃論《てつぱいろん》をすみやかに|撤回《てつくわい》し、|八王《やつわう》|一致《いつち》|団結《だんけつ》して|各自《かくじ》の|中《なか》より|主宰者《しゆさいしや》を|選出《せんしゆつ》し、|確固不動《かくこふどう》の|団結《だんけつ》を|造《つく》り、もつて|国祖《こくそ》の|聖慮《せいりよ》に|叶《かな》へる|神政《しんせい》を|顕彰《けんしやう》し、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》に|従前《じゆうぜん》の|過失《くわしつ》を|詫《わ》び、|国治立命《くにはるたちのみこと》の|管理《くわんり》のもとに|服従《ふくじゆう》し、|誠心《せいしん》|誠意《せいい》|帰順《きじゆん》の|実《じつ》を|挙《あ》ぐるに|如《し》かずと|思《おも》ふ。|諸神司《しよしん》の|賛否《さんぴ》|如何《いかん》』
と|述《の》べ|了《をは》るや、|満場《まんぢやう》|破《わ》るるばかりの|拍手《はくしゆ》と|賛成《さんせい》の|声《こゑ》に|充《み》たされける。
|高山彦《たかやまひこ》は|笑《ゑみ》を|満面《まんめん》にたたへながら、
『|諸神司《しよしん》は|吾《わ》が|主張《しゆちやう》にたいし、|十二分《じふにぶん》の|賛成《さんせい》を|表《へう》したまへり。これより|総統者《そうとうしや》の|選挙《せんきよ》に|移《うつ》らむ』
と|言《い》ふや、|高座《かうざ》の|上左側《かみさそく》に|控《ひか》へたる|行成彦《ゆきなりひこ》はふたたび|登壇《とうだん》し、
『|高山彦《たかやまひこ》の|説《せつ》に|吾々《われわれ》は|双手《さうしゆ》を|挙《あ》げて|賛成《さんせい》するものなり。ついては|従前《じゆうぜん》のごとく|八王大神《やつわうだいじん》をもつて|総統者《そうとうしや》と|選定《せんてい》せば|如何《いかん》』
と|提議《ていぎ》したり。|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》は|行成彦《ゆきなりひこ》の|提議《ていぎ》に|一《いち》も|二《に》もなく|賛成《さんせい》の|意《い》を|表《へう》したれば、いよいよ|八王《やつわう》の|撤廃《てつぱい》は|否決《ひけつ》され、|八王大神《やつわうだいじん》これを|総統《そうとう》することとなり、|地《ち》の|高天原《たかあまはら》に|直属《ちよくぞく》し、|柔順《じうじゆん》に|国祖《こくそ》の|神命《しんめい》に|奉仕《ほうし》すべきことを|決定《けつてい》したりけるは、|世界《せかい》|平和《へいわ》のため|慶賀《けいが》にたえざるなり。
|高山彦《たかやまひこ》はふたたび|口《くち》を|開《ひら》き、
『|世界《せかい》|平和《へいわ》のために|各自《かくじ》の|神司《かみがみ》らの|武装《ぶさう》の|一部《いちぶ》を|撤廃《てつぱい》するの|件《けん》は、|諸神司《しよしん》においても|御異存《ごいぞん》なかるべきを|確信《かくしん》す。|賛成者《さんせいしや》はすみやかに|起立《きりつ》されむことを』
と|述《の》ぶるや、|諸神司《しよしん》のほとんど|八分《はちぶ》までは、|一斉《いつせい》に|起立《きりつ》し、かつ|賛成《さんせい》を|唱《とな》へたる。その|声《こゑ》あたかも|常世城《とこよじやう》も|震動《しんどう》するばかりなりける。
|八王大神《やつわうだいじん》は|高座《かうざ》の|中央《ちうあう》に|黙然《もくねん》として|控《ひか》へ、|庚申《かうしん》の|眷属《けんぞく》よろしく、|見《み》ざる、|聞《き》かざる、|言《い》はざるの|三猿主義《さんゑんしゆぎ》を|採《と》り|居《ゐ》たるもののごとし。|常世姫《とこよひめ》は|事《こと》ここにいたつては|如何《いかん》ともするに|由《よし》なく、たちまち|容色《ようしよく》を|和《やは》らげ|満場《まんぢやう》の|諸神司《しよしん》にむかつていふ。
『|諸神司《しよしん》らの|誠心《せいしん》|誠意《せいい》|世界《せかい》の|平和《へいわ》を|希求《ききう》さるるは、|八王大神《やつわうだいじん》をはじめ|吾々《われわれ》の|実《じつ》に|欣喜《きんき》に|堪《た》へざるところであります。|要《えう》するに|八王大神《やつわうだいじん》をはじめ|大自在天《だいじざいてん》の|提議《ていぎ》にかかはる|八王《やつわう》の|撤廃案《てつぱいあん》は、その|実《じつ》|諸神司《しよしん》の|誠意《せいい》のあるところを|伺《うかが》はむための|反正《はんせい》|撥乱《はつらん》|的《てき》|神策《しんさく》でありまして、もはや|吾々《われわれ》は|諸神司《しよしん》の|至誠《しせい》|公《こう》に|奉《ほう》ずるの|御精神《ごせいしん》を|実地《じつち》に|拝察《はいさつ》しました|以上《いじやう》は、|何《なん》とも|申《まを》し|上《あ》げやうはありませぬ。|従前《じゆうぜん》のごとく|八王大神《やつわうだいじん》をもつて|八王《やつわう》の|総統者《そうとうしや》となし、|聖地《せいち》にたいし|協力《けふりよく》|一致《いつち》|帰順《きじゆん》の|誠《まこと》をいたせば、|今回《こんくわい》の|大目的《だいもくてき》は、|完全《くわんぜん》に|成功《せいこう》したものといつて|差支《さしつか》へはないのであります』
と|打《う》つて|変《かは》りし|常世姫《とこよひめ》の|燕返《つばめがへ》しの|変節改論《へんせつかいろん》に、|諸神人《しよしん》は|思《おも》はず|顔《かほ》を|見合《みあ》はし、その|先見《せんけん》の|明《めい》と|機敏《きびん》に|舌《した》をまきにける。
|常世姫《とこよひめ》はふたたび|口《くち》を|開《ひら》き、
『かくの|如《ごと》く|決定《けつてい》する|以上《いじやう》、たがひに|和衷《わちう》|協同《けふどう》の|実《じつ》を|挙《あ》げ、もつて|律法《りつぱふ》を|遵守《じゆんしゆ》し、|至誠《しせい》|至実《しじつ》の|結合《けつがふ》を|見《み》たる|上《うへ》は、あながちに、|各神人《かくじん》の|武装《ぶさう》を|撤回《てつくわい》するの|必要《ひつえう》は|無《な》きものと|考《かんが》へます。|要《えう》はただ|諸神司《しよしん》の|心《こころ》を|改《あらた》むるにあるのみ。この|点《てん》については、いま|一応《いちおう》|御熟考《ごじゆくかう》を|願《ねが》ひます』
といつてのけ、|自分《じぶん》の|席《せき》に|帰《かへ》りける。
(大正一〇・一二・二四 旧一一・二六 外山豊二録)
第二七章 |阿鼻叫喚《あびけうくわん》〔一七七〕
|行成彦《ゆきなりひこ》は、ふたたび|立《た》つて|壇上《だんじやう》に|現《あら》はれ、さも|快活《くわいくわつ》なる|面色《めんしよく》にて|諸神人《しよしん》にむかひ、
『ただ|今《いま》、|高山彦《たかやまひこ》の|周密《しうみつ》|精細《せいさい》なる|主張《しゆちやう》と、|賢明《けんめい》|仁慈《じんじ》なる|常世姫《とこよひめ》の|演説《えんぜつ》について、|諸神人《しよしん》は|全会《ぜんくわい》|一致《いつち》をもつて|賛成《さんせい》せられたることを、|吾々《われわれ》は|聖地《せいち》ヱルサレムの|天使長《てんしちやう》|広宗彦《ひろむねひこ》の|代理《だいり》として|本心《ほんしん》より|歓迎《くわんげい》するものであります。これまつたく|諸神人《しよしん》が|誠心誠意《せいしんせいい》|国祖大神《こくそおほかみ》の|聖慮《せいりよ》を|奉戴《ほうたい》し、|神界《しんかい》の|平和《へいわ》を|熱望《ねつばう》さるる|結果《けつくわ》と|信《しん》じて|疑《うたが》ひませぬ。ついてはただ|今《いま》|常世姫《とこよひめ》は|各神人《かくじん》の|武装《ぶさう》|撤廃《てつぱい》については、その|必要《ひつえう》なきを|詳論《しやうろん》されましたが、|私《わたくし》はこの|際《さい》|武装《ぶさう》の|撤廃《てつぱい》を|断行《だんかう》したいと|思《おも》ひます。|諸神人《しよしん》の|御感想《ごかんさう》を|承《うけたま》はりたし。|賛成《さんせい》の|諸神人《しよしん》はすみやかに|起立《きりつ》を|願《ねが》ひます』
この|提案《ていあん》に|対《たい》して、|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》らは|六分《ろくぶ》まで|起立《きりつ》して|賛意《さんい》を|表《へう》しける。|行成彦《ゆきなりひこ》はこれを|見《み》て、
『|御承知《ごしようち》のごとく、|過半数《くわはんすう》の|賛成《さんせい》を|得《え》ました。ついては|速《すみ》やかに|実行《じつかう》にかかられむことを|希望《きばう》します。|武装《ぶさう》の|撤廃《てつぱい》の|方法《はうはふ》については、|竜神《りうじん》はその|玉《たま》を|取《と》り、|獅子《しし》、|虎《とら》、|熊《くま》、|狼《おほかみ》などの|眷属《けんぞく》はその|羽翼《うよく》を|全廃《ぜんぱい》し、|鰐《わに》、|鯨《くじら》および|海竜《かいりう》はその|針毛《はりげ》を|撤廃《てつぱい》し、|白狐《びやくこ》は|堅《かた》き|金毛《きんまう》|銀毛《ぎんまう》および|鉄毛《てつまう》を|撤廃《てつぱい》し、|中空《ちうくう》を|翔《かけ》る|鳥族《てうぞく》はその|咽下《のどした》の|毒嚢《どくなう》を|排除《はいじよ》せざれば、|真正《しんせい》の|平和《へいわ》を|永遠《ゑいゑん》に|維持《ゐぢ》することはできないと|考《かんが》へます。この|件《けん》については、まづ|第一《だいいち》に|常世城《とこよじやう》の|神司《かみがみ》らより|模範《もはん》を|示《しめ》されむことを|希望《きばう》します』
と|述《の》べ|終《をは》り、|悠々《いういう》として|降壇《かうだん》し、|自席《じせき》につきぬ。|常世姫《とこよひめ》の|顔色《がんしよく》は、にはかに|失望落胆《しつばうらくたん》の|影《かげ》|浮《うか》び|出《い》でぬ。|八王大神《やつわうだいじん》は|莞爾《くわんじ》として|高座《かうざ》に|控《ひか》へ、|操《あやつ》り|人形《にんぎやう》のやうに|首《くび》を|上下《じやうげ》に|振《ふ》り、|賛成《さんせい》の|意《い》を|形容《けいよう》に|表《へう》しゐたりける。
この|様子《やうす》を|見《み》たる|常世姫《とこよひめ》、|大鷹別《おほたかわけ》|一派《いつぱ》の|神司《かみがみ》らは|歯噛《はが》みをなして|口惜《くや》しがりたれど、|議場内《ぎぢやうない》の|形勢《けいせい》は|如何《いかん》ともするに|由《よし》なかりける。
このとき、|森鷹彦《もりたかひこ》は|両肱《りやうひじ》を|張《は》り、|拳固《げんこ》を|固《かた》め|勢《いきほひ》よく|登壇《とうだん》し、|満座《まんざ》の|壇上《だんじやう》にてその|正体《しやうたい》を|露《あら》はし、|巨大《きよだい》なる|獅子《しし》となり、|矢庭《やには》に|右《みぎ》の|手《て》をもつて|左《ひだり》の|羽翼《うよく》をメリメリとむしりとり、|壇下《だんか》の|神人《かみがみ》の|前《まへ》に|投《な》げ|捨《す》てたり。|今度《こんど》は|左手《ひだりて》を|背中《せなか》にまはして、|右《みぎ》の|羽翼《うよく》を|顔《かほ》をしかめながら|又《また》もやメリメリとむしりとり、その|羽翼《うよく》を|口《くち》にくはへ、|壇下《だんか》を|目《め》がけて|山岳《さんがく》も|崩《くづ》るるばかりの|唸《うな》り|声《ごゑ》を|立《た》て|巨眼《きよがん》を|光《ひか》らせ、|雄叫《をたけ》びしぬ。|神人《しんじん》らの|顔色《がんしよく》はサツと|変《かは》りぬ。
このとき、|春日姫《かすがひめ》とともに|常世城《とこよじやう》に|逃《のが》れゐたる|鷹住別《たかすみわけ》は、|立《た》つて|壇上《だんじやう》にのぼり、
『アヽ|諸神人《しよしん》よ、|言説《げんせつ》よりも|実行《じつかう》をもつて|第一《だいいち》とす。|神人《かみ》は|言心行《げんしんかう》|一致《いつち》をもつて|精神《せいしん》とす。|貴下《きか》らは|国祖《こくそ》|大神《おほかみ》より|神人《しんじん》の|神格《しんかく》を|賜《たま》ふ。この|場《ば》に|臨《のぞ》みて|女々《めめ》しく|躊躇逡巡《ちうちよしゆんじゆん》するは|決《けつ》して|名誉《めいよ》ある|神人《しんじん》の|度量《どりやう》に|非《あら》ざるべし。まづ|常世城《とこよじやう》より|実行《じつかう》されむことを|希望《きばう》す。|常世城《とこよじやう》の|神人《かみがみ》にしてモスコーの|従臣《じゆうしん》|森鷹彦《もりたかひこ》に|倣《なら》はずば、|吾々《われわれ》は|進《すす》ンで|諸神人《しよしん》の|武装《ぶさう》を|排除《はいじよ》し|奉《たてまつ》らむ。|八王大神《やつわうだいじん》においては|御異存《ごいぞん》ありや』
と|向《む》き|直《なほ》りて|問《と》ひつめたり。
|八王大神《やつわうだいじん》はさも|愉快《ゆくわい》さうなる|面色《おももち》にて|首《くび》を|上下《じやうげ》にしきりに|振《ふ》り、|大賛成《だいさんせい》の|意《い》を|表《へう》したり。|常世姫《とこよひめ》は|憂《うれ》ひ|悲《かな》しみ、|内心《ないしん》|狼狽《らうばい》の|色《いろ》|面《おもて》に|表《あら》はれたり。|行成彦《ゆきなりひこ》は|満座《まんざ》の|諸神人《しよしん》にむかひ、
『|諸神人《しよしん》よ、|一斉《いつせい》に|本城《ほんじやう》の|神人《かみがみ》らの|屯所《とんしよ》に|出張《しゆつちやう》し、|武装《ぶさう》|撤回《てつくわい》を|監督《かんとく》されよ』
と、さも|得意気《とくいげ》に|命令的《めいれいてき》に|述《の》べ|立《た》てたり。
|血気《けつき》にはやる|神人《かみがみ》はまづ|自分《じぶん》の|羽翼《うよく》を|除《と》り、あるひは|牙《きば》を|抜《ぬ》き、その|場《ば》に|投棄《とうき》し、|猛然《まうぜん》として|神人《かみがみ》らの|駐屯所《ちうとんしよ》に|侵入《しんにふ》したり。しばらくあつて、|叫喚《けうくわん》の|声《こゑ》、|咆吼《はうこう》|怒号《どがう》の|雷声《らいせい》は|城内《じやうない》に|響《ひび》き|渡《わた》りける。|八王大神《やつわうだいじん》はこの|声《こゑ》に|驚《おどろ》き、|病躯《びやうく》を|提《ひつさ》げ|壇上《だんじやう》に|馳《は》せ|上《のぼ》り、|武装《ぶさう》|撤回《てつくわい》|中止《ちゆうし》を|厳命《げんめい》したり。|森鷹彦《もりたかひこ》は|巨大《きよだい》なる|獅子《しし》に|還元《くわんげん》したるまま|眼《め》を|怒《いか》らせ、|牙《きば》を|立《た》て|八王大神《やつわうだいじん》|目《め》がけて|飛《と》びかからむとする|猛勢《まうせい》を|示《しめ》し、ときどき|雷《らい》のごとく|咆吼《はうこう》し、|八王大神《やつわうだいじん》を|威喝《ゐかつ》しつつありける。|神人《かみがみ》らは|自席《じせき》より|口々《くちぐち》に、
『|偽《にせ》|八王大神《やつわうだいじん》を|引《ひき》ずり|落《おと》せ。|今《いま》となつて、|卑怯《ひけふ》|未練《みれん》に|諸神人《しよしん》の|決議《けつぎ》を|無視《むし》するは、|吾々《われわれ》を|侮辱《ぶじよく》するの|甚《はなは》だしきものなり。|現《げん》に|常世城《とこよじやう》の|城主《じやうしゆ》|八王大神《やつわうだいじん》の|黙許《もくきよ》を|得《え》たり。|何《いづ》れの|痴漢《ちかん》ぞ、|速《すみ》やかに|退去《たいきよ》せよ』
と|口《くち》をそろへて|呶鳴《どな》り|立《た》てたり。
|森鷹彦《もりたかひこ》の|獅子《しし》はまたもや|後来《こうらい》の|八王大神《やつわうだいじん》に|向《むか》つて|唸《うな》り|立《た》てたれば、|場内《ぢやうない》はあたかも|戦場《せんぢやう》のごとく|修羅道《しゆらだう》のごとき|光景《くわうけい》とたちまち|変《へん》じたりける。このとき|三猿主義《さんゑんしゆぎ》をとつて|壇上《だんじやう》に|控《ひか》へたる|聾唖痴呆《ろうあちはう》と|思《おも》ひし|道彦《みちひこ》の|偽《にせ》|八王大神《やつわうだいじん》は、|猛然《まうぜん》として|立《た》ち|上《あが》り、|満座《まんざ》を|一瞥《いちべつ》し、
『ただ|今《いま》これに|控《ひか》へたるは|八王大神《やつわうだいじん》と|称《しよう》すれども、|彼《かれ》は|容貌《ようばう》|吾《われ》に|似《に》たりといへども、その|実《じつ》はモスコーの|八王《やつわう》に|仕《つか》へたる|道彦《みちひこ》といふ|発狂者《はつきやうしや》なり。|諸神人《しよしん》はかかる|発狂者《はつきやうしや》の|言《げん》に|耳《みみ》をかたむけず、すみやかに|武装《ぶさう》|撤回《てつくわい》を|断行《だんかう》されよ』
と|言《い》ひければ、|真正《しんせい》の|八王大神《やつわうだいじん》は|歯噛《はが》みをなして|口惜《くや》しがれど、|身《み》から|出《で》た|錆《さび》の|如何《いかん》ともするに|由《よし》なく、|主客《しゆきやく》|顛倒《てんたふ》したるこの|大勢《たいせい》を|挽回《ばんくわい》することは|到底《たうてい》|不可能《ふかのう》なりける。このとき|八王大神《やつわうだいじん》は|猫《ねこ》に|出会《であ》ひし|鼠《ねずみ》のごとく、|萎縮《ゐしゆく》して|何処《どこ》ともなく|姿《すがた》をかくしたり。|常世姫《とこよひめ》の|影《かげ》は|忽然《こつぜん》として|消《き》え|失《う》せたり。|神人《かみがみ》らの|叫喚《けうくわん》の|声《こゑ》は|実《じつ》に|物凄《ものすご》く、|寂寥《せきれう》|身《み》に|迫《せま》り、|聞《き》く|者《もの》をして|肌《はだへ》に|粟《あは》を|生《しやう》ぜしむるにいたりける。
たちまち|天《てん》の|一方《いつぱう》より|峻烈《しゆんれつ》|骨《ほね》を|裂《さ》くごとき|寒風《かんぷう》|吹《ふ》ききたるよと|見《み》る|間《ま》に、|王仁《おに》の|身《み》は|高所《かうしよ》より|深《ふか》き|谷間《たにま》に|顛落《てんらく》したりけるより、|目《め》を|開《ひら》けば、|身《み》は|高熊山《たかくまやま》の|岩窟《がんくつ》に|寒風《かんぷう》にさらされて|横様《よこさま》に|倒《たふ》れゐたりける。
(大正一〇・一二・二四 旧一一・二六 桜井重雄録)
第二八章 |武器《ぶき》|制限《せいげん》〔一七八〕
|神代《かみよ》における|神人《かみがみ》らの|武装《ぶさう》|撤回《てつくわい》は、|現代《げんだい》の|某《ぼう》|会議《くわいぎ》のごとき、|軍艦《ぐんかん》や|潜航艇《せんかうてい》の|噸数《とんすう》を|制限《せいげん》する|如《ごと》き|不徹底《ふてつてい》なるものではなく、|神人《かみがみ》らの|肉体上《にくたいじやう》に|附着《ふちやく》せる|天授《てんじゆ》の|武装《ぶさう》を|一部分《いちぶぶん》、または|全部《ぜんぶ》|除去《ぢよきよ》することとなりける。|太古《たいこ》の|竜《りう》は|厳《いか》めしき|太刀肌《たちはだ》を|備《そな》へ、かつ|鋭利《えいり》なる|利刃《やいば》のごとき|角《つの》を、|幾本《いくほん》ともなく|頭《あたま》に|戴《いただ》き、|敵《てき》にたいしてその|暴威《ばうゐ》を|揮《ふる》ふとともに、|一方《いつぱう》にはこれを|護身《ごしん》の|要器《えうき》となし、|互《たが》ひに|争闘《そうとう》を|続《つづ》けゐたりしなり。ゆゑに|今回《こんくわい》の|常世会議《とこよくわいぎ》に|於《おい》て|八王大神《やつわうだいじん》の|提議《ていぎ》したる、|神人《かみがみ》|各自《かくじ》の|武器《ぶき》の|廃止《はいし》は、|神界《しんかい》のためにはもつとも|尊重《そんちよう》すべき|大事業《だいじげふ》なりける。すなはち|竜神《りうじん》はその|鋭角《えいかく》を|二本《にほん》に|定《さだ》められ、|他《た》は|残《のこ》らず|抜《ぬ》き|取《と》られ、その|厳《いか》めしき|太刀肌《たちはだ》は|容赦《ようしや》なく|剥《は》ぎ|取《と》られて、|柔軟《じうなん》なる|鱗皮《りんぴ》と|化《くわ》せしめられたり。|中《なか》には|角《つの》まで|全部《ぜんぶ》|抜《ぬ》き|取《と》られて、|今日《こんにち》の|蛇《へび》のごとく|少《すこ》しも|防禦力《ばうぎよりよく》の|無《な》きものになりたるもあり。
また|猛虎《まうこ》や、|獅子《しし》や、|巨狼《きよらう》や、|大熊《おほくま》のごときは|鋭利《えいり》なる|爪牙《さうが》を|持《も》てる|上《うへ》に、|空中《くうちう》|飛行《ひかう》|自在《じざい》の|羽翼《うよく》を|有《いう》し、かつその|毛《け》は|針《はり》のごとく|固《かた》くして|鋭《するど》く、|実《じつ》に|攻撃《こうげき》|防禦《ばうぎよ》ともに|極《きは》めて|完全《くわんぜん》なりけるが、それをいよいよ|一部分《いちぶぶん》の|撤回《てつくわい》となりて、これらの|猛獣《まうじう》の|神卒《しんそつ》はその|針毛《はりげ》を|抜《ぬ》かれ、|空中《くうちう》|飛行《ひかう》にもつとも|便《べん》なる|羽翼《うよく》を|無残《むざん》にも|断《た》たれける。
また|金毛九尾白面《きんまうきうびはくめん》の|悪狐《あくこ》、その|他《た》|銀毛《ぎんまう》や、|鉄毛《てつまう》の|狐神《きつねがみ》などは、その|鋭利《えいり》なる|固《かた》き|針毛《はりげ》を|全部《ぜんぶ》|脱却《だつきやく》させられ、そのあとに|軟弱《なんじやく》なる|毛《け》を|生《しやう》ずるのみに|止《とど》め、その|代償《だいしやう》として|智慧《ちゑ》の|力《ちから》を|神人《しんじん》に|勝劣《しようれつ》なきほどまで|与《あた》へられ、|神界《しんかい》の|眷属《けんぞく》として、|忠実《ちうじつ》に|奉仕《ほうし》する|役目《やくめ》と|定《さだ》められたり。しかし|狐神《きつねがみ》にも|善悪正邪《ぜんあくせいじや》の|別《べつ》ありて、|善良《ぜんりやう》なる|狐神《きつねがみ》は|白狐《びやくこ》として|神界《しんかい》の|御用《ごよう》を|勤《つと》め|居《を》るは、|太古《たいこ》の|世《よ》より|今《いま》にいたるも|変《かは》らざるなり。|世《よ》には|狐神《きつねがみ》を|稲荷《いなり》の|大神《おほかみ》と|称《とな》へて|居《を》るもの|沢山《たくさん》あれども、|稲荷《いなり》は|飯成《いひなり》の|意義《いぎ》にして、|人間《にんげん》の|衣食《いしよく》の|元《もと》を|司《つかさど》りたまふ|神《かみ》の|御名《おんな》なり。
|豊受姫神《とようけひめがみ》、|登由気神《とゆけがみ》、|御饌津神《みけつがみ》、|宇迦之御魂神《うかのみたまがみ》、|保食神《うけもちがみ》、|大気津姫神《おほげつひめがみ》は|皆《みな》|同神《どうしん》に|坐《ま》しまして、|天祖《てんそ》の|神業《しんげふ》を|第一《だいいち》に|輔佐《ほさ》したまひたる、もつとも|尊《たふと》き|神《かみ》にして、|天《あめ》の|下《した》の|蒼生《さうせい》は|一人《ひとり》として、この|大神《おほかみ》の|御仁徳《ごじんとく》に|浴《よく》せざるもの|無《な》し。
|要《えう》するに|狐神《きつねがみ》はこの|大神《おほかみ》の|御使《おつかひ》にして、|五穀《ごこく》の|種《たね》を|口《くち》に|銜《くは》へ|世界《せかい》に|持《も》ち|運《はこ》び、|諸国《しよこく》の|平野《へいや》に|蒔《ま》き|拡《ひろ》げたる|殊勲《しゆくん》ある|使者《ししや》なり。|世《よ》はおひおひに|開《ひら》けて、|五穀《ごこく》の|種《たね》も|世界《せかい》くまなく|行《ゆ》きわたりたる|以上《いじやう》は、|狐神《きつねがみ》の|職務《しよくむ》も|用《よう》なきにいたりければ、|大神《おほかみ》はこの|狐《きつね》に|勝《すぐ》れたる|智慧《ちゑ》の|力《ちから》を|与《あた》へて、|白狐《びやくこ》と|命名《めいめい》され、すべての|神人《かみがみ》に|世界《せかい》の|出来事《できごと》を、|精細《せいさい》に|調査《てうさ》し|進白《しんぱく》せしめられにける。ゆゑに|白狐《びやくこ》とは、|神人《かみがみ》に|世界一切《せかいいつさい》の|出来事《できごと》を【|白《まを》】し|上《あ》げる【|狐《きつね》】の|意味《いみ》にして、|決《けつ》して|毛色《けいろ》の|白《しろ》きゆゑにあらずと|知《し》るべし。|野狐《のぎつね》、|悪狐《あくこ》|等《とう》の|風来狐《ふうらいきつね》でも、|年《とし》さへ|寄《よ》ればその|毛色《けいろ》は|漸次《ぜんじ》に|白色《はくしよく》に|変《へん》ずるものにして、あたかも|人間《にんげん》が|貴賤《きせん》の|区別《くべつ》なく、|老年《らうねん》になりて|頭髪《とうはつ》の|白《しろ》くなると|同様《どうやう》なり。ゆゑに|毛色《けいろ》は、たとへ|茶《ちや》でも、|黒《くろ》でも|構《かま》はぬ、|神界《しんかい》に|仕《つか》へをる|狐《きつね》を|白狐《びやくこ》とはいふなり。
また|空中《くうちう》を|飛翔《ひしよう》する|猛鳥《まうてう》にして、|立派《りつぱ》なる|羽翼《うよく》を|有《いう》するうへに|咽喉《いんこう》の|下《した》に|大《だい》なる|毒嚢《どくなう》を|持《も》ちゐたるものありしが、これも|今回《こんくわい》の|会議《くわいぎ》の|結果《けつくわ》|取《と》り|除《のぞ》かれたりければ、|地上《ちじやう》の|神人《しんじん》その|他《た》の|動物《どうぶつ》は|実《じつ》に|安心《あんしん》して|日《ひ》を|送《おく》り|得《え》るに|至《いた》りたるなり。また|海中《かいちゆう》に|棲《す》める|魚族《ぎよぞく》や|海蛇《かいだ》はいづれも|鋭利《えいり》なる|針毛《はりげ》を|鯱《しやち》のごとくに、または|針鼠《はりねずみ》のごとく|全身《ぜんしん》に|具備《ぐび》し|攻防《こうばう》の|用《よう》に|供《きよう》しゐたりしを、その|針毛《はりげ》をまた|除去《ぢよきよ》され、|鰭《ひれ》、|鱗《うろこ》、|牙《きば》のみ|残《のこ》されたるなりといふ。
かくして|武装《ぶさう》を|除去《ぢよきよ》されたる|竜族《りうぞく》は、|漸次《ぜんじ》に|進化《しんくわ》して|人間《にんげん》と|生《うま》れ、あるひは|神《かみ》と|生《うま》るるにいたるものなり。また|獅子《しし》、|虎《とら》、|豹《へう》、|熊《くま》、|狼《おほかみ》なぞは、|世《よ》とともに|進化《しんくわ》して、|人間《にんげん》と|変《へん》じ、|牛馬《うしうま》と|生《うま》れ、|犬《いぬ》|猫《ねこ》などと|生《うま》れ|変《かは》りたるなり。その|中《なか》に|百獣《ひやくじう》の|王《わう》たりし、|獅子《しし》や|虎《とら》|豹《へう》なぞはその|身魂《みたま》の|善進《ぜんしん》したるものは|人間《にんげん》と|変化《へんくわ》したり。ゆゑに|人間《にんげん》、ことに|或《あ》る|人種《じんしゆ》のごときはその|容貌《ようばう》いまに|獅子《しし》や|虎《とら》、|豹《へう》などの|痕跡《こんせき》を|止《とど》め|居《を》るなり。かかる|人種《じんしゆ》の|性質《せいしつ》は、いまに|太古《たいこ》の|精神《せいしん》までも|多少《たせう》|遺伝《ゐでん》して、|人情《にんじやう》|冷《ひや》やかく、|色食《しきしよく》の|慾《よく》にのみ|耽《ふけ》り、|体主霊従《たいしゆれいじゆう》の|行動《かうどう》を|取《と》り|居《を》るもの|多《おほ》し。
|王仁《おに》がかくのごとき|説《せつ》をなす|時《とき》は、|人間《にんげん》を|馬鹿《ばか》にしたといつて|怒《おこ》る|人士《じんし》もあるべし。しかし|王仁《わたくし》は|元来《ぐわんらい》|無学《むがく》で、|人類学《じんるゐがく》なぞ|研究《けんきう》したることも|無《な》く、ただただ|高熊山《たかくまやま》の|神山《しんざん》に|使神《ししん》に|導《みちび》かれて、|鎮魂帰神《ちんこんきしん》の|修業《しふげふ》の|際《さい》、|霊感者《れいかんしや》となり、|神界《しんかい》|探険《たんけん》の|折《をり》、|霊界《れいかい》にて|見聞《けんぶん》したる|談《だん》なれば、その|虚実《きよじつ》の|点《てん》については、|如何《いかん》とも|答《こた》ふる|由《よし》なきものなり。
(大正一〇・一二・二四 旧一一・二六 出口瑞月)
第五篇 |局面《きよくめん》|一転《いつてん》
第二九章 |月《つき》|雪《ゆき》|花《はな》〔一七九〕
|風《かぜ》は|新柳《しんりう》の|髪《かみ》を|梳《くし》けづり、|浪《なみ》は|青苔《せいたい》の|髯《ひげ》を|洗《あら》ふとは|菅公《かんこう》の|詩《し》なり。
|頃《ころ》は|弥生《やよひ》の|央《なかば》ごろ、|天津日《あまつひ》の|神《かみ》は|西《にし》の|山《やま》の|端《は》に|隠《かく》れ|黄昏《たそがれ》の|雲《くも》ただよふ。|地《ち》には|燕《つばめ》の|翩翻《へんぽん》として|忙《いそが》しげに|梭《をさ》を|織《お》り、|神人《しんじん》みな|春《はる》の|日長《ひなが》に|睡眠《ねむり》をもよほす、|時《とき》しも|東《ひがし》の|空《そら》の|雲《くも》の|戸《と》|開《あ》けてたち|昇《のぼ》る|朧《おぼろ》の|月影《つきかげ》は|得《え》もいはれぬ|長閑《のどか》さなりける。
|照《て》りもせず|曇《くも》りも|果《は》てぬ|春《はる》の|夜《よ》の
|朧月夜《おぼろづきよ》にしくものぞなき
と|古人《こじん》の|詠《うた》へる|歌《うた》は|実《じつ》にこの|光景《くわうけい》を|描写《べうしや》して|遺憾《ゐかん》なしと|思《おも》はれたり。
ここに|聖地《せいち》ヱルサレムの|桃上彦《ももがみひこ》は、|常《つね》に|心中《しんちう》おだやかならず、|不平満々《ふへいまんまん》の|中《うち》にこの|長《なが》き|春《はる》の|日《ひ》を|過《す》ごしつつありぬ。たちまち|吹《ふ》きくる|夜嵐《よあらし》に、|庭園《ていえん》に|今《いま》を|盛《さか》りと|咲《さ》き|誇《ほこ》りたる|八重桜《やへざくら》は|苦《く》もなく|風《かぜ》に|打《う》ち|落《おと》されたり。|寝所《しんじよ》にありて|寝《ね》もやらず|千々《ちぢ》に|思《おも》ひをくだき|嵐《あらし》の|音《おと》に|耳《みみ》を|澄《す》ませ、|首《くび》を|延《の》ばして|屋外《をくぐわい》の|光景《くわうけい》を|聞《き》き|入《い》る|時《とき》しも、
『|桃上彦《ももがみひこ》、|桃上彦《ももがみひこ》』
と|呼《よ》ぶやさしき|女性《めがみ》の|声《こゑ》、|嵐《あらし》の|音《おと》に|交《ま》ぜりて|聞《きこ》え|来《き》たりぬ。|桃上彦《ももがみひこ》は|不審《ふしん》の|念《ねん》にかられ、ひそかに|戸《と》を|開《あ》けて|庭園《ていえん》に|出《い》で、|遠近《をちこち》と|所《ところ》|狭《せ》きまで|散《ち》り|積《つも》りたる|花《はな》の|庭《には》を|逍遥《せうえう》し|居《ゐ》たりける。
|空《そら》には|満月《まんげつ》|朧《おぼろ》に|懸《かか》り、|地《ち》には|花《はな》の|筵《むしろ》を|敷《し》きつめたるごとく、|月《つき》と|花《はな》と|相《あひ》|映《えい》じて|得《え》もいはれぬ|雅趣《がしゆ》をそぞろに|感《かん》じける。このとき|庭園《ていえん》の|一隅《いちぐう》より|庭木《にはき》を|押《お》し|分《わ》け、|雪《ゆき》をあざむく|純白《じゆんぱく》の|女性《ぢよせい》|忽然《こつぜん》として|現《あら》はれけるに、|桃上彦《ももがみひこ》はあたかも|月《つき》|雪《ゆき》|花《はな》に|包《つつ》まれて|天国《てんごく》に|遊《あそ》ぶの|愉快《ゆくわい》を|感《かん》じたり。|女性《ぢよせい》は|桃上彦《ももがみひこ》の|前《まへ》に|近《ちか》くすすみ、|叮嚀《ていねい》に|腰《こし》をかがめ|敬意《けいい》を|表《へう》しける。|桃上彦《ももがみひこ》は|朧月夜《おぼろづきよ》のため|何《いづ》れの|女性《ぢよせい》なるかを|判別《はんべつ》するに|苦《くる》しみぬ。このとき|女《をみな》は、
『|貴下《きか》は|我《わ》がもつとも|敬愛《けいあい》する|桃上彦《ももがみひこ》に|在《いま》さずや』
と|袖《そで》をもて|顔《かほ》を|覆《おほ》ひ、|腰《こし》を|屈《かが》め|恥《はづ》かしげに|花《はな》のごとき|優《やさ》しき|唇《くちびる》を|開《ひら》きたり。|桃上彦《ももがみひこ》は|倒《たふ》れむばかりに|驚《おどろ》きいたる。この|体《てい》を|見《み》てとりたる|女性《ぢよせい》はしづかに、
『|行成彦《ゆきなりひこ》らは|常世城《とこよじやう》の|大会議《だいくわいぎ》において、|傍若無人《ばうじやくぶじん》にしてほとんど|天使長《てんしちやう》の|代理《だいり》たるの|資格《しかく》なく、|諸神人《しよしん》|環視《くわんし》のうちにて|終生《しうせい》|拭《ぬぐ》ふべからざる|恥辱《ちじよく》を|印《しる》したり。|妾《わらは》はいま|常世《とこよ》の|国《くに》にありて、|神政《しんせい》を|輔佐《ほさ》しつつあれども、|元来《ぐわんらい》|妾《わらは》が|出生《しゆつせい》の|聖地《せいち》なる|高天原《たかあまはら》を|一刻《いつこく》も|忘《わす》れたることなし。しかるに|聖地《せいち》の|代理《だいり》として|出張《しゆつちやう》したる|行成彦《ゆきなりひこ》の|行動《かうどう》は|実《じつ》に|聖地《せいち》を|辱《はづか》しむるものなれば、|妾《わらは》は|悲歎《ひたん》に|堪《た》へず、|如何《いか》にもして|聖地《せいち》の|権威《けんゐ》と|声望《せいばう》とを|回復《くわいふく》せむと|日夜《にちや》|焦慮《せうりよ》し、|遠《とほ》き|海山《うみやま》を|越《こ》え|繊弱《かよわ》き|女性《ぢよせい》の|足《あし》の|痛《いた》みも、|聖地《せいち》を|思《おも》ふ|誠心《まごころ》のあまり|打《う》ち|忘《わす》れ、|夜《よ》を|日《ひ》につぎてここにその|実情《じつじやう》を|貴下《きしん》に|愬《うつた》へ、|善後策《ぜんごさく》を|講《かう》じ、もつて|国祖《こくそ》の|神慮《しんりよ》に|叶《かな》ひたてまつらむとす、|貴下《きか》の|聖慮《せいりよ》いかに』
と|言葉《ことば》たくみに|小声《こごゑ》に|述《の》べ|立《た》てたるに、|桃上彦《ももがみひこ》は|驚《おどろ》くかと|思《おも》ひきや、|満面《まんめん》に|会心《くわいしん》の|笑《ゑみ》をもらしける。|月《つき》と|花《はな》とに|照《てら》されたる|桃上彦《ももがみひこ》の|笑顔《ゑがほ》をチラリとながめたる|女性《ぢよせい》は、|得意《とくい》の|色《いろ》を|満面《まんめん》に|漂《ただよ》はしたりき。
|若《わか》き|男《をのこ》の|清《きよ》き|姿《すがた》と、|浦若《うらわか》き|女《をみな》の|姿《すがた》は、しばらく|花《はな》の|庭《には》に|無言《むごん》のまま|立《た》ち|停《とど》まれる|折《をり》しも|月《つき》は|雲《くも》の|戸《と》さらりと|左右《さいう》に|開《ひら》き、あたかも|秋天《しうてん》の|明月《めいげつ》のごとく、|光《ひか》り|輝《かがや》ける|二人《ふたり》の|顔《かほ》はいやが|上《うへ》にもその|艶麗《えんれい》を|加《くは》へたり。|天《てん》には|皎々《かうかう》たる|月影《つきかげ》|蒼空《あをぞら》を|照《てら》し、|下《した》には|大地《だいち》|一面《いちめん》の|花筵《はなむしろ》、その|中《なか》に|窈窕《えうてう》|鮮麗《せんれい》なる|若《わか》き|男女《だんぢよ》の|二人《ふたり》、|漆《うるし》のごとき|黒髪《くろかみ》を|長《なが》く|背後《はいご》に|垂《た》れ、|庭園《ていえん》を|逍遥《せうえう》する|有様《ありさま》は、|天人《てんにん》|天女《てんによ》の|天降《あまくだ》りたるがごとき|高尚《かうしやう》|優美《いうび》の|面影《おもかげ》をとどめける。
|桃上彦《ももがみひこ》は|若《わか》き|男女《だんぢよ》の|夜中《やちう》に|私語《しご》するを|他神司《たしん》に|見《み》つけられ、|痛《いた》からぬ|腹《はら》を|探《さぐ》られ、|思《おも》ひも|寄《よ》らぬ|濡衣《ぬれぎぬ》を|着《き》せられむことを|遠《とほ》く|慮《おもんぱか》り、|女《をみな》を|伴《とも》なひ|態《わざ》と|足音《あしおと》|高《たか》く|殿内《でんない》に|進《すす》み|入《い》りぬ。|桃上彦《ももがみひこ》は|女性《ぢよせい》にむかひ|何事《なにごと》かささやきながら|戸《と》の|入口《いりぐち》にて|袂《たもと》を|分《わか》ちぬ。この|麗《うるは》しき|女性《ぢよせい》は|果《はた》して|何人《なにびと》なりしならむか。
(大正一〇・一二・二四 旧一一・二六 加藤明子録)
第三〇章 |七面鳥《しちめんてう》〔一八〇〕
|聖地《せいち》の|天使長《てんしちやう》|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は、|常世城《とこよじやう》における|会議《くわいぎ》の|結果《けつくわ》と、|行成彦《ゆきなりひこ》|一行《いつかう》の|消息《せうそく》|如何《いか》にと|心《こころ》を|悩《なや》ませゐたる|折《をり》しも、|桃上彦《ももがみひこ》の|従臣《じゆうしん》なる|八十猛彦《やそたけひこ》、|百猛彦《ももたけひこ》は|慌《あは》ただしく|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》の|前《まへ》にあらはれ、その|面上《めんじやう》に|一種《いつしゆ》|異様《いやう》の|色《いろ》をうかべて、
『|急変《きふへん》あり、|隣人《りんじん》を|遠《とほ》ざけたまへ』
と|奏上《そうじやう》しける。
|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は|二人《ふたり》の|啻《ただ》ならざる|顔色《がんしよく》に|不審《ふしん》の|眉《まゆ》をひそめながら、その|言《げん》を|採納《さいなふ》して|従臣《じゆうしん》らを|残《のこ》らず|別室《べつしつ》に|立去《たちさ》らしめたり。|二人《ふたり》は|肩《かた》を|怒《いか》らせ|肱《ひぢ》を|張《は》り、|眼《め》を|丸《まる》く|光《ひか》らせ、|口《くち》を|尖《とが》らせ、|何物《なにもの》にか|襲《おそ》はれたるごとき|形容《けいよう》にて、
『|天使長《てんしちやう》よ、|常世《とこよ》の|会議《くわいぎ》について|一大事変《いちだいじへん》|突発《とつぱつ》せり。|天則《てんそく》|破壊《はくわい》の|張本人《ちやうほんにん》は|貴下《きか》の|代理《だいり》として|出張《しゆつちやう》されし|行成彦《ゆきなりひこ》|一行《いつかう》なり。ただ|今《いま》|常世姫《とこよひめ》|遥々《はるばる》|来城《らいじやう》ありて、その|詳細《しやうさい》を|貴下《きか》を|通《つう》じ、|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》に|奏上《そうじやう》すべく|準備中《じゆんびちう》なり。いかが|取計《とりはか》らはむや』
と|二人《ふたり》は|異口同音《いくどうおん》に|符節《ふせつ》を|合《がつ》したるごとく|奏上《そうじやう》したり。|二人《ふたり》の|一時《いちじ》に|同《おな》じ|語《ご》を|揃《そろ》へて|発《はつ》したるも|道理《だうり》、|二人《ふたり》は|野心《やしん》つよき|桃上彦《ももがみひこ》の|命《めい》により、|持《も》てる|笏板《しやくいた》の|裏《うら》にこの|奏言《そうげん》を|書《か》き|記《しる》して|読《よ》みあげたればなり。
|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は|二神《にしん》の|意外《いぐわい》なる|報告《はうこく》に|茫然《ばうぜん》として|返《かへ》す|言葉《ことば》も|出《いで》ざりし。|時《とき》しも|桃上彦《ももがみひこ》は、|常世姫《とこよひめ》の|後《うしろ》にしたがひ、|悠然《いうぜん》として|入《い》りきたり、|勝《か》ち|誇《ほこ》りたる|面色《かほいろ》にて、その|麗《うる》はしき|白《しろ》き|顔《かほ》を|空《そら》に|向《むか》つて|少《すこ》しくしやくりながら、
『ただ|今《いま》これなる|常世姫《とこよひめ》、|常世城《とこよじやう》の|常世会議《とこよくわいぎ》の|報告《はうこく》のため、はるばる|来城《らいじやう》あり。|速《すみや》かに|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》に、この|由《よし》|伝奏《でんそう》せられたし』
と|叩《たた》きつけるやうに|云《い》ひければ、|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は|弟《おとうと》の|高慢《かうまん》|不遜《ふそん》なる|態度《たいど》に|憤懣《ふんまん》せざるを|得《え》ざりけり。されど|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》に|省《かへり》み、わき|立《た》つ|胸《むね》をジツとこらへ、さあらぬ|体《てい》にて、
『|常世姫《とこよひめ》|遠路《ゑんろ》の|御旅行《ごりよかう》、|御疲労《おひらう》のほど|察《さつ》し|入《い》る。|先《ま》づこれにて|御休息《ごきうそく》あれ』
と|席《せき》をゆづつて|側《かたはら》に|端坐《たんざ》したり。|常世姫《とこよひめ》は、|何《なん》の|憚《はばか》るところもなく、
『しからば|高座《かうざ》を|許《ゆる》されよ』
と|悠然《いうぜん》として|座《ざ》に|着《つ》きぬ。この|時《とき》の|姫《ひめ》の|態度《たいど》は、|群雀《ぐんじやく》の|中《なか》に|丹頂《たんちやう》の|鶴《つる》のただ|一羽《いちは》、|天空《てんくう》より|舞下《まひくだ》りしごとく、|一種《いつしゆ》|不可思議《ふかしぎ》の|威厳《ゐげん》をもつて、|諸神司《しよしん》を|圧伏《あつぷく》するやに|見《み》えにける。
|常世姫《とこよひめ》は、|慇懃《いんぎん》に|一別《いちべつ》|以来《いらい》の|挨拶《あいさつ》を|述《の》べ、かつ|行成彦《ゆきなりひこ》を|聖地《せいち》の|代理《だいり》として、はるばる|常世城《とこよじやう》に|派遣《はけん》されしその|好意《かうい》を|感謝《かんしや》し、かつ|八王大神《やつわうだいじん》はじめ|我身《わがみ》の|不覚《ふかく》より、|千載一遇《せんざいいちぐう》の|大会議《だいくわいぎ》をして|紛糾《ふんきう》|混乱《こんらん》の|極《きよく》に|達《たつ》せしめ、かつ|聖地《せいち》の|使臣《ししん》らの|一片《いつぺん》の|誠意《せいい》なく、|権謀術数《けんぼうじゆつすう》のみをこれ|事《こと》とし、|神格《しんかく》を|傷《きず》つけたることを|遺憾《ゐかん》とするの|旨《むね》を|言葉《ことば》さはやかに|諄々《じゆんじゆん》として|述《の》べ|立《た》てたり。
|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は|頭上《づじやう》より|突然《とつぜん》|冷水《ひやみづ》を|浴《あび》せかけられたるごとき|心地《ここち》して、|答《こた》ふる|言葉《ことば》も|知《し》らざりき。|姫《ひめ》はなほ|語《ご》をついで、
『|妾《わらは》は|貴下《きか》の|知《し》らるるごとく、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|娘《むすめ》|稚桜姫命《わかざくらひめのみこと》の|第三女《だいさんぢよ》にしてこの|聖地《せいち》に|永《なが》く|神務《しんむ》を|執《と》り|神政《しんせい》を|輔佐《ほさ》したてまつりたるは、|貴下《きか》の|熟知《じゆくち》さるるところならむ。|妾《わらは》は|身《み》はたとへ|海洋万里《かいやうばんり》を|隔《へだ》てたる|常世《とこよ》の|国《くに》にありといへども、|聖地《せいち》を|忘《わす》れたることは|瞬《またた》く|間《ま》もなし。|今回《こんくわい》の|常世会議《とこよくわいぎ》は、|神定《しんてい》の|聖地《せいち》にて|開《ひら》かざりしは、|第一《だいいち》|八王大神《やつわうだいじん》はじめ|妾《わらは》の|失態《しつたい》には|相違《さうゐ》なけれども、|今日《こんにち》の|聖地《せいち》の|実況《じつきやう》に|照《てら》し、|深《ふか》く|思《おも》ひ、|遠《とほ》く|慮《おもんぱか》りて|聖地《せいち》を|避《さ》け、|常世城《とこよじやう》に|開催《かいさい》したるもその|真意《しんい》は、|聖地《せいち》の|混乱《こんらん》|紛糾《ふんきう》の|内情《ないじやう》の|天下《てんか》に|暴露《ばくろ》せむことを|恐《おそ》れたればなり。しかるにただ|単《たん》に|吾々《われわれ》|夫婦《ふうふ》の|野心《やしん》|遂行《すゐかう》のために、|常世城《とこよじやう》に|諸神司《しよしん》を|集《あつ》めこれを|籠絡《ろうらく》せむとしたりとの|聖地《せいち》の|使臣《ししん》らの|言《げん》は、|実《じつ》に|乱暴《らんばう》の|極《きよく》にして|天地《てんち》の|大神《おほかみ》も、|各神人《かくしんじん》も|共《とも》に|歯《よは》ひせざるの|大非行《だいひかう》なりと|信《しん》ず。|賢明《けんめい》なる|貴下《きか》は|天使長《てんしちやう》たるの|資格《しかく》をもつて、|妾《わらは》が|陳述《ちんじゆつ》の|詳細《しやうさい》を|国祖《こくそ》の|神《かみ》に|進言《しんげん》されたし。|貴下《きか》にして|直接《ちよくせつ》|進言《しんげん》を|肯《がへ》ンじたまはざれば|妾《わらは》を|大神《おほかみ》の|御前《みまへ》に|導《みちび》きたまへ』
と|進退《のつぴき》させぬ|言霊《ことたま》の|猛烈《まうれつ》なる|釘《くぎ》、|鎹《かすがひ》を|打《う》たれる|広宗彦《ひろむねひこ》は|思《おも》はず|額《ひたひ》を|撫《な》で、|頭《あたま》を|掻《か》き|太《ふと》き|息《いき》を|漏《も》らすのみなり。
このとき|桃上彦《ももがみひこ》は|猛然《まうぜん》として|立上《たちあが》り、
『|兄上《あにうへ》に|一言《いちげん》せむ』
と|威猛高《ゐたけだか》に|呼《よば》はる|折《をり》しも、|門外《もんぐわい》|俄《にはか》に|騒《さわ》がしく、|広若《ひろわか》を|真先《まつさき》に|二三《にさん》の|従臣《じゆうしん》|慌《あわただ》しく|入《い》りきたり、|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》に|向《むか》ひて、
『|行成彦《ゆきなりひこ》の|御一行《ごいつかう》|御帰城《ごきじやう》あり』
と|報告《はうこく》したりけるに、|常世姫《とこよひめ》、|桃上彦《ももがみひこ》の|顔色《がんしよく》は、|七面鳥《しちめんてう》のごとくさつと|色《いろ》を|変《へん》じたりける。アヽこの|結果《けつくわ》は|如何《いかん》。|地震《ぢしん》か|暴風雨《ばうふうう》の|襲来《しうらい》か、|次章《じしやう》に|明白《めいはく》とならむ。
(大正一〇・一二・二四 旧一一・二六 外山豊二録)
(第二二章〜第三〇章 昭和一〇・一・二一 於久留米市 布屋旅館 王仁校正)
第三一章 |傘屋《かさや》の|丁稚《でつち》〔一八一〕
|花《はな》のかんばせ|月《つき》の|眉《まゆ》、|雪《ゆき》をあざむく|優美姿《みやびすがた》の|常世姫《とこよひめ》も、|行成彦《ゆきなりひこ》の|一行《いつかう》|御帰城《ごきじやう》あり、との|急報《きふはう》に|驚異《きやうい》の|眼《め》を|見張《みは》り、|不安《ふあん》の|色《いろ》を|漂《ただよ》はしける。この|光景《くわうけい》を|見《み》て|取《と》つたる|桃上彦《ももがみひこ》は、ただちに|八十猛彦《やそたけひこ》、|百猛彦《ももたけひこ》に|目配《めくば》せしたれば、|二人《ふたり》はうなづきながら|急遽《きふきよ》|表《おもて》に|駆出《かけだ》したり。これは|行成彦《ゆきなりひこ》|以下《いか》の|神人《かみがみ》を|竜宮城《りうぐうじやう》に|導《みちび》くためなりける。
|二人《ふたり》は、あまたの|部下《ぶか》を|率《ひき》ゐて|一行《いつかう》を|出迎《でむか》へ、|今回《こんくわい》の|遠旅《ゑんりよ》の|使命《しめい》を|了《を》へ|無事《ぶじ》|帰城《きじやう》せられしを|祝《しゆく》し、かつその|労苦《らうく》を|謝《しや》しける。
|行成彦《ゆきなりひこ》はまづ|兄《あに》の|天使長《てんしちやう》に|拝顔《はいがん》せむことを|望《のぞ》みけるに、|二人《ふたり》は|言《げん》を|設《まう》けて、ただ|今《いま》|天使長《てんしちやう》は|国祖大神《こくそおほかみ》と|御懇談《ごこんだん》の|最中《さいちう》なれば、|暫時《ざんじ》この|城内《じやうない》に|休息《きうそく》されたしと|進言《しんげん》したりける。|行成彦命《ゆきなりひこのみこと》|以下《いか》の|神司《かみがみ》らは、|遠路《ゑんろ》の|疲労《ひらう》を|慰《ゐ》せむとその|言《げん》にしたがひ、|城内《じやうない》の|別殿《べつでん》に|入《い》り|休息《きうそく》したり。|諸神将卒《しよしんしやうそつ》|一同《いちどう》も|又《また》|竜宮海《りうぐうかい》に|瀕《ひん》せる|高楼《かうろう》に|登《のぼ》り、|春《はる》の|海面《かいめん》に|陽炎《かげろふ》のきらめき|渡《わた》り|温《あたた》かき|風《かぜ》のおもむろに|小波《さざなみ》の|皺《しわ》を|海面《かいめん》にゑがき、|水茎《みずくき》の|文字《もじ》の|清《きよ》く|美《うつく》しく|彩《いろど》る|長閑《のどか》な|光景《くわうけい》を|見《み》やり、|祝《いは》ひの|酒《さけ》に|微酔《びすゐ》の|面《おもて》をさらしつつ、|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》の|招《まね》き|出《だ》しをいまや|遅《おそ》しと|心待《こころま》ちに|待《ま》ちゐたり。しかして|行成彦《ゆきなりひこ》|一行《いつかう》は、|先《さき》だちて|常世姫《とこよひめ》の|来城《らいじやう》せることを|夢《ゆめ》にも|知《し》らざりにける。
|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は|行成彦《ゆきなりひこ》|一行《いつかう》の|帰城《きじやう》と|聞《き》き、|一刻《いつこく》も|早《はや》く|面会《めんくわい》して、その|真相《しんさう》を|聞《き》かむことを|急《いそ》ぎたれど、|常世姫《とこよひめ》、|桃上彦《ももがみひこ》の|二人《ふたり》のために|止《や》むを|得《え》ず|促《うなが》されて、|国祖《こくそ》の|御前《みまへ》に|参進《さんしん》したり。|常世姫《とこよひめ》は|国祖《こくそ》の|御前《みまへ》に|恭《うやうや》しく|低頭平身《ていとうへいしん》して、|御機嫌《ごきげん》を|奉伺《ほうし》し、かつ|八王大神《やつわうだいじん》および|吾身《わがみ》の|自由《じいう》|行動《かうどう》の|律法《りつぱふ》に|違反《ゐはん》せることを|涙《なみだ》を|流《なが》して|陳謝《ちんしや》し、|速《すみ》やかに|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》に|照《てら》し|厳罰《げんばつ》に|処《しよ》せられむことをと|泣《な》いて|訴《うつた》へ、かつ|行成彦《ゆきなりひこ》をはじめ|聖地《せいち》の|使臣《ししん》らの|権謀術数《けんぼうじゆつすう》の|奸手段《かんしゆだん》を|弄《ろう》して|大会議《だいくわいぎ》を|攪乱《かくらん》し|陋劣《ろうれつ》|極《きは》まる|手段《しゆだん》を|用《もち》ゐて、|神司《かみがみ》らを|煽動《せんどう》し、つひに|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|破《やぶ》り、|天下《てんか》にその|暴状《ばうじやう》と|卑屈《ひくつ》とのあらむ|限《かぎ》りを|遺憾《ゐかん》なく|暴露《ばくろ》し、|聖地《せいち》の|威厳《ゐげん》をして、まつたく|地《ち》に|落《おと》さしめたりと、|虚実《きよじつ》|交々《こもごも》|進言《しんげん》したり。【|国祖《こくそ》は|顔色《がんしよく》|俄《にはか》に|一変《いつぺん》し|一言《いちごん》の|挨拶《あいさつ》もなく|奥《おく》の|一室《いつしつ》に|入《い》り|玉《たま》ひけり。】|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》、|常世姫《とこよひめ》、|桃上彦《ももがみひこ》は|是非《ぜひ》なく|退出《たいしゆつ》して|錦《にしき》の|館《やかた》に|引上《ひきあ》げたり。
ここに|行成彦《ゆきなりひこ》は、|今回《こんくわい》の|常世会議《とこよくわいぎ》において、|殊勲《しゆくん》を|建《た》て|八百八十八柱《はつぴやくはちじふやはしら》の|神司《かみがみ》らの|精神《せいしん》を|統一《とういつ》し、|聖地《せいち》の|危急《ききふ》を|根底《こんてい》より|救《すく》ひたる|大道別《おほみちわけ》をはじめ|猿田姫《さだひめ》、|出雲姫《いずもひめ》を|先導《せんだう》に、|八王八頭《やつわうやつがしら》を|従《したが》へ|天《てん》にも|昇《のぼ》る|心地《ここち》して、|得々《とくとく》とし|意気《いき》|昇天《しようてん》の|勢《いきほひ》をもつて、|衆望《しうばう》を|一身《いつしん》に|集《あつ》め、|八王大神《やつわうだいじん》なる|大道別《おほみちわけ》とともに|潔《いさぎよ》く|帰城《きじやう》したるなりき。
この|光景《くわうけい》を|窺知《きち》したる|桃上彦《ももがみひこ》は|嫉妬《しつと》の|念《ねん》|押《おさ》ふるに|由《よし》なく|如何《いか》にもして|行成彦《ゆきなりひこ》を|聖地《せいち》より|排除《はいじよ》せむと、ここに|常世姫《とこよひめ》と|計《はか》り、|国祖《こくそ》に|虚実《きよじつ》|交々《こもごも》|言辞《げんじ》をたくみに|讒言《ざんげん》したるなり。
|聖地《せいち》に|今回《こんくわい》|参向《さんかう》したる、|八王《やつわう》|以下《いか》は、モスコーの|道貫彦《みちつらひこ》、|南高山《なんかうざん》の|大島別《おほしまわけ》および|玉純彦《たますみひこ》、|森鷹彦《もりたかひこ》の|四神司《ししん》と|聖地《せいち》の|神司《かみがみ》らより|外《そと》には、|八王大神《やつわうだいじん》を|大道別《おほみちわけ》の|偽《にせ》|八王大神《やつわうだいじん》たりしことを|知《し》るものなかりける。
ここに|行成彦《ゆきなりひこ》は、|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》、|事足姫《ことたるひめ》に|謁見《えつけん》をもとめ、|常世城《とこよじやう》における|大成功《だいせいこう》を|詳細《しやうさい》に|物語《ものがた》り、かつ|大江山《たいこうざん》の|鬼武彦《おにたけひこ》をはじめ、|高倉《たかくら》と|旭《あさひ》の|殊勲《しゆくん》を|物語《ものがた》り、なほモスコーの|宰相《さいしやう》たりし|大道別《おほみちわけ》の|永年《ながねん》の|苦心《くしん》より、つひに|八王大神《やつわうだいじん》の|替玉《かへだま》に|選《えら》まれ、|八王大神《やつわうだいじん》および|大自在天《だいじざんてん》の|大陰謀《だいいんぼう》を|根底《こんてい》より|覆《くつが》へし、|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王《やつわう》|以下《いか》を、|心底《しんてい》より|帰順《きじゆん》せしめたることを、|一々《いちいち》|詳細《しやうさい》に|物語《ものがた》りける。
|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は、|弟《おとうと》の|捷報《せふほう》を|一々《いちいち》|聞《き》き|終《をは》りて|歓喜《くわんき》するならむと、|従臣《じゆうしん》|一行《いつかう》は|御兄《おんあに》の|様子《やうす》を|窺《うかがひ》|居《ゐ》たり。されど|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》の|面上《めんじやう》には、|何《なん》となく|暗影《あんえい》のさし|居《を》ることは|歴然《れきぜん》として|表《あら》はれ|居《ゐ》たり。|行成彦《ゆきなりひこ》をはじめ|御母《おんはは》の|事足姫《ことたるひめ》は、|不審《ふしん》に|堪《た》へざるもののごとし。|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》はやうやく|口《くち》を|開《ひら》き、
『|大道別《おほみちわけ》はいま|何処《いづこ》にありや』
と|尋《たづ》ねけるに、|行成彦《ゆきなりひこ》は|何心《なにごころ》なく、
『ただいま|別殿《べつでん》に|諸神司《しよしん》に|護《まも》られ、|八王大神《やつわうだいじん》となりて|休息《きうそく》せり。しかして|諸神司《しよしん》の|大部分《だいぶぶん》は|八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》と|確信《かくしん》しつつあり。この|機《き》を|逸《いつ》せず、|彼《かれ》の|口《くち》をもつて|八王大神《やつわうだいじん》を|辞職《じしよく》せしめ、|諸神司《しよしん》をして|御兄《おんあに》の|直属《ちよくぞく》のもとに|帰順《きじゆん》せしむるの|神策《しんさく》|確立《かくりつ》せり。|兄上《あにうへ》よ|歓《よろこ》ばせたまへ』
と|一切《いつさい》の|秘密《ひみつ》を|打《う》ち|明《あ》けたる|折《をり》しも、|廊下《らうか》に|小《ちい》さき|足音《あしおと》|聞《きこ》えきたりぬ。はたして|何人《なにびと》の|立聞《たちぎ》きならむか。|兄弟《きやうだい》|二人《ふたり》は|声《こゑ》をひそめて、その|足音《あしおと》のする|方《はう》に|耳《みみ》をかたむけたり。
|天《てん》に|口《くち》あり|壁《かべ》に|耳《みみ》あり、|慎《つつし》むべきは、|密談《みつだん》なりける。
(大正一〇・一二・二五 旧一一・二七 クリスマスの日 近藤貞二録)
第三二章 |免《のが》れぬ|道《みち》〔一八二〕
しばらくありて|桃上彦《ももがみひこ》は、|慌《あは》ただしく|入《い》りきたりて|二人《ふたり》の|前《まへ》に|拝跪《はいき》し、|畏《おそ》れ|多《おほ》くも|国治立命《くにはるたちのみこと》より|吾母《わがはは》|事足姫《ことたるひめ》をはじめ|御兄《おんあに》|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》、|行成彦《ゆきなりひこ》にたいし|大至急《だいしきふ》|参向《さんかう》すべしとの|厳命《げんめい》なりと|報告《はうこく》したり。
|桃上彦《ももがみひこ》は|天使長《てんしちやう》|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》の|副《ふく》となりて、|神政《しんせい》を|補佐《ほさ》し|居《ゐ》たりしなるが、つひには|兄《あに》|二柱《ふたはしら》の|愛《あい》を|忘《わす》れ、みづから|代《かは》つて|天使長《てんしちやう》の|聖職《せいしよく》に|就《つ》かむと|企《くはだ》て|居《ゐ》たるなり。このとき|常世姫《とこよひめ》の|来城《らいじやう》せるを|奇貨《きくわ》とし、たがひに|心《こころ》を|合《あは》せて|兄《あに》|二柱《ふたはしら》を|排除《はいじよ》せむと|考《かんが》へたりける。|事足姫《ことたるひめ》は|三柱《みはしら》の|兄弟《きやうだい》の|子《こ》を|伴《ともな》ひて、|国祖大神《こくそおほかみ》の|正殿《せいでん》に|伺候《しこう》したりしに、|国祖《こくそ》の|傍《かたはら》には|常世姫《とこよひめ》、|常世彦《とこよひこ》の|二神司《にしん》が|行儀《ぎやうぎ》|正《ただ》しく|左右《さいう》に|侍《じ》し|居《ゐ》たり。|行成彦《ゆきなりひこ》はこの|姿《すがた》を|見《み》て|卒倒《そつたう》せむばかりに|驚《おどろ》きたり。このとき|国祖大神《こくそおほかみ》は、|言葉《ことば》おごそかに、
『|大道別《おほみちわけ》を|吾《わ》が|前《まへ》に|連《つ》れ|来《きた》れ』
と|命《めい》ぜられたるにぞ、|行成彦《ゆきなりひこ》は|唯々諾々《ゐゐだくだく》として、この|場《ば》を|退出《たいしゆつ》し|稍《やや》ありて、|大道別《おほみちわけ》を|召《め》し|連《つ》れ|国祖《こくそ》の|御前《おんまへ》にふたたび|現《あら》はれけり。|常世彦《とこよひこ》は|大道別《おほみちわけ》に|向《むか》つて、
『|汝《なんぢ》の|智略《ちりやく》には|余《よ》も|感服《かんぷく》したり』
と|笑《ゑ》みを|浮《うか》べて|顔《かほ》をのぞき|込《こ》めば、|大道別《おほみちわけ》は|機先《きせん》を|制《せい》せられて|狼狽《らうばい》したり。|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》は|大道彦《おほみちひこ》に|向《むか》ひ、
『|汝《なんぢ》は|神界《しんかい》のために|永年《ながねん》の|艱難辛苦《かんなんしんく》を|嘗《な》め、|以《もつ》て|神人《しんじん》たるの|天職《てんしよく》を|全《まつた》うせしは、|我《われ》も|感謝《かんしや》の|念《ねん》に|堪《た》へず。されど|汝《なんぢ》は|智量《ちりやう》|余《あま》りありて|徳《とく》|足《た》らず、|偽《にせ》の|八王大神《やつわうだいじん》となりてより|忽《たちま》ちその|行動《かうどう》を|一変《いつぺん》し、その|約《やく》に|背《そむ》きたるは|神人《しんじん》として|余《あま》り|賞揚《しやうやう》すべき|行為《かうゐ》にあらず。また|行成彦《ゆきなりひこ》|以下《いか》の|使臣《ししん》の|行動《かうどう》は、|聖地《せいち》を|大切《たいせつ》に|思《おも》ふの|余《あま》り|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|破《やぶ》りたり。|汝《なんぢ》らは|至誠《しせい》|至実《しじつ》の|者《もの》なれども、|如何《いかん》せむ|国祖《こくそ》の|職《しよく》として|看過《かんくわ》すべからず。アヽ、かかる|功臣《こうしん》をば|無残《むざん》にも|捨《す》てざるべからざるか』
と|落涙《らくるゐ》にむせびたまふ。|大道別《おほみちわけ》は|恐縮《きようしゆく》しながら、|国祖大神《こくそおほかみ》に|目礼《もくれい》し、|八王大神《やつわうだいじん》その|他《た》の|神司《かみがみ》らに|一礼《いちれい》し|直《ただ》ちに|御前《ごぜん》を|退出《たいしゆつ》し、そのまま|竜宮海《りゆうぐうかい》に|投身《とうしん》したりける。その|和魂《にぎみたま》、|幸魂《さちみたま》はたちまち|海神《かいじん》と|化《くわ》しぬ。|国祖《こくそ》はこれに|琴比良別神《ことひらわけのかみ》と|名《な》を|賜《たま》ひ|永遠《ゑいゑん》に|海上《かいじやう》を|守《まも》らしめたまひ、その|荒魂《あらみたま》、|奇魂《くしみたま》をして|日《ひ》の|出《で》と|名《な》を|賜《たま》ひ、|陸上《りくじやう》の|守護《しゆご》を|命《めい》じたまひぬ。|琴比良別神《ことひらわけのかみ》および|日《ひ》の|出《で》の|神《かみ》の|今後《こんご》の|活動《くわつどう》は、|実《じつ》に|目覚《めざ》しきものありて、|五六七《みろく》|神政《しんせい》の|地盤的《ぢばんてき》|太柱《ふとばしら》となり|後世《こうせい》ふたたび|世《よ》に|現《あら》はるる|因縁《いんねん》を|有《いう》したまへるなり。
ここに|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は|国祖《こくそ》の|御心情《ごしんじやう》を|拝察《はいさつ》し、|責《せめ》を|負《お》ひて|天使長《てんしちやう》の|聖職《せいしよく》を|辞《じ》し、|弟《おとうと》の|桃上彦《ももがみひこ》に|譲《ゆづ》りける。ちなみに|桃上彦《ももがみひこ》の|神政《しんせい》|経綸《けいりん》の|方法《はうはふ》は|前巻《ぜんくわん》に|述《の》べたるごとく、つひには|国祖《こくそ》の|御上《おんうへ》にまで|累《るゐ》を|及《およ》ぼし|奉《たてまつ》るの|端《たん》を|開《ひら》きたりける。
|八王大神《やつわうだいじん》は|常世姫《とこよひめ》とともに|桃上彦《ももがみひこ》の|襲職《しふしよく》を|祝《しゆく》したり。このとき|大江山《たいこうざん》の|鬼武彦《おにたけひこ》は、|高倉《たかくら》、|旭《あさひ》を|伴《とも》なひ|国祖《こくそ》の|大前《おほまへ》に|進《すす》み|出《い》でて、|最敬礼《さいけいれい》を|捧《ささ》げたるのち、
『|今回《こんくわい》の|常世城《とこよじやう》における|行成彦《ゆきなりひこ》|以下《いか》の|大功労者《だいこうらうしや》をして、|退職《たいしよく》を|命《めい》じたまひしは|如何《いか》なる|理由《りいう》にて|候《さふらふ》や』
と|恐《おそ》るおそる|伺《たづ》ねたてまつれば、|国祖《こくそ》はただ|一言《ひとこと》、
『|汝《なんぢ》らの|心《こころ》に|問《と》へよ』
と|答《こた》へたまひける。|鬼武彦《おにたけひこ》はやや|色《いろ》をなし、
『|鹿猪《かちよ》|尽《つ》きて|猟狗《れふく》|煮《に》らる。|吾々《われわれ》は|貴神《きしん》の|命《みこと》によりて|常世城《とこよじやう》に|忍《しの》び|入《い》り|八王大神《やつわうだいじん》を|悩《なや》ませ、その|陰謀《いんぼう》を|断念《だんねん》せしめたるのみ。|決《けつ》して|行成彦《ゆきなりひこ》をはじめ|一行《いつかう》の|使臣《ししん》は|大神《おほかみ》に|背《そむ》きて|自由《じいう》|行動《かうどう》を|取《と》りしにあらず。ただ|一点《いつてん》の|野心《やしん》も|無《な》く、|聖地《せいち》を|守《まも》り|御神業《ごしんげふ》を|輔佐《ほさ》したてまつらむとしての|至誠《しせい》の|行動《かうどう》に|出《いで》たるのみ。また|吾《われ》は|内命《ないめい》によりて、|忠実《ちうじつ》に|行動《かうどう》せしは|御承知《ごしようち》の|御事《おんこと》に|候《さふら》はずや』
と|少《すこ》しも|畏《おそ》るる|色《いろ》なく|奏上《そうじやう》したりける。
【|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》の|御顔《おんかほ》には|何《なん》となく|驚愕《きやうがく》の|色《いろ》|表《あら》はれたまひぬ】。それと|同時《どうじ》に【|八王大神《やつわうだいじん》の|面上《めんじやう》にはいやらしき|笑《わら》ひがひらめき|渡《わた》りける】。アヽ、|国祖大神《こくそおほかみ》の|顔色《がんしよく》と|八王大神《やつわうだいじん》の|顔色《がんしよく》との、|氷炭《ひようたん》の|差異《さい》を|生《しやう》じたるは、|果《はた》して|何事《なにごと》を|物語《ものがた》るものならむか。|読者《どくしや》|諸氏《しよし》はこの|不思議《ふしぎ》なる|光景《くわうけい》につきて|十分《じふぶん》|熟考《じゆくかう》されむことを|望《のぞ》むものなり。
(大正一〇・一二・二五 旧一一・二七 広瀬義邦録)
第六篇 |宇宙大道《うちうたいだう》
第三三章 |至仁《しじん》|至愛《しあい》〔一八三〕
|聖地《せいち》ヱルサレムの|大宮殿《だいきうでん》には、|天使長《てんしちやう》|桃上彦《ももがみひこ》|新任《しんにん》の|披露《ひろう》と、|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》、|行成彦《ゆきなりひこ》|以下《いか》の|神司《かみがみ》らの|退職《たいしよく》の|披露《ひろう》を|兼《か》ねたる|大宴会《だいえんくわい》が|開《ひら》かれたるが、|常世彦《とこよひこ》、|常世姫《とこよひめ》、|大鷹別《おほたかわけ》その|他《た》|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王八頭《やつわうやつがしら》およびその|他《た》の|神人《かみがみ》は、この|芽出《めで》たく、|芽出《めで》たからぬ|宴席《えんせき》に|綺羅星《きらほし》のごとく|列席《れつせき》したり。
|桃上彦《ももがみひこ》は|立《た》つて|新任《しんにん》の|挨拶《あいさつ》をなし、
『|今後《こんご》は|国祖《こくそ》の|大御心《おほみこころ》を|奉体《ほうたい》し、|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|厳守《げんしゆ》し、|諸神人《しよしん》とともに|世界経綸《せかいけいりん》の|大業《たいげふ》に、|協力《けふりよく》|一致《いつち》|奉仕《ほうし》せむことを|望《のぞ》む』
と|簡単《かんたん》に|述《の》べ|終《をは》り、|悠然《いうぜん》として|中央《ちうあう》の|正座《しやうざ》に|着《つ》きぬ。|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》は|自席《じせき》より|立上《たちあが》り、|諸神人《しよしん》にむかひ、
『|永年《ながねん》|諸神司《しよしん》は|愚昧《ぐまい》なる|小生《せうせい》を|輔《たす》けて、|今日《こんにち》まで|天使長《てんしちやう》の|職《しよく》を|保《たも》たしめ|給《たま》ひしその|好意《かうい》を|感謝《かんしや》す』
と|沈痛《ちんつう》なる|語調《ごてう》をもつて、|今回《こんくわい》|退職《たいしよく》の|已《や》むを|得《え》ざるに|立到《たちいた》りしことを|簡単《かんたん》に|述《の》べ|終《をは》り、|今後《こんご》は|身《み》を|雲水《うんすゐ》にまかせ、|天下《てんか》を|遍歴《へんれき》し、|身魂《みたま》の|修養《しうやう》につくし、|蔭《かげ》ながら|神業《しんげふ》に|奉仕《ほうし》せむことを|誓《ちか》ひ、|元《もと》の|座《ざ》に|悄然《せうぜん》として|復《ふく》したり。
このとき|八王大神《やつわうだいじん》はじめ|常世姫《とこよひめ》、|大鷹別《おほたかわけ》の|面上《めんじやう》には、|得《え》もいはれぬ|爽快《さうくわい》の|色《いろ》|浮《うか》びゐたりき。|行成彦《ゆきなりひこ》は|立上《たちあが》り|沈痛《ちんつう》なる|語気《ごき》にて、
『|吾《わ》が|心《こころ》の|暗冥《あんめい》|愚直《ぐちよく》よりつひに|常世会議《とこよくわいぎ》における、|天則違反《てんそくゐはん》の|行動《かうどう》を|不知不識《しらずしらず》のあひだに|執《と》りたることを|悔悟《くわいご》し、みづから|責任《せきにん》をおびて|職《しよく》を|辞《じ》し、|兄《あに》と|均《ひと》しく|聖地《せいち》を|離《はな》れて|天下《てんか》を|遍歴《へんれき》し|修養《しうやう》を|積《つ》み、ふたたび|諸神司《しよしん》らの|驥尾《きび》に|附《ふ》して|神業《しんげふ》に|奉仕《ほうし》するの|時機《じき》あらむ』
と|述《の》べ、
『|今後《こんご》の|吾《わ》が|犠牲的《ぎせいてき》|行動《かうどう》については、|諸神司《しよしん》の|懇篤《こんとく》なる|御教示《ごけうじ》を|給《たま》はらむことを|希望《きばう》す』
と|陳《の》べ|終《をは》り、|力《ちから》なげに|元《もと》の|座《ざ》に|復《ふく》しける。
このとき|奥殿《おくでん》より|玉《たま》の|襖《ふすま》を|押開《おしひら》き、|数多《あまた》の|侍神司《じしん》をしたがへて、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》はこの|場《ば》に|現《あら》はれたまひ、|言葉《ことば》しづかに|宣《の》りたまふやう。
『この|度《たび》の|広宗彦命《ひろむねひこのみこと》|以下《いか》の|退職《たいしよく》については、|余《よ》の|胸《むね》は|熱鉄《ねつてつ》を|呑《の》むがごとく、|千万無量《せんばんむりやう》の|想《おも》ひに|満《み》つ。されど|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》は|犯《をか》しがたし。|今《いま》となつては|如何《いかん》ともするの|余地《よち》なく|遺憾《ゐかん》ながら|至仁《しじん》|至愛《しあい》にして、|至誠《しせい》|天地《てんち》に|貫徹《くわんてつ》するの|忠良《ちうりやう》なる|神司《かみ》を|捨《す》つる、|余《よ》が|心中《しんちゆう》を|推察《すいさつ》せよ』
と、その|御声《みこゑ》は|曇《くも》り、|御涙《おんなみだ》さへ|腮辺《しへん》に|伝《つた》ふるを|窺《うかが》ひたてまつりたる。
|一座《いちざ》の|神人《かみがみ》らは、|国祖《こくそ》のこの|宣示《せんじ》に|一柱《ひとはしら》も|顔《かほ》を|得上《えあ》ぐるものはなく、|感慨《かんがい》|胸《むね》に|迫《せま》つて、|熱涙《ねつるゐ》ほとばしり、|鼻《はな》をすする|声《こゑ》|四辺《しへん》より|聞《きこ》へ|来《きた》りぬ。|国祖《こくそ》は、なほも|御言葉《おことば》をつがせられ、|涙《なみだ》の|袖《そで》をしぼりながら、
『|神《かみ》は|洽《あまね》く|宇宙《うちう》|万有《ばんいう》|一切《いつさい》をして|美《うる》はしき|神国《しんこく》に|安住《あんぢう》せしめ、|勇《いさ》みて|神界経綸《しんかいけいりん》の|大業《たいげふ》に|奉仕《ほうし》せしめむとし、|昼夜《ちうや》の|別《わか》ちなく|苦心《くしん》|焦慮《せうりよ》す。|汝《なんぢ》|神人《しんじん》ら、|神《かみ》の|心《こころ》を|心《こころ》とし|万有《ばんいう》|一切《いつさい》にたいし、|至仁《しじん》|至愛《しあい》の|真心《まごころ》をもつてこれに|臨《のぞ》み、かつ|忍耐《にんたい》に|忍耐《にんたい》を|重《かさ》ね、|克《よ》く|神人《しんじん》たるの|資格《しかく》を|保全《ほぜん》せよ』
と、|説《と》き|示《しめ》し|給《たま》ひ|更《さら》に|重《かさ》ねて|宣《の》りたまはく、
『|神《かみ》の|慈愛《じあい》は|敵味方《てきみかた》の|区別《くべつ》なく、|正邪《せいじや》|理非《りひ》を|問《と》はず|広《ひろ》く|愛護《あいご》す。|汝《なんぢ》ら|桃上彦《ももがみひこ》をはじめ|諸神人《しよしん》|一同《いちどう》、これを|見《み》よ』
と|上座《じやうざ》の|帳《とばり》を、|手《て》づから|捲《まく》り|上《あ》げたまへば、|六合《りくがふ》も|照《て》りわたる|真澄《ますみ》の|大鏡《おほかがみ》|懸《かか》りあり。
|諸神人《しよしん》は|国祖大神《こくそおほかみ》の|宣示《せんじ》にしたがひ、|真澄《ますみ》の|大鏡《おほかがみ》の|安置《あんち》されたる|正座《しやうざ》に、|一斉《いつせい》に|面《おもて》をむけ|思《おも》はず|低頭平身《ていとうへいしん》、|得《え》も|言《い》はれぬ|威厳《ゐげん》に|打《う》たれ、|落涙《らくるい》しつつ|頭《あたま》を|恐《おそ》るおそるもたげ、|鏡面《きやうめん》を|拝《はい》すれば、こはそも|如何《いか》に、シナイ|山《ざん》の|渓間《けいかん》に|天《あま》の|鳥船《とりぶね》より|落下《らくか》して|身魂《みたま》ともに|粉砕《ふんさい》したる|魔子彦《まごひこ》をはじめ、|竹熊《たけくま》、|鬼熊《おにくま》、|木常姫《こつねひめ》、|鬼姫《おにひめ》、|磐長姫《いはながひめ》、|口子姫《くちこひめ》、|鬼雲彦《おにくもひこ》、|佐賀姫《さがひめ》、|真心彦《うらひこ》、|玉《たま》の|湖《みづうみ》に|沈《しづ》められたる|三柱《みはしら》の|白狐《びやくこ》および|八尋殿《やひろどの》にて|玉《たま》を|差出《さしだ》したる|五柱《いつはしら》の|竜宮《りうぐう》の|神人《かみがみ》および|醜原彦《しこはらひこ》、|胸長彦《むねながひこ》、|鶴若《つるわか》、|亀若《かめわか》、|八十枉彦《やそまがひこ》その|他《た》|前述《ぜんじゆつ》の|神罰《しんばつ》を|受《う》けて|滅亡《めつぼう》したる|諸々《もろもろ》の|悪人《あくにん》は、いづれも|生々《いきいき》としてその|肉体《にくたい》を|保《たも》ち、|国祖《こくそ》の|身辺《しんぺん》にまめまめしく、|楽《たの》し|気《げ》に|仕《つか》へ|居《を》ることを|明瞭《めいれう》に|覚《さと》り|得《え》たりける。
|国祖《こくそ》は|満座《まんざ》にむかひ、
『|汝《なんぢ》らは|神《かみ》の|真《まこと》の|愛《あい》を、これにて|覚《さと》りしならむ』
と|言《い》ひ|終《をは》りて、|背部《はいぶ》を|諸神《しよしん》の|前《まへ》にむけ、
『わが|後頭部《こうとうぶ》を|熟視《じゆくし》せよ』
と|仰《あふ》せられたれば、|諸神人《しよしん》はハツト|驚《おどろ》き|見上《みあ》ぐれば|国祖《こくそ》の|後頭部《こうとうぶ》は、その|毛髪《まうはつ》は|全部《ぜんぶ》|抜《ぬ》き|取《と》られ、|血《ち》は|流《なが》れて|見《み》るも|無残《むざん》に|爛《ただ》れ|果《は》て、|御痛《おんいた》はしく|拝《はい》されにけり。|神司《かみがみ》らは|一度《いちど》にその|慈愛《じあい》に|感激《かんげき》し、この|御有様《おんありさま》をながめて、|涙《なみだ》の|両袖《りやうそで》を|湿《うるほ》し、|空《そら》に|知《し》られぬ|村時雨《むらしぐれ》、|心《こころ》も|赤《あか》き|紅葉《もみぢば》を|朽《く》ちも|果《は》てよと|吹《ふ》く|風《かぜ》に、|大地《だいち》を|染《そ》めなす|如《ごと》き|光景《くわうけい》なり。|神人《かみがみ》のうち|一柱《ひとはしら》も|面《おもて》を|得上《えあ》ぐるものなく|畳《たたみ》に|頭《あたま》を|摺《す》りつけて、|各自《かくじ》の|今《いま》まで|大神《おほかみ》の|御心《みこころ》の|慈愛《じあい》|深《ふか》きを|知《し》らざりし|罪《つみ》を|感謝《かんしや》したり。
|大神《おほかみ》の|神諭《しんゆ》に、
『この|神《かみ》はたれ|一人《ひとり》つつぼに|致《いた》さぬ。|敵《てき》でも、|悪魔《あくま》でも、|鬼《おに》でも、|蛇《じや》でも、|虫《むし》けらまでも、|救《たす》ける|神《かみ》であるぞよ』
と|示《しめ》されたる|神諭《しんゆ》を|思《おも》ひ|出《だ》すたびごとに、|王仁《おに》は|何時《いつ》も|落涙《らくるい》を|禁《きん》じ|得《え》ざる|次第《しだい》なり。
|悪神《あくがみ》の|天則違反《てんそくゐはん》により|厳罰《げんばつ》に|処《しよ》せられ、その|身魂《みたま》の|滅《ほろ》びむとするや、|国祖《こくそ》はその|贖《あがな》ひとして、|我《わが》|生毛《いきげ》を|一本《いつぽん》づつ|抜《ぬ》きとりたまひしなり。この|国祖《こくそ》の|慈愛《じあい》|無限《むげん》の|御所業《ごしよげふ》を|覚《さと》りたまひし|教祖《けうそ》は、|常《つね》に|罪深《つみふか》き|信者《しんじや》にたいし、|自《みづか》ら|頭髪《とうはつ》を|引《ひ》き|抜《ぬ》き、|一本《いつぽん》あるひは|二本《にほん》|三本《さんぼん》または|数十本《すうじつぽん》を|抜《ぬ》き|取《と》り、
『|守《まも》りにせよ』
と|与《あた》へられたるも、この|大御心《おほみこころ》を|奉体《ほうたい》されたるが|故《ゆゑ》なり。
(大正一〇・一二・二五 旧一一・二七 外山豊二録)
第三四章 |紫陽花《あぢさゐ》〔一八四〕
|満座《まんざ》の|諸神人《しよしん》は、|国祖《こくそ》の|無限《むげん》|無量《むりやう》の|仁慈《じんじ》の|有難《ありがた》さにほだされて|感涙《かんるい》に|咽《むせ》び、さしもに|広《ひろ》き|宮殿《きうでん》も|寂《せき》として|水《みづ》を|打《う》ちたるごとく、ただ|諸所《しよしよ》にすすり|泣《な》きの|声《こゑ》、|感嘆《かんたん》の|言葉《ことば》のひそかに|聞《きこ》ゆるのみなりき。
|国治立命《くにはるたちのみこと》は|儼然《げんぜん》として|正座《しやうざ》に|直《なほ》り、|言葉《ことば》をあらためて|桃上彦《ももがみひこ》を|天使長《てんしちやう》に|任《にん》じ、|竜山別《たつやまわけ》、|八十猛彦《やそたけひこ》、|百猛彦《ももたけひこ》、|鷹住別《たかすみわけ》を|聖地《せいち》の|天使《てんし》の|職《しよく》に|命《めい》じ、|常世姫《とこよひめ》は|竜宮城《りうぐうじやう》の|主管者《しゆくわんしや》となし|常世彦《とこよひこ》は|常世城《とこよじやう》に|帰《かへ》りて|神政《しんせい》を|奉仕《ほうし》し、かつ|天使《てんし》|八王《やつわう》となり、その|他《た》の|八王八頭《やつがしら》は|従前《じゆうぜん》のとほり、|誠心《せいしん》|誠意《せいい》|神明《しんめい》に|奉仕《ほうし》し、|天使長《てんしちやう》|桃上彦《ももがみひこ》の|指揮《しき》に|従《したが》ふべしと|宣示《せんじ》し、|満座《まんざ》の|神司《かみがみ》に|一礼《いちれい》し、|冠《かんむり》を|戴《いただ》き、|頭部《とうぶ》の|血痕《けつこん》を|秘《ひ》し、|憮然《ぶぜん》として|奥殿《おくでん》に|入《い》らせ|給《たま》ひける。
|桃上彦命《ももがみひこのみこと》、|広宗彦《ひろむねひこ》、|行成彦《ゆきなりひこ》も|共《とも》に|顔《かほ》を|見合《みあは》せ、|大神《おほかみ》の|大御心《おほみこころ》に|照《て》り|合《あは》せ、|互《たがひ》に|心中《しんちゆう》の|不平《ふへい》を|根底《こんてい》より|科戸《しなど》の|風《かぜ》の|天《あめ》の|八重棚雲《やへたなぐも》を|吹《ふ》き|払《はら》ひしごとく、あたかも|光風霽月《くわうふうせいげつ》の|心地《ここち》を|遺憾《ゐかん》なく|色《いろ》に|表《あら》はしゐたりける。|智略《ちりやく》|縦横《じうわう》にして、|奸佞《かんねい》ならぶ|者《もの》なき|常世彦《とこよひこ》も|常世姫《とこよひめ》も、|大自在天《だいじざいてん》の|従臣《じゆうしん》なる|大鷹別《おほたかわけ》|以下《いか》の|暴悪《ばうあく》なる|曲神《まががみ》も、いまは|前非《ぜんぴ》を|悔《く》い、|誠心《せいしん》|誠意《せいい》|国祖大神《こくそおほかみ》の|御心《みこころ》を|体《たい》し、|忠実《ちうじつ》に|奉仕《ほうし》し、|神業《しんげふ》の|一端《いつたん》たりとも|輔佐《ほさ》し|奉《たてまつ》らむとの|本守護神《ほんしゆごじん》の|至誠《しせい》を|発露《はつろ》し、|袖《そで》をしぼりて|歔欷《きよき》するにいたりぬ。
『あゝ|宇宙間《うちうかん》|何《なに》ものといへども、|至善《しぜん》|至愛《しあい》の|道《みち》に|敵《てき》する|者《もの》なかるべし』
と|神人《かみがみ》らは|口《くち》をそろへて|感嘆《かんたん》の|辞《じ》を|洩《も》らしゐたり。|強力《がうりき》|無双《むさう》の|森鷹彦《もりたかひこ》は|許《ゆる》されてふたたびモスコーの|従臣《じゆうしん》となり、|鬼武彦《おにたけひこ》、|高倉《たかくら》、|旭《あさひ》は|聖地《せいち》を|離《はな》れ、|各地《かくち》に|出没《しゆつぼつ》して|山《やま》の|尾上《をのへ》や|川《かは》の|瀬《せ》に、|伊猛《いたけ》り|狂《くる》ふ|邪神《じやしん》を|至善《しぜん》|至愛《しあい》の|心《こころ》をもつて|帰順《きじゆん》せしむることに|努力《どりよく》したりける。
モスコーの|城主《じやうしゆ》|道貫彦《みちつらひこ》の|娘《むすめ》|春日姫《かすがひめ》および|南高山《なんかうざん》の|城主《じやうしゆ》|大島別《おほしまわけ》の|娘《むすめ》|八島姫《やしまひめ》は|竜宮城《りうぐうじやう》に|止《とどま》り、|常世姫《とこよひめ》の|左右《さいう》の|侍女《じぢよ》として|奉仕《ほうし》することとなり、|桃上彦命《ももがみひこのみこと》は|聖地《せいち》ヱルサレムの|大宮殿《だいきうでん》にありて、|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》に|奉仕《ほうし》し|神務《しんむ》を|励《はげ》み、|神政《しんせい》を|聞《き》き、|下神人《しもしんじん》にたいし|慈愛《じあい》をほどこし、|聖地《せいち》の|神政《しんせい》はふたたび|枯木《かれき》に|花《はな》の|咲《さ》きしがごとく|隆盛《りうせい》を|極《きは》めたり。また|竜宮城《りうぐうじやう》は|常世姫《とこよひめ》の|指揮《しき》の|下《もと》に|一時《いちじ》は|完全《くわんぜん》に|統治《とうぢ》されゐたりしに、|星《ほし》|移《うつ》り|月《つき》|更《かは》るにしたがひ、|桃上彦命《ももがみひこのみこと》はやや|神政《しんせい》に|倦怠《けんたい》の|気運《きうん》を|萌《きざ》し、|自由《じいう》|放埒《はうらつ》の|所業《しよげふ》|多《おほ》く|国祖大神《こくそおほかみ》の|大御心《おほみこころ》を|忘却《ばうきやく》するにいたり、つひには|八王《やつわう》|常世彦《とこよひこ》をはじめ|各山《かくざん》|各地《かくち》の|神司《かみがみ》らの|信望《しんばう》を|失墜《しつつひ》し、|政令《せいれい》おこなはれず、つひに|地《ち》の|高天原《たかあまはら》の|神政《しんせい》を|破壊《はくわい》し、ふたたび|衰亡《すゐばう》の|悲境《ひきやう》に|陥《おちい》らしめたりける。
|前篇《ぜんぺん》に|述《の》べたるごとく|桃上彦命《ももがみひこのみこと》は|御母《おんはは》|事足姫《ことたるひめ》の|天則《てんそく》を|破《やぶ》り、|後《のち》の|夫《をつと》|春永彦《はるながひこ》と|相《あひ》|通《つう》じ、その|罪悪《ざいあく》の|血統《けつとう》を|享《う》けたる|桃上彦《ももがみひこ》なれば、つひにその|金箔《きんぱく》を|剥《は》がし|地金《ぢがね》を|暴露《ばくろ》したるもやむを|得《え》ざる|次第《しだい》なりといふべし。
これを|思《おも》へば、|人《ひと》たる|者《もの》は|胎内《たいない》|教育《けういく》を|最《もつと》も|尊重《そんちよう》せざるべからず。|父母《ふぼ》|両親《りやうしん》の|精神《せいしん》|行動《かうどう》|至正《しせい》|至直《しちよく》なるときに|受胎《じゆたい》せし|生児《せいじ》は、|至正《しせい》|至直《しちよく》の|人《ひと》となり、|放逸邪慳《はういつじやけん》なるときに|宿《やど》りたる|生児《せいじ》は、また|放逸邪慳《はういつじやけん》の|性質《せいしつ》をもつて|生《うま》れ、|悪逆無道《あくぎやくぶだう》の|精神《せいしん》|行動《かうどう》を|執《と》りたるとき|受胎《じゆたい》したる|子《こ》は|悪逆無道《あくぎやくぶだう》の|精神《せいしん》をもつて|生《うま》るるものなればなり。
|故《ゆゑ》に|子《こ》の|親《おや》たるものは、|造次《ざうじ》にも|顛沛《てんぱい》にも|神《かみ》を|信《しん》じ、|君《きみ》を|敬《うやま》ひ、|至誠《しせい》|善道《ぜんだう》を|行《おこな》はざるべからずと|知《し》るべし。
(大正一〇・一二・二五 旧一一・二七 桜井重雄録)
第三五章 |頭上《づじやう》の|冷水《ひやみづ》〔一八五〕
|聖地《せいち》ヱルサレムは|桃上彦命《ももがみひこのみこと》の|失政《しつせい》により、ふたたび|混乱《こんらん》|紛糾《ふんきう》をかさね、|日向《ひなた》に|氷《こほり》の|解《と》くるがごとく、|日《ひ》に|月《つき》に|衰滅《すゐめつ》に|傾《かたむ》ききたり。|国祖大神《こくそおほかみ》はあたかも|手足《てあし》をもぎとられし|蟹《かに》のごとく、|進退《しんたい》きはまり|如何《いかん》ともなしたまふ|術《すべ》なかりける。|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王《やつわう》はふたたび|常世城《とこよじやう》に|集《あつ》まり、|聖地《せいち》の|回復《くわいふく》を|首《くび》をあつめて|凝議《ぎようぎ》するの|止《や》むなきに|至《いた》りける。
このとき|聖地《せいち》より|常世姫《とこよひめ》の|使臣《ししん》として|広若《ひろわか》、|鬼若《おにわか》の|二人《ふたり》は、|天《あま》の|鳥船《とりぶね》に|乗《の》りて|下《くだ》り|来《きた》りけるに、|八王《やつわう》|常世彦《とこよひこ》は、ただちに|使臣《ししん》を|一室《いつしつ》にみちびき|来意《らいい》をたづねたり。|二人《ふたり》は|聖地《せいち》の|惨状《さんじやう》|目《め》も|当《あ》てられず、このままに|放任《はうにん》せむか、|聖地《せいち》は|滅亡《めつぼう》するの|外《ほか》なきことを|詳細《しやうさい》に|述《の》べたてたり。
|天授《てんじゆ》の|本心《ほんしん》に|立帰《たちかへ》り、|本守護神《ほんしゆごじん》の|活動《くわつどう》|全《まつた》く、|至善《しぜん》|至美《しび》の|善神《ぜんしん》と|改《あらた》まりゐたる|常世彦《とこよひこ》も、このとき|一種《いつしゆ》の|不安《ふあん》を|感《かん》じ、|天《てん》を|仰《あふ》いで|嗟嘆《さたん》の|声《こゑ》を|漏《も》らしける。この|虚《きよ》を|狙《ねら》ひゐたる|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》の|霊《れい》は、|頭上《づじやう》よりカラカラと|打《う》ち|笑《わら》ひ、
『|小心者《せうしんもの》よ|卑怯者《ひけふもの》よ、|汝《なんぢ》のごとき|弱虫《よわむし》にては|常世城《とこよじやう》はおろか、|聖地《せいち》の|救援《きうゑん》を|焦慮《せうりよ》するも|何《なん》の|力量《りきりやう》かあらむ。|汝《なんぢ》すみやかに|本心《ほんしん》に|立帰《たちかへ》り、|荒魂《あらみたま》の|勇《いさみ》を|振《ふ》りおこし、|奇魂《くしみたま》の|覚《さとり》を|開《ひら》き、くだらぬことに|煩慮《はんりよ》するよりも|男《をとこ》らしく|何《なに》ゆゑに|勇猛心《ゆうまうしん》を|発揮《はつき》せざるか、|自信《じしん》と|断行力《だんかうりよく》なき|者《もの》は|蛆虫《うじむし》も|同様《どうやう》なり。すみやかに|大勇猛心《だいゆうまうしん》を|振《ふ》りおこし、|快刀乱麻《くわいたうらんま》を|断《き》るの|壮烈《さうれつ》なる|神業《しんげふ》を|敢行《かんかう》せよ。|吾《われ》こそは|日《ひ》の|稚宮《わかみや》に|坐《ま》す|日《ひ》の|大神《おほかみ》の|神使《しんし》なり、|夢々《ゆめゆめ》|疑《うたが》ふなかれ』
といふかと|見《み》れば、その|声《こゑ》はバタリと|止《と》まりにける。|八王《やつわう》|常世彦《とこよひこ》は|青息吐息《あをいきといき》の|体《てい》にて|両手《りやうて》を|組《く》み、|奥殿《おくでん》に|安坐《あんざ》してその|処置《しよち》につき|千思《せんし》|万慮《ばんりよ》を|費《つひや》しゐる|折《をり》しも、ふたたび|天空《てんくう》に|声《こゑ》あり、
『|吾《われ》は|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》なり。|国治立命《くにはるたちのみこと》は|今《いま》や|窮地《きゆうち》におちいり、|非常《ひじやう》なる|苦境《くきやう》にあり。|汝《なんぢ》は|神業《しんげふ》に|奉仕《ほうし》する|神聖《しんせい》なる|職《しよく》を|奉《ほう》じながら、かかる|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|場合《ばあひ》|何《なに》を|苦《くる》しみて|躊躇逡巡《ちうちよしゆんじゆん》するや。|有名無実《いうめいむじつ》とは|汝《なんぢ》がことなり。すみやかに|奮《ふる》ひ|起《た》て、|世《よ》の|中《なか》に|恐《おそ》るるものは|神《かみ》より|外《ほか》になし。|一《ひと》つも|憂慮《いうりよ》することなく|各地《かくち》の|八王神《やつわうじん》と|語《かた》らひ、すみやかに|聖地《せいち》ヱルサレムに|馳《は》せつけよ。|神《かみ》は|汝《なんぢ》に|添《そ》ひて|守《まも》らむ』
と|声《こゑ》|高《たか》らかに|呼《よ》び|終《をは》り、またもや|鬼《おに》の|声《こゑ》はバツタリと|止《と》まりぬ。
|常世彦《とこよひこ》は|五里霧中《ごりむちゆう》に|彷徨《はうくわう》しながら、|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|国祖大神《こくそおほかみ》の|窮状《きうじやう》を|耳《みみ》にして|之《これ》を|坐視《ざし》するに|忍《しの》びず、|断然《だんぜん》|意《い》を|決《けつ》して|神人《かみがみ》の|集《つど》へる|大会議場《だいくわいぎぢやう》に|出席《しゆつせき》し、|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》および|外《ほか》|一神《いつしん》の|宣示《せんじ》を|諸神人《しよしん》に|告《つ》げ|決心《けつしん》を|促《うなが》したりける。しかしてこの|大国治立命《おほくにはるたちのみこと》と|称《しよう》するは|全《まつた》く|偽神《ぎしん》にして、|大自在天《だいじざいてん》を|守護《しゆご》する|六面八臂《ろくめんはつぴ》の|鬼《おに》なりにける。
|数多《あまた》の|八王《やつわう》は|常世彦《とこよひこ》の|言《げん》を|聞《き》きて、|聖地《せいち》を|思《おも》ふのあまり、|前後《ぜんご》の|分別《ふんべつ》もなく、またその|声《こゑ》の|正神《せいしん》の|言《げん》なるや、|邪神《じやしん》の|言《げん》なるやを|考慮《かうりよ》する|暇《いとま》もなく、|異口同音《いくどうおん》に|常世彦《とこよひこ》の|言《げん》に|賛成《さんせい》したり。ここにおいて|常世彦《とこよひこ》は|誠心《せいしん》|誠意《せいい》|聖地《せいち》を|救《すく》ふべく、|八王《やつわう》とともに|天《あま》の|磐樟船《いはくすぶね》に|乗《の》りて|天空《てんくう》を|轟《とどろ》かしつつ|聖地《せいち》ヱルサレムに|安着《あんちやく》したりける。
|桃上彦命《ももがみひこのみこと》は|八王《やつわう》の|翼《つばさ》を|連《つら》ねて|下《くだ》りきたれるその|光景《くわうけい》に|胆《きも》をつぶし、
『|常世彦《とこよひこ》またもや|悪心《あくしん》を|起《おこ》し、この|聖地《せいち》を|占領《せんりやう》し、みづから|代《かは》りて|国祖《こくそ》の|地位《ちゐ》までも|占領《せんりやう》せむとする|反逆《はんぎやく》の|行為《かうゐ》にきはまつたり。|聖地《せいち》の|神人《かみがみ》らはただちに|武装《ぶさう》を|整《ととの》へ、|彼《かれ》ら|反逆者《はんぎやくしや》を|殲滅《せんめつ》せよ』
と|声《こゑ》を|涸《か》らして|号令《がうれい》したれど|聖地《せいち》の|神人《かみがみ》らはその|勢力《せいりよく》の|優勢《いうせい》なるに|胆《きも》を|潰《つぶ》し|或《あるひ》は|腰《こし》を|抜《ぬ》かし、|猫《ねこ》に|逐《お》はれし|鼠《ねずみ》の|如《ごと》く|各自《かくじ》|身《み》の|安全《あんぜん》を|計《はか》りて|逃《に》げ|出《だ》すもあり、|隠《かく》るるもあり、|一柱《ひとはしら》として|桃上彦命《ももがみひこのみこと》の|命令《めいれい》に|服従《ふくじゆう》するもの|無《な》かりけり。|桃上彦命《ももがみひこのみこと》は|周章狼狽《しうしやうらうばい》して|大宮殿《だいきうでん》に|進《すす》みいり、|国祖大神《こくそおほかみ》に|謁《えつ》し、
『|常世彦《とこよひこ》|反逆《はんぎやく》を|企《くはだ》て、|数多《あまた》の|八王《やつわう》その|他《た》の|神人《かみがみ》を|率《ひき》ゐて|短兵《たんぺい》|急《きふ》に|攻《せ》め|寄《よ》せたり、いかに|取計《とりはか》らはむや』
と|進言《しんげん》したるに、|国祖大神《こくそおほかみ》は|奮然《ふんぜん》として|立《た》ちあがり、
『|事《こと》ここにいたりし|原因《げんいん》は|汝《なんぢ》が|律法《りつぱふ》を|破壊《はくわい》し、|放縦《はうじう》|不軌《ふき》の|行動《かうどう》を|執《と》りし|報《むく》いなれば、|一時《いちじ》も|早《はや》く|天《てん》に|向《むか》つて|罪《つみ》を|謝《しや》し、ただちに|職《しよく》を|退《しりぞ》き|至誠《しせい》を|表白《へうはく》せよ』
と|厳重《げんぢう》に|言《い》ひわたし、そのまま|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|入《い》らせたまひぬ。|桃上彦命《ももがみひこのみこと》は|何《なん》とせむ|方《かた》なく、|涙《なみだ》にくれ|悄然《せうぜん》として|宮殿《きうでん》を|立《た》ち|出《い》で|吾《わ》が|居館《やかた》に|帰《かへ》らむとする|時《とき》、|常世姫《とこよひめ》は|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》とともに|礼装《れいさう》を|凝《こ》らして|入《い》りきたり、
『|八王大神《やつわうだいじん》|聖地《せいち》の|混乱《こんらん》を|坐視《ざし》するに|忍《しの》びず、あまたの|神人《かみがみ》とともに|聖地《せいち》を|救《すく》はむがために|参向《さんかう》したり。|天使長《てんしちやう》はすみやかにこの|次第《しだい》を|国祖大神《こくそおほかみ》に|進言《しんげん》されたし』
と|言葉《ことば》も|淑《しと》やかに|述《の》べ|立《た》つるにぞ、|桃上彦命《ももがみひこのみこと》はふたたび|宮殿《きうでん》に|参向《さんかう》し|襖《ふすま》の|外《そと》より|国祖大神《こくそおほかみ》にこの|次第《しだい》を|進言《しんげん》せむとし|悲痛《ひつう》なる|声《こゑ》を|絞《しぼ》りながら|一言《いちごん》|奏上《そうじやう》せむとするや、|大神《おほかみ》は|中《なか》よりただ|一言《いちごん》、
『|神《かみ》の|言葉《ことば》に|二言《にごん》なし、|速《すみやか》に|天地《てんち》にむかつて|汝《なんぢ》が|罪《つみ》を|謝《しや》せ、|再《ふたた》び|吾《わ》が|前《まへ》に|来《きた》る|勿《なか》れ』
と|厳格《げんかく》なる|御言葉《おことば》をもつて|宣《のたま》はせたまひければ、|桃上彦命《ももがみひこのみこと》は|是非《ぜひ》なく|宮殿《きうでん》を|下《くだ》り、|面《おもて》に|憂鬱《いううつ》の|色《いろ》をうかべながら|再《ふたた》び|吾《わ》が|居館《やかた》に|帰《かへ》りける。
(大正一〇・一二・二五 旧一一・二七 加藤明子録)
(第三一章〜三五章 昭和一〇・一・二二 於久留米市 布屋旅館 王仁校正)
第三六章 |天地開明《てんちかいめい》〔一八六〕
|桃上彦命《ももがみひこのみこと》は、|国祖大神《こくそおほかみ》の|峻厳《しゆんげん》|骨《ほね》を|刺《さ》すてふ|厳格《げんかく》なる|御一言《ごいちげん》にいよいよ|退職《たいしよく》の|決心《けつしん》をなし、その|由《よし》をただちに|竜宮城《りうぐうじやう》の|主宰《しゆさい》|常世姫《とこよひめ》に|伝《つた》へたり。|常世姫《とこよひめ》はただ|一言《いちげん》|留任《りうにん》の|勧告《くわんこく》をも|与《あた》へず、|内心《ないしん》|欣喜《きんき》|雀躍《じやくやく》しながら、さあらぬ|体《てい》にて|同情《どうじやう》の|色《いろ》をうかべ、|無言《むごん》のまま|命《みこと》の|辞表《じへう》を|受《う》けとり、ただちに|聖地《せいち》ヱルサレムの|大宮殿《だいきうでん》に|参向《さんかう》し、|桃上彦命《ももがみひこのみこと》の|責任《せきにん》を|自覚《じかく》し、|骸骨《がいこつ》を|乞《こ》ふ|旨《むね》を|恭《うやうや》しく|進言《しんげん》したりける。
ここに|聖地《せいち》|高天原《たかあまはら》はあたかも|扇子《せんす》の|要《かなめ》を|除《はづ》したるがごとく、|四分五裂《しぶんごれつ》の|惨状《さんじやう》を|呈《てい》するの|止《や》むなきに|立《た》ち|到《いた》り、|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王八頭《やつわうやつがしら》をはじめ|国魂《くにたま》その|他《た》の|諸神司《しよしん》らは|高山《たかやま》の|末《すゑ》|低山《ひきやま》の|末《すゑ》より|集《あつ》まり|来《きた》り、また|竜神《りうじん》は|五《いつ》つの|海《うみ》より|聖地《せいち》をさして|暴風《ばうふう》を|捲《ま》き|起《おこ》し、|海面《かいめん》を|躍《をど》らせながら|黒雲《こくうん》に|乗《じやう》じて|残《のこ》らず|聖地《せいち》に|集《あつ》まりける。|聖地《せいち》に|集《あつ》まりし|神人《しんじん》の|数《すう》はほとんど|粟粒三石《あはつぶさんごく》の|数《かず》に|達《たつ》したり。さしも|剛直《がうちよく》にかまへ|常世会議《とこよくわいぎ》の|出席《しゆつせき》を|峻拒《しゆんきよ》したりし|万寿山《まんじゆさん》の|八王《やつわう》も、|聖地《せいち》の|変乱《へんらん》を|聞《き》き|一切《いつさい》の|情実《じやうじつ》を|排《はい》して|集《あつ》まり|来《き》たり、|霊鷲山《れいしうざん》に|退隠《たいいん》したる|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|言霊別命《ことたまわけのみこと》、|神国別命《かみくにわけのみこと》、|大足彦《おおだるひこ》をはじめ、エデンの|野《の》に|蟄居《ちつきよ》を|命《めい》ぜられたる|高照姫命《たかてるひめのみこと》、|真澄姫《ますみひめ》、|言霊姫《ことたまひめ》、|竜世姫《たつよひめ》の|諸神人《しよしん》も|禁《きん》を|破《やぶ》り、あまたの|従臣《じゆうしん》を|引《ひ》き|連《つ》れ|聖地《せいち》の|一大事《いちだいじ》とかけ|集《あつ》まり|来《き》たりける。
|今《いま》まで|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》|一派《いつぱ》ならびに|高照姫命《たかてるひめのみこと》|一派《いつぱ》にたいし、|極力《きよくりよく》|反抗《はんかう》の|態度《たいど》を|持《ぢ》しゐたる|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》も|常世彦《とこよひこ》も、この|度《たび》の|聖地《せいち》の|殆《ほと》ンど|滅亡《めつぼう》に|瀕《ひん》したる|惨状《さんじやう》をながめ、|何《いづ》れも|憂愁《いうしう》の|念《ねん》にかられ、|敵味方《てきみかた》の|感情《かんじやう》を|心底《しんてい》より|除却《ぢよきやく》し、たがひに|聖地《せいち》|回復《くわいふく》の|誠意《せいい》を|起《おこ》したり。ことに|大自在天《だいじざいてん》のごときは、|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|高照姫命《たかてるひめのみこと》|一派《いつぱ》の|神人《かみがみ》の|隠忍《いんにん》|蟄伏《ちつぷく》の|心情《しんじやう》を|察《さつ》して|同情《どうじやう》の|涙《なみだ》に|暮《く》れゐたりける。|元来《ぐわんらい》は|全部《ぜんぶ》|国治立命《くにはるたちのみこと》を|元祖《ぐわんそ》といただく|神人《かみがみ》なれば、いよいよ|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|場合《ばあひ》に|立《た》ちいたりては、|区々《くく》たる|感情《かんじやう》はいづこにか|雲散霧消《うんさんむせう》して|各自《かくじ》|神司《かみがみ》は|互《たがひ》に|謙譲《けんじやう》の|徳《とく》を|発揮《はつき》し、|相親《あひした》しみ|相《あひ》|愛《あい》し、|毫末《がうまつ》も|心中《しんちゆう》に|障壁《しやうへき》を|築《きづ》かざりけり。|諺《ことわざ》に、
『|親《しん》は|泣《な》き|寄《よ》り、|他人《たにん》は|食《く》ひ|寄《よ》り』
といふ。|元来《ぐわんらい》|正《ただ》しき|神《かみ》の|直系《ちよくけい》を|受《う》け|又《また》は|直系《ちよくけい》より|分派《ぶんぱ》して|生《うま》れ|出《いで》たる|神人《かみがみ》は、この|時《とき》こそ|惟神《かむながら》の|本心《ほんしん》に|立《た》ち|復《かへ》り|至誠《しせい》を|発揮《はつき》し|大神《おほかみ》に|対《たい》し|報本反始《はうほんはんし》の|実《じつ》を|挙《あ》げむとの|誠意《せいい》を|顕《あら》はしける。
『|落《おち》ぶれて|袖《そで》に|涙《なみだ》のかかる|時《とき》|人《ひと》の|心《こころ》の|奥《おく》ぞ|知《し》らるる』
|遉《さすが》に|神世《かみよ》の|神人《しんじん》だけありて、その|天性《てんせい》に|立復《たちかへ》り|本守護神《ほんしゆごじん》の|発動《はつどう》に|復帰《ふくき》したる|時《とき》はすべて|敵《てき》もなく|味方《みかた》もなく、|怨恨《えんこん》、|嫉妬《しつと》、|不平《ふへい》|不満《ふまん》の|悪心《あくしん》も|発生《はつせい》する|余地《よち》|無《な》かりしなり。かくのごとき|至善《しぜん》、|至美《しび》、|至直《しちよく》の|神心《かみごころ》を|天賦的《てんぷてき》に|保有《ほいう》する|神人《かみがみ》といへども、|天地間《てんちかん》の|邪気《じやき》の|凝結《ぎようけつ》して|現《あら》はれ|出《いで》たる|六面八臂《ろくめんはつぴ》の|鬼《おに》や、|金毛九尾《きんまうきうび》の|悪狐《あくこ》や、|八頭八尾《はつとうはちび》の|大蛇《おろち》の|霊《れい》にその|身魂《みたま》を|誑惑《けうわく》され、かつ|憑依《ひようい》さるる|時《とき》は、|大神《おほかみ》の|分霊《ぶんれい》なる|至純《しじゆん》|至粋《しすゐ》の|身魂《みたま》もたちまち|掌《てのひら》をかへすごとく|変化《へんくわ》するにいたる。その|速《すみや》かなること|恰《あたか》も|影《かげ》の|形《かたち》に|随《したが》ふが|如《ごと》くなり。
|序《ついで》に|述《の》べおきたきことあり、そは|三種《さんしゆ》の|邪神《じやしん》の|名義《めいぎ》についてなり。|六面八臂《ろくめんはつぴ》の|邪鬼《じやき》といふは|一《ひと》つの|身体《しんたい》に|六個《ろくこ》の|頭《あたま》や|顔《かほ》の|付属《ふぞく》せるにあらず。ある|時《とき》は|老人《らうじん》と|化《くわ》し、ある|時《とき》は|幼者《えうじや》と|変《へん》じ、|美人《びじん》となり|醜人《しうじん》と|化《くわ》し、|正神《せいしん》をよそほひ、ある|時《とき》は|純然《じゆんぜん》たる|邪神《じやしん》と|容貌《ようばう》を|変《へん》じ、もつて|神変《しんぺん》|不思議《ふしぎ》の|魔術《まじゆつ》をおこなふ|者《もの》の|謂《いひ》にして、また|八臂《はつぴ》とは|一《ひと》つの|身体《しんたい》に|八《やつ》つの|臂《ひぢ》あるにあらず。これを|今日《こんにち》の|人間《にんげん》に|譬《たと》ふれば、|一《ひと》つの|手《て》をもつて|精巧《せいかう》なる|機械《きかい》を|作《つく》るに|妙《めう》を|得《え》てをり、|書《しよ》に|妙《めう》を|得《え》てをり、|絵画《くわいぐわ》に|堪能《たんのう》してをり、|音楽《おんがく》に|妙《めう》を|得《え》てゐるとか、|一切《いつさい》の|技術《ぎじゆつ》、|技能《ぎのう》を|他《た》に|勝《すぐ》れて|持《も》ち|居《ゐ》たる|手腕《しゆわん》の|意《い》なり。|強《あなが》ち|八種《はつしゆ》のことに|妙《めう》を|得《え》たりといふ|意味《いみ》ではなく、|一切《いつさい》|百種《ひやくしゆ》の|技能《ぎのう》に|熟達《じゆくたつ》し|居《を》るの|意義《いぎ》なり。
また|金毛九尾白面《きんまうきゆうびはくめん》の|悪狐《あくこ》といふは、|金色《きんしよく》はもつとも|色《いろ》の|中《なか》においても|尊《たつと》く、|金属《きんぞく》としても|最上位《さいじやうい》を|占《しめ》てをる。|狐《きつね》としては|黄金色《わうごんしよく》の|光沢《くわうたく》ある|硬《かた》き|針毛《しんまう》を|有《いう》して|居《を》るが、|化現《くわげん》するときに|美《うつく》しき|女人《によにん》の|体《たい》を|現《あら》はし|優美《いうび》にして|高貴《かうき》なる|服装《ふくさう》を|身《み》に|纏《まと》ひ、すべての|神人《しんじん》を|驚《おどろ》かしめ、その|威厳《ゐげん》に|打《う》たれしめむとするをいふなり。また|九尾《きうび》といふは|一匹《いつぴき》の|狐《きつね》に|九本《きうほん》の|尾《を》の|生《は》えてゐる|意味《いみ》にあらず、|九《きう》とは|数《すう》の|終極《しうきよく》、|尽《つく》すといふ|意味《いみ》にして、|語《ご》をかへていへば、|完全無欠《くわんぜんむけつ》といふことなり。
いま|筑紫《つくし》の|島《しま》を|九州《きうしう》といふのも、|九《きう》は|尽《つく》しの|意味《いみ》から|出《で》たるなり。|尾《を》といふは|総《すべ》てのものを|支配《しはい》する|力《ちから》をいふ。|後世《こうせい》にいたり|三軍《さんぐん》の|将《しやう》が|采配《さいはい》を|振《ふ》つて|軍卒《ぐんそつ》を|指揮《しき》し、あるひは|祭典《さいてん》にさいし|祓戸主《はらひどぬし》の|役《やく》が|大幣《おほぬさ》を|左右左《さいうさ》に|振《ふ》つて|悪魔《あくま》を|退《しりぞ》け、かつ|正《ただ》しき|神《かみ》を|召集《せうしふ》し、|邪気《じやき》を|払拭《ふつしき》するが|如《ごと》し。|真澄姫《ますみひめ》が|黄金《わうごん》の|幣《ぬさ》を|打《う》ち|振《ふ》りて|魔軍《まぐん》を|亡《ほろ》ぼしたまひしも、|悪《わる》くたとへていへば|金毛九尾《きんまうきうび》の|尾《を》を|振《ふ》りたると|同意味《どういみ》なり。されど|正《ただ》しき|神《かみ》の|使用《しよう》するときは|金幣《きんぺい》を|左右左《さいうさ》に|振《ふ》るといひ、|邪神《じやしん》の|使用《しよう》する|時《とき》は|九尾《きうび》を|振《ふ》ると|称《とな》へたるなり。この|物語《ものがたり》のなかの|所々《ところどころ》に|金毛八尾《きんまうはちび》、|銀毛八尾《ぎんまうはちび》とあるは、|九尾《きうび》にやや|劣《おと》りし|働《はたら》きをなす|邪神《じやしん》といふ|意味《いみ》なり。
また|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》といふも、|決《けつ》して|一《ひと》つの|蛇体《じやたい》に|八《や》つの|頭《かしら》があり、また|尾《を》が|八《やつ》ツあるにあらず。|蛸《たこ》や|烏賊《いか》や、|蟹《かに》には|足《あし》が|八《やつ》つもあるが、|蛇体《じやたい》には|偶《たま》に|尾《を》の|先《さき》|二《ふた》つに|裂《さ》けて|固《かた》まれるがありても、|決《けつ》して|八《やつ》つの|岐《また》になり|居《ゐ》るものはなし。|仏書《ぶつしよ》に|九頭竜《くづりう》などといひ、|九《ここの》つの|頭《かしら》のある|竜《りう》のことが|示《しめ》しあれど、これも|全《まつた》く|象徴的《しやうちやうてき》の|語《ご》にして、|神変不可思議《しんぺんふかしぎ》の|働《はたら》きをなす|竜神《りうじん》といふ|意味《いみ》なり。|昔《むかし》から「|長《なが》いものには|捲《ま》かれよ」といふ|譬《たとへ》あり。|大蛇《をろち》は|他《た》の|動物《どうぶつ》に|比《ひ》して|身《み》の|丈《たけ》もつとも|長《なが》く、かつ|蚯蚓《みみず》のやうに|軟弱《なんじやく》ならず|相当《さうたう》に|堅《かた》き|鱗《うろこ》をもちて|身体《しんたい》を|保護《ほご》し、|沢山《たくさん》の|代用足《だいようあし》を|腹部《ふくぶ》に|備《そな》へゐるなり。|腹部《ふくぶ》の|鱗《うろこ》と|見《み》ゆるは、みな|蛇《へび》の|足《あし》の|代用《だいよう》をするものなり。|足《あし》は|下《した》を|意味《いみ》す。ゆゑに|上《うへ》に|立《た》ちて|下《した》を|指揮《しき》するものを|長《をさ》といひ、また|長者《ちやうじや》ともいふなり。この|大蛇《をろち》の|霊《れい》は|世界《せかい》の|各地《かくち》にその|分霊《ぶんれい》を|配《くば》り、|千変万化《せんぺんばんくわ》の|活動《くわつどう》をなし、|神人《しんじん》の|身体《しんたい》を|容器《ようき》として|邪悪《じやあく》を|起《おこ》さしむる|悪霊《あくれい》の|意《い》なり。|十二柱《じふにはしら》の|八王八頭《やつわうやつがしら》を|十二王《じふにわう》、|十二頭《じふにかしら》と|称《とな》へず、|八王《やつわう》、|八頭《やつがしら》と|称《とな》へらるるごとく、この|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》の|働《はたら》きも|決《けつ》して|八種《やいろ》に|限《かぎ》るにあらず。|千変万化《せんぺんばんくわ》|反道的《はんだうてき》|行為《かうゐ》を|敢行《かんかう》する|悪力《あくりよく》の|働《はたら》きの|意《い》なり。
|王仁《おに》は|聖地《せいち》の|混乱《こんらん》の|状況《じやうきやう》を|述《の》ぶる|心算《つもり》なりしが、つい|談《はなし》が|蛇《へび》のごとく【ぬるぬる】と|長《なが》く|滑《すべ》りて、|知《し》らず|識《し》らず|山《やま》の|奥《おく》に|這《は》ひ|込《こ》み、|深《ふか》き|谷間《たにま》に|陥《おちい》りけり。これがいはゆる|蛇足《だそく》を|添《そ》へるとでもいふならむか。
(大正一〇・一二・二六 旧一一・二八 加藤明子録)
第三七章 |時節《じせつ》|到来《たうらい》〔一八七〕
|地上《ちじやう》|神界《しんかい》の|経綸《けいりん》の|中心点《ちうしんてん》なる|聖地《せいち》ヱルサレムは、|前述《ぜんじゆつ》のとほり、|統率者《とうそつしや》を|失《うしな》ひ、ほとんど|滅亡《めつぼう》の|域《ゐき》に|瀕《ひん》したるを、|数多《あまた》の|神人《かみがみ》らはあたかも|日《ひ》の|大神《おほかみ》の|天《あま》の|岩屋戸《いはやど》にかくれ|給《たま》ひしごとく、|悲《かな》しみ|叫《さけ》べるその|中《なか》にも、ひとり|常世姫《とこよひめ》は、|心中《しんちゆう》|深《ふか》く|期《き》するところあるもののごとく|面《おもて》におつき|合《あ》ひ|的《てき》に|憂《うれ》ひを|表《へう》しゐるものの、その|奥底《おくそこ》に|何《なん》となく|得意《とくい》の|色《いろ》|潜《ひそ》みゐたりける。
|聖地《せいち》の|大広間《おほひろま》には、|八王八頭《やつわうやつがしら》をはじめ、|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|高照姫命《たかてるひめのみこと》、その|他《た》|八百万《やほよろづ》の|神人《かみがみ》は、おのおの|威儀《ゐぎ》を|正《ただ》して|座《ざ》を|列《つら》ね、|天使長《てんしちやう》の|後任者《こうにんしや》をすみやかに|定《さだ》めむことを|協議《けふぎ》し、まづ|第一《だいいち》に、|国祖大神《こくそおほかみ》の|神慮《しんりよ》をうかがひ、|式《しき》を|挙《あ》ぐることに|決定《けつてい》せり。ついては|国祖大神《こくそおほかみ》の|御前《みまへ》に|出《い》でてこれを|奉伺《ほうし》する|神人《かみ》を|決定《けつてい》せざるべからずとし、|衆議《しうぎ》はまづ|多数《たすう》をもつて|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》を|選定《せんてい》したり。
このとき|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》は|立《た》つて、|満座《まんざ》の|諸神人《しよしん》にむかひ、
『|吾《われ》はさきに|天則違反《てんそくゐはん》の|罪《つみ》により、|万寿山《まんじゆざん》に|蟄居《ちつきよ》を|命《めい》ぜられたる|者《もの》なれば、|今《いま》この|聖地《せいち》に|参集《さんしふ》するも、|何《なん》となく|恐懼《きようく》の|念《ねん》にかられつつあり。いかに|諸神人《しよしん》の|選定《せんてい》によればとて、|未《ま》だ|罪《つみ》を|赦《ゆる》されざる|身《み》として、|至厳《しげん》|至貴《しき》にまします|国祖大神《こくそおほかみ》の|前《まへ》に|列《れつ》するは、|実《じつ》に|厚顔無恥《こうがんむち》の|所為《しよゐ》なれば、この|役目《やくめ》のみは|固《かた》く|辞《じ》したし。|何《いづ》れの|神人《かみ》か|改《あらた》めて|選定《せんてい》されむことを』
と、|謙譲《けんじやう》の|真心《まごころ》を|面《おもて》にあらはして|述《の》べたて|座《ざ》に|復《ふく》したまへり。|満場《まんぢやう》の|神人《かみがみ》も|命《みこと》の|心情《しんじやう》を|察《さつ》し、|強《し》ひてこれを|止《とど》むるものなかりける。
ふたたび|選定《せんてい》されたるは|高照姫命《たかてるひめのみこと》なり。しかるに|命《みこと》もまた|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》とおなじく、
『|妾《わらは》は|天則違反《てんそくゐはん》の|罪《つみ》によりエデンの|野《の》に|蟄居《ちつきよ》を|命《めい》ぜられたる、いはば|蔭身者《かげみもの》なり。たとへ|罪《つみ》なき|妾《わらは》としても|多士済々《たしさいさい》たるこの|集《つど》ひにおいて、|妾《わらは》のごとき|女性《めがみ》の|出《で》しやばり、|神聖《しんせい》なる|用務《ようむ》を|奉伺《ほうし》すべきに|非《あら》ず。|希《こひねが》はくは|他《た》より|選定《せんてい》されむことを|切望《せつばう》します』
と|言《い》ひて|座《ざ》に|復《ふく》したまへり。
ここに|神人《かみがみ》らはその|言《げん》を|拒《こば》むに|由《よし》なく、|全会《ぜんくわい》|一致《いつち》をもつて|常世彦《とこよひこ》を|選定《せんてい》したり。|常世彦《とこよひこ》は|今《いま》はまつたく|至善《しぜん》|至美《しび》の|大精神《だいせいしん》に|立《た》ちかへり、|心中《しんちゆう》|一点《いつてん》の|慾望《よくばう》もなく、ただただ|至誠《しせい》|神明《しんめい》に|奉仕《ほうし》し、|国祖《こくそ》の|御神業《ごしんげふ》の|一端《いつたん》を|輔佐《ほさ》し|奉《たてまつ》らむと|決心《けつしん》しゐたる|際《さい》なりければ、|今《いま》の|大切《たいせつ》なる|神務《しんむ》に|選定《せんてい》されて|大《おほ》いに|恥《は》ぢ、たちまち|立《た》ちて|満場《まんぢやう》の|諸神人《しよしん》にむかひ、
『|我《われ》は|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|高照姫命《たかてるひめのみこと》のごとく、|一度《いちど》も|天使長《てんしちやう》の|職《しよく》に|就《つ》きたることなし、ただ|徒《いたづら》に|野心《やしん》に|駆《か》られて、|大神《おほかみ》の|神業《しんげふ》に|妨害《ばうがい》を|加《くは》へ、つひには|聖地《せいち》の|諸神人《しよしん》を|苦《くる》しめ、|延《ひ》いては|国祖大神《こくそおほかみ》の|御神慮《ごしんりよ》を|悩《なや》ませ|奉《たてまつ》りたる|罪《つみ》|重《おも》き|者《もの》にして、|今《いま》この|聖地《せいち》に|参向《さんかう》し、|諸神人《しよしん》に|面《おもて》を|向《む》くるも|心《こころ》|憂《う》しと|日夜《にちや》|懺悔《ざんげ》に|堪《た》へず。しかるに|吾《わ》がごとき|者《もの》をして、|国祖《こくそ》の|聖慮《せいりよ》を|奉伺《ほうし》するの|役目《やくめ》に|選定《せんてい》さるるは、|実《じつ》に|迷惑千万《めいわくせんばん》にして、|国祖大神《こくそおほかみ》に|対《たい》し|恐懼《きようく》の|至《いた》りにたへず。すみやかにこの|決定《けつてい》を|撤回《てつくわい》されむことを|希望《きばう》す』
と|言《い》ひて|座《ざ》に|復《ふく》したり。
このとき|大鷹別《おほたかわけ》は|場《ぢやう》の|一隅《いちぐう》より【すつく】と|立《た》ち|上《あが》り、|諸神人《しよしん》に|向《むか》つていふ。
『|平時《へいじ》はとも|角《かく》、|今日《こんにち》のごとき|危急《ききふ》|存亡《そんばう》の|場合《ばあひ》にあたり、|徒《いたづら》に|謙譲《けんじやう》の|辞《ことば》をくり|返《かへ》し、|善悪《ぜんあく》を|争《あらそ》ふべき|時《とき》に|非《あら》ず。|機《き》に|臨《のぞ》み|変《へん》に|応《おう》ずるは、|神人《しんじん》たるものの|最《もつと》も|努《つと》むべきことと|信《しん》ず。すべての|感情《かんじやう》を|去《さ》り、|既往《きわう》をとがめず、|現在《げんざい》および|将来《しやうらい》のため|奮《ふる》つて|常世彦《とこよひこ》の|御奮励《ごふんれい》を|希望《きばう》す』
との|提案《ていあん》に、|諸神人《しよしん》は|異口同音《いくどうおん》に|常世彦《とこよひこ》を|選定《せんてい》したり。|常世彦《とこよひこ》も|今日《こんにち》の|場合《ばあひ》、|拒絶《きよぜつ》するは|却《かへつ》て|大神《おほかみ》の|神慮《しんりよ》を|煩《わづら》はし、|諸神人《しよしん》の|厚意《こうい》を|無視《むし》するものなりと、ここに|断然《だんぜん》|意《い》を|決《けつ》し、|神慮《しんりよ》|奉伺《ほうし》の|承諾《しようだく》をなしたり。
|満座《まんざ》の|諸神人《しよしん》は|恰《あたか》も|暗夜《あんや》に|月《つき》の|出《で》たるがごとく|喜《よろこ》び|勇《いさ》み|手《て》を|拍《う》つて|祝《しゆく》し、ウローウローと|叫《さけ》ぶその|声《こゑ》、|天地《てんち》も|破《やぶ》るるばかり|勇《いさ》ましかりける。
ここに|常世彦《とこよひこ》は、|諸神人《しよしん》の|代表《だいへう》として|国祖《こくそ》のまします|奥殿《おくでん》に|進《すす》み|入《い》り、|後任《こうにん》の|天使長《てんしちやう》について|恭《うやうや》しく|神慮《しんりよ》を|奉伺《ほうし》したるに、|国祖《こくそ》は、ただ|一言《いちげん》、
『|常世彦《とこよひこ》をもつて|天使長《てんしちやう》に|任《にん》ず』
と|仰《あふ》せられたり。|常世彦《とこよひこ》は|恐懼《きようく》|措《を》くところを|知《し》らず、|頭《かしら》をもたげて、
『|国祖《こくそ》に|対《たい》し|奉《たてまつ》り、|今日《こんにち》まで|極悪無道《ごくあくぶだう》の|邪神《じやしん》に|頤使《いし》され、|深《ふか》き|罪《つみ》を|犯《をか》したる|吾々《われわれ》は|厚《あつ》きこの|恩命《おんめい》を|拝受《はいじゆ》するは|分《ぶん》に|過《す》ぎたり。|希《こひねが》はくは|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》をもつて|天使長《てんしちやう》に|任《にん》じたまはば、|有難《ありがた》き|次第《しだい》に|候《さふらふ》』
と|至誠《しせい》を|面《おもて》に|表《あら》はし|進言《しんげん》したりけれど、|国祖大神《こくそおほかみ》は、
『|神《かみ》の|言葉《ことば》に|二言《にごん》なし』
とふたたび|仰《あふ》せられ、|玉《たま》の|襖《ふすま》を|閉《と》ぢて|奥殿《おくでん》に|入《い》らせ|給《たま》ひける。
ここにいよいよ|常世彦《とこよひこ》は|天使長《てんしちやう》となり、|地上《ちじやう》|神界《しんかい》の|総統者《そうとうしや》として|八王八頭《やつわうやつがしら》の|上位《じやうゐ》に|就《つ》くこととなり、|常世彦命《とこよひこのみこと》の|名《な》を|給《たま》はりにけり。
『|時節《じせつ》を|待《ま》てよ、|時節《じせつ》には|神《かみ》も|叶《かな》はぬぞよ。|時節《じせつ》さへ|来《く》れば、|煎《い》り|豆《まめ》にも|花《はな》が|咲《さ》くぞよ』
と|神諭《しんゆ》に|示《しめ》されたるも、|全《まつた》くかかる|事《こと》を|云《い》ふなるべし。
|常世彦命《とこよひこのみこと》は|今《いま》まで|聖地《せいち》の|天使長《てんしちやう》たらむとして|苦心《くしん》に|苦心《くしん》をかさね、|神人《かみがみ》らの|悪罵《あくば》|嘲笑《てうせう》の|的《まと》となり、|幾回《いくくわい》となく|終局《しうきよく》にいたりてその|目的《もくてき》を|破壊《はくわい》せしめられたりしが、|今《いま》や|一切《いつさい》の|慾望《よくばう》を|捨《す》て|誠心《せいしん》|誠意《せいい》に|立《た》ちかへり、|何事《なにごと》も|惟神《かむながら》に|任《まか》してゆきたる|徳《とく》によりて、|自然《しぜん》に|秋《あき》の|野《の》の|桐《きり》の|一葉《ひとは》の|風《かぜ》なきに|落《お》つるがごとく、|大神《おほかみ》の|親任《しんにん》を|受《う》け、|諸神人《しよしん》の|信望《しんばう》を|負《お》ひて|顕要《けんえう》の|地位《ちゐ》に|上《のぼ》りける。
これを|思《おも》へば、|誠《まこと》と|改心《かいしん》の|力《ちから》は|実《じつ》に|偉大《ゐだい》なりと|謂《い》ふべし。
|時《とき》|満《み》ちて|捨《す》てた|望《のぞ》みの|花《はな》が|咲《さ》き
(大正一〇・一二・二六 旧一一・二八 桜井重雄録)
第三八章 |隙《すき》|行《ゆ》く|駒《こま》〔一八八〕
|地上《ちじやう》の|神界《しんかい》は、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》の|公明正大《こうめいせいだい》なる|英断的《えいだんてき》|聖慮《せいりよ》に|依《よ》つて、|総《すべ》ての|神人《かみがみ》の|罪《つみ》は|赦《ゆる》され、|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|神国別命《かみくにわけのみこと》、|言霊別命《ことたまわけのみこと》、|大足彦《おほだるひこ》、|高照姫命《たかてるひめのみこと》、|真澄姫《ますみひめ》、|竜世姫《たつよひめ》、|言霊姫《ことたまひめ》らは、|国祖大神《こくそおほかみ》の|侍者《じしや》として|奥殿《おくでん》に|奉仕《ほうし》し、|神政《しんせい》に|向《むか》つては、|少《すこ》しも|容喙《ようかい》を|許《ゆる》されざりける。
|一《いつ》たん|神政《しんせい》の|職《しよく》を|離《はな》れ、|単《たん》に|国祖《こくそ》の|帷幕《ゐばく》に|参《さん》じ、|神務《しんむ》のみに|奉仕《ほうし》するにいたりては、|容易《ようい》に|神政《しんせい》|管理者《くわんりしや》となることの|出来《でき》ざるは、|神界《しんかい》の|厳格《げんかく》なる|不文律《ふぶんりつ》なりき。ゆゑに|是《これ》らの|諸神人《しよしん》は、|国祖《こくそ》|御隠退《ごいんたい》とともに|表面《へうめん》|隠退《いんたい》されしものの、|千差万様《せんさばんやう》に|身魂《みたま》を|変《へん》じ、|五六七《みろく》|神政《しんせい》の|暁《あかつき》の|来《きた》るを|待《ま》ちつつ|神界《しんかい》に|隠《かく》れて|活動《くわつどう》されつつありしなり。このことは|後篇《こうへん》に|判明《はんめい》するに|至《いた》るべし。
ここにいよいよ|常世彦命《とこよひこのみこと》は、|神界《しんかい》の|執権者《しつけんしや》となり、|天使長《てんしちやう》の|職《しよく》に|就《つ》きぬ。|天地開闢《てんちかいびやく》|以来《いらい》|未曾有《みぞう》の|盛典《せいてん》にして、かつ|神人《かみがみ》らの|精神《せいしん》の|一致《いつち》したるは、|空前絶後《くうぜんぜつご》といふべき|有様《ありさま》なりける。|天上《てんじやう》よりは|天津神《あまつかみ》|八百万《やほよろづ》の|神人《かみ》を|率《ひき》ゐて、|天《あめ》の|八重雲《やへくも》を|伊都《いづ》の|千別《ちわき》に|千別《ちわき》て|天降《あまくだ》りたまひ、|国津神《くにつかみ》は|高山《たかやま》の|伊保理《いほり》、|低山《ひきやま》の|伊保理《いほり》を|掻《か》き|別《わ》けてこの|聖地《せいち》に|集《あつ》まり|来《きた》り、|大海原《おほうなばら》の|神《かみ》は|浪《なみ》を|開《ひら》いて|聖地《せいち》に|集《あつ》まり、|諸神人《しよしん》|一斉《いつせい》にウローウローと|祝《しゆく》する|声《こゑ》は、|実《じつ》に|清《きよ》く、|勇《いさ》ましく、|壮絶快絶《さうぜつくわいぜつ》たとふるにものなき|状況《ありさま》なりける。
|八王八頭《やつわうやつがしら》をはじめ、|諸神人《しよしん》は|追々《おひおひ》と|聖地《せいち》を|離《はな》れて、|各自《かくじ》|所管《しよくわん》の|地《ち》に|帰《かへ》りける。|一時《いちじ》|神人《かみがみ》の|神集《かむつど》ひにより、|隆盛殷賑《りうせいいんしん》の|精気《せいき》に|充《み》ちたる|聖地《せいち》ヱルサレムも、|漸次《ぜんじ》|静粛《せいしゆく》に|復《かへ》り、あたかも|洪水《こうずゐ》の|退《ひき》しごとくなりぬ。|神人《かみがみ》らの|合同《がふどう》して|至誠《しせい》を|顕彰《けんしやう》するときは、いかなる|兇暴《きようばう》なる|邪神《じやしん》といへども、これに|向《むか》つて|一指《いつし》を|染《そ》むるの|余地《よち》なきものなり。
されど|聖地《せいち》は、|自然《しぜん》に|静粛《せいしゆく》|閑寂《かんじやく》となり、|邪神界《じやしんかい》にたいしての|制圧力《せいあつりよく》は、|手薄《てうす》になり|来《き》たりけり。ここに|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》の|霊《れい》は、|潜心《せんしん》|万難《ばんなん》を|排《はい》し、|黄金橋下《わうごんけうか》を|泳《およ》ぎわたり、|潜《ひそ》かに|竜宮海《りうぐうかい》を|占領《せんりやう》し、|竜宮海《りうぐうかい》の|竜王《りうわう》となりて|海底《かいてい》に|潜《ひそ》み、|時《とき》のいたるを|待《ま》ちつつありける。されど|流石《さすが》の|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》も、|天使長《てんしちやう》の|身魂《みたま》を|犯《をか》すこと|容易《ようい》ならず、|常世姫《とこよひめ》は|依然《いぜん》として|竜宮城《りうぐうじやう》の|主宰《しゆさい》となりゐたり。|常世姫《とこよひめ》の|身体《しんたい》には、|一大《いちだい》|異状《いじやう》を|来《きた》し、|俄《にはか》に|庭園《ていえん》の|青梅《あをうめ》を|侍女《じぢよ》にもぎとらせ、|好《この》みてこれを|食《しよく》するにいたりける。
この|梅《うめ》を|沢山《たくさん》|食《しよく》するとともに、|腹部《ふくぶ》は|日《ひ》に|月《つき》に|膨張《ぼうてう》し、|十二ケ月《じふにかげつ》を|経《へ》て|玉《たま》のごとき|男子《だんし》を|産《う》み|落《おと》したれば、|父母《ふぼ》|二神司《にしん》はおほいに|悦《よろこ》び、|掌中《しやうちう》の|玉《たま》と|愛《め》で、|蝶《てふ》よ|花《はな》よと|慈《いつく》しみ、その|成長《せいちやう》を|引伸《ひきの》ばすやうに|待《ま》ち|居《ゐ》たり。ややありてふたたび|常世姫《とこよひめ》は、|梅《うめ》の|実《み》を|好《この》むに|至《いた》り、|以前《いぜん》のごとく|腹部《ふくぶ》は|日《ひ》に|月《つき》に|膨張《ぼうてう》し、|十六ケ月《じふろくかげつ》を|経《へ》て|玉《たま》のごとき|女子《ぢよし》を|生《う》みける。ここにおいて|男子《だんし》には|高月彦《たかつきひこ》と|命名《めいめい》し、|女子《ぢよし》には|初花姫《はつはなひめ》と|命名《めいめい》し|右《みぎ》と|左《ひだり》に|月花《げつくわ》を|飾《かざ》つたるごとく、|楽《たの》しみつつ|二児《にじ》の|成長《せいちやう》を|待《ま》ちける。|高月彦《たかつきひこ》は|長《なが》ずるにおよんて|智《ち》、|仁《じん》、|勇《ゆう》の|三徳《さんとく》を|完全《くわんぜん》に|発揮《はつき》し、|初花姫《はつはなひめ》は|親愛《しんあい》|兼備《けんび》の|徳《とく》を|称《たた》へられける。
あるとき|常世彦命《とこよひこのみこと》は、|竜宮海《りうぐうかい》に|舟《ふね》を|泛《うか》べ、|諸神人《しよしん》とともに|酒宴《しゆえん》を|催《もよほ》し|居《ゐ》たるに、たちまち|暴風《ばうふう》|吹起《ふきおこ》るよと|見《み》るまに、|海水《かいすゐ》は|左右《さいう》にパツと|分《わか》れ、|海底《かいてい》に|潜《ひそ》む|魚介《ぎよかい》の|姿《すがた》まで|明瞭《めいれう》に|見《み》えにける。このとき|海底《かいてい》より|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》の|姿《すがた》|現《あら》はれて、|見《み》る|間《ま》に|高月彦《たかつきひこ》となりける。|常世彦命《とこよひこのみこと》は、この|怪物《くわいぶつ》を|一刀《いつたう》の|下《もと》に|寸断《すんだん》せむと|思《おも》ひしが、あまり|我児《わがこ》に|酷似《こくじ》せるを|想《おも》ひ|浮《うか》べて|躊躇《ちうちよ》したり。|偽《にせ》の|高月彦《たかつきひこ》は、ただちに|命《みこと》の|居館《やかた》に|向《むか》つて|歩《ほ》を|急《いそ》ぎけるに、|常世彦命《とこよひこのみこと》は|驚《おどろ》いて|舟遊《ふなあそ》びを|中止《ちゆうし》し、|館《やかた》に|帰《かへ》り|見《み》れば|奥《おく》の|間《ま》に|二人《ふたり》の|高月彦《たかつきひこ》、|色沢《いろつや》といひ、|背格好《せかつかう》といひ、|縦《たて》から|見《み》るも|横《よこ》から|見《み》るも、|少《すこ》しの|差異《さい》もなかりける。|命《みこと》はいづれを|真《しん》の|愛児《あいじ》と|弁別《べんべつ》すること|能《あた》はざりける。しかして|一人《ひとり》の|高月彦《たかつきひこ》が|東《ひがし》すれば、また|一人《ひとり》は|影《かげ》の|形《かたち》に|随《したが》ふごとく|東《ひがし》へ|進《すす》み、また|西《にし》へ|進《すす》めば|西《にし》へ|進《すす》むといふ|調子《てうし》にて、|分時《ふんじ》といへども|二人《ふたり》は|離《はな》れざりける。
あるとき|常世姫《とこよひめ》は、|侍女《じぢよ》を|随《したが》へて|橄欖山《かんらんざん》に|遊《あそ》び、|無花果《いちじく》を|取《と》つて|楽《たの》しみゐたりしが、その|中《うち》に|優《すぐ》れて|色《いろ》|美《うる》はしく、|大《だい》なる|無花果《いちじく》の|実《み》がただ|一個《ひとつ》、|時《とき》を|得顔《えがほ》に|熟《じゆく》しゐたり。|常世姫《とこよひめ》は|一目《ひとめ》|見《み》るより、その|無花果《いちじく》を|頻《しき》りに|食《く》ひたくなりければ、|侍女《じぢよ》に|命《めい》じてその|無花果《いちじく》を【むしり】|取《と》らしめ、その|場《ば》に|端坐《たんざ》し、|四方《よも》の|景色《けしき》を|眺《なが》めながら、|美味《うま》さうに|食《く》ひ|終《をは》りぬ。
|俄《にはか》に|常世姫《とこよひめ》は|腹痛《はらいた》を|発《はつ》して|苦悶《くもん》し|始《はじ》めたるに、|侍女《じぢよ》は|驚《おどろ》いてこれを|助《たす》け|起《おこ》し、|竜宮城内《りうぐうじやうない》に|救《たす》け|帰《かへ》りしが、|陣痛《ぢんつう》はなはだしく、|玉《たま》のごとき|女子《ぢよし》を|生《う》み|落《おと》したり。|女児《ぢよじ》の|顔《かほ》は|初花姫《はつはなひめ》に|似《に》るも|似《に》たり、|瓜二《うりふた》つなりければ、|父母《ふぼ》|二神司《にしん》は|五月姫《さつきひめ》と|命名《めいめい》し、これを|愛育《あいいく》したり。|追々《おひおひ》|成長《せいちやう》してこれまた|姉《あね》の|初花姫《はつはなひめ》と|背丈《せたけ》、|容色《ようしよく》すべてが|瓜二《うりふた》つとなりける。
|現在《げんざい》の|親《おや》の|眼《まなこ》より、その|姉妹《しまい》を|弁別《べんべつ》するに|苦《くる》しみける。|果《はた》してこの|姉妹《しまい》は|何神《なにがみ》の|化身《けしん》なりしか。
(大正一〇・一二・二六 旧一一・二八 外山豊二録)
第七篇 |因果応報《いんぐわおうはう》
第三九章 |常世《とこよ》の|暗《やみ》〔一八九〕
|聖地《せいち》ヱルサレムの|天使長《てんしちやう》|常世彦命《とこよひこのみこと》には、|高月彦《たかつきひこ》|誕生《たんじやう》して|追々《おひおひ》と|成長《せいちやう》し、|父《ちち》を|輔《たす》けて、その|勲功《くんこう》もつとも|多《おほ》く、かつ|天使長《てんしちやう》の|声望《せいばう》|天下《てんか》に|雷《らい》のごとく|轟《とどろ》き、その|善政《ぜんせい》を|謳歌《おうか》せざるもの|無《な》く、|一時《いちじ》は|実《じつ》に|天下《てんか》|泰平《たいへい》の|祥代《しやうだい》となりける。
しかるに|油断《ゆだん》は|大敵《たいてき》すこしにても|間隙《かんげき》あらむか、|宇宙《うちう》に|充満《じゆうまん》せる|邪神《じやしん》の|霊《れい》はたちまち|襲《おそ》ひきたりて、|或《あるひ》は|心魂《しんこん》に|或《あるひ》は|身体《しんたい》にたいして|禍害《くわがい》を|加《くは》へ、またはその|良心《りやうしん》を|汚《けが》し|曇《くも》らせ、つひにはそのものの|身体《しんたい》および|霊魂《れいこん》を|容器《ようき》として、|悪心《あくしん》をおこし|悪行《あくぎやう》を|遂行《すゐかう》せしめむと|付《つ》け|狙《ねら》ふに|至《いた》るものなり。
|大本神諭《おほもとしんゆ》にも、
『|悪魔《あくま》は|絶《た》えず|人《ひと》の|身魂《みたま》を|付《つ》け|狙《ねら》ひ|居《ゐ》るものなれば、|抜刀《ぬきみ》の|中《なか》に|居《を》る|心持《こころもち》にて|居《を》らざる|時《とき》は、いつ|悪魔《あくま》にその|身魂《みたま》を|自由自在《じいうじざい》に|玩弄物《おもちや》にせらるるや|知《し》れず。ゆゑに|人《ひと》は|神《かみ》の|心《こころ》に|立帰《たちかへ》りて|神《かみ》を|信仰《しんかう》し、すこしも|油断《ゆだん》あるべからず』
|常世彦命《とこよひこのみこと》は|神界《しんかい》の|太平《たいへい》にやや|安心《あんしん》して、あまたの|侍臣《じしん》とともに|竜宮海《りうぐうかい》に|舟遊《ふなあそ》びの|宴《えん》をもよほすとき、|竜宮海《りうぐうかい》の|底《そこ》|深《ふか》く|潜《ひそ》みて|時《とき》を|待《ま》ちつつありし|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》の|邪霊《じやれい》は、この|時《とき》こそと|言《い》はむばかりに、その|本体《ほんたい》を|諸神人《しよしん》の|前《まへ》に|顕《あら》はし、|態《わざ》と|神人《かみがみ》らの|前《まへ》にて|高月彦《たかつきひこ》と|変化《へんげ》し、|常世彦命《とこよひこのみこと》の|居館《やかた》に|入《い》りこみ|神人《しんじん》らを|悩《なや》めたるなり。
|常世彦命《とこよひこのみこと》はじめ|聖地《せいち》の|神人《かみがみ》らは、|二人《ふたり》の|高月彦《たかつきひこ》のうち|一人《ひとり》は|邪神《じやしん》の|変化《へんげ》なることを|何《いづ》れも|知悉《ちしつ》すれども、その|何《いづ》れを|真否《しんぴ》と|認《みと》むること|能《あた》はざりしために、|止《や》むを|得《え》ず、|同《おな》じ|姿《すがた》の|二人《ふたり》を|居館《やかた》に|住《す》まはせたりける。|真《しん》の|高月彦《たかつきひこ》は、
『|我《われ》こそは|真《しん》の|高月彦《たかつきひこ》なり、|彼《かれ》は|邪神《じやしん》の|変化《へんげ》なり』
と|證明《しようめい》せむとすれば、|邪神《じやしん》の|高月彦《たかつきひこ》もまた|同《おな》じく、
『|我《われ》こそは|真《しん》の|高月彦《たかつきひこ》なり、|彼《かれ》は|邪神《じやしん》の|変化《へんげ》なり』
と|主張《しゆちやう》し、その|真偽《しんぎ》|判明《はんめい》せず、やむを|得《え》ず|二人《ふたり》を|立《た》てゐたりける。
この|怪《あや》しき|事実《じじつ》は|誰《たれ》いふともなく|神界《しんかい》|一般《いつぱん》に|拡《ひろ》まり|伝《つた》はり、|八王八頭《やつわうやつがしら》の|耳《みみ》に|入《い》り、|神人《かみがみ》らは|聖地《せいち》の|神政《しんせい》に|対《たい》して、|不安《ふあん》と|疑念《ぎねん》を|抱《だ》くに|至《いた》りける。
|常世彦命《とこよひこのみこと》はこのことのみ|日夜《にちや》|煩悶《はんもん》し、つひには|発病《はつびやう》するに|立《た》ちいたりぬ。|命《みこと》は|妻《つま》を|枕頭《ちんとう》に|招《まね》き、|苦《くる》しき|病《やまひ》の|息《いき》をつきながら、
『|吾《われ》は|少《すこ》しの|心《こころ》の|慾望《よくばう》より|終《つひ》に|邪神《じやしん》に|魅《み》せられて|常世国《とこよのくに》に|城塞《じやうさい》を|構《かま》へ、|畏《かしこ》くも|国祖大神《こくそおほかみ》をはじめ|歴代《れきだい》の|天使長《てんしちやう》|以下《いか》の|神人《かみがみ》らを|苦《くる》しめ|悩《なや》ませたるにも|拘《かか》はらず、|仁慈《じんじ》|深《ふか》き|国祖《こくそ》は|吾《われ》らの|改心《かいしん》を|賞《め》でたまひて、もつたいなき|聖地《せいち》の|執権者《しつけんしや》に|任《にん》じたまひたれば、|吾《われ》らは|再生《さいせい》の|大恩《たいおん》に|報《むく》いたてまつらむと|誠心《せいしん》|誠意《せいい》|律法《りつぱふ》を|厳守《げんしゆ》し、|神政《しんせい》に|励《はげ》みて|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》に|奉仕《ほうし》せしに、|心《こころ》の|何時《いつ》となく|緩《ゆる》みしためか、|竜宮海《りうぐうかい》に|船《ふね》を|浮《うか》べて|遊楽《いうらく》せし|折《をり》しも、|海底《かいてい》より|邪神《じやしん》|現《あら》はれて|愛児《あいじ》の|姿《すがた》となり、|堂々《だうだう》として|我《わが》|館《やかた》に|住《す》み|込《こ》み、その|真偽《しんぎ》を|判別《はんべつ》する|能《あた》はず、それより|吾《われ》は|如何《いか》にもしてその|真偽《しんぎ》を|知《し》らむと、|日夜《にちや》|天津大神《あまつおほかみ》および|国祖大神《こくそおほかみ》に|祈願《きぐわん》を|凝《こ》らせども、|一《いつ》たん|犯《をか》せる|罪《つみ》の|報《むく》いきたりて、|心魂《しんこん》|暗《くら》み|天眼通力《てんがんつうりき》を|失《うしな》ひ、かつ、それより|我《わが》|身体《しんたい》の|各所《かくしよ》に|痛《いた》みを|覚《おぼ》え、|今《いま》やかくのごとく|重態《ぢうたい》に|陥《おちい》りたるも|深《ふか》き|罪障《ざいしやう》の|報《むく》いなれば、|汝《なんぢ》らは|吾《わ》が|身《み》の|悲惨《ひさん》なる|果《はて》を|見《み》て|一日《いちにち》も|早《はや》く|悔《く》い|改《あらた》め、|寸毫《すんがう》といへども|悪心非行《あくしんひぎやう》を|発起《ほつき》すべからず』
と|遺言《ゆゐごん》して|眠《ねむ》るがごとく|帰幽《きいう》したりける。|鳥《とり》の|将《まさ》に|死《し》なむとするや|其《そ》の|声《こゑ》|悲《かな》し、|人《ひと》の|将《まさ》に|死《し》せむとする|時《とき》その|言《げん》や|善《よ》しと。|宜《むべ》なるかな、さしも|一旦《いつたん》|暴威《ばうゐ》をふるひたる|常世彦命《とこよひこのみこと》も|本心《ほんしん》より|省《かへり》み、その|邪心《じやしん》を|恥《は》ぢ、|非行《ひぎやう》を|悔《く》い|神憲《しんけん》の|儼《げん》として|犯《をか》すべからざるを|畏《おそ》れ、|天地《てんち》の|大道《だいだう》たる|死生《しせい》、|往来《わうらい》、|因果《いんぐわ》の|理法《りはふ》を|覚《さと》りて|身魂《みたま》まつたく|清《きよ》まり、|神助《しんじよ》のもとに|安々《やすやす》と|眠《ねむ》るがごとく|帰幽《きいう》したりける。アヽ|畏《おそ》るべきは|心《こころ》の|持《も》ちかた|一《ひと》つなりける。
|常世彦命《とこよひこのみこと》の|昇天《しようてん》せしより、|聖地《せいち》の|神人《かみがみ》らは|急使《きふし》を|四方《しはう》に|派《は》して、|各山《かくざん》|各地《かくち》の|八王《やつわう》をはじめ|一般《いつぱん》の|守護職《しゆごしよく》にたいして|報告《はうこく》を|発《はつ》したれば、|万寿山《まんじゆさん》をはじめ|八百万《やほよろづ》の|神人《かみがみ》は、この|凶報《きようはう》に|驚《おどろ》き|我《われ》|一《いち》と|先《さき》を|争《あらそ》ひて|聖地《せいち》に|蝟集《ゐしふ》しその|昇天《しようてん》を|悲《かな》しみつつ、|後任者《こうにんしや》の|一日《いちにち》も|早《はや》く|確定《かくてい》せむことを|熱望《ねつばう》し、ここにヱルサレム|城《じやう》の|大広間《おほひろま》に|会《くわい》したり。|常世彦命《とこよひこのみこと》の|長子《ちやうし》|高月彦《たかつきひこ》を|天使長《てんしちやう》に|選定《せんてい》し、|国祖大神《こくそおほかみ》の|認許《にんきよ》を|奏請《そうせい》せむとするや、|天下《てんか》に|喧伝《けんでん》されしごとく、|二人《ふたり》の|高月彦《たかつきひこ》あらはれ|来《き》たりぬ。
|諸神司《しよしん》はその|真偽《しんぎ》について|判別《はんべつ》に|苦《くる》しみ、|七日七夜《なぬかななよ》|大広間《おほひろま》に|会議《くわいぎ》をつづけたれど、いかにしても|前後《ぜんご》と|正邪《せいじや》の|区別《くべつ》つかざるところまで|克《よ》く|変化《へんげ》しゐたるにぞ、|真偽《しんぎ》|二人《ふたり》の|天使長《てんしちやう》を|戴《いただ》くことを|得《え》ず、|神人《かみがみ》らは|五里霧中《ごりむちゆう》に|彷徨《はうくわう》しつつ、その|怪事実《くわいじじつ》に|悩《なや》まされけり。
|高月彦《たかつきひこ》は|大広間《おほひろま》に|現《あら》はれ|竜宮海《りうぐうかい》に|潜《ひそ》める|邪神《じやしん》|大蛇《をろち》の|変《へん》より、|父《ちち》の|昇天《しようてん》までの|種々《しゆじゆ》|聖地《せいち》の|怪《くわい》を|述《の》べ|且《か》つ、
『|吾《わが》|身《み》に|蔭《かげ》のごとく|附随《ふずい》せるは、かの|大蛇《をろち》の|変化《へんげ》なることを|證明《しようめい》すべきことあり。|諸神人《しよしん》はこれにて|真偽《しんぎ》を|悟《さと》られたし。|吾《われ》には|父《ちち》より|賜《たま》はりし|守袋《まもりぶくろ》あり、これを|見《み》られよ』
と|満座《まんざ》の|前《まへ》に|差出《さしだ》し、|偽《にせ》|高月彦《たかつきひこ》の|邪神《じやしん》にむかひ、
『|汝《なんぢ》が|果《はた》して|真《しん》なれば、|父《ちち》より|守袋《まもりぶくろ》を|授《さづ》けられし|筈《はず》なり、|今《いま》ここにその|守袋《まもりぶくろ》を|取出《とりだ》して、その|偽神《ぎしん》にあらざることを|證明《しようめい》せられよ』
と|詰《つ》め|寄《よ》れば、|邪神《じやしん》はたちまち|色《いろ》を|変《へん》じ、|何《なん》の|返答《へんたふ》もなく|物《もの》をもいはず、|真《しん》の|高月彦《たかつきひこ》に|噛《かみ》|付《つ》かむとする|一刹那《いちせつな》、たちまち「|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》」の|神言《かみごと》が|自然《しぜん》に|口《くち》より|迸出《へいしゆつ》したるにぞ、|偽神《ぎしん》はたちまちその|神言《かみごと》の|威徳《ゐとく》に|正体《しやうたい》を|現《あら》はし、
『アヽ|残念《ざんねん》|至極《しごく》|口惜《くちをし》さよ。|我《われ》は|永年《ながねん》この|聖地《せいち》を|根底《こんてい》より|顛覆《てんぷく》せむと、|海底《かいてい》に|沈《しづ》みて|時《とき》を|待《ま》ち、つひに|高月彦《たかつきひこ》と|変化《へんげ》し、|聖地《せいち》の|攪乱《かくらん》に|全力《ぜんりよく》を|尽《つく》したりしに、|高月彦《たかつきひこ》の|神言《かみごと》によりてその|化《ば》けの|皮《かは》を|脱《は》がれたれば、いまは|是非《ぜひ》なし、ふたたび|時節《じせつ》を|待《ま》つてこの|怨《うら》みを|報《ほう》ぜむ』
と|言《い》ふよと|見《み》るまに、|見《み》るも|恐《おそ》ろしき|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》と|現《あら》はれ|叢雲《むらくも》をよびおこし|天空《てんくう》をかけりて、|遠《とほ》くその|怪姿《くわいし》を|西天《せいてん》に|没《ぼつ》したりけり。|高月彦《たかつきひこ》は|忽然《こつぜん》として|立《た》ちあがり、
『|諸神司《しよしん》はただいまの|邪神《じやしん》の|様子《やうす》を|実見《じつけん》して、その|真偽《しんぎ》を|悟《さと》りたまひしならむ、|吾《われ》こそは|天使長《てんしちやう》|常世彦命《とこよひこのみこと》の|長子《ちやうし》|高月彦《たかつきひこ》なり。|今後《こんご》|聖地《せいち》の|神政《しんせい》については、|諸神司《しよしん》の|協力《けふりよく》|一致《いつち》して|御輔翼《ごほよく》あらむことを|希望《きばう》す』
と|慇懃《いんぎん》に|挨拶《あいさつ》を|述《の》べ|終《をは》るや|否《いな》や、たちまち|悪寒《をかん》|震慄《しんりつ》、|顔色《がんしよく》|急《きふ》に|青《あを》ざめ、|腹《はら》をかかへて|苦悶《くもん》の|声《こゑ》を|放《はな》ちければ、|諸神司《しよしん》は|驚《おどろ》きて|命《みこと》を|扶《たす》けその|居館《やかた》に|送《おく》り、|侍者《じしや》をして|叮嚀《ていねい》に|看護《かんご》せしめたり。
この|守袋《まもりぶくろ》は|妹《いもうと》|五月姫《さつきひめ》の|計《はか》らひにて、|俄《にはか》に|思《おも》ひつきたるカラクリにして、|邪神《じやしん》の|正体《しやうたい》を|現《あら》はすための|窮策《きうさく》に|出《で》たるものなりける。かくのごとき|権謀術数《けんぼうじゆつすう》を|弄《ろう》するは、|神人《しんじん》としてもつとも|慎《つつし》まざるべからざることなり。
また|高月彦《たかつきひこ》の|急病《きふびやう》を|発《はつ》したるは、|真正《しんせい》の|病気《びやうき》ではなく、|命《みこと》の|安心《あんしん》とややその|神徳《しんとく》にほこる|心《こころ》の|隙《すき》に|乗《じやう》じて、|西天《せいてん》に|姿《すがた》を|隠《かく》したる|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》の|邪霊《じやれい》が、|間髪《かんぱつ》を|容《い》るるの|暇《ひま》なきまで|速《はや》く、その|肉体《にくたい》に|憑依《ひようい》したる|結果《けつくわ》なりける。
(大正一〇・一二・二七 旧一一・二九 外山豊二録)
第四〇章 |照魔鏡《せうまきやう》〔一九〇〕
|高月彦《たかつきひこ》が|父母《ふぼ》|二神司《にしん》をはじめ、|八百万《やほよろづ》の|神人《かみがみ》の|眼力《がんりき》をもつて|看破《かんぱ》し|得《え》ざりし|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》の|化身《けしん》を、|諸神人《しよしん》|満座《まんざ》の|中《なか》に|善言美詞《ぜんげんびし》の|神言《かみごと》を|奏《そう》し、その|正体《しやうたい》を|暴露《ばくろ》せしめた|天眼通力《てんがんつうりき》は、あたかも|真澄《ますみ》の|鏡《かがみ》の|六合《りくがふ》を|照徹《せうてつ》するがごとしと、|讃嘆《さんたん》せしめたりける。いかに|善言美詞《ぜんげんびし》の|神言《かみごと》なりといへども、これを|奏上《そうじやう》する|神人《かみがみ》にして、|心中《しんちゆう》|一片《いつぺん》の|暗雲《あんうん》あり、|執着《しふちやく》ある|時《とき》はたちまちその|言霊《ことたま》は|曇《くも》り、かつ、かへつて|天地《てんち》の|邪気《じやき》を|発生《はつせい》するものなることは、|第一篇《だいいつぺん》に|述《の》べたるところなり。
ここに|高月彦《たかつきひこ》は|神人《かみがみ》らの|絶対《ぜつたい》の|信望《しんばう》を|負《お》ひて|父《ちち》の|後《あと》を|襲《おそ》ひ|天使長《てんしちやう》となり、|天使長《てんしちやう》|親任《しんにん》の|祝宴《しゆくえん》は|聖地《せいち》|城内《じやうない》の|大広前《おほひろまへ》において|行《おこな》はれ、まづ|荘厳《さうごん》なる|祭壇《さいだん》は|新《あらた》に|設《まう》けられ、|山野河海《さんやかかい》の|種々《くさぐさ》の|美味物《うましもの》を|八足《やたり》の|机代《つくゑしろ》に|横山《よこやま》のごとく|置《お》き|足《た》らはし、|御酒《みき》は|甕戸高知《みかのへたかし》り、|甕腹充《みかのはらみ》てならべて|賑々《にぎにぎ》しく|供進《きようしん》されたりける。|神人《かみがみ》らは|一斉《いつせい》に|天地《てんち》の|神明《しんめい》にむかつて|天津祝詞《あまつのりと》を|奏上《そうじやう》し|終《をは》り、ただちに|直会《なほらひ》の|宴《えん》に|移《うつ》りたり。
このとき|竜宮城《りうぐうじやう》の|主宰者《しゆさいしや》として|常世姫《とこよひめ》は、|春日姫《かすがひめ》、|八島姫《やしまひめ》を|従《したが》へ|礼装《れいさう》を|凝《こ》らして|臨席《りんせき》し、この|目出度《めでた》き|盛宴《せいえん》を|祝《しゆく》しける。
|常世姫《とこよひめ》は|夫《つま》と|別《わか》れ、|涙《なみだ》のいまだ|乾《かわ》かざるに、|吾《わ》が|長子《ちやうし》は|天使長《てんしちやう》の|顕職《けんしよく》につきたるを|喜《よろこ》び、|神明《しんめい》に|謝《しや》し|感涙《かんるい》に|咽《むせ》びつつ、|悲喜《ひき》こもごもいたり|夏《なつ》|冬《ふゆ》の|一度《いちど》に|来《きた》りしがごとき|面色《おももち》なりけり。ここに|長女《ちやうぢよ》|初花姫《はつはなひめ》、|五月姫《さつきひめ》も|常世姫《とこよひめ》の|左右《さいう》に|座《ざ》を|占《し》めにける。|常世姫《とこよひめ》は|夫《つま》の|昇天《しようてん》されしのちは、みづから|竜宮城《りうぐうじやう》の|主宰《しゆさい》たることを|辞《じ》し、|夫《つま》の|冥福《めいふく》を|祈《いの》らむと|決心《けつしん》し、その|後任《こうにん》を|初花姫《はつはなひめ》に|譲《ゆづ》らむとし、さいはひ|諸神司《しよしん》|集合《しふがふ》の|式場《しきぢやう》にその|意見《いけん》をもちだし、|諸神人《しよしん》の|賛否《さんぴ》を|求《もと》めたるに、|諸神人《しよしん》はその|心情《しんじやう》を|察《さつ》し、|一柱《ひとはしら》も|拒止《きよし》するものなく|異口同音《いくどうおん》に|初花姫《はつはなひめ》をして、|竜宮城《りうぐうじやう》の|主宰者《しゆさいしや》たらしむることを|協賛《けふさん》|決定《けつてい》したりけり。|善《ぜん》は|急《いそ》げの|諺《ことわざ》のごとく、ここに|常世姫《とこよひめ》の|後任者《こうにんしや》として|初花姫《はつはなひめ》|就任《しうにん》の|披露《ひろう》をなし、ふたたび|厳粛《げんしゆく》なる|祭典《さいてん》を|執行《しつかう》されたれば、|聖地《せいち》は|凶事《きようじ》と|吉事《きつじ》の|弔祝《てうしゆく》の|集合《しふがふ》にて|非常《ひじやう》なる|雑踏《ざつたふ》を|極《きは》めけり。|祭典《さいてん》は|無事《ぶじ》にすみ、|初花姫《はつはなひめ》は|就任《しうにん》の|挨拶《あいさつ》をなさむとし|中央《ちうあう》の|小高《こだか》き|壇上《だんじやう》に|現《あら》はれたるに、|同《おな》じく|五月姫《さつきひめ》も|登壇《とうだん》したり。しかしてその|容貌《ようばう》といひ、|背格好《せかつかう》といひ、|分厘《ふんりん》の|差《さ》もなく|瓜《うり》を|二《ふた》つに|割《わ》りたる|如《ごと》くなりき。|初花姫《はつはなひめ》が|一言《いちげん》|諸神人《しよしん》に|向《むか》つて|挨拶《あいさつ》すれば、|五月姫《さつきひめ》も|同時《どうじ》に|口《くち》を|開《ひら》いて|同《おな》じことをいふ。|初花姫《はつはなひめ》が|右手《みぎて》を|挙《あ》ぐれば|五月姫《さつきひめ》も|右手《みぎて》を|挙《あ》げ、くさめをすれば|同時《どうじ》にくさめをなし、あたかも|影《かげ》の|形《かたち》に|従《したが》ふがごとく、あまたの|神人《かみがみ》らはこの|不思議《ふしぎ》なる|場面《ばめん》に|二度《にど》びつくりしたり。さきに|二柱《ふたはしら》の|高月彦《たかつきひこ》の|怪《くわい》に|驚《おどろ》き、|漸《やうや》くその|正邪《せいじや》を|判別《はんべつ》し、ほつと|一息《ひといき》|吐《つ》きしまもなく、またもや|姉妹《きやうだい》|二人《ふたり》の|判別《はんべつ》に|苦《くる》しまさるる|不思議《ふしぎ》の|現象《げんしやう》を|見《み》せつけられ、いづれも|目《め》と|目《め》を|見合《みあは》せ、またもや|常世城《とこよじやう》における|野天泥田《のてんどろた》|会議《くわいぎ》の|二《に》の|舞《まひ》にあらずやと|眉《まゆ》に|唾《つばき》し、|頬《ほほ》を|抓《つ》めりなどして|煩悶《はんもん》しゐたりける。|二《に》|女性《ぢよせい》は|互《たがひ》に|姉妹《しまい》を|争《あらそ》ひぬ。されど|現在《げんざい》|生《う》み|落《おと》したる|母《はは》の|常世姫《とこよひめ》さへ、|盛装《せいさう》を|凝《こ》らしたる|姉妹《しまい》を|判別《はんべつ》することを|得《え》ざりける。
ここに|高月彦《たかつきひこ》はふたたび「|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》」の|神言《かみごと》を|奏上《そうじやう》したれど|何《なん》の|効果《かうくわ》もなく、|依然《いぜん》として|二女《にぢよ》は|互《たが》ひに|姉《あね》の|位置《ゐち》を|争《あらそ》ふのみ。ここに|宮比彦《みやびひこ》は|座《ざ》をたち|諸神人《しよしん》にむかつて、
『|我《われ》はこれより|国祖大神《こくそおほかみ》の|宮殿《きうでん》に|参向《さんかう》し、|大神《おほかみ》の|審判《しんぱん》を|乞《こ》ひ|奉《たてまつ》らむと|思《おも》ふ。|諸神人《しよしん》の|御意見《ごいけん》|如何《いかん》』
と|満座《まんざ》に|問《と》ひけるに、|諸神司《しよしん》は|一斉《いつせい》に|賛成《さんせい》し、|宮比彦《みやびひこ》をして|大神《おほかみ》の|神慮《しんりよ》をうかがひ|正邪《せいじや》の|審判《しんぱん》を|乞《こ》ひ|奉《まつ》らしめけり。
|大宮殿《だいきうでん》には|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|高照姫命《たかてるひめのみこと》|一派《いつぱ》の|神人《かみがみ》がまめまめしく|国祖大神《こくそおほかみ》に|奉侍《ほうじ》し、|神務《しんむ》に|奉仕《ほうし》し|居《ゐ》たり。|宮比彦《みやびひこ》はただちに|奥殿《おくでん》に|入《い》り、|神務長《しんむちやう》|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》にむかひ、|国祖大神《こくそおほかみ》に|伝奏《でんそう》されむことを|願《ねが》ふにぞ、|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》は|大《おほ》いに|笑《わら》ひ、
『|汝《なんぢ》は|常《つね》に|神明《しんめい》に|奉仕《ほうし》する|聖職《せいしよく》にありながら、かくのごとき|妖怪変化《えうくわいへんげ》をも|看破《かんぱ》し|能《あた》はざるや。|我《われ》はかかる|小《ちい》さきことを|国祖《こくそ》に|進言《しんげん》するは|畏《おそ》れおほければ|謝絶《しやぜつ》す』
と|断乎《だんこ》として|撥《は》ねつけたれば、|宮比彦《みやびひこ》は|大《おほ》いに|恥《は》ぢ、|神務長《しんむちやう》の|言《げん》に|顧《かへり》み|直《ただ》ちに|天《あま》の|真名井《まなゐ》に|走《はし》りゆき、|真裸体《まつぱだか》となりて|御禊《みそぎ》を|修《しう》し、|祈祷《きたう》を|凝《こ》らしけるに、|果然《くわぜん》|宮比彦《みやびひこ》は|国祖大神《こくそおほかみ》の|奇魂《くしみたま》の|懸《かか》らせたまふこととなりぬ。ここに|宮比彦《みやびひこ》は|急《いそ》ぎ|大広間《おほひろま》に|現《あら》はれ、|壇上《だんじやう》に|立《た》ち|両手《りやうて》を|組《く》み|姉妹《しまい》の|女性《ぢよせい》にむかつて|鎮魂《ちんこん》の|神業《かむわざ》を|修《しう》したるに、|命《みこと》の|組《く》みたる|左右《さいう》の|人指指《ひとさしゆび》より|光明《くわうみやう》|赫灼《かくしやく》たる|霊気《れいき》|発射《はつしや》して|二女《にぢよ》の|面《おもて》を|照《て》らしければ、たちまち|五月姫《さつきひめ》はその|霊威《れいゐ》|光明《くわうみやう》に|照《て》らされて、|金毛九尾《きんまうきうび》|白面《はくめん》の|悪狐《あくこ》の|正体《しやうたい》を|現《あら》はし、|城内《じやうない》を|黒雲《こくうん》にて|包《つつ》み、|雲《くも》に|隠《かく》れて|何処《いづこ》ともなく|逃《に》げ|去《さ》りにける。|宮比彦《みやびひこ》は|中空《ちうくう》に|向《むか》つて|鎮魂《ちんこん》をはじめ、
『|一《ひと》|二《ふた》|三《み》|四《よ》|五《いつ》|六《むゆ》|七《なな》|八《や》|九《ここの》|十《たり》|百《もも》|千《ち》|万《よろづ》』
の|天《あま》の|数歌《かずうた》を|再《ふたた》び|繰返《くりかへ》し|奏上《そうじやう》し|終《をは》るとともに、|大広間《おほひろま》の|黒雲《くろくも》は|後形《あとかた》もなく|消《き》え|去《う》せ、|神人《かみがみ》らの|面色《めんしよく》はいづれも|驚異《きやうい》と|感激《かんげき》の|色《いろ》ただよひにける。
|常世姫《とこよひめ》は|現在《げんざい》|我《わ》が|生《う》みの|子《こ》|五月姫《さつきひめ》の|悪狐《あくこ》の|我《わ》が|胎内《たいない》を|借《か》りて|生《うま》れ|出《で》たりしものなるかと、|驚《おどろ》きあきれ|茫然《ばうぜん》として|怪《あや》しみの|雲《くも》につつまれけり。これより|常世姫《とこよひめ》は|病《やまひ》を|得《え》、つひに|夫《つま》の|後《あと》を|追《お》ひて|昇天《しようてん》したりしより、いよいよ|竜宮城《りうぐうじやう》は|初花姫《はつはなひめ》|代《かは》りて|主宰者《しゆさいしや》となりぬ。|金毛九尾白面《きんまうきゆうびはくめん》の|悪狐《あくこ》の|邪霊《じやれい》|現《あら》はるるとともに、|初花姫《はつはなひめ》は|精神《せいしん》|容貌《ようばう》|俄《にはか》に|一変《いつぺん》し、さしも|温和《をんわ》なりしその|面色《めんしよく》は|次第《しだい》に|険峻《けんしゆん》の|色《いろ》を|現《あら》はしけるに、|満座《まんざ》の|神人《かみがみ》らは|初花姫《はつはなひめ》の|面貌《めんばう》の|俄《にはか》に|険峻《けんしゆん》となりしは、|今《いま》までの|気楽《きらく》なる|生活《せいくわつ》に|引《ひ》き|替《か》へ、|竜宮城《りうぐうじやう》の|主宰者《しゆさいしや》たるの|重職《ぢうしよく》を|負《お》ひしより、|心魂《しんこん》|緊張《きんちやう》をきたしたる|結果《けつくわ》ならむと|誤信《ごしん》し|居《ゐ》たりける。ああ|初花姫《はつはなひめ》の|身魂《みたま》は、|何者《なにもの》ならむか。
(大正一〇・一二・二八 旧一一・三〇 加藤明子録)
第四一章 |悪盛勝天《あくさかんにしててんにかつ》〔一九一〕
ここに|高月彦《たかつきひこ》は|天使長《てんしちやう》に|任《にん》ぜられ、|神界《しんかい》の|神司《かみがみ》の|総統者《そうとうしや》となり、|父《ちち》の|名《な》を|襲《おそ》うて|常世彦《とこよひこ》と|改名《かいめい》したり。|改名《かいめい》したるその|理由《りいう》とするところは、さきに|二人《ふたり》の|高月彦《たかつきひこ》あらはれ、|不祥事《ふしやうじ》の|続出《ぞくしゆつ》せるを|忌《い》みたるが|故《ゆゑ》なり。
また|初花姫《はつはなひめ》は|同《おな》じく|母《はは》の|名《な》を|襲《おそ》ひ|常世姫《とこよひめ》と|改名《かいめい》したりける。これまた|初花姫《はつはなひめ》に|酷似《こくじ》せる|邪神《じやしん》によりて、|聖地《せいち》および|竜宮城《りうぐうじやう》の|攪乱《かくらん》せられしを|忌《い》みての|故《ゆゑ》なりける。
|改名《かいめい》したる|常世彦《とこよひこ》は、|初《はじ》めの|中《うち》は|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》をよく|厳守《げんしゆ》し、|仁愛《じんあい》をもつて|天下《てんか》に|臨《のぞ》み|至治太平《しちたいへい》の|安泰国《あんたいこく》を|現出《げんしゆつ》したるに、|八頭八尾《やつがしらやつを》の|大蛇《をろち》の|悪霊《あくれい》|憑依《ひようい》してより|神格《しんかく》|俄《にはか》に|一変《いつぺん》し、ここに|体主霊従《たいしゆれいじゆう》の|行為《かうゐ》をつづけ、|大神《おほかみ》の|神慮《しんりよ》を|煩《わづら》はし、かつ|聖地《せいち》の|空気《くうき》を|一変《いつぺん》せしめける。|次《つぎ》にまた|改名《かいめい》したる|常世姫《とこよひめ》は|兄《あに》と|同《おな》じく、|最初《さいしよ》のうちは|霊主体従《れいしゆたいじゆう》の|大道《だいだう》を|遵守《じゆんしゆ》し、|至仁《しじん》|至愛《しあい》にして|城内《じやうない》はあたかも|春《はる》の|日《ひ》のごとく|安泰《あんたい》によく|治《をさ》まりゐたりしに、|彼女《かのぢよ》に|憑依《ひようい》したる|金毛九尾《きんまうきうび》|白面《はくめん》の|悪狐《あくこ》は、|時《とき》を|経《ふ》るにしたがひ、|常世姫《とこよひめ》の|身体《しんたい》を|駆使《くし》して、|言行《げんかう》|日々《ひび》に|悪化《あくくわ》し、ために|聖地《せいち》ヱルサレムの|神政《しんせい》を|攪乱《かくらん》するの|端《たん》を|開《ひら》きたりける。
|天使長《てんしちやう》|常世彦《とこよひこ》にして、その|行動《かうどう》かくのごとしとせば、その|部下《ぶか》に|仕《つか》ふる|八王八頭《やつわうやつがしら》もまた|河川《かせん》の|上流《じやうりう》|濁《にご》りて|下流《かりう》|濁《にご》るがごとく、|八王八頭《やつわうやつがしら》には|八岐《やまた》の|大蛇《をろち》なる|八頭八尾《やつがしらやつを》の|邪神《じやしん》の|悪霊《あくれい》、その|霊魂《みたま》を|千々《ちぢ》に|分《わか》ちてこれに|憑依《ひようい》し、その|妻《つま》には|金毛九尾《きんまうきうび》|白面《はくめん》の|悪狐《あくこ》の|邪霊《じやれい》、その|霊魂《みたま》を|分《わか》ちてこれに|憑依《ひようい》し、つひに|天下《てんか》の|神人《しんじん》をして|大蛇《をろち》|悪狐《あくこ》の|容器《ようき》たらしめたりき。|同《おな》じ|悪霊《あくれい》の|分派《ぶんぱ》を|受《う》けたる、|八王八頭《やつわうやつがしら》その|他《た》は、その|本霊《ほんれい》の|憑依《ひようい》せる|常世彦《とこよひこ》の|頤使《いし》に|従《したが》ふは|自然《しぜん》の|道理《だうり》なり。また|悪狐《あくこ》の|邪霊《じやれい》の|分派《ぶんぱ》たる|悪霊《あくれい》の|容器《ようき》となりし|八王八頭《やつわうやつがしら》の|妻《つま》らの|挙《こぞ》つて、その|本霊《ほんれい》の|憑依《ひようい》せる|常世姫《とこよひめ》の|頤使《いし》に|甘《あま》ンずるは、これまた|自然《しぜん》の|理《り》なり。ここに|常世彦《とこよひこ》は|八王八頭《やつわうやつがしら》の|協力《けふりよく》|一致《いつち》の|推薦《すいせん》によりて|天使長《てんしちやう》の|職名《しよくめい》を|廃《はい》し、|八王大神《やつわうだいじん》と|改称《かいしよう》することとなり、その|認許《にんきよ》を|国祖大神《こくそおほかみ》に|奏言《そうごん》したるに、|大神《おほかみ》は|八王大神《やつわうだいじん》の|職名《しよくめい》を|附《ふ》することを|甚《いた》く|嫌《きら》はせたまひける。そのゆゑは|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》さへもその|表面《へうめん》は|神名《しんめい》を|用《もち》ゐたまはず、たんに|国治立命《くにはるたちのみこと》と|称《しよう》し|給《たま》へるに、その|部下《ぶか》に|仕《つか》ふる|天使長《てんしちやう》として|僣越《せんえつ》にも|八王大神《やつわうだいじん》の|名《な》を|附《ふ》するは、|天《てん》の|大神《おほかみ》に|対《たい》して|畏《おそれ》|多《おほ》く、かつ|下《しも》、|上《かみ》を|犯《をか》すの|端《たん》を|開《ひら》くものと|見《み》なされたるが|故《ゆゑ》なりき。
されど|常世彦《とこよひこ》は、|八百万《やほよろづ》の|神人《かみがみ》の|協力《けふりよく》|一致《いつち》の|推薦《すいせん》を|堅《かた》く|主張《しゆちやう》し、|多数《たすう》の|同意《どうい》をもつて|強《し》ひて|八王大神《やつわうだいじん》の|名《な》を|降下《かうか》されむことを|強要《きやうえう》して|已《や》まざりにける。
ここに|国祖《こくそ》は、|大宮殿《だいきうでん》の|奥深《おくふか》く|諸神司《しよしん》を|集《あつ》めて、|八王大神《やつわうだいじん》の|職号《しよくがう》につき|各自《かくじ》の|意見《いけん》を|聴取《ちやうしゆ》されたるが、ここに|神務長《しんむちやう》|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》は、ただちに|立《た》ちて|言《い》ひけらく、
『|天《てん》に|二日《にじつ》なく|地《ち》に|二王《にわう》なきは、|宇宙《うちう》の|大真理《だいしんり》なり。いはンや|国祖《こくそ》さへも、|常《つね》に|謙譲《けんじやう》の|徳《とく》を|堅持《けんぢ》したまひ、|天《てん》にせぐくまり|地《ち》にぬきあしして、|深《ふか》く|上《かみ》は|天津神《あまつかみ》を|敬《うやま》ひ、|下神人《しもしんじん》を|敬愛《けいあい》したまふ。しかるに|何《なん》ぞや、|大神《おほかみ》に|至誠《しせい》|身《み》をつくして|奉仕《ほうし》すべき|天使長《てんしちやう》たる|者《もの》、|我《わ》が|天職《てんしよく》を|忘《わす》れ、|驕慢心《けうまんしん》を|起《おこ》し、|天下《てんか》の|諸神人《しよしん》を|籠絡《ろうらく》してこれに|甘《あま》んじ、その|職名《しよくめい》の|強要《きやうえう》を|申請《しんせい》するその|心事《しんじ》の|悪逆無道《あくぎやくぶだう》なる|察《さつ》するにあまりあり。|希《こひねが》はくは|国祖《こくそ》におかせられても|天地《てんち》の|秩序《ちつじよ》を|整《ととの》ふるため、|断《だん》じて|御許容《ごきよよう》なきことを|願《ねが》ひ|奉《たてまつ》る』
と|奏上《そうじやう》されたり。|他《た》の|神司《かみがみ》は|何《なん》の|辞《ことば》もなく、|黙然《もくねん》として|国祖《こくそ》の|御言葉《おことば》いかにと|固唾《かたづ》を|呑《の》ンで|控《ひか》へゐたり。
ここに|高照姫命《たかてるひめのみこと》は|国祖《こくそ》の|大神《おほかみ》にむかひ、
『かれ|常世彦《とこよひこ》はさきの|高月彦《たかつきひこ》|時代《じだい》の|精忠《せいちう》|無比《むひ》の|真心《まごころ》なく、いまは|邪神《じやしん》のためにその|精魂《せいこん》を|魅《み》せられ、|悪逆無道《あくぎやくぶだう》の|心性《しんせい》と|悪化《あくくわ》しつくせり。また|常世姫《とこよひめ》も|初花姫《はつはなひめ》|時代《じだい》の|崇敬《すうけい》の|心《こころ》は|全《まつた》く|消《き》え|失《う》せ、いまは|常世《とこよ》の|悪狐《あくこ》の|霊《れい》に|憑依《ひようい》され、|奸佞邪智《かんねいじやち》の|女性《ぢよせい》と|化《くわ》し|去《さ》れり。この|際《さい》、|大神《おほかみ》にして|万一《まんいち》|彼《かれ》らが|願《ねが》ひを|聴許《ちやうきよ》したまはば、|悪狐《あくこ》はますます|増長《ぞうちよう》し、|一歩《いつぽ》を|譲《ゆづ》れば|一歩《いつぽ》を|進《すす》みきたり、|二歩《にほ》を|譲《ゆづ》れば|二歩《にほ》を|進《すす》みきたりて、その|要求《えうきう》|際限《さいげん》|無《な》かるべし。このさい|断然《だんぜん》として|彼《かれ》ら|悪人《あくにん》の|奸策《かんさく》におちいり|給《たま》ふことなかれ』
と|理非《りひ》をつくして|言上《ごんじやう》したりしが、|国祖大神《こくそおほかみ》は|首肯《うなづ》かせたまひ、ただちに|二神司《にしん》の|言《げん》を|容《い》れて、|常世彦《とこよひこ》にたいし、|八王大神《やつわうだいじん》の|職名《しよくめい》を|附《ふ》することを|許《ゆる》されざりけり。
それより|常世彦《とこよひこ》の、|国祖大神《こくそおほかみ》をはじめ|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|高照姫命《たかてるひめのみこと》|以下《いか》にたいする|反抗《はんかう》の|念《ねん》は、ますます|昂《たか》まりにける。
(大正一〇・一二・二八 旧一一・三〇 桜井重雄録)
第四二章 |無道《ぶだう》の|極《きはみ》〔一九二〕
|常世彦《とこよひこ》は|衆《しう》を|恃《たの》みて、その|横暴《わうばう》いたらざるなく、|八王八頭《やつわうやつがしら》その|他《た》の|神司《かみがみ》らをほとんど|臣下《しんか》のごとく|頤使《いし》するにいたりぬ。さるほどに|奸佞邪智《かんねいじやち》に|長《た》けたる|邪神《じやしん》の|内面《ないめん》にありて|操縦《さうじう》する|常世彦《とこよひこ》は、|巧言令色《かうげんれいしよく》よく|天下《てんか》の|諸神人《しよしん》を|悦服《えつぷく》せしめたりける。
|八王八頭《やつわうやつがしら》をはじめその|他《た》の|神司《かみがみ》らは、|常世彦《とこよひこ》のあるを|知《し》つて、|国祖大神《こくそおほかみ》をほとんど|有名無実《いうめいむじつ》|無用《むよう》の|長物《ちようぶつ》と|感《かん》ずるにいたりけり。|常世彦《とこよひこ》は|執拗《しつえう》にも|国祖大神《こくそおほかみ》に|対《たい》し、|八王大神《やつわうだいじん》の|称号《しやうがう》を|得《え》むと|迫《せま》ることますます|急《きふ》にして、|万々一《まんまんいち》|国祖《こくそ》にして|聴許《ちやうきよ》なき|時《とき》は、みづから|進《すす》ンで|国祖大神《こくそおほかみ》を|斥《しりぞ》け|自《みづか》ら|地上《ちじやう》の|一大《いちだい》|主権《しゆけん》を|掌握《しやうあく》せむとの|強硬《きやうかう》なる|態度《たいど》を|持《ぢ》し|居《ゐ》たるなり。
|而《しか》して|神務長《しんむちやう》|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》|以下《いか》、|国祖《こくそ》|直属《ちよくぞく》の|神人《かみ》をはじめ、|高照姫命《たかてるひめのみこと》|以下《いか》の|女性《ぢよせい》が、|八王大神《やつわうだいじん》|称号《しやうがう》の|聴許《ちやうきよ》につきて|国祖《こくそ》に|対《たい》し、|異議《いぎ》を|言上《ごんじやう》したることを|深《ふか》く|恨《うら》み、これを|常《つね》に|眼《め》の|上《うへ》の|瘤《こぶ》とし|居《ゐ》たりしが、|国祖《こくそ》は|常世彦《とこよひこ》の|勢《いきほひ》、|到底《たうてい》|制《せい》すべからずとし、|涙《なみだ》を|嚥《の》ンで|彼《かれ》らの|言《げん》を|採用《さいよう》し、ここに|八王大神《やつわうだいじん》の|称号《しやうがう》を|与《あた》へ|給《たま》ひける。
この|事《こと》を|聞《き》きつけたる|世界《せかい》|各山《かくざん》|各地《かくち》の|有力《いうりよく》なる|神司《かみがみ》は、|先《さき》を|争《あらそ》ふて|聖地《せいち》ヱルサレムに|参集《さんしふ》し、その|栄職《えいしよく》に|就《つ》けることを|祝《しゆく》し、|聖地《せいち》の|大広間《おほひろま》において|衆神司《しうしん》|歓呼《くわんこ》のあまり、|底抜《そこぬ》け|騒《さわ》ぎの|大祝宴《だいしゆくえん》が|催《もよほ》され、|大広間《おほひろま》の|中央《ちうあう》には|高壇《かうだん》を|設《まう》けて、|常世彦《とこよひこ》まづ|登壇《とうだん》して|新任《しんにん》の|挨拶《あいさつ》をなし、かつ、
『|今《いま》より|天使長《てんしちやう》の|名称《めいしよう》を|廃《はい》し、|八王大神《やつわうだいじん》と|呼《よ》ばれたし』
と|宣示《せんじ》したり。|集《あつ》まる|諸神人《しよしん》は|鬨《とき》の|声《こゑ》を|挙《あ》げて、その|宣示《せんじ》を|歓《よろこ》び|迎《むか》へ、|拍手《はくしゆ》|喝采《かつさい》の|声《こゑ》は|聖地《せいち》ヱルサレムも|崩《くづ》るるばかりなりき。これより|八王大神《やつわうだいじん》の|世界《せかい》における|声望《せいばう》は、|旭日昇天《きよくじつしようてん》の|勢《いきほひ》を|示《しめ》し、|大神《だいじん》の|一言《いちげん》はいはゆる|鶴《つる》の|一声《ひとこゑ》となりて、|遺憾《ゐかん》なく|実行《じつかう》さるることとなりける。|八王大神《やつわうだいじん》は|最早《もはや》|斯《か》うなりては、|国祖《こくそ》は|第一《だいいち》に|眼《め》の|上《うへ》の|瘤《こぶ》となり、すべてに|対《たい》して|厳粛《げんしゆく》|不動《ふどう》なる|御態度《おんたいど》は、|和光同塵的《わくわうどうじんてき》|神策《しんさく》を|行《おこな》ふにあたり、|非常《ひじやう》に|邪魔物《じやまもの》となりたれど、|頭《かしら》|無《な》き|身体《しんたい》は|生命《いのち》を|保《たも》つこと|能《あた》はざるがごとく、いづれかの|有力《いうりよく》の|神人《かみ》にして、かつ|吾意《わがい》に|随《したが》ふ|神人《かみ》を|戴《いただ》かねばならぬことを|悟《さと》りたるなり。ここに|八王大神《やつわうだいじん》は、|父《ちち》の|時代《じだい》より|常世城内《とこよじやうない》|深《ふか》く|奉戴《ほうたい》し|居《ゐ》たりし|盤古大神《ばんこだいじん》|塩長彦《しほながひこ》に|望《のぞ》みを|嘱《しよく》し、|天《てん》の|大神《おほかみ》の|承認《しようにん》を|得《え》て|国祖《こくそ》の|地位《ちゐ》に|代《かは》らしめむとし、あらゆる|手段《しゆだん》をめぐらし、|第一着手《だいいちちやくしゆ》として|八王八頭《やつわうやつがしら》を|説《と》きつけしめたり。
しかるに|万寿山《まんじゆざん》の|八王《やつわう》|磐樟彦《いはくすひこ》|一派《いつぱ》は|頑《ぐわん》としてその|誑惑《けうわく》に|応《おう》ぜざりける。ここに|八王大神《やつわうだいじん》の|悪心《あくしん》|日《ひ》に|日《ひ》に|増長《ぞうちよう》し、|遂《つひ》には|八王八頭《やつわうやつがしら》をはじめ|八百万《やほよろづ》の|神人《しんじん》を|地《ち》の|高天原《たかあまはら》なる|聖地《せいち》ヱルサレム|城《じやう》の|大広間《おほひろま》に|集《あつ》めて、|露骨《ろこつ》に|国祖大神《こくそおほかみ》の|御退隠《ごたいいん》を|勧告《くわんこく》し、|国祖《こくそ》にしてこれを|容《い》れたまはざる|時《とき》は、|諸神人《しよしん》を|率《ひき》ゐて|天《あめ》の|若宮《わかみや》に|参向《さんかう》し、|日《ひ》の|大神《おほかみ》に|直願《ちよくぐわん》せむことを|提議《ていぎ》したりける。
つぎに|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|言霊別命《ことたまわけのみこと》、|神国別命《かみくにわけのみこと》、|桃上彦命《ももがみひこのみこと》、|大足彦《おおだるひこ》その|他《た》の|正《ただ》しき|神人《しんじん》を|根《ね》の|国《くに》に|追放《つゐはう》し、かつ|女性側《めがみがは》としては|高照姫命《たかてるひめのみこと》、|真澄姫《ますみひめ》、|言霊姫《ことたまひめ》、|竜世姫《たつよひめ》|以下《いか》の|神司《かみがみ》を|根《ね》の|国《くに》に|追放《つゐはう》せむことを|国祖大神《こくそおほかみ》に|迫《せま》り、これまた|聞《き》き|入《い》れざれば、|天上《てんじやう》に|坐《ま》す|日《ひ》の|大神《おほかみ》に|奏願《そうぐわん》せむことを|提議《ていぎ》したり。
|同《おな》じ|邪霊《じやれい》に|心魂《しんこん》を|全部《ぜんぶ》|誑惑《けうわく》されたる|神人《かみがみ》は、|一《いち》も|二《に》もなく|満場《まんぢやう》|一致《いつち》をもつて、これに|賛成《さんせい》したれば、|八王大神《やつわうだいじん》は|満面《まんめん》に|笑《ゑみ》をたたへながら、|傲然《ごうぜん》として|大手《おほて》を|振《ふ》り、|大宮殿《だいきうでん》に|参入《さんにふ》し|国祖大神《こくそおほかみ》に|謁《えつ》して、まづ|第一《だいいち》に、
『|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》|以下《いか》の|男神司《をがみ》および|高照姫命《たかてるひめのみこと》|以下《いか》の|女神司《めがみ》を|根《ね》の|国《くに》に|追放《つゐはう》されむことを』
と|奏請《そうせい》したりけるより、|国祖大神《こくそおほかみ》は、|大《おほ》いに|怒《いか》らせたまふもののごとく、|黙《もく》して|答《こた》へたまはざりけり。|八王大神《やつわうだいじん》はなほも|進《すす》ンで|言《い》ふやう、
『われ|今《いま》|世界《せかい》の|諸神人《しよしん》を|代表《だいへう》して、|世界《せかい》|永遠《ゑいゑん》の|平和《へいわ》のために|善言《ぜんげん》を|奏上《そうじやう》す。しかるに|大神《おほかみ》は|吾《われ》|言《げん》を|請容《うけい》れたまはず、|不平《ふへい》の|色《いろ》を|面《おもて》に|表《あら》はしたまふは、|天下《てんか》|諸神人《しよしん》の|至誠《しせい》を|無視《むし》し、かつ|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|自《みづか》ら|破《やぶ》りて|憤怒《ふんど》の|顔色《がんしよく》を|表《あら》はしたまふに|非《あら》ずや。|大神《おほかみ》のみづから|制定《せいてい》されし|律法《りつぱふ》に|言《い》はずや、「|怒《いか》る|勿《なか》れ」と。しかるに、|大神《おほかみ》は|自《みづか》ら|律法《りつぱふ》を|制《つく》り、また|自《みづか》らこれを|破《やぶ》りたまふ。|律法《りつぱふ》の|守《まも》りがたきは、|固《もと》より|大神《おほかみ》|制定《せいてい》の|律法《りつぱふ》に|無理《むり》を|存《そん》すればなり。|国祖大神《こくそおほかみ》にして|自《みづか》ら|守《まも》ること|能《あた》はざるごとき|不徹底《ふてつてい》なる|律法《りつぱふ》は、|天下《てんか》を|毒《どく》し|神人《しんじん》を|誤《あやま》らしむること|多《おほ》し。|貴神《きしん》はこの|罪《つみ》によつて、すみやかに|根《ね》の|国《くに》、|底《そこ》の|国《くに》に|隠退《いんたい》さるる|資格《しかく》|十分《じふぶん》に|備《そな》はれり。われは|今《いま》|天地《てんち》の|真理《しんり》によつて|貴神《きしん》に|言明《げんめい》す』
|天《てん》が|地《ち》となり、|地《ち》が|天《てん》となり、|桑田《さうでん》|化《くわ》して|海《うみ》となり、|海《うみ》は|変《へん》じて|山《やま》となる、|乱暴《らんばう》|極《きは》まる|言辞《げんじ》を|弄《ろう》し、|国祖大神《こくそおほかみ》をはじめ|数多《あまた》の|侍神司《じしん》をしてその|言《げん》の|高慢《かうまん》|不遜《ふそん》と|悪逆無道《あくぎやくぶだう》に|舌《した》をまかしめたり。
|国祖《こくそ》は|一言《ひとこと》も|答《こた》へたまはず、|玉《たま》の|襖《ふすま》を|閉《と》ぢて|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|御姿《みすがた》を|隠《かく》したまひける。アヽこの|結果《けつくわ》は、いかに|落着《らくちやく》するならむか。
(大正一〇・一二・二八 旧一一・三〇 外山豊二録)
第八篇 |天上《てんじやう》|会議《くわいぎ》
第四三章 |勧告使《くわんこくし》〔一九三〕
|常世彦《とこよひこ》は|我《わ》が|目的《もくてき》とする、|八王大神《やつわうだいじん》の|称号《しやうがう》を|国祖大神《こくそおほかみ》に|迫《せま》つて、これを|獲得《くわくとく》し、|旭日昇天《きよくじつしようてん》の|勢《いきほひ》をもつて|天下《てんか》の|諸神人《しよしん》に|臨《のぞ》み、|盤古大神《ばんこだいじん》を|首長《しゆちやう》と|仰《あふ》ぎ、これをもつて|国祖《こくそ》の|位置《ゐち》に|就《つ》かしめむと、|内々《ないない》|準備《じゆんび》を|整《ととの》へ、|諸神人《しよしん》をふたたび|常世城《とこよじやう》に|集《あつ》めて|神界《しんかい》|改造《かいざう》の|相談会《さうだんくわい》を|開催《かいさい》したり。|大自在天《だいじざいてん》|大国彦《おほくにひこ》は、|八王大神《やつわうだいじん》を|極力《きよくりよく》|讃美《さんび》して、この|際《さい》|一日《いちにち》もはやく|国祖《こくそ》の|退隠《たいいん》を|迫《せま》り、|塩長彦《しほながひこ》をして|神政《しんせい》|神務《しんむ》の|総統者《そうとうしや》に|推戴《すゐたい》するをもつて、|世界《せかい》|救済《きうさい》の|一大《いちだい》|要点《えうてん》なりと|主張《しゆちやう》したり。
ここに|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》は|立《た》つて、|大国彦《おほくにひこ》の|主張《しゆちやう》に|対《たい》しあらゆる|讃辞《さんじ》を|呈《てい》し、かつ、
『|国祖大神《こくそおほかみ》をして、かくのごとく|頑強《ぐわんきやう》|固陋《ころう》の|神《かみ》となさしめたるは、|前天使長《ぜんてんしちやう》|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|言霊別命《ことたまわけのみこと》、|神国別命《かみくにわけのみこと》、|大足彦《おほだるひこ》および|万寿山《まんじゆざん》の|頑老《ぐわんらう》、|磐樟彦《いはくすひこ》|以下《いか》の|聖地《せいち》の|神人《かみがみ》および|女性側《めがみがは》としては、|前天使長《ぜんてんしちやう》|高照姫命《たかてるひめのみこと》、|真澄姫《ますみひめ》、|言霊姫《ことたまひめ》、|竜世姫《たつよひめ》ら|聖地《せいち》の|神司《しんし》らの|一大責任《いちだいせきにん》なれば、|国祖《こくそ》の|退隠《たいいん》に|先《さき》だち、|右《みぎ》の|諸神人《しよしん》を|聖地《せいち》より|追放《つゐはう》し、|根底《ねそこ》の|国《くに》に|神退《かむやら》ふべきものなり』
と|息《いき》をはづませ、|肩《かた》を|揺《ゆす》りながら|述《の》べ|立《た》てたり。
|一旦《いつたん》|聖地《せいち》において|全《まつた》く|悔《く》い|改《あらた》め、|本心《ほんしん》に|立帰《たちかへ》りゐたる|至善《しぜん》の|神人《かみ》も、いまは|少《すこ》しの|油断《ゆだん》のために、|邪神《じやしん》の|容器《ようき》となり、いづれも|挙《こぞ》つて|国祖《こくそ》にたいし|反抗《はんかう》の|態度《たいど》を|執《と》るにいたりたるは、|果《はた》して|時節《じせつ》の|力《ちから》か、ただしは|因縁《いんねん》か、|測度《そくど》しがたきは|神界《しんかい》の|経緯《けいゐ》なり。
|神諭《しんゆ》に|曰《いは》く、
『|時節《じせつ》には|神《かみ》も|叶《かな》はぬぞよ』
と、|全大宇宙《ぜんだいうちう》の|大主神《だいしゆしん》たる|大六合治立尊《おほくにはるたちのみこと》の|御分身《ごぶんしん》にして、|宇宙《うちう》の|大主権神《だいしゆけんしん》たる、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》も、|時節《じせつ》の|力《ちから》は|如何《いかん》ともすること|出来《でき》|得《え》ざりしなり。|至正《しせい》、|至直《しちよく》、|至厳《しげん》の|行動《かうどう》は、かへつて|多数《たすう》の|神人《しんじん》より|蛇蝎《だかつ》のごとく|忌嫌《いみきら》はれて、つひには|悪神《あくがみ》と|貶《へん》せられ、|祟《たた》り|神《がみ》と|強《し》ひられ、|悪鬼《あくき》の|巨頭《きよとう》|艮《うしとら》の|金神《こんじん》と|名称《めいしよう》を|附《ふ》して、|大地《だいち》の|北東《うしとら》に|居所《きよしよ》を|極限《きよくげん》さるるにいたりたまへるも、|神界経綸上《しんかいけいりんじやう》|止《や》むを|得《え》ざる|次第《しだい》ならむか。
このたびの|常世城《とこよじやう》の|会議《くわいぎ》は、|前回《ぜんくわい》のごとく|少《すこ》しも|騒擾《さうぜう》|紛糾《ふんきう》の|光景《くわうけい》を|現出《げんしゆつ》せず、|和光同塵《わくわうどうぢん》、|体主霊従的《たいしゆれいじゆうてき》|神政《しんせい》を|謳歌《おうか》せる|神人《しんじん》(|邪霊《じやれい》の|憑依《ひようい》せる)のみの|集会《しふくわい》なりしゆゑ、|全会《ぜんくわい》|一致《いつち》をもつて、まづ|国治立命《くにはるたちのみこと》をして、|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|高照姫命《たかてるひめのみこと》|以下《いか》の|神人《かみがみ》を|根《ね》の|国《くに》|底《そこ》の|国《くに》に|追放《つゐはう》せしめ、その|後《のち》において、|国祖《こくそ》の|自発的《じはつてき》|退隠《たいいん》を|迫《せま》ることに|一決《いつけつ》したりける。ついてはその|衝《しよう》にあたるべき|神司《かみ》の|選挙《せんきよ》をなさざるべからざれば、ふたたび|自決《じけつ》|勧告使《くわんこくし》たるべき|神人《しんじん》を|物色《ぶつしよく》したりしが、この|時《とき》|大国彦《おほくにひこ》の|重臣《ぢうしん》|大鷹別《おほたかわけ》は|進《すす》ンで、この|大切《たいせつ》なる|使命《しめい》は|吾々《われわれ》ごとき|小人《せうじん》の|能《よ》く|耐《た》ふるところにあらずとし、|智徳《ちとく》|兼備《けんび》の|八王大神《やつわうだいじん》および|大自在天《だいじざいてん》の|御尽力《ごじんりよく》を|乞《こ》ふのほかなきを|主張《しゆちやう》したれど、|八王大神《やつわうだいじん》は|何《なに》か|心《こころ》に|期《き》するところあるもののごとく、|首《くび》を|縦《たて》に|振《ふ》らざりけり。その|場《ば》に|威儀《ゐぎ》|儼然《げんぜん》としてひかへたる|大国彦《おほくにひこ》も、|無言《むごん》のまま|首《くび》を|横《よこ》に|振《ふ》りゐたりける。|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》は|立上《たちあ》がり、
『|今回《こんくわい》の|勧告使《くわんこくし》は、|畏《おそ》れながら|小神《せうしん》に|任《にん》じられたし』
と|切《き》り|出《だ》しけるに、|常世彦《とこよひこ》も、|大国彦《おほくにひこ》も|言《い》ひ|合《あ》はしたるごとく|頓首《うなづ》きて、|承諾《しようだく》の|意《い》を|表示《へうじ》したり。
|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》は|諸神人《しよしん》の|一致的《いつちてき》|賛成《さんせい》のもとに、|意気《いき》|揚々《やうやう》として|勧告使《くわんこくし》となり、|聖地《せいち》ヱルサレムの|宮殿《きうでん》に|参向《さんかう》し、|国祖《こくそ》に|対面《たいめん》せむと、|数多《あまた》の|神人《かみがみ》を|引率《いんそつ》して|聖地《せいち》に|向《む》け|帰途《きと》に|就《つ》きける。
|常世彦命《とこよひこのみこと》はまたもや|八王大神《やつわうだいじん》の|資格《しかく》をもつて|聖地《せいち》に|帰還《きくわん》せむとするに|先《さき》だち、|盤古大神《ばんこだいじん》の|輔佐《ほさ》として、|大国彦《おほくにひこ》の|従臣《じゆうしん》|大鷹別《おほたかわけ》をして|常世城《とこよじやう》の|主管者《しゆくわんしや》に|任《にん》じ、かつ|部下《ぶか》の|神人《かみがみ》をして、|各自《かくじ》に|神政《しんせい》を|分掌《ぶんしやう》せしめ、|八百万《やほよろづ》の|神司《かみがみ》を|引率《いんそつ》して、ヱルサレムを|指《さ》して|旗鼓《きこ》|堂々《だうだう》|天地《てんち》も|震撼《しんかん》せむばかりの|勢《いきほひ》にて、|上《のぼ》り|来《き》たりぬ。|先《さき》に|勧告使《くわんこくし》として|帰還《きくわん》したる|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》の|使命《しめい》は|果《はた》して|完全《くわんぜん》に|成功《せいこう》せしや|疑《うたが》はしき|限《かぎ》りなり。
(大正一〇・一二・二九 旧一二・一 出口瑞月)
(第三六章〜第四三章 昭和一〇・一・二二 於佐賀市松本忠左氏邸 王仁校正)
第四四章 |虎《とら》の|威《ゐ》〔一九四〕
|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》は|天下万生《てんかばんせい》の|代表《だいへう》と|自称《じしよう》し、かつ|八王大神《やつわうだいじん》および|大自在天《だいじざいてん》の|勢力《せいりよく》を|笠《かさ》に|着《き》ながら、|虎《とら》の|威《ゐ》を|藉《か》る|野狐《のぎつね》の|尾《を》を|掉《ふ》り|廻《まは》し、|傲然《ごうぜん》として|聖地《せいち》の|国祖《こくそ》|大宮殿《だいきうでん》に|数多《あまた》の|神人《かみがみ》を|引率《いんそつ》し、|常世城《とこよじやう》の|大会議《だいくわいぎ》における|諸神司《しよしん》の|信任《しんにん》と|希望《きばう》とを|担《にな》ひて、|勧告使《くわんこくし》に|選抜《せんばつ》されしことを|居丈高《ゐたけだか》に|吹聴《ふいちやう》し、ただちに|国祖《こくそ》の|御前《みまへ》に|進《すす》み|進言《しんげん》すらく、
『|今日《こんにち》の|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》は|前日《ぜんじつ》のごとき|微々《びび》たる|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》にあらず、|勢望《せいばう》|仁徳《じんとく》|天下《てんか》に|並《なら》びなき、|畏《かしこ》くも|八王大神《やつわうだいじん》|常世彦《とこよひこ》、|権勢《けんせい》|天下《てんか》の|神人《しんじん》を|圧《あつ》する|神力《しんりき》|無双《むさう》の、|大自在天大国彦《おほくにひこ》の|代表者《だいへうしや》にして、|八百万《やほよろづ》の|神司《かみがみ》の|代表《だいへう》たる|勧告使《くわんこくし》の|重職《ぢうしよく》を|担《にな》へる|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》なれば、|国祖大神《こくそおほかみ》におかせられても、|必《かなら》ず|粗略《そりやく》の|取扱《とりあつか》ひあるべからず』
と|傍若無人《ばうじやくぶじん》の|言辞《げんじ》を|弄《ろう》しながら、
『|先《ま》づ|第一《だいいち》に|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》|以下《いか》の|頑迷《ぐわんめい》|固陋《ころう》なる|神々《かみがみ》を、|神界《しんかい》|平和《へいわ》のため、|八王大神《やつわうだいじん》の|聖意《せいい》に|答《こた》ふるため、|国祖《こくそ》の|神権《しんけん》をもつて|御側《おそば》を|追放《つゐはう》し、|神界《しんかい》|攪乱者《かくらんしや》として|根《ね》の|国《くに》|底《そこ》の|国《くに》に|退去《たいきよ》を|命《めい》じたまへ』
と|無礼千万《ぶれいせんばん》にも|強力《きやうりよく》なる|後援者《こうゑんしや》あるを|楯《たて》にして|強硬《きやうかう》に|迫《せま》りける。|国祖《こくそ》は|美山彦《みやまひこ》にむかひ、
『|汝《なんぢ》の|言《げん》|果《はた》して|八王大神《やつわうだいじん》および、|大自在天《だいじざいてん》その|他《た》|一般《いつぱん》の|意見《いけん》なりとせば、アヽ|余《よ》また|何《なに》をか|云《い》はむ。|至正《しせい》|至直《しちよく》の|神人《かみ》も、|天下《てんか》の|平和《へいわ》のためには|涙《なみだ》を|呑《の》んで|馬謖《ばしよく》を|斬《き》らざるべからざるか』
|声涙《せいるい》|交々《こもごも》|降《くだ》らせたまひ、|感慨《かんがい》|無量《むりやう》の|御面色《おんおももち》に、|近《ちか》く|仕《つか》へたてまつれる|神人《かみがみ》らも、|美山彦《みやまひこ》らの|従臣《じゆうしん》らも、|涙《なみだ》の|袖《そで》を|絞《しぼ》らぬはなかりける。|心《こころ》|弱《よわ》くては|今回《こんくわい》の|使命《しめい》は|果《はて》しがたしとや|思《おも》ひけむ、やや|憂愁《いうしう》に|沈《しづ》まむとせる|美山彦《みやまひこ》を|励《はげ》ましながら、|国照姫《くにてるひめ》は|国祖《こくそ》の|返答《へんたふ》をしきりに|促《うなが》したり。|国祖《こくそ》も|事《こと》ここに|至《いた》りては|如何《いかん》ともなしたまふの|余地《よち》なく、その|請求《せいきう》を|容《い》れて|大八洲彦命《おほやしまひこのみこと》、|言霊別命《ことたまわけのみこと》、|神国別命《かみくにわけのみこと》、|大足彦《おほだるひこ》を|根《ね》の|国《くに》に|追放《つゐはう》したまふことを|承認《しようにん》されたりける。
ここに|右《みぎ》の|四神司《ししん》は、|国祖《こくそ》の|厳命《げんめい》によりて、|夜見《よみ》の|国《くに》なる|月界《げつかい》に|神退《かむやら》ひに|退《やら》はれ、|四魂《しこん》|合同《がふどう》して|国大立命《くにひろたちのみこと》となり、|月《つき》の|大神《おほかみ》の|精霊《せいれい》に|感《かん》じてふたたび|地上《ちじやう》に|降《くだ》り、|千辛万苦《せんしんばんく》を|嘗《な》め、|五六七《みろく》|神政《しんせい》の|基礎的《きそてき》|活動《くわつどう》を|開始《かいし》されたれど、|体主霊従《たいしゆれいじゆう》の|八王大神《やつわうだいじん》および|大自在天《だいじざいてん》|一派《いつぱ》の|神人《かみがみ》は、|一柱《ひとはしら》として|此《こ》の|間《かん》の|消息《せうそく》を|知《し》るもの|無《な》かりけり。
|次《つぎ》に|高照姫命《たかてるひめのみこと》、|真澄姫《ますみひめ》、|言霊姫《ことたまひめ》、|竜世姫《たつよひめ》は、|大地《だいち》の|底《そこ》|深《ふか》く|地月《ちげつ》の|世界《せかい》に|神退《かむやら》はれたまひ、|地月《ちげつ》の|精霊《せいれい》に|感《かん》じて|大地中《だいちちう》の|守護神《しゆごじん》と|現《あら》はれ、|四魂《しこん》|合同《がふどう》して|金勝要之神《きんかつかねのかみ》となり、|時《とき》を|得《え》て|地表《ちへう》の|世界《せかい》に|出現《しゆつげん》し、|五六七神政《みろくしんせい》の|基礎的《きそてき》|神業《しんげふ》に|尽力《じんりよく》されつつ|太古《たいこ》より|現代《げんだい》に|至《いた》るまで|神界《しんかい》にあつて、その|活動《くわつどう》を|続《つづ》けられつつありしなり。
されど|八王大神系《やつわうだいじんけい》の|神司《かみがみ》らも、|大自在天系《だいじざいてんけい》の|神司《かみがみ》らも、|一柱《ひとはしら》としてこの|神業《しんげふ》を|知了《ちれう》し|居《を》る|者《もの》は|絶対《ぜつたい》にあらざりしなり。|神諭《しんゆ》に、
『|昔《むかし》の|神代《かみよ》が|環《めぐ》り|来《き》て、|元《もと》の|昔《むかし》の|神代《かみよ》に|立替《たてかへ》るぞよ、|三千世界《さんぜんせかい》|一度《いちど》に|開《ひら》く|梅《うめ》の|花《はな》』
などの|神示《しんじ》を|十分《じふぶん》|味《あぢ》はふべきなり。
さて|美山彦《みやまひこ》、|国照姫《くにてるひめ》の|二人《ふたり》は、|右《みぎ》の|諸神人《しよしん》を|国祖《こくそ》の|御神権《ごしんけん》によつて、|追放《つゐはう》せしむべきことを、|面《めん》を|犯《をか》して|強硬《きやうかう》に|進言《しんげん》し、さいはひにその|目的《もくてき》は|達《たつ》したるが、|肝腎《かんじん》かなめの|国祖《こくそ》の|自発的《じはつてき》|御退隠《ごたいいん》の|勧告《くわんこく》に|対《たい》しては、さすがの|邪神《じやしん》も|口籠《くちごも》り|発言《はつげん》を|躊躇《ちうちよ》し|居《ゐ》たり。|大神《おほかみ》は|矢《や》つぎ|早《ばや》に、
『|汝《なんぢ》の|進言《しんげん》はこれにて|終《をは》れりや』
と|問《と》はせたまふに、|二《に》|使者《ししや》は|大神《おほかみ》の|威厳《ゐげん》に|討《う》たれて|何心《なにごころ》なく、
『もはや|申《まを》し|上《あ》ぐることこれ|無《な》く|候《さふらふ》』
と、|思《おも》はず|答申《たふしん》したりける。|国祖大神《こくそおほかみ》は|二《に》|使者《ししや》の|答《こたへ》を|合図《あひづ》に、ツト|立《た》ちて|玉《たま》の|襖《ふすま》を|手《て》づから|閉《と》ぢ|奥殿《おくでん》|深《ふか》く|隠《かく》れさせたまへり。|二柱《ふたはしら》の|使者《ししや》は|奥歯《おくば》に|物《もの》の|挟《はさ》まれる|如《ごと》き|心地《ここち》しながら|勢《いきほひ》なく、その|結果《けつくわ》を|八王大神《やつわうだいじん》に|奏上《そうじやう》したり。|八王大神《やつわうだいじん》は|肝腎《かんじん》の|国祖大神《こくそおほかみ》に|対《たい》する|自発的《じはつてき》|御退隠《ごたいいん》を|勧告《くわんこく》し|能《あた》はざりし|二人《ふたり》の|卑怯《ひけふ》を|怒《いか》り、|直《ただ》ちにこれに|蟄居《ちつきよ》を|厳命《げんめい》したれば、|夜食《やしよく》に|外《はづ》れた|梟鳥《ふくろどり》|面《つら》ふくらせながら|悄然《せうぜん》として|退場《たいぢやう》したりける。
(大正一〇・一二・二九 旧一二・一 出口瑞月)
第四五章 ああ|大変《たいへん》〔一九五〕
ここに|八王大神《やつわうだいじん》は|諸神人《しよしん》と|図《はか》り、その|一致的《いつちてき》|意見《いけん》を|集《あつ》めて、|天上《てんじやう》にまします|日《ひ》の|大神《おほかみ》、|月《つき》の|大神《おほかみ》、|広目大神《ひろめおほかみ》に、|国祖《こくそ》の|頑強《ぐわんきやう》にして|到底《たうてい》|地上《ちじやう》|世界《せかい》|統理《とうり》の|不適任《ふてきにん》なることを|奏上《そうじやう》すべく、|天地《てんち》を|震動《しんどう》させながら|数多《あまた》の|神人《かみがみ》を|率《ひき》ゐて、|日《ひ》の|若宮《わかみや》に|参上《まゐあが》り|大神《おほかみ》に|謁《えつ》し、|国祖《こくそ》|御退隠《ごたいいん》の|希望《きばう》を|口《くち》を|極《きは》めて|奏上《そうじやう》したり。
|天上《てんじやう》の|大神《おほかみ》といへどもその|祖神《そしん》は、|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》なれば、|大《おほ》いに|驚《おどろ》きたまひ、|如何《いか》にもして|国祖《こくそ》の|志《こころざし》を|翻《ひるがへ》さしめ、やや|緩和《くわんわ》なる|神業《しんげふ》|神政《しんせい》を|地上《ちじやう》に|施行《しかう》して、|万神《ばんしん》の|心《こころ》を|和《なご》めしめ、|従来《じゆうらい》のごとく|国祖《こくそ》|執権《しつけん》の|下《もと》に|諸神人《しよしん》を|統一《とういつ》せしめむと、|焦慮《せうりよ》せられたるは、|骨肉《こつにく》の|情《じやう》としては|実《じつ》にもつともの|次第《しだい》なりといふべし。
ここに|天《あま》の|若宮《わかみや》にます|日《ひ》の|大神《おほかみ》、|広目大神《ひろめおほかみ》および、|月界《げつかい》の|主宰神《しゆさいじん》|月《つき》の|大神《おほかみ》は、|八王大神《やつわうだいじん》|以下《いか》の|神人《かみがみ》に|対《たい》し、|追《お》つて|何分《なにぶん》の|沙汰《さた》あるまで|下土《かど》に|降《くだ》りて|命《めい》を|待《ま》つべしとの|神命《しんめい》に、|唯々諾々《ゐゐだくだく》として|降《くだ》り|来《き》たりける。
アヽ|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》は、|大宇宙《だいうちう》の|太祖《たいそ》|大六合治立尊《おほくにはるたちのみこと》の|神命《しんめい》を|遵奉《じゆんぽう》し、|天地未分《てんちみぶん》、|陰陽《いんやう》|未剖《みぼう》の|太初《たいしよ》より、|大地《だいち》の|中心《ちうしん》なる|地球《ちきう》|世界《せかい》の|総守護神《そうしゆごじん》として、|修理固成《しうりこせい》の|大業《たいげふ》を|遂行《すゐかう》し、|久良芸那《くらげな》す|漂《ただよ》へる|神国《しんこく》を|統轄《とうかつ》し、|律法《りつぱふ》を|厳行《げんかう》したまひける。されど|大神《おほかみ》の|施設《しせつ》[#愛世版では「施政」に書換]たるや、あまりに|厳格《げんかく》にして|剛直《がうちよく》なりしため、|混沌《こんとん》|時代《じだい》の|主管神《しゆくわんしん》としては、|少《すこ》しく|不適任《ふてきにん》たるを|免《まぬ》がれざりき。ゆゑに|部下《ぶか》の|諸神人《しよしん》は、|神政《しんせい》|施行上《しかうじやう》、|非常《ひじやう》なる|不便《ふべん》を|感《かん》じゐたるなり。さいはひ|和光同塵的《わくわうどうじんてき》|神策《しんさく》を|行《おこな》はむとする|八王大神《やつわうだいじん》および、|大自在天《だいじざいてん》の|施政《しせい》|方針《はうしん》の|臨機《りんき》|応変《おうへん》にして|活殺《くわつさつ》|自在《じざい》なるに、|何《いづ》れの|神人《かみがみ》も|賛成《さんせい》を|表《へう》し、つひに|常世城《とこよじやう》に|万神《ばんしん》|集合《しふがふ》して、|国祖《こくそ》の|退隠《たいいん》されむことを|決議《けつぎ》するに|至《いた》れるなり。
|三柱《みはしら》の|大神《おほかみ》は|地上《ちじやう》|世界《せかい》の|状況《じやうきやう》やむを|得《え》ずとなし、|涙《なみだ》を|呑《の》ンで|万神人《ばんしん》の|奏願《そうぐわん》を|聴許《ちやうきよ》せむとせられたり。されど|一旦《いつたん》|地上《ちじやう》|世界《せかい》の|主宰者《しゆさいしや》に|任《にん》ぜられたる|以上《いじやう》は、|神勅《しんちよく》の|重大《ぢゆうだい》にして、|軽々《かるがる》しく|変改《へんかい》すべきものに|非《あら》ざることを|省《かへり》みたまひて、|容易《ようい》に|万神人《ばんしん》の|奏願《そうぐわん》を|許《ゆる》させたまはず、|直《ただ》ちに|国祖《こくそ》に|向《むか》つて|少《すこ》しく|緩和的《くわんわてき》|神政《しんせい》を|行《おこな》ひたまふべく、|種々《いろいろ》と|言《げん》をつくして、あるひは|慰撫《ゐぶ》し、あるひは|説得《せつとく》を|試《こころ》みたまひける。
されど、|至正《しせい》、|至直《しちよく》、|至厳《しげん》、|至公《しこう》なる|国祖《こくそ》の|聖慮《せいりよ》は、|三体《さんたい》の|大神《おほかみ》の|御命令《ごめいれい》といへども|容易《ようい》に|動《うご》かしたまはざりける。
|三体《さんたい》の|天《てん》の|大神《おほかみ》は、ほとんど|手《て》を|下《くだ》すに|由《よし》なく、ここに、|国祖《こくそ》の|御妻《おんつま》|豊国姫命《とよくにひめのみこと》を|天上《てんじやう》に|招《まね》きて、|国祖《こくそ》に|対《たい》し、|時代《じだい》の|趨勢《すうせい》に|順応《じゆんおう》する|神政《しんせい》を|施行《しかう》さるるやう、|諫言《かんげん》の|労《らう》を|取《と》らしめむとなしたまひぬ。|豊国姫命《とよくにひめのみこと》は|神命《しんめい》を|奉《ほう》じて|聖地《せいち》に|降《くだ》り、|百方《ひやつぱう》|言《げん》を|尽《つく》して、|天津大神《あまつおほかみ》の|神慮《しんりよ》を|伝《つた》へ、|涙《なみだ》とともに|諫言《かんげん》したまひたれど、|元来《ぐわんらい》|剛直《がうちよく》|一途《いちづ》の|国祖大神《こくそおほかみ》は、その|和光同塵的《わくわうどうじんてき》|神政《しんせい》を|行《おこな》ふことを|好《この》みたまはず、|断乎《だんこ》として|妻《つま》の|諫言《かんげん》を|峻拒《しゆんきよ》し|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》の|神聖《しんせい》|犯《をか》すべからざるを|説示《せつじ》して|寸毫《すんがう》も|譲《ゆづ》りたまはざりける。
ここに|豊国姫命《とよくにひめのみこと》は|止《や》むを|得《え》ずふたたび|天上《てんじやう》に|上《のぼ》りて、|三体《さんたい》の|大神《おほかみ》に|国祖《こくそ》の|決心《けつしん》|強《つよ》くして、|到底《たうてい》|動《うご》かすべからざることを|奏上《そうじやう》されたり。
|時《とき》しも|八王大神《やつわうだいじん》は、|豊国姫命《とよくにひめのみこと》の|後《あと》を|追《お》ひて、|天上《てんじやう》に|登《のぼ》りきたり、|天《あま》の|若宮《わかみや》にます|日《ひ》の|大神《おほかみ》の|御前《みまへ》に|恭《うやうや》しく|奏問状《そうもんじやう》を|捧呈《ほうてい》して|裁許《さいきよ》を|請《こ》ひぬ。|日《ひ》の|大神《おほかみ》は、|八王大神《やつわうだいじん》の|奉《たてまつ》れる|奏問状《そうもんじやう》を|御覧《ごらん》|遊《あそ》ばされて、|御面色《ごめんしよく》|俄《にはか》に|変《かは》らせたまひ、|太《ふと》き|息《いき》をつきたまひける。その|文面《ぶんめん》には、
『|国祖《こくそ》|国治立命《くにはるたちのみこと》は、|至厳《しげん》|至直《しちよく》にして|律法《りつぱふ》を|厳守《げんしゆ》したまふ|神聖者《かみ》とはまをせども、その|実《じつ》は|正反対《せいはんたい》の|行動《かうどう》|多《おほ》く、|現《げん》に|前代《ぜんだい》|常世彦命《とこよひこのみこと》、|常世城《とこよじやう》に|大会議《だいくわいぎ》を|開催《かいさい》するや、|聖地《せいち》の|従臣《じゆうしん》なる、|大江山《たいかうざん》の|鬼武彦《おにたけひこ》にみづから|秘策《ひさく》を|授《さづ》け、|権謀術数《けんぼうじゆつすう》の|限《かぎ》りをつくして、|至厳《しげん》|至聖《しせい》なる|神人《かみがみ》らの|大会議《だいくわいぎ》を|混乱《こんらん》|紛糾《ふんきう》せしめ、つひに|根底《こんてい》より|顛覆《てんぷく》せしめたまへり。|吾《われ》らをはじめ、|地上《ちじやう》|世界《せかい》の|神人《かみがみ》は、もはや|国祖《こくそ》を|信頼《しんらい》したてまつる|者《もの》|一柱《ひとはしら》もなし。|速《すみ》やかに|国祖《こくそ》を|退隠《たいいん》せしめ、|温厚《をんこう》|篤実《とくじつ》にして|名望《めいばう》|天下《てんか》に|冠《くわん》たる|盤古大神《ばんこだいじん》|塩長彦命《しほながひこのみこと》をして、|国祖《こくそ》の|神権《しんけん》を|附与《ふよ》したまはむことを、|地上《ちじやう》|一般《いつぱん》の|神人《しんじん》の|代表《だいへう》として|奏請《そうせい》し|奉《まつ》る。|以上《いじやう》|敬白《けいはく》』
|地上《ちじやう》の|世界《せかい》|一般《いつぱん》の|神人《かみがみ》らは、|幾回《いくくわい》となく|天上《てんじやう》に|上《のぼ》りきたり、|国祖大神《こくそおほかみ》の|御退隠《ごたいいん》を|奏請《そうせい》すること|頻《しきり》にして、|三体《さんたい》の|大神《おほかみ》はこれを|制止《せいし》し、|慰撫《ゐぶ》し、|緩和《くわんわ》せしむる|神策《しんさく》につきたまひ|終《つひ》に|自《みづか》ら|天上《てんじやう》より|三体《さんたい》の|大神《おほかみ》|相《あひ》ともなひて、|聖地《せいち》に|降《くだ》らせたまひ、|国祖大神《こくそおほかみ》をして、|聖地《せいち》ヱルサレムを|退去《たいきよ》し、|根《ね》の|国《くに》に|降《くだ》るべきことを、|涙《なみだ》を|呑《の》み|以《もつ》て|以心伝心的《いしんでんしん》に|伝《つた》へられたりける。|国祖大神《こくそおほかみ》は、|三体《さんたい》の|大神《おほかみ》の|深《ふか》き|御心情《ごしんじやう》を|察知《さつち》し、|自発的《じはつてき》に、
『|我《われ》は|元来《ぐわんらい》|頑迷不霊《ぐわんめいふれい》にして|時世《じせい》を|解《かい》せず、ために|地上《ちじやう》の|神人《しんじん》らをして、かくのごとく|常暗《とこやみ》の|世《よ》と|化《くわ》せしめたるは、まつたく|吾《わ》が|不明《ふめい》の|罪《つみ》なれば、|吾《われ》はこれより|根《ね》の|国《くに》に|落《お》ちゆきて、|苦業《くげふ》を|嘗《な》め、その|罪過《ざいくわ》を|償却《しやうきやく》せむ』
と|自《みづか》ら|千座《ちくら》の|置戸《おきど》を|負《お》ひて、|退隠《たいいん》の|意《い》を|表示《へうじ》したまひける。
アヽ|国祖《こくそ》は、|至正《しせい》、|至直《しちよく》、|至厳《しげん》、|至愛《しあい》の|神格《しんかく》を|発揮《はつき》して、|地上《ちじやう》の|世界《せかい》を|至治太平《しちたいへい》の|神国《しんこく》たらしめむと、|永年《ゑいねん》|肝胆《かんたん》を|砕《くだ》かせたまひし、その|大御神業《だいごしんげふ》は、つひに|万神人《ばんしん》の|容《い》るるところとならず、かへつて|邪神《じやしん》|悪鬼《あくき》のごとく|見做《みな》されたまひ、|世界《せかい》|平和《へいわ》のために|一身《いつしん》を|犠牲《ぎせい》に|供《きよう》して|自《みづか》ら|退隠《たいいん》の|決心《けつしん》を|定《さだ》めたまひたる、その|大慈《だいじ》|大悲《だいひ》の|大御心《おほみこころ》を|拝察《はいさつ》したてまつりて、|何人《なにびと》か|泣《な》かざるものあらむや。
|神諭《しんゆ》に|曰《いは》く、
『|善《ぜん》|一《ひ》と|筋《すぢ》の|誠《まこと》ばかりを|立貫《たてぬ》いて|来《き》て、|悪神《あくがみ》|祟《たた》り|神《がみ》と|申《まを》され、|悔《くや》し|残念《ざんねん》、|苦労《くらう》、|艱難《かんなん》を|耐《こば》り|詰《つ》めて、|世《よ》に|落《お》とされて|蔭《かげ》に|隠《かく》れて、この|世《よ》を|潰《つぶ》さぬために、|世界《せかい》を|守護《しゆご》いたして|居《を》りた|御蔭《おかげ》で、|天《てん》の|御三体《ごさんたい》の|大神《おほかみ》の|御目《おんめ》にとまり、|今度《こんど》の|二度目《にどめ》の|天《あま》の|岩戸《いはと》を|開《ひら》いて、また|元《もと》の|昔《むかし》の|御用《ごよう》を|致《いた》すやうになりたぞよ』
と|示《しめ》されたるごとく、|数千万年《すうせんまんねん》の|長《なが》き|星霜《せいさう》を|隠忍《いんにん》したまひしは、|実《じつ》に|恐《おそ》れ|多《おほ》きことなり。
さて|三体《さんたい》の|大神《おほかみ》は|国祖《こくそ》にむかつて、
『|貴神《きしん》は|我《わが》|胸中《きようちう》の|苦衷《くちう》を|察《さつ》し、|自《みづか》ら|進《すす》ンで|退隠《たいいん》さるるは、|天津神《あまつかみ》としても、|千万無量《せんばんむりやう》の|悲歎《ひたん》に|充《み》たさる。されど|我《われ》また、|一陽来復《いちやうらいふく》の|時《とき》を|待《ま》つて、|貴神《きしん》を|元《もと》の|地上《ちじやう》|世界《せかい》の|主権神《しゆけんしん》に|任《にん》ずることあらむ。その|時《とき》|来《きた》らば、|我《われ》らも|天上《てんじやう》より|地上《ちじやう》に|降《くだ》り|来《きた》りて、|貴神《きしん》の|神業《しんげふ》を|輔佐《ほさ》せむ』
と|神勅《しんちよく》|厳《おごそ》かに|宣示《せんじ》したまひけり。
ここに|国祖大神《こくそおほかみ》は、|妻《つま》の|身《み》に|累《るゐ》を|及《およ》ぼさむことを|憂慮《いうりよ》したまひて、|夫妻《ふさい》の|縁《えん》を|断《た》ち、|独《ひと》り|配所《はいしよ》に|隠退《いんたい》したまひけり。|国祖《こくそ》はただちに|幽界《いうかい》に|降《くだ》つて、|幽政《いうせい》を|視《み》たまふこととなりぬ。されど、その|精霊《せいれい》は|地上《ちじやう》の|神界《しんかい》なる、|聖地《せいち》より|東北《うしとら》にあたる、|七五三垣《しはがき》の|秀妻国《ほつまのくに》に|止《とど》めさせたまひぬ。|諸神《しよしん》は|国祖大神《こくそおほかみ》の|威霊《ゐれい》のふたたび|出現《しゆつげん》されむことを|恐畏《きようゐ》して、|七五三縄《しめなは》を|張《は》り|廻《まは》したり。ここに|豊国姫命《とよくにひめのみこと》は、|夫《をつと》の|退隠《たいいん》されしその|悲惨《ひさん》なる|御境遇《ごきやうぐう》を|坐視《ざし》するに|忍《しの》びずして、|自《みづか》ら|聖地《せいち》の|西南《ひつじさる》なる|島国《しまぐに》に|退隠《たいいん》し、|夫《をつと》に|殉《じゆん》じて|世《よ》に|隠《かく》れ、|神界《しんかい》を|守護《しゆご》したまひける。ここに|艮《うしとら》の|金神《こんじん》、|坤《ひつじさる》の|金神《こんじん》の|名称《めいしよう》|起《おこ》れるなり。|豊国姫命《とよくにひめのみこと》が|夫神《をつとがみ》の|逆境《ぎやくきやう》に|立《た》たせたまふをみて、|一片《いつぺん》の|罪《つみ》なく|過《あやま》ちなく、かつ|一旦《いつたん》|離縁《りえん》されし|身《み》ながらも、|自《みづか》ら|夫神《をつとがみ》に|殉《じゆん》じて、|坤《ひつじさる》に|退隠《たいいん》したまひし|貞節《ていせつ》の|御心情《ごしんじやう》は、|実《じつ》に|夫妻《ふさい》|苦楽《くらく》をともになすべき、|倫理上《りんりじやう》における|末代《まつだい》の|亀鑑《きかん》とも|称《しよう》したてまつるべき|御行為《ごかうゐ》なりといふべし。
アヽ|天地《てんち》の|律法《りつぱふ》を|国祖《こくそ》とともに|制定《せいてい》したる|天道別命《あまぢわけのみこと》および、|天真道彦命《あめのまみちひこのみこと》も|八王大神《やつわうだいじん》のために|弾劾《だんがい》されて、ここに|天使《てんし》の|職《しよく》を|退《しりぞ》き、|恨《うらみ》を|呑《の》ンで|二神《にしん》は、|世界《せかい》の|各地《かくち》を|遍歴《へんれき》し、ふたたび|身《み》を|変《へん》じて|地上《ちじやう》に|顕没《けんぼつ》し、|五六七《みろく》|神政《しんせい》の|再建《さいけん》を|待《ま》たせたまひける。|惟神《かむながら》|霊《たま》|幸倍《ちはへ》|坐世《ませ》。
|国祖大神《こくそおほかみ》|以下《いか》の|神々《かみがみ》の|御退隠《ごたいいん》について、その|地点《ちてん》を|明示《めいじ》する|必要上《ひつえうじやう》、|神示《しんじ》の|宇宙《うちう》を|次章《じしやう》に|述《の》べ|示《しめ》さむとす。
(大正一〇・一二・二九 旧一二・一 出口瑞月)
(第四四章〜第四五章 昭和一〇・一・二三 於佐賀市松本忠左氏邸 王仁校正)
第九篇 |宇宙《うちう》|真相《しんさう》
第四六章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その一〔一九六〕
|我々《われわれ》の|肉眼《にくがん》にて|見得《みう》るところの|天文《てんもん》|学者《がくしや》の|所謂《いはゆる》|太陽系《たいやうけい》|天体《てんたい》を|小宇宙《せううちう》といふ。
|大宇宙《だいうちう》には、|斯《か》くの|如《ごと》き|小宇宙《せううちう》の|数《すう》は、|神示《しんじ》によれば、|五十六億《ごじふろくおく》|七千万《しちせんまん》|宇宙《うちう》ありといふ。|宇宙《うちう》|全体《ぜんたい》を|総称《そうしよう》して|大宇宙《だいうちう》といふ。
|我《わ》が|小宇宙《せううちう》の|高《たか》さは、|縦《たて》に|五十六億《ごじふろくおく》|七千万《しちせんまん》|里《り》あり、|横《よこ》に|同《おな》じく、|五十六億《ごじふろくおく》|七千万《しちせんまん》|里《り》あり、|小宇宙《せううちう》の|霊界《れいかい》を|修理固成《しうりこせい》せし|神《かみ》を|国常立命《くにとこたちのみこと》といひ、|大宇宙《だいうちう》を|総括《そうくわつ》する|神《かみ》を|大六合常立命《おほくにとこたちのみこと》といひ、また|天之御中主大神《あめのみなかぬしのおほかみ》と|奉称《ほうしよう》す。
|小宇宙《せううちう》を|大空《たいくう》と|大地《だいち》とに|二大別《にだいべつ》す。|而《しか》して|大空《たいくう》の|厚《あつ》さは、|二十八億《にじふはちおく》|三千五百万《さんぜんごひやくまん》|里《り》あり、|大地《だいち》の|厚《あつ》さも|同《おな》じく|二十八億《にじふはちおく》|三千五百万《さんぜんごひやくまん》|里《り》ある。
|大空《たいくう》には|太陽《たいやう》および|諸星《しよせい》が|配置《はいち》され、|大空《たいくう》と|大地《だいち》の|中間《ちうかん》|即《すなは》ち|中空《ちうくう》には|太陰《たいいん》|及《およ》び|北極星《ほくきよくせい》、|北斗星《ほくとせい》、|三《み》ツ|星《ぼし》|等《とう》が|配置《はいち》され、|大地《だいち》には|地球《ちきう》|及《およ》び|地汐《ちせき》、|地星《ちせい》が、|大空《たいくう》の|星《ほし》の|数《かず》と|同様《どうやう》に|地底《ちてい》の|各所《かくしよ》に|撒布《さんぷ》されあり。|大空《たいくう》にては|之《これ》を|火水《ほし》といひ、|大地《だいち》にては|之《これ》を|水火《しほ》といふ。|大空《たいくう》の|星《ほし》は|夫《そ》れ|夫《ぞ》れ|各自《かくじ》|光《ひかり》を|有《いう》するあり、|光《ひかり》なき|暗星《あんせい》ありて|凡《すべ》て|球竿状《きうかんじやう》をなしゐるなり。
|大地《だいち》|氷山《ひようざん》の|最高部《さいかうぶ》と|大空《たいくう》の|最濃厚部《さいのうこうぶ》とは|密着《みつちやく》して、|大空《たいくう》は|清《きよ》く|軽《かる》く、|大地《だいち》は|濁《にご》りて|重《おも》し。|今《いま》、|図《づ》を|以《もつ》て|示《しめ》せば|左《さ》の|如《ごと》し。
[#図表省略]
|大空《たいくう》の|中心《ちうしん》には|太陽《たいやう》が|結晶《けつしやう》し、その|大《おほ》きさは|大空《たいくう》の|約《やく》|百五十万《ひやくごじふまん》|分《ぶん》の|一《いち》に|当《あた》り、|地球《ちきう》も|亦《また》|大地《だいち》の|約《やく》|百五十万《ひやくごじふまん》|分《ぶん》の|一《いち》の|容積《ようせき》を|有《いう》せり。|而《しか》して|太陽《たいやう》の|背後《はいご》には|太陽《たいやう》と|殆《ほとん》ど|同形《どうけい》の|水球《すゐきう》ありて|球竿状《きうかんじやう》をなし|居《を》れり。その|水球《すゐきう》より|水気《すいき》を|適宜《てきぎ》に|湧出《ゆうしゆつ》し、|元来《ぐわんらい》|暗黒《あんこく》なる|太陽体《たいやうたい》を|助《たす》けて|火《ひ》を|発《はつ》せしめ、|現《げん》に|見《み》る|如《ごと》き|光輝《くわうき》を|放射《はうしや》せしめ|居《ゐ》るなり。|故《ゆゑ》に|太陽《たいやう》の|光《ひかり》は|火《ひ》の|如《ごと》く|赤《あか》くならず、|白色《はくしよく》を|帯《お》ぶるは|此《こ》の|水球《すゐきう》の|水気《すゐき》に|原因《げんいん》するが|故《ゆゑ》なり。
|太陽《たいやう》は|斯《か》くの|如《ごと》くして、|小宇宙《せううちう》の|大空《たいくう》の|中心《ちうしん》に|安定《あんてい》し、|呼吸《こきふ》|作用《さよう》を|起《おこ》しつつあるなり。
[#図表省略]
|又《また》、|地球《ちきう》(|所謂《いはゆる》|地球《ちきう》は|神示《しんじ》によれば|円球《ゑんきう》ならずして|寧《むし》ろ|地平《ちへい》なれども、|今《いま》|説明《せつめい》の|便利《べんり》のため|従来《じゆうらい》の|如《ごと》く|仮《か》りに|地球《ちきう》と|称《しよう》しておく)は、|四分《しぶん》の|三《さん》まで|水《みづ》を|以《もつ》て|覆《おほ》はれあり。|水《みづ》は|白色《はくしよく》なり。この|大地《だいち》は|其《そ》の|中心《ちうしん》に|地球《ちきう》と|殆《ほとん》ど|同《どう》|容積《ようせき》の|火球《くわきう》ありて、|地球《ちきう》に|熱《ねつ》を|与《あた》へ、|且《か》つ|光輝《くわうき》を|発射《はつしや》し、|呼吸《こきふ》|作用《さよう》を|営《いとな》み|居《ゐ》るなり。|而《しかし》て、|太陽《たいやう》は|呼吸《こきふ》|作用《さよう》により|吸収《きふしう》|放射《はうしや》の|活用《くわつよう》をなし、|自働的《じどうてき》|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》を|起《おこ》しゐるなり。されど|太陽《たいやう》の|位置《ゐち》は|大空《たいくう》の|中心《ちうしん》にありて、|少《すこ》しも|固定的《こていてき》|位置《ゐち》を|変《へん》ずることは|無《な》し。
[#図表省略]
|地球《ちきう》は|大地《だいち》|表面《へうめん》の|中心《ちうしん》にありて、|大地《だいち》|全体《ぜんたい》と|共《とも》に|自働的《じどうてき》|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》を|行《おこな》ひ、その|傾斜《けいしや》の|程度《ていど》の|如何《いかん》によりて、|昼夜《ちうや》をなし|春夏秋冬《はるなつあきふゆ》の|区別《くべつ》をなすものなり。|自働的《じどうてき》|小傾斜《せうけいしや》は|一日《いちにち》に|行《おこな》はれ、|自働的《じどうてき》|大傾斜《だいけいしや》は|四季《しき》に|行《おこな》はる。|彼岸《ひがん》の|中日《ちうにち》には|太陽《たいやう》と|地球《ちきう》の|大傾斜《だいけいしや》が|一様《いちやう》に|揃《そろ》ふものなり。|又《また》|六十年目《ろくじふねんめ》|毎《ごと》にも|約《やく》|三百六十年目《さんびやくろくじふねんめ》|毎《ごと》にも、|夫々《それぞれ》の|大々《だいだい》|傾斜《けいしや》が|行《おこな》はれ、|大地《だいち》および|地球《ちきう》の|大変動《だいへんどう》を|来《きた》す|時《とき》は|即《すなは》ち|極大傾斜《ごくだいけいしや》の|行《おこな》はるる|時《とき》なり。
|太陽《たいやう》は|東《ひがし》より|出《い》でて|西《にし》に|入《い》るが|如《ごと》く|見《み》ゆるも、それは|地上《ちじやう》の|吾人《ごじん》より|見《み》たる|現象《げんしやう》にして、|神《かみ》の|眼《め》より|見《み》る|時《とき》は、|太陽《たいやう》、|地球《ちきう》|共《とも》に|少《すこ》しも|位置《ゐち》を|変《へん》ずることなく、|前述《ぜんじゆつ》の|如《ごと》く、|単《たん》に|自働的《じどうてき》|傾斜《けいしや》を|行《おこな》ひてゐるのみなり。
|天《てん》に|火星《くわせい》、|水星《すゐせい》、|木星《もくせい》、|金星《きんせい》、|土星《どせい》、|天王星《てんわうせい》、|海王星《かいわうせい》その|他《た》|億兆《おくてう》|無数《むすう》の|星体《せいたい》ある|如《ごと》く、|大地《だいち》にも|亦《また》|同様《どうやう》に、|同数《どうすう》|同形《どうけい》の|汐球《せききう》が|配列《はいれつ》されありて、|大空《おほぞら》の|諸星《しよせい》も、|大地《だいち》の|諸汐球《しよせききう》も、|太陽《たいやう》に|水球《すゐきう》がある|如《ごと》く、|地球《ちきう》に|火球《くわきう》がある|如《ごと》く、|凡《すべ》て|球竿状《きうかんじやう》をなしゐるものにして、|各《おのおの》それ|自体《じたい》の|光《ひかり》を|有《いう》しゐるなり。なほ、|暗星《あんせい》の|数《すう》は|光星《くわうせい》の|百倍《ひやくばい》|以上《いじよう》は|確《たし》かにあるなり。
|太陰《たいいん》は|特《とく》に|大空《たいくう》|大地《だいち》の|中心《ちうしん》|即《すなは》ち|中空《ちうくう》に、|太陽《たいやう》と|同《おな》じ|容積《ようせき》を|有《いう》して|一定《いつてい》|不変《ふへん》の|軌道《きだう》を|運行《うんかう》し、|天地《てんち》の|水気《すゐき》を|調節《てうせつ》し、|太陽《たいやう》をして|酷熱《こくねつ》ならしめず、|大地《だいち》をして|極寒《ごくかん》|極暑《ごくしよ》ならしめざるやう|保護《ほご》の|任《にん》に|当《あた》りゐるものなり。
|而《しか》して|太陰《たいいん》の|形《かたち》は|円球《ゑんきう》をなし、|半面《はんめん》は|水《みづ》にして|透明体《とうめいたい》なり。|而《しかし》てそれ|自体《じたい》の|光輝《くわうき》を|有《いう》し、|他《た》の|半面《はんめん》は|全《まつた》く|火球《くわきう》となりゐるなり。|今《いま》|図《づ》を|以《もつ》て|示《しめ》せば|次《つぎ》の|如《ごと》し。(第四図参照)
[#図表省略]
|太陰《たいいん》は|大空《たいくう》|大地《だいち》の|中心《ちうしん》を|西《にし》より|東《ひがし》に|運行《うんかう》するに|伴《ともな》ひ、|地汐《ちせき》をして|或《ある》ひは|水《みづ》を|地球《ちきう》に|送《おく》らしめ、|或《あるひ》は|退《ひ》かしむるが|故《ゆゑ》に|満潮《まんてう》|干潮《かんてう》の|現象《げんしやう》|自然《しぜん》に|起《おこ》るものなり。|神諭《しんゆ》に、
『|月《つき》の|大神様《おほかみさま》は|此《こ》の|世《よ》の|御先祖様《ごせんぞさま》である』
と|示《しめ》しあるは、|月《つき》が|大空《たいくう》と|大地《だいち》の|呼吸《こきふ》|作用《さよう》たる|火水《いき》を|調節《てうせつ》するの|謂《いひ》なり。|火球《くわきう》は|呼気《こき》|作用《さよう》を|司《つかさど》り、|地汐《ちせき》は|吸気《きふき》|作用《さよう》を|司《つかさど》る。
『|富士《ふじ》と|鳴門《なると》の|仕組《しぐみ》が|致《いた》してある』
といふ|神示《しんじ》は、|火球《くわきう》の|出口《でぐち》は|富士山《ふじさん》にして、|地汐《ちせき》は|鳴門《なると》を|入口《いりぐち》として|水《みづ》を|地底《ちてい》に|注吸《ちうきふ》しゐることを|指示《しじ》せるものなり。|火球《くわきう》|及《およ》び|地汐《ちせき》よりは、なほ|人体《じんたい》に|幾多《いくた》の|血管《けつくわん》|神経《しんけい》の|交錯《かうさく》せる|如《ごと》く、|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|相《あひ》|交錯《かうさく》したる|脈絡《みやくらく》を|以《もつ》て、|地球《ちきう》の|表面《へうめん》に|通《つう》じゐるものなり。
(大正一〇・一二・一五 旧一一・一七 桜井重雄録)
第四七章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その二〔一九七〕
|前節《ぜんせつ》に|述《の》べたるところを|補《おぎな》ふために、|更《さら》に|少《すこ》しく|断片的《だんぺんてき》に|説明《せつめい》を|加《くは》へ|置《お》くべし。|併《しか》し|自分《じぶん》の|宇宙観《うちうくわん》は|凡《すべ》て|神示《しんじ》の|儘《まま》なれば、|現代《げんだい》の|天文学《てんもんがく》と|如何《いか》なる|交渉《かうせう》を|有《いう》するや|否《いな》やは|全然《ぜんぜん》|自分《じぶん》の|関知《くわんち》するところにあらず。
|自分《じぶん》は|神示《しんじ》に|接《せつ》してより|二十四年間《にじふよねんかん》、|殆《ほとん》ど|全《まつた》く|世界《せかい》の|出版物《しゆつぱんぶつ》その|物《もの》から|絶縁《ぜつえん》し|居《ゐ》たり。|随《したが》つて|現在《げんざい》の|天文学《てんもんがく》が|如何《いか》なる|程度《ていど》にまで|進歩《しんぽ》|発達《はつたつ》しゐるかは|無論《むろん》|知《し》らざるなり。|故《ゆゑ》に|自分《じぶん》の|述《の》ぶる|宇宙観《うちうくわん》に|対《たい》して、|直《ただ》ちに|現代《げんだい》の|天文学的《てんもんがくてき》|知識《ちしき》を|以《もつ》て|臨《のぞ》むとも、|俄《にはか》に|首肯《しゆこう》し|難《がた》き|点《てん》|少《すく》なからざるべし。
|前節《ぜんせつ》に|引続《ひきつづ》き|太陽《たいやう》のことより|順次《じゆんじ》|述《の》ぶる|事《こと》とせり。
|太陽《たいやう》は|暗体《あんたい》にして、|太陽《たいやう》の|色《いろ》が|白色《はくしよく》を|加《くは》へたる|如《ごと》き|赤色《せきしよく》に|見《み》ゆるは、|水《みづ》が|光《ひか》り|居《ゐ》るが|故《ゆゑ》なり。|暗夜《あんや》に|赤布《せきふ》と|白布《はくふ》とを|比較《ひかく》して|見《み》れば|白布《はくふ》の|方《はう》がハツキリ|見《み》ゆるものなり。これに|依《よ》りて|見《み》るも|水《みづ》の|光《ひか》りゐることが|判《はん》じ|得《う》るなり。
|大宇宙間《だいうちうかん》の|各《かく》|小宇宙《せううちう》は|互《たがひ》に|牽引《けんいん》してゐるものにして、それと|同《おな》じく|太陽《たいやう》がその|位置《ゐち》を|支持《しぢ》するは|諸星《しよせい》の|牽引力《けんいんりよく》によるものなり。|故《ゆゑ》に|天主《てんしゆ》は|太陽《たいやう》を|支持《しぢ》する|為《ため》に|先《ま》づ|諸星辰《しよせいしん》を|造《つく》りたり。(第一篇天地剖判の章参照)
|太陽《たいやう》と|我《わ》が|地球《ちきう》との|距離《きより》は、|小宇宙《せううちう》の|直径《ちよくけい》|五十六億《ごじふろくおく》|七千万《しちせんまん》|里《り》の|八分《はちぶん》の|一《いち》に|当《あた》り、|而《しかし》て|大空《たいくう》の|諸星《しよせい》は|皆《みな》それ|自体《じたい》の|光《ひかり》を|放《はな》ちつつ|太陽《たいやう》の|高《たか》さ|以上《いじやう》の|位置《ゐち》を|占《し》めゐるなり。|太陽《たいやう》の|光《ひかり》は、|決《けつ》して|大空《たいくう》に|向《むか》つては|放射《はうしや》されず、|恰《あたか》も|懐中《くわいちう》|電燈《でんとう》の|如《ごと》く、|凡《すべ》て|大地《だいち》に|向《むか》つてのみ|放射《はうしや》さるるなり。
|普通《ふつう》|我々《われわれ》は|太陽《たいやう》の|昇《のぼ》る|方角《はうがく》を|東《ひがし》としてゐるが、|本来《ほんらい》|宇宙《うちう》それ|自体《じたい》より|言《い》へば、|東西南北《とうざいなんぼく》の|別《べつ》なし。|仏説《ぶつせつ》に、
『|本来無東西《ほんらいむとうざい》|何処有南北《かしようなんぼく》』
とあるも、この|理《り》に|由《よ》る。|今《いま》、|東西南北《とうざいなんぼく》の|区別《くべつ》を|立《た》つれば、|大地《だいち》の|中心《ちうしん》たる|地球《ちきう》が|北極《ほくきよく》に|当《あた》る。|北《きた》とは|気垂《きたる》、|水火垂《いきたる》、|呼吸垂《いきたる》、の|意《い》なり。|南《みなみ》とは【|皆見《みなみ》】えるといふ|意味《いみ》の|言霊《ことたま》なり。
|地球《ちきう》は|前述《ぜんじゆつ》の|如《ごと》く、|世《よ》の|学者《がくしや》らの|信《しん》ずる|如《ごと》き|円球《ゑんきう》にあらずして|地平《ちへい》なり。|我々《われわれ》の|所謂《いはゆる》|地球《ちきう》は、|大地《だいち》の|中心《ちうしん》なる|極《きは》めて|一《いち》|小部分《せうぶぶん》にて、|大地《だいち》は|第一図《だいいちづ》に|示《しめ》す|如《ごと》く、|悉《ことごと》く|氷山《ひようざん》なり。|而《しかし》て|其《そ》の|氷山《ひようざん》は|所謂《いはゆる》|地球《ちきう》を|相距《あひさ》る|程《ほど》|愈《いよいよ》|嶮峻《けんしゆん》になり|行《ゆ》く。|普通《ふつう》|氷山《ひようざん》の|解《と》けるといふことは、|地球《ちきう》の|中央《ちうあう》に|接近《せつきん》せる|氷山《ひようざん》の|解《と》けるのみにして、|大部分《だいぶぶん》の|氷山《ひようざん》は|決《けつ》して|解《と》くることはなきものなり。
|地球説《ちきうせつ》の|一《ひと》つの|証拠《しようこ》として、|人《ひと》が|海岸《かいがん》に|立《た》ちて|沖《おき》へ|行《ゆ》く|舟《ふね》を|眺《なが》める|場合《ばあひ》に、|船《ふね》が|段々《だんだん》|沖《おき》へ|行《ゆ》くに|従《したが》つて、|最初《さいしよ》は|船体《せんたい》を|没《ぼつ》し、|次第《しだい》に|檣《マスト》を|没《ぼつ》して|行《ゆ》くといふ|事実《じじつ》を|挙《あ》げられるやうだが、それは|我々《われわれ》の|眼球《めだま》がすでに|円球《ゑんきう》に|造《つく》られてあるが|故《ゆゑ》である。|望遠鏡《ばうゑんきやう》は|凹鏡《あふきやう》であるから、|人間《にんげん》の|瞳《ひとみ》との|関係《くわんけい》で、|遠方《ゑんぱう》が|見《み》えるのである。|故《ゆゑ》に|地球説《ちきうせつ》を|固執《こしつ》する|人々《ひとびと》は|先《ま》づ|人間《にんげん》の|眼球《めだま》そのものの|研究《けんきう》より|始《はじ》めねばなるまい。
|地球《ちきう》は|又《また》|一種《いつしゆ》の|光輝《くわうき》を|有《いう》し、|暗体《あんたい》ではない。
|宇宙《うちう》|全体《ぜんたい》の|上《うへ》に|最《もつと》も|重大《ぢうだい》なる|役目《やくめ》を|有《いう》するのは、|太陰《たいいん》|即《すなは》ち|月《つき》である。|太陽《たいやう》の|恩恵《おんけい》によつて|万物《ばんぶつ》の|生成化育《せいせいくわいく》し|行《ゆ》くことは|誰《だれ》でも|知《し》つてゐるが、|蔽《おほ》はれたる|月《つき》の|洪大無辺《こうだいむへん》なる|恩恵《おんけい》を|知《し》る|者《もの》は|殆《ほとん》ど|全《まつた》く|無《な》い。
|宇宙《うちう》の|万物《ばんぶつ》は、この|月《つき》の|運行《うんかう》に、|微妙《びめう》にして|且《か》つ|重大《ぢうだい》なる|関係《くわんけい》を|有《も》つてゐる。|月《つき》は|二十九日《にじふくにち》|余《よ》|即《すなは》ち|普通《ふつう》の|一月《ひとつき》で、|中空《ちうくう》を|一周《いつしう》する。|但《ただ》し、|自転的《じてんてき》|運行《うんかう》をするのではなく、|単《たん》に|同一《どういつ》の|姿勢《しせい》を|保《たも》つて|運行《うんかう》するに|過《す》ぎない。|大空《たいくう》に|於《お》ける|月《つき》の|位置《ゐち》が、たとへば|月《つき》の|三日《みつか》には|甲天《かふてん》に、|四日《よつか》には|乙天《おつてん》と|順次《じゆんじ》に|変《かは》つて|行《ゆ》くのは、|月《つき》が|静止《せいし》してゐるのでなくして|西《にし》より|東《ひがし》に|向《むか》つて|運行《うんかう》してゐる|證拠《しようこ》である。
|月《つき》が|我々《われわれ》の|眼《め》に|見《み》えるのは、|第一図《だいいちづ》の|上線《じやうせん》を|月《つき》が|運行《うんかう》してゐる|場合《ばあひ》で、|下線《かせん》を|通過《つうくわ》してゐる|時《とき》は|全然《ぜんぜん》|我々《われわれ》には|見《み》えない。|月《つき》が|上線《じやうせん》を|運行《うんかう》する|時《とき》は、|月読命《つきよみのみこと》の|活動《くわつどう》であり、|下線《かせん》を|運行《うんかう》する|時《とき》は|素盞嗚尊《すさのをのみこと》の|活動《くわつどう》である。
|次《つぎ》に|月《つき》を|眺《なが》めて|第一《だいいち》に|起《おこ》る|疑問《ぎもん》は、あの|月面《げつめん》の|模様《もやう》である。|昔《むかし》から|猿《さる》と|兎《うさぎ》が|餅《もち》を|搗《つ》いてゐるといはれるあの|模様《もやう》は、|我々《われわれ》の|所謂《いはゆる》|五大洲《ごだいしう》の|影《かげ》が|月面《げつめん》に|映《うつ》つてゐるのである。それ|故《ゆゑ》、|何時《いつ》も|同《おな》じ|模様《もやう》が|見《み》えてゐる。|蝕《か》けた|月《つき》の|半面《はんめん》に|朧《おぼろ》げな|影《かげ》が|見《み》えるのは、|月《つき》それ|自体《じたい》の|影《かげ》である。つまり|月《つき》の|半面《はんめん》たる|火球《くわきう》の|部分《ぶぶん》が|見《み》えてゐるからである。
|月蝕《げつしよく》の|起《おこ》るは、|月《つき》が|背後《はいご》から|太陽《たいやう》に|直射《ちよくしや》された|場合《ばあひ》である。|日蝕《につしよく》は、|月《つき》が|太陽《たいやう》と|地球《ちきう》との|中間《ちうかん》に|入《い》つて、|太陽《たいやう》を|遮《さへ》ぎつた|場合《ばあひ》である。
|銀河《ぎんが》は、|太陽《たいやう》の|光《ひかり》が|大地《だいち》の|氷山《ひようざん》に|放射《はうしや》され、それが|又《また》|大空《たいくう》に|反射《はんしや》して、|大空《たいくう》に|在《あ》る|無数《むすう》の|暗星《あんせい》が|其《そ》の|反射《はんしや》の|光《ひかり》によつて|我々《われわれ》の|眼《め》に|見《み》えるのである。|銀河《ぎんが》の|外椽《そとべり》に|凸凹《でこぼこ》あるは|氷山《ひようざん》の|高低《かうてい》に|凸凹《でこぼこ》あるが|為《た》めである。
|又《また》|彗星《すゐせい》は|大虚空《だいこくう》を|運行《うんかう》し|時《とき》に|大地《だいち》より|眺《なが》められる。|大虚空《だいこくう》とは|此《こ》の|小宇宙《せううちう》の|圏外《けんぐわい》を|称《しよう》するので、|青色《せいしよく》を|呈《てい》してゐる。|大空《たいくう》の|色《いろ》は|緑色《りよくしよく》である。|併《しか》し、|我々《われわれ》は|大空《たいくう》の|色《いろ》のみならず、|青色《せいしよく》の|大虚空《だいこくう》をも|共《とも》に|通《とほ》して|見《み》るが|故《ゆゑ》に、|碧色《へきしよく》に|見《み》えるのである。
|此《こ》の|小宇宙《せううちう》を|外《そと》より|見《み》れば、|大空《たいくう》は|大地《だいち》よりは【ずつと】|薄《うす》き|紫《むらさき》、|赤《あか》、|青《あを》|等《とう》|各色《かくしよく》の|霊衣《れいい》を|以《もつ》て|覆《おほ》はれ、|大地《だいち》は|黄《き》、|浅黄《あさぎ》、|白《しろ》|等《とう》|各色《かくしよく》の|厚《あつ》き|霊衣《れいい》を|以《もつ》て|包《つつ》まれてゐる。そしてこの|宇宙《うちう》を|全体《ぜんたい》として|見《み》る|時《とき》は|紫色《ししよく》を|呈《てい》してゐる。これを|顕国《うつしくに》の|御玉《みたま》といふ。
わが|小宇宙《せううちう》はこれを|中心《ちうしん》として|他《た》の|諸《しよ》|宇宙《うちう》と、|夫《そ》れ|夫《ぞ》れ|霊線《れいせん》を|以《もつ》て|蜘蛛《くも》の|巣《す》の|如《ごと》く|四方《しはう》|八方《はつぱう》に|連絡《れんらく》し|相《あひ》|通《つう》じてゐるのであつて、それらの|宇宙《うちう》にも、|殆《ほとん》ど|我々《われわれ》の|地球上《ちきうじやう》の|人間《にんげん》や|動植物《どうしよくぶつ》と|同《おな》じ|様《よう》なものが|生息《せいそく》してゐない。|但《ただし》|此《こ》の|我《わ》が|小宇宙《せううちう》に|於《お》ける、|地球《ちきう》|以外《いぐわい》の|星《ほし》には|神々《かみがみ》は|坐《まし》ませども、|地球上《ちきうじやう》に|棲息《せいそく》する|如《ごと》き|生物《せいぶつ》は|断《だん》じてゐない。この|小宇宙《せううちう》と|他《た》の|宇宙《うちう》との|関係《くわんけい》を|図《づ》によりて|示《しめ》せば、|第五図《だいごづ》の|如《ごと》くである。
[#図表省略]
(大正一〇・一二・一五 旧一一・一七 桜井重雄録)
第四八章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その三〔一九八〕
|王仁《わたし》は|前席《ぜんせき》に|於《おい》て、|太陽《たいやう》は|暗体《あんたい》であつて、|其《そ》の|実質《じつしつ》は|少《すこ》しも|光輝《くわうき》を|有《いう》せぬと|言《い》ひ、また|地球《ちきう》は|光体《くわうたい》であると|言《い》つた|事《こと》に|就《つ》き、|早速《さつそく》|疑問《ぎもん》が|続出《ぞくしゆつ》しましたから、|念《ねん》のために|茲《ここ》に|改《あらた》めて|火《ひ》と|水《みづ》との|関係《くわんけい》を|解説《かいせつ》しておきます。されど|元来《ぐわんらい》の|無学者《むがくしや》で、|草深《くさぶか》き|山奥《やまおく》の|生活《せいくわつ》を|続《つづ》け、|且《か》つ|神界《しんかい》よりの|厳命《げんめい》で、|明治《めいぢ》|以後《いご》の|新学問《しんがくもん》を|研究《けんきう》する|事《こと》を|禁《きん》じられ、|恰《あたか》も|里《さと》の|仙人《せんにん》の|境遇《きやうぐう》に|二十四年間《にじふよねんかん》を|費《つひや》したものでありますから、|今日《こんにち》の|学界《がくかい》の|研究《けんきう》が|何《ど》の|点《てん》まで|進《すす》ンで|居《を》るかと|云《い》ふ|事《こと》は、|私《わたし》には|全然《ぜんぜん》|見当《けんたう》が|付《つ》かない。|日進月歩《につしんげつぽ》の|世《よ》の|中《なか》に|於《おい》て、|二十四年間《にじふよねんかん》|読書界《どくしよかい》と|絶縁《ぜつえん》して|居《ゐ》たものの|口《くち》から|吐《は》き|出《だ》すのですから、|時世《じせい》に|遅《おく》れるのは|誰《たれ》が|考《かんが》へても|至当《したう》の|事《こと》であります。|昔話《むかしばなし》にある、|浦島子《うらしまし》が|龍宮《りうぐう》から|帰《かへ》つて|来《き》た|時《とき》の|様《やう》に|世《よ》の|中《なか》の|学界《がくかい》の|進歩《しんぽ》は|急速《きふそく》であつて、|私《わたし》が|今日《こんにち》|新《あらた》なる|天文《てんもん》、|地文《ちもん》、その|他《た》の|学問《がくもん》を|見《み》ましたならば、|嘸《さぞ》|驚異《きやうい》の|念《ねん》にからるるで|在《あ》らうと|思《おも》ひます。|併《しか》し|私《わたし》としては|今日《こんにち》の|科学《くわがく》の|圏外《けんぐわい》に|立《た》ち、|神示《しんじ》のままの|実験的《じつけんてき》|物語《ものがたり》をする|迄《まで》です。
『|神《かむ》ながら|虚空《こくう》の|外《そと》に|身《み》をおきて|日《ひ》に|夜《よ》に|月《つき》ぬものがたりする』|現代《げんだい》|文明《ぶんめい》の|空気《くうき》に|触《ふ》れた|学者《がくしや》の|耳《みみ》には|到底《たうてい》|這入《はい》らないのみならず、|一種《いつしゆ》の|誇大妄想狂《こだいまうさうきやう》と|見《み》らるるかも|知《し》れませぬ、|然《さ》れど『|神《かみ》は|賢《かしこ》きもの、|強《つよ》きものにあらはさずして、|愚《おろか》なるもの、|弱《よわ》きものに|誠《まこと》をあらはし|玉《たま》ふ』と|言《い》へる|聖《せい》キリストの|言《げん》を|信《しん》じ、|愚弱《ぐじやく》なる|私《わたし》に|真《しん》の|神《かみ》は、|宇宙《うちう》の|真理《しんり》を|開示《かいじ》されたのでは|無《な》からうかとも|思《おも》はれるのであります。
|凡《すべ》て|水《みづ》は|白《しろ》いものであつて、|光《ひかり》の|元素《げんそ》である。|水《みづ》の|中心《ちうしん》には、|一《ひと》つの|ゝ《ほち》があつて、|水《みづ》を|自由《じいう》に|流動《りうどう》させる。|若《も》しこの|ゝ《ほち》が|水《みづ》の|中心《ちうしん》から|脱出《だつしゆつ》した|時《とき》は|固《かた》く|凝《こ》つて|氷《こほり》となり、|少《すこ》しも|流動《りうどう》せない。|故《ゆゑ》に|水《みづ》から|ゝ《ほち》の|脱出《だつしゆつ》したのを、|氷《こほり》と|云《い》ひ、|又《また》は、|氷《ひ》と|云《い》ふ。|火《ひ》もまたその|中心《ちうしん》に|水《みづ》なき|時《とき》は、|火《ひ》は|燃《も》え、|且《か》つ|光《ひか》る|事《こと》は|出来《でき》ぬ。|要《えう》するに|水《みづ》を|動《うご》かすものは|火《ひ》であり、|火《ひ》を|動《うご》かすものは|水《みづ》である。|故《ゆゑ》に、|一片《いつぺん》の|水気《すゐき》も|含《ふく》まぬ|物体《ぶつたい》は、どうしても|燃《も》えない。
|太陽《たいやう》もその|中心《ちうしん》に、|水球《すゐきう》より|水《みづ》を|適度《てきど》に|注入《ちうにふ》して、|天空《てんくう》に|燃《も》えて|光《ひかり》を|放射《はうしや》し、|大地《だいち》はまた、|氷山《ひようざん》や|水《みづ》の|自然《しぜん》の|光《ひかり》を|地中《ちちう》の|火球《くわきう》より|調節《てうせつ》して、その|自体《じたい》の|光《ひかり》を|適度《てきど》に|発射《はつしや》して|居《ゐ》る。
|次《つぎ》に|諸星《しよせい》の|運行《うんかう》に、|大変《たいへん》な|遅速《ちそく》のある|様《やう》に|地上《ちじやう》から|見《み》えるのは、|地上《ちじやう》より|見《み》て|星《ほし》の|位置《ゐち》に、|遠近《ゑんきん》、|高低《かうてい》の|差《さ》あるより、|一方《いつぱう》には|急速《きふそく》に|運行《うんかう》する|如《ごと》く|見《み》え、|一方《いつぱう》には|遅《おそ》く|運行《うんかう》する|様《やう》に|見《み》えるのである。が、|概《がい》して|大地《だいち》に|近《ちか》く、|低《ひく》き|星《ほし》は|速《はや》く|見《み》え、|遠《とほ》く|高《たか》き|星《ほし》はその|運行《うんかう》が|遅《おそ》い|様《やう》に|見《み》える。
|例《たと》へば、|汽車《きしや》の|進行中《しんかうちう》、|車窓《しやそう》を|開《ひら》いて|遠近《ゑんきん》の|山《やま》を|眺《なが》めると、|近《ちか》い|処《ところ》にある|山《やま》は、|急速度《きふそくど》に|汽車《きしや》と|反対《はんたい》の|方向《はうかう》に|走《はし》る|如《ごと》く|見《み》え、|遠方《ゑんぱう》にある|山《やま》は、|依然《いぜん》として|動《うご》かない|様《やう》に|見《み》え|又《また》その|反対《はんたい》の|方向《はうかう》に|走《はし》つても、|極《きは》めて|遅《おそ》く|見《み》ゆると|同一《どういつ》の|理《り》である。
|前述《ぜんじゆつ》の|如《ごと》く、|太陰《たいいん》(月)は、|太陽《たいやう》と|大地《だいち》の|中間《ちうかん》に、|一定《いつてい》の|軌道《きだう》を|採《と》つて|公行《こうかう》し、|三角星《さんかくせい》、|三《み》ツ|星《ぼし》、スバル|星《せい》、|北斗星《ほくとせい》の|牽引力《けんいんりよく》に|由《よ》つて、|中空《ちうくう》にその|位置《ゐち》を|保《たも》つて|公行《こうかう》して|居《ゐ》る。|月《つき》と|是等《これら》の|星《ほし》の|間《あひだ》には、|月《つき》を|中心《ちうしん》として、|恰《あたか》も|交感《かうかん》|神経《しんけい》|系統《けいとう》の|如《や》うに、|一種《いつしゆ》の|微妙《びめう》なる|霊線《れいせん》を|以《もつ》て、|維持《ゐぢ》されてある。
|太陽《たいやう》と、|大空《たいくう》の|諸星《しよせい》との|関係《くわんけい》も|亦《また》|同様《どうやう》に|太陽《たいやう》を|中心《ちうしん》として、|交感《かうかん》|神経《しんけい》|系統《けいとう》の|如《や》うに|一種《いつしゆ》|微妙《びめう》の|霊線《れいせん》を|以《もつ》て|保維《ほゐ》され、|動《どう》、|静《せい》、|解《かい》、|凝《ぎよう》、|引《いん》、|弛《ち》、|合《がふ》、|分《ぶん》の|八大神力《はちだいしんりき》の、|適度《てきど》の|調節《てうせつ》に|由《よ》つて、|同《どう》|位置《ゐち》に|安定《あんてい》しながら、|小《せう》|自動《じどう》|傾斜《けいしや》と、|大《だい》|自動《じどう》|傾斜《けいしや》を|永遠《ゑいゑん》に|続《つづ》けて、|太陽《たいやう》|自体《じたい》の|呼吸《こきふ》|作用《さよう》を|営《いとな》ンで|居《ゐ》る。
|大地《だいち》も|亦《また》その|中心《ちうしん》の|地球《ちきう》をして、|諸《しよ》|汐球《せききう》との|連絡《れんらく》を|保《たも》ち、|火水《くわすゐ》の|調節《てうせつ》によつて|呼吸《こきふ》|作用《さよう》を|営《いとな》み|居《ゐ》る|事《こと》は、|太陽《たいやう》と|同様《どうやう》である。|地球《ちきう》を|中心《ちうしん》として、|地中《ちちう》の|諸汐球《しよせききう》は、|交感《かうかん》|神経《しんけい》|系統《けいとう》の|如《ごと》く|微妙《びめう》なる|霊線《れいせん》を|通《つう》じて、|地球《ちきう》の|安定《あんてい》を|保維《ほゐ》して|居《ゐ》る。
また|地球面《ちきうめん》を|大地《だいち》の|北極《ほくきよく》と|云《い》ふ|意味《いみ》は、キタとは、|前述《ぜんじゆつ》の|如《ごと》く、|火水垂《いきた》ると|云《い》ふことであつて、|第六図《だいろくづ》の|如《ごと》く、(挿図参照)|太陽《たいやう》の|水火《すゐくわ》と、|大地《だいち》の|中心《ちうしん》の|水火《すゐくわ》と、|大地上《だいちじやう》の|四方《しはう》の|氷山《ひようざん》の|水火《すゐくわ》と、|太陰《たいいん》の|水火《すゐくわ》の|垂下《すゐか》したる|中心《ちうしん》の|意味《いみ》である。
[#図表省略]
|人間《にんげん》が|地球《ちきう》の|陸地《りくち》に|出生《しゆつせい》して|活動《くわつどう》するのを、|水火定《いきる》と|云《い》ふ。|故《ゆゑ》に|地球《ちきう》は|生物《せいぶつ》の|安住所《あんぢうしよ》であり、|活動《くわつどう》|経綸場《けいりんぢやう》である。また|水火《すゐくわ》|即《すなは》ち|霊体分離《れいたいぶんり》して|所謂《いはゆる》|死亡《しぼう》するのを、|身枯留《まかる》、|水枯定《まかる》と|云《い》ふのは、|火水《くわすゐ》の|調節《てうせつ》の|破《やぶ》れた|時《とき》の|意《い》であります。されど|霊魂上《れいこんじやう》より|見《み》る|時《とき》は|生《せい》なく、|死《し》なく、|老幼《らうえう》の|区別《くべつ》なく、|万劫末代《まんがふまつだい》|生通《いきとほ》しであつて、|霊魂《れいこん》|即《すなは》ち|吾人《ごじん》の|本守護神《ほんしゆごじん》から|見《み》れば、|単《たん》にその|容器《ようき》を|代《か》へるまでであります。
(大正一〇・一二・二七 旧一一・二九 加藤明子録)
第四九章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その四〔一九九〕
『|瑞月《ずゐげつ》|憑虚空《こくうにかかり》、|照破万界暗《ばんかいのやみをせうはす》』
とは|神示《しんじ》の|一端《いつたん》である。
|瑞月王仁《わたし》は|前述《ぜんじゆつ》の|如《ごと》く、|現代《げんだい》の|盛《さか》ンな|学説《がくせつ》に|少《すこ》しも|拘泥《こうでい》せず、|霊界《れいかい》にあつて|見聞《みき》きせるそのままを、|出放題《ではうだい》に|喋舌《しやべ》る|斗《ばか》りである。|是《これ》に|就《つ》いては、|満天下《まんてんか》の|智者《ちしや》|学者《がくしや》が|邪説怪論《じやせつくわいろん》として、|攻撃《こうげき》の|矢《や》を|向《む》けて|来《く》るであろう。
|大空《たいくう》に|懸《かか》る|無数《むすう》の|星辰《せいしん》の|中《なか》には、|其《そ》の|光度《くわうど》に|強弱《きやうじやく》あり、|厚薄《こうはく》ありて、その|色光《しよくくわう》|一定《いつてい》して|居《ゐ》ないのは、|決《けつ》して|星《ほし》の|老若大小《らうにやくだいせう》に|依《よ》るのではない。その|水火《すゐくわ》|調節《てうせつ》の|分量《ぶんりやう》|及《およ》び|金《きん》、|銀《ぎん》、|銅《どう》、|鉄《てつ》|等《とう》の|包含《はうがん》の|多少《たせう》の|如何《いかん》に|由《よ》つて|種々《しゆじゆ》に|光色《くわうしよく》が|変《かは》つて|見《み》えるまでである。|水《みづ》の|分量《ぶんりやう》の|多《おほ》い|時《とき》は|白光《はくくわう》を|顕《あら》はし、|火《ひ》の|分量《ぶんりやう》の|多《おほ》い|星《ほし》は|赤色《せきしよく》を|表《あら》はす。|故《ゆゑ》に|星《ほし》の|高低《かうてい》や|位置《ゐち》に|由《よ》つて|種々《しゆじゆ》の|光色《くわうしよく》を|各自《かくじ》に|発射《はつしや》して|居《ゐ》る。|星《ほし》の|光《ひかり》の☆の|如《ごと》く|五光射形《ごくわうしやけい》に|地球《ちきう》より|見《み》えるのは|火《ひ》の|量分《りやうぶん》の|多《おほ》い|星《ほし》であり、〓の|如《ごと》く|六光射形《ろくくわうしやけい》に|見《み》ゆるのは|水《みづ》の|量分《りやうぶん》の|多《おほ》い|星《ほし》である。|火《ひ》の|字《じ》の|各端《かくたん》に○|点《てん》を|附《ふ》して|見《み》ると〓のごとく|五《いつ》つの○|点《てん》となる。|五《ご》は|天《てん》を|象《かたど》り、|火《ひ》を|象《かたど》る。また|水《みづ》の|字《じ》の|各端《かくたん》に○|点《てん》を|附《ふ》して|見《み》ると、〓の|如《ごと》く|六《む》つの○|点《てん》となる。|六《ろく》は|水《みづ》を|象《かたど》り、|地《ち》を|象《かたど》る。|故《ゆゑ》に|五光射星《ごくわうしやせい》と|六光射星《ろくくわうしやせい》は|天上《てんじやう》にあつて|水火《すゐくわ》の|包含量《はうがんりやう》の|多少《たせう》を|顕《あら》はして|居《ゐ》るのであります。
|又《また》|星《ほし》は|太陽《たいやう》の|如《ごと》く、|自動《じどう》|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》を|為《な》さず、|月球《げつきう》のやうに|星《ほし》|自体《じたい》が|安定《あんてい》して|光《ひか》つて|居《を》るから、|五光射《ごくわうしや》、|六光射《ろくくわうしや》が|良《よ》く|地球上《ちきうじやう》から|見得《みえ》らるるのである。
|太陽《たいやう》もまた|星《ほし》の|様《やう》に、|安定《あんてい》し|自体《じたい》の|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》をせなかつたら、|五光射体《ごくわうしやたい》と|見《み》え、|又《また》は|六光射体《ろくくわうしやたい》と|見《み》えるのであるが、その|自動的《じどうてき》|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》の|激《はげ》しきために、その|光射体《くわうしやたい》が|円《まる》く|見《み》えるのである。|譬《たと》へば|蓄音機《ちくおんき》の|円盤《ゑんばん》に、|色々《いろいろ》の|画《ぐわ》や|文字《もじ》を|書《か》き|記《しる》しておいて、これを|廻《まは》して|見《み》ると、その|色々《いろいろ》の|形《かたち》の|書画《しよぐわ》が|盤《ばん》と|同様《どうやう》に、|丸《まる》くなつて|見《み》えるやうなものである。
また|北斗星《ほくとせい》と|云《い》ふのは、|北極星《ほくきよくせい》に|近《ちか》い|星《ほし》であつて、|俗《ぞく》に|之《これ》を|七剣星《しちけんせい》、|又《また》は|破軍星《はぐんせい》と|称《とな》へられてゐる。この|七剣星《しちけんせい》はまた|天《あま》の|瓊矛《ぬぼこ》とも|言《い》ひ、|伊邪那岐《いざなぎ》の|神《かみ》、|伊邪那美《いざなみ》の|神《かみ》が|天《あま》の|浮橋《うきはし》に|立《た》つて|漂《ただよ》へる|泥海《どろうみ》の|地《ち》の|世界《せかい》を、|塩古淤呂古淤呂《しほこおろこおろ》にかき|鳴《な》らしたまひし|宇宙《うちう》|修理固成《しうりこせい》の|神器《しんき》である。|今日《こんにち》も|猶《なほ》|我国《わがくに》より|見《み》る|大空《たいくう》の|中北部《ちうほくぶ》に|位置《ゐち》を|占《し》めて、|太古《たいこ》の|儘《まま》|日《ひ》、|地《つち》、|月《つき》の|安定《あんてい》を|保維《ほゐ》して|居《を》る。
また|北斗星《ほくとせい》は、|円《ゑん》を|画《ゑが》いて|運行《うんかう》しつつある|如《ごと》く|地上《ちじやう》より|見《み》えて|居《ゐ》るが、|是《これ》は|大空《たいくう》の|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》と、|大地《だいち》の|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》の|作用《さよう》に|由《よ》つて、|北斗星《ほくとせい》が|運行《うんかう》する|如《ごと》く|見《み》ゆる|斗《ばか》りである。|万一《まんいち》|北斗星《ほくとせい》が|運行《うんかう》する|様《やう》な|事《こと》があつては、|天地《てんち》の|大変《たいへん》を|来《きた》すのである。|併《しか》し|他《た》の|星《ほし》は、|地上《ちじやう》より|見《み》て、|東天《とうてん》より|西天《せいてん》に|没《ぼつ》する|如《ごと》くに|見《み》ゆるに|拘《かかは》らず、|北斗星《ほくとせい》の|運行《うんかう》|軌道《きだう》の、|東西南北《とうざいなんぼく》に|頭《かしら》を|向《む》けて、|天界《てんかい》を|循環《じゆんくわん》するが|如《ごと》くに|見《み》ゆるのは、その|大空《たいくう》の|中心《ちうしん》と、|大地《だいち》の|北《きた》|中心《ちうしん》に|位《くらゐ》して|居《を》るため、|他《た》の|諸星《しよせい》と|同《おな》じ|様《やう》に|見《み》えぬのみである。|譬《たとへ》ば、|雨傘《あまがさ》を|拡《ひろ》げて、その|最高《さいかう》|中心部《ちうしんぶ》に|北極星《ほくきよくせい》|稍《やや》|下《くだ》つて|北斗星《ほくとせい》の|画《ぐわ》を|描《ゑが》き、その|他《た》の|傘《かさ》の|各所《かくしよ》|一面《いちめん》に、|星《ほし》を|描《ゑが》いて|直立《ちよくりつ》しその|傘《かさ》の|柄《え》を|握《にぎ》り、|東南西北《とうなんせいほく》と|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》をさせて|見《み》ると、|北斗星《ほくとせい》は|円《ゑん》を|描《ゑが》いて、|軌道《きだう》を|巡《めぐ》る|如《ごと》く|見《み》え、|広《ひろ》い|端《はし》になるほどその|描《ゑが》いた|星《ほし》が、|東《ひがし》から|西《にし》へ|運行《うんかう》するやうに|見《み》える。|之《これ》を|見《み》ても、|北斗星《ほくとせい》が|北極星《ほくきよくせい》を|中心《ちうしん》として|円《まる》き|軌道《きだう》を|運行《うんかう》するのでない|事《こと》が|分《わか》るであらう。
また|太陽《たいやう》の|光線《くわうせん》の|直射《ちよくしや》の|中心《ちうしん》は|赤道《せきだう》であるが、|大地《だいち》の|中心《ちうしん》は|北極《ほくきよく》|即《すなは》ち|地球《ちきう》である。|大地《だいち》の|中心《ちうしん》に|向《むか》つて、|大空《たいくう》の|中心《ちうしん》たる|太陽《たいやう》が|合《あは》せ|鏡《かがみ》の|如《ごと》くに|位置《ゐち》を|占《し》めて|居《を》るとすれば、|地球《ちきう》の|中心《ちうしん》たる|北部《ほくぶ》の|中津国《なかつくに》|即《すなは》ち|我《わ》が|日本《にほん》が|赤道《せきだう》でならねばならぬと|云《い》ふ|人《ひと》があるが、それは|太陽《たいやう》の|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》と、|地球《ちきう》の|傾斜《けいしや》|運動《うんどう》の|或《あ》る|関係《くわんけい》より、|光線《くわうせん》の|中心《ちうしん》が|地球《ちきう》の|中心《ちうしん》|即《すなは》ち|北部《ほくぶ》なる|我《わが》|日本《にほん》に|直射《ちよくしや》せないためである。
また|赤道《せきだう》を|南《みなみ》に|距《さ》るほど、|北斗星《ほくとせい》や|北極星《ほくきよくせい》が|段々《だんだん》と|低《ひく》く|見《み》え、|終《つひ》には|見《み》えなく|成《な》つて|了《しま》ふのは、|大空《たいくう》と|大地《だいち》の|傾斜《けいしや》の|程度《ていど》と、|自分《じぶん》の|居《を》る|地位《ちゐ》とに|関係《くわんけい》するからである。|是《これ》も|雨傘《あまがさ》を|上《うへ》と|下《した》と|二本《にほん》|合《あは》して|傾斜《けいしや》|廻転《くわいてん》をなし|乍《なが》ら|考《かんが》へて|見《み》ると、その|原因《げんいん》が|判然《はんぜん》と|分《わか》つて|来《く》る。
(大正一〇・一二・二七 旧一一・二九 外山豊二録)
第五〇章 |神示《しんじ》の|宇宙《うちう》 その五〔二〇〇〕
|宇宙間《うちうかん》には、|神霊原子《しんれいげんし》といふものがある。|又《また》|単《たん》に|霊素《れいそ》と|言《い》つてもよい、|一名《いちめい》|火素《くわそ》とも|言《い》ふ。|火素《くわそ》は|万物《ばんぶつ》|一切《いつさい》の|中《うち》に|包含《はうがん》されてあり、|空中《くうちう》にも|沢山《たくさん》に|充実《じゆうじつ》して|居《ゐ》る。|又《また》|体素《たいそ》といふものがあつて|単《たん》に|水素《すゐそ》とも|云《い》ふ。|火素《くわそ》|水素《すゐそ》|相《あひ》|抱擁《はうよう》|帰一《きいつ》して、|精気《せいき》なるもの|宇宙《うちう》に|発生《はつせい》する、|火素《くわそ》|水素《すゐそ》の|最《もつと》も|完全《くわんぜん》に|活用《くわつよう》を|始《はじ》めて|発生《はつせい》したものである。この|精気《せいき》より|電子《でんし》が|生《うま》れ、|電子《でんし》は|発達《はつたつ》して|宇宙間《うちうかん》に|電気《でんき》を|発生《はつせい》し、|一切《いつさい》の|万物《ばんぶつ》|活動《くわつどう》の|原動力《げんどうりよく》となるのである。
そして|此《こ》の|霊素《れいそ》を|神界《しんかい》にては、|高御産巣日神《たかみむすびかみ》と|云《い》ひ、|体素《たいそ》を|神御産巣日神《かむみむすびかみ》と|云《い》ふ。この|霊体《れいたい》|二素《にそ》の|神霊《しんれい》より、|遂《つひ》に|今日《こんにち》の|学者《がくしや》の|所謂《いはゆる》|電気《でんき》が|発生《はつせい》し、|宇宙《うちう》に|動《どう》、|静《せい》、|解《かい》、|凝《ぎよう》、|引《いん》、|弛《ち》、|合《がふ》、|分《ぶん》の|八力《はちりよく》|完成《くわんせい》し、|遂《つひ》に|大宇宙《だいうちう》|小宇宙《せううちう》が|形成《けいせい》された。ニユートンとやらの|地球《ちきう》|引力説《いんりよくせつ》では、|到底《たうてい》|宇宙《うちう》の|真理《しんり》は|判明《はんめい》しないでありませう。
|物質《ぶつしつ》|文明《ぶんめい》は|日《ひ》に|月《つき》に|発達《はつたつ》し、|神秘《しんぴ》の|鍵《かぎ》を|以《もつ》て、|神界《しんかい》の|秘門《ひもん》を|開《ひら》いた|如《ごと》くに|感《かん》ぜられる|世《よ》の|中《なか》になつたと|言《い》つて、|現代《げんだい》の|人間《にんげん》は|誇《ほこ》つて|居《を》るやうであるが、|未《ま》だ|未《ま》だ|宇宙《うちう》の|真理《しんり》や|科学《くわがく》は|神界《しんかい》の|門口《かどぐち》にも|達《たつ》して|居《ゐ》ない。|併《しか》し|今日《こんにち》は、|高皇産霊《たかみむすび》(|霊系《れいけい》)、|神皇産霊《かむみむすび》(|体系《たいけい》)の|二大《にだい》|原動力《げんどうりよく》より|発生《はつせい》したる|電気《でんき》の|応用《おうよう》は|多少《たせう》|進《すす》ンで|来《き》て、|無線《むせん》|電信《でんしん》や、|電話《でんわ》やラヂオが|活用《くわつよう》されて|来《き》たのは、|五六七《みろく》の|神政《しんせい》の|魁《さきがけ》として、|尤《もつと》も|結構《けつこう》な|事《こと》であります。|併《しか》し|乍《なが》ら|物《もの》には|一利一害《いちりいちがい》の|伴《ともな》ふもので、|善悪《ぜんあく》|相《あひ》|混《こん》じ、|美醜《びしう》|互《たがひ》に|交《まじ》はる|造化《ざうくわ》の|法則《はふそく》に|漏《も》れず、|便利《べんり》になればなる|程《ほど》、|一方《いつぱう》に|又《また》それに|匹敵《ひつてき》する|所《ところ》の|不便利《ふべんり》な|事《こと》が|出来《でき》るものである。|電気《でんき》なるものは、|前述《ぜんじゆつ》の|如《ごと》く|宇宙《うちう》の|霊素《れいそ》、|体素《たいそ》より|生成《せいせい》したものであるが、|其《そ》の|電気《でんき》の|濫用《らんよう》のために、|宇宙《うちう》の|霊妙《れいめう》なる|精気《せいき》を|費消《ひせう》すればするだけ、|反対《はんたい》に|邪気《じやき》を|発生《はつせい》せしめて|宇宙《うちう》の|精気《せいき》を|抹消《まつせう》し、|為《ため》に|人間《にんげん》その|他《た》|一切《いつさい》の|生物《せいぶつ》をして|軟弱《なんじやく》ならしめ、|精神的《せいしんてき》に|退化《たいくわ》せしめ、|邪悪《じやあく》の|気《き》|宇宙《うちう》に|充《み》つれば|満《み》つる|程《ほど》、|空気《くうき》は|濁《にご》り|悪病《あくびやう》|発生《はつせい》し|害虫《がいちう》が|増加《ぞうか》する。されど|今日《こんにち》の|人間《にんげん》としては、|是《これ》|以上《いじやう》の|発明《はつめい》はまだ|出来《でき》て|居《ゐ》ないから、|五六七《みろく》|神世《しんせい》|出現《しゆつげん》の|過渡《くわと》|時代《じだい》に|於《おい》ては、|最《もつと》も|有益《いうえき》にして|必要《ひつえう》なものとなつて|居《を》る。モ|一歩《いつぽ》|進《すす》んで|不増不減《ふぞうふげん》の|霊気《れいき》を|以《もつ》て|電気《でんき》|電話《でんわ》に|代《か》へる|様《やう》になれば、|宇宙《うちう》に|忌《いま》はしき|邪気《じやき》の|発生《はつせい》を|防《ふせ》ぎ、|至粋《しすゐ》|至純《しじゆん》の|精気《せいき》に|由《よ》つて、|世界《せかい》は|完全《くわんぜん》に|治《おさ》まつて|来《く》る。この|域《ゐき》に|達《たつ》するにも、|今日《こんにち》のやうな|浅薄《せんぱく》なものを|捨《す》て、|神霊《しんれい》に|目醒《めざ》めねばならぬ。|大本《おほもと》|信者《しんじや》の|中《なか》には、|電気燈《でんきとう》を|排斥《はいせき》する|方々《かたがた》が、たまたま|在《あ》るやうに|聞《き》きますが、|夫《それ》は|余《あま》り|気《き》が|早過《はやす》ぎる。これ|以上《いじやう》の|文明《ぶんめい》|利器《りき》が|発明《はつめい》されて、|昔《むかし》の|行燈《あんどう》が|不用《ふよう》になつた|様《やう》に、|電燈《でんとう》が|不用《ふよう》になる|時機《じき》の|来《き》た|時《とき》に|電気《でんき》を|廃《はい》すればよい。
また|宇宙《うちう》には|無限《むげん》の|精気《せいき》が|充満《じゆうまん》してあるから、|何程《なにほど》|電気《でんき》を|費消《ひせう》しても|無尽蔵《むじんざう》である。|決《けつ》して、|無《な》くなると|云《い》ふ|心配《しんぱい》は|要《い》らぬ。また|一旦《いつたん》|電気《でんき》|濫費《らんぴ》より|発生《はつせい》した|邪気《じやき》も|宇宙《うちう》|無限《むげん》の|水火《すゐくわ》の|活動《くわつどう》によつて、|新陳代謝《しんちんたいしや》が|始終《しじう》|行《おこな》はれて|居《を》るから|大丈夫《だいぢやうぶ》である。この|新陳代謝《しんちんたいしや》の|活用《くわつよう》こそ、|神典《しんてん》に|所謂《いはゆる》|祓戸四柱《はらひどよはしら》の|大神《おほかみ》の|不断的《ふだんてき》|活動《くわつどう》に|由《よ》るのである。
|人間《にんげん》は|宇宙《うちう》の|縮図《しゆくづ》であつて|天地《てんち》の|移写《いしや》である。|故《ゆゑ》に|人体《じんたい》|一切《いつさい》の|組織《そしき》と|活用《くわつよう》が|判《わか》れば、|宇宙《うちう》の|真相《しんさう》が|明瞭《めいれう》になつて|来《く》る。|諺《ことわざ》に|曰《い》ふ『|燈台《とうだい》|下《もと》|暗《くら》し』と、|吾人《ごじん》の|体内《たいない》にて|間断《かんだん》なく|天《あめ》の|御柱《みはしら》なる|五大父音《ごだいふいん》と、|国《くに》の|御柱《みはしら》なる|九大母音《くだいぼおん》が|声音《せいおん》を|発《はつ》して|生理《せいり》|作用《さよう》を|営《いとな》み|居《ゐ》る|如《ごと》く、|宇宙《うちう》にもまた|無限《むげん》|絶大《ぜつだい》の|声音《せいおん》が|鳴《な》り|鳴《な》りて、|鳴《な》り|余《あま》りつつある。|而《しか》して|大空《たいくう》は|主《しゆ》として|五大父音《ごだいふいん》を|発声《はつせい》し、|地上《ちじやう》|及《およ》び|地中《ちちう》は|主《しゆ》として|九大母音《くだいぼおん》が|鳴《な》り|鳴《な》りて、|鳴《な》り|足《た》らざる|部分《ぶぶん》は|天空《てんくう》の|五大父音《ごだいふいん》を|以《もつ》て|之《これ》を|補《おぎな》ひ、|生成化育《せいせいくわいく》の|神業《しんげふ》を|完成《くわんせい》しつつある。|天空《てんくう》もまた|大地《だいち》の|九大母音《くだいぼおん》の|補《おぎな》ひに|依《よ》つて、|克《よ》く|安静《あんせい》を|保《たも》ち、|光温《くわうをん》を|生成化育《せいせいくわいく》しつつある。またこの|天地《てんち》|父母《ふぼ》の|十四大音声《じふしだいおんせい》の|言霊力《げんれいりよく》によつて、キシチニヒミイリヰの|火《ひ》の|言霊《ことたま》を|生成《せいせい》し、またケセテネヘメエレヱの|水《みづ》の|言霊《ことたま》と、コソトノホモヨロヲの|地《ち》の|言霊《ことたま》と、クスツヌフムユルウの|結《むすび》(|即《すなは》ち|神霊《しんれい》)の|言霊《ことたま》とを|生成《せいせい》し、|天地間《てんちかん》の|森羅万象《しんらばんしやう》を|活《い》き|働《はたら》かしめつつ|造化《ざうくわ》の|神業《しんげふ》が|永遠無窮《ゑいゑんむきう》に|行《おこな》はれて|居《ゐ》る。|試《こころ》みに|天空《てんくう》の|声《こゑ》を|聞《き》かむとすれば、|深夜《しんや》|心《こころ》を|鎮《しづ》めて、|左右《さいう》の|人指《ひとさし》を|左右《さいう》の|耳《みみ》に|堅《かた》く|当《あ》てて|見《み》ると、|慥《たしか》にアオウエイの|五大父音《ごだいふいん》を|歴然《れきぜん》と|聞《き》くことが|出来《でき》る。|瑞月王仁《ずゐげつ》の|無学者《むがくしや》が|斯《こ》ンなことを|言《い》つても、|現代《げんだい》の|学者《がくしや》は|迂遠《うゑん》|極《きは》まる|愚論《ぐろん》と|一笑《いつせう》に|附《ふ》し|去《さ》るであらうが、|身体《しんたい》を|循環《じゆんくわん》する|呼吸器音《こきふきおん》や、|血液《けつえき》や、|食道管《しよくだうくわん》や、|腸胃《ちやうゐ》の|蠕動音《じゆどうおん》がそれである。|然《しか》るにその|音声《おんせい》を|以《もつ》て|宇宙《うちう》の|音響《おんきやう》と|見做《みな》すなど、|実《じつ》に|呆《あき》れて|物《もの》が|言《い》へぬと|笑《わら》はれるであらう。|安《いづ》くンぞ|知《し》らむ、|人間《にんげん》の|体内《たいない》に|発生《はつせい》する|音響《おんきやう》そのものは、|宇宙《うちう》の|神音霊声《しんおんれいせい》なることを。|今《いま》|医家《いか》の|使用《しよう》する|聴診器《ちやうしんき》を|応用《おうよう》して|考《かんが》へ|見《み》る|時《とき》は、|心臓部《しんざうぶ》より|上半身《かみはんしん》の|体内《たいない》の|音響《おんきやう》は、|五大父音《ごだいふいん》が|主《しゆ》として|鳴《な》り|轟《とどろ》き、|以下《いか》の|内臓部《ないざうぶ》の|音響《おんきやう》は|九大母音《くだいぼおん》|鳴《な》り|渡《わた》り、その|他《た》の|火水地結《くわすゐちけつ》の|音声《おんせい》の|互《たがひ》に|交叉《かうさ》|運動《うんどう》せる|模様《もやう》を|聞《き》くことが|出来《でき》る。|人体《じんたい》にして|是等《これら》の|音声《おんせい》|休止《きうし》する|時《とき》は、|生活《せいくわつ》|作用《さよう》の|廃絶《はいぜつ》した|時《とき》である。|宇宙《うちう》も|亦《また》この|大音声《だいおんせい》|休止《きうし》せば、|宇宙《うちう》は|茲《ここ》に|潰滅《くわいめつ》して|了《しま》ふ。|地中《ちちう》の|神音《しんおん》は|人間《にんげん》|下体部《かたいぶ》の|音響《おんきやう》と|同一《どういつ》である。|只《ただ》|宇宙《うちう》と|人体《じんたい》とは|大小《だいせう》の|区別《くべつ》あるを|以《もつ》て、|其《そ》の|音声《おんせい》にも|大小《だいせう》あるまでである。|大声《たいせい》|耳裡《じり》に|入《い》らず、|故《ゆゑ》に|天眼通《てんがんつう》、|所謂《いはゆる》|透視《とうし》を|為《な》すに|瞑目《めいもく》する|如《ごと》く、|宇宙《うちう》の|大声《たいせい》を|聞《き》かむとすれば、|第一《だいいち》に|閉耳《へいじ》するの|必要《ひつえう》がある。|神典《しんてん》に|曰《い》ふ、『|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》り|余《あま》れる|処《ところ》|一所《ひとところ》あり、|鳴《な》り|鳴《な》りて|鳴《な》り|足《た》らざる|処《ところ》|一所《ひとところ》あり』と、|是《こ》れ|大空《たいくう》|及《およ》び|大地《だいち》の|音声《おんせい》|活用《くわつよう》の|神理《しんり》を|示《しめ》されたものである。|聖書《せいしよ》に|曰《い》ふ『|太初《はじめ》に|道《ことば》あり|云々《うんぬん》』と、|之《これ》に|依《よ》りて|宇宙言霊《うちうげんれい》の|如何《いか》なる|活用《くわつよう》あるかを|窺知《きち》すべきである。
(大正一〇・一二・二八 旧一一・三〇 松村仙造録)
(第四六章〜第五〇章 昭和一〇・一・二三 於車中 王仁校正)
さんぜんせかい、いちどにひらくむめのはな、こんじんのよになりたぞよ。さんぜんせかいが、いちどにひらくぞよ。しゆみせんざんにこしをかけ、あをくもがさでみみがかくれぬぞよ。
(明治三十七年九月六日神諭)
附録 第二回高熊山参拝紀行歌
王仁作
高熊山参拝者名簿
(大正十一年二月五日)
(一)
大き正しき|壬《みづのえ》の  |戌《いぬ》の節分祭すみて
神の【出口】の道【王】く  【仁】慈の【三】代の開け口(出口王仁三郎)
【直】く正しく【澄】渡る  心も清き【大】空【二】(出口直澄)
大本瑞祥会々長  【湯川貫一】始めとし(出口大二)
神徳【高木】高熊の  四十余り八ツの宝座をば(湯川貫一)
拝して神慮を息めむと  金【鉄】溶かす信仰の(高木鉄男)
心も固き益良【男】が  御国に尽す真心は
天地の神もうべなひて  雲【井】の【上】に【留五郎】(井上留五郎)
神と君とに捧げむと  孕む誠は世の人の
夢にも知らぬ【岩田】帯  二十五年の【久】しきを(岩田久太郎)
耐り詰めたる【太】元の  前の教主の王仁三【郎】
教の花も【桜井】の  一視【同仁】神界の(桜井同仁)
経綸に開く白梅の  四方に薫るを【松】心(松村仙造)
【村】雲四方に掻別けて  須弥【仙】山にこしを掛け
天地を【造】りし大本の  神の稜威は内【外】の(外山豊二)
国々嶋々【山】川に  【豊二】あらはれ北の空(原あさ)
光もつよき天の【原】  【あさ】ぢケ原もいや【ひろこ】(原ひろこ)
【遠】き近きの別ちなく  世はあし引の【山】ふかみ(遠山一仁)
神人【一】致【仁】愛の  祥たき御代となりぬらむ
【東】は小雲西四ツ【尾】  川を隔つる【吉】美の里(東尾吉雄)
中に【雄】々しき竜やかた  節分祭も相すみて
【同】じ心の|信徒《まめひと》が  【さき】を争ひステーション(同さき)
汽車に揺られて勇ましく  【東尾】さして進み行く(東尾万寿)
名さえ芽出度【万寿】苑  瑞祥会の大本部(森良仁)
神の真【森】も【良仁】の  和知の【高橋】打ち渡り(高橋常祥)
【常】磐の松の心もて  瑞【祥】閣に入りにけり
大井の【河】も名をかへて  保【津】の谷間降り行く(河津雄)
水勢益々【雄】大に  鳴り響くなる高熊の
【小竹】小柴の中分けて  【玖仁】武【彦】や【|小和《さわ》】田姫(小竹玖仁彦)
神の聖跡を慕ひつつ  【常】磐の松の色も【吉】く(小沢常吉)
茂りて【高井】神の山  い【こう】間もなく登り行く(高井こう)
【田二】と【谷】とに包まれし  巌に【繁】る一ツ葉の(田二谷繁)
色青々と威勢よく  栄え【三谷】の眺め【良】し(三谷良一郎)
【一】行二百五十人  祝詞の声も清【郎】に
【藤】蔓生ふる坂道を  【津】たいて【暹】む神の子が(藤津暹)
【同】じ心の神の道  【ひさ】を没する草原を(同ひさ)
射る【矢】の如く走り【岸】  役員信者が【金】鉄の(矢岸金吉)
誠の心ぞ雄々しけれ  色【吉】く【重】れる【松】の山(重松健義)
|【健】固《たつしや》の足の進み【義】く  【浜端】ならぬ池の端(浜端善一)
【善】男美女の【一】隊は  【森】の下路【永】々と(森永熊太)
【熊】もつつまず【太】どりゆく
(二)
|甲子《きのえね》四月【江頭】がしら  【右】も左も知らぬ身の(江頭右門)
【門】口あけて【上】り行く  大【原】山や経塚を(上原芳登志)
上るを【芳登志】神風や  【福井】の空を笠に着て(福井又次郎)
【又】もや進む神の山  【次】第に【倉】き馬の【瀬】の(倉瀬吉稚)
ながめ【吉】ろしく【稚】雄が  奥山さして夜の道
いなむ由なき【稲川】の  いと【泰】らけく渡り行く(稲川泰造)
神の【造】りし蛙岩  右手にながめて薄原
【山口】近くなりければ  【恒】に似合ぬ山【彦】の(山口恒彦)
とどろく声をしるべにて  一視【同】仁博愛の(同安子)
神のふところ【|安々《やすやす》】と  足を早めて【長谷川】や(長谷川八重子)
【八重津】草【村藤】の蔓  ふみ分け進む【太】間子原(津村藤太郎)
拓く道芝茂り行く  神の教えぞたふとけれ
(三)
【吾】故【郷】に【勝】たれる  神の御山【哉】世を渡す(吾郷勝哉)
小幡の【橋】の【本】清く  流るる【瑞】の水勢は(橋本瑞孝尼)
忠【孝】々と響くなり  由緒も深き宮【垣】内(垣口長太郎)
神の出【口】の【長】として  世の【太】元の【大】神の
珍の言霊|神【賀】《かむほぎ》の  【亀】の瑞祥も充ち【太郎】(大賀亀太郎)
五六七の御代を【松浦】の  教の道もいち【治郎】し(松浦治郎助)
人力車に【助】けられ  気は【針】弓の遠き道(針谷又一郎)
【谷又】谷を【一】越えに  円満清【郎】太祝詞
【古】き記憶を【田】どりつつ  【初】めて【九郎】の味を知り(古田初九郎)
名さへ目出度亀【岡】の  【森】良仁氏東尾氏(岡森常松)
【常】磐の【松】の心もて  【久】方ぶりに【勇】ましく(久勇蔵)
登りて行く【蔵】楽しけれ  【梅】花の薫る神の【村】(梅村隆保)
【隆】々昇る朝日影  天【保】|爺《おやじ》の阿【房】面(房前市三)
お【前】はよつぽど【市】助と  【三】くびられたる皮【堤】(堤嘉吉)
安本丹の【嘉】すてらと  【吉】くも言はれぬ【吉】松【野】(吉野光俊)
伜の力【光】る【俊】  曽我部穴太の【宮】垣【内】(宮内喜助)
上田【喜】三郎の野呂【助】も  【青】鼻垂らした幼年【野】(青野郁秀)
小さき心に馥【郁】と  包みし神力現はれて
人に【秀】れた神の術  ねがい【金井のえ】み深く(金井のえ)
神の教にしたがひて  【佐伯】ませうと山路を(佐伯史夫)
【史】わけ進む大丈【夫】の  【宇城】も見ずに【信】仰の(宇城信五郎)
日【五郎】の力試めさむと  【土】ン百姓の小伜が
しけこき【居】宅を立て出でて  【重】い身体【夫】運びつつ(土居重夫)
岩【石】ふみ別けまつ【崎】に  よこ【米】もふらず上り行く(石崎米吉)
心持【吉】き高【倉】の  山に【成】りなる神の【徳】(倉成徳郎)
ワンパク野【郎】が【関】々と  谷【川】渉るも世の【為二】(関川為二郎)
つくさむものと三ツ栗の  【中】執臣のそのみすえ(中安元務)
【安】閑坊の喜楽人  世の太【元】の神【務】をば
清く尽さにやおか【内藤】  【いち】目散に神の道(内藤いち)
心も身をも投げ【島田】  とくに解かれぬ神の【文】(島田文)
どうかこう【加藤】案じつつ  神の光に照されて(加藤明子)
心の空も【明】けにけり
(四)
【吉野】の花の開く時  【時子】そよけれ神【徳】を(吉野時子)
【重】ぬる春と村肝の  心も【敏】く【雄】々しくも(徳重敏雄)
【長井】夜道の露【亨】けて  【二】つなき身を山の【中】(長井亨二)
谷【川】こえて松の木の  【繁】り栄ゆる高【蔵】の(中川繁蔵)
神山目当てに只一人  【神谷】仏を頼りとし(神谷千鶴)
【千】年の松に【鶴】巣ぐふ  神世に早く【渡辺】の(渡辺淳一)
至粋至【淳】の善の道  只【一】と筋に立て通し
その功績も【大久保】の  世界【一】と【蔵】響くなり(大久保一蔵)
(五)
浦【安】国の神【徳】を  顕はす道は【敬】神と(安徳敬次)
【次】に尊皇愛国心  【松岡】神使の世の中を(松岡均)
治めて桝掛ひき【|均《なら》】す  教の花の道【開】き(開徳蔵)
神の御【徳蔵】たふとけれ  山川【野】辺に【崎】匂ふ(野崎信行)
【信】の花のまつりごと  【行】ひま【森】東の(森山登)
【山】の尾ノ上に旭影  【登】るが如き祥瑞の
五六七の御代は昔より  例しも【内藤】歓びつ(内藤正照)
斯の世を渡る【正】人の  頭に神の光り【照】る
春の緑の【若林】  【家支】しげき神の国(若林|家支《いへかず》)
万世の【亀】玉の【井】に  遊ぶ目出度き【巌】の御代(亀井巌義)
仁【義】の君の知召す  豊葦原の【中】津国(中森篤正)
神のま【森】のいや【篤】く  世人の行ひ【正】しくて
人跡絶えし【山中】も  【きく】の薫りの芳ばしく(山中きく)
下万民も【上窪】も  【純】み渡り行く【雄】々しさよ(上窪純雄)
【多田】何事も百の【玖仁】  【麿】く治まり開けつつ(多田玖仁麿)
一視【同】仁神の道  正【義】に強き益良【雄】の(同義雄)
胸も【鈴】し【木源之】  瑞の御魂の【助】け神(鈴木源之助)
【古木】神代の有様を  物語りつつ【民】草の(古木民三郎)
迷を開く【三】ツ葉彦  綾の高天にあらはれて
音吐【郎】々述べ立つる  宇宙のほ【加納】空に立ち(加納森市)
神のま【森】の【市】の【森】  忠【義一】途の人【生】は(森義一)
【一】度は参れ皇神の  教の元の修行場(生一正雄)
道は【正】しく【雄】大に  天下に伝はる麻柱の(同つね)
教の花は【つね】ならず  和光【同】塵今の世の
世の持方を根本より  【同】じ心の道の友(同清子)
力協はせて【清】め行く  |災《わざは》ひ多き世の【中】の
【村】雲四方に掻分けて  誠つくしの神の【みよ】(中村みよ)
古きを捨てて【新】しく  心の【海】に日月の(新海留吉)
影を【留】めて住【吉】の  神の稜威も【有】が【田】く(有田九皐)
千年の鶴は【九皐】に  翼を並べ神の代を
謳ふときはの松の国  四方の国【土】を玉の【井】の(土井靖都)
水に清めて【靖都】と  治むる御代も【北】の空(北村隆光)
【村】雲ひらく星の影  【隆】く【光】る世ぞ来ると【きく】(同きく)
アヽ【有】が【田】き加【美】代ぞ【登】  天津神たち八百万(有田美登)
国津神たち八百万  民草けもの虫けらも
【同】じ恵の露を浴み  【義夫】あしきを超越し(同義夫)
仁慈の【雨】の【森】きたる  月日を【松】の大本の(雨森松吉)
神の館ぞ楽もし【|吉《き》】  【坂】え目出度【木】日の本は(坂木義一)
仁【義一】途の神の国  【湯】津桂木の【浅】からぬ(湯浅寛康)
神の御陰は【寛康】  聖の御代のいま【近藤】(近藤国広)
まつ【国】民の胸の内  【広】く【清】けく【田】のもしく(清田西友)
|【西】洋《から》国人も【友】々に  雲【井】ノ【上】に坐す神の(井上頼次)
力を【頼】り【次】々に  集り来る神の前
【亀】の齢の【田】のもしく  斯世の【親】とあれませる(亀田親光)
神の【光】を道の【辻】  山の奥までいと【安】く(辻安英)
照らす梅花の【英】の  【中井しず】まるこの教(中井しず)
一【同順次】に味ひつ  【大】原山や【西】山の(同順次郎)
谷を【佐】して【六】合治の  皇【大】神の御教を(大西佐六)
【谷】具久渡る国の|端《はて》  神を【敬】ひ世の人を(大谷敬祐)
【祐】け渡して六道の  【辻】にさまよふ【正】人を(辻正一)
誠【一】つの善の道  神の【宮】なる人の身を(宮田光由)
【田】すけ【光】らすことの【由】  四方の国々|伝《つた》【遠藤】(遠藤鋭郎)
精新気【鋭】の神司  鳴る言霊も【朗】かに
天地に響く勇ましさ
(六)
松樹茂れる神の【森】  岩窟の前に端坐して(森礼子)
神に御【礼】の祝詞【子】と  浅【桐山】に立ち籠めて(桐山綾子)
【綾】に畏【子】き久方の  高天【原】と田々へつつ(原田益市)
天の【益】人【市】なして  東や【西】や北南(西村寿一)
四方の国人【村寿】々目  【一】度に開く言霊の
花咲き匂ふ千引【岩】  この堅【城】に信徒【達】(岩城達禅)
座【禅】の姿勢を取り乍ら  怪し【木】心の【村】雲を(木村敬子)
伊吹払ひて天地の  神を【敬】ひ真心を
煉りて仕ふる【神】の子の  【同】じ思ひは八百【よね子】(同よね子)
杵築の宮に神集ひ  世の悉々を神議り
議らせ玉ふ神の【徳】  【重】き使命もい【佐三】つつ(徳重佐三郎)
|三【郎】九《みろく》の神の御使ひ  【武内】宿禰の代へ御魂(武内なか)
【なか】き月日を送りまし  小松林と現はれて(同久米代)
この一【同】の信徒に  【久米】ども尽きぬ神の【代】の
その有様をた【上倉】  【あき】らめ諭し玉はんと(上倉あきこ)
天地【兼】ぬる常磐木の  【松】の大道を教【ゑつ】つ(兼松ゑつ)
【伊賀】しき稜威もうし【とら】の  隅にかくれて世を【衛】る(伊賀とら)
【藤】き昔の【襄】と姥  神代【一】代耐へ忍び(衛藤襄一郎)
現はれ出でし【沢田】姫  【豊】栄昇りに【記】し行く(沢田豊記)
奇しき神代の物語り  聞くも嬉しき|十四夜《いざよひ》の
空に輝やく月の影  【西】山の【尾】に舂きて(西尾愛蔵)
明くれば二月十五日  |仁【愛】《みろく》の教を胎【蔵】し
上【田】の家に帰りたる  【中】の五日のお【しま】れぬ(田中しま)
【上】田【野】家に生まれたる  年も二八の喜三郎(上野豊)
【豊】国姫の教受け  吾家に帰り【北】の【里】(北里利義)
【利】益を捨てて【義】に勇む  心とこそは成にけり
皇【大】神の御教は  いよいよ【深】く【浩】くして(大深浩三)
普く天地に【三】ツの魂  過ぎ【西】罪の除け【島】い(西嶋新一)
|心《こころ》【新】らしく【一】つ道  【柴】り附い【田】る【元】の垢(柴田元輔)
神の【輔】けに拭はれて  漸やく【佐藤】りし神心(佐藤六合雄)
御【六合雄】思ふ村肝の  心の【中島恒也】の(中島恒也)
塵も消え失せ心地【吉】し  【浜】の真砂の数々を(吉浜芳之助)
花【芳】ばしき大神【之】  【助】けに生れ変りつつ
神と【同】じく【暉】りにけり(同暉)
(七)
【佐藤】りの道を【貞】やかに  【吉】く諾なひし信徒は(佐藤貞吉)
神の御徳を慕ひつつ  大島【小島】に出【修】し(小島修吾)
心も垢も荒波の  【吾】の身魂を清めむと
嶋の【中】なる神の【嶋】  【卯】の花匂ふ大【三】空(中島卯三郎)
朝【日】受けつつ五里の路  つ【田井】て進む【正男】(日田井正男)
女も共にまひ鶴の  狼の面【高】き中【塚】見(高塚忠俊)
暗礁危ふく避け乍ら  【忠】勇義烈の【俊】才や
【小】児も交り漕ぎ渡る  よろこび【泉】の涌く如く(小泉清治)
【清】く【治】まる小島沖  義侠の心【富永】の(富永熊次郎)
波路【熊】なく【次】々に  島へ島へと行く船も
波と浪との【谷】あ【井】を  【又】もや潜る|面《おも》【四郎】さ(谷井又四郎)
舞【鶴丸】を【忠】心に  教祖の神の【一】隊は(鶴丸忠一)
心も清く進みけり
(八)
【斎】きまつれる【藤】津代の  神の【吉】言を【次】々に(斎藤吉次)
異口【同】音に唱へつつ  神の【まさ】道ふみて行く(同まさ)
堅き心の信徒は  百のなやみも【伊東】ひなく(伊東きくよ)
神声【きくよ】の嬉しさに  世の【大】本【野金】の神(大野金一)
善【一】と筋を【田】て通ほす  その真心ぞ神の【村】(田村慶之助)
至【慶】至祥【之】限りなり  【助】けも著るき【金】神の
錦【織】りなすいさをしは  日に夜に月に【益太郎】(金織益太郎)
上中下なる【三段】の  神の御魂ぞ【崎】はひて(三段崎みち)
円く治まる神の【みち】  世人救はにや【岡崎】の(岡崎よしの)
花も【よしの】の芳ばしく  ながめ【吉田】の十曜の【紋】(吉田紋助)
【助】けよま【森田】まへかし  誠の道も【富太郎】(森田富太郎)
千【倉】の置戸を負ひながら  世人に心【掛】巻も(倉掛徳義)
畏こき神の|御《おん》威【徳】  仰ぐもき【|義上《よしかみ》】の【園】(上園権太郎)
無限の【権】威並びなく  充ち【太郎】なり【三】ツの魂
宝も【沢】に人清く  親しみ睦ぶ至【治】太【平】(三沢治平)
国の【中村】おだやかに  進む神【徳】著【治郎】し(中村徳治郎)
(九)
【高】天原は【取】わけて  【太】宮柱たかみ【蔵】(高取太蔵)
【斎】ひ奉る【藤みゆき】空  ふるき千年の松ケ枝に(斎藤みゆき)
【鶴】も巣を組み【治】まれる  国の稜威も【高橋】や(同鶴治)
【栄】え【二】栄えます鏡  福知【田辺】の外がこひ(高橋栄二)
筆の【林】の茂り合ふ  【三】柱【神】の【崎】はひて(田辺林三郎)
国を【保】つ【之助】け船  命の親の千田五百田(神崎保之助)
【前田】に【満】つる【稲】の波  【有】りあり見ゆる【働】きの(前田満稲)
【続】く限りの【真】心は  黄【金】の色の秋の野辺(有働続)
心持ち【良】き正【人】の  教に魂を【奥村】の(真金良人)
誠一つに【晋】むなり  【難波】ン【鉄次】のいやかたき(奥村晋)
日本心は万代の  【亀】鑑とこそは知られけり(難波鉄次)
遠き【山道太】どりつつ  そ【郎】そろ開く神の教(亀山道太郎)
【藤】の神山を【田】子の浦  【武】蔵甲斐より眺むれば(藤田武寿)
【寿】ぎ祝ふ白扇の  末広々と白雲や
【吉田】の【時】雨【治】まりて  【金】字の【山】姿いと|気【善】《きよ》し(吉田時治)
国の誉れもいち【次郎】く  【根占】かなめや【忠】孝の(金山善次郎)
道【明】らけき大本の  教の【園】は天の【原】(根占忠明)
かきわけ来る神の筆  固く【信次】て疑はず(園原信次)
よしも【芦】きも【沢】々に  世は【ひさ】方のいつまでも(芦沢ひさ)
曽【加部】の里に鳴【瀰】る  神を【斎】ける【藤原】氏(加部|瀰《わたる》)
【栄】華の夢は【一】朝に  消えた家系の上田姓(斎藤栄一)
【沖野】かもめのいと【長】く  行き交ふごとく【造】作なき(神野長造)
筆の運びの【|信司《しんじ》】つは  神人ならば分【かる】べし(同信司・同かる)
(十)
いかに手【荒井兵】もの【之】  勢ひたけく攻め来とも(荒井兵之助)
神の守に【助】けます  親の心も暖かに
【|小川《こがは》】いがりいたはりて  人の愛にもいや【政】り(小川政男)
国に心を【男木村】の  大御めぐみぞ尊とけれ(木村伴太郎)
教の【伴】の充ち満てる  【太】元神の開きたる
誠の道の【牧】ばしら  【慎】み仕へ【平】けく(牧慎平)
【村】雲払ふ【上林】  【治】まる御代もいと【長井】(村上林治)
【吉】事は日【五郎】次々に  大き【小】さきまがつ神(長井吉五郎)
【原】ひ清むる【竹】箒  【三】つの御魂の現はれて(小原竹三郎)
【高】熊山の神の教  彼【岸】に波も【平】けく(高岸平八)
渡す【八】百重の游【藤田】か【亀】  神のみいづぞ【雄】々しけれ(藤田亀雄)
【黒】白も分かぬ暗の世の  【田】からとあがめ歓こ【ひて】(黒田ひで)
天津祝詞に曲の霊  かたく【藤岡】世は【澄】ぬ(藤岡澄)
大山【小山】かきわけて  【昇】る朝日の影清く(小山昇)
桧木【杉】生ふ【山】かげに  光も【当】る【一】と筋の(杉山当一)
神の御綱につながれて  道【安】々【藤唯】一人(安藤唯夫)
日本大丈【夫】進み行く  神の恵も【浅】からず(浅田正英)
上【田正英】九日の  月に照らされ【青木】原(青木久二)
【久二】も病まず小【杉原】  【たか】熊さして登りゆく(杉原たか)
神の【林二】生ひたてる  諸の木草に時じくの(林二郎)
木の実も沢に【成岡】の  その味はひもうるはしく(成岡銀一郎)
【銀】月【一】天すみ切りて  西へ西へと【渡辺】の(渡辺泰次)
珍の姿の【泰】然と  追【次】に山にかくれ行く(同常吉)
【同】じ【常】磐の松の露  【吉】く味はひし【木下】暗(木下愛隣)
至仁至【愛】の心もて  遠【隣】救ふ神の教
世の【根本】を【保】々と  【夫】れ夫れ御魂にさとし行く(根本保夫)
縦【横山】谷【英二】のぼり  神の【定】めし【金】神の(横山英二)
道【伝】へ行く神【兵】が  【衛】りに勇み【堂】々と(定金伝兵衛)
【前】む【正】しき益良雄が  花も【盛】りの【岩城】に(堂前正盛)
【繁】々通ふ【太郎】次郎  【同】じ身魂の【よし】あしを(岩城繁太郎)
さばく審神者の修行場  【小野】が御【田】麻も【安】々と(同よし)
【男】子と女子の跡たづね  【うさ】も忘るる神の道(小野田安男)
【小野】が御【田】麻の【定】め【蔵】と  【田】がひに進む皇神の(同うさ)
恵みの【淵】に浮びつつ  神の【政】の【男】々しくも(小野田定蔵)
仕へ奉るぞ楽しけれ(田淵政男)
(十一)
【佐】かえ目出度き神の道  大みたからも【沢】々に(佐沢広臣)
【広】まり茂る瑞穂国  君と【臣】との中きよく
能く治まれる【矢嶋】国  常世の端に【伊太郎】まで(矢嶋伊太郎)
【山】|跡《と》国なる日の【本】の  神の大道に【納】め行く(山本納吉)
日嗣の君の大前に  【吉】くも仕ふる【山川】の(山川石太郎)
草木や【石】にい【太郎】まで  固く守らす【岩】の松(岩淵久男)
【淵】瀬と変る世の中に  天の【久】方雲わけて
【男】神女神の二柱  山の【上原熊】もなく(上原熊蔵)
下も【蔵】まる西東  青【垣】山をめぐらせる(西垣岩太郎)
下津【岩】根に宮柱  【太】しき建てて浦【安】の(安田武平)
国の【田】からは農と【武】士  世は泰【平】に進みつつ
神の御前にたなつもの  【横山】の如たてまつり(横山辰次郎)
豊の烟も【辰次郎】  【木】の【下】潜る清【泉】も(木下泉三)
神の恵と【三谷口】  【千代】の基【蔵肇】めたる(谷口千代蔵)
瑞穂の魂のその流れ  長く清けき【吉川】の(同肇)
世界改【良】の神【策】地  【氏】や素性や【家】柄を(吉川良策)
ほこらず只に道の為  【力雄】つくせ|【須】臾《しばらく》も(氏家力雄)
田【釜】の原のいや【広】き  神【之助】けをあななひて(須釜広之助)
神の司と【成田】身は  【常】磐かきはに世を【衛】る(成田常衛)
【田】すけの神の其【中】に  わけて尊き国【竹】の(田中竹次郎)
彦の命の神徳は  外に勝れていち【次郎】し
|黄泉津《よもつ》の坂の【坂本】に  【善】と悪とを立別ける(坂本善兵衛)
神【兵】堅く【衛】りつつ  大【神】|津実《つみ》の【崎】みたま(神崎保之助)
浦【保】国【之助】け神  醜の曲津も【在原】の(在原丑太郎)
言向和はす【丑】寅の  神の御息のいや【太】く
清【郎】無垢の【神守】  天津神【国】の日の神の(神守)
その【分】霊幸ひて  忠【義一】途の神司(国分義一)
【八】嶋の国は掛【巻】も  畏こき神の御教を(八巻市三郎)
まづ第【市】とたつと【三】て  神を君とに竭す身は
その【名】も【倉】も【清】く【吉】く  【中】津御国【野】醜の名は(名倉清吉)
必ず【寅次】とこしへに  神の誠の道守れ(中野寅次)
【中】津御国【野】皇神の  【作】り玉ひし言霊の(中野作朗)
円満清【朗】淀みなく  言向け【北】る出【口】王仁(北口新平)
|心《うら》【新】しく【平】けく  小幡の【川】の水清き(川村喜助)
曽我部の【村】に生れたる  幼名上田の【喜】三郎
神の【助】の|命毛《いのちげ》の  筆を揮ひて高熊の
山の因縁あらあらと  頭を掻いて恥をかき
下らぬ歌をかき残す。
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霊界物語 第四巻 霊主体従 卯の巻
終り