コロボックル物語3 星からおちた小さな人
佐藤さとる
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[#表紙(img\表紙.jpg)]
[#挿絵(img\000.jpg)]
はじめに
どんな国にも歴史がある。古い国であればもちろん古く長い歴史があるし、新しい国には新しい歴史がある。コロボックルたちのつくった世界一小さい国にも、小さい歴史があるのだ。
その小さなコロボックルの国の小さな歴史の中から、コロボックルにとって、思いがけない大きな影響をうけた一つの事件を、これからくわしく書いてみたい。この事件のことを、コロボックルたちは『ミツバチ事件』とよんでいるようである。
『ミツバチ事件』とは、どんな事件だったか、まず本文を読んでもらいたい。
[#地から1字上げ]佐藤さとる
[#挿絵(img\002003.jpg)]
もくじ
はじめに………………………………………3
第一章 空とぶ機械……………………………15
第二章 この世にただひとりとなるべし……59
第三章 臨時マメイヌ隊員……………………103
第四章 あまがえる作戦………………………149
第五章 夕やけ雲………………………………197
あとがき………………………………………225
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〔質問〕
コロボックルってなんのこと?
〔答え〕
そもそも、コロボックル≠ニいうのはアイヌ語で、ふきの葉の下の人、という意味があるのだそうだ。つまり、日本の小人のことだね。コロポックル∞コロポックンクル≠ネどともいうらしいよ。
なんだ、アイヌ語か、なんていってはいけません。アイヌ語は、大むかしから、たくさん日本語にはいっていることばで、ぼくたちは、知らずにずいぶん使っているのだから。
それはともかく、むかしのコロボックルというのは、一まいのふきの葉の下に、数百人もかくれていたことがあるそうだ。数百人とは、またずいぶん大げさだと思うかもしれないが、いまでも北海道や秋田県のふきは、かさのかわりになるほど大きいんだとさ。
もちろん、そんな小人は、むかし話の中だけに住んでいるものと、だれもが考えるにちがいない。ぼくだって、やっぱり考えていた。
ところが、そのむかし話の中にしかいないはずの小人の子孫(?)が、なんと現代の日本に、ちゃんと生きのびているのを発見した人がいる。それも、ついこのあいだのことだ、といったら、わらいだす人もいるかもしれない。わらってもかまわないが、事実は事実だからしかたがない。
ところで、その人は学者でもなんでもない、ただの電気技師で、小人たちからせいたかさん≠ニよばれている男の人だ。ほんとうの名まえを――いや、名まえをいうのは、その人からとめられていたっけ。とにかく、そのせいたかさん≠ェ、まるで、虫のようなちっぽけな小人をみつけ、その小人たちと友だちになってしまったというのだから、なんともすごい話じゃないか。もっともせいたかさん≠ノいわせると、みつけたのはじぶんでなくて、小人のほうだという。小人がせいたかさん≠みつけたことになるんだそうだ。わざわざ小さい姿をあらわして、むこうから友だちにしてくれたというんだけどね。
そして、なぜ小人たちが、いまごろになってそんなことをしたかといえば、先祖代々じぶんたちが住みなれてきた小山を、人間からまもるためには、だれか話のわかる人間を、つまりひみつをまもれる人を、どうしても味方にしたかったからだという。せいたかさん≠ヘ、そうやって小人たちからえらばれた、はじめての人間だった。
そうはいっても、このへんの話は、ちょっとやそっとでは信じられないかもしれない。むりもないとは思うが、これはほんとうの話だ。もし、もっとくわしく知りたければ、『だれも知らない小さな国』という本で、せいたかさんの口からくわしく話してもらってあるから、そっちをぜひとも読んでくれたまえ。
ところで、そのせいたかさんは、小人たちを知ったとき、ははあ、もしかすると、こりゃ、大むかし北海道にいたというコロボックルの子孫じゃないかなと思いあたったそうだ。そこで、小人たちにきいてみた。
「いや、わしらのご先祖はスクナヒコさまですよ。」
という答えだったらしい。スクナヒコさまというのは、スクナヒコナノミコトという、日本の神話にでてくる小さな神さまのことだろう、きっと。だから、せいたかさんは、いろいろしらべたあげく、こう考えた。
――スクナヒコナノミコトと、むかしのコロボックルは、どうやらおなじ小人の一族らしい。つまり、おなじ小人を見たのに、アイヌ人はコロボックルといい、日本人はスクナヒコナノミコトといったにちがいない――ってね。
その証拠も、せいたかさんはずいぶん集めたようだったが、まあ、そんなことから、せいたかさんは、じぶんのみつけた――いや、じぶんをみつけてくれた、この小人たちを、しゃれて、コロボックルとよぶようになった。それが、小人たちもすっかり気にいってしまって、じぶんたちどうしでも、コロボックルといいあうようになってしまった。
しばらくして、小人たちがじぶんたちの国をつくったときも、その国の名まえを『コロボックル小国』――正式には『矢じるしの先っぽの国、コロボックル小国』――とつけたくらいだから、よほど気にいったんだろう。
さて、そのあと、このめずらしい日本の小人族、コロボックルをみつけた――つまりコロボックルにみつけられた人間が、もうひとりいた。小がらな女の人だった。そのころは幼稚園の先生をしていたので、小人たちからおチビ先生≠ニよばれていた人だ。その人は、やがてせいたかさんのおくさんになって、子どもも生まれたから、いまではママ先生≠ニよばれている。
ママ先生とせいたかさんのたすけもあって、古くさいくらし方をすっかりかえたい、と考えていた小人たちは、ぐんぐん進歩していった。いいわすれたけれど、コロボックルたちは、人間の数倍の速さで動くことができる。ぼくたちには目にもとまらない速さだ。したがって、しゃべるのも(もちろん日本語)すごい早口だし、頭の回転もすばらしい。いいかえれば、すごくりこうなんだ。もっとも、りこうじゃなかったら、とっくのむかしにほろびてしまっただろうがね。
コロボックルの国には、学校もできたし、役所もできたし、とうとう新聞まで発行するようになった。ついでにいうと、この新聞は、『コロボックル通信』という世界一小さな新聞で、切手ぐらいの大きさしかない。たしかその創刊号には、もう死にたえてしまったと思われていた、マメイヌという小人いぬをつかまえた記事がのっていたっけ。
ここらあたりの話は、『豆つぶほどの小さないぬ』という本で、『コロボックル通信』の編集長になったコロボックルから、くわしく話してもらった。よかったら、それも読んでくれるといい。
そしてそのあと、コロボックルたちがどんなことをしたか、どんなふうにじぶんたちの国をつくっていったか、人間たちとは、どのようにつきあうようになったか、などが、これからの話だ。
つまり、コロボックルっていうのは、古くさいむかし話の中にとじこもっているようなやつらではなく、ほんとにいま生きていて、ぼくやきみたちのあいだを目のくらむような速さでとびまわり、ものすごい早口で日本語をしゃべりまくる、すばらしい日本の小人たちのことだ。ざんねんながら、ぼくたちの前には、めったに立ちどまってくれないんだが。
「でも、小人なんて、まるで子どもだましみたい。」
そんなことをいう人も、もしかしたらいるかもしれないね。どうせやせがまんだろうけど。しかし、まあ、とにかくこの本を読んでくれたまえ。
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星からおちた小さな人
[#改ページ]
[#見出し]第一章
[#見出し]空とぶ機械
[#挿絵(img\013.jpg、横188×縦344、下寄せ)]
1
だれかが、高い空の上から町を見おろしていた。
――ほら、ま下に見えるのがこの町の駅だ。山からトンネルをくぐってきた電車の線路と、海ぞいに走っているバス道路とが、ななめにぶつかっているところがそうだ。駅前にはちょっぴり広場があるし、広場の先はもう海で、そこは町の海岸公園になっている。
このあたりは海べまで丘がせまっているので、バス道路ときたら、まるで海岸にしがみついているようだ。おかげで、その両がわにならんだ町なみも、空から見ると、ほんのうすっペらなものに見える。なにしろ、右がわには丘をけずった高いがけがあるし、左がわには海があるのだから。
ここだけながめたのでは、せまくてきゅうくつな町に見える。でも町はここだけじゃない。この駅のま上にくると、この町は、一目でぜんぶ見わたせるのだ。ふりかえって、丘のかげにある町のふところ――いくつもある谷あい――をのぞいてごらん。色とりどりの家の屋根でうずまっている。そこには、にぎやかな通りがあって、郵便局も学校もある。あっちに見える小学校なんか、日あたりのよさそうな谷間のおくに、運動場ごとぽっこりおさまっているんだ。
丘の斜面も、南がわはてっぺんまで、ひなだんのようにきざまれていて、あぶなっかしく家がのっている。中には、四階だての白いアパートまでのっているところがある。高いところから見ると、まるでつみ木の町だ。
こんどは、駅前からバス道路にそって、ずっと目をうつしていってみようか。図書館と公会堂のあいだをとおって、道が二つにわかれていくのがよくわかる。ロータリーをまわって右へ長い坂をのぼっていくのは、やがてトンネルにきえている。これは町のうらがわへいく道。まっすぐみさきのほうへいくのは、入り江のかげにある港へでる道だ。
海はいつだってすばらしい。高いところから見おろせばなおすばらしい。港にとまっているのは、湾のむこうがわへでるきれいなフェリーボートだ。青い海に白い波をひいてランチ(汽艇)が走りまわっている。あいつは、いつだって走っているんだから。
その先には、小さいながら造船工場やかんづめ工場もあるし、この町は見かけほど小さい町じゃない。むやみに大きくもないけれど。
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「たしかに大きい町だ。でも、やっぱりきゅうくつな町だ。」
だれかが、そんなことをつぶやいた。その高い空の上で、すごい早口、もちろんかもめじゃない。かもめもとんでいるが、鳥が口をきくわけがない。
そこは――そこ≠ニいうのは、つまり、潮のにおいのする春風が、海からゆっくりふいている、かなり大きくてやっぱりきゅうくつな港町の、駅のま上のおよそ百二十メートルの高さの空中だ。
そんなところになにがいるんだろう。飛行機もヘリコプターもとんでない。
ところが、虫が一ぴきとんでいた。かなり大きな虫だ。はちぐらい――そんなもんだ。しかし町の人には見えないだろう。下からさがすのはとてもむりだ。
その虫は、ちょっとかわったとび方をしていた。つんんつんとまっすぐあがって、ふらふらとまいおりてくる。またつんつんとあがって、ふらふらふら。海からふく風にながされて、だんだん丘に近づく。すると、あわてたように、また駅の上までもどってくる。そのときの速さは電光のようだ。どうやら、そこから見おろす町のながめが、よほど気にいったようだ。
「ちょっとさむいな。まだ風がつめたい。」
虫がしゃべった。やっぱり、この虫だった。だが、虫がおしゃべりをするはずはない。かもめでさえできないんだから。とすれば、ただの虫ではない。そう、ほんとうは虫なんかではないんだ。きみょうなとぶ機械をせなかにくくりつけたコロボックルだった。風に背をむけようとして、虫は、いやコロボックルは、くるんとちゅうがえりをした。したくてやったのではないらしい。いそいで足をけって、また、まっすぐになった。とぶ機械は足で動かすようだ。
「うへえ、おどろいた。うっかりすると、こんなことになる。」
そういったが、もちろん、またすごい早口だ。ふつうの人がきいたら、「ルルルルル」といっているようにしかきこえない。ふしぎによくとおる声だが。どうやらわかい男のコロボックルだった。まだ少年のようだった。ぴっちりした、ずきんと上着とズボンが、みんなつながった、青いぬいぐるみのような服をきて、足には白い長ぐつ、手には白い手ぶくろをしている。服は、あまがえるの皮でつくったものだ。くつや手ぶくろは、魚のうきぶくろでつくったものだろう。はんぶんすきとおっている。
このコロボックルは、こんなところでなにをしていると思う。
じつは――せなかにつけている新式空とぶ機械≠フ試験飛行をしていたのだった。
2
[#挿絵(img\017.jpg、横104×縦207、下寄せ)]
その機械の説明をする前に、ちょっといっておきたいことがある。
コロボックルの国は、この数年のあいだにめざましくかわりはじめている。
小人たちは人間の世界から、いくつか、とても重要なことを学んだ。たとえば、学校とか、国をおさめるしくみとか、新聞のつくり方とか。そのほか、科学も学んだ。なかでも電気のことはとくにくわしい。これは、コロボックルにいろいろなことを教えた人間が、つまりせいたかさん≠ェ、電気技師だったためだ。いまでは一種のラジオもつくるし、テレビだって、もしつくろうと思えばつくれるだろう。
だが、コロボックルが、人間の知っていることをすべて知りたがったか、といえばまちがいだ。
この二十世紀の奇跡であるコロボックルには、それなりにじぶんたちだけしかもっていない感じ方や能力があって、じぶんの知りたいことも、それにあわせて、えらぶからだ。つまり人間とコロボックルとの考えは、よくにているようで、じつはかなりちがうところがある。さっき話にでたラジオのこともそうだった。
一種のラジオ≠ニいったが、コロボックルは、あきれるほどかんたんなしかけで電波を受信できる。(送信はむずかしいが。)どうも、コロボックルのからだが、そのまま、トランジスタのような役目をするらしく、コロボックルたちは、アンテナと、ちょっとした部品だけで、頭の中に感じとることができた。
このことは、せいたかさん≠ニいっしょに研究しているうちにみつけたことだが、いかにもふしぎで、理由はよくわかっていない。
ラジオというより、テレパシー(精神感応)に近いといえるかもしれない。どっちにしても、それがわかったコロボックルは、めんどうな人間用ラジオなど、もうわざわざつくろうとしないし、その必要もないというわけだ。
こんなにはっきりしたことでなくても、よくにたことはまだいくらもある。その一つは、コロボックルがのりものをほしがらないことだ。人間のように歩くことをいやがらないし、自動車にまけないほど速く走ることもできるから、自動車もオートバイも電車もほしがらない。水の上をわたりたければ、木の葉でもまめのさやでも、そのまま使えるから、船はいらない。大きな海がわたりたければ、人間の船にもぐりこんでいけるし。
だからといって、コロボックルが科学によわい、などと考えてもらってはこまる。むしろ、そのはんたいなのだから。
コロボックル小国のある小山には、おそらく数百年もかかってつくられたと思われるりっぱな地下の町があるが、ここの空気のいれかえ装置は、もともと科学的にもすぐれたものだった。おまけにこの装置には、しばらく前から小型の蒸気機関が使われだしている。
また、新聞――コロボックル通信――のりっぱな印刷機械には、もう二年前から電動機が使われている。それどころか、せいたかさんと共同で、放送局をつくる計画さえある。もちろん、さきほどのテレパシー=ラジオ用のものだ。
ただし、こんなふうに、機械を使ったり、科学を利用しようとするときでも、コロボックルときたら、なるべく人目につかないように、なるべく音がしないように、とばかり考える。ここが、人間と大きくちがうところで、せいたかさん≠ニしては、いろいろ気をつかうことになる。
「つまりコロボックルは、人間のことをいつも気にかけているんだよ。そういうくせがついているのだ。」
せいたかさんなら、きっとこういって説明してくれるだろう。
「コロボックルだって、人間をおそれているわけじゃない。人間とかかわりあいになるのがいやなだけさ。このことは、ちょっと立場をかえてみるとよくわかるはずだ。というのは、われわれ人間も、もし背の高さが八十メートルもあるような『大きな人』たちのあいだで、ひっそりとくらしているとしよう。そうしたら、その巨人がどんなにやさしくて、のろまな――われわれから見て――生きものだったとしても、みんな気にしないですましていられるかね。おそらく、コロボックルほど勇気をもって生きていける人はすくないと思うね。」
*
そういったわけで、コロボックルが、人間の世界をそのままそっくりうのみにしてきたのではないことはわかると思う。
ところが、そんなコロボックルにも、人間とまったくおなじ大きな夢があった。空をとびたいというねがいだ。
それは、大むかしから人間が鳥を見て空をとぶことを夢みたように、コロボックルたちは虫を見て、あんなふうに自由自在に空をとんでみたいものだと、もう長い長いあいだ考えづづけてきたのだった――。
3
空にまいあがって、風にのってとぶことは、ちょうど人間が水をおよぐことをおそわるように、たいていのコロボックルが習う。いかにもコロボックルの考えそうなことだと思うが、これだって、おもに高いところから安全にとびおりるための訓練で、空をとんですきなところへいくためではない。
強い風がふくときで、しかも風向きがよければ、うまく利用して遠くへとぶこともある。でも、そんなことはめったにない。空中にいるあいだは、どんなにコロボックルがすばしこくても、からだは自由にならないし、風が強ければ強いほどあぶないからだ。
――風があってもなくても、くまんばちやこがねむしのように、すきなところへすきなときにとんでいけるようになったら、いいなあ。――
どのコロボックルでも一度はそんなことを思ったにちがいない。でも、思っただけで、人間のようにあれこれくふうしてみるものはいなかった――つい数年前までは。
人間が、一足先にその夢をみごとにかなえてしまったことは、コロボックルたちも、かなり前から感づいていたし、せいたかさんという、よい味方をつかまえたあと、その人間の飛行術についてはくわしく説明してもらった。そしてのりものぎらい≠フコロボックルが、はじめてのりもの≠つくってみたいと思った。空をとぶ、すばらしいのりもの≠。
せいたかさんにおそわった飛行機をくわしくしらべ、地下にあるコロボックルの工場で、それをそっくり小さくつくってみようとした。しかも、できるだけ人間の目につかないように、型も小さく、音も小さく。それが三年ほど前のことだ。
これでたいへんな苦心をかさねたが、とうとうだめだった。かんじんのエンジンがむずかしくてできないのだ。小さくすればするほど、力がでなくなるばかりか、うまく動かなくなってしまった。
これは、けっしてコロボックルのうでがわるかったのではない。もともとエンジンなどは、人間がじぶんたちにとって使いやすいように考えだしたものだから、どんなにじょうずに小さくしたって、そのままではうまく動くわけがなかった。
「こりゃ、コロボックル用にはならないな。われわれは、われわれにむいた方式でつくらなくてはと 小さな技師たちは、そう考えなおし、ちえをしぼった。そして、いいエンジンはとてもつくれないとあきらめかけたとき、とうとうすばらしいことに気がついた。
すばらしいこと≠ネんて、いつだって、つまらないことのすぐうしろにあるものだ。うっかりしていると、見のがしてしまうようなところにね。コロボックルの小さな技師たちの気がついたことも、やはりそうだった。
つまり、コロボックルのいちばん使いやすいエンジンは、じぶんたちの足≠セった。人間の考えたエンジンなどより、よほど強くて使いよいということだった。
[#挿絵(img\023.jpg)]
ここでちょっとした計算をしてみよう。もし算数のきらいな人がいたら、答えだけ見てくれればよろしい。
まず、コロボックルの身長は三センチあまりで、ふつうの人間の約五十分の一だ。だから、そのままそっくり人間を小型にしたものとすればその体重は、1/50×1/50×1/50=1/125000[#「1/50×1/50×1/50=1/125000」部分は分数表記の縦中横]になる。
つまり、人間が六十キログラムとすれば、コロボックルは、わずか〇・五グラムにもたりない、というわけだ。しかし、コロボックルは、人間をそっくり小型にしたわけではなく、かなり頭でっかちで、しかも太っているから、だいたい一グラムはある。たばこ一本分ぐらいだね。
ところで、力≠フほうはどうなるかというと、人間の身長をそのまま五十分の一にちぢめた とき、その小さな人間の力は、1/50×1/50=1/2500[#「1/50×1/50=1/2500」は分数表記の縦中横]になる。
ふつうの人間が、五十キログラムぐらいまでかつげるとすると、小さくちぢめた体重〇・五グラムの人間は、五十キログラムの1/2500=20[#「1/2500=20」は分数表記の縦中横]グラムぐらいかつぐことができる。
さっきいったように、コロボックルは、そのままそっくり人間をちぢめたのではないから、この計算どおりにはいかない。うでの力はずっとよわくて、せいぜい十グラムほどしかもちあげられない。しかし、それにしたって、じぶんたちの体重の十倍はもちあげるわけで、これを体重六十キログラムの人間にたとえれば、その十倍の六百キログラム――半トン以上のものをかつぐことになってしまう。
しかも、コロボックルの足の力はもっともっと強い。人間だったら、おそらく、四十馬力ぐらいにあたる力がある。そんな強い力で走りまわるからこそ、人間の目にもとまらないほど速く走れるわけだし、まっすぐ上に五十センチから八十センチほどもとびあがれるし、いきおいをつければ、かべでも一メートル半から二メートルぐらいかけあがる。もっとも、人間にはつるつるなかべに見えても、コロボックルが見ると、手がかりや足がかりがたくさんあるからでもあった。ほんとうにつるつるなかべは、たとえば大きな鏡などでは、とてもそんなにのぼれない。
さて、これでコロボックルの足の力が、どんなに強いものか――強いというのは、長いあいだ、ものすごい速さで動かしつづけられるということでもある――がわかったことと思う。
どうもおまちどおさまでした。それではまた、空の上にもどることにしよう。
4
百二十メートルの上空には、いつのまにかもう一ぴきの虫が――いや、コロボックルがふえていた。前のより、ずっと大型で、ヘリコプターそっくりの空とぶ機械にのっている。こちらはどうやら、試験飛行をしらべるのが役目らしい。
先にきてまっていた小型のほうが、おそろしいくらい目まぐるしくとびまわっているのを、上のほうからほとんど動かず、しばらくながめていた。
「やっほう。」
やがて大型から小型へ、声がとんだ。小型のほうは、きゅっと空中でとまって、命令をまつように上を見た。そのあいだも、足は片方ずつゆっくりと動かしていた。
このわかいコロボックルの両足の外がわには、針金のようなものがとりつけてある。ひざとかかとと、こしのあたりで、自由に折れまがるらしい。足をちぢめると、もう一組の針金が、ひざとははんたいにうしろのほうに祈れまがる。この部分が両かたにとりつけられた四つの歯車につながっていて、その歯車の心ぼうにとりつけてある二まいのちっぽけな羽(おそらくとんぼの羽をはりあわせてつくったものだろう)が、うなりをたてて、はばたく。
どう見たって、それはのりもの≠ニいう感じはしない。ふしぎな空とぶ機械だった。ブーンという、かるい羽音をたててとびまわるところは、はちにそっくりだ。ただし、スピードはだんちがいに速い。そのくせ、こんなふうに、ブレーキをかけたように空中でとまることもできるらしい。
「オーケー、そのくらいで練習はいいだろう、ミツバチぼうや。こんどは一度小山までもどって、時間をはかってもらう。むこうのしたくも、もうすんでいるころだ。いいな、コロボックルの城に、せいたかさんのとけいをかりた連中がまっている。」
大型の機械にのったコロボックルは、早口の大声で命令した。
「連中の合い図でとびだして、一直線にここまでこい。それからまた一直線に小山へもどれ。その時間をはかる。さあ、いけ。」
「了解。」
ミツバチというよび名のとおり、わかいコロボックルがブーンととびさると、のこったコロボックルは、すうっとまた高くあがった。こっちの機械はたしかにのりもの≠セった。前にもいったように人間のつくったヘリコプターとおなじなのだ。
かんたんなわくだけの機体の中で、コロボックルがバンドのついたペダルに足をさしこんでふんでいる。その力で竹とんぼのような大きな――といっても六センチほどの――つばさを回転させている。
尾の先にも小さなプロペラがたてについていて、これでぐるぐるまいをふせいでいる。
じつをいうと、こっちの機械は、コロボックルの手でつくられた最初の飛行機なのだ。この型なら、いま三台もっている。
[#挿絵(img\027.jpg)]
もともとコロボックルたちは、虫のとび方を見て空をとびたいと思っていたので、まず空中で とまれるもの、どんなせまいところからも、まっすぐとびたてて、まっすぐおりられるもの、おまけにつばめより遠くとべるもの、でなくてはならなかった。それで、ふつうの飛行機はやめにして、ヘリコプターをお手本に、これをつくった。
こんなふうに、らくに空をとべるようにするまでには、なんどもなんども、失敗をくりかえしたものだ。だから、第一号機ができたときは、国じゅうのコロボックルが、みんな木の上やコロボックルの城の屋根の上にのぼって見物した。わあっと手をたたいて大きわざしてよろこんだ。
『コロボックル通信』にも、図面いりで、くわしく発表されたものだった。
けれども、しばらくたつと、コロボックルの小さな技師たちは、また考えこんでしまった。これではまだだめだ、というのだ。
第一に、これは大型すぎる。大きすぎれば地上におりたとき、かえってじゃまになる。
第二に、これはあまりスピードがでない。のろのろとんでいると、人目につきやすく、危険も大きい。(といったって、とんぼの数倍は速いのだが。)
第三に、これは木のみきにとまれない。虫はみんなとまれるのに。
第三の理由はともかく、前の二つは、目だたないように、というコロボックルのいつもの考え方が顔をだしている。そして、もっと小さく、もっとべんりで、もっと速く、と考えが進み、ようやく新形式の飛行機をつくった。それが、いま試験飛行をしている、小型オーニソプター(はばたき式飛行機)なのだ。これなら、機械を身につけたまま、歩くこともできるし、木にぶらさがることもできる。つまり、虫のように、木のみきにもとまれる。
「成功だ、すごい成功だ!」
旧式のヘリコプターにのって上空でまっているコロボックルは、うれしそうにつぶやいた。このコロボックルは、技師のひとりだった。サクラノヒコという。よび名はサクランボ≠セ。
コロボックル小国の技師長は、ツバキノヒコというすぐれた頭の持ち主だが、その技師長の下で、子どものときから助手をつとめた。そういえば、そのころ、マメイヌをつかまえるわなをつくって、手がらをたてたこともある。
こんどのオーニソプターの設計を、ほとんどひとりでやってのけた技師だ。
(しかし、まだまだなおしたいところがあるな。あのまま地上におりたとき、もっとらくに歩けなくてはいけない。)サクランボ技師はそんなことを心の中でつぶやいていた。そして、ふっと空の上で考えにしずんだ。ペダルをふむ足がおそくなり、ヘリコプターはふわふわと風にながされた。
そのとき、丘のほうから一羽のもずが、サクランボ技師ののっているヘリコプターめがけて、矢のようにとんできた。春さきの、しかもこんな町のまん中だっていうのに。
5
コロボックルは、どんなにすばしこい生きものよりも、はるかにするどい神経をもっている。だから、いまもそれがはたらいた。サクランボ技師は、力いっぱいペダルをふみ、からだをひねってヘリコプターをま横にかたむけた。そのとき、技師の左足はきゅうにからまわりした。左のペダルが折れたのだ。
パチッ、と、くちばしのなる音がした。羽がザーッと風をきって耳もとをかすめた。ヘリコプターがもずのからだにふれてはねとばされた。それでも、ヘリコプターはあやうくたちなおった。
技師は右足一本に力をいれて、そのままにげようとした。そうなるとペダルをふむだけでなくひきつけるときにも力がいる。
とにかくいつもなら、こうして二、三度体をかわすと、もずはあきらめるのだ。だが、ヘリコプターはものすごくゆれた。回転翼がまがってしまったのだ。まるでスピードがでない。
ちぇっ、と、したうちをした技師は、すばやくもずのゆくえを目で追いながら、じぶんと機体をむすびつけているバンドをはずしにかかった。いざというときには、とびおりなくてはいけないからだ。
コロボックルに落下傘はいらなかった。風にのっておちる速さをよわめ、地面すれすれのところで、てのひらをかえすようにしてふわりとおりたつ。これは高いところからとびおりるとき、コロボックルがいつもやることだ。
(しかし、いくらなんでも百二十メートルは高すぎる。ここからとびおりたら、それこそたちまちもずのえじきだ!)
サクランボ技師は、さすがにすばやく、そしておちついて考えた。
(まだすっかりやられたわけじゃない。ヘリコプターは、とにかくとんでいるんだからな。)
もずは、むかしからコロボックルの敵だ。鳥の中でいちばんしまつがわるい。まるで弾丸のように空からねらってくるので、地上にいるときのコロボックルでさえ、うっかりするとよけそこなうことがある。いきなり百二十メートルも高い空からとびおりれば、それだけ長いあいだ空中にいなければならない。
そんなときは、いくらコロボックルだって、風にとばされたごみとおなじだ。もずはなんなくつかまえてしまうだろう。
といって、このままでは、もずにヘリコプターをこわされるだろう。へたをすれば命がない。
(ちぇっ、このうすぼんやりの、まぬけのサクランボめ!)
技師は、ぐらぐらするヘリコプターを、右足だけでかなりたくみにあやつりながら、じぶんでじぶんをののしった。よく注意さえしていれば、きっとなんでもなかったのだ。こののろまな機械だって、もずやつばめのくちばしをよけるぐらい、わけない。たとえペダルが一本折れたって――。
「きた!」
もずは、ほとんどま下から、つきあげるようにおそいかかってきた。技師は、ペダルをぐいっとふんだ。くるったヘリコプターは、ぶるぶるっとふるえて、それから機体ごとまわった。一度まわると、あとはめちゃめちゃにまわった。まわりながらおちた。
あぶない。
だが――なぜかもずは、空中でよろめいた。白いむねの羽毛がぱっとちった。ようやくヘリコプターをたてなおしたサクランボ技師の目の前で、もずは大きくむきをかえ、石のようにおちていった。小さなきらきら光るものといっしょに。
(なにかが起こったらしい。)
サクランボ技師は、ゆれる機体からからだをのりだして、ななめにとびながら下を見た。そのままおちると思ったもずは、はるか下のほうでばたばたとたちなおった。そして、よろめくように丘のほうへ姿を消した。はじめからおわりまで、この空のあばれんばうは、一声もなかなかった。
しかし、小さなきらきら光るものが、まっすぐおちていくのか見えた。
[#挿絵(img\033.jpg)]
「くそ!」
サクランボ技師は、目をいっぱいにあけてどなった。
「あいつはミツバチぼうやじゃないか!」
ゆれるヘリコプターの右ペダルをぎゃくにふみかえて、技師は高度をさげた。ときどき力をいれすぎて機体ごとぐるぐるまわりながら――。
技師の目の下に、ぐうんと町が近よってきた。谷あいの町がかくれ、丘がせまってきて、自動車の音が大きくきこえてきた。
(道におりたらあぶないぞ――。)
丘はやがて目の高さになり、頭の上になった。海がゆっくりうしろにたおれていった。うすっペらな町なみだった駅前が、にぎやかな大通りになった。
「さあ、左だ。左へ左へ、そうだ。」
サクランボ技師は、なかなかいうことをきかないヘリコプターをあやつって、駅のとけい台のかげにまわりこませながらつぶやいた。
「あいつ、ぼくをたすけるつもりで、じぶんがやられたんじゃないかな。まったくむちゃなやつだ。」
駅の大きなとけいの針がぴくりと動いて、三時四十五分をさした。
6
あのテストパイロットが、いいつけられたとおり小山から一直線に駅のま上までとびかえってきたとき、サクランボ技師は、もずの二回めの攻撃をうけようとしていたのだ。しかも、ヘリコプターは故障したらしく、ぐるぐるまいをしながらおちていくではないか。
本名をクルミノヒコというこのパイロットは、サクランボ技師の少年助手だった。小型オーニソプターをつくるあいだ、ずっといっしょだったし、これまでも技師と、なんどか小さな試験飛行をやってきた。そして、きょう、はじめて、長距離試験飛行にかかるところまでこぎつけたのだ。
ミツバチぼうや――この試験飛行をはじめてから、そんなよび名がついた――は、尊敬しているサクランボ技師をたすけようと、むちゅうになった。そして、流れ星のような速さでもずに体あたりしたのだった。短剣をひきぬくひまもなかった。
もずは、小石をぶつけられたぐらいの力をうけたにちがいない。だから、空中でよろめいた。ところがミツバチぼうやのほうもおなじ力をうけた。
せなかの機械をいためないように、足からぶつかればよかったのだが、足はつばさを動かすために、いつもうしろへけっていなければならない。それで、ひじをはり、頭からつっこむような形になった。
小型オーニソプターのつばさが、二つとも折れてふっとんだ。
そのとき、ミツバチぼうやは、じぶんの左足が、ひんまがった機械のために動かなくなっているのに、気がついていなかった。
*
駅のとけい台のうしろにうまくおりたサクランボ技師は、すばやく屋根の上を走って、ミツバチぼうやがおちたと思われるほうへ走った。
(たしか、このあたりだった。うまく、風にのっておりればいいが。)
駅のたてものから、プラットホームの屋根にとびうつってさがした。雨どいの中も、とびおりて、走ってみた。屋根にはいない。
わいわい、がやがやと、下から人声がした。
(さては見つかったか。)
天からふってきためずらしいものを見つけて、人間たちが、さわいでいるのかと思ったのだ。だが、雨どいからのぞいてみてほっとした。そこは、駅の横からはいったところで広場になっていた。おとなが三人ほど、あとは男の子ばかり十人ぐらいが集まって、荷物をらんぼうによりわけていた。
(どうやら、あいつを見つけたのではないらしい。しかし、こんなところへおちたとすると、もし気をうしなっていたりしたら、ふみつぶされるかもしれない。)
そう思っただけでも、サクランボ技師はぞっとした。人間にふみつぶされるコロボックルなんて、考えただけでも悲しい。
技師は、そこからあたりを見まわして、クルミノヒコ=ミツバチぼうやの姿をさがした。
(あの荷物のかげにいないか、あっちの木箱のうしろにいないか、あの柱のかげは、さくのうしろはどうだ、あのうえこみの中は――。)
どこにも見えなかった。これなら、気をうしなわずに、うまくおりたのかもしれない、という気がした。
(あいつのことだ。もうとっくにどこかへかくれちまっているだろう。)
それでも、サクランボ技師は、雨どいから下にとびおりた、ヒューッと風をきって。
人間が何人いようと、みじかい時間なら、目をくらますのはわけはない。人間たちのまん中におりて、目まぐるしくさがした。とびおりたところを中心に、すこしずつ大きな輪をかいていく。
レコードの針の動きと、ちょうどはんたいに動いたわけだ。ときどきピーッと、するどい口ぶえをふいた。きこえれば返事があるはずだった。だが返事はなかった。
いそがしく荷物をわけていた人間の男の子たちは、やがて、自転車をひきだしてきて、それぞれ、じぶんの荷物をつけはじめた。
それを下から見あげながら、サクランボ技師はじぶんの動く輪を大きくしていった。大きく、大きく、やがて広場をはみだして、さくから外へでた。そこで、こんどはプラットホームを、はしからはしまで走り、レールの上にとびおりて、ジグザグに走った。どぶの中もとびこえとびこえしてさがした。
いない、どこにもいない。
屋根の下にころげおちたかもしれないと思って、人かげのまばらな駅の待合室にもはいってみた。やはりいなかった。荷物の上にとびのり、事務室のまどにとびうつり、もういちどこまかくさがしてみた。いない。ようやくサクランボ技師はあせをふいて、むねをなでおろした。
「あいつは、走って小山へかえったんだ。そうだ、きっとそうだ。」
そう思うと、早くたしかめたかった。それで、また、とけい台のうしろへもどった。ヘリコプターの上にのって、ひんまがったつばさをぐいっとなおした。小山へもどるぐらいなら、これでだいじょうぶ、もつだろう。折れたペダルはなおしようがない。
駅のとけいは三時五十七分をさしていた。コロボックルの速さで十二分も走りまわったのだ。
もし、地上にいたら、きっと見つけたはずだった。
7
サクランボ技師ののったヘリコプターは、ぐうんと高くあがって、たちまち丘の上にでた。まだすこしゆれるが、こんどは片足でも、かなりスピードがでる。
[#挿絵(img\038039.jpg)]
そこから谷あいの町の屋根の上をとび、小学校の運動場のま上をななめに横ぎって、町のいちばんおくへ進んだ。上から見ると、まがりくねった道はだんだんほそくなって、やがて、雑木林の丘にぶつかっている。ここまでくると、もう家もない。道はきゅうに右へまがって、せまい石だんになる。
サクランボ技師は、地上一メートルぐらいまで、すうっとまいおりると、道の上をゆっくりとんだ。もしかしたら、ミツバチぼうやの姿が見えるかもしれないと思ったのだ。
石だんにそって、きりどおしのとうげ道にはいり、そのまま丘をこえると、むこうがわにたんぼが見えてくる。たんぼのあいだには、新しい家がぽつりぽつりたっている。このごろは、町がバス道路づたいに丘のうしろをまわって、ここまでしのびこんできてしまった。もうじき、たんぼも畑もなくなってしまうのだろう。
この小さなとうげをこえたところで、技師はまた一気に高くのぼった。雑木林の上にでて、ぐいっと左にかじをとった。目の前に、とがった小さな小山が見える。すっかりとしげったヒマラヤすぎにかこまれて、小山のかげに青い屋根がのぞいている。
さあ、ついた。ここがコロボックル小国のある小山だ。ここに、コロボックルが千人ほど住んでいる。青い屋根はせいたかさん≠フ家だ。
サクランボ技師ののったヘリコプターは、その青い屋根をこえ、とがった小山の中腹にたっている白ペンキぬりの小屋にむかって、矢のようにとんだ。
その古いちっぽけな小屋は、赤い花をいっぱいつけた、みごとなつばきの大木の下に、ちょこんとおさまっていた。ところどころ、ペンキのはげた古ぼけた小屋。古ぼけてはいても、まだまだしっかりしたかわいい小屋。じつは、これがコロボックルの城なのだ。
コロボックルの城には、小さな出まどがあいていて、そこに、ぱらぱらとまめのようなかげがいくつか動いた。見はりのコロボックルだろう。
サクランボ技師のヘリコプターは大きく輪をかいてから、まどにとびこんだ。そこには大きな 手づくりのつくえがあった。もちろん、むかしせいたかさんが使ったものだ。まどにむかってはめこまれたようになっている。そのつくえの上に、もう二台のヘリコプターがおいてある。そのとなりに、サクランボ技師はふわりとヘリコプターをとめた。すみのほうで、うでどけいをかこんだまま、ヘリコプターのおりるのをまっていたコロボックルたちが、五人ほど、わっと集まってきた。
「ミツバチぼうやはかえったろうな。」
ヘリコプターからとびおりるなり、サクランボ技師がそうたずねた。
「そのヘリコプターはこわれているじゃないか。なにがあったんだ。」
いきなりらんばうな返事があった。サクランボ技師はそっちを見た。
「ああ、隊長か。ミツバチぼうやはどこだ。」
「そいつはおれのほうでききたい。」
隊長とよばれた、背の高いたくましいコロボックルが、おこったようにいった。
「あのぼうやは、まだここへもどっていないんだぞ。」
サクランボ技師は、ほんのちょっとのあいだ、隊長の顔をにらんでいたが、すぐまたべつのヘリコプターにとびのった。そして、隊長にむかって早口でどなった。
「おい、フエフキ、おまえにたのむ。隊員をつれてすぐ駅へいってくれ。あいつは、もずとたたかって、そこでおちたんだ。ぼくはひとりでさがしたんだが、見つからなかった。もうかえったのかと思ったが、ちがうらしい。すぐいってくれ、いいな。」
「おい、まて、まてったら。」
「ぼくの責任だ。たのむからぼくのいうとおりにしてくれ。もしとちゅうの道であいつとあったら、だれかを知らせによこしてくれ――そうだとありがたいんだが。」
そういいのこすと、あっというまに、サクランボ技師は、またまどからとびだしていってしまった。フエフキ≠ニよばれた隊長は、ふえでなく口ぶえをピーッとふいた。そして、つくえのうしろにとびおりていった。そこには、コロボックルのとおるはしごがある。
城の床の上に、たちまち二十人ほどのわかいコロボックルが、そろいの黒い服で集まった。
マメイヌ隊の隊長だった。コロボックルの国にはクマンバチ隊という見はりの隊がある。その中から、とくにはしっこいわかものがえらばれて、マメイヌ隊をつくっている。マメイヌ――コロボックルにふさわしい小さないぬ――を使って、むずかしい仕事をするのが役目だった。そのマメイヌが、二ひきつれてこられていた。
「この町の駅だ。そこでクルミノヒコがおちたが、見つからない。いつもの道をとおっていく。とちゅうであうかもしれないからな。」
マメイヌ隊の隊長スギノヒコ=フエフキは、集まった隊員にむかってそういった。
[#挿絵(img\043.jpg)]
8
コロボックルの城の大きなつくえの上には、やぐらを組んだ下で、チクタク音をたてているせいたかさんのうでどけいが一つと、かわいらしいコロボックルの少女がしょんぼりとひとりのこっていた。いっしょにいた見はりのクマンバチ隊員も、どこかへ知らせに走ったのだろう。
このコロボックルの女の子は、サクランボ技師の妹だった。もちろん本名はサクラノヒメだが、よび名はおハナという。サクラノヒメ=おハナは、おとなしくてなきむしだが、サクランボ技師ににて、すばらしく頭がいいのだ。コロボックル小国の技師長、ツバキノヒコが、「コロボックルの国にはじめて、女の技師が生まれるかもしれない。」と見こんだ子だ。本人はそんなことちっとも考えていないのだが、ふつうのコロボックルが三年で卒業する学校を、一年半でもう習うことがなくなってしまった。それで、あとはずっとこうして研究所へかよい、にいさんのてつだいをさせられていた。つまり、実習というわけだ。
きょうも、とけい係としてきていたのだが、たいへんな事故が起こったと知って、さっきからぶるぶるふるえていた。ほかのコロボックルがあちこち走って知らせにいったのに、じっとしていたのは、足ががくがくしていたからだった。
(どうしよう。ミツバチさんは助かるかしら。)
サクラノヒメは、チクタク動いているうでどけいの秒針を見つめていた。
「おい、おハナ。」
つくえのかげで、だれかのよぶ声がした。
「お、ハ、ナッ。」
二つの頭が、そこからでたりひっこんだりした。天才少女のなきむしおハナちゃんはふりかえった。きょう一日、このつくえの上広場≠ヨは、かってにコロボックルがやってきてはいけないことになっている。試験飛行で使うからだ。
「だあれ。」
おハナは、小さな声で返事をした。
「だれもいないんだろ。」
二つの頭が、そういって、つくえのはしからでた。まるでおなじ顔だ。いたずらそうな少年コロボックルがふたりいた。
「あっ、サザンとザンカ。」
おハナは少年たちをそうよんで、あわててかけよった。
「あんたたち、クマンバチ隊に見つかるわよ。ここへあそびにきちゃいけないんだわ。」
「ちぇっ、あんまりいばるなよ。早く学校卒業したからってさ。」
「いばってなんかいないわ。」
おハナちゃんは、もう半べそになっていった。それをいわれると、いちばん悲しくなるのだ。
(それに、まだ卒業なんかしてないじゃないの。)といつもそう思う。でも、口にはだしたことがない。男の子といいあいをするなんて、気のよわいおハナには、とてもできないことだ。
このふたりの男の子は同級生だった。ふたりともサザンカノヒコで、つまりふたごの兄弟なのだ。いたずらならだれにもまけない元気もので、学校をでたら、すぐにもマメイヌ隊にはいるつもりでいる。おじいさんもおとうさんも医者なのに。でも、ほんとうは気のいい男の子だった。
「ねえ、サザン、かえったほうがいいわ。」
おハナは、先につくえの上にとびあがってきた子にいった。
「ぼくはザンカだ。」
兄のよび名がサザンで、弟のほうがザンカだ。ふたりあわせてサザンカだが、それにしたってどっちがどっちだかわからない。
「すぐかえるから、心配しなくていいよ。さあ、きかせてくれ。なにがあったんだ。」
あとからきたサザンがいった。
「教えてくれたら、すぐかえる。」
ザンカもいった。おハナはくちびるをかんだ。
「試験飛行にでたミツバチさんかゆくえ不明なの。もずにおそわれて、町のまん中の駅でおちたんですって。」
サザンカ兄弟は、ちらりと顔を見あわせた。そして、おハナのかたをかわるがわるたたいた。
「ありがとう、おハナちゃん。ほんとうをいうと、ぼくたちはきみのことをとてもほこりに思っているんだ。しっかりやってくれ。」
ふたりとも、まじめな顔でそういった。そして、あっというまに見えなくなった。
またぽつんととりのこされたおハナは、大きくため息をした。
(あの子たち、あたしからききだして、いったいどうするつもりなんだろう。)
さすがのおハナも、頭がこんがらかっていたので、そのことはもう考えなかった。そして、うでどけいのわきにかけもどった。
(とにかく、あたしが、このとけいの番をしなくちゃ。)
とけいは四時五分をさしていた。
9
マメイヌ隊は、もう出発していた。
とうげ道にかかったとき、だれかがうしろからおいついてきた。
「まってくれ、いっしょにいく。」
隊長がふりかえっていった。
「なんだ、風の子か、まあ、いいだろう。」
風の子≠ニよばれたコロボックルは、『コロボックル通信』の編集長、クリノヒコだった。このクリノヒコ=風の子も、マメイヌ隊の隊長スギノヒコ=フエフキも、サクラノヒコ=サクランボ技師と、子どものころからなかのいい友だちだった。だから、わざわざ編集長が、じぶんでとびだしてきたのだろう。
『コロボックル通信社』は、せいたかさんの家のまどの下にとりつけられた、古い郵便受けの中にある。むかしは、印刷もここでやったが、いまは事務室だけだ。印刷工場は、コロボックルの城の地下にあった。
マメイヌ隊の隊長は、コロボックル通信の編集長とならんで走りながらいった。
「ぶじでいればいいがね。」
「ああ、わるいニュースはのせたくないよ。」
風の子は、息もきらさずに走りながら答えた。名まえのとおり、風のように走る。すばしこさにかけては天下一品なのだ。だから、せいたかさんのれんらく係もかねている。
「じつをいうと、おれのところには、ちょっと前に知らせがあってね。」
そういいかけて、フエフキは、うしろをふりむいた。とうげ道の石だんを、かげのようにちろちろはずみながらついてくる隊員と、二ひきのマメイヌを見て、どなった。
「マメイヌをはなして、さがさせろ! どこかにたおれているかもしれないぞ!」
それからまた、風の子にむかってしゃべった。
「ミツバチぼうやは、とけいの針にあわせてとびだした。おまえも知っているように、きょうの試験飛行は、駅のま上でまっているサクランボのところへいって、まっすぐ城までとびかえるんだろう。そのあいだの時間をはかるんだからな。ミツバチぼうやは、二分たらずでかえってこられるといった。ところが十分たってももどらない。なにかあったのかもしれないというので、おれのところに知らせがあった。」
「なるほど。」
「世話役(コロボックル小国の大統領のような役)から指令がきた、いつでもとびだせるようにってね。おれは大いそぎで隊員を集めてから、つくえの上広場≠ヨいってみたんだ。すると、そこへサクランボが、こわれたヘリコプターでかえってきて、もずにやられたっていうんだ。」
「もずか。あいつはこわいよ、まったく。しかし、そんな町の高い空にもずがくるなんて、運がわるいんだな。そのもずは、どうかしてたんじゃないか。」
「いまごろは、たまごをうむからな。」
スギノヒコ=フエフキがつぶやいた。クリノヒコ=風の子もうなずいた。そしてふたりともしばらくはだまったまま走った。
もう町の中にはいっていた。二ひきのマメイヌは、コロボックルが見てさえ、目まぐるしいほどの速さであちこちかけめぐりながらついてきた。ミツバチぼうやのにおいをさがすように、いいつけられているのだろう。
「おい、ここからは、二手にわかれよう。」
フエフキは、ヒュッととまって、ゆきすぎようとした隊員にいった。右の石がきの下のほうに、ほそい土管が頭をだしている。下から二十センチぐらいのところだ。
フエフキはその中にとびあがって命令した。
「いぬを一ぴきつれて、三人だけあっちの道をいけ。あとはこっちだ。」
コロボックルには、コロボックルの道があるのだ。いつもとおるところはきまっている。たいていは、人のつくった道にそっていくが、そうではないところもある。人間の家の庭を横ぎるときもあるし、へいの上を走るときもある。えんの下をくぐるときもあるし、ときには、このように水のかれた土管の中をとおることもある。みんなコロボックルがしらべて、安全なことをたしかめてある道だった。
風の子も、フエフキについて、土管の中にとびこんだ。細いといったって、コロボックルの背たけの三倍ぐらいもある太さだ。りっぱなトンネルに見える。このトンネルをぬけると、丘の横はらにでるが、駅へいくちか道になっていた。もちろん、雨の日や雨のすぐあとはとおれない。
「あかりをつけろ。」
また、フエフキがトンネルの中でさけんだ。声がボワンボワンとひびいた。隊員のひとりが、せなかからぼうのようにかためた燐《りん》をとりだして、サックをとった。
[#挿絵(img\050051.jpg)]
さすがにコロボックルたちも、ゆっくり走った。しかし、マメイヌだけはたちまち先のほうへとんでいってしまった。
「ぶじでいるかな。」
風の子が、またつぶやいた。
「だいじょうぶさ。足でもいためて、どこか駅の近くにかくれているのさ。マメイヌがすぐ見つけるよ。」
「そうだといい。」
風の子はそう答えて、まただまった。目の前がきゅうに明るくなった。出口だ。コロボックルたちは、その光の中にとびだしていった。そこからまっすぐがけをかけおりて、人の家のうらにまわり、ひろいバス道路にでれば、駅はすぐ前にあるはずだった。
しいんとなったトンネルの中に、また、ピタピタと足音がした。だれかコロボックルがやってくるのだ。あかりはもっていない。
「もうすぐ出口だぜ。」
「しいっ。」
そんなささやき声が、しょぼしょぼとひびいて、ちょっと足音がとまった。サザンカ兄弟だった。元気ないたずらぼうずたちも、見はりの目をかすめてマメイヌ隊のあとを追ってやってきたのだった。
10
子どもは、許可なく国の外へでてはいけないことになっているのに、このサザンカ兄弟は、だまって小山をとびだしてきていたのだ。だから、バス道路をわたると、さすがに足がすすまなくなった。
「どうする、もっと先までいってみるか。」
兄のサザンがいった。(もしかすると、そういったのは弟のザンカだったのかもわからない。)とにかく、ひとりが、もうひとりにむかってそういった。
「うん。マメイヌ隊が、必死でさがしものをしているんだからな。あっちへいったら、どこへかくれていたって見つかっちまう。」
「そうなんだ。どうせ、てつだいはさせてくれないだろうし。」
兄弟はうなずきあった。だが、このままかえるつもりはなかったとみえる。ひとりが、あたりを見まわしていった。
「せっかくきたんだ、ぼくたちは駅の外をさがしてみようよ。」
そして、ふたりは駅前の広場をちらちらと横ぎり、バスの発着所のほうにかけていった。
一人まえのマメイヌ隊員になったつもりで、サザンカ兄弟は、駅のまわりを大きくまわった。だが、もちろん、――とてもざんねんなことに――ミツバチぼうやのすがたは見つけられなかった。
「あっちの連中も、だめらしいね。」
「ああ。」
「どこにもいないとすると、どこにいると思う」
「どこにもいないのに、わかるわけないだろう。」
ふたりは、バス道路の街路樹の根元にこしをおろして、そんなことをいいあった。
「まだ生きているなら、早く見つけなきゃいけないし。」
ひとりがいうと、もうひとりもいった。
「もしだめなら、なお早く見つけてあげなきゃいけないし。」
そのとき、ヒユーツと兄弟の横を、きびしい顔つきのマメイヌ隊員がとおった。ふたりはあわてて首をちぢめたが、そのコロボックルは、なにも気づかずにバス道路をわたっていってしまった。
「ああ、びっくりした。」
ふたりは、いっしょにいった。
「ここは、コロボックルのとおり道なんだな。」
「そうだ。こんなところでまごまごしてると、たいへんだ。」
そういってから、いきなり手をたたいた。
「おい、いまのは、小山へなにか知らせにいったんだぜ。なにがわかったのかな。」
「あっちへいってきいてみよう。」
「ばかだな。」
そういって、駅へいきかけたやつをひきもどしたのが、たぶんにいさんのサザンだろう。どんな兄弟だって、たいてい、にいさんのほうが、すこしはおちつきがあるものだ。
「小山へもどってきくんだ。さあ、かえろう!」
このときの知らせは、マメイヌがミツバチぼうやの短剣を見つけたことだったが、これはあまりいい知らせとはいえない。とにかくふたりは、立ちあがって、シューッと走りだした。
バス道路をわたると、家と家とのあいだをすりぬけ、そのままがけをかけのぼっていった。しかし、やがて兄弟の足はとまった。
「土管のトンネルはどこだっけ。」
「ええと、たしかこっちだったよ。」
ふたりとも、このあたりの道は、あまりくわしく知らないのだ。いままでに、二、三度しかきたことがないし、そのときはおとながいっしょだった。それでも、ふたりはトンネルの入り口を見つけた。そして、まっくらな中にとびこんでいった。だが、あわててまたとびだしてきた。
ゆきどまりの土管だった。
「めんどうだ、このまま丘をこえていっちまえ。」
「よしきた。」
いたずらぼうずたちは、へいきだった。コロボックルの勘で、小山がどっちの方角にあるかは、ちゃんとわかっている。ただ、でたらめな道をいくとひどく時間がかかる。サザンカ兄弟も、丘をこえて、谷間の道におりたときは、すっかりくたびれてしまった。そこでひとやすみすることにした。そのときは、さすがにいたずらぼうずたちも、あたりに気をくばった。道ばたの板べいをくぐって、小さな花畑にはいった。はちうえのパンジーが、へいのうしろに一つおいてあった。
ふたりはそのはちにのぼって、ふちにこしかけた。
ドン、と、いきなりへいにぶつかったものがある。ほんとうは、かるくあたっただけだったが、サザンカ兄弟のやすんでいたまうしろだったものだから、ふたりともおどろいてとびあがった。
あわててへいの下を見ると、すぐわかった。自転車のタイヤがあった。ぶつかったのはこの自転車だ。
「夕刊!」
元気な人間の少年の声がした。
[#改ページ]
[#見出し]第二章
[#見出し]この世にただひとりと
[#見出し]なるべし
[#挿絵(img\056.jpg、横214×縦351、下寄せ)]
1
そこは、町のせまいうら通りだった。新聞配達の少年は、自転車をおりて、おしながら、新聞をくばっていた。おとなしそうな色の白い少年だ。服のえりには中学校のバッジが光っている。中学二年生だ。
路地をまがったところで、トン、と板べいに自転車をよりかけると、(そのとき、へいのうらで、コロボックルのサザンカ兄弟がとびあがった。)自転車の荷台につけた夕刊のたばから、一部だけシュッとぬきだした。
折りたたんだ新聞を、手ぼやく郵便受けにおしこんで、ぐいっとハンドルをとった。
そのまま板べいにそって、通りへひきもどそうとしたとき、目の前の通りを、いきおいよくとおりすぎた自転車があった。やはり荷台に新聞をつけている。のっているのは男の子だった。
「あれ。」
自転車をおしていた中学生が、びっくりしたように声をあげた。
「おい、おチャ公! おうい。」
キューッと、かなり先のほうでブレーキがかかった。おチャ公とよばれた少年は、つまさきをとんとんと地面についてとまった。
こっちはまだ小学生のようだったが、自転車にのったまま、とにかくつまさきが地面にとどいたところをみると、年のわりには、かなりのっぽの少年にちがいない。
そのままふりむいたが、よびとめたなかまを見ると、にこにこしながらすうっともどってきた。このへんの道は、わずかながらのぼり坂になっているのだ。
「やあ、あにき、そこにいたのかい。」
「あにきとはなんだ。」
よびとめた中学生が、おこったようにいった。でも顔はにやりとした。わらうと右のほおにペっこりえくぼができる。
「あにきだなんていうな、気もちがわるくなる。」
「だって、年も上だし、この仕事じゃ、大せんぱいじゃないか。」
小学生のおチャ公は――なんでおチャ公≠ニいうのかわからないが――そんなりくつをこねた。あにきとよばれた中学生は、もうかまわずに、まじめな顔つきになった。
「おまえ、さっき駅からきゅうにいなくなったな、どこへいったんだ。」
「ああ、そ、そのことか。」
見るからになまいきそうなおチャ公が、どういうわけかどもった。
「お、おれ、ちょっとうちに用ができてさ、うちによってきたんだ。」
「用って?」
返事のしかたが気にくわなかったとみえて、中学生がまゆをしかめた。するとおチャ公は、ペダルをいきおいよく、からまわりさせて明るくいった。
「だいじょうぶだよ、心配ないって。うちにばれた[#「ばれた」に傍点]わけじゃないんだ。おれは、じゅくにかよっていることになっているんだから。新聞くばってるなんて、まだだれも知っちゃいないよ。」
「どうでもいいけどな。」
中学生は、おっかぶせるようにいった。
「なんどもいうようだけど、おまえみたいないいうちの子が、家にないしょで新聞配達するなんて、どう考えたってよくないぜ。おれみたいに親なしっ子ならいいけどな。」
「そんなのへんだ。」
おチャ公は、たちまちいきおいづいて口をとがらせた。
[#挿絵(img\059.jpg)]
「じぶんが親なしだと思って、いばってらあ。ひとがやっていいことを、おれがやったらなぜわるいんだい。おれにはおれの考えがあるっていったじゃないか。もしうちにばれたって、おれがしかられるだけだよ、めいわくなんかかけないよ。」
「ちぇっ、うちにないしょだって知ってたら、おれ、この仕事、せわするんじゃなかった。」
「そんなこといっても、もうだめさ。」
中学生のほうが、あきれたようにいった。
「しょうがねえやつだ。うちでしかられても知らないぞ。」
「へいきだよ、あにき。」
そういってから、したをだした。
「ごめん、もういわないよ。」
おチャ公は、いたずらそうな目つきでわらいながら、自転車をぐいっとまわした。あばよ、またあした、といって、ふたりは左右にわかれた。年上のほうがふりかえった。
「自動車に気をつけろよ!」
とどなった。
おチャ公はうなずくと、町のおくにむかって自転車を走らせた。
カタカタゆれるその自転車の荷台のかげに、コロボックルのサザンカ兄弟がとりついていた。
くたびれたからではなく、めずらしかったからだった。小山も、こっちのほうにあるはずだ。
しかし、サザンカ兄弟はすぐ道にとびおりた。女の子――小学校二年生ぐらいの女の子を、おチャ公が追いこしたときだ。
「やっぱりおチャメさんだぜ。」
「ほんとだ。きょうはピアノのおけいこの日だったんだな。」
サザンカ兄弟は、そんなことをつぶやいた。おチャメさんというのは、せいたかさんの子どもだ。おさげを長くあんだ、ふっくらしたかわいい子だ。
おとうさんのせいたかさんも、おかあさんのママ先生も、この子にはコロボックルのことをしゃべったことはない。でも本人はなんとなく知っているみたいだ。知っていてだまっているらしい。コロボックルにとっては、すえたのもしい子だった。
「やれやれ、おチャメさんにくっついていけば、もう小山までまっすぐだ。」
サザンカ兄弟は、さすがにほっとして顔を見あわせた。
でも物語は、まだサザンカ兄弟といっしょに小山へもどるわけにはいかない。おチャ公のあとを追わなくてはならないのだ。
2
おチャ公は、道々新聞をくばりながら、やがてごみごみした町のおくへやってきた。がけ下のかきの木のあるあき地へはいっていくと、そこに五、六人の男の子たちがおチャ公をまっていた。みんな、おチャ公より小さな子ばかりだ。
あき地には、晩のおかずのにおいがしていた。
「おそかったね、おチャちゃん。」
「もうかえろうかって、いってたんだぜ、おチャちゃん!」
「さあ、早くやっちまおうよ、おチャちゃん!」
自転車から身がるくとびおりて、さっとスタンドをたてたおチャ公少年をとりかこんで、子どもたちは口々にさけんだ。おチャ公はひどく人気があるらしい。
「やあ、みんないたな。」
ひとことそういって、おチャ公少年はぐるっと見まわした。そして、自転車の荷台から夕刊をひっこぬくと、ゆっくりかぞえた。
「さあ、はじめようか。まず、こっちの石だんの上にいくやつは?」
「ぼく、いく!」
「オーケー、ぜんぶで五けんあるぜ。知ってるな。はい、五まい。」
「それじゃあ、おれ、小林さんちのほうまわってくる。」
「よし、あっちは三げんだ。わかってるな。」
「わかってる!」
「よしよし。それから、こっちのうら道へいくのはだれだ。」
「おれ。」
「おれも!」
「ようし、ふたりでいってこいよ。九けんあるな。だけど、ここは、のきなみぜんぶだ。わけない。」
こんなふうに、おチャ公少年は、みんなに新聞をわたした。荷台の上は、たちまちからっぽになってしまった。ここの分だけのこしてきたのだろう。
「まちがえないように、しっかりやるんだぞ。まちがえて、あとでもんくがきたりしたら、ぜったいにてつだわせないからな。しっかりやれ。」
おチャ公少年は、手をこしにあてて、ちょっときびしくいった。それから命令した。
「さあ、やろうども、いってこい!」
わあっと、男の子たちは夕刊をにぎって走りさった。それをおチャ公は、大将のように見おくった。男の子たちは自転車ののぼれない丘の上の家へ、夕刊をくばりにちったのだ。
ここへおチャ公が新聞(といっても夕刊だけだが)をくばりにくるようになってから、まだ何日もたっていなかった。しかし、六年生で、のっぽのおチャ公のことは、みんながよく知っていた。
かけっこが速くて鉄棒がうまい。つまり、がき大将だ。勉強なんかたいしてできもしないのに、五年生のときから放送委員もしている。おチャ公は、ラジオのことなら先生よりもくわしい。それで特別に委員にえらばれていた。
そんなことから、おチャ公とここの男の子たちは、すぐなかよしになった。なかよしになったと思ったら、たちまちこうやって、まいにちてつだうようになった。もちろん、おチャ公はむりをいったことはないし、べつにほうびをやるわけでもない。それなのに、男の子たちはあらそっておチャ公の仕事をてつだいたがった。
息をきらした男の子たちが、それぞれあき地にかえってくるまで、おチャ公はちゃんとまっていた。そして、ひとりひとりの頭の毛をくしゃくしゃにしてやってから、手をふってわかれた。
*
「はらへったなあ、すごくへったなあ。」
自転車の上で、おチャ公はつぶやいた。自動車のとおらないせまい道ばかりえらんで、ひょっこりバス道路へでた。駅からだいぶ港のほうへいったところだ。
ゆっくりと左へまがって交差点でむこうがわへわたった。そこからまたバス道路をもどってくる。さっき、うら通りでであった中学生にいわれたとおり、自動車に気をつけているようだった。
やがて、『ミナト電器商会』というかんばんのついた、かなり大きな店のかどで、左へまがった。海がわへはいる坂道をぐうんとくだって、『ミナト電器商会』のうら手へまわっていくと 背の高いトタンばりのへいにそまつな門がある。門はしまっていたが横のくぐり戸があいていた。おチャ公は自転車をおりて、くぐり戸をはいった。
ガッタン、ガタガタン。
自転車が戸にぶつかって、トタン製のへいがひどい音をたてた。
「だれ。」
女の人の声がした。
3
『ミナト電器商会』はおチャ公のうちだ。店ではテレビやラジオや電気せんたく機などを売っている。修理もする。おチャ公がラジオのことにくわしいのもじつはそのためだ。おとうさんにおそわって、四年生のときには、もうじぶんひとりで、かんたんなラジオを組み立てられるようになっていた。
この店をおもて通りから見ると、ふつうの二階家に見える。だが、こうしてうらへまわってみると、三階のようだ。大通りがすこし高いところを走っているので、がけ下の部分をコンクリートブロックでかこんで、ガレージと倉庫に使っているのだ。
その倉庫のうらによせかけて、おんぼろのものおきがある。おチャ公のはいってきたのは、そのものおきの前のせまいうら庭だった。あたりはもううすぐらくなっていた。
「ばかにおそかったじゃない?」
女の人の声が、上からふってきた。頭の上の物ほし台に、すぐ上のねえさんがいた。おチャ公は三人きょうだいのすえっ子で、上ふたりはねえさんだった。
「はらへったあ。」
おチャ公はそんな返事をして、ものおきの――いや、そこはどうやら、ただのものおきではないようだった。戸にはマジックインキで、へたくそな字が書いてある。大きく『ぼくのけんきゅうしつ』、その下に小さく『たちいりキンシ』。
この場所をおとうさんからもらったとき、おチャ公が書いた字だ。まだ三年生だった。
そのころ、おチャ公は、たった一つしかない二階の子どもべやから、ねえさんたちにしめだされてしまった。
「ねるときと、お勉強するときのほかは、どこかへいってよ!」
ふたりのねえさんは、そういって、おチャ公を追いだした。おチャ公ときたら、どこでもかまわずにプラモデルをつくったり、紙ねんどをこねたりする。しまいには、とんかちでガンガンはじめたりするからだ。それで、このものおき小屋があたえられた。中学生になったら、きちんとつくりなおして、ここでねられるようにしてくれる約束だった。
おチャ公は、戸をあけて、パチンとあかりをつけた。中は板の間でたたみ三じょうほどの広さしかないし、てんじょうもひくい。だが、なるほどここは『けんきゅうしつ』らしいようすをしていた。
おくのつくえの上には、手製の大きなラジオがおいてあって、ビニールのカバーがかかっている。短波放送をきくためのもので、これは外国のアマチュア無線局の放送もきこえる。もちろん、おチャ公がつくったものだ。おチャ公は、じぶんも試験をうけて無線局の免許をとりたいと考えている。さきほどの中学生を先生にして、そのための勉強をひそかにつづけていた。
うしろの作業台の下には、つくりかけのエンジンつきもけい飛行機がある。これは無線操縦装置をつけようと思っているものだ。作業台の上は、本や、えんぴつ立てや、ものさしやナイフ・やすり・はんだごて・ねじまわし・ペンチ・針金・真空管・ちょうつがい・ビニールテープ、こわれた柱どけい、そのほか薬品のびんのようなものが、ごちゃごちゃとならんでいる。ここは、もうすこしせいとんしたほうがいい。
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口ぶえをふきながら作業台の前へきたおチャ公は、台のはしにおいてあるハンドル式のえんぴつけずり器に手をかけた。けずりくずを受けるすきとおったひきだしを、むぞうさにびっぱりだしてのぞきこんだが、いきなり、そのひきだしをもとにもどした。というより、たたきこんだ。
それだけではなかった。しばらくのあいだ、おチャ公はそのひきだしをしっかりおさえつけていた。そのままおちつかないようすで、目をきょろきょろさせていたが、そっと手をはなし、戸口へもどってしずかに戸をしめた。
それから、こんどはおそるおそる作業台に近づき、まるで、えんぴつけずりにくいつくようにして、外からのぞいた。中におそろしいものでもはいっているようなようすだった。
やがて顔をあげたとき、おチャ公は目をいっぱいにひらき、心もち青ざめていた。大きくため息をついて、いすにこしをおろし、じっとえんぴつけずりをにらみつけていた。
4
さっき、駅まで夕刊を受けとりにいったときのことだ。おチャ公のかたにあたって、ぽとりと足もとにおちたものがあった。はじめは虫だと思って、おチャ公はふみつぶそうとした。だが、ふと歯車が目にはいったので、そっとゆびさきでつまんだ。
おチャ公は、小さなゴム人形のおもちゃだと思った。人形の足には針金がそえてあって、歯車とつながっている。
ははん、これは人形の足を動かすしかけだな、と思った。
小さな歯車をまわそうとしたがだめだった。しかし、てのひらの上でころがしてみたとき、人形がぴくんぴくんと動いた。
(おや、動くよ。すっかりこわれたわけではないらしいな。)
おチャ公はそう考えて、ちっぽけな人形を見つめた。そして目をまるくした。
(すごいや!)
すごい、というのは、おチャ公の口ぐせだ。けれども、このときばかりは、心の底からそう思った。
そのちっぽけな人形ときたら、だれがどうやってつくったのか知らないが、なにからなにまで、あきれるほどみごとにこまかくできていたからだった。
(すごい、まるでほんものだ!)
おチャ公はすっかり感心した。人形は目をつぶっていたが、そのまぶたはかすかにふるえている。あまりこまかくてよく見えないのだが、まつげまでついているらしい。
(ママー人形のように、目をあけたりとじたりするのかな。)
そう思って、人形を二、三度たてにしたり、横にしたりしてみた。けれども、目はあかないで、頭がくらんくらんとゆれた。
(やっぱりこわれているんだ。)
いつもなら、そのままぽいとすてるところだが、みょうに気にいったものだから、そっとポケットにしまった。そして、あわててあたりを見まわした。
おチャ公ともあろうわんぱく少年が、そんなちっぽけな人形をだいじそうにしまいこむところなんて、人に見られたらこまる。
(しかし、こいつはよくできているからな。)
そうじぶんにいいきかせたのだが、ポケットの中がばかに気になった。もって歩くと、つぶしてしまいそうだったし、つぶしてしまうのはもったいない。おチャ公にしては、めずらしくまよったあげく、大いそぎで家へもどって、ひろいものをおいてくることにした。
だれにも見つからずにものおき研究室にはいって、ぐるっと見まわした。そのとき作業台にのっていたえんぴつけずり器が目にはいった。えんぴつのけずりくずを受ける、すきとおったひきだしをあけて、その人形をほうりこんだ。けずりくずがちょうどいいかげんにつもっていたし、おもちゃをいためることもないと考えたのだ。
そして新聞の配達にでていった。
じつをいうと、さっきまでおチャ公はそのことをわすれていた。けれども、バス道路にでたら思いだした。そこで、虫めがねをだしてゆっくりしらべてやろうかな、と思いながらもどってきたのだった。
そのおチャ公が、なぜ顔色をかえたほどおどろいたか。
もちろん、おチャ公がおもちゃのゴム人形だとばかり思っていたものは、コロボックルだったからだ。だが、おチャ公はコロボックルなんて知らない。
じぶんがひろってきた、かわったおもちゃの人形が、えんぴつけずり器のひきだしのけずりかすの上で、いつのまにか歯車も針金もはずしてしまっただけでなく、ゆっくりおきあがって、じぶんにむかって手をあげたからだ。
おどろかないほうがおかしい。
[#挿絵(img\071.jpg)]
目のまちがいかと思って、おチャ公は二度めはゆっくりおちついて外から見た。人形は、横になったまま、その小さな手で顔をおおっていた。おチャ公がのぞいているのに気がついて、むこうをむいたのまで、よくわかったのだ。
「おチャちゃん、ごはんですよう。」
ねえさんの声がした。おチャ公は、あぶなっかしいがたがたのいすにこしかけたまま、その声を遠くのほうにきいた。じぶんをよんでいるとは気がつきもしなかった。
いきなり足音がして、ガラリと戸があいた。
「おチャ公、早くこないと、ごはんたべさせないわよ。」
高校生のねえさんが、わざわざよびにきた。
おチャ公はびっくりして、とびあがった。
「な、な、なんだい。」
「なんだいじゃないわよ。あんなによんだのにきこえなかったの? いったいなにしてんのよ。」
いつもならまけずにいいかえすところだ。けれどもおチャ公は、おとなしく立ちあがった。外へでて戸口をていねいにしめた。
「電気を消しなさい。」
ねえさんが、ふりかえっていった。
「うん。でも、おれ、すぐまたくるから。」
「ばかねえ。すぐきたって、またつければいいじゃない。」
「それもそうだ。」
「なにいってんの。それもそうだ、なんて。――あんた、どうかしたんじゃない。」
ねえさんは、おチャ公の顔をのぞきこんだ。
「ど、どうもしないさ。ちょっと考えごとをしてたんだ。」
おチャ公は、ねえさんのいいなりに、戸口をすこしあけると、パチンとあかりを消した。そして、そのときふと思いついた。
(そうか! あいつはきっと、宇宙のほかの星からおちてきたんだ!)
5
そのとき、くらくなったものおき研究室の中の、えんぴつけずり器のひきだしで、クルミノヒコ=ミツバチぼうやは、ため息をついた。
もずに体あたりしたとき、この、ゆうかんなわかいコロボックルは、あとのことを考えているひまはなかった。もずの目をねらったのだが、わずかにはずれた。しまった、と思ったとき、すうっと気が遠くなった。
しかし、ミツバチぼうやが気をうしなっていた時間はほんのみじかいあいだだった。すぐ気がついて、からだをたてなおした。ところが、くくりつけていたオーニソプターの機械が、足をがっちりおさえつけていた。ぶつかったひょうしに、ひんまがったまま動かなくなったのだ。
手だけで風にのるのはむずかしい。おまけに、せなかにはじゃまな歯車じかけをせおっている。それでも、駅のプラットホームの屋根が近づいたとき、ようやく、ななめに空気をきりはじめた。しかし、やっぱりおそかった。
(だめだ!)
ミツバチぼうやは歯をくいしぼって、からだをひねり、あおむけになった。せなかの歯車が、カッとスレートの屋根をこすり、大きくはずんで下へおちた。ミツバチぼうやは、また気をうしなってしまった。
そのあと、どうなったかわからない。気がついたら、せまいくらいへやの中にとじこめられていた。木のかおりのする、ふんわりしたものの上にねかされていた。
ぼんやりしたまま手を動かしてみると、ちゃんと動く。足はだめだった。ぴくりとも動かないばかりか、両足ともまったく感じがなかった。くらい中で手さぐりしてみると、針金にさわった。
そのとき、やっとクルミノヒコ=ミツバチぼうやは、それまでのことをすっかり思いだしたのだった。
(そうだ。ぼくはサクランボ技師を助けようと思って、そして、いや、それにしても、ここはいったいどこだろう。)
足が動かないので、横にねたまま、あたりを見まわした。頭の上は、にぶく光る鉄のねじりんぼうのようなものが見える。まわりのかべは、すきとおっていて、その外は人間のすむ家の中らしい。
(しまった、ぼくは人間につかまったのかな。)
ミツバチぼうやは、思わずからだをおこしかけた。しかし、まがらなくなった針金がじゃまで、ろくにおきあがることもできない。
「ちぇっ。」
したうちをして、ゆっくり手をのばした。とにかく、この機械をはずさないことには、どうにもならない。ミツバチぼうやはこしに手をやって短剣をさぐった。しかし、いつのまにかなくなっていた。しかたなく、長いことかかってようやくあちこちのバンドをはずし、どうにか機械をとることができた。足はあいかわらず動かなかったが、いたみもなかった。
人間につかまったことは、たしかなようだった。もしなかまがここへかくまったのなら、こんなに長いあいだ、ひとりにしておくはずはないだろう。
「さて。」
と、ミツバチぼうやはつぶやいた。
「ぼくはどうしたらいいのかな。」
あわてたってしょうがない。両足が動かないのだから、にげたくてもにげるわけにはいかない。さいわい、このせまいすきとおったへやの中なら、ねこやねずみにおそわれる心配だけはない。
「なんじが不幸にして人にとらえられたるとき……。」
ミツバチぼうやは、ぼそぼそとつぶやいた。
「……なんじはこの世にただひとりとなるべし。」
これは、コロボックルのおきてにあることばだ。なかまのあることをしゃべってはいけないという意味だ。人間につかまったときから、そのコロボックルは、地からわいたか天からふったか――まさしく、そのとおりだったが――人間にとってなぞの生きものとならなければいけないことを教えたことばだ。だが、おきてではそれだけしかいっていない。
「その先は、どうしたらいいんだい。」
ミツバチぼうやは、またぷつんといった。人間につかまったコロボックルは、ここ二百年間ほど、ひとりもいなかったはずだ。だから、どうしていいか、よくわからない。
むかし、小山にいるふしぎな生きものを知った人間たちが、わざわざつかまえにきたことがあって、ふいをつかれたコロボックルのうち、十数人がつれさられたことがあったという。そのとき、大部分は、すぐにげもどったが、足をくさりでつながれたコロボックルが、じぶんからのらねこの口の中にとびこんでいった話や、じぶんをかわいがってくれた人にであって――コロボックルは高い金で、売ったり買ったりされたらしい――すっかりなかよくなり、十年もたってから小山にもどってきた話などものこっている。
ミツバチぼうやは、その話を一つずつ思いだして考えた。
(いっそ死んだふりをしてやろうか。)
そう思ったが、あちこちいじりまわされるのもいやだ。どっちにしたって、人間の世界は、コロボックルのことを知って、大きわざがもちあがることだろう。
ミツバチぼうやはきゅうに悲しくなってきた。これからもう一生、ひとりぼっちになるかもしれないことも悲しく、いま足が動かないことはなお悲しい。
ミツバチぼうやは、木のかおりのするすきとおったかべの小さなへやの中で、しずかになみだを流した。
そのとき、いきなり明るくなって、人間の少年がはいってくると、じぶんのはいっている箱をひっぱりだして、のぞきこんだのだった。
6
そのあとのことは、もう話したとおりだ。人間の少年――おチャ公が、青くなってえんぴつけずりのひきだしをパチンともとへおさめ、しばらく外からながめてから、ぼんやり考えごとをしていた。それからねえさんがよびにきて、でていったが、そのとき、「またすぐもどってくる。」といった――。
ひきだしの中のミツバチぼうやは、そのあと、しばらくうとうとした。けずりくずは、ふわふわのベッドのようで、気持ちよかったからだ。しかし、やがて足のいたみで目がさめた。
両足とも、しびれていたのがなおっていた。そのかわり、右の足首がいたんだ。そっとしていればたいしたいたみではないが、ちょっとでも動かすと、ぎくりとする。ミツバチぼうやはおびをとって、くつの上から足首が動かないように、ぐるぐるまきにした。
*
ガラッと戸があいて、すぐあかりがついた、おチャ公だった。おチャ公は、ごはんをたべて、すぐやってこようとしたのだが、おかあさんににらまれて、おそくなった。勉強しないとこわいのだ。おチャ公は勉強なんかきらいだ。いそがしくて、そんなひまはないと思っている。しかし、おかあさんは大すきらしい。おチャ公の顔さえ見れば、勉強勉強という。
おチャ公は、あんまりおかあさんが、やいやいいうので、いつからかうまいことを考えた。テストでも宿題でも、奇数番号の問題しか、まともに考えないことにきめたのだ。これだとずいぶんらくになる。
一つおきにやればいいのだから、時間はずっと早い。偶数番号の問題は、適当にごまかしておけばいい。時間があればやるし、なければやらない。そのために成績がとくべつさがったようすもない。おかあさんも、おそらく先生も知らないだろう。
そこで今夜も、宿題を一つおきにかたづけて、ようやくもどってきたのだった。
すぐに、えんぴつけずりのひきだしをのぞきこんで、ため息をついた。小さな生きものは、足首をけがしたらしく、じぶんで手あてをして、じっとしている。
そろそろと、わずかなすきまをあけると、まずミツバチぼうやがからだにつけていた歯車や針金をつまみだした。それから、ぽとりとチーズのかけらをおとした。食料のつもりだ。そのつぎに用心ぶかく出口を手でふさぎながら、小さな小さなビニールのふくろをいれた。
[#挿絵(img\079.jpg)]
中にきれいな水がぽっちりいれてある。きっと水もほしいだろうと思ったからだ。ふくろの口には、ほそいビニールのチューブをとりつけてあった。
そのほかに、もう一つ、からっぽのビニールのふくろもいれた。これはなにに使ってもいい。
そのとき、いきなり中の生きものがすきまからとびだした。ミツバチぼうやは、片足だけで必死ににげようとしたのだ。しかし――作業台の上にたおれた。
あわをくったおチャ公は、両手でさっとすくって、それからつまみあげた。なんていうことだ、コロボックルが人間につまみあげられるなんて! おチャ公は、まるで毒虫でもつかまえたように、大いそぎでもとのひきだしになげこんだ。そしてぴったりとおさえた。たなの上からビニールのテープをとって、シューッとひきはがし、ひきだしが動かないように、外からはりつけてとめた。
ミツバチぼうやは足のいたみをこらえて、歯をくいしばっていた。やっぱり、あわてないほうがよかったのだ。むりをして、にげようとしたものだから、おチャ公にすっかり用心されてしまった。もっと元気になってからなら、このひきだしだって、中からけとばしてあけられたかもしれないのだ。
おチャ公のほうも、めんくらっていた。とにかく、これで、ほんとうに生きているのがわかった。しかし、こいつはいったいなにものだろう。おチャ公は、息をしずめながら考えこんでしまった。
(もしかしたら、おれの頭がどうかしたのかな。)
ごはんをたべながらも考えたし、宿題をしながらも考えた。だが宿題だってちゃんとできたし――一つおきだったが――うちの人も、べつにかわった目で見ているようなふしはない。
(そうすると、やっぱり……。)
おチャ公は、たった一つだけ考えついた答えを、もういちど、むねの中でつぶやいてみた。
(やっぱり、ほかの星からやってきた宇宙人なんだ。)
それなら話はわかる。見たこともなく、きいたことも――いや、そんな話をなにかの本で読んだおぼえもある。とにかく、宇宙人なら、なっとくできるのだ。どうしたって、それしか、いい答えはないじゃないか。
(きっとそうだ。)
長いことかかって、おチャ公は、やっとそのじぶんの答えに自信をもった。
それにちがいない!
7
「すごいぞ、すごいことになったぞ。」
そうきめたら、思わず声がでた。これがすごくなくて、ほかにどんなすごいことがあるか。おチャ公はじっとしていられなくなって、とうとう、せまいものおき研究室の中をカタカタカタカタ、歩きまわりはじめた。
ときどき、えんぴつけずりのほうを見て、どきどきした。心の中には、いろいろな計画がもくもくとわいた。
(星からきた人だ……新聞に知らせるんだ……おれの配達している新聞の会社に……大特だね……スクープっていうんだぞ。世界的なニュース……おれの写真はきっと日本じゅうの、いや、世界じゅうの新聞にでっかくのる……テレビにもでるし、映画にもでるぞ……こいつといっしょだ。こいつといっしょに新聞にのるんだ……お金だって、きっと――。)
おチャ公は、目がくらむような思いで、すぐ電話をかけにいこうかと思った。そして、ふと思いなおした。
(おれは、ものすごいひろいものをしたんだ。ものすごいたからだ。何十万円? いや、もしかすると何百万円ものねうちがあるかもしれないぞ。このことを知っているのは、世界じゅうでただひとり……わがはいだ。このおチャ公さまだ……。)
おチャ公は、そっといすにもどって考えた。きゅうに、このひろったたからものが人にとられやしないか、と心配になってきた。
(まてよ、うっかり人には話せないな。せっかくおれがひろったのに、おとなのやつらは、さっさと、もっていっちまって、おれのことなんか、頭を一つ二つなでただけで、すませてしまうかもしれない。科学の進歩のためだとかなんとかいって……。)
「ちぇっ。」
おチャ公はしたうちした。だんだん頭がひえてきたようだった。どっちにしても、これはたいへんなことだ。しばらく、ひとりだけのひみつにしておくのもわるくない。それからゆっくり考えて、うまくやるんだ。すごい金もちになれるかもしれないじゃないか――。
そこで、また、えんぴつけずりの中をのぞき、あちこちすきまがないかどうかをしらべた。
「なあ、チビくん。こんなところへとじこめてわるいが、おれ、いま、きみににげられたくないんだ。おれはきみの友だちだ。つまり、友だちになりたいと思ってるんだ。けががなおるまで、ゆっくりここでやすんでくれよな。」
おチャ公は話しかけた。この小さな宇宙人に、ことばがつうじるとは思ってもいなかったが、ひとりでに口が動いた。
「さあ、ゆっくりおやすみ。」
ポケットから、きれいなハンカチをとりだして――ハンカチがきれいなのは、おチャ公はもっていても使わないからだ――すっぽりかぶせ、つつむようにして四すみをしばった。そして、電燈を消すと、しずかに戸をあけてかえっていった。
脱走に失敗して、がっくりしていたミツバチぼうやは、ほんのすこしだけ安心した。つかまえた少年が、たべものや水をもってきたばかりか、友だちになりたいといいのこしていったからだ。けずりくずの中から、小さな歯車を一つとりだして、ながめた。これだけは、はずしたときかくしておいたのだ。これも、なにかの役にたつかもしれなかった。
(でも、まだすっかり安心するのは早い。)
じぶんでじぶんにいいきかせた。あんなことをいったって、本心はわからない。むかしの人間とおなじように金もうけを考えているかもしれないし――たしかにおチャ公もそれを考えている――ほかの人間たちに見せられたら、どんなさわざがもちあがるかわからない。
コロボックルは、わざわざじぶんから人間に姿を見せることがある。コロボックルの味方をえらぶときだ。しかし、そんなときは、姿を見せてもいいかどうか、前々からよくしらべておく。
そうやって、せいたかさんも、そのおくさんのママ先生も、コロボックルの姿を見た。ちかく、おチャメさん――せいたかさんの子――も、見ることになるだろう。この人ならだいじょうぶ、コロボックルを金もうけのたねや科学の標本にしない人間だと見きわめたからだった。
しかしこんどはちがう。クルミノヒコ=ミツバチぼうやは、知らない人間につかまって、とじこめられてしまったのだ。
「なんじが不幸にして人にとらえられたるとき、なんじはこの世にただひとりとなるべし。」
もういちど、ミツバチぼうやはおきてのことばをくりかえして、あらためて覚悟をきめた。にげられるようになるまで、じっとしんぼうしなくてはいけない。
(それにしても、なかまはどうしているだろう。ぼくがいなくなって、大きわざしているだろうな。)
えんぴつのけずりくずをおなかにかけて、いたむ足首を水のはいったふくろにおしつけた。つめたくていい気もちだ。
(サクランボ技師がぶじだといい。こんなことになるのは、ぼくひとりでたくさんだ。)
手をのばして、チーズのかけらをひとくちたべた。おいしかったが、ひとくちでやめておいた。
むねがいっぱいで、おなかにはいらないのだ。
長いあいだ、ねむれなかった。自動車の走る音にまじって、遠く波の音もきこえた。クルミノヒコ=ミツバチぼうやは、もうなかなかった。そして、いつのまにかねむった。
8
――そのころ、コロボックル小国では、百人ものコロボックルがまだはたらいていた。
コロボックルの城の、つくえの上広場≠ナは、世話役のヒイラギノヒコが、ふたりの相談役と話していた。大きな地図がひろげてあった。さきほど、ママ先生がとどけてくれたものだ。
「せいたかさんはね、こういうんだ。」
世話役がいった。
「人間につかまっているなら、おそくとも、二、三日じゅうに、人間の世界で大きわざがもちあがるだろうってね。」
「うむ。」
相談役のひとり、太ったエノキノヒコがうなった。コロボックル学校の校長先生だ。もうひとりはツバキノヒコ技師長だ。世話役もふくめて、この三人は、まだ青年のようにわかい。しかし、この三人が中心になって、新しいコロボックル小国をつくりあげてきたのだ。
「そうなったとしても、見ごろしにするんじゃないだろうね。」
ツバキノヒコが、ととのった顔をしかめていった。クルミノヒコ=ミツバチぼうやも、ツバキノヒコの部下だった。
「見ごろしになんかするものか。」
世話役は、ゆっくりといった。
「なるべく早く助けだすくふうをする。だがむちゃはできないし、わしも許さん。とにかくそのときから、われわれと人間たちとは、いままでとちがうあいだからになるかもしれないのだ。おまけに、それがどんなふうにちがってくるか、いまは見当もつかない。だれもわからないんだ。せいたかさんにも。」
「それにしても、あいつが生きて人間につかまっているなら、むしろありがたいんだが。」
ツバキノヒコがつぶやくようにいった。それは、三人ともおなじ気もちだった。
「おそかれ早かれ、こうしてわれわれが新しい国をつくっていくうちには、いつか人間たちとも新しいむすびつきをもつようになるんだ。そのことは、わしらだけでも、あらためて、ここで覚悟することにしよう。」
そういってから世話役は、うしろのほうにいたクマンバチ隊員をよんだ。
「えんぴつをもってきてくれ。それから、だれか駅へいって、サクランボ技師をよびかえせ。かわいそうに、あいつは助手をなくして、きちがいのようになっているんだろう。」
「さっき、わしもそういってやったんだが、もうすこしさがしてみるって、きかないらしい。」
ツバキノヒコがいった。ヒイラギノヒコはうなずいて、使いのコロボックルにつけくわえた。
「わしの命令だといえ。もどってやすまないと、しようちしないとな。それから、フエフキにも、いちどもどるようにいってくれ。いっしょにこいって。」
クマンバチ隊員は、すっと消えていった。
やがてつくえの上には、えんぴつ――といっても心《しん》だけ――がとどいた。もってきたのは、サクラノヒメ=おハナだった。この子もまだおきていた。にいさんと、にいさんの助手を心配していたのだ。世話役と相談役は、地図の上で線をひきはじめた。
駅のまわりを三十二のます目にくぎって、番号をつけた。このひとつひとつをクマンバチ隊員で、しらみつぶしにしらべようというのだった。家も、どぶも、木の上も、どこもかしこも。ところが、ざんねんなことに、おチャ公の家はその中にはいっていなかった。世話役たちは、思いきってひろくとったのだが、そのほんのわずか外がわにおチャ公の家があった。
「おい、おハナ。」
エノキノデブ先生が、ふと、ふりむいていった。おハナが、心配そうな顔でつくえの上にのこっているのに気がついたらしい。
「おハナ、もうきみはもどってねなさい。きみが心配したってしょうがないよ。みんなでいっしょうけんめいやってるからね。にいさんも、もうじきもどるだろう。」
「はい。」
おハナは、すなおにうなずいて、つくえの上からうらの階段(はしご?)をおりていった。人間なら、うしろむきに、しっかりつかまっておりなければこわいような階段だ。それを、コロボックルは前をむいて走りおりる。ほそい木のえだに、きざみをつけただけのものを、小さなくぎでとめてあった。
つくえの下についたとき、おハナはものかげから、だれかによびとめられた。
[#挿絵(img\088089.jpg)]
「おハナ、お、ハ、ナ。」
「だれ。」
「ぼくさ。」
「あら、またあんたたち?」
サザンカ兄弟だった。
9
夕がた、うまく小山にもどったふたごのサザンカ兄弟は、ミツバチぼうやのゆくえは、まだわからないときいて、くらくなると、すぐここにきて、いままでかくれていたのだ。
「ちょっと教えてくれよ。」
「なにを。」
「ほら、上で、なにを考えてるか、ね。」
「あたし、知らないもの。」
「さっきは教えてくれたじゃないか。」
「ぼくたち、あれから駅までいってみたんだよ。マメイヌ隊のてつだいをしてきたんだぜ。」
「ほんと?」
おハナは、さぐるような目つきになった。
「しかられなかったの。」
「ああ、つまり、その――。」
「だまって、ぬけだしたのね。」
おハナのすんだ目で見つめられると、さすがのいたずらこぞうたちもまごついた。
「じつはそうなんだ。でも、すぐかえったよ。駅のまわりをひとまわりさがして――。」
「いけないわ。」
おハナは、そのままいこうとした。サザンカ兄弟は、あわてて追いかけた。
「まってくれよ。きみに、きいてもらいたいことがあるんだよ。ぼくたち、ミツバチさんは、きっと人間につかまったんだろうって考えてるんだ。」
「それにはわけがあるんだよ。なあ、だから相談にのってくれないか。」
いきかけたおハナは、むこうをむいたままたちどまった。それから、くるんとふりむいていった。
「いいわ、外へでましょう。」
そして、先にたって、小屋から、くらい三角平地にでていった。
星あかりの中で、三人の子どもコロボックルは、いずみのふちの草むらに、もぐっていった。サザンが、おハナのためにつばきの花びらをひきずってきてくれた。たんぽぽの花の下だった。
「さあ、どんなわけがあるの。」
おハナは、つばきの花びらの上にきちんとひざをそろえてすわった。サザンカ兄弟は、その両わきにあぐらをかいた。
「ミツバチさんは、駅におちたんだろ? ところが、あのマメイヌでさえ、短剣しか見つけださなかった。ミツバチさんはかげも形もない。と、いうことは答えが四つあると思うんだ。」
「一つは、下水に流されてしまった。」
「もう一つは、人間ののりものの上におちて、遠くへもっていかれてしまった。たぶん電車の中か、その屋根の上だ。」
「もうひとつは、ねこかいぬにたべられた。」
「さいごが、人間の手につかまった……。」
おハナは、しずかにうなずいた。
「もう一つあるわ。マメイヌ隊がまださがしだせないのかも――でも、そのことは、上のみんなもわかってるわ。だから、もうじきクマンバチ隊が、おおぜいしらべにでるのよ。近くの下水も、ぜんぶしらべるでしょうよ。それから、のりものにのっていったとしたら、これはコロボックルにはどうしようもないでしょう。ミツバチさんがじぶんでかえってくるのをまつだけよ。もし生きているなら……。」
おハナは、そこで悲しそうにちょっとだまった。
「ねこかいぬに――それなら、あきらめるよりしかたがないわ。」
「だからさ、その答えはまちがいだと思うんだ。きっと人間につかまっているんだよ。」
「なぜなの、なぜそう思うの。人間につかまっていたって生きていなければ、なんにもならないじゃないの。」
サザンカ兄弟も、顔を見あわせてだまってしまった。おハナのいうのもむりはないのだ。ちょっと考えただけでも、生きているとは思えなかった。コロボックルが元気でいるなら、人間になんかつかまるはずがない。
「ぼ、ぼくたちはね。」
しばらくしてから、ザンカがいった。
「きっと気をうしなっていたか、けがをして動けないでいるところを、人間につかまえられたと思うんだ。」
「そんなの、かってよ。虫のいい考えよ。」
「なんだい。それじゃあ、おハナは、ミツバチさんが死んじまっていたほうがいいっていうのかい。」
おハナは、目をいっぱいにあけて、ザンカをにらみつけた。たちまち、その目になみだがあふれてきてこぼれた。
でも、なにもいわなかった。
サザンが、いきなり横からザンカの頭をなぐりつけた。ザンカはころがってよけながらいった。
「ご、ご、ごめん。そんなつもりでいったんじゃない、ない、ないったら――。」
「ばか、どうもおまえはばかでいけない。おハナにあやまれ!」
おハナはうつむいて、そっとなみだをふいた。
「ぼくたち、きっと、人間につかまっていると考えたんだけど、たしかにきみのいうとおり、いいかげんなんだ。でも、まるっきりいいかげんというわけでもないんだよ。」
サザンがゆっくり話した。
「あのころ、つまりミツバチさんがおちたころ、駅にはどんな人間がいたか、ぼくたちは、それを考えた。まず駅ではたらいている人たちがいる。でも、これはもちろんマメイヌ隊がひとりひとりしらべたはずだ。それから電車にのるお客さんがいた。でも、これをみんなしらべるわけにはいかない。だから、この中のだれかがひろったとしたら、だめだ。ところが――。」
サザンは息をついた。なにをいうつもりか。
10
駅からのかえり道、サザンカ兄弟が人間(おチャ公)の自転車にのってしばらく走ったことをおぼえているはずだ。そのおチャ公少年が、もうひとりの友だちとしゃべっていたのを、サザンカ兄弟はきいている。えくぼのでる中学生とおチャ公との話だ。
――おまえ、さっき駅からきゅうにいなくなっちまったな――。
中学生のほうがそういった。すると、おチャ公はこう答えた。
――おれ、ちょっとうちに用事ができてさ、うちによってきたんだ――。
サザンカ兄弟は、そのことをおぼえていたのだ。そのときはなにも気がつかなかったのだが、あとで小山にかえってきてから、ふたりでいろいろ考えているうちに思いだしたのだという。
「駅にいたんだよ、その子は。」
「それで、駅からきゅうにいなくなったんだ。どこへいったのかって、きかれていたからね。そうしたら、用ができて、うちへよってきたっていったんだ。」
「ぼくたち、その子がミツバチさんをつかまえて、うちへかくしにもどったんじゃないかって、考えたんだけど。」
「大いそぎで、うちへかくしにもどったとすれば、ミツバチさんは、まだ生きているような気がするんだ。どうだろう」
サザンカ兄弟がかわるがわるおハナちゃんに説明した。おハナは、星の光る空を見あげていた。そして、ぽつんといった。
「そんなつごうのいい話って、あるかしら。」
それから、またちょっと首をかしげていった。
「その人間の子は何時ごろ駅にいったのかしら。」
「それはよく知らない。でも新聞をくばっている子だったよ。だから、さがせばすぐわかる。あしたの夕がた、あの道のところへいってまっていれば、きっとやってくるだろう。」
「そう。」
おハナは、また長いこと星空を見あげていた。たんぽぽの花のあいだに、青い大きな星が見えた。
(駅にいて用事を思いだした人間なんて、いままでにきっと何百人もいたはずだわ。サザンカ兄弟みたいに、頭からそうきめてしまうと、あとでがっかりするでしょうね。)
しかし、たしかめるだけは、たしかめたはうがいいかもしれない。
「世話役さんに知らせてくるわね。」
おハナは、ふいにそういって立ちあがった。すると、サザンカ兄弟も、はじかれたようにたちあがった。
「いけない!」
「だめ!」
あきれたようにおハナはいった。
「だっていまの話はほんとなんでしょ。知らせなければ、どうしようもないじゃないの。」
「まってくれよ。知らせるのなら、ぼくたちはじぶんでいくよ。きっとしかられるだろうけどね。でも、ぼくたち、このことは、じぶんたちでしらべてみたいんだ。だから――。」
「じぶんたちでしらべるって、それじゃあ、あんたたち、また小山をだまってぬけだすつもりなの?」
「うん。それで、きみにも、なかまにはいってもらいたいんだ。もちろんぬけだすのはぼくたちふたりだけさ。きみは頭がいいから、知恵だけかしてくれればいいんだよ。」
「――こまるわ。」
おとなしいおハナは口ごもった。
(いけないっていわれてることをするなんて、あたしにはできないもの。なかまには、はいれない。)
だまって首を横にふるのを見て、がっかりしたように、サザンカ兄弟は顔を見あわせた。
「しょうがないな。」
わんぱくの兄弟は、おハナにそのまましばらくまってくれるように合い図して、そっとおハナからはなれると、ふたりでひそひそと相談した。それからおハナの前にもどってきて、こんなことをいった。
[#挿絵(img\097.jpg)]
「あのね、あと一日だけ、ぼくたちの話をきかなかったことにしてくれないか。どうせ、いまから知らせにいったって、あの人間の子がどこに住んでいるかなんて、わからないだろう。だから、もう一日、あしたの夕がたまでまってくれ、たのむから。」
おハナは、ますますこまった。そんなふうにいわれると、いやとはいえなくなるのだ。
「いいね、あしたまでないしょだ。あしたの夕がた、またここであおう。そのときゆっくり相談するよ。」
そういって、サザンカ兄弟は、むりやりおハナに約束させようとした。おハナは、頭の中でくるくると考えた。
(あしたはクマンバチ隊も、マメイヌ隊も、大いそがしなんだわ。この子たちのあてにならない話でじゃましたら、かえっていけないかもしれない。だからといって、このふたりがかってに外へでてあぶないことをしたら、またたいへんだし……。)
そこで頭のいいおハナらしい返事をした。
「いいわ、約束してあげる。だけど、あんたたちも一つだけ約束してくれなきゃだめ。」
「ふうん、どんな約束?」
「あたし、いま考えなおしたの。もしあたしがなかまにはいったら、あたしをキャプテンにしてくれる?」
「きみを?」
「そうよ。それで、キャプテンの命令は、なんでもきくって約束してくれれば。」
「それはいいけど……。」
ザンカがこまったようにいった。
「たとえば、小山をぬけだしちゃいけない、なんて命令するんじゃないだろうね。」
「そうね――。それだけは命令しないことにしてあげるわ。」
「うん、それならいいよ。なあ、サザン。」
「ああ。」
ふたりは、しかたなさそうにうなずいた。
ブーンと、かすかな虫のとぶような音がした。コロボックルの城に、ヘリコプターがもどったのだ。サクランボ技師だろう。おハナはいそいで城にもどった。サザンカ兄弟も小山のやぶの中にかけこんで見えなくなってしまった。
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[#見出し]第三章
[#見出し]臨時マメイヌ隊員
[#挿絵(img\100.jpg、横204×縦369、下寄せ)]
1
つぎの日の朝、おチャ公は早くおきて、ねまきのまま、ものおき研究室へいってみた。一晩ねておきてみると、きのうのことは、まるでゆめだったとしか思えなかったからだ。
(おれが宇宙人をつかまえたなんて!)
そんなばかばかしい話があるものか、という気がして、大いそぎでものおき小屋をのぞいた。作業台のはしの、ハンドル式えんぴつけずり器には、すっぽりハンカチをかぶせてある。かぶせたのは、たしかにじぶんだ。とすると、その中には、やっぱり小さな宇宙人がいるのだろうか。
こわごわ中にはいってハンカチをとった。さすがにむねをどきどきさせながら、すきとおったけずりくず受けをのぞくと、おチャ公はふかいふかいため息をついた。
やっぱり小さな人はいたのだ。
(さあ、どうしよう。)
そんなことは、きのうのうちに考えておいたはずだった。それなのに、またおチャ公はそう思った。しばらくつっ立ったまま、えんぴつけずりをおさえていたが、またそっとのぞいてみた。小さな人は、おチャ公がハンカチをとったとき、目をさましたらしく、小さな目をぱちくりさせ、小さなあくびをして、けずりくずの上にからだをおこした。足は、けずりくずの中にかくれていて見えない。
「お、おはよう。」
おもわずおチャ公は声をかけた。小さなあくびがとてもかわいらしいと思った。小さな人はちょっと顔をしかめた。それから、まっすぐおチャ公の目を見て、なにかいった。いや、口が動いたのだ。おチャ公は、しゃべったにちがいないと思った。だが、なにもきこえなかった。あわてて、えんぴつをさしこむあなに耳をおしつけた。
「シュル、シュルルルル、ル、ル、ル。」
かすかにそんな声がした。小さな人はやっぱりしゃべったのだ。
――こんなところへとじこめて、いったい、ぼくをどうするつもりなんだい――。
クルミノヒコ=ミツバチぼうやは、おチャ公が耳をつけたのを見てそういった。
もちろん日本語だが、おチャ公にわかってもらおうと思ったわけではない。ひとりごとのようなものだ。だから、ひどい早口だった。
クルミノヒコだって、人間にわかるようにゆっくりしゃべることができる。いまのコロボックルは、そういうしゃべり方をみんな学校でならう。でも、じぶんをつかまえた人間と、気やすくおしゃべりするつもりはなかった。だから、かってに早口でしゃべった。しかし、それをきいたおチャ公は、てっきりどこか遠い星の世界のことばだと思った。
(すごい、ほんものだ!)
おチャ公のむねの中はかっと熱くなった。じいんと、おなかの底のほうからかたまりがふくらんできた。息がでないようなへんな気もちだ。このままでは、どうにもくるしくてたまらない。なにか大声をだしてさわざたくなった。
「えいっ。」
気合いをかけて、から手のまねをした。えいえい、えいっと、十回ほどやっているうちに、ようやくおちついてきた。
「おれは、よほど注意しないといけないぞ。」
おチャ公は、うでぐみをしていった。
「ほかのやつらに気がつかれないように、用心しないといけない。いつもとかわらないようにしてなくちゃ。」
そんなことをぶつぶつつぶやきながら、もう目はなにも見ていないのだ。じぶんのまわりに七色のにじがうずまいているような感じがしていた。
[#挿絵(img\103.jpg)]
「大金もちになれるかもしれないんだ。もう新聞配達なんかしなくたっていいんだ。ほんもののヨットが買えるかもしれないんだからな。みんな、ずいぶんおどろくだろうなあ!」
そう声にだしてつぶやきながら、それでも、しっかりした足どりででていった。
やがて、学校へいくしたくをすませて、またおチャ公はものおきをのぞいた。ビニールテープだけでは心配になって、針金のたばをとり、ペンチで切って、ぐるぐるとまきつけた。外にでると、戸にもかぎをかけた。
学校へいってからも、おチャ公はできるだけいつもとおなじようにしていた。しかし、ときどきむねの底がじいんと熱くなるので、そのたびにつばをのみこんだ。あまりしずかにしていてはいけないと考えて、ひるやすみには思いきってあばれた。鉄棒でちゅうかえりをやってみせ、ろくぼくのてっぺんを歩いて校長先生にしかられ、下級生のけんかを見つけてとめにはいり、女の子のなわとびにとびいりして追いだされた。
午後の勉強がはじまると、こんどは心配で心配でたまらなくなってきた。うちにのこしてきた小さな生きているたからものが、じぶんのいないるすにいなくなったりしないか、死んでしまうんではないかと、そんなことばかり考えていらいらした。
(ああ、おいてくるんじゃなかったな。なにかびんにでもいれて、もってくればよかったんだ!)
おチャ公は、ため息をつきながらそう思った。よほど、学校をぬけだして、うちへかえろうかと考えたほどだったが、ようやくのことでがまんした。
おかげで、その日は一日、まるっきりうわのそらですごし、終鈴がなると、あとも見ずに学枚をとびだしていった。
2
コロボックルの城の、つくえのひきだしの中にある小さな学校にも、いらいらしているいたずらこぞうがいた。こっちはふたりだ。サザンカ兄弟は、その日の夕がた、どうやって小山をぬけだそうか、と考えていた。
きのうは、どさくさまぎれに、うまいことぬけだした。ほんとうなら、クマンバチ隊の見はりが、小山のまわりをとりまいているし、たいてい見つかってしかられてしまうのだ。かえりはかえりで、せいたかさんの子どものおチャメさんにであったものだから、服にくっついて、うまくかくれてかえってきた。おチャメさんは、じぶんの肩で、ちらちらしている虫(?)を二、三度手ではらったが、そのうちにふとひとりうなずいて、もう知らん顔をしていてくれた。どう考えても、この子は、コロボックルのことを知っているようだ。
「でも、きょうはうまくいくかな。」
サザンとザンカは、そのことばかり話していた。
「でられさえすればいいわけだ。もどってきたときは、見つかっても、やむをえない。」
「でも、そのあと、ばつをくうことになるぜ。」
「ああ。たぶん、三日ぐらい地下の町から外へでてはいけないって、いわれるかもしれないな。」
「そうなったら、せっかくしらべたって、おれたちは手も足もでなくなっちまう。」
「うん。」
考えこんだのは、兄のサザンのほうだった。しばらく、うでぐみをしていたが、やがてうなずいた。
「いいことがある。きょうはひとりだけぬけだすんだ。そして、そいつがかえってくる時間に、もうひとりがむかえにいく。そのときはわざとうろうろして、見はりにみつかるのき。そうすれば、すぐ追いかえされる。そのあとに、ぬけだしたほうがかえってくるようにする。おれたちはよくにているから、もし見はりがみつけても『なんだ、まだそんなところにいたのか。さあ、早くかえれ、かえれ。』って、小山のほうに追いこんでくれる。」
「そりゃあ、うまい!」
ザンカもうなずいた。
「では、おれがぬけだすほうをひきうけよう。」
「だめ。考えたのはおれだから、おれがぬけだす。」
「そんなのずるい、おれがいく。」
「ばかいえ、おれがいく。」
ふたりは、ひそひそ声でけんかをはじめた。こうなってはどちらもゆずらないから、せっかくの名案もだめになりそうだった。そのとき、ふたりは校長先生によばれた。
「サザンカノヒコ。」
「は、はい。」
「ふたりとも、すぐつくえの上広場≠ヨいきなさい。世話役さんがよんでいるそうだ。」
ふたりは顔を見あわせた。
「おまえたち、また、なにかいたずらをしたんじゃないだろうね。」
校長先生のエノキノデブ先生がいった。ふたりは、心の中でおなじことをさけんだ。
(しまった。きっとおハナのやつが約束をやぶって、みんなしゃべっちまったんだ!)
「さあ、早くいきなさい。上でまってるよ。」
サザンカ兄弟は、だまったままひきだし学枚≠ゥら、つくえのうらがわへでた。かべとつくえとのあいだのせまいすきまにある階段を、ゆっくりとのぼった。どうせしかられるんだ。ちぇっ、おハナのやつ、せっかくキャプテンにしてやるっていったのに。
つくえの上の広場には、ヘリコプターの前に、世話役と、マメイヌ隊長のスギノヒコ=フエフキと、それから、ほかにもコロボックルが三人ばかりいた。
サザンカ兄弟がおずおずと近づいていくと、世話役が手まねきした。ふたりはうつむいたまま走っていって、それから顔をあげて、まっすぐ立った。しかられるときは、いさざよくしかられなくちゃいけないんだ。
「きみたちは、きのう、だまって小山をぬけだしたそうだな。」
「はい。」
「では、ばつとして、臨時のマメイヌ隊員にする。」
世話役が思いがけないことをいった。ところが、ふたりともなにをいわれたのかわかっていなかった。だから、とにかく頭をさげてたのんだ。
「それだけはかんべんしてくださあい。」
となりにいたスギノヒコがふきだした。
「おまえたち、よくきいていなかったとみえるね。マメイヌ隊員になりたくないのかい。世話役はそういったんだぞ。」
「ほんと。」
ふたりは目をまるくした。
「それならいいです。ばつをうけまあす。」
「よし、それならもうおれの部下になったわけだ。」
「はい。」
「きょうは、これから、おまえたちふたりに特別偵察にでてもらう。おれがいっしょにいけばいいのだが、おれはいそがしい。だから、おれのかわりに、班長をきめておいた。ふたりとも班長の命令には、ぜったいにしたがわなくてはならんぞ。」
スギノヒコ隊長はきびしくいった。世話役は、にこにこしてうなずいた。
「はいっ。」
サザンカ兄弟は、大声で返事をした。ようやく話のすじかのみこめたのだ。
さすがにおハナはりこうだ。約束をやぶったかわりに、ふたりが大いばりで小山をでててつだいができるように、たのんでくれたのにちがいない。
[#挿絵(img\109.jpg)]
「班長。」
スギノヒコが、うしろをむいてよんだ。ヘリコプターのかげから、小さな班長がでてきた。
「あれっ。」
サザンカ兄弟は、目も口も大きくあけた。でてきたのはおハナだった。おハナちゃんがなかまのキャプテンになる約束は、どうやらそのままらしい。世話役が横からつけくわえた。
「おハナが班長だ。ほかに、クマンバチ隊員をひとり、護衛につける。ここにいるシイノヒコだ。」
「よろしく。」
そういって手をふったシイノヒコは、まる顔のやさしそうなコロボックルだった。顔は前から知っていたが、口をきくのははじめてだった。きっと、こういう仕事には、よくなれたコロボックルなのだろう。
「では、班長、たのんだよ。」
スギノヒコがいった。おハナちゃんは、顔を赤くしてうつむいた。サザンカ兄弟は、またおたがいの顔を見た。
(おハナって、ほんとにりこうじゃないか!)
ふたりは目でそういいあって、肩をすくめた。でも、すっかり満足していた。
3
「あたしもいっしょにいきたくて……。だから、くわしく話してたのんだの。いけなかった?」
おハナちゃんは――いや、班長は、サザンカ兄弟にはさまれて階段をおりながらいった。
「そんなことより、ねえ、班長、これからどうするんだい、いつでかけるんだい。」
「いますぐがいいと思うんだけど、どうかしら。」
「どうかしらって、よわっちゃうな。班長はきみだぜ。」
おハナのうしろについていたザンカは、じれったがって足ぶみした。そのうしろから、なにか荷物をもってついてきたシイノヒコが、にこにこしながら声をかけた。
「班長さんはね、すぐに駅へいってみようって考えているんだよ。きみたちのあった人間の少年は、新聞配達をしていたそうじゃないか。だから、きっとまいにち駅へ新聞をとりにいくのではないかっていうんだがね。」
「ふうん。」
いちばん前にいたサザンがたちどまって感心した。おかげでおハナ班長は、サザンのせなかに鼻をぶつけそうになった。
「人間の新聞配達は、みんな、駅までうけとりにいくのかい。」
おハナはだまってサザンをつっついた。それから説明した。
「その子は、きのうも駅にいたっていったでしょう。だから、ママ先生のれんらく係をしているクリノヒメにきいてたしかめたの。」
「なるほど。そうすると、駅でまっていれば、あの道へやってくるまでぼんやりまってなくてもいいわけだ。」
「ええ。でも、しばらく駅にいて、その子がこなかったら、大いそぎで道へいってみるわ。」
「うん、それがいい。」
サザンがいった。そして、さすがに班長だけのことはある、と思った。
「ぼくたち、いつでもでかけられるよ。もう朝からしたくをすませてあるんだ。」
「では、このままいきましょう。あたしのほうも、すっかりしたくをしてきたから。」
おハナちゃんはそういって、ちらりとうしろからついてくる護衛役のシイノヒコを見あげた。荷物をわすれずにもっているかどうか、たしかめたようだった。いっしょにザンカもふりかえってみて、その荷物に気がついた。
「それはなんなの。」
シイノヒコにたずねたが、この人のよさそうなコロボックルは、わらっただけだった。おハナ班長が、かわりに答えた。
「ちょっとした思いつきなの。役にたてばいいんだけど。」
「ふうん。」
サザンも、それいじょうくわしいことはきかなかった。小屋の床におりて、そこから外へ出、小山から、道のほうへかけだしていった。
おハナは、見かけよりはずっとすばしこかった。サザンカ兄弟は、むきになって走ったが、ちゃんとついてきた。とちゅうで見はりのコロボックルにもであったが、手をあげただけでだまっていた。やっぱりこうやって、どうどうとでていくほうが、ずっと気もちいい。
(おハナって、なかなかたいしたもんだ。)
サザンカ兄弟は、鼻をふくらませて走りながら、じぶんたちのあいだにいるおハナ班長をながめた。ふたりとも、のんきぼうずだから、ただそう考えただけだ。しかし、シイノヒコはちがう。
シイノヒコは、あたりに気をくばりながら三人の子どもコロボックルのあとを走っていたが、さっきからそのことを考えてむねをいためていた。
(おハナはりこうものだ。りこうものだけど、ほんとうはおとなしい子だ。その子がこんなにいっしょうけんめいになっている。かわいそうなことだ。ミツバチぼうやのこと、この子はよほど気になるらしい。もうほとんどのぞみはないのに――。)
こうして四人のコロボックルは、たちまち午後の町にはいり、近道のトンネルをぬけて、駅のほうへ消えていった。
しかし、シイノヒコは、ちょっとだけ考えちがいをしていた。ミツバチぼうやをすくいだすのぞみはあるのだ。そして、この四人は、そののぞみにむかって、まっすぐ走っていったのだ。
4
いっぽう、学校からとんでかえったおチャ公は、かばんをもったまま、ものおき小屋に走っていき、大いそぎで戸のかぎをはずして中にとびこんだ。
作業台のはしのえんぴつけずりの中には――ああ、小さな宇宙人がちゃんといた。ガタガタと大きな音をたててはいってきたおチャ公を、せまいすきとおったへやの中からながめて、目を、ぱちぱちさせていた。おチャ公はひと安心して、がっくり、いすにすわった。
「やれやれ、心配したぜ、きみ。どうかにげたりしないでくれよな。おなかがすかないかい。パンくずをやろうか、水はまだあるな。」
いろいろなことをいっぺんにいって、おチャ公はかばんの中から、給食ののこりのパンをとりだした。いつもなら、ぺろりとたべてまだものたりないのに、きょうはむねがつまってあましてしまった。
針金をゆるめて、ほんのすこしだけすきまをあけて、パンくずをおとしてやると、またビニールテープをぴっちりはりなおした。針金もきつくまきつける。
そのとき、小さな人が、またなにかいったような気がした。
「えっ、なんかいったかい。」
――ル、ルルル、ルルルル。――
おチャ公が耳をおしつけると、そんな声がした。ミツバチぼうやは、もうすっかりおちついて、この人間の少年が、ほんのちょっぴりすきになっていた。だから、いま、からかっていたのだ。
[#挿絵(img\115.jpg)]
――いつまでもこんなところにいれておくなんて、ひどいぞ。にげやしないから、もうすこしひろい場所にうつしてくれよ。気がきかないぼうずだな――。
「よわったな。きみのことばは、ぼくにはわからないんだ。」
そういいながら、しぶい顔をした。その顔がおもしろかったので、ついミツバチぼうやは、にやにやしてしまった。それを見たおチャ公が、どんなによろこんだか。
「やあ、わらったな! きみもわらうんだな! うん、人間はうれしいときやおもしろいときにわらうんだ。悲しくてわらう人は――たまにはいるかもしれないが、まあ、すくないんだぜ。きみは、とにかく気分がいいんだね。」
ミツバチぼうやは肩をすくめた。しかし、こうやってせまいところにとじこめられてじっとしているのは、たいくつでたいくつで死にそうだった。だから、じぶんをつかまえた人間だろうとなんだろうと、そばにいるとたしかに、うれしかったのだ。
「さあ、きみ、パンをたべろよ。パンをたべるところを見せてくれよ!」
おチャ公はささやいた。でも、さすがにミツバチぼうやは、パンには手をださなかった。すると、ふいにおチャ公は、パチンとゆぴをならした。
「そうだ、いいことを考えたぞ」
そういって、パタパタとものおきをでていったが、すぐまたもどってきた。両手になにか、かかえていた。テープレコーダーだった。
おチャ公は、この小さな宇宙人の声を、テープに録音してみようというのだ。なるほどいい考えにちがいない。
おチャ公は、からだでテープレコーダーをかくして、作業台の下においた。マイクロホンを、えんぴつけずり器の上にのせて、えんぴつをさしこむあなにむけた。そのまま、ビニールテープでとめて、おちないようにした。
ミツバチぼうやは、おチャ公が動きまわるのをながめていた。なにか、はじめたらしいのは、わかったが、テープレコーダーだとは考えつかなかった。この機械は、せいたかさんももっているから、知ってはいたのだが。
「さあ、きみ、なにかいってくれないか。」
おチャ公は、すっかり用意をすると、パチンとスイッチをいれた。ミツバチぼうやがだまっているので、なんとか話をさせようと、外からコツコツとたたいたりした。
――うるさいなあ。なにをはじめようっていうんだい。ぼくのことならもうほっぽっといてくれよ。それでなかったら、もっとひろいところへだしてくれ。いうことをきかないと――。
ミツバチぼうやは、そこまでいって、やめにした。いくらおどかしたってむだだ。だが、耳にイヤホーンをつけて息をころしていたおチャ公は、ぱっと顔をかがやかせて、スイッチを切った。
そして、大いそぎで、テープをまきもどし、レコーダーのボリュームをあげて、音をだした。
「キュル、ルルル、チュルル、ルルッシュルルルル。」
テープレコーダーからミツバチぼうやのすごい早口が流れでた。
(しめた。)
おチャ公は、うれしくてにやにやした。ミツバチぼうやは、せまいへやの中でびっくりぎょうてんした。コロボックルにしかききとれない早口を、そっくりまねする機械。
(そうか、あの機械を使っていたのか。)
ゆだんもすきもありやしない、と考えると、なんとなくおかしくなったが、それにしても、このとき、ミツバチぼうやはなかまのことをしゃべらなくて、よかった。うっかりしゃべっていたら、おきて≠やぶることになったかもしれない。
5
おチャ公は、テープレコーダーのスイッチを切り、なにかひとりでうなずきながら、しばらくぼんやりしていた。いや、ほんとうはぼんやりしていたのではなく、むねのおどるのをいっしょうけんめいおさえていたのだった。
「ああ、もうがまんできない。だれかに、しゃべりたくなったなあ!」
やがておチャ公は、声をだしてそういった。そして、また口を一文字にむすんでうでぐみをした。
ひみつというものは、ひとりでしまっておくと、だんだん重くなってくるものだ。おまけにおチャ公のひみつはものすごく重みのあるひみつだ。だれか、信用できるものにそっとうちあけて、相談してみたくなったって、ちっともふしぎじゃない。そうすれば、ひみつの重さは半分になるだろう。
(だれに話そうか。)
おチャ公はしきりに首をひねった。新聞記者に話すのは、まだ早いような気がする。家族のものになんか、とても話す気にはなれない。学校の先生にも、ちょっと心配。
(こんなときは、友だちにかぎるんだ。友だちの中でも、たのもしくて、頭がよくて、口がかたくて、おれのことをようく知っているやつだ。とすると――。)
おチャ公はうなずいた。心あたりがひとりだけある。
「よし。」
力をこめてたちあがった。そして、しずかにものおき小屋をでて、外からかぎをかけた。そろそろ新聞配達にいく時間だった。なるべく、ふだんとかわらないようにしていなければならない。
とすれば、この仕事にもでかけなければならないだろう。おチャ公は、そうするつもりだった。
*
やがて、自転車にのっておチャ公は、バス道路へむかって走っていた。サクラノヒメ=おハナがひきいる特別偵察隊のまっている駅へ。
その駅のうら手へ自転車をのりいれていくと、もう新聞店のおじさんたちやなかまたちがきていた。夕刊は、まいにち三時四十分着の荷物電車でこの町へとどく。それを、いちど新聞店へもっていってわけるのがふつうだが、それだとちょっとおそくなる。それで、こうして配達するものもいっしょに駅へ集まり、駅うらの広場で、じぶんの受けもち部数だけ受けとることになっているのだ。
おチャ公は集まっている人の中から、きのう道でであった中学生の顔をさがした。だが、まだきていなかった。中学校の授業がおわるのは、ちょっとおそくて、ときどき、あの中学生はおくれる。おくれたときは、駅へこないで新聞店へいくことになる。
わかい駅員が、プラットホームをガラゴロひびかせて車をおしてきた。そこから赤やみどりの紙につつんだ山のような新聞のたばを、ぽいぽいほうりなげはじめた。
「ほいきた。これはあっちのだ。こいつはおたく。これはうちのだ。」
新聞店のおじさんたちが、元気よくかけ声をかけてしわけをする。まちかまえていた少年たちは、わっとつつみにとりついて、なわを切り、荷をひろげる。しばらくのあいだはそうぞうしいさわざになるのだ。
おチャ公が、きのうクルミノヒコをひろったのは、ちょうどこんなときだった。だれもがむちゅうで新聞をかぞえているから、おチャ公がなにかひろいあげてポケットへしまったことなんかだれも気がつかなかった。
[#挿絵(img\120121.jpg)]
「やあ、おチャ公。」
地面にひろげた赤いつつみ紙の上で、新聞をそろえていたおチャ公の肩を、だれかがぽんとたたいた。わらうとえくぼのできる、きのうの中学生だった。
「やあ、せんぱい。」
「ちぇっ。」
中学生は、おチャ公の頭をおさえつけた。
「せんぱいなんていうなよ、おチャ公。」
「いやだよ。きのうはあにきなんていうなっておこるし――そんなことより、ねえ、せんぱい、おれ、ちょっと相談があるんだけど。」
「そうだん?」
「うん、重大問題なんだ。ものすごく重大なんだ。」
中学生は、人のよさそうな、すんだ目でおチャ公をながめた。そして、じぶんもこしをかがめて、小声でいった。
「だからいわないこっちゃない。うちにないしょで新聞配達なんかはじめるからだぜ。まあ、いいや。おれがいっしょにいって、あやまってやらあ。おれにも責任があるからな。」
「そうじゃないんだったら!」
おチャ公は、あわてて手をふった。
「そのことじゃないんだ。でも、せんぱいのいうとおり、新聞配達はやめてもいいんだ。――うまくいったらね。」
「うまくいったら? なにが。」
えくぼのできる中学生は、ふしぎそうな顔をした。おチャ公は、おもわずにやりとした。じぶんのつかまえた小さな宇宙人を見せてやったら、このおちついた中学生がどんなにおどろくだろう。
「あとで、ゆっくり――配達がおわったら、おれのうちへきてくれないかい。」
「うん、宿題があるが、まあ、いいや。トランシーバー(携帯用短波無線器)の組み立てをはじめるのか。」
「いや、あれはまだだ。そんなことより、もっとすごいんだ。」
「ふうん、じゃあ、あとでいくよ。しかし、おれ、はらがへるから、なにかくわしてくれよな。」
この中学生は、学校からそのまま新聞配達にきて、それからうちへかえる。うちは町のおくの山のむこうにある。駅からはだいぶ遠い。
「もちろんだよ。」
おチャ公は、大きくうなずいてたちあがった。さあ、早く新聞をくばってこなくちゃ。
6
サザンカ兄弟たちは、うえこみの木かげになった駅の黒いさくの上にいた。むろん、おチャ公を見つけていた。自転車ではいってきたとき、すぐにサザンカ兄弟が指さして、おハナに知らせた。
「近くへいってみようか。」
ふたりはすぐにもとびだしそうにしたが、おハナ班長にとめられた。
「いけません。シイノヒコさんにおねがいしましょう」
「いいとも。」
シイノヒコは、にっこりうなずいた。
「では、わたしのもどるまで、ここを動かないでくれよ、班長さん。」
そういいのこして、さっと消えた。サザンカ兄弟は、いっしょにいきたくてじりじりしたが、おハナ班長の命令にはしたがわなくてはならなかった。
中学生がきて、おチャ公の肩をたたいたのも、それからふたりが頭をよせあってひそひそとなにかしゃべったところも、サザンカ兄弟は、じっとくいつくようにしてながめていた。そこへ、シューッと、シイノヒコがもどってきた。きびしい目つきをしていた。
「どうやら、ひょうたんからこまがでそうだ。」
サザンカ兄弟はぽかんとした。おハナはぱっと目をかがやかせた。シイノヒコは、おチャ公とえくぼのできる中学生のひそひそ話を、ぬすみぎきしてきたのだ。
「それ、どういう意味なんだい。」
ザンカがおこったようにいった。
「つまり、きみたちのあてずっぽうが、まぐれあたりしたらしいってことだよ。」
シイノヒコは、わらいもしないで答えた。
「あてずっぽうはひどい。」
サザンがもんくをいったが、しかし、うれしくてからだがぞくぞくした。おハナもおなじ思いだったとみえて、ぶるっと身ぶるいをした。いちど赤くなった顔が、こんどは、さっと青くなった。サザンは、それを見てびっくりしたが、おハナはしっかりした声でいった。
「そうすると、あの子はやっぱりミツバチさんをつかまえたのね。」
「いや、そうはいわなかった。しかし、おチャ公――あの子はそういわれていたが――なにかひみつがあって、そのことをあとからきた子に話したいんだそうだ。新聞をくばりおわったら、じぶんのうちへきてくれって、たのんでいた。」
「もしも、そのひみつというのが――。」
おハナは息をついていった。
「とにかく、たしかめなくちゃ。」
「そう、たしかめないとね。つかまえたミツバチぼうやを、あの友だちに見せるつもりだとすると、たいへんだ。」
「助けにいこう!」
サザンカ兄弟は、いきおいよく立ちあがった。
「あの子が、ほかの人間にコロボックルを見せる前に、なんとかしなくちゃ。それでないときっと人間たちは大きわざをはじめるよ!」
「わかってるわ。」
おハナはしずかにいった。
「でも、そうだときまったわけではないのよ。それに、あの子のうちがどこだかわからないんじゃない。自転車にも書いてないし。」
「どこにも書いてない。あっ、もういっちまうな」
おチャ公は、自転車に新聞をつけおわったところだった。
「とにかくあとをつけましょう。」
四人のコロボックルは、さくの上からとびおりた。そして、おチャ公の自転車の荷台のかげに、ぱらぱらととりついた。荷物をもっているシイノヒコがあやうくおちかけたが、サザンカ兄弟がつかまえた。
「やれやれ、ありがとう。」
シイノヒコは、ふところからくもの糸≠とりだして(あく≠ノつけたくもの糸はじょうぶだ)、荷物をせなかにくくりつけた。自転車がガタンガタンと動いた。おチャ公が駅から走りだしたのだ。
「こんなとき、せいたかさんか、ママ先生がいるとわけないのにね。」
おハナがつぶやいた。
「そうだな。人間どうしなら、ちょっときいてみればいいんだからなあ。」
サザンもいった。
「じつをいうとね。」
シイノヒコは、そういって、駅のほうを指さした。
「あっちの子なら、わしもよく知っているんだ」
「あっちの子って?」
「ほら、さっきこのおチャ公に、うちへさそわれたほうの、大きい子だよ。わしもちょっとおどろいたがね。」
「ああ。」
三人はうなずいた。
「あの人間の子を、なんでシイノヒコさんが知ってるの。」
「わしだけじゃないさ。せいたかさんも、ママ先生もよく知っているはずだ。せいたかさんのうちに、あそびにきたこともあるよ。というのは、かなり前、あの子はせいたかさんのところへ、まいにち、新聞をもってきてたんだ。そのあとはしばらく姿を見なかったんだが――。」
「ふうん。」
「えくぼができるんで、みんなエク坊ってよんでいたっけ。あのころから見ると、ずいぶん大きくなったもんだ。あのころというのは、マメイヌをつかまえたころのことなんだよ。なんでも、あの子の先祖がマメイヌを飼っていたとかいう話だった。」
「なるほど。」
コロボックルがマメイヌをつかまえたときは、サザンカ兄弟もおハナちゃんも、まだほんの子どもだった。
「でも、あの子はコロボックルのみかたではないわ。」
「ざんねんながらね。」
四人はそういってだまりこくった。四人ともだまって考えこんでしまった。ガタガタゆれる自転車の上で。
7
おハナの考えていたことはこうだった。
――できれば、おチャ公少年よりも先に、おチャ公の家へいって、クルミノヒコ=ミツバチぼうやが、つかまっていないかどうかをしらべたい。つかまっているなら、もちろん助けだしたい。
だが、かんじんのおチャ公のうちがわからない。とにかくこのままずっと新聞配達がおわるまでくっついていって、うちがわかったら世話役にれんらくしよう。そして、どうしたらいいか、あらためてそこで考えよう――。
サザンの考えはこうだった。
――おチャ公のうちへいったら、なんとかしてクルミノヒコをさがしだしたい。つかまっているにちがいないのだから。きっとびんの中か、箱の中にとじこめられているだろう。よし、勘のいいじぶんがさがしてみせる。それにしても、おチャ公少年の家がわかっていれば、いますぐにでもさかしにいけるのにな――。
ザンカはこう考えていた。
――おチャ公に、いますぐ、うちがどこにあるかしゃべらせることはできないだろうか。もし、この自転車が自動車とぶつかって、おチャ公がけがをすれば、きっと人間たちが集まってきて、おチャ公のうちをきくだろう。もっとも、あんまり大けがをしてしまうと口がきけないから――。
ザンカの考えは少々むちゃだ。じぶんでもそれに気がついて、とちゅうで首をふった。
シイノヒコはこう考えていた。
――あっちのえくぼのできる少年を、コロボックルの味方にできないものか。もしそれができれば、あの子がおチャ公からクルミノヒコを見せられたとしたって、くいとめられるかもしれない。こいつはひとつ、世話役に話してみたほうがいいな――。
そのとき、四人のコロボックルは、荷台にしがみついた。
おチャ公が、急ブレーキをかけて自転車をとめたからだ。
「あぶないなあ。」
おチャ公は、道にとびおりて、大きな声をあげた。道路から、おさげの小さな女の子がとびだしてきて、自転車とぶつかりそうになったのだ。
四人のコロボックルは、いっしょに声をあげた。
「おチャメさんだ」
サザンカ兄弟は、きのうもこのあたりでおチャメさんにであっている。だから、目をまるくした。
「あれ、ランドセルしょってるよ。学校のかえりにしては、ずいぶんおそいね。まだ二年生なのにさ。」
「学校のかえりに、どこかへよったんだろ。」
そのとき、くちびるをかんでいたおハナは決心した。
このせいたかさんのひとりむすめのおチャメさんは、いずれコロボックルの味方としてみとめることに、きまっている。ただ、あまり小さいうちはむりだというので、コロボックルのほうでまっているのだ。でも、おチャメさんは、コロボックルのことをもう知っているようなところがある。
[#挿絵(img\129.jpg)]
思いきっておハナは、おチャメさんの小さなカーディガンの肩にとびうつり、耳にささやいた。
――この男の子のうちはどこだか、きいて!
そしてすぐさま自転車にもどった。おチャメさんは、びくっと首をすくめたが、おどろいたようすはなかった。おかあさんゆずりの大きな目をいっぱいあけたまま、じっとおチャ公を見あげた。
「ほそい道からでるときは、ゆっくり左右を見てからでるんだぜ。もうちっとで、ふっとばすところだったじゃないか。」
おチャ公は、教えるようにいって自転車をたてなおした。
「おれが、自動車でなくてよかったんだ。気をつけるんだよ。」
おチャメさんは、こっくりとうなずいた。
それから、まっすぐおチャ公を見あげていった。
「あんたのうち、どこ。」
「えっ?」
自転車にのりかけていたおチャ公は、びっくりしてききかえした。
「おれのうち? そんなこときいてどうするの。」
「あんたのうち、どこ。」
おチャメさんは、首をかしげて、またきいた。
「へんな子だな。おれのうちは、バス道路を港のほうへいったミナト電器商会さ。電気屋だよ。それがどうしたんだい。」
「どうもありがとう。とびだしてきて、ごめんね。」
おチャメさんは、ぺこんと頭をさげると、そのまま、うら通りをとことこかけていった。
「うへっ、へんてこりんな子だな。まさかおれが親にないしょで、新聞配達していることを、うちにいいつけるってわけじゃないだろうね。」
おチャ公は、そんなことをぶつぶつつぶやいて、また自転車を走らせた。
でも、その自転車には、もうコロボックルたちはとりついていなかった。とっくに、ミナト電器商会へむかって走りだしていたのだ。
8
そのミナト電器商会はすぐに見つかった。ひろい店の中では、背の高い男の人がお客さんにむかって、しきりに冷蔵庫の説明をしていた。
「あの人が、きっとおチャ公のおとうさんだな。」
サザンがささやいた。たしかによくにている。ここはおチャ公のうちにちがいなかった。ほかに、女の店員さんがいて、レコードをかけていた。わかいお客さんがふたり、たなによりかかってきいていた。その足もとをすりぬけて、四人のコロボックルは、家の中にはいった。
「とまって。」
階段のかげでおハナ班長が命令した。
「シイノヒコさんに、あの男の子のへやがどこにあるか、しらべてもらいましょう。」
「そんなこと、ぼくだってできるぜ!」
ザンカはすぐにいった。サザンも強くうなずいた。
「そうだ、ぼくたちだってできるんだ。三人でさがしたほうが早いじゃないか。」
「でも、ここでまってましょう。」
おハナはがんこだった。
「あとで、きっとはたらいてもらうときがあるわ。それまでは、あぶないまねをしたくないのよ。」
サザンカ兄弟は、むっつりとだまった。シイノヒコは、荷物をおいて、二階へあがっていった。
やがて五分ほどたったころ、音もたてずにシイノヒコはもどった。二階からではなく、一階の廊下のおくからだ。
「どこだった。」
サザンがきいた。すると、シイノヒコは首を横にふった。
「あの男の子のへやはないらしい。だが、あの子の使っているらしいつくえと本箱はあった。」
「そこだ!」
ザンカがいきおいこむと、シイノヒコがまた首を横にふった。
「いや、ついでにしらべてみた。つくえの中には――どこにもひみつはないようだ。」
「箱の中や、びんの中や、たなのおくなんかは?」
おハナがきいた。
「しらべた。ふたのないあきかんが三つあった。中は、ねじと貝がらと、けしゴムとクレヨンだ。ボール紙の箱とマッチ箱がたくさんあったか、中はみんなからっぽだ。つくえの上のふで箱の中も見たが、からだった。かばんものぞいてみたが、本とノートとふで箱しかない。」
「本箱は?」
「うん。」
シイノヒコはうなずいた。
「ひみつがあるとすればその中だが、ガラス戸がしまっていてはいれない。外から見たところでは、本がびっしりつまっていて、すきまはないようだ。」
「その中だよ! きっと。」
ザンカはかすれ声でいった。
「いってみようよ、もういちど。」
「そうね。」
おハナも考えながらうなずいた。やっぱりクルミノヒコ=ミツバチぼうやは、あの男の子につかまったのではないかもしれないのだ。あんまり話がうまくはこびすぎたもの。でも、もうすこしくわしくしらべてみたほうがいいかもしれない。
[#挿絵(img\134.jpg)]
四人は、人けのないへやへはいっていった。板の間のちらかったひろいへやだ。かたすみに、つくえといすと本箱があった。そこがおチャ公の勉強するところらしかった。本箱は、どこにもすきまがなく、コロボックルがしのびこむためには、どこかにあなをあけなくてはならない。そのあなをあけるには、おそらく十日はかかるだろう。
「だめだね。もし、ここにかくされたのなら、いまは、どうにもならないね。」
サザンがいった。ザンカが戸のすきに口をあてて、するどい口ぶえをふきこんでみた。そして、
四人で耳をすませたが、返事はなかった。
「とにかく、世話役にれんらくしましょう。」
おハナはそういった。四人はそのへやのまどからはばのせまい屋根の上にぬけた。ペンキぬりのきたないトタン屋根だった。そこからうら庭のやつでの葉にとびうつり、地面へおりた。おチャ公のらしい古いあみ上げの運動ぐつがあった。そのうしろをまわったとき、サザンがたちどまって、上をゆびさした。
「やあ、あれを見ろ!」
おハナがふりかえった。シイノヒコもまゆをよせて見あげた。ザンカは大きな声で読みあげた。
「ボ・ク・ノ・ケ・ン・キュウ・シ・ツ、タ・チ・イ・リ・キ・ン・シ。ぼくの研究室だってさ。こんなきたないところで、なにを研究するのかな。」
「ばか、そんなことじゃない。あの字はへたくそな字だ。子どもの字だ!」
「そうね、『ぼくの研究室』なんて書いてあるわ。きっとあの子のへやなのね。」
おハナも、きゅうに元気づいた。
「はいってみましょう。入り口は?」
「ぼくがさがす!」
「ぼくだ!」
サザンカ兄弟は、はりきってものおき小屋の床にもぐりこんでいった。おハナも、そのあとにつづいた。荷物をもったシイノヒコは、あたりをするどく見まわしてから、そのあとにつづいて消えた。
さあ、とうとうやってきた。
9
えんぴつけずり器の、すきとおったけずりくず受けの中で、クルミノヒコ=ミツバチぼうやは、あいかわらずたいくつしていた。
なにもしないでいると、だんだんいらいらしてくる。そこで、まずかくしておいた小さい歯車で、かべをけずってみた。外がわから見えるところはいけないので、けずりくずをほって、底をひっかいてみたのだ。あまりかたくないとみえて、ひっかくとわずかにきずがつく。
(一月かかるか、二月かかるか、とにかく気ながにやれば、あながあくな。)
ミツバチぼうやはそう思った。でも、すぐにばかばかしくなった。じぶんをずっとここに入れておくとしたって、きっとそうじぐらいはするだろう。そのときに、こんなきずがついていれば、もっと用心してしまうかもわからない。
そのつぎには体操をした。足はもうほとんどいたまないが、立つといけない。それでこしをおろしたままの体操だ。それがすむと、チーズをちょっぴりつまんだ。じっとしているので、おなかはすかない。それからまた歯車を手にとって、ぼんやり考えた、空とぶ機械のことを。
(あの機械は、まったくすばらしい機械だった。サクランボ技師はたいしたもんだ。ああ、もういちど空をとんでみたいなあ。ここから小山まできっと近いんだ。あの機械なら、そうだ、一分か二分でいけるにちがいない。ブーンとね。)
空をとんでいく感じを思いだして、クルミノヒコ=ミツバチぼうやは、からだをゆすった。それにあわせて足も動かした。そうやって動かすぐらいなら、もう足もいたまない。
「あーあ。」
ミツバチぼうやはため息をついた。
「それにくらべて、いまのざまはどうだい!」
また腹がたってきて、けずりくずをつかむと、かべにむかってたたきつけた――そのとき、するどい口ぶえがきこえた。
はっとして耳をすませたが、もうきこえなかった。たしか、コロボックルが合い図を送るときの口ぶえだったように思ったのだが、そら耳だったのかもしれなかった。
(ぼくは、たったひとりになる覚悟をきめたんだった。なかまは、ぼくがここにいることなんか、知っちゃいないんだ。助けにくるなんて考えると、あとでがっかり……。)
ミツバチぼうやは、びくんとして、じぶんの息までとめて、耳をすました。たしかにまた口ぶえがしたのだ。
(だれかきたのか、ぼくをさがしに――。)
ミツバチぼうやのむねは、どきどきしはじめた。あれはコロボックルの口ぶえじゃないのか。
ピーッ。
またきこえた。もうまちがいない。クルミノヒコは片足で立って、上のほうに見える三角のまど(えんぴつをはさむあな)にむかって口ぶえをふいた。
ピューッ、ピューッ、ピューッ。
「あっちだ! あれだ!」
そんなかすかな声がした。そして、いきなり目の前に、三人の――いや四人のコロボックルがあらわれた。
「いたぞ! 生きてるぞ! ばんざあい!」
サザンカ兄弟が、はねまわりながら大声でわめいた。ミツバチぼうやも、なにかいおうとしたが、あんまりびっくりしたので、ことばにならなかった。
[#挿絵(img\139.jpg)]
「しずかに! おちついて!」
おとなしくてなきむしのはずだったおハナが、しっかりした声でいった。シイノヒコはさすがにおとなだ。さっとえんぴつけずり器のまわりをまわって、クルミノヒコが、このすきとおった箱の中にとじこめられているのを見てとった。
「中にははいれない。テープでしっかりとめてあるうえに、針金をまいてある。」
「そうね。」
おハナもうなずいた。また青い顔になっていた。
「針金を切って、テープをはがして、すっかり助けだすには、かなり時間がかかるわ。すぐ小山にれんらくしましょう!」
「おハナ!」
クルミノヒコ=ミツバチぼうやが、ひきだしのすきまに口をあて、中から声をかけた。
「おハナじゃないか。いったいどうしてここへやってきた。」
「さあ、もう安心よ、ミツバチさん。すぐ助けられるわ。」
おハナも、すきまにくっついて答えた。
「どこかけがをしてるの。」
「ああ、足をやられた、でもだいじょうぶだ。それより、なんだってまた、きみがきたんだい、それに――。」
ミツバチぼうやは、おハナの両わきで目をかがやかしているサザンカ兄弟をかわるがわる見くらべた。サザンカ兄弟のことは、ぼうやも知っている。
「きみたちは、まだ子どもじやないか。まさか、小山をだまってぬけだしたんじゃないだろうね。」
「ぼくたち、きょうだけ臨時のマメイヌ隊員なんだ。」
ザンカが、とくいそうにいった。サザンもうなずいていった。
「ここにつかまってるんじゃないかって、ぼくたちが考えたんだよ、ミツバチさん。」
「そうか、ありがとう。で、サクランボ技師はどうしてる。」
「おかげで助かったわ。」
シイノヒコは、いつのまにかえんぴつけずりの上にのぼり、くもの糸をじょうずに使って、えんぴつをはさむあなに顔をつっこんだ。
「やあ、ミツバチくん、きのうはよくねむったかね。」
「やあ、どうも心配かけてすみません。」
ふたりは、のんきそうにそんなあいさつをした。
10
シイノヒコは、もってきた荷物をほどいて、その小さいあなからむりやりおしこんだ。
「たべものも、水もあるようだから、これだけいれるぞ。わざわざかついできたかいがあったよ。」
「なんですか。」
ミツバチぼうやは手をのばして、上からおちてきたものをとりあげた。
「あれ、あまがえるの服ですね。」
「そうだよ、きみの寸法にあっているやつだ。おハナちゃんの考えでね。」
「どういうことだい。」
ミツバチぼうやは、おハナにむかってたずねた。
「あのね、あなたをつかまえた男の子がね、あなたのこと、だれかほかの人間に見せようとしたら、その服をきて、あまがえるにばけてほしいの。」
クルミノヒコは、しばらくのあいだ、だまっていた。さっぱりわけがわからなかったようだ。もちろん、サザンカ兄弟にもわからなかったから、すぐにきいた。
「へえ、なぜそんなことするのさ。」
「あとで教えてあげるわ。でも、いまはいそがなくちゃ。ミツバチさん、すぐその服をきたほうがいいわ。もうじき、あの男の子と、友だちがくるのよ。あなたをその友だちに見せるつもりらしいの。」
「なるほど、わかったよ!」
ミツバチぼうやは、そのときになって、おハナの考えがよめた。いたい足をかばいながら、それでもかなりすばやくあまがえるの服をきた。この服は、コロボックルが長い時間人間の前にでているときや、どうしてもじっとしていなければならないような仕事をするときにきるものだ。あまがえるのぬいぐるみのような服で、レインコートのかわりもする。コロボックルたちは、このあまがえるの服をきたとき、ほんもののあまがえるとそっくりな動きができるように、訓練を受ける。むかしからいくつかの型≠ェできているから、それほどむずかしいことではない。
いまのミツバチぼうやもそうだ。すっぽりとあまがえるの服をきて、頭もかぶった。よく見ればしわがよっているし、ちょっと足の形がちがうのだが、両手をついてじっとしているところは、どう見ても、あまがえるだった。ミツバチぼうやは、またすぐ頭をうしろへはねのけた。
「足はいたまない?」
おハナがさいた。
「ああ、こうやって、手でつっぱっていればだいじょうぶだ。」
おハナはうなずいて、こまかい注意をした。
「あのね、きっとあのおチャ公っていう子、先にそっとあなたを見るわ。そのときはまだ頭をかぶらないで、あなたの顔を見せてやるの。からだは木くずでごまかすといいわ。」
「わかった。」
ミツバチぼうやはにやっとした。それを見て、シイノヒコがいった。
「班長さん、わしはひとっぱしり小山へ知らせにいってこよう。ここを動かないようにね、すぐもどるから。用心するんだよ。」
おハナはだまってうなずいた。
そしてシイノヒコが床下へもぐっていくのを見ると、サザンカ兄弟にいった。
「あたしたちは、あっちのたなの上にかくれていましょう。」
「よしきた。」
三人は、がらくたをならべてあるたなの上にとびあがり、そこのくらいかげの中にこしをおろした。
「いいわね。あの男の子がはいってきたら、あたしが合い図するまで、ぴくりとも動かないでね、たのむから。」
「うん。」
「しゃべってもだめよ。」
「うん、命令はまもるよ。」
「おねがいよ。」
しばらく、そのまま時間がたっていった。
小さなまどからさしこむ光がよわくなって、すこしくらくなっていた。
もうじき夕ぐれだ。
「早くこないかなあ。」
ザンカが、しびれをきらしてつぶやいた。
「しいっ。」
人声がした。ものおき研究室の戸の前で、おしゃべりしている。
ガチャガチャ、かぎをあける音がした。
そして、ガタガタと戸があいた。パチンとスイッチの音がして、へやの中がまばゆいほど明るくなった。電燈がついたのだ。
おハナはサザンカ兄弟の肩をつっついて、たなのうしろにひっこませた。
*
「さあ、せんぱい、はいってくれよ。」
おチャ公と、中学生のせんぱいがはいってきた。
[#改ページ]
[#見出し]第四章
[#見出し]あまがえる作戦
[#挿絵(img\145.jpg、横185×縦479、下寄せ)]
1
おハナがいったとおりだった。おチャ公は、なにげないようすで、作業台の前に近づき、ごみをはらいおとすようなしぐさをしながら、まず、ちらりとえんぴつけずりの中をのぞいた。
ミツバチぼうやはうまくやった。足のほうには、えんぴつのけずりかすをかけておき、それまでねていたようなふりをして、おきあがって見せたのだ。あまがえるの服は、上半分をぬいであった。
おチャ公は、安心したようすで、中学生にいった。
「だれにもしゃべらないって、ちかってほしいんだ。」
「なにを。」
「おれがこれから話すこと。」
中学生は、えくぼを見せてにこにこした。
「いいとも。おれはおまえからきいた話をだれにも話さない。たとえ、おれのおばあちゃんにもな。」
「わらいごとじゃないんだ。」
おチャ公がしずかにいった。中学生は、ちょっとおどろいたようだった。
「そうか。よし、おれも本気だ。ひみつはまもる。」
「うん。」
おチャ公は、ほんのちょっとのあいだためらった。それから、いすを中学生にすすめ、じぶんは作業台の上にひょいとこしかけた。えんぴつけずりを、中学生からかくすようにして。
「あのね、おれ、ずいぶんかわった生きものをつかまえたんだ。」
「生きもの?」
「うん。いままでだれも見たこともない、どんな学者も知らない、すごいやつ。」
「ふうむ。」
中学生は、ふしぎそうにおチャ公の顔を見た。
「すると、そいつは、なにかの新種ってわけだな。こん虫かい。」
「いや。」
「まさか、じょうだんをいってるんじゃないだろうね。」
「ああ、もちろん。おれはまじめだよ。」
中学生はうでぐみをした。
「――そんな、学者も知らないめずらしい生きものだなんて、わるいけど、おれには信じられないぜ。」
「信じられなくてもいいよ。いま見せるから。」
「どこにいるんだ。」
中学生も、さすがにおもしろくなってきたとみえて、いすからこしをうかした。おチャ公は、作業台からぽんととびおりた。そして、ピストルでねらうように、遠くからえんぴつけずりを指さした。
「あれだ、あの中にいれてある。さあ、見てくれよ。」
中学生は、おチャ公の顔とえんぴつけずり器を見くらペながら、作業台に近よった。おチャ公が、なにかひどいいたずらをしかけているのではないかと、うたぐっているような目つきだった。
「おれをからかうつもりかもしれないが、まあ、いいや。」
中学生はそんなことをつぶやきながら、えんぴつけずり器をのぞきこんだ。おチャ公は、むねをどきどきさせてまっていた。
しばらくして、中学生が顔をあげた。
「なるほど。」
いつもとまるでおなじ、おちついた声だった。
「ちょっとかわってるな、たしかに。」
「かわって? ――うう、――かわってるとも。」
おチャ公は、どういうわけか、のどがからからになっていた。じぶんがはじめてこの小さな人を見たときとおなじように、心をはりつめていたのだが、中学生は、つづけて思いがけないことをいった。
「しかし、このかえるが、そんなにめずらしいものだとはどうも考えられないな。」
おチャ公は、口をぱくぱくさせた。
「か、か、かえる?」
「うん。こういう小さなあまがえるは、おれなんか、ずいぶんたくさん見てるぜ。指の数でもちがうのかい。それだったら、外にだしてよく見なきゃわからないよ。」
「あけちゃだめだ!」
おチャ公は中学生をおしのけた。そして、あわててじぶんもえんぴつけずり器をのぞきこんだのだが……。
いったいどういうことなんだ。ほんとに、小さな宇宙人なんていなかった。ちっぽけなあまがえるが、ぴくんぴくんと、のどをふるわせていた――。
[#挿絵(img\149.jpg)]
「いつ、つかまえたんだい。」
中学生は、のんきそうにいった。もしかしたら、おチャ公の気もちをきずつけないようにと気をくばっていたのかもしれない。
「――きのうだけど。」
「ふうん。こんなかわいたところにいつまでもおいとくと、すぐ死んじまうぜ。」
「だいじょうぶ――水をやってあるから。」
おチャ公は、うわのそらで返事をした。
(どうしたんだろう。あいつ、いつのまにこんなかえるにばけたんだろう――。)
「水をもういちどかけてやれよ。ぱさぱさにかわいてるようだ。」
「ああ。」
うなずきながら顔をしかめた。
(ちくしょう! ばけやがったんだ、このちびっちょめ! おれをばかにするつもりか。)
まさか、じぶんのつかまえた小さな宇宙人が、こんな芸当をしてみせるとは考えてもいなかった。こいつらは、すがたをかえる魔法のような力をもっているのか。
「ねえ。」
おチャ公は、ようやく気をとりなおして、えんぴつけずりから顔をあげた。
「このかえるが、じつは、どこかの星からやってきた宇宙人だといったら――ちぇっ、そんなこと信じるわけないな。」
「ふふふ。」
中学生はわらった。
「むちゃいうな。その思いつきはすてきにおもしろいけどな。まんがじゃあるまいし、いくらかわったあまがえるだって――。」
そして、たしかに、なんとなくかわったかえるにはちがいない、とつけくわえた。
2
そのときおチャ公は、この人のいい年上の友だちに、どうやってじぶんのひみつを説明していいか、わからなかった。どんなに口をすっぱくして、つかまえたときはかえるではなく、小さい人間だったといったって、やっぱり信じやしないだろう。
でも、こいつはかえるなんかじゃない。ほんとうは小さな人なのだ。いや、さっきまでは小さな人だったのだ。それがかえるにばけたんだ。
そんなこと、かえるのすがたしか見ていない人には、信じられない話にちがいない。それどころか、あまりこの話にこだわると、きっと、こっちが気ちがいあつかいをされるだろう。
(もしかしたら、おれ、ほんとに気がくるったのかな。)
ふとそう思ったら、うんざりしてきた。
「どうしたい。」
中学生は、心配そうに声をかけた。おチャ公が、ひたいにたてじわをよせてだまりこんでしまったからだった。おチャ公はにやっとわらった。そして、またゆっくり作業台にとびあがって、こしをおろした。どうもいやな気分だった。中学生のほうだって、きっとおなじ気分だろう。わざわざきてもらったのに、へんなことになってしまった。こんなときは、どういってとりつくろったらいいのか。
――このかえるをつかまえたとき、こいつ、とってもかわったとびかたをしたんだ。でんぐりがえしをうったんだぜ、なんどもなんども。おれ、こいつに芸を教えようと思ったんだ――。
もし、そんなふうに話したら、中学生もわらって信じてくれるかもしれない。でも、おチャ公は、この友だちをごまかすのか、なんとなくいやだった。年下のくせに、なまいきなところのあるじぶんと、おこりもせずに、つきあってくれている。頭がよくて、ラジオのことも教えてくれる、だいじなせんぱいだ。気もちもおだやかな少年で、ときどきにいさんのような気がする。
だから、おチャ公は、足をぶらぶらさせながらいった。
「おれ、ふざけてるわけじゃないよ。いまでも、この、つまり、かえるのことだけど、すごうくだいじなんだ。でも、なぜそんなにだいじなのか、つてきかれると、とってもこまっちまう。ほんとうは、それをきいてもらおうと思って、きょうはよんだんだけどね。」
中学生のほうは、にこにことうなずいた。おチャ公はおチャ公らしくもなく、もごもごとつづけた。
「こいつは――このかえるは、すごいねうちがあるはずなんだ。お金にしたら、何十万円もするかもしれないんだ――わらうかもしれないけど。」
「わらわないさ。」
中学生はいった。
「もう新聞配達なんかやめてもいいっていってたけど、そんなことなのか。まあ、そいつがほんとうに新種のめずらしいかえるなら、お金なんかにはかえられないねうちがあるわけだ。おれが見たってさっぱりわからないけどな、学校の理科の先生のところにもっていって、見てもらったらどうだい。」
おチャ公は、しばらくだまっていてから、答えた。話はどうしたってからまわりする。
「だめなんだ。ひとに、こいつのねうちを知ってもらおうとしても、むずかしいんだ。ただの新種っていうわけでもないんだから。」
(せんぱいだって、わからないくらいなんだからね。おれが知っていることを話せば、きっとじょうだんだと思うだろうし――。)
おチャ公は、思いもかけないふかいやぶの中に立っているような気がした。せっかく星からきた小さな宇宙人をつかまえたのに、それをほかの人にもわかってもらおうとしたら、むやみにややこしく、むずかしくなってしまった。
(こいつが、かえるなんかにばけやがったからだ!)
作業台からおりて、床におちていたじぶんの野球帽をひろった。そして、しずかにえんぴつけずり器の上にかぶせた。
「まあ、いいや。もうこの話はやめにしよう。」
「ああ。」
中学生もいった。
「おまえの気もちはわかるような気がするよ。じぶんにしかわからないねうちって、あるもんだ。そのかえるも、おまえにとっちゃ、ねうちがあるんだろ。ちょっとばかり幼稚だとは思うがね。」
「幼稚だって! ちぇっ、そのねうちが――だめだ、もうやめよう。おれ、あきらめた。」
中学生は、ふふっとわらった。そして、いきなり大きな声をだした。
「はらへったなあ。」
おチャ公も、ようやくほっとしたように、肩の力をぬいた。こんなめんどうな話は、もともとすきじゃなかった。
「もうすぐ、なんかもってくるよ。きっきたのんでおいたんだから。」
「ありがたい、早くこないかな。」
おチャ公が、戸口のほうへいこうとしたとき、外から、おねえさんの声がした。
「ここあけてえ、えさ[#「えさ」に傍点]もってきたわよ。」
3
おチャ公と中学生は、それからしばらくのあいだ、トーストをぱくぱくたべながら、ミルクコーヒーをがぶがぶのんだ。そしておしゃべりをした。
「おまえ、トランシーバーは、どうするつもりだい。おれのだけじゃ、話ができないじゃないか。」
「ああ、あれ、ちょっと先へのばした。もっとすごいものをつくるつもりなんでね。」
「すごいものってなんだい。」
「オーラーウオーロ。」
おチャ公が、口にいっぱいほおばったまま、おかしなことをいったので、中学生がききかえした。おチャ公は、ごくんとのみこんでからいった。
「モーターボートだよ。」
「なんだ、模型かい。」
「ちがうよ、ちゃんと人がのれるやつだよ。おれ、この夏は、そいつで海を、ブンブン走りまわってやろうと思ってさ。」
「ふうん。」
「新聞配達だって――。」
そこで、おチャ公は声を小さくした。
「じつはそのためにはじめたんだ。船体は、ボート屋にあるんだよ。ちっぽけなカヌーみたいな やつだけど。ボート屋のじいさんが、去年、じぶんでつくったやつ。おれ、そいつにエンジンをつけて、モーターボートにしたいんだ。」
「そんなことできるのかな。」
「だいじょうぶなんだ。その小さいポートだと、ただでかしてくれるんだ。でも、ただこいでいてもつまんないから、エンジンをつけて、モーターボートにしようと思ったんだよ。」
「だまってかい。」
「ちがうよ。じいさんにその話をしたら、おまえ、じぶんでつくれるものならやってみろってさ。ばかにしたみたいなこといったんだ。それで、おれは、金をかせいで、エンジンを買おうと考えてたんだけど。」
「そりゃ、やめたほうがいいな。」
「なぜ。」
「子どもがモーターボートのりまわすなんて、はためいわくだぜ。あぶなくてしょうがない。」
「そうかな、そうかもしれないな」
おチャ公は、めずらしくあっさりといった。たしかに、小さなかえる――いや宇宙人をつかまえてからは、このモーターボート計画も、あまり気のりがしなくなっていた。
(あのかえるのやつ……。)
おチャ公は、心の中でつぶやいた。腹をたてたのではなくて、きゅうに心配になったのだ。もしかすると、もうずっとかえるにばけたままでいるかもしれなかった。こんなことなら、あいつがよわってねてばかりいたときに、ちゃんと写真をとっておけばよかった。あのときならば、まだばける力もなかったのではないか。
「ごちそうさま。」
中学生は、手をはたいて、いすからたちあがった。
「モーターボートなんかやめて、トランシーバーにしろよ。おれのやつ、ちゃんと検査に合格したんだぜ、電波管理局のな。おまえもつくったら、おれがもっていって、検査してもらってやる。」
おチャ公は、すなおにうなずいた。ふたりはガタガタと戸口をあけ、あとをしめずにでていった。
[#挿絵(img\155.jpg、横119×縦591)]
*
たなの上から、黒いかげがちらちらとおちてきて、作業台の上を走った。そして、またたなの上にもどった。コロボックルがミツバチぼうやのようすを見にいったのだ。ミツバチぼうやは、もうかえるの服をぬいで、けずりくずの下にまるめてかくしているところだった。
[#挿絵(img\157.jpg)]
*
おチャ公がすぐかえってきた。気のぬけたような手つきで、えんぴつけずりの上の野球帽をとり、だまってのぞきこんだ。そして、あっ、といった。
「こんちくしょう、ちゃんともとどおりになってやがる。あきれたやつだなあ。」
まるでうれしそうな声だった。うれしくてうれしくて、どうしていいかわからないような声だった。
「ひでえやつだぞ、おまえは。おれ、すっかりはじかいたぞ。いきなりかえるにばけるなんて、ずいぶんひでえなあ。」
そういって、コンコンと、ミツバチぼうやのはいっている、すきとおったひきだしを指でたた。
「まあ、いいや。おまえがそんな魔法のような術を使うんじゃ、どうしようもない。だけど、おれはあきらめないよ。いつか、ちゃんと、おまえのほんとうのすがたを、ほかの人にも見せてやって――。」
そいつをたねに、おれは大金もちになるんだから、といいかけたが、気がひけてやめにした。
この小さな人のねうちは、せんぱいがいったように、お金なんかにはとてもかえられないような気もしていた。
「さて、どうするかな。たべものも水もあるし、もう一日、ここにおいとこうか。それとも。」
そのあとは、ぶつぶつと、きこえないひとりごとになった。
おチャ公は、こしをかがめて、つくづくとミツバチぼうやをながめた。ミツバチぼうやのほうも、なんとなく親しみがわいてきて、にやっとわらった。
「ちぇっ。」
おチャ公は、ぽいっと野球帽をほうりだし、あかりを消して、ゆっくりと外へでた。こんども戸のかぎはかけなかった。
4
たなの上には、コロボックルが十四、五人も集まっていた。
シイノヒコの知らせをきいて、マメイヌ隊員がかけつけてきたのだった。
スギノヒコ=フエフキ隊長も、サクランボ技師も、『コロボックル通信』の編集長クリノヒコ=風の子もきていた。さっき、おチャ公が中学生の友だちを送って外へでたとき、ようすを見に走ったのがサクランボ技師だ。
おチャ公がいってしまうと、ぱらぱらと全員が作業台の上にとびおりてきた。コロボックルは、かなりくらくても目がきくが、燐《りん》のあかりが一つ光っていた。
「さあ、針金を切るんだ! 早く!」
フエフキ隊長が、はりきって号令をかけた。
一センチ五ミリほどのたがねをもったコロボックルと、大ハンマーをもったコロボックルが――二つとも、なんて小さい道具だ――五、六人とびだしてきた。
「そんなにいらない。一組でいい。」
サクランボ技師がいった。
「なぜだ。針金は三本あるぞ。いっぺんに切ったほうがいいじゃないか。」
フエフキ隊長は、おこったようにいった。しかし、サクランボ技師は、首を横にふった。
「いや、針金は一本だ。ぐるぐるまわしてあるだけだ。一か所だけ切れば、あとはゆるめてはずせるだろう。」
「なるほど。」
隊長はにやっとわらった。サクランボ技師のいうとおりだったからだ
「おれはあわてんぼでいけない。では、一組ずつ、こうたいで仕事にかかれ。」
ひとりがたがねを針金にあて、もうひとりが、大ハンマーをふるってたがねの頭をたたいた。いっぽうでは、針金の下の、ビニールテープをはがしにかかっていた。ところが、こっちのほうが、むしろ、たいへんな仕事になりそうだった。テープをとるのには、思いがけないほど力がいった。はしのほうから、短剣を使ってひきはがし、あなをあけて、くもの糸をよりあわせたロープ――たこ糸ほどの太さ――をとおしてむすびつけた。それをみんなでひっぱった。おハナもサザンカ兄弟もてつだった。それでもビニールテープは、なかなかはがれなかった。
[#挿絵(img\161.jpg)]
[#挿絵(img\162163.jpg)]
コロボックルのうでの力は、十グラムぐらいのものをもちあげる。十五人でかかれば、百五十グラムの力になる。かなりの力だ。でも、このくらいでは、とてもすいすいというわけにはいかなかった。フエフキ隊長は、あせをふいてどなった。
「あと十人ほど、手のあいたコロボックルをよんでこい!」
コロボックルのひとりが、作業台から床へとんだ。針金を切るハンマーの音が、コチンコチンと、くらいものおき小屋の中にひびいた。
ロープのはしっこにとりついていたサザンカ兄弟は、おハナにむかってしゃべっていた。
「きみ、ねえさんみたいだね。おとなしくて、よわむしだとばかり思っていたけど、ぼくたち、すっかり見なおしちゃったよ。やっぱり、早く学校を卒業しただけのことはあるよ。」
おハナは、サザンカ兄弟のほうをふりむいたが、だまっていた。
(卒業したわけじゃないったら!)
そう思ったのだが、口にはださなかった。でも、いつものように悲しくなったりはしなかった。
「ああやって、かえるに見せかけて、ぼくたちのことが人間にひろまらないようにするとは、まったくうまい考えだ。」
ザンカは、うれしそうにいった。
「どうして、あんなことが考えつくんだろ。ふしぎだな。」
「おまえの頭とは、できがちがうのさ。」
サザンがそういった。
「おハナは天才だよ。ぼくなんか、前からそう思っていたよ。だから、こんどもなかまにいれようっていったんだ。」
「うそつけ。なかまにしようっていいだしたのは、ぼくだぜ。」
「ぼくだよ。」
「ぼくだ。」
「そこの英雄たち、すこししずかにしてくれ。」
フエフキ隊長が注意した。たしかに、サザンカ兄弟は、ミツバチぼうやを見つけだした英雄なのだ。
いつもはこわいフエフキ隊長でさえ、そういって、ふたりをほめてくれた。サザンカ兄弟は、首をすくめておしゃべりをやめた。
「どうだ、針金はまだ切れないか。」
いつのまにか、サクランボ技師がハンマーをふっていた。
「もうじきだ。」
手もやすめずに、技師が答えた。細い針金だったが、コロボックルから見れば、ずいぶん太い。それでも、いっしょうけんめいだから、ぐんぐんたがねはくいこんでいった。
ミツバチぼうやは、動きまわるなかまたちを、中からしずかにながめていた。もう助かったのとおなじだった。こんなふうに、うまく助けられるなんて、考えてもいなかった。つかまったのはついきのうだが、まるで、十年も前だったような気がした。
(やれやれ、ひどいめにあったが、これでどうやら、今夜は、ゆっくり、じぶんの国でねられそうだな。)
しかし――そうはいかなかった。フエフキ隊長が合い図をして、さっと、コロボックルたちをたなの上にもどした。のこったじぶんは針金につかまって、ビニールテープにとりつけたくもの糸をはずし、はがしかけたテープを足でけって、またそっとはりつけた。そしてえんぴつけずりにとびあがると、そこのあなから、ものすごい早口で、ミツバチぼうやにいった。
「あの少年が、ここへもどってくるそうだ、くそ! 安心しろよ。ちょっと早いかおそいかのちがいだ。そのまままってろ!」
そういいのこすと、くもの糸をつかんだまま、みごとな早さでたなの上にかくれた。
5
さっと戸があいて、あかりがついた。おチャ公が、ゆっくりはいってきた。すぐにえんぴつけずりに目を近づけた。
ミツバチぼうやは横になっていた。
(針金のきずに、気がつきやしないかな。テープのはげかかっているのには?)
ミツバチぼうやも、たなの上のコロボックルたちも、いっしゅん、そう考えた。だがおチャ公はうなずいただけで、野球帽を手にとると、またすっぽりとかぶせた。
それから作業台の下にかがみこんで、なにかひっぱりだした。テープレコーダーだった。さっきはわすれていたのだが、ごはんをたべていたら思いだしたのだ。
せんぱいに、あの声をきかせてやればよかったかな、と、そのとき考えた。でも、やっぱり、ほかの人は信用しないだろう。たぶん、かえるの声にしてはおかしな声だと思うだけだ。いや、もしかしたら、かえるの声なんかではなく、おチャ公がべつの音をとって、かえるの声だといいはっていると思うかもしれない。
(なんて、ややこしいんだろ。)
おチャ公は、テープレコーダーのコードをつなぎ、スイッチをいれた。そして、つまみをまわした。
コン、コン、コン。
いきなりするどい大きな音がでた。これはおチャ公が小さな人になにかしゃべらせようとして、えんぴつけずりをたたいた音だ。それから、ちょっとあいだがあって、声がした。
「キュル、ルルル、チュルル、ルルッシュルルルル。」
パチン、と、おチャ公はテープをとめた。そして、またまきもどした。たったこれだけだ。これがかえるの声だといったら、だれだって、首をかしげる。
「でも、かじかっていう、かえるもいるからな。」
おチャ公はつぶやいた。かじかの声は、いつかラジオできいたことがある。リー、リリリ、とすばらしい声だった。とてもかえるとは思えなかった。だから、もっとかわったなき声をだすかえるがいたって、ちっともふしぎじゃないじゃないか。
「へっ、ばかばかしい。」
おチャ公は、じぶんがいっしょうけんめいになって、この声はかえるの声だ、といういいわけ≠考えていたのに腹をたてた。
問題はそんなこっちゃないよ。かえるなんかじゃなくて、小さな人なんだ。そいつの声なんだ。
(なんてむずかしいんだろう。じぶんだけしか知っていないねうちを、まちがいなく人にもわからせるというのは。だけど、おれがうんとえらくなって、みんなが尊敬するようになれば、おれのいうこともみんなが信用するね、きっと。)
しかし、いつになったらえらくなれるのか、じぶんにはわからない。どっちみち長い長い年月がかかるし、きらいな学校の勉強も、もっともっとしなくちゃならないだろう。考えただけでうんざりする。うんざりするけど、やっぱりそうならなければいけないかもしれない。
おチャ公は、またパチンとスイッチをいれた。そして、こんどは、ふと思いついて、リールをゆっくりまわすつまみをひねった。小さな人の声は、あまりみじかくて、つまらないと思ったからだ。ゆっくりまわせば、声がひくくなって時間も長くなる。
ゴイン、ゴイン、ゴイン。
おチャ公が、えんぴつけずりをたたいた音が、そんなふうにひびいた。そして、とうとうきこえてきた。ものすごい早口で、だが、おチャ公にもなんとかききとれる早口で、こんなことばがとびだしてきた。
「ウルサイナアナニヲハジメヨウッテイウンダイボクノコトナラモウホッポットイテクレヨソレデナカッタラモットヒロイトコロへダシテクレイウコトヲキカナイト。」
「な、な、なんだ。」
おチャ公は、みっともないほどおどろいた。テープレコーダーにしがみつき、大あわてでリールをとめた。ぶるぶるふるえる手でまきもどすと、またゆっくりまわした。こんどはひとこともききもらすまいと、しんけんな顔つきだった。
「ウルサイナア ナニヲハジメヨウッテイウンダイ ボクノコトナラ モウ ホッポットイテクレヨ ソレデナカッタラ モットヒロイトコロへ。」
プツン、と、おチャ公はもうきいていられなくなって、スイッチを切った。いすのうしろにがっくりよりかかって、肩で息をした。
「うへえ、うへえ、うへええ。」
そんな声しかでない。しばらくはちらちらと野球帽のほうを見ていたが、ようやく手をあげて、ぽうんとはねのけた。
「やい、おまえは、いったいなにものだ。おれのいうことだって、ちゃんとわかっているくせに、ひでえやつだ。さあ、なんとかいえ。おまえはどこからきたんだ。どこの星からおっこってきやがったんだ。それとも、もともと地球にいたのか。さあ、はっきりしろい!」
6
えんぴつけずりの中のクルミノヒコ=ミツバチぼうやは、にがわらいをするよりほかなかった。じぶんのゆだんから、なぞの生きものの正体が、ちょっぴりばれてしまったのだ。
(そんなに、あわてるんじゃないったら。)
ミツバチぼうやはそう思った。この人間の少年が、根はしょうじきでさっぱりした心をもった子だとは、もうよくわかっていた。だからといって、むやみに親しくするわけにはいかないのだ。だって、もうすぐ、じぶんはすくいだされて、小山へもどることができる。もうひとりぼっち≠ナはない。
そのくせ、このままつきはなしてしまうのは、なんとなくかわいそうだった。気をうしなっているじぶんをひろって、ともかくも、水とたべものと、しずかにねむれる場所をあたえてくれた。
ミツバチぼうやがこまっているとおなじように、たなの上にいたコロボックルたちもこまっていた。
「あいつ、いつのまにか、あんな機械をしかけていたんだな。だから、いまの人間はあぶなくてしょうがないんだ。」
マメイヌ隊長は、ぶつぶつもんくをいった。
「そのくらいしかたがないさ。しかし、おハナの考えで、あの人間ひとりしか、ひみつを知らないのはよかった。うまく、くいとめたもんだ。」
そういったのは、コロボックル通信の編集長だった。
[#挿絵(img\171.jpg)]
「あの声を、たくさんの人間にきかせたらどうする。」
「かまわないさ。だれも、われわれの声だなんて、考えつくもんか。」
「なるほど。」
フエフキ隊長はうなずいた。
「それにしてもよわったな。見ろ! あの少年はなにかはじめたぞ。」
そのとおりだった。おチャ公は、作業台の前にかがみこんで、えんぴつけずり器についているねじを、はずしにかかっていた。
ねじはすぐにとれた。おチャ公は、そっとむねにかかえて、あたりを見まわした。それから、いきなり、コロボックルたちのかくれているたなに手をのばした。
ふいをつかれて、作業台にとびおりたコロボックルもあったか、さいわいおチャ公は気がつかずに、たなのおくから、ブリキのかんをひきずりだした。うしの絵のついた、大きなミルクのかんだ。
作業台の上にえんぴつけずり器をおくと、あきかんのふたをポコンととり、さっとさかさまにした。くぎやねじや、ラジオのつまみのようなものが、いくつかころがりでてきた。
まず、おチャ公は、かなづちとくぎをとりだし、ひどい音をたてて、そのあきかんのふたに小さなあなをいくつもあけた。それからそのあきかんの中に、すっぽりとえんぴつけずりをいれた。それを見たコロボックルのひとりが、フエフキ隊長をはげしくつっついた。
「いけない! あれでふたをされたら、助けられなくなる! 隊長、やっちまおう!」
「まて。」
隊長は、さすがにおちついていた。
「やっちまおう!」といったのは、クマンバチ攻撃をしようという意味だった。くまんばちのどくをぬった針で、人や動物をさすのだ。むかしから、コロボックルが最後の切りふだにしている攻撃方法だった。手や足なら、まあたいしたことはないが、目をやられたらつぶれてしまう。しかし、クマンバチ攻撃は世話役の許しがなければできない。
「ころされるわけじゃないんだ。空気あなもあけたじゃないか。あんなうすっペらなかんなら、おれたちでもあなはあく。ミツバチも元気でいるんだし、あわてるな。それに、われわれには味方がある。」
そうだった。人間にコロボックルの考えをつたえたいとき、コロボックルの味方がその役目をひきうけてくれるのだ。もうちょっとでミツバチぼうやを助けられたのに、だめになってしまうのはくやしいが、しかし、ここにいるのがわかれば、どんなことをしたって、すくいだせるじゃないか。
「クマンバチ攻撃は許さない。しばらくようすを見るんだ。」
隊長はきびしくいった。だが、そのとき隊長の横をすりぬけて、作業台へとびおりていったものがあった。そのすばやい小さなかげは、ちょうどおチャ公がふたをしめようとしたときに、ほんのわずかのすきまからかんの中へとびこんだ。
そのあとで、パシッとふたがしまった。
「だれだ!」
おしころしたするどい声で、フエフキ隊長はいった。
「だれだ、かってなまねをしたやつは!」
「すまん。おハナらしい。」
サクランボ技師の声がかえってきた。
「とめようとしたんだが、まにあわなかった。すまない。あいつは、あのミツバチぼうやのこと、ひとりにしたくないらしい。」
フエフキはなにもいわなかった。だまってサクランボ技師の肩をたたいた。風の子編集長が、そっとサクランボ技師にささやいた。
「おハナのことだ、なにか考えがあるんだろう。」
「うん。でも、あいつ、まだ子どもだから――。」
すると、横から口をだしたものがいた。
「いや、おハナはたよりになるコロボックルだ。」
いつのまにきていたんにきたのだろう。世話役のヒライギノヒコだった。クマンバチ隊員をつれて、おうえんにきたのだろう。
「どうせあしたの朝になのれば、あの少年はかんのふたをあけるさ。おハナはそのときににげればよい。」
世話役は、ひくい声でいった。
7
おチャ公が、じぶんのたいせつなたからものを二重にしまいこんだのは、べつに針金やビニールテープをしらべたからではない。テープレコーダーの声をきいて、ますますだいじにしなければ、と思ったからだ。
なにしろ、あいてはかえるにばけたりするくらいだし、どんな方法でにげだすかわからない。それで、げんじゅうにしまった。あしたになったら、この小さなふしぎな人のいうとおり、もうすこしひろい場所にうつしてやるつもりだった。でも、いまはどこへどんなふうにしまったらいいかわからなかったので、そのままかんの中にいれたのだ。
「今晩だけ、これでしんばうするんだぞ、かえるくん。ただし、これはいじわるしてるんじゃないよ。」
そういって、作業台の上にかんをおくと、ようやくこしをあげた。なんどもふりかえりながら、あかりを消してでていった。こんどは、外からかぎをかける音がした。
「いっちまった。」
ぼそりと、たなの上でだれかがいった。コロボックルたちは、またぱらぱらととびおりてきた。人数は二十五、六人にふえていた。だが、人数はふえても、こうなっては、もうどうしようもなかった。
あきかんの上にも、世話役のほか、五人ばかりがとびあがった。世話役は、すぐさまひざまずくと、空気あなから、まっくらなかんの中にむかってよびかけた。中から返事があった。
「はいっ。」
「おハナか。中はどうだ。だいじょうぶか。」
「世話役さんですか。かってなことをしてごめんなさい。」
「まあ、いいよ。きみはあしたの朝でられるだろうよ。しかし、なにか考えがあったのかね。」
「いいえ――とにかく、むちゅうだったんです。ミツバチさんのそばに、だれかがついていたほうがいいと思って――。」
「そうか。では、話しあいてになってやりなさい。どっちにしても、ミツバチはかならず助けだしてやるからね。それは心配しなくていい。わしらを信じてもらおう。」
「あの、世話役さん。」
中からおハナの声がはねかえってきた。すぐ、あなの下にいるらしい。
「なんだ。」
「あたし、さっき人間の少年たちが話してるのをきいて、思いついたことがあるんです。夜のうちにラジオを一組くださいませんか。そうすれば、せいたかさんのもっている、――ほら、小型の無線器があるでしょう。あれで、はなれたところからでも、ミツバチさんにれんらくできると思いますけど。」
「トランシーバーか。」
世話役はそういって、うしろにいたサクランボ技師をふりむいた。
「この中まで、電波がとどくかな。」
「かんの中にいるうちは、たぶん、あまりよくきこえないでしょう。えんぴつけずりだけならだいじょうぶですが。」
「よし。では、とどけさせよう。しかしおハナ、くれぐれもあの少年に見つからんようにな。」
「わかりました。」
「今晩から、ここにも見はりをつけておく。なにかあったら、合い図しなさい。」
「はいっ。」
[#挿絵(img\177.jpg)]
世話役は、かんの上でたちあがった。そして、となりにいたスギノヒコ=フエフキ隊長にいった。
「どうやら、せいたかさんの仕事になってきたようだ。きみたちには見はりをたのむ。あまりむりをしないように。だが、しっかり見はっているんだぞ。」
隊長はだまってうなずいた。もちろんそのつもりだった。世話役たちがひきあげていくと、かんの上にひとり、かんの下にふたり、隊員をおいた。
「あとのものは、みんなでわたくずをさがしてきてくれ。できるだけきれいなやつだ。」
隊員は、わけもきかずにちっていった。やがて、みんながひとかかえずつ、どこからかわたをもってきた。隊長は、かんの上でそのわたをうけとり、細長くして、空気あなから中へおとした。
「おハナ、おまえのふとんだ。これっぽっちじゃたりないかもしれないか、ないよりはましだろう」
「ありがと!」
おハナのうれしそうな声がかえってきた。
「ついでに、おれのうわぎもかしてやる。あとでかえしてくれよ。」
「はあい。」
「ポケットにたべものがはいっている。もし、のどがかわいたら、いつでも知らせろ。」
そういいのこして、あらっぼいくせに、よく気がつく隊長は、ぽいとかんの上からとびおりた。
8
まっくらなかんの中で、おハナはもそもそと、じぶんの席をつくった。いくらコロボックルの目がいいといっても、こうくらくてはなにも見えない。
「おハナ、あんまりむちゃなことをするなよ。」
ミツバチぼうやのほうが、かえって心配して、中から声をかけた。ひきだしのすきまに口をつけてしゃべると、よくきこえるのだ。
「いいの。あのときは時間がなかったから、あたしがとびこんできたのよ。ほかの人にたのむひまがなかったんだもの。」
「うん。たしかにだれかそばにいると、とっても心づよいよ。」
「でも、あたしみたいなよわむしの女の子じゃ、たいして心づよくもないでしょ。」
いつものおハナなら、こんなことはいえない。おハナはおとなしくて気がよわいから、年上のミツバチぼうやといっしょに仕事をしていても、ろくにおしゃべりもできなかった。それが、いまは平気だ。もしかしたら顔が見えないからかもしれない。
「心づよいさ。なにしろ、すばらしい頭のもちぬしがそばにいるんだからな。」
ミツバチぼうやがいうと、おハナはだまった。
「それに、このかんの外には、なかまもいるんだし、きのうの夜のことを考えたら、まったく!」
天国にいるみたいだよ、と、ミツバチぼうやはいいたかった。いまになってみると、たったひとりですごした夜はやっぱりつらかった。なきむしだったのはおハナではなく、ミツバチぼうやのほうだった。
「ねどこはできたかい。」
「できたわ。でも、ねむれっこないわ。」
「いや、ねたほうがいい。ぼくのことはもう心配してくれなくてもだいじょうぶだよ。」
「足はいたむ?」
「もうほとんどいたまないんだ。でも、まだ走れないだろうね。」
「きっと、せいたかさんがうまくやってくれるわね。あしたになれば。」
ふたりはしばらくだまった。かんの上を、見はりのコロボックルが動いている、かすかな音がした。
「ぼくは、もういちど、どうしても空をとびたいと思うよ。」
ミツバチぼうやがぽつんといった。
「こんなめにあっても?」
「もちろんさ。こんどのことは、ぼくがむてっぽうすぎたんだ。もうすこしおちついていれば、こんなひどいめにあわなくてもすんだはずだからね。」
「いいえ。あなたは、うちのおにいさんを助けたんだわ。」
おハナは力をこめていった。
「どうしようもなかったんだわ。あなたが体あたりで助けてくれなければ、にいさんは死んでいるか、大けがをしたか、でなければ、いまのあなたのように、人間につかまってとじこめられているかしているでしょう。」
こんどは、ミツバチぼうやがちょっとだまった。なんと答えていいか、こまっているようだった。
「まあ、いいや。とにかく、ぼくはみんなにめいわくをかけちまった。こんなことがあっても、世話役さんは、空とぶ機械をつくるのをやめさせやしないだろうね。」
「やめない、と思うわ。そんないくじなしじゃないもの。」
「うん、それで安心した。」
顔が見えないまま、ふたりはため息をついた。
そのとき、ふいに頭の上からマメイヌ隊長のフエフキの声がした。
「おい、ラジオがとどいたよ。とりつけ方は知っているんだろうね。」
「わかっています。」
「よし、すぐやってくれ。もうじき、せいたかさんがためしに電波をだしてくれるはずだ。」
ちらちらと燐《りん》の光がもれてきた。おハナはえんぴつけずりの上にのぼって、せまいあなから部品をうけとった。部品といっても、目に見えないような、細い長い針金と、止め金が二つ、アンテナが一本だけだ。
もちろん人間の使うラジオとは、まるでちがう。細い針金は、ぐるぐるおなかにまきつけ、止め金でとめる。一方のはしは手にもつ。口にくわえればなおいい。もう一方のはしは、止め金を使ってアンテナにつなぐ。
おハナは、うけとった部品を、えんぴつけずりの中のミツバチぼうやにわたした。
「きっちり十九回と四分の一まくんだっけね。」
うわぎをぬいだミツバチぼうやは、つぶやきながらゆっくり仕事をした。それが、せいたかさんのもっているトランシーバーにあわせる方式なのだろう。
「できたら、スイッチをいれてみろ。」
フエフキ隊長がいった。しばらくして、おハナがかわりに答えた。
「なにもきこえないそうです。」
「そうか。やっぱり、かんの中にいるうちはだめなんだな。せいたかさんもそういっていた。」
「ちょっとまって!」
おハナがいきなりいった。ミツバチぼうやは針金のはしを口にくわえなおした。
しばらくたってから、おハナは報告した。
「かすかにきこえてるそうです!」
「なんていってる。」
「しっかりがんばれって。ちゃんと肋けてあげるって、そういってるらしいけど、遠くてよくききとれないそうです。」
それにしても、コロボックル式テレパシー=ラジオは、すばらしい性能をもっているようだった。
[#挿絵(img\183.jpg)]
9
せいたかさんは、小山にあるじぶんの家の前で、トランシーバーのアンテナをひっこめた。
「とどいたかな。ブリキのかんの中だとすると、いくらコロボックル式ラジオは性能がいいといっても、むりだろうな。」
そんなひとりごとをいっていた。いやひとりごとではなかった。右の肩には、世話役のヒイラギノヒコ、技師長のツバキノヒコ、それと『コロボックル通信』の編集長で、せいたかさんのれんらく係もかねているクリノヒコ=風の子がのっていた。
「とにかく、あしたの午後にはなんとかする。そのおチャ公っていう子が学校からかえったら、なんとかしてつかまえるよ。」
「たのむよ、ほんとに。」
世話役は、せいたかさんの耳もとでいった。
「安心してくれ。時間はすこしかかるかもしれんが、かならず助ける。」
背の高いせいたかさんは、たのもしい返事をした。はじめてコロボックルの味方になったころは、まだ少年のようだったせいたかさんも――そのころはせいたか童子≠ネんていっていたものだが――いまではしらががちらほら見えている、りっぱな電気技師だ。この町にある会社では、副主任技師をつとめていた。
「さっきもいったように、あのミナト電器商会のおやじさんなら、ぼくもよく知っているんだからね。電気屋なかまというわけだ。もっともあの店は電気工事はしないが。」
せいたかさんは、いずみのふちにこしをおろして話しつづけた。
「ただ、むすこのおチャ公は、ぼくも知らない。エク坊(おチャ公がせんぱい≠ニよんでいる中学生)の友だちらしいがね。その子が、じぶんのたいせつにしているたからものを、ぼくにだまってわたすかどうか――。」
「こまるなあ、せいたかさんまでそんなことをいっちゃ。」
「だいじょうぶだよ、方法はある。とにかく、ぼくがその子にあってからの話だ」
「それにしても――ばあいによっては――あの少年に、わしらのことを、いくらか知られたとしても、やむをえないかもしれない。」
世話役は考えながらいった。
「その覚悟は、もうしている。だから、とにかく、あのクルミノヒコを、ぶじに助けてほしいんだ。」
ツバキノヒコもいった。せいたかさんはうなずいた。そして、明るく答えた。
「あんまり、くよくよしないほうがいい。ぼくがついているじゃないか。ぼくのすることを見ていてくれないか。」
「うむ。」
世話役は、口をへの字にまげてうなずいた。
「どっちみち、せいたかさんがたよりだ。思うようにやってくれ。」
「ありがとう。そういってくれると、ぼくもやりやすい。」
せいたかさんはにっこりわらった。白い歯が星あかりにちかっと光った。
「きみたちもつかれているんだろ、もうおやすみ。」
「そうしよう。では、おやすみ。」
肩の上の小さな黒いかげが二つ、思いきりよくさっと消えた。
一つはのこった。れんらく係の風の子編集長だった。
「ねえ、どんなふうに話をつけるつもりですか。」
「さて、そいつを、これからゆっくり考えるのさ。」
せいたかさんの声も、小さな家の中に消えていった。
せいたかさんがミツバチぼうやを助けるには、夜のうちにおチャ公のものおき小屋へしのびこんで、かんごとぬすみだしてしまうのがいちばん早いわけだ。
しかし、それだけはできない。いくら、コロボックルの味方でも、どろばうのまねはできない。
よく考えてみると、まったくむずかしい仕事だった。だから、せいたかさんは、夜おそくまで、ママ先生と相談した。ママ先生にも、これといってすばらしい考えはなかった。
「こまったわね。」
「こまったな。」
そうやって、ふたりがひそひそ声でしゃべっているのせきいていたものがいた。おチャメさんだった。おチャメさんは、ふとんの中でふと目をさましたのだ。
10
おチャメさんは、ふしぎな女の子だ。小学校の二年生にしては、まだまだあどけないところがあり、なんとなくおさないように思える。ところが、さすがはママ先生とせいたかさんのひとりむすめだった。よその女の子とは、ちょっとばかりちがっているのだ。
コロボックルのことはよく知っているくせに、だれにも、ひとことも話したことがなかった。おとうさんにも、おかあさんにも話さなかった。
ふっくらしたやさしい顔だちをした、おとなしい子だ。大きな目はおかあさんゆずりだが、その目がいつもたのしいことを考えているように、きらきらかがやいている。おチャメさんは、そんなふうな女の子なのだ。コロボックル≠ニいうことばは、おチャメさんの家でよくきくことばだった。ものごころがついてくるにつれて、おチャメさんは、そのことばの意味を、いつのまにかひとりでにつかんでしまった。
(きっと、あたしのまわりで、ときどきシュルシュルって動いている、小さなかげのことなのね。)
はじめはそう考えただけだったが、やがて、それが小さい人たちのことらしい、ということまで、気がついてきた。というのは、いつだったか、もうずいぶん前に、たった一度だけおかあさんにたずねたことがあったからだ。
「コロボックルって、なあにママ。」
そのときのママ先生もたいしたものだった。ちっともあわてたりしないで、あっさりとほんとうのことを答えた。
「小さい人たちのことよ。」
そして、おチャメさんも、それをほんとうのこととしてうけとった。それっきり、もうだれにもなにもきいたことはない。
そんなおチャメさんだから、きょうの午後、はじめてじぶんの耳もとにするどいささやき声がしたときも、ぴくっと首をすくめただけだった。
ああ、きっとコロボックルだな、と、おチャメさんは思った。そして、とてもうれしかった。
――この男の子のうち、どこだかきいてちょうだい――。
ささやき声は、たしかそんなことをいった。サクラノヒメ=おハナが思いきってやった仕事だ。おチャメさんはたのまれたとおりにしてやった。そのおチャメさんが、おかあさんたちのひそひそ話をきいてしまったのだ。ゆめうつつの中ではあったが。
(コロボックルのだれかが、人間の男の子につかまって助けだせないのね――。男の子ですって? あら、きっとあの子だわ。)
おチャメさんは、すぐにまた、うとうととねむりにはいりながら、そんなことを考えていた。
(きっとあの男の子だわ……だから……あたしに、あの子のうちはどこだかきいてくれなんて……みんなでさがしてたのね……バス道路をいって……それからどこだっていったっけ……どこだっけ……どこだっけ……わすれんぼだなあ……わすれんぼ……わすれんぼ……。)
そして、すうっとねむってしまった。
*
クルミノヒコ=ミツバチぼうやも、そのころはねむっていた。サクラノヒメ=おハナも、うとうとしていた。サザンカ兄弟も小山の地下にあるじぶんの家で、おおいばりで(?)ねむっていた。
世話役と相談役たちも、コロボックルの城にあるつくえのひきだしの中の、役所のかたいいすで、横になっていた。きのうから、ほとんどねていなかったから。
マメイヌ隊長のスギノヒコ=フエフキは、おチャ公のものおき小屋のたなの上で、横になっていた。このコロボックルも、きのうは、ほとんどねていない。そのそばには隊員たちもねていた。見はりのコロボックルだけが、ここでも、それから小山でも、目を光らせていた。
目をさましてはたらいているコロボックルは、まだほかにもいた。『コロボックル通信』の編集室――せいたかさんの家のまどの下にある郵便受け――では、あしたの朝くばる新聞記事をまとめていた。
かえるのなき声がきこえて、あたたかい春の夜だった。
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[#見出し]第五章
[#見出し]夕やけ雲
[#挿絵(img\190.jpg、横215×縦440、下寄せ)]
1
この物語も三日めの朝をむかえた。その日、町にはしっとりと春の雨がふっていた。
おチャ公は、ねまきのまま、ものおき研究室へやってきて、作業台の上のかんをあけた。
おハナは、もちろんそのときにげた。おチャ公も、目の前をさっと走った小さいかげに気がついて、きょろきょろした。あわててかんの中からえんぴつけずり器をとりだし、目のところまでささげてのぞいた。そして、ほっと、安心したように息をついた。
星からきたらしい小さな人は、けさもちゃんとそこにいた。あまがえるにもばけていなかった。えんぴつけずり器の底にわたくずがくっついていた。おチャ公は、ぽいとはらいおとした。そして、ミツバチぼうやにむかってしゃべった。
「きみ、きょうはもっとひろいへやをつくってやるからな。もうちっとしんぼうしてくれよ。それから、きみが、いったいどんな星からやってきたのか、どうして地球におちてきたのか、くわしく話してくれないか。」
ミツバチぼうやは、なにも答えなかった。おチャ公は、ひとりでうなずいた。
「いいよ。日本語がちゃんと話せるのに、だまっていたいなら、だまっていてもいいよ。ぼくは、なんだか、きみのこと、すきになった。」
そういって、また、えんぴつけずり器をかんの中にいれた。そっとふたをすると、すぐ、ものおきからでていった。
「やれやれ。」
たなの上で、赤い目をしたコロボックルたちが、がっかりしていた。朝になったら、もうずっと、かんからだしておくかもしれないと思っていたのだ。そうすれば、時間はたっぷりあるし、じぶんたちだけでも助けだせただろう。
そのとき、小山からコロボックル式ヘリコプターがとんできて、ものおきのすぐ前の、やつでのかげにおりた。のってきたのは世話役だった。ようすを見にきたのだろう。
しばらくして、またヘリコプターは、糸のような春の雨の中を、小山へむかってとびかえっていった。こんどは、ふたりのっていた。
ヘリコプターのうしろの台の上におハナがこしかけていた。バンドでしばりつけられていて、まるで荷物のようだった。
おハナは、さすがにぐったりつかれていた。世話役がそれを見て、ヘリコプターでつれてかえることにしたのだ。
*
またひとりだけかんの中にとじこめられたミツバチぼうやは、しばらくうとうとした。すると、頭の上で、かんをたたく音がして、スギノヒコ=フエフキ隊長のせいいっぱいどなる声がした。
「おうい、きいてるかあ。ラジオのスイッチをいれておけ。せいたかさんが、もういちど、ためしにれんらくをしてくるそうだぞ!」
「はあい。」
ミツバチぼうやは、あわてて返事をした。声がポワンとひびく。上ではきっとききとれないだろう。
きのうとりつけたコロボックル式ラジオは、うわぎの下につけてあった。アンテナをつなぐだけでよい。でも、夜でさえよくきこえなかったのに、だいじょうぶだろうか。
そう考えながら、スイッチをいれると、しばらくして、いきなりせいたかさんの声がきこえた。
――こちら、せいたか。きこえますか。元気をだせ。もうすこしのしんばうだ。いつまでも、そんな中にいるわけじゃないからな。元気をだせ。送信おわり。くりかえします。こちら――。
[#挿絵(img\193.jpg)]
ミツバチぼうやは、スイッチを切った。スギノヒコが、またかんをたたいてどなった。
「きこえるかあ。せいたかさんは、人間がそばにいるときには、かならずスイッチをいれておけとさ。そうすれば、おれたちが近よれなくても、ラジオでれんらくできるわけだ。いいな。」
ミツバチぼうやはうなずいた。きっと、せいたかさんは、この家の近くまでやってきて、電波をだしたにちがいなかった。
「アンテナが見つからないように、うまくやれ。」
スギノヒコはそういって、かんの下にとびおりたようだった。ミツバチぼうやは、安心して大きく手足をのばし、ううんとのびをした。それから立ちあがってみた。やっぱり右の足首がいたくて、歩くのはつらかった。これでは、人間の目をかすめて走るのはとてもむりだった。
どうやら外のコロボックルたちも、おチャ公のかえってくる午後まで、まっているようだった。ミツバチぼうやも、ゆっくりまつことにきめた。それには、ねむってしまうのがいちばんいい――。
「まったく、ねてばかりいるんだからな。」
ひとりでおかしくなって、くすくすわらった。たしかに、ねむっているあいだは心配ごともわすれる――それどころか、ねておきてみたら、前のことまで、すっかりわすれてしまうことだってある。たとえば、おチャメさんのばあいがそうだった。
2
おチャメさんは目をさましたとき、きのうゆめうつつにきいた話なんか、すっかりわすれていた。わすれんぼ、わすれんぼ、と、じぶんのことをいっていたが、ほんとにわすれんぼだ。
ランドセルをせおって、黄色い帽子をかぶって、黄色いレーンコートをきて、黄色いかさをさして、黄色のかたまりみたいになって学校へいった。
学校へついてからも、きのうのことを思いだすひまがなかった。雨ふりの学校って、おチャメさんは大すきだった。やすみ時間に教室であそぶのがいい。いつもさわぎすぎて、先生にしかられるけれど。
でも、雨は春の糸雨で運動場もたいしてぬれなかった。やがて、その雨もやんで、ひるやすみには、みんな運動場に追いだされてしまった。おチャメさんは、雨ぐつをポクポクならしながら、ひろい運動場をひとりで歩いていた。
大声でどなっている、六年生の男の子がいた。
「やあい、ここまでなげてみろ!」
おチャ公だった。おチャ公は、ゴムのボールをなげあっていた。そのおチャ公の顔を見て、おチャメさんは目をぱちくりさせた。
(あら、あの人――。)
そう思ったら、きのうの夜きいた話も、いっぺんに思いだした。コロボックルのだれかが、この子につかまって、にげられなくてこまっているって――だれかがそういっていたような気がした。
(でも、ゆめだったのかしらん。ほんとうだったのかしらん。)
おチャメさんには、よくわからなかった。両手をうしろにまわし、ちょっと首をかしげたまま、おチャ公をながめた。おチャ公は、右へいったり左へいったり、いそがしそうにボールを追いかけている。ひざこぞうがどろだらけだ。
ころころっと、おチャ公の手の下をくぐって、ボールがころがった。おチャメさんの足もとまでやってきた。
(ひろってやろうかな。どうしようかな。)
そう考えていると、――すぐひろわないところがおチャメさんらしい――おチャ公がかけてきて、さっとボールをつかんだ。そして、目の前の女の子の顔を見てびっくりしたようにいった。
「やあ、きのう、道で、ぼくのうちのこときいた子だろ。」
おチャメさんは、こっくりと首を動かした。
「なんであんなこと、きいたんだい。」
「あのね。」
にこっとしたおチャメさんは、いきなりいった。
「あんた、なにかつかまえて、うちにかくしているでしょ。」
おチャ公は、ぽかんと口をあけたまま、まじまじとおチャメさんの目を見た。大きくて、すんだ目だった。いったい、この子はなにをいってるんだ。
「ねえ、かくしてるでしょ。」
「う、う。」
おチャ公は、ひからびたような声をだした。
[#挿絵(img\197.jpg)]
「なんで、そんなこときくんだ!」
「やっぱり、ほんとうなの。」
おチャメさんは、うれしそうににこにこした。
「にがしてやってちょうだいよ。とてもこまってるんだって。」
「だ、だれが。」
しかし、おチャメさんは、もうなにもいわなかった。ただにこにこしているだけだった。コロボックルのことは、ひとこともひとにしゃべってはいけないと、心の底から思っているのだ。
この子は、もうりっぱにコロボックルの味方だった。いきなり、くるんとうしろをむくと、とことこと走ってはなれていった。
「おうい、どうしたんだあ。」
おチャ公のボールなげのあいてが、じれったがってよんだ。おチャ公はうすきみわるそうに、おチャメさんのうしろすがたを見おくっていた。
(にがしてやれだって? なぜだい、なぜにがしてやらなきゃいけないんだ!)
そんなばかな話があるか、と、りきんでみたが、やっぱりおちつかなかった。
(あの子は、いったいなにものなんだろう。ちぇっ、へんな子だぜ。)
おチャ公は、ボールなげをやめて、考えこんでしまった。
3
その日のおチャ公はたのしい計画をいっぱいもっていたのだ。小さな人のために、ひろくてすみいいいれものをつくってやることだった。きのうの夜、ねどこの中でいろいろと考えたのだが、あの小さな人はいかにもすばしこそうだし、いいかげんなものをつくったら、すぐにげられそうだった。
そこでがんじょうな木箱をつくり、手前の一方だけをガラスにしておく。うしろと左右のかベには、まどをあけ、こまかくてじょうぶな金あみをはる。てんじょうは木のままでいいだろう。上にものをのせてもいいように。
床には、あさくて四角いうえ木ばちを、ぴっちりおさめる。だから、順序としては、まず、そのうえ木ばちを買って、それにあわせて木箱をつくることになるだろう。うえ木ばちには草をうえてやる。びんをうめこんで、池もつくってやる。この池には、いつもきれいな水がでるように、水道をひく。そのわきに、紙でテントをつくってやろう。そのほかのこまかい道具は、材料さえやれば、きっとあの小さなやつが、じぶんでつくるだろう。えんぴつけずり器から、その新しいすみかにうつすとき、にげられないようにする方法まで考えて、おチャ公は朝からはりきっていた。
それが、きゅうにしぼんでいった。なぜだかわからなかった。とにかくへんな女の子から、いきなり「にがしてやってちょうだいよ。」なんていわれて、じぶんが、とんでもない悪いことを考えているような気がしてきたのだ。
にげたがっているものをとじこめておくのは、たしかにいけないことにちがいない。
(虫やさかななら、なんでもないんだがな。)
おチャ公はそう思った。でも、あいつは虫でもさかなでもない。もちろんあまがえるなんかじゃない。それは、おチャ公がいちばんよく知っているのだ。
ふしぎなことだが、あの女の子も、きっとよく知っているのだ。もしかしたら、おなじような小さな人をつかまえたことがあるのかもしれなかった。
(おれは、つかまえておいて、なかよしになりたいだけなんだ。なかよしになって、いろいろなことを教えてもらいたいんだ。べつに、金もうけのたねにしようなんて――。)
そこまで考えたとき、おチャ公はじぶんでじぶんにびっくりした。
(あれ? ついきのうまでは、金もうけのたねにすることばっかり考えていたんだっけ。いつのまに、おれはそれをやめちまったのかな。)
それはたぶん、あいつがかえるにばけたときからだ。他人にはねうちのわからないものが、どうして金もうけのたねになるか。
(だから、金のためじゃない!)
おチャ公は天を見た。青い空が、ちょっぴりあった。もう、お金なんかどうでもいいのだ。お金は、新聞配達をやってかせげばいいじゃないか。あれはたいしてつらい仕事じゃないよ。
金もうけのたねにはしないが、あっさりにがすわけにはいかない。きっと、もう二度とかえってこないだろうから。そうかといって、なかよしになりたいのに、とじこめておくというのも、たしかにおかしな話だった。
(いったい、どうすりゃいいんだ。)
おチャ公はさんざんまよった。そして、ようやくうまいことを考えついた。
(そうだ。あの女の子に、おれの小さな人を見せてみよう。もし、そのときも、あいつがあまがえるにばけないでいたら、しめたもんだ。あの女の子は、なんかひみつを知っているにちがいないからな。そうすれば、おれは、なんとかしてそのひみつをききだしてから、小さな人をにがしてやろう――。)
そう思ったら、おチャ公はやっと気がらくになった。そこで大いそぎでおチャメさんをさがした。
4
おチャメさんは、うえこみの花だんの前にしゃがみこんで、しばざくらの花をながめていた。
「やあ、いたいた。おい、おい。」
おチャ公は、いそいでおチャメさんの肩をたたいた。
「ほら、おれだよ。ちょっと話があるんだけど――おまえの名まえ、なんていうんだい。」
おチャメさんはだまっていた。
「うん、そうか。よし、ぼくのことはおチャ公ってよんでくれ。おれのあだ名だ。みんなそういうんだ。おまえは?」
「あのね。」
おチャメさんは、大きなこぼれるような目で、おチャ公を見た。
「あたしはね、うちじゃ、ええと、みんながおチャメっていってる。おチャメさんていうときもある。」
おチャ公のきき方がいけなかった。じぶんのあだ名をいっておいて、「おまえは?」ときいたから、おチャメさんは、あだ名をきかれたと思った。それで、いっしょうけんめい、本名でないよび名を考えて答えた。
おチャ公は、おかしくなって、にやにやした。
「そうじゃないんだ、おまえの――ふふふ。まあ、いいや、おチャメでいいよ。そういえば、おれのおチャ公≠ニよくにているな。」
そして、おチャメさんの顔をのぞきこんでいった。
「きょう、あとでおれのうちへこないか。おまえに見せたいものがあるんだ。」
「だめ。」
おチャメさんは、ぴしゃりといった。
「きのう、学校のかえりにお友だちのうちへよったら、ママにしかられちゃった。だから、だめ。」
「ちぇっ。」
おチャ公は思いきって、おどかすことにした。小声で、おチャメさんの耳もとにささやいた。
「そんなこというと、ずっとにがしてやらないぞ。死ぬまでとじこめておくぞ。」
すると、おチャメさんは、下からじいっとおチャ公の目を見た。おチャ公はどぎまぎした。
「だ、だからさ、見にくればいいんだ。」
[#挿絵(img\203.jpg)]
「それじゃ、うちへもってきてよ。」
おチャ公はなさけなくなった。おチャ公ともあろうものが、こんなちびの女の子にひきずりまわされっぱなしなんて、だらしがないったらありゃしない。 そうはいっても、いまのところはどうしようもないのだ。
「よし、もっていってやるよ。そのかわり、たのみがあるんだ。」
「どんなこと。」
「あのな――ええと、そのときに話すよ。」
おチャメさんは、まただまった。大きな目がこういっていた。
なにをたのむつもりか知らないけれど、あたしがひきうけるかどうか、わかりませんよ――。
おチャ公は、心の中でふかいため息をついた。
「わかったよ。とにかくもっていく。おまえのうちはどこだ。」
「町はずれのね、とうげ山のね、すぐ近く。」
「それじゃ、せんぱいのうちへいくとちゅうだな。」
おチャ公はうなずいた。えくぼのできる中学生の家は、そのとうげ山をこえて、またすこしおくにいったところだ。
「きりどおしの手前かい。それとも、こえたところかい。」
「むこうへおりたとこ。あたし、あのとうげ道をおりたところの橋の上でまっていてあげる。コンクリートの小さい橋よ。」
「知ってる。よし、きめた。夕がたの四時半ごろになるかもしれないぞ。わかるかい、四時半って。とけいの見方、知ってるだろうな。」
「いま、ならってるの。」
(ちぇっ。)
おチャ公はがっくりした。
(しっかりたのむよ、おチャメさん。)
そのとき、ひるやすみのおわりのベルがなった。
「わすれないでくれよ、四時半から五時ごろのあいだにいく。」
「うん、四時半から五時ごろね。」
おチャメさんは、こっくりとうなずいた。
5
学校からかえる道でも、おチャ公はまだぼんやりと考えごとをしていた。おチャメさんがうまく小さな宇宙人のひみつを教えてくれるかどうか、どうも心配でたまらなかった。
家のすぐ近くの道に、空色にぬった小型トラックがとまっていた。横腹にこの町の電気工事会社の名まえが書いてあった。
おチャ公が近づいていくと、中からヘルメットをかぶった、背の高い男の人がおりてきた。新しい作業服をきて、ぴかぴかにみがいた皮の半長ぐつをはいている。手にも、まっ白な手ぶくろをしていた。作業服はきていたが、きちんとネクタイをつけているし、ヘルメットにも二本のすじがはいっていたから、きっとえらい人なのだろう。その人は、おチャ公にせなかをむけて銀色にかがやく、長い棒のついた箱を耳の横にあて、大きな声をあげた。
「こちら調査班、用意よし、どうぞ。」
箱から、ガリガリという雑音がしている。おチャ公は、おもわず足をとめて見とれた。
(トランシーバーだ。いいなあ。おれもあんなやつがほしいな。)
すると、いきなり、その男の人がおチャ公にむかっていった。
「ぼうや、ここは何丁目だったかな。」
おチャ公はあわてて答えた。男の人は目でわらって、うなずきながら、また、トランシーバーにむかっていった。
「いま、三丁目だ、配線調査おわりしだい、もどる。おわり。」
そういって、シューッとアンテナをひっこめ、おチャ公に、にこにこと話しかけた。
「ありがとう、ぼうや。これ、トランシーバーっていうんだよ。」
「知ってる。日本語でいうと、携帯用短波無線器。使用電波は二十七メガサイクルあたり、使用可能距離はおよそ一キロメートルほど。」
「へええ。」
[#挿絵(img\207.jpg)]
男の人は、びっくりしたような声をあげた。
「すごいじゃないか。まるで専門家だね。」
ほめられて、それまで元気のなかったおチャ公も、ちょっとうれしくなった。
「おれ、そういうのほしいんだけど、まだ買えないんだ。そのうちじぶんでつくってみたいと思ってるんだよ。でも、電気工事をするのに、そんなもの使うのかい。」
「ああ、電線をはったりするときにね。遠くの人と話ができて、べんりなものだ。むかしは、旗をふって合い図したもんだが。」
男の人は――もうわかっただろうが、この人はせいたかさんだ。せいたかさんは、ここで、おチャ公をまっていたのだ。
「しかし、きみはたいしたもんだね。まだ小学生なんだろ。」
「うん。おれんとこ、ほら、すぐそこのラジオ屋なんだ。だから、ね。」
「ほう。そうすると、きみがやっぱり、おチャ公――いや、おチャちゃんだな。」
「おチャ公でいいんだ。」
答えながら、おチャ公はけげんそうな顔をした。
「ぼくのこと、知ってるのかい。」
「いや、きみのおとうさんとよく知ってるのさ。いまも、仕事がおわったら、ちょっとよっていこうかなって考えていたところだ。」
「ふうん。それじゃ、いっしょにきて、そのトランシーバーをよく見せてくれないかな。うちの店のは、さわらせてもくれないんだ。」
おチャ公は、うらやましそうに、せいたかさんの手にある銀色の細長い箱を見ていた。
「いいとも。ほら、ここでゆっくり見ていいよ。」
そういって、おチャ公にさしだした。おチャ公は、大いそぎで、手をパタパタとはたいてから、そっと受けとった。
せいたかさんは、そんなおチャ公を、自動車によりかかって、にこにこしなからながめていた。とにかく、こうやっておチャ公と友だちになっておいてから、ミツバチぼうやを助けだす方法を考えていくつもりだった。まさか、じぶんの子どものおチャメさんが、このおチャ公にたいして、思いがけないはたらきをしているとは、考えてもいなかった。もっとも、本人のおチャメさんだって、じぶんがそんなはたらきをしていることに気がついていたかどうかは、わからない。
6
おチャ公は、夕刊の配達にでるとき、ミツバチぼうやをかんにいれたまま、もってでた。見はりのコロボックルたちは色めきたった。
「しまった、しっぱいした!」
マメイヌ隊長のスギノヒコ=フエフキは、くやしそうにくちびるをかんだ。
「うっかりした。まさか、もってでるとは思わなかった。おチャ公にも見はりをひとりつけるんだった。あいつがここにいないあいだ、どんなことをしてきたか、さっぱりわからん。こいつは大しっぱいだ。」
しかし、とにかく、てきぱきと命令した。
「三人だけ、おれといっしょにこい。どこにいくのか、たしかめなくちゃいけない。それから、ひとりは小山へもどって報告しろ。もうひとりは、せいたかさんをつかまえて、知らせてこい。ついでに、せいたかさんのラジオで、かんの中のミツバチぼうやにも知らせてもらえ。」
そして、おチャ公のあとを追った。おチャ公は、自転車の前の小さな荷台に、しっかりとかんをむすびつけた。スギノヒコたちは、おチャ公の自転車にとびついていった。
*
かんの中で、ミツバチぼうやもおどろいていた。どこかへはこばれているようだったが、外が見えないからてんでわからない。しばらくすると、ガタガタとゆれはじめ、自動車の音がしてきた。
(ははあ、バス道路を走っているんだな。おチャ公が自転車にぼくをのせて、どこかへいくんだな。)
やっとそのくらいはわかったが、あとはわからなかった。すると、いきなり、コロボックル式ラジオが声をだした。
――こちら、せいたか。れんらくします。おチャ公はきみをつれて新聞配達にでた。目的はまだわからないが、おそらくきけんはないだろう。安心せよ。まんいち、人に見せようとしたら、あまがえるの服をわすれないように。れんらくおわり。くりかえします。こちら、せいたか――。
(そうか。まあ、だいじょうぶだろう。しかし、あまがえるにばけるしたくだけはしておくかな。)
ミツバチぼうやは、のんきにそんなことを考えた。もう、めずらしいことにはなれてしまって、すっかりどきょうがよくなった。
せいたかさんは、もしものばあい――たとえば、かんごと海へすてるとか、他人に売りわたすとか――があったら、例の空色の自動車ですぐさまかけつけてくれるはずだった。
しかし、おチャ公はなにごともなく、いつもの調子でさっさと新聞をくばりおわると、自転車をとうげ山にむけた。ここのとうげ道は、町がわが石だんになっている。それを、おチャ公は、むりやりおしてのぼってしまった。あせびっしょりになっていた。
きりどおしにでると、さっとすずしい風がふく。ほっとしたように、シャツの中まで風をいれて、おチャ公は自転車にとびのった。くだりは坂道だから、自転車も走れる。
ビューツと走りおりていくと、ミツバチぼうやのはいっているかんの中で、えんぴつけずり器がガタンガタンゆれた。
(うへえ。)
ミツバチぼうやは、右足首をいためないように用心しながら、ぽんぽんとはずんだ。こしから下には、もうあまがえるの服をつけていたが、すきまからえんぴつのけずりくずがいっぱいはいってしまった。
(やれやれ、これじゃあ、ちくちくしてとてもきていられないや。)
そう思ったとき、ギューッと自転車がとまって、おチャ公の声がかすかにきこえた。
「やあ、いたね。ありがとう。」
返事の声もきこえた。こっちはすぐ近くだった。
「あたし、ちゃんとまっていたでしょ。」
その声をきいて、ミツバチぼうやは、おやっと思った。どこかできいた声だった。すると、またラジオがなった。
――こちら、せいたか。れんらくします。ミツバチくん、おかしなことになったよ。きみは、きみたちは、小山のほうへむかっている。とうげ山をこえていったらしい――。
「そうか。」
かんの中の、そのまたえんぴつけずり器の中の、ミツバチぼうやは、そのとき思いあたった。
あの声はおチャメさんだ。
*
(おチャメさんだ!)
外にいたスギノヒコたちも、びっくりして目をまんまるくした。
いったい、どういうことなんだろう。
7
さて、ようやく、この物語もおしまいに近づいたようだ。
ふたりの人間の子どもを、たくさんのコロボックルの目が見つめていた。小山からかけつけたのだ。
ママ先生と、せいたかさんには、わざと知らせをおくらせた。このふたりにも、もちろん、いざというときには知らせるつもりだったが、コロボックルたちは、まず、おチャメさんを信じた。
おチャ公はだまってかんのふたをとり、えんぴつけずり器をとりだして見せた。ミツバチぼうやは、もちろん、あまがえるの服なんかきていなかった。
コロボックルのすがたを見たのは、おチャメさんもこのときが生まれてはじめてだった。だが、すこしもあわてず、おどろかず、ため息をついをだけだった。せいたかさんがはじめてコロボックルのすがたを見たときよりも、ママ先生のときによくにていた。やっぱり女の子だけあって、母親ににているらしい。
おチャ公のほうは、そんなおチャメさんをふしぎそうにながめていたが、やがて、思いきったようにいった。
「それで、たのみというのはね、おれはおまえのいうとおり、この小さな人をにがしてやるつもりだ。だけどそのまえに、この小さな人がどこからきたのか、どんな人なのか、教えてくれないか。」
おチャメさんは、大きな目でおチャ公を見かえした。つまりおチャ公は、きびしく、はげしく、ことわられたのだ。
もう、やぶれかぶれで、おチャ公はいった。
「では、こうしてくれ。おれがにがしてやっても、一日に一度でいいから――。」
そこで、おチャ公は息をついた。
「いや、一年に一度でもいいんだ。なにしろ、おれのところへあそぴにきてもらいたいんだ。おまえから、そうたのんでくれないか。そのくらいはいいだろ。ぼくは、こいつがすきなんだ。」
「うん。でも、それは――。」
おチャメさんはためらった。それは、たのんでもきっとむだなのだ。コロボックルが、その気にならなければ、とてもだめなような気がした。
そのとき、おチャメさんの耳もとにささやき声がした。
「ひきうけなさい――。」
コロボックルの世話役、ヒイラギノヒコの声だった。もちろん、おチャメさんは、世話役だかなんだかわからなかったが、力のこもった声だったのはわかった。それで、すぐうなずいて、えんぴつけずり器の中のミツバチぼうやにいった。えんぴつをはさむあなにむかって。
「あのね、このおチャ公のところへ、ときどきあそびにいってやってね。」
ミツバチぼうやは、まよった。そんな約束を、かってにしてしまっていいかどうか、わからないのだ。しかし、ほんとうをいえば、ミツバチぼうやのほうだって、おチャ公少年のことを、もう一生わすれられないだろうと思っていた。
(この子のことなら、ぼくだってすきだ。もし友だちになれたら、おもしろいだろうな。)
いままでどおり、ひとりぼっちの生きものとしてあらわれるならば、世話役も許してくれるかもしれなかった。
そう考えて、とうとう決心した。
「いいとも、約束するよ。」
いつもの早口でなく、人間にもききとれるしゃべり方だった。
[#挿絵(img\215.jpg)]
おチャメさんは、えんぴつけずりに耳をおしつけていたが、それをきいて、だまっておチャ公にわたした。おチャ公も耳もとへもっていった。ちょうど、トランシーバーを使っているように。
「ぼくも、きみがすきさ。おチャ公、またいくよ。」
小さな宇宙人――いや、きっと宇宙人なんかでなく、これは、日本にいるふしぎなたからものなんだと、おチャ公はそのとき思った――は、親しみをこめて、おチャ公にささやいた。
おチャ公は目をかがやかせて、バリバリと針金をはずし、ビニールテープをひきはがした。そして地面の上でそっとひきだしをあけてやった。
小さなふしぎな人は、さっと手をあげて、おチャ公にあいさつをした。そして、びっこをひきひき、道ばたのすみれの花の下にかくれていった。そこには、サクラノヒメ=おハナの小さいすがたがあるのを、ちゃんと見ていたからだった。
*
夕やけ雲が、まっかにそまっていた。
すらりと足ののびたおチャ公少年も、横にならんでいる、ふっくらかわいいおチャメさんも、夕やけ雲のてりかえしをいっぱいにあびていた。
[#改ページ]
[#小見出し]あとがき
コロボックルと人間のむすびつきは、この物語のあと、大きくかわっていくように思います。すなわち、味方でない人間の前には、ほとんどすがたをあらわさなかったコロボックルも、人間の中に、じぶんだけの友だちをつくことが許されていったからです。
クルミノヒコ=ミツバチぼうやとおチャ公は、その口火を切ったのでした。
おチャ公少年とのつきあいを見たほかのコロボックルも、人間を、いままでとはかなりちがう目で見るようになりました。それぞれが人間の友だちをさがしはじめたのです。
こうして、人間の心の世界の中に、コロボックルたちのひとりびとりがしずかにしみこんでいくことになりました。やがて、小山はコロボックルのたいせつなふるさととなり、より多くのコロボックルたちが、この小さい国の外で活躍していくことになるでしょう。いつか、あなたの目の前にも、たったひとりのコロボックルが、ひょっこりあらわれるかもしれません。すくなくとも、その可能性はたいへん大きくなった、といえます。
ですから、この物語で語られた事件は、コロボックルの世界にとって、まことに大きな影響をあたえたものといえるでしょう。おそらくコロボックルの歴史の中でも、長くつたえられていくと思われます。
ところでわたしは、この小さな国を十年がかりでつくりあげました。ひとまず、コロボックルの小さな国の物語はおしまいです。でもこんどは、とびだしていったコロボックルを追ってみるつもりです。では、またいつかあいましょう。
一九六五年八月
[#地から2字上げ]佐藤さとる
[#改ページ]
シリーズの曲り角
この三作目を書いているときは、一応の完結編のつもりだった。一応の、という意味は、いずれコロボックルの仲間から一人を選びだして、それを主人公にした物語を書いてみたい、などと考えていたためで、事実その後も書いている。だが、果してそんなにシリーズが続けられるものかどうか、そのときは自信がなかった。
シリーズ物では、先へいくほど書きにくくなるのが普通である。どうしても既成の物語にしばられて、同工異曲に陥りやすい。しかし、その反面、ファンタジーに付き物の面倒な約束事は、作が進むにつれて強固に出来上ってくるから、それらの設定で思い悩むことが少なくなる。いわば勝手知った作中世界で、作者は思い切って遊ぶことができる。
「星からおちた小さな人」は、おかげでずいぶんと凝ったストーリーになり、多分に技巧的で、テーマなどもできるかぎり深く埋めこんでしまった。
こうして書かれた一応の♀ョ結編なのだが、今になって考えてみると、どうもこのシリーズの方向を決定した作ではないか、という気もしてくる。完結編といえば終点だが、それよりもむしろこの作品は、交差点に当っていたらしい。完結編ではなく、「曲り角編」とでもいったほうが、私にはぴったりくる。
いずれにしてろ、作者にとっては重要な一冊になった。
一九七五年十月
[#地から3字上げ]佐藤さとる
底本:「星からおちた小さな人」佐藤さとる著
昭和五〇年一一月一五日 第1刷発行
昭和五四年三月一五日 第11刷発行
二〇〇五年九月 テキスト化