DVD「乃木坂春香の秘密」第2巻 初回限定版パンフレット
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《》:ルビ
(例)乃木坂春香《のぎざかはるか》
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(例)[#「みなさん」に傍点]
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み か の ひ み つ ○[#白抜きのハートマーク] 著:五十嵐雄策
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「それじゃあこれより、『第三回お姉ちゃんとおに〜さんの進展具合を間近で見学しよう大作戦』を決行したいと思いま〜す♪」
「ぱふぱふ〜どんど〜ん♪」
にこにこと笑いながら那波さんが拍手をしてくれる。
わたしと那波さんが今いるのは私立|白城《はくじょう》学園高校の校門前。
放課後のおね〜さんおに〜さんたちで賑わうここにどうしてわたしたちがいるかっていうと、お姉ちゃんたちがどんな学校生活を送ってるのかを観察――こ、こほん、見学するために来たってわけ。
お家で様子を見るとかでもいいんだけど、やっぱりここは一番素の部分が出るだろう普段の学園生活を見てみるのがいいと思ったんだよね。
「で、どうどう那波《ななみ》さん、わたしの変装? もう完璧でしょ〜」
「はい〜。白城学園の制服、よく似合っておりますよ〜。ただ少しばかり胸のところが緩めで全体的に丈が大きめだとは思われますが〜」
「う……」
それはお姉ちゃんに比べれば、その、胸のところはちょ〜っとばっかり余りぎみだし、スカート丈とかだってだいぶロールアップしないと長すぎてヘンだけどさ〜。でもこれはお姉ちゃんが高校一年生の時に着てた制服だし、あと二年もすればわたしだってこれくらいに……なれば、いいな。
「ま、まあその辺は些細な問題だよ。んじゃ後はこうしてこうしてっと……どう、那波さん?」
「はい〜、パーフェクトです〜」
ぱちぱちと手を叩いてくれる那波さん。
そのまま潜入したんじゃばれちゃうかもしれないから、すこ〜しだけ変装を追加。
髪はいつもの二つ結びじゃなくて後ろで一つのポニーテール。後はおまけでフレームありのメガネをかければそれで完成ってとこかな。
「ふふ〜ん。これでどこからどう見ても白城学園の生徒だよね〜。このまま入学しちゃおっかな〜♪」
「うふふ、それもいいかもしれませんね〜」
「へへ、ありがと〜。――それじゃ行ってくるね、那波さん」
「は〜い。いってらっしゃいませ〜」
そうぱたぱたと見送ってくれる那波さんに手を振り返して、
さあ、いざお姉ちゃんとおに〜さんが待つ戦場へれっつご〜だよ!
1
「へ〜、これがお姉ちゃんとおに〜さんが通ってる学校か〜」
たくさんの白城学園生たちが行き交う廊下を見回す。
共学校っていうか通ってる双葉《ふたば》女学院以外の学校に入るのはこれが初めてなんだけど、こうゆう感じなのか〜。
ん〜、何だか楽しそうでいい感じだな〜。こうゆうのを見てるとわたしも共学にすればよかったかなって思う。てゆうかもしそうだったらお姉ちゃんやおに〜さんといっしょに通えたのに〜。
「……」
ま、ちょっと残念だけど今はそれはともかくとして、
「さてさて、お姉ちゃんたちがいそうなのは……」
周りをきょろきょろと見渡してみる。
普通に考えると教室とかっぽいけど、ここはあえて音楽室とかかな〜。お姉ちゃん、放課後はよくそこでピアノを弾いてるって言ってたし。
というわけで音楽室へと向かうことに決定。
何でかはよく分かんないけど、どこの学校でも音楽室のある場所ってほとんど同じような位置なんだよね〜。だいたいは上の方の階の、一番奥まったスペースとかで。
で、適当に校舎の上の階を歩いていると、
「お、あったあった♪」
予想通り音楽室を発見。
少しだけレトロな感じの音楽室。
さてさて、早速近づいてみますか〜。
少しだけ開いていた防音の扉に歩いていくと、中からはかすかにピアノの音が聴こえてくる。たぶんだけどかなり上手い感じの演奏。これって……確かリスト作曲の『愛の夢』だよね? てことは……
「いきなりビンゴかな〜」
そもそも放課後に音楽室でピアノを弾く生徒なんてそんなにたくさんいるとも思えないし、これくらい上手に弾ける人ならもっと限られてくると思う。とゆうことは、これがお姉ちゃんである可能性はかな〜り高いわけで――
「ふっふっふっ、お姉ちゃんがいるってことはきっとおに〜さんもいっしょにいるだろうしね〜。二人で後ろから抱き合って連弾とかしながらいい雰囲気になってたりして〜、きゃっ♪」
そんなことを考えながらそっと扉に手をかけようとして、
「……ん〜?」
何だかだんだん曲の雰囲気が変わってきたのに気が付いた。
雰囲気っていうか、調が変わってきてるのかな? きっとアレンジしてるんだろうけど、この感じはなんか……
「な、なんか、えっちっぽい雰囲気……」
何でクラシックのはずなのに映画の酒場とかで流れてる気怠いバーミュージックみたいな感じになってきてるんだろ……。てゆうかお姉ちゃんがこれを……?
「……」
不審に思ってドアの隙間からこっそり中を覗いてみると、
「ふんふんふ〜ん♪ おねいさんは今日もせくし〜、今日もぐらま〜♪」
「…………」
なんか、メガネのおね〜さんがご機嫌な顔で鼻歌を歌いながら弾いてた。
きれいなんだけどどこか独特な雰囲気のおね〜さん。
弾いてる感じはすっごく適当に見えるのに、すっごくいい音が出てる。ん〜、不思議だな〜。
「……」
何であのおね〜さんがお姉ちゃん並みかそれ以上にピアノが上手いのかは知らないけど、とにかくお姉ちゃんはここにはいないよね?
だったらひとまずこの場にいる意味はないってゆうか、長居は無用かな。
こっそりとその場から立ち去ろうとして、
「あら〜ん、そこにいるのって……?」
「ぎくっ」
と、メガネおね〜さんのレンズ越しの目が真っ直ぐにこっちに向けられた。
「そんなとこで何してるのかしら〜? あ〜、もしかしてのぞき見してたのね〜。も〜、いけない子。おねいさんがお仕置きしちゃうぞ〜♪」
「え、えっと、あの……」
おね〜さんは素早くだだだっと駆け寄ってきてわたしの手をつかむと、
「あら、よく見ればすっごくかわいい子じゃな〜い。お肌もきれいだし髪の毛もさらさら……。それにな〜んかだれかに似てる気がするんだけど……あ、もしかして今恋してるとか〜?」
「え? え?」
い、いきなり、な、ななな何を訊いてくる気なの、このおね〜さん!?
「当たり当たり〜? うんうん、恋をすると女の子はかわいくなるっていうものね〜。おねいさんは今でも現役ばりばり恋の四番打者よ〜」
「は、はあ……」
「でも最近はいまいち不調なのよね〜。くる球くる球みんな四球っていうか死球っていうか危険球で……。おかげでお肌の調子はよくないしお酒もあんまり飲めなくなっちゃったし……」
「あ、あの……」
「お気に入りだったランジェリーショップは潰れるし小さい頃はかわいくて素直だった男の子は他の女の子に夢中で冷たいしで……いいことないのよね……うぇ〜ん」
な、泣き出しちゃった。
な、なんか酔っぱらった時のお父さんに雰囲気が似てるんだけど……
「う、うう、これもみんな世間が悪いのよ〜。勝ち組と負け組に世の中を分断した格差な社会が諸悪の根源なのよ〜……」
「……」
よ、よく分かんないけど、逃げるなら今のうちだよね?
「え、ええと、さ、さよならっ!」
ぺこんと頭を下げて、
とりあえずその場から全力で離脱することにした。
2
「は、はあはあ……な、何だったの〜?」
音楽室から五十メートルくらい離れた廊下まで来たところでようやくひと息つけた。
ほ、ほんとに今の、だれだったんだろ? 見たところ生徒じゃないみたいだから、たぶん先生だとは思うんだけど……
「……」
ま、まあいいや。とにかくそれは今は置いといて、お姉ちゃんたちを探さないと。
音楽室にはいなかったとなると、次にいそうなところは……
「やっぱりここは無難に……」
教室、かな〜。
まだ放課後になってからそんなに時間も経ってないし、教室でのんびりお喋りとかしてるのかもしれない。
というわけで教室へ。
お姉ちゃんたちのクラスは前に二年一組だって聞いてたから、行き先は分かってる。
二年生の教室が並んでいる廊下を歩いていると一組はすぐに見つかった。
「ん〜、いるかな、お姉ちゃんたち」
まだ教室にはけっこうたくさんの生徒たちが残っているみたいだった。
ドアの陰から中の様子をうかがっていると、
「あれー、なんかうちのクラスに用ー?」
「え?」
ふと後ろから声をかけられた。
振り向いてみると、そこにいたのは髪を頭の上の方で二つに結んだ元気そうなおね〜さんとメガネをかけた大人しそうなおね〜さん。
「んー、そのリボンの色は一年生だよねー? だれか部活の先輩でも呼びに来たとかー? あ、それともうちのクラスにお兄ちゃんかお姉ちゃんでもいるのかなー? 名前何ていうの? 趣味は、出身地は、生年月日はー? 好きなペットはなにかなー?」
「え? え、えっと……」
「りょ、良子《りょうこ》ちゃん。そんなにいっぺんに言ったらびっくりしちゃうよ。 ええと、うちのクラスのだれかに用事なのかな? もしそうなら呼んできますけど……」
大人しめのおね〜さんの方が横からそう優しく笑いかけてきてくれる。
だけど、
「あ、その、そうゆうわけじゃなくて……」
「?」
な、何て答えたらい〜んだろ?
う〜、正直に言ったらこっそりお姉ちゃんを見にきたのがばれちゃうし、でもこのままだとただ教室を覗いてた怪しい人だし……
どうしたらいいか分からなくて困っていると、
「ん? あれー?」
「?」
「あのさー、後輩ちゃん、だれかに似てないー?」
「え?」
元気そうなおね〜さんがそんなことを言ってきた。
「うん、メガネがあるから分かりにくいけどなーんかどっかで見たことあるっていうかー。それもすっごく身近でー。うーん、だれだろー?」
目元にほくろがある顔をずいっと近づけてくる。
げ、まずい。このままだとばれちゃう!
「あ、わ、わたし、ちょっと急用を思い出しちゃった!」
「えー?」
「う、うん、お家に帰ってペットのエカテリーナちゃんにご飯をあげないといけないんだったよ。じゃ、じゃあ!」
そう言って慌てて教室前から離れたのだった。
3
「は、はあはあ……危ないとこだった〜……」
教室から五十五メートルほど離れた廊下まで来たところでようやくひと息つけた。
な、なんかこの学校、個性的な人が多いってゆうか、一筋縄じゃいかない人たちばっかだよ。それとも共学ってみんなこうなのかな? だとしたらわたしには共学はむりかも……
と、そんなことを考えてると目の前を人が通りかかった。
なんか女の子みたいな顔をした不思議な雰囲気の男の子。
も、もういいや。ちょっと負けたような気がするけどこの人に訊いちゃお。なんか人畜無害そうなのほほんとした外見だし。
「あ、あの、すみません」
「んー、なにー?」
「あの、わたし、乃木坂《のぎざか》春香《はるか》って人を探してるんですけど、どこにいるか知りませんか?」
「乃木坂さんー?」
そう訊いてみると男の子は心当たりのありそうな顔をした。お、これは脈ありかな?
だけど、
「うんー、もちろん知ってるよー。乃木坂春香、十六歳、十月二十日生まれ、身長百五十五センチ、得意科目は全科目、苦手科目はなし、好きなベアはキンググリズリーくん、お風呂の時最初に身体を洗うのは左手から、家族構成は祖父と両親、三つ年下の妹が一人――」
「……」
こ、この人、何でそんなことまで知ってるの? 家族以外はあんまり知らないようなパーソナルデータまで……。てゆうかわたしのことも知ってるみたいだし。ま、まさかストーカーとか!?
思わず一歩後ずさると、
「で、お姉さんに何か用なのかなー?」
「え?」
「んー? だってきみ、妹の乃木坂|美夏《みか》ちゃんでしょー? 乃木坂美夏、十四歳、四月五日生まれ、趣味はヴァイオリンとスカッシュとイノシシの餌付け、私立双葉女学院中学の二年生で、前回の定期試験の学年順位は総合二位、非公式で行われたミスコンでは二位以下を大きく引き離して堂々の一位、また――」
「!?」
わ、わたしの情報までっ!?
こ、これはまずいよ! 乙女の貞操のピンチだよ!
「……っ!」
「あれー?」
と、とにかくこの場は逃げるが勝ち!
男の子の方を振り返らないようにしてその場から全速力で走り出した。
あ、あとで那波さんか葉月《はづき》さんに頼んで何とかしてもらわないと!
4
逃げるように走って辿り着いた先は屋上だった。
「も、もう、ほんとにワケ分かんないよ〜……」
ど、どうなってるんだろ、この学校……
早くお姉ちゃんたちを見つけてミッションコンプリートしないと身が保たないかも。てゆうかもうすでにグロッキー気味だし。
「こうなったらもう那波さんに頼んでお姉ちゃんたちを……ん?」
と、そこで気付いた。
ふと上げた視線の先。
そこに……見慣れた二つの人影があった。
「お姉ちゃん、おに〜さん」
さっきからずっと探してた二人。フェンス際のベンチに座って楽しそうにお喋りをしている。
や、やっと見つけたよ〜……
まさかこんなとこにいたなんて。
ほんとはこっそりと二人の様子を観察したかったけど、もうそんな余裕はない感じ。
「お、お姉ちゃん、おに〜さ――」
声をかけようとして、
「あ……」
なんか、出しかけた声が止まっちゃった。
だってお互いにお互いの顔を見ながら笑い合うお姉ちゃんとおに〜さん。
何だかその光景はすっごくしっくりきてて二人だけの言葉で通じ合ってるってゆうか、声をかけるのがためらわれるような雰囲気だったから。
「……」
楽しそうなお姉ちゃんの笑顔。
それを見て穏やかな笑みを浮かべるおに〜さんの優しい顔。
……どうしてだろ。
それを見てたら……何だか少しだけ、胸が苦しくなった。もやもやと雲が立ちこめたみたいになった。仲良く笑い合うお姉ちゃんとおに〜さんの姿が確認できて嬉しいはずなのに……
「……………」
何なんだろう、これ……
自分でもよく分からない感情に戸惑っていると、
「あれ、美夏?」
「え」
「あ、やっぱりそうです。美夏です」
「ホントだ。どうしたんだ、こんなところに……」
こっちに気付いたのか、お姉ちゃんとおに〜さんが走り寄ってきてくれる。
変装してるのに、二人ともすぐにわたしだって分かってくれたみたいだった。
まだ胸はどこかヘンだったけど、それを聞いたらちょっとだけ気持ちが軽くなった気がした。
だからわたしは顔を上げて、
「どうしたって、そんなの決まってるじゃ〜ん。お姉ちゃんとおに〜さんの学校でのらぶらぶっぷりを見に来たんだよ〜♪」
「なっ」
「ら、らぶらぶ……」
二人が同時に顔を真っ赤にする。
「でも予想に違わぬいちゃいちゃっぷりで安心したかな〜。へへ〜、それにどう? お姉ちゃんの去年の制服、似合ってるでしょ? かわいい? ぷりてぃ〜? ほらほら、このスカートのとことか特にいい感じなんだよ?」
「あ、あのなぁ……」
「こ、こら、美夏」
おに〜さんが呆れた顔になってお姉ちゃんが「めっ」と怒り顔をしてくる。
それはとってもいつも通りの一場面で、だけど何だかすごく心が落ち着く光景で――
「……」
……うん。
よく分かんないけど、わたしはこの雰囲気が好き。
楽しそうに笑ってるお姉ちゃんが好きだし、そんなお姉ちゃんを優しく見守るおに〜さんが好き。
だから、これでい〜んだと思う。
さっきまでの胸のもやもやはよく分かんないけど、あんまり難しいこと考えるのもわたしの性には合わないし〜。
そう納得して、
「それじゃ帰ろっ。お姉ちゃん、おに〜さん」
「あ、お、おい」
「み、美夏?」
「へへ〜♪」
お姉ちゃんとおに〜さんそれぞれの左手と右手を握って二人の間にダイブする。
二人ともちょっと困ったような顔をしてたけど受け入れてくれて、
「ほらほら、行くよ〜。校門のところで那波さんも待ってるしね♪」
「ん、あ、ああ」
「もう、美夏ったら……」
左右に繋がった二つの手をもう一度ぎゅっと握り直して、
どこかあったかい気分を胸に、三人並んで校門へと向かったのだった。
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ディレクション:中山信宏 コーディネート:加藤美奈子
デザイン:村瀬貴(stream inc.) ライター:菱田 格 (ぽろり春草)
小説:五十嵐雄策 協力:電撃文庫編集部
C[#○にCopyright]五十嵐雄策/アスキー・メディアワークス/『乃木坂春香の秘密』製作委員会
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