タツモリ家の食卓
第1回 チャンネル争奪・眼力勝負
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夕食のあと、龍守《たつもり》陽子《ようこ》は洗い物を軽く片づけると、いそいそと居間のちゃぶ台につき、テレビにむかった。
目当ては本日最終回の『東山田銀座ラヴストーリー』。地元商店街の若旦那《わかだんな》(演・ヤマアキトシタカ)と大手スーパーの支店長の娘(演・カゼマツキョウコ)による「現代のロミオとジュリエット」物語である。
今どきの人気俳優の扮《ふん》する男女が全一三話かけてくっついたりはなれたりくっついたりはなれたりしているうちに真実の愛を見出《みいだ》して最後にくっつくという、まあこの種の連ドラ一般が陽子は好きなのだが、中でもこの『東山田』は若いふたりを襲《おそ》う試練の連続が大きな話題になっており、最終回前の段階ですでに、ふたりして交通事故に遭《あ》うわ失明するわ記憶|喪失《そうしつ》になるわ不治の病になるわ片手片足失うわ破産はするわストーカーにつけまわされるわ殺人鬼につけまわされるわ無実の罪で訴《うった》えられるわ警察に捕《つか》まるわ新興宗教にはまるわ親友は死ぬわ昔の恋人は死ぬわ両親は死ぬわ兄弟は死ぬわ親戚《しんせき》のおじさんは死ぬわとなりのおじさんは死ぬわ飼ってた犬は死ぬわ飼ってた猫は死ぬわ飼ってたインコは死ぬわ飼ってたハムスターは死ぬわ、これでもかこれでもかこれでどうですかまだたりませんかという不幸の大バーゲン状態。ふたりはいったいどうなってしまうのか、これは見逃せません。
で、
――リモコンよーし、お茶よーし、お茶菓子よーし、ティッシュ(泣くとき用)よーし。
陽子はちゃぶ台の上の物の位置をざっと確認すると、テレビに正対した。陽子がドラマを見るときの集中力というのはなかなか大したもので、CMのとき以外は一瞬たりとも画面から目をはなさない。大きな目をいっぱいに見開いて、なんというか、鬼気《きき》迫《せま》る感じすらただよわせる。
『「東山田銀座ラヴストーリー」最終回スペシャル、このあとすぐ。よろしく!』
直前CMのヤマアキトシタカの「よろしく!」にむかって無意識におじぎを返している陽子の尻《しり》に、いつからそこにいたのか、青い牡猫《おすねこ》が頭をこすりつけてきた。
『陽子、すまないが、私のトイレの始末をたのむ』
青猫――銀河連邦の代表者として地球の処遇《しょぐう》に関する全責任を負う、特務監察官カーツ大尉《たいい》――に対し、陽子は顔もむけずに、
「ごめん、おニイにたのんで」
『忠介《ただすけ》は入浴中だ』
「じゃあ殿下《でんか》」
カーツは耳をぱたぱたっとふり、しっぽをぱたりと畳《たたみ》に打ちつけた。
「殿下」ことバルシシア=ギルガガガントス15-03Eは、銀河連邦と敵対する星間帝国グロウダインの第三|皇女《おうじょ》である。わけあってともに龍守家に居候《いそうろう》する身だが、心情的には、ふたりはいまだ対立関係にある。そのバルシシアに頼《たの》んだところで、「ハ、くそ猫め、くそにまみれておるのが似合いじゃ」などといわれるのがオチだ。陽子もそれぐらいはわかっているはずだが……。
やがて、主題歌が始まった。
出会いは Ticket
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愛は Gift
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運命の Wheek が回り
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出会いを愛に変える
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そう愛はまるで(Fu Fu)
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福引の景品さ(Oh Atari〜)――
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『陽子』
カーツの呼びかけに対し、陽子は手を「シッシッ」と動かすだけで、もはや返事もしない。
『……ふむ』
カーツがしっぽをひゅっとふり、居間を出ていこうとした、そのとき。
二階で、バーンとドアの開く音がした。
ドドドドドッ、と階段を下りる音がした。
ズパーン、とふすまを開けて、金属質の黒い肌をした少女――バルシシア皇女が居間に入ってきた。
カーツがバルシシアの超重量の足に踏《ふ》みつけられそうになり、ギャオッと飛び退《の》いた。
バルシシアはそのままドカドカと陽子の前を横切り、テレビの真ん前にドカンとあぐらをかいた。そして、ちゃぶ台に置かれたせんべいとリモコンをかかえこむと、せんべいをバリバリかじりながらピピピとテレビのチャンネルを変えた。
テレビの画面ではヤマアキトシタカに代わって三人のちょんまげ男が、
『余の顔見忘れたか!』
『余の顔も見忘れたか!』
『余の顔まで見忘れたか!』
バン! バン! バン! ボエエ〜ン。(効果音)
葵《あおい》の紋《もん》をバックに白|抜《ぬ》きで『またまた三匹の将軍』。
「おう、間に合ったわ」
バルシシアはとがった歯をむき出してにかりと笑うと、陽子の前に置かれた湯飲みを手にとってぐびぐびーっとお茶を飲み干した。それから、テレビのほうをむいたまま、湯飲みをターン! とちゃぶ台に置き、
「かわりをもて」
「……ちょっと」と、陽子はいった。
そのころ、龍守忠介はミュウミュウといっしょに風呂《ふろ》に入っていた。
「ミュウミュウ」こと超生命体〈リヴァイアサン〉の幼児形|擬態《ぎたい》は、銀河の覇権《はけん》を巡《めぐ》る闘争《とうそう》のかなめと目されている。カーツ大尉の代表する銀河連邦とバルシシア皇女の代表するグロウダイン帝国のうち、〈リヴァイアサン〉を手に入れた陣営《じんえい》が勝利をも手にするのだ。
が――
地球を、ひいては龍守家を焦点《しょうてん》として膠着《こうちゃく》状態におちいってしまった銀河戦争を尻目に、ミュウミュウの保護者である龍守忠介は、なんにも考えていない。
ミュウミュウがただの小さな女の子ではないということは、承知している。忠介は過去に何度か、ミュウミュウが巨大な航行形態に変態するところを見ている。あれはでかくてすごかった。
しかし、今、ミュウミュウは小さくてかわいい。
「ミュウ〜」
空気みたいに軽いミュウミュウの体は、水に沈《しず》まない。ビーチボールみたいに水面に浮かび、小さな手足をじたばたさせながらつるつると転がるミュウミュウを、
「ん…」
忠介がひょいと持ち上げ、はいはい[#「はいはい」に傍点]の形でそっと水面に下ろし、
「あめんぼ〜」といった。
すると、
「ミュウ」
ミュウミュウは先日忠介が教えたとおりに、両手両ひざをやや広めに突《つ》っぱって、きりっと顔を上げた。そのまま風呂場の気流に押されて、すい〜っとすべる。
「はっはっは」と忠介。
それから忠介は、ミュウミュウをあおむけにしてシャンプーの小瓶《こびん》を抱《だ》かせ、
「ラッコ〜」
「ミュウウ〜」
ミュウミュウは両手で持った小瓶を自分のへそのあたりにぺたぺたと打ちつけた。口をとがらせて、一所懸命《いっしょけんめい》。
「はっはっは」
昔、父が「子供に芸を仕込《しこ》むのは楽しいぞう」といっていたが、あれはこういうことか。なるほど、これは楽しい。はっはっはっは。
それから、しばしその状況《じょうきょう》を楽しんだのち、忠介はミュウミュウの両足首を持ってぐいーっと下に引っぱった。ミュウミュウをちゃんとお湯につけるには、このような作業が必要になる。
水面がミュウミュウのあごのあたりにきたところで手を止め、
「いぃ〜ち、にぃ〜い……」忠介はゆっくりと数を数え始めた。
「肩までつかって一〇〇まで数える」。
幼少のみぎりに授《さず》けられた父の教えを、高校生になってもいまだ馬鹿《ばか》正直に守っている忠介である。が、ミュウミュウの体の浮力に耐《た》えながら、ひじを中途半端《ちゅうとはんぱ》に曲げた姿勢を一〇〇秒間――実はこれがけっこうきつい。腕の筋肉つきそう。「かさばるばかりの大がかりなエクササイズマシーンはもう要《い》りません」という感じ。
「にぃ〜じゅさん、にぃ〜じゅし……」
ああ、これはなにかに似ていると思ったら「空気|椅子《いす》」だ。壁《かべ》に背をつけ、腿《もも》を床と平行に、ひざから下を垂直にした姿勢をひたすら維持《いじ》。まるで見えない椅子に座っているようなので「空気椅子」という。二〇秒もすると腿が電動アンマ機みたいにぶるぶると痙攣《けいれん》し始めるので、別名「電気椅子」ともいう。あれにすごく似ている。ほら、もう腕がぷるぷるしてきた。
「さんじゅろく、さんじゅしち……」
ちなみに、運動部のあんまり意味のないシゴキなどによく使われるこの空気椅子を、運動部に所属したことのない忠介がなぜわざわざ引き合いに出すかというと、それをわりと最近にやったからである。憲夫《のりお》や清志《きよし》やその他何人かと、放課後の教室で、空気椅子|耐久《たいきゅう》レース。二位以下に大きく差をつけて優勝した忠介は力|尽《つ》きてその場から動けなくなり、友人の協力の下、マルタンデパートから拝借した買い物用カートに乗って帰宅した。その際、家の前の道で反対方向から歩いてくる陽子を見つけ、カートの上から「おーい」と手をふったら、陽子はその場でくるりとむきを変えて、元きたほうへすたすたと歩いていってしまった。その夜には「バカみたいなことしないでよ!」と、忠介はえらく怒《おこ》られた。
「んんんー」忠介は口元をにゅにゅにゅとゆがめ、腕をぷるぷるさせながら考えた。
――陽子はなんで怒ったのかなあ。カートはいい考えだと思ったんだけどなあ。あとでちゃんと返したし。いや、そもそも意味もなく空気椅子とかやるのがよくないということなのだろうか。でもそれをいったらスポーツ一般に、別に意味なんかないだろうし。
一応その辺を陽子に聞いてみたのだが、「空気椅子はスポーツじゃないでしょ」あ、いわれてみるとそんな気がする。「じゃあ腕立て伏《ふ》せとかは」「それもちがいます」「ラジオ体操」「それはギリギリ」ギリギリどっちなんだろう。だんだん陽子の機嫌《きげん》が悪くなってきたのでそれ以上聞けなかったけど、気になるなあ。
ともあれ、「ミュウミュウを肩まで沈める運動」はすごくちがう気がする。これで筋肉痛になったりするとまた怒られそうだ。ちょっと軽めにして切り上げたほうがいいだろうか。あっ、しまった。どこまで数えたか忘れてしまった。
困った困った。
と、忠介が困っているところに――
「もお〜〜っ!」と、陽子の声が聞こえてきた。
「えっ?」
忠介が思わず手をはなすと、ミュウミュウが勢いよく浮上し、ぽこんと水面から飛び出した。
「なになに、どうしたの」
ミュウミュウを風呂場に残し、バスタオルを腰に巻いた忠介が居間に入ると、室内には険悪な空気がはりつめていた。
バルシシアと陽子が、ちゃぶ台をはさんでにらみ合っている。陽子は顔を真っ赤にしている。バルシシアの黒い顔には赤い攻撃紋《こうげきもん》が展開し、低いうなりを発している。
わけを聞いてみれば、じつに他愛《たわい》もない話であった。
本日放映の『東山田銀座ラヴストーリー』最終回スペシャルは二時間の特番枠、つまり、通常九時からのところが、今日に限って八時から始まった。これが、毎週八時からバルシシアが見ている『またまた三匹の将軍』とバッティングしたのだ。
まず、陽子が『東山田』を見ようとしているところに、あとから入ってきたバルシシアがチャンネルを『三匹』に変えた。陽子が文句を垂れながらリモコンをとり上げ、チャンネルを戻《もど》した。すると、バルシシアがリモコンを奪《うば》い返し、またチャンネルを変えた。そこで「もお〜〜っ!」である。
「だって、あたしのほうが先に見てたのに」と、陽子は主張する。
「わらわは前の週から見ておったのじゃ」と、バルシシア。
「あたしだって毎週見てたし、今日最終回だし」
「わらわはいつも、この時間に[#「この時間に」に傍点]見ておったのじゃ」
どちらが正しいとか間違っているとかいう問題ではない。
事前にわかっていれば忠介がビデオの留守録をセットしたのだが(陽子もバルシシアもビデオの操作ができない)、互いに相手の態度が癇《かん》にさわったらしく、こうなるともう、意地の張り合いである。
状況は再びにらみ合いになった。
やがて、陽子がちゃぶ台の上のリモコンを手にとった。
バルシシアは、む、と表情を険しくしながら陽子にむけて手をのばし、
「それを渡せ」
陽子はぷいと横をむいた。
「渡せ」と、もう一度、バルシシア。
「……」
「渡せというに」
「いや!」
陽子は突然《とつぜん》くわっと目を見開き、威嚇《いかく》した。バルシシアは思わず手を引っ込め、それから目をそらし、口をとがらせた。気迫《きはく》負けである。
「えーと」と、忠介がいった。「それじゃ、じゃんけんで負けたほうがビデオに録《と》ってあとで見る、ってのは?」
「……ふん、もうよい」
バルシシアは畳にごろりと転がり、テレビから顔をそむけながら、
「途中から見てもつまらんのじゃ」
「あっそう。よかった」と憎《にく》まれ口をたたきながら、陽子はチャンネルを『東山田』に変えた。
バルシシアはその背にむかって大きな声で、
「ああ、つまらんつまらん。ほれ見よ、ヤマなんとか[#「なんとか」に傍点]というたか、あのようなちゃらちゃらしたののどこがいいのやら。やはり男はちょんまげじゃ」
「殿下、邪魔《じゃま》しないで」と、テレビにむかったまま、陽子。
「なんじゃ、わらわは忠介と話しておるだけじゃ。のう忠介」
「んんー」
忠介は、しばしにゅにゅにゅと思考したのち、
「……殿下の部屋にも、テレビがあるといいかもね」といった。
「うむっ?」
バルシシアが、がばっと上体を起こした。が、
「そんなのお金の無駄《むだ》だから駄目」と陽子がいうと、再びばたっと倒《たお》れた。
「ええ〜、無駄かなあ」と忠介。
「無駄よ、無駄無駄。絶対駄目」
ときどき、陽子はひどく理不尽《りふじん》なことをいう。しかも、こうなるともう、なにをいっても聞く耳をもたない。
「んんんー」どうしたものか。
忠介がなおもにゅにゅにゅと悩んでいると、
『忠介、すまないが、私のトイレの始末を――』と、カーツ。
「あ、はいはい」
さらにそこに、
「ミュウ」全身びしょ濡れのミュウミュウが入ってきた。
「あっ、駄目駄目、風邪《かぜ》ひいちゃう風邪ひいちゃう、へっくし」と、自分が風邪をひきそうな忠介。
バルシシアは、
「……ふん」と鼻を鳴らし、うっそりと立ち上がると、居間を出ていった。
やがて、玄関でガロガロと音がした。バルシシアが散歩用の鉄|下駄《げた》を履《は》く音だ。
「あれ、殿下、どこいくんですか」と、ミュウミュウの頭をふきながら、忠介。
答えの代わりに、玄関のドアが、バタンと大きな音を立てて閉じた。
「……んんー」
忠介はそれから、ミュウミュウに服を着せ、自分も服を着て、カーツのトイレの掃除《そうじ》をした。
そのあと居間に戻ると、陽子はテレビを消して、畳に転がっていた。
「テレビ見ないの?」と、忠介。
陽子は転がったまま、
「……なんか、つまんなくなっちゃった」
「んー」
忠介は新聞で『東山田』のチャンネルを確認しながら重ね撮り用のテープをビデオデッキに入れ、録画ボタンを押した。陽子はあとできっと「やっぱり見たくなる」だろうから。
そうしながら忠介が、
「殿下、どこにいったのかなあ」というと、
「前のアパートでしょ」と、陽子はいった。
龍守家のむかいに位置する「前のアパート」こと「ハッピーハイツ郷田荘《ごうだそう》」には、現在、バルシシアの部下である〈突撃丸〉の面々、総勢九名が住んでいる。が――
「まあ殿下、よくおいでくださいました」
と、郷田荘の一室でバルシシアをむかえたのは、航海師ゼララステラと、従軍女官のリルルメリスとメルルリリスのみであった。六畳一間の空間のほとんどを占《し》める豪奢《ごうしゃ》な寝台の上で、三人は体の位置をずらし、バルシシアの座るスペースを空けた。しかし、
「よい」
バルシシアはそれを立ったまま手で制し、
「……男衆はおらんのか」
ゼララステラはそれまでながめていた地球製の雑誌を閉じ、
「殿方はみな、先日からお出かけですわ。なんでも『合同訓練』だとか」といった。
「ああ、そうであった。……うむ、邪魔をしたな。帰るぞ」
バルシシアはくるりとふり返った。ゼララステラの顔を見ているうちに、なにやら不吉《ふきつ》な予感がして、立ち去りたくなってきたのだ。バルシシアは遠縁の親戚に当たるこの航海師が、少々苦手である。
「まあ、なんてせわしない」
ゼララステラが立ち上がり、バルシシアの背にひたりと貼《は》りついた。
「なにかお話があっていらしたのでございましょうに、このゼララステラでは殿下のお力になれぬと、そうおっしゃるのですね。ああ、そうでございましょう、そうでございましょうとも。殿下のお眼鏡《めがね》に異のあろうはずもありませぬ。ゼララステラはただただ我《わ》が身の非力をはじるばかりにございます」
よよよよよ、と芝居《しばい》がかった悲しみの表情を浮かべつつそのようにいわれると、つい、
「……いや、そういうわけでもないのじゃが」
といってしまうのが、バルシシアの人のよいところだ。
それに、
――堅物《かたぶつ》のオルドドーンより、ゼララステラのほうが、話[#「話」に傍点]の通りがよいかもしれぬ。
そのようにも、思った。
で、その「話」というのは――
「あー、うむ、ゼララステラよ、おぬしこういうものを知っておるか、汎用《はんよう》ディスプレイに似た感じで、形は四角うて、このくらいの大きさで」
なぞなぞのようなバルシシアの問いに、
「てれびじょん、とかいうものでございましょう?」と、ゼララステラは答えた。
「それじゃそれじゃ」とバルシシア。「なんというか……ああいうのがこの家《や》に一台あると、なにかと便利だと思うのじゃが、どうであろうの」
「まあ、それは龍守さまのお宅にはございませんの?」
「…む」
なにやら雲ゆきが怪《あや》しくなってきた。バルシシアはそわそわと視線を動かしながら、
「う、む……ないというわけではないのじゃが、その、こちらにもうひとつあるとなおよいと思ったのじゃ。いや、特に理由はないが、なにとはなしに」
「まあ……それはいったいどういうことでしょう? わたくし、事情がちっともわかりません」
「うむ、なんでもないのじゃ。邪魔をしたな。帰るぞ」
そそくさと帰ろうとするバルシシアを、ゼララステラの手ががしりと押さえた。
「ああ、もしや、もしや!」
戸口にむかおうとするバルシシアの体を、ゼララステラはぐぐぐい〜っと引き戻し、
「考えるだに恐《おそ》ろしく、また恐れ多いこと! しかし、不敬の咎《とが》を恐れずに、ここにあえて申しましょう! 殿下ともあろうおかたが、ああ、開闢帝《かいびゃくてい》の末裔《すえ》、グロウダイン皇家ギルガガガントスの第三皇女たるバルシシア=ギルガガガントス15-03E殿下ともあろうおかたが! 脆弱《ぜいじゃく》な軟体《なんたい》生物の巣の中にあって、気晴らしのひとつも思うに任せられぬと、まさかそのようにおっしゃるのではありませんこと!?」
「あ、いや、それほど大したことでもないのじゃ。その、たまに順番をゆずってやっておるのじゃ、たまに」
「まあ、なんてこと! 順番! 順番!! 『略奪《りゃくだつ》せよ、蹂躙《じゅうりん》せよ』、それこそが圧倒《あっとう》的な力をもってあまたの星々を統《す》べる皇家《ギルガガガントス》の家訓でありましょうに! 陛下がこのありさまをご覧になったら、いったいなんとおっしゃるやら。ああ、いったいなんとおっしゃるやら……!!」
バルシシアは「陛下」という言葉に、ぶるっと体をふるわせた。
「……わかっておる」
バルシシアはゼララステラから視線をそらし、口をとがらせながら、
――いかん。
と、思った。
やはり、テレビの件をゼララステラに話したのは失敗だった。ギルガガガントスはその血脈の名誉《めいよ》を保つためには同族殺しも厭《いと》わない。このことが、母――すなわちグロウダイン帝国女帝――やふたりの姉のどちらかの耳に入ったが最後、自分はこの惑星ごと木端《こっぱ》微塵《みじん》にされかねない。しかも、このゼララステラは、その性格からして、面白《おもしろ》半分にそのような事態をまねき寄せるかもしれない。
ゼララステラは口元に手をそえ、バルシシアの表情を横目にうかがいながら、くすくすと笑っている。リルルメリスとメルルリリスは、ふたりの表情を交互に見ては、当惑《とうわく》の体《てい》で顔を見合わせている。
――これは、いかん。
バルシシアは、あせった。
郷田荘にテレビを置こうという目論見《もくろみ》ははずれ、そればかりか、どうあっても実力で陽子からチャンネル権を奪取しなければならなくなった。
さて、その翌日。
一日|経《た》ってさすがに頭も冷え、陽子は少々反省していた。
元はといえば、ちゃんと確認をとらなかった自分も悪い、と思う。バルシシアのいい分にも、それなりに筋は通っているのだ。
そこで、陽子は新聞のテレビ欄《らん》を見ながら、
「殿下、今日八時からテレビ見るでしょ?」と、バルシシアに話しかけた。
しかし、バルシシアは答えない。テレビのリモコンを手に、じっと座っている。なにやら真剣な面持《おもも》ちでリモコンの発光部を見つめ、順番にボタンをいじっている。
――やだ、いじけちゃってる……?
と思いつつ、陽子はもう一度、
「……殿下?」といった。
バルシシアはそこでようやく陽子に気づき、
「む、なんぞいうたか?」
「八時から『江戸を斬りまくる』、見るでしょ?」
「おう」
と答えかけたバルシシアは、あわててぷいと横をむき、
「……ふん、知らぬ」といった。
「……なによ、それ」
陽子はばさりと新聞を置いて、居間を出ていった。
バルシシアはそのまましばらくリモコンをいじっていたが、やがて、それをぱたりとちゃぶ台の上に置き、
「うむ、おぼえた[#「おぼえた」に傍点]」といった。
ところで、そのころ――
指揮車のモニターに、簡略化された市街地のマップが表示されている。マップの中には緑色のマーカーが六つ、00[#「00」は縦中横]式装甲戦闘服の位置を示して光っている。
モニターをのぞき込みながら、重歩小隊隊長、倉本《くらもと》三尉はヘッドセットに指示を出した。
「当区画内に潜伏《せんぷく》中のグロウダインは二名。発見しだい無力化せよ。各班、準備はよいか」
『第一班、準備よし』
『第二班、準備よし』
『第三班、準備よし』
「よろしい。では、状況開始」
アスファルトとコンクリートだけでできた、奇妙《きみょう》なほど空虚《くうきょ》な町並み――ビルの中は、文字通り空っぽだ――の中を、冷蔵庫に手足を生やしたような姿の00[#「00」は縦中横]式と、野戦服姿の随行員《ずいこういん》たちが、速足で歩いていく。
機敏《きびん》な運動の望めない00[#「00」は縦中横]式の運用は、通常の歩兵にもまして、緻密《ちみつ》なパズルの様相を呈《てい》する。二体の00[#「00」は縦中横]式と五名の随行員が一班を構成し、射線と安全を確保しながら、一歩一歩確実に歩を進め、そして――
『目標発見!』
数十メートル先の高いビルの頂上に、小柄な人影が現れた。
『エリア4Eの二番ビル屋上、タイプCと思われ――』
00[#「00」は縦中横]式の照準動作より速く、人影はビルの陰《かげ》に消えた。
「三番機、移動急げ」と、倉本はいった。位置を確認されたのは上手《うま》くない。
しかし、ほとんど間を置かず――
横手のビルの上を通って落下してきた手榴弾《しゅりゅうだん》が、00[#「00」は縦中横]式三番機の上部装甲にガンと音を立てて跳《は》ね、路面に落ちた。破裂音《はれつおん》、そしてスモーク。
「三番機|被弾《ひだん》」の報告とともに、指揮車のモニターに映るマーカーのひとつが、行動不能を示す赤に変わった。
「第二班の作戦を変更、四番機はポイントDへむかい、第三班と合流――」
だが、倉本の指示が終わらないうちに、
『四番機被弾!』
『目標発――六番機被弾!』
『五番機被弾――』
ほどなくして、マーカーは残らず赤に変わった。ビルの谷間から放《ほう》られたいくつもの模擬手榴弾が、それぞれに山高い放物線を描《えが》きながら、展開中の00[#「00」は縦中横]式を襲ったのだ。
倉本が状況終了を告げると、00[#「00」は縦中横]式の視界とリンクしたモニターに、背の高い人影が映った。長身の男――〈突撃丸〉砲術師《ほうじゅつし》ザカルデデルドは、四つの手榴弾をお手玉のようにもてあそびながら00[#「00」は縦中横]式に歩みより、黒い顔に人のよさそうな笑顔を浮かべて、
『やあやあ、みなさまがた、お怪我《けが》はござらんか』といった。
倉本は小さくため息をつき、部下の各班長とグロウダイン陣営に再配置を指示した。
ここ数日、倉本重歩小隊では、〈突撃丸〉乗員の協力の下、自衛隊の演習場内に設営された訓練用セットを用いた模擬戦が、くり返し行なわれている。その結果、丸腰のグロウダイン、それも近接戦闘技能に特化していない氏族が相手ならば、重歩一個小隊をもって制圧が可能、というところまではいったが――
「相手がふたりになると、もう手に負えん、か」
せまい指揮車内には今、倉本のほかに〈アルゴス〉の鈴木《すずき》と島崎《しまざき》が入っている。
「ええ……」
と答えつつ、倉本はちらりと背後をふり返り、
「……車内、禁煙です」
「お、すまん」
鈴木は出しかけたタバコをふところにしまいながら、
「まあ、今はまだ、勝つことを考える段階じゃない。データがとれればいい」
「『そういう段階』になったとしても……」と、倉本はいった。「部下はみな、『あんな連中とは死んでも戦いたくない』といっています」
「ああ、俺もそう思う」
その会話を聞いているのかいないのか、
「……単純に、ふたりだから戦力が倍になった、というだけではありませんね。……あ、ちょっと失礼します」
島崎はそういうと、倉本のわきからコンソールに手をのばし、モニターに記録映像を呼び出した。倉本重歩小隊の指揮・通信システムには〈アルゴス〉の手がかなり加わっている。
「これは被弾直前の、三番機のカメラの映像です」
モニターの中で、やや粗い画像がぐらぐらとゆれながら視点を移動し、遠いビルの頂上に小さな人影をとらえた。
『目標発見! エリア4Eの二番ビル屋上、タイプCと思われ――』と、記録音声。
「そう、タイプC――ゼロロスタンです。彼は各種知覚能力に特化した氏族の出身だとのことですが――」
島崎の手がコンソールのキーボードの上でさらに動き、モニター内の映像をズームアップした。粗さとゆれをさらに増した画像が、一瞬の間を置いて、どうにか目鼻が判別できる程度にデジタル補正された。
「彼の視線に注目してください。まずまっすぐこちらを見て、それから、姿を消す直前に……ほら、一瞬視線をずらしてます。それから数秒後に――」
ガン、と手榴弾が機体に当たる音。そして、破裂音とともにスモークの煙《けむり》が視界をおおいつくした。
「着弾です」
「しかし、これを投げたのはもうひとりの、ザカルデデルドの方だろう」と、鈴木がいった。
「ええ、通りをふたつはさんだ向こうから」島崎は人差し指で顔の前に山高い放物線を描き、「視認は不可能だったはずです」といった。
「ゼロロスタンが位置を教えたということか」
「はい。しかし、ただ教えただけではありません」
「……どういうことですか」と、倉本がいった。
「つまり、間接照準[#「間接照準」に傍点]ですよ」
といって、島崎はにかりと笑った。欠けた前歯が見えた。
「えー、まず、つづく投擲《とうてき》にも見られるように、彼らの照準はきわめて正確です。これは彼らの両目と額の第三眼のコンビネーションによる空間|把握《はあく》能力に負うところが大きく……時々、彼らの目が光って見えるでしょう? ああして電磁波を出力し、反射波を第三眼で受け止めることによって、目標との距離を計測しているようです。コウモリの空間知覚というか、レーザー測距儀《そっきょぎ》に近い構造ですね(ごち)いてて」
解説に興が乗るにつれて島崎のジェスチャーは大きくなり、ときおり車内の機材に手をぶつける。島崎はぶつけた手をぷるぷるとふりながら、
「さらに、ゼロロスタンは自ら計測した00[#「00」は縦中横]式各機の位置を正確にザカルデデルドに伝達しています。これはおそらく、目から発する電磁波に情報を乗せて、タイトに絞《しぼ》り込みながら相手の第三眼にむけて発射しているんですね。いうなれば、レーザー通信をもちいたアイコンタクトです。これはつまり、われわれの〈アルゴス・システム〉や重歩小隊の指揮システムがそうであるように、彼らもまた、複数の個体の連携《れんけい》により、より効率的に力を発揮できるということです。今回は個人戦闘において素人《しろうと》同然のふたりが相手ですが、地上戦専門の部隊が地球を訪れたときには、いったいどんな戦術を見せてくれるのか、実に――」
「できれば見ずにすませたいもんだがな」と、鈴木がいった。
「あ…」
島崎は鈴木と倉本の視線に気づくと、口をつぐみ、きまり悪げに頭をかいた。
鈴木は軽く肩をすくめ、
「まあ、『すませたい』ですますわけにもいかん」
倉本はあいまいにうなずくと、モニターにむき直り、あらかじめ用意していあったいくつかの作戦プランを呼び出しながら、
「次はどれでいきます?」
島崎はその肩越しに身を乗り出しながら、
「あ、今度はスモークをたいてみていただけますか? 彼ら、多分赤外線を使ってると思うんですが――」
夕食のあと。
陽子は八時五分前からテレビの前に陣取った。
『あ〜ら〜! なんて大きなワンちゃん! え、ご主人? あら、犬みたいな顔してるからてっきり(スタジオ爆笑)』
と、見たくもないバラエティ番組を見ながら、ひざの上にリモコンを確保し、
――もう殿下にテレビ見せてあげない。
などと、変な意地を張っている。
そして、八時ちょうど。
二階から下りてきたバルシシアが、居間に入ってきた。
――きた。
陽子はリモコンをとられないように、両手でぎゅっとにぎり締《し》めた。
が――
バルシシアが陽子のうしろにどかりと座ると同時に、ピ、とチャンネルが変わった。
『善人悪人見境なしに、今夜も斬って斬りまくる! 人斬り判官《はんがん》桐原《きりはら》斬奸《ざんかん》、これがおいらのお裁きよ!(うぉらぁー! ズビュッ)』
「……え?」
陽子は思わず手にしたリモコンを見、ピ、とチャンネルを変えた。
『この豪邸《ごうてい》、なんと一〇億! ビックリマンチョコが一千万個分ですわ! (スタジオ爆笑)』
するとまた、ひとりでに、ピ。
『てェへんだてェへんだ! 斬兄ィ、聞いてくンな(ズビュッ)ぎゃあッ』
陽子はバルシシアをふり返った。
バルシシアは素知らぬ顔で、ぷいと横をむいた。
――なんかやってる。
陽子はバルシシアの顔を肩ごしにちらちらと見ながら、ピ。
『「飲尿《いんにょう》は便秘に効く」マルかバツかー!(マルーっ、マルマルーっ!!)』
陽子が再びチャンネルを変えると、バルシシアはテレビのほうに視線を戻し、目を凝《こ》らすような表情をした。
すると――
ピ。
『よう斬の字、ずいぶんと景気がいいようじゃねえか(ズビュッ)ぐはあッ』
……陽子にリモコンを押さえられることは予期していた。
そこで、バルシシアはさきほどから、眼球からリモコン信号に酷似《こくじ》したパターンの赤外線を発しているのだ。いうなれば、「眼力リモコン」。
陽子には、わけがわからない。
だが、わけはわからなくとも、すでに意地になっている。三たびリモコンをかまえ、ピ。『今日はスタジオに意外なゲストをおまねきしています(ええ〜っ!?)』
するとバルシシアも、ピ。
『へ組の居候、桐山《きりやま》斬之介《ざんのすけ》と申すはそちのことか(ズビュッ)がふッ』
陽子が、ピ。
『夫の衝撃《しょうげき》告白とはいったい!?(ジャカジャン!)』
バルシシアが、ピ。
『あァら斬さン、ちょいとお見限りじゃないのサ(ズビュッ)あれェッ』
「う〜っ」と、陽子がうなった。
「ぬぬぬ……」と、バルシシアがいった。ここまできてようやく、「眼コン」は事態の根本的解決に役立たないことに気がついたが、もはやこちらも意地になっている。
ピ。
『さてそこで次の問題』
ピ。
『お父っつぁん、おかゆが』
ピ。
『チャンスは二倍です!』
ピ。
『そいつはちいっとばかり』
ピ。
『答えはCMのあとで』
ピ。
『先生、お願えいたしやす』
「ううう〜っ」いつしか、陽子の顔は真っ赤になっていた。
「ぬぬぬぬぬ」バルシシアの全身に、攻撃紋が展開した。
ピ、とチャンネルを変えながら、陽子がふり返った。
「もう、殿下……!」
同時に、
「ぬあッ!!」バルシシアが思いきり力んだ。
すると、
バシュン!
低い破裂音が鳴り、空気のこげる匂《にお》いがした。鋭《するど》い熱波が陽子のほおをかすめた。
「きゃああッ!?」
陽子の悲鳴を聞きつけて、
「え、なになに?」
『なにごとかね!?』
「ミュウ?」
居間に駆《か》けつけた忠介(ミュウミュウつき)とカーツが見たのは、割れたブラウン管からもくもくと煙を吐《は》く、壊《こわ》れたテレビであった。
そして――
「なんでテレビこわすのよ! 信じらんない!」
「わざとではないのじゃ! おぬしが意地を張るからいかんのじゃ!」
いい争うふたりを横目に、ほうきとちりとりでガラスの破片を片づけながら、
「明日、新しいテレビ買いにいこうか」と、忠介はいった。
ついでに、陽子の表情をうかがいながら、
「んー、できたら、二台」
バルシシアがぴくっと反応した。
「二台……」
陽子はしばらくむずかしい顔で考えたのち、
「……いいわ」といった。
そして、思わずうれし顔[#「うれし顔」に傍点]になるバルシシアをくわっとにらみつけ、
「その代わり、今後は目からビーム出すの禁止!!」
バルシシアは陽子の眼力にのけぞりながら、
「……うむ」といった。
[#地付き]〈つづく〉
[#改段]
キャラクターぷっち¥ミ介
龍守忠介
◎なごみ系主人公。趣味は犬洗いと妹の尻を見ること。特に芸はない。
龍守陽子
◎龍守家を仕切りまくる忠介の妹。兄をなぐるけるして愛情を表現する(?)。
バルシシア・ギルガガガントス15-03E
◎鉄拳皇女≠アとグロウダイン帝国第三皇女。ガラは悪いが愛嬌はある金属人間。
カーツ大尉
◎黄金の〈ベル〉を持つ、銀河連邦特務監察官。トイレのしつけはまだらしい。
ミュウミュウ
◎忠介になついている女の子。その正体は銀河最強の超生命体〈リヴァイアサン〉。