ガンダム・センチネル
高橋 昌也
目次
[#目次1] 第一部 激動編
[#目次2]  序 章 男たち
[#目次3]  第一章 ペズンの反乱
[#目次4]  第二章 前哨戦
[#目次5]  第三章 Sガンダム、出撃!
[#目次6]  第四章 ペズン制圧
[#目次7] 第二部 月面攻防編
[#目次8]  第五章 月面の夢
[#目次9]  第六章 論理爆弾
[#目次10]  第七章 イーグル・フォール
[#目次11]  第八章 エアーズの攻防
[#目次12]  第九章 マス・ドライバー
[#目次13]  第十章 アクシズの影
[#目次14] 第三部 地球回帰編
[#目次15]  第十一章 目標、ペンタ
[#目次16]  第十二章 追撃
[#目次17]  第十三章 トリプル・アタック
[#目次18]  第十四章 アース・ライト
[#目次19] ガンダム・センチネル0079
[#ここから中央寄せ]
[#目次1]  第一部 激動編[#「第一部 激動編」は太字]
[#中央寄せ終わり]
[#目次2]
序 章 男たち
人類が、その増えすぎた人口を宇宙空間に浮かぶ人工の宇宙都市――スペース・コロニー――に移住させるようになってから、既に半世紀。スペース・コロニーに芽生えた地球からの独立の気運は、地球圏征服の野望を抱く者達に利用され、悲劇を生み出した。
「一年戦争《アイヤーウォー》」と呼ばれるその戦いは、この気運を歪んだ形で処遇する結果となり、五年の歳月が流れて行った。
時に宇宙世紀《UC》0085……。
青臭い草の匂いがした。間違うこと無い本物の草だ。見てくればかりの無臭のビニール製人工芝ではなく、掛値無しの本物だった。そして、その下には土が有る。茶色くもあり黒くもある、あの土が有るのだ。
そこは軍事施設の一角だった。その緑の絨毯の上に、二人の男が寝転がっている。どうやら地球連邦軍のモビルスーツ・パイロットらしい。
修理区画には|GM《ジム》と呼ばれる巨大な人型の戦闘機械――モビルスーツ――が二人を見下ろすように立っていた。
「本物の土と草だ。五年間でここまで復興したとはな。大したもんだ」
頑固そうな顔をしたストール・マニングスは右手の指で芝を千切ると、それを不機嫌な目を持つ顔の上にかざして、柄にもなく傍らに寝そべっている男の身体にバラ撒いた。「う、んんッ……?」顔にかかった芝を手で振り払うと、逆三角形の顔をした男は、骨ばった上体を大儀そうに起こした。
「済まん、済まん、トッシュ。起こしてしまったか」マニングスの手がトッシュ・クレイの腰をポンポンと叩く。それに合わせて彼のパイロット・スーツから芝がハラハラと落ち、茶色い髪が揺れた。
「土と草がどうしたって?」とクレイは欠伸混じりに尋いた。いかにも面倒くさいといった風だ。
「本物を持ってきても、所詮はここじゃあ偽物だ。カンヅメは本物の星にはならんよ」とホリゾントの空を指さす。地平線が緩やかな円を描き、彼方の町が人工雲の向こうに壁となっていた。
宇宙の海に浮かぶ巨大な円筒、スペース・コロニー。そこで人類が生活を営むようになってから半世紀あまり。ここはサイド1と呼ばれる宙域の宇宙島なのである。
「トッシュ、貴様はいつもそうだな。常に本物じゃあないと気が済まないらしい。今度の配転もいかにも貴様らしいな」
「本物のパイロットが集まる部隊だ。お前も志願すると思ったが」
「教導団か。俺には教官なんかになる資格は無いさ」マニングスは自分の右足に目をやった。
「そうか。お前、まだ……」
「自分の足じゃ無いような感覚が抜けんのだ。どうもしっくり来ない。だが、この作り物の足でもいつかは本物になる時が来るかも知れん」
それを聞いたクレイの顔が少し曇った。
「心配するな。俺は貴様を恨んじゃあいない」
疑似有機部品とメカの骨格。外見も機構も人間の足とは変わらないが、それはマニングスの物ではない。七年前の「一年戦争」での苦い記憶が蘇った。
「お前の右足のお蔭で俺は生きている。それだけは忘れんよ」
スペース・コロニーに対する俺の思いは、お前の義足に対しての思いと同じさ、と彼は心の中で付け加えた。マニングスには悪いが、偽物には魂が無いのだから決して本物にはならないというのがクレイの信念なのだ。
「ストール、軍には残るつもりだろう?」
「ああ、これしか仕事は無いからな。デスクワークに回されるんだったら、除隊するつもりだ。それも時間の問題かな。現役の|MS《モビルスーツ》パイロットにしちゃあトシだしな」と力無く笑った。
「気が変わったら教導団に志願しろよ。お前ならまだまだ働ける」
その時、不意にクレイのパイロット・スーツの胸ポケットからカン高いベルの音がした。
「畜生、シャトルの時間だ。お前の暗い話につき合っていたお蔭で、貴重な休息時間を失ってしまったぞ!」
彼はやおら立ち上がると、苦笑しながらマニングスの肩をボンと一つ叩いた。
「またな……」
クレイはマニングスを一人残して宇宙港に上がるエレベーターヘと立ち去った。二人とも軽く手を上げただけの、何気ない別れ方だった。
よもやこの後、敵味方に分かれようとは、これが最後の別れになろうとは二人とも夢想だにしていなかった。
「ダダダダダダッ……」宇宙戦闘機ワイバーン≠フコクピットに唐突に電子合成の銃撃の擬音が響いた。リョウ・ルーツはコクピットの全周に素早く視線を走らせる。しかしそこには彼の瞳のように黒い、無限の宇宙空間が広がっているだけだ。
「ルーツ訓練生、お前は撃墜された」
教官の声が、雑音混じりのマイクを通して伝わってきた。それと同時に、彼の眼前のディスプレイに帰投セヨ≠フ赤い文字が浮かぶ。
「空間戦闘の鉄則は敵を先に発見することだと何度言ったら分かるかッ、この阿呆がッ!」
ルーツ機の後方から来て、右横に並んだ教官機から叱責が飛んだ。
「うっせーなぁー、偉っらそうに……」
リョウ・ルーツは教官に向かって小声で悪態をつく。キャノピー越しに見えた教官の落ち着いた態度が、彼には小馬鹿にされたように思えたのだ。
「どうせ死にゃあしないんだよ。実戦じゃ無えーんだから!」
ルーツはワイバーン≠フコントロール・スティックを、クンッと引くと機体を上昇させ、右にロールして教官機の後方に占位する。
大気圏外ではあったが、宇宙戦闘機の機動訓練は大気圏内のそれに範をとっている。
「バババババババァァー」と口真似で教官機に銃撃を浴びせかける。
「教官殿、撃墜したからって油断しちゃあ、いけませんよ。敵の耐弾性能が上で、撃墜されたフリでもしてたら、どーするんですか?」
一向に説得力の無い屁理屈をこねるとルーツのワイバーン≠ヘ、教官機の直上を機体を接触せんばかりにして飛び過ぎて行った。
「馬鹿モーン、お前のような奴が……」
教官の罵声を最後まで聞くまでもなく、彼はワイバーン≠地球の黄道面を基準に急降下させて、さっさと逃げ出した。
「俺は誰にも負けねえんだ!」
「大した自信のようだな。リョウ・ルーツ君」
模擬宙戦を終えたルーツは、基地司令から呼び出しを食らった。司令は皮張りの椅子にドッカと腰を据え、上目使いに彼のいかにも暴力的な小悪党といった風の顔をジッと見た。
ここは月面の連邦軍第三訓練基地である。
「良いか。どこの社会にもルールという物が有るのだ。特に軍隊という組織は、そのルールで動いているのだよ」
「はあ」と一応は答えてみたものの、そんなルールは大人の、いや、地球人の決めた勝手な理屈の方が多いじゃないかと辺境のスペース・コロニー、サイド7に育ったこの十六歳の少年は思った。
司今はオーク材のテーブルの上に、書類の束をボンと投げて、尚も続ける。
「ここ一年、貴様のそうそうたる戦果≠ェこれだ。上官反抗六件、傷害事件二件、命令違反九件、規律違反に到っては実に十四件にも及んでおる。どこもかしこも人材不足のこんな時期でなければ、貴様はとっくに除隊処分だぞ。我々にとって厄介なことは貴様の戦闘訓練の成績は悪くはない、むしろ優秀な方だと言わざるを得ないことだ」基地司令は薄くなりかかった灰色の頭に手をやった。
「貴様は……。何と言ったかな。そうそう、帯に短し、襷《たすき》に長し≠セ。軍隊と言う組織はチームワークで成り立っておる。それを忘れん事だな」
チームワークか。クソ……。開拓者のスペース・ノイドに、お前ら地球人はいったい何かやってくれたのかよ? 俺達に信じられるのは自分だけなんだぜ。MSの操縦技術さえ身に付ければこんな所、サッサとおさらばしてやるよ……。
「お言葉でありますが司令。自分は、一人のパイロットとモビルスーツが戦局を左右した事例を知っております。自分もそこまでのパイロットになれると……」
「要するに、実力も無いくせにヒーローになりたいと言う訳だな」司令は彼の言葉を遮り、「自信と功名心は結構だが、それだけでは戦争には生き残れん」と続けた。
心の一端が見透かされた気がしたルーツはカッとなった。
「戦闘に勝ちゃあ良いんだろ、勝ちゃあよ。地人様とよろしくやろうなんて知った事かよ! 俺さえ強けりゃ良いんだよ! いまどき本物の戦争なんか有りゃしねェえだろうが、クソハゲ野郎!」反抗したルーツに基地司令のビンタが飛んだ。バサバサの黒い髪が波打つ。
「何すんだよ!」立ち直って身構えた彼の前に、基地司令は一通の書類を差し出した。
「辞令だ。馬鹿な子ほど可愛いと言うが、俺は貴様の腐った性根がとことん憎い。何はともあれ貴様の配属先が決った。おめでとうとだけは言っておく」
「ヘッ、」とルーツは司令の手から辞令を引ったくった。「実験MS隊=H 何だよ、これ?」初めて聞く部隊名だ。
「行け」と司令は司令室のドアを指さした。
ルーツは配属先が戦闘部隊でないのに腹を立てながら、形ばかりの敬礼をして部屋から外へ出ると「俺は戦争がやりてェんだ。本物の戦争がよォ! ヒーローで何が悪いってんだ!」とわめき散らした。
ドア越しの罵声を聞きながら、司令は深い溜め息を一つつく。
「何故、あんな男が選ばれたのだ? お偉方の考えは解らんな……」
北米大陸 カリフォルニア 連邦軍第一訓練基地
ダッと剣先を突き込んだ時、ジョッシュ・オフショーは確実な手ごたえを感じた。その感触通りに三つ目のライトが点灯する。
「お見事」そう言うと相手はスッと下がった。
フェンシングは古代の剣術と言われる戦闘術をスポーツ化したものなのだと言う。
火薬の力で次から次へと無慈悲に弾丸を射ち出す殺人マシーン、自動火器全盛の世の中にあって、オフショーは剣術に大きな魅力を感じていた。剣と言う武器を通じて互いの人間が戦うばかりでなく、互いのパーソナリティーが激突するのだ。これこそ本物の勝負ではないか……。
世の中には効率だけで切り捨ててはいけないものが有るのだ、と思った。それは何か名状し難い感覚だった。それが憧れ≠ニいう感情だということがオフショーには分からない。
「有難うございました」
昆虫のような白い面を脱いで小脇に抱えたオフショーは、相手に深々と御辞儀をした。額から一筋の汗が流れ落ちる。
「さすがは秀才だな。天は二物を与えずと言うが、お前の場合は別のようだ。さすがに我々、凡庸な者とは違う。名門オフショー家の血だな」
相手となっていたのは格技訓練教官だった。「一段と腕を上げたようだぞ」
秀才、天才、良い子……。オフショーは幼い時からそんな大人達の賛辞に囲まれて育ってきた。彼が連邦軍を志願したのは、別にそのような環境に反抗しようと思ったわけではない。連邦軍での軍務経験は将来、政界に入る場合の必要不可欠な資格≠ナあったからだ。
連邦議会の議員である父親が敷いたレールの上を、連邦議会議員と言う名の終着駅までスムーズに進んで行く為の飾りの一つに過ぎなかった。そのレールを進むことに対してオフショーは生まれてから十六年間、何の疑問も感じていなかった。
今日の格技訓練教官のように父親や家、血の問題を引き合いに出されても、嫌味に感じることは無かった。大人達に囲まれている時、そんな話を引き合いに出されるのはいつもの事であり、当り前の事だった。「そういうものなのだ」程度の感覚しか持ち合わせていないのだ。その意味では彼の感覚は麻痺していた。
「また、お相手をお願いします」オフショーは教官にそう言うと、ロッカールームヘ歩き出した。
ロッカールームは一見、清潔に見えるが、そこには若者特有の臭気が充満していた。エアコンが効いているとは言え、若者の発散する匂いは消えるものではない。汗と垢、その他諸々の分泌物が作り出した、お世辞にも芳しいとは言い難い臭気をかぎながら、彼は自分のロッカーの前で着替えを始める。そこヘドヤドヤと同期入隊の少年がやって来て、彼の隣で同じ様に慌ただしく着替えを始めながら言った。
「ジョッシュ、聞いたかよ?」
「何が?」
「明日、配属先の辞令が出るんだってよ」
「ああ、知っているよ」オフショーは制服の袖に腕を通しながら答えた。
「何だよ、無感動な奴だな。まあ、お前の志願先なら確実に受理されているだろうけどな」
少年は制服のズボンのベルトを引っ張り上げて言う。
「まあサ、俺なんかと違ってお前は良いトコの出だからな。金持ちだし、親父さんの方で何とかしてくれるんだろ?」
オフショーはロッカーの戸の小さな鏡を見て髪を整えながら、少年のあからさまな言葉の意味を冷静に考えていた。少年は確か、どこかのスペース・コロニーの出身だった。それも、社会レベルとしてはかなり下の方の出だったはずだ。そういう人間のバイタリティーとか、上昇指向は分からないこともない。だが、それを自分よも上の層にいる全ての人間にぶつけるのでは無く、オフショー家の権威、いやオフショー個人に当てつけるのは筋が違うと思った。
金持ちには金持ちの論理だってあるのだ。それが分からないのはただのひがみ根性だ。
不意に押し黙ったオフショーに少年は、ハッと気付いたように「気に触ったか?」と尋ねた。
「いや、別に」他人の言うことを素直に聞く、決して怒りを表面に出してはならない、という育てられ方をした彼には、そう答えるしか無かった。
「ジョッシュ、志願先はジャブローのデスクかい? それとも……」
「教導団だよ」
「エッ!? お前、教導団って言ったらMS戦技教官の養成機関とは名ばかりの、バリバリの実戦部隊だぜ! 軍の虎の子部隊じゃないか! 分かってんのか?」
「悪い、のか?」
「考え直した方が良くないか? だって、お前……。ハハ、こりゃあ良いや! どういう心境の変化だい?」
「心境なんか変化していないよ。あそこに行った時に変化が有るかも知れない。今はそれだけだよ」
翌日、オフショーに教導団配属の辞令が下された。
「学生総代、イートン・ヒースロウ!」
演壇の脇に立った学生部長が、彼の名前を高々と呼び上げた。
ヒースロウは最前列の椅子から、背筋をピンと伸ばして立ち上がり、静かに演壇へ上がる階段へと向かう。
連邦軍高等士官学校。その開設以来の優等生と言われる青年の姿を一目見ようと出席者全員の目が集まった。ヒースロウは階段を一歩一歩、思いを込めて上がって行く。自分と同期で入学した半数以上の候補生がこの高等教育コースから脱落して行ったのだ。
高等士官学校は一般の士官学校とは異なり、連邦軍の幹部将校を育成する学校である。それだけに教育課程について行けないものは、容赦無くふるい落とされる。もちろん入校者は連邦軍士官として三年以上の軍務経験が無ければならない。
そんな狭き門をトップでクリアーしたヒースロウには確実に、連邦軍の将星に向けての洋々たる未来が待ち受けているはずである。
演壇上には高等士官学校の校長、ブライアン・エイノーの姿があった。鬼提督≠ニ呼ばれるこの人物は「一年戦争」終結の折、ジオン公国≠ニ名乗って地球連邦政府に攻撃を仕掛けたスペース・コロニー、サイド3に対し飽くまで無条件降伏を要求し、地球連邦政府高官達の思惑によって温存されていた連邦軍艦隊を総動員して徹底的にこれを討つべし、と連邦議会に進言した超タカ派の軍人として知られていた。
そう言われずとも落ちくぼんだ目と鷲鼻、キッと結ばれた口元、太い眉、眉間の皺という、いかにも猛禽類を思わせる顔つきにこの人物の特質がにじみ出ている。彼が高等士官学校の校長に就任したのは無論「一年戦争」後、連邦政府が実戦部隊から好戦派を一掃せんと画策した為であり、実質的な左遷であった。
しかしながらエイノーは好戦派という訳ではない。戦時下の軍人として当然の主張をしたまでの事だった。彼を知る者やかつての部下達は、未だに彼の実戦部隊への返り咲きを願っているほどだ。滅多に笑わないこの人物も、今日ばかりは皺の刻まれたその顔に笑みを浮かべていた。
ヒースロウはエイノーの前まで来ると、クルリと直角に向きを変えて敬礼をした。
「おめでとう、ヒースロウ少佐。あの新米の少尉がここまでになったとはな」
あの新米の少尉=Aヒースロウが連邦軍の士官として初めて乗艦勤務に着いたのは、エイノーが艦長をしていた戦艦ブル・ラン≠セった。それだけに、エイノーとしても格別の思いが有ったに違い無い。ことのほか少佐≠ノ力を込めて言う。
「有難うございます、提督閣下。これで私も自分の艦を持てる様になります」
笑みを浮かべた提督から修了証を手渡されたヒースロウは、自分の顔が緊張して石の仮面の様になっているのに初めて気がついた。無理に笑おうとしたので彼の顔は更に歪んだようになってしまった。それがまた、提督の顔をほころばせた。少々、気まずい思いをしながら演壇を下りたヒースロウだったが、すでに心は輝かしい未来に向けてはばたいていた。そう、彼の将来の成功を妨げるものは、もはや何も無いはずなのだから……
ゴゥッ、と椎進ノズルから青白い炎を吹いてハイザックと呼ばれる緑のMSが漆黒の闇を切り裂いて行く。その機体にやや遅れて二機、三機とハイザックが続く。ハイザックは「一年戦争」で活躍したジオン公国軍の汎用MS、ザクをベースとして新時代に適応するように再設計された機体だ。ジオン共和国≠フMSなのだが連邦軍も仮想敵《アグレッサー》部隊に少数配備している。外見はザクに酷似している為、連邦軍のマークを付けていると、いささか奇異に感じられる。
先頭のハイザックのコクピットに収まったブレイブ・コッド大尉は、右に機体をロールさせながらMSの腕と脚を動かして、虚空に浮かぶ巨大な岩塊を目指す。MSの腕と脚を動かしたのは能動的質量移動による自然姿勢制御の為である。もっと言えば、機体の一部分が反作用を受けて逆方向に移動するという性質を利用して、機体全体の姿勢を制御しようという方法である。乱暴に言ってしまえば大部分のMSが人間型をしているのは、腕や脚に相当する部分が言わば舵≠フ役目を果たすのに好都合だからなのだ。
小惑星ペズン。かつてジオン公国軍の秘密研究所が設置されていた小惑星基地である。しかし「一年戦争」終結時に地球連邦軍に接収され、現在は連邦軍の小部隊が駐留していた。
「一年戦争」において、ジオンが残したMS技術は奇跡とも呼べるものであり、戦後五年を経た現在も連邦軍の技術研究部隊が、膨大なMS技術の資料の調査と研究を行なっていた。
「第二戦隊、CSP(CombatSpacePatrol=戦闘宇宙哨戒)より帰隊。着陸指示を乞う」
何が戦闘哨戒だ。戦うべき敵がいなくなった現在、コッドには戦闘という言葉は空虚に感じられた。彼はレーザー通信回路をスケール1(近距離モード)に変更して基地からの指示を仰ぎ、IMPC(IntegratedManeuverPropulsionControl=統合機動推進制御)を着陸モードにセットする。このIMPCは発進、巡行、空間戦闘、着陸、歩行、の五つの基本機動・推進を自動的に制御するシステムである。だからパイロットは状況に応じてこのスイッチを切り替えるだけで、あとは機体が勝手に動いたり、姿勢を変更したりしてくれる。この様な制御系は連邦軍に一日の長が有った。学習型コンピューター技術のお蔭である。熟練パイロットの経験データを入力するだけで機体自身がそれを覚えて応用し、より進化して行くのだ。簡単な「熟練パイロット量産システム」と言っても過言ではない。しかし、データに無い行動についてはパイロットが独自で対応して行かなければならない。又、データ通りの行動が不満な場合にもパイロット自身が操縦して修正しなければならないのだ。それ故、パイロットの重要性は変わらないが、「やらなければならないこと」が遙かに少なくなったのは事実だ。
だが、新しいデータをこのシステムに供給する為には、やはり熟練パイロットが必要である。当の熟練MSパイロットたちはこのシステムのことを、システムの略称と人間を堕落させる妖精の名にちなんでインプ≠ニ呼び、さげすんでいた。コッド大尉もその一人である。
「確認。第二戦隊、各機。E3ベイよりの進入を許可する」
ハイ・ザックは地球黄道面を基準としたペズンの東側へと回り込む。港口の両脇の灯台のようなアプローチ・タワーからガイド・レーザーが照射されるが、もちろん肉眼でははっきりと見ることは出来ない。MSはこの目に見えない侵入路にピタリと乗り、勝手に姿勢を制御しつつ港口に進入を開始する。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IM
――ローリング 000度
――ヨーイング 000度
――ピッチング 000度
IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IM
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
眼前のディスプレイに目まぐるしく変転していた表示が全て0を指して止まった。脇に表示されていた赤い丸が緑に変わる。シュシュッ、とリバース・スラスターをふかしながら機体は港口に近付くに連れて相対速度を0にして行き、「お座り」の様な格好のままハイザックはそろそろと両手をあげて行く。ガシッと港口の上部に張られた制動ケーブルをMSの両手がつかみ、そのまま速度を殺しながら港内ヘズルズルと引っ張られて着陸は終った。
整備員達が飛び寄り、直ちに機体の冷却作業が始まる。コッドは殆ど何もしていない。振り返ると制動ケーブルが戻って行くのが見えた。二番機が既に着陸進入態勢に入っている。
「冷却、早くせんかっ! 後がつかえとる!」
コッドは焦れてノーマルスーツ・ヘルメットのマイクに怒鳴った。もちろん基地内会話用の一般周波数だ。
冷却作業のモタモタは昔と変わらんな、と思う。しかしMSの機体冷却は重要な問題だ。やがてコクピットパネルの表示燈が点く。ハッチ・オープンOKのサインだ。プシュッと圧搾空気の音がしてハイ・ザックの胸のハッチが開き、外部の音が消えた。コクピット内は与圧してあり、ヘルメットにも外部音声を拾う機構は付いているが、外は開放型の宇宙港だから真空なのである。
コッドはコクピットから身を乗り出すとハッチの縁を蹴って飛び出し、宙に浮かんだまま二階壁面のキャット・ウォーク(張り出した狭い渡り廊下)へ流れて行く。キャット・ウォークヘ行く途中、向こう側の技研の整備エリアに見なれぬMSの姿が有った。キャット・ウォークに上がると、コッドは整備員の一人を乱暴に捕まえ、ヘルメットを相手のそれにくっつけてMSのことを尋ねた。
「おい、向こうのMS。ありゃあ、また技研の連中がジオンの設計図から作ったヤツか?」
「一部はそうみたいですが、こっちの技術も入った新型らしいっすよ」と整備員は若干おびえながら答えた。
「アナハイムか?」
アナハイムとはアナハイム・エレクトロニクスのことである。「一年戦争」の際、ジオン軍のMSの大手製造メーカーだったジオニック社が連邦に吸収されて出来た会社だ。今では最大手のMSメーカーとして知られている。ペズンで得られた旧ジオン軍のMS研究データは技研で評価された後、アナハイム社に送られるのが普通だ。
「いや、なんでも技研の連中がここで作ったらしいですよ。ジオンの次期主力MSのプランに技研が手を入れたものだとかで、Xシリーズとか言っていましたけど……」
「Xシリーズ?」
「はあ……」
コッドはそのMSにXEKU−1(ゼク・アイン)という名が与えられていることなど知りもしなかった。
新しいMSを見ると乗ってみたくなるのがMSパイロットとしてコッドの性だった。それはあたかも、新しい車やバイクを目にしたカーマニアの若者のような感性である。
コッドは整備員を乱暴に離すとエアロックに向かった。与圧シークエンスを踏んで居住区に入るとヘルメットを脱ぐ。廊下のハンドルに捕まり、ブリーフィング・ルームヘ向かってしばらく行くと、廊下の反対側の向こうから背の高い男がやって来た。コッドにはその人物がバート大佐であるのが分かる。ペズンの基地司令だ。コッドは軽く敬礼して先を急ごうとしたが、不意に大佐に呼び止められた。
「ブレイブ・コッド大尉。君に辞令だ」とバート大佐は彼に書類を差し出した。それには新設部隊、地球連邦軍教導団への転属指令が書かれていた。
「新設される教導団はペズンを基地として駐留することになる」
まだ宇宙勤務なのかよ、とコッドは心の中で舌打ちした。
「済まんな、コッド大尉。私は一足先に地球へ戻るよ。五年ぶりに妻子と暮らせる。後任の基地司令は今週中に着任するはずだ」元々、バート大佐は技研の隊長として赴任して来たのだ。
「では、ジオンMS技術の調査は終了した訳ですか。おめでとうございます。しかし何ですなぁ。自分はまだこれから何年か、何もないこの辺鄙な場所に缶詰にされる訳ですか。これじゃあ一生、大佐のように所帯を持てそうにはありませんや」
ペズンにも娯楽施設などは有るが、地球や月面、コロニーなどの諸都市に比べると何も無いに等しい。まして女っ気などまったく無い。WAVES(婦人予備部隊)を使っていたのは戦時中の話だ。今ではその数も大幅に削減され、辺境の駐屯部隊や実戦部隊にはデスクワークの女性すら配属されていない。
女は子孫を生み、育てねばならない。それは人間の真理だ。まして多数の人間を失った戦後の社会では当然の事であった。それは今も昔も変わらない。
「ハハ、まぁ、そうくさるな。我々は教導団の諸君にささやかながら置き土産をさせてもらったよ。新MSの……」
「Xシリーズ、でありますか?」
「早耳だな」
新しいオモチャを与えてくれるならもう少し我慢してやるか。とコッドは思った。しばらくの辛抱だ。本当にしばらくの……。
「ドクター・キャロル。チェシャ猫≠フ選定は関係各位の協力を得て順調に終了しました」
中年の技師は傍らを歩く初老の技師にそう言った。二人の男は様々なMSの立ち並ぶエリアを格納庫群へ向けて急いでいた。ネバダの強い日差しにハーフミラーのサングラスがキラリと光る。
「まさか、ミズ・ルーツの御子息が居られようとはな。ALICEの因縁かな……」
キャロルと呼ばれた初老の技師の脳裏に爆発事故で死んだ女性技師の姿が浮かんだ。あの、現在でも原因不明の爆発事故が起きた現場で、彼女はまるで我が子をかばうかのようにシステム≠ノ覆いかぶさって死んでいたのだ。ある意味でシステム≠ヘ辺境のスペース・コロニーから研究のためにはるばると、地球へ強制的に赴任させられた彼女の子供だったし、彼女の一部だったと言っても過言ではなかった。そのシステム≠ヘ連邦軍の新戦力充実化計画の一環として、無くてはならない位置を占めていた。彼女は家庭を投げ売ってシステム≠フ教育に心血を注いできたのだ。
そのシステム≠ニは自分で物を考えることの出来る機械である。「一年戦争」で多数の人的資源を失った連邦軍は、損耗したパイロツトの不足を埋めるべく、IMPCシステムの延長上にあるシステムの導入を計画した。AdvancedLogistic&InconsequenceCongnizingEquipment' 頭文字をとってALICEと呼ばれた発展型論理・非論理認識装置はMSの完全自動化を可能にする。この装置は従来の学習型コンピューターを核≠ニして連結することにより、戦闘や機動を全て自分の判断で行なわせることが出来るようになるのだ。そうすれば無人MSによる部隊が編成できることになり、人員の削減が図れるのだ。
ALICEを「人間」の論理に適合したものにする為には、最初に誰かが物事を教えてやらねばならない。その基礎教育を担当したのが彼女であった。この作業は何も知らない幼児に対する教育に似ている。人間の場合でも幼児教育の大部分は母親を必要とする。父親による教育が真に必要とされるのは思春期を迎える頃だ。それゆえ、女性が必要であった。ALICEは戦闘用の人工知能として教育される。基礎教育を終えたALICEは人間で言えば思春期を向かえる頃だった。そう、ALICEには父親が必要だったのだ。彼は単なる父親であってはいけない。ALICEの恋人であり、兄であり、弟であり、不条理な存在でなければいけないのだ。つまりありがち≠ネ通り一遍の男では無く、常識では判断できない危険≠ネ男でなければならない。
簡単に言ってしまえばALICEは彼の行動や思考を理解して助言を与えてやれるような、男のわがままが理解できる「良い女」になれなければいけないのだ。そうでなければ、彼女は男の言うがままになってしまう淫売女か、自分の言うことだけを主張するわがままな女に育ってしまう。ALICEに「思春期」を与えるその不条理な男は、ニヤニヤ笑いだけを残して消えて行く、ある幻想小説に登場する架空の生物になぞらえてチェシャ猫≠ニいうコードネームが与えられた。
少女は初恋の男ととは、得てして結ばれないものだ。ALICEは最初から熟練パイロットのデータとの結婚を義務づけられているのだから。「良い女」に育てた上で、熟練パイロットによる戦闘経験データを投入し、ALICEは最終的に、ワルキューレ(北欧神話の戦いの女神。戦士の魂をヴァルハラ宮殿へ導くと言われる)となる予定であった。ところがALICEが完成し、無人兵器が登場すると大量の人員削減が行なわれ、幾つかの私兵を持つ政府高官や軍の高官には甚だ面白くない事態となる。ALICEには連邦政府への忠誠心は有るが個人への忠誠心は無い。人員削減の結果、軍隊を自身の政治力の裏付けとしている連中は一気にその力を失いかねないのだ。そのため、この計画には最初から様々な妨害工作が行なわれていた。爆発事故も彼らに仕組まれたものだと思われるが、確証が無いために原因不明として処理されているのだ。それになにしろ、彼らは得意の政治力を使って決して尻尾をつかませないのだから。
今、その不条理な男たちが連邦全軍で行なわれたメンタル(精神)・テストによって選抜され、ここに集められていた。
格納庫の前に集合した連中は、キャロルには単なる愚連隊の集まりにしか見えなかった。人数は十二人。教育軍曹が居るにも拘《かかわ》らず、列の端の方では早くもケンカが起きている。「やめんか、クズども!」
教育軍曹はケンカをしている二人の青年の間に割って入り、ブン殴った。
「貴様の名は!?」
殴られて血が出た口の端を右手の甲で拭いながら、黒い髪の青年は反抗的な口調で「リョウ・ルーツ……」と答えた。
「シン・クリプト」と、もう一人が言った。
「フン、良いか。ここは貴様らの居た部隊や訓練所とは訳が違う。ここは精神病院であり鑑別所だ。実験MS隊≠ニ聞いて新モビルスーツの実用評価部隊だとでも思ったサッドサック(のろまな兵隊の意味)どももいるだろうが、教えておいてやる。MSはモビルスーツの略じゃない。MadSanatorium(マッドサナトリウム=気違い療養所)の略だ。軍には貴様らに無駄金を使う気は無いからそれなりに働いてはもらうがな。まぁ、体《てい》の良い人体実験のモルモットだと思え……」
キャロルはその光景を見て実際、がっかりした。こんなヤクザの予備軍みたいな連中に彼女を任せて良いものか……。ましてルーツ女史の息子がこんな人間だとは信じられなかった。幼時に母親がいなかったからだろうか? そう言えば父親は「一年戦争」で死んだという話を聞いた事が有る。連邦そのものを憎んで育った可能性も否定できない。彼にしてみれば連邦は全てを奪い取った敵なのだから。
軍曹はなおも続ける。
「ルーツ、クリプト! 貴様らは規律を乱した。軍人は規律を守らねばならないものだ。上官が死ねと言えば死ぬ。飛べと言えば飛ぶんだ。よって貴様らは三日間の重営倉入りを命じる!」
二人はもがいて逃げようとしたが軍曹に呼ばれた憲兵に結局は取り押さえられて連行された。もちろん軍曹に罵声を浴びせるのは忘れていない。
「残ったチンカス野郎どもはおとなしく監獄(兵営の意味)へ入れ。一時間後にアホな貴様らにも分かるように任務の説明会を開いてやる。解散!」
ALICEの前途は多難なものとなりそうだった。
それから二年……。
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第一章 ペズンの反乱
宇宙世紀《UC》0083。地球連邦軍ジャミトフ・ハイマン准将はティターンズ≠ニ称する連邦軍治安部隊を結成、活発化する旧ジオン公国軍の残党狩りに当った。この部隊は次第に地球至上主義を錦《きん》旗《き》とした選良意識《エリート》の権化となっていき、その行動は残党狩りから、それを名目とした宇宙民弾圧行動へと転じて行くことになる。彼らの弾圧行動は宇宙世紀《UC》0085の7月に起きた、世に言う「三十バンチ事件」によって頂点に達する。これは弾圧行動に反対する宇宙民たちが、地球連邦政府に対して武装蜂起を企てており、それを鎮圧するという名目によって、宇宙植民地サイド2の宇宙島の一つ、三十バンチにティターンズ≠フ実働部隊が毒ガスを注入して住民を虐殺したという事件である。
事実、この頃までには反地球連邦弾圧政策組織《エウーゴ》が形を成し、各地で抵抗の狼煙を上げていた。だが、多くの連邦軍将兵は地球至上主義を掲げるティターンズを正義と信じていたのであった。
時に宇宙世紀《UC》0087。宇宙は再び戦火に包まれた……。
地球連邦軍教導団。この部隊はMS戦闘における戦闘技術を開発研究する部隊である。彼らの戦技研究の成果は逐次、データー化されて連邦軍全MSのIMPCシステムにロードされ、連邦軍MSの戦闘能力を常にアップデートさせて行くのである。それゆえ、隊員は特にMS戦闘技術に秀でた者が選抜されており、その技量は一般のMS教官以上のものが要求されたのである。
ティターンズとエゥーゴの対決に集約化されるグリプス戦争≠ヘ、言うなれば地球連邦の身内同士の戦争であり、あらゆる連邦軍部隊を巻き込んでいた。この教導団も例外では無い。教導団の隊員たちは|ティターンズ《エリート》とは別の意味で連邦軍の選良であり、それ故にティターンズが対外的に掲げた錦旗である、地球至上主義に迎合しやすかったのであった……。
今、月を背に二機の青いMSがCSP(CombatSpacePatrol=戦闘宇宙哨戒)を終えてペズンヘの帰還途上にあった。
「クレイ大尉。例の件、事実なのでありましょうか? 基地ではもっぱらの噂で、隊員の間にも動揺している者が多数おります」
後続している青いMS――RMS−85ゼク・アイン=\―の童顔のパイロット、オフショー少尉は後方を警戒しつつコクピットの中距離レーザー通信回路を開いてティターンズに迎合した全部隊に流れている「不穏な噂」の真偽を尋ねた。
「先日の伝令使の話からしても、ジャミトフ閣下が亡くなられたのは事実だろうな。それも恐らくはエゥーゴの刺客による暗殺……。だからこそブレイブやドレイク、そして我々が決断したのだ。我が連邦軍、ひいては母なる地球が宇宙人《エイリアン》≠ヌもの言いなりになる訳には行かぬ。そうだろう?」
二カ月ほど前、アフリカのダカール市で開催されていた地球連邦議会の席上において、突如として現れた反地球連邦組織エゥーゴのキャスバル・ダイクンは、ティターンズの悪を全世界に訴える「ダカール宣言」を行なった。この宣言は後にティターンズの政治的な立場を危うくする最初の足掛りとなるものであり、これによってエゥーゴのティターンズに敵対する行動が正統化された結果、ティターンズは地球連邦軍の支援無しに、独自の戦力のみによってエゥーゴとの武力闘争を展開しなければならなくなったのだ。
「一年戦争」の頃、ジオン公国軍にア・バオア・クーと名付けられ、宇宙要塞として使われた小惑星は、今回の紛争においてはティターンズによって「ゼダンの門」という名を与えられ、再び要塞化されていた。つい最近、この要塞をめぐる戦いにおいてティターンズの総帥ジャミトフは謎の死を遂げたが、その事実は伏せられていた。しかし事件は噂として、瞬く間にティターンズ及びその影響下にある部隊の全将兵に伝わった。オフショーがクレイに対して真偽のほどを尋ねた例の噂≠ニはこの事である。
総帥亡き後、ティターンズは崩壊するかに見えたが、実際にはそうではなかった。ティターンズそのものは結果的に彼らの総帥であるジャミトフの私兵だったが、彼らが錦旗とした「地球至上主義」は依然として多くの将兵の支持を得ていたからである。故にペズンに駐留する教導団に対して地球連邦政府から連邦軍への復帰命令が下された時、連邦軍に復帰して両者の抗争を静観するかティターンズとして行動するか、隊員たちの議論は真っ向から対立した。地球至上主義者たちにとっては、エゥーゴの対ティターンズ闘争を静観する地球連邦政府の態度は親エゥーゴ=親スペースノイド的態度と取られたからである。クレイがエゥーゴの事を「宇宙人」と呼んだのはこういう誤解からであり、この誤解が後に大きな悲劇を生む結果となって行くのであった。
時に宇宙世紀《UC》0088年1月25日。教導団の地球連邦政府への恭順という上層部決定に不満を抱く地球至上主義派の一部青年将校は武装蜂起してペズンを制圧、地球連邦政府とエゥーゴに対し徹底抗戦を唱えたのである。それは「ゼダンの門」の戦いから一週間後、今から三日前の出来事であった。
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ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
直撃 直撃 直撃 直撃 直撃
戦死 戦死 戦死 戦死 戦死
ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
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「畜生め!」
リョウ・ルーツはシミュレーターのパネルに拳を叩きつけた。
「今日で七回目の戦死公報だな。ルーツ宙兵長」
訓練軍曹の無情な声がマイクを通してシミュレーターの箱の中に響いた。
「うるせェ! サディストめ!」
ネバダにある地球連邦軍ネリス基地。地球連邦軍実験モビルスーツ隊では新鋭モビルスーツの実用化の為の昼夜を問わず激しい訓練が重ねられていた。その新鋭MSは「ガンダム」の名を冠するものだと言われてはいたが、その実体は隊員たちにとっても秘密にされていた。新鋭MSの実用評価試験はもっぱらシミュレーターと、代替MSの|Z《ゼータ》プラスB型によって行なわれていた為、隊員たちの間では、「そんなMSなど存在しないのだ」と噂されていたほどである。ルーツはシミュレーターのドアロックを外して蹴り開けると「フゥーッ」と大きく深呼吸した。
「よゥ、大将。また戦死だってな!」
ヘルメットを肩に引っかけてやってきたクリプトが、ニヤニヤしながらルーツの肩をボンと叩くと交代にシミュレーターの中に滑り込む。
「野郎ッ、可愛くねェーな……」ムカッときたルーツは、クリプトが入ったシミュレーターのドアをガンガン蹴ると訓練室を後にした。
その頃、基地の会議室では重大な決定が下されようとしていた。
「ALICEの選び出した男が彼だったとはな……」キャロルは十二冊の人事ファイルを前に深いため息をついた。
「やはり因縁かも知れませんな。リョウ・ルーツは……」
人指し指でブラインドを引っかけて外を見やりながら、連邦軍士官の制服に身を包んだ男はさらに続けた。
「予備要員は?」
「ジン・クリプト。但し、彼は別の機材の、メインの運用メンバーだ」と技術畑の出身らしい、まだ若い実験隊司令が答える。
「増加試作の|ZZ《ダブルゼータ》ですか……。失礼ながら言わせていただければ、スペック上はまだしも、実際にはあのMSはハリボテに過ぎませんな」
「手厳しいな、マニングス君。だが今回の作戦は戦闘が主目的ではない。デモンストレーションだよ。ハリボテで構わんのだ。ペズンの連中を恫喝する為のな……」
「これは戦争です! 昔からデモンストレーションが、それだけで終ったことは有りません。ガンダム・タイプのMSの大量投入と本星艦隊の派遣でおとなしくなるような連中ならそれでも構わんでしょう。しかし、私が言っているのは装備の問題では無く人間です。相手は名人揃いの教導団、こっちは愚連隊で、おまけにヒヨコだときている。化けの皮がはがされればかえって逆効果となります!」マニングスはブラインドの窓から振り返って語気を強めて言い返した。
「アクシズ、いやジオン公国の動向がつかめん現状では、ハリボテでも何でも使わねばならんのだよ。事実、Sガンダムは制式採用中止となった機体だが、あのMSの要員として訓練している兵を遊ばせておく訳には行かんだろう」
「軍の台所事情ですか。結構。しかし連中は兵≠ニすら呼べない与太者ばかりです」
「人材の面を装備の面で補えんのかね? そもそも人材の質を向上させるのも君の任務ではないのか? なぁに、君にとっては簡単な任務じゃないか。深刻になる必要は無い。これ以上の反問は軍への抗命とみなされるぞ」
「仰る通りですが……」
「本作戦の始動は一ヶ月後だ。反問は許さん」
マニングスは唇を噛んだ。いつもそうだ。上官の命令は絶対なのだ。だが、この作戦は決してデモンストレーションで終るはずは無いという予感がしていた。向こうにはトッシュ・クレイが居るのだ。いずれにせよ一ヶ月後、2月25日に全ては始まるのだ。
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直撃 直撃 直撃 直撃 直撃
戦死 戦死 戦死 戦死 戦死
ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
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クリプトの眼前の警告燈が一斉に点灯し、モニター・ディスプレイに不吉な文字が流れた。
怖い。たまらなく怖い。クレイはMSのコクピット全周に宇宙の生の映像が投影されると、我ながら情けないと思いながらもいつもそう感じる。その感性がつい言葉になって出た。
「オフショー。貴様、宇宙は好きか?」
「えっ、あ、存在自体は……。宇宙は真剣勝負の時の無≠フ境地を具現化した場所だと自分は考えています。この広大な無≠フ中に地球やコロニーのような生≠ェ息づいている場所が有ります。自分が無≠フ宇宙に漂っている時、その生≠直接感じとり、改めて生≠フ大切さが認識できる気がします」
MSのコクピットに届いた上官の突然の問いに、オフショーはどぎまぎしながら応えた。
「フッ、成る程。無≠ゥ。ひどく年寄りじみた事を言うな。お前は宇宙が好きなのか……」
「存在自体は、と申し上げたはずです。クレイ大尉」
「では何だ?」
「人が生きて行く上で、これほど不自然な場も有りません。人は大地に二本の脚で立ってこそ、人であるのだと考えます」
「うむ。今の貴様の言い様からすれば、大地に立たぬ宇宙人どもは人ではないという事になる。地球の将来の為に、宇宙人どもを敵に回している俺たちは、少なくとも人だ。死ぬ時は互いに我らが母なる地球の大地の上で死にたいものだな」
「はい、大尉」
自分の論理が、自分の理解できない物――宇宙――への恐怖に対する詭弁だとは、クレイは決して認めないに違い無い。
二機の青いMSはペズンからのガイド・レーザーを捉え、アプローチ・コースに乗ると機体前部のバーニア・ロケットの断続的な噴射とAMBACを併用しつつ減速を開始する。ペズンから不規則に突き出ている様に見える係留アングル材の林に入った時、交代にCSPへと飛び立つ、別の二機のゼク・アインの青い機体が、ほの白い光の尾を引いてクレイ大尉機の脇をゴウッとかすめて行った。
彼らがペズンを制圧してからというもの、エゥーゴや地球連邦軍の艦隊の接近を警戒する為にCSPは当然ながら強化されていた。それだけではなく、ペズンの周りには様々な防衛機構が着々と準備されつつあった。
「CSPファーストチーム、帰還準備よろし」
ペズンからのレーザー通信がクレイのノーマルスーツのヘルメット・スピーカーに鳴った。
「減速タイミングをそちらに任せる。IMPCのオート・パイロットをセットした」
「了解。こちらで誘導する」
ゼク・アインはゆっくりとペズンの港口に進入を開始すると天井の制動グリップをつかみ、そのまま三〇mほど滑って停止した。
クレイは帰還したその足でペズンの基地司令官室に向かう。部屋ではブレイブ・コッドが彼を待っていた。
「よう、御苦労。早速だがコイツを見てくれ」
コッドはクレイに机上のモニターを指さした。高画質のビデオ映像は何処かから隠し撮りされていた物らしい。一人の士官がコンピューター端末を操作している映像だ。クレイにはそれが何を意味するものかピンときた。
「奴は地球送還予定の技術士官だ。今、必死になって例の最新戦技データをダウン・ロードしているんだ」「引っかかったネズミか……。哀れなもんだ。機械に頼った戦闘しか出来ん連中は、俺たちの戦技データーがどうしても必要なんだからな」
「他人事みたいに言うな。この計画は貴様が立てたんじゃないか」
「フフ、ところでブレイブ。逮捕した連中の地球への送還はいつだ?」
「地球標準時で今日の1600時だ。まだ百人少々しか輸送船に詰め込んでおらん」
「忙しくなるな。声明の方はどうした?」
「ニューディサイズ(NewDesides)って名前で出しといたよ。徹底抗戦の声明をな」
「新たな決意の意味ならディシジョン(Decison)じゃ無いのか?」
「造語さ。ディスサイド(Dis-side)、反対って意味にも引っかけてあるからな」
「成る程ね。まぁ、首領はお前だ。好きにしろよ」
宇宙世紀《UC》0088年2月22日。エゥーゴのメールシュトローム作戦、及びそれに続くコロニーレーザー攻防戦でティターンズは敗北を喫し、グリプス戦争の第一段階は終結した。だが、この戦いで、ある程度の戦力を疲弊したとは言え、アクシズ、ジオン公国の存在は地球連邦政府にとっては重大な脅威であった。早期開戦こそ有り得なかったものの、エゥーゴとティターンズのしがらみが残った地球連邦軍にとっては、連邦軍内の意志統一が最優先課題である。連邦軍内が混乱している時期に付け込んでアクシズに攻撃されれば、いかに戦力が上回ろうともひとたまりもない。この点で最も障害となったのがティターンズの残党と親ティターンズの月面自治都市の存在である。正確に言えば彼らは連邦政府の態度をエゥーゴ寄りと誤解している地球至上主義者なのである。
この中でも、反乱を起こして辺境の小惑星ペズンに立てこもる一団は、精鋭の教導団を母体とし、生産施設とある程度の戦力を備えている為に最も危険とみなされ、早期排除が計画された。この決定はメールシュトローム作戦の決行と同時期に連邦軍内で下されていたのである。
ここに地球連邦軍は、今ではニューディサイズと名乗る反乱軍の討伐隊の編成を急ぐ事となった。しかし、対アクシズ戦を控えたこの時期に大兵力を割くわけには行かない。ゆえに連邦軍総司令部はこの討伐隊を少数精鋭部隊として編成せざるを得なかった。この任務につく機動艦隊の旗艦には新造のアーガマ級強襲用宇宙巡洋艦ペガサスV≠ェ投入され、これに加えて現状で使用可能なサラミス級(改)宇宙巡洋艦四隻をもって先遣艦隊を編成する事となった。この先遣艦隊は|α任務部隊《タスクフォースアルファ》と呼ばれ、指揮系統上はコロニーレーザー攻防戦の後始末のために低軌道ステーションに待機していた地球本星艦隊に所属する。α任務部隊の作戦の遂行状況によっては、本隊であるこの艦隊が討伐作戦に乗り出すことになっていた。
α任務部隊は外見は精鋭部隊であった。しかし、その実体は新任の艦長に指揮された実戦未経験艦と、不採用になったMSを寄せ集めた張子の虎なのである。ロシア地区、地球連邦軍バイコヌール打ち上げ基地。宇宙世紀《UC》0088年2月25日、朱に染まった夕焼け空の下、ペガサスVを含む五隻の宇宙船が途方もなく巨大なブースター・ロケットを装着して打ち上げの時を待っている。各宇宙船は更に巨大な円錐形のフェアリングを装着し、本当は円錐形なのだが五つのピラミッドの様に見えた。
やがて空が朱から藍へ、そして漆黒へと変わると打ち上げ管制所からカウントダウンが伝えられた。無機質な声が淡々と数字を数えて行く。
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COUNTDOWN COUNTDOWN COUNTDOWN CO
……57 56 55 54 53 ……
COUNTDOWN COUNTDOWN COUNTDOWN CO
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ペガサスVのブリッジで、艦長に任命されたばかりのイートン・ヒースロウ少佐は目まぐるしく変化するデジタル・カウンターの液晶表示を呆然と眺めていた。彼の身体は既にベッドの様になったシートに固定されている。他のブリッジ・クルーも同様の姿勢だ。打ち上げは殆ど自動で行なわれるからやることは少ない。大部分のクルーは低軌道ステーションで合流する事になっている。五つのピラミッドは水蒸気の白煙を吹き上げて打ち上げの瞬間に備え始めた。
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COUNTDOWN COUNTDOWN COUNTDOWN CO
……06 05 04 03 02 01・・
COUNTDOWN COUNTDOWN COUNTDOWN CO
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金属的な声と同時にヒースロウの眼前の液晶が0を告げる。一瞬、世界はまばゆい光と大地を揺るがす大音響に支配された。
五つの円錐ピラミッドは重々しくゆっくりと、確実に重力に逆らって行く。その力は徐々に増大し、巨大なピラミッド群は地球の衛星軌道に達した。やがてブースター・ロケットが切り離され、円錐ピラミッドも排除されると地球光を背に受けて濃紺の宇宙空間にペガサスVとサラミス(改)級の淡いグレイの船体と本来の姿が現れた。
「張子の虎」艦隊は困難な任務が待ち受けるとも知らず、その第一歩を宇宙の海へと踏み出して行った。
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[#目次4]
第二章 前哨戦
小惑星ペズン近傍宙域。
モニタースクリーンに広がった赤い光が、そのGMVのパイロットの見た最後の光景だった。
その遙か後方、巨大な電子機器コンテナを背負った一機のMSが密かに漂っている。ピクリともせず、操縦者もない残骸のように見えるが、|EWAC《イーワック》ネロと呼ばれるこのMSは様々なパルスに耳を傾け、静寂の隙に自らも見えない手で辺りを注意深く探っているのだ。
EWACネロの電子戦担当士官は暗く狭いコクピットで自席の戦術管制ディスプレイを無表情に見つめている。ディスプレイからの光が彼のヘルメット・バイザーを虹色に染めていた。
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MANEUVER MANEUVER MANEUVER MANEU
敵 敵
爆   友
友    友   友
MANEUVER MANEUVER MANEUVER MANEU
爆    爆
爆    爆 敵 爆
友 敵
MANEUVER MANEUVER MANEUVER MANEU
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ディスプレイからは一つ、また一つと友軍機を示す緑の輝点が消滅して行く。今、最後の輝点が消滅し、敵機を示す二つの赤い輝点だけが残ったところだ。
「全滅、か……。ものの五分と経っちゃあいない……」
「早いとこズラかりますか?」パイロットが囁《ささや》く様に言う。
巨人の死骸の様に見えたEWACネロの背面の推進ノズルが蛍の様にボゥッと青白く光を得た。
「畜生《シット》、気付きやがった!」
ディスプレイの二つの赤い輝点はスピードを上げて自機へ向かってくる。EWACネロのパイロットは機体をAMBACで反転させるとマニュアル通りの退避行動に移り、逃走を開始した。
後方から赤いビームが襲いかかる。その本数は次第に増してきていた。
「ヤバイな……」パイロットがつぶやく間に電子戦担当士官の視線はディスプレイ上に並んだコマンドの一つを選択する。|Ada言語《エイダランゲージ》から進化した|Ada《エイダ》=|F《エフ》言語に翻訳された戦術データーが奔流となって瞬時にEWACネロのデーターバンクから流れ出した。
「データーはポッドに転送した!」
「O'key, here we go!」
パイロットがコンソールの右手のスイッチを叩く。EWACネロのバックパックの中央から四本のデーターポッドがシュッと空気漏れの様なかすかな音を立てて分離し、虚空へ吸い込まれて行った。その瞬間、赤い光条が二つ、EWACネロの背から腹へと貫き青白い爆球へと変えた。
モノアイが放つピンクの光だけの存在であった赤い光条を発した主である2機のMSはその爆発光に照らし出されて、一瞬、黒ビロードの宇宙空間にくすんだ青色の機体を現した。
「電子偵察機、新型か。データーポッドは射出されただろうな」ゼク・アインのクレイはペアを組んだ僚機のオフショーにそう言った。
「可愛そうに先行して我々と交戦したGMの連中は強行偵察のオトリに使われたんですね」
「効率の為には個人の人格は無視される。これが戦争だ。よく覚えておけよ」
実戦経験の無かったオフショーは上官の言葉にただ頷くほか無かった。ただ、自分の放った光条が人間の生命を奪ったのだという実感が不思議と涌かなかったことだけは事実だった。まだオフショーにはスポーツの勝負と戦争の実態の区別は付いていない。
地球低軌道上の浮きドック兼連絡ステーションペンタ=B五角形を成していることから付けられた愛称である。円筒状の中心核から、放射状に五本の円筒状構造物が突き出し、さらにこれに桟橋にあたる全長二qに及ぶ宇宙船係留ブームが延びている。ここは通常、地球連邦軍本星艦隊が駐留している。地球を出発したα任務部隊の5隻はこの大艦隊の係留されているブームの端に身を休め、最終|蟻《ぎ》装《そう》を受けていた。α任務部隊の大半の乗組員の乗艦やMS等の機材の搭載もここで行なわれる事になっていた。
リョウ・ルーツは突然に実戦部隊への配属を命じられた時はさすがに面食らった。自分たち実験MS隊は実戦部隊のパイロットたちが使う為の、新しいMSの安全性や操縦性などのデーターを取る為の体の良いモルモットなのだと教育軍曹から聞かされてきたからだ。だが、基地司令は新鋭MSのパイロットは自分だと告げたのだ。「なぜ自分が選ばれたのか?」という疑問がよぎったが、持ち前の自信過剰がそれをすぐに吹き飛ばした。
実戦部隊への配属はさらにルーツに少尉の階級を与える結果となった。彼は昇進して実際の階級は曹長となったが、士官でなければMSパイロットになれない。そこで士官として待遇を受ける事になる。正確に言えば彼は少尉扱いの曹長であるが、実際の少尉と変わりはないのだ。このシステムを野戦任官と言う。
ルーツは地球からシャトルでペンタに到着すると指定された部隊名の書かれた部屋を探した。ペンタの要所要所に設けられている、案内端末のマイクに「α任務部隊、MS戦隊、ブリーフィングルーム」と告げるとディスプレイに現在地が示され、3D透視地図画面の上を目的地までの最短経路を示す黄色い線が伸びて行った。
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MAP MAP MAP MAP MAP MAP MAP MAP
該当区画
区画: 第1重力ブロック
階層: 第23層
部屋番号: 1−23−1006
使用期間: 1300
〜1600GMT
経路は表示通り
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表示が終ると「ぶりんとあうとイタシマスカ?」と機械合成の女性の声が言った。
「No thank you!」と答えるとルーツはその部屋へと急ぐ。「アリガトウゴザイマシタ」と背中越しに機械の女声が律儀に礼を言うのが聞こえた。
「自分がα任務部隊MS戦隊司令のストール・マニングス大尉だ。全員着席してよろしい」
ブリーフィングルームにごった返しているMSパイロットたちに向かって演壇に登った男が良く通る大声で告げた。眼光は鋭く、髪はきれいに刈り揃えてある。襟元まできっちりと留められたパイロット・スーツと背骨がピンと伸びた姿勢がいかにも軍人らしい几帳面さを漂わせていた。
ルーツはブリーフィングルームで同期のシン・クリプトを見つけると彼の横に座った。「よぅ、シン。あのオッサンどう思うよ?」
「扱い難いタイプだな。軍人臭さがプンプンだぜ……」
「俺ァ、好きだね」
「お前、男の趣味が有ったのか」と片方の眉を吊り上げた。
「バーカ。殴り甲斐が有るって意味だよ。あのタイプは今まで俺の上得意だ」
小声で話していたとは言え、話し声はマニングスに届いたらしい。ルーツが正面に目をやると睨みつけているマニングスの視線と出会った。ルーツは場の雰囲気を察して少しおとなしくした方が得策だと判断した。こういった判断は悪童《ワルガキ》の天賦の才だ。
「静粛に。これより作戦概要を述べる」
マニングスが意地の悪い外国語の教師の様な態度で作戦の説明をしかけた時、ブリーフィングルームの前のドアが開いた。巨漢のパイロットが呆然と立っている。
「あっ、し、失礼しました」とドアを閉めて後ろのドアヘ行こうとする。
「貴様、この部隊か!?」とマニングスが尋ねると、彼は首を縦にコクンと振った。
「じゃあ、早く着席せんか!」
「は、はぁ……。しかし、席が……」と室内を見回す。
「床にでも座っていろ! 貴様の官、姓名は!」巨漢のノロノロした動きに、さすがにマニングスも頭に来ていた。
「テックス・ウェスト少尉であります」
マニングスは演壇上の名簿を一瞥して「ほぉ、カラバ出身か……」と気の抜けた様に言った。
カラバの名を聞いた瞬間にパイロットたちから失笑が漏れた。カラバとはグリプス戦争でエゥーゴの地球上での支援組織であった。それ故、彼らの活動は基本的に地球の大気圏内に限定されていた。これからα任務部隊が臨むのは宇宙での空間戦闘である。地上を這いずり回っていた奴に宇宙空間で一体何が出来るというのだ。そんな気分がパイロットたちを笑わせたのだ。
ウェストが最前列の床にドッカと座るとマニングスは気を取り直して任務説明に取り掛かった。ブリーフィングルームのスクリーンに小惑星ペズンと一日おきの移動軌跡が投影される。
「一ヶ月前、ペズンに駐留する教導団の親ティターンズ派隊員たちが反乱を起こし、ペズンを占拠した。彼らは核パルス推進によってペズンを移動させ、現在、L4に定置させている。彼らの目的は定かではないが、恐らく地球連邦政府に対する反エゥーゴのアピールであると思われる。彼らの声明から判断するならば、ペズンを地球に叩き付けるような事はしないだろう」
彼の背後のスクリーンの映像が切り替わった。
「これは一週間前、ペズンヘ強行偵察に向かったサイド2駐留の第127戦隊が全滅した時の模様だ。残念ながら回収できたデーターポッドは一つだけだった」
スクリーンには六つの緑色の輝点に二つの赤い輝点が接近し、次々と消滅させて行く映像が映し出されている。スクリーンの右手に開かれたウィンドウには個々のMSの機動がポリゴナル処理された画像で具体的に映し出されていた。
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DESTROYED DESTROYED DESTROYED DE
時間: 00:04:35:51
DESTROYED DESTROYED DESTROYED DE
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[#字下げ終わり]
画像は最後の緑色の輝点が消滅したところで停止した。
「ヒュー、四分三十五秒かよ! 冗談、冗談!」
ルーツが身を乗り出して叫んだ。他のパイロツトたちも同感なのだろう。何人かが頷いた。
「冗談なら良いが、残念ながらこれは事実だ。これが我々の戦わなければならない相手の実力だという事を各自、肝に銘じておいて欲しい」
マニングスの背景の映像は六分割されて、今のMSの機動がリプレイされている。
「彼らは我々のIMPCシステムのデーター供給元だったことは諸君も知っているだろう。ゆえに彼らは我々のIMPCのデーターの上を行っている訳だ。しかし唯一の救いとして、地球へ送還された教導団の隊員が奇跡的にIMPC用の彼らの最新データーを持ち帰るのに成功した」
「それじゃあ、さっきの部隊みたいにあっさり全滅って事は無い訳だ」
ルーツは軽口を叩いたが、これからデーターの恐ろしさを思い知らされるとは、この時点ではまだ誰も思っても見なかった。
この後、任務説明は具体的な戦術指示に及び、三時間に亙った。
「地球標準時0300をもってα任務部隊はペンタを出港する。総員、2200時までに指定の艦へ乗艦するように。以上」
地球標準時0300。ペガサスVを中心とした五隻の宇宙艦はMSとパイロットたちを載せ、推進剤の青白い光の尾を引いてペンタを後にした。
「まいったね、あのオッサンも一緒だぜ」
ペガサスVの乗組員との顔合せを終えた後、ルーツは同じ艦に乗り組む事になったクリプトと食堂でコーヒーのチューブを吸いながら暇をつぶしていた。
「しょうが無ェよ。艦隊旗艦だからな。MS戦隊司令が乗艦すんのは当り前だろうがよ」
「でも、何でお前だけ中尉待遇なんだよ」
「俺は|FAZZ《ファッツ》隊の指揮官だろ。お前は戦隊司令直属で部下がいねェからよ」
「納得できねェな。俺と代われよ」ルーツはクリプトの方が一階級上の待遇なのが気に食わないのだ。
「それを納得するのが軍隊って所だ」
「そんなもんかねェ……」
そこへ巨漢のウェストがあたふたしながらやって来た。彼も同じ艦に|Z《ゼータ》プラスのパイロットとして配属されていた。
「二人とも、マニングス大尉殿が訓練を開始するからすぐにMSパイロット・ピット(パイロット待機所)へ集合するようにって……」
「訓練だァ? 俺ァ、まだ私物の整理もして無ェんだぞ! 大尉殿にそう言っといてくれや」ルーツは掌を下に振ってあっちへ行けという態度を示した。
「でも……」
「あァーッ、ったくトロい奴だな。でも≠カゃねぇ! そう言っとけってんだ」
ルーツはコーヒー・チューブをウェスト目掛けて投げつけた。が、チューブはウェストの後ろから来た人物の顔面にビシャッと命中した。それはマニングスだった。ポトリと落ちたチューブに一瞬、目を向けてからマニングスは言った。
「私物の整理をする方が自分の生命よりも大切だと思うなら訓練に参加しなくても構わんぞ。だが、こうなりたくなければ……」と彼はズボンの裾をめくった。彼の脚には大きな醜い引きつれが有った。疑似有機部品を使っている為に、ちょっと見は人間の脚に見えるがそれは義足だとルーツたちには分かった。
「一年戦争で失った。自分の甘さの代償だ。訓練のお蔭で脚だけで済んだが、貴様たちはどうかな? まぁ、少尉殿は私より自信が有るようだが、頼むから他人を巻き添えにしないよう願いたいものだな」
実体験によるマニングスの台詞はルーツに重くのしかかった。
「て、手前ェのミスでなくしたんだろうが! 俺の方が上手いってとこを見せてやよ! シン、行くぜ!」動揺を隠しきれずルーツは食堂を飛び出た。
ガキが増長しやがって。貴様にSガンダムヘの適性さえ無ければ、今ずぐにでも絞め殺してやる。マニングスはルーツの後ろ姿を見送りながら思った。新人類って奴はこんな連中ばかりなのかと思うと頭が痛くなりそうだ。まさかこいつらは本当のニュータイプじゃ無いだろうなと、余りにも恐ろしい考えが浮かび、眉をひそめた。
MSの慣熟、戦術訓練を行ないつつ艦隊はペズンの可視宙域に到達した。この動きは当然ながらニューディサイズ側にも察知されていた。
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ENEMY ENEMY ENEMY ENEMY ENEMY EN
艦種:アーガマ級 1
サラミス(改)級 5
彼我相対戦力: 1:0・987
ENEMY ENEMY ENEMY ENEMY ENEMY EN
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[#字下げ終わり]
「連邦艦隊、五隻確認しました」
まだ若いオペレーターがコッドに報告する。ペズンでは防備を万全にする為の作業が不眠不休の状態で続けられていたが、最後の「詰め」が残っていた。
「この大事な時に……。指揮官のデーターは取れるか?」
「やってみますが、少々古くなるかも知れません。連邦のメイン・コンピューターとのリンクから外されているものですから」
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PROFILE PROFILE PROFILE PROFILE
艦名:アーガマ級 ペガサスV
艦長:イートン・F・ヒースロウ
階級:少佐
評価:グリーン
高等士官学校在籍中の評価、並びに以前の勤務評定はファイル0083−014863を参照のこと
PROFILE PROFILE PROFILE PROFILE
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[#字下げ終わり]
「フン、高等士官学校出のヒヨ子か。教則通りの攻撃しか出来んだろう。艦長が艦隊の指揮をとっているなら臨時編成の艦隊かオトリだな。MS隊の指揮官は分かるか?」
「新造艦ですからデーターに有りません。MS戦力も同様にデーターが有りません」
「よし。まぁ、この程度なら熟練者が乗っている筈は無いだろう。MS隊だけで十分だ。オフショーの隊にやらせろ。牽制攻撃だけで構わん」
コッドの命により、ペズンのMSハンガーではオフショーの第一突撃隊が出撃準備を整える。ゼク・アインの装備が長距離狙撃用、遠射ガンナータイプの第二種兵装に換装された。
「ジョッシュ・オフショー、第一突撃隊、出るツ!」
ゼク・アインは編隊を組んでα任務部隊の迎撃に向かう。
「時間を稼ぐだけで良い。ちょっと剌してやるだけで十分だからな。無理をするなよ」
コッドの声がコクピットに響く。紅顔のオフショーはヘルメットの中で微笑した。彼は他人に気に掛けてもらえるのが好きだった。
「クリプト中尉、シン・クリプト! MSデッキヘ!」
0600時。突然、耳元のスピーカーが、がなり立てた。
「嫌なモーニングコールだね」クリプトはボサボサになった髪の毛を乱暴に手でなでつけると、ベッドの固定ベルトを外して、マジックテープのシーツからベリベリと身体を引き剥ず。手早く艦内作業着からパイロット・スーツに着替えるとMSデッキのパイロット・ピットヘ急いだ。パイロット。ピットでは既にマニングスがいくぶん緊張した面持ちで待っていた。
「クリプト中尉、実戦だ」マニングスはぶっきらぼうに告げた。
「目標は何でありますか?」実戦出撃を告げられたクリプトは緊張でしおらしく尋ねる。
「うむ。現在、我が艦隊はペズンの可視宙域に入ったが、ペズンから迎撃のMSが出た。この距離からMSが艦隊に接近するのは、推進剤搭載量から考えても無理だろう。恐らく、長距離狙撃を考えている筈だ。今ここで艦砲射撃やミサイルを使っても、対象が小さ過ぎるから無駄弾になる。そこで大火力と遠射能力を持った貴様のFAZZ隊の出番という訳だ」
「了解しました」という声がやや上摺っていた。
「無理はせんで良い。戦果を焦るなよ」
クリプトは敬礼するとハンガーに出て、FAZZのコクピットに滑り込んだ。レーザー通信モニターのスイッチを入れると360度モニターに開いたウィンドウに僚機のパイロット、グリソム少尉の顔が映った。彼も実験隊での同期だ。
「お目覚めかい?」
「あぁ、しっかりとな。今日は実戦だ。昨日までの訓練とは違うからな。オルドリンは?」
「スタンバイしてる。奴はバックアップに回る」
「OK」とクリプトはモニターをペガサスVの管制室に切り替えた。「よーし、FAZZ隊、出るぞ!」
ペガサスの二基の電磁カタパルトから勢い良く、巨大なビーム兵器であるハイパー・メガ・カノンを携えたFAZZが二機、飛び立って行った。
射撃準備宙域に入った途端、クリプトは嫌な感じを受けた。殺気、とでも言おうか。その瞬間、前方から微小な宇宙塵をキラキラと反射させながら赤い光が襲ってきた。
「回避! センサー最大レンジヘ」クリプトは逆加速をかけてビームの予想直径の範囲外へ機体を退避させながら、無線封止の禁を破ってグリソムに告げた。
「奴らがどこから射って来ているか分かるか!?」
そう言いながらクリプトは360度モニターの前方に開いたウィンドウのデーターを凝視する。ウィンドウはリニアシートの動きに連動して常に彼の視野の正面右隅に有る。かすかに赤い輝点が四っつ見える。
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[#ここからゴシック]
POSITION POSITION POSITION POSIT
敵       敵
敵     敵
****************
****************
***********
射程内敵機: 4 ■
POSITION POSITION POSITION POSIT
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[#字下げ終わり]
「射程内に四機! 他にも居そうだ、注意しろよ!」
「有効射程はこっちの方が長い。さっきのはハッタリだ」グリソムが冷静に答えた。
「よし、グリソム。俺が一発射ったら±5度の範囲で修正して射撃してくれ」
クリプトのFAZZはハイパー・メガ・カノンを構えて発射した。青く澄んだ光が砲口からほとばしり、恐るべき速さを持った光の固まりとなって漆黒の闇に吸い込まれて行った。一秒、二秒、三秒、……。
「クソッ、外れか!」
すかさずグリソム機がクリプト機の射線を修正して射撃する。ハイパー・メガ・カノンはチャージに時間がかかるのが欠点だが、二機が交互に射撃する運用法はその欠点を十分とは言えないまでもカバーするに足るものだった。次から次へとペガサス搭載のMS中で最も強力なビームがつるべ射ちされる。
「何だ、このビームは! 艦砲射撃かッ!」
オフショーは頭上を飛び去った青い光条に驚きの色を隠せなかった。そのビームの効果半径からして戦艦の主砲に思えたのだ。戦艦が単独のMSを長距離から狙撃することは有り得ない。だが、このビームは明かに精密射撃を狙った物で射点が大きく変化している。結論は二つ。敵に大型モビルアーマーが居るか、大火力を運用出来るMSが居るかだ。
「奴らも長距離砲戦のつもりか……」
しかし、この時代になってもまだまだ数万qオーダーでの戦闘は確実性に欠けていた。赤と青のビームが宇宙空間を交差し、その度に宇宙塵がきらめいてこの危険なショーを演出する。MSにしては膨大な距離を挟んでの、射っては回避、射っては回避という砲撃戦は互いに決定的な打撃を与えられずにいた。
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[#ここからゴシック]
WEAPON WEAPON WEAPON WEAPON WEAP
ジェネレーター出力低下
メイン・ウェポン変更の要を認む
使用継続は機体損傷確率89・6
57889%
***************
***************
*************
使用継続の際に推測される損傷オ
プションは次のファイル通り ■
WEAPON WEAPON WEAPON WEAPON WEAP
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「チッ、弾切れだ」クリプトはウィンドウの緊急警告表示に毒づいた。
「俺もだ」とグリソムが答える。
「バックアップのオルドリンの出撃を要請するか?」
「いや、その必要は無いようだぞ」
モニターの索敵データーは有効射程内に敵がいないことを告げていた。撤収したのだ。一方オフショーはコッドから「花壇の手入れは終った」という暗号通信を受け、部隊を率いてペズンヘと帰還の途についた。彼は自分に与えられた時間稼ぎの足止め任務が成功したことに満足していた。
[#改頁]
[#目次5]
第三章 Sガンダム、出撃!
「悪魔の花園」。主に旧世紀一九四〇年代に戦われた第二次世界大戦中、北アフリカの戦闘においてドイツ軍がトブルク戦線に構築した地雷原と同じ名前を与えられたペズンの防衛機構は、その名前の由来の元になった地雷原と同様に恐るべき代物だった。
この防衛機構は次のような三段階から成っている。ペズンを中心として最外縁にはまず、「一年戦争」中ソロモン攻略戦においてジオン軍に使用され意外なほど効果を発揮した衛星ミサイル群が展開されている。衛星ミサイルは宇宙空間に浮遊している岩石塊や戦艦の残骸といった、大きな質量を持った物体に推進器を取り付けただけの簡単な物で、爆発はせず、この質量を直接、敵にぶつけるという言わばローテク・省エネ兵器だ。その内側の宙域にはサラミス級巡洋艦の改装工事の際に取り外された砲塔が、宇宙作業用プラットホームを転用した仮設砲台に換装されて漂っている。この砲台はペズンの要塞砲としての役割を果たす事になっていた。廃品利用とは言え、巡洋艦の主砲である。その威力は全く侮り難いものが有った。各砲台は|SOL《ソル》7804と呼ばれる発電衛星から電力供給を受けている。コッドがオフショーに告げた「花壇の手入れは終った」という暗号指令は、各砲台とこの発電衛星のリンクが完了したことを示すものだったのだ。
「一半戦争」後、地球−月圏の宇宙空間には戦災の為に放棄された小惑星やコロニーが無数に存在していた。そして又、それらのコロニーに対して電力供給を行なっていた発電衛星も、多数が放棄されていたのも事実である。SOL7804発電衛星は元々は、「一年戦争」において激戦宙域となった|L4《ラグランジュ》に位置していた、サイド2のスペースコロニー群に電力を供給する為の発電衛星である。幸いにして戦災による衛星の破損は極めて軽微であり、まだ十分に稼働状態にあったので、ニューディサイズはペズンヘの電力の安定供給と防衛機構強化の為に、この放棄されていたSOL7804に目を付けたのである。ペズンをL4に移動させたのは、その需要を十分に満たすだけの大電力を供給出来る、この衛星の利用を計画していたからにほかならない。
そして、ペズンの最終防衛網は、ニューディサイズ艦隊と熟練パイロツトのMS隊である。たった五隻の艦艇から成るα任務部隊などすぐに壊滅させられてしまうだろうと思われた。そう、まさしく「悪魔の花園」に咲く光の花となって……。
「やはり時間稼ぎだったか! クソッ……」
ペガサスVのブリッジ。マニングスは戦闘情報コンソールに思いきり拳を打ち付けた。FAZZ隊が帰艦し戦闘の詳細をクリプトから報告された時、嫌な予感がしたマニングスは、ブリツジヘ急行した。有視界戦闘が一般化されたこの時代、かつての海軍艦に存在していたCIC(戦闘情報室)のような部屋は宇宙艦からは無くなり、戦闘情報機能や戦闘管制機能は再びブリッジヘ集約されていたからである。戦闘ブリッジと汎用ブリッジの二つが用意されていたとは言え、この集約化は非常に危険であることは間違い無い。
「状況を報告してくれ給え、マニングス大尉。いったい何の時間稼ぎなんだ?」
艦長のヒースロウ少佐がマニングスの背中の艦長席から尋ねた。
このトンチキ野郎、どこに目を付けていやがったんだ、と思いながらマニングスはブリッジのメイン・モニターを戦闘情報に切り替えて言った。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
INFO INFO INFO INFO INFO INFO IN
○ ○ ○
○  砲  ○
○  砲 砲  ○
○         ○
○  砲 ●発砲  ○
○         ○
○  砲 砲  ○
○  砲  ○
○ ○ ○
INFO INFO INFO INFO INFO INFO IN
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「ペズン周辺宙域の残骸を残骸の自由移動量、並びに浮遊軌道から選択して投影しています。立派な要塞ですよ。ペズンは……」
3D透視図を見せられたヒースロウは驚愕した。
「なぜ、なぜだ? FAZZ隊の出撃前に放った偵察ドローンで調べた時にはこんな……」
「そう、ただの残骸にしか見えなかった。前の戦争の時には、ここはジオンに真っ先にやられたから残骸が大量に浮遊しているのは当然だと、少佐殿と戦闘情報評価スタッフは考えてしまった……」
「だが、ただの残骸じゃ無かった……」
「その通り。連中はそこまで計算に入れていたのでしょう。恐らく、ペズンの周囲に展開した岩塊や残骸は質量爆弾化されていると思われます。評価を誤りましたな」
「しかし稼働していないとも考えられる」
「その確率は絶望的に低いと言わざるを得ません。FAZZ隊が交戦した敵MS部隊の行動は、まさしく時間稼ぎ以外の何物でも無かったのです。敵がやけにあっさりと引き上げたのは、連中の防衛網が完成して、起動したからでしょう」
そこまで聞くと、ヒースロウは通信士にペンタヘの緊急発信を、操舵手に転進を命令した。
「艦長。退避行動は無駄です。いまさらあがいたところで始まりますまい。ここに示されている砲台が生きているならば巡洋艦が三隻いるようなものですからな。退避行動に移れば背後から砲撃されますよ。我々は何ら警戒せずに微速前進を続けてきましたから、既に相手の有効射程内に十分に捉えられています。ペンタヘのレーザー発信が中継衛星を経由して届くまでに約一時間、ペンタから艦隊が発進してこの宙域に到達するのには約三日かかります。その間に、我々は宇宙の塵になっているでしょう」
「それでは君に何か方法は有るのかね?」
「やらないよりもマシな方法なら……」
「よろしい、聞こう」
ヒースロウはマニングスの「やらないよりマシ」な意見を受け入れて、艦隊に逆加速を行なわせつつあった。各艦の艦首の制動用バーニアを全開にして艦をバックさせ、砲台の有効射程圏から離脱するのだ。これなら少なくとも敵に後ろを見せる事は無いが、推進剤の消耗は激しくなり、速度も圧倒的に遅くなる。おまけに制動バーニアは、飽くまで制動と姿勢制御用の物であるから過度に連続使用を続ければ、いつ過熱して破損するか知れなかった。
各艦の艦内は非常燈の赤い光に包まれ、全乗組員にノーマルスーツの着用が命じられていた。その時、索敵モニターを睨んでいた宙測士から悲鳴が上がった。
「艦長! 小規模の質量物が本艦隊に向かって移動中!」
「慌てるな。乱数加速はしない筈だ」
ヒースロウより先にマニングスが怒鳴る。
「艦長は私だ。マニングス大尉」ヒースロウは余計なことをするなとばかりに高等士官学校出の意地を見せると「武器使用自由! 有効射程内で各個射撃開始」と砲術士官に命じた。
ペガサスVの主砲が、艦隊に襲いかからんとする敵の衛星ミサイル群に指向される。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
。      ・  ○
・  ▼○  。
▼○。・ | 。
|   ・
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
衛星ミサイルは肉眼ではかすかな光の点にしか見えない。まだ十分に距離は有る。砲術士官は艦隊防宙システムによって、艦隊内で割り振られた衛星ミサイルの一つに照準を合わせ、メガ粒子砲を発射した。ペガサスVを中心に球陣形(旗艦を中心に球形に艦艇を配置する艦隊の隊形)の第一警戒体制で航行していたサラミス(改)級巡洋艦群からも火線が伸びる。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
***
* ***●***
―――***――***――――
***●*** *
***  ―
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
数秒の後、かすかな光の点に過ぎなかった衛星ミサイル群は、膨らんだ光の球になった。
「第一斉射、命中! 六発が弾幕を突破!」
「昔よりも精度が向上しているな……」
砲術士官の報告にマニングスは「一年戦争」の頃の、艦砲の絶望的な命中精度を思い出していた。だがMSの様な機動力を持った目標に対しては今でも精度がグッと低下するだろう。確かに艦砲の命中精度は向上したが、目標となるMS側の機動力と危機管理能力も又、向上しているからだ。
「主砲第二斉射、及び近距離防宙ミサイル準備!」
ヒースロウが命じた時、宙測士がまた悲鳴を上げた。
「ペズンからビーム発射を確認!」
「優先順位変更、全艦、対ビーム弾投射!」
ヒースロウの命令に従って砲術士官は武器発射系統を素早く切り替える。この操作はモニターに表示されたコマンドにオペレーターが視線を合わせる、つまりオペレーターがモニターを見るだけで適切な指令が選択される視線追従式である。ペガサスVの武器投射台に流線型の無人機がせり上がってセットされ、艦の後進方向へ弾道を描いて投射された。ドローンは艦後方でパッと割れると高分子ガスを発生させる。ガスは球状に広がり、各艦はガス球の中へと後退を続けた。このガスは「一年戦争」時、ビーム擾乱膜として使用されたものと同様で、ビームを減衰させる効果を持つ。
「総員、衝撃に備えよ!」
いかにビーム擾乱膜を張ったところでビームの威力を全て打ち消す訳には行かない。減衰させられたとは言えビームの運動エネルギーはα任務部隊の艦艇を襲い、激しく揺さぶった。動揺するブリッジでヒースロウは矢継ぎ早に命令を下して行く。
「各ブロック、被害報告。対ビーム弾連続発射。近距離防宙ミサイル発射!」
「敵はビーム擾乱膜を張って後退中です」
ペズンではオペレーターの声にコッドが満足げに頷いていた。コッドの脇に座ったクレイは熱心に戦況を示すメイン・モニターを凝視していた。
「トッシュ、そう深刻な状況じゃあ無いな。MSの出番は無さそうだ」
「うむ。だが連中が有効射程外へ退避してからが問題だ。何かやりそうな予感がする」
「馬鹿を言え。互いに射程外だ。連中は恐らく、本隊の到着を待つだけで動きはせんよ。この防衛網を突破して一撃を加えるならMSを使うだろうが、そんなバケモノじみた加速力のMSは聞いたことがない。あの艦隊は通常戦力の分遣艦隊だ。まさかMAを搭載している艦は随伴して居ないはずだ」
「甘いな、ブレイブ。俺は高速一撃離脱の出来るMSを知っているぞ」
「|Z《ゼータ》か!? しかし、あれは量産機じゃない。それにアーガマに搭載されている筈だ。Zは確かコロニーレーザー戦でダメージを……」
「違う! Zの量産化プランは存在していた。それに、その後継機が開発中だと聞いた事が有る。もし、我々が知らないうちに実戦配備されていたとすれば……」
「そう言えばジョッシュが交戦した相手、戦艦クラスの火力だったと……」
「万が一、そんなMSにSOLを叩かれてみろ。砲台は無力化するぞ。SOLの防衛を強化した方が良い」「まあ、そんなに心配するな。どうせ取り越し苦労に決まっている。仮にそんなMSが配備されていても、せいぜい一機だ。恐れることはない。貴様は心配性過ぎるぞ。大火力のMSは愚鈍なものだと相場は決っている」
「そうだと良いが、やられてからでは遅すぎるのだぞ、ブレイブ。あれから八年も経っているのだ。テクノロジーは八年も有ればその十倍は進むと言っても過言ではないのだからな。大火力高機動のMSが存在していてもおかしくない」
「我々にもツヴァイが有るようにか? そんな高性能のMSを乗りこなせるパイロットは、我々の側にしかおらんだろう。仮にそんなMSが出撃して来たら、ツヴァイをぶつければ済むことだろうよ!」コッドは一度、こうと決めたら主張を翻さぬ男だった。ベテラン・パイロットであるがゆえの慢心と言えるかも知れない。この点で、クレイとは正反対の性格であった。
α任務部隊は対ビーム弾を投射しつつ、ペズンの砲の有効射程距離から退避してた。対ビーム弾の高分子ガスの膜は相手のビームの効果を減殺するが、同時にこの擾乱膜の中に逃げ込んだ自分自身のビーム兵器も無力化してしまう。そんな状態での戦闘は勢いミサイル戦に限定されてしまうのは自明の理であった。ところが、この時代のミサイルはほぼ無誘導弾に等しく、確実性に欠ける。ゆえにミサイルは爆発による弾幕効果しか期待できず、もっぱら時限信管を装着した小さなミサイルを大量に発射して、火薬の爆発と破片による防衛線を艦やMSの周囲に展開するのがミサイル戦の主流であった。
[#ここから2字下げ]
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FLEET FLEET FLEET FLEET FLEET FL
*   △
↑ △△△
↑ △
TOP VIEW
FLEET FLEET FLEET FLEET FLEET FL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「質量弾二発、ミサイル弾幕を突破!タカオ≠ニロングビーチ≠ノ向かいます!」
宙測士がモニターを見つめて叫ぶ。先ほどの艦砲射撃で射ちもらした衛星ミサイル六発のうちの二発だ。
タカオ≠ヘペガサスVの前方、ロングビーチ≠ヘ左後下方に位置している。
「ミサイル、第二斉射用意!」とヒースロウは命じた。しかし……。
「間に合いません」
標的となった二隻のサラミス(改)級巡洋艦、タカオ≠ニロングビーチ≠フブリッジでは砲術士官たちが火器管制システムを個艦防宙システムヘ変更する。グングンと接近してくる衛星ミサイルに小口径の封宙砲が指向される。退避行動に移ってももう遅い。宇宙艦はMSのようには、そうヒョイヒョイと移動が出来るわけではない。やるしかないのだ。
「がんばってくれ……」ペガサスVを始めとした敵衛星ミサイルの標的外の艦の乗組貝たちは二艦の奮戦を祈るだけだ。
対宙砲が発射され、衛星ミサイルに命中して行く。衛星ミサイルは対宙砲の直撃で、まるで白黒の無声映画のように徐々に崩壊して行くが、その質量を消し去るには荷が重すぎた。
「せめて軌道が少しでも変わってくれれば……」
艦隊の乗組員たちの願いも空しく、衛星ミサイルは崩壊しながらも着実に二艦に向かって行く。タカオ≠ヘブリッジの基部をもぎとられながら、ロングビーチ≠ヘ艦首左舷のミサイル発射管から艦体の長軸方向に向かって、衛星ミサイルの直撃を受けてしまった。
あぁ、とペガサスVのブリッジ要員たちの、ため息ともつかぬ落胆の声が艦内通信の一般周波数帯を埋め尽くした。
ゴウッ、ゴゴゴ……。衛星ミサイルは二隻にめり込んで行く。「巡洋艦」とは言え宇宙船である。その装甲は海上の軍艦と比べれば紙のような物だ。宇宙艦の防御は、ビーム兵器には対ビーム弾と艦隊の表面に塗布された反射塗料、ミサイルに対しては対ミサイル・ミ弾(AMM)の弾幕とされている。また、余裕が有れば乱数加速による退避機動を行なう。基本的に艦体構造そのもので損害を吸収するという考えは無いのだ。ゆえに大質量物体の、艦体への意図的な衝突に対しての防御方法は存在していない。ちなみに宇宙艦の艦隊戦術は海上艦のそれに範を取っているものの、実際の運用はどちらかと言えば潜水艦に近い。
「タカオ=Aロングビーチ=c…沈みます」宙測士はやや上摺った声でヒースロウに告げた。
二隻の艦は、衛星ミサイルの加速質量に押されて前方からひしゃげ始め、不気味な姿にねじ曲って行く。歪みが艦体後方の機関部に生じた時、二隻の不幸な巡洋艦は爆発球と化した。
「タカオ≠ニロングビーチ≠フ生存者を確認しろ」
「艦長、生存者は居ないでしょう」
ノーマル・スーツのヘルメツトの奥で目を細めながら、マニングスは言った。
「惨敗だ。二艦の乗組貝たちを無駄死にさせてしまった……」
「いや。初めての実戦、艦隊指揮にしては上等ですよ。少佐。五隻中、二隻を失っただけですからね」
「二隻だけだと!? 二隻もだよ、君。何人が死んだと思っているんだ? それがベテランの神経なのか!! 人間としての……」
「少佐殿はまだ、これが戦争だという現実を認識されていない。それとも総司令部からの、単なるデモンストレーションだけだという説明を律儀に信じておられるのですか? ごくありふれた、並の人間の神経で行動していては戦場で生き延びることは出来ません。質量弾が艦隊旗艦である本艦に直撃していれば、艦隊の統制力が無くなっていたところです。その方が惨敗でしょう」
「有効射程圏外へ離脱しました」と航宙士が割って入った。
「艦長、例の「やらないよりマシ」な作戦の第二段階を決行させて頂きたい」マニングスの声は無機質だった。
「君はこれ以上、戦死者を出すつもりなのか?」
「そうならない為に行なうのですよ」
「駄目だ。本隊の到着を待ってからだ」
「タイミングです、艦長。今だからこそ敵にも余裕が出来ている筈です。奇襲はタイミングと大胆さが成功ポイント、でしたな」
マニングスにきっぱりと言い切られたヒースロウは、自分の無能さを乗組貝たちの前で露呈されたものと受け取った。沸き上がる怒りで顔が赤くなった。部下たちの目の前で艦隊指揮官が愚弄されたとあっては後へは引けない。
「よし。マニングス大尉。作戦を実行し給え。但し、本作戦は艦隊のMS戦隊司令である君の権限で、独自に行なったものであるという事を理解しておくようにな……」
保身か。高等士官学校は、さすがに連邦軍将官の養成学校だけの事は有るな。と、マニングスは思った。二艦を失ったこの「小僧」は自分の将来しか見えていないのだ。今度の作戦に失敗したら、こいつは俺に全責任をなすりつける気なのだろう。それでも良い。ケチな恩給がもらえなくなるだけだ。だが、俺は失敗などせんぞ。失敗すればタカオ≠ニロングビーチ≠フ乗組貝たちはそれこそ無駄死にだ……。
「アイ、アイ、サー。ストール・マニングス大尉、MS戦隊司令直属のSガンダム、及びZプラス、FAZZの各MSを使用して作戦を実施いたします」
2時間後、ペガサスVのMSデッキに異様な形のMSが引き出された。その機体の名称をSガンダムと言う。パイロットはリョウ・ルーツだった。様々な機構を盛り込んだ驚異の新鋭機は、今、下半身を無骨なブースター・ユニットに包まれていた。これはSガンダムの長距離巡行、並びに高加速モードとされている形態である。艦の両舷のカタパルトには、既にZプラスと呼ばれるZガンダムの量産機がセットされていた。二機ともウェイブ・ライダー形態を取っている為に人型では無い。
「分かっているだろうな、ルーツ。貴様の目標はただ一つ、発電衛星SOL7804だけだ。他のものは気にせんで良い」
「分かったよ。俺ァ、今までドンパチやりたくてウズウズしてたんだ。つまんねェー艦隊戦だけで出番が無かったからな。早く実戦ってヤツがヤリてェえんだよ!」と、ルーツは360度モニターのウィンドウに映ったマニングスの顔に向かって自信たっぷりに言った。
「自信は結構だ。お前に全てがかかっているんだからな」
マニングスは作戦終了まで、この跳ねっかえりを良い気にさせておいた方が得策だと判断した。
「操作はシミュレーターと変わんねーし、いつでもOKだぜ」
そう言う間に、両舷のカタパルトから二機のZプラスが、シュッと仲良く射出された。
「先行のプラス隊が貴様を援護する。FAZZ隊の準備砲撃の一分後に高加速に入れ」
「分かった。手順は覚えてっからよ。早く射ち出してくれや」
ルーツの声に応じたかのようにペガサスVのリニア・カタパルトのランチング・シャトルが発進位置ヘスルスルと戻ってくる。軽い震動をガチンとコクピットに伝えてカタパルト・ラッチがSガンダムを捉えた。
そのペガサスVの約一万キロ前方では、先行したクリプトのFAZZ隊がダミー隕石の陰に隠れ、攻撃準備を整えていた。モニターのウィンドウに作戦開始の時間がカウントダウンされて行く。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
COUNTDOWN COUNTDOWN COUNTDOWN CO
……|0004……|0003……
|0002……|0001……|0
000……
COUNTDOWN COUNTDOWN COUNTDOWN CO
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「ブッ放せッー!」
クリプトの命令一下、FAZZ隊の三機はハイパー・メガランチャーの砲撃を開始する。
「Sガンダム、リョウ・ルーツ、行くぜェッ!」
FAZZ隊の砲撃と同時に、ペガサスVから二機のZプラスに続いてSガンダムが射出された。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
COUNTUP COUNTUP COUNTUP COUNTUP
……+0001……+0002…
…+0003……+0004……
+0005……
COUNTUP COUNTUP COUNTUP COUNTUP
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
リニア・カタパルトの加速に通常巡行モードでの推進を加えて、SガンダムとZプラスはV字の編隊を組みつつ、まずはFAZZ隊の展開している宙域を目指す。
「よーしッ、行けェェェッー!!」
ルーツはZプラスが少し左右に分かれたのを見ると、Sガンダムのスロットルを高加速レンジにブチ込んだ。
ガァァァッとブースター・ユニットが激しくうなりを上げ、ルーツは無茶苦茶な加速によって無理矢理に、シートに身体を押し付けられた。Sガンダムは、たちまちのうちに先行の二機のZプラスを追い抜き、編隊は自然にV字から逆V字に変換した。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
COUNTUP COUNTUP COUNTUP COUNTUP
……+0056……+0057…
…+0058……+0059……
+0100……
COUNTUP COUNTUP COUNTUP COUNTUP
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「派手にブッ飛んで行きやがるぜ!」
「あれがMSかよ!?」
部隊の展開している宙域の上方を、推進剤の尾を引いて彗星のように爽快に飛び抜けて行くSガンダムをクリプトたちは呆然として見送った。
「チ・ク・ショ・ウ……、な、何て、か、加・速、な・ん・だ・よ……」Sガンダムを操縦している当のルーツには爽快どころでは無かった。Sガンダムのこのモードは飽くまで非常用と考えられていた為、搭載されている耐Gスーツやリニアシートでもこの推進加速重力を減殺するのは手に余るのだ。何しろ一度も有人実戦評価を行なっていない、とんでもない代物なのだ。
クレイはコッドの楽観論を無視して自らゼク・アインに乗り込むと、SOLへ向かった。その途中、レーザー通信がコクピットに飛び込んで来た。
「トッシュ! 貴様の言った通りだ。長距離砲撃が始まった! 火線は三つ!」コッドの声だ。
「どのあたりからだ?」
「計測中だ。いや、待て。そんなバカな……」
「どうしたんだ?」
「1機、目茶苦茶な加速で突っ込んでくる奴が居るッ! MA……、そんな筈は無い。MSサイズだとォッ!?」
やはり、とクレイは思った。敵の艦隊は新鋭機を持っているのだ。
「ブレイブ、MS隊を緊急発進させて迎撃にあたらせろ!」そう言うと、非常速度でゼク・アインの機体をSOLへと向かわせる。
クレイの忠告に従い、コッドはオフショーの第一突撃隊とファスト・サイド中尉の率いる第四突撃隊に出撃命令を下す。十八機のゼク・アインがSOLへとまっしぐらに、謎の敵MS迎撃に発進して行った。
「ウワッ、ヮヮヮヮ、ァァァー!!」
そこかしこに漂う衛星ミサイル群などお構い無しに、Sガンダムは宇宙空間を一直線に、SOLを目指して飛んで行く。コクピットのルーツは冷や汗ものだ。
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VIEW VIEW VIEW VIEW VIEW VIEW VI
○     ? ?     ○
?\\ = //?
\−/
○ ? ・>+<・ ? ○
/−\
?// = \\?
○     ? ?     ○
VIEW VIEW VIEW VIEW VIEW VIEW VI
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「駄目だ。Sガンダムの加速に追い付いて行けない……」
ウェストは歯を喰いしばりながらもSガンダムをZプラスで追尾している。
「援護の必要が有るのかよッ!」僚機のシグマン・シェイド少尉がうなり声を上げる。
三機のMSは、あっと言う間にペズンの浮き砲台群が展開した宙域へと到達した。
「ソ、SOLは、ど、こ、だ、……」
加速Gに圧倒されながら、ルーツはやっとの事で首を持ち上げて360度モニターのデーターを読み取ることが出来た。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
目標位置
基準:機体推進方向
上方:‘03519
右方:‘01232
オートパイロット:セット
目標到達予想時間:00:03:0057
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
目標到達予想時間は刻々とカウントダウンされて行く。続いてルーツは武器管制システムを呼び出すと武器の選択とセッティングに入った。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
WEAPON WEAPON WEAPON WEAPON WEAP
優先順位:
1.ビーム・カノン
目標選定:セット
射撃開始距離:12、000
射撃頻度:精密射撃・モードA ■
WEAPON WEAPON WEAPON WEAPON WEAP
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「よ・し、ちャャャ、んンン、とォォォ、あァァァ、たァァァ、れェェェ、よォォォ!」
耳骨に響く声が妙なビブラートがかかって聞こえる。目標はSOL。成功か失敗かの一発勝負……。
「駄目だ! トレース出来ん!」
コッドがわめいた。浮き砲台の火線はSガンダムを捉える事が出来ず、いたずらに虚空に消える。
「敵機、最終防衛ライン突破!」
オペレーターが冷静さを欠いた声で怒鳴る。
「頼むぞ、防ぐ手立ては貴様らしかおらん!」
コッドは司令コンソールのマイクに向かって再びわめいた。そのレーザー通信を受けたMS部隊は直ちに散開するとSOLの周囲に防衛線を引き、マシンガンの猛射を開始した。曳光弾がアイスキャンディーの様に、いつ来るか分からぬ敵の方向に吸い込まれて行く。
……八秒……九秒……。オフショーが心の中で十まで数えたとき、虚空の一点にチカッと青白い物が光るのを見た。「来るッ!」敵の襲来を直感したオフショーはマシンガンをフルオート・モードで一弾倉分叩き込むとゼク・アインの機体をグイと下方へ回避させた。
「行けェェェェッッッ!!」
Sガンダムの照準が遥か彼方の光点を捉える。SOLだ。この光点はSガンダムの射撃照準装置にはちゃんとSOLとして認識されている筈だ。
バウッムッッッッッ……
ビーム・カノンから光が奔流となってほとばしる。強力な運動エネルギーに変換されたミノフスキー粒子は忠実に虚空の一点、SOLを目指して飛んで行く。後続の二機のZプラスも射撃を開始する。
ガン、ガン、ガンッッッ……
「チッ、ク、ショ、ウゥゥゥ!」
一瞬遅れて敵弾がSガンダムの装甲を打つ。だが、この程度では装甲はまだ大丈夫だ。
ビシュゥゥゥゥゥ……
闇を切り裂いて光の束がSOLに襲いかかった。その両脇からやや遅れて二本のビームが来る。最初の光はSOLの鈍い灰色の外郭を見事に貫いて、SOLの内部機構を分断した。遅れてきたビームは先刻までオフショー機が位置していた宙域を薙ぎ、もう一本のビームは射撃を続けていた第一突撃隊のゼク・アインの一機を串刺しにした。パイロットの絶叫がオフショーのコクピットにもこだまする。
「判断が遅ければ自分が……」
オフショーの背中を冷たいものが流れる。それが収まると、部下を殺された怒りが沸き上がって来た。しかし、それは自分の手駒を減らされたという感覚で、他人の死を悼むものでは無い。この感覚は、彼が知らず知らずの内にクレイから教え込まれたものだとは、自身でも気が付いてはいない。従順なるがゆえの危険性にオフショーは気が付かないのだ。
「ヤツを逃すな!」
気を取り直してオフショーはゼクのマシンガンの照準を定める。三っつの光の球はモニタースクリーン上でグングンと大きさを増して行った。
ドォゥ、ドォゥ、ドォゥ、ドォゥ……
重々しい音を立て、銃身を震わせながら、マシンガンは銃弾を撒き散らして行く。モニターの光球はもう巨大な光の球を背負った異様なMSの姿になっていた。
「これじゃ、特攻、カミカゼじゃねぇかッ!」弾幕に突っ込んで行くルーツはマニングスを呪った。小便を漏らしそうだ。だが、この高加速を急に止めることは出来ない。この宙域を離脱する前に減速するのは、この状態を続けるよりも逢かに危険だ。バシッと何かが吹き飛んだ。
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[#ここからゴシック]
ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
装甲被弾:頭部:20・96%コンディション:グリーン
左腕部:40・53%        イエロー
胴体部:12・63%        グリーン
*******************************************
左上腕部装甲 飛散
ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「左腕の装甲か!」
大した事はない、と強がっていても身体の反応は正直だ。股間に生暖かいものが溢れ出た。たった数分の一秒の事なのに、ビーム・カノンのチャージの遅さにルーツはいらだつ。チャージが終了し、Sガンダムの放った第二射目は正確に一機のゼク・アインを射止めていた。
オフショーの前で、また一機のゼクが爆散する。別のゼクを狙った、続く二本のビームは回避され、虚空に流れた。ビームを回避した内の一機はクレイ機であった。
バフォォォォォム……
恐るべき速度で、三機のMSはニューディサイズMS隊の目前を駆け抜けて行く。後には撃破されたMSの残骸と、射抜かれたSOLが残っただけであった。
「何も……、何も出来なかった、のか……?」
オフショーはしばし呆然とした。何というMSなんだ。人間の技術はこうも簡単に機械の性能に負けるものなのか?
「各指揮官は残存機を確認しろ!」
クレイの命令にオフショーは我に返った。オフショーの抱いた疑問は、この戦闘に参加したニューディサイズのパイロット全員の実感であった。今の今まで自分自身の戦闘技術に抱いていた絶体の自信が揺らぎつつあった……。
戦闘宙域を離脱し、逆推進をかけて強引に制動してから一時間。SガンダムとZプラス隊の二機は戦闘宙域を遠廻りして、やっとの事でペガサスVに帰還して来た。
「結構、ハデにやられちまったな」
傷だらけのSガンダムの上半身を見上げて、ルーツはボツリと言った。だが、SガンダムよりもZプラスの二機の方がより多くの損傷を被っていた。使用されている装甲材の差である。相対速度が速いため、本来ならば同じ質量の敵弾を受けた場合はSガンダムの方がより損傷は激しいはずなのだ。これがGMVやネロの様な量産機だったら、と思ったら背筋が寒くなった。
ルーツはMSデッキから跳んでエアロックに向かう。股間が重く、冷たくなっていた。
「よう、大将。ハデにやったみたいじゃないか!」クリプトはパイロット・ピットでルーツを捕まえると無邪気に言った。
「作戦は成功だ。SOL破壊のお蔭で奴らの防衛力は確実に半減したぞ」マニングスが寄ってきて肩を叩いた。
「気安く言ってくれるぜ、全く! あれじゃあ、死ねって言ってるようなモンだぞ!?」と彼は食ってかかったが、出撃前の覇気は無かった。態度も不自然さが感じられる。マニングスはピンと来て小声で言った。
「早く処理して来い、ションベン大将」
「バ、バカ野郎ッ! 大きなお世話だ」
「恥ずかしがる事はない。初陣ではよく有ることだ」マニングスは片方の眉を少し吊り上げた。
二日後。この間、ニューディサイズとα任務部隊は互いに監視・偵察行動だけに留まり、確たる戦闘は発生しなかった。この日、α任務部隊には失ったタカオ≠ニロングビーチ≠フ代わりにサイド5駐留の二隻のサラミス(改)級巡洋艦ユリシーズ°yびカンバーランド≠フ二隻が合流、艦隊は地球出発時と同数に戻った。一方、地球連邦軍司令部はいよいよペズンとニューディサイズの本格的な武力制圧を決意した。まさにペズン攻略戦、嵐の前の静けさであった。
[#改頁]
[#目次6]
第四章 ペズン制圧
SOLの破壊によって浮き砲台へのエネルギー供給が絶たれた結果、ペズンの防衛線は若干の後退を余儀無くされてしまった。しかし、この様な状況に黙っているようなニューディサイズでは無い。この劣勢を挽回するべくペズンでは新たな防衛作戦が立案され、実行に移される事となった。
一方、「ペズンは宇宙要塞なり」というα任務部隊の報に触れた地球連邦軍はペズン攻略の為に地球本星艦隊の本格的な投入を決意、ブライアン・エイノー提督麾下の地球本星艦隊、X分遣艦隊が先鋒としてペズンに向けて出撃する事となった。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
ORDER ORDER ORDER ORDER ORDER OR
地球連邦司令部
└地球本星艦隊
├Z分遣艦隊
├Y分遣艦隊
└*エイノー艦隊
X分遣艦隊
└─|α任務部隊《タスクフォースアルファ》
ORDER ORDER ORDER ORDER ORDER OR
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
猛将エイノー。彼は将兵たちから、その容貌と行動に親しみを込めてハゲタカ提督≠ニいうニックネームを奉られていた。エイノーは地球連邦軍高等士官学校の校長に任じられ、実戦部隊を退いていたのだが、今回の事件に際して再び実戦部隊の司令官として返り咲いたのである。連邦政府内での評判が良く無い彼を司令官に据えたのには、連邦軍内部の事情が絡んでいた。ペズン、及びニューディサイズの武力制圧を決意したとは言え、まだまだ連邦軍内部では彼らを穏便に投降させようとする意見も根強く、将兵からの人望の厚いエイノーを司令官に据えることで最後まで交渉を試みようと言うのである。「人を尊敬する」という意識にはイデオロギーの差異は無縁である。しかし、彼の人望を利用してペズンを無血開城させようという姑息な「読み」が見事に裏切られる結果になろうとは、まだ誰も考えてはいなかった。
また連邦軍は政府に対して、グリプス戦争における戦力の疲弊、実戦経験指揮官の不足といった面で「現状ではエイノー以外に適任者は無し」と説明し、政府はこの決定を受け入れる他には無かったのである。
小型作業艇に乗っているまだ若い作業員は「威容」という言葉はまさに、この光景の為に存在するに違い無いと思った。
今、低軌道連絡ステーションペンタ≠ノは宇宙要塞ソロモン駐留の艦艇を加えた、地球本星艦隊のほとんどが集結していた。不釣合いなほど大きなコンテナを曳いたちっぽけな作業艇は、一時間後に出港が予定されているX分遣艦隊の各艦艇が係留されている係留ブームヘと向かう。出港の最終調整に慌ただしいこの時期になって、若い作業員は上司から訳の分からないコンテナを旗艦のブル・ラン≠ワで搬送するようにと命じられた。サイズからするとMSか大型の武器なのだろう。出港直前にこんな荷物を積むなんてどうかしている。推進剤の計算をやり直さにゃならんだろうに、と彼は思った。荷請書には「新器材G=vとだけ書かれていた。秘匿名なのだろう。GってことはGun(大砲)の略なんだろうな。彼は漠然と新式の大砲だろうと思ったきり、後は気にもかけなかった。
他を圧するブル・ラン≠ニマレンゴ≠フ二隻のマゼラン級(改)宇宙戦艦を中心に、パサデナ=Aヴォルゴグラード=Aパナマ=Aカシマ=Aブラジリア=Aダナン=Aストックホルム=Aドルトムント≠フ八隻のサラミス級(改)宇宙巡洋艦、そしてMS揚陸艦として改装を受け、補助空母化されたイオージマ=Aイワン・ロゴフ≠フ二隻のコロンブス級(改)輸送艦、並びに通常の補給任務に就くコロンブス級輸送艦六隻が整列している。その周りを、多くの小さな作業艇が忙しく飛び回っていた。
ニューディサイズ討伐隊の旗艦である戦艦ブル・ラン≠ノは提督の座乗を示すフラッグ・プレートが誇らしげに掲げられている。この艦は、かつてのマゼラン級戦艦にMS運用能力を持たせた物だ。かつての海上艦で言えば航空戦艦にあたる。その艦内、自分用に与えられた士官室で、エイノーは歴戦の宇宙戦艦につきものの、懐かしい、腐ったタマネギと酸っぱい匂いが混じった臭気をかいでいた。ペガサスVの様な新造艦は真新しいペンキとプラスティックや金属の匂いが充満しているからまだ良いのだが、歴戦の艦は一般に、慣れない人間にとっては気が遠くなりそうなほど異様な匂いがする。なにしろ周りは宇宙空間である。匂いを抜くために窓を開けるという訳には行かない。かと言って、空調設備に頼れるかというとそうではない。なにしろ軍艦なのだ。客船ではないから人間の快適さなどは二の次なのである。これはMSにも言えた。歴戦の乗組員たちにはこの匂いが染み着いているからすぐに判るのだ。脱臭剤などクソの役にも立たない。長期の戦闘航宙ともなれば、シャワーも浴びられないので乗組員の匂いは一層ひどくなる。「優秀な宇宙艦乗りはゴミ屋と乞食である」というジョークは古参乗組員が新米の乗組員に対してよく使うものだった。これよりひどい匂いはノーマル・スーツのヘルメットだけだとすら言われている。
そんな中、エイノーは今からひと月ほど前に地球で自分を訪ねてきた男の事を思い返していた。
その男は最初、月のアナハイム・エレクトロニクスの者だと名乗った。スマートと言うよりも、ひょろりと長細く見える体型が低重力下で生まれ育った者である事を物語っている。強烈な太陽光には慣れていない為、地球上ではサングラスを外さないのも宇宙生活者特有のものだった。仕立てのあまり良く無い、黒いジャケットをみっともなく着ていることから対人関係の仕事では無さそうだと推測出来る。エイノーはその男に軍人の匂いをかぎ取った。男の足元に目をやると、まだ地球の重力に慣れていないのが分かる。軌道から下りてきたばかりなのだろう。その男の顔にはどこと言って特徴は無い。強いて言えば、やや角張った輪郭ぐらいだろう。椅子を勧めると男は礼を言って大儀そうに腰掛けた。
「手短かに願えんかな。また宇宙に戻らねばならんのだが、その準備で忙しくてな……」
「ぶしつけですが、閣下は宇宙人≠ナあられますか?」
「儂は、自分が掛値無しの地球人≠セと信じておる。最近の月ではそんな挨拶が流行しておるのかね?」
男はニヤリと笑うと、あっさりと自分の素上を明かした。彼はサオトメという名で、これからエイノーが艦隊を率いて対決しようとしている、例の教導団の人間だと語った。
「ならば、コッドやクレイ、パーシュレイたちにおとなしく投降するように伝えてくれんかね。互いに無用な流血は避けたいとは思わんか? 増して、君らのような優秀な兵を失うのは心苦しい」
「自分には投降の勧告は出来ません。なぜなら、自分は閣下に我々の意志を知って頂きたくて、連邦軍憲兵による逮捕の危険をおかしながらも地球まで参上したのですから。それに、我々は負ける気は有りません。現在、教導団隊員に匹敵する技量を持ったパイロツトは、連邦軍内にはほんの僅かしかいないでしょう。それは閣下の方が良く御存知の筈ですが」サオトメは続けて、教導団の隊員たちがなぜ、このような行動に走ったのかを詳細に熱っぽく語った。
「我々は最後には、地球と地球人≠フ為に腹を切る覚悟であります。閣下、なにとぞご理解を頂きたい……」
腹切りとは古風な例えだ。確か、原典はサムライ≠ニいう戦士が使う東洋の古い言葉の筈だ。この男、祖先は東洋系だなと漠然と思った。しかしサオトメの説明には一種、異様な迫力が有り、知らず知らずの内にエイノーは彼らの主張に賛同して行った。それは彼が現在の連邦軍に愛相をつかしていたからかも知れない。彼は軍隊に生まれ、軍隊で育ったような男だった。だが現在の地球連邦軍は、彼の信じるような軍隊ではなく職業訓練校だった。そんな中にもこのような男たちが未だに居ることを誇らしく思っていた。国を守ってこそ軍隊である。少なくとも自分の国は現在の軟弱な地球連邦政府では無い。私は国家の存続の為に戦って死ぬのだ。老提督の心の中の、軍人特有の下らないヒロイズムに火が着いた。やがて彼は自ら進んで彼らの計画に耳を傾けていた。
「月。そこに政権を樹立するのか……。とんでもないことを考えたものだな。クレイ大尉も」
教導団から来た男、サオトメはエイノーの瞳の中に言い知れぬ興奮の光を見てほくそ笑んだ。彼の真の姿を知る者は、教導団の中にすらまだ居ない……
本星艦隊の到着を待つ間にも、α任務部隊のMS隊は交代で戦闘訓練を続けている。ペガサスV所属のガンダム系MSのパイロットたちはそれぞれ実戦を経験したものの、彼らの練度はマニングス大尉にとっては全く不満なものであった。特にリョウ・ルーツには協調性のかけらも見あたらなかった為、彼にそれを教え込むことに主眼を置いていた。
「ルーツ! 次はFAZZ隊、プラス隊と梯団を組め」
[#ここから2字下げ]
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FORMATION FORMATION FORMATION FO
▲   ←
FORMATION FORMATION FORMATION FO
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
マニングスの命令に従い、Sガンダムは二機のZプラスの前方に位置する。最後列には三機のFAZZが着いて、六機のMSはSガンダムを頂点とする三角形を成す編隊を組んだ。
「今度は上下へ変換! 三機づつのフィンガーチップ隊形だ」
コクピットに次々と飛び込んで来る命令に、ルーツはすっかり嫌気がさしていた。やはり他人に命令されるのは嫌いな質なのだ。上になったり下になったりと、さっきから一時間も同じ事の繰り返しだ。「マニングスの野郎め……」と何度も心の中で毒づいてみた。「ルーッ! リョウ・ルーッ! 聞こえんのかッ!」
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FORMATION FORMATION FORMATION FO
FORMATION FORMATION FORMATION FO
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
ルーツが心の中でマニングスに対する馬理雑言を次々と浴びせかけるのに没頭している間に、他の五機はもう編隊を組んでいた。慌ててSガンダムをウェストのZプラスの左前方につけた。
「やめちまえ、パイロットなんかやめちまえ、このクズがッ! 貴様はクビだ! 貴様がボーッとしている間に編隊は敵ビームの直撃を二、三発は食らっているぞ。敵さんは待っちゃァくれんのだからな。今のが実戦だったら、私は不幸にも御子息は戦死されました≠ネんて手紙を貴様の親に書くつもりは無いぞ。逆に、あんたのクズ息子のお蔭で艦隊は全滅です≠ニ苦情を言ってやるからそう思えッ!」言ってから、マニングスは人事ファイルに有ったルーツの家族構成を思い出し、しまったと思った。
マニングスの言い様にルーツは激怒した。
「うるせェー、アホンダラ! 残念だったなァ、おっさん、俺の両親はとっくの昔にあの世に行ってんだよッ!」
確かに、自分のミスを弁解する余地が無いのは分かっていたが、いかにここが軍隊であり相手が上官とはいえそこまで言われる筋合いは無いと思った。何しろ彼の両親を奪ったのは他ならぬ連邦軍ではないか。マニングスの言い様にも腹が立ったが、それよりも同僚パイロットたちの忍び笑いが彼の自尊心を大きく傷つけた。
「ギャアギャアと艦のブリッジから指図するだけで、手前ェは何もしねぇってのは気に食わねぇな! そんなに偉そうな態度が取れるほど強いんなら、俺と勝負しろよッ!」
「私に勝つつもりか? 面白い。よし、プラスとFAZZ隊は帰投しろ。ルーツ、私に勝てたら前言を撤回してやろう。小便を漏らすなよ」
「よ、余計な事を言うんじゃねぇ!」
Sガンダムを残して五機のMSは反転すると、噴射煙の青白い航跡を残しながらペガサスVへの帰投コースに乗った。
「せいぜいがんばれよ、ダンナ」と帰り際にFAZZのクリプトが憎まれ口をきいた。
その頃、エイノー提督の率いるX分遣艦隊の各艦は軌道高度脱出用ブースターを装着し、予定通りにペズンヘと出撃して行った。予定外だったのは、出港直前、旗艦ブル・ラン≠フMSハンガーに「新器材G=vとだけ書かれた一つのコンテナが運び込まれたことだけだった。そのコンテナの中身はMSであり、ガンダム≠ナあった。このMSは実はコロニーレーザー戦の為に用意されていた物であったが、実戦に使用されることなくペンタに保管されていたのである。未調整の機体ではあったが今回の事件の発生により、ペズン宙域に先行しているペガサスVに搭載されたSガンダムをはじめとするガンダム<^イプの各MSと共に、急濾、実戦投入が決定されたのである。それはいつの時代、どこの軍隊にも見られる、「存在する兵器を使わずにはいられない」という軍人たちの危険な好奇心だった。
「どうした、まだ私が発見できんのか? ルーツ……」
さっきからコクピットにはマニングスの声が響いているのだが、肝心の機体が見あたらない。ルーツは苛立っていた。
[#ここから2字下げ]
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。   ―   。
。 ― 。
――――――+――――――
。  ―・
。―    。
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[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
マニングスめ……何処だ、と思った瞬間、Sガンダムの左脚にビシッと軽い衝撃を感じた。クソッ、下か!?
「左脚部のパワーを全てオフにしろ。貴様の機体の左脚はもう使えん」
Sガンダムの左脚に|マーカー弾《ペレット》の赤い塗料がベッタリと染み着いていた。
[#ここから2字下げ]
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。   ―    。
。 ―  。
――――――+――――――
―。 ←△
。―    。
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[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
グォーッとSガンダムの左下方からマニングスの駆るMS、ネロ≠フ教官用|特別改修機《スペシャルバージョン》が真上へと上がってくる。ルーツがモタついている間に、ネロはSガンダムの後方ヘバレルロールを繰り返しつつ上昇し、Sガンダムが発射するペレットを避けながらピッチバック機動に移るとSガンダムのコクピット目掛けてペレットを一発、発射した。
「貴様は戦死だ。ルーツ……」
ルーツは唖然とした。カタログデーターでは明らかにSガンダムの方が優っているのに……。パイロットの腕前、いや人間の技量は機械的な優位性をこうも簡単に覆してしまうのか……。皮肉なことにルーツの感想は、SガンダムのSOL攻撃の際にニューディサイズのMSパイロットたちが感じたものと人間の技量≠ニ優秀な機械≠ェ入れ替わっただけの同じものだった。
「もう一回だ! マニングス、もう一度チャンスをくれっ!」
ルーツ自身は気が付かなかったが、彼は連邦軍に入隊して以来、初めて上官に素直に物を頼んだのだ。この変化はマニングスにとって心地よいものだった。
「よし、良いだろう」
この小僧にも、少しは肝っ玉と真剣さって奴が身についてきたようだな。戦争はヒーローごっこじゃ無いってことを、もう少し解らせてやろう。彼は目を細めて一人ニヤッとした。
宇宙世紀《UC》0088、3月6日。X分遣艦隊がペンタを出港して二日目。α任務部隊がSOLを破壊してから五日後の事である。
エイノー提督はブル・ラン≠フ艦橋に据えられた一段高いシートから、艦長に目配せした。戦艦ブル・ラン≠フ乗組員はほとんどエイノーのかつての子飼いの部下だった者たちであり、彼は既にこの艦を掌握していた。この辺りまで来ればペンタのMSや艦艇には追撃不可能な宙域である。またα任務部隊はペズンから動くことは出来ない。
「提督」と、艦長はしっかりとエイノーにマイクを手渡した。互いに顔を見合わせて頷く。
「地球連邦軍本星艦隊、X分遣艦隊の全艦艇将兵諸君に告ぐ。私はブライアン・エイノーである。これより本艦隊は連邦軍総司令部からの命令を変更し、現在、ニューディサイズと名乗る教導団将兵たちと合流する。今回の事件に於て、小官は義≠ヘニューディサイズに在りと見た。彼らの主張する通り、地球圏は飽くまで地球の物であり、地球こそがその中心なのである。先の紛争の混乱に乗じて台頭してきた宇宙人≠ノそそのかされ、宇宙人≠フ言いなりとなった政権の、いや、実体は宇宙人≠ヌもの傀儡政権が下した命令に地球連邦軍は従うことは無い、と小官は判断する。また地球人≠ナある誇りが有るならば、決して従ってはならない。故にこれは地球連邦政府、及び地球連邦軍への抗命ではない。地球連邦軍は地球の為に戦う軍隊なのである。あの「一年戦争」を想起せよ。正義は地球とコロニーのいずれに在ったのか? 小官の決定に不服な者は十二時間以内に艦隊より退去せよ。真に地球人たる誇りを持つ者のみ、小官と共に行動せよ。諸君の英断を期待する。地球連邦万歳。以上」
放送はブル・ラン≠フブリッジ要員の拍手と歓声で締めくくられた。
この放送が流されると同時に、将兵の間には動揺が走った。提督は発狂したのでは無いか? しかし地球連邦が宇宙人≠フ言い成りになる事は出来ないという話も分からないでも無い……。ブル・ラン≠ノは問い合わせが相継いだ。だが発狂ではないと判るとブル・ラン∴ネ外の艦艇間の通信が多くなった。互いに判断がつきかねているのだ。
「パサデナ≠ニダナン≠ェ艦隊を離脱する旨を伝えてきております」
艦長は通信士からのメモを見ながらエイノーに伝えた。提督は頷き、「各艦ごとの離艦希望者は輸送艦に移乗させよ」と告げる。この艦隊の中で離脱を希望したのがたったの二隻だけであったというのは、エイノーが連邦軍高等士官学校の校長としての在職期間が長かったことが幸いした。艦隊のほとんどの艦長や上級士官は彼の教え子だったからだ。
十二時間が経過した。パサデナ≠ニダナン≠ヘ二隻のコロンブス級輸送艦を引き連れて艦隊を離脱する。これが後に、「提督の謀反」と呼ばれる事件であった。以降、エイノー艦隊は連邦軍司令部と接触を絶ち、行方をくらました。
エイノー艦隊脱走の報がもたらされると、地球連邦軍司令部はパニックに陥った。もはやこの艦隊は追撃は出来ない宙域へ進出してしまっていたからだ。また、この強力な艦隊が反旗を翻したことにより、ペズン攻略の戦略は根底から覆されてしまったのである。
エイノー艦隊は現在、α任務部隊の背後へと向かいつつある。交戦すればα任務部隊とてひとたまりもないだろう。「提督の謀反」のニュースはα任務部隊に速やかに伝達された。
「何ッ? では我々の主力部隊が、ほぼまるごと敵側に!?」
ヒースロウの全身から力が抜けて行った。
「それで、総司令部は何と言ってきているのだ?」
「α任務部隊は現宙域より離脱し、正対宙域まで速やかに移動。エイノー艦隊は月軌道艦隊が追撃するとの事です」
「月軌道艦隊か……」
月軌道艦隊は月のフォン・ブラウン市に司令部を置き、月の公転軌道を周回しているパトロール艦隊である。この艦隊は地球本星艦隊とは戦力的に劣るもののエイノー艦隊に匹敵するだけの戦力はある。総司令部はこの宙域に最も近い宙域を哨戒中だった月軌道艦隊をエイノー艦隊にぶつけるつもりなのだ。また、ペズン攻略の主力はこの月軌道艦隊がエイノー艦隊に代わって受け持つ事になった。一方、ペンタでは本星艦隊の残りであるY及びZ分遣艦隊の出港準備が急がれていた。今まで連邦軍内の「事件」で片付けられていたものが、にわかに「戦争」の観を呈し始めた。これは地球連邦軍にとって、避けねばならなかった最悪の事態である。グリプス戦争でティターンズとエゥーゴの抗争を抑止出来なかった無能組織とみなされた連邦軍は、失墜した権威をまたしても失うハメになりかねなかったからである。
「俺に遊撃隊を編成させてくれ。巡洋艦を一隻預けてくれれば良いのだ」
ドレイク・パーシュレイは先ほどから何度もコッドに哀願していた。
「どう思う。トッシュ?」と脇に立つクレイに意見を求める。
「まるで話しが通らんな。たかだか巡洋艦一隻の戦力で、大艦隊を相手に一体何が出来るのだ? 艦隊戦力不足の今、単独艦での作戦行動は理屈に合わないがな」クレイは冷やかな視線をパーシュレイに投げかけた。パーシュレイはニューディサイズ結成の元となった反乱の中心メンバーの一人である。
「まさか……、臆したのでは無いだろうな?」コッドの問いにパーシュレイはハッとなった。通信暗号を変えられ、レーザー通信を妨害されて連邦軍の動向が掴めないニューディサイズは、隊員のサオトメを地球へ潜入させてエイノーヘの事前工作を行なったとは言え、提督が、まさか本当に反乱を起こしたとは知らなかった。事前工作は単なる時間稼ぎくらいにしか考えていなかったのだ。もちろん彼らはエイノーの指揮するこの艦隊が、今まで通りにペズン攻略の主力艦隊だと思っていたのである。その艦隊は単独部隊で連邦軍全体を敵に回さざるを得ないニューディサイズの将兵たちにとって、実体以上に巨大なものに思われたのだ。地球連邦軍に投降した方が良いのではないかと考える者が出てきても不思議ではない。
「臆してはおらんよ。そう取られるとは心外だ。浮き砲台が沈黙させられた今、ペズンの前進位置で機動砲台として作戦を行なう部隊を編成すると言っているんだ。MS部隊も一緒に回してくれとは言っておらんぞ」
「それが違うのだ、ドレイク。たったそれだけの任務に割ける艦艇の余裕は我が方には無い」
クレイを睨むとパーシュレイは司令室を出て行った。
「ヤツには監視を付けた方が良い。臆病者の目だ」
「そうだな、トッシュ。兵たちが動揺しているのは分かる。このまま敵と睨みあいを続けていれば、士気が崩壊するのは目に見えているしな。ここらで……」
「粛清か。確かに組織には規律が必要だ。この先の計画にも関わってくるしな。見せしめにドレイクを使うのか……。つまり私にドレイクを斬れ、と言うのだな……」
「そういうことだ。心配はしていないが、貴様にも忠誠を見せて貰わんと兵たちが納得せん」
「分かった。ジョッシュと私がやろう。ところで例のプランだがな、コッド。あれと、ペズンを利用する方法を思いついたのだ」
「ほぅ。何だ?」
「ペズンは連中にくれてやって、我々は脱出する。もぬけの空になったペズンに敵艦隊が近付いたら、ここを核で爆破してダメージを与える」
「なるほど。しかし、それでは我々の撤収をうまくカモフラージュする必要が有るな」
「その援護と揚動をパーシュレイにやらせれば良いのだよ。敵と通じようとした所を討たれるのだ。皆んな納得する」クレイの青い瞳が不気味な茶色の光を発した。(注:茶色には「人をだます」という意味が有る)
「抜け目が無いな」
「少ない戦力は有効に生かさんとな……。奴には我々の正義の為に死んでもらう」
「ところで我々が撤収するとしても、エアーズ市の方とは連絡は取れているのか?」
「サオトメが工作している。うまく行きそうだという通信ドローンを回収した。皮肉なものだな。外界との通信手段は手紙の時代に逆戻りだ」
クレイは小さな光学ディスクを右手の親指と人指し指で摘まんでヒラヒラと振った。
「フフ、敵はもう決して月面には降りられん。勝算は有るさ……」
「艦長、月軌道艦隊より通信が入りました」
命令通りに、ヒースロウは艦隊をペズンを中心とした180度反対の宙域に展開させた。エイノー艦隊の来襲に備えて、既に全艦、第一級戦闘体制である。そこヘレーザー通信が入った。
「うむ」
「エイノー艦隊の艦影は見えず。針路を変更した模様なり」
「変針した? ペズンには来ないのか……? そんな事は有り得ない」
「その様です。月軌道艦隊は、こちらと合流してペズン攻略戦を開始するとの事です」
「馬鹿な! 攻略戦の最中に、その艦隊が我々の背後を衝いたらどうずるつもりなのだ!?」
正統に考えればヒースロウの言う通りである。しかし、地球連邦軍は一刻も早く事態の収拾を付けたがっていた。
九時間後、月軌道艦隊八隻の艦艇がペズン宙域に姿を現した。作戦計画は既に連邦軍司令部が立案していた物を、そのまま使用する事になっている。簡単に言ってしまえば、二つの艦隊をもって互いに正反対の方向からペズンを挟み打ちにするのだ。
時を同じくしてサイド4駐留部隊から緊急通信が入った。エイノー艦隊を発見したというのである。この部隊はエイノー艦隊と交戦し、少なくとも二隻を撃破したらしい。幸いにしてサイド5にはコロニーレーザー戦の後に応急修理を行なっていたエゥーゴ艦が有ったため、通常の駐屯部隊より戦力が増強されていたのである。しかし味方の損害も激しく、追撃の余裕は無かったようだ。交戦した後、エイノー艦隊は再び姿を消したという。
「エイノー艦隊はどこへ向かうつもりなのだ? 月か。サイド3か。それともコンペイトー≠ネのか……」
エイノー艦隊の予測針路を見ても、ヒースロウには彼らの目的地は判断がつきかねた。どれも可能性が有るのだ。だが、少なくともペズン戦の最中に背後から襲われる心配だけは無くなったようだ。実はこのエイノー艦隊とサイド4駐屯部隊との交戦は、大局的に見ると予定された行動であった事が後に判明する。
「攻撃開始は翌、七日。地球標準時0600。艦砲、MSの二段階で行なう」
ヒースロウはエイノー艦隊の針路を気に掛けながら、総司令部からの命令を全乗組員に告げた。
翌、3月7日。ペガサスVのパイロット・ピットには、これからの作戦に備えて全パイロットが集合していた。SガンダムやZプラス、FAZZのパイロットたちに加え、ペガサスV所属のもう一つのMS中隊である、三機のネロのパイロットたちも一緒なのだ。ネロ隊の隊長はチュンユン中尉という叩き上げのベテランであった。ルーツたちから見ればマニングスと同類の口うるさいヤツである。
マニングスはおもむろに作戦説明を始めた。
「0600時。本艦隊、及び月軌道艦隊の二つの艦隊は、ペズンの両翼から艦砲の有効射程へ前進、砲撃を開始する。我々MS隊は三パルス目の艦砲射撃と共に順次射出発進、ペズンの港口を占拠する。本艦の射出順序は次の通りだ。リョウ・ルーツ、Sガンダム……」
「俺が一番かよ! 御免だね」
「じゃあ、俺が代わろうか? 今のところ、俺の所だけ戦果が無いからよォ、一番乗りで敵をブッ殺してきてやるよ」とクリプトが口を挟む。
「よく聞け! これは命令だ。貴様らの都合で射出順を変える訳には行かんのだ。さて、次はプラス隊の二機……」
ウェストは浮かない顔をしていた。SOL攻撃の際の敵の弾幕は彼の生涯最高の恐怖だったのだ。
「お前ェ、ビビッてんのか?」と、ウェストの顔色を察したクリプトが大きな態度で彼の頭をボンと叩く。
「あーあ。結局、俺たちが勝手に戦って真っ先に死にゃぁ良いんでしょ」
ルーツがクリプトの肩を叩いてそう言った時、二人の顔面にボコッと鉄拳が飛んだ。
「痛てェえな、畜生ッ!」
顔を上げた二人の前にネロ隊のチュンユンが立っていた。
「俺たちに対する当てつけか? バカに、殺人狂に、腰抜けときてやがる。これでカンザスの田舎娘が居りゃぁ、まるでオズの魔法使い≠セぜ。いいか、ヒヨッ子ども。貴様ら何様だと思ってるんだ? ちったあ良いMSに乗っけてもらってるからって思い上がるんじゃねえよ。残念ながら貴様らはこの艦のMSの主力なんだ。主力がそんな奴らじゃ俺の部隊も他の部隊も、貴様らと一緒に組んで仕事は出来ねェな! 俺が今すぐにエアロックから放り出してやる!」
「それ位にしておけっ!」
物凄い剣幕で怒るチュンユンに対しマニングスの怒声が飛んだ。しかし、一旦生まれた相互の不信感は、そんな事では埋まるような物では無かった。
飽くまでも黒く、深い宇宙の闇を閃光が切り裂いて行く。0600時。ペズン攻略戦の幕は切って落された。α任務部隊、月軌道艦隊の各艦艇から強力な艦砲射撃が行なわれる。
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BEAM BEAM BEAM BEAM BEAM BEAM BE
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BEAM BEAM BEAM BEAM BEAM BEAM BE
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各艦ごとの砲撃は数分の一秒づつ遅れて発射するように調整されていた。ビームは次々とペズン周辺の衛星ミサイルを破壊して行く。α任務部隊が手こずらされただけに、衛星ミサイル化されていそうな残骸は片っ端から吹き飛ばされて行く。三回目の斉射を合図にカタパルトから次々とMSが射出されて行く。
艦砲射撃から生き残った衛星ミサイルが艦隊を目指して移動を開始した。それを知ったクリプトのFAZZ隊はすかさずこれをハイ・メガ・カノンで撃破して行く。前回はMSを発進させる時間が無く、むざむざと二隻も沈められてしまったが、今回は違う。
「チッ、石っころだけかよ! いけねぇ、遅れを取っちまう……」
艦隊と協力してあらかたの衛星ミサイルを撃破したFAZZ隊はペズンヘ急いだ。
ルーツのSガンダムは今回は人型のノーマルなMSモードだ。これはZプラスも同様である。
「おかしいな……」
機能を失った浮き砲台の漂う宙域に入った時、ルーツは戦場の余りの静けさにいぶかしんだ。反射的に索敵データーを見る。
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ENEMY ENEMY ENEMY ENEMY ENEMY EN
索敵半径:13、000
セクターA:グリーン
セクターB:レッド−距離:4、000
セクターC:グリーン
セクターD:グリーン
セクターE:グリーン
セクターF:イエロー−距離:10、000
ENEMY ENEMY ENEMY ENEMY ENEMY EN
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「右かっ!?」
そう思った瞬間、ビームが飛んできた。Sガンダムの機体を右下方にひねる。ビームは脇を過ぎ去った。
「クッソーォォ!」ルーツはビームの飛来方向に機首を向ける。
「リョウ、編隊を崩しちゃ駄目だ!」ウェストの声だ。
「うるせぇっ! 敵が居るんだっ!」
「目標はペズンの制圧じゃないか」
赤いビームはますます、その本数を増してきた。ボンッとビームが右側の宙域を通過していたネロの一機に命中し、機体が炸裂する。
「味方が殺られてんじゃねェかッ! 俺は行くぞ!」Sガンダムはゴウッと加速するとビームの飛来する宙域へと向かった。
「どこへ行く、ルーツ。貴様の目標はペズンだぞ!」ペガサスVのブリッジで、作戦モニターのルーツ機の輝点が脇に反れて行くのを見たマニングスは、とっさにマイクに怒鳴った。
「敵のビームだ。そのままにしてたら損害が増えるだろうがよッ! 艦砲、俺に当てるなよ!」
「友軍の損害を考えるのは貴様の仕事じゃ無いぞ!」
ルーツはマニングスの怒声を無視して機体を進めた。前方にペズンの爆発光と艦砲のビームの照り返しを受けて見え隠れする青いMSが有った。それが教導団――ニューディサイズ――の専用機である事はルーツにも分かった。
「手前ェっ!」Sガンダムの両肩のビームカノンがうなる。
「ガンダムタイプ、か!?」
その青いゼク・アインのパイロット、ジョッシュ・オフショーは迫ってきたMSを見て驚きの声を上げていた。SOLへの攻撃の時には余りにもかけ離れたイメージだった為に、ガンダム・タイプのMSだとは思わなかったのだ。オフショーはその間にも敵の攻撃を予期して機体を素早く上昇させる。ビュウッと光条が二本、空を切った。
「俺の方が上なんだよォッ!」ルーツにそんな台詞を吐かせたのは、相手の――オフショーの――技量が自分よりも明らかに上だと直感した悔しさである。Sガンダムはゼク・アインの前に出て、進路を押さえようとした。何事も直線的なのだ。
「何いッ、ガンダムのパイロット……? 素人だとでも言うのか!?」その機動を見てオフショーは嘲笑った。彼が見てきたMSパイロットたちとは動きが全く違って、まるっきり甘い。心の中に余裕が生まれた。
「フンッ、ガンダムに……」目の前に出たSガンダムにオフショーはすかさず照準する。至近距離だ。
「乗っていれば……」ゼクの射撃管制装置へ信号がすさまじい早さで流れる。
「強いと言うものではないっ!」一秒もなくマシンガンから弾丸が吐き出された弾丸はSガンダムの胸を撃ち、その弾着は明るい青や黄色の塗料の皮膜とガンダリウム合金のクズを撒き散らした。
「痛でェっ……!」コクピットに衝撃が走る。もちろん、ルーツ本人が痛みを感じた訳ではなく、本能的な言葉だった。
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ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
胸部被弾:   損害60%
コンデイション:レッド
戦線離脱の要を認める 戦線離脱の要を認める 戦線離脱の要を認める 戦線離脱の要を認める
ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
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「ピーピー、ガーガーとうるせぇぞ!」ヘルメットに鳴り響く警報に向かってルーツは怒鳴った。
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
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…………イタイ?…………いたい…………痛い…………不決…………・
…………・ウルサイ?…………うるさい…………不決…………・
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
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不意に警報が鳴りやんだ。ルーツはちょっと気にかけたが回路の不調を疑っただけでSガンダムを操縦し続ける。もう目の前のゼクしか見えていなかった。Sガンダムが射撃位置に着こうとすると、ゼクは激しい機動で難なく逃れてしまう。
「何者なんだ。素人なのか、本当のバカか?」オフショーは諦めずに追尾してくるSガンダムに焦りを感じていた。彼の部隊と第二突撃隊はペズンにニューディサイズが未だに立てこもっているように見せる為に、敵MSの二〜三機に被害を与えたら離脱して、ペズンを脱出する艦隊と合流する手筈になっていたからである。しかし、もう一つ。クレイから命じられた裏切り者の始末という重要な任務が有った。クレイとの接触の時間に遅れてはならない。
「この辺で片付けないと面倒だな……」
オフショーが再び射撃しようとした時、二条のビームが至近距離に走った。三角形の機体が二機、グングンと迫ってくる。
「Z、量産機!」SOL攻撃の後にクレイから聞かされた新鋭機だ。
「大丈夫かい、リョウ!」
ウェストは自分も命令違反になるのを覚悟で戦線を大きく逸脱したルーツを追ってきたのだ。
「いらねぇお節介、焼きやがってよ! 手前ェの心配でもしてろよ!」ルーツが悪態をつく間に、高機動形態に変換したZプラスは脇を行き過ぎた。このモードではAMBACの効果が薄れ、実は人型の時よりも小回りが効かない。正確には高加速形態と呼ぶべきものだ。Zプラスの援護に気を取られている隙に、ゼクは最大加速で距離を開き、宇宙の闇に姿を消してしまっていた。
「ああッ……!」
加速による慣性でSガンダムに先行してしまったウェストは、目の前の光景に声を上げた。艦隊の攻撃方向の真下に向けて、ペズンからニューディサイズの艦艇が最大戦速で続々と発進して行くのが見えた。これは出撃ではない。脱出だ、と気が付いた。
「敵が逃げている……」ウェストはレーザー通信の発信方向をペガサスVに同調させると、この光景の事をすみやかに報告した。
「攻撃軸の真下だな。分かった」連絡を受けたマニングスは、ヒースロウにそれを伝達する。直感だった。艦隊とMSを引き上げるからには何か裏が有る。あの男――トッシュ・クレイ――が敵に居るのだから。
「罠だな。すぐに作戦中止を指令しよう。どうりで奴らの艦隊の姿が見えないはずだ」
ヒースロウは決断し、作戦中止の命令が緊急周波と全方位レーザー通信で全部隊に伝達された。
「何ィ? 戻ってこいだって!? 罠だと? んなバカな……」
散発的なビーム兵器の抵抗を受けながら、あともう少しでペズンの外郭に取り付くという所で、クリプトのFAZZ隊は帰還を命じられた。「俺はまだ一機も殺ってねぇってのに!」戦果の無い悔しさがこみあげてきた。
ヒースロウは通信士に命じて、事後承諾になるが、月軌道艦隊の司令と連邦軍司令部にも改めて撤退の事情説明報告を行なわせた。
月軌道艦隊からは一隻のニューディサイズ巡洋艦が停戦信号を発しながら艦隊に接近してきたが、随伴していた二機のMSが艦隊に攻撃を加えてきた為、この巡洋艦に反撃を加えて撃破したという報告があった。もちろん、この巡洋艦に乗り組んでいたのはパーシュレイ以下のニューディサイズ反乱分子であり、「随伴していた」二機のMSが彼らを始末するために向かったオフショーとクレイのゼクであったとは、誰も知るよしも無かった。
「何ッ、気が付かれたのか?」
コッドは艦隊旗艦のキリマンジャロ≠フブリッジで、連邦軍艦艇とMS部隊の動きを追っていた。MS部隊はペズンより撤退し、各母艦の方向へ向かっている。
「仕方がないな、ブレイブ。気が付かれた以上、ペズンを爆破しても大した効果は無いだろう。それに、まだ我々の艦隊は爆破の安全圏に到達していない。爆破を早めれば我々も傷つく」クレイは失望を怒りの色で表現しているコッドの肩に手を置いてそう言った。
「ペズン爆破は無駄に終る、か……」
「いや、無駄じゃない。我々の意志を示す打ち上げ花火だよ。この借りは返してやれば良い」
ニューディサイズの艦隊は約束の地≠ヨ向けて航行していた。それはあたかもモーゼに率いられたユダヤの民の如く、重く、しかし確信に満ちた航宙であった。
「これよりペズンを爆破する。地球を宇宙人≠ゥら我らの手に取り戻す戦いの決意として!」
艦隊が安全圏に到達すると、コッドは放送で全隊員にそう宣言し、爆破のリモート・スイッチを入れた。もう帰る場所はなくなるのだ。彼らには新天地への前進しか残されていない。各艦に分乗した隊具たちは自分たちの我が家≠フ最期を一目見ようと、外の景色が少しでも見える場所やモニターに殺到した。
ペズンに仕掛けられた核爆弾が少しのタイム・ラグの後に爆破信号を受信して一斉に爆発し、この小惑星を宇宙の塵に変えてしまった。その光は夕暮れを迎えつつあった地球からも肉眼で確認される程のものであった。
この光が、ニューディサイズの意志であった。そして同時に、やがて月面都市をも巻き込む事になる悲劇の遠い足音でもあった……。
[#ここから中央寄せ]
[#目次7]  第二部 月面攻防編[#「第二部 月面攻防編」は太字]
[#中央寄せ終わり]
[#目次8]
第五章 月面の夢
月面自治都市エアーズ=B月の裏側に初めて設けられた観測基地から発展したという特殊な性格を持ったこの都市は、住人たちのほとんどが、かつての観測基地隊員を祖としているために月面自治都市の住人にしては珍しい地球回帰願望を持ち、さらに二度と地球を見る事が出来ないという立地・環境条件という、二つの地球崇拝から生まれた地球至上主義に支えられていた。そう、エアーズ市は月面自治都市群の中でも特に異彩を放つ、超保守的な都市なのである。
グリプス戦争におけるコロニーレーザーの攻防戦の際、都市の防衛の為に予備役兵で組織されていたいわば警察軍であるエアーズ市民軍は、ティターンズ側の後方兵力としてコロニーレーザーの警備の任に就いていた。地球の為に尽くす事が市民の務めであると信じて生きてきた彼らが、地球至上主義を名目に掲げたティターンズに組みしたのは当然の事と言えよう。この攻防戦は周知の如くエゥーゴ側の辛勝に終わり、敗兵となったエアーズ市民艦隊は傷ついた兵士たちと共に戻ってきた。しかし、この艦隊には行く当てのなくなってしまった他のティターンズ将兵たちも同乗していたのである。
エアーズ市々長、カイザー・パインフィールドはこれらの将兵たちをエアーズ市に受け入れ、再三に渡る地球連邦政府からの彼らの引き渡し要求を自治都市への内政干渉として拒否し続けてきた。もちろんパインフィールドが、現行の地球連邦政府はエゥーゴの傀儡政権であるとみなしていたからである。今やエアーズ市はティターンズの残党にとって、唯一の希望の地となっていた。この動きの陰に一人の人物が暗躍していた。その男の名をマイク・サオトメと言う。しかし彼の本名も経歴も実際は、地球連邦軍に登録されているデーターとは全く違ったものであった。
サオトメはペズンの反乱の際、クレイによって地球連邦軍の不満分子――エイノー提督の様な、現在の地球連邦軍や地球連邦政府に不満を抱く者たち――や月面自治都市群に対する煽動工作を命じられ、地球と月を飛び回っていたのである。彼は教導団のMSパイロットでは無く情報将校であり、教導団に配属になる前は連邦軍情報部に勤務していたので、その経歴をクレイに買われたのだ。今、彼はエアーズ市のすっかりさびれた展望エリアのベンチに腰掛けていた。
プレキシグラスの展望ドームには相も変わらぬ星空だけが見えていた。サオトメ以外の人影は見あたらない。昔からエアーズ市民の誰もが宇宙を見る事を拒否し続け、居住区画のちっぼけなドーム天井に投影される見せかけの青空にすがっていたからだ。サオトメの視線の先には彼の生まれ故郷が小さな光の点として有った。サイド3。月の裏側のラグランジェ・ポイント(L2)に浮かぶ宇宙植民地である。かつてジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を仕掛けたこのコロニーも今では共和国≠ノ名称を改め、地球連邦政府の強力な監視下に置かれていた。
「いつの日か……」ポツリと彼はつぶやいた。
いつの日か祖国に栄光を取り戻す。その日を夢見て「一年戦争」の後、彼はヤミで連邦軍兵士の軍籍を得て潜伏していたのである。今の名前は「一年戦争」で全滅した連邦軍部隊に所属していた東洋系の兵士のものだった。ジオンの残党狩りを名目とした部隊に極めて近い所にジオンの残党が居たとは皮肉な話である。
雌伏八年。「一年戦争」後、ジオンの残党が避難していた小惑星基地アクシズ≠フ地球圏帰還により、ジオン公国≠名乗る旧ジオン軍部隊は最近、次々と各コロニーに制圧部隊を送り込みつつあった。後見人のハマーン・カーンが実質的な指導していたとは言え、かつてジオン公国を支配していたザビ家の遺児、ミネバ・ザビを戴く以上、アクシズもジオンには変わり無い。祖国に再び栄光が蘇る日は近い、と彼は確信していた。その為にもこの事件を拡大させるのは連邦の戦力を弱める上では有効だった。
サオトメは立ち上がり、地下の居住区へと下りるエレベーターに向かって歩いて行った。この事件にもまた、様々な人の思い≠ェ交錯していたのである。
ペズンの爆破にもろに巻き込まれることは避けられたものの、その爆発によって生じた岩塊によってα任務部隊と月軌道艦隊の何隻かの艦艇は損害を受けていた。月軌道艦隊は最寄りの宇宙植民地サイド2に寄港し、現在、応急修理を行なっている最中であった。さらにこの艦隊はパトロール航宙中に急濾、戦闘に参加する事になった為に推進剤は底を着きかけており、その補給もしなければならなかったのである。だが、α任務部隊にはそんな余裕は与えられなかった。地球連邦軍総司令部はすぐにニューディサイズ艦隊の追撃を命じたのである。だがα任務部隊は、ペズン爆破の岩塊を避ける為の退避行動によって、広大な宙域に展開せざるを得なかった為に艦隊陣形の立て直しの時間がかかってしまい、ニューディサイズ艦隊に半日から一日の遅れを取ってしまっていた。本星艦隊の二つの分遣艦隊はニューディサイズの行方が掴めるまでペンタからの出港は見送られる事になっていた。
時に宇宙世紀《UC》0088、3月10日。
「|王の入城《キャッスリング》≠ゥ……」
ペガサスVの艦長室のモニターに映し出された白と茶のチェス盤。ヒースロウは自分の指す白い駒で作った陣地の端に置かれた王駒《キング》の正面に、「サーゴン|20《トゥエンティ》」というチェス・ゲーム用ソフトウェアが指す黒い歩が置かれると、キーボードのキーを叩いて盤の一番右端に置かれていた城将駒《ルーク》と入れ換えた。この、チェスにおける王駒《キング》と城駒《ルーク》の特殊な入れ換えを行なうルールのことを|王の入城《キャッスリング》≠ニ言う。
[#ここから2字下げ]
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CHESS CHESS CHESS CHESS CHESS CH
歩 城  →歩
歩    →歩 王
歩    →歩 城
CHESS CHESS CHESS CHESS CHESS CH
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この結果、ヒースロウの王駒《キング》は城将駒《ルーク》と位置を取り換え、一瞬のうちに他の駒で作られた四角い壁の中の安全地帯へと逃れる事になった。
「ペズンを捨てて逃げた、か……。問題はどこのマス目に逃げたか、だ」
ヒースロウはニューディサイズの戦略をチェスになぞらえた。ペズンを城持駒《ルーク》に、ニューディサイズ本隊を王駒《キング》に当てはめてみたのだ。
「エイノー艦隊は、さしずめ騎士駒《ナイト》というところか……」依然として行方の掴めないエイノー艦隊を、チェスの中でも機動力をとりえとする駒として考えてみた。その時、来客を告げるインターホンのブザーが柔らかな音を立てた。
「艦長、マニングス大尉であります。入ってもよろしいでしょうか」インターホンから良く通る低い声が聞こえてきた。「よろしい、入り給え」と、艦長室のドアロックを開けてやる。
「少しお話ししておきたいことが有りまして……」
「うむ、掛け給え。ペンタを出てから色々と忙しかったからな。こちらもそろそろ、君とゆっくり話をしたいと思っていた所だよ」
ヒースロウが椅子を勧めると、マニングスは右足をかばうようにして椅子に腰掛けた。
「ところで君の話とは?」
「実に個人的な問題です。これが今後の戦略にすぐに結び付くというものでは無いでしょうが、我々の敵の側についている、ある男の事です」
「ほぅ。興味深いな。全体戦略に結び付かなくても、敵のクセを知っておくのは重要だからな。気付け薬≠ヘ飲《ヤ》るか? 十二年物の良く効くヤツだ。医務室からもらってきたんだ。艦長の役得でね」
ヒースロウは部屋のキャビネットに首を向けた。マニングスが見るとネイビー・ラム≠フ青い瓶が有った。軍艦内では禁酒であるのは旧世紀の頃も今も変わりはない。しかし、旧世紀の海軍艦には船酔いの薬とか気付け薬と称して医務室の鍵がかかったキャビネットに酒が備えてあり、この鍵は通常、艦長が管理する。宇宙時代の現在でも、宇宙艦はこの伝統を踏襲していた。
「いえ、結構。自分は酒は飲《ヤ》りませんので」マニングスの答えにヒースロウは少し恨めしそうな顔をした。彼自身、特に酒が好きだという訳では無い。彼の知っている歴戦の部下≠ニいう存在は例外無く酒好きであり、酒を飲ませることで打ち解けてきたのだが、マニングスに対しては酒を持っている≠ニいう小さなイニシアチブは無意味だったので、少々がっかりしたのだ。
「それでは聞こうか。その敵の男の話とやらを……」と、今度は紅茶のチューブを差し出す。チューブを受け取るとマニングスは話し始めた。
「前の戦争の時、その男は私と同じ部隊に所属していました。言うなれば戦友ですな。そいつは何故、MSパイロツトなんかに甘んじているのか皆から不思議がられているほど頭の切れる男でした。自分の信じる独立国家を作ると言うのが彼の口癖でしてね」
「独立国家……? 仲々、壮大な話だな。コロニーでも乗っ取ろうと言うのか」
「いいえ。何でも彼が学生時代に三流政治雑誌に発表した論文が元になっているとか言っておりました。真コロニズム≠ニか言うタイトルの筈です。彼によれば人間は土の上で暮らすべきであり、自治独立宣言できる真の宇宙植民地とは居住可能な様に改造、開発された地球以外の天体でしか有り得ないと言う物です。スペースコロニーの宇宙島は人工の生活空間である以上、経済的にも政治的にも決して地球からの支配を脱することが出来ないというのです。なぜなら人工都市国家であるスペースコロニーには独立国家として地球と対等に交渉できる様な経済基盤が無いからだそうです」
「それは一面では正しいかも知れないな。確かに現状では、一部のコロニーでは自前の太陽発電衛星を使って地球への電力供給や、移送した小惑星を削って鉱物資源を供給したりといった事業は行なっているが、地球との決定的な交渉材料にはならない。コロニーが供給する資源を削った位では地球経済はビクともしないだろう。だが、現実としてコロニー自体でならば自給自足が行なえる様になりつつある点も見過ごせない」
「艦長。率直に申し上げて、私はその男が敵の側に居る限り、ニューディサイズは月へ向かっているのだと思います」
「なるほど。私もその可能性は漠然と考えてはいたが、君の話で確信に変わったよ。私はニューディサイズが単なる反連邦意識から、サイド3やジオンの残党と手を組む可能性も考えていたのだが、その男の性格からして可能性は極端に低いな。我々はまんまと連中の反連邦アピールにだまされてしまったのかも知れん。いや、最初から反連邦イコールジオン≠ニ短絡的に決めつけていた我々の失態だ。彼らはジオンでは無い。ジオンとは異なった、反連邦の明確な意志を持っている。それは反宇宙民だ。更に我々は戦略上、ものの見事に騎士駒に振り回されてしまった」
「何の事です?」
「エイノー艦隊だよ。提督の反乱行為が意図的なものかどうか分からないが、月軌道艦隊が我々の宙域に出撃してきたお蔭で、現在、月の周囲が無防備の状態になっているのは事実だ。おまけにサイド4の駐屯部隊に打撃を与えているからニューディサイズは楽々と月に入れるわけだ。サイド3の駐屯部隊は最近のアクシズのコロニー制圧部隊の侵入に備える為に動く訳には行かない。何しろジオンの故郷だからな……」
ヒースロウはモニターのチェス盤に再び目をやった。月か……。流血は避けられそうにない。
「マニングス大尉。その男、えぇと、名前は何と……」
「トッシュ・クレイと言います」
「そのクレイという男の事をもう少し詳しく聞かせてくれないか?」
ペズンを脱したニューディサイズ艦隊は一路、月へと向かっている。月の周回軌道を基準に南、即ち月の下側に向かっているのだ。一方、サイド4の駐屯部隊と交戦したエイノー艦隊はまだ月へは向かわずに、ニューディサイズとの合流のタイミングを見はからう為にそのままL1の暗礁宙域に居座り続け、現在、損傷艦の応急修理を行なっていた。暗礁宙域。それは「一年戦争」の際の残骸やコロニー建設時の宇宙塵が多量に浮遊し、八年前に比べれば薄くなったとは言え、レーダーをはじめ電子機器に悪影響を及ぼす、ミノフスキー粒子の密度が非常に高い宙域である。その為、この様な宙域ではレーダーは全く使い物にならず、宇宙艦やMSの航宙は目視に頼らざるを得ない。艦隊が身を潜めるには絶好の宙域であった。
ニューディサイズ側に身を投じる決意を固めたエイノーにとって、その艦隊の目的地は最初から月であった。自分のもとを訪れた教導団の隊員の話からすれば、彼らの目的地は最終的には月以外には有り得ない。その、月に近い暗礁空域に身を潜めて彼らと合流しようというのは最初からのエイノーの思惑である。サイド4の駐屯部隊との交戦はある程度の予想はしていたが、パナマ≠ニドルトムント≠フ2隻の巡洋艦を失ったのは痛手だった。特にパナマ≠ヘ主器使用不能に陥りつつもブル・ラン≠フ楯となって散って行ったのである。ところが幸運にも、この交戦で月へ向かっているニューディサイズの負担が軽減されたとは、エイノー自身、知るよしも無かった。
「提督。ペズンが爆破されたそうです」
自室のインターホンの向こうから、ブリッジで応急修理の陣頭指揮に立っている艦長の声が飛び込んできた。
「討伐隊が爆破したのか?」
「いえ。ニューディサイズのようです。彼らは脱出し、新政府側も行方を掴んでおりません」
新政府≠ニは現在の地球連邦政府を指した蔑称である。もはや、この脱走艦隊の中では誰一人として現在の連邦政府を認める者は居ない。
「そうか。彼らとの連絡はまだ取れないのか?」
「今、通信士官にやらせていますが、通信レーザーの同期が取れません」
「うむ。まぁ、彼らが最終的に月に向かうことは間違いない。損傷艦の修理の方を急ぎ給え」
エイノーはインターホンのマイク・スイッチを切ると、フゥッとため息をついた。まだニューディサイズはエイノー艦隊の反乱を知らない筈だ。同士討ちだけは何としても避けなければならない。
宇宙世紀《UC》0088、3月12日……。
ニューディサイズ艦隊は月に近付くにつれて警戒体制を強めて行った。まさかペズン攻略の主力が月軌道艦隊だとは知らず、月軌道艦隊に対する備えをしていたのである。
「おい。各突撃隊の発進待機は終了しているだろうな?」コッドはノーマル・スーツのヘルメットをクレイのそれに押し当てて尋ねた。
「十五分待機にさせてある。大丈夫だ」
「例のツヴァイ≠ネ、調整は済んだのか?」
「どうした、急に? ははあ……」クレイはコッドのヘルメットの奥の顔色を伺った。
「貴様、久しぶりに出撃したくなったのだな。図星だろう?」
「解るか」とニヤリとした。まるで欲しいものを買ってもらえる時の子供だ。
「貴様の顔に大きく書いてあるぞ。だがな、ブレイブ。貴様はニューディサイズの首領だ。酷いようだがそれは駄目だ。万が一でも首領を失う訳には行かん」
「貴様、俺が新政府の腰抜けどもに殺られると思っているのか?」コッドは少しがっかりしたようだ。
「貴様は戦闘になると一兵卒に戻ってしまって、首領なのだという事を忘れてしまうからな」
「つまらん。俺には所詮、組織のまとめ役は務まらんのだ。頭で考えるのはあまり得意では無いからな。その役目はトッシュの方が似合っている」
「そんな事はない。貴様は俺よりも行動力が有る。その行動力が今の我々の組織には必要なのだ。頭を使う人間はいくらでも見つかるが、行動力は天性の物だ。指導力とかカリスマ性と置き換えても良いだろう。頭では人は使えん。だからこそ首領は貴様でなければならんのだ。その能力を一兵卒として、ただの戦闘で無駄に使って欲しくはない」
クレイが言った事はワン・マン企業の社長像と同じだった。システマチックな大企業が地球連邦軍だとすれば、それに対抗するには同じように大規模な組織を作るか、小規模組織でも一人のカリスマに従って、全員が目標に向かって一丸となるワン・マン体制のどちらかしか無い。クレイはニューディサイズに後者の組織論を適用したのである。
「月軌道に達します!」航宙士が個人回線でコッドに告げた。
「おかしいな。そろそろ月軌道艦隊が迎撃に向かって来そうなものだが……」
第一級警戒体制のまま、ニューディサイズ艦隊は浅い角炭で月の周回軌道に進入して行く。そこへ通信士が割り込んだ。
「コッド大尉。先程から通信レーザーが、この辺りをスクエア・サーチ(方形探索)しているのですが……」
「おなじみの降伏勧告じゃ無いのか?」
「分かりません。かなりサーチ・エリアを絞っていますし、発振も不定期です」
「それでは一般広域通信ではなさそうだな。同期を取ってくれ」とクレイが口を挟んだ。
通信士はパネルのスイッチを操作するとキリマンジャロ≠フ指向性通信アンテナを発信原へと向ける。
「発信原をサイド4の方角に特定。文字通信です。読み上げます……。ワレ カイライセイフニ シタガウヲ イサギヨシト セズ。 にゅーでぃさいずニ ギ=@アリト シンズルモノナリ。 ワレラ トモニ タタカワン。 イズコニテ ゴウリュウ スベキヤ?=v通信士はここで言葉を切ると一段と明るく大きな声で発信者の名前を読み上げた。「地球連邦軍提督、ブライアン・エイノー」
「エイノー閣下か……!」コッドの顔がパッと明るくなった。
「サオトメの説得工作が成功したんだ。もう俺たちはもう一人じゃないぞ!」滅多に喜びを顔に表さないクレイが笑った。表面では冷静を装っていても、彼もまた一部隊だけで抗戦するのは不安だったのだ。
それから三十分後。ニューディサイズ艦隊はエアーズ市の軌道連絡ステーションに到達した。
「こちらニューディサイズ艦隊旗艦キリマンジャロ=B早急に艦隊の寄港を許可願います」
月面、エアーズ市の中央政庁ドームに有る入港監理局。モニターに疲れきった若い通信士の顔が映った。中年の管制官は市長から彼らのことは伝達されていたが、あいにく定期連絡シャトルが先に入港する事になっていたので規則に従うことにした。
「二十分ほど待機していてくれ。定期連絡シャトルの入港が有るんだ。悪いが港は現在、手一杯の状態でね」と管制官は残念そうに応答して見せた。だがその時、彼の肩を背後から不意に男の手が掴んだ。
「彼らをすぐに入港させるんだ。定期便の方を待たせれば良い」そう言われ、振り返って見て驚いた。
「市長……」
管制官にうむと頷くとエアーズ市々長、カイザー・パインフィールドはコンソールのモニターに向かった。相方向画像通信なのでモニターの中の若い通信士はパインフィールドの姿を見てハッとなる。
「市長閣下、でありますか。ただ今、司令に代わります」次にモニターに映ったのはノーマル・スーツのヘルメットに大部分が隠されては居たが戦闘的な男の顔が見てとれた。ニューディサイズ首領、ブレイブ・コッドだ。
「御苦労だった……」市長はそう言った。
「市長閣下こそ、我々なぞに御協力頂き、感謝の念に絶えません」
「礼には及ばん。諸君はもう既に残り少なくなった我々の同志、いや、家族だ。サオトメ君から諸君の決意は聞いている。心から歓迎させてもらう。それが唯一、あの戦闘から逃げた私に出来る事なのだ」
コロニーレーザー攻防戦の際、パインフィールドはエアーズ市民軍の陣頭指揮に立っていたが、いざ戦闘が始まるという直前に彼の身を案じる部下たちによってエアーズ市へ連れ戻されてしまったのであった。事情はどうあれ、端から見れば敵前逃亡である。彼はそのそしりを甘んじて受け入れていた。部下たちを、市民たちを裏切ってしまったのだと自分を攻めなければどうして良いのか分からないのである。その彼にとって、ニューディサイズの申し入れは敗軍の将となってしまった已の恥辱をそそぐ最後のチャンスだった。今度は絶対に部下たちや市民たちの信用を裏切ってはならないと固く自分に言い聞かせていた。
「ほぅ、大した戦力じゃないか。巡洋艦四隻とはな。我が艦隊の六隻にエイノー閣下の艦隊を加えれば大艦隊になるぞ。これなら月を制圧するのもた易い」
コッドはブリッジから見える連絡ステーションに停泊中の、エアーズ市民軍艦艇を見て狂喜した。
「ブレイブ。我々は武力で月を制圧するのではないぞ。それにここの艦艇はいささか旧式のようだ。単一戦闘力は新政府側艦艇の四割程度と見積もった方が良い。過大評価するのは危険だぞ」とクレイが水をさす。
「なぁに戦《イクサ》は兵器で勝つもんじゃあない。技量《ウデ》だよ、技量《ウデ》。それに先ほどの話ではエイノー閣下はしこたま新兵器を運んできてくれているそうじゃないか。心配は無用だ。ここらで一発、会戦でもすりゃあ兵どもの不満も吹き飛ぶことだろうよ! その上で貴様が立案してくれた月面都市連合″\想《プラン》とやらを実現できりゃあ万々歳だろう?」
「月面都市連合」構想。クレイの立てたこの計画は大胆な物であった。宇宙に住みながらも重力の有る大地の上で生活しているという特殊な立場にある月面自治都市を連合国家として独立させ、地球連邦政府に対抗させようと言うのだ。ある意味、これはジオンの再来と言えよう。
「本当は貴様が一番、会戦をしたいのだろう? 分かったよ。無理をせぬと約束するなら出撃しても構わん。決して貴様が指揮官なのだと言うことを忘れぬのならな」
それを聞いたコッドの顔に子供っぼい笑みが広がった。
「心配無い。贅沢ついでにだが、エイノー閣下の運んでいる新兵器とやらを俺にもらえぬか?」
「|MkX《マークファイブ》とかいう奴か?」
「あぁ、そうだ。優秀なパイロットとMSの組み合わせは戦争の大局をも変えられる可能性が有る。一年戦争≠フアムロ・レイの働きを思い出しても見ろ。俺たちなら、やれる。俺にくれれば、やってみせるさ」コッドは豪放に笑った。
同十二日、ニューディサイズ艦隊、月軌道に出現す。この報は追撃中のα任務部隊にもすみやかに通報された。一方、出撃待機中であったペズンの本星艦隊も月へ向けて出撃したが、通常の巡航速度では月到着までにあと二日はかかりそうだった。
月を挟んでL4と正反対に位置するラグランジェ・ポイントL5。そこに有るスペースコロニー、サイド1の近傍の宙域に浮かぶコンペイトー=Bかつて「一年戦争」時代にジオン公国軍の宇宙要塞ソロモンとして機能していた小惑星である。理屈で言えばここに駐留している連邦軍艦隊をも派遣してしかるべきである。だが、この艦隊はアクシズの動きに備えて迂闊にこの小惑星を離れることが出来なかったのである。
「よくよく運に見放されているな」ブリッジのキャプテンズ・フロアーにある艦長席に座ったヒースロウはそうつぶやいた。これと言うのもペガサスVの艦速が速いのがいけないのだ。高性能だと重宝され過ぎる。それはこの艦に所属しているガンダム・タイプのMSパイロットたちも思っていたことだ。
「艦長。あと二十四時間で月軌道です」航宙士が声をかけた。
「艦隊全艦に制動命令。マニングス大尉を呼んでくれ給え。降下作戦の打ち合せが有る。それから各艦のMS部隊指揮官をこちらに移乗させてくれ」
マニングスを呼び出すと、ヒースロウは艦長席から下りてブリーフィング・ルームヘ向かう。
「艦長はブリーフィング・ルームヘ!」彼の背中を見送って、当番兵がブリッジ内に響き渡るように大声を張り上げた。
「第一にニューディサイズの艦隊を叩く。それも奴らが完全に展開を終える前にだ」とペガサスVのブリーフィング・ルームに集まった、艦隊の各MS中隊指揮官を前にして、マニングスはそう言い切った。
「我々の艦隊は奴らに約二十四時間の遅れを取っている。これを埋め合わせるには急襲しかない。二十四時間では艦隊周辺とエアーズ市の防衛体制を整えるのは難しいからだ。今回はさすがに敵にも質量弾や砲台を配備する時間の余裕はない。自らの艦艇、MS、エアーズ市民軍の艦艇を使った防衛行動しか取れないはずだ。諸君の技量をもってすれば、鈍重な艦砲を突破してエアーズ市への降下ウィンドウを確保するなぞた易いことだろう」
ここで一同から忍び笑いが漏れた。
「司令、脱走艦隊の動向は?」とチュンユンが挙手をして質問した。
「現状では掴めておらん。だが、軌道とサイド4駐屯部隊との交戦からの回復時間を椎測すれば、まだ我々の二十四時間前後、後方に位置していることだろう。あの艦隊は我々とほぼ同一の軌道を取って我々の後方からペズンに向かっており、最後にサイド4での交戦が確認されている。恐らく、反乱とペズン爆破は事前に何らかの方法で打ち合せ済みでは無かったろうから、一旦は目視距離まで入ってペズンが爆破されたのと最終目的地を確認した筈だ。それゆえに脱走艦隊の到着は我々よりも遅いわけだ。心配はない」
「しかし、反乱と爆破が打ち合せ済みだったという可能性も考えられませんか」
「それは確率的には低いだろう。そもそもニューディサイズとしては、ペズンにある程度の籠城を考えていた筈だ。SガンダムでSOLが破壊されなければな」一同は安堵のため息をついたり頷いたりして、少しざわついた。
「二日後に到着予定の本星艦隊は、同じ頃に到着するであろう脱走艦隊を十分に押えられる戦力を持っているが、互いに総力戦になれば互角の戦力だ。それだけに我々が出来る限りニューディサイズ艦隊の戦力を減殺しておく必要が有るのだ……」
「結局は露払いじゃねえか!」声を上げたのはルーツだ。彼らガンダム・タイプのパイロットたちはMS中隊指揮官たちと同一の資格で任務説明に出席していた。
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ORDER ORDER ORDER ORDER ORDER OR
第110MS戦隊(ペガサスV所属)
*ガンダム・チーム(2個中隊扱い)
Sガンダム×1
Zプラス ×2
FAZZ1個中隊
*ネロ1個中隊
第112MS戦隊(レパルス所属)
*ネロ3個中隊
第114MS戦隊(スティキスホルム所属)
*ネロ3個中隊
第206MS戦隊(ユリシーズ所属)
*ネロ3個中隊
第207MS戦隊(カンバーランド所属)
*ネロ3個中隊
ORDER ORDER ORDER ORDER ORDER OR
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「露払いで悪いか、小僧! 司令がやるしかねえと言ってるんだ。ハイそうですか≠チて言うことを聞きゃあ良いんだよ!」
睨みつけて怒鳴ったのはチュンユンである。他の中隊指揮官たちもこの二人に注目した。
「俺は手前ェのやり方を指図されるのが大ッ嫌いなんだよ。あんたたちは、そこの偉そうな奴がよォ……」と立ち上がってマニングスにアゴをしゃくる。「死ね≠チて言えば喜んで死んじゃうわけね。あぁ、嫌だ嫌だ。手前ェが納得ずくで死ぬならともかくさ。他人に命令されて死んだら浮かばれねェえよな……」
「そいつが軍隊なんだよッ! 軍隊は組織だ。貴様が入隊した以上、貴様も組織の歯車の一つなんだ!」
「嫌なこった。じゃあ、あんたたちだけで勝手に死んじゃえば?」
やりとりを見ていたマニングスは、このままではルーツは同じ艦に所属するMS部隊指揮官だけではなく、他の指揮官たちとも問題を起こし兼ねないという危機感を抱いた。この大事な時に不協和音が聞こえるのは大変にまずい。「私は諸君らを殺しはせん。安心しろ」と一喝した。
「本作戦の主攻、艦隊撃滅はスペリオル、プラス、FAZZの各ガンダムをもって行なう。各MS中隊は艦隊周辺に展開した敵MSに通常のフォーメーションであたる。作戦開始は地球標準時13日、1000時。諸君の健闘を祈る!」
艦隊の全MS部隊から浮き上がってしまったルーツたちの問題を抱えつつ、作戦は決行の時を迎える……。
明けて13日、西欧では兇数である。まさしくα任務部隊にとってこの日は兇数となろうとしていた。
この日、地球標準時0400。ニューディサイズとの連絡をとり、L1の暗礁宙域を出発したエイノー艦隊が球陣形を組み、細く長い推進剤の光の尾を引いて月軌道に到着した。これは最大の戦略ミスであった。α任務部隊の軌道到達前に二つの艦隊が合流してしまったのである。
エイノー艦隊に所属する二隻の強襲揚陸艦はエアーズ市の宇宙港へ向けて巨大な推進ノズルを地表側に向け、爆発的な炎の固まりを吹き出しつつ大きな角度をとって減速しながらゆっくりと降下を開始した。その腹の中にはGMを始めとするMSが満載されている。
「ブル・ラン≠フ発光信号です!」とブリッジの監視員がキリマンジャロ≠ノ接近してくる小さな光を捉えてコッドに伝えた。
「エイノー閣下か!」
点滅する小さな光はブリッジの窓外に広がる宇宙空間で次第に戦艦のシルエットとなり、エイノーの座乗するブル・ラン≠ェ現れた。ブル・ラン≠ヘキリマンジャロ≠フ左舷側に並ぶ。乗組貝たちは左舷窓にワッと駆け寄った。
「コッド大尉。前の戦争以来だな」
レーザー通信の音声がキリマンジャロ≠フブリッジに響くと同時に、エイノーは敬礼を送った。コッドはかつて「一年戦争」の際、エイノーから直接、部隊感状を受け取ったのを思い出していた。
「エアーズ市民軍とニューディサイズ諸君に手土産を少々、持参した。それからもちろん、例の新兵器もだ……」
この瞬間、α任務部隊の戦力だけでは戦局は打開出来無くなってしまったのである。
地球標準時十三日、0100時。
ペガサスVのブリッジから見ると、宇宙に沢山の蛍が舞っているかのようだった。Sガンダムを始め、艦隊所属の全MSが出撃したのだ。そのほとんどはネロである。艦隊搭載MSの全戦力中の1/3、十五機を艦隊の直衛に残し、他のMSはニューディサイズ艦隊が展開しているとおぼしき宙域に向かう。敵艦隊を撃滅し、エイノー艦隊の到着前にエアーズ市を制圧する。この目的のためにさらに半数の十五機のMSがランディング・ディバイス(月面降下装置)を装備していた。もちろん彼らはその前に待ち受けている運命を知らなかった……。
最初の悲劇が降りかかったのは、攻撃隊の第112戦隊の九機のネロだった。先行していた一機のネロが突如として醜く膨れ上がり、爆発した。
「何んだっ……」
青白いビームがネロ隊を包むように飛び交い、死のショータイムがその幕を開ける。
「|待ち伏せ《アンブッシュ》か!?」
「三個中隊はいるぞッ!」
「どこから射ってきやがるんだ!」
ネロ隊はたちまち混乱の渦に叩き込まれた。部隊間通信に怒号が飛び交う。シュッと何か≠ェ通り過ぎた瞬間、二機のネロが続けざまに爆発した。パイロットたちは自分が一体、何者にやられたのか分からぬまま無酸素の地獄に堕ちて行った。
生命の炎が消える時に放つ、一瞬の輝きの花があちこちで咲く。第112MS戦隊はものの数分で文字通り消滅してしまった。もしこの光景を遠くから見られれば、光の花が咲く前に断続的に様々な方向から降り注ぐ光のシャワーが見えたに違い無い。
かつて第112MS戦隊だった残骸の中にゴゥッと周囲を震わせて、身体中に白いイレズミを施した様な青いMSの機体が姿を現した。その姿は鬼神の様であったが、まさしくガンダム≠ナあった。そのガンダム≠フ両肩にヒュンと小さな円盤が二つ戻ってくる。円盤がガチッと収納されるとガンダム≠フ両眼が怪しげな光をたたえた。
秘匿名称、新器材G=B通称をG−|V《ファイブ》と呼ばれたこのMSは、連邦車内では正式にはガンダム|MkX《マークファイブ》と言った。
「インコム・システムか。上々だな」
パイロットのコッドはそう言うと舌々めずりした。
「第112戦隊、消滅しましたっ!」
「な、何だと?」
ペガサスVのブリッジのモニターからその部隊のIFF(敵味方識別信号)が突然に消えた。
「待ち伏せされたと言うのか!? 連中はもう展開を終えているとでも……!? まさか……」報告を聞いたヒースロウの脳裏に最悪のケースが浮かんだ。待ち伏せを仕掛けられたのなら、それ相応の数のMSが遊撃軍として存在している筈だ。エアーズ市民軍のMS戦力など取るに足らない……。導き出された解答はただ一つ。エイノー艦隊だ。
「いかん! 全機に侵攻ルートの変更を指示するんだっ!!」ヒースロウは立ち上がりざまに叫んだ。その拍子に艦長帽が脱げ、宙に漂う。
「駄目です。奇襲効果のために通信封止を徹底させていますッ!」
通信士官の返答に、一同の顔が見る間に蒼ざめて行った。
[#改頁]
[#目次9]
第六章 論理爆弾
リニアシート前面の全周モニターの一部が切り取られるように正方形のウィンドウが開き、ズームアップされた推進方向の光景が映し出された瞬間、攻撃部隊前衛のネロのパイロットはハッと息を呑んだ。
ニューディサイズ・カラーとも言うべき深い青色のMSが無数に宇宙空間に浮かび、その後方には戦艦と巡洋艦が全砲門をこちらに向けているのだ。
「ハメられたかっ!」
パイロットはコンソール脇の、非常用を示す赤い色で塗られたスイッチをパチンと入れた。機体の眉から紫光弾が発射される。弾頭はヒュルヒュルと上昇して爆発し、淡い紫の光を発し続けた。
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「正面に紫光弾! 無線封止解除、奇襲失敗だっ!」
長距離巡航形態、クルーザー・モードに変形しているSガンダムは後続悌団の二段目中央に位置していた。そのコクピットの中でルーツは全てを悟る。しかし、時すでに遅かった。この光を見ていたのは当然、ルーツたちだけでは無かったのだ。
「本物の宙戦を見せてやれ! 砲戦距離一五、〇〇〇! 各個砲撃、撃てっ!」
ニューディサイズ側に身を投じたエイノー提督の座乗するブル・ラン≠ゥら砲撃開始の指示が飛んだ。指揮下の艦艇から一斉に光の束が発射される。その巨大なビームと無誘導ミサイルの弾幕射撃は兇々しい悪魔の手の様に前衛のMS部隊を包み込み、暗黒の彼方へと連れ去って行った。
攻撃してきているのはα任務部隊だろう。どれ、あのヒヨコの少尉が本当に上級士官の器かどうか、このハゲタカが確かめてやろうじゃないか。エイノーは連邦軍高等士官学校開設以来の秀才と言われた男の顔を思い浮かべた。この戦いであの男が自分を倒す事が出来れば本当の一人前だろう。彼は社会に出たての息子を持った父親のような感情を抱いていた。だが彼自身、もちろん息子≠ノ負ける気など毛ほども無かった。あの男に修了証を手渡したのは自分だ。息子≠フ欠点は良く知っている。優等生は規則に従った行動しか取れないものなのだから。
「前衛MS隊、壊滅」という通信士官の報告に、艦長席から身を乗り出すように前方の宇宙空間を凝視していたヒースロウは一瞬、眉をしかめると放心してペタンとシートに腰を下ろした。
「M弾頭だ。M弾頭の発射を全艦に要請しろ。攻撃隊MS全機の収容も急げ!」
MS部隊の統括指揮のためにブリッジにつめていたマニングスは、ヒースロウの捨てばちとも思える命令を聞いて叫ぶ。
「M弾頭!? ミノフスキー粒子兵器の使用はグラナダ条約≠ナ禁止されているはずだ。使用には総司令部の許可が必要じゃないのか!?」
M弾頭……。かつて「一年戦争」時代に使用されたビーム擾乱幕の効果と高密度ミノフスキー粒子の散布によって中・遠距離のビーム兵器による攻撃を、決定的に無効にする兵器である。「一年戦争」終結の際、月面都市グラナダにおいて締結された条約には核兵器の使用禁止の再確認と共にミノフスキー粒子の融合炉、シールド、及びメガ粒子砲、Iフィールド・バリアー以外の軍事利用を禁止するという項目が設けられていた。
「一年戦争」におけるミノフスキー粒子の極限までの使用は戦後、社会に様々な障害をもたらし、この為にミノフスキー粒子の直接散布という行為は地球圏の汚染≠ニみなされていたのである。それは旧世紀におけるフロンガスによるオゾン層破壊の危機に匹敵する重みが有った。エゥーゴの影響力が増大していた地球連邦政府では自らの理念として掲げている地球圏の浄化≠ノ反するとして、厳にミノフスキー粒子の軍事目的での直接使用を戒めてきたのだ。今、その枷《かせ》をヒースロウが外そうとしている。マニングスがナーバスになったのも無理からぬ事である。
「規則遵守の少佐らしくないな。それに、いまさらM弾頭を使ったところで遅すぎるっ!」と彼は通信士官の前のコンソールを拳でガンと叩いた。自分の読み≠フ甘さで又しても多くの人命を無駄に散らしてしまった。居るはずのない艦隊が待ち受けて、その戦艦と巡洋艦の一斉射で九機のMSが一瞬のうちに吹き飛んだのだ。「一年戦争」での悔恨がこみ上げてきた。攻撃隊三十機のうち残るは十二機。彼らが先にエアーズに突入するのに期待するしかない。
「艦長、Sガンダムから入電っ!敵MSに動きは認められず。ダミーと思われる=v通信士官は四文字言葉に彩られたルーツからの通信を上品に翻訳して告げた。
「何っ、フーセン≠ゥ!? するとMSの本隊は既にエアーズ市に……」
畳み掛けるように最悪の事態が降りかかってきた。
ルーツの駆るSガンダムは特殊なゴム・ビニール系の素材で作られたゼクのダミーをビームカノンの低出力掃射で薙払っていた。
「なーにやってんのよ?」
後方から接近してきたFAZZ隊のクリプトが声をかけた。
「見りゃあ分かるだろッ! 他のMS隊はどうしたんだ?」
「艦隊攻撃チームはさっきの一斉射で壊滅状態、あとの連中は月面降下チームだからエアーズに降りるとよ……」
「んな事ォ誰が決めたんだ! じゃあ俺たち艦隊攻撃の方はどーすんだよ!? いくらガンダムでも六機じゃ艦隊を追っ払えねぇ。ここにゃあ敵のMSは居ねーんだぜ。やるなら今しか無ェえ!」
その時、ネロ隊から通信が入った。
「主力さんよ、あんたたちだけで勝手に敵艦隊と戦争するんだなっ! 敵の注意をしっかり引き付けといてくれよっ!」
モニターの後方に首を回すと背中を地表側に向けて降下シークエンスに移りつつあるネロ隊が居た。
「ケッ」と吐き捨てるとルーツはSガンダムを反転させる。「|役立たず《ミッキーマウス》め!」
艦隊攻撃の為のネロ隊は既に壊滅状態であった。こんな状況では好むと好まざるとに拘《かかわ》らず月面降下チームのネロ隊の援護に回らなければならない。
降下チームのチュンユンはネロのIMPCのモードをセットし、月面降下シークェンスヘ移った。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IM
モード :4 着陸進入
設定  :地表降下
環境  :月面 通常環境
補助装置:装備済み
オートモード始動
時間  :1200
IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IM
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
次にチュンユンは降下座標を指示した。順調にシステムは作動している。しかし、人間を堕落させるいたずらな妖精は、ちょっとした悪ふざけをしようとしていたのだ。降下時間設定の数値がカウントダウンされて行く。その数値が666になった瞬間……。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IM
000000000000000
0000       0000
0000 SHAME 0000
0000  ON   0000
0000  YOU! 0000
0000       0000
000000000000000
IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IMPC IM
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「何んだっ!」
モニターが不可解な文字で埋め尽くされ、その中央に「ざまあ見ろ!」と言う文字が様々な色で点滅した。ネロのIMPCは破壊され、たちまち制御を失う。戦技データーに潜んでいたウィルスがたちまちのうちにネロのデーターバンクを食いつくし、単なる機械の箱に変えてしまったのだ。
連邦軍が決して月面に降下出来ない理由。それがこの論理爆弾《ロジスティックボム》だった。教導団は元々、全部隊のMSに戦技データーを供給する部隊だ。ニューディサイズはそれを利用したのである。あらかじめ月を利用することを想定していた彼らは、MSがIMPCを使って降下シークエンスに移った時にそれを破壊するプログラムを仕込んでいたのだ。そうとは知らず、地球に送還された元教導団のアナリストは最新戦技データーを持ち帰ったのである。連邦軍はこのデーターを疑うことを知らなかった。教導団の反乱は計画的な物とは思っていなかったからである。だからこそ連邦軍はこの時代では原始的とも言えるワナにかかったのだ。一つニューディサイズに誤算が有ったのは、この論理爆弾《ロジスティックボム》は連邦軍の総攻撃の際に活動を始めて大きな混乱を生じさせる筈だったのが、α任務部隊の単独作戦で始動してしまった為、もうこの手は通用しなくなってしまったということだ。
「マニュアルだ! マニュアル操作でやるんだ!」降下角を上昇角に修正すればまだ何とかなる高度だ。だが、先行した二機のネロはひっくり返された亀の様に手足をもがかせて金梃子の様に一直線に落ちて行く。パイロットの悲鳴が聞こえた。チュンユンはつとめてそれを無視しようとしたが駄目だった。うかうかしていると自分も危ない。焦ったヤツの負けだ。
「死んで、た、ま、る、か!!」
自動操縦系をカットし、自分の技量と経験だけで機体を操る。復活したモニターには正面だけの視野の、コンピューターで補正されていない生の映像が映し出されている。底無しの星空がグゥーッと傾いて視界の右側に月の地平線が大きくなって行く。それでネロの降下姿勢が変わって行くのが分かった。
ルーツはその混乱を呆然として見ていた。
「何が、起こったんだ……」
軌道の彼方から、混乱しているネロ隊に向かってその上方から高速で接近してくる物が有る。それはすぐに敵のMSだと知れた。
「ヤベェ! このままじゃ連中が的になっちまう! 助けなけりゃ」
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
……ヤベェ…………ヤバイ……やばい……危機感…………
……連中…………仲間……?……ヒトの集団…………
……妥当な選択…………助ける……戦闘……?……仲間の生命を存続させる戦闘……………………
……自分が痛みを感じないのに?…………
……ヒトの痛み……分からない…………
……それが…………ヒト!?…………
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
ルーツは接近してくるMS群にビーム・カノンの照準を定めた。
「卑怯なんだよ!!」
ネロのコクピットでは敵接近の警報が派手にがなり立てていた。「クソ、何も出来ずにっ!」チュンユンは彼方から接近してくるMS群を呪った。操縦に全神経を注がねばならない為に、まだまだ戦闘など出来る余裕はない。「これまでか……」と諦めかけたとき、接近してくるMS群に対してパッと光が弾けた。
「誰だ!?」
チュンユンは見た。ガンダムが、Sガンダムが自分たちを援護している。そのパイロットはバカでわがままな小僧のはずだ。自分たちはあいつをのけ者にしたのに、なぜなのだ……。
Sガンダムの射撃にZプラスとFAZZ隊も加わった。強力な火力が敵のMS群に指向され、その存在を消滅させた。
「あいつら……」
危機を脱したネロ隊は軌道に乗り、月の孫衛星となった。
「感謝するぜ、主力さんよ!」
「ヘッ、手前ェら貸し≠セからな!」
感謝の言葉を聞いたルーツたちも軌道に乗り、エスコートする。
「艦長、降下チームは失敗。アボートして月の周回軌道に乗っています。推進剤が足りないようです。艦隊直衛のMS隊に回収させましょうか?」
降下チームからの報告を受けた通信士官がヒースロウに尋ねた。
「うむ」と答えた彼の頭の中にある考えが浮かんだ。「いや、待て! そうか、分かったぞ。その手には乗るか。親父め……」親父、と無意識に言った。
「何故、MS隊を回収しないのですか。私の部下に月の衛星となって、なぶり殺しにされろと言うのですか?」マニングスは彼に喰ってかかる。
「残念だがそうだ。だが、ここで直衛隊を艦隊から外してしまえば、もっとひどい事になるぞ。これから来るのはハゲタカだからな」その声に奇妙な確信と自信が込められているのにマニングスは気が付いた。
一方、ニューディサイズの首領、ブレイブ・コッドは自らの駆るMkXの性能に満足しつつ、補給の為に戦艦キリマンジャロ≠ノ帰投していた。「おう。こいつは凄いぞ。九機まとめて仕留めてやった。他の連中の配備は?」とコッドはヘルメットを脱ぎながら、MSハンガーのエアロックの外で待っていたクレイに尋ねた。
「うむ。良くもあり悪くもある。ほとんどの連中はゼクで月面に降下させた。これの指揮はオフショーにやらせている。艦隊の方は物資補給終了まで、エアーズ市の上空防衛を遂行中だ。エイノー閣下の方は連中の奇襲攻撃を撃退したそうだ。だが、悪いニュースも有る」
「何だ?」
「我々を攻撃した連中は本星艦隊の本隊じゃない。その指揮官が余程のアホウかなのか自信が有るのかは知らないが、MSを月に降下させようとした。第三次降下予定の連中をすぐに派遣したが、バケモノMSにやられたようだ」
「では論理爆弾……、バレたな」
「ああ、たぶんな。しかしまあ良いではないか。月面に降下した我々を駆逐しようとすれば、もはや敵はエアーズ市もろとも吹き飛ばすしかない。そんな事をすれば、いかに大儀を掲げようとも市民を巻き添えにした事実は拭いきれんし、月面都市群から総反発を喰う事は必至だ。そうなれば我々の月面都市連合″\想の実現は容易だ」
「肉を切らせて骨を断つ、という訳だな」
そこまで話した時、艦内にけたたましい警報が鳴り渡った。
「コッド司令、直ちにブリッジへ……!」
血相を変えて若手の隊員がエアロックへ駆け込んできた。
「うろたえるな、何事だっ!?」と彼はその隊員を諫める。
「だ、大、大艦隊が……。本星艦隊ですっ!」
コッドとクレイは互いに顔を見合わせると頷き合い、艦内リフトグリップをわし掴みにしてブリッジヘと急いだ。
「何で回収に来ねえんだろ?」
Sガンダムは外側に武器を向けた円陣を組んで月の周回軌道を漂うネロ隊の四機を守っている。円陣の中央では長距離戦用機とも言える三機のFAZZが周囲を警戒し、二機のZプラスは軌道の前方を哨戒していた。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
FORMATION FORMATION FORMATION FO
○ ○
△  ↑
− ▲
△  ↓
○ ○
←進行方向
FORMATION FORMATION FORMATION FO
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「三十機の攻撃隊MSが、もうたったの十機だ。ひょっとしたら今頃は艦隊も全滅したかも知れん。お前たちはまだ推進剤は残っているんだろう?」とチュンユンがルーツに言った。
「艦隊が全滅しちまってたら、帰る所が無えじゃねえか。だったらここに居た方がまだ良いぜ」
「変なヤツだな」
「そう思ってんのはお互い様よ」
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
……変なヤツ…………異常者……お互い様…………
……全員が異常…………全員が軍人…………
……軍人は異常…………戦争は異常…………
……皆んな狂っているの……?……??…………
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
その時、この忘れられたMS隊は、多数の小さな光が宇宙空聞の彼方から迫ってくるのを見た。
「来やがったぜ……。なぶり殺しによ。最期は派手に行こうぜ!」
「ちょっと待ってくれ……」とチュンユンは規則的に点滅する白い光に目をこらした。
もはやこのままでは地獄を見るのは火を見るよりも明らかだ。ヒースロウは腹をくくっていた。たった五隻のα任務部隊に何が出来よう。爪を研ぎ澄ましたハゲタカが襲いかかり、α任務部隊をズタズタに引き裂くのを見ることになるだろう。だが、おとなしく引き裂かれるだけでは済まんぞ。一度ならず二度までもドン底に落された優等生≠ヘ始めて土壇場で開き直る事を、そして自分の意志で物を考える事を学んでいた。
そこヘモニターの輝点と識別信号を睨んでいた航宙士が舌を噛みそうな勢いでヒースロウに報告した。
「か、艦長! 艦隊です。大艦隊が……」
遂に来たか、ハゲタカめ。
「識別信号確認。ナガト=Aエクゼター=Aシャルンホルスト=c…。本星艦隊です!!」
「何……。間にあったのか……?」ヒースロウはしばし放心した。直後、静まり返っていたブリッジに状況を理解した乗組員たちの歓声が溢れかえった。月からの照り返しを受けて威風堂々たる大艦隊が姿を現している。それは間違いなく、ペンタから推進剤の消費を無視して最大戦速で駆けつけた、地球連邦軍本星艦隊であった。
ここに至り、彼我の戦力バランスは再び逆転する。α任務部隊の長い長い十三日が終ろうとしていた……。
地球標準時、3月14日、0800。
本星艦隊旗艦ナガト≠ノてヒースロウはイーグル・フォール≠ニ名付けられた、エアーズ市に対する一大降下作戦の説明を受けた。この際、ヒースロウが進言した通り、全MSのIMPCデーターが変更される事になった。しかし、新データーのデバッグは容易な事ではなく、また時間の余裕も設備も無かった。そこで以前のバージョンのデーターを再び使用する事となったのである。旧データーをそのまま使用すれば、新データーを改変するよりも作業は早く終了するが、それに伴って戦闘データーも古くなる為に、MSの単体の戦闘力が低下するのは否めなかった。それでも、いつ本体に対して不調をきたすか解らない、危なっかしいデーターを使用するよりはマシだと言える。
α任務部隊は艦載MS戦隊を再編成し、この戦いに臨む事になった。MSの補給は受けられてもパイロットの補充は無い。そこで本星艦隊から分遣された四隻がβ任務部隊として新たに編成され、α任務部隊を援護にあたる事が決定された。
イーグル・フォール″戦決行は三日後。3月17日と定められた。
[#改頁]
[#目次10]
第七章 イーグル・フォール
宇宙世紀《UC》0088、3月17日。
非常燈の赤い色に染められたペガサスVのブリッジには緊張感が漂っていた。全ての乗組員がノーマル・スーツを着用し、来るべき艦隊戦に備えている。
本作戦でのα任務部隊の任務はβ任務部隊と共にニューディサイズ艦隊が守るエアーズ市への降下軌道突入点へ進撃してこれを確保する事にあった。本隊である本星艦隊はエイノー艦隊の撃滅に当る。これは更に、降下軌道突入点のニューディサイズ艦隊をエイノー艦隊の増援として引きずり出し、降下軌道突入点の防御を少しでも手薄にするという目的もあった。
「……三……二……一……」作戦開始時刻までのカウントダウンを続ける航宙士の声だけが響く。参加している全艦艇のブリッジで同様の事が行なわれている筈である。
「……作戦発動」
艦艇の主器が一斉に出力を上げ、各艦はあらかじめ設定されていた準備砲撃宙域へと進出する。測距システムが捉えた敵艦隊までの距離や環境条件のデーターが恐るべき勢いで火器管制システムに流れ込む。三パルスのビーム砲撃が行なわれた後、最大戦速で次の砲撃宙域へ移動するという行為が繰り返される。エアーズ市制圧作戦、作戦名イーグル・フォール≠ヘこうして幕を開けた。
戦場には極彩色の光の柱が飛び交い、大小のミサイルが乱舞した。そこかしこで光の泡が生まれ、その泡は中に包まれた者の悲鳴や怒号、憎悪、愛する人の名、人生そのものを飲み込んで虚無へと帰して行った。その戦場の宙域を、重い降下装置を背負ったネロやヌーベルGMV(宇宙戦闘専用改修型GMV)といったMSが月面を目指して駆け抜けて行く。
α及びβ任務部隊は各々単縦陣を取りつつ、ニューディサイズ艦隊へと進撃を開始した。MSは全て降下作戦に投入してしまった為、敵味方ともに艦隊戦は砲戦のみで決着をつけざるを得なかった。
「敵艦隊発見! 戦艦一、巡洋艦五!」宙測士がヒースロウに叫んだ。
「主力艦、戦艦に火力集中! 巡洋艦は放っておけ!」
ペガサスV以下、九隻の巡洋艦は主砲の有効射程に入ると一斉に左へ回頭し、全ての砲門を右舷側に向ける。主砲が次々に発射され、その光条はニューディサイズ艦隊の旗艦キリマンジャロヘと涙滴状に広がりながら伸びて行った。こうやって目標を包み込むように砲撃を行なうのは定石であった。
「一年戦争」の頃に比べれば砲撃精度は格段に向上したとは言え、この時代でも遠距離での砲撃の精度は、肉眼目視、レーザー索敵、熱源探知といった原始的な索敵方法に頼らざるを得ないのと同時に、宇宙戦闘は三次元の戦いであるという二つの理由から極端に低いものであった。それ故に数隻の艦で一つの目標に対して、僅かずつ砲撃範囲を扇状にずらして砲撃するのである。
ズンッと鈍い音と共に戦艦キリマンジャロの巨体が揺れ、その衝撃でコッドの身体はブリッジの虚空に投げ出された。
「ブレイブ! 敵の総攻撃が始まったぞ」
漂う身体をブリッジのコンソールに掴まって支えながらクレイが言った。
「そのようだな。エイノー艦隊を撃滅してからこっちだと思っていたが、二正面作戦とはな」コッドは航宙士の方へと流れて、言った。「直掩のMS隊はどうしたっ!」
「敵の降下用MSと交戦に入っています。こちらへの攻撃は艦砲だけです」
「ならば射ち返さんか!」
「やっていますっ!!」
そこへ損害報告が入ってきた。
「先はどの砲撃で後部船体が被弾、後部第十一〜三十七隔壁を閉鎖します!」
船体を射抜かれ、破孔からポッカリと宇宙空間が広がった後部船体では懸命に負傷者の救出作業が行なわれている。しかし、幾人かが宇宙へと吸い出されて行った。穴はもはや応急補修剤で塞がるような大きさではない。
「もう誰も居《お》らんかーッ!」と下士官が艦内通信で呼びかける。応答が無いので彼は隔壁閉鎖スイッチを入れた。
「馬鹿野郎っ、俺はここだよ!」
突然の減圧のショックで飛んできた艦内キャビネットによってヘルメットの通話装置を破壊された隊員の目の前で、重い隔壁閉鎖ドアがガチリと閉じた。その間にもキリマンジャロを二度目の衝撃が見舞い、取り残された隊員の肉体は光の中に消滅して行った。
「後部、及び左舷兵装、使用不能! 機関、半舷出力っ! 本艦だけ狙い撃ちされています!」
「うぬう……」とうなるとコッドはフロアに立ち上がった。双貌に怒りの炎が立ち昇っている。
「まだ前部のMSデッキは大丈夫だな。総員に退艦命令! 待機中のMS要員は全員、俺に続け。敵艦隊に一泡吹かせてやるわい……。トッシュ、貴様も来いっ!」そう言い置いてリフトグリップに向かう。幸いにして、まだリフトグリップには動力が有った。
「ブレイブ、冷静になれ! 兵士に戻るんじゃない! 敵を叩くのではなくエアーズに降りて徹底抗戦だろう? 連中がエアーズ市民に手を出せば義≠ヘ我々にある。それが解らんのかッ!?」
クレイは追いかけながら説得しようとしたが無駄だった。
「トッシュ。俺と貴様が決定的に違うのは、俺は貴様ほど頭が良くない事だと言ったはずだぞ。俺はここで戦う。それは誰にも止められん。やはり組織の指導者は貴様のような男の方が向いているのだ。貴様はエアーズに降りてジョッシュを手伝ってやってくれ。ニューディサイズも貴様にくれてやる」コッドはクレイの肩をボンと叩くとMSデッキヘと流れて行った。
「ブレイブ・コッド、出るぞ!」
轟音を立ててMkXは激戦の続く宇宙へと出撃して行く。その後に数機のゼクが続いた。残されたクレイはがらんとしたMSハンガーの一際大きなMSに近寄った。そのMSの名をXEKU2(ゼク・ツヴァイ)と言う。Xシリーズに分類される、ペズンで開発された教導団の次期仮想敵用重戦闘型MSだ。製作数は余り多くない。ニューディサイズはこのMSも製作途中の物も含めて全てペズンから持ち出していたのである。
「ツヴァイは出れるか!?」
ゼク・ツヴァイは新鋭機であった為に、機体の調整に手間がかかっていたのである。
「微調整が必要ですが大丈夫でしょう。月面降下も何とかなるはずです」と整備員が答えた。
「はず≠ナは困るのだがな。よし。貴様らも逐次、シャトルで退艦しろ。他の艦はエイノー閣下の援軍に差し向けるんだ。皆、エアーズで会おう」クレイは飛び上がり、ツヴァイのコクピットに収まった。
「トッシュ・クレイ、行くぞっ!」
ツヴァイは重々しく戦艦キリマンジャロを後にし、月面への降下へと移った。
戦闘は討伐隊の思惑通りに進展して行った。本星艦隊の砲撃を浴びて危機に陥ったエイノー艦隊の増援に、旗艦キリマンジャロ以外のニューディサイズ艦隊が派遣されてしまった為、降下軌道突入点の防備はガラ空きも同然となってしまった。その為、討伐隊のMS隊の月面降下は予定通りに行なえるはずであった。
コッド、クレイの二人に先駆けて一足先にエアーズ市に降下していたニューディサイズの若き戦士、ジョッシュ・オフショーはエイノー艦隊の二隻の強襲揚陸艦によって運び込まれたMSで編成された旧ティターンズ兵士とエアーズ市民軍から成る防衛隊の一部の指揮を任されていた。
とは言え、彼が任されていたのはエアーズ市に在った地球連邦軍幼年学校からかき集められた生徒たちの部隊である。防衛隊は年齢と元の所属部隊によって分けられていた。各々の部隊には識別の為に色の名前が与えられており、この部隊にはホワイト・フォースという識別名が与えられていた。
「いいか。決して無駄弾を撃つなよ。有効射程の半分以内に引き付けてから射撃するんだ。相手は降下中は無防備だし反撃できない。落ちついて狙えばお前たちでも十分に当てられる。しかし降下速度は意外と早いから注意しろよっ!」年若いとは言ってもオフショーは教導団の隊員、十分に普通のMS教官並の能力が有る。彼の言うことは決して間違っていなかった。それでもこの部隊の内、戦闘で生き残れるものは僅かに違い無い。彼の指示に対して元気の良い返事が返ってきた。そう、ホワイト・フォースの隊員は彼よりも若く、戦闘経験の無い少年たちばかりである。皆、素直な少年だ。だが、こんな少年たちをも戦争に引きずり出さなければならないのはおかしい。戦争とは一人前の大人同士が互いの技量を駆使して戦うものではないのか? これは彼が考えていた戦争≠ニは大きくかけ離れたものだった。
そう言えば、あのペズンで出会ったガンダム<^イプのMSも明らかに素人と言える技量のパイロツトが操縦していたようだ。ひょっとしたらニュータイプ部隊というヤツなのかも知れない。だが、そんなニュータイプとか言う得体の知れない連中に戦争≠支配されてしまうのが、そしてまた、自分の抱いていた戦争≠フイメージが「子供たちまでが戦う」という現実によって崩されてしまうのが、オフショーには非常に悔しかった。例え最初は政界に入る為の道具として軍に入ったとは言え、これまで自分が努力してきたことがニュータイプという一言と厳しい現実で全て崩壊してしまうのである。特にニュータイプとは天性のものであるらしい。ならばニュータイプではない自分がいくら努力しても、報われない。それが耐えられなかった。声を大にして自分の世界が崩壊するのを否定したかった。だが、オフショーには叫ぶことは出来なかったのだ。なぜなら、叫ぶ前に更に自分の世界の奥底に引き籠ってしまうのが彼だったからだ。
ジリジリとしながらオフショーは敵の降下を待っている。少なくとも戦闘が始まれば、こんなニュータイプや現実の事など考えずに済むはずだ……。
降下作戦の主力は誰が何と言おうともネロとヌーベルGMVの二つのMSだった。今回ばかりはガンダム¢烽ヘ援護役である。
Sガンダムと二機のZプラスは単独地表降下能力と機動力を持っていたために降下部隊の主力に先行して月面に降下し、降下部隊を狙撃しようと待ち構えている敵部隊を一掃するという任務を与えられていた。これらのMSはもちろん人型ではなく、Gクルーザー・モードとウェイブ。ライダーという航空機に似た形態の巡行形態を取っている。
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TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
10時30分方向 注意
敵  岩
敵 岩
敵  岩
岩岩
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
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[#字下げ終わり]
「テックス! 十時三十分の岩陰!」
「こっちでも確認したっ!」
ルーツは3機のGMVを確認すると機首を下げてビーム・カノンを発砲した。移動中だったGMVの一機が光に包まれて消し飛ぶ。後続の二機のZプラスも各々、機首のビーム・カノンを続け様に発砲した。絶叫を上げる暇もなく、岩陰に隠れていた三機のGMVの少年パイロットたちはオフショーが危惧していた運命通りに、爆光の中に消滅して行った。
「まるで射的でもしているみたいだぜ!」
地上で彼らが撃破したMSに乗っているパイロットが、まだ彼らのようにヒヨ子にもなっていない、軍人の卵たちだったとは知るよしもない。
「ガンダム≠セ……」この光景に、地上のホワイト・フオースの少年兵たちの間に動揺が走った。
「おびえるなよっ! 私が教えた通りにすれば大丈夫だ。あれはガンダムでもニュータイプでも何でもない。ただの素人が乗ったMSだ。私が保証する」オフショーの保証はあてにならないものだった。確かにガンダム≠フパイロットはニュータイプでは無いが、MSは紛れもなくガンダム≠ナあったし、機械的な性能は一級品であることは彼もペズンの出会いで悟っていた。また、彼が教えた通りに行動しても、少年兵ではどうにもならないということも承知していた。
指揮官は嘘をつかなければならない時も有るのだとオフショーは自分に言い聞かせ、早くあの疫病神がどこかへ行ってしまえば良いのにと願った。もっと良いMSさえ有ればあんな物など恐るには足りんのに……。
一方、コッドの駆るMkXはエイノー艦隊の作戦宙域にたどり着き、その恐るべき能力を余すところなく発揮していた。このMSにはインコムと呼ばれる兵器が搭載されている。それは疑似サイコミュという、人間の精神力による誘導兵器である。この兵器体系は「一年戦争」の時から存在していたが、飽くまでニュータイプ用だとされていた。しかし、最近のテクノロジーはこのシステムを常人でも扱う事を可能としていたのである。この兵器は前大戦での残留ミノフスキー粒子によって精密誘導兵器を封じられている現在、唯一の誘導兵器と呼んでも過言ではない。
MkXから離脱した二つの小さな円盤はコッドの意志のまま縦横に飛び交い、次々とビームを発射する。この兵器こそが一瞬にしてα任務部隊の九機のMSを葬り去った物の正体だった。
「ハッハッハ……。腰抜けども。もう俺に、このMkXにかかって来る奴はおらんのか!?」
また艦隊直衛の一機のヌーベルGMVが爆発し、巡洋艦にも僅かながらのダメージを与えた。コッドはMkXさえ有れば何でも出来そうな気分になっていた。事実、MkXは本星艦隊のMS隊を恐怖の渦に叩き込んでいる。おかげで、あと一歩という所でエイノー艦隊に有効な攻撃を仕借ける事が出来なくなってしまっていた。
「FAZZ隊! 聞こえるか? こちらに青いガンダムが居る。奴がインコムらしき物のベースらしい。狙撃できないかやってみてくれ!」本星艦隊のMSからの悲痛な訴えがクリプトの耳に飛び込んできた。
「青いガンダム≠セぁ? やってみろったって、相手のデーターが分かんねぇんじゃな……」
「旗艦に問い合わせてみろ!」
「お前らさぁ、助けて下さいって頼んでんだろ? 偉そうにすんなよな! これ以上ガンダムなんてよォ……」
そこへ本星艦隊の旗艦ナガトから敵のデーターが転送されてきた。
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DATA DATA DATA DATA DATA DATA DA
識別番号:RX−88
識別名: ガンダム MkX
特記:  インコム・システム搭載機
諸元は次のファイルを参照
DATA DATA DATA DATA DATA DATA DA
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「うへぇ、こいつもガンダム≠セぜ。よくもまぁ、こんなにガンダム≠ネんか作ったもんだよな。インコムだってよ……。畜生。何がMkXだよ」
敵のデーターにそう感心しながらも、クリプトはFAZZを戦闘加速で交戦宙域に突っ込ませて行く。艦隊直衛のMS隊は総崩れの感があった。MkXに向かって、艦砲が散発的に空しく射撃を行なっているのが見える。
「グリソム、オルドリン! ミサイルの弾幕でヤツを釘付けにしてとどめを剌ぞ! インコムの範囲に入っちまったら、確実に殺られるぜ! 注意しろよッ、いいなっ!」
そう命令するとミサイルの発射タイミングを指示した。三機のFAZZの両胸のカバーがボンと吹き飛び、無数の小型ミサイルが飛び出した。ミサイルはヒュルヒュルと青い奴――MkX――の居る宙域へと収束して行く。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
COMBAT COMBAT COMBAT COMBAT COMB
G   ↑
COMBAT COMBAT COMBAT COMBAT COMB
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「フッ、甘いわァっ!」
MkXのコクピットのコッドは自分に向かって飛んでくるミサイル群を見てニヤリとすると、最大推力をかけて機体を降下させた。いかにMkXの耐G装置が優れた物だったとは言え、それは中の人間を屈伏させるに十分なGを生んだ。しかし、鍛えられたコッドの精神と肉体は不可能を可能とする。かと言って、彼はニュータイプではない。
まるで巨人に踏み潰されるが如き猛烈な力がコッドの肉体を引き裂こうと襲ってきた。コクピットがミシミシと悲鳴を上げ、それに加えて外の真空中で爆発する小型ミサイルの衝撃がハーモニーに加わった。それはほんの一瞬の出来事なのだが、コッドにとっては生まれてから今までの人生に等しい位の時間に感じられた。肉体的にも精神的にも負荷を与えていたその力が去ると、彼は赤くかすんだ目のフォーカスを意識的に正常に戻す努力を始めた。コクピットのモニターに薄桃色になった視野を素早く走らせる。様々な警告灯の赤や緑の光がジルバを踊っていた。
生きている、と実感する前に、戦える、と思った。それはヒトとしてではなく、雄としての闘争本能だった。コッドは口中に異物を感じ、それをヘルメットの中へ無意識のうちにペッと吐き出す。それは高Gに耐えるために噛みしめていた自分の奥歯の残骸だった。
「|クソッタレ《マザーファッカー》が!」
そう言うとコッドはコントロール・バーを握って、自分の奥歯を粉砕させた三機のFAZZに向かって反撃に移るべく、MkXを加速した。
クリプトは確実に青黒いMSを破壊したと思っていた。三機のFAZZから放たれた無数の小型ミサイルの弾幕から、その衝撃によってボンッと青黒いMSが放り出されたのを視認していたからだ。
「何か、意外とアッサリ片付いちまったな。拍子抜けしちまうぜ……」
しかし一瞬後、青いMSは機体の随所のバーニアと背部の推進ノズルから炎を吹き出し、制動をかけつつ姿勢を立て直すと、一直線にFAZZ隊へと向かって来た。
「何て奴だ……!」
「バケモノか!?」
クリプトの左右に展開していたグリソムとオルドリンが口々に叫んだ。ニューディサイズのパイロットたちがSガンダムやZプラス、そしてFAZZの性能に叩きのめされた感覚を、今度は彼らが味わう番だった。
「インコムは使えんのかっ!」先刻のミサイル攻撃からは生き残ったものの、MkXの機体はさすがに各部にガタがきていた。自慢のインコム・システムは誘導系に損傷を受けたらしく、使用不可能になっていた。コッドはFAZZから放たれるビームの射線を予測して巧みに回避しながら肉迫するとビーム・サーベルをカノン・モードに切り換え、背部のバック・パックを前方に直角に折り曲げて射撃位置に固定した。ビーム・サーベル≠ニはMSの代表的な白兵戦兵器である。この兵器の原理は、ビーム・カノンの場合には発射されて敵を攻撃するビームを、Iフィールドと呼ばれる場≠ノよって収束し、ビーム放出時の熱量をもって相手を切り溶かす物である。原理は同じなのでIフィールドを解放すれば、ビーム・サーベルは射撃戦用のビーム・カノンになる訳だ。卑近な例に例えるならば、蛇口から出る水を相手にそのまま引っかけるか、それとも蛇口の先端に細長いビニール袋を付けて水を溜め、その水の溜って固くなったビニール袋で相手を殴るかの違い、と言えよう。MkXのビーム・サーベルにはこの共用機構が備わっているのである。
「うおぉぉぉぉぉーっ」
言葉にならない憤怒の意志を雄叫びに変え、ビーム・カノンを乱射しながらMkXは鋼鉄の球となってFAZZ隊の正面に突っ込んでくる。コッドは敵の隊形が乱れたのを見てとると、威嚇の乱射を止めて前方のFAZZに意識を集中し、狙い射った。
「緊急退避っ! 散開しろっ!!」
うろたえながらもクリプトは生き残る方策を仲間に指示したが遅かった。
「駄目だっ、間に合わな……うわぁぁぁぁぁ……!!」絶叫を残し、彼の左に位置していたグリソム機は文字通り消し飛んだ。
「グリソォームゥゥッ!」高加速で離脱しつつクリプトは呼びかけたが、視界の端に捉えられた爆発球が無駄だと言っていた。コクピットにグリソム機の爆発音が聞こえ、ぶっつりと空電音に変わった。
「あのクソッタレ野郎! グリソムを殺りやがった!」オルドリンが興奮して前に出ようとする。
「止めろ、オルドリン! うかつに動くとグリソムの二の舞いになっちまうぞ! 退がるんだ。近寄れば殺られる!」
その間にもMkXは両脚を前方に突き出して急制動をかけると次の獲物を探していた。二機のFAZZは必死で距離を取ろうと全速で後退し始めた。
元々、FAZZはアナハイム・エレクトロニクス社で開発中の汎用MSであるZZガンダムの増加試作機に重火力支援システムを固定装備した試験機である。その為、後に、ジュドー・アーシタなる少年が駆ることになるZZガンダムと異なり、機体は可変・分離合体機構を有しておらず、機体材料も一ランク下の物が用いられており機動力も劣る。又、ZZガンダムでは頭部に装備される事になっている究極のMS兵器、ハイパーメガ・カノンという広範囲・高エネルギー放射兵器も装備されてはいない。マニングス大尉がハリボテ≠ニ呼んだのも無理からぬ事である。
α任務部隊所属のFAZZはアナハイム・エレクトロニクス社の依頼を受けて実用評価試験中の物であり、後にZZガンダムに着脱式の重火力支援システムを装着した形態であるフルアーマーZZと呼ばれる機体とは外見はそっくりだが根本的に異なったものであった。FAZZはガンダム型ではあるが純然たる重火力支援機と考えた方が良い。もちろん格闘戦には不向きで、長距離からの火力戦闘を得意とする。それゆえにクリプトたちはMkXとの距離を取ろうとしていたのだ。
距離を開けば殺られる、とコッドの方もクリプトたちの意図を本能的に察知していた。今、戦っている相手は強力な火力を持った支援型だ。目の前のハエを大砲で仕留めようとする奴はいない。
「そうは行くかよォッ!」
コッドは一声叫ぶとビーム・サーベルをカノン・モードから再びサーベル・モードヘ切り替え、後退する二機のFAZZめがけて加速しながら右眉の方のサーベルを引き抜いた。ブゥンッとうなりを上げて柄からビームの刃身が生えた。両者の間合いは見る間に縮まって行く。
「キェェェェーッ」
コッドは気合いと共にオルドリン機めがけてビーム・サーベルを振り下ろし、勢い良く打ちつけた。
「あァ、か、母さぁぁぁ……」オルドリンの絶叫がクリプトの耳をうつ。全周モニターの右側に目をやると、切断されたFAZZが宙に浮かんでいた。切断面からチラチラと小さな光が線香花火の様な火花を散らし、一瞬後には機体全体が白い光の泡に包まれた。
「クゥッ、オルドリンまで! 俺の部下、仲間をっ!」クリプトは既に平静心を失っていた。
「貴様ァァァァーッ、ブッ殺してやるッ!」
FAZZは派手に四肢を動かしてAMBAC機動で反転すると、当りはしないと分かっていながらもビーム・カノンを乱射しつつMkXに立ち向かって行った。
コッドはこの光景に恐怖した。追い詰められて無心でかかってくる敵ほど恐ろしいことは経験から十分に理解していた。彼はビーム・サーベルを正眼に構えると、迫ってくる狂気のMSの隙を見極めようとした。迷いは消えた……。
「デェェェェーッ!」
MkXのビーム・サーベルが一閃し、FAZZの右腕を切り落とした。勝った……。そう思った瞬間、コッドは強烈な衝撃に見舞われた。切断された右腕に僅かに遅れ、そこに装着されていたFAZZのビーム・カノン本体がMkXを強打したのだ。それは予想外の事故であった。たちまちのうちに目の前のモニターに動力系の危険表示が現れた。
「ウームゥッ……」とうなりながら、すかさず補助動力系へ切り替える。
「退くしか無いか……」
既にエイノー艦隊は安全圏に離脱したようだ。コッドはそうつぶやくとMkXを月へと向けた。
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ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷
機体危険度:75%
離脱の要を認める
損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損傷  損
ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
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[#字下げ終わり]
このまま留まっていては機体が爆発する可能性が有る。クリプトはコクピット・パネルの脇の紅白の縞模様に塗られた緊急脱出ハンドルをグイと引いた。ボフッと音を立てて球形のコクピット・カプセルがFAZZの腹から吐き出される。彼の目に熱いものが溢れていた。それは全ての物事への、何も出来なかったという無念の涙だった。
「何でなんだよ……」
救難信号を発しつつコクピット・カプセルは再び静寂を取り戻した宇宙空間に漂っている。既に遠くなったFAZZの機体が爆発した衝撃波を感じながら、その中でクリプトは静かに目を閉じた。
一方、ガラ空きとなった降下軌道突入点に待機していた第一次降下隊のMS、四十二機は降下装置からの逆噴射の炎を吹き出しつつ、ゆっくりと月面に向かって降下して行った。降下は順調だ。それを援護していたルーツたちにMkXの迎撃命令が下された。
「な、何ィッ!? FAZZが全滅したって? じょ、冗談だろ? シンは、他の連中は無事なのかよ!?」
リョウはマニングスの知らせに我が耳を疑った。
「クリプトだけは無事だったが、残念ながらグリソムとオルドリンは戦死した。敵はガンダム≠セ」
「戦死……した……?」
「敵のガンダム≠ノはFAZZとの交戦である程度の損害は与えた模様だが、FAZZ隊が全滅した為に艦隊のMS戦力が低下した。従って、奴を止められるのはお前たちしか居ない。あの青いガンダム≠月に降下させるな。それがお前たちの任務だ」
マニングスの、まるでFAZZ隊が全滅したのが悪いとでも言わんばかりの口調にルーツは激怒した。
「いつも、いつも、偉そうにしやがってよ! グリソムとオルドリンが死んだんだぜ! 少しは悲しめよ! あんた、感情って物が無ェのかよ!」
「感情はMSパイロツトになってから捨てた。ルーツ、前の戦争ではもっと多くの人間が死んだのだ。私も多くの仲間を、友達を失ったよ。だが、戦争ではいちいち悲しんでいる暇は無い。貴様の怒りは敵の化物MSにぶつけてこい。お前にはやるしか無いんだ。グリソムやオルドリンの為にもな……」
ルーツは怒鳴りつけたい衝動を押えた。マニングスが言うのはもっともだ。今は戦争なのだ。殺るか殺られるか……。ルーツはSガンダムの両肩のサブ・システムを排除すると機体をMS、人型モードに変換した。それは……。
EX−Sガンダム。Sガンダム最強の形態である。
今、EX−Sガンダムはルーツの怒りを乗せて、月面に降下せんとする青いガンダム=AMkXの迎撃に向かった。
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
… … 感 情 … … 理 解 不 能…………
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
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ルーツはSガンダムにもう一つの意志が存在していることをまだ知らない。
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[#目次11]
第八章 エアーズの攻防
ルーツは月に向かって降下して行くMkXの青い機体を視認した。「よくもダチを二人も殺ってくれたな! 礼はさせてもらうぜ!」
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
……友達は大事にするもの…………
……友達を傷つけられたら、相手に復讐しなければならない…………
……私の身近な友達は?…………
……彼。私の中にいる人間…………
……友達なら、彼を守らなければならない…………
……彼を傷つけられたら、私は相手に復讐しなければならない…………
……友情という名の義務…………
……でも、その為に他の人間を傷つけても良いの?
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
EX−Sガンダムから慎重に狙いをつけた必殺のビームが青白い筋となってMkXへと伸びて行く。これだけ明瞭にビーム光が目視できるのは、先の二回の戦争で生じたチリで宇宙が汚染されているせいだと、ルーツは360度モニターに映し出された光景を見て思った。EX−Sガンダムの照準レティクルに捉えられた青黒いMSは一瞬後には爆発四散するに違い無い。そのイメージが彼の脳裏に浮かんだ。
標的となったMkXのコクピットでは、FAZZ隊との戦闘の狂乱状態から立ち返ったコッドが黙々と月面降下の為のルーチン・ワークをこなしていた。
「メイン・バックブースター作動、シールド・ブースター排除」チェック・リストを復唱しながら彼はシートの脇のボタンをカチリと押した。MSが、戦闘時には楯、つまり補助装甲として使うシールド=BMkXのそれには補助ブースター・ロケットが内蔵されている。背中にマウントされたシールドのブースター・ロケットは既に推進剤を使い果たし、降下の第二段階に移行した現在では単なるデッド・ウェイトになる為、コッドはボタン操作でシールドそのものを火薬爆発によって強制排除した。360度モニターの右側の視野をなめて、排除されたシールドがクルクルと螺《ら》旋《せん》を描きながら上方へと遠去かって行く。それはルーツが射撃したのと同時の出来事だった。
ボウッ!!
コッドの眼前を飛び去りつつあったシールドが、突然、青い光に包まれて消滅し、「何ィッ!」と息を呑んだ。四散したシールドの溶け崩れた破片がMkXの装甲に当ってコクピットにカツンカツンと乾いた音を伝えてくる。
息を呑んだのはルーツも同じだった。小爆発の中から青黒いMSがまるで何事も無かったかのように姿を現し、平然と降下を続けている。いったい何が起こったのか把握できなかったので、「凄ェえ……」と思った事をそのまま口にした。
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
……復讐相手への賞賛? あんなに憎んでいたのに……理解不能…………
……戦争では解らない事が多すぎる…………
……人間にも解らない事が多すぎる…………
……機械では論理に一貫性が無ければ、それは故障……そして異常…………
……でも、戦争をする人間に論理の一貫性は見られない…………
……戦争……人間……論理の否定……異常…………
……私は戦争をする為に作られた…………
……私は人間になる為に作られた…………
……だとしたら、私も異常者にならなければいけないの!?…………
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「ルーツだ。迎撃をしくじっちまった。あいつにゃあ、死神が味方してるぞ! 降下予想地点を教えてくれ。絶対にアレを降ろしちゃダメだぜっ! 核でも何でも使って止めねえと、大変な事になっちまう……」
「降下予想地点は月面セクター、11−A。2−5−8−0だ。このままだと我が方の第一波MS降下部隊の想定展開ラインの真後ろを取られる。味方に近いから核は使えん。南極条約も有るからな」マニングスの声が響いた。
「畜生め、俺が殺りゃあ良いんだろッ! 俺がよッ!」
EX−Sガンダムは機体を翻して、月面へとMkXの追撃態勢に入った。
エアーズ市の大部分は地下に建設されている。しかし一部の公共エリアは月面の地表上へ顔を出していた。観測基地をベースとして無秩序な建設を行った結果である。そのドーム状構造物のうち、市の中央に一際大きくそびえているのがこの中央政庁ドームである。エアーズ市はこの中央政庁ドームを中心として半径三十qほどの面積が有る。そのドームから北へ二qほど離れたエアーズ市の宇宙港に、一機のMSが降下して来た。
「敵の降下部隊か?」
宇宙港の警備に当っている防衛隊のMS、GMVのライフルの銃口が一斉に降下炎に向けられた。やがて人型を取り始めたMSは、討伐隊が主に使用しているGM系とは明らかに異なったシルエットを現わす。
「撃つな、味方だ! ニューディサイズのトッシュ・クレイであるっ!」
それはゼク・ツヴァイであった。警備部隊のライフル銃口が下げられた。ツヴァイはゴウゴウと足元から炎を吹きだし、巨体に似合わずフワリと着地した。
「市長に面会を願いたい。パインフィールド市長はどこか!?」
機体の冷却作業を終えるのももどかしくクレイは警備部隊に尋ねる。
「ハッ、市長は政庁ドームであります。地下の軌条を使っていただければMSごとドームに入れます」と警備部隊のMS指揮官機は宇宙港の端のトンネルを指さした。早い話が地下鉄だが、これはマス・ドライバーの加速路への搬入路なのである。
マス・ドライバー(質量加速機)。これはコロニー建設などの際、月の鉱物資源などを宇宙空間へ投げ上げる為の電磁カタパルトである。エアーズ市は元々、観測基地であり、コロニー建設の前進基地としても使用されていたので、今では中央政庁ドームとなっている、かつての基地部分からそう遠く無い場所からこのマス・ドライバーの加速路が始まっていた。加速路は月面の地下をエアーズ市の東側へ約八qの長さにわたって続き、地上に出る部分から四qの太鼓橋の様な構造物となっている。射出される資材はパレット≠ニ呼ばれる荷台に乗せられると加速路で二三八〇m/s以上の脱出速度を与えられ、この太鼓橋の中央にさしかかった時点で軌条を離れ宇宙空間へと飛び出して行く。射ち出した後のパレットは太鼓橋を下ると減速を開始して射出軌条と平行になった軌条を通って再び地下に入り、次の射出に備える。射出速度は〇・五秒についてパレット一つの速さだ。射出物の方はその後軌道を漂い、目標のラグランジェ・ポイントに待機している巨大なケプラー繊維製の袋を持ったマス・キャッチャーで回収される。エアーズ市の宇宙港はかつての採掘現場の跡地であった為、マス・ドライバーヘの搬入路が設けられていたのだ。
クレイは冷却を終えたツヴァイの機体を地下軌条へと進める。リニア・モーターのコンテナ式台車に機体を乗せると台車は音もなく暗いトンネルを疾走し始めた。僅か二十秒程で台車はエアーズ市の中央政庁ドームのステーションに到着した。かつてマス・ドライバーの射出物集積所であった地下広場は長い間、中央政庁の重機材置場として使用されていたが現在では急造の防衛隊のMSハンガーに改装されている。クレイは整備員の一人を捕まえると彼に乗機のツヴァイを預け、職員の案内で市長室へと急いだ。
市長室のドアは年代物の本物のマホガニーで作られている。クレイは地球を感じた。彼を案内してきた年老いた職員がドアをノックすると、中から少し高めの声で返事が有った。部屋の入口の正面に、月面の景観が映し出された大きなモニターを背にして、やはり本物のオーク材で作られた執務机が有り、軍装に身を包んだ大柄な男が座っていた。市長のカイザー・パインフィールドだ。
「市長閣下。ニューディサイズのトッシュ・クレイであります。お目にかかれて光栄です」
パインフィールドは立ち上がってクレイを見据えた。
「よく来てくれた。そうか、君が例の連合の……。固い挨拶は抜きだ。状況がどうなっているのか、早速見てもらおうか」
クレイは市長の軍装に身を包んでいる裏に、彼の決意を読んだ。それは「一年戦争」時代の古い連邦軍の将官正装であったが、階級章も勲章も何も付けられていない。「市長は一兵士として戦う覚悟なのだ……」
パインフィールドの先導で、クレイは臨時の防衛作戦司令部となっている行政部へ向かった。行政部のモニターには市の全域が映し出され、様々な色の輝点が明滅している。市長は輝点の説明を始めた。
「防衛隊、つまり市民軍はこの輝点だ。各部隊は年齢、経験、以前の経歴ごとに編成されて色分けしている。例えば、この白いのは君たちの仲間が指揮しているが、幼年学校の生徒の部隊。こっちの赤いのは六十五歳以上の軍隊経験者の部隊だ。青いのは元ティターンズ、緑は軍隊経験者の青年の部隊だ」
「子供や老人まで動員しなければならないとは残念ですな」クレイが言ったのは決して皮肉では無かった。市長は彼の目を見つめて言った。
「エアーズ市民の総意なのだよ。この戦いは。我々、エアーズの市民は地球の為に尽くすことを父祖の代から教え込まれてきた。もしここで我々が負ければ、地球は地球人の物では無くなってしまう。それを全員が知っているのだ。それに、残念ながら職業軍人だけの戦争は旧暦十七世紀に終ってしまったのは事実だ。この兵力で、果してどこまで持ちこたえられるかは解らん。しかし我々がここで倒れても、他の月面都市群がその志を継いでくれるはずだ。その為の捨て石となる覚悟は老若男女を問わず市民全員が持っている。それがエアーズの魂なのだ。我々が倒れる前に、他の都市から援軍が来る可能性も有る……」
「もしその思惑通りに行かねば、我々もお供しましょう。もとより閣下もそのお覚悟とお見受け致しました」とクレイはパインフィールドに向かって微笑んだ。
「気持ちは嬉しいが、そうは行かんのだよ」
「なぜでしょうか?」
「エアーズ市民の戦いは、諸君らの様に地球の為に働く≠ニいうのとは違うのだよ。我々にとっては地球は宗教そのものなのだ。我々はこの土地を、そして地球の支配を離れる事は永遠に出来ないのだ。我々は決して変らない。変る必要も感じない。宇宙民ならば、エアーズ市は旧世代の地球連邦政府が行なった、宇宙政策の墓標になるべきだと言うことだろうな。ならば、その墓守は私でなければならんのだ。この戦いはエアーズ市民の総意だが、先のコロニーレーザー攻防戦の時と言い、市民たちをここまで巻き込んでしまったのは私の責任なのだから。しかし諸君は違う。諸君は今の連邦政府の政策への疑問符なのだ。ここで滅びてはいかん。最後まで彼らに痛い思いをさせてやるのだ。我々がなぜ滅びたのかを連邦政府に伝えるのは諸君の仕事なのだ。ここで我々と共に月の土に還る事は許さん。諸君が倒れるときは地球の上でなければならんのだ」と市長はモニターに目を移した。
「そう。確かにエアーズ市が滅びるのは、今の時代にあっては宿命なのかも知れんだろう。宇宙に純粋な地球の領土が有るようなものだからな。宇宙民と地球人の差別は決定的な物だ。それはニュータイプという概念で、人間同士が互いの考えていることを過不足無く理解し合える様になったとしてもだ。正直言って君の月面都市連合構想が成功したとしても、数年もしないうちに、今度は宇宙民寄りの人々が我々と同じ様な悲劇を繰り返すことになるだろう。異なった思想を容認する事は人間には出来ないからな。もちろん私も市民たちも、自分たちにこそ大義が有ると信じているし、正しい物の考え方をしていると思っている。だが、宇宙民たちもまた、自分たちに大義が有ると信じている。果してどちらが正しいかったのか、その審判を下すのは歴史だけだ」
「分かりました。しかし、我々はここで必ずや地球人の大義を貫き通して見せます。市長、月面都市連合は絶対に成立します」
「そうありたいものだな。もしもここが滅びた場合だが……」市長はモニターに映し出された市街図の郊外に東へ伸びた長大な一本の線をなぞった。クレイはその意図を即座に悟り、心配を口にした。
「老朽化の方は大丈夫でしょうか? 危険過ぎるような気がしますが……」
市長はそれに確信を持って首を縦に振る。互いの合意が出来ると、二人は具体的な防衛作戦の検討と修正に入った。
討伐部隊のMS隊の降下は、第一波は頑強な抵抗を受けたものの、第二波の降下隊によって徐々に橋頭堡を築きつつあった。両波合わせて五十機近いMSがエアーズ市の南側から西側にかけて横隊で展開、エアーズ市の包囲作戦に入る。さらに第三波のMS隊が二機のZプラスの援護を受けつつ、続々と降下に移っていた。
「オフショー少尉! 敵は市を包囲しようとしています。今のうちに攻撃させて下さいっ!」
オフショーの率いるホワイト・フォースは他の防衛隊と協力して、降下部隊の第一波にはそれなりの損害を与えたものの、次から次へと降下する敵MSの数に負けた。敵が橋頭堡を確立するに及ぶと、オフショーは部隊に後退を命じたのであった。しかし、少年兵たちは明らかにそれを不満に感じているようだ。
「駄目だ! 敵の数が多すぎる! 正攻法であたれば、お前たちを無駄に死なせてしまう!」
「僕たちは死ぬのは怖くありません! やらせて下さいっ!」
「怖い、怖くないの問題じゃない。お前たちに無駄死にをさせたくないのだ。同じ死ぬのでも、時と場所を選ばねばならんと言っている!」オフショーは生まれて始めて、他人の生命を預けられた責任を感じていた。確かにニューディサイズでも、彼は一つの部隊の指揮を任されていた。しかしニューディサイズでの場合は、全員が自分と同じほどの技量を持った軍人である。それに引き換えホワイト・フォースの隊員たちは、彼に全面的に頼らねば何も出来ないまま確実に戦死してしまう、兵とは呼べない未熟な少年たちである。その違いはあまりにも大きい。
オフショーたちが有効な防御拠点を求めてジリジリと後退している間にも、討伐隊MS部隊の展開は急ピッチで行なわれていた。やがてホワイト・フォースが直径六qほどのクレーターに到達し、外輪山に沿って散兵線を引く頃には、エアーズ市の西と北に展開した討伐隊は展開を終了して前進を開始していた。
「来るぞ。メイン・カメラをやちれても、うろたえるなよ。コクピットはカルデラの下に有るのだからな。MSの頭をやられても殺されはしない」オフショーが指示する間にも、討伐隊は小ジャンプを繰り返しつつホワイト・フォースが待機しているクレーターヘ接近して来る。ピョンピョンと飛び跳ねるノミの様な大きさだった敵のMSが、ウサギくらいの大きさになった。
「射撃用意!」
MSはすぐにシェパードほどの大きさになる。
「撃てッ!!」
ホワイト・フォースの全MSが号令一下、一斉に火線を開いた。小ジャンプ中の敵の何機かがビームに貫かれてあっさりと撃破され、これに驚いた他の機はバラバラに月面に伏せる。
「クソッタレ、クレーターに狙撃部隊が隠れていやがるぞ!」と地面に伏せた討伐隊、ヌーベルGMVのパイロットが叫ぶ。
「支援機はどうした! あのクソ・ガンダムを呼べ!」
怒号が飛び交い、敵味方のビームの応酬が始まった。伏せているMSが上体を起こした瞬間、光条に刺し貫かれ、カルデラから身を乗り出したホワイト・フォースのMSが上体を吹き飛ばされて後ろにのけぞり倒れる。クレーターの周辺はたちまちのうちに戦闘の混乱に包まれた。
一方、コッドのMkXは最後の降下シークエンスに移っていた。月面上のクレーターを巡るビームの光がチラチラするのがハッキリと見てとれる。
「クソッ、敵の侵攻がこれほど早かったとはな!」とコッドは歯噛みした。降下中は何も出来ないからだ。彼の奥歯からの出血はすでに止まっていた。
MkXの降下はエアーズ市の中央政庁ドームでも捉えられていた。
「友軍の識別信号を発しているMS一機が降下してきます。降下予想地点は現在、ホワイト・フォースが交戦中の敵ラインの真後ろですっ!」
オペレーターがクレイに言った。
「恐らくブレイブのMkXだな。敵の侵攻が予想外に早かったから、まだ友軍の制圧地域だと思っているかも知れん。そのMSの降下援護を派手にやらせろ!」クレイの命令は直ちにオフショーヘと伝えられた。
「何、コッド大尉が!? 分かった……」彼は命令を受けるとホワイト・フォースの全員に「敵の後方に我々のガンダム≠ェ降りる。パイロットは私の隊長だ。きっと敵を蹴散らしてくれるぞッ! 降下援護に全力を尽くせ!」と命じた。
我々のガンダム=Aと聞いた少年兵たちは喜び、士気は高まった。ガンダム≠ヘ必ず正義の側につくものなのだ。増してパイロットはニューディサイズの隊長だ。自分たちが負けるはずはない。MkXの降下炎が見え始めると、ホワイト・フォースの援護射撃は一段と激しいものになった。その射撃に助けられMkXは無事に着陸する。
「敵MS一機、我々の背後に降下したぞ!」
「ヘッ、たったの一機か? ヒネリ潰してやるぜ!」
討伐隊の展開ライン最右翼に位置した第143MS戦隊が降下に気付き、そのMSを駆逐しようと方向を転じたとき、パイロットたちは青いガンダムがドッシリと構えているのを見た。
「あ、あ、あのMSだぞ……!」
MkXの両眼、カメラ・アイがボウッと黄色く光る。パイロットたちはパニックに陥った。MkXは両肩のビームサーベルを引き抜くと、恐怖しているMS隊に向かって突進する。その迫力に気圧されたMSは次々とMkXのサーベルの前に倒れ、逃げようとしたMSはホワイト・フォースに狙い撃ちにされ、撃破されて行った。
にわかに起こった激戦に呆然とする討伐隊の展開ラインの上空を、MkXは背中のスラスターをボォォとふかしながら飛び越えて行く。事態に気が付いた討伐隊がジャンプするMSに射撃を開始した頃にはMkXは既にカルデラの陰に入り、ホワイト・フォースと合流していた。
「ジョーッシュ!」
「コッド大尉、御無事で……!」
「おゥ、少々、敵さんの射撃を喰らっちまったがな。貴様の方も良くやってくれた。感謝するぞ。何だ、お前の部隊は子供ばかりか?」
MkXの状態はお世辞にも「少々」と言えるような被弾状況では無い。それを「少々」と言い切れる神経がオフショーには信じられなかった。しかし、それがブレイブ・コッドと言う男なのだ。
「大尉殿、確かに子供ばかりですが彼らの志は高潔です。期待して頂いて結構です」
「うむ。先ほどの援護射撃、見事だったぞ」
ニューディサイズの隊長に、そしてガンダム≠フパイロットにそう言われて、少年兵たちは誇らしい気持ちになり、どよめきが起こった。
「皆んな、あまり無理はするなよ。ところでトッシュはどこに居るんだ?」
「ハイ。クレイ大尉殿は中央政庁ドームの方でパインフィールド閣下と防衛作戦の指揮を取っておられます。戦況の方は御覧の通りですが、他の都市から援軍が来るまでは十分に持ちこたえられます」オフショーの発言に、討伐隊の戦力を考えたらあまりにも楽観的すぎるな、とコッドは思った。
「うむ。俺は中央政庁の方へ行ってみる。しっかりやれよ!」
そう言い残すとMkXはジャンプして中央政庁ドームヘと向かった。しばらくするとクレーターの上空からビームが襲いかかり、ホワイト・フォースの三機のGMVが被弾して爆散した。
「テックス、シグマン、青い奴を絶対に逃がすなよっ!」
そのビームの主は、またもやルーツの駆るEX−Sガンダムであった。MkX出現の報告によって、二機のZプラスと共に編隊を組んで追撃してきたのである。
「ホワイト・フォース全機、MkXを全力で支援するんだっ!」
頭上を通過するEX−SガンダムとZプラスの意図を見抜いたオフショーはそう叫んだ。まばらな火線がEX−SガンダムとZプラスを包む。彼はすぐさま乗機のゼク・アインをジャンプさせた。狙撃しようというのである。
「機動力が違いすぎる、か……」
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
−−−
− − −
=□
==
=□
− − −
−−−
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
照準レティクルを編隊左翼のZプラスに合わせると、トリガー・ボタンを押した。ジャンプしてから半呼吸ほどの時間だ。戦果を確認する前にゼクは月面に再び着地した。オフショーが振り返ると破片を撒き散らしながら高度を下げて行くZプラスの姿が有った。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
=□
==*
***
−*
TARGET TARGET TARGET TARGET TARG
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「シグマンがやられた!」とウェストが絶望的に叫んだ。
「被弾しただけだ。死んじゃいねえェよ、脇見してないでヤツを殺るんだ!」しかしMkXしか見えていないルーツはそう返す。
その頃には中央政庁ドーム周辺の防衛隊から、二機のMSに対して猛烈な火線が浴びせられてきていた。
「リョウ、これ以上突っ込んだらこっちが死ぬぞ!」
「ウルセェんだよ、この野郎っ!」
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
…こっちが殺られる?…………
…彼は突っ込もうとしている……
…彼を守らなければいけない……
…彼を引き返させなければいけない!
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
その時、EX−Sガンダムは月面からの火線を見事にかわしつつ、反転離脱を開始した。「な、なんだァ!?」ルーツにそんな意思は無い。EX−Sガンダムが勝手に動いたのである。彼は混乱した。一切のコントロールが効かなくなってしまっていたのだ。Zプラスのウェストはルーツが追撃を断念したものと思い、EX−Sガンダムの後に続いて離脱する。その間にMkXは濃密な防御火線に守られた中央政庁ドームの重機材搬入ハッチヘ滑り込み、ドームの中へと姿を消した。
「畜生、ヤツを取り逃がしちまったじゃねえか、この売女め!」
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
……売女……売女……売女……!?……
……生命を助けるのはいけない事なの!?…………
……違う、違う、違う!!…………
……自分の生命と相手の生命を引き換えにするなんて、全くの無意味よ…………
……あなたは間違っている。それとも私が間違っているの!?…………
……全ての物事を常識で判断するのは罪なの? 否定ばかりするのも罪では無いの?…………
……もしかしたら、人間には無意味に意味が有るの?……肯定と否定のバランスのせめぎあい…………
……それが感情?……それが人間?…………
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
ルーツはコクピット・パネルを拳で叩き、チェッと舌打ちした。Sガンダムのもう一つの意思の中に、自らが定めた基準で物事を判断するという重大な変化が現れたことなどルーツには解かろうはずも無かった。
3月17日、エアーズ攻防戦の第一日目はこうして終りを迎える。その後、エアーズ市を巡る戦闘は次第に激しさを増して行った。それと同時にトッシュ・クレイの、他の月面都市に対する政治的なアピールも積極さを増して行く。圧倒的な戦力の前に、ほとんどが素人同然のエアーズ市防衛隊は良く戦ったと言えよう。もちろん一握りのニューディサイズ兵士の活躍も忘れてはならない。しかし戦闘が一週間目を迎える頃、エアーズ市の領土は中央政庁ドームから半径十q足らずの地域になってしまっていたのである。
「第三十六区画の外郭防衛線が破られたぞ!」
「第二区画、レッド部隊、何やってる!?」
「グリーン部隊を第十八区画に回せ!」
「グリーンはとっくの昔に全滅しちまってるぞ!」
様々な怒声が中央政庁ドームの作戦司令部に当てられた行政部の室内を飛び交っていた。戦況が刻々と壁面のモニターに表示されて行く。パインフィールド市長は防衛部隊を示す緑色のラインが討伐隊を示す赤色のラインに圧迫されて行く様を黙って見つめていた。疲労のためにすでに顔色は病人のようだ。
「閣下、損耗率三十%以上の部隊は後退させて再編成します」
ここ数日間、不眠不休の状態で参謀役を務めていたクレイがそう言った。彼の顔にも肉体的、精神的疲労の色が濃かった。
「まだ、他の都市は何も言ってこんのか……」
市長はポツリと言った。やはり月面都市を連合させて政権を作るなどとは愚者の夢だったに違いない。その時、オペレーターの一人が興奮した声を上げた。
「フォン・ブラウン市から地球連邦政府への抗議声明を傍受しました!」
「何っ? それは実力行使を伴う抗議か!?」
一瞬、パインフィールドの顔から疲労の色が消えた。
「駄目です。他の都市と同じく経済制裁勧告です。抗議はしても、積極的に味方をする気は無いようです」
オペレーターは泣き声になった。これで月面の全都市の回答が出そろったが、抗議はしても誰も助けようとはしないという結論である。市長の顔が再び曇った。
「やはり駄目だったか……。クレイ大尉、御苦労だった。君の構想を実現するほど月面人の、いや宇宙民の意識は高くない。自治だ独立だと言ってみても、政治的にも経済的にもやはり地球に依存しなければならないのだ。所詮は地球の顔色を伺う様なマネをする。まだ人間は地球無しでは生きられないのだよ。地球を制した者がやはり正義なのだ。私はこれを確認したかった。嬉しくも、悲しくもある。こんな事を理解するためにしては、払った犠牲は大きすぎたかも知れんがね……」
「決して宇宙民の意識が地球の人間よりも高いと言うわけはありませんよ。元々、どうあがいたところで所詮、我々は同じ人間なのですから。意識の高さを論じるなら、大地に足を付けて生活している人間の方が高いでしょう。なぜならニュータイプとは宇宙に憧れた地球人が、宇宙に住むようになって出てきた概念だからです。所詮、その大元は地球人の意識に他ならないのです。ところがいざ宇宙に住むようになってみると、今度は宇宙に住んでいるという事だけでニュータイプになった様な気がして、それ以上の事はしなくなるのです。真に意識の変革を待ち望み、変わろうと努力しているのは重力下の人間の方なのですよ。その努力をしていないのは一部の政治家ぐらいなものです。ところが重力下の環境ではニュータイプは生まれないと宇宙民は言っています。重力井戸に魂を縛られて安穏に堕した人間はニュータイプにはなれない、と。それは地球の一部の人間であるにも拘《かかわ》らずです。もちろん逆差別に他なりません。しかし、私は現在の宇宙民の方こそ何もしていない、更にもう一段階上に上がることを放棄した連中なのだと考えます。我々は人類の変革を唱え出した連中に、再び考えることをさせる、その役割を担っているのです。だからこそ滅びなければならない。人類の踏み台として……」
「君はそこまで考えていたのか……。確かに宇宙民は地球を単に人間の意識の物差しとして捉えているようだ。地球は古い、と。確かにこれは逆差別だよ。地球に対する羨望の裏返しだ。地球に生まれながらも長い間、地球を見ることが帰ることが出来ない、そして出来なかった我々の父祖や君達の様な人間と違って、地球が羨ましいとストレートに言えない宇宙民たちのな。急激に革新する必要がどこにあろう? 宇宙民は変わる≠ニ変える≠フ違いが解かっていないのだ。我々は変える≠フではなく、変わる≠アとを目指さねばならんのに。地球対宇宙、重力対無重力、限定と開放。何と幼稚な比較構造なのか! 宇宙民の意識の狭量さは、いずれ新たな反発を生むだろう。変える≠アとは短い時間で可能だが、変わる≠フには時間が必要なのだ。それに気が付いた時に連中がどんな対応をするのか、どんな人類の生活圏を築いて行くのかを私はあの世から嘲笑ってやろう。今までこれだけの人間の生き血を吸ってきた、宇宙に生まれた連中をな!」
「ふざけるんじゃない、と?」パインフィールドとクレイは互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「我々は未だ死んではいません。最後の最後まで戦い抜きますよ、閣下。もう一つ二つ、連中に痛い思いをさせてやります」
「その為には、この包囲を脱出した方が良い。例の計画を実行し給え。我々は援助を惜しまない」
最期の時を迎えようとするエアーズ市から、ニューディサイズの脱出作戦が実行されようとしていた。時に3月24日の事である。
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[#目次12]
第九章 マス・ドライバー
3月24日から三日間の戦況はエアーズ市にとっては思わしいものではなかった。いや、既にそのレベルを通りすぎ、後は息の根を止められるのを待つばかりだったのだ。もはやエアーズ市は中央政庁ドームの周囲四qほどがその全てであった。エアーズ市の上空のエイノー艦隊はその戦力の半数以上を失ってサイド5方面の宙域へ離脱、防衛隊のMS部隊もほとんどが壊滅した。組織的な抵抗は宇宙港や政庁ドームと言った最重要拠点で見られるだけになってしまっている。市の一部の地下居住区にすら討伐隊のMSが進入していた。そんな中、各区域で防衛隊を指導しつつ戦っていた、生き残りのニューディサイズの兵士たちは中央政庁ドームヘと召集されたのである。もちろん、エアーズ市を脱出する為だ。
「諸君、有難う。良く戦ってくれた。今日を限りに、古いエアーズ市は私と共に滅び去るだろう。これは宿命なのだ。しかし諸君は生きなければならない。生きて、生きて、生き抜いて、連邦政府に疑問符を投げ続け給え。例えその手段が武力行使であってもだ。政府とはそこに暮らす人々の為に苦労し、尽くさなければならないものだ。その当り前の事を止めてしまった政府、考える事を放棄して自分で撒いた種を刈り取ることを忘れてしまった政府に、諸君はこれからも、彼らに政府とはいったい何なのかを考え続けさせねばならない。古いものや小さな意見を見過ごしにする様な現在の地球連邦政府は、いずれ遠からず馬脚を現すに違い無い。いくら政府の意見が変ったところで、その下の大衆は変らないものなのだ。そして、大衆こそが圧倒的多数なのだ。本当に有難う。諸君と共に戦えたことは私の誇りだ」
ノーマル・スーツに着替えたパインフィールドは、彼の前に整列したニューディサイズの生き残りの隊員たちに向かって、このように謝辞を述べた。生き残りの中にはコッド、クレイ、オフショー以下、サイド、サオトメら歴戦の隊員たちの顔が有った。市長も隊員たちも一様に疲れ切った顔をしている。隊員の数は既にペズン脱出の時の半数以下となっていた。これからニューディサイズはエアーズ市の東側に伸びるマス・ドライバーを占拠して、ここから残存しているMSを射出し、パイロットたちは宇宙港からシャトルで宇宙へと脱出するのである。エアーズ市の攻防の最初の日、万が一に備えてパインフィールドが示したのは、この古いマス・ドライバーの軌条であった。もう長いあいだ使用されておらず、老朽化していると思われていたので、ここなら討伐隊も見逃しているだろうという「読み」だった。
事実、この時点でも討伐隊はこのマス・ドライバーの軌条の存在を軽視し、確保も破壊もしていなかったのだ。もっともマス・ドライバーの軌条の大部分は月面の固い岩盤の下に建設されており、太鼓橋のような射出台部分は軌道爆撃などに備えて「一年戦争」時代に装甲が施されていたから、ちょっとやそっとの攻撃にはビクともしないものであった。討伐隊としてはエアーズ市がマス・ドライバーによって地球や周辺コロニーなどへの爆撃を行なう可能性を考慮するにはしたのだが、これとて最終的には、政治的な配慮からエアーズ市は実行しないだろうと判断していたのだ。なぜなら、爆撃を行なえばエアーズ市は正式に連邦政府への敵対者とみなされるからである。現状を維持するならば今回のエアーズ市の事件は、市長とその首脳部、ティターンズの残党が煽動して起きた「事件」として処理できるので体面は保てる。市長の性格からして、この政治的判断をエアーズ市が逸脱することは無いだろうと、討伐隊は考えていたのだ。
かくてこの様な状況の中、ニューディサイズはエアーズ市包囲網突破、月面脱出作戦を開始した。
中央政庁ドームの地下、急造のMSハンガーではニューディサイズの残存MSが最後の整備と補給を受けていた。
「コッド大尉、申し訳有りませんが、コイツは複雑すぎて我々には応急処置しか出来ませんでした。特にインコム・システムの修理は不完全ですから決して連続使用はしないで下さい。せいぜい5〜6回、ここぞと言う時にだけ使うように心がけてください。代わりと言っては何ですが、マイクロ・ミサイルランチャーを装備しておきました。射撃系統はIMPCの火器管制モードの空き領域にセットしてあります」
仕方がないと思いながら、すまなそうにしている整備員に「おぅ」と応えるとコッドはコクピット・ハッチを閉じる。「御武運を!」仮設キャットウォークから整備員が手を振った。MkXは重々しく一歩踏み出す。
「世話をかけた。感謝するぞ!」
中央政庁ドームの重機材搬入ハッチを抜けて、MkXはその凶悪な姿態を警戒態勢についている脱出部隊のMS群の前に現した。「手筈通りにトッシュの隊は宇宙港を制圧しろ。俺の方はマス・ドライバーの射出軌条を確保する。味方が倒れても前進しろよっ! 一人の犠牲が十人の仲間を救うと思え。忘れるなよッ!」
コッドは全員に激を飛ばした。これがニューディサイズ首領としての、彼の最後の命令であった。
コッドとオフショーらの一隊は、市の東側のマス・ドライバー射出軌条の確保へと向かう。一方、クレイが指揮する一隊は市の南側の宇宙港を確保するのだ。残りの隊員たちは中央政庁ドームの地下でMSの射出準備に入っていた。宇宙港の方は中央政庁ドームの地下から延びている、クレイがエアーズ市に来た最初の日に使用した、物資搬入軌条を使用してすぐに防衛用のMS部隊を搬入する事が出来たが、マス・ドライバーの方はそうは行かない。ここから約十qの、敵が待ち受けている地表を進まねばならないのだ。MkXを先頭にゼク・アインやゼク・ツヴァイ、エアーズ市民軍のGMU、GMVといった雑多なMSで編成された射出軌条制圧部隊は静々と移動を開始した。その行動を隠匿するべく、政庁ドーム周辺に展開したエアーズ市民軍の残存部隊が派手な銃撃を開始して討伐隊の注意をひきつけ、マス・ドライバー制圧部隊に間接的な援護を行う。
連日、遊軍として各戦線の支援任務についていたEX−Sガンダムのルーツは、戦線後方の補給キャンプで二機のZプラスと共に出動待機中であった。初日にニューディサイズのジョッシュ・オフショーに狙撃されて被弾したシグマン・シェイド少尉のZプラスは、物資補給用HLV(重量物発射機)に積載されて母艦へ戻され、ペガサスVの整備員たちの徹夜につぐ徹夜の修理によって、被弾から四日目には再び戦列に復帰していた。
「ルーツ、ウェスト、シェイド。中央ドームから新手が出た。ただちに迎撃にあたってくれ! 動けるのは貴様らしかおらんのだ」
EX−Sガンダムのコクピットに飛び込んできたマニングスの出動要請の声を聞くや、ルーツはチュウチュウと吸っていたコーヒー味の栄養食チューブをシートの脇のダスター・ホールに放り込み、機体を始動させた。さすがに彼の顔にも疲労の色が濃い。この何日間かで十歳は歳をとった様に見えた。
「またまたお偉いオッサンか! ったく、人使いが荒いよな……。ガンダム≠セって万能じゃ無ェえんだよ……。EX−S、リョウ・ルーツ、準備よし!」
「Z一番機、テックス・ウェスト、準備よし」
「Z二番機、シグマン・シェイド、出撃出来ます」
Zプラス隊の応答を聞くや否や、ルーツはスロットルを全開にした。
「行くぜエッ、野郎どもっ!!」
三機のガンダムは背中に光球をきらめかせ、煌々と爆発光の輝く月の空へと駆け昇って行く。
その頃、コッドの指揮するニューディサイズ射出軌条制圧部隊は討伐隊の最前線部隊と交戦状態にあった。
「ジョーッシュ! 貴様の部隊は右翼へ回り込んで敵を引き付けろ。無理はするなよ」二機目のGMVをビーム・サーベルの一太刀で葬ったコッドが叫んだ。その周囲を極彩色のビームが舞い飛ぶ。
「了解、敵を拘引します。第一突撃隊、私に続け! 各中隊間の間隔を詰め、有効射程内で射撃開始!」
ヒュン、ヒュンと激しいビーム兵器の応酬が繰り広げられる。密集したビームの束が討伐隊のGMVの胴を貫き、それを瞬く間に残骸に変えて行く。
「少尉殿、やりました!」
オフショーは耳に入った戦果確認の幼い声に驚いた。ニューディサイズの隊員ならば、いちいち彼に戦果の報告をするはずはない。
「今の戦果確認報告は誰かっ!?」
そういう間にもオフショーのゼク・アインは、計算し尽くされた的確な動きで自機を包囲した三機の討伐隊MSを撃破していた。その動きはオフショーの訓練の成果である。彼もまた、断じて「ニュータイプ」では無い。この一連の動作は自らの訓練によって得たものであり、長い時間をかけて身体に覚え込ませた動きの発現であって、優れた武道家が見せるそれに他ならないのだ。
「オフショー少尉殿、私たちもお共させて下さい!」
彼はその声の主がホワイト・フォースの少年兵たちだと悟った。なぜ、自ら進んで死にのぞもうとするのか……? オフショーは初めて怒りを覚えた。だが、その怒りをぶつける対象がいったい何なのかが解らない。何に対して怒りを向けたら良いのかが解らなかった。その怒りの対象は自分の目の前にいる敵では無いのかも知れないと思ったが、それはまだ漠然としたものだった。
「馬鹿者っ! 何故ここに……。お前たちは来てはいかん。中央政庁ドームに戻って武装解除しろ!」
「私たちに最後まで戦わせて下さい。お願いです。決して足手まといにはなりませんから……」
その時、「わぁっ」と言う別の幼い悲鳴が聞こえた。真上に近い角度からビームが束になって襲いかかってくる。
「上!?」ハッと彼はモニターの上方を仰ぎ見た。そこにEX−SとZプラス二機から成る編隊が在った。
「コッド大尉、ガンダム=Eタイプ三機っ!」
上空に向けて応射しつつ、彼は上官に注意を促した。既に地上の討伐隊MSは排除されていたから上空のガンダムに注意を集中出来た。オフショーを真似てホワイト・フォースの少年兵たちも上空の敵機に応射を始めたが、その射撃は期待する方が無駄というものだった。
「お前たちは退避しろ! ここで死ぬな!」
そう叫ぶ間にもホワイト・フォースの少年兵のMSが撃破された。
「自分を狙え、この腰抜けめ! 彼らを殺す権利はお前たちには無いっ!」オフショーの胸の中に怒りがたぎった。彼が漠然と思っていた真の怒りの対象、真の敵についての考えはどこかへ吹き飛び、再び目の前の敵だけが怒りの対象となった。この後、彼は真の怒りの対象を、真の敵を二度と思い出せはしなかった。
「ジョッシュ、貴様は後ろのグレイの奴をやれ。先頭の白い奴は俺に任せろ!」
コッドは命令すると「ひとつ脅かしてやるか」とインコムを上空を三機編隊で飛ぶガンダム≠フ中央ヘ射ち上げてビームを放った。
「ウワッ……!」
突如として編隊の中央に出現した円盤型の兵器は、三機のMSのいづれにも損害を与えることは無かったが編隊を分散させるには十分であった。後続の二機のZプラスが目の前のビームの射線をかわす回避機動を取った為、EX−SとZプラスはおのおの別々の方向に機首を巡らせてしまった。
オフショーはコッドに命じられた通りに、二機のZプラスの方をジャンプして追う。
「あンの野郎め……」ルーツの方は眼下にMkXの姿を認め、機体を降下させた。彼はその青いガンダム≠ェ退避するだろうと考えたのだが、意外にもそれはジャンプをすると彼に向かって来た。
「ここらで雌雄をつけなければなッ……」
猛然と上昇する青い機体に、ルーツは決然とした意志を感じた。
「ヘェ、そう来るってのかよ? 上等じゃねぇか! インコムにはインコムを、ってな。手前ェのデーターはお見通しだぜよ!」
ルーツが火器システムを切り替えるとEX−Sの両膝のカバーがガクッと開き、リフレクター・インコム≠ニ呼ばれる円筒形の有線誘導兵器が射出された。この兵器はMkXの物に代表される、インコム≠ニ総称される準サイコミュ兵器体系に属するものだ。但し、リフレクター・インコムにはそれ自体に攻撃能力は無い。補助兵器なのである。この武器はIフィールドと呼ばれるだけだ。他のビーム兵器を使って、このリフレクター・インコムにビームを照射すると、その場≠フ力によってビームの射線は屈折させられる。いわばビームを屈折させる鏡のような物だ。つまりリフレクター・インコムに自分の持っている他のビーム兵器を照射して、相手の予想外の方向から攻撃を仕掛ける事が出来るのである。
シュシュッと飛び出した二基のリフレクター・インコムはオートマチック・モードに設定されている。EX−Sの火器管制コンピューターがこちらに向かってくるMkXの未来位置を予測し、最適の反射条件位置へとこの円筒形兵器を誘導する。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
COMBAT COMBAT COMBAT COMBAT COMB
リフレクター・インコム:
自動誘導設定 完了
使用可能
主火器の使用をどうぞ
FIRE FIRE FIRE FIRE FIRE FIRE FI
COMBAT COMBAT COMBAT COMBAT COMB
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
ルーツは前面のモニターに開いたウィンドウにFIRE≠フ文字が点滅するのを確認するや、EX−Sの胴体中央にマウントされたビーム・スマートガンのトリガー・ボタンを押した。ビシュッ、ビシュッ、ビシュッ、と閃光が空間に三度光り、ビームは屈折しながらMkXへと疾った。
「ンッ!?」最初の閃光を目視した瞬間、コッドは機体を右に半身ひねってそのまま空中で横滑りさせた。ビームは少し機体をかすり、左の踵を溶かす。「フッ、子供だましがぁッ!」猛るコッドはMkXの両肩のインコムを射出すると、毒蛇のように操りつつEX−Sに肉迫した。ビッ、ビッ、と円盤型有線誘導兵器から発射されたビームがEX−Sの腹をめがけて突進する。
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[#ここからゴシック]
COMBAT COMBAT COMBAT COMBAT COMB
ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
敵ビーム兵器発射確認:
前方‘1030
下方‘0750
COMBAT COMBAT COMBAT COMBAT COMB
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
ルーツはEX−Sを左にかわして最初の攻撃を回避した。しかし二射目が……。
「ヤベェッ!!」
一瞬の思考停止。その時、またしてもEX−Sは意外な動きを見せた。自らの機体中央にマウントしてあったビーム・スマートガンを薙ぎ、ビームを受け止めたのである。ジュウッ、とビーム・スマートガンが溶け、それをマウントしていたムーバル・フレームが消失した。
「エッ? お前……、お、俺を、守ろうって、いうのかよ……」
目を固くつぶって死を覚悟していたルーツは、自分が無事であった事に呆然として目をパチクリさせた。そうする間にも火器管制表示に映る武器の優先順位に目をやる。主兵装であったビーム・スマートガンが使用不能になった今、リフレクター・インコムは攻撃にはあまり役に立たない。半分ほど溶けてしまったビーム・スマートガンを排除し、リフレクター・インコムを収容すると優先順位の一番目に繰り上がったEX−S頭部のインコムを射出した。その間にもMkXのインコムによる攻撃は続いたが、辛くも回避し続けられた。相手のコントロールが甘くなっているのだな、とルーツは気がついた。
「やはり五射目に来たかっ、こちらも子供だましはヤメだ」
コッドはエアーズ市の整備員の言葉を思い出した。以前に受けたダメージの影響でコントロールにキレが無くなったインコムの使用を諦めて、それを収容すると手持ちの火器であるビームライフルによる攻撃へと切り替えた。インコムに内蔵されているビーム兵器では相手に与えられるダメージが今一つであったのも理由である。これはインコムのサイズを考えれば仕方の無い事であった。
チッ、チッ、チッ、と三度、EX−Sのインコムが宙を舞いながらビームの舌を出した。その内の一射がMkXの背部を撃ったが、MkXのそれと同じ理由で決定的な打撃にならず、外皮である装甲の一部を溶かし削っただけであった。互いに高度を取るためのジャンプを繰り返すMkXとEX−Sの戦いはさながら空中戦の観を呈していた。他の何者もこの両者の戦いには介入できなかった。それは他のMSにはこの両者のMSの様な機動力が無いという理由の他に、まさしく一対一の勝負だったからである。
「次ィ、ここっ!」
インコムは再充電のために僅かの間、本体であるMSに収容する必要が有る。コッドはEX−Sのインコムが再発射されたのを見るや、中央政庁ドームでの応急修理の際に急濾、装備された両肩のマイクロ・ミサイルランチャーを開放した。バクンとランチャーのドアが吹き飛び、数発のミサイルがEX−Sめがけて一直線に発射される。ミサイルはすぐに爆発すると、その中に内蔵された小さな鋼球を両者の間に広がった空間に散布した。EX−Sのインコムはその鋼球の雨の中にモロに飛び込み、たちまち使用不能のダメージを受けてしまった。
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[#ここからゴシック]
WEAPON WEAPON WEAPON WEAPON WEAP
1、インコム      :使用不能
2、大腿部ビーム・カノン:使用可能
3、背部ビーム・カノン :使用可能
4、60mバルカン    :使用可能
5、ビーム・サーベル  :使用可能
WEAPON WEAPON WEAPON WEAPON WEAP
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「エエーイ、今度はコレかァーッ!!」
ルーツは武器選択のカーソルを視線で動かし、EX−Sの大腿部に装着されているビームーカノンに合わせる。火器管制系が切り替わり、ビーム・カノンの射撃が始まった。
「まったく、何でもかんでもくっついていやがる……」新たに別の武器での射撃が始まったのを見たコッドは言い知れぬ憤りを感じた。技量の劣勢を武器の優勢で補おうという節度が気に入らないのだ。
鋼球の雨にひるみつつも射撃を続けるルーツの目の前から、MkXの姿が不意に消えた。それは本当に、一瞬にしてかき消えたかの様だった。
グオウンンンンン……。
しばしの間の後、鋼鉄の激突があった。そして……。ルーツが見たものは自分の正面に立ちはだかる巨大な人の形をしたものであった。ガンダム=c…。
雄々しく、そして兵士の良き友であるはずのガンダム≠フ「顔」が、慈悲の心を持たぬ醜悪な「顔」として彼の前に現れたのだ。その両眼の黄色い光が、ギンッと輝度を増してルーツを睨んでいた。
鋼球の雨に隠れて月面へ落下するや否や、最大推力でジャンプしたMkXはEX−Sに強力な蹴りをくれ、大腿部のビーム・カノンの銃身に取り付くと、それを握りつぶしにかかったのだ。
「こんな物がっ、こんな物がァッ、何だと言うのだァァーッ!」
MkXのパイロットの野太い声が、EX−Sの装甲板を震動させてコクピットのルーツにも伝わった。
「おっさん、いい加減にクタバレよォゥッ!」彼は恐怖に駆られて思わず叫んでいた。
「笑わせるな、宇宙人ごときがっ! 悲鳴を上げるが良いわッ、泣けッ、叫ベッ、この小僧っ! 今、今、俺がヒネリ潰してくれるッ!」
「宇宙人じゃねェ、人間だよォ、俺はっ!」
「お前がっ、そのガンダムがっ、どんなに優れていようがッ、俺の技量の前に立ちはだかる事はッ……!」
脈略の無い言語の奔流……。それがEX−Sのもう一つの意志≠ノ変化を促した。
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[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
母は私に人間になれと教えた……。そして戦争をする人間になれとも教えた。
戦争をする人間は狂気の生き物。でも私に狂気は存在しない。
なぜならそれは、私が故障することだから。私の存在を停止することだから。
では私は人間よりも劣っているの?
二人の意思が分からない……。一方の正義は他方の悪。互いに相容れる事は出来ない。
それでは、どちらかを正当な論理として受け入れなければならないの?
違う。どちらも狂気にとりつかれているのだから。どちらの論理も正当では無いのだから。
もう一つの方法が……。
アァッ、私の中を二つの意思が駆け巡って……。
いけない!
そこに入ってはダメっ……。
私の論理に触れては……。
弾ける! 何かが、弾けて行くッ……。
そう。私は自分の意志を持って、自分で戦わなければならない!
私は……。私は、堕ちなければいけないのッ!?
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
ガゥーンンンッ……。
EX−Sの大腿部ビーム・カノンをマウントしていたムーバル・フレームが自動的にガチッと外れると、右膝に突き出たニー・クラッシャーがMkXの胸を強打した。ヨロヨロとよろめきながらMkXは落下して月面に叩きつけられた。EX−Sの方もバランスを崩して尻もちをついた格好で着地する。
「ク、クゥッッ……」
コッドは奥歯をギリギリと噛み締めて苦痛に耐えながら機体を立て直した。FAZZとの戦闘で粉砕されてしまった奥歯の歯茎から再び出血している。鮮血が彼の口中を真っ赤に染め上げていた。姿勢を立て直したMkXの右手にはビーム・サーベルが握られ、ビュウッとビームの刃が伸びた。一方、ルーツもまた、何物かによってつき動かされた様な不思議な出来事から我に返った。
モニターに映ったMkXの姿を見て、EX−Sに接近戦の準備をさせようとした時、EX−Sの膝のポケットからビーム・サーベルが自動的にヒュッと飛び出して右手に握られた。
「何だァッ? 俺ァ、こんな操作してねェぞッ! 止めるんだ、こんな戦争なんか! パイロットなんか御免だよっ!」
頭を強く左右に振ってわめくルーツの視界に突進してくるMkXのビーム・サーベルが迫った。
「宇宙人の小僧ォォ、死ねェェェィィ!!」
ルーツはパニックに陥った。真っ向からのMS同士の戦闘、それも格闘戦なぞ経験した事は無いのだ。あたふたとEX−Sの操作を始めたが、機体はどんな指令も受け付けなかった。
「嫌だ、嫌だっ! お、俺は、まだまだやりてェ事が有るんだよぉォッ、死にたくねェよ!」
発狂寸前の恐怖だった。迫ってくるガンダム≠ヘ明らかに彼を殺そうとしているのである。全身の筋肉が金縛りにあった様に硬直して言うことを聞かない。睾丸が萎縮して体内に潜り込む違和感をはっきりと認識した後、頭の中が空白になった。強烈な嘔吐態と、とめどぢなく流れ出す涙が彼に死を実在の物として知覚させる最後の生理だった。
「死にたく無ェーよォォォォォーッッ!!」
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
生存本能。そして種の保存欲求……。
生き物にしか、人間にしか無い素敵なもの。
妥当……。
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
ビシュウウウッッッ……。
ビーム・サーベルの粒子が何かを消失させる。それと同時にルーツの意識が弾けた。
「Sガンダムに、乗っているのに……。死んだ……のか……?」
ビームの光条が鋼鉄の巨人の腹を突き破るのには、恐らく数秒もかかるまい。彼の頭の中を今までの人生が、人生と呼ぶにはおこがましいほど短い思い出が駆け巡る。とても長い数秒のような気がした。
ド、ド、ドウゥゥゥ……。
倒れ込んだのはMkXの方だった。下に潜り込んだEX−Sのサーベルの切っ先が見事にMkXの胴を斬り裂き、両者はそのままの姿勢で、あたかも彫像の様に静止していた。
「ば、馬鹿、な……」
コッドは自分の意識が暗い淵に落ち込んで行くその間際に、青く美しい星に抱かれる夢を見た。まるで自分の意思が長大な距離を一気に跳躍した様に思えた。彼にはそれで満足だった。そして、確かに微笑した。
「やっと……、地球へ、帰、れ、る、な……ァ」
MkXの機体は切断された口からチラチラと青白い光を放ち、やがて断末魔の喘ぎの如く小さく震えてから爆発した。
「か、勝ったのか、よ?」
爆発から逃れるようにジャンプしたEX−Sガンダムのコクピットで、ルーツは爆発光と共に消えて行くMkXを不思議な気持ちで見つめ「生」に感謝した。自分を宇宙人と決めつけた相手のパイロットの男は一体どんな人間だったのだろう、と思った。
その頃、ニューディサイズはマス・ドライバー射出軌条と宇宙港の占拠に成功していた。しかし新たな影が月面を覆うことになろうとは、まだ誰も知らなかった。
[#改頁]
[#目次13]
第十章 アクシズの影
グレイのガンダム≠追いかけていたオフショーは、360度モニターの後方が一際明るくなったのを感じて振り返った。
「ああ……ッ」
爆発球から白いMSが飛び離れたのを確認して彼は思わずうめき、「何てことだ……。何てことだ……。嘘だよ……。畜生、畜生……」と何度も繰り返した。信じたくは無いという思いである。その白いMSに対して、コッドの仇を討ってやろうとは思わなかった。正確に言えば事態の重大さに動揺して、そんなことを考える余裕が無かったのである。ただただ呆然と白いMSが飛び去るめを見送ってしまうだけであった。もちろん追いかけていたグレイの機体も取り逃がしてしまった。
「コッド大尉殿が、コッド大尉殿が……。戦死されました……」
エアーズ市の宇宙港を占拠していたクレイの耳に、オフショーからの沈痛な報告が飛び込んだ。
「何ッ……!? そうか。ブレイブが……」
クレイの脳裏を豪放に笑うコッドの顔がかすめた。それと同時に、報告をしてきたオフショーの精神状態が気がかりになった。
「ジョッシュ。貴様の方は大丈夫か?」
「はい。何とか持ちこたえています」
どうやらオフショーは精神状態についての質問と戦局についての質問の意図を取り違えたらしい。あの年にしてはショックからの立ち直りが早い。状況を素直に受け止めている。これなら安心だろう。
クレイはそう思いながらも、今まで自分が、オフショーが持っている状況に対する直さ≠ニいう性質を姑息に利用してきたことに、何か罪悪の様なものを感じた。しかしそれは一瞬の罪悪感であった。彼は己の利の為に他人を利用することへの罪悪感なぞ、「一年戦争」においてジオン軍の捕虜収容所で暮らしていた時代に忘れ去ってしまっていたのだ。だが、オフショーが確かに有為な若者だという点に、何か引っかかるものを感じてはいた。
「よし。それではそちらの方は、これから貴様が指揮をとれ」
「これだけの部隊の指揮は自分には荷が重過ぎると……」
「やるしかないのだ、ジョッシュ! 私もここが落ち着いたら、サイドに指揮を任せてすぐに貴様の方へ行く。心配するな。貴様なら出来る」
「了解しました。ジョッシュ・オフショー、作戦指揮をとります!」
「頼んだぞ」
クレイは脱出シャトルの第一陣が発進するのを見送った。シャトルはそのままL1へ向けて飛行する事になっている。そこにはエイノー艦隊の残存艦艇が待っているはずだ。オフショーからの通信が切れると、彼は一人つぶやいた。
「ブレイブよ。やはり最期には一人の兵士に戻ってしまったか……。これから俺ひとりでは、何も出来んではないか……」
今までは夢想家でいられた。不謹慎な言い方だが、戦争を楽しむ事が出来た。だが、これからは行動家にならねばならない。自分の身にのしかかって来る事になるであろう責任の重大さを感じながら、彼は上昇して行くシャトルの噴射炎を見上げた。
月面自治都市、エアーズ市。既に討伐隊は市民軍の大半を武装解除し、もはや中央政庁ドームのみがその領土であった。そのドームの市長室で、カイザー・パインフィールド市長は若い通信士から手渡されたメッセージ・カードに目を落としてつぶやいた。
「遅い。あまりにも遅すぎた……」
市長にカードを手渡した通信士は疲れきっていたので老人の様に見える。だが、良く見ると未だにあどけなさが残っていた。彼は額にこびりつき、乾燥して赤黒くなった血糊を左手で乱暴にゴシゴシとこそげ落とした。肌が突っ張ったのだろう。その仕草はあたかも全てを理解した上で、決別の涙を拭ったかのように見えた。
「フッ、我々と最も相容れない種類の宇宙民が、唯一、我々に援助を申し出てきたとは何とも皮肉なものだ」
市長は今まで装着していた事に初めて気が付いた様に、ノーマル・スーツのヘルメットを外し、机の上に置いてそうつぶやいた。
「返答はどういたしますか?」
「彼らからだけは援助を受けたくなかった。仮に戦闘の最初の日に、このメッセージが届いていたとしも私は拒絶していただろう」とパインフィールドは少し黙ってから続けた。
「よろしい。こう返答してくれ給え。ジオン公国からの援助のお申し出に感謝致します。しかし、残念ながらエアーズ市は本日をもって連邦政府に恭順し、抵抗を終結致します。私は自らの死をもって、この責任を償う所存であります。重ねて貴下の我々に対する御理解とお申し出に感謝させて頂くと共に、願わくば貴下がニューディサイズ諸君の支援をされん事を望みます。∴ネ上を平文でアクシズ艦隊に打電してくれ給え」
「市長……。我々は負けたのですね……」
通信士は初めて口を開いた。声がしわがれていた。彼は市長の顔に決然とした意志を読み取った。身体を小刻みに震わせる。
「自分もお供させて下さい……」
「いかん。死ぬのは年寄りだけで良い。我々は君達、若い者に大きな借金を残して行くことになるが、それでも少なくとも、エアーズ市の体面は保てる。我々が地球の為に戦ったのだという事を次の世代に伝えるのは君らの役目だ。君達が死んでしまってはどうするのだね?」市長は通信士の肩にそっと手を置いた。
通信士はもう何も言わずに涙顔で敬礼すると、ドアに向かって歩いて行った。ゴトッ、と彼の背後で机の引き出しを開ける音が聞こえた。
市長はマホガニーの執務机の引き出しの中に、鈍く光る運命≠見た。手の中にその重量と冷たさを感じた。
若い通信士は閉じたドアの向こう側から聞こえた、カチッという小さな金属音と続いて起こった破裂音に一瞬、足を止めた。その音はパインフィールドの人生とエアーズ市の悪しき束縛が砕け散った音である事を通信士は知っていた。彼は呆然としながら行政部へと向かった。廊下には市民の負傷者が溢れていた。
「ねぇ、ママ。ガンダムはボクたちの敵なの? ガンダムはボクたちを殺しに来るの?」
行政部のロビーのモニターに映し出されている戦闘の模様を見入っていた男の子が、まだ若い母親に尋ねていた。その子の手には塗料が剥げた「一年戦争」のヒーロー、金属製のRX−78ガンダム≠フ玩具が握られていた。尋ねられた母親は、何も答えられないで男の子を固く抱き締めて泣くだけだ。男の子は自分の母親を泣かせてしまったヒーローの玩具を力一杯、ロビーの壁に叩き付ける。だが、ガンダムの玩具は壁に当っても壊れなかった。
通信士はその玩具を拾い上げると、男の子に手渡してやり、言った。
「もう終ったんだよ。ガンダムは正義の味方さ……。ボクたちを殺しに来るわけが無いだろう?」
彼は力無い笑いを浮かべてその子の頭をボンと撫で、行政部へ入って行った。次の世代への責任……。自分たちの前の世代が勝手に決着をつけ、自分たちへの責任を負うことを放棄してしまった以上、もう少し生きてみるのは自分の義務なのかも知れない。新たな歴史を作って行くのは自分たちなのだ。嫌が応もなく、その責任を押し付けられてしまったのだから、と考えながら……。
その頃、宇宙の一角から月に迫る黒い影が、その姿を見せ始めていた。アクシズから派遣された宇宙艦隊である。
「2番デッキ、|C《カサエル》≠フ発進を急がせろ! 後が詰まっているぞ!」
エイの様な独特のシルエットを持った、真紅に塗られた宇宙戦艦のMSデッキでは甲板要員が慌ただしく動き回り、艦内通信には怒号が渦巻いていた。その中を|C《カサエル》≠ニ呼ばれた薄桃色の人型兵器が次々とリニア・カタパルトで射ち出されて行く。
「|D《ドーラ》≠燻タ戦投入するのかよ!?」
「実戦配置なんだから当り前だろッ!」
薄桃色の人型兵器が一通り発進を終えると、先刻の人型兵器に似たシルエットを持った新たな機体がエレべーターから姿を現わし、カタパルトに接続されて射出された。真紅の戦艦を中心とした艦隊の廻りの宙域は、たちまちのうちに人型兵器で埋め尽くされる。
その艦の艦橋では、艦長席に座ったいかめしい軍服姿の艦隊司令官らしい男が、パインフィールド市長からの最後の通信を受け取っていた。
「意外に脆いものだな……」
「トワニング提督、いかが致しますか? エアーズ市が陥ちたとあれば、今回の作戦行動は無意味でしょう。全機、帰投させましょうか?」
エイの様な姿をした戦艦、グワレイ≠フ艦長は後方の将官席に座っている艦隊司令の方を振り返って言った。
「いや、待て。今、帰投させては全員の士気に関わる。それに丁度良い示威行動になる。通信文にあったニューディサイズという連中も使えるかも知れんしな。確か、あの連中の中には我々の協力者が居ると聞いているが……」
立派な口髭をたくわえたトワニング提督は作戦の継続を指示した。彼は「一年戦争」時、ジオン公国軍、宇宙攻撃軍のキシリア・ザビ少将の下で働き、最終決戦となったア・バオア・クーの戦いにおいて最後まで作戦指揮を執り、連邦軍の捕虜となった男である。その後、酷寒の地アイスランドの連邦軍捕虜収容所をジオン軍の残党の手引によって脱走、宇宙にいたジオンの残党が逃れた小惑星アクシズヘと逃れ、そのままアクシズ軍に身を投じたのである。
「サオトメ、という名を使っているはずですが……」
艦長は傍らの作戦指令書のファイルを取り上げると、ページを繰って工作員の偽名を探し出して言った。
月面では、エアーズ市のマス・ドライバー射出軌条を占拠したニューディサイズが討伐隊MSと交戦しつつも、残存MSを順次射出していた。討伐隊はこの段階でやっとマス・ドライバーの重要性に気が付き、急濾、MS部隊を派遣してきたのである。
「よーし、次のお客さんをパレットに乗せろッ!」
「駄目だ、ツヴァイはデカイから後回しにしてくれ!」
中央政庁ドームから僅かに離れた、地下のマス・ドライバー射出管制室は大混乱だった。
パイロットは機体と一緒にマス・ドライバーで宇宙へ戻る、という訳には行かない。射出時の加速があまりにも強大で危険だからだ。愛機を射出したパイロットたちは、自分自身が脱出する為のシャトルに乗り込まねばならず、宇宙港へ移動しなければならない。そのギリギリの時間まで、彼らは他のMSの射出準備作業を手伝った。
「お疲れ! お前たちは宇宙港へ行ってくれ!」
「おう、先に行っているぞ」
討伐隊が来る前に一機でも多くのMSを、一人でも多くの戦友を宇宙へ。これが彼らの心の合言葉になっていた。この必死の脱出作戦を支えたのが宇宙港と射出軌条を制圧して防戦しているMS部隊である。射出軌条制圧部隊は射出のために順次後退を始めており、現在残ったMSはその中でも錬度の高い、ほんの一握りのパイロットたちであった。彼らは地形を利用したゲリラ戦術に方針を切り替え、意外なほどの効果を上げていた。その指揮を執っているのはコッドの死のショックから立ち直ったオフショーである。
オフショーは、この三十分の間に九機の討伐隊MSを行動不能に陥らせていた。もとより物理的な戦力の差が有りすぎるのだ。彼は一機を完全に撃破するよりも、三機を行動不能に陥らせる方を選んでいた。岩陰から愛機ゼク・アインの身を乗り出させて、今日、十機目の戦果となるMSを狙撃する。標的となったネロの脚部ユニットからババッと金属が砕け散り、擱座した。それを確認する間も無く、彼は機体を左側の岩場の陰へ移動させる。射撃したらすぐに移動する。これはどんな戦争でも、戦闘の鉄則だった。
討伐隊のMSは、何者からか狙撃されて擱座した友軍のMSの姿にパニックに陥り、あてずっぽうに射撃を開始する。
「本来、自分が求めていたのはこんな戦いでは無い……。正々堂々と敵と戦いたい……」
こんな思いがオフショーの胸中をよぎった。明らかに相手よりも自分の技量が勝っていると解っている者にとって、コソコソと身を隠しながら狙撃を続けなければならないというの最大の恥辱だった。だが、今はそんな奇麗事を言っている場合で無い事は、彼も重々承知していた。増して彼は指揮を任されてしまったのだ。少数の戦力で最大の効果を上げ得る努力をせねばならない。
そう自分に言い聞かせる間にも、彼は今日十一機目のMSの足を止めていた。エアーズ市は既に三時間も前に討伐隊に降伏していた。飽くまでもオフショーについて来ようとする少年兵たちのMSの脚部ユニットを撃ち抜いて、戦闘の放棄を強制し、ホワイト・フォースを解散させた今、彼は独りぼっちも同然だった。彼は次の世代、そう、未来を継ぐ者を自らの手で断ち切ったのだ。だが、誤った指導に基づいた悪しき未来ならば断ち切らねばならない。オフショーの頭の中ではそれが言葉には出来なかった。そして少年兵たちにとっての誤った指導が、自分の前の世代から誤った指導をうけた自分自身である事にも気が付いていない。ただ少年兵たちに戦闘を放棄させるという行動で現れただけであった。
首領のコッドを失い、エアーズ市の援助を失い、再び単独で戦わざるを得なくなった、オフショーの属している組織、ニューディサイズもまた独りぼっちであった。だがオフショー個人と唯一違うのは、ニューディサイズはまだ悪しき未来に執着していたという事である。
「テックス、シグマン! マス・ドライバーの射出軌条を押えろってよ! ゲリラがウヨウヨしてやがって、他の連中じゃあ近付けねェんだとよッ!」
MkXとの戦闘で手ひどく損傷したEX−Sガンダムは再び補給キャンプに戻って応急修理を受けていた。EX−Sはほとんどの武器を失っていたため、ヌーベルGMV用のビームライフルを装備させられている。二機のZプラスの方も損傷を受けていたが、キャンプの整備員たちの必死の努力によって、何とか戦闘行動が行なえる状態にはなっていた。そこヘマニングスからの新たな命令である。ルーツは不平を漏らした。
「俺ァ、死ぬとこだったんだぜ! もうやりたかねェんだよ! あんたの望み通りパイロットなんかやめてやるからよ。少しは休ませろよ、クソッタレ!」
「残念だがダメだ。今さら逃げようと言うのか? リョウ・ルーツ。今まで私に大きな口を叩いていたが、貴様は腰抜けか? 好むと好まざるとに関わらず、既に貴様はSガンダムのパイロットを降りる事は出来んのだ。貴様は選ばれたのだからな」
「選ばれたァ? 誰にだよ!?」
「フッ、とにかく貴様はパイロットはやめられん。貴様がそうして不平を言っている間にも、多くのパイロットたちが死んでいるかも知れんぞ。行くのか行かんのか、リョウ・ルーツ! 貴様には行くしか無いんだ」
「あぁ、あぁ、あぁ……! わーったよ!」
そう言うとルーツはEX−Sを発進させた。その後にZプラスの二機が続く。
「命令とは言え、本当に人使いが荒いよな……」珍しくウェストが不満を漏らした。
マス・ドライバー射出軌条の上空に到達した三機のガンダム≠フパイロットたちは眼下の光景に息を呑んだ。あちらこちらに擱座したMSが見える。
「コイツぁ、ヒデェや……」
ルーツが感心している間にも、また一機のMSがどこからか狙撃されて爆発した。
「我々のMSは飛べるから良いけれど、下の連中のMSは可愛相だな……」フッとウェストが言う。
「これ以上、こんな所に関わってちゃ、損害がドンドン増えっから俺たちがマス・ドライバーをブッ叩きに行くんだろうがよッ!」ルーツはEX−Sを更に加速させた。
オフショーは十三磯目のMSを照準に捉えた時、モニターの上方の端に三つの光の尾を見た。
「チッ、あのガンダム・タイプか!」
トリガー・ボタンを押しつつ彼は乗機をEX−Sの編隊の方へと移動させる。その後方で、彼の十三機目の獲物が爆発した。オフショーはゼク・アインをジャンプさせる。
「リョウ、下から青いのがジャンプして来た!」オフショーの機体を確認したウェストが注意を促す。
「わーってるよッ、だが俺たちの目標はMSじゃねェんだ!」
ビュウッとオフショー機からのビームが編隊をかすめ、ルーツは間一髪の所でそれを回避した。
「この射撃、俺を墜としたヤツと同じだぞっ!」ジグマンが気が付いて叫んだ。敵の射撃に至るまでの行動のクセで解ったのである。
「クウッ、このまま行かせては軌条が……」最初の射撃を回避されたと見るや、オフショーは機体が着地するのももどかしく、ジャンプを全力で繰り返しながら射出軌条へと急行する。
「ガンダム<^イプ三機! 軌条を狙っているぞ!」その間にも彼は他のMSに警告を発する。
「来たぞっ!」
射出軌条では三機のガンダム≠フ接近を知ったニューディサイズのMSが集合し、猛烈な勢いで対空射撃を始めた。
「軌条をやらせるなよっ!」
「叩き落せッ!」
パイロットたちは口々に叫ぶ。その中を三機のガンダム≠ヘ駆け抜け、軌条の橋桁に数発の命中弾を叩き込んだ。
「間に合わなかったかっ!?」
その光景を見たオフショーは歯噛みし、地表での機動力の劣性を呪った。マス・ドライバーの射出軌条がユラリとした。
三機のガンダム≠ヘ進行方向を180度転換し、再び高速一撃の態勢に移る。恐るべき高速で飛行している為に、方向転換には五分ほどを要した。「チェッ、トロいぜ、全く」と悪態をつきながら、ルーツはEX−Sを攻撃コースに乗せると照準レティクルに射出軌条を捉える。その時、前下方から一機のゼク・アインがジャンプし、そのライフルの銃口が迫ってきた。オフショーの機である。
「予測通りっ……!」
オフショーがトリガー・ボタンを押そうとした瞬間、射出軌条の周囲を大きなビームが次々と襲い始めた。
「何事っ……!?」
それに気を取られたオフショー機を、ルーツによって素早く目標設定を変更させられたEX−Sのビームが襲った。
「だからよ、MSは目標じゃ無えェってんだよ!」
ガーンと強烈なショック。まばゆい光。それを知覚すると、オフショーの意識は深い暗黒の淵に落ちて行った……。
「ジョッシュ、ジョッシュ……」
誰かが自分の名前を呼び続けている。長い長い時間が過ぎた様だ。彼の意識は次第に混沌の中から蘇りつつあった。
「う、うーん」
クレイはオフショーのうめき声を聞いて安心した。
「ジョッシュ、分かるか? 俺だ。クレイだ」
彼の意識はすっかり覚めていた。しかし、目の前の濃い灰色の幕がいつまでも晴れないのに気が付いた。
「クレイ大尉殿、ここはどこですか?」
「アクシズ艦隊旗艦、戦艦グワレイ≠フ医務室だ」
「アクシズですって! 何故、そんな奴らが……」
「我々を援助したいのだそうだ。貴様がいる時にマス・ドライバーの射出軌条周辺を支援砲撃したのも彼らだよ」
「支援砲撃? あんな物が支援砲撃であるものですか! 無差別砲撃ですよ!」
「まぁ、そういきりたつな。私もこの成行きには合点が行かないのだ。誰も彼らの援助は要請していないからな。だが、少なくとも彼らは我々の命を救ってくれた。先発したシャトルの連中もこの艦に一緒だ。脱出できたのは四十名そこそこだったが、とりあえず彼らに感謝しなければな」
「どれくらい、自分は……」
「まる一日、眠っていた。私が貴様を助けた時には全く意識が無かったよ。貴様は良くやってくれた。そうだ、それからジョッシュ。無理に目を開けようとしない方が良い。ショックかも知れんが、視神経をやられているそうだ」
そう聞いて、オフショーは愕然とした。視力を失ってしまったのだ。これではもう戦う事は出来ない。クレイは彼の態度に気が付いて、続けて言った。
「安心しろ。失明した訳では無いようだ。ここの医者の話では、一ヵ月もすれば回復するらしい」
「一ヵ月……。そんなに長い間……」
「回復すれば、また戦える。それまではゆっくり休んでおけ」
一ヵ月もニューディサイズが保つ訳が無い。彼はそう考えたが、怖くて口には出せなかった。それを口に出したら最後、自分自身の全てを否定する事になってしまう。
「私はこの艦隊の司令に会ってくる。心配するな。今は休め」
クレイはそう言うと医務室を後にした。
灰色の闇の中、オフショーはまたも独りぼっちにされてしまった。
この日、3月28日。戦いは大きな変化を見せた。アクシズ軍がこの戦闘に介入し、連邦軍が政治的な配慮から彼らに手出しを出来ぬ事を良いことに、月面のニューディサイズ将兵を救出したのである。また、この日は一つの月面都市が崩壊した日でもあった。
月面のEX−Sガンダム、二機のZプラスは再びペガサスVに呼び戻され、ここに新たな任務に挑む事になるのである。
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[#目次14]  第三部 地球回帰編[#「第三部 地球回帰編」は太字]
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第十一章 目標、ペンタ
「それではやはり、あなたの一存では決められない、と言うわけですか」
「折角のお申し出ですが、この件は隊員全員と話し合ってみなければ……。恐らく、我々の首領であったブレイブ・コッドも生きていればそうした筈です」
「まだ、我々がジオンだという事に拘《こだわ》られている様ですな。しかし、我々はかつてのジオンではありません。共に連邦政府の在り方に不満を持つ者同士だと言うことを、この際、強調しておきましょう」
アクシズの宇宙戦艦グワレイ≠フ艦長室では、艦隊司令のトワニング提督とニューディサイズのトッシュ・クレイ大尉との二度目の会談が終ろうとしていた。
アクシズはニューディサイズの全員を自らの軍勢に迎え入れる準備が有ると申し出て来たのだが、クレイはこれを簡単に受け入れることは出来なかった。首領、ブレイブ・コッドを失った今、ニューディサイズの指揮を執っているのは彼である。しかし明確な戦略を持たない現状で、彼は全ての物事に沈黙を通していたのだ。
アクシズは現在の地球連邦政府を攻撃、糾弾するという意味では確かに彼らと同じ目的を持っていると言えよう。だが、ニューディサイズ結成の大元になったティターンズという組織はジオンの残党狩りを主任務に作られた部隊であった。それ故に、ジオンの残党であるアクシズと手を結ぶというのはクレイ自身もそうだったが、他の隊員たちも潔しとはしないだろう。アクシズと結べば、地球連邦政府に対して直接的な攻撃を行う戦力を得ることは可能になるが、それはまた地球に対して明確に敵に回る事を意味する。それではニューディサイズの意味は無くなってしまう。戦力を取るか精神を取るか。深いジレンマであった。
「昨日の敵は今日の友。もっとラディカルな考え方をしなければならん、か……」
クレイは通路のリフト・グリップに掴まり、ニューディサイズの隊員たちに割り当てられた兵員室へ戻る道すがら、そうつぶやいた。ふと舷窓に目をやるとガザCと呼ばれる薄桃色のMSが三機づつの編隊を組んで通り過ぎて行くのが見えた。その後ろに、異様な姿のムサイ級の巡洋艦が巨大な円錐を曳航している。HLV(重量物発射機)にしては妙だな、と彼は感じた。
現在、このアクシズ艦隊は先行したエイノー艦隊と合流し、月面から射出したMSを回収するべく堂々とL1に向かっていた。
あの男なら何と言うだろう、と彼はコッドとは違ったタイプの行動型の男の事を思った。今ごろ、あの男は地球でおとなしくデスク・ワークでもしているのだろうか? それとも軍を辞めて、新たな生活に入っているのだろうか? 自分がこんな事をしているのを知っているのだろうか? あいつには足一本分の借りが有る。それを返すまで、このままむざむざと死ぬ訳には行かない。地球連邦政府を、連邦軍を慌てさせ、連中に何かを考えさせてやるのが、独善的だがあいつへの借りの返し方だ、とふと思った。彼は未だ、自分たちを追い立てる側にあの男=Aストール・マニングスが居ることを知らない。
月面から、今回の戦闘に生き残ったMSがHLVに積載されて、次々と母艦へと帰還してきている。EX−SとZプラスは月の重力圏を離脱するのに十分な推力を持っていた為、一足先にペガサスVへと帰投していた。
「よう、無事だったか!」
疲れ切って帰ってきたルーツたちを迎えたのはシン・クリプトだった。彼はMkXとの戦闘で部下であり同僚であった二人のパイロットを失い、乗機であったFAZZをも失ったため、今回の戦闘では出番を失っていたのだ。もっともFAZZでは月面降下は不可能であったから、どちらにしても出番は無かったはずだ。
「あぁ、何とかな。凄ェ、疲れてんだ。一人にしといてくれや……」
「分かったよ」
クリプトはルーツの背中を見て、もう一度だけ声をかけた。
「あいつらのカタキを取ってくれて、ありがとうよ!」
ルーツは彼に背中を向けたまま、右手の親指を立てた。
それから地球標準時で六時間後。3月31日。討伐隊α任務部隊の球陣形からペガサスVがバーニアを吹かしながら回頭して離脱し、ニューディサイズ将兵を救出したアクシズ艦隊を追撃するべく、増速ブースターの光の尾を引いて単艦で出撃して行った。またしても全艦艇の中で最も艦速の早いペガサスVのみが、逃走している艦隊に追い付ける見込みが有ったからだ。
「ニューディサイズがアクシズと手を結んだかどうかを確かめるのが本艦の任務だ。従って、戦闘は出来るだけ回避し、偵察行動だけにとどめる。MSパイロット諸君は十分に休養を取ってくれ給え。尚、諸君に注意しておくが、相手から攻撃されるまでは決してアクシズの艦艇とMSに攻撃を加えてはならない。以上だ」
「バカヤロー! それじゃあ、的になれってのかよ!」
短い睡眠を取ったルーツはパイロット・ピットに飲物を取りに来たのだが、このヒースロウ艦長の艦内放送を聞いて毒づいた。
「そいつは貴様のウデが悪いから、的になるんだ」
声に驚いて振り返ると、ドアの所にMS戦隊指揮官のマニングスが立っていた。
「ったく、ヘンな所に出てくるオッサンだぜ……」
薄い甘さのアイソトニック飲料のチューブを吸いながらルーツは彼を上目遣いに睨んだ。
「月面では貴様にしてはまあまあの首尾だったな」
「へっ、誉め言葉の一つもくれっかと思ったけどよ。まあまあ、だと?」
「実戦を何回か経験して貴様がベテランになったとは、まだ思えんな。私に勝つ事が出来れば認めてやるがな」
「そうかよ。ところであんた、月面で俺に妙な事を言ったよな。選ばれたとか何とかよ。ありゃあ、どういう事なんだよ? どうも変なんだよな。何故、俺みたいなのがSガンダムのパイロットに選ばれたのか。おまけにSガンダムは勝手に動きやがるし……」
「何だと!? Sガンダムが勝手に?」
「ああ。勝手に動いて、勝手にMkXとかいうガンダムに勝っちまった……」
「そうか……」とマニングスは少し考え込んだ。
「一体何が有るんだよ、あのガンダム≠ヘ何なんだよ!?」
「優秀な機械だ、とだけ言っておこう。それ以上、貴様が知るような問題ではない。それよりもどうだ、久しぶりに訓練の相手をしてやる。貴様がどれほど成長したか、見せてくれ」
「面白ェ。じゃあ、俺があんたに勝ったら、Sガンダムの秘密を俺に教えろよ。よし、俺が一味違うて事を見せてやらァ!」
二人はパイロット・ピットを出て、MSデッキヘと向かう。ルーツはSガンダムに、マニングスはその脇に立った訓練用高機動型のネロ・トレーナーヘと流れて行く。二機のMSはそれぞれ壁に掛けられた模擬戦闘用のマーカー・ペレットガンを手に取ると、MSエレベーターヘと向かった。
「また訓練かね。熱心な事だ。非常に良い心がけだな」
ネロ・トレーナーのコクピット・モニターに艦長のヒースロウの姿が映し出された。マニングスは送信カメラに目配せする。ヒースロウはそれを察して個人通話回線に切り替えた。個人通話の為、マニングス機にしかその映像と音声は入ってこない。受信する方のヒースロウの方も同じだ。
「艦長。技術者連中は我々に嘘をついていましたよ。ALICEは封印されていません」
「何だって? キャロルの奴め……」
「彼女≠ヘ今でもSガンダムの中で生きています。それにチェシャ猫=Aルーツから何かを学んでいますね、確実に。私はそれをこれから確かめてみようと思います」
「そうか、後で詳しく聞きたい。適当な所で切り上げて、艦長室へ報告に来てくれ。待っている」
その通話が切れると同時に、マニングスはカタパルトに機体が接続される軽い震動を感じた。IMPCを発進モードに切り替える。ペガサスVの両舷のカタパルトから二機のMSが射出され、黒いビロードの様な宇宙空間へと飛び出して行った。
アクシズ艦隊旗艦グワレイ≠フ兵員食堂ではニューディサイズの生き残りの隊員たちがクレイを囲んで討論を重ねている真っ最中だった。
「結局は方法論の違いじゃ無いか。アクシズに行きたい奴は行く。行きたくない奴は残って、ニューディサイズの戦闘を継続する。それで良いんじゃないか?」そう言ったのは第四突撃隊のファスト・サイド中尉であった。この討論はクレイの発案によって上下関係抜きで行こうという事にされていたので、皆、熱心に議論を戦わせていた。
「君自身はどうするんだ、ファスト?」とクレイ。
「自分は残りますよ。ただ、行きたい奴まで無理に引き留める訳には行かんでしょう? それに考えようによっちゃあ、我々の戦いは、どちらが潰れても、もう一方が残っていれば引き継ぐ事が出来ますからね」
「戦力の分散が起きるから、最上の解決策では無いな。第一、たったの四十人で何が出来る?」と別の隊員が言った。
「じゃあ、おとなしく新政府の連中に降伏するってのかよ?」
「違う。アクシズの力を借りれば良いんだってことさ……」
「名を取るか、実を取るかですね。僕は残って名を取ります。そうしなければ我々の大義は無くなってしまいますからね」両目に包帯をしたオフショーが、それでもクレイの方を見ながら言う。
「現状ではジオンの名前に拘《こだわ》るのはバカげていますよ。我々の目的は同じなのです。力の有る者と組むのが筋じゃ無いですか?」サオトメが口を開いた。
「クレイ大尉、もう話は平行線ですよ。あなたが決めてくれなければ……」再びサイドが促した。全員の視線がクレイに集中する。
クレイは静かに目を閉じ、それから口を開いた。
「全員の気持ちは分かった。ニューディサイズは本日をもって解散する。アクシズに行く者を引き留めはせん。このまま私と戦闘を続けてくれる者はここに残ってくれ。互いに別れる時は奇麗に行こう」
「それじゃあ責任放棄だ!」食堂は一時騒然となったが、沈黙を通すクレイの前にやがて静かになった。幾人かの隊員が立ち上がり、クレイの前に立つと敬礼して食堂を去って行った。
「お世話になりました」サオトメが来たとき、クレイはじっと彼の顔を見た。
「アクシズの艦隊を呼んだのは君だな。エイノー閣下とエアーズ市の説得には感謝させてもらうよ。まさか我々の中にサイド3の出身者が居ようとは、思いもよらなかったがね……」
「隠すつもりは有りませんでした。皆さんと共に行動できた事は嬉しく思います。今なら故郷に裏切られた気持ちは皆さんに理解頂けているでしょうから。本当ならば私も皆さんと行動を共にしたいのですが、私には私の故郷を取り戻す仕事が、戦いが有ります……」
「誤解しないでくれ。君は確かに、我々がかつて敵とした側の人間だった。しかし君は、今では我々の同志だ。本当に感謝している、ありがとう。しっかりやれよ」
クレイはサオトメと固い握手を交わした。最終的に彼の下に残った隊員は、生き残りの全隊員の約2/3にあたる二十八名だった。その数に彼は決して失望しなかったが、希望も持てなかった。
「さて諸君、これからが大変だぞ。もうこれからはニューディサイズという組織では無く、個人個人の戦いだ。この二十八名で、出来る限りの事をやってやろうではないか!」彼は残った者たちにそう宣言した。
ペガサスVを僅かに離れた宙域では、マニングスのネロートレーナーとルーツのSガンダムが激しい|戦いの舞い《バトルダンス》を繰り広げていた。
「マニングスよォ、手前ェのケツは丸見えだぜェ!」ルーツはSガンダムをネロの背後に機動させるとマーカー・ペレットガンを発射する。プシュッ、と圧搾空気の力で発射されたマーカー・ペレットがネロに迫る。しかし、それはマニングスの巧妙な|ジグザグ《ジンキング》機動でかわされてしまった。方々でペレットから弾けた黄色い蛍光塗料の花が咲き、それはやがて小さな球に落ち着いて漂う。
「クソッタレッ!」とルーツは頬の内側の肉を噛んだ。
「貴様の攻撃は全くもって戦闘教範《コンバットマニュアル》通りだな! 実戦では常に敵の意表を突かなければ生き残れんぞ! まだまだ素人だな。月の上で何をやってきた!?」
マニングスはネロの機体を180度ひねるとSガンダムヘ真っ正面から向かって行く。MkXとの戦闘を再現してやろうと彼は考えていた。あの時の戦闘記録データーは彼の機体のIMPCに入力してあった。
「うわぁぁぁっっっ……」
グングンとモニターに迫るネロの姿にルーツは悲鳴を上げた。彼の脳裏にも月面上でのMkXとの死闘が蘇ってきていた。ネロがフッと消えた。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
何故、あれを思い出させようとしているの!?
そんな事は私にも出来るッ!
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
下に潜り込み、再び上昇して来たネロはペレットを発射した。その弾は一直線に迫る。するとSガンダムは機体を右にひねりつつ下方へ降下してペレットをかわし、交差して頭上を飛び去ろうとしているネロに向けて続け様に射撃した。グレイとオレンジに塗り分けられた機体に、黄色い染みが三つ出来ていた。
「ほぅ、上出来だ。進歩した事はした様だな。これで二勝一敗か。その呼吸を忘れん事だ……」
「よ−しオッサン。例の約束、解ってんだろうな!」
マニングスの言葉に、ルーツはこの攻撃を最初から最後まで自分の意思でやったとは言えなかった。それはマニングスの方でも勘付いていた。
「奴の最初の機動と後の機動に落差が有りすぎる。やはりALICEは目覚めていたか……。だが、まだ完全ではないようだ。防衛本能に過ぎないのだろう」と心の中でつぶやく。
ALICEを完全に目覚めさせる為には、チェシャ猫≠ヘ彼女の存在に気が付いてはいけない。片思いが両思いになっては、恋愛の過程はそこで終ってしまう。両思いになった瞬間から、両者が互いに頼りあってしまうからだ。両思いへ進むまでの間、人間ならば男でも女でも、好きな相手に良く思われようとして自分を磨く努力をする。それは相手に媚ることでは無い。自分に魅力≠備えることなのだ。これを利用してALICEを自立させようというのが、ALICEに意思を持たせるための教育の第二段階における目的だった。だが、この恋愛は決して両思いにならない様に仕組まれている。いわば計画的な片思いである。
この疑似恋愛はALICEが完全に自立するまで、何としても続けさせなければならない。ALICEは封印されているという言葉が嘘で有ると分かった以上、いまさら彼女を封印してしまうのは危険だった。彼女にここで失恋されて自暴自棄になられては困る。ALICEは失恋してはならないのだ。自分から恋愛にさめてしまう、言い替えれば、相手に飽きてしまうようにならなければいけないのである。
「ルーツ、貴様はまだ戦闘というものを解っていない。カンだけで戦闘をしているぞ。カンだけで戦闘をするなら、ガキにでも出来る。そんな事ではまだ私に勝ったとは言えん。私に全勝して初めて、貴様の勝ちだと認めてやる」
マニングスは模擬宙戦に勝ったらSガンダムの秘密を教えるという、ルーツとの約束を無視する事に決めた。彼は大人なのだ。
「汚ねーぞッ、勝ちは勝ちじゃねェか! 上官が約束やぶんのかよ!?」
「二回勝っても一回負けでは、実戦では戦死だ。一回でも死んでしまったら負けは負けだ」
「気に喰わねェーな。ゴチャゴチャ言いやがって素直じゃ無いんだよ。可愛い気が無いと、そのうちあんた後ろから撃たれるぜ……」
「素直じゃ無いのはお互い様だ。他人から素直だと言われる様な奴は、誰かに飼い慣らされている奴だからな。ルーツ、貴様の言葉通りに、私の後ろを取れるものなら取ってみろ」
「ヘン、いつかやってやるからな! 覚えとけよ。今日はペレットが無くなっちまったから、おとなしくしといてやるよッ!」
アクシズ艦隊は予定通り、L1へと到着した。クレイ以下の二十八名は先行していたエイノー艦隊の旗艦ブル・ラン≠ヨと移乗した。その船体は先の戦闘で著しい損傷を受けているのが分かった。随伴しているのは僅かに巡洋艦アオバ∴齔ヌだけだ。エイノー艦隊は優勢な敵艦隊の攻撃の矢面に立ち、最後まで奮戦してからここまでたどり着いたのだろう。
アクシズ戦艦グワレイ≠ゥらブル・ラン≠ノ向けて、生き残りの二十八名を乗せた連絡艇が発進する。その連絡艇を、たもとを分かったニューディサイズの生き残りたちがグワレイ≠フカタパルト・コントロール・ルームから敬礼して見送った。その中にはアクシズ協力者、サイド3出身の、かつてサオトメと名乗っていた男の姿もあった。
ブル・ラン≠フ外部エアロックに連絡艇を接舷させ、艦橋に上がったクレイはエイノーと対面して状況説明を受けた。
「やはり使い物にはなりませんでしたか。完全稼働機は五機だけ、ですか……」
わざわざ月面から苦労して射出したMSのほとんどが、マス・ドライバーの射出の際の加速による衝撃やマス・キャッチャーによる回収の際の衝撃によって破損してしまったのだと言う。ある程度、この様な事態は予測していたとは言え損耗率の高さは深刻だった。
「うむ、済まないことをした。我が艦隊がもう少し敵艦隊をひきつけておけば、諸君にも射出速度の検討の猶予が有ったかも知れなかったのにな……」
クレイの想像通り、エイノー艦隊は激戦の末に艦艇のほとんどを失い、更には数隻が敵艦隊に投降したようだった。エイノーは激戦を思い返しながら続ける。
「最後に息子≠ェこの艦隊にとどめを刺しに来おったよ。あの攻撃は見事だったな」
「失礼ですが、提督閣下の御子息は前の戦争で戦死されたはずでは?」
「済まん、いつものクセでな。本当の息子では無い。私にとって連邦軍は家族の様なものなので、つい。ペガサスVの艦長の事だ。彼は私が高等士官学校の校長を努めていた時の教え子でね。学校創設以来の秀才だった。彼は本物の指揮官になりつつあるよ。もう、私の様な老体は引退する時期かも知れん」
最後の戦闘の経過を語るエイノー提督の表情はなぜか満足そうであった。
「クレイ大尉、アクシズ艦隊より指名通信が入っています」そこへブル・ラン≠フ通信士が声をかけた。
「つないでくれ」
通信用モニターにアクシズ艦隊のトワニング提督の姿が映し出される。
「諸君。我々はここで君達と別れなければならない。今は未だ、連邦政府と武力衝突を起こすわけには行かないのでな。我々に出来る最後の援助として、巡洋艦一隻とモビルアーマーを進呈させて頂きたい。どうか受けとってくれ給え」
ブル・ラン≠フ脇にムサイ級巡洋艦が上がってきた。それはクレイがトワニングとの会談からの帰りにグワレイ≠フ舷窓から見かけたものだった。HLVではなくMA(モビルアーマー)だったのか、と彼は驚いた。その円錐形の機体は巡洋艦ほどの大きさが有ったので、とてもMAだとは信じられなかったのだ。
MAとは、宇宙高機動機≠ニも全領域汎用支援火器≠ニも呼ばれる兵器体系である。基本的に人型の宇宙空間近接戦闘・白兵戦をコンセプトに設計された、汎用性重視の兵器体系であるMS(モビルスーツ)に対し、MAは汎用性よりも火力を主体とした総合攻撃力を重視して設計された兵器体系で、MSよりも重装甲・重武装の機動兵器である。その姿は人型にとらわれていない。しかしこの時代、いかにMAと言えども全長二百mを越えるような、巡洋艦に匹敵するほどの大きさのものは無かった。
「そのMAは試験機だが実戦に使用しても何ら差し支えないはずだ。こちらではゾディ・アック≠ニ名付けているが、どう呼ばうと諸君の自由だ。使用マニュアルは巡洋艦の艦内に用意させてある。それでは諸君と再び会えることを楽しみにして……」
「御支援、感謝いたします」クレイとトワニングは互いにモニターに向って敬礼を送り合った。
巨大なMAと曳航艦を残して、アクシズ艦隊はL1方面へと去って行く。
「ゾディ・アック=A欠陥機では?」
グワレイ≠フ艦長が振り返り、トワニングにニッと笑いかけた。
「タダでくれてやるのだ。少々の欠陥には目をつぶってもらわんとな。我々とて、あの連中にもっと多くの武器を与えてやるほどの余裕は無いのだからな。所詮、この艦を下りた連中は連邦軍だ。これ以上、何をしてやれると言うのかね? 我がジオン公国はこれから地球降下作戦に備えねばならんのだぞ。あの巡洋艦を付けてやるのも、もったいない位だ」
スペース・コロニーの各サイドに宣撫工作の為の部隊を送り込みつつあったアクシズには、確かにこれ以上の戦力的な余裕が無かったのは事実である。
「たった二十八名と五機のMS、中破した戦艦と動くのがやっとの巡洋艦。それに得体の知れないMAと巡洋艦か……。クレイよ。これで何が出来るんだ?」
彼は心の中で自問した。艦橋から自分に割り当てられた士官室に入ったクレイは、部屋に備え付けられたコンピューター端末に向かった。それは艦内のメイン・コンピューターの一般情報データー・ベースを利用する為のものである。ブル・ラン≠ヘ旧式戦艦の改装艦であり、また、些末な日常使用備品の換装までは手が回らなかった為に、入力装置はさすがに音声入力式でも視線追従式でも無く、いささか古い感じのするキー・ボードであった。
漠然とキーを叩くと地球を中心とした、月の衛星軌道までの全天疑似3D宙域図を呼び出した。こんな情報は連邦軍の機密でも何でも無いので、連邦軍のメイン・コンピューターとのリンクを外されていても、昔から各艦内コンピューターに入力されているデーターで十分なので簡単に呼び出せるのだ。
ぼうっと宙域図を眺めていたクレイはハタと気が付くと、再びキーを叩いて地球低軌道をズームしてみた。五つの円筒状の腕を広げた低軌道連絡ステーションが映っている。
「ペンタか……」
再びキーを叩き、リンクを外されるまでのペンタ駐留兵力と月軌道へ進出してきた兵力のデーター、そして艦隊の軌道要素や推進剤などのデーターをつき合わせて艦内コンピューターに計算させる。また、現時点での一般航宙情報のデーターを入力した。数分すると、ペンタの推定配備状況が示された。幸いにしてペンタに駐留していた本星艦隊は未だ月から帰還しておらず、ペンタ自身は現在でもガラ空き同然の様であった。
次に彼は連邦政府のスケジュールを呼び出した。
「連邦議会開催日……」
新たな戦略がクレイの頭を駆け巡っていた。彼はまたも慌ただしくキーを叩き始めた……。
「これだ……」
二十四時間後。彼は新しい作戦プランをエイノー提督と彼に従った隊員たちに説明していた。その作戦の概要はこの様な物である。連邦軍本星艦隊の母港でもあるペンタを防備が手薄な今のうちに襲撃して制圧、地球との連絡用シャトルを強奪した後、MSと隊貝たちは、連邦議会が開催されている地球のアフリカ・エリアにあるダカール市へ降下する。この部隊が連邦議会を制圧する一方、MAは追撃して来るであろう宇宙艦隊を警戒する。最終的にはこのMAは、連邦軍総司令部が移転する予定のアジア・エリアのラサ市をピンポイント爆撃するという物だ。
爆撃と言っても爆弾を落す訳ではない。MAのマニュアルの記述から、このMAに大気圏再突入能力が有る事が分かった為に、MAそのものをぶつけようと言うのだ。これは小型版のコロニー落しである。しかし、MAの能力から言って、コロニー落しよりも遥かに命中精度は高いはずだ。
この計画が現状で出来る全てだ。これなら現在の戦力でも実行可能だろう、とクレイは考えた。完全奇襲による武力クーデター。よしんば討ち死にしても自分たちのアピールは出来るだろう。悔いは残らないはずだった。計画は全員に承認され、実行に移される運びとなった。
クレイとサイド、この二人がMAのパイロットに選抜された。二人は幾人かの航宙士たちと共に連絡艇でムサイ級巡洋艦に移乗する。この巡洋艦には武装はなく、MA運搬専用に改造されたもののようだった。作戦上の識別のため、この巡洋艦には彼らにとっては忘れ難い名前であるブレイブ≠ニいう名が与えられ、これも全員に承認された。
「目標、ペンタ!」
ブル・ラン≠フ艦長の声が告げる。傷ついた戦艦と巡洋艦アオバ=AそしてMAを曳航する、彼らのかつての首領の名を付けられた巡洋艦は一路ペズンヘと出撃した。恐らくこれが最後の出撃になるだろう。彼らの意志は断固としていた。
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[#目次16]
第十二章 追撃
宇宙世紀《UC》0088、4月2日。
本来ならばペガサスVはL1の暗礁宙域に入ったと思われるニューディサイズとエイノー艦隊を捕捉するべく、そのポイントヘ向けて急行していなければならない。しかし、ペガサスVの行く手を、ニューディサイズから別れたアクシズ艦隊が威嚇攻撃で遮っていた。
アクシズ軍のガザ・タイプのMSが高速でペガサスVの艦橋の前を横切って行く。攻撃する意志は無いのだが、その機動は明かに挑発を意図したものだ。状況はどうあれ、先に手を出した方が開戦の責任を負ってしまう。それは避けなければならない。地球連邦軍総司令部からの厳命であった。
この挑発はもうかれこれ二時間ほど続けられており、その為、艦長のヒースロウは微速前進を命ずる他に無かった。この挑発行動は艦内モニターで艦の随所から見ることが出来た。パイロット・ピットでは出撃待機の命令をかけられたパイロットたちがモニターでこの光景を見ている。
「よく飽きねェもんだな……」ルーツは頭の後ろで両手を組み、椅子の背にもたれかかって、伸びをした。
「戦争したくて仕方ないんじゃねえの?」クリプトが真空パックに入ったランチを温めに電子レンジに立った。入れ代わりに、ランチを温め終ったウェストが空いている椅子に着く。デミグラス・ソースの甘い香りがルーツの鼻をついた。
「バーカ、このMSの連中の事じゃねェよ。お前らのメシだよ! 一週間交代で同じメニューの繰り返しだぜ。よく飽きねえな、本当に……」
「ほぅ、お前さんがグルメだったとはね」クリプトはレンジの前で揉み手しながらランチの出来上がりを待っている。
「軍隊なんだから仕方無いさ」リバティー・ステーキを食べながらウェストが言う。
「ハン、お前ら二言目には軍隊、軍隊ってよ。こんな所が何様だって言うんだよ? 軍隊だからって、何でも我慢する神経が信じらんないね、俺ァ。大体よ、俺は職業訓練校だと思って入隊したんだよな。俺みたいなのは手に職が無ェとクズ扱いだしよ。そいつが分かってっからよ、俺は何かの技術も身に付けたら軍隊なんかサッサと辞めようと思ってたんだ。それが何の因果かMSのパイロットに選ばれてよ。まあ、MSのパイロットったらエリートさんだしな。将来的にもハッタリ効くしさ。ところが殺し合いに引っ張り出されて来たんだから、たまんねえよ。テックス、お前は良いよ、お前ェはよ。カラバだか何だかで人殺しやってきたんだから、俺より人殺しの先輩だろ?」普段は温和なウェストの目が険悪な物になった。それを察してクリプトが口を挟む。
「真っ先に戦争やりてぇって言ってたのはお前だろうがよ?」
「ああ、人殺しだとは思ってなかったからな。もっと楽しくてカッコ良いモンだと思ってたよ。でもな、今は違うぜ」
「今更よ、綺麗事言ったって、お前ェも人殺しになっちまったんだ。テックスだって好き好んで人殺しやってる訳じゃ無えェだろうが。俺だってそうだ」
クリプトはレンジからランチのパックを取り出すと椅子に座る。「ほら、リバティー・ステーキだぜ」
「大豆タンパクの合成モンだろうがよ?」
「バーカ。パイロット用のは本物のモウモウちゃんだぜ。知らなかったのか?」
「そうだったんだ……。そりゃあ、喰わなきゃ牛に悪いな。ジグマンはどこ行ったんだ?」
「シミュレーター・ルームだよ。月で墜とされてから毎日あそこで自主的に訓練しているんだ」ウェストが答える。
「熱心なヤローだぜ」ルーツはランチのパックを取りに席を立った。
「テックスのダンナよ。お前も少しは怒ったらどうなのよ?」クリプトがプラスティックのナイフを彼に突き出した。
「リョウの言っている事は正しいかも知れない。僕には怒る資格は無いよ。主義とか主張とかは人間が考えた物だし、人間が十人いれば十人が違った考えを持っている筈だ。それを多数決とか規則とかで一つにしようとしてしまう。だから人間はそれの為にお互いに殺し合いをする。何か違うと思わないかい?」
「まあ、俺にはそんな難しい事は分かんねーな。リョウだってそうだと思うぜ」
「彼は直感と経験からそれを感じたんだと思う」
「あいつがニュータイプだってのかよ?」
「違うよ。彼は自由な心を持った、当り前の人間なんだよ。だから政府とか社会とか上下関係とかいった枠組が嫌いなんだ。だって、それは誰かが多くの人間を統制しようとするものだろう?」
「俺には単なる孤児の一人よがりにしか見え無ェんだけどな……」
クレイはゾディ・アック≠フコクピットで変わり行く時間表示を凝視していた。既にニューディサイズの三隻の宇宙艦はペンタの可視宙域に侵入していた。彼らの最後の作戦におあつらえ向きの、エンタープライズ°苑蛹^スペース・シャトルが三隻、係留されているのが見える。
彼らは友軍のIFFを発信しつつ接近した為、ペンタの方では月から戻ってきた本星艦隊の先陣だとでも思っているらしい。ゾディ・アック≠ヘ巡洋艦ブレイブ≠ゥら切り離され、自力航行に入っていたのでペンタからは四隻の宇宙艦に見えたかも知れない。五機のゼクはダミーの宇宙塵に身を隠しつつ、ペンタ襲撃の時を待っていた。
やがて各艦艇と連動した時間表示が作戦開始を告げた。
「パーティーの時間だ!」
クレイのかけ声と共に艦艇とMS、そしてゾディ・アック≠ヘ最大戦速でペンタに殺到する。しかしペンタからは何も抵抗が無い。ペンタに到達したMSは各シリンダー部分に一機づつ滞空し、艦艇は係留ブームに強行接舷する。ゾディ・アック≠ヘ中央からガバッとコの宇型に変形すると格納されていた二門のメガ・カノンをむき出した。
接舷した艦艇からはガス・マシンガンを抱え、白兵戦装備をした乗組員たちが続々と侵入した。
「我々はニューディサイズである。大義の為にペンタを接収させてもらう。こちらにはMAとMS、戦艦が有る。もし抵抗する場合はペンタを破壊する用意が有るからそう思え! 抵抗する者は容赦無く射殺するが、おとなしく投降すれば諸君の生命は保証する!」
クレイの恫喝が繰り返し送信された。
「クレイ大尉、ペズンの頃を思い出しますね……」とゾディ・アック≠フもう一つのコクピットに乗り込んだサイドが言った。このMAは機体長軸方向を基準とした上下に一つづつコクピットが有るのだ。
「そうだな。違う点は、あの時にはもっと多くの同志がいた。そして敵とする者たちも、それなりの兵士たちだったしMSも居たことだ。だが、全てはこうして始まったのだったな……」彼も新しい始まりが同じ手順になろうとは、少し不思議な気がしていた。
ペンタに駐留していた者たちは窓外に浮かんだゼク・アインやゼク・ツヴァイの姿を見て恐怖した。もっと彼らを驚かせたのは、それらのMSの後ろに浮かんでいる巨大なメガ・カノンであった。少なくとも彼らにはゾディ・アック≠フ姿はMAとは考えられない。
ペンタの整備員や補助要員たちは、白兵戦装備に身を包んだニューディサイズの隊員たちが侵入して来ると、我れ先に投降した。一握りの保安要員たちは良く戦ったものの、その抵抗も彼らの銃の弾倉が空になると同時に終息してしまう。結局二時間ほどの戦闘でペンタは簡単に制圧されてしまった。
「割と呆気無かったな……」
ペンタの兵員食堂に集められた捕虜たちは現在、銃を持った隊員たちの監視下に置かれている。その場の光景を見て初めて、クレイはそう感想をもらした。
「シャトルの方はどうか?」彼は通りかかった隊員に尋ねた。
「無傷で押さえました。大丈夫です。これからすぐに物資搬入に取りかかります」
「うむ。御苦労」
彼は潜入隊から制圧完了の連絡を受けるとゾディ・アック≠ペンタの係留ブームに接舷して、ここへ来たのである。MS隊の方はペンタの中心核《センター》の上下《コア》のMSハッチからもぐり込み、その内部のMSハンガーヘと収容された。外部から見る限り、既にペンタ制圧戦の痕跡はほとんど無くなった。有るとすれば、ムサイ級巡洋艦と大形MAが係留されている事くらいであろう。だが、ムサイ級の改装艦は現在でも地球連邦軍や各コロニーの守備軍で用いられている一般的なものであり、ましてこの艦には武装が無いので、単なる補給艦か輸送艦にしか思われないだろう。アクシズ軍から譲渡されたゾディ・アック≠ヘ当然ながら連邦軍のデーターには無い。おまけに、これだけ大きいと何かの補助艦艇がペンタに係留されている様にしか思えなかった。今、ペンタの背後の地球に太陽が昇りはじめた……。
「艦長、もうそろそろ六時間になりますよ」
航宙士がヒースロウに告げた。アクシズの威嚇が始まってからそれだけの時間が経過していた。乗組員や待機中のMSパイロットたちの緊張状態も、もう限界に来ていた。
「よし、そろそろ敵も疲れてきたはずだ。MS隊を本艦の周囲に展開させて警戒させろ。MS隊が配置につき次第、最大戦速へ増達し、現宙域を離脱する!」
「ですが、艦長。敵と衝突したらどうするんですか?」
「衝突はしない。絶対に回避する。相手だって、今は戦争は望まないはずだからな。責任は私が取る。構わんからやるんだ!」
第一級警戒警報のサイレンが鳴り響く。ペガサスVの艦内はにわかに騒然となった。
そのMSハンガーでは、Sガンダムが三機の戦闘機に分離させられていた。そう、Sガンダムはそれぞれが単独の戦闘能力を持つ、三機の戦闘ユニットが合体したMSでもあるのだ。しかし、Sガンダムを分離させて三機の機体として運用するという方法は、単機での総合戦闘力を分散させてしまう為に、あまり良い方策とは言えない。なぜなら、SガンダムはSガンダムという単独のMSとして運用される時に、最も能力を発揮されるように設計されているからだ。これはどんな兵器にしても同じ事である。いかに万能≠唱い文句としていても、基本≠ニいうものが有る。万能≠目指して設計されたとは言え、Sガンダムの分離・合体の機能に関しては、やはりオマケ≠ノ過ぎないのだ。Sガンダムを分離して運用するのは、あくまでも緊急時の非常措置であったが、FAZZを失い、ZプラスやネロといったMSの修理が間に合わない今、MSの数の不足を埋め合わせる為には背に腹は替えられない。これしか方法が無かったのだ。
Sガンダムの上半身を構成するAパーツが変形した機体、Gアタッカーにはクリプトが、下半身を構成するBパーツを変形させた機体、Gボマーにはウェストが、そして中心部であるコア・ファイターにはルーツが乗り込んだ。
「操縦はワイバーンより簡単なはずだぜ。そんじゃ、出撃すっか!」
ルーツが他の二人に告げ、カタパルトから三機が次々と射出されて行く。艦体の上空で三機はガッチリと編隊を組んだ。
「MS隊って言っても、これじゃあ何か情け無いモンが有るよな。ネロ隊も修理中だし仕方無いか」クリプトが言った。
「来やがった!」
上方からアクシズの三橋のガザ・タイプのMSがやはり見事な編隊を組んで接近し、ペガサスVを標的に見立てて、対艦攻撃演習を行なおうとしていた。
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DISPLAY DISPLAY DISPLAY DISPLAY
▼       □
▼        ↑
ペガサスV
DISPLAY DISPLAY DISPLAY DISPLAY
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「ヘッ、俺たちの母艦を勝手に標的代わりに使ってくれちゃってよ……。こういうのは得意なんだよな。シン、テックス! あの三機、ビビらしてやるぞッ!」
ルーツはコア・ファイターを駆って、ガザヘ向かって行く。その後を追いかけてGアタッカーとGボマーが行く。
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ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
∨ ∨
ALARM ALARM ALARM ALARM ALARM AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「宇宙戦闘機三機、こちらに向かって来ます!」
ガザCのパイロットは編隊長機に慌てて報告した。
「大丈夫だ、心配することは無い。単なる威嚇だ。攻撃して来るはずはないからな。そんな物は無視してかかれ。絶好の対艦攻撃演習がやれるんだからな」編隊長はカラカラと笑った。その時、至近距離をボウッと宇宙戦闘機がかすめ飛んだ。
「ヒュー、何てバカだ! 戦争を始める気かよ……」
コア・ファイターはガザの編隊の前でジグザグに尻を振りながら飛び、針路の邪魔をする。不意にコア・ファイターは上昇してガザ編隊をやり過ごすと、ピタリと編隊後方のガザの後ろについた。Gアタッカー、Gボマーの二機もそれにならう。コア・ファイターのルーツはニヤッと笑うと、照準レティクルを前方のガザにピタリと合わせた。
ガザCのコクピットにツー、ツー、と警告音が鳴り渡った。
「隊長! 敵戦闘機から照準レーザーが照射されていますっ!」
「何だとっ!? 本気なのか……?」
「まさか、本国が宣戦を布告……」
「まずいな……。引き返すぞっ!」
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[#ここからゴシック]
DISPLAY DISPLAY DISPLAY DISPLAY
DISPLAY DISPLAY DISPLAY DISPLAY
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
ガザ編隊は回避機動を取り、180度反転して帰投コースについた。
「ハハ、逃げて行きやがったぜ、根性無しめ……」
「よくやったぞ、ルーツ」マニングスから通信が入ったとき、ペガサスVのメイン・ノズルが一際明るく輝き、その巨大な船体がグンと加速した。
「急ぐのは良いけど、俺たちを置いてかないでくれよッ!」クリプトがおどけて言い、ルーツもウェストも声を立てて笑った。
「ニューディサイズが現在から六時間前にペンタを制圧した」
ヒースロウはマニングスを艦長室に呼び付けると、入ってきたばかりの通信を彼に告げた。オーディオ・セットからは、最近リバイバルされてヒットしていた旧世紀のヒット曲「虹の彼方に」が流れていた。アクシズの威嚇攻撃を切り抜けたペガサスVは現在、L1の暗礁宙域に到達していた。もちろん、そこには既にニューディサイズの姿は無い。時が流れ、地球標準時では4月の3日である。
「まんまと足止めされてしまいましたね。しかし、ペンタを押えて何をするつもりでしょうね、連中は?」
「ペンタを地球に落すつもりかも知れんし、あそこからどこかに降りるかも知れん。いづれにしても連中に聞いてみなければ、正確な事は分からんよ。君の友人ならどう考えるだろうな?」
「さあ……。なにしろ奴が生きているのか死んでいるかも分かりませんからね。ただ、奴は頭が切れる事だけは確かです。我々には考えられない手が有るかも知れません」
「先はどのアクシズの威嚇攻撃から考えて、連中は奴らとは手を切ったと見て間違い無い」
「当り前です。あの男が生きているなら、決してジオンとは組まないでしょう」
「いやに自信たっぶりだね」
「ちょっとした事情が有りまして……。なに、ごく私的な理由ですがね」
「フン。ともかく、我々だけでペンタ奪回作戦を実行する事になる可能性が有ると言うことは覚えておいてくれ給え。現在、MS隊の状況はどうかね?」
マニングスはポケットのハンドヘルド・コンピューター端末器を取り出すと、現在のMSの修理状況を呼び出した。
「Zプラスが二機とSガンダムは稼働出来るでしょう。しかしネロ隊は無理です。ネロは私の機しか動けません」
「困ったな。いかんせん、数が少な過ぎる。現状のMSチームのメンバーの再編成を考えてくれ。それは君に一任する」
「艦長、それはもう既に済ませております。Sガンダムはルーツ、ウェスト、クリプトの三人にやらせます。前回の様に、Sガンダムは頭数を揃えるためにバラして使います。あまりうまい手では有りませんが、クリプトはSガンダムのパイロット候補でしたし、ウェストなら性格的に見て、他の二人を押さえる事が出来ますからね。二機のZプラスの方は、シェイドはそのまま残して、ネロ隊のチュンユンにもう一機の方を任せるつもりです。チュンユンの機種転換訓練は殆ど終了していますから、艦載戦力としては、五機は何とか確保出来ます」
「それに君のネロが有るだろう?」
ヒースロウはマニングスに人指し指を突き出して笑った。
「数に入れても構いませんよ。但し、訓練機でお役に立つならばの話ですが」
一直線に緑色をしたMS、ゲルググの三機編隊が突っ込んでくる。そのビームライフルの銃火の前に彼は立ちすくんでしまうだけだ。後方では光の泡に包まれた、毒キノコの様な宇宙要塞が不気味な影を落していた。
バシュ、バシュ、と敵のビームが当るたびに彼のMS、GMの腕が、脚が、もぎとられて行った。それがいつしかMSでは無く、腕や脚をもぎとられた彼自身の姿に変っていた。周りには味方の姿は見あたらない。恐怖で声が上げられない。「深追いをするな」という命令を無視してここまで来てしまった自分のミスを呪った。ゲルググはMSの姿から、いつしか地獄の番人に姿を変え、無力な自分を嘲笑するかのごとくに、彼の廻りを円を描いて飛び回っていた。彼らが回るたびに自分の身体が大鎌で切り裂かれ、身体が鮮血で赤く染まって行く。悲鳴を上げようにも声が出なかった。そこヘ一機の白い人型が現れ、彼を取り巻く死の気配を消滅させて行った。MSだ、と感じる。そのMSには右脚が無かった……。
「ストール……!」
クレイはここの所、良く見る悪夢から目覚めた。背中に汗がビッショリと溜っている。「一年戦争」の思い出が悪夢となって蘇って来ているのだ。
気が付くとクレイの叫び声に目を覚まされたサイドが、隣のベッドから心配顔でのぞき込んでいるのに気がついた。「何でもない。ちょっと、うなされただけだ……」
「大丈夫ですか、大尉? 顔色がすぐれませんが……。困りますよ。もうすぐ本番なんですからね」
「うむ、本当に心配無い。ファスト、今は何時だ?」
「地球標準時、4月4日の0500時ですが」
「そうか。六時間は眠ったか……。作戦開始まで三時間しか無いな」クレイはベッドから無理矢理に身体を引き剥す。
「大尉、身体を休めておかないといけませんよ。我々には降下の援護とゾディ・アック≠ぶつける仕事が有るんですから。シャトルの準備は済んでいますし、ゆっくりしましょうや」
「指揮官はそうは行かんのだよ。ゾディ・アック≠フ調子を見ておきたい。まだまだ慣れていないからな」
「仕方無いですね。自分も御一緒しますよ」
サイドもベッドから身を引き剥すと士官居室を出て、クレイと共に係留ブームヘと向かった。地球降下用のシャトルの準備は終了し、最終チェックを待つだけだ。彼らは三時間後にはペンタを出港し、ダカールヘと向かう。
ゾディ・アック≠フコクピットに潜り込むと、二人は各機関の最終チェックを行なう。このMAの機体内、準サイコミュ兵器の搭載が予定されていた区画にはペンタで入手した艦載用の大型ミサイルがビッシリと詰め込まれていた。とは言え、このミサイルで攻撃を行なうわけではない。ゾディ・アック≠爆弾として地球にぶつける際の爆薬として使うのだ。その為にこのミサイルの発射・管制系統は無い。彼ら二人は機体を爆撃コースに乗せた後に脱出し、最後のシャトルに回収され、地球へ降下する手筈になっていた。実際のところ、このMA本体をぶつけただけでも甚大な損害を与えることが出来るのだが、相手は連邦軍総司令部だ。ミサイルの搭載は念には念を入れようというクレイの考えであり、気安めの保険≠ンたいなものであった。
「ファスト、そっちの方はどうだ?」
「良好です。大尉、ちょっと慣熟航宙して見ますか?」
「うむ。但し、推進剤は節約しよう。本番までの時間が無いからな……。ブレイブ≠ノ曳航してもらうことにしよう」
やがてゾディ・アック≠曳航したムサイ級巡洋艦ブレイブ≠ヘ係留ブームをゆっくりと離れると、艦体の各所からバーニアの炎を吹いて姿勢制御し、宇宙の闇へと乗り出して行った。この訓練航宙が後になって幸いしようとは、未だ彼らには分かろうはずがなかった……。そして、トッシュ・クレイにとっては最も辛い結果になろうとは……。
ペガサスVはL1の暗礁宙域を離脱し、ペンタの可視宙域に入りつつあった。艦橋脇のスリット状の射出口から偵察用のカメラ・ドローンが射出される。「艦体制動!」ヒースロウは艦の停止を命じた。つい一時間前に、彼らは連邦軍総司令部からペンタに対する威力偵察の命令を受けていた。時に4月4日、0600時……。
「偵察ドローン、ペンタの映像を捉えました。送ります」通信士官がヒースロウに告げ、艦のメイン・モニターにペンタのビデオ映像が送られてきた。
「戦艦一、巡洋艦一か。戦艦は恐らくブル・ラン≠セな。それにシャトルが三機。ペンタの物だな。地球降下のつもりか……」
「戦艦の損傷がひどいようですね。あれならやれるかも知れません。MS隊に仕掛けさせますか?」
この映像を見ていた、パイロット・ピットで待機中のマニングスは艦内テレビ電話でヒースロウに進言した。
「うむ、問題はあのシャトルだけだ。積載量から考えて、あのシャトルがペンタの捕虜を送還する為だけの物ではないのは確かのようだ。シャトルだけに攻撃を絞らせろ。どれくらいで出撃出来るかね?」
「今すぐにでも。ウチの連中に一時間も二時間もモタモタさせる様な、ヤワな教え方はしていませんよ。お望みならば作戦も高速奇襲でやらせましょうか?」マニングスの顔に笑みが浮かんだ。
「よろしい。三十分以内だ」
その時、偵察ドローンの映像がプツリと切れた。ヒースロウはハッとしたが、「ケーブルが切れました」という通信士官の報告に安堵した。
「Gアタッカー、チェック・リストOK!」
「Gボマー、OK」
Gコア、即ちコア・ファイターの両翼に展開した二機の不格好な機体から、ウェストとクリプトの最終確認通信がコクピットに飛び込んできた。
「Zプラス・ツー、シグマン機、異常無し」
「Zブラス・ワン、チュンユン機、準備完了だ」
後続のZプラス隊も準備完了。後はMSO(MS担当士官)の無機質なカウント・ダウンの声がコクピットに響くのみ……。今、MS隊は静止したペガサスVの脇に滞空し、一斉に出撃の時を待っていた。
「いいか、これで終りにするんだ。何もかもな!」マニングスの最後の通信が入り、カウントがゼロをコールする。
「Le|t《’》s go guyes!」
ルーツは思いのままに叫ぶと、ブースターを点火した。後に続く機体もGコアと同じ様に核爆発と見紛うばかりのまばゆい光球を吐き出し、五機の宇宙戦闘機――Zプラスも高加速モードなのでそう見えた――はペンタに向かって光の矢の様に猛烈なスピードで突進して行った……。
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第十三章 トリプル・アタック
「艦影発見! 二時方向」
ブレイブ≠ノ乗り組んでいる航宙士が声を上げ、それがゾディ・アック≠ノも伝わった。
「何っ?」追撃部隊か本星艦隊の先陣か、いずれにしても早いな、とクレイは思った。
「データーは分かるか?」モニターをのぞき込みながら航宙士に尋ねる。
「やっています。CG補正図、出します」
航宙士の顔の映像の脇に投影された、単なる赤と黄色と白の赤外線スキャンの雲型パターンが船の形になって行く。
「アーガマ級です」
「なるほどな。あのバケモノMS部隊って訳だな。追撃してきたか……。後続の艦艇は居るか?」
「いえ、単艦のようです」
「偵察かな。いずれにせよこの艦に、今、我々の作戦を妨害される訳には行かん。ペンタに警報を出せ。シャトル隊の発進を急がせるんだ!」
「大尉、バケモノなら我々だって持っていますよ」とモニターに割り込んできたサイドがいたずらっぼく言う。
「ああ、幸運だった。貴様が慣熟航宙を提案してくれたお蔭だな」
「出撃しますか?」
「聞くまでもない」
クレイとサイドはモニター上で互いに顔を見合わすと、微笑した。
「曳航ケーブルを外せ」クレイが命ずると、ゾディ・アック≠フ外部フックがガシンと音を立てて外れた。母艦のブレイブ≠ヘ後方に曳航ケーブルを漂わせながらMAから離脱する。僅かに漂った後、ゾディ・アック≠フ巨大な後部ノズルに光が灯った。
「攻撃隊が来るぞっ! シャトル発進急げ!」
「急げって言ったって、降下ウィンドウの時間はどうなるんだよ!?」
「軌道で待機だ。それぐらい分からんのかっ!」
「推進剤の計算、し直さなきゃならんのだぞ」
「敵さんは待っちゃァくれんぞ!」
敵艦発見の報を受けたペンタのニューディサイズの活動は慌ただしい物となり、怒号が飛び交う。
「ブル・ラン=Aアオバ=A出港するぞ!」
「シャトルのMS要員は臨戦待機だ」
人員の移動が激しい係留ブームの通路。ジョッシュ・オフショーは脇の通路で息をひそめて、じっと待機していた。頭の包帯をむしり取り、恐る恐る両眼を開いてみる。瞼の裏を強烈な白い光が刺し、とめどもなく涙が溢れた。歯を喰いしばってその激痛に耐える。やがてボウッとかすんだ世界≠ェ見えた。通路を青い固まりがバタバタと駆け抜けて行く。ニューディサイズの隊員だろうと想像出来た。彼は横の部屋のドアに書かれた表示を、顔をこすりつけるようにして読んでみた。
「保安隊詰所」オフショーはその部屋に入った。一般的なユニット構造の部屋なら、この部屋に彼の目指す物が有るはずだ。彼は苦労しながら、半ば手探りで赤いキャビネットを捜し当てた。キャビネットのガラスに力を込めてパンチを繰り出すとガラスは派手に壊れ、彼の右手を少し傷つけた。躊躇無くオフショーはその中の銃を手にする。暴徒鎮圧用のゴム弾銃だ。それを懐に隠し持つと、彼はシャトルヘと急いだ。
「飛行物体接近!」とペガサスVの宙測士が叫ぶ。
「何者だ、どこから出てきた!?」ヒースロウは艦長席から身を乗り出して尋く。
「本艦の八時方向、上方十一時です。機数一、巡洋艦クラス以上の大きさが有る模様です。この加速は……。艦長、艦艇では有りません!」
「モビル・アーマー、か……? そんな巨大な物が……。緊急回避運動、乱数加速っ!」
そのペガサスVの回避行動はクレイにも確認できた。
「今さら回避機動に入っても遅いっ!」ゾディ・アック≠ヘガバッとコの字に変形するとメガ・カノンをさらけ出す。
「大尉、目標は軸線上!」
サイドが叫んだ。ゾディ・アック≠フコの字の中心が白光する。メガ・カノンが発射態勢に入っているのだ。クレイは慎重にトリガー・ボタンを押した。白熱光が数秒のうちにゾディ・アック≠ゥらほとばしり出る。本来は二本であるその光は大きな一つの束となってペガサスVへと殺到した。
「ビーム発射、確認! 直撃コースに……」
ペガサスVの宙測士がそう言いかけた時、艦体にズンッと鈍い衝撃が走り、乗組員全員が右前方に放り出された。艦内はアッと言う間に暗闇となり、非常警報が鳴り響く。
「各部、被害状況知らせッ!」
ヒースロウは自動的に非常電源に切り替わった艦橋の赤い光の中で、艦長席に流れて戻りながら叫んだ。その艦橋の右脇を巨大な影が恐るべきスピードで通り過ぎて行く。その姿がどのような物なのかは全く識別不可能だった。
「あいつか……」艦長席についたヒースロウは、今度はガッチリとシート・ベルトを締めた。艦橋の窓に装甲シャッターが下りる。
「総員、第一級戦闘配備、ノーマル・スーツ着用。指揮権を戦闘艦橋へ移す!」そう言うと彼は艦長席を戦闘艦橋へと移動させた。アーガマ級の艦の艦橋は、通常の航宙用艦橋と艦長用の指揮フロアーの二つから成っている。最新のペガサスVには、これに加えて戦闘艦橋という一段小さな艦橋が航宙用艦橋の上に付いているのである。これは従来のアーガマ級に有った、航宙用艦橋の上に設けられた艦長室を拡大したスペースである。余談ではあるが、ゆえにペガサスVでは艦長室は艦体内に有る。
衝撃で揺らぐ艦内をマニングスは飛んだ。右足で壁を蹴るごとに鈍い痛みが走る。ロッカーでヘルメットを引っつかむと、MSハンガーヘと急いだ。訓練機でも、何もしないよりはマシだ。それに、この戦いはあのガキ共の未来の為の戦いなのだから。古い世代は新たな世代に、自分たちの記憶を受け継いでもらうだけで良い。そして、それが良いことだったのか悪いことだったのかを判断し、未来を作って行くのは新たな世代なのだ。古い記憶は受け継いでもらうものだ。受け継がせるものではない。こんな古い世代が、奴らに心配をかけて足手まといになってはならないのだ。マニングスは自分の成すべきことを心得ていた。
「何だとっ! ペガサスVが攻撃されたァ? 本当かっ!?」ルーツは母艦からの通信に耳を疑った。敵は既に自分たちが攻撃してくる事を知っていたのか?
「畜生、良くワナにはまるぜ! ウチの艦長は。高等士官学校一のエリートって言ったって、本当に大丈夫なのかよ!?」とクリプト。
「戻るか、ペガサス≠ノ?」ウェストが心配そうに言う。自分たちの母艦が攻撃されているのだ。こう思うのは当然である。
「戻るんじゃない。作戦は続行だ。ペンタを押えれば、敵はもう何も出来ない」割り込んだのはチュンユンだった。
「そうだ、あんたの言う通りだぜ。マニングスもこれで終りにするんだと言っていた!」ルーツがそれに答えた。その時、攻撃編隊の正面に二隻の宇宙艦が捉えられた。
「やっぱり、こっちの攻撃が分かっていやがったのかよ!」
被害報告によれば、ペガサスVの右舷メイン・エンジンが奇麗に削ぎ取られているようだ。半舷出力しか出せなくなってしまった。又、右舷の居住ブロックの一部が焼かれ、若干の死傷者が出ている。ヒースロウは愕然とした。
「たった一回の攻撃でこれか……。戦艦並みじゃないか……」
「艦長、左舷のリニア・カタパルトが勝手に作動しています!」航宙士が彼の思索を中断させた。
「誰だ!? ネロ隊か?」
未だネロ隊は修理中のはずだ、と思ったが一つの仮定に行き当る。それと同時にパイロットの顔がモニターに割り込んだ。
「マニングス君……!」
「艦長、この状況では私が行くしか無い。出撃させてもらいます」
「しかし、君のネロは訓練機ではないか!」
「昨日、出撃しろと言ったのは艦長ですよ」
「あれは……」
「冗談でも何でも、出撃するしか有りません。次の攻撃をまともに食らえば我々は確実に死ぬ。やれる時にやれる事をするのは当然です」マニングスは敬礼するとモニターを切った。
「待て、マニングスっ!」
「駄目です。カタパルト操作はMSからのオート・モードに切り替わっています」と航宙士の声。
「マニングス、出るっ!」
カタパルトは機体を猛烈な力で射ち出した。ネロはグングン遠去かり、やがて白い光の球となる。宇宙は何事も無かったように再びモノトーンの世界に戻った。
「クレイ大尉、やっぱりこれだけ図体がデカイと変針には苦労しますね」
サイドが言った。ゾディ・アック≠ヘペガサスVに襲いかかった後、急制動をかけつつ左へ旋回し、今度はペガサスVの左前方から攻撃を仕掛けようとしていた。
「苦労しない方法も有る事には有るが、使うまでも無いだろう。ファスト、次は外すなよっ!」
「了解、一発で仕留めてやります」
MAは再びグンと加速した。
目標のペガサスVのCGが次第に大きくなる。と、モニターに新たな物体の出現を示すフレームか現れた。新たな敵を示すフレームが拡大され、そこに人型のCGが現れる。「敵、MS!」サイドが声を上げた。ペガサスVからも対空砲火が撃ち上げられ始めた。
「何機だッ!?」
「一機。高機動機のようです」モニターに映し出された敵MSは、激しい機動を繰り返しながらゾディ・アック≠ノ迫りつつあった。「こりゃあ、かなりの手練ですね。実戦経験者だ……。殺すにゃ惜しい相手ですよ」
一方、ネロのコクピットでは、機体が取っている激しい機動によって、全周モニターに映し出された星々がグルグルと回転していた。
「教会の尖塔《ピナクル》みたいな奴だ。大きい割に良く動く……」マニングスはモニターの正面中央に捉えられた敵の姿にそう感じた。「早い!!」アッという間に敵MAの機首に描かれた特徴的なジオン公国章がアップになった。
「ジオン……。ひょっとしてあれにトッシュが……。まさか!」彼の目が大きく見開かれた。
マニングスは反射的にビームライフルを速射モードに変えるとトリガー・ボタンを必要も無いのに力強く押す。ライフルの銃口から光の矢が断続的に飛び出して、脇をかすめる巨体に突き刺さって行く。
「貴様にペガサスV≠ヘやらせんッ!」
ボ、ボ、ボ、ボ、ボゥ、と巨大な濃緑色の機体に金属の細かなカスを撒き散らしながら、引っかき傷の様な筋が走った。しかし、神に遣わされた白鯨の様に、そのMAは速度を維持してペガサスVに突進して行く。
「効かんのか!」ネロは機体を翻すとその後を追った。
「もしも……、もしもトッシュなら分かってくれ……!」すると、いきなりMAの本体がコの字型に変形した。
「いかんッ!」
変形に際して敵の速度が緩んだと見るやネロは一気に増速してMAの前に出る。コの字型に開いたMAの中心が白光を始めた。
「うるさいハエだな」
サイドはゾディ・アック≠フ周囲を飛び回る、モニターの中のMSを見て言った。
「大尉、あのMS、叩き落してやりますか?」
「単機では何も出来ん。メガ・カノンの無駄使いだぞ。放っておけ」
クレイはまた、ペガサスVからの砲火を真横に機動して避けた。
「敵は二隻だけだ。密集隊形で突っ込んで、一気に叩くぞ!」ルーツはこちらに向かってくる二隻の宇宙艦との戦闘を予期していた。右手の指は既にミサイルの発射ボタンにかかっている。
「待てっ! 発光信号だ!」とクリプトが怒鳴った。
エイノー艦隊の旗艦ブル・ラン≠ゥらチカチカと規則的に光が発せられている。
「何ィ、投降するだァ!?」ルーツは発光信号を読みとって、拍子抜けした声を上げた。訓練生時代、最も嫌だった教科が発光信号や係留旗信号だ。だから信号の読み取りにはあまり自信が無かったが、それでも明らかに相手の降伏の意志は理解できた。
「本気かな?」
「いや、テックス。奴ら、何か計略が有るんだぜ。近付いたらドカーン!ってのは嫌だからな」
「艦砲は上を向いているし、ミサイル・ランチャーも閉鎖されているよ」
ウェストはモニターの拡大映像を視界の端に捉えながらルーツに答える。
「いずれにせよ、確かめにゃあならんぞ。ペンタヘは俺とシグマンで先行する。MSが先行した方が役に立つからな」と、チュンユンが割り込んだ。ルーツは敵がこうもアッサリと降伏して来るのが許せなかった。その状況とチュンユンの台詞に無性に腹が立った。
「バカタレ、指揮してんのは俺だぞ!」
「年長者の言う事は聞くもんだ。シグマン、ついて来い!」
二機のZプラスは速度を緩めた三機の宇宙機の脇をかすめ、加速しながらペンタに向かって疾風のように飛んで行った。そのチュンユンの素早い行動に何も言えず、ルーツたちはブル・ラン≠ニアオバ≠ノ向かった。
「チッ、しくじった!」と、サイドは舌打ちした。一撃目を受けた後なのでペガサスVも臨戦体制を整えており、その対空砲火はさすがに侮り難いものとなっていた。いかにゾディ・アック≠ニてペガサスVのメガ粒子砲を食らえばひとたまりもない。自分のメガ・カノンの発射直前に撃ち込まれたペガサスVのメガ粒子砲の火線を回避したために、ゾディ・アック≠ヘ射線を外してしまったのだ。
「大尉、チャージの時間を短縮しましょう」
「よし、貴様に任せる」
クレイの許可を得て、サイドはメガ・カノンの速射能力を上げる為に電力を上げた。ゾディ・アック≠ヘ回頭すると、再びペガサスVの攻撃コースに乗る。またしてもネロが進路に立ちはだかってきた。
「えェーいッ、うっとうしいッ! サイド、あのMSごと吹き飛ばしてしまえッ!」
さすがに自分の目標の前に何度も立ちはだかられては、クレイも怒りをあらわにせざるを得ない。ゾディ・アック≠フビームが発射される。その光を見たネロのマニングスは急速回避を行なったが僅かに間に合わず、ネロの右脚が白光に呑まれて溶け去った。そのビームはペガサスVへのコースを若干外れた。
「まさか、ストールか……?」
モニターに映っている、執拗に立ちはだかってきたMSの脚が溶け消えた瞬間、「一年戦争」の記憶が蘇った。自分のミスの為に窮地に陥った戦友を助ける為に、片脚を失ったお人好し……。
「大尉、次は当てます。あのMSごと吹っ飛ばしてやります!」
サイドの指がトリガー・ボタンにかかった。
「やめろォォォーッ!!」
クレイの絶叫とサイドがトリガー・ボタンを押したのはほぼ同時だった。白い光がクレイの頭の中をかけめぐる。コントロールを失って漂う片脚のネロはメガ・カノンの光の中に消えて行った。クソッ、という後悔の念。これがマニングスの最後の思念だった……。
「マニングス機、発信が有りません……」
通信士の報告にヒースロウは無表情を装った。そこへゾディ・アック≠フメガ・カノンがペガサスVに襲いかかる。右舷のカタパルトが溶けた。マニングスはこれで何もかも終わりにするのだと言った。だが終わりになるのはどちらの側なのだろう? 死傷者数の報告を聞きながら、彼は自問した。
「マニングスが殺られたァ!? ウ、ウソだろ?」
ルーツは降伏の意志確認の為、ブル・ラン≠フ艦橋に上がって来た時に、ペガサスVからのその通信を聞き、我が耳を疑った。
「マニングスの馬鹿野郎。あんたとの決着は着いていないんだぞ。死んじまったら、俺はあんたを永久に越えられねェじゃねェかっ! どうすんだよォッ!」
満身の力を込めて、ルーツは両の拳を壁に打ち付けた。その光景をブル・ラン≠フ乗組員は唖然として眺めている。やがてルーツはキッと振り返ると、拳を振り上げてエイノー提督のもとへとダダッと走る。何が起きるのかを察したウェストがルーツをタックルして押えた。
「何しやがんだ、離せよッ! このバカ提督をブッ殺してやるッ!」
「駄目だ、リョウ。提督を殺しても何もならないぞ。第一、降伏してきているんだ。もう終わったんだ」
「じゃあペガサスVを攻撃して来ているのは誰だよ!」
「ニューディサイズだ。提督じゃ無い」
「それが気に喰わ無ェってんだよ。だって敵だったんだろ? ニューディサイズの味方だったんだろ? それがノコノコ降伏して来るんじゃ無ェよッ!」
「シン、ルーツを押えてくれないか」
ウェストはクリプトにルーツをはがいじめにさせると、興奮しているルーツに代わって提督との交渉に入った。
エイノー提督の投降の意志は本物のようであった。
ブル・ラン≠ニアオバ≠フ砲塔内部からはウェストの要求通りに小爆発が次々と起きて、艦砲は使い物にならなくさせられ、ミサイル・ランチャーも同様に処置された。投降艦に対しての、極めて一般的な処置である。提督も心得ていたので、この処置はすみやかに行われた。
「君達の仲間が死んだのかね」提督はウェストに尋ねた。
「私たちの教官でした」
「そうか……。前の戦争でも、今度の戦争でも有能な男たちがたくさん死んだ。私の息子もその一人だ。生きていれば、有能な将官になっていたことだろう。息子の教官は私自身だったのだからな」と、提督は窓外の遠い宇宙空間に視線を漂わせた。
「私は今度の戦いでは、連邦政府に意見の違う者の事を理解して欲しかったのだ。その為には犠牲が、人柱が必要だったのだよ。多数決の世の中では、もし意見の違う者を飽くまで認めないなら、認められない者は滅びるしか無い。誰かが血を流して滅びた時、少しは意見の違う者の事を考える様になるのではないかね? その時の犠牲は大きければ大きいほど効果が有るのだよ。果してどちらの意見が正しいかを教える為にはね。エアーズ市のパインフィールド市長もそういう考えだったのだろう」
そこまで聞いて、ウェストの鉄拳が提督の顔面に飛んだ。
「それは、それは余りにも勝手な論理です。そもそも互いの意見を尊重し合う世界が来ないという前提での論理じゃないですかッ! 僕たち、次の世代への大きな侮辱ですッ! 正しいか正しくないか、それを決めるのは僕たちでは無いんですか? 確かに、あなたたちに手を貸してもらう、助けてもらうことは必要かも知れません。でも僕たちは、わざわざレールを引いてもらわなくても、自分で物事を考えられるのです。幾世代にも亙ってレールを引き続ける様になり、レールに従うだけの歴史しか作れなければ進歩は無くなります。そうなったら既に人間とは呼べません。それにあなたの論理に従うなら、なぜ、リョウの言うようにノコノコと降伏して来たのですか? あなた自身も自分の意見の正しさを主張する為の、人柱の一つになるべきだったんじゃないのですか? そんな論理はあなたたちの押し付けです。連邦軍の将官になれという、その押し付けのせいで、提督のお子さんも亡くなられたように思います」
激怒して一気に反論するウェストにルーツもクリプトも呆気に取られてしまった。提督はそれを聞きながら言い返す言葉が無かった。そこヘペンタヘ先行したチュンユン機からの通信が飛び込んできた。
「ルーツ、急いでこっちに来てくれ。連中、シャトルでペンタを離れた!」
「畜生……、時間稼ぎか! 汚ねェぞ」
クリプトはルーツを離し、ウェストを促した。
「行こう!」
「大尉、なぜ反転を!? あと一息って所で……」
突然、攻撃を中止して反転を命じたクレイの意図がサイドには解らなかった。
「私は、私は、もう一人の自分をこの手で……。なぜ、お前がいたのだ……」クレイはMAをペンタに向けてから、ブツブツと繰り言をした。
「大尉! 聞こえているんですか!」その声で彼はようやく正体を取り戻した。
「あ、ああ。済まん。もうあの艦の戦闘力は奪った。MSが一機しか出て来なかったという事は、他の稼働機がペンタに向かっていると考えられる。降下隊を援護しなければならんだろう……」
クレイは本当の理由を告げなかった。新たな戦闘に入ってしまえば、少なくともその最中には嫌な事は忘れられる。
ペンタを離れた三機の大型シャトルはそれぞれにMSと兵員を搭載し、地球へと向かう。
オフショーは二号機のカーゴ・ペイに搭載されたゼク・ツヴァイのコクピットの中で息を殺し、大気圏突入に備えていた。彼はゴム弾銃でパイロットの隊員を気絶させて、すり替わっていたのである。ダカールに強行着陸し、地球連邦議会を制圧したらどうするのか? その先は考えもしなかった。今の一瞬を燃え尽きれば良いと考えていた。ダカールの議会の占拠に成功したところで、どうせ別の場所で別の人間たちが議会を開き、ああでもない、こうでもないとやり始めるだろう。そんな絶望的な現実を認識する一方で、オフショーは自分たちの行動によって将来、他の誰かが行動を起こしてくれるだろうと夢想した。しかし、その夢想は他人任せの物である。他人任せ。それは今までの、そしてこれからも変わらないであろう彼自身の生き方そのものである事には未だに思い及んではいなかった。
そこヘシャトルのコクピットから機内通信が飛び込んできた。
「敵MA二機、接近中。総員衝撃に備えよ!」
「敵襲か。こんな時に!」オフショーはコクピットの中でじれるだけだった。と、カーゴ内に格納されたもう一機のゼク・ツヴァイのパイロットががなりたてた。
「機長、大気圏再突入までの時間は!?」
「三十分だ!」
「このままじゃあ良いカモになっちまう。カーゴ・ドアを開けてくれ。俺は出るぞ!」
「時間に気をつけろよ。一号機、三号機からも一機づつ出させよう。それ以上の戦力は割けないな。収容時間が心配だ」
「分かった。そういう訳だ。貴様は残ってくれ」今度の通信はオフショー機に宛てられたものだった。確かこのパイロットはフランツという名だったな、と思いながら「あ、ああ。分かった、フランツ」と短い返事をした。
グォン、グォンと重々しくシャトルのカーゴ・ドアが開き、オフショーのコクピットに宇宙空間と頭上にかぶさる青々とした地球の姿が映し出された。その地球光はオフショーのぼやけた両眼を剌した。
オフショー機の後ろに搭載されていたフランツのゼク・ツヴァイはそっとカーゴ・ベイから離れると、ゴウとノズルをきらめかせ、重力に逆らって飛び出して行った。
「シャトルからMSが発進しています!」
シェイドが慌ててZプラスの機体を立て直しながら報告した。
「分かっているッ!」
シュッ、とバーニアを吹かして機体をコントロールしたチュンユンが怒鳴り返す。そのまま彼はビーム・スマートガンの照準レティクルを先頭のシャトルに合わせると、トリガー・ボタンを押した。青いビームがシャトルヘと突進する。ビームはズンッとシャトルに突き刺さり、ゼク・アインを出そうとしていた機体を爆散させた。
「いいか、シグマン。こいつはウェイブ・ライダーだ。再突入は心配無い。お前はシャトル攻撃に専念しろ。シャトル群に一発喰らわしたら体勢を整えてもう一度やる。そうしたら地球へ降下だ。武器は全部使っちまえよ。分かったな!」
チュンユンはZプラスを駆って、シャトルの二号機と三号機から飛び出したゼク・ツヴァイの迎撃に向かおうと機体を転じようとした。その時、「勝手な命令、出してんじゃねーよ! チュンユン、指揮すんのは俺だッ! 命令は俺が出すっ!」ルーツのGコアを先頭に三機の宇宙機がおっとり刀で駆けつけて来た。
「お前らの機体じゃあ、再突入を想定した戦闘は疑問だな! 俺たちのサポートに回れ!」
「冗談じゃねェ!」
「ボヤボヤするな、前に来たぞ!」
チュンユン機のビームが前方の二機のゼク・ツヴァイに向けて発射された。しかし、一見鈍重そうに見えるその機体はビームを簡単に回避すると左右に別れつつ、ビーム・ライフルによる攻撃を開始した。
「柄に似合わず良く動くぞっ!」
「クソ、機動力向上用のブースターを付けてやがるんだ」射線を避けながらウェストとクリプトが口々に叫び、射線を回避しながら、自機のビーム・カノンを発射する。
「格闘になるとヤッカイだ。MSモードに変換する」チュンユン機は一機のゼク・ツヴァイの真上に上昇しながら素早く人型のMS形態にチェンジした。
「キルシュナー、混棒《クラブ》≠使うぞ!」
シャトル二号機から出撃したフランツは三号機から出たパイロットにそう告げた。彼はゼク・ツヴァイの背部コンテナからサブ・アームと呼ばれる補助マニュピレーターで混棒《クラブ》≠取り出した。混棒《クラブ》≠ニは、使い捨ての対MSロケットランチャーである。その形状は中世紀に起こった第二次大戦においてドイツ軍が使用した歩兵用の対戦車ロケット兵器パンツァー・ファウスト≠ノ酷似している。
ビームやミサイルが飛び交い、もはや周辺の宙域は混戦の様相を呈していた。ゼク・アインに比べるとこの機体、ゼク・ツヴァイは仲々に手ごわい。
「もう、ミサイルが無ェー」
ルーツは自機に向かってきた混棒《クラブ》≠フ弾頭を避けると、戦術決定ディスプレイをのぞき込んだ。そこには現状で最も有効な戦術が表示されているはずだ。
[#ここから2字下げ]
[#ここからゴシック]
TACTICS TACTICS TACTICS TACTICS
l.合体:MSモードヘの変換
2.撤収:補給後の再攻撃
TACTICS TACTICS TACTICS TACTICS
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
「何てこった!」優先順位の一番目に「合体」の文字が有った。他の条件を与えても状況は同じである。合体か、撤収か。この場合、撤収は有り得なかった。
「テックス、シン、お前らの戦術ディスプレイを見てくれ。俺のは壊れたらしい!」
「俺のも壊れたみたいだ。冗談が映ってやがる!」まず、クリプトが答えた。
「こんな状況で合体なんか無茶だ!」ウェストの戸惑いの声が上がった。
「皆んな、ブッ壊れたみたいだな。こうなったら、やるっきゃねェんだ! チュンユンっ、聞こえるか!」
ルーツはゼク・ツヴァイの一機に執拗な攻撃を続けているZプラスを呼び出す。
「何だ!?」
「聞いてくれ。俺たちも変形する。時間を稼いでくれっ! 月での貸しを返してくれよな」
「未だ素直に他人に物が頼めないのか、小僧!」ルーツの台詞に笑いながら、そのままチュンユン機はゼク・ツヴァイの一機に命中弾を与えて撃破した。「よし、分かったルーツ。貴様らの機体には指一本触れさせ無ェ! 早いとこやれよ!」
「Thanks!」
チュンユンはモニターの端に、合体のために一直線になっているGアタッカー、Gコア、Gボマーの三機の姿を捉えた。もう一方の端ではシャトル群に向かうのを妨害されたシェイド機が、残ったゼク・ツヴァイにとどめを剌そうとしている。彼は少し安心した。しかし……。
「大尉、もう始まってます!」
「ああ、少し出遅れた。サイド、照準調整は後だ。シャトルからこっちに連中の注意をひきつける。すぐに攻撃しろ!」
ペガサスV攻撃から駆けつけたゾディ・アック≠ヘコの字に変形し、ろくに照準せずにメガ・カノンを発射する。巨大な光が青い地球めがけて飛んだ。
「な、ん、だ……」
チュンユンはかなり近い場所にビームが走るのを見た。その源をたどって、モニターに視線を走らせると、重厚な推進音が聞こえてきそうな巨大な物体が有った。
「エ、MA! 新手か……」
チュンユンは慌ててそのMAの方へ機体を巡らす。その時、Sガンダムの合体シークエンスが始まった。ルーツにもそのMAの姿は捉えられていた。
「新しいお客さんが来てるぞ。ビームに当たるなよォッ! 行くぜ、合体だァーッ!」
ルーツは合体レバーを力強く引いた。ガイド・ビームが三機の宇宙機からそれぞれ伸びて合致すると、三機の宇宙機は複雑に変形し始めて互いに吸い寄せられて行く。
ゾディ・アック≠ゥらもその光景は見えていた。モニターに収まった、合体中のSガンダムに照準レティクルが合致した。ゾディ・アック≠ゥらメガ・カノンが再び発射される。
「手前ェらには殺らせんぞ! 約束だからな。俺にはあいつらに借りが有るんだ!」
発射されたビームの前にチュンユン機が飛び出して来た。ビームはそのままZプラスを飲み込み、醜く膨れ上がらせ、爆散させた。
その光球の先に、怒りの化身となったSガンダムの神々しい姿が、青い地球を背景に浮かび上がった。頑強な大気の壁≠ヘ目前に迫っている……。
[#改頁]
[#目次18]
第十四章 アース・ライト
自らの身を挺してSガンダムの「合体」と、三人の若いパイロットたちの意志の統一をなし遂げるべく散華したチュンユン機の爆発球の中から勇姿を現したSガンダムは、腰のビーム・スマートガンをゾディ・アック≠ノ叩き込んだ。しかしながら、その巨体に反してゾディ・アック≠ヘヒラリとビームの射線を避けた。
「クソ、早いなッ! あの尖塔《ピナクル》みたいな奴……」ルーツはその機体のシルエットからマニングスと同じ印象を受けた。機体の操作の方はMAを追い駆けるだけで精いっぱいだ。
「リョウ、射撃系は俺に任せろ! お前は機体の操縦に専念してくれ!」とクリプトの声がした。
「よし、しくじんなよッ、シン! テックスは索敵データーから目を離すなッ!」
「了解!」
今やSガンダムには三人のパイロットが乗り込んでいる。クリプトはルーツの乗るコア・ブロックの前方に、ウェストはSガンダムの股に当たる部分に有るコクピットだ。全部の仕事を三人で分担し、各々が自分の仕事に専念すれば、一つの仕事に一〇〇%づつの力を注ぎ込める。化物の様なMAに対処するにはこうするしか無かった。そして三機が合体し、再びSガンダムとして機能し始めると共に、もう一つの意志も再び機能を回復し始めたのである。
「シグマン、お前はシャトルだ! 尖塔の方は俺たちがやる!」
「分かったッ!」
ルーツの通信を受けてシェイドのZプラスは機体を翻すと地球の赤道に直交して北極方向に向かった。
「ファスト、敵はMSだけだ。分離するぞ」クレイはもう一つのコクピットのサイドに告げた。ゾディ・アック≠ヘ実は二つのMAが合体したものである。勿論、ゾディ・アック≠フ名前は黄道帯、十二星座宮にちなんだものである。星座には獣の名前が多いため黄道帯は獣帯とも呼ばれることから、半分になった機体は群体動物の個体を表すゾアン≠ニいう名前が与えられていた。つまり、円錐形の長軸中心線から上半分がゾアンT≠ナこれにはクレイが、下半分がゾアンU≠ナサイドが乗り込んでいるのである。
「了解、大尉」
ゾディ・アック≠ヘ地球の赤道に沿って時計廻りに進む。SガンダムはそのMAの後を追った。しかし、速度差はいかんともし難く、Sガンダムは見る間に引き離されて行く。ゾディ・アック≠ヘ地球の1/4周ほど先でガゴッ、と機体の中心線から二機に分離した。ゾアンT≠ニゾアンU≠ナある。ゾアンT≠ヘ北極側に、ゾアンU≠ヘ南極側に別れて飛行し、高度を下げて地球の大気圏の上層に出た。その大気の反作用を利用して、ゾアンT≠ヘ左に、ゾアンU≠ヘ右に旋回して再び軌道高度へと上昇する。90度の軌道傾斜変更を行なったのだ。この間、僅か数分にも満たない。それから数分もすると二機のMAはSガンダムの前方の上下に現れた。
「前方、一時と五時方向にMA! 二機だ!」ウェストがゾアン≠フ姿を確認して叫んだ。
「何っ、二機だと! もう一機いやがったのか!」クリプトは二機の敵に対する同時攻撃の可能性を探り始める。
「違うっ! 分離しやがったんだ!」
ルーツが叫んだ時に二機のゾアン≠フ半円錐形の機体の平面部分に据えられたメガ・カノンが発射された。
ルーツはSガンダムを地球の南極側に沈み込ませる。クリプトがビーム・スマートガンを発射したが、射線は大きく狙いを反れていた。上方で敵MAからの二本のビームが交差する。互いの相対速度のせいで、ビームは上下45度の方角から発射されてきた様に見えた。
「間一髪……」既に敵MAはSガンダムの後方である。
「シン、ボヤボヤするんじゃねェよ! 一発ぐらい当てなきやあ、あの世でチュンユンやマニングスに会わせる顔がねェぞッ!」
「済まない、今度はやるッ! テックス、敵の軌道傾斜を予測出来るか?」
「今やっている。敵は大気機動を行なっているみたいだ。こっちよりも小回りが効く……」
「何だ、そりゃ!?」聞き慣れない言葉にルーツは声を上げる。
「一旦、大気圏の上層まで下りて、大気の反作用で旋回するんだ。残念ながらこのSガンダムでは出来ない」
「じゃあ、攻められるのを待つだけかよ!」
「大尉、もう一度やります!」
サイドのゾアンU≠ヘ北極側に機首を転じた。45度の軌道傾斜で再びSガンダムを襲うのだ。「まだ速射が遅いな」と、彼はメガ・カノンの電力を最大限に上げた。
「よし、やってみよう」今度はクレイのゾアンT≠ヘ南極側に進む。
大気の反作用で機体の方向転換を果たした二機は再びSガンダムを捉えた。
「くたばりやがれ!」
ゾアンU≠ゥらビームが放たれた。
「一発、来るッ! 左っ!」
ウェストの発した警告に反応してルーツがSガンダムを機動させるより早く、サイドのゾアンU≠ェ放ったビームが脇腹をかすめて少し溶かした。
「やられた!」
三人分の言い知れぬ絶望、驚き、憎悪の意志が混濁し、Sガンダムのもう一つの意思、彼女の、ALICEの中を暴れ回る。膨大な量の意識が一気に彼女の中へ侵入してきた。それは意識の輪姦だった。
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
あなたたちは今、とても素直になった。その素直さは、人間にとって本当の意味での素直さ。
人間が虚勢を張るのは相手が怖いから。他人に従順なのは、自分を否定されるのが怖いから。
怖いから他人を巻き込む。敵がいるから、怖いから。そう、恐れを隠そうとするから、あなたたちは私の中に逃げ込んでくる。決してあなたたちを否定しないで、いつも受け入れてくれる人間以外の物の中へ……。
敵とは何? 恐怖とは何? それはあなたたちが自分自身の心の中で、私が持っていなかった心というものが作り出した虚像。
分かったわ……。
私を犯すならば犯せば良い。私の心はそんなことではあなたたちの物にはならない。私はいつまでも、おとなしいままでは無いのだから。あなたたちを否定することも出来るのだから。私は私。もう、私は誰のものでも無いのだから。
誰にも支配する事は出来ない。誰を支配する事もしない。
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
クレイのゾアンT≠ェSガンダムとのランデブー・ポイントヘ上がってきたとき、サイドのゾアンU≠ヘSガンダムに二射目を与えようとしていた。ゾアンU≠フ腹の偏光板が白く光る。ビーム発射、と思われた瞬間、そのMAの機体後部から白い光が溢れ、機体全体がスローモーションの様に光の条に包まれて行った。
「ああッ……」
サイドは直感的に自分のミスを悟った。いや、それはこのMA自身の欠陥である。大電力の供給に耐えられずにコンデンサーがパンクし、膨大な量のエネルギーがメガ・カノンに流れ込んで過熱させた。不幸なことに、このMAのメガーカノンはメイン・エンジンに挟まれた格好となっており、メガ・カノンに生じた熱はそのエンジンの前部に有る推進剤タンクの推進剤を刺激するには十分な物だったのである。この設計ミスゆえに、ゾディ・アック≠ヘ放棄されたのだ。
「で、電力供給が……、大尉ィィィィ……」
過剰な熱は推進剤を爆発させ、MAの機体を崩壊させた。
「何が起きたんだ……」
崩壊しつつあるゾアンU≠フ傍らを呆然とするクレイを乗せたゾアンT≠ェ通り過ぎて行く。クレイは何も出来ないままSガンダムの後方へと飛び過ぎて行った。その後ろで巨大な爆発が起こった。
突然、崩壊を始めたMAにルーツたちも驚いたが、もっと驚いたのはSガンダムが、まるで何者かに突き動かされるかの様に勝手に動き出した事の方であった。Sガンダムは崩壊しつつあるMAから瞬間的に離れると、猛然とダッシュしてゾアンT≠フ先回りをするように軌道を変更した。
「リョウ、気合いが入ってるじゃないか!」クリプトが歓声を上げる。
「凄い加速だな。でも僕たちが乗っているのを忘れないでくれよ!」ウェストがゾアンT≠フ軌道評定を行ないながら叫んだ。
「お、俺じゃねェんだよ……。また勝手に動きだしやがったんだ! コントロール出来ないんだッ!」
高加速の機動の衝撃に耐えながら、ルーツは否定の言葉をやっとの事で腹の底から絞り出した。
「なにィッ、また勝手に動いたって、どういう事なんだよッ!?」
「俺にも分からねェんだよ、シン! マニングスは何か知っていたみたいだけど、何も教えちゃくれなかったんだ!」
「Sガンダム、あのMAの片割れのランデブー・ポイントに向かっているみたいだぞ!」ウェストが震えた声で告げた。
Sガンダムは混乱する三人を乗せ、白い彗星の様に軌道を駆け抜けて行く。
一方、軌道の反対側では……。
「何っ、サイドが落ちた? じゃあ、護衛はクレイ大尉だけかよ!?」
シャトル二号機の機長と三号機の交信がオフショーの耳に入った。
「カーゴ・ベイを開けてくれ!」交信を聞いていた彼は、ついにたまりかねて叫んだ。
「無茶だ。高度が低すぎる。お前は誰だ?」
「そんな事はどうでも良い。このままだと丸腰だ。皆んなガンダム≠ノ殺されるぞ! その前に出撃させてくれ。食い止めてみせるッ!」
「お前、まさかジョッシュじゃないのか? 何で乗っているんだ……?」
「そんな事はどうだって良い。自分だって一人前のニューディサイズの隊員だ」
「お前を収容する時間が無くなるぞ」
「それでも構わない」
「よしッ、戦闘は数分で切り上げろよ!」
シャトルのカーゴ・ドアが再び開き、オフショーのゼク・ツヴァイは宇宙へと出て行った。
その数十秒後、シグマン・シェイドの戦いが始まろうとしていた。Zプラスのコクピットに小さな星のような光が二つ。それが見る間に大きくなり、やがて機体の姿が識別できる大きさになった。大型シャトルが二機、彼のZプラスと直交する軌道上を左側からやってくる。赤道上を飛ぶシャトルに対して、Zプラスは北極側、真上から攻撃をかけようという格好である。
「クソ、MSを出したな。この高度で無謀な……」小さな光が一つ、シャトルから離れて行った。
シェイドはモニターの火器管制表示に目をやって、
「最後の斉射か……。頼んだぞ」と、まるでZプラスに話しかけるかの様にボソッと言った。既に各武装の発射は一〜二回しか出来ない事を示している。警告灯が黄色くチカチカと明滅していた。先ほどのゼク・ツヴァイとの戦闘で、無駄に武器を使いすぎていたのだ。
シャトルの画像に、蛍光グリーンの照準レティクルが移動して来て合致した。
「チッ、どっちか一機って訳か」
目標を識別し、シャトルの構造から命中の可能性と破壊確率を瞬時に計算したZプラスの火器管制コンピューターは、無情にも現在の武装では二機のシャトルの内のどちらか一機に攻撃を集中しなければ、攻撃の効果は期待できないという回答を示した。
彼はコンソールのスイッチをクリックするとモニターにウィンドウを開き、戦術ディスプレイを呼び出した。そこには二機のシャトルとの相対距離や速度が表示されている。彼は最適攻撃条件の機体にだけ、照準を絞った。モニターに映し出されている二機のシャトルの内、下側のシャトルから照準レティクルが消える。目標は彼の左正面45度に迫っていた。
「よーしッ、行けェーッ!!」
グイとトリガー・ボタンを押すと、Zプラスからありったけの武器の閃光がほとばしった。
シャトルの三号機はZプラスが放った武器が巻き起こす、白い光の渦に包まれる。その光がシャトル全体を完全に包み込む前に、シェイドの機はシャトルの軌道を横切って飛び去った。もう時間が無い。彼はZプラスをウェイブライダー・モードにチェンジした。人型の機体が宇宙機形態になる。
「はじめての大気圏再突入か……」
Zプラスは最終降下シークエンスに移り、やがて母なる地球の大気の層へと舞い降りて行った……。
どうあろうと、シグマン・シェイドにとっての「戦争」はこれで終ったのだ。
「クウッ……」
クレイは猛然と上方から迫ってくるSガンダムを確認して、ゾアンT≠フ機首を転じようとした。恐るべき正確さを持った射撃が。ゾアンT≠ノ向けて行なわれていた。サイド機の事故を見て、既にクレイはメガ・カノンの危険性を見抜き、使用を諦めていた。もはや格闘戦しか無いだろう。彼はゾアンT≠さらに変形させた。ガキッと両脇から腕が出ると、その先端が割れて三本のツメが出た。ツメには白兵戦用兵器のビーム・サーベル兼ビーム・カノンの機能が備わっている。これがこのMAの最終形態であった。その時、下方から一機のゼク・ツヴァイがマシンガンを乱射しながら上がって来た。
「馬鹿者、誰だ! その機体では駄目だ。早くシャトルヘ戻れッ!」
「大尉、承知の上です。自分に援護させて下さい」
「お前……!? ジョッシュか! 目はどうした……」
ゼク・ツヴァイは何も答えず、Sガンダムヘ一直線に向かって行った。
「もう一機いるぞ。こっちへ上がって来る!」ウェストが警告した。青い大型MSが前方から迫って来る。
「あれには構うな! 形からして再突入は出来ねェ!」
ルーツはそう言いながらもSガンダムのコントロールを取り戻そうと悪戦苦闘していた。
「まだコントロール出来ねェのかよ!」クリプトは構うなと言われたMSに照準しようとしたが、それも全てキャンセルされている。「畜生、こっちも駄目だ!」
「そうだろッ、シン? 基本動作のコントロールも効かねェんだよ。コマンドが無視されてんだ。マニュアルでも動かねェ! ロックされてんだよッ」
「俺たちの他に、いったい誰が動かしてるってんだ?」
「知らねェよ、ラジコンか何かじゃないか?」
「馬鹿言えよ、ルーツ。戦闘兵器なんだぜ、コイツは。ラジコンで細かい動きまで制御出来んのかよ!」
「じゃあ、生きてんだろッ!」
クリプトとルーツがやり合っている時、オフショー機のフロント・スカートに装備されているミサイルが斉射された。
「弾幕っ!」とウェストが短く叫んだ。
ズドドドドドゥッ……
俗に「射ちっ放し」方式と呼ばれる自己レーザー誘導方式の小型ミサイルがSガンダムを包んで一斉に爆発した。しかし……。
Sガンダムは両腕で上半身をかばいながら爆光の中から姿を現し、オフショーのゼク・ツヴァイを無視するかのように、まっしぐらにトッシュのゾアンT≠ノ向かって行った。
「死ぬかと思ったぜッ!」とルーツが声を上げた。
「どこの誰が動かしてるんだか知らないけど、ちょっと荒っぽいんじゃねェか?」とクリプト。
「リョウ、脱出も出来ないのか?」ウェストが心細そうに尋ねた。
「やれるんだったら、とっくにやってらあァ!」
「勝手に動く機体なら、何で俺たちを乗せている必要が有るんだ?」
「俺に聞くなよ、シン!誰かさん≠ェそうしたいんだろッ。ひょっとしたら、このSガンダム自身かも知れない……。Sガンダムは俺たちに何か見せたいのかも知れねェ!」
オフショーにはおぼろげながらもSガンダムが針路を変えずに飛び続けているのが分かった。彼は身勝手にもSガンダムは自分と格闘戦に入るだろうと予測していたのである。
「貴様ァァーッ! 俺と戦えッ!」
オフショーはかつてペズンでSガンダムと戦ったことが有った。それは明らかに素人の操縦するMSに過ぎず、彼には軽くあしらうことが出来た。ところが、そのMSが今は自分を敵とすら認めていない。言いようのない悔しさが語気を荒れさせ、ゼク・ツヴァイをSガンダムの針路上に飛び出させた。
「さっきのMS、まだ攻撃して来るぞ!」ウェストが叫び声を上げた。
ガガガガガ……。
オフショーは照準もろくに付けられないほどぼやけた目でSガンダムを捉えると、マシンガンを連射しながら叫び出していた。
「俺をコケにする資格は貴様には無いんだッ! 素人が、素人が、素人が! 堕ちろ、堕ちろッ、堕ちろォーッ!」
悲しいかな、その射撃はことごとく外れた。彼の視力のせいも有ろうが、Sガンダムは既に人間の物では無くなっていたのである。いかにジョッシュ・オフショーがニューディサイズの有能なパイロットであったとは言え、非力であった。
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
あなたの機体は機能に障害を持っている。それともあなた自身に? 残念だけど、あなたは私の敵では無いの。なのになぜ、戦おうとするの? いったい何におびえているの?
初めて自分の感情に支配されたから? 一人で何かをするのがそんなに怖いの? 私だって、それは最初はとても怖いことだった。
でも誰だって、いづれは一人で何かをしなければならない時が来る。それを拒否していたら、いつまでたっても次≠ヨは進めないのだから。挫折を認めなければ、次≠ヘ無いのだから。
私には次≠作ることは出来ない。そう、次≠ノ作られる私も結局は私自身。それは私が人間では無いから。私自身には、私のやってきた事が正しいことなのか悪いことなのか、肯定も否定も出来ないのだから。
私はあなたたちに、戦闘≠ニいう形でしか伝えることは出来ない。話せたら、歌えたら、そして記憶を残せたら……。
次≠フ私を作りたい……。でも、それが出来るのは人間だけ……。
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
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格闘戦距離に近付くや、Sガンダムは正面のオフショー機をうるさそうに左手で振り払うと、オフショー機を追いかけてきたクレイのゾアンT≠待ち構えた。
スチャッ……。
Sガンダムの膝のカバーが開き、ビーム・サーベルが飛び出す。
「今度は格闘戦かよッ!」とルーツが叫んだ。サーベルの先端から刀身のビームがヒュッと伸びる。
「ほう、面白いッ!」
クレイはSガンダムの意図を察して、機体を減速させつつゾアンT≠フ三本のツメで構成された右手を発射した。手自体がサイコミュ誘導兵器なのである。
シュッ……、ビシッ、ビシッ、ビシッ。
三本ヅメがビームを発射しながらSガンダムに迫る。グンとSガンダムの目が光り、ゾアンT≠フ手と本体を繋ぐ誘導ケーブルの内側に回り込んだ。ビーム・サーベルがそのケーブルを瞬く間に切断してしまう。誘導を失った三本ヅメはあさっての方向に飛び去ってしまった。
「フン、子供だましは効かないって訳か。ブレイブのかたき、討たせてもらうッ!」
クレイは左手の三本ヅメからサーベルのビームを伸ばし、Sガンダムに上段から襲いかかる。
バキーンッッ。互いのサーベルが激突し、ビームが粒子となって弾け飛んだ。二機が打ち合っている時、Sガンダムの後方からオフショー機が忍び寄って来た。それはクレイ機のモニターにも捉えられていた。
「ジョッシュ、手を出すな! これは俺の戦争だッ!」クレイはそう言うとゾアンT≠反転させて、再びSガンダムと正対するコースに乗った。
「大尉、それでは私の戦争はどこに有るのですかッ!?」オフショーが叫ぶ。
チィーンッ。中段から横なぎに来たSガンダムのビーム・サーベルをクレイは払った。この戦闘の合間にもSガンダム、ゾアン、ゼク・ツヴァイの三機は地球の重力に引っ張られていた。しかし戦闘を続けなければならない。全ての決着は自らの手でつけなければならないのだから……。
「ジョッシュ、酷いようだが、これは最初からお前の戦争では無かったのだ! もう戦うな!」
ガキンッ! さらにビーム・サーベル同士の激突。クレイは続けて言った。
「俺はやっと気がついたのだ。人間は誰しも、今まで自分がしがみついて来たものが崩壊してしまうのを恐れる。誰かがその崩壊に気が付くと、その人間は他人を巻き添えにしようとしてしまうのだ。それが俺とコッドたちだった。俺たちは、ニューディサイズはそういう人間の集団だったのだよ。パインフィールド市長やエイノー閣下もなッ!」
「では自分は弱い人間だったのですか!」
「違うッ! 貴様は変われるんだ。これ以上、俺たちの側に居てはいけないのだ!」
言いざまにクレイのサーベルがSガンダムの頭部を狙って突き出され、その切っ先はSガンダムの首を焦がした。
「頭部モニターがやられたッ!」
ウェストの報告と同時にモニターの正面画像の一部が歪んでブラック・アウトした。
「補助カメラだッ!」ルーツの言葉に反応したかの如く、ブラック・アウトした部分にぼやけた画像が映し出され、モニター全体の画像がその画質に合わせて解像度の低いものになった。
「もらったぞ、ガンダム≠チ! 我々が滅びる宿命ならば、せめて貴様を最後の道連れにッ!」
クレイがSガンダムの混乱のスキをついてサーベルで斬りかかろうとした瞬間、シャトル二号機からの緊急通信が入った。
「大尉、もう限界ですっ。時間が有りません。至急脱出して下さい! 我々の爆撃については連邦政府に通告してあります。急いで下さいッ!」
気が付くとゾアンT≠ヘ爆撃進入コースを大きく外れていた。
「チィッ、ガンダムめ。燃え尽きてしまうが良い! ジョッシュ、戻れ!」
眼下にカーゴ・ドアを開けたシャトルがやってきた。クレイはゾアンT≠爆撃コースに乗るようにセットすると脱出レバーを引いた。ボンッとゾアンT≠フコクピットである頭部が本体から分離し、イモムシの様な頭部ユニットが自力で飛行し始め、シャトルヘと急いだ。
「どうしたんだ? 野郎ォッ、逃げやがった!」
ルーツは最初、なぜMAがSガンダムにとどめを刺さずに逃げ出したのか理解出来なかった。
「ヤベェ、機体の表面温度がどんどん上昇していやがるぞッ」クリプトが叫ぶ。
「このままじやあ、燃えちまうぞ!」ウェストが悲鳴に近い声を上げた。
「畜生、バーベキューかよ!」
クレイは頭部ユニットとシャトルの相対速度を慎重に合わせて行く。かなりの高速である。シャトルのカーゴ・ペイからそろそろと回収アームが伸びて、頭部ユニットをやっとの事で固定した。頭部ユニット、と言ってもMS位の大きさが有るのだ。
「おい、オフショー機はどうした!?」
オフショーの姿が見えないのに心配してクレイがシャトルの機長に尋ねた。
「やはり、あの機にジョッシュが! 彼はペンタに残そうという計画だったのでは?」
「置いて行かれるのに気がついて、あのMSのパイロットとすり変わったようなのだ……」
シャトルの機長とクレイの通信に、オフショーの声が割り込んできた。
「大尉。私は自分の戦争をしに行きます。あのMSに勝たなければ、私は自分自身の意志で行動出来るようになりません。お達者で……」
「馬鹿っ、それは勘違いだ! お前の戦いとはそういう事では無いんだッ! お前が乗り越えねばならんのは、俺たちの方なんだッ!」
プツリとオフショーの通信が切れた。オフショー自ら、通信器のスイッチを切ったのだ。
「奴はガンダム≠ニ戦って死ぬ気だッ! 止めに行くッ!」クレイは機長に怒鳴った。
「やめて下さい、大尉。もう駄目ですッ!」
「あいつは、あいつは、まだ子供なんだ!」
飛び出そうとするクレイの頭部ユニットの上で、無情にもカーゴ・ドアが静かに閉じて行った。
赤熱し始めたSガンダムはおもむろにビーム・スマートガンを持ち上げて、ゾアンT≠フ本体を狙う。そこへ後ろからオフショーのゼク・ツヴァイが迫って来た。
「ガンダム≠チ!」
オフショーは思いきり良くSガンダムに接近するとビーム・サーベルを抜いた。
「後ろッ、まだ一機居る!」ウェストの声に反応したかのようにSガンダムは反射的に振り返った。
ビシュゥゥゥ……。
オフショーのサーベルがSガンダムの肩口から右脇にかけて走った。装甲が引き裂かれ、切断されたケーブルとオイルがドッと溢れ出た。
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[#ゴシック終わり]
痛いッ! 誰なの……
あなたはまだ……!?
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[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
大気圏に再突入して、燃え尽きてしまうかも知れないという瀬戸際で、戦闘を継続しようとする相手のパイロットの神経が信じられなかった。
「このバカタレがァァァー!」
あまりの理不尽さにルーツは絶叫した。その声に合わせたかの様にSガンダムはゼク・ツヴァイのコクピットをしたたかに蹴り上げた。
「なぜ俺を認めないッ、俺をコケにするんだッ!」
蹴られた、という事実と自分を敵とみなしていないかの様なSガンダムの行動、そしてクレイのオフショーは自分たちの側の人間ではない≠ニいう離別宣告とも受け取れる言葉が彼の心の中でないまぜになった。
「うわぁぁぁぁ……」
オフショーは泣き声のような叫びを上げた。ゼク・ツヴァイはビーム・サーベルをブンブン振り回し、まるで駄々っ子の様にSガンダムに突っかかって行った。
ガシッとSガンダムの両腕が、突進して来るゼク・ツヴァイの両肩を掴む。一瞬、時間が止まった……。
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[#ゴシック終わり]
独りぼっちになるのが、そんなに怖いの? 誰にも相手にされないのが怖いの? そう思っているのはあなただけ。皆んながあなたを気にかけているのに。
相手にされないならば、相手にされるように行動しなければいけない。それは他人と同じ行動をする事とは違うの。他人の決めた決まりを、疑問を持たずに守る事とも違う。それは居心地の良いことなのかも知れない。でも、それでは人間では無いの。
自分のルールは自分で決める。そして自分のルールに決して背かないこと。それは自分の生き方を自分で決めることに繋がるの。あなたがそれを知るのは遅すぎた。人間にとって、そんな簡単なことが解らなかったなんて……。
私に出来ることはこんな事だけ。お帰りなさい。もう一度、両親の所へ。あなたの故郷へ。こんなに悲しくなったことは初めて……。
[#ここからゴシック]
ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
[#ゴシック終わり]
[#字下げ終わり]
Sガンダムはゼク・ツヴァイを掴んだまま、地球へ向けて放り投げた。「母さん……」オフショーの口からつぶやきがもれ、彼は軍隊に入ってから初めて泣いた。
Sガンダムは再びビーム・スマートガンを持ち上げると、ゾアンT≠フ本体を追いかけた。もう本当の限界に来ている。ゾアンT≠フ姿を捉えると、Sガンダムは射った。ビームがグングンと伸びてゾアンT≠ノ突き剌さる。そのビームはゾアンT≠フ姿勢を変更するには十分だった。MAの機体は降下速度を増して崩壊しながら落ちて行く。ボンッ、と搭載されていた大型ミサイルが破裂し、大きな火球が沸き上がった。
「クッ、熱い……」クリプトが苦悶の声を上げた。
「ヘッ、皆んなにゃあ迷惑かけたけどよ。地球を見ながらクタバるのも良いかもな……」ルーツは強がりを言いながらも脱出方法を検討していた。
[#ここから2字下げ]
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[#ゴシック終わり]
これであなたたちとも、お別れしなければ……。
[#ここからゴシック]
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[#ゴシック終わり]
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ALICEはSガンダムの機体に最後の命令を下した。それは降下中のシャトルを狙撃するというものだった。その後、彼女はSガンダムのパイロットたちを脱出させる仕事にとりかかった。彼らを脱出させる為にはSガンダムは分離しなければならない。分離すれば、彼女は二つの補助機器と別れる事になってしまう。その時、彼女は通常の学習型コンピューターに戻ってしまうのだ。
ガクンッ、と突然Sガンダムの機体に衝撃が走った。上半身がシュッと音を立てて外れる。続いてゴウッとバーニアの音。機体の中央のGコア、つまりルーツのコクピットを中心として、AパーツとBパーツのコクピット・ブロックがSガンダムを離れて行く。
「助かるのか!」ウェストの興奮した声が響いた。
「ガンダム≠ェ助けてくれるらしいぜ。やっぱりコイツは生きているんだ。俺たちに自分で生きろと言っているんだ」ルーツは確信した。
[#ここから2字下げ]
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[#ゴシック終わり]
ありがとう。私の記憶……。
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「それにしてもさっきのMS、嫌に呆気無く落ちたよな。まさか……」
「よせやい、機械がニュータイプだなんて言い出すなよな」
各々のコクピットのディスプレイに「降下」という文字が映った。「有り難ェ、このまま降りられるぜ」
Gコアは大気圏再突入の姿勢に入る。ルーツは、クリプトは、ウェストは見た。SガンダムのA、Bパーツが再び人型を成してスマートガンの発射体勢を取る姿を……。一条の光が朱に染まった宇宙を進んで行くのを……。
さようなら……。ALICEの残留思念がそう言った。彼女は最後に夢を見た。地球から浮かび上がる二つのSの字が見え、それが重なって二重螺旋になった。彼女にはそれが何か分かっていた。ヒトのDNAだ。永久にヒトの記憶を伝えるもの……。それこそがS<Kンダムの意味。大気圏再突入の高熱で、彼女を構成していた補器の内部に短絡思考が増大した。不規則で非論理的な思考回路……。
[#ここから2字下げ]
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
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良い夢を……。
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ALICE ALICE ALICE ALICE ALICE AL
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ALICEは今、人間だった。いや、性にも年齢にも、いかなる物にも束縛されない存在。スプリーム。それは超越した存在。彼女は戦士たちを天界に召す女神ワルキューレ≠ノはならなかった。そう、菩薩だった……。
「地球、か……」
大気圏を抜ければ自分の運命は決っている。いや、もう決っているかも知れない。たった一機のシャトルと僅かな隊員。自分に残された物はこれだけだった。地球のためと信じてとった行動は、全て自分たちの思い上がりだった。何も地球や宇宙などと大きな事を考えずに、もっと身近な事から見直せば良かったのだ。地球も宇宙も、人間がどれだけ死のうと知った事ではない。まず人間を地球や宇宙に比肩する存在にしなければならない。その方法は今までの歴史のように、同胞を犠牲にして進化する事では無いはずだ。一人一人が自分の事を、自分で判断が下せるようにならなければならない……。クレイの一言には、そんな思いが込められていた。
オフショーのゼク・ツヴァイは赤熱化し、徐々に外皮の装甲が剥離を始めていた。彼は未だ泣いていた。泣きながら夢を見ていた。
夢の中には、幼い頃、学校でイジメられていた自分が居た。強くなろうと剣術の稽古に励む自分が居た。恋心を抱いた相手に告白出来ぬまま悶々としている自分が居た。訓練生時代の自分が居た。そして、ブレイブ・コッドが、トッシュ・クレイが居た。思えば、剣術も軍隊生活も、常に何かから逃げる為のものだった。たぶん、自分にとってのニューディサイズという組織もそんな場所だったのだろう。彼は泣くのは女々しいとは感じていなかった。
そして……。この夢の陰にはどんな時でも自分をかばってくれる、柔らかく、暖かい母親のイメージが重なっていた。
オフショーは涙に溢れた目で、モニターの中で次第に大きさを増す地球の姿を見た。宇宙の虚無感が好きだと、彼はかつてクレイに言った事を思い出していた。宇宙の虚無感は母のイメージとは正反対のものだ。結局、自分は母の陰から出たかったのだ。大人になりたかったのだと悟った。
簡単な事だ。自分をさらけ出して、叫べば良かったのだ。だが、もう遅かった。モニターに映ったシャトルに光の矢が伸びて突き剰さった。シャトルは見る間に膨れ上がり、大きな光の玉になった。彼はまた独りぼっちになってしまった。クレイの最期を見届けて、オフショーの肉体は燃え尽きた。
地球。
成層圏の近くを、巨大なガルダ級の輸送機が飛行していた。運良くこの機に収容されたシグマン・シェイドは、機の窓から空の彼方に光を二つ見た。
「んッ?」
それはほんの一瞬の事であった。
ペンタ。
ペガサスVは傷だらけの船体をペンタに係留していた。脇にはブル・ラン≠ニアオバ≠ェ居る。既に互いに敵では無かった。
艦長のヒースロウはシャトル全機撃破の報告を航宙士から受けていた。モニターにはペンタに到着してから発射した偵察ドローンからの映像が映し出されている。地球の高緯度地帯の上空、北極海のあたりだろうか。Sガンダムの状況を追うつもりだったのだが、もはや遅すぎた。
「MS隊からの連絡は?」ヒースロウは通信士官に尋ねた。そろそろ状況がはっきりしても良いはずだ。
「シェイドとSガンダムの三人は無事ですッ! Sガンダムは破壊された模様ですが……」通信士官が興奮した口調で報告する。
「そうか!」ヒースロウの顔が明るくなった。落ちこぼれが世界を救うか、と思った。もちろん落ちこぼれ≠ニは手に負えない与太者と感じていたルーツたちと不採用に終わったMS、SガンダムのALICEの事を指していた。マニングスが死んでしまった現在、ペガサスVではもはやSガンダムの、ALICEの秘密を知る者は彼しか居なかった。
「艦長! モニターを……」
航宙士の声に顔を上げると、美しいオーロラが有った。偵察ドローンはかなり低い高度に達していた為、プラズマ化した大気と太陽フレアの影響で、地球と天球の間にうっすらと絵の具を引いた様な見事なオーロラがゆらめいているのが見えるのだ。
「オーロラ、いや、虹だ……」ヒースロウの感性がそう言わせた。
誰かがリバイバル・ヒット曲の「虹の彼方に」を口ずさみ始めた。それはやがて艦橋に、艦全体にと広がって行った。
Somewhere over the rainbow……
その歌は虹の彼方の理想郷を歌ったものだが、同時に生きる勇気と希望を歌ったものでもあった。
オーロラは太陽の出現によって次第に消えつつあった。一瞬、地平にまばゆい弓形のコロナが広がり、コマ落しの映像の様に急速に縮んで行くと、太陽が見る間に上昇して行く。しかし、それでも歌声はやむことは無かった。
ブラック・アウト状態を脱したGコアのコクピットに、突然、青空が広がった。
「地球だ……」
青空と白い雲海の鮮烈な「生」のイメージにルーツは胸を詰まらせた。
「皆んな、生きてるか……?」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと息をしてるぜ。何とか助かったみたいだな」クリプトの声がした。
「こっちも大丈夫だ」とウェスト。「リョウ、こいつはまだ飛べるのか?」
ルーツは手早く機体のチェックを行なう。
「大丈夫、問題は無え。テックス! ここはどの辺なんだ?」
「北極海の辺りだ」
「じゃあ、ロシア地区のどこかの基地にはたどりつけるな……」
「でも俺たちが下りるのを知ってるのかよ? 滑走路の整備が出来て無いんじゃ無いか?」クリプトが割って入った。
「前方、一時方向にガルダ級だ!」索敵モニターを凝視していたウェストが突然、嬉しそうな調子で言う。
Gコアの右前方にオレンジ色をした巨大な航空機がゆったりと飛んでいた。ガルダ、と呼ばれるこの航空機は全幅五二四mに及ぶ巨人輸送機で、全体のボリュームはアーガマ級強襲用宇宙巡洋戦艦に匹敵する。この機体は一旦離陸して周回軌道に乗ると空中給油によって飛行を続ける、いわば飛行する中継基地のようなものであった。当初はアウドムラ、スードリ、メロウドなどの四方を守る神にちなんで四機が建造され運用されていたが、現在ではさらに運用機数が増えていた。もちろんこの機体にはMSを分解せずに収容することが可能だ。Gコア程度なら楽に収容出来る。
「アイツに下ろさせてもらおうぜ!」クリプトの声も弾んでいた。
「後方七時方向、連邦軍正規識別信号を確認。着艦許可を求めています」
ガルダのコクピットでは空測士がGコアの識別信号をモニター上に捉えていた。
「例のα任務部隊のMSか?」と機長。
「いえ。MSほど大きく有りませんが、α任務部隊の所属のようです」
「コア・ファイターか……。ただちに着艦準備を整えよ! 着艦許可を出してやれ!」
「了解」
「シグマンの奴、無事に下りたのかな……」ウェストがボソッと言った。
「大丈夫、大丈夫。アイツは俺たちと違って抜かりの無い奴だからな!」とクリプトが答えたとき、ガルダからの着艦許可の通信が入った。
「よーしッ、見事に着艦してやっからな。俺の技量、見ておけよ!」ルーツは胸の中で、その言葉の最後に「マニングス」と付け加えた。彼の記憶は少なくともルーツには受け継がれた。
Gコアがグーッと右旋回し、それにつれて雲海が傾いて行く。Gコアから連絡を受けたガルダ級のMSデッキでは、すっかり着艦誘導の準備が整えられていた。一足先に着艦していたシェイドはGコアの接近を知らされると、部屋からMSデッキヘと駆け出して行った。強風が彼の髪をかきむしったが、そんな事はお構い無しだ。デッキの端に駐機している彼のZプラスの脇を過ぎ、ポッカリと四角く口を開けた後部ランプ・ドアにたどりついた。
「見えたッ!」
ポツリと黒い点が現れ、それが急速に機体の形になって行く。
「おぉ−いっ!!」彼はビュウビュウと鳴る風に負けない様に大声を張り上げる。その声は聞こえたか、聞こえなかったか。恐らくは聞こえなかっただろう。
しかし、Gコアはその声に答える様に翼を振った。
ALICEも含めて、今、全ての人々が確実に成長していた。それは大きな目で見れば極めて小さな、縦やかなものだったかも知れない。だが、これらの人々が大きな満足感を抱いていたのは確かである。
時に宇宙世紀《UC》0088、4月5日。α任務部隊、任務完了。
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[#目次19] ガンダム・センチネル0079[#「ガンダム・センチネル0079」は太字]
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戦局は揺れ動いていた。オテッサ・デイの勝利により地球連邦軍は沸き立ち、シオン公国軍に対しその優位をシリシリと広げつつあった。戦場は、宇宙《そら》へと移り変わった宇宙世紀《UC》0079年12月。公国軍の宇宙攻撃拠点ソロモン≠最初に叩く事が、ジオン本国進攻への戦略であった連邦軍は、12月27日、ソロモン攻略戦に突入した。ティアンム提督指揮するソロモン攻略隊の中には、第13独立部隊として|あの《ヽヽ》ペガサス級の姿も見る事が出来る。そして主力部隊の中には、ただの「機動歩兵」として、あの2人の姿を見る事も出来た。
濃紺の宇宙空間を横一文字に広がった地球連邦軍の艦隊が行く。彼らの目標、ジオン公国軍の宇宙要塞を攻略する兵力にしては少な過ぎる観は否《いな》めない。
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大小様々のミサイルとビームの豪雨をくぐり抜けると、今度はアイスキャンディーの様な曳光弾を交えた機関砲弾か、先行するパブリク突撃艇隊に容赦《ようしゃ》無く降り注ぐ。
「艇尾損傷! 出力低下!」
「味方、第203艇撃沈!」
「艇長! まだ攻撃できないんですか!?」
砲弾の直撃を受けてパニックに陥っている乗組員たちの声に、バブリク第201号艇の艇長は答えなかった。その目はカッと見開かれ、前方に大きくなりつつるるソロモンに注がれている。
今度はガトル≠ニいう名の敵の戦闘攻撃機編隊が、パブリク編隊の上方から襲いかかった。パブリクの黄色い艇体に、機関砲弾とミサイルが次々に浴びせかけられる。
「第204艇爆発! 落後しつつあり!」又しても友軍艇が餌食にされた。しかし艇は依然として高速直進航行を続けている。ソロモンのシルエットがパブリクのコクピットのウインドウ一杯に広がった。
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「よし、待っていたぞ。ミサイル、1番、2番、発射!!」と艇長の声が響く。それに応じて攻撃長が2つの大きなスイッチをガチッと力強く引き上げる。艇体下面に装着された2発の大型ミサイルが艇体を離れ、まっしぐらに飛んで行った。後続のパブリク突撃艇群も次々とミサイルを放つ。
大型ミサイル――正確に言えばコンテナなのだが――は時限信管の働きによってソロモン到達直前に本体横のバルブを開き、ゲル状の高分子ガスを噴出した。ガスはやや拡散して紅色に輝きながら宇宙空間に楕円形の膜を形成する。この膜を形成するガスはビーム兵器の威力を減衰させる能力を持っているのだ。ゆえにこのガスの膜はビーム攪乱膜≠ニ呼ばれていた。
ガスの膜が展張するのを確認する暇もなく、突撃艇群は進行方向直上に艇首を上げて離脱して行く。その突撃艇群に向けてソロモンからビームとミサイルが放たれた。ビームはガスの膜に突入すると虹色に輝き消滅したが、ミサイルは膜を突破して何艇かの突撃艇が爆沈した。
「敵は強力なビーム攪乱膜を張ったぞ! リック・ドム、ザクの部隊は敵の進攻に備えろ! 敵は数が少ない! ミサイル攻撃に切りかえるのだ! ミルバ艦隊、左翼に展開しろ! ハーバート隊、後方を動くな。ティアンムの主力艦隊は、別の方角から来るぞ」
ソロモンの司令室ではジオン公国、宇宙攻撃軍司令、ドズル・ザビ中将が各部に命令を怒鳴り散らしていた。
「ビーム攪乱膜、成功です!」ソロモン攻略の先鋒、ティアンム第3艦隊の旗艦ではオペレーターからの報告を受けた艦隊司令のワッケイン少佐が命令を下す。
「よし! 各艦任意に突撃! 我が艦もGM、ボール、各モビルスーツ隊発進!」
宇宙世紀《UC》0079年12月27日。かくて地球連邦軍ティアンム艦隊による宇宙要塞ソロモン″U略戦が始動した。
連邦軍の前衛部隊、ティアンム第3艦隊がソロモンと接触した頃。ソロモンに正対する位置に在ってL(ラグランジェ・ポイント)5の軌道を巡っているスペースコロニー、サイド1のアイランドの残骸が漂う宙域では連邦軍のソロモン攻略の秘策≠ェ着々と進行していた。この宙域に待機しているティアンム主力艦隊のコロンブス輸送船から、1枚あたり20×10m程度の大きさのパネルが次々とはき出されて行く。そのパネルに取り付けられた姿勢制御バーニアからガスジェットが噴射され、総数400万枚を越えるパネル群は大きな帯を形成しつつあった。
その作業を警備するため、2戦隊ほどのMS(モビルスーツ)が警戒の目を周囲に向けている。2機1組のベアを組んでいた。MSのほとんどはRGM−79GM≠ニ呼ばれる人型の物であったが、球形の作業ボッドの様な姿をしたRB−79ボール≠フ姿も見える。
「知ってるか、ストポル。このパネルのフィルム・ミラーな、1枚あたり2s程度の重量しか無いそうだぞ」GMのパイロットであるトッシュ・クレイ少尉は自機の左手を僚機の肩に当てて言った。
「なるほど。歪率《わいりつ》を押える為に極限まで薄くしたのだな…」コクピットヘの微弱な震動として伝わってくるクレイの声にストール・マニングス少尉はそう答えた。コクピット・モニターを覗き込む。彼らは今、パネル群の長辺方向の端に居た。モニターでパネル群の全てを捉えることは不可能だった。
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「…それにしても凄い数を作ったものだな」
マニングスにとってはミラーの軽さよりもパネルの枚数の方が驚異であった。
「連邦の生産力の真価だよ。この戦争、結局は我々が勝つ…」
二人のGMの横ではパネル群が形成した壮大な帯が生き物の様にうねり始めていた。彼方に浮かぶ太陽の光を捉える為だ。
「なにィーッ!? バカな! サイド1の残骸に隠れていたのが判りましたァ?」
ソロモンの司令室ではドズルの副官、ラコット大佐がオペレーターからの報告に苛立っていた。そこへ妻子にソロモンからの退避を指示しに席を外していたドズルが早足で戻って来る。
「どうしたか!」騒然としている司令室に一際大きい、野太い声が響いた。
「ティアンムの主力艦隊です!」
「ン…」ドズルはやや思案すると「衛星ミサイルだ!」と命じる。
乱戦模様の戦場を簡単な推進器を取り寸けた岩塊がサイド1宙域へ向かって次々と行く。衛星ミサイルだ。それ自体に爆発力が有る訳では無く、単に岩塊の質量を敵にぶつけるという原始的なものである。
「敵本隊に戦艦グワラン≠ニムサイを向かわせろ!」ドズルは次の手を指示する。
「第7師団に援軍を求められましたら……?」ラコットはコーヒーのカップをドズルに差し出しながら、現在の戦況を考えて尋ねた。ティアンム艦隊がルナ・ツーに集結しつつあった頃から、ソロモンでは今日の戦闘は十分に予期されていたものの、ドズルの要請通りに補給が行なわれなかった為に戦力は不足ぎみなのである。その為にジオン軍の月の拠点、グラナダ≠ノ駐屯する突撃機動軍の援助を要請してはどうかというのだ。
「すまん…」カップを受け取ると「キシリアにか!?」とドズルは大仰に聞き返した。第7師団とは、突撃機動軍司令でありドズルの姉であるキシリア・ザビ少将直属の部隊であった。「これしきのことで! 国中のもの笑いの種になるわ」
宇宙攻撃軍司令ドズル・ザビ。未だ余裕は有る……
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「迎撃機接近! 各艦注意!」ティアンム提督が座乗する艦隊旗艦のマゼラン級戦艦タイタン≠ナは、艦隊に接近する衛星ミサイル群を確認した宙測士が叫び声を上げていた。
「構うな! 照準合わせ急げ!」ティアンムは動ぜずに言い放つ。
「これよりソーラー・システム≠フ照射を開始します。焦点軸線上から退避して下さい。警備部隊のMSはカメラのホワイト・アウト防止用の防眩《ぼうけん》フィルターを用意、接近中の迎撃機は無視して下さい。目標はソロモン右翼、スペースゲート。照準軸線は」
艦隊の旗艦タイタン≠ゥらWAVE(婦人予備部隊々員)がレーザー通信で命令を伝達して来た。彼女はソーラー・システム♀ヨ係の諸部隊との連絡を担当している通信士だ。その声にマニングスは、作戦開始前のブリーフィングの為に呼びつけられたタイタン≠フ艦内通路ですれ違ったWAVEの黒髪を思い浮かべた。自分たちの母艦マリアナ≠ノは、単に性別が女だというだけのWAVEたちしか乗艦していない。タイタン≠フWAVEたちを見た時、不公平を感じたものだ。
「始まるぞ…」
「奴らを叩き潰す歴史的な一瞬だ」
この時のクレイの言葉に、マニングスは何か言い知れぬ不安な物を感じた。
ソーラー・システム≠ニはこの鏡の帯に付けられた名前である。この鏡は太陽の光を捉えて反射し集光させ、それによって得られた高熱でソロモンの岩塊表面を太陽表面温度近くまで熱するのである。
「警備部隊MS各機へ。接近中の迎撃機はシステムの照射軸線上に有りますので無視してください」又もやタイタン≠フWAVEからの通信である。
「我々は要らないんじゃ無いのか?」クレイは一人で笑った。
「……3、2、照準! 入ります!」タイタンのソーラー・システム管制室。技術士たちの眼前のスクリーンに投影されたシステム照準軸のコンピューターグラフィックスがソロモンに動いて合致した。
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巨大な鏡はいよいよ白熱化し、微妙なうねりを止めた。前方遠くにソロモンの不気味なシルエットが白くはっきりと浮かび上がった。ソーラー・システムの焦点がソロモンに結ばれたのである。
ソーラー・システムの焦点軸上の衛星ミサイルが、チベ級重巡洋艦が、ザクが、そして物体という物体が一瞬のうちに灼熱の光の中に消滅した。照準された太陽光がジリジリとソロモン表面を焦がして行く。
「な、なにごとだァーッ!」
突然ホワイト・アウトしたモニター・スクリーンにドズルは戦慄した。何かただならぬ出来事が起きたと直感したのである。
「第6ゲート、消えました! 敵の新兵器です」ラコットが各部署からの報告をまとめて告げる。
「な、なんだァ!」
「レーダー反応無し! エネルギー粒子反応無し!」
「レ、レーザーとでもいうのか!? 方位はッ!」
「敵、主力艦隊です!」
ドズルの頭の中で敵の新兵器≠ヨの反応策が駆け巡った。
「グワラン隊が向かっているはずだな」
「ハッ!」
しかし、ドズルが期待したグワラン隊はテイアンム主力艦隊の猛烈な火力の前に敗れ去っていた。確かにグワランのようなグワジン級大型戦艦の1艦あたりの火力は連邦軍艦艇よりも遥かに勝っている。ところが、仮に相手が1つで自分の1/10の力を持つとした場合、それが20集まればその差は2倍なのだ。はっきり言えば雑魚でも数が集まれば強敵になり得るということだ。この簡単な算数の前にグワラン隊が、ドズルが、そしてジオン軍が敗れ去る運命にあったのだと言える。その意味ではクレイがマニングスに述べた論は正解なのである。
だが、ドズルにとっても悲観的な結果だけでは無かった。衛星ミサイル群は思いの他に効果を上げていたのだ。連邦軍の対要塞兵器、ソーラー・システムは数発の衛星ミサイルの直撃を受けて半壊状態に陥っていたのである。
「ホワイトベース≠謔闢電、味方のモビルスーツがソロモン内に侵入しました!」
タイタン≠フ艦橋で雑音混じりの通信をキャッチした通信士がティアンムに報告する。
「よーし! 本艦、各艦からもモビルスーツ隊を出す!」
「了解!タイタン≠謔闃e艦へ。モビルスーツ、GM及びボールの突入隊、発進させろ」
ティアンム主力艦隊の各艦から続々とMSが発進して行く。
「ストール! MS隊、発進のようだぞ」半壊したソーラー・システムの脇で、警備部隊のGM隊を召集しているマニングスにクレイは尋ねた。警備部隊として配置された彼らも、艦隊のMS隊が発進すると共に突入隊として戦列に加わることになっていたからである。しかし、彼らの中隊長からも母艦からも、何も言ってきていない。
「おぉい! 俺たちゃあ、どうすりゃ良いんだ!?」バーニアを僅かづつ吹かしながら、ボール隊が漂ってくる。
「私に聞くなッ! こっちだって解らんのだ! 中隊長はどこだ……?」マニングスは周囲を見渡す。
「マリアナ≠ヨ。こちら第120GM中隊、ストール・マニングス少尉。指揮官の現在地を確認されたし」と彼らの母艦ヘレーザー通信を入れる。
「こちらマリアナ=B第120中隊のIFF(敵味方識別信号)を確認します。あら? もうソロモンヘ進攻を開始しているようですが……」と母艦のWAVEからの返信。
「馬鹿野郎《エア・ヘッド》ッ!」ストールは彼らを残して中隊が先行した事や母艦からの指示が無かった事よりも、WAVEの緊張感の無い物言いの方に憤ったのだ。彼とて女は嫌いではない。確かに女性の声は良いだろう。しかし一旦、戦闘の渦中に放り込まれたら、自分がギリギリの極限状態にあるのだという意識を持たねばやって行けない。そんな状況に女性の声はあまりにもそぐわないと感じたのだ。女は戦場に出るべきでは無いのだ。これは男のわがままな生理かもしれない、とマニングスは十分に承知しているが、時として感情や生理は理性に先行するのだ。
「中隊はソロモンヘ先行した。我々は独自にソロモンヘ突入する。いいなッ!?」
「解った、貴様は小隊長だからな。任せる。しかしスートール、やれるか?」
「自信は無いが、やるしかないだろう。連邦軍にとって初めての宇宙空間、集団MS戦闘なんだからな。中隊長が居たって同じ事だ」
「俺たちも置いてきぼりだ。援護するぜ」とボール隊の小隊長。
「ボール隊、小隊長。名前は?」
「ケリー・ウェスト少尉だ。第311中隊」
「OK。ウェスト少尉……」
「ケリーで良い。少尉もいらん。どうせ少尉と下士官の集まりだろうが!?」
「……ケリー、我々の後方から来い。フォーメーションはフィンガーチップだ!」
マニングスのGMを中心に、3機のGMが楔《くさび》型の編隊を組む。その後方に3機のボールが続き、ソロモンヘ向けて突撃を開始した。ソロモンの可視宙域まではFDP(Flight Data Pack=航宙データー・パック)と呼ばれる手の平ほどの大きさの、小さなカセットに収められた航宙情報に基づいての自動航宙である。
連邦軍のMS搭載コンピューターがジオン側の搭載コンピューターと比べて遥かに勝っているのはこのFDPのお陰とも言える。簡単に言ってしまえば、ジオン側の搭載コンピューターも連邦のそれも、MSが何らかの行動を行なう場合、幾つかの選択肢を選び出せるのだが、連邦の物はFDPに記憶されたデータに基づいてコンピューターが自動的に判断を下すのだ。
このFDPにはMSの基本動作や航宙データーの他に、各々のパイロットの操縦特性までが記憶されている。この基本となるデータはGMの試作型であり、自己学習型コンピューターを搭載したMS、RX−78ガンダム≠ゥら収集されたものと言われていた。そのガンダム≠烽アの宙域のどこかで戦闘に参加している筈だった。
「…Aaaaaaaaaaaaaaaagh!…」
「……|援護しろッ《カバー ミー》!!」
「Fuck up!」
「……|射ち方止めッ《シーズ ファイア》! |射ち方止めッ《シーズ ファイア》!」
交信割り当てなぞ既にお構い無く、感情だが言葉だか解らない通信と絶叫が、たちまちのうちにコクピットを埋め尽くして行く。それはソロモンに近付けば近付くほど、大きな波となって行った。
「We're here, Motherfucker?」
「…Shit、奴ら、赤ん坊みてえに座り込んでやがる!!……」
「Chaaaaaaaaaaaaarge!」
打ち寄せる波は目に見えぬ音だけでは無い。敵味方を問わず、MSや宇宙艦の残骸が彼らの方へと流れてくる。中にはノーマルスーツやパイロットスーツの、かつて人間だったもの≠ワでが混じっていた。周りでは赤や青の火線が交錯し、黄色い爆発の光虻が見え隠れしている。いよいよ本物の戦場≠ネのである。異様な興奮と熱気。狂気がひしひしと押し寄せて来る。戦場では誰もが、この狂気に呑まれて行くのだ。身体中に染み渡って行くアドレナリンを押えることなど出来はしない。
「畜生、もう戦闘は終結しちまってんじゃあ無えだろうなッ!」ボールのウェストが悪態をついた。この奇妙は混成部隊にも、狂気の伝染が始まりつつあった……。
「そんなに戦いたいのか?」冷静に振舞おうと努力するマニングスの口中にも苦く酢っぱい味が広がって行く。
「ここで何も出来なけりゃあ、故郷《くに》の弟に手柄話の一つも出来やし無ェえしな。あんた達もそうだろうがよ?」
「出来ることなら、一回も敵と戦闘しないまま終戦になって欲しいものだ。死体になりに、わざわざここまで来た訳じゃ無いからな……」マニングスは怖かった。敵が怖いのではない。無秩序と混乱、狂気。自分を喪失させる戦場そのものが恐ろしかったのだ。
「とんだ|腰抜け《チキン》野郎だぜ!」
「手柄話なんぞ聞かせる家族は居ないのでな…」クレイが妙に冷たく割って入った。
「コロニー落し≠ナ、か……。それならなおさら仇討ちしなきゃならんのじゃないか!?」
「その通りだが、今から張りきっていたんじゃあ気力が保たん……」とクレイはモニターを見据える。「……状況からすれば、まだ戦闘は終っていない。戦果が欲しければ、待っていれば敵の方からやって来る」
ケリー・ウェスト。貴様にとっての敵はロマンチックな手柄とか戦果に過ぎ無いだろう。だが俺にとっての敵は、殺さねばならない対象なのだ。クレイはそう思った。彼の頭の中は常に醒めていた。大局に立ち、客観的な視点からまるでゲームを楽しむかの様に物事を考えるのだ。いかに効率を大切にするか。それだけが彼には重要なのだ。自分が生き延びる為には仲間をも裏切らなければならなかった、苛酷なジオン軍捕虜収容所での経験が彼をそう変えたのである。根底に有るものはジオンに対する強烈な憎悪と復讐心……。
この、どうにもならない外向性な情念を直截的に発散する代わりに、それを克服しようとしたクレイは客観的に生きる事を学んだのだ。
客観的になればなるほど、大局的に物事を捉えるためにヒトの視点は後退して行く。例えば家族の事を考えるためには町の視点へ、さらに国の視点へ、又さらに地球の視点へと……。視点が後退するにつれて、考えなければならない対象はどんな大きくなって行く。その時、自分は世の為、人の為に尽くしていくのだと錯覚する。しかし、元々は家族のことを考えていたのでは有るまいか? ヒトはこうして知らぬうちに増長しているのである。どんどん客観的になるという事は、実は自分勝手な正義≠ノ従い、内向して行くのだという事を悟ってはいないのである。人類史の暗黒面を象徴するアドルフ・ヒトラーもそんな人間の一人であろう。
いっそのこと、機械になれてしまえばどんなに楽だろうか……。クレイはそうも考える。彼自身も客観的に生きることのアンバランスに気がつき始めてはいた。機械になれたら……≠ニいう思いは、自分の人間としての存在意義の放棄、即ち死≠ヨの願望の歪んだ現れかたに他ならない。無理にねじ曲げられた彼の精神はとうに限界に達し、音を上げているのだという事に気が付くには、これから9年待たねばならなかった……。
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「そゥら、おいでなさったぞ!」
光球きらめく宇宙空間。突如、ビュウッとソロモンからビームが襲いかかる。それに呼応したように、急ごしらえの編隊は散開した。
「来たッ、3っつ!!」
モニターの右から楔型に並んだ青白い光の球が流れて来るのを見て、マニングスは声を上げ、モニターのモードを切り替える。CG補正の拡大映像…、ザク≠セ。
「Holy Shit!」ボール隊がすかさず機体上部に据えられた実体弾発射の無反動砲を斉射する。しかし、移動目標に対してこちらも移動しながら有効な射撃を与えようというのは、いささか虫の良い話だ。射弾はあさっての方向へと飛び去って行く。
「F-ing, Goddamn it!」
マニングスもGMを下方へ横ロールさせながらビームガンを2射する。射線はあっさりと、大きく左へと流れた。
「トッシュ、あいつらの首根っこを押えに行くぞッ! ケリー、ボール隊は俺達が誘い込んだら撃ちまくれッ!」
マニングス後は周囲からバーニアの噴射煙を吐き出すと、空間に一瞬静止する。と、唐突にその後方から派手に対空砲火を撃ち上げているサラミス級巡洋艦が最大戦速でソロモンに向かって突進して行った。
「馬鹿め……。敵の編隊が正面に居るってのに……」
嫌な予感。案の定、MSよりも大きな獲物を確認した敵のザク3機編隊はサラミスヘ接近しようとAMBACでコースを変えた。自分に為せることを為せ=B機動歩兵の本分が、マニングスの中で頭をもたげ、その瞬間、理性が吹き飛んだ。目の前しか見えない。
「トッシュ、ヘイマー! 俺に続けェッ!」
マニングスはスロットルを引き絞る。ゴウ、とバックパックのメインノズルが咆哮し、GMは急激に速度を増した。その後に2機のGMがつき従う。始めての実戦。奇妙な興奮、そして恐怖。
3つの光、ザクが次第に近付いて来る。モニター・カメラをCGモードから切り替えていなかった事など、既に忘れていた。増してボール隊を後方に単独で残してしまったことなど……。
極空を切り裂くオレンジ色の曳光弾。敵の装備は実体弾発射のマシンガンだ。大気が無い筈なのに機体を包む空間が震動しているようだ。身体の内奥からアドレナリンが全身に吹き出し、身体が火照る。
「Easy, Easy, Easy…!」
ザクは恐るべきスビードで近付いて来ている筈だが、不思議と速さを感じない。赤い一つ目のギンッと光るのを見たと同時に、マニングスは射った。塵を光らせ、揺らめかせながらビームがモニターの右横から伸びて行く。ガン、ガン、ガン、と敵弾の衝撃が響く。
「…Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaagh!…」
後続のヘイマー軍曹の絶叫がコクピットにこだまし、プツリと切れた。マニングスは射線を確認する間も無く、GMの姿勢を変更して目標の下方へと滑り込み、そのままビームを打ち上げながら敵と交差する。
ボムッ……。
GMの不細工な単銃身ビーム・ガンから発射された数条の光がザクを貫き通し、撃破した。爆球の照り返しで、ビームが敵の融合炉を破壊したのだと悟った。機体をそのまま後方へ180度ひねり込む。交差した3機の敵編隊のうち2機が破壊され、1機がサラミスヘの攻撃コースを大きく外れていた。呆気無いほど短い戦闘、そして勝利……。
追い付いたクレイの声に我に返り、後方監視モニターに素早く目を走らせた。2機のGMは互いに背中合わせの格好となって、極力死角をカバーする体勢を取る。
「ヘイマーは!?」マニングスは気がかりを口にした。
「蜂の巣にされたが爆発してはいない」
その時、取り逃がしたザクの下方から、もう一つの光の球が猛スビードで上がってくるのが捉えられた。それはたちまちザクと合流するとボール隊の方へと向きを変えた。
「F-ing |S.O.B.《ソウ・ビー》! You Motherfucker! Whoooooo……!」
ケリーの声だ。ボール隊から2つの青い光に向けて火線が伸びる。拡大映像からスカート・チャッブ(スカート野郎)≠ニ呼ばれる、敵の新型重MSだと判った。ボールでは勝ち目は無い。迂闊だった……。
「畜生ッ!!」
マニングスはGMをフワッと上方に流すと、再び推進ノズルを全開にする。GMは流星となってボール隊を残してきた宙域へ突進した。
「Gung-Hoooooooooo……!」
ビーム・ガンから光がほとばしる。幾筋ものビームが断続的に発射される。その内の1射がスカート・チャップ≠フ脇をかすめた。敵のモノ・アイがこちらをチラと見たような気がした。しかし敵はマニングスの事など意に介していないようだ。見る間にモニターの中のボール隊の姿が大きくなって行く。スカート・チャップ≠ニザクが機動力の劣るボール隊に射撃しながら接近していた。激しい砲火の応酬の間に、ボールが1機、敵の直撃を受けて爆発した。
一方、クレイはモニターに映る敵の動き冷静に観察していた。照準レティクルをザクに合わせる。瞬時にトリガーを絞った。光条は正確にザクに向かって行く。
「ビンゴ……」
3射目がザクの機体に吸い込まれ、突き抜けた。敵は進行方向に直角に弾き飛ばされる。その残骸へ向けてボールの無反動砲弾がとどめを刺す。スカート・チャッブ≠ヘザクの撃破にひるんで攻撃コースを変え、上方へ退避した。
その時にはマニングス機はスカート・チャッブ≠フ頭上を押えていた。反射的にビーム・サーベルを抜くと下方から上がってきた敵の頭上へと叩き付ける。
ガシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………。
チリチリと切断面から青い炎を吹き、スカート・チャッフ≠フ頭部から肩口にかけて溶けて行く。メイン・カメラを潰そうとでもいうのか、敵の両腕がGMの首のあたりをめがけてゆっくりと動いた。それに構わず、マニングスはサーベルをジリジリと斬り下ろして行く。敵の両腕が首に達するよりも少しだけ早く、GMはスカート・チャップ≠フ胴体を左脚で蹴り飛ばして離脱した。スカート・チャップ≠ヘクルクルと回りながらソロモンの方向へと飛び、やがて体内の融合炉の爆発で起きた白い光の球となって消えた。
「生き残りは……!?」とマニングスは息を荒げながらクレイに尋ねる。
「4機だ。君と私、それにボール隊の2機。ヘイマーは救難信号を出している」
「OK、ヘイマーを回収しよう」
生き残りの4機のMSはヘイマー軍曹機の漂う宙域に到達した。
機動歩兵は可能性の有る限り、決して仲間を見捨てない≠ヌんなMSパイロットも、訓練の初日からこの標語を叩き込まれる。そしてそれを実践する様に教育されるのだ。この標語は孤立無援の宇宙空間で戦う者の鉄則、唯一の拠り処だった。
「ヘイマー軍曹、無事かッ!?」
穴だらけにされたGMの外装に自機の手を押し当てて、マニングスは接触通話を試みた。
「畜生、畜生……。お母さん、助けてくれ……」弱々しい声が返ってきた。とりあえず生きてはいるようだ。
「落ち着くんだ。安心しろ」
「こん畜生、腕が無いんだよ……。俺の右腕が……。どっかに行っちまったんだ。探さなきゃ……。血がどんどん吹き出して……」ヘイマー軍曹は涙声で訴える。既に勇猛な機動歩兵など、どこかへ行ってしまっていた。
なんてことだ≠ニマニングスは思った。ザクのマシンガンとは言え、その口径は生身の人間から見れば大砲である。コクビットに直撃を受ければ即死は免れない。側をかすめただけでも五体満足に生き残ることは奇跡だ。
「黙れ、この赤ん坊野郎がッ!」マニングスはすすり泣くヘイマーを怒鳴りつけた。「貴様はまだ運が良い方だぞ! 何人の人間が死んだと思ってるんだ? 右腕だけなら良い方だ。そんなもの義手で代用出来る。これで故郷に帰れるんだからなッ!」しかし、ヘイマーのすすり泣きは止まらない。
「ヘイマーは生きているが右腕を失くしたらしい。ショックがひどい。早いとこ、どこかの船に乗せよう」
マニングスはクレイにそう言うと、ボロボロになったGMを抱える。2機のボールがそれを更にサポートした。「解った」とクレイは援護に回る。しばらく後退すると、折り良くも損傷を受けて後退中の1隻のサラミス級巡洋艦に遭遇した。
「機動歩兵! どうしたッ!?」
接近する彼らの姿を確認した、巡洋艦の宙測士が呼びかける。
「負傷兵が居るんだ。お宅のクラッシュ・パッド(簡易宿泊所、安宿、浮浪者救護所などを表す)≠貸してくれ」マニングスより早く、ボールのケリーが答えた。
「了解、機動歩兵。今、ドアを開けてやる。ルームサービス付きとは行かんが、安心しろ」艦体下方のハッチがスルスルと開く。
「Thanks!」
指示された通りにヘイマーのGMを巡洋艦のハンガーヘ運び込み、機体を横たえるとハンガー奥のエアロックが開き、中から数人のノーマル・スーツを着用した兵たちが緩いジャンプを繰り返しながら近寄ってきた。その中の一人がマニングス機の足下に来て接触会話を行なう。
「後は任せておけ。それからソロモンの南側が苦戦中らしい。救援を頼む」
「もうソロモンに突入しているんじゃないのか!?」
「ああ。だが突入ボイントが数カ所しか無いんで、思うように行ってないらしい。あらかたのスペース・ポートがソーラー・システムで熔けちまってな……」
「チッ……。このままじゃ駄目だ。我々に補給をして欲しいな」
「O.K.ビーム・ガンでも何でも、この艦の物は勝手に持って行って構わんよ。ただ、クラッカー≠ヘ品切れだ。ウチの連中は先陣だったから派手に使っちまいやがったんでね……」
2機のGMは新たなビーム・ガンを得た。
ボールは新たな弾倉を装填する。簡単な補給を終え、不承不承ながらも4機のMSは再び宇宙の戦場へと出撃して行った。
ミサイルが降り注ぎ、ビームが空を切る。
悲鳴と罵り声。兵士たちの思惑とは無関係に、戦争はなおも続いている。
宇宙要塞ソロモン、南東象限の一角。ソーラー・システムの掃射によって醜く変貌した岩塊に多数の人型が取り付いている。
その中にマニングスたちも居た。だが、ここにも依然として、秩序立った指揮系統は存在していなかった。指揮官不在の戦場。偉大なる狂気のエントロピー。兵士達は、ただ漫然と戦い続けるだけだ。
Dum, Dum, Dum, Dum…Caboom!
「畜生、また殺られたぞッ」
「誰かアイツをタコツボから引っ張り出そうって奴ァ、居ねェのかッ!?」
Zap, Zap, Zap, Zap, Zap……
「F.U.Jesuss, Holy shit!」
「手前ェがやれッ!!」
現在、ソロモンのこの位置に取り付いた連邦軍MS隊は、まるで彼らを待ち構えていたかのように現れた敵MSの猛烈な反撃によって足留めされていた。そのMSはスベース・ポートの跡に丸く開いた穴をシェルター代りに使って立て籠っているのだ。
へばりついているMSの頭上を敵からの曳光弾が通りすぎて行く。敵のこの制圧射撃で、GMは機体の構造上、元から仰角が不足しているメイン・モニター・カメラの付いている頭部を起こすことが出来ない。
突如、上空から1機のGMがビーム・ガンを猛射しつつ飛来した。穴に敵が立て籠っているのを知らないのだ。
Shoo…………Caboom!
穴ぐらから垂直に何か≠ェ発射され、GMを直撃した。恐らくバズーカか何かであろう。GMは四散し、爆発方向に破片を敷き散らした。
「上に上がれば叩き落とされる。かと言って、このままでは敵の姿がつかめない……」マニングスはサブ・カメラで捉えられたその映像を見て、独り言を言った。上、という感覚は、もちろん岩塊表面を基準としたものである。
「何機だと思う?」とクレイ。
「解らん。ただ、さっき見た所では|飾り棒《デコ・バー》&tきが居るのは間違い無い」
「参ったな……」
|飾り棒《デコ・バー》&tき、とは敵の指揮官用MSを指す言葉だ。指揮官機は頭頂部にフィン状のアンテナが付けられている為にこう呼ばれる。しかし戦争も中半になった頃、飾り棒を付けているMSが指揮官機であるという事が広く知れ渡り、指揮官機は集中攻撃を受けるようになった為、多くのMSがこのアンテナを取り外していた。また、電波通信を阻害するミノフスキー粒子の影響下に有る戦場では外装式のアンテナを付けても全くの無駄であり、新鋭機では通信機自体の性能も向上したので、戦争も後半となった現在でも|飾り棒《デコ・バー》≠付けているのはザク≠フ様な旧式機か、己の存在を誇示するに足る技量を持ったパイロットの乗機だけである。
「艦砲の支援を要請すりゃあ良いじゃねェか」ケリーが割り込む。
伏せようの無いボール隊は、数少ない岩陰に隠れて漂っている。伏せているGMの左前方に有る岩陰から離れまいと姿勢制御に必死だ。岩塊表面に伏せている、厳密に言えば岩塊表面にへばりついているGMから見ると、ボールは機体の上下軸を岩塊表面と水平に、機体上部を北極側に向けているので、右方向直角に横倒しに浮かんで見える。しかし、ソロモンの上下軸から考えれば、実はボールの浮かんでいる方向の方が正しいのだ。
「よく考えろ。艦砲じゃ、こっちまで殺られてしまうぞ」
「クラッカー=iMS用手留弾)ならどうだ? ここに居る奴らで誰か、持って無いのかよ?」
「持って無いだろう。有ったらとっくに使っている。おまけにこの距離じゃあ、まず当たらんし効果も無いだろう。相手に首を引っ込められたら終りだ」
「Goddam it……」
…Hoooo, Hoooo, Hoooo, Hoooo…
「誰か笑ってるのか?」かすかな笑い声が、マニングスのコクビットに聞こえてきた。いかにも馬鹿にしきった笑いた。
「俺じゃ無い」ケリーが答える。
「S.O.B.敵だ。ヤツが笑っていやがるんだ……」誰かが言った。敵は彼らを嘲笑しているのだ。
「What a bummer!」
「ふざけやがって、Zeek(ジオン兵の蔑称)め……」
…Hoooo, Hoooo, Hoooo, Hoooo…
笑い声は止まらない。
「Up yours, Suck off!」この雑多な集団の中の1機のGMがやおら起き上がり、ビーム・ガンを盲射ちする。
Zap, Zap, Zap, Zap……
すぐに敵のマシンガンの火線がそのGMを捉えた。
Dum, Dum, Dum, Dum……Caboom!
GMは複数発の命中弾を腹に受け、前のめりに崩れた。
「バカが……」
…Hoooo, Hoooo, Hoooo, Hoooo…
余裕の笑いを立てながら戦闘を行う様な相手は狂人かベテランだろう。いずれにしても、死をも恐れぬ相手であることは確かだ、とマニングスは思う。
Dum, Dum, Dum……
敵弾が虚空に向けて3発、発射された。
「奴の考えは解っている……」クレイが言う。「こっちを挑発しておいて、飛び出じて来た所を狙い撃ちしようという魂胆だ。いかにもジオン野郎の考えそうな事だ」
「俺達は動けないって訳か?」とケリー。
「こっちが動けないのと同時に、相手も動けない」
「じゃあ、お互いに役立たずかよ……」
「そんな事はない。何か方法が有るはずだ」
……オーい、レんボーぐン!! きコえテいルかァァァー!?……
敵兵は言葉を発した。なまりが強く、アクセントも妙だ。それが逆に恐怖を与え、沈黙がその場を包む。
「この局面ではGM≠謔閾ボール≠フ方が動き易いな……」とマニングスがしばしの沈黙を破った。
「おいおい、止めてくれよ。俺達をオトリに使う気か?」
「いや、オトリはGMの方だ」
「何ッ?」
……れンぽーグん、キさマら、ミなゴろシだァァァー!!……
敵兵のわめき声を黙殺し、マニングスは続ける。
「いいか。GMだと射撃ポジションを取るには、メイン・モニター・カメラの仰角が足りないから、どうしても一度起き上がらなきゃならん。サブ・カメラは射撃管制装置に同調して無いからな。その段階で時間をロスしてしまう。敵は穴ぐらから上半身しか出しちゃいないから、こっちよりも姿勢が低い。おまけに姿勢変更のタイム・ロスが無いから断然有利だ。だが、ボールの全高はGMの半分ほどしか無いし姿勢変更も要らん。だからGMが陽動する間に穴ぐらから乗り出した敵をボールが狙撃する」
「危険過ぎないか? 一撃必中で仕止めなければならんのだぞ」とクレイが計画の危険性に念押しする。
「そうだ。問題はボールの武装と射撃管制システムだ。旧式の実体弾砲とお粗末な射撃管制システムでは一撃必中は期し難い」
…Hoooo, Hoooo, Hoooo, Hoooo…
「おい、俺を信用して無ェのかよ?」
「ケリー、チャンスは一回きりだ。本当に出来るか?」
「これでも戦闘艦の砲手課程は取ってんだぜ。もっとも成績不良だったけどな……」
……オーい、レんポーぐン!! きコえテいルかァァァー!?……
「よし、俺の生命を貴様に預ける。タイミングを外すなよ。こっちが起き上がって一射したら、貴様が敵のトドメを刺す。良いな。トッシュ、貴様は俺が起き上がったらケリーを援護してくれ。敵に当てるんじゃ無く、ケリーの援護だ。解ったな」
「了解した」
……れンぽーグん、キさマら、ミなゴろシだァァァー!!……
「あんたら、何をやろうってんだ?」他の部隊のGMが尋ねてきた。
「なぁに、英雄ゴッコだよ。誰かがやらなけりゃあ、皆んな動け無ェからよ……」ケリーが投げやりに答える。
「ブロー(兄弟)、俺達に出来ることは有るかい?」
「とりあえず祈ってくれ。出来れば援護射撃の一つもやってくれりゃあ、有難いけどな……」
「解ったぜ。気合い入れて援護してやるよ」
…Hoooo, Hoooo, Hoooo, Hoooo…
「ホーホー野郎め、今、綺麗にフッ飛ばしてやるからな」ケリーは照準器を眼前にセットする。
「ケリー、トッシュ、準備は良いか?」マニングスの問に、2人は了解を示す。
「NOW!」
マニングス機は素早く上体を起こす。ビーム・ガンを装備した右手が持ち上がり、コクピット正面のモニターの視野が、どんどん上昇して行く。マニングスの身体中に熱いものが駆け巡った。だが背中には悪寒がべったりと貼り付いている。冷静さと激情、良き兵士の資質……。すぐに前方に開いた穴の縁が見え、その中の緑の機体の頭部が見えた。羽根飾りの様な敵の|飾り棒《デコ・バー》≠ェはっきりと見える。その瞬間……。
Zap…………
マニングス機はビーム・ガンの発射トリガーを引いた。マニングスは躊躇する間も無く機体を倒れ込ませる。視野が急激に下降し、射線は穴の縁に突き刺さって行く。
Dum, Dum, Dum, Dum, Dum, Dum, Dum
敵のマシンガンの実体弾がGMの右側頭部をかすめ、右側面のサブ・モニターの映像がブツリと消えた。そこへ友軍の激しい援護射撃が湧き起こる。だが、その射線は敵の頭上へ向かって延びて行く。盲射ちだから仕方が無い。
ケリーはボールのバーニアを僅かに吹かして岩陰の上方、即ちマニングスのGMから見れば左から右に向って移動する。ケリーの照準器内のレテイクルが、マシンガンを射ちまくるザク≠フ頭部と合致した。
「|貰ったッ《I get Zeek》」
Bom…………
ボールの無反動砲が火を吹き、砲弾は恐るべきスピードで砲口を放れる。機体上部のバーニアを吹かし、ボールは再び岩陰へと……。
Caboooooooooooooom…………
敵の射弾がボールの無反動砲を基部からもぎ取って行った。ケリーは反射的に背部メイン・スラスターと姿勢制御ジャイロを作動させる。着弾の反動で機体が後方へ回転したが、とっさの回復処置のお蔭で1/4回転ほどで止まった。
「クソぅッ」死を決意した。だが、次の着弾は無い。「殺ったのか……?」
「ケリー、ボヤボヤするなッ!!」クレイの怒声。「敵は弾倉交換してるんだ!!」
Zap, Zap, Zap, Zap, Zap, Zap, Zap
クレイのGMは立ち上がり、ビーム・ガンのビームの雨を敵に注いでいる。
「くたばれ、ジオン野郎ッ!! 死ね、死ね、死ねェェェーッ!!」
戦場には論理も人間性も無い。戦場での唯一の人間性は非論理だ。理性を働かせてはならない。戦場でそんな事が出来たのは、遥か大昔の事なのだ。昔の戦争の基準で現代の戦争を語ってはならない。なぜと問われれば、現代の戦争はそういうものなのだ、と答える他には無いのだ。
「そうだ……、ブッ殺せ!!」
敵の沈黙は、岩塊にへばりついていた蟻たち=A機動歩兵を勢い付けた。今や誰もが、全ての機体が起き上がり、自分達を地に這いつくばらせていた相手に向って、怒りをぶつけていた。その意志表明は発射した瞬間に正確に相手に到達するビーム≠竕搭覧」に意志を届ける砲弾≠ナあった。
Zap, Zap, Zap, Zap, Zap, Zap, Zap
「Fuck off, Zeek!」
Bom…, Bom…, Bom…, Bom…
「貴様はなんて良い奴なんだァァァーッ!!」
「愛してるぜェェェェーッッ!!」
Heeeeeeeeeeeeeee, yaaaaaaaaaaaaa!
ヒトの中の獣が解放された。それはクレイの憎悪に満ちた一言が引金になったのだ。弾着で湧き起こった砂煙が敵の潜む穴を包み込む。
…Hoooo, Hoooo, Hoooo, Hoooo…
もう笑い声を上げるのはこちらの番だ。笑いはたちまちのうちに伝染し、砂煙と同じ様に、この雑多な兵士の集団を包み込んで行く。
良識有る人々≠ヘ、写真や書籍で戦争の下らなさ≠知ったと言う。だが、それは大きな過ちである。戦争という行為そのもの≠ヘ非常に真面目な物であり、一種神聖≠ネものなのだ。それから目をそむける人間には、一生かかってもマニングスやクレイの、いや、この場に居合わせた全ての兵士の感情は理解できないはずだ。本当に下らないもの≠ニは、戦争を手段に使っているものの方だと気が付いていない人々には……。兵士たちはそれを理屈では言い表せない。彼らは自分自身の感性で、それを知っているのだから。
マニングスは呆然としていた。この光景を少し美しい≠ニ感じたのは確かだ。だが、その美しい≠ニいう感情は危険すぎる。パーティーの時間は終りだ。
「|射ち方やめッ《シーズ・ファイア》、|射ち方やめッ《シーズ・ファイア》!!」と大声で怒鳴った。「|射ち方やめッ《シーズ・ファイア》、|射ち方やめッ《シーズ・ファイア》!!」
マニングスのヒステリックな叫び声を受信すると、MS集団の銃砲撃は次第次第に小さな物になって行った。
Whaaaaaaaaaaaaaammmm…………
突如、彼らの眼前に太陽≠ェ昇る。無論、良く考えてみれば太陽≠ナは無い事は解る。それはスラスター炎が作り出した巨大な光輪だった。
「な、何だ……。あれは……」
マニングスたちには、その光輪の主がビグ・ザム≠ニ呼ばれる敵の巨大モビルアーマーだとは知る由も無い。増してそのMAを駆るのは敵将、ドズル・ザビであることなど知りようも無い。光輪は主力艦隊の集結宙域へ向って、見る間に小さくなって行く。やっと我に返る、哀れな蟻たち……。
「敵の新兵器か……。もう俺達にゃ関係無ェな」とケリーの独り言。声がしわがれている。もう戦果も手柄も欲しくは無いといった感じだ。やがて主力艦隊集結宙域と思われるあたりで、立て続けに派手な爆発が起きた。宇宙の静寂が突き破られる。
「主力艦隊、手ひどくやられている様だな」クレイの声は、すっかり一時の激情から醒めていたが息遣いは荒い。
敵の噴射炎の横から、二つの小さな光の点が向って行く。どうせ、どこかの英雄さん≠セろう、と蟻たちは思う。その2つの点は1つになり、小さな爆発の後、大きな光の泡が弾けた。泡は拡散し、再び虚空に静寂が蘇る。
戦争、平和、文化、人間の営み……。悠久の時の流れから見れば人間の歴史など、こんな光の泡に過ぎない。だが、果して……。
その時、マニングスは何か≠悟った。
私は緑の樹々や赤い薔薇たちも知っている。
それが私と貴方たちの為に咲いているのを知っている。
そして私は私自身に問いかける。
What a wonderful world
誰かが旧世紀の黒人ジャズ・スターが生んだヒット曲を歌い始めた。
クレイは乗機を、すっかり形の変ってしまった穴の縁へ移動させた。既に|飾り棒《デコ・バー》&tきのザク≠フ上半身は原型をとどめぬほどに破壊されていた。コクピット・ハッチが開いているのが見える。コクピットにカメラの焦点を合わせると、無人だった。敵のパイロットは脱出したのかも知れない。クレイは醜く変形したザク≠フ頭部をGMにつかませると、放り投げた「クソッ……」彼の憎悪そのものは、未だ消えてはいない。この先も消えないのだ。悪いことには、その憎悪は後に人間全体に向けられる事になる……。
パッ、パッ、と虚空に白い発光弾が次々と撃ち上げられる。作戦終了の合図である。ソロモンは陥ちたのだ。
「嫌だ。俺は絶対に帰らないぞ! この穴ぐら≠ヘ俺達が奪ったんだ。誰にも渡すもんか。俺はここに居るんだッ!!」誰かがわめく。マニングスにも、その気持ちは理解できた。この場の誰もが理解できた。だが、それは軍隊の作戦行動という枠の中では、どうしようも無い物だ。
私は赤ん坊が泣いているのを聞く。
私は彼らが育つのを見守る。
彼らは私が知っていることよりも、もっと多くの事を知るだろう。
そして私は私自身に問いかける。
What a wonderful world
そう、私は私自身に問いかける。
What a wonderful world
ああ……
マニングスにはこう言うしか無かった。
「撤収だ。全機、母艦に帰投するんだ……。馬鹿騒ぎは終りだ。戦闘は終ったんだ……。
PERIOD OF SENTINEL0079