DVD「乃木坂春香の秘密」第5巻 初回限定版パンフレット
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)乃木坂春香《のぎざかはるか》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)完全|無欠《むけつ》
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(例)[#「みなさん」に傍点]
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な な み の ひ み つ ○[#白抜きのハートマーク] 著:五十嵐雄策
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華やいだ雰囲気に彩られた校舎の中は、辺りを行き交う学生さんや来場者さんたちの歓声でとっても賑わっていました。
周囲の様子は普段と異なっていて、あちこちに工夫を凝らした様々な出し物が見受けられます。
「ほらほらおに〜さん、那波《ななみ》さん、あれ見て、ヤキトリ屋さんだよ〜♪」
「おお、そうだな」
「『コカトリスの憂鬱《ゆううつ》』と書かれていますね〜」
「わ〜、いい匂い〜。うんうん、やっぱこうゆうお祭りは何回来ても楽しいな〜」
隣では周りをきょろきょろと見渡しながら楽しそうに美夏《みか》様がそう口にされます。
現在私たちが歩いているのは私立|白城《はくじょう》学園の三階の渡り廊下。
そこで行われている文化祭――白鳳祭《はくほうさい》の最終日の盛況の中を、裕人《ゆうと》様のご案内で色々と見て回っているのです〜。
「ん〜、でもお姉ちゃんといっしょに回れなかったのは残念だな〜。どうせならみんなでいっしょに行けたらよかったのに〜」
「それはそうだが、ウェイトレスのローテーションだし仕方ないというか……」
美夏様の言葉に裕人様がそう答えられます。
この場にいるのは美夏様、裕人様、そして私の三人です。
春香《はるか》様はクラスの出し物(コスプレ喫茶)でウェイトレスのお仕事をなされている最中で、葉月《はづき》さんもそれに付き従って教室に残られているのです。
「ま、そうなんだけどさ〜。でもおに〜さん、お姉ちゃんがいないと寂しいんじゃないの? 昨日は昨日でウェイターのお仕事とかミスコンとかその他色々とかでごたごたしてて結局いっしょに回れてないんだし〜」
「いやそれは……」
「――あ、よ〜し、だったら今日はわたしのことをお姉ちゃんだと思ってたっぷり充電してい〜よ。ほら、うにゃ〜ん♪」
「お、おい」
「えへへ〜♪」
そう言って仔猫のように裕人様に抱きつかれる美夏様。
口ではああ言われているものの、どう見ても美夏様の方が裕人様分を充電したいご様子です。こう見えて寂しがりというか甘えたがりですしね〜。
「……」
……そうですね〜。
こうなったらここは普段はなかなか素直に甘えられない美夏様のために、那波さんがひと肌脱ぐべきでしょうか。ちょうどいい機会というか、この前の花火大会の時もいまいち消化不良なご様子でしたし〜。
「ん、どしたの那波さん、わたしの顔に何かついてる?」
「いえいえ、何でもありませんよ〜♪」
「?」
うふふ〜。
さてさてここから先は那波さんの腕の見せ所ですね〜♪
1
歩いていると、まず目に入ってきたのは『占いの館・白城の伯母』と書かれた看板でした。
そうですね〜、ここはまず一つこれを使わせてもらいましょうか。
「お二人とも、ここに入られてみてはどうですか〜?」
「え?」
「お?」
「占いの館ですよ〜。せっかくですから何か占ってきてもらってはいかがですか? 私は外で待っていますから〜」
「へ〜、占いか〜。うん、いいかもね〜」
「ああ、悪くないかもな」
そううなずき合って、
二人とも中に入っていきます。
さて、ここまではよし、と。
カーテンの奥へと消えていく美夏様と裕人様のお背中を見送ると同時に、別の入り口――裏口から素早く教室の中に入ります。
そしておヒマだったのか、暗幕の中の占いスペースでタロットカードでタワーを作っていた占い師役の女生徒に声をかけて、
「すみません〜、職員室で先生が呼んでいましたよ〜」
「え、本当ですか?」
「ええ〜、すぐに行かれた方がよろしいのでは〜」
「そ、そうですね、ありがとうございます!」
そうぺこんと頭を下げると、占い衣装を慌てて脱ぎ捨てて女生徒は走って出て行かれました。
嘘をついてしまうのは少々心苦しいですが、今のところは他にお客さんもいないようですので、少しの間だけお借りさせてもらいますね〜。
置いていかれた衣装を手に取って、
それを十秒ほどで装着して準備は完了です。
そのちょうど次の瞬間、
「あー、すみません」
「えっと〜、占ってほし〜んですけど」
裕人様と美夏様が並んで暗幕の中に入ってこられました。
「いらっしゃいませ〜。『占いの館・白城の伯母』にようこそ〜」
ベールのようなものを目深《まぶか》に被って呼びかけます。
もちろん声音はいつもと変えさせてもらっていますが〜。
「お二人とも初めてですよね〜? 占うのは全般的な運勢でよろしいでしょうか〜?」
「え? あー、それでいいか?」
「うん、わたしはだいじょぶ」
「そっか。じゃあそれでお願いします」
うなずく裕人様と美夏様に、
「はい、了解いたしました〜。ではまずはそちらの彼女から……。――う〜ん、そうですね〜、そちらの彼女は隣のお兄さんに本当のお兄さんのように甘えるといいことがあると思われますよ〜」
「え、ほ、ほんとのおに〜さんみたいに……?」
「はい〜。で、そっちのメガネのお兄さんは〜……。そうですね〜、そんな彼女の気持ちを優しく受け止めてあげて、むしろ積極的に甘えさせてあげる状況を作ってあげることが吉ですね〜」
「は、はあ……」
「特にそちらのお兄さんは少々鈍いようですから、ちゃんと彼女の甘えたいサインに気付いてあげないといけませんよ〜。奔放に見えて寂しがり屋さんですし、本当はもっと心おきなく心を開いた仔猫ちゃんみたいに全身で懐いて甘えまくりたいと思っているんですから〜」
「わ、わ〜わ〜わ〜! な、何言ってるの、おね〜さん!」
と、美夏様が両手をぱたぱたとさせて声を上げられました。
あらあら、お顔が真っ赤です。うふふ、分かりやすい反応ですね〜。
「ええと、だいたいはそういった感じでしょうか。ラッキーアイテムとしてはソフトクリーム、ラッキープレイスとしてはお化け屋敷などがよろしいですかね〜」
「はあ……」
「う、うう〜……」
その言葉に裕人様は少し首を傾けられて、美夏様は顔を赤くさせたままうつむかれていて、
そんな感じに占いは終了いたしました〜。
2
「あ、あれ、那波さん、どこ行ってたの?」
占いの衣装を返して戻ってみると、廊下では少しばかり顔を赤くされた美夏様といつも通りの裕人様が待っておられました。
「ええ、手空きだったので少しばかり辺りを見て回っていまして〜。それよりも占いはいかがでしたか〜?」
「あ、う、うん、面白かったよ」
「タロットカードとかを使って、なかなか本格的でした」
「そうですか、それはよかったです〜」
どうやら占い師が私だったということにはまったく気が付かれていないようですね〜。
心の中で小さく微笑んで、再び出し物を見て回るために歩き出します。
さてさて、先ほどの占いに触発されてお二人とも少しは甘え&甘えられモードになっているかと思いきや――
「あ、ほ、ほらほら見ておに〜さん、ソフトクリーム屋さんだよ」
「おお、そうだな」
「『北極グマのため息』か〜、お、おいし〜のかな?」
「うーん、どうだろうな?」
「……」
あまり変わらない感じでした。
二人して色々と出し物を見たりソフトクリームを買ったりしていましたが……う〜ん、いまいち盛り上がりに欠ける感じです。というか美夏様がソフトクリーム交換をしたくてさっきからちらちらと裕人様の方を見てらっしゃるのに、裕人様はまったく気付いていないですし〜。
「お二人とも、どうせ違う味のをお買いになったのなら交換して味比べでもしてみたらどうですか〜? 美夏様もそうしたいと考えていると思いますし〜。ね、美夏様〜?」
私がさりげなくそう提案してみても、
「な、何言い出すの、那波さん! こ、交換なんて、わ、わたしは、別にそんなこと、か、考えてなんか……」
「? そうなのか? それも面白いと思うが、まあ別に美夏がいいならいいんだが……」
「う……」
などと自爆されてましたし。
美夏様は昔から意外に甘えベタといいますか、あと一押しのところでは空気を読んじゃうんですよね〜。
「……」
う〜ん、これくらいではだめということですか〜。
だったら仕方ありませんね〜。こうなったらここはもう少し強引な手段、初々しい二人がその距離をぐっと縮めるためのリーサルウェポン……それを使うしかありません〜。
私は心の中でそう大きくうなずいて、
「美夏様、裕人様〜。よろしければ次はあちらに入ってみませんか〜」
「え?」
「お?」
廊下の向こうにあった、『ホラーハウス・十三日の金曜日(仏滅)』の看板を指さしたのでした。
3
「う、こ、ここに入るの……?」
美夏様があからさまに不安そうな顔でこちらを見上げてきます。
「はい〜。なかなか面白そうではないかと〜」
「う、うう〜……」
恨めしそうな声を上げられる美夏様。
美夏様がこういったホラー系のものが苦手なことは百も承知です。ですがあえてそのような追い詰められた状況に追い込ませていただくことによって、理性の抑えが外れて素直に甘えることができるのではないかと思われるのですよ〜。
「ささ、お二人ともどうぞ〜。私はまた外で待っていますので〜」
「はい。じゃあ行くか、美夏」
「う、うん……」
並んで入っていかれるお二人。
その後ろ姿を見送って、先ほどと同じように裏口から教室の中へと入ります。
お化け屋敷というシチュエーションだけでも効果としては十分ですが、ここは念には念を入れておくに越したことはないですからね〜。
こういうこともあろうかとあらかじめ用意していた白装束とメイク道具一式をメイド服のポケットから取り出します。手早く血のりのメイクをしてウイッグを着けて白装束を着て……
「よし、できました〜♪」
十五秒ほどで完成です。う〜ん、我ながらけっこういい出来なのではと思います。何と言っても某太秦の映画村仕込みのメイク術ですし〜。
「さて、あとは、と……」
驚かすのに最適な場所を確保して美夏様たちがやって来るのを待つだけです。
そうですね〜、そこの井戸のオブジェの陰などがいいかもしれません。
直径一メートルほどの井戸の傍らに身を潜めて、
メイクの最終チェックをしながら待機していると、やがて美夏様と裕人様のお姿が見えてきました。
「うふふ、来ましたね〜」
すでにここまででさんざんおどかされているのか、美夏様の腕はがっちりと裕人様の身体に回されています。裕人様もそんな美夏様のことを気遣っているご様子で……あらあら、なかなかいい雰囲気なのではないかと〜。
「平気か? なんか手が低周波マッサージ機みたいにぷるぷるしてる気がするんだが……」
「だ、だいじょぶだよ。わ、わたしはこれくらい……うきゃっ!?」
「美夏?」
「う、こ、こわくなんかないもん。お、オバケなんて空想の存在で、ほ、ほんとはいないんだもん……」
涙目になられながらもぐっと顔を上げられる美夏様。
ふふ、強がる美夏様もかわいらしいですが、ここはもう少し怖がってもらわないとですね〜。
というわけでそろそろ私の出番です。
乱れ髪のウイッグを顔の前に垂らして、
両手を胸の前に落とすと、
「うらめしや〜……」
おもむろに美夏様たちの前に姿を現しました。
「うおっ」
「にゃっ!?」
二人揃って声を上げられます。
「うらめしや〜……何回数えてもお皿がたりな〜い……古伊万里がいちま〜い、尾形乾山作の角皿がいちま〜い、明王朝の青磁皿がいちま〜い……」
「そ、それは別の意味で怖いぞ……」
あらあら、裕人様が絶妙な突っ込みを入れてくださいました〜。
こちらの意図を読まれた適材適所な突っ込みといいますか〜。
さて美夏様は〜……と思い見てみると、
「う、う〜ん……」
「美夏!?」
「え?」
何やらご様子がおかしい感じです。
ふらふらとその小さな頭をふらつかせると、糸の切れたお人形のようにその場にくたりと倒れ込んでしまわれました。
「み、美夏様!」
思わず現状(メイク中)を忘れて飛び出してしまいます。
「――え、も、もしかして、那波さん?」
「は、はい〜。こんな格好で申し訳ありません。ですが今は美夏様を〜」
「あ、そ、そうですね」
余計なメイクを脱ぎ捨てて美夏様のもとへ駆け寄ります。
状態を確認しようと抱き起こそうとして――
「……お、おばけ……こ、こわいよう……」
聞こえてきたのはそのような小さな声。
どうやら……気を失っておられるようでした。
4
「どうぞ、美夏の分と、あと那波さんの分です」
裕人様が冷たい飲み物を差し出してきてくださいます。
「あ、すみません〜……」
「いえ、ウーロン茶で大丈夫でしたか?」
「あ、はい〜……」
それを受け取りながら視線を元に戻します。
私のヒザの上では美夏様がぐったりと横になられていて……
「美夏、まだ目を覚まさないですか?」
「はい〜……」
目を閉じられたままの美夏様。
先ほどからまだ小さく胸を上下させていて、お起きになる様子はありません。
「はあ……またやり過ぎてしまいました〜……」
思わず□に出してしまいました。
昔からの悪いクセといいますか、調子に乗りすぎるとついついやり過ぎてしまって……
初めて美夏様と出会ったご挨拶で一発芸としてナマハゲの物真似をやって怖がられてしまった時も、
美夏様と一日遊ぶ約束をつい忘れてしまいすねられてしまった時も、
誕生日に勝手な思い込みでケーキを選んでしまって泣かれてしまった時も。
「……」
うう……ダメですね。最近はこうならないように気を付けていたのですが、どうしても美夏様のこととなると周りが見えなくなってしまうようです。これではまた美夏様に泣かれて嫌われてしまっても仕方がないというか……
心の中で大きくため息を吐く私に、
「――そんなこと、ないですよ」
「え……?」
そう言ってくださったのは、裕人様でした。
「詳しい事情とかはよく分からないですけど、美夏が那波さんのことを嫌いになるなんてことは、絶対にないと思います」
「ですが〜……」
「普段の二人を見ていれば分かります。美夏のことをよく見ていて仲が良くて、春香とは違う意味で本当の姉妹みたいで……。今日だって、ずっと美夏のことを、俺たちのことを気にしてくれていましたよね? 要所要所で気を遣ってくれたり、色々とフォローしてくれたり……」
「え……」
その言葉にちょっと驚いてしまいました。
気付きの方向性は多少ずれているのですが、基本的な意図していたことには気が付かれていて……
「那波さんはいつだって本当に皆のことを考えて、よくしてくれている。気遣ってくれている。それは美夏だって分かっていると思います。だから――」
そこで裕人様は一度言葉を切って、
「だから美夏が那波さんのことを嫌いになるなんてことは絶対にないです。というかだれかが那波さんのことを悪く思うなんてことはないと思います。実際、俺も那波さんのことが好きですし……」
「裕人様……」
その言葉を頭の中で反芻します。
――本当に、不思議な方ですね〜。
普段は少々ぼーっとされていて鈍いように思えてこういったピンポイントなところでは鋭いというか、見ているところはしっかりと見てくださっているというか……
「那波さん?」
「……」
これまでも何度か感じてはいたことですが、春香様や美夏様、それに葉月さんやアリスちゃんたちメイド隊のみなさんが、裕人様を慕う理由が改めて分かったような気もします。
「……何というか、天然女殺しな方ですよね〜」
「え?」
「うふふ、何でもありません〜。そうですね、私もそんな裕人様のことが大好きだと[#「大好きだと」に傍点]言ったのですよ〜♪」
「あ、なっ……」
動揺される裕人様に微笑みかけて、
「はい、美夏様、そろそろ起きてくださいませ〜。ご起床の時間ですよ〜」
「ん、う〜ん……うにゃあ……」
「三十秒以内に起きないと裕人様がお目覚めのキスをしちゃいますよ〜。あるいは私のキスでも可ですが〜」
「……え? お、おに〜さんがっ……!? ……って、あれ、わたし……?」
「おはようございます〜」
頭を起こしながら目をぱちぱちとされる美夏様ににっこりと笑いかけて、
「さ、それでは気合いを入れ直してじゃんじゃん回りましょうか〜。まだまだ面白そうな出し物はたくさんありますよ〜」
「え、あ、は、はい」
「う、うん」
どこか微笑ましい気持ちとともに、喧騒の中を再び歩き出したのでした。
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ディレクション:中山信宏 コーディネート:加藤美奈子
デザイン:村瀬貴(stream inc.) ライター:菱田 格 (ぽろり春草)
小説:五十嵐雄策 協力:電撃文庫編集部
C[#○にCopyright]五十嵐雄策/アスキー・メディアワークス/『乃木坂春香の秘密』製作委員会
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