ダーティペアの大乱戦
高千穂 遙
目次
アクメロイド殺し
第一章 んまま、あれが噂のクラッシャー!
第二章 やってばやっ。ヤクザのアホっ!
第三章 災厄の島、危機一髪
第四章 行くわよ、嵐の殴りこみ!
第五章 つけてみせます。華麗な決着
そして誰もしなくなった
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アクメロイド殺し
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第一章 んまま、あれが噂のクラッシャー!
1
海である。
それはもう、思いっきり海である。
海のほかには何もない。見渡す限りどこまでも、海がつづいている。
海の惑星、ドルロイ。
とにかく海ばっかりの星なのだ。大陸なんて呼べるほど大きな陸地は、ドルロイにはひとつもない。あるのは無数の島だけだ。コバルトの、目もくらむような鮮やかな色彩の中に、ぽつりぽつりと小さな島が浮かんでいる。孤島だけじゃなくて、列島とか群島とかっていう島の集団もけっこうあるんだけど、だだっ広い海にまわりを囲まれていると、そんなのまるで目立たない。ちょっと大きめの島だなあって感じ。じっと見つめていると海の迫力に圧倒されて、思わず水着に着換えたくなってしまう。
でも、あたしはその衝動を必死で抑えつけた。抑えつけながら、思った。
ドルロイを見なきゃいいんだ。見ちゃうから衝動が起きる。できればメインスクリーンの映像を切ってしまうのがいい。だけど今は、衛星軌道から降下中。映像は切れない。そんなことしたら、主操縦席でレバーを握っているユリに、ぶっ飛ばされる。ねちねちと嫌味も言われる。高度五千メートルなのに、パラシュートもハンドジェットもなしで〈ラブリーエンゼル〉から放りだされる。
「なに、ぶつぶつ言ってんの?」
ユリが訊いた。
「べつに……」
エメラルドグリーンに染まっているメインスクリーンから目をそらし、口笛を吹いて、あたしはその場をごまかした。
悲しいことに、あたしたちは仕事でドルロイに来たのだ。
ソラナカ部長ってば、嬉しそうにドルロイの説明をしてからガラリと口調を変え、休暇じゃないんだぞって付け加えた。
そんなことは百も承知なのに(二十くらいかな)。
今だって、あたしたちは使命感に燃えちゃっている。
重傷を負った女の子を〈ラブリーエンゼル〉に乗せているのだ。
ムギとあたしとで応急手当したけど、このままじゃ危ない。一刻も早く病院に運ぶ必要がある。
そもそも巻き添えをくったのは、あたしたちのほうなのだ。
入国審査のために、ドルロイの中継ステーションにドッキングした。
標準時間で四時間ほど前のことである。
ステーションは、いかにも精密機械工業で名を売っているドルロイらしく、直方体をいくつも組み合わせたややこしい形状をしていた。しかし機能性は抜群で、将来に備えて、いくらでも大型化が可能なように構造が工夫されている。
ムギを残して船を降り、二人乗りのカートに乗った。カートでユニットの結合チューブを抜け、ロビーに向かう。ロビーに隣接して、入国審査室がある。ロビーを横切り、カートに乗ったまま入国審査室にはいった。
審査は、ものの数分で終わった。でも、審査が完了しても、すぐには地上に降りられないことがわかった。宇宙港が満杯で、離着床にあきがないのだ。ちっぽけな島のひとつを削って建設したから、ドルロイの宇宙港はすごく狭い。十隻も降りたら、離着床は全部埋まってしまう。航空機みたいになっている水平型の宇宙船なら滑走路に降りて格納庫に入れてもらえばいいけど、あたしたちの〈ラブリーエンゼル〉は全長八十メートルの垂直型外洋宇宙船。専用の離着床がなかったら、どこにも降りらんない。
しょうがないからロビーで時間をつぶそうと、あたしたちはカートを捨てた。お船に戻っても良かったんだけど、ユリと二人で(ムギもいるけど)窮屈な船内で顔つきあわせているのも芸がない。それにロビーなんかをぶらついていれば、うまそーな坊やに接近遭遇する可能性だって生まれる。もちろん、大金持ちのすてきなおじさまだって構わない。あたしゃ贅沢は言わないんだ。富と美貌さえ、規定のレベルに達していれば、年齢なんて無視してあげる。
なんて野望を胸に秘めて、あたしたちはロビーにでた。
ところが。
そこに持っていたのは。
目を疑うような光景。
うまそーな坊やじゃない。
すてきなおじさまもいない。
最初に視野に飛びこんできたのは、ばかでかい垂れ幕だった。
『ドルロイに国民議会を!』って書いてある。
『憲法を制定しよう!』なんて垂れ幕もある。
そして、耳をつんざく演説の声。
これは、つまり。
デモではないか。
四、五十人はいるだろうか。ロビーを一群の若者が占拠している。手に手に垂れ幕やらプラカードやらを持ち、列をなして練り歩いている。ビラを配り、行き交う人に署名を求めている連中もいた。
「こんなとこで、デモ!」
ユリがあきれて目を丸くしている。
あたしも開いた口がふさがんない。
あによ、これ。邪魔くさい。事情をよく知らなかったあたしは、むかっ腹を立てた。第一、これじゃ、かあいい子もおじさまも逃げてっちゃう。
「抗議しようよ、ケイ!」
口をとがらせて、ユリが言った。抗議の理由は、あたしのそれと大差ないらしい。目の色でわかる。
けど、抗議ったって、誰にどう言やいいのさ。中継ステーションのロビーでデモだなんて、前代未聞だよ。合法的かどうかも判断がつかない。
「あたし言ってくる」
ためらっているあたしを見て、ユリが身をひるがえした。たくもう、ユリってば、いつもは優柔不断でぐずぐずと迷ってるくせに、こーいうことになると、さっさと動きだす。
「ちょっと待ってよ」
あたしは腕を握り、ユリを止めようとした。
そのときだった。
デモ隊の中から、悲鳴があがった。
すさまじい悲鳴だった。一人の声じゃない。何人もの絶叫が重なっている。源は、よくわかんない。デモ隊のあっちのほう。ロビーの反対側らしい。
デモ隊の列が崩れた。左右に割れ、逃げまどうように、横に広がった。
デモ隊が、こっちに来る。
かわす間もない。
人間の急流である。
あっという間に巻きこまれた。
悲鳴はいよいよかまびすしい。あたしたちは、どつかれ、振りまわされ、もみくちゃにされた。
「ぶっ殺してやる!」
悲鳴に混じってドスのきいた胴間声が響いた。
なんなの、あれ?
ユリと二人でいぶかしんでいると。
すぐに、その野蛮な声の主が、人波の向こうから出現した。
これは三十人ってとこだろうか。デモ隊よりもちょっと少ない。しかし、デモ隊よりも百倍くらい迫力がある。
一瞬、ガードマンかと思った。
でも、そうじゃなかった。
かれらの姿をちゃんと見たら、それがわかった。
みんな制服なんて着ていない。面構えは凶悪無比。身にまとっているのは、よれよれになった小汚いシャツやズボンで、腰に吊るしたホルスターに、レイガンやら大型のハンドブラスターやらをこれみよがしにぶちこんでいる。
間違いない。
こいつらはヤクザだ。
武装したならず者。
屑である。
屑が、デモの参加者を手当たりしだいに殴り、蹴散らしている。容赦ない。無抵抗の若者をいきなり床に叩きつけ、そのからだを靴のかかとで踏みにじる。
血が流れ、骨の砕ける育がロビーに反響する。
頭《たま》にきた。
全身が熱くなった。
こんなの見たら。
やることはひとつだ。
2
ダッシュした。
怒りに燃えて、騒乱の中心に突っこんでいった。
あたしたちは、いつもの格好じゃなかった。
いつもは、ぎりぎりのラインで胸を覆っている銀色の襟付き短上着と、それと同色の、裾が太ももの付け根いっぱいで浅くV字形にカットされたホットパンツを身につけている。靴は、ヒールが七センチの編みあげブーツだ。腰にはホルスターと一体になったベルトを巻き、あたしはヒートガン、ユリはレイガンをその中に納めている。
しかし、きょうのスタイルは違った。
ごくふつうのスペースマンが着用しているスペースジャケットを着ていた。むろん、それなりに洒落たやつだが、べつに特注でもなんでもない。長袖で、からだにぴったりと合ったオーバーオールである。色は、あたしがメタリック・バイオレットで、ユリがサンシャイン・ゴールド。ホルスターは二人とも下げていない。
ぬわなんと、丸腰である。
ヒステリックな笑い声をあげて、倒れて動かない坊やの腹を執拗に蹴りまくっているグロテスクな相貌のヤクザがいた。顔の右半分がサイボーグ化されて、鈍く光る金属カバーが剥きだしになっている。カバーを人造皮膚で覆っていないのは、改造費をケチったからだろう。
んでもって、そいつが、あたしのいちばん手近なとこにいた。
そいつの前に立った。
ものも言わず、あたしは腰に手をやった。
空振りした。
あらら、そうだった。銃がなかった。
「なんだ、てめえは!」
坊やを蹴るのをやめて、鉄板あたまがあたしに向かって凄む。
かっこつけんじゃないよ。
あたしは飛んだ。
目標は金属カバーと生身との継ぎ目。
相手の目の高さまでジャンプして、右足を水平に蹴りだした。
鋭く尖ったヒールを、ばっちし継ぎ目にぶちこんだ。
額のあたりから火花を散らし、苦悶の叫びをあげて鉄板あたまはひっくり返った。こめかみがぱっくりと裂け、メカと肉が一緒になってはみだしている。
床の上で、どたんどたんと痙攣するようにのたうつ。
あたしは坊やを抱き起こそうとした。
握った手が冷たくなっていた。
やってくれるじゃない。
あたしのすぐ横でヤクザが二人、宙を舞った。弧を描き、真っさかさまに墜落する。
鈍い音がした。
短く呻き、ヤクザは白目を剥いて気を失った。
ユリだ。ユリが連撃で、二人いっぺんに蹴り倒した。
激怒っている。ユリが目を吊りあげて。怒りで全身を震わせている。ああなると、ユリは本当に怖い。白い頬を紅潮させ、長い黒髪を振り乱して、ヤクザに突っかかっていく。
あたしも負けてらんない。
騒ぎを聞きつけて、三人ほどこっちにやってきた。
素直な獲物である。
さっそく仕留めた。
足を払い、みぞおちに膝をぶちこみ、エルボーで顎を砕いた。
最後に転がったところをまとめてヒールで踏みしだく。
二秒くらいで、三人ともおとなしくなった。
「まっ、セオリーどおり」
二メートルは優にありそうな巨漢の首を百八十度ばかりねじ曲げながら、ユリがちらりとあたしのほうを見て言った。
余裕あるじゃん。この子ってば。
「ざけやがって!」
ヤクザが団体で集まってきた。
あたしとユリを取り囲む。
「なにもんだ!」
耳障りな声でわめいた。
うっさいわね。ガタガタ吠えんじゃないよ。
あたしは、ずいと前にでた。
いならぶヤクザを鋭く睨みつけ、口を開いた。
「死にたかったら、かかっておいで! あたしはス……」
「ケイっ!」
ユリがストップをかけた。
あたしは声を呑みこんだ。
ごくり。
思いだした。
今回は名乗れないんだ。|WWWA《スリーダブリュエー》の名も、ラブリーエンゼルのコードネームも。どっちも表にはだせないんだ。ましてや、いっちゃん知られているダーティなんとかなんて絶対にだめ。
銀河連合の中央コンピュータの指示である。この一件は秘密捜査でやれ。そう命じてきた。だから、服だって、こんなのを着てるんだ。うちらとしては、その指示を守んなきゃなんない。
「死にたかったら、なんだって?」
下卑た薄ら笑いを口の端に浮かべて、ヤクザが包囲をせばめてきた。実にまあ、醜い顔が、これだけ集合したもんだ。原始人の展示場だね、こいつは。
などと感心しているバヤイではなかった。間合いはじりじりと詰まっていく。
どーしてくれようか、この連中。このまんまだと、うちら袋叩きだよ。
あたしはユリと顔を見合わせた。ユリの頬がひきつっている。知らなかった。看板しょえないってのが、こんなに辛いものだって。忌まわしくてもいい。おぞましくてもいい。名前は大切にするもんだ。
迫ってきた。
ティラノサウルスがくしゃみしたような顔がずらりと並ぶ。壮観だが、見たくはない。
わあん。
喚声があがった。
きゃ!
いちおう、かっこつけて目を閉じ、怯えてみせる。両の拳を揃えて口もとを覆い、おせなをかーいく丸める。
悲しい性《さが》。この期に及んでも、受けを狙ってこういうことをしてしまうのだ。
しかし、なあんも起こらない。
「てっ、てめえら!」
あせり狂ったヤクザの声が響いた。それに、なんかやけにざわついている。
ひょっとしたら。
目をあけてみた。
おっとォ、やっぱり。
デモ隊がヤクザに襲いかかっている。
不意を衝かれ、算を乱したデモ隊は、あたしたちが連中をひきつけたために、体勢を立て直すことができた。おまけに、あたしたちを囲もうとして、ヤクザは一箇所に集まってしまった。
あとは、それをさらに包囲しちゃえばいいのである。
手にしたプラカードやその辺から引き抜いてきた金属棒で、デモ隊はヤクザに殴りかかった。
三十人対五十人の集団決闘。
大乱戦である。
状況は五分と五分って感じ。デモ隊は、場慣れしてないところを、数で補っている。
「へっへっへっ」
あたしは指の関節を鳴らした。
こんなもんよ、世の中ってば。
「安易ねえ」
ユリがため息をつく。
ぐちゃぐちゃになった人垣の中から、ばかでかいヤクザが弾きだされるように飛びだしてきた。
うしろから、いきなり押されたのだろうか。すごい勢い。あたしたちのほうにまっすぐ突進してくる。
これは歓迎してあげなくっちゃ。
あたしが右腕、ユリが左腕を水平に突きだした。
ダブル・ラリアート。
相手が大きすぎて、胸のあたりにしかヒットしない。
それでも、そいつは仰向けにふっ飛び、後頭部から床に落ちた。
ぐしゃり。
首が、あらぬ角度で折れ曲がる。
「ちくしょう! くそったれ!」
どっかで、派手にわめき散らしているやつがいた。
むろん、ヤクザだ。デモ隊じゃない。
「殺っちまえ!」
物騒なアジテーションが、それにつづく。
その叫びに呼応するように。
光条が走った。
レーザー。そして、ハンドブラスターの火球。
あたしの目の前で、デモ隊の一人が、顔を灼かれた。
火球がロビーの壁で炸裂し、オレンジ色の炎が四方に散った。
狙いも何もない。やけくそで撃っている。
わっ、と人波が揺らいだ。
敵も味方も滅茶苦茶になった。
3
「お寄こし!」
目を丸くひらいたままのびているヤクザがいた。
ヤクザだから、腰にガンベルトを巻き、ホルスターにレイガンを突っこんでいる。
そのレイガンを、あたしは奪った。
まわりは逃げまどう人々で、びっしりと埋まっている。その中には、乱闘に加わってなかった人も含まれている。なにしろ宇宙ステーションのロビーで何十人というヤクザがハンドガンを撃ちまくっているのだ。みんなやじ馬どころじゃない。流れ光線を避けるのに必死である。
渦を巻く嵐のような奔流にもまれながら、あたしはレイガンでヤクザを狙った。場所が場所なので、エネルギーレベルはミニマムに設定した。とりあえず、致命傷を負わせる必要はない。ガンを撃ち落とすか、壊しちゃうのが先だ。
あたしは人の流れのリズムを読んだ。怖いのは、トリガーボタンを押した瞬間にからだを持っていかれること。いくらミニマムに絞ってあっても、当たりどこが悪きゃ、いちころだ。
照準は無視した。無視して、相手を捕捉したら、ほとんど反射的にトリガーをプッシュした。狙いをつけてる時間なんて、一秒の百分の一くらい。勘で撃ってるみたいなものだ。でも、それが、こんなときにはいちばんいいやり方だろう。なまじ慎重にサイトを覗いていたら、絶対に別人をぶち抜く。
あたしはつづけて五人ほどヤクザを仕留めた。その間に、一度だけ獲物を横取りされた。トリガーを押す寸前。斜め右手からきた光条が、相手の肩を貫通したのだ。おかげで、あたしは狙いを外し、デモ隊だがやじ馬だかの首筋を見事に灼いてしまった。擦過しただけだから命に別状はなかったと思うけど、やばいなあ。
横取りしたのは、たぶんユリだ。あたしは、人波の中でユリを見失っていた。レイガンを奪おうとしたときである。ユリもあのとき武器を調達しに行ってたに違いない。さすがに一緒に訓練を受けた相棒。考えることは同じである。
あたしは、標的を求めてロビーをあちこち移動した。目標は、ときおりほとばしる光線や火球だ。その源に、ターゲットが潜んでいる。ターゲットは、もうそんなに多くはない。ユリとあたしががんばれば、あとちょっとでかたがつく。
まじに、そう思った。
それが、早計だった。
ヤクザは、自分たちが着実に追いつめられているのを悟っていた。
正面切っての戦いならいざ知らず、どこやらからこっそりと狙われて、仲間がつぎつぎとやられていくのだ。
緊張がつのる。
激しくつのる。
それが、次第に恐怖に変わっていく。
恐怖は急速に膨れあがり、爆発して重度のヒステリーをもたらす。
パニックだ。
素手の相手がパニックに陥るのは、さほど危険なことではない。
問題は、そいつが武装しているときだ。
それも、火器だけでなく、手榴弾やハンドナパームを持っていたとしたら。
剣呑なんてもんじゃない。
狂戦士《バーサーカー》だ。
見境なく死を振りまく伝説の竜騎兵。
そんなやつ絶対に、いてほしくない。とくに、あたしの近所には。
でも、いた。
それも、ざっと十人ばかし。
よりによって、宇宙ステーションのロビーだよ。火器の使用だって相当やばかったのに、爆弾とかナパームなんていったら。
大惨事が起きちゃう。
で、結局。
起きた。
いきなり爆発した。
手榴弾をばらまいたのは、あたしには見えなかった。爆発してはじめて、しまったと思った。相手はヤクザだったのだ。まともな人間じゃない。頭に血が昇れば、状況にかかわりなくなんだってやる。
気がついたときは、いつだって手遅れ。
ロビーのそこかしこで、壁が吹き飛んだ。床材がはがれ、鉄骨やらプラスチックの塊やらが舞いあがり、人間がバラバラになった。
魂消る悲鳴、絶叫が空間を隈なく満たす。その合間を縫って、すさまじい爆発音が、つぎつぎと轟く。
炎があがる。衝撃波が行き交う。天井が落ちてくる。人工重力が部分的に失せ、物や人が浮いたり転がったりする。
阿鼻叫喚。
陰惨無比。
狂乱の地獄絵図である。
警報がけたたましく鳴り響き、防火シャッターが降りてきた。スプリンクラーからは消火剤が撒かれ、非常口ではランプが忙しく点滅する。
五体無事な人々が、非常口に殺到した。
こうなると、もうヤクザもデモ隊もやじ馬もない。
みんな我を忘れて生き伸びることを考える。
修羅場に慣れていないのだ。こんなとき、うちらは強い。なんたって、てがけた事件がすべて修羅場になっている。自慢じゃないが、こーいうのは、何度も経験してきた。
ちょいと間を置いた。
潮が引くように、ロビーにいる人間が避難して少なくなってきたところで、ようやくあたしは行動を開始した。
爆発はおさまったが、火災がすごい。ナパームを使ったからだ。あたり一面、火の海になっている。でも、まだ脱出は不可能ではない。点滅するランプを見ればわかる。いくつか非常口が開いている。あせって殺到し、踏みつぶされて死ぬほうがよっぽど怖いのだ。
燃えさかる炎をかわし、あたしはいちばん近い非常口に向かった。もうロビーにはほとんど人影がない。ランプの点滅も速くなってきている。これはまもなく最後のシャッターが降りるという合図だ。さすがに、こうなったら、ちょっと急いだほうがいい。ユニット式のステーションは、シャッターを閉め終えると、類焼を防ぐためにユニットを切り離して捨ててしまう。炎が壁の中を伝ってくるおそれがあるからだ。
瓦礫を踏み分け、穴ぼこや、火花を散らす障害物をかわして、あたしは進んだ。
非常口が近づく。
あと少し。あと七メートル。いや五メートル。
煙がひどい。息が苦しい。目がかすむ。
「ケイ!」
声がした。
ユリの声だ。あたしのうしろのほう。
あわてて振り返った。
深い霧のように視野を覆う白い煙。その向こうに、うごめく影がある。
ひとつじゃない。ふたつ。一方が一方を支えている。
「ケイ!」
ユリが叫ぶ。支えているほうがユリだ。
「この子、息があるのよ!」
どうやら、ユリってば、負傷者を見つけちゃったらしい。
見つけたら、助けるのは当然。
あたしは戻った。
ユリの姿が見えた。
負傷者は、女の子。十八、九歳ってとこ。あたしたちと同い年くらいた。服がボロボロで、全身が煤にまみれている。意識は混濁しているらしいが、ユリの動きには反応する。それで、なんとかここまで担いでこれたのだろう。
「急いで!」あたしは手を貸した。
「シャッターが閉まっちゃう」
あたしの背中に女の子を乗せ、脇からユリに支えてもらった。
あせって非常口に向かう。
しかし。
遅かった。
あたしたちの目の前で、シャッターが降りた。ほんとにもう、くぐる寸前だったのに。
じきにユニットが切り離される。
打つ手は。
あとひとつ。
一応、二重三重の策が用意されているのだ。
非常口の横だ。
そこに緊急用の脱出キットが収納されている。
ケースを蹴破った。
中から簡易宇宙服を引きずりだした。
薄い素材にちゃちなヘルメット。それに小さなボンベがくっついている。おもちゃみたいだが、これで十分から十五分は宇宙遊泳ができる。出力は弱いけど、通信機も装備しているし、小型の推進装置だってキットにははいっている。こんなのでも、放棄されたユニットから脱出して、別のユニットに辿りつくくらいの役には立つのだ。
まず、負傷している女の子に宇宙服を着せた。つぎに、あたしとユリもそれを着た。
脱出口はケースの奥にある。こういったことは、みんな規定で定められていて、どのステーションでも共通になっている。
「ケイ」ユリが言った。
「この子、重傷よ。すぐに地上の病院に入れないと助かんないわ!」
「わあった」あたしは答えた。
「まかしといて」
ケースの中にもぐりこみ、脱出口のレバーをオープンにセットした。
ユリと二人で、女の子を抱きかかえる。
三つ数えた。
脱出口のハッチが吹き飛んだ。
と、同時に。
ものすごい勢いで空気が外に噴出する。
あたしたちも空気と一緒に外に放りだされた。かなりのG。弩に弾かれるって、こういう気分に違いない。頭がくらくらする。
すかさず推進装置を作動させた。
減速しながら、姿勢を安定させる。さらに進行方向も制御する。
行先は、ステーションにドッキングしているあたしたもの船だ。ステーションの別のユニットには行かない。外から〈ラブリーエンゼル〉に乗船し、そのまま地上に降りる。
炎上するユニットが本体から切り離された。
あたしたちは、漂うように〈ラブリーエンゼル〉に接近する。
「ムギ……」
あたしは通信機で船内に呼びかけた。電波電流を自在に操る能力を持つクァールは、この通信を直接キャッチする。
「あたしよ。外にいるの。エアロックを開けて」
ほとんど間を置かなかった。
するりとエアロックが開いた。
弱い衡撃波がきた。
どうやら、切り離されたユニットが爆発したらしい。
悪くないタイミングである。
危機|三髪《ヽヽ》くらいであった。
4
応急手当で、女の子は命をとりとめた。
名前はワーニャ。
重体は重体だけど、意識も回復した。
囁くような声で、ミストポリスには行かないでくれと言う。ミストポリスはドルロイの首都だ。首都なら、いくら辺境の星だって少しはましな病院もあるだろうに、どうしても嫌だとワーニャは繰り返し主張する。
あたしが困っていると、クラーケンに相談して、とワーニャは言った。
クラーケン。
キャナリーシティの市長だ。キャナリーシティは、ドルロイ第二の都市である。もっとも、ドルロイにはミストポリスとキャナリーシティしか町らしい町がない。ミストポリスは人口七千。キャナリーシティは人口五千弱。どっちも、都市とはとても呼べない。ふつうの惑星国家なら、クラーケンは市長じゃなくて町長である。
「クラーケンか……」
あたしは、つぶやいた。
〈ラブリーエンゼル〉の降下は、まだつづいている。今は高度四千メートル。そろそろ着陸のことを考えねばならない。
ワーニャは、あのあと麻酔を打って、眠らした。だから、強引にミストポリスの病院に収容することも可能だ。
でも、そういう後味の悪いことは、できるだけ避けたい。
あたしは髪をかきむしった。
ちょっと癖のある赤毛のウルフカット。リオネスを発つときにセットしてきたばかりだけど、しょーがない。いらついたら、かきむしってしまう。
いらいらいら。
決めた。
ややこいのは、ごめんだ。
「クラーケンとコンタクトするわ」あたしはユリに言った。
「メインコンピュータも提訴者とのコンタクトは認めているのよ。完全秘密捜査にはしないかんね」
「好きにして」ユリは肩をすくめて、応じた。
「今のあたしは一介のパイロット。飛行以外の判断は、みいんなあなたに任せちゃうわ」
つまり、面倒なことは全部あたしがやれと言っているのだ。
いつもながら、ずっこいやつ。
あたしは通信機のスイッチをオンにした。
クラーケンを専用チャンネルで呼びだす。秘密捜査だから、映像は送らない。万が一、傍受されていたら、あとが厄介だ。発信位置も、できるだけキャナリーシティのあるナイマン島に近い場所にした。高度は三千五百。ナイマン島を中心にして半径八十キロで旋回する。
応答は、早かった。クラーケン自身がでた。
「提訴受けたわ」
コードネームすら告げずに、あたしがそう言うと、クラーケンはすぐにその意味を理解した。
「待ってたんだ。来るのを」
「ステーションでの事件、聞いてる?」
あたしは尋ねた。
「聞いた。巻きこまれたのか」
「ワーニャって子を乗せてるの。重傷を負ってるわ。どうしたらいい?」
「ワーニャが、そこに?」
「至急、入院させないと危険だわ」
「宇宙港に降りてくれ。迎えに行く」
「離着床が埋まってるのよ」
「あけさせる。構わないから、そのまま向かうんだ。でも、絶対にミストポリスの病院には入れないように」
「ワーニャも同じことを言ってたわ」
「わけありなんだ。ステーションでの一件もそれがからんでいる。提訴したのもそうだ。事情はあとで話す」
「それがいいわね」あたしは言った。
「もう通信は切るわ。宇宙港で会いましょう」
「ワーニャを頼む」
「任せといて」
オフにした。
「なんか、反応は?」
あたしはユリに訊いた。
「大丈夫ね」ユリは計器をチェックした。
「作為的な割りこみはなし。あれだけ指向性を持たせたんだし、傍受もなかったんじゃないかしら」
「だといいけどね」
あたしは宇宙港からのビーコンの映像をメインスクリーンに入れた。
それから宇宙港を呼びだした。
驚いたことに。
離着床があいていた。
「クラーケンてば、やるじゃない」
あいてるってことは、一隻飛ばしたっていうことだ。どんな船を飛ばしたのか知らないが、使った時間からみて電話一本で船長に緊急移動を承知させたに違いない。船長や船主に、よほど信頼されていないとできない離れ技である。
宇宙港の上空に到達した。
前にも言ったけど、島ひとつを削ってつくった宇宙港だ。たしかに狭い。ったく、こんな海ばっかりの星。どうして開発する気になったんだろう。地球連邦が、よく移民を承知したもんだ。これじゃ、植民規模が開発経費に見合わないよ。改造も楽じゃなかったろうし、やったやつの顔が見たいね。
着陸OKのサインがきた。
ユリが、まじな表情《かお》してレバーを操作する。なんたって、救急車をやっているんだ。そっと降りなきゃ、やばい。
垂直降下態勢にはいった。
高度を下げる。噴射はめいっぱい。この際、省エネルギーはなし。
ランディング・ギヤをだした。サブスクリーンに、宇宙港から送られてくる〈ラブリーエンゼル〉の映像を入れた。鮮やかな蒼空に、スカーレットの船体がくっきりと浮かんでいる。ぎゅっとウェストがくびれた紡錘形のフォルムが、なかなかセクシー。大小四枚のフィンがエンジンまわりを飾り、その先端では信号灯が規則的に明滅を繰り返している。
「百。八十。六十。四十……」
あたしが高度をカウントする。いやあもう、こんな慎重な降下は生まれてはじめて。いつもだったら、すとんと落として、どかっと着陸。豪快極まりない。
エンジン音が、急速に甲高くなった。逆Gが生じ、ふわりと浮くような感覚がくる。
離着床が、もうすぐそこ。
と、思う間もなく。
ランディング・ギヤが接地した。
ユリが動力を切る。
ショックアブソーバが沈みこむやわらかいショックが、さざ波のように船体を走った。
着陸完了。
「やれば、できるわねえ」
あたしは感心した。
「やだあ、いつもと同じよ」
ユリがにこっと笑って身をよじった。
いつもと同じで、ふざけた女である。
係留手続きを済ませ、船を降りた。ムギはお留守番である。悲しそうに啼いて同情を引こうとするが、方針を変えるわけにはいかない。クァールなんて連れてたら、あっという間に正体がバレちゃう。こんなのペットにしてるのは、銀河系広しといえども、あたしたちだけである。たてよこ二メートルの名刺を背中に担いで歩いているようなものだ。
タワービルのロビーにでた。ワーニャはホバーベッドに載せた。この宇宙港は小粒だが、自動走路や人工重力エリアがこまめに配置されている。さすがはドルロイの表玄関。中継ステーションもそうだったけど、機能が充実している。
「ワーニャ!」
ロビーにでると同時だった。
若い男女が、わらわらとあらわれ、あたしたちを取り囲んだ。いや、ちょっと違う。正確にいうと、あたしたちが運んできたワーニャのホバーベッドを取り囲んだ。
男も女も、二十歳前後の若者だが、あたしたちには見向きもしない。ワーニャのまわりに群がって、「しっかり」だの「がんばって」だのと声をかけている。
「ありがとうございました」
そのさまをぼんやり眺めていたら、横から唐突にお礼を言われた。
びっくりして、振り返る。
すると、そこには。
趣味のいいスーツでばしっと決めたハンサムがひとり。
年の頃は二十七、八。
髪はブロンド。
すずやかな、アンバーの瞳。
長身じゃないけど、均整の取れたスタイル。
甘めの顔立ちは、しかし、どことなくきりっとした雰囲気がある。
「わたしがクラーケンです」
やわらかい、印象的な声で男は言った。
この男がクラーケン。
キャナリーシティの市長。
アクメロイド殺しの提訴者。
二枚目で、知性も充分。
わお。
独身かしら?
5
滑走路に、型の古い短距離離着陸機《STOL》が持たせてあった。二十人くらい乗れる機体だ。これがナイマン島と宇宙港とを結んでいるシャトルらしい。あたしたちからの通信を受けてすぐに人を集め、クラーケンはこいつで宇宙港に飛んできたのだ。着陸やら係留やら、いろんな手続きであたしたちにロスタイムがあったとはいえ、こんなポンコツで、よくあたしたちとほぼ同時にタワービルのロビーに到着したものである。
クラーケンの連れてきたドクターが簡単にワーニャを診察し、それから彼女をホバーベッドごとSTOLに積みこんだ。ワーニャは内臓をひどくやられているが、命には別状ないとドクターは言う。けっこう。助けた甲斐があった。
クラーケンに促され、あたしたちもSTOLに搭乗した。わいわいと騒がしいお仲間たちも一緒だ。クラーケンが、かれらを海洋開発ラボのスタッフだと紹介した。何のことだか、よくわかんないが、まあいずれ明らかになるだろう。スタッフのリーダー格は、ガービイというひょろっとした学究肌の青年だった。あたしがクラーケンに秘密捜査でいくと話をしたので、クラーケンはかれらにあたしたちのことを研究の応援にきた大学の後輩だなんて説明してしまった。おかげでガービイってば、専門用語を腐るほど並べたててあたしたちにわけのわかんないことを質問してくる。海底資源がどーたらこーたらで、海水の成分がなんたらかんたら。
うっさいたら、ありゃしない。
面倒だから、ステーションの一件で疲れていると言って寝たふりをしてやった。
そうしたら、本当に寝てしまった。
「着いたよ、ケイ」
ユリに起こされた。
目をあけると、風景が一変している。
華やかな宇宙港から、典型的なローカル空港に。
キャナリーシティの郊外に設けられた、ヘリポートに毛が生えたような規模のわびしい空港である。実際、駐機しているのも、ヘリコプターに小型のVTOLばかりだ。それも、みんな旧型機。
いかにも辺境の委任統治領といったたたずまいである。
宇宙港からナイマン島まで北に四百五十キロ。その間を完璧に熟睡しちゃったらしい。
「どの機体も、見た目は悪いけど、ドルロイの技術が加えられていますから中身は最高ですよ」
クラーケンがやってきて言った。テレパスかね、あんたは。でも、こんなハンサムが言うんだ。それは事実に違いない。
十一人の人間が三台のエアカーに分乗し、市内に向かった。ワーニャはドクターが付き添って、救急車で病院に運ばれていった。あたしたちはクラーケンと一緒である。クラーケンが操縦レバーを握った。助手席に関して、あたしとユリとの間でささやかな睨み合いがあったが、結局、二人とも後部シートにはいることで問題は解決した。
あまり整備状態が良くないハイウェイを十分ばかり走った。
市内の中心部を抜け、海岸に向かう。
海洋開発ラボの第一研究所。
キャナリーシティのはずれに、その建物はあった。
厳重に警備されたゲートをくぐり、クラーケンはエアカーを研究所の玄関に横づけにした。玄関にも、武装したガードマンが何人か立っている。
「ずいぶん、ものものしいわね」
あたしは言った。
「必要に迫られてのことです」
クラーケンの表情に、暗い影が落ちた。
「とにかく、わたしの部屋へ……」
ガードマンの身体検査を受け、研究所の中に通された。この検査、所長であるクラーケン自身もされちゃうのだ。
研究所のビルは五階建て。その最上階に、クラーケンの研究室兼居室はあった。クラーケンはキャナリーシティの市長だから、市庁舎の方にも公邸があるが、本人の話では、こっちで寝泊まりすることが多いという。
クラーケンの研究室は、コンピュータのディスプレイとその周辺機器。それにプリントアウトされた山のような資料で、ほぼ完全に埋まっていた。
けっして散らかっているのではない。収納が悪いのでもない。すべては機能的に配置され、書類もちゃんと整理されている。
ただ、多すぎるのだ。
なにもかも。
切り立った崖のようになっている書類と機材との間に、ドアから細い道が設けてあった。人ひとりがようやく通れる。ささやかな通路だ。
その通路を抜けると。
ソファとテーブルがあった。
奥の一面は巨大なスクリーン。左右の二面はコンソールパネルと書類の壁。残る一面もやはり書類の壁だが、真ん中に細い裂け目ができている。
それが、ここまでつづいている通路だ。
この一角、要するに谷底である。
狙撃の危険はなさそうだが、外で何が起きているかは、まるでわかんないんじゃないかな。
「お掛けください」
クラーケンに、スクリーンに向かい合う席を勧められた。
ソファは革張りのかなり上等なやつだ。ただし、ここでの通例にならって、相当の年代物である。
あたしたちは勧められるままに腰をおろした。
クラーケンは、コンソールパネルの横に座った。
「さて……」話を切りだした。
「こんな銀河の果てに、よく来てくださいました」
「いいえ」あたしは、ちょっと澄まして答えた。
「お仕事ですもの。気になさらないで」
ユリが唇を噛み、両の拳を白くなるほど強く握りしめた。ばかやろー。笑いをこらえるなら、もっとちゃんとやれ。拳が震えてるじゃねえか!
「もう、御覧になったと思いますが、これがアクメロイド殺しの現場です」
コンソールのキーボードを、クラーケンは左手で素早く叩いた。
スクリーンに映像がはいった。
さまざまな色のタイルが、何かの模様をかたどって地面に張られた、洒落た造りの中庭の写真である。背景の大部分は黒っぽい壁の建物が占めており、画面の左側には植木の枝が、右手には芝生の緑が覗いている。
そして、画面の中央。
タイルの上には。
折り重なって倒れている三人の美女の死体があった。
ただし、厳密には、そうではない。
三人の美女は、生身の女性ではないのだ。
本部でこの写真を見せられたとき、あたしたちは、絶対にこれが本当の殺人事件だと、信じて疑わなかった。
それくらい、この美女≠ヘよくできていた。
肌の輝き具合。リアルな表情。自然な肉感。どれをとっても、人間よりも人間らしい。
おかしなところといえば、あまりに美しすぎるということだろうか。ユリはいざ知らず、あたしよりもきれいで、プロポーションのいい女性がこの世に存在するなんて、ちょっと考えられない。しかも、一人じゃなくて三人も。
それで、あたしは怪しいなと思った。
そしたら、案の定。
アンドロイドである。
よく見ると、三人の死体から流れだしているのは、血液ではない。オイルだ。ぽっくりと裂けた傷口からはみだしているのは、金属プレートやセラミックの塊。それに色分けされたコードである。
ドルロイのアクメロイド。
ソラナカ部長は、彼女たちをそう呼んだ。
アクメロイドは男性に特殊なサービスをさせるために造られたアンドロイドだ。
ふつう、そういったアンドロイドはセクサロイドと呼ばれ、まちのポルノショップなどでも、簡単に買える。
ただし、性能やご面相は、それなりにひどい。
ベッドで丸太のように転がって、好きよ好きよ、と囁きつづけるのが、せいいっぱいらしい(本当にそうかは知らないよ。部長が教えてくれたんだ)。
でも、このアクメロイドは違う。精密機械工業で有名なドルロイの優秀な技術者が、総力を挙げて開発したセクサロイドなのだ。
なんで、そんなにすごい技術があるのに、アクメロイドなんか造っちゃったのか。
それには、いろいろと事情がある。
その事情は、クラーケンが説明してくれた。
「ドルロイは地球連邦政府に、一度見捨てられた星です」スクリーンの映像をいったんオフにして、クラーケンは言った。
「海陸比が百対一以下で、大気組成も非地球型。そんな惑星に莫大な改造資金をつぎこんでも、たしかに意味はありません。あの頃はインスマック法も開発されてなかったし、どんなに素姓のよい星であっても、ある程度の植民が可能でなければ、議会は改造を許可しなかったのです」
「うんうん」
この辺はよく知ってることだけど、あたしは表情もしぐさも熱心に、大きくうなずいてみせた。
「しかし、その決定を一人の企業家がくつがえしました。初代のドルロイ総督、ノボ・カネーク・シニアです。シニアは、海底の鉱物資源を利用して精密機械工業を推進すれば、たとえ植民の数が規定に満たなくても、ドルロイの改造資金は回収できると主張しました。そして、開発計画書を作成し、議会に提出したのです。計画書は詳細を極め、その構想は雄大でフロンティア精神に富んでいました。連邦政府議会はシニアの情熱にうたれたのでしょう。二一二八年、シニアが総督として就任することを条件に、前の決定を撤回し、ドルロイの改造と概況を承認したのです」
十三年前のことである。あたしは六歳だった。
ドルロイは二一二九年から、二年がかりで改造された。改造には、それ専門の訓練を受けたクラッシャーと呼ばれる宇宙生活者があたった。なんて名前のクラッシャーのチームが指揮をとったのかは知らないが、延べで一千人近いクラッシャーがドルロイの改造には参加したという。
改造が完了すると、ドルロイは地球連邦の委任統治頓となった。
二一一一年。
人類は、念願のワープ装置を完成させた。
完成と同時に、巨大な移民用宇宙船の建造が開始された。
ソル太陽系は、その頃パンク寸前であった。爆発的に増加する人口を支えきれなくなり、資源も土地も底をついていた。
そこへ、この朗報だ。地球連邦は銀河系全域への進出を図り、何百億という人間を宇宙船で他の恒星系へと送りだした。
植民星は地球連邦の委任統治頓となり、連邦政府の委任する総督が置かれた。
植民は初め、地球型の惑星を選んでおこなわれた。だが、いくら銀河系が広大とはいえ、人類の生存に適した惑星がそうほこほことあるわけもない。大気組成や地質などが、ほんのちょっとだけ人類に合わなかったりするのだ。そして、問題は、そのほんのちょっとにあった。
惑星改造技術があらたに研究された。火星や金星など、ソル太陽系の惑星を開発した経験がものを言った。クラッシャーという、惑星改造や浮遊宇宙塵塊の破壊を専門に請負うスペシャリストの集団も生まれた。
植民星は飛躍的に増え、そのうちのいくつかは、地球連邦に対して独立を宣言した。独立した植民星は惑星国家と呼ばれた。二一三四年に惑星国家が結集して銀河連合が設立されたとき、銀河系に存在する惑星国家の数はすでに三千を越えていた。
「植民から八年ほどは、ドルロイも順調に発展しました」クラーケンは言を継いだ。
「シニアのプランは十年が一単位になっており、十年目の二一四〇年に憲法を制定し、国民議会を設立して、地球連邦に惑星国家としての独立申請を提出する。そんな段取りが盛りこまれていました」
二一四〇年とは、去年のことである。しかし、ドルロイはいまだに委任統治領で、独自の憲法も議会も有していない。むろん独立申請も提出されてはいない。
「二一三九年に、思いもがけない不幸がドルロイを見舞いました」クラーケンは言う。
「シニアの遭難です。ドルロイ特有の大型ハリケーンにシニアの乗っていた小型飛行機が巻きこまれ、空中分解して海上に墜落したのです。
ドルロイはシニアの星でした。まだ未熟児にすぎないドルロイは、シニアあってこそ開発と発展が可能だったのです。それを承知のうえで、わたしはかねてより研究していた海洋生物資源開発の実践惑星としてドルロイを選び、シニアの賛同を得て、ナイマン島に海洋開発ラボを建設したのです」
クラーケンは、五年前の二一三六年に、ドルロイに移住してきた。移住にあたっては、開発計画の協力者とその家族、併せて四千八百人をドルロイに移民させている。今のキャナリーシティの住民がそれだ。中継ステーションのデモ隊や、宇宙港にワーニャを迎えにきた若者たちもそうである。
「シニアには、息子がいました。見てください」
クラーケンは、またキーボードをひとしきり叩いた。スクリーンに先ほどとは別の映像がはいった。
今度は人の顔だ。
しかしまあ、なんと言おう。
すさまじい容貌である。
これ、まじに人間の顔だろうか。大型のサングラスで顔の三分の一くらいを隠しているが、残り三分の二が、どうしようもなくひどい。濃い褐色の肌は、その全面がでこぼこのあばたで覆われ、鼻は丸くひしゃげている。口は横に広く、あきれるほどでかい。とにかく、このまま生物学者のとこに持ってっても、新種の爬虫類として通用してしまいそうな面構えである。
「これが、ノボ・カネーク・シニアの息子なの?」
恐る恐るあたしは訊いた。
「ノボ・カネーク・ジュニアです」
クラーケンはうなずいた。
息子の顔を見ただけで、偉大だと聞かされてきたシニアのイメージがガタガタと音をたてて崩れていく。
あたしはめまいをおぼえた。
こんなことが、あっていいのだろうか。
無情だ。
ショックで揺れる。あたしのからだが。
もうだめ。倒れそう。
お願い、クラーケン。あたしを支えて……。
「もぞもぞしないでよ」
ユリが、がっちりと支えた。
ぼかやろー!
7
「ジュニアは、父親と対照的な男でした」スクリーンの不愉快な映像を消し、クラーケンは言った。
「理想ではなく利益を追求し、夢ではなく野望を抱く独裁者でした」
「かれがシニアの跡を継いだの?」
ユリが訊いた。
「ドルロイの二代目の総督です」
「じゃあ、かれが総督になってからドルロイは……」
「生産性が低下し、順調に伸びていた業績が、みるみる悪化しはじめたのです」
「理想じゃなくて、利益を追求しているのに?」
ユリは首をかしげる。こら。訊くのはいいが、かあいこぶるな!
「原因の一つは、ジュニアの派手好みです」クラーケンは言った。
「設備投資や自分の蓄財に意欲を燃やし、結局は利益率を下げているのです」
「ほかには?」
「量産による受注減もあります。ドルロイの技術は特殊です。それを最大限に生かすには、少数受注による高品質の維持しがありません。量産では、しょせんグラバース重工業など大企業の敵ではないのです。競合したら、にっちもさっちも行かなくなります」
「でも、少数受注だって苦しいんじゃない?」
「それを補うのが、わたしのプランでした。海洋生物資源の新規開発で経済自給率を高め、対外依存度を低く抑えて総生産を上げていくという、シニアの理想に合致した計画です」
「それで、シニアはあなたとあなたの仲間を快く受け入れたのね」
ユリは感心して目をくりくりさせた。ええい。ぶるなっちゅうに!
「製品の量産化と生産性の向上に失敗したジュニアは、大企業との競合を断念し、裏の商売に目をつけました」
「アクメロイドね」
あたしはつぶやいた。
「たしかに、こういったものを造れば、大企業に悩まされることもないでしょう。注文も殺到するはずです。造って売るだけなら、非合法でもない。しかし、ドルロイは死にます。これは技術者の自殺行為なのです。こんなものを造らせるために、シニアはテラからトップクラスの職人や技術者をここに呼びよせたんじゃない」クラーケンの声が少し大きくなった。
「わたしたちは、ジュニアの方針に異を唱えました。アクメロイドの量産は是認できません。反対運動を開始し、総督のリコールも辞さないとジュニアに通告しました」
「そして、そのさなかにミストポリスの工場の中庭で、完成したばかりの三体のアクメロイドが何ものかに破壊された」
あたしは言った。
「四日前ですよ」クラーケンは眉根に深いしわを寄せた。
「ジュニアが、アクメロイド殺しの一件をいきなり公表し、犯人はキャナリーシティにいるとわめき散らしたんです」
「ドルロイには、まだ警察組織が整備されてなかったわね」
「自警団みたいなものです。だから、濡衣を着せられようとしていたわたしたちは、WWWAにこの事件を提訴したのです」
|WWWA《スリーダブリュエイ》。
世界福祉事業協会《ワールズ・ウエルフェア・ワークス・アソシエーション》の略称である。銀河連合には、たくさんの公共事業機関が付属している。WWWAも、そのひとつだ。
銀河系全域において、人類が遭遇したあらゆるトラブルに対し、これをみずから解決できる、もしくは他の者に解決に至るまでの助言を与えることのできる人材を集め、養成し、依頼があれば派遣することを目的として、二一三六年に設立された。
WWWAはさまざまな分野のエキスパートをトラブル・コンサルタントとして確保している。セクションの正確な数は、あたしたちにもよくわからない。あたしたちは犯罪捜査のトラコンだが、ほかにも経済問題や法律や都市工学などのトラコンなんてのがいて、それぞれが忙しく銀河系を飛びまわっている。なにしろ、トラコンは絶大な権限を持っているのだ。銀河連合に属している国家だったら、どんなときでも出入国はフリーパスだし、みんな専用の宇宙船を与えられているから移動の足にも不自由しない。捜査権は国家や自治体から完全に独立しており、武器の使用だって無制限である。
でも、誤解はしてほしくない。
WWWAは特殊警察ではないのだ。当然、軍隊の一種でもない。警察も軍隊も、たいていの国家はそれなりの規模のやつを保有している。銀河連合にだって、連合宇宙軍というのがある。
WWWAは、あくまでも、トラブル・コンサルタントを派遣するところだ。トラコンは、トラブルを直接、解決したり、地元の警察や軍隊に助言を与えてトラブルの解決に至らせたりする。設立目的に述べられているとおりのことをおこなうのだ。それ以外のことはしないし、過去にしたこともない。少なくとも、進んでしたことはない(わはは)。
WWWAの理念は、『人類の繁栄』。要するに、福祉《ウエルフェア》である。そのために、トラコンはトラブルの相談員《コンサルタント》として働く。
WWWAはトラブルに関する提訴によって機能している。提訴は、あちこちから、いろんなルートで本部に届く。いちばん多いのが政府ルートで、発生したトラブルに対処できなくなった惑星国家の政府が、WWWAにコンサルタントの派遣を要請する。政府が提訴してきたら、WWWAは無条件にトラコンを派遣する。
民間提訴もけっこう多い。とくに目立つのは、一度政府とか地元警察などで決着がついてしまった事件を、結果が不服だとしてWWWAに再調査させようとするケースだ。こういうケースでは、WWWAはトラコンをすぐに派遣したりはしない。当事者及び司法当局から、その事件に関するすべてのデータを提出させ、充分にチェックしてから介入するかどうかを決める。決めるのは銀河連合の中央コンピュータで、介入するとなれば、そのときに派遣されるトラコンも決まる。トラコンのほうには仕事を選ぶ権利はない。
今回の事件、アクメロイド殺しは、政府提訴扱いに準ずるものとして処理された。提訴者が自治体の首長だったからだろう。警察組織が不完全なので、WWWAが捜査を肩代わりするという形で受理したようだ。提訴されてから二日で派遣が決定され、その役が、思いだすのもおぞましい二か月の休暇から帰ってきたばかりのあたしたちにまわってきた。
ソラナカ部長は、あたしたちが派遣されると聞いて、ひどく取り乱した。理由はぜんぜんわからない。あと二か月ほど余分に休暇は要らないか、なんてことも聞かれた。もちろん断った。
あたしたちはチャクラで休暇は堪能したのだ。
「提訴してから、何か情勢に変化はあった?」
ユリが訊いた。
「いろいろと」クラーケンは答えた。
「最大の変化は、ジュニアがヤクザを大挙してドルロイに入国させたことでしょう。工場と総督の身辺を警護させるという名目でね」
「アクメロイドの得意先が寄こしたんだわ。供給に支障がでれば、発注したほうも困るから。きっと、そうよ」
あたしは言った。
「中継ステーションで暴れたのも、そいつらです」
クラーケンが言った。
あたしは連中のグロテスクな顔を思いだした。胸が悪くなった。
「まったくひどいもんです。きょうまでにやつらに七人の仲間が殺され、三十人以上が負傷しています」
「それで、研究所もガードマンに……」
「二回、襲われました。幸いゲートは突破されなかったので、なんとか無事に過ごしてますが、攻撃も次第にエスカレートしてきています。このままだと、いつか破られるでしょう」
「中央コンピュータが秘密捜査を指示した理由もそのあたりにありそうね」あたしに向かってユリが言った。
「出入国を管理している総督が事件の当事者なんだから、身分を隠せと言ってるんだわ」
「クラーケンがWWWAに提訴したと知ったら、すごい反応をジュニアは示すんじゃない」
「絶対にクラーケンを殺しにくるわよ」
あたしとユリは互いにうなずきあった。
「先代の理想を追求し、憲法の制定と国民議会の設立を要求しているわたしたちをジュニアは敵視しています」クラーケンは言った。
「この事件を機会に、わたしたちをドルロイから追いだそうと画策しているに違いありません」
「要は、誰がアクメロイドを殺したか、なのよね」あたしは腕を組んだ。
「それさえ明らかになれば、ことは、ひとまず片づくはずよ」
「解明できますか?」
クラーケンは身をのりだした。
「全力をあげるわ」あたしは言った。
「秘密捜査っての得意じゃないけど、この際、贅沢は言ってらんない」
「お手伝いは、どんなことでもします」クラーケンは、あたしに向かって手を差し述べた。
「ぜひ、早急に解決してください」
すずやかなアンバーの瞳で、じっとあたしの目を見る。
あたしのからだに電流が走った。
くぅーん。もちろんよ。
あたしは、クラーケンの手を握った。
ありったけの思いをこめて握った。
いつまでも握った。
ユリが握手を諦めるまでがんばった。
8
やけに騒がしかった。
なにやらわめく人の声。それに応じるけたたましい怒号。ドアを開閉する音。廊下を走りまわる忙しい足音。
目が醒めた。
とてもじゃないけど、寝てなんかいらんない。
頭《たま》ん中を騒音が駆けめぐっている。
飛び起きた。
シーツがめくれ、九十一センチのバストが剥きだしになった。
外はもう明るい。ブラインドの隙間からさわやかな朝の光がこぼれている。遠くで小鳥の啼く声がする。
それだけなら、最高にすがすがしい雰囲気だ。
でも、そのすがすがしさは、一瞬にして打ち消される。
とにかく、やかましい。
ドタンバタン。わいわいがやがや。ぐちゃぐちゃぺたぺた。お部屋の空気は、安っぽい擬音でいっぱいである。
「あによ、これ……」
むかっ腹を立て、あたしはとなりのベッドのユリを見た。
あらら。
驚くじゃない。
ユリってば、平気で寝ている。
幸福を全身で享受するやすらかな寝顔。あたり構わぬ喧騒なんて、ユリの耳にはぜんぜん届いていない。
ジェットエンジンにくくりつけたって、こいつは寝てるよ。間違いなく。
「ユリ、起っき!」
あたしはベッドから降りて、ユリんとこに行き、シーツをはぎとった。
ユリは両膝を曲げ、それを腕で抱えるようにして、ベッドの真ん中に転がっている。長いしなやかな黒髪が寝乱れて、緩やかな渦を巻いている。身につけているのは、レモンイエローのスキャンティだけ。もっとも、それはあたしも同じだ。でも、あたしのスキャンティはレースをふんだんに使ったホワイトシルクよ。ユリのとは、ものが違うわ。
肩を押して十回くらい揺さぶると、ユリはようやく薄目をあけた。
「う、うーん」
恨めしそうにあたしを見つめ、切なげな声をあげる。たわけ。相棒相手にきどるんじゃない。
「どうしたの、こんなに早く?」
ナイトテーブルに置かれた時計に目をやり、ユリは眉をひそめて口をとがらした。右手でまぶたをこすっている。
「外が、えらく騒がしいのよ」あたしは言った。
「なんか起きたらしいわ。様子を見に行こう」
クラーケンは、あたしたちの宿舎をキャナリーシティの市内じゃなくて、海洋開発ラボに用意していた。
第一研究所の建物に隣接して、所員のドミトリーが建てられている。そこのツインルームが一室、あたしたちのためにあけてあった。
三階の東南角。装飾はまったくないけど、清潔ですてきな部屋だ。
きのうは結局、クラーケンとのブリーフィングと、アクメロイドに関する資料のチェックだけで、一日が終わってしまった。
深夜までディスプレイにかじりついていて、三時間くらいしか寝ていない。
「ケイったら、はりきりすぎよ」
ぶつぶつつぶやきながら、シーツをからだに巻きつけ、ユリもベッドから降りた。文句を言いつつもシーツを離さないのがすごい。諦めの悪いねえちゃんだ。
それでもシャワーを浴び、服を着て軽くお化粧すると、なんとかシャンとなった。服は、もちろんスペースジャケットなんて野暮なものじゃない。ナイマン島は亜熱帯に属しているのだ。陽が昇ったばかりなのに、気温はもう三十度を越えている。きのうは夢中だったからいいけど、きょうになっても、あんな暑っ苦しい服を着てたら、あたしたちは焼け死んでしまう。
ユリはパイル地のオーバーオールを着た。ショートパンツでベアトップになっているやつだ。色はからし色に近いベージュ。あたしは白いグルカショーツに紺と黄色のストライプがはいったシルキーなタンクトップ。履物は二人とも素足にサンダルで、小物はウェストバッグに入れた。
エレベーターで、一階に下り、ドミトリーの玄関を出た。
出たところで、ばったりとガービイに会った。これは、ちょうどいい。ガービイはよほどあせっているらしく、額に汗を浮かべて、息を切らしている。
「やけに騒がしいけど、何があったの?」
あたしはガービイを呼びとめて、訊いた。
「クラッシャーが来た」せかせかと足踏みしながら、うわずった声でガービイは言った。
「ジュニアが呼んだんだ。ナイマン島を沈める気でいる」
「なんですって?」
言ってることの意味がよくわからない。
「みんなでヘダ岬に行く」じれったそうにガービイは言を継いだ。
「バスを用意したんだ。一緒に来るかい」
「行くわ!」
あたしたちは即座に答えた。ユリとあたしの声が重なった。なにがどうあれ、手懸りが得られそうなとこには行くに限る。そして、いろいろと情報を蓄積する。それが、あたしたちの捜査のやり方だ。
バスは研究所の玄関に待機していた。五十人乗りの大型エアカーだ。座席はもう半分ほど埋まっている。あたしはクラーケンの姿を捜した。
いない。
「クラーケンは?」
あたしはガービイに訊いた。
「昨夜、市庁舎に行ったよ」ガービイは早口で答えた。
「中継ステーションの一件で、泊まりこみなんだ。さっき迎えをやったから、岬で合流できると思う」
「ヘダ岬で何があるの?」
さっさと席についてシートの背もたれに顎をめせているユリが、あたしたちの会話に割りこんできた。
「重力場発生装置だ」ガービイはユリを見た。
「その設置をみんなで阻止する」
どうやら、今朝はやく、ミストポリスにいる海洋開発ラボのスパイたかシンパだかが、ここに無線で通報してきたらしい。
昨夜、クラッシャーがドルロイに着いたというのだ。雇ったのは、もちろんジュニア。
十二年前に、ドルロイの改造を仕切った大物クラッシャーが総督の公邸にはいった。目的はドルロイの再改造。あした、インスマック法のための重力場発生装置を設置しに、ナイマン島の北東に向かう。狙いは、海洋プレートの運動加速。装置が作動したら、ナイマン諸島は海底に没する。
そんなことを一方的にしゃべって、通信は切れた。
さっそく裏づけが取られた。
すべて事実だった。
ラボは大騒動になった。計算で、何基か打ちこまれる発生装置のいくつかが、ナイマン島に置かれることがわかった。データが足りないから、正確な位置は不明だが、ヘダ岬の近辺が有力だった。なんといっても海洋開発ラボである。こういった計算は早い。
さっそくバスが用意され、有志がヘダ岬に向かうことになった。ナイマン島が沈んだら、海洋開発計画は水泡に帰す。
「インスマック法か……」
あたしは唸った。
惑星改造の最新技術である。二一三三年にノーベル物理学賞を受賞したインスマック博士が開発した特殊な地形改造法だ。微弱な重力場で海洋プレートを活性化させ、何万年というオーダーでおこなわれる地殻変動を十年単位に縮めてしまうという画期的なシステムだ。
それが、ついこの間、制御技術が未完成のまま強引に実用化された。
インスマック法を使えば、ドルロイのような星にも大陸を造ることができる。これまで植民が不可能とされてきた惑星に植民ができるようになる。
とどまるところを知らずに種としての膨張をつづける人類は、インスマック法の完成を待っていられなかった。
「インスマック法を試すこと自体は拒否しない」ガービイは言った。
「それは、ドルロイにとって必要なことだ。だけど、今回のは違う。ジュニアの狙いは海洋開発ラボ潰しだ。絶対に許せない」
座席の三分の二が埋まった。みんな若い。研究所の所員だ。レイガンなんかの小型火器だけど、武器も手にしている。表情が硬い。武器を扱い慣れてないことは、一目でわかる。
「みんな乗ったな」
ガービイが操縦レバーを握った。
エンジンをスタートさせた。車体が、ふわりと浮きあがる。
発進した。
9
ヘダ岬は、ナイマン島の北端にあった。
海洋開発ラボからは五、六キロである。
そんなに遠くはない。
岬は切り立った崖になっているが、それにつづく海岸は、全長一キロにも及ぶ白砂の浜辺になっている。とくに専用の施設なんかは建てられてないが、海水浴には絶好の場所である。ラボの所員もオフの日にはそこへ行って遊ぶという。だから、みんなはサンデービーチと呼んでいる。
バスはサンデービーチの端、ヘダ岬の手前で停止した。そこに舗装された一角があり、駐車場として使われている。エアカーはこれ以上進めない。はいりこんだら、砂を巻きあげて大変なことになる。
所員は、ぞろぞろと。ハスから降りた。
潮風が心地良い。やわらかく頬をなぶり、海の香りが鼻をくすぐる。
所員のほうは銃を改めたり、あたりをチェックしたりで忙しいが、あたしたちは今のところすることなんて何もない。オブザーバーなのだ。オープンな捜査なら介入してもいいが、秘密となると、行動は慎重にせねばならない。クラーケンもきてないし、かれらとは距離を置いておくのが無難だろう。
あたしは海に目をやった。
澄みきった青い海。
ものすごい遠浅で、ずいぶん離れているのに、底がくっきりと見える。沖のほうで白波が立っているのは、珊瑚礁があるからだろうか。浜辺にも海にも、誰もいない。本来、ここで泳いでいるはずの連中は崖の上に集まっており、物騒なハンドガンを構えてあちこちうろうろとしている。
「すてきねえ」
ユリが、あたしの横に並んだ。
「クラーケン、すぐにくるかしら」
あたしは、つぶやくように言った。
「ちょっと遅れるんじゃない」
ユリもつぶやくように答える。
「何もしないのもったいないなあ」
あたしは、さりげなくつづけた。
「こんな日に、こんな海で泳いだら、最高の気分が味わえるでしょうね」
ユリは空を見上げる。蒼空に白い雲が一つ二つ、ぽっかりと浮かんで風に流されている。亜熱帯の太陽はあくまでも眩しく、それでいてやさしく、あたしたちを夢幻境へとしきりに誘う。
もうだめ。我慢できない。
「実は、あたし……」
ユリに向き直った。
「水着着てきちゃったの」
タンクトップをするりと脱いだ。両脇を大胆にカットした、きわどいデザインのワンピース。色はエメラルド・グリーン。ドルロイと聞いて買ってしまったおニューである。
「ま、ケイったら!」
ユリは口もとに手をやり、目を丸くした。
「ちょっとした出来心よ」
脱いだグルカショーツとタンクトップを小さく畳んで、ウェストバッグに押しこんだ。
「そうだったの」
ユリは目を細めて、あたしを見る。
「じゃあ、あたしも遠慮しない」
チャックを降ろし、パイル地のオーバーオールを脱ぎ捨てた。
おやま。
ストラップレスブラと超ハイレッグカットの黒のマイクロビキニ。
「やるじゃない」
あたしは言った。
「そちらこそ」
ユリは微笑を浮かべている。
着換えちゃったからには。
しょーがない。
「こっそり行くんだよ。こっそり……」
あたしたちは頭を低くして、足音を殺した。どうせ崖の上から見られちゃったら、すぐに。ハレてしまうのだが、せめて浜辺までは穏やかに行きたい。
崖に抉られた細い道を辿り、砂浜におりた。
砂浜でサンダルを脱ぎ、手に持つ。
うん。細かい砂の感触がとってもいい。ものすごく熱いけど、愉悦、愉悦。あたしたちはぴょんぴょん跳ねながら、波打ち際まで走った。
波打ち際にサンダルとウェストバッグを放りだし、そのまま走ってきた勢いで海の中に飛びこんだ。
ぎゃあ。
つべたい。
水しぶきをあげて、あたしたちは走る。
けっこう沖に行っても、水は膝までしかない。浜辺だけじゃなく、海の底も真っ白な白砂。
倒れこんだ。
飛び散ったしずくが、きらきらと光る。
仰向けになった。ユリが海水を両手ですくい、あたしにかけた。
「いったーい」
海水が目にしみる。
「やだ、ケイったら!」
ユリが楽しそうに笑う。
あたしは大袈裟に痛がってみせた。
ユリが心配そうに近づいてくる。ばっちし引きつけておいて、ここぞとばかりに、あたしは水をかけ返した。
ユリが悲鳴をあげて逃げた。
楽しい。
気持ちがいい。
うーむ。でも、こんなんでホントによいのだろうか。
ラボのみんなは真剣に監視をつづけているというのに。
ちらと、うしろめたさが脳裏をよぎる。
しかし、それも一瞬のこと。
目先の快楽が、あたしから思考能力を奪う。
仕事があにさ。
任務があによ。
刹那的に生きるあたし。
あたしは立ちあがった。
ユリと激しく水をかけあう。ユリってば、まじ。目の色変えて、水はねあげる。ふん、ぺ。負けないわよ。
キーン。
金属音が聞こえてきた。
頭の上だ。そんなに大きくない。かすかな音。近づいてくる感じ。
振り仰ぎたかったが、やめた。そんなことしてたら、ユリに負けちゃう。
キーン。
音は次第に大きくなる。聞こえてくるというより、降ってくるといったほうが正しい。鼓膜がびりびりと震えだした。
あたしの動きが鈍くなった。
それに応じて、ユリもはしゃぐのをやめる。
音はもう耳を聾せんばかり。
それが。
ふっと熄んだ。
あたしとユリは首をめぐらした。
太陽を視野に入れて、思わずてのひらを額にかざす。
陽はそろそろ中天に高い。ずいぶん早起きをしたつもりでいたが、そうではない。そもそも寝たのが遅すぎたのだ。
輝く太陽を避けて、空を捜す。
太陽だけでなく、群青色の空までが目をいたく刺激する。
なかなか見つからない。
「あっ!」
ユリが叫んだ。
「あっ!」
あたしも指差した。
いた。
東のほうだ。ナイマン島のはるか沖合である。
高度は七、八百メートル。距離は──。
判然としない。青空の色が濃すぎて、よく見えないのだ。黒っぽい機体が、空に溶けこんでいる。
機体は、猛スピードでこっちに向かってくる。エンジン音はまったく聞こえてこない。さっき途絶えた金属音がそれだったとしたら、あの機体は、あの低高度でエンジンをオフにしたことになる。
機影がみるみる大きくなった。
高度は、そんなに変わらない。
輪郭が、はっきりした。
小型のVTOL。デルタ翼機だ。量産型ではない。エンジンはやはり切っている。デルタ翼は揚力を得やすいが、それでもこの飛行はすごい。パイロットの技倆は一級品だ。これほどの腕の主、連合宇宙軍にだって、十人といるかどうか。
VTOLが、あたしたちの真上にきた。
ゆっくりと螺旋を描きながら、降下を開始する。
どうやら、このあたりに着陸する気だ。あたしとユリは身を伏せた。水面から頭だけをだして、成行を見守る。大きく向こうにまわりこんだときに垂直尾翼が見えた。そこに、流星をデザインしたマークがペイントされていた。
あのマークは。
クラッシャー。
VTOLが、ヘダ岬の先端に迫った。
先端は崖で、その上がほんの少し平坦になっている。
「まさか、あそこに降りる気じゃ……」
ユリがあきれた。
「むちゃくちゃよ」
あたしもあきれた。
崖の上空、数メートルのところでランディング・ギヤをだした。
一瞬、逆噴射。すぐに下部ノズル噴射。
すとん、と落ちる。
短いタイムラグがあって、どかんという噴射音が届いた。
VTOLは死角にはいった。でも、着陸に成功したのは間違いない。
クラッシャーってば、恐ろしい。
プロ中のプロだ。あんなのに、ラボの連中が向かっていったら。
手もなくひねられちゃう。
「ユリ、行くよ」
あたしは立ちあがり、走りだした。
ユリも、ほとんど同時に駆けだしている。
崖の上には、もう誰もいない。
VTOLのとこに行っちゃったんだ。
10
必死に走って砂浜を抜け、崖を登った。気はあせっているのだが、砂に足をとられるわ、崖はごろごろして登りにくいわで、下るのの何倍も時間がかかってしまった。
それでも息を弾ませ、髪振り乱して駐車場まできた。
そこに。
クラーケンがいた。
ちょうど、ここに着いたところらしい。クーペタイプのエアカーの脇に、ラボの所員とおぼしき青年と二人で立っている。
「クラーケン!」
あたしは声をかけた。
クラーケンは振り返り、あたしたちを見た。目が丸くなった。
マイクロビキニに、きわどいワンピース。いくら海岸にいるといっても、状況が状況だから、そりゃ驚くわよね。
「どうしたんだ、いったい。みんなは、どこに……」
クラーケンは、あたしたちが乗ってきたバスを指し示した。駐車場にもバスにも、人影はない。
「岬にクラッシャーのVTOLが降りたの」あたしは言った。
「みんな、そこへ行ったわ」
「クラッシャーのVTOLが岬に?」
クラーケンは眉をひそめる。無理もないけど、信じてない。あたしだって、この目で見てなきゃ、嘘だと思う。
「降りたのよ。ほんとに」
ユリも言った。
そのときだった。
鋭い破裂音が轟いた。
岬のほうだ。
あわてて視線を移した。だが、林に遮られて何も見えない。
「ケイ、あれ!」
ユリが叫んだ。林の向こうを指差している。
「煙!」
見えた。
枝葉の間だ。下から盛りあがるように、白煙が立ち昇っている。濃密で、人工的な煙だ。かなりのスピードで横に広がっていく。
あれは。
「煙幕だ!」
あたしは言った。
「まさか、襲撃したんじゃ……」
ユリが首をめぐらし、あたしを見る。
「勝てっこないわよ」
あたしは岬に向かって走りだそうとした。
「わたしが行く」
それをクラーケンが止めた。
「きみたちは、ここで待っててくれ」
あたしの目とクラーケンの目が合った。
クラーケンの考えが、あたしにはわかる。
かれはクラッシャーとの争いを望んでいない。敵はジュニアなのだ。クラッシャーは、ジュニアに雇われた、いわば一介の職人である。戦いの当事者ではない。しかし、あたしたちが行けば、プロとプロ。穏やかには収まりそうもない。話し合いの前に必ずドンパチをやってしまう。
「いいわ」
短い沈黙のあとで、あたしは答えた。
「待ってるから、話をつけてきて」
「ありがとう」
クラーケンは小さくうなずき、きびすを返した。同行の青年が、そのあとにつづいた。
ダークスーツに革の短靴という場違いな姿だが、急坂を慣れた足どりで登っていく。
それを見送るあたしの横に、ユリがきた。
「手遅れじゃなきゃいいけど」
ポツリと言う。
そうなのだ。ラボの所員はプロの怖さを知らない。あの煙幕が、どういういきさつで湧いてでたのかわかんないけど、あのまま反撃されてたら、バスでやってきた三十人は、今頃みんな死体になって転がっているはずである。
胸騒ぎがしてならない。
しかし。
その心配は、杞憂に終わった。
クラーケンが登っていってから、ほんの数分のことである。
ざわめきながら、ラボの所員たちが駐車場に戻ってきた。
先頭に立っているのは、ガービイだ。先ほどクラーケンについていった所員もいる。だが、クラーケンの姿はない。
「無事だったみたいね」
あたしはガービイの前に立った。
「なんとか……」
ガービイは肩をすくめた。右手にはレイガンを握ったままである。撃った形跡はない。たぶん不意を衝いて包囲し、優位に立った瞬間に煙幕で逆転されたんだろう。殺されなかったのは、クラッシャーにその意思がなかったということだ。ガービイたちは幸運に恵まれている。
「クラーケンは?」
ユリが訊いた。
「向こうでクラッシャーと話し合っている。ぼくたちは、それがすむまで、あっちで待機しているように言われた」
ガービイは顎をしゃくった。駐車場の外れだ。こっからだと、ちょうど反対側の端にあたる。そこに小さな泉があって、透明な清水が、こんこんと湧きでている。
「いつも、泳いだあとは、あれで塩を落とすんだ」
あたしたちの姿をあらためて眺めて、ガービイは言った。
なるほど。それは便利。
「洗ってこようか?」
あたしはユリに向かって訊いた。
「そうね」
ユリに異存はない。海水浴は中止だ。
泉まで歩いた。直径は三メートルくらい。深さは四、五十センチってとこか。泉の周囲がちょうど木陰になっていて、自然にできたとはとても思えない。
ユリと二人ではいってみた。
冷たい、なんてもんじゃない。突っこんだ足が、きいんと輝れる。
まるで氷水。
でも、気持ちがいい。
思いきって飛びこんだ。
ああっ、たまんない。
悲鳴をあげて、塩を洗い流す。
エンジン音がした。クラッシャーのVTOLが飛びたつのかな、と思ったが、そうではなかった。音は駐車場の入口だ。
エアカーがはいってきた。
大型のセダンタイプ。一台じゃ終わらない。どんどんあとにつづいてはいってくる。
全部で五台だった。バスを囲むようにして止まった。
ドアが勢いよく開いた。
一台から五人ずつ、武装した屈強な男が飛びだした。
素姓は一目見て知れる。
小汚い格好に、崩れた凶悪な顔。
ヤクザだ。
ジュニアが呼び集めたヤクザ。
動きが速かった。すごく速かった。あたしもユリもどうしようもなかった。泉はみんなのいるところから、かなり離れている。
身構えるひまも与えず、ヤクザはラボの所員たちの中になだれこんだ。
ある者は素手で、またある者は棍棒のような武器で、無造作に襲いかかった。
男も女も区別しない。
殴打し、容赦なく踏みつける。
中継ステーションで見た光景とまったく同じだ。違うのは、今度は所員のほうも武器を手にしていたことだ。
何人かが、レイガンで応戦しようとした。
すかさず、ヤクザもガンを抜いた。
ばばばっと光条が走る。
絶叫がほとばしった。
五、六人の男女が、光線に薙ぎ倒され、もんどりうった。
その中にガービイもいた。
ガービイは胸を丸く灼かれていた。
11
あたしたちは、駐車場の端から端までを全力で疾走した。百メートルに直したら、たぶん十秒を切っていたと思う。
乱闘に参加したのは。
ガービイが撃たれたときだった。
もう秘密捜査もへったくれもない。距離を置くといったって、こんなの見過ごせるわけないじゃないか。これは喧嘩ではない。戦闘でもない。一方的な虐殺だ。
あたしはガービイを撃ったやつを捕まえた。細身の陰険な顔をしたやつだ。
そいつの腕をかいくぐって背後にまわり、右膝のうしろに蹴りを入れた。
そいつは他愛なくバランスを崩した。
倒れたところを馬乗りになり、髪の毛を掴んだ。顎に手をかけ、一息にひねった。
鈍い音がした。
首が百二十度ばかり後方に折れ曲がった。
叩きつけるように手を離す。
それから、そいつの銃をあらためた。
最新型のヒートガンだ。
あたし好みの銃である。エネルギーゲージもマキシマムを示している。こいつは、この銃で、ガービイの胸を灼いたのだ。
拝借した。
ちょいとこじつけだけど、この銃でヤクザを蹴散らせば、ガービイの供養になるんじゃないかしら。
殺気を感じた。
振り返ると、あたしを狙っているやつが、三人ばかり背後にいた。
右に一人、左に二人。
あたしはトリガーボタンを押した。
熱線が左っかわの二人を舐めるように灼いた。
右の一人は。
ユリが蹴り倒した。
マイクロビキニで、ようやるよ。
ユリは、そいつが持っていたレイガンをいただいた。もちろん、最初の犠牲者は、その持主である。寝てりゃいいものを、起きあがって反撃しようとするから、こめかみを見事にぶち抜かれた。
「ざまをみ!」
一言吐き捨てて、ユリは、さらにつぎの獲物を捜す。
しみじみと、怒ったユリは怖い。
あたしは、いたぶるように女の子を撃っている下司野郎を見つけた。その子は、岬のほうに行こうとしていた。クラーケンを呼びに行くつもりだったらしい。急坂にかかったあたりで、ヤクザに発見された。ヤクザはレイガンで、その子を撃った。光線が額をかすめ、女の子はうずくまるように倒れた。
ヤクザは、とどめを剌そうと再度その子に狙いをつける。
冗談じゃない。とどめは、あたしが剌したげるわ。
あんたのほうに。
熱線で、背中をこんがりと灼いた。
悲鳴もあげやしない。のけぞって、ひっくり返った。
女の子が起きあがった。気丈にも、まだ急坂を登ろうとする。
「もう撃たせないわ!」
あたしは叫んだ。
小さくうなずき、その子は坂を登っていった。
「ケイっ!」
ユリがきた。
いつのまにか二丁レイガンになっている。鮮やかな左右への乱れ撃ち。ヤクザをまったく寄せつけない。
「青いシャツの男……」あたしに囁いた。
「指揮をとってるみたいよ」
「わあった」
あたしは目で青いシャツの男を捜した。
なかなか見つかんない。
と、思ったら。
わはは。すぐうしろにいた。
倒れている所員二人を五十センチはあろうかという超特大のブラックジャックで乱打している。二人とも、ぴくりとも動かないのに、殴るのをやめようとしない。目が据わっていて、甲高い笑い声をたてている。
まともじゃないね、こいつ。
あたしは背後から、こいつの首を裸絞めに抑えた。
ユリがすかさずカバーにまわる。
ヒートガンで、ブラックジャックを握っている右手の甲を灼いた。
「ひい!」
こんなやつでも、自分がやられると痛いらしい。
指の間からブラックジャックが落ちた。
絞めあげたまま、頬骨にヒートガンの銃口を突きつけた。
「つぎは、その不潔な顔を黒焦げにするよ」
とっておきの声で、通告した。
「みんな、おやめ!」
自慢のソプラノで、ユリが凛と言う。二丁レイガンを腰だめに構えている。
「やめろ、やめろ!」
ユリの一声を誰かがフォローした。
あたしは首をめぐらした。
坂の上から男が四、五人、まとまって降りてくる。
その先頭の男だ。
恐ろしくでかい。二メートルは軽く越えている。グレイのスペースジャケットを身につけ、腰のホルスターに大型のレイガンをぶちこんでいる。甘い顔立ちだが、眼光は冷ややかだ。眉は太くて、長い。
「水着のねえちゃん相手にドンパチたあ情けないぜ」
男はひとわたり、あたりを睨《ね》めまわした。
顔に似合わず、声が太い。
男の右横には、クラーケンがいる。クラーケンは、さっき額を負傷しながらも坂を登っていった女の子を、その腕に抱きかかえている。すると、クラーケンと一緒に降りてきたこの大男は。
クラッシャー。
「暴れたいやつは、俺たちが相手だ」
大男のうしろから別の男があらわれた。服装は同じグレイのスペースジャケットだが、年齢は大男よりもぐっと上だ。四十歳前後。背は、大男が脇にいるからあまり目立たないが、かなり高い。すらりと引き締まった体形で、すてきなおじさまといった感じである。
「やりたいやつはいるか?」
おじさまは、鋭い目でヤクザを一人一人見据えていった。ヤクザはおびえ、おどおどと視線をそらした。
「動かないで!」
おじさまに向かって、ユリが言った。レイガンでその額を狙い、きっと睨む。
「ほう」
おじさまは足を止めた。
「ファッションモデルかと思っていたら、そうじゃないようだな」
「たっ、助けてくれ。ダン……」
あたしが絞めあげている男が、かすれた、悲鳴のような声を発した。ダンというのは、おじさまの名前らしい。
「誰だ、お前は?」
ダンが男に訊く。
「アモスだ。ジュニアの筆頭秘書の」
「知らねえな」
「助けてくれ。殺されちまう」
「自業自得だ」
ダンの声は低い。
「襲ってきたのは、こいつらよ」
あたしは言った。
「あんたらが、やばいと思ったんだ」アモスは哀願するように言った。
「この連中が岬に集まっていたから、あんたの仕事が邪魔されると思い、協力しようとして襲ったんだ」
「ジュニアが、命じたのか?」
ダンは訊いた。
「俺の判断だ。カネークさんは関係ねえ」
アモスはかぶりを振った。もっとも、あたしがヒートガンを突きつけているから、振るに振れない。しぐさだけだ。
「どうしたものかな、クラーケン?」
ダンは、斜めうしろにちらと視線を走らせた。そこにクラーケンが立っている。
「──襲われたのは、あんたの仲間だ。好きにしていいぜ。ジュニアが文句を言うようなら、かたは俺がつける」
「殺し合いはごめんだ」クラーケンは吐き捨てるように言った。
「放してやるから二度とここに来させないでくれ!」
「わかった」ダンは、あたしたちに視線を戻した。
「ちょっと動いていいかな?」
あたしとユリに訊く。
「ゆっくりとよ」
レイガンを構えたまま、ユリが答えた。
「悪いな」
ダンはあたしのほうへと歩いてきた。
アモスの真正面に立った。
その目を覗きこむ。アモスはへつらうような薄ら笑いを浮かべた。
つぎの瞬間──。
ダンが動いた。
速い。目で追えない。
右の拳をアモスのみぞおちに叩きこんだ。
げぼ。
胃液を吐いて、アモスはくずおれる。
からだをくの字に折り曲げ、痙攣しながらのたうちまわった。
「失せろ」
ダンは静かに言った。
「うう、あああ……」
アモスは、ただ呻くのみ。
「とっとと失せて、ミストポリスで謹慎していろ。この仕事は俺が仕切っている。てめえらに出番はないんだ」
それから身をひるがえし、ダンはクラーケンの前に戻った。
「すまなかったな。いずれ、始末はつけさせる」
「ケガ人を収容しなければならない」クラーケンは言った。
「もう少し話をしたかったが、きょうは無理だ。今度、市庁舎の方に訪ねてくれないか」
「わかった。あすにでも行く」
ダンはうなずいた。
「ところで……」
きびすを返そうとして、ダンは思いだしたように動きを止めた。
「あの二人は誰なんだ?」
ふっと訊いた。
「二人って?」
「水着の子だ」
あたしたちのことである。
「うちの新入りスタッフだが……」
「えらいのを飼っているな」
「え?」
「プロじゃないか」
そしてダンは、くるりと向きを変えた。
クラッシャーダン。
あたしたちの正体を見破りそう。
まずいわよ。ちょっと。
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第二章 やってばやっ。ヤクザのアホっ!
1
てんやわんやの一夜が明けた。
病院へ行き、教会へ顔をだし、研究所と市内を十数回、往復した。ヤクザがミストポリスに引揚げるのをしっかりと見届けたのも、あたしたちである。
あのあと、あたしたちとクラーケン以外はみんなパニックに陥っちゃって、惨劇の後始末が丸ごと団体で、こっちにまわってきてしまったのだ。
若い子ってば(あたしも若いけど)、男も女も、一人残らず呆然自失。そうでなければ泣きっぱなし。震えが止まんなくて、必死で自分のからだを抱えこんでいる子もいた。
ま、いきなしあんな目に遭ったんだから無理もないけどね。
結局、ドミトリーのあたしたもの部屋に戻ったのは、きのうの深夜だった。もしかしたら、きょうになっていたのかもしれない。
服を脱ぎ散らかしたとこまでは覚えているけど、そのあとは判然としない。
気がついたら、朝だった。
一応、ベッドの中にいた。
勢い余ってスキャンティまで脱いじゃったらしく、一糸まとわぬ素っ裸だ。
頭が痛い。目がまわる。
シーツをからだに巻きつけてバスルームまで這っていき、冷たいシャワーを思いっきし浴びた。
なんとか生き返ってベッドルームに戻ると、恐ろしいことにユリが自力で目を覚ましていた。
スキャンティ一枚で、自分のベッドの端にぼんやりと腰掛けている。
「タッチ」
あたしはユリの眼前に片手を突きだした。
ユリが平手で、あたしのてのひらを軽く打った。
そして、のっそりと立ちあがり、あうあうと唸りながら、シャワールームに向かってふらふら歩いていく。
起きぬけのユリは、夢遊病者と大差ない。
二日つづけての睡眠不足だが、十分後には、二人ともしゃきっとなってテーブル越しに顔をつき合わせていた。
服装はきのうと同じ。大型トランクを持ってこなかったから、衣装のバリエーションが乏しくなっている。きょうは市内で服を買おう。活動的で、ポケットの多いやつ。
「シルクのドレスがいいな」
ユリが言った。こいつは何を考えとるんじゃ。
「クラーケンに会うのは、買物の前? それともあと?」
あたしがあきれていると、ユリが訊いた。
「前がいいわね」あたしは言った。
「午前中に段取りを決めちゃって、午後にはミストポリスに行きたいでしょ」
あたしたちはクラーケンのスタッフということになっているから、ミストポリスには顔をだしにくい。ましてや、ジュニアの公邸とかアクメロイドの工場なんて、もぐりこむ方法すら思いつかない。正面きって行ったら門前払いは間違いないし、ヘタしたら捕まって人質にされかねない。あたしなんか美人だから、ヤクザやジュニアの慰み者にされるおそれだってものすごくある(ユリは大丈夫だけど)。でも、行かなきゃ、捜査は進まない。ナイマン島にくすぶっていたんじゃ、アクメロイド殺しの手懸りは百年たっても入手できないだろう。
「行くなら、急がなくっちゃ」ユリは時計に目をやった。
「ぐずぐずしてたら、すぐに午後になっちゃうわよ」
それは本当だ。ドルロイは自転周期が短い。標準時間に直すと、二十時間をちょっと切っている。だから、あっという間に一日が終わり、睡眠も不足してしまうのだ。
あたしたちはドミトリーをでた。クラーケンは、きょうも市庁舎のほうに泊まりこんでいる。
食堂に寄って、市内に行く便を捜した。シルビアという女の子が、エアカーででかけるから乗せてってあげると言ってくれた。うまそーな男の子じゃないけど、きょうはぜんぜん気にならない。若い坊やには、きのう愛想を尽かした。男は、やっぱりいざというとき頼りにならなきゃだめだ。最低ラインがクラーケンね。クラッシャーダンとかいうおじさまも、渋くてなかなか良かった。
シルビアのエアカーは、予想どおり年代物のクラシックカーだった。
しかし、性能は最新型のスポーツカーも顔負けである。クラーケンが、キャナリーシティのメカは見た目は悪くとも、ドルロイの技術でチューンしてあるから中身は抜群だと言っていたのは事実のようだ。少なくとも、エアカーに関しては認めちゃおう。
ハイウェイをつっ走って、市内にはいった。
狭い道路をぐるぐるまわって、中心部に向かう。
前方左手に、なんの変哲もないユニットハウスが見えた。
開発の初期なんかによく使われている量産型の簡易住宅だ。クレーンで運んできてボンと置けば、そのまま家として使用できる。いま見えているのは三階建の一般住宅用という、いっちゃんありふれたタイプだ。
そのユニットハウスが、頑丈な塀で囲まれただだっ広い敷地に、一軒だけぽつりと立っている。
「あれよ」運転しているシルビアが、ユニットハウスを指差して言った。
「あれが市庁舎よ」
「ええっ!」
あたしとユリは合唱した。
よりによって、あんなのが市庁舎。
「あれは、ドルロイに移住してきたクラーケンが、最初に建てた家なの」シルビアが解説した。
「いわば、記念碑ね。キャナリーシティが自治権を獲得したときに、クラーケンがみずから、あの建物を市庁舎と定めたのよ」
「趣味がいいわねえ」
あたしはため息をついた。
「敷地がいやに広いけど、あれは手狭になったから増築するためなの?」
ユリが訊いた。
「違うわ」シルビアはかぶりを振った。
「テロに対する防衛策よ」
「防衛策?」
「周囲の建物を取り壊して、更地にしたの。万が一に備えて。──市民が巻きこまれたら、大変なことになるでしょ」
「きのうのみたいなやつね」
あたしは言った。
「あまり害のない嫌がらせは、二年前にジュニアが総督に就任したあたりから、しょっちゅうあったわ。それが、最近ではヤクザまで呼び寄せて堂々と襲撃してくる。クラーケンも業を煮やして、塀の上に監視装置とレーザーガンを取りつけてしまったの」
シルビアは視線を流した。
なるほど、塀のそこかしこに、テレビカメラやら自動照準のレーザーガンやらが設置されている。海洋開発ラボの警備もかなりものものしかったけど、こっちは明らかにそれ以上の厳戒ぶりだ。
塀が切れ、門が見えてきた。
「中まで送るわ」
シルビアは言った。
門の前で停止した。
門の脇に、ガードマンの詰所が設けられている。そこから武装したガードマンが五人、うっそりと顔をだした。
「ブッチ、元気?」
シルビアはガードマンの一人に手を振った。
「よう、シルビア」
ブッチはそばかすだらけの坊やだった。ガードマンにしては、動きがプロっぽくない。
「クラーケンのお客よ。ユリとケイ」
「きのう、ヘダ岬で大活躍した二人組だな」ブッチは、あたしたちの武勇伝を知っていた。
「面会は登録されてるよ。いまゲートを開ける」
そう言うと、右手を高く挙げた。
ゲートが開いた。
シルビアはエアカーを発進させた。
「ガードマン、知り合いなの?」
門をくぐったところで、ユリが訊いた。
「いやだ。かれ、研究所の仲間よ」
意外な答えが返ってきた。
「市庁舎もラボも、ガードマンは専業じゃないの」シルビアは言葉を継いだ。
「みんな市民のボランティア。交代で詰めてるのよ」
なるほどね。
あたしはうなずいた。プロっぽくないはずだ。まったくの素人である。さすがはアクメロイド殺しの捜査をWWWAに肩代わりしてもらう星だけのことはある。しっかし、あれでちゃんとガードできるんだろうか。ヤクザは意表をついて襲ってくるよ。ちょっと素直すぎるんじゃない。
市庁舎の玄関が近づいた。
近くで見ても、ぼろくて安っぽい。地べたなんて整地してあるはずなのに、瓦礫がごろごろしている。
玄関の餉に、男が二人、立っていた。ガードマンではない。ここの職員である。
「再チェックよ」
シルビアが言った。
二段構えのシステムね。
でも、効果あるんだろうか。
2
市庁舎のうるわしい玄関前で、あたしたちはシルビアと別れた。
「市長は、三階の執務室にいます」
扉を開けながら、職員の一人が言った。背の低い、人なつこそうな表情のおにいさんだ。この人は、ボランティアじゃなくて、本当の市の職員。専任の職員は、全部で九人だと聞いている。キャナリーシティは小さなまちだし、業務の大部分はコンピュータがこなしてしまうから、このくらいの人数でも別に支障はないらしい。
市庁舎の中に通された。
ユニットハウスを庁舎に転用しているので、エレベータはない。階段を足で昇った。
階段をでて通路を右に進んだ。このユニットハウスは一フロアが三室に区切られている。三階のフロアは、一室が応接室、もう一室が市長の公邸(!)、そして、通路を突き当たってすぐ右手の部屋が市長の執務室になっていた。
執務室は、研究所のクラーケンの部屋と大差なかった。
書類とOA機器、それにそれを支えるデスクの群れが室内をほぼ完璧に埋め尽くしている。サイドボードやソファもあるが、それらは書類の山の蔭にちらちらと見え隠れしているだけ。本来の役目を果たしていない。
どーして、ここの主は、こんなにしっかりと物をためこんでしまうのだろう。
「やあ、きのうはご苦労さま。お待ちしてましたよ」
ためこんでしまった、その本人が、山と山との隙間、深い谷の奥からもそもそと出現した。
例によって、スーツをぱりっと着こんでいる。ほとんど寝てないはずなのに、そんな素振りはかけらも見せない。笑顔はあくまでもさわやかで、髭もきちんとあたっている。
うーむ。やっぱり、その辺の坊やとは格が違うのだ。
なんて感心している間に。
「おはようございます」
ユリに握手の先を越されてしまった。
どつき倒してやりたいが、クラーケンの前ではそうもいかない。
泣く泣く後塵を拝して、ユリのあとに握手をじっくりと交した。
「お掛けくださいと言いたいが、ここには席もない」クラーケンは言った。
「応接室のほうに行きましょうか?」
「このままでいいわ」あたしは答えた。
「段取りが決まったら、すぐにミストポリスに行くつもりなの」
「なるほど」
クラーケンは執務机のひきだしを開けた。
「そういうことなら、急がねば……」
中からプラスチックのカードを二枚取りだした。
「一応、キャナリーシティ職員としてのIDカードをつくっておきました」言いながら、それを机の上に並べた。
「公文書偽造になるといけないので、WWWAに通知して出向手続きも済ませてあります。有効期限は一週間。特別待遇ですが、まぎれもなく本物の職員です」
クラーケンは、あたしとユリにカードを渡した。
あたしは、そのカードをまじまじと見た。役職のところには、資材課二級とプリントしてある。あたしはユリのカードを覗きこんだ。ユリも資材課の二級だった。おもしろくない。どーせなら、あたしを課長にしてくれればいいのに。ぷんぷん。
「では、さっそく資材課の職員に仕事を命じましょう」
クラーケンは言を継いだ。口調が芝居がかったものになった。
「キャナリーシティは新規事業として、港湾整備計画をたてています。立案担当は資材課です。あなたがたの任務は、ミストポリスの工場に行き、そのためのデータを丹念に収集することにあります。もちろん、向こうの技師とも会ってきていただきたい。ただし、なにぶんにも急を要することなので、時間はあまりさしあげられない。調査期間は三日間です。工場側にも、そのように伝えてあります」市長はそこで言葉を切り、あたしとユリとを交互に見た。
「何か質問は!」
得意そうに、にっこりと笑う。
クラーケンてば、しぐさがかあいい。
「最高の段取りね」
あたしは答えた。それ以外に言いようがなかった。
みごとにお膳立を済ませてしまっている。
「三日間ていうと、泊まるところは?」
それでもユリが訊くことをみつけた。
「市内のホテルを予約してあります」
クラーケンは、率《そつ》がない。
「あとは、ばっちり調べてくるだけね」
あたしはIDカードをポシェットにしまった。このポシェットには小型のレイガンもはいっている。相手が相手だ。やはり丸腰で出歩くのはよろしくない。そう思って、放りこんできたのだ。
「うまくいったら、三日後に──」
ユリが手を振った。この態度。不必要になれなれしい。あたしが上司だったら、厳しく注意してやるところだ。しかし、同じ二級の同僚なのだから、何も言えない。
あたしとユリは、きびすを返そうとした。
そのとき。
インターコムが鳴った。
呼びだし音だ。
「どうした?」
クラーケンが回路をオンにした。
「テラから緊急便です」職員の声が、スピーカーから流れた。
「運送屋が運んできました。特殊なコンテナにはいっています。どうしましょう?」
「どこからだ?」
「地球連邦政府の国家移民局です。送り状は本物で、通関手続きもちゃんとおこなわれています」
「わかった」クラーケンの表情が引き締まった。
「ちょっと待ってくれ。確認する」
クラーケンは、執務机の横にあるコンソールに手を伸ばし、そこに並んでいるスイッチの一つを指先で軽く弾いた。
左手の壁がスクリーンになり、そこに映像がはいった。
庁舎の玄関前だ。バンが一台停まり、そのまわりに人が何人か、かたまっている。なるほど。再チェックとは、こうなっているのか。
「一、二、三……」
あたしは人数をかぞえた。
十人いる。
そのうちの八人は、運送会社の黒っぽい制服を身につけている。あとの二人は、キャナリーシティの職員だ。
ひとつのコンテナに八人がかり。
大仰だが、ものによっては不思議でもなんでもない。
クラーケンはコンソールのつまみを操作して、画面をズームさせた。
はじめにコンテナが、つぎに職員の一人が手にしている書類が、大写しになった。
コンテナはかさばっており、すごく重そうだった。あちこちに重要≠ニいうスタンプが押してある。
「たしかに正規の書類だ」クラーケンはうなずいた。
「いいだろう。受け取っておいてくれ」
「わかりました」
職員が応答した。襟元に小型のマイクがはさんである。
「テラが、総督リコールの話を聞きつけたのかな」
スクリーンのスイッチをオフにして、クラーケンはあたしたちに向き直った。
「情勢は、いろいろと動きだしているわ」あたしは言った。
「すべての問題の山場が、ここ数日のうちに集中しそうね」
「うまくいってくれるといいが……」
クラーケンは肩をそびやかした。
「それじゃあ」
あたしはドアに向かって歩きだした。
書類の山を崩さないように気を使いながら、前に進む。
異変はだしぬけに起こった。
なんの前触れもなかった。
いきなり、ドアが爆発した。
たいした爆発じゃなかったけど、プラスチック製の安物のドアを粉砕するには充分すぎる破壊力だった。
爆発音が耳をつんざき、爆風が、あたしを直撃した。
瞬間、目の前が真っ白になった。
キナ臭い匂いが鼻をつく。
ふわりと、からだが浮いた。
3
ふっ飛ばされながらも、あたしは体勢を立て直した。
派手に崩れた書類の山が、あたしを止めた。
書類を載せていたテーブルとテーブルの隙間に、あたしはすっぽりと落下した。
頭がガンガンする。視野いっぱいに星が飛んでいる。
破られたドアから。
黒っぽい服を着た連中が、どやどやと侵入してきた。
あれは運送会社の制服。
だけど、その凶悪な面構えは。
ヤクザだ。
ヤクザはヒートガンで武装していた。
騙された。
頭《たま》ん中が、その一言でいっぱいになった。
敵はドルロイの総督だ。本物の送り状や、通関の書類なんて、いくらでも用意できる。コンテナの中身は武器だったんだ。
おしいってきたヤクザは五人だった。
五人のヤクザが、一斉にヒートガンを構えた。
撃ちまくった。
狙いも何もない。
執務室の隅から隅まで、縦横無尽に灼きまくる。
ユリが跳んだ。
みごとな反射行動。クラーケンの執務机に手を置き、ひらりと、その向こう側に身を躍らせた。
ユリを追う熱線が、空を切る。
逆に、かわしきれなかったのが、クラーケンだった。
膝を折って、からだを机の蔭に沈めるだけでよかったのに、そこが素人の悲しさ。うろたえて背中を向けてしまった。
熱線がクラーケンの腰を灼いた。
悲鳴をあげて、クラーケンはくずおれる。
ユリが執務机を強引にひっくり返した。
天板を正面に向け、バリケードにする。
ポシェットからレイガンを取りだし、応戦を開始した。
あたしがユリのほうを見てられたのは、それまでだった。
偶然、テーブルの隙間に落っこったために熱線を浴びずに済んでいたのだが、世間はそれほど甘くはなかった。
書類の束に火がついて、あたしの上に降ってきたのだ。
ぎりぎりまで我慢したが、身につけているのがタンクトップにグルカショーツ。お肌をたっぷりと露出している。
ヤクザが、ユリを追いつめようと前に進んできた。
こいつはチャンスだ。
あたしは全身をバネに変えた。
からだをたわめ、ダッシュした。
激怒と熱さで、パワーが倍加している。
ヤクザの一人に肩口からぶち当たり、ついでにもう一人を、振りまわしたポシェットで殴り倒した。ポシェットはレイガン入りだ。やわじゃない。
鈍い音がして、ヤクザは昏倒した。
ポシェットのひもがちぎれた。
あたしの眼前に、ヒートガンが落下してきた。ポシェットでぶっ叩いたヤクザが持っていたやつだ。
レイガンと交換である。威力はこっちのほうがずっと上。
あたしはヒートガンをひっ掴み、転がるようにして、ドアの外へと飛びだした。
ヤクザが、あたしを追いかけてくる。
執務室をでてすぐのとこに、もうひとつの部屋があった。そこのドアを、あたしはすれ違いざまに掴み、開いた。
その蔭に身を置いた。
ドア越しに、ヒートガンを乱射。
ヤクザが、わっと四方に散った。
あたしを追いかけてきたのは、三人。まあまあた。二人だけを相手にするなら、ユリもあそこでなんとか持ちこたえられるだろう。
あたしと三人のヤクザは、通路の真ん中で、激しい撃ち合いを繰り広げた。
向こうは盾がないけど、三人。こっちは身を隠しているもののたった一人。狙いがつけられないから、ちっとも当たらない。
そうこうしているうちに、ドアがいかれた。プラスチック製だから、溶けてぼろぼろになってしまったのだ。
こうなっては、逃げるしかない。
頃合いをみて、階段まで走った。
足もとを熱線がかすめる。
熱いなんてもんじゃない。激痛が脳天を貫く。
床を蹴り、階段に飛びこんだ。
すかさず壁にへばりつき、ポジションを確保する。殺到した熱線が、凄まじい音をたてて床やら壁やらを灼いた。あたしも反撃を試みるが、とてもじゃないけど撃ち返しようがない。三対一はまじに不利だ。
それでも、あたしはほっと一息ついた。
本当なら下に行くのがいいのだが、それはかえってやばい。ヤクザは八人きて、五人が執務室を襲った。
あと三人、どっかにいるのだ。
二階か一階か。
やっぱり両方だろう。
うかつに下るわけにはいかない。それどころか、騒ぎを聞きつけてこっちにやってくることも考えられる。そうなったら、おしまいだ。ここで挾み撃ちにあったら、かわしようがない。
あたしは応戦しながら、必死で策を練った。とにかく建物の外にでることだ。でれば、門を警備しているガードマンが事態を察知して駆けつけてくるだろう。あのガードマン、素人だけど武装はばっちりだ。戦闘に加わってくれれば、逆転も不可能ではない。
などと、思考をめぐらせているうちに。
向こうは、決死の特攻をかけてきた。
二人が援護にまわり、一人が壁に密着して、接近をはかったのだ。
こっちは、大幅に顔をだせないから、それに気がつかなかった。
ちょうどうまく死角にはいられた。
ハッと思ったときには、もう遅い。
不意打ちをくらった。
ヒートガンの銃口が、目の前に突きだされた。
びっくりしたけど、WWWAの猛訓練がものを言った。
考えるより先に、からだが動いた。
銃で銃を払いのけ、同時にスライディングした。
向こうも、まさか階段でスライディングするとは思っていなかったに違いない。なにしろ、あたしも思っていなかったのだ。
当然、二人ともバランスを崩した。
有利だったのは、あたしが何をしたか承知していたことだ。向こうは、何をされたのかわかっていない。
その差が、階段のへりに激突したときにあらわれた。
ヤクザはもろに背骨と後頭部を強打した。
段々になっているから、打つのは一箇所ではすまない。
「ぎゃっ!」
悲鳴をあげた。
あたしとヤクザは、もつれあって落ちた。
階段をごろごろと転がる。
あたしはヤクザのからだをクッション代わりにした。ヤクザは気を失ったらしく、抵抗しない。
踊り場に転落した。
ヤクザは頭から。あたしは、その上に乗っかって、どこもぶつけなかった。
反動を利用して、素早く跳ね起きた。
ちらりと視野に。
人影が映った。
まずい。
あたしはヒートガンを構えた。
相手もレイガンを突きだしてくる。
「おっと……」
「あら!」
撃つのストップ。
目の前に立ってるの。
ヤクザじゃないわ。
グレイのスペースジャケットを着た身長二メートルの大男。
クラッシャーよ、この人。きのう会ったばっかりの。
「何があった?」
大男は、あたしに訊いた。あたしと踊り場に倒れているヤクザとを見比べている。ヤクザのほうは死んじゃったみたい。
「襲ってきたのよ。運送屋に変装してきて。八人いたわ」
あたしは早口で答えた。いつ上からあとの連中がやってくるか気が気じゃないから、視線は階上に向けている。
きた。
影が動いた。
「ちっ!」
舌打ちして、クラッシャーにぶち当たった。この大男、ぼんやりしていて上の連中に気がついていない。
まるで鉄の塊に衝突したみたいだったけど、不意をつかれて大男は安定を失った。
あたしを抱えるような姿勢で真後ろにひっくり返った。
一条の光線が、今まであたしたちが立っていたあたりの空間を斜めに薙ぎ払い、床と壁とを黒く灼いた。
どうやら、ヒートガンのエネルギーチューブを空にして、レイガンに切換えたらじい。
あたしは倒れながらもヒートガンを発射した。
しかし、相手はもう奥にひっこんでいる。
「あたしはケイ。そっちは?」
首をめぐらし、大男に向かってあたしは訊いた。尻餅をついた大男の上にまたがったままだから、あたしの顔と大男の顔とは十センチとは離れていない。
「タロスだ」
頬のあたりをひきつらせながら、大男は名乗った。
「タロス、あたしを援護して!」
勢いよく立ちあがり、あたしは言った。
「戻るのか?」
タロスは目を丸くする。
「ユリが一人でクラーケンを守ってるのよ!」
あたしは叫ぶように言った。
「俺が行く」
タロスは、あたしの前に立ちはだかった。
「けっこうよ」
ジュニアに雇われているクラッシャーには任せられない。
「そうはいくか!」
タロスは強情だった。
「どうした?」
タロスのお仲間が、一階からやってきた。先頭は、リーダーのダンだ。
「この人ってば、あたしの邪魔するのよ」
タロスが答える前に、あたしはわめいた。リーダーを味方にすれば、こっちの勝ちだ。
「この俺に援護しろと言うんでさァ」
タロスも訴える。
「なるほどな」
ダンはあたしに目を向けた。んまま、見れば見るほど渋いおじさま。
「いいだろう」うなずいた。
「援護は俺たちがやる。二人で行け」
「まっ」あたしはぶっ飛んだ。
「すごい折衷案」
でも、異存はない。
タロスも承知した。
三人のクラッシャーが、階段の中央に並んだ。あたしとタロスは階段の端に身を寄せた。
ダンが合図した。
クラッシャーは一斉にレイガンを撃ちまくる。
タイミングを計った。
タロスが動いた。
あたしもスタートした。
二人並んで、階段を駆け昇る。
勝負は、これからよ!
4
タロスが三階のフロアに、腹這いになって滑りこんだ。
滑走しながらレイガンを撃ちまくる。
一歩遅れて、あたしも階段から通路に飛びだした。
あたしはヒートガンを乱射する。
タロスに並んだ。
「やるじゃない」
あたしは愛らしく微笑み、タロスに向かって声をかけた。スピードにタイミング、そして度胸に身のこなし。どれをとっても、一級品である。
でも、あたしの賛辞をタロスは無視した。
ちらっとあたしを見たけど、すぐに視線を戻して相手の様子を窺っている。
仏頂面、かーいくない!
「こっちよ」
あたしは起きあがった。お愛想やめ。ひざまずいて、壁にぺたりとへばりついた。
ヤクザは通路の右手の部屋にひそんでいる。執務室のとなりの部屋。さっきあたしが盾代わりにドアを借りた部屋だ。市長の公邸≠ナある。ドアが灼き裂かれちゃってなくなっているから、連中にはかえって都合がいいらしい。ときどき、腕だけを通路に突きだして撃ってくる。盲撃ちだから狙いはいーかげん。だけど、間を置かない。撃ちだすと、入れ代わり立ち代わり、腕がでてくる。どうやら、二人で交代に撃ってるみたい。いきなり加勢があらわれたもんだから、びびっているのね。
あたしは壁に張りついたまま、じりじりと前進した。タロスが援護してくれている。さっきは、やがったけど、今度はだめ。あたしがさっさと動いちゃったのだ。援護するっきゃない。
そこへ。
足音も荒く、残りの三人のクラッシャーが三階に昇ってきた。
なにごとか、タロスと言い交している。
援護が変わった。
タロスが不意に立ちあがり、レイガンを構えて、ふらりと通路の真ん中に進みでた。
あにすんのよ!
思わずあたし、声あげそうになった。
まるで的にしてくれって言ってるようなものよ。めいっぱい大胆。ううん。大胆というよりも、自殺行為。これじゃ、カバーもできない。
ドアから腕がでてきた。
狙いをつけてるわけじゃないけど、銃口はまっすぐにタロスの胸に向かっている。
あたしは反射的にヒートガンを構えた。腕か銃を撃てば、タロスは助かる。
でも、間に合わない。
向こうの指はもうトリガーボタンを押しはじめている。
だめ。
と諦めた。そのとき。
タロスが跳んだ。
空中で一回転。
ひらりと舞い降りて、するするっと転がっていく。
光線が壁を灼き、床を灼いた。
タロスはジグザグに転がる。
異変に気がついたヤクザは半身を乗りだして、タロスを追う。だが、タロスの動きは驚くほど速い。
あっという間にドアのすぐ横に達した。
床を軽く蹴って跳ね起き、その勢いで市長公邸≠ノ飛びこんだ。
レイガンは撃ちっ放し。跳ね起きてから飛びこむまで、トリガーを絞っている。
「あきれたね」
あたしは肩をすくめた。
すくめながら、通路を走った。ありゃ、無謀なんてもんじゃない。滅茶苦茶である。まねなんかできっこない。したら、すぐに死ぬ。
あたしは距離を詰めた。
タロスが特攻したもんで、向こうはふっつりと撃ってこなくなった。
あたしは、タロスにつづいた。
ヒートガンを正面に構え、からだを低くして市長公邸≠ノ突っこんだ。
光線が、あたしに殺到した。
一条なんか、脇腹をかすめた。
あせって、横ざまに跳んだ。
部屋の左手に、大型のソファがひっくり返っている。
その蔭に転がりこんだ。
先客がいた。
タロスだ。
「援護、頼むぜ」
あたしが着くと同時に、タロスは飛びだした。
あっ、バカ!
なんて言ってる余裕もない。
とにかく、でてっちゃったのだ。援護するしかないじゃない。
さっきと逆である。
うまうまとお返しされた。
公邸≠ヘ、ぐちゃぐちゃになっていた。
動転したヤクザが、バリケードを築こうとしたのだろう。机やサイドボードが、手当たり次第に引き倒されている。床には割れたガラスや書類の束が散乱しており、まるで小型の台風でも通過したみたいな惨状である。
二人のヤクザは、バリケードの蔭に、すっぽりと潜りこんでいた。さっきと同じで、腕だけ突きだして銃を撃っている。あんなのブラッディカードがあれば一発なんだけど、あいにくきょうは持ってきていない。正体がばれるからって置いてきたんだ。
あたしに勝手に援護を頼んだタロスは、降りかかる光線をものともせず、一気に公邸≠横切って、バリケード直前にまで達していた。
そのままバリケードのお山を駆け登る。
てっぺんに立って、レイガンを撃ちまくった。
豪快と自殺とは紙一重だね。あたしは一つ覚えた。生き延びるか延びないかで、言葉が変わる。
タロスは豪快の方だった。
ひとしきり撃ちまくると、バリケードから跳び降りた。
いきなり騒がしくなった。物と物とがぶつかる音。床を踏み鳴らす音。何かが砕ける音。そんなのがひとかたまりになって、わあんと響いてくる。
「ぎゃっ!」
情ない悲鳴をあげて、ヤクザの一人がバリケードの向こうから飛びだしてきた。
からだのあちこちをサイボーグ化した半分機械みたいなヤクザだ。金属カバー剥きだしの腕やら足やらから、盛大に煙を噴いている。
チャンスだ。
あたしは指を鳴らした。
こいつ生捕りにしてやろう。
そう思って、前にでた。タロスは、まだバリケードの蔭でどたばたやっている。
銃を構え、あたしは白煙を敷き散らしてのたうっているヤクザに、そろそろと近づいた。
しかし。
ヤクザはヤクザ。チンピラでも一筋縄ではいかない。苦しかったのはホントに苦しかったらしいが、それでも、かなり演技していたのだ。
あたしを引き寄せといて、そいつはくるりと一回転した。
てのひらに小型のレイガンを仕込んでいる。
あざといわね!
光線が、あたしのくるぶしのあたりを擦過した。
でも、そのときはもうあたしのからだは空中にひらりと舞いあがっていた。
それくらい読んでるわよ。
ヒートガンの熱線が、ヤクザの肩を舐めた。
肩は機械化されている。そこが、ぼっちし灼かれたから、ヤクザはたまんない。あっという間に、高熱が全身を駆けめぐった。
てえことは。
丸焼け。
生捕りは失敗である。
どかん。
凄まじい音がして、バリケードの山がばらばらになった。
タロスが、捕まえたヤクザを思いきり叩きつけたのだ。
そのショックでバリケードが崩れた。
ちょうど、あたしがそのすぐ脇に降り立ったときだ。
ぶないじゃない!
あたしは危ういところで、バリケードのなだれをかわした。
市長公邸≠ェ、さらにぐちゃぐちゃになった。
破片を蹴散らして、かつては机やサイドボードだった残骸の奥から、タロスが悠々とあらわれた。あたしが倒したヤクザも、タロスが相手していたヤクザも、どっちも姿が見えない。
どうやら、崩れたバリケードの下敷きになっちゃったみたい。
「へっ、てこずらせやがって」
タロスが焼け焦げだらけになったスペースジャケットをパンパンとはたいた。
「せいや!」
不意に、変な声を発して、誰かが公邸≠ノ飛びこんできた。
ヘッドスライディングの要領で床に滑りこみ、上体をほんのちょっと起こしてレイガンをまっすぐに構える。
決まれば格好いいポーズ。
でも──。
華々しい一戦が終わったばかりの今となっては、ただ、ぶざまなだけ。
「あれれ?」
ぽかんとしているあたしとタロスに気がついて、突入してきた男は小さな目をせいいっぱい丸くした。
「何してるんだ、バード?」
タロスが訊いた。
「援護……」
バードは、腹這いのままぽつりとつぶやいた。
状況はもうバードにもよくわかっている。
大儀そうに、もそもそと起きあがった。このクラッシャーが、ダンのチームでいちばん若い。タロスと違って、地味めで、ぜんぜん目立たないタイプだ。
「きれいさっぱり終わっちまったんだ」
バードは寂しげに周囲を見回した。
「十五秒ほどな──」
タロスは肩をそびやかした。
「遅かったみたい」
あたしも、かぶりを振った。
バードの目が、点になった。
5
こっちのヤクザは始末したけど、まだ襲撃そのものが落着したわけではなかった。
ダンともう一人、わりと年かさのクラッシャー(タロスが名前を教えてくれた。ガンビーノというんだって)が向かったクラーケンの執務室が残っている。
あたしたちは、慎重に通路へとでた。ヒートガンを手にしたあたしを先頭に、様子を窺いながら、歩を進める。タロスとバードは、あたしのすぐうしろにつづいている。
からだを低くし、そおっと部屋の外に足を踏みだした。
「ケイ!」
いきなり声をかけられた。
あたしはぶっ飛んだ。
ぶっ飛んで、ヒートガンを乱射しそうになった。
必死でトリガーボタンから指を引きはがし、あせって首をめぐらすと、すぐ横にユリが立っていた。
「ユリ、無事だったの!」
あたしは両手を広げた。
ユリが、駆け寄ってきた。
黙って、あたしにしがみつく。
これ、なんとなくおかしい。
あたしはユリの顔を見た。からだが熱い。頬も紅潮している。
「ユリ……」あたしは言った。
「顔が赤いし、ほてってるよ。大丈夫? どっか撃たれたんじゃない」
肩やら腕やらを点検した。
「どうってことないわ」ユリは首を横に振った。
「それより、ほかの連中は?」
いつもどおりの口調で、あたしに訊く。たしかに、かすり傷以外のケガはない。
「みんな片づけちゃった」あたしは背後を振り返った。
「──あたしとタロスとで」
タロスはあたしの真後ろにいた。大男巧クラッシャーは軽くウインクして拳を握り、右手の親指を上に立てた。
「俺の獲物なんか、ありゃしない」
その横でバードが大仰に嘆いた。
「すぐに病院に行く」
ダンが仲間に向かって硬い声で言った。このおじさまだけは、いつだってマシ。
「クラーケンが撃たれた。こっちの始末は、ガンビーノとタロスでやれ」
ダンは傷ついてぐったりとしているクラーケンを背負っていた。クラーケンに意識はない。血の気を失って、顔色が白くなっている。呼吸は一応たしかだが、荒い。
「あたしが案内するわ」ユリが言った。
「クラッシャーがケガしたクラーケンを病院に連れてったら、大騒ぎになっちゃう」
「じゃあ、あたしがこっちに残るわよ」あたしは口をはさんだ。
「このままじゃ、こっちだって大騒ぎは免れっこないもの」
市庁舎ん中は死体だらけである。ここへ市民がやってきて、カネークに雇われたクラッシャーだけが残っていたら、大変なことになる。
ダンとバード、それにユリが、クラーケンを連れて病院に向かうことになった。
あたしは、門の脇の詰所にいるガードマンに連絡をとった。
ガードマンは血相変えてふっ飛んできた。のんきな話だが、ガードマンは今の今まで、市庁舎の異変に気がついていなかった。これだから、素人は怖いのだ。裏をかかれると、かかれっぱなしになる。
ブッチを病院に行くユリたちに同行させ、あとの連中には応援を掻き集めてもらった。パニックを起こしかけているボランティアのガードマン四人では、手助けにならない。
たちまち市庁舎は人でいっぱいになった。
きのうのヘダ岬にも劣らぬ修羅場である。
タロスとガンビーノが吊しあげを食いそうになったが、それはあたしが止めた。この件に関しては、かれらは敵ではない。むしろ、救いの主だ。かれらが来なかったら、あたしたちもクラーケンも息の根を止められていた。
四時間かけて、処理を済ませた。
ガンビーノの手際が見事だった。反発している市民を巧みに動かし、思いどおりに使ってしまうのだ。はじめはしぶしぶ指示に従っていた市民も、気がつくとガンビーノの言いなりになっている。それでいて、まったく不快感はない。
一段落したところで、あたしたちは病院に向かった。
病院は、キャナリーシティの北のはずれにあった。海洋開発ラボとは、まちをはさんでちょうど反対側にある。場所としては、空港に近い。
病院のロビーで、あたしはユリたちとおちあった。
「クラーケンは?」
顔を合わせると同時に、あたしはユリに訊いた。
「重傷よ」ちょっとうわずりぎみの声で、ユリは応じた。
「全治六か月ってとこ。でも、生命に別状はないわ。後遺症も残らないだろうって、先生の話よ」
それは、ひとまずめでたい。
「そっちは、どうだった?」
ユリに問い返された。
「ひどいもんね」あたしは言った。
「職員は皆殺しよ。市庁舎そのものも、かなりやられたわ。地下のメインコンピュータは無事だったけど、端末はずたずたよ。キャナリーシティの市としての機能は、当分復旧しないわね」
「市長が入院して、行政機能はおしゃか……」ユリは自分で自分を抱えこむように、腕を組んだ。
「ナイマン島には、ほかに指導者もいないし、反カネーク派は、当分動きを封じられちゃうわね」
「みいんな、ジュニアの思う壺よ」
あたしはダンにちらりと目をやった。
「この仕事は、俺が仕切っている。ヤクザに出番はねえ。──だったっけ。きのう、おたくらカッコいい啖呵を切ったわよね」あたしは言を継いだ。
「その揚句が、こういうことなのね」
「…………」
「ケイったら、やめなさいよ」ユリが間にはいった。
「この人たち、契約しちゃってて、身動きできないのよ」
かばうふりして、ユリってば、あたしよりきつい皮肉をさりげなくかます。要約すれば、口先だけで実際には何もできないってことだ。あたしゃ、そこまで言ってないよ。
「弁解はやめとこう」
ダンが、つぶやくように言った。顔色なし。表情なんか、カチカチにこわばっちゃって、石みたい。
「ケジメは、行動《からだ》でつける。クラーケンには、そう伝えといてくれ」
くるりと、きびすを返した。
そのまま表に向かう。
「おやっさん!」
三人のクラッシャーが、あわててダンのあとを追った。
それこそ、あっという間。
気がつくと、あたしたちのまわりには誰もいない。
「ケイが、いけないのよ」二人になったとたんにユリが口を開いた。「あんなに厳しく非難するんだからァ」
なっ、なにをほざくか。
「あんたこそ、言い方がきついのよ!」
あたしはムキになって反論した。
「ぶう!」
ユリがふくれた。
「ぶう!」
負けてたまるか。あたしもふくれた。
病院のロビーで睨み合いになった。
陽が暮れた。
6
クラーケンを担当している婦長さんにダンの伝言を託して、あたしたちは研究所のドミトリーに戻った。
研究所の警備は、いっそうものものしいものになっていた。研究員も、全員武装している。空気もぴんと張りつめちゃって、いよいよ臨戦態勢って感じだ。
あたしたちは部屋で善後策を練った。
シャワーを浴びてからだをほぐしてから、ベッドに寝そべってユリと二人、額を寄せ合う。
せっかくクラーケンが手を打ってキャナリーシティの職員にしてくれたんだけど、工場視察だなんて悠長なマネはもうしてらんない。だいたい市の職員が全滅しちゃったっていうのに、あたしたちが資材課の担当者ですゥって工場にほこほこ訪ねていくってのも不自然だ。
「強引にやるしかなくなったわよ」
あたしは宣言するように言った。
「忍びこむしかないみたいね」
ユリも反対しなかった。
「要するに、アクメロイド殺しよ」あたしは言った。
「ヤクザの狼齢も海洋開発ラボの運命も関係なし。あたしたちの任務はアクメロイド殺しの真相究明だけ」
「でも、あの事件がジュニアの狂言だったとしたら、事態はクラーケンにとって有利に運ぶわね」ユリの目がきらりと光った。
「総督のリコールが可能になるし……」
「なんか、海洋開発ラボに肩入れしてるみたいだけど、しょーがないわよ」
あたしは鼻の付け根んとこにしわを寄せた。
捜査は公正中立が建前である。わざと特定の個人もしくは団体に有利になるように事を進めてはならない。だけど、普通に捜査してて有利になっちゃう場合はやむを得ないじゃない。
「ジュニアの工場、ここに劣らずピリピリしてるわよ」
ユリがコンソールデスクに腕を伸ばして、モニタースクリーンに映像を入れた。ドルロイの総督公邸に隣接しているアクメロイド工場の立体配置図だ。ところどころブランクがあるのは、情報不足のせいである。あの事件のあと、ジュニアがどのように警備を強化したのかも、はっきりとはわかっていない。たしかなのは、大型火器を大量に備えつけたということだけだ。不審な者は誰何せずに射殺するという噂も流れている。各フロアには血に飢えたヤクザどもがごろごろしているらしい。
「派手にだけは、したくないわ」
あたしはベッドから立ちあがった。時刻は午後五時。頃合もよさそう。今から行けば、就業時間も過ぎて、工場はほどよい闇の中。
シャワーを浴びたあと着ていたバスローブをはらりと脱いだ。
ローブの下はホワイトシルクの小さな布切れ一枚。
メタリック・バイオレットのスペースジャケットをクローゼットから引っぱりだした。暑っ苦しいけど、ビーチウエアじゃちょっとね。隠密行動も一応つづいているし、このあたりの格好が妥当な線である。
「じゃあ、プラン・ベータで決まりね」
ユリもサンシャイン・ゴールドのスペースジャケットに身を固めた。
「あとは、とにかくでたとこ勝負よ」
頑丈なパイロット・ブーツに足を押しこみながら、あたしは大きくうなずいた。
あたしたちの善後策って、いつもこんなふうに練りあがっちゃう。
クラーケンの助手の一人をつかまえて、エアカーで空港まで送ってもらい、そっから例の型遅れのSTOLで宇宙港に渡った。
宇宙港に着いたところで、いったんユリと別れた。ユリは手頃な小型飛行機を手配しにエアサービスの事務所へ。あたしは〈ラブリーエンゼル〉で些細な用足し。
「みぎゃあ」
メインハッチをくぐって主操継室にはいると、さっそくムギがあらわれてあたしの足にすりすりをはじめた。
頭や肩をめいっぱいこすりつけ、みぎゃみぎゃと啼きながら、ときおり、置いてけぼりにしやがって、といった恨みがましい目であたしを睨む。
ムギはクァールである。
クァールは先史文明の実験生物で、テラの猫に似た姿形をしている。違っているのは、耳の代わりに細かい毛のような巻きひげが密生していることと、肩に太い触手が二本、生えていて、人間の手でできる作業なら、なんでも同程度かそれ以上にこなすことができる。
クァールは十何年も前に、テラが派遣した探検隊によって、ある惑星で発見された。知能が高いうえに凶暴で気の荒いクァールは人類にとって大変なおみやげだったが、研究グループは実験を繰り返した結果、捕獲したクァールの何頭かをおとなしい性質に改造することに成功した。
ムギはそうやって改造されたクァールの一頭である。そんな貴重な動物が、なぜ、あたしたちに飼われているのか。これにはちょいとした事情がある。しかし、その辺のいきさつは長くなるのでとりあえず省略してしまおう。機会があれば、いつか教えたげる。
クァールは頭がいいから、宇宙船の操縦だってできてしまう。それどころか、耳の巻きひげを震わすことで電波電流を自在に操ることさえも可能だ。実にまったく便利このうえない超生物である。食事は、カリウムカプセルを一日に一個。カリウムカプセルはすごく高価なのだが、それはあまり気にならない。その能力を考えれば、結局は割安なのだ。
あたしたちは、ムギを単なるペットとは思っていない。大切なパートナーである。だけど、このパートナー、やたらと目立つ。とくに、今回のような身分を隠したお仕事となると困ったことになる。だから、言いきかせて、お船に残ってもらったのだ。
でも──。
持たせたね、ムギ。いよいよお前の出番だよ。
あたしは武器やら機材やらを集めて、ハードパックに詰めた。武器はちょい多め。なんたって血に飢えたヤクザだもんね。対するあたしたちは、たおやかな乙女。五分に渡り合うには、それなりの装備が要る。
詰め終えると同時に、ユリが来た。
「借りられたわ、〈フォックスバット〉」嬉しそうに報告する。
「条件はぼっちし。VTOLで、十人乗り」
「でかいね」
「このタイプじゃ、いちばん小さいのよ」
「わあった。それ行こうじゃない。どこにあるの?」
「B‐6スポット。発進準備は完了してるわ」
「けっこう。こっちもオーケイよ」
二人分のハードパックは完成している。ヒートガンとそのホルスターも用意した。
あたしたちはB‐6スポットに向かった。ムギは空箱に詰めて、カートに乗せた。激しくやがったが、有無を言わせない。目立つお前が悪いのだ。
〈フォックスバット〉は、最新型というほどではないが、まあまあ型の新しいビジネス用のVTOLだった。変形デルタ翼機で、カーゴルームが大きい。十人乗りというのは、そこにも人を詰めたときのことで、正規のシートは操縦席も含めて六人分しかなかった。
カートからカーゴルームにムギのはいった箱を移し、あたしたちはコクピットにもぐりこんだ。
ユリが主操縦席に着き、あたしが、左横の副操縦席に着く。ムギがプラスチックの箱をぶち破って、正規の客席の方に転がりこんできた。席ふたつ分を占拠して平たく寝そべり、ふぐふぐ唸りながら、毛づくろいをしている。
ユリが管制塔と二言三言何やら言い交した。
離陸許可がおりた。
エンジンを始動させ、全開に持っていく。
ふわりと浮きあがった。
高度をあげ、水平飛行に移る。
あたしはオートパイロットをセットした。目的地はミスト島のミストポリス。もっと詳しくいえば、その東のはずれにある総督公邸兼アクメロイドの工場だ。
「どのくらい飛んでられんの、これ?」
あたしはユリに訊いた。
「着いてから五時間は大丈夫。ムギの腕がよければ、あと一時間は延びるわ」
コンソールのキーを叩いて、ユリは素早く〈フォックスバット〉の燃料消費率を弾きだした。
闇の海上を〈フォックスバット〉は高度七千メートルで飛行する。天候は快晴。空には無数の星がまたたいている。対照的に、海のほうは真っ暗。陸がほとんどないからだ。右手後方の水平線に白く光っているのは、さっき飛びたったばかりの宇宙港の照明だろう。つくづくと人の営みの乏しい星である。
「そろそろよ」
十分ほど飛んだら、ユリが言った。ミスト島は宇宙港に近い。全開で飛行しているせいもあって、すぐに着いてしまう。
オートパイロットの指示に従い、〈フォックスバット〉は降下態勢にはいった。
高度二千で、オートパイロットを切った。ユリが操縦桿を握り直し、しばらく水平飛行をつづける。
「千五百で、旋回させとくわ」あたしに向かって、ユリは言った。
「この辺で降りちゃいましょ」
あたしたちはコクピットを離れ、客席のほうに移動した。ユリに代わって、主操縦席にはムギがもぐりこんだ。もっともらしそうに、クァールは触手で操縦桿を掴む。
あたしとユリは、ハードパックを背負った。ハードパックには、ハンディタイプのハンググライダーを取りつけた。これがちゃんと開いてくれないと、あたしたちは高度千五百メートルから、減速なしで地上に叩きつけられてしまう。
ヘルメットをかぶり、非常ハッチの前に立った。
ユリが先。あたしがそのつぎである。飛び降りたあとは、〈フォックスバット〉はムギが操縦して、高度七千で旋回飛行しながら待機する手筈になっている。何かあったら、すぐに回収してもらうためだ。〈フォックスバット〉は普通にレンタルしているビジネス機なんで武装はしてないけど、VTOLだから、ちょっとした広場があれば、どこにでも降下できる。最悪、総督公邸の屋上でも大丈夫だ。
機体が、ゆっくりとバンクした。
窓の外に明りが見える。地上だ。ミスト島。ひときわ明るいのが、ミストポリス。サーチライトの光条が天に向かって幾筋も伸びているのは、降下目標の工場である。
だしぬけに、非常ハッチが開いた。
ポイントをチェックして、ムギが操作したのだ。
風が渦を巻いてなだれこんでくる。一瞬、息が詰まりそうになる。
ばっ。
ユリが飛んだ。
つぎはあたし。
手すりを掴んで前にでる。風がすごい。壁みたいになっている。
ええい、どうにでもなれ。
きゃっほう!
あたしも飛んだ。
闇に向かって。
7
肩口に突きだしている細いスティックを真下に引っぱった。
すぐに反応がこない。
短い間を置いて、どーんときた。
ハンググライダーの翼が開いたのだ。
制動がかかり、肩や腰が強い力で締めあげられる。風切り音がうっさい。ヘルメットのバイザーが唸っている。
あたしはスティックを操作した。もう高度は一千を切っている。サーチライトにひっかからないようにして風に乗り、大きな螺旋を描きながら高度を下げていく。ユリも同じようにしているはずだが、闇にまぎれてしまって姿は見えない。頭上で響いていた〈フォックスバット〉の低い爆音も、ほとんど耳に届かなくなった。
あたしは、少し翼の角度を絞った。降下速度がわずかだが早まる。目標は完全に捕捉している。総督公邸の屋上だ。工場の庭に直接降りるというプランもあったが、実際にここへ来てみて、それは不可能だとわかった。工場の周辺はライトでものすごく明るい。あんなとこへひらひらと降りていったら、標的にしてくださいと頼んでいるようなものだ。多少回り道になるが、公邸の屋上のほうがはるかに忍びこみやすい。それにカネークの身辺を探るという発想も悪くはなかった。案外な手懸りが入手できるかもしれないのだ。
屋上が近づいた。
眼下ではなく、真横に見えている。翼をいっぱいに開いて風をたっぷりとはらませ、水平飛行で十二階建のビルに接近する。
ユリがいた。
あたしの真正面。ビルをはさんで反対側だ。もう着陸態勢にはいっている。屋上まで、距離にして十メートルくらい。
浅い角度ですうっと上昇した。
ビルの上空に達してから再降下。
ふわりと接地。二、三歩たたらを踏んで、ストップ。
十秒ほど遅れて、あたしも降下した。
風をうまく御して、ユリの目の前にランディング。
と思ったのだが、ちょっとばかし目測がずれた。
つまずいて、足に軽いショックがきた。けっこう勢いがついている。狙った位置で停止できない。あせって翼をたたもうとする。
そこへ──。
光線が走った。
白い光線が、闇と一緒にあたしのハンググライダーの翼をずばりと切り裂いた。
あたしの背中で、特殊ポリマーの翼が、音をたてて燃えあがった。
あたしはスティックの先端をひねった。
爆発ボルトが翼をハードパックから吹き飛ばした。
いきなり身軽になる。
前に跳んで、転がった。視野の端に、やはり身を投げだしてレーザーの攻撃をかわしているユリの姿がちらと映った。
パパパッと光条が交差する。
鋭い連射だ。移動しながら襲ってくる。固定された銃器ではない。
ユリがヒートガンで応戦をはじめた。ちょうどあたしを援護する形になっている。あたしはハードパックの右脇を押すように叩いた。パカッとそこが開き、中から直径七センチくらいの筒が転がりでてきた。
ハンドバズーカだ。ロケット弾のカセットを押しこみ、肩に構えた。
適当に狙いをつけて、発射。
鈍い音がして、火球が丸く広がった。
屋上の一角が、ぱあっと明るくなった。
オレンジ色の光が、周囲をまばゆく照らす。
何かが、ちょこちょこっと動いた。
小さな生物みたいなうっとうしい動き。
左右に忙しく走りまわりながら、レーザーを撃ちまくっている。
あれは。
あれは、マウス!
小型自走メカによる全自動ガードシステム。軍隊や一部の重要施設などで採用している悪評高い防衛用の無差別殺戮兵器だ。専用の認識票を持たない侵入者をどこまでも追いつめ、射殺する。とにかく一度捕捉したら、絶対に逃がさない。てのひら大のサイズしがないから、どんな狭い隙間にももぐりこんで、レーザーや弾丸を敷き散らす。効果的だが、剣呑すぎるってんで、たいていの国じゃ法律で使用を制限している。
そのマウスが屋上に仕掛けてあるとはね。
なるほど、誰何抜きで射ち殺すって噂は本当だ。マウスがいるんじゃ見境なしだよ。
「ユリ」あたしは相棒を呼んだ。
「マウスがごろごろしてる。バイパーだして!」
「そんなの、詰めたの?」
ヒートガンを乱射しながら、ユリが目を剥いた。ユリは自分のハードパックに何がはいっているか知らない。
|ネズミ《マウス》には|ヘビ《バイパー》である。細長い帯状メカのバイパーは、地べたを這っていって、こっちの指示に従い、小型の爆弾を放出する。攪乱専用のロボット火器だ。あたしゃ、忍びこむときには重宝している。
役目が入れ替わった。あたしがバズーカでユリの援護。ユリはパックからバイパーを取り出す。
「五匹、全部ばらまいて!」
あたしは叫んだ。
「みんな、飛んでけえ!」
ユリが四方にバイパーを放り投げた。ったくもう、気の抜けるような掛け声。幼稚園のお遊戯だね。
ユリの援護をしながら、あたしは斜め横に移動した。
あたしたちが着陸したのは、屋上の南の端っこだった。これは、あまりよくない。エレベータ・ハウスは東っかわの端にあるのだ。それもいっちゃん遠い角んとこ。せっかく、ここまで来ても、エレベータ・ハウスに行かなきゃ、階下には下りらんない。マウスはその周囲をがっちりと固めている。
爆発がはじまった。マウスは対人兵器だから、バイパーを捕捉できない。うんと近づけば感知できるけど、そんなときはもう遅い。バイパーが爆弾を吐きだしている。
あちこちで、ぼこぼこ火球が丸くなった。バイパーの爆弾は花火に毛が生えた程度の威力しがないが、精密メカであるマウスにはそれで充分。至近距離で爆風を浴びても、狂ってしまう。直撃したら、もちろん粉微塵。
あっという間に、マウスの射撃のほとんどが絶えた。
ときおり光っても、あらぬところをぶち抜いている。
あたしはユリのすぐ横に来ていた。
「走るわよ」
声をかけ、からだを起こした。
「オーケイ!」
ユリも立ちあがった。
エレベータ・ハウスに向かって、全力疾走。
まだ生きているマウスが撃ってきた。
それをユリがヒートガンで仕留める。
あたしはバズーカの照準をエレベータ・ハウスの扉に合わせた。
走りながら、トリガーボタンをプッシュ。
ロケット弾が、扉をぶち抜く。
熱風が渦を巻き、火球が合金の塊を深々と抉った。
エレベータ・ハウスに大穴があいた。
そのまま一気に飛びこむ。ためらってはいらんない。ぐずぐずしてたら、後ろから生き残っているマウスに撃たれちゃう。
しかし。
やはり確認くらいはすべきであった。
ないのだ。
エレベータが。
電磁誘導式のエレベータ。エレベータ・ハウスの扉が、エレベータの扉も兼ねていた。
扉の向こうは。
四角い穴が、ただすとんと口を開けているだけ。
ひ、ひええ!
落ちるじゃない、あたしたちってば。
真っ青になって、まわりを見る。
壁の一方に非常用のラッタルが切ってあった。
必死の空中遊泳。
ユリと二人で、それにしがみついた。
いや違う。正しく言うと、あたしがラッタルにしがみついたのだ。ユリはラッタルにしがみついているあたしの右足にしがみついた。
腰骨が、ごきりと鳴る。
膝が抜けそう。
激痛が脳天を貫く。
歯を食いしばって、あたしは耐えた。
あたしが手を放したら、二人ともおしまい。
「ケイったらァ」ユリが言った。
「サーカスみたいよ」
地獄に堕ちろ!
8
最上階のフロアにでた。
データが正しければ、このフロアはすべてカネークの執務室である。
恐ろしく豪華な造りだった。通路からして、すごい。建材なんか、ほとんどが自然木。床には手織りとおぼしきカーペットが敷きつめられ、そこかしこにテラから取り寄せた美術品が飾ってある。彫刻なんて三十世紀は前の作品よ。本物だったら、ぶっ飛んじゃうわ。
あたしたちは大胆に通路の真ん中を進んだ。
監視装置は絶対にあるはずだが、気にしなかった。もう屋上でマウスと一戦やらかしてしまったのだ。いまさらこそこそしたってはじまらない。襲ってくるならこいだ。それなりの装備は背中に担いでいる。
あたしはバズーカを撃ち尽くして、ヒートガンを構えていた。ユリはといえば、ヒートガンのエネルギーチューブを空にして、ハンドブラスターに持ち替えている。
ところが。
こっちがガチガチに緊張して待ち構えているのに、攻撃してくる気配なんて、まるでない。さっきとは、えらい違いだ。本来なら、こういった閉ざされた場所が襲撃には絶好なのに、どーいうことなの? あっさり通してくれようっていうの?
悩んでいるうちに、ばかでかい扉の前に着いてしまった。
マホガニーの一枚板に、見事な浮彫を施した特注の大扉。
見てるだけでため息がでちゃう。これひとつで、きっとあたしたちの百年分の給料が支払えるよ。
くやしいから捜査に名を借りてヒートガンで灼いちゃおうかと思ったが、万が一、カネークがアクメロイド殺しに無関係で、あとでその請求書がWWWAにまわされたらと考えると、そんな大それたマネはとてもできなかった。もしそうなったら、部長はあたしたちを殺すね。賭けてもいい。バラバラに引き裂いて、ゆでて食べちゃうよ。今だって、そうしないのが不思議なくらいなんだ。
「このドア、開くかしら」ユリが言った。
「だめなら、ブラスターで破っちゃうわよ」
銃口を、実に無邪気に扉に向けた。
い、命知らず!
あたしは血相を変えて、ユリの前に立ちはだかった。
「どうしたの?」ユリはきょとんと首をかしげる。
「そんなとこに立ったら、把手を揺れないじゃない」
ブラスターを持ってないほうの手をまっすぐに伸ばそうとしている。
どっと疲れた。
くたくたと崩れるように場所を譲った。
ユリが把手に軽く触れた。
カチリと音がして、マホガニーの扉が動く。
とくに力を入れている様子もないのに、扉は軽やかに手前に開く。
触れている指の圧力に感応して作動する自動扉だ。マホガニーの扉にふさわしい機能を残しながら、自動化する。いかにもドルロイらしい擬った仕掛けである。
「こんばんわ」
あたしは挨拶しながら、執務室にはいった。
はいって絶句した。
あたしにつづいてはいってきたユリも、あたしの後ろで息を呑んだ。
ある程度、予想はしていたけど、これほどとは思わなかった。
豪華。
絢爛。
華美。
壮麗。
あによ、ここ。どっかの宮殿?
選び抜かれた自然木をふんだんに使って天井や壁を飾りたてている。それがもう全部手造りの芸術品。天井の組木なんて気が遠くなりそう。木目や材質の違いを巧みに利用して、壁画に仕立ててある。画題は『東方の三博士』。カネークの趣味にしては、やけに渋い。
すごいのは部屋だけではなかった。
家具やら調度やらが、またあきれるほどすごかった。
机からソファ、それにサイドボード、照明器具に至るまでテラから取り寄せたアンティークの逸品。それもレプリカなんかじゃない。少しは手を入れているけどひとつ残らずオリジナル。間違いない。あたし、こーいうの詳しいのよ。
言っちゃ悪いけど、クラーケンの執務室とは雲泥の差。テラにだって、こんなのないね。怖くって使えないよ。なるほど、ガードシステムがないはずだ。ヘタにレーザ一撃って傷でもつけちゃったら取り返しがつかない。扉だって、簡単に開いたのは、壊されないためだったんだ。たしかにおとなしく開いてくれるんなら、何もしないわよね。
あたしは呆然とあたりを眺めながら、そう思った。
その間に。
ユリはてきぱきと室内を物色していた。
「だめよ。空っぽだわ」
憤るユリの声で、あたしは我に返った。
振り向いたあたしの全身が、総毛立った。
ユリってば、机といわず、サイドボードといわず、引出しという引出しをすべて引っぱりだして、中身を床にぶちまけている。
「どうやら、ここを引き払っちゃったみたいね」
言葉を失っているあたしを尻目に、さっさと状況分析までしている。
「クラーケン襲撃でクラッシャーを怒らしちゃったから、ひとまず行方をくらませたのかしら」
それは、あり得る。
あたしは、恐る恐る執務室を横断した。ユリが無造作に放りだした引出しを踏んじゃいそうで怖い。壊したって人のもんだけど、価値を想像すると、あたしはびびる。あからさまに言えば、壊すくらいなら、持って帰りたい。
あたしは窓際に立った。執務室は、三方がガラス張りになっていて、窓の近くには家具がない。窓は、マホガニーの扉を背にして、右手が海、左手が工場に面している。
あたしが立ったのは、工場の側の窓だった。
工場は、強いライトで煌煌と照らされている。
「なにしてんの?」
ユリが訊いた。
「工場、見てるのよ」あたしは言った。
「どうやって、あそこに行こうかと思って……」
あたしは窓の外に向かって顎をしゃくった。
「下へ降りれば、わかるわよ」
ユリは肩をそびやかした。ガードシステムがないもんで、ユリは気を抜いている。あたしも、ここは入るのは大変だが、侵入してしまえば楽なとこだと信じはじめていた。
しかし。
それが大きな誤りだった。
ジュニアはジュニアで、ちゃんと工夫を凝らしていた。
ユリが、あたしの横にやってきた。
二人並んで、窓外に目をやった。
と、つぎの瞬間。
隠されていたガードシステムが作動した。
いきなりレーザーが降ってきたのだ。
天井から床めがけて。
十センチ間隔で真下に。
窓に沿って、光線の柱がずらりと並んだ。窓から光線までの距離はおよそ五十センチ。
あたしたち、その間にはさまれちゃった。
レーザー光線の檻。
ここに侵入者を閉じこめちゃえば、部屋や調度を傷つけることなくきれいに始末できる。ガードシステムは、あたしたちが窓際に集まるのを辛抱強く待っていたのだ。
すると、つぎにやってくるのは。
獲物を灼き裂く光線の嵐。
本当に、どうやってからだが動いたんだろう。
やばいって思った刹那、反射的に動いちゃったに違いない。
あたしたちは窓のガラスを叩き割った。
もちろん超防弾ガラスだから、容易には砕けない。それをとにかく、共同作業で一瞬にしてぶち割っちゃったのだ。
ヒートガンで熱し、ブラスターの火球を射程ゼロで撃ちこむ。連続してズバズバと。ヒートガンのトリガーボタンも押しっぱなし。こういうガラスは衝撃よりも熱的変化に弱い。
破裂した。
真っ赤になったガラスに、何発目かの火球が激突した。
それでたまらず、ガラスは粉々になった。
耳をつんざく轟音とともに、ガラスに直径一メートルくらいの穴があく。
間髪を容れなかった。
ハードパックの下部についているボタンを押して、あたしとユリはジャンプした。
パックの底が勢いよく開き、そこからカギつきワイヤーが打ちだされた。
カギが床に食いこむ。
ワイヤーの尾を引いて、あたしたちはビルの十二階から夜空に躍りでた。
いやもう最高のダイビング。
レーザーの檻に囲まれてから、三秒とは経ってない。
つべたい夜空に全身をさらすと同時。
ざばあっとレーザーの団体がガラスを貫いた。
そのかず数百本。考えたものだ。透過率の高いガラスはレーザーには灼かれない。その前でおろおろしている侵入者だけをズタズタに切り裂く。確実でスマートな処理方法だ。きっとほかの窓際にも同じガードシステムが仕掛けてあるのだろう。
あたしたちは数十メートルを滑空した。
両手両足を大きく広げて、まるで妖精のように宙を舞う。妖精と違っているのは、羽がないこと。滑空というと聞こえはいいが、つまりは墜落しているのだ。
落下速度がものすごくなった。
工場の屋根がみるみる近づいてくる。
例によって、ヘルメットのバイザーが唸りをあげる。
あたしは腕を背中にまわし、ハードパックのボタンをもう一度押した。
抵抗なく送りだされていたワイヤーに制動がかかった。
がくんとショック。
からだが振られる。
屋根まで、あとほんの少し。
ワイヤーがあたしをひっぱる。パックのベルトがお肉に食いこむ。
工場の屋根を目前にして、ワイヤーの伸びが止まった。
振子の原理で、すうっと後ろにからだを持っていかれる。
足が屋根についた。
ボタン、もう一発。
アイヤーが切れた。
どて。
屋根の上でひっくり返った。
背中から倒れて、全身をしたたかに打った。
着地成功。
9
しばらく動けなかった。
仰向けに転がっていると、ユリが這い寄ってきた。
「警報、鳴りだしちゃったよ」
公邸ビルを見あげて、ぼそりと言う。
なるほど、夜のしじまを破って、無粋な電子音がけたたましく響き渡っている。気のせいか、サーチライトの動きもあわただしい。
「どーしよう?」
膝を折ってぺたりと座り、両の拳を小さく握って口もとに寄せ、覗きこむようにユリはあたしを見た。
「中へはいろう」
あたしは、のそのそと起きあがった。
「どうやって?」
ユリがたたみかける。工場の屋根はのっぺりとした樹脂製で、窓とか扉のたぐいはひとつもない。エアコンディショナーのダクトすら見当たらないのだ。
「簡単よ」あたしは言った。
「侵入はバレてるんだもん。屋根ぶち破っちゃえばいいわ」
「まっ!」ユリは目を丸く見ひらいた。
「いいアイデア」
さっそく屋根の端に移動した。
ハードパックからプラスチック爆弾を取り出し、ここぞと思う場所にこってりと盛りあげた。
信管を埋めこみ、コードをひっぱって、二十メートルほど離れる。
腹這いになって顛を抱えこみ、スイッチをオンにした。
大音響。
からだの上に、破片がバラバラと降ってきた。
その破片が、やけに多い。
おもてをあげると、あらら、すぐそこまで屋根が裂けている。爆弾、ちょっとおごりすぎたみたい。ぶないわァ。五メートル近かったら、屋根と一緒に粉々になってたね。
あたしたちがあけた穴は、直径が十四、五メートルはあった。建物の端っこだから、壁まで吹き飛んじゃっている。
「誰よ。派手にしたくないって言ってたのは?」
ユリが、つまらんことを思いだした。こやつは、こーいうときだけ記憶力が働く。性格が憩いのだ。
「臨機応変。ケースバイケース」
あたしは穴の中を覗きこんだ。
まわりが明るいから、穴の中もまあまあ明るい。
三メートルくらい下に床があった。天井裏というとおかしいが、多分そんなものだろう。爆発の影響は受けてないらしい。
「はいっちゃおう」
ひらりと跳びおりた。
穴の底は暖かかった。空気が動いている。
ユリが落ちてきた。
がさつな音を響かせて、あたしの背後につく。
「どっちへ行くの?」
せかせかと訊いた。待ってよ。いま調べてるんだから。
少し先に、おめあてのダクトがうねうねと走っていた。予想どおりだ。ここは空調用の配管スペースである。
「あれを辿るわ」
あたしは言った。
ユリと並んで、ダクトに沿って進んでいった。
しばらく行くと、小さな扉があった。整備のための出入口だろう。使えそうである。
「こっちから出るわ」
あたしは止まって、ユリに囁いた。
ヒンジをヒートガンで灼いた。
把手を掴んでひっぱると、扉はあっけなく外れた。
五十センチ四方の四角い穴。
へりにつかまって、懸垂の要領で足からくぐった。
ぶら下がって下を見ると、わりと近くに白い床が見える。
手を放した。
短い落下。軽やかに着地する。
ここは。
キャットウォークだ。体育館みたいに広い空間の中ほどに、壁からちょっとだけ張りだした狭い通路。壁の反対側は華奢な手摺で仕切られており、通路の幅は一メートルくらいしかない。
ユリがきた。
「これ工場なの? 倉庫みたいよ」
周囲を見まわして、まっとうな感想を述べる。
たしかに倉庫みたいな建物だ。だだっ広いだけで、めぼしいものは何もない。隅のほうに大型の機械やベルトコンベアーなんかが固まっている。だけど、作動はしていない。終業したからかもしれないが、にしては、照明が明るい。発光パネルは全部光っている。
「ケイ、あれ!」
ユリが言った。切迫した声だ。
あたしは振り返った。
ユリが工場の一角を指差している。
「あっ!」
背筋がざわりとうごめいた。
左手、キャットウォークの真下あたり。ギリギリで死角にはいるところだ。
そこに、円筒形の突起が何本も立っている。
その突起のまわりに。
人がいる。何人も。
「ダン……」
ユリがつぶやいた。
そうだ。あれクラッシャーだ。ダンだけじゃない。タロスもバードもガンビーノもいる。
あたしは手摺にしがみつき、身をのりだして下を見た。キャットウォークから床までは十メートルくらいある。
それは、異様な光景だった。
クラッシャーは、凍りついたように動きを止めている絶世の美女たちに囲まれていた。美女たちは、ほとんど半裸といっていい姿である。あるものは片足をあげ、あるものは不自然に上体を折っている。そのうちの二体は、首をもがれ、腕をちぎられている。
彼女らは、どうしても人にしか見えないが、しかし人ではない。
アクメロイド。
ダンは一人の男を背後から抱えていた。左腕で肩と顎をおさえ、右手に握ったレイガンを胸に突きつけている。クリーム色の作業着を着た初老の男だ。武器らしいものは何も手にしていない。
「ヤクザよ。アモスもいるわ」
ユリが、かすれた声で言った。
あたしは必死で首を伸ばした。ユリはしゃがみこんで、キャットウォークの床と手摺との隙間から顔を突きだしている。
あたしは、クラッシャーたちの視線を追った。かれらの視線は、もっとこっちのほう、キャットウォークの下の壁際に向けられている。
いた。
ようやく見えた。あたしもう手摺から転げ落ちそう。ヘルメットをかぶったままだから頭が重い。
ヤクザは十五人ほどいた。アモスを先頭に、みんなハンドブラスターを構えている。アモスが何かしゃべっているが、ぼそぼそ声でよく聞こえない。
「……とんだ茶番……飼い犬が……裏切って……シュニアに……喜びなさ……てめえら……お礼をしな……」
意味がさっぱりわかんない。
でも。
ひとつだけ、はっきりとわかる。
クラッシャーが危ういってことだ。
ダンがレイガンを捨てた。それにならって、あとの三人も武器を床に放った。
勝ち誇った笑みを浮かべたアモスが、ずいと前にでる。
「ザルバコフも放すんだ」
聞きとりにくいが、今度は完全に聞こえた。
ダンが初老の男を押しだすように解放した。
「……の始末は……に任されている」
アモスはハンドブラスターの銃口をダンの額に突きつけた。
やばい。撃つ気だ。
「行くわよ、ケイ!」
ユリが立ちあがった。
そのまま、たたっと走りだす。
いきなし何よ。その行動力。
あたしは、あせってユリのあとを追った。
ユリは走りながら、ハードパックからハンドバズーカを引きずりだしている。
ブラスターのトリガーボタンにかかるアモスの指に力がこもった。
ダンは顔色ひとつ変えない。冷ややかな目でアモスを睨みつけている。
「ええい!」
バズーカを構えて、ユリが跳んだ。
手摺を乗り越え、空中に躍りでる。
ちょっと十メートル!
無茶苦茶よ、ユリってば。
「逃げて!」
ソプラノで一声叫び、ユリはバズーカを発射した。
ロケット弾が、ヤクザの真ん中で炸裂する。
大爆発。
ヤクザが何人かふっ飛んだ。
ユリはまっさかさまに落ちていく。
だめ、あれ即死。
ダンが動いた。
ユリの逃げて、という声で横ざまに身を投げだしたダンは、宙に舞うユリをその視野に捉えていた。
ユリの落下地点までは約五メートル。
ダンはダッシュした。
床を蹴り、壮烈なスライディング。
仰向けになって、腕を伸ばす。
ユリが落ちてきた。
上体を起こして、キャッチ。
胸もとで、がっちりと受け止めた。ヘルメットとハードパックがダンの腕や肩に激突する。
すごく痛いはずだけど、ダンは意に介さない。平然としている。
ユリを抱きあげ、バズーカを預かって、背後を振り返った。
その間に。
形勢が逆転していた。
タロスたちが素早くレイガンを拾いあげ、生き残ったヤクザの動きを封じていたのだ。
今度はヤクザが武器を捨てる番。
めでたい。
だけど。
おもしろくない。
あたしの立場はどうなるのよ!
10
ガンビーノが、これまでのいきさつを話してくれた。
ナイマン島であたしたちと別れてミストポリスに戻ったかれらは、総督公邸に直行した。
ところが、気負いこんでやってきたものの、公邸には誰もいない。カネークもアモスも。それどころかメイドとかコックまでもが姿をくらませていた。残っているのは、ガードマンだけだ。
やむなく公邸のホールで方策を練った。一時はミストポリスの有力者をしらみつぶしに当たることさえ考えた。
そこへ。
ザルバコフが忽然とあらわれた。
ザルバコフというのは、さっきダンが捕まえていた初老のおっさんだ。この人、ドルロイでもトップクラスの技師で、アクメロイドの開発主任だという。人は見かけによらない。あたしゃ、工場の清掃員だとばかり思っていた。
ザルバコフはジュニアを捜す手だてがあると告げて、クラッシャーを工場へと誘いたした。
工場ってのは、つまり、ここだ。
でも、それは罠だった。手懸りなんかどこにもなくて、代わりにアクメロイドが出現した。六体のアクメロイドはクラッシャーを包囲し、いきなり攻撃を仕掛けてきた。左手の中指にはめている指輪がレーザーの発射口になっていて、それでかれらを狙ったのだ。
クラッシャーは応戦した。間一髪で包囲を破り、二体のアクメロイドを破壊してザルバコフを捕まえた。同時に、アクメロイドの操縦装置もとりあげた。アクメロイドは動きを止めた。
ドルロイの技師の手で造りだされた稀代の美女は、単なるセクサロイドではなかった。セクサロイドを兼ねた殺人マシンであった。
クラッシャーは、事の真相をザルバコフから聞きだそうとした。
そのときだった。警報が鳴り響き、アモスの率いる十数人のヤクザが工場になだれこんできた。
クラッシャーは再び絶体絶命の危機に陥った。
アモスは、クラッシャーとザルバコフの双方を裏切者となじり、処刑すると宣言した。
「──そこへ、あたしたちが飛びこんできたのね」
あたしはガンビーノに言った。
「そうじゃよ」ガンビーノはうなずいた。
「実にまあ絶妙のタイミングだった」
ガンビーノは、その傍らで蒼ざめて首うなだれ、凝然とへたりこんでいるザルバコフに目をやった。
「アクメロイドが殺人マシンを兼ねている理由を知りたいわ」あたしは問い質す相手をドルロイの技師に変えた。
「どーして、あんなものを造ったの?」
「暗黒街の……ボスどもに頼まれた……」
答えるザルバコフの声は、か細くて、いまにも消えいりそうだった。
「アクメロイドは超高級セクサロイドだ。だから、これの顧客はVIPが中心になる。人間と見分けがつかないなら、ライバルのボスの元に送りこむことも可能だ。ならば、アクメロイドのからだの中にレーザーを仕込んでおけ。そうすれば、需要はいくらでもある。──かれらは、欲に目のくらんだジュニアにそんなことを囁いたのだ」
「そのヨタ話にカネークはのったの?」
「ああ」ザルバコフは、小さく顎を引いた。
「喜んで、のった。のったからこそ、ここにアクメロイドがいる」
「とんでもないやつだわ、カネークって!」
あたしは激怒った。
「犯罪行為もいいとこだな」
それまで黙ってあたしたちのやりとりに耳を傾けていたタロスが、口をはさんだ。
「──おやっさん、この仕事、堂々とキャンセルできますぜ」
首をめぐらし、ダンを見た。
「へっ……」
タロスの背後で、アモスがせせら笑った。
「なんだ、いまのは?」
タロスは、その嘲笑を聞き逃がさなかった。頬がぴくりと震えた。
アモスの前に行き、胸ぐらを掴んだ。ユリにバズーカを撃ちこまれたヤクザは、九人が無傷で、七人が重傷を負っていた。アモスは無傷の九人の一人だった。あたしたちはかれらを武装解除し、全員に電磁手錠を掛けて床に転がしておいたのだ。
「何が、おかしい」
タロスは筆頭秘書の襟首をぎりぎりと絞めあげた。
アモスは窒息し、苦痛に顔を歪めた。血の気を失い、蒼白になった。
「や、やめろ。話す」
ざらついた声を、アモスは喉の奥から必死で絞りだした。
「…………」
タロスは力を緩めた。
「仕事をキャンセルだ、などとぬかすから嗤ったんだ」
アモスは咳こみながら、そう言った。
「キャンセルが、なぜおかしい?」
「とうに、仕事をやっているからよ」
「なんだと?」
「お前さんたち、重力場の発生装置を設置しちまったんだろ」アモスはつづけた。
「だったら、もうどうってこたァねえ。作動させるだけなら、俺たちにだってできる」
「まさか、おい!」
タロスの形相が変わった。両手でアモスの首筋を掴み、激しく揺すぶった。
「やっちまったのか、てめえらが?」
「ジュニアがオーケイをだしたんだ。今ごろ若いやつらが動かしてるはずだ。じきにプレートが活性化するぜ」
「ざけやがって!」
タロスは爆発した。アモスを床に叩きつけた。側頭部を打って、アモスは悲鳴をあげる。タロスは勢いよく身をひるがえした。
「おやっさん、こいつら……」
「〈アトラス〉に行く」
ダンはもう行動を開始していた。レイガンをホルスターに押しこみ、携帯用のカリキュレータにデータを打ちこんでいた。
「猶予はならん。一刻を争うぞ」
双眸が、鋭く炯った。
「へいっ」
タロスはあたしたちに振り返った。
「こいつらの始末を頼む」
ひっくり返っているヤクザを指差した。
その動作と同時だった。
突きあげるような衝撃がきた。
ぐらっと大きく揺れ、つぎにどおんと床が跳ねあがった。
飛ばされた。
足をすくわれ、からだが浮いた。
とつぜんだったので、身構えることもできなかった。
肩口から落ちた。
したたかに叩きつけられた。ショックで息が詰まり、全身がじいんと痺れた。
揺れはつづく。
激しくつづく。
床が波打ち、うつ伏せに倒れたあたしを何度も何度も持ちあげ、容赦なく落とす。
しまった。ヘルメットを脱ぐんじゃなかった。
ぼやけた意識が、なぜか侮やんだ。
「しっかりしろ」
誰かが、からだを支えてくれた。苦痛にかすむ目で見ると、バードが腕を伸ばして、あたしの肩をおさえていた。
無限につづく壮絶な揺れ。
だが、そうではなかった。
すぐには鎮まらないが、振幅は次第に小さくなっていく。
間隔も長くなった。
やがて。
ほとんどおさまった。
「大丈夫か?」
バードが抱き起こしてくれた。床かなんかで激しく打ったのだろう。バードは額から血を流している。
「なに、いまの?」
ガンビーノに掴まって身を起こしたユリが、かぶりを振りながら訊いた。
「プレートが動いたんだ」ダンが言った。
「それもただの変動じゃない。暴走だ」
「暴走……」
「今のは序の口じゃよ」ガンビーノが補足した。
「これから二波三波がくる。ほっておいたら、変動は際限なく加速され、地殻は裂けてずたずたになる」
「じゃあ」
さまざまな事件の映像が、あたしの脳裏をよぎった。
テビアスのキタローク男爵殺し。マリーネの田舎者殺人事件。ノグロスの宇宙軍反乱。チャクラの見えない牙事件。みいんな、みいんな惑星壊滅。
「これまでだな……」
ガンビーノの声は、まるで地獄の底から響いてくるように聞こえた。
「まもなくドルロイは滅ぶ」
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第三章 災厄の島、危機一髪
1
「俺たちは、装置を全部打ちこんでおいたわけじゃないんだ」タロスが言った。
「それを知らねえで、馬鹿がプレートにエネルギーを流しこみやがった」
「ジュニアがやれと言ったんだ!」アモスが金切り声で弁解した。
「こんなことになるとわかっていたら、やらしちゃいねえ」
「ほざけ。このタコ!」
バードがアモスの背中を蹴とばした。
「打つ手はあるの?」
あたしは訊いた。
「ないことはない」タロスが答えた。
「だが、成功率は低い。二、三パーセントってとこだ」
「要は、すぐに現場に行けるかどうかだ」バードが脇から言った。
「手遅れにならないうちに重力場の発生装置を対応する位置に打ちこんで作動させれば、被害を最小限に食い止められる」
「時間の余裕は?」
「四──いや、三時間」
ダンが言った。表情に苦衷の色が濃い。エアカーで市内に戻り、そこから〈マイノス〉で宇宙港に行き、そして〈アトラス〉に乗り換えて現場に駆けつけたのでは、とても間に合わないとダンは読んでいる。
あたしは右手薬指にはめた指輪を、左手で力いっぱい握った。指輪はカチリと小さな音をたてた。
「VTOLがくるわ」あたしは言った。
「十人乗りよ。それで宇宙港に行けば、大丈夫。時間内に滑りこめるわ」
「すぐくるのか?」
タロスが訊いた。
「高度七千で待機させといたの。二分以内に降りてこれるわ」
あたしの指輪は電波の発振器になっている。この電波をムギは直接感知して、あたしのもとにやってくるのだ。
「こいつら、どうすんの?」
ユリが言った。ヤクザの集団を指し示している。そうだ。こいつらのこと、忘れていた。たしかに、ほうってはおけない。治療の手配もいるし、仲間に助けだされちゃう可能性もある。でも、連れていくには多すぎる。
「わたしに任せてくれ」
いきなり、ザルバコフが口を開いた。
「わたしたちが、かれらを預かる。無理かもしれんが、信じてくれ。逃がしたりはしない。この連中は、わたしにとっても敵なのだ」
ザルバコフはあたしたちを凝視した。真摯な目だった。瞳は強い決意の光に満ちており、その色は清らかに澄みきっている。
「いいだろう」
結論はダンが下した。
「あんたに任せる。俺は納得した」
「ついでに、カネークの居場所を聞きだしといてくれると助かるのう」
冗談めかして、横手からガンビーノが言った。
「やってみましょう」
ザルバコフは、その言葉を真に受けた。
あたしたちは工場の外にでた。
〈フォックスバット〉が降下してきた。
中庭に着陸した。
アクメロイド殺しの現場だ。
そういえば、肝腎のこの事件のことは、まだなんにもわかっていない。
しかし、それよりも重力場発生装置の方が先だ。
あせって〈フォックスバット〉に乗りこんだ。
操縦しているのが、クァールと知って、クラッシャーは肝をつぶした。
とはいえ、驚いているヒマなんかない。
ユリが操縦桿を握った。
レンタル会社が知ったら、担当者が卒倒しそうなエンジン大全開で、宇宙港に向かった。
きたときの半分くらいの時間で、戻っちゃった。
航空機用の離着床は全部ふさがっていたが、管制塔の指示は気楽に無視した。〈アトラス〉に近そうな離着床を勝手に選んで、強引に降りた。あいてるも、あいてないもない。まず降りる。それから様子を見るのだ。離陸しかけていた小型機があおりをくらってタワービルに突っこんだ。けど、死人がでるほどの事故じゃない。黙殺する。
「すげえや」
タロスが目を丸くした。
着陸。
タラップをだす間も待たなかった。車輪が接地するやいなや、クラッシャーは非常ハッチを無理矢理開けて、機体から飛びおりた。
あいつらも、けっこうすごいよ。
あたしたちは〈フォックスバット〉を捨てて、〈ラブリーエンゼル〉に走った。
コクピットに飛びこんだら、〈アトラス〉が発進した。今ごろ、あん中じゃコンピュータがフル回転してるはず。なんたって、現場に着くまでに、装置の追加設置場所を特定しておかなきゃなんない。
ユリがざっと計器をチェックした。かなりの地震だったのだ。宇宙港も〈ラブリーエンゼル〉も見た目は無事だが、実際はどうだかわかんない。なんたって、あたしたちはチャクラでいろいろと経験を積んできたのだ。
異常はなかった。計器に記録されていた震度はC。かなり強かったが、耐震構造の許容範囲内だ。震源が遠いのが幸いしていた。
「飛ぶわよ!」
チェックを終えると同時に、ユリがお船に火を入れた。
今度も管制塔の指示抜き。たび重なる違反に、係官はヒスを起こしている。
〈ラブリーエンゼル〉は、文字どおりぶっ飛んだ。
ユリってば、加速Gを加減しなかった。
慣性中和機構が悲鳴をあげる。
余剰Gが、もろにあたしを圧しつぶした。
それが四分つづいた。
息もたえだえ。
成層圏に突入して、水平飛行。
レベルは下げたが、まだ加速をやめない。
クラッシャーに遅れをとっているからユリはムキになっている。こーいうときのユリは、とっても怖い。とにかく逆らっちゃだめ。事態はさらに悪化する。相棒としては、嵐の過ぎるのをじっと耐えて待つだけなのよ。
嵐が過ぎた。
すわっていたユリの目が、人間らしい光を帯びるようになった。
レーダーの圏内に〈アトラス〉を捕捉したからだ。
あたしは通信回路をオンにした。
船外の映像をサブスクリーンに移し、交信映像をメインに入れた。〈ラブリーエンゼル〉には窓はひとつもない。外の様子はすべて船外カメラの映像でチェックする。
巨大なメインスクリーンに、ダンの顔が大写しになった。ユリの頬が、心なしか緩んだ。
「どうした?」
スクリーンの中のダンが訊いた。
「お邪魔?」あたしは言った。
「いま〈アトラス〉をフォローしてんだけど……」
「こっちは、しゃかりきで計算中だ」ダンは応じた。
「それを終えたら、すぐに作業にはいる」
「手伝えることないかしら。雑用でもなんでもやるわ」
「そっちが発生装置を積んでたら助かるんだが、そうはいかないだろう」
「ちょっと無理ね」
あたしは、かぶりを振った。重力場の発生装置なんて、搭載しているほうがおかしい。
「悪いな。俺だ」
いきなり映像が変わった。タロスの甘い顔が、画面いっぱいに広がった。ユリが小さく舌打ちする。いーじゃない。そんなの。タロスってば、そうとうにハンサムよ。
「つい今しがたナイマンの通信を傍受したんだ」タロスは早口で言った。
「あっちは大変なことになっているらしい。地震でまちがほぼ壊滅状態みたいなことを言っている」
げっ!
あたしは飛びあがった。キャナリーシティがぐちゃぐちゃ。忘れてたが、あり得る。震源地はナイマン島のすぐ近くなんだ。
「発生装置のほうは、俺たちが全力を挙げてかたをつける」タロスは、つづけた。
「そっちはナイマン島に急行してくれ」
「わあった」あたしはうなずいた。声がうわずっている。
「ナイマン島に向かうわ。プレートのほう、よろしく頼むわね」
「任しとけ」
通信が切れた。
〈ラブリーエンゼル〉が降下態勢にはいった。
急角度で地上をめざす。雲が厚い。気圧が下がりはじめてるようだ。
高度一万で船首をもたげ、降下角度を浅くした。雲は積乱雲。はっきし言って、これハリケーンっぽい。
五千で水平飛行に移った。視界が悪いが、このあたりにくるとけっこう雲は切れている。
カメラを操作した。まもなくナイマン島の上空にさしかかる。
光が見えた。直っ暗な海上に浮かぶ妖しいオレンジ色の光。位置は間違いなくナイマン島だ。
でも。
背筋がざわついた。あれは灯火じゃない。灯火にしては赤すぎる。
赤外線映像に切換えた。光の正体は温度でわかる。
ちっ。
あたしは唇を噛んだ。
タロスの情報は正確だった。
あれは炎。燃えさかる炎。
キャナリーシティは猛火に包まれている。
2
通信回路を再度、オンにした。
海洋開発ラボを呼びだしてみた。あそこは、まちの郊外にある。ラボから出火してない限り、類焼は免れているはずだ。
しかし、交信はうまくいかなかった。
雑音がひどいのだ。映像は完全に滅茶苦茶。音声もほとんど言葉になってない。ぐじゃぐじゃと唸っているだけ。ためしに〈アトラス〉も呼んでみたが、こっちに至っては、まるでだめだった。ぐじゃ≠キらない。全面的にノイズ。
「高度下げて」あたしはユリに言った。
「この距離じゃ、交信は不可能よ」
「いいわ」
船首を下に向けた。
一気に降下する。
高度一千。ナイマン島までは、およそ三キロ。
映像はまだだめだが、音声がはいった。ラボじゃない。キャナリーシティ中央放送局のアナウンサーの声。テレビ放送の電波だ。一般の通信はぜんぜん捕まらない。かなりの高出力じゃないとキャッチできないらしい。それでも、雑音はけっこう混じる。
アナウンサーはキャナリーシティの惨状をひっきりなしに訴えていた。
切れ切れだが、だいたいわかる。まちは建物の四割くらいが倒壊したらしい。火災は数十箇所から出火。消火が間に合わなくて、派手に延焼中。市民には海岸への避難を呼びかけている。家を捨てろというのだ。しかし、呼びかけはできても、市民を安全な場所に誘導する人がいない。
あたしは放送局を呼んだ。出力を最大にして、放送に割りこんだ。
「聞こえる? こちら〈ラブリーエンゼル〉……」呼びかけには正式のコードネームを使った。「いまスペースシップでナイマン島に接近中。着陸は不可能だけど、やれることある?」
「救援が欲しい!」あたしたちの声を聞いて、アナウンサーが叫んだ。
「ミスト島に頼んでくれ。ここからでは呼んでも通じない」
「ミスト島はだめよ」マイクをオフにして、ユリがあたしに言った。
「ジュニアが逃げちゃったから、組織立って動いてはくれないわ」
「いたってだめよ」と、あたし。
「かえって、喜ぶだけだわ」
「──放送局!」
あたしはマイクをオンに戻した。
「市長はどうなってんの。まだ病院?」
「クラーケンは集中治療室にはいったままだ」アナウンサーが答えた。
「今は秘書官が市庁舎に集まって執務を代行しているが、かれらには対策はまったくたてられない。市民に指示ひとつだせず、ただオロオロしている」
なんという間の悪さ。あたしはコンソールをぶっ叩いた。クラーケンさえいれば、この難局だってのりきれるかもしれないのに、肝腎のその人がヤクザに襲われて意識不明。
「どこでもいい。とにかく救援を呼んでくれ」アナウンサーの声が、ひときわ甲高くなった。
「このままじゃ、まちは全滅する!」
「外しかないわ」ユリが言った。
「ハイパーウェーヴ。星域外にSOSよ」
「できるの。そんなの?」
あたしは訊いた。外国籍の船や組織に救援を依頼しても、自治体の正式要請じゃないと入国ができない。公海上ならいざ知らず、国際法ではそういう曖昧な要請は国家間の紛争につながるため、認められてないのだ。
「できるわよ」しかし、ユリはきっぱりと言いはなった。
「あたしたち二人だけが、五体満足なキャナリーシティの正式職員だってこと忘れたの。あたしたちなら、首長に代わって救援を要請できるわ」
おおっとォ!
思わず、あたしは手を打った。
そうだった。ユリの言うとおりだ。あたしたちってば、キャナリーシティの資材課二級公務員。身分は低いが、ほかに上司が存在しなければ、たしかに救援要請を代行する資格がある。
「いったん上にでるわ」ユリが言を継いだ。
「重力異常がひどいの。こっがらじゃハイパーウェーブが使えないわ。上にでたら、最大出力で呼びまくってよ!」
重力異常は、重力場発生装置のせいだ。気圧が下がっているのも、その影響だろう。今のままでは、通常通信も超空間通信も封じられてしまうことになる。
「からだ丸めて!」
唐突に、ユリが叫んだ。
緊急方向転換のための警告だが、叫んだときには、もう強引な転針をおこなっている。
それが、ユリのやり方だ。
あたしは横Gに首をねじ切られそうになった。
骨がきしむ。肉が歪む。だが、そうなりながらも、あたしはアナウンサーに必死で状況を知らせた。これから、星域外に救援を頼むって。
「急いでくれ!」
アナウンサーの返事はそれだけだった。そのあとは悲鳴と怒号が華々しく響き渡った。どうやら、放送局にも火がまわっちゃったらしい。いよいよ真剣にやばい。
厚い雲をぶち抜き、成層圏を特急で通過して、衛星軌道にでた。
すかさずハイパーウェーブをオン。星間共通信号『至急、救援乞ウ』を無指向で流した。
二十秒後に応答がきた。
惑星国家ナルジアの駆逐艦からだった。四光年ほど離れた公海上にいるという。単独航行じゃなくて、大型客船の護衛についている船だ。
あたしは、キャナリーシティの代表として、ナイマン島救援を公式に要請した。医薬品と食料。なによりもそれが欲しい。そして、人手。多ければ多いほどいい。
駆逐艦は救援を了承した。すぐに、ドルロイの星域内にワープし、手持ちの全物資を搭載艇で輸送するという。さらに、救援要請の中継も引き受けてくれた。
これで、まずは安心。駆逐艦の搭載艇は八時間くらいでナイマン島に到着する。こっちとしては、それまでに消火に全力を尽くす。火さえ消えれば、救援がくるまで持ちこたえられるはずだ。ただし、余震さえなければ。
〈ラブリーエンゼル〉は反転した。
またもや急降下。あせってナイマン島に戻る。行ったり来たり。Gの変化で全身がばらばらになりそう。
ナイマン島の上空は重力異常がいよいよひどくなっていた。低気圧も急速に発達している。あたしは地上の重力波をじっくりとセンシングしてみた。
ものすごい歪みが、ナイマン島の北端に集中していた。
ナイマン島の北端というのは。
ヘダ岬だ。
クラッシャーは、ヘダ岬に発生装置を設置した。その発生装置が、すさまじいエネルギーをプレートに注ぎこんでいることが、このデータからは見てとれる。
「行ってみよう」あたしはユリに向かって言った。
「ヘダ岬に……」
「いいわよ」
高度一千五百で、〈ラブリーエンゼル〉は大きく旋回した。
緩やかに降下しながら、ヘダ岬へと船首を向ける。
ナイマン島が異様に明るい。
火災の炎が、低く垂れこみはじめた積乱雲に照り返されている。それが、島全体を赤く染めているのだ。
高度一千。
スクリーンに、サンデービーチが映った。
サンデービーチは、さらに明るい。
その明るさは、島を覆うオレンジ色の光の明るさとは、歴然と異っている。
海岸近辺をまばゆく包んでいるのは、白い強力な人工の光だ。
光の中に。
黒い影が浮かんだ。
巨大な影。波打ち際に漂っている。
カメラをズーミング。
影が、具体的な形になった。
輸送機。
大型の輸送機だ。
フロートをお腹にくっつけて着水している。
輸送機の背中からは、太いコードが何十本もヘダ岬に向かって伸びていた。海岸に並べられた十数基に及ぶ投光装置がはなつ白い光が、そのさまをくっきりと照らしだしている。増感映像にする必要はない。機体の細部までもが、通常映像で楽に視認できる。
正体は明らかだった。
重力場の発生装置に流しこんでいる膨大なエネルギーの供給用プラント。
ジュニアの命令で勝手に設置されたインスマック法の動力基地だ。
ずいぶん大胆にやってくれるわね。
あたしの柳眉が、きりきりと逆立った。
見つけたからには、ただじゃおかない。
3
「どうしよう?」ユリが言った。
「あれ作動してるわよ。ブラスター、撃ちこんじゃおうか」
「ブラスター、だめ」あたしはかぶりを振った。
「プラントはうかつに破壊できないわ。まかり間違ってカバーが裂けたりしたら、海が汚染されちゃう」
「じゃ、どうすんの?」
「降りてってヤクザを始末し、プラントの稼動を停止させる」
「それ、いいわね」
あたしのアイデアに、ユリは賛同した。
「で、ケイったら、どうやってあそこに降りるつもり?」
このやろー、いつあたしが降りると言った!
「高度は五百までなんとかするわ」ユリは一方的につづけた。
「お船のことは、あたしに任せておいて」
〈ラブリーエンゼル〉の操縦をしなくちゃならないってことをさりげなく、あからさまに強調する。あんだおー。なりゆきでユリに操縦してもらってるけど、宇宙船を飛ばすくらい、あたしにだって立派にできるわよ。
「準備はじめて!」
あたしのほうをユリがキッと見た。やばい。すでに目がマジだ。この子ってば、もう決めちゃっている。あたしが行くってことに。
「ハンドジェット、背負うわよ」
あたしは押し切られた。
「ムギ!」クァールを呼んだ。
「あんたも一緒においで。二人してこっから派手に身を投げるのよ」
「みぎゃ……」
ムギがシートのバックレスト越しに顔を覗かせた。
「ムギい」
あたしはこれ見よがしに、予備シートに寝そべっているクァールの首を掻き抱いた。
「ハッチを開けるときは五秒以内にしてね」
ユリは、あくまでも冷静。
あたしとムギは、コクピットから二階層下った。機材の格納庫に行き、ハンドジェットを引きずりだした。
膝やら肩やらにプロテクターをつけ、ヘルメットをかぶってハンドジェットをよいしょと背負った。たくもう、どーして、こんなはめに陥ってしまったのだ。
ヤクザが悪い、ジュニアがあほじゃ、と罵りながら、ロングバレルのハンドブラスターを手にして、あたしはエアロックにもぐりこんだ。このエアロックは非常用だからすごく狭い。なのに、あたしは重装備。おまけにムギまでくっついてきた。
これは地獄だ。拷問だ。
必死で制御プレートに指を伸ばし、モードを射出にセットした。
作動するまでの五秒の長かったこと。あたしゃ、真剣に圧死すると思った。
空気が弾けた。ハッチが瞬間に開き、あたしとムギは、噴出した高圧空気で勢いよく〈ラブリーエンゼル〉の外に放りだされた。
あたしのからだがくるくると回転した。ムギが視界から消えた。
両手両足を使ってバランスを正し、あたしは回転を止めた。同時に、ハンドジェットを全開にした。
ぐん、と制動がかかる。かかったところで、噴射を絞った。
降下態勢にもっていった。
一安心。これで、ちゃんと降りられる。高度は二百メートルくらい。余裕ができたあたしは、周囲を見まわしてみた。
急いで上昇したのだろう。〈ラブリーエンゼル〉の姿はどこにもない。あたしを射出するために無理していたから、失速寸前だったのだ。あたしもやばかったけど、ユリも冷汗をかいてたはずである。あたしが操縦していたら、墜落してたんじゃないかな。
などと、考えているうちに、海面が迫ってきた。正面はギラギラした光の氾濫。まぶしくって目がずきずきする。ヘルメットのバイザーが遮光してくれてるけど、それでも追っつかない。ムギがそのへんを泳いでないか捜してみようと思っていたが、これじゃ、とても無理。光に目をやれば視界が真っ白になるし、海に転ずれば、今度は真っ黒になる。
直接、輸送機《プラント》に行くつもりだったが、作戦を変更した。転針して、海岸に向かった。ひとまず投光装置の裏っかわに降りて、あたりの様子を窺っちゃおう。
ちょいと上昇し、浅い放物線を描いて砂浜と崖の境い目んとこに着陸した。なつかしや。ここでユリとはしゃぎまくったのは、ついきのうの朝のこと。いや、もうおとといになるのかな。
腰をかがめ、忍び足で投光装置の蔭に駆けこんだ。おせなのハンドジェットが重い。やろうとしなくても、前かがみになる。
海岸は、しんとしていた。
プラントはすさまじい轟音を敷き散らして唸っているし、発達しつつある低気圧の影響で荒れはじめた海も、白波が立って泡だっている。だから、しんとしているなんて言い方はおかしいけど、砂浜のあたりには人の気配がぜんぜんないので、なんとなくそんなふうに感じてしまうのだ。
にしても、ヤクザはどうしちゃったんだろう。プレートにエネルギーを流しこんだあと、その反応のすごさにびびって、プラントの中に逃げこんでしまったんじゃないかしらん。だったら、こっちは助かる。仕事がやりやすい。
と、あたしは勝手にほくそえんだ。ど ところが。
予想は、あっさりと外れた。
いたのだ。ヤクザがばっちりと。要するに、あたしが見逃していただけなのだ。
ぬか喜びに腹が立つ。
海岸の、ヘダ岬に近い端っこのあたりだ。
プラントから、あたしのウエストよりもまだ太いコードが海岸に向かって何十本も伸びてきている。束になってのたっているコードは、海岸に設置された大型の中継器で、いったんひとつにまとめられている。
その中継器んとこに、ヤクザはいた。
こっからだと目を凝らしても豆つぶくらいにしか見えないが、たしかにあそこで人間の形をした影がうごめいている。
二人、いや三人くらいはいるのかな。多くはない。中継器までは五、六百メートルってとこ。崖のほうをまわっていけば、こっそりと接近できそうである。
あたしは身を低くして(ハンドジェットがくそ重いせいもあるのよ)、闇に包まれた崖下の斜面を、そろそろと這い進んだ。幸い、波の音やプラントの騒音が、多少の物音は打ち消しちゃってくれている。
中継器にじりじりと迫った。
距離にして、およそ七十メートル。中継器にいっちゃん近い投光装置のうしろにひそんだ。もう人の姿は、はっきりと見てとれる。
いるのは二人。中継器のコントロールパネルにしがみついて、もぞもぞとキーを操作している。例の地震で、ここも相当に揺れたはずだけど、被害はほとんどなかったみたい。砂浜って振動を吸収しちゃうんだろうか。崖の一部は少し崩れていたけど、あれだって、たいしたことはなかった。
あたしはからだを投光装置にピッタリと寄せ、ハンドブラスターを構えた。
蔭からでて狙いをつけ、トリガーボタンを押した。
火球がぶっ飛び、中継器を直撃する。
爆発した。
それはもう見事。オレンジ色の炎が中継器のてっぺんを丸く包んだと思ったら、いきなりドカンときた。
ヤクザが宙に舞った。
二人とも砂浜に叩きつけられ、悲鳴をあげた。
中継器は、コードが何本もちぎれて、華々しく火花を散らしている。
わあ、きれい。花火みたい。
なんて、めでているばやいではない。
あたしは海岸に飛びだした。ハンドブラスターを突きだし、砂を蹴って中継器の前に立った。足もとに、ヤクザが二人、呻きながら転がってる。そいつらに、あたしはハンドブラスターの銃口を向けた。
「動くんじゃないよ」あたしは、鋭く言った。
「動いたら、けし炭になるわよ」
「助けてくれ」
ヤクザは仰向けにひっくり返ったまま、両手を頭上に挙げた。
「ほかの連中はどこ?」
あたしは訊いた。
「ヘダ岬だ」一人が震える声で答えた。
「いまさっき作業を再開した。みんなあっちにいる」
「プラントには何人いるの?」
「ほとんどいない。一人か二人だ」
これは都合がいい。チャンスである。
あたしはプラントのほうに向き直った。ハンドジェットの始動ボタンに手を伸ばし、離陸しようとした。
そのときだった。
パ、パ、パッとプラントの側面、つまり輸送機のどてっ腹が光った。
レーザーだ。
思った瞬間、あたしは砂浜に身を投げた。
幾筋もの光条が、海岸を灼く。一筋は、あたしの肩をかすめた。プロテクターが熱くなった。
「やろう!」
転がっていたヤクザが、あたしに躍りかかってきた。騙したのだ。純情なあたしを。
ホルスターからレイガンを抜いた。
「野郎じゃないわよ!」
あたしはハンドブラスターを発射した。
どばっと広がった火球が、ヤクザを二人まとめて吹き飛ばした。
至近距離でブラスターを正面からくらう。
どうなったかは、いうまでもない。けし炭さえも残んなかった。
プラントからの攻撃が激しくなった。
めったやたらと撃ってくる。あたしはもう一度、砂浜に身を投げた。向こうの狙いは滅茶苦茶。波が高いから、照準を合わせらんないんだろう。ありったけの武器を掻き集めて、人海戦術で撃ちまくっている。当たらないけど、動けない。
釘づけにされた。
やばい。
ヘダ岬の連中が呼ばれて戻ってきたら挾み撃ちだ。
困った。困った。困った。
4
強運って、あたしのためにある言葉。
マジに、そう信じた。
たった今まで絶体絶命だと嘆いていたのに、いきなし立場が逆転しちゃうんだもん。
白馬の騎士は、ムギだった。海が割れ、ムギがひらりと輸送機の翼の上に躍りでた。
困ったときのムギ頼み。
体毛を逆立て、触手を振りまわして、ムギは機上を駆けめぐる。
たちまち何門かのレーザー砲がスクラップに変えられた。あたしを狙う光条が激減した。
こうなりゃ、あたしだって砂の上で寝てなんかいらんない。
起きあがり、ハンドジェットを噴射させた。
甲高い金属音を響かせてジャンプ。
プラントに一直線。
レーザーの砲門を慎重に狙って、上空からブラスターの火球をたっぷりと叩きこむ。輸送機が波に揺られて上下してるので、横からだとむずかしいが、上から撃つと、おもしろいように命中する。
ムギと二人で、砲門のあらかたを破壊してしまった。このままプラントもぶち壊してしまえば話は簡単なのだが、それはだめ。あたしはその誘惑を必死ではねのけた。
ハンドブラスターを構えて、翼に舞い降りた。
ムギがまだ暴れている。ヤクザは戦意喪失したみたい。攻撃は完全に途絶えた。
「ムギ、おやめ!」
あたしは大声で怒鳴った。興奮したムギは見境がなくなる。ほっとくと、プラントが破片と化すまで荒れ狂う。今だって輸送機のボディは、ムギのKZ合金さえもすっぱりと切り裂く鋭い爪に傷めつけられて、ずたずたになっている。それも、かなりひどい。まるで|すだれ《ヽヽヽ》模様だ。輸送機のボディはプラントのカバーよ。まずいじゃない。
「おやめってば、おやめ!」
あたしは、あらん限りの声を張りあげた。
お喉が痛い。破れそう。
五、六回わめいたら、ようやくムギの耳に届いた。翼を輸送機の胴体から切り離そうとしていたムギは、その動きを止め、振り返ってきょとんとあたしを見た。
「いい加減におし。このアホねこ!」
あたしは危ういところを救ってくれた頼もしい相棒に、ねぎらいの言葉をかけた。
「うみぎゃ……」
ムギは、あまり喜ばない。
ヤクザは全面的に降伏していた。
「みんな、ここにでておいで!」
あたしは言った。またもや大声だ。できれば、囁くように言いたいが、プラントの騒音に、うねりくる波濤の音が重なっていたんではとても無理。一メートル離れただけで何も聞きとれなくなる。
機体側面に三箇所ある搭乗ハッチのうち、翼の付け根に設けられているひとつから、ヤクザがぞろぞろとあらわれた。数えていくと、全部で十一人。半分くらいは負傷している。この分だと、動けなくて中に転がっているのも何人かいるんじゃないだろうか。
ムギが十一人を三列に並ばせた。並ばせてから、巻きひげを少し震わせた。一応かたがついたから、〈ラブリーエンゼル〉を呼んだのだ。お船が降りてきたら、プラントの息の根をとめてさっさと帰還する。段取りどおりの進行で、あたしは満足している。
「どうしようってんだ、俺たちを?」
ヤクザの一人が訊いた。強がっているが、それは見せかけ。おどおどとした目が、そのことをあらわしている。こいつら、キャナリーシティに連れてかれてリンチでもされるんじゃないかと怯えているのだ。あたしとしては、それを実行したいが、肝腎のまちの方がそれどころではない。
「別にどうもしないわ」あたしは冷ややかな口調で言った。
「そこの海岸に放りだすだけ。もうすぐ嵐がくるから、楽しいことになるわ。せいぜい波に呑まれないように必死で走ることね」
ヤクザは一斉に鼻を鳴らした。不満の表明である。しかし、殺されずにすむことを安堵しているふうにも見える。ったりまえじゃない。WWWAのトラコンがいくらカスみたいなヤクザとはいえ、武器を捨てた相手を適当に処刑できるわきゃないだろ。もっとも、こいつらに限っては例外としたいけど──。
〈ラブリーエンゼル〉が降下してきた。ムギが唸って、教えてくれた。見上げると、雲と雲の切れ目で、ライトがのったりと点滅している。あのパターンは、たしかにうちらのお船。
「じゃあ、そろそろ飛びこんでもらおうかしら」あたしは、さらりと言葉を継いだ。
「こっから浜まではおよそ三百メートルってとこ。遠浅で知られてるけど、きょうはちょっと波が荒いから気を抜かずにしっかり泳ぐのよ」
ヤクザの顔色が変わった。頬がひきつり、呪いの言葉を口々に叫んだ。かれらの眼下で、海は牙を剥きだしている。大型のフロートに支えられた翼は、海面から五メートル近く上にあるが、それでも、つぎつぎと寄せてくる波は、あたしたちの足をあっさりと洗ってくれる。
「勘弁してや」ついに一人のヤクザが泣言を漏らした。
「俺は泳げないんだ」
それがきっかけとなった。
「俺も!」
「俺もだ!」
十一人中八人が泳げないと、ぬかしくさった。上等じゃない。こういうときこそ覚えるチャンスよ。
あたしは、そう言ってやろうとした。
やろうとしたが、言えなかった。
遠慮したからではない。
舌がもつれたわけでもない。
急性失語症というのはデマである。
揺れたのだ。
輸送機が。
いきなり、ぐらりときた。
一瞬、ふわりとからだが浮いた。ひっくり返りそうになり、あわててあたしは両足を踏んばった。並んで立っていたヤクザは、互いにしがみつき合った。一人なんか、五人に抱きつかれて、結局つぶれてしまった。六人のヤクザは、おり重なってぶざまにもがいている。
ムギが唸った。警戒を促す、強い唸り声だ。
あたしは海面に目をやった。この輸送機は、ものすごく安定している。フロートはでかいし、複数のアンカーで海底に、がっちり固定もしてある。重量だって、動力プラントを積んでいるのだ。軽いはずがない。五メートルや十メートルくらいの波ではびくともしないはず。
なのに、機体は大きくかしいでしまった。揺れた機体は、斜めになったまま元に戻ろうとしない。
背筋が、ぞくりとした。
理由はないが、本能が何かを察したのだろう。その光景を見て、激しい悪寒が走った。
海がない。
どこにも、ない。
投光装置に照らしだされた海面は、今や海面ではなくなっている。
見えるのは、珊瑚に岩に白い砂。
海水は、申しわけ程度にしかない。せいぜい五、六センチ。くるぶしをひたすのがやっとってとこだ。
どこへ行ったの、海は?
誰が消したの、あの大波を?
どっくん。
心臓が高鳴った。
思いあたることがあった。
この現象、あることの前触れみたいだ。
地震があった。
大地震だ。
そして、海が消えた。海の底が抜けるなんてことないから、これは潮がものすごい勢いで引いてしまったんだ。
地震があって、潮が引く。それも、並の引潮じゃない。あっという間に海がなくなっちゃうくらい引いた。
すると、つぎにくるのは。
そんなの子供にだってわかる。
海の揺り戻し。
津波だ。
津波がくる。
「お逃げ!」
あたしは叫んだ。
「とにかくお逃げ! ひたすらお逃げ! 潮が引いてるうちに。浜に着いたら、崖を登るの。なによりも高いとこ。しゃにむに高いとこ。徹底的に登るのよ!」
「…………」
間があいた。
まばたきするほどの虚脱の間。
「ひい!」
誰かが悲鳴をあげた。
事態を理解したのだ。
逆上し、走りだした。残りの十人が、それに倣った。
翼端に行き、そこから海底に向かって伸びているアンカーの鎖を掴んだ。鎖を伝って、底に降りる。降りたら、全力疾走に移った。
あたしは、かれらを見送った。十一人のヤクザは濡れた砂地を、足をとられながらも猛烈なスピードで疾駆していく。
「みぎゃお」
ムギがあたしを呼んだ。開きっぱなしになっているハッチを指し示している。あたしはハッチの内側を覗きこんだ。
人が倒れていた。ヤクザだ。息絶えている。
ムギが、その死体の上で触手を振り、手信号で何ごとかをあたしに説明した。
「中を、見てきた。生存者は、一人も、いない……」
なるほどね。あたしはうなずいた。負傷者がいないか、チェックしてきたってわけだ。
耳障りな金属音が降ってきた。
頭上を仰ぐと、明滅するライトが予想外に近くにある。
〈ラブリーエンゼル〉が高度を下げたのだ。
ムギが巻きひげを震わせた。
そのまま、しばらくユリと交信する。
全身をぴくりと波打たせ、あたしを見た。
触手を振って、またあたしにごちゃごちゃと言う。
お船に戻れ、と言いたいらしい。
「でも、プラントの稼動停止を……」
「うみぎゃ」
ムギがあたしの言葉をさえぎった。
首をめぐらし、沖のほうに目をやった。
あたしはムギの視線を辿った。ムギが見ているのは、沖のずうっとずうっと先である。海の黒と空の闇が交わるところ。要するに水平線。
その水平線に。
それは重なっていた。
真横に伸びる白い一筋。
もう一度、背筋がぞくりと冷えた。
やだ、これ嘘でしょ。
あたしは目をこすった。
再度、瞳を凝らした。
厳然と輝く白い筋。今度はちょっとだけ水平線の下に下がっている。
あれってば、津波。
本気で津波。
もう来ちゃったの!
5
反射的に、背後を振り返った。
十一人のヤクザは浜にあがり、崖に取りつくところだ。連中、間に合うかどうか。今となっては微妙である。ヘダ岬のやつらはだめだろう。あいつらが危険を犯して、津波のことを仲間に教えに行くとはとても思えない。
あたしは逡巡した。ブラントの停止だ。津波がくる前にちゃんとやっておくべきかどうか。津波がくれば、みんな流される。そうしたら、結果は同じだ。でも──。
ええい、決めた。迷ってなんかいられるか。やっぱり、中途半端はいやだ。始末はきちんとつける。
あたしは、きびすを返した。ハッチからプラントにもぐりこむのだ。そして、重力場発生装置の動力源をきっちりと殺す。
だが。
身をひるがえしたあたしは、そのまま立ちすくんでしまった。
壁がある。
目の前に。
巨大な海水の壁。
遅かった。津波は見えてからが早いのだ。
だめ。あたし、動けない。
壁が追った。
呑みこまれる。
「ぎゃおん!」
ムギが咆えた。
津波が輸送機に激突した。
轟音が、耳をつんざく。上体に、ひっぱられるようなショックがきた。
吹っ飛ばされた。
垂直に舞いあがる。しぶきが足にかかった。バイザーが風を切り、激しく唸る。
輸送機が、横倒しになった。海水の壁が崩れてボディを圧しつぶし、そのあとで今度は下から持ちあげてごろりとひっくり返したのだ。プラントを積んだ巨獣は、おし寄せてきた波に、手もなく弄ばれている。
あたしは眼下で繰り広げられている悽惨な光景に見入った。海水は急流となって渦を巻き、立ちはだかるものすべてを蹴散らして、ナイマン島に襲いかかる。
巨大な滝を横に寝かせて上から眺めると、こんなふうに見えるのだろうか。
すごいなんてもんじゃない。全身に鳥肌が立つ。
と、そこで。
あたしはハッと我に返った。
あたしってば、津波をのんびりと上から見物している。
弾き飛ばされて、いっこうに落下しない。
それどころか上昇をつづけている。
てえことは……。
あらま。おせなのハンドジェットが。
噴射全開。
ムギだね。
ムギが作動させたんだ。
ムギは津波に呑まれた。でも、心配はしない。クァールは宇宙空間に放りだされたって生きていける完全生物だ。津波くらいならせいぜい強めのシャワーだろう。ここんところ、お風呂をさぼっているから、ちょうどいい。
あたしは噴射を絞り、上昇角度を制御した。〈ラブリーエンゼル〉は大きな弧を描いてヘダ岬の上空を旋回している。気がつくと、ハンドブラスターを手にしていない。動転しててこぼれちゃったんだ。いやもう、ほんとにゲシュタルト崩壊である。呆然自失って、恐ろしいわあ。
水平移動に移った。お船はすぐそこ。収容ハッチを開いている。あれも、もちろん非常用だから、めいっぱい狭い。
一気に接近して、ちょいと逆噴射。すとんと落っこちるように飛びこんだ。
ハンドジェットを投げ捨て、プロテクターをむしり取り、ヘルメットを床に叩きつけて、コクピットに戻った。
シートにどさりと腰を落とし、足をコンソールに投げだした。
「ただいま」
声がガラガラになっている。
「低気圧があちこちに発生しているわ」ユリがグラフィック映像をメインスクリーンに入れた。
「ドルロイのほぼ全域よ。みんなすごく発達している」
「大嵐の団体さんね」
「重力波は変わってないわ。ずうっと荒れ狂ってるけど、ちょっと前から異常が進まなくなったの」
「エネルギーの流入を断ち切ったかんね」
「それだけじゃないわ。どっかで相殺されている感じがする」
「クラッシャーよ」あたしは言った。
「あいつらが、手を打ったのよ」
「たぶんね」ユリはあたしを見た。
「そろそろタイムリミットよ。なんかしてなきゃ、手遅れになってるわ」
呼びだし音が鳴った。
通信機だ。
「噂をすれば、ってやつ」あたしは言った。
「あいつら、けっこう律儀なのよね」
回路を開けた。交信映像は、メインに入れた。コクピットでいっちゃん大きいスクリーンに、ダンの顔が映しだされた。
「はあい」
ユリがにっこりと微笑んで、手を振った。たわけ! 状況を考えろ。
「装置の打ちこみは完了した」
ダンは、いきなり本題にはいった。表情が険しい。そうなんだ。今はこういう顔をする状況なんだ。
「──そっちのほうは、どうなっている?」
どーなってるったって、いろいろとある。
救援をハイパーウェーブで要請したとか。サンデービーチで動力プラントを動かしてたヤクザたちとやり合ったとか。津波が襲ってきて、あたしが呑みこまれそうになったとか。話題には事欠かない。
それらもろもろのことを、あたしは一部はかいつまみ、一部は詳細に、ときには迫真の身振りも交えて、ダンに語った。電波状態は相変わらず悪く、激しいノイズで通信は何度も中断される。そのたびに途切れたところを最初っからやり直さなくっちゃなんないから、あたしは大変。相当にへたばった。
「それで、プラントはたしかに停止したんだな」
ダンは、そのことだけ、念を押した。
「停止もなにも……」あたしは言った。
「海岸には、輸送機の破片すら残ってないわ。ヘダ岬なんて、突端ごと挾りとられちゃって、ぜんぜん別のとこみたいになっちゃった」
あたしは、ついさっきサブモニターで視認した映像を思い浮かべた。あたしを回収したあと〈ラブリーエンゼル〉は、水平飛行から上昇に転じた。そのときに、赤外線映像で、地上をちらと眺めたのだ。ナイマン島を直撃した大津波は、海岸から土砂と岩と樹木を容赦なくもぎ奪っていった。この分じゃ、海洋開発ラボもキャナリーシティも、かなりの被害を蒙ったはずである。とくに、海岸沿いに建てられていたラボは心配だ。無傷で残っているとは、とても思えない。それどころか、根こそぎ持っていかれた可能性だってある。気になるわあ。ラボは研究の一環として、海棲動物をナイマン島の近海で何万頭と飼育していた。あれもちりちりばらばらになっちゃったんじゃないだろうか。
「ブラントが止まったのなら、こっちはそれに合わせて調整を続行する」ダンは言った。
「ナイマン島は、そっちに任せっぱなしになるが、かまわないか?」
「大丈夫よ」あたしは親指を立てた。
「それより、そっちこそどうなの? さっきからコンソールのエマージェンシーが軒なみ点いたままになってるわ。お船が不調なんじゃない」
スクリーンの下の端に、〈アトラス〉のコンソールの一部が映っている。そこのLEDが、どれもこれも、まっかっかになっているのだ。
「その手の気づかいは無用だ」
しかし、ダンは薄く笑って、かぶりを振った。ユリがホントに小さな声で、しぶい、とつぶやいた。あたしは聞き逃さなかった。
「〈アトラス〉はちゃんと飛んでいる」ダンはつづけた。
「飛んでいる限り、不調とは呼ばない」
「いちおう信じとくわ」あたしは応じた。
「ナイマン島のことは忘れちゃっていいのよ。そっちは、とにかく早くプレートを元に戻して」
「わかった。完了したら、また連絡する」
「待ってるわ」
通信が切れた。と同時に、ユリの顔から微笑も失せた。
映像をナイマン島のそれに切り換えた。
キャナリーシティが映しだされる。
猛火に包まれた、ドルロイ第二のまち。
おや?
猛火がない。
まちが暗くなっている。天を焦がしていた紅蓮の炎が消え、まち全体が闇の底に沈んでしまっている。
あの大火災は、いったいどこへいっちゃったんだ!
「ここでしょ。キャナリーシティって……」
あたしはユリを見た。
「津波だわ」抑揚のない声で、ユリは言った。
「津波が炎を消してしまった」
うーむ。
あたしは唸った。
これは、いいのか悪いのか。
あのすさまじい火災が、あっという間に鎮まるほど海水がまちん中に流れこんだってことは。
その被害も、ものすごいってことだ。
「降りるわ」ユリが言った。
「高度を低くして、飛んでみる」
発達した低気圧が、ナイマン島の上空に接近していた。
まもなく嵐になるだろう。
6
夜が明けた。
明けるには明けたが、朝日は昇ってこない。ぶ厚い積乱雲が黎明の空を隈なく覆い、その下では最大瞬間風速が六十メートルを超える猛烈な嵐が吹き荒れている。
〈ラブリーエンゼル〉は、高度一万二千メートルの上空を、南に向かって飛行していた。
眼下は、灰色のカーペットを敷きつめたかのようだ。雲がえんえんと連なり、地上はほとんど視認できない。ときどき丸い穴がぽっかりとあいているが、あれは暴風の目なのだろう。そこからは、ドルロイの青い海を肉眼で見ることができる。重力異常はまだおさまっていないが、通信は、もうほとんど回復していた。多少の雑音を我慢すれば、ドルロイのどことでも交信は可能である。
キャナリーシティは、まちのほぼ全域が冠水していた。津波がきたときは、とくにひどかったらしい。海水がまちの中心を流れる川に逆流してあふれ、一時は七、八メートルもの高さになって、ビルや橋を薙ぎ倒したという。今は、いちばん深いところでも、一メートルを切っている。
〈アトラス〉との交信を終えて、あたしたちが降下したときは、洪水のピークは過ぎていた。それでも、まちを浸していた水は三メートルを超えていたと思う。火災は完全鎮火ではなく、高台にあって水没を免れた建物はまだ炎を吹きあげていた。あたしたちは人家のないあたりの台地を選んで、小型のミサイルを撃ちこんだ。台地に堰き止められて淀んでいた海水は、逃げ道を得て、濁流となって谷へと流れ、海に還っていった。
ミサイルの撃ちこめそうなポイントは、全部で四箇所あった。あたしたちは、それらのポイントをチェックしながら、ときどき通信回路を開けて、応答を呼びかけた。答えるものは皆無だったが、一、二度、あたしたちのよく知っている波形パターンが、通信スクリーンのほうに飛びこんできた。ムギである。ムギが無事を知らせているのだ。ムギは被災者の救助に、キャナリーシティ中を走りまわっているらしい。
すべてのポイントにミサイルをぶちこんでしばらくすると、水が目に見えて引きはじめた。燃えるものがなくなったのか、くすぶっていた火も、おおむね消えた。
が、やれ安心と胸を撫でおろすことはできなかった。
その頃になって、嵐がピークに達したのだ。
風が強まり、雨も降ってきた。
とんでもない強風と、桁外れの豪雨である。
地震、津波に、嵐が重なった。
住民にしてみれば、これほどの不幸はない。ノアの洪水に、黙示録の裁きの日がかちあったようなものだ。しかも、これら災厄の原因のすべてが、かれらの為政者にあるときた。誰がなんといおうと、これは天災などではなく、百パーセント、ドルロイ総督のノボ・カネーク・ジュニアが引き起こした人災なのである。泣くに泣けない不幸だ。
嵐は、五時間にわたってナイマン島を吹き荒れた。さすがに、この天候では、あたしたちも島の上空にはとどまってはいらんなかった。断腸の思いで高度を上げ、巨大な渦を巻く積乱雲の上へと急いで避難した。
ナイマン島の嵐が小康状態になったのは、夜明けの直前であった。
まだ安全と呼ぶにはほど遠い天候だったが、しかし、住民のことを考えれば、逃げてばかりもいられない。あたしたちは意を決し、再度降下しようとした。
〈アトラス〉から新たな連絡があったのは、そのときだった。
「成功した。プレートの変動は止まった。地震はしばらくつづくかもしれないが、規模は小さい。被害はないだろう。重力異常も徐々におさまっていくはずだ」
スクリーンに映ったダンは、あたしたちにそう告げた。目もとのあたり、疲労の色が濃くにじんでいる。
「ナイマン島はひどい有様よ」あたしは言った。
「キャナリーシティは壊滅といってもおかしくはないわ。そっちが片づいたんなら、救援のほう、手を貸してくんない?」
「いましがた通信を傍受した」ダンは言い継いだ。
「きみらが要請した救援の第一陣が宇宙港に到着したそうだ。すでに全天候タイプの輸送機で、ナイマン島に向かっている」
「向かってるって、おたくたち、いったいどこを飛んでんのよ?」
ダンの言葉を遮り、あたしは訊いた。
「宇宙港の北北東、百四十キロの洋上だ」
「帰還中なの?」
「あまり問い詰めるな」ダンは困ったように顔をしかめた。
「〈アトラス〉が、ちょいとぐずっているんだ。このままじゃ、遠からず不調になる」
「つまり、墜落しそうなのね」
「クラッシャーは言葉を選ぶんだ」
ダンはまだ強がりを言った。
「わあったわ」しぶとく食い下がっていたら、ユリに睨まれたので、あたしは了承した。
「気をつけて帰って。こっちはもう少しナイマン島の上空でねばっているから、何かあったらすぐ教えてちょうだい」
「了解。着陸するまでに不調にならなかったら、必ずそうする」
「またね」
ユリが微笑み、手を挙げた。す、素早い。
スクリーンがブラックアウトした。
「さてと……」なにごともなかったように、ユリはレバーを操作する。
「度胸一発。降りちゃうわよ」
転針した。
数千メートルはある雲の層を、一気にぶち抜いた。メインスクリーンは真っ白。というか灰色。ときおり、電撃が走る。まるで牛乳の海に潜っているような気分だ。
高度三千を切った。
すうっと視界が開けた。
ピークを過ぎただけに、さすがに雲が高い。風もそんなに弱まってないし、雨も残っているが、たしかに暴風という感じではなくなっている。
雲から飛びだすと同時に、電波をキャッチした。音声チャンネルだけ。映像チャンネルはない。
キャナリーシティの放送局の周波数だった。
「……アの救援隊が到……のは……です。すでに危……ぎてお……としては、食……さい……」
この声、聞き覚えがある。中央放送局のアナウンサーだ。すごい。生きてたんだ。
あたしは嬉しくなって、またもや放送に割りこんだ。
「放送局。〈ラブリーエンゼル〉よ。聞こえたら返事して!」
「……ゼル、聞こえ……局じゃない……送局は焼け……た。今は……借りて放送し……る。だから出……ない……」
応答があった。耳が痛くなるほどのノイズに包まれた。切れ切れの応答だった。どうやら、放送局が焼け落ちてしまったので、アマチュア無線家の通信機を借りて臨時の放送をつづけているらしい。なかなか見上げた報道マン根性である。
「ーケンは、無……認された。病……は被災を免れ……んな救……いる。まち……獄のよ……」
クラーケンのことを言っている。病院は無事だったんだ。これは不幸中の幸いだ。
「教えてくれて、ありがとう。救援はもうすぐ来るわ。がんばって放送を続行してちょうだい」
あたしは回路をオフにした。貴重な放送に、あまり長くは割りこめない。
「ケイ」ユリが言った。
「スクリーン見て!」
ユリの言うスクリーンとは、通信用のそれだった。
目をやると、回路が勝手に開けられていた。スクリーンには、奇怪な映像パターンが踊っている。
ムギだ。ムギからの通信だ。
「居るから……ちょっと……高度を……下げろ」
パターンは、そう読めた。
「ちょっとたって、厳しいわよ」
ユリは眉をひそめた。ひそめながらも、とうにからだは動いている。
「ムギ!」マイクに向かって、ユリは怒鳴った。
「低く飛ぶけど、速いわよ。西の海岸線を往復するから、しっかり飛びついて!」
船首を下げ、パワーを上げた。しょうがない。低く飛んで失速しないためには、これっきゃないんだ。
高度百八十。
ソニックブームで地べたと海とを蹴散らしながら、〈ラブリーエンゼル〉はナイマン島の西の端っこを瞬時に駆け抜けた。
海上で反転し、もう一度やろうとする。
LEDが一つ、瞬間的に点滅した。船尾の非常ハッチのパイロットサインだ。ハッチが開くと、これはつく。
ということは。
一秒くらいで、ハッチが開いて閉じた。
「みぎゃお」
啼き声が聞こえた。
センターシャフトに、黒い影があらわれた。
あらま、ムギ。
なんとまあ、あっさりと帰ってきてしまった。
ひらりと跳んで、ムギは予備シートにもぐりこんだ。
上体をのびあがらせ、喉を鳴らしながら、あたしとユリとの間に首をつっこんでくる。
「すごかったじゃない。ムギってば……」
あたしはムギの頭を撫でてあげようとした。
「ムギったら、大活躍ね」
思いは同じだったらしい。ユリもムギの頭に手を伸ばした。
あたしは右手。
ユリは左手。
二人の手と手が、ムギの頭上で重なった。
そのとたん。
ぐらっときた。
全身が、燃えるように熱くなった。
あっ、まずいと思ったが、くっついちゃった手は、もう離れない。
光が散った。
白い光。きらめいて、弾ける。渦を巻き、爆発的に広がる。
すうっと、からだが浮いた。本当に浮いたんじゃない。けど、浮いてるとしか思えない。
快感が、全身を貫いた。痺れるようなエクスタシー。一瞬、気が遠くなるくらい。
白い。
真っ白。
なにもかもが白い。意識が純白に染めあげられた。
その白い意識に。
映像があらわれた。
クリーム色の影。
絶世の美女。
腕が振りあげられる。腕は、黒い棒を握っている。
後ろ姿。頭上高くに、振りあげられた棒がある。頭もクリーム色。帽子だ。帽子をかぶっている。
美女の顔。無表情。眼に光がない。
ふっと消えた。
闇。
虚脱感が、あたしを襲った。
羽のように軽かったからだが、とたんにずっしりと重くなった。
めまいがする。力が抜ける。
奈落の底に落ちていくみたいな気分。
落ちるところまで落ちた。
闇が薄れはじめた。意識が戻ってくる。ぼんやりと周囲が見えてきた。
いきなり、スイッチが切換わるように、すべてが鮮明になった。
全身をぐったりと投げだしてシートにもたれかかっている、あたし。
あわてて身を起こした。
あせりくるって、まわりに目をやる。
瞳を丸くしてこっちを見ているユリと、視線がかち合った。
ムギが触手で〈ラブリーエンゼル〉を操っている。
「|あれ《ヽヽ》だよ」
あたしは言った。
「|あれ《ヽヽ》だったわね」
ユリも、うなずいた。
そうなのだ。
|あれ《ヽヽ》が起きてしまったのだ。
7
|あれ《ヽヽ》とは、あたしたちの超能力である。
超心理学《パラサイコロジー》では、クレアボワイヤンスと呼ばれている。
いわゆる千里眼のことだ。
美人(!)だけど、平凡な女子大生だったあたしたちがWWWAにスカウトされたのは、この超能力を有していたからである。
あたしたちはエスパーなのだ。──二人一組の。
何かトラブルが発生して、その現場に派遣されると、あたしたちはしゃにむに関連情報を掻き集める。集まった情報が知識として蓄積され、それが臨界に達すると、超能力は忽然とあらわれる。
発現のきっかけは、ユリの手とあたしの手とが触れあったときだ。触れあうと同時に、なんらかの反応があたしたちの体内に生じて、あたしたちは一緒にトランス状態に陥り、映像を見る。
その映像が、トラブル解決の重要な鍵ってわけだ。
ただし、あくまでもそれは鍵であって、解答ではない。解答は、鍵をもとに、もう一度捜さねばならないのだ。だから、あたしたちの能力はWWWAでは千里眼とは呼ばれていない。十里眼とか、口の悪いスタッフは一里眼なんて言う。
しかし、今回の鍵はかなり具体的だった。
ユリと二人で首をひねって、ああでもない、こうでもないと悩む必要はまるでなかった。映像として浮かんだ人物の、顔も行為も判然としなかったが、その意味するところは、完全に理解できた。
あたしとユリは虚脱状態から回復した。
脱力然も失せ、意識もはっきりとした。
「行くわよね」
ユリが言った。
「あいつのとこ?」
「宇宙港に戻ってから」
「まだ、あそこにいるかしら」
「宇宙港でわかるわ」
「そうね」
〈ラブリーエンゼル〉は、ムギの手で(いや触手でだ)、高度一万二千メートルに上昇していた。
大きく弧を描いてお船は南に針路を変え、ナイマン島上空から宇宙港へと向かった。
朝日がようやく積乱雲を破って姿を見せた。群青の空を背に、白くギラギラと輝いている。だが、ここから五千メートルも降りれば、そこはまだ嵐のただ中だ。重力異常がもとで発生した低気圧は、ドルロイ全域に散らばり、そのどれもが巨大な積乱雲のとぐろを巻いて荒れ狂っている。
水平飛行から、降下態勢にはいった。
船首を下げ〈ラブリーエンゼル〉は再び積乱雲の中へと突入する。
雲が切れた。下へでたのではなく、切れたのだ。
宇宙港は狭間にはいっていた。発達した低気圧と低気圧との境い目。細い帯のような頼りない高気圧の圏内。薄い雲が流れこんできているうえに、風も吹きこんでいるから快晴ではないが、それでも太陽は顔を覗かせているし、雨も降ってはいない。
メインスクリーンの視界に、宇宙港の島がインしてきた。
あたしは通信回路を開けて、管制塔を呼びだした。
「こちら〈ラブリーエンゼル〉。着陸するから離着床を指定してちょうだい」
「管制塔だ」すぐに、答えが返ってきた。
「〈ラブリーエンゼル〉の着陸を拒否する」
「なんですって!」
あたしの柳眉が逆立った。
「該当船舶には離着陸規定の違反がある。それも一件ではない。したがって、条項8のBにより、着陸を拒否する」
「お黙り!」
あたしは通信スクリーンに映っている生っちろい間の抜けた面の係官に向かって怒鳴り散らした。このくそガキは、あたしたちが〈アトラス〉と一緒に飛びたったときのことを言っているのだ。
「あたしたちに、条項8のBだって!」
「そうだ」あたしの剣幕に、係官は少したじろいだ。
「警告を無視して離陸した以上、着陸を許可するわけにはいかない」
「いかないかどうかは、これ見てからお決め!」
あたしはカメラの前に、ずうっと隠しつづけてきたIDカードを突きだした。
「あたしたちはWWWAのユリとケイ。公務で捜査中。ガタガタ言わずに離着床を……」
「ダ、ダーティペア!」
係官は、あたしにみなまで言わせなかった。言わずに、蒼白になって、あの忌まわしい名を口にした。
「あけます。すぐにあけます」
あわてて、コンソールのキーを叩きまくった。
「十一番です。着陸してください」
叫ぶように言って、通信を切った。
あとは、いくら呼びだしても応じようとしない。
「ざけた野郎!」
あたしはぶんむくれて、回路を閉じた。
ぶんむくれたが、といって、胸くその悪い係官の指示を無視するわけにもいかない。ユリと二人で呪いの言葉を吐きまくって、あたしたちは十一番スポットに〈ラブリーエンゼル〉を降ろした。
「ドックに、〈アトラス〉がはいってたわ」
エンジンをオフにすると同時に、ユリの表情と口調が急変した。今までの罵声はどこへやら。とつぜん物言いが、やわらかくなった。現金なやつである。しかも、めざとい。操縦しながらも、〈アトラス〉の船体だけは見逃さないなんて。
「寄るんでしょ、もちろん……」
小首をかしげて、あたしに訊く。あほう。相棒に|しな《ヽヽ》をつくるな。
しかし、これは寄るなと言われても寄っちゃうケースである。
あたしたちはお船から降りて宇宙港の端にある宇宙船の修理用ドックに向かった。暑っくるしいスペースジャケットを脱ぎ捨てて、服をいつものやつに着換え、ムギも連れだした。提訴された事件は、もう九分どおり解決している。もはや身分を偽る必要は、どこにもない。
ドックは閑散としていた。そういえば宇宙港には船そのものが少なかった。目立っていたのは、あたしたちの要請で救援に駆けつけたナルジア宇宙軍のシャトルだけだ。おそらく天候の悪化で、一般の船は軌道ステーションのほうに避難させたのだろう。航空機は、整備中のものも含めて、みんな救援活動に狩りだされてしまったに違いない。いくら総督が行方を絶っていても、キャナリーシティの正式要請でやってきた救援隊が使うのだ。ここの責任者の裁量だけで提供させたのだろう。
あたしたちは、ドックエリアの中にはいっていった。
〈アトラス〉は修理中だった。ドルロイの技術者とドックのメカニックが黙々と作業にいそしんでいた。全部で何十人という大部隊である。専用のロボットも、十台以上、使用されている。
〈アトラス〉の損傷は、軽微ではなかった。一目見ただけで、それがわかった。
船尾の格納庫近辺が、とくにひどかった。外鈑が大きく裂け、四基あるエンジンのうちの一基が、完全に死んでいる。翼も左舷の方の一部が派手にもぎとられ、桁材が剥きだしになっていた。
「これが、不調寸前だった船ね」
〈アトラス〉を眺めながらあたしはため息をつき、小声でつぶやいた。ったくもう、痩せ我慢にもほどがある。
「どこでやったのか知らないけど、よくここまで帰ってこれたわね」
ユリも目を見ひらいて、あきれている。こいつを無理矢理ひっぱってきたのは、パイロットのタロスだ。ヘダ岬でのVTOLの操縦といい、たしかに並の腕ではない。度胸もあるし、ちょいと無鉄砲なとこを治せば、トップクラスのスペースマンになれるだろう。ヤクザまがいのクラッシャーなんかにしておくのは、もったいない。連合宇宙軍にスカウトしたい素材だ。
「ケイ、ちょっと……」
ユリがあたしの腕をつついた。
振り向くと、ドックに付属しているビルのほうから技師が一人、こっちにやってくるのが見えた。技師だとわかったのは、かれが制服を着ていたからだ。クリーム色の半袖の上着に、同色の、つばの小さい帽子をかぶっている。
「すみませえん」
あたしは技師に声をかけた。
「はあ……」
とつぜん話しかけられて、技師はとまどい、いぶかしげな表情をした。
「この船の人たち、どこにいるか御存知ありませんか?」
こういうのユリが得意なんだと思いながら、あたしは訊いた。
「クラッシャーのこと?」
「ええ」
こっくし。
「うちのチーフと一緒に、ここの診療所にいますよ。仲間の一人が重傷を負ったもんで、治療を受けてるんです」
ここというのは、いま技師がでてきたビルのことだ。
「重傷。誰が?」
あたしとユリは口を揃えた。
「さあ」技師は首をひねった。
「誰かと訊かれても……」
「チーフのお名前は?」
「ザルバコフです」
なるほど。それは興味深いお名前だ。
「助かりましたわ。ありがとう」
あたしは、にっこり笑って、首を斜めに傾けた。
「いえいえ」
技師は顔をほころばせて、去っていった。
「ザルバコフと一緒だってさ」
あたしはユリに向き直った。
「クラッシャーが呼びだしたのね。船を直してもらおうと思って」
「ここに来ている技師も、ザルバコフの肝煎りで集められたんだ」
「重傷だって言ってたわ。誰かが……」
ユリの表情が曇った。
「中は修羅場なんだろうね」
あたしは言った。
「ここで、待ってようか」
と、ユリ。
「ああ」
あたしは周囲を見まわした。〈アトラス〉の脇に、大型のコンテナが置きっぱなしになっている。
「あの上なんか、眺めがよさそうよ」
コンテナを指差した。
「そうね」
ユリも異存はなかった。
コンテナの上に昇った。ムギも一緒だ。あたしたちはムギの前肢をまくらにして、横になった。日差しが暖かい。こうしていると、ナイマン島の惨状や荒れ狂っている嵐のことを忘れてしまいそう。
眠気が襲ってきた。
すうっと夢の世界に引きこまれていく。
き・も・ち・い・い。
8
ムギが唸った。
それで目が覚めた。
でも、まだうつらうつらしている。あたしのとなりで丸くなっているユリもそうだ。気配は起きているのだが、身じろぎしようとはしない。
ムギは唸りつづける。
からだを起こした。
当然、前肢で立ちあがる。
ごち。
あたしの頭が落ちた。
たいわねえ。
きっぱし、目が覚めた。
「くすんくすん」
ユリは頭を抱えて、ベソをかいている。やっぱり頭が落ちて、コンテナにぶつかったのだ。それでも丸くなったままなのは、さすがにユリである。
「あに唸ってんのよ」
顔をしかめ、あたしは正面に視線を向けた。正面には、例のビルがある。
おやま。
ぶつけたとこを撫でていた腕が止まった。
でてきたじゃない。大挙して。クラッシャーとザルバコフ。
ムギってば、それを教えようとして唸っていたのね。だけど、起きてくれないから、弛行手段に訴えた。うーむ。頭を打ったのに、お礼を言わなきゃなんない。辛い話だ。
「行くよ。ユリ」あたしは、まだ動こうとしない相棒に声をかけた。
「起きないとい置いてくかんね。んでもって、寝顔をクラッシャーに見せるわよ」
「あうあう」
最後の脅しは効いた。ユリは目をこすりながら、うじゃうじゃと起きあがった。
ラッタルを伝って、コンテナから降りた。
コンテナの蔭で様子を窺ってみた。
クラッシャーとザルバコフは、なにごとか会話を交しながら、こちらへと進んでくる。
重傷を負ったのが誰かは、見ただけでわかった。ユリが安堵のため息をついた。あたしもホッとした。
ガンビーノである。
ガンビーノはホバーベッドに乗せられていた。そのベッドをバードが押している。からだにシーツが掛けられているので、どこを負傷したのかは不明だが、少なくとも首から上ではなさそうだ。ホバーベッドの横には、一台のロボットがくっついている。身長が一メートルくらいの小柄なロボットだ。細長い円筒形のボディに、卵を横に倒したような形状の顛がちょこんと乗っかっている。レンズやらメーターやら端子やらを、まるで造作みたいに並べた顔は、いかにもユーモラスで親しみをおぼえる。腕は、指が三本しかないのを除けば、きわめて人間のそれに近いデザインのものが二本、ボディの中ほどから伸びている。足はない。走行には車輪が使われている。車輪の横に収納されているキャタピラは、不整地走行に使用されるのだろう。
声が聞こえてきた。ダンとザルバコフの声だ。おもに話しているのは、ザルバコフのほうである。
「──あそこは要塞みたいなところです。しかも、詳細は、わたしたちにも知らされていません。正面から行ったら、命を捨てるようなものです」
「もういい」ダンは、かぶりを振った。
「危険は先刻、承知している。何を言われても、気を変えるつもりはない。俺たちは、あいつをこのままにはしておけないのだ」
「ですが……」
コンテナの前に来た。
あたしとユリは蔭からでた。ムギもうっそりとついてきた。
「あいつって、誰のことかしら?」
あたしは言った。
クラッシャーとザルバコフの足が止まった。
「おめえらは……」
バードがあたしたちを指差した。
「えらく芝居がかったあらわれかただな」
タロスがつぶやいた。タロスは上から下まで、あたしのからだを目で追った。胸もとを大きくえぐった銀色の短上着に、同色のホットパンツ。ヒール七センチの編上ブーツもやっぱり銀色。ホルスターにはヒートガンをぶちこんでいる。タロスの目は、服装まで芝居がかっていると言いたげだ。
ムギが、低い唸り声を響かせて、あたしたちの横に並んだ。
ザルバコフが息を呑んだ。顔から血の気が引き、唇をわなわなと震わせた。
「どうやら、ザルバコフさんだけが、あたしたちの正体を知っているみたいね」
ユリが言った。もちろん、ユリもあたしと同じ格好。違うのは、ホルスターにおさまっているのが小型のレイガンだってこと。
「その服。そして、クァール……」ザルバコフはしわがれた声で、唸るように言った。
「まさか、そんな……」
「何が、まさかなの?」
「ダーティペア。来ていたなんて……」
「ダーティペア?」タロスが眉をひそめた。
「聞いたことあるぞ、その名前。たしか、ノグロスの……」
「じゃあ、WWWAは動いていたのか!」
いきなり、ザルバコフの声が高くなった。
「あなたの望みどおりにね」
あたしが答えた。
「どういうことだ?」
ダンが訊いた。
「あたしたちは、WWWAのトラブル・コンサルタントよ。アクメロイド殺しの一件が提訴され、捜査のために派遣されてきたの」
「WWWAのトラコン!」
「思いだしたぞ」タロスが叫んだ。
「ノグロスの反乱だ。あんときダーティペアと呼ばれるトラコンが反乱を鎮めて、ついでにノグロスを死の星にしちまったんだ」
ついでじゃないわ。やむなくよ。しちまったんでもないわ。なっちゃったのよ。
「犯人はあなたね。ザルバコフ」
ユリが前にでて、さっさと結論をアクメロイドの開発主任に突きつけた。いかにも唐突である。なんでもいいから衝撃的なことを言って、話をノグロスからそらそうとしているのが見え見えだ。ノグロスのノの字も、ダーティのダの字も、あたしたちはこの場で聞きたくはない。
「ドルロイの技師は、アクメロイド計画を嫌っていたのよ」ユリは言を継いだ。
「あの計画はなんとしても阻止したかった。でもザルバコフには、それができなかった。ジュニアの性格をよく知っていたから。開発を拒否したら、失脚どころか、命までもが危うくなる」
「…………」
ザルバコフは蒼白になった。膝ががくがくと震えている。今にも倒れそうだ。
「──そこで、ザルバコフは一計を案じた。完成しているアクメロイドを何体か破壊し、その罪をクラーケンになすりつけるという周到なプランだった。ドルロイには、ちゃんとした公安組織がない。ジュニアの親衛隊か、せいぜい自警団があるくらい。だから、濡衣を着せられたクラーケンは、潔白を証明するために地球連邦政府に泣きつくだろうとザルバコフは読んだのよ。そうなれば、連邦政府が捜査官を派遣してくる。あるいは、WWWAが提訴を受けて、トラコンをドルロイに送りこんでくる。連邦政府の捜査官は、アクメロイドの秘密が漏れるのを恐れるジュニアによって、自治権の独立を盾に入国を拒否されるかもしれない。しかし、トラコンは違う。かれらの存在は自治権を超えている。いずれのケースにせよ、外部の捜査の手がはいって、アクメロイド計画は露見することになる。うまくいけば、アクメロイドの正体が殺人マシンだってことも暴かれる」
「…………」
「読みは、おおむね当たったわ。違ったのは、提訴がすぐWWWAにまわったこと。中央コンピュータが、ザルバコフの先を読んでトラコンに秘密捜査を指示したこと。そして、もうひとつ。ジュニアがクラッシャーを雇って、ドルロイの再改造計画を実行に移したこと。この三点のうち、前ふたつはクラーケンが提訴したかどうかがわからなくなり、ザルバコフを不安に陥れた。あとのひとつは、もっと切実。再改造によってクラーケンがドルロイから追いたされてしまったんでは、ザルバコフの目論見は根底からついえてしまう」
「…………」
ザルバコフは、がくりと膝をついた。ついに立っていられなくなったのだ。しかし、ユリの推理は、まだつづいている。
「アクメロイド殺しが不発に終わったと思ったザルバコフは、アクメロイドを使ってクラッシャーを始末し、再改造計画をつぶそうと企んだ。ところが、それも結局は失敗した。その失敗が、あたしたちに多くの情報をもたらしたのよ。その情報をもとに、あたしたちは、この推理を組み立てた」
「そうだったのか……」
ダンが言った。おし殺した、低い声だった。
「わしは……わしは……」
地べたにへたりこみ、両の腕で上体を支えたザルバコフが喉の奥から沈痛な声を絞りだした。
「いいのよ」ユリの口調が穏やかになった。
「もう苦しまなくてもいいわ。あたしはあなたを糾弾したわけじゃないの。ただアクメロイド殺しの全貌を明らかにしただけよ。この事件は解決したわ。非合法アンドロイドのアクメロイドを殺しても罪にはならない。なるとすれば、それを造らせた人物。その人物の事件だけが、まだ解決していないのよ」
「ジュニアのことね」
あたしは言った。
「ヤクザを雇い、殺人マシンを造らせ、揚句の果ては、ドルロイを壊滅に追いこもうとした張本人」
ユリの瞳が、きらりと炯《ひか》った。
「あたしたちはノボ・カネーク・ジュニアを逮捕するわ」あたしは腰をかかめ、ザルバコフの顔を覗きこんだ。
「アモスを締めあげて、ジュニアの居場所を突きとめたんでしょ。お願い。あたしたちに、その場所を教えて」
「それは……」
ザルバコフが、おもてをあげた。
「待ちな!」
タロスが割りこんだ。
「そいつは、ですぎたマネだぜ」
肩をいからせて言う。
「ですぎたマネ?」
その意味が、あたしにはわからない。
「この件のおとしまえは、俺たちがつけるんだ」タロスは言った。
「WWWAだがNWAだか知らねえが、女子供に出番はない。悪いが、すっこんでてくれ」
なるほど。
なんとなくわかった。
そういう意味だったのね。
9
「手を引くわけにはいかないわ」ユリがむきになった。
「おとしまえをつける権利なんて、あなたたちにはないのよ。手をだせば犯罪者になるだけ。すっこんでるのは、あなたたちのほうじゃないの」
「俺たちはメンツをつぶされたんだ」バードが口をはさんだ。
「死刑になろうが、筋は通す。でなきゃ、この世界では生きていけねえ」
「馬鹿げてるわよ!」
「るせえ」
「折衷案があるわ」あたしが言った。
「一緒に行って、まずあたしたちが投降を呼びかけるの。ジュニァがそれに応じたら、それでこの件はおしまい。武器を把って抵抗したら、あんたたちの力を借りるわ。あたしたちは公式の捜査官。どんな派手な戦闘をやっても、正当な交戦になるわ。これなら、筋だって通せるでしょ」
「お笑いぐさだ」タロスが口もとを歪めた。
「おとしまえに正当もクンもない。殺るか殺られるかだ。投降だのなんだの、ガキの遊びにつき合ってられるか!」
「勝手なマネはさせないわ」
あたしはヒートガンのグリップに指をかけた。
「なんだと!」
タロスも身構え、ホルスターに手を伸ばした。
「やめてくれ。待ってくれ!」
二人の間に、ザルバコフが飛びこんできた。両手を左右に広げ、必死の形相で、あたしとタロスの顔を交互に見る。
「こんな諍《いさか》いはごめんだ」ザルバコフは叫んだ。
「言うぞ。わたしは言う。カネークはバリシア島にいる。アモスをホラーズにかけて吐かせたんだ。ポリグラフでもチェックした。嘘はついていなかった」
「ちいっ」
タロスが舌打ちした。
「内輪もめは、やめてくれ」ザルバコフは、なおも懇願する。
「バリシア島は恐ろしいところだ。クラッシャーだけでは陥《おと》せない。トラコンだけでも攻略できない。両者の協力が絶対に要るんだ!」
「いったい何があるの? バリシア島には」
あたしは訊いた。
「ジュニアの別荘だ」
「別荘?」
「外国の企業と組んで、ジュニアが建設した別荘があるのだ。総合的なレジャーセンターをめざしたということで、まだ未完成とされているが、それは嘘だ。建設に狩りだされたわれわれはそのことを知っている。別荘はとうに完成しているのだ。それも、別荘などではないものとして」
「別荘じゃない……」
「あれは要塞だ。難攻不落の邪悪な城だ」
「企業の名は、なんて言うの? ジュニアと組んだ」
不吉な予感に、あたしはかられた。
「トーレスのイザヤ観光開発」
「くっ」
あたしは唇を噛んだ。
悪い予感が的中した。
惑星国家トーレスに本社を置くイザヤ観光開発は、ブラックリストのトップに常にその名を連ねている裏の世界の窓口企業だ。
設立した裏の組織の名は。
『ルーシファ』。
『ルーシファ』のダミーが、ジュニアと組んでいる。
そこで、あたしはハッとなった。
アクメロイドを発注したのも、ただのギャングじゃなくて『ルーシファ』なのでは。
それならば、つじつまが合う。あんな高級セクサロイド、いくら量産態勢にはいったって、そのへんのチンピラには手に負えやしないのだ。
しかし、黒幕が『ルーシファ』なら、どうということはない。やつらは、アクメロイドを商品として扱える。それだけのマーケットを持っている。殺人マシンとしての機能も、歓迎する。閣僚を暗殺してでも、一国家を手中におさめようと計る凶暴な連中だからだ。『ルーシファ』は、銀河系最大の犯罪組織だ。血縁を重視しており、麻薬、殺人、海賊行為など、ありとあらゆる犯罪に手をだしている。銀河系全域で発生する犯罪のうちの六割には、なんらかの形で『ルーシファ』がからんでいると中央コンピュータは推測している。
その『ルーシファ』と、ジュニアは密かに手を結んでいた。
ジュニアのスポンサー、あるいはクライアントが『ルーシファ』と聞いて、さすがのタロスも表情を硬くした。クラッシャーは裏の世界に詳しい分、『ルーシファ』のなんたるかをよく承知している。
「どうするの。あくまでも、あたしたちを無視するつもりなの?」
あたしは、先ほどから腕を組んだまま一言も口をきいていないダンに向かって、声をかけた。ダンは一点を見据えて、あたしたちのやりとりに耳を傾けていた。
「ものには、道理ってやつが潜んでいる」あたしの問いかけに対して、ダンは静かに口を開いた。
「男を売っていても、突っぱっていいときと、そうでないときがある。男を売るには、見境なく突っぱるんでなしに、そのことも見極めて動かねばならない。そうやって見極めた結果を、俺たちは道理と呼んでいる」
「この件の道理はどうなっているの?」
「突っぱったところで、ともに益はない」
「おやっさん!」
タロスが身をのりだした。
「もう良かろう」ダンは薄く笑った。
「キャナリーシティの市庁舎で組めて、バリシア島で組めないということはあるまい」
「あれは成行ですぜ」
「これも成行だ」
「…………」
タロスは詰まった。詰まって、言葉を失った。
「決まりね」
あたしは言った。
「ああ」ダンはうなずいた。
「組ませてもらうぜ」
「良かった。本当に良かった」
ザルバコフはなみだぐんでいる。
「これが、バリシア島の座標です」クリーム色の制服のポケットから超小型ディスクを取りだし、ユリに渡した。
「位置は、ミスト島のほぼ真裏と考えていただいてけっこうでしょう。ちっぽけな島です。周囲が、五キロあるかどうか……」
「どうして、そんな小さな島に別荘を?」
「万が一を考えたんでしょうね。バリシア島はこちらのプレートとはつながっていません。だから、インスマック法の暴走があっても大丈夫と踏んだんです」
「自分だけ助かろうって吐だったのね」
「心の底まで腐りきった野郎だ」
タロスが吐き捨てるように言った。
「キャハハ。〈あとらす〉ノ修理ガ完了シマス」
ロボットがやってきて、告げてまわった。
さきほどまで、ホバーベッドにくっついていたユーモラスなデザインのロボットだ。
「なんなの、これ?」
ユリが訊いた。
「うちで試作したドンゴというロボットです」ザルバコフが説明した。
「ガンビーノが負傷して、チームがお困りのようだったので、差しあげたのです」
「てやんでェ、ロボットなんかにナヴィゲータ・シートは渡さんぞ!」
ホバーベッドの上で、ガンビーノがわめいた。ガンビーノは肩やら脚やらの骨を六本折ってるという。搭載艇で作業中に〈アトラス〉に激突したのだ。
「もうひとつ、わたしからのプレゼントを、勝手だとは思いましたが、〈アトラス〉に届けておきました」
ザルバコフはダンに向かって言った。
「このうえ、何を?」
「ジャケットです。クラッシャー専用に開発した」
「ジャケット?」
「宇宙服にもなり、防弾効果も高く、武器も備えている万能タイプのジャケットです。ぜひお召しになってください」
「へっ、至れり尽くせりだぜ」
タロスが、茶化すように言った。
牽引車が〈アトラス〉につながれた。ドックから滑走路へと〈アトラス〉を運んでいくのだ。翼を大きく広げた巨体が、ゆっくりと動きはじめた。壊れたエンジンは換装され、外鈑も完全に修復されている。
「急いでくれないかな、おたくら」
タロスが首をめぐらして言った。
「急ぐって?」
なんのことか、わからない。
「垂直型じゃ、バリシア島に降りられないぜ。こっちに乗っていくんだろ」
「乗せてくれるの? 〈アトラス〉に」
「リーダーが決めたら、素直に従うのさ」
照れくさそうに、タロスは応じた。
んまま、かあいい態度。
ムードいいじゃない。
滑走路に向かうカートに乗って手を振り、バードがあたしたちを呼んでいる。あたしとユリは、顔を見合わせた。
好意は、ありがたくお受けするもの。
あたしたちは走った。
ムギが悠然とついてくる。
カネーク、首を洗って待ってるんだよ。
あたしは心の裡で叫んだ。
きっちり、かたをつけてやるからね。
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第四章 行くわよ、嵐の殴りこみ!
1
首を洗って待っといで。
と、凄んだ割には、発進でちょいともたついてしまった。
何がいけなかったかというと、とにかく〈アトラス〉のコクピットが狭すぎたのだ。正式のシートが四つに、予備シートがひとつ。定員はたったの五人である。
おまけに乗船の直前に、ムギがタロスを軽く踏んづけていたのも、まずかった。タロスってば、ケガひとつしなかったのに、ムギのことを目の仇にした。ムギにしてみれば、バードが操縦するカートの後部シートに飛び乗ろうとしたら、あたしとタロスが先におさまっていたので、その間にうりうりと割りこんだだけのことである。そりゃ、ムギは四百キロ近い体重があるわ。それに飼主であるあたしにも遠慮したわ。遠慮して、タロスひとりを重点的に踏んづけちゃったわ。
でも、だからといって、そんなに嫌わなくてもいいじゃない。奇跡的に無傷で済んだんだもの。
あたしは、ムギをコクピットに置いときたかった。ユリをカーゴスペースに押しこんででも、ムギを脇に控えさせておきたかった。負傷しているガンビーノが船室に運ばれてから、あたしはムギがクァールだからここに残しておいたほうが役に立つ、とタロスに向かって主張した。
でも。
タロスの態度は冷たかった。
「お前か、こいつか、どちらか一方だ、コクピットに残れるのは。──早く決めろ」
パイロット権限を振りかざして、タロスはあたしを睨みつけた。
だったら、しょーがないじゃない。
でてくのはムギよ。
「ムギ、船室にお行き」
あたしはクァールを船室に追いやった。
「みぎゃお」
尻尾を股の中に巻きこみ、ムギは首うなだれてコクピットから去っていった。
飼主を恨むんじゃないよ。
心の中で、あたしは言った。
恨むんならタロスだよ。機会があったら、また踏んづけてもいいよ。今度は腕や肩じゃなくて、顔面を直撃しておやり。
あたしはメイン・コンソールに向き直った。
シートの配列が、変えられていた。
す、素早い。
あたしとタロスがやりあっている間に、ダンの指示で、バードがてきぱきと動かしたのである。
ナヴィゲータ・シートをコンソールの外側に移し、空いたスペースにバードはドンゴを据えた。車輪とキャタピラで走行するロボットのドンゴには、椅子なんか必要ない。
予備シートはエンジニア・シートの真横にしつらえられた。
その予備シートに、ユリは腰をおろした。あたしは操縦席の後ろに引越した元ナヴィゲータ・シートに着いた。
これで、五人と一台が、無事コクピットにおさまった。多少もめたが、もう大丈夫。いつでも出発できる。
牽引車が〈アトラス〉から離れ、離陸準備も完璧に整った。
そこへ。
まるで水を差すように管制塔の要請が舞いこんできた。
「〈アトラス〉。救投機が帰還してくる。六百秒ほど発進を見合わせてくれ」
ため息がでた。
拒絶したいが、この要請は、無視できない。救援は錦の御旗である。出鼻をくじかれようが、はやる心を鎮められようが、人命がかかっているのだ。滑走路は譲らねばならない。
「了解。待機する」
ダンが応答し、〈アトラス〉は滑走路の端でいったん停止した。
盛りあがっていたコクピットの空気が、わずかにだれた。
これは、誰かがなんとかしなきゃなんない状況だ。
「ちょうどいいじゃない」
大声で、あたしは言った。
「──今のうちにザルバコフのジャケットに着換えてきたら。その服、言っちゃ悪いけど相当汚れてるわよ」
目の前に広がっているタロスのスペースジャケットをつまみ、大仰に口を尖らせた。
この提案、半分は時間つぶしで、半分は本気である。めいっぱいこき使われたクラッシャーのスペースジャケットは、色も褪せているし、熱処理された継ぎ目もはがれかけている。おまけに汗臭い。機会とスペアがあるのなら、まじに着換えてほしい。
「レディをお迎えしたんだ。御希望には添うべきかもしれんな」
苦笑混じりではあったが、リーダーのダンが同意した。
「これから殴りこみだってえのに、クラッシャーがファッションショーですかい」
たぶん逆らうだろうと思っていたタロスは、予想どおり逆らった。だめよ、やがっちゃ。そんな汚れ物着てたら、ハンサム台無しよ。
「俺は着換え、大歓迎だね」
意外なことに、バードが賛成した。それも積極的に。口を開きながら、もうその気になって、シートから立ちあがっている。
「男はなんたって清潔でなきゃあ」
にやにやと笑って、タロスを振り返る。
「ぬかせ」
しかめっ面のタロスは、眼だけではおさまらずに、眉毛まで吊りあげた。
吊りあげたが、それはデモンストレーションにすぎなかった。
その証拠に、腰をほんの少し浮かせている。
着換える気でいるのだ。あたしの提案に従って。よーするに、逆らったのは照れね。自分の服が傷んでいることを美しい女性に指摘されたものだから、ふてているのね。
いかにもざーとらしく渋々といった感じで、タロスは操縦席から離れた。
三人が肩を並べて、クラッシャーは居住エリアに向かった。タロスは最後の最後まで、やっそうな表情をつくっていた。
あたしとユリとドンゴだけになった。
あたしはユリと二人で、〈アトラス〉のコクピットをチェックした。何かあったら、操縦を任されないとも限らない。ひととおり見ておくのは、権利であり、義務である。
ほんの数分で、クラッシャーは戻ってきた。
ダンが最初だった。
操縦席のコンソールを覗きこんでいたユリが扉の開く気配を察して振り返った。
振り返ると同時に言った。
「わあ、かっこいい」
ふざけるんじゃないわ。
あんた、はいってきたのがダンだって確認しただけじゃない。服なんて、まだ見てないじゃない。だいたい、そっからだとシートのバックレストや壁から張りだしているディスプレイなんかで、首から下は死角になるのよ。
ダンにつづいて、バード、それからいちばん遅れてタロスが戻ってきた。
タロスがはいってきたときに、あたしは叫ぶように言った。
「わあ、かっこいい!」
タロスは聞こえないふりをした。
スペースジャケットは、たしかにドルロイの特製らしく、従来のものとは一味も二味も異っていた。
まず色だ。一着ごとに変えてある。ダンが濃いめのブルー。バードは臙脂っぽい赤。タロスは渋い黒である。ズボンはみんな同じ。明るいシルバーだ。そして、機能の面でも、工夫が擬らされている。
上着とズボンは一体である。一種のオーバーオールだが、すごいのはブーツまでが一緒になっていること。気密性が高めてあるのだ。上着の襟がスタンダップカラーになっていて、それを閉じ、専用のヘルメットをかぶるとジャケットは簡易宇宙服として使用できる。
武器もしっかりと用意されていた。
腰にベルトが巻かれているが、このベルトの右側には、ホルスターがくっついている。その中にぶちこまれているのは、高性能のレイガンだ。はっきし言って、WWWAの制式銃よりも型が新しい。左側には、長さ二十センチくらいの小さなバトンが吊るされている。でも、これ用途がよくわかんない。
上着の前面には角ばったボタンが二列並んでいた。これは、もちろんただの飾りではない。アートフラッシュ──原子火薬である。このボタンを定められた手順で引きちぎって投げれば、一瞬にして発火し、そこに存在している物質を片はしから燃やしてしまう。大気があろうとなかろうと関係ない。燃やすものだって固体、液体を問わない。アートフラッシュがある限り物質は炎上しつづける。
「擬りに擬ったジャケットだぜ」
バードが言った。本当に、そのとおりだった。
「ガンベルトにぶらさがっているバトンはなんなの?」
ユリが訊いた。正体不明ってのは、ユリにしても我慢できないらしい。
「メッセージには携帯用の電磁メスだって吹きこまれていたぜ」
タロスが答えた。ユリはダンに向かって訊いたのに。
「──別荘の中じゃ、エネルギー兵器が使用できない可能性があるから用意したと言っていた」
「どういうことかしら」
あたしは首をかしげた。廃棄物を特殊処理するときに発生する|RG《エルゲー》粒子の中ではエネルギー兵器が暴発してしまうので使用不能になるのだが、そのたぐいのガスが別荘内には充満させてあるのだろうか。でも、RG粒子は一応、人体には無害だけど、匂いがすごい。あんなのの中で暮らしていたら、気が狂ってしまう。
「なんか仕掛けを造らせたらしい」ダンが口を開いた。
「アクメロイドに専念していたザルバコフは、別荘建設の担当から外れていたので詳しい事情を聞かされていない。仕切った技術者は、ミストポリスに戻されなかったというから、どこかに監禁されているのだろう」
「しかし、そこはそれ専門家だ」タロスが横手から言った。
「動いた機材やパーツをチェックして、なにやら思いあたることがあったんだな」
「ザルバコフは、難攻不落の要塞だって言ってたわね」
あたしは言った。胸の底にわだかまるものがある。ザルバコフが言うようにエネルギー兵器がやばいのなら、あたしたちも、それなりの対策を立てとかなきゃなんない。
「ドルロイの技術の粋だ」
肩をすくめてバードがつぶやいた。自分の着ているジャケットを指し示す。
「──こいつと同じさ」
「擬りに凝っている」
硬い表情で、ユリがうなずいた。
通信機の呼びだし音が、けたたましく鳴り響いた。
管制塔からだった。
滑走路が開いて、離陸が許可されたのだ。
「ま、なんだって、かまわねえや」
操縦席に腰をおろし、コンソールのスイッチをつぎつぎと弾きながら、タロスが言った。
「行きゃ、わかるさ」
まるで他人事のような口調だった。
2
離陸した。
奇跡のように生じて宇宙港を覆っていた細長い高気圧の帯は、消滅の時を迎えていた。
荒れ狂う積乱雲は南と北から高気圧を挟撃し、ちっぽけな青空を貪欲な嵐の口でぽっくりと呑みこもうとしている。あと数分もすれば、宇宙港はその機能を完全に停止することになるだろう。襲ってくるのは猛烈な暴風だ。半端なやつじゃない。もしかしたら救援活動も、休止を余儀なくされるかもしれなかった。
〈アトラス〉は高気圧圏内で急速に高度を上げた。修理直後の船体である。タロスにしてみれば、積乱雲の中を飛ぶのは可能な限り避けたい。だから、急上昇して深い角度で嵐を突っきろうとしたのだ。
行手に壁がそそり立っている。
雲の壁だ。渦を巻く暴風雲。灰黒色の表面に稲妻が走る。電撃の火竜が、そこかしこに出現し、瞬時きらめいていずこかへと失せる。
突入した。
〈アトラス〉が雲の壁を貫く。
横なぐりに突風がきた。
猛々しい風。暴風とはよくぞ言ったものである。〈アトラス〉があおられて螺旋を描いている。桁材が悲鳴みたいな音をたてて激しくきしんでいる。
あとひと吹きで、船体がばらばらに砕け散りそう。
でも。
嵐にもみくちゃにされたのは、ほんの数十秒だった。
だしぬけに蒼空が広がった。
風もいきなり熄んだ。
あらま。
きょとんとする。
通過しちゃったのだ。
雲の渦を。
やけにあっけない。あたしってば、覚悟して首をすくめ、歯を食いしばっていたのに、すごいのは、ほんのちょっと。
〈アトラス〉はするりと抜けちゃった。抜けて、さらに加速しつづけている。
あっという間に高度一万四千メートルに達した。
「快調だぜ」
タロスがうしろを振り返り、拳を握って親指を立てた。ご機嫌である。換装したエンジンのことを言っているのだろう。船体にも、まったく異状が見られない。操縦してなくたって、そのくらいわかる。あんな短時間で修理を済ませた船とは思えないほど〈アトラス〉は安定している。加速も鋭くて、まるで小型の戦闘機みたいだ。
水平飛行にはいった。
ドンゴがバリシア島のポジションをチャートにセットした。
針路を固定し、タロスがオートパイロットをオンにする。
「あとは、まっしぐらだ」
タロスは操縦レバーから手を離した。シートをリクライニングさせ、背筋を大きく伸ばす。
メインスクリーンに座標が映しだされた。
その上にバリシア島の地図が重なった。
ドンゴの記憶バンクにインプットされていたバリシア島のデータである。
ミスト島のほぼ真裏の洋上に位置する周囲五キロ弱のちっぽけな島。いびつな三角形をしており、東西に細長い。
映像がかわった。
バリシア島の立体地形図になった。コンピュータで処理された華やかな画像だ。島の西海岸の真ん中あたりで、赤い光点がしきりに明滅している。ジュニアの別荘の所在地である。別荘は、切り断った崖のてっぺんに建てられている。
光点の数が増した。
ブルーとグリーンの光点があらたに加わった。ブルーはひとつきりだが、グリーンは十一個もある。
ブルーは空港の位置で、グリーンは地対空ミサイルのランチャーの設置場所を示していた。空港は、ヘリポートではない。〈アトラス〉だって着陸できる本格的なやつだ。ただし宇宙港としての機能は持ってないから、離着床はない。狭っ苦しいけど、この船に便乗させてもらったのは正解だった。
空港は別荘に隣接していた。もっとも滑走路と別荘との間には防御壁を兼ねているらしい建物が設けられている。航空機の格納庫だ。巨大な防音スクリーンもくっついている。
ミサイルのランチャーは、空港の周辺や別荘を取り囲む森林地帯に重点的に配備されていた。でも、レーダードームや開発関連施設にでも擬装してあるのだろう。衛星写真に切換えてみたが、そこにある建物は、どうしてもミサイルランチャーには見えない。
「映像化されている情報は、これだけだ」ダンが言った。
「あとは言葉で入力されている」
バリシア島の立体映像はそのままに、スクリーンの右半分がマルチに切られた。
そこに細かい文字が、びっしりと並んだ。
あたしは、その文字を読んだ。
最終的に装備が予定されている防衛システムのリストだった。グリーンの文字で書かれているのが完成した装備である。イエローは未完成のシステムだ。
海岸線を埋めつくしている地対艦防衛火器は、グリーンのリストにはいっていた。誘導ミサイルや人工知能を搭載した機雷、それにホーミング魚雷なんかである。だが、このシステムは、艦船による攻撃に備えたもので、あたしたちには直接関係しない。
関係しているのは、陸上防衛火器だった。
陸上には、主として戦闘ロボットを配備、と書いてある。計画では最終的に「千体に及ぶ戦闘ロボットが島内に放たれる予定らしいが、いま現在完成しているのは八十五体である。武装した八十五体のロボットは別荘の周辺を徘徊し、警戒任務にあたっている。ロボットには捕捉した目標を無条件で攻撃するプログラムが与えられており、その際用いられる武器は、レーザー、ブラスター、ヒートガン、ハンドミサイルなど、胸が悪くなるくらいに多彩である。たくもう、こんなの見ると、ドルロイの技術を恨んでしまう。対決する身になってよ、と言いたい。おまけに、場所によっては対人地雷も敷設してあるっていう。冗談じゃないわ。
「まじだぜ、こいつら」
思いは、あたしと同じなのだろう。タロスが唸った。唸って、口をへの字に曲げた。
「表向きはジュニアの別荘でも、その実は『ルーシファ』のドルロイ支部なんでしょ」ユリが言った。
「だったら、高出力のレーザー砲が建造中ってことのほうが不思議だわ。あの連中ったら、何をさておいても、我が身を守るのに必死になるのよ」
レーザー砲は、イエローリストにはいっていた。まだ完成していないのだ。めでたい話である。高出力レーザー砲は最強の地対空兵器だ。これが完成していたら、〈アトラス〉はバリシア島に着陸するどころか、島の端っこをかすめて飛ぶこともできないに違いない。射程内に進入すると同時に撃墜されてしまう。
「その『ルーシファ』なんだけど」頃合とみて、あたしは言った。
「〈ラブリーエンゼル〉のコンピュータからデータを取り寄せたの。映すから、目を通してくれない」
言いながら、あたしはコンソールの脇にあるキーを叩いた。返事は待たなかった。
マルチに切られた画面の一つに、防衛システムのリストよりももっと細かい文字が白く浮かびあがった。
WWWAのブラックリストから抜粋したイザヤ観光開発に関する調査報告書の一部である。むろん極秘文書なので、全部は部外者には見せられない。ニュースソースやプライベート情報は、あらかじめ抜かれている。
しばらくは、みんなスクリーンの文字を忙しく目で追った。
「なるほど……」ややあって、ダンが低い声を漏らした。
「こういうのが、『ルーシファ』のダミー企業なのか」
「裏のメンバーは一人きりだ」タロスが言った。
「あとは社長からペイペイまで、ぜんぶ堅気だぜ」
「会社の正体を知らされていない社員と、知らされてはいるんだろうが、それに目をつぶって飾りを務めている善良な重役たち──」ダンは首をめぐらし、ユリを見た。
「元凶は、こいつだけなんだな?」
「そうよ」
ユリはうなずいた。
不鮮明な顔写真と、それに附随する短いデータがスクリーンの右隅にあらわれた。顔写真は細部がほとんどわからない。隠し撮りしたのだろう。はっきりしているのは、丸顔で、頭髪が一本もない中年男だってことくらいた。あと、もうひとつ断言できる。絶対に、こいつハンサムじゃない。
データには、写真の男の名前と経歴の一部が記されていた。
タロスが、その男の名を口にだして読んだ。
「ロード・ジャンニーニ」
四十五歳。
イザヤ観光開発の最高顧問。
そして。
『ルーシファ』の秘密評議会役員である。
3
水平飛行に移ってから、およそ二時間が経過した。
バリシア島まで、あと三千キロ。
あたしたちは一応作戦を立てた。
それは、先手を取りたがるクラッシャーと、とにかく一度は投降を呼びかけたいあたしたちとの折衷案であった。
作戦は一時間近い激論の末に決定をみた。
その作戦を遂行するには、〈アトラス〉は数百メートルのオーダーまで高度を下げねばならない。
楽しいことに、五時間ほど前に暴風雨圏にはいったバリシア島近辺は、これから十時間くらいが嵐のピークだった。
ということは、なんとか合意した作戦を実行するためには、〈アトラス〉はまた暴風に突入しなければならないのである。真剣に、やだけど。
作戦決定と同時に、あたしたちとバード、それにムギは、ちょいとした作戦に取りかかった。
搭載艇の〈マイノス〉を改造したのだ。
ミストポリスのヘリポートに放置されていた〈マイノス〉は、ザルバコフによって宇宙港に移送されていた。というよりも、ザルバコフは〈マイノス〉に乗って宇宙港に来ていたのである。〈カロン〉を失った〈アトラス〉にとって、〈マイノス〉を再び搭載できたのは、まことに喜ばしいことであった。
しかし、安心してばかりはいられない。戦闘機だった〈カロン〉とは異り、〈マイノス〉は基本的には作業艇である。装備されている武器らしい武器は、レーザーガンが一門きりだ。それも、切断工作用のメスを兼ねているので、射程はひじょうに短い。出力も大型のレイガンをちょいと強力にした程度である。吹き荒れる暴風のただ中で使用したら、海鳥一羽落とせるかどうかも怪しい。エネルギーの大半を雨に吸収されちゃうんじゃないだろうか。
そこで、あたしたちは〈マイノス〉を改造した。
ハンドミサイルのランチャーを五十基ばかりコンテナに仕込んで、カーゴスペースを臨時の発射装置にしたのだ。カーゴスペースのカバーを開けてミサイルを撃ちだせば、これはもう立派な戦闘攻撃機である。ミサイルはムギが誘導する。電波、電流を自在に操れるクァールは、ミサイルの誘導なんて朝めし前。五十基いっぺんに発射したって、平気。全部を違う目標に命中させることも不可能ではない。
ひととおりの作業を終えて、コクピットに戻った。
「そろそろ降りるぜ」
戻ってきたあたしたちを、地獄の底から響いてくるようなタロスの声が迎えた。
〈アトラス〉はすでに高度をじりじりと下げはじめていた。下方を映しだしているスクリーンを見ると、もう積乱雲の頂上をかすめるようにして飛んでいるのがよくわかる。
あたしは急いでシートにもぐりこみ、ベルトでしっかりからだを固定した。これから先は飛行条件もすごいが、やることもまともではない。きっぱりと命懸けである。
どーんとショックがきた。
フロントウィンドウが、いきなり真っ黒になった。船体がびりびりと震えだした。
高度が下がる。
速い。一気に降下する。
その降下率が一定していない。
ちょっととどこおっているな、と思うと、とつぜん二千メートルくらいすとんと落ちる。落ちて、もち直す。ときには、旋回したり、あおられたりもする。そのあたり、まったく予測できない。そうなるたびに、タロスは銀河をしろしめす神々を口汚く罵り、フラップやら推力やらを細かく調整する。この調整には、セオリーなんてない。勘である。船体の微妙な挙動を肉体が察知して、腕と指とが思考とは関係なく動く。頭では、なんも考えていないんじゃないかな。経験と反射神経だけで操縦しているに違いない。
高度が一千メートルを切った。
船首が跳ねるように上がった。理屈でいうと、本当に跳ねている。タロスは渦を巻く大気の流れに、〈アトラス〉を無理矢理のせたのだ。強風に逆らっての、クラッシャーの離れ技である。タロスは歯を剥きだし、目を血走らせて操縦レバーを握っている。
八百から一千メートルの高度を維持して、小刻みに波打ちながらも、〈アトラス〉は変則水平飛行に戻った。馬鹿にしてはいけない。暴風の真っただ中なのだ。上下動の振幅が二、三百メートルなんて、奇跡のような数字である。
「くそったれ。いけるぞ」
おのれを鼓舞するかのように、タロスはわけのわからない言葉を吐き散らしている。
いったんブラックアウトしていたメインスクリーンに、また映像がはいった。
ブルー地に白抜きで描かれたシンプルな海図だ。中央やや上方に、平べったい三角形の島がある。バリシア島だ。その近辺に砂粒を撒いたように連なっているのは、バリシア島にくっついている群島であろう。海図の上では、群島は形をなしていない。島とはいえ、どれも周囲数キロ程度の岩塊にすぎないからだ。バリシア島を中心とした海域は海底が高く盛りあがっていて、水深がひじょうに浅い。その浅い海底の中で小山のように聳え立ち、洋上に顔をちょこんと覗かせているのが、それらの島だ。針の先端みたいなものである。数だけはやたらと多いが、総面積は全部合わせてもバリシア島ひとつのそれにすら遠く及ばない。
〈アトラス〉は、大きな弧を描いて、東南の方角からバリシア島に接近をはかっていた。タロスにしてみればまっすぐ進みたいのだろうが、嵐がそれを許そうとしない。限界を超えた低空飛行なのだ。渦の流れに沿って螺旋コースを辿っていかないと、〈アトラス〉は失速してすぐに墜落してしまう。
ダンが、予想される経路をスクリーンの地図にレッドラインで加えた。
左まわりでバリシア島に至るコースだ。行手には、まるで飛び石のように小島が並んでいる。
「距離八百キロ」ダンが言った。
「速度はマッハ三・八。六百秒で、バリシア島に到達する」
「マイク貸して」
あたしは上体をうしろにひねってドンゴから通信機のマイクを借りた。タロスのコンソールのほうが近いのだが、いま邪魔をしたら、有無を言わさず、あいつはあたしの首を引きちぎる。分別のあるあたしとしては、そういう事態は可能な限り避けたい。
通信回路を開け、あたしはコールサイン1000001を呼んだ。
ジュニアのパーソナル・コールサインだ。
応答はない。
通信機からは雑音だけが聞こえてくる。雑音はかなりひどい。ひどいが、交信不能というほどではない。彼我の距離は、たったの数百キロだ。フィルターをかけ、耳を澄ませば充分にやりとりできる。
あたしは、しつこく呼ばなかった。
どうせ、これは一方的な勧告なのだ。応答があろうがなかろうが、どうでもいい。
マイクを口もとに寄せた。
「聞こえる? ジュニア」あたしは言った。
「こちらは〈アトラス〉。クラッシャーの船よ。でも、乗っているのはクラッシャーだけじゃないわ。あたしたちも乗っているのよ。あたしたちが誰だがわかる?」
そこであたしは一息いれ、間を持たせた。我ながら、演出が細かい。
「WWWAのトラブル・コンサルタントよ」
一語一語くぎるように、はっきりと告げた。
「なぜクラッシャーにWWWAのトラコンが同行しているのか、その理由はもうわかってるでしょ。あたしたちは殺人アンドロイドを製造した容疑で、ノボ・カネーク・ジュニア、あなたを逮捕しにきたの。すみやかに応答し、あたしたちをバリシア島の空港に誘導してちょうだい。この指示に従わない場合、あるいは抵抗した場合は、強制捜査をおこなうわ。いいこと。強制捜在よ。クラッシャーとWWWAの共同の。──応答は二十秒以内。これより遅れたら、警告無視とみなして勝手にやるわ。それでなくたって、クランシャーがうずうずしてるってこと、忘れないでね」
あたしはマイクをオフにした。
二十秒と言ったが、三十秒、待った。
応答はない。
通信機のスピーカーからは、依然として雑音だけが聞こえてくる。
だが、ジュニアはあたしたちを無視したわけではなかった。
無視どころか、きちんと歓迎してくれた。
その歓迎に気づいたのは、ナヴィゲータのドンゴだった。
「キャハハ。方位06ESカラみさいる接近」甲高い声で、ロボットはけたたましくわめいた。
「推定発射ぽいんとハばりしあ島。十五基ガ本船ニ向カッテ飛行中。高度二千めーとる。巡航速度まっは五」
「ほお」タロスが感心した。
「律儀に聞いてやがったんだ」
それから、いきなりまじな表情になった。
まじだけど、目もとのあたりが、そこはかとなくやに下がっている。
とーぜんなのだ。
こうなるのを、クラッシャーは心待ちにしていたのだ。
4
戦闘態勢にはいった。
フロントウィンドウにシャッターが降りた。メインスクリーンが三面マルチに切られ、中央は照準用の画面となった。左側は通常映像。右側に映しだされているのは、レーダーの映像である。レーダー映像は、迫りつつあるミサイルの姿をはっきりと捉えている。ダンはミサイルをグリーンの光点に置き換えた。白く渦を巻く積乱雲の中で、緑色の十二の光点が規則正しく明滅をはじめた。ミサイルは広く散開し、左手前方から〈アトラス〉の仮想コースをめざして一斉に飛来してくる。
「第二波デス。キャハハ」
ドンゴが言った。
バリシア島に、あらたな光点が生じた。光点は最初は大きなひとつの塊だったが、バリシア島から離れるにつれて複数に分かれ、その数は二十個になった。やはり左右に広がって、のちに再び収斂する浅い放射線状の軌道をとっている。
「一波はおとりだな」バードが言った。
「あとの二十基が本命だ」
「なんでも、きやがれ」タロスが鼻を鳴らした。相当いれこんでいる。
「こっちは逃げるんだからな」
タロスは気流をはかっていた。嵐の中では、〈アトラス〉は巨体をもて余す。少なくも、ひらひらと舞うようには動けない。素早く動くには、風の助けがいる。でないと、高機動のミサイルは回避できない。
あたしはレーダー映像に視線を据えた。
ミサイルがじりじりと〈アトラス〉に迫っている。
到達まで、あと十秒。
九、八、七……。
「こいつだ!」
タロスがレバーを引いた。
身震いするように、〈アトラス〉が反転した。
渦流から弾きだされた。弩《いしゆみ》から放たれた岩塊のように、〈アトラス〉はすっ飛んでいく。すごい加速だ。慣性中和機構が用をなさない。シートに縛りつけられているのに、あたしはひっくり返りそう。おまけにGで内臓がつぶれかかっている。
頭が朦朧となった。
視野も霞んでいる。
そのぼやけた頭と目で、あたしはスクリーンを見つづけた。
ミサイルが〈アトラス〉の仮想コーズを通過した。しかし、〈アトラス〉はそこにはいない。ミサイルは空振りだった。〈アトラス〉は。〈アトラス〉は──。
どこにいるのよ。あたしにも、わかんない。
だしぬけにGがきた。
ぐしゃっとからだがシートに押しつけられた。
一瞬、墜落かと思ったが、そうではない。逆だ。上昇している。
訓練でも滅多に味わえないような急上昇。
〈アトラス〉自身の加速と、上昇気流とが重なったのである。
夢みたいな体験。できれば夢であってほしい。
照準スクリーンで図形が動いた。スクリーンの真ん中には、〈アトラス〉撃墜を狙ってひとまず収斂した第一波の十二基のミサイルが、白い矢印で示されている。
その矢印の群れに。
図形の中心が合致した。
いつのまにか、ダンのコンソールにはミサイルの発射トリガーが起き上がっている。さすがはチームリーダーだ。この怒濤のGの中で、平然と迎撃システムの操作を続行することができる。
ダンの指が、トリガーボタンを押した。
コンソールの床をさざ波のようなかすかな衝撃が走った。
スクリーンに赤い矢印が出現した。
白い矢印に向かって進んでいく。
アンチミサイル・ミサイルだ。複数ではない。一基だけ。
距離が詰まる。ジュニアのミサイルは、失った目標を再び捕捉し、転針しようとしているところだ。
アンチミサイル・ミサイルの弾頭が分裂した。一基のミサイルの弾頭が、数十発に分かれた。
弾頭の光点が、ミサイルの矢印を包んだ。
ちかちかっとまたたいた。
つぎの瞬間。
矢印も光点も、スクリーンから消えた。
照準スクリーンには図形だけが残り、レーダー画面には、白く光る渦巻状の暴風雲と第二波のミサイルを示す赤い光点が映しだされている。第二波の二十基は、急上昇を開始した〈アトラス〉を追って、軌道を修正しはじめている。しかし、転針してこっちを追いかけてきても、もう間に合いっこない。上昇気流をつかまえた〈アトラス〉は、スピードでミサイルを凌駕している。哀れなミサイルは、もたもたしているうちに燃料が切れて海に落っこちるのが運命だ。
んまま、かーいそう。
──などと、思っている間に。
本当にそうなった。
レーダーから第二波のミサイル群の光点も消滅したのだ。
これで回避行動はしなくてもよくなった。
〈アトラス〉は大胆に嵐を切り裂いて、上昇を続行する。
抜けた。
いきなし青空の真ん中に飛びだした。
「へっへっへっ」
ニヒルさを装った仏頂面のまま、タロスが低い笑い声を漏らす。機嫌がいいのだ。とっても。そーよね。ばっちり計算どおりに、やってのけたんだもんね。
大きく旋回して、〈アトラス〉は水平飛行に移った。高度は、さっきよりもずうっと高い。二万を超えている。空の色がブルーを通り越して、群青色になった。成層圏の中ほどってとこだろうか。
ダンが立ちあがった。
ユリもベルトを外した。
この二人が〈マイノス〉に乗る。あっと、それからもう一頭も。ムギを忘れてはいけない。あの子がいなきゃ、ミサイルがどこへ飛んでいくかわからなくなる。
ダンが座席から離れたので、あたしもシートから腰をあげた。
これで臨時のシートともおさらばである。
これからは、タロスの横、いままでダンが座っていたコ・パイのシートに着いてしまうのだ。
ダンとユリが連れだってコクピットからでていった。
なぜ、ユリが〈マイノス〉に乗り、あたしが〈アトラス〉に残るのか。
もちろん、理由がある。
国際法にのっとって、正当な捜査をおこなうためだ。
いまからあたしたちがやろうとしているのは、WWWAの捜査の中でももっとも荒っぽい強制捜査である。強制でも捜査というと聞こえはいいが、つまりは殴りこみだ。でも、あたしたちがいて必要な手続きを踏むから、中身は同じでも、ヤクザの喧嘩《でいり》じゃなくって合法的な捜査として世間に通用する。
この場合、規定では強制捜査に使用する車輛あるいは機体には、必ずWWWAのトラコンが一名以上搭乗していなければならない。
だから、〈アトラス〉と〈マイノス〉にあたしたちが分乗するのだ。
インターコムの呼びだし音が鳴った。
搭載艇の格納庫からだった。
「いいわよ。いつでも、でられるわ」
スピーカーをオンにすると、ユリの声が流れた。
「了解。ハッチを開ける」
タロスが答え、あたしに目で合図した。
あたしはコンソールに並んでいるスイッチのひとつを指先で軽く弾いた。
サプスクリーンに、〈アトラス〉の船腹の映像がはいっている。
スイッチを弾くと、船腹の一角が、ぱっくりと外側に向かって開いた。
ハッチの奥から、滑り落ちるように〈マイノス〉があらわれた。
ささやかな噴射。
ふわりと離脱した。
あたしはハッチを閉じた。
離脱した〈マイノス〉は、〈アトラス〉の背後にまわった。お尻ではない、背中だ。コクピットの真上である。実際はもうちょい船尾寄りだけど。親船の上に小舟がのった格好といえば、わかりやすいかな。当然、数メートルの距離は置いている。密着してるわけではない。
タロスが通信機をオンにした。
「いいですかい?」楽しそうに訊いた。
「行きますぜ。覚悟しといてくださいよ。遅れたら黒焦げですからね」
「そっちこそ、びびるなよ」
ダンの声が返ってきた。
「おもしれえや」
タロスはにやにやと笑った。またしても他人事みたいな口調である。どうやらタロスは苦しいときや緊張しているときに、こういったポーズをとる癖があるらしい。
「降下ポイントまであと十四秒よ」
あたしは中央の画面に表示された情報を読んだ。メインスクリーンは三面マルチに切られたままだが、中央の画面はドンゴが作成した作戦用の複式図にかわっている。
「秒読みしてくれ」タロスが言った。
「そのほうが、派手にできる」
「いいわよ」
あたしはうなずいた。
インターバルは終わった。
いよいよゴングだ。
第二ラウンドの開始である。
5
五秒前からカウントした。
最後だけ、ゼロじゃなくて、GO! と叫んだ。
タロスが、レバーを思いっきり倒した。
船首が、がくんと下がった。
空気の壁に、からだごと叩きつけられたようなショックがきた。ホントは違うけど、体感的にはほとんど垂直。荒れ狂う雲の海に、頭っからダイブした感じだ。
あっという間に、一万メートル降下した。
通常画面の色彩が、めまぐるしく変わる。
群青からコバルト、そしてグレーになって最後は真っ黒。
超急速降下である。
全身の血が、頭に昇ってきた。冗談でなく、視野が真っ赤に染まった。
作戦は、こうだ。
高度二万三千くらいで、バリシア島にできるだけ接近する。んでもって、近づいたら、できるだけ深い角度で、一気に降下する。
〈アトラス〉の限界めいっぱいだ。でも、これだと〈マイノス〉が耐えきれないので、搭載艇は〈アトラス〉の船体でかばう。〈アトラス〉の背中にぴたりとくっついて降りれば、〈マイノス〉は燃え尽きない。
この作戦の狙いは、バリシア島のレーダーをかわすところにある。レーダーに捕捉されなければ迎撃もされない。もちろん完全にかわすのは不可能だ。不可能だが、数キロのオーダーまでなら気づがれないで迫れるんじゃないかと思う。不意はつけるはずだ。どうせ、もう強制捜査は宣告しちゃったのだ。宣告してしまえば、手段はこっちの勝手である。不意打ちだろうがなんだろうが、かまやしない。とにかく強制なのである。ずかずかと踏みこんで逮捕する。
とはいえ、ずかずかと踏みこむのも楽ではない。肉体が、ひどく消耗する。
あたしは呼吸困難に陥り、脳天がパアになった。さっきの急上昇も無茶だったけど、今度は、それに輪をかけている。
頭《たま》ん中で星が散った。思考も停止した。意識が真っ自。
要するに、仮死状態である。
どのくらい死んでたんだろう。
気がつくと、ドンゴがわめいていた。
それとも、ドンゴの耳障りなキンキン声で息を吹き返したのかな。
「みさいる飛来。08NE。09NE、14NW総数四十基。キャハハ」
思考はまだ回復してなかったけど、からだのほうがドンゴの言葉を状況として理解した。
あたしは白い霞に覆われている瞳を、のったりとメインスクリーンに向けた。
通常映像には、バリシア島が映っていた。豪雨と雲で視界をさえぎられ、見えるのはぼんやりとしたシルエットだけだが、それでも特徴のある形状で、それとわかる。
右端のレーダー画面には、〈アトラス〉めがけて殺到してくる四十基のミサイルが、グリーンの光点で示されていた。ジュニアってば、だしぬけに〈アトラス〉が降ってきたもんで、あわててミサイルを発射しまくったらしい。
あたしは中央の画面を照準用の表示に切換えた。断っとくけど、これなーんも考えないでやっているのよ。あらかじめ定めた段取りどおりに、からだが反応しているだけなの。
コンソールにトリガーレバーを立てた。
両手で、それを握った。左のレバーがブラスター。右のレバーがミサイル。高度は五千と六千の間くらい。降下は続行中だけど、もう急降下は終わっている。いまは突入角度も浅いし、速度もたいしたことはない。
レーダー画面に、光点が増えた。画面中央から、ふわっと出現した。
〈マイノス〉だ。
〈マイノス〉は、嵐をついて、海面すれすれまで降りていく。航行速度も、〈アトラス〉よりずっと速い。
あたしは中央の画面に視線を戻した。
迎撃ミサイルの群れが、照準パターンの真ん中に飛びこんできた。
あたしは右のトリガーボタンを押した。
行手に大きく広がって〈アトラス〉を包囲するように突っこんでくる血に飢えたミサイルの集団。あたしは、まずこいつらを始末しなければならない。
アンチミサイル・ミサイルは三基発射した。さっきダンが使ったのと同じ多弾頭ミサイルだ。
迎撃ミサイル群の真正面で、弾頭が分裂した。
レーダー画面で、光がまたたく。
失せた。グリーンの光点が。
たった数秒の出来事である。あっけない。
ジュニアのミサイルは、きれいに一掃された。
あたしの頭が、はっきりしてきた。
〈アトラス〉は高度二千。バリシア島までは直線でわずか五、六キロの位置にいる。
ミサイルの第二波があらわれた。
数が表示された。
七十基。
十一のランチャーのすべてが使用されたらしい。
これは、こっちの希望どおりだ。
〈マイノス〉が、バリシア島に到達した。
海面すれすれを飛行したので、向こうの防衛網にはまったく引っかかっていない。ノーマークである。
〈マイノス〉はほんの少し高度をあげて、ハンドミサイルを斉射した。
目標は、十一基あるバリシア島のミサイルランチャー。その所在は、第二波のミサイルが発射される際に確認してある。
あたしは第二波に向かって、もう四基、アンチミサイル・ミサイルを叩きこんだ。
大盤振舞である。
かまうことはない。あっちのミサイルは、これで打止めなのだ。数をけちるよりも、確実につぶすほうが大切である。
七十基のミサイルをぜーんぶはたき落とした。
それはもう鮮やか。
〈マイノス〉の奇襲も成功した。
バリシア島のランチャーは、ひとつ残らず封じられた。
ジュニアの泣きっ面が見たい。
〈アトラス〉が着陸態勢にはいった。
フロントウィンドウのシャッターを開けた。
眼下にバリシア島が広がっている。大波が押し寄せている崖っぷちに、ジュニアの別荘がぼんやりと建っている。隣接する滑走路もうっすらと見える。情報のとおりだ。別荘と滑走路の間には細長い倉庫みたいな建物と、波状になっている巨大なスクリーンが設けられている。
あたしは、ブラスターの照準を別荘の屋根に据えた。
トリガーボタンをプッシュ。
オレンジ色の火球が、別荘を直撃した。
──が。
命中と同時に、火球は四方に散った。
弾いたのだ。ブラスターの火球を。あるいは吸収したのか。それともエネルギーを中和してしまったのか。
なんでもいい。こいつは一種のバリアーだ。屋根には、焦げ痕すら残っちゃいない。
難攻不落の要塞。
ザルバコフの言葉を思いだした。
「降りるぞ」
タロスが言った。
大きく旋回し、〈アトラス〉は滑走路への進入コースを択った。あたしはブラスターのレバーを握ったままだ。今度は照準を空港近辺の建物に合わせてある。だが、いまのところ迎撃の気配はない。
〈マイノス〉も対空攻撃に備えて高度を下げ、哨戒態勢にはいっている。
静かだ。不安になるくらい静か。
ランディング・ギヤをだした。
どしゃ降りの豪雨に洗われている滑走路は、もうすぐそこ。
人影はない。管制塔も沈黙している。
あと三メートル。二メートル。一メートル。
タッチダウン。
逆噴射。
と同時に、ブラスターを連続発射。
空港と別荘とを隔てている格納庫を片はしからぶち抜いた。
格納庫が爆発し、炎上した。中に機体が納まっていたらしい。破壊したのは、逃亡を阻止するためだ。それと、もちろん陽動の意味もある。挑発も兼ねていた。
でも。
のってこなかった。敵は沈黙を守った。
〈アトラス〉が停止した。
「じゃあ、行くか」
のんびりした声で、タロスが言った。
瞳に、凶暴な光が宿っていた。
6
あたしたちは、コクピットから船尾のカーゴ・エリアに移動した。コクピットにはドンゴを残した。それと、船室には可哀そうなガンビーノ。ガンビーノは、身動きもかなわないまま置いてけぼりにされている。タロスはあえてガンビーノに状況をしらせなかった。なんたって、あのガンビーノだ。これからジュニアの別荘に突入するなんて教えたら、絶対に逆上する。
「逆上させてはいかん」にやにやと笑いながら、タロスは言った。
「傷にさわる」
カーゴ・エリアには、地上装甲車が格納されていた。この手の外洋宇宙船にしてはかなり広いカーゴ・エリアだが、スペースの八割弱は、ぎっしりと積みあげられたさまざまな貨物で見事に埋まっている。それらの貨物は品目ごとに分類保管されており、スイッチひとつで必要なものが希望の場所に運びだせるようになっている。貨物の中身は、さすがにクラッシャーだ。武器弾薬や特殊な工作機械が目につく。
中でもひときわ目立っているのが、カーゴ・エリアの中央に大胆に置かれた、車体長五・八メートル、全幅三・二メートルの地上装甲車だった。緊急事態に備えているのだろう。カバーすら掛けてない。キャタピラを専用のレールで床に固定しているが、車体は剥きだしだ。塗色はオリーブドラブで、側面にクラッシャーを意味する流星マークとチームリーダーの頭文字であるDの飾り文字が描かれている。
「サムソンだ」
タロスが顎をしゃくって、地上装甲車をあたしに示した。バードは、キャタピラのロックを外しにかかっている。レールの端っこにテンキーが埋めこんであって、所定の数字をバードが打ちこむと、ロックがひとつずつ解除されていく。
「乗んな」
タロスが車体後部を指差した。サムソンのお尻。右のキャタピラのすぐ横だ。
そこに、ハッチがあった。
そのハッチが、いつのまにか開いている。
ちっぽけなハッチだ。人ひとりがやっとくぐれそうな四角い穴である。上に跳ねあがったカバーが、あたしを誘うてのひらのように見える。
「シートは2ブラス2だ」タロスは付け加えた。
「俺たちは前の座席にはいるから、あんたは後ろの予備シートについてくれ」
車体の前のほうで、かすかなきしみ音がした。
目をやると、前部のハッチがふたつ、ゆっくりと開いていくのが見えた。
あっちのハッチは大きい。後部のそれの倍くらいある。どうやら、あっちのほうがメインらしい。あたしが使うのは、非常用だろう。でも、これってば、スマートなあたしだから使用できるのよ。タロスなんかだったら、絶対に肩でつかえでしまう。バードなら胸か腹ね。
あたしはタロスの指示どおり、サムソンの中にもぐりこんだ。
うーむ。
これはすごい。
あたしは真剣に感心した。
狭いのは、ハッチだけではなかった。
車内そのものが狭かった。
まるで細い管をくぐっていくみたいな気分になる。おまけに、この管ときたら、そこかしこから計器やらレバーやらがはみだしている。おかげであたしの豊かなバストや丸いヒップがひっかかっちゃって、進みづらいったらない。んもう、絶妙のプロポーションって、こういうときに不利だわ。造化の神を恨んじゃう。
それでもなんとか、あたしは凶悪な障害物をかいくぐって、タロスのいう予備シートってやつまで辿り着いた。
なるほど。
またも、まじに感心した。
これは、たしかに予備シートだ。
薄っぺらいベンチタイプで、おもちゃみたいな三点支持のベルトが、いかにも規定だけは守っていますって雰囲気でくっついている。賭けてもいい。このベルト、時速十五キロで急停止したら、そのショックで絶対に切れる。
あたしはシートに腰をおろし、律儀にベルトを締めた。これ、二人掛けにあたし一人だから、一応我慢できる。だけど、定員どおりだったら、耐えらんない。歩いて突撃したほうがましね。
「オーケイ。準備完了だ」
メインハッチから、タロスとバードが乗りこんできた。
二人のシートは、あたしの目の前にある。ちゃんとしたバケットシートで、ベルトも四点支持。腰から首までをきちんと保持してくれる。
クラッシャーはシートに腰を沈めた。あたしから見て左っかわのドライバーズシートにバード、右側の車長席にタロスがついた。車長は砲手を兼ねている。サムソンにはレーザー砲が一門、ブラスターが一門、それにミサイルランチャーが一基、搭載されているが、それらの火器は、すべて車長席でコントロールされる。
ということは、あたしには何もさせてもらえないってことだ。
立派なお客様である。
しかし、お客様にしては待遇が良くない。
ハッチが閉じられ、バードがエンジンを始動させた。サムソンの心臓は、出力五千五百馬力の核融合ガスタービンエンジンである。
タロスの指がコンソールに並ぶキーを素早く叩いた。
コンソールの中央にスクリーンがある。スクリーンには、カーゴ・エリアの床が映しだされている。サムソンの真正面の床だ。そこには、何も置かれてはいない。ブランクになっている。
その床が。
外側に向かって、ゆっくりと開きはじめた。
床は、〈アトラス〉の船腹だ。船腹が矩形に割れ、低く唸りながら開いていく。サムソンにいちばん近い一辺がヒンジになっていて、隙間から滑走路の路面が黒く見える。
開いた床の向こうの端が、路面に接した。
床の動きが止まった。船腹が、そのまま傾斜路となった。
バードが操縦レバーを操作した。
かすかな身震いとともに、サムソンが動きだした。キャタピラがけたたましい音を響かせる。エンジン音もはんぱじゃない。車体に反響して、あたしの耳をつんざく。
「これを……」
タロスがヘッドガード兼用のレシーバーを手渡してくれた。マイクもくっついている。この騒音だ。たしかに、こういうのがなきゃ、会話なんてできやしない。
ランプを下った。
滑走路におりた。
右に弧を描いて、サムソンはしゃりしゃりと前進する。
スクリーンに、炎上する格納庫の映像がはいってきた。爆発はおさまっているが、火勢は衰えていない。まだ紅蓮の炎が盛大に揺らめき、真っ黒な煙を高く噴きあげている。風雨がすごい。炎の照り返しで赤く染まった大粒の雨が、真横に走っている。巨大な滝を九十度ばかり傾けたら、こんな感じになるんじゃないかな。ときおり突風が混じるのだろう。雨の帯が激しく波打ったりする。とにかく、すごい。こんな嵐、見るのはじめて。
サムソンは、格納庫へと進路を定めた。何棟も並ぶ格納庫の列のど真ん中だ。
「来やがったぜ」バードが言った。
「うじゃうじゃいる。数えきれやしねえ」
スクリーンの映像を換えた。赤外線画像になった。あたしはシート越しに身をのりだし、スクリーンを覗きこんだ。
赤い影が、四方からサムソンに迫りつつあった。赤いのは、キャッチした物体が熱源だからだ。燃えさかる格納庫なんて、深紅の塊で表示されている。影は、その格納庫からも、ぞくぞくと出現している。
「石頭《グディ》だ」タロスが言った。
「このあたりが、重点配備区域らしいな」
グディ。
バリシア島に放たれた八十五体の戦闘用ロボットのニックネームである。ブラスターやハンドミサイルで武装されたこのロボットには、捕捉した目標を無差別に攻撃する剣呑極まりないプログラムが与えられている。こいつらは、基本的には敵味方を識別しない。いったん捕捉したら、相手が誰であろうと攻撃を開始する。それはもう融通の利かない頑固なロボットだ。だから石頭と呼ばれているのである。
「どうすんの?」
あたしはタロスに訊いた。
「蹴散らすさ」タロスはさらりと応じた。
「あいつらは対人兵器だ。サムソンの敵じゃない」
コンソールに向き直り、レーザー砲とミサイルの発射トリガーを起こした。サムソンは急速に速度を増している。格納庫がすごい勢いでこっちに近づいてくる。
時速百五十キロ。
だが。
グディの動きはもっと速い。
7
グディがきた。
完全に双方の射程内にはいっているのが十二、三体。ちょっと距離を置いているのとなると、その倍以上いる。
グディは、早い話が、総督公邸に配備されていたマウスの兄食分である。ドンゴの記憶バンクに納められていたデータによると、直径一・二メートルくらいの半球形をしているらしい。赤外線映像でも、そんな感じで映っている。半球形の殼は、装甲だ。グディのことをタロスは対人兵器だと言っていたが、厳密には、そうではない。あの表現は、タロス一流のはったりである。グディは純粋な対人殺傷兵器だったマウスよりも、ずっと多彩で強力な火器を備えている。おまけに頑丈だ。花火の爆風でメカがいかれてしまう根性なしのマウスとはものが違う。数が揃えば、いかに地上装甲車といえども、包囲を破るのは容易ではない。油断すれば撃破される。
「加速は続行しろ」バードに向かって、タロスが言った。
「火事も攻撃も気にするな。全部、俺が始末をつけてやる」
大口こそ叩いていたが、タロスは油断なんかしていなかった。それどころか、嘘みたいな話だが、作戦がきちんと組み立ててあった。いかにもタロスらしい大雑把な作戦だったが、それでもたしかに作戦だった。
グディがサムソンに迫った。
すぐには仕掛けてこない。相手が相手なので様子をみているようだ。見境がないくせに、生意気なロボットである。連係プレイを狙っているのだろう。個別に立ち向かったら間違いなく蹴散らされることを、こいつらは承知している。
「もっと来るんだ。もっと」
タロスは照準スクリーンを睨んでいる。トリガーボタンに指を置き、グディの動きに神経のすべてを集中する。メインスクリーンは相変わらず赤外線映像のままだ。外の様子は、サブにも映しだされていない。映しても役に立たないからだ。見えるのは、炎と横殴りに降っている豪雨だけである。グディの姿なんて、絶対に確認できない。
ぴくり。
タロスの肩が跳ねた。
グディが動く。サムソンを取り巻いている二十体余りの赤い熱源の塊がいっせいに。
つぎの瞬間。
タロスはトリガーボタンをプッシュしていた。
車体上部に据えられたレーザー砲が旋回して、周囲を薙いだ。
と、同時に。
ミサイル発射。
ミサイルは正面に飛んだ。
まず五基。つづいて、もう五基。
サムソンのミサイルのありったけだ。
標的は格納庫だった。
最初の五基は水平に突っこんで、サムソンの行手に立ちはだかっている格納庫の前面を粉々に吹き飛ばした。
あとの五基は上空に向かって射ちだされ、浅い放物線を描いて、格納庫の奥の方に落下した。
大爆発。
爆風と衝撃波が、激しい風雨にもめげずがんばっていた炎を瞬時、制した。
横に長く格納庫の幅だけ広がっていた炎が、真ん中だけ、ふっと消えた。
その間に。
タロスはグディをも抑えていた。
グディは出鼻をくじかれたのだ。
レーザー砲が、仕掛けにでようとしたグディの群れの動きを見事に封じた。
タロスの読み勝ちである。高機動を誇るグディが、零コンマ数秒であったが、その場に釘づけになった。
これは技である。達人の技。一瞬でもタイミングが狂ったら、効果は失せる。
タロスはトリガーレバーをレーザー砲からブラスターのそれに換えた。
火球をグディの群れに叩きこんだ。
サムソンにもっとも接近していた何体かのグディが、不幸にもブラスターの餌食となった。グディは、距離を置いていた後続の一群が、先発につづいて攻撃に移る態勢を整えていたが、タロスの技の前に、そのチャンスを失った。ただ、火球の直撃を免れた三、四体のグディが、やけくそでサムソンに突っこんできた。
キャタピラをきしませて、サムソンが進む。サムソンのキャタピラは、数体のグディを確実に轢きつぶした。音で、それがわかった。
ミサイルを射ちこまれた格納庫には、大きな裂け目が生じていた。裂け目には、屋根も壁も、炎もない。瓦礫で半分くらい埋まっているが、サムソンは構わず前進する。瓦礫は、あまりにももろくて、バリケードの用はなさない。
元格納庫だった場所を、サムソンは一気に突っきった。
突っきったら。
見渡せる。
真ん前に、ジュニアの別荘が立っている。
コの字型の瀟洒な建物だ。地上部分は二階建だが、高さは四階分ほどもある。本来は、格納庫と別荘との間には防音スクリーンが聳え立っていて、いまサムソンがいる位置からは別荘は見渡せっこないのだけど、ミサイルが格納庫と一緒にスクリーンの一部も吹き飛ばしてしまったらしい。展望は実にきれいにひらけている。
「いいぞ。そのまま別荘の中庭に飛びこめ!」
タロスがバードにはっぱをかけた。
サムソンが防音スクリーンを超えた。
「あら?」
あたしは目を剥いた。
グディは気勢を殺がれこそしたが、サムソンに対する攻撃を諦めたわけではなかった。格納庫の裂け目に進入したときも、そのあとをちゃんと追ってきていた。
なのに。
防音スクリーンの手前で引き返してしまった。
群れが全部。一体残らず。
「どーいうことなの?」
あたしはタロスに訊いた。
「作戦どおりさ」タロスは口もとをほころばせて答えた。
「俺がジュニアだったら、石頭野郎には行動制限をもうける。空港にいるときは、滑走路から内側。別荘にいるときは、中庭から奥。絶対に近寄らせない。でなきゃ、あぶなくてかなわねえ」
「じゃあ、それを見越して、このコースを……」
「要は頭だ。そして、度胸。作戦を立てたら即決行する。そうすれば道は通じる」
タロスは鼻をひくつかせた。自慢げに、目を細めた。
だが。
緻密で、大胆だったはずの作戦にも、誤算はあった。
いきなりショックがきた。
どかん。
サムソンのお尻が爆発した。
あとでわかったのだが、そこにグディがへばりついていたのだ。
ブラスターの直撃を逃れてサムソンに突っこんだときのグディのうちの一体だ。
そいつが、キャタビラに轢かれもせず、サムソンのお尻にくっついていた。
グディは制限区域には入れない。しかし、誤って入ってしまうケースがないわけではない。現に、サムソンにしがみついたグディは制限区域にはいりこんだ。
そうなったとき。
グディは自爆装置が作動する。
今回も、作動した。
致命的な爆発ではなかった。キャタピラは切れなかったし、装甲も破られはしなかった。
ただ。
駆動軸のシャフトにささやかな狂いが生じた。
サムソンは、コントロールが多少不自由になった。
まずいことに、防音スクリーンから別荘の中庭までは、地雷の巣であった。
地雷は探知できた。だが、避けるのが、ほんの少しむずかしかった。
たぶん、二十発は地雷を踏んだと思う。対人地雷だから、威力はたいしたことなかったけど、被害はそれなりにあった。とくに、コントロールの不自由さ加減は多少≠ゥらものすごく≠ノ進化した。
サムソンは中庭には向かわず、別荘の向かって左っかわの棟に、けっして遅くないスピードで突っこんでいった。
嬉しいことに、油圧装置のバルブがいかれたらしくて、サムソンは停止しようとしない。
あたしは予備シートのベルトの強度を実際に試すことになった。
ベルトはぶち切れた。
サムソンが別荘の壁に激突すると同時に。
あたしはバケットシートを飛び越えて、前席とコンソールとの間に転がりこんだ。
タロスがあたしの大きくくびれたお腹を、バードがすらりと長い足を、それぞれとっさにキャッチしてくれた。頭はレシーバー兼用のへッドガードが守ってくれた。
二人のクラッシャーのお膝の上に横たわって、あたしはジュニアの別荘に突入した。
この姿が|ぶざま《ヽヽヽ》か優美かは、意見の分かれるところだ。
とりあえず、怪我はない。
左はだめだったが、右のメインハッチは開いた。
崩れ落ちた壁の破片に埋もれて、サムソンは動きを止めている。
暴走は、とりあえず終わった。
「降りるぜ、ねえちゃん」
やさしく微笑んで、タロスが言った。
「──まず、あんたからだ」
理不尽な要求ではなかった。たしかに、あたしがネックだった。
あたしがどかなければ、タロスもバードもサムソンからは一歩も出られないのだ。
8
もちろん、不用意に飛びだすようなマネはしなかった。
まず相手を牽制するために手榴弾をばらまいてから、あたしはするりと外に出た。
手榴弾が爆発して、破片が四方に散る。
反応はない。悲鳴もあがらず、攻撃もしてこない。
サムソンの車体に身を寄せて、あたしは右のキャタピラの蔭にからだを沈めた。
レイガンを構え、援護の態勢をつくる。
タロスとバードが相次いで出てきた。二人とも、大型の火器を手にしている。タロスが持っているのは、高出力のレーザーライフルだ。しかも、ベルトには、さまざまな種類の投擲弾をこれ見よがしにぶら下げている。そして、バードのほうはヒートガン。ただし、あたしが愛用しでいるようなつつましいそれではない。熱線砲とでも呼びたいくらいの、ごついやつである。あんなの、持ってるだけで疲れちゃう。振りまわすなんて、とんでもない。投擲弾も、タロスとおんなじ。腰にすずなりになっている。歩く戦車と称しても、反対する人はいないんじゃないかな。
タロスもバードも、腰をかがめて素早く動き、あたしの脇へとやってきた。鋭い視線を周囲に万遍なく走らせている。指をトリガーボタンに置き、全身から熱い殺気をほとばしらせている。
あたしたちは、間違いなくジュニアの別荘の中にいた。
結局、サムソンの暴走が幸いしたのだ。別荘の屋根には、特殊なバリアーが張られていた。たぶん、壁にも同じ処理がほどこされているはずだ。となれば、ブラスターは効かない。サムソンのミサイルは〈マイノス〉に積んだハンドミサイルよりも強力だから有効だったかもしれないが、まずいことに格納庫をつぶすときに射ち尽くしてしまった。
タロスの作戦では、サムソンから降りて、壁に爆薬を仕掛けることになっていた。体当たりも考えてはいたが、それは次善の策だった。なんたって、体当たりである。特攻作戦を実行するにはそれなりの覚悟が要る。
その覚悟を決めさせたのが、暴走だった。というか、ぶっちゃけた話、暴走しちゃったんでは覚悟もへったくれもなかったのだ。気がつくと、別荘の壁が目の前に迫っていた。
サムソンは、別荘の向かって左側に張りだしている棟の端っこに、時速百キロプラスで激突した。
大きな出窓がはめこまれている、その真下であった。出窓には超硬ガラスが使われていたし、外壁も頑丈無比だったが、地上装甲車に猛スピードで突っこまれたのでは、壁もガラスもひとたまりもない。構造的にみても、窓枠のある場所は一枚壁よりも強度がかなり劣る。
別荘は、暴走するサムソンに抗しきれなかった。本当は乗っているあたしたちだって耐えられないほどの衝撃だったのだが、ドルロイの技術の結晶であるフローティング・ショックレジスタンス・システムが、この土壇場で奇跡を招いてくれた。
サムソンの乗員スペースは、最新の衝撃吸収材でほぼ完全に覆われており、外部からの衝撃が直接内部に伝わらないようになっていたのだ。サムソンの中が異様に狭かったのは、そのせいである。
とにかく、あたしたちは別荘への侵入に成功した。いきさつが、どうであれ──。
「こいつは、アスレチック・ルームだな」
タロスが言った。
「ヤクザの訓練用か」
バードは鼻を鳴らした。
あたしたちがはいった棟は、間仕切りのないがらんとした大ホールだった。
手前にウェイト・トレーニング用の油圧式ビルダップマシンなどのフィットネスギヤがずらりと並び、ホールのいちばん奥、突きあたりには大きなプールも設けられている。ホールの壁、高さ七、八メートルほどの位置にホール全体を一周するかたちで張りだしているキャットウォークは、ジョギング用のコースだろう。
四階建に相当する建物に、二階のフロアしがないから、天井はものすごく高い。照明設備はとくになく、壁がその役割を担っている。ただ、通常の壁面照明とは、方式が異っているようだ。普通は壁全体がぼおっと淡く輝くのだが、ここのは刺激的にちかちかとまたたいている。あまり目にいい照明ではない。
「誰もいねえや」
タロスが、つぶやくように言った。
「いきなりおどかしたから逃げちまったかな」バードが、あたしを見た。
「挨拶代わりに三発だ」
あたしが投げた手榴弾である。手榴弾は、新品のビルダップマシンを五台ばかりスクラップに変えていた。
「しかし、やな気分だぜ。背筋のあたりがひやりとする」
大胆にも、タロスはサムソンの蔭からすっくと立ちあがった。
「照明のせいじゃないか」バードも地上装甲車から離れ、フロアの先へと進みでた。
「不快な光りかたをしてやがる」
二人とも、隙だらけだった。無防備で、敵がいるのなら、撃ってくれと言わんばかりの態度だった。
あたしも蔭から出ようとした。
それをさりげないしぐさで、タロスが止めた。
その目が、おとりは二人で充分と告げている。
ずいぶんと気取ったマネじゃない。
あたしは、レイガンを構え直した。
一分くらい待った。
すごく長い一分。十分以上に感じられた。
反応なし。
もういいか。
そう思って、あたしは緊張をいったん解いた。解いて、二人のとこに行こうとした。
そのときだった。
キャットウォークに人影が立ちあがった。
一人じゃない。複数。十人は、いる。
みんな武器を持っていた。武器が何かは、わからない。胸もとに構えて、タロスとバードを狙っている。
タロスが身をひるがえした。
バードも床に転がった。あたしは車体の蔭から銃口を突きだした。
いっせいにトリガーボタンを押した。
タロスのレーザーライフル。バードのヒートガン。あたしのレイガン。
向こうは撃たない。
撃たないで、引っこんだ。
光条と熱線が、三方にほとばしった。
でも。
敵はもういない。床に伏せて、視界から消えた。
レーザーの光線とヒートガンの赤い熱線が、むなしく壁を灼いた。
いや。
灼けない。
レイガンとレーザーライフルのビームは、キャットウォークに届く前に、途中で壁に吸収された。
ヒートガンの熱線は。
そっくりそのままバードのもとへ戻ってきた。
熱エネルギーのバックファイヤ。
「うわっち!」
バードは悲鳴をあげて横っ飛びに逃げた。
武器がヒートガンだったことが、バードを救った。ハンドブラスターだったら、かわしきれなかっただろう。
熱線はバードの腹をかすめて、床に命中した。
それがまた吹き戻された。
少しずつ減衰しながら、熱エネルギーがホールの中を駆けめぐる。
危ないなんてもんじゃない。
攻撃が、自殺行為になる。
あたしたちは、頭をかかえてうずくまり、エネルギーが壁に吸収されるのを待った。
ザルバコフのメッセージを思いだした。
『別荘の中では、エネルギー兵器が使用できない可能性がある』
可能性じゃないわよ。百パーセント使えないわ。レイガンもヒートガンもブラスターも、一切合財がだめ。
熱線のスタンピードがおさまった。
おさまると、またキャットウォークに敵があらわれた。
手にしている武器は。
なんとボウガン。
競技用に使われているやつだ。なるほどアスレチック・ルームにはふさわしい。
などと、感心している場合ではない。
矢をつがえ、狙いを定める。
射ってきた。
9
ばらばらと降ってくる。
合金製の短い矢。
音をたてて床に突き剌さった。
「うっ」
タロスの背中にも当たった。
当たったが、剌さらない。
ザルバコフの特製ジャケットが、その矢を弾き飛ばした。
だが、命中のショックまでは軽減してくれない。
タロスが片膝ついた。苦痛に顔が歪む。あれは痛い。肩胛骨の真上だ。
バードがベルトから手榴弾を外した。
あたしが投げた手榴弾は、ビルダップマシンを破壊していた。レイガンのように、まるで効果がないというわけではなさそうだ。
ピンを抜き、キャットウォークに向かって、力いっぱい放った。
爆発した。
キャットウォークのてすりが壌れた。
が。
それだけだった。
あとのエネルギーは壁に吸収された。飛び散った破片が、ばらばらと下に落ちてきた。
直撃すればダメージはあるが、しかし、爆弾としての威力は半減している。
「ちくしょう」
バードとタロスは床を蹴った。
フィットネスギヤの間に飛びこんだ。
キャットウォークにいる敵の武器はボウガンだけだ。ビルダップマシンや。ハーベルラックは、ボウガン相手なら充分に盾になる。
矢が、わらわらと飛んできた。
甲高い音が響いて、床に落下した。ワイヤーや金属パイプが複雑に入り組んでいるフィットネスギヤは、飛来する矢を片はしから食い止めてしまう。
キャットウォークの敵は、エレベータに走った。
下に降りてくる気だ。
いまなら動ける。
レイガンをホルスターに戻し、あたしはサムソンの蔭から飛びだした。
クラッシャーがひそんでいるフィットネスギヤの間に、するりともぐりこんだ。
タロスとバードはベルトに吊っていたバトンを把って利き腕に握っていた。こういった事態に備えてザルバコフが用意してくれていた携帯用の電磁メスだ。
「ねえちゃんは、ここでじっとしてな」タロスが言った。
「あいつらは、俺たちの獲物だ」
まだ気取っている。
「冗談じゃないわ」あたしはタロスを睨みつけた。
「あたしの獲物でもあるのよ」
あたしのすぐ横に、細い金属パイプが垂直に立っていた。ビルダッブマシンの支柱だ。直径は、およそ三センチ。手頃な太さである。
「それ貸して」
あたしはタロスの手から電磁メスをひったくった。
バトンの後端にあるスイッチを押すと、かすかなハム音を発して、青白く光るブレードが、一メートルばかりすうっと伸びた。
電磁メス。
電磁バリヤーで封じこめた高温プラズマがブレードになっている。このブレードに触れると、コンクリートだろうが金属だろうが、ひとたまりもない。触れたところが一瞬にして蒸発する。
あたしは拝借した電磁メスを無造作に左右に薙いだ。
パイプが床に落ちた。硬い、乾いた音がした。
あたしは電磁メスをタロスに返し、切断したパイプを床の上から拾いあげた。
長さは八十センチってとこ。ちょっと振ってみた。うん、いい感じ。軽くて、バランスも悪くない。
「そいつで闘う気か?」
目を丸くして、タロスが訊いた。
「そうよ。おかしい?」
「いやあ、まあ……」
「あたし、ちゃんとステッキ・アクションのライセンス、持ってんのよ」
「ライセンス?」
惑星シモーグにあるトラコンの養成所で、あたしとユリはまるっと一年、徹底的にしごかれた。養成所のカリキュラムには、格闘術も含まれていた。ステッキ・アクションはそんときに教わったのだ。どーでもいいけど、成績は良かったのよ。教官にだって勝ったことがあるんだから。もっとも、ユリと二人がかりだったんだけど。
「十一人だな」
様子を窺っていたバードが言った。
「武器がかわってるぜ」
フィットネスギヤの隙間から、タロスが首を突きだした。
「そうみたい」
あたしもタロスに倣った。あたしたちのいるところは、何十台ってフィットネスギヤがぎっしりと並んでいて、まるでトレーニング器具のジャングルのようになっている。キャットウォークから射かけられた矢が、ぜんぜん通んなかったはずだ。これじゃ、カナリヤだって抜けるのに苦労する。
「ボウガンはお払い箱か」
タロスが言った。十一人は、ブレード長が七百ミリくらいの細長い刃物を利き腕に握っていた。
「ありゃ、高周波ナイフの親玉だな」バードがつぶやいた。
「ブレードを超高速で振動させて、そのへんのものを手当たり次第にぶった斬るんだ。パワーによるが、あれならKZ合金だって斬れそうだぜ」
「こっちの電磁メスといい勝負か」
「あたしのパイプとは比較になんないわ」
「だから、じっとしてろと言ってるんだ」
「余計なお世話よ」
敵がきた。
ゆっくりと、あたしたちを取り囲んだ。
予想どおり、ヤクザだった。
でも、ジュニアが雇ったヤクザとは、なんとなく雰囲気が違う。服装もスマートなジャンプスーツだし、顔つきたってプロッぽい。こけおどしの凄みじゃなくて、本物の殺気を漂わせている。体捌きにも、無駄がない。
こいつらってば、もしや。
『ルーシファ』の戦闘員。
ヤクザだけど、専門の訓練を受けた兵士じゃないかしら。
「楽しい連中だ」
タロスがぼそりと言った。他人《ひと》事《ごと》のような口調。相手の力量を読んだらしい。
包囲の輪が、じりじりとせばまる。
タロスとバードは、あたしをはさんで、背中合わせに身構えた。二人とも、バトンのスイッチをオンにして、プラズマのブレードを長く伸ばしている。
ヤクザが、フィットネスギヤの群れの中へとはいってきた。
高周波ナイフ(面倒だから、以下、長ドスと呼ぶわよ)を振り回して、邪魔なマシンを叩っ切る。がさつな連中だ。
一気に間合いが詰まった。
タロスとバードは、慎重に場所を選んでいた。
何台かのビルダップマシンに囲まれたバーベルラックとサイドボードとの間。
ここには一応、一人ずつしかはいってこれない。
ただし、マシンをずたずたに切り裂かれたら、その限りではない。
長ドスをかざして、最初のヤクザが飛びこんできた。
銀色に光るブレードを、青眼に構えている。
タロスが前にでた。
タロスは右下から左上方へとブレードを返した。
同時に、身をかがめて相手の懐にはいっていく。
ヤクザの長ドスは、タロスの背後に流れた。
鮮やか。
プラズマ・ブレードが、ヤクザの腋から肩をまっすぐに抉った。
どぴゅ。
こんな音はしないけど、聞こえたような気になる。
ヤクザが仰向けに崩れた。
その間に。
バードも、ひとり屠《ほふ》っていた。
こっちは正面から袈裟懸け。相手のブレードを軽く払って、一太刀。倒れてくるところを蹴り飛ばした。ちょっと品がない。でも、すごい。これってば、置かれている状況を抜きにすれば、最高の決闘だ。お金払っても、観られるものではない。当たり前だけど。
ヤクザは足を止めた。
長ドスでマシンやラックをつぶしにかかった。
クラッシャーの実力を知って、作戦を変えたのだ。まず、障害物を除く。そして、いっせいに打ちかかる。
ひとり、あたしに向かってきた。
ビルダップマシンのワイヤーにからみながら、強引に仕掛けてくる。
あたしはマシンのシットアップベンチを利用した。
ベンチを踏み台にしてひらりと飛び、長ドスをかわして相手の背後にまわった。
ぼか。
パイプで頭を一撃。
楽勝ね。
けたたましい音がした。
マシンが崩された。
わっとばかりにヤクザが押し寄せてくる。
あたしたちは、奥に逃げた。
プールのほうだ。
追うヤクザ。逃げるうちら。アスレチック・ルームで全力疾走なんて、似合いすぎている。
追いつかれた。
タロスとバードが、きびすを返した。
逆に斬りこんでいく。
もうぐちゃぐちゃ。
悲鳴と怒号。
乱戦になった。
10
「いただいたぜ」
あたしのすぐ後ろで、タロスの声がした。
「おい!」
いきなり、ばかでっかいからだが、あたしの斜め前にまわりこんできた。
「こいつを使え」
スイッチが切られている長ドスを、あたしに向かってタロスは突きだす。
「早くしろ!」
あたしがぼけっとしてその長ドスを眺めていると、タロスは大声で怒鳴った。それで初めて事態が呑みこめた。このクラッシャーは、ヤクザと斬り結びながら、高周波ナイフをあたしに渡そうとしているのだ。どうやら、乱戦の中で、あたしのためにヤクザから長ドスを一振り、奪い取ってくれたらしい。
「えっ、これ、そんなァ……」
右手にパイプを握ったまま、左手であたしは長ドスを受け取った。
受け取ると同時である。
「でやっ!」
ヤクザがひとり、あたしに斬りかかってきた。
あたしは反射的に長ドスのスイッチをオンにした。
ブレードを真横に薙いだ。
すっぱり。
おへそのちょっと上あたりだ。
ヤクザが真っ二つ。
手応えもまったくなし。自分でいうのもなんだけど、それはもう鮮やか。
んまま、高周波ナイフってばすごい。
あたしはパイプを投げ捨てた。捨てついでに手近なヤクザを狙ったら、額にみごとに命中した。
長ドスを右手に持ちかえ、あたしはヤクザの群れに向き直った。
ヤクザは団体であたしたちに混じり合っている。数はよくわかんない。けっこう片づけたはずなんだけど、まだ十人以上いる気がする。
あたしは、さらにふたり斬り伏せた。
そのうちの一人は、くるくると独楽のように回転して、あたしの視界からふっと消えた。
どぼん。
水音がして、しぶきが盛大にあがった。
おっとォ。
すぐ脇が、もうプールである。
あたしは、あわてて横に跳んだ。入り乱れて揉みあっているうちに、アスレチック・ルームのいっちゃん奥まで移動しちゃったのだ。こっからは、右手のほうに進まなければならない。メインロビーはあっちだ。ウイング棟には、別のフロアにつながる階段もエレベータもない。ということは、あっちに行かないと、この別荘、上にも下にも行かれないってことだ。
あたしはさっそく包囲網を破ろうとした。破って、メインロビーに突入をはかろうとした。
が。
ヤクザも、さすがにぬかりがない。
斬られた仲間がプールに落っこちるのと同時に。
ささっと動いて、あたしたちをプールの際に追いつめる態勢を整えた。
それに対応して、バードとタロス、そしてあたしは、プールサイドに横一線に並んだ。
背後はプール。しっかりとプール。それもけっこう深そう。水に着色してあるらしくて底は見えないが、左手の壁に高板飛びこみのボードがくっついている。もちろん、キャットウォークからそこに登るための梯子も一緒だ。ボードの高さは十メートル前後だろうか。あんなのがあるくらいだから、絶対に浅くなんかない。浅かったら、プールの底に頭ぶっつけちゃう。
あたしたちはプールを背にしたまま、長ドスを中段に構えた。こうやって相対すると、ヤクザの人数が正確にわかる。今現在で五人だ。
これはもう、たったの五人。タロスとバードが、まじで暴れたらしい。
その五人が、半円を描いて、あたしたちを包囲している。間合いは三、四メートル。なんだか怯えているみたいで、あまり詰めようとしない。
「これで決まりだな」
あたしのとなりに立っているタロスが、にやりと笑ってつぶやいた。あたしのほうをちらりと見る。
「一気に蹴散らして、先に進むぜ」
楽しそうに言い継いだ。
もちろんである。
見た目は追いつめられた格好になっているが、実際はそうではない。ヤクザは人数で勝っているもののクラッシャーに比べれば、腕はいまいち。五対三なら、絶対にうちらが有利だ。
「三つ数えたら、突っこむわよ」あたしはタロスに向かって言った。
「四人は、そっちで片づけて。あたしは一人を生捕りにするわ」
「わかった」
タロスもバードも了承した。どっちも相手が多いのをやがんない。むしろ歓迎している。
あたしは三つ数えた。
威圧するようにヤクザを睨みつけ、ゆっくりと数えた。ちょっと芝居がかっているが、そこはそれ見せ場よ。目立とうと思ったら、なんにだって演出が要るわ。
「いーち」
「にーい」
でも。
演出は失敗した。
最後まで、数えらんなかった。
向こうにも、向こうなりの演出が用意してあったのだ。
「さ……」
あたしの声が掻き消された。
すさまじい水音に。
まるで鳥の大群が水面から飛びたつような、けたたましい音だった。
音はプールからだ。
あたしたちの背後。
この状況で振り返るのはまずいけど、こんなにうっさいんでは、とにかく視線を向けずにはいられない。
一瞬、うしろに目をやった。
ひええ。
ぶっ飛んだ。
一瞬で充分だった。
いきなし視野に、原色の華々しい色がごっそりと飛びこんできた。
その色ってば。
ウェットスーツとマスクの色。
潜っていたんだ。プールの底に。ヤクザが人工エラくわえて。
なんてまあ、ごくろーさん。
水中ヤクザも、長ドスを手にしている。人工エラは、泡のでない循環タイプ。マスクと一体になっているやつだ。
こいつら、あたしたちがプールに逃げこもうとするのを待っていたんだ。ダイブしたら、下からぐさり。それともひきずりこんで、じっくりといたぶるつもりだったのか。いずれにせよ、確実に息の根は止められる。
ところが、あたしたちはプールにはいろうとしなかった。追いつめられたが、突き落とされもしなかった。なんたって、分が悪いのはヤクザのほうである。あたしたちじゃない。
そこで、水中ヤクザは考えた。
これは、挟みうちにするっきゃない。
位置は最適。不意もつける。挟みうちにして、前後からなますに切り刻んじゃう。
で、ざばざばと出できた。
出てくるなり、プールサイドに躍りあがった。
そのとき、あたしたちが振り返ったのだ。
七人の水中ヤクザが頭上に高く掲げた高周波ナイフ。
見たとたんに、からだが動いた。
殺される。かわす。斬りかかる。
無思考三段階|攻撃《アタック》。
きびすを返して、迫っていた水中ヤクザをばっさりと斬り伏せた。
すうっと体を沈め、そのままくるりとまわって正面に向き直る。
タイミングは最高。
まさしく、五人のヤクザが間を詰めてくる。
プールの縁を蹴って、あたしたちは前にでた。
ヤクザとすれ違いざまに長ドスを左右に振る。
ざく。ぶしゅ。どば。げぼ。
ぴたりと決めポーズ。
一転して静寂。
やがて。
声もなくくずおれる五人のヤクザ。
「ひゅう」
息を吐き、あたしはプールの方に視線を戻した。
プールサイドに、四人の水中ヤクザが呆然と立っている。
無理もない。
挾みうちにしたと思ったら、つぎの刹那には、もう八人の仲間を失っていたのだ。
右手に長ドスを下げ、棒立ちになってヤクザはあたしたちを凝視している。ひくひくと開閉する人工エラの弁が、場違いでおかしい。
「生捕り、よろしくな」
タロスが、あたしに囁いた。
囁くやいなや。
バードとともに身をひるがえした。
えっ、あの、なんて言葉を返すひまもない。
白刃が燦いた(本当は白光だが、それでは雰囲気がでない)。
短い悲鳴。
四人のうち三人が天を仰ぎ、もんどりうってプールに落ちる。
そこで、ようやくあたしは我に返った。
美技に見とれているときではないのだ。
あたしはあわてて長ドスのスイッチを切り、最後に一人残った水中ヤクザのもとに詰め寄った。電磁メスはスイッチを切ったらブレードが消えてグリップだけになってしまうが、高周波ナイフはそうではない。特殊合金製のブレードがちゃんと存在している。これがまた殴るのに都合がいい。
あたしに迫られて、水中ヤクザは逆上した。プールに逃げれば安全なのに、なにを血迷ったのか、長ドスかざしてあたしに向かってきた。
みったァないわよ、うろたえちゃって。
おなかへ一撃。
うっと前かがみになったところを。
さらに首すじへとどめ。
どさりと倒れる。
白目を剥いたきり、水中ヤクザはぴくりとも動かない。
捕獲成功。
「立派なもんだぜ」
拍手しながら、タロスがやってきた。
「口、割らせなきゃね」
あたしは言った。
「そいつは俺がやろう」バードがうっそりと進みでた。
「そういうのは、得意なんだ」
小さな瞳が、鋭く光った。
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第五章 つけてみせます。華麗な決着
1
はったりじゃなかった。
捕まえた水中ヤクザからいろいろと聞きだすのに、二分とかからなかった。
息を吹き返したヤクザのマスクを剥ぎ取り、バードがささやかな儀式≠とりおこなうと。
ヤクザはどんな質問にも真剣に答えてくれた。
生爪が六枚はがれ、関節が四箇所外れて骨を三本ほど折ったらしいが、その辺のいきさつは、あたしはよく知らない。WWWAでは拷問は禁じられているから、そのようなことはなかったはずだ。ヤクザはあくまでも自主的に事情聴取に応じてくれたのだ。怪我には何か別の理由があるのだろう。
「ボスは地下にいる」
みずから進んで、ヤクザは言った。ちょっと喘いでいるし、声もかすれ気味だが、聞きとれないほどではない。
「ボスってカネーク?」
「いや」
ヤクザはかぶりを振った。首の動きも少し不自由だ。あらぬ角度で曲がる。ひどく痛むらしくて、顔を大仰にしかめる。
「──あいつじゃねえ。ジャンニーニさんだ」
呻きながら、ヤクザは言った。
ロード・ジャンニーニ。
その名を聞いて、あたしたちは互いに顔を見合わせた。
驚くじゃない。髪の毛が逆立つじゃない。血が騒ぐじゃない。
『ルーシファ』の最高幹部の一人。
ジャンニーニが、ここにいる。
本当なの。嘘だったら承知しないわよ。この事件でジャンニーニなんて大物を挙げたら、ボーナスものだわ。きゃ、なに買おうかしら。それとも旅行がいいかしらん。
「ジュニアは、どうなってるんだ?」
バードが訊いた。重大情報を耳に入れたもんだから、クラッシャーも鼻息が荒い。もっとも、あちらの方はジュニア憎しが先に立っていて、ボーナス狙いのあたしとはちょっと反応が違う。
「あの糞野郎はボスと一緒だ」ヤクザは答えた。
「度胸も力もねえくせに、ふんぞり返っていやがった」
なるほど。あたしは感心した。このヤクザ、鋭くものを見ている。人物評価は誤っていない。
「二人は、地下のどこに隠れてる?」
今度はタロスが訊いた。巨漢のクラッシャーは左手でヤクザの胸ぐらを掴み、右手で二本ばかり折れている肋骨のあたりを、さりげなくマッサージしてあげている。かなり効くマッサージらしくて、ヤクザは全身を痙攣させて、よがっている。解せないのは、こんなにしてもらっているのに、ヤクザの瞳には恐怖の色しか浮かんでないことだ。どうしてだろう。もっと感謝してもいいはずなのに。
「い、居場所までは、わからねえ」
消え入りそうな声をヤクザは発した。
「わからねえだと」
マッサージするタロスの指に力がこもる。
「地下は四階まであるんだ!」悲鳴とともに、ヤクザは叫んだ。
「それらのフロアがどうなっているかは、俺たちには知らされてねえ。俺たちは上の階にいたんだ。そうしたら、総員配備がでて、ここに潜らされた。だから、ボスたちが下にいるのはたしかだ。しかし、それ以上はなんもわからない。ホントだぜ。嘘は言ってねえ」
「命に関わるぞ」
タロスの指が、ゆっくりとヤクザの肉にめりこんでいく。
「知らねえ!」
みしっという音がした。骨と肉が同時にねじられ、きしむ音だった。
ヤクザは泡を吹き、気を失った。
タロスは胸ぐらを掴んでいた左の拳を無造作に開いた。ヤクザは仰向けに床に落ちた。眼嵩から丸い目がこぼれそうになっている。膝のあたりが、ぴくんぴくんと跳ねた。
「さすがに『ルーシファ』は周到だな」バードが言った。
「下っぱには何も教えてねえ」
「アモスのようなわけにはいかんということだ」
タロスは両手の指を組み、手首をぐるぐると回した。このあとの活劇に備えて、筋肉の緊張をほぐしているのだろう。電磁メスのグリップは、とうにベルトのホルダーに戻してある。
「地下におりて、一階ずつしらみつぶしに捜さなきゃなんないわね」
あたしは言った。
「しんどい話だぜ」
タロスは機嫌が悪い。
「向こうが、上がってこねえかなあ」
唸るようにそう言い、バードが歩きだした。
あたしとタロスが、無言でそのあとにつづく。
プールの端を過ぎると、狭い通路になった。左側の壁にドアがある。覗くと、シャワールームだった。サウナの設備や更衣室もある。これがみんなヤクザ専用なのだ。もったいない。事件が片づいたら、これあたしの別荘になんないかしら。んでもって、うまそーな坊やをたっぷりと集めて、遊び暮らすの。
「うれしそうだな」
にやついているあたしを見て、タロスが言った。
ぎくり。
虚をつかれた。
あたしの頬が熱くなった。
なんなのよ。なんで赤くなっちゃうのよ。
「修羅場が楽しみなの!」
あたしは大声をあげて、その場を取り繕った。
「ふうん」
タロスは肩をすくめて、軽くいなす。
どきどきどき。
心臓がうっさい。
「階段だぜ」
バードが言った。
足を止め、こっちを振り返った。
「エレベータもある。死んでねえや。動いている」
メインロビーの手前だった。ウィング棟から正面の棟にはいってすぐである。
左手の壁だ。
階段と三基のエレベータが並んでいる。エレベータには階の表示がない。だから、どこに行くのかも、わからない。でも、動いているのはたしかだ。誰にだって、わかる。理由は簡単。真ん中の一基の扉が、いきなし開いたからだ。
「乗れねえな、こいつには」
タロスが言った。当然である。こんな小さな箱に閉じこめられちゃったら、一巻の終わりだ。第一、あたしたちが来たら扉が開いたってのが怪しい。
「階段だな。やっぱり」
バードが言った。
「俺から行こう」
さりげなくタロスが先に立った。
エレベータがだめなら、残る手段はひとつしかない。
基本にのっとって、足でおりるのだ。
慎重な足取りで、タロスは階段を下りはじめた。ベルトから電磁メスのグリップを引き抜き、光のブレードを長く伸ばす。殺気が全身にみなぎっている。まるでタロス本人が抜き身の刃のようだ。
あたしはタロスのすぐ後ろについた。
けっこう長い階段だった。踊り揚が二箇所あった。壁は相変わらず不快に輝く発光壁。これ、どうやら高エネルギー兵器を封じこめるような仕組になっているらしい。理屈はよくわかんないけど、たぶん壁面から特殊な力線が放射されているんだろう。その力線が、熱エネルギーを反射させているのだ。かねはかかる、電力は食う、といった大変な仕掛けだが、別荘を装って防衛網を充実させるには、たしかにもってこいのやり方だ。備えなしで火器を封じられていたら、あたしたちもとっくに長ドスに斬り刻まれていたはずである。無事なのは、ザルバコフの助言と配慮があったからだ。
などと思っている間に。
ヤクザの襲撃もなく、地下一階に到達した。
あたしとタロスとバードが左右に分かれて、そおっと通路を覗きこむ。
あたしとタロスが右手。バードは左手。
森閑。
誰もいない。
ちかちかとまたたきながら光る通路が、まっすぐに延びているだけ。なんとなくだけど、この別荘、地上よりも地下の面積の方が広いような気がする。カネークやジャンニーニにしてみれば、地上の建物はカムフラージュで、地下の方が本筋なのだろう。要するに、こっから下が欲しかったのだ。いざというときの要塞として。
「どっちへ行く気?」
あたしはタロスに訊いた。
「しらみつぶしとなると、近いところからはじめるのがセオリーだ」タロスは言った。
「あの扉が、いちばん近い」
バードが左手すぐの壁を指し示した。エレベータに向かいあっているあたりだ。そこに、大きな扉が切られている。扉は壁よりも一段奥にひっこんでおり、横にスライドして開くようになっている。
「開くかな」
厄介そうな扉だった。タロスは首をひねった。
2
「試してみるわ」
あたしが動いた。
ムギがいれば、こういうのは楽だが、あいつはユリと一緒に行動していて音沙汰がない。たぶん、どっかでヤクザとやり合っているのだろう。あいつのことだから、ヤクザなんかに負けるってことはないはずだけど、まだ地下にはおりてこらんないみたいだ。どーせ、ユリに足をひっぱられているに違いない。とろいやつは見捨てるという柔軟な姿勢が、クァールには欠けている。
あたしは素早く扉に接近し、長ドスを振りあげた。電磁メスと違って、こいつならこの壁にだって歯が立つ。
扉の脇に、パネルがはめこんであった。てのひらを置いて、掌紋を読み取らせる金属製のパネルだ。
そのパネルを、あたしは長ドスで切り裂いた。
強烈なショック。
舞い散る火花。
跳ね飛ぶ金属片。そして、きな臭い煙。
パネルが砕け、壁に穴があいた。穴の中では何かがはぜる断続的な音がして、小さな炎がちろちろと踊っている。
かまわず、あたしはブレードを穴にねじこみ、壁の中を力いっぱい掻きまわした。
手応えがあった。
油圧装置の重い音が響く。
開いた。
扉が真ん中で左右に割れ、すごい勢いで横にスライドした。
「あきれたぜ」
タロスがやっできた。
「まいったね」
バードはかぶりを振っている。
扉の内側を窺った。
ホールだった。
がらんとしたホール。目に見える範囲だけだが、ソファやテーブルがそこかしこに置かれている。観葉植物や彫刻も飾ってある。
なんとなくロビーっぽい。
いや、これはたしかにロビーだ。
地下のロビー。もうそろそろと思っていたが、まだ正体はあらわさなかった。ちゃんと別荘としての体面を装っている。
人影はない。
あたしたちは、そろそろとロビーの中に歩を踏みいれた。
発光する壁を背に、四方に目を配りながら、奥へ奥へとゆっくり進んでいく。幸い、このロビー、天井こそ高いが、一階のアスレチック・ルームのようにキャットウォークはない。あれがあって、ボウガンで狙われたら、ここでは身のかわしようがない。ソファやテーブルの蔭じゃ、結果は知れている。あんなんでは一方向しかカバーできないし、できても盾というにはやわすぎる。現に、あたしたちも前進しながらそういったところをしっかりと観察しているが、隠れているやつなんて一人もいない。
じりじりと動き、壁伝いにロビーの中ほどまできた。
「どのしらみから、つぶすつもり?」
あたしはタロスに訊いた。
ロビーの奥には、通路があった。壁を矩形に切り取った通路だ。おとな四人が並んで歩けるくらいの幅がある。また、それ以外に小さな扉もいくつかあった。扉には、例によってなんの表示もない。だから、開けてみたらトイレ、という可能性もないではなかった。
「思ったよりも、このフロアは広い」タロスは短い間を置いてから、あたしの問いに答えた。
「まとまって動くのは安全だが、時間がかかる。ちょいとやばいが、三方に分かれよう」
「それで、ジュニアがいたら?」
「騒げ。思いっきり」タロスは薄く笑った。
「その騒ぎが耳に届いたら、すぐに駆けつける」
「届かなかったら?」
「ひとりでがんばる」
「素敵な作戦」
あたしは扉のひとつに視線を向け、長ドスを前に突きだすようにして低く身構えた。
「あたし、あのドアに行く」
ぼそりと言った。
「じゃあ、俺は、そのとなりだ」
タロスは、あたしが選んだ扉の左横のドアに向かって顎をしゃくった。
「俺は、あそこにもぐりこむ」
バードは通路を指差した。
「無事だったら、またここに戻って下に行くぜ」
タロスがつけ加えた。
「いいわよ」
あたしは壁から離れた。
タロスとバードも、それぞれが選択した場所めざして移動を開始した。
ロビーを横切り、三方向に散ろうとする。
ちょうど、あたしがロビーの中央に据えられたソファの脇にさしかかったときだった。
ソファがふたつに割れた。
あやうくそれが目にはいらないところだったが、何万分の一秒かのタイミングで、その一瞬はあたしの視野に映っていた。
割れたソファから。
ヤクザが飛びだしてきた。
長ドスを手にしたヤクザ。一脚から二人でてきた。
あたしは、迅速に反応した。なんたって敵地のただ中である。気はめいっぱい張りつめているのだ。あっと思ったら、まず動いて迎撃態勢を整えてしまう。そして、そのあとで、ゆっくりと相手の様子を見る。不意打ちだけは食らわない。
割れたソファは六脚だった。だから、ヤクザは十二人。水中といい、ソファの中といい、ジャンニーニってば、マジックショウのプロモートでもしてたんじゃないかしら。こういう趣向って、一回目は受けるけど、重なると飽きられちゃうのよ。
トリッキーな襲撃を予想していたのは、むろん、あたしだけじゃなかった。
タロスとバードも、それ相応の気を配っていた。
奇襲が奇襲にならなかったのね。
ヤクザがロビーに勢揃いして、あたしたちを包囲しようとしはじめたときは、あたしたちはもう長ドスかざして、逆に相手の懐へと躍りこむ寸前だった。
とにかく比率は四対一。積極的でなければ、絶対に勝てない。
その果敢な策が効を奏した。
ヤクザは総崩れになった。
算を乱し、我先にとヤクザは逃げまどう。
切り結ぶ間もあらばこそ。踏みこんできたあたしたちに四人斬り伏せられたら、いっせいに散ってしまったのだ。
今度の連中は、恐ろしくだらしがない。
散って、ヤクザは通路の奥へと逃走する。
二、三人ではない。全員が、そっちに逃げる。
恐怖にかられた人間が逃げる先には何がいるか?
答えはいうまでもない。いるのは、仲間だ。仲間がいるから、同じ方向に逃げるのだ。
あたしたちはヤクザのあとを追った。
仲間となれば、ジャンニーニ。あるいはジュニア。ひょっとして、その両方。
そう思って、通路に飛びこんだ。
だが。
くやしいことに、それが罠だった。
あたしたちが通路にはいったとたんだ。
通路のロビー側にシャッターが降りた。
しまった、と叫んだが、もう問に合わない。あわてて戻ったら、余計にまずくなる。
あたしたちは加速した。全力で通路を駆け抜け、逃げるヤクザに追いついて、閉じこめられるのを免れようとした。
でも。
だめだった。
行手にもシャッターが降りた。
急制動。
たたらを踏んで、シャッターにぶつかった。
セラミックでできたぶ厚いシャッターである。熱エネルギーをはね返す力線は張られていないが、ブラスターやヒートガンでは歯が立たないことは一目見て明らかだ。電磁メスと高周波ナイフも試してみたが、傷ひとつつけられなかった。
「捕まっちゃった」
ひとしきり長ドスのブレードをシャッターに叩きつけてから、あたしは二人のクラッシャーに向き直った。
上体をひねる。
ぐらり。
床がまわった。
あれれ。おかしい。
めまいじゃないの。
壁も天井も、波打っている。
タロスの姿も、バードの姿も、ぐにゃぐにゃに揺らいだ。まるで粘土細工の人形みたい。
なんだ、これ!
と、いぶかる間もなく。
床が、あたしのほうに起き上がってきた。
いや、違う。
あたしが床に向かって倒れていったのだ。
ガスだ。
こめかみを床にしたたかに打ちつける瞬間に、あたしはようやく状況を理解した。
これはガスである。ペルフタミンA。暴徒鎮圧用の無力化ガスだ。意識は残るが、からだの自由が利かなくなる。利点は解毒剤が使えること。あらかじめ体内に注入しておけば、ガスの効果を抑制できる。だから、需要は多い。連合宇宙軍でも制式採用している。厄介なマスクなしで暴徒を無力化させ、現場から排除できるガスは、これしかない。
シャッターが開いた。ロビー側と行手の方の両方とも。それを見て、あたしは力を振り絞って立とうとした。だけど、もうからだはいうことをきかなかった。タロスもバードも同じだ。床に転がったまま、あがいているつもりらしいが、指一本、動いてはいない。
ヤクザがきた。
「やっと静かになったな」
そのうちの一人が言った。
「こええ連中だ。さしで勝負しなくて助かったぜ」
「こいつ見ろよ」
今度は別のヤクザの声。
「鬼みたいなやつだけど、すげえいい女だ」
カチン。
血が昇った。
いい女までは通す。正しいから。でも、鬼みたいなやつってのは許せない。
「運ぶぞ。カートに乗せろ」
また別のヤクザが言った。
「どうするんだ。こいつらを?」
「カネークが自分の手で始末するんだとよ。底の浅いデモンストレーションさ。俺たちに度胸があるって思わせたいんだろ」
「ガキだな。まるで」
同意見である。
あたしのからだが浮いた。感覚が麻痺しているから、担ぎあげられているという感じはない。
顔が床から離れ、貨物運搬用のホバーカートが、あたしの視野にはいってきた。
あれに乗せられて、ジュニアのいるとこに連れてかれるのだ。希望は叶うが、嬉しい叶いかたではない。これなら、叶わないほうがましである。
カートの荷台が近づいた。
乗せるために、反動がつけられる。
いったん後ろに引いて。
そのまま、ぐうんと……。
べちゃ。
床に落とされた。
悲鳴があがった。
たまぎる悲鳴。
そして、すさまじい咆哮。
唸り、吠え、肉を噛み裂く音。
仰向けに落ちて床に横たわるあたしの上を黒い影が飛び越えていった。でかい影。
しなやかな影。
あの影は。
もちろんムギ。
3
「ケイ!」
誰かが叫んだ。甲高いソプラノの絶叫である。
ユリだ。
ムギが飛びこんできて、それにユリがつづく。
ぜんぜん、おかしくない。極めて自然だ。もちろん、ダンも一緒のはず。
「どうした?」
ほらね。
これはダンの声である。
「みんな倒れてる。死んじゃったみたい」
ユリがダンに答えた。
こらこら。
調べもしないで勝手に殺すな。
訂正してやりたかったが、だめだった。
全身の随意筋が麻痺してしまって、声がでない。いや、声どころか、目玉ひとつ動かせないのだ。くやしいけど、向こうが気がついてくれるまで、あたしは自分の生存を証明できない。
「ケイ! ケイ!」
あたしの名を呼びながら、ユリが手を伸ばしてきた。目はうっすらと涙。頬が小刻みに震えている。
やるじゃない。
ドラマだったら山場よ。
ユリの指先が。
あたしの首筋に触れた。
「あっ」
びくっとして、ユリは手を引いた。
そしてまた、そおっときめ細かいあたしの肌に指を置く。
表情が変わった。
いきなり明るくなった。
「持って」
ダンのほうを振り返った。
「生きてるわ。体温もあるし、心臓も動いてる」
早口で叫んだ。
「うるるる」
ムギが、あたしの顔を覗きこんだ。唸り声に力がない。いかにも、飼主の安否を気づかっているという風情だ。点数を稼いでおくにはいい機会だと判断したのだろう。
ダンがきた。
タロスやバードの様子をみてから、こっちにまわってきたらしい。
あたしのほっぺたをつっつき、右腕を持ちあげて、肘を軽く叩いた。
筋肉の反応をたしかめたのだ。大きくうなずいた。
「ガスだな」
低い声でつぶやく。つぶやいてから、脇にしゃがんでいるユリに、ちらりと目をやった。
「ガス?」
ユリは眉をひそめた。
「ペルフタミンAだ」ダンは言を継いだ。
「たぶん、この通路におびき寄せられて、かがされたんだろう」
鋭い。
さすがに一流のクラッシャーだ。症状をチェックしただけで、何があったのかを見抜いた。
「ヤクザのパウチを探ってみてくれ」ダンはユリに指示した。
「解毒剤を持っているかもしれない」
「いいわ。待ってて」
ユリはすぐに動いた。腰の重いユリにしては、きびきびとしている。ダンの前だからだ。理由は、それしか考えらんない。
ダンが、変なふうに下半身をねじ曲げて倒れているあたしのからだを、ちゃんと仰向けに直してくれた。
床にきちんと横たわると、ユリがそこらへんをごそごそと動きまわっている気配が、ぼんやりとだけど伝わってくる。ヤクザはみんなムギに始末されたようだ。さだめし凄惨なことになっているのだろう。通路はきっと血の海である。
「あったわ」
ユリの声が聞こえた。
「これでしょ」
白いケースをダンに手渡した。
「そうだ」
ダンはケースを開けた。
中から解毒剤のカプセルと無針注入器を取りだした。
カプセルを注入器にはめこむ。
頸動脈を探り、その先端を、あたしの首筋に押しあてた。
注入器のボタンが押され、カプセルの中の薬液が、あたしの体内にしみこんでいく。
処置を終えると、ダンは、あたしの頭を静かに床の上に戻した。
あたしから離れ、視界から消えた。タロスとバードにも、同じ処置を施すのである。
三分くらいは、まったくなんの変化もなかった。
だめかな、と一瞬思った。
瞳が乾いたのか、目がちかちかする。
ええい、我慢できない。
まばたきした。
あら。
できるじゃない。
しきりに、まぶたをしばたたいた。ついでに、からだのあちこちにも力をこめてみた。
ほんの少しだけど、指先が動いた。震えるような感じだ。力を送りつづけていくと、振幅が徐々に広がる。
やがて、全身の筋肉が、反応しはじめた。
ためしに口を開いてみると、声がでた。
「カネークのばかやろ!」
「いつつつつ」
あたしの右横、ホバーカートの向こう側で、タロスが立ちあがった。
「ちくしょう!」
ヤクザを罵りながら、自分の頭をしきりに平手で叩いている。ほんの少しふらついているが、倒れそうな様子はない。鼻息荒く、膝の屈伸運動をはじめた。
「みごとに、はめられたな」
ダンが近づき、肩に手を置いた。
「面目ねえ」
照れたように、タロスは笑った。なんとなく、ひきつった笑顔だ。
かなり楽になったので、あたしもからだを起こした。
でも、立つのはまだむつかしい。膝が、がくがくしている。結局、足を曲げて抱えこみ、床に座りこんだ。
「ここまでは順調だったのよ」
体勢が定まったところで、あたしは口を開いた。舌が、うまくまわらなかった。濁音が、ら行の音になった。「順調」なんて「るんちょう」である。
「持ち伏せしてたヤクザの口を割らせて、とんとんとんと下りてきたんだからァ」あたしは、すぐ脇に立っているユリに視線を向けた。
「んでもって、隠れていた連中をここに追いつめたら……」
「シャッターが降りて、ガスを吹きつけられたのね」
後半をユリがひきとってくれた。
「頭《たま》にきちゃうわ。やることが陰険よ」
あたしは口をとがらせた。
「どうします。おやっさん」
バードが言った。バードも、あたしと同じで、まだ立ちあがっていない。でも、あっちはもうどうってことないみたい。平気な顔してる。口調も、いつもどおり。舌だってもつれたりしない。
「この別荘の地下は四階まであるとヤクザが言ってました」ダンに向かって、バードは言葉をつづける。
「この階を省いても、あと三フロア。けっこう大変ですぜ」
「やはり、二手に分かれて探るほかはないだろうな」
ダンは腕を組み、瞑目する。
「どういうふうに?」
タロスが訊いた。
「フロアごとにだ」
ダンはタロスを見る。
「まずはB2とB3ね」
クラッシャーのやりとりに、あたしは口をはさんだ。舌が、ようやく滑らかになってきた。
「あんたとタロスとクァールがB3ってのは、どうだ」
ダンは首をめぐらした。視線が、あたしを捉えた。
「おたくとユリ、それにバードがB2を受け持つのね」
あたしは言った。
「どちらも空振りなら、B3で合流して、一気にB4になだれこむ」
「俺はかまいませんぜ」
ムギとトレードされるバードが同意した。バードは立ちあがり、電磁メスのエネルギー・チューブを点検している。
「誰が捕まえても、ジュニアの息の根を全員が集まるまで止めないでおいておくというのなら」
同意したが、バードは条件をつけた。
「それと、ジャンニーニもよ」
あたしも補足した。ジュニアだけでは、だめ。『ルーシファ』の幹部も残しといてほしい。
「ジャンニーニ?」ユリが目を丸くした。
「ジャンニーニって、あのロード・ジャンニーニ?」
声を裏返して、訊く。
「そーよ」
あたしは、うなずいた。ユリとダンはジャンニーニがドルロイに来てるってこと知らない。
「生捕りにしたヤクザが吐いたの」あたしは言った。
「ジャンニーニもここにいるわ。ジュニアと一緒に、どっかに隠れてるのよ」
「すごいじゃない、それ」ユリが昂った。
「あんな大物。逮捕したら、ボーナスよ。休暇だってもらえちゃうわ」
「でしょ!」
あたしは、えいとばかりに腰をあげた。ユリは、さすがに相棒である。発想が、あたしとぜんぜん違わない。
「ずえったい逮捕よ! ボーナスをもぎとるのよ!」
二人揃って両手を突きだし、てのひらを音高く打ち合わせた。
「ごほん」
あたしの背後で、ざーとらしい咳が響いた。
ダンだった。
やばい。
はしゃぎすぎた。
あたしたちは、ぴたりと動きを止めた。
おどおどと振り返り、ダンを見る。
「よろしければ、行動に移りたい」
芝居がかった重い声で、ダンは言った。しょーがねえなあ、というニュアンスが、その口調にはこめられている。
「異存はないかな?」
皮肉っぽく訊いた。
「ありませえん」
あたしたちは合唱した。
ダンは黙って肩をすくめた。
4
B2に行く前に、B1をひととおりチェックした。もしかして、という可能性も皆無とはいえないからだ。
ロビーを中心に放射状に延びている通路を、五人と一頭で手分けして探った。
ロビー以外は、全部ゲストルームになっていた。この別荘を訪れた市民が宿泊するための部屋である。もちろん、表向きは、だけど。
部屋はどれも二間つづきのスイートだった。一室はリビングで、もう一室はツインのベッドルーム。設備は高級ホテルのそれと比較しても、ひけを取らない。壁は通常の発光パネルだ。ふんわりとやおらかく光っている。例の熱エネルギーをはね返す壁のように、ぎらぎらと不快な輝きを放ったりはしない。
部屋は、どれも空っぽだった。
予想どおりだけど、見事に誰もいない。
無人の部屋をひとつひとつまわりながら、あたしはユリから彼女とダンとムギがこのフロアに至るまでの経過を簡単に聞いた。
ユリたちは、あたしたちが突っこんだのとは反対側のウイング棟から正面棟のメインロビーにはいった。あっちのウィング棟は研修用のホールになっていた。
そのホールで、ユリはヤクザに襲撃された。あたしたちがアスレチック・ルームで襲われたのと同じだ。待ち伏せしてて、いきなりボウガンで矢を浴びせかけ、長ドスで斬りかかる。
ムギの奮戦もあって、ホールのヤクザはあっさりと始末した。
始末して、メインロビーに向かった。
メインロビーで意外な手を打たれた。
ムギを狂わされたのだ。
電波中毒である。
電波電流を自在に操るクァールは強力な電波を集中的に浴びると、電波に酔ってしまう。
酔ったクァールは、我を忘れる。理性を失い、爆発的に暴れたして、周囲に存在するものすべてを見境なく破壊する。
黒い狂戦士《バーサーカー》だ。
ジュニアだかジャンニーニだか知らないが(おそらくジュニアだろう)、かれらはホールでの一戦をモニターしていた。そして、ムギの正体を見抜いたのだ。
別荘の内部は妨害電波で満たされている。侵入者が、互いに通信機で連絡し合えないようにするためだ。
その電波をメインロビーで強めた。ムギを酔わせ、戦力から脱落させようと考えたのだ。
素人考えだった。
逆効果であった。
狂ったムギは、メインロビーで悪魔と化した。世界を滅ぼし、地上を廃墟に変える殺戮の魔獣。
ひそんでいたヤクザを手当たり次第に引き裂き、咬み殺し、壁といわず調度といわず粉々に打ち砕いた。
思わぬ事態に驚愕したジュニアは、あわてて電波を弱めた。
しかし、もう遅かった。
ユリとダンはメインロビーを突破し、正常に戻ったムギとともに、地下へと階段を下った。
そうしたら。
あたしたちがヤクザに囲まれ、通路に倒れていた。
「どうやら、ヤクザは壁がこれになっているところでしか、待ち伏せをかけようとしないみたいね」
総がかりのチェックを終え、ロビーにまた集まったところで、ユリが言った。
それは、あたしもクラッシャーも思いあたったことだった。
探索は空振りだったが、収穫はないわけではなかった。
確実ではないかもしれないが、目安ができた。
ヤクザは武器を限定した。
高エネルギー兵器阻害システムに防衛機構の多くを預けて、火器を排除してしまった。
狙いは悪くなかった。室内での戦闘では、火器はそれほど有効な武器ではない。乱戦になれば、同士討ちや誤射もあり得る。不意を打ちやすいが、むろん、打たれやすくもなる。指揮官クラスは、それを嫌う。ジュニアなんか、絶対に嫌がる。おまけに、銃撃戦では、人数を増やしても確実に有利になるとは限らない。かえって指揮が狂い、窮地に陥ったりもする。
B1を隈なく調べてみてわかった。
この館では、ヤクザは高周波ナイフを使う。
そのためには。
高エネルギー兵器阻害システムが要る。
「通常の壁面照明が使用されている場所は無視できそうだな」
ダンが言った。
「ちっとは手開か省けまさあ」
タロスがうなずいた。
ロビーをでた。
通路を経て、階段に戻った。
階段の照明は、高エネルギー兵器阻害システムのそれだ。
あたしたちは、入口でいったん歩を止めた。
「ムギ……」
あたしはクァールを呼んだ。
「うみぎゃ?」
「あなた、先に下りてちょうだい」あたしは言った。
「階段と下の通路を探るのよ。探って、異常がなかったら、一声咆えて。そうしたら、あたしたち下りていくから」
「がうるるる」
ムギは了承した。それも、喜んで。メインロビーで束の間野性に還ったムギは、暴れまわるのが嬉しくてしょうがないらしい。徴候としてはひじょうに危険なのだが、今はどちらかといえば助かる。
ムギは、ひらりと身をひるがえした。
すごい勢いで、B2めざし走り去る。
二十秒と待たなかった。
「うぉん!」
短い咆哮が、空気を震わせた。
これは。
オーケイの合図である。
通信機が使えないから、こういう原始的な方法に頼るしかないのだ。
「大丈夫よ」
ダンに向かって、ユリが言った。
あたしたちは、階段を駆け下った。
B2の通路で。
ムギがあたしたちがくるのを待っていた。
あたしとユリの顔を見て、あわただしく肩の触手を振った。
これ、手信号である。あたしたちとムギとの間で取り決めたやつだ。他人には通じない。
「人影なし。部屋数多し」
ユリが手信号の意味をクラッシャーに教えた。
それを受けてダンが階段から通路に踏みだし、左右を見渡す。
「この階は、全部がゲストルームみたいだな」
つぶやくように言った。
ドアがずらりと並んでいる。通常の壁面照明が淡く光っている壁には、数多くのドアが設けられている。
「しんどいぜ。こいつァ」
バードがやっそうな表情をした。照明の様子から見て、この階も空振りの公算が強い。
「あたしたちは下へ行くわ」
いい籤を引いたとほくそえみながら、あたしはユリに言った。
「どじ踏まないでね」
あたしの優越感を鋭く察知して、ユリがすかさず切り返してきた。
「そっちこそ」
あたしは余裕で受け流しちゃう。
「行くぜ」
タロスが言った。
あたしはユリに軽く手を振り、きびすを返した。
また、ムギに先頭に立ってもらった。
今度は、階段で待機しない。ちょっと距離を置いて、ムギにくっついていく。
静かだ。館内は、本当に静かだ。何ごともない。ジュニアはどっかで、このさまを眺めているんだろうが、打つ手がないのかしら。それとも、この先に切札を用意しているのだろうか。
B3の通路にでた。
階段の途中から見ても、壁がぎらぎらと輝いているのがわかる。この階は、明らかにB2よりもやばい。
「ぐるるるる」
ムギが唸りだした。首を左っかわにかしげ、体毛を逆立てて黄金色の瞳を炯炯と光らせている。殺気がすごい。全身からあふれだしてて、それが、びりびりと伝わってくる。どうやら、ムギは何か気配らしきものを感じとっているようだ。あるいは、電波が強くなっているのかもしれない。だとすれば、電波中毒のおそれもある。
「やっぱり、この階だな」
タロスが言った。口もとが少し緩んでいる。嬉しそうだ。
「どうするの?」
あたしは訊いた。雰囲気はよくないが、とりあえず通路は無人だ。罠を警戒してここに籠っていても、埓はあかない。
「これを持ってろ」
タロスはジャケットの内ポケットを探り、そこからふたつに折り畳まれたアイマスクと、小さなピルケースを取りだした。
「マスクは顔にへばりついて目を守る。ケースん中のカプセルは、一種のエアボンべだ。口に含むと酸素が供給されるから、十分くらいなら息を止めていられる」
これってば、つまりガス対策。なるほど、いざって時これをつければ、ペルフタミンAもそれ以外の刺激性のガスも、ちょっとくらいなら我慢できる。
「なんでも、あるのねえ」
あたしは、ため息をついた。アイマスクなんか、レンズに着色してあって、サングラスまで兼ねている。
「黒いのを見ろ」タロスは言葉をつづけた。
「さっきからしきりに左手のほうを窺っているだろう」
「うん」
「狙い目はあっちだ」
タロスはムギの視線の先を指差した。
通路は左右にまっすぐ延びている。枝路は、ざっと見た限りだが、ぜんぜんない。これ一本きりだ。でも、光っているから判然とはしないが、壁のところどころには、扉とおぼしき拒形のラインが散見される。あの扉の向こうには、別の通路が口を開けている可能性だってある。
「あっちに行くぞ」タロスはにやりと笑った。
「俺は、動物の直感ってのを信じるんだ」
ちょっと照れくさそうに言う。
けっこうじゃない。
あたしは、その判断を受け入れた。クァールは、ただの動物ではない。超生物だ。信頼に足る。
「お行き、ムギ」あたしはクァールに向かって言った。
「行って、先導を務めてよ」
ムギは動いた。
触手をざわりと波打たせ、軽くジャンプした。
五メートルほど先、通路の左手中央に、ふわりと降り立った。
うしろを振り返り、あたしたちを見る。
とりあえず、大丈夫みたい。
まずタロス。つぎに、あたしが通路へと進みでた。
手には長ドスを提げ、壁に背中をくっつけて速めの足取りでムギを追う。
十メートルくらい進んだ。最初の扉らしき矩形のラインが、すぐそこまで近づいた。
あそこが開くかどうか。
ムギ、試してみて。
あたしは、そう言おうとした。
でも、言えなかった。
向こうが仕掛けてきたのだ。
待ってましたとばかりに。
5
いきなり真っ暗になった。
意表をつかれた。
まさか、こんなことをするとは思ってもみなかった。
ジュニアは高エネルギー兵器阻害システムを切ったのだ。
切れば、壁は輝きを失う。
通路には、ほかに照明がない。だから、周囲は漆黒の闇に包まれる。
まったくの闇。完全な闇。ホントにもう何も見えない。
あわてた。ちょっとパニックしかけた。
だが。
まじにあせったのは、その直後だった。
ぱぱっと行手が光った。
ストロボみたいな鋭い光だった。光は糸よりもまだ細く、あたしたちに向かって一直線に伸びてきた。
レーザーライフル。
よけられっこない。光った、と思ったときには、とっくにあたしの腕やら腰やらを光条が擦過していた。
しゅんしゅんと音をたてて、肌を覆うポリマーが蒸発する。
あたしは床に身を投げだした。
スライディングして、長ドスを左手に移し、右手でホルスターからレイガンを抜いた。
銃口はここらへんだろうと見当をつけて、トリガーボタンを押す。
また光った。
七、八条が、いっぺんに襲ってくる。
とてもかなわない。狙いは正確だし、出力もあっちのほうがずっと大きい。
やたら射たれた。滅茶苦茶に射たれた。あんまり射たれたので、耐熱ポリマーも役に立たなくなりだした。
たいしたことないけど、あちこちに火傷を負った。
こうなったら。
逃げるっきゃない。
這うようにして、後退した。
闇に目が慣れて、ぼんやりとだけど壁の切れ目が見える。
あそこ、階段だ。
あん中にはいれば、レーザー攻撃から逃れられる。
ごろごろと転がった。
お尻から飛びこんだ。
階段も真っ暗だった。まさか、ここにもレーザーが、と怯えたが、別に射たれたりはしなかった。どうやら砲身が埋めこんであるのは、あの通路だけらしい。
音がした。
何かをひきずるような音だった。あたしのすぐ横に、人の気配が生じた。荒い息づかいと低い唸り声。そして、それに呪いの言葉が重なっている。
「ぼかやろう。地獄に堕ちろ」
タロスだ。
明るくなった。
これもまた、だしぬけだった。
壁にぎらぎらとした輝きが戻り、あたしは思わず両の目を覆った。
痛い。目の奥がすごく痛い。頭がくらくらする。
しばらく目を閉じていた。
ちょっと間を置いてから、そおっと開いた。
まだ少しまぶしいが、痛いほどではない。
「ざけやがって、あんくそガキ!」
タロスが罵声をとばしている。クラッシャーは負傷したらしい。仰向けになって、階段の端に横たわっている。ジャケットの脇腹が、焼け焦げて黒い。左顎にも赤い火傷がある。顎はかすり傷だが、脇腹のは直撃だ。さしもの防弾耐熱ジャケットも、正面からレーザー光線に灼かれたのでは、カバーのしようがない。貫通は免れたものの、熱はもろにタロスの肉体に伝わった。
「動ける?」
あたしはタロスに訊いた。
「なめるなよ」タロスは頬を震わせた。
「ばらばらにされても、立ってやる」
目を剥き、歯を噛み鳴らして、タロスは上体を起こした。
「うぎゃおう」
咆哮があたしの耳をつんざいた。
怒りの声。激昂の叫び。
ムギだ。通路のほう。あたしは首をめぐらした。
こっから見える範囲には姿がない。
あたしはそろそろと通路に近づいた。
「うぐるるる」
ムギの唸り声が響いてくる。
あたしは壁からちょっとだけ顔を覗かせた。
通路の左手に目をやった。壁が光っているから射ってはこないはずだけど、いつまた消えるか予測できない。だから、慎重に覗く。
顔が半分以上、通路にでた。
そこで、ようやく。
ムギが見えた。
んままっ。
あたしは驚いた。あいつってば、あんなとこに。
ムギは逆さまになっていた。
頭が下で、手足が上。
ぶら下がっているのだ。天井から。
レーザー攻撃をかわして、ムギは真上に跳んだ。
跳んで、天井に爪を立てた。
KZ合金だって、切り裂いちゃうほど鋭く硬いクァールの爪だ。
根元まで、簡単に食いこんだ。
天井には、ひびが走っている。そのせいだろう。天井は、そこのとこだけ光を失っている。
ムギは巻きひげを震わせていた。
小刻みに、しかし、激しく震わせている。
何する気かしら。
あたしはムギを凝視した。ムギは巻きひげを使って電波電流をコントロールする。
と、いうことは。
ぽん。
唐突に壁が弾けた。
「きゃっ」
あたしはまた新手の攻撃かと思って、かーいらしく首をすくめた。
でも、違った。
そうではなかった。
攻撃は、ムギが仕掛けたのだ。
弾けたのは、レーザー砲だった。
壁に埋めこんであった大型のレーザーライフルが爆発した。
闇に乗じての狙撃で、ムギはレーザー砲の位置を知った。数もわかった。出力も見当がつく。こうなれば。
あとは容易い。
電流を操って、レーザー砲を瞬時に過負荷にする。
セイフティは働かなかった。
大量のエネルギーが、レーザー砲の内部で行き場を失った。
砲筒が吹き飛んだ。
壁がめくれ、砕け散った。
ぽん。ぽん。ぽん。
レーザー砲はつぎつぎと弾ける。ほとんど間を置かない。連続して爆発する。
「こいつァ、いいや」タロスが、あたしに並んだ。
「これで一気に突っこめる」
電磁メスを振りかざし、再び通路にでた。
負傷の影響なんて、まるでない。行動だって素早い。ため息がでるほどタフ。するするとムギの真下まで進んだ。
冗談じゃないわよ。
遅れたら恥よ。
あたしはタロスを追っかけた。
追っかけて、すぐうしろについた。
そのとき。
また壁の光が消えた。
闇。
真っ暗闇。
今度は冷静だった。まったくうろたえなかった。
レイガンを抜き、構えた。タロスもヒートガンを手にした。
レーザー砲は、四、五門、生き残っていた。
その生き残りが、光線をほとばしらせた。
光条が、夕立のように降ってくる。
あたしは負けない。踏みとどまって射ち返す。タロスもムギも反撃する。
ほんの数秒で、かたがついた。
レーザー砲は全滅した。
壁が光を放った。
憎いタイミングだった。
レーザー砲が沈黙するのと同時である。
あたしはまだトリガーボタンを押していた。タロスもそうだ。ヒートガンを撃ちつづけている。
光線が、壁に向かって伸びた。高エネルギー兵器阻害システムが再始動して、壁はぎらぎらと輝いている。
レイガンの光条が、壁に吸いこまれた。
つぎはヒートガンの熱線。
あたしはとっさに壁際に身を寄せ、丸くなった。
熱線が、壁に当たって反射する。
通路を駆けめぐった。
床で跳ね、壁で跳ね、天井で跳ねた。
最後は、ムギをかすめた。
ムギに掴まれて、ひびがはいっている機能を停止した天井。
そこに命中した。
熱線が、ひびの奥に飛びこんだ。
天井が粉々に砕けた。
「うみぎゃ」
破片と一緒に、ムギが落っこってきた。
空中で体をひねって、床にすたっと立つ。
その間に、タロスが前進した。
例の、扉らしき矩形のラインが壁に切られている場所まで駆け寄った。
壁に背中をもたせかけ、ベルトのホルダーから光子弾をひとつ外した。
あたしとムギも、扉の脇まで進んだ。
扉を挟んで、タロスは奥。あたしとムギは手前。通路は、さっきの銃撃戦で、ぐちゃぐちゃになっている。とくに、レーザー砲が仕込んであった天井のあたりがひどい。たぶんジュニアはあたしたちの行動をモニターできないだろう。あんなんでは、テレビカメラがあっても絶対に壊れている。
タロスがサインを送ってきた。アイマスクをかけろってしぐさだ。
あたしは、その指示に従った。
タロスは、今度はムギに目で合図した。
開けてくれ、と言っている。
この扉のことだ。ムギはオーケイと触手を振った。
巻きひげを震わせた。
扉が開いた。
間髪を容れなかった。
タロスは扉の向こうに、光子弾を投げ入れた。
確認もしない。警告も発しない。
まず放りこむ。
光子弾は、光の爆弾である。
いわゆる目くらましというやつだ。熱も爆風も伴わない。白い強力な光だけをまわりに撒き散らす。光は数秒つづき、その間は何にも見ることができない。アイマスクをつけていてもだめだ。つけてて物が見えるのなら、そのアイマスクは役に立っていないことになる。そのくらい強烈な光なのである。
光子弾が、爆発した。
光球が丸く広がった。
「げっ!」
短い悲鳴が聞こえる。
やっぱり、誰かいるんだ。
あたしは床を蹴った。
扉を抜け、真っ白な光の塊の中に飛びこんだ。
足を運びながら、長ドスをでたらめに振りまわす。見えないから、わかんないけど、タロスも同じことをしているはずだ。
手応えがあった。
何かを両断する鈍いショック。そんなに硬くない。適度に弾力がある。
手応えは、二、三度感じた。
光が薄くなる
消えはじめると早い。
ふっと消えた。
アイマスクをむしり取る。
いた。
ヤクザが団体で。
かなり広い部屋だった。真正面が、コンソールになっている。その前の壁は、一面がスクリーンだ。大小さまざまなスクリーンがひしめき、そこに別荘の内部や島内のあちこちの様子が映しだされている。
これは。
制御室だ。
あるいは作戦指令室とでも呼んでいるのか。
視力を回復したヤクザが、わらわらと寄ってきて、あたしたちを囲んだ。
あたしたちは、扉とコンソールデスクとのほぼ中ほどに立っていた。足もとにはヤクザが何人か転がっている。あたしとタロスが闇雲に振りまわした長ドスの餌食になった不幸なヤクザだ。
タロスは、あたしの左っかわ、ムギは真うしろに位置している。ムギの瞳は、らんらんと炯っていて、あたしが見ても怖いくらい。
ヤクザは予想外に多かった。
三十。いや、四十人近くいる。この部屋も高エネルギー兵器阻害システムが働いているので、得物は高周波ナイフだ。もちろん、みんな手にしている。手ぶらなんて奇特なヤクザは、ひとりもいない。
あたしは、ヤクザの顔をざっと見まわした。
どれも、すごい形相だ。目を吊りあげ、歯を剥きだしている。間を詰めたら、斬りかかってこずに噛みつこうとするんじゃないかしら。
その中に。
二人だけ、知っている顔があった。
どちらも実物を見るのは初めてだが、写真ではお目にかかっている。
一人は、褐色の肌の小男だった。あきれるほど派手なストライプ柄のスーツに、ずんぐりとしたからだを包んでいる。趣味の悪い貴金属をたっぷりと身につけ、丸い顔に大型のサングラスをかけている。顔には無数のあばた。低い鼻はひしゃげており、唇は肉が厚くて横に広い。
ノボ・カネーク・ジュニア。
写真よりもずうっと醜い、この男がそうだ。
そして、もう一人の方は。
顔だけでなく、からだまでが丸い赭ら顔の中年男たった。目が小さく、こずるそうな表情をしている。グレイのマントつきスーツはいずれ名のあるテーラーが仕立てたものだろうが、この男が着ると、そうは見えない。ディスカウント・ショップのバーゲン品に間違えられる。そのくらい貫禄に乏しい。
だが、少しも大物に見えないこいつこそが、真の大物である。
ロード・ジャンニーニ。
『ルーシファ』の幹部だ。
「やっと、面子が揃ったな」
タロスが言った。口の端に薄い笑いを浮かべている。殺気がすさまじい。オーラのように広がって、渦を巻いている。
「いよいよ決着をつけるときがきた」
タロスはずいと前にでた。その行手には、ジュニアがいる。屈強なヤクザにガードされたジュニアは、蒼白だ。血の気を失い、頬のあたりをひくひくと痙攣させている。
「カネーク、死んでもらうぜ」
電磁メスを、タロスは正面に突きだした。
ヤクザが動いた。
さあっと集まり、ジュニアとジャンニーニの姿を覆い隠した。
「どけい!」
タロスが突っこむ。
負けてらんない。
あたしも乱入。
どかん。
轟音が耳朶を打った。
きいんと耳鳴り。
白煙が立ち昇った。
右手のほうからもうもうと押し寄せてきた。
何がなんだか、わかんない。わかんないけど、ヤクザが斬りかかってくる。
だから、何があったか、たしかめてるひまもない。
手当たり次第に斬り伏せた。
何があったかは、あとでわかった。
ジャンニーニが、壁を爆破したのだ。
爆破して穴を開け、通路に逃げた。
あらかじめ、壁に仕掛けておいたらしい。それも、ジュニアには内緒で。いざってときに備えておいたのだ。この辺が、大物と小物の違いである。大物は生きのびるためなら必死になる。
「うおん!」
ムギが咆えた。
咆えて、跳んだ。
わたしも、ついていこうとした。
それを阻まれた。
ヤクザがずらりと並び、あたしに長ドスを突きつける。
そんときに、気がついた。
ジャンニーニが、いないってこと。
ジュニアは、いる。おろおろしながらも、ヤクザに守られてタロスの切っ先の届かない位置にいる。
でも、ジャンニーニはいない。その姿は、この部屋のどこにもない。
白煙が少しおさまった。
穴が見えた。
壁にぽっかりと開いた巨大な穴。その向こうは、通路だ。穴を、今しもムギがくぐろうとしている。ムギは目撃したんだ。あの穴からジャンニーニが逃げだすところを。
ヤクザが、ずらりと一列に並んだ。
長ドスを構え、あたしたちの前に立ちはだかる。
タロスは、あたしの横。あたしたちとヤクザとの間合いは、ざっと二メートル。ジュニアは、さらにその背後にいる。ジャンニーニの開けた穴をちらちらと見ている。どうやら、自分もあそこから逃げだしたいらしい。
あたしたちとヤクザは、睨み合いになった。
向こうは、慎重になっている。すぐに動こうとしない。あるいは、ジャンニーニのために時間を稼いでいるのか。ヤクザはジャンニーニの部下だ。ジュニアの手下ではない。
しばし、そのままになった。
その均衡が。
意外なことで破れた。
穴から誰かがはいってきたのだ。
人影が三つ。
穴を越え、こっちへと進んでくる。
その先頭に立っているのは、なんと──。
「ユリ!」
あたしは叫んだ。
大声で、名を呼んだ。
「おやっさん」
タロスも声をあげた。
これはもう驚くほかはない。
ユリ。ダン。バード。
B2にまわった三人ではないか。
来るのが、やけに早い。
早いが、助かった。
B2は、完全な空振りだった。フロアは細かいゲストルームに分かれていて、ヤクザなんか一人もいなかった。だから、さっさとチェックを済ませて、三人はこの階に下りてきたのだ。そうしたら、目の前で壁が爆発した。穴が開き、その向こうに、コンソールデスタとスクリーンが見えた。見えたとなれば、当然はいってくる。
中には。
ヤクザとジュニアとあたしたちがいた。
あたしたちの声で、ヤクザはいっせいに首をめぐらした。
振り返り、隙だらけになった。
バードが、すかさずその隙をついた。
長ドスを高くかざし、ヤクザの列に突っこんだ。
たちまち二人を屠った。
ヤクザが、わっと退がる。
退がって、散った。
チャンスだ。
あたしたちも斬りこんだ。体勢が崩れれば、人数差なんて関係ない。勝負はこっちのもの。
ヤクザは算を乱す。
しかし、乱しながらも、包囲は解かない。五、六人単位で、ちゃんとあたしとタロスを囲んでいる。
「ユリ!」
あたしは、もう一度、相棒を呼んだ。
ユリが、こっちを見た。うまい。ユリは囲まれていない。一人で乱戦の端にいる。
「ジャンニーニを追って!」あたしは大声で怒鳴った。
「壁を爆破して逃げたの。ムギがくっついている!」
声は、ユリに届いた。
ユリはうなずいた。
うなずいて、身をひるがえした。
「バード!」
それを見て、ダンが機関士を呼ぶ。
「へい」
バードも囲まれていない。ダンは五人を相手にしている。
「ユリのカバーにまわれ!」ダンは言った。
「こっちは、俺たちだけで充分だ」
「わかりやした」
かかってきたヤクザを無造作に電磁メスで薙ぎ払い、真二つにして、バードは応じた。
きびすを返し、穴に向かおうとする。
その足が。
瞬時、止まった。
振り向き、こっちを見る。
「ジュニアを殺《や》っちゃ、だめですぜ」
注文をつけた。
ううむ。
あたしは唸った。
したたかなやつ。
なんて執念なの。
7
何人かのヤクザが、ユリとバードの意図を察した。
あわてて行手にまわりこみ、二人がジャンニーニを追うのを阻止しようとする。
そうはさせない。
タロスが取り囲んでいた連中を蹴散らし、そのヤクザを横から襲った。
がむしゃらに割ってはいり、長ドスをプロペラのように振りまわす。
ヤクザは釘づけだ。タロスの電磁メスをかいくぐって先に進む度胸は、ヤクザにはない。そうこうするうちに、ユリとバードが、この場を脱した。
あたしは残っているヤクザの数をかぞえた。
十七人。
半分以下になった。
そのうち六人が、ジュニアのまわりを固めている。
ダンが自分を囲むヤクザの群れを破った。
破って、ジュニアに迫った。
六人が、ダンとジュニアの間で身構えた。
さらに三人が、ダンの背後についた。
いっせいにかかって、ダンの動きを止める。ダンはジュニアを追いきれない。九対一では、さすがに受けるのが精一杯だ。
押し戻された。
ジュニアは逃げる。
アタックは失敗に終わった。
しかし、ダンの果敢な攻撃は、事態を好転させた。
ジュニアにかまけて、あたしたちのほうが手薄になったのだ。
あたしとタロスに、八人しかかかってこない。これは、楽勝とはいえないまでも、かなりこちらに有利な状況だ。
あたしは斬った。斬って斬って、斬りまくった。
タロスも同じ。
優位に立ったら、あとには引かない。気迫でねじ伏せ、かさにかかって攻めたてる。
たちまち、タロスのまわりからヤクザが失せた。
こうなれば。
やることはただひとつ。
ジュニアを追いつめ、叩っ斬る。
ジュニアは明らかに怯えていた。
クラッシャーの殺気を感じとり、恐怖に打ち震えていた。
ここには、いられない。とどまっていたら、確実に殺《や》られる。
どうやら、そう判断したみたい。四十人いたヤクザが、今はわずかに十人足らず。これが、五人になり、ゼロになるのは時間の問題だ。そんなことは、誰にだってわかる。
ジュニアは逃亡をはかった。
迫りくるタロスを護衛のヤクザに任せ、自分は壁の穴へと走った。
タロスが、それを追う。ヤクザが止めようとするが、無理だ。止めきれない。
タロスはヤクザを一蹴した。
タロスが行くんなら、あたしも。
前を塞いでいるのは、わずかに三人。
「おどき、チンピラ!」
あたしはしゃにむに長ドスを揮った。
道がひらけた。
ジュニアが通路にでる。タロスが穴に向かう。あたしもダッシュする。
うしろからヤクザが追いすがってきた。
振り向きざまに袈裟懸け一閃。
血へどを吐いて、ヤクザが崩れる。
ダンと目があった。
残っているヤクザは六人。それをダンが食い止めている。
「行け!」
ダンの目が、そう言う。行って、ジュニアを地獄に送れ。
わあったわ。絶対、仕留めるわ。
あたしはうなずいて、ダンに答えた。
それから、全力で走った。
穴に達した。
くぐると、そこは通路。
誰もいない。タロスの姿もない。通路だけが、左右に延びている。どっちなの。あたしは唇を噛んだ。首をかしげ、耳を澄ませた。
かんかんかん。
足音が響く。
これってば、タロスの足音。
硬く、規則正しい。
階段だ。階段で反響している。
あたしは、階段に飛びこんだ。足音は、上ではなく、下に向かっている。
階段脇の壁に、メッセージがあった。
ムギからのメッセージだ。
三条の深い爪あとである。爪あとは下り階段に沿っており、それがB4へとつづいている。
ジャンニーニもジュニアも、下に逃げた。
あたしは階段を駆け下った。
二つ目の踊り場を過ぎた。
ターンすると、そこに背中がある。
黒のジャケット。タロスの背中だ。
ぶつかりそうになって、あたしは急停止した。
「約束は守ったぜ」
タロスが言った。あたしに言ったんじゃない。階段の下にいる相手に向かって言ったのだ。
あたしはタロスの肩越しに、B4の通路を窺った。
ジュニアとバードがいた。
ジュニアは背中、バードは顔が見える。
はさまれているのだ。ジュニアは、バードとタロスに。バードのさらにうしろには、ムギとユリもいる。
ジュニアは絶体絶命だ。これでは、どうあがいても逃げらんない。
「生涯はじめてだな」
タロスの言に、バードが応じた。
「ぬかせ」
タロスが唸る。
それで、わかった。タロスの言う約束ってのは、バード抜きでジュニアは殺らないってやつだ。
「武器を捨てなさい、カネーク」いきなりユリが口を開いた。
「もう、これまでよ」
この緊迫したシーンで、すごく場違いな科白を吐く。あたしは力が抜けた。ユリのたこ。ここまできて、今さら降伏勧告でもないでしょ。
でも。
そのとんちんかんな降伏勧告が、結果的には、ジュニアの肚を決めさせた。
「やかましいやい」ユリに降伏を勧められて、ジュニアはむきになった。
「クラッシャー風情に頭が下げられるか。俺はドルロイの二代目だぞ」
一世一代の啖呵を切った。
長ドスを低く構え、バードとタロスを交互に見た。
それから、バードに向かって、じりじりと進む。
タロスが、そのあとをゆっくりと追い、間を詰めていく。
ジュニアの頬がひきつる。唇がめくれあがり、大きく歪む。
「てめえらに──」ジュニアは絶叫した。
「てめえらに、何がわかる!」
長ドスを振りあげた。
バードに斬りかかった。
バードはそれをひらりとかわす。
ジュニアの左手にまわりこみ、電磁メスを上から下へと振り下ろした。
じゅぼっ。
ブレードが、ジュニアの肉を灼き裂いた。
「がっ!」
呻きとも悲鳴ともつかぬ声を発して、ジュニアはのけぞった。
そのまま、独楽のようにくるくると回る。
こっちを向いた。
タロスの真正面である。
両腕を広げ、うつろな瞳で、タロスを凝視する。
「あばよ」
タロスは電磁メスを左右に薙ぎ払った。
「!」
ジュニアのからだが小さく跳ねて、まっすぐにのびあがった。
硬直した。
動きが止まり、その姿勢のままで数秒が過ぎた。
ややあって。
ジュニアは、静かに崩れた。
仰向けに倒れ、床に転がった。
タロスが、大きく息を吐く。
バードはよろめいて、片膝をついた。ムギが触手で、その腰を背後から支えた。よく見ると、バードはひどい火傷と怪我を負っている。額や首筋にも、乾いた血がこびりついている。
「終わったな」
ダンがB3から下りてきた。
「ヤクザは?」
首をめぐらし、あたしは訊いた。
「片づけた」
答えは短い。
「まだよ」それをユリが否定した。
「まだ終わってないわ。ジャンニーニが逃げたの。たぶんシャトルだわ。崖から発進してるはず……」
サイレンが鳴った。
けたたましいサイレン。
ユリの言葉が掻き消された。
「異常発生。異常発生」
サイレンに重なって、もっと騒がしい合成ボイスが甲高くわめき散らす。
あたしは、合成ボイスの警報に耳を傾けた。
「──動力炉の圧力がイエローゾーンを越えました。退避して下さい。至急退避して下さい」
合成ボイスは、そう言っている。
圧力オーバー?
至急退避?
あまりのことに、あたしはぶっ飛んだ。
あによ、それ。
いったいどーしたっていうの?
8
「さっきのブラスターだわ。バードを狙ったやつ。あのコンソール、ダミーじゃなかったのよ」
ユリが言葉を継いだ。
意味が、ぜんぜんわかんない。
あとで、事の詳細を聞いて、ようやく理解できた。
ジャンニーニは、動力炉のコントロール・センターに逃げこんだ。
別荘のB4には、動力炉が据えられていた。一基で、ミストポリスの全エネルギーがまかなえる本格的な動力炉だ。
そのコントロール・センターに。
脱出用のシャトルが隠されていた。
コントロール・センターの中で、ユリたちはジャンニーニと対峙した。ジャンニーニはハンドブラスターを手にしていた。
動力炉のコントロール・センターでは、火器は使用できない。高エネルギー兵器阻害システムが作動しているのと意味は違うが、条件は同じだ。使用すれば、大変なことになる。へたにコンソールを撃ち抜いたりしたら、動力炉の制御が狂って、炉が暴走する。暴走した動力炉は、一種の時限爆弾である。何十分か後には、確実に炉の内圧が限度を超えて、大爆発に至る。
コントロ−ル・センターには、ダミーのコンソールがいくつか備えてあった。
ジャンニーニは、ハンドブラスターで、それを狙った。
動けば、本物を射抜く、と脅す。
脅しておいて、自分は、シャトルの搭乗ハッチにもぐりこもうとした。
ユリたちに背を向け、ハッチのキーパネルにてのひらを置く。
その一瞬をバードは逃さなかった。
ムギの力を借りて、バードはジャンニーニに飛びかかった。
ジャンニーニは、ハンドブライスターで本物のコンソールを撃ち抜いた。
炎がバードを包み、ジャンニーニは、ハッチの奥へと消えた。
轟音が響き、シャトルは発進した。
別荘は、崖に面して建てられている。動力炉のコントロール・ルームは、崖のすぐ裏っかわだ。トンネルを掘って、それをカタパルトにしておけば、発進と同時にシャトルは海上へと躍りでることができる。
「緊急。緊急」
合成ボイスは、いよいよかまびすしい。サイレンと一緒になって、きんきんと叫んでいる。
「動力炉の圧力がレッドゾーンに達しました。制御不能です。ただちに退避し、島外に脱出して下さい。繰り返します……」
「やばいな」
アナウンスを聞いたタロスがつぶやいた。まるで他人《ひと》事《ごと》みたいな口調。
あたしの背筋が、すうっと冷えた。
この口調、本当にやばいときにしか、タロスは使わない。
と、いうことは。
今は本当にやばい。
「上へ!」血相を変えて、あたしはわめいた。
「爆発するわよ、動力炉!」
そうなんだ。
爆発するんだ。
暴走しはじめた動力炉は──。
あたしたちは、走った。
あせって、階段を駆け昇った。
負傷しているバードはムギが背負い、四人と一頭は、全速力で一階をめざした。
メインロビーを駆け抜け、中庭に飛びだす。
嵐は、まだおさまっていなかった。
激しい風雨が、あたしたちを叩いた。
ちょっとは弱っていたが、依然として嵐は嵐だ。強風が吹き荒れ、滝のような雨が横殴りに落ちてくる。空は灰色の雲に覆われていて、視界は、きわめて悪い。
あたしたちは、〈アトラス〉の待つ空港に向かおうとした。ユリとダンは、中庭に着陸させた〈マイノス〉に駆け寄る。
走りながら、あたしはなにげなく海上に目をやった。
「あっ!」
思わず、声をあげた。
「見て、あれ。すぐそこ!」
あたしは叫んだ。叫んだが、自分でも自分の声がはっきりと聞きとれない。風に吹き消されてしまうからだ。
それでも、みんな、あたしのほうを見た。あたしは上空を指差した。上空といっても、それほど高い位置ではない。高度は、せいぜい千メートルくらいだ。
そこに。
小型のシャトルが浮かんでいた。
〈マイノス〉よりもほんの少し大きい、細長い形状のシャトルだ。低空を、ふらふらよたよたと飛行している。
どうやら、エンジンを損傷しているらしい。うまく操縦できないみたいだ。かろうじて旋回しているが、その軌跡が波打っている。
「あっ!」
今度はユリが叫んだ。
「あっちにも、何かが!」
左手、上空を指し示した。
渦を巻く灰色の雲。
その雲を引き裂くようにして、巨大な白い影が降下してくる。
宇宙船だ。航空機タイプの。外洋型である。色は白いが、純白ではない。青銀がかって、くすんでいる。
もちろん、知らない船ではない。
それどころか、あたしは、あれに乗って、この島に降りた。
〈アトラス〉。
でも、どうして? どうして、〈アトラス〉があんなとこ飛んでるの?
あたしたちは、声もなく立ち尽くした。状況が把握できない。まるで、夢を見ているような気分。
呼びだし音が鳴った。
だしぬけに。けたたましく。
クラッシャーのジャケットに装備されている通信機の呼びだし音だ。三人のクラッシャーの左手首で、いっせいに鳴り響いている。
クラッシャーは、通信機のスイッチをオンにした。
「うひゃひゃひゃ」
奇怪な笑い声が、飛びだした。
「かましたぞ。ジュニアのシャトルに!」ガンビーノの声だ。
「やっぱり、見せ場は、わしじゃのう」
華々しく、いばり散らす。上機嫌だ。浮かれている。
「残念だったな、じいさん」その機嫌をタロスが打ち砕いた。
「カネークは俺たちが始末した。あれに乗っているのは、『ルーシファ』のジャンニーニだ」
「なあにい」
「ジュニアじゃないんだ。じいさん」
「嘘だろう」
ガンビーノは信じない。
「いや。本当だ」
ダンが引導を渡した。
「ちくしょうめ」
罵声が飛ぶ。銀河をしろしめす神々を、老クラッシャーは口汚く罵る。
ガンビーノは、〈アトラス〉を乗っ取った。
ジャンニーニが、シャトルで別荘から逃げだす直前である。
悪魔のような技でベッドから抜けだしたガンビーノは、〈アトラス〉を管理していたドンゴから操船指揮権をもぎ取った。
そのすぐあとに、ジャンニーニのシャトルが発進した。
ガンビーノは、てっきりジュニアが逃げだしたと思った。ジャンニーニがドルロイに来ていることなど知らないガンビーノにしてみれば、シャトルで脱出できる人物となると、これはもうジュニアしか考えられない。
あわてて〈アトラス〉を離陸させ、シャトルを追った。
警告を発したが、無視された。
そこで、ダメージの小さいペンシルミサイルを発射した。
ミサイルはシャトルのエンジンを一基、撃ち抜いた。
飛行の自由を失ったシャトルは、大きな弧を描いて旋回し、バリシア島の上空に戻ってきた。
高度が、じりじりと下がる。
このままだと、まもなく不時着する。
「降りたら、逮捕よ」
あたしとユリは顔を見合わせた。
ボーナス≠ニか休暇≠ニかの言葉がしきりと浮かびあがってくる。顔がほころび、笑い声が漏れそうになる。
シャトルは、嵐をついて、高度五百メートルくらいにまで降下した。
あとちょいよ。しっかり降りて!
あたしはジャンニーニに、声なき声援を送った。落っこちて、死なれちゃっては困るのだ。
『ルーシファ』の幹部ともなると、生死は重要である。死なれたんでは、今後の捜査につながっていかない。当然、ボーナスの額にも影響する。
でも。
機体が安定していたのは、そこまでだった。
突風が吹いた。
瞬間で百メートルを楽に超える高速の乱気流が生じた。
機体が、ふわりと浮いた。
あおられ、ひっくり返った。
失速して、きりもみ状態になる。
すとーんと落ちた。
だめ。待って。と願っても、無情に地表が迫る。
鈍い圧縮音。
非常脱出装置が働いた。
ハッチが吹き飛び、シートに着いたままのジャンニーニが機外に射出された。
シートが外れ、ハンドジェットを背負って、ジャンニーニが宙を舞う。
舞うけど、体勢が整わない。嵐に翻弄され、めちゃめちゃに振りまわされている。非常脱出しても、非常時はつづく。ハンドジェットは、強風に弱い。よっぽどのベテランでないと、バランスを失する。
ジャンニーニは逆さまになった。
頭が下で、足が上。ハンドジェットの噴射も逆になる。ジャンニーニは、地上に向かって加速しているのだ。
必死だった。レバーを操作し、ノズルを絞る。ありとあらゆる方法で、ジャンニーニはあがいた。
しかし。
「だめだ」
タロスが言った。
そのとおりだった。
ついに体勢を戻せず、ジャンニーニは墜落した。
別荘の裏手に林がある。
その林の真ん中に、ジャンニーニは落ちた。
頭からの激突。
見なくても、わかる。
間違いなく即死だ。賭けてもいい。あれで生きてたら、あたし腹を切る。
「ヤクザの末路だな」
バードが、ぼそりと言った。
バードを背中に乗せているムギが、同感というふうに触手を高く持ち上げた。
「とにかく一件落着だわ」あたしはタロスを振り返った。
「気は済んだ?」
ちょっと訊いてみた。
「苦いぜ」
タロスは、独り言のように答え、首を左右に振った。
「ふうん」
あたしはタロスの横顔を眺めた。
しばらく、そのまま見つめていた。
足もとが揺れる。
地鳴りみたいな音が、大地の底から響いてくる。
いよいよ爆発だ。
動力炉ごと、島が吹き飛ぶ。
9
人。人。人。
ステーションのロビーは、無数の人で埋まっていた。
ドルロイに着いたとき、入国審査を受けるためにドッキングさせられた中継ステーションである。もっとも、ロビーは別物だ。あのときのロビーは、ユニットごと本体から切り離されて爆発した。
今いるロビーは、あのあとでメインに昇格した予備ユニットの中にある臨時のロビーだ。前と違うのは、ユニットとユニットがカートじゃなくて、自動走路でつながれてるってこと。それに、ちょっと狭くなった。床面積で、五分の四くらいである。だから、余計に狭苦しい。
群衆のほとんどは、連合宇宙軍の軍人だった。
バリシア島が吹っ飛んでから、標準時間でおよそ百時間が経過していた。
その間に、連合宇宙軍が到着した。
嵐が鎮まり、本格的な救援活動がはじまると、民間の船は一隻残らず宇宙港から追いだされた。〈アトラス〉も、例外ではなかった。それと、あたしたちの〈ラブリーエンゼル〉もできれば≠ニいう前置きつきで、中継ステーションへの移動を要請された。
素直で明るいあたしたちは、その要請にふたつ返事で従った。
中継ステーションは、さながら宇宙軍の前線基地であった。
大型戦艦がひっきりなしに出入りし、シャトルがつぎつぎと将校や海兵隊員を地上に降ろす。もちろん地上から戻ってくる軍人もいっぱいいる。
あたしとユリは、ロビーのキャフェにいた。
キャフェはスタンド式の店で、ふだんはしゃれたデザインの椅子やらテーブルやらをロビーの一角に並べて営業をおこなっている。でも、いまはテーブルも椅子もない。
人が多すぎるからだ。
キャフェで奇跡のように飲物を入手できた客は、その場で立ったまま、それを飲む。飲んでいると、人波がその客をいずこかへと押し流していく。客にも、店員にも、キャフェと通路の区別はつかない。しいていえば、カウンターの周囲十メートルくらいまでが店らしい。だいたい、そのあたりにいる客が、飲物のはいったプラコップを手にしているからだ。
あたしは、タロスが強引に奪ってきたハーブティを飲んでいた。あたしの背後にはダンがおり、その向かいにはユリが立っている。二人とも、コップは手にしていない。ちなみに、あたしの正面では、タロスがばかでかいビールのグラスを豪快に傾けている。あのグラス、一リットルは優にはいるね。
「まっすぐ帰らないのか?」
あたしのうしろで、ダンがユリに尋ねた。
「まだ後始末が残っているわ」答えるユリの声は、周囲の喧騒にまぎれちゃいそう。
「いったんナイマン島に戻って、クラーケンと会ってから発つことになってるの」
「そうか……」
ダンはおし黙った。
うーむ。中年相手に、ユリはムードをだしておるのお。
「いつか、また会えるわよね」
ならばと、あたしもタロス相手にムードをだしてみた。
「さあな」タロスは、ビールを喉の奥に流しこみながら、肩をそびやかす。
「そんなこたあ、わからねえ」
あっさりと言う。
言うと同時に。
人波がどどーんと押し寄せてきた。
タロスが巻きこまれ、あたしの前からすぅっと去っていった。
入れ代わりに、ガンビーノとバードがうっそりとあらわれた。
「なによ、あいつ」
あたしは流されていくタロスを睨みつけている。
「タロスかね」
そのさまを見て、ガンビーノが訊いた。老クラッシャーは、やけに回復が早い。あちこちギプスで固められているのに、まるで平気な表情をしている。
「ぶっきらぼうにも、ほどがあるわ」
空になったプラコップをそこらへんの処理ポットに投げ捨てて、あたしは口をとがらせた。
「覚えておくんだな、お嬢ちゃん」訳知り顔で、ガンビーノは言った。
「本当にやさしい男ってのは、女を幸せにはできないんだ」
「気取るんじゃねえよ、じいさん」
バードが、ガンビーノの頭をこづく。
「馬鹿もん。いつだって正しいのは、年寄りの意見じゃ」
ガンビーノは、声を荒らげた。
「たわ言って説もあるぜ」
バードは悠然と切り返す。
「お前は失せろ」
ガンビーノは両手をひらひらと振った。
なんというやりとり。あきれた。たまったもんじゃない。まるで安手のコメディアン。
あたしは吹きだした。
「受けた。受けた」
ガンビーノは手を打って喜ぶ。
「ねえ」あたしはガンビーノに向かって言った。
「きっとまた会えるわよね。どっかで……」
「もちろんだとも」ガンビーノは重々しく顎を引いた。
「宇宙は、捜すのには広すぎるが、偶然会えるくらいには、狭いところなんじゃよ」
嬉しくなるような科白を聞かせてくれる。
「いい仕事だったわ。今回は」
あたしは心から、そう言った。
「そろそろ時間だぞ」ユリとダンが連れだって、群衆の中を泳いできた。
「ゲートに行くんだ。遅れるなよ」
ダンはバードとガンビーノを見た。
「わかってまさあ」にやりと笑って、バードが、ガンビーノの襟首を掴む。
「厄介者は手荷物にしてあるんです」
「この罰当たり!」
ガンビーノが頭に血を昇らせた。
あたしたちは、声をあげて笑った。
「じゃあね」
潮時とみて、あたしは手を振った。クラッシャーは、これからつぎの仕事に向かう。もう別れを惜しんでいる時間はない。
「また、どこかで」
ユリも右手を額にかざす。
「気いつけてな」
これはガンビーノ。
「惑星壊すなよ」
このすごいのは、バードの言葉。
タロスとダンは、何も言わない。
四人のクラッシャーは、人の流れの中をゆっくりと移動した。
長身のタロスの頭が、しばらく群衆の上に突きだしていたが、やがて、それも人波にまぎれて見えなくなった。
「さてと」あたしはユリに向き直った。
「シャトルは何番スポットだっけ?」
「十一番。降下まで、あと十五分よ」
うってかわって事務的な声で、ユリは答えた。
シャトルは、ナイマン島への直行便だった。連合宇宙軍のシャトルだ。たったいまステーションに到着した救援隊を送りこむ便である。〈ラブリーエンゼル〉をここに係留したあたしたちは、軍のシャトルに便乗させてもらう以外、下に降りる手段がない。
自動走路で、十一番スポットに向かった。
IDカードを見せて、シャトルに搭乗した。カードのないムギは、〈ラブジーエンゼル〉でお留守番である。
シャトルは、三百人乗りの中型だった。このクラスがナイマン島の空港に着陸できるぎりぎりの大きさだろう。
指定されたシートに腰をおろし、あたしたちは発進を待った。船内は、まだがらがらだ。救援隊の到着が遅れているらしい。
ややあって、軍の制服を着た連中が、整然と搭乗してきた。男女の比率は半々ってとこ。女性がちょっと多いかな。
あたしの横のシートには、女性の下士官がついた。すらりと背の高い軍曹である。ふんわりとカールした長い髪は、あたしのそれとよく似た赤毛。あたしを見て、彼女はにっこりと微笑み、着座した。
シャトルがステーションを離れた。
螺旋軌道を描いて、ドルロイへの降下を開始した。
10
シャトルは、高度三千で水平飛行に移った。移ってすぐに、窓を覆っていたシールドが開いた。
窓外に、蒼い空と紺碧の海が広がる。
乗客が、いっせいに感嘆の声をあげた。
何度も見ている光景だが、あたしたちも感動してしまった。
海の惑星ドルロイ。
本当に美しい。
しみじみと美しい。
この海があってこそドルロイだ。嵐が去り、黒い陰謀が叩きつぶされて、ドルロイにも平和が甦った。ドルロイは、これからの星だ。クラーケンが海を拓《ひら》き、豊かな生物資源でその全域を埋めつくす。経済は立て直され、危殆に瀕していた精密機械工業も息を吹きかえすに違いない。
「ケイ」
ユリが、あたしを呼んだ。
「なあに?」
「あれ見てよ」
窓の外を指し示した。ユリは窓際の席に着いている
「あれって?」
あたしは首を伸ばした。
「あの黒い塊」
左手前方に、島があった。島の名は、見ただけでわかる。ナイマン島だ。
そのナイマン島の手前洋上に。
黒い何かの群れみたいな塊が、ぽっかりといくつも浮かんでいた。
「なんだと思う?」
「動物」
あたしは言った。
「やっぱり」
ユリはうなずく。
「海棲哺乳類ね」あたしはつづけた。
「種類まではわかんないけど、あれ、すごくでっかいはずよ」
「みんな死んでるわ」
ユリが言った。
「うそ」
あたしはユリの顔を見た。海面に浮いているのは一頭ではない。おそらく何千頭という群れだ。しかも、その群れがいくつもある。それが全部死体だったら、そんなのただ事じゃない。大事件だ。
「間違いないわ。あのあたりの海域で、何かがあったのよ」
ユリは、淡々と言う。
「…………」
あたしは口をつぐんだ。
嫌な予感があった。
これ以上しゃべると、その予感が現実となってあたしたちに襲いかかってくるような気がする。
しばらくは、二人とも、まったく口を開かなかった。
シャトルが、高度を下げた。
ナイマン島の空港に滑りこんだ。
タラップがでて、全員が機外に降りた。
まだ、あたしたちは黙ったまま。
何も言わない。
降りて、空港ビルにはいった。空港ビルは閑散としていた。救援隊は現場に直行する。こんなとこでぐずぐずしていない。
あたしたちは、レンタカーを借りて、キャナリーシティに行き、クラーケンが入院している病院に向かうつもりだった。
でも。
空港ビルにはいったら、その必要はなくなった。
いきなり後ろから声をかけられた。
「ユリ! ケイ!」
あたしたちは首をめぐらした。
そこに、ショートヘアの目がくりくりっとした十六、七くらいのかあいい女の子が立っていた。
「シルビア。生きてたの」
あたしは、両手を広げた。
海洋開発ラボの研究員のシルビアだ。前に、ラボから市庁舎まで送ってもらったことがある。あのとき、あたしたちはヤクザに襲われて、クラーケンが重傷を負った。
あたしはシルビアを抱きしめた。
「あたしたち、ラボの屋上に避難してたの。だから、津波に巻きこまれなかったのよ」
シルビアは言った。
「何してんの、ここで?」
ユリが訊いた。
「誰か迎えにきたの?」
あたしも尋ねた。
「ええ」
シルビアは目を伏せる。なんだか元気がない。
「?」
あたしとユリは首をひねった。
そこへ。
ホバーカートがゆっくりと滑りこんできた。
医療用のカートだ。歩行が困難な患者が主として用いている。
カートには、男がひとり乗っていた。
かなりのハンサム。白いスタンダップカラーのジャケットをはおっている。
その男の名も、あたしたちは知っていた。
クラーケン。
キャナリーシティの市長で、海洋開発ラボの主宰者だ。これから、あたしたちがお見舞に行こうとしていた人である。
「やあ」クラーケンは右手を挙げた。
「活躍は聞きましたよ。今回は、いろいろとありがとうございました」
律儀に礼を言う。まっ、水くさい。ちょっと他人行儀すぎるわ。
「もう、いいんですか?」
ユリがしゃしゃりでた。ええい、またしても。お前は、こっちに来ないで、シルビアの相手でもしておいで。
「いいも、何も……」
しかし、クラーケンはユリの問いに、暗い表情をしてかぶりを振った。
「怪我のことは忘れて、とにかく動かなきゃなりません」
ため息混じりに言う。
「え?」
意味がよくわかんない。
「知らなかったんですか?」
あたしたちの反応を見て、逆にクラーケンが驚いた。
「何を?」
あたしたちはきょとんとする。
「ラボを閉鎖するんです」
低い声で、クラーケンは言った。
「!」
あたしたちは、ぶっ飛んだ。
「海が死にました」クラーケンは淡々とつづける。
「動力プラントが海を汚したのです。ドルロイの海は汚染されました。あと三、四十年は、魚一匹棲めません。海草も育ちません。人間が潜ることも、それどころか海岸で泳ぐことすらもかないません」
ぞくり。
肌が粟立った。
それってば、もしかして、ヘダ岬にヤクザが持ちこんだプラントの話。
「ひどいやり方ですよ」あたしたちの動揺に気づかず、クラーケンは言葉を継ぐ。
「動力プラントのカバーをずたずたに裂いて、海岸に放置したんです。プラントは海に沈み、ばらばらになって有害物質が海中に撒き散らされました」
ひたすら背筋が冷える。
ずたずたのカバー。
輸送機の外鈑のことだ。
裂いたのは、ヤクザじゃない。あたしは真犯人を知っている。
クァールだ。
クァールの爪が裂いた。
ムギ。
あたしたちのペット。
爆発すればよかったんだ。そうすれば、有害物質は燃えつきた。なのに。なのに、あのプラントは素直に津波に呑みこまれ、海中に没した。
「時間よ、クラーケン」
シルビアが言った。
「時間って?」
震える声で、あたしは訊いた。
「機材の処分を軍に頼みに行くんです」
クラーケンは答えた。寂しげな声。力のない声。
「もう会えませんね」
クラーケンは右手を差しだした。
あたしは、おどおどとその手を握った。
ユリも怯えながら握手を交した。
「さようなら」
クラーケンはあたしたちに背を向けた。
静かに去っていった。
あたしたちは、凝然とその場に立ち尽くしている。
やがて、一機のぽんこつVTOLが、空港から飛びたった。
ラボのVTOLだ。
あれに失意のクラーケンが乗っている。
あたしはユリと顔を見合わせた。
ユリの顔は蒼白だった。きっと、あたしの顔もそうなのだろう。
「責任ないわよね」
消え入りそうな声で、ユリが言った。
「たぶんね」
おし殺した声で、あたしは応じた。
「ムギよ。ムギが悪いのよ」
ユリは髪振り乱して叫んだ。
「たぶんね」
あたしは、ほかに言う言葉がない。
美しい星、ドルロイ。
青く輝く星、ドルロイ。
総督をなくし、嵐に痛めつけられ、今また海をも失った。
かあいそうなドルロイ。
この星に、未来はあるのだろうか。
VTOLが点になった。
群青の空に浮かぶ小さな黒点。
夢を追ったクラーケン。
夢を捨ててドルロイから去っていく。
「部長、気がつくだろうね」
ユリが言う。
「ボーナスとちゃらにしてくれるかしら」
あたしは、うつろにつぶやく。誰よ。今回は、いい仕事だなんて思ったのは。
「はあ」
ユリがため息をついた。
「はあ」
あたしも、大きなのをついた。
「はあ」
二人揃って、盛大についた。
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そして誰もしなくなった
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1
「腹へった。腹へった。腹へった!」
あたしは、わめいた。ヘルメットのスクリーンをユリのスクリーンにくっつけ、めいっぱいわめいた。
「ひもじい。ひもじい。ひもじいよお!」
さらに大声で泣き叫ぶ。
「ケイったら、うっさいわねェ。空腹くらい我慢できないの」
ユリが冷たい言葉を返してきた。
「できない!」
わたしは胸を張り、昂然と答えた。
「できないわい。空腹で頭がパアになってるのよ。だったら、残るのは食欲だけ。我慢なんかできやしないわ」
つんけん。つんけん。
あたしは、もう十五時間くらい何も食べていなかった。パン一切れ、紅茶いっぱい口にしていなかった。もちろん、食事抜きはユリも同じなのだが、あやつは鈍いから、それがちっともこたえない。それどころか、適度なダイエットだと思っているフシがある。許しがたい。スマートなあたしは、あんたなんかよりずうっと皮下脂肪が少ないのよ。
ふん。
あたしたちは、宇宙空間にいた。
真っ暗で、空気がなくって、やたらと冷える、あの宇宙空間だ。まっとうな人間なら、十分以上は漂っていたくない、あの宇宙空間である。
そこに、あたしとユリは十五時間も飲まず食わずで浮かんでいた。
別に気が狂ったわけではない。もちろん、遭難したわけでもない。
仕事なのだ。
仕事だから、やむなくこんなとこに重装備の宇宙服を着て、いすわっているのだ。
ここは小惑星帯《アステロイド・ベルト》のど真ん中である。それも、異様に密度の高いアステロイド・ベルトだ。ちょっと見まわしただけでも、いびつな形状の小惑星が、五つも六つもあたしの視野の中に飛びこんでくる。
オンドルフのアステロイド・ベルト。
そりゃあもう有名。とくに、ここ一、二年の間に、その存在が知れ渡った。
このアステロイド・ベルトには、人為的に手が加えられている。
もともと恒星アノラの衛星軌道をめぐっていた無数のアステロイドを、えらい手間暇かけて、今あたしたちが遊弋しているこのあたりまで運んできたのである。ここには、大は直径数キロという星≠ニ称しても差支えないやつから、小は数メートルといった庭石クラスのかーいらしいやつまで、さまざまなサイズの小惑星が、平均で五、六百キロという、ないも同然の間隔を置いてびっしりとひしめいている。
なぜ小惑星なんかをここに必死こいて掻き集めたのか。
当然、理由がある。
ギャンブルのためである。
銀河系最大の規模でおこなわれる超大型ゲーム。
メテオ。
銀河連合に付属する公共事業機関のひとつである総合科学研究所で遺伝子工学の研究に携わっていたドクター・ボルコフと、やはり同研究所に在籍し、電磁誘導理論の大家としてその名を轟かせていたドクター・ジャベールが、ある日とつぜん二人そろって閃いた。
カジノを開こう!
とんでもない閃きであった。周囲の者や、銀河連合の幹部はぶっ飛んだ。しかし、二人はマジだった。かれらは閃くと同時に研究所を辞め、資金を工面して惑星オンドルフに乗りこんだ。
オンドルフにはザナドゥという名の衛星があった。直径は四千キロ弱。地殻活動がまだ盛んな衛星で、地下から噴出するガスのためにメタンや亜硫酸ガスを主にした稀薄な大気が存在している。
そのザナドゥの衛星軌道、つまりオンドルフの孫衛星軌道にボルコフとジャベールは小惑星を運びこみ、さらに全長二十キロにも及ぶ巨大ステーション〈シャングリラ〉を建設した。
いまあたしたちが浮かんでいる空間は、その軌道の真っただ中にあたっている。
銀河連合に登録された〈シャングリラ〉の用途は、かつて例のないものであった。
カジノである。
公認賭博場。
銀河系広しといえども、カジノ・ステーションなんて、これ一基しかない。
〈シャングリラ〉には、直径五キロのコイルを組みこんだマスドライバーが装備されている。──いや、そうじゃない。直径五キロ、全長二十キロのマスドライバーに、シャトルのドッキング・ポートと居住区がくっついて、ステーションになっているのだ。
マスドライバーは電磁カタパルトである。このばかでっかいカタパルトが、軌道上に集めてある小惑星をひとつずつ拾いあげ、ザナドゥめがけて射出する。射ちだされた小惑星は猛烈なスピードで螺旋軌道を描いてザナドゥの地表に落下し、そこに激突する。カジノの客は、その激突地点を予測して、かねを賭けるのだ。
ゲームの名はメテオ。
〈シャングリラ〉でしかやれない壮大なギャンブルである。
メテオは銀河系を席捲した。
ギャンブラーというギャンブラーが〈シャングリラ〉に集まり、メテオに挑戦した。メテオをやらずんばギャンブラーにあらず、とまで言われるようになった。それに伴い、ボルコフとジャベールも莫大な富を手中に納めた。
二人の目論見は、見事に的中したのである。
うらやましい。
あたしも転職しようかしら。
2
「ケイ!」
ユリが、あたしを呼んだ。
ヘルメットのスクリーンをあたしのそれに押しあて、ソプラノのきんきんとした声で、あたしに話しかけてきた。
「マスドライバーが、つぎのアステロイドを射出するわよ」
ユリは、右手前方を指差した。
あたしの目が、ユリの指先を素早く追う。
視野のあらかたが巨大なステーションの影で埋まった。
〈シャングリラ〉である。
うんざりするほど大っきいコイルの筒。その一方の端はザナドゥに向けられており、もう一方の端には居住区のユニットが筒から垂直に張りだしている。ユニットの先端は、丸くドーム状に膨らんでいる。カジノのメインホールだ。カジノの客はみな、あそこで熱くなり、笑い、泣き、喜び、怒る。
射出となれば、やらねばならぬことがあった。測定装置の再チェックである。それがあるから、ユリはあたしに声をかけたのだ。
キーを叩いて、装置の反応を見た。
オーケイ。正常に働いている。
頭がユリのヘルメットから離れてしまったので、あたしは返事の代わりに拳を握り、ユリに向かって親指をまっすぐ立てた。とにかく、ここでは会話が面倒くさい。通信機が使えないからだ。この空間は、あらゆる人間の立入りが禁じられている。WWWAのトラコンだって、厳密にはだめ。ばれたら、あたしたちでも処分されちゃう。メテオの要《かなめ》であるアステロイドに細工されないためだ。
メテオが人気を独占しているのは、不正が理論上、不可能になっているからである。アステロイドはその質量や形状に関係なく、一定の推力と角度でザナドゥに向けて射出される。そのアステロイドに、こっそりと細工が施されたりしたら一大事だ。質量が小さいので、アステロイドの落下軌道は豆つぶほどの火薬ひとつで容易に狂う。それどころか、形状なんかの情報が漏れるだけでもやばい。ゲームは公正を失い、ギャンブルがギャンブルとして成立しなくなる。
立入禁止を遵守させるために、この空間は最新の探査装置で二重三重に監視されている。
それら叡智の限りを尽くした監視の網をかいくぐって、あたしたちはアステロイド・ベルトに強引に忍びこんだ。
なんたってWWWA。やる気になれば、軽くできちゃう。
宇宙服や機材には特殊なコーティングを施した。通信回路は遮断し、熱も電波も絶った。コーティングは、光も反射しない。それはもう徹底していて、一、二メートル離れただけで、ユリの姿を見失っちゃうほどである。通信手段は至近距離での身振りか、ヘルメット同士をくっつけての直接会話しかない。
あたしとユリは、アステロイドの射出を見守った。
アトランダムに選ばれた直径三キロくらいのアステロイドが、マスドライバーの中に取りこまれている。アステロイドは網状の受け皿にのせられ、コイルの筒の端にセットされている。
コイルが光りだした。
虹のような七色の光。コイルに沿って、光のスペクトルはめまぐるしく変化する。
光が、受け皿を包み、それがアステロイド全体に及んだ。
と、思ったつぎの瞬間。
アステロイドが射出された。
光がきらっと燦いた。
その燦きが消えると。
もうアステロイドは失せていた。
筒ん中は空っぽ。光の残像だけが、あたしの視野のあちこちをうろうろと移動している。
あたしとユリは、視線を測定装置の表示スクリーンに向けた。このスクリーンは、ある一定の角度で覗きこんだときだけ、その画像を見ることができるようになっている。
さあ、今度はどうか。
あたしはスクリーンを注視した。十五時間目の正直。今度こそ尻尾をだしてよ。でなきゃ、本当にあたしは飢えて死ぬ。
射出から七秒。
計器に反応があった。
これは。
ハイパーウェーブ。
同時に。
スクリーンに数字と模式図が浮かんだ。
「あっ!」
あたしは思わず声をあげた。
あわてて首をねじ曲げ、ザナドゥに目をやった。
暗黒の円盤上で、紅の巨竜がのたうち、激しくからみ合っている。
噴火し、絶え間なく溶岩を吐きだしているザナドゥの夜の面だ。巨竜は、地殻の亀裂が描く溶岩の妖しい紋様である。〈シャングリラ〉は、ザナドゥの夜の面に常に向いているよう制御されており、カジノの客は四六時中、その紋様を目にすることになる。
そのザナドゥの表面の中央ちょっと右上方に、丸い光の残滓があった。
たったいま〈シャングリラ〉から射出されたアステロイドがそこに激突し、はかなく砕け散った名残の光だ。
でも。
実際はそうではない。
そう見えるが違う。
あたしたちが持ちこんだ装置は、アステロイドがザナドゥに激突していないことを数字と映像とではっきり示している。
アステロイドは、地表にぶつかる前に爆発したのだ。
「やったね」
ユリが後ろからヘルメットをくっつけてきた。
「予想、的中よ」
あたしは振り返り、にやりと笑った。
「これで、なんとかなるわね」
ユリが言った。
そのとおりだ。
まったく、そのとおりだ。
なんとかなって、さらには食事もできる。
死ぬほど食ってやる。
3
メインホールは賑っていた。
ざっと数えて、客は二、三百人。そして、そのほかにディーラーやアシスタントのバニーガールやウェイターなどのカジノの従業員が、客と同じくらいいる。客は、もちろんカジノの厳格な審査に合格した上客ばかりだ。身分とか家柄とかは別として、おかねだけは腐るほど持っている。
「こちらへどうぞ」
鉛の兵隊みたいな格好をしたボーイに案内され、あたしはメインホールの奥へと進んだ。
進むにつれ、ざわざわと騒がしかったホールが、しいんと静まっていく。
静まる原因は、あたしにあった。
客が、あたしに目を奪われてしまうのだ。
男でも女でも、あたしを見た者は声を失い、動きを止める。目を丸く見ひらき、口をぽかんと開けて硬直する。
その美しさゆえに。
神ですら嫉妬をおぼえる美。
形容を拒否する美そのもの。
それが、あ・た・し。
嘘じゃないわよ!
あたしは、めいっぱいマニッシュにドレスアップしてきた。
鮮やかな緋色のベアトップブラをつけただけの素肌に、ライトシルバーのメスジャケットを羽織っている。ジャケットの素材はシルクサテンで、襟はショール・カラーである。拝絹《はいけん》はプラチナを織りこんだダークシルバーの特殊素材。ボトムはからだの線をくっきりときわだたせる銀色のタイツ。ごく薄い生地で、ホワイトメタルのハイヒールと一体になっている。ハイヒールを布地に熔着加工させたのだ。下着は、むろんオフよ。野暮なラインがでちゃうから。ウェストには、ベルト代わりにブラと共布のサッシュを巻いた。そして、頭にはスカーレットのリボン付きキャノティエをかぶり、首には五十カラットのピンクダイヤをあしらったプラチナのネックレスを飾った。ピアスはルビー。指輪は右手だけ。左の手首には、ネックレスと同じデザインのブレスレットを通した。ただし、こちらの石はホワイトダイヤで、三十カラットである。
リッチ。スマート。セクシー。
百七十一センチの身長に、九十一、五十五、九十一のプロポーションよ。
これで陶然と見とれてしまうのは、まあ仕方ないんじゃないかしら。あたしの前に今のあたしがあらわれたら、きっとかれらと同じ反応を示しちゃうわ。広い世の中、絶対の美ってのも存在しているのよ。
「ようこそ、マドモアゼル……」
いきなり横手から、臙脂のタキシードを着こんだ四十前後の気取ったおっさんが出現した。背が高く、がっちりした体格のスポーツマンタイプだ。髪はプラチナブロンドで、もみあげとまつげがやたらと長い。それが揉み手をしながら寄ってくるので、ちょいと薄気味が悪い。
マフロスキー。
〈シャングリラ〉の総支配人だ。ファイルに載っていた。
「最高のお席を用意してございます」マフロスキーは歌うように節をつけて言った。
「存分にお楽しみください」
「最高って、何が最高なの?」あたしは総支配人に訊いた。
「眺め。それとも勝負?」
「どちらをお望みでしょうか」
「カジノにきて、景色をめでたがる客がいるのかしら」
「ごもっともですな」
マフロスキーは肩をすくめた。それから、ボーイに向かって指を鳴らした。
「七番テーブルだ。丁重にお連れしなさい」
胸をそらし、重々しく命じた。
「では、ご幸運を」
一礼し、引きさがった。
ボーイが先に立ち、あたしを七番テーブルに導いた。
それは、期待どおりのテーブルだった。
窓際の、ザナドゥを真正面に見る黄金のメテオ・テーブル。
そこに着いている客は、一人しかいなかった。
客が一人。ディーラーが一人。そして、アシスタントのバニーガールが三人。トップレスのバニーガールは、客の世話を甲斐甲斐しく焼こうとしているが、客はそのサービスを一顧だにしない。いや。それどころか、この客は、あたしにすら関心を示そうとしないのだ。おそらくかれだけだろう。このカジノの中で、あたしを無視したのは。
いかにも、かれらしい。
我を失ったと聞いていたが、腑抜けになったのではなかった。
バニーガールがかれに向かい合う席を、あたしに勧めた。あたしは優美な身のこなしで、その椅子に腰をおろした。
首を少しだけ傾け、窓外に目をやる。
ザナドゥが赤黒く浮かんでいた。闇の中央で、炎の竜が巨体をくねらせている。その手前を、アステロイドのいびつな影がゆっくりとよぎっていく。
あたしとユリは、抱えていた測定装置をザナドゥに向けて投げつけ、その反動で衛星軌道から離脱した。
ものすごく時間がかかったけど、宇宙船のオンドルフへの航路にでたところで、ムギの操縦する〈ラブリーエンゼル〉に回収された。
いったんオンドルフに着陸し、そこであたしは今の服装に着換えて、〈シャングリラ〉に向かうシャトルに搭乗した。もちろん、食事も済ませた。搭乗にあたってば、ムギの始末に困ったが、やがるのを無理矢理パーソナル・コンテナにぶちこんで、事なきを得た。コンテナは各種のセンサーでチェックされたが、そこはそれ電波電流を自在に操るクァールである。ごまかすのはお手のものだ。
そして、カジノに到着し、さっそく総支配人相手にはったりをかましたら、見事にあたしが望んでいたテーブルに通してくれた。
かれのいる黄金のメテオ・テーブルである。
あたしは、かれと一世一代の大勝負をするために、ここにきたのだ。
あたしの真向かいに座る、小柄なモンゴロイド。
李酔竜。
4
「李酔竜が狂った?」
あたしは目を剥いた。
「冗談でしょ。あんなくそ真面目が狂うんだったら、トラコンなんて片はしからみんな狂っちゃうわよ」
「そのくそ真面目≠ェ災いしたのだ」ソラナカ部長は、苦りきった表情をさらに苦そうに歪めた。
「真面目な分だけ、どろ沼に深く沈んでしまった」
「自力じゃ浮かびあがれないのね」
「不可能だな」
部長は残り少なくなった髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。ぶないわよ。なくなっちゃうわよ。
「それで、あたしたちに、どうしろっておっしゃるんです?」
ユリが口をはさんだ。両手を合わせて指を胸の前で組み、うるんだまなざしで部長をじいっと見つめる。厄介な任務はお断りよ、という意思表示だ。この手の演技は、ユリの十八番《おはこ》である。
「どうしろというほどの話じゃない」部長は、さらりと言った。
「李酔竜を〈シャングリラ〉から連れ戻してきてほしいのだ」
「えーっ!」
あたしたちは声を揃えて口もとをざーとらしく覆った。
「そんなの」
「やーよ」
互いに顔を見合わせ、抗議する。
「わたしだって、嫌だ」部長は、平手でデスクをばしっと叩いた。
「できれば、きみたちなんかに頼みたくない。李酔竜はWWWAの星だ。切札だ。そのかれの運命をダーティペアに委ねたくない」
「ダーティ……」
「ペア!」
「ぶちょー!」
あたしはソラナカ部長に詰め寄った。
「それってば、あたしたちがいっちゃん呼ばれたくない不吉な名前──」
「ドルロイの後始末をしたのは誰だったかな」部長は平然と応じた。
「クラーケンを三代目の総督に推薦して事態を収拾したのは、誰が力を尽くしたからなのかな」
「う……」
あたしとユリは声を失った。
「別に恩を着せたいわけではない」部長は言葉をつづけた。
「わたしが言いたいのは、人には、定められた任務以外にやらねばならぬ余計な仕事がとつぜん降りかかってくるということだ。部下のやらかした失敗の尻拭い。あるいは、窮地に陥った同僚に救いの手を差しのべる。いずれもそれに該当する。面倒で、できれば関わりたくない仕事だ。しかし、誰かがやらねばならぬ大切な仕事なのだ」
「コンピュータが選んだのね」
ユリが言った。
「そうだ」
部長は頬をひきつらせて、うなずいた。
「銀河連合の中央コンビュータが、李酔竜を〈シャングリラ〉のメテオ・テーブルから引きはがせるのは、ラブリーエンゼルしかいないとぬかしおったのだ」
部長は両手で拳をつくり、それを力いっぱい握りしめた。拳は白くなり、小刻みにぶるぶると震えた。
「通常の任務ではないが、これは命令だ。行ってもらうぞ。オンドルフに」
「あたしたちが……」
「李酔竜を連れ戻す」
「そうだ!」
部長は、きっぱりと言った。
拳ぶるぶる。
唇わなわな。
李酔竜は、WWWAきっての凄腕トラコンである。部署は、あたしたちと同じ犯罪担当だ。トラコン歴は足かけ五年で、年齢は二十八歳。その間に手がけた事件は百五十七件。未解決のケースは一つもない。壊滅させた惑星はゼロ。逮捕した『ルーシファ』の幹部は十八人にのぼっている。
部長のいうWWWAの星とか、トラコンの切札とかの賛辞は、大袈裟でもなんでもないのだ。
事実である。
誰もが、そう思っている。
武器の携帯と使用に制限のない犯罪トラコンだが、李酔竜は火器を絶対に持ち歩かないことでも知られている。
どうしてか。
要らないからだ。
かれ自身が恐ろしく物騒な凶器なのである。
李酔竜は、拳法の達人だ。
カンフーというやつである。
ハッキョクケンと呼ばれる拳法を使わせたら、銀河系で並ぶものなしとさえ言われている。また、タイキョクケンでもケイイケンでも、トップクラスの実力を有しているらしい。
本当かどうかは知らないが、かれが素手の一撃で宇宙船をぶち壊したという驚異的なエピソードまでが、WWWAには伝えられている。
逃走をはかって発進しようとした宇宙船の動力用コンソールをかれが打ちすえると、メインエンジンの機能が停止し、その宇宙船は離陸できなくなってしまったというのだ。
冷静沈着かつ明晰な頭脳と、卓越した拳法の技を揮って、李酔竜は難事件をつぎつぎに解決してきた。
『ルーシファ』は、かれを籠絡しようとあらゆる手段を尽くした。しかし、その企てのすべてが空振りに終わった。妖艶な美女も、黄金の山も、かれの正義にかける情熱を曇らせることはできなかった。
李酔竜は、修業の人だ。生涯を修業に賭け、精進し、まっすぐに生きてきた。富? 関係ない。地位? 関係ない。女? 関係ない。男? もっと関係ない。
かれにとって、人生の目標はただ一つしかない。おのれを磨くことだ。切磋琢磨し、精神と肉体の頂点を極めることだ。
それだけなのだ。
ところが。
それほどのカンフーが、あっさりとつまずいてしまった。
オンドルフで、連合宇宙軍のからんだ殺人事件があった。事件は迷宮にはいり、オンドルフ政府からWWWAに提訴がなされた。
その事件に、李酔竜は派遣された。
三週間前のことだ。
そして、捜査のために〈シャングリラ〉に赴き、李酔竜は虜《とりこ》になった。
メテオの。
客を装って、ゲームに手をだしたのがいけなかった。
十回立てつづけに負けて、そのあと七回連続して勝った。
あとは奈落の底へ一直線である。
なまじ、おかねを持っていたのが裏目にでた。修業一筋の事酔竜は、給料やボーナスを全部ためこんでいた。ストイックな生活だから、五年分で、あっと驚く金額になっていた。そのおかねをすべて、かれはメテオに注ぎこんだのだ。
李酔竜は任務を忘れ、修業を忘れた。
メテオに没頭し、〈シャングリラ〉にいすわった。
本来ならまず馘首《くび》である
懲戒免職で、WWWAから放りだされる。
だが、WWWAの理事会も、直接の上司であるソラナカ部長も、かれの能力を惜しんだ。
これは病気だ。一時的な熱病。熱がひけば、また元の有能な好青年に戻る。
しかし、病気を癒すには医者が要る。薬も要る。自然治癒を待ったのでは手遅れになる。
誰かが、医者と薬の役を務めねばならない。
誰を主治医にするか。
中央コンピュータに選ばせた。
コンピュータは、あたしたちを選んだ。
あたしたちは、めまっちゃうほど厄介な任務を強引に押しつけられた。
相手は超人、李酔竜。
コードネームは、ドラコンカンフー。
5
「よろしゅうございますか?」
あたしたちに向かって、ディーラーが慇懃に尋ねた。
あたしは横目でちらりと李酔竜を見た。柔和なまなざしだが、しかし、鋭い光を放つ黒い瞳のカンフーは、無言で小さく顎を引いた。
「けっこうよ。はじめてちょうだい」
ディーラーに向き直り、あたしは言った。言ってから、傍らのバニーガールを呼び、五百万クレジットの現金を彼女に渡した。このおかねも、衣装やアクセサリーの代金も、みいんなWWWAにださせたのだ。あたしが、一流の格好してなきゃカジノになんかはいれない、とだだをこねたからである。渋々だったが、部長はあたしの主張を認めた。たしかに〈シャングリラ〉に潜入するとなると、それなりのファッションと現金が必要になる。
WWWAはあたしの要求を受け入れ、ドレスだけは買ってくれた。でも、アクセサリーの方は予算の都合で、リースになった。出発時に渡された現金はあたしとユリの二人分で六千万クレジット。この範囲なら、負けても怒られない。勝てば、差額はあたしのものになる。条件としては最高だ。なんだかマジになりそう。
バニーガールが五百万クレジットをチップに換えて戻ってきた。
あたしはそれをテーブルの端に積みあげた。正面の李酔竜の前にも、そのくらいのチップが並んでいる。
「では、お賭けください」
あたしの左手、メテオ・テーブルの一辺に、コンソールがくっついている。そのコンソールに並ぶスイッチをいくつか操作しながら、ディーラーが言った。
メテオ・テーブルの天板が、スクリーンに変わった。長方形のカラースクリーンである。長辺が四メートルくらい。短辺は二メートルってとこ。ほとんどテーブルいっぱいの大きさである。
あたしと李酔竜の目の前。スクリーンの長辺のいちばん端に、チップを置くための枠が切られている。枠の中には、それぞれイーブンとかオッド、あるいはダブルといった文字が浮かびあがっている。イーブンは偶数。オッドは奇数。そして、ダブルはゾロ目を意味する表示だ。ほかに、0から9までの数字だけが浮かぶ小さな枠も並んでいる。
あたしはもう一度、李酔竜に目をやった。
李酔竜は、三十万クレジット分のチップを無造作にダブルと8の枠に置いていた。
いきなし8のゾロ目に三十万クレジット。
あたしは息を呑んだ。
大胆。無謀。大盤振舞い。
李酔竜がおもてをあげた。
あたしと視線が合った。
右の目をわずかに細めて、李酔竜はあたしを見る。ちょっと人を小馬鹿にしたようなしぐさだ。こんなんでびびるのなら、さっさと帰ったほうがいいよって言ってるような目つきである。
ふざけた態度ね。あたしはカッとなった。あによ、きのうきょうギャンブルはじめたばっかのくせに。あたしなんか、ゲームやギャンブルには十年近いキャリアがあんのよ。
あたしは心の中で毒づいた。もちろん、そんな素振りはおもてにださないで。
冷静。冷静。
精神を鎮める。
なんたって、あたしはメテオをやるのは初めてなのだ。へたな挑発に乗せられたら、それこそ作戦がパアだ。いくら切札持ってたって、締めるとこはきっちり締めなきゃ、ギャンブルは勝てない。
あたしは五万クレジットのチップを優雅につまみ、それをイーブンの枠にふわりと置いた。
そして、ディーラーに目で合図する。
よろしいわ。ほほほ。
李酔竜が手を伸ばした。テーブルの線にスイッチがある。それを軽く押した。
スクリーンに新たな映像が浮かんだ。
ザナドゥを意味する丸い複式図だった。直径一メートルの円盤だ。円盤の中は格子で細かく仕切られている。横に四本、縦に三本の直線。その七本の直線が交差して、センターと呼ばれる長方形が六つとリムと呼ばれる半端な図形が十個、円盤の中にできている。それらの図形の一つ一つには、数字が振られている。センターの長方形には0から5まで。リムの半端なやつには0から9まで。振り方には規則はない。でたらめだ。
「マドモワゼル、もう一度」
ディーラーが、あたしに言った。
あたしはあたしの側にあるスイッチを押した。
数字の位置がめまぐるしく変わりだした。
スイッチから指を離した。
数字が固定された。
「これで座標が設定されました」ディーラーは、あたしと李酔竜を交互に見た。
「アステロイドは、まもなく射出されます」
李酔竜が視線を移した。展望窓の外に目を向けた。
そのまま溶岩の帯を赤く光らせているザナドゥを凝視する。
不意に〈シャングリラ〉全体が発光した。
窓外が一瞬、真っ白になる。
が、闇はすぐに戻った。
射出されたのだ。アステロイドが。
数秒の間。
ややあって、アステロイドがザナドゥに激突した。
オレンジ色の光球が、ザナドゥの地表に丸く広がる。円盤の縁に近い。センターじゃなくて、リムだ。
座標は。
あたしはテーブルのスクリーンを見た。
リムの8。
李酔竜の賭けが生きている。リムの数字の6から9のぞろ目は最高倍率だ。的中すれば、三十万クレジットが百倍の三千万クレジットになって返ってくる。
また窓外が光った。
二個目のアステロイドが射出された。
今度は。
センターだ。センターの2
今のゲームの目は、2‐8ということになった。足して10。イーブンだ。
バニーガールが李酔竜のチップを召しあげ、あたしのチップを倍の十万クレジットにした。イーブンとオッドは倍率がいちばん低い。当てても二倍にしかなんないのだ。ちなみに、ゾロ目を当てるダブルが十倍。0から5までの目だけで当てるのが二十倍。数字の一方が6から9になると三十倍。6から9だけの目だけで当てるか、0から5までの数字だけでゾロ目を当てれば五十倍。6から9までのゾロ目だと百倍になる。
具体例で示そう。
ダブルに十クレジットを置くと、百クレジットになる。数字を指定して、4のダブルに賭ければ、五百クレジットである。ダブルではなく、3‐4に賭けて当たったら、二百クレジット。3−9なら三百クレジット。6‐8では五百クレジット。そして、いま李酔竜が賭けた8のダブルなら一千クレジットになる。
ただし、ゼロのゾロ目は例外。親の総取りである。十倍のダブルの枠だけが有効とされる。あとはみんな没収だ。要するに0‐5なら賭けられるが、0‐0では賭けられないってこと。
射出された軌道が悪くてザナドゥの裏っかわに落ちてしまったらどうなるか。
二回のうちの一回だけが生きになる。数字は0だ。そのあと5に落ちれば、オッドと0‐5に賭けたものが配当を受け取れる。しかし、二回つづけて裏っかわに落ちても親の総取りにはならない。これはノー・コンテスト。つまり無効になる。勝負は、やり直しだ。
あたしと李酔竜は、つづけて十番、勝負をした。
結果は、一回の0のダブルをはさんで、あたしの九連勝であった。李酔竜は、ダブルを一回当てたが、あとは全敗した。0のダブルは、一発目がリムの0で、二発目が裏っかわの0だった。これはカジノにしてやられたのだ。あとは、あたしとムギとの連係プレイがうまくいった。
あたしの前には、チップが山積みになった。
対するに李酢竜は破産寸前である。
李酔竜は、むきになった。
バニーガールに向かって顎をしゃくり、チップの追加を持ってこさせた。この人ってば、どうやら全財産をカジノに預けちゃったみたい。素人の怖いところだ。もうおがねをおかねと思わなくなっている。
さらに十番、勝負をつづけた。アステロイドを拾う都合上、メテオは十番ずつの勝負で一区切りになっている。
この勝負も、あたしは圧勝した。
むきになって、あたしの逆の目に張る李酔竜は当然、今度も大連敗である。
「不調ですのね」
あたしは勝負だけではなく、言葉でも李酔竜を煽った。
李酔竜の全身に殺気がみなぎった。双眸が炯炯と輝き、両の肩から不可視の炎がめらめらと燃えあがった。でも、あたしは平然とその殺気を受け流す(本当はびびりまくっていたのだが)。
「いい勝負をなさってるわね」
とつぜん、あたしの背後から声が降ってきた。甲高い、ソプラノの声だった。
振り向くと、あたしの斜め後ろに一人のレディが立っていた。
予定どおりのタイミングである。
あたしが乗ったののつぎの便のシャトルで、ここに着いたのだ。
あたしの相棒。
ユリである。
6
うーむ。
あたしは唸った。
お互いの対抗上、あたしたちはここに着てくる衣装を内緒にしていた。それぞれが好きなお店で仕立てて、請求書だけをWWWAにまわしたのだ。
ユリはマニッシュを狙ったあたしとは逆に、めいっぱいフェミニンにドレスをデザインさせた。
あたしょりちょっと小柄で、肌が抜けるように白いユリとしては、そのコンセプトがもっとも映えると読んだのだろう。
くやしいが、大当たりだ。
ソフトメタルのストラップレスブラとバタフライを素肌に貼りつけ、その上にシースルー素材のボディスーツを重ねた。ボディスーツはラメ入りで、色は明るいターコイズ。左肩がオフになっていて、仕立てはわずかにルーズである。しかし、右手首と両足首は緩くはなっていない。どちらかといえば、ぴったり気味だ。
ドレスの本体は、細かくプリーツ加工された一枚の布地である。
その布を、ユリはからだにふわりと巻きつけている。ただしふわりといっても、胸から腰にかけては、ボディラインに密着している。布は、左肩の結び目で二手に分かれ、左胸と腰、太ももをくるりと覆って、裾広がりに背後へと流れる。布の色は、光の加減で徴妙に変化する。あるときは紺、あるときは深い緑、さらには紫色にも見えることがある。ハイヒールはプルシャン・ブルー。長い黒髪はアップにまとめ、それをドレスの布と同色のリボンで飾っている。アクセサリーは左手首にはめた数本が組になったプラチナのブレスレットと、ブルー・サファイヤのイヤリングのみだ。しかし、その代わりに小粒のダイヤをドレスと髪にたっぷりと散らしている。
やるじゃない。
あたしと、ため張ってるわ。
メインホールは、またもしいんと静まり返っている。
請求書を見て、きっと部長は泣いただろうな。
ユリは手織りの絨緞が敷きつめられた床を滑るように移動して、メテオ・テーブルの向こう側にまわりこんだ。
「あたしもご一緒して、かまわないかしら?」
李酔竜に訊いた。
「好きにしな」
李酔竜はそっけない。かれにしてみれば、それどころではないのだ。頭に血が昇り、身も心も熱くたぎってしまっている。勝負に誰が加わろうが関係ない。今は勝つことだけを考えている。
「おもしろい勝負ができそうね」
あたしはつぶやくように言った。
「ねえ、あなた」ディーラーに視線を向けた。
「この勝負、あたしに親を張らせてくれない?」
「規定の手数料をお支払いいただければ、当方としましては、問題ございません」
ディーラーは答えた。
寺銭を払えと言っているのだ。
「そちらのお二人は?」
ユリと李酔竜に向き直った。
「随意に」
「けっこうよ」
「じゃあ、やらせていただくわ」
あたしは席を立ち、ディーラーとポジションを代わった。寺銭は五十パーセント。はっきりいって、暴利である。
ユリは李酔竜の隣りの席に着いた。窓際のほうだ。チップは一千万クレジット分、持ってこさせた。たくもう、普段はギャンブルを軽蔑しているくせに、他人のおかねが使えるとなると、こやつはたちまち豪胆になる。
最初の勝負だ。
チップを賭けさせ、李酔竜とユリが座標の数字を入れ換えた。
李酔竜は、慎重な賭け方。オッドに五十万。2‐3に二十万。
ユリはすさまじい賭け方。3−7と6‐9とダブルに百万ずつ。
バニーガールが目を丸くしている。
一発目のアステロイドを射出した。
リムの7。
ユリがにたりと笑う。
最初っからピンチだ。この表示をモニターしているムギ、さっそくあれを使うんだよ。
二発目、射出。
さあ、どうだ。
センターの1。
1‐7のイーブンである。
親が総取り。
儲かった。
二番目の勝負。
ユリと李酔竜が、イーブンとオッドに散らしてきた。ユリがイーブンで百万。李酔竜は二十万。ほかに、1‐3、4‐9、2‐5をおさえられた。
これは、なかなかむずかしい。
一発目が、リムの6にはいった。
偶然だが、すごくいい目だ。
つぎは5である。
オッド。ユリの賭け金を召しあげ、李酔竜に四十が払った。李酔竜はオッドを当てても、1‐3と2‐5の賭け金でプラマイはゼロだ。
オーケイ。この辺でちょいと李酔竜に勝たせてやろう。しばらく沈むのは、ユリのほうだけになる。
八ゲームまで、李酔竜の目を優先させた。
かれは千二百万クレジットを手にした。一方、ユリの負けは二千万を超えた。李酔竜は別の意味で、また熱くなった。ツキに乗ったと勘違いし、かさにかかって賭け金を釣りあげてきた。それは、ユリも同じだ。出来レースと知っていながら李酔竜の勢いにつられて、彼女のほうも興奮の極みに達している。
メテオは本当によくできたギャンブルたった。十番勝負なので、勝ち逃げができないようになっているのだ。もっとも、千二百万クレジットくらいでは、李酔竜はやめる気にはならないらしい。
九ゲームでは、微妙な目をだした。
李酔竜が、5のダブルに賭けていたので、7‐7をだしてみせたのだ。
李酔竜は、ダブルとイーブンで、二十万プラス。ユリはさらに五百万のマイナス。
いよいよラス・ゲームだ。
あたしは二人にこれみよがしの冷笑を見せ、宣言した。
「親は、この回限りにするわ」
火に油を注いだのだ。
李酔竜もユリも、乾坤一擲の勝負を仕掛けてきた。
正念場である。
この勝負で、李酔竜の運命が決まる。
李酔竜は、イーブン、0‐3、0‐6、2‐8。鋭い読みだ。
ユリは、オッド、0‐9、1‐2、6‐8。なかなかのもの。
賭け金は、両者合わせて四千万クレジットに達した。
息を呑む大勝負だ。
一発目から、ムギはあれを使う。
射出。
センターの0。
いつの間にか、テーブルの周囲にギャラリーが集まってきていた。人数は七、八十人。テーブルを幾重にも取り囲んでいる。
そのギャラリーが、おおっとどよめいた。
6か9の目がきたら、あたしは確実に破産する。
超人、李酔竜が手に汗を握った。
二発目のアステロイドだ。
大丈夫とわかっていても、あたし自身がどきどきしちゃう。
射出した。
アステロイドが螺旋軌道を描いて、ザナドゥの昼の側にまわりこんでいく。
さあ、結果は──。
肩いからせて待ち受ける。
が。
でない。
アステロイドがあらわれない。
と、いうことは。
裏っかわに落ちたのだ。
では、またしても0。
0のダブル。
親の総取りである。
ため息が一斉に漏れた。メインホール全体に広がる盛大なため息だった。
李酔竜の顔が蒼白になった。頬がひきつり、全身がおこりのように激しく震えた。
「いんちきだわ!」
いきなりユリが立ちあがって叫んだ。
「いんちきだわ。この勝負!」
鋭い声を凛と響かせ、あたしを指差した。
「なんですって」
あたしは血相を変えた。
柳眉を逆立て、ユリを睨みつけた。
7
しばらくは、無言の睨み合いがつづいた。
客もカジノの従業員も、言葉を失った。
重苦しい静寂の時間が、じりじりと流れる。
「聞きずてならないことを、おっしゃったわね」
言を継いだのは、あたしのほうだった。
「どういうことかしら、この勝負がいんちきって……」
「言葉のとおりよ」ユリは応じた。
「いまのゲーム、最初っから最後まで全部いんちきだったわ」
「笑わせないで!」あたしは頬を紅潮させた。
「メテオは公正なゲームよ。作為のはいる余地なんてないわ。マスドライバーで射ちだされたアステロイドをどうやって操るというのよ。ザナドゥには密度が不安定な大気があって、アステロイドのデータをすべて握っていたとしても、落下地点は予測できないわ」
「本当に落下しているのならね」
「え?」
「地表ぎりぎりまで接近させて望みの座標で自爆させれば、数字は自在に選べるわ」
「まっ……」
あたしは高らかに笑った。
「それこそお笑いぐさ。あのアステロイドを任意の場所で爆破する方法があるっていうのなら、教えていただきたいわ。言っとくけど、爆薬もミサイルも使っちゃだめよ。そんなもの仕掛けられっこないんだから」
「アゾノヒドロリヤ」ユリはぽつりと言った。
「爆薬もミサイルも要らないわ」
「なんて言ったの?」
あたしは動揺してみせた。
「アゾノヒドロリヤよ。あなた知ってるはずだわ」
「まさか……」
もう一度、あたしは声をあげて笑う。さっきよりもひきつった感じの笑い。
「アゾノヒドロリヤは、遺伝子工学によって生まれた人工生命体。開発したのは、銀河連合の総合科学研究所よ。担当者の名もわかっているわ。ドクター・ボルコフ。同じ研究所でマスドライバーを設計していたドクター・ジャベールとともに、今では〈シャングリラ〉のオーナーになっているわ」
「…………」
「アゾノヒドロリヤはハイパーウェーブを感知するアメーバなのよ。感知して、自分が接している物質と反応し、それを一瞬にしてエネルギーに転換する。たとえば、アステロイドなんかにアゾノヒドロリヤをくっつけておくのね。そして、本社との通信と称してハイパーウェーブを発信する。すると、アゾノヒドロリヤはアステアイドごとどかんと吹き飛ぶ。爆発して消え失せるわ」
「…………」
「あたしは気がついていた。勝負の間じゅう、ハイパーウェーブが発信されていたことを。もちろん、最後の0のダブルのときもね。見えすいてたわよ、裏っかわで破壊するなんて。いんちきを触れまわってるようなものだわ」
「ふん」あたしは鼻を鳴らした。
「ご大層な話だけど、口先だけね。証拠はないし、証明もできない。ただの想像よ」
「そうかしら」ユリは薄く微笑んだ。
「だったら、今すぐここに連合宇宙軍のパトロールを呼ぶわ。かれらに調べてもらえばはっきりする。このステーションのタンクのひとつが、実はアゾノヒドロリヤの培養タンクだったってこと」
「どうしました。何をもめてるんです?」
人垣が割れた。
ふたつに割れ、そこからマフロスキーがぴょこんと飛びだした。
「ひどい騒ぎじゃないですか。困ります。このようなことは」
「マフロスキー!」
あたしは大声で、総支配人の名を呼んだ。
マフロスキーはぎょっとなった。かれにしてみれば、あたしに名前を親しげに呼ばれる理由なんて、これっぱかしもない。
「い、いったい……」
マフロスキーはうろたえ、どもる。
「ばれちゃったのよ。アゾノヒドロリヤのこと!」
いかにもといった雰囲気で、あたしはマフロスキーに抱きついた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
マフロスキーは、あたしを自分の胸から引きはがす。
「だめえ。トリックを隠しきれなかったのよ」
あたしは半ベソをかいて、だめを押す。
押して、こっそり李酔竜に目をやった。
あたしとユリが立てた作戦は、こうだった。
〈シャングリラ〉のいんちきを逆用して、李酔竜を一気に破産に追いこむ。逆用するのは、ムギだ。ムギがあたしたちのテーブルのデータを読みとり、それに基いてハイパーウェーブを発信する。そうやって、李酔竜を破産させたら、そのいんちきをユリが暴くのだ。
李酢竜は、真面目の上にくそがつくくらいの超真面目人間である。それが、公正なゲームだと信じているから、メテオにのめりこんでしまった。
しかし、世の中に公正なギャンブルなんてない。あったら、胴元がつぶれてしまう。
くそ真面目の李酔竜は、ギャンブルがいんちきだと知ったら、我に返るはずだ。熱が醒め、WWWAに戻る。そうしたら、巻きあげたおかねを返してあげればよいのである。
作戦は、うまくいっただろうか。
あたしは、李酔竜の反応を窺った。
李酔竜は、唇を噛み、うなだれていた。
よしよし。あのポーズは、反省のそれだ。真実を知り、かれはメテオに溺れたことを悔やみはじめている。
うまくいった。
あたしは確信した。
これで任務は完了だ。
ところが。
そうではなかった。
その判断はちょいとばかし早計だった。
たしかに李酔竜は深く反省した。
メテオに抱いていたイメージを粉々に打ち砕かれた。
燃えさかっていたギャンブルへの情熱は、絶望に変わった。
絶望は、さらに怒りへと転化した。
問題は怒りだった。
おのれを失っていた李酔竜は、久しぶりに正義という言葉を思いだした。
こんないんちきゲームは、かれの正義に明らかに反している。
ならば、鉄鎚をくださねばならない。
このゲームに。怒りを凝縮した正義の鉄鎚を。
李酔竜の心理の流れを、あたしは読みそこなっていた。
「くおおおおおおおう」
いきなり、怪鳥《けちょう》の叫びにも似た裂帛の気合いが、李酔竜の口からほとばしった。
ざわり。
あたしの背筋が波打つ。
あ、あにすんのよ、この人。
李酔竜はすうっと動いてコンソールの前に立ち、腰を落として低く構えた。
その構えは。
前に一度見た覚えがある。
そう。写真で見た。究極の技だという説明付きで。
見せてくれたのは、WWWAの教官だった。シモーグのトラコン養成所。あの教官は、格闘技のエキスパートだった。
写真のモデルは間違いない。李酔竜その人である。
「あたあ!」
目にも止まらぬ一撃が疾《はし》った。
下から上へ、突きあげるような激しい一撃。
李酢竜の掌底だ。
コンソールのパネルを打った。
飛竜破岩掌《ひりゅうはがんじょう》
それが技の名だった。
火花が散った。
鋭い爆発音も響いた。
それから先は、何がどうなったのか、ぜんぜんわからない。多分、コンソールからなんらかのエネルギーがマスドライバーに逆流したんだと思うんだけど、物理的にそんなことがあり得るのかどうかもはっきりしない。
とにかく、たしかなのは、そのあと〈シャングリラ〉が軌道から外れたってことだ。
そして、アステロイドをつぎつぎと回収し、それをオンドルフめがけて射出した。
軌道から外れ、さらには〈シャングリラ〉の制御コンピュータが完全に狂ったのだ。
オンドルフの地表に、アステロイドの雨が無数に降りそそいだ。
メテオ・シャワー。
オンドルフは壊滅した。
死者、行方不明者は、推定で千八百八十万人に及んだ。
人口の八十七パーセントである。
被害総額は計算できなかった。
アステロイドに地殻を砕かれたオンドルフは地底からマグマが噴出し、灼熱の惑星と化して、その衛星と寸分違わぬ姿となった。
赤い炎の竜が身をくねらせて、地表を這い踊る。
李酔竜は、WWWAに戻った。
再び、犯罪トラコンとして宇宙を駆けめぐっている。マスドライバーの暴走は、かれの放った飛竜破岩掌との因果関係が中央コンピュータにも立証できず、おとがめなしという結論がくだされた。
マスドライバーは、その後修理され、〈シャングリラ〉はカジノとしての営業を再開したと聞く。しかし、極めて剣呑なゲームという評判は、人々からメテオに対する関心を容赦なく奪った。不正をあたしたちに暴かれたのも致命的だった。
メテオはすたれた。
客が失せた。
いまはもう、やる者は一人もいない。