好色の勧め
〈底 本〉文春文庫 昭和五十九年十一月二十五日刊
(C) Setsu Komada 2001
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目  次
前門と後庭
釜 を 抜 く
滑 々 緊 々
女悦の妙薬
夢見る思い
枕のくの字ぬき
猫 と 股 旅
すくなし腎
中の字と呂の字
ト 一 ハ 一
誰も損しない
大真良と大津比
ちんちんないない
忠臣は死を怕れず
いくのの道
見ている前で
馬 の も の
多々益々弁ず
鎖 口 の 妙
金蓮高く掲ぐ
かわく間もなし
お鉢がまわる
一 網 打 尽
上を下への大騒ぎ
寝もやらず
馬 も 敬 礼
膝に等しいのを
下半分の根元半分
十二の名鶯
文庫版のためのあとがき
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好色の勧め「杏花天」の話

前門と後庭
『肉蒲団』の主人公の|未央生《みおうせい》は、淫慾のかぎりをつくしたあげく、姦淫の報いのおそろしさを知って仏門に|帰依《きえ》し、わざわいのもとを身につけていては修行のさまたげになるとさとって、ついにその東西を切り落してしまうのである。その甲斐あって未央生は、二十年後には立派に|正果《さとり》を得て、めでたく|遷化《せんげ》したという。
作者はそのあとに、こうつけ加えている。
これを見ても、この世の人はみな仏になれるということがおわかりでございましょう。ただ、|金《かね》と|色《いろ》との二つにからみつかれますと、迷いの海をぬけ出して|彼岸《ひがん》にたどりつくことができなくなるのでございます。そのため、|天堂《ごくらく》は土地が広いのに人がすくなく、地獄は土地が狭いのに人が多くて、上天大帝は|清間《ひま》で困っておられるのに|閻魔《えんま》大王はお|裁《さば》きがしきれないほどいそがしいのでございます。
それまでの、未央生が演じた(いや、作者が未央生に演じさせた)かずかずの淫慾の場面には、あるいは心を|惹《ひ》かれる人があったとしても、作者のこのようなお説教には、まともに耳をかす人などあろうはずはない。
|勿論《もちろん》、そんなことは十分承知の上で、作者は語っているのである。
二十回からなるこの小説の第一回の、いわば序文ともいうべきところで、作者はすでにつぎのように語っている。
この小説の作者は、世の人々の淫慾をとどめようとして筆を取ったのでございまして、決して淫慾をすすめるためではありません。しからば、なぜ|道学《どうがく》の書を|著《あら》わさずに、このような風流小説を書くかと申しますと、それは昔からいうように、人を見て法を|説《と》けという手段を用いたのでございます。
このごろの人々は、聖賢の書を読むことをきらって、小説物語を読むことをよろこびます。小説物語の中でも、忠孝節義のことはきらって、淫邪|誕妄《たんぼう》の書を好みます。まことになげかわしい次第でございますが、このような時勢に、私が道学の書を著わしたところで誰も読んではくれないでしょう。そこで、世人の好むところに従って風流のことを書き、その|間《かん》に淫慾のおそろしさ|空《むな》しさを説こうとするのでございます。
風流小説の形をとりましたからには、|淫褻《いんせつ》に近いものになりがちでございますが、それは読者が中途であきてやめてしまわれないよう、最後まで読んで本意を知っていただきたいための、方便であるにすぎません。
作者はまじめくさった顔をして、そんなことを語っているのだが、勿論それは顔つきだけのこと。それを|真《ま》にうけて、この小説を、淫慾をとどめるために書かれた小説と見る読者など一人もいるはずのないことは、誰よりも先ず作者自身が承知していることなのである。
これは、この種の小説における一つのスタイルであること、いうまでもない。作者はうまくこのスタイルを用いて、擬装の首尾をととのえているのだが、そこにはさすがに|李笠翁《りりゆうおう》なればこそと思わせる巧みがある。
笠翁、名は|漁《ぎよ》、|字《あざな》は|謫凡《たくぼん》。笠翁はその筆名で、|清《しん》初のすぐれた評論家であり、戯曲家であり、小説家である。その評論集には『笠翁一家言』、戯曲集に『笠翁十種曲』、小説に『十二楼』『無声戯』『連城璧』などがある。『肉蒲団』がその|戯作《げさく》であることは大方のみとめるところである。
笠翁はまた、『三国演義』『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』の四書を「四大奇書」と呼んだ最初の人でもある。
さて、|筆者《わたし》はこれから『|杏花天《きようかてん》』という小説の話をしようと思うのだが、この小説は『肉蒲団』ほどには一般に知られていないので、|読者《みなさん》の中にはあるいははじめて名を聞かれるかたもあるかもしれない。だが、この小説は筆者がひそかに風流本の「四大奇書」と呼んでいるものの一つで、『肉蒲団』とはまたちがったあじわいのあるすぐれた小説であることは、これからおいおいにわかっていただけることと思う。
筆者のいわゆる「四大奇書」とは、『|如意君《によいくん》伝』『|痴婆子《ちばし》伝』『肉蒲団』『杏花天』の四つで、はじめの二書は|文言《ぶんげん》(わが国でいう漢文)の小説で、ともに|明《みん》人の作。あとの二書は|清《しん》初のもので、ともに|白話《はくわ》(口語)の小説である。
江戸時代の風流本に、|道鏡《どうきよう》と女帝とのことを語った『|花《はな》の|幸《さち》』という物語があるが、この物語は『如意君伝』の巧みな翻案である。如意君というのは、巨根を|以《もつ》て唐の|則天武后《そくてんぶこう》に寵愛された|薛敖曹《せつごうそう》のことで、『如意君伝』はその如意君の物語というよりは武后の淫慾の一代記である。武后と薛敖曹その他の巨根の持ち主との風流場面がパノラマのようにくりひろげられる、超現実的なお話である。
『痴婆子伝』は、ある老女が自分の過去を告白するという形で書かれた、好色な女の性的一代記で、西鶴がその『好色一代女』の|粉本《ふんぽん》にした小説だといわれている。
『肉蒲団』は、その道具を改造して巨陽になった男の、性的遍歴の一代記だが、はじめに言ったように、主人公の未央生は最後には出家をしてその東西をまで切り落してしまうのである。つまり|淫褻《いんせつ》の話をしながら全体の首尾としては「好色の|戒《いまし》め」という形をとっている。それが風流小説の一つのスタイルであることは、さきほど述べたとおりだが、『杏花天』はこれに反して、「好色の|勧《すす》め」という形をとっているのである。
『杏花天』の主人公は|封悦生《ほうえつせい》という名だが、彼は未央生のように東西を切り落してさとりを開くなどというナサケナイことはせずに、のびのびとその淫慾をくりひろげ、最後には正夫人以下十二人の美女とおおらかに同衾生活をたのしむに至るのである。
その点、まことに健康でたのしい小説といってよかろう。これが『杏花天』の、『肉蒲団』およびその亜流小説とはちがった長所である。
筆者の持っている『杏花天』は、一|帙《ちつ》四巻、というと、いかにも堂々たる書物のようだが、じつは|虫眼鏡《むしめがね》を用いなければ読めないほどの豆本である。
帙には「絵図杏花天」と記されているが、第一巻のはじめに二ページの|挿絵《さしえ》があるだけである。第一巻の表紙には、|杏《あんず》の花の絵にかこまれて「写情小説紅杏伝」と書かれている『紅杏伝』というのは『杏花天』の別名である。しかし本文のはじまりには「杏花天巻之一」と記されている。これは第二巻以下、すべて同じである。
|孫楷第《そんかいだい》の『中国通俗小説書目』には、「巻四、明清小説部、乙」の部に、
「杏花天四巻十四回」
というのが見える。|嘯花軒《しようかけん》刊本として、「日本千葉掬香」と、「北京大学図書館」との二本があげられている。「北京大学図書館」本には、「古棠天放道人編次」「曲水白雲山人批評」とあるとのことだが、天放道人が誰か、白雲山人が誰かは知るよしもない。『肉蒲団』の作者が李笠翁であるように、『杏花天』の作者もおそらくは清初のすぐれた文学者であろうことが、その文体や構成からうかがわれるだけである。
筆者は豆本の『杏花天』の一ページ一ページを、写真家にたのんで約五倍に拡大してもらったが、おかげでずいぶん読みやすくはなったものの、なにしろ、もとの字が小さな|蟻《あり》のような字なので、拡大してもおしつぶされた蟻のような形になってしまって読みとれないところもある。
推量して読めるところもあるが、まったくぺしゃんこにおしつぶされてしまった蟻は、これはどうにもならない。これから話をすすめていくにあたって、興味|津々《しんしん》たるところがあるいはおしつぶされていて、十分にお伝えすることができないかもしれないが、そこのところは、原文が読みとれないからであって、他意はない。どうかご海容をたまわりますよう。
さて、『杏花天』一名『紅杏伝』は、つぎのように語りだされる。
洛陽の城下に、豪家がございました。姓は|籃《らん》、名は|芝《し》、|字《あざな》は|瑞生《ずいせい》と申しまして、貿易をいとなみ、なかなかたいした財産家でございます。
奥さんの|封《ほう》氏は、封|廷誥《ていこう》という人の娘で、名は|貴娘《きじよう》と申します。賢淑貞静で、書画琴棋から宮技|繍紡《しゆうぼう》にいたるまで、すべて抜群の技能を持っておりました。
この封氏には三人の娘がございます。長女は|珍娘《ちんじよう》、次女は|玉娘《ぎよくじよう》、三女は|瑤娘《ようじよう》と申しまして、三人とも母のお仕込みで詩詞をつくることがうまく、後漢の|班固《はんこ》や|晉《しん》の|謝霊運《しやれいうん》にもまけぬほどの腕前です。
三人は、お隣りの|《ほう》家の娘の|若蘭《じやくらん》と仲良くしておりました。
ところで、珍娘は幼いときから、同じく洛陽の|傅春先《ふしゆんせん》という人の子の傅|汝徳《じよとく》、字は|貞郷《ていきよう》という者と|許嫁《いいなずけ》になっておりましたが、春先夫妻が早く亡くなったものですから、貞郷は結婚するわけにはいかず、のびのびになっておりました。ところがそのうちに、籃瑞生も亡くなってしまいましたので、|母子《おやこ》の方でも結婚のことはそのままにしておりました。
この封貴娘という人はよく世事にも通じていて、ひとりで内外のことをきりまわしております。
籃家には深くつきあっている親戚もなく、ただ貴娘の兄の子が広陵にいるだけでした。幼名は|喜郎《きろう》、字は|悦生《えつせい》といって、年は十八。まことに花柳中の班首、風月場の|領袖《りようしゆう》ともいうべき若者で、乗馬をしたり|蹴鞠《けまり》をたのしんだり、|糸竹《しちく》を|奏《かな》でたり管絃をもてあそんだりして|瀟洒《しようしや》に遊びくらしております。その学識は|翰林《かんりん》に列してもはずかしからぬほどで、もし官途につけば必ず顕官になれる実力をそなえているのですが、家柄がよくないためにそれもかなわず、仕方なしにぶらぶらと遊んでいるのでございます。
|籃母《らんぼ》(貴娘)はときどきこの喜郎のことを思わないわけではないのですが、なかなか会うこともできずそのままになっております。
こうして、主要な人物とそれぞれのつながりとを手短かに紹介しながら、話はゆるやかにすすめられていく。
籃家の三人娘の珍娘・玉娘・瑤娘。その母親の貴娘。貴娘は後には籃母と呼ばれることが多い。珍娘の|許婚《いいなずけ》の傅貞郷。三人娘の|従兄弟《いとこ》にあたる封悦生。
先ずこれらの名をご記憶ねがいたい。
さて、籃家の長女の珍娘は、生れつきたおやかな身体で、なよなよとした姿態。ことし年は十八で、そのかんばせは春の山にただよう梅の香りのようでございます。すこし眉根を寄せているかのようなその表情には、えもいわれぬ艶っぽさがあり、両の眼はその下でいつも秋波をたたえております。それにまたこの珍娘は詩をつくることが早く、|且《か》つ巧みなことは、かの|蔡文姫《さいぶんき》にもひけをとらぬほどでございます。
次女の玉娘も、才色ともに秀でておりまして、これは|楽府《がふ》が得意でございます。年は十六で、すでに心ひそかに男女のむつみあいのことを思いつめております。
三女の瑤娘は姉たちとはちがって、まだたあいのない遊びに夢中になったりしておりますが、年は十四で、もういくらかは男女のこともわかっております。
ある日のこと、姉妹三人は庭に出て花をめでておりました、時は陽春三月で名花が咲ききそい、梁上には燕が語りあい花前には蝶が舞い、桃の花は|錦繍《きんしゆう》を|舗《し》いて|垂簾《すいれん》のようでございます。珍娘は眺めておりますうちに、いつしか心がそわそわしてまいりました。そこで妹たちにいいました。
「いま、詩の題を三つ思いついたのだけど、あなたたち、一つずつ選んで、退屈しのぎに作ってみない? 色っぽい句があったってかまわないわよ、お母さまにきかれさえしなければ」
妹たちが承知いたしますと、珍娘は自分からさきに「蝶媾」(蝶のつがい)という題を選び、玉娘には「白燕」、瑤娘には「楊花」という題をあてて、まず自分から、すらすらと「蝶媾」の詩を口ずさみました。
羽を交わしてむつみあい
花をしとねに葉をまくら
たわむれあそぶ蝶ふたつ
ねやの二人のしのばるる
珍娘が|詠《よ》みおわると、玉娘は笑いながら、
「お姉さまったら、旦那さまのことを思ってるのね」
そして玉娘も「白燕」の詩を口ずさみました。
|喋々 《ちようちよう》|喃々《なんなん》 |帷《まく》のなか
梨の花散る春の雨
南の国に帰るとも
春の|情《なさけ》を忘れざれ
珍娘と瑤娘はその詩をほめて、
「すてき、すてき。好きな人が忘れられないのね」
瑤娘は「楊花」の詩をうたいました。
春のやさしいそよかぜに
やなぎの花は散り敷けど
いつしか春の日も過ぎて
踏むひともなく|苔《こけ》ぞむす
珍娘と玉娘はそれをきいていいます。
「あなたも案外、|隅《すみ》に置けないのね。そんなに誰かに踏んでもらいたいの?」
すると瑤娘が、
「そうよ。お姉さまはいつか、三人でいっしょに風流をたのしみましょうって誓ったわね。わたしたち二人のことを忘れてしまっては、いやよ」
「忘れるものですか。もしいい人のところへお嫁にいったら、あなたたちにも風流をわけてあげるわ」
「まだお婿さんをもらってもいないのに、もう、わけてあげるなんて!」
と玉娘がからかいます。
三人が大笑いをしておりますと、籃母の呼んでいる声がきこえてきましたので、三人は話をやめて家の中へはいってゆきました。
さて一方、珍娘の|許婚《いいなずけ》の|傅貞郷《ふていきよう》は、生れつき|正直《せいちよく》な男で、年は十八。早くも翰林の遺風にそまりまして、|竜陽《りゆうよう》にしたしむこと|漆《うるし》のごとく|膠《にかわ》のごとしというありさまで、女色のほうは、穴の中から蛇をつつき出すようにきらうのでございます。
女色は男たるもののみなよろこぶところでございますのに、ひとり貞郷はその|前門《ぜんもん》がきらいなのです。ところが|後庭《こうてい》となると、蜂が蜜を求めるように、なんとしてもこれにありつこうとして、|銀銭《かね》を惜しまないのでございます。|嫦娥《こうが》のような佳人がおりましても眼もくれないばかりか、女のほうで彼の美貌をみそめて逆に金を出して求めてきても、彼は承知をしません。それほど彼の後庭好みははなはだしいのです。
彼はつねづねこういっております。
「両親が早く亡くなって、嫁がもらえなくなったことを恨むかって? そんなことはないよ。嫁をもらわずにいるからこそ、誰にも束縛されずに好き勝手なことをしておられるというものだ。気のむいたときに家に帰ってきて、|小官《わかしゆう》と竜陽をしておれば、こんなたのしいことはないよ。女房がいたらそんなわけにはいかないからね」
竜陽というのは、すでにご想像のとおり、後庭というのと同じく、|男色《ホ モ》のことである。むかし、戦国時代の|魏《ぎ》王の臣に、男色を以て王に仕え、寵幸されてついに諸侯に列せられ「竜陽君」と称せられた男がいた。男色のことを竜陽というのは、この竜陽君にはじまるもので、魏王と竜陽君の話は『戦国策』の魏策に見える。
さて、傅貞郷はそんなふうだったが、一方籃母は、珍娘が年ごろになってきたので気が気でない。夫が早く亡くなって、あととりが生れなかったので、傅貞郷を家に迎えて家業をつがせたいと思い、貞郷の伯父にあたる|談永偕《だんえいかい》という|媒人《なこうど》を家に呼んでそのことをたのんだのである。談永偕は、明日ご返事をいたしますといって帰っていった。
籃母はそのあと、刺繍部屋へいって、娘三人が刺繍をしている傍に坐り、珍娘に話しかける。
「さっき永偕さんにきてもらって、おまえのお嫁にいく話をきめてもらうようにたのんだよ」
「お母さま、そんなことご心配なさらないでよ。わたしはいつまでもお母さまのお傍においていただいて、朝晩おつかえするほうがうれしいわ。お嫁にいくなんていや! 妹たちと離ればなれになるのも、いやだわ」
珍娘はそういって涙ぐむ。
「わたしだって、おまえを手放したくはありませんよ。それでさっき永偕さんにこうたのんだのです。お婿さんに家へきていただくようにしてほしいって。そうすればわたしたちみんな、これまでどおり、いっしょにいられるでしょう」
「そうしていただけるなら、うれしいわ」
珍娘はそういって泣きやむ。玉娘と瑤娘も大よろこびである。風流をわけてもらえるからだけではない。しんそこから姉と別れたくないのである。
三人はまた刺繍をはじめたが、そこへ隣家の若蘭がやってきた。珍娘は、しばらく若蘭がこなかったので、
「どうしてきてくれなかったの?」
と|詰《なじ》る。若蘭は母親と二人で暮している貧しい娘である。
「母さんが仕事にいってたので、出られなかったのよ」
というと、珍娘は、
「ああそうだったの。わたしのほうから訪ねていけばよかったわね」
と、素直にいう。
この物語には、おいおいに幾人もの女が登場してくるが、この珍娘姉妹のように、また若蘭のように、いずれもみな、|眉目《みめ》うるわしく心やさしい女たちである。勿論、風流小説だから、彼女たちはみな好色であるが、色を好まぬ女などこの世にいるはずはなく、もしいるとすれば、むしろそのほうがおかしいというべきだろう。
さて、結婚を迫られて、女色ぎらいの傅貞郷はどうするであろうか。
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釜 を 抜 く
今はほとんど見かけなくなったが、|筆者《わたし》たちの子供のころには「いろはがるた」という|俚諺《りげん》のカルタがあって、室内での遊びというと、たいていはカルタ取りだった。
おてだま、おはじき、あやとり、ままごとなどという室内での遊びもあったが、それらはおもに女の子の遊びで、男の子はあまり加わらなかったようである。しかし、「いろはがるた」だけは、男の子も女の子もいっしょに遊んだ。
い、犬も歩けば棒にあたる
ろ、論より証拠
は、花より団子
というふうに、「いろはがるた」の文句はだいたいきまっていたが、例えばまた、
い、石の上にも三年
ろ、論語読みの論語知らず
などというのもあって、かならずしも同じではなかった。
子供たちはこれらの格言や俚諺を、それこそ「論語読みの論語知らず」で、わけもわからずにただ覚え込んでいたのである。覚えてしまうと、なんとなく意味までもわかったような気になったが、そのなかで、
つ、月夜に釜を抜く
というのだけは、なんのことやらさっぱりわからない。そこで子供どうしで話しあって、なんでもよく知っている学校の先生にきいてみることにした。
「釜は黒いだろう。闇夜だと見わけがつかない。だから盗まれやすい。盗まれやすいから、闇夜には盗まれないように気をつける。ところが、月夜だと、盗む者はいないだろうと思って油断をする。そこが泥棒の付け目だ。泥棒は人が油断している月夜に釜を盗んでいくのだ。だから、油断をするな、ということだ」
なるほど、そういうことか。先生というものはなんでもよく知っているものだな、と|筆者《わたし》たちは大いに感心したことを覚えている。
今にして思えば、先生はうまくごまかしたのかもしれぬ。
ある人曰く、「月夜」というのは、月の|さわり《ヽヽヽ》の夜のことであり、「釜」というのは、梵語のカーマ(愛慾)の当て字で、もとは僧侶たちの隠語であったと。むかしは僧侶は女色を禁じられていた。その僧侶たちにとって、愛慾とはすなわち男色にほかならない。
|或人《あるひと》和尚に|問《とう》て曰く、汝等出家する事久し、|此《この》物又|硬《おえる》事|有《ある》べし。和尚の曰く、一月の中に只|三次《さんど》ほどならで|硬《おえ》申さず。此人|聴《きき》て、|此如《かくのごと》くなれば大いに|好《よし》、と云ひければ、和尚曰く、|此《ここ》に一つあり、一度|硬《おえ》れば十日|硬《おえ》つづけでござる。
それにもかかわらず女色を禁じられている僧侶、というよりは、女色を禁じられているがゆえにこそそのように「|硬《おえ》つづけ」である僧侶は、ひとりで|手銃《てづつ》をうつか、弟子の|後庭《かま》を抜くかするよりほか、それをしずめるすべがない。
これは初めて|後庭《かま》を抜いた僧侶の話
|沙弥《しやみ》初めて|師弟《でし》を|誘《いざな》ひける。|興《きよう》たけなはにて、|師弟《でし》の|陽《へのこ》も又|挙《おえ》て|湿《うるおい》、|津々然《びたびたと》しける。|後《うしろ》より|摸着《さぐり》て嘆じて曰く、南無阿弥陀、|対穿《つきぬけた》。
この二つの話は、ともに江戸須原屋半兵衛板の『笑府』(明和五年)にある話。この『笑府』は、いうまでもなく、|明《みん》の|墨斎《ぼくかんさい》主人の『笑府』の抄訳本である。墨斎が|明末《みんまつ》の小説界の大御所|馮夢竜《ふうむりよう》(一五七四―一六四五)の書斎の名であることも、またいうまでもなかろう。
つ、月夜に釜を抜く
という俚諺の意味は、もはや説明するにも及ぶまい。川柳に、
月の夜は釜を抜く気になる亭主
おりふしは妾月夜に釜抜かれ
などという句のあることを付け加えておけば足りるだろう。
「いろはがるた」の「つ」にはまた、
つ、月夜に|提灯《ちようちん》
というのもあった。これも、もし先生にたずねたとすれば、おそらく、
「提灯は闇夜につかうものだ。月夜には|要《い》らない。だから月夜に提灯というのは、無用の|長物《ちようぶつ》とか、|間《ま》が抜けているとかいう意味だ」
と説明したにちがいない。
だが、これもある人の曰く、「提灯」とは老陰のことであると。つまり、月夜に提灯とは、両方とも使いものにならぬという|譬《たと》えであると。またある人の曰く、「|提灯《ちようちん》」は「|銷沈《しようちん》」(消沈)をもじったものであると。つまり、月夜に提灯とは、せっかく意気込んでいたのにガッカリした、というときの譬えなのだと。
さて、本題に移ろう。
|珍娘《ちんじよう》の|許婚《いいなずけ》の|傅貞郷《ふていきよう》は、|大《だい》の女色ぎらいで、大の竜陽|好《ごの》み。ちかごろ目をつけている一人の|小官《わかしゆう》がいた。姓は|花《か》、|字《あざな》は|俊生《しゆんせい》といって、生れつき女のような顔をしており、姿かたちの|麗《うるわ》しいことはいうに及ばず、その肌まですべすべとしていて、声も|優《ゆう》にやさしい。
「我|若《も》し此の君と楽しみを共にするを得れば、佳人と枕を並ぶるに勝る」
貞郷はそう思い、いろいろと手をつくして父親の|花春宇《かしゆんう》に取り入って、ついに俊生を家に呼ぶことができた。
二人はいっしょに酒を飲みましたが、やがて夜がふけてきますと、俊生は貞郷に|しなだれ《ヽヽヽヽ》かかってきて、腕を貞郷の首に巻きつけます。そこで貞郷は両手で俊生の腰を抱きかかえ、かくて二人はしばらく「呂」の字を書きつづけることに相成ります。
「呂」の字を書けば、つぎには「中」の字を書きたくなるのが人情の自然と申すべきでしょう。貞郷は俊生を放し、|襠《こんとう》をおろさせて、燈前にその|白臀《はくでん》を高くそびえたたせました。と、俊生はふりかえって貞郷に申します。
「お兄さん、そろそろとしてね。ひどい目にあわせないでね」
貞郷はうなずきながら、東西を屹立させたまま、津液で右手の指をぬらし、先ず俊生の後庭にうるおいを与えます。
|師父《しのぼう》、|沙弥《しやみ》に曰く、今宵は|精進穴《しようじんけつ》を|可《す》べし。沙弥曰く、何をか謂はん精進穴とは。師の曰く、唾を用ひざるを云ふなり。|已《すで》にはじめけるに、沙弥痛み|甚《はなはだ》しければ、叫んで曰く、師父どうにもこたへられませぬ、|開葷《しようじん》をやめさっしゃりませ。
これも抄訳本『笑府』にある話だが、さすがに貞郷はこの師父のような乱暴なまねはせずに、「熟するには|径《みち》に由る」で、ちゃんと津液を用いたのである。
俊生は貞郷がなかなかの巧者で、すこしも痛みを覚えさせないのを見て、得たりとばかり、身を以て|湊迎《そうげい》いたします。貞郷はさながら|忙夫《ぼうふ》の|搗舂《とうしよう》するがごとく(つまり、せっかちな男が餅をつくように)一|抽《ちゆう》一|送《そう》しておりましたが、やがて数百抽に至りますと、俊生は奥の手をあらわして一挾一放しながら、しきりに浪声を発するようになりました。貞郷は快美非常、遍身|通暢《つうちよう》で、ついに、|泄《も》らすこと|注《そそ》ぐがごとくにして、おわりをとげました。
かくて二人は枕を共にして眠りましたが、これより二人は、朝々食を同じくし夜々眠りを同じくして、|情《じよう》深く|意《い》厚く、永く相離れることのできない仲になったのでございます。
ある日のこと、朝早くから誰かが訪ねてきました。貞郷が着物を着て出ていって見ると、それは伯父の|談永偕《だんえいかい》でした。
貞郷はあわてて迎え入れました。挨拶がすむと、永偕はさっそく話を切りだします。
「朝っぱらやってきたのは、ほかでもない。きのう|籃《らん》家のお|姑《かあ》さんに呼ばれて、たのまれたのだ。おまえのお父さんが籃家との縁談をきめたときに、わしは|媒人《なこうど》になったが、籃家のお嬢さんはもう|年頃《としごろ》で、ぐずぐずしていると婚期がすぎてしまう。そこでお姑さんは、早くおまえに婿にきてもらって、家業をついでもらいたいとおっしゃるのだ。|結納《ゆいのう》とか仕度とかは一切いらないから、一日も早く式をあげてほしいとな」
「そうはおっしゃっても、わたしは父が|亡《な》くなってから家業をおろそかにしていましたので、結納どころか、なんの用意もできていないのです。これから仕事に精を出して、もうすこし楽になってからでないと、式をあげるなんてわけにはいきません。どうか伯父さんからお姑さんにたのんでください、もう二、三年待っていただくように」
貞郷がそういいますと、永偕は笑って、
「おまえはほんとうに、まじめな男だ。いまの若いものは十六になるやならずで、もう嫁をほしがるものが多いが、おまえときたら、むかしの|柳下恵《りゆうかけい》よりも|くそ《ヽヽ》まじめなんだから」
柳下恵は|春秋《しゆんじゆう》時代の|魯《ろ》の賢人。出処進退をよくわきまえた人として『論語』にもほめられている。
永偕は貞郷が好んで竜陽を|弄《もてあそ》ぶことを知らないものですから、柳下恵よりもまじめだなどとほめたのです。
「いいえ、とんでもないことです。せめてこの冬までなりと待っていただくように、お姑さんにお願いしていただきたいのですが」
「お姑さんのせっかくの好意をふみにじってはいかん。わしも、おまえのお父さんの仲良しとして、一日も早くおまえに式をあげさせたい。冬までのばしたところで、どうなるということもなかろう。まあ、わしにまかせなさい。年まわりの方はかまわんから、日だけを選ぼう。きょうは五日だから、あさっては七日だな。七日は黄道吉日だ、婿入りは七日にしよう。もう、つべこべいうな。人生の好事だ、なにも遠慮することはない」
永偕はひとりできめてしまって、貞郷に口出しをさせず、むりやりに承知させてしまいました。
永偕は帰ってゆきます。
貞郷が部屋へもどると、俊生が待ちかまえていて、
「お兄さん、もうじき結婚なさるのね。あたしはどうしたらいいの?」
といいます。貞郷は俊生を抱き寄せて、
「ねえ君、わたしはもともと女と親しむのはいやなのだ。君のこの才貌、君のこの情趣は、女なんかより百倍もすばらしいよ。中へ納めて、きっちりとしめつけてくれるあの具合、その進出の美は、なんともいえないあじわいだ。女にはとてもできないわざだ。女は抱いているだけなら趣はあるが、納めてしまうとすぐ滑々蕩々としてきて、抽送すればするほどゆるくなるのだからな。だから、いくら力をつくしてみたところで、つくしがいがないのだ。さあ、二人で神さまに誓いを立てよう、いつまでも二人は離れないって」
花俊生は大よろこびです。二人は香を|焚《た》いて天地の神々に誓います。
「願わくは歩々相|随《したが》い、同床に生き同穴に死して、永く相離れざらんことを」
貞郷はそのあとで俊生にいいます。
「婿入りをしても、半月たったらもどってくるよ。それからあとは、昼間はここで君とたのしんで、夜になったら籃家へ帰って泊ることにする。それまでは、さびしいだろうがここでひとりで暮していてくれ。こちらの費用は使いのものにとどけさせる。必ず待っていてくれるね」
談永偕は翌朝、籃家へゆき、貞郷を説き伏せた次第を得々として籃母に話した。籃母はよろこんだが、式が明七日だときいてあわてた。永偕はしかし、そうでもしないことには貞郷をとり逃がしてしまうことになるので、やむを得なかったのだという。
さて、永偕が帰ってしまうと、籃母はさっそく奥の部屋へはいっていって、|玉娘《ぎよくじよう》と|瑤娘《ようじよう》にいいつけます。
「さあさあ、あなたたち二人はいますぐ裏の部屋へ移りなさい。ここは姉さん(珍娘)とお婿さんの部屋になるのだから」
珍娘はそれをきいて、びっくりします。
「お母さん、どうしてそんなに急に……」
隣家の|若蘭《じやくらん》も、まだ帰らずにいましたが、それをきくと、
「おばさま、いますぐ部屋をかわれなんて、それじゃお姉さんの婚礼はもうまぢかなのね」
籃母は笑いながら、
「まぢかもまぢか、あしたなのよ。そうしないことには、お婿さんをとり逃がしてしまいそうなの」
珍娘は顔を伏せて黙っております。
玉娘と瑤娘は笑いながら、
「お姉さん、おめでとう」
といいます。
若蘭が珍娘のそばへいって、声をひそめながら、
「お姉さん、あしたから、|鴛鴦《おしどり》枕上に|雙《つがい》を成し、|翡翠《かわせみ》|衾中《きんちゆう》に|伴《つれあい》を|有《も》つ、ということになるわけね」
といいますと、珍娘は横目でにらんで、すこし顔をほころばせました。内心、おそれとよろこびとが相|半《なかば》しているのです。半分のおそれと申しますのは、風雨に襲われる花のうれいであり、半分のよろこびと申しますのは、蝶に|遇《あ》い蜂に逢う花のはじらいでございましょう。
みんなは珍娘をとりかこみます。玉娘が先ず、
「美景芳程、|邇《ちか》きに在り」
とからかいますと、瑤娘がつづけて、
「名花、露を帯びて狂蜂に遇う」
とふざけます。
玉娘の言葉は、「もうすぐいい目にあえるわね」ということであり、瑤娘のは、「わくわくしながら待っている」という意味である。
若蘭がそのときいいだしました。
「きょうのお姉さんは、まだお姉さんだけど、あしたの晩はもう花嫁さんで、|繍幃《しゆうい》に|香《かおり》暖かく|錦衾《きんきん》に春を生ず、ということになるのね。わたしたち、三人で詩をつくってお姉さんにお贈りしましょうよ」
そして先ず若蘭が四句をうたい、玉娘と瑤娘とが二句ずつつづけました。
としは十八、|二九《にく》からず
いきな婿ばち飛んできて
蜜を吸い吸いささやくは
どんなにあまい言葉やら (若蘭)
胸はわくわく|帷《とばり》もゆれて
かがみ見るさえ|羞《はず》かしや (玉娘)
あしたの晩はうつつなく
こころは宙に舞うならん (瑤娘)
三人のうたがおわると、珍娘は笑って、
「あなたたち、三人ともうまくないわね。わたしのおめでたなのよ。あなたたちがいくらよだれを流したところで、どうにもならないじゃないの」
四人は、なおしばらくふざけあっておりました。やがて、若蘭が帰ってしまうと、その夜、姉妹三人はいっしょに寝て、またふざけあうのでした。
翌日、籃母は早くから起きて、いろいろと新郎を迎えるための準備をいたします。
珍娘は鏡にむかって化粧をしながら、こころのうきうきとしてくるのを、どうしようもありません。しかし、二人の妹が今夜からはさびしがるだろうと思うと、かわいそうな気もするのでした。
一方、談永偕は朝早くから|傅《ふ》家へ出かけてゆきました。
貞郷は俊生といっしょに寝ておりましたが、ようやく起きたばかりで、まだ身仕度もしておりません。永偕がいくと、貞郷はしぶしぶ出てきて、挨拶をしました。永偕はいいます。
「お|姑《かあ》さんに、はっきり話しておいたから、おまえはなにも心配することはない。結納金なんかは一文もいらんのだ。ただおまえは身一つで婿入りすればよいのだ。祝いの酒は、わしが使いのものをやって、さきにとどけさせるようにしてある。ところで、この家は誰に留守番をさせたらよいかな」
「いとこにあたる花俊生という者にたのんでございます」
酒をくみかわしながら話しあっているうちに、いつしか日は西に沈んでしまいました。貞郷は奥の離れへいって、俊生にあとのことをたのんでから、ようやく|輿《こし》に乗ります。「男は|香輿《こうよ》に坐し女は蘭房を守る」というのは、まさにこれをいうのでございましょう。
やがて籃家に着きますと、永偕は貞郷を輿からおろして、中堂へいざないます。
そのあとの、中堂での婚礼の儀式の次第、さらに|洞房《ねま》での杯ごとの次第などは省略して、さきをいそぎ、新郎新婦が二人きりになったところから、再び原文をたどることにしよう。
さて、女中が扉をしめて出ていってしまいますと、貞郷は珍娘をふところに抱きいれましたが、そのたおやかな玉のような肌、やさしく|羞《はじら》うすがたを見て心をうごかされ、珍娘の|羅帯《らたい》を解き、耳かざりや髪かざりもはずし、光身赤体にして、よこたえました。珍娘はどうするすべもないまま、半ばはおそれ半ばは期待しながら、されるままになっているのでした。やがておおいかぶさってくるのを、おしのけるでもなく、引きよせるでもなく、どうしようかととまどっておりますうちに、ついに、玉の茎は花の|蕊《しべ》をつき剌してしまいました。
もともと貞郷は女色はきらいなのですが、珍娘のあまりの美しさに、思わず心がうごいたのでした。心がうごけば興もわき、物も|硬《かた》くなります。そこで、|金蓮《あし》を高く掲げて、その硬いのを戸口におしつけたのでした。珍娘は容易には受けがたく、|呻吟《しんぎん》し|咎嗟《しさ》してしきりに痛みを訴えるのですが、貞郷はおかまいなしに力を奮い、はじらう花を|無慙《むざん》にもふみにじってしまおうといたします。
珍娘はその苦しみにたえることができず、ようやくのおもいでいうのでした。
「いささか|寛《ゆる》くしてそのほしいままに提するを免れしめよ。もし再び勇を|鼓《こ》さば、われついに忍ぶこと能わざらん」
ところが貞郷の耳にはその声もきこえません。急々と深投し、重々と|狠突《こんとつ》して、|柔肢嫩体《じゆうしどんたい》の|未《いま》だ風雨に遭わざる佳人をいためつけてやまないのでございます。
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滑 々 緊 々
|清《しん》の|陳皐謨《ちんこうぼ》の編集した『|笑倒《しようとう》』という笑話集に、こんな話がある。
「ちんこうぼ」という|音《おん》は、ちんぽこに似て、あるいは妙にきこえるかもしれないが、それは日本音の偶然のいたずらで、中国音では、チェン・カオモ、と読む。
このチェン・カオモという人はどういう人かわからない。|乾隆《けんりゆう》年間の|成都《せいと》の知府で、詩文集もある|王皐謨《おうこうぼ》という人がいるが、この人とは別人である。
ある女が下男をつれて船に乗った。
一人の坊主が同船していて、しきりに女の顔を見るので、女は腹をたてて、下男にその坊主を打たせた。
坊主はなにもいわず、眼をつぶってしまったが、やがて船が岸に着くと、女はまた下男にいいつけて坊主を打たせた。
「こんどはなんの|咎《とが》で打たれます?」
と坊主がいうと、女は、
「おまえは眼をつぶったまま、ずっと、わたしのことをいい女だと思っていただろう」
女ごころというものは、なかなか複雑なところのあるもののようである。
桜川|慈悲成《じひなり》の『|笑《わらい》の|初《はじま》り』(寛政四年)にも、似たような|小咄《こばなし》がある。
つんとすました女房が、|丁稚《でつち》をつれて通っていく。
道端で遊んでいる子供たちの|凧《たこ》が、その女房のうしろへ落ちたが、女房はふりむきもせずに歩きながら、丁稚にいった。
「いま落ちたのはなんだい?」
「はい、子供のあげていた凧です」
「そうかい。わたしはまた、久米の仙人かと思った」
この女房、どうやら、自分を見て久米の仙人が落ちてこないのがご不満のようである。
しかし、もし仙人が落ちてきたら、『笑倒』の女のように、丁稚に仙人を打たせたかもしれない。しかしまた、その仙人が「よい男」だったら、あとはどうなるかわかったものではない。
青木宇千の『|今歳咄《ことしばなし》』二(安永二年)に、そういう女ごころを示した小咄がある。
泥棒が首尾よく忍びこんで見まわすと、十七、八の娘が寝ている。なかなかの美人なので、盗むのもわすれて眺めているうちに、娘が眼をさました。
娘は泥棒を見たが、なかなかよい男なので、
「おまえは誰だい?」
「泥棒さ」
「いいえ、ちがう」
同じ話が『笑袋』(天明八年)ではこうなっている。こちらは娘ではなく女房だが、眼をさましてびっくりしたものの、よく見ればなかなかよい男なので、
「おまえさんは誰さんだえ?」
「|盗人《ぬすつと》でござんす」
「なんのおまえさんが、盗人さんであるものか」
この娘や女房が、このあとどうしたかは知らないが、『笑府』にはつぎのような話があって、女ごころというものがまことに奇妙なものであることがわかる。
ある女が役所へいって、
「井戸で水を汲んでおりましたら、男にうしろからとられました」
と訴えた。
「そのときおまえは、なぜ立ちあがらなかったのか」
と役人がきくと、女は、
「立ちあがったら抜けると思いまして」
さて、こちらは|珍娘《ちんじよう》である。
前回は、珍娘がいかにゆるしを乞うても貞郷はきかず、急々と深投し、重々と|狠突《こんとつ》して、|柔肢嫩体《じゆうしどんたい》をいためつづけた、というところまでであった。そのため、|粉腿蜂腰《ふんたいほうよう》には|猩紅《くれない》が|涓々《けんけん》としたたり、珍娘はただ|喘々喃々《せんせんなんなん》とあえぎ苦しむばかりだったのである。
ところが、|一更《いつこう》ほどたちますと(――一更とは、なんと二時間である――)、珍娘は|微《かす》かに室内に、|苦《く》が去って|甘《かん》のきたるのを覚えました。このとき貞郷はもう|漏洩《ろうせつ》していたのです。二人は枕を並べ|股《こ》を交わして寝ましたが、|夜中《よなか》になると再び始めました。珍娘はそのとき、
「まえは苦ばかりだったが、こんどは美が多くて苦が少なくなった。室内は美|津々《しんしん》として|自得《まんぞく》の|貌《ようす》であり、口中は|緩々《かんかん》としてまさに|淫語《いんご》せんとするの意がある!」
と思うのでしたが、貞郷の方は、強兵を|牝中《ひんちゆう》にかけめぐらせながら、
「まえは|緊々《きんきん》として|渋滞《じゆうたい》したが、こんどは|滑々《かつかつ》として|粗鬆《そしよう》になり、たのしみがうすくなってしまったわい」
と感じて、次第に威力をにぶらせてくるのです。つまり、下では、ようやく楽しみを覚えて|暢快《ちようかい》これにすぐるはなしとよろこんでおりますのに、上では、自分の東西が大きくないことは棚にあげて相手の|牝戸《ひんこ》が広くなったと恨み、|興《きよう》をうしなっているのです。これではうまくいくわけはございません。
貞郷が竜陽を好んで女色をきらうのは、緊々たるを好んで、滑々たるをきらうからであるが、そのことは、前日、彼が|俊生《しゆんせい》に語った言葉で明らかである。すなわち、
「女は抱いているだけなら趣はあるが、納めてしまうとすぐ滑々蕩々としてきて、抽送すればするほどゆるくなるのだからな。だから、いくら力をつくしてみたところで、つくしがいがないのだ」
それにしても、作者が「自分の東西が大きくないことは棚にあげて」と、貞郷の滑々ぎらいを評しているのは、世の一般の男どもに対する皮肉だろうか。
とにかく貞郷は、「いくら力をつくしてみたところで、つくしがいがない」というわけで、|矛《ほこ》をおさめてしまった。あわれなのは珍娘である。
珍娘はようやく滋味を覚え、興が湧いてきたときに、情を|放《はな》ち意を|恣《ほしいまま》にすることができなかったので、
「まえに苦を覚えたときには、あんなに力をつくしながら、こんどはせっかく興を覚えてきたのに途中で力をぬいてしまうなんて」
と内心、恨みに思ったが、もちろん口には出さなかった。
夜があけると、二人は起きて身づくろいをいたします。珍娘は歩くたびに戸に微痛を覚えました。
貞郷は、化粧をすました珍娘を見ましたが、まことに絶世の容姿です。しかし貞郷は思うのでした。
「いくら玉の|貌《かんばせ》、花の|容《すがた》でも、滑々なのはおれにはなんの魅力もない」
ところが珍娘は、昨夜はついに情を放つことができなかったにもかかわらず、貞郷とは反対に、その清雅な風貌を見て、心|満《み》ち意|足《た》るのを覚えるのでした。
一と月たちましたが、結局二人はうまくいきません。
貞郷は婿入りしてからしばらくのあいだは、それでも珍娘をもてなしましたが、珍娘が滋味を覚えて|漆《うるし》の|膠《にかわ》に投ずるような気味になったときには、もうまったく珍娘をかまいつけなくなってしまったのです。
ある日、貞郷は自分の家へ帰っていって、俊生に会いました。
「兄さん、あなたはお嫁さんに夢中になって、わたしのことなんか忘れてしまったのでしょう?」
と俊生がいいますと、貞郷は俊生を抱いて、
「会いたかったよ。女なんかよりも君の方がずっと好きだ」
というなり、たちまち欲火を燃えあがらせて、俊生に|襠《こんとう》をおろさせ、うつぶせになって後庭を献じさせます。
東西をおさめてしきりに抽送いたしますと、俊生はさまざまな秘術をつくして貞郷を消魂させ遍体を|悚然《しようぜん》たらしめてやみません。
やがて雨が収まり雲が散りますと、俊生は襠をつけながらたずねます。
「|嫂《ねえ》さんの容色は、わたしとくらべてどうですか」
「君の|尊臀《そんでん》は緊にして妙だが、女房の牝戸は寛にして滑だ。もう較べものにはならんよ」
夜になると、貞郷は籃家へ帰っていって、珍娘といっしょにすごしますが、珍娘は心を遂げることができません。そこでひそかに思うのでした。
「わたしは、からだが弱いわけでもなく、みだらな女でもない。詩もつくれるし、お裁縫もできる。それなのに、どうしてあの人はわたしを可愛がってくださらないのだろう。わたしは生涯をゆだねたつもりでいるのに、なにがお気にいらないのか。あしたの晩、くわしくたずねてみよう」
翌晩、貞郷は酔って帰ってきました。珍娘が迎えてお茶を出しても飲みもせず、食事をすすめても食べもしません。まるでゆきずりの人のようで、夫婦の情などまったくないようです。珍娘は思い切っていいました。
「あなたはこのごろ、どうかしていらっしゃいます。外で遊んでばかりいて、わたしのことなどちっとも考えてくださらない。わたしはあなたの妻として、いつまでもお傍にいたいと願っていますのに、あなたはどうしてわたしを路傍の人のような眼でごらんになるのです? あんまりですわ! お母さまはもうお年寄りですし、妹たちはまだ若くてたよりになりません。昔から、夫は妻の|良《りよう》となり妻は夫の|貞《てい》となるといいます。わたしはあなたにおすがりしたいと思っていますのに、あなたは勝手に遊びくらしていらっしゃる。わたしはなにをたよりに生きてゆけばよいのでしょう」
そういって、わっと泣きだしてしまいました。
そもそも貞郷は、親にやかましくいわれたこともなく、勝手|気儘《きまま》にくらしてきた男です。珍娘にするどく突っこまれると、一言もなく、内心かっとなって思うのでした。
「おれはもともと結婚なんかしたくなかったんだ。こんなことになって窮屈な思いをしなければならなくなったのは、あの|談《だん》の老いぼれのせいだ。せっかくのんびりとくらしていたのに、こんな無門の獄へおし入れやがって! しかしそんなことをいって、|姑《しゆうとめ》におこられたり、小姑たちに笑われたりしてはつまらない。まあ、いまのところは我慢することにしよう」
と、酒の酔いを借り、着物を着たまま寝てしまいました。
珍娘はいつまでもすすり泣いております。
その夜は別々にやすみましたが、貞郷は珍娘に痛いところを突かれましたので、むしゃくしゃとして一晩中まんじりともせず、まだ夜のあけぬうちに起きて、顔も洗わず髪もとかさずに.外へとび出してゆきました。
俊生は、貞郷が帰ってきたのを見ると、びっくりして、あわただしくたずねます。
「どうしたのです、兄さん。そんな恰好をして」
貞郷はぷりぷりしていいます。
「わたしはもともと婿になんかいきたくなかったんだが、談の老いぼれにだまされていってしまったんだ。これから二人で相談して、やつらに邪魔されぬように、どこか遠くへ逃げてしまおう」
「籃家のお|姑《かあ》さんはたいしたお金持ちなのでしょう? 二、三百金お借りしていって、それをもとになにか商売でもやりましょう」
貞郷は笑って、
「そいつはおもしろい。もしうまくいったら、二人はいつまでも遠方でくらせるな。こんないいことはないぞ」
さて、一方珍娘は、夫がぷりぷり怒りながらとび出していったのを見ると、
「遠くへはいかないだろう。自分の家へ帰ったのにちがいない」
と思い、召使の|籃書《らんしよ》を呼んで、
「こっそり旦那さまの家へ忍びこんで、なにをしているか見てきておくれ」
といいつけます。
籃書が|傅《ふ》家へいってみると、ちょうど小者が買いものに出かけたところで、門があいておりました。身を|側《そばだ》てて忍びこみ、外から部屋の中をのぞいてみると、いましも貞郷が俊生をかかえて、東西を進入させているところで、
「快妙だ。君のは緊で、いい具合だが、女房のは寛で、ちっともよくない」
といっております。籃書ははっきりとそれをきいて、笑いだしました。
「ははあ、そうだったのか。奥さんもまさかこうとは思われなかっただろう。だが、あの男はどこの誰かな。なんとかさぐり出して奥さまにお知らせしなければ。小者が帰ってこないうちに外へ出て、きいてみよう」
と、そっと門の外へ出て待っておりますと、むこうから小者が|燗酒《かんざけ》をさげてやってきましたので、歩み寄ってたずねます。
「旦那さんはおうちかね?」
「ええ、いらっしゃいますよ」
「旦那さんのうちのあの|小官《わかしゆう》は、なんという名だね?」
「あれは半年くらい前から旦那さまが可愛がっておられる、花俊生という人です。だが、わたしから聞いたなんていっちゃいけませんよ。打たれますからね」
籃書は笑って、
「あんたにきいたなんていいはしないよ。うちの奥さまが、旦那さまがうちにおられるかどうかしらべてきてくれといわれたんだ。あんたも旦那さんに、わたしがきたなんていっちゃいかんよ」
籃書はいそいで家に帰りました。
部屋へはいってゆくと、珍娘がたずねます。
「旦那さまは家でなにをしておいでだった?」
「|小官《わかしゆう》を抱いておいででした。花俊生という名です。奥さまの前は寛だが、小官の|後《うしろ》は緊だといっておいででした」
珍娘はようやくわけがわかって、
「そうだったのか。前がきらいで後が好きだったのか。男を女の代りにするなんて、|禽獣《きんじゆう》以下じゃないの」
と、すっかり腹をたててしまいます。
夜になると、貞郷はまた酔って帰ってきました。珍娘はすぐ、きっぱりと|けり《ヽヽ》をつけようと思いましたが、貞郷が酔っぱらっておりますので、仕方なく腹の虫をおさえます。その夜は一言も口をききませんでした。
夜があけますと、珍娘はすぐ起きて部屋の扉に鍵をかけました。貞郷はすっかり明るくなってからあわてて起きました。これから|姑《しゆうとめ》のところへいって、金をたくさんかたり取ってから逃げる算段でしたが、はからずも珍娘に鍵をかけられてしまったのです。どうしてこんなことをしたのかとたずねるわけにもいかず、ただうろうろとしております。
珍娘も黙っておりましたが、やがてわざとたずねました。
「旦那さま、前は寛で後は緊ということですが、あなたは寛がお好きですか、緊がお好きですか。はっきりおっしゃってください」
貞郷は珍娘に鍵をかけられた上に、またそんなことをたずねられて、仕方なく、
「わたしは学も浅く才も薄いから、緊とかなんとかいっても、なんのことかわからん。もっと、ちゃんと、はっきりいったらよかろう」
「旦那さま、あなたがいつも親しんでおられるのが緊で、きらっておられるのが寛ですわ。寛は近く、緊もそんなに遠くはないでしょう」
「そんなわけのわからないことをいわずにはっきりいってもらいたいね」
「あの可愛い|小官《わかしゆう》、俊生とかいう……」
貞郷はそれをきくと、びっくりして、鳥肌の立つ思い。
「どうして知っているのだろう。うちの小者はここにはこないし、籃書もうちへいったことはないのに、どうしてわかったのだろう」
と思案しながら、わざと怒ったふりをしていいます。
「なにもそうまじめくさらなくても、いいじゃないか」
「夫に対してまじめでなくていいのなら、誰にまじめになればいいのですか」
貞郷は珍娘の一句一句に、青くなったり赤くなったり、泣くこともできず笑うこともできないという始末で、まことに、|面《かお》は赤く|腮《あご》は|紅《あか》く|頬《ほお》はぴくぴくして|術《すべ》なし、というところ。珍娘はさらにいいます。
「あなたはお好きな人の前で、わたしのは寛で、その人のは緊だなんておっしゃったのね。昔の人の言葉に、男は|花柳《かりゆう》ならず女は|淫奢《いんしや》ならず(華やかに美しいのは男ではない、みだりに|奢《おご》るのは女ではない)というではありませんか。お母さまは|孀《やもめ》ぐらしをしてわたしたち|姉妹《きようだい》三人を育ててくださったのです。親戚もなく、|男《おとこ》っ|気《け》もないので、あなたに婿入りしていただいて、親孝行をし、夫婦仲よくしていきたかったのです。あなたにたよりになってもらって、やがては財産もおゆずりするつもりだったのに、あなたはわたしを置き去りにして|小官《わかしゆう》の|後《うしろ》に親しみ、夜帰っていらっしゃっても、てんでわたしをかまってくださらないのですもの……」
珍娘はなおも|綿々《めんめん》として、これからは心をいれかえてまじめにくらしてほしいとかきくどき、最後には大声をあげて泣きくずれてしまうのである。
と、|籃母《らんぼ》がそれをききつけて、なにごとかとおどろき、かけつけてきて扉の外から叫ぶ。
「珍娘や、あけてわたしを入れておくれ。なにかしらないが、話をきいて、よく相談しようじゃないの」
珍娘が扉をあけると、籃母がはいってきて、
「仕様のない子ね。どうか、ゆるしてやってください」
と貞郷にいう。するとその籃母にたたきつけるように、珍娘が叫んだ。
「お母さん、この人はひとでなしなの。|翰林《かんりん》風俗のまねしかできないのよ!」
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女悦の妙薬
江戸は両国の|薬研堀《やげんぼり》に、四つ目屋、佐々木忠兵衛という有名な薬屋があった。
丹波助之丞の『両国|栞《しおり》』(明和八年)に、その四つ目屋はこう紹介されている。
田舎者「こゝはあんといふ所なもし」
江戸案内者「ここは薬研堀といふ所さ。むかふが不動様でござります」
田舎「太鼓さアの音はあんであんベヱな」
江戸「あれは両国のみせもの芝居の太鼓さ」
田舎「ヤア和尚さま、見さつしやれまし。佐々木どのの紋をでつかく付けたは、あんだべひな」
出家者「長命丸と看板の打つてあるが、名薬でがなあるべヱ」
江戸、笑ひながら「是は|長《な》がいきの薬さ」
「佐々木どのの紋」というのは、かの宇治川の先陣争いで有名な佐々木高綱の、佐々木家の紋どころ、|四目結《よつめゆい》()のことである。
姓が同じところからその四目結を看板にした四つ目屋には、長命丸のほかに女悦丸という薬も売っていた。
四つ目屋の効能おめき叫ぶなり
もがくこと|神《しん》のごとしと四つ目いい
という川柳がある。効能書にそう書いてあったのだろうか。
薬力のあたりへもれるよがり声
かの薬女房九|層倍《くそうばい》よがり
かくあらんとは思いしが女悦丸
あべこべさ長命丸で死ぬという
せんどの薬をと女房忘れえず
などという句もあるが、果してそれほどの効き目があったのかどうか。
効能のとおりじゃ四つ目安いもの
長命の薬|寿《よわい》の毒となり
というような批判的な句もある。
佐々木高綱が梶原景季と先陣争いをしたときの乗馬「いけづき」に掛けたつぎの句にも、批判的なにおいがないではない。
いけずきな奴に佐々木の店は売れ
いけずきへ佐々木をつけていななかせ
「いけずき」の「いけ」は「いけ好かない」「いけずうずうしい」などの「いけ」で、|罵倒《ばとう》の意を持った接頭語であることはいうまでもない。
長命丸と女悦丸はともに|丸薬《がんやく》で、その用法にいう。
「この薬の用ひやう、おかさんと思ふ|一時《いつとき》前、口中にふくみてよく噛みくだき、|唾《つば》にてとき、玉ぐきのかしらよりもとまでよく塗るべし。そのときひりひりすることあるも、驚くべからず。|交《まじわ》る前に玉ぐき温かになり申候。そのとき湯か茶かまたは小便にて洗ひ落し、交るべし。惣じて水にて洗ふことを忌むなり」
この用法からみると、強い刺戟性の薬のようである。よく噛みくだいて唾で溶く、というのは、粘着力を持たせるためであろう。交る前に洗いおとせというのは、あまり長く塗りつけておくと赤ムクレになるおそれがあるからかもしれない。あるいはそのままだと、相手に炎症をおこさせるからかもしれぬ。水で洗ってはいけない、というのがおもしろい。刺戟されてせっかく温かになり、あるいはひりひりしていくらかは|腫《は》れあがったものが、冷えてちぢんでしまっては、役に立たないからである。洗いおとしても薬はなおいくらか附着している。それが相手に適度の刺戟をあたえるという計算であろう。
ほんとうに効くかどうかはわからない。しかし薬というものは、それを用いる者が効くと思えば効くものである。
なお、四つ目屋には、惚れ薬「いもりの黒焼」(交尾しているイモリをそのまま黒焼にして粉末にしたもの)や、「|地黄《じおう》」(オサヒメという薬草の根を乾かして粉末にしたもの。それを丸薬にしたものを「地黄丸」という)など、ほかの薬屋でも売っているものは勿論のこと、女子用の|張形《はりがた》や男子用の|吾妻形《あづまがた》をはじめ、|琳《りん》の玉、琳の輪、なまこの輪(一名いりこ形)、|冑《かぶと》形、よろい形、肥後ずいき、|久志理《くじり》(一名抉形、あるいは指形)、|両首《りようしゆ》(一名比翼形、あるいは互形)など、さまざまな秘具も売っていたという。
ところで今回は、いよいよこの物語の主人公の|封悦生《ほうえつせい》が登場して、長命丸・女悦丸にも劣らぬすばらしい薬を用いる話だが、舞台にはまだ竜陽|好《ごの》みの|貞郷《ていきよう》がいるので、しばらくは彼に眼をむけよう。
前回は、|珍娘《ちんじよう》の泣き叫ぶ声をきいて、|籃母《らんぼ》が、なにごとがおこったのかとかけつけていってみると、
「お母さん、この人はひとでなしなの。翰林風俗のまねしかできないのよ!」
と、珍娘が叫んだところで幕となった。翰林風俗とは竜陽のことである。
さて、貞郷は、そうスッパぬかれて一言もなく、いきなり部屋を飛び出して逃げていった。家へ着くなり貞郷は、
「ああ危ないところだった。すんでのことでもう君とも会えなくなるところだったよ」
と俊生にいう。
「いったい、どうなさったのです」
「このまえ君と、寛がどうの緊がどうのって話したろう。なんとそれを女房のやつが知っていて、部屋に鍵をかけてしまって、さあ、寛が好きか緊が好きかはっきり返事をしろと詰め寄るんだ。どうして知ったのか不思議だが、それはともかく、おふくろをだまして金を借りようという計画もそれでフイになってしまったょ。逃げてこないことには、もう君と会えなくなってしまうからね。そうだ、このまえある役人がこの家を買いたいといっていたから、さっそく買ってもらうように話をつけてこよう。そしてその金で君とどこか遠いところへいってたのしく暮そうよ」
「わたしはなんでも、兄さんのおっしゃるとおりにします」
貞郷はすぐその役人のところへいって、家を売る話をつけた。籃母には挨拶をしなければいけないと思ったが、もし捕まってしまってはたいへんだと思いなおして、手紙を書き、媒人の談永偕にたのんで籃母にとどけてもらうことにした。籃家に置いてきた道具や着物も、一時永偕にあずかってもらって、後日引き取ることにしたのである。
また、俊生の父親のところへは銀子二十両をとどけた。それだけあれば当分の暮しには困らぬはずであった。
それだけのことをすると、貞郷は身のまわりの物をとりまとめて、俊生といっしょに旅立っていったのである。
どこへいったかは作者は記していない。そしてそれっきりで、竜陽|好《ごの》みのこの傅貞郷という男はもう再びこの物語に登場することはないのである。|鮮《あざや》かな退場ぶりだけに却って|嫋々《じようじよう》たる余音が残る。おそらくはどこかで「女なんてものは寛にして滑だ、なんの妙味もない」などといいながら、いまは誰はばかることもなく俊生の後庭をたのしんでいることだろう。
一方、談永偕は、貞郷にたのまれた手紙を、仲人であるだけに自分で籃家へ持っていくのも具合がわるく、使いの者にとどけさせた。
籃母はその手紙を読むと、黙って珍娘にわたした。珍娘はもうあきらめていた。
「あんな人、どこへでもいきたいところへいってしまえばいいのよ。結婚する前のようにお母さんとわたしたち姉妹三人とでたのしく暮しましょうよ。あんな人なんかいない方がせいせいしていいわ」
籃母はそういわれて安心し、貞郷の残していった物を目録にあわせてそろえ、籃書にいいつけて談永偕のところへ運ばせた。
貞郷の物がすっかりなくなってしまうと、珍娘はむしろはればれとした気持になった。
ここで話はかわって、いよいよこの物語の主人公、|封悦生《ほうえつせい》の登場となる。
珍娘もその妹の玉娘・瑤娘も、母親の籃母も、しばらくのあいだは登場しないが、そのおもかげは覚えておいていただきたい。籃家の隣りの|《ほう》家には珍娘たちと仲良しの若蘭という娘のいることも。
さて、籃母の|甥《おい》の封悦生は、|広陵《こうりよう》(今の江蘇省江都県)の|二郎廟《じろうびよう》の前に住んでおりました。この風流才子は、早く父母に死に別れて家族もないものですから、気ままに遊びまわりながら、ひそかによい相手をさがしているのですが、そういうことは誰にも|洩《も》らしません。しかし女たちはみな、あまりつきあいのない者でも、深く彼の才貌を愛しておりましたし、友達はみな気心の知れた同士で、朝夕詩を吟じたり作ったりしてたのしく日を送っております。
ところで、ある日のこと、|広儲門《こうちよもん》を出て天寧寺の前までゆきますと、一人の道士が門前に壺を掛け、|蒲《がま》の円座の上に足を組んでおりました。仙人のような風貌をしていて、傍らの|招牌《かんばん》には「|能《よ》く大病を|医《い》し|美《よ》く諸毒を|治《ち》す」とあり、その横に小さく「房術に精通す」と書いてあります。たちまち人々が黒山のように集まってきますと、道士はおもむろに口を開きました。
「さてみなさん。拙者は竜虎山半峰岩にて明徳の師について修行すること二十余年。このたびわが師は、拙者がいまだ俗縁尽きず超脱すること|能《あた》わざるによって、下山して人の危うきを救い世の|窮《くる》しめるを|済《すく》えとのおおせ。そこで江西より各地を経て昨日この地にまいった次第。もとより|布施《ふせ》を求めるためではなく、薬を|施《ほどこ》して人の|疾病《しつぺい》を救わんがためでござる。この百草の霊丹をば心を空しくして早々に用いられよ。|白湯《さゆ》にまぜて東方に向って呑みくだせば、たちまちにして治癒することは請けあい。もし仙道を慕うお方があるならば、真言も伝授いたそう。縁あってお集まりのみなさん、薬代などは無用、迷わずに申し出られるがよい」
すると一人の老婆が進み出て、
「わたしは|せき《ヽヽ》が出て困っております。一粒いただかせてください」
道士は|胡蘆《ふくべ》の中から半紅半白の丸薬を一粒出して老婆にあたえました。するとまた一人が進み出て、
「親父が眼をわずらっているのですが、それは眼にもきくでしょうか」
「この百草の霊丹は八百八十四病をなおすことができるのじゃ、眼にもきかぬわけはござらん」
道士はそういってまた一粒を取り出し、その男にあたえました。
すると人々は、あるいは兄弟がわずらっている、あるいは女房がどうのといい、つぎからつぎへと進み出て、たちまちのうちに胡蘆の中の薬はなくなってしまいました。
封悦生もそれらの人々の中で「房術に精通す」という招牌を見て思わず心を動かしましたが、進み出て薬をもらうのもきまりがわるく、みんなが帰ってしまってからもらうか、あるいは家に呼んでたのむかしようと思いながら、かたわらにつっ立っておりました。
やがて道士は蒲の円座から立ちあがり、招牌を片づけ、|籃《かご》をかついで広儲門の方へ歩きだしました。悦生はあとからついていって、声をかけます。
「お師匠さんはどこにお泊りですか」
「拙者は二郎廟の奇玄房に宿をとっております」
「招牌に房術に精通すとございましたが、そのことでお願いがあるのですがよろしいでしょうか」
「明日もここへ薬を施しにきます。おいでになればさしあげましょう」
話をしながら歩いていくうちに、早くも悦生の家の前まできてしまいました。
「ここがわたくしの家ですが、もしおさしつかえなかったら、はいってお茶でも召しあがってくださいませんか」
「宿も近いし、せっかく高雅の士にお会いできたのですから、おおせに従いましょう」
すでに|読者《みなさん》ご想像のとおり、悦生はこの道士から、効験あらたかな薬をもらうのである。それは|三子丹《さんしたん》という薬と、|飛燕散《ひえんさん》という薬だが、まず三子丹についての道士の説明をきこう。
「この薬は、一女を御するときには三粒、二女を御するときにはその倍飲めばよいが、たとえ十女を御するときでも二十四粒以上は飲んではいかん。これさえ飲めば、百戦しても敗れることはない。この薬は簡単につくれるから、|嚢《ふくろ》の中に入れておいて必要なときに取り出して飲めばよい。処方は、兎糸子、蛇床子、五味子、各一両(三十七グラム強)を粉末にし、いっしょに酒糊で練って|豌豆《えんどう》ぐらいの大きさに丸めるのだ。この薬はまた老人の不挙にもきくし、|挙《おえ》ても堅くならないのにもきく」
飛燕散の製法はなかなか厄介である。
「春になると紫燕がやってきて|梁《はり》に巣をつくり、卵を産む、親燕が卵を抱いて|雛《ひな》にかえったら、泥で巣を塗りかためて親燕がはいれないようにするのだ。三日たつと雛が死んでしまうから、巣ごと取りおろしてそっと開けて見る。外側を向いて死んでいる雛はいっしょに包んで、外という字を書いておき、内側を向いて死んでいる雛には内と書いておく。そして|罐《かん》へ入れて封をし、人に見られないようにして十字路に埋める。罐の口は瓦で蓋をし、|呪文《じゆもん》をとなえて土をかけておく。七日たったらそれを掘って、陰と陽の瓦の上で|焙《あぶ》って、それぞれ粉末にする。そして外には外、内には内と書いて包んでおくのだ。用いるときには、内の粉を右手の中指でほんのすこし女の顔や身体にはじきかけるのだ。そうすれば夜になると女の方からやってくる。もし女の傍へいけないときは、女が飲むお茶か酒にほんの少し入れておけばよい。これは人にさとられぬようにしなければいかんし、みだりに人に教えてもいかん」
さて、悦生は大よろこびで、さっそく妙薬を|懐《ふところ》にして城外の妓女|雪妙娘《せつみようじよう》の家へゆきます。三子丹を試してみようというわけです。
雪妙娘は悦生がはいってくるのを見ると、笑顔で、
「あら|封《ほう》さん、半年もいらっしゃらなかったのに、今日はまたどうしたの」
といいます。
「いろいろいそがしくてね。今日はちょっと|暇《ひま》ができたので、特別に会いにきたのだ」
悦生はそういいながら、妙娘がお茶をいれているあいだに、こっそり三子丹を取り出して三粒飲みます。と、なんたる不思議! 薬を飲んだとたんに東西がぶるぶると震え、ぴんと鉄のようにかたくなってしまったのです。
妙娘はもともと悦生を愛しております。悦生は薬が効いて興がおこってきたものですから、さっそく妙娘の手を取って寝間へゆき、二人は衣を脱します。かくて、妙娘が|金蓮《あし》を|展《のば》して悦生の肩に架けますと、悦生は東西を挺して|牝戸《ひんこ》を貫き、力を奮って大いに戦います。
「今日のあなたは火のように熱くて、とてもすばらしいわ。これまでとはすっかりちがうようだわ。〈三日見ざれば|刮目《かつもく》せざるべからず〉っていうけど、ほんとにそのとおりだわ」
妙娘にそういわれて、悦生が大いに雄才を展して抽送いたしますと、一陣一陣快美に襲われて妙娘は身を|《くね》らせ肢を|揺《ふる》わせ、玉液は|涓々津々《けんけんしんしん》と湧き、全身|悚然《しようぜん》として魂も消え去らんばかりです。そしてひそかに思うのでした。
「ここへきてから、ずいぶんたくさんの人に会ったけど、こんなにいいのははじめてだわ」
昼ごろからはじめて、やがてもう|燈《ひ》のともるころになります。妙娘は心|満《み》ち意|足《た》りましたが、悦生の火はまだまだ消えません。
「ねえ、あなた、今夜は泊っていってくださらない? ゆっくりご相談したいことがあるの」
と妙娘がいいます。悦生はそういわれて、ようやく兵をおさめ|甲《よろい》をぬぐことにいたしました。妙娘も起きあがり、二人はさしむかいで酒盛りをしましたが、それがすむとまたもや兵をおこします。妙娘はすっかり満足いたしました。悦生は再び|戈《ほこ》をおさめ馬をとどめて休戦し、枕を並べてやすみました。
「わたし、こんなところにいつまでもいるのはいやなの。もう|身代金《みのしろきん》もすっかり返してしまったから、いつここを出たっていいのだけど、ねえ、わたしを引きとってくださらない?」
悦生はそういわれてうれしくなりましたが、しかし、いや待て、いまは手もとが不如意だ、かるがるしく引きうけては|却《かえ》ってまずいことになる、と思いなおして、
「ありがとう。わたしの家も無人だからよろこんできてもらうが、近いうちに洛陽の伯母のところへいかなければならんので、帰ってくるまで待っていてくれ」
といいます。
「うれしい。待っているわ」
妙娘がそういいかけたとき、悦生のなお余力を保っている槍が妙娘に襲いかかりました。戦旗がはためき軍鼓が鳴り、悦生は馬にまたがって敵陣にむかいます。妙娘は牝戸をそばだててこれを迎え、突けば呑まん勢い。かくて戦端がひらかれ、熱戦は夜明けまでつづきましたが、やがて妙娘が四肢もなまり息もあえいで戦意をうしなってきましたので、悦生は槍をおさめ、二人は相擁してやすみました。眼がさめたときには、日はすでに高くのぼっております。二人はようやく起きあがっておそい朝食をたべると、再会の日を約して悦生は帰ってゆきました。
この日から妙娘は、門をとざし、|白粉《おしろい》もおとして、客をとることをやめてしまいました。
一方悦生は、帰るみちみち思うのでした。
「妙娘はいわばその道の大将だ。これまで敵と戦って負けたことはないのに、薬を飲んで戦ったら、とうとう降伏したばかりか、おれに身を引きとってもらいたいとまでいいだした。ああいうところにいる女は、心まで買うことはむずかしいものだが、昨夜はおれの東西が彼女の妙境に達したので、あんなことをいいだしたのだろう。全くあの薬の力はたいしたものだわい」
そんなことを思って歩いているうちに、いつのまにか家の前まできておりました。
このあとは当然、もう一つの妙薬の飛燕散を試す番だが、さてどうなることだろうか。その効きめのほどは次回のおたのしみとして、今回はまずこれまで。
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夢見る思い
『笑林広記』(清・遊戯道人撰)に、「迷婦薬」という一篇がある。「迷婦」とはここでは、「迷える女」ではなくて「女を迷わせる」という意味である。
さて、あるところに、その「迷婦薬」なるものを売って暮しをたてている道士がいた。それを女のからだにふりかけると、自然に女の方からよろめいてくるという、ありがたい薬である。
町の道楽息子が、ある日、道士の店へその薬を買いにいったところ、ちょうど道士は外出中で、女房が薬を出して渡した。
――|筆者《わたし》の思うに、おそらくこの道楽息子は、道士が外出したのを見すまして「迷婦薬」を買いにいったのだろう。あるいは、道士が留守なのを知って、トッサに思いついたのかもしれぬが、とにかく彼は薬を受け取ると、その場であけてみて、
「これ、ほんとうに|効《き》くのですか」
と女房にたずねた。
「ええ、よく効きますよ」
女房がそう答えたのは当然の話。そこがこの道楽息子の|附目《つけめ》だったのである。
あとはいわば|蛇足《だそく》だが、蛇足がなければ笑話にならない。
男はいきなり、その薬を女のからだへふりかけた。女はびっくりして奥の部屋へ逃げこんだが、男がついてきてせまるので、仕方なく、するままにさせた。
この女房、なんのつもりか、道士が帰ってくるとありのままを話した。と、道士はひどく怒って、
「誰が客としろといった! なぜ、いやといわなかった!」
「だって……」
と女房はいった。
「もしわたしがいやといったら、おまえさんの薬が効かない証拠になるじゃないの」
これは、いかさま道士のいかさま薬の話だが、わが|封悦生《ほうえつせい》が|三子丹《さんしたん》と|飛燕散《ひえんさん》をもらった道士は、竜虎山半峰岩で明徳の師について修行すること二十余年というほんものの道士、従ってその薬も、もとよりいかさま薬などではなく、ほんものの妙薬であること、いうまでもない。
三子丹の効能については、|読者《みなさん》はすでに、悦生の|雪妙娘《せつみようじよう》にほどこした実験によって|納得《なつとく》なさったはずである。
では、飛燕散の方はどうか。
勿論、ほんとうによく効く妙薬であることはまちがいない。問題はどのようによく効くかという、その効きぶりである。
さて悦生は、雪妙娘のところから家に帰ると、着物を着かえ、お茶をいっぷく飲んでくつろぎました。こういうときのお茶は、なかなかおいしいものです。
ちょうど八月のはじめで、庭には|丹桂《かつら》の花が咲き|初《そ》めております。悦生は庭へおりて、|塀《へい》の方へぶらぶらと歩いてゆきました。と、むこうから、化粧もしていないのに、はっと思うほど美しい女がやってきます。妓女の雪妙娘のところから帰ってきたばかりなので、かえって素顔の女の美しさに心をひかれたのかもしれません。それは見覚えのある近所の奧さんなのですが、これほど美しいと思ったのは、いまがはじめてでした。
なよなよと|金蓮《あし》をはこびながら、かすかに笑みをうかべている風情が、なんともいえないほど魅惑的です。悦生が、魂も身につかぬ思いでじっと横目で見つめておりますと、女も秋波をたたえた|眸《ひとみ》を悦生の方にむけて、かすかに笑いました。悦生はいよいよ堪えられなくなってきます。
「はて、あれは誰の奥さんだったかな」
としばらく考えておりましたが、
「そうそう|営《げつえい》の長鎗手の、|兪得勝《ゆとくしよう》の奥さんの|連愛月《れんあいげつ》だ」
と、ようやく思い出しました。
|営《げつえい》というのは、按察司、つまり地方の政治や風教を取り締る役所である。悦生のような風流才子にとっては、あるいはおそろしい役所だということもできる。しかも、連愛月というその美しい奥さんの亭主は、おそろしい役所の長鎗手というからには、腕力の強い男にちがいない。だが、悦生はそんなことには頓着なく、いま、その奥さんをものにしようと思うのである。そこに山があるから登るのだといった登山家のようにいさぎよく、まさに風流才子の面目躍如たるものがある、などというのはヘタな批評家のいうことで、あるいはこれは、権力に対する作者のはかない抵抗なのかもしれない。
さて悦生は、さっそく袖の中からかの飛燕散を取り出して、女にはじきかけようとしましたが、塀をへだてた庭からでは、とどきそうにもありません。さりとて、白昼、わけもなく人の奥さんの傍へ寄ることもはばかられます。
「さて、どうすればよかろう」
とあせっておりますと、ちょうどそのとき、悦生の家の小猫がとび出してきて、愛月にまつわりつきました。
悦生はそれを見て「しめた!」と思い、猫を追いかけていくようなふりをして愛月のそばへかけ寄ります。愛月は猫をつかまえようとして、むこうむきにからだをかがめます。そのすきに悦生は、すかさず飛燕散を愛月の背中にはじきかけたのです。
そのとたんに愛月は、からだがゾクッとふるえましたが、勿論なぜだかわかりません。
悦生はそのまま、猫を抱いて家にもどります。愛月も自分の家へ帰りましたが、はやくも飛燕散の効きめがあらわれてきたのか、しきりに悦生のことを思うのでした。
「ほんとうにいい男だわ。あんなにすばらしい人もいるというのに、うちの亭主ったらなんてブサイクなんだろう。あの人といっしょになれたら、どんなにたのしいことか」
愛月はそんなことを思いながら、あらぬ空想にふけります。夫は当直で留守なのに、下の方が、いつになくもやもやとしてくるのです。およそ半日あまりも、やるせない思いでそれをもてあましていましたが、やがて夜になりましたので、湯をわかして|下湯《しもゆ》をつかい、がまんをして床につきました。
「下湯」と訳したところは、原文には「|澡牝戸《ツアオピンフウ》」と書かれている。下湯とした方がなんとなく上品(?)だろうと思って、そうしたのだが。念のためにしらべてみたところ、下湯というのはもともと遊里でおこなわれた風習で、「はしゃぎ開」をかくすためとも、また、「青くさ」を消すためともいわれている。「はしゃぐ」とは、「たわむれさわぐ」ことではなくて、「かわく」こと、つまり、うるおいのない状態であり、「青くさ」とは、そのにおいのことである。
ところで、下湯はどのようにしておこなうのか、これも念のためにしらべてみたところ、『交合雑話』という書物によると、ぬるま湯に手をひたしながら、湯をすくい取って、指でさぐり出すようにしておこなうとのこと。川柳に、
|穴端《あなばた》でおいでおいでは下湯の手
という句があるが『交合雑話』の説明でこの句の情景がよくわかる。
愛月がどんなふうに「澡牝戸」したかはわからないが、半日あまりももやもやしていた下の方が、べとついて気持がわるいので、さっぱりするために洗った、と見てもさしつかえないけれど、われわれとはちがってあまり入浴をしないかの国のでは、男女とも、一人で寝るとき|でも《ヽヽ》、寝るまえにそこを洗う習慣があるから、愛月もただその習慣に従っただけだったかもしれない。
ところで一方悦生は、家に帰ると、口実をつくって書生の|封禄《ほうろく》を親戚の家へ泊りにゆかせました。そして夜になると、表門に錠をかけ、裏門は押せばすぐあくようにしておいて、書斎で一人、愛月のやってくるのを待っております。
「三子丹があんなに効いたのだから、飛燕散も効かないはずはない」
と思うのですが、愛月はなかなかやってきません。それでも悦生は飛燕散の効能を疑うようなことはなく、愛月は必ずくると信じております。
「薬をかけただけでむこうからよろめいてくるなんて、全く不思議なことだ」
そう思えば思うほど、いっそう待ちどおしくてなりません。もう書斎にじっとしていることができなくなり、庭へおりてぶらぶら歩きまわりながら、月を眺めて待っております。しかし、やはり愛月はやってきません。
ちょうどそのころです、愛月が下湯をつかって床についたのは。
床についたものの、なかなか眠れません。と、どこからともなく仙女のような女が二人あらわれて、愛月の床の左右に立ちました。夢かしら、と思っているうちに、涼しい風がそよそよと吹いてきて、その風の中で愛月は気が遠くなってゆくのを覚えました。
気がついたときには、愛月は悦生の家の書斎にいたのです。
悦生は庭を歩きながら、なにげなく書斎をふりむきました。すると、燈下に愛月の姿が見えるではありませんか。
「やはり飛燕散の効験はあらたかだった!」
悦生は小躍りせんばかりによろこび、いそいで裏門の錠をおろして、書斎へもどりました。
愛月はまだ夢を見ているような思いでしたが、そのなかでぼんやりと、
「わたしがあまりに思いつめていたものだから、神さまがあの仙女のような二人にわたしをここへつれてこさせてくださったのかしら」
と考えております。
「よくきてくださいましたね」
と悦生がいっても、愛月はまだものをいうこともできませんでしたが、悦生にたすけられて床へゆき、その胸に抱かれて口づけをされますと、陽気を受けて飛燕散がさめてきたのでしょう、愛月はようやく正気にかえって、不思議そうにあたりを見まわしながら、
「わたし、どうしたのでしょう。はずかしい! どうしてここへつれてこられたのかしら」
といいます。
「昼間お目にかかってから、ずっと奥さんのことを思いつめていたのです。せっかくおいでくださったのですから、今晩はここに泊っていってください」
愛月ははずかしさに顔をおおっておりましたが、からだの方はもう悦生にまかせております。悦生は愛月の着物をぬがせ、燈下に雪のようにかがやくその白い肌をしばらく眺めてから、抱きかかえて|褥《しとね》の上によこたえます。それからかの三子丹をのみ、自分も着物をぬいで、愛月の胸の上に身を|俯《ふ》せました。
愛月は急いで金蓮を上げ、牝戸をいっぱいにひろげます。
「このすばらしいこれが、あの長鎗手のおやじにけがされるとは」
悦生はそんなことを思いながら、東西をその戸口にあてがいます。愛月が「あーっ」と叫んだときには、東西はもう根もとまで没しておりました。愛月は悦生の抽送に応じて送迎しながら、くちばしります。
「××××……」
愛月の言葉は、翻訳不可能である。ソッケなく意訳すれば、およそつぎのようなことになる。
「わたしは、よくて死にそうである。あなたの物は、どうしてこのように熱く、かつまた、どうしてこのように趣があるのだろうか。わたしは結婚して以来、男の物はみなかくかくしかじかによいものであろうと思っていた。ところが、それよりもはるかに妙なるものがあろうとは! あなたの物は、往来し進出するまでもなく、ただそのままで内にあるだけでも、すでに極めて爽快である。まことに、このようにすぐれた物は、この世に二つとはないであろう」
悦生が抽送することまだ百提にも達しませぬうちに、愛月は何度も|《い》きつづけて、全身の力がすっかり抜けてしまいました。いまはもう悦生に抱きついているのがせいいっぱいで、
「もうやめて」
とたのみます。もっとも悦生の東西は、さきほど愛月が称讃しましたとおり、抽送せずにただ牝戸の中にとどまっているだけで極めて爽快なのですから、愛月はいまそれをたのしもうというのかもしれません。
悦生が抽送をやめると、愛月はいいます、
「これからは、わたしがお宅へくるわけにはいきませんから、あなたの方からいらっしゃってくださいね、お待ちしてますから」
「よろこんで、まいりましょう」
悦生はそういいながら東西を|抽《ぬ》き出して、
「ところで、いま味わっていただいたこれは、お宅のご主人のにくらべていかがでしたか」
「それにくらべたら、うちの亭主のなんかまるで|春葱《ねぎ》みたい」
愛月はいま抽き出されたばかりのその東西をにぎりながら、
「こんなに大きくて、こんなに強いのがあるなんて、夢にも思わなかったわ」
悦生は黙ったまま、その東西をまた戸口にあてがいます。
こんどの抽送は、夜があけるまでつづきました。愛月がどんなに満足したかは、ここにくどくどしく述べるまでもないでしょう。
ぐったりとよこたわったままの愛月に、悦生は着物を着せてやります。すると愛月はようやく床からおりて、
「わたし、どうして帰ったらいいでしょう」
といいます。
「なに、心配することはありません」
悦生はそういって、また例の飛燕散を取り出しました。
ここで、|読者《みなさん》に思い出していただきたいことがある。それは、飛燕散には「内」と「外」の二種類があったということである。あの竜虎山の道士が、飛燕散の製法と用法とを悦生に説明したとき、
「内の粉を右手の中指でほんのすこし女の顔やからだにはじきかけるのだ。そうすれば夜になると女の方からやってくる」
と教えただけで、「外」の薬の用法についてはなにもいわなかった。しかし|読者《みなさん》と同様、悦生も、教えられなくても「外」の薬の用法はわかっていたのである。
いま悦生が取り出したのは、「外」と書いた方の飛燕散だった。彼はそれを愛月のからだにはじきかけた。
悦生が飛燕散を愛月のからだにはじきかけますと、どこからともなく、また、あの仙女のような女が二人あらわれました。そして、愛月をここへつれてきたときのようにして、たちまちのうちに愛月を家につれてゆきました。
家へもどった愛月は、夢からさめたような思いで、
「不思議だわ、やはり夢を見ていたのかしら」
とつぶやきましたが、下の方に快美の情がぴくぴくと脈打っておりますので、念のために手をのばしてさぐってみますと、そこはしとどにぬれております。そこでようやく夢ではなかったことをさとったのでした。
悦生はそれからは、愛月にさしさわりのあるときは城外へいって妙娘とたわむれ、愛月が都合のよいときは愛月とたのしんで、二人のあいだはいよいよこまやかに深まっていくのでした。
「鬼に|鉄棒《かなぼう》」ということばがある。
竜虎山の道士から三子丹・飛燕散という妙薬をもらった悦生は、いわば鬼のように強く|逞《たくま》しくなったばかりか、思う女を意のままになびき寄せることができるのだから、三子丹もなく飛燕散もない者から見るならば、もはやこの方面ではほかに望むべきものはないようにも思われるが、しかし、鬼になればなったでまた、つぎにはさらに鉄棒がほしくなるものらしい。
ある日悦生は、金陵へ友人をたずねていく途中、|古棠《ことう》というところで、|万衲子《まんどうし》という道士にあい、|長亀久戦《ちようききゆうせん》の法という房術を習うのである。長亀久戦とは、どうやら、東西を大きくし抽送を永続させるということらしい。
万衲子は悦生にこう教えた。
「よく御するためには、室内を満ちふさぐに足る太さと、花心をつきやぶるほどの長さを持ち、しかも熱きこと火のごとく、硬きこと鉄のごとくで、いかなる久戦にもたえる力がなくてはならぬ。長亀の法を|会得《えとく》すれば、しばらく気を|運《はげ》ますだけで、長さは八寸の棒のようになり、頭の大きさは|鵞鳥《がちよう》の卵にも勝り、|筋《すじ》は|蚯蚓《みみず》を並べたように脈打ち、硬さは金鎗にも劣らぬほどになる。これを室内へ納めると、九浅十深、十深一浅と、おのずから進みおのずから退いて、互いに心を労し力を|費《ついや》す必要はなく、水鴨が餌をついばむように出没するから、女は|暢《こころよ》く男も|歓《たの》しく、従っていったんこれを味わった女は万金をなげうってでも再会せんことを求めてやまない。俗に霊亀追魂棒というのはこれのことだ。格別に好きなのを御するときは、|上面《うわつら》を|貫《つらぬ》くような方向に、力いっぱい花心をねらって三度つけば、|忽《たちま》ち骨は|軟《な》え身は|麻《しび》れて、いかに勇猛な女将軍でも降伏する。これを金鎗三刺の法というのだ」
万衲子の話はなおもつづくのだが、長亀久戦の法そのものについては、ただ「気を|運《はげ》ます」ということのほかは、いつまできいていてもなにもいわない。
おそらく、万衲子は悦生にくわしく教えたにちがいないが、作者が、人に知られることを惜しんで伏せておいたのだろう。
とにかく悦生は、長亀久戦の法なるものを学んだ。つまり、鬼が鉄棒を手に入れたのである。それを用いてどんな活躍をするかは次回のおたのしみとして、今回はまずこれまで。
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枕のくの字ぬき
婚礼の儀式もとどこおりなくすんで、いよいよ床入りとなる。
かたくるしい学者の娘ゆえ、さぞかしかたいだろうと案じていたところ、おもいのほかうるおいがあって、やすやすと指をすいこんでしまった。
これはうまい具合と、いよいよとりかかると、なんの苦もなく根まで納まり、やがておびただしくあふれ出させたが、うんともすんともいわないので、口がきけないでもあるまいにどういう|料簡《りようけん》かとあやしんでいると、
「あのう、ものをいってもよろしゅうございましょうか」
とふるえ声。
「よいとも、よいとも。いくらでも|浪《よが》るがよいぞ」
というやいなや、いかにもこらえきれなかったように急に大声でわめきだした。
「ああ、あれ、もう、|牛《うし》の|角《つの》文字、ゆがみ文字!」
はて、この学者の娘はいったいなにをわめきだしたのだろう。牛の角、つまり張形をつかいなれた娘で、まるで牛の角とおなじ具合だ、それも、いぼつきとが上反りとか|弓削《ゆげ》形とかの、ゆがんだ張形とおなじ具合だ、ということだろうか。――などと思う人もあるかもしれないので、念のため参考文献(!)をあげておこう。
兼好法師の『つれづれ草』の第六十二段である。
延政門院いときなくおはしましけるとき、院へ参る人に御ことつてとて申させ給ひける御歌、
ふたつ文字牛の角文字|直《す》ぐな文字ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる
|恋しく《ヽヽヽ》思ひ参らせ給ふとなり。
「恋しく」という兼好法師のヒントによって、一覧表をつくってみれば、
「ふたつ文字」とは「こ」の字。
「牛の角文字」とは「い」の字。
「直ぐな文字」とは「し」の字。
「ゆがみ文字」とは「く」の字
ということになる。川柳作者はこれをつかって、例えばつぎのようなけしからぬ(――というのは、延政門院、すなわち後嵯峨天皇の皇女悦子内親王に対してだけだが――)句を作っている。
ふたつ文字牛の角文字娘知り
あれさもう牛の角文字ゆがみ文字
あれさもうすぐな文字よとねをあげる
右の一覧表に照らしてみれば、第一句は「こ」と「い」、第二句は「い」と「く」、つまりさきの「学者の娘」の声とおなじだということがわかるが、第三句は少々ややこしい。「ねをあげる」は「音を上げる」だが、同時に「なにぬねの」の「ね」の字の一字上は「ぬ」の字である。つまり「すぐな文字」と「ぬ」の字で、「し」と「ぬ」ということになる。
飾北斎が、勝川春章の門にはいって春朗と号したころに書いた『|男女畑《まめばたけ》』(天明二年頃)という小咄集に、つぎのような話がある。
かたい侍が|遊廓《ゆうかく》へ遊びにゆき、酔って謡曲などうなりだしたので、女郎も若い者もうんざりして座を持ちかね、
「さあさあ、もうお床入り」
とすすめると、侍は、
「しからば、いずれも、これにてごめん」
と|挨拶《あいさつ》をして寝間へはいる。
「なんとまあかたくるしいお客だ。いったいどんな|睦言《むつごと》をいうかきいてみよう。さぞかしおかしかろう」
と、みんながきき耳をたてていると、やがてだんだん佳境に入り、女郎が、
「ああ、いきやすいきやす、ああ、死にんす死にんす」
というと、侍は、
「ああ、身どもも相果てるようだ」
川柳にはまた、
道鏡に崩御々々と御大悦
という句もある。
女帝は「崩御々々」とのたまい、いかつい侍は「相果てるようだ」といい、学者の娘は「牛の角文字、ゆがみ文字」とわめいたというのだが、いくらなんでもそんなことはあるまい、という点で笑わせるのが、これらの川柳や小咄である。
今回は、なぜまたこんな枕を持ちだしたかというと、このお話の主人公・封悦生が、連愛月に具合はいかがとたずねられて、
「糸色に女の子だ」
と答えるからである。これは文字の遊びで、またまた川柳でおそれ入るが、
|身上《みあが》りに枕のくの字ぬいて待ち
というのとおなじたぐいである。
身上りとは、遊女が|惚《ほ》れた客のために、自分で金をはらってたっぷりと遊ぶことをいう。男にとっては、|冥利《みようり》につきるはなしである。そこで、うきうきわくわくとして、「まくら」の「く」の字をぬいて待ちかまえるというのだが、|筆者《わたし》の枕もだいぶん長くなったようだから、このへんで、本題へ、つまり、枕のくの字をぬいた話へ移ることにしよう。
さて封悦生は、万衲子という道士に|長亀久戦《ちようききゆうせん》の法という房術を習って、鬼に|鉄棒《かなぼう》。よろこび勇んで家に帰り、さっそく隣家の連愛月に試してみようとしたが、あいにくと愛月の夫の|営《げつえい》の長鎗手が家にいて、なかなかその機会がない。いたずらに鉄棒をもてあましながら、やきもきしているうちに、ようやく愛月から今日は夫が当直で役所へ泊るという知らせがきた。
「ずいぶんきてくださらなかったのね。わたしなんか、おいやになったのじゃない?」
と愛月はすぐしなだれかかる。
「そんなことはない。こわい旦那がいては飛燕散をふりかける|隙《すき》もないじゃないか」
「その前のことよ。前の宿直のとき、あなたお留守だったわ。いい人のところへいってらっしゃったんでしょう? にくらしい!」
「いや、そうじゃない。じつは用事があって金陵へいくつもりだったんだが、途中、古棠というところで引っかかって、金陵へはいかずに帰ってきたんだよ。あなたに早く会いたくなってね。ところが、こわい旦那がいてなかなか会えなかったというわけだ。このせつない気持を察してほしいな」
そんなことをいっているうちに、お互いに勃然と興が高まってきて、二人は相擁して床に入る。悦生が鉄棒を挺して馬に乗ると、得たりと愛月はこれを迎えて、
「久しぶりの決戦ね。具合はいかが?」
ときいた。
「糸色に女の子だ」
悦生がそう答えたのは、そのときである。
「糸色」とは「絶」、「女の子」とは「好」、つまり|絶好《チユエハオ》、とてもよろしいということである。
悦生は愛月の|香肌《こうき》を抱いて、かの長亀久戦の法を試みました。すなわち、|毫《ごう》も鼓舞することなく、ただ気を|運《はげ》ましただけなのですが、たちまちのうちに東西は室内に脹満し、戸口は|滾水《こんすい》のようになってしまいました。
愛月は|美趣暢楽《びしゆちようらく》いう方なく、四肢ははやくもしびれてきましたが、悦生の東西ははじめにくらべて二倍となり、三倍となり、内にあっておのずから伸び縮みいたしますこと、あたかも鵞鳥や|鴨《かも》が餌をついばむようなあんばいでございます。
「ああ、どうにかなりそうだわ。糸色に女の子、糸色に女の子」
と愛月は、さきほど悦生がいった言葉をくりかえします。|渾身《こんしん》爽快なること、さながら炎暑に涼風を納れるがごとく、|満腔《まんこう》の慾火が一時にかき消される思いで、愛月は夢中のごとく糸色に女の子と叫びつづけながら、その数もわからぬほど|《い》きつづけるのでした。
つまりかの学者の娘のいうところの「牛の角文字、ゆがみ文字」である。その連続である。
愛月がぐったりとなってしまっても、東西は依然として伸縮をつづけている。悦生自身は毫も鼓舞しないのだから、すこしも疲れないが、このままでは愛月がまいってしまうかもしれぬとおそれて悦生が東西を抽き出そうとすると、のびてしまったはずの愛月が、
「ちょっと待って!」
と、あわててとめた。さすがに剛のものである。
「ねえ、あなた、きょうはいつもとはちがうように思うんだけど、どうしたのかしら。気のせいかしら? ほら、いまでも中で、ひとりでに伸びたり縮んだりしてるようだわ。ねえ、ちょっと見せてくださらない?」
それではと悦生がおもむろに抽き出しますと、愛月はあふれ出たそのあとをぬぐおうともせずに、いそいで身体をおこして東西を見ましたが、|忽《たちま》ち、
「まあ、これはどういうわけなの」
とおどろきの声をあげました。そして、それを手にとってつくづくと眺めながら、
「まあ、なんて大きいの。これが納まるなんて不思議なくらいだわ。しばらく見ないうちに、どうしてこんなに大きくなったの……。それに、これが中でひとりでにうごくんだもの、前よりも十倍も二十倍も、百倍もいいのはあたりまえねえ。世の中にこんな珍しい宝があるなんて! ねえ、お願いだから、もういちど入れてよく見せてくださらない?」
「それじゃ、お互いに見えるようにしてやろう」
悦生はそういって、むかいあって坐ったままで納めました。東西は左右の扉を巻きこむようにして進みます。悦生にとっては、ただ納めてしまいさえすればよいわけです。あとは東西がおのずから伸び縮みするのですから、自分で抽送する労はございません。
「まあ、すばらしい!」
愛月は感嘆しながら、東西のおのずからの伸び縮みにあわせて送迎をしておりましたが、しばらくすると身体じゅうがしびれてきて、送迎はおろか、上体をおこしていることもかなわなくなり、そのまま仰向きにたおれてしまいました。
しかし、悦生がもうこれまでかと抽き出そうとしますと、愛月はまたあわててこばみます。二人はそのままつづけて、やがて明け方になりますと、ようやく愛月が、
「もうだめ。もうゆるして」
といいだしました。
そこで悦生は東西を抽き出し、双方をぬぐってから、長亀久戦の法をおわってふうっと一つ気をもらしました。と、東西はゆるゆるともとの姿にかえります。愛月はまたそれを手にとって見て、
「まあ、なんて不思議なんでしょう、前とおなじくらいになってしまったわ。また、さっきみたいに大きくなるかしら」
「なるさ。やってみようか」
と悦生がいいますと、愛月はあわてて手をふって、
「いいえ、いまはもうたくさんです。こんどまで、そのまま大事にしておいて」
といいます。
二人は枕を並べて、そのまま日の高くのぼるころまで眠り、それから起きて別れました。
その後はまた、営の長鎗手の宿直の番がまわってくるごとに二人はたのしみをかさねましたが、長鎗手はなにも知りません。
ところで、話はかわってこちらは|洛陽《らくよう》の城下の|籃珍娘《らんちんじよう》でございますが……、と、作者はここでちょっと、珍娘のことをさしはさむのである。読者が珍娘を、またその妹の|玉娘《ぎよくじよう》と|瑤娘《ようじよう》を、そしてまた籃家の隣りの娘の|若蘭《じやくらん》を、忘れないようにとの心づかいである。
さて珍娘は、|婿《むこ》の|傅貞郷《ふていきよう》が怒って家をとび出し、自分の家を売った金を持って花俊生とどこかへいってしまって以来、口でこそ、
「あんな竜陽好みの男なんて、いない方がかえってせいせいするわ」
などといっておりますが、心の中では、
「ああ、わたしって、なんて不幸せなのだろう」
と身の不運をなげいております。
きょうもきょうとて、ひとり|空閨《くうけい》をもてあまして|悶々《もんもん》としておりますと、どこからともなく|笙《しよう》の笛が飛んできました。珍娘はこれまで笙を吹いたことはありませんでしたが、そのときなんとなく手にとって、ちょっと吹いてみますと、自然に音律にかなっていい音が出ます。
よろこんでしきりに吹き鳴らしておりますと、それをききつけて妹の玉娘と瑤娘が入ってきました。しばらく二人は姉の吹く音色にききほれていましたが、やがて姉の顔に顔を寄せて、ほかの吹き口をさがして吹きはじめました。と、やはり音律にかなったいい音がしますので、三人は夢中になって吹きつづけました。吹いていると、なんともいえない、いい気持になってくるのです。
その美しい調べをきいて、隣家の|若蘭《じやくらん》もやってきました。そして、
「なんていい音でしょう。お姉さん、わたしにも吹かせてくださいな」
といって、無理に顔を寄せ、またほかの吹き口をさがして吹きはじめます。
四人がいい気持になって、たのしく調子をあわせて吹き鳴らしておりますと、突然どこからか、晋の|潘岳《はんがく》――彼が洛陽道に姿を見せると婦女たちがとりまいて求愛のしるしの果物を投げたというあの|潘岳《はんがく》かと見まがうような美男があらわれました。四人がおどろいて逃げまどっておりますと、
「逃げることはないでしょう。わたしはあなたがたを取って食おうというのじゃない。仲良くしたいのですよ」
といいながら、ぱっと珍娘の|袖《そで》をつかまえ、いきなり抱きかかえて床の上へおしたおしてしまいました。珍娘は魅入られてしまったように、逃げることもできません。ほかの三人はすでに部屋から逃げ出してしまっておりました。男が珍娘の|裾《すそ》をまくりあげて、まさに東西を戸口に|臨《のぞ》ませようとしたとき、
「もうお日さまが上りましたよ」
という母親の|籃母《らんぼ》の声で、珍娘ははっと我にかえりました。一場の夢だったのです。
眼をさました珍娘は、香津が満肢にあふれ、戸口もすっかりうるおっているのを感じながら、思うのです。
「好もしい人だったわ。その人がいまにも|杵《きね》を没しようとしたとき、おしいことにお母さまに起されてしまったけど、この夢はなんの前兆かしら」
夫はどこへいったのやら|行方《ゆくえ》も知れず、うら若い身空でひとり空閨をかこっている珍娘が、夢に笙を吹き鳴らして好もしい男に出会ったことは果して何の前兆でしょうか。あるいはほんとうに好もしい男に出会うことができるのかも知れませんが、はてさてどんなことがおこりますかは、いましばらくお待ちくださればわかりましょう。
ところで、話はまたかわって、こちらは妓女の|雪妙娘《せつみようじよう》でございますが……と、作者はまた話をかえる。悦生は長亀久戦の法を修得してからは、まだ雪妙娘と会っていないので、作者はそのことも語らなければならず、なかなかにいそがしい。
さて雪妙娘は、悦生に三子丹を用いられてからというもの、もうほかの男にはふりむく気もなく、門を閉めてしまって客をとらないばかりか、誰にも会おうとはいたしません。一日じゅう、ひとりでぼんやりと悦生のことを思いつづけて、|鉛華《おしろい》もつけず、花月の情もすっかり川に流してしまったかのようです。
おりしも季節は冬のさなかで、降る雪は|霏々《ひひ》として梨の花の散るごとく、雲は厚く幕のように垂れ下ったある日のことです。家々はかたく扉をとざし、人々はみな炉をかこんでとじこもっているというのに、悦生はひとり、頭には|氈笠《せんりゆう》をいただき、身には|貂裘《てんきゆう》をまとい、手には|傘《かさ》を持ち、足には|釘套《ていとう》を|穿《うが》って、吹雪をおかしながら城門を|出《い》で、平康の五番街にたどりつきました。そこは、妙娘の家です。
傘をすぼめて雪をはらい、とんとんと戸を|叩《たた》きます。
「どなたです? いくら叩いても無駄ですよ。うちの妙娘ねえさんはもうお客はとりません。良縁があって、二郎|廟《びよう》の前の封旦那といっしょになることになったんですから」
下男の小七が、なかからそういいますと、
「おい、小七、おれだよ。おれがその封だよ。早くあけてくれんか。ここではこごえてしまうよ」
「ああ、これはどうも失礼いたしました。旦那さまでしたか。はい。ただいまあけます。」
「妙娘はいるかい」
すぐ妙娘が出てきて、
「まあ、いらっしゃいませ。きょうはまた、ひどく北風が吹くと思ったら、雪ばかりか旦那さままで吹き寄せてくれるとは、うれしいわねえ」
さっそく奥の間へ通り、二人は炉をかこんで、久しぶりに酒を|酌《く》みかわします。しばらくすると、炉のあたたかさと酔いとで、二人とも頬をほてらせてきましたが、悦生が妙娘の雪よりも白く|酥《バター》よりもつややかな胸が半ば|露《あらわ》になっているのを見て情をうごかしますと、妙娘はすぐそれを感じとって炉のそばをはなれ、下湯をつかいにゆきます。
やがて用意万端ととのい、妙娘が高く金蓮を掲げますと、悦生は例の長亀久戦の法を用いてふうっと一息。気を|運《はげ》まし、東西を臨ませます。妙娘が「あーっ」と叫んだときには、すでに根まで納まっておりましたが、そのとき妙娘は|忽《たちま》ち全身のしびれるような感じがつきぬけるのを覚えました。
「きょうはまた、どうしたのかしら」
とあやしんでおりますと、火のように熱いのが中で伸び縮みしながら|乱吮《らんせん》しているような具合ですが、その点々たるは鳥の餌をついばむがごとく、その上下するは蛇の舌を吐くがごとくでございます。
妙娘は久しく|風塵花柳《ふうじんかりゆう》のちまたにおりまして、数えきれぬほどの物を|閲《けみ》してきましたが、大きいとか小さいとか、強いとか弱いとかいいましても、いずれもみなたいしたちがいはなく、どんな相手にもいちどもひけをとったためしはございません。さんざんきたえぬいてきた身ですが、きょうばかりは、これはいったいどうしたことでしょう、|釵《かんざし》も落せば髪も解け、四肢はふるえ柳腰はなえるという始末。しかも悦生はただ納めているだけではありませんか。それなのにその東西は、あるいは右を突きあるいは左を|衝《つ》き、上をなで下をこすって、妙娘はもう魂は中天に飛び、身は浮雲の上をさまよっているかのよう。息もたえだえに、口の中ではなにやらわけのわからぬことをわめきつづけております。
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猫 と 猫 股
まず怪談を一つ。
『売言葉』(安永五年)に「|猫股《ねこまた》」という話がある。
猫のなかには、年をとると尾が二股にわかれ、|獰猛《どうもう》になって|妖《よう》をなすヤツがいるという。そういう猫を猫股というのだが、また一説には、人を食い殺して人間に化けている猫のことだという説もある。いずれにしても|化猫《ばけねこ》のたぐいだが、この話の場合の猫股は、後者の方がぴったりする。
さて、さる所のさる女郎に惚れて、|通《かよ》いつめている男がいた。ある夜のこと、床入りをして待っていたが、女郎はなかなかやってこない。待ちくたびれてとうとう眠ってしまったが、急に胸苦しさをおぼえて眼をさまし、なにげなく|障子《しようじ》の方を見ると、ちょうどそのとき、そろりそろりと、音もなく障子があいて、女郎が入ってきた。
男が眠ったふりをしていると、女郎はその枕もとにきて、そっとしゃがみ、おおいかぶさるようにして男の顔をのぞきこむ。寝息をうかがっているようであった。
しばらくすると、女郎は立ちあがって|行燈《あんどん》のかげへいった。男がうす眼をあけて見ると、女郎はふところからなにやら細長いものを取り出し、いきなり、かぶりつくようにして食いはじめた。なんだろう、と眼を据えて見たとき、男はアッと声をあげそうになった。それは人間の腕だった。女郎はその肉を、食いちぎっては噛み、食いちぎっては噛みしている。行燈の|火《ほ》かげで、女郎の顔はすさまじい|形相《ぎようそう》だった。男はゾッとして、
「さてはこの女郎は猫股だったのか」
と、生きた心地もなく、あまりのおそろしさに、どうしたらよいか思案もつかない。
と、女郎はその気配を感じてか、ちらりと男の方を見てから、くだんの腕の骨を紙でつつんで立ちあがり、畳の隅を上げてその下へかくした。
そして掌で口のまわりを拭きながら、そっと男の枕もとに近づいてきて、またそこへしゃがみ、男の肩のあたりへ手をかけて、
「もうし、もうし」
とゆりおこす。
男は、はじめて眼をさましたようなふりをした。そして、なにかいわなければ、と思ったが、どうしても声が出ない。
「おまえ、見ていたのじゃないかえ」
と女郎がいった。
「いやいや、なにも知らぬ」
「ほんとうに、見なかったかえ」
「ほんとうに、なにも知らぬ」
すると女郎は、急にうきうきした声になって、
「そうかえ、よかった、よかった」
といいざま、蒲団のなかへもぐりこんで、男に抱きついた。そのおそろしさ。男は生きた心地もなく、抱かれたまま胸のなかで一心に念仏をとなえていると、だんだん、抱きついている女郎の腕の力が弱まってくる。男がおそるおそる見ると、女郎は眠っていた。
男は一睡もせず、|一番鶏《いちばんどり》の鳴く声をきいた。女郎はよく眠っているようである。いまなら逃げられそうだと思って、そっと起き出した。女郎は気づかずに、ぐっすり寝込んでいる。
「よし、この隙に」
と思い、畳の隅を上げてみると、そこにかくしてあったのは、|玉蜀黍《とうもろこし》の食べがらであった。
猫股を退治て帰る国家老
という川柳がある。化物退治にひっかけた句だが、この猫股は化猫のたぐいではなくて、江戸屋敷詰の重臣の|愛妾《あいしよう》かなにかであろう。勿論ただの妾ではなく、重臣を骨なしにしてうまい汁を吸っているか、あるいはさらには、共謀して悪事をはたらいている女。つまり、お|家《いえ》に|仇《あだ》なす女だから、忠義一徹の国家老から見れば|妖怪《ようかい》である。
|媚《こび》を売って男にまといつく女、遊女や芸者や妾などを「猫」ともいう。|猫撫声《ねこなでごえ》をしてあまえたり、じゃれたりするから、という説とともに、また、あまえたりじゃれたりしてうまく男をたぶらかすから、という化猫説もあり、さらにはまた、あまえたりじゃれたりするにしても、結局は、
ねんころが上手で芸者はやるなり
ころんだ子泣きだすで尚はやるなり
好きこそ物の上手なれはやる床
などという句もあるとおり、彼女らは寝ることによってたぶらかすのである。つまり「猫」は「|寝妓《ねこ》」であるといううがった説もある。川柳に使われている各種の「猫」を拾い出してみよう。
番頭の|旧鼠《きゆうそ》かえって|猫《ヽ》をかみ
「窮鼠却って猫を噛む」をうまくつかって、「番頭の旧鼠」といったところがおもしろい。主家に忠実で、大いにその家の繁昌のために尽した番頭を、|白鼠《しろねずみ》という。その白鼠がやがて|旧鼠《ふるねずみ》なってしまって、こんどは女ぐるいをしはじめたという句だが、この「猫」は、芸者だろうか、遊女だろうか。
門前の|猫《ヽ》大黒は油断せず
大黒天のお|使《つかい》は鼠であり、鼠の天敵は猫である。それを踏まえて、坊さんの女房(大黒)と、門前通りに軒を並べている|だるま《ヽヽヽ》茶屋の女たちとを持ちだし、坊さんの女房はさぞかし、いつもやきもきしながら茶屋の女たちに対して眼を光らしていることだろう、と推測したのである。この「猫」は、いうまでもなく売春婦である。
なすこともなく御隠居は|猫《ヽ》とじゃれ
「なすこともなく」というのは、隠居してなにもすることがないという|だけ《ヽヽ》の意味ではなかろう。なにもすることがないから、一日じゅう猫とじゃれている、というのでは、川柳にはならない。勿論、表面の意味はそうだが、その裏側には、もはや|なす《ヽヽ》力もなくなって、ただじゃれているだけである、という意味がふくまれていると見るべきであろう。この「猫」は、妾だろうか。
さて前回は、雪妙娘が「息もたえだえに、眼はかたく閉じ、口の中ではなにやらわけのわからぬことをわめきつづけております」というところで幕になった。
幕はおりたが、悦生と妙娘との抽送はおわったわけではなく、まだつづいているのである。さっそく幕を上げて、再び、「|寝妓《ねこ》」のじゃれっぷりを拝見することにしよう。
……かくて妙娘は、被中に|銀浪《ぎんろう》をひるがえし、牝内に波濤を湧かせつつ、|《い》くこと数知れず、昏迷することもまた数知れずというありさま。ながいあいだ身を花柳のちまたに置きながら、このような快美をあじわったことは、これまでにいちどもございません。
「ああ。どうしよう、どうしよう」
と叫ぶばかりです。まさに、どうしようもないというありさまのようです。やがてついに、
「お願い、ちょっと休んで!」
とたのみました。悦生はそれをきくと、さらばと大きく一送して、そのまま停止いたしました。ところが、|読者《みなさん》も先刻ご承知のとおり、|長亀《ちようき》久戦の法を習得した悦生の東西は、納めているだけでおのずから伸び縮みをくりかえします。妙娘はまだそのことを知りませんので、
「ちょっとやめて!」
と、またたのみます。悦生は笑いながら、
「どうしたの?」
とききます。もう降参したのか、という気持なのです。
「ちょっと休んで! 見せてほしいの」
妙娘はそういって、降参したとはいいません。
「休んでいるよ。ほら」
と悦生は東西を納めたまま、妙娘の上体を引き起してやります。
「この前までは、あなたのは十人のうちの一人くらいのものだったのに、きょうはどうしたのか、まるで別の人の物のようなの。ちょっと、出して見せてくださいな。いったい、どうなってしまったのか……」
「なんだ、そういうことか。さあ、いくらでも見ておくれ」
悦生がずるずると引き出しますと、牝戸の奥のかずかずの|襞《ひだ》もそれにまつわりついてきます。最後には扉がからみついてきましたが、それも離れてしまいますと、戸口は|堰《せき》を切られた池のような具合になって、しばらくその流れがやみません。しかし妙娘は、おどろきのあまり、自分のことには気がつかず、そこは流れ出すにまかせたままで、
「まあ! まあ!」
と叫びつづけております。
「この前まではあんなだったのに、しばらくのあいだ見ないうちに、こんなに大きくなってしまって! これはいったい、どういうことなの? もういいわ。|風邪《かぜ》をひくといけないから、さあ、早くお部屋の中へ入れてあげてちょうだい。さあ、早く」
悦生は笑いながら、
「ごらんよ。お部屋がずいぶんよごれているじゃないか。掃除がすむまで待っていたって、風邪をひきはしないよ」
妙娘も笑いながら、あたふたと掃除をして、
「これでいいわ。さあどうぞ」
と、|金蓮《あし》を高く掲げます。まだまだ降参をするどころか、敵の巨大な|槍《やり》を見てかえって闘志をみなぎらせたようでございます。
悦生が再び|納《おさ》め、根まで没して気を|運《はげ》ましますと、東西はおのずから、右壁を左壁を、天井を底を、また花心をと、|乱搗《らんとう》乱点いたします。
やがて明け方近くになって、妙娘はようやく、
「もうだめ。もうゆるして」
といいだしました。それは|読者《みなさん》の覚えておられますように、愛月の場合と全く同じでございます。悦生がそこで、東西を引き出し、双方をぬぐってから、長亀久戦の法を、ふうっと一つ気をもらしておわったことも、愛月のときと同じでございます。
しばらくして妙娘は、寝たままで手をのばして悦生の東西をさぐりました。そして、
「あら、どうしたの」
と上体を起して眺めます。
「さっきまではあんなだったのに! わたし、夢を見てたのかしら。夢だったのね」
「そうだよ。夢のようなものだよ」
妙娘はしばらく呆然としておりましたが、
「夢じゃないわ。でも、夢だったとしたら、また同じ夢が見られるかしら」
「見られるとも。じつはね……」
悦生は、|古棠《ことう》で|万衲子《まんどうし》という道士に長亀久戦の法を伝授されたことを話したが、妙娘は信用しない。修行もせずにそんな術が修習できるはずはないというのである。
「それじゃ、さっきのはやはり夢だったというのか」
と悦生がいうと、
「夢かもしれないわ。だって、いまのこれは、ずっとまえからわたしの知っているのと同じだもの」
「それじゃ、いま、眼の前で大きくして見せてあげよう」
悦生はそういって東西を妙娘の掌の上に乗せ、長亀久戦の法によって気を|運《はげ》ます。
『杏花天』の作者は、ここでもただ「気を運ます」としか書いていないのである。|筆者《わたし》が人に知られることを惜しんで、あるいは人を|害《そこな》うことをおそれて書かないのではない。
だから、そんな法などはないのだとお思いになることは、勿論、|読者《みなさん》の自由である。しかし|筆者《わたし》は、あると信じている。どういう法であるかは知らないが、あると信じている。信じている方がたのしいし、信じておれば、いつかは、万衲子のような道士があらわれて、それを教えてくれることも、あるいは、あるかもしれないからである。
妙娘もはじめは信じなかったが、悦生に眼の前で大きくして見せられると、信じるほかはなかった。事実、見る見るそれは大きくなってしまったのだから。さきのことが夢ではなかったことが実証されたわけだから。
悦生が愛月に対してもそうして見せようとしたことを、読者は覚えておられるであろうか。そのとき愛月は、
「いいえ、いまはもうたくさん」
といってことわったが、妙娘はことわらなかったばかりか、もういちど納めてみたいといいだすのである。
このことを、覚えておいていただきたい。
さて、妙娘の希望によって、再び抽送がはじまるのであるが、あまりくどくなってもどうかと思うので、その光景は省略して、それがすんでからの話に移る。
妙娘は口をきわめてほめるのである。
「わたしが、はじめて取らされた客は、|天津《てんしん》の方からきた人だったけど、その人も七、八寸はあったわ。つらくてつらくて、殺されるような思いだったけど、わりあいに早くおわってしまって、あなたのように長つづきはしなかった。その人のも大きいことは大きかったけど、それだけのことで、あなたのように硬くはなかったし、熱くもなかったし、それに、伸びたり縮んだりするなんてことは、勿論なかったわ。あなたのは、そのときには、花心をくわえられて、引っぱり出されるようなかんじで、魂もどこかへ飛んでいってしまうようなの。どんな女だって、いちどこんなのに出くわしたら、もう、ほかのどんなのもふりむきもせずに、これだけを恋しがるようになるにきまっているわ」
妙娘はそこまでいって、はっと口をおさえました。
「これは、とんでもないことをいってしまった。こんなことをいって、この人がもし、あちらこちらの女のところへ試しにいくようになっては大へんだ。こんなりっぱなのを一度あじわったら、誰だって放したがらないにきまってるから。なんとかして、早く自分だけのものにしてしまわなくては!」
妙娘はそう思って、もうほめることはやめました。そして、哀願するようにいいだします。
「ねえ、あなた。このまえ、あなたはわたしを奥さんにするって約束してくださったわね。わたし、あれからずっと、お店を閉めてしまって、|白粉《おしろい》もおとしてしまって、あなたのことばかり思いつづけてきたことは、ご存じでしょう。わたしはひとりだちで、誰もついていないし、あなたにも奥さんはいらっしゃらないのだから、すぐにでもいっしょになれるでしょう。誰も横から苦情をいう人はいないのだから、ねえ、あすにでもあなたについてお宅へいってしまってもいいでしょう?」
「うん、まあ、そうだけど。……さあ、もう日もだいぶ高くなった。どれ、起きるとしよう」
二人は床をはなれて、身じまいをいたします。妙娘は下男の小七にいいつけ、自分もてつだって、いそいそと食事の用意をいたしました。
やがて食事がすむと、悦生は、いちど家へ帰ってくるといいだしましたが、きのうとはうってかわって雪もやみ、空は晴れておりましたものの、道がひどくぬかるんでいて歩けそうにもありません。そこで妙娘の引きとめるまま、居続けることにいたしました。
それから二日間というもの、二人は夜な夜な相|狎《な》れ、朝な朝な相飲み、互いに心は金石のごとく堅く結ばれ、意は連理の枝のごとくつらなります。あちらの方のことについては、いうまでもございません。
妙娘は一日も早く悦生の家へゆきたく、しきりにそれをせがむのですが、悦生が生返事ばかりしておりますので、すこし開きなおっていいます。
「あしたは、どうしてもお宅へつれていってください」
「そんなに急には……。いろいろ都合があるからな」
「どんな都合ですの? わたしがおいやになったのじゃない」
妙娘が涙ぐんでいるのを見て、悦生はあわてていいます。
「そんなことはない! そんなこというものじゃない」
「それじゃ、つれていってくださるわね。ねえ、いいわね」
「|急《きゆう》すぎるけど、それじゃ、そうするか」
「まあ、うれしい!」
妙娘はそういって悦生の胸に顔をうずめます。しばらくそうしていましたが、やがてその肩がぴくぴくとふるえだしました。
「どうした?」
「わたし、うれしくて」
妙娘は泣いていたのです。悦生はそのような妙娘がかわいくてなりません。そのふるえる小さな肩を軽く|叩《たた》きながら、
「よしよし」
と、子供をあやすように、いたわります。
やがて妙娘は涙をふいて、
「わたし、一枝さんのところへ、ちょっとお別れの|挨拶《あいさつ》をしにいってもいいかしら。すぐ帰ってきますから、待ってくださいね、いいでしょう」
「ああ、いっておいで」
悦生にやさしくそういわれて、妙娘は小娘のように、うん、うんとうなずき、そそくさと着物を着かえて|朋輩《ほうばい》の|載一枝《さいいつし》の家へ出かけてゆきます。
この載一枝という名は、|読者《みなさん》のはじめてきかれる名です。ここでは、ただこの名前だけを覚えておいてくださいますよう。
『杏花天』の作者は、ときどきこういう語りかたをする。しばらく登場しなかった主人公の一人の名を、読者が忘れてしまいそうになるころを見はからって、ふと持ち出したりする手法とともに、これがこの作者の語り口のおもしろいところでもある。
ところで、さきに妙娘は、悦生が長亀久戦の法をつかって気を|運《はげ》まして見せたとき、大きくなったそれをもういちど納めたいといいだしたが、そういう妙娘の猫股的なはげしさが、妙娘の運命になにをもたらすかということは、次回にゆずります。
おそらく|読者《みなさん》にとってそれは意外なことであろうと思うが、あるいはそれが当然の帰結といわれる方もあるかもしれない。いずれにしても、今回はまずこれまで。
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すくなし腎
『|落 噺《おとしばなし》 |詞葉《ことば》の花』(寛政九年)に、「じんきょ」という話がある。
「|放蕩《ほうとう》先生が病気ときいたので、これからお見舞いにいくところだ」
「それならわたしも、いっしょにまいろう」
と、二人の儒者がつれだって放蕩先生のところへゆき、
「ご病気はいかが」
とたずねると、このごろ女房をもらって|腎虚《じんきよ》になった先生は、あごで|蠅《はえ》を追いながら(つまり、衰弱していて手で追う気力もないのである)、
「これはこれは両先生、よくおいでくださった。まあ、くつろいで、ゆっくり話していってくだされ」
という。女房がそばで気まりわるそうにしているので、二人の儒者が、
「先生腎虚して不善をなす、まことに|疲《ひ》たる君子となりたもう。この人にしてこの|疾《やまい》あり」
とからかうと、先生は肩で息をしながら、
「|嗚呼《ああ》、すくないかな腎」
「先生腎虚して不善をなす」は、『大学』の「小人|間居《かんきよ》して不善をなす」を、つぎの「疲たる君子となりたもう」は、『大学』に引かれている『詩経』の句の「|斐《ひ》たる君子あり」を、つぎの「この人にしてこの疾あり」は、『論語』の、伯牛の病を見舞いにいったときの孔子の言葉「|命《めい》なるかな、この人にしてこの疾あり」を、そして「すくないかな腎」は、『論語』の「巧言令色、|鮮《すくな》し仁」を、それぞれもじったのである。
つまり、学者先生をからかっているわけだが、川柳ではこれを、
学者|虚《きよ》して|曰《いわ》く|鮮《すくな》いかな腎
とつづめている。虚は嘘と書けば、|うそぶく《ヽヽヽヽ》という意味になる。
腎虚とは、房事過度のために腎水が|涸《か》れてしまって、精力がなくなり、あごで蠅を追うような始末になる状態をいう。「おごる平家は久しからず」をもじった句の、
おごるへのこ久しからず腎虚なり
は、それを示している。
腎虚は男の場合である。女の場合は、|青女房《あおにようぼう》というのがこれにあたる。
板ねぶとおぼしき人の青女房
という句の青女房は、
のほうずも内儀小さな|形《なり》で受け
お妾の青いは長井右馬之守
という二つの句のうちの、前者と同意に取れば、まだ世なれない若い女房、という意味になるが、後者と同意に取れば、男の腎虚にあたるものになる。
「板ねぶ」とは「板ねぶり」で、銭湯の流し場の板を|ねぶる《ヽヽヽ》(なめる)という意。勿論、腰掛けに腰をかけたままでのことである。「のほうず」は「のほうずもない」大道具の意。川柳は「のほうずもない」の「ない」を、「内儀」の「ない」に重ねているのである。「長井右馬之守」は馬なみの大道具。「馬之助」ともいう。
つまり「青女房」とは、大道具に攻めたてられて、男の腎虚と同じような状態になってしまった女のことである。
男と女のちがいは、男は腎虚になればもうダメだが、女は青女房になってもデキルという点にある。女はトクだが、しかしデキルために|却《かえ》って|命《いのち》をうしなうこともあるらしい。|雪妙娘《せつみようじよう》がそれだった。前回の終りに、妙娘の|猫股《ねこまた》的なはげしさが妙娘の運命になにをもたらすか、といったのは、じつはこのことなのである。
話はすこしさかのぼる。
妙娘が朋輩の|載一枝《さいいつし》の家へ別れの挨拶にいった翌日、|悦生《えつせい》は妙娘をつれて家へ帰った。帰ると、書生にいいつけて、さっそく|香燭《こうしよく》の用意をさせる。
香気は|霄漢《しようかん》に|《いん》|《うん》し、燭光は堂前に|輝煌《きこう》す。
原文にはただそう書かれているだけである。|華燭《かしよく》の|典《てん》をあげたということである。
「こうして香を|焚《た》き燭をとぼして、|鸞鳳《らんほう》の|契《ちぎ》りを結んだのですから、ごいっしょに神さまに誓いを立てましょう」
「いいとも。おまえがしようということなら、なんだってするよ」
二人は花燭の下にひざまずいて、神に誓いをたてた。
まず妙娘がいいます。
「わたくしは|雪《せつ》氏という役人の家柄に生れながら、人に欺かれて花柳の|巷《ちまた》に落ち、長いあいだ頼る人もなく暮しておりましたところ、このたびよき人にめぐりあって夫婦となることができました。ここにお誓いいたします。もし再び花柳の巷に身を入れるようなことがありますならば、雷さまにうち殺していただきます」
つづいて悦生が誓います。
「わたくしはこれまで花柳の巷に遊んでおりましたが、このたび幸いによき人にめぐりあって、前世からの縁を結ぶことになりました。きょうからは百年の後までもともに暮し、生きては枕を同じくし死しては墓を同じくすることをお誓いいたします。どうかお守りくださいますよう」
二人が拝し終りますと、妙娘は皮の|箱《おおばこ》の中から皮の|匣《こばこ》を取り出し、重そうに持ちあげながら悦生に渡しました。悦生はわけがわからず、|怪訝《けげん》な顔をいたします。と、妙娘は|袂《たもと》の中から小さな鍵を取り出して、それをあけてみせました。見れば、黄金百錠、宝珠数升、その他かずかずの珍宝がぎっしりとはいっております。
「これは、わたしが|廓《くるわ》にいたあいだに貯めたものです。きょうからは生涯をあなたにおまかせしたのですから、わたしはもうなにもいりません。どうかこれを取っておいてください。後になにかの役にたつことも、あるかもわかりません。かぞえてみると百万両ぐらいにはなると思います」
悦生は大よろこびをいたします。百万両の宝珠よりも、その志がうれしいのでした。
それより二人は、昼夜のみさかいもなく歓をほしいままにいたします。|長亀《ちようき》久戦の術を修得していて、丹田を固めている悦生は、いくら戦っても疲れることを知りませんが、妙娘の方はそうはまいりません。それでも快を叫び死を叫んで慾をほしいままにしておりました妙娘は、ついに水|涸《か》れ血|竭《つ》き、悦生の懸命の看護のかいもなく、あの世へ旅立ってしまいました。
考えようによっては、妙娘は極楽往生をしたものともいえましょう。死を叫んでやまなかったのが、ついにほんとうの死におちいってしまったといっては、心やさしかった妙娘に対して|無慙《むざん》に過ぎましょうか。
悦生のなげきは、父母をうしなったとき以上でございました。神への誓いもあだとなったわけです。悦生は立派な棺をしつらえて、泣く泣く妙娘のなきがらを、多宝廟のかたわらに葬りました。
悦生は日も夜も、妙娘を思いつづけておりました。そのかなしみは、どうしてもぬぐい去ることのできないかなしみでした。その心には、つゆ、いつわりはございません。
しかし、人の心というものは不思議なものというほかございません。
百カ日も過ぎ、やがて一年もたちますと、悦生は、妙娘が残していった財宝で豊かに暮していながら、隣家の|愛月《あいげつ》のおもかげが思いの中にうかびあがってくるのでした。しかし、神に誓いあったことを思えば愛月に呼びかけるというわけにもいかないのでございます。
一方、愛月の方でも、隣りあわせに住んでいながら、これまでは妙娘がいましたので近づくわけにはいかず、長いあいだ|悶々《もんもん》としてたえしのんでいたのですが、いまはもう妙娘がなくなり、その一周忌も過ぎましたので、なんとか旧交をあたためようと思ってそのおりをうかがっているのでした。
ところが、夫の|兪得勝《ゆとくしよう》が急に戦地へいくことになって、愛月をつれていくといいだしたのです。そうなったらもう、悦生に会うことはできません。それまでに是非ともいちど会いたいと思いつめておりますと、おりよく夫に宿直の番がまわってきました。これこそ神のお恵みとばかり、その夜、愛月は悦生の家の裏門をそっと叩きました。
悦生は愛月の家へ訪ねてゆきたいと思いながら、兪得勝がいたら大変なことになるので、それもできずにいたところ、とつぜん愛月の方からきてくれたものですから、まるで宝物を得たようなよろこびようです。いそいそと愛月の手をとって部屋へ導き入れます。
「わたしのことなんか、もうお忘れになったのじゃございません?」
と愛月は悦生にしなだれかかります。
「なんで忘れるものですか。毎日あなたのことばかり思いつめていたのです。だが、ご主人がおられるので……」
「主人がちかぢか戦地へいくことになって、わたしもつれていかれることになったのです。今夜かぎりで、もう二度とお眼にかかれなくなるかもしれませんわ。今夜は主人が宿直なので、やっとぬけだしてお別れをいいにきましたの」
愛月はそういって涙ぐみます。
「お別れをいいにきたのだって? 昔から好事、魔多し、とか、楽あれば苦ありとかいうけど、ほんとうにそうだね。わたしも家内が死んでしまったので、これからは、前のようにまたあなたと仲よくできると思っていたのに、今夜かぎりでそのあなたが遠くへいってしまうとは」
と悦生も涙ぐむのでした。
やがて二人は衣を脱して床に上り、胸をあわせます。愛月は金蓮を高く掲げ、悦生は東西を戸口に|臨《のぞ》ませます。東西は扉をおしわけて進み、おもむろに抽送をはじめます。と、わずかに十数回で愛月は早くも爽快禁ずるあたわずという状態におちいるのでした。悦生はただ東西を納めているだけなのですが、それのおのずから動くこと、|蜻蜒《せいてい》の水に点ずるがごときありさまです。愛月は|身顫《しんふる》え、|舌《した》冷えて、浪に乗る|扁舟《へんしゆう》の心地。
「別れてしまったら、いつまたこんなたのしみがあじわえるかしら」
その声の|顫《ふる》えは、再会のよろこびのためか、はたまた別離のかなしみを思ってのゆえか。その眼にあふれる涙は、快美のためか、はたまた哀愁のゆえか。
「ほんとうに、別れるのは|易《やす》く、逢うのは|難《かた》い……」
悦生はそういいながら、上に下に、右に左にと|遍《あまね》く室内を掘りおこそうとし、愛月はそれを受けとめて深く東西を底に引きこもうといたします。かくて二人は互いにむさぼりあって、とどまるところを知らぬようです。
「今夜は、死んだってこれを出させてあげない」
と愛月がいえば、
「ほんとうに死んだって、ゆるしてはやらぬぞ」
と悦生もいいます。
|燈《ひ》ともしごろに床に上ってから、やがて夜が白みかけてきても、悦生はまだ漏らさず、愛月も室内に熱々たる極大の東西をのたうちまわらせたまま、吐き出そうとはいたしません。
暁を知らせる鶏の声をきいて、愛月は我にかえりました。宿直の夫が帰ってくる時刻です。
「ねえ、もう出して」
とたのみます。悦生が東西を引き出そうといたしますと、愛月はあわてて身体ごと牝戸をおしつけ、
「ちがうわ。|《い》ってほしいのよ。これがわたしたちの、おしまいになるかもしれないのですもの。いっぱい出してほしいの。ねえ、お願い!」
といいます。悦生は承知して、改めて気を|運《はげ》まし、自然の抽送に任せずに、みずから抽送をいたします。愛月は、もし夫が帰ってきていたならば、庭園をへだててでもきこえるほどの浪声をあげつづけていましたが、やがてその声がかすれて|嗚咽《おえつ》にかわったとき、悦生は|堰《せき》を切った川のように注ぎかけました。愛月は四肢を|痙攣《けいれん》させて泣きながら、それを受けとめます。
しばらくして二人は起きあがり、衣をまといましたが、愛月はなお別れがたく、ひしと悦生に抱きついて、また泣きます。しかし、どうするわけにもいきません。ぐずぐずしていると、夫が帰ってきます。愛月はようやく涙をぬぐって、わが家へもどってゆくのでした。
その夜のちぎりを最後に、愛月は遠く戦地へいってしまったのです。
悦生は毎日悲嘆にくれておりましたが、|営《げつえい》の長鎗手の妻の愛月を、どうするわけにもゆきません。
やがてその年も暮れ、|元宵《げんしよう》を迎えるころになりますと、鶯は春をうたい、柳は芽をふき、桃の花も咲きそめ、草も芽ばえて野は青一色に彩られてきます。悦生には妙娘が残していった財宝がたくさんありますので、暮しは前よりも派手になり、下男や下女も雇い入れておりましたが、後添いをもらいたいと思っても、妙娘にかわるような女、愛月に並ぶような女は、めったにいるものではございません。かくて、一人暮しのわびしさをたえ忍びながら日を送っておりますうちに、ふと思い出したのは、洛陽の伯母のことでございます。
「伯母さんはちゃんと暮しているだろうか」
そう思うと急に会いたくなり、時節もよし、いますぐ洛陽へ伯母を訪ねていこうと決心いたしました。
洛陽の伯母というのは、|籃母《らんぼ》のことである。この物語は籃家のことからはじまったのだから、|読者《みなさん》も籃母のことは覚えておられよう。その三人娘の、|珍娘《ちんじよう》・|玉娘《ぎよくじよう》・|瑤娘《ようじよう》のことも。
悦生は書生の|封禄《ほうろく》をつれ、馬に乗って広陵の家をあとにし、やがて白沙県を過ぎて|泗州《ししゆう》の近くまできた。
|朝《あした》には馬に|鞭《むち》うって道をいそぎ、|夕《ゆうべ》には旅舎について憩うという日をかさねておりますので、花の笑みをふくんだ|媚《こ》びも、野鳥のしきりに鳴く声も、眼にもはいらず耳にもとまりません。処々に紅桃は露を宿し、村々に緑柳は霧を帯び、羊腸の|径《みち》は尽くるところを知らず、馬上から眺めますと、|絡繹《らくえき》とゆきかう人々は、みな、西に|奔《はし》り東に赴いて、利を得んことを求めたり名をあげんことをはかったりしているのでございます。
ある日、日が西の山に沈もうとするころ、前方に町が見えてきました。そこは|板橋鎮《はんきようちん》というところです。その町について、とある宿屋の前で悦生は馬を下り、封禄は肩の荷をおろして馬をつないでおりますと、番頭が迎えに出てきて、
「旦那さま、お泊りでございますか。どうぞおはいりくださいませ」
といいます。悦生は客室へ通り、封禄も宿の者に馬に|飼《かいば》をやるようにいいつけて、つづいて客室へ通ります。
「お客さま。召し上りものは|米飯《ごはん》にいたしましょうか、それともほかのものがよろしいでしょうか」
「なんでもよいから、早くたのむ」
「かしこまりました」
やがて番頭が米飯と魚や肉の料理を運んできて、|卓《つくえ》の上に並べます。主従二人は食事をすませるとすぐ床につき、長旅の疲れで、まもなくぐっすりと眠ってしまいました。
悦生はそのとき、夢で、三人の美女が笑いさざめきながら|蹴鞠《けまり》にうち興じているのに逢う。そのあまりの美貌に、悦生が胸をおどらせながら走り寄って挨拶をすると、なかの一人が、
「まあ、あなたはどうしてここへいらっしゃったの」
ときく。もう一人は、
「なにか用でもございますの」
と責めるような口ぶりである。するともう一人の女が、
「お姉さまがた、こんな見ず知らずの人と口をきいてはいけませんわ。お母さまに知られたら、たいへんよ」
すると、はじめに口をきいた女が、手に持っていた鞠をいきなり悦生めがけて投げつけた。
「あっ!」
と、おどろいた拍子に悦生は眼をさましたが、夢の中のその三人の美女が眼さきにちらついて、どうしてももう眠れない。やがて一番|鶏《どり》の鳴くのがきこえてきたので、悦生は眠るのをあきらめ、起きて顔を洗った。
――という|挿話《そうわ》が語られるが、これは、この物語の作者のよく用いる手で、これまでの物語の中では悦生は籃伯母は知っているが、その三人の娘のことは知らないことになっている。そのためのいわば伏線なのだが、作者はひとまず伏線を張っておいて、別の人物を通じて悦生に三人の従妹が籃家にいることを知らせるのである。その巧妙な手口を、ごらんいただきたい。
悦生はその板橋鎮の宿をあとに、封禄にくつわを取らせて、また羊腸の径をたどってゆきますうちに、ついに目ざす洛陽が見えてきました。道をいそいでようやく城門にたどりつきましたものの、すでに日は西に沈み、門は閉ざされていて、入ることができません。そこでやむなく、城外の小さな宿に馬をとめることにいたしました。
この宿の主人は、|呂望繁《りよぼうはん》といって、五十に近い男でございます。この男には妻が二人おります。正妻は|閔巧娘《びんこうじよう》と申しますが、子供がないものですから、もう一人めとりました。それが|卞玉鶯《べんぎよくおう》という女で、この女は生れついての美人。見る者はみな魂をとろかし、逢う者はみな思い慕うというほどの、たいしたしろものでございます。
二人の女は望繁とのあいだに子供が生れないものですから、これはと思う客がきますと、宿に泊めておいて、二人でひそかに私通していたのでございます。ところが、ここ一月あまりというもの、ろくな客がきませんでしたので、二人はいらいらとしておりました。ちょうど三月清明の節にあたりますので、表に|聯句《れんく》を書いた紙を張って玉鶯が家へはいろうとしたところへ、悦生が姿をあらわしたのでした。さて、どんなことになりますやら。
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中の字と呂の字
やすらはで寝なましものを小夜ふけて
かたぶくまでの月を見しかな
『百人一首』に収められている|赤染衛門《あかぞめえもん》の歌である。衛門は、平安中期、|和泉《いずみ》|式部《しきぶ》と並び称せられた才女。夫は|文章博士《もんじようはかせ》の|大江匡衡《おおえまさひら》であった。この才女と秀才との閨中問答が、平安金麻羅(中島棕隠。一七八〇―一八五六)の『大東閨語』に見える。
勿論、架空の閨中問答であって、衛門と匡衡は才女と秀才の代表として選ばれたにすぎない。
一夜、匡衡仰臥シ、衛門ヲ抱キテ、下ヨリ|之《これ》ヲ犯ス。
つまり女性上位、俗にいうちゃうすとかおっかぶせとかかさぶせとかの形である。衛門はそれがよほどよかったとみえて、
笑ッテ問ウテ曰ク、知ラズ、|此《かく》ノ如キ美ナル体、何レノ世ヨリ始マレルカヲ。
衛門は匡衡の答えを求めたわけではなく、ただ快美であることをそのように表現しただけだったかもしれない。
しかし匡衛は答えた。そこが文章博士の文章博士たる|所以《ゆえん》であろう。
|蓋《けだ》シ是ノ|権輿《けんよ》ハ|大舜《だいしゆん》ニ於テカ。
権輿とは、ものごとの始まりという意味らしい。|衡《はかり》をつくるにはまず|権《おもり》より始め、車をつくるにはまず|輿《くるまぞこ》より始めるからだという。
「舜のときに始まったんだろうな」
と匡衛は答えたのである。これは例えば、
「ああ、わたし、どうしよう」と夢中で口走ったのに対して、「こうしろ」と答えたようなものである。匡衡が匡衡なら、衛門も衛門で、
何ヲ以テカ之ヲ知ルヤ。
と問い返す。才女の才女たる所以であろう。匡衡は答えた。
舜ハ庶民ニシテ帝女ト婚セリ。敬重ノ状、|当《まさ》ニ|此《かく》ノ|若《ごと》クナルベシ。
「舜は庶民の身で、天子(|堯《ぎよう》)の|女《むすめ》と結婚した。皇女を下にしくのはおそれ多いので、こうしたんだな」
もう一話ある。
衛門或トキ俯臥ス。匡衡随イテ後ヨリ之ヲ犯ス。
つまり背後位、俗にいういぬどりとかうしろどりとかの形である。また、衛門はよろこんだ。それを見て、こんどは匡衡が、
笑ッテ問ウテ曰ク、知ラズ、|此《かく》ノ如キ変レル体、何レノ世ヨリ始マレルカヲ。
これは明らかに答えを求めたのである。さすがに衛門は才女、よどみなく答えた。
蓋シ是ノ権輿ハ|殷紂《いんちゆう》ニ於テカ。
「殷の紂王のときに始まったのじゃないかしら」というのである。
何ヲ以テ之ヲ知ルヤ。
と匡衡は追求する。衛門はあわてずさわがず答えた。
|妲妃《だつき》ハ|野狐《やこ》ノ妖怪ナリ。交尾ノ態、|当《まさ》ニ|此《かく》ノ|若《ごと》クナルベシ。
「紂王の|后《きさき》の|妲妃《だつき》は狐の化身だったというでしょう。だからこういう形でしたのよ」
さて、|読者《みなさん》には、前回の終りにはじめて登場した二人の女、洛陽城外の小さな宿の女房の、|閔巧娘《びんこうじよう》と|卞玉鶯《べんぎよくおう》のことを、ここで思い出していただきたい。
巧娘が正妻で玉鶯は妾だが、二人は仲のよい姉妹のようにしたしみあっている。亭主の|呂望繁《りよぼうはん》とのあいだに子供が生れないので、二人は、これはと思う客が泊ると、いっしょになってひそかに私通しているという随分さばけた女なのだが、ここ一月あまり、ろくな客が泊らず、二人ともいらいらしている。ちょうどそこへ、わが悦生が通りかかったというわけ。
|入話《まくら》に赤染衛門の話をもちだしたのは、ほかでもない。それは、この二人の女がいずれ劣らぬ|赤染めのええ門《ヽヽヽヽヽヽヽ》の持主だというような、そんなひどいダジャレをいうためではさらさらなく、話がすすむにつれていずれわかることだが、衛門がよろこんだあの二つの形のうち、玉鶯は上を、巧娘は後を好んで、一度は必ずそれを所望する癖があるからにほかならない。
ところで、宿の前でふと玉鶯を見かけた悦生は、小さな金蓮をはこぶにつれてなよなよとなやましくゆれるその柳の腰、梨の花にも似た匂うばかりのそのかんばせに、はっと、あのあまりにもはげしく快を求めたためにはかなくあの世へいってしまった|雪妙娘《せつみようじよう》が、そこによみがえってきたのではないかと思ったのである。呆然と見つめていると、玉鶯は歩みをとめ、なにかいいたげに、秋波をふくんだまなざしをちらりと送ったが、そのまま、笑みをたたえて家の中へ入ってしまった。悦生は身は宿の前にありながら、魂は天涯へとんでいったかのよう。書生の|封禄《ほうろく》が店から茶をもらってきて渡したが、悦生は茶碗をうけとりながらも、それに気づかぬようである。
「旦那様。お茶をどうぞ」
「なに、お茶? ああ、そうか」
「お疲れでございましょう。ようやく洛陽へたどりつきました。もう|一足《ひとあし》でございます」
「おまえも疲れたろう。ここまでくれば、なにもそう急ぐことはない。今日はもうおそいから、この宿に泊るとしよう。ゆっくり疲れをやすめて、あした城内にいけばよい」
「さようでございます。それがよろしゅうございます。あしたの朝、わたくしが城内へいって|籃《らん》伯母さまのお宅をさがし、さきにお知らせしてきます。そしてまたお迎えにまいりますから、それまでどうぞゆっくりおやすみください」
「うん、そうしてくれるとありがたい」
一方、玉鶯は、さきほど悦生を見たとたん、ああ、なんていい男だろう、と胸をときめかせた。秋波を送ったところ、たしかなてごたえがあったから、必ず泊ってくれるにちがいないと、はやくも好きごころを燃やして待っていると、はたして悦生がはいってくるようす。
「ああ、よかった」
と玉鶯はつぶやく。
「このところずっと、いいお客にめぐまれなかった。くるのはいつも、しなびた|馬子《まご》や痩せた車ひきばかり。そこへあんなにいい男がきてくれるとは。このしあわせは、ながいあいだ我慢していたので神さまがめぐんでくださったのにちがいない。でも、いい男だからといって、あれもいいとはかぎらない。まあ、今夜ゆっくり味わってみて、もしいい味だったら、もっと引きとめてお姉さんといっしょに存分にたのしむことにしよう」
お姉さんというのは巧娘のことである。
やがて夕食もすみ、あとかたづけも終ると、亭主の呂望繁は親戚へ、なにやら用があるといって出かけていった。世の中にはいろんな人がいるもので、この亭主、じつは気をきかして出ていったのである。
さっそく玉鶯は巧娘の部屋へゆく。
「お姉さん、もう寝てしまったの? だめよ。起きなさいよ」
「どうしたの?」
「いいことがあるのよ。いいからわたしについていらっしゃい」
巧娘が玉鶯のあとからついてゆくと、客間の外で封禄が馬の手入れをしているのが見えた。巧娘は下りていって声をかけた。
「もう暗いのに、たいへんね。旦那さまは?」
「もうやすんでおられます」
「あなたがた、どこからいらっしゃったの?」
「広陵です。洛陽の親戚に用事があってきたのですが、きょうはおそくなりましたので、こちらにご厄介になったのです」
「あら、そうなの、わたしも広陵の方の者なの。ああ、これ、すくないけど。酒代にでもなさって。それで、あのう、旦那さまにちょっとお目にかかって広陵の方のお話をうかがいたいんだけど、とりついでくださらない?」
「おとりつぎするぐらい、なんでもありません。こんなにいただいては」
「すくなければ、とりついでくださったら、またあげますわ。お願い!」
封禄はべつに金に不自由をしているわけではないが、やはり、金がものをいうのが世のならい。大金をもらうと大よろこびで悦生に知らせにゆく。
「ここの奥さんが、わたしに大金をくださいました」
「それでどうだというんだ」
と悦生はいったが、もう察している。
「広陵の|方《かた》だそうです」
「それで?」
「旦那さまにお目にかかって、郷里の話をききたいとおっしゃるのです」
「そうか。そりゃ誰でも郷里の話はききたいものだ」
「えへっ」
と封禄は笑う。封禄だって知っているのである。
さて、悦生がいそいそと奥の部屋へゆきますと、玉鶯は入口に待っていて、
「まあ、わざわざおいでいただきまして恐縮でございます。どうぞおはいりくださいませ」
という。
「夜分、ご婦人の部屋へうかがったりして、かまわないのでしょうか。ご用でしたらここで承った方が……」
「かまいませんのよ。どうぞご遠慮なく。主人は用事で出かけておりますし、決してご迷惑はおかけいたしませんわ」
玉鶯は悦生の手をとって部屋のなかへ引き入れ、ぴったりと戸を閉めてしまいました。そして単刀直入にいいます。まことにさばけた女です。これがもし|風情《ふぜい》のない並みの女でしたら、男はおじけをふるうかもしれませんが、玉鶯はちがいます。見る者はみな魂をとろかし、逢う者はみな慕ってやまぬというほどの、たいした美人なのです。さて単刀直入にどういいましたかというと、
「あなた、ひとりでおやすみでは淋しゅうございましょう。わたし、お伽をさせていただきますわ」
|否《いや》も|応《おう》もありません。玉鶯はさっさと衣を脱し、しばらくそのかがやくばかりの裸身を悦生の眼にさらしてから、
「ねえ……」
といって寝台へ上ってしまいました。
悦生は情の禁じがたいまま、ひそかにあの|三子丹《さんしたん》を飲むと、衣を脱して寝台に臨みましたが、すでに玉鶯はわが手で脚を支えて金蓮を高く掲げております。見れば、|豊膩《ほうじ》にして一草もなく、まことに好個の妙牝でございます。さらによく見れば、内側の二枚の扉が外へはみ出し、それが左右に開いて、戸口は露にぬれております。
玉鶯は、しばらくぶりに得た相手の味わいいかばかりと待ちかまえておりますうちに、思わず知らずぬらしてしまったのです。
悦生はおもむろに東西を進めます。おどろいたことには、室内は処女のそれのようにせばまっているのですが、進むのに難渋するわけではなく、自然にするすると迎え入れられて、まことにその温柔快美なること、たとえようもないほどです。
「すばらしい!」
思わず悦生がそういいますと、玉鶯は、
「いいえ、あなたこそ。ずいぶん立派な物をお持ちなのですね。あなたのような方にお逢いできて、わたし、ほんとうにしあわせです。あら! なんだか伸びたり縮んだりしているようですけど……」
「旅をしているあいだ、一度もつかわなかったものだから、おどろいているのでしょう。あなたのような妙牝に逢うことができたのは、天のたまものだと思います」
まことにそのとおりで、これは縁というものでございましょう。|諺《ことわざ》にも、
縁あれば千里離るともよく相会し
縁なければ対面するとも相知らず
と申します。
そのうちに、はやくも玉鶯は身もだえをしはじめました。内側の扉のはみ出している牝戸は敏感なのでございます。これは本人のしあわせであることはいうまでもなく、相手にとってもしあわせと申せましょう。悦生はその身もだえに|応《こた》えるべく、例の|長亀《ちようき》久戦の術を用いて気を|運《はげ》ましました。と、見る見る東西は室内いっぱいにみちふさがります。
「ああ、どうしたのかしら。わたし、どうしましょう!」
玉鶯は快美禁じがたくなって、そう叫び、|昏《くら》んでは醒め、醒めては叫び、叫んでは迷い、迷ってはくこと数回、ついにぐったりとなってしまって、軟らかきこと春の|蚕《かいこ》のごとく、酔いつぶれたようになってしまいました。
そこで悦生が東西を引き出しますと、玉鶯は半身をおこして拭おうとして、
「まあ、すばらしい!」
と思わず大声をあげ、拭うのを忘れて、両手で悦生の東西を捧げ持ちます。
「なんてすばらしいのでしょう! これこそ稀代の珍宝ですわ」
玉鶯はそれに頬ずりをしながらいいます。
「わたし、これまでずいぶんいろんな人に逢いましたけど、こんなに立派なのは、ほんとうにはじめてですわ。あなたは、そんなに男前の上に、こんなにいい物まで持っていらっしゃるんだもの、風流の神さまじゃないかしら。ほんとに、あなた、神さまじゃないの?」
「神さまだなんて」
「それなら、お名前を教えてくださいな」
「わたしは広陵の者で、封悦生といいます。洛陽の城内に伯母がいるので、会いにきたのですよ」
「えっ、それじゃ籃伯母さまじゃない?」
「そうです。どうして知っているのです?」
「広陵に甥がいるけどながいこと会っていないとおっしゃってたわ。それに伯母さまも姓が封だから、わかったのよ」
「あなたはいったい、誰なのです?」
「わたしは|卞玉鶯《べんぎよくおう》といいます。籃伯母さまに義理の親になっていただいてますの」
「これは奇遇だ」
「わたし、恥ずかしいけどお願いがありますの。きいていただけるかしら」
「なんだって、きいてあげますよ」
「笑わないでね。きいてくださるのね。それじゃ、こうしてやらせて!」
玉鶯は悦生をおしたおしてその上に|跨《またが》り、戸口を開いて東西の頭へそれをおしあてました。
「一度はこうしないと、わたし、おさまりがつかないのよ」
上体を直立させたまま、おもむろに身体を落し、東西がすっかり納まってしまうと、こんどは上体をたおして抱きついてきます。そして、たくみに抽送をはじめましたが、悦生は笑って、
「じっとしておればいいんですよ」
と、おしとめ、
「さっき、いったじゃありませんか。伸びたり縮んだりしているって。じっとしててごらんなさい。わかるから」
それからの玉鶯のよろこびようは、もうくどくどしく述べることはやめましょう。昏み、醒め、叫び、迷い、くことをくりかえしたすえ、ようやく玉鶯は下り、しばらくやすんでから、あたふたと衣をつけはじめます。
「どうしたのです? まだいいじゃありませんか。どこへいくのです」
と悦生がいいますと、
「わたし、夢中で、つい忘れてしまうところだった。このまま、ここで待っていてくださいね。お姉さんを呼んできて、おひきあわせしますから」
「お姉さんて?」
「お姉さんがここのほんとうの奥さんなのよ。わたしは二番目の奥さん。ほんとうの姉妹ではないんだけど、姉妹も同じなのよ。わたしたちいつでも、お客さまをひとりじめにはしないのよ」
「それはすばらしい!」
「まあ、お好きな」
「あなたがたこそ」
二人はもう、前から知りあいのような口をききます。
玉鶯はしばらくすると、巧娘をつれてきて、
「お姉さんです」
と、ひきあわせました。
「いま妹から、くわしくおききしました。おいやでなかったら、わたくしにもおすそわけをしてくださいませ」
悦生が見れば、巧娘もなかなかの美人です。
「なんでいやなものですか」
「まあ、うれしい」
巧娘が衣を脱しますと、悦生はすぐ抱きよせて仰臥させます。
巧娘は東西を迎え入れると、掲げていた金蓮を左右から|環《わ》の形にして悦生の腰にめぐらします。なかなかの巧者です。
「お姉さん、そのままじっとしていたらいいのよ」
と傍から玉鶯がおしえます。
悦生は気を|運《はげ》まして室内を満たし、左に|冲《ちゆう》し右に|撞《どう》し、上を突き下を擦ります。巧娘とて、このような|勁敵《けいてき》に逢うのははじめてで、たちまちのうちに、眼は昏み魂は宙に飛び、舌も冷え唇もつめたくなって、休戦を申し入れましたが、一休みしますと、玉鶯と同じように、
「わたし、恥ずかしいけどお願いがありますの。きいていただけるかしら」
といいます。
「いいですとも。あなたも一度は上にならないとおさまりがつかないのですか」
すると傍で見ていた玉鶯が笑いだして、
「お姉さんは、わたしとはちがうのよ。こうなのよ」
と、巧娘を俯臥させて、
「ここなの、お姉さんのは」
その形で終ってからが、また、たいへんなのでした。
「ねえ、あなたもいらっしゃいよ。三人でたのしみましょうよ」
と巧娘が玉鶯を呼んだのです。
かくて、玉鶯が悦生と中の字を書いているあいだは、巧娘が悦生と呂の字を書き、かわって巧娘が悦生と中の字を書きはじめると、玉鶯は悦生と呂の字を書くという具合に、いつはてるともなく、この夜、悦生は二美を輪流してたのしみの限りをつくし、明けがたになってようやく客間へひきあげたのでございます。
丹鳳|来《きた》りて儀す雙玉樹
両竜争って抱く一顆珠
というのは、まさにこのことでございましょう。
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ト 一 ハ 一
お|局《つぼね》のト一ハ一は|互先《たがいせん》
という句がある。「ト一ハ一」というのは女の同性愛(あるいはその形)を指す言葉である。その語源についてはいろんな説があって、あるいは姿態を以て論じ、あるいは技法を以て論じ、さらにその姿態・技法についてもさまざまな説があって、いわゆる定説というものはないが、|筆者《わたし》の思うに、「ト一」とは「上」、「ハ一」とは「下」の分解語であるとともに、また「ト」は陽の形を「ハ」は陰の形をあらわしているから、「ト一ハ一」とは、上になる男役と下になる女役という意味ではなかろうか。
つまり「お|局《つぼね》のト一ハ一」とは、お局の同性愛における男役と女役という意味であろう。
「互先」というのは|碁《ご》の言葉の借用で、交互に男役と女役とを演じるということ。これをさらに具体的にうたった句に、
|臼《うす》になりまた|杵《きね》になる奥女中
|羅切《らせつ》してまた下になる|長局《ながつぼね》
などというのがある。「臼」は「ハ一」、「杵」は「ト一」であること、いうまでもない。「羅切」とは陽根を切りとること、すなわち、ここでは「杵」をとり去って「臼」になることである。
勿論、女には「杵」はない。そこで、「ト一」役は|張形《はりがた》を使う。その張形には紐がついていて、それを腰に結んで用いるのである。
まずお前からと張形義を述べる
互先そら辞儀をする長局
「そら辞儀」とは、心にもない挨拶の意である。「義を述べる」の「義」も、「辞儀」と同意。こうして結局、
長局まず|重役《おもやく》が下になり
で、|位《くらい》の上の|局《つぼね》がまず「ハ一」の役になる。一番おわれば、こんどは「ト一」の役が羅切して「ハ一」の役にかわる。これが「ト一ハ一」である。
張形にはまた、|互形《たがいがた》といって双頭のものがある。中央に|鍔《つば》がはめてあって、そこから頭部が左右に分れて、やや|反《そ》りを打った形になっているものである。
これを使うときには「ト一ハ一」とはいわない。いうなれば「ハ一ハ一」だが、そういう言葉は勿論ない。互形に「ト一」の役目をさせて「ハ一ハ一」することを、「さしちがえ」という。
さしちがえ死ぬ死ぬという長局
相身互とは長局の言葉
長局角つきあいで仲がよし
「さしちがえ」は「刺違え」で、二人の者が互いに刃を相手の身体に刺しあって死ぬことである。武士のすることだが、それを長局のことにかえ、「死ぬ」という言葉を重ねることによって快美の浪声にかえているところがおもしろい。
互形を用いるときには「さしちがえ」て抱きあう形になる。「相身互」というのはそれをいったのだが、この「相身互」という言葉も多く武士の仁義をいうときに使われる言葉である。「角つきあい」も、仲のわるいことの形容だが、これも武士の言葉を長局の言葉としたのと同じく、仲のわるい形容を用いて「仲がよし」と結んだところに、おかしさがある。「角つきあい」の「角」とは、ここでは勿論、張形のことで、「さしちがえ」てさながら抽送しているように交互に突きあう形を表現し得て、妙である。
別に「貝|合《あわ》せ」という言葉がある。これも女の同性愛をいう言葉だが、これは道具を用いずに剥身と剥身とをすりあわせる擦淫の場合である。同類の言葉にまた「|相舐《あいなめ》」というのがある。「相舐」は厳密にいえば口淫で、女子の同性愛には限らないが、女子だけのときには口淫以外の擦淫その他をふくむ名とされている。口淫でなくても、女どうしの擦淫は互いに舐めあっているようにも見えるからである。
ところで、今回はいよいよ、悦生が籃家に乗りこむ話になるわけだが、その前になぜ|筆者《わたし》が「ト一ハ一」だの「貝合せ」だのといいだしたのかというと、話がすすむにつれて|玉鶯《ぎよくおう》と|珍娘《ちんじよう》とのそういう場面が展開されるからである。そのとき二人は、なにも道具は用いない。だからそれは「貝合せ」あるいは「相舐」というべきであろうが、しかし、玉鶯が男役を演じ珍娘が女役を演じるという点では「ト一ハ一」といえなくもない、という光景が展開されるのである。
こういうと、あるいは|読者《みなさん》の中には、既にあの玉鶯の|豊膩《ほうじ》にして一草もない妙器を思い出された方もあるかもしれない。その内側の二枚の扉がむっちりと外へはみ出している、あの妙牝を。さよう、そのはみ出している扉が「杵」に似たはたらきをするのだが、くわしいことはその場面にゆずって、まずは順を追って話をすすめていくことにしよう。
さて|呂望繁《りよぼうはん》の宿屋で、はからずも玉鶯・巧娘の二美を輪流してたのしみのかぎりをつくした悦生が、翌日、出発の仕度をしていると、呂望繁がやってきて、
「旦那さん、もう二晩お泊りになってください」
といった。悦生は、これはえらいことになった、と思ったが、つとめてなにくわぬ顔をして、
「どうしてです」
とききかえした。すると望繁は、
「ここがお気に入りませんか」
という。
「いや、そんなことはない」
「それならここにお泊りになってください。籃伯母さまのお誕生日が|明後日《あさつて》だからです。その日にお祝いを持っていらっしゃればよいでしょう。お祝いの品はわたしがととのえておきますから、旦那さんはそれまでここでごゆっくりなさってください」
悦生は半疑半信だったが、
「それではお言葉にあまえて」
といって、かなりの|大金《たいきん》を望繁にわたした。すると望繁は、
「これは多すぎますが、おあずかりしておいて、贈物をととのえてからお返しします。いっしょに出かけますから、書生さんをお貸しください」
といい、封禄をつれて城内へ出かけていった。|美人局《つつもたせ》ではなかったようだ、と悦生がほっとしていると、入れかわりに玉鶯が入ってきて、
「もう二晩泊ってくださるのね」
と、悦生にしなだれかかる。
「今晩も主人が親戚の家へ泊りにいってくれるといいのだけど、たのむわけにもいかないし……」
「わたしはご主人に知れたのかと思って、ひやっとした」
と悦生がいうと、玉鶯は笑って、
「主人は知っているはずよ。あの人にはわたしたちのお相手がつとまらないので、かえってよろこんでいるのよ。でも、今晩も出ていってくれるかどうかはわからないし、ねえ、一度だけいいでしょう」
と、昨夜と同じように|否《いや》も|応《おう》もなく、悦生の手をとって自分の部屋へつれてゆく。部屋には、なんと、巧娘が既に衣を脱して寝台の上に|俯臥《ふが》していた。巧娘の好みの形である。巧娘のはけもののそれのように、後から全貌が見えるのである。
「きょうはお姉さんから」
と、玉鶯は自分も衣を解きながら、悦生をうながす。
巧娘が後を好み、玉鶯が上を好むことは、既に|読者《みなさん》ご承知のはずである。原文ではその日の後と上とのそれぞれの情景がたんねんに描写され、さらにつづけてそのあとの二晩の、三つ|巴《どもえ》になっての呂の字、中の字の光景が語りつくされるが、あまりにくどくどしいのもどうかと思うので、|省《はぶ》くことにする。
一方、籃家では、ことしは籃母の誕生日祝いは内々ですませることにして、宴席らしい仕度もせずにいた。祝いの品をとどけてきた家も何軒かあったが、みなことわっていたのである。そこへ、礼物をいっぱい積んだ車を宰領して、封禄が呂家の小僧といっしょにやってきた。籃家の書生の籃書がそれを見て、呂家の小僧にいった。
「それはなんだね。ことしはお祝いはいただかないっていってあるはずだが」
「いや、これは|閔《びん》奥さま(巧娘)や|卞《べん》奥さま(玉鶯)からのものではないのです。千里の道をはるばるやってきたお祝いです」
封禄が傍から、籃書に目録をさし出した。籃書はいぶかりながら、その目録を奥へ持っていく。奧では籃母が、珍娘・玉娘・瑤娘の三人の娘と、ちょうどお祝いにやってきた隣家の若蘭となにやらたのしげに話しあっているところだったが、誰からか車一台ぶんの祝物がとどいたといわれて、その目録を開いてみると、そこに書いてあるのはいずれもみな大層な品物ばかり。おわりに「姪男封悦生」と記してあったが、封といえば故郷の広陵の一族の者とは想像されたが、悦生というのは誰のことかわからない。
「とにかく、その車についてきた人を呼んで、きいてみましょう」
と、籃母は四人の娘といっしょに庭へ出てみた。と、封禄がすすみ出て、うやうやしく|叩頭《こうとう》した。
「どこからきなさったのです」
と籃母は|鷹揚《おうよう》にたずねる。
「広陵からまいりました。わたくしは封家の書生でございます。ご主人の封悦生さまのお供をしてまいりました」
「わたしは郷里を離れてからながくなるので、悦生とかいう人は知りませんが……」
「ごもっともで。ご主人は幼名を|喜郎《きろう》とおっしゃいました」
「おお、それなら知っているとも。わたしの親身の|甥《おい》です。いまどこにいますか」
「わたくしといっしょにみえまして、外でお呼びを待っておいでです」
「早くお呼びしておいで」
と籃母は籃書にいいつける。籃書が出ていくと籃母は、庭に置かれた祝いの品を見ながら珍娘にいった。
「おまえたちの|従兄弟《いとこ》はずいぶん立派にやっているようだね。ごらんよ、この祝いの品の豪華なこと。百金やそこらでは、とてもこれだけのものはととのえられないだろうね。立派にやっていてくれて、わたしもうれしいよ」
そういっているところへ、籃書が悦生を案内してきた。
四人の娘たちは、急いで|階《きざはし》をのぼって|衝立《ついたて》のうしろへかくれ、籃母だけが階の下で悦生を迎える。
「遠いところをよくきてくれました。さぞかし疲れたことでしょう」
悦生が、封禄の敷いた敷物の上に|跪《ひざまず》いて、
「お誕生日おめでとうございます。ながらくご無沙汰しておりまして、申しわけございません。伯母上さまがますますお元気に寿を重ねられますようお祈りいたします」
と平伏すると、籃母は急いで|扶《たす》け起して、
「遠路はるばるきてくれただけでうれしいのに、あんなにたくさんのお祝いをいただいて、かえって痛み入ります。挨拶はもうそれくらいにして、さあ、中へおはいりなさい」
と誘い、女中の|桂瓶《けいへい》を呼んで、
「娘たちに、出てきてご挨拶をするようにと……」
といいつけた。やがて、|佩玉《はいぎよく》が鳴り香風がただよって、四人の美女が出てきた。悦生は一目見て、下界に降臨した仙女かと見まごうばかり。魂は早くも中天へ飛んで呆然としていると、四人の美女は悦生の向い側に並んで、いっせいに小腰をかがめて頭をさげた。悦生があわてて礼を返すと、籃母が、
「こちらが長女の珍娘、そのつぎが次女の玉娘、そのつぎが三女の瑤娘で、みなあなたの|従妹《いとこ》です。そのつぎが隣家の若蘭で、うちの娘同然にしております」
と引きあわせると、四人はぱっと顔を赤らめながらも秋波をただよわせ、金蓮もなよなよと、柳腰をゆらめかせながら奥へ引きさがっていった。籃母は一応辞退してから礼物をとり納めると、悦生を奧の部屋へ導いて、桂瓶にお茶を命じた。
籃母に呼ばれて、こんどは四人の娘たちも同席いたします。お茶がすむと、酒が出ました。悦生は四人をそれとなく眺めるふりをしながら、その眼光は、じつは深く衣裳の裏にくい込んでいるのでした。
「姉の方は、もう雲雨のたのしみを知っているのに、久しく遠ざかっているので、騒情やるかたない風情がありありと見える。ほかの三人はまだ風雨に遭ったことはないようだが、嵐をおそれながらも慈雨の降るのを待っている様子だ。四人ともいずれ劣らぬ上苑の名花だ。それが互いに艶を競いながら手折られるのを待っているのだから、こんなたのしいことはない。わざわざ洛陽まできた甲斐があったというものだ」
と、ひそかによろこんでおります。
一方、珍娘はまた珍娘で、しきりに悦生を|偸《ぬす》み見しながら、
「顔といい姿といい、なんて立派な人だろう。後庭好きの、あの逃げていってしまった亭主にくらべると、まるで月とすっぽんぐらいちがう。あれだってきっと……」
などと思いながら、そんな自分に気づいては、はっとひとりで顔を赤らめたりしている始末。玉娘もまた玉娘で、
「いかにも風雅な人だわ。さぞかし風流のたのしみも、繁華な広陵で知りつくしているにちがいない」
と想像をたくましくして、半ばはおそれながら、半ばはあこがれに似た気持をかきたてておりますし、若い瑤娘と若蘭は、ほとんど顔もあげずに、肩をすぼめながらも、
「この人のようなところへお嫁にいけたらいいな」
などと、ひそかに考えているのでした。
「珍娘、なにをぼんやりしているのです。お兄さんに|一献《いつこん》さしあげなさい」
籃母にそういわれて、珍娘がはっと我にかえり、手をのばして杯をとりあげますと、傍から桂瓶がそれに酒をつぎます。珍娘が|羞《はじ》らいに顔を染めながら杯を差し出しますと、悦生は立ちあがって受け、飲みほして返杯をしようとしました。
「いいえ、この子は全然飲めませんので」
と籃母がおしとめ、そして、それをきっかけに、逃げていった婿のことを話して、なげくのでした。
「それはそれは。お察しいたします。わたくしが遠いところにいるもので、なんのお役にもたつことができず、申しわけございません」
「いいえ、そんなこと。ところで、喜郎さん、あなたお嫁さんは?」
とたずねられて、悦生は正直に、雪妙娘のことを話しました。傍できいていた珍娘は、
「やっぱりこの人は、よほどの好きものだわ。色町の女が何万金ものお金を持って自分からやってくるなんて。この人、よほどあれも上手なのにちがいない」
と食指をうごかし、玉娘もまた、
「奥さんが色町の人だったのなら、あの方の手並みも……」
と思いをめぐらし、瑤娘と若蘭もやはり似たようなことを考えるのでした。
「亡くなられたとは、お気の毒に……」
と籃母がいったとき、女の|輿《こし》が入ってきた様子で、まもなく|卞玉鶯《べんぎよくおう》があらわれました。籃母が玉鶯の義理の母になっていることは、|読者《みなさん》もご承知のはずです。
「よく忘れずにきてくれましたね」
と籃母がいっても、玉鶯は悦生がそこにいるので、わざと羞ずかしそうにして、籃母にお祝いの言葉も述べられないようなふりをしております。
「ああ、この人は封悦生といって、わたしの甥だよ。おまえにも、だから従兄にあたる人だから、そんなによそよそしくしなくたっていいのだよ」
「はい。母上さまにはご機嫌よろしく……」
と、玉鶯ははじめて籃母にお祝いをいい、それから悦生にむかって、はじめての人に対するように挨拶をするのでした。
やがて夜も更けてきて、悦生は寝室に案内され、籃母も自分の部屋に引きさがりましたが、玉鶯をまじえた五人の女は、珍娘の部屋へいってとりとめもないことを喋りあっておりました。しばらくすると、若蘭は家へ帰り、玉娘と瑤娘も自分たちの部屋へ引きとります。玉鶯は珍娘の部屋に泊っていくことになりましたが、一つ床に枕を並べて寝たものの、珍娘はなかなか眠れず、
「ねえ、お姉さん、なにかおもしろいこと話して」
といいます。そのとき玉鶯は、別人のことにして悦生のあの稀代の珍宝のことを話したのです。それをきいているうちに、珍娘は騒情をかきたてられて顔を赤く火照らせ、身体じゅうが熱くなってきて、戸口からは騒液が|滾々《こんこん》と溢れてやみません。玉鶯も自分の話に自ら情をあおられて、たえられなくなり、いますぐ悦生のところへ飛んでいって心ゆくまで抽送してもらわないことにはおさまらないと思うのでした。
「お姉さん、わたし今夜はどうしたのかしら。もう我慢ができなくなったわ。ねえ、どうすればいいの!」
と珍娘がいいだしますと、玉鶯は、
「わたしもよ!」
といって起きあがり、いきなり珍娘の金蓮を高く掲げて牝戸を重ねあわせ、火のように熱く、滑々と滾流する二つを磨々擦々いたしましたが、しばらくすると珍娘が、
「あっ、お姉さん、何か使ってるの?」
と叫びました。
「どうして」
と玉鶯が咎めるようにいうと、
「いいの、いいからなのよ」
と珍娘はもう夢中のようです。珍娘は玉鶯の、外にはみ出しているあの二枚の内側の扉のことを知りません。それは普段は東西にからみついて、あるいは室内へめりこみ、あるいは戸外へのび出すのですが、いまはそれが珍娘の戸口にむかって、さらにふくらんでまるで東西のようなはたらきをしているのでした。珍娘がいぶかったのも不思議ではございません。しかし珍娘は今はもうそれも忘れて、ただ快美の中に魂の中天に飛びさるのを覚えているだけでした。
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誰も損しない
『|笑府《しようふ》』にこんな話がある。
「女の人で、ごくまれに、あそこにアザのある人がいる。これは|貴相《きそう》で、かならず|貴子《きし》を生む」
易者がそういったのをきいて、一人の男が進み出てたずねた。
「先生、貴子というのはなんでしょうか」
「では、まず教授料を」
と、易者はさきに|見料《けんりよう》を取って男を奧へつれこみ、
「さて、どんなご相談で?」
「いや、ただ貴子というのはなにかと思いまして」
「ふむ、あなたの奥さんのあそこにアザがあると見えますな。貴子というのは、後に聖人とか天子とか、英雄豪傑とかになる子のことです。孔子は|野合《やごう》の子といわれている。孔子の母の|徴在《ちようざい》という人は、|陬《すう》という村のまずしい農夫の娘です。格別かわったところのある人ではなかったが、ただ、あそこにアザのあったということが、ちゃんと、物の本に|記《しる》されております。秦の始皇帝の生母は、|邯鄲《かんたん》の舞姫だった。この|趙姫《ちようき》という人も、踊りがうまいということのほかは格別かわったところはなかったが、ただ、あそこにアザがあったということが、これもちゃんと物の本に書いてある。つまり、まずしい農夫の娘でも、いやしい妓女でも、あそこにアザがあれば、後には聖人とか天子とかいわれるようになる子を生むという、これは、厳然たる証拠です。あなたの奥さんも……」
「いや、わたしの家内ではないのです」
「というと……」
「兄嫁なのです」
「兄嫁さん? それはおかしいな。兄嫁さんのあそこにアザがあることを、どうしてあなたがご存じなのです」
「いや、なに。親父が寝物語りにわたしの家内に話したのですよ。そのことをまた寝物語りに、わたしの家内が兄にきいてみたところ、そのとおりだと兄がいったということを家内がわたしに話したものですから、それはめずらしいと思って、気をつけて見たら、やはりそのとおりだったのです。まちがいありませんよ」
まことに、のどかな話である。
道学先生ならおそらく、人倫を乱すけしからぬ話だ、|禽獣《きんじゆう》にひとしい行為が、なにが「のどか」だ、とおっしゃるだろうが、|元来《がんらい》禽獣はのどかに暮しているのである。それを乱すのは人間の放つ矢や銃弾である。
つまり、本来はのどかな話も、道学先生が人倫がどうの風教がどうのと出しゃばってくると、のどかな話ではなくなってくるのだ。とすれば、のどかでない張本人は道学先生自身じゃないか。
さて今回は、前述の笑話のような、至ってのどかな話。笑話では、父親と二人の息子夫婦との|都合《つごう》五人の男女が、誰も損をすることなく、男は二人の女と、女は三人の男と、それぞれ円満に通じあっているわけで、|具足円満《ぐそくえんまん》とはこういう状態をいうのではないかと思われるほどののどかな話だったが、今回の話もそれに似て、悦生と|玉鶯《ぎよくおう》・|巧娘《こうじよう》・|珍娘《ちんじよう》との一男三女の、誰も損をしない具足円満な話である。
前回は、|籃母《らんぼ》の誕生日祝いの夜、籃家に泊った玉鶯が、珍娘と枕を並べて寝ながら悦生の「稀代の珍宝」のことを、別人のこととして語りきかせているうちに、二人ともども騒情とどめがたくなり、牝戸を重ねあわせて磨々擦々したというところまでであった。
翌朝、珍娘は玉鶯にゆりおこされて、ようやく眼をさます。そのとき珍娘は、昨夜のことを思い出してぽっと顔を赤らめたが、玉鶯はなにごともなかったかのように、すずしい顔をしている。
二人が朝の化粧をすまして奥の間へ出ていくと、玉娘と瑤娘とが、昨日とはうってかわって親しげに、なにやらしきりに笑いながら悦生と話しあっている。玉鶯はすぐ仲間入りをして、
「なにをそんなに笑ってるの?」
「だって、お兄さんがおかしなことをおっしゃるんですもの」
と玉娘がいう。
「どんなこと?」
「籃家の三人娘は色糸に女の子だって」
「それどういうことなの?」
「色糸は絶でしょう。女の子は好でしょう。だから絶好なんですって」
――色糸に女の子、というのは、かつて連愛月が悦生にささやいた言葉であることを、覚えておられる読者もあろう。
「まあ! 籃家の三人娘は絶好? それじゃ、わたしは、男ってわけ?」
「男ってなに?」
「女の子じゃないってことよ。女の子は好、ないは不。つまり|不好《プハオ》ってことよ」
といって、玉鶯は悦生になにやら伝えたげに目くばせをする。
みんながたのしげに談笑している中で、珍娘もつとめて調子をあわせようとするのだが、すぐ心が沈んでいって、玉娘や瑤娘のように無邪気には笑えないのだ。昨日はじめて悦生に会ったとき、すでに雲雨のたのしみを知りながら久しく遠ざかっていただけに、|燠《おき》を掘りおこされたように、にわかに騒情のかき立てられる思いがしたが、それをまた、昨夜さらに玉鶯にかき立てられて、今はもうどうしようもなくなっているのだった。その騒情をかき立てた張本人の悦生が、まるで知らぬ顔で、妹たちと笑いあっているのが、珍娘には恨めしかった。騒情を鎮めてくれることのできるのは、それをかき立てたその本人でしかあり得ないのに。
しかし悦生は、珍娘が騒情やるかたなく|鬱々《うつうつ》としているその心の中も、また、玉鶯が笑いにまぎらわして示した目くばせの意味も察していたのである。気づかぬふりをして玉娘らと談笑しながら、これはうまくいきそうだと内心ほくそ笑んでいたのである。
その日の夕方近く、玉鶯は|轎《かご》に乗って帰っていったが、彼女はそのとき、もう一度悦生にむかって意味深長な目くばせをした。
「そうだ、あれは、ここでは話せないから家へこいという意味にちがいない」
悦生はそう思うと、矢も|楯《たて》もたまらず、翌朝、東の空が白みかけると、書生の封禄をおこして仕度をさせ、
「おれは出かける。伯母上や従妹たちには、名所旧蹟を見に一人で出かけたといっておいてくれ」
といい残して、あわただしく籃家を出ていった。
さて悦生が呂望繁の店について、主人が出てきたらなんといおうかなと、ちょっとためらっておりますと、出てきたのは巧娘で、笑顔で迎えながら、
「あら、あなたでしたの。さあ、奥へお通りください。ちょうど主人は留守ですの」
悦生はほっとして、巧娘について奥の部屋へ入ります。と、玉鶯が出てきて、
「まあ、いいところへいらっしゃったわ。主人は昨日、山東の方へお寺詣りに出かけたのよ。今、店の小僧をお迎えにやろうと思っていたところなの。籃家では、はじめてお会いしたふりをしなければならなかったでしょう? それでなにもお話しできなくて」
といいます。
しばらくすると、玉鶯は立ちあがって、
「それじゃ、お姉さん」
と巧娘にいい、悦生を自分の部屋へ誘います。玉鶯と巧娘とのあいだには、悦生との場合にかぎらず、いつも玉鶯がさきという黙約があるのでした。それが巧娘の好みだったのです。ところがその日は、悦生と玉鶯とがいよいよ雲を|興《おこ》し雨を降らせようとしておりますところへ、あわただしく巧娘が入ってきて、
「ちょっと待ってよ」
と玉鶯を呼びとめたのでした。巧娘は悦生の稀代の東西を思いおこして、これから玉鶯が、と想像したとたんに、どうしたことか、どっと泉があふれ出したのはまだよいのですが、|滾々《こんこん》と流れてそれがとまらなくなったのです。巧娘は玉鶯に耳打ちをして、
「ねえ、だから今日だけ順番をかえてよ。急いですませるから。あなたはそのあとでゆっくりたのしんだらいいわ。そうしないと、わたし、へんになってしまいそう」
「お姉さんったら、仕様がない。いいわ、それじゃお毒見させてあげる。ご馳走はあとでわたしがゆっくり頂戴するから」
玉鶯はそういって、笑いながら部屋を出てゆきます。
悦生が巧娘を抱きあげて寝台に横たえ、その金蓮を高く掲げて見ますと、戸口は大きくあいていて、そこからまるで|清水《しみず》の湧くようにとめどなく|露玉《つゆだま》が流れ出ております。しばらく眺めておりますと、巧娘は、
「お願い、早くどうにかして!」
と悦生を引きよせます。巨大な東西は、二枚の扉を奧へ押しこみながら進みましたが、先端が花心にとどくと、扉はもとへもどり、それを追うようにして、わずかな隙間から泉が溢れ出てくるのでした。
悦生の場合は、そのままじっとしておれば東西がひとりでに動くことは|読者《みなさん》すでにご承知のとおりでございます。巧娘はしきりに身もだえし、しきりに浪声をあげておりましたが、二刻あまりもいたしますと、魂は中天に飛び、体は|軟《な》えて、なにやらしきりに叫ぼうとしているようでしたが、声にはなりません。巧娘は玉鶯を呼んでいるのでした。
玉鶯はその前から、外にまできこえる巧娘の浪声に、居ても立ってもおられず、部屋の中へ入ってきて寝台の傍らで眺めていたのです。その戸口はさきほどの巧娘と同じありさまで、泉は糸を引くようにして脚の方まで伝わってゆきます。
「放して……」
と玉鶯は悦生にいいます。
「お姉さんは、わたしに、代ってっていってるのよ」
悦生が東西を引き出しますと、玉鶯は手|真似《まね》で悦生に仰臥を求めて、上になります。玉鶯の大きな二枚の扉はいっそう大きくふくれあがり、そのあいだから、下垂してきた花心がわずかに頭を|覗《のぞ》かせております。悦生が下から、その花心の頭に東西の頭をおしあてて奥へおしこみ、二人が胸を貼りあわせますと、例によって東西はおのずから抽送をはじめ、玉鶯は快美に浪声をもらします。
こうして二人が|漆《うるし》のごとく|膠《にかわ》のごとく、一つになったまま二刻あまりをすごしますと、玉鶯の花心はまた東西を押し出すように下垂しながら、その頭を|嘗《な》め、嘗めては|去《きよ》し、去しては嘗めつづけること十幾回、ようやく雲散り雨収まったのでございます。
玉鶯が|下《お》りますと、悦生は仰臥したまま、右手には玉鶯、左手には巧娘を抱いて二人を休ませます。玉鶯は悦生の身体越しに巧娘に呼びかけます。
「お姉さん、もうあれは止まったでしょう?」
「からかわないでよ。すっかり汲みつくしてもらって、せいせいしたわ」
「それじゃ、もうだめ?」
「汲めども尽きずよ。あなたは?」
「汲めども尽きずよ。わたしも」
二人はくすくす笑いあっております。
悦生は玉鶯にいいます。
「お二人をごいっしょにおもてなしする前に、一つお願いがあるんだけど。それをかなえてくだされば、あなたがたお二人とも、これからずっと仲よくしていけるのだが」
「わたしの方にも、あなたとずっと仲よくしていけるための妙案があるんだけど、あなたからさきにおっしゃって」
「わかったよ、あなたの妙案ってのが」
「それじゃ、いってごらんなさい」
「従姉の珍娘のことでしょう」
「そうなの。あなたのお願いっていうのもそうでしょう」
「そうだ。それで、どうやってとりもってくれるというの?」
玉鶯の妙案というのが、珍娘を悦生にとりもつことであることは、いうまでもありません。
悦生・玉鶯・巧娘の三人は、どうすればうまくいくかと、あれこれと話しあって相談をまとめたのち、まず悦生が、名所見物をしてきたふりをして籃家へ帰り、しばらくたってから、玉鶯が訪ねてゆきます。
玉鶯はその夜籃家に泊って、珍娘をさそいました。
「今日わたしがなぜきたか、わかる?」
「お母さまになにかご用があって?」
「ええ、お母さまにも用事があるにはあるのだけど、じつは、例のお客さんを避けるためなの」
「例のお客さんって、あの、おとといの夜あなたからきかされた、稀代の……」
「そうなの」
「おとといはあんなにうれしそうに話していたくせに、どうして避けるの」
「うちの姉が一人でゆっくりたのしめるようによ。ちょうど主人が旅に出ていて留守なので、どんなにさわいだっていいものだから。そのかわり、あしたはわたしが一人で、存分にたのしませてもらうという約束なの」
「うらやましいわ」
「そうね、わたしたちだけでたのしむのは、わるいみたいね。中でひとりでに動きまわるのよ。その心地よさといったら、いくらいっても言葉ではあらわせないわ。あなたにも是非あじわわせてあげたいけど。そう、いいことがある、あしたお母さまのおゆるしをもらって、わたしの家へいらっしゃいよ。そして、夜、明りを消してから、あなたがわたしの寝台に寝るのよ。そうすれば、あの人がはいってくるから、黙ってするままにさせておけばいいわ。そしておわったら、お手洗いにいくふりをして、わたしと入れかわるのよ。あの人はいくらやっても衰えることはないから、わたしは入れかわってからしてもらえばいいから。ねえ、どう? そうしない?」
「まあ、あなたは、やさしい人ねえ。一生ご恩に着るわ」
「そんな他人行儀なこといわないでよ。それより、お母さまの方は大丈夫かしら」
「それはわたしがうまくやるわ」
一方、悦生は、玉鶯がうまく珍娘をつれ出してくれればよいがと、じりじりしながら、それとなく様子をうかがっております。しばらくすると、二つの|輿《こし》が中庭に入ってきました。と、籃母・玉娘・瑤娘に送り出されて、珍娘と玉鶯の二人がその輿に乗ります。
「玉鶯さん、それでは珍娘をよろしくお願いします」
という籃母の声がきこえ、玉娘と瑤娘との、
「お姉さん、ゆっくり保養させてもらっていらっしゃい」
という声もきこえます。
やがて二つの輿が出ていくのを見ると、悦生はもう居ても立ってもおられぬ思い。手の舞い足の踏むところを知らずというのは、まさにこのことでございましょう。そわそわしながら日の暮れるのを待ち、日が西に傾くと大急ぎで城門を出て、呂家へむかいました。
呂家の小僧はなにも知りませんから、悦生を不審な顔をして眺め、
「旦那さま、こんなにおそく、どうなさったのです?」
「城外の名所を見物しているうちに、日が暮れてしまったのだ。今夜は泊めてもらうよ」
そこへ玉鶯が出てきて、小僧にいいます。
「悦生さまをそっとお姉さまの部屋へおつれして。珍娘さんにわからないようにね」
玉鶯は悦生に目くばせをして、すぐ奥の間へ引きかえし、巧娘・珍娘といっしょに顔を洗って化粧をなおし、下湯をつかってきれいにいたします。それがすむと、
「さあ、珍娘さん、あなたはお疲れでしょうから、さきにお休みなさいな」
といって、自分の部屋へ案内し、
「それじゃ、いいわね。しばらくするとあの方が見えるわよ」
珍娘がうなずいて頬笑むのを見ると、玉鶯は明りを消して部屋を出てゆきます。それからの事の次第は次回でくわしくお話しすることにいたしまして、今回はまずこれまで。
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大真良と大津比
江戸に大真良男という男がいた。京に大津比女という女がいるときいて、はるばる|上方《かみがた》さして旅に出た。これよりさき、京の大津比女も江戸の大真良男のことをきいて、|東《あずま》へ下った。
二人は箱根の山でゆきあった。
大真良はすぐ大津比を江戸へつれ帰って女房にしようと思い、|馬子《まご》を呼びとめたが、まず合うか合わぬか、一番ためしてみてからにしようと、馬子を道端に待たせておいて大津比を林の中へつれこんだ。
大真良はこれまでに合ったためしは一度もなかったが、さすがは大津比、うまい具合に納まってしまった。大津比もこれまでに満たされたためしはなかったが、ぴったりと合って、まるで天に舞い上るような心地、しかも右三左三上六下四とこねまわされて、はじめのうちは馬子にきかれないようにと、歯をくいしばってこらえていたが、やがてどうにもこらえられなくなり、我を忘れて、
「ああ、それ、それ、いくよ、いくよ」
と叫んだ。
道端で休んでいた馬子は、それをきいて、
「おっと、がってん。さあ、馬をやりましょうか」
と立ちあがる気配。二人があわてて離れると、スポンという音がして、つづいてドク・ドク・ドク……。すると馬子が、
「旦那、よしましょう。この山坂、瀬戸物を積んだら割れるにきまってますよ」
|飾北斎《かつしかほくさい》の『|男女畑《まめばたけ》』(天明二年頃)にある小咄である。
さて今回は、悦生という大真良と、|玉鶯《ぎよくおう》・|巧娘《こうじよう》・|珍娘《ちんじよう》という大津比との、誰も損をしない|具足円満《ぐそくえんまん》の光景がいよいよ佳境に入るところである。
前回は、玉鶯が珍娘を自分の部屋へつれていって、
「それじゃ、いいわね。しばらくするとあの方が見えるわよ」
といい、明りを消して部屋を出ていったところまでであった。
玉鶯が客間へもどると、悦生が、
「どうもすみません。すっかりお膳立てしていただいて。お二人には、明日たんまりお礼をさせていただきますから」
「きっとよ」
と玉鶯はいう。
「わたしとお姉さんの気持を忘れないでね」
巧娘はかげで二人の話をきいていて、
「玉鶯って、ほんとうにいい人だわ。わたしのこともちゃんと悦生さんにいってくれて。親身の妹みたい」
と、よろこんでいる。
さて玉鶯は悦生に、
「わたし、さきにゆきますから、すぐあとからいらっしゃってね」
といって、また自分の部屋へゆき、珍娘が寝ている寝台の傍へ寄って、
「あの方、すぐいらっしゃるわ。どう?」
と、手さぐりで珍娘の戸口にさわってみて、
「まあ、もうこんなに……」
とからかってから、
「ところで、明日、お礼になにをくださる?」
「なんだって、あげるわ」
「それじゃ、ごゆっくり」
といって部屋を出た。
悦生は玉鶯の出てくるのを待って、部屋の中へはいり、扉を閉めると、すぐ衣を脱して寝台に上った。
玉鶯が「もう、こんなに」といったように、戸口から泉をあふれさせて待ちかまえていた珍娘は、腕をのばして悦生を抱きよせます。
悦生は両手で珍娘の頬をはさみ、顔を近寄せて呂の字を書きながら、口を離しては、
「わたしの玉鶯、かわいい……」
とささやき、また呂の字を書き、また離しては、
「好きだよ、玉鶯」
とくりかえします。
珍娘は答えることができないのです。悦生はそれが珍娘であることを承知していながら、わざと「玉鶯々々」と呼んでいるのですが、珍娘はそうとは知らず、もし声を立てて玉鶯ではないことがわかったら、せっかくの玉鶯の好意が無になってしまう、とおそれているのでした。
珍娘は早く中の字を書いてほしくてならないのですが、悦生はなおも呂の字ばかりを書いております。牝戸はおのずからぽっかりと口をあけ、火山のように熱くなり、噴火口からは溶岩が流れてやまないのですが、どうにもなりません。やがて、ついにこらえきれなくなり、手をのばして悦生の東西をさぐりました。
それは玉鶯にきかされて想像していたものよりも、はるかに大きく、はるかに硬く、はるかに熱いのです。
「お願い、納めて!」
珍娘が夢中でそういいますと、ようやく悦生はその|両腿《りようたい》のあいだに膝をつきました。珍娘は金蓮をかかげて戸口を高張いたします。その溶岩の湧き出る戸口を、悦生は東西でふさぎ、おもむろに胸をたおします。珍娘が「あっ!」と一声叫んだときには、すでに東西は全身を没して、花心を突き上げておりました。珍娘がまた「あっ!」と一声叫んだときには、しびれるような快美が電光のように全身を突き走っていました。珍娘は身をふるわせながら、東西をくわえて忙送乱迎いたします。
悦生は珍娘の送迎に任せながら、
「この女の風騒のさまは、あの二人とはまたちがうな。これもなかなかかわったあじわいがある」
と、しばらく玩味しておりましたが、やがて、例によって気を|運《はげ》ましますと、東西は二倍の太さになって室内に|漲《みなぎ》り満つるのでございます。珍娘は送迎に難渋を感じましたが、同時に、快美の倍加してくるのを覚えました。
「ああ、どうしよう」
と珍娘は|喚《わめ》きだします。そのとき悦生は、さらに気を運ましました。と、東西はひとりでに動いて室内の襞を引きずり出すように外にむかい、あるいは奧へ進んで花心に吸いつき、あるいは天井をこすり、あるいは|床《ゆか》をなめ、右を突き、左を刺し、あるいはまた渦を巻きながら進んだり退いたりいたします。珍娘はこのような快美は未だかつてあじわったことがありません。ただ、
「どうしよう、どうしよう」
と喚きつづけるばかりです。悦生は益々、妙術を発揮いたします。珍娘は一身の毛穴が一時に開き、一切の血脈が一斉に波打つのを覚えます。半ば喪神しながら、玉鶯が稀代の珍宝といったことを思いおこし、
「ほんとうにそうだわ。だが、夢をみているのではないかしら」
と思うのでした。戸口は|翕々《きゆうきゆう》と緊まり、室内は炎々と燃え、玉液は|涓々《けんけん》と湧いてやみません。珍娘は今はもう玉鶯の身代りであることも忘れて、しきりに浪声をあげ、どうしてこのように快美なのであろうか、あなたはどうしてこのように妙処を貫くことができるのか、あなたはわたしをよがり殺そうとするのか、偉大なる東西よ、わたしの弱小なる牝戸をおゆるしください、わたしはもう死ぬであろう、果然わたしは妙の極である、などと、息もたえだえに叫びつづけるのでした。
悦生はそれをききながら、なおも気を運まして、東西を縦横に活躍させます。珍娘は|昏《くら》んでは醒め、醒めてはまた昏み、浪声はひきも切らず、四肢はおののきふるえ、津液は流れてやまず褥に浸沈いたします。
こうして大いに|抽《ちゆう》し大いに|送《そう》して、やがて三更のころになりますと、珍娘もついに、四肢の力が全く抜けてしまって、休戦を申し入れます。
「あなた、ちょっと下りてくださいません? すこし休ませてくださらない?」
悦生は初めて大敵に出会った珍娘を、これ以上戦わせるのも可哀そうだと思って馬を下り、枕をともにして休みましたが、しばらくのあいだは珍娘の戸口からはぬぐえどもぬぐえども泉があふれ出し、扉は大きく左右に開いたままで、いくら閉じあわせてもまた自然に開いてくるのでした。そのまま珍娘はうとうとと眠ります。
しばらくして眼をさましたが、まだ四肢はしびれているようでした。室内にもまだ余韻のようなものが残っております。なんというすばらしい宝だろう、と珍娘は思うのでした。せっかくこのような稀代の珍宝に出会いながら今夜きりで別れてしまわなければならないのかと思うと、残念でなりません。
「眼が醒めた?」
と悦生がききます。
「わたし眠っていたのかしら」
と珍娘がいうと、悦生は黙って手をのばして珍娘の乳房をまさぐり、胸から腹、腹から腰へとなでながら、
「なめらかな肌だ」
といいます。その手をさらに牝戸の上へあてて、しばらくのあいだ、そっとおさえていましたが、やがて、
「豊々満々としたいい牝戸だ」
といい、珍娘の手を取って自分の東西に触れさせながら、
「そのすばらしい牝戸と、この大きな東西とはまさに好一対だね」
というのでした。そのとき珍娘は、
「あらっ!」
と叫びました。さきに触ったときにはこれほど太いとは思わなかったのですが、ほとんど握りきれないくらいの太さなのです。しかも、長さは三握りしてもあまり、硬さは鉄のようで、熱さは火のようではありませんか。さわっているうちに、興をあおられ、悦生を抱きあげるようにして、自分の手で東西を戸口へあてがいました。たちまち泉が湧き出し、悦生が「うん」と一声漏らしますと、珍娘が「あっ」と叫んだときにはもう、東西は全身を没して、ひとりでに動きだし、珍娘は早くも一身のしびれるような思いです。浪声を漏らしながら珍娘はたずねます。
「あなたは、どこの、どういう方ですの? ねえ、教えてくださいよ。ひとりでに動くなんて、こんな妙術は生れつきのものじゃないのでしょう? 仙人にでも教わったのでしょう?」
悦生は内心思います。
「この人はなかなかかしこい人だ。そこまで気がつくとは」
そして、
「それじゃいいましょう。出して? それとも入れたまま?」
「いやな方。そのままで教えて!」
「わたしの声に覚えはありませんか?」
「あら、これまでにお会いしたことがありますの?」
「明りをつけましょうか」
「いやよ、はずかしいわ」
「それじゃ、やめます。声をきいて思い出しませんか?」
「家でお会いした方?」
「そうですよ」
「まあ、それじゃ身内の方?」
「そうですよ」
「まあ! どうしましょう。半夜もこんな醜態をさらけだしてしまってから、いまさら……」
「それじゃ、出しましょうか」
「いじわる!」
珍娘はひそかに思うのでした。
「よかった、従弟で。もし顔見知りの他人だったら、こんなことになってしまって、ひどい恥をさらさなければならなかった」
そして、相手がひそかに心を寄せていた従弟だったことをよろこびながら、
「ひどい人。あなたははじめから、わたしだってこと、ご存じだったのね。それなのに、玉鶯々々なんて呼んだりして」
「じつは、わたしが、こういうことになるように玉鶯さんにたのんだのです」
「いいのよ。わたし、うれしいのよ。わたし、主人に逃げられてから、ずっと一人でさびしい日を送ってきたのです。玉鶯さんのはからいでこんなことをしてもらったのですけど、そんなわたしを、さげすまないでね。わたし、初めてお目にかかったときから、あなたをお慕いしていたのよ。亡くなられたあなたの奥さんは|廓《くるわ》の人で、その人が大金を持ってきてあなたと一緒になられたときいて、おそらく、これが……」
と、珍娘は今、自分の中に納まっている東西をぐっと緊めながらいった。
「これがいいからだと思ったのだけど、やはりそうだったのね。立派な上に、妙術まで心得ていらっしゃって。こうなったらもう、わたし、あなたから離れられそうにもないわ。たとえあなたにきらわれたって」
「とんでもない。あなたさえいやでなかったら、郷里へは帰らずに、一生あなたの傍においてもらいたいと思います」
「きっとよ。今夜のことは玉鶯さんのはからいとはいえ、二人がこうなったのは前世の縁があったからだと思うわ。もう郷里へは帰らないでね。これからのことは、あとでゆっくり話しあいましょう」
悦生は大よろこび。あらたに気を運まして、|楫《かじ》を|敲《たた》き舟を|揺《ゆす》り、風を迎え浪を破り、ここを|先途《せんど》と攻めつけますと、珍娘は好敵ござんなれとこれを迎えて、愁を忘れ悶を除き、心ゆくまで風流をたのしみます。そして、思いを寄せていた従弟が稀代の珍宝の持主で、今こうして一つになれるとは、なんというすばらしい奇縁だろうと、牝戸をそびやかして東西を送迎しながら、
「大好きな弟よ、今夜はおまえがよがり死ぬまで放しはしないよ。おまえの姉さんはおまえを放さないよ」
と、大東西を喰いちぎらんばかりの激しさです。もとより悦生はひるむはずもなく、
「きれいで色っぽいわたしのお姉さん、どうぞわたしをよがり殺してください。あなたの弟にとって、それほどたのしいことはありません」
といいながら、珍娘が翕々と緊めつければ緊めつけるほど、いよいよ|昂々《こうこう》と力を漲らせます。かくて快戦はいつ果てるともなくつづけられましたが、この世に、初めがあって終りのないものはございません、花房が露を吐けば玉柄も波を|注《そそ》ぎ、二人は抱き合ったまま横にたおれて枕をともにして|憩《いこ》います。まことに、
相逢うて恐る|陽台《ようだい》の夢かと
今日|歓《かん》を同じくす旅店の中
というところでございます。
さて、悦生と珍娘の二人が、舟を|停《と》め棹を|住《とど》めておりますところへ、玉鶯と巧娘とが明りを持ってはいってきました。
玉鶯は寝台の上の二人を照らして、
「|従姉弟《いとこ》同士が、もっと深い仲になったわね」
といいますと、巧娘も、
「ねえ、よかった?」
とからかいます。珍娘が笑いながら、
「あら、もう、二人で取り返しにいらっしゃったの? いくらなんでも、すこしは休ませてあげなくては」
というと、悦生は、
「平気ですよ。わたしは|隴《ろう》を得て、また|蜀《しよく》が欲しくなりましたよ」
それをきいて、巧娘がすぐ衣を脱しますと、玉鶯もそうして、いっしょに寝台の上へあがります。悦生が仰臥して迎えますと、巧娘が飛び乗ってずぶりと納めます。玉鶯は巧娘のうしろへまわり、馬を|馳《は》せやすいように巧娘の腰に手をそえて、動きを助けます。うしろから眺めますと、川に|葫蘆《ひようたん》が浮いているようなありさま。
やがて巧娘が、葫蘆に玉液をそそぎかけ、力つきて下馬しますと、代って玉鶯が飛び乗り、上体を直立させたまま、おもむろに東西を納めます。これが玉鶯の最も好む形であることは、|読者《みなさん》ご承知のとおりでございます。玉鶯がそのままじっとしておりますと、悦生は気を運まして東西を逞しくし、下から乱抽乱送します。花心を突き上げるたびに玉鶯は悲鳴をあげて玉液を|迸《ほとばし》らせ、しきりに上体に波を打たせておりましたが、やがて支えきれなくなって落馬してしまいました。
「珍娘さん、あなたは?」
と巧娘がうながします。珍娘がかぶりをふると、巧娘は俯臥して牝戸を高く上げます。これが巧娘の最も好む形であることも、|読者《みなさん》のご存じのとおりです。悦生も心得ていて、うしろから東西を納めてやります。巧娘はこんども、まもなく悲鳴をあげだしました。珍娘は傍で見ていて、
「お二人とも、たいしたことはないのね。餓えた蚊が血をむさぼるように、しばらく食いついているうちに、ころころと落っこちてしまうなんて」
と笑いましたが、心の中では、こんなにつづけさまにお相手をさせられては、いくら強いといっても再挙できなくなるのではないかと、いささか心配になってくるのでした。いずくんぞ知らん、悦生は|古棠《ことう》の|万衲子《まんどうし》から千戦不敗万敵不洩の秘法を授けられていて、一夜に十女を御することもできるのです、二、三人などものの数ではございません。
「たいしたことはないっていったわね」
と玉鶯が珍娘に笑っています。
「わたしたち、今夜は短期戦をたのしんでるからなのよ。あなたも加わりなさいよ」
やがて珍娘も加わり、|鶯枕《おうちん》上に一竜三珠を|擒《とら》え、|錦衾《きんきん》中に|衆鸞《しゆうらん》一鳳を|翔《めぐ》らして、たのしみをつくしておりますうちに、いつしか夜が白んでまいりました。四人はまどろむまもなく、巧娘と玉鶯は身づくろいをして店をあける用意をはじめ、悦生と珍娘も床をはなれて身仕度をはじめます。
「わたしたち、もう、従姉弟同士でも他人でもないわね。家へ帰ってから、今後のことを相談しましょう」
と珍娘がいうと、悦生は、
「ええ。一晩中眠らせずに、すみませんでした」
「いいえ、とんでもない。それはわたしのいうことよ。いたずらな女だとさげすまないでね」
「それじゃ姉さんは、一足さきに帰ってください。わたしは、すこしたってからもどりますから」
巧娘と玉鶯とは、二人のそんな様子を見て安心をし、台所で朝食の用意をしながら顔を見あわせて、小声で話しあっているのでした。
「よかったわ。これで珍娘さんたちもしあわせになれるわ。慕っていた人が、慕っていた人と一つになれたんだものね」
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ちんちんないない
ある男、友達の家に泊り、真夜中にふと目をさましたところ、友達の女房が白い|股《もも》をむき出しにして、あられもない恰好で寝ている。
亭主はと見ると、むこう向きになってぐっすり眠りこんでいるようなので、そっと起きだし、苦心してようやく半分ほど納めたが、そのとき亭主が目をさまし、このありさまを見てカッとなったのは当然で、いきなり男を蹴りころがした。
男はのろのろと起きあがり、目をこすりながら、いかにも心外といった顔つきで、
「なぜ、おれを蹴とばした?」
「なんだと? |盗人《ぬすつと》猛々しいとは、おまえのことだ」
「おれが何をしたというのだ」
「女房の上に乗ってたじゃないか」
「えっ? それはほんとうか。そういえば、なんやらそんな夢を見ていたような気もするが、もしほんとうなら、重々おれがわるい。寝ぼけていたんだから、ゆるしてくれ」
と、平あやまりにあやまる。
「寝ぼけていたのなら、仕方がない」
と、亭主は不承々々|納得《なつとく》して、寝てしまった。男も、やれやれと胸なでおろして寝たが、なかなか寝つけない。せっかく半分まで納めたのにと思うと無念でならなかったが、しばらくすると、亭主のいびきがきこえてきたので、矢も楯もたまらなくなり、また起きだして寄っていった。さぐってみると濡れていて、こんどは難なく根まで納まった。
これはよい具合と、亭主を気にしながら、ゆるゆるやっているうちに、女房のはないきがだんだん荒くなってきたので、亭主が目をさましたらこんどこそ一大事と、うごきをとめた。ところが女房はもはや夢中のていで、ひとりでうごかし、ついには声まであげて|浪《よが》りだす始末。
その声でまた目をさました亭主が、このありさまを見て、
「おいおい、目をさまさんか。また寝ぼけやがって」
といったときには、女房が一際高く声を放って、ちょうど二人いっしょに終ったところであった。
さても、世の中にはうまいことやるヤツもいるものかな。
これは、前回の|入話《まくら》と同じく、飾北斎の『|男女畑《まめばたけ》』にある小咄である。
さて、|玉鶯《ぎよくおう》のはからいで|悦生《えつせい》とうまいことをやった|珍娘《ちんじよう》は、まだ余韻の残っているような身を|輿《こし》にゆられて、家へ帰った。空閨のかわきを存分にいやして、身も心もかるがると輿から下りた珍娘を見て、|玉娘《ぎよくじよう》と|瑤娘《ようじよう》は、
「お姉さま、お帰りなさい。一晩のうちにすっかりお元気になられたようね。よかったわ」
といった。|籃母《らんぼ》も珍娘を迎えて、
「元気になってよかったね。玉鶯さんにはだいぶん散財させたのじゃないかい」
「ええ、ずいぶんお世話になりました」
「一日気晴らしにいっただけで、そんなに元気になるとはねえ。玉鶯さんには迷惑をかけるけど、またときどき遊びにいくといいよ。おまえがふさぎこんでいるのを見るのは、わたしもつらいからねえ」
玉娘と瑤娘の二人はもちろんのこと、籃母も、呂家で珍娘が悦生とうまいことをしてきたとは知らない。しかし、珍娘がふさぎこんでいたのは、江戸の川柳でいうならば、
恋やみの動悸ぴくぴく|開《かい》でうち
というヤツだったのである。今すっかり元気になって帰ってきたのは、呂家で、その開のぴくぴくが悦生によっていやされたからであって、これも江戸の川柳でいうならば、
あれ死にますと恋病みけろり|治《なお》し
という次第。悦生によって恋病みがケロリとなおってしまったからにほかならない。
一方、悦生は、呂家に居残って、例によって例のごとく、巧娘・玉鶯の二人と串の字を書いて歓を重ねていたが、やがて日が西に沈もうとするころになって、ようやく|けり《ヽヽ》をつけ、二人に別れて籃家へ帰った。書生の封禄が出迎えて、
「お帰りなさいませ。さきほどから伯母上さまが、お食事の用意をして待っておられます」
という。悦生が奥の間へいって挨拶をすると、籃母は、
「洛陽は|北国《きたぐに》だから、故郷広陵のように見映えのあるところはなかったでしょう」
といった。悦生が名所見物にいくといって籃家を出たことは、|読者《みなさん》ご承知のとおりである。
「いいえ、所かわれば|風《ふう》かわるで、たのしく見物してきました」
「あなたが見物にいっているあいだ、珍娘も呂家へ気晴らしにいってきたのですよ」
「そうですか、それは結構でした」
などと、悦生はあくまでも空とぼけている。籃母が正面の席、その右側の席には珍娘・玉娘・瑤娘、左側の席には悦生が坐って、雑談をしながら食事をしたが、もちろん、悦生も珍娘も昨夜のことはおくびにも出さない。しかし、珍娘がときどき悦生に向ける眼には自然に親しみがあふれていた。
食事がすむと、悦生は客間へひきとって、一人で床についた。籃母の手前、そうするよりほかなかったのである。
珍娘は、二人の妹といっしょに母を寝室へ送っていってから、これまた自分の部屋へひきとったが、一人になると、|俄《にわ》かに、なまなましく昨夜のことが思い出されてきて、
「これまでは、男のも女のも、みんな似たようなものだと思っていたけど、ちがうということがはじめてわかったわ。あんなに大きくて、硬くて、熱くて、強いものがあるなんて、夢にも思わなかった! あの人に結ばれなかったら、あんな不思議な、見事なものがあることを知らずにすごしてしまうところだった! あんな快美も知らずにすごすところだった! ほんとうに、この世の中に比べるもののないすばらしい宝だわ。結ばれたのは玉鶯さんの好意があったからだけど、それにしても前世の|縁《えにし》があったからにちがいない。前に、夢で、月の中になにか光るものがあると思ったら、風が吹いてきて|笙《しよう》が飛んできたので、それを取って吹いていると、玉娘と瑤娘もきていっしょに吹きだし、そこへまた若蘭もきて、四人で合奏したことがあったけど、いま考えてみると、月は悦で、笙は生、風は封で、封悦生という者と結ばれるという神さまのお告げだったのだ! 神さまの結ぶ縁の糸は、千里離れていようと必ずつながるというけど、ほんとうなのだわ。でも、そうすると、わたしだけではなくて、玉娘も瑤娘も、それから若蘭も、あの人と結ばれるということかしら。もしそうなれば、玉娘たちもどんなによろこぶことか。玉鶯さんがわたしにしてくれたように、いずれわたしも、玉娘たちに橋渡しをしてやらなくては……」
そんなことを思いめぐらしているうちに、珍娘はいつのまにか安らかな眠りに落ちていった。
一方、悦生も客間で一人思いに耽っていた。
「郷里にいたときは、はじめ妓女の雪妙娘と馴染みになり、妙娘は数万金を持っておしかけ女房になりにきたが、かわいそうに若死にをしてしまった。つぎには人妻の連愛月にめぐりあい、互いに愛しあったが、別れなければならない羽目になった。その後、一人暮しのわびしさの中で、伯母がなつかしくなり、はるばる千里の道をたずねてきたのだが、途中、板橋鎮の宿に泊ったとき、夢で、三人の美女が笑いさざめきながら|蹴鞠《けまり》をしているのに出会い、いちばん年上の娘に話しかけたところ、若い方の娘に鞠を投げつけられて目がさめたが、あれが珍娘と親しくなる前兆だったのだ。いずれ、二人の妹たちとも親しくなれるにちがいない。洛陽の城外にたどりついたときに日が暮れたことも、幸運だった。そこの宿屋に泊ったおかげで玉鶯と巧娘に会え、さらに、玉鶯のはからいで珍娘と縁を結ぶことができたのだから。さて、これからはどんな幸運にめぐりあえることやら……」
悦生は胸をふくらませながら、珍娘同様、彼もまた眠りに落ちていった。
――作者はこんなふうにして、読者に、それとなく物語の復習をさせるのである。巧妙な手口といえよう。
その夜、籃母は、急に頭が痛みだし、目はくらみ、咽喉がかわいて、ついに一睡もできぬまま夜を明かした。
珍娘ら姉妹は、朝になってから、いつになくなかなか起きてこない母親を見にいって、はじめて病気だと知った次第。呼んでも籃母は返事もせず、苦しげに息を吐いているだけで、目をあける力もないようである。封禄に知らされて、悦生が急いで見舞いにいくと、籃母ははじめて目をあけて、
「喜郎さん、わたしのたのみをきいておくれ」
といった。悦生が、さては珍娘とのことを察してかと、身をちぢめるようにしてうなずくと、
「わたしはもう年だから、長いことはなかろう。娘三人だけで、男の子はなし、珍娘の婿は家を出てしまって帰ってこないから、わたしのたよれるのは、あなたしかないのです。田畑などの財産はみんな帳簿に控えてあるし、ほかに黄金が二箱と白銀が百壺あるから、わたしが死んだら、四人が同じ取り前になるように、きちんと分けておくれ。娘たちのことはくれぐれもたのみますよ」
「伯母さま、なにをおっしゃるのです。元気を出してください。しばらくお休みになったら、すぐよくなりますよ」
と悦生がいうと、珍娘は涙ぐんで、
「お母さま、そんな心細いこといわないで……」
玉娘と瑤娘も、
「そうよ、お兄さんやお姉さんのおっしゃるとおりよ。しっかりしてよ」
と口ではさりげなくいいながら、やはり涙ぐんでいる。
「いいんだよ、これで。おまえたち三人が傍にいてくれる上に、遠くにいた甥まできてくれて、みんなに看とってもらいながら死ねたら、思い残すことはないよ。喜郎さん、たのみますよ。三人ともこのお兄さんのいうことをよくきいて、仲よく暮していくんだよ」
やがて医者がきて、くわしく診察いたしましたが、六宮の脈のうち五宮までは危ないとのことで、二、三日中に急にどうこうということはないが、とても半年は持つまいということでございます。医者は薬を二服おいて、帰っていきました。
珍娘はさっそくその薬を煎じて飲ませます。四人はずっと傍を離れずにいましたが、やがて薬が効いてきたのか、籃母は眠ってしまいました。以前のような苦しげな息づかいではなく、心地よく眠っているように見えます。
「もう大丈夫でしょうから、看病はお姉さんにおまかせして、わたしたちはしばらく一休みした方がいいでしょう。交替して看病することにしないと、身体が持ちませんよ」
悦生がそういうと、珍娘も、
「そうね。そうしましょう。わたし夕方まで一人で看病するから、あなたがたはそれまで休んでちょうだい。あなたがたは一人では心細いだろうから、二人一組で、夕方になったら交替にきてね。悦生さんもどうぞお休みになってください」
といいます。
「それじゃ、お姉さん、お願いします」
と、玉娘と瑤娘が出ていきますと、悦生も急いで立ちあがりました。
母親の前とはいえ、眠っている人の傍で、男と女が二人きりになるということは|不謹慎《ヽヽヽ》だからでございます。
悦生が出ていくとき、珍娘は目顔で合図を送りました。すぐ悦生も合図を返します。
なに、その|方《ほう》が|不謹慎《ヽヽヽ》ではないか、とおっしゃる|方《かた》もあるかもしれませんが、かくれてやることはまた別でございます。人前では立派なことをおっしゃったり、なさったりする方でも、かくれては何をなさるか知れたものではございませんから。
やがて日が暮れてきますと、珍娘は、妹たちが交替にくる前に、こっそり部屋をぬけ出し、悦生を自分の部屋にかくしてから、またこっそりもどってきました。しばらくして玉娘と瑤娘が交替にきますと、珍娘はなにくわぬ顔をして、
「感心ね。そろそろ呼びにいこうかと思っていたところなの。もう日が暮れてしまったから、いっしょに内門を閉めにいきましょう」
といいます。内門というのは、奧の間と客間との境の門です。
「今夜は開けておいた方がいいのじゃない? 夜中にお母さまが目をさまして、お兄さんとお話をしたいとおっしゃるかもしれないから」
「いいえ、いけません。お母さまがお元気のときでも、やかましくおっしゃっていたことです。まして、わたしたち若いものだけのとき門も閉めずにいたら、どんなお叱りを受けるかもしれないことよ。もしお兄さんにご用があるとおっしゃったら、そのとき開ければいいんだから」
珍娘はそういって、二人の妹といっしょに内門を閉めにゆき、もどってきてからもしばらく母親の様子を看ていましたが、籃母は昨夜一睡もしなかったためか、薬が効いてか、まだ、ぐっすり眠っております。
「よくおやすみね。それじゃ、わたし一眠りしてくるから、そのあいだ、二人で看ていてね」
「いいわ。でも寝すごさないでね。二時間くらいしたら交替にきてね」
「大丈夫よ。それじゃお願いね」
珍娘が出ていってしまいますと、瑤娘が玉娘の袖を引いて、耳に口を寄せていいます。
「あなた気がついた? わたしたちが休む前に、お姉さんがお兄さんに目くばせしたこと。いまだって、なんだか浮き浮きして出ていったでしょう? おかしいと思わない?」
「ええ、わたしもおかしいとにらんでるのよ。内門を閉めるのなら、黙って閉めてきたらいいのに、わざわざわたしたちをつれていったのも、へんじゃない? きっと、お兄さんをかくしているのよ」
「どこへ?」
「かくしているとすれば、自分の部屋にきまってるわ。いま、お母さまよく眠っていらっしゃるから、二人でちょっと見にいこうじゃないの。お姉さんだけいいことをするなんて、ひどいじゃない?」
「ええ、見にいきましょう」
一方、珍娘は、小走りに部屋へもどると、急いで裳を卸し衣を脱して、寝台に上りました。待ちかねていた悦生は、仰臥したまま両腕をのばして珍娘を引き寄せます。珍娘の内側の扉は大きくふくれあがって左右に開き、戸口は露を吐いております。
そこに悦生の東西が触れると、珍娘の腰が沈んで、ずるずると東西はその全貌を没してしまいました。
玉娘と瑤娘が忍び寄ってきたのは、そのときでした。この二人の妹にとって幸いなことには、珍娘は急ぎすぎて扉に錠をかけることを忘れていたばかりか、ぴったりと閉めることさえ忘れていたため、扉がわずかにあいていたことでした。その隙間から覗いたとき、ちょうど巨大な東西が室内に呑みこまれていったのです。それが真うしろからはっきりと見えたのでした。
「あっ、あんな大きなのが、なくなってしまった!」
と、瑤娘は思わずつぶやきました。
|入話《まくら》と同じく、北斎の『|男女畑《まめばたけ》』に、こんな小咄がある。
ある女房、子供に乳をのませるとき、乳首を口にふくませて「乳ない、乳ない」というのをおもしろいと思い、夜、亭主の上になってずぶずぶと根まで納めてから「ちんちんない、ちんちんない」といった。
亭主が「なるほど、|ないない《ヽヽヽヽ》だ」といってよろこぶと、女房は調子にのって、腰を浮かし、五、六度浅くしごいてから、また、ずぶずぶと根まで納めて「ちんちんない、ちんちんない」という。
隣りの部屋からそれを覗いていた下女、たまらなくなって、自分で指を一本つっこみ、根まで納めて、「指一つ、ないない」、二本つっこんで「指二つ、ないない」
さて、悦生の東西がひとりでに抽送をすることは、これまた、|読者《みなさん》先刻ご承知のとおりですが、しばらくしてそれがはじまると、瑤娘はまたおどろいて、
「あっ、あった! 出てきた!」
とつぶやきます。玉娘は、瑤娘の袖をひっぱって黙らせます。二人が息をつめて眺めておりますと、やがて珍娘が快美を叫び、悦生が緊緩|豊膩《ほうじ》を賞める声がきこえてきます。東西が|抽《ちゆう》すれば牝戸は|送《そう》し、東西が|送《そう》すれば牝戸は|迎《げい》し、互いに|酣戦《かんせん》してやまぬ|嘖々《さくさく》たる声が、部屋の外までひびいてきます。快美を叫ぶ声はひきも切らず、嘖々の声が耳に満つるにつけて、|未《いま》だ実戦をあじわったことのない二人ながら、ともに顔は火の如く燃え、戸口は川の如く満ち、いかんともしがたい|掻癢《そうよう》を覚えて、いつしか互いにひしと抱きあっておりましたが、やがて室内が焼けるように熱くなるのを覚えるとともに、玉液が小衣を透して|汪々《おうおう》と外に注ぎ出て、二人は抱きあったままその場にしゃがみこんでしまいました。そのとき、
「ちょっと待ってね」
といって、珍娘が腰を浮かしました。巨大な東西がそれにつれて全貌をあらわします。珍娘は双方を拭いながら、
「ちょっとお母さまのところへいって、妹たちを寝かせてきます。そうすれば、朝までゆっくりできますわ。いかないと、妹たちが呼びにきますから」
といっております。
玉娘と瑤娘はそれをきくと、あわてて立ちあがり、急いで母親の部屋へもどってゆきましたが、その足どりはまるで酒に酔った人のようによろよろとしております。
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忠臣は死を怕れず
いつの世にも、ふざけた学生はいるものと見えて、天保年間に出た『|大笑《おおわらい》 |座敷噺《ざしきばなし》』という|小咄《こばなし》集につぎのような話がある。
「先生、ちょっとおたずねしますが、芭蕉という人はえらい俳人なのですか」
「そうとも、俳聖といわれるくらいの人だからな。例えばこんな句がある。
〈更けゆくや花なら紙に押すものを〉
絶妙な句だ。八月十五日の月の更けゆくところは、なんともいえない。花なら、どんなに美しくても紙に書けるけども、今宵の月のふけゆくさまは、紙にも書きうつせない、という意味だ。わかるかな」
「わかりにくい句ですね。こうしたらどうでしょう、
〈ゆくはふけ|洟《はな》なら紙でかむものを〉
こう変えたほうが、ずっとわかりやすいと思うのですが」
「それはなんのことだね。いっこうにわからん」
「先生、すればいくでしょう? いけばふくでしょう? だから〈ゆくはふけ〉です。洟が出たときは、ふくとはいわずに、かむというでしょう? だから〈洟なら紙でかむものを〉というわけです」
「その句の|季《ヽ》は、春か秋か」
「春でも秋でも、|気《ヽ》のいくのは同じことです」
ところで|珍娘《ちんじよう》ら三姉妹のうちの、いちばん下の妹の|瑤娘《ようじよう》もこの学生に似たことをいうのである。
〈|忠臣 不怕死《チユンチエンプウパスウ》、 |怕死 不忠臣《パスウプウチユンチエン》〉
といういかめしい言葉がある。瑤娘はそれをもじって、
〈|終身 不怕《チユンシエンプウパツアオ》、 |怕 不終身《パアツアオプウチユンシエン》〉
というのだが、意味はいずれ瑤娘がそれをいい出したとき申し上げることにいたします。
さて、悦生と珍娘との抽送のさまを|窺《のぞ》き見していた玉娘と瑤娘が、酒に酔った人のようなよろよろとした足どりで|籃母《らんぼ》の寝間へ帰っていってからしばらくすると、珍娘が、あの大東西をついさきほどまで食らい込んでいたにもかかわらず、なに食わぬ顔をして部屋へはいってきて、
「お母さまはよくおやすみになっていらっしゃった?」
と、すましていった。玉娘と瑤娘とは、
(ついさっきまでは、あんなに快美の声をあげ、あんなに|嘖々《さくさく》の音を立てていたくせに、わたしたちがなにも知らないと思って、こんなにすましている!)
と思いながら、
「ええ、ずっとよくやすんでいらっしゃるわ」
と答えた。
「ご苦労さま、それじゃ、あなたがたはやすんでちょうだい。わたしが代って看病するから」
「では、お願いします」
二人はそういって部屋へ帰り、枕を並べて寝たものの、姉と悦生との抽送を見た興奮が未だに尾をひいていて、なかなか寝つかれない。
「おどろいたわねえ、あの喜郎さんの大きかったこと。どれぐらいあったかしら」
と玉娘がいいだす。
「そうねえ、わたしたちのような小さいのでは、どうにもならないかも知れないわねえ」
「指一本だってきちきちなのに、あんなのが受けられるわけはないわね」
「でも、お姉さんのだって、わたしたちの倍も大きいってことはないでしょう。それなのに、ちゃんと納めて快美の声をあげてたのだから……」
「わたしは、あんなの恐いわ。なにがあんなにいいのかしら」
「わたしだって恐いには恐いけど、でも、うらやましかったわ、お姉さんが」
「それはそうねえ。もし喜郎さんが帰ってしまったら、お姉さんはどんなにがっかりすることか。今のうちになんとかして、喜郎さんが帰らないようにしなくては」
「帰ってしまったら、わたしたちにだってお|鉢《はち》がまわってこないことになるから?」
「そうね」
「それじゃ、さっき、なにがあんなにいいのかしらっていったのは|嘘《うそ》なの?」
と瑤娘は玉娘をやりこめる。
二人のこの話でもおわかりのように、姉の玉娘よりも妹の瑤娘の方がませております。しかもこの瑤娘はなかなか利口な娘でございまして、今夜のことで悦生と珍娘とのからくりをすっかり見破ってしまったのでした。
「この前、|玉鶯《ぎよくおう》姉さんが、気晴らしにといってお姉さんを自分の家へつれていったでしょ? あの日に、喜郎さんも名所見物にいくとかいって出かけたこと、覚えてる? あれはみんなたくらみで、玉鶯姉さんが手引きをして、自分の家でお姉さんと喜郎さんとを逢わせたのにちがいないわ。翌日、帰ってきたときのお姉さんの晴ればれした顔ったら……」
「そういえば、そうねえ。思いあたるわ」
「前にお姉さんがお婿さんをもらったときにも、わたしたち、今夜みたいに|窺《のぞ》きにいったことがあったわね。でもあのときのお姉さんは、今夜みたいに夢中になってはいなかったわ。きっとあのお婿さんのがつまらなかったのよ。わたしたちも他の人のところへお嫁にいったら、どうかわからないわよ。喜郎さんのようなのは、めったにないはずよ。だから、よそへお嫁になんかいかずに、姉妹三人でいっしょに喜郎さんとたのしく暮せるようにすればいいと思うのだけど、どう?」
「それはいい考えだと思うけど、わたし、あの大きいのを考えると、やっぱり恐くなるわ。あれがみんなお姉さんの中にはいってしまったのを見たとき、わたし、|肝《きも》がつぶれてしまったみたいにびっくりして、恐くなったもの」
「まだそんなこといってるの? お姉さんだってわたしたちだって、同じ人間じゃないの。大きさだって、そんなにちがうわけはないのよ。だから、お姉さんがあんなによろこんでいたことを、わたしたちが恐がることはないでしょう?」
瑤娘が例のモジリ文句をいい出すのは、このあとである。
抽送することを、中国の俗語ではツァオといい、と書く。|忠臣《チユンチエン》をモジって|終身《チユンシエン》にかえたのだが、終身とは終生という意味である。
瑤娘はいった。
「むかしからいうじゃないの、〈終身|《す》るを|怕《おそ》れず、|《す》るを|怕《おそ》るるは終身ならず〉って。恐れていたら、生きている甲斐がないでしょう?」
「なにいってるのよ。〈忠臣は死を怕れず、死を怕るるは忠臣ならず〉っていうのよ」
「そんなむずかしいことは、どうでもいいの。忠臣のことなんか、わたしたちに関係ないでしょう。終身るを怕れずっていうほうがわかりいいし、それに、大事なことじゃない?」
そんなことをいっているうちに、二人はさきほど見た光景を脳裏によみがえらせ、さきほどきいた声音を|耳底《じてい》によみがえらせて、どちらからともなく|擁《よう》しあい、互いに胸をあわせ牝戸をおしつけあって戯れだしましたが、やがて瑤娘が起きなおり、|恰《あたか》も悦生が珍娘にしていたように、玉娘の金蓮を高く掲げて肩にかつぐなり、緊々と牝戸に牝戸を重ね、|顛々 聳々《てんてんしようしよう》と上摸下擦いたしだしますと、玉娘も応じて|々《じゆんじゆん》 |々《きようきよう》と迎湊乱理いたします。しばらくするうちに両者は|滂流横溢《ぼうりゆうおういつ》、さながらまことの抽送をしているような声音を響かせて、四枚の扉は互いにめくれあい、からみあい、ふくれあがり、伸び広がって、快は快を加え、美は美を加え、かくて姉妹の狂態はいつ果てるともなくつづくのでございました。
一方、籃母の部屋に残った珍娘は、母親がぐっすりと眠っているのを見ますと、|矢《や》も|盾《たて》もたまらず、自分の部屋へもどってゆきます。さきほどは妹たちをやすませてしまうつもりで、中断してきたのですから、無理もございません。珍娘は部屋にもどるなり、衣を脱して床に上り、悦生を摂抱いたします。珍娘の内側の扉はふくれあがって左右に開き、露を吐きつづけております。悦生は露を吐くその戸口をくまなく|舐嘗《ししよう》し、露を吸引いたします。珍娘は感泣し、代って、|茎《けい》を捧げて|吮舐《せんし》し、|亀《き》を|含哺《がんぽ》して、これに報います。それがすむと悦生は仰臥して珍娘を引き寄せましたが、その後の光景は、さきほど玉娘と瑤娘とが|窺《のぞ》き見をしたときのそれと変りありませんので、くどくどと申し述べることはさしひかえたいと存じますが、たとえ|読者《みなさん》が述べよと仰せになったとしても、|蜿蜒《えんえん》と払暁までつづく|大酣戦《だいかんせん》の次第は、到底お話しすることは不可能なのでございます。
やがて東の空が白んでまいりましたころ、ようやく、
「あなた、もう、おわって!」
という珍娘の細い声がきこえてきました。その声に応じて悦生は気を|運《はげ》まし、一段と劇しく乱抽乳送して珍娘をほとんど悶絶させたあげく、一泄、大河の注ぐが如くにしてようやくおわったのでございますが、その一瞬、珍娘の体は東西を|軸木《じくぎ》のようにして、それに支えられつつ宙に浮きあがり、再び沈んだときには飛沫が部屋の隅にまで溢れ飛ぶほどでございました。
始末をしてから、二人は足音をしのばせて内門のところまでゆき、ことさらにガチャガチャと|鍵《かぎ》を鳴らして門をあけます。門をあけると悦生が大きな声でいいました。
「お早うございます。伯母さまのご様子は、その後いかがです」
「おかげさまで、だいぶんいいようでございます。さあ、どうぞおはいりくださいませ」
珍娘も大きな声で答え、二人は顔を見合せて眼で合図しながら、籃母の部屋へはいってゆきます。
「伯母さま、ご気分はいかがですか」
「ありがとう。すこしは楽になったけど、やはり苦しくて。とても助からないでしょう」
「そんなことおっしゃるものではありません。まだお苦しいのなら、わたしがもっとよく効く薬を買ってまいりましょう」
「いいえ、いいのです。わたしはもう年だから、死んだっていいのだけど、ただ、三人の娘のことが気がかりでねえ。喜郎さん、娘たちのことをお願いしますよ。あなただけがたよりなのだから」
「お嬢さんたちのことでしたら、わたしが出来るだけのことはいたしますから、どうかご安心なさってください。ご病気には、くよくよなさるのがいちばんいけません。お気持を大きく持って、ゆっくりご養生なさってください」
そこへ玉娘と瑤娘もはいってきて、
「お母さま、お早うございます。よくおやすみになれましたか」
と挨拶をします。悦生が出ていくと、籃母は三人の娘を枕もとへ呼んで、
「わたしは、もう長くは生きられないよ。それは覚悟していたことだけど、ただ、おまえたちの花嫁姿が見られないと思うと、それが心残りでねえ」
といいます。珍娘・玉娘・瑤娘の三人は、なにもいえずに涙ぐんでおりましたが、そのとき、隣家の若蘭があわただしく駆けこんできたかと思うと、籃母の寝台の前にうずくまって泣きだしました。
「どうしたの、若蘭さん」
と珍娘が抱き起しますと、
「母が、昨夜亡くなったのです。おばさまのご病気のことも気になっていたのですけど、家には誰もいないものですから……」
籃母はそれをきくと、むせび泣きながら、
「まあ、お母さまがお亡くなりになったって! 可哀そうに! あなたも、とうとうひとりぼっちになったのね。……それで、お弔いの用意やなんか、出来ているの?」
「いいえ、なんにも……」
といいかけて、若蘭はまた泣きだします。
「どうしたらいいのか、わからないのです」
「そうでしょうとも。珍娘、すぐ喜郎さんを呼んできておくれ」
悦生がくると、籃母は珍娘に|銀子《ぎんす》十両を出させて、
「喜郎さん、お願いがあるの。この若蘭さんのお母さまが、ずっとご病気だったのだけど、昨夜とうとう亡くなられたのです。それで、このお金でお弔いの用意をしてあげてください。可哀そうな娘さんだから、親切に面倒をみてあげてくださいね、おたのみしますよ」
「承知いたしました」
「それでは若蘭さん、この喜郎さんをつれて帰って、なんでも相談して、お母さまのお弔いの用意をすませていらっしゃいな」
「なにからなにまで、ほんとうに、ありがとうございます」
と、若蘭はまた眼に涙をあふれさせます。
「無理はないけど、めそめそしていてはいけません。しっかりするのですよ」
悦生は若蘭の家へいくと、てきぱきと用事を片づけ、一切の用意をととのえました。
用事をおえてしまいますと、悦生は、あらためて身近に若蘭を眺めましたが、憂いをふくんだその柔媚なまなざし、絹のような玉のようなその若々しく美しい肌を見て、興を引かれ情を動かさずにはおられません。
若蘭にしても、母が亡くなったかなしみのさなかとはいえ、悦生のような美貌の才子と二人きりで一つ家にいては、心のときめくのを覚えずにはいられません。いや、母の亡くなったかなしみのさなかであればこそ、いっそう、たよりたくなったのかも知れません。
(お母さまが亡くなって、誰もたよりにする人がいないのだもの、もしこの方さえその気があるのなら、なにもかもおまかせしたっていいのだけど……)
若蘭はそんなことを思う自分を、一方ではおそろしく思いながら、一方では悦生の呼びかけを待っているのでした。
悦生はその道の達人でございます。触れなば散らんばかりの若蘭のその心のうちが見透せないわけはありません。悦生は黙って若蘭を抱きよせるなり、いきなりその桜桃のような口に唇を重ねて、呂の字を書くのでした。
若蘭ははじめちょっと拒むようなふりをいたしましたが、忽ち放心したように力を失ってしまって、悦生が呂の字を書くのにまかせております。勿論、口と口とをつなぐノは、若蘭のではなくて悦生の舌でございます。悦生は巧者です。やがて、そのノに若蘭のノをからませて、うまく自分の口へ吸い込んでしまいました。すなわち、今や呂の字の口と口とをつなぐノは、悦生のではなくて若蘭の舌になったのです。そのとき若蘭は、これまではただ悦生の|為《な》すにまかせているだけだったことから一変して、自分の方からきつく抱きつつ、すすんで呂の字を書きはじめました。
時分はよしと、悦生はまず片手で若蘭の戸口をさぐろうとします。はじめのうちは、上で呂の字を書くことに熱中していて下には気づかなかったのか、あるいは気づいてはいても為すままにまかせていたのか、若蘭はいささかも拒みませんでしたが、悦生の手が草むらのやや下の方にまでとどいたとき、急にぱっと身を離して、
「いけません。今は喪中ですから、そんなこといけません」
と消え入るような声でいいました。だが悦生は、若蘭の戸口がすでにうるおっていたことを知っております。
「ねえ、いいでしょう?」
「いいえ、いけません。少し待って。わたし、ひとりぼっちですもの、あなたさえ捨てないでくだされば、必ずおっしゃるとおりにします。でも、今はいけません。お母さまの百カ日がすむまで待ってください。きっとあなたのものになりますから」
「あなたがその気になってくださったのは、ありがたいけど、今のわたしのこの気持はどうしてくれるのです?」
悦生はそういいながら、また若蘭を抱きよせて、呂の字を書きます。上で呂の字を書きながら、下では中の字を書こうという魂胆なのでございます。片手をまたすべりこませて戸口を求めながら、片手では自分の東西を取り出して、若蘭の小さい手に持たせようといたします。
若蘭はまだ|生娘《きむすめ》でございます。ただ顔をまっかにするばかりで、容易に手に取ろうとはいたしませんでしたが、悦生に無理やりにおしつけられ、ちょっと触ってみて、気絶せんばかりにおどろいてしまいました。
(まあ! こんなに大きな、堅いものなんて、わたしにはとても……)
「お願い! かんべんして!」
若蘭は悦生の手をふりはらって、必死にとでもいいたいような形相をして、逃げていってしまいました。
悦生は笑いながら、
「もうなにもしないから、いらっしゃいよ。お母さまの百カ日がすむまで、待つことにしましょう。もう用事もすんだことですから、そろそろおいとまします」
「すみません。ごめんなさいね。今日はほんとうにありがとうございました。お帰りになったら、おばさまによろしくおっしゃってください。……百カ日がすむまで、ほんとうに待ってくださるわね。きっとよ」
悦生が帰ったあと、若蘭は悲喜こもごも至る思いの中で、母の喪を守るのでした。
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いくのの道
中島棕隠の『|大東閨語《だいとうけいご》』からは、前にも|赤染衛門《あかぞめえもん》の話を引いたことがあるが、今回は|小式部内侍《こしきぶのないし》の話を引く。
大江山|幾野《いくの》のみちの遠ければ
まだふみもみず天の橋立
これは『百人一首』に採られている小式部内侍の歌だが、江戸の川柳作家はこの歌をもとにして、
娘もういくのの道も承知なり
という句をつくる。まことに|鮮《あざ》やかな手口だが、それはさておき、『大東閨語』の話というのは――、
小式部内侍は二条関白藤原|教通《のりみち》に寵愛されていたが、教通の弟の堀河右大臣|頼宗《よりむね》が、
|密《ヒソ》カニ挑ンデ|之《コレ》ト私通スルヲ得タリ。
幾度か逢瀬をかさねたとき、頼宗は小式部内侍に、たわむれていった。
我ガ部乃己、兄ノ部乃己ト|孰《いず》レゾヤ。
「部乃己」は「篇乃古」とも書く。川柳でいうならば、それは、
なりも似て一字違いはきのこなり
のことである。「なり」は形。「きのこ」は|松茸《まつたけ》。それを、兄のとどっちがいいか、ときくのだから、この頼宗、よほど自信があったのかもしれないが、それにしても、
馬鹿亭主いいかいいかと|矢鱈《やたら》きき
と孰レゾヤ、である。だが|翻《ひるがえ》って考えてみれば、こういうときには、馬鹿も利口もないものであろう。あるいは、馬鹿にならないほうがむしろ馬鹿なのだといえるかもしれない。――問題はそのとき小式部内侍がどう答えたかである。
小式部|羞渋《しゆうじゆう》シテ応ヘズ。右府|強《し》ヒテ問フ。式部笑ツテ答ヘテ曰ク、両根|固《もと》ヨリ兄タリ難ク弟タリ難シト。
まず、羞渋シテ応ヘズ、というところがよい。こういう場合、ぬけぬけと、アナタノホウガリッパヨ、などという女もいるかもしれないが、たとえほんとうにそのとおりだとしても、そんなのは|風情《ふぜい》がない。
ぜひいえと強いられて、答えるところもよい。あくまでも羞渋シテ応ヘズでは、言行不一致に過ぎる。カマトトぶるのもいいかげんにしろといいたくなる。
その答えがまたよろしい。オフタリトモゴリッパデスワという意味の、答えそのものもおくゆかしいが、それを、たとえば|逕庭《けいてい》ナシなどといういい方はせずに、二人が兄弟であることにひっかけて|兄《けい》タリ難ク|弟《てい》タリ難シといった、その才気がまたおくゆかしいではないか。
|然《しか》るに、|筆者《おまえ》の語る話はどうだ、と、|読者《みなさん》はおっしゃるかもしれない。|玉鶯《ぎよくおう》にしろ、|巧娘《こうじよう》にしろ、|珍娘《ちんじよう》にしろ、いささかの羞渋もなく、悦生が問いもせぬのに|自《みずか》らすすんで、ぬけぬけと、稀代の珍宝だの何だのとしきりにほめたたえて、なんら恥ずる色もない。そこにはなんの風情も、なんのおくゆかしさもないではないかと。
しかし、|読者《みなさん》、長いとか太いとかいったところで、常人においてはさほどの逕庭はないのである。たとえ関白教通よりも右大臣頼宗のほうが|勝《まさ》っていたとしても、あるいはその逆であったとしても、両者のあいだにはいちじるしいというほどの相違はないはずである。兄タリ難ク弟タリ難シという言葉がおくゆかしさを持つのは、そういう場合であって、悦生の東西のようにいちじるしく常人と|殊《こと》なるものに対した場合とそれを同一に論ずるわけにはいかない。
玉鶯・巧娘・珍娘らが悦生の東西に驚喜して、それをそのまま言葉にあらわしたのは、むしろ当然の情というべきであろう。声に出さなくては、だいいち、話にならない。羞渋シテ応ヘズに風情があるのは、つぎの段階へ移る過程としてであって、小式部内侍の場合にしても、つづいて笑ツテ答へたからこそ、話になるわけである。
話を本題へ移そう。
呂家の玉鶯・巧娘、籃家の珍娘・玉娘・瑤娘、|《ほう》家でひとり母の喪に服している若蘭らのことはしばらくおき、あらたにまた二人の美女があらわれて悦生の東西に驚喜し、讃嘆の声をあげる、というのが今回の話である。
さて、洛陽の城内に、姓は|仇《きゆう》、名は|春《しゆん》、|綽名《あだな》を|賽孟嘗《さいもうしよう》と呼ばれている男がいた。|孟嘗君《もうしようくん》|まさり《ヽヽヽ》という意味である。孟嘗君は戦国時代の|斉《せい》の宰相で、食客三千人をおいていたことを|以《もつ》て知られているが、この仇春も、富は一国に匹敵し、しかも智勇を兼ねそなえた義侠の士で、邸内には千余人の食客をおいていて、洛陽に飛ぶ鳥も落すほどの勢いを持っていた。
端午の佳節で町がにぎわっている日、仇春は盟友の|王世充《おうせいじゆう》ら二、三の知己とともに|洛水《らくすい》に|画舫《がぼう》をうかべていたが、流れをくだって橋のほとりまできたとき、ふと、橋の上に立っている一人の男に眼をとめた。
(この土地の者ではないな。どこかで見たことのあるような気がするが……)
と思ったのである。
「おい、あの男に見おぼえはないか」
と仇春は王世充にきいた。
「あれは、広陵の封先生じゃありませんか」
と王世充はいった。
「あ、そうか。たしかに封先生だ。おい、船頭、船を岸につけてくれ」
船頭が堤の柳の木に船をつなぐと、仇春と王世充は船をおりて橋の上へいった。
仇春は二、三年前、王世充とともに商用で広陵へいったとき、はからずも|雪妙娘《せつみようじよう》と馴染んだことから、悦生と義兄弟の|盟《ちぎり》を結んでいたのである。
悦生は仇春に呼びとめられて、しばらく|怪訝《けげん》な顔をしていたが、
「ああ、仇先生と王先生! こんなところでお目にかかろうとは……」
「あそこに船を待たせてあるのです。船で話をしましょう」
「こちらにきておりながら、ご挨拶にも上らず失礼していましたが、ここでお会いできてなによりでした。では、同席させていただきましょう」
「久しぶりですなあ。その後お変りはありませんか。雪妙娘も元気にしていますか」
「いや、妙娘はその後わたしといっしょになったのですが、一年もしないうちに亡くなってしまいました」
「えっ! それはお気の毒に。いい人でしたがねえ。人のいのちというものは、わからないものです。ところで、いつこちらへおいでになったのですか。いつまでおられます?」
「伯母のところに用事があって、ついこのあいだきたのです。用事はすんだのですが伯母に引きとめられて、なかなか帰れずにいるところです」
話しながら歩いているうちに、船のつないである堤につき、三人は船に乗った。
船には、いかにも豪傑らしい二人の男と、どう見てもその二人には似つかわしくない二人の美女が乗っていた。この美女、錦繍坊の|御楽園《ぎよらくえん》なる青楼の女で、一人は|馮好好《ふうこうこう》といい、一人はその妹分で|方《ほうへんへん》といって、ともに洛陽に並ぶもののない売れっこであった。好好は仇春の、は王世充のお気に入りで、それぞれその相方として呼ばれてきていたのである。
二人の豪傑は、一人は|薛勇朝《せつゆうちよう》、一人は|韓天豹《かんてんひよう》といって、後にこの物語が大きく転回する動機となる事件をひきおこす人物であるが、この場面ではただ黙々として酒を飲んでいるにとどまる。
好好は、|一目《ひとめ》悦生を見たときから、そのいかにも南方の男らしい優雅な風貌に心を|惹《ひ》かれたのでした。北方の男はこの人にくらべればみな粗野で、洛陽に飛ぶ鳥も落す勢いの仇春でさえも、この人と並ぶと勢いがうしなわれて見えると思うのでした。自分は今夜は仇旦那のお相手をしなければならぬが、この人は今夜、誰と枕をともにするのだろうかと考えると、誰ともしれぬその相手がねたましくさえなってくるのでした。
一方、悦生も、はじめて好好を見たときから心を奪われていたのです。雪妙娘の生れかわりではないかと思ったほどで、宿屋の女房の玉鶯や巧娘、良家の娘の珍娘ら姉妹には見られない男心をそそるものが、好好にはそなわっていました。風の前の柳にも似たその腰のゆらぐたびに、雨のあしたの|海棠《かいどう》のようなその姿のうごくたびに、|芙蓉《ふよう》のようなその|顔《かんばせ》に頬笑みがうかぶたびに、朱を点じたようなその唇がひらくたびに、玉を並べたようなその歯がひかるたびに、この女が今夜、仇春と枕をともにするのかと思うと、これまた、ねたましさを覚えずにはいられないのでした。
むかしから、|塞北《さいほく》の佳人・|呉楚《ごそ》の才子と申します。この好好と悦生こそまさにそれで、二人は好一対といえるのですが、互いに同じ思いをいだきながら、相手も自分と同じ思いを持っているとは知りません。ところが、さすがに仇春は賽孟嘗といわれるほどの人物、ちゃんと二人の心を見ぬいているのでした。
やがて日も暮れてきて、|河面《かわも》にうかぶ画舫の数も暁の星のようにまばらになり、両岸の人の垣もくずれて|簫鼓《しようこ》の声も静まってきますと、仇春は船頭に命じて船を岸につけさせます。
「封先生、今夜はわたしにつきあってください。いいでしょうな」
と仇春はいいます。
「広陵へいったときには、ずいぶんあなたにおもてなしをうけたが、ここは洛陽ですから、お礼というわけではないが、わたしにできるだけのことをさせてもらわないことには」
「いいえ、もう十分ご馳走になりました。今日はこれでお別れして、いずれまた日をあらためて……」
「それではいつになるかわかりません。是非とも一晩つきあっていただかないことには……」
岸へあがると、好好とは小走りにさきへいってしまいます。男たちは歓談しながらゆっくり歩いていきましたが、やがて錦繍坊の|御楽園《ぎよらくえん》につきました。
好好とは、よそおいをあらためて一同を迎えます。悦生には好好が、船のときよりもまた一段となまめいて見えました。そのとき王世充が、
「封先生、わたしは今日はこれで失礼します。明日また、あらためてきますから、それまでここでゆっくりくつろいでいてください」
といい、悦生にものをいう暇をあたえず、そのまま、さっさと、薛・韓の二豪傑といっしょに立ち去っていきました。
(おれにをゆずってくれたのか)
悦生はそう思いましたが、寄り添ってきたのはではなくて好好でした。
「好好、封先生はわしの大事な弟分だ、よくおもてなしをするのだよ」
そういい残して、といっしょにさきに奥の部屋へはいっていく仇春を、悦生はしばらくのあいだ、夢でも見ているような思いで見つめておりました。
好好の部屋には下女がいて、好好の身のまわりの世話をいたします。茶菓を出し、二人が茶を飲みおわると、|衝立《ついたて》のかげに好好の下湯の用意をして下女は別室に引きさがります。
「おやすみになります?」
好好がそういい、悦生がうなずきますと、好好は悦生を寝台に仰臥させてから、衝立のかげへいって下湯をつかい、足音もたてずにもどってきて、そっと悦生の傍らに身を横たえました。悦生が好好の凝脂のような肌をなで、身をおこして戸口をさぐりますと、好好はしばらくは悦生のなすままに任せておりましたが、やがて泉の溢れてくるのを覚えると悦生を制止し、自ら金蓮を高く掲げて戸口を|露《あら》わにいたします。
悦生はそれを眺めながら、丹丸を飲み、東西を挺して戸口をふさぎ、一抽一送しながら根まで納めましたが、そこは百戦錬磨の妓女、苦もなく受けいれてしまいました。しかし、悦生が納めたままで例によって気を|運《はげ》ましますと、丹丸のはたらきと相|俟《ま》って、みるみる東西は火のように熱くなり、伸び、ふくらみ、堅くなり、室内いっぱいに満ちひろがりながら自ら抽送をはじめます。
「あ、わたし、どうしたのかしら」
好好は全身のしびれるような快美を覚えて、思わずそういいながら、上体をおこしてそこを眺めましたが、そのとき、巨大な東西が自ら抽し自ら送し、あるいは天井をこすりあるいは床をなめ、あるいは右壁を突きあるいは左壁をくすぐっているのを見て、眼を疑わずにはいられません。
「夢ではないのね。わたし、これまでに何百、何千って東西を見てきたけど、こんなに大きく、こんなに熱く、こんなに堅く、おまけにひとりでに抽送するのなんて、はじめてだわ。こんな宝物がこの世の中にあるなんて……」
悦生は好好のよろこびに力を得て、さらに気を運まします。東西がさらに堅硬になりますと、好好はすっかりとりみだして、
「あなたはひどい人である。わたしを殺そうとするのか。わたしはもう死ぬであろう。骨はなえ、肌はとけ、魂は中天に飛び去ろうとしている」
という意味のことを、息もたえだえにわめきます。悦生はそのとき、いきなり東西を抽出してしまいました。牝中からは|堰《せき》を切られた川のように、泉が流れ出てやみません。
「意地わる! せっかくいい景色のところへきたのに、船をとめて帆柱を倒してしまうなんて!」
と好好はいいます。
「だって、もうだめだといったじゃないか」
「それは、いいってことじゃないの。意地わるをしないで!」
「わかっているよ。ただ、一度この宝物の全貌を見てもらおうと思ってね。すぐまた帆をあげるから、見てごらん」
「まあ、こんなのってあるかしら。これまでにいろんな人に出会ったけど、こんな大人物にお目にかかるのははじめてだわ」
悦生は好好にせかされて、再び納めます。
「わたし、一生こんな珍しい宝物を抱いてくらしたいわ。ねえ、お願い、なんとかして一生あなたのお傍に置いてくださらない?」
好好は抽送されながら、うわごとのようにそんなことをいいます。
「君がそう願うのなら、|請出《うけだ》してあげるよ」
「ううん、わたしは前借なんかないから、やめようと思えばいつでも勝手にやめられるのよ。ほんとうにお傍に置いてくださるのね。それでは、広陵へお帰りになるとき、きっとつれていってね。いいわね」
好好はそういうと同時に、|玉山《ぎよくざん》の崩れるように果ててしまいました。
天生の紅粉、楊花の性
|纔《いま》風流に遇って|便《すなわ》ち随わんと欲す
というのは、この好好のような女のことを歌ったものでございましょう。
一方、は仇春と枕をともにいたしましたが、仇春は用事があって夜があけるとすぐに帰ってゆきました。
は仇春を送り出してから、そっと好好の部屋をうかがってみます。耳をすますと好好の浪声がきこえてきますので、扉の隙間をさがしてのぞいてみますと、悦生は寝台の下に立って両手に好好の金蓮をかかえたまま、じっとしているだけなのに、好好は身をうちふるわせて浪声をあげております。
(あの|浪《よが》りようは、いつもの姉さんとはちがう。ほんとうに心の底から浪っている。姉さんがあんなに浪るなんて、あの人にはなにか妙術があるにちがいない)
そう思いながら、なおも眺めておりますと、やがて好好が一声鋭く叫んでぐったりとなり、つづいて悦生が東西を抽き出すのが見えました。そのときは思わず、
「あっ!」
と叫んでしまいました。
(道理で。あんな立派なものだもの、姉さんがしんから浪るわけだわ)
なおも見ておりますと、好好は上体をおこして、まるで宝物でもあつかうように悦生の東西を捧げ持ち、眺めたり嘗めたり、頬ずりをしたりしておりましたが、なにやら悦生にいったかと思うと、また仰臥して金蓮を高く掲げ、ねらいをさだめさせて牝中へ納めてしまいました。忽ちまた好好は浪声をあげだします。悦生はやはり、納めたままでじっとしているだけです。
(おかしいわ、いくら大きいにしても、姉さんがあんなに大浪りするなんて。きっと中でなにか変ったことがおこっているのにちがいない)
見れば見るほど、思えば思うほど、はもうじっとしてはおれないほど身内が燃えあがってきます。
(姉さんがおわったら、わたしもお願いしてみよう)
は明け方からずっとのぞいていたのですが、おわったのはもう日が高くのぼってからでした。雨やみ雲おさまり、二人が寝台を離れて着物をつけるのを待ちかねて、が扉をたたきますと、好好は扉をあけて、
「お早う。仇旦那は?」
「お早うもないわ。もうじきお昼じゃないの。仇旦那は今朝早くお帰りになったわ。午後にまたいらっしゃるって」
それからは好好を片隅へ呼んで、いいます。
「わたし、見ていたのよ。姉さんのよろこびようったらなかったわ。ねえ、お願い、ほんのすこしのあいだでいいから、封旦那をわたしに貸してくれない? お願いしてみてよ!」
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見ている前で
ある女房、近所の若い者といい仲になっていた。
亭主の眼を盗んで|逢瀬《おうせ》をかさねているうちに、男が、
「かくれてするのもいいものだが、いちど、亭主の見ている前でやってみようじゃないか」
といいだした。
「そんなこと、できるわけないでしょう?」
「いや、できる。いい考えがあるのだ」
と男は、かくかくしかじかにするのだと、その計略を話した。
約束の日、女房は男にいわれたとおり、亭主を縁側へ呼びだして、そのそばに寄り添った。すると男が|塀《へい》のむこうの大木の上へのぼって声をかけた。
「いよう! 縁側で|真昼間《まつぴるま》からとはおそれ入ったな」
「夫婦が話をしているのが、なにがおかしいか」
と亭主がいいかえすと、男は、
「え? ほんとうに話をしているだけか」
「そうだよ」
「ここから見ると、まるで|後取《うしろど》りでしているように見える。これは不思議。そのままでちょっと身体をうごかしてみてくれ。そうそう。不思議不思議。さかんにやっているように見える。ああ、こいつはたまらん!」
男がそういうと、亭主は、
「ふむ、おかしいな。それでは、おれがそっちへいって木の上へのぼって見るから、おまえ、こっちへきて女房のそばに坐ってみてくれ」
「ほい、承知した」
と男は飛んできて、亭主と入れかわり、亭主がまだ木の上へのぼらぬうちに、女房のうしろから取りにかかると、もうすっかりうるおっていて、わけなく納まった。納めたままじっとしていると、木の上へのぼった亭主が、
「べつに、しているようにも見えんが、ちょっと身体をうごかしてみてくれ」
という。男はしめたとばかり、大っぴらに抽送をはじめながら、
「どうだ、しているように見えるだろう」
「まあ、そういえば、そのようにも見える」
「これでもか」
と男がはげしく抽送しつづけると、女房もたまらなくなってきて、腰をゆすぶりながら送迎をはじめる。そのとき、木の上から亭主が大声でいった。
「なるほど、これは不思議だ。おまえのいうとおりだ。さかんにやっているように見える。これはどうしたわけだ。ああ、こいつはたまらん!」
これは『豆だらけ』(安永四年)という|小咄《こばなし》集にある話。
さて、こちらは|《へんへん》。扉の隙間から悦生と好好との事の次第を、長いあいだ、|涎《よだれ》を垂らしながら見ていたが、やがて雨やみ雲おさまって、二人が着物をつけると、はいっていって好好にたのんだ。
「わたし、見ていたのよ。姉さんのよろこびようったらなかったわ。ねえ、お願い、ほんのすこしのあいだでいいから、封旦那をわたしに貸してくれない? お願いしてみてよ!」
「まあ! 見ていたの」
と好好はいった。
「あれを見たのなら無理もないわ、あなたがたのむのも。そうねえ、わたしのいうことをきくなら、望みをかなえてあげてもいいのだけど」
「どんなこと? かなえてくれるのなら、わたし、なんだってきくわ」
「わたしの見ている前でするのよ。そして、わたしのいうとおりにするのよ。いいわね?」
「わたしはいいけど、封旦那が……」
そのとき、離れてひとりでお茶を飲んでいた悦生が、
「なにをひそひそと、二人で相談しているのです」
と声をかけた。
好好が悦生のそばへいってわけを話すと、悦生はうなずいて、それでは、と再び丹丸を呑んで、用意をはじめる。
好好はのところへもどって、
「封旦那はいいって。それじゃ約束をまもるのよ」
といって、を悦生の方へ押しやった。
悦生はを受けとめるようにして抱きあげ、静かに寝台の上に横たえます。そして、|子《こし》をはぎとり、金蓮を左右に開いて肩にかつぎますと、は心得たもので、手をのばして硬起した東西を自らの戸口に導きます。
悦生が力をいれますと、は、
「あっ! あっ!」
と、快とも痛ともわからぬ声をあげましたが、そのたびに東西は次第に深く納まっていって、数声で、ことごとく没してしまいました。
好好は寝台の縁に腰をかけて、まぢかにそのありさまを眺めていましたが、東西が牝戸の内側の扉もろともに姿を没していくのを見ながら、ああ自分のもこんな具合になるのか、と悟るのでした。東西がことごとく没してしまったとき、おしこめられていた内側の二枚の扉が、室内からむくむくと湧き出すように出てきて、まるで二匹の大きな|蛭《ひる》のように、東西の根もとにからみつきました。つづいて、じくじくと泉の湧き出てくるのが見えます。
はそのとき、東西が熱鉄のようになって室内に充満するのを感じ、思わず快美の声をあげていました。やがて東西はひとりでに動きだして、一抽一送ごとに|隅《くま》なく室内のあちらこちらをこすりまわし突きまくります。は身をよじり腰をひねり、しきりに浪声をあげて、もはやたえられぬかのようでした。
「やめて!」
と好好が叫びましたが、いまのにはもう、気も狂わんばかりの快美があるだけで眼も耳もないようでございます。
悦生が好好の声をきいて、金蓮を肩からはずしますと、は夢中でそのはずされた足を悦生の腰にからませます。
「! 約束じゃないの!」
といって、好好はその足を左右に投げすてるようにして、ふりほどいてしまいました。
は好好にふりほどかれたままの恰好で、ぐったりと身体を横たえております。そのの室内から、悦生がずるずると東西を|抽《ひ》きぬきます。二匹の|蛭《ひる》のような扉が東西にからみついたまま伸び、頭が出てきてからもしばらくはまだまといついておりましたが、やがて離れてしまいますと力なく左右に倒れ、その内側のぽっかりとあいた口の中から、泉が|滾々《こんこん》と流れ出してきて、やみません。
「! |《い》ったの?」
と好好が叱りつけるようにききます。するとは、ようやく、上体だけをものうげにおこして、
「まだよ! 姉さんの意地わる!」
「だって、わたしのいうとおりにするという約束だったのだから、仕方がないじゃないの」
「でも、途中でやめさせるなんて、ひどいわ。なま殺しにするなんて……」
「意地わるをしたのじゃないのよ。そう怒らないで。すぐつづけさせてあげるから。一休みして封旦那の宝物を拝見させてもらいなさいよ。じつは、わたしもそうしたのだから」
はおきあがって見て、
「まあ!」
と驚歎の声をあげ、
「これほどだとは思わなかったわ。こんなのがよくわたしの……」
といいながら、手にとってみようとして身体を動かしたとき、自分の戸口のありさまに気がついて、
「ああ、わたし、どうしよう……」
そこからは、なおもやまずに泉が流れつづけているのでした。
「こわれてしまったのじゃないかしら」
悦生が笑いながら、
「これに逢うと、みんなそうなるのですよ。|涎《よだれ》を流しているだけさ。まだ食い足りないものだからね」
「姉さん、いいでしょう? はやくつづけさせて! とまらないので、こわいわ」
とはたのみます。
「いいけど、わたしのいうとおりにするという約束よ。さあ、こんどはあなたが上になってやるのよ」
原文には、その形での二人の抽送・送迎のありさまがくわしく語られているけれども、ほどほどにしないことには、お叱りを受けないともかぎらないし、それに、たおやかなの全身が雄大な悦生の東西に支えられてときおり高く宙に舞ったということのほかには、格別めずらしいことも語られてはいないので、このたびは省略させていただくことにする。
好好が顔を近づけて抽送のさまを見、送迎のさまを眺め、飛び散るしぶきを顔に受けながら、二匹の蛭のはげしいうごきに眼をみはったりしたことは、いうまでもない。にその形を取らせたのは、好好はそれが、見るのには最も適した形だと思ったからであった。
やがて、ようやく雨がやみ雲がおさまると、はしばらくそのままで身体をやすめてから、好好といっしょに化粧をなおし、服装をととのえて、悦生と三人、卓をかこんでお茶を飲みながら、満ちたりた気持でくつろいだ。
「あのときは怒っていたけど、結局どうだった?」
と好好がからかうと、は、
「いわないで! 快美骨髄に徹すって気持かしら、まだ身体の中にその余韻がひびいているみたいだわ」
といい、
「わたし、はじめてよ、こんなにすばらしかったこと」
「それは誰だって、そうよ。封旦那のような宝物がこの世に二つとあるはずはないもの、あたりまえだわ」
「姉さんがうらやましいわ、その宝物を一晩中ずっと、ひとりじめにしていたのだもの。憎らしい!」
好好はそういわれると、悦生の顔を見て意味ありげに笑った。
(一晩中だって。あとしばらくすれば、ずっといっしょにくらせるようになるのにねえ)
広陵へ帰るときいっしょにつれていってやる。――好好は昨夜、悦生がそう約束してくれたことを思いかえすと、うれしさに、身体のふるえるのを覚えた。
(にいってしまおうかしら。いえばも、いっしょにつれていってほしいというにちがいない。のこともたのんでみようかしら)
好好がそんなことを考えていると、悦生が急に立ちあがって、
「もう帰らなくては。仇春さんが見えたら、よろしくな」
といった。
「仇旦那は、お昼すぎにもどってくるといって出ていかれたのです。おひきとめしておかないと、わたしが叱られます」
がそういってとめたが、
「一晩、家をあけたので、病気の伯母のことが気になる。そういって帰ったといえば、仇春さんも叱るまい」
悦生はそういって、帰っていった。
それからしばらくいたしますと、仇春がもどってきました。仇春は好好から、悦生が帰ったということをきくと、
「そうか、それよりも昨夜は、ちゃんとおもてなししたろうな」
といいます。
好好が笑って、黙っていますと、仇春は声を荒くして、
「ばか! 笑うやつがあるか。封先生は遠い広陵からおいでになったわしの大事なお客さまだ。ちゃんとおもてなししたろうな」
「いいえ、おもてなしなんか、とてもできませんでした」
「なんだと?」
「わたしのほうが、おもてなしをしていただきました」
「それはどういうことだ」
「すばらしいお手並みのおかたです。旦那さまも、お友だちなら、あのかたからすこしお手並みをお習いになるとよろしいのに」
「そりゃあ封先生はわしよりも若いから、すこしは強いだろう。だが、あれは強いばかりが能じゃない。なにを習えというのだ」
「無理におすすめはいたしませんけれど、あのおかたのような人は、天下に二人とはありませんわ」
好好はそういって、悦生の東西のすばらしいはたらきを、それが中に納まるとみるみるうちに火のように熱くなり、ふくらみ、堅くなり、室内いっぱいに満ちひろがりながらひとりでに抽送をはじめて、その快美のたとえようもないことを、くわしく話しました。
話しているうちに好好は、にわかにたえられなくなってきて、顔をまっ赤にしてうつむいてしまいました。
(好好のような妓女が、思い出すだけでこんなになってしまうとは、あの封のやつ、よほどの巧者にちがいない)
仇春も妙な気になってきて、いきなり好好を抱きあげ、寝台の上に横たえて子を引きおろそうとしますと、しとどにぬれております。子をぬがせてみると、内側の二枚の扉が大きくふくらんで左右にひらき、そのあいだに、たったいま東西が抽きぬかれたあとのような戸口が、ぴくぴくと息をつきながら、|円《まる》く口をあけております。
仇春がその口に東西を臨ませますと、好好は牝戸をおしあげるようにしてそれを納め、あわただしく上下に、左右に、身をもだえるようにして送迎をつづけます。仇春は半ばあきれながらも、そのはげしさに勢いを得て、負けじと抽送しつづけましたが、しばらくすると、急に好好の送迎がにぶくなってきて、やがて、うごかなくなってしまいました。
「どうした?」
とたずねても、好好は返事もいたしません。
「もう、いいのか」
というと、かすかにうなずきます。
「おかしいな、はじめたばかりなのに」
「あなたはまだでしょう? つづけてください」
それからは、仇春がおわるまでずっと、好好はほとんどなんの反応も示しませんでした。
じつは好好は、悦生の宝物のことを話しているうちにこらえきれなくなってきたのですが、迎えたのが宝物ではなくて、雑器のようなものだったために、はじめは夢中で送迎したものの、たちまち興がさめ、いくら努めようとしてみても、もはや情を投じ意を合することができないのでした。
好好はそのときを最後にして、悦生以外の者には、誰がどんなに誘っても興をうごかさなくなってしまいます。
好好が自分の部屋にひきとってからまもなく、王世充もやってきました。
仇春は王世充に、好好からきいた悦生の宝物のことと、さきほどの好好の不可解な行動とをくわしく話しました。王世充はそれを半ば疑いながら、うらやましそうにきいております。
一方、悦生は籃家へ帰りますと、さっそく伯母のところへ挨拶にまいりました。
「昨夜はお帰りがなかったが、どうしたのですか」
と籃母はたずねます。
「じつは、仇春という旧友に出会って、ひきとめられたものですから」
「仇春? あの人なら、誰知らぬ者はない洛陽第一の好漢で、|賽孟嘗《さいもうしよう》といわれるほどのお人です。あの人とお知りあいだったのですか」
「はい。彼は広陵にきたことがあるのです。そのとき偶然知りあって、意気投合し、義兄弟の契りを結びました。昨日は彼は、船遊びをしていて、橋の上にいたわたしを見つけ、呼びとめてご馳走をしてくれたのです。おことわりもせずに外で泊ってしまって、申しわけございません」
「久しぶりでお友だちに会ったんだもの、あたりまえですよ」
籃母はそういって、すこしも咎めませんでしたが、珍娘はあやしんでいて、
「外でお泊りになるのだったら、使いの者でもよこしてそういってくださればよかったのに」
といいます。
「いや、泊るつもりはなかったのだが、おそくなってしまったものだから、つい……」
(どこで誰と一夜をすごしてきたのか知れやしない。へんな女に心を寄せなければよいが……)
珍娘は心の中ではそう思って、気が気でありません。
それから二、三日たったある日、籃母は身体の具合がよいというので、椅子に坐って、悦生や珍娘・玉娘・瑤娘といっしょに、食事をしておりましたが、そこへ、封禄が手紙を持ってきました。仇春からでした。
「先日は失礼いたしました。今、|御楽園《ぎよらくえん》にてお待ちしております。是非ご光来くださいますよう」
悦生は手紙を読みながら、珍娘の方を見ますと、いかにもおもしろくないような顔をしております。ちらりと手紙を見て「御楽園」という文字が眼にはいったからでした。
「さてどうしよう、せっかく呼んでくれたのだが……」
悦生は好好とを思いうかべながら、籃母と珍娘にきこえるように、そうつぶやきます。
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馬 の も の
ある|陰間《かげま》、客に呼ばれて、上から下まで朋輩から借り着をして出かける。親方がそれを見て、
「おまえ、一物のほかは、みんな|他人《ひと》のものじゃないか」
と、からかうと、その陰間、浮かぬ顔をして、
「いえ、一物もわたしのものじゃないそうな」
「なぜだ?」
と親方がいぶかると、
「こないだも、お客さまが、そなたのは馬のものだとおっしゃいました」
これは『軽口大黒柱』(安永二年)にある話だが、これに似た話は、これよりもさきに出た『|醒睡笑《せいすいしよう》』(寛永五年)や『きのふはけふの物語』(寛永十三年)などにも見える。
『軽口大黒柱』の|版元《はんもと》は京都で、筆者が「ある陰間」と書いた冒頭の部分は、原文では「宮川町に狸吉といふ|影子《ヽヽ》」と書かれている。宮川町というのは、鴨川の東岸、四条通りの南にあった遊里である。
ある江戸|小咄《こばなし》の研究書には、この話の註釈に、
「影子=男色を業とする者。江戸でいふ陰間」
と記されている。しかし、影子は男色だけを業としたわけではないし、江戸でも影子ともいったのである。ことにこの話の場合、影子の客は、男ではなくて女であろう。
影子(蔭子あるいは陰子と書くのが普通である)とは、陰間の別称である。ほかに、若衆、野郎、舞台子、飛子、旅子、色子などともいわれた。いわゆる「お釜」で、本来は男色を業としたが、そのさかりは十二、三歳から十七、八歳までで、二十歳をすぎると、うしろでの営業を、前の方にきりかえたのである。
お釜のばくばくを後家は買いにくる
後家へ出す陰間一本づかいなり
などという川柳があって、そのことを示している。「お釜のばくばく」とは、ばくばくになったお釜という意味である。つまり、二十歳をすぎると、|括約筋《かつやくきん》がゆるんできて、客が好まなくなる。もともと|稚児《ちご》趣味だから、二十歳をすぎた男相手では興が湧かないということもあったろう。そこで「本来の業」が成りたたなくなった陰間は、前の方、つまり「一本づかい」に営業をきりかえるのである。
牛はものかはと陰間へ|局《つぼね》いい
よし町のあす張形の大味さ
という句もある。「牛」とは「張形」のこと。上等のは|鼈甲《べつこう》製だったが、普通は水牛の角で作ったからである。「局」とは御殿女中。御殿女中には、張形はいわば生活必需品だったようである。「よし町」は芳町で、江戸では女郎は吉原、陰間は芳町が一流とされていた。
これらの川柳でもわかるとおり、陰間の女客は、男に不自由をしている御殿女中や後家などが多かったようである。
京都宮川町の陰間の狸吉に、「そなたのは馬のものだ」といったという客も、男ではなくて、御殿女中か後家さんと見た方が、あじわいが深い。
「そなたのは馬のものだ」という場合の「馬のもの」を、中国では「|驢《ろ》的行貨」という。
読者のなかには奇特な人もあって、諸橋博士の『大漢和辞典』を引いてみたが、|筆者《おまえ》がよく使っている「抽送」などという言葉はなかったぞ、勝手に言葉を作るとはけしからん!――などと、勝手なことをいって怒ってくる人もある。それゆえ申し添えるわけだが、「行貨」という言葉は、古い漢語では、貨物を運んでいって売ること、あるいは、|賄賂《わいろ》を取ることをいう。前者の意味での「行貨」は『孟子』に出ているし、後者の意味でのそれは『左伝』に見える。だが、俗語では、この二つの意味のほかに、単に「物」という意味につかわれることが多いのである。
読者はすでに「東西」という言葉になれておられるはずだから、「行貨」が「物」という意味ならば、それは「東西」とどうちがうのかという疑問を持たれる人もあろう。言葉はちがうが意味は同じだといっても、なっとくされないであろう。ニュアンスがちがうのである。しいていえば、左様、「東西」は品物、「行貨」は|代物《しろもの》というところであろうか。
つまり、「驢的行貨」とは「|驢馬《ろば》のしろもの」という意味である。勿論、「馬のもの」が、「馬のもののように壮大なもの」という意味であるのと同じく、「驢馬のしろもの」も、「驢馬のもののように壮大なしろもの」という意味であることは、ことわるまでもなかろう。
さて、今回からは、あらたに|繆十娘《ぼくじゆうじよう》という女が登場してくるが、この十娘が「驢馬のしろもの」という言葉をつかうのである。
これまでに、この物語の主人公・封悦生の相手役として登場した女は、十人であった。
広陵の妓女で、後に悦生の妻になったが、まもなく水|涸《か》れ血|竭《つ》きて死んでしまった|雪妙娘《せつみようじよう》。
広陵の悦生の家の隣りの、|営《げつえい》の|長鎗手《ちようそうしゆ》・|兪得勝《ゆとくしよう》の妻で、悦生とねんごろになったものの、その後、夫が戦地へゆくときにつれていかれてしまった|連愛月《れんあいげつ》。
洛陽城外の宿屋・|呂望繁《りよぼうはん》の女房の、|閔巧娘《びんこうじよう》と |卞玉鶯《べんぎよくおう》。
洛陽の|籃《らん》家の三姉妹で、悦生の|従姉妹《いとこ》にあたる|珍娘《ちんじよう》と|玉娘《ぎよくじよう》と|瑤娘《ようじよう》。
その隣りの|《ほう》家の娘の|若蘭《じやくらん》。
洛陽の妓女の|馮好好《ふうこうこう》と|方《ほうへんへん》。
今回あらたに登場する十一人目の女の|繆十娘《ぼくじゆうじよう》は、洛陽の大親分・|仇春《きゆうしゆん》の弟分で、悦生がかつて仇春とともに義兄弟のちぎりを結んだ|王世充《おうせいじゆう》のなじみの妓女で、好好・の朋輩である。
「まあ、あなたったら、どうしたの? どうしてこんなになったの? まるで驢馬のしろものじゃないの!」
十娘はそういって驚喜するのだが、それは悦生にではなく、王世充に対してなのである。
まずは、そのいきさつから語ることにしよう。
前回は、仇春の招待を受けた悦生が、|御楽園《ぎよらくえん》で一夜をすごし、まず好好と、つぎにはと、さらには好好・の二人と相ともに|歓《かん》をつくして帰ってきたところ、珍娘が、内心おだやかでないふりを示したので、それから三、四日たってまた仇春から招きの手紙がきたとき、悦生は、
「さてどうしよう、せっかく呼んでくれたのだが……」
と、ひとりごとをいって、ひそかに珍娘の出方をうかがった、というところまでであった。悦生にとって、好好ととは、まだ知ったばかりのあたらしい女である。しかもこの二人は、妓女だという点で、いまは会うすべのない雪妙娘をしのばせるところがあって、悦生は心をひかれていた。だから、たとえ珍娘がどういおうと、結局、悦生は出かけずにはおかなかったのだが、悦生のなによりきらいなことは、人と争って風波をたてることである。いや、悦生にかぎらず、およそ風流を好む者は誰でも、みなそういうものらしい。つまり、悦生がさてどうしようとためらって見せたのは、風波をふせぐために置いた、いわば|間《ま》だったのである。
おりよく、籃母が口をはさんだ。
「|喜郎《きろう》さん、仇春さんからのお招きなら、さっそく支度をして出かけたほうがよいでしょう。この土地では、あの人と仲好くしておけば、なにかと都合のよいことが多いから」
母親がそういう以上、珍娘もとめるわけにはいかず、
「なるべく早くお帰りになってくださいね。お母さまはご病気だし、家は無人でさびしいですから。それから、あまりお飲みになりませんように。おからだにさわりますから」
といった。まるで女房のようなことをいう、と悦生は思ったが、ききながして、
「それではいってきます。この前もそうだったから、また夜あかしになると思いますが……」
「珍娘もいったとおり、暑いおりだから飲みすぎるとからだをこわしますよ。気をつけてね」
と籃母もいう。
「はい、つつしみます」
悦生は書生の封禄にてつだわせて着物を着かえると、いそいで御楽園へいった。
御楽園には仇春と王世充のほか、|薛勇朝《せつゆうちよう》・|韓天豹《かんてんひよう》の豪傑二人もきており、好好・の二美をはべらせて、悦生を待っていた。
「本日はまた、かさねてお招きをいただきまして恐縮に存じます」
と悦生が挨拶をすると、仇春は、
「いや、お呼びたてするほどのご馳走もございませんが、また大いに語りたいと思いましてね」
という。じつは、仇春と王世充には、ほかに目的があったのである。
|宴《うたげ》がはじまりますと、卓上にはつぎつぎに、山中の鹿、雲中の雁、水底の金鱗、ありとあらゆる山海の珍味が並べられ、さらに、酒は玉液のごとき名醸で、|蓬莱《ほうらい》山もかくやと思われるばかり。好好が酒をつげば、は|肴《さかな》をすすめ、興に乗じて好好が舞いをまえば、負けじとは歌をうたいます。
いつしか夜もふけて、ようやく宴もおわり、|薛《せつ》・|韓《かん》の豪傑二人が帰ってしまいますと、仇春は蘭湯を命じて、世充・悦生と三人、それぞれ|沐浴《もくよく》をし、好好・の二美にもそれぞれ下湯をつかわせます。
ところで、男三人に女は二人、これでは勘定があわぬとご心配のむきもあるかもしれませんが、悦生には好好、仇春には、世充には別に|繆《ぼく》十娘というなじみがあって、この十娘、いずれここへやってくることになっているのですが、流連の客があった上に、いささか酒をすごしましたので、まだ自分の部屋でやすんでいるのでございます。
さて、沐浴をすませた三人は、茶をすすって酔いをさましながら、くつろいで、十娘のくるのを待っておりました。ところが、十娘はなかなかやってきません。悦生は早く好好と別室へ退きたくてならず、しきりに目顔で好好に語りかけるのですが、好好も同じ思いでありながら、仇春や世充の手前、勝手なまねもできません。
そのとき、仇春が、
「ちょっと内密で話したいことがあるのだが……」
といって、悦生を片隅へ呼びよせました。悦生がいくと、世充もついてきます。仇春と世充が悦生をこの席に招いた第一の目的は、じつはここにあったのです。
仇春は声をひそめて、いいだしました。
「いや、なに、じつは好好にきいたのだが、あなたの物はまことに立派なそうな。あの女は、商売がら、これまでに何百何千という物を見てきている。それが、あなたのようなのははじめてだというのだから、よほどの物でしょう。おそらく仙人にでも秘術を学ばれたのだと思うが、どうでしょう、義兄弟のよしみで、伝授してもらえないでしょうか。お願いします。もし教えてくださるなら、仇春、一生恩に着ます」
「わたしもお願いします。どんな苦行にもたえますから、兄弟のよしみで、ぜひともお教えください」
二人は真剣な顔をして懇願します。
「お二人がそれほどお望みなら、お教えしましょう」
と悦生がいうと、二人は口をそろえて、
「えっ! ほんとうに?」
と、満面によろこびをあらわしました。
「じつは、教えるなどというほどのことではないのです」
「なんだって?」
「ここに仙薬があります」
悦生はそういいながら、|袂《たもと》から小袋を取り出し、六粒つまみ出して、仇春と世充の掌に三粒ずつのせてやりながら、
「これは、さる道士にもらった仙薬で、三子丹というのです。ただそのまま呑みさえすれば、たちどころに効能があらわれて、みるみる|逞《たくま》しくなり、一女を御するのに徹宵してもおとろえぬばかりか、ますます逞しさを増して、その効は十女を御するに匹敵します」
「ほう、これが、そんなにすばらしい薬ですか」
「早くためしてみたいものだ」
三人は首を集めて、ひそひそと話しあっております。
好好とはそれを見て、
「なんのご相談ですの?」
「おまえたちには関係のない話さ」
と仇春がいうと、好好は笑いながら、
「どうだか?」
といい、
「ねえ……」
とに目くばせをします。二人はさきほど、悦生が袂から仙薬の袋を取り出して幾粒かを仇春と世充に分けているのを、ちらりと見たのでした。
はその仙薬が仇春にどういう効能をあらわすか、早く知りたくてなりません。そこで、
「おそいわねえ、十娘さんったら。どうしたのかしら」
といいます。すると、世充が立ちあがって、
「あいつ、約束をわすれて眠ってしまったのかもしれん」
といい、仇春に、
「さあ、もう待たずに、みんな引きとろうじゃないですか。わたしは十娘の部屋へいってみます」
というのでした。仙薬をもらって、早くためしてみたくてならないのです。仇春も同じ思いで、
「それでは、そうしよう。もうおそいから」
といい、をうながして、いっしょに部屋を出てゆきます。ついで世充も十娘のところへいってしまいますと、好好は声をあげて笑いだして、
「あの人たちったら、仙薬をもらったものだから、いそいそといってしまったわ」
「なんだ、知っていたのか」
「ええ。あの人たち、あの薬であなたのようになれるのですか?」
「そうはいかないよ。いまの倍くらいは逞しくなるだろうが……」
「ああ、よかった!」
好好はそういって悦生に抱きつき、二人はもつれあったまま、好好の部屋へ引きとってゆきます。
仇春はの部屋へいくと、さっそく、に気づかれぬようにして三子丹を呑みました。やがて雲狂い雨|驟《さわ》ぐ場面になりますと、果して三子丹は霊妙なはたらきをあらわし、仇春の東西は日ごろに倍してきたばかりか、火のように熱くなり、鉄のように硬くなってまいります。
「まあ、きょうは、いつもとはすっかりちがうわ。わたし、たまらないわ」
はいかにもおどろいたふりをしてそう叫びましたが、さきほど仇春が悦生に三子丹をもらったことを知っており、日ごろに倍したとはいうものの、到底悦生の比ではないこともわかりましたが、先日の悦生とのことは内緒ですので、そんなことはおくびにも出しません。
仇春はうれしくてたまらず、夢中になって抽送いたします。しばらくするとは、
「わたし、もうだめ。しばらくじっとしていて。お願い!」
といいだしました。じつはは、あるいは仇春の東西も悦生のそれのように、ひとりでに動くのではないかと思ったのです。抽送をやめた仇春の東西は、悦生のそれのようには動きませんでしたが、しかし、室内に静止したままでどきんどきんと脈うっているのが感じられます。悦生のには比ぶべくもないとはいえ、日ごろの仇春には見られないことです。はやがて夢中になってその抽送をうながし、牝戸をそびえたたせて送迎につとめます。
その|顛鳳倒鸞《てんぽうとうらん》のありさまは、くわしく述べるいとまもございませんので、話を世充のほうへ移します。世充が十娘の部屋へはいってゆきますと、十娘はびっくりして、
「あら、ごめんなさい。わたし眠ってしまって」
と、あわてて起きあがりましたが、世充は、
「なに、かまわん」
といって、さっそく三子丹を呑み、十娘を抱きよせました。みるみる仙薬の効能があらわれて、世充の東西はむくむくと硬起してきます。腹のあたりにそれを感じた十娘が、なんだろうといぶかって、手をやってみますと、まぎれもなくそれは世充の東西ではありませんか。十娘だけはまだ悦生に会ったことはなく、勿論三子丹のことも知りません。十娘は且つおどろき且つよろこび、もどかしげに、手ずから世充の衣を剥いで、それをむき出しにいたします。勃然と硬起したそれは、日ごろに倍する壮大な姿で、|反《そ》りをうって直立しております。
十娘ははじめはおそるおそる触れ、つぎには両の|掌《てのひら》で捧げ持って、
「まあ、あなたったら、どうしたの? どうしてこんなになったの? まるで驢馬のしろものじゃないの! しかもこの熱いこと! この硬いこと!」
といい、はては頬ずりをしたり、口を横にしてなめたりいたします。
その突然の変貌に驚喜した十娘は、大いに興をうごかし、戸口を向けて迎えいれると、仇春と同様、これまた徹宵してたのしみをつくしたことは、いうまでもありません。
この十娘も、いずれは悦生に会うことになるのですが、そのときはさらにどのように驚喜することでありましょう。
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多々益々弁ず
亭主が朝帰りをしてきた。女房はいまいましくてならず、
「あんな商売女なんか、どこがいいのだろう。千人万人の客を相手にして、さだめしあそこも広くなっているだろうに」
と、いやみをいった。そこで亭主が、
「どういうわけか知らんが、名妓といわれるほどの女は、たくさんの客を相手にすればするほど、あそこがよくなるものらしいな」
というと、女房、
「まあ、そういうものなの。おやすいことじゃないの。それならそうと、もっと早くいってくださればよいのに」
これは『笑府』にある話だが、わが国の|小咄《こばなし》にも、女房どもが商売女に嫉妬する話はすくなくない。『|按古於当世《あごおとせ》』(文化四年)という小咄集に、つぎのような話がある。
江戸詰の旦那のところへ、国もとの女房と妾からしきりに手紙がきて、
「江戸ではさだめし好きなように色事ができて、せっせと吉原とやらへお通いでしょうが、商売女にはくれぐれも用心なされますよう」
などといってくる。
旦那はうるさくてならず、下男にいいつけて料理屋からスッポンの頭を買ってこさせ、紙で包んで状箱に入れ、
「おまえたちがあまりに|吝気《りんき》をするゆえ、思い切って|羅切《らせつ》した」
という手紙を添えて送った。
女房と妾はそれを見てハッとおどろき、
「ずいぶん思い切ったことをなされたものだ。これがあればこそ吝気もしたのに、これがなくなってしまっては、お帰りになってももうなんのたのしみもない」
と涙を流しながら、しばらくなげきあっていたが、やがて妾がその一物を手に取って見て、
「奥さま奥さま、旦那さまは夜中の暗いときでも、よくまちがわずにはめこみなさいましたが、そのわけがわかりました。ごらんなさいませ、ちゃんと眼が二つついております」
もう一つ、これは『|善謔随訳《ぜんぎやくずいやく》 続編』(寛政十年)という漢文体の小咄集にある話だが、くだいて書きなおしてみよう。
友達が誘いにきて、亭主がいっしょに出かけようとしているのを見た女房、またよからぬところへ遊びにいこうとしているのだと勘ぐって、亭主を一室へ呼び、
「どこへいくのです?」
と、きいた。
「碁を打ちにいくのだよ」
と亭主がいうと、
「この前もそういって出ていって、商売女と遊んできたでしょう? きょうは、しるしをつけておきます。ほんとうに碁を打ちにいくのなら、ついていたってかまわないでしょう?」
女房はそういいながら、うどん粉をねり、亭主に一物を出させて、それを塗りつけた。
「あとで調べて見て、これが|剥《は》げ落ちていたら、|廓《くるわ》へいったしるしです。そのときはわたし、首をくくって死んで、化けて出て恨みをはらしてやるから」
「執念深いやつだな。廓へなんかいきはしないよ」
亭主はそういって友達といっしょに出ていったが、女房が案じたとおり、二人はやはり廓へいった。亭主は廓へあがると、うどん粉を剥がして馴染みの女と一戦をまじえ、おわってから、女にうどん粉をねらせて、もとのようにそれを塗りつけ、かわくのを待って家へ帰った。
すると、女房はやはり、調べてみるという。亭主が出して見せると、女房はうどん粉のかけらを二つ三つ剥ぎ取り、それを|嘗《な》めてみながら首をかしげて、
「これは、おかしい」
といった。
「おまえ、まだ疑っているのか」
と亭主がいうと、女房は、
「あなた、これで、うまくだましたつもりでいるの? こんなこともあろうかと思って、わたしは塩水でうどん粉をねったのよ。これはただの水でねったものだわ。こんなものを嘗めさせられて、ああ、けがらわしい! ああ、くやしい!」
さて、本題に移ろう。
悦生が御楽園で、仇春と王世充とに請われて、こばむわけにもいかず、例の妙薬・三子丹を三粒ずつ分けてやったところ、二人は天にものぼらんばかりによろこび、仇春は|方《ほうへんへん》を相手に、王世充は|繆十娘《ぼくじゆうじよう》を相手に、さっそくその効能をためして、夜を徹してたのしんだ模様は前回で述べたが、一方、悦生と|馮《ふう》好好はいかにというに、これまた|歓《かん》をつくして明け方に及んだこと、また、他の二組にくらべてその規模のまったくちがうことは、あらためて説くまでもなかろう。
心満ち意|足《た》りた好好は、
「ああ、よかったわ。これでもう、十日ぐらいはお会いしなくても我慢できるわ」
といい、そして、
「あのお二人に、この秘術もお教えになったの?」
と、きいた。
「いや、三子丹を一回分やっただけさ。秘術は教えやしないよ。これは|古棠《ことう》の|万衲子《まんどうし》先生という仙人が異国から伝えられた秘法で、そう簡単に人に教えられるものではないし、覚えられるものでもないのだ」
「そうでしょうね。あなたのように、こんな霊妙な術を身につけていて、こんな得難い宝物を持っていらっしゃるかたには、よほど運のいい女でなければお会いすることもできないわね。わたし、ほんとうにしあわせだと思うわ。きっと、前世からのご縁があったのにちがいないわ。この前、郷里へ帰るときにはつれていってやるとおっしゃったでしょう? ねえ、もういっぺん約束して。ほんとうに、見捨てないでね、それから、秘術もほかの人に教えたりなんかしないでね。人に知られてしまったら、めずらしくなくなってしまって、つまらないもの」
「ああ、見捨てたりなんかするものか。それから秘術は人には教えやしないよ」
「郷里へ帰るとき、もいっしょにつれていってくださる?」
悦生はの、二匹の|蛭《ひる》のようにまつわりついてくる二枚の扉を思いうかべながら、
「いいとも、仇春さんさえ承知すればね」
「それから、十娘にもいっぺん、味わわせてやってほしいのだけど……」
「世充さんのお気に入りの人だね。おりがあったらね」
「それから……」
「それから、どうなんだ?」
「夜があけてしまうまでに、もういちど……」
「いいとも」
好好が自ら金蓮を高く掲げて|露《あら》わにした戸口に、悦生はその東西を臨ませておもむろに収め、例によって気を|運《はげ》ますと、みるみる東西は鉄のように堅くなり、火のように熱くなりながら、室内いっぱいに満ちひろがり、おのずから抽送をはじめる。徹宵して、すでに何十度となく|《い》った好好は、早くも二、三十抽で堪えられぬほどの快美に達し、四、五十抽に及ぶと、玉山のくずれるように果ててしまった。
朝になって、悦生は、心地よさそうに眠っている好好を残して、籃家へ帰った。
数日前に御楽園で泊って帰ったときもそうだったが、珍娘はこんどは、そのときにもましてご機嫌ななめであった。
「ずいぶんお疲れのご様子ですわ」
声はやさしかったが、眉は逆立ち、眼はつりあがっている。
「また夜あかしになってしまいました」
というと、珍娘は、
「お出かけになるとき、母もわたくしも、あまりお飲みになりませんようにと申しあげたはずです」
という。悦生は恐れをなして、
「着がえてきてから、伯母さまのところへもご挨拶にいきます」
といって、草々に自分の部屋へゆき、着物をぬいで、書生の封禄に身体を拭かせながら、
(むかしから、美人の愁いをふくんだ顔は美しいというが、あの珍娘は、怒った顔でもなかなか風情がある。ああいうのを、ほんとうの美人というのかな? さて、どうやって機嫌をなおしてやろうか)
などと考え、また、
(お嬢さん育ちだから、青楼の女をきたないものと思いこんで、怒っているのだな。まあ、ぼつぼつわからせていくより仕様がなかろう)
と思った。
着物を着かえて籃母の部屋へ挨拶にいくと、珍娘のほかに玉娘と瑤娘もきていた。悦生はそのとき、籃母が急に病気になった夜のことを思い出した。
それは、|読者《みなさん》も覚えておられるはずである。珍娘が自分の部屋に悦生を忍びこませておいて、寝ずの看病の番を玉娘・瑤娘とかわり、籃母が眠りこむのを待ちかねて、こっそりと、小走りに部屋へもどってくるなり、寝台の上に仰臥して待っていた悦生の上から、いきなり腰を沈めてずるずると納めてしまったときのことを。そのときの乱送乱迎のさまは、慣れた青楼の女も及ばぬほどのすさまじさであったことを。
「伯母さま、きょうはご気分はいかがですか? 仇春と王世充に引きとめられて、つい帰りがおそくなってしまいまして……」
「男の人にはおつきあいが大切です。なにも遠慮することはないのですよ。わたしは相変らずで、格別よくもならなければ、わるくもならないといったところです」
籃母の言葉には、珍娘たちに対して悦生を弁護しているようなふしがあった。悦生は内心、籃母に感謝しながら、
「伯母さまが病気になられた当座は、珍娘姉さんと、玉娘さん、瑤娘さんとが、交替で寝ずの看病をなさったものですね。ごきょうだい三人がいっしょに伯母さまの傍にいらっしゃるのを見て、そのときのことを思い出しましたよ」
といった。すると、珍娘も、玉娘・瑤娘も、見る見る顔を赤らめた。珍娘はそのときの悦生とのことを、玉娘と瑤娘とは、そのとき珍娘と悦生との様子を扉の隙間からのぞいて|堪《た》えられなかったことを、思い出したからであった。
しばらく籃母の部屋にいて、悦生は離れの自分の部屋へもどっていった。扉をあけると、封禄が椅子に腰をかけて、籃家の女中の|桂瓶《けいへい》を抱きあげている。二人は口を吸いあっていたが、悦生に気がつくとパッとはなれ、桂瓶は背中をまるめたまま小走りに悦生の脇をすりぬけて、出ていった。
「わるいところへきたな」
と悦生はいった。封禄はただうつむいたまま、立ちすくんでいる。
「おまえはあの子が好きなのか」
ときくと、封禄は顔を伏せたままうなずいた。
「そうか、それなら早くいってやれ。あの子、おれが奥さまにでもいいつけると思って、心配しているかもしれないぞ」
封禄がほっとした気持をからだじゅうにあらわして、出ていってしまったあと、悦生は寝台の上に寝ころんで、見るともなく窓の外を見ていると、庭の隅の繁みのかげに珍娘の姿があらわれた。そこをいったりきたりしている。
悦生は起きあがって、部屋から出ていった。繁みの傍までいくと、珍娘が近寄ってきて、
「今朝お帰りになったとき、わたし、怒ったふりなんかして、いやな女だとお思いになったでしょう?」
といった。
「怒っても姉さんは綺麗な人だと思いましたよ。姉さんはわたしが妓女と遊んできたので、けがらわしいと思ったのでしょう?」
「考えてみても、なぜかよくわからないのです。母に、なにをふくれているのかといって叱られました。そこへあなたがはいっていらっしゃったのです」
「何人もの男を相手にする妓女を、けがらわしいと思ったのでしょう」
「そうかもしれませんわ。でも、それよりもわたし、|妬《ねた》ましかったのだと思います」
「宿屋の|玉鶯《ぎよくおう》さんのはからいで、姉さんは玉鶯さんの寝台の上で誰かを待っていたことを覚えているでしょう? 姉さんの待っていた男が、|従弟《いとこ》のわたしだったことがわかったときのことも。そのあと、どうしたかということも、玉鶯さんと巧娘さんとがいっしょに部屋へはいってきてから、四人でしたことをですよ」
「そんなこと、こんなところで、おっしゃらないで! なぜそんなことをおっしゃるのか、そのわけはわかるような気がしますけど。わたし、青楼の人たちをけがらわしいなんて、思っていません」
「そのうちにおりを見て、洛陽の名妓といわれている三人の妓女にお引きあわせしましょう。会えば姉さんも、きっと気に入って、仲よしになると思います。玉鶯さんや巧娘さんとおなじように」
「わたし、もう帰ります。今夜、内門のかんぬきをはずしておきます。お待ちしていますから、きっときてくださいね。お話はそのときうかがいます」
そのとき、玉娘と瑤娘が珍娘のあとをつけてきていて、繁みのなかに身をひそめて、二人の話の一部始終をきいていたのである。
その夜、珍娘の部屋では、籃母がはじめて病気になった日の夜とほとんどおなじことがくりかえされた。玉娘と瑤娘が扉の隙間から盗み見していたことも、あのときとおなじだった。その情景はここでは語らないほうがよかろう。
それから数日後、悦生は籃母の機嫌のよさそうなおりを見て、いいだした。
「客間をお貸し願えないでしょうか? 仇春と王世充とに、つづけて二度も招かれましたので、こんどはわたしのほうから二人を呼びたいと思うのです」
「よろしいとも。この家はあなたの家も同然です。なんの遠慮がいりましょう。いつでもおつかいなさい。台所のほうのことは、珍娘にいって指図させたらよろしいでしょう」
悦生は籃母のゆるしを得ると、さっそく珍娘にも話し、手紙を書いて封禄と籃書とに、それぞれ手分けをして仇春・王世充の二人と御楽園の三人のもとへとどけさせた。
その日、用意万端をととのえて待っていると、やがて三台の|輿《こし》が着き、好好・・十娘の三人が桂瓶に案内されて客間へはいってきた。客間には、珍娘・玉娘・瑤娘、それに亡母の百カ日をすまして籃家へ移ってきた若蘭の四人が、並んで迎えている。三人は籃家の四人の姉妹を見て、その清楚な美しさに眼をみはったまま、しばらくは口もきけない。やがて三人が進み出て挨拶をすると、四人は丁寧に礼を返し、主客それぞれの席につく。七人が席に並んだ姿は、あたかも天上の七仙女が下界に降りてきたかのようなあでやかさである。香気のたなびくなかで、お茶がおわると、一同はうちそろって籃母のところへ挨拶にいった。
そのあいだに、仇春と王世充もやってきた。悦生が迎えて挨拶がおわると、仇春は、
「伯母上にご挨拶をさせていただきたいと思うのですが」
といった。
「伯母はまだ床についたままなので、せっかくですが失礼させていただきます。くれぐれもよろしくと申しておりました」
主客三人が話しあっているところへ、たまたま玉鶯と巧娘がやってきた。義母と仰いでいる籃母の見舞いにきたのだった。
やがて一同は酒宴の席につく。客の席には仇春と王世充、その左右には好好・・十娘。その向いの主人の席には悦生。その左右には珍娘・玉娘・瑤娘・若蘭。さらに玉鶯と巧娘も加わり、悦生が一同を引きあわせ、それがすむと、いよいよ酒宴がはじまる。好好ら三人は一同のあいだをまわって酒をつぎ、請われるままに舞ったり歌ったりして興をそえた。珍娘ら四人は、その三人の優雅な身のこなし、きらびやかな踊り、美しい歌声に、ただ茫然とみとれているばかり。
まもなく玉鶯と巧娘が帰ってゆき、夕ぐれになって珍娘ら四人も引きとってしまうと、仇春はと、世充は十娘と、悦生は好好と、三対の才子佳人は銀燭の下で夜のふけるまで心を|暢《の》べ喜びをともにした。
好好は帰るとき、悦生を片隅へ呼んで、
「十娘さんのこと、どう?」
ときいた。
「いいよ」
「いつ?」
「むこうの都合のよいとき、迎えをよこしてくれたらいくよ」
「ありがとう。あの人どんなによろこぶことか」
翌朝、悦生は早く起き、籃母のところへ挨拶にいって、
「昨夜はおそくまでさわいで、おやすみの邪魔をいたしました」
と詫びると、籃母は、
「いいえ、ちっとも」
といい、そして、
「あの御楽園の名妓は、好好・・十娘といいましたね。わざわざわたしのところへ挨拶にきてくれましたが、さすがに名妓といわれる人だけのことはあって、如才のない、いい人でした。半刻ばかり話しあいましたが、だんだん自分の娘のような気がしてきて……。きのうはそれに、不意に玉鶯と巧娘もきてくれて、ほんとうにいい日でした」
「姉さんにはすっかりご迷惑をかけて……」
というと、珍娘は、
「いいえ、迷惑なんかしません。お母さまのおっしゃったとおり、好好さんたちもほんとうにいい人で、わたし、ほっとしましたわ」
そういって、なにやら意味ありげに微笑した。
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鎖 口 の 妙
『|末摘花《すえつむはな》』に、
いんらんのきんちゃく|相模《さがみ》もっている
という句がある。
「相模」とは、相模から江戸へ下女奉公にきていた女たちのことで、古川柳にはこの相模下女をからかった句がたくさんある。
松茸を見ても相模ははずむなり
またぐらに虫ずの走る相模下女
相模下女草の如くになびくなり
くどかれて相模お安い事といい
一番でもうおくのかと相模いい
一番でいいかと相模あとねだり
相模下女|口汚《くちよご》しだとしがみつき
相模下女いとしとのごが五六人
色男くうにゃ足らぬと相模いい
|傾城《けいせい》がなぜ|苦界《くがい》かと相模下女
第一句とは別な句で、「はずむなり」を「ねばるなり」と変えただけの句もある。ねばねばしてくるという意で、第二句の「虫ずが走る」のと同じ現象である。「虫ず」は虫酸で、口の中に酸っぱい唾が湧き出ること。上の口に湧き出るものが、相模下女の場合は下の口に湧き出るというのである。第七句の「口汚しだとしがみつき」の「口汚し」とは、わずかしか食べものがなくて腹一杯にならないことだが、この口ももちろん下の口で、句の意味は第五句・第六句と同じ。つまり、もっと|堪能《たんのう》させてちょうだいと「あとねだり」をする図である。第九句は、ただ美男子というだけでは食い足りないという意味で、もちろんここでも食い足りないのは下の口がである。最後の句は、遊女の境遇をなぜ苦界というのだろう、という意味で、相模下女がいかに好きものであるかということを誇張した句である。
これらの句の示しているとおり、「相模」あるいは「相模下女」は、川柳の世界では|淫奔《いんぽん》な女の代名詞のようにあつかわれている。だが、
房州もやわか相模におとるべき
という句もあるように、特に相模下女が淫奔だったというわけではなく、江戸へ下女奉公にくる者の大半が相模の女だったために、「相模」が下女の代名詞としてあつかわれたのである。
くどかずと下女は随分承知なり
ありようは下女ずっきずきずき
よしなよの上のよの字は下女|置字《おきじ》
ちょっちょっと|立売《たちうり》をする下女が恋
口どめのたんびに下女に色がふえ
第一句の「随分」は十分に、ちゃんと、という意。第二句の「ずっきずきずき」は、ずきずきとうずかせているという意で、さきにあげた「相模」の句の第一句の「うずく」の形容である。第三句の「置字」は漢文の助字、すなわち訓読するときに読まない字のことで、「よしなよ」の「上のよの字」を「置字」にすれば、「しなよ」ということになる。つまり、口では「よしなよ」といいながら、心(あるいは下の口)では「しなよ」といっているというわけ。
これらの句のように、「相模下女」ではなくて、単に「下女」を淫奔な女とした句も多いのである。つまり川柳では、いたずら好きな男どもの手軽にたわむれることのできる相手として、「下女」が淫奔な女の代名詞のようにつかわれ、さらに、そういう「下女」の代名詞として「相模」がつかわれているのである。
冒頭の句にもどる。
「いんらんのきんちゃく」は、印伝の巾着を|もじ《ヽヽ》ったもので、この一句は、相模下女が持っているものは印伝の巾着ではなくて、淫乱の巾着だという|洒落《しやれ》である。
印伝は、古くは応帝とも書かれた。応帝は中国音ではインディである。応帝も印伝も、インドあるいはインディアの訛りで、本来は国名としてのインド、あるいはインド産の品という意味だったと思われるが、まもなく転じて|専《もっぱ》ら印伝皮のことをいうようになったのである。印伝皮とは、羊あるいは鹿のなめし皮のことで、多く袋物などに使われた。インド渡来の皮という意味で印伝皮といい、さらに単に印伝というようになったのであろう。下女には、印伝の巾着は高価にすぎ、また分不相応でもあった。従って、奥さんやお嬢さんのように印伝の巾着こそ持っていないが、しかし下女は、そのかわりに淫乱の巾着を持っている、というのがこの句の意味である。
相模下女が持っているこの巾着は、『|女大楽宝開《おんなだいがくたからばこ》』に、
「きんちゃくとは口にて|〆《しめ》るゆえ巾着と名づく」
と記されている巾着で、川柳に、
巾着は|松皮菱《まつかわびし》に口をあけ
巾着のふちは紫なかはもみ
というのも、この巾着である。「松皮菱」は紋所の名で、花菱を八重に描いた|図柄《ずがら》。花菱もやはり紋所の名で、菱形のまわりを花弁のように描いたものである。
つまりこの巾着の「口にて〆る」その口のまわりには、松皮菱のように幾重にも|襞《ひだ》が重なっており、口のふちは紫色、中は|紅絹《もみ》色だというのである。
紫はへのこにしても至極なり
へのこでもひけをとらぬが江戸の色
紫は江戸紫で、江戸の自慢の色。紫色のは最上級だと誇っている句である。紫色を呈したのを俗に|淫焼《いんやけ》という。「ふちは紫」というのも、百戦錬磨の色であろう。
三味線のほかにねじめのよい女
という句がある。「ねじめ」は音締めで、三味線の|絃《いと》を糸巻きに締め、あるいはゆるめて、音を調節することをいう。音締めがよいというのは、いい|音色《ねいろ》を出すことである。「三味線のほかに」だから、ここでは、快美の浪声をあげてよろこび、相手をもよろこばせることだが、同時にまた「ねじめ」は根締めでもあって、口の締め具合もよいというふくみもあるとみなしてよかろう。つまり巾着である。
わが国でいうこの巾着が、『|杏花天《きようかてん》』では、|悦生《えつせい》が|繆十娘《ぼくじゆうじよう》に対していう言葉として、つぎのように表現されている。
「|芳卿《ほうけい》の|牝《ひん》、|緊膩《きんじ》にして|趣《おもむき》あり、|鎖口《さこう》の|妙《みよう》、人をして|釈《はな》つことを難からしむ」
「緊膩」などという言葉は、陰語だから、辞書にはない。「緊」とは、きっちりとしてよく締まること、「膩」とは、肥えていてなめらかなことである。「緊」であるだけでは十分ではなく、「膩」であるだけでも十分ではない。「緊」にして|且《か》つ「膩」であってはじめて十分な趣があるというところから、「緊膩」などという言葉がつくられたのであろう。「鎖口」も陰語で、「鎖口の妙」とは、「緊」にして且つ「膩」であるその口の、締め具合の妙味ということである。
|読者《みなさん》は覚えておられるであろう。さきに十娘が、悦生にもらった三子丹を呑んでその効能のあらわれた|王世充《おうせいじゆう》の東西を見て、いかに驚喜したかを。そのとき徹宵してたのしみをつくした十娘は、そのよろこびを胸にひめておくことができず、翌日になるとさっそく事の次第を好好と|《へんへん》に|吹聴《ふいちよう》したのである。すると好好は笑って、
「それはよかったわね。でも、王旦那のがいくら硬くて熱くて、驢馬のようだったといっても、|封《ほう》旦那のにくらべたら、|たか《ヽヽ》がしれてるわ」
「あら、ねえさんはやきもちをやいてるの?」
「そう思うのなら、この人にきいてごらんなさいよ」
と好好がをふりかえっていうと、十娘は、
「ねえさんがどうして知っているの?」
は首をすくめて笑いながら、
「じつは、好好ねえさんにいちど、おすそわけをしてもらったのよ」
「それでどうだった?」
「ゆうべの、三子丹を呑んだときの|仇《きゆう》旦那のにくらべても、まるでおはなしにならないわ」
がそういって、悦生の東西が室内いっぱいに満ちふさがってひとりでに抽送をつづけながら、扉を巻きこみ襞をかきわけ、上をこすり底にきしみ、戸口を掻き花心を突くときの快美の得もいわれぬことを話して、あのような宝ものはこの世に二つとあるはずはないというと、十娘は赤く上気させた顔を好好に向けて、
「ねえさん、ひどいじゃないの? わたしだけ|除《の》けものにして!」
といった。好好が、
「あなたはさっきまで、王旦那ので満足してたじゃないの」
とからかうと、
「意地わる!」
と十娘は眼を光らせてにらんだ。
「まあ、そう怒らないで。じつは、ゆうべ封旦那にあなたのことをお願いしておいたのよ。十娘にもいっぺん、味わわせてやってくださいって」
「ほんとう?」
「うそだったら、封旦那のことをいい出すわけがないでしょう?」
「そしたら、封旦那はどうおっしゃった?」
「おりがあったら、って」
「それじゃ、いつのことかわからないじゃないの。|殺生《せつしよう》だわ、おいしいご馳走を見せびらかして、いつまでおあずけをさせられるかわからないなんて」
「まあ、せいぜい|涎《よだれ》を垂らしていらっしゃい」
「さっきから、もう出どおしだわ。べたべたして気持がわるい。なんとかしてよ、ねえさん」
「わたしもよ」
とがいうと、好好も、
「じつはわたしもなの。思っただけでそうなってしまうの」
悦生が、好好・・十娘の三人を仇春・王世充といっしょに籃家に招いて、|籃母《らんぼ》にも、珍娘・玉娘・瑤娘・若蘭にも、そしてたまたま籃母の見舞いにきた玉鶯・巧娘にも引きあわせたのは、それから数日後のことである。その模様は前回に述べたとおりで、宴が果てて一同が帰るとき、好好が悦生を片隅へ呼んで、再び十娘のことをたのんだところ、
「むこうの都合のよいときに、迎えをよこしてくれたらいくよ」
といって悦生が承知したことは、まだ|読者《みなさん》のご記憶に新しいはずである。
好好がそのことを十娘に知らせたことは、いうまでもないことです。十娘はもとより大よろこびで、胸をときめかせながらよいおりのくるのを待っておりましたが、二、三日たったとき王世充がなにか緊急の用事で仇春といっしょに城外へ出かけて、あしたまでは帰ってこないということがわかりますと、さっそく使いの者を籃家へ走らせました。
そのころ籃家では、茶の間で、珍娘が悦生と若蘭の二人をからかっていました。昨夜、悦生は若蘭を部屋へ泊めたのでした。
|読者《みなさん》は覚えておられるでしょう。若蘭の母親が死んだとき、悦生が籃母にいわれて若蘭の家の葬儀万端の世話をしにいったときのことを。用事が片づいて二人きりになったとき、悦生は若蘭を抱きよせてその|桜桃《さくらんぼ》のような唇に口を重ね、甘い呂の字を書いたのでした。その呂の字の、口と口とをつなぐノは、はじめのうちは悦生の舌だったことはいうまでもありませんが、しばらくしてそれが若蘭の舌にかわったとき、悦生は時分はよしと、片手を下のほうへのばして若蘭の戸口をさぐりました。若蘭は上で呂の字を書くことに熱中していて下の悦生の手には気がつかなかったのか、あるいは気づいていながら悦生の為すままにまかせていたのか、手はわけなく戸口に達しましたが、悦生がすでにそこが十分にうるおっていることを知って若蘭をおしたおそうとしますと、若蘭は急に身を離して、
「いけません。いまは喪中ですから、そんなことはいけません」
と拒みとおして、
「少し待って。あなたさえ捨てないでくださるなら、必ずおっしゃるとおりにしますから、お母さまの百カ日がすむまで待ってください。そのときはきっとあなたのものになります」
といったのでした。
|読者《みなさん》の中には、そのとき悦生が硬起したのをとり出し、無理やりに若蘭におしつけてその手に触れさせたところ、若蘭がその大きさにおどろいて逃げだしたことを覚えておられる方もあるかもしれませんが、結局そのときはそれ以上のことには及ばず、悦生は、
「もう、なにもしないから」
と若蘭を呼びもどして、
「百カ日がすむまで、待つことにしましょう」
といって帰ったのでした。
いまはもう、その百カ日もすぎ、若蘭は籃母の好意で籃家に身を寄せております。悦生は珍娘にもわけを話して、昨夜は約束を果したのでした。
「喜郎さん、ゆうべはいかがでした?」
と珍娘は悦生をからかいます。
「なにがです?」
と悦生は、玉娘や瑤娘もいる手前、とぼけるのですが、珍娘は追求の手をやめません。
「まあ、なにがですってなんて、よくも白っぱくれられるものね」
「お互いさまですよ」
と悦生もいいかえして、二人は笑いあっているのですが、若蘭はかたわらで顔を赤らめてうつむいております。
昨夜、若蘭は長いあいだ|痛《つう》を訴えつづけたのでした。ようやく快美を覚えたときには、|涓涓《けんけん》と滂流してとどめようがなく、忽ち星眼はくらみ、柳腰はなえて、
「もう、ゆるして!」
と哀願したのでした。しばらくやすんでまたはじめたときには、もはや痛は覚えませんでしたが、前と同じように滂流してやまず、忽ちまた星眼がくらみ、柳腰がなえてくるのでした。
「わたし、だめなのでしょうか?」
とたずねると、悦生は、
「それでいいのだよ。あなたはそういうたちなのだよ」
といいます。
「いいえ、そんなことではないのです。あなたにとって、わたしはだめなのではないかと思って……」
「そんなことがあるものか。あなたは得難い人だよ」
昨夜のそんなことを思いかえしながら、若蘭はひとりで顔を赤らめているのでした。
「お姉さんだって、ずいぶん白っぱくれるのがお上手よ」
と、そのとき玉娘が口を出し、瑤娘をふりかえって、
「ねえ、え」
といい、顔を見あわせてくすくす笑いだしました。
「なにを笑っているの? 気持がわるいわ」
珍娘がそういったとき、封禄がはいってきて、
「王家から使いの方が見えて、王旦那が急な用事でぜひお目にかかりたいとのことで、お迎えにまいったといっておられます」
と伝えた。
「はて、なんの用事だろう」
悦生はそういって立ちあがりましたが、心では、十娘がよこした迎えの者だとすぐに察して、急いで仕度をし、使いの者といっしょに家を出ました。
「世充さんは?」
ときくと、
「仇旦那といっしょに城外へいかれました。きょうはお帰りにはなりません」
とのこと。やがて|錦繍《きんしゆう》坊の御楽園につきますと、十娘がいそいそと迎えに出て、
「よくおいでくださいました。好好ねえさんにお願いしてとりはからってもらいましたものの、お顔を拝見するまでは、おいでいただけないのではないかと心配でなりませんでした」
といい、さっそく部屋へ案内して座をすすめます。テーブルにはすでに、酒や|肴《さかな》が用意されていて、対坐して酒をくみかわしておりますうちに、十娘は早くも情が高ぶってきて戸口のうるおってくるのを覚え、悦生は興をあおられて東西の硬起してくるのを覚えます。悦生が席を移して十娘と並び、股を重ねて坐りますと、十娘は腕を交えます。二人はしばらく顔をよせ唇をあわせておりましたが、やがて席を立って悦生が十娘の衣を解き|子《こし》をおろしますと、十娘も悦生のためにそういたします。
十娘が|榻《とう》に仰臥して金蓮を高く掲げますと、悦生はそれを肩に架け、すでに玉液涓涓としてやまない戸口に東西を臨ませて、扉のめくれ込む光景を眺めながらおもむろに納めます。いったん根まで没してから、また半ばまで|抽《ひ》きもどし、例によって気を|運《はげ》ましますと、これまた例のごとく東西は見る見る室内いっぱいに充満して、おのずから抽送をはじめます。
「ああ、好好さんのいってたとおりだわ。あなたのは普通の人のとはちがうのね。ひとりでにうごくんですもの。抽かれるときは魂までかき出されてしまうようで、送られるときはからだじゅうがなえてしまうみたいだわ」
十娘があえぎあえぎそういいますと、悦生も十娘の牝戸の鎖口の妙をほめたたえます。
「|芳卿《あなた》の|牝《もの》、緊膩にして趣あり、鎖口の妙、人をして釈つことを難からしむ」
というのは、そのときの|科白《せりふ》である。
十娘がそのとき、|側妾《そばめ》としてでもよいから一生おそばで仕えたいというと、悦生はすでに好好・の二人とはその約束がしてあるといって、あなたのような鎖口の妙のある人をどうして手放すことができようかといい、好好・ともども必ずつれてゆくと約束したのである。
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金蓮高く掲ぐ
新婚の夫婦が昼近くなっても起きてこないので、にがにがしく思った母親が、女中にそっと見てくるようにいいつけた。
しばらくすると女中が帰ってきて、息をはずませながらいった。
「若旦那さまも若奧さまも、半分だけ起きておられました」
「もうすぐ起きてくるというのかい?」
「いいえ、その……、若旦那さまは|身体《からだ》の上半分だけ、若奧さまは身体の下半分だけ起していらっしゃいますので……」
これは『笑林広記』にある話だが、すぐには、どういうことかおわかりにならない方もあるかも知れない。所かわれば|風《ふう》かわるで、あちらの正常位はこちらの屈曲位なのである。二、三の参考文献(!)をあげてみよう。
新婚の夫婦、明りを消して|床《とこ》に入ったが、新郎は新婦が|羞《は》ずかしがってまだ寝ていないのではないかと思い、足のさきでさぐってみたところ、何にも触れないので、起きあがってよくよく見ると、新婦はもう|両足を高く上げて《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》待っていた。
一方、新婦は溜息をついてつぶやいた。
「いまごろ、まだ、もそもそとさぐっているなんて、こんどもまた、とんだのろまのところへ嫁にきてしまったものだ」
初夜の床で新郎が、
「こんどの結婚のことでは、お前のお父さんにはずいぶん反対されたが、やっと夫婦になれたねえ」
というと、新婦は、
「うれしいわ」
といって、|両足を高く上げた《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》。
一つすんで、しばらくするとまた新郎がいった。
「お前のお母さんにもずいぶん反対されたが、やっと夫婦になれたねえ」
「うれしいわ」
と新婦はまた|両足を上げた《ヽヽヽヽヽヽ》。
また一つすんで、しばらくするとまたまた新郎がいった。
「お前の兄さんもなかなか賛成してくれなかったが、やっと夫婦になれたねえ」
「うれしいわ」
と新婦はまたまた|両足を高く上げた《ヽヽヽヽヽヽヽヽ》。
またもや一つすんで、もうこれまでと新郎が眠りかけると、新婦が、
「うちの|嫂《ねえ》さんも、なかなか賛成してくれなかったわ」
といって、またもや|両足を上げた《ヽヽヽヽヽヽ》。
初夜の床で、新郎が新婦の|足を上げて《ヽヽヽヽヽ》、痛がらないようにと津液をぬると、新婦がいった。
「処かわれば風かわるといいますけど、こういうことまでちがいますのねえ。わたしの郷里では津液は男色に使いますわ」
これらの三篇は、いずれも『笑府』にある話である。以て、冒頭にあげた話の「若旦那さまは身体の上半分だけ、若奥さまは身体の下半分だけ起して」いるということが、どういう形を意味しているかは明らかであろう。
さて、本題に移ろう。
悦生が|繆十娘《ぼくじゆうじよう》と一夜をすごして|籃《らん》家に帰ってくると、|封禄《ほうろく》が、
「旦那さま、晩夜から大奥さまのお加減が悪いのです。旦那さまにお話ししたいことがあるとおっしゃって、待ちかねておいでのようで、昨夜から珍娘さまが何度も呼びに見えました」
といった。急いで奥の間へいって見ると、籃母の寝台をとりかこんで珍娘・玉娘・瑤娘・若蘭の四人が泣きくずれている。
「伯母さま、しっかりしてください。わたしです。喜郎です」
悦生がそういっても、籃母は既に昏迷の中をさまよっていて、醒めては|昏《くら》み、昏んでは醒めること、あたかも半夜の残燈か暁天の月のようなありさまで、
「喜郎はまだか、喜郎はまだか」
と|譫言《うわごと》のようにいいつづけている。珍娘が、
「喜郎さんですよ。喜郎さんが見えましたよ」
と叫ぶと、ようやく気づいて、
「おお、喜郎か。|間《ま》にあってよかった。お前にお願いがあるのです。あとのことを頼みたいのです。もし|嫌《いや》でなかったら、この娘たちの中から、誰でもよいから好きな者を選んで、つれ添っておくれ。そして籃家のあとをたやさないようにしておくれ。どうだね、きいておくれかね」
「伯母さま、承知いたしました。どうぞご心配なく……」
「そうか、承知してくれましたか。わたしはそればっかりが気がかりで眼が|瞑《つむ》れなかった……。珍娘・玉娘・瑤娘、みんな仲よく暮すんだよ。玉鶯姉さんや、巧娘姉さんとも仲よくね。若蘭も家の娘だから、ほんとうの|姉妹《きようだい》と思って暮すんだよ」
「お母さま!」
と叫んで四人の姉妹がとりすがったときには、籃母は既にこと切れていた。四人は血を吐くようにして泣きつづけた。
悦生は涙ながら、あちこちに使いを走らせて葬儀の用意をした。やがて玉鶯と巧娘も駈けつけてきた。二人は籃母の死骸にとりすがって泣きながら、
「お母さまもどんなにか心残りだったでしょう。四人の姉妹がまだ一人も片づかないうちに亡くなられて……」
「お母さまは、玉鶯姉さんや巧娘姉さんと仲よく暮すようにと遺言して亡くなられました」
と珍娘がいうと、玉鶯・巧娘は、
「ほんとうに仲よく暮して、お母さまの霊に安心していただきましょうね」
といい、六人の女たちは手をとりあって泣きくずれた。
みんなが泣き悲しんでいるこの|愁歎場《しゆうたんば》に、|筆者《わたし》がひょっこりと顔を出すのはいかがかと思われるが、この六人の女たちのうち、玉鶯・巧娘・珍娘の三人は、悦生の巨大な東西の、あの霊妙な働きを何度も味わっており、若蘭も近ごろ味わったばかりであることは、|読者《みなさん》既にご存じのこととはいえ、あるいは六人の悲歎のさまを見てお忘れになっているかも知れぬと思うので、念のために申しあげておく。
しばらくすると、|仇春《きゆうしゆん》と|王世充《おうせいじゆう》も駈けつけてきた。
「昨日から急用で出かけていて、いま帰ってきたところです。この前参りましたときはまだお元気のようで、そんなにお悪いとは知りませんでした。どうも、とんだことでした。わたしたちにできることでしたら、なんでもしますから、ご遠慮なくお申しつけください」
悦生は、二人の留守のあいだに御楽園へいって、昨夜一晩、たっぷりと十娘とたのしんできたことはおくびにも出さずに、
「おいそがしい中を、わざわざおいでくださって恐縮です。昨夜から急に悪化しまして……」
「籃家は|後嗣《あとつぎ》もきまっていないようだが、さいわい貴兄がおられるから……。まあそれは後のこととして、今日はおとりこみちゅうだから、これで失礼します」
悦生はつぎつぎにくる弔問客に応対しながら、一方では葬礼の用意をととのえ、僧侶を迎えて供養を営んだ。
やがて初七日もすんで、玉鶯と巧娘がひとまず家へ帰っていったあと、仇春と王世充が好好・|《へんへん》・十娘の三人をつれて、あらためて籃母の霊を拝みにきた。籃母は生前、好好たち三人がその病床を見舞ったとき、三人のことを自分の娘のような気がするといい、珍娘にたいして青楼の人だからといってさげすんではいけないとたしなめたことがあったことは、|読者《みなさん》もご存じのとおりである。好好たち三人はそれを思い出しながら霊前でひとしきり泣いたあと、珍娘たち姉妹に向って、
「このたびは、まことにご愁傷なことでございます。お母さまはもうお年だったのですから、あまりお歎きになっておからだにさわるようなことのありませんように。もしそんなことになれば、かえってお母さまがあの世でお悲しみになられましょう」
と慰めたものの、姉妹のさびしげな様子を見ると涙をさそわれずにはいられなかった。十娘は姉妹を励ますつもりで、
「でも、封さまがついていらっしゃいますから、なにかとお心強いですわねえ」
といったが、いずれは悦生も郷里の広陵へ帰る身であることを思って、これはかえってまずいことをいったようだと後悔した。これも|読者《みなさん》ご承知のとおり、悦生は好好・・十娘の三人に、郷里へ帰るときにはつれていくと約束していたのである。悦生が一宵に十戸を貫いてもなお硬々然としていることを承知している三人は、いずれ劣らぬ美貌の四姉妹のいかにもさびしげな姿を見ると、封旦那がこの人たちもいっしょにつれていって、みんなでたのしく暮せるとよいのだが、と思うものの、いまそれを口に出すことは|流石《さすが》にはばかられて、黙っていた。
悦生が、両友は馬に乗り、三美は|輿《こし》に乗って帰っていくのを見送ってから、奧の|間《ま》へ引きかえして見ると、四人の姉妹は相も変らず籃母の霊前に悄然とうなだれている。なぐさめてやりたいと思うものの、喪室にこもっている四人に対してはどうするすべもないのだった。
さて、光陰矢の如しと申しますとおり、まことに月日の経つのは早いものでございまして、いつしか籃母の四十九日もすぎて百カ日が近づいてまいりますと、四人の美女はまだ喪に服しているとはいうものの、心は籃母が亡くなった当座とはかなりちがってまいります。
ことに珍娘は、牝戸の中に納まると火のように熱くなってきて、伸び、ふくらみ、堅くなり、室内いっぱいに満ちひろがって|自《おのずか》ら抽送する悦生の東西を何度も味わっておりますだけに、母親の死に対する悲しみは悲しみとして、悦生に対する恋慕の情もつのってくるのでした。喪室にこもっておりながら、月日が経つに従って、ふっと悦生の方へ心が傾いて、人知れず戸口を濡らすことが多くなってきますが、|生身《なまみ》の人間のこととて、あながち咎めるべきことでもございますまい。
経験のちがいからくる程度の差こそあれ、若蘭も同じでございます。いつのまにかそのことを思いつめている自分に気づいて、一人で顔を赤らめることがしばしばでした。
やがて百カ日もすぎたある日のこと、悦生は|籃書《らんしよ》を案内役につれて城外の村へ小作料の取りたてに出かけました。その留守に珍娘は、女中の|桂瓶《けいへい》にいいつけて、表の|間《ま》へ机をすえさせ、|香《こう》や燈明の用意をさせます。三人の妹がいぶかしそうに、
「お姉さま、何のお祈りをなさいますの?」
とたずねますと、珍娘は、
「あなたたち、お母さまのお遺言を忘れはしないでしょう? 今日はちょうどよい日だから、神さまにお祈りして縁組みをきめたいと思うのよ。ほら、亡くなられる前にお母さまは喜郎さんに、わたしたち四人の中から好きな者を選んでつれ添ってくれと頼まれたでしょう? 喜郎さんとしては、誰とはいいにくいので、いまだになんともおっしゃらないのよ。だから、神さまにお祈りをしてきめていただこうと思うの」
「だって、お姉さまは前から喜郎さんと……」
と瑤娘がいうと、
「まあ、瑤娘ったら! でも、それとこれとはちがうわ。みんな仲よく暮しなさいというのもお母さまのお遺言よ。ここに|籤《くじ》が四本つくってあるから、四人でこれを引いて順序をきめましょう。一番にあたった人が喜郎さんの奥さんになるのよ。ほかの人は籤の順に、第二、第三、第四夫人になるのよ。籤のとおりにして、年の順とは関係がなくそうしようと思うのだけど、どう?」
「お姉さまが、それがいいとおっしゃるのならそれでいいわ」
と妹たちはいいます。
「それでは、神さまのお心に従って順番をきめて、姉妹いつまでも仲よく暮しましょう」
珍娘はそういって、香を焚き燈明をともして祈ります。
「上は天の神さま、下は地の神さま。いまここに籃氏の姉妹四人、心からお祈りをささげます。わたくしは長女で籃珍と申します。つぎにおりますのは次女の籃玉、つぎは三女の籃若蘭、つぎは四女の籃瑤でございます。四人ともまだ配偶がございません。つきましては亡き母の遺言によりまして、順位をきめて封悦生に従い、ともどもに|衾《ふすま》に|侍《じ》して夫の意に添いたいと存じますので、ここに、神さまのお指図を仰ぐ次第でございます。どうか、ここに備えました籤にご神意をお示しくださいますように。わたくしは長女ではございますが、たとえ四番にあたりましても決して不服には思いません。ほかの三人もみな同じ思いでございます。もしご神意にそむきましたときは、四人とも、たちどころに首と身体とが所をことにしても異存はないことをお誓いいたします」
珍娘が祈りおわりますと、四女の瑤娘が籤をまぜて、年の順につぎつぎに引きます。あけて見ると、不思議といいましょうか、天縁と申しましょうか、珍娘が第一、若蘭が第二と、既に悦生と契った順になっており、まだ契りを結んでいない玉娘と瑤娘は、年の順に第三、第四の籤を引いておりました。
「これで順序がきまったわ。籤のことは喜郎さんには黙っていて、それとなく意向をうかがってみることにしましょう。みんな異存はないわね」
四人が祭壇を片づけて話しあっているところへ、悦生が帰ってきます。
「ご苦労さまでした。お疲れになったでしょう」
と珍娘がいって、桂瓶に酒を出させ、
「折り入ってお話ししたいことがあるのですけど……」
といい出しますと、悦生も、
「じつはわたしも、前々からいおういおうと思いながら、なかなかいい出せなくて……」
といいます。珍娘が酒をつぎながら、
「それでは、男のあなたからどうぞ」
「じつは、わたしも郷里を出てからもう半年以上になりますので、一度帰らなければいけないのですが、わたしがいなくなればお困りになると思うと、なかなか……」
「あなたがお帰りになったら、わたしたちはその日からどうしたらよいのかわかりません。わたしがお話ししたかったのも、じつはそのことについてなのです。どうかお帰りにならないでくださいませ」
「伯母さまがお亡くなりになった今は、姉さんがこの家の|主《あるじ》ですから、この家のことは姉さんの指図どおりにしなければなりません。伯母さまはわたしに、あなたがた四人の中の誰かとつれ添うようにと遺言なさったのですが、いまだに姉さんがなにもおっしゃらないところを見ると、わたしも郷里へ帰って適当な相手をさがさなければなりません。いつまでもぐずぐずしていても、きりがありませんから」
「わかりましたわ。妹たちと相談してすぐご返事しますから。しばらくお部屋でお待ちになっていてください」
悦生は部屋へもどって、ほくそ笑みながら返事を待っております。珍娘は勿論のこと、若蘭だってあの味は忘れられないはずだが、さてどんな返事をしてくるだろうと思いながら。
一方、珍娘は詩箋を出して妹たちにいいます。
「詩で返事をしましょうよ。わたしが起句を書くから、さっききまった順序でつづけなさいよ」
|雲雨《うんう》は綿々たり七夕の天 (珍娘)
再び|籃橋《らんきよう》を渡る是れ待つ前縁 (若蘭)
遠山は待つ行雲の|蔽《おお》うを (玉娘)
|負《そむ》く|莫《なか》れ慈母が生前の言 (瑤娘)
その詩を桂瓶が悦生のところへ持っていって、
「これがお嬢さまがたのご返事でございます」
と伝えます。悦生はしばらくその詩を読みかえしておりましたが、やがて膝をたたいて、うれしげにつぶやきました。
「今日は七月の五日。|七夕《たなばた》はあさってだ。雲雨は綿々たり七夕の天。つまり珍娘は七夕の夜に、牽牛と織女になってむつみあおうというのだな。第二句は若蘭の句で、再び逢瀬をかさねようという意味だ。第三句は玉娘で、待っているという意味だし、結句の瑤娘の句は、母親の遺言どおりみんなで仲よく暮そうということだ。四人が四人ともいっしょにつれ添いたいといおうとは! なかなかいい出さなかったのは、そのためだったのか!」
悦生はさっそく詩一首をつくって、返事といたします。
|巫山《ふざん》の雲雨|天漢《てんかん》を蔽い
|海誓山盟《かいせいさんめい》す|信《まこと》に縁有り
|輒《すなわ》ち|復《また》天台の路に入り
慈母の言に|負《そむ》かざらん
珍娘ら四人はその詩を読んで大よろこびです。さっそく籃母の霊前にこのことを報告いたします。
七夕の夜になりますと、三人の妹たちは一人の姉をとりかこんで、あるいは高く|髷《まげ》を束ね、あるいは|蛾眉《がび》に|黛《まゆずみ》を添え、あるいは春桃の頬に紅をさし、あるいは楊柳の腰に|軽羅《けいら》をまとわせ、やがて花も羞じらい月も雲間にかくれるばかりの|粧《よそお》いができあがりますと、珍娘を|繍房《しゆうぼう》にいれておいて、悦生を迎えにいきます。
悦生も整々と身なりをととのえて、まず籃母の霊前にぬかずいてから、三人の妹、というよりも、やがては第二、第三、第四の夫人となる三人の女に送られて、珍娘の待っている繍房へはいります。やがて二人だけになりますと、悦生と珍娘は|床杯《とこさかずき》をかわしながら、
「姉さんと晴れて夫婦になれるとは、夢のようだ」
「もう姉さんなんておっしゃるのは、およしになって。わたしも、うれしくて……」
珍娘は消え入らんばかりのしおらしさです。無理もございません。|錦衾《きんきん》の中のことは互いに相慣れた仲ではございますが、床杯をかわすのははじめての新郎と新婦でございますから。
床杯がおわりますと、二人は衣を脱し、珍娘は仰臥して金蓮を高く掲げます。床杯とはちがって、この方のことはお手の物です。
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かわく間もなし
わが|袖《そで》は|潮干《しおひ》に見えぬ沖の石の
人こそ知らねかわく間もなし
これは「百人一首」にも取られている|二条院《にじよういんの》 |讃岐《さぬき》の歌だが、この歌をもじった古川柳に、
|仇《あだ》なわずらい|生娘《きむすめ》の沖の石
という句がある。「仇なわずらい」とは恋わずらいのこと。恋わずらいの娘のあそこは、潮がひいたときでも見えない沖の石のように、人こそ知らね、ぬれっぱなしで、かわく間もない、という意味で、|下卑《げび》た想像にはちがいないが、それをただ「沖の石」といったところにこの句の優雅さ(?)がある。
だが、川柳はかならずしも優雅を尊しとはしない。だから、つぎのような露骨な句もある。
|恋病《こいやみ》の動悸ぴくぴく|開《かい》でうち
恋病の脈はもちゃげるようにうち
「開」とは、さきの句でいえば、ぬれてかわく間もないもの、この物語の用語でいえば牝戸のことである。
恋病は男ほしさの|気鬱《きうつ》病で、この病がこうじると痩せおとろえてきて、|労咳《ろうがい》と見あやまられることが多かったらしい。本人も、
恋病みと云われず医者へ舌を出し
で、まさか動悸がぴくぴく開でうっていると訴えるわけにもいかず、医者に舌を出してごらんといわれると、この|藪《やぶ》医者め、舌ではなくて下なのに、と心の中では思いながらも、下ではなくて舌しか出さないので、藪医者も家の者も労咳と見あやまる始末。そこで、|灸《きゆう》をすえられたり、黒猫を抱かせられたりした。黒猫を抱いていると労咳がなおるという迷信があったのである。
その病だに目違いな|烏猫《からすねこ》
という句がそれで、「その病」とは恋病、「だに」は|だのに《ヽヽヽ》の略、「烏猫」とは黒猫のことである。
|尤《もつと》もさ黒猫ほどに生えている
という句もある。「生えている」というのは|阜《おか》の草のことで、それがまだ生えるか生えないかという年ごろで嫁にいくのが当時の一般のならわしであった。それなのに、黒猫の毛のようにくろぐろと生えている年ごろになってもまだ独り身でおれば、黒猫を抱く病になるのも当然だ、という意味である。
この病は、灸をすえたり黒猫を抱かせたりしたところで、なおるわけのものではない。
灸よりは男が娘おそなわり
猫よりも歯をまっくろにするがよし
というのは、その治療法を示した句で、「おそなわり」というのは、供え物あるいは備品という意味であろう。「歯をまっくろにする」というのは、|おはぐろ《ヽヽヽヽ》を塗ることで、当時は女は嫁入りをすると歯を黒く染めたのである。「まっくろにする」の「する」は、歯を黒くするの「する」に、嫁にいってあれをするの「する」を掛けているのである。この治療を受けさえすれば、
あれ死にますと恋病けろり|治《なお》し
ということになる。
恋病というものは、多くは、まだ一戦もしたことのない生娘のかかる病だが、ときには、百戦錬磨の女でもかかることがある。今回は、|御楽園《ぎよらくえん》の|繆十娘《ぼくじゆうじよう》がこの病にかかる話、というよりは、悦生の治療を受けて十娘のその病がけろりとなおる話である。
さて、悦生と|珍娘《ちんじよう》は、晴れて夫婦になってからというもの、朝々宴を共にし、夜々枕を同じくす、というありさまで、片ときも離れたことはございません。
やがて夏はすぎて秋になり、秋は深まって庭には|桂《かつら》の花が香り、菊の花が競い咲く|重九《ちようきゆう》の節(陰暦九月九日の節句)が近づいてきましたが、二人は部屋の中にとじこもったきりで、めったに外へ出ることはありません。時には手をとりあって庭を散策することはあっても、心ここにあらざれば見れども見えずで、桂の花も菊の花もほとんど二人の眼にはとまらないという始末。
三人の妹たちは、おもしろくありません。
「お姉さんったら、わたしたちと約束したことなんか、すっかり忘れているみたい。ずっと独り占めにする気かしら」
と、不平たらたらです。ある夜、三人は床についたものの、珍娘が約束をまもらずにいつまでも悦生を独占していることを思うと、なかなか眠れません。
「あのことって、そんなに楽しいことなのかしら」
と玉娘がいいだしますと、瑤娘が、
「山路をきくなら登った人にきけというじゃないの。わたしは登ったことがないから、知らないわ」
といいます。瑤娘は暗に、若蘭にきけといっているのです。|読者《みなさん》はおぼえておられるでしょうか。若蘭が亡母の百カ日をすませて、籃母の好意で籃家に身を寄せるようになってから間もないころ、一夜、悦生が自分の部屋へ若蘭を引き入れたことがあることを。
「あら、わたしだって登ったとはいえないわ」
と若蘭がいいますと、二人は、
「一度だって何度だって、登ったことにはかわりないわ。ねえ、教えて。そんなに楽しいことなの? わたしたち、見たことはあるのだけど……」
「なにを?」
「お姉さんと喜郎さんとの、山登りをよ」
「まあ、いつ見たの?」
「お母さんが病気になられたときよ。わたしたち、交替で、夜中も寝ずに看病をしたのだけど、そのとき、お姉さんと喜郎さんの素振りがどうもおかしいので、わたしたち二人が寝ずの番のとき、そっとお姉さんの部屋をのぞいてみたのよ。そしたら、たいへんなの」
と玉娘と瑤娘とはかわるがわる、そのとき見た光景を語り、珍娘が快美を叫んでやまなかったことを話して、
「あなたも、そうだった?」
とききます。
「わたしは、声なんかあげなかったわ」
と若蘭がいいますと、二人は、
「うそ、おっしゃい! ずるいわよ、ちゃんと話さなければ」
「そうそう、もう、ゆるして! っていったわ」
若蘭は強いられて話します。長いあいだ痛苦をこらえていたことを。やがてようやく快美を覚えてきたとたんに、傍流横溢してとどめようがなく、これはたいへんなことになったと思ったことを。そして、それから間もなく、星眼がくらみ柳腰がなえてきたので、これはいよいよたいへんなことになったと思って、「もう、ゆるして!」と哀願したことを。
「ゆるしてといったら、喜郎さん、どうした?」
「やめたわ」
「それっきり?」
「しばらく休んでから、またはじめたわ」
どんなふうにしてはじめたかとか、やはり痛苦を覚えたかとか、快美とはどこがどのようになることなのかとか、二人は根掘り葉掘り若蘭にききます。
悦生は金蓮を両腕に架けて、おもむろに納めた。こんどは痛苦は覚えなかった。十数抽で遍身のしびれるような衝撃を受けた。忽ち傍流してやまず、また星眼がくらみ柳腰がなえてくるのを覚えたので、「わたし、だめなのでしょうか」ときくと、悦生は「いいのだよ、あなたはこういうたちなのだ」といっていたわってくれた。――そんなことを語っているうちに若蘭は、牝戸を中心にして遍身が火の燃えるように熱くなってくるとともに、そこから溶岩が流れ出すような具合に、戸口がぬるぬるとぬれてくるのを覚えるのでした。
玉娘と瑤娘の二人も同じで、既にのぞき見をしたことを話しているときから、その光景が瞼にうかび、その声音が耳によみがえってきて、戸口をうるおわせていたのですが、若蘭の話をきいているうちに、さらにまた情をあおられ興を高められて、もはやじっとしていることができなくなり、いつの間にか、二人は左右から若蘭に抱きついているのでした。
前にも申しましたとおり瑤娘は三人の中で一番年下なのですが、なかなかませております。若蘭に抱きつきながら、あの巨大な悦生の東西を納めた牝戸は、どんな具合になっているのだろうかと思って、そっと手をのばしてさぐりました。若蘭はしばらく瑤娘のするままに任せておりましたが、やがて、その瑤娘の手を上からおさえて、指を入れさせようといたします。ぬれておりますので、それは難なくすべりこみました。瑤娘が、
「気味がわるいわ」
といって引きぬこうといたしますと、若蘭はその手をおさえつけて、はなしません。玉娘は二人がもぞもぞと動いているのを見て起きあがり、
「なにをしているのよ」
と、のぞきこみましたが、若蘭はなおも瑤娘の手をおさえつけたまま、はなそうとはしません。そのうちに玉娘は、二人の重ねあわせた手の下から、おびただしく溢れ出てくるものを見て、眼をみはりました。若蘭の手がゆるみ、瑤娘の手がはなれますと、あらわになった若蘭の戸口から、なおも|滾々《こんこん》と湧き出てくるのが見えました。
原文には、その湧き流れてやまぬ若蘭の泉のように、その後、三人が互いに戸口をさぐりあったり吸いあったりしてたのしむありさまや、交互に牝戸を重ねあわせたり|摩《す》りあわせたり、その他さまざまなことをして歓をつくすありさまが、いつ果てるともなく、綿々と語られているのだが、そのありさまは|読者《みなさん》のご想像にまかせて、このあたりで話を転じた方が、無難であろう。
重九の節の日、悦生は|仇春《きゆうしゆん》から招かれておりました。御楽園に集まって|王世充《おうせいじゆう》と三人で久しぶりに一夕酒をくみかわそうというのです。
「どうしようかな」
と珍娘に相談しますと、
「せっかくのお招きを、おことわりしてはいけませんわ。ぜひお受けください。そうでないと、わたしがみなさんに笑われます」
と珍娘はいいます。そして、いたずらっぽく笑いながら、
「それに、あなたも、ずっと同じものばかりで、少々お飽きになってきたころじゃありません? 三人のうちどなたかと旧交をあたためていらっしゃるといいわ。お相手はどなたかしら?」
珍娘が三人というのは、御楽園の三美、好好・・繆十娘のことです。
その日の夕方、仇春の下男が馬をひいて悦生を迎えにきました。御楽園に着きますと、仇春と王世充とが、好好・とともに待っておりましたが、繆十娘の姿が見えません。
「よくきてくださいました。もし今夜きてくださらなかったら、お訪ねしようと思っていたところです」
と仇春がいいます。
「なにかわたしに、急なご用件でも?」
「いや、そういうわけじゃないが、このごろなにかといそがしくてね。今夜をのがすと、こんどはいつお目にかかれるかわからないものだから」
「どこかへお出かけにでもなるのですか」
「いや、そうでもないのだが……。いずれ、そのうちにわかりましょう」
仇春といえば、誰知らぬものもない、洛陽きっての大親分です。なにか口外のできない、いそがしいことがあるのだろうと思って、悦生は、くどくはたずねませんでした。
悦生は話をかえて、十娘のことを王世充にたずねました。十娘は王世充の馴染みだからです。
「わたしも、ここ一月あまり仇兄貴といっしょに出歩いていたので、知らなかったのだが、身体の具合がわるいといって寝ているのだそうです。あとで見舞ってやろうと思っているのだが……」
「どこがわるいのです?」
「それが、よくわかりませんの」
と好好がいいます。
「お医者にもみてもらったのですけど、格別わるいところはないようだというのです。でも、ひどくやつれていて、食べ物も喉を通らない始末なのです」
「可哀そうに。それでは、酒席の用意ができるまでに、みんなでいって慰めてやろうじゃありませんか」
好好がいったとおり、十娘は蒼いやつれた顔をして寝ていましたが、悦生の顔を見ると、
「まあ、封旦那もきてくださったの……」
といって、あわてて起きあがろうといたします。悦生はその肩に手をかけて、
「寝ていた方がいいよ」
といいます。十娘は素直にうなずき、悦生に背中を支えられながら、また横になりました。
「どうしたのだね。出歩いていたのでなにも知らなかったが」
と王世充がいいますと、十娘は、
「もう、すっかりよろしいのですけど、外へ出るのはまだおぼつかない気がして、せっかくみなさんがお集まりになったのに勝手をいたしまして……」
とわびます。しばらくすると、女中が酒席の用意ができたことを知らせにきました。
「それじゃ、またあとでくるからね」
悦生が、みんなの出ていったあとで、そういって出ようといたしますと、十娘は悦生の袖をつかんで、
「いかないで、ここにいて!」
といいます。
「今夜は仇さんのお招きなのだよ。そんなわけにはいかんよ」
「どうして、ずっときてくださらなかったの? それでわたし、こんなになってしまったのよ。でも、もういいわ、きてくださったのだから」
「それじゃ、一度むこうへ顔を出してから、すぐもどってくるよ」
「早くきてね」
悦生は酒席へいってしばらく飲んでから、折りを見ていいだしました。
「今夜はお招きをいただいて、ありがとうございました。おたのしみの最中で恐縮なのですが、じつは家にいろいろと用事がとどこおっておりますので、このへんで失礼させていただきたいと思うのですが」
「それはどうも。お目にかかれて、うれしかったです。こんどはもう、いつ会えるかわかりませんが、お大事になさってください」
仇春はまた、前のようなことをいいます。この人はなにか大きなことをやろうとしているのにちがいない、と悦生はまた思いましたが、それがなにかは、やはり見当もつきません。
仇春が下男に馬をひかせて送ろうというのを、悦生は迎えの者がきているはずだからといってことわり、いったん表へ出てから、そっと裏口へまわって、十娘の部屋へしのびこみました。十娘は満面に喜色をあらわして、
「おそいので、もうきてくださらないのかと気が気でなかったわ」
といいます。
「なかなか抜けられなかったんだよ」
「ねえ、早くここへきて、わたしの病気をなおして」
「だが、そんなにやつれていて、毒じゃないか」
「やつれているから、おいやなの?」
「そんなことはないよ」
「それなら早く」
十娘は|旱天《かんてん》に慈雨を待つごとく、飢渇に甘露を求めるごとく、|両腿《りようたい》を開き仰臥して悦生を待っております。悦生がその傍に寄りますと、十娘は忽ち金蓮を高く掲げて迎えます。悦生が東西を戸口に臨ませますと、十娘は牝戸を|聳《そび》えたたせて納め、しきりに快美の声をあげながら、津液を溢れほとばしらせること、あたかも竜の水を呼ぶがごときありさまでございます。かくて、十娘は牝戸を|翕《きゆう》々と鳴らし、口には|《とん》々と大快を叫びながら、ひたすら送迎につとめますが、悦生は病体の耐え難いことをおそれて敢てゆるやかに抽送をして、ただ十娘の飢渇だけをうるおわせようといたします。ところが、十娘の病をいやす妙薬は、この一事のほかにはないのです。
「あなた、もっと強くして! もっと強くしてわたしの病気をなおして!」
と十娘はうながします。
「ほんとうに大丈夫なのか?」
「もう一息だわ、もう一息で病気はなおってしまうわ、もう一押しよ、もっと力をいれて、ぐんぐん攻めまくって! あら、なんだか小さくなってきたみたいだわ、もう一押しで病気がなおりそうなところなのに!」
「よし、それでは遠慮なくいこう」
一たび悦生が気を|運《はげ》ましますと、東西は見る見る霊妙な働きをあらわして、火のように熱くなり鉄のように堅くなり、室内いっぱいに満ちふさがりながら、上をこすり下をさらえ、右を襲い左を突き、やがて抽送何百千を数えるにいたりますと、さすがの十娘ももはや耐えられなくなり、しきりに死を叫びつづけましたが、やがてその声も次第に小さくなり、かすれ消えていって、遂に相果ててしまいました。
十娘はそのまま、ほんとうに死んでしまったように眠りつづけましたが、翌日、日が高く昇ったころ眼をさまして起きだしたときには、もう病気はすっかりなおっておりました。しかし、まだ身体は痩せたままですから、悦生の眼にはいたいたしく見えてなりません。
「疲れたんじゃない?」
とたずねますと、
「すっきりして、とてもすがすがしい、いい気持だわ。もう二度とわたしを病気にかからせたりしないでね」
といいます。悦生は起きあがり、十娘を膝の上に抱きあげて、いたわってやります。しかし、そうしておりますうちに、することといえばやはり、同じことしかございません。どちらがさきにしかけてそうなったということはなく、東西はいつのまにか牝戸の中に納められていたのです。十娘は膝の上で、休みなく小刻みに身体をゆすぶりながら、昼の光をはばかってか、歯をくいしばって快美の声の漏れるのをふせいでおりましたが、耐えきれなくなって時おり鋭い叫びをもらしては、|羞《は》ずかしげに悦生の胸に顔を埋めるのでした。
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お鉢がまわる
「お鉢がまわる」という言葉がある。
国語辞典を引くと、「お鉢」は「飯を入れる桶。めしびつ。おひつ」とあり、「お鉢がまわる」は「順番がくること」と記されている。つまり、飯の順番がまわってくることである。
だが、こういう解釈はなりたたないだろうか。――|托鉢僧《たくはつそう》のことを、鉢坊主ともいう。彼らは鉢を持って家々の門口に立ち、報謝米の喜捨を乞うて歩く。むかしの人々は、鉢坊主がまわってきて門口に立つと、みな当然のことのようになにがしかの喜捨をした。それを「お鉢がまわってきた」というと。
また、こういう解釈はなりたたないだろうか。――むかし、青楼には本部屋と廻し部屋とがあった。廻し部屋の客になって待っているとき、ようやく女がやってきたことを「お鉢がまわってきた」というと。この場合の「お鉢」とは、江戸の川柳に、
こわれもの前にも一つ鉢かつぎ
売りものは草をむしって洗う鉢
というその鉢である。第一の句は、鉢をかぶって生れたというお伽話の「鉢かつぎ姫」に掛けて、前にも一つ鉢があると|きか《ヽヽ》せた句であり、第二の句は、その鉢を商売道具とする遊女のことである。江戸の遊女は前の草を刈りこんでいた。毛切れを防ぐためだったという。彼女たちは客に接する前には、その鉢を洗った。
廻し|菩々《ぼぼ》つまみ洗いをしてはさせ
勿論、客の見ている前で洗ったわけではない。浴室で、小桶の前にしゃがんで、湯に手を浸しながら指で水をすくいかけるようにして洗ったらしい。これを|下湯《しもゆ》ということは既に述べた。「つまみ洗い」というのは、その部分だけを洗うからだが、同時にまたその洗いかたや、まわしの客を取る遊女の、一人の客をすませてはそそくさと洗ってまたつぎの客を迎えるいそがしさを示し得て妙である。
|穴端《あなばた》でおいでおいでは下湯の手
という句が「つまみ洗い」の情景をよく伝えている。まことに、迫真の描写ではなかろうか。
植木鉢買うてきました
なに植えましょか
|新鉢《あらばち》にゃ|椿《つばき》がよいわいな
という都々逸もある。椿が|唾《つばき》に通じることはいうまでもなかろう。
『御伽草』という|小咄《こばなし》集には、
「なんと、|摺子木《すりこぎ》や摺鉢にもいわれがあろうか」
「あるとも。摺子木は男で、摺鉢は女さ」
「なるほど。それで、|する《ヽヽ》と汁が出るのか」
という咄があり、川柳にも、
摺鉢の高あがりするとろろ汁
摺鉢に舞いを舞わせて意気地なし
毛|牛蒡《ごぼう》へ乳母は摺鉢おっかぶせ
などという句がある。毛牛蒡とは摺子木のことである。
要するに「お鉢がまわる」とは、|大店《おおだな》の腹をすかした小僧さんたちにとっては、飯の番がまわってくることであり、信心あつい善男善女にとっては鉢坊主が報謝米を乞いにまわってくることであり、青楼のまわし部屋の客にとっては、待ちに待った|相方《あいかた》(古くは敵娼と書く)がやってくることであって、「物には|料簡《りようけん》、|品《しな》もある」というとおり、いろいろな思案の仕方があるものである。
ところで、今回は、珍娘の三人の妹、若蘭・玉娘・瑤娘にお鉢がまわってくる話だが、「前にも一つ鉢かつぎ」の彼女たちの場合には、お鉢ではなく、摺子木がまわってくるといったほうが適切であろうか。お鉢なら、「まわる」ではなくて「まわす」ではないか、という|半畳《はんじよう》がはいらぬとも限らないから。
さて前回は、悦生恋しさのために病気になった御楽園の繆十娘が、悦生と一夜をすごして
「あれ死にますと|恋病《こいやみ》けろり治し」た話であった。
その夜、あれ死にますと叫んだ十娘は、ほんとうに死んでしまったように、翌日、日が高く昇るまで眠り、起きたときには病気はけろりとなおっていたという次第。
「疲れたんじゃない?」
と悦生がたずねると、十娘は、
「すっきりして、とてもすがすがしい、いい気持だわ。もう二度とわたしを病気にかからせたりしないでね」
といい、そこで二人は、どちらがしかけるともなく|後朝《きぬぎぬ》の|蒸返《むしかえ》しをしたのであった。
そのあとで十娘はいいます。
「ねえ、わたし、この|風塵《さと》にはいってから、かぞえきれないくらいの人と会ってきたけど、心の底、腹の底まで満足したことは、これまでに一度もなかったわ。あなたに会ってはじめて、それがわかったのよ。ねえ、この前、郷里へ帰るときは、好好ねえさん、ねえさんといっしょにつれていってやるって約束してくださったわね。わたし、いますぐにでもこの商売やめるから、はやくつれていって!」
「ところが、そうするわけにはいかなくなったのだよ」
「まあ、どうしてなの? わたしがいやだから?」
「いやな者とこんなことをするわけはないだろう」
「わたしのがよくないから? ねえ、おっしゃって!」
女というものは、よくこういうことをいうものでございます。と申しますのは、十娘はいま「わたしがいやだから?」ときき、さらにまた「わたしのがよくないから?」とたずねましたが、|読者《みなさん》もよくご承知のとおり、女が口に出してそのようなことをいうときには、心の中では「自分は好かれている」「自分のはよい」と思っているものでございます。それを逆にいえば相手は必ず「好きだ」とか「よい」とかいってくれることがわかっているときにだけ、女はそういういいかたをするのでございます。
何回か前の話になりますが、十娘が好好のはからいではじめて悦生と一夜をあかしたときのことを|読者《みなさん》は覚えておられましょう。そのとき悦生は十娘の牝戸をほめて、
「|芳卿《ほうけい》の|牝《ひん》、|緊膩《きんじ》にして|趣《おもむき》あり、|鎖口《さこう》の|妙《みよう》、人をして|釈《はな》つことを|難《かた》からしむ」
といいました。たとえ|読者《みなさん》がこの言葉をお忘れになってるとしても、ほめられた当の本人である十娘がそれを忘れるはずはありません。ちゃんと覚えておればこそ、十娘はいま「わたしのがよくないから?」などといったのでございます。
そのとき二人は既に衣裳をつけておりましたが、悦生はかまわず十娘の裾に手をすべりこませて、中へ指を納めました。十娘が鎖口の妙を示したことはいうまでもありません。悦生はその指を動かしながら申します。
「だいぶん疲れているはずだが、それでもこんなに緊々と締めつけるではないか。よくないはずがない。これは好好にもない、にもないよさだよ」
「そういわれると、たとえ嘘でもうれしいけど……」
「嘘なものか」
「それなら、ねえさんたちといっしょに、どうしてわたしもいっしょにつれていってくださらないの? わたし、一生あなたの傍にお仕えしたいのよ。ねえ、わたしもつれていって!」
「お前だけではないのだよ。好好ももだ。伯母が死んで、遺言で珍娘と夫婦になったので、郷里へは帰らずに籃家の世話をしなければならなくなったからだ」
「ああ、わたしどうしよう!」
十娘がそういったのは、郷里へは帰らないといった悦生の言葉に対してではなく、納められた指に鎖口の妙を発揮しているうちに、次第に室内の快美が骨髄にまで響いてきて、もはや指では堪えられなくなってきたからでした。
「もう、やめて!」
といって十娘は自ら身をひくと同時に、悦生の膝の上にまたがります。悦生が|子《こし》をおろしますと、十娘は東西を手にとって戸口へ導きます。戸口は|涓涓《けんけん》とうるおっていて、わけなく納まってしまいました。悦生の東西が室内でひとりでに動くことは、|読者《みなさん》ご存じのとおりです。十娘は鎖口の妙を発揮してそれに応えながらいいます。
「それでは、わたしたち、どうすればいいの? いつまでもこの|風塵《さと》にいて、ときどきお会いするより仕方がないの?」
「いや、そのうちに珍娘を納得させて、三人とも家へ迎えいれるよ。いますぐというわけにはいかないが、必ず迎えにくるからね」
「一日も早くそのときがくるように、わたしたち三人で、これから毎日お祈りすることにするわ」
やがて二人は言語を絶します。悦生は十娘を膝の上に抱いたままじっとしているのですが、その東西は室内でさかんに抽送しつづけているのです。十娘も悦生の膝の上にまたがって、じっと抱かれているだけなのですが、その牝戸は東西を納めてしきりに鎖口の妙をあらわしているのでした。やがて十娘は口に浪声を漏らし、牝戸に騒声を発し、悦生の膝の上から逃れようとするかのように、しきりに身もだえをしはじめます。しかし、東西は室内いっぱいに満ちふさがり、牝戸は東西を口いっぱいに含んで、いっかな離れようとはしません。十娘の浪声は次第に高く、次第に鋭くなってきますが、なにを叫んでいるのか、はっきりとはききとれぬなかに、ときおり「得真好! 小妹子快活死了!」などという声がきこえ、それが悦生を励まして、東西はいよいよ堅くなり、いよいよ熱くなり、いよいよ抽送の勢いを逞しくするうちに、十娘は遍体しびれ四肢綿のごとくなえて、ついに果ててしまいました。
昨夜からかぞえて、それが何度目になるかは十娘自身も覚えておりません。心満ち意|足《た》りた十娘は、やがて安心して悦生を送り出しましたが、その日からは、客がきてどんなに金を積んでもことわり、王世充とも手を切って、悦生の迎えにくる日を待ちながらもっぱら身体を養うことにつとめるのでした。
悦生が昼すぎ家へ帰りますと、珍娘が笑いながら、
「ずいぶんごゆっくりでしたのね。いままでどなたとおたのしみだったのです? 好好さん? さん? それとも十娘さんかしら?」
といいます。
「いや、なに。仇春さんにひきとめられて、なかなか帰れなかったんだよ」
「そんなこといって、おかくしにならなくたっていいのよ。仇春さんにではなくて、三人の美妓のうちのどなたかにでしょう? わたし、やきもちを焼いているんじゃありませんよ」
「かくすわけじゃないが、妓女なんてものは金で買うものだ。金をたくさん持っておれば情を厚くしてくるが、金がなくなればあっさり離れていくのだ。一夜をたのしむことはあっても、女房のように心をあわせて苦楽をともにする仲とはちがうよ」
「まあ。無理をして、そんなことおっしゃらなくてもいいのよ。妓女のなかにも|雪妙娘《せつみようじよう》さんのようなかたもいらっしゃるわけでしょう?」
「うん、妙娘はちがったな。心からわたしを慕って、千金を携えて嫁にきたのだから」
「御楽園の三人も、ほんとうは、そうだとおっしゃりたいのでしょう? お母さまもいっていらっしゃったわ、あの三人はいい人だって。妓女だからといってさげすんではいけないって、わたし、たしなめられたことがあったわ。仲よくなさっていいのよ。なにかご用はありません? 妹たちに話がありますので、ちょっとあちらへいってもいいかしら?」
「いいよ。わたしはすこし休むから」
珍娘が出ていってから、悦生は机の上に一枚の詩箋が置いてあるのを見つけました。悦生はなにげなく手に取って見て、ははあ、そうだったのかと思いあたります。その詩箋には、
三株の玉樹|前《かいぜん》に|秀《ひい》づ
|豈《あに》東流に付して別院に|香《かお》らしめんや
という詩句らしいものが書いてあったのです。さっきは御楽園の三人のことを「仲よくなさっていいのよ」といったが、この「三株の玉樹」というのは、あの女たちのことではないな、と悦生は考えます。「前に秀づ」とあるから、三人の妹たちのことだ。御楽園の三人と仲よくするのもよいが、うちにいる三人の妹たちのことも忘れないように。三人をよそへやって花を咲かせるようなことはせずに、いっしょに仲よくしてやってくれというのだ。これは願ったり叶ったりだ。三人の妹とそうなれば、つぎには三人の美妓を迎えることもできるようになる。
悦生がそう思いながら、ひとりで悦に入っておりますと、珍娘がもどってきて、
「あら、お休みにならなかったの?」
といいます。
「ああ、これを読んだらうれしくなって、とても寝てなんかいられなくてね。どうもありがとう。おゆるしが出た以上は、いますぐにでも……」
「あきれたわ。そんなに好きだとは思わなかったわ。|廓《くるわ》でさんざん遊んできて、家に帰ればすぐまたそんなことを。花に迷い柳に臥し、|歓《かん》を追い|笑《しよう》を買うというのは、あなたのような人のことをいうのね」
「そうだよ。だからこそお前だって、人には味わえない歓を味わうことができるのじゃないか」
悦生はそういって、いきなり珍娘を抱擁いたします。口であれこれと説くよりも、実行して下の口をなだめるに|如《し》くはなしと思ったからでございましょう。やがて雲を施し雨を布けば、鼓声は波に|冲《ちゆう》し、|款密《かんみつ》の意、絶えることなく、|濤津《とうしん》の勢、禁ずべくもなく、
交歓は正に|更《とき》の長きを喜び
歓娯は|偏《ひとえ》に|漏《とき》の短きを|嗟《なげ》く
というありさま。やがて珍娘が|轡《くつわ》を|縦《はな》つの力|竭《つ》きるに至りますと、悦生も鎗を持するの力|已《や》み、二人は相擁したまま眠りにおちていきます。
日が西山に沈もうとするころになって、二人は眼をさましました。悦生は珍娘の満ち足りた顔を見ていいます。
「どうだったね? あきれたやつの味わいは?」
「おそれ入りました。ああ、そうそう、お話しするのを忘れていたけど、朱にまじわれば赤くなるという|諺《ことわざ》のとおり、あなたがつれていらっしゃった|封禄《ほうろく》も、なかなか、したたかものね」
「なに! まさかお前になにかしたというわけではあるまいな」
「まさか。じつは|桂瓶《けいへい》に子供をはらませたのですよ」
「仲のよいことは知っていたが、子供のことは知らなかった……」
「二人を夫婦にしてやったら、あの娘もよそへいかなくてすんで、うちにも都合がいいと思うのですけど」
「お前さえそれでよければ、わたしには異存はないよ。封禄は父親もうちにいたやつで、気心が知れているので、わたしには重宝な下男だ。どうだろう、下男をゆるしてやってくれたついでに、その主人もゆるしてくれないものだろうか」
「それ、なんのこと? 籃家のこの大きな家も、金銀のいっぱいはいっている|庫《くら》も、わたしのこの身体も、心も、みんなあなたのものよ。その上なにが欲しいの?」
「お前は、人の鼻さきに蜜をちらつかせておいて、匂いをかがせるだけで食べさせてくれないのか。あの詩箋の詩のことだよ」
「|隴《ろう》を得て|蜀《しよく》を望むってわけね? 妹たちのことでしょう? わたしがいいといっても、妹たちは承知しないかも知れないわよ」
「なに、お前さえゆるしてくれるなら、妹たちは自分からやってくるようにさせるよ」
「どうしてそんなことができるの?」
「必ずできるのだ」
「もしできなかったら、どうする?」
「もしできなかったら、いや、できなくてもできても、お前がゆるすといってくれさえすれば、わたしの東西と同じくらいのいいものをあげる」
「それじゃ、ゆるしてあげるわ。さあ、なにをくださるの?」
「すばらしい金鈴をあげるよ。それを牝戸の中へ入れておくと、わたしの東西を使うのと同様に快美で、ひとりで楽しめるのだ」
「嘘おっしゃい」
「嘘なものか。試しにちょっと入れてみればわかるよ」
悦生は手文庫の中から金鈴を一つ取り出して、珍娘の牝戸の中へ入れます。それは雪妙娘がもっていた物でございます。珍娘は忽ち室内に非常な|癢《かゆみ》を覚えましたが、それは東西を入れたときと同様、次第に快美にかわってくるのでした。
「ああ、妙な気持になってきた。これ、いったいなんというものなの?」
「これは遠いところにある|緬甸《ビルマ》という国でできたもので、めったに手にはいらないものだよ。値段も千両以上して、普通の者には買えないしろものだ」
「すてきだわ」
珍娘はよろこんで、じっと味わっておりましたが、やがて耐えられなくなってきて、
「ねえ、これどうして出すの?」
とたずねます。
「出さなくていいよ。お前にあげるから、一年三百六十五日、入れっぱなしにしておけばよかろう」
「もう駄目なのよ。ねえ、意地わるをしないで、早く出して!」
悦生は笑いながら、珍娘を俯臥させ、腰を上げさせて細腰のあたりを軽くもみます。と津液といっしょに金鈴がすべり出てきました。
「ああ、よかったわ。どうしようかと思った」
「ところでお前、さっきゆるすといったね。|二言《にごん》なしだぞ」
「いいわ。妹たちが自分からやってくるという方法があるなら、やったらいいわ。だけど、妹たちがこなくても、この金鈴はわたしがもらっておくわよ」
「いいとも」
悦生は 金鈴とひきかえに珍娘の承諾を得ましたが、
玉を|竊《ぬす》み香を|偸《ぬす》まんとして
先ず佳人に得意鈴をおくる
というのはこのことでございます。
かくて若蘭、玉娘、瑤娘にお鉢がまわる、いや、悦生の巨大な摺子木がまわっていくのだが、その次第は次回で語ることにして、今回はまずはこれまで。
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一 網 打 尽
本妻と妾を同居させている男がいた。
昼間はともかく、夜になるときまって二人がいがみあいをはじめるので男はもてあましていたが、あるとき一計を案じて二人にいった。
「おれが自分できめると、どちらか一人にいやな思いをさせなければならん。おれはそれがつらいのだ。そこで、いいことを思いついたのだが、おれがきめずに、東西にきめさせたらどうだろう」
「どうやって東西にきめさせるのです?」
「おれはなにもせずに、ただ仰向けに寝ているから、おまえたち二人で東西を起きあがらせてくれ。そのとき東西が向いたほうの者のところへいくことにしよう」
二人の女は承知して男の右と左にわかれ、こっちを向けこっちを向けと、しきりに東西をなでたり、こすったりした。すると、やがて東西はむくむくと立ちあがってきたが、帆柱のように直立して前後へゆれるばかりで、左右どちらへも向かない。
男はそれを見ると、笑っていった。
「この正直者め! 二人のどちらともしたがっておるわい」
これは『笑林広記』にある話。
もう一つ、やはり本妻と妾を同居させている男の話が、『笑林広記』にある。
本妻と妾が口喧嘩をはじめて、うるさくてならない。男は本妻よりも妾のほうが好きだったが、本妻の顔を立てておかないことには家のなかのおさまりがつかない。そこで一計を案じて、わざと妾にどなりつけた。
「いつもいがみあって、おれにいやな思いをさせやがる! おまえがわるいのだ! おまえのようなやつは、いっそのこと、殺してしまったほうがましだ」
妾はおどろいて、自分の部屋へ逃げていった。男は刀を取って追いかけていく。
しばらくして本妻が様子を見にいくと、妾の部屋のなかから、うめき声がきこえてきた。
「ああっ、ゆるして! 死ぬ、死ぬ、もう死ぬう」
さてはほんとうに殺しているのかと、あわてて飛びこんでいって見ると、なんと、二人は寝台の上でいまや抽送の真最中。妾は本妻が飛びこんできたことなど気づかばこそ、ここを|先途《せんど》と|浪《よが》り狂っている。
本妻はカッとなって、わめいた。
「ええいっ、くやしい! そんな殺されかたなら、あたしのほうがさきに殺してもらいたかったよ!」
はじめの話の場合は、「二人のどちらともしたがっている」といって男が笑ったことから、あるいは二人の女も笑いだして、いがみあいは解けたかもしれない。読者のなかには経験をつんだ観察のこまかい女性もおられて、左右のどちらへも傾くことなく、曲ってもおらず、ねじれてもいない東西なんて、そんなものがあるものかとおっしゃるかもしれないが、絶対にないとはいえないし、この話の場合は素直に直立した癖のない東西であることによって笑話が成立するのだから、お見逃しいただくよりほかない。
あとの話の場合にしても、本妻が逆上しながらも「そんな殺されかたなら、あたしのほうがさきに……」というところで笑話になるのである。こういうことになれば、つぎの場面として考えられることは、本妻も|あと《ヽヽ》ながら殺してもらって、なんとかまあ|けり《ヽヽ》がつくということであろう。江戸の川柳に、
つかれたへのこで女房に|はむく《ヽヽヽ》なり
という句がある。「はむく」というのはご機嫌とりの行為をすることで、この句は、遊里から帰ってきた亭主が女房のヒステリーをしずめるために疲れたやつを無理にふるいたたせてサービスをするという意味だが、また、あとのほうの笑話の「つぎの場面」にあてはめてもよかろう。この際、つらいのは女房ではなくて亭主のほうである。
さもあらばあれ、妻妾を仲良く同居させていくということは、並みの男にとっては、なかなか骨の折れることのようである。この物語の主人公|封悦生《ほうえつせい》にとっては、まったく、なんでもない話なのだが。
さて今回は悦生が、珍娘とその妹の玉娘・瑤娘・若蘭、あわせて四人の女と同床して四人ともどもに心満ち意足りさせる話である。
それはもともと悦生の望んでいたことだが、同時にまた珍娘の願っていたことでもあることは、|読者《みなさん》も早くからご存じのはず。この四人のほかに、悦生は既に、城外の宿屋の|呂家《りよけ》の女房の巧娘・玉鶯の二人としたしくしているほか、御楽園の三人の妓女、好好・・|繆《ぼく》十娘ともねんごろであることも、お忘れないように願いたい。
前回は、悦生が御楽園で十娘と一夜をすごして帰ってきたところ、珍娘が、
三株の玉樹|前《かいぜん》に|秀《ひい》づ
|豈《あに》東流に付して別院に香らしめんや
という詩句を見せて、御楽園の三人とたのしむのも結構だが、家にいる三人の妹をよそへやってしまってもよいのですか、という意をほのめかしたので、悦生はわが意を得たりと大いによろこび、並みの男ならば「つかれたへのこで」というところを、疲れをしらぬその大東西で女房の珍娘に|はむい《ヽヽヽ》てから、三人の妹についてのゆるしを取った、というところまでであった。
珍娘もこれで、ほっといたしました。というのは、彼女は悦生といっしょになるとき、妹たちに、独り占めをせずに必ずおすそわけをするから、と約束をしていたからでございます。
「あなた、妹たちが自分からくるようにさせるとおっしゃったけど、そんなことができるかしら? なんなら、わたし、お手伝いをしたっていいわよ」
と珍娘はいいます。悦生はそれには答えずに、小箱の中から、なにやら|汗巾《ハンカチ》に包んだものを取り出しました。汗巾をあけると、油紙に包んだものが出てきます。油紙をあけると、銀紙に包んだものが出てきます。銀紙をあけると、粉薬のようなものが出てきました。悦生はその粉薬を、ほんのすこし別の紙に取りわけますと、残りはまた丁寧に銀紙に包み、それをまた油紙で包み、さらに汗巾で包んで、小箱の中へもどしました。
「なんですの、それ」
と珍娘がたずねます。
「これは霊験あらたかな仙薬なんだよ。おまえ、さっき、お手伝いをしてくれるといったね」
「ええ、いったけど……」
「それじゃ、妹たちのところへいって、この薬をそっと身体にふりかけるか、それともお茶か酒の中へ入れて飲ませるかしてくれないか。そうすれば妹たちは、必ず、夜になると自分からやってくるようになるのだ」
「そんな薬があるってことは話にきいたことがあるけど、ほんとうに|効《き》くのかしら」
「効くか効かないかは、いずれわかることだ。とにかく、やってみてくれ」
|読者《みなさん》の中には、この薬は|飛燕散《ひえんさん》といって、悦生が竜虎山の道士からもらった仙薬であるということを覚えておられる方もあろう。まだ悦生が郷里の広陵にいたとき、この薬をふりかけて、隣家の|営《げつえい》の長鎗手|兪得勝《ゆとくしよう》の女房の|連愛月《れんあいげつ》を、亭主の留守を見はからって家に引きいれたことのあることをも。
さて珍娘はその仙薬を袂の中へ入れると、女中の|桂瓶《けいへい》に、あとで酒と肴を運ぶようにいいつけておいて、妹たちの部屋へゆきました。
おりしも妹たちは、姉がいっこうに約束を果そうとしないことに対して、不平をいいあっているところでしたので、珍娘がはいっていくなり、
「まあ、めずらしい人がきたわ。なんの風の吹きまわしかしら」
「飽漢いずくんぞ餓漢の飢えを知らんや。約束なんか東流に付して知らん顔ね」
「肉親を忘れて肉身を思う」
などと口々にいやみをいいます。珍娘は笑って受け流しながら、
「あなたがた、わたしにいやみをいっているつもり?」
「そうきこえません? 心ここにあらざればきけどもきこえずね」
「もうそれくらいでいいでしょう? わたしだっていろいろ心をつかっていたんだから。やっといいお知らせができるようになったので、よろこんでやってきたら、みんなにさんざんいやみをいわれて、これじゃ|間尺《ましやく》にあわないわ。もう、よそうかしら?」
「ごめん、ごめん。そうとは知らなかったものだから」
と、妹たちはこんどは、口々にあやまります。珍娘は笑って、
「よそうかしらといったのは、おどかしてみたのよ」
「勿論、そうだと思ったけど……」
と、四人は大笑いをいたします。
「ところで、あの人ったら、わたしもまじえて四人の名将を一網打尽にしようという魂胆らしいのよ」
珍娘がそう話しだしますと、玉娘が、
「へえ、一網打尽にね。われわれだって、|長坂坡前《ちようはんはぜん》の名将、一騎討ちで敗走させてやるわ」
「なにも知らないくせに、から威張りはおよしなさい。あの大将軍の|丈八《じようはち》の|蛇矛《じやぼう》にかかったら、あなたなんかひとたまりもないわ。忽ち|垓下《がいか》の敗陣となるが|おち《ヽヽ》よ」
玉娘がいった長坂坡というのは、むかし蜀の劉備が魏の曹操と戦って敗走したところであり、珍娘がいった垓下というのは、漢の高祖(劉邦)が楚の項羽を囲んでこれを滅ぼしたところである。
珍娘は話しながら玉娘のうしろへまわっていって、袂の中からそっと例の仙薬の包み紙を取り出し、粉薬の半分ほどを玉娘の背中にふりかけました。そのとき玉娘は、背筋を氷の玉が走るような|寒気《さむけ》を感じましたが、同時に口の中がからからに乾いてくる一方、下のほうの口から津々と泉が湧き出してくるのを覚えて、思わず、
「あらへんだわ」
とつぶやきます。
「どうかしたの?」
と珍娘がききかえしますと、玉娘はあわてて、
「いいえ、なんでもないの。ただ、ちょっと……」
「ちょっとどうしたの?」
「ちょっと寒気がしたので……」
そういっているあいだにも、身体じゅうが熱っぽくなってきて、泉は湧き出してやまず、溢れて股をぬらし、心地わるくてなりません。ちょうどそのとき、桂瓶が酒肴を載せた盆を運んできました。珍娘はそれを受け取りにいって、すばやく残りの粉薬を酒壺の中へ入れてから、
「お祝いに酒を用意させたの。日が暮れるまで飲んでいてね。わたしはむこうに用があるから、これで帰るけど」
といって、部屋へもどりました。
「うまくやったかい?」
と悦生はききます。
「ええ、おっしゃったとおりにしましたけど、ほんとうに効くのかしら」
「今にわかるさ」
「そういえば玉娘は、寒気がしたといって顔を|火照《ほて》らせていたわ」
「うん、そうだろう。今ごろは三人とも、戸口をびしょびしょにぬらしているはずだ」
「ほんとう? それならわたしも、あの薬をふりかけてほしいわ」
「おまえにはそうするまでもないさ」
悦生は珍娘を抱き寄せて、手を下へまわし、
「ほら、もうぬれているじゃないか」
「いやな人」
珍娘はそういいながら、悦生のするままに任せております。やがて雲湧き雨降って、ここにまた悦生・珍娘の一騎うちがはじまるわけですが、しばらくは二人を存分にさせておいて、玉娘たちの部屋の様子を覗いてみることにいたしましょう。
仙薬を入れた酒が効いて、若蘭と瑤娘の二人は、眠るともなく|醒《さ》めるともなく、|椅子《いす》によりかかったまま陶然としております。
玉娘も半酔半醒の|朦朧《もうろう》とした状態で、同じように椅子によりかかっていたのですが、しばらくすると、どこからともなくすがすがしい風が吹いてきて、半昏半迷の境地に落ちていったかと思うと、仙女のような女が二人あらわれて、
「わたしたちは飛燕さまのおつかわしでございます。あなたをいい人のところへご案内しにまいりました」
といって、左右から玉娘の手をとりました。玉娘はふらふらと立ちあがり、二人の仙女のような女につきそわれて、歩きだしましたが、半歩も足を運ばないうちに、雲に乗ったような気がしたかと思うと、忽ちもう珍娘の部屋にきているのでした。
「あら、ここはお姉さまのお部屋ではないかしら」
とつぶやいたつもりですが、声には出ません。仙女のような二人は、どこへいってしまったのか見あたらない。いったいどうしたことかといぶかっているうちに、玉娘は益々昏迷の中へおちこんでいくのでした。
どれほどの時がたったかわかりませんが、ふと玉娘は姉の声をききました。
「まあ、不思議だわ。あの薬、ほんとうに効くのねえ」
珍娘がそういっているのですが、玉娘はきこえるだけで、声をだそうとしても口が開かず、歩こうとしても足が動きません。これもやはり夢かとあやしんでおりますと、悦生が出てきて、抱き上げ、寝室へ運んでいって、そっと寝台の上へおろしました。それでもまだ玉娘は、動くことも口をきくこともできません。悦生が顔を寄せてきて、口の中へ息を吹きこみました。
「まあ、わたしどうしたのかしら。いつのまにかこんなところへきてしまって」
悦生が息を吹きこんだとたん、玉娘は声も出、身体を動かすこともできました。玉娘は姉夫婦の寝台の上に仰臥した自分がはずかしくなって、俯伏せになって顔をかくしてしまいます。
「いいのよ、玉娘。喜郎さんが仙術をつかってあなたをここへつれてきたのだから。わたしたちみんなで喜郎さんにお仕えして、離ればなれにならないようにしようという約束だったわね。いまからその約束を果すのだから、なにもはずかしがることはないのよ。さあ、わたしは瑤娘と若蘭を呼びにいくから、そのあいだ、あなたは大将軍と一騎討ちをして目に物を見せてやるといいわ。さっき、そういって威張ってたでしょう? 長坂坡の名将だとかなんとか……」
「意地わる!」
玉娘はいよいよはずかしがります。珍娘が出ていってしまいますと、悦生は玉娘を抱きおこして、衣を取らせます。玉娘は戸口がぬれているのをはずかしがって、両手で顔を覆うのでしたが、やがて悦生が玉娘の金蓮を肩に架けて東西をその戸口に臨ませますと、益々泉を|湧《あふ》れさせながらも、戸口は東西を迎えることができず、玉娘はしきりに|苦楚《くそ》を訴えるのでした。珍娘は長いあいだ隣りの部屋できいておりましたが、やがて痛苦の声が快美の叫びにかわるようになると、ほっと安堵の息をついて、瑤娘・若蘭の二人を呼びに出てゆきます。
二人は椅子によりかかってまだ朦朧としておりましたが、珍娘に呼びさまされて、いま玉娘が悦生と一騎討ちの最中だときかされますと、
「まあ、ひどいわ。わたしたちが眠っているうちに、ぬけがけをするなんて」
といい、これも悦生のたてた計算どおり、わけなく珍娘についてまいりました。
その夜から、五人は枕を連ねて同じ床に寝ることになります。悦生が真中で、左側に珍娘と玉娘、右側に若蘭と瑤娘という形です。
悦生はまず丹丸を呑んで大いに金鎗をふるい立たせますと、丈八の蛇矛をひっさげて珍娘にむかいます。珍娘が浪声をあげだしますと、左右の玉娘と若蘭は、その激しい攻防のありさまを見て、こらえきれずに自らの手でその牝戸を攻めはじめますが、悦生はそれを見ると枕もとの小箱を引きよせ、金鈴を二つ取り出して、それを二人の牝戸の中へ入れてやります。
「ああ、これなにかしら、中でくるくる動いて、身体中がしびれてくるわ」
と玉娘がいいますと、若蘭も、
「なにかしら。中をこすられるようで、とてもいい気持だわ」
といいながら、早く珍娘が果てて自分の番がまわってこないかと待ちこがれております。
やがて珍娘が果てますと、悦生は若蘭に移り、その金鈴を取り出して珍娘の方へ入れます。若蘭が果てますと、玉娘の番です。
瑤娘は三人の姉たちのありさまを見て、大いに心をかきたてられながらも、こわい気持もあって、ただもじもじとしておりましたが、珍娘が玉娘の果てそうなのを見て、
「さあ、瑤娘。こんどはあなたの番よ。はじめのときとはちがうから、もうそんなに苦しくはないわよ」
といいますと、瑤娘は、
「でも、内側の扉がふくれあがって中が火のように熱くなっているけど、大丈夫かしら」
とたずねます。
「ばかねえ。それはあなたの牝戸が早くふさいでもらいたがっているからなのよ。さあ、かわりなさい」
瑤娘が金蓮を掲げて待っておりますと、悦生は玉娘から移ってきましたが、こんどは、はじめのような痛苦はなく、やがて、
「ああ、わたしなんだか雲に乗っているみたい」
といったかと思うと、忽ち果ててしまいました。
悦生は再び珍娘へ移り、瑤娘にも金鈴を入れてやります。若蘭がそばから瑤娘に、
「ほら、わたしのように、こうやって脚をのばしてごらん」
といいます。瑤娘がいわれたとおりにいたしますと、金鈴はせまくなった室内をころがりまわって、遍体のしびれる思いに瑤娘は思わず浪声をあげます。
こうして四人はそれぞれ自分の室内を満たされて、終夜、快美をつくしました。そして、その夜からは毎夜、五人は枕をともにして歓をつくしておりましたが、そのとき、この洛陽の町にはたいへんな騒ぎがおこりかけていたのでございます。その結果、悦生たちの身の上にも大きな変化がおこるのですが、そのことは次回でお話しすることにいたしましょう。
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上を下への大騒ぎ
ある金持の女房、風呂敷かぶせてなんとやらというほどの、並外れた|醜女《しこめ》だったので、亭主はこれをきらって、しばしば女郎買いにいった。あるとき、三、四日も遊里に居続けて、朝帰りをしてきたところ、この女房、たまりかねて意見をした。
「そんなにわたしが気に入らないのなら、家に妾を置いてもよいから、どうぞ女郎買いだけはやめてくだされ」
「おお、そいつはありがたい。善は急げだ」
と亭主はさっそく|桂庵《けいあん》(周旋屋)にたのんで、美しい女を一人つれてこさせた。女房はその女を見て、桂庵にいった。
「あの女は器量がよすぎる。あんな女を家に入れたら、わたしが下女みたいに見えるじゃないか。旦那が気に入っても、わたしはいやだよ」
桂庵はそこで翌日、すこし不器量な女をつれてきた。旦那は気に入ったが、女房はまた、
「あの女もわたしよりすこし器量がよすぎる。わたしはいやだよ」
という。桂庵はその翌日、こんどは不器量な女ばかり選んで、三、四人つれてきた。
不器量でも女房よりはましで、我慢ができないというほどでもなかったので、
「このなかから、おまえの気に入ったのを一人、妾にしよう。どれがよいか」
と亭主がいうと、女房は一人一人をつくづくと眺めて、
「このなかにも、やっぱり、わたしより不器量なのはいない。わたしはいやですよ」
という。亭主は困りはてて、
「いくら桂庵にたのんでも、この女たちよりも不器量なのは見つかるまい。おまえがそんな|料簡《りようけん》なら、仕方がない、おれはまた女郎買いにいくからな」
「そんなことをいわずに、わたしの気に入るような妾をさがしてくだされ」
「この女たちのなかにもおまえの気に入るのがいないというのなら、おれの妾にする女は、江戸中さがしてもおるわけはないよ」
「江戸中さがしてもいないなら、いっそのこと、わたしが妾になりましょう」
『遊子珍学問』(享和三年)という|小咄《こばなし》集にある話である。
さて、こちらは珍娘。江戸の|醜女《しこめ》とはちがって、絶世の美女である上に、やきもちを焼くなどということはなく、三人の妹を夫の悦生にすすめて、姉妹四人でともどもに歓をつくすという大らかさ。その次第は前回に述べたところだが、今回はその四人が七人にふえ、九人にふえ、更にまだふえていくという話である。
悦生が四人の姉妹と寝起きをともにするようになってから、十日ほどたって、玉娘・若蘭・瑤娘の三人も姉の珍娘とおなじように抽送の妙味を|会得《えとく》するようになりました。ある日のこと、悦生は四人の姉妹にかこまれて杯をかたむけながら、詩をつくってたのしんでおりましたが、いちばん年の若い瑤娘は、ほかの三人がそれぞれ自作を披露しても、なかなかできません。一人おくれて、ようやくできたその詩は、
瑤姿玉骨|芬芳《ふんぼう》を吐き
百花苑内|襄王《じようおう》をむ
東君昨夜|甘沢《かんたく》を施し
満樹の|瓊花《けいか》露を帯びて|芳《かんば》し
というのでした。襄王というのは、さきにつくった若蘭の詩に、
雲を携え雨を帯びて襄王に赴く
という句があったのを踏まえたのでした。
「なかなか、うまいじゃないの」
と、まず玉娘がほめます。
「|満樹の瓊花《ヽヽヽヽヽ》って、わたしたち四人のことなの?」
「誰ってことないのよ」
と瑤娘がいいますと、若蘭が、
「わかった。起句に|瑤姿玉骨《ヽヽヽヽ》とあるから、自分一人のつもりなのよ。ねえ、瑤娘さん、そうじゃない?」
瑤娘はただ笑って、なんとも答えません。
「それじゃ、|満樹の瓊花《ヽヽヽヽヽ》というのも自分一人のつもり? しょってるわねえ。|昨夜甘き《ヽヽヽヽ》|沢《めぐみ》|を施《ヽヽ》されたのは、瑤娘、あなた一人だけじゃないのよ」
と珍娘がからかいます。
悦生はそれまで黙っておりましたが、そのとき、
「おお、可哀そうに。みんなにいじめられて」
といいざま、瑤娘を抱きかかえて自分の膝の上に乗せ、
「まだ、|露を帯び《ヽヽヽヽ》ているかい?」
と、|裙子《くんし》の下から手をさし入れます。
「それは|昨夜《ヽヽ》のことですわ」
瑤娘はそういって|両腿《りようたい》を合わせ、悦生の手をはさみつけますが、悦生は無理やりにこじあけ、手を進入させてみて、
「うん、|露を帯び《ヽヽヽヽ》てるどころか、雨に|湿《ぬ》れているぞ」
といい、その手を引きぬいて匂いをかぎながら、
「おまえの詩のとおりだ。|芳し《ヽヽ》いよ」
「いやっ!」
と叫んで、瑤娘は悦生の胸に顔を埋めます。悦生は|子《こし》を引きおろし、膝の上に瑤娘を騎坐させて、既に隆々と硬起している東西を瑤娘の湿れた戸口に臨ませ、両手で柳腰を引きよせます。瑤娘が、
「あ、あっ!」
と、痛とも快ともつかぬ叫び声を上げ終ったときには、既に東西はその根まで室内に没しておりました。
「瑤娘、うまくやったわね。わたしもあんな詩をつくればよかった」
と玉娘がいいます。
「うまくやってる!」
と珍娘もからかいます。すると瑤娘は、
「お姉さん、わたしなんだかこわいわ」
と訴えます。
「どうしたのよ。なにがこわいの?」
「こういう形だと、いちばん奥までとどいて、それでこわいのよ」
「よくはないの?」
「いいけど、こわいのよ」
瑤娘はしきりに「こわい、こわい」といいながら、いつのまにか、それが|浪《よが》り声にかわり、悦生の首に両腕を巻きつけて前後左右に柳腰をふりまわしているうちに、快を叫び死を叫んで、やがて果ててしまいます。
悦生は柳腰を抱きあげて、ずるずると東西を引きぬき、牝戸の中へ例の金鈴を一つ納めて、瑤娘を膝からおろしますと、こんどは若蘭を|俯臥《ふが》させ、高く|玉臀《ぎよくでん》を揚げさせて、うしろから攻めます。珍娘と玉娘はいつのまにか|裙子《くんし》もぬぎ、|小褌《しようこん》もおろして、悦生の左右から顔を近づけて抽送のさまを見ながら、情火の燃えあがるのを如何ともするすべなく、自らの手で室内をかきまわしておりましたが、やがて若蘭も果ててしまいますと、悦生がその牝戸の中へ金鈴を入れるのを待って、年の若い順で、玉娘が悦生の胸に抱きつきます。悦生は仰臥して、下から串ざしにして玉娘を支え、千里の|駿馬《しゆんめ》となって存分に玉娘に馬を駆けさせます。
瑤娘と若蘭は、牝戸の中をころがりまわる金鈴に遍体のしびれる思い。溢れ出る泉に、ともすれば金鈴が室外へおし流されそうになるのを、ときどきおしこんでは、浪声をあげつづけております。玉娘もあるいは鞍上に身を|反《そ》らせ、あるいは馬首にすがりついて、はげしく騒声を立て、しきりに浪声をあげて、馬を|馳《は》せつづけております。珍娘一人が、みたされぬ牝戸をもてあまし、牛の|涎《よだれ》のように糸を引いて玉液をむなしく流しつづけておりましたが、待てば甘露の恵みありというとおり、やがて玉娘が力つきて落馬してしまいますと、いよいよ珍娘の番でございます。
珍娘は仰臥して金蓮を高く掲げ、|両腿《りようたい》を開いて、早くから大きく口をあけている牝戸を露わにして待ちます。悦生は玉娘の牝戸の中へも金鈴を入れてやってから、三女を御していよいよ熱くいよいよ硬くなった東西を珍娘の戸口に臨ませ、一息吸って気を|運《はげ》ましますと、東西は見る見る膨脹し、室内に納めるとそれは|自《おのずか》ら抽送をはじめます。|読者《みなさん》ご承知のとおり、これは悦生が|古棠《ことう》の|万衲子《まんどうし》という道士から伝授された|長亀久戦《ちようききゆうせん》の法でございますが、悦生がこの法を用いますのは、四人の姉妹のうちでは、まだ珍娘とのときだけでございます。待ちに待って珍娘の牝戸は餓えていたからでございましょうか、いつになく珍娘は、抽送数十回で早くも快美禁ずるあたわずという状態におちいり、百回に達しないうちに|身顫《しんふる》え舌縮んで、どっと玉液を溢れさせ、たちまちにして忘我の境をさまようという始末。
しばらくして珍娘が我にかえりますと、
「もういいの?」
と悦生がききます。悦生の東西は半分引き出されていて、ゆるやかに抽送をくりかえしております。
「身体をおこして、見てごらん」
と悦生がいいます。珍娘が上体をおこして見ますと、牝戸は大口をあけて、口いっぱいに東西をくわえており、抽送につれて内側の二枚の扉が東西にまつわりついたまま、めくれ込んだり出てきたりします。
「瑤娘じゃないけど、見ると、わたしもこわいみたい」
珍娘はそういいながら、これも瑤娘とおなじく、柳腰をあげて牝戸を東西におしつけます。東西は全貌を没して花心を突き、はじめはゆるやかに、次第に強く、はげしく、ゆきつもどりつしながら、上に下に、右に左にと室内の壁という壁を、|襞《ひだ》という襞を、隈なくこすって、珍娘はまたもや、忽ちにして快美に堪えられなくなってくるのでした。
「わたし、今日はどうしたのかしら。もう、だめだわ。お願い! あなたもいっしょに終って!」
と哀願します。悦生が洩らすも洩らさぬも意のままであることは、|読者《みなさん》ご承知のとおりです。二人は声をかけあって、同時に、|一泄注《いつせいそそ》ぐがごとくして終りました。
三人の妹たちは、四肢|萎《な》えて起きあがる力もなく、小褌もはかず裙子もつけずに、倒れ臥したままでおります。それぞれの両腿のあいだには、中からすべり落ちた金鈴が一つずつころがっております。
「まあ、だらしない恰好をして」
と珍娘がいいますと、悦生は、
「まだ夢見心地なんだよ。あんただって、人のことはいえないよ。ほら、まだ涎が流れ出ているじやないか」
と笑い、着物を着なおし、一人で部屋を出てゆきました。
悦生とて、昼となく夜となくただ女とたわむれているわけではない。表の間へいって|籃《らん》家の年貢の帳簿などを調べていると、書生の|封禄《ほうろく》が入ってきて、
「城外の宿屋の|呂《りよ》さんのところから、使いの者がきて、旦那さまにお目にかかってお願いしたいことがあると申しております」
といった。
(巧娘・玉鶯の二人にも、ここしばらく会わないが、はて、なんの用だろう? きてくれとでもいうのかな?)
悦生が出ていって、
「なんの用だね」
とたずねると、使いの者は、
「昨夜、急に主人の|呂望繁《りよぼうはん》が亡くなりまして」
「えっ、呂さんが亡くなったって!」
「はい、つきましては、奥さまがたがじきじきにお願いにあがらなければならないところ、とりこんでおりまして、わたくしが代りにまいりましたわけですが、じつは、奥さまがたの申されますには、貯えもなく、身寄りもなく、葬儀さえろくに出せない始末で、こちらさまにおすがりするよりほかないとのことで……」
「よし。わかった。家内とも相談してなんとかするから、帰って奥さまがたに、その点はご心配なくとお伝えしてくれ」
悦生が奧の部屋へいって珍娘に相談すると、珍娘は、
「巧娘さんと玉鶯さんは、お母さまが義理の娘ぶんにしておられたかたですから、わたしたちにとっては姉妹も同然ですわ。わたしたち四人で二両ずつ出しますから、すぐ|籃書《らんしよ》にでもとどけさせてください」
といい、四人ぶんの八両に二両を足して、十両を悦生にわたした。悦生はそれに更に十両を足し、さっそく籃書と封禄にそれを持たせて呂家へ葬儀万端の世話をしにいかせることにした。珍娘は籃書に、
「わたしもあとでお悔みにいくから、あとの暮しのことはそのときご相談いたしましょうと、お伝えしておいておくれ」
という。
その翌日、悦生は急に人恋しくなり、仇春と王世充の二人に会いたくなりました。前に御楽園で二人に会ったとき、仇春がしきりに、
「こんどはもう、いつ会えるかわからない」
といっていたことを思いだしたからでございます。そこで封禄に、
「仇さんのところへいって、近日中に一席設けたいからといって、先方の都合のいい日をきき、それから王さんのところへまわって、同じ口上で都合をきいてきてくれ」
といいつけます。
しばらくすると封禄がもどってきて、
「旦那さま、宴会どころではございません。仇旦那のところも王旦那のところも、武装した連中が集まってごったがえして、とても近よれたものではございません。|雑兵《ぞうひよう》らしいのにきいてみましたところ、仇旦那の仲間の|薛《せつ》大王という人が金闘関に五万の兵を集めて、今の皇帝の無道をただすために都へ攻め上ろうとしているので、こちらでもそれに呼応して兵を挙げる準備をしているのだとかいうことでした」
「そうか。えらいことになったな。宴会どころのさわぎじゃないわ。この前、仇さんに会ったとき、なにか大きなことをしでかしそうな気配は見えたが、まさか皇帝に弓をひくようなことをしようとは! これはぐずぐずしては、巻きぞえをくわされるにきまっている。だが、そうかといって、どうするわけにもいかんし……。そうだ、好好や|《へんへん》や十娘にきいたら、もうすこしくわしいことがわかるかもしれん。封禄、御楽園へいって、きけたらきいてきてくれんか」
悦生は封禄が出ていきますと、部屋の中で一人で、どうしてよいのやら、なにを考えてよいのやらわからぬまま、じっと考えこんでおりました。すると珍娘がはいってきて、
「どうなさったのです? お顔の色が|真蒼《まつさお》ですが」
とききます。
「仇さんと王さんが|謀叛《むほん》の一味に加わって兵を挙げるらしいのだ。成功すればなんのこともないが、もし失敗すれば、わたしは友達のあいだがらだから、無事にはすまされないだろう。ここを逃げだして、いまのうちにどこかへいってしまうよりほかないと思うのだが、あんたたちは、家屋敷を捨て田畑も捨てて他国へいってしまうのはいやだろうし、わたし一人だけで逃げるわけにもいかないし、たとえ一人で逃げても、あとであんたたちが巻きぞえをくうかもしれないし……」
「あぶないのなら、早く逃げるに越したことはありませんわ。いまのうちなら、まだ世間がさわぎだしていないから、らくに逃げられるのじゃありません?」
三人の妹もそれをきくと、一刻も早く逃げましょうといって、さっそくばたばたと手まわりのものを寄せ集めにかかり、忽ち家の中は蜂の巣をつついたように大騒ぎになりました。
そこへ封禄が帰ってきて、
「御楽園はもぬけのからになっております」
といいます。
「そうか。好好たち三人は早くから事情を知っていて、どこかへ避難してしまったのかもしれぬ」
籃家は上を下への大騒ぎで、荷物をまとめるやら、車を雇いにいくやら、みんながてんてこまいをしていましたが、そこへ三つの|輿《こし》がやってきて三人の女が下りました。好好とと十娘です。三人は悦生と珍娘の前にひざまずいて、
「わたくしたち、どこも頼るところがございませんので、おすがりして難を避けさせていただきたいと思うのですが、奥さまにおゆるしいただけますでしょうか? 決してご迷惑はおかけいたしませんから、どうかよろしくお願いいたします」
好好ら三人の話から、悦生は、金闘関で兵を挙げた薛大王というのは、悦生も顔見知りの|薛勇朝《せつゆうちよう》のことであり、もう一人の顔見知りの|韓天豹《かんてんひよう》は玉泉山に|拠《よ》って同じく五万の兵を集め、まもなくこの地へおしよせて、仇春・王世充と、城の内側から呼応して一挙に洛陽をおとしいれようとしているのだということがわかりました。
「奥さま、一生のお願いでございます。どうかおききいれくださいますよう」
好好ら三人が重ねてたのみますと、珍娘は、
「わたしは、旦那さまさえよいとおっしゃれば、なにもいやとは申しません。ただ、わたしたちといっしょにお暮しになりたいのでしたら、それだけの覚悟をしていただかなければね。といっても、なにもむずかしいことなんかないのよ。わたしたちとおなじように家庭の人になってもらいさえすればそれでいいのですから。わたし、大丈夫だと思うわ。きっと、みなさんと仲よくやっていけると思うわ」
「ありがとうございます。すべて奥さまの仰せに従って、気ままなことはいたしませんから、よろしくお願いいたします」
悦生は好好ら三人に、故郷の広陵へ帰るときにはいっしょにつれていってやると約束していたことは、この際珍娘にはいいませんでした。
みんなに相談をして、やはり広陵へいくのがいちばんよかろうということになり、荷物を積む大車を四輛と、珍娘・玉娘・若蘭・瑤娘・好好・・十娘の七人の女を乗せるための小車を七輛雇って、明朝早く城門を出ることにいたしました。
と、そこへまた二つの輿が着いて二人の女が下りてきました。呂家の玉鶯と巧娘でした。
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寝もやらず
さる道学先生が役人をしておいでのとき、馬小屋が火事になった。門弟や下男どもが総出で火を消しとめてから、そのことを先生にお知らせしたところ、先生は泰然としていわれた。
「人を傷つけたるか」
「いいえ、さいわいに人は誰も|怪我《けが》をいたしませんでした。ただ、馬の尻尾がすこし|焦《こ》げただけでございます」
門弟がそういうと、先生は大いに腹を立てられ、さんざんに棒でたたいて大いに門弟を傷つけられた。
ある人がそのことをきいて不審に思い、おそるおそる先生にそのわけをたずねたところ、先生は泰然としていわれた。
「さればじゃ。孔子さまは、|厩《うまや》が焼けたとき、人を傷つけたるかと問われて、馬のことは問われなかった。あの者もわしの門弟であれば、このことを知らぬはずはあるまいに、わしが問いもせぬ馬のことを答えたので、いささかこらしめてやったまでだ」
『論語』の郷党篇に、
厩焚ケタリ。子、|朝《ちよう》ヨリ退キテ曰ク、人ヲ傷ツケタルカト。馬ヲ問ハズ。
という一章がある。さきの道学先生の話は、『論語』のこの一章を踏まえて、道学先生の、その|口舌《くぜつ》だけの道学ぶりを嘲ったもののようである。
いつかの話の|入話《まくら》に、色を好みすぎて|腎虚《じんきよ》になった学者先生が、
「|嗚呼《ああ》、すくないかな|腎《じん》」
といってなげいたという話を使ったことがあるが、その「すくないかな腎」も、やはり『論語』の|学而《がくじ》篇の、
子曰ク、巧言令色、|鮮《すくな》シ仁。
という一章をもじって学者先生を笑ったものであることは、そのときに述べたが、同じく『論語』の|子罕《しかん》篇には、
子曰ク、吾|未《いま》ダ徳ヲ好ムコト、色ヲ好ムガ如クナル者ヲ見ザルナリ。
という一章があって、ナルホドナアと思わせられるのである。腎虚になるほど色を好む先生はいても、それほどに徳を好む先生のいないこと、まさに孔子さまのおっしゃるとおりだからである。
ところで、『論語』のこの一章だが、孔子さまは、「色を好むように徳を好め」と奨励しておられるのであって、決して「色を好むな」とはおっしゃっていない。
ところが後世になると、ときおり、徳を好んで色を好まないことが人間として立派なことであるかのようなことをいいだす先生があらわれて、一部の人々の喝采を博することがあるが、さようなことをいいだす先生やそれに喝采を送る一部の人々は、人間として立派などころか、人間としておかしいのじゃないか、というのが、つぎの笑話である。
さる大先生、功成り名遂げて、このごろにわかに尊大になり、しきりに徳を説くようになったのはまだよいとして、色を好むことをよからぬことのようにいって、ときには人を罵るようになったので、腹にすえかねたさる物好きが、大先生の門弟の一人にとりいって、ひそかにたずねた。
「大先生にも奥さんがおありなのでしょう」
「おられます」
「お子さんは?」
「お子さんも幾人かおられます」
「すると、大先生も房事をなさるわけですね」
「なさいます」
「房事はするが、色は好まない、とおっしゃるのですか」
「そうです。大先生は房事をなさるときには、まずこういわれます、〈わしは色を好むがゆえに房事をするのではないぞ。祖先の供養をする者を絶やすまいと思ってするのだぞ〉――そういって一突きなさいます」
「一突きだけですか」
「いや。それからまた、〈わしは色を好むがゆえに房事をするのではないぞ。お上のために人口をふやそうと思ってするのだぞ〉――そういってまた一突きなさいます」
「三突き目にはなんといわれます?」
「〈わしは色を好むがゆえに房事をするのではないぞ。天地のために万物の生長を願ってするのだぞ〉――そういってまた一突きなさいます」
「四突き目には?」
「もう何もいわれません。大先生は三突きでおしまいですから」
「たった三突きでおしまいとは! 〈|力《ちから》、足らざる者は、中道にして廃す〉(『論語』|雍也《ようや》篇)それでわかりました。大先生が色を軽んじて徳を重んじるといわれるのは、ただの〈巧言令色〉であるということが」
「なぜそのようなことをいわれます?」
「だって、三突きでおしまいなんて、奥さんに対して〈|鮮《すくな》し仁〉ではありませんか」
はじめの道学先生の話も、あとの大先生の話も、私のつくりばなしではない。多少の潤色は加えたが、ともに|明《みん》の|馮夢龍《ふうむりよう》の『笑府』にある話である。
ところで、中国の|話本《わほん》(――というのは、講釈の台本、あるいはその形をとった小説のことだが――)には、一風かわった、おもしろいスタイルが用いられる。それは、わが国の講釈なら、例えば、聴衆が不審に思うようなことを話したときには、
「みなさんは、そんなばかなことがあるかと思われるかもしれませんが」
というところを、話本では、講釈師が予想される聴衆の声を代弁して、
「おい、講釈師よ、そんなばかなことがあるか」
というのである。このスタイルはまた、話が横道へそれてしまって、|閑話休題《それはさておき》というだけではうまく話を本題へもどせないようなときにも使われる。
例えばこんなふうに――。
「おい、筆者よ。何をぐずぐずしているのだ。籃家はいま、上を下への大騒ぎをしているところではないか。道学先生や大先生が何といおうと、かまっている暇なんかないはずだぞ」
さよう、まことに仰せのとおりでございます。籃家では兵乱の話をききますと、上を下への大騒ぎをして、荷物をまとめるやら、車を雇いにいくやら。そこへ、好好・|《へんへん》・十娘の三人がやってきて、いっしょに難を避けさせてくれとたのみます。やがてようやくのことで大車を四輛雇い、珍娘・玉娘・若蘭・瑤娘・好好・・十娘の七人を乗せるための小車を七輛そろえて、明朝早く城門を出て広陵へ向う準備をととのえましたところへ、またしても二台の|輿《こし》が着いて二人の女が下りてきました。|呂《りよ》家の、いまは未亡人になってしまった王鶯と巧娘でございます。
「珍娘さん、お願い。わたしたちもつれていって!」
と二人はたのみます。
玉鶯・巧娘の二人は、亡くなった籃母が義理の娘ぶんにしていた女ですから、珍娘たちにとっても姉妹同然であるばかりか、珍娘が悦生に思いこがれて気鬱の|病《やまい》になったとき、悦生との仲をとりもってくれた恩人でもあります。
「ごめんなさいね。わたし、すっかりうろたえてしまって、お姉さんたちを迎えにいくのを忘れていて」
珍娘はそういって、こころよく二人を迎えました。悦生は無論、大よろこびで、更に二輛の車の用意をいたします。
翌朝、一同は未明に起き、四輛の大車には大小の荷物を満載し、九輛の小車には珍娘以下九人の美女がそれぞれ一人ずつ乗り、悦生は馬に|跨《またが》って先頭に立ち、書生の籃書・封禄らや下女の|桂瓶《けいへい》らは徒歩で従って、はるばると広陵をさして旅立ちました。
さて、話は二つにわかれて、こちらは|連愛月《れんあいげつ》でございます。
もう、だいぶん前のことですから、|読者《みなさん》の中にはお忘れになっている方もあるかもしれませんが、愛月というのは、広陵の悦生の家の隣りに住んでいた|兪得勝《ゆとくしよう》という|営《げつえい》の|長鎗手《ちようそうしゆ》の奥さんで、兪得勝に役所の宿直の番がまわってくるたびに、悦生とひそかにたのしみを重ねていたのですが、やがて兪得勝が北辺の戦地へ派遣されることになったとき、いっしょに北地へつれていかれてしまった女でございます。
その後、兪得勝は北辺の沙場で戦死をしてしまいました。愛月は、同じく夫を沙場に失った妹の|愛梅《あいばい》の家に身をよせておりましたが、悦生が心を奪われたほどの美人ですから、いい寄ってくる男は幾人もありました。だが、いったん悦生を知った身には、どんな男もみなみすぼらしく見えて、相手をする気にもなりません。
そのうちに、次第に日常の費用も乏しくなってきましたので、いまはもう悦生を頼るよりほかないと思いつめ、妹をかたらって、二台の|轎《かご》を雇い、一路南下して広陵へやってきました。
ところが、ようやく広陵に着いて封家を訪ねたところ、そこには留守番の|封書《ほうしよ》が一人いるだけで、主人の悦生は一年も前に洛陽の伯母の家へいったきり、なんの便りもなく、いつ帰ってくるともわからない、とのこと。愛月と愛梅はがっかりして、互いに顔を見合わせるばかりで、もう口をきく元気もありません。洛陽へ悦生を追っていこうにも、もはや路銀もない始末です。封書が気の毒がって、
「せっかく遠いところからおいでになりましたのに。旦那さまのご存じの方でしたら、かまわないでしょう、二、三日お泊りになって、旅の疲れを休めていらっしゃってはいかがですか」
という。
「それではお言葉にあまえて、そうさせていただきます」
と、二人はその夜、主人のいないさびしい家で心細い一夜をすごしましたが、翌日、眼をさましますと、これからさきどうしたらよかろうかと、思案にくれて涙を流すのでした。
ところが、運のよいときにはよいもので、まるでつくりばなしのように、その日、悦生らの車馬が広陵に着いたのです。
悦生は広陵の南門まできますと、車馬をとめ、封禄に、家へ知らせにいくようにといいつけます。
封禄が家へいきますと、封書が出てきて、
「やあ、禄兄貴じゃないか。お帰りなさい。旦那さまは?」
「城外まできておられるよ。おどろくなよ、奥さまを九人もつれてこられたんだ」
「なに、九人も! 家にも女のお客さんが二人、待っておられるよ」
「え! なんだって」
二人が話しておりますと、愛月が出てきて、
「まあ、封禄さん! 旦那さまはお帰りになったの?」
「ああ、あなたでしたか。旦那さまはお帰りになりましたよ」
「よかった! ねえ、きいてよ。主人は戦死してしまったの。あなた、ここの旦那さまとわたしのことを知ってるでしょう? わたし、ほかにたよるところがないので、妹と二人で旦那さまをたよってやってきたのよ。咋日きたの。旦那さまのお帰りになるのがもう二、三日おくれたら、会えないところだったわ」
「いますぐお会いできますよ。旦那さまは奥さまを九人つれてお帰りになったのです。封書をつれてお迎えにいきますから、しばらくお待ちになっていてください」
「九人も? わたしのことよろしくお願いしておいてね」
「大奥さまに、さきに話しておきます」
封禄はそういい残して、封書をつれて出ていきます。城外へゆき、封書が悦生に挨拶をしているすきに、封禄は珍娘の車のそばへいっていいます。
「奥さま、家に女のお客さまが二人見えております。旦那さまのよくご存じのかたです」
「なんというかた?」
「連愛月という人と、その妹さんです。わたくしに、奥さまによろしくお願いしてほしいとたのまれました」
「旦那さまのよくご存じのかたなら、わたしには|否《いや》も|応《おう》もありません。もういちど家へいって、そのかたに、わたしがご一緒に仲よく旦那さまにお仕えしましょうといっていたと、お伝えしておくれ。心配しておいでだろうから」
悦生は女たちを車からおろし、九台の轎をつらねて家へ向わせます。荷物も車からおろして、籃書が雇ってきた人夫たちに運ばせました。悦生は愛月がきていることは知りませんでしたので、家に帰ったとき、愛月がもう一人の可愛い娘といっしょに出迎えているのを見て、びっくりいたします。
「おお、愛月さんではないか。これはいったいどうしたことだ」
「お久しゅうございます。大奥さまのお情けで、旦那さまのおそばに仕えさせていただくことになりました。これはわたくしの妹で、愛梅と申します。わたくし同様、よろしくお願いいたします」
愛月はついで、愛梅と二人で珍娘に挨拶をいたします。
「奥さま、ありがとうございます。お礼の申し上げようもございません。妹と二人、今後ともどうかよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく。いっしょに仲良く暮していきましょうね」
珍娘のあとから、玉娘・若蘭・瑤娘・巧娘・玉鶯・好好・・十娘がつぎつぎに轎から中庭に下り立ちます。その一人々々に愛月と愛梅が挨拶をいたします。やがて十一人の美女が入りまじって中庭に談笑する姿は、そのきらびやかなこと、さながら仙女がいっせいに天降ったようであり、そのあでやかなこと、さながら名花がにわかに咲き競ったようでございました。
中庭での茶菓がおわりますと、珍娘が進み出て一同にいいわたします。
「とりあえず今夜の部屋割をきめてみましたので、おききください。東の棟は巧娘姉さんと玉鶯姉さんの二人、西の棟は好好さん・さん・十娘さんの三人、奥の棟はわたしと玉娘・若蘭・瑤娘の四人、庭の離れは愛月さんと愛梅さんの二人ということにしました。それでご異存はありませんか? なければ、今夜だけでもそういうことにしましょう。都合のわるいことがあったら、あとでご相談して変えたらいいのだから。旦那さまは今夜はどこにお泊りになるかわかりませんが、たぶん庭の離れでしょう。久しぶりにお会いになったのですから。ほかのみなさんは、どうか安心なすって、ゆっくりとお休みになって長旅の疲れをいやしてください。わたしもそうします」
洛陽からきた九人は、みんな笑いながら、愛月・愛梅の姉妹に喝采を送り、そして、それぞれの部屋へ散っていくのでした。
悦生はその夜、珍娘のいったとおり、庭の離れへ泊りにいきました。愛月は金蓮を高く掲げてその戸口に悦生の東西を迎えいれますと、かの長亀久戦の法を所望いたします。悦生が承知して気を|運《はげ》ましますと、見る見る東西は脹満して|隅《くま》なく室内を塞ぎ、愛月は快美、譬えようもありません。やがて東西がおのずから伸縮しだしますと、はやくも四肢はしびれ、身は東西を軸にして宙に舞っているような思いで、
「ああ、わたし、どうにかなってしまいそうだわ。どうしましょう。前のときもこんなふうだったかしら」
などと口ばしり、ついには休戦を申し入れる始末です。
「しばらく会わないうちに弱くなってしまったようだな」
悦生がそういいながらずるずると引き出しますと、愛月はそれを追うようにしてあふれ出てくる泉をぬぐおうともせず、上体をおこして東西を見ながら、
「前のときもやはりこんなだったかしら。これでは愛梅には無理だわねえ」
といいます。
「妹さんは、急ぐことはないよ。金鈴を入れて慣らせてやれば、わけはない。いちばん若い瑤娘だって、もう慣れてしまって、いまではあんたのように休戦を申し込んだりはしないほどだから」
「わたしは久しぶりだったからだわ。前のときはこんなではなかったもの。ところでさっきおっしゃった金鈴って、なんですの?」
悦生は枕もとから錦の小袋を取って、金鈴を一つ出し、
「これだよ。口でいうよりも、入れてみればよくわかる」
といいながら、まだ泉の流れつづけていた室内へそれを押し込みます。
「ほら、中で鳴っているだろう? 中の壁にぶっつかるときに鳴るのだ」
「ええ、中を駆けまわっているみたいで、だんだんおかしな気持になってくるわ」
「もう一つ入れると、二つが追いかけあったり、ぶっつかりあったりして、もっといい音が出るし、もっとおかしな気持になってくるはずだ」
悦生はまた一つ入れます。しばらくすると愛月は、
「ねえ、どうにかして! 早くどうにかして! 金鈴を出して、早くあなたのを入れて!」
と、まだ隆々と硬起し脹満したままの東西を掴もうといたします。
悦生は金鈴を出してやり、かわりに東西を納めて、こんどは、まだ兪得勝が営につとめていたころ、その隙を見て会っていたときのように、いつはてるともない快戦がつづくのですが、隣室からは愛梅が、眼を血走らせ胸を高鳴らせ息をはずませ戸口をぬらしながら、寝もやらずにそれを|窺《のぞ》き見しているのでした。
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馬 も 敬 礼
|角《かく》先生の話からはじめよう。
前回の|入話《まくら》には、道学先生や大先生に登場してもらったが、この角先生というのは、その種のえらい先生ではない。――わが国でいう|張形《はりがた》のことを、かの国では角先生と呼ぶのである。
かの国の「先生」という言葉は、わが国で誰々さんというときの「さん」にあたる。つまり「角先生」とは、わが国の言葉にいいかえるならば「|角《つの》さん」である。なぜ「角さん」と呼ぶのかといえば、その多くが水牛の角で造られていたからである。わが国でも、|角細工《つのざいく》という異名もあり、また古い文献(?)を調べてみると、張角と書いて、「はりがた」と読ませている例もある。「はりがた」とは張った形、つまり硬起した形という意味であろう。角細工とは、角で造った細工物という意味のほかに、これまた古い文献を調べてみると、男根のことを|角《つの》ともいうから、角に擬した細工物という意味もあるかもしれない。細工とは、いうまでもなく、細かい手仕事のことだが、秘語ではまた抽送することをいい、|細工場《さいくば》というと、女陰の異名にもなる。
細工場も左でいじる甚五郎
細工場がとんだ広いと根津の客
などという句はそれである。はじめの句は、名工・左甚五郎は「細工場」をいじるときも左手をつかっただろうという|洒落《しやれ》であり、あとの句は、|嫖客《ひようきやく》が女におまえのは|不細工《ぶさいく》だと文句をつけている図。根津というのは、根津権現の周辺にあった江戸の岡場所(私娼窟)の一つで、根津の客は大工が多かったという。細工というものは手の込んだ細かい仕事だ、ところがおまえの「細工場」ときたら、ただだだっ広いだけで……と、いかにも大工らしい文句をいっているところが|可笑《おか》しいのである。
張形すなわち角先生には、水牛の角のほかに、木製のもあり、また|鼈甲《べつこう》製のものもあったことは、わが国もかの国も同じだったらしい。わが国では木製のを「|木造《もくぞう》」といい、水牛の角製のを「牛」または「角」ともいい、鼈甲製のを「亀」といった。それぞれの用いられている川柳を一句ずつ挙げておこう。
|木造《ヽヽ》の生きてはたらく|長局《ながつぼね》
くらやみへ|牛《ヽ》を引込む長局
お局は|丑満《うしみつ》のころ|角《ヽ》がはえ
一生を|亀《ヽ》でたのしむ奥勤め
「長局」も「お局」も「奥勤め」も、将軍家あるいは大名の大奥に仕えた女中のことである。大奥の男子禁制の|局《つぼね》(部屋)に隔離されていた彼女たちは、これらの細工物をつかって|渇《かつ》をいやしていたものと見える。
大奥は男子禁制とはいうものの、特定の商人は「お|錠口《じようぐち》」まで入ることをゆるされた。お錠口というのは大奥の入口のことである。彼女たちはそれらの細工物を、お錠口で小間物屋から買ったのである。
小間物屋錠口番に二番負け
という句がある。お錠口へ通してもらうために、錠口番の侍に将棋を二番負けてやったというわけ。当然、商人たちは|賄賂《わいろ》もつかったであろう。小間物屋は|櫛《くし》や|簪《かんざし》や|笄《こうがい》や、|紅《べに》|白粉《おしろい》や香油や、その他こまごまとした装身具を売りにいくのだが、
小間物屋さんおまえのは高かろう
という句もあるとおり、その「おまえの」物の代用の細工物もしのばせてきた。細工物のほかに春本や春画も持っていて、
かの物へかの本を添え小間物屋
というふうに、商売繁昌の一策として、かの物を買ってくれた客には、景品としてかの本やかの絵を添えたり、あるいは貸したりしたようである。
そのかの物には、一人用のものと二人用のものとがあって、二人用のものはもちろん二人でいっしょにつかうわけだが、一人用のものを二人で交互に異性の役割をしてつかうこともあった。それらのことは、かなり前に「ト一ハ一」の話をしたとき紹介したが、この物のオーソドックスなつかいかたは、手に持って、あるいは足に結びつけて、一人でつかうことであった。前者を「片手づかい」といい、後者を「踵がけ」あるいは「足づかい」というが、ものの本によると、片身づかい、わきづかい、横づかい、後づかい、茶臼づかい、などというのもあって、そういうつかいかたには何らかの仕掛けと高度の技術とがいるらしいのだが、それはさておき、その物の形には、
小間物屋五寸くらいがよく売れる
長いのははやりませぬと小間物屋
むかしのは|雁《かり》がひくいと|局《つぼね》見せ
|上反《うわぞ》りは値が張りますと小間物屋
黒出しは少しお高いと小間物屋
|疣《いぼ》つきは切らしましたと小間物屋
馬ほどな牛を局は持っている
|弓削《ゆげ》形は切らしましたと小間物屋
などという句の示すとおり、さまざまなものがあったようである。弓削形というのは、いわずと知れたこと、|弓削道鏡《ゆげのどうきよう》なみの超特大型のもので、「馬ほどな」というのと同じだろうと思うのだが、いやちがう、|反《そ》りのあるのが弓削形で真直ぐなのが馬形だとか、雁の高いのが弓削形で低いのが馬形だとか、もっともらしい説をなす人もいる。あるいはそうかもしれない。とにかく、道鏡のそれは雄大無双ということになっている。
弓削の|門《もん》馬も辞儀して通るなり
という句があるほどだから。
かの国にも、|馬敬礼《ばけいれい》という名の角先生がある。
愛梅がそれを姉の愛月から渡されて、そのあまりの雄大さにおどろき、
「まあ、何なの、これ」
というと、愛月は笑って、
「馬敬礼先生よ」
といった。字で書けばわかるのだが、口でいわれるとわからない。馬敬礼はかの国の言葉では、マアチンリーという。
「え? どういうことなの? そのマアチンリーとか何とかいうのは」
「馬もお辞儀をするということよ」
愛月がそういうと、愛梅は笑いだして、
「ああ、そうか。ほんとうにそうねえ、馬のよりもすごいわ。これ、よく出来てるわねえ、角先生のお化けみたい」
「お化けじゃないのよ。角先生の仲間なのよ」
「だって、こんな大きなもの使えやしないじゃないの」
「それが、使えるのよ」
と愛月はいった。愛梅の夫の|張小乙《ちようしよういつ》は、愛月の夫の|兪得勝《ゆとくしよう》と同じく、北辺の沙場で戦死したのだったが、その夫のものにくらべてこの馬敬礼先生は、太さは四、五倍、長さも二倍近くはあった。愛梅はこんなものが使えるはずはないと思いながら、
「使えるって、いったい誰が使うの?」
「あなたが使うのよ」
「あら、わたしが? わたしは駄目だわ。こんなのを使ったらこわれてしまうわ」
「みなさんが使えるのに、あなたが使えないはずはないわ。少しずつ馴らしていくのよ」
「みなさんって誰?」
「この家の九人のお姉さんたちよ。わたしも使えるわ」
「えっ? 姉さんも」
「そうよ、わけないわよ。あなたもこれが使えるようにならなければ、この家の奥さまがたの仲間入りはできないわよ」
「姉さん、あなたまさか、わたしを|かつい《ヽヽヽ》でいるのじゃないでしょうね」
と愛梅がいうと、愛月は、
「それじゃ、見ていらっしゃいよ」
といい、|子《こし》を脱して|両腿《りようたい》を開き、馬敬礼先生の巨大な頭を戸口に臨ませた。しばらく戸口を玩弄しているうちに、泉が湧き出してくると、愛月はそれを先生の頭のまわりにぬりつけた。ぬりつけてまた戸口を玩弄し、玩弄して泉が出てくるとまたぬりつけて、やがて先生の胴にまですっかりぬってしまうと、愛月は顔を上げて愛梅に目くばせをし、ずるずると中へ納めてしまったのである。
「まあ」
と愛梅は感歎の声をあげる。戸の内側の扉はもちろんのこと、外側の大きな扉までも巻きこんで先生はその雄大な全貌を牝戸の中へ没してしまったのだった。先生の根もとだけが残って、牝戸はどこかへなくなってしまったような奇妙な形であった。
しばらくすると自然に外側の扉がめくれ出てきて、本来の形にもどった。やがて愛月はゆるゆると先生を抽き出す。抽き出すにつれて、内側の扉は先生の胴にまつわりつきながら出てきたが、頭はなかなかあらわれない。愛梅はかたずを呑んで見つめていたが、愛月は頭は納めたままで再び先生を送りかえし、かすかに声をあげながら、先生を前後にうごかしたり左右にこねまわしたりし、息をはずませ顔を上気させたまま、
「ねえ、わかった?」
と愛梅にいった。愛梅は当の愛月よりももっと顔を上気させてうなずく。すると愛月は、
「わかったらやめるわ。あなたあとで、一人でやってごらんなさい」
といって先生を抽き出し始める。胴はぬるぬるとぬれ光って難なく出てきたが、最後に頭を抽き出すときには牝戸全体がむくむくと大きくふくれあがってきた。愛梅は見ていて、頭といっしょに牝戸が引きちぎれてしまうのではないかとおそれたほどであった。
ところで、愛月はなぜ馬敬礼先生を愛梅に渡し、わざわざその眼の前でそれを使って見せたのだろうか。
それにはわけがある。
これこそ、姉妹ならではの情愛というものでございましょう。――と原文には書かれているが、|読者《みなさん》にはここで、前回の話の終りの場面を思い出していただきたい。悦生と愛月との久しぶりの大快戦のありさまを愛梅が隣りの部屋から、眼を血走らせ胸を高鳴らせ息をはずませながら覗き見をして、戸口をぬらしていたことを。また、愛月が悦生の長亀久戦の法によって硬起した東西を眺めながら、「これでは愛梅には無理だわねえ」といったことを。
愛月は、同じ姉妹なのに愛梅が自分とはちがって、その戸口が極めて狭いことを知っていたのである。
兪得勝につれられて北辺の地へいってからまもなく、愛月は一度だけ愛梅の夫の張小乙と通じたことがあった。一度だけというのは、張小乙の東西があまりにも小さくて失望したからだった。愛月は努めて締めつけてみたものの、なんの締め甲斐もなく、すっかり興をうしなってしまったが、張小乙はまた張小乙で、
「姉さんのは広すぎて、どうにも味気ない」
というのだった。
「あんたのが小さすぎるのよ。指にも劣るじゃないの」
と愛月がいいかえすと、
「これでも、愛梅にはぴったりですよ」
と張小乙はいった。
愛月は張小乙が強がりをいっているのだと思ったが、あとでそれとなく愛梅にききただしてみたところ、それがうそではないことがわかって、そのときはむしろ愛梅をうらやましく思ったほどであった。狭陰は世間一般の男の好むところで、愛梅を相手にする男はいくらでもいたが、愛月をよろこばせるような男はいなかったからである。
しかし、再び悦生に会うことのできた今はわけがちがう。愛月は愛梅をあわれに思った。なんとかして悦生の相手ができるようにしてやって、自分と同じようにその絶大のたのしみをあじわわせてやりたいものだと思った。『杏花天』の作者のいうとおり、姉妹ならではの愛情であろう。
悦生は庭の離れに泊って久しぶりに愛月とたのしみをつくすと、つぎの日は奥の棟へいって珍娘・玉娘・若蘭・瑤娘の四人をたのしませ、そのつぎの日は東の棟に泊って巧娘・玉鶯の二人とたわむれ、そのつぎの日は西の棟へいって好好・|《へんへん》・十娘の三人をよろこばせて、つぎの日には再び庭の離れへ泊りにいったが、その夜も愛梅は、悦生と愛月のいつ果てるともなくむしかえされるたわむれを、隣りの部屋から寝もやらずに覗き見しながら、いたずらに戸口をぬらしていただけだった。
夜があけて悦生が帰っていってしまうと、愛梅は愛月にいった。
「姉さんったら、一晩中泣いたり叫んだりして、わたし眠れなかったわ」
「ごめんね。そのうちにあなたにもおすそわけをするから」
と愛月はいった。
「あなたが旦那さまのお相手ができるようになったら、そのときはわたしを眠らせなければいいわ。わたしは遠慮するから」
「だって旦那さまは、わたしの部屋にはきてくださらないじゃない? わたしがおきらいなのだわ」
「きらいなら、奥さんにするわけがないでしょう?」
「それなら、どうして姉さんとばかりして、わたしにはかまってくださらないの?」
「それは、わたしがおとめしているからなのよ」
愛月はそういって、
「今だからいうけれど、じつはわたし……」
と張小乙とのことを話しだし、
「旦那さまのはあの人の五、六倍くらいの太さなのよ。あなたにはとても受けられやしないわ、いまのままでは……」
愛梅は半疑半信ながら、
「それじゃ、どうすればいいの」
といった。
そのとき愛月が取り出したのが、あの馬敬礼先生だったのである。
愛梅は愛月のように、それを愛月の見てる前で試してみることはできなかった。その夜、愛梅は床の中でそっと試してみたが、張小乙なみの小さいのしか納めたことのない牝戸に、馬敬礼先生の巨大な頭が納まるはずはなかった。
翌日、愛梅は愛月にたずねられて、
「わたしには、とても無理だわ。どうしたらいいの?」
と、泣きだしそうな顔になった。すると愛月は、
「そうでしょう? それでわかったでしょう? でも悲観することはないのよ」
といい、馬敬礼先生にかえて並みの角先生を持ってくると、はずかしがる愛梅に無理やりに両腿を開かせ、その頭で愛梅の戸口を玩弄しながら、ときおり力を入れて押しつけた。愛梅はそのつど腰を引いて、苦を叫んだが、なんどもやってるうちに、ついにその頭が戸口に没した。愛梅はしきりに苦を訴えたが、愛月はかまわずに、
「これでだんだん慣らしていくのよ。そしてこれに慣れてしまったら、馬敬礼先生を使ってみるのよ」
というのだった。
悦生は毎日、五つの棟を順番に泊りあるいておりましたが、せっかく十一人の美女を擁しながら、今日は二人、明日は三人というありさまでは、宝の持ちぐされに等しいと思い、ちょうど大きな屋敷で空屋になっているのがあったのをさいわい、それを買い取ってその奥まった一部屋を寝室に改造し、十一人の美女といっしょに寝られる大きな寝台と特別の蒲団とをつくらせました。
それらの設備がすべて整ったのは、ちょうど五つの棟を五めぐりしたときでした。愛梅はその|間《かん》に、悦生と愛月との楽しむありさまを五回見たわけですが、その三回目と四回目とは、例の並みの角先生を戸口に納めて片手であやつりながら、一晩中覗き見をしたのでございます。三回目のときはまだ緊々ときしんで痛苦を覚えましたが、四回目になると易々と納まってもはやなんの苦渋もございません。翌日、愛梅がその旨を申しますと、愛月はわがことのようによろこんで、
「よかったわねえ。それじゃ、馬敬礼先生を使ってみましょう」
といい、さっそく愛梅を仰臥させてその金蓮を自らの肩に架け、馬敬礼先生の頭を使って愛梅の戸口をこねまわします。そうしながら快不快とたずねますと、愛梅は息をはずませて快と答えながら牝戸をおしつけてまいります。あふれ出てくる泉で頭を十分にぬらし、牝戸をおしつけてくるのにあわせて先生の頭をおしやりますと、頭はいくらか戸口に没しました。痛不痛とたずねますと、愛梅は痛と答えましたが、さほど苦痛でもなさそうです。愛月がなおもおしやりますと、頭は扉を中へおしこみながら半分ちかく没しました。
「もう一息だわ。あとは自分でやりなさいよ」
愛月はほっとして、先生を愛梅の手にゆだねました。愛梅はそのあと一人で試みましたが、結局、頭は半分ちかくまでしか没しませんでした。
五回目のときは、愛梅は馬敬礼先生を戸口に臨ませながら覗き見をしました。泉は|涓涓《けんけん》と湧き出て先生の頭はぬるぬるとすべるのですが、戸内にはやはり半ばしか納まりません。それでもなお、頭を戸口からはなさずに覗き見をしておりますと、愛月がしきりに浪声をあげだし、やがて死を叫びだしました。愛梅はそれにあわせて|一際《ひときわ》力をこめて頭で戸口をこねまわしましたが、そのとき、牝戸の中になにやら燃えるような、痛とも快ともわからぬ感覚の走るのを覚えました。眼を伏せて覗いて見ますと、頭が牝戸の中に没していて、外には胴しかありません。頭を呑みこんだ牝戸は大きくふくれあがっております。愛梅はおそろしくなって急いで頭を抽き出しました。もういちどやってみると、頭は扉をきしませながらずるずると沈んでいくのでした。
翌日、愛月はそのことをききますと、小躍りせんばかりによろこんで、
「よかったわ。これであなたもほんとうの奥さまになれるのよ。すぐ旦那さまにお知らせしておくわ」
というのでした。
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膝に等しいのを
前回は、|入話《まくら》では|角《かく》先生の話を、本話では愛梅が馬敬礼先生を使いこなすに至る話をしたが、今回の入話もまた角先生すなわち張形の話である。もはや角先生には食傷しておられるむきもあるかもしれないが、しばらくご辛抱ねがいたい。
会津若松の国学者・沢田|名垂《なたり》(一七七五―一八五四)の著といわれている『|阿奈遠可志《あなおかし》』の第二十七話に、張形の由来がつぎのように記されている。
|をはしがた《ヽヽヽヽヽ》とて、玉ぐきの形をまねび造ることは、いと上つ代よりのわざにて、石しても木しても造り、もとは神わざ(神事)にのみ用ひられしを、奈良の京になりて、こまくだら(高麗・百済)などの|手部《てのべ》(職人)どもが、呉といふ国より多くひさぎ|出《いだ》す水牛といふものの|角《つの》して造りはじめたるは、さまかたち極めてうるはしく、綿を湯にひたしてその角のうつほ(空洞)なるところにさしいるれば、あたたかに肥えふくだみ(ふくらみ)て、まことのものとなにばかりのけじめなきを、宮仕への女房たちなど、いとめづらしとて愛で|覆《くつがえ》り給ふあまりに、男もすといふ|かはつるみ《ヽヽヽヽヽ》(自慰)といふことを、女もして見んとて、やがてその具にばかり用ひ給ひしなり。
つまり、張形は上代には木や石で造って|専《もつぱ》ら神事に用いたものであるが、奈良時代に高麗や百済から来た職人が水牛の角で「まことのものとなにばかりのけじめなき」ものを造りはじめてから、女子の自慰用となった、というのである。
「をはしがた」の「をはし」は、また「をはせ」「をばせ」ともいって、|玉茎《たまぐき》の古称である。「をはし」と「をはせ」の二語は『広辞林』にも採録されているから、|由緒《ゆいしよ》正しい日本語であろう。その語源は記されていないが、男端あるいは男橋あるいは男柱の意であろうか。
ところで、江戸の川柳に、
張形でいますがごとく後家よがり
という句がある。この句は『論語』|八《はちいつ》篇の、
祭ルニハ在スガ如ク、神ヲ祭ルニハ神在スガ如クス。
という一章の文句取りで、後家さんが張形を使って、亡夫が生きていたときと同じようによがっている、という意味だが、あえて亡夫をひきあいに出さずとも、ただ、張形を使ってほんものそっくりによがっている、と解してもよかろう。「在ス」は「います」あるいは「おはす」(おわす)と読む。そこで「をはしがた」に「在す」をかぶせるならば、男端の形という意味とともに、ほんものそっくりの形という意味をふくませて「おわしがた」ということもできよう。
それはさておき、『阿奈遠可志』の第二十七話には、張形の由来にひきつづいて、つぎのような話が記されている。現代の言葉におきかえてしまうと、風情が失せてしまうので、原文のまま写してみよう。
いづれのころにかあらむ。大蔵卿のなにがしといふ人ありけり。ひごろ、つれなかりける女房(女官)に、いかでいひ寄らむとおぼして、かの|をはしがた《ヽヽヽヽヽ》を、なべて(並みの大きさのもの)よりは大きやかに造らせて、人知れずおくり給ひけり。されど要せずば返しもやすらんと、おぼしわづらふに、さもあらざりければ、いとうれしとおぼして、夜深う忍び行きて、その寝たるところを、うかがひ給ひけるに、|灯火《ともしび》もあらで、月のみ心ぼそう洩りあかす気配なるにふすま(掛け蒲団)をさやさやと鳴らして苦しげに息つく声のきこえたりければ、しすましと(うまくいったと)よろこびて、|細殿《ほそどの》のさうじ(障子)をほとほとと打ち給ふに、いらへ(返事)こそせねど、物音のきこえずなりにければ、いと小声にて、
|軒端《のきば》洩る月にやあへぐ|呉牛《くれうし》の|角《つの》のふくれに忍び逢ふ夜は
とぞおどろかし給ひける。そののちのことは、いかにかありけむ。
今の世の宮仕へびとも、かかるわざせぬはあらざめど、いとはづかしきものに思ひて、まめなるところには、花すすき穂にも|出《いだ》さず。みそかを(情夫)などもたらむは、水鳥の浮きたる名をしも、いとはぬさきなるこそ。いとうたてのわざなれや。
「軒端洩る――」の歌は、「軒端を洩れる月の光を見て感嘆しておられるのかと思ったところ、なんと、呉の国の水牛の角で造った張形に忍び逢ってあえいでおられるのですね」という意味であろう。女がそれをきいてどうしたかは、書かれていない。「そののちのことは、いかにかありけむ」といって、作者は話をそこでとどめている。おくゆかしい手法である。|筆者《わたし》などの見習わなければならぬところであろう。
「今の世の官仕へびとも」以下は、わかりにくい文章だが、大体の意味は、「今の宮仕えの女たちのあいだにも、張形は愛用されているようだが、外聞をはじてかくしているので、くわしいことはわからない。彼女たちが情夫などを持つのは、浮名が流れることも気にしないようになってからのことであって、それまでは張形でまにあわせているわけだが、思えばわびしいことである」というほどの意味であろうか。
さて、こちらは愛梅である。ようやく馬敬礼先生を使いこなすことができるようになって、そのことを愛月に話すと、愛月はわがことのようによろこんで、さっそく悦生に伝える。悦生はうなずいて、
「そうか。それでは今夜から新しい寝室を使うことにしよう」
といった。悦生が十一人の美女といっしょに寝られるように、新しく買い取った家の奥まった一部屋を寝室に改造し、大きな寝台や蒲団をつくらせていたことは、|読者《みなさん》ご承知のとおりである。その部屋はすでに数日まえに完成されていて、調度もすべてととのえられていたが、悦生はまだ使わずにいたのだった。愛梅がみなの仲間に加われる日を待っていたのである。
その夜、悦生は珍娘と相談をして一同の枕席をきめます。大きな寝台の中央は当然悦生の席で、その右側には、珍娘・玉娘・若蘭・|瑤娘《ようじよう》・愛月・愛梅の六人が、その順に並び、悦生の左側には、巧娘・玉鶯・好好・|《へんへん》・十娘の五人が、その順に並びます。つまり、いちばん右はしは愛梅、左はしは十娘というわけです。
悦生の妻としての十一人の席次は自らきまっていて、いうまでもなく正夫人は珍娘、第二夫人以下は、玉娘・若蘭・瑤娘・巧娘・玉鶯・好好・・十娘・愛月・愛梅の順です。抽送は従ってこの順序におこなわれます。
悦生は丹丸を呑んで、先ず珍娘にむかいます。やがて珍娘が浪声をあげだし、快美を叫びつづけて果ててしまいますと、悦生は玉娘に移り、玉娘が果てると若蘭に、若蘭が果てると瑤娘に移りましたが、瑤娘が果ててしまいますと、その右側の愛月には移らずに、立ちあがって左の方へ歩いてゆきます。
愛梅はそのとき、瑤娘の戸の中から抜き出された東西をまのあたりに見て、思わず「あっ!」と声をあげました。それは愛梅がこのごろようやく納めることのできるようになった馬敬礼先生の比ではありません。悦生自身の膝に等しいのです。
「とても、わたしには無理だわ。こわいわ」
と愛梅は愛月にいいます。
「大丈夫よ、馬敬礼先生がはいれば」
愛月がそういっても、愛梅は頭をふるばかりです。
「あんな、膝と同じのが、はいるわけはないわ。こわいわ、こわいわ」
といいつづけます。
「おい、いいかげんにしろ」と|読者《みなさん》はおっしゃるかもしれない。「おまえは、さっき、『阿奈遠可志』の〈そののちのことは、いかにかありけむ〉という語り口をおくゆかしいといい、見習わなければならぬといったばかりではないか」と。
しかし、これは|筆者《わたし》がいっているのではなくて、『杏花天』に語られていることなのである。しかも、膝に等しいのを入れるという話は、『阿奈遠可志』と並んで江戸時代の国文のすぐれた奇書として名の高い『|藐姑射《はこやの》|秘言《ひめごと》』にも記されていて、かならずしも白髪三千丈式の中国的誇張とはいえないのである。
『藐姑射秘言』は、伊勢桑名の国学者・黒沢|翁満《おきなまろ》(一七九五―一八五九)の著といわれているが、その後篇の第九話に、芥川龍之介の『鼻』の主人公と同一人物の、鼻|擡《もた》げの|僧都《そうず》の話がある。その話の前半は芥川の『鼻』と同じだが、後半が風流|滑稽譚《こつけいたん》になっていて、膝に等しいのを、いや、膝そのものを易々としていれる女の話が語られているのである。
鼻もたげ役の少年は、僧都に|寵愛《ちようあい》されて増長し、わがもの顔にふるまって、大小洩らさず僧都に告げ口をするので、寺の者はみな少年をにくんでいた。
そのころ、出家になったばかりの若い坊主がこの寺にやってきたが、その寝部屋が僧都の寝室と板戸一枚へだたっているだけだったので、隣室の物音はどんな小さい音でもみなきこえてきた。
僧都は毎晩、少年といっしょに酒を飲み、やがて床にはいるのだが、しばらくすると荒い息づかいがきこえ、ひたひたと音がし、やがて、もう死ぬとか、とてもいいとかいってうめくのがきこえ、しまいには泣く声もきこえてくる。
若い坊主は毎晩それをききながら、少年のおもかげを思いうかべ、少年の名を口の中で呼びながら、皮つるみをおこなっていたが、思うに、僧都のあの大きな鼻からすれば一物もさぞかし大きいであろうから、女でなくては相手ができないにちがいない。あれは僧都が、少年と見せかけて女を引きいれているのだろう。
そこで若い坊主は、ひとつ袖を引いてためしてやろうと思い、機会のあるごとに手をつかんだり、尻をなでたりして気を引いてみると、まんざらでもなさそうな様子で、ときには流し目で若い坊主を見ることもあった。その目つきが、なんとも色っぽい。
そのうちに僧都は、毎晩若い女の相手をしたためか、めっきりからだが弱ってきて、好物の|芋《いも》さえあまり食べなくなった。しかしそのためにかえって、女を身辺からはなさず、いつも看病をさせているので、若い坊主にはなかなか女をとらえる機会がなかった。しかし、ようやく、女が便所へいくところをとらえたのである。
あとは原文のまま写すことにする。
|厠《かわや》に行くをゆくりなう捕へ、あなまさなう(まあ失礼な)ともいはせず、ひたぶるに押しまろばして、足を左右に押しひろめてまたがり乗らんとするに、いといたうあはただしければ(ひどくあせったので)、あやまちて、|膝頭《ひざがしら》のふと差しあてられたるをあな|痛《いた》などは言はで、ぬらぬらと|辷《すべ》り入りたるに、あさましくて(びっくりして)もし死になどもやすると(死にでもしたらたいへんだと)心地まどはれたるを、女はこともなげにて、「僧都の御物にも、をさをさけおされさせ給はざりけり」とや。
「僧都の御物にも」云々は、僧都の物にも劣らぬ立派な物だわ、というほどの意。膝頭が、ぬらぬらとはいってしまって、痛がりもしなかったというのだから、これまた、たいへんなしろものである。
さて、悦生が左の方へ歩いていきますと、これまでの珍娘・玉娘・若蘭・瑤娘の四人がいずれも金蓮を高く掲げて悦生を迎えたのとはちがって、巧娘は俯臥し、玉臀を高くそびえたたせて待ちうけております。やがて巧娘が果てそうになりますと、玉鶯が、これもまたさきの四人とはちがって、立ちあがって待ちます。すでに牝戸はぽっかりと口をあけ、あふれ出る泉が脚をつたって流れております。まもなく巧娘が果ててしまいますと、悦生は心得たもので、玉鶯の脚もとに仰臥いたします。玉鶯がその上にまたがり、戸口に東西を臨ませて腰を落しますと、ずぶずぶと東西は中に納まって、全貌を没してしまいます。
玉鶯も果てて落馬してしまいますと、つぎは好好・・十娘の順です。三人は珍娘ら四人と同じように金蓮を掲げて悦生を迎えますが、その狂態はまるでちがいます。
三人は妓女の出だけに、臆面もなく浪声をあげ、「的真好」とか「快活死了」とか大声で叫びつづけて、愛梅をおどろかせるのでした。
左はしでおこなわれている狂態を眺めながら、愛月は右はしで、愛梅の戸口をさぐり、愛梅には自分の牝戸をさぐらせながら、
「ねえ、大丈夫よほら、同じじゃないの。わたしの中へはいるものが、あなたの中へ納まらないはずはないわ。あなたの方が、緊々としていて、旦那さまはかえってよろこばれるかもしれないわよ」
などと、力づけております。
しばらくして十娘が果ててしまいますと、悦生は右側へもどってまいります。愛月は金蓮を高く掲げて待ちながら、愛梅に、
「よく見てるのよ」
といいます。やがて悦生がその東西を愛月の戸口に臨ませますと、愛月は牝戸をもたげて迎えいれます。東西の頭が中へ没するとき、愛月の|蛭《ひる》のような二枚の扉はいっしょに中へめくれ込んでしまって、外にはなにもなくなってしまったようです。愛梅はそのありさまを傍で眺めながら、自分が馬敬礼先生を使ったときも同じだったと思うのでしたが、それにしても悦生の東西は馬敬礼先生よりも一まわりも二まわりも雄大です。やはり自分には受けられそうにもないと、おそれはつのるのでしたが、戸口の方は心とは逆に、とめどなく|涎《よだれ》を流しながら、そのおそるべき東西が一刻も早く口を満たしてくれるようにと待ちのぞんでいるのでした。
愛月が果ててしまうと、愛梅は、もうどうにでもなれと覚悟をきめて、金蓮を掲げ、|両腿《りようたい》を思い切り左右に開きました。
『阿奈遠可志』『藐姑射秘言』とともに、江戸時代の国文の三大奇書といわれる書に、江戸の国学者・山岡|俊明《まつあき》(一七一二―八○)の著と伝えられる『|逸著聞集《いつちよもんじゆう》』というのがある。その第二十話に、つぎのような可憐な少女の話が記されている。
山崎の宝寺の某という坊さんのところへ、京都の檀家から、少女を使いにして、贈りものをとどけてきた。
「お礼状を書くから、しばらくそこで待っていておくれ」
坊さんはそういって手紙を書きながら、ちらりちらりと少女に眼をやったが、なかなか可愛らしい娘なので、
「うん、これはいい。これをひとつ、お布施がわりに頂戴するとしようか」
と、よからぬ心をおこし、手紙を書きおえると、
「こっちへおいで。これをご主人に渡してもらいたい」
といった。あとは例によって原文を写すことにする。
「こちに。これ渡ひてん」
と、寄り来るをひき捕へ、押し伏して、ものをもいはで、ひたひたとつき入るるに、思はずのことなれば、とかく否むべきひまもあらで、念じて思ふままにさせぬ。
さて、抜き|出《いだ》すを待たで、つと走りゆきて、|金椀《かなまり》にありける水を、つと、うち呑みていふやう。
「もしこの水の洩るほどならば、わ|御坊《ごぼう》、やはかのどかにてはおき参らすまじきものを」といひける。
わらはの|意《こころ》にはさも思ひけん、いとをかしくこそ。
少女は坊さんに突っ込まれて、腹の中まで穴をあけられたように思ったのである。そこで坊さんが引き抜くやいなや、すぐさま水を飲んでみて、「もしこの水が洩れ出るようだったら、絶対にゆるしませんよ」といったのだが、「わらはの意にはさも思ひけん、いとをかしくこそ」という結びの文章が、またなかなかにおかしい。
愛梅はもとより小娘ではないが、十一人の中では、小娘同然である。
さて、愛梅は必死の思いでございましたが、案ずるよりも生むは易しとか、その戸口がすでにしとどに濡れていたこともあって、悦生の東西は戸口をきしませながらもその頭を没してしまいました。愛月が傍から、痛不痛とたずねますと、愛梅は不痛と答えます。悦生は頭を没してしまいますと、徐々にするよりむしろ一気に納めた方がよいと思い、力をいれて根まで押しいれました。と、愛梅は、痛! と叫んで身をもだえます。東西の頭が腹の中まで突き入ったようで、愛梅はうわごとのように、|怕《こわい》、|怕《こわい》とくりかえすのでした。
悦生はこんどはゆるやかに抽きだし、半ばまでにとどめて徐々に抽送をいたしましたが、さほどの渋滞はありません。そこで、抽送をつづけながら適意不適意とたずねてみますと、愛梅は適意と答え、つづいて快不快とたずねますと、快と答えます。悦生は再び根まで押しいれましたが、こんどは愛梅は、痛とも怕ともいいません。それどころか、花心のさきから湯水のような泉を噴き出して、東西の頭を温かく濡らし、しばらくすると的真好などと、好好ら三人も顔負けするような浪声をあげだし、ついには、このような快活ははじめてであるというようなことを口ばしりだす始末で、まもなく果ててしまいました。
「こわがっていたけど、なんでもなかったでしょう」
しばらくして愛月がそういいますと、愛梅は、ぐったりと仰臥したまま、
「わたし、どうなったのかしら? おなかの中までかきまわされたようで、はじめはとてもこわかったけど、そのうちに、なんだかわからなくなってしまったの。こわれてしまったのじゃないかしら」
といって、そっと自分の戸口に手をあててみるのでした。
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下半分の根元半分
わが国では必ずしもそうではないようだが、かの国では、男女が|同衾《どうきん》するときには互いに全裸になるのが普通である。従って前回の、悦生が十一人の妻たちをたのしませる場面も、そういう姿でおこなわれたものとご承知ありたい。
『笑府』につぎのような話がある。
ある儒者の娘、初夜の床で、夫よりもさきに|《い》ってしまった。するとこの娘、起きあがって|着物をつけ《ヽヽヽヽヽ》、寝台から下りて身づくろいをしてから、寝台の上の夫に向って丁寧におじぎをした。不審に思って夫がわけをきくと、新妻はいった。
「おさきに、失礼いたしました」
同衾をするとき全裸になるということは、初夜といえども例外ではなかったのである。この話、そのことを承知していなければ「起きあがって着物をつけ」というところが、十分には理解されないであろう。
この花嫁、起きあがって着物をつけ、寝台から下りたものの、朝になるまで寝台の横につっ立っているわけではない。どうせまた寝るのである。そのときにはまた全裸になる。それなのに、さきにってしまったことを夫にわびるだけのために、わざわざ着物を着るというところに、儒者の娘らしい格式ばった礼儀正しさをあらわしているのである。この話のおかしさは、そのような礼儀正しい儒者の娘が、事もあろうに初夜の床で、夫よりもさきにってしまうほどの達人であるというところにある。
初夜から全裸になるということは、新妻にとっては|羞《は》ずかしいことであろう。そこで、同じく『笑府』に、またつぎのような話がある。
ある新妻、初夜の床にはいるとき、夫に着物をぬげといわれて、
「わたくし、母から人の前で着物をぬいではならぬと教えられてまいりました。ぬげば母の教えに|背《そむ》くことになります。ところが、あなたはぬげとおっしゃいます。夫のいいつけにも背くわけにはいきません。わたくし、どうしたらよいのでしょう」
そういって、じっと考えこんでいる。
夫がいらいらとしてまたせかせると、新妻はいった。
「わかりました。それでは下半分だけぬいで、両方へ義理を立てることにいたします」
この話は、かの国では|謎々《なぞなぞ》にも使われている。新妻は母の教えにも背かず、夫のいいつけにも背かぬ方法を考えだしました、さて、どうしたでしょうか、というふうに。
下半分の話のついでに、同じく『笑府』からもう一つ、似たような話を紹介しよう。
好き者同士の似た者夫婦がいた。あまりに房事がすぎたために、亭主はすっかり身体を弱らせてしまった。そこで夫婦は約束をして、これからは半分だけ入れることにしようときめた。
さてそのときになって、亭主が半分だけ入れると、女房は亭主の腰をぐっと引き寄せて根元まで納めてしまった。
「おい、何をする。半分しか入れないという約束だったじゃないか」
と亭主がいうと、女房はしゃあしゃあとして、
「そうよ。でも、わたしが約束したのは根元の方の半分よ」
さすがは好き者の女房、うまい理屈をこねたものである。
さて、|入話《まくら》はこれくらいにして、今回は悦生の十一人の妻のほかにまた一人の女があらわれ、下半分をあらわにして根元半分を納め、大いに喜悦するという話である。
順を追って話さなければならない。
それは、愛梅がはじめて悦生の大東西を味わった翌日、すなわち悦生が新しい寝室で十一人の妻たちをたのしませた翌日のことである。|大家《たいけ》の召使らしい男がやってきて、主人のいいつけで旦那さまをお迎えにまいりました、といった。悦生がその男の持ってきた手紙を開いてみると、
「賢弟が広陵に帰られたと知って、懐旧の念にたえない。酒を酌みかわして旧交をあたためたいと思い、|邵伯湖《しようはくこ》に船を|泛《うか》べて小宴の用意をしたゆえ、是非ともおいでいただきたい。
[#地付き]愚兄|太山《ほうたいざん》頓首」
と書いてあった。
読者は、太山というのは何者かと|訝《いぶか》られるであろう。もっともである、太山という名がこの物語に出てくるのははじめてであるから。手紙の中で彼は悦生のことを賢弟と呼び、自らを愚兄といっているけれども、もちろん二人は実の兄弟ではない。この太山という人は、広陵きっての金持ちの若旦那で、悦生が花柳の|巷《ちまた》をさまよっていたころの遊び仲間の一人だった。後に悦生の妻になった|雪妙娘《せつみようじよう》を太山も一時ひいきにしていたことがあったことから、二人は「義兄弟の|盟《ちぎり》を結んだ」と原作には記されている。つまり、わが国で俗にいう穴兄弟であるが、穴兄弟だからといって「義兄弟の盟」を結ぶというところが、いかにも往時のかの国らしく大らかでおもしろい。義兄弟の盟を結ぶとき悦生は、太山に対して弟としての礼をささげた。太山の方が悦生よりも十歳ほど年長だったからである。
悦生は家の召使に案内され、|封禄《ほうろく》を供につれて邵伯湖へいった。邵伯湖というのは、広陵の西北の郊外に横たわっているかなり大きな湖の名である。
渡し板をつたって船へ渡ると、船室の入口で|載一枝《さいいつし》が迎え、悦生の手をとって客席へ導く。載一枝は雪妙娘が最も親しくしていた妓女だが、悦生も載一枝も、お互いに会ったのはこのときがはじめてである。だが|読者《みなさん》は載一枝の名をご存じのはずである。この物語の前半、雪妙娘が悦生といっしょになる前にはじめて載一枝の名が出てきたとき、原作者は用意周到に、「この載一枝という名は、|読者《みなさん》のはじめて聞かれる名です。ここでは、ただこの名前だけを覚えておいてくださいますよう」と念をおしていることを、|筆者《わたし》は紹介したはずだから。
悦生は載一枝を一目見たとき、
「おお、これはいい女だ。なんとかして物にしたいものだ」
と例の好色心をおこしたが、一枝もまた一枝で、
「妙娘が惚れこんで、大金を持っていっていっしょになったのはこの人か。この人なら妙娘が惚れたのも無理はない。わたしだって、これまでにためた金をみんなつぎこんでも、この人とならいっしょになりたい」
そんなことを思っているのだった。
悦生が船室へはいってしまいますと、渡し板がはずされて、船は動きだしました。太山は大よろこびで、
「よくきてくれた、よくきてくれた」
と繰り返します。二人は船窓の外に移りかわる湖の景色をたのしみながら、且つ飲み且つ語りあって時の過ぎるのも忘れておりましたが、やがて話が尽きたとき太山がふっといいだしました。
「妙娘さんが亡くなってから、もう何年になるかな?」
「三年たちました」
「あの人も可哀そうにな。せっかく賢弟といっしょになれたというのに、そのよろこびも|束《つか》の|間《ま》で、若死にをしてしまうなんて……」
悦生といっしょになってからというもの、妙娘は片時も悦生から離れようとはしなかったのです。|長亀久戦《ちようききゆうせん》の法を心得ている悦生はいくら戦っても疲れを知りませんが、妙娘はそうはいきません。悦生が制してもきかず、|歓《かん》をほしいままにして快を叫び死を叫んでいるうちに、水|涸《か》れ血|竭《つ》きてほんとうに死んでしまったのです。可哀そうなことをした……、しかし妙娘はよろこんで死んでいったのだ、と悦生は思うのでした。
「ことしの命日には、盛大に|供養《くよう》をしてやろうと思っております」
悦生がそういいますと、それまで|傍《かたわ》らでまめまめしく酒や食べものの世話をしていた一枝が、
「そのときには、わたしも呼んでくださいませね」
といいます。
「そうだな、一枝は妙娘ねえさんの仲良しだったからな」
太山がそういうのをきいて、悦生ははじめて、ああ、この女か、妙娘がいっていた一枝というのは、と気づいたのでした。そうか、それなら一層、なんとか物にできそうだ……。
「呼びますから、そのときにはきっときてくださいよ」
悦生がそういい終るよりも早く、一枝は胸に手をあてて、
「まあ、うれしい。きっとよ」
といいながら、悦生を見ます。その眼がうるんで、光っております。一枝の心が自分に傾いていることを悦生が見破らないはずはありません。
そのとき、にわかに天が曇り、つめたい風がふいてきたかと思うと、つづいて雨が降ってきました。太山のうしろに控えていた召使があわてて窓を閉めますと、船室はまっくらになってしまいます。すぐ、船頭が明りを持ってまいりました。
「うす暗い中で雨の音をきいているのもいいものだ」
と太山はいいましたが、しばらくすると、
「ああ、久しぶりに賢弟に会って、飲みすぎたようだ。暗くなったら急に眠くなってきた。雨は|俄雨《にわかあめ》だから、すぐやむだろう。それまでちょっと眠らしてもらうよ」
といって、机の上に両|肱《ひじ》をつき、両手で|額《ひたい》を支えて|俯向《うつむ》いているうちに、太山はかすかにいびきをかきはじめました。
すると一枝が、声をひそめて、
「ねえ、番頭さん」
と、太山のうしろにいる召使を呼びます。
「旦那さまはおやすみになったし、もう酒はいらないから、あなた、むこうの船室へいって勝手に飲んでいらっしゃいよ。旦那さまがお目ざめになったら、呼ぶから」
「封禄、お前もいっしょにいって、むこうでご馳走になってくるがよい」
悦生は一枝の魂胆を察して、封禄にそういいつけます。万事を心得ている封禄は、
「そうさせていただきます」
といい、太山の召使をうながすようにして、いっしょに出ていってしまいました。
太山はよく眠っているようです。悦生が太山の方をうかがいながら、手真似で一枝を呼びますと、一枝は足音をしのばせて悦生の傍にきました。悦生は椅子に腰をかけたまま、一枝を身近に引き寄せ、|裙子《くんし》の下から手を入れて|子《こし》を引っぱりながら、一枝の耳もとに口を寄せて、
「これをぬいで!」
といいます。一枝は頭を左右に振り、そっと太山の方をふり向いてから、また頭を左右に振ります。
「だいじょうぶだよ。気づかれないようにうまくやるから、だいじょうぶだよ」
そういっても一枝はきかず、やはり頭を振るだけです。ところが、悦生が子の隙間から手をさし入れて戸口をさぐってみますと、そこはもうすっかりぬれていて、一枝は|拒《こば》まないどころか、|両腿《りようたい》を開いて悦生の指の動きを助けようとさえするのでした。しばらくまさぐっておりますと、内側の二枚の扉が熱くふくれあがってくるのがわかりました。それを左右におしあけて指を進めますと、花筒の奥から泉が湧き出してきて、手をぬらします。
しばらくすると、一枝が、「やめて……」といいました。もちろん、ききとれないほどの低い声ですが、それは腹の底からしぼり出すようなうめき声でした。悦生が手をはなしますと、一枝はそのまま支えを失ったようにうずくまってしまいました。
悦生は椅子から立ちあがり、子をぬぎ、裙子をまくりあげてまた椅子にかけてから、脚もとにうずくまって顔を伏せている一枝の肩をゆすぶります。
「さあ、あなたもぬいで!」
一枝は顔をあげたとき、あっと叫びそうになりました。悦生の硬起した大東西が眼の前に|屹立《きつりつ》していたからでございます。しばらくは|茫然《ぼうぜん》として眺めておりましたが、やがて一枝は膝をついたまま悦生ににじり寄り、上体をその両腿のあいだへ入れると、それを両手に捧げ持つようにして笛を吹こうといたしました。しかし、一枝の小さい口にそれができるはずはありません。仕方なく、悦生の右の|股《もも》を枕にするようにして左の頬をつけ、右向きになって横笛を吹くのでした。
悦生は一枝の顔をおこして、手真似でまた、「ぬげ」とうながします。一枝はうなずいて東西を放し、立ちあがって子をおろしました。そして、太山の方をふり向きながら、明りを指さします。悦生は一枝を手招きし、その耳に口を寄せて、
「消したら、かえってあやしまれるよ。このままの方がいい。暗いからわかりゃしないよ。さあ、裙子をまくり上げなさい」
といいます。一枝が裙子をまくり上げますと、悦生は柳腰を両手ではさむようにして軽々と抱き上げ、いったん膝の上へ|跨《また》がらせてから、あらためて柳腰を浮かせ、東西に戸口をさぐらせます。東西が戸口に臨んだのを見ると、悦生は両手で柳腰を抱き寄せて、胸と胸とを合わせました。一枝は「あっ」と叫びそうになった声をあわてて呑みこんで、太い|吐息《といき》をもらします。東西はずぶずぶと根まで納まってゆき、一枝は口いっぱいに物を頬張った感じでしたが、そっと戸口に手をやってみますと、東西はなお三、四寸、外に残っているのでした。
悦生はそのままで、一枝のまくり上げられていた裙子をおろしてやります。そして、
「こうすれば、暗いからわからないよ。さんが眼をさましたら、あなたを抱いたまま立ちあがるからね。そして離れたら、まさかやっていたとは気づくまいよ」
とささやきます。一枝は小さくうなずきましたが、これだけでは物足りません。両腕を悦生の首に巻いて身体を浮かしながら動こうといたします。すると悦生は、その手をほどいて脇の下へまわさせ、
「動かないで。じっとしていてごらん、いまにわかるから」
といいます。悦生が長亀久戦の法を心得ていて、気を|運《はげ》ませば東西が室内で|自《おのずか》ら抽送するということを、|読者《みなさん》はとっくにご承知のはずですが、一枝は知りません。一枝は悦生が、動いて椅子をきしませたり声をあげたりして太山に気づかれることをおそれているのだと思い、
「わたし、声をあげないようにしますから、ねえ……」
と、抽送を求めるのでした。一枝は納めているだけで既に快美なのですが、納めた上はさらに抽送をして一層の快美を願うのは当然の情でございます。ところが、またもや、
「いいから、じっとしていなさい」
といわれて、一枝はいささか不満でしたが、しばらくしますと、東西が室内でひとりでに動きだしたのを感じて、いったいこれはどうしたことかと|訝《いぶか》るひまもないうちに、美趣|暢楽《ちようらく》いう方なく、早くも四肢はしびれ魂は宙天に飛んでいきそうになって、|嗚咽《おえつ》の声をあげだしました。
悦生は一枝の肩を軽く叩きながら、
「声をあげないようにといったのに! そんなに泣くのならやめるよ」
といいます。一枝はそういわれて、はっと我に返り、
「あら、泣いた? もう泣きませんから」
といったものの、しばらくするとまた泣きだすのでした。歯をくいしばって声のもれるのをふせごうとしても、どうにもなりません。悦生の東西は九浅十深、十深一浅と動いて、あるいは上を突き、あるいは下を|抄《すく》い、あるいは奥を|浚《さら》い、あるいは右をこすり、あるいは左へすべって、火よりも熱く、鉄よりも堅く、一枝は渾身爽快、|滾々《こんこん》ときつづけて、身は浮雲の上を漂っているごとく、|呀《あいや》呀と泣きつづけます。
悦生は息を吐いて久戦の法を収めながら、この女のように浪声をあげずにただ泣くだけなのはめずらしい、誰はばかる者もいないところでだったらどんなふうに泣くだろうか、と興をそそられるのでした。
東西が収縮いたしますと、一枝の戸内からはおびただしい泉があふれ出てまいります。一枝は悦生の胸に顔を埋めてまだ嗚咽していて、おそらく夢幻の境をさまよっているのでしょう、消え入るような声で、呀呀とうめいております。悦生は一枝を抱き上げて東西をはずしましたが、一枝はまだ醒めません。東西をはずした戸口からは、またあらたに泉が流れ出して、戸は徐々に締ってゆきます。悦生は手巾でその戸を拭ってやり、自分のも始末してから、一枝を抱いて立ちあがり、傍らの椅子に掛けさせてやります。雨が甲板や水面を打つ音はもうきこえません。太山はまだ眠っているようです。
悦生は船室を出ていって、手巾を湖へ捨ててから、封禄を呼びました。すぐ封禄がやってきて、
「お目ざめでございますか。雨もやみましたから、窓をあけましょうか」
といいます。
封禄が太山の召使とともに船室の窓をあけておりますと、太山が伸びをしながら立ちあがって、
「ああ、よく眠った。いい気持だ」
といいながら、真中の食卓のところへいって|棗《なつめ》を一つつまみましたが、その食卓の向うの椅子にもたれて一枝が眠っているのを見ると、
「なんだ、こいつも眠っていたのか。可愛い顔をして眠っているわい」
というのでした。悦生は、さきほどの一枝とのことを太山は気づいていたかもしれぬ、雨の音の中だったとはいえ、忍び声ながらもあんなに泣き声をあげつづけていたのだから、と思うのでした。
それにしても可愛い女だ。あんなに泣くなんて。もっと存分に泣かせてみたいものだ。死んだ妙娘の仲よしだった女でもあり、家へ入れて十二番目の妻にしてもよい。
悦生はそんなことを考えながら、太山が、「可愛い顔をして眠っている」といったのを引きとって、
「ほんとうに可愛い人ですね。この人は賢兄の……」
といいだしますと、太山は笑って、
「わたしはただ|ひいき《ヽヽヽ》にしているだけだよ。どうやら賢弟はこの女が気にいったと見えるな。|落籍《ひか》させたければ、なにもわたしに遠慮はいらんよ」
というのでした。
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十二の名鶯
ある|妾《めかけ》が、下女を呼んでいった。
「これ、おまめ、肩をもんでおくれ。あたしは春さきになると頭痛がして、気分がわるうてならぬのじゃ。お医者にみてもらったら、これは|栄耀《えいよう》やまいといって楽をしすぎるからおこるのだとおっしゃって、なんでもよいからすこし働いてみなさいなどと、無理なことをいわれるので、それで|鶯《うぐいす》の餌でも|摺《す》ってみようと思って、ちょっとやってみたら、肩がこってきていっそう気分がわるうなった。さあ、やわやわともんでおくれ」
下女のおまめは、うらやましそうにいった。
「ほんとうに、奥さまのような結構なご身分のかたは、ほかにはございませんよ。すこしぐらい頭痛がしてもよろしいではございませんか。明けても暮れても、お花見、お芝居、琴、三味線。お衣裳は月に三つも四つもおつくりになるし、おつむの道具などはいくらでもお買いになれる。あの鶯にしても、ずいふん値の高い鳥でございましょう? ほんとうに、一日だけでもよいから、奥さまのような身になってみたいものですわ」
妾はそういわれて、まんざらわるい気もせず、
「おまえにそういわれてみると、そうかもしれないね。あたしの生れた家は、貧乏で食べていくこともできなかった。それであたしは|廓《くるわ》へ売られたのだけど、旦那さまに身請けをされたおかげでいまのような栄耀栄華のできる身になれたのだよ。いったいなにがお気に入ったのやら」
というと、鶯が、
「ホホーケッコウ」
と鳴いた。
これは『絵本噺山科』(寛政頃)という|小咄《こばなし》集にある話。「なにがお気に入ったのやら」と妾がいったとたん、鶯がズバリと答えたのである。「ぼぼ結構」と。つまり、牝戸が結構であるという点が旦那の気に入ったのであると。川柳にも、
お妾のたこはだんだんのしあがり
という。
さて前回は、悦生が|載一枝《さいいつし》のボボーケッコウにめぐりあって、「可愛い女だ、あんなに泣くなんて。もっと存分に泣かせてみたいものだ。死んだ妙娘の仲よしだった女でもあり、家へ入れて十二番目の妻にしてもよい」と思うにいたった話であった。つまり、一枝の結構な点は、泣くということだったのである。
泣くということには、和漢を問わず男は心を|惹《ひ》かれるものと見えて、わが国の『さし枕』(安永二年)にも、つぎのような話がある。
門番の女房が、毎晩、外へきこえるほどに泣くということをきいて、殿様が一夜内密にその女房を借りて試してごらんになった。ところが、すこしも泣かないので、不審に思って門番を呼び寄せ、
「わしがしてもすこしも泣かぬが、その方は薬でもつけるのか、それとも大道具なのか、あるいは上手なのか。どうして泣かせるのか」
とおたずねになった。すると門番のいうには、
「はい。泣きまするのは、私でござりまする」
これは、泣くのは女房ではなくて亭主の方だったというお笑いだが、この話、女房を|権柄《けんぺい》ずくで借りられた亭主が、「泣きまするのは、私でござりまする」といってその怨みを述べたと解することもできそうである。
また、『流行咄安売』三編(文政九年)に、つぎのような話がある。
深川におきなという名の呼出し(呼び出されて茶屋へいって売春する女)がいて、よく泣く、という評判をきいた男、さっそく茶屋へいって、
「おきなを呼んでくれ」
というと、茶屋の若い者が、
「おきなというのは二人おりますが……」
というので、
「どっちかわからんから、二人とも呼んでくれ」
とたのんだ。やがて一人がやってきたが、泣く女かどうかわからぬところへ、また一人やってきて、茶屋の入口で、
「おかみさん、おやかましゅうござりましょう」
というと、それをきいた男、
「うん、あれだ、あれだ」
これも、「おやかましゅう」という挨拶を、泣くからそういったのだと思ったというお笑いだが、この二つの話はともに、男が泣く女に心を惹かれるということをもとにしてつくられたものである。川柳にも、
啼け聞こう聞きに来たぞとはやるなり
とあって、泣く女が男によろこばれることを示している。
お妾の夜泣き|鶏《にわとり》より不吉
という句もある。夜中に鶏が鳴くと火事があるといわれているが、夜泣きをする妾はそれよりも不吉だというのである。なぜ不吉かというと、泣く女には男は鼻毛まで抜かれてしまって、その女のいうことならどんなことでもきいてしまうからである。
本題にもどる。
悦生は一枝を家へ入れて十二番目の妻にしてもよいと思ったが、一枝がもし義兄の太山の女だったらそうするわけにはいかない。そこで、それとなくきいてみると太山は、「わたしはただ|ひいき《ヽヽヽ》にしているだけだよ。どうやら賢弟はこの女が気にいったと見えるな。|落籍《ひか》させたければ、なにもわたしに遠慮はいらんよ」という。
一枝はそれより前から眼をさましていたが、|ばつ《ヽヽ》がわるくてならず、眠ったふりをしつづけながら、耳をすまして二人の話をきいていたのだった。太山が「わたしに遠慮はいらんよ」というのをきいたときには、思わず跳びあがりそうになったほどで、ぞくぞくとこみあげてくるうれしさに、もう眠ったふりをしつづけていることもできなくなり、一つ二つ咳ばらいをしてから、
「あら、わたし、いつのまにか眠ってしまって……」
といいながら上体をおこした。すると太山が、
「おお、眼がさめたか。よほど疲れたと見えるな。船を岸へつけて|轎《かご》を呼んであげるから、家へ帰ってゆっくり休みなさい」
といった。一枝は消え入りたい思いだった。太山は一部始終を知っていたのである。悦生はなんだ、そうだったのか、それならあんなに気をつかうことはなかったのだ、と思い、太山に向って、
「どうも、きょうは大変なご馳走にあずかりまして」
といった。
「ご馳走は気にいりましたかな」
「それはもう、賢兄のご存じのとおりで」
悦生がそういうと、太山は声を出して笑って、
「それなら、轎は二台呼んだほうがよいかな」
「そのように願えますならば、愚弟のよろこびこれにすぎるものはございません」
そして、二人は声をそろえて笑った。
「載ねえさんにも、それで不服はなかろうな」
太山がそういうと、一枝は顔を真赤にして|俯向《うつむ》いてしまった。
「これは不思議。あの大胆不敵な載ねえさんが赤くなるとは」
太山はそういって、また大声をあげて笑った。
悦生と一枝が轎をつらねて南城外の一枝の家に着きますと、女中の|賽月《さいげつ》が出迎えてうやうやしく悦生に礼をし、
「旦那さまは、わたくしのご主人でございます」
といいます。これはおかしなことをいうと|訝《いぶか》っておりますと、賽月は、
「わたくしは|雪《せつ》おくさまの女中をしておりました賽月でございます。雪おくさまがおなくなりになりましてからは、ここの載おくさまに仕えさせていただいております」
といって、はらはらと涙をおとすのです。
「おお、そうだった。お前は賽月だった。だが、わたしの顔を見てなぜ泣く?」
「雪おくさまのことを思い出したからでございます」
「そうか。お前はやさしい心根の娘なのだな。妙娘のことを思って泣いてくれるのはうれしいが、あまり泣かないでくれ。わたしまで涙が出てくる」
悦生はそういって、やさしく賽月をなぐさめます。
賽月は酒や料理を運んできて、しばらく給仕をしておりましたが、やがて一枝が目くばせをいたしますと、一礼をして、出ていってしまいました。
悦生は待ちかねたように一枝を抱きよせます。抱きよせて、さしつさされつ酒を乾しておりますうちに、酒に興を呼びおこされて、悦生は隆々と硬起させ、一枝は津々とぬらしております。二人は互いにさぐりあってそれをたしかめあい、衣裳をぬいで寝台へあがりました。
さて、こちらは賽月でございます。しばらく自分の部屋に引きさがっておりましたが、一枝の部屋からきこえてくるいつにない激しい泣き声にさそわれて、そっとその部屋の窓の下にしのび寄り、かんざしの脚で窓紙をめくりあげて、なかをのぞきこみました。
見れば、封旦那が載おくさまの両脚を肩に架け、奥さまの二の腕に等しい大東西を臨ませて、一抽一送、ゆるやかに往来させております。奥さまは眉をしかめ眼をとじあわせ、口をあけて、泣きつづけているのですが、そのさまは、苦痛を訴えてゆるしを乞い、身を逃れようとしてもがいているように見えます。ところが、次第に高まっていくその泣き声の中には、快を叫び美を叫ぶ声がまじっているのが、はっきりとききとれるのでした。その声にうながされ、はげまされるように、封旦那の抽送は次第に速くなり、激しくなってゆきます。それにあわせて奥さまは、牝戸を高くもたげながら、右に左に、上に下にと、送迎にこれつとめているのです。
奥さまの泣き声はいよいよ高くなり、抽送・送迎の騒声がいよいよ激しくひびきだして、しばらくしますと、奥さまは死を叫んで泣きやまず、やがて封旦那の首に巻いていた腕をほどいて、ぐったりとなってしまいました。
賽月はほっと溜息をつきます。そっとまた窓紙をふさいで自分の部屋へもどろうかと思いましたが、封旦那がまだ納めたままでいるのが気になって、立ち去りがたく、なおも見つめておりますと、封旦那は納めたままで奧さまの上体を引きおこし、膝の上に抱いておもむろにうごかしはじめました。するとまたもや奥さまは泣き声をあげだし、やがてまた死を叫んで力をうしなってしまいました。
賽月は、こんどはもう部屋へもどろうと思いましたが、封旦那がやはり納めたままでおりますので、気になって立ち去れず、なおも見つめておりますと、封旦那はこんどは、納めたままで自らからだをうしろへ倒し、奥さまを上にして、奥さまが力をとりもどすのを待って、油送をはじめます。
賽月はもう、見ていることができなくなってきました。息がみだれ、のどがかわき、耳が鳴り、眼もかすんできて、脚の力も|萎《な》え、その場にうずくまってしまいました。牝戸の中はかっかと火のように燃え、戸口にあふれるしずくは内股をぬらしております。賽月はうずくまったまま、部屋の中の封旦那と奥さまの二人に調子をあわせるようにして手をうごかし、うめき声さえ漏らすのでした。
やがてどうにか気を静めて立ちあがったときには、部屋の中でもようやく雨はやみ雲はおさまって、満ち足りた奧さまの|喋々喃々《ちようちようなんなん》と封旦那にあまえている声がきこえてくるのでした。
悦生はその日は一枝の家に泊まり、翌朝、一人で家に帰って、珍娘に一枝のことをうちあけ、家に迎えて第十二夫人にしたいといって、承諾を求めました。
珍娘は、一つには、一枝が雪妙娘の仲のよい朋輩だったということから、また一つには、悦生が夫人は十二人でとどめて、今後は一切、外では女に近づかないということを誓ったことから、一枝を第十二夫人として迎えることを承諾し、そのことを玉娘・若蘭・瑤娘・巧娘・玉鶯・好好・|《へんへん》・十娘・愛月・愛梅の、第二夫人以下第十一夫人までの十人に知らせて、一枝を迎える準備をいたします。
その日の昼すぎ、一枝は轎に乗り、賽月を従え、三輛の車に荷を積んで、封家に着きました。珍娘を先頭に、十一人の夫人がこれを迎え、一枝は轎から下りて、一人一人に初対面の挨拶をしたあと、あらためて十一人に対して妹としての礼をおこないます。それがすむと、珍娘たち十一人は、悦生を招いて、一枝の歓迎の宴を張りました。一枝は十一人の姉たちがみな、美しく、やさしく、礼儀ただしいのを見て、大よろこびでございます。
ところで、一枝の|枕席《ちんせき》ですが、一枝がくるまでは、悦生を真中にしてその右に六人、左には五人でしたので、左端の十娘の左ということに、一人の反対もなくきまりました。つまり、つぎのようになったのでございます。
愛 梅 第十一夫人
愛 月 第十夫人
瑤 娘 第四夫人
若 蘭 第三夫人
玉 娘 第二夫人
珍 娘 正夫人
悦 生
巧 娘 第五夫人
玉 鶯 第六夫人
好 好 第七夫人
第八夫人
十 娘 第九夫人
一 枝 第十二夫人
抽送はかならず正夫人からはじめられるというきまりになっております。つまり、珍娘からはじめて右へ移り、瑤娘がおわると、左へもどって巧娘のところへゆき、つぎつぎに左へ移って十娘がおわりますと、また右へもどって愛月のところへゆき、右端の愛梅がおわりますと、左へもどって左端の一枝でおわるというわけです。
その夜、悦生が寝室へはいってゆきますと、十二人の夫人たちはみな、それぞれの枕席に衣裳をぬいで|仰臥《ぎようが》しております。悦生は金鈴を十二取り出して、一人に一つずつ与え、それを牝戸の中へ納めさせてから、おもむろに丹丸を呑み、定められた抽送の順に従って、まず珍娘からはじめます。
珍娘以下右側の六人は、自分の番になるとみな、仰臥して|金蓮《あし》を高く掲げ、悦生を迎えますが、左側の巧娘と玉鶯とはみなとちがって、巧娘は俯臥して|玉臀《ぎよくでん》を高くそびえたたせ、玉鶯は騎乗するために立って悦生を迎えます。その左側の好好・・十娘の三人は、右側の六人と同じく仰臥し金蓮を掲げて迎えるのですが、この三人がほかの者とちがうところは、大声で浪声をあげて、「的真好」とか「快活死了」とか叫びつづけることですが、これらのことは、|読者《みなさん》のすでにご存じのことです。この三人の大声の浪声は、従来は、|一度《ひとたび》果てた人たちを復活させる役割を自然に持っていたわけですが、新人の一枝が加わったこの夜は、いささか情勢がちがってまいりました。
といいますのは、一枝は金鈴を納めてしばらくいたしますと、早くも泣き声をあげはじめたのでございます。最終回を受持っている一枝は、従って、ほかの十一人の、つぎつぎに果てていった人たちを復活させる役割を自然に演ずることになったのです。
やがていよいよ一枝の番になって抽送がはじまりますと、その泣き声は、金鈴だけのときの何十倍という激しさで、他の十一人を刺戟するのでした。
その結果、これまでは十一番目の愛梅が終ってしまいますと、みな満足して眠ってしまい、中にはまだ愛梅の番がくるのはほど遠いうちに寝息をかく者もいたのですが、その夜はちがって、一人も眠ってしまう者はなく、悦生は最終回がすむとすぐ、あらためてまた第一回にもどらざるを得なくなったのでした。
それは一枝がはじめて加わったその夜だけのことではなく、それからというものはいつも、最終回からまた第一回にもどって最終回にいたるというのが、ならわしになってしまったのでございます。
十二人の夫人たちは、みな仲よく悦生につかえ、悦生も一枝を迎えるときに珍娘に誓った言葉をまもって、外に出て女に近づくことは一切せず、封家にはつねに和気|藹々《あいあい》の気が満ちて、家は栄え、やがて悦生が五十になったときには、十二人の夫人の生んだ子供たちの数は百人になったということでございます。
|筆者《わたし》の長話は、これを以て終ります。
長いあいだおつきあいくださいまして、まことにありがとうございました。では、みなさんさようなら。ご機嫌よろしく。
[#地付き]〈了〉

文庫版のためのあとがき
この『好色の勧め』は、昨年この文庫の一冊に加えられた『好色の戒め』の、いわば姉妹篇である。『好色の戒め』は、主人公の未央生がさんざん女色をたのしんだ挙句、仏門にはいって|諦《さと》りを開くに至るという道学的シッポをつけた物語だが、この『好色の勧め』は、主人公の封悦生が十二人の美女たちと同床してたのしみを尽すに至るという、まことにおおらかな物語であって、道学的な擬装など微塵もないのが特色であろう。「姉」を『好色の戒め』と題し、「妹」を『好色の勧め』と題したのは、その形のちがいに|因《よ》る。
『好色の戒め』の「文庫版のためのあとがき」の中で、私は次のように書いた。
〈私はいま、この原稿を北京の旅舎の一室で書いているのだが、(中略)私が六巻一帙の『肉蒲団』をこの地で買い求めたとき、私はまだ一介の学生だったのである。あれから四十数年が過ぎてしまったのだ! そしていま北京の旅舎でこれを書いている私は、劉希夷の詩句を借りていうならば、/「|応《まさ》に憐れむべし半死の白頭翁」/なのである。そして、/「この翁白頭|真《まこと》に憐れむ可きも/|伊《こ》れ昔は紅顔の美少年」/だったのである。/その往時の「紅顔の美少年」は、後に心ならずも中国の戦場に駆り出され、そして生き残り、北京に遊学したときから数えて三十年後に「穴埋めの話」(『好色の戒め』の第一話)などという不謹慎な話を書き、それから更に十数年後のいま、全く面目を一新してしまった北京に舞い戻って来て、旅舎の一室でこれを書いているとは!〉
このいささかセンチメンタルな感慨は、それから一年あまりを過ぎて『好色の勧め』のための、この「あとがき」を書いているいまの私においても、全く同じである。おそらくは「半死の白頭翁」の感傷であろう。
『肉蒲団』は往年の「紅顔の美少年」が|琉璃廠《リユーリーチヤン》の古書店で買ったのだったが、『杏花天』は、|東安市場《トンアンシーチヤン》の雑貨店で買ったのである。『好色の戒め』の第一話の中で私は次のように書いている。
〈『肉蒲団』以外の風流本は、みんな東安市場で買った。あやしげなシナ語をあやつって、/「有春宮没有?」/などと、あちこちの店をたずねまわっているうちに、わけなく、たくさんの本が手にはいったことをおぼえている。みんな四、五十ページの小冊子だった。〉
この『好色の勧め』の第一話の中に次のように書かれている『杏花天』も、そのとき東安市場で買った「たくさんの本」のうちの一つだったのである。
〈筆者の持っている『杏花天』は、一帙四巻、というと、いかにも堂々たる書物のようだが、じつは|虫眼鏡《むしめがね》を用いなければ読めないほどの豆本である。〉
『好色の戒め』は第一話を『別冊文藝春秋』に書き、第二話以下の二十話は『オール讀物』に連載したのだが、その連載が終ったのは昭和四十四年二月号だった。そのあとを受けて、同じく『オール讀物』に、同年三月号から翌々年(昭和四十六年)の八月号まで連載したのがこの『好色の勧め』である。
両書とも、世の道学先生や、小説家ならぬ大説家たちの一笑に附すであろう低級な艶笑譚にちがいないが、私は高級であることを低俗であることよりも立派だとは思わないし、また、低級は低級なりに一つ工夫をしてみようと思ってこれらの艶笑譚を書いたのである。工夫といっても、私には独創の才などない。そこで、いくらかは読みかじっている中国の|白話《はくわ》の短篇小説の形をまねてみたのである。
〈白話の短篇小説には必ず|入話《にゆうわ》(まくら)がある。その入話にも|本話《ほんわ》にも、詩や|詞《うた》や常言(諺)などがふんだんに挿入される。私はその入話を大きくし、詩や詞や常言のかわりに、江戸小咄や川柳や、中国の笑話や、日常身辺の|些事《さじ》やらを、主として話(一話ずつの話)の前半に織り込み、そして後半で本話にはいっていって、しかも手短かに語る、という方法を考えたのである。/ときにはその前半の話が知ったかぶりになったり、あるいは講義口調になったりするきらいがあったかもしれないが、それも白話の短篇小説が持っている性格の一つをまねたのだといえばいえなくもない。……〉
これは「姉」の方の「文庫版のためのあとがき」から引いたのだが、「妹」の場合も同じなのである。
文庫本に収めるにあたって、若干の誤記を訂正したほか、全般にわたって字句を改めたりして、かなり手を加えた。これもまた「半死の白頭翁」の感傷によるものかもしれない。
一九八四年八月
[#地付き]駒田信二
単行本
昭和四十六年九月文藝春秋刊
[#改ページ]
文春ウェブ文庫版
好色の勧め
「杏花天」の話
二〇〇一年五月二十日 第一版
二〇〇一年七月二十日 第二版
著 者 駒田信二
発行人 堀江礼一
発行所 株式会社文藝春秋
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