コロボックル物語2 豆つぶほどの小さないぬ
佐藤さとる
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)肝油《かんゆ》って
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)その性|敏捷《びんしょう》にして
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)1[#「1」は丸付き数字]
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[#表紙(img\表紙.jpg)]
[#挿絵(img\000.jpg)]
はじめに
コロボックルというのは、日本に生き残っていた、めずらしい小人の一族のことだ。
この人たちは、人間をこわがらない。しかし、人間につかまって、見世物にされるのは、死ぬよりもきらうから、よほどのことがなければ、人間の前にすがたを見せることはない。だから、そんな小人を見たことのあるという人間はいないだろう。
しかし、わたしはこの小さな人たちのことなら、なんでもよく知っている。たとえば、コロボックルたちが、長いこと、自分たちの味方になってくれる人間をさがしていたことや、そのために、どんなことをしたかということなども。そして、とうとう、みんなからせいたかさん≠ニよばれている味方がえらばれたこと、そのせいたかさん≠ヘ、コロボックルたちが大むかしから住みついていた小山を買いとってくれたこと、おかげでその小山に、新しいだれも知らない小さな国≠ェできたことまで、わたしはくわしく知っているのである。『だれも知らない小さな国』という本を読んでくれるとそれがわかる。
そこで、そののちのコロボックルたちが、いったいどんなことをしたかを、コロボックルの口から、できるだけくわしく話してもらうことにしよう。
そのコロボックルの名まえは、クリノヒコという。まあ、ゆっくりクリノヒコの話をきいてくれたまえ。
[#地から1字上げ]佐藤さとる
[#挿絵(img\004.jpg)]
もくじ
はじめに……………………………………………………3
第一章 コロボックル通信社となかまたち…………………13
第二章 コロボックル通信社は動きだした…………………63
第三章 コロボックル通信社の事務所………………………111
第四章 コロボックル通信社がみつけたこと………………155
第五章 コロボックル通信社に春がくる……………………199
あとがき………………………………………………………244
[#地付き]さしえ/村上勉
[#改ページ]
豆つぶほどの小さないぬ
[#改ページ]
――クリノヒコのあいさつ――
ぼくはクリノヒコだ。背の高さは三センチ二ミリで、これでもコロボックルの中では高いほうだろう。
ぼくは、三年前からせいたかさんのれんらく係をしている。れんらく係は、せいたかさんのような、ぼくたちの味方になってくれた人間と、コロボックルとの橋わたしをするのが役目だ。
ぼくは、コロボックルの考えを、せいたかさんに伝えるし、せいたかさんの考えを、コロボックルに伝えなければならない。そのために、ぼくはせいたかさんの家に、いっしょに住んでいる。
こういうれんらく係は、ママ先生にもついている。ママ先生というのは、せいたかさんのおくさんだ。といっても、べつにおどろくことはない。つまり、むかしぼくたちが、おちび先生とよんでいた人のことで、コロボックルにとって、ふたりめの味方になった人間だ。この、ふたりめの味方は、ぼくたちが願っていたとおり、五年前に、せいたかさんのおよめさんになった。いまでは、ぼくたちがおチャメといっている三つになる女の子がいて、おちび先生が、いつのまにか、ママ先生になってしまった。
ママ先生のれんらく係は、むかしから、しっかりものの、女のコロボックルがついている。前はハギノヒメといったが、いまでは、ヒイラギノヒコのおくさんになっている。そのために、ぼくとちがって、ひるまだけ毎日かよってきているが、近いうちに、新しいれんらく係とかわるらしい。子どもが生まれるからだ。
ついでにいうと、ハギノヒメのご主人の、ヒイラギノヒコは、ぼくたちの国――正しくいえば、矢じるしの先っぽの国コロボックル小国――が新しくえらんだ世話役だ。世話役というのは、つまりコロボックルの代表で、国をおさめる仕事をする。まあ、ぼくたちの国の、大統領と思ってもらえばいい。
世話役の下には、相談役のコロボックルも、何人かいる。これは、文字どおり世話役の相談相手になるもので、国をおさめるためのいろいろな仕事を、わきから助けるのが役目だ。そして、そのひとりにツバキノヒコがいる。
ツバキノヒコは、ぼくとかわる前まで、せいたかさんのれんらく係をしてきた。ところが、このコロボックルは、れんらく係をしているうちに、電気技師のせいたかさんから、電気について、すっかり勉強してしまった。だからいまでは、コロボックルの地下工場の技師もひきうけている。せいたかさんと、同じ仕事をしているわけだ。
話はそれるけれども、ツバキノヒコは、おそらくコロボックルの中で、いちばん頭がいいのではないかと思う。とにかく、ぼくたちのなかまで、英語のわかるのは、この技師だけだ。世話役のヒイラギノヒコも、学校の校長先生をしているエノキのデブ先生(このコロボックルも相談役)も、ツバキの技師には一目おいているようだ。
ところで、ぼくがれんらく係になって、しばらくしたころ、ぼくはせいたかさんのつくえの上に、一さつの古いノートがおいてあるのをみつけたことがある。そのノートのうすみどり色の表紙には、『だれも知らない小さな国』と題が書いてあった。
ぼくは、前のほうをすこしばかり読んでみたが、なにしろぼくひとりでは、ページをめくるのもたいへんめんどうだ。つくえのすみから、いきおいをつけてきて、すばやくページのはしをつかみ、「やっ。」とかけ声をかけて、とびあがらなければならない――せいたかさんは、そうしてぼくがノートや本を見ていると、まるで、風がばらばらとページをめくっているように見えるという――だから、いくらも読まないうちに、せいたかさんにみつかってしまった。だがせいたかさんは、にこにこして、ぼくにそのノートをぜんぶ読んでくれた。ぼくはすっかり感心してしまった。ぼくたちの国を、せいたかさんがみつけるまでのことが、くわしく書かれてあった。(コロボックル物語1[#「1」は丸付き数字、unicode2460]『だれも知らない小さな国』参照)
「どうだい。おもしろかったかい。」
せいたかさんは、ぼんやりしているぼくにいった。
「ええ、話にはきいていたけれど――。」
と、ぼくはいつもの早口もでなかった。
「こんなノートが、まだほかに十さつほど作ってあるのさ。ほとんど、きみたちの話を書きとめたもので、これは、これからもつづけていくつもりだ。」
「だれかに読ませるんですか。」
ぼくが、ふと心配になってきくと、せいたかさんは目を細めた。
「そう。だれかにね。まずきみたちに読んでもらう。」
そういってから、こんなことをつけくわえたのだ。
「ぼくだって、ママ先生だって、いつかは死ぬだろう。そしてきみたちは、新しい味方をさがす。そのとき、その新しい味方に、このノートを読んでもらうのさ。」
ぼくは、なんどもだまってうなずいた。そんなことがあってから、ぼくは、自分でもノートをつけるようになった。
ママ先生にたのんで、うすくてじょうぶな紙をもらい、ノートを作った。それに、小鳥のむな毛のしんで作った、ペンを使って書く。
ぼくは、せいたかさんのてつだいをしたかったのだ。コロボックルの国のできごとを、くわしくしらべて、わすれないように書きとめ、せいたかさんに見せる。せいたかさんはそれによって、いままでよりももっともっとらくに、ずっとくわしいノートが作れると、考えたからだ。
せいたかさんは、ぼくのこの思いつきを、びっくりするほどよろこんでくれた。そして、ぼくのノートを、『コロボックル通信』と名づけてくれた。
じつをいうと、ぼくは、なかのいい友だちをあつめて、ぼくのノートに書く材料を、いろいろさがしてもらうことにした。このなかまのことを、せいたかさんが知ったとき、
「つまり、きみのなかまは、コロボックル通信社の通信員というわけだな。」
といった。
ぼくの住むへやは、せいたかさんの家のかべにはめこまれた、小鳥の巣箱のようなものだ。ここには出入り口が二つあって、一つは外へでる口、もう一つは、せいたかさんのへやの、本だなに通じているが、こっちの入り口に、『コロボックル通信社』という名ふだがさがっているのは、こんなわけがあるからだ。
これからはじめるぼくの物語は、じつはこのコロボックル通信社が大活躍するおかしな話だ。それは、ある満月の夜、せいたかさんが、ぼくをよんだところからはじまる。
[#挿絵(img\012.jpg)]
[#見出し] 第一章
[#見出し] コロボックル通信社と
[#見出し] なかまたち
[#挿絵(img\013.jpg、横233×縦411、下寄せ)]
「クリスケ、クリキチ、クリ太郎。」
せいたかさんは、いつもぼくのことを、こんなふうにでたらめな名まえでよぶ。
だいたいコロボックルの男たちは、みんなヒコだから、くべつがつきにくい。女はヒメだ。草や木の名が上につくが、これも同じものが多くて、あまり役にたたない。そこで、ぼくたちなかま同志でも、ふつうはよび名をつけて、それでよぴあう。
ぼくもなかまでは風の子≠ニよばれている。これは、うぬぼれているようだけれども、風のようにすばしこいという意味がある。しかし、それだけではない。ぼくが子どものころ、大風にふきとばされて、ゆくえ不明になったことがあるからだ。
「おうい。風の子、クリぼうずはいないか。クリクリぼうずはおるすかね。」
ぼくは、あわてて本だなからせいたかさんの肩へとんだ。
「ひとりをよぶのに、ずいぶん名まえをならべましたね。まるでれんらく係が十人もいるみたいだ。」
「なにが十人だって。」
せいたかさんも、さすがにぼくの早口がききとれなかったらしく、ききかえした。ぼくは、きゅうによばれるといつもそうだ。
コロボックルは、ふつうにしゃべると、人間の三倍も早口になって、せいたかさんたちには、
「ルルルル」としかきこえなくなる。ぼくだって、ゆっくりしゃべろうと思えばできるのだが、せいたかさんがなれて、ぼくの早口は、たいていききわけてくれる。それで、安心しているとつい早くなりすぎてしまう。
「いくつも名まえをよぶから、れんらく係が十人もいるみたいだっていったんです。」
「まったくだ。」
せいたかさんはわらった。
「きみはいつでもどこにでもいるからね。十人ぐらいいるんじゃないかと思うことがある。」
そういって、ぼくを手のひらの上にすくいあげた。せいたかさんは、なにか調べごとでもしていたようすで、つくえの上には本やノートがなんさつもひろげられていた。
「おそくなってごくろうだけど、これからヒイラギノヒコに、この手紙をもっていってくれないか。たぶんまだおきてるだろう。」
そして、結び文にした小さな――ぼくにはかかえるほど大きい――手紙がわたされた。
「わかりました。」
ぼくがすぐにでていこうとすると、せいたかさんは、指を立ててとめた。
「手紙には、あしたの朝、ここへきてほしいって書いてある。しかし、つごうがわるければ、いつでもいいからってね。べつにいそぐことじゃない。そのことだけへんじをきいてきてくれ。」
ぼくがうなずくと、せいたかさんは、ぱらりとぼくをつくえの上に落とした。ぼくは、そのままぽんとはねて、まどからとびだした。外にはまんまるなお月さまがでていた。
せいたかさんの家は、ぼくたちのコロボックル小国の中にある。小さいけれど、よくできていた。中二階があって、そこだけが、向かいがわのがけをけずったところに、こしかけたようにのっている。上はせいたかさんたちのねるへや、下には、台所と茶の間のいっしょになった、ちょっと大きいへやがあり、中二階の下の、せまいところが、せいたかさんの勉強するへや――というより、くぼみだ。
せいたかさんとママ先生(当時はまだおちび先生)が結婚したとき、ぼくたちは、コロボックルの小山がかかえている三角平地に、家をたてて住むようにすすめた。
しかし、せいたかさんは、ようやく三年前になって、ここに、この小さい家をたてた。そして、ぼくがれんらく係になったわけだ。そのときから、せいたかさんの家にはれんらく係のほかは、かってに出入りしてはいけないことになっている。
小山には、ずっとむかし、せいたかさんのつくった小屋もある。その後、なんどか手入れをして、いまでもきちんとしているが、ここはコロボックルの城として、ぼくたちが使っている。
この小屋と、せいたかさんの家とは、よく似た形をしている。せいたかさんの家のほうが、ふたまわりほど大きいだけで、二つの建物は、まるできょうだいのようだった。
[#挿絵(img\017.jpg)]
ぼくは、その大きいほうのまどからでて、月あかりで、ひるまのような小山をよこぎり、小さいほうの、まどへむかった。時間にすれば、三秒もかからない。
そこのまどの下には、もう一つ、小さな出窓がある。これはせいたかさんのした仕事だが、ぼくたちの通路でもあり、上のほうは見張所でもあった。外からとびらをおしてはいると、中はがらんとしていて、頭の上から見張りの声がした。
「やあ風の子。こんなにおそく、なんだい。」
「世話役に手紙だ。」
ぼくはあおむいていった。ここの見張はスギノヒコだ。ぼくの親友で、ほくらのなかまではフエフキ≠ニいう。ふえがうまいのだ。もちろん、コロボックル通信社の一員でもある。
「なにか、おもしろい話があるかい。」
「いや。たいしたことはない。そっちは?」
「ない。」
「では、ちょっと待て。あかりをつけてやろう。」
ぼくは、小屋の中に通ずる、まるい戸をあけて待った。ぽっかりと豆電球がついた。スギノヒコが、自分の頭ほどもある、スイッチをおしてくれたのだ。
「ありがとう。」
いい残して、ぼくは中へはいった。ここはつくえのひきだしの中だ。小屋のつくえは、せいたかさんの作ったもので、つくりつけになっている。せいたかさんは、コロボックルのために、ひきだしをすっかりあけてくれた。ぼくたちコロボックルは、ここをまたこまかくしきり、まどをつけて、町をこしらえてある。
いちばん上のひきだしが、コロボックルの役場で、ひるまは世話役や、相談役のコロボックルがあつまっている。下のほうは、ここへうつってきたコロボックルたちの家や、学校がある。つくえの上は広場だ。
しかし、ヒイラギノヒコは、つくえのすぐ前のかべにかけた、こわれたはとどけいに住んでいる。これは、せいたかさんが、新しい世話役におくったもので、つくえの上から、そう高くないところに、とりつけられていた。ぼくは、つくえのうらへでて、ほそいはしごをかけのぼった。
「こんばんは。」
とびらの前で声をかけると、中から思いがけず、エノキのデブ先生が戸をあけた。
「やあ、きみか。いいところへきた。ちょっと話がある。」
そういって、にこにこした。
「わしはいま、ママ先生につける新しいばあや≠フことで、相談にきたところだが――。」
「ばあやですって?」
「つまり新しいれんらく係のことさ。」
そのことなら、ぼくもきいている。だからぼくは、なるほどと思った。いまのママ先生には、としよりのコロボックルをつけてあげたほうが、かえって役にたつかもしれない。ぼくとちがって、外をとびまわる仕事はめったにないし、れんらく係というより、話し相手のような係りだ。たしかに、ばあやでもいい。
「それで、ぼくに話ってなんです。」
「二、三日中につれていくから、なれないうちは、きみも、いろいろと、めんどうをみてあげなさい。」
「もちろんです。でも、だれにきまったんでしょうか。」
「クルミノヒメだ。」
ぼくはちょっと考えたが、クルミの一族に、そんな気のきいたおばあさんがいたかどうか、きゅうには思いだせなかった。
しかし、とにかくエノキの先生にいわれるまでもなく、ぼくたちれんらく係は、おたがいに助けあわなければならない。ぼくはおもに外の仕事をひきうけるし、ママ先生のれんらく係は、だいたい家の中のこまかい仕事をひきうけてくれる。ぼくが外へでるときは、かならず行く先を知らせておいて、いつ急用ができても、れんらくがとれるようにしていた。そこまで考えて、ぼくはちょっと心配になった。
もともと女のコロボックルは、めったに小山からはでないのだ。男は、一人前になれば、それぞれ仕事がわりあてられ、狩り≠ノもでる。むかしとちがって、ほしいものはせいたかさんにたのめば、なんでも手にはいるが、世話役の考えで、なるべくいまでも、自分たちで手にいれるようにしている。そのために小山の外にでるのが、狩りだ。
女は狩りにでない。だから外のことをよく知らないおばあさんでは、こまることがおきるだろう。そう思ってぼくは、デブ先生にきいてみた。
「まさか、よぼよぼのおばあさんではないでしょうね。」
そういったとき、世話役のおくさん――いまのところはまだママ先生のれんらく係――がでてきた。
「おや、風の子。だれがいったいよぼよぼのおばあさんなの。」
デブ先生は目をむいたが、すぐ、はっはっはとわらった。
「よぼよぼのおばあさんか。それをきいたら、きっとおこるぞ。よぼよぼどころか。」
そういって、また、はっはっはとわらった。
「元気すぎてこまるくらいだ。きみのほうが、どうかすると追いまくられるかもしれない。まあ心配するな。」
ぼくはせなかをパチンとたたかれた。世話役のおくさんは、あっけにとられてぼくたちを見ていた。そのとき、ヒイラギノヒコが、おくからでてきた。
「にぎやかだな。」
日にやけた顔に、白い歯が、月あかりで光った。
ぼくたちは、このわかい勇気のある世話役を心から尊敬している。前の世話役だったモチノヒコ老人が、
「自分はもうとしをとりすぎたから、かわりの世話役をえらぶように。」といったとき、コロボックルみんなが、このヒイラギノヒコを、えらんだ。ヒコ老人は、それで安心したのか、このごろは、地下の家からも、めったにでてこない。
「せいたかさんから手紙です。」
「ごくろうさま。」
世話役は、ぼくから手紙をうけとると、ゆかの上で手紙をひろげた。そのとき、ちょっと足も使った。そして手紙を読むと、エノキの先生とおくさんをふりかえった。
「せいたかさんが、またなにか考えているらしいよ。話があるから会いにこいっていってきた。」
「たぶんあまがえるの皮で長ぐつを作る方法か、木の根をくさらせて、りん(燐)をとる方法か、それでなければ、コロボックルの結婚式のことか、コロボックルの赤んぼのそだて方がききたいのさ。」
「もういい。」
世話役は、わらいなから手をふって、デブ先生をだまらせた。
「せいたかさんに、わかりましたっていってくれ。あしたの朝いきますって。」
「はい。」
ぼくがひきさがろうとすると、世話役がよびとめた。
「コロボックル通信社は、その後もうまくいってるかい」
「ええ、と答えてから、ぼくはおくさんを見た。おくさんは、もちろんぼくたちのしていることをよく知っている(そして、よくてつだってもくれるが)。世話役にはないしょにしてくれるように、たのんであったのだ。
でもおくさんは、首をすくめて目をくるりと一まわりさせた。世話役はちょっとわらった。
「わしは、せいたかさんからきいたんだよ。とてもいいことだと思っている。これからもずっとつづけてあげるといい。」
「わ、わかりました。」
ぼくは、ついどもった。
「な、なかまたちにもそういいます。」
ぺこりと頭をさげて、ぼくは、はとどけいからとびだした。あとから、エノキの先生の、大きな声がした。
「おうい、せいたかさんによろしく。」
こんなふうにどなるなんて、このコロボックルは、先生のくせにあまりおぎょうぎがよくない。でも、ぼくは大すきだ。
よくはれた秋の朝は、ほんとうに気持ちがいい。せいたかさんの家のまどからは、三角平地いっぱいにさいたコスモスが見える。つばきの木の下へのぼる小道は、コスモスの花の道だ。
ヒイラギノヒコは、服につゆのしずくをくっつけて、その中をくぐりぬけてきた。
コロボックルが、せいたかさんの家へはいるときは、世話役といえども、一度かべの中の通路から、ぼくのへやへはいらなければならない。そこにぼくがいれば、ぼくが案内するが、もしいないときは、スイッチをおして、ママ先生のれんらく係に、あいずのベルをならす。ふたりともいないことは、めったにない。
「おはよう。」
世話役は、ぼくのへやにとびこんできていった。
「せいたかさんは、待ってるかい。」
「そこにいますよ。」
ぼくは、本だなに通ずる戸をあけて、そのまま世話役をおしだした。
「やあ、よびつけてわるかったね。」
せいたかさんが、すぐにみつけて立ちあがった。
「さあ、ここへきてくれたまえ。」
そういいながら、からっぽのインキびんをつくえのまん中にすえた。世話役は、どういうわけか、せいたかさんのところへくると、きっとこのインキびんの頭にのって、こしをおろす。ここがヒイラギノヒコの席にきまっているらしく、せいたかさんもたいせつにしている。
「クリスケも、どこかそのへんにすわって、いっしょに話をきけ。」
せいたかさんがそういってくれたので、ぼくもインキびんの前に、あぐらをくんだ。ぼくたちの席がきまると、せいたかさんもいすにもどった。
[#挿絵(img\024.jpg)]
「さて、じつをいうと、わざわざきてもらうほどのことではないのだが――。」
せいたかさんは、ちらりとうでどけいを見ていった。
「気にすることはないよ。」
世話役は、いつものくせで、鼻に小じわをよせてわらった。
「手紙には、ききたいことがあるって書いてあったけど、いったいなんだい。」
「それがね。」
と、せいたかさんはいった。
「むかし、きみたちが飼っていたという、小さないぬのことでね、くわしい話が知りたいんだ。」
「ああ、あれか、あれはマメイヌっていうんだよ。大きさが、まめぐらいしかないんだ。」
世話役はうなずいた。
「でも、わしの知っていることは、せいたかさんも知っているはずだがな。」
「そうなんだが、ちょっと、わけがあってね。」
ぼくは、だまってふたりの話をきいていた。ぼくたちの先祖が飼っていたという、小さないぬのことは、ぼくもとしよりからきいて、おぼろげながら知っている。なんでも、ぼくたちにふさわしい小さないぬで、コロボックルより、もっとすばしこく、りこうな動物で、ぼくたちのよい友だちだったそうだ。しかし、先祖が地面の下にもぐってくらすようになってから、いつのまにかみんな死にたえてしまったということだった。
「じつは、この小さないぬを、人間も飼っていたことがあるらしいんだ。そんな話を、ついこのまえきいたんでね。もういちどくわしくしらべてみたいと思ったんだ。」
「へえ――。」
と、世話役もびっくりしているようだった。
「もっとも、このへんの人間たちは、そのいぬのことを、きつねだと思っていたらしく、ユビギツネとよんでいたようだ。しかし別名をユビイヌともいったらしいから、ぼくはたしかに同じものだと思う。人間は、ふしぎな力をもった生きものとして、だいじにしたらしいがね。」
「ふしぎな力って、どんな力だろう。」
「宝ものをさがしだすとか、先のことがわかるとか、そんなふうに考えていたんだそうだよ。」
「人間って、へんなこと考えるもんだな」
と、世話役は首をかしげた。
「マメイヌには、そんなふしぎな力なんかなかった。役にたつすばらしいいぬだったそうだけど。」
「そうだろう。もちろん、ぼくもそう思う。でも、人間は、へんなことを信ずるものなんだよ。たぶん、そんな小さなめずらしい生きものをみつけて、だれかがいいかげんにいいだしたことだろうがね。」
「それで……。」
と、世話役かいった。
「なんでまた、せいたかさんは、そんなおかしな話をしらべる気になったの。」
「この話をきかせてくれた人が、おもしろいことをいったんだ。つまり、ユビギツネを飼う家は、先祖代々、うけついできているって。それで、ユビギツネ使いの家という、家筋があるんだそうだ。」
「ふうん。」
「おまけに、おそらく、いまでもそういう家には、そのふしぎな生きものが、生きのこっているはずだっていうんだ。」
「まさか。」
ぼくは思わずそういった。世話役とせいたかさんは、びっくりしたようにぼくの顔を見た。
そしてわらった。
「しかしね。」
と、世話役は、すぐにまじめになっていった。
「わしらだって、こうして生きているんだからね。」
「そうなんだ。ぼくもそう思った。もしかしたら、マメイヌは、いまでも生きのこっているかもしれない。すくなくとも、そう思ったほうが、はりあいがあるじゃないか。」
「わかりました。」
ぼくはあっさりうなずいた。せいたかさんは、にこにこしていった。
「ぼくだって、ほんとのところは、クリスケと同じさ。まさかとは思うがね。しかし、とにかく、しらべてみるのがいいだろう。」
「それはそうだ。」
世話役は、インキびんの上ですわりなおした。
「ところで、その、ユビギツネ使いの家筋っていうのが、この近くにもあるんだろうか。」
世話役が、あごをささえたままきいた。
「それがわからないんだ。というのも、ユビギツネ――つまりマメイヌを飼っていることを、人に知られてはいけないんだそうでね。なぜ知られてはいけないのかよくわからないが、とにかくだれにもいわないそうだ。」
「それはこまったね。」
「そこで、きみにききたいんだ。ほら、いつかきみは、一度だけマメイヌを見たという、コロボックルの話をしていたじゃないか。あの話を、くわしくしてくれないか。」
「そうそう。」
世話役はうなずいた。
「あれは、マツノヒコのひいじいさんだ。うん。あれは、なにか手がかりになるかもしれないな。」
そうひとりでつぶやいて、こんな話をした。
「そのころも、もちろんあのいぬは、すっかり死にたえたと考えられていた。ところが、マツノヒコのひいじいさんが、近くの村まで、狩りにでたときだったそうだ。」
夕がただったにちがいない、と世話役はいった。ひるまは、狩りにでてはいけなかったころの話だ(いまは近くならいつでていってもよい)。
マツノヒコは、目の前を、つぶてのようにかけぬけた生きものに気がついた。見たことのない速さにおどろいたマツノヒコは、とっさにあとを追った。
えらばれて、狩りにだされるくらいのコロボックルだから、足の速さは自信がある。ところが、そのマツノヒコでも追いつかない速さだった。
――こんちくしょう――
「たぶん、そう思ったんだろうよ。」
世話役は、身ぶりをいれて話をつづけた。
「あらんかぎりの力をだして、追っていったそうだ。そして、その黒いかたまりが、どこかの金持ちの家の倉にとびこんだところを、ようやく見ることができたというんだがね。」
マツノヒコは、自分も、その倉の中にはいってみたそうだが、中にはなにもなかったという。かえってきて、当時の世話役にその話をしたところ、おそらくあのマメイヌの生きのこりだったのだろうということだった。
せいたかさんは、そこでからだをのりだした。
「そこのところがだいじなんだ。もしかしたら、その倉をもっていた家が、ユビギツネ使いの家だったかもしれないからね。その家はどこだったの。」
「うむ。」
世話役は首をひねった。
「ところが、その家がどこの家だったか、わしはきいていないんだ。おそらくだれも知らないんじゃないか。」
「それはざんねん。しかし、まあ、ぼくがしらべてみよう。倉をもっていた家なんて、そうたくさんはないはずだから。」
世話役はうなずいて、ちょっと目を細めた。
「ほんとに、マメイヌが生きていたら、またわしらも飼うことかできるだろうか。」
「それは、なんともいえない。ぬすんでくるわけにもいかないしね。しかし、生きてさえいれば、どうにかなるだろう。」
「そうなると、ありがたいな。」
世話役は、ひとりごとのようにいった。
「わしらは、狩りにいくとき、そのマメイヌをつれていく。見張りの仕事もてつだわせる。子どもたちの相手もさせる。ずいぶんかわいいだろうな。なあ風の子、そう思わないか。」
「なんですって。」
ぼくは、いきなり声をかけられて、びっくりした。というのは、そのときまで、ぼくは、ある一つのおかしな思い出のことを、しきりに考えていたのだ。ぼくは、立ちあがっていった。
「ちょっと、世話役にききたいことがあるんですけど。」
「なんだい。」
「それからあと、ぼくたちのなかまで、そのいぬを見たものはないんですか。」
「そうだね。きいたことがないよ。モチノヒコ老人も、そんな話は教えてくれなかったし。」
ぼくは、だまってまたすわった。そのとき、ママ先生がカーテンから顔をだした。
「あなた、もう時間ですよ。」
「やあ、もう会社へでかけなくちゃ。」
せいたかさんはそういって、世話役に手をさしだした。
「どうもありがとう。とにかく、ぼくはしらべそみるよ。」
世話役も、インキびんからとびおりて、せいたかさんの指をにぎった。
「わしらに、もしてつだえることがあったら――。」
そういいながら、ぼくを見た。
「そうだ。この風の子のなかまたちを使うといい。きっと役にたつよ。」
「ああ。」
と、せいたかさんはにこにこした。
「じっは、ぼくもそう考えている。それでクリスケにもこの話をきいてもらったわけさ。」
「なるほどね。」
世話役は、わらいながらぼくに手をふって、本だなへとびあがり、ぼくのへやから、かえっていった。
「どうだい。」
せいたかさんは、ぼくを見ていった。
「おもしろい話ですね。」
ぼくは、顔をしかめて答えた。ぼくのふしぎな思い出のことを、話そうかどうしようか、ちょっとまよったのだ。しかし、まだ話すのは早いと思いなおした。
「ぼくたち、いつでもてつだいますよ。」
ぼくは、それだけいって、あとは、ごくりとおなかの中へ、つばといっしょにのみこんでしまった。
その思い出というのは、ぼくが大風の日に、遠くまでふきとばされて、ゆくえ不明になったときのことだ。
そのころ、ぼくたちの家族は、小山のてっぺんに近いくりの木の古いかぶの下に住んでいた。ここには、五十家族ほどが住む、ぼくたちの町があり、くりの町という名でよばれている。古かぶの根もとには、いくつかのほらあながあって、外へ通ずる町の出入り口になっていた。
古かぶからは、三本にわかれて幹が立ち、その一本には、コロボックルの見張所があった。その見張所には、町の男たちが、毎日いれかわりに、ふたりずつ見張りにのぼる。
あれは、たしか夏のおわりごろのことだった。
雨はふらないのに、ひるまから、むやみと風が強かった。朝早く、見張所にのぼったぼくの父は、夕がたになってもおりてこなかった。
もともとコロボックルは、木のぼりがすばらしくうまい。まっすぐなかべでさえ、一気に二メートルぐらいならのぼるほどだ(まして、おりるのはわけない。よほど高くないかぎり、とびおりてしまえばいいからだ)。
しかし、風があまり強いといけない。木のぼりどころか、からだの軽いコロボックルは、歩くのもむずかしくなってしまう。思うようにからだが動かせなくなって、思わぬ失敗をすることが多いのだ。そんなとき、コロボックルは、風にのることを考える。風にさからわず、自分からとばされていくのだ。
だが、これは、おりるときにはいいが、木のぼりには役にたたない。だから、その日はかわりの見張りがのぼっていけなかった。
見張所は、えだのわかれめにつくられたあなで、まず、ふきとばされることもない。それで、ぼくの父はかわりの見張りがくるまで、そのままがんばるつもりだったのだろう。
まだ子どもだったぼくは、父をむかえに、だまって地下の町をぬけだし、古かぶの上へよじのぼってみた。
「おうい。」
なんどか、そこからさけんでみたのだが、風でとどかなかった。そこで、ぼくは見張所までのぼってみようと考えた。
子どもが見張所にあがることは、かたくとめられている。だから、もともとぼくがわるいのだ。もし、その日がいい天気だったら、きっとだれかにみつかって、ぼくはしかりとばされ、追いかえされたにちがいない。しかし、その日は、そんな空もようだったから、狩りにでるものもなく、ぼくをとめるものがいなかった。
ぼくは、あたりを見まわして、それから、ひといきに中ほどまでのぼった。そして、あっというまにふきとばされてしまった。
いまのぼくなら、じょうずに風にのってみせる。しかし、そのころは、とてもできなかった。
たちまち紙くずのように高くまいあげられ、ぼくは、まったく思いがけないほど、長いあいだ空中にいた。大波のようにゆれる林が、ぼくのまわりをぐるぐるまわっていた。そのうちに、すっかり目がまわって、地面に落ちたときのことはおぼえていない。
[#挿絵(img\034.jpg)]
やがて、ぼくは、つめたいしずくにぬらされて、気がついた。いつのまにか、雨もふっていたのだ。もうあたりはまっくらになっていた。
風は、あいかわらずものすごい音をたてて、はるか頭の上をふきぬけていた。だが、そのわりに、ぼくのまわりはしずかだった。目がなれると――コロボックルは、くらい中でもかなり目がきく――ふといまっすぐな木が、たくさん立っていた。あとでわかったのだが、そこはたけやぶだったのだ。
ぼくが小山から外へでたのは、それが生まれてはじめてだった。コロボックルたちは、一人前にならないと狩りにでることもゆるされない。小山には、細いしのだけはいくらもあったが、|もうそうちく《ヽヽヽヽヽヽ》のたけやぶはなかった。だから、ふとくて大きなたけを見たのも、はじめてだった。
さいわい、からだを動かしてみると、どこもけがをしているようすはない。そこで、とにかく高いところにのぼってみようと思った。自分がどこにいるのか、小山はどっちのほうか、わかるかもしれないと考えたのだ。
さっそく、近くの木にのぼりはじめたが、ほんのすこしのぼると、もう手かかりかない。おまけに、大きくゆれて、ふりおとされそうだった。
――こんな、すべすべした木はだめだ――
ぼくはそのとき、そう思った。だが、どの木もどの木も、みんな同じだった。それで、ようやく、これは木ではなく、ふといたけなんだな、と思いあたった。
――あまり動いて、つかれてはいけない――
そう気がついたぼくは、どこか安全なところをさがして、夜の明けるのをまとうと考えた。くらいたけやぶの中を、あちこち歩きまわって、半分土にうまった、小さなガラスのあきびんをみつけた。ぼうでつついて、中になにもいないのをたしかめてから、かわいたたけの落ち葉をいっぱいしいて、もぐりこんだ。
大きなやぶかが、こんなあらしの夜なのに、とびこんできたが、あわててすぐにでていった。ぼくたちは、どういうわけか、たいていの虫からきらわれる。それを見て、すっかり安心したぼくは、やがてうとうととねむってしまった。
へんな虫におそわれたのは、そのあとだった。
はじめぼくは、顔につめたいものがさわったような気がして、目をさました。
びんの中はあついので、頭を入り口のほうにむけていたのだ。
ぼくはとびおきた。そして、いやというほど頭をびんにぶつけた。すると、なにかひくい声がして、ぼくの足もとにいた、なまぐさい生きものが、とびついてきた。大きさは、ぼくよりすこし小さいくらいで、まっ黒に見えた。
ころがりながらびんをとびだすと、もう一ぴき、同じ虫がいて、くつの上からぼくの足にかみついた。
むちゅうで、そいつのしっばをつかみ、ひきはなして、力いっぱいふりとばした。そのとき、その虫がないたのだが、どんな声だったかはわすれてしまった(もし、こいつがマメイヌだったら、きっとキャンキャンといったはずだ)。しかし、なき声はわすれたけれど、そのときつかんだしっばが、ふさふさしていて、なまあたたかいと思ったことはおぼえている。
ふりとばしたときのはずみで、ぼくもひっくりかえって、またびんに頭をぶつけた。あわてておきあがったときは、カサカサと音をたてて、にげていってしまった。
[#挿絵(img\036037.jpg)]
――へんな虫だ。気持ちのわるい虫だ――
ぼくはいつまでも、そんなことを考えていて、もうねむれなかった。虫にかまれた足は、くつにあとがついただけで、なんでもなかった。
風は一晩じゅうふいて、ぼくをおびやかした。こんなに思いがけないできごとがつづくと、さすがに心ぼそくなって、なくつもりはなかったのに、なみだのほうが、かってにぽろぽろとでてきた。
話のついでに、そのときのぼくが、どうやって小山へかえってきたかというと、これはママ先生のおかげだった。といっても、ママ先生が、ぼくをみつけて、つれもどしてくれたのではない。ママ先生は、ただ、小山の小屋にいるせいたかさんに、はじめて手紙をだしただけだ。ところが、そのおかげで、ぼくは小山へかえってくることができた。
すっかりよい天気になったつぎの日、ぼくは方角がわからずに、半日まごまごしていた。あちこち歩きまわっているうちに、ぽっかりと広い道へでた。その道を、赤い自転車に乗ってきた人が、ぼくのすぐ近くで、片足を道についてとまった。そして、畑に働いていたお百姓さんにむかって、大声をだした。
「キモンヤマっていうのは、いったいどこだね。」
「なんだとう。」
と、畑の中からも、大声で答えた。
「キモンヤマに、なんの用だな。」
「そこへ手紙がきているんだがね。」
「おお手紙かあ。なんでも、ものずきなわかい男が、ひとりで住んでいるってきいているが、そいつだなあ。」
そういって、道をおしえていた。
鬼門山というのは、この村の人たちが、ぼくたちの、矢じるしの先っぽの国、コロボックル小国につけた、古い名まえだ。せいたかさんは、コロボックル山という新しい名まえをつけていたが、ママ先生は、古いほうを、手紙のあて名に使ったのだろう。
ぼくは、しめたと思った。そこで、その赤い自転車にかけより、うしろのほうへしっかりしがみついた。
あとはもう、わけはなかった。ぼくは、ママ先生の手紙といっしょに、せいたかさんの小屋へとどけられた。
ぼくが、それからどんなにしかられたか、しかられながら、どんなにたくさんごはんをたべたか、なんていうことは、どうでもいい。
とにかくぼくは、きかれるままに、風にふきとばされたこと、どこかのたけやぶで、一晩ねてきたこと、手紙をもってくる人の、赤い乗りものにつかまって、かえってきたことなどを、なんでもないことのように話した。おそろしいめに会ったなんていったら、よけいにしかられそうで、黒いへんな虫のことは、だれにも、ひとこともしゃべらなかった。
そのうちに、ぼくもすっかりわすれてしまった――さっき、せいたかさんと、世話役に、マメイヌの話をきくまで。
――もしかしたら、あれはマメイヌだったのだ――
ぼくは、会社へでかけるせいたかさんのポケットの中で、もういちどそう思った。しかし、やはり当分のあいだ、せいたかさんにはないしょにしておくことにした。ぼくたちコロボックル通信社のなかまで、ほんものの、生きたマメイヌを、つかまえられるかもしれない。そのときまではひみつだ。せいたかさんを、あっといわせてやるのだ。
ぼくは、会社の、せいたかさんのつくえの中で、ひとりでどきどきした。
こんなふうに、会社へきているときのぼくは、あまり用がない。せいたかさんとも、会社ではゆっくり話ができないし、このごろは、コロボックル小国もしずかで、せいたかさんに心配をかけるようなできごとも、ない。だから、ぼくは、おひるまではせいたかさんのそばにいて、あとは小山へかえることにしている。そのとき、ママ先生にれんらくすることがあれば、ぼくがきいていく。ぼくは電話のかわりをするわけだ。
たとえば、仕事がいそがしいから、かえりがおそくなるとか、晩のおかずには、おとうふのみそしるがいいとか、そんなことだ。ぼくは、電話なんだから、どんなことでも、よろこんで伝える。
しかし、きょうは、一日じゅうせいたかさんのそばにいた。そして、マメイヌをどうやってさがしたらいいか、いろいろと考えをねった。
夕がた、せいたかさんの肩にのって、小山へむかってかえりながらも、ぼくはまだ考えごとをしていた。それで、せいたかさんが心配してくれた。
「クリスケは、ばかにおとなしいね。からだのぐあいでも、わるいのかい。」
「いいえ。とんでもない。」
ぼくはあわてて答えた。
「ちょっと、考えることがあったんです。」
「ほう。」
せいたかさんはおもしろそうにいった。
「きみが考えるって、なんだね。」
「それは――。」
と、ぼくはこまってしまった。
「そのう、まだひみつなんです。」
「なるほど。」
せいたかさんはうなずいた。
「そのひみつは、たぶんたのしいひみつなんだね。」
「そうです。」
「そういうひみつは、たいせつにしておきたまえ。」
そういわれると、ぼくはきゅうに、なにもかもしゃべってしまいたくなってこまった。
「けさの、マメイヌの話ですけど、さっそくコロボックル通信社でも、しらべはじめるつもりですよ。」
「よかろう。しかし、なにをどうやってしらべるんだい。」
「それがひみつなんです。」
ぼくはやっと思いとどまってそういった。ぼくたちは立ちどまって――といっても、せいたかさんだけ、とまったのだが――顔を見あわせて、わらった。ぼくは大息をついて、せいたかさんに約束した。
「でも、いつか、すっかり話します。」
「たのしみだな。」
せいたかさんはにこにこした。そのとき、ぼくたちは、もう小山の見えるところにきていた。
ちょうど小山へはいる小道から、新聞配達の男の子が、足ばやにでてくるのが見えた。
「おや、えくぼのぼうや≠セな、ちょうどいい。」
せいたかさんはその子がやってくるのを見て、なにか思いだしたように、そんなことをいった。
「ぼくはちょっとあの子に用があるから、きみは先にかえりたまえ。」
そのまませいたかさんの肩からとびおりて、ぼくは一足さきに小山へかえった。ママ先生が、スカートに、おチャメさんをくっつけながら、せんたくものをいれていた。
「ただいま。」
ぼくは、いそがしそうなママ先生の耳に、ささやいた。
「あら、おかえりなさい。風の子、ひとり?」
「いえ、あとからきますよ。すぐそこで、新聞をもってくる男の子と、なにか話をしてます。」
「ああ。」
ママ先生は、にこにこしていった。
「もちの木の入り口にある郵便受けは、小さすぎるのよ。それで、大きなポストをつくるんですって。きっとその話をしているのね。」
「せいたかさんらしいや。」
ぼくがそういっていきかけると、ママ先生が口ぶえをふいて、ぼくをよんだ。
「いつもの、お友だちがきて、まってるわよ。」
「いつものって、だれ。」
「ほら、あのふえのじょうずな子で……。」
「あれ?」
ぼくは、おしまいまできかずにいった。
「ちょうどよかった。これからよびにいこうと思っていたんです。」
スギノヒコは、コロボックルの城の見張役だが、この仕事は、一日おきに休みがある。あの音楽家は、きのう仕事についていたから、きょうは休んでいるわけだ。ぼくは、とにかく、スギノヒコに相談しようと考えていたところだった。
「ママ、なあに。なんていったの。」
おチャメさんが、ふしぎそうにママ先生を見あげた。ぼくは大いそぎでお礼をいって、自分のへやにかえった。
ところが、フエフキは、ぼくのねどこの上で、すやすやとねいきをたてていた。ねるなら、自分のへやでねればいいのに、こいつはときどきこうやって、ぼくのへやへきてひるねをする。一晩じゅう見張りをして、明けがたから休めるのだが、まだねむりがたりないのだろう。
「おい、おきろよ。」
ぼくは、フエフキをゆりおこした。
「ああ、おそかったな。」
フエフキは、パチンと、まるで音がしたように目をさました。目ざめのいいのは、見張りをしているからかもしれない。
「なにか用かい。」
「なにか用かって、用があるのは、そっちじゃないのかい。ぼくを待ってたんだろ。」
フエフキは、おちついて、くつをはいた。
「いまのおこし方は、たしかになにか用があるようなおこし方だった。だいいち、ぼくは、きみに用なんかないもの。」
「ただひるねにきただけかい。」
ぼくは、あきれていすにすわった。いすといってもママ先生からもらった、香水びんのふただ。ぼくはこれにちょっと細工して、いすに使っている。
「では、ぼくの話をきけ。きみはいいところへきたんだ。」
そして、ぼくは、まず、けさのせいたかさんの話をしてきかせたのだ。
「というと?」
フエフキは、たちまち熱心になった。
「そのマメイヌを、ぼくたちもさがしてみようというわけだな。」
「そうなんだ。」
「しかし、どこからはじめるんだ。マツノヒコのところへいって、もうすこしくわしい話をきいてみようか。」
「待て待て。」
ぼくは、フエフキをとめた。
「そっちのほうは、せいたかさんがやってくれる。ぼくには、二つ考えがあるんだ。まあ、だまってきけよ。」
フエフキは、ぼくの顔を見たが、ふところから、細い細いたけをとりだした。それから、ぼくのこしへ手をのばして、かってにぼくの短剣をひきぬいた。そして、ひざの上で、たけをけずりはじめた。フエフキは、新しいふえをつくっているのだ。
[#挿絵(img\046.jpg)]
「さあ話せ。」
「うむ。」
そこでぼくは、自分の子どものころの、かわった思い出を、できるだけくわしくしゃべった。
フエフキは、せっかくはじめたふえつくりをやめて、目を光らせた。
「おめえ、そんなこと、いままで話したことねえじゃねえか。」
フエフキは、むちゅうになると、ひどくことばがわるくなる。ぼくもつられた。
「あたりめえさ。わすれてたんだからな。」
「そんで、そのへんな虫ってえのは、たしかにその、マメイヌのちくしょうだったか。」
「それがはっきりしねえ――いやしないんだ。」
「うん。」
フエフキは考えこんだ。
「そいつがマメイヌだったとして――、そんなあらしの晩には、いくらマメイヌでも、遠くへはでまい。とすれば、そのたけやぶの近くに、そいつらの巣があると考えてもいいな。」
そして、またたけをけずりはじめた。
「まず、なかまをあつめようや。みんなにあっまってもらって、相談しよう。コロボックル通信社の通信員たちぜんぶだ。」
ことばがよくなったところをみると、フエフキも、話がのみこめて、おちついたのだろう。
そこでぼくたちは、それから、きゅうに声を小さくして、いろいろと話しあった。ぼくは、一日じゅう考えてきたことを、フエフキにきいてもらった。
「ぼくの見たのが、マメイヌだったかどうか、ほんとははっきりしない。でも、そう考えて、そこから手をつけるのがいいと思うんだ。それには、ぼくがとばされていった、たけやぶをみつけなければならない。」
「どこだか、わかってるのかい。」
「きょう、一日じゅうそのことを考えていた。古いことなので、おぼえてはいないが、台風はたいてい南風がふくだろう。だから、ここから、北の方にきまっている。そっちに、たけやぶがあるかどうかをしらべるんだ。」
「よしきた。」
「あとで、せいたかさんから、この村の地図をかりよう。」
「こうなったら、早いほうがいいぜ。おれはちょっとひとまわりして、みんなをよんでくるよ。もうみんなやすんでいるころだろう。おまえは、せいたかさんに、ことわっておいてくれ。」
ぼくがへんじをしないうちに、気の早いフエフキは、とびだしていってしまった。
さて、その夜、ぼくのへやにあっまったぼくたちのなかまを、ひとりずつ紹介しよう。
まず、カエデノヒコだ。よび名はハカセ≠ナ、これはせいたかさんがつけた。ぼくたちより、すこし年上で、えらばれて、コロボックルの医者になる勉強をしている(コロボックルには、むかしから、そういう役目をするものがいて、せいたかさんも感心したほど、すぐれた医者がいる)。おっとりしているが、いい医者になるだろう。
つぎは、サクラノヒコ、よび名は、サクランボだ。いちばん背が小さく、いたずらがすきで、ふざけてばかりいる。赤んぼう≠ニいうよび名がついていたのだが、さくらの赤んほう≠ェつまって、サクランボになった。地下工場の係りで、仕事のうでは、すばらしい。ツバキの技師の一番弟子だ。
もうひとり、ヤナギノヒコがいる。おとなしいコロボックルだが、狩りにかけては、ずばぬけている。学校で、男の子たちに狩りのしかたをおしえているくらいだ。ぼくたちが、ネコ≠ニよんでいるのは、どんなに早く動いても、けっして音をたてないからだが、本人は、ねこやなぎのネコだろうといっている。
それに、フエフキと、ぼくをいれて、ぼくたちコロボックル通信社の通信員は、ぜんぶで五人だ。
フエフキが、あせをかいて走りまわったおかげで、みんなぼくの部屋にあつまった。五人もはいると、ぼくのへやはいっぱいになってしまう。
「さあみんな。これから、ぼくの話すことをよくきいてくれ。」
フエフキは、できかけのふえをふりまわして、みんなのまん中に立った。
「なにをはじめるんだい。ふえをきかせてくれるのかい。」
「ふえをふくなら、こんなせまいところでないほうがいい。」
「そうだそうだ。」
「うるさい。」
フエフキがどなっている。ぼくは、そのフエフキをよんで、耳にささやいた。
「ちょっと、せいたかさんのところへいって、地図があったかどうかきいてくる。そのあいだに、みんなに説明してくれ。」
「うん。」
フエフキは、顔をしかめてうなずいた。ぼくは、本だなへぬける戸をあけて、せいたかさんのへやへでた。スタンドのあかりはついているのに、せいたかさんはいなかった。
つくえの上にとびおりてみると、いつのまにか、この町の地図が、いっぱいにひろげてあった。これは、せいたかさんの会社で使うもので、電線の張り方がこまかくかいてあり、一軒一軒の家まで書きこまれている。ぼくが、さきほどたのんでおいたものだった。
せいたかさんを、さがしにいこうとしたとき、ふと、地図の横においてある紙きれに気がついた。せいたかさんの字だ。
┌─────────────────────────┐
│ 今夜は、ここをきみたちに使わせてあげる。    │
│ 地図を見るには、きみのへやはせますぎるものな。 │
│   風の子どの                 │
└─────────────────────────┘
ぼくはよろこんで自分のへやへもどった。なかまたちはしいんとして、フエフキの話をきいていた。
「そこで、風の子がふきとばされたたけやぶがどこだったか、まずしらべる。それから先はみんなで考えて、どうしたらいいかきめるんだ。」
ぼくがもどっていくと、みんなは、いっせいにぼくの顔をじろじろと見た。
「おい。」
と、サクランボが声をかけた。
「ほんとに、マメイヌを見たのかい。」
「いや。」
ぼくは、首をふった。
「たぶん、マメイヌだと思うだけだ。きみたちの中で、そんなかわった虫にであったものはないか。」
みんな、てんでに首をふった。
「ネコ、おまえ見たことないか。」
「ぼくはない。」
「ハカセは?」
「ぼくは、そのとき、風の子がはいていたくつを見たいよ。」
「なんだって?」
「くつには、その虫がかんだ、歯のあとがついたはずだ。それを見れば、およそ見当がつくんだがな。」
「なるほど。」
フエフキが、ぼくの肩をつかんだ。
「おめえ、そのくつをどうした。」
「知るもんか、とっくに、やぶけてすてちゃった。」
「ちぇっ。」
フエフキは、ねどこの上にドシンとこしをおろした。
みんなが、げらげらわらった。
「さあ、わらってないで、こっちへこいよ。今夜はせいたかさんが、つくえの上を使わせてくれるんだ。」
ぼくは、ノートとペンをもって、へやをでると、せいたかさんのつくえの上にとびおりた。
みんなが、つづいて、小石のようにとびおりてきた。もっともネコだけは、そんなときにも音をたてない。
「いいかい。ぼくが立っているところが、この矢じるしの先っぽの、コロボックル山だ。サクランボ、きみの前に方角の矢じるしがついているだろう。」
「ああ。」
「その方向が北だ。ネコ、きみはここへきて、ここから、北へむかって歩いてみてくれ。村のようすをいちばん知っているのは、きみだからな。」
「うむ。」
「よく気をつけて、地図を見るんだぜ。どこかに、たけやぶのあるところがあったら、すこしはずれててもいいから、おしえてくれ。」
ネコは、しずかに音をさせずに歩いた。そして、すぐに立ちどまった。
「山のうら手のたけやぶは、ちがうんだろうな。」
「うん。そんな近くではなかった。」
「すると、まず、ここに一つある。」
ネコの指さしたところに、ぼくは、サクランボを立てた。
「ここの家のうらにも、小さいのがあるはずだ。」
ハカセが自分からそこに立ってくれた。
「ここにもあったんじゃないか。」
フエフキが、ネコのあとについて歩きながらいった。北よりも、かなり西へずれているところだ。
「ある。しかし、そんなにはなれてもいいなら、こっちにもある。」
そこで、フエフキと、ぼくが立った。
[#挿絵(img\053.jpg)]
ネコは、やがて地図のはしへいった。
ここには丘がつらなっている。この丘の上には、自動車道路が通っているが、その道路をこえたところに、ネコは自分で立ちどまった。
「ここにも、大きなたけやぶがある。しかし、いくら台風でも、こんなに遠くまでとばされやしないと思うがどうだろう。」
するとハカセがいった。
「風の子、ちょっと、はかってみないか。」
そこで、ぼくは、地図のすみにかけより、そこに書いてある縮尺の上を歩いてみた。それから、小山の場所へもどって、一歩、二歩と、かぞえながら、ネコのところへ近づいた。
「約、一・五キロメートルだ。」
「そんなにあるとすれば――。」
ハカセは目をつぶって考えた。
「そこまではとばされないと思ってもいいな。」
「そう思うよ。」
ぼくもうなずいた。これで、あやしいたけやぶは、フエフキ・ハカセ・風の子・サクランボの四人の立っている四つのたけやぶというわけだ。
ぼくたちは、それぞれ、自分の立っている場所を、よくおぼえてから、地図の上にまるくなって、こしをおろした。そして、これからはじめる、コロボックル通信社のマメイヌさがしの仕事について、こまかい打ち合わせをしたのだった。
地図の上で、ぼくたちが考えたことを、ぼくは自分のノートにくわしくつけた。だからあとになっても、だれがどんなことをいったか、よくわかる。
「風の子が、自分のとばされたたけやぶをみつけたらさ。」
鼻の頭を指ではじきながら、サクランボがいった。これはサクランボのくせだ。
「みんなで、そのたけやぶを、とことんまでさがしてみよう。」
「マメイヌをかい。」
「いや、マメイヌの足あとをさ。」
サクランボはおちついて答えた。
「そのたけやぶは、もしかすると、マメイヌの通り道なのかもしれないし、そのへんに住んでいるのかもしれない。そうだとすれば、どこかに、マメイヌの足あとが、ついているかもしれないもの。」
「なるほど。それがまず一つだね。」
ぼくはノートに書きこんだ。
「それから、近くの家を、よくしらべてみるんだな。」
と、フエフキがいった。
「どうしてさ。」
サクランボがきいた。
「つまり、その家のどれかが、せいたかさんのいった、ユビギツネ使いの家かもしれない。」
「それで二つだ。」
ぼくはノートに書きながらいった。
「そのほか、なにか考えついたものは?」
すると、ネコがゆっくりいった。
「ぼくは、すこしちがう考えがあるんだよ。」
みんなが、そろってネコの顔を見た。
「もし、風の子の見たのがマメイヌだったとしても、ただのマメイヌではないような気がする。」
「ただのマメイヌでないって、どういうわけ。」
「つまりね。」
ネコは手をふって、話した。
「もとは、人がきつねのつもりで飼っていたいぬでも、もしかしたら、とっくのむかしに、のらいぬになってしまったマメイヌではないかと思う。」
ぼくたちは、だまってネコのいうことをきいた。ネコはおとなしいコロボックルだが、ときどき、思いがけないことをいいだす。
「もし、人間が飼っているのなら、だいじにされているはずだろう。そんなあらしの晩に、外にだすようなことはしないと思うんだ。」
「おもしろい考えだね。」
そのときになって、はじめてハカセが口をだした。ぼくはノートに書くのをやめて、ハカセのことばを待った。
「ネコのいうのは、あるいは、あたっているかもしれない。風の子に、いきなりくいついたりしたところは、ずいぶんあらっぽいしね。しかし、なにかわけがあって、わざわざそんな晩だからこそ、はなしてやったとも考えられる。ぼくたちは、はじめからのらいぬときめないほうがいいだろう。」
さすがにハカセは、考えぶかかった。
「しかし、そういう気のあらい、おおかみみたいなのらいぬだとしたら、みんなも用心しなければいけない。なにしろ相手は、コロボックルよりもすばしこいんだ。そのつもりで、気をつけることにしよう。これもノートにわすれないように書いておけよ。」
ぼくはうなずいた。
[#挿絵(img\057.jpg)]
「それで、ハカセは、どうしたらいちばんいいと思う。」
「足あとをさがすのも、近くの家をしらべるのも、もちろんいい。しかし、ぼくはマメイヌについて、もっともっとくわしく知りたい。たとえば、マメイヌのすきなたべものはなにか、どんなところにねるのがすきだったかなどをね。」
「おやおや。」
みんなはけげんな顔をしたが、ぼくはすぐに思いあたった。
「そのことなら、あとで、としよりにきいてみようと思っているんだ。」
「そうだな。うん、モチノヒコ老人なんかいいな。これは、ぼくがひきうけよう。」
するとフエフキがいった。
「きみたちは、なにを考えているんだい。マメイヌのすきなたべものをまいて、おびきよせるのかい。」
「それもおもしろい考えだね。」
ハカセはにこにこしていった。
「だけど、ぼくは、べつに名案があっていうわけではないんだ。なにをするにも、相手をできるだけよく知っておいたほうがいいというだけなんだよ。風の子はどうだい。」
「ぼくには、一つ思いついたことがある。」
「どんなことだい。」
みんなが、いっしょにいったようだった。
「さっき、サクランボがいったろ、たけやぶはマメイヌの通り道かもしれないって。だから、そのたけやぶに、わなをしかけてみるんだ。そのためにもいま、ハカセのいったようなことは、ぜひしらべておきたい。」
「わかった。」
フエフキは、指をならしていった。
「それで、えさをつけるわけだな。なるほど、名案だ。しかし、そのわなは、よほどよく考えてつくらないとだめだぜ。ぼくらだって、ねずみとりには、けっしてひっかからないからね。まして、コロボックルよりすばしこいとすると、ふつうのわなではだめだ。」
「そいつはおもしろいかもしれないな。」
ハカセはそういって、サクランボを見た。
「そして、きみの仕事になるわけだ。」
「ぼくの?」
サクランボは、びっくりして目をまるくした。
「そうだ。風の子はどう思うね。」
「すばらしいね。」
ハカセは、地下工場で働いているサクランボに、マメイヌ用の、とくべつのわなをつくってもらおうというのだった。ぼくはいった。
「どんなわながいいか、それはサクランボにまかせよう。ばあいによっては、ツバキの技師に話してもいい。あのひとは、まあ、ぼくたちのなかまみたいなもんだからね。とにかく、すばしこいマメイヌがつかまるもので、それに、かならず生けどりにできるもので、おまけに、ぼくたちがもちはこびできるようなものがいい。」
「むずかしい注文だ。」
サクランボは、それでもうれしそうだった。
「やってみよう。でも、みんなにてつだってもらうよ。」
「いつでもてつだうさ。それから、材料がいるなら、ネコとフエフキにあつめてもらおう。」
ぼくは、代表していった。そして、ノートをとじた。
「おもしろくなってきたな。」
フエフキは、つぶやきながら、立ちあがった。まどからは、大きなお月さまが見えた。フエフキは、そのまま、スタンドにさがっているスイッチのくさりをひっぱった――というよりぶらさがった。その足にネコとサクランボとぼくがぶらさがった。それでやっとあかりが消えた。
「さあ、みんな。こんどはぼくのふえをきかそうか。」
ぼくたちは、拍手をした。
ぼくのノートには、そこまでちゃんと書いてある。
[#改ページ]
[#見出し] 第二章
[#見出し] コロボックル通信社は
[#見出し] 動きだした
[#挿絵(img\061.jpg、横260×縦545、下寄せ)]
その日、ぼくは、せいたかさんの会社から、おひるをたべるとすぐにかえってきた。もちろん、せいたかさんの許しはもらってある。
ぼくは、その足で、ネコといっしょに、たけやぶを一つずつ見てあるく約束だった。
ぼくは、とぶようにとうげ道をこえた。そこで、コンクリートの小さな橋をわたると、道は、三つの小道にわかれる。左へ折れれば、コロボックル山のほうだ。右へまがると、バス道路にでる。まん中の道は、村のおくの方へいくのだ。ぼくは、その橋をわたったところで、とまった。そこのかわいたコンクリートの上に、ぼくたちしかわからない、あいずを見たからだ。そこには、道にそって、ねじくれたくもの糸が張られていた。
コロボックルは、いつもくもの糸を――それもじょうとうの、細くてすきとおったものを、べたべたしないように、はいのあくにつけたものを、糸まきにまいて、もっている。これは、いろいろな使い方があるが、こうして、あとからやってくるなかまに、あいずするときにも使う。これは、ネコのしたあいずにちがいなかった。
ぼくたちが、人の作った道を通るとき、その道の中で、また自分の走りやすい道をえらぶ。コロボックルにはコロボックルの道がある。
くもの糸は、そういうコロボックルの道にそって、すこしねじりながら張る。こうすると、風でゆれるたびに、糸が光って、目の早いコロボックルは、すぐ気がつく。
ぼくはすこしひきかえして、ねんのために、糸の先を見た。そこに、むすぴこぶしがいくつあるか、しらべたのだ。それによって、だれがいつ、どういうつもりであいずしたのかがわかる。なんにもなければ、だれかが近くで待っているはずだった。もちろん、この糸には、なにもついていなかった。
ぼくは口ぶえをふいた。
「やあ。」
と、橋のかげから、ネコがとびだしてきた。
「ここからまっすぐいったほうが、順序がいいからね。」
ネコは、まん中の道を指さして、くもの糸を手早くまきとりにかかった。ぼくは、そっちのほうは、これまで一回か二回しかいったことがなかった。ぼくにはほとんど用がないのだ。
「あそこに見えてるのが、地図の上で、サクランボの立ったところだ。」
両手のふさがっていたネコが、あごでぼくにおしえた。なるほど、そこから、たけやぶが一つ見えた。
ぼくは、さっそく道のわきにあった電信柱の上に、のぼってみた。
「なにしているんだい。早くいこうよ。」
ネコがさいそくしたが、ぼくは、しばらくそこでたけやぶをながめた。
むかし、ぼくがたけやぶで、ねむらずに朝をむかえたとき、朝日が美しいしまもようを作って、さしこんできた。ぼくはきゅうに元気になって、光のほうへでていった。そして、なんの木か知らないが、えだの多い大きな木があるのをみた。ぼくはその木にのぼって、あたりを見たのだ。
電信柱からとびおりて、ぼくはネコにいった。
「あのたけやぶは、あとまわしにしよう。どうも、ぼくの知っているたけやぶじゃないようだ。」
「いいよ。」
ネコは、あっさりそういって、すぐ走りだした。そして、しばらくすると、走りながらふしぎそうにきいた。
「なぜ、見ただけでわかったんだい。」
「たけやぶの東側に、ぽつんとはなれた木があったと思うんだ。それが、あのたけやぶにはないもの。」
「そうか。」
ネコはうなずいた。そして、またしばらくしてからいった。
「きられちゃったのかもしれないよ。」
「そうかもしれない。もしわからなかったら、あとでまたきてみる。」
「そのほうがいいね。」
こうして、ぼくたちは、すぐ、つぎのたけやぶについた。だが、そこにもぼくのおぼえている木はなかった。
三つめのたけやぶにもなかった。残っているのは、あと一つだ。ネコは心配そうな顔をして、あまりしゃべらなかった。だが、ぼくには、残ったのが、きっとそうだという自信があった。
いつのまにか、道はのぼりになっていて、ゆるやかな丘の上にきていた。このあたりは農家もすくなく、雑木林と畑ばかりだ。
四つめのたけやぶは、そんな雑木林のとぎれたところに、いきなりあった。ぼくたちは、ほそい小道についてまがって、たけやぶにはいった。これまでのたけやぶとちがって、下草が、かなり深かった。しかし、ぼくたちが走りまわれないほど、じゃまにはならない。
ふたりは大いそぎで、東側へいってみた。
「やあ。木があるよ。これは、うめの木だ。」
ネコがうれしそうにさけび声をあげた。
「どうだい。風の子、この木だったか。」
「たしかに!」
ぼくは、なつかしくて、ちょっと大きな声がでなかった。子どものころ、この木にのぼって、あたりを見まわしたことを、思いだしたのだ。雑木林とたけやぶのあいだには、すこしばかりあき地があり、うめの木は、そのまん中に、ぽつんと立っている。
あのとき、ぼくは、ここから左へいって、そのまま、いまネコとふたりでやってきた道にでた。それを右へいけばよかったのに、ぼくは反対のほうへいった。
「ずいぶんとばされたんだな。」
ネコは、ほっとしたように、ぼくの顔を見て、にこにこした。
「生まれつき、風にのるのがうまかったのかな。」
「風にのるどころか。」
ぼくは、ふきとばされたときのことを、考えながら答えた。
「ここへついたのも知らなかったのさ。目がまわっていたからね。」
ぼくたちは、ひとやすみすると、ゆっくりたけやぶの中を歩きまわってみた。ぼくのねた小さなびんがないかと思ったが、みつからなかった。もう土の下にうまってしまったのだろう。
「ねえ、風の子。」
ネコは、ぼくのあとから、ついてきて、話しかけた。
「たしかに、このたけやぶをぬけると、いま通ってきた山へいく道から、小山の下の道へいく近道になるよ。」
「なるほどね。」
ぼくたちは、南側へでてみて、それをたしかめた。たけやぶから、畑のわきに小道がつづいて、小山――それはここからは見えないが――の下を通る道へでられるのだ。右側には、小さなわらぶき屋根が見えていた。
「ついでに、近所の家も、しらべておこうや。」
ネコは、うまくたけやぶのみつかったのが、よほどうれしいらしく、日ごろのおとなしいネコのようには見えなかった。
「あの家は、村の人から、花屋ってよばれている家だよ。いまはやめたけど、むかし、花ばかり作っていたんだって。」
ネコがそうおしえてくれた。さすがに狩りの名人らしく、くわしかった。
「主人はどんな人?」
「そうだな。せいたかさんより、ずっと年上だね。子どもは、三人いるけど、みんなもう大きい。ひとりは、町の会社につとめていて、あとのふたりは、町の学校にいっている。」
「そのほかは?」
「おじいさんがいるよ。花をつくったというのは、そのおじいさんの代までだ。田んぼにまで、しょうぶの花をつくったんだって。いまでも、すこし残っている。」
ぼくは、小山にかえったら、すぐにノートにとろうと考えていた。
「それから、この近くには、たしか石の門の家があったはずだ。」
ネコは、そういって、自分から先に立った。また、たけやぶにもどって、うめの木の下をくぐり、雑木林をぬけると、南に向かったひろい屋敷があった。ネコのいうとおり、大きくて、りっぱな石の門が立っていて、いけがきが、きれいにかりこまれてあった。
ぼくたちは、その門の上にとびあがった。
「村でも、わりあいえものの多い家だよ。つまり、お金持ちなんだろうね。」
ネコは、おしまいのほうを、つまらなそうにつけくわえた。ぼくたちコロボックルにいわせれば、お金持ちとかびんぼうとかは、あまり気にならない。それよりも、狩りをするときの、えもの――たべものや針や糸くずなど――をあつめやすい家と、そうでない家というようなくべつをつけているのだ。それでも、ネコにきくと、めずらしいえものの多いのは、お金持ちの家より、子どもの多い家だということだった。
「主人は、郵便局の局長さんだ。」
「どこの。」
「バス道路にあるじゃないか。」
「へえ――。」
ぼくは、ちょっとおどろいた。その郵便局なら、せいたかさんのおともで、よく知っていたからだ。町と村をつなぐバス道路の両側は、町がしっぼをのばしたように、家がたちならんでいる。停留所の近くは店も多く、小さな郵便局もそこにあった。
「あの、ひげをはやした人だろ。」
「そう。」
ネコは、うなずいた。
「それで、この家は、お百姓をしてないのかい。」
「いや、わかい人が何人かいるし、としよりが元気な働きものでね。いまでも自分でさしずしているんだ。」
「子どもは?」
「東京の学校にいってるんだってさ。でも、ぼくはよく知らない。」
ぼくは、もしかしたら、むかしマツノヒコのひいじいさんが見たというマメイヌは、この家で飼っていたのではないかという気がした。そこで、ネコにきいてみた。
「ここには土蔵があるかい。」
「ない。でも、むかしはあったのかもしれないね。」
ネコも、ぼくの考えたことがわかったらしく、そう答えた。
「さあ、もうかえろう。この近くは、これだけだ。」
[#挿絵(img\068.jpg)]
そこで、ぼくたちは、石の門の上からとびおりて、小山の下の道へむかった。そのとちゅうで、ふと思いだしたように、ネコがいった。
「そうだ。あの石の門の家のうらには、小さなはなれがある。はなれといっても、いまはすっかり古くなってきたないものだけれどね。そこに、べつの人たちが住んでいたっけ。」
「そんなにきたないところにかい。」
「そう。でも、むかしはきっとりっばだったんだろう。男の子がひとりと、その子のおばあさんの、ふたりだ。おとうさんもおかあさんも、いないみたいだよ。なにかわけがあるんだね。」
「ふうん。」
「その男の子は、風の子も知ってるだろう。ほら、せいたかさんのところへ、毎日、もってくるよ。」
「なにをもってくるんだい。」
「ほら、ほら、あれは、なんていったっけ、せいたかさんが、読むもの。」
「ああ、新聞か。」
「そうだ。その、しんぶんだ。」
ネコは、走りながらわらいだした。ぼくもおかしくなって、声をたててわらった。その新聞をもってくる男の子のことなら、もちろん、ぼくはよくおぼえている。きのうも、せいたかさんといっしょのときに会ったばかりだ。まだ十ぐらいの、ほっべたの赤い無口な子だった。
「せいたかさんはね。」
ぼくは、息をすこしはずませながら話した。
「あの子のことを、名まえがわからないもんだから、えくぼのぼうや≠チてよんでたよ。」
「へええ。」
ネコも、やっぱり息をはずませていた。
「そういえば、めったにわらわないけど、わらうと、ペっこり、えくぼができるな。」
ぼくたちは、なんとなく、うれしくて、くつくつわらいながら小山へかえってきた。まだ太陽は高く、小山はおそい秋の日をいっぱいにうけていた。
ネコとぼくは、小山の入り口ですぐにわかれた。
ぼくがせいたかさんの家にかえったときは、そのことを、ママ先生か、ママ先生のれんらく係に、知らせておかなくてはならない。
それで、自分のへやへかえると、ぼくはいそいで、あいずのベルをならした。三度短くおして、それから一度長くおす。これは、せいたかさんにおしえられた方法で、「ク」の字を送ったことになるそうだ。
ママ先生のれんらく係である、ヒイラギのおくさんが、そのベルをきけば、ぼくのへやのベルを短くならして、信号をうけとったことを知らせてくる。
ところが、そのときは、しばらく待ってもへんじのベルはならなかった。たぶん、ヒイラギのおくさんも、自分のへやをるすにしているにちがいない。
ねんのため、もういちどためして、やはりへんじがないのをたしかめてから、ぼくはママ先生をさがしに、台所のほうへいってみた。
せいたかさんのへや――というほどひろくない。ちょっとしたくぼみといったほうがいい――は、とびらがなく、ただのカーテンでしきられているが、ぼくの通る道はべつにある。本だなのうしろのかべをぬけると、ぼくは居間にかかったかべかけの上にでる。そこにはママ先生が、ひとりでテーブルにむかい、お茶をのんでいた。
だが、よく見ると、ママ先生はひとりではなかった。テーブルの上にだれかコロボックルがいて、ママ先生と話をしているのだ。ぼくがあいずの口ぶえをふくと、そのコロボックルがすぐに気がついて、手をふった。それは思いがけず、デブ先生だった。ママ先生が、すぐふりむいて、ぼくをよんだ。
「おかえりなさい。あなたがかえるのを、待っていたのよ。」
ママ先生は、にこにこしていた。ぼくはかべからとびおりると、そのいきおいでテーブルにはねあがった。
「やあ、風の子、ここへおいで。」
デブ先生が、いつもの笑顔でむかえてくれた。
「ばかにいそがしそうだな。」
「それほどでもないけど。」
ぼくが、デブ先生の横へこしをおろすと、ママ先生がいった。
「デブちゃんはね、あたしの新しいれんらく係をつれてきてくれたのよ。」
ぼくはうなずいた。この前、デブ先生の話していたクルミのおばあちゃんが、いよいよきょうからくることになったらしい。
「よろしくたのむよ。」
デブ先生もそういった。
「それで、どこにいるんです。」
「いま、おハギちゃんが、家の中をくわしく案内してくれてるの。あなたのへやへもつれていくはずだわ。」
ママ先生は、ヒイラギのおくさんを、いまでもおハギちゃんとよぶ。むかし、ハギノヒメといったころからの、古いつきあいなのだ。
「それなら、ぼくは、自分のへやにかえって、待っていましょうか。」
「うん。それがいい。」
デブ先生は、そういいながら、こしをあげた。
「どれ、わしもかえるとしよう。」
「みんなによろしくね。」
ママ先生も立ちあがった。そして、とけいを見てびっくりしたようにいった
「あらあら、あの子をおこさなきゃ。あんまりひるねが長いと、また夜、ねないわ。」
ぼくたちはいそいでかべかけの上にのぼり、そこからぼくのへやへでた。デブ先生は、ぼくの頭をちょっとこづいて、そのまま外へとびだしていった。ふとったからだのくせに、あきれるほど身がかるい。
ぼくは、ノートをひろげて、きょう、しらべてきたたけやぶのことを、書きつけはじめた。これがまとまったら近いうちにハカセに会って、マメイヌについてどんなことがわかったか、きいてみなくてはならない。
――なるほど、ばかにいそがしいな――
ぼくは、デブ先生のいったことばを思いだして、ひとりでつぶやいた。
そのとき、本だなのほうの戸が、いきなりあいて、ヒイラギのおくさんの声がした。
「ここが風の子のへやよ。ふつうコロボックルがこの家に用があるときは、みんなここへくるの。だから、このへやの戸は、いつでもこうしてあくのよ。かざはつけてないの。」
ぼくは、あっけにとられていた。ぼくのいるところからは、ヒイラギのおくさんしか見えなかったが、もうひとりのクルミのおばあちゃんが、なにかいったらしく、ふたりは、くっくっと声をそろえてわらった。
「おくさん。」
ぼくは立ちあがって戸口に近づきながら、声をかけた。
「あら。」
おくさんは、ほんとにびっくりしたようすで、目をまるくした。
「あんたそこにいたの?」
「ええ。」
ぼくは、にやにやしながら答えた。
「もっとも、さきほど、ママ先生とデブ先生に会って、話はききました。だから待ってたんです。」
新しいれんらく係は、ヒイラギのおくさんのうしろにかくれていた。このひとのかげにかくれられるのだから、ずいぶん小さいおばあちゃんだな、とぼくは思った。
香水びんのふたで作ったいすを、へやのまん中においたが、はいってきたのはおくさんだけだった。おくさんは、ぼくのベッドにさっとこしをおろすと、戸口のほうへ向かっていった。
「さあ、いらっしゃいよ。いまあなたのいったわるくちは、風の子にきこえなかったようよ。」
ぼくはあきれて、おくさんの顔を見た。
「たしかに、なにもきこえませんでしたよ。」
そういいながら、ぼくは自分で戸口まででていった。
「おはいんなさい。クルミのおばあちゃん。」
[#挿絵(img\075.jpg)]
しかし、こんどは、ぼくがあわてる番だった。戸口のところにかくれていた、クルミのおばあちゃんというのは、まだぼくよりずっとわかく、まるで、子どものように見える女の子だった。そばかすのあるわかいわかいおばあちゃんが、目をむいていたのだ。
ぼくはもちろん、びっくりしたが、相手もいきなりおばあちゃんとよばれて、そうとう、むねにこたえたようだった。わるくちのおかえしをされたと思ったのにちがいない。ちょっとつりあがった目が、ぼくをうらめしそうににらんだ。
「きみが、クルミのおばあ――いや、クルミノヒメかい。」
「そうよ。あなた、ずいぶん口がわるいのね。」
「いや。」
と、ぼくはいそいでいいわけをしようと思った。いまのいままで、ぼくがおばあちゃんだと思いこんでいたのは、デブ先生が、「新しいばあや」といったからだ。ぼくは文字どおりに受けとっただけで、口のわるいのはぼくではなくて、デブ先生だろう。
しかし、ぼくは、思いなおして、いいわけをやめにした。相手があまり子どもに見えたし、そんな、女の子のきげんをとるなんて、めんどくさかった。それに、ぼくはわるぎがあっていったことじゃない。
「さあ、ふたりとも、にらめっこしてないで、こっちへきなさい。」
ヒイラギのおくさんが、そういってくれたので、ぼくはからだをひらいて、戸口をあけた。
クルミノヒメは、へやにはいりながら、思いっきり、ぼくにしかめっつらをしてみせた。
そのとき、ぼくは、なんとなくこれから先のことが、思いやられるような気がした。相手は、かなり気の強い女の子らしい。とすると、ぼくたちがいっしょに仕事をするときは、いつもぼくが気を使って、よけいなせわまでやかなくてはならないかもしれない。そういうのは、にが手なのだ。
――なんでまた、こんなちっちゃな女の子を、えらんだんだろう――
ぼくは、ほんとうに、そう思った。ぼくの考えていたように、むしろおばあちゃんのほうが気らくでいい。しかし、世話役やデブ先生がしたことには、これまでもまちがいかなかった。ぼくが文句をいうすじはない。
「風の子きいてるの。」
「きいています。」
ぼんやりしていたぼくは、ヒイラギのおくさんにいわれて、内心とびあがってしまった。
「これから、よくめんどうをみてあげてくださいね。」
「はい。」
「あなたも、風の子のいうことは、よくきくのよ。」
おくさんは、となりのクルミノヒメをつっついた。この新しいばあや≠ヘ、さきほどのしかめっつらなど思いもよらないような、にこにこ顔をしているのだ。
「どうぞよろしく。」
そういって、ちょっと舌をだしてみせた。ぼくは、めんくらって頭をさげた。
「では、いきましょう。どうもおじゃましました。」
ヒイラギのおくさんはそういって立った。クルミノヒメは、ぺこりとおじぎをして、さっさと戸口からでていった。
「考えてみるとね。」
そのあとを追っていったヒイラギのおくさんは、戸口のところでふりかえると、小声でいった。
「あたしが、風の子をはじめて見たとき、こんな子どもで、だいじょうぶかしらと思ったのよ。」
ぼくはだまっていた。
「あなたも、いま、そう思ったんじゃない?」
そういって、ヒイラギのおくさんは、にこにこしながらでていった。ぼくはみごとに一本とられて、首をすくめた。そして、きゅうにおかしくなった。
――まあ、なんとかうまくやっていけるだろう――
気がらくになったぼくは、戸をしめてそのままつくえにもどった。
ところが、書きかけのノートをひらいたとき、また、本だなのほうの戸をたたく音がしたのだ。ぼくはいそいで戸をあけてやった。すると、目の前にそばかすのある顔があった。
「なんだ、きみか。わすれものかい。」
「そうなの。」
ぼくは、ふりかえって、へやの中を見まわした。
「なんにも残っていなかったようだけど、なにをわすれたの。」
「あのね。」
クルミノヒメは、ちょっと口ごもった。それから、思いきったようにいった。
「その前に、あたしがあやまるから、あんたもあやまりなさいよ。」
「おやおや。」
ぼくは、どう答えていいかわからずに、あごをなでながらこまってしまった。
「おばあちゃんていったことなら、まあかんべんしておくれ。きみがおばあちゃんでないことは、よくわかったよ。」
「へんなあやまりかただわ。」
クルミノヒメは、あまり気にいらなかったようだった。それでも、こんどはていねいに頭をさげていった。
「さっきはとても失礼なことをしました。ごめんなさい。」
ぼくは、そのとってつけたようないいかたがおかしくて、ついわらいだしてしまった。すると、クルミノヒメはぷんとふくれた。
「なにさ、ひとがあやまってるのに。」
そういって、ぼくの前になにかつきだした。
「あげるのやめにしようかと思ったけど、せっかくもってきたんだからあげるわ。これ、あたしのおみやげよ。」
ぼくは、ほんとにびっくりして目をむいた。クルミノヒメは、ぼくの手に、その小さなつつみをにざらせると、すぐにかえりかけた。
「おい、ちょっと待てよ。」
ぼくはあわてた。
「わすれものは、なんだい。」
「ばかだな。」
クルミノヒメは、ふりかえって男の子のような口をきいた。
「そのつつみをわたすのをわすれたのよ。」
そうして、あっというまに見えなくなった。なるほど、れんらく係にえらばれただけあって、そのすばやさは、たしかなものだった。
ぼくは、いそいで「風の子どの」とかいたつつみをひろげてみた。すると、中から、スクナヒコさま――ぼくたちの神さま――らしい木彫りの人形がでてきた。とくべつにこしらえたものらしく、かわいいスクナヒコさまだった。ひっくりかえしてみると、せなかにお守り≠ニはってあった。
それからしばらくのあいだ、ぼくとフエフキと、ネコの三人は、ほとんど一日おきにたけやぶへでかけた。
マメイヌが住んでいるかどうか、そして、ほんのすこしでも、そんなあやしいことがないかどうか、ぼくたち三人は、たけやぶのすみからすみまで、くわしくさがしまわった。しかし、なんの手がかりもみつからなかった。
そのかわり、ちょっとかわったことが、二つばかりあった。その一つは、四角いたけをみつけたことだ。
「あれっ。」
フエフキが、まず遠くからみつけて、びっくりしたような声をあげた。ぼくたちは、フエフキの顔を見た。
「おい。ちょっとあれを見ろよ。あのたけは四角いんじゃないか。」
「そんなばかな――。」
ぼくもネコも、そういいながらフエフキの指さすほうを見たが、なるほど、四角いように見えるのだ。
ぼくたちは、大いそぎで、そのたけの下へ、いってみた。たしかに四角いたけにはまちがいなかったが、どうも四角いのは下のほうだけらしい。針金で、木のふだがしばりつけられてあり、数字が書いてある。日づけのようだった。
[#挿絵(img\081.jpg)]
「なんだ。これは、だれか人間が、わざわざ作ったもんだよ。」
「そうらしいね。」
フエフキもそういって、四角いたけを見あげていた。
「なぜ、こんなことをするんだろう。」
「ぼくは、どこかで、こんなのを見たことがあるよ。」
ネコは、そういって、首をかしげた。
「どこだっけな。」
そして、しばらくしてから思いだした。
「そうだ。石の門の家の、古いはなれだ。ほら、えくぼのぼうや≠ニおばあさんのいるところだよ。せまい床の間があって、そのかざりの柱が、こんな四角いたけだった。」
「へええ、かざりに使うんだね。」
ぼくたちも、それでようやくわけがのみこめたが、そういう四角いたけは、ほかにも五本あった。みんな、まだわかいたけなのに、一本だけはかなり古く、木ふだもついていない。
「なんでこのたけは、きらないでおいたんだろう。」
フエフキが首をひねったが、もちろんぼくたちには、わからない。
「きっと、見本≠ノとっておくんだよ。」
そういって、ぼくたちはわらった。
もう一つのかわっていることは、えくぼのぼうやが、ときどき、このたけやぶにやってくるらしいことだった。しかし、これは、なんのためか、すぐにわかった。あの男の子は、このたけやぶに、貯金箱をもっているのだ。
というのは、生きたたけに、のこぎりで、切れめを作り、そこからお金を入れているらしい。ネコは、そのことを自分の目で見ていた。
「あのたけ、かれやしないかな。」
ぼくたちは、おもしろがって、たけやぶにいくたびに、そのたけの下へいってみた。ときには、お金入れの節まで――そこは、地面から五十センチぐらいのところだ――のぼって、のぞいてみることもあった。もちろん、中はくらくて、なにも見えない。
「あのぼうやは、お金をだすとき、どうするんだろう。」
ネコは、そんな心配をしていた。
「たまったお金で、このたけを買うのさ。」
フエフキは、そういってわらった。
こうして、おもしろいことはあったが、かんじんのマメイヌについては、なにもわからなかった。ぼくたちも、十回めごろから、首をひねるようになり、だれともなく、だめかな、とつぶやくようになった。
ぼくも、むかし出会ったマメイヌ――らしい生きもの――は、そのときだけ、ここへきたのかもしれないという気がして、すこしがっかりしていた。
「もう、たけやぶはあきらめて、あしたからは、石の門の家と花屋の家を、しらべてみようよ。」
ネコはそういって、あきらめかけた。
「でも、もう一つ、やってみたほうがいいと思うことがある。」
ぼくは、そういった。
「どんなことだい。」
「家をしらべるのは、ネコにまかしてさ、ぼくとフエフキは、夜、ここへきてみようよ。」
「そうか。」
フエフキはうなずいた。
「たしかにいい考えだ。マメイヌは、ひるまはでて歩かないのかもしれないものな。」
「それでもだめなら、もうあきらめて、とにかく、サクランボの作るわなだけでも、しかけてみることにしようや。」
ぼくはそういって、フエフキとネコを見たが、ふたりとも、すなおにうなずいてくれた。
そのころのある夜のこと――。
せいたかさんは、ボール紙の箱を戸だなからおろして、つくえの上いっぱいにふしぎなものをならべはじめた。ぼくはこんな光景はたびたびお目にかかってるから知ってるが、せいたかさんは、ラジオを作っているのだ。そういうとき、ぼくはたいていそばにいて、小さなねじをひろったり、ごみをとったりしててつだうことにしている。もっとも、ぼくはラジオのことはなにも知らないが、おもしろいことはおもしろい。せいたかさんは、いそがしく手を動かしながら、ふと、こんなことをいった。
「どうだい、風の子。コロボックル通信社は、マメイヌさがしの仕事を、はじめたかね。」
「ええ。」
ぼくは、はりきって答えた。
「だけども、まだひみつです。手をつけたばかりですから。」
「よかろう。」
せいたかさんは、目でわらった。
「じつは、ぼくのほうも、すこしばかりしらべが進んだ。しかし、ぼくは、ひみつじゃないから、きみにもきいてもらいたいんだがね。」
「ぜひ、ぜひたのみます。」
ぼくは、ラジオの部品の上にまたがった。せいたかさんは、ゆっくりうなずいた。
[#挿絵(img\085.jpg)]
「きょう、会社へ峯のおやじさんがやってきたんだ。」
せいたかさんは、たばこに火をつけて、おもしろそうに話しだした。手はあいかわらずいそがしそうに動いている。峯のおやじさんというのは、このコロボックル山の前の持ち主で、かなり大きなお百姓さんだ。せいたかさんとはむかしからなかがよく、小山も、せいたかさんにこころよくゆずってくれている。そんなことから、ぼくたちコロボックルも、すがたこそ見せないが、大すきな人のひとりだった。
「おやじさんは、ちょっとした電気工事をたのみにきたんだが、そのとき、ついでにユビギツネのことをきいてみた。するとね。」
せいたかさんは、目を細めた。
「話だけは知ってたよ。ユビギツネのとりついた家は、そのふしぎな力のおかげで、なにごともうまくいくんだそうだ。」
「それで?」
「ところがユビギツネを飼うのは、むずかしいのだそうでね。はじめは、まずユビギツネのほうで、飼い主を、選ぶらしい。そして、一度住みついたら、こんどは、代々その家の人の血をおぼえて、けっしてはなれないんだって。だから、自分では知らないのに、ユビギツネのほうでくっついていることが多いっていうんだ。また、たとえ知っていても、そんなものを飼ってることが人に知られると、たいへんなわらいものになるそうだよ。だから、気をゆるした仲ででもないと、けっしてうちあけないというわけさ。」
「そうすると、どこの家が、ユビギツネ使いの家筋なのか、ますますわかりませんね。」
「そうだ。ぼくがじょうだんのふりをしておやじさんにきいてみたら、さあって、考えこんでいたよ。」
「なるほどねえ。」
ぼくも考えこんでしまった。これで、マメイヌを飼っていた人間たちが、なぜ、かくしていたかが、よくわかった。
――ぼくたちが知らなかったのも、むりはないな――
そう思って、ふと目をあげたとき、本だなの上に、白い小さな顔があるのに気がついた。クルミのちびだ。たおれてよこになっている本に、ほおづえをついて、ぼくたちの話をきいているらしい。でも、ぼくはだまっていた。
そのとき、一息ついたせいたかさんは、ハンドドリルをぐるぐるまわしながら、おもしろいことをいった。
「それでね、もし、もっとよく知りたければ、局長さんにきけっていったんだ。」
「なんですって。」
ぼくは思わず早口になった。
「局長って、あのちっぽけな郵便局の局長さんですか。」
「そうだよ。特定郵便局の局長さんさ。おやじさんも、じつは局長さんからきいた話なんだそうだよ。あの人はなぜだか、くわしく知っているらしい。」
局長さんの家は、ぼくがさがしあてたたけやぶの、すぐ近くの石の門の家だ。ぼくもネコもあの家はあやしいと思ったのだが、やはりひっかかりはあるのにちがいない。
「それで、会いましたか。」
「いや。まださ。でも、近いうちに、よってみるつもりだ。」
「家のほうですか。」
「いや。ぼくは家を知らない。局へいくよ。」
「そのとき、ぼくもつれてってください。」
「いいとも。そうだな、あしたは土曜日だし、日曜計は休みだし、月曜日のひる休みにでも、ちょっといってみようか。」
せいたかさんはそういって、またたばこに火をつけた。
「どうだい。この話は、コロボックル通信社にとって、なにか役にたったかい。」
「ええ。とっても。」
ぼくは心からそういった。せいたかさんは、にこにこして、うなずいた。
「さて。」
そういって、立ちあがると、戸だなから、もう一つのボール箱をとりだした。
「このラジオは、すばらしくいい音がするように、苦心しているんだよ。」
せいたかさんは、ボール箱の中から、またふしぎなものをつぎつぎと手品のようにとりだしていった。
「ラジオは二つもあるのに、まだいるんですか。」
「うん。これは、ぼくのじゃないんだ。」
「だれかにたのまれたんですか。」
「いや。たのまれたわけでもない。」
せいたかさんは、たのしそうに、手を休めてにこにこした。
「じつをいうと、これは、ある人にあげる、おくりものさ。」
「ある人って、だれですか。」
「はっはっは。」
せいたかさんはわらった。
「それは、ぼくのひみつにしておこう。ぼくにも一つぐらいひみつがあってもいいだろう。」
ぼくもつられてわらってしまった。そして、本だなの上を見たら、もうクルミのちびはいなかった。
たしかにこのせいたかさんの話は、ぼくたちコロボックル通信社にとっては、はげみになった。ネコもフエフキも、きゅうに元気づいて、また、はりきりだした。
ネコは、さっそく石の門の家をしらべはじめたし、ぼくとフエフキは、つぎの夜に、たけやぶへいってみた。
月のない晩で、さすがに目がなれるまで、たけやぶの中はまっくらだったが、ぼくたちはもうなんどもきているので、まよったりすることはなかった。
こおろぎの声がいっぱいで、もうじきさむい冬がくることを、ぼくたちにおしえているようだった。
「風の子。」
フエフキが、耳もとで小さくささやいた。
「どんなふうにしらべようか。」
「そうだな、こうくらくちゃ、あまり動けない。しばらくようすをみようよ。」
ぼくたちは、たけやぶの中で、しずかにだまってすわっていた。フエフキが、またささやいた。
「ふえをふきたいな。」
「だめだよ。」
ぼくはいそいでとめた。しかしフエフキは、くすくすとわらった。
「こんなしずかだと、どうしても、ふえをふきたいよ。こおろぎだって、あんなに、さかんにやってるじゃないか。」
「もうすこし待て。」
ぼくはそういった。ふえをふいたら、もしマメイヌがでてきても、にげてしまうかもしれない。フエフキもうなずいたようだったが、もう、ふえはとりだして、手にもっていた。ときどき、口をしめして、ふえにあててみたりしているようだった。
かなり長いあいだ、ぼくたちはじっとしていた。だが、たけやぶの中は、なにもかわったことがなかった。ぼくも、すこしくたびれてあくびがでた。
「おい。」
ぼくはフエフキをつっついた。
「ふえをきかせてくれ。」
「もういいのかい。」
「うん。こんやは、あきらめた。おまえのふえをきいて、かえることにしよう。」
「よしきた。」
元気に答えて、フエフキは、ふえをもちなおした。美しい、細いふえの音が、たけやぶの中にしずかに流れていった。ぼくも、いつかそのふえにひきこまれてしまっていた。
しかし、やがて、いきなり、ふえがとまって、こんどはフエフキがぼくをつっついた。
「おい。」
ぼくはびっくりして、フエフキを見た。ぼくたちは、もうすっかり目がなれて、かなり見とおしがきくようになっていた。
「あれを見ろ。」
フエフキがささやいた。ふえの先でしめした草のかげに、白いものが動いたのだ。
「虫だろう。」
ぼくはささやきかえした。
「いや、ぼくは、さっきから見ていたんだ。あそこにくるまでの早さは、ただの虫ではなかったぜ。」
ふたりは、そのまま、からだを動かさずにじっとしていた。
「ふえをつづけろ。気がつかないふりをするんだ。」
ぼくはささやいた。フエフキは、うなずいて、また、ふえをとりなおした。ぼくは、その白いもののかくれた草のほうを、じっとみつめた。すると、また横へひゅっと動いた。その動きは、たしかにただものではない。ぼくはとびだしたいのをこらえて、からだをかたくした。もしマメイヌだったとしても、ここでつかまえることはないのだ。このたけやぶにあらわれることさえ、わかればいい。
しばらくすると、その白い生きものは、草のかげをつたって、見えなくなった。ぼくたちは、そっと立ちあがって、その草のところへいってみた。すると、ふと香水のような、いいにおいが、かすかににおった。
「おや。」
ぼくはつぶやいたが、フエフキは、そのにおいに気がつかなかったらしく、ぼくをふりかえった。
「うまくいったじゃねえか。」
しかし、ぼくは、首をひねった。
――マメイヌというのは、ママ先生と同じにおいがするのかな――
そう思って、ふしぎだったのだ。そして、ふいに思いあたった。
「おい。」
ぼくは、フエフキの肩をたたいた。
「ぼくたちは、まちがえてるらしい。」
「まちがえてるって、なんだい。」
「いまのは、おそらく、マメイヌでもなんでもないよ。」
「というと?」
「つまり、ぼくたちのなかまさ、コロボックルだよ。」
「そんな――。」
フエフキは、おこったようにいった。
「だいいち、おれたちがここへきていることは、入り口の見張りしかしらねえはずだぜ。」
「そうだよ。しかし、いまのは、コロボックルだ。それも女のコロボックルだ。」
「なぜ、そんなことがわかる?」
「うん。」
ぼくは、腹をたてながらも、おかしくなった。そばかすのある、小さなちび君の顔を思いだしたのだ。あの子にちがいない。あの子は、ぼくたちが小山をぬけだしたのに気がついて、きっと、あとをつけてきたのだろう。あの子ならやりかねない。まったく、しようのないやつだ。
「ママ先生の、新しいれんらく係だ。ママ先生と、同じにおいがした。まちがいない。」
フエフキは、まゆをつりあげた。
「ちぇっ。」
あくる日、クルミのちびをとっちめようと思っていたのだが、会っても、すましているので、ついそのままになった。そこへハカセから手紙がとどいた。
さっそく読んでみると、ハカセは、地下工場へでかけて、サクランボに会ったようだった。そのことが、くわしく書いてあったので、ぼくは、この手紙をみんなノートにはりつけておくことにした。
ところで、サクランボの働いている、コロボックルの地下工場のことだが、これはこのごろになって新しく作られたというわけではない。
ぼくたちの先祖は、地下にもぐってくらすようになるずっと前から、地面の下に、かじやの仕事場をもっていた。
もともとぼくたちは、細工物を作るのが大すきだし、みんながじょうずだ。コロボックルの使うつくえやいすや、戸だななどは、それぞれが、ひまにまかしてこしらえる。いろいろな彫刻がしてあって、みごとなものが多い。そのほか、刃物や、料理に使うなべやかまも、材料をあつめてきて、自分たちで作らなければならない。
そういうかじやの仕事は、鉄や鋼をとかすために、火をいっぺんにたくさん使う。そこで、めいめいがしないで、地面の下に共同の仕事場を作り、そこで、いるだけ作ったものだ。
この古い仕事場には、たけでこしらえた、風ぬきのくだ[#「くだ」に傍点]が、何本も何本も、小山の表まで通じている。もちろん、えんとつの役目をするものだ。このくだには、下から上まで、いくつもあながあけられていて、それぞれにふたがついている。そのふたには糸がついていて、ひとりのコロボックルでも、手がるにあけたりしめたりできるようになっている。ちょっと見ると、たけぶえを何本もならべて立てたように見えるのだ。
[#挿絵(img\096097.jpg)]
せいたかさんの話では、こういうよくできた、空気の入れかえ装置があったので、コロボックルは、あまり苦労もせずに、地下にもぐってくらせるようになったのだろうといっている。
たしかに、これと同じような風ぬきのしかけは、コロボックルの地面の下の町なら、どこにでもある。一軒一軒の、はちの巣のようにつみかさなったコロボックルの家にも、かならず、たけぶえそっくりの柱があり、たいていは、おかあさんが糸を引いて、新しい風をいれたり、わるい空気をおいだしたりしている。
コロボックルの地下工場というのは、その古いかじやの仕事場をひろげて、ととのえたものだ。もうすこしたてば、新しい機械をそなえつけて、もっとかわったものを作るようになるだろう。
サクランボは、その工場で、ツバキの技師の助手をしている。そこへいくには、小山の下の、三角平地のかどにある、いずみからいくのかいちばん近道だ。
いずみは、山にあけられた、深いあなからわきでている。このあなは、むかしから、地下の仕事場に、材料をはこびこむ、運河になっている。それに、小山にあるいくつもの地下の町へ、新しい空気をとりいれる口でもあり、ぼくたちなら、ちゃんと走っていけるくらいの、ほそい道もついているのだ。
その道へとびこんだら、まず係りのコロボックルにあいさつしなければならない。入り口の天じょうには、ガラスをはめこんだ、小さなへやがあって、この入り口の見張りと、いずみへ流れる水のぐあいをしらべる係りがいるからだ。
それがすんだら、おくへ進むトンネルを、のぼっていけばよい。両側には、ところどころに、りんのもえる木くずがおいてあって、まっくらではない。すると、地下工場の入り口の、まるいとびらが見えてくる。ちょうど、コロボックルの城のま下で、ここからは、城へでるぬけ道もある。
ハカセの手紙は、そこへやってきたところから、書いてあるが、あたりのようすなど、もちろん、なにもふれていない(工場では、せいたかさんの古いうでどけいを、ばらばらにしてならべていたことが、ちょっと書いてあっただけだ)。そこで、ぼくがかわりに説明しておこう。
工場の入り口のまるい戸をあけると、右側がむかしからの仕事場になる。炉に火がはいっていれば、五十人くらいのコロボックルが働いているだろう。まぶしいくらい明るいのは、ゆかもかべも、青いきれいな石でできている上に、ツバキの技師のおかげで、豆電灯があかあかとついているからだ。
炉にむきあった正面のかべには、安全を守ってもらうために、あおがえるのせなかにのった、大きなスクナヒコさま(コロボックルの守り神)のすがたがうきぼりになっている。これは、古い古いものだ。
その左側の、すこし高いところが、いま、ツバキの技師たちが計画している機械工場だ。もっとも、まだできあがってはいない。せいたかさんのうでどけいをしらべていたのが、そこだ。
もう一つ、この工場のむこうには、木をくさらせて、りんをとる工場もあるが、これはここからは見えない。
二つの工場を、ぐるっとひとまわりする通路があり、そのかべ側には、同じようなまるいとびらがいくつもならんでいる。はいってきたのも、その一つで、運河≠ニとびらに書いてある。同じように、コロボックルの城∞りん工場≠ネどと、行き先が書いてあるもののほかに、倉庫≠ニか休けい所≠ニか研究室≠ネどというへやの名まえが書かれたものもある。
ハカセは、そのうちの変電所≠ニ書いたとびらをあけたはずだ。サクランボは、いつも、そこで、ツバキの技師のてつだいをしているからだ。
せいたかさんと、ツバキノヒコのふたりの電気技師は、コロボックルの城から電気を引いた。しかし、コロボックルが使うには、もっと電気を小さくして使ったほうがいいのだそうで、そのしかけが、この変電所にある。ここで、小さくされた電気は、また城へもかえされるし、工場へも、近くの町へも送られるしくみになっている。
では、ハカセの手紙にもどろう。これは、つぎのようなものだった。
しっけい。たけやぶのしらべが、なかなか進まないようだけど、じっくりやれよ。ぼくも、いろいろとしらべてみている。おもしろいことが、いくつかわかったので、そっちへいってみたら、きみはいなかった。とりあえず、サクランボのところへいってきた。わなを作るのには、役にたちそうなことだったのでね。かえりにフエフキのところへよったら、風の子はいそがしくとびまわっているというので、手紙にしたわけだ。
では、とにかく、サクランボに会ったときのことを書く。その報告をたのまれているから。新しい工場では、せいたかさんのうでどけいをばらして、ならべていたよ。おもしろそうだったが、ぼくは見ている時間がなかった。すぐに変電所のとびらをあけたら、いきなり、「やあ、めずらしいのがやってきたな。」と声をかけられた。きみも知ってるように、工場で働いているものは、みんな、ずきんのついた、同じ上着をきているので、わからない。近づいてくるのを見たら、ツバキの技師だった。
「なにか用かい。」ときかれて、ぼくがサクランボに会いにきたことをいうとにやにやしたよ。そして、「きみたち、なにかはじめたらしいな。」っていうんだ。
もっとも、あのコロボックルは、ぼくたちのなかまみたいなひとだから、ぼくも安心していた。
「じつは、まだせいたかさんにも、世話役にもないしょなんですけど、おもしろいことをはじめたんです。」
ぼくはそういったんだが、ツバキの技師は、それ以上、なにもきかなかったよ。
「サクランボも、そんなことをいってたな。このまえから、なんだか、へんてこな図面をひいてるよ。」
そういって、いきかけたくせに、またもどってきて、ぼくの耳にささやいたんだ。
「なにか、てつだえることがあったら、いつでもいいたまえ。もちろん、みんなにはないしょにしてあげる。」
ぼくはうれしくなって、ていねいにお礼をいっておいたけど、あのひと、なにか気がついているみたいだね。サクランボは、しゃべっていないっていってたが、どうだかわからない。もちろんちっともかまわないけど。
話はそれるが、ツバキの技師のよび名は、気むずかし屋≠チていうんだろ。どうして、あんな気さくなコロボックルに、見当ちがいなよび名がついたんだろう。もし、風の子が知ってたら、いつかおしえてくれ。
さて、話をもどして、ぼくとサクランボは、あの、いつもの天じょうに近い、せまいサクランボの席で、一時間くらい話しあった。あの大きなとけいの文字ばんみたいな計器にはさまれた、しずかなところだ。
サクランボは、ねずみおとし≠ノよく似た、わなをくふうしていた。入り口をしめるのに、どんなにおそくても、一秒の百分の一でしまるように、ばねじかけにするそうだ。なんでも、そのばねには、ママ先生にもらった、安全ピンをそのまま使うんだそうだよ。
「これは、わけないんだが、これからどうするか、いまちょっとまよってるんだ。」
サクランボは、そういって、えさをどんなものにするか、しきりにぼくにきいていた。じつをいえば、ぼくは、そのことを知らせるつもりででかけたんだ。えさによっては、わなの作り方をかえないといけないからね。
モチノヒコ老人の話では、マメイヌの大好物は、さかなのきものあぶら≠セそうだ。これはむかしのコロボックルのごちそうだったんだね。
ところで、ぼくの老先生(医者のサザンカノヒコ先生だ)の話では、マメイヌが、とくにすきだったのは、そのさかなのきものあぶらと、かたつむり≠セったそうだ。そういう話をたしかにきいているというんだよ。ぼくたちはいまでも、かたつむりを、やいて食べるが、マメイヌは、生でも食べるんだって。あんなのろまのかたつむりを、ぼくたちよりはしっこいマメイヌがおそいかかったら、ひとたまりもないと思うだろう。ところが、話はぎゃくなんだそうだ。
たいていは、マメイヌはたった一口しかくいつけないで、からの中にひっこまれてしまい、大きなかたつむりのまわりを、うろうろしているというわけさ。
この話をサクランボにしたんだ。すると、サクランボのやつ、いきなり目をむいて、くいつきそうな顔をしたよ。「それだ。それだ。かたつむりだ。」なんて、大声でいうんだ。ぼくはびっくりして、よくきいてみた。サクランボは、こんな説明をしてくれた。
「ぼくは、わなを、なんで作るか、こまっていたんだ。ねずみおとしなら、金あみがいいだろう。だが、マメイヌはきっとりこうだから、へんなものをおいても、あやしんで近づくまい。しかたがないから、風の子がたけやぶでねたという、小さなガラスびんのようなものか、細いたけづつでも使おうか、って考えていたんだ。けどね、いま、きみが、かたつむりのことをいったんで、いい考えがうかんだ。」
つまり、サクランボは、わなに、かたつむりのからを使おうっていうのさ。さすがだね。あれならかるくてじょうぶで、大きいのも小さいのもそろっている。それに、十ばかり、かたつむりがもぐりこんでいるところも、知っているんだ。それで、ぼくはすぐかえってきた。じゃまになるからね。それより、えさをどうしたらいいか、こんどはぼくのほうがまよっているところだ。さかなのきものあぶらをとるのも、いまごろは、地面の下でねむっているかたつむりを、土の下からほりだすのも、大仕事だよ。近いうちに相談にいくつもり。
そのほか、マメイヌは、しめったところにとじこめられるのを、とてもいやがるという。それで、地下の町には住めなかったんだよ。みんな病気になってしまったそうだ。
10
こうして、ぼくたちは、マメイヌについて、たいした目新しいこともつかめず、すっかり、いきづまっていた。ところが、そんなことをふきとばすような、いい話が耳にはいった。
ぼくは、せいたかさんとの約束どおり、月曜日のひる休みに、せいたかさんについていって局長さんの話をきいた。それが、ぼくには――せいたかさんにも――すばらしくおもしろい話だったのだ。
せいたかさんと局長さんは、前から知っているようだった。なんでも、仕事のうえで、何回か会ったことがあるらしい。
「あの人は、子どものころから、からだが弱くてね。お百姓もできないので、郵便局の権利を買ったんだそうだよ。」
そんなことをいっていた。
せまい郵便局の中にはいったせいたかさんは、局長さんをよんでもらうように、女の人にたのんだ。ぼくは、さっそく郵便局の中を歩きまわってみたが、とくべつかわったところもなかった。ただ、はかりの上にのってみたら、ほんのわずかだが、針がぴくりと動いた。それを、女の人がちらっと見たので、あわててとびおりた。
局長さんがあらわれたのは、そのときだった。
「やあやあ。」
ちょびひげをはやした、小さな人で、ふとっているから、まんまるい感じの人だ。せいたかさんを中からすぐにみつけて、そういった。
「さあ、こっちへおはいりなさい。」
せいたかさんは、いわれるままに、中へはいり、がたがたのいすにこしかけた。ぼくは、はかりのかげにかくれていた。
[#挿絵(img\104.jpg)]
「わたしにききたいとおっしゃるのは?」
「時間がありませんので、かんたんにいいます。じつはユビギツネの伝説について、おしえていただきたいのです。」
「ははあ。」
よほど、思いがけなかったとみえて、局長さんは、ぽかんと口をあけた。
「そういう話に、興味がおありですか。」
「すきなんです。」
「なるほど。」
そういって、あちこちのポケットをさぐってから、たばこをひっぱりだして火をつけた。
「あれは、わたしも学生時代にいろいろしらべてみました。この近くでは、だいたいユビギツネといいますが、クダギツネという地方もあります。たけのくだにはいっているきつねといういみです。そのほか、いぬだと考えていたり、あるいは、とうびょう(筒猫)つまり、筒にはいったねこというところもあるようですな。」
せいたかさんは、熱心にきいていた。ねこだと思っている地方もあるのは、ぼくにもおもしろかった。
「じつをいいますと、わたしのおばあさんにあたる人がおよめにくるとき、そのきつねをもってきたという記録がありましてね。」
局長さんはそういった。ぼくは思わずからだをのりだした。そらきたと思ったのだ。せいたかさんも、同じ気持ちだったろう。しかし局長さんは、わらいながらつけくわえた。
「もちろん、ただの迷信です。わたしの考えでは、そんな目に見えない空想の動物を、おそらく飼っているつもりになるのですね。そして、自分のむすめがよめにいくときなどに、たけづつをわたしたものらしいんです。ユビギツネは、たけづつで飼うのだそうですから。」
せいたかさんは、用心したように、ゆっくりとうなずいた。
「たしかに迷信でしょうが、それにしても、局長さんのおばあさんのもってきたきつねは、どうなったのでしょう。」
「あいにくと、婚礼の翌日には、もうにげてしまったという話です。ユビギツネは、飼い主をえらぶといいますから、きらわれたわけですな。といっても、おそらく、むこさんのおじいさんがいやがって、なにかおまじないでもしたんでしょう。おかげで、わたしの家は、ユビギツネ使いにはなれませんでした。」
局長さんは、おもしろそうにわらっていた。だが、せいたかさんは、ためらいがちにたずねた。
「そうしますと、そのおばあさんのでた家、つまり、実家というのが、ユビギツネ使いの家筋だったわけですね。」
「そういうことになります。となりの村の人でしたが、――もっとも、その家はその後、村をでて、ブラジルにわたってしまいましたよ。わたしのところとは、いまでも、手紙のやりとりをしていますがね。まさかそこまでユビギツネはついていかなかったでしょう。」
「ブラジルですって。」
せいたかさんは、がっかりしたようにいった。ぼくは、それがいったいどこなのか、あとできいてみようと思った。
「しかし、としよりなどは、がんこなもんでしてね。いまでも、本気でそんな生きものが、生きていると思っている人たちがいますな。たとえば――。」
そういいかけて、局長さんは、ちょっとせきばらいをした。
「わたしの家の近くにも、かわりもののおじいさんがいますがね。」
ぼくは、はかりのかげから、顔をだした。そのかわりもののおじいさんというのは、田んぼをつぶして、花ばかりつくったという、花屋のおじいさんにちがいないと思ったからだ、
「その人が、ユビギツネを飼っているというのですか。」
「いや。そのきつねを、見たことがあるなんていいましてね。そんなことを、つい最近も、ききましたよ。じつに、おかしなもんですな。」
ぼくは、おしまいのこの話が、いちばんおもしろかった。ところが、せいたかさんは、なぜか、うわの空できいているようだった。
「ははあ。」
そんな合いづちをうって、うなずいていた。
こうして、ぼくたちは、郵便局をでた。せいたかさんは、会社へもどり、ぼくは小山へかえったのだ。しかし、わかれるとき、ぼくたちは、おたがいに、うなずきあった。
ぼくは、さっそく花屋のおじいさんを、ネコにしらべさせるつもりだった。だが、せいたかさんは、べつのことを考えていたのだ。それはいずれわかる。
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[#見出し] 第三章
[#見出し] コロボックル通信社の
[#見出し] 事務所
[#挿絵(img\108.jpg、横264×縦576、下寄せ)]
やがて、矢じるしの先っぽの、コロボックル小国にも、しもばしらがたつようになった。
そのころ、せいたかさんが、日曜日を一日つぶして、新しい郵便受けを作った。これは、いつかママ先生がいっていたように、新聞がすっぽりはいるような、大きなもので、小山へはいる小道のわきに、立てられることになった。
この小川にそった小道は、せいたかさんが、むかしひとりでつけたもので、川岸のほうに、ヒマラヤすぎがうえてある。それが、このごろは、すっかり大きくなってしまった。
ママ先生は、ヒマラヤすぎの並木道≠ネどと、しゃれてよんでいるが、あいにくと、ヒマラヤすぎの葉は針のようにとがっている。それでせいたかさんたちは、通るたびにじゃまになったのだろう。もったいない、もったいないといいながら、いつのまにか道側のえだを、みんなきりはらってしまった。
その、半かけヒマラヤすぎの並木道に、新しいポストが立った。そして、ぼくたちコロボックルの見張所も、新しいポストの底に、おかれるようになった。せいたかさんは、そのために、ちゃんと、二重底にしてくれていたし、出入り口や見張り用窓なども、わからないようにつけてあった。
それだけではなく、いつのまにかせいたかさんは、いらなくなった古いポスト(郵便受け。それは小さくて手紙しかはいらない)に手入れをし、中を四段にしきって、コロボックルにくれたのだ。
「ほら、こんなものができたよ。きみたちですきなように使いたまえ。」
わざわざ世話役をよんだせいたかさんは、この古いポストにペンキをぬりながら、そういった。そのとき、世話役は、しばらく考えてから、横にいたぼくをふりかえった。
「どうだい、風の子、とうぶんのあいだ、きみたちのなかまのあつまるへやに使ったら。」
「ほんとですか。」
ぼくは、思わず声をあげた。
「ほんとさ。いずれ、城の中に、へやをとってやろうと考えていたんだ。ちょうどいいから、使うといい。」
そして、せいたかさんと、うなずきあった。
「そのかわり、きみたちは、責任をもって、この中をきちんとしたへやにつくりあげるんだよ。もちろん、手がたりなければ、だれかにてつだわせるから。」
「わかりました。」
「それからもう一つ約束してもらいたい。」
「どんなことですか。」
ぼくは、うれしくて、なんでも約束するつもりでいった。
「わしは、いずれコロボックルも、新聞を作りたいと思っているんだ。そのとき、きみにその仕事をまとめてもらう。つまり、これは、いまに、コロボックルの新聞社になるわけだ。」
「へええ。すばらしいな。」
世話役の考えに、ぼくはすっかり感心してしまった。そういえば、いつかも、ぼくたちのコロボックル通信社のことを、あれこれたずねたりしていた。きっとそのころから考えていたのだろう。
「すごい計画があるんですね。いつごろからはじめるんです。」
「まだまだ先の話さ。」
世話役はそう答えたが、ぼくはふと、そのコロボックルの新聞の第一号には、ぜひとも、「マメイヌ発見」の記事をのせたいと思った。
それも、できれば、えくぼのぼうやがもってくるほんものの新聞のように、写真入りでのせたい。コロボックルたちが、どんなによろこぶだろうか。
そう考えたぼくは、いきおいこんでいった。
「世話役さん、その話、いまから、すぐ準備をはじめましょう。」
「きみたちで、やってくれるかい。」
「ええ、もちろんです。」
「うん。」
世話役は、うれしそうにうなずいた。
「じつは、ツバキの技師には、かんたんな印刷機を作ってくれるように、たのもうと思っているのさ。」
「おもしろいね。」
ぼくたちの早口をききとったらしく、せいたかさんが口をはさんだ。ぼくたちは、庭にでているせいたかさんの肩で、話をしていたのだ。こんなとき、せいたかさんが、かなりはげしく動いても、ぼくたちはめったに落ちない。
「ぼくもてつだおうじゃないか。印刷機械を作るなら、ツバキノヒコをよこしたまえ。ふたりで相談したら、なにかいい知恵がうかぶかもしれない。」
「それはいいな。」
世話役は、そう答えて、それからぼくにいった。
「風の子たちも、なにかいい考えがあったら、みんなで相談して、まとめておいてくれ。」
「一つだけ、いまいってもいいですか。」
ぼくは、大いそぎでいった。
「いいさ。いったいなんだね。」
「その、新聞の名まえのことです。」
「なるほど。」
「ぜひ、『コロボックル通信』っていう名まえにしてください。」
「よしよし。」
世話役は、おもしろそうにわらった。
「そいつは、せいたかさんが、風の子のノートにつけた名まえだろ。なかなかいい名まえだ。」
せいたかさんは、にこにこしていった。
「それで、風の子は、編集長になるわけだ。」
「へンシュウチョウってなんですか。」
「新聞を作るなかまの大将さ。といっても、クリスケがいまやっていることと、たいしてちがわない。つまりあちこちから、ニュースをあつめて、それをまとめる係りだからね。」
「それならいいけど。」
ぼくは、安心して答えた。そのとき、せいたかさんは、ぬりあがった、ぼくたちの新しい事務所をさしあげた。
「さあ、そうすると、こいつは、ぼくのへやの、まどの下あたりにとりつけたほうがいいな。クリスケのへやからも近いし、ほかの人間の目にはつかないからね。」
そして、しずかに日かげへおいた。ぼくは、自分のへやを見あげた。すると、そこのふしあなのようなまどに、白い小さな顔がのぞいたように見えた。
――クルミのおちびだな――
ぼくはそう思った。そして、いそいでへやにもどった。
クルミノヒメは、ぼくに用があってきたのかもしれない。でも、ぼくは、さきほど、せいたかさんによばれて、コロボックルの城まで世話役にれんらくにいったとき、たいせつなノートを、つくえの上にひろげたままにしておいたのだ。
――あれを見られたらたいへんだ――
かべの中の通路をかけあがって、へやの中にとびこむと、だれもいなかった。だが、たしかに、つくえの上にひろげてあったはずのノートは、きちんととじてあった。そのうえ、なんとなく香水のいいにおいがする。
いつか、たけやぶの中でもそうだったが、クルミノヒメは、ママ先生の鏡台のひきだしに自分のへやをもっている。だから、そんなにおいがうつるのだ。前のれんらく係だったヒイラギのおくさんも同じだった。
「やれやれ。」
ぼくは、ノートをしまいながら、思わずつぶやいた。
あのちびくんは、ぼくたちコロボックル通信社の、たいせつなひみつを、とうとう知ってしまったのかもしれない。どうもあの子は、よけいなことをしすぎるようだ。たけやぶまで、あとをつけてきたとき、もっときちんと、くぎをさしておけばよかった。ぼくは、ついいそがしさにまざれて、あのまま、なにもいわずにすましてしまったのだ。
ぼくのへやには、いつ、だれが、はいってきてもかまわないが、だまってノートを読むなんて、どろぼうみたいじゃないか。
そう思うと、しゃくにさわったが、それよりも先に、せいたかさんや世話役に、せっかくのたのしいひみつがもれることのほうが、ずっと心配だった。
考えてみると、あの子とぼくは、まだおたがいになじめないでいる。はじめに会ったときから、なんとなくちぐはぐでへんだったし、鼻っぱしらの強そうなところも、ぼくにはつきあいにくい感じだ。むこうも、似たようなことを考えているかもしれない。
――ちょうどいい。きょうはとっつかまえて話しあってみよう――
そう思うと、すぐにへやをでた。とにかく、読んでしまったのなら、口どめだけはしておかなくてはならない。
だが、へやをでると、白いかげがぼくの目の前をよこぎって、せいたかさんの本だなへとびだしていくのが見えた。クルミのちびくんは、戸口のところにかくれていたようだった。そのにげるときのすばやさは、さすがのぼくがあきれるほどで、フエフキとぼくが、くらいたけやぶで、マメイヌと見まちがえたのも、まったくむりはない。
ぼくは、しかたなく、本だなへぬけると、そこからゆかの上まで、頭を下にして一気にとびおりた。ゆかの上すれすれのところで、自分のおこした風にのり、木の葉をひるがえすように、からだをひるがえして立つのだが、だれにでもできるげいとうではない。とびおりるというより、ななめにつっこむようなおり方だ。
[#挿絵(img\115.jpg)]
とにかく、そうしてぼくは、クルミノヒメの前にまわった。
「待ちなよ。」
ヒューッと、ぼくのわきをすりぬけたクルミノヒメは、せいたかさんのいすの下で、ふりむいた。そこであかんべえでもして、そのままにげてしまうのかと思ったら、いきなり、しめころされそうな声をあげた。
「ごめんなさあい。」
ぼくはまたとまどってしまった。この子の顔は、いまにもなきだしそうに、くちゃくちゃになっていたからだった。いったいぼくがどうしたというのだろう。
「なんだい。」
あっけにとられて、ぼくは遠くの方から声をかけた。
「そんな声をだすなよ。ぼくがいじめているみたいじゃないか。」
「だって、これからいじめるんでしょ。」
どう答えていいかわからないへんじで、ぼくは思わず口をあけたりしめたりしてしまった。
「とにかくだね。」
ぼくはやっといった。
「ぼくのノートを読んだろう。」
こっくりとうなずいた。いまにもまた走りだしそうなおよびごしだった。
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんです。でも、ついおもしろくて。」
「しかたがない。ひろげておいたほうがわるいんだ。」
「ほんと……。」
安心したように、そういいかけて、クルミのちびくんは、いそいで口をつぐんだ。ぼくは、きゅうにばかばかしくなってきた。こんな子を相手にしているのは時間のむだだ。そこで早めにきりあげようと思った。
「ノートを読んだのは、まあゆるしてあげる。そのかわり、あれに書いてあったことは、ぜったいに、だれにもしゃべらないでほしい。」
「なぜなの。」
「なぜって、ノートにも書いてあったろう。これは、ぼくたちのなかましかしらない、ひみつだって。」
「そうね。約束するわ。」
「よし。わすれるなよ。」
ぼくが、そういってへやにかえろうとしたとき、こんどは、クルミノヒメがよびとめた。
「待って。」
ふりむくと、このちびの魔女は、にこにこしていた。
「あなたも、あたしに約束してほしいの。」
「約束って、なにを。」
「まず、もっとマメイヌのことで、くわしい話をおしえてほしいの。いそいで読んだんで、よくわからないところがあったのよ。それからあの、ふしぎないぬをさがす仕事を、あたしにもてつだわせてほしいわ。」
「てつだってもらわなくてもいいよ。女の子にはむりだ。」
ぼくは、あっさりことわった。すると、相手はほんとに、魔女のようにわらった。
「そんなこというなら、あたしも約束を守れないかもしれないわ。」
ぼくはだまって、にらみつけた。長いことそうしていたが、しかしにらんだくらいでは、この子にはてんでききめがなかった。ぼくは、なんとかごまかしてやろうと考えて、あきらめたふりをした。
「しかたがない。ついておいで。」
そういって、ぼくは、せいたかさんのつくえの上にとびあがり、そこから本だなにもどった。小さな魔女は、まるで話にきくマメイヌのようなすばやさで、しっぽをふりふり――もしマメイヌだったら――ぼくを追いこし、先にぼくのへやにもどっていった。ぼくは思わずためいきをついた。
クルミノヒメは、つくえの前に、きちんとこしかけて、あとからくるぼくを待っていた。ぼくは立ったままいった。
「さあ、ききたいことがあったら、なんでもきけ。だがそのまえに、一つだけぼくもききたいことがある。」
クルミノヒメは目を大きくあけて、ぼくを見た。
「きみは、いつか、ぼくたちのあとをつけて、たけやぶへいったね。」
「おこってるの。」
うなずいたちびくんは、小さな声でいった。
「おこってなんかいない。たしかめただけだ。」
「それならいいわ。でも、あのときは、なにも知らずに、ついていったのよ。」
ぼくはまた、ためいきがでた。
「さあ、ききたいことはなんだい。」
「局長さんの話にもでてきた、たけやぶの近くの、花屋のおじいさんが、マメイヌ――あの人たちはユビギツネっていうのね――それを見たっていうのは、ほんとなのかしら。」
「きみは、いそいで読んだっていったくせに、すっかり知ってるじゃないか。」
ぼくは、あきれてそういった。クルミノヒメは、うれしそうに首をすくめた。
「ほんとのことをいうとねえ。」
「ほんとのこと?」
「そう。あなたのるすのときは、いつもノートを読ませてもらっていたの。」
「ちぇっ。」
ぼくは、頭をたたいた。
「いったい、いつからそんなことを考えついたんだ。」
「ほら、せいたかさんと、ラジオを作りながら、おもしろい話をしていたじゃない。あのときからだわ。あの話、あたしもきいてたのよ。」
「それは、ぼくも気がついていた。」
あのとき、クルミノヒメは、本だなの上で、ぼくたちの話をむちゅうになってきいていた。しかし、せいたかさんの話は、コロボックル通信社のひみつとは、ちょっとちがうことだった。それでぼくは、そっとしておいたのだ。やはり、追っばらっておけばよかった。
「あれから、あなたのこと、しらべたくなったの。でも、ごめんなさい。ぬすみ読みするなんて、わるいことだわ。」
「あたりまえだ。」
ぼくはそういったが、ふと、この子は、新聞記者にはむいているかもしれないぞ、と思った。なんにでも鼻をつっこみたくて、自分の知らないことを、とことんまで知りたくて、そのためには、かなり思いきったことをする。たとえば、女のくせに、夜のたけやぶまでついてきたり、ぼくのノートを、だまって読んでしまうようなことを。
「ほんとのことをいうと――。」
クルミノヒメはまたいいだしたが、ぼくはもうおどろかなかった。
「まだ、ほんとのことがあるのかい。」
「そうなの、ごめんなさい。ほんとのことをいうと、きょうは、わざと、あなたに、みつかるつもりだったのよ。だって、どうしてもなかまに入れてほしかったんですもの。」
「やれやれ。」
ぼくは、へやの中を、ぐるぐる歩きまわった。そうすると、ぼくは、まるでこの子のつりざおにひっかかった、だぼはぜと同じじゃないか。
「それにしては、さっきのなきそうな顔は、おしばいのようには見えなかった。」
「あれは、おしばいではありません。」
クルミノヒメは、トン、と立ちあがっていった。
「というと、ほんとになきそうだったわけだな。」
ぼくがそういうと、きゅうに赤い顔をして、すぐにまた、こしをおろした。ぼくはほんのすこしばかりいい気持ちだった。
「とにかく、きみの、さっきの質問に答えてやる。」
そして、ゆっくり説明してやった。
あのたけやぶは、花屋のもちものであること。おじいさんは、あのたけやぶのたけに、毎年、自分のくふうしたしかけをして、四角いたけを作っていること、そのためにときどきたけやぶにはいってくること。
「四角いたけですって!」
クルミノヒメは、目をまるくして、大声をだした。
「そんなことが、できるのかしら。」
「できるよ。せいたかさんにきいたら、まだやわらかいたけの子のうちに、板をあててしめつけるんだろうといってた。でも、なかなかむずかしいらしい。」
「そんなもの、なにに使うのかしらねえ。」
「人間は、家の中のかざりの柱や、花いけに使うんだそうだ。高く売れるそうだね。もっとも、あのおじいさんは金もうけよりも、自分のたのしみでやっているようだ。」
「それで、おじいさんは、たけやぶの中であれを見たの。」
「そうらしい。きのう、ようやくネコがさぐってきてくれたばかりだが、三、四年前に、たけやぶからかえってきて、むすこにいったんだそうだ。おい、わしは、この年になって、はじめて、ユビギツネを見たよ、ってね。それをノートに書こうと思って、さっきひろげていたんだ。」
「すてき。」
クルミノヒメは、とびあがった。そして、ぼくの前へきて、むちゅうでしゃべりだした。
「それならば、早く、わなをしかけないといけないわ。わなを作っているのは、ええと、サクランボって子でしょ、たくさん作るといいわね。えさも、さかなのきものあぶらがいいなら、早くこしらえて、用意しなきゃ。あたしから、ママ先生にたのんで、いくらでも作ってあげられると思うわ。」
「待て待て、そうさわぐなよ。」
ぼくは、この子を、もとのつくえの前におしもどした。
「きみは、まだ、ほんとになかまにはいったわけではないんだぜ。ぼくたちは、ぼくたちは、近いうちに、せいたかさんのくれたポストの事務所で、あつまるつもりだ。そのとき、みんなに話してみなければ、なかま入りするかどうかはわからない。それに、いつどんな仕事を進めるかは、みんながきめるんで、きみがきめるのではない。それがわからなきゃ、はじめからなかまには、入れないよ。」
「わかったわ。」
クルミノヒメは、口をとがらして、目を大きくいっぱいにひらいていたが、やがて、しょんぼりしたようにいった。
「やっぱりなかまには、入れたくないのね。」
ぼくはだまっていた。この子を相手にしていると、いつでも、もどかしいような、どういっていいかわからないような気持ちにさせられる。たしかにはじめは、こんな女の子を、ぼくたちのなかまにいれるなんて考えもしなかった。だが、いまはすこしちがう。女の新聞記者も、ひとりぐらいいたほうがいいかもしれないのだ。すると、クルミノヒメは、また小さな魔女のようにわらった。
「とにかくわかったわ。あたし、おとなしくするから、なかまにしてね。」
ぼくはだまってうなずいた。
三日あとの午後、ぼくたちは、ポストの事務所にあつまった。せいたかさんは、かべの中の通路から、そのポストの三階へでる道をつけてくれたが、そこからそろってはいってみたとき、みんなは、いっせいに「すごいなあ。」とつぶやいた。
「ここを、ぜんぶ使ってもいいのかい。」
「もちろん、いいんだよ。こんなへやが、下に二つ、上にもう一つある。」
ぼくは、すこしとくいになって答えた。
「そのかわりに、さっきいったように、世話役から、新聞のことをたのまれたんだ。」
「うん。新聞といえば――。」
ハカセ――カエデノヒコは、そのときいった。
「ぼくは、ふと考えついたんだが、もし印刷機械がまにあわなければ、一まいだけでも手で書いたらいいと思うんだが、どうかね。」
「そんな、たった一まいの新聞なんて。」
だれかがいった。
「一まいでもいいんだよ。コロボックルのあつまる広場に、はりだしておくんだ。そうすれば、みんなが読むじゃないか。」
ぼくは、思わず手をうった。
「そいつは、かべ新聞っていうんだよ。」
いつか、せいたかさんにかりた本で、そんな新聞を、人間の子どもたちが作る話があった。ぼくはそれを思いだしたのだ。
「さすがにハカセだな。ほんとなら、ぼくが思いつかなきゃいけないことだ。」
「一まいでいいなら、あしたにも作れるじゃないか。」
サクランボは、おもしろそうにいった。
「どうだい。さっそくはじめようか。」
「待て待て。」
フエフキがとめた。
「ぼくは、すぐはじめるのは反対だ。」
「なぜ。」
「だってね。コロボックル通信の第一号には、なんとかして、マメイヌをみつけたニュースをのせたいと思わないか。」
「そのとおり。」
ネコもそういった。ぼくも、もちろんそうだった。
「まあ、すわって相談しようじゃをいか。」
ハカセがいったので、ぼくたちは、広いへやのまん中で、まるくすわった。
[#挿絵(img\125.jpg)]
ポストの前がわは、もと、ガラスがはめこまれてあって、手紙がきたかどうか、外から見えるようになっていた。それを、せいたかさんははずして、かわりに、あなのたくさんあいた、うすい板を張りつけてくれた。
きれいにならんだまるいあなから、おそい秋の午後の日が、いくすじもさしこんできて、なかまたちをまだらにてらしていた。
ぼくたちは、それからもしばらくのあいだ、新しい「コロボックル通信」のことで、話しあいをしていた。そして、マメイヌみつかったら、そのときは、かべ新聞でもなんでもいいから、第一号をだそうということをきめた。
そのころになって、やっとぼくは思いだした。クルミノヒメを、あの子のへやに待たせてあったのだ。
みんなにひきあわせるから、ぼくが知らせのベルをならしたら、すぐにポストへくるように、といってあった。いまごろ、あの勝気なおじょうさんは、じりじりしていることだろう。ぼくはあわてて立ちあがった。
「ちょっと、みんなきいてくれ。じつは、どうしてもなかまにいれてほしいっていうコロボックルがいるんだ。」
「へええ。」
みんなは、びっくりしたように顔をあげた。
「なかまがふえるのは、かまわないよ。風の子さえよければ。」
ハカセは、すぐにそう答えてくれた。
「いったい、だれだい。」
フエフキは、いつものように、たけぶえをひねくりまわしながら、そうきいた。そこで、ぼくは、クルミノヒメのことを、話した。ぼくの不注意で、ノートを読まれてしまったこと、そして、なかまにいれないと、せいたかさんにも世話役にもしゃべってしまうと、反対におどかされたこと、しかたなく約束したことなどだ。
「かまわないじゃないか。」
ハカセもサクランボも、おもしろそうにいった。ネコもだまってうなずいた。しかし、フエフキだけは、だまっていた。
「おい、フエフキ。おまえはいやか。」
「そうじゃない。」
フエフキは、ぼそりといった。そして、たけぶえをピーとふいた。
「その子は、いつかたけやぶへ、ぼくたちのあとをつけてきたやつだろう。」
「そうだよ。まだおこっているのかい。」
「いや。そんなことは、とっくにわすれていたよ。ぼくは、女だから、ちょっと心配なんだ。」
「なぜだい。きみもあのとき見たように、まるで男みたいに、すばしっこい、元気なやつだぜ。」
「それは知っている。でも、女は、――ぼくは、どうも口をきくのがいやだ。」
みんながそれをきいてわらった。
「こら、わらうな。」
フエフキはそういって、自分でもわらった。しかし、ぼくはフエフキの気持ちもよくわかった。ぼくとこいつは、子どものとき――というより、赤んぼのころからの親友だった。おなじ日に生まれて、となりどうしで育ったのだ。むかしは、スギノヒコではなく、やっぱりクリノヒコだったが、子どものないスギの一族の家へもらわれていった。
そののち、せいたかさんのれんらく係をえらぶときも、ぼくとフエフキがさいごまで残って、ぼくたちは、じゃんけんできめたほどだ。
フエフキは、いまは城の見張り役をしているが、これはコロボックル小国を守るという、だいじな役目がある。見張り役のコロボックルは、いざというとき、くまんばちの毒ぬった針で、人間でも、動物でも、やっつける仕事をしなければならない。だから、クマンバチ隊という名まえがあって、いまは、その隊長も世話役がかねている。しかし、いつかはフエフキがあとをつぐだろう。
そんな、どちらかというと、あらっぽくてはげしい気性のフエフキは――そのくせ、ふえがうまいのはふしぎだが――年下の女のコロボックルと口をきくのは、めんどうで、考えただけでもぞっとするのだろう。ぼくにはそれがよくわかるのだ。
「フエフキは、クルミノヒメと口をきかなくてもよろしい。」
ぼくはまじめにそういった。
そのあと、すぐにぼくは、クルミノヒメをよび、みんなにひきあわせた。それぞれ、「よろしく。」とか、「こんにちは。」とかいったが、フエフキは、頭をさげただけだ。となりのサクランボが、くすりとわらった。
クルミノヒメは、さすがにおとなしかった。そこで、ぼくはつけくわえた。
「クルミノヒメには、あらためておチビというよび名をつけることにする。これは、ママ先生の、むかしのよび名だから、いいだろう。」
ちょっと口をとがらしながらも、おチビはにこにこしていた。
それから、ぼくたちは、新しいなかまも入れて、とりあえずこの広い場所を、どうやって仕上げるか、どういうように使うかを、くわしく相談した。
そしてきまったことは、まず、一番下を、サクランボが使うことだった。サクランボは、いま地下工場で、わなを作る材料をそろえている。ぜんたいの形がかなり大きくなるし、三つはどうしてもほしい――これは、おチビもそういった――というので、地下工場では目だってこまる。そこで、このポスト(郵便受け)の一番下を、サクランボの工場にして、ぼくたちが助手になり、わなを仕上げようというものだった。
下から二番めと、三番めのへやは、ぼくたちの仕事場にすることにした。たとえば、「コロボックル通信」というかべ新聞を、いろいろな形で作ってみたり(もちろん、それはまだだれにも見せない)、そのほか、写真のことや、印刷のことも、ぼくたちはしらべておかなくてはならない。ここは、そのための、研究所といってもいいだろう。いちばん上の四階は、小さなへやにしきって、なかまたちのすきなように使わせるつもりだった。
そのほかのこまかいことは、ぼくがきちんと図面に書いてから、みんなで仕上げることになった。
[#挿絵(img\131.jpg)]
「さあ、これでいいね。」
ぼくはみんなを見まわした。
「これはめちゃめちゃにいそがしくなるな。まあしばらくはしかたがない。」
ハカセは、のんきそうにつぶやいた。
クルミのおチビは、たまに口をはさむだけで、めずらしく、さいごまでおとなしく、にこにこしていた。なかまに入れてもらって、よほどうれしかったにちがいなかった。ぼくはそれを見て、いいことをしたと思った。
「ところで、そろそろ、たけやぶのどこにわなをしかけるか、きめたほうがいいね。」
ハカセは、立ちあがりながらいった。
「うん。それは、ぼくとネコとフエフキでやろう。マメイヌの通りそうな道をさがして、地図を作るんだ。それよりも、ハカセ、えさをどうする。」
ぼくはハカセにききかえした。
「さあ、そのことなんだが、さかなのきもから、あぶらをとるには、なんといっても、さかなのきもが手にはいらないとね。」
「あたりまえのこといってるわ。」
クルミのおチビは、おかしそうにくちびるをかんだ。
「やっぱり、ぼくらがさかなをつかまえてくるより、ママ先生にたのむほうがいいかもしれない。」
そういって、ハカセは、おチビのほうを見てにこにこした。
「きみの仕事になるよ。きっと。」
おチビは、ぼくに、ほらごらんなさい、というような目つきをした。ぼくはだまってうなずいた。
これで、ぼくたちの相談はおわった。ぼくとおチビは、みんなを通路まで送りだして、ぼくのへやにかえった。
「どうだった。みんないいやつだろ。」
「ほんとに。」
おチビは目をかがやかせていた。
「さっそく、きみは、さかなのきものあぶらのことを、ママ先生にきりだすんだ。ただし、なんに使うかは、ぜったいにいってはいけないよ。」
「わかってるわ。まかしといて。」
そういって、クルミのおチビはいきかけた。だがすぐにもどってきた。
「あのう、風の子は、せいたかさんがこの前作ったラジオを、だれにやるつもりか知ってる?」
「いや。」
ぼくはおどろいて顔をあげた。あれは、せいたかさんが、ぼくにはひみつだっていったのだ。
「きみは知ってるのかい。」
「ええ。ききたくない?」
ぼくは、ちょっとためらった。ききたいのはやまやまだが、せいたかさんのひみつを、ぼくが知ったらわるいじゃないか。それでいそいでいった。
「きかないほうがよさそうだ。ぼくはむりに知らなくてもかまわない。」
「風の子らしいわ。」
おチビは、そういって、まじめな顔になった.しかし、この子はつづけてこういったのだ。
「せいたかさんはあたしに、もし風の子が知りたがったら、おしえてやれっていったのよ。だから、安心しててききなさいよ。」
そして、ぼくがとめるひまもなくいった。
「エク坊にあげるのよ。ほら知ってるでしょ。あの新聞をもってくる子。えくぼのぼうやだから、略してエク坊。せいたかさんは、ことしのクリスマスにあげるのよ。」
おチビは、そのままぼくのへやをとびだしていった。
ほんとのことをいうと、ぼくはそのとき、たいしておどろきもしなかった。おチビのいうエク坊(つまり、えくぼのぼうや)は、たぶんラジオがないか、それともこわれているのだろう。ネコにきいた話では、おばあさんとふたりで、石の門の局長さんの家にせわになっているということだ。だから、ラジオまでは手がまわらないのにちがいない。
それを知ったせいたかさんとママ先生が、すばらしいラジオをおくろうと考えついたのは、まあ、あたりまえみたいな話だ。だからぼくは、ラジオのことも、エク坊のこともすぐにわすれた。
ところが夜になって、ぼくが、ポストの事務所へ、ぼくのへやから水を引くことで、せいたかさんに相談したとき、せいたかさんはてきぱきと答えてから、この話をきりだした。
「風の子は、ラジオのことで、なにかきいたかい。」
「ええ。ぼくはきかなくてもいいというのに、あのおチビが、むりやりおしえてくれたんです。エク坊にあげるんでしょ。」
「エク坊? ああなるほど、えくぼのぼうやでエク坊か。」
せいたかさんは、にこにこした。
「あの子はね、気のどくな身の上なのに、とても元気ないい子なんだ。いつだったか、大きいポストを作る話をしたとき、ふとぼくにきくんだよ。おじさんは、電気屋さんでしょってね。」
ぼくがだまっていると、せいたかさんはつづけた。
「そうだよって答えたら、それなら、ラジオの作り方も知ってるかっていうのさ。ふしぎに思ってきいてみたら、あの子は、局長さんの家にやっかいになっていて、自分たちのラジオがないんだそうだ。それで、お金をためて、すこしずつ材料を買って、自分でラジオを作りたいっていうわけさ。」
「えらいな。」
ぼくは、ほんとに感心していった。
「しかし、いくらなんでも、あのぼうやにはむりだ。そこで、ぼくがかわりに作ってやることにしたのさ。ただあげるといっても、なかなか受けとりそうもないし、もう一月ちょっとで、クリスマスだからね、それまでおあずけにしてあるんだ。」
そういって、せいたかさんは、うれしそうにわらった。ぼくもなんとなくたのしかった。
「その、エク坊のことで、もうひとつ、風の子におしえてやりたいことがあるよ。」
せいたかさんは、そういって、ぼくを手の上にすくいあげた。だいじな話をきかせるときは、たいていこうやって、ぼくはせいたかさんの手の上にのせられるのだ。
「あのぼうやはね、ユビギツネ使いの家筋だったよ。」
「ええっ。」
ぼくは、びっくりしてせいたかさんの顔を見あげた。いつのまに、せいたかさんは、そんなことを知ったのだろう。ぼくたちは、これまで、あの男の子のことは、ほとんど考えにいれていなかったのだ。
「いったい、どうやってそんなことが――。」
ぼくが早口でいいかけると、せいたかさんは指を立てた。
「もっとも、あのぼうやのおかあさんもおとうさんも、早くなくなっている。だからユビギツネのことは、あの子も知らないだろう。しかし、局長さんの話していたおばあさんという人の、実家(およめにくる前の家)の、子孫であることはたしかだ。」
「でも。」
ぼくは思いだしながらいった。
「たしかあの家の人は、なんとかっていう、遠い外国へいっちゃったんでしょう。」
「そう思って、じつはぼくもがっかりしたんだけどね、ちょっと、これを見てごらん。」
そういってせいたかさんは、ぼくをつくえの上にもどすと、ポケットから、ふちが青と赤のだんだらになった封筒をだして見せた。
「ぼくは、思いきって、ブラジルまで、航空便の手紙をだしてみたんだ。局長さんが、いまでも手紙のやりとりをしているっていってたからね。あて名をきいたんだ。むこうもびっくりしたらしいが、ユビギツネの話は、おとしよりがうすうすおぼえていて、とてもなつかしがっていたと、よろこんでへんじをくれた。読んでみようか。」
せいたかさんは、その封筒をひろげて(ひろげると一まいの青い紙になった)読みあげてくれた。
それは、こんな手紙だった。
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まことに思いがけないことを、遠い祖国からたずねられて、しょうじきのところ、おどろきました。しかし、八十七になるおじいさん(これが、お手紙にある、おばあさんのおいにあたります)が、なみだをうかべてなつかしがっていました。もうすっかりおとろえて、元気がなくなっていますが、ぽつりぽつり語ったところによりますと、ユビギツネというのは、自分のおじいさん(わたしどもには・ひいじいさんの父にあたります)が土蔵に飼っていて、毎日せわをしていたはずだそうです。こんな話、こちらで育ったわたしたちには、信じられませんが、おじいさんは、いまでも、きっとそういうふしぎな生きものが、わたしの家にはいるのにちがいないといっています。そして、それは、自分の父(わたしたちには、ひいじいさん)がゆずりうけずに、その弟がゆずりうけたのだそうです。この人は、その後、東京へでて小さな鉄工場をやっていたそうですが、やがて、だめになって、いま、子孫にあたるおとしよりとそのおとしよりの孫――これがエク坊だよ、と、せいたかさんがいった――が、あなたのおっしゃった、局長さんの家に、おせわになっているはずです。もしかしたら、ユビギツネは、その子についているのでしょうか。
はるばる地球のうらがわまで、おたずねになったにしては、よいおへんじができなくて、申しわけありませんが、どうか、おゆるしください。それにしましても、としよりをなぐさめてくださったお手紙で、ほんとうにうれしく思います。わたしたちももちろんですが、親たちは、日本からの手紙を、とてもとてもよろこびます。知りあいも、局長さんの一家と、そこにせわになっている人だけなので、これからも、ぜひぜひ、たびたびお手紙をください。心からお願いいたします。できましたら、こんどは、お写真も、送ってください。では、とりあえずおへんじまで。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]さようなら
ぼくは、せいたかさんのうでまえにあきれてしまった。たしかにエク坊は、ユビギツネ使いの家筋だった。
「こうなると、あの男の子のことも、一度しらべておいたほうがいいだろうな。」
つぎの日、ネコとフエフキに、ぼくはこの話をして、そういった。ぼくたち三人は、ポストの事務所の中で大工仕事をしていた。一番下の、サクランボの工場に、入り口をつけていたのだ。
「せいたかさんは、べつのユビギツネ使いの家筋を、またさがすつもりだって、いってた。しかし本人は知らなくてもユビギツネのほうで、くっついていることが多いっていうし。」
「おかしいな。」
フエフキが、のこぎりの手をとめて、つぶやいた。
「なにが?」
「だって、あのエク坊たちが、局長さんにひきとられてきたのは、風の子が、あのたけやぶで、マメイヌらしい生きものに出あったときより、ずっとあとじゃないのか。」
「そのへんがあやしいんだ。あのエク坊は、赤んぼのときに、局長さんの家へひきとられている。ぼくがとばされたのも、そのころだった。」
「なるほどな。」
フエフキは、うなるようにいった。そのとき、ネコは、考え考えいった。
「そういわれてみると、あのエク坊も、ときどきたけやぶへやってくるだろ。貯金箱があるからだと思って、ぼくはうっかりしていたが、あの子が、ユビギツネ使いの家筋だとわかると、やはりたけやぶには、なにかありそうな気もする。」
「花屋のおじいさんと、エク坊は、話をすることがあるのかい。」
「もちろんだよ。この前もエク坊は、四角いたけの作り方を、熱心にきいていた。」
ぼくたち三人は、そこでしばらくだまりこんでしまった。
[#挿絵(img\139.jpg)]
「とにかく――。」
フエフキが、いきなり大きな声でいった。
「エク坊が知らなくても、ユビギツネは、いやマメイヌは、あの子の血のにおいを、おぼえていて、近くにあつまっているかもしれないというわけだな。」
「そのとおりだ。」
「つまりぼくたちは、それほど見当ちがいをしていたわけではないんだ。
フエフキは、元気にそういって、また仕事にもどった。ネコも、にこにこしていった。
「では、しらべるのは、またぼくがひきうけよう。きっと、なにかさがしだしてくるよ。」
そのとき、だれかが、ポストの中にはいってきた。
「だれだい。」
フエフキは、ふりかえってどなった。
「ぼくだよ。」
サクランボが、天じょうにあけたまるいあなからとびおりてきた。
「もうすこし早くくればよかったのに。おもしろい話がちょうどすんだところだ。」
「どんな話。」
サクランボは、目をまるくしてぼくたち三人を見くらべた。
「ぼくにも、きかせてくれよ。」
「じつはね。」
ぼくは、かいつまんで、エク坊のことを、話してやった。サクランボは、ぼくたちが、さっきママ先生からもらってきた木ぎれや厚紙の上に、のんきそうに、こしをおろしてきいていた。そして、ききおわると、すぐに立ちあがってでていこうとした。
「おい、どこへいくんだい。」
フエフキがびっくりしてよびとめると、サクランボは、もう天じょうのまるいあなにとびあがり、ふりかえって答えた。
「ハカセをつれてくるよ。ぼくたち、ふたりで、かたつむりのからを一つ、下まではこんできたんだ。」
「こいつ。」
ぼくはわらいながらこぶしをふりあげた。
「それならそうと、早くいえ。」
ぼくたちが、いそいで、ゆかのすきまから下を見ると、なるほど、ハカセは、かたつむりのからの上に、こしかけていた。
「おうい。」
フエフキがよぶと、ハカセは、すぐに気がついて、上をむいて手をふった。そしてなにかいった。
「おりてきて、てつだえってさ。」
ネコはそういって、すぐにサクランボのあとを追った。ぼくたちもつづいた。
かたつむりのからは、みかけほど重くなく、ぼくたちひとりでも、かるくもちはこびができるくらいだ。しかし、せまい通路を通るのは、なかなかめんどうだった。
「あとの二つは、いつもってくるんだい。」
フエフキが、あせをふきふきサクランボにきいた。
「もうすこしたってからだ。ちょうどいい大きさのがなくて、いまさがしているところさ。」
「そのときは、ポストのゆかにあなをあけて、くもの糸でひきあげたほうがはやいな。どうだい、風の子。」
「そのほうが、よきそうだね。」
ぼくたちは、からをきずつけないように、どうにか新工場へ運びこんだ。
「やれやれ。どうもありがとう。」
サクランボはそういって、ポケットから、くもの糸をとりだした。サクランボの糸には、目もりがきざんである。つまり、ものさしの役目もするわけだ。
それで、かたつむりのからをあちこちとはかってみて、なにかぶつぶつつぶやいた。おそらく、もう仕事にとりかかっているのだろう。
ぼくは、ハカセをつかまえて、もういちど、エク坊とユビギツネの話をくりかえさなければならなかった。
二、三日すると、デブ先生が、学校の上級生の男の子を十人ほどつれて、ポストの仕事のてつだいにきてくれた。世話役からたのまれたそうだ。
「きみたちはずるいぞ。」
デブ先生はしきりにそういった。もちろん本気ではなく、からかっているのだ。
「こんないい場所をもらって、まことにずるい。」
口では、そんなことをいいながら、ぼくの書いた設計図を熱心に見て、生徒たちにていねいに注意していた。
ぼくたちのなかまは、その男の子たちを使って、かわるがわる、ポストの工事につくことにした。それぞれみんなが、べつに仕事をもっているから、毎日つづけるわけにはいかなかったが、ぼくだけは、せいたかさんのすすめで、ほとんど、ポストにはいりっぱなしだった。
こんなふうに、ぼくがポストの工事にかかりっきりになっているあいだ、クルミのおチビが、ぼくの分までれんらく係の仕事をひきうけてくれた。
このごろ、ちょいちょいツバキの技師が、せいたかさんのところへやってくる。世話役の話していた、印刷機械を作る相談のようだが、そんなときも、おチビが、たいていぼくのかわりにとりついでくれていた。
この子は、ぼくが考えていたよりは、ずっと気がきくし、役にもたった。ぼくにむかうときのものごしも、すっかりかわってしまい、男の子のような口のきき方がでなくなった。
たぶん、ママ先生を見ているうちに、いつのまにか気をつけるようになったのだろう。もっともなかまがいると、あいかわらず、前のおてんばにもどってしまう。まったく、おかしなやつだ。
しかし、なんといっても、せいたかさんのてつだいがなければ、この工事は、もっともっと、長い時間がかかっただろう。ぼくたちが、まる一日かかるような仕事でも、せいたかさんの手にかかれば、たった十分間でできる。とはいえ、ぼくたちから見ると、かなりあらっぽい仕事になるので、あとで仕上げがいるのは、やむをえない。
サクランボは、地下工場と新しい自分の工場のあいだを、いったりきたりして、なにかごとごとと仕事をしていた。ハカセは、いつのまにか、自分から、サクランボの助手になってしまったらしく、ひまさえれば、工場へいっててつだっていた。ある日、ぼくがのぞきにいったら、ひろいへやの半分も使って、たけと木ぎれで、大きなふしぎなしかけをこしらえてあった。そのまん中に、かたつむりのからがすえつけてある。
[#挿絵(img\145.jpg)]
「これは、なににするんだい。」
「からにあなをあけるためさ。」
サクランボは、もったいぶったいい方をした。
「こいつは思ったよりかたくてね。こんなにかわいてしまうと、あなを一つあけるのも、たいへんなんだよ。」
ハカセが、そばから、おしえてくれた。かたつむりのからには、ちょうど、ボタンでも止めるように、横から安全ピンがさしこまれ、針の方の先が、入り口にのぞいていた。
「このピンの先に、ふたをとりつけて、からの内側からすべりだすようにするんだ。」
そして、ハカセは、そのしかけを動かしてみせてくれた。
「マメイヌが中にはいって、えさとるだろう、すると、ほら。」
ピンが、いきおいよく入り口を左から右へはねた。ふたはまだついていないから、針のさきだけが動いたのだ。ぼくは感心してひきさがった。
そのハカセは、ときどき、小山へかえらずに、ぼくのへやにとまっていった。老先生にゆるしをもらったのだそうで、そんなとき、ぼくとおチビと三人で、さかなのきもから、きものあぶらをとる方法を、いろいろと話し合った。ところが、おチビは、こんなことをいった。
「このまえ、ちょっとママ先生に、さかなのきもが手にはいりますかってきいたのよ。そうしたら、そんなものなににするのってびっくりしていたわ。あたしはくるしまぎれに、薬にするんです、って答えたの。するとねえ。」
おチビは、ひそひそとしゃべった。
「薬にするなら、いいものがあるわって、そういったのよ。でもいまは家にないんですって。いそぐなら、薬屋さんへいって、すぐに買ってきてあげるっていうんで、あたし、どうしていいかわからずに、あわててとめちゃった。」
「へええ。ママ先生は、なにを買うつもりだったんだろ。」
ぼくはそういったが、ハカセは、考え考えいった。
「おそらく人間は、そういうものを作っているんだな。こいつはいいことをきいた。ママ先生にたのんで、そのうちにそれを買ってもらうことにしようよ。」
ハカセがそういうのだから、ぼくたちは安心した。
とにかく、こうして、ポストの工事は、思ったより、早く進んだ。クリスマスが近づいたころには、ぼくたちの新しい事務所が、すっかりできあがっていた。
ネコが、目をかがやかせて、ぼくのところへやってきたのは、ちょうど、そのころのことだ。ネコは、ほとんど一日おきに小山をでて、こまかいしらべごとをしてくれていた。それがようやくむくわれたのだ。
「ちょっときてくれ。マメイヌの足あとらしいのを、みつけたんだ。」
ぼくは、その知らせをきいて、すぐさま小山をとびだした。エク坊のいる小さな家に、四角いたけの柱があることは、前にちょっとふれたが、その柱の中に、足あとらしいものがあった。かべの中から見るとうしろにはひびわれがあって、ぼくたちがようやくもぐりこめるほどのすきまがある。中は、すっかり、ほこりがつもっていたが、その上に、小さなぽつぽつがまめをまいたようについていた。
「足あとかな。」
ぼくたちは、そのぽつぽつを消さないように、注意しながら見た。ざんねんなことに、それだけでは、なんともいえないものだった。新しいものか、古いものかもよくわからなかった。
しかし、ぼくたちは、わなの一つを、このわれ目の入り口にしかけてみることにきめた。
「さて、ではこのあたりで、ぼくのノートをもういちどひっくりかえしてみよう。」
新しい事務所の大きなつくえの前で、ぼくは、あつまったなかまたちを見まわしながらいった。ぼくの左から、ハカセ・フエフキ・サクランボ・ネコ、そして、ぼくの右におチビがいた。
[#挿絵(img\149.jpg)]
「ついこのあいだ、新聞をもってくるエク坊が、ユビギツネ使いの家筋の子だというのがわかった。それについて、ネコにしらべてもらったら、あの子の家に、マメイヌの足あとらしいものがあった。しかし、そのほかめぼしいことはみつかっていない。」
「すくなくとも、マメイヌを飼っているようすは、まったくなかった。でもたけやぶには、よくひとりでやってくる。」
ネコもそういった。
「ところが、風の子は、自分の子どものころに、マメイヌらしいやつをそのたけやぶで見ている。」
フエフキがいった。
「だから、ぼくたちは、これまで何十ぺんもたけやぶをさがし、マメイヌのいるようなようすは、ないかどうか、しらべてみたわけだ。」
「ざんねんながら、ぼくたちは、まだなにもみつけていない。でも、石の門の家の局長さんの話によると、近くの花屋のおじいさんが、ユビギツネを見たといっていたことがわかった。これは、ネコがしらべて、どうもたけやぶで見たらしいことがわかっている。」
ネコは、だまってうなずいた。
「どう考えても、話はみんなたけやぶにむすびついている。だからぼくたちも、そのたけやぶに、わなをしかけるつもりだ。もっとも一つだけは、エク坊の家にしかける。」
「わなはいつごろできるんだ。」
フエフキがきいた。
「そうだな。」
サクランボは頭の中で、日にちをかぞえているらしく、鼻をゆびではじいた。一つ、二つ、三つ、四つ……そして十でとまった。
「クリスマスにはできるわけだね。」
ぼくがねんをおすと、サクランボはうなずいて、いった。
「そのまえに、風の子とフエフキにためしてもらいたいんだよ。」
「ためす?」
「ああ。」
と、サクランボはにやにやした。
「ぼくたちのなかまで、いちばんすばしこいのは、風の子かフエフキだからね。きみたちがつかまらないようなわなでは、こまるだろう。」
「そうすると。」
ぼくはきいてみた。
「ぼくたちを、わなにかけるのかい。」
「まあそうだね。といっても、手をいれてもらうだけだよ。わなは小さくて、風の子たちにははいれない。」
「やれやれ。」
ぼくは、うなずいて、先へ進んだ。
「そのわなにつけるえさは、きみたちの仕事だが――。」
ぼくは、ハカセと、おチビのふたりを見た。ハカセが、のんびりした口調でいった。
「おチビから、ママ先生にたのめば、すぐ手にはいる。安心してもらいたい。」
「では、つぎ。」
ぼくは、ノートをめくった。
「ぼくたちは、マメイヌがみつかりしだい、新聞をだすつもりだ。」
「そうだった。」
「すばらしいだろうねえ。」
サクランボとおチビが、ほとんどいっしょにそういった。
ハカセも、目をほそめた。
「かべ新聞でもなんでもいいから、早く作りたいね。」
「そうだ。」
サクランボが大きな声をだした。
「そういえば、ツバキの技師がいってたよ。印刷機械の組立ては、ぼくたちの新しいポストの仕事場でやろうって。いずれは印刷工場になるわけだ。」
「そうすると、かべ新聞ではなく、ほんとの新聞になるかもしれないわね。」
おチビが、うれしそうにいった。
そして、ぼくたちは、みんなが、トキトキトキと胸をときめかしたのだ。
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[#見出し] 第四章
[#見出し] コロボックル通信社が
[#見出し] みつけたこと
[#挿絵(img\153.jpg、横235×縦442、下寄せ)]
クリスマスイブには、せいたかさんの家でも、きれいにかざりつけた、ヒマラヤすぎのえだがおかれ、おチャメさんが、朝からそのまわりではねまわっていた。
考えてみると、クリスマスはほんとにふしぎな日だ。その日は、みんなが、おくりものをする。ぼくたちとは、えんのない話だと思っていたら、ママ先生たちは、毎年コロボックルにもなにかしら、おくりものをくれるのだ。
ことしは、コロボックル小国に、マッチ箱のような、カメラをくれた。
これは、ぼくが、いつか新聞をだすときには、写真ものせたいといっていたためらしい。
世話役は、このカメラを、コロボックルの城にそなえつけ、ぼくたちにも使いやすいように、作りかえた。しかし、この話は、あとでまた、ゆっくりする。
そのクリスマスの夜、せいたかさんの家には、めずらしいお客さんがあったのだ。クルミのおチビは、二、三日前に、ママ先生からきいたそうで、ぼくにもおしえてくれた。そのお客さんというのは、えくぼのぼうやのことだった。
「たしかだね。」
ぼくは、それをきいたとき、おチビにねんをおした。おチビは、まちがいないといった。
エク坊は、クリスマスの夕がたになると、だいじそうに、紙づつみをかかえて、小山へやってきた。
「ママー。おにいちゃんがきた。」
おチャメさんは、早くからきれいなきものをきせてもらい、その上からわたいれのはんてんをきせられて、うすぐらい三角平地をながめていたが、エク坊をみつけて、大きな声をあげた。
ママ先生は、手をふきふきでてきて、エク坊を家の中に入れた。そして、ストーブに、火をいれているようだった。
「これ、おばあちゃんがもっていけって。」
エク坊が、そういうのが、ぼくにもきこえた。たぶん、紙づつみをさしだしたのだろう。ママ先生は、うれしそうにお礼をいって、
「まあ。」
と、声をあげた。エク坊がしきりに説明しているようだったが、だんだん声が小さくなって、きこえなくなった。そして、いきなり、おチャメさんのなき声がした。
「あの子がなにをもってきたか、おしえてあげましょうか。」
しばらくしておチビは、そういって、わざわざぼくのところまで、知らせにきた。
「あの子は、すばらしい、お手まりをもってきたのよ。」
「お手まりってなんだい。」
「まりよ。てんてんてまりのことよ。」
「ゴムのボールかい。」
「ちがうわ」
そういって、おチビは、ぼくをあわれむような目つきをした。もうすこし前なら「ばかねえ。」とひとことでやっつけられたところだ。
しかし、このごろでは、ときどきこんなふうに、なまいきな目つきをするだけで、がまんしているようだ。
「むかしの女の子が、自分で作って、使ったものですって。ママ先生がいってたわ。わたをしんにして、糸をぐるぐるまきつけて、その上に、きれいな色の糸で、もようをかがってあるのよ。あの子の、おばあちゃんが作ったんだって。」
ぼくには、そんなことをきいても、よくわからなかった。しかしあとで、クリスマスツリーにさがっているのを見たら、なるほどと思った。
大きいのが一つと、とても小さいのが三つある。きくの花や、松葉のもようが、つやつやした糸でぬいとられてあり、これでまりつきするなんて、とても考えられないほど、美しいものだ。もっとも、小さいのは、こしにさげる、かざりにするのだそうだ。
これは、女の子なら、きっと、だれでもほしがるのにちがいない。おチャメさんのないたのも、ママ先生に見せられて、またすぐにとりあげられたためらしい。
したくができるまで、エク坊は、おチャメさんをあそばせていた。きょうだいがないので、小さい子がかわいいらしく、よくめんどうをみていた。そのうちにふたりがせいたかさんのへやへきて、ガサゴソはじめたので、ちょっとのぞいてみたら、つくえの下からたけとんぼをひろっていた。これは、おチャメさんのために、わざわざエク坊が作ってきたものらしく、赤くぬってあった。
やがて、せいたかさんがかえってきて、クリスマスツリーに、豆電燈がまばたきはじめた。居間のテーブルには、ごちそうがならび、せいたかさんと、ママ先生と、おチャメさんと、エク坊がすわった。
ぼくも、おチビにさそわれて、ヒマラヤすぎの、えだにかくれていた。おチビは、ママ先生とふたりで作ったという、まっかな上着をきていた。えりとそで口に、白いふちどりがしてあり、ちょっとみると、頭の上でゆれている、小さなサンタクロースの人形にそっくりだった。
――ひげをつけると、もっとよくにあうよ――
ぼくはそういってからかってやりたかったのだが、また、ふくれられるといけないので、がまんしていた。
ごはんがすむと、ママ先生と、おチャメさんが、にぎやかに歌をうたった。無口なエク坊も、だんだんなれて、声をあわせた。せいたかさんは、しずかにおもしろいおはなしをしてきかせ、みんながきいた。
そのうちに、おチャメさんが、ねむくなり、エク坊も、目が赤くなった。そのころ、おチビとぼくは、そっとヒマラヤすぎからはなれた。
やがてせいたかさんが立って、戸だなから、リボンをつけた、大きな箱をとりだした。もちろん、その箱には、すごいラジオがはいっているのだ。
「さあ、これは、ぼくのおくりものだ。」
そういって、箱をテーブルの上においた。エク坊が「ハアーッ」と大きな息をしたのがきこえた。せいたかさんは、わらいながらこういった。
「おくっていこう。おくりものも、きみの家までとどけてあげるよ。」
そして、大きなかげと、小さなかげが、小山からでていった。そのあとから、もっともっと小さなかげが、三つあとを追ったはずだ。ぼくたちのなかまの、サクランボと、フエフキと、ネコのかげだ。毛皮の服をすっぽり着ているから、おそらくまるいかげにちがいない。
「おおさむい。雪になりそうだな。」
せいたかさんの、そんな声がきこえた。
ほんとのことをいうと、ぼくたちは、せいたかさんがかかえた箱の中に、できあがったばかりのかたつむり型わな≠三つと、コロボックルをひとり――つまり、このぼく――を入れてあった。
はじめぼくは、五人がかりで、そのわなをたけやぶまで運ぶつもりだった。もちろんひるまは、人間に見られたり、ねこ――ほんものの――に追いかけられたりしたとき、こまってしまうので、夜のうちにはこぶ考えだった。これは、霜どけのひどい道があって、そこが夜になってこおるまで、ぼくたちには、通れないということもある。かなり重いにもつだが、五人でかかれば、できないことではない。
しかし、せいたかさんの家へ、エク坊があそびにくるときいて、ぼくは考えをかえたわけだ。
そのとき、せいたかさんは、エク坊に、ラジオのおくりものをするのにちがいない。ぼくたちが、その箱の中に、そっとかたつむり型わな≠しのばせておいたって、せいたかさんはゆるしてくれるだろう。そうすれば、ぼくたちは、エク坊の家からたけやぶまで、ほんのわずかの道を運ぶだけで、すんでしまう。
そこで、ぼくとなかまは、きのうのうちに、まずラジオのすきまに、わなを三つともかくした。それから、きょうのひるま、ママ先生が箱に入れて、きれいな紙でつつみ、リボンをかけたあと、できるだけていねいに紙をきりひらき、ボール紙の箱に小さなあなをあけた。そして、さきほど、クリスマスツリーからひきさがったぼくは、そのあなから中にもぐりこみ、おチビが外からのりできちんと張りつけたのだ。
ぼくは、まっくらな箱の中で、横になっていた。せいたかさんは、ときどき箱をもちかえる。そのたびに、ぼくはころころところがった。せいたかさんとエク坊は、歩きながら、クリスマスの歌をうたっていた。
[#挿絵(img\161.jpg]
「なあエク坊。」
せいたかさんが、歌をやめて、また箱をもちかえた。
「この箱の中は、なんだと思うかい。」
「さあ、おれ、よくわかんないよ。」
エク坊が答えていた。
「でも、ずいぶん重そうだね。」
「うん、そうでもないがね。」
せいたかさんがいった。
「さあ、あててごらん。」
しばらくエク坊は考えているようすだった。そして、いきなりいった。
「それは――、きっと電気を使うんじゃない?」
「うまいうまい。」
せいたかさんは、わらった。
「電気がないと、役にたたないものだよ。」
「音がするでしょう。」
「そのとおり。」
「わかった。」
エク坊は、せいたかさんの前にまわったらしく、声が、そっちのほうからした。
「わかったよ。おれがほしがっていたもんだ。」
「そうだ。ほら、あぶないよ。」
エク坊は、どうやら、うしろむきに歩いていたらしい。
「おれ、うれしいけど、そんな高いものもらうと、おばあちゃんにしかられるよ。」
「いいんだよ。ぼくは、電気屋だろ。ラジオも、自分で作るんで、あまった材料がいっぱいあるんだ。それをあつめて組立てたんだから、心配しなくてもいいんだよ。旧式でわるいんだけどね。」
エク坊も、それで安心したようだった。
「おれ、貯金してたんだ。ラジオの材料を買おうと思って。」
「なにか、かわりのものを買えばいいさ。」
せいたかさんは、たのしそうにそういって、それからふと思いついたらしく、エク坊にたずねた。
「そうそう、前からきみにきこうと思っていたんだが、きみは、ユビギツネの話を知ってるかい。」
「知ってるよ。」
エク坊は、あっさり答えた。箱の中のぼくは、思わず立ちあがった。
「ほう、だれにきいたの。」
「おばあちゃんだよ、でも、だれにもいわないほうがいいっていってた。」
「そうか。」
せいたかさんは、あやまるようないいかたをした。
「そいつは、きいてわるかった。では、ちがう話にしよう。」
「いいんだよ。」
エク坊は、ほがらかな声でいった。
「おばあちゃんはね、おれがなんにも知らないと思って、そういうんだけどね、おれ、よく知ってるんだ。」
「知ってるって、なにを。」
「ユビギツネを飼っているなんていうと、ひとにばかにされて、なかまはずれにされるってことだよ。」
せいたかさんはだまっていたが、きゅうに足がおそくなった。エク坊は、平気で話しつづけた。
「おれの家は、ずっとそのユビギツネを飼ってたんだって。」
「いまは?」
「そんなもの、もともといるはずないよ。」
「それもそうだね。」
「でも、おれ、ほんとはいまでもいればいいのにと思ってるんだ。」
「ほんとだねえ。」
せいたかさんは、ためいきまじりに、へんじをしていた。
「ぼくもそう思うよ。生きていたら、ぜひ飼ってみたい。人にばかにされてもいいから。」
それから、ゆっくりしたいい方になった。
「しかし、その話は、やっぱりおばあちゃんのいうとおり、ひとにはしゃべらないほうがいいかもしれない。おばあちゃんは、きみの心の中に、だいじにしまっておいてもらいたいんだよ、きっと。」
「そうかなあ。」
エク坊は、わけがわからないような声をあげた。
このふたりの話は、ぼくだけでなく、あとからついてきた、サクランボとフエフキとネコもきいた。だから、ぼくたちみんなは、せいたかさんがエク坊の家へいき、おばあさんにも会って、もっとくわしい話をきくだろうと思って、たのしみにしていた。おばあさんは、おそらく、なにか知っているにちがいなかった。
ところが、せいたかさんは、石の門の家の前で、ラジオの箱をエク坊にわたし、そのままだまってかえっていった。あとで、ぼくがせいたかさんに、そのことをたずねたら、こんな答えだった。
「それは、ぼくだって、くわしい話はききたいさ。でも、あの人たちは、他人にしゃべりたくないんだよ。それをむりにきくのはいけないじゃないか。おまけに、ラジオをもらったから、話したくないことなのに、話すというんでは、ぼくだっていやだ。ラジオをあげたのは、もともとそんなつもりではないからね。ぼくは、そのために、わざわざブラジルにまで手紙をだしたりしたんだし、これで、マメイヌがみつからなくても、しかたがないと思っているよ。」
それをきいたとき、ぼくはなるほどと思った。たしかに、せいたかさんのいうとおりだった。しかし、そうなると、ますます、ぼくたちの任務は重くなったみたいだった。せいたかさんの手をかりずに、どうしても、マメイヌをつかまえなくてはならないのだ。
あの晩、エク坊は、おばあさんの前で、大いばりで、箱をあけた。もちろんぼくは、そのときには、へやのすみへとびだしていった。
エク坊のおばあさんは、ほっぺたのふっくらした、かわいいおばあちゃんだった。それまでこたつにはいって、夜なべをしていたようだったが、「おやおや。」といいながら、出てきて、ラジオを見ていた。
エク坊たちの住んでいるのは、石の門の局長さんの家の、裏庭にある古いはなれだ。もとは、お金をかけたものらしいが、いまでは見るかげもない。たたみをしいたせまいへやが一つに、ろうかがちょっとついている。小さな仏だんがせまい床の間におさめてあって、そこに、男の人と女の人の写真――たぶんエク坊のおとうさんとおかあさん――がかざってあった。
その床の間のかざりの柱が、例の四角いたけで、あとからついてきたなかまたちは、その節の中で、待っているはずだった。いつかぼくとネコが、足あとのようなものを見た節ではなく、その二つほど上だ。そこは、きのうのうちに、ネコがきれいにそうじをしてある。
エク坊は、しきりにラジオのことを、おばあさんに話してきかせ、それから、立ちあがって、電燈線につないだ。せいたかさんは、エク坊にもよくわかるように、くわしい手紙をつけてあった。
ラジオから、いきなりクリスマスの音楽がきこえてきた。
おばあさんは、なんどもなんども「よかったねえ。」といった。
ぼくたちは、エク坊がラジオにむちゅうになって、なかなかねないので、ずいぶん長いこと、待たされた。もっとも、フエフキたちは、エク坊と同じように、ラジオはめずらしかったので、たけの柱の中で、いっしょにおもしろがっていたようだ。
やがて、おばあさんに注意されて、エク坊は自分でとこをのべ、もぐりこんだ。おばあさんも、あたりをかたづけると、やがて横になった。
なかまたちが、つくえの下のかべのあなから、でてきた。もっともこのあなには、おばあさんの仕事だろうが、うめの花形にきった紙が張りつけてあった。それをきりさいてしまったわけだが、あとでまた張りなおすつもりだ。
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ぼくたちは、そろそろと、仕事にかかった。
まず、ラジオの中から、くもの糸を使って、かたつむり型わな≠とりだした。ラジオのせなかには、ようやくわながとりだせるくらいのあながいくつかあいている。そこからくぐらせたわけだ。
それからぼくたちは、かべを通ってわなを外へ運びだした。
はじめの二つは、うまく外へもちだせた。三つめは、四角いたけの柱のうらへしかけるつもりで、かべの中をひきあげた。そのとき、思いがけないことがおこった。くもの糸がきれて、かべの中に落ちこんだのだ。かたつむりのからは、たてにすればひらたいが、横にすると、はばが三センチくらいある。それが、かべのせまくなったところへおしつけられ、さかさまになったまま、どうしたはずみか、とれなくなってしまった。むりをすると、だいじなばねじかけを、こわしてしまうかもしれない。
「このまま、えさをしかけたらどうだい。」
フエフキがそういったが、それではばねじかけが動かないのだ。
「よわったな。」
ぼくたちは、思いがけないできごとに、くらいかべの中で顔をよせあった。
「おい、サクランボ、どうにかならねえか。」
フエフキは、サクランボにそういった。
「うん。長い棒があれば、とれるんじゃないかな。」
サクランボがそういったので、フエフキとネコがとびだしていった。
「これでどうだい。」
ふたりは、たけをとってきた。
「とにかくやってみよう。」
サクランボは、てこの力を使って、わなを動かそうとした。だが、せまいかべの中では、足場がわるくて働かなかった。
「だめらしいね。」
「しかたがない。」
ぼくは、あきらめた。
「こいつはあとで、ゆっくりはずそう。」
ぼくはそういって、ふとおかしくなった。
「どうやら、ばちがあたったようだな。」
「ばちって?」
ネコがふしぎそうな声をだした。
「つまり、せいたかさんに運ばせたことさ。はじめからぼくたちでやればこんなことはなかったかもしれない。」
「ふふふ。」
フエフキも、声をころしてわらった。
「どうせ、わなをしかけるのは、あとの話だ。それまでにとればいい。」
そして、その夜は、とにかく二つのわなを、たけやぶの入り口の、うめの木の下まで運んでおいた。うめの木の幹には、地面からちょっとはなれたところにくぼみがあり、かくし場所にはもってこいだった。
クルミのおチビは、二、三日前、ママ先生について、町の薬屋までいってきた。ママ先生は、おチビのたのみで、さかなのきものあぶらを買いにいってくれたのだ。だから、おチビも、いっしょについていったわけだが、こんなことは、めったにないので、おチビは大よろこびしていた。
「ママ先生はいったいどんなものを買ったんだい。」
かえってきてぼくがおチビにきくと、おチビは、すぐにぼくの頭ほどもある、まるい紙づつみを二つもってきた。
「ほら、こんなものよ。肝油《かんゆ》っていうのよ。ママ先生がおしえてくれたわ。さかなのきもからとったもので、からだによくきくんですって。」
ぼくは、そっと紙をひろげてみた。黄色くすきとおった、きれいな玉で、においをかぐと、かすかにさかなのにおいがする。
「肝油にも、いろいろあるのよ。薬屋さんは、五つも六つもならべて、ママ先生に見せていたんだけど、あたし、なるべく、さかなくさいのがいいってたのんだの。」
「ふうん、ママ先生はなんていってた?」
「おもしろいことをいうわねえって、わらわれちゃったわ。むかしは、肝油といえば、なまぐさくて、とてものみにくいものだったらしいのよ。でも、いまは、すっかりにおいをとって、あまくしてあるんですって。それで、やっとこれをえらんでくれたのよ。」
「うん。これなら上等だ。」
ぼくは、さっそくハカセをよんで、このすきとおった、油のかたまりを見せた。ハカセも、くんくんと、いぬのようににおいをかいで、にこにこした。
「たしかに、これだ。すこしにおいがたりないようだけれど、まあいいだろう。」
そこでぼくたちは、ナイフですこしけずりとり、たべてみた。しかし、あまりいい味とはいえなかった。
「これは、ぼくが作りなおしてくる。サザンカ老先生にききながら、やってみるよ。」
そういって、一つだけもっていった。残った一つは、ぼくとおチビとでけずりとり、わなのばねじかけにぬりつけた。さびをふせぐためだ。
おそらくハカセはぼくたちが、エク坊の家のかべの中で、まごついていたころも、ひとりでいそがしく働いていたことだろう。
小山のむこう側の、南に向いたがけのところには、コロボックルの小さな病院がある。かたい岩をくりぬいたもので、ここには日もさしこむようになっている。ハカセは、その病院にいるが、そこには、草の根や木の実から薬をとるための、仕事場もある。肝油をとかしたり、かためたりする仕事をするのには、つごうがよかった。
そのハカセは、ぼくたちがわなを運んだつぎの日の午後、小さくかためなおされたえさの見本を、とどけてきた。くもったさむい日だった。
ハカセはむかし、ぼくたちの先祖がやったように、いろいろな味をつけたそうで、思いがけないほど、おいしいたべものになっていた。
「ハカセはお医者さんになるより、コックさんになったほうがいいんじゃないか。」
ぼくもそういってからかったくらいだから、おチビはハカセをつかまえてさかんに、その作り方をきいた。そんなときは、おチビも元気にしゃべる。
「ママ先生は、肝油を一びん買ってくださったのよ。いくらマメイヌのために使っても、まだまだ、たくさんあまるじゃないの。あたし、料理のしかたをおぼえて、みんなにごちそうしてあげるわ。」
「それはありがたいね。」
ハカセも、そのとき、わらいながらぼくにいった。
「そうすると、ポストの事務所には、台所をつくらないといけないかな。」
「ほんとにつくってくれる?」
おチビは、きゅうにむきなおって、しんけんな顔をした。
「さあ、火を使うのは、せいたかさんにゆるしをもらわないといけない。」
ぼくはそう答えて首をひねったのだが、おチビは、ひとりでうなずいていた。たぶんまたなにか、かわったことを考えているにちがいない。だが、ぼくはそっとしておいた。
それからあと、しばらくのあいだぼくたちは、前の晩のできごとを語りあった。ぼくがせいたかさんにわなを運ばせて、ばちがあたったことを話すと、ハカセはくすくすとわらった。
「その、ひっかかったわなは、どうするんだい。」
「たぶん、うまくとれると思うな。近いうちにいって、やってみるつもりだ。」
「てつだえることがあったら、こんどはぼくもよんでくれ。」
ハカセはそういって立ちあがった。そしてふとつぶやいた。
「おい。わなをしかけるのは、すこしのばしたほうがいいかもしれないぜ。」
「なぜ。」
ぼくはびっくりしてきいた。ぼくたちはおそくても、ことしじゅうには、わなをしかけてしまうつもりだったからだ。するとハカセがいった。
「雪だよ。すごくふりだしている。このぶんではつもるよ。」
ぼくとおチビは、いそいで、まどにかけよった。なるほど、三角平地には、鳥のはねのようなぼたん雪が、舞っていた。そういえば、さっきから、おチャメさんのうたう雪の歌がきこえていた。ぼくはいそいで毛皮の上着をとった。あとから、クルミのおチビの声がした。
「どこへいくの。」
「たけやぶだよ。わながぬれないように、もっと葉っぱをかぶせてくる。」
うめの木の下へいってみて、ぼくは、きてよかったと思った。ぼくたちは、前の晩たしかに根もとのくぼみにしまったはずなのに、一つが下までころげ落ちていた。あれから、かなり風がふいたから、とばされたのだろう。
ぼくは、ばねじかけがこわされていないかどうかをためしてから、くもの糸を使って、ていねいに、ひきあげた。それから、細いたけのえだをとってきて、こんどは風でとばされないように、つっかいぼうをした。その上から、ささの葉でしっかりおおい、ぬれないようにした。
そんなことで、かなりひまがかかったが、日ぐれにはまだ間がある。そこで、ぼくはかえりに、エク坊の家へよった。ひっかかったもう一つのわなが、気になったからだ。
きのう、四人がかりでとれなかったのだから、ぼくひとりでは、とても動かないだろう。しかし、どうすればとれるか、考えてみたいと思った。
エク坊の家には、だれもいなかった。エク坊は夕がたの新聞をくばっているころだったし、おばあさんも、まだ石の門の家でてつだいをしているはずだ。そこでぼくは、安心してかべの中にはいり、わなをしらべた。
わなは、柱と外かべのあいだにはさまっているうえに、きのう、へたに動かしたものだから、ますますとれなくなっているようだった。
ぼくは、わなをおして、まわしてみた。すると、いくらか動く。そこで、あせをかきかき、ばねじかけが働くところまで、ようやくのことで動かした。これなら、フエフキがいったように、このままえさをしかけてもいいわけだ。力いっぱいばねをおして、ふたをあけ、とめてみたが、どうやら、うまくいきそうだ。
[#挿絵(img\173.jpg]
そのとき、ぼくは、大きな黒く光る目玉が、自分のま上の、横木のかげからにらんでいるのに気がついた。これは、ねずみにちがいない。ぼくは、しずかに、あたりをうかがった。すると、うしろにも、一ぴきいた。ここからは見えないが、もう一ぴきぐらいはいるかもしれなかった。
いまごろのねずみは、用心したほうがいいのだ。冬になって、食べものがすくなくなると、こいつらは、見さかいかつかなくなる。
そんなことを考えたときは、もう上のやつがとびかかってきた。ぼくはかるく身をかわした。だが、まったく思いがけないことがおこった。ぼくの毛皮の上着のすそが、わなにひっかかったのだ。そのためにぼくは、ねずみのきばはよけたものの、自分の力で、わなの上にはねかえった。そのはずみで、さきほどしかけたままのばねがはずれ、ぼくの右足は、サクランボのじまんのしかけに、がっちりつかまえられてしまったのだ。
つづいて、うしろから、ガリガリという音を立てながら、もう一ぴきがとびかかってきた。ぼくは、そのまま両手をはなして、わなの下にぶらさがった。足はいたかったが、そんなことをいっていられない。ねずみは大きな音をたてて、かべの下まで落ちた。
ぼくは、さかさまのまま、すばやく上着をぬぎすてた。そして、短剣をひきぬくと、ねずみの目をねらってかまえた。
ねずみは、五ひきもいた。こいつらははらをたてたようすで、息つくひまもなくつぎつぎとおそいかかってきた。
たちまちその二ひきの目を、片目だけつぶした。そのかわり、ぼくも足がひどくいたんだ。大きなねずみに体あたりされると、すごい力がこの右足にかかる。こんなことをつづけていれば、ちぎれてしまうかもしれない。
残った三びきのねずみどもは、ぼくがにげられないと知ると、ゆっくりせめることにきめたようだ。ま上の横木にのり、そこから、ときどきかべをななめに走りぬけるようにして、くいつこうとする。
そのころになると、ようやくぼくもおちついてきた。ねずみをにらみながら、しずかに、からだをもちあげて、わなの入り口につかまった。そして、足を、わなの中に深くさし入れた。外へだそうとすれば、ますますかたくしまる。しかし、中にいれるのは、らくにできるのだ(もうすこし、かたつむりのからが大きいと、ぼくもすっぽりもぐりこめるのだが、それはちょっとむずかしい)。そうしておいて、ぼくは、ばねじかけをすこしもとにもどし、すばやく足をはずした。
もう、だいじょうぶだった。びっこをひきながらでも、こうなれば、ねずみなどにまけることはない。とびかかってきたやつを、つづけざまにかわしておいて、三びきとも片目をつぶしてやった。ねずみは、なきながら、ゆか下ににげていった。
しかし、さすがにがっくりして、ぼくは、うらがえしのかたつむりのからの上に、すわりこんでしまった。こんなへんなめにあったのは、生まれてはじめてだった。
――いや、二度めだな――
ぼくは、ひとりでにがわらいをした。たけやぶへとばされてきたときを思いだしたからだ。
――あのときと同じように、マメイヌにおそわれたのなら、よかったのに――
ぼくはそう思った。立ちあがろうとしたら、右足がいうことをきかなくなっていて、また、すわりこんでしまった。
「おい、どうした。」
いきなり、フエフキが、風をまいてとびこんできた。雪の中を走ってきたのだろう。からだじゅうに、六角形の雪の結晶がくっついていた。
「やあ。」
と、ぼくは元気に答えた。
「なにしにきた。」
「なにしにきたって?」
フエフキはがっかりしたようにいった。
「おまえのかえりがおそいんで、見にきたんだよ。」
「それはどうもありがとう。でも、だれにきいたんだい。」
「そんなこと、どうでもいいや。」
フエフキは、そういって、あたりを見まわした。ぼくは息をついていった。
「もうすこし早くくれば、おもしろいところが見られたんだよ。」
「どうも、そうらしいね。相手はねずみだな。」
フエフキは、ぼくのようすを見て、そういった。ぼくの服は、ねずみのつめや、きばにひきさかれて、ぼろぼろになっていた。
「風の子らしくないが、いったいどうしたんだい。」
「まったくだ、大失敗さ。わけはあとで話す。」
ぼくは、とにかく上着をひろってきてくれるようにたのんだ。
フエフキは、ぼくに上着をきせかけてくれた。
「外はもうかなり雪がつもったよ。その足では、とても歩けない。おぶってやろうか。」
「だいじょうぶだ。すこしやすんだら、いっしょにかえるよ。」
「まあ、そのほうが、ぼくもらくだがね。」
フエフキは、そういってわらった。夕ぐれが近づいているのに、あたりはかえって明るくなっていた。ゆか下に、まっ白く雪がふきこみ、雪あかりで、明るくなったのだ。
「おい。」
フエフキは、ぼくの足を見てそういった。
「たけの柱の中でしばらく待っていろよ。あの中なら、ねずみもはいれないだろう。ぼくは、ハカセをよんでくる。早く手当をしたほうがいいぜ。ほねが折れていたら、たいへんだからな。」
「そんなことしなくてもいい。」
ぼくはそういったが、フエフキは目玉をむいて、ぼくをにらみつけた。そして、むりやりにぼくをおぶってかべをよじのぼり、四角いたけの柱の中へつれていった。きのう、フエフキたちが、ぼくを待っていた節だ。そこでぼくのくつをぬがせた。
「じっとして待ってろよ。こんなにふくらんでる。」
そういいのこして、フエフキは、とびだしていった。ぼくの足は、そのころからだんだんひどくいたみだした。これでは、いくらやせがまんをいっても、自分では歩いてかえれない。フエフキがきてくれて、ほんとに助かったと思った。
フエフキは、たぶん、ぼくがここへきていることを、おチビにきいたのだろう。もしかすると、おチビが、フエフキに知らせたのかもしれない。
――そうすると、フエフキも、どうやらおチビと口をきいたわけだな――
そう考えるとおかしかった。たけの節の中は、きのうぬりつけた、りんが、まだ残っているので、そうくらくはない。ぼくは、たけのかべによりかかって、じっといたみをがまんしていた。
ハカセとフエフキがかえってくるまで、かなり長い時間があった。ぼくはそのあいだに、いろいろなことをぼんやり考えた。
――ねずみは、なぜいきなり、ぼくにとびかかったのだろうか――
いくらいまごろのねずみが、むちゃをするといっても、こんなことはめずらしいのだ。ぼくが毛皮の上着をきていたからかもしれないが、もしかすると、ねずみは、かたつむりのからをねらったのかもしれなかった。
――そういえば、あのばねには、肝油をぬりつけてあったっけ――
ぼくは思いあたった。そのかすかなにおいをかぎつけて、ねずみどもはあつまったのだろう。そこへぼくがやってきたので、おそわれたのにちがいない。
そうなると、このエク坊の家へわなをしかけるのは、むだなようだった。マメイヌがかかるよりも、ねずみにいたずらされることのほうが、ずっと多いような気がする。あの大きなからだと、するどいきばでやられたら、ばねじかけもなにも、たまったものではない。
「やはりたけやぶだな。」
ぼくは、いたい足をそっとさすりながら、ひとりでつぶやいた。
しかし、地面の下も、そのほかにも、これまでしらべたところでは、巣のようなものはみつかっていない。ぼくの考えでは、もしマメイヌがいるとすれば、一ぴきや二ひきではないはずだ。きっとなかまがふえて、むれをつくっているにちがいない。
「おかしいな。」
四角いたけの節の中は、ちょうど広いへやのようで、ぼくのつぶやきが、ぽあんとひびいた。この節から二つ下の節には、マメイヌらしい足あとがいっぱいついている。じつは、この節にもすこしあった。もちろん、ねずみのものではなかった。だいいち、あいつらにはすきまがせまくてはいれないのだ。
「待てよ。」
ぼくは、せいたかさんからきいた話や、ネコのしらべたいろいろな話を、ゆっくり、はじめから思いだしてみた。まず、ユビギツネの話だ。これは、人間たちが、たけのつつで飼っていたという。つまり、ユビギツネ――すなわちマメイヌ――は、たけの中に住むことに、むかしからなれていたはずだ。そうすると、このたけの柱にも、マメイヌが巣をつくろうとしたことがあるのかもしれない。
「しかし、ここには、あのねずみどもがいるからな。」
マメイヌも、ぼくたちと同じように、ねずみにはめったにつかまるまい。だが、あんなものが、近くにたくさんいたのでは、住みにくいにきまっている。
――そうすると、たけやぶのたけの、どれか一本に、マメイヌの巣があるのではないだろうか――
ぼくは、ふとそんなことを考えた。そして、自分でも、びっくりしてしまった。いままで、考えてもいなかったからだ。
「待て待て、そんなにあわてるな。」
ぼくは自分で自分にいいきかせた。もしそうだとして、マメイヌはあんなかたいたけの中にどうやってはいりこめるのか。
そこまで考えて、思わずおきなおった。足がぎりぎりといたむのだ。ぼくは、うなりながらつぶやいた。
「ううん、たけがいたい。いや、いたいのは足だ。」
ぼくは、ひとりでくすくすわらった。わらいながらも顔をしかめた。そのとき、ぼくの頭の中には、いきなり、花屋のおじいさん≠ニいうことばが、わいてきた。でも、なぜだかわからない。
ぼくはなにかを思いだきなければならないのに、思いだせないのだ。足のいたみが、ぼくの考えをじゃましていた。
そこへ、フエフキとハカセがとびこんできた。
「とんだことだったね。」
ハカセは、ぼくの足に薬をぬりつけて、ほうたいをまいてくれた。
「ほねは折れていないよ。でも、かなりひどい。四、五日はいたむだろう。いったい、風の子ともあろうものが、どんなへまをやったんだい。」
「それがね。」
ぼくは、手みじかに話した。わなのばねじかけを動かせるようにして、それをためしていたこと、足がばねにはさまれて、身動きができなくなったまま、五ひきのねずみに、つぎつぎにおそわれたこと。それを、はさまれた足でぶらさがりながら、追いはらったこと。
「おかしいと思ってたよ。」
フエフキも、話をきいていった。
「そんなことでもなければ、風の子がやられるわけがないものな。」
それから、ぽつんといった。
「よく助かったね。」
「ほんとだ。」
ぼくも、いまさらながらぞっとして答えた。
「ところで、外は雪がだいぶつもってる。風の子をつれてかえれそうもないんで、あしたまで、ここにねていけよ。」
ハカセがそういった。
「しかたがないね。そうしよう。」
ぼくはうなずいた。ふたりは、毛皮のしきものや食べものをもってきていた。
「おチビによろしくいってくれ。せいたかさんにことわってくれるように。」
「うん。あいつも、とても心配して、いっしょにくるっていったんだけど、ハカセがとめたんだ。なにしろ雪だからな。」
フエフキはそういって、ぼくをねかせてくれた。
「ぼくたちも、ここでとまればいいんだけど、あいにくぼくは今夜が見張り番だし、ハカセも、やりかけの仕事をほっぽってきたんでね。」
「ああいいとも。もうだいじょうぶだ。ほんとにありがとう。」
ぼくは心からそういった。ふたりは、また雪の中を小山へかえっていった。外は、すっかりくらくなったようだった。
[#挿絵(img\183.jpg]
ひとりになって、しばらくすると薬がきいたらしく、ようやくいたみがしずまった。それに、毛皮のふとんの中にもぐっているので、からだもぽかぽかと、あたたかく、気持ちがよかった。ぼくは、くらいたけの節の中で大きく目をあけていた。
――マメイヌも、いまのぼくみたいに、たけの中でねているかもしれないな――
そんなふうに、さっきのつづきを考えはじめた。
それにしても、あのかたいたけにもぐりこむというのは、ちょっとむずかしいようだった。たけにあなをあけるのは、ぼくたちだって、ほねが折れる。
――マメイヌは、気長にかじってあけるのかな。それとも、まだたけがかたまらないやわらかいうちに、細工をしてしまうのかな――
ぼくは、あたりを見まわした。
――つまり、こんな四角いたけを作るときみたいに――
「四角いたけ?」
ぼくは、そのとき、ふっと思いついたのだ。四角いたけは、花屋のおじいさんが作ってる。そしてその花屋のおじいさんが、たけやぶでユビギツネを見たといった。
――ほら、また花屋のおじいさんがでてきた――
ぼくの頭の中はぐるぐると、いそがしくまわりだした。すると、ひょっこり、こんなことばがうかんだ。
『なんでこのたけはきらないでおいたんだろう。』
ぼくがさっきから思いだそうとしていたことは、そのことばだった。これは、四角いたけのうち、一本だけ古いのが残っているのをみつけて、フエフキがつぶやいたことばだ。
「なんで、きらないでおいたのだろう。」
ぼくは、フエフキがいったのと同じことを、つぶやいてみた。花屋のおじいさんは、どういうわけか、せっかくよくできたその古い四角いたけを、きりださずにとってある。おそらくは、もう二、三年で、かれてしまうにちがいない。もともと、あのたけやぶには、かれたたけが一本もない。それは手入れをしているためだろうし、たしかに、あれだけが残されているのは、ふしぎなことだった。
ところが、花屋のおじいさんが、たけやぶへやってくるのは、四角いたけを見にくるのだ。したがって、ユビギツネも、その四角いたけのまわりで見たということは、おおいに考えられる。
「しめたぞ。」
ぼくは、からだじゅうがいちどにあつくなった。あのたけをきりださないでおいたのは、あるいは、ユビギツネがはいっていったところでも、見たのではないか。それで、いままで、そっとしておいたのではないか。
こうなると、もうぼくはねむるどころではなくなった。はじめは、なんとなく、あやふやな感じもしていたが、やがて、しっかりした考えにまとまっていった。
もし、あの古い四角いたけに、マメイヌが巣を作っているとすれば、きっとどこかにあながあいているにちがいない。そして、それも、花屋のおじいさんが、きらずにほっぽってある理由の一つかもわからない。
ぼくは、わなをしかける場所が、やっときまったような気がして、ほっとためいきをついた。
いきなり、ラジオが天気予報をしゃべっているのがきこえた。かなり前から、ラジオはきこえていたのだが、それまでは耳にはいらなかった。
「お正月の三が日は、いいお天気がつづくもようです。」
ラジオはそういっていた。
ぼくは、つぎの日の夜、むかえにきてくれたネコとふたりで、びっこをひきひき小山へかえった。雪は、ひるまのうちにすっかりとけて、もうほとんど残っていない。道はわるかったが、こおっていた。そのとき、ネコに、ぼくは自分の考えを話してみた。
ネコは、目をまるくしてきいていたが、きっとそうだよ、それにちがいないと、なんどもいった。ぼくは、そのたけの、どこかに、あながあいているかどうか、しらべてくれるようにたのんだ。
「でも、むやみに近くへいってはだめだよ。マメイヌを見ようと思っても、こっちが先にみつかるかもしれないからね。」
「わかった。」
ネコはうなずいた。それから、こんなこともいった。
「もし、そのたけにあながあったら、そこをふさいでしまうのはどうだろう。マメイヌはでられなくなるじゃないか。」
「というのは、ぼくたちにも、はいれないということだよ。」
ぼくは答えた。
「まさか、たけごときりたおして、つかまえるわけにはいかないし、あなは一つだけではないかもしれない。へたなことをして、みんなにがしたらこまる。やっぱりわなでつかまえよう。」
「それもそうだね。」
ネコは、しきりにうなずいていた。
しかし、むりをして小山へかえったため、ぼくの足は、またはれあがり、動けなくなった。
「ほんとに、ひどいばちがあたったわね。やっぱり、あんたがいちばんわるものなんだわ。」
おチビは、毎日、ほうたいをとりかえるてつだいをしてくれたが、そんなとき、そういっては、ぼくをからかった。
「ほんとだね。」
ぼくは、いつもさからわずにそう答えることにしていた。
というのは、ネコが、さっそくあの古い四角いたけをしらべ、たしかに、あながいくつもあること。それもよく見なければ気がつかないように、かくしてあることを知らせてくれたのだ。そればかりか、ネコは、たけに耳をつけて、中でコトコト走る音まできいていた。
「あそこには、きっと、たくさんいるよ。」
ネコにとっても、よほど大事件だったのだろう。これを知らせにきたときは、いくらか青い顔をしていた。
「そんなことして、相手に気づかれなかったかい。」
ぼくは、自分の考えの当たったことをよろこびながらも、心配してきいてみた。だが、ネコはわらって首をふった。
考えてみると、ぼくたちは、もっと早く、このことに気がつかなくてはいけなかった。あのたけやぶで、かわっていると思ったことは、もっともっと、ねんをいれてしらべてみればよかったのだろう。しかし、とにかく、わかってよかった。これも、みんな、あのひっかかったわなのおかげだ。ぼくはひどいめにあったが、いまになってみれば、よかったことになる。おチビがいくらからかっても、なんともないわけだ。
ところで、ぼくたちは、わなをしかけるのを、思いきって先へのばした。ぼくの足のせいもあるが、こうして、マメイヌがいるらしいとわかれば、いそぐことはないのだ。その前に、しておかなくてはならないことがいくつかある。
その一つは、まずせいたかさんにもらった、小さなカメラをつかって、うつし方をならっておかなくてはならないことだ。マメイヌをつかまえたら、すぐに写真をとる。あとで新聞にも使うのだ。カメラは、使いやすいように作りかえて、コロボックルの城の戸だなにおいてある。この戸だなは、コロボックルの写真工場になるはずだ。そのために、せいたかさんがてつだって、まどをあけたり、電気をつけたりするようにしたが、まだ係りはきまっていない。だから、ぼくたちでやるよりしかたがないのだ。
そのほか、写真をしあげるためには、くらいへや――暗室というのだそうだ――がいるし、水もたくさんつかう。だが、それはいま、地下工場につくっている最中だ。もし、これがまにあわなければ、せいたかさんにたのむことになるだろう。
それから、もう一つ、ポストの事務所には、台所がとりつけられる。おチビがせいたかさんにねだったものだが、じつをいうと、ぼくからも、せいたかさんに、たのんでおいたのだ。ポストの事務所は、これからコロボックルが、たくさん出入りするようになる。そうなると、ここで火を使えるようにしておいたほうがつごうがいい。
「ほら、いつか、とこやさんにあったでしょう。電気でたばこに火をつけるのが。あれなら、ぼくたちにも使いやすいし、あぶなくないんじゃないでしょうか。」
「なるほどね。あれも、電熱器の一つだな。」
せいたかさんは、そういって、さっそく手に入れてきてくれた。これは、サクランボが細工をしてくれることになっている。
そんなことで、ぼくたちは、みんなが正月をたのしくあそんでいるあいだ――コロボックルも、お正月には人間と同じように仕事を休んですごす――いそがしく働いていた。
「こういうのを、なまけものの節句ばたらきというんだぜ。」
サクランボは、そういって、鼻の頭をはじいてわらった。
ある日、ぼくたちが台所の工事をしていると、せいたかさんが、かべをトントンとたたいてぼくたちをよんだ。
「おうい。みんないるかい。いるならみんなでちょっときてくれ。」
ぼくたちは、それをきくと、先をあらそって、ポストの中をとびだし、せいたかさんのへやへいった。
「やあ。そろっていたな。」
せいたかさんは、にこにこしていた。そして、みんなをつくえの上にすわらせて、こんなことをいったのだ。
「きみたちのポストの事務所を、ぜひ一へやかしてもらいたい。」
ぼくたちは、顔を見あわせた。せいたかさんは、なにをいいたいのだろう。
「こまるかい。」
「とんでもない。」
ぼくはあわてて答えた。
「せいたかさんが、なにに使うのかと思って、ふしぎだっただけです。かまいませんとも。」
「うん。」
せいたかさんは、くすくすわらった。
「じっは、気むずかし屋が印刷機械を、そこで組立てたらどうかっていってきたんだよ。いずれ、新聞をだす仕事がはじまるだろうからってね。」
「なあんだ。」
サクランボが大きな声をだした。気むずかし屋というのは、ツバキの技師のことだ。
「それなら、ぼくも、前に技師からいわれていました。ぼくが、ポストに仕事場をもらったことを、話したときです。ぼくたちの仕事がすんだら、そこを印刷工場にしようっていってました。」
「それで。」
せいたかさんは、ぼくたちを見まわした。
「きみたちの仕事は、おわったのかい。」
「すみました。」
ぼくたちは、声をそろえていった。
「そうすると、いつからでも、いいわけだね。」
「もちろんです。」
「それはよかった。クリスケは、さっそく、地下工場へ、知らせにいってやれ。」
ぼくは、うなずいて、三角平地へとびだしていった。
ツバキの技師と、ふたりでもどってきてみると、なかまたちは、ポストのサクランボの工場で、しきりになにかを運んでいた。銀色の四角い細い棒のようなもので、長さは二センチくらいはある。どれもきちんと同じ大きさにそろっていて、かなりの数があった。これをせいたかさんが、外からさし入れ、なかまたちが、中でうけとっていたのだ。
「なにを運んでいるんだい。」
「風の子もてつだえよ。ぼくたちの新聞をつくるもとになるものだ。」
サクランボは、うれしそうにいって、あせをふいた。
「おや。」
ぼくは、その一本を立ててみて、つぶやいた。頭には、うらがえしの文字がほりつけてあるのだ。これの、もっと大きいのを、せいたかさんの会社で見た。たしか、タイプライターという機械に使ってあった。
「これは活字じゃないか。」
すると、ツバキの技師がそばでおしえてくれた。
「よく知ってたね。そのとおり、活字だよ。せいたかさんは、知りあいの印刷屋さんにたのんで、古いのをわけてもらったんだ。人間がつくった活字のうち、これがいちばん小さくて、ふりがなに使うんだよ。だから、ひらがなと、かたかなしかない。」
「なるほどなあ。」
ぼくは、手もとの、二、三本をとりあげてみた。マッチ棒を四つにわったほどのふとさだった。
「そうすると、ぼくたちの新聞は、かなだけで作るわけですか。」
「まあそうだ。なんでもはじめからそう本式にはいかないもんさ。しかし、いずれは、地下工場でも、こういう活字を作るようにするつもりだよ。とりあえず、ひらがなだけは、いま、型をつくっているところだ。こいつを見本にしてね。」
「へええ、すごいな。」
ぼくはうなった。
[#挿絵(img\193.jpg]
「こら、そこのなまけもの。」
いきなり、ぼくは、おチビにおどかされた。この子は、なかまがいると、たちまちこんなおてんばにもどる。
「感心ばかりしてないで、てつだってくれよ。」
一息にそういって、とんでにげた。みんなが、どっとわらった。ツバキの技師も、にやにやしながら、「さあてつだおう。」といった。
「この活字は、あとでみじかくきりそろえるから。すみのほうにつんでおけばいいよ。」
ぼくも、いそいでなかまにはいった。
「おい。」
そのとき、ハカセがぼくとフエフキにささやいた。
「どうする。」
「どうするって、なにを?」
ぼくたちは、なんのことやらわからずにききかえした。
すると、ハカセは、目でツバキの技師をしめした。
「ああ。」
と、ぼくもうなずいた。ハカセのいったのは、ツバキの技師に、ぼくたちのひみつを話したほうがいいのではないかということだ。
そういわれてみると、ぼくもよくわかった。
どうせ新聞をだすのなら、はじめから、きれいに印刷したもので、だしてみたい。それには、ツバキの技師に、印刷機械のしあげをいそいでもらわなければならない。
「ちょうどいいから、しゃべっちまうことにするか。」
ぼくは思いきってそういった。
「そうだなあ、あの人はいつかも、力になるよって、いってくれたしな。」
ぼくたちは、あっさりきめてしまった。
やがて、ひとくぎりつくと、ツバキの技師が、ぼくたちをあつめていった。
「ぼくは、地下工場にも仕事があるので、毎日ここへくるというわけにはいかない。そこで、ほかのコロボックルを十人ほどよこすから、風の子にめんどうをみてもらいたい。もっとも、だいたいの下ごしらえは、地下工場ですませてくるから、ここでは組立てるだけなんだ。」
「わかりました。」
ぼくたちは答えた。
「何日ぐらいかかりますか。」
「そうだね、二週間もあればいいだろう。」
ぼくたちは、おたがいに顔を見あわせ、それからきりだした。
「なるべく、いそいでもらいたいんです。」
「ほう。なぜ。」
「じつは、ひみつの話があります。」
「そうらきた。」
ツバキの技師は、わらいながらいった。
「さあ、きかせてもらおう。いつか、きみたちが、そういいだすんじゃないかと、たのしみにしていたんだ。」
そして、ぼくたちを自分のまわりにすわらせた。
[#改ページ]
[#見出し] 第五章
[#見出し] コロボックル通信社に
[#見出し] 春がくる
[#挿絵(img\196.jpg、横280×縦687、下寄せ)]
ぼくのノートは、とうとう一さつめがおわってしまい、二さつめを新しく作った。
マメイヌさがしのことばかりでなく、新聞の話や、ポストの事務所の話まで、いつのまにかはいりこんできたためだ。おかげで、書くことがむやみと多くなってしまった。
しかし、こういうできごとも、マメイヌさがしと、きりはなしてしまうわけにはいかないような気がして、ぼくはみんな書きとめておいた。
この内容は、やがて新聞がだせるようになったら、すこしずつのせていこうと思っている。もちろん、その前には、せいたかさんにも読んでもらうつもりだ。
新聞といえば、ツバキの技師が、とくにいそいでくれたおかげで、ぼくたちのポストの底には、かわった印刷機械が、たちまちできあがった。機械といっても、へやじゅうがそのしかけで、いっぱいになってしまったのだから、印刷工場といったほうがいい。
まず、へやは、おくの方の三方のかべに、こまかくしきったたながとりつけられて、活字がきちんとつめこまれた。活字は、ほとんどが同じ大きさなのだが、『コロボックル通信』という活字だけは、大きいのがある。表題につかうもので、せいたかさんが、あとからつけくわえてくれた。
そして、これらの活字は、地下工場から、道具をもったコロボックルが、たくさんやってきて、みんな五ミリの長さにきった。ぼくたちには長すぎたからだ。きりとったあまりは、地下工場に運んだので、いずれ新しい活字になって、もどってくるだろう。
たなにかこまれたせまいゆかの上は、文章のとおりに、活字をならべる場所だ。ゆかには、レールがしかれてあり、その上を、車のついた台が動く。この台をおして、たなとたなのあいだにもっていく。こうしておいて、台の上にあさい箱をおき、この中に一本ずつ活字を立ててならべていくのだ。
二百本ぐらいで、箱はいっぱいになる。そこで、またレールの上を動かして、広いところへもっていく。ここには、ふとい柱で組み立てたわくがある。インキをぬりつけたり、紙をはさむしかけで、このわくに箱だけをすっぽりとはめこむ。
新聞は、うらも表も刷るから、台はまたすぐもどして、べつの木の箱をのせる。表を刷っているあいだに、うらの活字をならべるわけだ。
わくの上には、天じょうから、なまりでできた、重いローラーがさがっている。これは、活字の上においた紙を、おしつける。紙や活字をいためるといけないので、皮がまきつけてある。
コロボックルがひきづなをひくと、ローラーはゆっくりいってかえって、印刷ができあがるのだ。
口でいうのはわけないが、こういうしかけを、ぼくたちがらくに動かせるように、ツバキの技師はいろいろとくふうをしてあった。インキをぬるのも、紙をのせるのも、コロボックルは、ハンドルをまわしたり、ペダルをふんだりするだけでよい。だから、へやの中は、すっかり工場らしくなった。
[#挿絵(img\199.jpg)]
そこで、ぼくたちは、さっそく、動かし方を練習しはじめた。
「絵はどうするのかしら。」
そんなとき、おチビが心配そうにいった。しかし、これはなかなかむずかしい。木でほってもいいのだが、そうすると、時間がかかりすぎるし、こまかい絵はできない。もっとはやく、きれいに作るには、材料や薬がいるのだ。ぼくは、そんなことをいって、絵はとうぶんはいらないと答えた。すると、となりにいたハカセがつっついた。
「風の子はその作り方を知っているのかい。」
「知ってるよ。本で読んだもの。」
「それなら、ぼくにおしえてくれないか。できるかどうか、ためしてみたいんだ。」
「いいとも。」
ぼくはうなずいた。まず、銅の板がいる。これは、地下工場にもあるだろう。これに、ろうを使って、絵をかき、銅をとかす強い薬をつける。すると、ろうのついていないところは、薬にとけてへこむが、ろうがついていたところはそのまま残る。
「つまり、銅のはんこができるのさ。」
「なるほど。それで、その強い薬は、なんていう名まえだい。」
「ええと。」
ぼくは思いだせなかった。
「あとで、せいたかさんにおしえてもらうよ。そのとき、ついでに、手にはいるかどうかもきいてみる。」
「たのむよ。」
ハカセは、とても熱心だった。たぶん病院の研究室で、またゴトゴトやってみたいのだろう。そういえば、ハカセは絵がうまい。自分のかいた絵で、コロボックル通信をかざりたいのかもしれなかった。
「そうすると、写真は、もっとむずかしいのでしょう。」
おチビが、また心配そうな声をだした。
ぼくは、おチビの考えていることが、すぐにわかった。おチビはマメイヌの絵も写真も、新聞にのらないのかときいていたのだ。
「安心しろよ。第一号にはむりだろうが、ぼくは、マメイヌがつかまったら、さっそく写真をとって、せいたかさんにたくさん焼いてもらうつもりなんだ。それができたら、のりで新聞に、張りつけるのさ。」
「そうなの。」
おチビは、にこにことうなずいた。
「いつもたのむというわけには、いかないけどね。マメイヌだけは、しかたがない。そのうちに、写真も、ぼくたちで、焼きましができるようになる。」
おチビも、それで安心したようだった。
二つのわなを、たけやぶにしかけたのは、ちょうどそのころのことだった。そのときはツバキの技師がいっしょにきて、サクランボの作った、かたつむり型わな≠見てくれた。よく晴れた寒い夕がたのことだ。
ぼくたち(ぼくとフエフキとネコ)が、長いことかくしてあった、うめの木のあなから、わなをひきおろすと、ツバキの技師は、目をまるくした。
「なんだい。これは、かたつむりじゃないか。」
「そうなんです。」
ぼくたちはとくいだった。
「これなら、マメイヌも、あまり用心しないだろうって、サクランボが考えだしたんですよ。」
「なるほど。」
技師は、あちこちと動かしてみて、感心したようすだった。
「なかなかよくできているよ。りっぱなもんだ。」
そういって、ほめてくれた。ぼくたちは、わなをそこへおいたまま、ツバキの技師をたけやぶの中につれていった。
[#挿絵(img\203.jpg)]
「ほら。」
フエフキが指さして、ささやくようにいった。
「あそこに、四角いたけが見えるでしょう。あの中に、マメイヌの巣があるはずなんです。」
「ふうん。」
技師は、しばらく見ていてからふりかえった。
「なんびきぐらいいるんだろう。」
「たくさんいると思います。なかまがふえているような気がするんです。」
ぼくは答えた。
「ネコは、中で足音がするのをきいていますし、あなもちゃんとあいています。それに、この前お話したように、マメイヌがいるとしたら、どうしても、あのたけの中なんです。」
ツバキの技師は、うなずいて、ネコにきいた。
「どんな音だった。」
「そうですね。」
ネコは、首をひねっていった。
「はじめは、上のほうから、トントントンという音がおりてきました。五、六ぴきで、追いかけっこでもしていたようです。それから、シュッ、シュッとこするような音が、上のほうへ消えていきました。」
「つまり、節にもきっと、あながあけてあるんですよ。」
ぼくはつけくわえた。
「その節から節へとびおりたり、とびあがったりした音だと思うんです。」
「きっと、そうだろうな。」
ツバキの技師は、つぶやいた。
「ほんとによくしらべたね。」
ぼくたちは、ほめられて、すこしくすぐったかった。
「さあ、早くわなをしかけてしまおうじゃないか。すぐ日がくれるぞ。」
そういって、ツバキの技師は、先に立った。ぼくたちは、一つずつ、わなをたけやぶへ運んだ。そして、古い四角いたけから、三メートルほどはなれた南がわに一つと、そこからまた一メートルはなして、もう一つをおいた。そこが、エク坊の家から、このたけへやってくる近道の上にあたるのだ。
えさをしかけ、ばねをとめると、ぼくたちはうれしくて、ぞくぞくした。すぐにも、マメイヌがかかるような気がしたからだった。
エク坊の家の、かべの中にひっかかったわなは、とうとうとれなかった。どうせ、ねずみにいたずらされるだろうというので、そのままにしてある。だからぼくたちのしかけたわなは、この二つだけだ。
「あしたからは、毎日二回ずつ、ここへ見まわりにこよう。」
ぼくたちは、かえり道で、話しあった。
「三日たってつかまらなければ、えさも、とりかえたほうがいいな。」
「そうだね。当番をきめて、見にくることにしよう。」
「つかまったら、どうやって小山へつれてくるんだい。」
ツバキの技師も、話のなかまにはいった。
「まさか、わなごと運ぶわけじゃないだろう。」
「もちろんですよ。ふくろにでもいれて運びます。」
「なるほど、それなら、地下工場のものおきに、いいのがあったよ。くもの糸で織ったやつだ。あれならすきとおって中が見えるし、じょうぶだ。あいつをかしてやろう。」
ぼくたちは、北風を背おって走りながら、そんなことを話した。
ぼくが小山へかえると、おチビがへやで待っていた。つくえにむかって、なにか書いていたようだったが、それをくちゃくちゃにまるめながら立ちあがった。
「どうだったの。」
「ああ、すっかりすんだよ。」
「よかったわね。」
おチビも、そういってよろこんだ。
「あとは、マメイヌがかかるのを、待っていればいいわけね。」
「ところが、そうはいかないんだよ。」
ぼくは、おチビに説明した。
「ぼくにはまだ仕事がある。いつマメイヌがつかまってもいいように、用意しておかなくちゃならない。新聞だって、すぐにも活字をならべて、刷りだせるようにしておきたいだろ。だから、これから、その記事を書くんだ。」
「たいへんなのね。」
おチビは、まえかけのポケットに手をつっこんでいった。
「それで、じゃまだからかえれって、いうわけ?」
「まあ、そうだよ。」
おチビは、おこりもせずにわらいながら、「おやすみなさい。」といってかえっていった。
あとで、ゆかの上を見たら、紙くずが落ちていた。おチビが、さっき立ちあがったとき、まるめたものだ。ポケットに入れたつもりで落としたのだろう。なにげなくひろげてみたら、こんな、いたずらがきみたいなことが書いてあった。
うめがさいたら うめのはなびらに
うたをかこう
はなびらひとつに うたがひとつ
かぜがみつけて くばってあるく
シンブン シンブン
はなびらのシンブン
でもこれは
かぜにあげる てがみなのに
かぜは よめないものだから
シンブン シンブン
はなびらのシンブン
ぼくは、しわをのばして、なんども読んだ。そしてなんとなくおもしろいと思って、つくえの中にしまった。
しかし、こんなに長いあいだ苦心して、ようやくわなをしかけたのに、マメイヌときたら、なかなかつかまらなかった。ぼくとフエフキとネコは、毎日たけやぶへでかけ、がっかりしてかえってくる。
「きっと、まだ気がつかないんだよ。もっと近くにすればよかったな。」
おチビをいれて、四人がぼくのへやにあっまったとき、ネコはこういった。フエフキも、くやしそうにいった。
「ばかなやつらだなあ。あんなおいしいごちそうがあるのに。」
「そんなこといったって――。」
クルミのおチビは、おかしそうにわらった。
「ばかじゃなくて、りこうなのよ。なにか、あやしい感じがするんで、近づかないんじゃないかしら。」
フエフキは、おチビを見ずにいった。
「そうかもしれない。もしかすると、ぼくたちのにおいがするんで、用心しているのかもしれないな。」
「そうすると、あまり近づかないで、遠くから見るようにしたほうがいいね。」
「でも、えさをとりかえるときはどうするんだい。」
「そのときは、肝油を服にぬりつけて、においを消していくのよ。」
おチビがそういった。
「いい考えだが、なんだか気持ちがわるいような気もするね。」
「それなら、あたしがやってあげるわ。」
「きみが?」
ぼくたちは、おチビを見た。ぼくはいそいでいった。
「きみはやめておきなよ。女の子だもの。そのかわりぼくがやってみよう。」
「いいのよ。すこしはおれにもてつだわせろよ。」
おチビは、じょうずにらんぼうなことばを使って、みんなをわらわせた。ぼくたちは毎日かわるがわるたけやぶへようすを見にいくのだが、おチビはいつもるす番だった。三度に一度は、自分もなかまにしてくれというわけだ。
フエフキが、立ちあがっていった。
「よしきた。おれの、古い毛皮の上着をもってくる。それに肝油をぬりつけて、わなに近づくものは、みんなが着ていくことにしよう。」
そして、たちまちとびだしていった。
この、フエフキの古い上着をつけたおチビは、つぎの日の夕がた、大よろこびでたけやぶへでかけた。すばしこいことでは、けっしてぼくたちにまけないから、外へだしてもまず心配はない。それにわなのあつかい方も、よく知っている。
そう思って、ぼくはだしてやったのだが、ずいぶん長いことかえってこなかった。仕事は、二つのわなに、えさをつけかえるだけで、そんなに長くかかるわけがない。まっくらになっても、しばらくかえらないので、ぼくはとうとう心配になって、むかえにいった。
いつかのぼくみたいに、ねずみにおそわれることもある。思いがけないできごとというものは、いくらすばしこいコロボックルでも、さけられないことがあるのだ。
だが、ぼくは、小山からいくらもいかないところで、ばったりおチビにであった。おチビのほうがぼくをみつけてとびついてきた。ぷんと肝油のにおいがした。
「ああよかった。」
「おい。」
ぼくは、ほっとしながら、おチビの肩をつかんだ。おチビはまっさおな顔をしていた。
「どうしたんだい。」
「ああ。」
おチビは大きなためいきをついた。ぼくはなにがなんだかわからずに、だまった。するとおチビは、ぼくの耳にささやいたのだ。
「マメイヌよ。マメイヌが、あたしのあとをつけてるのよ。」
「なんだって?」
「ほんとよ。あたし、くいつかれやしないかと思って、ここまでそろりそろり歩いてきたのよ。とってもこわかった。」
ぼくはびっくりして、おチビのきたほうをうかがってみた。だが、なにも見えなかった。
「なんにもいないじゃないか。」
「風の子がきたんで、きっとかえったのよ。」
おチビは、やっとわらい顔を見せた。
「あたしも、とうとうマメイヌを見たのよ!」
「いったいどういうわけなんだい!」
ぼくは、もどかしくなって、おチビの肩をゆすった。
「ほんとにマメイヌなのかい。」
「ほんとよ。あたしがたけやぶをでたら、うしろから、マメイヌが二ひき追いかけてきたの。」
「たしかに?」
「たしかよ。あたしを追いこして、ぐるぐる二、三かいあたしのまわりをまわったわ。小さいくせにすばらしいはやさで、あたしは足がすくんじゃった。」
「ううん。」
ぼくはうなった。
「それで、どうしたんだい。」
「くいつかれるかと思った。だけど、口ぶえをふいたら、ふしぎそうな顔をして立ちどまったのよ。とてもかわいい顔だった。あれはまだ子いぬかもしれないわね。」
[#挿絵(img\212.jpg)]
ぼくは思わずごくりとつばをのみこんだ。そのマメイヌは、おそらく、肝油のにおいのするおチビを追ってきたのにちがいない。
「すぐそこまで、あとからついてきたのよ。あたしがゆっくりゆっくり歩いているものだから、ときどき近くまでくるの。そのくせ、あたしが立ちどまると、ぴゅっとにげてしまうし、もういつとびつかれるかと思って、生きたここちがしなかった。」
「早く、その上着をぬぎすてればよかったんだ。」
ぼくにいわれて、おチビは、はじめて気がついたようだった。
「そうか。」
そう答えて、舌をちょっとだした。ぼくはそれを見て、はじめてこの子と会ったときのことを、ふっと思いだした。あのときはうんざりしたのに、いまは、とてもかわいく見えた。
「しかし、あわててにげなくてよかったね。きみがにげだしたら、マメイヌは、すぐとびかかったかもしれない。いぬは、にげるものにおそいかかるくせがあるんだ。」
それにしても、これは大きな発見だった。マメイヌはいまでも生きていることが、これではっきりしたのだ。
「ごくろうさま。さあかえろう。」
ぼくは、おチビとふたりで小山へもどりながら心の中でつぶやいた。
――さあ、いよいよ、ほんものだぞ――
おチビは、まだ、ぼくの上着をつかんだまま、なんどもなんどもうしろをふりかえっていた。
ぼくは、いよいよ、コロボックル通信社のひみつを、世話役にも、せいたかさんにも、話さなければならないと思った。これまでは、つかまえてから、あっといわせてやろうとばかり考えていた。しかし、生きていることが、こんなにはっきりすると、ぼくも考えをかえなければならない。
マメイヌは、どうしても、矢じるしの先っぽの、コロボックル小国が、とりもどさなければならないのだ。もし、ぼくたちだけでやって、遠くににげられてしまったりしたら、とりかえしがつかなくなるだろう。
ぼくは、さっそくフエフキのところに相談にいき、その夜のうちになかまをあつめた。ツバキの技師にも、ポストの事務所の二階まできてもらった。そして、おチビの見たマメイヌの話をした。
「せいたかさんや世話役に、すっかり話したほうがいいと思って、あつまってもらったんだけど、どうだろう。」
「どう思いますか。」
ハカセがまずそういって、ぼくのとなりにいたツバキの技師を見た。
「うん。わしの考えは、あとでいう。まず、きみたちで話しあいたまえ。」
ツバキの技師は、そういって手をふった。
「ぼくは、風の子の考えに賛成する。」
フエフキがすぐいった。ハカセとサクランボもうなずいた。
「ぼくもだ。」
「ちょっと、ざんねんみたいだけど。」
ネコはそういって、ことばをきった。
「やっぱり賛成するよ。」
ぼくはネコの気持ちもわかった。このマメイヌさがしで、いちばんほねをおってくれたのは、ネコかもしれなかった。だから、自分たちのなかまだけでつかまえられなかったのが、心残りなのだろう。これは、ぼくたちみんなの気持ちでもある。
おチビはだまっていたが、もちろん賛成してくれた。ツバキの技師は、みんなが賛成したのを見て、ゆっくりいった。
「よかった。じつをいうと、そろそろ、世話役にも報告したほうがいいと思っていたんだよ。ここへくるときも、きみたちにそういうつもりでやってきた。しかし、みんなが、同じ気持ちらしいから、安心した。」
ぼくはうなずいた。
「世話役には、ツバキの技師から話してくれますか。」
「いいとも。これからすぐいこう。」
「フエフキと、ハカセは、ツバキの技師といっしょにいって、こまかいところをおしえてあげてくれないか。」
「よしきた。」
「あとものは、ここに残って、ぼくといっしょに、せいたかさんのところへいこう。」
「へえい。」
サクランボが、おかしな声でへんじをした。それでみんながわらいだして、ようやく、気分がほぐれた。
ぼくは、居間のいすにいた、せいたかさんの肩へとんでいって、耳にささやいた。
「あのう、話があるんですけど。」
せいたかさんは、読んでいた新聞から顔をあげて、にっこりした。
「なんだい。」
「いつかの、ひみつの話のことです。」
「よしよし。」
そういって、ガサガサ新聞をたたんだ。
「マメイヌのことかい。」
「そうです。」
「どんなぐあいかね。」
「みつかりました。」
せいたかさんは、一度うなずいたが、びっくりしたように、また声をあげた。
「なんだって?」
ぼくは、せいたかさんのさしだした手のひらの上にのった。
「マメイヌがみつかったんです。」
「ほんとかい。」
「ほんとなんです。エク坊の家のすぐ近くにあるたけやぶに巣があります。」
「エク坊の?」
せいたかさんは、立ちあがった。
「すると、そのマメイヌは、エク坊の家で、いや、つまりあのおばあさんが飼っているのかい。」
「ちがうようです。でも、エク坊のにおいを知っていて、近くにきたのかもしれません。つまり、エク坊の先祖が飼っていたマメイヌの、子孫があつまっているみたいです。」
「なるほど。もっとよくきかせてくれ。」
「もちろんです。」
ぼくはそう答えた。せいたかさんは、ぼくを手のひらにのせたまま、つくえの前にやってきた。そして、ぼくたちが、かわるがわる話をするのを、目をかがやかせてきいてくれた。
「よくやった。」
すっかりききおわったせいたかさんは、ぽつんといった。ぼくたちもうれしかった。
そのときおチビが、いきなりとびだしていって、せいたかさんの耳になにかささやいた。せいたかさんは、うんうん、とうなずいて、おチビに心配しなくてもいいさ、といった。
「おチビくんはね。」
せいたかさんは、ぼくとネコとサクランボを見て、にこにこした。
「ママ先生をだまして、肝油を買ってもらったのを、ぼくからあやまってくれっていうんだ。」
ぼくはあわてていった。
「それは、おチビがわるいんじゃないんです。ぼくがいいつけたんです。ママ先生にはそういってください。」
「おやおや。」
せいたかさんは、おもしろそうにいった。
「どっちをしかったらいいか、ママ先生にきいてみょう。」
つぎの日の朝、ぼくたちはみんな世話役によばれた。コロボックルの城には、つくえのひきだしの中に、役場があり、三十人ほどのコロボックルが仕事をしている。世話役は、そこのおくのへやで、ぼくたちを待っていた。ここには、コロボックル小国の失じるしの旗がかざってある。相談役のデブ先生も、ツバキの技師もいた。世話役は、ぼくたちをならべておいて、こんなことをいった。
「きょうから、きみたちに新しい役をいいつける。まず、風の子は、コロボックル通信のまとめ役で、おチビはその助手だ。しかし、ふたりとも、れんらく係の仕事はそのままつづける。ネコは風の子の相談役で、ポストの事務所にうつる。きみたちは、いずれ、学校の生徒から、大きい子を五人ほどえらんで、仕事をおしえてやってほしい。つまり見習い社員だね。それから、サクランボは、写真工場の係り。」
そこで、世話役は、ちょっとやすんだ。
「フエフキは、クマンバチ隊から、とくべつ元気なものを十人ほどひきぬいて、自分の隊をこしらえてほしい。その隊はマメイヌ隊という名まえでよぶことにする。きみは隊長になって、とうぶんのあいだは、マメイヌをつかまえる仕事にかかる。しかし、いずれは、マメイヌを飼いならして、あぶない仕事をひきうけてもらう。」
世話役は、そのつぎにハカセを見た。そしてにこにこした。
「ハカセは、とりあえず、マメイヌ隊付きの相談役だ。この隊は医者もひとりついていたほうがいいのでね。つまり、ハカセは、マメイヌのからだのことも、勉強してほしいんだ。」
「わかりました。」
ハカセも、わらいながらうなずいた。
[#挿絵(img\219.jpg)]
「ところで、ハカセも、フエフキも、サクランボも、コロボックル通信社の通信員をつづけてもらう。風の子とは、いつもれんらくをとるように。とくに、マメイヌがつかまるまでは、おたがいにいままでどおり、助けあってほしい。」
「はい。」
「ところで、その通信員だが、べつにふたりほど、ふやしたいんだ。風の子の考えはどうだい。」
「いいですとも。だれですか。」
「ひとりは、ここにいる。」
そういって、世話役は、ツバキの技師をゆびさした。
「ぜひ、なかまにいれてくれ。」
技師は、まじめな顔でそういった。ぼくはちょっとまごついた。デブ先生がにやにやしなからいった。
「ツバキの技師は、通信員になれたら、わしを助手に使ってくれるっていうんだよ。だから、わしからも、ぜひたのむ。」
「よわったな。ぼくのほうから、おねがいします。」
そういって、頭をさげた。
「それで、もうひとりは?」
「世話役のおくさんさ。」
デブ先生がいった。すると、世話役は、デブ先生の口まねをした。
「うちのおくさんは、通信員になれたら、わしを助手に使ってくれるっていうんだよ。だから、わしからも、ぜひたのむ。」
「そうすると。」
デブ先生は、世話役に手をさしだした。
「わしらは助手同志だ。なかよくしよう。」
ぼくたちは、それを見て思わずわらってしまった。世話役は、みんながしずまると、すぐにまじめになっていった。
「通信員は、これからもすこしずつふやしていって、りっばな新聞をつくるようにしたい。それには、まず、わしらが、自分でやってみるのがいちばんいいと思ったのだよ。」
ぼくは、世話役の考えが、よくわかったので、だまってうなずいた。
「おっと、もうすこしで、いいわすれるところだったが、コロボックル通信社の社長は、せいたかさんだよ。なんか相談したいことがあったら、せいたかさんにしてくれるといい。」
世話役はそういって、ぼくに手紙をわたした。
「あとで、これを、せいたかさんにとどけてくれ。そのことが書いてある。」
「さあ、みんなしっかりやれ。」
デブ先生が、大きな声ではげましてくれた。そして、ぼくたちは、その日から、すぐに新しい仕事にとりかかった。
思いがけず、ぼくたちのコロボックル通信社は、近いうちに見習い社員が五人やってくることになった。デブ先生が、もうすぐ学校をでる生徒から、えらんでくれるということだ。ところが、新聞は、その前にだすことになるかもしれなかった。もしかすると、きょうにも、マメイヌはつかまるかもしれない。そうなると、ぼくとネコとおチビの三人で、なにもかもやらなくてはならなくなる。
ぼくたち三人は、ポストの事務所にあっまって、さっそく相談をはじめた。
「第一号の記事は、まとまっているんでしょう。」
おチビがぼくにいった。
「うん。できている。あとでせいたかさんに見てもらうつもりだよ。」
「せいたかさんがいいといったら、もう活字をならべちまおうか。」
ネコがいった。
「そうだね。それがいい。すっかり用意して、すぐに刷りだせるようにしておくんだ。」
ネコもうなずいた。ぼくは、自分の考えている『コロボックル通信』のことを、ふたりに話した。
「まず大きさだが、あまり大きいと、ぼくたちの手におえなくなる。だいたい切手ほどの大きさで、記事もかんたんにすむようにしたいと思う。第一号は、そのつもりでまとめてみた。」
「部数は?」
「とりあえず三十部つくればいい。七つの町に二部ずつ、せいたかさんたちに二部、地下工場に一部、役場には二部、学校に一部、通信員やその助手に一部ずつ、残りはぼくたちのひかえだ。」
「それで、毎日だすんだろうね。」
「そいつが、よくわからないんだよ、やってみないと。毎日だしたいんだけど、なれるまでは、一週間に一度とか、三日に一度とかになるんじゃないかと思うんだ。」
「見習い社員がきても?」
「はじめのうちは、きっとむりだね。ずいぶん仕事がふえるもの。」
ネコとぼくは、考え考え、そんなことを話しあった。
「あたしが、うんと働いてあげるわ。」
ぼくとネコの話をきいていたおチビは、そのとき、いきいきとした声をあげた。
「きっと、毎日だせるようにしてあげる。」
「ありがとう。」
ぼくは、びっくりして答えた。
「でも、よく考えてごらん。ぼくたちには、れんらく係の仕事もあるし、ネコはもともと狩りの名人だから、これまでどおり、小山の外のできごとを、しらべてもらわなくてはならない。そのほかに、通信員をまわったり、記事をまとめたりして、やっかいな印刷にとりかかるわけだ。おまけに、できあがった新聞をくばったりしなければならないんだよ。」
おチビは、うなずいた。だが、またすぐにいった。
「そのやっかいな印刷の仕事を、あたしがひとりでひきうけてあげてもだめ?」
ぼくは、むりだよ、といいかけてやめてしまった。おチビは、とにかく、いっしょうけんめいになっていたのだ。それが、ぼくの胸にもひびいてきた。
「よし。」
ネコも、同じような気持ちだったらしく、元気にいった。
「風の子、やってみようよ。おチビもこんなにいってくれるし、三人とも、毎日だすように、いまから覚悟をきめよう。そのうちには、見習い社員もやってくるだろうし、そうすれば、ずっとらくになる。」
「よし。ぼくはもう覚悟をきめた。せいたかさんにもそういってたのもう。」
「あたしもよ。」
おチビはうれしそうにいった。どうやら本気で、印刷をひきうける考えのようだった。
「せいたかさんにいって、おチビには、印刷工場の工場長になってもらおう。」
ぼくがそういうと、おチビは「うへっ。」と首をすくめた。そして、「作業服を作らなきゃ。」とつぶやいた。
あとの話になるが、コロボックル通信社の印刷工場は、見習い社員がきてからも、ひきつづきおチビが、さしずをしてくれた。そしてこの工場長は、女のくせに、機械をいじらせると、サクランボにまけない、いいうでをもっているのがわかって、ぼくたちをますますびっくりさせた。
こうして、ぼくたちが相談をしているころ、フエフキたちも、いそがしく動きだしていたようだ。『マメイヌ隊』の隊員は、すぐさまえらびだされ、用意がととのうと、小山をでていった。そのとき、ハカセがポストの事務所に声をかけてくれたので、とりあえずネコがいっしょにとびだしていった。
『マメイヌ隊』は、本部を、エク坊の家の、四角いたけの柱の中においたのだ。ここからなら、たけやぶも近く、いざというときにすぐかけつけられる。
ネコは、ひるすぎに一度かえってきて、そんなようすを話してくれた。
「ぼくは、マメイヌがつかまるまで、ずっとフエフキの隊といっしょにいることにするよ。つかまったら、いちもくさんにとんでかえるから、すぐ新聞をだそうな。」
そういいのこして、またすぐひきかえしていった。
その夜、せいたかさんは、世話役からの手紙を、虫めがねを使って読んだ。そして、「いよいよ、ほんものになってきたよ。」といいながら、ママ先生にその手紙を見せた。
「まあ、社長さんですって。」
ママ先生は、目をくるくるっとまわした。
「もちろんだとも。」
せいたかさんはいばってみせた。すると、ママ先生はいたずらっぽい顔になった。
「では、社長さん、ひとつおねがいがあるわ。」
「なんだい。」
「わたくしもやとってもらえないでしょうか。」
「そうだな。」
ちょっと首をかしげたせいたかさんは、ぼくとおチビにむかっていった。
「どうしよう。給仕にでも使うことにしようか。」
「そんな――。」
おチビがびっくりしていいかけたが、ママ先生が自分でとめた。
「いいのよ。給仕でけっこうですから、どうか、やとってくださいな。」
「よしきめた。」
せいたかさんは、ポンと、手をたたいた。
「これは、まじめな話だよ。風の子から世話役にも、そういっておいてもらおうや。」
「おやおや。」
ぼくとおチビは、思わず顔を見あわせてしまった。ママ先生は、それでもうれしそうにいった。
「給仕の仕事って、どんなことがあるかしら。」
「まず、お茶くみとそうじ。それから、えんぴつけずり、手紙の整理もあるね。」
[#挿絵(img\226.jpg)]
「あら、そういえば、社長さんに手紙がきていたわ。」
ママ先生は、きゅうに思いだしたように立った。
「だれから。」
「エク坊よ、あの子、自分で新聞といっしょに、ほうりこんでいったのよ。」
「どれどれ。」
せいたかさんも立ちあがった。ママ先生が戸だなの上からもってきたエク坊の手紙は、つつみ紙でしっかりつつんであった。せいたかさんは、いそいで紙をひろげて、中から糸でとじた、古い古い本を一さつとりあげた。そして「おやあ。」と声をあげた。その本の表紙には、むずかしい字で、「幽秘狐覚書」と題が書いてあった。
「ユウヒキツネ、いやこれはユビギツネ、オボエガキと読むんだな。」
せいたかさんは声をだして読みあげた。
「すごい。こいつは、マメイヌのことを、むかしの人が書いた本だ!」
そういって表紙をあけると、中に、紙きれがはさんであった。エク坊からの手紙だった。
[#ここから1字下げ]
これは、ぼくの家に、むかしからつたわった、本だそうです。おばあちゃんがだしてくれました。この前、ラジオをくれた人に見せてもいいかといったら、いいというので、ポストにいれておきます。ぼくの家では、ユビギツネを飼っていたのですが、おばあちゃんの子どものころ、この村へつれてきて、にがしてやったのだそうです。
[#ここで字下げ終わり]
せいたかさんが読んで、みんなにきかせてくれた。ぼくたちはおたがいにうなずきあった。あのたけやぶにいるマメイヌは、きっと、そのユビギツネの生き残りだろう。
「さあ、早く中を読んでみたら。」
ママ先生もせいたかさんをつっついてそういった。
「待て待て。」
せいたかさんは、本をひろげた。ぼくもおチビも、ママ先生も、いっしょにのぞきこんだ。ところが、筆で書いたわかりにくい字が、くねくねとならんでいて、ぼくには一つも読めなかった。
「さあ、こまったぞ。」
せいたかさんも、あまりよくわからなかったらしく、すぐに首をかしげた。
「ここでは、まず、ユビギツネのすがたのことをいっている。およそきつねに似て、きつねより尾がみじかいと書いてある。かすかに狐声をあげるというのは、小さな声できつねのようになくということだろう。」
「それから。」
ぼくたちは、本を見ないでせいたかさんの顔を見た。
「よわったね。ぼくもそんなに早くは読めないんだ。これは、時間をかけて、ゆっくりしらべないと――。」
そういいながらも、せいたかさんは、きゅうにだまりこんで本をめくった。
「ううん。」
しばらくすると、せいたかさんは、うれしそうに、うなり声をあげた。
「これは、たいしたもんだ。ユビギツネの飼い方が、くわしく書いてあるらしい。おまけに、これを書いた人は、ユビギツネのほんとうのねうちを、よく知っているようだ。めずらしい生きものにはちがいないが、世間の人が考えているような魔物ではなく、かわいらしいものだといっている。これを飼うと、幸運にめぐまれるというのは、人の心をなごませ、生きるたのしさをおしえられるからだそうだ。ただし、ふえすぎるといたずらがはげしくなり、作物の実を落としたり、まいた種をほじくりだしたりすることがある。それで、ユビギツネを知らないほかの家の人から、きらわれるようになるから、よく注意しなければならないと書いてある。」
「おもしろそうね。」
ママ先生が、またのぞきこんだ。ぼくとおチビは、その古いぼろぼろになった本の上にとびうつってみた。ところどころ虫がくっていて、しょうのうの強いにおいがした。
「これはいいものが手にはいった。よく勉強して、マメイヌがつかまったときに、こまらないようにしよう。」
せいたかさんはそういって、そっと本をとじた。ぼくたちは、あわててにげた。
ぼくとおチビは、さっそく、コロボックル通信第一号のしたくを進めた。記事もせいたかさんに見てもらったし、写真をとる用意も、サクランボにたのんだ。もっとも、これは、第一号にはまにあわない。そのほかインキもねったし、新聞を刷る紙も、ママ先生からもらった。うすくて、じょうぶな紙だ。
毎日新聞をだすとなると、紙を同じ大きさにきりそろえるだけでも、たいへんな仕事だが、ママ先生は、ほとんど十かい分の紙を、一時間たらずで、たちまちきってくれた。
「なくなりそうだったら、またこの給仕さんにいいつけてね。」
働きものの給仕さんは、ものさしと、はさみをかたづけながら、そういってわらった。だが、この仕事も見習い社員がくれば、ママ先生にばかりめんどうをかけなくてすむだろう。
ネコは、おひるまえに一回、かえってきたが、またすぐたけやぶのことが気になって、もどっていった。
そのときにきいてみると、フエフキたちは、えさをあちこちにまいて、ようすを見ることにしたそうだ。わなに近よらないのは、そのわなの近くを、マメイヌが通らないからかもしれないというのだ。つまりマメイヌは、たけやぶの中でも、きまった通り道しか使わないのかもしれなかった。それだったら、その通り道をさがしだして、そこにわなをおきかえなければならない。
ぼくも、それはいい考えだと思った。しかし、あとになって、マメイヌは、鼻がきくはずなのに、どうして近よってもみないのだろうかと、あらためてふしぎな気がした。ぼくは、活字をならべながらふとおチビにきいてみた。
「きみが、マメイヌにあとをつけられたときは、たしか、たけやぶをでたときに気がついたといったね。」
「ええそうよ。」
エプロンをつけた――作業服はまだできていないのだろう――おチビは、印刷機械の調子を見ていた。
「たけやぶの中では、マメイヌに気がつかなかったのかい。」
「気がつかなかったわ。たけやぶからでて、走りだしたら、いきなり追いつかれたの。」
「それで、たけやぶのどっちがわへでた。」
「はいったところからも風の子がおしえてくれたとおり、うめの木の下からはいって、そこへでてきたわ。」
ぼくはうなずいた。
エク坊の家から、そのたけやぶにはいるには、それがいちばん近道なのだ。だから、二つのわなも、その道の上においてある。すると、おチビがいった。
「でも、わなのえさをとりかえたあと、あの古い四角いたけのまわりを、ぐるっとひとまわりしてでてきたわ。よく見たかったもんだから。もちろん、ずっと遠くをまわったのよ。」
「なるほどね。」
ぼくは、それでだまりこんだ。おチビは、四角いたけをまわったとき、マメイヌの通り道を、よこぎったのかもしれなかった。
それにしても、わなには近づかずに、おチビのあとを追ったというのはどういうわけだろう。
この前おチビが自分でいったように、またコロボックルのにおいがするので、よりつかないのだろうか――。
そんなことを、しきりに考えていると、おチビがなにかいった。だが、ぼくの耳には、よくきこえなかった。
「風の子、きいてないの。」
「きいてるよ。だれかがくるっていったんだろ。だれのことだい。」
「いやだなあ。」
おチビは、よっぽどおかしかったとみえて、印刷機械にすがりついて、思いきりわらった。ぼくは、すっかりめんくらってしまった。
「あたし、もうじき春がくるっていったのよ。」
「なあんだ。ぼくは、いったいだれがくるのかと思った。」
おチビは、しばらくひとりでくつくつわらっていたが、ぼくはほうっておいた。
――ほんとに、もうじき春だ。あのうめの木も、そろそろつぼみがふくらんでくる。花がさくまでには、マメイヌをつかまえたいな――
そう思ったとき、ぼくの頭の中に、いつかのおチビの落としていった、いたずらがきの詩がうかんできた。
うめがさいたら うめのはなびらに
うたをかこう
はなびらひとつに うたがひとつ
かぜがみつけて くばってあるく
シンブン シンブン
はなびらのシンブン
――その風は、もう北風じゃない。南風だ――
そこまで考えたら、ぼくの頭の中で、火花がちった。
「そうだ。風だ。風むきを考えなかった。」
ぼくは思わずうなった。
「なんていったの。」
「シンブンシンブン。はなびらのシンブン。」
「なんですって!」
こんどほおチビがびっくりしてぼくを見た。ぼくはあわてていった。
「いや、いいことを考えついたんだ。あのわなは、四角いたけの、南がわにおいてある。あれでは、マメイヌの鼻に、においがとどかないかもしれないんだよ。冬はほとんど北風がふくから、いくら近くても、南がわではいけない。遠くでいいから北がわにおきなおすんだ。そうすれば、きっとマメイヌの通り道を、においがよこぎるはずだ。」
おチビは、なにかいいそうにしたが、すぐにだまった。ぼくは、おチビのそばへかけより、あごをつまんでぼくのほうへ顔を向けさせた。
「きみはいい子だ。りこうで、元気で、働きもので、おまけに、魔女で詩人だ。だから大すきだ。」
おチビは、ぽかんと口をあけていた。ぼくは、ひとりでしゃべっているうちに、おチビのことを、自分がほんとうにそう思っているのに気がついて、びっくりした。
さて、ぼくの物語は、そろそろおしまいだ。あれからぼくは、フエフキのところへとんでいって、わなを北がわへおきかえさせた。そのかえり道で、なんども、おチビのつくった詩をつぶやいた。そして、つぶやいているうちに、あの詩の意味が、もっとべつにあるような気がしてきた。
でもこれは
かぜにあげる てがみなのに
かぜは よめないものだから
シンブン シンブン
はなびらのシンブン
おチビは、いったいかぜ≠ノ、どんなうたの手紙を書こうとしているのだろう。ぼくはそんなことを、考えるともなく考えたが、よくわからなかった。おチビはただのいたずらがきをしただけなんだ。だから、まるめてすてたんだろう。
しかし、ポストの事務所にかえったあと、おチビが近くにくるとぼくは、いつものように、気らくに口がきけなくなってこまった。おチビのほうも、なんとなく、うたがうような目つきをなんどもした。
それでも、ぼくたちは、その日のうちにすっかりしたくをすませ、ひきあげた。そのとき、おチビがいった。
「風の子は、どうして、おこっているの。」
「とんでもない。」
ぼくは、あわてて答えた。
「おこってなんかいない。」
「それなら、ひとつ、ききたいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ。」
ぼくは、できるだけ平気な顔をしていたつもりだ。
「あたしの書いたいたずらがきを、見たんでしょ。」
そらきた、とぼくは思った。つばをのみこんで、おなかに力をいれてから答えた。
「見たよ。きみが落としていったんだもの。あれ、ちょっとおもしろかったから、だいじにしまってあるよ。」
「だいじに?」
おチビは、しんけんな顔をしていた。ぼくは大きく息をすった。
「あの詩、とても気にいったんだ。」
おチビの目が大きくなって、ぼくの顔をあながあくほどみつめた。
そのとき、へやの中へ、ネコがとびこんできた。そして、大きな声をあげた。
「つかまったぞ。」
「なに!」
ぼくとおチビは、両方からネコのうでをつかんだ。
「もうつかまったか。」
「いっぺんに二ひきだ。」
ネコも、さすがに息をきらして、はあはあしていた。
「フエフキが、すぐに見にこいって。世話役もよびにいってる。」
「でも新聞を刷らなきゃ。」
おチビは、ぼくの胸にしがみつくようにしていった。
「いや、見にいこう。見てからだって、じゅうぶん時間はある。どんなやつだか、とにかくマメイヌの顔を見たい。」
「あたしも。」
おチビは、うれしそうにとびあがった。そして、ぼくからはじかれたようにはなれると、あっというまにとびだしていった。
ぼくとネコは顔を見あわせて、すぐそのあとを追った。
[#挿絵(img\237.jpg)]
――せいたかさんのあいさつ――
どうでしたか、クリノヒコの物語は。
こうしてつかまえたマメイヌは、フエフキのひきいるマメイヌ隊によって飼いならされ、やがてたくさんふえて、ふたたび役に立つ、コロボックルのしもべとなるのです。こんどいいおりがあったら、このマメイヌ隊の活躍する物語を、続けましょう。
また、コロボックルの新聞も、このときからひきつづきでるようになりました。矢じるしの先っぽのコロボックル小国は、まず、地下工場から、わたしたちの人間の世界に追いつきはじめ、こうして、新聞なども作られるようになっていきました。この物語は、いわばこの小さな国の、新しい夜明けをしめすものです。
コロボックルたちは、すぐれた知恵の持ち主です。小さな小さなからだですが、それに合ったふしぎな世界をきずきあげていくことでしょう。いつかわたしたちは、この小さな人たちから、ぎゃくに、おしえられるようなことが、たくさんでてくるかもしれません。
とくに、コロボックルは、科学の勉強が気にいっているようです。ですから、やがては、人間を追いこし、想像もつかないような、高い文化を生みだすような気がします。ぼくがそのときまで生きていたら、これも、いつか、話すことにしましょう。
さいごに、ぼくがクリノヒコにもらった、『コロボックル通信』の第一号をお見せします。しかしこれを読むときは、かならず虫めがねを使ってください。そうしないと目をわるくしますよ。
ではさようなら。
[#地から1字上げ]すこしふけたせいたか童子
[#挿絵(img\239.jpg)]
あとがき
コロボックル物語のうち、第二巻にあたる本書は、作者にとってなんとなくくすぐったい[#「くすぐったい」に傍点]作品である。だれかが、ロンドンを評して「愛らしく、珍妙で、心を乱す町」といったそうだか、ロンドンなんて知らない私も、森かげの小山の地下にあるコロボックルの町を想うとき、同じことをついつぶやきたくなってしまう。くすぐったいという中にはそんな感じも含まれる。
作者としては、生みだした作品に好きもきらいもないのに、いつのまにか枕言葉のような形容詞がつくようになる。「頼もしい」、「器量よしの」、「悲しい」、「やりきれない」等々ある中で、「くすぐったい」とつくのはまずこの「豆つぶほどの小さないぬ」をおいて他にはないようである。
なぜそうなのか、特別に考えてみたことはないか、おそらく幼年時から抱きつづけた幻想を、最もナマな形のままに展げてあるためかとも思う。この辺は、あるいは読者には通じない一人合点であるのかもしれない。
作中にラジオを作る場面があり、まだ大きい真空管を使っていたり、「二十の扉」なんていう作中の時代(昭和三十年前後)なら、だれでも知っていたラジオ番組をまねた会話が出てきたり今となってみれば、なつかしくもある。文庫収録に当って、くすぐったい[#「くすぐったい」に傍点]喜びと同時に、永く読みつがれてほしい気持ちもいっそう強い。
[#地から3字上げ]一九七五年一月 佐藤さとる
[#改ページ]
佐藤さとる
一九二八年 神奈川県横須賀市に生まれる。父は海軍軍人、母は小学校教員だった。
一九三八年 (十歳)横浜市へ転居。以後横浜に住む。
一九四九年 (二十一歳)関東学院工業専門学校建築家卒業。
一九五〇年 (二十二歳)神戸淳吉・長崎源之助・いぬいとみこ氏らと同人誌「豆の木」発刊。
一九五九年 (三十一歳)「だれも知らない小さな国」自費出版。同年講談社より出版。毎日出版文化賞・アンデルセン国内賞受賞。
一九六七年 (三十九歳)「おばあさんのひこうき」で厚生大臣賞・野間児童文芸賞受賞。
一九七二年 (四十四歳)「佐藤さとる全集」全12巻を講談社より刊行、七四年完結。
さし絵
村上 勉
一九四三年、兵庫県に生まれる。
児童図書のさし絵や絵本・装丁などで活躍中。佐藤さとる氏の作品のイラストで長くコンビを組んでおり、コロボックルシリーズや「佐藤さとる全集」なども、すべて村上氏が絵をつけている。
「おばあさんのひこうき」「宇宙からきたかんずめ」により、小学館絵画賞を受賞。
底本:「豆つぶほどの小さないぬ」講談社文庫 佐藤さとる著
昭和五〇年三月一五日初版発行
昭和五三年二月一五日一九刷発行
底本は一ページが四三字×十八行。
二〇〇五年九月 テキスト化。