追 撃 編
第1章 「傷」 ワタシの日記 嘘でしょ。ねぇ。嘘なんでしょ。
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第一週 「再会」
12月20日(月) クモリ
日記を始めました。あの子に謝る為のシナリオを考えないといけないから。
サーバーにアップするのは当然だと思いました。そんな気分でした。
さて、どうしよう。
何て呼んでたのかすらもう忘れてる。苗字だっけ。それとも下の名前だっけ。思い出せません。
ホントは思い出したくありません。忘れさせて欲しかったのに。そっとしといて欲しかったのに。
戻ってきます。私が地獄に突き落としたあの子が。
手紙が来ました。私に会いたいって。謝ったら許してくれるかな。何て言えば許してくれるかな。
鏡に向かって何度か練習してみました。御免なさい。ごめんなさい。ゴメンナサイ。ゴメンナサィ。
やるせない気持ちになりました。
12月21日(火) ハレ
学校のトイレの鏡で気付いたら謝る練習をしてました。
誰かに見られました。見た人はすぐに逃げてしまいました。
「待って」と叫んだけど無駄でした。きちんと説明したかったのに。
思わず壁を蹴りました。「なんでそっとしといてくれないのよ!」って吐き捨てました。
その姿も他の人に見られました。その人も逃げました。
嫌な気分のまま教室に戻りました。廊下で数人とすれ違いました。
今度こそ平然としてました。友達に会ったら「おはよー」って普通に挨拶。友達も笑顔。
間違えて友達じゃない人にも言ってしまいました。変な目で見られます。
視線が痛いです。
12月22日(水) ハレ
学校で私の噂が広まってました。昨日の姿を見た人が広めたのかもしれません。
口に出す人出さない人。私を見るとそろって違う話題になります。
「言うならハッキリ言って」と叫びたかった。でも言えませんでした。
イジメは再発しないでしょう。友達は・・・・友達だと思ってる人達はみんな普通に話してくれます。
けど、みんな私を怖がってるのが分かります。誰かがヒソヒソと話してました。
「今度の呪いは、渡部さん。」
聞こえてます。
12月23日(木) ハレ時々クモリ
学校がお休みだったので1日中謝る練習が出来ました。
最初の一言。それが決まりません。ひさしぶり。おかえりなさい。ごめんなさい。
何を言っても白々しい様に思えます。顔はどうしよう。笑顔?泣き顔?寂しげな顔?
鏡の前で色んな顔をしてみましたが、どれもしっくりきませんでした。
鏡に映る情けない自分の顔を見てると、急にイジメられてた頃の事を思い出しました。
「アナタが荒木さんを売ったんでしょ」「お前あいつと親友だったんじゃないのか」
「最低だな」「ゴミ女」「てめぇ生きる価値ねぇよ」「死んで償え」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「しね」「シネ
気分が悪くなりました。トイレに駆け込み吐きました。
今もまだ吐き気が残ってます。
12月24日(金) クリスマス・イブ
終業式が終わるとすぐ、あの子に会いに行きました。
イブの日に学校から少し離れた公園で待ち合わせ、と手紙には書いてありました。
公園のベンチに誰か座ってました。最初それが誰だかわかりませんでした。
目が合うとその人はすっと立ち上がり、私の方に歩いてきました。
近づいてくるにつれて、私は目を背けたくなりました。彼女が人目を避けた場所で待ち合わせた理由を感じていました。
彼女は私を「渡部さん」と呼びました。私は彼女を「荒木さん」と呼びました。
前はもっと親しく呼び合ってた気がするけど、そんな昔のことはもう忘れていました。
彼女は黙って私の胸に顔を埋めました。用意しておいた謝罪のシナリオは全て消し飛んでました。
変わり果てた荒木さん。
顔中が傷だらけ。切り傷。火傷。喉は潰れかかりマトモな声が出ない。恐らく体中にも傷があるでしょう。化け物。でも荒木さん。
謝罪の言葉なんてなんの意味があるのでしょう。
私は聞きました。「中で虐められたのね」
彼女は頷きました。泣いていました。私はそれ以上語りかけることができませんでした。
私のせいだ。
私は彼女を抱きしめてあげることも出来ず、ただ黙って彼女が私の胸で泣いてるのを見てました。
少しして落ち着くと、二人でベンチに座って長い間お話をしました。
私は聞いてるだけでした。どんなイジメにあっていたのかを淡々と、リアルに、生々しく語った彼女の話を。
少年院だか刑務所だかそんな場所に彼女を押し込めたのは、私が、彼女を、売ったから。
売ったワケじゃない。事故だったのよ。だって私は知らなかったんだから。私は話を聞いてる間ずっとそう考えてました。
彼女と別れ、家に帰るとすぐにトイレに駆け込みました。昨日より酷い吐き気です。
胃液まで吐きました。涙目のまま私は便器の中に叫んでました。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。
声が枯れても尚も叫び続けました。
ゴ メ ン ナ サ
イ
12月25日(土) クリスマス
今日も荒木さんと会いました。でも何を話していいのかわかりません。
随分と二人とも黙ったままでした。沈黙がとても辛かったです。
とにかく何か話さなきゃ、と思って適当な事を言いました。
「荒木さん、パソコン持ってる?」
荒木さんは一応家にはある、と答えました。それが全ての始まりでした。
私は自分はインターネットをやってる事を話し、面白いページ知ってるよとか
私もそこによく書き込みしたりするんだとかネットでも結構友達出来るよとかを延々と喋りました。
荒木さんが言いました。「私もそれやってみたい」
ネットに繋ぐ方法。プロバイダと契約するにはどうするのか。モデムはついてるのか。
私は詳しく説明してあげました。私のメアドも教えてあげました。家に帰ったら早速やってみると言ってました。
そうするといいよ。本当に、友達できるんだから。タノシイヨ。私は言いました。
家に帰ると大急ぎでネットに繋ぎました。
「希望の世界」
カイザー君がメールで送ってきた時は、迷惑な事やめてよねって思った気がします。
もうそんな事言ってられません。荒木さんが来ます。
なんであの中坊君が私にココを託したのか知らないけど、今度は私が「sakky」です。
いいでしょ?早紀ちゃん。貴方の名前使っても。荒木さんを救ってあげたいの。
ネットに救いを求める。私は救われませんでした。それどころかとんでもない事に巻き込まれました。
自殺した早紀ちゃん。狂ったカイザー君。夜逃げした虫の家族。そして私は、宙ぶらりん。
だから次は。次こそうまくやらなきゃいけません。荒木さんを救ってあげないといけません。
それが、私に出来る精一杯の償いです。
「希望の世界」、更新。
12月26日(日) マタクモリ
掲示板にカキコが追加されてました。
ハンドルネーム「ARA」。「初めまして。きちんと投稿できてるかな?ミキちゃんレス頂戴!」
凄い勢いで昔の記憶が蘇ってきました。まだ虫へのイジメが始まる前。
パソコン指導の授業で荒木さんと軽くネットで遊んでたあの頃。
ネットの事なんか何もわからなくて、どっかの掲示板にうまく書き込めただけで喜んでた。
その時使った名前です。私が「ミキ」。あの子が「ARA」。
懐かしさが込み上げます。そして思い出しました。あの子は私を「ミキちゃん」と呼んでた事を。
あの子を「アラちゃん」と呼んでた私。今は、もう、そう呼べません。
呼べるのは、ネットの中でだけ。
私は「三木」の名前で書き込みました。ARAちゃんのお迎えメッセージです。
後で名前を説明しなきゃ。ミキは三木だよって教えてあげなきゃ。けど・・・・きっとわかってくれるかも。
気が付くと私はもう一回カキコをしてました。
今度は「sakky」の名前で。似たような、歓迎カキコを。
ほらARAちゃん。みんなあなたを歓迎してくれてるんだよ。
ね。言ったでしょ?ネットで友達できるって。sakkyはあなたの新しいお友達です。
画面に浮かぶsakkyの名前を見て、離れたARAちゃんに囁きました。
ARAちゃん、ここは「希望の世界」。あなたをここで救います。
マウスがガタン、と落ちました。
手が震えています。
第二週 「依頼」
12月27日(月) ハレギミ
「希望の世界」は再び動き始めました。「私の日記」も更新してあげました。
過去の日記は全て消しました。これからは、私が新しい「sakky」だから。
掲示板はまだ書き込みが少ないです。ARAちゃんのカキコの前は「渚」さん。虫のハンドルネーム。
「アザミはもう動きません」と書いていました。その前も虫で「アザミに会いたい」。その前は・・・・・もう随分書き込まれてません。
早紀ちゃんは「虫のお兄ちゃんはもういません。今のあの人は『渚』さんです。」って言ってました。
それでも私は虫に会いたくありませんでした。早紀ちゃん情報で虫が退院して家に帰ってた事は知ってました。
けど、結局あの家族は逃げてしまいました。カイザー君は知ってるんでしょうか。彼には早紀ちゃんの死後会ってません。
私は一度岩本家に行ってみたけど、全ての窓は閉め切られ、ただただ寂しげに家が建ってるだけでした。
「希望の世界」もそうです。長い間更新されず、ただ黙ってネットに浮いてただけです。
私の家にぴったりです。
12月28日(火) ハレ
今日は現実で荒木さんに会いました。「希望の世界」のお話をしました。
話してる最中、私は荒木さんの顔を直視できませんでした。
かつてのかわいい面影は皆無です。顔は傷だらけで恐ろしいほど醜くなってます。怖い。
そんな彼女も、ネットの中では普通の子でいられます。顔が見えないって素敵。
「sakky」の話題になりました。会ったことあるのか聞いてきました。
「会ったこと?あるよ。とってもいい子だったよ。」
嘘は言ってません。確かに早紀ちゃんはいい子でした。死んでしまったけど。
へぇ、と荒木さんは感心してました。その声はしゃがれてて耳障りでした。でも耳を塞ぐわけにはいきません。
傷だらけの荒木さん。現実では会うのが辛いです。
とっても、辛いです。
12月29日(水) クモリ
ネット上ではとても楽しく話せます。チャットもやりました。
最近寒いよねとか2000年問題って何が起きるんだろうねとか色々話せました。
二人分のチャットは結構面倒でした。わざわざ違うウインドでチャットページを二つ開かなきゃいけません。
でも、楽しく話せたのであまり気になりませんでした。ARAちゃんも満足してるようです。
二役やった甲斐がありました。私も満足です。
ちょこっとだけ虚しさが込み上げてきます。これでいいんでしょうか。
いいです。
12月30日(木) クモリ
毎回思うことですが、現実で荒木さんと会うと嫌な気分になります。今日も会いました。
荒木さんはやたら私に会いたがります。中ではよほど孤独だったんでしょう。
2000年を一緒に迎える事になりました。初日の出を見て、初詣に行こうなんて言い出しました。
私は嫌でした。でも断れません。約束してしまいました。
今日も荒木さんは気分が悪くなるような話をしました。
いちいち傷を見せて、この傷などんな風につけられたとか延々と話します。
中にリーダー格みたいのが居て(奥田みたい)、そいつが許せないとか言ってました。
名前も聞いたけど忘れました。私には関係有りません。
顔が醜くなると性格まで醜くなってしまうのかと思いました。
思っただけです。言ってません。
言えるわけないです。
12月31日(金) オオミソカ
今から荒木さんと出かけなければなりません。
寒い夜に外に出るなんて本当は嫌です。断りたかったです。
2000年問題とかで電車が止まってくれればいいのに。
そのままオールで川崎大師なんて疲れます。人混みにも行きたくありません。
荒木さんは自分の顔を鏡で見たのでしょうか。私ならあんな顔で人前なんか歩けません。
信じられない。2000年を迎えるのにあんな醜い人と一緒にいなきゃいけないなんて。
ネットでなら温かく迎えてあげるのに。中でつけられた傷なら私には関係ないはずです。
もう時間です。行かなきゃいけません。
だるいです。
2000年 1月1日(土) ガンタン
無事に初日の出も見れて川崎大師に行きました。
人混みの中私達は普通に歩いてました。私はドキドキしてました。荒木さんの顔が気になって。
荒木さんは平然としてました。平然と醜い顔をさらけ出してました。
初詣は騒がしいだけで、特に変わった事無く帰路につきました。
帰る途中です。荒木さんが酷いことを言ったのは。
私が「初詣、何てお祈りしたの?」って聞いた時でした。
「私にこんな傷をつけた人達がみんな死んでくれますように。」
荒木さんは平然と言い放ちました。
思わず聞き返そうとすると、突然彼女は私の顔をのぞき込みました。
「殺したいの」
私が何も言えないでいると、すっと彼女の手が伸びて、私の手を握りました。
そしてそのままその手を上に、荒木さんの顔に、ピタっとくっつけました。
おぞましい皮膚の感触。今でも忘れられません。私はあまりの気色悪さに泣きそうになりました。
「殺すつもり」
必死になって首を振りました。でも彼女は手を離してくれません。
「あんな所に入れられなきゃ、こんな傷できなかった。」
お願い。手を離して。小さく叫んだのを思えてます。
「あなたが押し込んだのよ。」
手には更に力が入りました。ザラっとした感じとグニャっとしか感触が、同時に。
「あなたが、黙っててくれてれば、私は、あんな所に、行かずに、済んだ。」
荒木さんは無表情でした。いや、もしかしたら何か表情があったのかもしれません。
傷のせいでよくわからなかっただけかもしれません。
「手伝ってくれるよね?」
その言葉は優しささえ感じるほど、穏やかでした。
断れない。けど、そんなの嫌。頭の中でぐるぐると同じ言葉を繰り返してました。
なんとか絞り出した言葉は「考える時間を頂戴」でした。
私の手は解放されました。顔の傷から剥がれた皮膚が少しこびりついてました。
「じゃ、また明日」と言い残し荒木さんは帰っていきました。
私はその場に座り込み、しばらくガタガタ震えてました。怖かったです。恐ろしかったです。
最悪のお正月です。
1月2日(日) ハレ
私は土下座してました。
いつか練習したあの言葉。「ごめんなさい」を繰り返していました。
荒木さんが私を罵倒します。私はひたすら謝り続けます。長く辛い時間でした。
私が額を地面に擦り付けて何分も経ちました。荒木さんは罵倒を止めました。
「顔、上げて」
私は顔を上げませんでした。荒木さんが私の前にかがみ込みました。
「ごめん。無茶な相談だったよね。もういいから。」
私は顔を上げませんでした。私の肩に手を触れて言いました。
「もう、いいから。」
荒木さんのしゃがれ声が体中に染み渡りました。私は顔を上げました。
彼女は優しく微笑んでいたのかもしれません。でも、私には般若の面に見えました。
すっと立ち上がり、何も言わずに去っていく荒木さんの背中に向かって、もう1度だけ言いました。
ゴメンナサイ
第三週 「怨恨」
1月3日(月) クモリ
あの怖い荒木さんも「希望の世界」ではかわいらしい女の子に化けます。
醜い顔でもキーボードは打てるらしいです。普通の話をできるらしいです。
私とも「sakky」とも普通の会話をしました。「三木」は無視されるかと思ったけどされませんでした。
また3人でチャットです。初詣ネタになりました。
「sakky」で「どんなお祈りしたー?」と振ってみました。
ARAちゃんは「家内安全☆」と答えてました。
超嘘つきです。
1月4日(火) クモリ
ARAちゃんからsakkyにメールが来ました。メル友にでもなりたいんでしょうか。
別に用事も無いのにメール送ってくるなんて。内容も「チャット楽しかった」だし。寂しいんだね。
私は返事を送ってあげました。sakkyはARAちゃんを救ってあげるキャラだから。
掲示板にもARAちゃんは「今日は寒い」とか当たり前の事しか書きません。
私もそれにあわせて適当なカキコをしておきました。
ARAちゃんも傷だらけの顔を歪ませてニコニコ笑ってくれることでしょう。
想像したら気持ち悪くなりました。
見たくないです。
1月5日(水) カナリクモリ
本当にメル友になってしまいました。
またメールの交換です。内容は下らない事ばかりです。「友達できて嬉しい」だって。わざとらしい。
しかも同じ内容の話をチャットでもしました。でも、彼女が楽しんでるんだから仕方ありません。
ネットでARAちゃんを救ってあげれば、私も罪から解放されます。
復讐なんか考えずに大人しくネットに浸るべきです。
ネットのARAちゃんはとっても楽しそうです。sakkyも楽しそうです。三木も楽しそうです。
みんな幸せです。
1月6日(木) アメフリソウ
今日届いたメールです。
ちわ〜 ARAです〜
実はね、今日はちょっと折り入って相談が有るんだけど・・・・
sakkyとは会ってまだそんなに長くないけど
もう親友の域に達してるから。聞いてくれる・・・・よね?
あの・・・・・・ちょっと言いづらい事なんだけど・・・・・・
私、許せない奴がいるんだ・・・・・・。
私の事を裏切って、私に酷い目を合わせた奴がいるの。
それでね、なんとかそいつに復讐してやりたいと思ってるの。
ごめんね暗い話ばかりしちゃって。
でもね。sakkyにも少し関係あるんだよ。
だってそいつ・・・・・あの「三木」なんだから・・・・。
三木って結構前から「希望の世界」にいるの?
どんな風だった?普通にしてた?
三木がネットでどんな事してたのか、知りたいの。
良かったら教えて下さい。
あいつと私の関係は追々説明するから・・・・・。
お願い。
何て答えればいいのでしょうか。あの子やっぱり私の事恨んでます。
復讐したいなんて言ってます。sakkyに頼んでます。sakkyは私なのに。
ひどいです。
1月7日(金) ハレ
とりあえずメールでは三木がいかに良い人であるか散々アピールしておきました。
すぐに返事のメールが来ました。内容は簡単です。
「sakky、騙されちゃダメよ!」
その後はひたすら私への罵倒が連ねられてしました。
ARAちゃん曰く私は害虫らしいです。あの虫と一緒にされてます。吐き気がします。
私はまた三木のフォローをするメールを書きました。
掲示板では3人とも仲良くやってます。馴れ合いです。嘘ばっかです。
チャットには行きませんでした。馴れ合うのが嫌でした。
壁に頭をぶつけてみました。痛かったです。夢じゃないです。
虫と似たような行動をとってしまいました。気分悪いです。私は、虫じゃ、ないです。
私は三木です。渡部美希です。
1月8日(土) ハレ
「三木」としてARAちゃんにメールを送りました。
「明日会いたい」という内容です。1時間後にはもう返事が帰ってきました。
荒木さんは承諾してくれました。
それとは別に、「sakky」としてのメールも送りました。「復讐って何をするつもりなの?」という内容です。
そっちもすぐに返事が来ました。私を殺したいらしいです。過激な内容でした。
チャットで馴れ合い、掲示板でも馴れ合い、それでも私は恨まれます。
明日会って話をします。sakkyの件には触れずに。
楽しくなるかもしれません。
1月9日(日) クモリ
私は例のコロシの依頼を受けました。
「やっぱり考え直した。協力する。」と言っておきました。
さて、荒木さんはどう出るのでしょう。
最初荒木さんの恨みは中でイジメてた人達へ向いていました。
私に協力を求めてきたけど、私は断ってしまいました。だから恨みの矛先は私に向きました。
でも今、それを元に戻してあげました。これで私を恨む理由は無いはずです。
荒木さんは喜んでました。醜い顔を歪ませて。
私は人殺しに協力する羽目になりましたが、あまり気負いはしてません。
私の知らない人だからいいです。イジメッコであるなら尚更です。
とりあえず私が殺される事は回避できました。
良かったです。
夜、ネットに繋ぐとsakkyにARAちゃんからメールが来てました。
「美希(三木の本名)がね。最近妙に馴れ馴れしいの。今更止めてよねって感じ。」
そんな始まりで、私への恨みと、殺すのにsakkyも協力して欲しいとの依頼と、色々書かれてました。
私は恨まれたままでした。これ以上どうしろと言うのでしょうか。
どうやって私を殺すというのでしょうか。私を殺すのに私に協力を求めてます。バカです。愚かです。
頭悪いです。荒木さんは顔だけでなく頭の中までおかしくなってます。生きる価値無いです。
あっちこそ死ぬべきです。
第四週 「悪魔」
1月10日(月) クモリ
ネットでのコロシ協力も承諾しました。報酬をもらう、という事で。
普通の人ならこんなの相手にしてくれないよ。良かったね。相手が私で。
私が私を殺す計画です。チャットで三木を「もう寝る」と退室させた後が、sakkyとARAちゃんの時間です。
三木の退室から数分。もう戻ってこないのを見計らって、殺人計画が始まります。
本当は退室なんかしてないのに。ここでしっかり見てるよ、ARAちゃん。
大変ね。イジメッコと、三木と、計画を二つも立てなきゃいけないなんて。
私もできるだけ協力してあげます。失敗しても知らないけどね。
頑張ってね、荒木さん。
1月11日(火) クモリギミ
チャットによる「三木」殺人計画
ARAちゃんの役割
「三木」の呼び出し。夜に呼び出す、との事。
sakkyの役割
「三木」を呼び出す場所に潜み、「三木」が現れたらこれを殺害。すぐにその場から離れる。
ARAちゃんの役割
時間を見計らって現場に。死体を処理。
死体の処理は具体的にどうするのか聞いても「まかせて」としか答えてくれません。どうするんでしょう。
それに、「三木」を夜に呼び出すって・・・・私を夜に呼び出すって事です。
何て言って呼び出すんでしょうか。私が断ったら計画は成り立ちません。
それを聞いてもARAちゃんは「それもまかせて」としか答えません。
彼女曰く「sakkyには一番大変な役をやってもらうから・・・・それ以上の迷惑はかけられないよ。」
そしてこう付け加えました。
準備や処理は問題なし。ただ、実行してくれる人が欲しかったのだ、と。
その理由を聞きたかったけど止めました。このままうまく流れていきたかったから。
後はずっと報酬の話をしてました。お金を払うと言ってましたが断りました。
報酬はこうして欲しいと言いました。
「逆に私が誰かを殺したくなった時、協力して欲しい。」
ARAちゃんは承諾しました。決まりです。計画は実行に移ります。
さてさて、荒木さん。私をどう呼び出すの?私次第でどうにでもなっちゃうのよ?
この計画、全ては私に委ねられているのね。準備も、実行も。
私が支配してるのね。アハハハハハ
素敵。
1月12日(水) アメ
現実での「イジメッコ」殺人計画
荒木さんの役割
そいつの呼び出し。そいつは荒木さん同様もう外に出てるらしい。
私の役割
ノコノコ呼び出されたそいつを、後ろからザクリ(足止め代わりでいいらしい)。すぐに逃走。
荒木さんの役割
時間を見計らって現場へ。
動けなくなったそいつへ止めを刺す(恨みを込めて、でしょうね)。
その後死体の処理。
私はこっちでも聞いてしまいました。「死体はどうやって処理するの?」
荒木さんはまた「任せておいて」としか答えませんでした。
よほど自信があるらしいです。女手一つで死体処理なんて想像つきません。
けど、私には関係有りません。私はすぐ逃げるから。
荒木さんは私に犯行時はマフラーや帽子で顔を分からなくしておいて欲しいと頼んできました。
言われなくても心得てます。たぶん夜に決行するから、黒い方がいい、と付け加えてました。
もしもの事を考えると、やはり私も万全を期すべきです。
さて、ここまで来ても、1番の問題が解決されてません。
場所は?夜に呼び出して不自然じゃ無くて、誰の目にも触れられない所。
そんなのあるんでしょうか。殺人計画の二つとも、場所が決まってないなんて。
「明日までには考えておく」と荒木さん。
今日のチャットでのARAちゃんも「場所は明日までに考えておく」。
何も考えてないの?私は呆れました。狂気に満ちてるくせに、意外と、間抜け。
さすが顔が傷だらけなだけあります。愚かぶりが顔に良く出てます。思い出すのも不愉快です。
汚い顔
1月13日(木) スゴイアメ
日程と場所が決まりました。
イジメッコ殺しは15日夜11時過ぎ。場所は、横浜そごう2階、外が見えるエレベーター付近。
ターゲットには「黒マフラーに黒帽子」の格好をさせるらしいです。
さて、チャットでの三木殺しの打ち合わせ。こちらも決まりました。
日程と場所は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
15日夜11時前。横浜そごう2階、外が見えるエレベーター付近。
「sakkyは三木に会った事有るんでしょ?念のため顔が分からない様に黒いマフラーと黒い帽子をしておいて。
あとね、三木にも同じ黒いマフラーに黒い帽子って格好させるから。その格好をしてる奴を狙って。
知り合いを殺すのに抵抗あるかもしれないけど・・・・・・・・・ごめんね。必ずお礼はするから、お願い。」
私は画面の前で大笑いしました。
凄い。凄い凄い凄い!!画面を何度も叩いてあげました。
荒木さん、アナタ悪魔よ。
何がイジメッコよ。何が傷を付けた奴を殺したい、よ。嘘嘘嘘。嘘ばっかり!!
最初から、私を殺すつもりだったのね。・・・・・・・sakkyを使って!!
いやいやそれだけじゃないわ。私も凶器を持っていきます。
死体の処理も何も・・・・相打ちになればいい、なんて思ってるんでしょ。
死体の処理なんかするつもり無いんでしょ。失敗しても自分は何もしないんでしょ!
11時前、sakkyはその場に潜んでる。11時過ぎ、私はターゲットを後ろから刺す。
って事は、11時過ぎ、ターゲットを探す私を、sakkyが、後ろから、グサリ。
お互いの姿を確認しても、それぞれが「ターゲット」の格好をしてる。・・・・・殺し合う。
失敗しても、sakkyはネットでの知り合い。ああ!杉崎先生が殺された時と同じ!
「ネットでの知り合い」sakkyは、「三木」を殺しても、「現実」では赤の他人。容疑者になりにくい!
そう言えば言ってたね。チャットでsakkyを「口説く」時、ネットの人を殺しても捕まらないって。
ああそうだ。それで納得したフリをして私は承諾したんだった。
アハ そんなうまくいくと思う?だって、私がsakkyなのよ?
私にもsakkyにも殺してくれ殺してくれって。アナタ奥田を殺して殺し癖がついちゃったんでしょ。
気に入らない奴が殺せばいいなんで思ってるんでしょ。傷だって本当は何とも思ってないんでしょ。
本当は逆なんでしょ。顔傷つけられるだけで、人殺しはチャラになる。そう思ってるんでしょ!!
そうなんでしょ!答えなさいよ!チャットなんて暗い事やってないで、本当の事言いなさいよ!
画面から声を出しなさい!さぁ!そこにいるんでしょ!?文字だけじゃなく姿も現しなさい!!
その傷見せなさい!体中の傷をさらけ出しなさい!醜い!汚らわしい!私に見せないで!
虫!あなた虫にそっくりよ!最低!最悪!悪魔!死になさい!
アハハハハハハハハハハ!!!
1月14日(金) ハレェ
明日決行なのですがARAちゃんは弱気になって「sakky、本当にやってくれる?」なんて聞いてきたり
私が「頼まれた以上本気でやるよ」と答えると「嫌なら言って。無理強いはしないから」なんてほざいてるので
私は思わず「殺すって言ったら殺すの!」と叫んだら家族に聞かれた気がして恥ずかしくなって
チャットには「大丈夫。心配しないで。」と書いたらARAちゃんは「そう・・・・」と答えるだけでした。
私はそんな荒木さんに腹が立って画面を殴ると手が痺れてますます腹が立ちました。
明日の11時にそごうに行ってもそこには私しかいませんsakkyも三木も私だから。
荒木さんは何時に登場するつもりなんでしょうか11時過ぎたら来るつもりなんでしょうか。
でも死体の処理なんかするつもりないんでしょうねだって荒木さんだもんするはずないわ絶対に。
かと言って私は約束を反故にはしません約束は守ります殺します殺さなくてはいけないんです。
あんな悪魔は殺すべきです生きていてはいけないんですだから殺します殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス
荒木さんを。
1月15日(土) ハ レ
燃えさかる荒木さんの家はとても輝いていました。
悪魔を消し去る聖火が空を赤く赤く染め上げます。
その神々しさはとてもとても素敵でした。
いつまでも見ていたかったけど、時間が迫ってたので行きました。
11時ぴったり。横浜そごう2階、外が見えるエレベーター付近。
なんとか間に合いました。黒い帽子に黒いマフラー。言われた通りの格好で行きました。
エレベーターの横に歩いていきました。柱に誰かがもたれてました。
黒い帽子に黒いマフラー。ターゲットです。殺さなくてはいけません。
ナイフを取り出し、刺しました。カツンと音がして手が痺れました。
私でした。
ガラスに私の姿が映ってるだけでした。
誰も来るはずないんです。私以外、誰も。誰も、来ませんでした。
そばに座ってるカップルが変な目で見てます。カップルは何組もいます。男一人ってのもいます。
みんな見てました。そして私は笑いました。
こんな所で、人を殺せるわけないじゃない!
みんなに見られる所でそんな事はできません。荒木さんの目は節穴です。
こんな人が多い所を場所に指定するなんて!
私は荒木さんのあまりの無能ぶりに大笑いしました。
カップルが逃げていきます。男が一人、ずっとこっちを見てます。
今度は私が逃げました。笑いながら走りました。
荒木さん。可笑しいです。笑わずにはいられません。
燃えちゃってやんの。死んじゃってやんの。
熱かった?苦しかった?でも仕方ないのよ?
あなたが、バカだから!
家に帰るとお父さんに怒られました。受験生がこんな遅くに遊びにいくんじゃないだって。
お母さんも怒ってました。お兄ちゃんも怒ってました。弟も怒ってました。
私は誰とも目を合わせませんでした。何の感情も込めずに謝りました。
部屋で一人になると、また笑いが込み上げてきました。
ずっとクスクス笑ってます。家族には聞こえないように、
ひっそりと・・・・
笑ぃ
1月16日(日) a
差出人 "ARA"
日付 2000/01/15 16:27
件名 sakky改め美希ちゃんへ
荒木です。このメールを見る頃にはもう「計画」は終わってると思います。
成果はどうだったかな?今から少し心配でいます。
さて、まずはお礼を言わなくちゃね。ありがとう。
私の下らないネタに付き合ってもらって。
美希ちゃんはどこから気付いてた?sakkyに「三木」殺しの依頼をした時から?
それともまさか、本気で信じちゃって・・・・・なんてね。
それは無いよね。ネットで知り合って間もない「sakky」に殺人依頼なんて普通じゃないもんね。
私は「sakky」が依頼を承諾してくれた時点ではっきりわかりました。
美希ちゃんは、敢えて私のネタに付き合ってくれてるんだって。
何も言わないで付き合ってくれて、本当にありがとう。
実際に会って別の殺人計画を立てたけど、こっちはどう?本気だと思った?
フフ。ネットでの殺人計画と噛み合いすぎてるから、気付かないはずないよね。
sakkyが美希ちゃんな事は割と早い段階で気付いてました。
じゃあ何故すぐに言わなかったかって?
それは「殺人計画」に関係して来るんだけど・・・・・
実はね、このメールを書いたのはちゃんとその説明をしなきゃって思ったからなの。
そもそもこの殺人計画はね、美希ちゃん。あなたを脅かしたかったの。
私が怒ってる事を表現したかったんだけど・・・認めます。要はイタズラです。
なんでそんな意地悪したくなったのか?
疑問に思うかもしてないけど・・・・・これは美希ちゃん。あなたのせいでもあるのよ。
久々に会った時、あなたはどんな顔した?私の傷を見て、とってもイヤな顔したでしょ。
確かに美希ちゃんとは過去にちょっとした事があったけど、私はもう昔なんかどうでも良かった。
傷も気にしてはいたけど、友達なら受け入れてくれると思った。
なのにあなたは・・・それから何回も、会うたびに嫌な顔したよね。
口に出さなくても、そーゆーのって雰囲気でわかっちゃうんだよ。
でね、心も傷ついちゃった私は・・・・もうそんな長い説明はいらないよね。
「殺人」なんて大層な計画立てて。sakkyが美希ちゃんだって知っててわざと・・・・
あなたを酷く書いたりして・・・・・・。
だけどね。私はその後すごく後悔したの。
せっかく出迎えてくれた友達を、自分の手でまた突き放すなんて・・・・。
私には感情が高ぶると、ついやり過ぎちゃう癖があるみたい。
ごめんね美希ちゃん。反省してます。
だから私、今日の夜11時。そごうに行きます。あなたに謝りに。
また昔みたいに、仲良くしようよ。
美希ちゃんは来るかな?誰も殺されない殺人計画。これに最後まで付き合ってくれる?
私は来てくれると信じてます。だって計画では私も行く事になってるでしょ?
最後まで、このネタを見届けてくれるよね?
私がそこで何をするつもりなのか、気になってもいるんじゃない?
話し合おう、よ。
二人の和解。それがこの計画の真の目的なんだから・・・・。
ごめんね。こんなに長々と書いちゃって。
このメールを読んでる美希ちゃん、もう計画は済んだ?
私はあなたとうまく話し合えてた?
ちゃんと、仲直りできた?
できてる・・・よね。
それでは、「計画」の成功を信じて・・・・
- 第1章 「傷」 ワタシの日記 - 完
第2章 「鎖」 オレの日記 奥田も俺も、似てるのかもな。
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第五週 「新参」
1月17日(月) 雨
荒木が死んだ。家ごと燃えたらしい。
いつの間に戻ってきてたのか。荒木の家が燃えたとの知らせを聞いた時、俺は恐ろしさのあまり耳を塞いだ。
奥田。虫。杉崎。そして・・・・荒木。
虫の呪いはまだ続いているのか。だとしたら、次は誰だ?それに、あの「希望の世界」は?
センター組は学校に来てそれぞれの結果を報告し合ってた。
就職組や俺のような私立組は来たり来なかったり。渡部が来てないのが気になった。
次に呪われる候補には渡部も考えられる。それと、俺か。
かつての奥田組。これもまた呪いの対象になるのか・・・。
この呪いは「希望の世界」に関係あるんだろうか。
奥田に教えてもらって以来、ずっとROMってきた「希望の世界」。
仲間内でパソコンを持ってるのは奥田と俺だけだった。奥田は面白いページだから、と勧めてたな。
確かに面白かった。洒落にならないくらい。目が離せなかった。
杉崎の名前が出てきた時は死ぬほど驚いた。ネットでの殺人依頼が、本当に殺された。
ちょい前までは特に何もなかったのに、最近またおかしくなり始めた。
「三木」を殺す計画があるとか。
あれはもう一昨日の事か・・・・。夜11時。横浜そごうエレベーター前。
壁により掛かり、煙草を吸いながら待ってた。寒くて自販機で紅茶を買ってすすってた。
そしたら本当に来やがった。黒い帽子に黒いマフラー。顔は隠れててよく見えない。
意味不明の行動。周りのカップルは逃げていった。俺はしばらく見ていたが、奴も走って逃げてった。
あれが・・・・sakky?結局あそこでは誰も殺されはしなかった。でも荒木は死んだ。
あの「ARA」、名前から言ってもしかして荒木なのかもしれない。
虫の呪いと「希望の世界」。何か繋がりがあるかもしれない。
今までずっとROMってコトで存在を隠し続けてきたが、いい加減そうも言ってられなくなってきた。
ついに掲示板に書き込んだ。さすがに本名の川口では書けなかった。
ハンドルネーム「ROMマニア」
「今まで黙ってROMってたけど、これは書かずにはいられないね。
15日の夜、俺もそごうに行ったよ。で、sakky見たよ。本当に黒い帽子に黒いマフラーだったね。
それよりさ。sakky、三木じゃなくてARAを殺したんでしょ。家燃やしたんじゃないの?」
ハッタリだ。しかし何かしらの反応はあるはず。
もし本当に「希望の世界」と虫の呪いに関係があるのなら、俺も無事でいられるかわからない。
何が起こるかわからない。ただ、あの荒木がここで殺されたのだとしたら、俺は・・・・。
来るべき事態に備え、ここに日記として俺の記録を残しておく。
1月18日(火) 晴
「希望の世界」
ARAは生きていた。平然と「ROMマニアさん!勝手に私を殺さないで下さい!」と書いてる。
sakkyも「あなた誰です?どうやってここを見つけたんですか!?」と書いて
さらには三木までもが「ROMなんてヤラシイ!見てるんならちゃんと書き込みなさいよね」と。
俺の勘は間違ってた?いやでも荒木は実際死んでるわけだし・・・。
もう少し様子を見た方がいいかもしれない。
どうやって見つけのかって・・・・そう言えば以前勝手に消えた時が有ったな。
俺もあれで全てが終わったかと思ってたのに。
何処ぞの掲示板で復活が宣伝されてたんだった。ま、これは書き込む必要無いだろう。
「sakky。ARA。俺はあんた達のチャットもしっかりROMってたんだぜ。
三木を殺す計画だって?良かったらログアップしてやろうか?三木。あんたあの二人に嫌われてるよ」
また脅しだ。なんだか虫をいじめてた頃の勢いが戻ってきた気がする。
だがやりすぎるとまた・・・後悔する羽目に・・・・荒木・・・・。
虫の呪い、か。虫だけの呪いならまだ救いようはある。ターゲットは俺だけじゃないはずだから。
しかし虫が死んだのは奥田の呪いだ。死んだヤツが誰かを呪う。
だとしたら、今回死んだ荒木が呪うのは・・・・俺。あんな事しなければ良かった・・・。
呪いを防ぐにはやはり「希望の世界」との因果関係を確かめないと。
絶対、繋がりはある。それさえ分かれば対策の立てようはある。
俺は生き残れる。
1月19日(水) 雨
かつての奥田組に声をかけて回った。荒木が死んだのは虫の呪いのせいじゃないか?と。
みんな答えは同じだった。「知るか。そんなのもう忘れようぜ。」
奥田が死んで以来、皆ビビってた。俺もだった。
虫へのイジメ。荒木へのイジメ。やましい事が多すぎた。
思い返すと、俺も含め、仲間はみんな奥田の後ろについて回ってるだけだった。
大将が殺されると・・・・その後は何もできなかった。大将がいなきゃ、何もできない。
荒木が捕まった時、俺達は心底ホっとした。もう大丈夫。もう復讐はされない。
そして渡部をイジメた。誰が始めたのでもなく。自然にイジメは発生した。
常に誰かの優位に立ってないと安心できなかった。
渡部は「荒木を売った」として格好のターゲットになった。イジメても誰も文句は言わなかった。
それまでは奥田が「強者」の立場を確保してくれてた。俺達はそれにすがってた。
それがもうできなくなっていた。だから自分で築くしかなかった。
だがそれも杉崎の死で崩れてしまった。
あの先公が死んだと聞いた時・・・・俺が言い出したんだ。
「もう、止めようぜ。洒落になんねぇ。」
皆頷いた。これでイジメは終わった。みんな、「呪い」を恐れ、大人しくなった。
・・・・俺もここでみんなと同じ様に終わってしまいたかった。
「希望の世界」。ここに杉崎の名前が出て来なければ、何も知らずに終われたのに・・・。
俺だけ続いてる。
その「希望の世界」が今、荒れ始めている。ずっとROMってた俺が書き込んだ事で。
ARAも三木も書き込んでいない。
sakkyが「ROMマニアさん。あなたは誰なんですか!?」と書いてるだけだった。
俺が知りたいよ。sakky、お前は誰なんだ?
俺が知ってる奴なのか?それとも、遠く離れた赤の他人なのか?
ARAは?三木は?ちょっと前に居た渚は?K.アザミは?カイザー・ソゼは?今は無きNSCは?
向こう側で、何が起こってる?
チャットのログを本当に持ってればアップしてやったんだけどな・・・。
「俺が誰とかはどうでもいいんだよ。三木殺し計画なんかもな。ハッキリ言ってどうでもいいんだよ。
荒木。この名前知ってるか?決行日に死んだ女だ。偶然なんて言うなよ?俺はsakky見てるんだぜ?」
荒木・・・・すまない。お前の名前を使った。
ああ。本当に死んでしまったのか?俺はお前に言いたい・・・
女々しい。今更何言っても無駄だ。
1月20日(木) 曇
渡部は相変わらず学校に来てない。気になる。
学校の外にはもうパトカーは来なくなってる。放火犯はもう捕まったんだろうか。
それとも本当に事故だったのか。「希望の世界」と荒木は関係なかったんだろうか。
昨日のカキコに対するレスはなかった。3人とも一斉に口を閉ざしている。
ネットでこれをやられると何もできない。何とか奴等の口を割らないと。
いつか現実世界に引きずり出してやる。
荒木・・・・。燃えてしまった。家族だっていただろうに。無念だったろうな。
俺も弟や両親とは決して仲が良いとは言えないが、それでもみんな一緒に燃えちまうのはゴメンだ。
放火か、事故か。俺にはそれすらわからない。
ただ、「希望の世界」と荒木は何か繋がりがあるはずだ。
何もなければすぐに否定するはず。だが奴等は沈黙のまま。何か、あるからだろ?
sakky、ARA、三木。・・・・・三木も気になる所がある。
あいつはなんで他の二人に嫌われたんだ?ROMってた限りじゃ特に悪い奴では無かったのに。
ARAも何なんだ。荒木に名前が似てるのに関係が?sakkyなんて何のつかみ所が無い。
しばらくあの3人のコトを色々考えてると、ある仮定が浮かび上がってきた。
荒木が「希望の世界」に関係あることを前提にして、今の状況を見る。
そごうに現れた黒帽子に黒マフラー。sakkyはこの格好で来ると書いてた。
いや、sakkyだけじゃない。確か三木にもその格好をさせると書いてたよな?
だが現れたのは一人。死体処理に来るはずのARAも顔を見せてない(カップルに混じってなければ)。
来るべき者が来なかった。・・・・・来れなかったのかも。
もう、その時点では死んでいたから。荒木は、あの3人のうちの誰かだった・・・・・・?
この考えは飛躍し過ぎだろうか。でも俺にはそう思えてならない。
今「希望の世界」に居る3人。一人は、騙りだ。
死んだ荒木を騙ってる。荒木が関係しているのだとしたら、そうゆう事になる。
けど3人居て一人はあの黒衣装、一人は荒木だとしたら、もう一人は・・・?
ああもうワケがわかんねぇ。とりあえず誰か騙ってないか調べる必要はありそうだ。
どっかでその方法を聞いた気がするが・・・。
1月21日(金) 晴
色々回ってようやく理解できた。串。これで騙ったりするんだな。
掲示板には今日もカキコが無い。とりあえず今までの発言のソースを調べてみた。
一応3人の串は違ってる。でも、どう見ても串だ。ナマじゃない。
しかしすぐに違いが見つかった。・・・・震えた。
ARAだ。
ARAが登場した時の串と、荒木が死んだ後に書き込まれたARAは串が違ってる。
やっぱり・・・か。やっぱりARAは荒木で、何かのトラブルに巻き込まれたのか?
sakkyか、三木か、それとも二人ぐるになって・・・・荒木の家を燃やしたのか。
まだ断定はできないが、その可能性、増してきたな。
虫の呪いと「希望の世界」は繋がっている。さて、それをどう暴く?
荒木の名前を出しただけで奴等は無視を決め込んでいる。
無視させない。無視できないような事、何かあるか?
今日仕入れた知識をフル動員して考えてみた。騙り。煽り。串。自作自演。ネタ・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺も、騙るか?
ただ名前を騙っただけじゃすぐにバレる。なら・・・・串ごと騙ればイイ。
騙って有効なのは、旧ARAだ。現ARAは騙り。そこに「死んだ」ホンモノが登場すれば焦るだろうな。
sakkyか三木か。奴等は串騙りは思いつかなかったのか?
意外と気付かないかもしれないな。返って俺のように勉強したての方が思いつき易いんじゃないかな。
問題は、旧ARAの串が騙れるかどうかだ。
確かポートは8080と80多いんだった。これでソースから串ごとパクればオッケーだ。
旧ARAの串は yellow.javanet.com 。とりあえずポート8080で打ってみる。
・・・・表示されません。駄目か。ならポート80だ。
・・・・・・・・・・「希望の世界」。出た!良し。これで騙れる!串なんて分かっちまえば大した事ねぇな。
要は発想か。簡単な操作で出来る分、その活用は自分次第。
さぁ、何を書くか。荒木が死んだのにそれを隠そうとARAが生きてるフリをしてる奴等に。
思いついたぞ。
「勝手に私を殺さないで下さい、ね。確かにその通り。勝手に私を燃やさないで。
呪ってやる。」
これを旧ARAの串で、ARAの名前で書き込んだ。
一瞬騙りだって思うだろうが無視できないはず。奴等は串を刺している。
当然確認の為にソースを見る。本物だって思い知らされる。
後は串騙りであることを見破られない事を祈るだけだ。
ま、今までそんな方法気付かなかったんだから大丈夫だろうな。
荒木。またお前の名前を使った。
1月22日(土) 曇
なんて事なくsakkyと三木の串も騙ってみたら、見事にうまく表示された。
そこで初めて気が付いた。sakkyも、三木も、串を変えてるだけの、同一人物?
そしてARAも・・・・。旧ARAまでも同一人物なのか?
そうだとしたら、俺がやったのは意味が無くなる。
いや旧ARAまでは同一人物では無いだろう。もし同じなら、串もそのまま使えばいいはず。
わざわざ串を変える必要は無い。なら、串ごと騙るのを思いつかなかっただけだ。
大丈夫。俺の戦略は間違ってない。
そう思いながら「希望の世界」に繋いでみた。反応は・・・・・・。
これは・・・どう判断していいのか分からない。
串はsakkyのだ。ならこいつはsakkyだよな?何がしたいんだ?
名前。題名。発言内容。いやHPアドレスにもか。全てに一つずつ「a」が打ち込まれてる。
a 投稿者:a 投稿日:01月23日(日)00時12分25秒
a
http://a
・・・・何が言いたいんだコイツは。反応はしてるからとりあえず見てはいる、と。
こんな意味不明な返事が返ってくるとは思わなかった。不可解。
俺は・・・どうればいい?まだ様子見ておくか?
1月23日(日) 雨
夢を見た。奥田が死んだあの日から、何度も見た夢だ。
荒木が押さえつけられている。奥田が覆い被さっている。
俺はデジカメを持っていた。奥田と荒木を写していた。
仲間はみんな引いていた。奥田、それはやり過ぎだろ・・・。それでも皆逆らえず、荒木を押さえつけている。
荒木は泣いていた。奥田は笑っていた。他の仲間が青ざめてる中、俺は・・・・・
・・・・・・・興奮していた。
目隠しされれて陵辱を受ける荒木。口も押さえられ、悲痛な呻きが漏れていた。
目隠ししてる・・・・。目隠ししてる・・・・。目隠ししてる・・・・・。
奥田が果てた。それを見て俺は奥田にそっと耳打ちする。
止めろ。それを言うな。一生後悔するぞ。一時の欲望で人生を棒に振るな!
俺の意志とは裏腹に、俺は勝手に喋っていた。
止めろ!止めてくれ!頼むから・・・・・・・・・・・・・・言うな・・・・・・・・・・・・イ・・・ウ・・・・ナ・・・・
「なぁ、俺にもヤラせてくれよ。」
言ってしまった。ニヤリと笑って場所を譲る奥田。
奥田にデジカメを渡した。ニヤニヤしながら自分の記録を見ている。
今、新しく撮られる事はない。荒木は目隠し。バレない。俺だとバレない。
俺も・・・荒木に覆い被さった。途端に背筋に悪寒が走る。
何だ?周りを見る。仲間の視線?違う。皆は奥田の時と同じように、ただ黙って荒木を押さえつけてるだけだ。
奥田?いや違う。奥田は相変わらずデジカメの記録を見て笑ってる。
ふと荒木の顔を見た。思わず悲鳴をあげた。
鬼の形相だった。歯を食いしばり、目を真っ赤にして睨み付けてくる。
目隠しが外れてた。ギリギリと歯ぎしりの音が響く。凄まじい視線で俺を射抜く。
振り返ると奥田がバラバラになっていた。
視線を荒木に戻すと、仲間は誰もいなかった。荒木が、俺を睨んでいる。
俺はまた悲鳴を上げた・・・・。
ここでいつも目が覚める。そして何度も自分に言い聞かせる。
大丈夫。ちゃんと目隠しはしてあった。現実では、口も押さえつけられ、目隠しも、してあった。
夢だ。あれは夢なんだ。夢でしか無いんだ・・・・。
そう納得した後は、必ず荒木に謝罪する。
ごめん。荒木。ごめんなさい。本当に、すまなかった。悪かった。俺が、悪かった。
決して許されないことは分かってた。それでも、謝らずにはいられなかった。
「希望の世界」は壊れていた。
繋いだ途端、あの夢の中と同じ感覚に包まれた。背筋に悪寒が走った。
昨日の「a」。あれに意味なんてありゃしなかったんだ。
俺はとんでもない事に手を出してしまったんだ。
掲示板。狂ったように「a」で埋められていた。投稿者も内容もアドレスにまで。
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa・・・・・・・・・・・・・
それだけじゃない。「私の日記」までもが「aaaa」で埋められている。
前の分まではマトモに書かれてた。だが今日久々の更新となったのが・・・・・これか。
1aa23aa(aa) aaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaa aaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa aaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaa aaaaaaaaaaa
aaaaaaaa
壊れてる。これを書いたsakky。完全に壊れてる。
俺が・・・・・壊したのか?俺が荒木を騙ったせいで、sakkyは壊れてしまったのか?
やっぱり荒木を殺したのはsakkyだ。しかしこれじゃぁ・・・・壊れちまっては・・・・どうすればいいんだ。
呪われてる。sakkyは呪われてる。俺も、呪われた。
第六週 「裏道」
1月24日(月) 晴
弟が妙な事を言い始めた。俺が以前教えてやったウチの高校の呪い。
「兄貴のガッコってさぁ。前になんか呪い話があったじゃん」
俺と同じ高校を受験しようとしてたからちょっとビビらせるつもりで喋ったんだった。
適当に「そんなこともあったなぁ」と言っておいた。
「それでさぁ。俺の友達に、兄貴の高校受けようとしてる奴がいたんだけど・・・・」
なぜか口ごもった。少し気になって「何だよ。そいつがどうかしたのかよ」と聞いてみた。
「そいつ・・・・行方不明になっちまったんだ。」
一瞬死んだのかと思ったが、そうではなかったらしい。安心した。が、話は終わらなかった。
「それがさぁ。これ、噂なんだけど・・・・そいつ、なんか狂っちゃったらしいんだよ」
狂った?と俺は聞き返した。話が変な方向に向かってる。
「なんかさぁ。精神病院に通ってたらしいんだ。そんで入院したまま・・・・消えちまった。」
何だよそれ。それがどうかしたのかよ。
「最近学校来てないから変だな、とは思ったんだよ。そんでさ、来なくなるちょっと前にさぁ。
そいつに・・・呪いの話をしたんだよ・・・・。兄貴の高校受験するって聞いたから・・・・・。」
何が言いたい。
「もしかして、これも呪いに関係あるのかなぁって思って・・・・そんだけ」
俺は今その呪いの中にいるんだぞ。ビビらせるなよ!心の中で叫んだ。
ふと、なんとなく気になって、ちょっとした質問をしてみた。
「そいつ、インターネットやってたか?」
弟は変な顔をした。それが何か関係あるの?といった表情だった。
「インターネット。やってたか聞いてないか?」もう一度聞いた。
「何で?あ、いや、やってたよ。そう言えば昔何か自慢してた。なんだっけな?ちょっと待って、今思い出す。」
やってたよ、の言葉が頭に響いた。とても嫌な気分になる。まさか・・・
まさかそいつも「希望の世界」に関係してないだろうな。そんな偶然あってたまるか。あっちゃならねぇ。
「あ、思い出した。『俺、ネットの中じゃ帝王なんだぜ』とか吹いてたよ。」
帝王?何だソレは。疑問に思うと同時に安心もした。良かった。「希望の世界」とは関係ない・・・。
「それがどうかしたの?ネットがその呪いに何か関係あんの?ねぇ」
あるかもしれない・・・と呟いた。すると弟は面白がり始めた。
「マジで?俺ちょっとみんなに聞いてみるよ。そいつ他にも何か言ってなかったか。
今度さ、俺にも呪いの詳しい話し教えてな。うまくいけばそいつ何処にいったのかわかるかも」
捲し立てられた俺は、ただ曖昧に頷いてるだけだった。
「希望の世界」は今日も壊れてる。「a」で埋められているだけ。
行方不明になった中学生。
関係ない。ウチの学校を受けるだけで呪われるワケがない・・・はずだよな。
1月25日(火) 雪
弟が大はしゃぎしていた。
「兄貴!昨日の奴さぁ、結構ネットの中じゃ大物だったらしいんだよ!」
大物?どうゆう事だよ。聞き返した。
「俺ネットの事よくわかんないけど・・・。なんか凄いホームページ持ってたんだって。
犯罪スレスレのヤバイヤツだって聞いたんだけど、詳しくはみんな知らなかった。かなり前の事だったし。」
ヤバイヤツかぁ。見てみてぇな、それ。アドレスを聞いたが、弟は知らなかった。
ひとまずそいつが「希望の世界」を作ってるわけではない事が分かった。良し。
一見マトモそうだし、な。「希望の世界」は。今日も「a」ばっかりだった。壊れっぱなし。
そいつは呪いとは関係なく消えただけか。行方不明ってのも怪しいけどな。
安心した俺は部屋に戻ろうとした。・・・・この時すぐに戻ってれば良かったんだ。
別に知りたかったわけでもない。自然の流れだった。何の意味もない。何の意図も無い。
いつまでも「そいつ」ってのもなぁ、と思って、ふと出た言葉だった。
「ところでさぁ。そいつの名前、何?」
弟はすぐに答えた。
「名前?風見ってヤツだけど。」
ああそう、と答えて特に気にせず部屋に戻った。
部屋に入り、ドアを閉める。バタン、という音と共に、頭の中で一陣の風が吹いた。
風見。風見。風見。カザミ。カザミカザミカザミカザミKAZAMIKAZAMIKAZAMI
K.AZAMI。
小さく悲鳴をあげた。なんだよそれ。なんでその名前が出て来るんだよ。
K.アザミって・・・・居た。確かに、少し前まで居た。
弟の言葉を反芻する。凄いホームページ持ってた。犯罪スレスレのヤバイヤツ。かなり前の事だった。
「希望の世界」の歴史を思い返す。引っ越す前。どうして引っ越したんだったか・・・・。
NSCか。犯罪スレスレ。ネットストーキング。馬鹿な。違う。違うページだ!
考えると他の色々な事が繋がっていきそうだった。こじつけてしまいそうだった。
違う。俺はビビってるだけだ。無理に繋げて考えてるだけだ。
落ち着いてから冷静に考え直そう。今はダメだ。
1月26日(水) 晴
とにかく風見なる人間について知りたかった。弟はかなり乗り気になっていた。
「風見が行方不明になった理由がわかるかもしんないの?マジで?俺超協力するよ。」
今度家まで行って来るとまで言っていた。風見については弟に任せておこう。
俺はネット内の事を調べた。K.アザミがどんな事を書いてたか。
すぐに思い当たって、俺はまた頭を抱えた。
K.アザミが居た頃だった。掲示板で「渚」がどっかの病院名を書き込んでいた。
「サキはここにいます」みたいな感じだったな。あれは・・・10月中旬ごろだったか?
そして・・・・カイザー・ソゼだ。「会いに行く」と書いてた気もする。
へぇ、と思って見てただけだったから、記憶が曖昧だ。畜生。もっと真面目に見ておけば良かった。
掲示板のログはもう流れてしまってる。「a」のせいだ。もう何処の病院かわからない。
風見は精神病院に通ってた。掲示板に書かれた病院。サキは・・・・sakky・・・か?
それに三木とカイザー・ソゼ。ああ、ここまでくるとこじつけずにはいられない。
自称帝王の風見。カイザー・ソゼ。NSCのメンバーだったヤツだ。
カイザー=帝王。また・・・繋がった。
もう無視できない。風見は、なんかしら「希望の世界」に関係してた。
それで、どうして行方不明に?三木か?それともsakkyか?
あるいは、三木=sakkyの何者か、が?
1月27日(木) 曇
「希望の世界」で「ROMマニア」として脅しをかけてみた。
「カイザー・ソゼ=K.アザミ=風見って事か。それもsakkyが手ぇ出したのか?
酷いヤツだなお前は。あいつはまだ中坊だぜ?荒木まで殺してなぁ。
俺が何者か知りたいか?会う勇気が有るなら名乗りでな。考えといてやるよ。」
「a」で埋もれる掲示板の中に、初めて意味有る文が書き込まれた。
どうだ。コレでも黙っていられるか。壊れたままでいられるか。
荒木と風見。これで二人の実名が出た。以前の杉崎の時も名前が出た。
虫の呪い、荒木の呪い、奥田の呪い・・・・・・。
いや違う。呪いと「希望の世界」は鎖でガッチリ繋がってる。
これはもう、呪いじゃない。「希望の世界」の誰かの意図が働いてるんだ。
俺は久々に武者震いをした。相手は呪いなんかじゃない。人間だ。
ネットを駆使して人を消す、歴とした人間だ。
荒木は「誰か」に燃やされて、風見も「誰か」に消された。
風見は何処に消えたんだ?連れ去られたか、あるいは。
精神病院に入院してた。狂ったって自分から消えたのか。
誰がそんなに追い詰めた。
sakky。三木。この二人は引っ越す前から、風見が消える前も、荒木が死んだ時にも居た。
病院にいるってのはサキだった。サキ。これがsakkyの本名か。
俺を「呪う」のか。いや、俺が「呪い」の中に身を投じようとしてるんだ。
コイツと関わったら、虫、杉崎、荒木、風見、もしかしたら奥田も・・・・こいつらの様になるのか。
もう引けネェ。ここまで来たら。サキ。俺をどうする。どうしてくれるんだ。
1月28日(金) 晴
「a」が収まった。
俺の書き込みの後もしばらく続いていたが、「sakky」のカキコからピッタリ止まっている。
sakkyの書き込みは・・・・これはどう判断すべきか?
ただ一言、「会う」と・・・・。
驚いたのは、串を刺してなかったコトだ。どう見てもナマIPだ。さて、どう見るか。
何かを意図して書いたのか。それとも本当に、俺に会うつもりなのか。
あっちも、俺に会いたがっている?
そうか。そうだな。突然現れたROMマニア。さぞかし戸惑ってるコトだろう。
お互い正体を知りたいってワケだ。
良し。こうなりゃ話は早い。直接会って、真実を確かめ合おうじゃないか。
「30日の日曜日午後1時。横浜駅西口東横線改札前な。目印は、ベルだ。」
俺はこう書き込んでおいた。
以前のゲリラオフ会。俺は改札前にちゃんといた。ベルは、持たずに。しかし誰も来なかった。
見渡してもベルを持ったヤツは居なかった。だが今度こそは。
ベルは買っていく。だが見せたままでは待たない。
ベルを持ったヤツに話しかけ、そこでベルを見せればイイだろう。
sakky。こんなに早くお目にかかれるコトになるとは思わなかった。
荒木のコト。風見のコト。そして「希望の世界」のコト。聞かせてもらおうか。
1月29日(土) 曇
何故か再び「a」で埋められている。まぁいい。どうせ明日に会うんだから。
弟は「新情報!」と張り切っていた。
「風見の家行ってきたよ!母親にも会った。『心配になって様子見に来ました』っ言ってね。
そたらさぁ。なんか行方不明になったのは病院でらしいんだよ。入院中居なくなったんだって。
病院側は院内の何処かに居るはずだって言ってたんだって。親は詳しいコトは分からないって言ってた。」
それから弟は付け加えた。
「俺さぁ。何も考えず『風見君狂ってたんですか?』って聞いたんだぁ。したらすっげぇ怒られた。
『ウチの子はマトモです!』だって。ちょっと聞き方まずかったなぁ。」
それはどうでもいいさ。風見のコトは引き続き弟に任せた。
俺は、「希望の世界」の方をどうにかしなきゃな。
「a」で埋もれた掲示板。見てるこっちも狂ってきそうだ。
目をつぶると例の夢が思い浮かんだ。背筋が凍る荒木の視線。
明日。誰が来るんだ。もしかしたら荒木が来るかもしれない。
sakky。三木。ARA。荒木。荒木・・・・・。
あの夢は頭から決して離れない。いつも同じセリフ。同じ行動。同じ感情。
「なぁ、俺にもヤラせてくれよ。」
ニヤリと笑って場所を譲る奥田。
荒木に覆い被さる俺。途端に背筋に悪寒が走る。
荒木の顔を見る。思わず悲鳴をあげる。
鬼の形相だった。歯を食いしばり、目を真っ赤にして睨み付けてくる。
目隠しが外れてた。ギリギリと歯ぎしりの音が響く。凄まじい視線で俺を射抜く。
振り返ると奥田がバラバラになっていた。
視線を荒木に戻すと、仲間は誰もいなかった。荒木が、俺を睨んでいる。
俺はまた悲鳴を上げた。・・・・・・・・・喜びの声だ。
背筋が凍る荒木の視線。
それが、たまらなく心地イイ。
気がつくと俺は自慰にふけってた。いつも見るあの夢。必ず夢精する夢。
悲鳴と共に射精する。目覚める時もいつも変わらない。
現実ではちゃんと目隠しがしてあった。夢だ。あれは夢なんだ。夢でしか無いんだ・・・・。
そう納得した後は、必ず荒木に謝罪する。
ごめん。荒木。ごめんなさい。本当に、すまなかった。悪かった。俺が、悪かった。
決して許されないことは分かってた。それでも、謝らずにはいられなかった。
謝りながら、性器をいじる。
あの時奥田に言われた。荒木に酷いことをしてた時。
俺は腰を振りながら謝罪の言葉を繰り返していた。ごめん。すまない。許してくれ。
現実でも目隠しが外れてて欲しかった。睨んで欲しかった。あの夢は、俺の願望か。
謝るたびに興奮が高まった。奥田が耳元で囁いた。
「お前、変態だよ」
奥田ほどじゃねぇサ。俺は心の中で呟いた。
明日が楽しみだ。
1月30日(日) 晴
約束の時間よりも少し早めに行っておいた。
ベルは後見せだからな。こっちが早く行っとかないと、見失う。
ハンズから直行して改札前には30分も前についた。ざっと見渡した所、ベルを持ったヤツは居なかった。
少し待つことになるか。そう思って壁にもたれかかっていた。
それから何分経ったか・・・・。ベルの音が聞こえてきたのは。
チリリ・・・と軽い音色が響く。周りは特に気にしてないようだった。
俺のようにベルの音が聞こえないかと耳を澄ましてない限り、聞こえないほど小さな音だった。
音の出所を探す。ふと時計を見た。まだ20分前だが、来てもおかしくない。
周りを何度も見渡した。再び音が聞こえる。何処だ。何処から・・・・。
そいつは、丁度向かい側にいた。右手にベルを持って、チリリと鳴らす。
鳴らす事にキョロキョロと周りを見ている。俺と目が合った。・・・のだと思う。そいつはサングラスをしていた。
俺もベルを取り出し、チリリと鳴らしてみた。そいつも鳴らした。
真っ黒なサングラスに洒落た帽子をかぶっている。あまり表情が分からない。
突然、ベルを片手にそいつが走り出した。俺の横を通り抜ける形になった。
俺もつられて走り出した。なぜ逃げる!走りながら考えた。
西口をモアーズ方面に駆けていく。人混みが多くてスピードは出ない。俺も同じだった。
道はどんどん狭くなっていった。寂しげな所に着いた。
工事中の角を曲がった所で、そいつは待っていた。
俺も足を止め、そいつと向かい合った。
「アナタが、ROMマニアさんですね」
俺は頷いた。「sakkyか?」とすぐに返した。
「一応、そうですと答えます。」
わけのわからないコトを言う。「どーゆー事だ」と聞き返した。
「僕もsakkyだった、とでも言いましょうか。・・・まぁ詳しい話は後にしましょう。
とりあえず、お互い何者なのかはっきりさせましょう。」
そうだ。お前は一体、誰なんだ?
そいつは少し息をついてから、言った。
「僕が、風見です。」
思わず「はぁ!?」と言ってしまった。風見。風見はだって・・・「行方不明じゃなかったのか!?」
言ってみてから、改めて風見の姿を見てみた。俺が何か言おうとすると、風見は自分の口に人差し指を置いた。
「言わないで下さい。」
それから風見はサングラスを外し、服を腹の部分だけ捲り上げた。・・・・・傷跡。
「死ぬ思いをしましてね」
俺はそれ以上何も聞けなかった。言えなかった。
きっと、俺には想像もできない様なコトがあったのだろう。
それから俺達はその場で少し話し込んだ。
俺のコト。虫の呪いのコト。「希望の世界」のコト。荒木のコト。・・風見は荒木を知っていた。後は弟のコト。
「あいつには言わないで下さい。病院からこうして抜け出してる身なんで・・・見つかるとマズイんですよ」
結局、風見は俺とほとんど同じ立場だった。ヤツも、sakkyを探している。
ただ、風見には見当がついてるのだという。聞きたかったが「確証が無いから言えない」と頑なに拒否された。
あまり人前に長くいると見つかるから、と言って風見はすぐに帰っていった。消えた、と言うべきか・・。
メアドを交換し、「何かわかったらメールしますよ」と言い残していた。
家に帰ってから、今の状況を整理するのが大変だった。約束通り弟には風見のコトは言わなかった。
それにしても・・・・実によくわからない。sakkyも謎だらけなら、風見も謎だらけだ。でも風見は存在してる。
素直にROMってた方が、よっぽど楽だった。ややこしすぎる。
第七週 「到達」
1月31日(月) 晴
荒木のコトを想った。風見がsakkyなら、荒木を燃やしたのは誰なんだ。
やはり風見の言う「もう一人のsakky」か。それが、わからない。
あの黒装束は風見じゃない。・・・なかったと思う。それすらあやふやになってきた。
風見くらいの背格好なら、それもあり得る。結局顔は見えず仕舞いだったからよくわからねぇが。
あの日に荒木の家は燃やされた。
燃える荒木の姿を想像する。黒装束が家に火を放つ。
あの荒木が燃える・・・・どんな顔をして苦しんだんだろうか。どんな悲鳴をあげたんだろうか。
胸が痛む。せつなくきゅっと引き締まる。奥田の声が聞こえた気がした。「ソレが気持ちイイんだろ?」
その通りだよ。たまらねぇんだよ。
風見の痛々しい傷跡もまた・・・・俺の胸を熱くする。
早くメールをくれ。一緒にsakky探そうぜ。
「希望の世界」は飽きずに「a」で埋められている。
素敵だ。
2月1日(火) 晴
弟との会話がどうも後ろめたいものになる。
「風見のヤツさぁ。言われてみればなんか狂ってたかもしれないんだよなぁ。
つっても防災訓練の時一人だけ駆けだしたコトがあった、とか下らないことなんだけど。」
俺は風見に会ってるんだ。だが約束があるので言えない。
いっそのこと風見には黙って言ってしまおうかとも思う。
だかそれをやると、sakkyへの道が遠のくような気がした。
「なぁ。お前風見と親しかったのか?」
親友のようなら、無事にやってる・・・とは言えない状態だが、とりあえず生きてはいるコトを教えてもいいな。
「いや、そんなすっげぇ親しいってワケではなかったけどサ。一応同じグループの仲間だった。」
まぁ普通の友人か。教えるか迷っていると、「それにさ」と話を続けた。
「やっぱ知り合いが行方不明とかになっちゃうとさぁ・・・・・・心配じゃん。」
最後のセリフにはわざとらしい照れがあった。
嘘つけ、と頭を軽く叩いてやった。大きな音を立ててフっ飛んだ。
へへへと笑いながら血を拭っていた。口の中を切ったらしい。
「ホントだよぉ。心配なんだって。」
それからフラフラと立ち上がった。血をペロペロ舐めている。味わってる様だった。
イカレた弟だよな。心の中で言ってやった。
ヤツは喜んでるように見えた。
2月2日(水) 晴
「さて、そろそろsakkyのあぶり出しを始めたいと思います。」
風見からのメールだった。具体的な戦略については長々と書いてあった。
単純だがうまくいきそうな気がする。俺も乗ることにした。
日曜日にまたオフ会か。本当にsakkyが来ればいいんだけどな。
まぁいい。風見の言うとおりにやってみるか。
sakkyを騙ると言う風見。じゃ今までのsakkyは風見じゃなかったのか。
と言うより、風見がsakkyだったのがいつからいつまでだったのかがよくわからない。
あいつは重要なコトは何も教えてくれない。寂しいじゃねぇか。
三木殺人計画の時のsakkyは風見だったかな。つーかややこし過ぎる。
余計なコトを考えるのはよそう。パニクる。
あいつの言った通り、「a」はおさまっていた。その後にsakkyのカキコ。
「なんで日曜来てくれなかったんですか」
その上に俺が書き込めばいいんだな。ROMマニア登場。
「ワリぃな。急に用事入っちまってよ。今週の日曜にまた相手してやるゼ。」
風見と一緒にな。
2月3日(木) 曇
「今度こそ、しっかり対面して下さいね。日曜日。受けてたちます。」
sakkyのカキコが加わった。これで日曜日オフ会が行われる事がROMってるヤツにもわかる。
「よしじゃぁ6日も午後1時に東横線改札前な。ベル持ってこいよ。」
俺もそう書き込んで置いた。
そう言えば俺がゲリラオフ会に行ったときもこんな感じだったな。
何喰わぬ顔して改札前に立ってたんだった。
ありゃ誰が来るのかハッキリしてなかったから失敗したのかもしれない。
今度はROMマニアと騙りsakkyが会う手はずになっている。
ホンモノsakkyにとっちゃ見逃せないシチュエーションだよな。
風見はsakkyが誰なのか見当がついてるから遠巻きに眺められてもわかっちまうワケだ。
風見にメールを送った。
「俺達の待ち合わせは何時にする?」
オフ会表向きの待ち合わせは1時だが、その前に二人で打ち合わせをする。
万全の状態でsakkyを罠にかける。
2月4日(金) 晴
「ベルはちゃんと持ってて下さいね。先週私は1時きっかりにベルもって改札前にいたんですから。」
sakkyの発言に少し笑った。確かにベル持ってたよな。風見。俺は後から見せただけだが。
カキコでもちゃんと返事書いておいた方がいいな。
「俺も、ちゃんとベル持って改札前に立ってるよ。」
ROMってるホンモノsakky、見てるか?俺はベル持って立ってる。騙りsakkyも。
見に来い。風見がお前を見つけだす。
昨日のメールの返事では「12時半ごろ待ち合わせましょう」と書いてあった。
さすがに改札前でなく、ちょっと離れた高島屋前の広場で待ち合わせとなった。
メールには他にもsakkyの事について書いてあった。
「ホンモノsakkyは絶対に現れますよ。誰なのかももうわかりました。
川口さん。アナタも見たこと有る人ですよ。間違い有りません。」
sakkyが分かった?俺も見たこと有るって?誰だ・・・・。
急に荒木の顔が思い浮かんだ。
アイツはまだ生きてるのかもしれない。生きてて俺に復讐しようとしてるのかもしれない。
そうであって欲しい。風見。遠回しな言い方しないで教えてクレヨ。
俺も見たことある。この言葉に俺は股間を熱くした。
荒木じゃないとしたら。他には・・・。
クラス中の女の顔を思い浮かべる。この中の誰でも良くなってきた。
クラスだけでなく知ってる女全部思い浮かべた。スゲェ。こん中にsakkyが居る。
sakkyはROMマニアの事を不気味がってる。俺を、不気味がってる。
だから、正体を知るために、日曜日にやってくる。本当に来るのか・・・・風見を信用しよう。
正体が俺だと知ったら、どんな顔するか。驚きの次は、恐怖か、嫌悪か、あるいは憎しみか・・・・。
スゲェ。スゲェスゲェスゲェ。
2月5日(土) 晴
いよいよ明日オフ会となった。
風見とホンモノsakkyと会うのか。荒木とも会いたいな。
弟が風見の情報をいちいち報告してくるが、どれも無意味なモノばかりだった。
俺はもうホンモノと会ってるんだ。明日も会うんだ。
なんとなく風見は困ったらどんな顔するのか見たくなった。
「なぁ、風見に会いたいか?」
弟に話を持ちかけた。
「そりゃ会いたいさ。え?何?もしかして兄貴あいつの行方知ってるの?」
「まぁな。」と答えた。
「嘘!?マジ?何処にいんの?どうすりゃ会えるの?」
俺はベルを弟の顔に投げつけた。歯に当たってチリンと音が響いた。
喉の方まで入ったらしく。ウエっと口を押さえてベルを吐き出した。
「え?え?何コレ。ベルじゃん。これがどうかしたの?」
「明日それ持って、1時に東横線改札前で立ってろ。風見に会えるぞ。」
「ホント?え、でもさ。なんでベル持つ必要があんの?」
とりあえず腹を殴って「いいからソレ持って立ってりゃいいんだよ」と言っておいた。
弟は悶絶しながら「わかったよぅ。」と繰り返し、涙を流して喜んでいた。
ああ、これで風見と弟が鉢合わせになっちまう。バレると困った事になるんじゃないのか。
ヤバイぞ風見。ホンモノsakkyにかつての友人。修羅場だぞ。
明日はガンバレよ。
2月6日(日) 曇
弟には誰かに話しかけられたらロムマニアと名乗れ、と言っておいた。
俺より早くsakkyが現れたら弟に対処させるつもりだった。
俺等が横浜に着いたのは12時25分。丁度イイ時間。
弟を東横線改札前に残し、俺は高島屋の前の広場まで出向いた。
風見は既に待っていた。よくもまぁ人の多い中に居れるよなぁ。
目が合うと「待ってましたよ」と話しかけてきた。
心地よい風見の声が俺に染み入ってくる。さて、こいつはどんな顔するか。
「じゃ、今日の打ち合わせをしましょうか」
適当に話をしてるとあっという間に1時になった。
「そろそろ行った方がいいんじゃねぇか?」
いよいよホンモノsakkyの登場。弟との鉢合わせ。楽しくなってきた。
「・・・・その必要は無いですよ」
変なことを言う。なんでだ?もう時間だろ?急かそうとしたが風見はふぅとため息をつくだけだった。
「sakkyはアナタの見たことある人です。」
それはもう聞いたよ。だから早く知りたいんじゃねぇか。
「ROMは・・・存在を知られてはいけません。最後までROMってるべきでした。」
突拍子もない事を言い始めた。何が言いたいんだ。
「1度でも書き込んだら、ROMの意味は無くなります。存在を教えてしまいますからね。」
何故そんな話を今しなくちゃいけねぇんだ。風見は言葉を続ける。
「NSCってページ、知ってますか?」
いきなり話を振ってきた。NSC。かつて希望の世界が引っ越す原因となったページだ。
知ってる、と答えた。
「あれは規模が大きすぎました。メンバー全ての書き込みを制限する事はできません。」
だからそれがどうしたと言うんだ。
「その意味じゃ今回は成功です。少人数だから目が行き届く。見事に存在を知らせなかった。」
・・・・・。
「川口さんも、こっち側だったら良かったのに・・・・・。」
俺は怒鳴った。てめぇナメてんのかよ。わけわかんねぇ事ばっか言ってんじゃねぇ。
周りのカップルやらがチラチラこっちを見る。風見は気にせず言い放った。
「まだ分からないのですか」
何がだよ。ちゃんと説明しろよ。
「ROMってたのは、アナタだけでは無かったんですよ。」
それだけでは何もわからなかった。そうなのか。けどそれが今日のオフ会と何の関係があるんだ。
意味不明の問答はもうウンザリだった。今日の目的は何だ?sakkyに会う事だろ?
「もういい。俺はsakkyに会いに行く。」
また怒鳴った。1時過ぎ。東横線改札に居るはずだ。
歩き出そうとした瞬間、背後から、風見が囁いた。
「もう会ってるじゃないですか。」
俺は動きを止めた。その言葉が頭の中でグルグル回ってた。それは・・・そういう事だ?
振り返ると風見が笑っていた。
「アナタの見たことある人。つまり・・・・」
人差し指を汚ネェ顔に向けた。
「僕です。」
その意味を理解するのに数秒かかった。
俺が何も言えないでいると、風見はメモを渡してきた。
「とりあえすこのページをROMって下さい。それで、全てが分かると思います。」
それだけ言い残し、風見は去っていった。
残された俺は、メモを片手にただ突っ立ってるだけだった。
風見の困った顔、見れなかったな。そんな事を考えていた。
家に帰り、早速メモのページに行ってみたが、何もなかった。
ページが見つかりません。
検索中のページは、削除されたか、名前が変更されたか、または現在、利用できない可能性があります。
何だこれは。ここで何が分かるって言うんだ。
思わずパソコンを殴った。畜生。風見、これはどうゆう事だ。
「希望の世界」に書き込みは増えてない。何だよ。何なんだよ。
確かにsakkyの正体までは辿り着いた。だが、結局何もわかっちゃいない。
sakkyが風見って何だよ。荒木はどうなったんだよ。教えろ風見。教えろよ!
こんな中途半端なままで終わりなのか?バカな!楽しくなるのはこれからなんだろ!
怒りにまかせて壁を蹴る。誰かを殴りたかったが弟はまだ帰ってなかった。
イライラは溜まるばかりで発散すらできない。歯ぎしりの音が頭に響く。
これで終いなんて認めねぇ。俺は、認めねぇ。認めねぇぞ。
弟は、そのまま帰ってこなかった。
第八週 「連結」
2月7日(月) 晴
弟の意識は回復していた。頭の方はもう大丈夫らしかった。
ただ、階段から変な角度で転んでしまった為に、足の骨を折ったようだ。
今はギブス姿でベットに寝そべってる。ひ弱なヤツだ。
女の人に声をかけられたらしい。相手から「ロムマニアさん?」と言ってきたそうだ。
素直に頷いた。俺が「ロムマニアと名乗れ」と言ったからだ。
「とりあえず、どっかで落ち着きましょう」と言って女は歩き始めた。
わけがわからないけどとりあえず着いて行くしかないのか、と思って後を追った。
改札前の階段を下りようとした時、突然誰かに強く押された。
受け身も取れないまま転げ落ちる。頭を強く打ち、足も変な形に曲がった。
そのまま意識不明。今日の朝方まで目が覚めなかった。
弟の話、は何の足しにもならなかった。
ホント使えないヤツだ。女は知らない人だと言うし、誰に押されたのかもわからない。
足をギブス越しにブっ叩いておいた。苦悶の表情を浮かべながら喜んでいた。
「希望の世界」の掲示板にROMマニアを登場させた。
「てめぇ風見。俺の弟が怪我したぞ。あの女は誰だ。お前、あの女を知ってるのか?グルなのか?
しかもあのメモにあったページ行けねぇ。どうゆう事だ。
お前一人の仕業じゃないんだろ?お前等何がしてぇんだ。sakkyが風見ってってってどうゆう事だ!」
キーボードを叩くのに異様に力が入った。ナメやがって。
お前等、絶対潰してヤル。
2月8日(火) 雪
「希望の世界」の掲示板にまた「a」で埋まり始めた。
だが今日は少し違う。風見の反応が早く見たくて、夜を待たずにネットに繋いでた。
掲示板の「a」は連続投稿だ。今日のいつ頃から始めたのか確かめてやろうと
ページを遡っていくと、「a」に挟まれて一つだけマトモな発言があった。
それがまた、実によくわからない。
ごめんなさい 投稿者:ボレロ 投稿日:02月08日(火)15時58分46秒
sakkyごめんなさい
カノンごめんなさい
もう二度と勝手な真似はしません
もう二度と逃がしません
僕反省してます
お願いします許して下さい
本当にごめんなさい
更新ボタンを押したらまた「a」が増えて、「ボレロ」の発言は流れていった。
誰だコイツは。これまでROMってきた中でもこんなヤツは知らない。
俺の発言は「a」で流されてしまってるが・・・・・・それを受けての発言なのか?
風見や、弟を突き飛ばしたヤツや、例の女。こいつらと関係有るのか?
「ボレロ」は謝ってる。何に?sakkyと、「カノン」ってヤツに対してだ。何だこれは。
「なぁ風見。ボレロって誰だよ」
そう書き込んで置いた。益々意味不明なことが増えていく。
しかし俺の発言も明日になれば「a」で流されてしまうのか・・・・
そこまで考えると俺はキーボードをブッ叩いた。畜生。そうゆう事か!
「a」はただ単に狂ってるだけだと思ってた。違う。これは、そうじゃない。
発言を流してやがるんだ。今日はたまたま「ボレロ」の発言を見れたが、いつもなら見れない。
流されていまうから。「a」に。やられた!俺に、他の奴の発言を見せないつもりだったんだ。
風見がsakkyを騙って会話した時は何も流れなかったが・・・間違いない。「a」は風見だ。
都合の悪い発言は流し、俺に見てもらう時は流さない。そうだろ?
弟がいないから誰も殴れない。拳に力を込めるだけで、怒りは溜まるばかりだ。
不愉快極まりねぇ。
2月9日(水) 曇
掲示板を張ってると「a」の合間にsakkyが書き込んできた。
「ROMマニアさんメール頂戴!HPの方からお願い」
すぐに「a」の中に埋もれていった。
なんだよ風見。お前、自分の発言流して楽しいか?まったく意味不明なヤツだ。
あの発言も俺が見なかったら意味無いじゃねぇかよ。
しかもあの発言の意味は・・?
風見。あのまま消えたかと思ったら、メールを欲しがるとはな。
ご要望通り、「希望の世界」HPに記載されてるメアドから送ってやった。
「何がメールくれだこの野郎。自分から消えたクセによ。風見、お前は何がしたいんだ?
杉崎はお前が殺したのか?荒木もお前が燃やしたのか?もしや、奥田もお前が?
答えろ。ウチの学校に恨みでもあんのかよ。てめぇは、何を、望んでるんだ。」
書くメールにも力がこもった。昔の事を思い出していた。
殴りたい衝動に駆られたが、弟はまだ入院中だ。
杉崎も死んだ。荒木も燃やされた。奥田も死んだ。虫は・・・自殺か。
奴等の死は全て風見に絡んでるのか?いやそんな事はどうでもいい。
今一番頭にキテるのはそんな事じゃない。
何がどうなってるのか考えるのはもうやめた。荒木にしろ黒装束にしろボレロにしろ頭が痛くなるだけだ。
そんな事より、今はもっと重大な問題があるんだ。
日が経つごとに、この重みは増してくる。我慢できずに壁を殴る。堅い感触。
ドアを蹴っても同じだ。畜生。何を蹴り、何を殴っても、奴等は声を上げない。
許せねぇ。「希望の世界」に巻き込まれたおかげで、風見のせいで、これは風見のせいだ。
俺の玩具を、返せ。
頭を打ったせいで、そんな簡単には退院できないらしい。
家になきゃ困るんだよ。殴りたいときになきゃ困るんだよ。荒木の夢だって好きな時に見れるワケじゃねぇんだ。
俺の快楽を奪いやがって。虫はイイ声で鳴いてくれた。荒木の目もイイ。渡部は意外とツマラナかった。
あいつらは次々と俺から消えていった。玩具をくれる奥田もいない。
そこで辿り着いた、最高の作品。こんなに身近にあったなんて。
それが、今、無い。風見のせいで。許せない。許せねぇ。
許せネェ。
2月10日(木) 晴
メールの返信は1行だけだった。
「明日の昼11時に学校のパソコンルームにて」
なんだそりゃ。お前、明日は休日だろ。
と思ったが、むしろ風見にとってはそっちの方が都合がいいんだろう。
ウチの学校は休日でもパソコンルームは解放してるしな。
平日だったら制服着てなきゃ怪しまれるし、仮に着てても風見のあの顔じゃすぐバレるだろう。
そうなると、休日ってのはイイ選択だな。
学習がなんたらとか大層な名目つけてあの教室あけているが、たまにパソコン持ってないヤツが
暇つぶしに来るくらいだ。人目は、圧倒的に少ない。明日は俺等だけってのもあり得る。
「いいだろう。行ってやる」
それだけ書いて送っておいた。
掲示板の「a」を見てるとまたイライラしてきた。とうとう我慢できず、夕方だったが弟の見舞いに行った。
面会はなんとか(身内ってことで無理矢理)できた。だが弟のその姿に驚いた。
あいつ、勉強してやがった。聞くと「3月の受験まであんま日が無いから」とかぬかしやがった。
ギブスはまだ取れネェらしい。しかも頭の検査まである。
ここで勉強しなきゃダメって事か。よくやるぜ。俺も受験生なんだぜ?
それを言うと「兄貴は浪人するつもりなんでしょ?」と返してきた。
もちろんさ。だから、風見なんかの相手をしてられるのさ。
「ねぇ兄貴」と話しかけてきた。ナンだ、と答えた。
「俺を突き落としたのってさぁ。やっぱ風見なの?」
そうだ。風見がお前を突き落としたんだよ。そう答えると、弟は「なんで・・・」と呟いた。
俺は言ってやった。「お前、アイツに嫌われてるんだよ。」
顔を歪めて喜んでいた。思わず撫でたくなったが我慢した。
ここは我慢。明日の風見の為に取っておこう。風見、思う存分撫でてやるさ。
お前が新しい玩具になるのも、悪くない。
2月11日(金) 曇
約束通りの時間に学校に行った。
予想通り人気が少ない。勝手に入るにしても守衛室の前で学生証を見せないと入れてくれない。
・・・この時点で、俺は何か勘違いしてる事に気がついた。
そうだ。ウチは学校休みの日は学生証見せなきゃ入れないんだった。
・・・てことは、風見はアウトだよな。どう考えても。
じゃあ、誰が来るんだ?
パソコンルームに入ると誰もいなかった。
1台だけ起動してるパソコンがあった。近づいてみる。ため息が出た。
「希望の世界」が表示されている・・・・。
間違いない。sakkyは、もう来ている。が、見あたらない。
誰もいない教室に鈍い光を放つパソコン。それに近づく俺の足音が妙に響いた気がした。
パソコンの前に座る。これは・・・「希望の世界」の掲示板か。
マウスを握って何か操作しようとすると、掲示板に書かれてる文字が目に入った。
新たに1行だけ投稿されてる。投稿者は、「sakky」
「待ってましたよ」
体中に緊張が走った。来てる事はわかってるつもりなのに、こうして文字だけ書かれると・・。
嫌な気分だ。マウスをデスクに叩きつける。畜生。誰なんだよ。
叫ぼうと思った瞬間、背後でカーテンが擦れる音が聞こえた。
振り向くより早く、そいつは声を上げた。
「なんで・・・川口君が・・・」
俺は振り向いた。カーテンの影から出てきたそいつは・・。思わずそいつの名前を口に出してしまった。
「渡部!」
俺も戸惑っていたが、渡部も戸惑っていた。お互い想像もしなかった相手が出てきた。
虫の呪いを急に思い出した。渡部も、あの呪いを受ける可能性のある人間だ。
渡部が、sakky。これが意味する事は何だ?
「じゃぁあのROMマニアは・・・弟って・・・川口君の弟だったの?」
頷いた。そしてこの言葉で理解した。弟と一緒にいた女は・・・渡部だ。
「俺が本当のROMマニアだ。弟はあの場に立たせただけで、俺は別の場所に居た。」
「別の場所って・・?」
「風見ってヤツと一緒だった。俺は・・・そいつがsakkyだと思ってた・・・。」
「風見君が・・・なんであの子が・・・。」
「あいつの事、知ってるのか?」
「一応ね。あ、でもある意味風見君がsakkyってのは合ってるよ。私と風見君が、sakkyとなる権利を持ってる。」
「なんだよそりゃ」
「そんな事より・・・」
渡部はキっと俺を睨んだ。虐められてた頃の目じゃない。もっと・・・良い目になってる。
「なんで、川口君が『希望の世界』に関わってるの?」
そこから俺達は、実に長い話をした。
正直、今でもあまりうまく整理できてない。
渡部とは協力することになった。だが俺は見逃さなかった。
あいつ、俺と話してる時ずっと震えてやがった。俺の話、信じてないのか?
違うな。あの震えはもっとこう・・・思い出した。渡部が虐められてた頃、よく見た震えだ。
そうか。気張ってはいたが、本当は怖かったんだ。得体の知れないROMマニア。急に出てきた俺。
平然受け止められる方がおかしい。
怖いのに平然を装っていた渡部・・・。おおおお。
掲示板には新たに書き込みが加わっていた。
もう「a」は無かった。代わりにあったのは・・・例の「ボレロ」のカキコで見た名前の奴だ。
仕方ない 投稿者:カノン 投稿日:02月11日(金)15時12分38秒
学校じゃ手は出せないですね。
これが、俺達の敵か。渡部も俺も、こいつらに翻弄されている。
渡部曰く「もうワケがわからない」。俺もワケガワカラナイ。
ただ、最近奴等の姿が見えてきた。書き込みしにろ。オフ会にしろ・・。
オナと同じだ。溜めれば溜めるほど、快楽は増していく。
ああ、早く奴等にあいたい。
2月12日(土) 曇
その電話は夕方に来た。
電話を取るのはいつも弟の仕事だ。親は両方とも夜まで帰ってこない。
弟がいない今、俺が取るしかなかった。煩わしい。
ほっとくといつまでも鳴っていた。仕方ないので、観念して受話器を取った。
「もしもし」
その声を聞いて、受話器を持つ手に力が入った。
この声は忘れようがなかった。耳に残り、いつまでも消えなかったあの声だ。
「風見か」
相手は少し間を置いてから答えてきた。
「・・・・風見です。よく分かりましたね」
お前の声は忘れネェさ。俺も、お前と話がしたかった。切るなよ。
「切りませんよ。僕も川口さんに聞きたいことがあって電話したんですから。」
イイ度胸だ。で、何の用だ。
「・・・・・首尾は、どうでした?」
何もかもお見通しってワケか。けど・・・無駄だ。俺達はもう、会っちまったんだから。
渡部と会ったぜ。そう言ってやった。
「やっぱり。で、何処まで知ったんですか?」
フン。そいつは言えネェなぁ。
しばらく沈黙が続いた。受話器越しに風見のため息が聞こえてきた。
「こっちは大失敗です。まさか、弟さんを・・・あいつを、あの場に置いておくなんて。・・・予測できませんでした」
そうか。良かったな。アレは俺の気まぐれでね・・・。で、成功するとどうなったんだ?
「あのまま終わりですよ。適当なアドレスを残して、謎だらけのままサヨウナラ。」
それも弟のおかげで失敗に終わったんだな。
「そうです。ROMマニアは、ちゃんとこっちで用意して置いたのに。先を越されてしまいましたよ。」
これを聞いて、ボレロの「ごめんなさい」を思い出した。そして「勝手な真似をして」、だ。
一瞬のウチに頭をフル回転させて、そこら辺の辻褄を合わせてみた。
「まさか、弟を突き飛ばしたのは『ボレロ』か!?」
「ご名答」
即答だった。「みんなからひんしゅく買ってたでしょ?ちゃんと決めてあったターゲットをやれば良かったのに・・・」
「荒木の次は、渡部ってワケか。放火は成功したのになぁ。」
舌打ちが聞こえた。長い沈黙があった。
「やっぱり・・・全面対決しかないか・・・」
俺はしばらく無言だった。そして一言、やってやんぜ、と言った。
風見は決めたようだ。気配でわかった。
「わかりました。では、僕達の存在を教えましょう。今から言いますからメモして下さい。」
そのアドレスをすぐにメモった。このページに、俺達の敵がいる・・。
「以前、『僕がsakkyだ』と言いましたよね。そこに行けばその意味もわかりますよ。」
ちょっと間を置いてから、続けた。
「僕はそこで、sakkyとしてお待ちしてます。どんな風に戦いを挑んでくるのか楽しみですよ・・・」
ここで、電話は切られた。
メモったアドレス、今度はちゃんと有効だった。
そこに、sakkyと、奴等が居た。
・・・・・「sakkyを守る会」
2月13日(日) 塵
病院で弟は相変わらず勉強をしていた。
その姿を見ると俺も受験生であったコトを思い出す。もう、どうでもイイ事だ。
受験の頃には退院できるかもしれないと喜んでいた。
持ち込んでる教科書を一つ取り上げて読んでみた。色々線が引いてある。
駄目だな。お前はそんな事で喜んじゃいけない。
お前にはもっと楽しい事があるだろ?
読んでる教科書を取り上げ、ビリビリと破いた。
涙を流して喜んでくれた。
ギブスを叩く。イイ声で鳴く。そうだ。これだよ。この声が聞きたかったんだ。
しばらくお前の相手をしてやれない。今日は一応の聞き納めだ。
今度からは風見に鳴いてもらう事にする。今はまだ捕まえてないが、いずれ必ず、鳴かせる。
それまでは溜めることにした。その方が、なぁ?
我慢し続けて、やっと辿り着いて聞く悲鳴。・・・震えるぜ。
弟の鳴き声も名残惜しく、まだしばらく叩いてた。
するといきなり横から声がかかってきた。
「ちょっとアンタ」
隣のババアだった。弟の隣のベットにいるガキの母親だろう。
何ですか、と答えた。
「病人虐めてんじゃないわよ。その子、嫌がってるじゃない。」
何を言ってるんだ。失礼な。こいつはこんなに喜んでるじゃないか。
別に虐めてないですよ、言ってやった。
「虐めてるじゃない!泣いちゃってまぁ、かわいそうにねぇ。」
泣いて喜んでるんだろ?何でそれがわからない。
虐めてなんかないよなぁ?と弟に聞いた。
笑顔でコクっと頷いた。ほら見ろ。こいつも、嬉しいんだよ。
「脅しながら言ったって・・・・。アナタもそんな、無理に笑わなくていいのよ?」
いいんです、と弟は答えた。そうさ。いつもやってる事だもんなぁ。
お前はいつも、俺の言うことを聞いてくれる。俺の機嫌を取ってくれる。俺の好意に、答えてくれる。
お互い楽しんでるんだ。何の問題もナイ。問題、ナシだ。
ババアはまだ何か言いたそうだったので椅子を蹴り上げてみた。
何も言わなくなった。
「sakkyを守る会」
改めて見たところ、sakkyが中心となってメンバーが囲ってる、みたいな感じだった。
メンバーは、カノン。ボレロ。ラカンパネラ。ワルキューレ。エア。トロイメライ。
・・・こんなに居たのか。こいつら全員、ROMってやがった。
以前風見は「ROMは最後までROMるべきだ」と言ってたな。
その通りだった。カキコをしちゃいけない。存在を、知らせてはいけない。
こいつらは最後まで隠し通した。そのおかげで、俺達はワケがわからずあたふたしてただけだった。
けどな。もう隠し通せないぜ。お前等の守ってる「sakky」が俺を招待してくれたんだ。
哀れな奴等め。「希望の世界」の「sakky」は渡部。「sakkyを守る会」の「sakky」は風見。
それも気付かすに、健気に守ってやがる。
「希望の世界」には幾つかの鎖が絡まってる。「sakkyを守る会」に伸びていたり、虫の呪いにも・・・。
それらが全て繋った。俺と渡部が連結し、「希望の世界」と「sakkyを守る会」にも連結した。
もう、外れない。外さない。
さて、俺はまたROMに戻るとするか。
存在を消して、忍び寄らなきゃな。会員の奴等は俺の存在は知るだろうが、姿を知らない。
これがROMの醍醐味だ。ツラが割れてなきゃ、やりようはいくらでもある。
風見は恐らく俺が来る事を会員に伝えるだろう。
「希望の世界」はどう見るか。そこからまず考え直さなきゃな。
騙し合いが始まる。これからは、何も信じられなくなる。
全て壊す。せめて、イイ声で、鳴いてクレ。
宣戦布告をしてやろう。「希望の世界」の掲示板に。ROMってる会員共。しっかり見とけ。
これを書き込んだらROMに復帰だ。
「おまえら、皆殺しな。」
ROMマニアで書こうとしたが、少し面白い名前を思いついた。
お前もこーゆーの好きだったよな?人を、陥れるのが。俺が、代わりにやってやるよ。
その名前で書き込んだ。
ハンドルネーム、ROMマニア改め・・・・・・・
「奥田の遺志を継ぐモノ」
- 第2章 「鎖」 オレの日記 - 完
第3章 「塊」 ボクの日記 あいつら、何者だったんだろう。
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第九週 「下僕」
2月14日(月) バレンタイン
sakkyがチョコレートをくれた!記念に日記つけちゃお。
「ボレロさん。失敗しても気にしないでね」だって!ウゥゥゥゥゥ!!
画像もハート型チョコだし。良かった。これで今年は安泰だよー。
ちょっと重いメールだったけど、それだけの価値はあったね。
偽sakky抹殺計画で、ボクは大役をもらったのに失敗しちゃって・・・。
それで嫌われちゃったかと思ってたけど、大丈夫だった。
やっぱハクの方法教えてあげたのがポイント高かったみたい。
カノンやワルキューレに負けてられないよ。
「希望の世界」には「奥田の遺志を継ぐモノ」なんて変なヤツがきてたな。うざッ!
大丈夫だよsakky。ボクが守ってあげるから。何があってもね。
ずぅっと。ボクの愛は変わらないヨ。
2月15日(火) 寒〜
さってと、昨日はチョコもらって浮かれたけど、今はそんな喜んでいられる場合でもないんだよね。
偽sakkyを取り逃がして以来次の作戦がなかなか決まらない。
ラカンパネラとかは家を攻めろとか無茶言うし。sakkyはカゲキなのは嫌いだってのにわかってないね。
やっぱ年期浅い奴等はダメだよ。ボクの様に1年以上追っかけやってないとね。
えんどうまめって名乗ってやれないのが悔しいな。けどsakkyに名付けてもらった「ボレロ」も好き。
意味わかんないけど響きがイイ。さすがsakky素敵なセンスしてる。ホンモノも絶対素敵だ。
ワタベなんてあの女は全然sakkyのイメージじゃない。あんなんが偽sakkyなんて許せない。
あー。ちゃんとヤッとけば良かったー。
2月16日(水) 雪気味
今度ラカンパネラが東京に来る用があるから横浜にも寄るかもとか言ってる。
で、「sakkyも会えたら会おう♪」なんて抜かしてやがる!!!
僕にだってまだ会ってくれないのに許せない。
ラカンパネラもエアもトロイメライも作戦係とかイイながら何もしてないじゃないか。
トロイメライちゃんの「sakky姉様ついてきます」には萌えるけどね♪
結局神奈川勢の僕らが実行部隊になるしかないんだ。
僕とカノンとワルキューレ。はっきり言って仕事してるの僕たちだけ。
sakky、あんなのに会っちゃダメだよ。心配だからメール送っちゃった。
「sakky、僕には会ってくれないの?」
ホントなんで会ってくれないんだよぅ。
2月17日(木) 晴れ〜
「会ってもイイケド・・みんなと争わない自信、ある?」これがsakkyの返事。
何度も言われる事だけどやっぱ自信ナイ・・・。
少なくともワルキューレよりは僕の方がカッコイイけどsakkyがカノンみたいなキザったらしいの好きだったら
あんな遊び人っぽいヤツにsakkyが騙されちゃいけないからちゃんと目を覚ましてあげないと。
sakkyも僕の事好きなくせに奥手なコだから僕の方からいってあげないとダメなんだよね。
そしたらやっぱカノンだけでもどうにかしなきゃいけないから争うことになるかもしれなくて・・・。
まだ会えないじゃん。
でも今日はそのカノンからメールが来たよ。
「明日緊急集会を決行します。議題はラカンパネラについてです。来られそうですか?」
すぐにオッケーの返事を書いた。カノンもすぐにレスしてくれた。
なんだろう。ラカンパネラがsakkyに会おうとするのは気にくわないからヤッちゃおう♪て話かな。
そうだといいな。違ったら一人でやろ。
2月18日(金) くもり♪
前の「決起会」と同じジョナサンでの集会。
カノンは相変わらず若者作りしてた。サングラスと変な帽子が気にくわないー。
ワルキューレみたいなブサイク少年は眼中ナシ。絶対sakkyの好みじゃない。
でも話の内容は良かった。やっぱりみんなもラカンパネラの事が嫌いだったみたい。
ブサイク君は「あんな何もしてないヤツがsakkyに会おうとするなんて許せないッス」と粋がってた。
カノンの「じゃ、やっちゃいましょう」の一言で即決定。
二人の話聞いてると僕も盛り上がってきちゃった。「やろうやろう」って超やる気になっちゃった。
またカノンが計画を立てる事になった。ラカソが詳しい言ってくるまでとりあえずはおあずけ。
解散直後カノンにそっと言ってみた。
「またオイシイ役をお願いね」
ちょこっと笑って「名誉挽回ですか?ご安心を。イイ役あげますよ。」って答えた。
あいつ僕が偽sakky仕留めずに偽ROMマニアの方をやっちゃった事を気にしてると思ってやがる。
・・・・・・・・・・・・鋭いヤツだなぁ。
守る会掲示板にsakkyの書き込みがあった。
「ラカンパネラさんこっち来るんですか?是非お会いしたいです。詳しい日程決まったら教えて下さいね♪」
やっぱラカソは消さなきゃダメだと思った。
2月19日(土) はれ
ラカソをやるのはどうやるんだろう?
偽sakkyの時みたく「先取り」するのかな?僕がROMマニアって名乗って先に偽sakkyと接触する。
けどあれはもう一人の偽ROMマニアに先越されて失敗しちゃったしなぁ。
まぁいいや。カノンに任せておこっと。
今日もいつもの仕事をしなくちゃね。希望の世界掲示板の浄化。「a」をたーんと打ち込んでっと。
sakky直々のお願いだから断れないさ。偽sakkyとか最近じゃ奥田の遺志を継ぐモノとかに汚されちゃったから。
本当のsakkyが発言する時は浄化はしない。タイミングはsakkyがメールで直接知らせてくれる。
あー。sakkyを守る会が立ち上がった時の事思い出すな・・・。
12月の終わりごろだったかな。サキちゃんが会ってくれないから放置プレイしてた時だ。
サキちゃんも我慢できなくなったみたいで直接メール送ってきてくれた。
「えんどうまめさん、助けて下さい」とか言っちゃって!!
んーでも助けを求めたのが僕だけじゃなかったのが残念だったな。
守る会メンバーはそれぞれsakkyから名前をもらってる。僕の「ボレロ」はすぐに気に入っちゃった。
みんな力を合わせてsakkyを守る。sakkyも誰か一人を選ばずにみんな平等に愛する。
ウゥゥゥウウそれが何でラカソだけ特別に「会いたい」なんて言うのさぁあぁぁぁぁあ!!
sakkyがそんな事言うからラカソも調子乗って「俺、sakkyのハートGETしたっぽい♪」なんて腐った発言をぉぉ!!
うん。やっぱヤんなきゃダメだね。
2月20日(日) あめ・・・
荒らしだ。これは荒らし以外何者でもない。
守る会掲示板が「a」で埋め尽くされてる・・・・・・・・。
僕じゃない。僕は汚された「希望の世界」掲示板の浄化しかしてない。
ココは汚れてないのに。誰が。なんで。なんでだよぅ。
何時間も途方に暮れてると、電話がかかってきた。カノンだった。
「見ましたか?」といつも冷静なカノンも焦ってた。
僕も焦ってとにかく僕じゃない事だけは説明しておいた。浄化は僕の役目だけど、守る会には・・・
カノンが「わかってます」と遮った。
「やったのは、奥田の遺志を継ぐモノとか偽sakkyとか、希望の世界を汚してる奴等です。間違い有りません。」
嘘そんなまさかなんで??あいつらは「sakkyを守る会」のアドレスは知らないはずでしょ??
僕が捲し立てると電話の向こうで深いため息が聞こえてちょっと間があって悔しそうなカノンの声が聞こえた。
「僕らの中で、裏切ったヤツがいるんですよ。アドレスを売ったヤツが。」
そうなの????じゃ誰が???誰が裏切ったの???
「それはまだ、わかりません。けどこれで・・・奴等と本格的に闘わなくてはならなくなりました。
僕は裏切りモノを探すので、ボレロさんは奴等の相手をお願いします。」
もちろんオッケーだよ。お互いガンバローね。
とりあえず僕がやったワケじゃないコトは納得してくれたから良かった。
僕がボレロとして招待された時にはもうカノンもワルキューレもエアもトロイメライちゃんも居た。
こいつらのコト何も知らないからカノンに任せておいた方がイイね。
にしても、誰かが、裏切った。許せない。僕たちを侮辱してる。サキちゃんを侮辱してる。
これは制裁を加えるべきだ。
「a」の中にsakkyの発言を見つけた。「これどうなってるんですか??なんか、怖い・・・」
大丈夫大丈夫ダイジョブだよサキちゃんんん。僕が守ってあげるからねぇぇぇぇ。
台所から聖剣を持ってきた。サキちゃんに頼まれてタケシをヤった時に使った正義の包丁。
鎧と兜も装着した。レモンクラブの鎧。ズボンに何冊もレモンクラブを差し込んだ。
防災ずきんの兜。小学校の頃から使ってるから僕の気が何年にも渡って込められてる。
ドラクエみたいにおナベのフタも装備した。剣と盾を構えてみる。
おおおお。カッッッコイイィーーー!!ボクボクボクボク、サキちゃんを守る正義のナイトだぁ!!!
さぁ来い。サキちゃんを汚そうとする敵たちよ!
僕が成敗してくれるっっっ!!!
第十週 「道化」
2月21日(月) くもりぃ
勇者ボレロの旅が始まった。
パトリシア号に乗って町に繰り出してきた。キシキシいってたから今度油を差しておこう。
忌まわしき横浜まで行ってみた。過去2回も計画が失敗した場所だ。
三木抹殺計画はギリギリになって計画中止になった。カノンから突然待機要請が来た。
ニセsakky抹殺計画はニセROMマニアの登場で失敗した。浄化の途中でさりげなく謝っておいたからいっか。
一通り見回りをしたけど特に新たな情報は無かったな。
守る会掲示板に、とうとう敵が姿を現した。「奥田の遺志を継ぐモノ」が来た。
「よう。お前等sakkyに騙されてるぜ。」
もちろん誰も信じない。けどみんな大慌てしてたな。
トロイメライちゃんは「え?あ、どうやってココ知ったんですか??」と驚いてた。
ワルキューレなんか「ヤバイいんじゃないスか?コレ。どうにかしなきゃマズイッスよ!」ってほざいてる。
そしてsakkyも「なんでそんな嘘付くんですか!アナタ誰なんですか!」と怒ってた。
ボクは「大丈夫だよ、sakky。ボクが守ってあげるから・・・。」と言っておいた。
勇者ボレロ、推参!!
2月22日(火) はれ!
騎士はボクだけでいいのに!!
ラカソまで「僕が守ってあげる」発言してやがる!!!
敵はボクが倒すんだ!邪魔するなよおぉおぉうううう!!!
こいつはことごとくボクとsakkyの愛の邪魔をする。何様のつもりだ。
「奥田を遺志を継ぐモノ」がまた「sakkyは男だ」と酷い嘘ついてる。
sakkyはイワモトサキちゃんだっつーーの!!!どう見ても女の名前だろぉぉぉぉx!!!
ヤツもハクしてやろうかと思ったけどサキちゃんに「もうハッキングなんて危険な真似はしないでね」と言われてるから・・・。
サキ。俺はお前の言うことなら何でも聞いてやるさ。
お前も俺が危険な目に会うのは嫌なんだろ?仕方ないヤツめ。
ウフーーーーーーーー!!!!
2月23日(水) あめ気味
ふう。今日はラカソとチャットで熱いバトルを繰り広げてしまった。
もう守る会から希望の世界へは解禁されたから、思う存分やりあった。
「sakkyはボクが守るんだ!彼女を想う気持ちは誰にも負けない!」「俺だって負けないさ!」
「フ。このままじゃラチがアカナイな。どっちがsakkyのナイトの資格があるか、決闘で勝負をつけようじゃないか!」
「望むところだ!」「いくぜ!おりゃぁ!」「カシャンッそんなんじゃ効かないぜ!くらえ!ビュン」「バシ!なかなかやるな!」・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結局、勝負をつける事はできなかった。
ボクはどうもラカソを勘違いしていたかもしれない。あいつのsakkyに対する想い、本気だ。体で感じ取った。
でもボクだって本気だ。負けるワケにはいかない!!絶対に!!
フフ。もしかしたらあいつ、これから良い好敵手になるかもしれないな。
サキ。ちゃんと見てるんだぞ?これが誇り高き男達の、ホンモノの決闘だ・・・。
くううううう!!!カッコ良すぎ!!!!
2月24日(木) は・れ
僕らの聖戦をヤツが汚しやがった!奥田なんたらめ、許サン!!
「昨日のチャット・・・・。お前等、バカだろ。」だとほざきやがる!!!
この発言はみんな許さなかった。
ワルキューレが「バカとは何ですか!!僕たちのsakkyさんに対する誠意がわからないんですか!!??」
トロイメライちゃんが「sakky姉様を守るのは私達の使命です。ボレロさんとラカンパネラさんの闘いもその現れで・・」
そしてあのラカソもまでも「俺達の誇り高い決闘を汚すなんて許せネェ!!」と怒ってる。
sakkyだって「二人とも・・・私の為に争わないで。けど・・・・・・・・嬉しいです。」
そうそうそうそうそれでこそ闘った甲斐があるってモンだよねぇぇぇぇ!!!
みんなもちゃんと分かってる!!僕たちは、真剣なんだ!!
奥田なんて野郎はダメだね。バカって言うヤツがバカなんだよ。
ま、しょせんバカには誇り高き闘いなんて到底理解できないだろうけどね☆
カワイソウな奴だ・・・・。
ボクも止めにカキコしておいた。
「みんな!バカの相手する事ないサ!安心しな。sakkyだけじゃなく、みんなもボクが守ってアゲル!
ボクはもう最強装備だからね。どんな敵が来てもへっちゃらサ!!
聖剣・エクスカリバーの攻撃力は最高値!既に一人立証済みサ!
防災頭巾の兜はボクの魂が込もってる!かぶるだけで体力回復!
レモンクラブの鎧なんか防御力レベル特A!!!10冊は軽く仕込んであるヨ!!
そしてそして、盾は「お鍋のフタ」。ドラクエをナメちゃダメだねー。コレがまた結構使えるゾ!!
奥田、いつでも俺が相手してやるぜ!!返り討ちにしてくれる!!!
勇者ボレロに、死角ナシ!!!!!」
あーもうなんてイイセリフなんだろ。自分で書いてて震えちゃったよ。
参ったな・・・。これでまたサキが惚れ直しちまうゼ。
てへっ☆
2月25日(金) くもリ
始めはワルキューレだった。
「レモンクラブってエロ本ですよね?それに防災頭巾って・・・。やべ。俺、なんか引いちゃいました。
いくらなんでもそりゃ・・・ねぇ。ラカンパネラさんもそんな格好してるんですか?」
すぐ次にトロイメライちゃん。
「あの・・・ボレロさん。それ本気で言ってるんですか?だとしたらちょっと・・・・怖いです・・・・。」
そして・・・サキ。
「ヤダ・・・ちょっとこの人達・・・・気持ち悪い・・・」
あのラカソはあっけなく裏切った。
「おいおい待ってくれよ。俺を一緒にしないでくれって。そこまで変態じゃない!!!
エロ本身にまとうなんて俺にはできないよ。ってゆーかさ。ボレロお前、ちょっとおかしいよ。」
それから幾つか似た内容のカキコが続いた。
その中に紛れて「奥田の遺志を継ぐモノ」の発言があった。
「死角ナシか。資格ナシの間違いだろ?」
みんな大笑いしてた。
敵ながらあっぱれとか。ちょっとアレは勘違いしてるよねとか。だからオタはダメだとか・・・・
鏡に向かって自分の格好を確認してみた。
聖剣で盾をカンカン叩いてみた。やっぱりお鍋のフタは堅くて強い。
完全装備。ポーズを取ってみた。カッコイイ。カッコイイ、けど
急に全部嫌になった。
防災頭巾を放り投げてレモンクラブもドサドサと落とした。
本がたくさん入るようにわざわざ大きめのズボンを買ってある。
レモンクラブを全部抜くとブカブカになって超緩い使えないズボンになっちゃった。
そう思うとなんでか知らないけど涙が出てきた。
ドバドバ出てきて口に入ってしょっぱかったりした。
防災頭巾で拭ってもお鍋のフタを構えても聖剣をかざしても泣きやんでくれない。
・・・・オナカイタイ
2月26日(土) くもりん
どうも泣き疲れてそのまま寝ちゃってたっぽい。
ケータイちゃんが鳴ってるのにしばらく気付かなかった。
ハっと目が覚めて急いで取ったらカノンだった。
頭がボーとしてて何言ってるのか最初理解できなかったけど
耳が慣れてきたら何を言ってるのか分かって急に目が覚めた。
「裏切りモノが分かりましたよ!」
裏切りモノが???ホント??誰??誰??誰???
カノンはすぐに答えてくれた。
「あのラカンパネラですよ!!」
ラカソ・・・・昨日あいつに裏切られてみんなにもなんか言われちゃって僕は泣いちゃって・・・
つまり。え。どうゆうこと?ラカソには昨日裏切られたけど裏切りモノの話は前からあって
頭の中で色んなコトがくるくる回ってうまく整理しようとしてたらカノンの声が耳に入ってきた。
「大丈夫。落ち着いて、私の話を聞いて下さい。」
この言葉で僕は妙に落ち着いた。なんでこんな落ち着くんだろ。
「まず言っておかなきゃいけないコトがあります。」
うんうんと思わず頷いちゃった。
「『奥田の遺志を継ぐモノ』・・・アレは、ラカンパネラの自作自演です。」
ええええええええ!!!???何ソレつまり、え?だからどうゆう・・え?え?え?
「驚くのもありませんね。僕も驚いてるんですから・・・・。何がどうなってるのか説明しますよ。」
電話を持つ手にも力がこもったよ。
「ラカンパネラはsakkyに会いたがってました。僕らを出し抜いて、ね。
その為には僕らよりもsakkyに好印象を与えておく必要があります。
そこで考えついたのが、ナイトになるコトです。敵からsakkyを守る。
方法は簡単ですね。自分で敵を演じ、自分がそれを倒す。それだけでsakkyで喜ばれる・・・。
しかしそこで、思わぬ障害がありました。ボレロさん。アナタですよ。」
ボク??????なんで????いきなりボクの名前が出てきてびっくりした。
「そうです。ナイトの役をアナタが取ってしまったんです。」
だから慌てて計画を変更したんでしょう。とにかくアナタをナイトにさせない事が先決になった。
昨日の掲示板を思い出して下さい。」
言われて思い出してまた涙が出てきた。
ボク・・・・ボク・・・・ちょっと泣き出したらカノンが慰めてくれた。
「大丈夫。アナタは悪くありません。みんなラカンパネラに騙されてるだけですよ。」
そうなの????ボク悪くないの??聞き返したらまたすぐに答えてくれた。
「ええ。絶対アナタは悪くありません。安心していいですよ。
悪いのはラカンパネラ。あいつです。あいつがみんなを煽ってアナタをのけ者にしようとしてるんです。
ラカンパネラこそ、消すべき敵なんです。」
そうだったのか・・・・。みんなあいつに騙されてただけだったのか・・・・。
安心すると同時に急に怒りが込み上げてきた。
じゃ何だ?ボクはラカソのせいでみんなにバカにされたのか?
奴の自作自演に付き合わされたあげくのけ者されたボクは・・踊らされてってコト!?
ムカツク。これはマジでムカツク。許せにゃい。もう怒った。マジ怒った。キレた。
最初から気にくわなかったんだよアイツ。ヤルしかナイ。俺のサキを奪おうなんて1000年はええんだよ!!!
カノンはさらに面白い情報を仕入れてた。
「ラカンパネラも許せませんが・・・・実はあいつに、仲間もいたんですよ。」
仲間???なんだアイツ生意気にも仲間なんざ連れてたのか??
「仲間って言うより・・・どうもお互い出し抜こうとしてたらしいんですけどね。
エア。最近あいつ書き込んでませんよね?その理由、教えてあげましょうか?」
話を聞いてボクはひっくり返りそうになった。
なんだなんだ。まさかそんな風に繋がってたなんて・・・・。
エアとラカソの情報も教えてもらっちゃった。カノンも情報収集はまかせてくれって言ってた。
よし。もう迷うことない。ボレロ様の怒らすと怖いコトを思い知らせてやらなきゃな。
サキ。安心しろ。お前の心も必ず取り戻してやるからな!
ъ( ゚ー^)
2月27日(日) く・も・り
エア。お前もまた手柄を横取りしようとしたんだな・・・。
昨日カノンに教えてもらった病院に行った。エアに今一度制裁を加える為に。
以前行った病院と違って普通の病院だった。そだよね。外科だし。
勝手に入ってっちゃったりしてマズかったかもしれないけど平気だよね。日曜だし。
言われた通りの病室に川口君の名前があった。
部屋の中はカーテンに仕切られてた。入ってすぐのカーテン空けるとベッドに寝てる人がいた。
違う〜。すぐ閉めて次のカーテン開けた。ガキが寝ててオバチャンが付き添ってた。
目があったけど無視してすぐにカーテン閉めた。さて次。
カーテン開けた。ビンゴ!!足にギブス。間違いナイね!
顔は良く覚えてなかったけど言われてみれば確かにこいつだ。この足、ボクが突き落としたからだしね。
生意気にも本を読んでた。よく見るとピカピカの教科書だった。
何コイツ、勉強してんの!!???びっくりしたさ。
エアこと川口正義君。カノンの情報通り、足の骨折って入院中。
カーテン閉めてボクがニコニコしながら立ってるとキョトンとした目で見てきた。
「あ・・・・何でしょう・・・・」だって!!ウフーー!こいつ何も分かってねぇよ!!
でもそーなんだよねー。コイツはボクがボレロだってわかんないんだよねー。
突き落とした時も後ろからだったしー。ま、こいつがボクの手柄横取りしようとしたのが悪いんだけどー。
「エア。『何でしょう』じゃナイだろ?」ってキメてやった。
はぁ?って顔してた。おやおや。トボけようったって無駄だヨン
「お兄さんに言っておいて。ボレロが来たぞって。」
まったく。こいつら兄弟そろって抜け駆け好きなんだから。困っちゃうよなー。
兄のラカンパネラ。弟のエア。バカ兄弟め。お前らことごとくボクの邪魔をする。
カノンには超感謝してるよ。こうして奴等の正体を突き止めてくれたんだから。
最初から知ってたらあの時もっと思いっきり叩いてたんだけどな☆
けど、やっぱりボクの判断は間違ってなかった。偽ROMマニア、エアを叩いたんだから!
さて。じゃ、制裁加えちゃおっかな。
まだトボけてるエアの足を掴んだ。ギブスのついてない方を。
え?って声出してた。あー。声までトボけてるよー。
次の瞬間、何とも言えない嗚咽が聞こえてきてた。
ボクの体重全部乗っけて、足を曲がっちゃイケナイ方向に曲げちゃったから♪
顔は必死に叫ぼうとしてるんだけど、声が出てきてない。
そうそう。骨折った時って呼吸困難になるんだよねー。
安心してたら手が伸びた。ふと見ると、ナースコールのボタンが・・・。
アブナーーイ!!必死になって腕を掴んだ。エアも泣き顔のまま必死で抵抗した。
ヤルしかない!
勇者ボレロの攻撃!ボレロは正券突きを放った!バシュッッ!!
痛恨の一撃!ドンッッッ!!エアに100のダメージ!エアは力尽きた・・・・。
ふー。こんなコトもあろうとワザをマスターしておいて良かったゼ。
毎晩布団向かって修行した甲斐があった。
エアもやっつけたコトだし長居は無用!ちゃっちゃとオサラバナリー。
けどやっぱ一番許せないのはあいつの兄、ラカソだね。
ボクはサキに「自作自演はもうしないでね」って言われて素直に守ってたのに
あいつあっけなく破りやがった。約束破っちゃダメ、絶対!
悪は、滅ぼさねば・・・。
第十一週 「対決」
2月28日(月) \はれ/
ボレロは忍者に転職した。
くさりレモンククラブかたびらを装備した。
防災頭巾に気合いを込めると忍者頭巾に変化した。
聖剣を天にかざした。蛍光灯から聖なる光が放たれた。
光を浴びたエクスカリバーは、妖刀マサムネに変身した。
腰の後ろに隠し盾を装備。何処から見ても完全な忍者になった。
ラカソ抹殺の任務遂行の為に・・・。ボレロ、いざ参る!
ニンニン
2月29日(火) うるうどし〜
ボレロは忍び足を使った!
カノンの情報によりラカソの居場所は割れている(カノン情報サンキュ!)
もちろん隠密行動は夜。真っ暗な闇の中、忍者ボレロは音も立てずに疾走した。
指令を復唱:ラカソこと川口豊の暗殺
今日は作戦の為の密偵。ヤツの家を確認する。
・・・住所通りの場所に川口家。結構いいマンションに住んでやがる。
本日の任務は終了!速やかに撤収。
次回はヤツの顔を確認せねばでゴザル。
守る会掲示板にも希望の世界掲示板にもラカソの書き込みは無かった。
代わりに奥田なんたらが「殺す」と一言だけ書いていた。
ウプ。弟をやっつけられて怒ってるのカナー?
ヤツの言葉にみんな怖がってる。よしよし。もう少し待ってくれな。ヤツは必ず俺が仕留める。
ターゲット、ロック・オン!
3月1日 はれっぽい
困った。川口家付近をいくら張ってても、奴の顔がわからない。
1日中張ってたけどラカソらしき人間は見つからなかった。見かけたのは若いカップルくらい。
どうしようー。これじゃ任務遂行できないじゃないか!
くそう。ヘタに家族と住んでると(しかもマンション!)ターゲットの特定がムズカシイ。
忍者の知恵を駆使して考えるんだ、ボレロ!
チ チ チ チーン
よしオッケー!いい方法思いついたゾ!
困った時のカノン頼み!メールで「ラカソの顔がわからない。調べて欲しい」と送っといた。
フフフ。仲間を駆使するなんて、ボク頭イイな。
カノン。お前はボクの操り人形に過ぎない。しかし悪く思うなよ。
これもすべて、サキの為なんだ。ボクに任された重要な任務。よもや知らないとは言うまいな?
まかせとけって⌒☆
3月2日(木) くもりー
とりあえず隠密行動は続けてる。
けどラカソらしき人物はまだ見かけない。奴はちゃんと家に帰ってるのか?
夜も野球青年が素振りしてたくらいで特に何も無かった。
これじゃ任務遂行できないよ〜。いっそのこと火トンの術でも使おうかなぁ。
けど確かちょっと前にどっかで放火があったとかで騒いでたっけ。
犯人捕まったって聞かないな。コワイコワイ(>_<)
警戒されてたらヤだしやめとこ。忍者の家業は暗殺だしね☆
カノンからはまだメールの返事が来ない。早くしろよ!
お前がちゃんとラカソの画像送ってくれないから任務が遅れてるんだぞぉ!
妖刀マサムネも血を吸いたがっててウズウズしてる。こいつを怒らせると怖いゼ?
なんかカキコも減ってるしー。カノンのせいだよカノンのせい。
ぷんぷん。
3月3日(金) ひなまつりっ
マンションの前で張ってると、夜また野球青年が素振りをし始めた。
爽やかだねー。と思って見てるとなんかモゾモゾしてる。
小石を拾ってたらしい。トスしてバットで打ってた。カン、って軽い音が響いてた。
おおー。良く飛ぶねぇ。感心してしばらく見てた。暇だったし。
何回か打った後、また小石を拾ってた。トスバッティングが再開した。
足の位置とかバットの角度とかを丹念に確かめてる。青春を謳歌する青年の姿に少し感動した。
カン、と軽い音。ガサっとボクの近くで音が聞こえた。ハハハ。見当違いの方向に飛んでら。
また打った。今度はボクの足をかすめてった。危ないゾォ。コントロール悪くなってきてるゾ?
カン。ガシ。ボクの腕に当たった。超イタイ!
てめ、ドコ打ってんだ!危ないじゃねぇか!心の中で叫んだ。
青年は目を細めてボクの方を見てる。小石をトス。バットを引いてぇ。カン!打った!ゴス。当たった!
ボクの手に!
指先に当たると強烈にイタイ。文句を言おうと思った矢先、また小石が飛んできた。
次々に飛んできてはボクに当たる。青年は無表情のままバッティングを続けてる。
っていうかボクを狙ってるジャン!明かにボクを見ながら打ってたぞ!
うわコイツ最低!てめぇ俺様を怒らせたらどうなるか思い知らせてやんよ!
怒りの電波を送ってすぐに帰った。コワイコワイ。変な人に目ぇつけられるのは嫌。
あー酷い目にあった。
家でメールチェック。ゼロ!
カノンちゃんどうしたよ。いつまで俺を待たせる気だよ。早くsakkyを救いたくねぇのか?
けど肝心のsakkyのカキコも今日は無かった。掲示板は昨日と同じ状態。
みんなラカソにビビってカキコしなくなっちゃったのカナ?
川口の画像早く送れっつの!どーせ腐ったデブなんだろ?
てゆーか絶対そうだよなぁ。あんな性格腐ったヤツは油ギッシュに違いない。
カノンー
はーやーくー
3月4日(土) ボレロ英雄記
本当は今日は行きたくなかった。
けど何度もメールチェックしてもカノンから画像は送られてきてない。
仕方ないから地道に隠密行動を続けることにした。
昼間はずっとメールチェックしてたから行くのは夜になった。
流星号にまたがり、ササッと迅速な移動。
1時間ばかりかけて到着!いい汗かいたゼ。
マンションの玄関前へ。ん?いつもの場所に誰かいるぞ?
近づいてみると、例の野球青年だった。けど素振りはしてない。
バットで肩をトーントーンと叩いてる。
闇の中に金属バットがチラチラ光るのがちょっと不気味だった。
変なヤツ。どうしようか。引き返そうかな?
そう考えてると、目が合った。
突然、ヤツは無表情のままこっちに走ってきた。
ん?ん?何でこっち来るの?考えてる間にもどんどん近づいてくる。
バットを振りかぶった。
ドン、という音と同時にお腹に衝撃が走った。
ナナメから振り下ろすカタチで、バットがお腹に当たってる。
僕がウッと声を漏らすと、ヤツは始めて表情を変えた。ニヤリと笑ってる・・・・。
「弟な、アバラ何本かイっちまったてよ。内臓にも影響出たらしい。」
始めて声を聞いた。僕が何か言おうとすると、バットが動くのが見えた。背中に強い衝撃。
膝がガクン、となって四つん這い状態になった。
「中学浪人決定だとさ。」
また背中に衝撃。ボク、バットで殴られてる。何回も何回も殴られた。
「この豚!」ヤツが叫んだ。
「何がsakkyを守る会だよ。ボレロ?笑わせんじゃねぇ!」
何回目かの衝撃で、ボクは思わず声を出してしまった。
カワグチユタカ・・・・・・
「ほう。どうやって調べたんか知らねぇがよく分かったな。俺の本名。」
なんでボクがボレロだって分かった・・・・
ラカソはバットでボクの頭をコツンと突っついた。そして「防災頭巾。」と一言だけ言い放った。
ボクは頭を抱えて縮こまった。体への衝撃が再び始まった。断続的に続いてる。
ああ、意識が遠のいていく。ヤツが何言ってるのか良く聞こえない。何か叫んでるけど・・・
風見はドコだだって?何でカイザー君がいきなり・・・・・ていうかボクヤバイじゃん・・・
ラカソ・・・不覚だった・・・・こんな顔だなんて聞いてないよ・・・・
なんだよこの強さは・・・ああ・・・ボクこのまま死んじゃうのカナ・・・意識が・・・
痛い・・・・・体が・・・・痛い・・・・・イタイ・・・・・・イタイ・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・イ・・・・・・・・・・・・・・タ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・???
あれ??全然痛くないぞ???????
確かに体に衝撃が走る。けど、それだけ。別に痛みは感じない。
ん?ん?これは?これは・・・・・・・・・これは・・・・・・・
これはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
防御力レベル特A・レモンクラブの鎧の効果ではないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
むぅぅぅぅぅぅさすがさすがさすがぁぁぁぁ!!なんか力が沸いてきたゾォォォォォ!!
ボレロ・・・・・ふっかぁぁーーーーーーつ!!!!
シュバッ!
ボレロは立ち上がった!
その拍子にレモンクラブが2,3冊落ちた。そのくらいどうってこと無いサ!
ボク様の復活にラカソは驚いてた。ヤツは構わずバットを振りかぶった。
フッフッフ。甘ぁぁあぁぁい!お前の行動なんか予測済みさ!!
ラカンパネラの攻撃!
ボレロは腰からオナベのフタを取り出した!頭の前で盾を構える!
ガキィイイィイイィィイィィィィンッッッ!!!
ミス!ダメージを受けない!
腕に軽い衝撃がきたけど何てことない。うむ、むしろ心地よい衝撃だ。
ラカソの顔色が変わった。下に落ちたレモンクラブとオナベのフタを交互に眺める。
「お前、まさか本当にそこまで・・・・・」
ウフーーーー!!オナベのフタをバカにしてたのは誰だっけーー???
クソ!と、やけになったラカソが今一度襲いかかってきた。
ラカンパネラの攻撃!ラカンパネラはバットを振り下ろした!
ミス!ボレロはひらり身をかわした!
ボレロの攻撃!ボレロは妖刀マサムネを取り出した
妖しい光がほとばしる!忍者の魂が覚醒した!!
秘技・妖刀乱舞!!!!!!!!
ズバズバズバッ!
ラカンパネラに70のダメージ!!!
だから言ったろ?こいつを怒らせると怖いって・・・。
妖刀マサムネは血を吸って御機嫌なようだ。ん?まだ吸い足りないって?
ラカソはうまくよけて腕を切っただけだった。パックリいっちゃってるけどネ☆
さぁぁて2回連続攻撃しちゃうぞーーー?
マサムネを構えると、腕を押さえたラカソと目が合った。
手から血が溢れ出てる。けどヤツは、傷の部分を見てて痛々しくなるほど強く握っていた。
ガラガラ、とバットを引きずって、血の付いた手で再びバットを構えなおす。
腕の傷の部分を口に持っていった。何をするかと思ったら・・・・
ペロっと舐めた。目、笑ってる・・・・。
おやマサムネ君。もう血は十分だから帰ろうって?
仕方ない。キミがそう言うなら今日の所はこれで勘弁してやろう。
早速流星号を持ってきてまたがった。アディオス!敗者君。今度ヤルときゃもっとレベルアップしてから来いよ?
逃がさねぇ。背後で誰かなんかそう言ったような気がしたけど聞こえない聞こえない。
超特急で帰宅した。
フウ。今日の自分の闘いっぷりを思い返すとホレボレする。
家の近くで原チャが止まる音が聞こえて思わず外に出て確認したけどラカソはいなかった。
で、そうそう。ボクの今日の強さと言ったらホレボレする。
最強装備・・・・強すぎる・・・・・
ボク、無敵?敵なし?最強?
無敵無敵無敵無敵無敵ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!
今日はイイ夢見れそうだゼ。
3月5日(日) あぅ・・
ラカソ。結局止めは差せなかった。
追撃するべきか?フフ。手負いの鼠ほど何をするかわからない。
君子危うきに近寄らずってヤツだね。ボクはそんな無謀なコトはしない。
鎧にも改良を加えてもっと強くしておいた。20%増冊中。
マサムネ片手に近所を警備。ラカソはいないね?いないね?
昨日の「逃がさねぇ」って声が蘇ってくる。コワイコワイコワイコワイコワイコワイ!!!
流星号の速さに付いてこれるとは思えないけど一応ね。
ボクは用心深い方だから。うん。ね。残心ってヤツよ残心。
近所ぐるっと一回りしたけどラカソはいなくてひと安心。
良かったー。ホントに追ってこられたらコワイコワイ。
フン。やっぱ追ってこられるワケねぇんだよ!流星号よか早い足を持ってるヤツはいないゼ?
真っ暗な道をテクテク歩いてると、向こうパッと何かが光った。ブルルンとエンジンのかかる音。
まさか・・・ラカソ!?光と音が凄い勢いで近づいてくる!
・・・・そのまま横を通り抜けて行った。
んだよビビらせんなよ!ラカソかと思っちまったじゃねぇかよ!!
「おい」と後ろから声が聞こえた。振り向いてみた。
ラカソだった。
左腕にグルグルと包帯が巻き付いたままその手でグリップを握り、右手にはバットを持って、原チャにまたがって・・・・・
ヤツの後ろに乗ってるのは、誰??暗くて顔がよく見えない。
Uターンする格好でこっちを見てる。ブルン、と音がしたかと思ったら、もうバットが目の前に来てた。
一瞬のうちに装備のコトを考えた。大丈夫。強襲されてもこのパワーアップした鎧さえあれば・・・!!
コン、と軽い音がボクの頭に響いた。
その場に倒れ込んだ。
目の前がグルグル回って何がなんだかわからない。
なんか声が聞こえてきた。意外と簡単に見つかったな。そうね。で、どうする?まずはこの人が知ってる・・
一人はラカソ。もう一人は・・・・女の声だぁ。後ろに乗ってたの女の子だったんだ。
ボクは動ける分だけ動いた。二人の会話に入って土下座してた。
「ごめんなさい。ラカンパネラ様。ごめんなさい。ボクはまだ死にたくないです。ごめんなさい。」
このままでは殺されると思った。だから必死になった。
二人は顔を見合わせてた。なにやらごにょごにょ話してる。
ラカソが口を開いた。
「お前、俺があの『ラカンパネラ』ってやつだと思ってたのか?」
虚ろな目のままボクはラカソを見上げた。え?てゆーかラカソなんでしょ??
ラカソが笑ってた。「そう来たか。」なんて言ってる。
女の人は考え込んで「じゃあ他のメンバーなんてのも、いないかも・・・」と呟いてる。
そんなコト、どうでもいいから、ボクを、解放シテクダサイ。お願いシマス。
ラカソがニヤニヤ笑ってる。「ヤダね。お前には弟の恨みもあるしな。」
女の人が「ちょっと川口君・・・」と何やら止めようとしてる気配。
ガンバレ女の人。ボクは手足が痺れてて動けないんだ。
「聞きたいコトは山ほどあるんだがな。とりあえず弟の敵を討っとかねぇと気が済まねぇんだよ」
コワイことを言う。ボクが何をしたと言うんだ。エアは悪いヤツだからやっつけただけだ。
もう二人とも原チャから降りてる。ラカソはバットでコンコン、と地面を叩いた。
「また今度でいいじゃない」と女の人。そうだ。もっと頑張ってこいつを止めてよ。
「止めるなって渡部。今がイイんだよ今が。」
渡部・・・?あ・・・・この女の人・・・・・・・偽sakkyだ・・・・・・・・
「そう。じゃぁもう勝手にしたら?」・・・・やっぱ止めてくれなかった。
「そうさせてもらう」とラカソがニヤニヤしながら言った。こいつなんでそんなにニヤニヤしてるんだ?
もしかして・・・・・・楽しんでる?
イチローみたく袖を触ったりスタンスを確かめたりしてバットを揺らしてる。
ザッザッと足場を固める音が。
「安心しろ。死なない程度にやるのは慣れてる。」
一呼吸置いた後、耳元でビュン、という音が鳴った。
次の瞬間にはスコーン、と心地よい音が脳に響いてきた。
ぴぎゃあ
ボクは叫んでた。
目の前が真っ暗になってた。遠くで「やべぇ」とか言ってるのが聞こえたような聞こえなかったような。
そのまま意識は飛んでった。
目が覚めた時、真っ暗なまま周りに人はいなかった。
あいつら、ボクが叫んだから逃げちゃったのかな。けど誰も助けにこなかった。
ボク、ほったらかしにされてたっぽい・・・。
グラグラ揺れながら家に帰った。
守る会へ繋いだ。今日もカキコはなし。メールチェック。ゼロ。
ケータイちゃんを取り出した。カノン・・・こうなったら直接・・・・
あ、けどボクあいつの番号しらないや。
着信履歴を見てみた。非通知設定ばっか。
連絡取れない。
助けてよぅカノン。ラカソが襲ってくるよぅ。偽sakkyまであっちにいるよう。
ボクヒトリじゃ寂しいよぅ。サキも・・・・・・ドコ行っちゃったのさぁ・・・・・・
グスン
第十二週 「集結」
3月6日(月) くもり。
外に出たくない。出るのがコワイ。
ラカソにはまだウチの場所まではバレてないよね?けど、ここら辺に住んでるってコトは知ってる!
このアパートが割れたらボクはもうオシマイだ。コロサレル。
今度こそ本当に殺される・・・・・
ボクがこんな状況だと言うのに、守る会の人達はボクを助けてくれない!
なんだよみんな。連絡も取れないなんて!
掲示板で助けを求めようと思った。さっそく繋いでみた。
ボクは画面の前でひっくり返った。
「sakkyを守る会」が・・・・無い!
試しにバイオちゃんの方からモバイル接続。それでもダメだった。
鯖が混んでるのかと思って何回も何回もリロードした。
・・・ダメ。掲示板レンタル元ごとダメなのかと思って言ってみると、そこはちゃんと大丈夫だった。
守る会だけ、消えた・・・・・。
「希望の世界」の方の掲示板では奥田が「ボレロ撃墜せり。さらに追撃の予定」とコワイこと書いてる。
sakkyのコメントは無い。他の人のカキコも無い。
ナイナイナイ。何もナイ。
ナイー
3月7日(火) は れ
見捨てられたのはボクだけじゃなかった!
ケータイちゃんに電話があった。非通知設定だったからカノンかと思ってすぐに取った。
けど聞こえてきた声はカノンじゃなかった。もっと汚らしい声。
ワルキューレだった。
「ボレロさんスか?ワルキューレですけど。」と聞き苦しい声が。
「sakkyを守る会入れます?なんか消えてるっぽくないスか?」
ボクは大喜びした。やっぱボクだけじゃなかったんだ!
でしょ?でしょ?でしょ?ボクもなんだよ〜。なんかおかしいよね!
「そっちもそうでした?良かったー。俺だけ見捨てられてたらどうしようかと思ってましたよ」
うんうんうんうんわかるわかるよその気持ち。
「sakkyさんはおろかカノンさんやトロイメライさん、ラカンパネラさんまで連絡つかなくって・・・・・」
ラカソ!そうか。このガキはラカソの正体とか知らないんだ!
ボクは説明してやった。ラカソが裏切り者でそのおかげでボクは酷い目にあって・・・・
ブサイク君は「そうだったんですか・・・・」って驚いてた。
今更知っても遅いんだよバーカ!
けど、なんだかんだでこれからどうするのかとかの話は全然進まなかった。
残ったボクら二人でどうしろと言うのだろう?
ワルキューレはまた相談しましょうね、と言って電話を切った。
はぁ。にしてもよりによって何故あのブサイク君と二人きりにならなくちゃいけないんだよぅ。
sakkyと二人きりになりたかったのに。それがダメならせめてトロイメライちゃん・・・・・・
みんな・・・何やってるんだよぅ・・・
3月8日(水) はれはれ
二人だけじゃなかったよぉぉぉぉぉぉ!!
てゆーか、トロイメライちゃんの声始めて聞いた!!
ケータイ最高!持ってて良かった〜
「こんにちわ。トロイメライです。」ってイキナリかけてくるんだモン!
ボクひっくり返っちゃったよ〜なんだなんだぁ?TELしてくるなんてボクに気があるのかぁ?
「守る会消えちゃってびっくりしてますー。そっちはどうですか?」だって!
ボクも大変だよー!なんか二人で大変なコトになっちゃってるねー!
ワルキューレなんてのもいたけどあいつは無視♪
やっぱパートナーはブサイク君よか萌えちゃんでしょ。
「やっぱりそっちもですか・・・。どうもありがとうございました。」
これでプッチリ。
会話終了!ちょっとそっけない辺りがまた素敵!
無愛想な言葉の節から、チラと見えるわずかな好意。
男心くすぐるねぇ。sakkyとはまた別タイプで萌えるかも〜
ボレロとトロイメライ。突然消えたsakkyを守る会。
全ては謎に包まれたまま。しかし残された二人は共に生きる決意を・・・・。
んー。いいかもしんない。
けどそれをラカソのバカが邪魔をする。ヤツさえ居なけりゃボクは自由に外に出れて
すぐにでもトロイメライちゃんの元に駆けつけるのに。
ラカソが憎い・・・・
でもコワイ
3月9日(木) コワイ
昨日は夢のような気分だったのに。
今日は・・・・イヤーな気分。それもすんごく。
ラカソが懲りずに奥田なんたらとかいう名前で掲示板にコワイことを書いてた。
「遠藤家をしらみつぶしに探す事にした。覚悟して待ってな。」
そしてご丁寧に「本日の探索記録」とかいってどこら辺調べたか報告書まで書いてやがる。
前ラカソに襲われた場所らへん一帯だった。
って、結構近いジャン!!!!
表に出てすぐに表札をしまった。これなら見つからない・・・・?
待てよ。となるとボクはずっと家にいなきゃいけなくなる?
ご飯を買いに行くことも漫画を買いに行くこともお散歩することもできなくなる!?
ラカソが張ってたら、見つかっちゃうYO!!
やばいよぅこのアパートまで来られたらもう逃げられないよぅ。
今のウチにお引っ越しすべきなのかもしれないけどその作業見られたらオシマイだしいやまてよ
今からお金もってどっかいっちゃおうかイイ考えかもでもあのカキコは実は嘘でもうここら辺で張ってて
ボクが慌てて飛び出すのを待ってて罠にハマって捕まっちゃって・・・・・・・・
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう何もできないじゃないか
今すぐにでもそこの窓を割って家に入ってくるかもしれないあのバットでドアをたたき壊してくるかもしれない
やめてよボロアパートなんだからボクのネット収入でも弁償しきれないかもしれないしけど来たら止められないし
そうだ迎え撃たなきゃ装備だ装備だ兜に盾に鎧に剣に
あああーーー!!!でも一度破られてるんだったーーーーーー!!!
ダメじゃんダメじゃんまたやられちゃうだけじゃんどうしようどうしようどうしよう
sakky助けてカノン助けてトロイメライちゃん助けてこの際ワルキューレでもイイから助けて
ラカソが来るよぅバットでボクを叩くよぅ殺されるよぅコワイコワイコワイコワイ
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ
イコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコ
ワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ
イコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコ
ワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ
イコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコ
ワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ
イコワイコワイコワイコワコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ
イコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコ
イコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコ
ワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコ
ワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ
イコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ
イコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ
イコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコ
ワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコ
ワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコw
3月10日(金) da-chu-ra
部屋を真っ暗にして布団にくるまってプルプル震えてもう夜になった。
1日中震えてたから体がだるい。ラカソ、来るな。ラカソ、来るな。ラカソ、来るな。ずっと呟いてた。
ケータイが鳴った。ラカソかと思ってひぃと悲鳴をあげた。
ずっと鳴ってて怖かった。来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで
けどふと思った。ラカソはボクのケータイ番号知らないんじゃ?
ちろっとケータイちゃんに目をやった。非通知設定。
トロイメライちゃん!!??
あわてて通話ボタン。「もしもし。やっと繋がった・・・」・・・・男の声。しかも聞き苦しいアノ声。
ワルキューレだった。最初はがっかりした気分だったけそすぐに嬉しさが込み上げてきた。
ブサイク君でもイイ。ボクを助けて!!
「ワルキュウーーーレェェェ」と助けを求めた。「どうしたんスか?」とワル君。
ボクは事情を説明した。ラカソが襲ってくること。外に出られないこと。そして・・トロイメライちゃんのことも・・・
ボクだけの秘密にしておきたかったけどもうそんな事言ってられない。
正直に全部話してワルキューレに助けてもらわないと・・・
「トロイメライさんと話したんですか・・・。いいなぁ。」・・・・ちょっと優越な気分になった。
「警察に言ったらどうですか?」とワル君が言った。
わかってない。それはダメなんだ。警察だけはダメ。とにかくダメなんだ。
ワル君は「そんなに言うのなら別にいいんですけど・・」と分かってくれた。
助けてよ。ボクは外に出られないんだ。ラカソをやっつけてよ。コワイんだよ・・コワイ・・・・コワイ・・
「なんなら、ボレロさんトコに行きましょうか?二人ならなんとかなるかも」
おおおおおおお。いいねいいねぇイイ考えだよぉぉぉぉ!!
野郎を家に上げるのはちょっとイヤだけどラカソにやられるよかマシだ。
あのラカソにワル君が太刀打ちできるとは思えないけど盾くらいにはなる。
「来て来て是非来てよ。お願いおねがいおねがい!!」
わかりました、とワル君は承諾してくれた。
で、・・・・とちょっとあっちに沈黙が。「ボレロさんち、ドコにあるんスか?」
あーあーそうだよ。何処かわかんなきゃ助けに来てもらえない。
ボクは詳しく説明してあげた。「じゃ、明日にでもお伺いします」
待ってるよーーー。
掲示板では奥田なんたらが「本日の探索記録」を報告していた。
まだボクんちまでは届いてない。じゃぁ昨日の報告はホンモノだったのか!
昨日逃げておくべきだったかも・・・でも今日こそ罠かもしれない・・・
もしこのペースで探されたら明日にでもボクんちに到達される。
ああ、ワル君。早く助けにきておくれ。トロイメライちゃんもカノンもsakkyも消えちゃった。
もう頼りになるのはワル君だけ。ボクを助けるんだ。助けろ。ラカソを殺す。ラカソを殺せばボクは助かる。
一緒にあいつを殺そうよ。ボクらの敵だ。
ワル君、僕らはsakkyを守る会。塊となってヤツに向かうべきなんだ。
カノンはいないけど、以前誓った通りになったね。
二人でラカソをヤっちゃおう。やろう。ヤろう。
殺ろう。
3月11日(土) ・
痛い
酷い
なんだよコレ
血はもう止まったのかな?
あ・・乾いてる・・・・
夕方、ノックの音がした。ddって。
ラカソかと思って布団をかぶってガタガタ震えてた。
もう一回ddって聞こえた。ボクはひぃと小さく悲鳴をあげた。
「ボレロさん。ワルキューレですけど」
ワル君だった。慌ててカギを外しにいった。バンってドアを開けるとワル君が立ってた。
すぐに部屋の中に入ってもらった。周りを見渡してみるとラカソはいなかったのでほっとした。
上がっていいスか?とワル君。どうぞどうぞ。
とりあえず無事にワル君が着いて一安心。良く来てくれた。
早速今後の事を話し合おう。ラカソをどう迎え撃つかsakkyを守る会はどうするか。
「ちょっとゆっくりしてからにしましょうよ。」
ワル君はお疲れの様子だった。結構歩いてきたのかな?駅から遠いもんね。
そうそう。来る途中ラカソみたいなやついなかった?
「別に・・・特に変わった人はいませんでしたよ。すれ違ったりしたのも普通の人ばっかです。」
ああ、何人かはすれ違ったんだね。改めてワル君のブサイク面を眺めてみた。
傷だらけで気持ち悪いほど醜い顔。たぶん火傷だ。傷が無い状態の顔なんか想像つかないよ。
初めて会った時はかなり引いたけど、話してることは普通だったからなんてことなく会話できた。
顔は醜いけど、結構イイ奴だしね。
ボクも結構人から嫌なこと言われたりするけど、ワル君の顔に比べたらまだマシかな。
考えてみれば、ワル君はボクにとって生まれて初めて優位に立てたヤツだったかもしれない。
けど・・・よくこんな顔で人前を歩けるナ。案外勇気のあるヤツだと思った。
「そう言えば、あの装備は本当にしてるんですか?」
ワル君が聞いてきた。うん。アレは本当だよ。あの装備、すっごく強いんだから!
折角の機会だったから、ワル君の誤解を解いておこうと思った。
ワル君掲示板では引いてたみたいだったけど、実物の強さを見ればこの良さを分かってくれるはず!
ボクは最強装備をワル君に見せてあげた。どうだいコレ。カッコイイでしょ。
しげしげと見つめるワル君。ボクはポーズを取って格好良さをアピールした。
「なかなか・・・強そうですねぇ」
でしょ!?どうやら納得してくれたらしい。特にこの鎧はラカソのバット攻撃を凌いだほどなんだよ。
触ってみ?頑丈だよこれ。
「あ・・・でも本と本の間にちょっと隙間ありますね」
ハハハ。そいつはご愛敬だよ。そですね、とワル君も笑ってくれた。
あとね、この妖刀マサムネ。ラカソにもかなりダメージを与えたんだよ。凄いんだよ。
おおー、と感心してくれた。あとねあとね。この盾もこの前役立ったんだ・・・
「ちょっとその包丁、見せてくれます?」
うんいいよ。是非手にとってその強さを確認してくれたまい。
マサムネを持ってみてワル君はさらに感心したようだった。「すごいなぁ」とか言いながら光に当てたりしてた。
「あ、ちなみに今、何時でしょうか」
えっとね・・・。あとちょこっとで6時になるところ。
「ありがとございます。もうそんな時間ですか。ギリギリになっちゃうな。」
何が?
一瞬何が起こったのかわからなかった。
自分が見ているモノを理解することができなかった。
コレは?
ボクのお腹にマサムネが刺さってる。「ご愛敬」の鎧のスキマに刺さってる。
じわりとレモンクラブが赤く染まってきた。え?え?どうなってるの?
もう一度マサムネに目を向けた。マサムネを握る傷だらけ手。目を上に上げた。
ボクは悲鳴をあげようとしたけど、あまりの怖さに声が出なかった。
あんな顔見たことない。何て言うんだろう・・・
恐ろしいまでの、無表情。傷だらけの顔に、何の表情も無い。
ワル君がマサムネでボクを刺していた。
その表情のままワル君が口を開いた。
「みんな、なかなか死んでくれないんですよね」
その声が聞こえた時、体が急激に熱くなってきた。特に刺された部分が。
痛い。
ようやく声が出た。これ以上ないくらい絶叫した。
近所迷惑のことなんか考えてられなかった。
マサムネが動いた。ワル君が動かしてた。やめて。やめて。死んじゃう。ボク死んじゃうよ!
やめてーーーーーー!!!
バリーンと大きな音がした。
ガラスの破片がパラパラ散らかるのが見えた。
もう一回、バーンと音がした。
同時に黒い影がガラスの割れた窓から入ってきた。ガラスの破片にまみれた金属バット・・・
ラカソだった。
ラカソはボクとワル君の姿を見てすごく驚いた顔をしていた。
ワル君がサっと身を引いた。ドアに素早く駆け寄って逃げようとした。
ドアを開くと、外に女の人が立ってた。
ボクとワル君に視線を走らると、ラカソ同様すごく驚いた顔をした。
・・・偽sakkyだった。
ワル君は身がすくんだ偽sakkyの横を一瞬にして通り抜け、逃げた。
ラカソが「追え!」と叫んだ。
偽sakkyはハっと我に返り、ワル君の逃げた方を見て叫んだ。
ラカソも叫んでた。ボクも叫んだ。
3人の声は同時だった。
「風見!」
「アラちゃん!」
「ワルキューレ!」
ボクらは顔を見合わせた。偽sakkyもワル君は追わずに立ちつくしていた。
何がなんだかわからなかった。ラカソと偽sakkyは何か言い合ってた。
その間ボクは今日の出来事の事を考えてた。
ラカソを迎え撃つ為にワル君を盾にしよ呼んだけどなんか和んで雑談してると何故かワル君に刺されて
ラカソと偽sakkyが襲ってきてワル君の事を風見とか呼んで・・・・
「おい遠藤」とラカソがボクの本名を呼んできた。
「お前風見と会った事あるんだろ?なんでわかんなかったんだよ!!」
そうなの・・・?あれ・・・カイザー君だったの・・・?気付かなかった・・・・
いや・・・あの・・・・・そんなことより・・・・ボク・・・・
ボクが呻いてるとラカソがようやく気付いてくれた。
「うわ。お前ソレ・・・ヤツにやられたのか!?」
ラカソがナイフを抜いてくれた。死んじゃうんじゃないかってほど血が出たけど
何故か痛みは麻痺してた。不思議な気分。痛いんだけど痛すぎて痛くない・・・
偽sakky・ワタベちゃんも手伝って治療してくれた。
こうしてみるとワタベちゃんも結構カワイイかも・・・なんて思った。
「お前、脂肪のおかげで全然刺さってなかったぜ」とラカソが笑ってた。
この肉のカタマリが、って言われた。
ワタベちゃんに「病院行く?」と聞かれたけど断った。病院には嫌な思い出が・・。
結局今日はボクもこんな状態だし詳しい話は明日にでも、って事になった。
一日たてば落ち着くだろうって。
「お前、コレ知ってるか?」とラカソに紙を見せられた。メールをプリントアウトしたものだった。
そこにはボクの住所と「午後6時にお待ちしてます」ってメッセージが書いてあった
差出人は「風見」だった。もちろんボクはそんなの知らない。
二人が帰る時、今度はボクがワタベちゃんにちょこっと質問した。
「君がトロイメライちゃん?」
ワタベちゃんはきょとんとして「知らない」と答えた。そうなのか・・・。
二人が帰った後は、ボクはもう途方に暮れることしかできなかった。
ラカソ。あいつはもうボクを殺すつもりは無いらしい。敵じゃ・・・・なくなった・・・?
ワルキューレがカイザー君でARAでもあってボクを刺したし
ラカソもワタベちゃんも襲ってきたかと思ったら怪我の治療をしてくれたし・・・・
誰か・・・状況を説明シテ・・・・
3月12日(日) アメン
雨が降ってた。風が吹くと体に当たって冷たかった。
けど、熱かったからその冷たさが気持ち良かった。
炎の前に立ってると嫌でも熱くなるから。
自分の家が燃えるのを見るのはなんか不思議な気分だった。
炎の音で目が覚めた。パチパチと音が聞こえてきた。
最初は何の音か分からなくて放っておこうと思った。
昨日の傷がまだ完全に塞がってなかったし動きたくなかった。
しばらく寝てると、音はさらに大きくなって、さらには焦げた匂いまでしてきた。
そこで、そうやく起きる気になった。
ゆっくりと体を起こすと、もうまわりは火の海だった。
一瞬にして状況が把握できた。こればっかりは、見ただけでわかる。
部屋が燃えてる。
すぐに逃げなきゃ、って思った。荷物・・・大事なの何か持っていかなきゃ!!
足下に置いてあったバイオちゃん一式と枕を抱えて飛び上がった。
ドアは目の前。ちっちゃいアパートだからドアを開ければすぐ外。
大急ぎでドアに駆け寄った。ガチャガチャいじくってカギを開ける。
なかなか開かない!焦っちゃダメだよ。焦っちゃダメ!!まだドアは燃えてないから大丈夫!!
落ち着いて・・・ガチャ。ほらできた!さぁ出ろ!
ガタン
何かが引っ掛かってた。ドアが、開かない。
何度も何度もガタガタやった。それでも開かなかった。
ドアの向こうに・・・何か置いてある!!!
パニックになってドアをガンガン叩いた。力を入れるたびにお腹の傷が疼いて痛かった。
助けて・・・!!助けて・・・・!!燃えちゃう・・・・燃えちゃうよぉぉぉぉ!!!
ドアまで焼け始めてきた。火の回りが早い・・・
なんで?なんでなんでなんで??こんな狭い部屋から出られないなんて!!
酷い・・・酷すぎるよ・・・
お腹の傷がまた凄く痛んできた。熱くて汗がダラダラ出てきた。
涙も出てきた。もう嫌になってた。何もかも、どうでも良くなってた。
目の前に出口があるのに、出られない・・・・・。
そんなのないよ・・・
ボクは全てを諦めた。痛いし熱いし息苦しいし何もできなくなってた。
壁が燃えてる。パソコンも燃えてる。鎧も兜もマサムネまでも炎の中だった。
抱えたバイオちゃんはまだ無事。けど・・・・
ボクもじきに燃えちゃうんだね・・・
足下に火の粉が落ちてきた。昨日結局着替えるのがめんどうで私服のままなんだった・・・。
そんな事を考えてると、顔に火の粉が飛んできた。
・・・・・・熱い。熱い熱い熱い熱い!!!!
嫌だ嫌だ嫌だこんな熱いのは嫌だ燃えたくない燃えたくない嫌だ死にたくしにたくない死にたく死にたく
死にたく死にたく死にたく死にたく死にたくないいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
生きるぞボクは生き残るここから出て生き残る生き残ってやるんだああああああああ!!!
無我夢中になって叫んでた。
生きる。この意思だけでボクは立ち直った。
キっと部屋を見渡すと、炎に穴が開いてるのが見えた。
すぐに理解した。そこは・・・昨日ラカソが割った窓だ!!
猛ダッシュで炎の中を駆け抜けた。
そして・・・・そのまま窓に飛び込んだ。
ボクは助かった。
鎮火したころ、ラカソとワタベちゃんが大慌てでやってきた。
「何だ!?どうなってるんだよ!!」
そんなの見たら分かるだろ。ボクのアパートが燃えちゃったんだよ。
他の住人はみんな避難してた。ボクが最後だったらしい。
早めに鎮火したから全焼はしなかった。
けど、ボクの部屋だけは完全に燃え尽きてる。
残ったのは・・・今日記を書いてるこのバイオちゃんくらいか。
ボクらは昨日の約束通り話をした。
それどころじゃない気もしたけど、かといって他にする事もなかったから。
そこで出た結論。僕らの共通の敵は、ワルキューレ。カイザー君だ。
ラカソ・・・いや、これは結局誤解だった。sakkyを守る会は全てカイザー君の自作自演らしい。
ユタカ君とワタベちゃんもカイザー君を追ってるトコに、あいつに色々騙されてたボクに出会った。
二人はボクがカイザー君の仲間だと思ったから襲ったそうだ。
カノン。トロイメライちゃん。他にもたくさんわからない事はあるけど・・・・
とにかくカイザー君さえ捕まれば、きっと何かがわかるはず。
お腹を刺され、家まで燃やされて・・・カイザー君。ボクは君を許さない。
火事について警察にはカイザー君の事は言わなかった。
ユタカ君もワタベちゃんも同意してくれた。
あいつは、ボクらが捕まえてるから。
さて、これから忙しくないそうだ。
いつまでもカプセルホテルに泊まってるわけにはいかない。
幸い貯金は残ってる。新しいアパートを探さなきゃ。
日記書いてる暇無いかもしれない。
これから何が起こるのか・・・・・そんなのボクには想像つかない。
ただこれだけは言える。
ボクは死なない。絶対に。
肉のカタマリで結構。
死んでたまるか
- 第3章 「塊」 ボクの日記 - 完
第4章 「駒」 続・ワタシの日記 このままでは、終わらせない。
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第十三週 「焼跡」
3月13日(月) ハレ
遠藤智久の家が燃えました。あの子の家と同じように。
けど遠藤は生きてました。そのまま燃えてしまえば良かったのに。
川口君、弟さんの恨みがあるからあいつ殺しちゃうかと思ったけど別にもうどうでもいいらしい。
弟より遠藤の方が殴り甲斐があるからって。あの人、ホントにサドだわ。
遠藤智久。私は大嫌い。あいつは杉崎先生を殺してるのよ?
焼け跡に行ってみました。遠藤はどっかのカプセルホテルで寝泊まりしてる。
焼けただれたボロアパート。ロープが張られて中には入れません。
遠藤の部屋の方を眺めてみました。ドアの前には何かの棒が引っ掛かってました。
希望の世界。もう誰も書き込んでない。
パソコンにコツンとおでこをぶつけてもたれかかってみました。
全ては、ココから始まったのよね・・・・。
3月14日(火) アメ
今日は雨が降りました。何をすることなく、家で考え事をしてました。
初めて希望の世界にアクセスした時のことを思い出していました。
虫に反撃され、荒ちゃん・・・・荒木さんを地獄に突き落とした。
そして、イジメが。一人パソコンルームに逃げ込んで、ふと目に付いた机に書かれていたアドレスにアクセス。
「希望の世界」へ。
sakkyは眩しいくらいに爽やかでした。私もsakkyの様になれたら・・・
無理なのは分かってました。私の歪んだ性格は簡単には変えられない。
虫をイジメた時と同じ。良くない事だとわかっていても、つい悪さをしてしまう。
性別を偽って「希望の世界」に入り込んだ。イジメられる自分は嫌いでした。
でも今考えると・・・・あの時の「三木」は、一番正直な私だったのかもしれない。
今はもう、何もかもが変わってしまったけれど。
3月15日(水) クモリ
3人で集まりました。川口君。遠藤。
川口君は遠藤のお腹をいじくってました。痛い痛いと遠藤が叫んでもやめてませんでした。
あの傷の人は、誰なのか。私達は、あの人のせいで混乱してます。
私の前に現れたときは、自称荒木さん。
川口君の前に現れた時は、自称風見君。
遠藤の前に現れた時は、自称ワルキューレ。
「sakkyを守る会」は川口君から教えてもらってからはずっとチェックしてたけど、今はもう消えてる。
あのメンバーもボレロこと遠藤を除けば、全てあいつの自作自演?
荒木さんか。風見君か。この場合このどちらかしか考えられません。
荒木さんが炎の中生きていたのか。
風見君が病院を抜け出して行方不明のまま行動してるのか。
私達は、とにかく二人について調べる事にしました。
私は荒木さんの方を担当しました。他の人には調べて欲しくない。
あの子は、私の親友だったんだから。
3月16日(木) アメ
この前より強く雨が振ってました。夕方には止んでましたが、もう外に行く気は起きませんでした。
荒木さんのことを調べるって・・・今更何をしろと言うのでしょうか。
荒木さん。あの子が戻ってきた時の事を思い出しました。
傷だらけの顔。元がどんな顔なのかもわからない。・・・・男か女かわからない程の傷だったんだもの。
荒木さんと名乗られても、私はそれで納得してしまった。
あの頃から私は少しずつおかしくなってきてたのかもしれません。
それでもまだ、あの時の方が感情表現うまくできてたかな。
今ではもう、気持ちをうまく言葉にすることができません。
だから私は・・・
私も・・・狂ってるのでしょうか。
3月17日(金) クモリ
荒木さんの家に行ってみました。すっかり更地になってました。
焼け跡があったことは想像もつきません。ここに、人が住んでたのよね。
寂しく、草も生えず、そこはただの何もない空間でした。
燃えれば全てが消えてしまいます。もう私の記憶の中には荒木さんの家はありません。
どんな形で、どんな色をしてたのか。思い出す事はないでしょう。
「希望の世界」は誰もいなくなった今でもちゃんと存在してます。
色。デザイン。この目でしっかりと確認できます。
日記の更新はされてない。私がしてないからです。
更新する気にはなれません。
3月18日(土) クモリ
あの日の新聞は今でもとってあります。
荒木さんが燃えた時の記事。一家焼死。
目をつぶるとあの時の炎が蘇ってきます。私は何か思っていたでしょうか。
ただ見ていただけの気がします。黒い衣装に身を包み、燃えさかる炎を眺めていました。
そして私はアノ場所へ。殺人計画を遂行するために。
私は誰を殺そうとしていたんでしょうか。誰に向かってナイフをかざしていたんでしょうか。
そこにはカップルと一人の男がいたのが覚えてます。男は川口君でした。
川口君。奥田グループで一番評判が悪かった人。
陰で「破壊神」と呼ばれてました。。モノもヒトも、すぐに壊すので有名でした。
虫へのイジメにはあまり参加してなかったような気がします。
彼は、嫌がったり抵抗する人の方が好きらしいから。
虫の様に何も反応しないヤツには興味が無かったのかもしれません。
その川口君も、荒木さんの死は信じてないようでした。
荒木さんからのメールで私は急激に冷静になりました。同時に何かがわからなくなりました。
次の日の新聞はすぐにチェックしました。一家焼死。
何度読んでも変わりません。そこには、かつての親友の名前がありました。
荒木さんは間違いなく死んでいます。死んでるんです。
燃えてしまったんです・・・。
3月19日(日) ハレ
川口君は荒木さん焼死の記事を見て、ため息をついてました。
荒木さんには生きていて欲しかった、みたいなことを漏らしてました。
今日も遠藤は川口君に殴られてました。
お腹の傷に響くからやめてと言っても川口君はやめませんでした。
「なんで病院を調べに行かなかったんだ」
遠藤はブツブツと子供のように口をとがらせてグズってました。
無理でしょうね。私は思いました。
遠藤は早紀ちゃんに会いに何度か病院を訪れてます。(早紀ちゃんがそこにいるわけないんだけど)
ロクな思いをしなかったのはすぐに想像できます。
病院には嫌な思い出があるから行きたくない、というのわけね。
「もう風見で確定なんだ。あいつは2件も放火してるんだぜ?ちゃんと探せよ!」
川口君が叫んでも遠藤はただひぃと怖がるだけでした。
川口君は弟さんの筋から情報収集してたらしいのですが、特に新しい情報はなかったみたいです。
私が行く。そう言いました。
私も病院には一度行ったことあります。
そしてなにより、早紀ちゃんから病院の事は少し聞いてます。
私が行くべきなのでしょう。
遠藤は喜んでました。川口君も「仕方ねぇ。そうするか」と言ってました。
風見君探しが始まります。早紀ちゃんの名を悲痛に叫ぶ姿を思い出しました。
あれが、彼を見た最後。それ以来風見君との縁は切れました。
けど、そんな簡単には縁は切れなかったみたいです。
風見君。アナタは何をやってるの?
家に帰ると、私はもう一つとってある記事を机から引っ張り出しました。
二人には見せなかったものです。
訂正記事。荒木さん焼死の記事に対するお詫びが書いてあります。
「一命を取り留めたにも関わらず、死者として報道したことを・・・・」
再び机にしまいました。
第十四週 「疾走」
3月20日(月) ハレ
風見君の事を考えると、どうしても早紀ちゃんのことまで一緒に思い出してしまいます。
虫の妹。顔は似てたけど性格は全然違いました。
私の名前を貸して欲しい、と言ってきた時には何をするのかと思いました。
ニッコリ笑って「まぁ見てて下さいよ」って言ってたっけ。
そのまま風見君を騙していました。それが肉体関係にまでなるなんて思いませんでした。
早紀ちゃんには何か特別な魅力がありました。
「渡部さん、なんかお姉ちゃんみたい」と言われた時は私でもドキリとしました。
私には男兄弟しかいないから、早紀ちゃんが妹のように見えました。
あんなにカワイイ子だったのに。
死んでしまうなんて。
3月21日(火) クモリ
早紀ちゃん曰く「敏腕ドクター」の父親。風見君が入院してる病院に勤めてました。
以前風見君を中に入れてあげるとき、あの先生に面会を頼みました。
私が虫に会いに行く、という形で。(私は会いに行かなかったけど)
岩本先生は早紀ちゃんの名前を出すとしぶしぶ承諾してくれました。
そして風見君は中へ・・・。
今日、その病院に行って来ました。風見君への面会を申し込みました。
答えは「面会できません」でした。行方不明だとは言ってませんでした。
赤の他人にそんな事言うわけありません。そこまでは予想していました。
そこで私は「岩本先生に会いたい」と言いました。
「以前お世話になったので、是非会ってお礼したくて」
嘘は言ってません。
受付の人は一瞬顔を曇らせて「少々お待ち下さい」と言って奥に引っ込みました。
数分後、戻ってきた時の答えは、「現在岩本は休養中です。いつ頃復帰するかは未定でして・・」
苦しい言い訳です。けどこれ以上言っても無駄だと思ったので、岩本先生の連絡先だけ教えてもらって帰りました。
受け取った連絡先は、もう抜け殻となってしまった岩本家。
電話しても、虚しく呼び出し音がなるだけでした。
誰もいません。
3月22日(水) ハレ
岩本家の蒸発は早紀ちゃんの死がきっかけ。それは間違いないと思います。
そしてもう一人、早紀ちゃんの死でおかしくなってしまった人。
風見君。彼はあのまま入院してしまいました。
川口君から聞いた時、不思議に納得してしました。風見君にとっても、早紀ちゃんの存在は大きかったのね。
私が病院に行っても岩本先生のスジから攻めるのはもう不可能。
漠然と助けになるかと思ったけど、やっぱり無理でした。
今日は別の病院に行って来ました。
川口君の弟さんが入院してる病院です。話には聞いていましたが、なかなか痛々しい格好してました。
ギブスやら包帯やら。うまく体を動かせてません。
遠藤にやられたのに。川口君は今じゃその「弟の敵」を相手に遊んでます。
かわいそうな弟さん。お兄さん、おもちゃになりそうな相手なら誰でもいいみたいよ。
「初めまして、マサヨシ君。お兄さんから話聞いてる?」
川口君には話を通しておきました。風見君の住所を聞くだけならマサヨシ君に会う必要ないんだけど、
どうしても「風見君の友達」の話を直接聞いてみたかったんです。
「あ、どうも」と弱々しく答えてました。
それからしばらく風見君の話を聞きました。
こうして他の人の口から聞くと、風見君は普通の中学生だったんだと改めて実感しました。
マサヨシ君は風見君の事を心配してました。あいつドコ行っちゃたんだろう。元気なのかなぁ、って。
ご心配なく。
元気過ぎるくらいよ。
3月23日(木) アメ
風見君の家に行きました。家には風見君のお母さんが居ました。
私は風見君の恋人だと名乗りました。「最近連絡が無いから、家に来てみたんですが」
母親は半信半疑でした。息子に恋人がいたなんて信じられない。そんな顔。
昨日マサヨシ君から得た知識をフル動員して風見君の話をしました。
一緒に遊んだ事(実際にはマサヨシ君と)や、受験の事で悩んでた事(本当は「希望の世界」の事で悩んでた)。
私は風見君の事なら何でも知ってるんです。彼に会いたいんです。
彼は今どこにいるんですか?
ここまで言っても母親は渋ってました。下手な言い訳をされる前にこっちから言いました。
「彼、病院に通ってるみたいな事を匂わせてたんですけど・・・」
この一言であっちも決心ついたらしいです。
「実は」と話し始めました。風見君は入院先で、行方不明になってる。
そうですか。ならその病院に行きましょうよ。
私は今でもこの母親には理解できません。何故風見君をもっと真剣に探さないの?
「一緒に病院へ行きましょう。行方不明だなんて説明、私には納得できません。」
母親はあまり乗り気でなく「そうねぇ。そうしましょうか。」と言うだけ。
無理矢理でも連れていきます。母親と一緒なら、風見君への情報も深いところはで引き出せるはずです。
明日行くことに決定させました。
最後まで煮え切らない態度。あの母親は、もしかしたら既に息子を諦めているのかもしれません。
恐らく、行方不明になる前から。愛されてなかったのね。
カワイソウな風見君。でも同情はしてられません。
してあげない。
3月24日(金) アメ
再び病院へ。今度は風見君の母親と一緒に。
とにかくこの母親に喋らせました。「うちの子はまだ見つからないんですか?」
私は後ろに控えてました。受付の人は引っ込んだまましばらく出てきませんでした。
数分後、母親は奥に通されました。私も一緒に行こうとしたら断られました。
恋人だからと頑張っても「身内だけで」と許して貰えませんでした。
強気でお願いしますよ、と母親に言い渡して、私は諦めて残りました。
やる気無い身内はオッケーでやる気ある私がダメなんて。
悔しいけど今は仕方ないと思い、しばらくロビーで待ってました。
ベンチに座ってると、なんとなく以前来たときの事を思い出しました。
ベルを持って風見君に激励しに来た。
あの時は遠藤も風見君も中に入ろうと頑張ってたっけ。
奇妙なものね。今じゃ遠藤は仲間になり、風見君は行方不明。
風見君。アナタ今どこにいるの?
ご飯は?寝る場所は?ただ行方不明なだけじゃ、生きていけるワケないじゃない・・・。
ふと前を見ると、目の前に変な男がおどおどしながら立ってました。
あの、あの、あの、って。何か言いたげです。
ココは精神病院。変なヤツが居てもおかしくないけど・・・・この様子。私に用が?
「何?」こっちから聞いてあげました。
男はハイッと声を上げ、背筋をピッチリ伸ばして体を固めました。
そして、ハッキリ言いました。
「アザミさんからのでんごんです。ようこそ、っていってくれとたのまれました。」
幼い子供が原稿を読むような感じでした。
私はその男の肩を捕まえました。ガクガクと揺さぶり叫びました。「誰からだって?もう一度言って!」
そいつはひぃと怖がって何度も名前を言ってました。アザミですアザミですアザミですアザミです・・・
・・・・・アザミ・・・・・・・・・・・カザミ・・・・・・・・
私は男をはねのけ、ロビーを駆けめぐりました。
何人かの患者は私の走る音を怖がって泣いたりしてました。
叫ぶ人もいました。座り込む人もいました。つられて走り出す人もいました。けど、
風見君はいませんでした。
ベンチに戻ると男はメソメソ泣いてました。
「アザミさんは、何処に居たの?」
聞くと男は泣きながら首を横に振りました。
「お話したらすぐに外出ちゃった。何処にいるのかわかんない。」
そう・・・・・。
風見君の母親が戻ってきて最初に言った言葉は「何処にいるのか病院側もわかんないんですって」
私は思わず笑いました。心を病んだ人と、それを治す人。言ってる事が同じなんて。
母親が何も言わない人だから、できるだけ行方不明のままでいさせようってワケね。
自分たちで見つけないと病院の責任問題になっちゃうってコト?もう十分問題になってると思うんだけど。
結局風見さんが新しく得た情報は有りませんでした。
まぁいいわ。風見君、私の行動ちゃんとチェックしてるみたいだし。
しかも歓迎してくれてるらしいです。
「ようこそ」って。
3月25日(土) ハレ
せっかく歓迎されたので、今日も病院に行ってみました。
土曜日ということもあってか、あまり人は居ませんでした。
ベンチに座り、これからのことを考えてました。
あの母親は使えない。病院の人達は何も教えてくれない。そして荒木さんは・・・・
そこまで考えた時、私の目の前をスっと誰かが通りました。
チラっと顔が見えました。一瞬自分の目を疑いました。
傷タだらけの顔。風見君!
すぐに立ち上がりました。風見君はそのまま奥の方へと歩いていきました。
叫ぼうかと思ったけど思い直しました。アノ様子、私に気付いてない。
なら、何処にいくつもりなのか確かめなくちゃ。
距離を置いて、こっそり風見君の後を付け始めました。
風見君は同じペースで歩き続けました。大きな扉の前を横切って、さらに奥へと進んでいきました。
やがて小さいドアに辿り着き、ガチャンと開けてドアを抜けました。
ドアは半開きのままにされてました。私はドアが閉まって音が鳴らないよう、足早にそこまでいきました。
ゆっくりドアを抜けると、外に出ました。閑散としてる。裏口だったみたいです。
風見君が奥の建物に入っていくのが見えました。そこの扉は開きっぱなしでした。
私も追って中へ入りました。暗く細い廊下が続いてます。風見君はどんどん奥へ進んでいく。
角を曲がってしまいました。その時、風見君の方で何かがキラリと光りました。
何だろう?小走りしながら考えてましたが、よくわからないままでした。
私も角を曲がると、出口が見えました。ドアは開けっ放しで、光が漏れてる。
ヤバイ。見失っちゃうかも。急いで出口に向かいました。
出口に辿り着くと、ふとさっきの疑問が蘇ってきました。
半開きに戻ってるドアを開けようとしたまさにその時、思いつきました。
あれ・・・・・・鏡?
一瞬の判断でした。あれが鏡だとすると、どんな結論が?
簡単。風見君は鏡で私が追ってくるのを確認してた。・・・・・気付かれてた。
となると?
私がドアのノブから手を離した途端、それが襲いかかってきました。
ビュンと、音を立てて。私が手を引いたせいで、それは空振りして地面に突き刺さりました。
・・・・シャベル。
体ごとドアにぶつかり、シャベルを飛び越して中に駆け込みました。
ここは・・・・中庭?
患者さんらしき人達がたむろしてました。泣きべそかきながら手で地面を掘ってるおじさんが目に映りました。
今抜けてきた所に目を戻しました。男がシャベル抜いて、もう一度頭の上に振り上げました。
ビュン、とまた音が鳴りました。とっさに横に飛び、なんとかかわしました。
ザクっと音を立ててシャベルは地面に突き刺さる。土が舞って私の服を汚しました。
「やれって言われたから!やれって言われたから!」
昨日の男でした。
そしてもう一度シャベルを持ち上げました。
誰かが叫びました。それに反応して一人、また一人と叫び始めました。
遠くで白衣を着た医者らしき人が入ってくるのが見えました。
私は男を突き飛ばし、元来た道を大急ぎで戻りました。
家に帰って落ち着くと、急に体が震えてきました。
ガタガタを歯が鳴り、手がブルブルして言うこと聞かない。
涙も出てきました。今頃になって冷や汗まででてきました。
そこまでなってから、ようやく今日自分の身に起きたことが理解できました。
私・・・・・殺されるところだった?
震えはしばらく止まりませんでした。
3月26日(日) ハレ
とても嫌な目覚めでした。
昨日の恐怖がまだ取れていないようです。
ある程度の覚悟はできてたはずなのに。いざ身に迫ると怖くなる。
日曜日。外は晴れてるのに外に出る気にはなれません。
なのに出る羽目になりました。
弟が言葉がきっかけでした。外から帰ってきた時の一言です。
「さっきそこでさぁ。家の前でへんな男がウチの方見てたんだよ。そいつ顔がなんかぐちゃぐちゃでさ。超怖かった。」
姉ちゃんなんか気を付けた方がいいかもよ、そう言われた時にはもう私は外に出る直前でした。
勢い良く外に出ました。何も武器は無いけれど、ココで引くわけにはいきません。
家のまわりを見渡しました。誰もいない。
それでも私は探し回りました。駆け巡りました。
いない。何処にもいない。どうして!!
私を狙ってるんでしょ?風見君!!
何処まで走ったんでしょう。気がつくとかなり家から離れた所まで来てました。
公園のベンチで少し休みました。日曜は子供連れとかカップルとか多いわね・・・。
座るとすぐに立ちました。
人々の間の向こうで、風見君と目が合いました。
彼はそのまま立っていました。
私は人々の間を走り抜け、彼の元に急ぎました。
スっと風見君が向こうに消えました。また逃げる気!?
「待ちなさい!」
今度は叫びました。彼も走って逃げていきました。
私は走りながら叫んでいました。
「家にまで来ることないでしょ!!」
風見君との距離は縮まりません。尚も逃げ続けます。
「家族は関係ないはずよ!!」
距離が開くたびに、声も届かなくなっていくような気がしました。
必死になって走り、そして叫んでました。
「なんで・・・・狙われなきゃいけないの!!??」
風見君の足が止まりました。思わず私も走るのをやめました。
ゆっくり歩いて近づきました。風見君は動きません。
彼が口を開きました。まだ少し距離があったので、はっきり声は聞き取ることはできませんでした。
しかし、ほんのわずかだけと、彼のしゃがれた声を耳にすることができました。
荒木さんを名乗った時は「喉が潰れたから」こんな声になったと言ってたけど。
なんてことない。低いその声は、やっぱり男の声でした。
そしてその言葉に、私は足を止めました。
「sakkyを侮辱した」
風見君はそのまま踵を返して行ってしまいましたが、私は追うコトができませんでした。
体に杭を打たれたように、その言葉は突き刺さり、しばらく動けませんでした。
sakkyを侮辱した。
ただそれだけの言葉に、私の心は支配されました。
どうしてでしょう?この言葉だけで納得できてしまうのは。
怖いくらいに納得できる。
こんなにも。こんなにも簡単で・・・・・そして深い理由だったのね。
更新されない「希望の世界」見つめていました。
風見君が言った事。
何も言い返せない。私には何も言えない。
言う権利なんて、無いのかもしれない。
けど。
それでも、私は死にたくない。
風見君。アナタの思い通りなんかになってあげません。
画面を見つめる私の目は、いつまでも乾いたままでした。
早紀ちゃんが遺したあの子の世界。
sakky。
ここではまだ、生きている。
第十五週 「帰巣」
3月27日(月) クモリ
川口君と遠藤に連絡しました。「風見君に会ったよ」
緊急集会です。ジョナサンに集合しました。
病院での出来事と、家まで来たこと。二人に話しました。
「じゃあヤツは、ここら辺をウロウロしてるワケだな」と川口君。
遠藤は「あいつの方こそ早紀ちゃんを侮辱してる!」と怒ってました。
こいつ早紀ちゃんが死んだことを知りません。絶対言わない。それこそ早紀ちゃんを侮辱することになる。
意外なのは川口君でした。早紀ちゃんの事を知ってたようです。
「直接会ったことはないんだけどな」と話し始めました。
「あのくされ外道の奥田が唯一心を開いた相手が、確かそんな名前だった。恋人だったらしいんだよな。」
奥田まで早紀ちゃんに魅了されてたなんて・・・。
こんな所で早紀ちゃんの名前が出てきたので川口君も驚いてるそうです。
さて、風見君は私のまわりにいる。(私達を狙ってるんだから当然よね)
恐らく、もう黙っててもあっちから何らかのアクションはあるでしょう。
やるしかないのね。
3月28日(火) アメ
まさか風見君このまま消えるなんて事ないわよね。
そんな心配をしてた自分がバカらしくなりました。
彼は早速行動を起こしていたようです。
遠藤が襲われました。何の抵抗もできないまま死にそうな目にあったようです。
私と川口君が病院に行くと、彼は私達に泣きついてきました。
「昨日ジョナサンから新しく借りたアパートに帰ろうとした時に道路を歩いてたらいきなり車が突っ込んできて
はねられてすごい大きな音がして死ぬほど痛くて転がり回ってなんて救急車まで来て乗せられて・・・」
川口君になんでこいつは助かったのか聞いてみました。
黙ってベッドの横に置いてある数冊の本を差しました。
・・・・レモンクラブ?
後で川口君からそれに関する話を聞いて二人で大笑いしました。アレが鎧だなんて・・・
遠藤は「ボクはこれで戦線離脱した覚えはない!」と頑張ってましたが
川口君は「コイツ本当に使えネェヤツだ」と吐き捨ててました。
私と川口君。次に狙われるのはどっちか?覚悟しておかないと。
それにしても。川口君と話してました。
「車は誰が運転してたんだ?」
カノンやトロイメライ。遠藤が実際に会っている。
風見君に仲間がいる事はなんとなく分かってたけど・・・
一体、誰?
3月29日(水) ハレ
警察もさすがにバカじゃありませんでした。遠藤があんな目に会ったので動いたようです。
遠藤が色々聞かれたとわめいてました。「けどボク何も知らないって言っておいたよ」
放火とひき逃げ。警察はこの二つに関連性を見つけるでしょうか。
是非そこを突いて欲しいです。そんな無駄なことをしてる間に、私たちが風見君を撃つから。
無能なヒトタチ。荒木さんが燃えた時点で放火犯を捕まえてれば何もなかったでしょうに。
風見君、あんなのに捕まらないでね。
今一度、私たちの元に出てきなさい。
破壊神・川口君はバットの手入れをしてました。
バット持ったまま巧みに原チャリを操る。どっから見ても通り魔でした。
「遠藤んトコに来たケーサツのお方達は、風見の事は知ってんのかな。」
わからない。私は答えました。けど、いずれはたどり着くでしょうね。
「なぁ」と川口君が少し神妙な顔になりました。
「もしこのまま風見を殺したら、俺達どうなるんだ?」
ケーサツに捕まるのが怖いの?
「そんなこたぁねぇけど・・・」
彼は私達を殺そうとしてるのよ。正当防衛よ。
川口くんはバットを一振りして「そうだな」と答えました。
「この手で仕留めねぇと俺の気も済まねぇしな」
カワイソウに風見君。川口君に手を出したのは間違いだったわね。
それにね。川口君だけじゃないのよ。
私も・・・・この手でアナタを仕留めないと、気が済まない。
私を侮辱したのだから。
3月30日(木) ハレ
川口君が。あの川口君がやられました。
グシャっとした原チャリは動いてるのが奇跡のよう。
所々に川口君の血が付いてます。
私の家に傷ついた川口君が転がり込んできました。
「車だ。原チャに寄せてきやがった」
そのまま転んでしまったみたいです。しかし川口君もタダでやられたワケじゃありませんでした。
バットで窓を割ってやった。そう言ってました。
左手でハンドル操作。惰性のまま走行して右手でバット。器用に怖いことをする。
「運転してた男は知らねぇヤツだった。けどな。気に食わねぇことに、そいつ笑ってやがったんだよ」
というか川口君、よく無事だったわね。
「受身とったからな」という納得できるようなできないような理由でした。
この人、転び慣れてる・・・・いや、事故に慣れてる。
「畜生!来るのはわかってたのに・・・注意が足りなかった・・・!」
私の部屋で川口君の治療をしてあげました。
バットを抱え、「絶対殺してやる」と呟いてます。
残るは私だけ。川口君はここで風見君達を待つつもりらしいです。
それもいいでしょう。
弟は私が男を部屋に連れ込んでるので驚いてました。
両親も何か言いたげでしたが、怪我人だったから特に何も言いませんでした。
みんな。今は何も言わないで。
既に私の家族も巻き込まれてます。風見君に、家がバレてるのだから。
遠藤も川口君もやられた。もう避けられない。
私の部屋に川口君が寝てるのは不思議な気分です。
そのせいではないのですが、私はなぜか眠くなりませんでした。
そっと胸に手を当ててみると、鼓動が早くなってるのがわかります。
次は私の番。
緊張してるのね。
3月31日(金) ハレ
それは夕方ごろでした。
川口君は突然立ち上がりました。バットを掴み、じっと目をつぶりました。
あたりはシンとしてました。仁王立ちのまま動かない川口君。
私も耳を済ましてまました。時計の音が妙に響きます。
ガサッと外で音がしました。
「来た」
川口君が呟きました。
忍者みたいに音を立てずに部屋からすごい勢いででて行きました。
私も慌てて後を追いましたが、もう川口君は外にでてました。
この人すごい。なんでわかったんだろう。
後で聞いたら「経験だよ」って言ってました。
風見君が逃げていきます。走ってました。
川口君が原チャのエンジンをかけたのと同時に、すごい勢いで車がやってきました。
私に突っ込んでくる・・・直感した私は横に飛びました。
それでも避け切れない。車もハンドルを切って私に向かってきます。
自分の家の前で死ぬなんて。
私の体が突然宙に浮きました。川口君。一瞬の内に私を抱えて車をよけました。
キキキと急ブレーキの音が響きました。その勢いでUターン。
その音を身近で聞いた私は耳がキンとなりました。
車が私の目の前を走るとき、割れた窓から運転手の顔がチラっと見えました。
笑ってる。確かに川口君の言う通り。
でもこれは、笑ってると言っていいのでしょうか。
なんて言うか・・・・自嘲した笑い・・・?
そこまで考えた時には私は原チャリの後ろに乗せられてました。
事が進むのが早すぎて自分の立場を把握するのに時間がかかりました。
川口君の叫び声で我に返ったのを覚えてます。
「畜生!」
原チャをバンバン叩いてます。私のトコにも響いてました。
何をやってるの?疑問に思ったけどすぐに答えは出ました。
動かないのね・・・・
バットが地面に叩きつけられました。すごい音が鳴りました。
私は原チャを降り、家に戻りました。
心配そうに私を見る親。「なんでもないから」
納得してもらえませんでした。何か色々聞かれましたが私は「なんでもないから」を繰り返してました。
様子を察した川口君は原チャを引っ張って帰ってしまったようです。
だんだんお母さんの声が遠くなっていきました。
弟の顔も遠くなっていきました。
そうね。このまま遠くに言ってしまった方がいいでしょう。
そうすれば巻き込まれないで済む。もっと遠くへ。遠くへ・・・
部屋に入りカギをかけました。
その瞬間でした。あの運転手さんが誰なのかわかってしまったのは。
あの顔に思い当たる人が、突然浮かんできました。
私はかつて、自嘲的な笑いをする人にあったことがある。
あの時もそうだった。ケケケって笑ってた。
風見君と一緒にいる。あり得るかも。あり得るわ。
だってあの人は風見君の・・・・
私はベッドに倒れ込みました。
眠ってしまいたかったけど、どうしても眠れません。
頭の中は真っ白なのに。私も遠くへ行ってしまったのかもしれません。
昨日は眠れなかった。今日も眠れない。
目が閉じない。
4月1日(土) クモリ
電話が鳴りました。風見君のお母さんからでした。
以前会ったときに「新しい事がわかったら教えてくれ」と電話番号を渡しておきました。
「ちょっと来て欲しい」との事でした。
急いで風見君の家に行きました。
相変わらず何も考えてないような顔で迎えてくれました。
「アナタにも聞いてもらった方がいいかなと思って」
奥に通されると、スーツを着た男の人達が座ってました。
軽く会釈をされたのでこっちもペコリとしました。誰だろう。けどすぐに紹介されました。
「病院の方達です」
納得しました。そして私が呼ばれた理由も。
新しいことがわかった。私が散々けしかけてたから、風見さんも私を呼んでくれたんだ。
病院の人達の前に座ると「今お茶を出すから」と風見さんは引っ込んでしまいました。
この人達は明らかに私がいるのを嫌がってます。顔に出てる。
私が「風見君のことで何かわかったのですか?」と聞いても曖昧な返事ではぐらかすだけです。
私には教えてたくない。知られたくない。見え見えの態度にしばらく気まずい状態が続きました。
風見さんがお茶を持ってきました。場の雰囲気を察することもなくマイペースでした。
この人、本当に何も考えてないで生きてるんじゃないの?そんなことを思ってしまいました。
私は風見さんに催促しました。「で、話は何でしょうか」
ああそうそう、といかにもオバサンな感じで答え、病院のカタタチに顔を向けました。
「この子にも先ほどのお話を」
嫌々ながらもここまで来たら仕方ない。そんな渋い顔して話をしてくれました。
私はまた周りが遠くに行ってしまいそうになりました。
真っ白に。頭の中が真っ白に。
しかし風見さんの顔を見て急に現実に戻りました。
アナタは、なんでこんな平然としていられるのですか!
叫びたかったけど、なんとかこらえて声をおさえて聞きました。
その答えに私はなぜかどうすることもできない怒りを感じました。
「もう諦めてたから・・・」
そんな・・・そんな簡単でいいの!?
今度は声に出してしまいました。
風見さんは戸惑ってました。病院の人達なんか愛想笑いを浮かべて「まぁまぁ落ち着いて」とほざいてます。
この人達は、なんでそんな簡単に・・・!!
私の怒りから逃げるように、彼らは「では今日はこれくらいで。また詳しい話は落ち着いてから後日にでも」
等と言い捨ててすごすごと帰ってしまいました。無責任よ。けどそれを言わなきゃいけないのは風見さんでしょ!
それでも風見さんは一度も涙を見せることはありませんでした。
私も少し落ち着いて、もう一度話を確認しました。
何度聞いても同じでした。これは現実なんだ。そう思うのに時間はかかりませんでした。
風見君は既に死んでる。
病院内で死体が発見された。いや、骨が見つかった。暖房施設のボイラー室なる所から見つかった。
燃え尽きていた。冬の間中、ずっと燃えていた。
事故か。もしくは自殺か。彼は自らそこに飛び込んだ。らしい。
どうしてそこに入れたのかはわからない。調査中。
納得できない。けど、するしかない。
死んでることは確か。風見君は、間違いなく死んでいる。
骨が風見君のモノであることは警察で確認済み。見つかったのは3日前なんだから・・・
私がフラフラ帰ろうとすると、風見さんは思い出したように「そう言えばこんなものがあったんだけど」と
フロッピーディスクを取り出しました。「ウチの子が書いたものらしいんだけど」
とりあえず受け取っておきました。
家に帰り、早速それを見てみました。
何も言えませんでした。
しばらく呆然としてました。
「カイザー日記」
風見君がおかしくなっている様が描かれています。早紀ちゃんに魅了されていく様が綴られてます。
恐らくこの後生き残ったのね。お腹にナイフを刺したくらいじゃ死なないものね。
それで入院して・・・・そこで早紀ちゃんを追って・・・・・
彼の心の動きが見えた気がしました。
早紀ちゃんの死に際に居合わせた時の涙が再び蘇ってきました。
そして唐突に思いました。風見さんが息子の死に泣かないワケを。
こんな重要なもの持ちながら今まで何もしなかったワケを。
どうでも良かったのよ。生きてる時から。
カイザー日記を読み終わってしばらくすると、川口君に風見君が死んでることを伝えました。
「じゃぁ俺らが昨日見たのは誰なんだよ!」
電話越しに彼の戸惑いが伝わってきます。私は「わからない」と答えました。
でももう私には分かってました。あれが誰なのか。
荒木さん?それは無い。あの人と一緒にいる理由が無い。
もっと当てはまる人間がいる。すべてが繋がる。あいつなら。
川口君は想像もつかないでしょう。遠藤だってわかるわけない。
それはたぶん、私にしかわからない。
明日。明日行ってみよう。
川口君は納得できてなかったけど、とにかく明日ということで電話を切りました。
遠藤にも集合をかけました。風見君の死についてわぁわぁ何かわめいてたけどすぐに切ってしまいました。
連絡を終えると「希望の世界」にアクセスしてみました。
sakkyが何も更新しなくなってからずいぶん経つ。
チャットルームに入り、「sakky」の名で書き込みをしました。「戻ってきたのね」
数分後、更新すると新たに書き込みが増えてました。
「戻ってきたよ」
名前は、「sakkyを守る会」
こいつこそ、その名前に相応しい。
4月2日(日) -ク-モ-リ-
川口君と風見君の家に行きました。
遠藤はまだうまく動けないけど遅れていくとかなんとか。要は動きたくないらしいです。
風見さんは今色々忙しいのかもしれませんが、応対してくれました。
お葬式の準備なんかもあるのね。そこら辺の話も聞いてみました。
事態をうまく飲み込めてない川口君も、これで現実感沸いてくるでしょう。
風見君は、親戚だけでひっそりと送られるそうです。
死に方が死に方だけに、あまり目立ったことはしたくないのでしょうか。
「私もそっとしておいて欲しいから」
この一言で私は納得してしまいました。風見さんは、自分のことの方が大切なのね。
風見君の父親にも挨拶しておこうかと思いました。
けど誰かとお話中だったのでやめておきました。
「恋人」ってだけで、そこまでする必要まではないし。
通りすぎたあと、川口君が耳打ちしてきました。「あの父親、弁護士と病院から金を取る話をしてたぞ」
カワイソウな風見君。今日は素直に同情できました。
もう帰ろうと玄関まで来た時、「なぁ」と川口君に聞かれました。
「風見が死んでるのは良くわかった。で、結局あの傷の男は何者なんだ?」
それはね、信じられないでしょうけど・・・・・言おうとした矢先でした。
見送りに来てた風見さんが「そうそう。渡部さんに伝言があるの」と横から入ってきました。
誰からですか?
「あの子の友達って子から。今朝来たの。『渡部って人が来たら伝えておいて下さい』って言われて」
思わず聞き返しました。その子、顔が傷だらけじゃなかったですか?
風見さんは驚いた顔して「あらよくわかったわね」と。
そして続けて言いました。
「『遠藤さんにもよろしく』ですって。」
私達は遠藤の病院へ急ぎました。
川口君の(なんとか直したらしい)原チャリで数十分。
その間会話はありませんでした。川口君も同じ事を思ってたでしょう。
行けば、すべてがはっきりする。
病院に着きました。すぐに遠藤の病室へ。
面会の手続きが煩わしかった。早く行かないと・・・・・逃げられる。
けどそこで看護婦さんの言ったセリフ。
「遠藤さん今日は大盛況ねぇ。今、先客がいますよ。」
病室に入りました。カーテンの仕切りが幾つか。
遠藤の所だけ閉じられてる。
私がカーテンを開きました。遠藤の巨体がベッドに横たわってます。
力なく、転がってる。口から泡を吹いてます。
アウ、アウ、と呂律が回ってない。かろうじて聞き取れた単語は、「カノン」
窓が開いてました。風が入ってきて髪が少し乱れました。
川口君が「ここ、何階だ!?」と叫びました。
確か、3階・・・・・・・
「降りれねぇ高さじゃない」
二人で窓に乗り出しました。横を見ると配水管が下まで続いてます。これをつたっていけたら・・・
「よぅ」
聞き覚えのある声が下から聞こえました。
「久しぶりだなぁ渡部さん。ああ、男の方は始めまして・・・てワケでもないんだよな。」
道に岩本先生が立ってました。洒落た帽子にサングラス。白衣じゃないけどこれは間違い無く・・・・岩本先生。
「始めましてだろ」と川口君が声をあげました。
岩本先生はケケケっと笑い声を上げて「会ってるさ」と答えました。「そごうの2階にいたヤツだろ」
あの場所に。あそこに岩本先生も居たの?
3階から叩きつけるように、私も叫びました。
「あそこには川口君と、私しか・・・あと居たのはカップルくらいでしょ」
「カップルか」再びケケケと笑いました。
「嬉しいね。俺達まだまだイケるじゃねぇか」
岩本先生は横に居た女の人の肩を抱えました。
女の人は、ぼぉっとしたままなされるままに体を動かしてます。虚ろな目。私と目が合いました。
早紀ちゃんのお母さん。
「トロイメライ」
岩本先生はそう言いました。
「ここに長居をしてるとマズイんでな。また改めて話せたらいいな。」
くるっと後ろを向いて、二人は歩き始めました。
その向こうに、一人の男が立ってました。
恐ろしいほどの無表情で、私達を見つめてる。
もう私には、それが誰だかわかってます。
昨日から、わかってる。
私はその名を叫びました。
「虫!」
川口君が横で「何だって!?」と聞き返してきました。
かまわず私は続けました。
「正気に戻ったのね!」
岩本先生が振り返り、またケケケっと笑って帽子を振りました。
「戻ったよ」
3人はそのまま視界の奥へと消えていきました。
その直前、虫はチラリとこっちを見たのを覚えています。
気のせいか、口が動いたような気がしました。それはこんな事を言ってるんじゃないかと思いました。
「早紀を侮辱した」
遠藤は何か薬を飲まされたらしいです。
何の薬かわからないけど・・・・とにかくこいつは、もう正気に戻ることは無いんじゃないでしょうか。
虫を見失ったあと、遠藤に目を戻したときにはもう完全に狂ってました。
失禁。涎。奇声。もはや人としての理性は失われてる。
この肉の塊を尻目に、私達は病室から出て行きました。
川口君からは質問攻めをされました。
虫は死んだんじゃなかったのか。なぜ今ごろ虫が出てくるのか。
私は「とにかく落ち着いたら話す」と、今日のところは勘弁してもらうことにしました。
私自身、うまく説明できないから。
あれが虫なのはわかった。けど顔の傷が何なのかわからない。
そしてなぜ、「サキ」から「虫」に戻ることができたのか。あの傷に・・・関係ある?
私は家に帰ると、すぐにベッドに倒れこみました。
予想はしてた。けどこうして改めて対峙すると、怖いくらいの現実感が襲ってくる。
無性に体が震えてきます。
この震えが告げているのは、たったひとつだけの事実。
虫が、戻ってきた。
第十六週 「追撃」
4月3日(月) クモり
「僕の日記」と「カイザー日記」を読んで、川口君はとても複雑な表情をしました。
これに早紀ちゃんサイドからの話も加え、ようやく事の状況を理解できたみたいです。
何故虫が復活できたのかは、お互いわからないままでしたが。
「昔のことを思い出したよ」
私も久々に思い出していました。虫をいじめていたあの頃を。
「これで少し納得できたことがある」川口君が呟きました。
どんな事?
「奥田が『虫をいじめよう』って言った時。俺は『あんなヤツいじめても面白くないだろ』って反対したんだ。
それでも奥田は引かなかった。その理由を聞いてみたら、『俺はあいつが許せないんだよ』って言ってた。
何がどう許せないのか、その時はわからなかった。知ろうとも思わなかった。どうでも良かったからしな。」
一息ついてから続けました。
「けど、今ならわかる気がする。心奪われた相手の兄貴がアレじゃぁな。許せないってのも納得できる。」
そう。みんな早紀ちゃんに魅了されている。すべては早紀ちゃんを中心に動いてた。
それは川口君も同じでした。今だから言えるんだが、と前置きをしてから話してくれました。
「俺がずっと『希望の世界』をROMってたのも・・・sakkyがどんなヤツなのか気にになってたからなんだよ」
早紀ちゃん。アナタの知らない所でもファンはいたわよ。
遠藤は昨日の病院には居ませんでした。
代わりに・・・あんなに行くのを嫌がってたあっちの病院に移されました。
風見君の死んだ病院に。岩本先生が勤めていた病院に。
虫が居た病院に。
あの人達は、ただ守りたいだけなのね。早紀ちゃんが遺した「希望の世界」を。sakkyを。
デジタル化された早紀ちゃんの魂を。
それを汚す私達を消したがっている。
ホームページを消すのは死を意味する。そんな事できない。
だから、直接消すことにした。そこに関わる人達を。荒木さんを騙り、風見君となって私達の前に現れた。
何も知らない私達は、ただ翻弄されるだけでした。
踊らされるだけでした。
何も知らなかったんだから・・・。
4月4日(火) クもリ
遠藤の見舞いに行きました。
ムシャムシャと憑かれたようにご飯を食い漁ってました。
箸など使わず全て手掴み。涎や鼻水がご飯に掛かろうと構わずとにかく食い散らかしてます。
目は真剣でした。目には肉、米、野菜しか写ってないません。
私達が話しかけても何の反応もなく、ひたすらガツガツ喰ってました。
こんなになっても生きる意思だけはしっかり持ってる。
例え肉の塊でも、こいつは生きていたいのでしょうね。
私と川口君。残った二人。
「虫が俺達を狙う理由は、もう十分わかった。」
川口君は病院からの帰り、こう話し始めました。
「で、俺達はどうなんだ?」
どうって・・・思わず聞き返しました。
「納得したからって、黙ってやられるつもりなのか?」
私川口君の問いかけにしばらく答えることはできませんでした。
虫や岩本先生がやってきたこと。やろうとしてること。
早紀ちゃんへの想いが、私を殺す。
川口君もしばらく黙ってました。
長い沈黙だった気がします。どのくらい経ったでしょうか。
口を開いたのは私でした。
「けど」
私は心を決めました。
「私は死にたくないわ」
俺もだ。間髪入れずに川口君も答えました。
「それで十分だろ。」
虫たちは私達を殺そうとするでしょう。
遠藤のように人格を壊される?それとも本当に殺される?
私は嫌です。生きていたい。
川口君の言った通りよ。それだけでいいはずよ。
例え私達が虫や岩本先生を殺すことになろうとも。いくら他人を壊しても。
その理由はコレで十分。
私が、生きたいから。
4月5日(水) あメ
風見君の葬式には呼ばれませんでした。
けど、風見さんは「今日やる」との連絡だけはしてくれました。
相変わらず何の感情もこもってないように聞こえました。
なんとなく風見君に最後の挨拶をしたかったので
一目だけなら見に行っていいか聞いてみました。
「それなら構わない」とのことでした。
私は一人、風見家に行きました。
・・・・風見君の笑顔の写真を見ると、あの子は普通の中学生だったことを改め実感させられます。
彼をおかしくしたのかなんだったんでしょうか。
「希望の世界」。ここに関わったせいでしょうか。
もうそんなことは考えなくてもいい。
骨となった風見君。
安らかに眠りなさい。
私の用はこれだけだったのですぐに帰ろうとしました。
別れ際、風見さんと少し話をしました。話し掛けてきたのはあっちからでした。
「私のことを変だと思う?」
いきなり言ってきたので少し驚きました。けどその答えはすぐに出る。いつも思ってることだから。
思います。
「息子が死んだのに悲しんでる様に見えないから・・・でしょ。」
私は黙ってうなずきました。ああ、この人も一応自覚はしてるんだ、と思いました。
風見さんは話を続けます。
「正直、私もなんで悲しくないのか分からないの。」
ああそうですか、と心の中では聞き流してました。
「本当は・・・とても悲しいのに。」
その言葉に私は耳を疑いました。嘘でしょう。そんなはずない。だって全然そんな風には・・・
「なんか現実感が無くって」
それはつまり?頭の中で色々考えました。そして結論が出てしまいました。
これ以上話してると私もどうにかなってしまいそうでした。
だからその場はもう帰ることにしました。
相変わらず無表情に手を振る風見さん。
けど、その奥にある思いは。
あの人はやっぱり風見君が死んで・・・いや、行方不明の時点でもう、十分悲しんでいたんだ。
だけどそれを認める事ができなかった。認めたら悲しみに押しつぶされてしまうから。
無関心になることで・・・現実を断ち切ることで、それを押さえていた・・・。
日が経つにつれ、それは限界を迎えるでしょう。
現実を認めなければならない時が来るでしょう。
その時はきっと、ずっと押さえつづけきた感情が一気にあふれ出るはず。
そうなったら風見さんは・・・・
もう考えるのは止めました。これは全部私の考え。
合ってるかもしれないし、間違ってるかもしれない。
それでも私の中では何かわからない感情が巡っていました。
哀しいのか。切ないのか。それはもうよくわかりませんでした。
ただ、私には無表情の奥に隠れた感情が読めなかっただけ。
それだけなのよ。
無表情。私は虫のあの顔を思い出しました。
虫はあの無表情の奥に、どんな想いを秘めているんでしょうか。
荒木さんを騙って私の前に現れた時、それが読めてればこんなことにならなかったかもしれない。
早紀ちゃんを。私は早紀ちゃんを侮辱したのかな?
それは考えるまでも無いことでした。
もし、虫にすべての記憶が戻っていたのなら・・・・
私が「希望の世界」に居るのは許しがたいことのはず。
だって、私は虫に酷い事をしてきたんだから。
そんな女が大切な場所に土足で踏み込んできた。
大切なsakkyの居場所に、踏み込んだ。
川口君。私は無性に川口君と話をしたくなりました。
川口君には虫との因縁があまり無い。
それだけでなぜか救われる思いでした。
虫の呪い・・・。そうだ。学校で流行った「虫の呪い」
私は呪われた。虫の呪いが私の体に巻き付いている。ベタベタと絡まり、離れない。
私をそこから解放してくれるのは、川口君か。それとも・・・
虫本人なのか。
4月6日(木) くモリ
川口君と目的地に向かうまで、少し話をしました。
「放火やひき逃げの犯人は俺達もうわかってるんだ。警察に言っちまえばそれで終わりだろ」
そうね。私は相槌を打ちましたが、本当は別のことを考えてました。
「けどそれは、できねぇよな。」
私は何も答えませんでしたが、答る必要なんてありませんでした。
お互いもう分かってることです。
「俺達でケリをつける」
虫の家へ。
川口君と二人で乗り込みました。
居る気がしました。野暮ったい言い方だけど・・・気配を感じました。
いざ家の前に立つと、思わず小さく震えてしまいました。
川口君が金属バットでコツンと足を叩き、「大丈夫か」と心配してくれました。
大丈夫。川口君の声を聞いて震えは止まりました。
こっちには破壊神がいる。負けるわけないわ。
顔を見合わせました。川口君がうなずきました。
私は覚悟を決めて、家のチャイムを鳴らしました。
数秒の沈黙。その後インターホンから声が聞こえてきました。
「開いてるよ」
岩本先生の声でした。
ノブに手をかけるとカギはかかってませんでした。
ドアを開け、私達は入りました。
岩本先生は居間のソファに座ってました。
私が良く知る格好でした。病院で見たときの白衣。
きれいに片付けられた部屋にソファが二つ、私達の方に向いてました。
もうひとつのソファに座ってるのは・・・虫。
怖いくらいの無表情。傷だらけの顔。私達を、いや私を見ています。
虫は今何を思っているのか。私には読めませんでした。
「もう少し早く来るかと思ったよ」
岩本先生はソファから立ち上がりました。
少し首をまわし、体を解していました。
「3日前から家でスタンバイしてたんだけどな。まぁ心の準備とか考えるとこんなもんか。」
虫はただじっと私を見てるだけでした。
岩本先生が話してるのを気にも止めず、私の事を見ています。
睨んでるのか。傷だらけの顔からはそこまでわかりませんでした。
「さて」
私と川口君に、何か確認するように視線を送ってきました。
ゴマをするような感じ軽く手を合わせ、イタズラっぽい笑みを浮かべました。
「いつでもどうぞ」
この言葉が合図でした。
川口君がバットを振り上げました。
広い家。家具はソファと空の食器棚だけ。テーブルも椅子も無い。
それが余計に居間を広く感じさせました。
川口君が暴れまわるには、十分な広さです。
岩本先生は動きませんでした。川口君が踏み込んできても笑みを浮かべたままでした。
何も持ってない。素手とバット。結果は見えたようなもの。
私は岩本先生の最期を見届けるべく、視線は外さないようにしました。
川口君が雄たけびをあげました。バットが風を切り、ビュっと音をたてました。
一撃で終りね。さようなら、岩本先生。
ドン、と轟音が鳴り響きました。
私は目を疑いました。
川口君は、バットを握ったままこれまで見たこともないような表情になりました。
岩本先生がケケケと笑いました。
バットの頭は地に着いてます。床が少し削れました。
虫は相変わらずの無表情でそれを見つめてました。
川口君がもう一度バットを持ち上げ、襲い掛かりました。
しかし結果はまた同じ。
岩本先生は、素手でバットを弾いてました。
何度も何度も川口君はバットで攻撃しましたが、素手で弾かれたり、避けられたり。
川口君は叫んでます。それでもバットは空しく空を切りつづけます。
何度目かの攻撃。岩本先生が動きました。
それは、一瞬でした。
すごい勢いで放たれた右ストレートは、川口君の顔面を直撃しました。
激しく倒れこむ川口君。さらに首を掴まれ、壁に叩きつけられました。
その弾みにバットは手から離れ、カランを音を立てて床に転がりました。
ドボドボと鼻血が流れています。
私は呆然としたまま、その様を見ていました。
「ケンカが強いだけで破壊神か。いいよなガキは。それで強いと思われて。」
川口君は後頭部を打ったらしく、呻いて体の動きも鈍くなってます。
そこに岩本先生が馬乗り状態になりました。白衣が川口君の血で染まります。
「昔な。恋人がイジメラレッコだったんだ。」
首を締め上げられました。口から少し泡が出ました。血と混じって赤い泡に。
川口君は必死に岩本先生の腕を掴みましたが、それ以上の力で押さえつけられました。
「それで俺は、彼女を救う為に強くなろうと決意した。身も、心もだ。」
岩本先生は右手を離しました。左手だけでも川口君は解くことができませんでした。
右手が川口君の顔を包む。5本の指をいっぱいに使って、顔を締め付けていました。
真っ赤な手は、深紅の蜘蛛のようでした。
「お前にはあるか?そうゆうモノが。」
顔全体を包んでいた指が血で徐々にずれていき、中指と薬指が川口君の左目に掛かりました。
彼は悲鳴をあげました。指が、そのまま目に食い込んでいく。
「何も持たないガキに、俺が負けるわけないだろ。」
赤く染まった指は、川口君が流してる血の涙のようにも見えました。
更に指が食い込んでいく。足をバタバタとさせて暴れる川口君。
両手で必死に腕を掴んでいましたが、完全に力負けしていました。
2本の指は、もう第一関節まで入り込んでる。
川口君の左目が、目に見えて盛り上がっていきました。
立ちすくんでいた私は、思わず目を逸らしました。
次の瞬間、顔を捕まれ再び川口君へと顔を向けさせられました。
・・・虫でした。
虫が私の顔を掴み、この凄惨な光景を私の目に焼き付けさせようとしています。
手を解こうとしました。けど、私の力ではどうすることもできませんでした。
「渡部さん」
虫が口を開きました。
「君を破滅させるのは簡単なんだよ。」
その声は荒木さんとして現れた時と変わってませんでした。
懐かしさすら覚えるその声からは、何の感情も感じることはできません。
私は既に動くことすらできない状態でした。
震ることすら通り越し、足はただ氷の様に固まるだけでした。
恐怖が私を包んでました。
それでもかろうじて声を出しました。前から思ってたことが言葉になってでてきました。
虫に向かって、上擦った声で言いました。
「記憶は。どこまでの記憶が戻ってるの?」
虫は私の顔を両手で掴みました。そしてグイっと自分の顔の前まで引き寄せました。
間近で見る虫の顔。傷が、おぞましい傷が目の前に。
「全部だよ。」
さらに顔を引き寄せました。
鼻がくっつきそうになるくらい。虫の落ち着いた息と、私の恐怖に震えた息が絡み合う。
目を見つめられました。虫の瞳に写る私は、涙を流して忌ました。
「学校。希望の世界。お腹の痛みで目覚めたこと。病院でサキになってたこと。そして早紀が、死んだこと。」
私は小さく呻きました。
「全部だ」
その声とほど同時に、虫の後ろからなにか変な音が聞こえました。
グチャリ。何かが潰れる音でした。
虫が私を離しました。岩本先生が立ち上がるのが見えました。
川口君。川口君は・・・・
彼は下を向いたまま、涙声でこう呟いてました。
「ちくしょう・・・・ちくしょう・・・・」
手に何かを持っています。
それが何だか分かったとき、私は気を失いそうになりました。
失ってしまいたかった。けど、無情にも頭ははっきりしたままでした。
それは、潰れた眼球でした。
「俺達はもう行く。二度と会わないことを願うよ。」
岩本先生が血染めの白衣の裾を直しました。
「ああ。でも最後にもう一回だけ会うかもな。」
ケケケと笑い、岩本先生はこの場を後にしました。
虫も後ろに付き添い、そのまま出ていきました。
部屋を出る前、虫と私は目が合いました。
彼は、最後まで無表情でした。
少しすると車庫のシャッターが開く音がしました。
そしてエンジン音が。
車の音はやがて遠のいていきました。
音が完全に聞こえなくなるまで、私はずっと動くことができませんでした。
普段なら救急車を嫌がる川口君も、この時ばかりは大人しく従ってくれました。
残った右目で、ずっと涙を流してました。
初めてみる川口君の涙。それが片方だけなんて。
救急車を呼ぶだけ呼んで、私はその場を離れました。
川口君は黙って頷いてそれを承知してくれました。
少し離れた所で救急車が来るのを見届けてから、私は家に帰りました。
すぐにトイレに駆け込み、嘔吐。
咳き込みながらも、胃の中のモノは全て吐き出していました。
涙が止まりませんでした。
膝に力が入りませんでした。
腕にも力が入りません。
動くのは、キーボード叩くこの指と、画面を見つめるこの目だけ。
頭もうまく働きません。
私は何も考えることもできず、ひたすら今日の出来事を綴っています。
頭の中では、今日のあの凄惨な光景だけが焼き付いてる。
離れない。
目を瞑っても、離れない。
ハナレナイ
4月7日(金) ハれ
圧倒的敗北を喫した私達。
遠藤は心を失い、川口君は誇りと左目を失った。
私は何を失うのでしょう。
家族・・・家族でしょうか。
最近様子のおかしい私に、家族は良く気遣ってくれてます。
それは他人のように、何処かよそよそしいものでした。
浪人生にもなって、予備校にも行かず、日々ただフラフラとでかける私。
それを咎めもせず見守る家族。その目は暖かく、そして辛く私に突き刺さります。
けど、この人達に罪はない。
消すわけにはいかない。
消させない。
消えないで。
川口君の声はとても弱々しかった。
日も暮れた頃、突然川口君から電話がありました。
「今から会えないか」
それより聞きたいことはたくさんありました。
あれからどうなったのか。もう怪我は平気なのか。痛むのか。
川口君は私の質問には答えず、一言だけこう呟きました。
「病院、逃げてきた」
夜の公園で川口君は一人、ベンチに座って天を仰いでました。
左の顔半分に撒かれた包帯はとても痛々しく見えました。
右半分の表情も、いつもの川口君の表情ではありませんでした。
目に覇気は感じられず、頬も心なしか痩けているようでした。
病院から抜け出してきて大丈夫なのか聞いてみました。
「痛み止めはたんまりくすねてきた」とだけ答えてくれました。
だからって・・・他にも色々
言いかけたところで川口君が手で制しました。
「なぁ。今からウチに来ないか?」
何も考えることなく、私は川口君に付いていきました。
川口君の家に興味があったのかもしれません。
かつて破壊神だった人の家に。
川口君の家。マンションの下までは行ったことあるけど、中に入るのは初めてでした。
決して質の良いとは言えない・・・なんというか、質素な家でした。
「ウチは貧乏だからな」と川口君がミもフタも無いことを言いました。
家には誰もいませんでした。弟さんがいないのはわかるけど。
誰もいないのね。思わず言ってしまいました。
川口君は少し寂しそうな顔をしました。
「オヤジはいない。おふくろは滅多に戻らない。たまに金だけ口座に振り込むくらいさ。」
聞いてはいけない事を聞いてしまったみたいです。
絵に描いたような苦労人。でも・・・現実問題として、私のような「普通の家」ばかりなわけないのよね。
こんな家だってある。やっぱりそんな家の子供って・・・・不良になるんだ。
場違いでしたが感心してしまいました。不謹慎でしたが優越感も感じていました。
川口君の言葉でそれらは全て吹き飛びました。
「ホントに何も持ってないんだよ」
昨日の岩本先生の言葉を思い出しました。川口君も思いだしていたでしょう。
こたつの横に座り込みました。右目は下を向いたままでした。
「だから俺は強いんだと思ってた。」
私は何も言えませんでした。何て言っていいのかわかりませんでした。
私はあまりに無力です。川口君ほど強いワケじゃない。ましてや岩本先生になんか勝てるワケない。
虫にさえ、勝てない。家族は消えて欲しくないと思った。けど私に、守る力なんて、無い。
川口君の右目に涙が光りました。妙に眩しく見えました。
そして、自分でもよく分からないのですが・・・私は川口君の横に座りました。
肩を寄せました。手に触れました。自然の流れです。
私達はその場に倒れ込みました。
結ばれました。
私は、初めてでした。
夜遅く家に帰っても、家族はやっぱり何も言わずに迎えてくれました。
一人ベットに寝転がると、ふと早紀ちゃんの顔が浮かんできました。
少し早紀ちゃんに近づいた気がしました。
私は早紀ちゃんになれるのでしょうか。
なれたら何か変わるでしょうか。
もう遅いかもしれないけど。
何もかも。
遅い。
遅すぎた。
私はもう、逃げられない。
4月8日(土) ヤミ
私を崩壊に導いたのは、一本の電話でした。
携帯に。何故岩本先生が私の電話番号を知ってるのか一瞬疑問に思いました。
けどそれは考えるまでもないことでした。
私は以前、携帯を早紀ちゃんに貸している。どっかに番号をメモっててもおかしくない。
あるいは早紀ちゃんのメモ帳に私の電話番号があったのかもしれない。
私は岩本先生の声を聞いたとき、驚くほど冷静にそんな分析をしていました。
「よぉ」と岩本先生。「こんにちわ」と私。
「もう少ししたらそっちに警察が行く。多少時間はかかるかもしれないが。」
何を言いたいのかわかりました。
そしてこの一言で、私は何を失うのか分かってしまいました。
失うのは、私の未来。
家族は無事だった。そう思うのも束の間でした。
違う。これは私が未来を失うだけじゃない。家族にも。家族にも迷惑が。
岩本先生は私の動揺を察したのでしょうか。沈黙する私を無視して話続けました。
「さんざん遠回りしてきたけどな。やっと引導が渡せるよ。」
私はまだ口を開きませんでした。岩本先生の話は続きます。
「最初はな。遠藤を差し向けてアンタを刺すつもりだったんだ。その為に『sakkyを守る会』なんてのも作った。」
私は何も言いませんでした。
「遠藤を煽るのは簡単だった。そっちもうまいこと煽れたと思ってたよ。」
私はまだ何も言いませんでした。
「要はあの場に来てくれれば良かったんだ。友人の謎の自作自演。その答えを知るために、ってトコかな。」
何も言いませんでした。
「最後の一押しも用意した。しかしお前は、あのメールを読まなかった。」
ああ、あれね。と小さく呟きました。
「それまでに十分煽りは効いてたんだな。そして、お前はあろう事か・・・あのおかげで予定が狂ったんだ。」
私はクスリと笑いました。
「急遽計画を変更だ。遠藤は待機させ、そごうには俺が直接行った。」
私はまた黙り込みました。
「その時はお前をヤルつもりは無かった。あんな事の後だ。様子を見ようと思ってね」
黙って話を聞いてました。
「お前は、あの場に現れた。だがおかしな行動をとるだけで、何もせずに帰っていった」
そうね。
「いつの間にやら川口なんて野郎も出てきた。何もかもやり直しだったよ。」
そうね。
「話をややこしくしたのはお前だ。」
そうね。
「何故荒木の家を燃やした?」
アナタ達が煽ったせいよ。
「そうか。俺達が思っていた以上に彼女との傷は深かったんだな。煽りすぎたってワケか」
川口君はアナタが燃やしたと思ってます。
「お前がそう吹き込んだからだろう?」
彼が勝手に勘違いしてるだけです。
「まぁどっちだっていいさ。思えば一番かわいそうなのは荒木家だな。俺達はターゲットにするつもりなかったのに」
とばっちり喰らっちゃいましたね。
「そうゆうことだ。けどお前の行動は正解だよ。そのおかげで予定が変更され、お前は死なずに済んだんだ。」
凄い。
「だが、お前のおかしな行動はまだある。」
何でしょう。
「お前がsakkyとなったのは風見の日記を読んだから知ってる。けど何故だ?なんであんな日記を書く?」
どうゆう意味ですか。
「荒木が死んだ後、掲示板でARAを生かし続けたのは健気だったな。けど、川口も一回『ARA』で書き込んだだろ」
ありましたね。そんな事が。
「その後の事だ。『a』の書き込み。日記まで『a』で埋まってやがる」
そうでしたね。
「遠藤に『浄化』と称して真似させたけけど・・・日記の『a』はお前しかできないはずだ。」
岩本先生は?
「俺達は『希望の世界』の更新には手をつけていない。」
じゃあ私?
「それしかいないだろ。なんなんだったんだ?アレは」
あ、今思い出しました。あの時も普通に日記を書こうとしてたんです。
でもダメだったんです。手が勝手に動いちゃうんです。
ほら見て下さい。今でもほらなんかちょっと気を抜くとaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
感情を込めた文章を書こうとすると手が言うことを聞きません。
だからもう私には淡々と物事綴ることしかできない。
「狂ってる」と岩本先生が言いました。「アナタもですよ」と私は言いました。
「遠藤の家を燃やしたのはなぜだ?仲間にしたんじゃなかったのか?」
私は仲間にするのは反対だったんです。
「そうか」と答えると同時にため息が聞こえてきました。
「いずれにせよ、お前はもう終わりだよ。」
警察にタレ込みでもしたんですか。
「まぁそんなトコだ。」
私、もうお終いなんですね。
「放火だ。しばらくは出られないだろう。出てもお前に未来は無いだろうな。家族に別れでも告げておきな。」
家族に迷惑をかけたくありません。
「残念ながら、迷惑だらけだろう。」
嫌
「もう遅い」
そんな
「それからお前、知ってたか?ホンモノの荒木が家に戻ってたの」
それはつまり
「そう。お前が燃やしたんだよ。」
岩本先生がケケケと笑いました。私は笑えませんでした。
携帯を片手に引き出しを開けました。荒木さん生存の訂正記事。
私が書いた訂正記事。私の希望。私の願望。
脆くも崩れ去りました。
「どうした?何故黙ってる?」
私の沈黙を楽しんでるような声でした。私はクスンと泣いてました。
「それからいいことを教えてやろう。風見を殺したのは俺だ」
思わず「え?」と聞き返しました。
「俺がヤツをズタズタに切り裂いたんだよ。」
息が止まりそうでした。
「病院の方では何て言ってた?あいつらギリギリまで隠してただろ?」
ボイラー室で燃えてたって。まくしたてるように言いました。
ケケケと笑い声が聞こえました。
「病院ってのはな。体裁が大事なんだ。特に医者が患者を殺したなんて、口が裂けても言えないんだよ。」
じゃあアレは。私が病院の人達に感じた不愉快感が蘇ってきました。
怒りも込み上げてきました。それは涙となって私の体から出ていきました。
「そうだ。お前あのメールに込められたメッセージに気付いたか?」
メッセージ。
「そう。荒木の名で送った最後のメール。簡単な謎解きだから、サツがくるまでの暇つぶしにでも。」
思い出そうとしましたが、岩本先生が話を続けたので断念しました。
「お前達は『希望の世界』の駒に過ぎない。醜く踊って動き回る。」
駒?
「俺達は目障りな駒を排除して、綺麗な姿に戻したいだけなんだ」
自分勝手な人。これが正直に出た私の感想でした。
「俺達はもう家には戻れない。それこそこっちが捕まっちまう。」
だから行くんですね。
「そうだ。もう二度と会わないだろう」
奇妙な寂しさが込み上げてきました。岩本先生に会えなくなるからじゃない。
私はこれで終わるのだと、感じたから。
「最後に何か聞きたいことはあるか?」
たくさんあった気がしたけど、もうどうでもいいことばかりでした。
それでも最後に、一つだけ。気になることがありました。
「虫は、亮平君はそこに居ますか?」
「いるよ」と答えた後、しばらく声が遠のきました。
そして、彼が受話器を取りました。
「もしもし」と虫が。私も「もしもし」と言いました。
私はたくさんの語らなければならないことを無視し、たった一つだけ質問をしました。
「アナタの傷は、どうしてできたの?」
不思議な間がありました。永遠に続くかと思われた沈黙。
答えが返ってきました。
「君には関係ないよ」
電話が切られました。
ツーツーと鳴る携帯電話を、電源を切ることなくしばらくそのまま持っていました。
無性に笑いが込み上げてきました。声を上げて軽く笑いました。
可笑しいかった。気分良く笑いました。
関係ないよ、だって。虫らしい!
心ゆくまで笑ってました。
それから警察が来るまでの間、本当に色々なことを考えてました。
結局家族は消されなかった。みんなに心の傷は残るでしょう。その意味じゃ、守りきれなかった。
放火犯の娘。家族に刻まれるレッテルを考えると気が重くなります。
でも全て私の罪。受け入れなければならないのでしょう。
不思議なほど覚悟が決まってました。
昨日川口君と結ばれた事で、吹っ切れたのかな?
岩本先生に言われたメールのことを思い出しました。
「荒木さん」から受け取った最後のメール。
謎解き?これに何か。
それはメッセージを開く前にあっけなく気づいてしまいました。
クスっと少し笑ってしまいました。芸が細かいわね。タイミングを狙う練習でもしたのかも。
着信時間。16:27。4時27分。
シ ニ ナ
警察のことを考えてみました。なんで私を捕まえる事ができなかったんだろう。
あの時着ていた黒い衣装。それが功を奏したのか。闇の溶け込んでいたのかも。
遠藤の家は?あれはわからなくて当然かもね。遠藤と私の接点はネットだけ。そのパソコンも燃えてしまった。
それにしても私は。
いつからこんなにおかしくなってしまったのでしょうか。
気に入らない人を燃やす。その事に何の躊躇もなかった。
虫達に踊らされる中、私は一人自分のステップで踊っていた。
いつから、おかしくなったんだろう。
あの時?早紀ちゃんが死んだあの時から?
早紀ちゃんの悲惨な姿を見た。
風見君は叫び声を上げて激しい狂気に走った。
私は涙を流し、静かな狂気に蝕まれていった。
その時から正気の私は消えてしまったのかもしれません。
家の前に車が止まりました。窓から何気なく眺めてました。
パトカーじゃないのね。気を使ってくれちゃって。
出てきた人は、明らかに「私服警官」でした。ドラマでも見てる気がしました。
ピンポーン。家中に乾いた音が響き渡りました。私の頭の中にまで響いてきました。
車にはまだ人は残ってます。警察じゃ無い可能性を考えてみました。
それも下から聞こえてるお母さんの叫び声でかき消されました。
「警察!?ウチの子が何か!?」と甲高い声が聞こえてきます。
お母さん。反応が分かり易すぎだよ。
ドタドタと階段を上がってくる音が聞こえます。
ふと妙な既視感を感じました。
これは?ああそうだ。
「僕の日記」でもこんなシーンがあったわね。
確かそれも、私を地獄に突き落とすきっかけとなっていた。
皮肉なものね。
そう言えば虫の家って私の家と構造が似てたわね。
感心してると、お母さんが鍵の掛かったドアをドンドンと叩いてきました。
「美希!開けなさい!」と悲鳴にも似た声です。
ちょっと待ってて。日記を書き終えてしまうから。
最後にもう一度窓の外を眺めてみました。
この景色を再び見れるのはいつになるんだろう。
慣れ親しんだ光景も、今では遠く感じます。
ふと警察の車の向こうに誰かいるのに気付きました。
・・・川口君でした。ボロボロの原チャにまたがって、私の部屋を見つめてます。目が、合いました。
昨日私は川口君の腕の中で、全ての罪を打ち明けました。
彼は何も言わずに私を受け止めてくれました。
黙って、そして暖かく、包み込んであげました。
私も彼を抱きしめてあげました。
私達は、お互いの傷を舐め合っていました。
川口君はこうなることは察していたのでしょうか。
見送りに来てくれたの?
窓越しに彼に向かって手を振りました。
川口君は首を横に振りました。
思わず笑ってしまいました。
もう、なにもかも遅いのよ。
ほら。お母さんの声も大きくなってきてる。いつの間にか弟とお兄ちゃんまで。
直にドアは開けられるでしょう。
最後に窓の向こうの川口君に向かって言いました。
ありがとう
涙が溢れてきました。
川口君。また首を横に振っている。
無駄よ。もう、何をやっても。
私はこれで終わりなんだから。
素敵な未来はないでしょう。
地獄へ堕ちて参ります。
日記もこれで、終わりです。
4月9日(日) オワラナイ
まさか最後にもう一回だけ書くことになるとはね。
それに、自分の部屋に忍び込んでいるのは不思議な気分です。
ありったけのお金と、服とか当面必要なモノを鞄に詰め込み終えました。
すぐにでも行くべきなんだけど、ちょっとイタズラ心が芽生えてしまいました。
家族に見つからないよう、ひっそりとキーボードを叩いてます。
どうしても、昨日のことを書きたかったから。
川口君。彼はやっぱり破壊神でした。
彼は私が捕まる時、首を横に振っていました。
その意味はすぐに分かりました。
私が車に乗る直前、彼は警察を襲いました。
車に火炎瓶を投げ込みバットで警官を殴り倒していった。
不意を突かれた警官達に一瞬の隙が生まれました。
そこで私は、逃げました。
川口君は原チャで私を連れ去りました。
先に車を潰しておいたのは大正解。さすがに人の足よりも原チャの方が早かった。
背後の叫び声はすぐに聞こえなくなりました。
お母さんの声も、警察官のヒトタチの声も、聞こえなくなった。
私は既に罪人です。
川口君も戻ることのできない罪を犯した。
その二人が一緒に逃げる。
私達、これで立派な逃亡者。
川口君曰く「秘密の場所」で(と言っても単なるあやしいビルの中)で一夜明かしました。
「ウチは今、酷いことになってるだろうな」と川口君が漏らしていました。
当然よ。警察官を殴り倒したんだから。
「俺達もう、戻れない」
戻るつもりもないんでしょう。
それでも最後にちょっとだけ頼みました。何も持たないででてきたから、色々取り戻りたい。
川口君は「旅行じゃないんだぞ」と呆れてましたが、なんとか承諾してくれました。
家族もまさか、私が戻るなんて夢にも思ってないでしょう。
灯台下暗しという諺がなぜ存在するのか、今日は実に良く体感できました。
家の周りに警官はいない。家族も寝静まっている。
窓のカギは開けっ放しにしてきたから入るのは簡単でした。(外から2階にあがるのは少し辛かったけど)
こんな夜中にこっそり帰宅。スパイみたいでドキドキしました。
そして静かに日記の更新。
私は荒木さん一家を殺しました。自分の家族も裏切りました。
これからも罪を重ね続けるでしょう。
映画の悪役の様で、私は少しワクワクしています。
こんな気分になる事自体おかしいのかな?
それでも構わない。
正気など、もう無いのだから。
外には片目の川口君とボロボロの原チャが待っています。
片目で運転なんて危険。それに原チャも壊れ気味。
けどこれこそ、私を迎えてくれるのに相応しい。
今の私に普通のモノなど似合わない。
川口君。壊れモノ同士仲良くやりましょうね。
私達には、やらなきゃいけないことだあるんだから。
虫は逃げた。
私達から全てを奪い、闇の中に消えていった。
しかし私は生きている。川口君も生きている。
多くのモノを失った私達。
やるべきことはただ一つ。
虫を、追う。
今は影で笑うがいいわ
闇に醜く這う姿
いずれ引きずり出しましょう
そして出てきたその時に
私が潰して差し上げます
- 第4章 「駒」 続・ワタシの日記 - 完
追撃編 終了
プ ロ ロ ー グ ・・・ここから始まった
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第0週 「覚醒」
4月17日(月) 雨も上がった
あれからもう1週間は経ったか。
最近また少し寒くなってきやがった。12月ごろを思い出す。
こうして落ち着くと、どうしても何かを書きたくなるな。
自分用のノートパソコンも買った事だし、あの時の事でも書いてみるか。
亮平が目覚めたあの日の事を。
あれは、何日だったかな。確か12月4日に逃げたんだった。
それからか。
12/5
徹夜で車を動かしてた。
助手席の亜佐美は眠り、亮平も後部座席で横になっていた。
二人とも疲れ切っていた。服が千切れるまで噛むからだ。おかでで腕がまだ痛む。
目的地など考えていなかった。とにかく遠くに行きたかった。
何処をどう走ったのかはもう覚えていない。
だが本当は、心の奥では何処に行くつもりなのかは決まっていた気がする。
そしてわざと、そっちへ行くのに遠回りをしていた
前とは少し違うな。前は散々悩みながらも、まっすぐあそこに向かったんだった。
それが、今となっては「実家」になってしまったワケだ。
昔に比べて随分と印象が違う。
それこそ電車に何時間も乗っていた気がするが、今じゃ2時間もしないで着く場所だ。
車なら徹夜で走らなくったって着く。
でもどうしても真っ直ぐ向かうのには気が引けた。
逃げ込むのは2度目だ。普通に「帰省」気分で行くのとは違う。
まぁ、亜佐美はあのころとあまり精神状態は変わってないかもな。
これまでがいい状態過ぎたんだ。むしろ戻った感じだろう。
亮平は、完全に壊れちまったが。
明け方。とうとう着いてしまった。
ドアを叩くとき、昔を思い出して緊張感すら覚えた。
しばらくすると、ドアが開いた。
「叔父さん」
こうやって呼ぶのは久しぶりだ。早紀や亮平が居る前では絶対に言わなかった。
突然の訪問に驚く叔父に、一言だけ説明した。
「また、逃げて来た。」
それだけで十分だった。
俺達は「実家」に戻った。
4月18日(火) 晴れてる
晴れの日だと亜佐美の調子も良くなる。
丘に登って小田原の海を見せてやると子供のように喜んでいた。
亮平も誘ったが来なかった。記憶が戻ってからというものの、どうもあいつの考えてる事がわからない。
今日も家でノートパソコンでもいじってるんだろうな。
叔父も最近では俺達が何をしてたたのか聞かなくなった。
何度も横浜に戻る俺達に、何かを感じていることは確かだ。
どうでもいいけどな。もう終わったことだ。
さて今日も昨日の続きでも書いてみるか。
12/6
亮平も亜佐美もほとんど眠ったままだった。よほど疲れていたらしい。
たまに起きてメシとか喰わせてやった。
叔父の家にいることには何のリアクションもなかった。
亮平は相変わらずブツブツ呟いてたし、亜佐美も力無く目を開けてボンヤリ過ごしてた。
場所の感覚がなかったのかもしれないな。
俺の方がもっと疲れているはずだったが、全然眠れなかった。
布団に転がってると、「健史」と叔父が声をかけてきた。
サシで飲むことになった。随分久しぶりのことだった。
叔母は黙ってその場に座っていた。
聞きたいことも色々あるだろうに。大人しい老婆は俺に何も聞かなかった。
俺の「おふくろ」だが、叔母は未だに俺に気を使う。
当然と言えば当然か。俺の過去を知りつつも、彼女は他人なのだから。
「今度は何をやらかした」
「親父」が先に口を開いた。俺は一言だけこう答えた。
「患者を殺してきた」
叔母は驚いた顔をして俺を見たが、それでも何かを言うようなことはなかった。
逆に叔父は落ち着いていた。ただため息をついただけだった。
ここで全てを話したらさすがに落ち着いてはいられないだろうな。
叔母もこれ以上キツイ話だと発狂してしまいそうだ。
だがこれだけは言って置かなければならなかった。
「辛い目に会ってね。早紀も、死んだ」
早紀の死を知った叔母はワっと声を上げて顔を伏せた。
叔父も体をわずかに震わせていた。何か言いたいんだろう。
見ててわかる。俺に語りかけることのできる言葉を必死に探してる。
そんなモノなど、無いんだけどな。
3人とも黙ったまま、酒だけが進んだ。
少し酔いが回り、軽い眠気が襲ってきた。
もう寝よう。叔母がいそいそと片づけを始めた。
叔父も少し酔ってるのか、頬が赤らんでいた。
「なぁ健史」と部屋に戻ろうとする俺に話しかけてきた。
「お前、まだ知りたくないのか?」
これだ。この話があるから「実家」には帰ってきたくなかった。
以前は叔父も事情を知ってたからかばってくれたのに
俺が大人になってからは、やたら俺と奴を会わせたがるようになった。
「あいつが今どこにいるかなんて知りたくもないし、その話は聞きたくもない。」
ハッキリと告げ俺は寝室に戻った。
心の中では、叔父に向かってこう呟いていた。
俺の「親父」はアンタだ。奴はもう関係ない。
4月19日(水) 曇
亜佐美の調子も随分と良くなった。自分だけでもマトモに飯を食えるようになった。
回復ついでにレンタカーを借りてもらってドライブに出かけた。
亮平はやっぱり来なかった。
横浜に戻ってみた。放火犯が現場に戻る心境ってこんなもんか。
今戻るのは危険だとわかっていても、つい足を運んでしまう。
ヤツらがどうなったのか少しだけ気になった。
俺が犯した罪は何だろう。遠藤を狂わせ、川口の目をエグり、渡部をブタ箱行きにした。
風見の件は病院の事勿れ主義の連中がうまく処理してくれたようだ。
特に報道されたりはしなかった。
ということは。俺は世間的に罪に問われているのは、川口への傷害だけか。
遠藤の件で俺が犯人と思われることなんて無いしな。
渡部は捕まっただろう。川口は何か言うかな?
一人じゃ何もできんだろうな。
心地よい気分でドライブを楽しめた。
今日も昨日を続きを書く。良く覚えてるよな俺も。あの時の事は忘れられねぇからなあ。
12/7
二人の狂いっぷりに叔父と叔母はあまり動揺しなかった。
かつて亜佐美がおかしくなっていた時も看病してたしな。
亮平も心は女だったからあまり凶暴にはならなかった。
狂ってることには変わりないが。
早紀のことを相談したら、さすがに驚いた。
亡骸がまだ車にある。いい加減なんとかしないとこの広い家でも匂いが充満してしまうかもしれない。
早紀の亡骸を見て、叔父は深いため息をついて首を何度も何度も横に振った。
叔母は泣き崩れた。しかたないさ母さん。これも運命だったんだよ。
さて、葬儀場に行くわけにはいかない。どうするべきか。
俺は火葬がいいと思った。そうすれば骨が手元に残る。
「ウチの庭でやってもいいよ」と叔母が言ったが、俺はどうもしっくりこなかった。
場所としてはかなりイイ。町はずれだし周りも田圃ばかりだ。
山の頂上とかがいい。自然の中で早紀を逝かせてやりたい。
「無理だ」叔父が言った。「山での煙はマズイ」
言える。ヘタに山火事だと騒がれたら困る。早紀をさらし者にはしたくない。
かといって煙を抑える努力もしたくない。煙は天まで上らせたい。
「やっぱりウチでやった方が」
叔母の意見に決定した。
叔父も叔母も、早紀が自殺であったことに「それだけでも救いだ」と言っていた。
俺も、誰かに殺されたのであれば発狂していたな。
もっとも、風見は殺してしまったが。
細かいことは聞かれなかった。もう懲りたのだろう。醜い現実を詮索するのを。
俺は以前亜佐美と逃げてきた時、それに至るまでの経緯を事細かく喋ってやった。
あの時は二人とも相当気分を悪くしていた。気が狂いそうになるほど。
俺は今でもその細かい状況を覚えている。
あれ以来俺は、嫌なことを忘れずに綴ることができるという不愉快極まりない特技を覚えてしまった。
忌まわしき場所から飛び出し、電車に乗り込んだ。
とにかく上京しようと東京方面に向かった。気付いたら横浜だった。
その段階ではもう心は決まっていた。小田原の叔父のところへ逃げ込もう。
奴の血の繋がる人のもとに逃げ込むのは屈辱だった。
でも他に行くところなんてあるわけなかった。
俺の選択は正しかった。
わずかな期間だったが、二人は俺達が大人になるまできちんと育て上げてくれた。
それでいい。それだけで満足だ。
奴はそれすらしてくれなかったのだから。
4月20日(木) 雨だ
雨の音を怖がっていた亜佐美だったが、今は平然としてる。
日が経つにつれ正常になりつつある。前の時でも回復したんだ。今回も大丈夫だろう。
しかし最近落ち着いてきたせいか、叔父がまたあの話を持ってくる。
俺は会いたくも知りたくもないと何度もいってたのに。
俺が聞きたくない断ると一応はあっさり引き下がってくれる。
それでも今日は一言嫌な言葉を残してくれた。
「生きてはいるんだから」
あの野郎。懲りずに生きてやがるのか。
死んでも知らせなくでもいいと言っておいたのに。よりによって生きてる報告か。
いっそあの時殺してやれば良かった。
俺と亜佐美を苦しめた元凶だ。
あんな奴がかつて父親だったと思うだけで吐き気がする。
今日はもう奴の事を思い出すのは止めだ。
昨日の続きだ。段々作家みてぇな気分になってくるな。
12/8
早紀を葬るためめに必要なものの準備を進めた。
花とか色々買いあさるうちに、なんとなくのイメージはあった。
まずは椅子に座らせよう。花を抱えさせて、ドレスを着せて、化粧もしてやりたいな。
純白のドレスが燃えていくのは綺麗かもしれない。
早紀はの遺体はまだ腐りきっちゃいなかった。保存状態には気を付けて置いたからな。
それでもそろそろ手を打たないと酷くなる。
皆早紀の匂いなら平気なのだが、少し離れてるとはいえ隣の家にまで感づかれるとマズイ。
とりあえず一通りのモノを買い終えた。
いざ早紀をドレスアップしてやろうとした時、不覚にも亜佐美に見られた。
亜佐美は家中を徘徊していた。叔母がつきそっていたのだが、部屋のドアが開いたままだった。
慌てて叔父がドアを締めようとしたが、亜佐美は悲鳴をあげて早紀に寄ってきた。
俺は亜佐美の口を押さえ、なんとか黙らそうとしたが手を強く噛まれた。
「早紀を隠してくれ!」俺は叫んだ。
叔父と叔母は隣の部屋に早紀を運び、俺は暴れ回る亜佐美を床に抑えた。
落ち着け。今は落ち着くんだ。
何度もそう囁いた気がする。
噛まれた手からは血がにじみ出ていた。
早紀はじきに燃える。もう会えなくなる。でもな。
認めろ。早紀は死んだんだ。死んだ。
話さない。動かない。生きてない。
亜佐美は涙を流していた。
送ってやろう。綺麗に送ってやろうじゃないか。
俺も半泣きになっていた。
亮平は別の部屋の隅で相変わらず独り言ばっかり言っていた。
その姿を見て俺は何とも言えない感情が沸いてきた。
この状態でも亮平はまだ早紀の事を覚えているだろうか。
改めて早紀を送ってやる時、亮平はどんな表情になるのか。
ボロボロになった人形に、亮平はもう興味を示していなかった。
俺が取り上げても何も言わなかった。
これも早紀と一緒に燃やすか。
4月21日(金) 今日も雨
嫌な話を聞いた。どうして叔父が最近奴の話をしたがるのかわかった。
「あっちは会いたがってるぞ」、か。
今会ったら殺してしまうかもしれない。
それだけは強く言っておいた。
川口の目をエグった感触は今でもまだ手に残っている。
あいつは殺すにも値しないほど弱かった。渡部もだ。
俺自身のあいつらに対する恨みは殺すようなものじゃない。
早紀への関わりを強制的に断ってやることができればそれで良かった。
ガキは懲りれば同じ事はしない。
渡部は今ネットに接続できる環境ではないし、川口ももう嫌になってることだろう。
「殺したい」と言ったのは亮平だった。
遠藤を刺した時も「僕がやりたい」と言ったから直接遠藤の家に行かせた。
それは失敗してしまったが、結局3人ともそれぞれ崩壊を迎えたから良しとしよう。
例の続きを書く。今でも鮮明に覚えてることばかりだ。
12/9
早紀のドレスアップを完成させた。叔母が化粧を塗ってくれた。
皮膚はかなり変色していたので、分厚い化粧をして真っ白な肌にしてもらった。
まるで人形のようになった。しかし綺麗な人形だ。
着物を着せればもっと似合ったかもしれない、と白いドレスを着せたことを少し後悔した。
ドレスでも十分似合ってはいたが。
真っ赤に塗られた口紅が特に際だっていた。全然嫌にならない、むしろ壮麗な際だち方だった。
大人っぽいな。それが正直な感想だった。
濃い口紅はなぜか「魔性の女」というイメージを誘った。
表情はもう無いはずなのに、なぜか早紀は笑ってるように見えた。
化粧のせいだろうか。タダ単に気のせいだったのだろうか。
今となってはもうわからない。
庭に椅子を置き、叔父と一緒に早紀を座らせた。
亜佐美はまた暴れないように叔母に任せてある。亮平は気にしなくても部屋に座り込んでいた。
花は名前もわからないものだった。
花屋で綺麗所を選んできたつもりだ。白いドレスに赤や紫の色とりどりの花はとても似合っていた。
早紀は気に入ってくれただろうか。
燃やすのが勿体ないぐらいだった。
外は寒かった。ドレスだけの早紀には寒いだろう。
他の準備が進むまで俺のコートをかけてやった。
コートをかける。これだけの事。
ただこれだけの行為を終えた瞬間、目から止めどない涙が溢れてきた。
早紀との思い出が凄い勢いで蘇ってきた。
叔父の家。そうだ。ここで早紀は生まれたんだ。
叔父の計らいで俺の戸籍は以前の家からは移されていた。
亜佐美と俺は従兄妹同士になっていた。従兄妹なら結婚できるらしい。二人で籍を入れた。
これは叔父が役所に勤めて無くても可能だったのかはわからない。
叔父は言ってくれた。「細かい事は考えなくていい。お前は亜佐美だけを・・・。」
そこで生まれたのが早紀だ。
腕に抱いた早紀はとても暖かかった。
走馬燈のように早紀が成長していく様が蘇っていた。
叔父が後ろから「大丈夫か?」と聞いてきた。
俺はまだ泣いていた。
振り向かず、早紀の膝に顔を埋めて、ただ一言「しばらくこのままでいさせてくれ」とだけ言った。
そのまま夜になっても、俺は早紀から離れられなかった。
叔母がもってきれくれた毛布にくるまり、ずっと早紀にしがみついていた。
「明日に延期させてくれ」
叔母は黙って頷いてくれた。
早紀の化粧が剥がれるか心配だった。明日きちんと塗り直してやるからな。
一晩中早紀と一緒にいるうちに、こんな事まで考えた。
俺も、早紀を失って平然としてられなかったな。
そして夜が明けた。
4月22日(土) 晴れた
亮平がネットで妙な情報を見つけた。
いきなり「これ」と言ってノートパソコンの画面を見せてきた。
どこぞのあやしげな掲示板。少年犯罪者の顔写真が流出してたりするアングラな所だ。
犯罪者をモチーフにしたアイコラやどこぞの有名人の性癖やらの情報の中に、それは紛れていた。
神奈川県警をなじる書き込みだった。「まだある!報道されてない県警の不祥事」
発言者が集めてきた県警の不祥事情報の数々。
何々高校の女子に手を出したとかカツアゲ現場を見てみぬフリとかくだらないものばかりだった。
が、その中にこんなものがあった。
「横浜では18歳の女を放火の疑いで捕まえ様ようとした時、女の恋人に襲われて逃げられたらしい。
その恋人も18歳で、火炎瓶をパトカーに投げ込むなどの無茶するとんだガイキチ君。
そんなガイキチ君にやられちゃう県警はダウソ。弱すぎ。ちなみにその女と男は今でも逃げてるそうだ。」
その後もまたダラダラとした県警をなじる言葉が羅列されていた。
この情報が確かなものかなんて何処にも保証は無い。
ただ、これがガセだとも言いきれない。となると。
奴ら、逃げたのか。
亮平は何も言わずにまた部屋に引っ込んでしまった。
俺も特に何も言わなかった。
逃げたからって、どうにかなるようなことじゃない。
いずれ捕まるのがオチだろう。
俺達がココにいることなんざ知る方法は無い。
例の続き。いよいよクライマックスか。
12/10
早紀の足下にガソリンを撒いた。直接早紀にかけるようなことはしなかった。
化粧も塗り直し、より一層綺麗になった。
亜佐美と亮平にも早紀を送ってもらいたかった。
だから二人にも、早紀を燃やすところを見せる。
叔母に頼んで亜佐美を連れてきてもらった。亮平は勝手についてきたが相変わらずの様子だった。
亜佐美は早紀を見てまた暴れそうになったが、俺が直接抑えてやった。
亮平は早紀を見て独り言をやめた。叔父が抑えそうになったが俺はそれを制した。
暴れはしなかった。ただじっと、黙って早紀を眺めていた。
虚ろな目だった。亮平の心は、早紀を見ても壊れたままだった。
全て準備は整った。
火は叔母につけてもらった。俺だときっと火をつけられないから。
足下のガソリンが、マッチが落ちた所からサっと火が広がっていった。
白いドレスがパチパチと音をたてて燃え始めた。
亜佐美はまた暴れそうになったが、俺に抑えられて動けなかった。
黙って見送ろうじゃないか。
叔父も叔母も、そして俺も黙って早紀の燃える姿を見つめていた。
徐々に早紀が灰になっていく姿は、何処か神秘的なモノを感じた。
こうして人が段々と燃えていく姿を見るのは、普通はあり得ないことだろう。
早紀の白い肌から火が上がり、まるでロウソクのように溶けていった。
色とりどりだった花も、バラバラの人形も、音を立てて燃え上がる。
皮膚がただれていくのはグロテスクであるはずなのに、早紀の場合には美しささえ感じた。
俺は誰に言うことなく呟いた。
ああ。早紀が逝っちまう。とうとう、逝ってしまうのか。
その時突然、俺の横からひとつの影が飛び出した。
亮平だった。
いきなりのことに止めることができなかった。
亮平は既に半分以上燃えた早紀に抱きついた。
ジュゥ、と音をあげて亮平の肌が燃えた。
助けようとしてるのか。一瞬そう思った。
イヤ違う。亮平は早紀を助けようとしてるわけではなかった。
燃えさかる早紀の顔に、頬を寄せ、口づけをしていた。
亮平の顔が目に見えてただれていく。
叔父がそれを止めさせようとそた矢先、亮平の声が聞こえた。
「早紀」
火に包まれて顔がよく見えなかったから、どんな表情をしてたのかわからなかった。
早紀。もう一度その声が聞こえた。
俺も、叔父も、叔母も、亮平についた火を消すことを忘れていた。
亮平が早紀を抱きしめた。もうほとんど灰になった早紀は、ボロボロと崩れた。
骨の形が見えてきた。煙は天まで昇っていた。
俺は思いだしたように亜佐美を叔父に任せ、亮平を火から離した。
用意していた水を亮平にかけ、その表情を伺った。
顔はもうぐちゃぐちゃに焼けただれていた。だが、口元は笑っていた。
亮平はその場に座り込んだ。顔を上げ、立ってる俺に語りかけた。
「早紀が燃えた」
早紀は完全に燃え尽きて炭と骨だけになっていた。
叔母が骨壺に早紀の黒い骨を回収している。
炭が意外と残っていたが、収納すると見た目ほどの量はとらなかった。
叔父に抑えられた亜佐美は大人しくなっていた。鬱状態になって動かない。
亮平に目を戻すと、恐ろしいほどの無表情になっていた。
おそるおそる聞いてみた。
「お前、記憶が戻ったのか」
ゆっくりと頷いた。
無表情のまま、俺に顔を向けた。
「早紀に戻れと言われたから」
そうか。俺もまた、頷いた。
こうして亮平は、元の人格に戻った。
4月23日(日) 日差しがきつくなってきた
叔父はもう奴の話をしなくなった。もう諦めたらしい。
横浜まで様子を見に行った。奴らが本当に逃げたのか確認したかった。
渡部の家を通ったが、外からは中の様子なんてわからなかった。
公衆電話から渡部の家に電話してみた。
「美希さん、いますか?」
どなたですか、と男の声が聞こえた。
高校で美希さんを教えていた者です。
浪人生活の勉強について相談されてたんですが最近連絡来なくなったもので。
とっさに出た嘘のわりにはまぁまぁ良くできた方だったかな。
「今でかけてるんです。しばらくは戻りません」
そうですか。いつ頃戻られますでしょうか。
相手はは答えに詰まった。まぁこのくらいでイイだろう。
「ではまたかけなおしますので」
次は川口の家に電話した。
・・・・誰も出なかった。弟はまだ入院中だよな。両親は何をやってるんだ?
いずれにしろ、川口は家にはいないってことか。
もしかすると昨日の情報は本当なのかもしれない。
まぁいい。
仮に俺達の元に来るようなら、迎え撃つまでだ。
もし来たらの話だが。
俺にはまだやらなければならないことがある。
記憶の戻った亮平を、また「正常」にしてやらなければならない。
心のケアなどという野暮ったい言葉は使いたくないが、今の亮平にはこれが必要だ。
俺はもう狂気から逃れられない。
亮平。せめてお前だけは違う道を行ってくれ。
早紀を失った俺達には、お前しか希望を託せる相手がいない。
俺とが亜佐美がずっと憧れてた。せめて普通の人生を送りたい。
辛すぎることが多すぎたから。
亮平。お前はまだ若い。
これからならまだ間に合うはずなんだ。
生きていればいい。確かにそうだ。
だがもうそれは、俺だけでイイ。
お前は俺の、上を行け。
例のも今日で最後だ。
12/11
包帯撒きにされた亮平は、俺が持ってきた亜佐美のノートパソコンをいじっていた。
「希望の世界」にアクセスしていた。
しばらく画面を眺めた後、おもむろに画面に口づけをした。
パソコンごと抱きしめる。画面が唾液によってキラリと光った。
その様子を見ていた俺は、黙って横に立っていた。
亮平は俺には気にせず、ずっと「希望の世界」の画面への愛撫を繰り返していた。
やがてカチャカチャとマウスをいじり始めた。サイトの中へ入っていったようだ。
すると、ボソっと声を上げた。掲示板を見ていた。
「こいつら早紀を汚してる」
風見はもう殺したよ。俺は言ってやった。
全ての記憶が戻ってる亮平には、風見の話も理解できたらしい。
「あいつは死んで当然だ」
早紀とやってるトコを見たのを思い出していたのかもしれない。
「でも」
亮平は俺の方に顔を向け、画面を指さしながらこういった。
「まだ二人いる」
画面を確認することなく、俺はその二人がわかってしまった。
渡部と遠藤か。この二人もまた「希望の世界」を汚し、さらにロムも続けてるかもしれない。
「奴等も消したいか」
俺は亮平に聞いてみた。
ゆっくりと頷き、一言だけこういった。
「殺したい」
俺は自分たちの事を思い出していた。
亮平は学校でイジメられた。俺達の場合、その相手は実の親だった。
俺と亜佐美は、実の親から虐待を受けていた。
それで亜佐美はおかしくなり、俺は亜佐美を連れて逃げてきた。
亮平が誰の子かは考えないようにしている。
亜佐美は親からだけでなく、どこぞの他人からも体を捧げていた。
あいつら、亜佐美を売ってやがった。
それだけじゃない。父親に至っては、自分でも手をつけていた。実の、娘に。
耐えきれなくなった亜佐美。俺に泣きついてきた。
俺は亜佐美を守る決心をした。
気付いたら、俺自身も亜佐美と。
そして亮平は生まれた。
誰の子なんてわかりっこなかった。
いや、俺の子だ。
俺の子だと信じている。
育てたのも俺だ。亮平は、俺の息子だ。
亮平は早紀の魂がこもった「希望の世界」を汚す奴等を殺したいと言った。
なら、殺してやろうじゃないか。
親はどうあるべきなのか。俺は自分の親からは学ぶことはできなかった。
息子の願いを親が叶える。これは普通のことじゃないのか?
歪んだ願いを叶えてやるのは「普通」じゃないのかもしれない。
だが、俺にはこれしかやってられることは無かった。
亮平の願いを叶える。それが親として、俺の出来る全てだった。
亮平の方に手を乗せた。火傷のせいか、少し熱いように思えた。
亮平の心が手から通じてきたらいいなと思った。
体温は感じたが、心までは伝わってこなかった。
「俺が手伝ってやる」
それ亮平の心が満たされるなら、俺はそうするべきなんだ。
虫のように。這ってでも生きる俺。
少しは役にたてるだろうか。
それでも俺は親なんだ。
穴から這い出て、動いてやろう。
迎 撃 編
第5章 「溝」 虫の日記 いつまで続くんだ。
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第十七週 「来訪」
4月24日(月) 晴れ
姉を探してます 投稿者:ユウイチ 投稿日:04月24日(月)11時07分10秒
はじめまして。ユウイチと申します。
姉のパソコンを無断でいじってたらココがブックマークされてました。
姉は今失踪中です。僕は行方を探す手がかりを求めてます。
ここで姉が何て名乗っていたのかわかりませんが
皆様は心当たりないでしょうか。
姉の名前は「渡部美希」です。
何か情報がありましたら御知らせいただけないでしょうか。
これからも何回か寄らせていただきます。
ではまた。
また一人「希望の世界」を汚す輩が現れた。
4月25日(火) 晴れ
父親に昨日の書きこみのことを教えると、自分のノートパソコンで確認していた。
少し顔をしかめたあと、僕にどうするか聞いてきた。渡部さんの騙りかもしれないと答えた。
ちょっとこれは様子が見たほうがいいと言っていた。
今日もこの男は母親の世話をしている。クラシック音楽を聴かせていた。
あの女が集めたCDだった。よく家で流していた。
よくも飽きずに聴けるものだと思っていた。
sakkyを守る会のメンバーの名前を決めるときもこれらCDから名前を取った。
奴は一番のお気に入りだと言う「カノン」を名乗った。
一通り曲を聴いてから僕も名前を決めた。
最も気に入った曲は「ワルキューレの騎行」という名前らしかった。
だから「ワルキューレ」と名乗った。
今日もたまたまその曲が流れいる。
なかなか良い曲だ。
4月26日(水) 雨
雨が降っていると動く気にならない。
ノートパソコンの電源も入れなかった。
父親も自分専用のノートパソコンを持っている。いつのまにか買っていた。
奴はなかなか役に立つ。僕の希望通り動いてくれた。
渡部さんのおびえた目は実に良かった。
川口も余計なときに出てこなければあんな目に会わなかったのに。
バカな奴だ。
それにしても渡部さんに弟が居たのか。
家族は実に厄介だ。川口の弟も勝手に巻き込まれてた。
ユウイチは宣言通りあれから「希望の世界」に来てるだろうか。
放っておいたら帰るかもしれない。
あれが渡部さんと川口にによるものだとしても反応しなければいいワケだ。
そうしよう。
4月27日(木) 曇
誰もいないのですか? 投稿者:ユウイチ 投稿日:04月27日(木)10時48分20秒
姉はまだ見つかりません。
少しでも情報が欲しいです。
知らないのならそれで仕方ないのですが
とりあえずどなたか返事をいただけないでしょうか。
sakkyさんが管理人ですよね?
もう更新すらされてないのですか?
また来ます。では。
もう来るな。
4月28日(金) 晴れ
今日は晴れていたけど外に出る気にはならなかった。
動くと暑い。窓を開ける気にもならずベッドで寝そべっていた。
祖母が空気の入れ替えと称して窓を開けた。
風は心地よかった。目をつぶって堪能した。
目を開けたときには祖母はもういなかった。
窓の外を見ると祖父が庭の草木に水をやっていた。
便利なものだ。ここにいるだけで周りが勝手に動いてくれる。
父親は相変わらず気の狂った母親を連れまわしている。
良く続くものだ。僕なら捨ててるな。
母親にポインタを合わせて右クリックして削除。
ゴミ箱のアイコンに母親アイコンを移動させる画面を想像したら少し楽しくなった。
ふとユウイチの事を思い出した。
相手にされてないことはもう察しただろうか。
確認するのも面倒くさかった。いずれ勝手に消えてくれるだろう。
あそこには誰もいないのだから。
4月29日(土) 晴れ
奇妙な書きこみがあった。投稿者の欄も題名欄も空白だった。
アドレスだけが書き込まれ、その上の行に下矢印のマークがあった。
ここへ行け、ということだろうか。
アドレスには下線が引いてあり、そこにポインタを合わせると手のマークに変わった。
リンク先に飛べるらしい。クリックするとカタカタとハードディスクが動く音がして画面が変わった。
真っ黒な背景に白い文字が浮かび上がってきた。チラチラして目障りだった。
掲示板。僕の知ってるところだった。
「ジャンク情報BBS」と名づけられたこの掲示板は、アンダーグラウンドな所を巡っているうちにみつけた。
以前神奈川県警を叩くスレッドがあって、渡部さんらしき情報を見かけた所だ。
このアドレスを打ちこんだ奴はユウイチにもその情報を見せようとしたのだろうか。
犯人はあっけなく見つかった。
トイレに行くために部屋を出たら、たまたま父親とすれ違った。
相変わらず母親を操り人形にして遊んでる。目が合ったけど無視しておいた。
背後から一言だけ声をかけられた。「ちょっとカキコしといたぜ」と言っていた。
こいつに渡部さんの情報を教えたことを思い出した。
まったくもって使えるヤツだ。物事は僕が何もしなくても進んでいく。
素敵だ。
4月30日(日) 晴れ
ありがとうございます 投稿者:ユウイチ 投稿日:04月30日(日)11時34分19秒
下のリンク先に行って見ました。
過去ログを見てみると姉の情報らしきものを見つけました。
ログ見るだけでも1日かかってしまいましたが
その成果があったので嬉しいです。
教えてくれた名無し(?)さんありがとうございました。
姉はやっぱりここにも居たんでしょうか?
それだけわからないのが気がかりです。
またちょくちょく寄らせてもらいますね。
では。
寄るな。
第十八週 「濁流」
5月1日(月) 晴れ
ユウイチは「ジャンク情報BBS」にも書き込みをしていた。
馬鹿正直に「希望の世界」に書いたのと同じような内容を書いていた。
こんなところで姉を探してますなんて書いても見つかるわけが無い。
わざわざ過去ログまで引っ張り出してきて、以前見たあの情報の主に訴えかけている。
逃げた女の人は僕の姉の可能性があります、等と。
こんなスレッドすぐに消えるだろう。皆相手にするわけない。
ユウイチが渡部さんである可能性はまだ否定できない。
アングラに居る連中に相手になれなくとも、僕が見ていればそれでいいとでも思っているのか。
いずれにしろ僕は反応してやらない。
一人寂しくそこにいな。
5月2日(火) 晴れ
ユウイチに対するレスは結構な量だった。
名無しや固定ハンドル入り混じってのレスだった。
名無しはユウイチに対する誹謗中傷ばかりだったが、固定ハンドルは好意的な感じだ。
渡部さん情報提供者であるハンドルネーム「D.G」が好意的なのには驚いた。
「俺が入手した情報では本名までは分からないからお前の姉かどうかまではわからない・・・」
後にもダラダラと文章を書き連ねていた。
マジメに答えてるのが滑稽に見える。それともこうして真剣に答えること自体ネタなのか。
ユウイチの発言をネタと決めつけて敢えてそれに合わせているのか。
他にもHN「シス卿」はやたら陽気な調子でユウイチの書き込みを歓迎していたし
HN「ミギワ」は姉が失踪してしまったユウイチに同情した書き込みだった。
何がしたいのか良く分からない。統一性の無い人々の文章に僕は少し戸惑った。
ユウイチの反応が待ち遠しい。
5月3日(水) 曇
部屋から外に出る時間が極端に少なくなった。
食事は部屋に持ってくるように命令すると、祖母は黙って言うことを聞く。
寝そべりながらユウイチのことやジャンク情報BBSについてずっと考えてみた。
目をつぶると黒い背景に白い文字がまぶたの裏に浮かんでくる。
ユウイチにレスしていた固定ハンドルの名前を思い出してみた。
「D.G」、「シス卿」、「ミギワ」・・・まだ何人かいたはずだ。
ノートパソコンを起動して、日記を書く前にチェックした。
ユウイチの書き込みはなかったが、レスは増えていた。
「王蟲」「SEXマシーン」等は昨日も見た。「紅天女」「ロロ・トマシ」「ダチュラ」なんかは新しくレスした奴だ。
ユウイチに敵意を見せてる奴はいなかった。
「はじめまして」とか「こんにちわ」とか「よう」とか無難なものばかりだ。
ふと妙な気分に襲われた。こいつらの名前、見覚えがある気がする。
名無しが「馴れ合いは湖畔でやれ」と書いていたが、意味は分からなかった。
どうも釈然としない日だった。
5月4日(木) 晴れ
昨日の疑問が晴れないまま朝を迎えた。
かと言って思い当たることもなし。気分が悪いのでご飯は食べなかった。
お盆ごとひっくり返して置いておいた。スープがダラダラと床に流れるのが可笑しかった。
祖母はその有り様を見たとき、一瞬顔を強張らせたけど、僕が笑顔だったので祖母も笑顔になった。
雑巾を持ってきて勝手に床を拭いてくれた。
「何か他に食べたいものある?」と聞いてきたので笑顔で答えた。
そのまま何も言わないでいると「せめて水だけでも飲んだほうが」と勝手にペットボトルを持ってきた。
ミネラルウォーターはなかなか美味しかった。
乾いた喉に水を流し込むと、少しだけ気分が良くなった。
これなら何か思い出すかも、と思ってネットに繋いだ。
固定ハンドルの名前を見ても結局何も思い出せなかった。
その代わりユウイチが新しい発言をしていた。
「湖畔って何ですか?」
そうまさにそれだよ。僕が知りたいのは。
ユウイチも僕と同じ疑問を抱いたようだった。
今のところ誰もそれに答えてない。
早く教えてくれ。
5月5日(金) 晴れ
昼頃起きてすぐにネットに接続した。
ユウイチの質問に答えるレスは見当たらなかった。
何度も何度もリロードをしても、余計な情報ばかり増えつづけてた。
ようやくそれらしい答えが返ってきたのは夕方だった。
「ロロ・トマシ」が「湖畔は固定ハンドルの略」と書き込んでいた。
そんなことはどうでもいいんだ。それでは「湖畔へ行け」の説明にならない。
意味がわからず一日中不機嫌だった。
今日の召使は父親だった。ご飯を運んできたけど、食べる気は無かった。
ご飯を背中にぶつけてやろうかと思ったけどやめておいた。
この男は腕に鎖を仕込んでる。川口のバッドも寄せ付けないほどだ。
仕込んでたのはあの時だけだったのかもしれないが、用心に越したことはない。
奴にぶつけるのは得策ではないと判断した僕は、お盆ごと窓から捨てた。
唐揚げだけは食べておいた。
夜になるとレスも増え、一応の答えは得られた。
「湖畔はもう片方の掲示板のことだよ。固定ハンドル専用のやつ。ちなみにこっちは情報専用ね。」
掲示板がまだあるのか。名無し曰く「馴れ合い」の固定ハンドル専用掲示板。
そこまで教えるならアドレスも書け。そもそもここは何なんだ。
「ジャンク情報BBS」は掲示板だ。これの元となるHPも存在するのか?
場所は結局分からず仕舞いだった。
僕はますます不機嫌になった。
5月6日(土) 曇
「湖畔へはこの掲示板の下から行けるよ」と書き込みがあった。
掲示板の下の方に「ホームページへ」というリンクが貼られていた。
全然気づかなかった。ちゃんとHPあっての掲示板だったんだな。
感心しながらクリックした。
カリカリと音を立てて新しい画面に切り替わる。
画面上部にページのタイトルが現れた。
「NSC-2 〜絶望クロニクル〜」
一瞬めまいがした。
最初の3文字を見たときにもう嫌になった。
画面をスクロールすると新しい文字が見えてくる。
「希望の世界」へのリンク。
まず僕の頭の中を支配したのは「何故?」だった。
僕が「ジャンク情報BBS」を見つけたのは偶然だ。
そこになんで「希望の世界」が関係してるんだ。
頭が痛くなり、「ジャンク情報BBS」のリンクの上にあった「湖畔専用BBS」を見つけても
アクセスする気にはなれなかった。ネットを切断し、しばし途方にくれた。
体から力が抜けていくような感じがした。
ふにゃふにゃになった体を支え、かろうじて頭の中だけが動いていた。
しばらくそのままの状態でいると、漠然とだけど状況が整理されてきた。
川口が一度引っ越した「希望の世界」を引き続きROMる事ができた理由。
アングラで「希望の世界」が宣伝されてたから。
それだけで十分だった。それ以上の事を考えるにはあまりにも疲れてる。
濁流に落ちてそのまま流されてる気分になった。
知らないウチに、妙な流れに呑まれてる。
どこまで行くんだ。
5月7日(日) 晴れ
夕方頃にようやく落ち着き、ネットに接続した。
ジャンクから「絶望クロニクル」へ。
昨日のページが画面に表示された。
僕は早紀が書いた日記でしか「NSC」を知らないが、恐らくここも似たようなものだろう。
管理人の名前は「シャーリーン」。女らしい。
旧NSCが消えた以降の「希望の世界」がストーキングされていた。
しかしよく見てみると最近のことまでは書いていない。
と言うよりコレは・・・ストーキング記録。
「NSC」をも更にストーキングしたものだ。
「希望の世界」のsakkyと「NSC」とのネットバトルの記録がこと細かく綴られている。
「滅望の世界」というものの記録まであった。かつての「カイザー・ソゼ」のコトまで詳しく書いてある。
それを見て僕は「王蟲」「SEXマシーン」等の名前を、何処で見たのかを思い出した。
これも日記だ。早紀の書いた日記の中で登場した名前。
ここに書かれているストーキングの記録は旧NSCが潰れるまでだった。
「希望の世界」の記述に「K.アザミ」や「ARA」は登場していない。
このページ自体出来たのが最近なのかもしれない。
一瞬「シャーリーン」は渡部さんかもしれないと思った。
ユウイチも自作自演で僕をここに誘い込もうと。
だがそれはあり得ない。僕はユウイチが登場する前から「ジャンク情報BBS」を知っている。
「湖畔専用BBS」も見てみた。
ジャンクで見た固定ハンドルが下らない雑談などをしている。
過去ログを遡ると、渡部さんが行方不明になる前から書き込みがある。
湖畔全て自作自演のセンも消えた。
会話内容からも、ヘドが出るほど下らないものだったがワザとらしさは感じられなかった。
僕は確信した。こいつらは、ちゃんと存在している。
夜、「ユウイチ」も湖畔に登場した。
「なんかここ、凄いページだったんですね。僕も『希望の世界』から来たんですが。
皆さんずっとROMってたんですか?僕の書き込みも見られてたのかと思うとちょっと怖い気も・・・。」
お前も馴れ合いの仲間入りをするのか。
僕はこんなにショックを受けていると言うのに。
早紀が初めてNSCを知った時もこんな感じだったのか。
汚水をかぶるような、とても嫌な感じ。
第十九週 「虎視」
5月8日(月) 晴れ
父親は画面を鋭い目線で睨んでいた。
視線がそのままパソコンを突き抜けていそうな勢いだった。
「絶望クロニクル」の存在はこの男にとってもショックだったようだ。
「いつからあるんだこれは」と愚かな質問をしていた。
そんなの僕が知るわけないじゃないか。僕は黙っていた。
「このシャーリーンってヤツは何者だ?」
今度は僕が答えないのを分かっていたらしく、画面を見据えたまま独り言を言った。
しばらく考えた後、「まさか渡部達の自作自演・・・」と僕が抱いた疑問と同じ様なことをほざいた。
だからそれもあり得ない。無知な男にその可能性が無いことを延々と聞かせてやった。
過去ログを見てそれに納得したようだった。
「俺も自分のパソコンでじっくり調べてみる」と捨てゼリフを吐いて鬱女の待つ部屋に戻っていった。
結局何も分からなかったんじゃないか。
父親の焦りように祖父と祖母までもが「どうした何かあったのか」と狼狽していた。
半開きのドアから顔を覗かせている。お前達には言ってもわからないような話だ。
何も言わずにドアを閉めた。
5月9日(火) 晴れ
今日はとても暑かった。
ネットのコトはもう父親に任せて、僕は部屋にクーラーを効かして寝ていた。
目を瞑るとネットの画面が現れては消え、現れては消える。
「希望の世界」がまず現れた。ここを汚す愚かな奴等は全て消せたと思ってた。
まだ足りなかった。
闇の中で幾つもの目が光り、「希望の世界」を視姦している。
ネットの中に居る限り、奴等から逃れることはできないのか。
消しても、消しても、次から次へとやってくる。
目が集まると「絶望クロニクル」が現れた。そこからこっちを見てやがる。
蛍の様な小さな光が「希望の世界」と「絶望クロニクル」を行き来するイメージが現れた。
ユウイチか。お前は何をしたいんだ。
幾つもの掲示板が現れて文字の羅列が滝のように流れてきた。ざわめく音まで聞こえてくる。
目だけの群衆とユウイチの光が交差する。音も高まった。うるさい。
全員消えてしまえばいいのに。
父親がノートパソコンとにらめっこしてるせいで母親が家をウロウロし始めた。
獣はちゃんと鎖に繋いでおけ。
僕の部屋にまで迷い込んで来たので追い返してやった。
しっしっと手を振ると素直に出ていった。こいつホントに獣だ。
また勝手に入って来られないよう、いつかドアにカギをつけなければ。
それはいつになるんだろう。
ふと思った。
5月10日(水) 晴れ
父親は引きこもり状態になっている。相当ネットにはまっているらしい。
がんばって「絶望クロニクル」の全貌を解明してくれ給え。ユウイチの動向の監視もな。
部屋には母親も一緒にこもってる。ウロウロしないように、とのことらしい。
家の中で動いているのは祖父と祖母。そして僕だけだ。
新しいペットボトルをとりに居間まで行った。
老人二人が何やら相談していた。僕のことを話していた。
「このまま一生外に出ないつもりなんでしょうか
「健史が許さないだろう。少なくとも亜佐美は回復したら外には出すようだが。」
「亮平はもう回復しているのでしょう?」
「しかしあの顔じゃぁ」
「でもこのままではあまりにかわいそうですよ。せっかく心の方は治ったのに。」
「顔を出さずとも今の時代にはインターネットなんてものもあるから。家に居ても友達くらい・・・」
「実際会うことだってあるでしょうに」
・・・・・・・・・・・・・
しばらく立ち聞きしたあと、僕はこっそり部屋に戻った。
ペットボトルは後に取りに行った。
部屋に戻ると可笑しさが込み上げてきた。
クックックと声を抑えて笑っていた。二人の会話を思い出すと笑えてくる。
治ってない。治ってなんかないよ。
声が隣の部屋の父親に聞こえないように気を使った。
久々愉しい思いをした。
5月11日(木) 曇
「俺達どうも勘違いしてたらしいぞ」と父親から報告があった。
自分のノートパソコンに「絶望クロニクル」を表示させて僕の部屋に入ってきた。
「単純過ぎて気づかなかった。ちょっとこれを見てみろ。」
そう言ってトップページにある「希望の世界」へのリンク文字をクリックした。
カリカリと音が鳴ったあと、画面が切り替わった。
そこは文字だけだった。
「ページが表示されません」
父親の顔を見ると黙って頷き、説明を始めた。
このページは「希望の世界」と「NSC」のネットバトルを記録したものであるらしい。
リンクが切れてるのは「希望の世界」が引っ越した後は、もう追ってないから。
アングラで宣伝されてから、それを見た誰かが作ったものではなかった。
「NSC」の名残とでも言うべきか。
「希望の世界」のページがなくてもネットバトルの様子がわかるよう、掲示板のログ等でうまいことまとめられている。
これはあの頃に作られたと思われる。そしてその後の『希望の世界』の動向を知らないまま、今に至る。
「固ハンの奴とユウイチの話に若干のずれがあってな。それでもしやと思って気づいたんだ。」
なるほど。それでしばらく奴らの会話を張ってたのか。
よくやってくれた。一応の現状はこれで把握できた。
「奴等に今のアドレスをバレないようにしないとな。」
それはわかってるさ。よし。お前は引き続き見張っててくれ。
何か有ったらちゃんと僕に報告しろよ。
僕が言わずとも、奴は自分からそうすると言っていた。
この男、実に使える。
5月12日(金) 雨
下の階で騒ぎ声が聞こえたのこっそり降りてみた。
廊下で居間の会話を立ち聞きした。
ドアのガラス部分から中を覗き見した。
父親と祖母と祖父。3人の間で異様な空気が流れていた。
母親だけが一人ボケっと座り込んでいる。
「何度も言うように、一生このままの状態を続けるワケじゃない。」
「でも当分はこのままなのでしょう?」
「いつになったら自由にさせてやるんだ」
「あいつが望めば今すぐにでも。」
「じゃぁアナタがお外に連れていってあげたら?」
「ダメだ。亮平が自分で望まないと。」
「亜佐美は連れていってあげてるじゃないか」
「亜佐美はまだ自分の望みを口できるほど回復しちゃいないから」
・・・・・・・・・・・
その後は不毛な論争が繰り返されるだけだった。
祖母と祖父は僕が外に出ないことを心配してるらしい。
そしてそれが父親のせいであると。ケケケ。
父親の自嘲気味な笑い方がうつった。
でも笑える。ケケケ。
あの二人は何か勘違いしてる。父親の方は分かっているようだが。
僕は外に出たくないんだ。だから出ないだけなんだよ。
僕は元々お外で元気に遊ぶようには出来ちゃいないんだ。
妄想を現実にするのが僕の仕事。
ケケケ。
5月13日(土) 雨
ネットに繋いでると、部屋に祖父がやってきた。
僕は画面を見たままで、祖父のほうに顔を向けなかった。
勝手に祖父の方から話し始めた。
「今日、健史は亜佐美を連れてドライブにでかけてる。」
そう言えば朝から見ないと思った。
最も、僕は部屋からでないので普段も見ないのだが。
「亜佐美は外に連れていってもらうと、喜ぶようになった。」
へぇ。母親がきゃぁきゃぁ騒ぎながら車に乗り込む姿を想像した。
そしてすぐ消えた。僕には関係無い話だ。
「なぁ亮平」
祖父が僕の横に座り込み、視線を同じ高さにしてきた。
僕の目にはまだ「湖畔専用BBS」が映っている。
「王蟲」が「みんなに会えるような機会が欲しいですね」と書き込んでいた。
「ロロ・トマシ」が「シャーリーン様が企画しないとダメだろう。でないと誰も来ないさ」とレスをつけている。
相変わらずウジウジ動いてやがるな。
「お前は外に出たくないのか?」
ユウイチはどうしてるだろう、と思った。
今一番怖いのは、ユウイチが「希望の世界」の現アドレスを奴等にバラすコトだ。
会話が噛み合わなくなったときに漏らす可能性もある。
「希望の世界」へ飛んでみた。掲示板に行くと、前のユウイチの書き込み以外増えてない。
むしろ教える方が自然だと思うが。アドレスを教えないユウイチが不気味だった。
「どうなんだ?亮平。」
僕は祖父の方に顔を向け、ニッコリと笑ってやった。
祖父は顔をしかめた。火傷のせいでよほどおぞましい顔に見えたんだろう。
笑顔のまま祖父を見据えた。じっと見つめてると、祖父は何も言わず部屋から出ていってしまった。
僕はパソコンの画面に目を戻し、ユウイチの言動を心配した。
僕が外に出れば、こいつらみんな死んでくれるのか?
画面の向こうにいる奴等に向かって微笑んだ。
消えろ。
5月14日(日) 晴れ
ネットに接続中、今日は父親が部屋に来た。
僕は画面に映った「絶望クロニクル」の湖畔掲示板を見ていた。
奴等の間でオフ会の話題が上ってる。しかし管理人の「シャ−リーン」が書き込まないので
その話はそれでオシマイだった。つまらない。
「亮平」
いつもより澄ましたような声が耳に入ってきた。
掲示板を読み続けた。ユウイチはオフ会の話には興味を示していない。
ジャンクの方に行ってみた。少年犯罪のネタで盛り上がっている。
誰かが渡部さんのネタを振るかと思ったが、新しい情報は無かった。
父親が後ろから僕の両肩に手を乗せてきた。
僕の体が少しビクンとした。手の体温が、肩からどんどん伝わってくる。
とても熱い気がした。
「お前の望みは何だ。」
堅い口調で聞いてきた。僕は相変わらず画面を見つめたままだったが、
祖父の時のように笑いはしなかった。頭の中で父親の言葉が響く。
決まってるじゃないか。僕は思った。僕の望みは、あの時から変わらない。
早紀を。早紀の「希望の世界」を汚す奴の抹消。
潰しても潰しても沸いてくるウジ共。
目の前にある石の下を掃除しても、また別の石の下にしっかり居やがる。
僕はパソコンの画面を指さした。
「こいつらを皆殺しに」
それが僕の望み。見つけたからには、潰さなくては。
父親は「わかった」と呟き、部屋から去った。
僕の肩にはまだヤツの体温が残って火照ってた。
それからしばらく、僕は画面を睨み続けた。舐めるように見入る。
「ユウイチ」、「D.G」、「ミギワ」、「シス卿」、「紅天女」、「ロロ・トマシ」、「ダチュラ」、「王蟲」、「SEXマシーン」
そして「シャーリーン」。
早紀が創り出したキャラを名乗るのも許せなければ、
「希望の世界」をストーキングしてたコトも許せない。
みんな覚悟しな。
たった今、ヤツがやる気になった。
貴様等も渡部さんや川口や遠藤のように、全てを失うがイイ。
僕の望み通りに。
シ
ニ
ナ
第二十週 「奈落」
5月15日(月) 雨
父親が本格的に参入した。
母親を傍らに置きながらノートパソコンをいじっている。
僕も自分のパソコンで見てみた。湖畔での話題を適当に呼んだ。
前にオフ会の話題が有ったので、それをうまく利用できないかと思った。
なかなか話は進まないが、途切れては無いようだ。
隣の部屋に行き、父親に報告した。
「なるほど」と頷いた。
「居場所がわかってるユウイチから消そうかと思ったけどな」
横でボケッとしながら座ってる母親が目障りだった。
「渡部たちが気づいてない今の方が、何も知ない奴等を消しやすいかもしれない。」
それはあるな。ユウイチを先に殺すと、何かの拍子でジャンク辺りにそれがバレることも有り得る。
そうなると奴等も警戒してオフ会などやっても来ないだろう。
渡部さんに知られると返り討ちにされる可能性も。
ユウイチも湖畔の奴等も、僕達の存在を知らない。
少しでも気づかれるとROMの意味が無くなる。「sakkyを守る会」と同じ手法だ。
水面下で行動。今がベスト。
今がヤり時。
5月16日(火) 晴れ
暑苦しくて目が覚めた。
昼頃まで寝ていたが、起きたときには汗がびっしょりになっていた。
得体の知れない不安感を感じた。
頭がスッキリしない。思考がひどく濁ってる。
ペットボトルの水を一口飲むと、少しだけ気分が良くなった。
また横になり、天井を見つめながらこれまでのことを考えてみた。
うまく行き過ぎじゃないか。
何もかもが都合良く進んでる。
ユウイチの登場から湖畔掲示板まで。見事なまでに都合良く現れた。
ユウイチが知らなかったことは、僕等も知らなかった事だ。
奴が質問することで、僕も知りたい情報を得てきた。
そしてたどり着いた「絶望クロニクル」
「希望の世界」をストーキングしていたサイト。実に僕の興味を引きそうじゃないか。
僕は誘導されてきたのだろうか。
湖畔の奴等の名前も、僕が嫌がるのをわかってて?
これらの不自然さを解説するには、自作自演という答えが一番妥当だ。
もしそうならその犯人は渡部さん達だろう。
しかしそれは有り得ない。彼女達はネットに繋げる環境にはいないはず。
それに第一、この膨大な情報量を自作自演するのは不可能だ。
ジャンクに至っては湖畔だけでなく多くの名無しカキコも存在している。
加えて、僕がここを見つけたのはユウイチが現れる前だ。
少なくとも何人かは存在してるはず。一人では無い。
でもこのタイミングの良さは何だ?
この調子だと、オフ会もすぐにでも開かれてしまいそうだ。
話の流れがオフ会開催へと進んでる。
考えすぎだろうか。
運が向いてるときって、こんなもんなのか。
トントン拍子でコトが進む時だってある。そうなのか。
釈然としないまま僕の思考は鈍っていった。
頭が、重い。
5月17日(水) 曇
湖畔掲示板でオフ会が企画された。
1:10 オフどうよ ■ ▲ ▼
1: 名前:ロロ・トマシ 投稿日:2000/05/17(水) 23:17
こうなりゃ俺達だけでもオフ会やるか?
シャーリーンも地下に潜っちまったようだし。
2 名前:王蟲 投稿日:2000/05/17(水) 23:56
いいですね。僕も一度ここのメンバーに会ってみたいです。
いつやりますか?僕はいつでも大丈夫です。暇人なんで(笑)
3 名前:SEXマシーン 投稿日:2000/05/18(木) 00:13
オフ会俺も行きたい
4 名前:王蟲 投稿日:2000/05/18(木) 00:21
マジでやりますよね?日程はどうしましょうか。明日ってのはさすが急ですよね・・・
5 名前:ロロ・トマシ 投稿日:2000/05/18(木) 00:35
平日よか土日の方がいいかな。土曜日はどうだ。今週でも構わないぞ。
6 名前:王蟲 投稿日:2000/05/18(木) 00:45
20日ですか?僕は大丈夫ですよ。
7 名前:ミギワ 投稿日:2000/05/18(木) 01:09
あなた達本当に会うの?
8 名前:ロロ・トマシ 投稿日:2000/05/18(木) 01:13
20日な。オッケー。
>ミギワ
俺はいつも本気だぜ?(爆)
9 名前:王蟲 投稿日:2000/05/18(木) 01:24
了解しました。20日が楽しみです。時間と場所はどうしましょうか。
ここのメンバーって確か関東在住が多かったですよね。
やっぱ東京かな?
10 名前:シス卿 投稿日:2000/05/18(木) 02:03
HEY!20日でも急過ぎだ。もちっと時間に融通利かせてくれないか?兄弟!!
ウチは僕しか起きてないというのに。こんな夜遅くにも、奴等は元気に活動してる。
そしてとうとうオフ開催が決まった。
奴等はまだ会ったことが無い。僕がROMってるコトも知らない。
オフ会へ潜り込むにはベストの状態だ。確かにベストではある。
話の流れにわざとらしさは感じられないか?タイミング良すぎではないか?
疑って見ると演技の気もするし、素直に見ると本当の気もする。
疑いようはいくらでもある。信ずるに値する根拠も、いくらでも。
昼に寝過ぎたおかげで頭が冴えてしまってる。
眠れそうにない。
5月18日(木) 晴れ
1:7 緊急オフ決行 ■ ▲ ▼
1: 名前:ロロ・トマシ 投稿日:2000/05/18(木) 02:47
5月20日横浜駅西口東横線改札前に集合。
午後5時ジャスト。暇な奴、来い。
2 名前:SEXマシーン 投稿日:2000/05/18(水) 10:50
急過ぎだっちゅーに。俺は行けない。
3 名前:王蟲 投稿日:2000/05/18(木) 17:02
僕は勿論オッケーです。
やっぱ急過ぎたかな?あんま集まらないかも・・・
4 名前:紅天女 投稿日:2000/05/18(木) 18:21
残念!!20日には既に予定が。
また誘ってねー。
5 名前:ユウイチ 投稿日:2000/05/17(木) 19:35
僕も予定入ってます。
6 名前:シス卿 投稿日:2000/05/17(木) 19:39
OH!SHIT!俺アウト!!
7 名前:ロロ・トマシ 投稿日:2000/05/17(木) 20:49
このままだと俺と王蟲の二人だけになりそうな予感。
「含みのありそうな待ち合わせ場所だな」と言って、父親はケケケと笑った。
僕が抱いてる不安感を伝えた答えがこれだった。父親はずっと笑っていた。
「なぁ亮平」
画面を見据えながら、さらにニヤリと笑みを浮かべた。
「もしこれが罠だったとしてもだ。何か問題有るか?」
僕は考えた。もし罠なら、来るのは恐らく渡部さん達だろう。
そして、待ち合わせ場所も単なる偶然の一致で、奴等が本当に何でもないようなヤツなら?
頭の中に、ハッキリと答えが浮かんできた。
そうかそうか。この男の言うとおりだ。
問題、無しだ。
渡部さん達なら返り討ちにするまでだし、知らないヤツでも消すワケだ。
数日悩んだ頭がスッキリ軽くなった気がした。
ユウイチも絶望クロニクルの奴等もどう出ようが関係ない。
この男なら見事に使命を果たしてくれるだろう。
僕もケケケと笑った。
父親もまだケケケと笑っていた。
二人して笑ってると、父親がフと眉をひそめた。
「そう言えば」
僕は笑うのをやめた。
「ユウイチって名前。どっかで聞いたような気がするんだけどなぁ」
散々頭をひねっていたが、結局思い出せなかったようだった。
僕には心あたりは無い。
母親がまたウロウロし始めたので話はそれで終わった。
父親はあの女に付き添い、僕は自分の部屋に戻っていつも通り水を飲んで寝転がった。
悩み事が解決したので今日はゆっくり寝れそうだ。
最初からあの男に全てを任せておけば余計な心配せずに済んだんだ。
改めて奴の有能さを認識した。
面倒なことは全て奴がやればいい。
僕はここで寝てるから。
5月19日(金)
明日に迫ったオフ会。父親が画面を見つめながら何か呟いた。
「このシャーリーンって奴、よっぽど早紀のことが好きなんだな」
ケケケと笑って「絶望クロニクル」が表示されてる画面をトントンと叩いた。。
確かにそうだ。早紀。sakkyのことを散々付けまわしてこんなページを作った。
その割には「希望の世界」に押し入ってくる様子も無い。
ひっそりとsakkyを観察し、迷惑かけずひっそりと存在し続けている。
確かに、好きじゃなきゃこんなページわざわざ作れないな。
父親がマウスをいじるのを眺めながら、僕はシャーリーンについて考えた。
そもそもこいつは何者なんだろう。
「希望の世界」を汚す者にはかわり無いが、掲示板を見る限りでは存在が確認されてない。
父親がまた笑い声を上げた。
「待ち合わせの目印はベルだってよ」
ケケケと笑った。僕もケケケと笑った。
「明日が楽しみだ」と父親が言った。
僕も楽しみだよ。
自分の部屋に戻る前に、いつものようにペットボトルを取りに行った。
冷蔵庫をあさっていると祖母が近づいてきた。
「亮平」
僕は顔を向けた。
「本当に、健史に任せっきリでいいの?」
僕は眉をひそめて首をかしげた。質問の意味がよくわからなかった。
それを察した祖母は言葉を変えて言いなおした。
「あなたの治療、私たちに手伝えそうな事無い?何か相談したいこととかあれば遠慮無くいって頂戴。」
僕は理解した。祖母は僕のことを心配している。
父親に任せておくと、ますます引き篭もりになるんじゃないかと思ってる。
「大丈夫」
僕はそれだけ言い残し部屋に戻った。
祖父と祖母は、あの男の強さを知らない。川口の攻撃を軽くあしらったあの光景を知らない。
任せておけばいいんだ。奴は奴なりに僕の心を治療しようとしている。
僕の望み通りに動く、という形で。それくらい僕にも察しがついてるさ。
奴がこんなに動いてくれるは、僕の心を治療する為なんだ。
だから他が心配する必要は無い。父親に十分治療されてるんだから。
効果は無いけどな。
ケケケ
5月20日(土) 雨
夜10時過ぎ、車が戻ってくる音が聞こえた。
父親はなかなか家に入ってこなかった。
何をやってるのか少し気になり、僕は車庫へ行った。
車庫の中は裸電球のみで照らされていて薄暗く、少しだけシャッターが開いてるのに気がついた。
車の中も明かりが付いてた。父親の影がゴソゴソ動いていた。
片方のドアは開いており、そこから父親の足が見える。
近づくと父親は僕の存在に気がついた。
「よう。丁度良いときに来てくれた」
腕まくりをして雑巾を持っていた。バケツにはホースが突っ込んであって水があふれてる。
手招きして「ちょっと手伝ってくれ」と言った。
父親の肩越しから車の中を除いてみた。
シートに血が飛び散っていた。
雑巾でゴシゴシと血をぬぐっている。
赤黒く染まった雑巾はバケツで洗われ、またシーツをごしごしと。
「これでこっちを拭いてくれ」
バケツに掛かってたもうひとつの雑巾を僕に渡してきた。
僕はそれを受け取り、開けっぱなしのドアの内側にあてがった。
父親は中に入り込み、せっせとシートを拭ってる。何か洗剤を使ってた。
助手席の方にはノコギリやらナイフのようなものやらが転がっていた。
ドアの内側にも赤い液体が垂れている。所々に髪の毛もこびりついていた。
スっとひと拭きしてやると、雑巾に髪の毛が吸い付いていった。
「雨のせいで泥までついてやがる」
シートの下には泥で足跡がついている。雑巾でそれを懸命に擦っていた。
ドアを拭き終わりバケツで雑巾を洗っていると、横にトランクと黒いゴミ袋が置いてあるのに気がついた。
僕がそれをしばらく見ていると、「ああ、それか?」と父親の声が聞こえてきた。
「そうそう。あいつら自作自演じゃなかったみたいだぞ。何てことない普通の奴だった。」
トランクから目が離せなくなった。隙間から、血が一筋垂れている。
「けどな。一人しかいなかったんだ。それでまぁとりあえずそいつだけでもってコトで。」
血は地面に伝って、バケツからこぼれた水と混じっていった。
「そのトランクは早紀を運んだヤツとは別モノだから。安心してくれ。」
一息ついた後、父親は再び作業に戻った。
作業をしながら話を続けた。
「ゴミ袋は触らないでくれな。破けるとマスイから」
僕は指先だけでゴミ袋を突いてみた。グニャリとした感触があった。
「トランクに入りきらなかったからさ。余計なのはそっちに移したんだ。」
余計なの?僕は聞き返した。
父親が中からひょっこり顔を出してケケケと笑った。
「足とか頭とか」
僕は目を見張った。
「参ったよ。死体からも結構血は流れるんだな。そーゆーのってやっぱ時間とかで変わるんだろか。」
僕は黙って首をかしげることしかできなかった。
「おかげでシートが汚れちまったよ。漂白剤で落ちねぇかなぁ」
父親はまた作業に戻った。
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
音が頭に響いてくる。
僕は目の前にある元人間を眺め続けた。
すると急に、体が震えてきた。
絶えがたい恐怖感が襲ってきた。
父親はそれに気づかずゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ続けてる。
トランクとゴミ袋。ここに詰まってる。
気持ち悪くなった。そんなはずない。そんなはずない。
僕が恐怖を感じるなんて。そんなはずない。
口の中で何度も呟いた。
穴に落ちていくような妙な気分になった。奈落の底に落ちていくような。
足元にポッカリ穴が空いて、そこからどこまでも果てしなく落ちていく。
僕はわけがわからなくなっていた。
頭のなかでは色んな声、映像、音がグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル回っていた。
散々回ったかと思えば、すべてがサッと引き、一言だけが響いてきた。
昨日の祖母の声。「本当に、健史に任せっきリでいいの?」
空しく響いて消えていった。
トランクの中から声が聞こえてきそうだった。
ゴミ袋が動きそうだった。
そこから変なオーラが出て僕を包んでいるみたいだった。
思わず叫びそうになるのを口で押さえ、僕はフラフラとその場を離れた。
背後からものすごいプレッシャーを感じて涙まで出てきた。
僕が泣くなんて。
他人の死をこんな近くに感じたことは今までなかった。
荒木さんの時も焼け跡を見ただけだし、川口も目を抉られただけで、生きてはいた。
「希望の世界」を汚すヤツは皆殺しに。
それが僕の望みだ。
皆殺し。ベッドに倒れ込んだときに、この言葉が頭をよぎった。
殺すってことは、誰か死ぬんだ。
血が漏れてたトランクと黒いゴミ袋。
異様なまでのリアリティを感じた。怖いくらいの現実感。
もう戻れない。そう思ったとき、不思議なことに僕はケケケと笑っていた。
「皆殺し」
口に出して言ってみた。指先にゴミ袋を触ったときのグニャリとした感触が蘇る。
今でも触ってるんじゃないかってくらい鮮明に蘇ってきた。
グニャグニャグニャグニャグニャグニャグニャグニャ
僕はケケケと笑った。無性に笑いたくなっていた。
もう戻れない。
5月21日(日) 晴 れ
父親は車に乗ってトランクとゴミ袋をどこかに捨てに行った。
「ここは小田原だぞ。ちょっと走れば腐るほど山がある。」
なんとかスカイラインだとかに行くと言っていた。
僕は部屋で自分の指を眺めてみた。
もう昨日の感触は残ってない。
散々と意味不明の恐怖におののいた後、急激に醒めていった。
怖さが身体を突き抜けていった感じだった。
それからは特に考えることなど無く、ただボケっと過ごしてた。
ネットに繋いでみる。湖畔掲示板ではいつも通りの会話がなされてた。
「昨日のオフ会どうだった?」
「今度あったら誘ってくれよ!!」
「オフ会レポートキボン」
王蟲とロロ・トマシは書き込んでなかった。
どちらかは死んでる。それが誰だかはどうでも良かった。
ジャンク情報BBSに繋いでみた。
相変わらずどうでもいいような情報が飛び交ってる。
僕はそこに一言書き込んだ。
1:1 報告 ■ ▲ ▼
1: 名前:処刑人 投稿日:2000/05/21(日) 06:17
誰かが死んだ模様
書いてみて気が付いた。
二つの掲示板の関係。ああそうか。これは表と裏なんだ。
ジャンクの存在意義がわかった気がした。
処刑人の書き込みはこれからも増え続ける。
しかしその度に膨大な情報量の中に埋もれ、流されていくだろう。
それでいいさ。二つ掲示板の間にある溝をわざわざ埋めてやる必要は無い。
「絶望クロニクル」
うまく構成されている。
シャーリーンが何者なのかはわからないが、有るモノは利用させてもらおうじゃないか。
僕はもう戻れない。僕がやめろと言わない限り、ヤツは突っ走る。
やめろと言うつもりは無い。
突き抜けた恐怖の先には、悟りに近いものがあった。
ネットの向こうにいる「普通の」奴等。
カワイソウニ。ずっとROMってれば狙われなかったのに。
何処かに「見た」証拠を作っちゃいけない。
川口同様、ROMるなら徹底的にROMらなければ巻き込まれる。
残念なながら僕は知ってしまった。
だから僕は、叶えたはずの願いをまた掲げなければならない。
また長くなりそうだ。ユウイチも居るしシャーリーンも居る。
存在が確認される限り、僕は何度でも望む。
あの男が何度でもやってくれる。
早紀を汚すヤツは死ね。
- 第5章 「溝」 虫の日記 - 完
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第6章 「膜」 王蟲の日記
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第二十一週 「裏側」
5月22日(月) はれ
学校に行くのが憂鬱だ。
でも行かなきゃ怪しまれるから行った。
横山は来てない。あいつの机に顔を向けられなかった。
誰とも話をしたくなかったけど、やっぱり西原さんには声をかけられた。
「例のオフ会、秋山君は行ったの?」と。
僕は行ってないと答えた。「見に行くほど物好きじゃないよ」と付け足して置いた。
西原さんは「なんだ」とつまらなそうな顔をして自分のクラスに戻った。
それだけで済んだからほっとした。
言えるわけない。怖くなって逃げ帰ってきたなんて。
そして僕が「王蟲」だなんて。
言えない。
5月23日(火) はれ
中学では「情報通」の地位を確保してた僕も、高校に入ったらこのザマだ。
僕はどうも人付き合いが苦手らしい。クラスに溶け込めずにいる。
得意のパソコントークも新しい環境では全然ダメ。
以前は挨拶代わりに「ジャンク情報」のアドレス教えてアングラ情報流してたのに。
唯一話が合い、友達となれた横山。今日も彼は欠席だった。
昼休みには西原さんが遊びに来てくれた。彼女もうまくクラスに溶け込めてないそうだ。
人付き合いがヘタな人は同じ中学同士で固まるしかないのか。
でも彼女はなんかの部のマネージャーなんかやってるから、僕とは明らかに人種が違う。
クラスに溶け込めない、なんてのは僕に話を合わせてくれてるだけだろう。
本来なら、パソコンオタクの僕なんかに構ってくれる西原さんが
遊びに来てくれるは嬉しいけど、今はタイミングが悪い。
ネットの話になるたびに胃が痛くなった。
触れないで欲しい。
5月24日(水) はれ
日記をつけ始めて3日経った。
横山が学校を休んでることに関して気にしてる奴はいない。
西原さんがやたらあのページの事を聞きたがるのが辛い。
中学ではみんなジャンクは面白がってくれたけど
肝心の「絶望クロニクル」自体の方はすぐに飽きられてしまってた。
ネットバトルは記録だけだから、一度見たらそれでオシマイ。
西原さんだけが湖畔にまで興味を持ってくれて、以来一緒にROMってる。
僕は最初から「王蟲」としてずっと居着いているんだけれど。
僕の書き込みが知り合いにROMられてると思うとドキドキしたもんだ。
しばらく特に面白い事もなかったのに、最近何故か人が増えてきた。
そのせいでこんな事になってしまうなんて。
寂れたままの方がずっと気楽だった。
戻りたい。
5月25日(木) はれ
4日目にしてようやく横山のことが話題になった。
先生の「最近横山君見てないね」の一言だけだったけど。
誰も欠席の理由は聞かなかったし、先生も言わなかった。
まったく学校サボって何やってるんだか。
西原さんは相変わらず「絶望クロニクル」のことを話したがる。
「最近どうなってるんだろうね。オフ会行った人たち書き込んでないみたいだし。」
他の人の書き込みはあるらしい。わざわざ報告してくれる。
僕は適当な返事ばかりしかできなかった。
僕は見てない。もう見なくなった。
できれば忘れたいのに西原さんが忘れさせてくれない。
一度ガツンと言うべきか。その話は止めろって。
意思表示をしないと延々と続く。男らしく言うか。
言うべきだ。
5月26日(金) はれ
結局遠まわしにネットの話はもう止めてと言おうとしたけど
グズってる間に西原さんの方がネット話を止めれない方向に持って行ってしまった。
「ネットにハマり過ぎて入院した人のこと、覚えてる?」と振ってきた。
実に良く覚えてる。ウチの中学では有名な話だ。
僕はそいつと直接面識がなかった。話したことも無い。
というより彼は僕らとは(西原さん以外)明らかに人種が違った。
明るそうで全然オタクに見えなかったし、ネットなんかやってる様にも見えなかった。
その彼が精神病院に入院したと聞いた時には本当に驚いた。
名前は風見君だったかな。カッコイイ名前なのに。なぜネットなんか。
西原さんはさらに話を続けて、僕はますますどうしようもなくなった。
「オフ会の日、ジャンクの方でね。処刑人って人の書き込みがあったの。誰かが死んだって。
なんかタイミング的に怖いじゃない?中学での事もなんか思い出しちゃって。
だからクラスの人とか部の人とかにあのページ宣伝しといたの。これなら私達の身に・・・」
何か有っても、誰かが「ネットで何かに巻き込まれたかも」と気づいてくれるかもしれない、だね。
西原さんは実に健全な精神の持ち主だと思う。
僕にはそんな発想は無い。友達になれそうな人に、自分の見てるサイトを紹介するくらいだ。
第一「ROMってるだけでも何かされるかも」という発想自体が、なんというか、かわいい。
そのせいで僕はますます追い詰められているんだけど。
横山はまだ来ない。
5月27日(土) くもり
放課後、知らない先輩に呼び出された。西原さんも一緒だった。
西原さんがマネージャーやってるテニス部の先輩だった。
名前は・・・渡部先輩。
思わず下の名前まで聞いてしまった。すると渡部先輩が肩を叩いてきた。
「西原にもそれを聞かれたんだよ」
西原さんがペロっと舌を出した。それで事の状況を理解できた。
「俺の名前は渡部ヒロフミだよ。インターネットで書き込みなんかもしてない。」
どうやら西原さんは渡部先輩を例の「ユウイチ」だと勘違いしたらしい。
お姉さんを探してるとかいう奴だ。姉の名前が「渡部美希」だった。
西原さんが「絶望クロニクル」を宣伝して回ってると、渡部先輩が興味を示したらしい。
それで彼女は「あのユウイチじゃ?」と疑ったそうだ。
聞いたら違ってて、逆に「なんでそんなこと聞くんだ?」ってなって・・・
情報発信源である僕のところにも来た、と。
全部説明し終わったら渡部先輩に笑われた。
「俺にも姉ちゃんはいるけど家でピンピンしてるよ」
僕も西原さんも笑った。
心の中では笑っていられなかった。
・・・・・・・確実に「絶望クロニクル」が広まってる。
このままではいつか横山のことも僕のこともバレる時が来るかもしれない。
横山は結局一週間学校にこなかった。あいつが早く姿を見せてくれればオッケーなのに。
聞きたいことは山ほどある。あの男は誰だったのか。何処に行ったのか。僕の事まで喋ったのか。
早く戻ってきてくれ。
5月28日(日) はれ
どうしよう。横山の親から電話があった。
先週から家に帰ってないって。ヤツは僕が友達であることを親に言ってたらしい。
だから僕のところに電話を。パソコンについては何も話してこなかった。
僕は全て「知らない」で通した。僕は知らない。何も知らない!
確かに「絶望クロニクル」を教えたのは僕だ。湖畔でのルールを教えたのも僕だ。
でも言い出したのはあいつの方だ。
やっぱり止めておけば良かったんだ。あんなアングラっぽいトコでオフ会をやろうなんて。
僕等は他人のフリして、他のメンバーがどんなヤツなのかを見て楽しむ。
「面白そう」なんて言った僕がバカだった。
僕はあんなページを作る「シャーリーン」って人が見てみたかっただけなんだ。
僕がネタを振って、ヤツが企画。
トントン拍子で進むなんて思わなかった。横山だってすぐにやるつもりなかった。
僕も横山も、ネタだけは振っといて「シャーリーン」が出てくるまで待つつもりだった。
けど「ダチュラ」がわざわざメールで「早くやろう」って言うから。
だからその週にすぐやることにしたんだ。僕等以外にも一人来ることがわかったから。
ダチュラもメールで来るって言ってた。
横山。あの男はやっぱり「ダチュラ」だったのか?
あの日、横山は先に改札前にいた。
僕は少し遅れてた。けどちゃんと着いた。でもそこには・・・
横山が・・・知らない人と話してた・・・。
ベルを持ってた。ダチュラだと思った。あるいは他のメンバーかと。
愚かだった。来るのは僕等と同じような人間だと思ってた。
どうせみんな中坊だと・・・たいしたヤツは来ないだろうと・・・・なのに・・・・あんな・・・・
大人が来るなんて・・・・
なぜ怖くなったんだろう。なぜ横山を見捨てたんだろう。
あいつは僕をずっと待ってたのに。僕はすぐ近くに居たのに・・
行けなかった。回れ右して、帰った。
逃げた。僕は逃げたんだ。
横山が。「ロロ・トマシ」が行方不明。
どうしよう。
第二十二週 「下降」
5月29日(月) はれ
西原さんが優しい人だったことを忘れてた。
「横山君、最近休んでるんだね。」
横山と僕が話してるときにクラスに来てくれることもあった。
そんなときは僕は横山をおざなりにして西原さんとのお喋りを優先してた。
だから二人が話す機会なんて全然なかったのに。
それでも彼女は横山のことを覚えてた。そしてこうして気にかけてくれている。
僕は例によって「知らない」と答えた。
・・・・このままでいいのだろうか。
横山の親も心配し始めたし、西原さんまで気にかけてる。
唯一事情を知ってる僕。ブックマークを消そうと思いながらも消せずにいた「絶望クロニクル」。
久々に行って見た。管理人の「シャーリーン」は湖畔を見ても相変わらず書き込みはない。
こいつは何者なんだ?どうゆうつもりでこんなサイトを立ち上げた?
サイトの更新は1年くらいしてない。掲示板があるのに管理人はいない。
「王蟲」と「ロロ・ロマシ」の二人が消えても湖畔は動き続けてる。
今更どうすることもできないさ。
5月30日(火) はれ
どうも本格的に横山が行方不明なったことが問題になってきた。
先生が「誰か心当たりあるヤツいないか?」と聞いていた。
誰かが「秋山はあいつと親しかったよな?」と言った。
僕はまた「知らない」と答えた。
声が裏返った。心臓はドキドキしまくってた。
「お前耳赤いぞ」と言われた。それでも「知らない」と答えた。
変な視線が集まった。みんなが僕を見てる。
耳はますます赤くなって汗が出てきた。
誰も何も言わなかった。黙って疑惑の目を向けてくる。
僕は下を向いたまま時が過ぎるのを待った。
とても長く感じた。
5月31日(水) あめ
みんな僕のことを避けてるような気がする。
目が合ってもすぐにそらすし、話し掛けてもくれない。
僕が教室に入った途端に話をやめたグループもある。
陰口たたいてやがる。
横山が行方不明になったのと僕が関係してるんだと思ってるんだ。
勝手に思うがいいさ。僕は犯罪行為をした覚えなど無い。
最近思うようになってきた。僕が逃げ帰ったのは正解なんじゃないかって。
怖いと感じるのは危険察知に他ならない。
横山はその能力に欠けていた。遊び半分に足をつっこんだ罰だ。
第一、何かあったら逃げることくらいできたはずだ。
あの男が「ダチュラ」という保証も無いのにホイホイついていった横山が悪い。
この行方不明騒動は横山自身の責任と言える。
西原さんだけはいつも通り接してくれてる。
「顔色悪いよ」って言われたけどそんなことは無い。
僕は至って平気だ。
6月1日(木) はれ
僕の机に大きく「うそつき」と彫られていた。おかげでノートが書き辛かった。
どうも僕はイジメの対象になったようだ。
でも返って気楽な気がする。横山のことを面と向かって追求されないからだ。
もともと僕はターゲットにされやすい人間だし。これくらい耐えられるさ。
それに、こんな僕にも西原さんは構ってくれる。机のことには触れないでいてくれた。
話題は例によって「絶望クロニクル」のことだった。
西原さんはやたら怖がってた。どうも風見君のことを思い出して以来、ネットに対する恐怖が高まったようだ。
そこで横山が行方不明。恐怖心はますます煽られる。
おかげで西原さんはこんな突拍子も無いことを言い始めた。
「あのページと関係あるのかな?横山君、私達と親しかったから。」
西原さんは声が大きい。またみんなに変な目で見られた。
関係無いでしょ、と軽く言っておいた。余裕の態度でいれば怪しまれることもない。
「涙目になってるけど平気?」と言われた。
平気だと言うのに。
とりあえず家に帰ったら久々に王蟲アカウントのメールチェックをしておいた。
ダチュラや紅天女のメールがチラっと見えたけど量が多かったので今日は受信だけにしておいた。
それにしてもキーボードが打ち辛い。
手が震えてるせいだろうか。
6月2日(金) はれ
「うそつき」が一つ増えていた。消しゴムのカスが中に溜まってしまって汚い。
廊下ではなぜか渡部先輩に話しかけられた。しかもとんでもない話だった。
「西原が言ってたぞ。なんか例のページのせいでお前のクラスのヤツが行方不明になったんだって?」
どうしたらそうなるのか、西原さんは「絶望クロニクルと関係アリ」と確定してしまったようだ。
「大丈夫なのかよ。俺もあんな勘違いされた身だからな。どうも他人事には思えなくて。」
大丈夫ですよと言ってあげたかったけど、何故か声は出なかった。
西原さんを探さないと。頭の中ではその事しか考えてなかった。
「何がどうなってるのか説明してくれよ。」
渡部先輩の真っ直ぐな目が僕に突き刺さった。
僕にもわからないんです。自然とこの言葉が出てきた。
嘘は言ってない。ホントに僕には横山失踪の全貌はわからないんだから。
原因は知ってるけど。
渡部先輩は「そうか」と納得してくれた。「とにかく俺に迷惑かかるような真似はやめてくれよな」
ごもっとも。そのまま帰っていった。西原さんが何処にいるのか聞きたかったけど遅かった。
他人のクラスには行けないから西原さんが来るのを待つしかなかった。
やっと来たかと思ったら、僕の机が汚くて弁当が置けなかった。
色々聞こうと思ったけど、机の説明をした方がいいかとか他のことを考えてしまった。
そうしてるうちに西原さんが机に書いてある文字を読んだ。
「うそつき・・・」
クラスの誰も目を合わせてこなかった。
西原さんは「出直した方がいいかな?」と言って戻ってしまった。そんな必要無いのに。
仕方ないから僕は一人で弁当を食べた。
だいぶ残した。
6月3日(土) はれ
放課後、西原さんが駆け込んで来た。
幸い僕は机の掃除をしてたのでクラスに残ってた。
溝にハマった消しゴムのカスは意外と取り辛いことを体感してる最中だった。
何かの本を持ってきてた。カスが散らばってるのも気にせずパサっとと机に広げてた。
ウチの中学の名簿だった。
「これ見てこれ!」と西原さんが指差した。
僕らのクラスじゃない。指差したのは他のクラスで僕の知らない名前ばかりだった。
伊藤、尾形、風見、川口、北村・・・・・
風見・・・・
風見祐一
西原さんの声が遠かった。
あのユウイチは風見君の名前だとか何とかうろたえてた。
姉の名前が渡部なんだからそんなはずないのにと思ったんだけど
ネットでの自称してるだけなんだしそれを信じるほうが間違ってるような気もするけど
渡部ユウイチさんという全く関係ない人がいるのかもしれないと考えても
やっぱり風見君とネットの「ユウイチ」には何かしらの関係があるように感じてしまうのは
西原さんが「絶対関係有るよコレ」とわめいてるせいでぼくもそんな気になってきたのもあるし
何より僕自身がこりゃ偶然じゃないだろって直感してはいるが
それはつまり僕はとても嫌なことに巻き込まれてるってことになるから
どうしても信じたくないんだけど関係無い関係無いと思えば思うほど
関係有るように思えてしまうのは何故だろう。
確かに偶然にしては怖すぎる偶然だ。
西原さんはもう完全に「関係アリ」と信じてしまったので僕は何も言えなかったし
僕が何か言っても既にあのページと横山の行方不明を繋げてる時点で説得不可能というか
そっちは本当に関係有るから何とも言えないんだけれど
風見君とユウイチが関係有るとすればなぜに渡部って名前がどっから出てきたかをどう考えてるのか
それはわからないだろうし僕にもわからないし本人に聞いてみればいいって話になって
ということは僕はやっぱり「絶望クロニクル」と縁を切ることができなくて
王蟲の名前を捨てることができなくてロロ・トマシこと横山との関係もバレる可能性も高まって
知らないの一点張りで頑張ってる僕はますます立場がまずくなって
でも風見君とユウイチについては考えすぎってことも有るからそんなに心配する必要も
ないようなきもするけど西原さんは関係アリって信じちゃってるからこのままほっとくと
ドンドン絶望クロニクルが広まって何かの拍子で僕が王蟲で横山がロロ・トマシであったことがバレて
しまいにはオフ会の事までバレて僕が逃げ帰ったことも非難されなくもないけど
そこまで最悪の状況も考えて行動するべきなのかと考えてみると
いずれにしろ僕はまた絶望クロニクルに戻ってユウイチと風見君の関係をハッキリさせなくては
いけないかもしれないけどそこまでしなくても今の状況くらいは知っておかないと
今度の対策が練りようが無いというか西原さんが怖がるから絶望クロニクルが広まるのであって
彼女の不安を取り除くためにはやはりユウイチと風見君のことをハッキリする必要があって
要は僕はもう絶望クロニクルから逃げられないのではないだろうかと考えてしまうのは
考え過ぎではないといってもいいと誰かに言って欲しいけど
肝心の西原さんがそう言ってくれるわけないからなんというかさっきから同じ様なことが
頭の中をグルグル回ってるのは誰もせいでもなく他ならぬ僕の思考であって
こんなまとまりのないことを全部日記に書いてもキーボードの打ちすぎで指が疲れるだけだから
もう考えるはよそう。
こうゆう冷静な判断ができるウチは大丈夫だ。
動揺してない証拠だ。
6月4日(日) はれ
風見君のことがきっかけってワケではないけど、僕は「王蟲」に戻ってみることにした。
溜まってたメールを読んでみると、何気に酷いことになってた。
「オフ会どうだった?ドタキャンして悪かったな。」
「最近カキコしてないけど何かあったのか?」
「ロロ・トマシに何をしたんですか?」
「無事なら返事くれ」
「私は知ってるんですよ、王蟲さん。アナタの正体を。」
「ロロ・トマシは行方不明になったんですよ?何も知らないじゃ済まされないでしょう」
「いい加減返事をして下さい」
「いつまで無視するつもりなのですか?」
「暴露してもいいんですよ」
「おーい返事してくれよー」
「早く返事をしなさい」
等々・・・・
ダチュラからはオフ会の様子を聞かれただけだったが
もっと大量にメールをよこしてるヤツが居た。ほぼ毎日。
紅天女だった。
「王蟲さんの正体知ってるんですよ」って・・・・
掲示板はジャンクも湖畔も普通に流れている。ユウイチも当たり障りのない事を書いてる。
湖畔ではもう王蟲とロロ・トマシが居ないことには触れられてない。
なのに紅天女はしつこく僕を攻めたてていた。
僕を知ってるって。
嘘だろ。
第二十三週 「沈没」
6月5日(月) はれ
別段机がおかしくなっても何も感じなくなった。
結局ダチュラにも紅天女にもメールの返事を書いてない。
いいさ。ほっとけばそのうち忘れるだろう。
何も反応しなければネットの中じゃ「王蟲」は死んだも同然だ。
僕を知ってる?関係ない。
何かを暴露されたところで、僕は犯罪行為など犯してないのだから全然平気だ。
個人情報を明かすんなら、それこそ犯罪だ。逆にこっちから訴えてやればいいんだ。
横山の事はみんなもうスッカリ忘れてしまったようだ。
いない人間をいつまでも心配してても仕方ないしな。
僕は黙って机に座ってるだけでいい。
今日のようにひっくり返っててもまたもとに戻せばいいだけだ。
横山だってもともと影の薄いヤツだ。僕も影を薄くしてれはいいだけの話。
幸い僕には西原さんがいる。こんな僕に構ってくれる。
今日も遊びに来てくれた。
風見君と絶望クロニクルの関わりを気にしてた。
西原さんも全て忘れてしまえば気楽になれるのに。
そのことを勧めたら「忘れるなんて無理だよ。秋山君だって忘れられないでしょ?」と言われた。
僕はもう忘れたさ。そう答えたら「忘れちゃダメだよー」だって。
マジメだな。
6月6日(火) はれ
そもそもシャーリーンはどこに行ったんだろう。
最初僕は「希望の世界」をROMってただけだ。
どうも管理人の女のコが近くに住んでるらしかったので、なんとなく見てた。
いつか出会えちゃったりして。なんて淡い期待を抱いてたのに。
荒らしが来てドタバタしてるうちにどっかに引っ越してしまった。
その騒動の時に出てきたのが「絶望クロニクル」。
掲示板でアドレスが公開されたかと思うとすぐに流された。
あのタイミングでアドレスを見つけられたのは僕だけだったのかもしれない。
最初湖畔には誰もいなかったし。シャーリーンが湖畔でのルールを提示してただけ。
王蟲、紅天女、SEXマシーン、クラッシュなんたら・・って4つか5つくらい名前があって
そのどれかを名乗らなければならない。確かそんな感じだった。
結局僕は「王蟲」を名乗った。それ以来ずっと居る。
その後は紅天女が来たくらいであまり繁盛はしてなかった。
ジャンク情報の方ばかり人が増え続け、たまに湖畔に誰か流れてくるくらいだった。
ジャンクは「希望の世界」が引っ越した後でも独自の路線で進んでた。
湖畔でも当初のルールを知る人などほとんどいなかった。
横山にはルールをちゃんと教えたけど「ロクな名前がねぇ」とか言って
勝手に「絶望クロニクル」の記録に出てくる「ロロ・トマシ」を名乗ってた。
もういないけど。
そうだ。今日は無人となった横山の机を拝借したんだった。
僕の机ではもう何も書けなくなっちゃったから。
でも机を替えたおかげで西原さんも僕の机でお弁当を食べれるようになった。
替えて良かった。
6月7日(水) はれ
そう言えば最初の頃にも湖畔には「ダチュラ」もいたっけ。
元に戻ってる机を眺めながら何故かそんな事を考えてた。
また横山のと交換した。
毎朝僕が来る前にキッチリイタズラをしていく。犯人は相当の暇人だナ。
僕は平気だけど西原さんが僕の机で弁当を食べられなくなるのは困る。
暴力的なイジメがないだけ、幸せな方とは言えるかな?
みんなに無視されるのは慣れている。そもそも最初からロクに相手もされてない。
高校に入ってからマトモな会話をしたのは数える程だ。
横山。西原さん。あとは渡部先輩か。
中学時代は良かったな。マトモ人間とオタクちゃんがしっかり分断されていて。
それぞれ暗黙の了解でお互いの領域に入ってこなかった。
僕らは僕らで生きていた。(風見君がこっち側の人間だったことには驚いたけど)
西原さんがこっち側にいてくれたのも大きかった。
彼女はこちら側の人間だったが、あっち側の人と話す時は全然物怖じしてなかった。
我々オタクの希望だ。僕にはそんなフレンドリーな行為はできない。
あの爽やかな連中のやることなす事全部が下らなくて仕方なかった。
今でもそうだ。高校になってますます青春野郎が増えてる。
そんな奴等には無視された方がよほど気楽だ。
正直、寂しい時もある。同じ志も持つ横山がいなくなってからは、僕はクラスで完全に孤立している。
だが僕には西原さんがいる。彼女は毎日昼休みになると一緒に弁当を食べてくれる。
嫌なネットの話を差し引いても、その存在価値は遙かに大きい。
イジメには敢えて触れないでいる優しさ。毎日僕の顔を見に来る健気さ。
何かの拍子で「ネットって怖いよね」と言った時の彼女の表情。本気で怯えていた。
そのか弱さだけで、渡部先輩とかに「絶望クロニクル」の存在を言いふらした罪を許せそうな気がした。
怖ければやめればいいじゃないか。僕のように。嫌なことはなかった事にしようよ。ネットじゃそれができるんだよ?
僕は心の中で呟いた。でも口から出たのは「ネットはホント怖いよ。変な人多いし。」という言葉だった。
もう少し、彼女の怯える姿を見たかったから。
6月8日(木) くもり
横山の机にまでも大きく「うそつき」が彫られていた。
いやそんな事はどうでもいい。
西原さんが来なかった。
いつも来るはずの昼休み。彼女は来なかった。
ずっと弁当を食べずに待ってたのに。待ってるウチに昼休みが終わってしまった。
来なくて初めて気が付いた。クラスのヤツらの、僕を見る目。
ざまぁみろ・・・・いい気味だ・・・・・ダサッ・・・
そんな言葉が聞こえてきた。頭の中に重く響き渡る。
これまで奴等は何も言ってこなかったけど、今日はっきりわかった。
奴等、僕なんかが西原さんと親しい事が気にくわなかったんだ。
横山の事などこじつけだ。「うそつき」だって本当は特に意味もなかったんだ!
それが分かると、途端にいつものような平静な態度がとれなくなった。
横山のことを攻められた時以上だ。皆の目を意識するだけで汗が出てきた。
午後の授業が死ぬほど長かった。誰かが一言でも話せば、僕の事を攻めてる気がしてならなかった。
西原さんが来なかった理由も考えた。今日は事情があって来れなかったんだ。
彼女は休みだったんだ。そう考えることで乗り切った。
しかし放課後、西原さんを廊下で見かけた。彼女はピンピン歩いてた。
なぜ来てくれなかったんだ・・・僕はどうしても聞きたかった。
面を向かってそうは言えない。けど僕は、恐らくこれまで生きていた中で一番の勇気をもって、話しかけた。
彼女はニコニコしたまま「あ、秋山君。なーに?」と答えてくれた。
僕は一瞬躊躇したけど、もう覚悟は決めていた。話しかけた。ならもう行くしかない!
「今日、昼来なかったね」
彼女の答えはあっけなかった。
「ああそうそう。クラスのコに一緒に食べようって誘われちゃって。今度から自分トコで食べるね」
悪気無く無邪気な言葉に、僕は何も言えなかった。
そしてとどめを刺された。
「秋山君もクラスの友達と食べなよー」
できるわけないだろう。精一杯小さな声で叫んだ。
もちろん彼女には聞こえておらず、ニコニコと爽やかな笑顔のままだった。
弁当は家に帰ってから平らげた。
なんともあっけなく崩壊した僕の生活。
急にイジメが怖くなった。分かってはいたけど、こうして実際失ってみると身に染みてくる。
西原さんは、僕の心の支えだったんだ・・・・
横山の事がまた気になり始めた。
「絶望クロニクル」を無視し続けることにものすごい抵抗を感じてきた。
どうしようもなくなった。凄い勢いで現実が押し寄せてきた。
・・・・・これから卒業まで、ずっと一人でいなければならないのか?
今更ながら横山を失った事を後悔した。
新しく友達を作る・・・そんな選択肢もあるかもしれない。
でもダメ。僕にはできない。西原さんは「どうしてできないの?」と聞くだろう。
わかってない。奴等は絶対僕らオタクの事をバカにしてる。
話しかけたりしたらもっとバカにされる。「オタクが話しかけてきやがった」って思うに決まってる。
僕には分かるんだ。みんなそうだ。西原さんだけが違ったのに。
オタクはオタク同士、横山みたいなのと連むしかないんだ。
西原さん。僕らの心理を分かってくれてると思ったのに。
君だけは分かってくれてると思ったのに。
どうして行ってしまうんだ・・・!!
6月9日(金) あめ
僕の西原さんが消えてしまった。
いや西原さんの人格が壊れてしまったと言うべきか?
あの優しい西原さんが僕に罵声を浴びせるなんてあり得ないことだ。
僕はどうしても彼女と一緒に弁当が食べたくて勇気を振り絞って西原さんのクラスに訪れただけなのに。
それの何がいけないんだ!!みんながみんな僕を非難的な目でみる。
彼女の言葉も不可解だった。
「今更何しに来たの?アンタ何もしないじゃない!!」
ピーピーと喚く西原さん。彼女は別人になってしまった。
僕は弁当を抱えたまま彼女の言い分に聞き入ってた。
「そもそもなんで私が貴重な昼休みの時間を割いてアンタみたいなオタク君と一緒に食事してたと思ってるの?
中学以来のお友達だからとかそんなクサイ事考えてないでしょうね?考えてたでしょ?
昨日は一緒にご飯を食べれなくて寂しさのあまり夜な夜なスンスン泣いてたんじゃない?図星でしょ。
横山君といいアンタといいオタクってホント女に飢えてるのね。ちょっと趣味が同じだからって同類にしないでよ!
もうパソコンはオタク君達の専売特許じゃないのよ。そこんとこ分かってる?普通の人でもやるのよ?
確かにネットではアングラがちょっと好きなのは認めるわ。でもそのおかげで事件に巻き込まれたから後悔してるの。
ねぇ秋山君。アナタも巻き込まれてるのよ。むしろアナタなんか張本人じゃない。私が知らないとでも思ったの?
いいこと教えてあげましょう。アンタの机に「うそつき」って彫ってあるでしょ。あれやったの私。驚いた?
ちょっとボケっとしてないで何か反応しなさいよ。毎朝アンタが来る前にやってたのよ。
うそつき。アンタ本当に嘘つきよ。横山君が行方不明になった理由を『知らない』だって?嘘ばっか!
アンタ『王蟲』でしょ。あ、やっと表情が変化したわね。それこそ明かし甲斐があるわ。
なんで私がそれを知ってるのか疑問に思ってる?ほら、頷くことくらいできるでしょ?そうそれでいい。
それはね。横山君に教えてもらったから。彼アンタの知らないトコでこっそり私にコンタクトとってたのよ。
なんでこうオタクってのは他人を出し抜きたがるんでしょうね。勿論私は軽くあしらってただけだけど。
オフの話もしっかり聞いたわよ。アンタと横山君が企画したんですってね。あとダチュラが関係してたんだった?
ロロ・トマシ。それが彼のハンドルネームよね。かわいそうに。行方不明になっちゃって。
彼がどうなったか気になってアンタに聞きに行ったのに。『知らない』って。オイオイそりゃないだろってカンジ。
それから何度も話題を振ったのに無視しっぱなし。正直言ってちょっとはアンタのこと頼ってたのよ?
なのにアンタの態度と言ったら最低極まりなかったわね。いい加減愛想が尽きたからもう頼るのを止めたの。
私は一人で頑張るから。アンタはそうやって知らないフリして見えない敵に怖がってるがいいわ。
は?なんで?なんでって言ったの?今。私達事件に巻き込まれてるのよ?わかってないの?
ああもう男のクセに妙な首の傾げ方しないでよ。気色悪い。なんで私まで事件に巻き込まれてるのかわからない?
メールチェックしてる?だからそんなに大げさに首を振らなくていいから。気持ち悪いわよホント。
メールチェックしてないのね?最悪。散々煽ったのに無駄骨だったじゃないのバカ。
せっかくのオチも台無し。あーあ。え?オチ?そんなの自分で考えなさいよカス。
メール見ればすぐ分かることよ。トコトン無視するってんならそれでいいわよ。勝手にやってなさい。
私は横山君みたく行方不明にはなりたくないの。だから自分の身を守る対策ぐらいはしておきたいの。
ついでに言うなら、もし横山君が誰かに何かをされたのなら、その犯人を突き止めたいの。
見えない敵ほど怖いものはない。そうでしょ?何よ。別にアンタが犯人だとは思ってないわよ。
てゆうか横山君相手ならアンタ負けるでしょ。大丈夫。相手にしてないから。
ところでホントにオフ会には行ってないの?正直に言って。あらまた黙っちゃって。まぁ変な顔。
どうせ答えてくれないだろうって思ってたわ。一生そのまま黙ってればいいわ。デブ。
うわちょっと信じられない。コイツ泣いてる!あんた幾つよねぇ。は?お弁当一緒にって・・・
信じらんない!!この期に及んでまだそんな事言うの!?
うるさいわね!!もう帰ってよ!!二度と話しかけないで・・・・」
偉いぞ僕。よくここまで彼女のセリフを覚えていた。
まぁ西原さんの発した言葉なら忘れるわけないけどね。
廊下には僕と西原さんの二人きりだった。
すれ違う人はいたけど、喚く彼女をチラチラ見るだけで話の内容を聞こうとしてる者はいなかった。
痴話喧嘩だと思われたのかな?エヘ
で、僕は彼女の言われるままにままに弁当を持ったまま自分のクラスに戻った。
机の「うそつき」は西原さんがやったって・・・・ねぇ。そんな事言われても。
昨日までの西原さんはドコに行っちゃったんだろう。あの爽やかな笑顔はドコに?
いつからあんな饒舌になってしまったんだ。あんなの西原さんじゃない・・!
おかしい。何かがおかしい
横山といい西原さんといい、まわりがおかしくなっていく。
僕だけが普通だなんて。
6月10日(土) あめ
おかしくなった西原さん。それでも仲直りはしたかった。
反省文を書いてメールを西原さんに送った。
しばらくしたら電話がプルプル鳴った。
西原さんだった。
「メールなんかで遠回しにしないでちゃんと口で言ったらどうなの?
それにしてもよくこんなクサイ文章書けるわね。これってなんかの歌のパクリでしょ。
てゆうかモーニング娘じゃないのバカ。どこまでバカなの?全く。
そうそう重要なこと聞くのを忘れてたわ。それ聞くために電話したんだけど。
風見君のことは何か知ってる?ホントに絶望クロニクルと関係無いの?
まぁホントに知らないのね。なら仕方ないわ。は?私?私も知らないから聞いてるんじゃないのカス!
アンタは本当に何も考えてないのね。ギコギコ言ってりゃ満足なんでしょ。
ピンチランナーとか見てなっち萌えとか言ってるんじゃないの?なに?マキちゃん派?
そんなこと聞いてないわよ!余計な事言うのやめてくれる?だからデブって嫌なのよね。
ちょっとちょっと。電話越しに泣きべそかかないでよ。あ、わかった。デブって言われるのが嫌なのね?
わかった。もう言わない。だから泣くのはやめなさい。ブタ。
あらブタはオッケーなの。基準がよくわからないわね。
ハイハイ。説明しなくていいから。別に知りたいとも思ってないから・・・」
残念ながらここまでしか覚えてない。
随分話し込んだから、さすがに覚えきれなかった。
頭に残ったことはなんだろう。
何か作戦があるから協力しなさいとかナントカ。早口だったからうまく聞き取れなかった。
余計な事言うなってワリには一番喋ってたのは西原さんだった気がする。
でもそれを言うとまた怒られそうだったからやめといた。
狂ってしまった西原さん。それでも西原さんは西原さん。
反故にはできない。
6月11日(日) あめ
今日もまた西原さんから電話が来て、彼女はペラペラ喋ってた。
どうも昨日僕が聞き流してた何かの作戦の話だった。
もう一度オフ会を開いて横山の時の状況を再現して・・・とか。
絶望クロニクル。裏で何が起きてるのか調べなきゃって。
意味が分からず、どうしてそんなことするのか聞いてみた。
すると突然お喋りが止んだ。
「ねぇ。あれからメール見た?」と声を抑えて言ってきた。
「見てない」と答えると、受話器の向こうでため息が聞こえた。
「今すぐ見て」
その声が少し真に迫ってたので言うとおりにすることにした。
パソコンを起動させてネットに接続。電話をかけながらできるISDNは便利だと思った。
メールチェックするとドサドサメールを受け取った。
この前受け取ったのと合わせるとかなりの量になった。
西原さんが一言。「最後に受け取ったのを見て」
これも言われたとおりに見てみる。
僕は絶句した。
「口に出して読んでみて」
何も言えなかった僕に、西原さんは無理矢理口を開かせた。
僕は素直に読んだ。
「ツクエニイタズシタノハワタシデス」
「送り主は?」と意地悪い質問をする。
僕は答えるしかなかった。
「紅天女」
ふぅと西原さんが一息入れた。
「理解した?」
僕は頷いた。
しばらく沈黙が続いた。
西原さんの事を考えてた。優しくて大人しめな西原さん。それが突然おしゃべりになった。
机にイタヅラする西原さん。あげくのはてに「紅天女」だと言う。
それから僕は、今日初めて自分の意見をはっきり言った。
「西原さんのキャラがわからないよ」
「私も、秋山君にはどのキャラが一番効果的なのかわからない」
また二人は黙り込んだ。
今度の沈黙を破ったのは西原さんだった。
「お喋りキャラは嫌?」
うん。
「おしとやかモードの方がいい?」
うん。
「わかった。なら戻す。」
元の西原さんが戻ってきたのがわかった。
「聞きたいことがあったら言っていいよ。」
あのお喋り西原さんの名残は全くなかった。完全に話し方が戻ってる。
ちょっと前まで悪い夢でも見てたミタイだ。でももう大丈夫。
「いつから書き込んでたの?」と聞いてみた。
彼女は素直に答えてくれた。
「最初から。秋山君にあのページ教えてもらってから、ずっと。」
僕はずっと・・・「王蟲」として西原さんを出し抜いてたつもりだったけど
彼女もまた、ずっと僕のことを出し抜いていた。
笑いたくなってきた。
「他には?」
もう無いよ。
何とも不思議な時間が流れた。
沈黙が気にならなくなっていた。いつもと同じ感じ。
随分久しぶりな気がする。彼女がお喋りだった時期が異様に長かった気がした。
「ねぇ」
この間の取り方。僕の西原さんだ。
「これで私の事は全部話したわ。もう隠してることは何もない。」
この西原さんの中に、あのお喋り西原さんが居るのが信じられなかった。
「だから」
でも今この瞬間、電話の向こうにいるのは紛れもなく「僕の西原さん」だった。
「秋山君も全部話して。」
この言葉。体中に染み渡っていくような感じだった。
僕は泣いていた。問答無用に目から涙がこぼれ落ちていった。
ボロボロ泣きながら全てを話した。
王蟲として書き込んでいたこと。オフ会以来絶望クロニクルから縁を切ろうとしたこと。
そして、横山を見殺しにしたこと・・・。
それから僕は自分のこれまで感じてきたことも話した。
西原さんと弁当を一緒に食べてると楽しかった。横山のことが話題になると辛かった。
みんなの視線が痛かった。お喋り西原さんは嫌いだった。
全部話した。
西原さんは罵声を浴びせることなく、ウンウンと相づちをうってくれた。
話し終えると、僕はなんだかスッキリした気分になっていた。
最後に西原さんは「私に協力してくれるよね?」と言った。
もちろんオーケーした。
一時は沈没した僕だけど、西原さんに引っ張られ、もう一度浮き出ることができた。
絶望クロニクル。裏で何が起きてるのか。横山はどうなったのか。風見君のことも。
あそこに・・・戻ろう。
第二十四週 「藻屑」
6月12日(月) あめ
木曜日にオフ会を行うことになった。
突然過ぎやしないかと思ったけど、どうもその方が都合がいいそうだ。
「いきなりやるからいいのよ。突然だったら普通の人は来ないでしょ?」
確かに。前回もそうだった。突然やったから、僕と横山と犯人(ダチュラ?)しか来なかった。
何て事ない人まで来られると、また話がややこしくなる。
僕と西原さん。そして犯人の3人だけがいい。
横山が行方不明になったのは犯人に連れいかれたと考えるのが妥当だろう。
それが衝動的なものなのか、最初からソノ気だったのかはわからない。
もし後者なら、オフ会をやればまた来るかもしれない。
僕は今回こそあの男の正体を突き止めなければならない。
何しろ今度は、西原さんも危うい立場にいるんだから。
僕がしっかりしなくちゃいけない・・・。
今日の昼休みは作戦会議でとても充実していた。
さっそく湖畔BBSに行ってみた。随分久々な気がする。
SEXマシーン、ダチュラ、ユウイチ、ミギワ、シス卿・・・相変わらず人は多い。
雨が降ってどうだとか、何て事ない会話ばかりだった。
裏では何が起きてるのかわからないと言うのに。気楽な奴等だ。
でも仕方ないな。僕もそうだった。何も知らずに「紅天女」とも話してたっけ。
ダチュラも、ユウイチも、何も知らないフリして書き込んでる。
ココはある意味、腹のさぐり合いだ。ダチュラとユウイチだけじゃない。
SEXマシーンだってミギワだってシス卿だって何考えてるかわかったモンじゃない。
恐ろしいとこだよ。ココは。
僕は「王蟲」を名乗って書き込んだ。
「第2回緊急オフ会!」と。
15日の木曜日決行。しかも真っ昼間だ。
どうだ。来れるモンなら来て見ろよ。僕らは学校サボってまでして行くんだぞ?
他の人も来てしまうのなら、それはそれでイイ。そこに奴も来るのなら。
ダチュラにもメール送った。「今度こそ会えるかもな!」
オフ会以来初めての登場だから、みんなさぞ驚くだろう。
見てるか?犯人。僕は戻ってきたぞ?ん?
西原さんには手を出させないよ?
6月13日(火) あめ
昼休みの作戦会議が楽しくてたまらなかった。
もうまわりの奴等も気にならなくなった。西原さんと一緒にいる僕が羨ましいか?
僕はかなり誇らしげな気分だった。良かった。仲直りしといて。
西原さんの真剣な顔も素敵だった。これからトンデモナイ事が起きるかと思うと、怖くもあり楽しみでもある。
果たして本当にトンデモナイ事になるのかは疑問だけど・・・・起こりそうな気がする。
渡部先輩が作戦会議に紛れ込んできたんだよ?何かあるだろコレは。
本人は飽くまでさりげない登場だったらしい。
曰く「西原に部活の事で話があったんだよ。そしたらこのクラスに居るって聞いたから」
今日は用事があって部活を休むらしいと。どうせ雨だしトレーニングだけだろって。
渡部先輩が戻ったあと、僕と西原さんの意見は一致した。
「部活の事なんか口実だ。僕らの様子を見に来たんだ!」
こんなタイミングの良い話があるかってんだ。
渡部先輩。「ユウイチ」でなくても、絶対何か関係ある。
僕も西原さんもドキドキしていた。明後日。渡部先輩も来たらどうするよ?
おお。震えてきた。
湖畔掲示板での反響もアツかった。
思った通り、久々の王蟲登場に皆驚いてる。
今まで何やってたんだ・・・・・・あのオフ会はどうなった・・・・・またオフ会やるって・・・・
今回も急過ぎるよ・・・・・でもみんなに会いたい・・・・・誰の話題も。
参が来るんだ・・・・・・
・・・・・・・・等々。そして今回のオフ会加表明者:王蟲、紅天女、そして今度はSEXマシーン
一人余計なのが増えたけど、もしかしたらコイツは渡部先輩かもしれないと思うと
また心臓がバクバク鳴ってしまった。これで渡部先輩が全く関係無かったら大笑い。
今の所犯人候補であるダチュラはどうなのかと言うと、これがまた返事をよこさない。
ますますぁゃιぃ。SEXマシーンもぁゃιぃ。
逆の立場で考えてみると、僕らも十分ぁゃιく思われてるだろう。
謎のオフ会を連発し、且つロロ・トマシが消えてるんだから。
うお。ぁゃιぃ奴だらけじゃないか。
木曜日だって、誰が来るかわかりゃしない。例の男(ダチュラ?)を誘い出すどころか
トンデモナイ奴が来るかもしれない。一波乱ありそうな予感。
気ィ引き締めていかないと。
6月14日(水) あめ
イヨイヨ明日と迫ってくるとさすがに緊張する。
何しろ今回は心の準備期間が短すぎる。しかも横山の時以上に、重要な意味を帯びてきてるから。
絶望クロニクルにまつわる謎は腐るほどある。
・・・・・何のために作られた?・・・・・・・湖畔とジャンク情報二つの掲示板の存在意義は?・・・・
・・・・・シャーリーンは何者?・・・・・ユウイチは風見君?・・・・・・・・・・渡部先輩は?・・・・・・・・
・・・・・・・・横山はなぜ行方不明に?・・・・・・・・・例の男は誰?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・裏で何が起こってる?
そもそもの「希望の世界」すら消えてるというのに。
そこからやって来たと謎の発言で登場を果たしたユウイチ。
少々のインパクトは有ったけどバレる嘘はいけない。
「希望の世界」がまだ何処かで存在してるなら、シャーリーンが黙っちゃいないだろ?
となるとじゃぁそのシャーリーンは何者なんだって話しに戻って
グルグルと同じ疑問の繰り返しになる。イタチゴッコだ。
しかし明日。その答えが見つかるかもしれない。
全てをピッタリ説明し得る「何か」が見つかるかもしれない。
そこに来るのは誰か?見モノだ。
西原さんもかなり興奮していた。
目をキラキラ輝かせてその気分の高まりっぷりを説明していた。
「ついに来たってカンジよね。明日は誰が来ても全てを問いただしてやるわ。
最初に私が1時に改札前にいるから。横山君はそれより少し遅れるくらいに来てね。
そこで私が来た人と喋ってるから。で、もし何処かに移動することになったら
ちゃんと尾行してきてね?ドコに行かされるのか。横山君がどんな状況になったのか分かるかも。
少しでも危うくなったら飛び出してきてくれればいいわ。頼りにしてるわよ?
フフ。顔赤くしちゃって。でもね。ホントは私の役を秋山君にやって欲しかったんだけど。
アナタじゃ話がもたなそうだから。私がやってあげることにしたの。
ところであの目印のベルって何の意味があるの?え?昔のラジオ?知らないなぁ。ま、何でもいいわ。
てゆうかさぁ。あそこを作った管理人が誰なのかが分かれば全ての謎が一気に解決すると思わない?
シャーリーンだったわよね確か。変な名前。女の人っぽいよね。明日来るかなぁ。
意外と知ってる人かもしれないわよ。結構そーゆーのって多いじゃない。
信用おけないトコなんか特に。現に紅天女は私だったし王蟲も秋山君だったでしょ?
なぁに今更顔を曇らせちゃって。お互い様なんだから水に流しましょうよ。
シャーリーンも男である可能性も大いにあり得るわ。もしかしたら渡部先輩って可能性もあるかもよ?
昨日はホントに部活に来なかったけど。でもあの人は絶対あやしい。
影じゃ家でこっそりネットに繋いでほくそ笑んでるっぽくない?そう思うでしょ?
ちょっと相槌くらい打ってくれてもいいんじゃない?そう。それでオッケーよ。
にしても横山君は本当にどうしちゃったんでしょうね。まさか死んではいないでしょうけど。
でも秋山君が見たって男に拉致されてる可能性は高いわよ。何のためって・・・
それを調べようとしてるんじゃないのデブ。あ、ごめんね。また言っちゃった。
ああもう。おしとやかモードでいるって約束したのにごめんね?またお喋りモード入っちゃって。
だってさ。明日よ明日。もう明日なのよ?月曜決めてもう明日・・・やっぱ早すぎたかなぁ。
もうなんか緊張しまくっちゃって話してないと落ち着かないのよぅ。今日くらい多めに見てね?
この緊張感分かるでしょ?ね?ほら秋山君だって緊張してるじゃない。お互い様お互い様。
だからさっきデブって言ったのは口が滑っただけだって。こんなところで泣かないでよ。
ごめんね。撤回するから。ホラホラ、お弁当に涙がかかっちゃったじゃない。
・・・・・泣くなって言ってんのよカス!デブなんだからデブって言われても仕方ないでしょ!
あああごめんなさいごめんなさい。私ったらまた余計なことを。泣かないでお願い。
私今すっごく反省してるからお願い。私がいけなかったね。人の気にしてること言っちゃいけないよね。
ごめんね。ごめんね。太ってるからって気にすることなんかないのよ。いいのよそのままで。
ブタ君。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・」
思い出すとまた悲しくなってきた。
キーボードを打つ指先がプルプル震えてるのがわかる。
涙をこらえるあまり目が痛くなってきた。一人で居るときの方が泣きたくないのはなぜだろう。
鼻の奥がツーンとしてきた。鼻水も徐々に流れ始めている。
さぞ顔はくしゃくしゃになってるだろうと思うと、それがまたタマラナく虚しい気分になってくる。
マウスをコロコロコロコロコロコロコロコロ転がしてなんとか気分を落ち着けた。
しっかりしろ!決戦は明日なんだぞ!
ファイト、僕!
6月15日(木) はれ
僕が協力を誓ったのはあの優しい西原さんであってお喋り西原さんはむしろ嫌悪の対象であり
先日もまた禁句とされていた言葉を意図的に発するなどして嫌悪の対象足る所以を遺憾無く発揮して
いたために僕のアラユル努力を持ってしてもその根本的な嫌悪は僕の行動の大前提となるべく
心理状態の奥底に根付いてるせいもありその結果としてお喋り西原さんに協力する気が消失せしめたるも
当然の道理でありそれが正しい因果でもあることは言葉にするまでも無く絶対的な事実として
存在されていなければならず僕がその因果を説明するために敢えて非協力的な態度となる
のは飽くまでも必然の結果であると言わざるを得ないのだ。
これを解消したいのであれば西原さんはお喋りモードなる人格を心の奥底に封印して表側に西原さんと
して露出すべき人格は優しい西原さんでならなければならずそれこそが禁句を発する如何にかかわらず
大前提として行われなければならないことであったのは本日の僕の行動からして容易に推測し得る事実
であるのみならずそれを怠った西原さんは今日のこの結果は自業自得と言っても過言ではない。
だがしかしそれ以外の対処方な皆無であったわけではないことは本日のコノ冷静な目で持って判断したのならば
今日のように晴れ渡った日に屋上に上って山を背に向けて手すりに肘を乗せたたところで眼を開き
ビルや民家が乱立したその向こう側に富士山を発見するがごとくクッキリ見えてくるのである。
すなわち西原さんはお喋りモードで僕に与えた嫌悪感以上に優しい西原さんの好感を与えれば良かったのは
自明であり犯した罪をフォローする唯一にして最善の方法であったのだ。事実僕は昨日の夜まではこれまでの
優しい西原さんのイメージを頭に思い描くことでオフ会に対する情熱を維持することができそれにより
お喋り西原さんへの嫌悪感を心の引き出しの中に一時的ではあったけど封印することが可能であった。
しかしして一夜明けてイザ当日となった場合には朝特有の気怠さや思考能力の低下という人間として
避けられない絶対的な心理状態に陥った際にフトした拍子に封印したはずの引き出しが開いてししまい
お喋り西原さんへの嫌悪感がアリアリと僕の心の中に浮き出てきたのはある意味必然的な結果とも言える。
要は西原さんは朝の気怠さの中でもお喋りモードの嫌悪感に打ち勝つ優しい西原さんの好感を僕に与えることが
できなかったせいでありまたその嫌悪と好意が微妙なる均衡状態に陥ったのならばそのどちら側へと僕の心を
動かせば良いのかを判断するのは容易なことではなく選択を一時保留しジックリと互いの選択枝を吟味する必要
がありそこにまた朝特有の気怠さを踏まえてみれば取るべき行動としては制服に着替えて惰性的に学校へと
足と運ぶことになるのは致し方のないことである。
と言うのも僕が西原さんへの好意を選択した場合に取らなければならない行動はまず仮病を使い
親に学校を休む意図を伝えなければならないのであるが先ほど出たように僕の心は一時保留状態で
あったために何も知らない親が朝食を作ってそれを僕が食べた時点でもうこの日取るべき行動の選択枝が
決定的に絞られてしまうからだ。
結論として僕がオフ会に参加せず普段通り学校に行って何喰わぬ顔して授業を受けていたのは
まったく非難の対象にはならず且つ誰も攻めることのできない、否、攻めてはいけない事なのだ。
敢えて非難されるべき対象をあげるのであればそれは誓いを破りお喋りモードを発動した西原さんとなる
ことは先ほどからの説明から容易に出せる結論である。
って事を西原さんに言ってきかせてあげたかったなぁ、と思いつつお弁当を食べていた。
もちろん僕は一人だった。今日はちょっと暑くて教室にもにクーラーつけて欲しいなって思った。
あとは普段通り家に帰り、普段通りゲームをやって、普段通り晩ご飯を食べて、普段通りまたゲームをして
お風呂に入って、パソコンを起動させて、ネットには接続せず、こうして日記を書いている。
サテそろそろ寝るかな。僕の今日の行動。全く問題無いはずだ。うん。
でもオカシイ。
胃が痛くてたまらないよ?
6月16日(はれ) 金
いやぁ女の子の失踪は反応が早いこと早いこと。
横山の時とは全然違ったよ。しかし僕は納得できない事が一つあった。
それはみんなの態度だ。オマエラもっと西原さんの事心配しろよ!
反応が横山の時と同じで、僕を一通り攻めたあとは、西原さんのことなど大して気にもかけてない。
これで行方不明者が二人になったってのに。みんなそれでいいのかよ!
僕はそであった方がありがたいのだけれど。
その皆の無関心ぶりの理由がわかったのは、渡部先輩のおかげだった。
渡部先輩は昼休みにやってきた。
「よう」と堂々と入ってきて、ドカッといつも西原さんが座ってるように僕の前に腰掛けた。
戸惑う僕の事などお構いなしに笑顔を振りまく。そして一言。
「いやぁ。お前達が何をしたかったのがイマイチわかんなかったけど、こっちは大助かりだったよ。」
ここにいて当然と言わんばかりに馴れ馴れしく話を始めた。
「おかげで色々わかったし。これでこっちも動きようがあるってもんだ。」
クラスのみんなは渡部先輩が居たところで何も気にしてないようだった。
「で、お礼を言いたかったんだよ。アリガトウ。」
そう言うとまたガタンと椅子を動かして席を立った。
「そんだけ。じゃな。」
クルリと背を向けて行ってしまった。
僕は渡部先輩を呼び止めた。先輩の話があまりに意味不明だったから。
察するに、もしかして渡部先輩は絶望クロニクルに非常に関係してるのかもしれない。
僕がその疑問をぶつけると、先輩は眉をひそめ、またツカツカと僕の所に戻ってきた。
さっきと同じように座り、今度はちょっと声を抑えてヒソヒソ話のように話した。
「なんだ知らなかったのか?いい加減察してるかと思ったのに」
全然知らなかった。今日そこで初めて知った。
一体アナタは何者なんですカ。絞るようにして聞いた。
コレ以上ない質問だった。
先輩はふっと口元をゆるめ、目は真剣のまま答えてくれた。
「セックスマシーン」
僕は驚きのあまり目をカっと開いた。
驚きはさらに続いた。
「ダチュラでもある」
ひっくり返りそうになったのを机をつかんでこらえた。
「ユウイチは・・・俺以外にちゃんと存在してる。」
身体がブルブル震えてきてた。
「湖畔に人が増えたの、突然過ぎだとか思わなかったか?それともネットじゃそんなの日常茶飯事なのか?」
唐突なことばかりで、僕のアタマはかなり混乱していた。
とりあえず渡部先輩が絶望クロニクルに当たり前のように関係していたことは
どんなに混乱してても受け入れなければならなかった。そうしないと前に進めない。
何故渡部先輩が。理由を聞いてる暇など無く、他に聞かなければならないことはたくさんあった。
でも僕のアタマは非常にゴチャゴチャして何から聞けばいいのかとても迷っていた。
かろうじていつも感じていたあの疑問だけは口にすることができた。
絶望クロニクルって何なんですか?
「それは俺にもわからない」
即答だった。
「だが、わからないナリに利用させてもらってる」
それからちょっと先輩は考え込んだ。
僕はアタマの中で必死に次の質問を考えた。
何か言わなければ先輩は帰ってしまいそうで、それっきり何も分からなくなってしまう・・・。
なんとかひねり出した質問は、ふと気になったことだった。
その答えをあらかじめ知っていたら、僕はこんな質問をしなかったのに。
それによって、この胃の痛みは死ぬほど安らぐはずなのに。
西原さんはドコへ?
今朝先生から他のクラスの女子・西原さんが行方不明になってるコトを聞いた。
オフ会の次の日に、学校来てみりゃ行方不明。横山と同じ状況。
だがオフ会の次の日であるという事実を知ってるのは、僕と恐らく渡部先輩だけだろう。
世間一般に見れば、ただ二人の高校1年生が行方不明になっただけ(だけという程軽くはないけど)。
サテどん答えが返ってくるかと待ちわびてると、先輩はそっけなく
且つハッキリとスッパリとキッチリと、答えてくれた。
「ああ、あいつね。たぶん死んだ。」
は?僕は素っ頓狂な声をあげた。
「あと前にもなんか一人居たんだろ?そいつも死んでるだろうなぁ」
そんなあっけなく言われるとどうしていいのかわからなかった。
ヒソヒソ話しに近い形だったので他の奴等には聞こえてない。
次の質問は自然に口から流れ出た。
イ、イ、イ、イ、一体誰がそんなコトを。
一瞬渡部先輩かと思い、凄い勢いで汗が吹き出てきた。
でもどうやら違ったらしい。
ふぅと息をついて首を横に振った。
「そんなことはどうでもいい」
そして顔を寄せてきた。
真剣な目が僕に何かを訴えかけていた。
「なぁ、ハッキリ言って俺達はブス原がどうなろうか知ったこっちゃねぇんだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブス原って?
「お前が絶望クロニクルに関係してるのは、恐らく偶然だ。居着いてたのがたまたまお前らだったってだけだ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たまたま?
「俺達は海洋深層水より深い事情で、あそこに関わってる。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・事情?
「最初に何の意図でオフ会とやろうとしたのかワカランが、どうせ大した理由じゃないんだろうな。」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「2回目はまぁ一回目に行方不明者が出たからそれをどうたらって感じだったよな。」
・・・・・・・・・・・・
「俺達から言わせてもらえば何がやりてぇのか意味不明ではあるけど。」
・・・・・・・・・
「で、二人も死んだ」
・・・・・・
「昨日お前が来ていれば、恐らくお前も死んでいた。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「俺達はオマエラを助けるつもりなんてなかったし。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「当然、ブス原も見殺した」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なぁ秋山君よ」
はい?
「どうせろくでもない理由で来なかったんだろ?」
そんなこと・・・・・
「その素敵で楽しい思考回路のおかげで助かったんだ。」
素敵・・・・・・
「次は無いぞ。これは命に関わる問題だ。」
次・・・・・
「だからもう、あそこに関わるのはやめろ。」
絶望クロニクル・・・・・・
「書き込みをしないだけで、存在は隠すことが出来る。」
ROM・・・・・・・・・・・
「でもできれば全てを忘れてしまった方がいい。」
記憶から・・・・・・・・・・・
「いいな?もう二度と絶望クロニクルにはアクセスするな。それがお前のためだ。」
でも・・・・・・でも・・・・・・・・
西原さんがいろんな人にあそこを言いふらしちゃったし・・・・・・
横山や西原さんのコト・・・僕に関係してると思われてるし・・・・・
「ああそれか。それなら全く心配ない」
・・・・・・・・・・・・なぜに?
「ちょっとしたスジから、お前ラの中学時代の話を聞いたんだけどな」
・・・・・・・・・・中学・・・・・・
「なんか情報通気取りだったらしいじゃないか。誰も頼んでないのに、犯罪少年の画像見せびらかしたり」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「しかもオタク牙城みたいのまで築いてたとか。いやぁコワイねぇ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「で、みんな思うわけだ。『こいつらキモイ!関わったらオタクがウツちゃう!』」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「今も同じさ。誰もオマエラのコトなど気にしてない。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いや、関わりたくないんだ。関わってくれる奴なんざ居ないよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それが普通の社会だ。ブス原にしろお前にしろ、キチガイ入っちゃってる奴は皆避ける」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お前は一人、部屋に引きこもってるがイイサ」
そして今度こそ先輩は席を立った。
「あばよ。もう2度と話しかけるな」
スタスタと歩いて帰ってしまった。
もう戻ってこなかった。
先輩の話を聞いてる最中、僕の『素敵で楽しい』思考回路はスッカリ止まっていた。
ただただ先輩の話をアタマに詰め込んでいただけだった。
今になってもうまく整理がつかないでいる。
なんの疑問も許されず、先輩の話を鵜呑みにするしかなかった。
西原さんが死んだって?行方不明なんかじゃない?
というか渡部先輩がダチュラでSEXマシーン?昨日もオフ会に?
僕が見たあの男は?
結局の所、僕は何も分かってない。
与えられた情報はあまりに脈絡が無さ過ぎる。リアリティが無さ過ぎる。
こんな状態のまま、全てを無かったことにしろというのか!
忘れろと言うのか!
うん。そうしよう。
6月17日(土) あぬ
今日は第3土曜日で学校があった。
しかも雨が降った。
・・・部活は早く終わる。
気付いたら渡部先輩の帰りを待っていた。
テニス部は雨が降るとコートが使えないからトレーニングだけで終わる。
西原さんから散々聞かされた話だった。
踊り場の一角に部室が見渡せるポイントがある。
そこでテニス部の部室をずっと眺めてた。1時にはトレーニングを終えてテニス部の連中は部室に戻ってた。
渡部先輩も居た。僕は先輩がいつ部室から出てくるかと待ちわびた。
窓に張り付く僕をすれ違うヒトタチは変な目で見た。そのたびに僕は歯を剥き出しにしてニっと笑った。
みんな何も言わずそそくさと行ってしまう。笑顔は大切だと思った。
1時半ごろ、渡部先輩が一人だけ部室から出てきた。もう着替え終わってる。
鞄も持ってる。中に何かあいさつしてそのまま一人で帰っていった。
行動開始!僕は先輩の後をつけた。
大急ぎで外へ出ると、先輩は門を出たところだった。テクテク歩いて駅に向かった。
僕もテクテクテクテクテクテク歩いて駅に向かった。
先輩は定期を使って中に入る。僕も中に。
先輩がドコの駅で降りるかわからなかったけど、後で精算すればイイ話。
電車には隣の車両に乗った。先輩はまだ僕の存在に気付いてない。
カンペキな尾行だ。僕には探偵の素質があるらしい。
てゆーか僕、ストーカーじゃんッッッッッッ!! ビシッ
自分でツッコんでおいた。まわりの人が他の車両に移動していった。
先輩が3つ目の駅で降りた。僕もそれに続く。
階段を上って改札へ。幸運なことに僕の定期の区間内だった。
改札を出るとすぐ、先輩は電話ボックスに入った。
数分誰かと話してた。誰と話してるんだろう?
さりげなく近づいてみたけど聞こえなかった。仕方ないからまたストーキングポジションに戻った。
電話ボックスを出たあと、スタスタ歩き始めた。
今度は少し早歩きになってる。
負けないゾ!僕もスタスタスタスタスタスタ歩き続けた。
角を曲がるとき、チラっとこっちを見た気がした。
でも僕はカサでサッと顔を隠した。雨様々だね。
住宅街に入っていくにつれ、人通りは少なくなった。
けっこう歩いた。この時はもう15分くらい歩いてたんじゃないかしら?
どんどん奥に入っていって、ついに僕と先輩だけになった。
電柱に隠れつつ、コッソリヒッソリ尾行を続けた。
やがてある家の前で立ち止まった。キィ、と門を開ける。
中に足を踏み入れると、何かを思い出したように庭の方に歩いていった。
・・・・渡部先輩の家だ。
へぇ。ヒロ君はそこでおっきくなったんだネ♪
個人情報入手完了。昨日は勢いに乗せらたけど、僕はそんなに甘くないよ?
そんな簡単に忘れられるかっちゅーの!!
先輩が何をやってるのか。これから何をするつもりなのか。しっかり調べさせてもらうよ?
さっそくここまでの道のりをメモしようとした。
誰かに後ろから殴られた。
倒れた僕は、突然の事に混乱状態に陥ってた。
傘が転がり、水たまりに座り込んだ僕は身体がびしょびしょになった。
顔を上げると・・・・・・・・・・・誰?
見知らぬ茶髪の兄ちゃんが立っていた。
小柄で痩せ気味。顔に特徴もない。いかにも普通の若者。
調子にノってる厨房と言ったところか。話し方もエラそうだった。
怖かった。
「ヘィ、デブ二等兵。お前の行動は相変わらず意味不明だな。」
だだだだだだだだだだだ誰?
なんなんなんなんなんなんですかアナタは!!
「うん。なんというか。ボニー&クライドにも仲間はいたってことだ。」
意味不明意味不明。我理解ニ失敗セリ。
「つーかさぁ。最初はこっちだって焦ったさ。なんでデブ山がココに!って感じで。」
デデデデデデデデブ言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!
「それはまぁ済んだことだ。もういいさ。あとはお前が舞台を降りてくれればいい。」
だからアナタはなんなんですかぁぁあぁ!!
「何やっても無駄だ。もう余計な真似はするな。」
僕の心の質問に答えろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「サテそれはそうとして、俺はデブに嫌な思い出がある。」
ぼぼぼぼぼぼぼぼくは関係ないぞォォォぅぅぅ!!
「最後の警告って意味を込めて、ちょいと痛い目にあってもらおうか。」
やーーーーめーーーろーーーよーーーーー!!!
「アイム シーンギン インザ レイン」
ゴスッ
唄いながら僕を蹴った。何度も蹴った。
僕は泣きながら亀のように身を固めてた。
体中が痛い。なんだ。なんなんだこれは。
なぜこんな目にあう?こんな正体不明の奴に、なぜ僕が蹴られなきゃいけない?
悪夢だ。これは悪夢なんだ・・・・・
どれくらいの時間がたったかわからないけど、いつの間にか奴は消えていた。
嵐が過ぎ去ったようだ。
突然やってきて、荒らしに荒らしまくって、サっと消える。
残ったのは身体の痛み。お腹の痣に腕の擦り傷。口いっぱいに広がる血の味・・・・・
血・・・・・・血だ・・・・・・・・・・・・・・血ィィィィィィィィィィィ!!!!
泣いた。
しばらっくして落ち着くと、事の状況を整理した。
渡部先輩を追ってここまで来て、突然暴漢に襲われた。
事実はたったこれだけ。これ以上の説明はできない。
そこに因果関係などあるのだろうか?
僕はフラフラと立ち上がり、ふと最初の目的を思い出した。
渡部先輩の・・・家・・・・
先輩が入っていった家を見た。ここが渡部先輩の家か。
これさえ分かれば問題ない。これが目的なんだから。
それさえ達成できれば、他の嫌なことなんか。
改めて家を眺めてみた。
こじんまりとした一軒家。ちょっと広めの庭。立派な表札・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・田中?
庭をのぞき込むと、向こうに裏戸が。
通り抜け?
僕はひっくり返った。
家に帰ると傷口にオキシドールを塗って消毒した。
すごくしみて痛みがブリかえってきた。
怪我をしたときの状況も思い出した。
茶髪に蹴られまくる僕・・・・・・・・・・・
また泣いた。
思い出したくない。
もうイヤ。
今度こそやめる。
絶対やめる。
もうやめる。
ヤメるぞ
6月18日(日) 夏気味
考えてみれば昨日の茶髪兄ちゃんは台風一過のようなものだ。
絶望クロニクルに関係した奴だろうが、あの登場は予測できやしない。
あれは災害だ。事故だ。アクシデントだ。僕に非はない。
渡部先輩はとてもスバラシイ事を言った。
「書き込みをしないだけで、存在は隠すことが出来る。」
まさにその通り。
ってことは、黙ってROMってりゃ問題ないんだな。
横山が死んだ?勝手に死ねばぁ?
西原さんも死んだ?悲しいねェ。
渡部先輩と茶髪君の関係?風見君?オフ会の男?
知らねぇよ!
僕は僕のやり方でアプローチをする。
身近な謎をちまちま解いていっても何も分かりゃしない。
煙にまかれるのはもうゴメンだ!
そこで僕は、誰もが棚上げにしてるアノ謎に取りかかることにする。
最大にして最難関。
すなわち、「シャーリーンは何者か?」
膜に包まれたこの人物。見えそで見えないこいつの正体。
西原さんが言ったように「身近な人物」ってパターンもアリか?
それともオフ会の男や茶髪君のように、さりげなく見たことある人物か?
これさえ突き止めれば、僕は奴等全てを出し抜ける。
で、どうやって調べるのか。
ンフフ。僕のこの素敵で楽しい頭脳にかかれば問題ない。
渡部先輩とかは絶望クロニクルを「利用してるだけ」で、敢えてシャーリーンの正体を調べようとしてない。
事を進めてれば自然に出てくるとでも思ってるのヶ?甘い甘い甘いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
悪いが僕はもうオフ会があろうが行かないゼ?メ−ルも読まんぞ?無視、決め込むよ?
シャーリーンの正体が分かったら、その時は行ってやるサ!
それにしてもみんな(誰から誰までを「みんな」と言っていいかわからないが)はバカだ。
このご時世、ネットで個人情報調べ上げるのなんて簡単だぜ?
アングラにはイケナイソフトがたぁくさん落っこってる。
その気になりゃぁ誰がドコに住んでるかなんて、調べ上げるの屁でもねぇ!
やるよ?僕は。ソノ気になっちゃったよ?
横山みたく海の藻屑にゃならないよ?
絶望クロニクルのサイト自体、シャーリーンの持ち物だ。
こっから調べりゃいいんだな。さぁて。アングラ巡ってソフト探しでも始めますカ!
僕は怖いよ?怒らせると。
シャーリーン。お前の素性舐め回すように調べ上げて、身体に穴あくくらい見つめちゃうよ?
やると言ったらやるよ?覚悟しとけ!!
・・・・・あれれ?でもなんかちょっと、不安だよ?
死にたくないよ?
- 第6章 「膜」 王蟲の日記 - 完
第7章 「戦」 ユウイチの日記 死んでく。どんどん死んでいく。
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第二十五週 「本陣」
6月19日(月) 晴
アバラがシクシク痛みやがる。足もだ。
畜生。調子に乗って蹴りすぎた。
奴にはちゃんと「俺がユウイチだ」って名乗っといた方が良かったかな?
どうでもいいか。あの野郎、俺の顔なんざスッカリ忘れてやがったし。
もともと知り合いでも無かったから仕方ないか。
あっちが有名だったから俺は覚えていただけだ。
デブ山。相変わらず気味の悪い奴だったな。
もうデブはコリゴリだ。
だが随分スッキリした。
あと湖畔で素性がワカラナイのは「シス卿」と「ミギワ」、そして「シャーリーン」の3人。
これくらいわからんでもなんとかなるだろう。
ブス原の尊い犠牲のおかげで、敵さんが小田原在住であるところまでは判明した。
司令部もいよいよヤル気になっている。
スタートだ!
6月20日(火) 晴
スタートと言っても相変わらず俺のやることと言ったらネットばかり。
引きこもりやってるわけじゃないが、他にやることナッシング。
電話代が嵩張るけどそんなの俺の知った事じゃない。
「ユウイチ」の名で馴れ合いカキコ。ダチュラ&SEXマシーンと予定調和的会話を繰り返す。
何も知らないミギワやシス卿なんかも加わって、残った奴等で湖畔維持のためカキコカキコ。
たまにジャンクで情報チェック。我らが敵「処刑人」のカキコも流れつつある。
湖畔もなぁ。イチイチパソコン替えなくても誰かが全部自作自演してもいいのに。
用心深い「D.G」様は許せないらしい。どうせみんな暇なんだし構わないが。
だがどうやって敵さんを誘い出すんだろう。アイデアはあるんかな?
またオフ会やるのかもしれない。それが一番てっとり早い。
元々そのつもりで湖畔にメンバー増やしたんだし。4人もいればイイ作戦出てくるだろう。
肝心な時に限ってデブ山が来ちゃったら大笑いだよな。
あいつは行動はイマイチ分からねぇ。
最初アイツを見つけた時はビビった。まさか知ってる顔が来るとは思わなかったから。
それで後をつけてみたら・・・・・・野郎、帰りやがった。
おかげでオフ会は逃すしイワモトセンセイの顔も拝めなかった。
「D.G」には怒られるし散々だった。
そのワリには2回目は大成功。今度はヒロフミさんも繰り出して万全を期した。
デブ山来たら俺が押さえて・・・・・って時には来ないんだよな。
かわいそうに。ブス原は見事イワモトセンセイに連れてかれちまった。
秋山と打ち合わせでもしてたんだろうな。「ちゃんと後から尾行して!」何て感じか。
ご愁傷様。俺等はセンセイの面も拝み、車のナンバー確認できて大満足。
・・・・なのに「D.G」はまた怒った。「ちゃんと追え」って言われても。
タクシー代なんか持ってるワケねぇじゃんかよ!
ああ畜生。怒られるのは俺ばっかだよ。
その点ミキさんはイイ。ちゃんとフォローしてくれる。
あんな姉ちゃん欲しいよなぁ。
6月21日(水) 晴
暇だ。せっかく何か始まるかと思ったのに。
ヒロフミさんからの連絡もない。
こっちから連絡取ることは許されないからどうしようもねぇ。
ホントに用心深いよな。今更サツに見られてるとは思えない。
でもその用心深さのおかげで今まで捕まらないでいたんだよなぁ。
隠れてる場所もひでぇトコだ。俺にはあんなトコに潜むことはできない。
大胆不敵過ぎ。よくやるよマッタク。
俺は俺で、またあそこに行ってしまった。
外に出る用事は今となってはこれくらいだ。
病院でも結構馴染みになりつつある。これがまた兄貴に知れたら怒られそうだ。
・・・・・・バレないように祈ろう。
あそこでの俺は「遠藤ユウイチ」。まさか本名の川口正義を名乗るわけにはいかない。
誰にも聞かれないけど、一応設定はあのデブの従兄弟ってことにしてある。
土産を持って巨体に挨拶。カーテン閉めて二人きり。
今日も元気にゥーゥー唸っていやがった。まわりの迷惑考えろ・・って言っても無駄だろう。
俺が顔を見せると途端に暴れ出す。プルプル身体を震わせて意味不明の叫び声。
枕をバンバン叩いてみたり。シーツをバリバリ囓ってみたり。
秋山がデブ二等兵なら、こいつはデブ一等兵だ。
遠藤智久。こいつのせいで、俺はデブ嫌いになった。
土産に持ってきたバナナ。幾つも試したけど、これが一番オモシロイ。
遠藤は食べ物を見ると何でもがっつく。いくら暴れてても食い物の前ではそれに集中する。
バナナも皮なんか剥かずに、見るナリすぐに頬張った。
先端からくわえ込み、涎を垂らしながらシャブりついてる。
そこで手をポォンと押してやると・・・・いやぁ爽快。
喉のズッポリハマってやんの。涙目になってゲーゲーやってやがる。
鵜飼いのごとく喉に刺さったバナナが踊る。何度見てもオモシロイ光景だ。
そんな時に腹の肉を掴んだりすると。ポロポロ涙を流して唸る。
こいつがメリ首の弟みたくかわいげのあるデブだったら同情でもしてやるところだが。
何しろ俺の人生をブッ壊した張本人だ。同情の余地など無い。
たまに殺したくなる時もある。アタマがこの調子じゃ事故があってもおかしくない。
変に動くせいで、傷の治りが遅く新しい傷も絶えない。
・・・それでも元気に動くなんてバケモンだよな。
だから止めを刺したくなる。でもダメだ。できない。
D.G様に止められてる。最初に病院の場所を教えてもらった時に強く言われた。
「間違っても殺すなよ。これ以上事件を増やすわけにはいかねぇ。」
仕方ないからチマチマとイジるくらいで止める。
煮え切らない。何度イジっても煮え切らない。
俺は殺したいほど憎んでるのに。
畜生。何もできねぇ。
チクショウ。
6月22日(木) 晴
兄貴が戻ってくる。ミキさんを連れて、ウチに。
それにしてもよくもまぁここまで持ったもんだ。
2ヶ月、いや3ヶ月か?信じられねぇ。
潜伏先が、彼女の家だなんて。
ミキさんは仮にでも放火の疑いをかけられてる。
それにあちらさんにも親がいるだろうに。家の空気を想像するだけでも鳥肌が立つ。
以前ヒロフミさんにその事を聞いたことがある。的を得た答えだった。
「一度体感してみるか?このギクシャクした空気。胃が痛くなること必至だぞ。」
そりゃそうだ。娘の彼氏、しかも立派な犯罪者が娘の部屋に居着いてる。
いや、もう家を出てるお兄さんの部屋だったかな?
いずれにしろ同じ屋根の下にいるってワケだ。
ミキさんは兄貴と逃げたあと、一度家に戻ったらしい。
そこでサツに見られずすんなり家に入れて・・・そのまま兄貴も呼び込んだ、と。
家族もよく許したよな。そう思ってたが、ヒロフミさんによると一応許せる理由があるらしい。
今日もその話題になった。
「ここだけの話、最初は追い出そうとしたんだ。けどな、姉ちゃん放火で疑われてるだろ?
それでサツが家宅捜索なんてのに来たんだけどさ。その時のユタカさんの活躍っぷり、凄かったんだよ。
何時来るかなんてのも予想通りだった。対策までバッチリだったよ。
サツのやる事全部お見通しって感じで。家のドコに潜めば見逃されるとか、証拠隠滅行為とか。
おかげで姉ちゃんも捕まらないでいる。その点には感謝してるんだよ。親も俺も。」
家族としては、ミキさんが例え放火魔だとしてもできる限り側に居て欲しいんだそうだ。
以来兄貴の存在は黙認状態になった。・・・だからと言って爽やかな空気にはなり得ないよな。
もちろん顔をあわせたりもしないらしい。
「にしてもさ。ユタカさんは何者なんだ?忍者みたいだったよホント。一体ドコであんな知識を・・」
場慣れしてるんですよ、と説明した。不名誉な特技だが、こんな時には役立つ。
「そんなもんか。でさぁ、そのユタカさんがそろそろサツの監視も薄まったころだろうから、そっちに行くって。」
確かにウチの方が居やすいだろう。俺しかいないし。
狭いが3人なら十分だ。
隻眼になった兄貴はまだ見たことない。俺が退院したのも、兄貴がいなくなった後だった。
「ついでに姉ちゃんもお世話になるからよ。その時はよろしくな」
構いませんよ。ミキさんなら大歓迎だ。
それから少し話し込んだが、いつも話の最後はこの話題になる。
俺達はなんで兄貴達のやることに協力してるんだ?
そしてお互い曖昧な答えで言葉を濁す。
「親友も事件に関係してたんで。それに今、暇だし」
俺は毎回そう答えるが、もっと深い理由は別にある。
本当の理由なんて言えるワケない。
ヒロフミさんも「姉貴が困ってるからさ」と言ったあと、すぐ違う話題を振る。
「いやさ。姉貴が本当に罪を犯したんなら、それを償うように勧めるのがスジなんだろうけど。
その、いつか捕まるとは分かってるよ。でもさ。それは出来るだけ引き延ばしたいっていうか・・・」
俺にはイマイチ納得できないが、そこはお互い言いっこナシにしてる。
もしかしたら、ヒロフミさんは・・・
いややめておこう。
どうせもう戻れないトコまで来てるんだ。
今更何を言っても無駄。
進むしかない。
6月23日(金) 雨
今日は金が入ってくる日。いつもは25日だけど今月は繰り上がりだ。
毎回この時スリルを感じる。金が振り込まれてなかったらどうする?
幸い今月も金は入ってた。生活費をおろす。
柄にもなく親のことを考えた。
渡部家の親は娘を側に置きたがってる。ウチの兄貴の助けを借りてでも。
岩本家もまた、親が子供達の為に殺人まで犯してる。
風見家は・・・素直に息子の死を悲しんでる。
西原家にだって親はいる。それなりに娘の心配をしてるだろう。
俺には、どれも理解できない。
親の記憶はわずかだ。気がつけば、親は金を振り込むだけの存在となっていた。
いないも同然。父親も母親も俺にはもとから居なかったんだ。
それは世間からみると「カワイソウ」なのかもしれない。
俺が怖いのは金が振り込まれなくなることだけ。
親がどうなろうと、知ったこっちゃ無い。
あの遠藤のこともアタマに浮かんだ。アイツもマトモな親はいねぇだろう。
いたらちゃんとオツムの病院入れてもらってるはずだ。
面会に行くたびに看護婦から身内の連絡について聞かれないかドキドキする。
サッとイジってサッと逃げてばかりを繰り返してる。
ふと、一番俺と境遇が似てるのは遠藤なのかもしれないと思ってしまった。
バカな!もうこんな下らない事を考えるのはよそう。
そうだ。今日もヒロフミさんから電話があったんだ。
兄貴達の「お引っ越し」は日曜の夜あたりにするそうだ。
会話ついでに気になってたデブ山のことを聞いてみた。
あれからどうなったんだろう?
「なんか学校来なくなってた。ホントに引きこもっちまったよ。」
二人して笑った。奴に関してはもういいだろう。
オタクには引き籠もりがお似合いだ。
学校ではもう二人の生徒が行方不明になったことは話題にのぼらないらしい。
所詮オタク二人が消えたところで誰も感心払わないか。
おまけに一番怪しい人間が引き籠もった。学校の方も、もう気にしなくていいな。
これで本当に処刑人部隊と「D.G」組の対決となるワケだ。
まったくどっちがハリソン・フォードでどっちがトミー・リー・ジョーンズかわからねぇな。
それに兄貴も「D.G」なんて気取った名前つけやがって。何が「Destruction God」だよ。
俺は「ハンニバル」の方が似合ってると言ったのに。
こんな文句ばっか言ってると、この日記見られた時怒られそうだな。
何しろこのパソコンは兄貴がなけなしの金で購入したヤツだ。
今更考えても遅いか。何もしなくったって殴るんだ。
兄貴が帰ったらまた殴られる日々が始まるのか。
チクショウ。そればっかりはカンベンだよ。
せっかく自由になれたと思ったのに。
殴られても笑ってなきゃイケナイなんて。
あんなの慣れることなんてできねぇよ。畜生。
・・・・こんな文句書いても無駄なんだよな。
わかってるよ。
クソ。
6月24日(土) 雨
兄貴が戻ってくるということで、部屋の整理をようと思った。
パソコンラックの上にあったフロッピー。これを見て手が止まった。
俺が兄貴達に協力すると約束した時、最初に託されたものだ。
ヒロフミさんに渡された二つの日記。
「僕の日記」「カイザー日記」
これで俺は「希望の世界」を巡る因果を知った。
兄貴達がやたらこだわるのも・・・わかる気がする。
でも俺にとっては、風見の日記の方が重要だった。
あいつとはよく映画のコトで話し込んだ。
ユージュアル・サスペクツを教えたのも俺だし、一緒にLAコンフィデンシャルも見に行った。
まさか自称ネットの帝王の意味が「カイザー・ソゼ」だとは思わなかった。
確かにアノ映画、気に入ってたよよな。
俺と風見は親友の域に達してるのかと思った。
だが違った。所詮俺は、風見のメインマンにはなれなかった。
日記に俺のことなんて、一言も書いてなかった・・・。
ユウイチを名乗ったのは別に寂しさからじゃない。
岩本センセイを揺さぶるのに使える名前だったからだ。
この名前を使っていいのは俺だけだ、と思った。
そしてミキさんの弟となった。姉さんを探してる。
正確には義姉さんを探してる、か。間違ったことは言ってない。
俺が兄貴達に協力するのは、風見の弔い合戦でもある。
あいつがおかしくなって行くのを、俺は全然気付かなかった。
学校では普通にしてたのに。こっそり精神病院に通ってたなんて。
気付いてやれなかった俺は、やはりメインマンになる資格は無かったんだな。
けどこのままじゃあまりに後味悪すぎる。
せめて敵はとってやらないと。
報われない。
風見が。・・・・本当の「ユウイチ」が、報われない。
改めて「カイザー日記」を読み返した。
風見の気持ちになる。風見を魅了した早紀さん。よほど素敵な人だったんだろう。
その早紀さんを失った岩本センセイの気持ち、わからなくもない。
だがアンタは敵だ。風見を殺した。ミキさんからちゃんと聞いてる。
亮平さん。俺にとってこの人が一番謎だ。
今も表舞台にはでてきれない。何も分からなねぇと怖さを感じる。
「僕の日記」も読み返し、最初と同じ感想を持つ。
みんな、早紀さんを中心に動いてる。
いなくなった今も尚、この人の遺したモノを追いかけ回ってる俺達。
不思議と「誰にも邪魔されたくない」という気持ちが沸いてきた。
西原とか何の関係ない奴が死んでもマッタク心は痛まない。
この因果に入ってこようとする方が悪い。誰も邪魔はできないさ。
兄貴もミキさんも、いずれサツにつかまるかもしれない。
でもその時は・・・・すべてが終わってからにして欲しい。
しばらくはそっとしといてくれ。
二つの日記はよくできた映画のように思えた。
そして俺は今、その「続編」の中にいる。
そう考えるだけで身震いが。
ハッピーエンドはあり得ない。どちらかがバッドエンドだ。
エンドロールはまだ遠い。
6月25日(日) 曇
兄貴は戻ってこなかった。
最悪の状況に陥ってる。
「マズイ事になった」
久々の挨拶も抜きに、電話での開口一番はこれだった。
一体どうしたのさ。俺が口を開くより兄貴の言葉が先だった。
「ヒロフミが捕まった」
その一言に俺はその場で凍りついた。
ヒロフミさんが捕まったって・・・なんだよソレ。
いつ?どうして?どうゆうことだ?アタマの中が整理つかなかった。
兄貴やミキさんが捕まるのなら、突然であっても納得はできる。
でもなんでヒロフミさんなんだ。あの人何か悪いことしたか。
「サツにチクった奴がいるんだよ」
兄貴は淡々と話し続けた。
その時俺の中にあの人の名が思い浮かび、思わず叫んだ。
「岩本先生だ!」
敵さんがいよいよ本格的に俺達を潰そうとしてきたんだ!そう思った。
だが兄貴は「違う」と冷たく言い放つ。
「チクられると困るような事してるのはあっちだろ。それに俺達はチクられなくとも追われてる。」
冷静に考えてみるとその通りだった。
現在進行形でコロシをやってるのはあっちの方だ。
もし兄貴達が邪魔なら・・・直接殺りにくるだろう。今だって影で目を光らせてるに違いない。
兄貴と岩本先生はお互いに首を狙いあってる。今更サツにチクるなんておかしい。
となると・・・他に誰がいるんだ。
「なんで捕まったのがヒロフミかってのを考えるとな。一人候補がいるんだ。」
なんでヒロフミさんなのか・・・候補が一人・・・
突然のコトでうまくアタマが回らない。だが次の言葉でようやく理解した。
「お前の方がソイツに詳しいだろ」
アタマの中が凄い勢いでパッと晴れて、奴の顔が出てきた。
奴は俺の顔を覚えてなかったんだから。ヒロフミさんに行くわけだよ。
あいつしかいねぇ。畜生!
「秋山だ・・・!」
「だろうな」と兄貴。ため息もまじってた。
あのデブ!大人しく引き籠もったかと思ったら・・・なんてことしやがるんだ!
ヒロフミさんは奴に警告してた。それは「俺は絶望クロノクルと関係してる」と宣言してるのと同じだった。
恐らく秋山は、西原と・・もう一人は横山だったかな?
その二人が行方不明になったことについて、「怪しい奴を知ってる」とチクったんだ!
「まだ事情聴取の段階だろうが、『絶望クロニクル』との関係は言い逃れできない。
ミキの弟ってことも考えりゃ簡単には解放されないはずだ。黙秘で通してくれればいいんだが・・・。」
兄貴。今ドコにいるんだ。ウチには戻らないのか。
「公衆電話さ。ミキもいる。」
遠くで「こんにちわ」とミキさんの声が聞こえた。
「渡部家を抜け出した。さすがにこれ以上はヤバイからな。それとウチにも帰らねぇ。
正義。ウチもヤバイんだ。渡部家の電話の記録やメールの記録が調べられりゃウチとの繋がりもバレる
そうなったら渡部家と川口家、いよいよ疑われる。だから俺達は今度こそ逃亡生活だ。」
逃げるって・・・ドコに。
「逃げれる所までさ。金さえあればなんとかなる。ありがたいコトに小遣いはたんまり頂いた。
いいか。このままじゃ俺達は破滅だ。金だっていずれ尽きる。
岩本センセが犯人ですとチクれば済むなんて思うなよ。俺達が逃げてる意味が無くなる。
最悪相打ちになるかもしれねぇが、それだけはゴメンだ。絶対に奴等を破滅させてやる。
だからな。お前が続きをやれ。しばらく俺等は身を潜めるのに専念する。」
俺が・・・・・・・?
「そうだ。立場的にお前が一番マシなんだ。俺達はヘタに動けない。
掲示板でも無難な発言だしな。イザとなりゃいくらでも言い逃れができる。」
でももしサツはやって来たらどうすりゃいいんだよ。
「ついでに母さんの行方でも探してもらえ」
笑えない冗談を言う。
「ブツもお前に託した。いいな。俺達には時間がない。ヒロフミもいつ解放されるかわからない。
お前が岩本センセを追い詰めろ。誘い出せ。奴等が今ドコにいるのかを突き止めるだけでもいい。
止めは俺がやるから。それまでの舞台を整えておけ。
サツに見られてることもちゃんと考慮に入れとけよ。任せたぞ。」
そんな。どうやって追い詰めるんだよ・・・
「考えろ。しばらくしたらまた連絡する。くれぐれも気を付けろ。」
無茶なコトばかり注文する。だが珍しく最後は俺のことを心配してくれた。
と思ったのも束の間だった。
「失敗したら殺す。」
一方的に電話を切られた。
酷い。最悪の状況だ。こっちの陣営は俺一人しかいない。
・・・・・・・・俺だけ・・・・・俺だけで岩本センセと戦えと・・・・?
あの兄貴の片目を奪った相手に・・・・・俺が・・・・・・・?
え・・・・・・・ええ・・・・!!??
マジで俺だけ・・・???
ええええええ????
第二十六週 「奔走」
6月26日(月) 曇
兄貴の言ってたブツが届いた。送り主はご丁寧に「風見祐一」になってる。
偽名を使うのが分かるが・・・よりによって風見かよ。兄貴も洒落たマネをする。
遠藤からパクったモバイルセット。兄貴達もパソコン持って逃げるのは煩わしいんだろうな。
ミキさんのパソコンでヒロフミさんが「ダチュラ」&「SEXマシーン」。
兄貴のパソコンで俺が「ユウイチ」。遠藤のモバイルで兄貴が「D.G」。
これが俺達の役割分担だった。
横山の「ロロ・トマシ」。西原の「紅天女」。そして秋山の「王蟲」。
ヒロフミさん情報によるとこうだったな。
ここにROMの岩本先生達が加わることになる。
「シス卿」と「ミギワ」が岩本先生側の誰かだったら話は早いが
そんなウマイ具合に行くわけない。第一そんなことして何の意味があるんだ。
「絶望クロニクル」は遠藤のパソコンのブックマークで見つけた。
俺達は最初これを作ったのは遠藤、奴こそがシャーリーンかと思ったが
どう探しても肝心のファイルが見つからなかった。
掲示板でのクッキーから遠藤が「ダチュラ」の名で書き込んでたのはわかった。
でもそれだけだった。結局のところ遠藤は早紀さんの罠で捕まって以来
あのページのことは忘れてしまったらしい。
いや、アクセスはしてたかもしれないが早紀さんが居ないから特別は興味は無かっただろうな。
あれを見た限りじゃどう見ても早紀さんが関わってるようには見えない。
派生ページより本家の「希望の世界」をつけ回す方が遠藤にとって大事だったと考えていいだろう。
さて、俺に味方はいない。
サツの目・・・というより秋山の目をかいくぐり、いかにしてROMの岩本先生を引きずり出すか?
畜生。一人でどうすりゃいいんだよ。兄貴も酷な注文しやがる。
一日中考えたがロクなアイデアは出なかった。
俺にだって時間はない。サツがいつ来てもおかしくな状況だ。
焦るな。クソ。落ち着いて策を練るんだ。
考えろ。
6月27日(火) 曇
とにかく外の情報が入ってこない。
ヒロフミさんはもう解放されたのか?もし解放されてたとしてもすぐに連絡はよこさないだろう。
電話にしろメールにしろ通信記録は必ず残る。川口家との接触が確認されればますます面倒なコトに。
秋山の証言だけでドコまで調べられるのかわからない。その証言すらどんなコトを言ったのかわからない。
ウチにまだ何も来ない所を見ると、そんなに深くは探られていないのだろうか。
チクショウ。何もわからない。まわりの動きが見えない。
連絡手段を断たれるだけで、こんなに孤独を感じるなんて。
さりとて打開策はナシ。どうしようもねぇ。
大人しく兄貴の命令に従うしかないのか。それ以外やることが無いんだから。
だがそれもどうしていいのかわからない。アタマが痛くなってくる。
悩みすぎて、一瞬何もかも止めてしまおうかと思った。
これは兄貴達の問題だ。俺には関係ないじゃないか!
兄貴が勝手にやればいいだろう。俺を巻き込むな!!
フン。思ってみただけだ。
そんな簡単に切り捨てることができれば、俺は今頃もっと自由に生きている。
ヒロフミさんとの会話を思い出した。「俺達はなんで協力してるんだ?」
表向きは風見の敵討ちだ。モチロンそれも理由の一つではある。
だが、それよりもっと単純で明快な理由がある。
それと風見の敵討ちとの二つが、俺が兄貴に協力する理由だが・・・
恥ずかしくてヒロフミさんには言えなかった。
というかヒロフミさんにはわかりっこない。
「失敗したら殺す」
これだよ。この兄貴の言葉。
・・・・・・殺されたくない。
ああそうさ。俺は兄貴が怖いんだよ!
どんなに殴られても、殴り返すことができない。
殴られても「笑え」と言われりゃ笑うしかない。
兄貴は強すぎる。逆らおうモノなら半殺しだ。
俺は、絶対兄貴には勝てない。
逆らえない。怖いから、反抗できない。
今は遠くにいるのだとわかっていても、染みついた恐怖は拭うことができない。
だから命令通りやるしかない。腹をくくるしかないんだ。他に道は、ナイ。
考えねぇと。次に兄貴から連絡があるまでに舞台を整えておかないと。
早くしないと殺される。兄貴なら本気でやりかねない。
いや、確実に殺られる。
早く。何か戦略を。
いい方法はないか。
死にたくねぇ・・・
6月28日(水) 雨
パソコン画面を眺めたままずっと策を練ってた。
やっぱり書き込みをしないと始まらないか。
絶望クロニクルを見直してみた。
「希望の世界」に対するストーキングから言って、早紀さんの日記に書いてあったことを
シャーリーンは完全に外側から見ていたと考えていいな。
こいつが何者で、何で今は居ないのかはわからない。何の目的でこんなのを作ったのかも。
それに「湖畔専用BBS」と「ジャンク情報BBS」。この二つの存在意義はなんなんだろう。
ジャンク情報には今でも多くの人が集まってるが、それ以外はからっきし。
ジャンクにいる奴等は「絶望クロニクル」という元ページがあること自体知らないじゃないだろうか。
ホームページで一部のコンテンツだけが有名になることは多々あるらしい。
それは納得できる。ジャンク情報の方は確かに使えるトコだし、それ以外は別段面白くもない。
ネットストーキングったって肝心の「希望の世界」へのリンクが切れてんだから。
湖畔掲示板。ココでの奴等は何故かNSCに関係した名前ばかり名乗る。
西原がそれについて何か言ってたな。ヒロフミさん経由で聞いた。
「シャーリーンの決めたルール」なんだと。
俺達はそんなルール知らないもんだから好き勝手名乗った。
となると「シス卿」と「ミギワ」も後から来たってコトになるな。
本当になんてことなくジャンクの方から迷い込んできただけなのかもしれない。
最近俺達も書き込まなくなってるから湖畔はめっきり寂れてる。
秋山ももう何も書いてこない。
・・・ここを利用しよう。
寂れた分だけ発言は一際目立つ。
ジャンクの方はちょっと書いたくらいじゃすぐ流される。
なにしろいかがわしい情報たくさんあるからな。
些細な情報流した流したところで誰も反応してくれやしない。
・・・・いや、待てよ。こっちも利用できるかも。
兄貴が「D.G」の名でやったように、さりげなくこっちの情報を流して俺達の存在を匂わす。
見知らぬ人には溢れかえる情報の中のひとつでも、岩本先生には無視できない、そんな情報を。
よし。方針が固まってきたぞ。あとは何て書き込むかだ。
パソコンも二つあるし、自作自演だってできる。
サツにデータを見られても大丈夫な、完ペキな自作自演だ。
少しだけ、希望が見えてきた。
6月29日(木) 曇
俺だってメシを喰わなきゃ生きていけない。
買い物をしに行くのもドキドキモノだった。ヒロフミさんが捕まって以来初めての外出。
ついでに渡部家にも行きたかったが、サツにでも見られたらますます立場が危うくなる。
秋山のトコにも行きたかった。何がどうなってるのか締め上げて聞き出してやりてぇ。
だがそれもできない。火に油を注ぐようなモンだ。
奴にはまだ辛うじて俺の存在は知られてない。あの野郎知ったら即チクるだろうな。
今考えると、奴を蹴り倒した時「ユウイチ」と名乗らなくて正解だった。
おかげで俺だけギリギリの立場に居れてる。
チクショウ。何の事情もわかってねぇあんなクソデブに引っかき回されるとはな。
結局今日はサッサと食料買い込んで帰ってきた。
どこで誰に見られてるかなんてわかりゃしないんだから、できるだけ家にいた方がいい。
・・・・ほとんど引きこもり状態じゃねぇかよ。クソ。
ネットの方も書き込みを始めた。
宣戦布告がわりにジャンクの方にイカした情報を。
1 名前: カイザー・ソゼ 投稿日: 2000/06/29(木) 23:56
僕を殺したあの人は、今小田原にいます。
そして湖畔の方では「ユウイチ」で梅雨はウザイなどと適当な話題を振っておく。
作戦はまだ始まったばかり。上手く罠に引っ掛かってくれるといいが。
岩本先生、ちゃんと見といてくれよ。
罠はまだまだこれからだ。
6月30日(金) 晴
誰も反応してくれなかったから自分でレスつけておいた。
1:2 お知らせ ■ ▲ ▼
1 名前: カイザー・ソゼ 投稿日: 2000/06/29(木) 23:56
僕を殺したあの人は、今小田原にいます。
2 名前: カイザー・ソゼ 投稿日: 2000/06/30(金) 23:41
僕を殺したあの精神科医の先生は、今小田原にいます。
湖畔での発言の方が気を使う。
秋山も「ユウイチ」の名の由来が風見だってこと気付いてるらしいからな。
まだ適当な話題で誤魔化しておいた。皆昨日の話題に乗ってくれてる。
「シス卿」も「雨はホントウザイよな!レインマンばりに外に出たくなくなるゼ」と返してくれた。
こいつも映画好きらしい。ダスティン・ホフマンの名演技に俺も共感しておいた。
「ミギワ」は今日は晴れたからドレイブ日和などと普通のこと言ってやがった。つまらん。
直に役立ってもらうから今はこれでいいか。
・・・俺もホントに暇人だな。ネットの奴等のことまで日記につけるようになっちまった。
このまま親しくなっちまったらどうするよ。
これまで「実は知った奴」ってのばっかだったから、アカの他人が新鮮に見える。
わずかにだけど、他人と話すネットの楽しさがわかったような気がした。
最初の「希望の世界」もこんな感じだったんだろうな。
だがそれもハマり過ぎると・・・・俺達みたくなってしまうワケだ。
ネットの向こう側に居る人にだって家族や友人はいるだろう。
トラブルがあればそっちにだって迷惑がかかる。
ヒロフミさんや、俺のように。
巻き込まれる。
イヤでも。
7月1日(土) 晴
しらじらしく名無しまで騙って自作自演。
1:5 お知らせ ■ ▲ ▼
1 名前: カイザー・ソゼ 投稿日: 2000/06/29(木) 23:56
僕を殺したあの人は、今小田原にいます。
2 名前: カイザー・ソゼ 投稿日: 2000/06/30(金) 23:41
僕を殺したあの精神科医の先生は、今小田原にいます。
3 名前: 名無し 投稿日: 2000/07/01(土) 14:07
氏ね
4 名前: カイザー・ソゼ 投稿日: 2000/07/01(土) 23:12
僕を殺したあの精神科医の先生は、今小田原にいます。
ご自分の車はどうされたんでしょうか。
5 名前: 名無し 投稿日: 2000/07/02(日) 01:09
誰のことだよ
早く反応しないと都合の悪い情報どんどんながしちまうぞ。
あまりやりすぎると秋山チェックに引っ掛かって通報されそうだな。実名はなるべく控えよう。
ネットの奴等は有益だったり面白かったりする情報にはすぐ飛びつくクセに
そうでないモノに対してはトコトン冷たい。カイザー・ソゼの意味不明な発言もまた冷たい反応。
仕方ないから自作自演で「みんなが注目してるぞ」と思わせる。
虚しいこと極まりないが。
湖畔の方でも惰性的な会話が続く。
あちらさんが完全ROMを決め込んでるなら根気勝負になりそうだ。
ジャンクの「カイザー・ソゼ」と湖畔の「ユウイチ」に繋がりがあることを悟ってもらわないと。
名前で既に気付いてるかもしれないが、それだけじゃ足りない。
俺達の存在を匂わせる。そうしていけば自然と奴もやってくる。
舞台を整えたあとは、いよいよ兄貴と岩本先生の対決か。
確実に命のやりとりになるだろう。
そう思うと、少し背筋がゾっとした。
兄貴が死んだら・・・・俺はどうなるんだ?
俺もまた殺されるのか。いや、確実に殺される。
兄貴が殺されてしまったら、俺は全てを明かすだろう。一連の事件の真相を。
今でもそれはできる。だが兄貴の命令で禁止されてる。その兄貴がいなくなれば・・・
岩本先生もそれはわかってるはずだ。となれば、犯人を知ってる俺は口封じに殺される。
かと言ってこの事件から手を引こうなんて思うと、兄貴の処刑が待っている。
どっちにしろ、死。
・・・・・・・・・・頼むよ兄貴。勝ってくれよ。
でないと俺が、生き残れない。ちゃんと舞台は整えるから。お願いだから勝ってくれ。
チクショウ。自力でなんとかならねぇのかよ!
なんで俺ばっかりこんな・・・
7月2日(日) 晴
ついに反応が来た。
6 名前: 処刑人 投稿日: 2000/07/02(日) 17:45
車は知人のを借りてるんでね。
そっちの方に行く時は自分のは使わないようにしてる。
カイザー・ソゼ。お前は一体何者だ?
いいねぇ。パッケージ通りのそのセリフ。
犯罪王と当て字をしてくれればもっと良かったのに。
早速こっちも答えを返しておく。
7 名前: カイザー・ソゼ 投稿日: 2000/07/02(日) 21:58
自分で殺しておいて名前も忘れてしまったのですか?
これで間違いなく「ユウイチ」の方に目を向けてくる。
IQ180の心理戦・・・にはほど遠いが、それなりに考えてるだろ?
サツも全然来ないし、どうやら運は俺に向いてきたようだ。
外との連絡を禁止されてるのは辛いが、自分の仕事は順調に進んでる。
電話くらいいいじゃねぇか、と思うこともある。でもそれで足がついた日にゃ兄貴に殺される。
大人しくネットに居着いておくか。
そうやって開き直ったせいか、どうも最近湖畔での会話が楽しみになりつつある。
これしか他人との会話手段がナイからな。
始めは「ミギワ」のどうでもいいような話はウザかったが、こうも妙な状況になると
その普通さがありがたく感じてくる。「シス卿」とも映画話ができるしな。
こいつら実は岩本先生側の人間じゃないかとふと気になる時がある。
だがよくよく考えてみると、そんなことをしたって何の意味もない。
罠を仕掛ける発言は無いし、油断させて何かを・・ってワリには何もしなさ過ぎる。
本当に会話だけだ。純粋にネットでの会話が楽んでるってのなら話は別だけどな。
そんな爽やかな話があるわけねぇ。
などと言いつつ俺は会話を楽しんでる。
・・・・ヤバいな。このままじゃホンモノのヒッキーになっちまう。
アタマを元に戻そう。湖畔は罠のために利用してるだけだ。
「処刑人」も登場して、舞台は着々と整ってきてる。
全てが終われば俺だって解放されるはず。それまでの辛抱だ。
俺は破壊神の下僕。命令通りに忠実に。
耐えろ。
第二十七週 「失策」
7月3日(月) 晴
日記をモバイルに移した。念のため。
何かの拍子で俺も逃亡生活になるかもしれないからな。
今のところ大丈夫だが、この家に居れない状況に陥る可能性だって有る。
そしたら兄貴とミキさんと一緒に逃げることになるのか。
逃亡生活・・・・・想像つかないが、ロクなもんじゃなさそうだ。
そうならないように祈ろう。
処刑人さんのカキコはもうなかった。昨日の一言が効いたのかも。
湖畔では「ミギワ」が「最近人少なくなって寂しいね」等と痛いところをついていた。
そりゃそうさ。逃亡やら捕まったりやらでこっち側の人間は俺しかいない。
第3勢力の生き残り・秋山もROMになっちまた。
結局今湖畔に残ってるのは3人か。
「ユウイチ」「ミギワ」「シス卿」・・どれも絶望クロニクル的には新参者だな。
お互い含む所が無いおかげで罠もはりやすい。
・・・・罠と呼べるほど立派なモノでもないけどな。
できるだけ自然な会話でおびき寄せる。
横山と西原の様にカンタンに殺れると思わせなければ。
何も持たない俺がノコノコやってくると思わせる。
そこで待ってるのは兄貴・・・これが理想型だ。
一丁やってやるか。俺もなんとか活躍を。
立派な舞台整えてやるさ!
・・・・俺の作戦、間違ってないよな。
7月4日(火) 曇
ちょいと妙な展開になってきた。
処刑人サンのレスが。「お前何がしたいんだ。」
何がしたいって・・・兄貴とアンタの対決のための舞台を作ってるんだよ。
それくらい察して欲しい。「アナタを引きずり出す為です。」と返して置いた。
掲示板だからチャットみたくすぐレスが来ない。
今日中のレスは来なかった。ジラしやがって。
湖畔での会話にもそろそろ気を使う。
「今日は夕立が凄かったですね。東京は酷かったらしいですが、皆さんはどちらにお住いですか?」
これで俺がドコに住んでるのか聞き返してくれれば「横浜」と答えられる。
そうして「ユウイチ」が風見であることをより強く認識させることができるはず。
うまくいったら今度は「僕の友人」の話を持ち出す。
そして俺自身の存在を匂わせる。ユウイチは「風見の友人」だと思わせる。
兄貴の逃亡生活はあっちは知らないはずだ。
オフ会の時、来るのは「風見の友人」と思わせることで、兄貴への警戒を無くさせる。
そうすりゃ兄貴も襲いやすいってモンだ。
「ミギワ」が早速レスくれた。「こっちも凄い雨だったよ!海が荒れてそう・・・」
そんな話はいいからこっちにも話を振ってくれよ。
誰も言ってくれなかったら仕方ないから自分から言うしかないな。
ワザとらしくならないよにしないと。
うまくいくかな。
7月5日(水) 晴
処刑人。「オフ会あればすぐ現れるさ。やればいいだろ。」ときやがった。
そのオフ会を開く秋山が引き籠っちまったからこれまでみたくカンタンにはいかないんだよ!
オーケー。俺がやればいいって思ってるな?
そいつは間違いだよ岩本先生。今はチクリ魔秋山が見てる。
やたらオフ会なんざやるとサツにチクられる。アンタも困るし、兄貴とミキさんも困るんだ。
だから秋山の知らない「ユウイチ」が必要なんだよ。ヤツは風見と岩本先生の関係を知らない。
そもそもの亮平さんやミキさんの因縁も知らないんだ。さりとて実名を出すわけにはいかないが。
知ってるモノ同士しかわからない暗号というか・・そんな感じのでやりとりしようってハラなんだよ。こっちは。
「そちらが今ドコにいらっしゃるのか教えていただければ、すぐにお伺いしますよ。」
丁重なレス。メアドでも載せてくれりゃこんな掲示板使わないで済むのに。
なにが「ジャンク情報BBS」だよ。本当にくだらん情報ばっか流しやがって。
こんなトコにいるようなヤツがネットストーキングなんかやらかすんだろうな。コワイコワイ
シャーリーンもなんでこんなモン作ったんだか。
湖畔のルールってのも意味がわからない。何故NSCのメンバーを・・・・いや違うか。
正確には・・・・・・・・あれ?これって・・・・・・アレだよな。考えて見みりゃそうゆう共通点があったんだ。
なんか深い意味ありそうなないような。全部あの人の・・・・・
まぁいいか。今更関係ない。
湖畔でのカキコ。「ミギワ」さんがナイスな振りをしてくれた。
「今日は雨大丈夫だった?ユウイチ君はドコにお住いなの?」
そして「シス卿」サンが今頃きわどい質問をしてきた。
「そういやお前の姉探しはどうなったよ?3千里くらい訪ね歩いたか?」
危ない話をする。デブ山が見てたら過剰反応しちまいそうだ。
「渡部」の名前が出なかったのは運がイイ。ヒロフミさんがさらにマズい立場になる所だった。
だが未だ連絡がないのはさすがに怖くなってくるな。
もしや完全に捕まっちまったとか・・・・・・・
兄貴やミキさんも実はもう捕まってて、渡部家は犯罪者をかくまったとかで・・・・
それだきゃ勘弁してくれよ!いや、大丈夫。俺の立場を冷静に考えてみよう。
俺はデブ山を蹴っぱくった。これは傷害罪だが・・・・・・違うそんなことじゃない。
兄貴達が捕まりゃウチにサツから連絡があるはず。身内なんだから。
それが無いってコトはまだ捕まってないと考えていい。
ヒロフミさんが捕まるようなコトがあれば、一緒にオフ会に行った俺にも何かアプローチが。
それすらも無いってことは、つまり全てはまだギリギリの状態で保たれてると考えて・・・・いいよな?
チクショウ。誰か早く連絡くれよ!不安でしょうがねぇ。
「処刑人」サンとサシで話すだけでも結構ドキドキしてんのによ。
やだぜ。このまま俺だけであのターミネーターに立ち向かうなんて。ぜってぇ勝てねぇよ!
それに比べて湖畔は気楽だ。ジャンクに比べりゃ爽やかな話題だねマッタク。
ミギワのレスには「僕は神奈川在住です」。風見も俺も神奈川在住。嘘は言ってない。
シス卿のレスには「あれは義姉探しなんです。まだ見つかってません・・・」
こっちも嘘は言ってないよな。ミキさんが今ドコにいるか分からねぇし。
とりあえずこれで秋山の素敵で楽しい思考回路からはヒロフミさんは完全に消えただろう。
あの人が捕まってる間にカキコがあることも踏まえりゃ「ユウイチ=ヒロフミさん」の線は無いはず。
あとは岩本先生がどう見るかだ。死んだはずの風見のカキコをどう感じてるか?
姉探しは書き込みに注目させる為のネタであったことくらい、既に見抜かれてるだろう。
風見とミキさんは実際にも知り合いだったんだから、ミキさん探しをネタにしても不自然じゃない。
もうちょっとでこのユウイチは「風見の友人」であることを察してくれるかもしれない。
何かの拍子で風見の死には岩本先生が関わってることを知ったから・・・・
そこで「なんだ。コイツは川口豊とは関係ないヤツか。」と思ってくれれば大成功。
ある程度順調に進んではいるな。
あと一押しか二押しか。
7月6日(木) 曇
「お前何か勘違いしてるぞ。こっちはもうお前の居場所なんぞとっくにわかってる。」
処刑人サンのレスを見たとき、俺は一瞬背筋が凍った。
嘘だ。そんなのハッタリ・・・だよな?
第一、そうだ。本当に分かってるんならとっくの昔に乗り込んできてるはず。
横山や西原のように、俺はとっくに消されてる。
それができないってコトは、まだ俺の居場所を知らないからだ。
いや待てよ。もしかしたらあっちは「ユウイチ」を兄貴だと勘違いしてるのかも。
兄貴は亮平さんと同級だから、ウチの住所を知っててもおかしくない。
その意味での「わかってる」なのか?
それともまさか、全てもう知られてる・・・?
あっちは川口豊に弟が居ることくらい知ってるのかもしれない。
考えてみれば、知られてもおかしくない状況だった気もする。
え・・・でも、そう、俺が風見の友人ってことまでは知らないよな?
知り得る状況は無かったと思うぞ。
じゃぁ何だ?なにがどうゆう道理で「わかってる」なんだ?
単純に風見の家を知ってるってだけなのか?俺をビビらせようと?
ああクソ。一人だとどうしても嫌な方向に考えが向いちまう。
誰でもいいから戻ってきてくれよ。誰かアイルビーバックと言ってなかったか?
畜生、まだ一人かよ!!!
気付いたら色んなものが壊れてた。千切れた紙も散らかってる。
パソコンは何時の間にか省エネモードになってて、画面は真っ暗だった。
手も所々が痛む。いくつかのかすり傷まで。
・・・・俺は、無意識のウチに暴れてた。
兄貴がそんな状態になった時、俺はいつも見てるだけだった。
後片づけはいつも俺。今日の後始末だって慣れたモノだ。
俺にはこんなことできないよ。常にそう思ってた。
それが何だ。こんなあっけなく弾け飛ぶなんて。
血は争えないってのか?
そんな陳腐な表現が妙にしっくり来るので、少し笑っちまった。
乾いた俺の笑い声が虚しく部屋に響き渡った。
悪くねぇな。
笑いながらそんな風に思った。
暴れるってのも悪くない。嫌なモン抱えてる時は思う存分吐き出した方がイイ。
兄貴の心境がちっとばかし分かった。俺だってソノ気になれば暴れるくらいワケない。
さらに笑った。
だからと言って、兄貴や岩本先生にゃ勝てねぇけどな!
落ち着いたら再び画面と向き合った。
「どうやって僕の居場所を知ったんですか?興味深いトコですね。」
何かを悟ったからって状況が変わるワケでもなし。結局のところ岩本先生と俺一人でやり合うんだ。
ダイ・ハードよかキツイよこりゃ。
湖畔の二人が異様に羨ましく思えてきた。
「台風近づいてるから気を付けようね」とか「義姉探しガンバレよ!」とか。
俺も何の深い意図もない書き込みしたいさ。
はやく解放してくれよ。
ホントに俺の正体バレてたらどうしようもねぇよ。
兄貴が戻る前に殺されちまうよ。
誰か助けてくれよ。
誰もいねぇよ。
俺だけだよ。
一人だよ。
畜生・・・
7月7日(金) 大雨
もう無理。もう限界。
処刑人サンのカキコ。「なんなら今からでもそっち行ってやろうか?」
これもハッタリだよな。具体的なことなんて一言も言ってないんだから・・
等と考えるのに疲れ果てた。
都合の良い解釈をするために思考回路を使いすぎた。
アタマから湯気が出てるんじゃねぇのか。
イッパイイッパイってやつだ。
考えるのが嫌になった。
ストレス溜まってるよオイ。
発散させてくれよ。
こんな引きこもり状態じゃ何もできねぇよ。
何かさせてくれよ。何でもイイからよ。
スカっとするモノ。
何かねぇのかよ。
何か・・・・・
気付くと俺は電話していた。
手元には中学の卒業アルバム。プルルプルルと呼び出し音。
「もしもし」と声が聞こえた。オバチャンの声。俺はヤツの名を言った。自分は名乗らない。
「少々お待ち下さい」と聞こえた。受話器を押さえておらず「ちょっと電話よー」と遠くで叫ぶ声まで聞こえる。
何度か叫んだ後「今出るからー」と間延びした男の声が。
ガチャガチャと受話器を取る音。「もしもし」と不機嫌そうな声。
秋山の声。
俺は一気に捲し立てた。
「やぁシドニー。今日は台風が近づいててとても物騒だね。直撃しないように気を付けような。」
「はぁ?」と間抜けな声が答えてくれた。俺はさらに続ける。
「覚えてないかな?俺の足の感触もう残ってない?優しく蹴ってやっただろう?」
少しだけ沈黙があり、思い出したように「あっあの茶パツ・・・」と声を漏らした。
上等上等。俺の髪を覚えていたか。
「つーかさ。お前サツにチクったろ。あれほど大人しくしとけと言ったのに。約束破りやがったな。」
それからのヤツの怯えようと言ったらたまらなかった。
電話越しでも十分リアルにその怯えが伝わってきた。「なんだよう・・・誰なんだよう・・・・」
「当然罰を受けてもらう。お前の個人情報バラしてやるよ。そしたら次に消されるのお前だぜ?
サツがカキコを見つけるのと、処刑人サンがお前をやっちまうの、どっちが早いだろうな。」
ままままままま待って下さいよぉぉぉぉぉ・・・・・・違いますチガイマス・・・・・
言葉があからさまに震えてた。楽しくてしょうがない。
「おう。何が違うと言うんだ?ロミオ・マスト・ダイだ。色男は死ね。」
調子に載乗ってケラケラ笑った。久々に遠藤をイジってるような気分になった。
だがそれもここまでだった。次のヤツのセリフで俺は我に返った。
「ぼぼぼぼぼぼボクは警察には言ってません・・・・・・」
沈黙。俺も何て言っていいのかわからなかった。
「何・・・?じゃぁあの人がサツに捕まったのは何なんだ?」
正直な感想だった。
「あの人って・・・・アッ渡部先輩ッスか?あの・・・・いや・・・その・・・・それは・・・ボクです・・・・」
やっぱお前じゃねぇかよ!叫んでやった。
「ひぃぃぃぃぃい・・・・・あの・・・・でも・・・あれは・・・・・」
焦れったい。何が言いたいんだよてめぇは!
この一言でようやく口を割った。
「ネ・・・ネットのコトは言って無いんです!絶望クロニクルのことは何も・・・・・・
ボクはただ・・西原さんの行方不明危険には渡部先輩が関わってるかもって・・・・それだけで・・・」
ネットのことは言ってない。と言うと?
「だって・・・・ネットのコトまで言ったら・・・・・ボクだってカキコしてたし・・・・・・・・」
自分まで巻き込まれるのは嫌ってワケか。
やっぱりこいつは素敵で楽しいアタマをしてやがる。
「あの・・・ネットで何か・・・ボクもうROMってもないから・・・・・」
問答無用で切ってやった。
今頃「結局、今の電話は誰だったんだろう」なんて思ってるかもしれない。
絶対わかんねぇだろうな。俺見て単なる茶髪君としか思わなかったんだから。
一生悩んでろ。
もう二度と電話してやらねぇよ。デブ。
ケガの巧妙。勢い余って出た行動の割には収穫が大きかった。
やっぱ人間、一度はキレてみるべきだよな。
冷静になった今、兄貴との約束を大きく破ったコトに気付いた。
しかし別に不都合はない。一切の電話を禁止されてたけど・・・俺が秋山に電話する分には
兄貴に迷惑の掛かる範疇ではない。幸い大きな情報も得られたし。
ネットは見られてない。道理でサツが来ねぇワケだ。
いや、それはこれとは関係ないか・・・・
畜生また考えなきゃいけねぇのかよ。ヤメだヤメ。直感でいこう。
ネットじゃ自由だ。ってコトは、もっとカゲキにやっちゃってもいいってコトだよな?
もうこうなったらあっちの情報もきわどい所まで載せてやる。ヘヘヘヘヘ
「妙なコト言ってると、アナタのコト色々バラしちゃいますよ。」
俺だってもう壊れてきたさ。考えるのが嫌になったさ。
カキコの意味を考えるのもイヤだ。
湖畔での普通の会話。幸せ。
おかしくなってきてるか?
まだ平気?大丈夫?
オーケーです。
亮平さんレベルに比べたら、俺なんてよっぽど普通さ。
ちょっと精神的に不安定なだけ。
俺は、狂わない。
7月8日(土) 晴
兄貴から電話があった。
怒鳴られた。
「お前ありゃ失策だぞ。個人情報出すとサツが黙っちゃいないってコトくらいわかってんのか!」
サツは見てないことを説明しても無駄だった。秋山に電話したことまでなじられた。
いつまでも続く罵倒。俺はもうあまり耳には入ってなかった。
ネットはやれる環境にあったんだ。まぁ今時ネットカフェなんてもんも探せばあるだろうしな。
などと全く関係ないことを考えてた。ミキさんの「もういいじゃない」って声も聞こえる・・・
だが妙な安心感があった。これまで一人だったから。
やっと兄貴が連絡くれたから?
「もういい。見てられねぇ。そっちに戻る。」
その声で我に返った。というかボケーっとしてた自分に驚いた。
「それに湖畔。何だよアレ。ナゴんでんじゃねぇよ!!」
一応アレも作戦の一環なんだけど・・・言い訳するのはやめておいた。
何を言っても無駄なのは身に染みてわかってる。
「渡部家にも連絡したらな。ヒロフミも戻ってた。あいつは忠実に俺の言いつけ守ってたぞ。」
お前は守らなかったな、と言いたげだった。否定できない。畜生
ヒロフミさんの話になった。やはりネットの話は無かったらしい。
西原についてと、少しミキさんの話もあったそうだ。
それが終わればすぐに解放され、それからは兄貴の言いつけ通りウチには連絡をしなかった。
聞いてみるとなんともあっけない・・・・俺がこれまで散々悩んだのがバカらしいくらいに・・・
問題ナシだった。兄貴だってこうして生きてる。
「明日ヒロフミにウチへ行くように伝えておいた。二人でまた新しい作戦でも考えてろ。
俺達も2、3日以内にそっちへ戻る。そろそろ戻ってもいい頃だろう。集結するぞ。一気にカタをつける。」
今度こそ戻ってくる。でも2、3日以内って・・・・
今ドコにいるんだよ。最初から気になってた質問をした。
「遠くだよ。俺にもよくわからん。とりあえずよほど無理しなきゃ1日じゃ帰れないトコだ。」
・・・・神奈川県どころか、関東でもねぇなこりゃ。
「金も節約していきたいからな。帰るのには2日か3日は考えて置いた方がいい。」
随分と遠くにいったんだな・・・
ところで、今までドコに泊まってたんだよ。気になるところだったか、よく考えてみればわかることだった。
「おいおい。男と女が一人ずつ。全国各地、泊まる所なんざ腐るほどあるよ。」
ミキさん・・・・あまり想像したくない。
「つーかお前、なんか話し方が少し変になってないか?」
はぁ?自分じゃそんなつもり全然ない。
変わってネェよ。それは確かだ。だが兄貴は続ける。
「なんだなんだ。もうこの異常な状況に耐えられなくなったのか?安心しろ。お前はソノ気があるから大丈夫だ。」
ドクター・ストレンジラブ。兄貴の異常な愛情。
「慣れだよ慣れ。俺達が戻るまで、ゆっくりアタマを休ませてな。」
珍しく優しい言葉をかけてくれた。
と思った俺が甘かった。
「余計なことしたら殺す。じゃな。」
ひでぇ。これまでのねぎらいの言葉など皆無。
遠くでミキさんの「がんばってね」という声が聞こえた。
がんばって休みます・・・・
問答無用に電話はブッツリ切られた。
結局のところ、何だ?俺がこれまでやってきたのは全部無駄だったってコトか?
なんだよそりゃ。そんなのネェよ。失策だって?けっこう上手くいってたじゃねぇかよ!
いや、確かに実のあることは何もしなかった。けどそんな、2週間か。そんなけで結果を出せなんて・・・
それに何だよ。俺の話し方が変わってきてる?
そんなことない。兄貴と話すのが久々だったからなだけだ。
普通のままでいるぞ俺は。絶対あっち側には行かない。
あっち側って何だ?畜生!もうわけわかんねぇ!
「絶望クロニクル」に接続。湖畔じゃいつもの馴れ合いトーク。
見ず知らずのシス卿、ミギワ、ユウイチがじゃれ合ってる。
ナゴんでるんじゃねぇってか。いいじゃねぇかよ。なぁ?
それでお互い楽しんでるんだ。迷惑かけてるワケじゃないんだからよぉ。
ジャンク。処刑人のカキコは無い。
テレビとかで報道されるようなネタもあれば、真偽の怪しい情報まで。
相変わらず騒々しい。俺にはクソ荒らしが集まってるような掲示板にしか見えない。
情報カキコの合間に口論カキコ。吹き溜まりだ。
こんな中に「処刑人」や「カイザー・ソゼ」が居たって誰も相手にしない。
みんな他人の揚げ足取るのに忙しい。速報仕入れて自慢するのに忙しい。
馬鹿な奴等だよ。
ヒロフミさん。明日来るのか。
やっとゆっくり話ができる。一度解放されたんだがら、もうサツの監視も無いだろう。
一人で戦うのは今日でオシマイ。クライマックスは総動員が基本だ。
異常な状況に耐えられない?そうだよ。耐えられネェよ。
俺は普通なんだから。ソノ気がある?ソノ気って何だ?
オーケー。俺はオカシイのかもしれない。
だが誰にも迷惑かけてない。秋山や遠藤をイジる?俺に比べりゃ奴等の方が狂ってるだろ!
いいだろ?それで。文句はねぇよな?
チクショウ。もう寝る。日記書くのも疲れた。
孤独地獄も明日で解放。やっと解放だよ。
もういいさ。兄貴も勝手にやりゃぁいいよ。殴りたきゃ殴ってくれ。
俺はもう疲れた。新しい作戦もヒロフミさんが考えてくれ。
もう何もしないぞ・・・
7月9日(日) 晴
俺は何をこんなノンキに日記を書いてるんだろう。
横であの人がケケケと笑ってる。ヒロフミさんもじっと俺のことを見つめてる。
異常だ。状況も異常なら、こんな時に日記を書いてる俺も異常。
そもそもなんでこんなことになったんだ。
今日の出来事を思い返してみる。
今日はヒロフミさんが来る予定だった。
俺はもうほとんどやる気なかったが、一応二人で次の作戦を練るってコトになってた。
だから家のチャイムが鳴った時、ヒロフミさんだと思ってなんてことなくドアを開けた。
立ってたのは案の定、ヒロフミさんだった。
「よぅ。ユタカさんに言われて来たぜ。」
ああ、どうぞと中に招き入れた。
しかしヒロフミさんは入り口で立ちすくんでた。
あまりに動かないので、「どうしたんスか。入って下さいよ。」と言った。
それでも入ってこない。見ると、ヒロフミさんの顔が強ばってる。
「なぁ、今日のことってどこにも漏れてねぇよなぁ。」
何を言ってるんだろうと思った瞬間、凄い勢いで中になだれ込んだ。
と言うより、突き飛ばされたような・・・
「だから何度も言ってんだろ。偶然だよ偶然。」
あまり聞き慣れない声がした。
それもそうだ。こうしてマトモに顔を向き合わせるのは初めてなんだから。
岩本先生。
なぜかヒロフミさんの後ろに立っていた。
センセイは素早く中に入り込み、ドアを閉めた。
そしてズカズカと上がり込み、家の中を散々引っかき回した。
ヒロフミさんは倒れ込んだまま青ざめてる。
俺は何が起きたのか理解できないままセンセイの行動をただ黙って眺めてた。
なんでこの人ウチに居るんだよ・・・
しばらく何かを探し回ったあと、俺の前にやってきた。
「なんだ。やっぱココにはあの二人はいないのか。」
兄貴とミキさん・・・
「お前がユウイチ君か?なるほどなるほど。ユタカ君の弟ってワケな。」
つーか・・・・・何?
「状況を把握してないな。『処刑人』が言ってだろう。いつでもここには来れるって。だから来たまでだ。」
俺はアウアウと口を動かしただけで何も言えなかった。
代わりにヒロフミさんが顔を上げて「なんで川口家の場所を知ってるんですか・・・」と聞いた。
センセイは深いため息をつき、首を何度も横に振った。
「お前達、そもそもの俺達の因縁を分かってねぇな。ウチの息子のクラス名簿見りゃすぐ分かるって。」
あ・・・・・
「言っておくけどな。突っかかってきたのはそっちだぞ?あの二人だって逃げて消えちまえば方っておくさ。
だがな、俺のまわりをウロチョロされると話は別だ。消さなきゃならなくなる。」
「消す」って言葉を聞いてヒロフミさんがビクっとした。
俺もその場に座り込んだ。居間の入り口にヒロフミさん。その横に俺。テレビの前にはセンセイが立ってる。
センセイの演説は続いた。俺達は何も言い返せない。
「それでまぁ家を張らせてもらった。家に居るとすれば、いつかは出てくる。飯も買わなきゃ生きていけないだろ。
そしたら二日目にしてコイツが登場した。顔は覚えていたよ。車の後ろをウロチョロしてたヤツってな。」
ひぃぃとヒロフミさんが小さく悲鳴をあげた。恐怖で身体が縮こまってる。
俺は・・・あまりに突然の登場だったので怖がる暇が無かった。完全に神経がマヒしてた。
「捕まえて絞り上げたらすぐに吐いたよ。ネットでのちょっかいはオマエラの仕業だってな。」
すまない・・・・すまない・・・とヒロフミさんの声。良く顔を見ると、赤く腫れてた。
「もうすぐココにアノ二人が戻ってくるんだって?好都合だよ。ついでに消しとく。」
今度は俺が声を上げた。「なんで・・・なんでユウイチが俺だって・・・・」
聞いてみたら実に簡単な理由だった。
「はぁ?自分で言ってたじゃねぇか。渡部サンのコト義理の姉だって。そしたら川口の弟しか考えられないだろ?」
う・・・・・あ・・・・・でも・・・ならもっと前からわかってたはず・・・・・
センセイは続けた。
「最初はわかんなかったんだけどな。最近カイザー・・・風見の本名思い出してから色々考えたんだよ。
そしたら以前遠藤ハメる時、川口に弟がいたコト思い出してね。こりゃ繋がりあるだろう、と。
もっとも、渡部サンに本当に弟がいたのは計算外だったんだがな。」
ヒロフミさんがガタガタ震えてる。ああ、結構喋っちゃったんだな・・・
次の質問など考える暇もなく、とても嫌な嫌な宣告をされた。
「とりあえず、な。奴等が戻るまでココで待たせてもらう。世話んなるよ。よろしく。」
ケケケと笑い声を上げた。
それってつまり・・・ウチに居着くと?
俺がそう考えた瞬間だった。ヒロフミさんが逃げ出したのは。
倒れてた素早く身を起こし、ドアに吸い付いた。が、開かない。
センセイはご丁寧にカギを閉めてた。慌ててカギを開けようとするヒロフミさん・・・
焦ってるせいかうまくいかない。ようやくガチャンとカギが開いた。
・・・一瞬の出来事だった。
視界の外にいたセンセイが風のようにやってきた。
ゴキッ
何かが折れる鈍い音。
同時に「ぐぇぇ」と動物のような鳴き声が聞こえた。
それはとてもおかしな光景だった。
ヒロフミさんは外へ出ようとドアに向かって立っていた。
なのに顔だけはこっちを向いている。
逆さまになって。
センセイの左手はヒロフミさんの首根っこを捕らえ、右手には髪の毛をガッチリ掴んでる。
左手を話すと、身体がフラリと揺れて崩れた。
掴んでた髪がブチブチと抜け、ヒロフミさんの身体がバタンと倒れた。
仰向けになったヒロフミさん。目はカッと見開いていて俺と目があった。
俺は目を反らすことが出来ず、濁った目を見続けた。
何が起きたんだ?
突拍子もない出来事続きで思考回路が上手く回らなくなってた。
瞬きしてなかったので目が痛み、その痛みでようやくアタマが動いた。
そうだ。ヒロフミさんは逃げようとしてセンセイに首をへし折られたんだ。
ってコトは・・・・・死・・・・・・・・・・・
死んだ?
え?そんなあっけなく?
ヒロフミさん、殺された?
それを理解したとき、俺のマトモな神経はブッ飛んだ。
糸が切れたようにズルズルと倒れ込む。
うつぶせになってアタマを空にした。
ガチャンと再びカギを閉める音が聞こえる。
その次はセンセイの息づかいが異様にアタマに響いてた。
そして聞こえてくるおぞましい声。
「耐えきれなくなったか。まぁいい。これから奴等が来るまでの間、仲良くしようぜ・・・」
ケケケと笑い声。妙な笑い方だ。
意識が飛んだ。
目覚めるとヒロフミさんが目を開けたまま壁に立てかけられてた。
首が異様なほど横に曲がってこっちを見つめてる。目は開いたままだ。
身体にぶら下がったアタマが肩の上に置かれてる。
そんな感じだった。
どう見ても、死んでる。
死体。
ちょい前まで普通に話してたのに、もう話すことはできない。
俺はヨロヨロと立ち上がるとパソコンの電源を入れた。
居間に座り込んでるセンセイが「お、起きたのか」と声をかけてくれた。
「なんだパソコン2台あんのかよ。羨ましいネェ」
冷やかしてきた。
センセイはデスクトップの方に電源を入れて何かを始めた。
俺はこっちで日記を書いてる。
さっきのぞき込まれて「なんだ日記書いてんのか。俺のことあんま悪い風に書くんじゃないぞ。」って言われた。
今また声をかけられた。
「そのピッチとかネットとかで助けを求めてもいいんだぞ。ま、そしたら逃げるけどな!」
またケケケと笑ってる。
つーか俺、なんで日記書いてんだ。
つーかヒロフミさんこっち見てるし。死んでんのに。
つーか俺、怖くねぇのかよ。
何だよ俺。
意味わかんねぇよ。
兄貴はどうしたよ。
第二十八週 「瞬殺」
7月10日(月) 腫れ
朝起きたらヒロフミさんが半分になってた。
上半身だけ床から生えてるように置いてあった。
俺が寝てる間にセンセイが風呂場で解体しらしい。
朝イチでゴミとして捨てたそうだ。そう言えば今日は月曜日。ゴミの収集日。
ご丁寧に残った上半分は居間に戻してある。
センセイ曰くもう2日も経てば素敵なニオイを醸し出すそうだ。
今でも結構キテルのに。その他死体について色々説明してくれた。
死後硬直がいかにカタくなるか等々。推理漫画に良く出てきそうな知識だった。
それよりもっとリアルだった。無理矢理曲げようとするとボキって一気に折れちゃうんだよって。
さすが実物扱ってる人間は違う。モノホンだよ。
ヒロフミさんはまだ俺のことを見てる。目が死んでた。当たり前か。
しばらく見つめ合ってると勝手に俺の手が動いた。
受話器を持って、1、1・・・・
そこでプツリとセンセイに切られた。
「察しが悪いな。助けを求めたら逃げるとは言ったが、その前にお前を殺していくぞって意味も含まれてるんだよ。」
だそうだ。ヒロフミさん。俺、完全に逃げられないみたいッスよ。
センセイは鞄を持ってきてた。中を見ようとしたら止められたが、ノコギリやらがチラリと見えた。
死体処理まで考慮に入れてウチにいる。あ、そうか。兄貴達を殺すつもりだからか。
ヒロフミさんの赤く染まった腹の切り口を見つめてるとセンセイが話しかけてくれた。
「最初は新聞紙で包んで紙袋に入れる。そっからゴミ袋に詰めるんだよ。これだと半透明でもバレないだろ。」
なるほど。
「でもこの方法は初めてだからなぁ。失敗してても文句言わないでくれよ。大丈夫だとは思うけど。」
そんな無責任な。
「ま、川口家のゴミだから俺には関係ない。」
ケケケと笑った。何かあるとすぐ笑う。
家の中なのに帽子なんか被ってる。胸ポケに刺さってるサングラス。改めて見ると普通の人だ。
つーか20近い息子を持ってる年には見えない。若く見えるなこの人。それでいて殺人鬼。
その殺人鬼と一緒に住んでる俺。どうよ。
飯は食う気がしなかった。つーかヒロフミさんまだ見てるし。
冷蔵庫を引っかき回して勝手に食事をとる岩本センセイ。
パソコンいじったりテレビ見たりで過ごしてた。
我が家のように振る舞うセンセイとは反対に、俺は終始ポケーっとしてた。横になったり布団に潜ってみたり。
ヒロフミさんがずっと見てるので気になって仕方なかった。
時間が流れるのが異様に遅く感じた。
やっと今日が終わる。
結局、兄貴は戻ってこなかった。
モバイルでネットに接続。湖畔で「ユウイチ」のカキコ。
ヒロフミさんのコトをなんて呼ぼうか迷った。本当の弟がって言うのもオカシイ。
「ウチに処刑人がやって来ました。リアル弟が処刑されました。僕はどうしたらいいんでしょう。」
センセイが画面をのぞき込んでた。「これならオーケー」とお許しが出た。
投稿。ミギワやシス卿が台風過ぎて暑くなったとか爽やかなオハナシをしてるのに、俺だけ異次元カキコ。
つーかリアル世界の方が異常だし。
ジャンクにも素敵な書き込みがあった。処刑人サンが「我敵地侵入ニ成功セリ。一人処刑完了。」
そのレスも「処刑人」。「了解。次報ヲ待ツ。」
自作自演・・・ってか共通ハンドル?
日記書く前にシャワーを浴びた。センセイはとっくに浴びてくつろいでる。
その間に電話しようかと思ったけどセンセイの「殺していく」って言葉を思い出したらソノ気が失せた。
で、俺はこうして気分の悪いまま日記を書いてる。シャワーなんて浴びるんじゃなかった。
身体に付いたヒロフミさんのニオイをとりたかった。さっきフラフラと風呂場に行った。
ニオイは洗っても洗ってもとれなかった。ふと壁に何かこびりついてるのに気が付いた。
考えるまでもなかった。ヒロフミさんの肉片。
思い出した。そうだよ。この風呂場でヒロフミさんの下半身は・・・
吐いた。
7月11日(火) 蜘蛛り
ヒロフミさんがダルマになってた。
腕がない。明日捨てるらしく、ゴミ袋が2つほど置いてあった。
それでもヒロフミさんはまだ俺のことを見てる。
皮膚の色が青黒いようなとても気色の悪い色になっていた。
そろそろいい感じのニオイを発してきている。
センセイは隣に漏れるといけないからってドアを締め切ってた。
おかげで中はトテモ素敵な空気に満ちている。
しきりに消臭スプレーをかけていたけど、あまり効果はなかった。
ヒロフミも何か塗られてた。少しでもニオイを押さえる為のものらしい。
「いくらかマシになったかな」とセンセイは言ってたが、俺にはまだまだ匂う。
夕方ごろ、どうも無意識のウチに「兄貴・・・」と声を漏らしたらしい。
それを聞いたセンセイは「さっき来たじゃないか」とトンでもないコトを言った。
いつ?我に返った俺は聞き返した。
「ついさっき玄関の前まで来たよ。中の様子を伺ってた。すぐに戻っちまったけどな。」
ヒロフミさんと顔を見合わせた。つーかなんでそんなコトわかるんだよ。
気配を察するなんて・・・・やっぱこの人バケモノだ。
その会話を皮切りに少しセンセイと話をした。
これまでの俺達側の動向。消された西原と横山、そして秋山の話。
「確かに最初のヤツは若干太ってたなぁ。捨てるとき大変だったよ。」とか
「そうそう。あの女顔はイマイチだった。切る時全然抵抗なかったよ。」とか。
平然と答えてた。
次に「シャーリーン」の話になった。
絶望クロニクルは俺達が遠藤のパソコンから見つけ、ジャンクのアドレスを「希望の世界」に書き込んだ。
それを伝ってセンセイ達はその存在を知った。だからお互い「シャーリーン」の正体は知らない。
「そのノートは遠藤のだったのか・・・」と感心してた。
何度か頷いた後、考え込むようにして黙り込んだ。
ヒロフミさんと一緒にその様子を見てたけど、なかなか口を開かない。
数分後、「なぁ」と声をかけてきた。
「シャーリーンって遠藤じゃないのか?」
俺達と同じ結論だった。しかしそれはあり得ない。このモバイルにサイトのファイルがない・・・
その事を言ったがセンセイは深いため息をついて何度も首を横に振った。
「遠藤はデスクトップも持ってただろう?家と一緒に焼けちまったやつが。」
・・・俺達のアタマが足らなかった。
言われてみればその通りだ!
引き返した兄貴を恨むのも忘れ、遠藤=シャーリーン説にただただ感心してた。
あのサイト早紀さんに対する異常なほどの思い入れが籠もってる。
モバイルに残されたクッキーが「ダチュラ」だったのもこれで納得できる!
しかしセンセイはイマイチ納得してなかったようだった。
「けどなぁ。早紀に絶望クロニクルの存在を教えてないってのが気になる。
あの遠藤が早紀を必要としないサイトを立ち上げるってのはどうも・・・」
ヤツのことだから作るだけ作って呼び忘れただけッスよ。
バカだから。
今日は何かつっかえてたモノが取れたような一日だった。兄貴にはムカツイたけど。
おかげで食欲ば戻り、センセイと一緒に飯を食った。
ヒロフミさんも食べたそうだったので米を口に運んであげた。腕がないから俺がやってあげないと。
センセイに腕を叩かれた。
いつものように口元はニヤけてるが、目は真剣だった。
あ、そうか。首が曲がってるから飯が喉を通らないか。
納得。
以上今日の出来事でした。
7月12日(水) 張れ
ヒロフミさん観察日記 〜3日目〜
きょうは胸から上だけになってました。
学校にあるエライ人の銅像みたいでした。
でも顔が曲がってるからとても変です。
そのあんばらんすがオカしくて大笑いしました。
まる。
ネット観察日記 〜腐色編〜
ミギワさんがユウイチ君の境遇をしんぱいしてました。
シス卿さんはとても明るく励ましてくれました。
みんなの優しさに触れたユウイチ君は
「大丈夫」と答えました。
本当は全然大丈夫じゃないのに。
まる。
岩本センセイとの交流日記 〜巨像編〜
ヒロフミさんの話をしました。
彼はなぜ岩本センセイとの戦いに参戦してきたのか?
姉のためにそこまでする必要があるのか?
センセイの答えは「ある」でした。
「こいつは渡部サンにホレてた。少し話しただけですぐわかったよ。
目の色かえて『そんなコトない!』って言ったけどな。そうゆう感情は隠せないモンだ。
身近でそんなヤツ何人も見てるから俺にはわかるんだよ。」
納得してしまいました。ぼくもそう思った時があったからです。
姉弟で好きになるなんてイカレテルと思いました。
まる。
兄貴の帰還待ち日記 〜迷葬編〜
あの野郎、今日も帰って来なかった。
畜生。
7月13日(木) 貼れ
センセイに「お前もうダメだな」と言われた。
何がダメなのだろう。ヒロフミさんの顔をブラリブラリさせて遊んでるのがマズかったか?
ヒロフミさんだって喜んでる。別にダメじゃないだろう。
そんな文句を言うセンセイも今日は真剣なオハナシをしてくれた。
ウチに親はどうしてるんだって話になった時だ。
「こいつに川口家には親がいないって聞いたから踏み込んで来たんだが・・・両親はどうしたんだ?」
ヒロフミさんを俺の手から奪いながら話しかけてきた。
俺は普通に答えた。
いないッスよ。二人とも。蒸発ってヤツっす。
でも僅かな生活資金は毎月送り込んでくれるんスよ。でもいつ止まるのやらって感じッスけどね。
別に俺達にとっちゃどうでもいいようなコトだった。
兄貴も俺も同情して欲しいと思ったこともないし、両親への憎しみもない。
残ったのは兄貴の暴力だけっス。
センセイも気を付けた方がいいッスよ。ヤツの暴力は尋常じゃないッス。
つーかあの腐れサドマニアと瞬殺の殺人鬼と、どっちが強いんだろ。
そんな疑問もフッ飛ぶくらい、センセイの顔つきが真剣になった。
帽子を脱いで(ハゲじゃなかった)深いため息ついて首を何度も横に振った。
「すまない。失礼なコトを聞いた。」
なんで謝るのか理解できなかった。
そう言ってあげた。
「別に平気ッスよ。親の愛情なんざカケラも貰ってネェし。寂しさを感じたこともないッス。」
「親の愛情」って言葉にセンセイの身体がピクリと反応した。
俺はチョコナンと惚けたままその姿を見つけてた。
親の愛情がキーワードらしいッスよ。ヒロフミさん。
ヒロフミさんはセンセイの横に転がってた。
滑稽だなぁと思った。
センセイはしばらく考え込んだ後、ふと口を開いた。
「なぁ。俺はなんでこんなマネしてるんだと思う?」
こんなマネってどんなマネっスか。
またあの自嘲的な笑みを浮かべた。
「息子の要望で、ネットの奴等を消して回ってるマネ。」
その話は初耳だった。兄貴やミキさんの因縁が絡んで複雑な理由があるのかと思ってた。
言われてみればそうだよな。横山や西原が殺された理由ってのを深くは考えてなかった。
兄貴達にプレッシャーを与えるためじゃなかったんだ。
にしても、なぁ。息子の要望って何だよ。
センセイは続けた。
「亮平がな。早紀に関係するサイトに居る奴等を皆殺しにしてくれって言うんだよ。早紀が汚れるからって。」
亮平さんの存在は大きいだろうけど(兄貴とミキさんにとっても)、ネットの人間は関係無いだろうに。
早紀さんってもう死んだ人じゃないスか。それともネット内じゃまだ生きてるとでも?そうなんスか?
そんなんで人殺しちゃっていいんスか?ヒロフミさんだって恨めしい目で見てますよ。
「どう思う?それで本当に人を殺しちまうのを。」
正直に答えた。
「なんてバカなマネを・・・」
思わず口にしたが、よくよく考えてみるとキワドイ答えだ。
怒ってブっ殺される可能性もあった。でも殺されなかった。
俺の言葉を聞くと、センセイはケケケと笑った。
「そう。バカだよ。けど逆なんだ。俺がこんなマネをするのは、まさにそこなんだよ。」
何が言いたいのか分からなかった。
ヒロフミさんばりに首を傾げた。さすがに本家にはかなわなかった。俺の首の骨はくっついてるし。
センセイの解説はさらに意味不明だった。
「『息子のためにそんなバカな事までしてくれる』って思って欲しいからなんだ。」
何のコトかよくわからん。
その後センセイはまたケケケと笑って会話終了。
釈然としないけど俺が何か言ったところで状況は変わらない。
仕方ない。俺もまたヒロフミさんとのお遊戯に戻った。
センセイに腕を叩かれた。
酷い。
兄貴は戻ってこない。つーか戻ったらどっちか死ぬかもしれん。
なんかもうどっちが勝ってもどうでもいい良くなってきた。
俺が一番気に掛かるのはミキさんだ。
因縁の中心は亮平さんとミキさんだろ?兄貴とセンセイの戦いに決着付いたらあの人どうなるんだ。
兄貴死んだらミキさんも殺されるかもしれん。
センセイ死んだらミキさんは死なない。
おお。ミキさん死んで欲しくないぞ。
兄貴ガンバレ。
センセイ死ね。
7月14日(金) 苦盛り
兄貴から電話があって「明日戻る」と言っていた。
センセイも電話に出て「ちゃんと武器用意しとけよ」と言っていた。
兄貴が「ぶっ殺す」と言った。
センセイが「やってみな」と言った。
映画のセリフみたいだった。
センセイは「お前の弟、完全に壊れちまったよ」と言った。
兄貴の「確かに」という声が受話器から漏れて聞こえてきた。
俺のドコが壊れてるんダヨ。
ミキさんは?
俺は横から声を上げた。
センセイに殴られて気を失った。
目が覚めたとき電話はもう終わってた。
センセイが「ヤツめ。俺が家にいても平然としてたな。余裕のつもりなんだろう。」と独り言を言った。
俺がネットで処刑人が家にいるって言ったから知ってたんスよ。
「渡部サンがこいつのコトを心配してたぞ。無視してやったけどな。」
もう首だけになってるヒロフミさんをさすった。
「明日か。俺はお前の兄貴を殺すつもりだ。構わないな?」
センセイの独り言はいつまで続くんだろうと思った。
「渡部サンも殺してしまうかもしれない。」
それはイヤダと思った。
「お前も・・・殺すか。」
それもイヤダと思った。
「嫌か?」
嫌ッス。
心の中で思っただけで口では何も答えなかった。
独り言に返事するなんてオカシイッスから。
そんな俺を見てセンセイは言った。
「やっぱ完全に飛んじゃってるな・・・」
飛ぶ?俺に羽なんか付いてないッスよ。
ポコンとアタマを殴られた。
また気を失った。
起きて日記を書いてる。決戦前夜。最後の日記かもしれない。
センセイは寝ないで壁にもたれかかって座り込んでる。
虚ろな目で宙を見つめるセンセイ。
明日に備え、集中力を高めてるのか?
その姿。震えた。
オーラでも出てそうだった。
もの凄く緊張感を感じる。
これがリアル殺人鬼か。
すさまじいプレッシャー。
・・・・兄貴よりスゲェ
こりゃダメかもしれない。
俺達みんなヒロフミさんの様に殺されるかもしれない。
全滅。
こんな人に手ぇ出さなきゃ良かった。
まだ兄貴の方がマシな殺し方してくれそうだ。
ヘヘ。みんな死んじまうさ。
兄貴も俺もミキさんも。
みーんな死んで、それでオシマイ。
兄貴だって勝てねぇよ。
センセに殺されて埋められちまうんだ。
俺も明日の夜は土の中。
だから明日の日記はナイ。
今日でオシマイ。
惜しいけど仕方ない。諦めたさ。
もうセンセイからは逃げられない。
殺されるだけ。ヘヘヘヘヘ。
俺の人生、あっけない幕切れだったな。
とりあえず最後の挨拶でもしておくか。ウン。
じゃぁな。俺。
ごきげんよう
サヨウナラ
7月15日(土) 飴
部屋に血がいっぱい。
兄貴のサバイバルナイフが真っ赤に光ってる。
・・・静かだ。
キーボードが赤い。画面にも血がベットリくっついてる。
あ、俺の手が赤いのか。
何が起きたんだっけか。
断片的な記憶しかない。
兄貴達が踏み込んできて・・・・センセイはヒロフミさんの首を投げて・・・・
ミキさんが声にならない悲鳴をあげて・・・・兄貴が一瞬ひるんで・・・・・・
センセイに腕を掴まれて・・・・・持ってたサバイバルナイフ落として・・・・・
そっから会話があったはず・・・
「なぜお前は俺を殺そうとする?片目を奪われたのによほど恨みがあるのか?」
センセイの両手が兄貴の首に・・・兄貴はその手を掴んで苦しんで・・・・
「それで悪いか・・・!」
「悪いね」
兄貴の足が浮いて・・・・・ミキさんは座り込んで呆然とヒロフミさんの首を見つめて・・・・
俺のことなんか誰も相手にしないで・・・・・・・
「ガキだよ。その発想は。勝てない相手に突っかかって何の意味がある。」
「勝つんだよッ!!」
「無理だ。こうして一瞬のウチに返り討ちにされてるじゃないか。」
「まだだ・・・まだこれから・・・」
「何がこれからだ!!」
センセイが強い口調になって・・・・演説が始まったんだ。
「お前の生い立ちには同情しよう。だがそれを言い訳に荒んだ生き方を選ぶのは許せないな。」
「言い訳になんか・・・・・」
「してるさ」
今度は声のトーンが落ちた。兄貴は浮いたまま。片目が充血してる。
「お前は片目を失った時点で舞台から降りるべきだった。そこで元の生活に戻れば良かった。」
「それが俺の生き方に何の関係があるってんだよ!」
兄貴の声は虚しく響いていた。主導権を・・・命をセンセイに握られたまま・・・吠えてた。
「自分の生活が嫌だったんだろう?だから渡部サンに付いてきて、俺達の世界に入り込んだ。」
「違うッ!!」
「こっちのオカシな世界は普通耐えられないさ。そこの弟君のように。」
センセイは言っただけで俺を見てはくれなかった。
チョコナンと座ったままコトの成り行きを見つめる俺。
「お前は狂人気取りでやって来て・・・・俺達のまわりをウロチョロしやがった。」
その言葉のせいかはわからないが、兄貴の顔は真っ赤になった。
「気取ってねぇ!!俺は本当に・・・・てめぇを殺す気でいるんだよ!!!」
ケケケと笑い声。センセイだ。
しばらくケケケ笑いが続いた。ミキさんはヒロフミさんを抱え込んで顔を伏せてる。
泣いてるんスか?俺は心の中で聞いてみた。
「何がおかしいんだよッ!」
兄貴の遠吠えは続く。ずっと腕をほどこうと頑張ってるが、センセイの腕は鉄のように動かない。
そしてセンセイ一言で・・・勝敗が決まった。
「なぁ川口君。お前、実際に人を殺したことはあるのか?」
兄貴の顔が固まった。
心なしか腕の力も抜けたような気もした。
・・・・・経験者の岩本センセイが言ったからこそ、説得力があった。
そうだよ。兄貴は散々修羅場をくぐって・・・・暴力を重ねてはいたが・・・・・
結局の所、誰も殺せないでいる。破壊神と呼ばれてはいたが、殺人鬼とは呼ばれてない。
殺さないでいるのか。殺せないでいるのか。
その答えは明白。兄貴の反応を見ればわかる。
「てめぇを・・・・最初に・・・・・・」
最早負け犬が吠えてるだけだった。
強がるにはあまりにも弱すぎた。
情けない。
勢い込んでやってきたってのに。カッコつけてサイバイバルナイフなんて装備してきたのに。
生首が飛んできただけでひるみやがって。
そのスキに首を掴まれ、ふりほどけないでいる。
兄貴が弱かったのか。センセイが強すぎたのか・・・・・
センセイは遠い目をして兄貴の言葉を聞いていた。
「殺してやる・・・・・」
センセイは兄貴の首を掴んだまま・・・・締めていた。
おかげで兄貴の声はかすれていた。
「・・・・・・離せ・・・・・・・」
ギリギリと見てて襟が絞められているのが見えた。
ときおり「あ・・・う・・・・」と兄貴の嗚咽が漏れる。
「マサヨシ・・・・タスケロ・・・」
その声は俺の耳に届いていた。
でも俺は動かなかった。動きたくもなかった。
なぜだろう?最期の最期に、これまで散々痛い目に逢わされた記憶が蘇ってきたから?
それは俺にもわからない。
とにかく俺は・・・・・・兄貴を見殺しにしていた。
ボケっと・・・・破壊神と呼ばれた男の・・・あまりに哀れな最期を・・・・見つめていた。
「ミキ・・・・・ミキ・・・・・」
センセイは俺やミキさんの方には全く振り向かず
下を向いたまま兄貴の首を絞め続けた。
勝てるなんて思ったのか?心の中で吐き捨てた。
それは兄貴に対してだけでなく・・・俺自身に向けての言葉でもあったのかも・・
そうして兄貴が今にも死にそうになってる時だった。
俺の目の前にサバイバルナイフが差し出された。
誰も俺の姿は目に入ってなかったの思っていたが、この人だけは・・・・
・・・・ミキさんだった。
兄貴の手から落ちたナイフをミキさんが拾った。
ポケナンとそのナイフを見つめる俺に、ミキさんはナイフを差し出した。
無表情だった。目の前で恋人が殺されそうになってるのなんか目に入ってなくらい。
そのまま顔を壁に向けた。センセイの後ろ姿。兄貴の苦悶の表情。
「涎を拭きなさい」
ミキさんの小さな小さな声が俺のアタマに響いてきた。
兄貴の言葉には何も反応しなかった俺の身体が、ミキさんの言葉で動いた。
俺は手の甲で涎を拭いた。ボカンと開けてた口を閉めた。
その時俺は、ミキさんが何を望んでるのか分かっていた。
目の前に差し出されたナイフを掴んだ。
刺すんですね。確認するようにミキさんを見た。
だがその時のミキさんは・・・・・
俺が今こうしてハッキリとあの時の状況を書けるのは、ミキさんの目のおかげだ。
何しろあの目・・・・・恐ろしいくらい冷たく・・・・無表情・・・・・・・・・
その目で・・・・兄貴を・・・・兄貴の死に様を・・・・・見据えている・・・・・・
センセイはこちらのコトなど気にせず兄貴の首を絞め続けている。
兄貴はもう言葉を発することも出来ずに泡を吹いていた。
ミキさんは、手のひらを俺の前に・・・・「待て」を・・・・・・・
辛うじて聞こえた兄貴の最期の言葉。
「ミ・・・・キ・・・・・・」
ミキさんにも聞こえていたはずだった。
でもミキさんは動かなかった。「待て」の合図を続けてる。
無表情に。何を考えてるのか。
兄貴を、見殺しにしていた。
センセイは顔を伏せ、兄貴を殺すことに集中している。
兄貴を殺すことに特別な意味でもあるように、じっくりと、確実に、殺している。
死の瞬間を感じようとしてるのか。何も語らず、ただ黙って、首を絞めてる。
俺達のことはノーマーク。
ヒロフミさんを抱えて泣いていたミキさんが、俺にナイフを渡したことなど知る由もない。
ヒロフミさんはミキさんの横に無造作に転がっていた。
ガタン、と壁に何かが当たる音がした。
この音こそが・・・・・破壊神が消えた瞬間だった。
力の抜けた兄貴の足が壁にぶつかっている。
ガタン。俺の中で何度も響いた。
不思議と兄貴が死んだことに対してなんの感情も沸いてこなかった。
いや、何かが沸いてきそうな気配はあった。
だがそれもすぐに消え去った。ミキさんの合図で。
ミキさんの手がスッと動いた。
指先がセンセイの背中を指している。
センセイは尚も兄貴の首を締め続け、完全に動かなくなったのを見計らって・・
兄貴の身体を下ろした。
天井を見上げた。そして深いため息をつき、首を何度も横に振った。
フウと一息つくと、やっと俺達の方を振り返った。
さて、後始末でもするか・・・・・
おそらくそんなコトを考えてたんだと思う。
まったくの無防備で振り返っていた。
俺のナイフが待ちかまえてるとも知らずに。
その感触はもう手には残ってない。
夢の中の出来事みたいだった。
センセイの表情。あまり変わってなかったと思う。
ただ、それを見つけた時、センセイは笑った。
ケケケと笑っていた。
「そう来たか・・・・・」
腹に深々と刺さったナイフを見つめ、ため息混じりに呟いた。
俺はどうしていいのかわからなくなった。
センセイを刺した。ザックリと。
見る見るナイフが赤く染まっていった。
赤い液体がナイフを伝って俺の手に。
腕まで赤く染まっってしまった。
恐らく時間にしたら数秒だったのかもしれないが
その時は異様に長く感じた。
このままずっとセンセイのお腹にナイフが刺さってるんじゃないかと思った。
センセイの手が動いた。
ドン、と俺は突き飛ばされた。
ミキさんの横に倒れ込んだ。
俺はセンセイの顔とミキさんの顔を見比べた。
「やってくれたな。」
センセイはもう笑ってなかった。腹からダラダラ血を流し、ナイフが痛々しく突き刺さってる。
それを見てミキさんは・・・・・クスっと笑った。
元恋人がセンセイの後ろに転がってる。
元弟の生首が横に転がってる。
なのにミキさんは、笑った。
笑ってる。
・・・・・俺は震えた。ミキさんが怖かった。
そう思った途端、急に現実感が押し寄せてきた。
兄貴の死体。死んだ・・・・・俺の兄貴が殺された・・・・!!!
そして兄貴を殺したセンセイを・・・・・・
あの無敵のセンセイを・・・・・俺が刺した。
刺した。刺しちまったよ!
俺、人を刺しちまったよ!!!!!
なぜか吐き気が込み上げ、その場にぶちまけた。
センセイの血と混じり、見る見る床が汚れていく。
涙もでてきた。
泣いていた。子供のように泣いていた。
何かが落ちる音。ピチャっと嘔吐物の中に。
兄貴のサバイバルナイフ。
ドアが開く音、ガタン。
閉める音。ガタン。
ミキさんの息づかい。
俺の嗚咽。
センセイ・・・・・帰った?
その思考を最後に、俺は気を失った。
目がさめると部屋の中がある程度綺麗になってた。
兄貴の死体とヒロフミさんの首がテレビの前に横たえられている。
もう真夜中だ。
机の上にミキさんのメモがあった。
「先に寝てるね。美希」
兄貴の部屋を覗いたら真っ暗だった。
ミキさん寝息が静かに響いていた。
俺はまた死体置き場に戻り、日記を書き始めた。
綺麗になったとは言え、まだ部屋にはセンセイの血がいっぱい。
殺された兄貴のサバイバルナイフが、センセイの血を吸って赤く染まってる。
センセイは消えた。あのまま死んだか、家に戻ったのか。
もう俺にはわからない。
外にはセンセイの血が転々としてるかもしれない。
ふと、近所の誰かがこの騒ぎに気付いて通報してくれないかと思った。
そうなることを望んだ。でもそれはあり得なかった。
これまでに散々、兄貴が暴れた時に通報されたから。俺の血が外に飛び散ったり。ガラスが割られたり。
その度に兄貴がサツを追い返した。・・・やがて近所の人は何も関知しなくなった。
もうウチでちょっとした悲鳴があがったところで、誰も感心を払わない。
今日の騒ぎは特別だ。近所の皆さん。諸悪の根元、川口豊は死にましたよ?
それも知られずに終わるだろう。
・・・・・終わりって、何時が終わりなんだろう。
ミキさんのメモには続きがあった。
「先に寝てるね」の下に、大きく、少し雑な字で一行。
俺の脳に直接語りかけてくるように。
ソレは、強く。とても強く俺に訴えていた。
川口豊<岩本先生<川口正義
7月16日(日) 俺
とても嫌な夢を見た。
体中に何かがまとわりついて、ソレは俺の動きを制限する。
逃げよう逃げようとしてもソレのせいで身体は動かない。
無理に引っ張った。ソレと一緒に俺の皮膚までくっついてくる。
それでも引っ張った。バチンとソレは剥がれた。
俺の皮膚も、肉ごとごっそりと千切れた。
真っ赤な血が俺の身体から吹き出る。
腕が赤く染まる。元に戻そうと肉を身体にねじ込んだ。
でもダメだった。なんとかくっつけようと何度も挑戦した。
ズルリと滑ってくっつかない。
俺は何か取り返し付かないようなコトをした気がして怖くなった。
「戻して」と叫んだ。
どうしようもなく不安になってまわりの闇に向かって「戻して」ともう一度。
俺は泣き出した。誰も聞いてくれない。
声が枯れるくらい大声で叫んだ。
戻してくれ!
助けてくれよ、兄貴!!
そこで目が覚めた。
泣いていた。嫌な・・・とても嫌な夢だった。
起きると隣に兄貴が寝ていた。
もう昼を過ぎていた。
寝ぼけたまま俺は兄貴をさすった。
兄貴。もう昼だよ。メシはどうする?いつもみたく朝昼兼用にするか?
この前食ったインスタントラーメン、あれまだ残ってたよな。
それでいいだろ。野菜は冷蔵庫にトマトあるから。昨日買っといたんだよ。丸かじりしようぜ。
今日の買い物当番はどっちだっけ。俺昨日行ったから今日は兄貴の番だよ。
やべ。早いトコ洗濯しねぇと日が沈んじまう。
なぁ、俺洗濯するからメシ作ってくれよ。
たまには兄貴もやってくれよ。インスタントだから作るのカンタンだろ?
今日はどっか出かけんの?晩飯作っちゃっていいか?
そうそう。外食控えてくれよな。今月結構使い過ぎちゃったんだよ。
聞いてんのかよ兄貴。メシ作ってくれって。
俺、洗濯しなきゃいけねぇんだよ。
兄貴。いい加減起きろって。
兄貴・・・兄貴・・・・・・
起きろって・・・・・・・・
ミキさんがポンと肩と叩いてくれた。
そのおかげで俺は現実に戻ってきた。
目が痛む。泣き腫らしたせいだろう。
こっちの方が夢みたいだった。
夢と現実の境目がわからない。
昨日のこと。一夜経ってようやく現実と認めることができた。
生き残った俺とミキさん。
いつまで経っても起きない兄貴を眺めながら、俺は呟いた。
「逃亡生活なんて、無意味だったな・・・・」
普段ならこんな暴言吐いたら速攻で殴られる。
でも今日は殴られなかった。
兄貴は動かず、ただ黙って寝転がっていた。
・・・・・・・・・・・死んでる。
間違いなく兄貴は死んでいた。
「意味はあったわ。少なくとも、ユタカ君にとってはね。」
ミキさんが冷静なまま答えてくれた。
遠い目をして兄貴を見ている。その視線は兄貴を突き抜け、床までの方まで突き刺さってるみたいだった。
「私が初めてだったんだって。マトモな感情を抱いたのは。」
マトモな感情。今となっては悲しい響き。
「だからね。私のために・・・一緒に逃げるコト自体に意味があったの。」
ミキさんの言葉一言一言が兄貴と・・・・俺に、染み渡った。
・・・救われたのか?
兄貴、アンタは最期の最期に救われていたのか?
ミキさんに出会えたコトは、救いになっていたのか?
「狂った者同士の連帯感・・・そんなものが欲しかったのかもしれないわね。」
そしてその中で、狂った者同士とは言え・・・好きになれた。
そうなのか?兄貴。
ヘヘ。兄貴にそんなセンチな感情が気付かなかったよ。
いや、そうか。気付く分けないか。ミキさんが最初なんだから・・・!
「でもね。ちょっと勘違いしてるところは有ったのよ。」
勘違い?
「そう。岩本センセイを倒すのが目的みたいになってた。それは違うんだけどね。」
違うって・・・
「けど、センセイが邪魔だったのは事実だったから。その意味では正解ね。」
よくわからない。
何が言いたいんだろう。兄貴のやったことってのは意味が・・・
「センセイ、死んじゃったかな」
ミキさんのこの言葉で俺の思考は中断された。
そうだ・・・俺・・・・センセイ刺しちゃったんだ・・・・・
なぜかミキさんがクスっと笑った。
「また涎がたれてるよ」
今日は手は動かなかった。
ミキさんはそんな俺にお構いなしに話し続ける。
「マサヨシ君。アナタか刺して正解よ。風見君の友人、風見君の名前『ユウイチ』を名乗るアナタが、」
俺の目をのぞき込んだ。
「貴方が刺すべきだったのよ。」
ミキさんはスっと身を引いた。
「風見君に殺されるなら、センセイも納得するはずよ・・・」
「そうそう。コレどうにかしないとね。すっごいニオイ。」
ヒロフミさんの顔を拾い上げた。
弟さんを「コレ」だなんて・・・・・俺にはもうミキさんの思考回路がどうなってるのかわからなくなった。
考えるのも面倒くさくなった。ミキさん。もうしかしたらこの人が一番・・・・・
「下の部分はどうしたの?」
センセイが言ってたゴミ袋で捨てる方法を教えてあげた。
ミキさんは興味深く聞いてくれた。
「その方法、いいかも。明日早速捨てて来ましょう。あとこっちも。」
兄貴の横にかがみ込んだ。
「解体しないといけないね。できるかなぁ・・・・」
キョロキョロとまわりを見渡した。
昨日から放って置いたサバイバルナイフに目を止めた。
そしておもむろにそれを取り上げて・・・・
「えい」
グサッ
兄貴の胸に突き刺した。
まるでたった今兄貴にとどめをさしたようだった。
瞬殺。グサリ。
俺はフラリと居間を抜け出した。
「ちょっと、日記書いてきます」
ノートパソコン抱えて兄貴の部屋へ。
後からミキさんが「うん。わかった。」と。
続いてグサリグサリ、ネリネリネリと皮を剥ぐ音・・・・
戸を閉める直前、ミキさんがもう一言。
「正義君。貴方が最強よ。」
グサグサグサグサ
ギリギリギリギリ
バキバキバキバキ
グチャグチャグチャグチャ・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・何がなんだか分からなくなってきた。
ミキさんは兄貴の恋人・・・・だったよな???
死んだらゴミ?うん。確かにゴミだ。
でも恋人・・・弟も・・・・・・
え・・・・・
ええええ????????
ええええええええええええええええ?????????
オ・・・・・俺最強。タ、確かなことはこれだけだ。
兄貴<センセイ<俺
ミキさんが言ってくれタ。俺が一番強いんだって。
俺最強。俺最凶。俺、最狂。
カイザー・俺 俺・ネーター ダース・俺 俺・スカイウォーカー
俺リックス 俺インポッシブル 俺マゲドン
俺リーブス 俺クルーズ 俺ウィリス
俺はカワグチマサヨシ
俺はカザミユウイチ
破壊神を殺した岩本センセイ
そのセンセイを殺した男
この戦いの頂点
最強
最恐
最キョウゥゥゥゥ
- 第7章 「戦」 ユウイチの日記 - 完
最終章 「蟲」 虫の日記 新たな希望、見つけました。
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第二十九週 「継承」
7月17日(月) 晴れ
まだしぶとく生き残ってる。
病院に行けば助かる可能性は高くなると思ったが、本人は拒否している。
この家まで辿り着いたのさえ奇跡に近い状態だ。
血は止まったものの、傷を塞がなければ長くはもたない。
祖父と祖母はただうろたえるだけ。
母親はキャッキャッと笑いながらノートパソコンをいじくってる。
ヤツはもう動けない。
たまに思い出したように目を開け、「まだ生きてる」と呟く。
その声も弱々しい。すぐに消えてもおかしくない。
だが本人は「大丈夫だ。すぐに回復するさ。」と言う。
僕は部屋に戻り、一人有意義な時間を過ごした。
いつも通りのアレ。想像の中の早紀はとても大胆だった。
早紀の顔を見下ろし、僕は頭を優しく撫でる。早紀はさらに激しい動きになる。
その気持ちよさに酔いしれながら、僕は早紀に囁いた。
「アイツ、まだやるってさ」
早紀はそっと頷いた。それでも行為は止めない。
早紀の頭を抱え、さらに激しく揺さぶった。いいよ。早紀。
誰が死のうと、僕らは何も変わりはしない。早紀を汚す輩はアイツが消してくれた。
これからも消してくれる。だから早紀。二人のお楽しみはまだまだ続くんだよ。
早紀。もっと楽しもう。ほらもっと。もっと・・・・そう・・・
そのまま・・・・・・・・・・
早紀はやっぱり最高だ。
7月18日(火) 晴れ
今日も部屋に籠もり早紀と戯れた。家の中はやたらドタバタしてたがほっといた。
祖父の祖母も心配性だ。ヤツが大丈夫だと言ったんだから大丈夫じゃないか。
それともまた母親がウロチョロし始めたのか?寝たきりのヤツに近づけるとまた大変なことになるぞ。
アレにはノートパソコン与えておけば勝手に一人で遊んでる。
みんな僕らの邪魔をしないでくれ。
さぁ早紀。今日はどんなコトしようか。僕の身体に残された早紀の肌の感触を思い出す。
今の僕にはもうあの時の記憶は無い。これまで何度も早紀の顔を必死に思い出そうとした。
だが駄目だった。写真でしか早紀の顔の記憶は無い。
だから僕は想像する。早紀の肌。早紀の汗。早紀の息づかい。
身体は覚えてるはず。一度は直に交わった。その感触を、僕の中で・・・・
早紀はとても暖かかった。
7月19日(水) 晴れ
母親がうるさい。祖父と祖母が父親の心配ばかりしてるので、あのガイキチがのさばる。
僕の部屋をドンドンと叩く。折角の早紀との楽しい時間も中断されてしまう。
うるせぇと叫んだら今度は泣き声が聞こえてきた。
放っておくと祖母の声が聞こえてきた。それでなんとか騒ぎは収まった。
僕は「ノートパソコン与えておけよ」と部屋の中から叫んだ。
祖母が歯切れの悪い答えをする。聞いててイライラしてきた。
「それが・・・その・・おばあちゃんにはコンピューターのコトわからないけど・・・・」
しきりに何か言っている。さすがに我慢しきれなくなり、ドアを開けて怒鳴りに行った。
何が言いたいんだよてめぇ
祖母はゴメンねゴメンねとオロオロしながらガイキチ女を指さした。
ノートパソコンは、持ってる。なのにスンスン泣いている。
なんだよ。ノートパソコンさえ与えときゃ一人で遊ぶはずだろう。
「どうしたんだろうねぇ・・・・どうしたんだろうねぇ・・・・」
祖母がうろたえた。当の本人はパソコン抱えて廊下に座り込んでる。
僕は「知るかよ」と言い捨てて部屋に戻った。
僕は早紀と遊ぶのに忙しいんだ。無駄な時間とらせるな。
こんな時はヤツに任せるべき。たたき起こして世話させろ。
僕に迷惑かけないで欲しい。祖母になだめられて自分の部屋に戻る音が聞こえた。
祖父も下から上がってきて「健史が気にしてたけど・・・何かあったか」と言っていた。
母親の変わりに祖母と祖父の会話がうるさくなった。
ドアの向こうで二人の会話。壁一枚隔てたこっち側で、僕は早紀と戯れた。
わざと部屋のカギはかけず、いつ祖父達が部屋に入ってきてもおかしくない・・・
その背徳感がタマらなく良かった。ゾクゾクする。
こんな楽しみ方もアリだと思った。ケガの巧妙だ。
新境地、発見。
7月13日(木) 晴れ
死に損ないの顔を見に行った。
祖母が「ご飯を健史の寝てる部屋に用意して置いたからね。一緒にお食べ。」などと抜かしたから。
見舞いすつ気にはなれない。でもご飯は食べたい。自分の分だけ僕の部屋に持ってきて食べようと思った。
一階の和室に行くと、ヤツが布団に寝かされていた。
想像以上に顔が青ざめていた。尋常じゃない。
髪もボサボサで無精ひげも生えてる。腕もガリガリに見えた。
目は覚めていた。ヤツの横にお盆が二つ。片方を持って帰ろう。
「血が・・・足りない・・・・」
ヤツがボソリと語った。確かに声も以前より弱々しかった。
独特の余裕の笑みはもう無かった。何かを訴えるような目は光を失いつつある。
「気力で持ってるような・・・モンだ・・・・」
言葉を発するたびに呼吸が速くなってる。
祖父と祖母が心配するのも頷ける気がした。全然大丈夫じゃなさそうだ。
けど、コイツなら復活しそうだと思った。
気力で持ってると言う。コイツの気力は異常。ゆえに大丈夫。
「一人でメシも食べれねぇ・・・・」
僕にできるコトなどナシ。頑張って一人で食べてくれ給え。
そそくさと部屋に戻った。
ふと、祖母の言葉と父親の言葉を総合して考えみた。
ヤツにご飯を食べさせる役、僕がやれってコトだったのか?
それに気付いたのは、早紀との夜の営みを終わった後だった。
今更どうしようもない。祖父か祖母がやっただろう。
早紀に「もうっ悪い人ねっ」と爽やかになじられた気がした。
hahaha。仕方ないよ。親が気狂いピエロと殺しちゃいマシーンなんだから。
僕はその血を引いてるんだぜ?こんな僕で当たり前だろ?
少し切なくなった。
7月21日(金) 曇り
ヤツに呼ばれた。ダルイので行きたくなかったが祖父がやたら粘るので仕方なかった。
ちょいと顔出してすぐに帰ってやろうと思った。
襖を開けて中に入る。部屋の奥の壁にタッチ。義務終了。すぐに戻ろうとした。
「亜佐美に会いたがってる奴がいるんだ」
突然ヤツが口を開いた。昨日よりも少し良くなったらしく、言葉もハッキリしていた。
あの気狂いピエロなんかに会いたがってる奴がいる?
ちょっと気になったので、そのまま部屋にとどまった。
「ウチの爺さんと婆さんとは別にな、根性腐ったジジイとババアがいるんだよ。」
キツイ言葉の割に、話し方は淡々としていた。
「そいつらは、もう10年以上も前の過去を未だ引きずってやがる。」
ふうと一息ついた。喋にも体力を必要としてるらしい。
「俺達夫婦のちょっとした知り合いでね。俺達に会いたがってるんだよ。」
ごくんと唾を飲み込む音が聞こえてきた。
視線は天井に向いている。虚空を見つめてるようだ。
「いや、亜佐美だけに会いたいんだろうな」
ここだけは独り言だった。
顔を僕の方にゆっくりと向けた。頭をプルプル震わせながら持ち上げる。
弱々しい目が僕を見た。
「亮平」
思わず目を反らした。目が異様な輝きをしていたから。
それでもヤツは、横を向いてる僕に問答無用で訴えかけてきた。
「俺にもしものコトがあっても、亜佐美を奴等に会わせないでくれ。」
言い終わると同時にパサっと頭が枕に落ちた。
一瞬死んだかと思った。でもすぐに深く息を吸う音が響いてきた。
スゥゥゥッと鼻から空気を取り込んでいる。目はもう瞑っていた。
「喋りすぎたな・・・」
そのまま寝てしまった。しばらくその場に居ても、もう寝息しか聞こえてこなかった。
で、その老人達は誰のことなんだい?
会わせないでくれも何も、それが誰なのか教えてくれなきゃどうしようもない。
だから僕は何も知らない・・・
自分の部屋に戻った時、妙な感覚に襲われた。
いつもならヤツの頼みなんて聞くつもりないとか思うのに、何故か今回は覚えてる。
頼みを聞いてやろうって気になってた。
自分でもその感情に戸惑い、激しく早紀を求めた。
早紀もまた激しかった。戸惑いを隠そうとすればするほど快感が増していく。
何度果てたかわからない。次第に戸惑いそのものが快楽になっていた。
焦げた早紀の髪の毛を握りしめながら、早紀の炭を擦り付けながら。
僕は変態になっていた。
7月22日(土) 晴れ
酷い騒ぎになっていた。
祖母が僕の部屋のドアをドンドンドンドンと叩いては叫んでいた。
「亮平お願い早く来て」
ノックの音がとてもうるさかったので抗議しようとドアを開けた。
祖母がおろおろ、口をパクパクさせながら焦っている。
異常な気配を察知した僕は、面白そうだから話を聞いてみた。
「おばあちゃん、コンピューターのコトはわからないから・・・・」
下の階で大変なことになってるらしかった。
ヤツの部屋に行ってみた。
布団の横にノートパソコンが置いてあった。
手をプルプルさせながらヤツがマウスをいじってる。
たまに弱々しくキーボードを叩いては「ああ・・」と嘆く。
ヤツの顔は今まで見たこともないくらい哀れだった。
顔を歪め、あの余裕の笑みなど全く影を潜め、泣きそうな顔をしていた。
祖父が「駄目か?駄目か?」としきりに聞いている。
ヤツはその声には反応せず、ただひたすらマウスをいじっては「あああ・・」と嘆いていた。
祖母が後から解説してくれた。
「なんかね、『気力を出すために』って、亜佐美からパソコンを借りてきてくれって」
大切な玩具を壊してしまった子供のように、すぐにでも泣き出しそうだった。
何かトンデモナイ事になってうのだけは理解できた。祖母の言葉が続く。
「早紀のホームペェジを見たいって・・・」
僕はパソコンに飛びついた。
パソコンに繋がってるケータイは通話中を示している。
ネットに接続されていた。父親の手を払いのけ、パソコンにかじりついた。
手をはじかれた父親は、ブツブツとひたすら同じ言葉を繰り返していた。
希望の世界が・・・早紀が・・・
マウスを操作して「お気に入り」を押した。
「絶望クロニクル」よりも上に、一番押しやすい所に、見つけた。
「希望の世界」
すぐに押した。そしてほんの1秒後。
ページが表示されません
キーボードで直接アドレスを打った。アドレスは暗記していた。
エンターキーを連打した。カリカリっとハードディスクが動く音。
数秒後、画面に表示される白い背景に無機質な黒い文字。
ページが表示されません
何度やっても駄目だった。また「お気に入り」から入っても、アドレス打ち直しても。
画面を見ていたヤツが、再び「ああ・・・」と嘆いた。
そして涙声で呻いた。
早紀が・・・消えちまった・・・
その事実を認識したのか、ヤツの表情が急激に変化した。
今度は鬼のような怖い顔になった。
目をカッと見開き、憑かれたように青ざめた顔を懸命に強ばらせる。
起きあがろうとしていた。
祖父が「どうした。無茶だ」と必死に起きあがりかけた身体を支える。
ヤツの顔は鬼の顔のまま固まっていた。
怖いくらい何かに思い詰めていた。
その顔をギギギとぎこちなく僕に向けて、一言。
亜佐美に会わせてくれ
単純に、会わせなきゃ死んでしまうだろうと思った。
僕より先に、祖母が「亜佐美ね。今呼んでくるからね。」と言って駆けだした。
祖母が行ってしまったので、僕は動けなくなった。
待ってる間が異様に長く感じた。
ヤツの呼吸が激しくなっていた。ギリギリと歯を食いしばっている。
身体もプルプル震えている。
立ち上がろうとしていた。祖父の肩につかまり、必死に足を踏ん張っている。
祖父が「大丈夫か。無茶するな」とヤツを・・・僕の父親をなんとか寝かそうと説得していた。
けどヤツはそれを拒否し、鬼の形相のままフウフウ言いながら立ち上がった。
辛うじて残っている生きる意思全てを、立ち上がる行為に注いでるみたいだった。
祖母が気狂いピエロを、僕の母親を連れてきた。
母親は相変わらずノン気にヘラヘラしていた。
ヤツはその姿を捕らえると、急激に顔を緩ませた。
おお・・・亜佐美・・・
本当に、心から安心仕切ったような、とても甘い声だった。
救われた。たった一言だったけど、ヤツが救われたことがわかった。
あの殺人鬼が。こんな人間らしい声を出せるなんて。
僕は驚いていた。そしてまた、考えを改めてもいた。
こんなヤツでも、人間だったんだ。
ヤツの口元に笑みが戻った。
いつもの何処か自嘲気味た余裕の笑みではなく、優しい微笑みだった。
その表情を見た時、何処かで見たことあるような、不思議な感覚に襲われた。
遙か昔、今の人格でなかった頃、僕が子供だった頃、そのような顔を見ていたかもしれない。
強い郷愁を思わせる、掛け値ナシの、絶対的な優しさ。
そんな微笑みだった。
このおかげで顔色が良なり、見る見る回復に向かうことに・・・
なるかと思った。
しかし事態は一変した。
屈託のない、無防備な母親の一言によって。
母親はヤツの顔を見るなり、素っ頓狂な声を上げた。
お化け!
いやぁいやぁと叫んで泣き出した。
次にわーんと声を張り上げ、そのまま2階へ走り去った。
あまりの突然の出来事に、僕たちはその場で固まった。
お化け。確かにヤツの髪はボサボサだし、青い顔に無造作に生えたひげなど、
あまり綺麗な格好はしていなかった。むしろ冗談交じりにお化けと言っても過言では無かった。
しかし母親は真剣に怖がった。
ヤツのその姿、もしくは殺人鬼の醸し出すオーラ?
それら全てが「お化け」に見えたのかもしれない。
その「お化け」に、今はもう子供知能にも満たないアタマを持つあの女は、
怯え、逃げた。
無言の時間が流れた。
2階から母親の泣き声が虚しく響いてた。
バタンと音がした。
音のした方を見ると、ヤツが仰向けのまま祖父の足下に倒れていた。
その顔は、まさに「呆然」と呼ぶのに相応しい・・・目は虚空を見つめ、口は半開き。
糸の切れた操り人形のように、力無く倒れている。
「気力で持ってるようなモンだ」
数日前のヤツの言葉を思い出した。
気力が操り人形の糸であるならば、その気力が無くなった今・・・
祖父が「おい」と声をかけた。
祖母が「健史?」と名を呼んだ。
そして僕は、「父さん」と言った。
ヤツは死んでいた。
7月23日(日) 晴れ
祖母の要望で、ヤツはちゃんとした葬儀で葬ることになった。
今更そんな事が可能かと思ったけど、祖父は大丈夫だと言った。
祖父は以前そんな時に必要ないわゆる「書類」とかを扱う仕事をしてたそうだ。
僕にはそんなオトナの事情など知ったことではない。
結果だけ分かればそれでいい。
母親の処遇をどうするか。
当然このまま家に居着くものだと思ってたが、どうもそうはならないらしい。
あんな状態だからどっかの施設にでもブチ込むのか。そう思ったけど、それも違った。
祖父達は何か当てがあるようだった。
やっぱりあそこに戻してやろうか。その方があっちも喜ぶし、こうなった以上仕方ない、と。
その時僕はヤツの言葉を思い出していた。
「ここに置いておこう」
僕は提案した。
祖父達は何やら言い返してきた。色々理由を述べていけど僕は何も聞いてなかった。
一通りの事を言い終わり、さらに何か語ろうとした矢先に、僕は言った。
「アレでも僕の母親だから。」
何も言い返して来なかった。
ヤツは同じ部屋に寝かされていた。
昨日までと違うのは、顔に白い布がかかってるくらい。
タオルや溲瓶やらはまだそのまま放置されている。
じっとその姿を見つめてると、後で祖母が嘆いた。
「人様を殺めたりするからだよ・・・」
それだけじゃない。
あの惨めな最期は、それだけのせいじゃないと思った。
平然と殺してたからだ。罪に対して何の反省意識も持っていなかった。
「狩り」から帰った時も、どんなヤツをどんな風に消した、と何てことない普通の会話として語ってた。
人の命をゴミのように扱い、本当にゴミのようにしか思ってなかった。
たぶんそのせいだと思う。
自分の部屋部屋に戻ると、突然口元が緩んだ。
自然と声が出てくる。ケケケ
可笑しくなった。僕の今日の発言、僕の考えたこと・・・思い出すだけで、可笑しい。
「アレでも僕の母親だから。」だって?
冗談じゃない。あんなのを母親と思われたらたまらない。
嘘ついた。ヤツの頼みを一応聞いてやろうと、嘘をついた。
「人の命をゴミのように扱い、本当にゴミのようにしか思ってなかった。」
だからあんな惨めな最期を、なんてのも滑稽極まりない。
僕もそう思ってる。僕も早紀を汚す輩の命など、ゴミにしか思ってない。
僕もまた、最期は惨めな事になるのだろうか。
ケケケ。嫌だね。
ヤツの死に関しては、義務を果たした今、もう何の感情も沸いてこない。
ただひたすらこう思うだけ。
あんな死に方だけはゴメンだ。ケケケケケ
どうもヤツの笑い方が移ったらしい。
自嘲気味に、苦笑いのようにして「ケケケ」と笑う。
これまで真似たことはあったけどけど、今は自然と出てくる。
何てことだ。ヤツが父親として、最期に遺していったのは、この変な笑い方だけなんて。
ご大層に継承してしまった。
ケケケ
第三十週 「歯車」
7月24日(月) 晴れ
「希望の世界」が消えると、僕の中の早紀まで消えてしまった。
幾ら想像しても、「希望の世界」が消えたという事実がアタマをよぎり、早紀が、出てこない。
早紀の魂が消えてしまった。
二日経ち、ヤツの事も一応の区切りがつくと、いよいよその現実が身に染みてくる。
あれだけ必死に守ってきた早紀の魂。早紀の遺した「希望の世界」。
僕のパソコンでも駄目だった。何度も何度もクリックしても、ページは表示されない。
完全に消えてる。改めてそう思うと、身体がガタガタ震えてきた。
思わず画面にしがみついた。早紀、この中にいた早紀。
出ておいで、早紀。悪い冗談はおよし。
画面を軽く叩いてみた。でも何も変わらない。
それから何度も早紀を呼びかけても、消えたまま。
次第に僕は声を荒げていった。叫んでた。
強烈な寂しさが込み上げてきた。
早紀が、早紀が僕に何も言わすに去ってしまった。
早紀。どうしてだよ早紀。戻ってよ早紀。
涙は自然に流れ出た。考えてみると、今の僕が泣いたのは、これが初めてかもしれない。
それほど、ショックを受けていた。
鼻をすすりながらパソコンに抱きいた。
無機質な文字を写す画面に熱い口づけをして、早紀を想った。
早紀早紀早紀早紀早紀早紀早紀早紀早紀早紀・・・・
祖母が僕の泣き声を聞きつけてきた。
「気持ちは分かるけど、落ち着きなさい。」などとドコか勘違いしてるような事を言ってる。
無視しておいた。
祖母をやり過ごすと、すごい勢いで冷静になってきた。
許さない。ただこの感情だけがフツフツと込み上げる。
早紀の魂を消しやがッた。
これは、許されることじゃない。
パソコンを置き、スッと立ち上がった。
カーテンを開けると、雨降る闇に僕の身体が映し出された。
焼けただれた顔。でも、荒木さんでも通じる・・・女でも通じる顔。
元は、女顔だったんだ。
早紀に似てる。僕の元の顔は早紀に似ている。
そう思うと、無意識に手が動いた。
顔を窓に近づけ、その顔をじっと見つめる。
早紀だ。ここに映ってるのは早紀なんだ。
忙しく手を動かし、その顔と戯れるところを想像する。
アタマの中は段々濁ってきた。
真っ白にもならず、何か特定のプレイを想像することもなく。
その異様な気持ちよさと、アタマの濁りの中で、僕は独り言を呟いた。
誰が消したのか知ってるぞ。
手の動きはさらに激しくなった。ああ、と思わず声が漏れる。
風見祐一。あいつの日記に書いてあった。
「希望の世界」のパスワードを、お前にメールで送ったんだってな。
いよいよ頂点を迎えようとしたとき、目の前の顔が、ソイツの顔に変わった。
渡部さん。
彼女の顔で逝ってしまった。
壁に掛かった白く濁った液体を見つめてると、笑いが込み上げてきた。
ケケケ
渡部さん。まだ僕らに横槍入れてくるのか。川口を失っても、まだヤル気なのか。
ブチ切れやがって。最後の最後に、とんでもない事しやがった。
壁の液体を指ですくい、窓に文字を書いた。
闇の向こうで蠢く彼女に、僕からのメッセージ。
しね
7月25日(火) 曇り
渡部さんはわかってない。こっちはいつでも彼女を消せる立場にいることを。
これまで放って置いたのは、露骨に手を出してこなかったからだ。
僕らはここに逃げてきて、つつましく早紀の魂を守り続けてるだけ。
彼女達がこれ以上「希望の世界」に関わってこなければ、それはそれでいいと思ってた。
が、手を出してきた。もう黙ってるわけにはいかない。
渡部さん。今更「何の為にそんな事を?」等と愚劣な質問はしないよ。
僕らは「早紀の魂を守る」という崇高な目的で動いていたけど、
君ら俗物にはそんな立派なモノは無いだろう。
僕が荒木さんになったのも、別に渡部さんを殺すのが最終目的では無かった。
「希望の世界」から遠ざかってくれれば良かった。
その最も有効な手段が消すことだっただけの話。
運良く生き延びたのなら、大人しくそのまま引き下がってれば良かったのに。
もう駄目。許さない。
早紀の魂を消した罪は重い。
渡部さんは色々失った。弟も失ったし、川口も失った。
それだけじゃ足りない。もっともっと失って貰わなきゃ。
彼女を絶望の淵に立たせる方法を考えてると、楽しくなってきた。
何をしようか。ヤツがやったように、放火の件で警察に・・・いやいや、ご両親に事細かく説明してやろうか。
そんなんじゃもはや動じないか?もっと酷い仕打ちも考えよう。
やっぱり本人に対する直接の拷問?
どうしてくれよう。
早紀が出てこない今、渡部さんが陵辱されるのを想像するのは自然の流れだった。
部屋でそのプレイを考え込んでると、部屋の外では例のガイキチの泣き声が響いてきた。
祖母と祖父が二人がかりで説得してるのが聞こえる。
「健史はもういないんだよ。ほら、お前の好きなパソコンだよ。一人でお遊び・・・」
オマエラが遊び相手をしてやりゃいいだろう。そう思った。
母親はわぁわぁ騒いで全然泣きやまなかったのでうるさかった。
多少胸の痛みを覚えたのは何かの間違いだろう。
気にせず渡部さんへの攻撃を続けた。
ケケケと笑いながら陵辱。
終わると違う笑い方になっていた。
ウフフ
7月26日(水) 曇り
ヤツの「葬式」が行われた。
僕は行かなかった。そんなダルい事などしたくない。
「ついでに」と早紀も正式に葬ることになった。
早紀と離れたくなかった。断固として反対したが、無理矢理持っていってしまった。
祖父と祖母は、きちんとしてやらないとカワイソウだ等とぬかし、今回ばかりは僕の言うことを聞かなかった。
一通りの言い争いだけで、結局僕はそれ以上突っかからなかった。
早紀の髪だけは、こっそり保存してあるから。
必要以上に争ってこれまで失いたくは無い。
焼けてボロボロになってる髪の中に数本、無傷の髪の毛が混じってる。
僕のタカラモノ。
おいしい。
家が少しドタバタしたけど、皆外に行ってしまうと僕は一人になった。
ガイキチ女も連れて行かれた。おかげで家の中がしんとしてる。
僕も誘われたけど「外に行きたくない。顔の傷が見られるから。」と言ったら無理強いをしなくなった。
一人になって、ヤツが燃やされるところを想像した。
早紀の時と違って、もっとしっかり、完全に灰になるまで焼かれるだろう。
残るのは、骨だけか。
僕はケケケと笑った。祖父も祖母も悪いヤツだ。
ヤツは刺されて死んだ。立派な殺人だ。
けどヤツ自身の殺人行為を隠蔽する為に、こっそり死体を始末しちまった。
非合法なら非合法なりに、ゴミで捨てられるとかロクでもない処理をされるべきなのに。
自分たちの息子だけ、「きとんと」処理するなんて!
単なる傍観者だと思ってたけど、自分たちに関わることだけはキッチリこなす。
良くない事だと黙って見てるだけ。いや、見ないフリ。
そんな事も自覚せず、今頃ヤツの骨をつまんでオイオイ泣いてることだろう。
偽善者め。
明日まで帰ってこない。静まり返ってる。
渡部さんは今どこにいるのか。そんなことを考えた。
川口家にいたことはヤツから聞いたが、それ以降は不明。
もしかしたらまだ川口家に居着いてるかもしれない。
嫌がらせに電話してやった。
電話には、誰も出なかった。虚しい呼び出し音が何時までもなっている。
いるんだろう?僕は話しかけた。受話器の向こうには、電話を睨み付ける渡部さん。
いるはすだ。弟まで殺されたんだ。どの面下げて家に帰れると言うんだ。
渡部さん、返事をしておくれよ。
無機質な音が響き続ける。川口の弟でもいい。誰か出ろ。
いくら語りかけても出ない。受話器を叩きつけた。
あの女、無視しやがった。
お仕置きが愉しみだ。
7月27日(木) 晴れ
3人が戻ってきた。
ガイキチ女はノートパソコン持たせてたので大人しかったらしい。
帰ってきてすぐは少し騒々しかった。
家にヤツがいるとでも思ったのらしく、ピィピィ騒いでた。
祖母が抱えてる白い風呂敷に包まれた箱の中に、探し人はいるのに。
出かけたのも、何をしてきたのかなんて理解してないだろう。
祖父も箱を抱えてた。それが誰なのか、直感で分かった。
早紀。
白い風呂敷に包まれた箱が二つ。なんともあっけなく収まったモンだ。
すぐにでも墓に入れるらしい。家に置いておこうなんて発想は無い。
あの偽善者どもは、世間と同じ事をするのが幸せだと思ってやがる。
早紀が墓に入るのを望んでると思うか?
望むわけない。早紀が望んでるのは、僕と一緒にいることだ。
骨は僕のベッドに置いておくべきだ。毎晩一緒に寝てあげる。
僕がその事を提案すると、奴等は必死に反対した。
「普通はお墓にいれてあげるものだから」
普通じゃない死に方をしても、普通に葬るのが幸せだと言う。
愚かだ。
結局ここでも僕は引き下がった。
二つの箱。見てると変な気分になる。
早紀の肉体を失った時、散々泣いたから今更涙は出てこない。
しかしもう片方・・・ヤツは、先週まで生きていた。
動いてたし、話もした。肉もあった。
なのに今ではこんな・・・
そう思うと、急激に恐ろしい感情に襲われた。
それが何だか分かってる。でも僕は認めなかった。
気を抜くと涙が出そうになる。こらえた。必死にこらえた。
認めない。僕が、そんな事を思うなんて、認めない。
溢れそうになるのを押さえ、違うモノでどんどん上塗りしていった。
渡部さん渡部さん渡部さん渡部さんのことを考えよう渡部さんをどうするか考えよう
渡部さんでアタマを染めると、急激に楽になった。
落ち着いた。収まると、もうカケラも変な感情は出てこなかった。
普段と同じ僕に戻ってた。
いつもの僕。早紀と戯れてた僕。渡部さんを陵辱する僕。ケケケ
変態な僕。
明日は渡部さんの家に電話しようと思う。
ただ電話するだけじゃツマラナイ。ちょっと趣向を懲らそう。
どうせ始めに出るのは親だから、「普通」なのを。
クラス会のお誘いなんてどうだろう。
ある意味クラス会でもある。二人っきりの、同窓会。
同じクラスだった頃の記憶がないのが悔しい。
さぞかし楽しいクラス会になるだろう。
誘いに乗ってくれるかな?ケケケ。強制同窓会。
嫌でも行ってあげる。
残った二人で、愉しもう。
ラストダンスを踊ろうよ。
7月28日(金) 曇り
プルルルル プルルルル ガチャ
「はい、渡部ですが。」
「もしもし、美希さんいらっしゃいますか。」
「ええ。どちら様でしょう。」
「・・・居るんですか」
「え?はい。美希ですよね。いますよ。」
「僕、高校で一緒だった岩本と言います。クラス会の件でお電話を・・・」
「はーい。少々お待ち下さい。」
美希ー岩本君って人から電話よ
岩本君?うん今行く
クラス会の件だって言ってたけど
へぇ、クラス会やるんだぁ あ、お母さん。子機に回してくれる?
はいはい
チャリラリラリチャララン ピッ
「もしもしー岩本君?久しぶりー。なんかクラス会やるんだって?」
「・・・渡部さん?」
「うん。渡部よ。岩本君から電話あるなんて意外だなー。連絡網?」
「何とぼけてるんだ」
「え?何?とぼけてるって・・・・・何が?」
「希望の世界を消しただろう」
「世界を消した?あの、岩本君。言ってる意味がよくわからないんだけど・・・」
「・・・なるほど。シラを切る気か。。」
「ちょっと岩本君、ふざけてるの?クラス会はどうしたの?」
「川口はどうした?捨てたのか?」
「ねぇ何言ってるの。川口ってあの川口君?捨てたってどうゆう意味?別に付き合ってないよ。」
「死体は捨てたのかと聞いてるんだよ」
「岩本君、イタズラはやめてくれない?死体なんて言わないで。川口君は普通に浪人生やってるはずでしょ。」
「マジメに答えろ。」
「いい加減にしてくれないと怒るわよ。私も浪人だからストレス溜まるの分かるけど、イタズラは駄目よ。」
「荒木さんを燃やしたのはどうするつもりだ。」
「ソレ笑えないよ。荒ちゃんちに不幸があったのは知ってる。岩本君、その頃には学校来てなかったよね。」
「放火魔め」
「放火魔?うん。そんな噂もあったね。結局デマだったけど。単なる火の不始末なんだってね。」
「お前が燃やした・・・」
「冗談はもうやめて!私だって親友の不幸に胸を痛めてるんだから。不謹慎よ!」
「・・・・」
「ねぇ。クラス会ってのは嘘なの?イタズラでやってるだけなの?」
「・・・・」
「答えてよ。ちゃんと説明してくれなきゃわからないわよ。」
「・・・・」
「私だって、いきなり登校拒否だったコから電話来て戸惑ってるのよ。」
「・・・・」
「ねぇどうなの?クラス会は本当なの?」
「・・・・」
「お願い、岩本君。何か言って・・・」
「僕は虫だ。」
ガチャン
無かったことにするつもりか、渡部さん。
僕は騙されないぞ。
7月29日(土) 晴れ
彼女の狸芝居など周りから崩していけばいい。そう思った。
川口が浪人生やってる。と言うことは、まだ生きてるとって事だ。
そんな事はありえない。だから川口家に電話して確認してやった。
川口は居た。
「もしもし。川口ですけど。」
「・・・豊君いますか」
「ああ、俺です。」
「・・・・」
「もしもし。ドナタですか。」
「本当にユタカ君ですか」
「俺です。」
「・・・・」
「ドナタですか」
「・・・・」
「んだよ。イタズラかよ。」
プツリ
ツーツーツー
名乗るべきだと思い直した。
名前を出せば何かしらのリアクションがあるはず。
そうだ。弟もいるんだった。もしかしたら今のは弟の方なのかもしれない。
渡部さんと一芝打ってるんだ。
そんなの少し話し込めばすぐにボロが出てくるさ。ケケケ
もう一回電話した。
プルルルル プルルルル プルルルル ガチャン
「もしもし。川口ですけど。」
「岩本です。川口ユタカは居ますか」
「ああ、俺です。」
「・・・・・・岩本亮平、この名前を知ってるだろう」
「ドナタですか」
「・・・・」
「もしもし?」
「お前は弟か?ヘタな芝居はよせ。僕には分かってるんだ。渡部さんと口裏あわせて僕をハメようと」
「イタズラかよ」
ブツリ
ツーツーツー
それから何度も電話し直したが、もう誰も出なかった。
今日はそれ以上何もしなかった。
緊急作戦会議。奴等の陰謀をどう暴くか。
まだだ。もっと現実を突きつけてやらなければ。
騙されるな。チャチな嘘などすぐにバレる。
落ち着いて攻めれば崩すことなどカンタン。
・・・川口、実は生きてたとか?ヤツが殺し損ねてたとか。
え、でもあの態度は?僕のことを知らない等と。
いや、芝居だアレは。全部芝居だ。
では弟の可能性は?いや待て、そもそも渡部さんの母親も普通にしてたし
渡部さん放火魔は間違い?でも荒木さんが燃えたのは事実らしい、と、そうなると
ん?あれ?待て、落ち着け。僕が登校拒否児?
違う。僕は毎晩渡部さんを陵辱して愉しむ虫だ。
ほら今日だって。僕が顔を近づけたときの渡部さんの怯えよう。
萌えるよ。渡部さんの恐怖に引きつる顔、タマラナイ。
その顔で、ほら、僕に、僕の言うことを、ああ、いいよ、
ソソる、はず、なのに、
萎えた。
7月30日(日) 晴れ
恐ろしい事実に気付いた。
僕には、友達がいない。
知り合いすらもいない。
いや、いたことはいた。
渡部さん。考えてみると、学校に行ってた頃からの知り合いは渡部さんだけだ。
ある意味川口も知り合いだった。その弟も。
他は、ネットで知り合った奴等は、皆マトモな状態じゃない。
風見祐一は死んだ。遠藤智久は狂った。他には・・・ああ、僕の母親・岩本亜佐美も狂ってる!
会ってない奴でも、何人かは死んだはず。今更確認のしようが無い。
話したい。ネットのこと。渡部さんのこと。早紀のこと。
誰も話せる相手がいない。
唯一の相手、父親・岩本健史は死んだ。
渡部さんには、全て知らないフリをされている。
本当に渡部さんの罠なんだろうか。
全ては僕の夢だった、なんてオチは。
・・・・バカな。そんな事、あってたまるか!
罠だよ。罠。絶対罠だ。
でもその罠を暴くには、奴等に真実を認めさせなければならない
奴等が認めなくてもいい。誰か。僕以外の誰かが、これまでの事実を認めてくれればいいんだ。
僕の記憶は確かだ。間違いない。けど、その記憶を否定されたら・・・!!
酷い。事実がかき消される。誰にも知られない様に生きてきたのが仇になった。
僕の存在が否定される。
祖母と祖父。珍しく僕から話しかけた。
ヤツがネットで何をやってたか。家にいないとき、ドコに出かけてたのか。
今もっとも身近な他人に聞いてみた。ヤツの行動が現実にあった事を確認するだけでも、少しは楽になる。
と考えたのは浅はかだった。
「コンピューターの事はよくわからないから」
「単なるドライブだって言ってたけど」
非道い答えだ。
風見家の場所はわからない。遠藤が入院してる場所など覚えてない。
どちらも、知ってたのはヤツだけだった。
渡部家か川口家、どっちかに乗り込んでやるか。いや、でもそこで更に否定されたらどうする?
想像付く。白々しく「どうしたのその顔?」とか言って。
弟に会わせろと言ったらどうなるか。決まってる。なんで会わせなきゃいけないの、と。
いくら頑張っても変人扱いでオシマイ。
川口家に行ったら?
怖い。川口が本当に居たら・・・!!
僕だけが噛み合わない歯車なのか。
母親の胸ぐらを掴んで何度もさすった。「早紀の死体を発見したとき、渡部さんも居たんだろ?」
わぁわぁ泣くだけで答えてはくれなかった。次第に嫌な気持ちになってきたので手を離した。
ヤツの骨。早紀の骨。もう家には無かった。
早紀の髪。それだけが、今の僕を支えてた。ついさっきまで。
祖母に捨てられてた。
怒る気力も無い。
第三十一週 「撃破」
7月31日(月) 晴れ
どんなに怖くてもこの確認だけはしておかなければならない。
川口家に行った。川口が本当に生きてるのか。
居ても立ってもいられなかった。
ヤツの帽子を借り、なるべく自分の顔を見せないよう、暑くても我慢して帽子を深く被っていった。
電車の中でも心細かった。みんなが僕のことを見てた。
顔の傷。嫌だった。
荒木さんを名乗った時は堂々と歩いていたけど、今ではとてもできない。
あの時の事実さえあやふやになっているのだから。
だが、結局あやふやなままで終わってしまった。
居留守を使われたから。何度チャイムを鳴らしたかわからない。
何度ノックしたかわからない。声が出せなかった。
虚しく響くノックの音に恥ずかしくなって、駄目だとわかった途端に走り去った。
渡部家にも行かず、記憶を辿って遠藤の病院を探そうともせず、逃げてきた。
時間にしてどれくらいだろう。3時間も外にいなかった。
外にいるのに耐えられなかった。自分に自信が持てなくなっていた。
不安が消えない。
8月1日(火) 晴れ
不安になるのは、僕自身の記憶が曖昧だからだと思う。
僕の記憶は、燃える早紀を抱きしめてるところから始まってる。
早紀の声を聞いた。「戻って」と。早紀に戻れと言われた。確かに聞いた。
それが始まりだ。
夢から覚めるような気分だった。スーッと脳が覚醒していくのがわかった。
長い眠りから覚める感じ。炎の中で、自分の記憶を確かめていた。
ヤツに水をかけられた時には、僕のアタマ十分ハッキリしていた。
「早紀が燃えた」
僕は確かにそう言った。
目の前の黒い塊が、早紀であることは認識できていた。
焼けた顔が痛んだのは覚えてる。でも笑ってた気がする。
何がおかしかったんだろう?もう思い出せない。
本能というか、目覚めたアタマの中には「希望の世界」があった。
そしてそれが、自分にとってとても大切なものであることも分かってた。
記憶が戻った。確かにそうだ。でも厳密にはそうじゃない。
ソレ以外の事は、夢だと言われても認めてしまいそうなくらい曖昧だった。
日記を読むことで、曖昧な記憶を具体化していった。
日記は冷静に見てみると信じられないような内容だ。何しろ人格が変わってるんだから。
しかしその時は違和感無かった。ああこれが自分なんだと納得できてた。
それを元に記憶を植え付けていくのも、全然抵抗が無かった。
思い出してたんじゃない。記憶を自分で植え付けた。時間をかけて、丹念に。
日記から想像できるあらゆることを、僕の記憶として保存した。
・・・・所詮は後付だ。曖昧には変わりない。
早紀と戯れる時も、想像するしかなかった。
渡部さん。僕の記憶がこんなに曖昧なことを知ってるのか?
彼女には「全部思い出した」と言った。知らないはずだ。
なのにこんな罠をかける。
タチが悪い。
僕の始まり、早紀が遺したものはもう何もない。
骨も、髪も、「希望の世界」も。僕の中心が、支えが、消えた。
哲学的なことを考えてるつもりなど無い。僕はただ、渡部さんの罠を破りたいだけ。
無かった事になどさせたくないだけ。
川口。あの男が全てを狂わせてるんだ。
渡部さんは生き残ってるんだから、嘘はいくらでもつける。
でも川口は死んだはず。ヤツが殺したと言ってた。
その川口が生きてるから話がオカシくなってるんだ。
そうだ。川口は途中参加だ。無かった事になったら、川口などアカの他人。
話したこともない同級生。ああ、今はまさにその状態に戻されてる。
けど僕はそれが嘘だと分かってる。ちょっとツッコめばすぐバレる。
電話して確かめよう。電話した。
でない。誰も。
何度も。
無視された。
明日がある。
8月2日(水) 晴れ
自分の記憶を確かめるべく、日記を読み返した。
僕の日記、早紀の日記。サキの日記。ついでにカイザー日記も。
見れば見るほど、僕は「昔の僕」じゃない。
サキの日記など論外。本当に僕にこんな時期があったんだろうかと思うくらいだ。
一番近いのは早紀が僕になってた頃の日記。
僕の日記を読んで、早紀は僕になった。僕でない僕が、一番僕に近いなんて。
虫。早紀は「虫」だと自覚した。他人の日記を自分の過去に。
そんな強引な事をするから、虫などと中途半端な人格になった。
日記を読んでると笑いたくなってきた。ケケケ、ケケケと声を上げて笑った。
ケッケッケッケッケ
中途半端な人格。まさに今の僕じゃないか。
とするとどうだい?他人の日記を自分の過去に?
僕は岩本亮平じゃない、と?ヤツの陰謀で、僕は岩本亮平にされた・・・・
ああ、そもそもこれらの日記も全てでっちあげなのかもしれない。
この顔の火傷も、なりすましの為につけられたのだとしたら。
川口の家に電話中、何十回目かの挑戦中、虚しく響く呼び出し音を聞いてる中、僕は気付いてしまった。
信用できるモノなど、何もない。
あの女も僕の母親じゃないのでは?祖父も祖母も、本当はアカの他人なのでは?
僕は、僕じゃないのでは?
渡部さんの家に電話をした。出たのは渡部さんだった。
「はい、渡部です。」
「ユウイチ君いらっしゃいますか」
「もしもし、どなた?」
「渡部ユウイチ君はいますか。美希さんの弟さんのはずですが」
「はい?美希は私ですけど」
「弟さんをお願いします」
「あの、どちら様でしょうか。」
「弟さんと話をさせて下さい」
「えっと、間違いじゃありませんか?ウチには弟はおりませんが」
「あ、いないんですか。じゃあ美希さん。アナタでいいです」
「え、あ、その、お名前聞かせて頂けますか?」
「岩本亮平です」
「・・・岩本君?」
「たぶんそうだと思います。」
「ちょっと、もうやめてくれない?」
「切らないで下さい。聞きたいことがあるんです」
「何よ、今日はやたら丁寧ね。」
「聞きたいことがあるんです」
「わかったわかった。何?答えるから。もう二度と電話してこないでね。」
「ありがとう」
「いいから何よ。さっさとしてよ」
「僕は岩本亮平なんですか?」
「・・・・はぁ?」
「教えて下さい。僕は岩本亮平なの?」
「何言ってんのかよくわかんないけど・・・」
「答えて下さい。」
「え、だから・・・」
「僕は、岩本亮平なのですか。」
「・・・・・」
「・・・・・」
駆け引きだった。
完全に罠にハマり、僕は狂ってしまった。そう思わせる。
罠への抵抗は予想してただろう。だが何も抵抗せず、すんなり受け入れてしまったら?
且つ、狂ってしまったら?答えを待った。
数秒の沈黙。
渡部さんは答えてくれた。
「わからないわ」
ブツリ
受話器を持ったまま、僕は崩れ落ちた。
ガタンと音を立てて、その場に座り込んだ。
祖母が「どうしたの」と寄ってきたが、何も答えられなかった。
黙って首を横に振っていた。何度も何度も。
わからないなんて。渡部美希、お前は知ってるはずだ!
それとも本気で・・・知らないのか?
部屋に駆け戻り、布団を被った。クーラーをつけ忘れてたせいで、異常に暑かった。
汗がダラダラと流れ落ちる。構わず布団にくるまった。罠じゃないのか・・・・
もう僕にはわからなかった。たった1週間で、全てが覆るなんて。
シャツが汗でグショグショになるまで布団の中にいた。
汗は暑いせいだけじゃなかった。
自分が見えない。
8月3日(木) 晴れ
僕は自分の記憶にしがみついた。
「希望の世界」は消えてしまった。でももう一つ、「希望の世界」の存在を証明するものがあった。
何のために作られたのかわからないシロモノ。今僕はそんな謎だらけのモノに希望を見いだしてる。
「絶望クロニクル」
「希望の世界」をストーキングした記録。元々リンク先に「希望の世界」は無い。
これすらも作り物の様にも見えるが・・・これだけが頼り。
ジャンク情報BBS。
そこには何も無い。曖昧な情報ばかり。何の意味があるんだここは。
例え真実が紛れてても、こんなとこじゃ誰も信じない。
本当のことすらあやふやにされてしまう。都合の悪い真実を隠す為には丁度いい?
それがなぜ「希望の世界」のストーキングに繋がるんだ。
こっちはイイ。もう知らない。
用があるのは、湖畔専用BBS。
ああ、もう頼れるのはここだけだ。現実の奴等は、どいつも信用ならない。
顔も知らないネットのヒトタチ。何の事情も知らない彼らなら、客観的に見てくれる。
湖畔へ。
そこには一人しか居なかった。「ミギワ」と名乗る女性。
「最近誰もこないけど何かあったの?」
「誰か返事してー」
「みんなどうしちゃったの・・・」
悲痛な書き込みが続いてる。他の奴等は・・・・消えた。いや、消したんだ。
渡部さんや川口、川口の弟。そしてヤツが殺した連中。
現実からいなくなれば、ネットでの存在も消える。当たり前だ。
渡部さん達は意図的に存在を消した。
酷いことだ。嫌になったら書き込みをやめればいい。
それだけで、ネットじゃ「死ぬ」ことができる。縁が切れる。
お互いの素性など、誰も知らないのだから。
ああ、それでも「ミギワ」は残ってる。健気に一人、ポツンと。
つい前までの僕ならバカにしてただろう。
「何を期待してたんだコイツ?ネットでの仲なんざそんなモンなんだよ!」と。
でも今は、その存在がありがたい。
話せる人がいる。それが救いになる。
「処刑人」の名で書き込んだ。
恐れられても構わない。なんでもいい。反応して欲しかった。
「教えてくれ。ここには以前、色んなヤツがいたよな?
ユウイチだとか。王蟲とか。紅天女だとか。他にはどんな奴等がいた?
覚えてる限りでイイ。お願いします。教えて下さい。」
ただの叫びだ。それも、悲痛な叫び。
打ち込むとき、実際に言葉に出していた。
頼む。ミギワ。「いたよ」と答えてくれ。頼むよ。お願いだ。でないと僕は・・・
キーボードを打ちながら、僕は、祈ってた。
今なお祈ってる。
8月5日(金) 晴れ
とても、とても貴重な書き込みだった。
「処刑人さんってジャンクの方にいた人?
ユウイチ君も王蟲さんや紅天女さん。最近見ないけど確かにいたよ。
あとはロロ・トマシさんとかシス卿さんとか。SEXマシーンって人もいたよね。
みんながどこに行っちゃったのか私にもわからないんです。
処刑人さんも何か知りませんか?」
「ミギワ」は、僕の記憶を証明してくれた。
例え過去ログが流れてしまっても、その存在を見てきた人の記憶は、消せない。
よくやったミギワ。よく覚えていてくれた。
その書き込みを見た途端、僕は自信に満ちあふれた。
渡部さんのおかしな行動は、罠だと確信した。
渡部さん。君がいくらとぼけても、他の人の行動までは消せない。
ユウイチが川口の弟だったことは知ってるぞ。
そうして渡部さん行動を罠とわかると、自分のやるべきことが見えてきた。
ああ、何て簡単な事だったんだ。アタマが茹だってて、そんなことにも気付かなかったのか。
罠だとしたら・・・・別にそれを、渡部さんに認めさせる必要なんて無かったんだ。
わざわざ証拠を突きつける必要など無い。問答無用にやってしまえば良かったんだ。
実に単純明快な解決方法じゃないか!
渡部さんが何と言おうと関係ない。僕はただ、自分の信じた道を進めばいいんだ。
ヤツもそうしてきたじゃないか。「希望の世界」を汚す輩を、問答無用に消してきた。
それだ誰であれ、どんな理由で絶望クロニクルに居着いてたかなど、何の説明もいらない。
相手の事情など考えない。消す必要があるから、消す。
渡部さん。君もだ。もちろん、川口も。
今の川口がどうだろうと知った事じゃない。
渡部さんがどんなことを考えてるのか、知らなくていい。
どうせ全て罠なんだ。僕が、それを撃ち破る。
今までヤツに頼りすぎた。ヤツの居ない今、僕がやるしかない。
最後の「処刑人」は、僕だ。
武器が必要だ。家中を探し回った。
祖父も祖母も、ヤツや早紀の骨を収めたことで、全て終わったつもりらしくゆっくりしてる。
ガイキチ女もノートパソコンをいじくって大人しくしてる。
台所から包丁を一個くすねてくることなど、造作のないことだった。
武器と言うと刃物しか思いつかない。遠藤も包丁を武器にしてた。確かに、包丁は使える。
誰かがやったように、僕も包丁を蛍光灯にかざしてみた。
キラリと眩しく輝いた。僕の明日を切り開く光。
希望の光だ。
8月5日(土) 晴々
この前来た時はビクビクしながらだった。
でも今日は違った。堂々とこの身を晒し、やって来た。
川口家に。
鍵が開いていた。前も開いてたのか?気付かなかった。
チャイムを鳴らし、コンコンコンコンとノックをしても反応が無い。
ふとドアノブを回してみると、回った。引いてみると、開いた。
軽く驚いたけど、今日の僕は何もかもうまくいきそうだったから、快く中にいれさせて頂いた。
変なヤツが居た。
テレビ横の壁にもたれかかり、口をだらしなく開けて涎まで垂らしてる。
目の焦点が合ってない。ボサボサの茶色い髪。
あのガイキチ女と似た雰囲気があった。
心が破綻してる者の顔。川口?そう思ったけど、顔も体格も違う。
僕が入ってきても気付いてない。何だコイツは。
僕は念のために包丁を取り出してから、声をかけた。
「おい」と。
顔は向けてこなかったが、声は届いたようだった。
突然ブツブツ何かを喋り始めた。
姿勢も顔も固めたまま、口だけ不気味に動かしている。
何を話してるんだろう。そっと耳を澄ました。
僕の動作に関係なく、そいつは話し続けた。
笑いそうになった。
あまりに滑稽。あまりに単純。
僕は初めて見るから気付かなかっが、恐らくこいつが川口の弟なのだろう。
兄貴を殺されて気が触れてしまったんだ。
それでこんな哀れな姿に。
ただ単純な言葉を繰り返すだけ。
教え込まれたことを、機械のように繰り返す。
人間であることを放棄したリピートマシーン。
楽しくてしかたない。我慢できず、ケケケと声を出して笑った。
笑ったまま話しかけてみた。
やってみると、なかなかうまくできている。
ああ、でも、こんな単純な罠に引っ掛かるなんて!
「もしもし」と、声をかける。
「もしもし、川口ですけど」
「お母さんはいますか。」
「ああ、俺です。」
「え?お前、男なのに?」
「俺です。」
「ふざけてないで母親をだせって。」
「ドナタですか」
「誰でもいいだろ。母親はいるのか?いないのか?」
「んだよ。イタズラかよ。」
それから少し沈黙があって、数秒後には再び喋り出す。
「よう。今日はいい天気だよな」
「もしもし、川口ですけど」
「お前は誰だ」
「俺です。」
「川口豊って男、知ってるか?」
「ドナタですか。」
「僕の名前はイタズラだ。」
「んだよ。イタズラかよ。」
時々順番を間違えたりセリフを飛ばしたりするけど、基本的には変わらない。
これを電話でやられたらたまらない。
うまく噛み合わずに疑問をもたれても、最後は「イタズラかよ」で済まされてしまう。
しかも、もう電話すらとってない。
何回までは出て良しとか教育されてるのかもしれない。
それにしても・・・おもしろい玩具だった。
しばらくその面白さを堪能した。
うまく会話が成り立つように言葉を考える。
ランダムで間違えるし、そこそこムズカシイ。
・・・・などと完全に玩具扱いしてたのが甘かった。
罠は、まだ残されてた。
遊んでる拍子に、ちょっと叩いてしまった。
軽くポンと、小突いただけ。
それが引き金だった。
テープがブツリと切れるように、突然会話途切れた。
キュっと口を閉じてた。そして初めて、僕の方に顔を向けた。
壊れた視線を感じる。目は、僕を見てるのか、その向こう側を見てたのか・・・
目があった瞬間、口を開いた。
今度は違うセリフだった。
「俺、最強らしいっスよ」
言ったと同時に、襲いかかってきた。
素早く手を伸ばし、僕の首に。
尋常じゃない力。明らかに僕を殺そうしていた。
いや、たぶんコイツには「殺す」なんて理念は無かっただろう。
目の前の首を、力一杯絞める。
それだけののことを忠実に実行している。
無表情とも違う・・・無機質な顔。
リピートマシーンから、首締めマシーンに変身した。
激痛と苦しさが同時に襲ってきた。
僕の首は、完全に捕らえられていた。
目の前がどんどん暗くなる。声も出せず、嗚咽すら漏れない。
唐突にやってきた修羅場。
もうあと5秒も締められてたらオチてただろう。
ああ、でも僕は・・・・用意周到な僕は・・・
右手に、包丁を握ってた!
迷わず刺した。
「あ・・・」と声を漏らし、手を離した。
痛みすら感じない機械ではなかった。
腕からスゥっと血が垂れた。
僕は舌打ちを打った。
カスっただけか!
包丁を構え直した。
相手はひるんでる。武器も持ってない。
止めをさすなら今だ。
殺そう。
そう思った。
・・・その瞬間だった。
ひぃー
意味不明の叫び声。
身を屈め、ブルブル震え始めた。
何が起きたのか理解できなかった。
僕は向けた包丁を動かすことも出来ず、その場に立ちつくした。
ブルブルと怯えてる。しばらくすると、突然顔を上げた。
何を思ったのか、笑ってる。
目は泣きそうなのに、必死に笑おうとしてる。
そして、懸命に訴えてきた。
「ほら、笑ったよ。嫌がってないだろ?楽しい。ううん。楽しいよ。
その証拠に笑ってるじゃないか。これこれ。この顔。俺も楽しんでるさ。
だから、なぁ。もういいだろ?笑ったから。もう笑ったから。
笑ったら許してくれるって言ったじゃんよ。なぁ。笑ってるだろ?
なぁ。ほら。笑ってるって。笑ってるから。なぁ。兄貴・・・」
僕は今、川口家にいる。
川口弟は相変わらず部屋の隅っこでプルプルして、たまにこっちの機嫌を伺ったりしてる。
結局、殺す気にはなれなかった。
渡部さん。そのうちここに来るかもしれない。
そう思って居着いてみた。
でも今日は来なかった。
ここにいて、我慢できないことが一つある。
臭い。何のニオイか知らないが、とにかく臭い。
気持ち悪くなっきたので、吐いた。
「ひぃ」と嫌がられた。
その反応、一応マシーンから人間に戻れたようだ。
心は破綻したままだけど。生理的な反応はできるらしい。
自分の嘔吐物を見てまた気持ち悪くなったので、もう一回吐いた。
今度は川口弟のアタマに。
とても嫌がってた。
明日は、渡部さんだ。
8月6日(日) 曇り
川口弟を連れ、渡部さんちに乗り込んだ。
渡部さんは僕の訪問に戸惑うことはなかった。
門前払いされないよう、川口弟を連れてきた旨を伝えると、すんなり出てきた。
僕の顔を見ると、キャッと小さく声をあげた。
予想通りの反応。顔の傷に怖がってる。
川口弟を前に差し出し、さらに反応を伺った。
渡部さんは川口を変な目で見た。眉をひそめ、汚いモノでもみるような。
僕と川口弟、交互に顔を見つめる。
何度か見たあと、ようやく口を開いた。
「誰?」
なるほどそう来たか。飽くまでシラを切るつもりだ。
仕方ないから言ってやった。
「僕は岩本亮平で、コイツは川口豊の弟だ。」
渡部さんはちょっと驚いた顔をした。
しげしげと改めて僕らの顔を見る。
「その顔・・・ごめん。気付かなかった。それにこのコ、川口君の弟?へぇ・・・」
放っておくとさらに惚けそうだった。
そうさはせない。畳みかけた。
「おい。お前、この女を知ってるだろう。」
川口弟を小突いた。「ひぃ」と嫌がったあと、すぐに何度も頷き始めた。
渡部さん。コイツを罠として使ったのは良かったけど、面が割れるのは避けられなかったようだな!
こうなったらもう、申し開きはできないぞ。
「知らない」では済まされない。
さらに追い打ちをかける。
「この女に、電話の対応の仕方を教え込まれたんだよな?」
ウンウンウンウンと、忙しく頷く川口弟。
僕は満足し、ケケケと笑った。
これで確定した。渡部さん。これ以上罠は続けられないぞ。
さぁどうする。何て言い訳する?
この状況、どう収集するつもりだ?
渡部さんを見た。
「ねぇアナタ。私の事知らないでしょ。」
ウンウンウンウンウンウンウン・・・・
・・・・・・数秒間の沈黙。
とても気まずい時間だった。時が止まったように、誰も口を開かない。
誰も動かない。
ふぅと渡部さんがため息をついた。
「で?」
で?って言われても・・・・・・
川口弟はまたキョロキョロ周りを気にし始めた。
僕はまだ何も言えず、黙ってその様子を眺めてた。
いつまでも続く沈黙に、僕は耐えられなくなった。
声を出した。とにかく、説明を。
どんな話をしたのかもうよく覚えてない。
ヤツが死んだことも話した気がする。
いや、もっと遡って、早紀のことまで。
祖父の家に行くことになったいきさつまで話したかもしれない。
・・・・・必死になって言い訳してた。
なんでこんなに話してるんだろう?時折疑問に思った。
けど止まらない。堰を切ったように話した。
渡部さんは僕が話してる間、何度か相づちを打ってくれた。
でも目は・・・哀れんでるような・・・・酷い視線だった。
僕の話が終わった。すごい疲れだった。
渡部さんは、その酷い視線を、ゆっくりと僕の目に向けてきた。
そして、言った。
「岩本君。イタズラはやめてって言ったでしょ?もう二度とこんな真似はやめてよね。
私、勉強があるから。これで失礼するね。顔の傷。気の毒だとは思うけど、私に見せられても困るのよ。
川口君にもよろしくね。じゃ。」
踵を返す渡部さん。
家に入る直前、ドアから半分顔を出して一言残していった。
「悪い夢でも見てたんじゃないの?」
バタン。
渡部さんは家に戻った。
玄関先で佇む二人。
挙動不審におどおどしてる茶髪の男と、顔が傷ダラケの男。
日差しがあつい。
セミの声がうるさい。
遠くでは子供達のはしゃぎ声。
何もかも遠い出来事のようだった。
渡部さんの声が蘇る。
「悪い夢でも、見てたんじゃないの?」
・・・・急に寒気が襲ってきた。
凄い勢いで恥ずかしさが込み上げてきた。
川口弟に声をかける。
「お前、最強なんだってな?」
ウンウンウンウンと勢い良く頷いてくれた。
僕は懐に忍ばせていた包丁を取り出し、渡した。
「これであの家の連中、殺してきてくれ。殺すって分かるか?刺せばいいんだ。
こうして、そう。そんな感じで突きだして。動いてるモノ全部、突いてこい。
兄貴の命令だ。皆殺しにしてこい。やらないとまた殴るぞ。そら、行け!」
川口弟が渡部さんの家に向かうのを見届けた。
玄関は閉まってたらしく、裏手の方に回っていった。
ちょっとすると、ガラスが割れる音や、女性の悲鳴なんかも聞こえてきた。
その時にはもう、走ってた。
背後から次々と色んな音が聞こえてくる。
走ってるウチに、だんだん聞こえなくなってきた。
・・・・・・・うぁ・・・・・・・・・・・・・・・・
とても恥ずかしかった。
そう。渡部さんの言うとおり、僕は悪い夢を見てた。
とてつもなく嫌な夢を見てた。
もういい。もう見ない。悪い夢から、僕は、覚めた。
家に帰るまでの時間。とても長かった。
ナップサックに入れてきたノートパソコンも異様に重く感じた。
電車の中など、じっとしてるのが辛かった。
誰かに笑われた。
顔の傷をなじられた。
すれ違う人みんなに、陰口をたたかれた。
悔しい。悔しいけど、言い返すことなどできない。
イヤだ。もう嫌だ。外には出ない。一生外になんか出ない。
誰にも、会いたくない。
今度は一人で、いい夢を見るんだ・・・・
家につくと、すぐに自分の部屋に駆け込んだ。
祖母がしきりに「ドコ行ってたの。昨日の夜はどうしたの」と聞いてくる。
僕を攻めてるようだった。僕は、叫んだ。
「知らない!」
僕はもう、何も知らない!今までのは全部、夢なんだから!
ベッドに倒れ込み、祖母の声が聞こえなくなっても叫び続けた。
ポロポロと涙も流れてくる。
鼻をすすりながら、叫んでた。
・・・・・泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
さっき起きた。
もう夜になってる。
カーテンが閉まってなかったので、窓に僕の顔がクッキリ写ってる。
早紀の顔であって欲しい。
早紀の顔でなくても、誰でもいい。違う人の顔であればいいと思った。
以前のように、人格が入れ替わってて欲しかった。
何度かやってるんだから、今度だってそうなのかも。
期待した。違う自分であることを、期待した。
ああでもそこに映ってるのは・・・・!
岩本亮平。
僕以外、誰でもなかった。
夢は撃破され、残ったのは、顔の傷だけ。
それでも僕は生き残ってる。
醜く、生きている。
第三十二週 「終焉」
8月7日(月) 夕立
この家にいるのが苦痛になってきた。
やることと言えば、残った「絶望クロニクル」を見るくらい。
「ミギワ」と会話しようかと思ったけど処刑人の名前を使うのが嫌だったから止めた。
ジャンクの方ではいつものように真偽の疑わしい情報ばかりながれてる。
どれが本当のことなのかわからない。見極めるのが面倒くさい。
もうネットすら嫌になった。
昔に戻りたい。
祖母のおせっかいも、祖父の気遣いも、狂った母親の相手も、
僕にはただの苦痛に過ぎない。
子供の頃まで戻りたくなった。
忘れてしまった記憶の中に。
今を忘れ、過去に戻りたい。
帰りたい。
8月8日(火) 晴れ
帰ろう。僕は決意した。
この家にあるのは「新しい生活」だ。
祖父と祖母に養われ、ただ生きるだけの生活。
僕はそんなもの望んでない。
僕が戻りたいのは、早紀と過ごしたあの日々だ。
父親が病院勤めのせいで家にいる時間が少ない。
母親もやたら外出してなかなか家に居着かない。
必然的に増える二人だけの時間。
親のいない寂しさを共感した。
ああ、今思い出したよ。
僕らは寂しがってた。
子供の頃、僕と早紀は寂しさを癒すため互いの身を寄り添えていた。
いつの間にか、そんな時期があったのさえ忘れてしまったけれど。
気付いたらオトナになっていた。
親のことを気にするよりも、自分の事で手一杯。
けど、子供の頃の感情は・・・・早紀と触れあう喜びは・・・・
オトナになっても残ってた。
どこで歪んだのか。「触れあう」の意味が、変わってた。
その意味で触れあった時、早紀は、壊れた。
最初に戻ろう。
色んな事が起き過ぎた。
もう、疲れたよ。
帰る。もう帰るよ。
僕が育ったあの家、横浜の家に。
引きこもるならあそこしかない。
身支度を整えた。
なんだかんだと、この部屋にも僕の生活が染みついてた。
祖母に買わせた漫画や雑誌は全部捨てることにした。
あの家を出るときの記憶が曖昧だから、何が残ってるのかよく覚えてない。
川口を撃退しに行った時もフラリと自分の部屋に行ったけど、それもあまり記憶にない。
どれを残し、何を持っていくか。
選ぶのにもう少し時間がかかりそうだ。
大切なことだから。
8月9日(水) 曇り
別れの挨拶をした。
祖父と祖母。そして母親に。
もちろん面と向かっては言わなかった。
心の中で、こっそりと。
この家から持っていくのは、CD。
色んなCDを母親の部屋から持ってきた。コンポはあっちの家にあったはず。
ボレロやワルキューレの騎行、カノンやラカンパネラ。それにトロイメライ。
これらの曲が入ったCDを貰うことにした。もうこの家じゃ聴かれないものばかり。
僕が持っていっても問題ないはずだ。
母親はニィっと笑いながら父親のノートパソコンをいじってた。毎度の光景。
僕がCDを選んでても、視界には入ってなかった。
みんな普段通りの生活をしてる。
いつものように母親の奇行を制し、世話をする。
祖父と祖母。二人はこの世話を煩わしく思ってるようだが、他に面倒見る奴がいないから仕方ない。
僕はここから居なくなる。
僕の養育が無くなる分、少しはマシになるかもしれない。
食料や水もバックに詰めた。
これで何日もつか分からないけど、その時はその時だ。
ここにノートパソコンも入る。重そうだ。気を付けて持たないと。
最後の外出だから、これくらい重くても頑張らなくては。
準備できたらすぐに行こうかと思ったけど、明日にした。
この家での最後を堪能しておこうと思ったから。
誰かと過ごすのも最後。
これからは、一人で生きていくんだ。
夜の闇を見つめた。こうするのも何度目だろう。
外では雨が降り始め、雷も鳴っている。
いつもは闇の向こうに誰かを見てた。
早紀だったり、渡部さんだったり。
でも今日は、自分を見た。
窓に映る自分の顔。火傷だらけのグチャグチャの顔。
その先に、僕は自分の未来を見ようとした。
「僕に未来なんてあるのか?」
闇の向こうに問いかけた。
返事は雷鳴だけだった。
8月10日(木) 晴れ
僕の家へ。
横浜の家まで戻った。
それがまさか、こんなことになるなんて。
暑い中、バックを肩から担いでフウフウ言いながら辿り着いた。
家に近づくにつれ、妙な奴がいるのに気が付いた。
デブ。
遠藤よりかは少し小さいが、似た雰囲気を持ってる・・・プチ遠藤だ。
そいつが僕の家の前をウロウロしてた。
門の外から中をのぞき込んだり、ちょっと中に入ってみたり。
人の家で何をやってるんだ?
プチ遠藤は何やら顔を歪め、門の中から出て帰ろうとした。
怒りを感じた。僕は急いで後を追い、後から声をぶつけた。
「お前、何やってたんだ!」
プチ遠藤はビクリと肩をあげ、凄い勢いで振り向いた。
僕の顔を見るとさらにビクンと反応して、口をパクパクさせていた。
「誰だよお前。僕の家で何やってた。」
「あ・・・・その・・・・・・いや・・・・・」とうろたえ始めた。
僕が家の者であることは理解したらしい。
しばらくはしきりに汗を拭いてオロオロするだけだった。
が、やがて意を決したらしく、背筋をピンと伸ばして口を開いた。
「ボ、ボ、ボクの名前はア、秋山と言います!」
目をパチパチさせながら必死に叫んでた。
秋山?聞き覚えのない名前だった。
「あの、ちょっと前からちょくちょく家を張ってて・・・その、最近になって誰か家にいる気配があって、だから、あの」
言ってることが理解できずイライラした。
こいつは何を言ってるんだ?家を張る?なぜ?
思わず問いかけた。
「なんで僕の家を?」
ア、と小さく声をあげた。
えっと、その、あの、とじらすような言葉ばかり続ける。
その中で一言、聞き捨て鳴らない単語があった。
いや、だから、その、あれの、えっと、絶望クロニクルの・・・・・
「絶望クロニクルを知ってるのか!」
僕の声に、秋山はまたもやビクンと反応した。
なんで知ってるんだ。それがどう関係してるんだ。
僕は立て続けに質問をしたが、秋山を戸惑わせるばかりだった。
「あ、いえ、だから・・・」
泣きそうな声でようやく声を出した。
「ボク・・・王蟲なんです・・・・・」
王蟲。その名前は覚えていた。
父親が殺した連中の中にその名前はあったか?そこまでは思い出せない。
ただ、湖畔にそんな奴がいたことは確かだ。
こいつがその王蟲か・・・・
・・・・で?それが僕の家と何の関係が?
僕が考え込んでると、秋山は悩む僕の姿を伺っていた。
そして突然、何を勘違いしたのか・・・・ニヤっと嫌らしい笑みを浮かべ、大声を上げた。
「シャーリーンを出せ!」
あまりの唐突な豹変ぶりに僕は驚いた。
さっきまでのオドオドは消え、圧倒的優位だと言わんばかりの態度だった。
少し後ずさりする僕に、秋山は勢いづいて更に叫ぶ。
「隠してもムダだぞ!ボクはちゃんと調べたんだ!パス解析して住所を突き止めたんだぞ!」
喚く秋山。
最初、何を叫んでる理解できなかった。
けどよくよく聞いてみると、なんとなく言いたいことが見えてみた。
わぁわぁ叫ぶ声の断片を拾うとカンタンに推測できる。
秋山は絶望クロニクルの管理人・シャーリーンの正体を突き止めようとした。
そこでやったのがサイト自体のパス解析。
パスがわかればサイトの管理人の個人情報もわかる。もちろん自己申告の情報だが。
絶望クロニクルがどのプロバイダによるサイトだったかは忘れたけど・・・
とにかく秋山は、見事にパス解析をやってのけ、そこに僕の家の住所を見つけた。
それで張ってたワケだ。シャーリーンに会うために。
でも、納得できないことがある。
なんでウチの住所をあの「シャーリーン」が?
当然の疑問だった。
それを問いただすのも自然の流れ。
僕は聞いた。
ああ、この時聞いていなければ・・・あのまま秋山を無視していれば・・・
真実は変えられないとしても、知りたくないこともある。
知らなければ良かったのに。聞かなければ良かったのに。
何も知らなければ、幸せのままでいられたのに。
僕は、聞いてしまった。
「シャーリーンって誰なんだ?」
秋山は僕の言葉を聞くと、とてもとても嬉しそうな顔をした。
言いたくて仕方ない顔。手に入れた秘密を教える優越感。
満面の笑み。よくぞきいてくれたと言わんばかりにはしゃいで、
答えた。
「岩本亜佐美って人だよ!妹?お姉さん?とにかくそいつが、シャーリーンだ!」
吐き気がした。
もの凄い勢いでアタマの中が回っていった。
絶望クロニクルの存在意義・・・・
自分では意識しなくても、勝手に思考回路が動いてしまう。
カチャカチャと機械的な計算が駆け抜け、答えを導き出した。
「ねぇねぇ亜佐美さんに会わせてくれよぉ。会わせないと酷いよ?」
甘ったるい声でせかしてきた。
僕は身体は固めたまま、秋山の声を受けていた。
何だろう。秋山は途端に舐めきった態度になった。
ソーシャルハックをしたことで、気持ちが大きくなったのかもしれない。
ボクはお前の正体を知ってるんだ。ハッキングしてやったんだぜ。
すごいだろ。ボクを恐れろ。怖がれ。ボクの言うことを聞け・・・
心の声が聞こえてきそうだった。
僕はゆっくりと腕を動かし、両手でがっしりと秋山の顔を掴んだ。
ブヨブヨと嫌な感触。秋山は何が起きたのかわかっておらず、キョトンとした顔になった。
え?え?と戸惑っている。
僕は言った。
「バーカ。岩本亜佐美は僕だよ。ネカマだったんだよ!」
言い終えると同時に突き放した。
秋山はあう・・・と声を漏らして尻餅をついた。
チョコナンと道路の脇に座り込み、阿呆ズラを晒してる。
何かを言おうとしてるが口には出てきてない。
肉塊がボテンと落っこちてるみたいだった。
僕はそれ以上何も言わず、踵を返して歩き始めた。
少しすると、後から秋山の叫び声が聞こえた。
「ふ、二人も行方不明になってるんだぞ!せ、せ、せ、責任取れよぉ!!」
二人ドコロじゃない。もっとだよ。
心でそう叫びながら、僕は、走った。
「ま、まてぇ〜」とか細い声があがる。デブに追いつけるわけがない。
責任とれよぉ・・・・・責任とれよぉ・・・・・
声が聞こえなくなっても、僕は走ってた。
バッグが煩わしかったはずだが、そんなことを意識する余裕もなかった。
ただひたすら必死に走り、電車に乗り、小田原のこの家に、戻ってきた。
逃げ戻ったのとは意味の違う。
たった一つのことだけを考え、走ってた。
シャーリーンをこの目で確認せねば。
家に戻ると、祖母は普通の外出とでも思ってたらしく、「おかえりなさい」と何て事無く迎えた。
僕はそれを無視し、2階へ駆け上がった。
僕が挨拶を無視するはすでに日課になっていた。
祖母は別段無視されたことなど気にせず、それ以上何も言ってこなかった。
それに比べ、僕は完全に落ち着きを失っていた。
勢いのままにドアを開けた。
母親は、眠ってた。
部屋中紙屑やらが散らかり、ノートパソコンも無造作に置いてある。
僕はドアに手をかけたまま、立ちつくしていた。
静かだった。とても静かな時間だった。
母親の寝息が聞こえてくる。
その音はすぐに静寂に溶け込む。
僕の息づかいもまた溶け込んでいった。
何もできなかった。
ベッドに横たわり寝息をたてる「シャーリーン」。
何も、言えなかった。
ゆっくりとドアを締め、自分の部屋に戻った。
頭を抱えて座り込んだ。
見えた答えが反芻してくる。
早紀とNSCの戦い。
あの頃早紀は追い詰められていた。
当然その様は「渚」も見ていたはず。
そこで取った行動は?
早紀の為に恋人まで作り上げた渚。
ずっと見守ってた渚。
早紀のピンチに黙っているわけがない。
早紀はNSCを撃退しようと策を練った。
自作自演までやった。
しかしそれはバラされてしまう。
早紀は追い詰められた。
その時だろう。「渚」が助け船を出したのは。
早紀の窮地を救うためには、どうすればいいか?
ネットを知ってる者の立場からなら、早紀よりもう1ランク上の策が取れた。
早紀の自作自演。まずはこれをホンモノにする。
早紀が演じたキャラを実在させる。
そうすれば自作自演じゃなくなる。
湖畔専用BBS。ここで早紀が演じたキャラを、他の者に演じさせれば・・・・
さらに「自作自演がバレた」という状況。
これは、「こいつは自作自演だ!」というタレ込みから始まる。
一度出された情報は撤回できない。
できないなら・・・・信憑性を低くすれば?
もっと強烈なタレ込みを乱発させ、偽タレ込みをはびこらせる、
怪しい情報を喜ぶ不埒な輩を招き入れ、一つの情報の価値を薄める。
ジャンク情報BBS。全ての情報が信用できない。例えそこに「本当の情報」があっても・・・
二つの掲示板。あとはこれを最もらしく登場させればいい。
・・・絶望クロニクル。
「早紀を守る」
それがここの、存在意義。
だがそれは活用されることは無かった。
早紀は自力で解決してしまったから。
結果、表に出ることもなく忘れ去られた。
恐らく作った本人もどうでも良くなってしまったのでは?
目的は早紀を守ること。サイト自体の存在は重要じゃない。
たまたま知ったごく一部の人間にだけ知られ、ネットを漂うハメになった。
湖畔は単なる馴れ合い掲示板になり、
ジャンクは、招き入れた不埒な輩だけが残り、今でもそいつらがくすぶってる。
全ては僕の推測にすぎない。
今ではその面影も見えないほど変わってる。
けどもう、そうとしか思えない。
なんて嫌な真実なんだ。
なんて不愉快な現実なんだ。
シャーリーン=岩本亜佐美
そこから生み出される理論は。
いくら頭を振っても離れなかった。
泣いても、叫んでも、事実は変わらなかった。
僕らは。早紀は。みんなは。
あの女の手のuede ?
踊って・・・・・あああああ・・・・・・
aaaaaa
8月11日(金) a
言うべき言葉など無い。
わかってはいたが、フラフラと足は母親の部屋に向いていた。
起きる気力もなくベッドに寝続け、ようやく身体を持ち上げたのはついさっきのことだった。
カチャリとドアを開けた。
今日も母親は一人で遊んでる。
祖母と祖父は、マトモに遊び相手などすることは無かった。
ノートパソコンさえ与えておけば大人しくなる・・・
そうして部屋で一人遊ぶことを余儀なくされていた。
毎度のこと、なにやらニコニコしならがキーボードを叩いてる。
ノンキなもんだ。
僕が入ってきても気にせず作業を続ける。
何の目的で部屋に来てしまったんだろう。
「シャーリーン」を目の前にして、僕はやることを失った。
ふと、殺したくなった。
包丁は川口弟に渡したっきりだったので、首を絞めることにした。
ユラリと背後に回った。
背後の殺気など微塵も感じず、母親はニコニコと画面を眺めてる。
何をニコニコと眺めてるんだろう。
思えば、こんなにノートパソコンをいじる姿を目にしてきても、
具体的に何をやってるのかじっくり見たことなどなかった。
首に手を回す直前、ちょっとそれを見たくなり、画面をのぞき込んだ。
僕は、小さく飛び上がった。
後ずさりして首を何度も何度も横に振る。
汗がダラダラと流れてくる。
背中がタンスにぶつかってもなお、後に下がろうと力を入れていた。
母親は背後の物音など聞こえていない。
画面をスクロールしたりして遊んでた。
なぜ。ナゼ。何故。
昨日よりも、脳味噌はフル回転していた。
なぜだ。なぜお前が・・・!!
画面に映っていたのは、「湖畔掲示板」
それはいい。これは父親のノートパソコン。
ヤツは絶望クロニクルを見てたのだから、画面にそれがあってもおかしくはない。
けど、なぜ、どうして。どうしてこの画面には。
掲示板の上部。書き込み欄と、タイトル入力欄と、メアド欄と・・・・投稿者欄。
その投稿者欄には。クッキーで記憶され、そこにあらかじめ書かれてる文字は。
投稿者 ミギワ
一番新しい書き込みも「ミギワ」のもの。
「処刑人さん、居なくなっちゃった?みんなどうしちゃったの?」
・・・・ニコニコしながらキーボードを打ってたのはコレだったのか。
現実じゃこんなにオカシイくせに、ネットじゃマトモな書き込みを・・・!!
その場にいるのが恐ろしくなり、自分の部屋に逃げてきた。
ああ、シャーリーンが。
シャーリンはずっと居たんだ。
舞い戻っていた。
記憶を無くし、自分が「シャーリーン」とも気付かずに・・・
・・・・・・・そうか。そうゆう事だったのか。
何故あんなに楽しそうにしてたのか。
どうして心の破綻した者が、平然と書き込みをできるのか。
タイピング技術は身体が覚えていても、マトモなオハナシはできないはず。
それがなんで普通にこなしているのか。
うひ。ひひひひひひひ
簡単じゃねぇか。そんなのさっき書いたじゃないか!
僕は父親に「絶望クロニクル」を教えた。
ヤツは自分のパソコンでそれを見るようになった。
あの母親を、傍らに置いて。
遊びたがってた。あの女はヤツと遊びたがってた。
しかしヤツは「絶望クロニクル」を監視する仕事が。
そこで考えた、一石二鳥の策。
絶望クロニクルで、遊べばいい。
そう考えればどうだ。湖畔の、一人忽然と姿を消したあいつの正体がわかるじゃないか!
ミギワと親しくオハナシをしてたあいつ。
「シス卿」
父親が居なくなったと同時に消えていた。
当然だ。ヤツが、「シス卿」だったんだから!
ウケケケケケケケケケケ
これが笑わずにいられるか。
交代交代で同じパソコンを使い、相手が隣にいるのにネットで会話する。
あの女は単純な機械みたいなものだ。
やり仕方さえ教えれば、すっと同じことを繰り返す。
一人楽しく書き込みに明け暮れている。
今はもう、会話する相手などいないのに。
ケケケ
狂ってる。
にしても何だよ。シス卿はともかくミギワって。
シス卿の方は何かのキャラの名前だろう。そんな感じがする。
「ミギワ」なんて意味不明じゃないか。
言葉の意味もわからないほど狂ってんのかよ。
ええ?シャーリーンさんよ?
クソデブに正体を暴かれ、湖畔に戻ったと思えば記憶無いし、
その上自分の名前もロクにつけれれない。
救いようがねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよッッッッッッッ!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・待てよ。
何だよこれ。
ちょっと待ってくれよ
おい。こりゃ何だよ。何なんだよ!
ミギワって・・・
え?これって・・・ええええ??
あ、いや、え?
こ・・・これ・・・
ミギワ・・・・・・
変換。
ちょっとスペースキー2回押しただけ。
考えなんかなにもない。
ただちょっと、押しただけ
漢字変換、しただけ。
それが・・・・・・
こんな・・・・・・
み・・・・・・・・
みぎわ
ミギワ
ミギワ
水際
汀
・・・・・・渚
渚は「ミギワ」とも読む。
あ・・・・・・
今なんか弾けた。
僕の中で、何かがポコンと、音をたてて壊れた。
お・・・・・おおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?????
過去が。
僕の過去が戻ってくる。
凄い勢い。走馬燈のようにサァァッと。
プチ遠藤の叫び声
壊れた川口弟
知らない顔する渡部さん
父親が目を見開いて絶命してる
母親が「お化け!」と叫ぶ
祖母と祖父がおろおろと
もっともっと遡っていく
バットを振り回す川口
僕の顔の傷に絶句する渡部さん
包丁かざしてニヤニヤする遠藤
僕は風見祐一
風見となって、川口を誘い出す
僕は荒木さん
荒木さんとなって、渡部さんを誘い出す
父親とと共に「希望の世界」を見つめる
こいつらを殺してくれ、と頼む僕
早紀の炎
燃える炎
早紀の声が聞こえる
「戻ってきて」
ああなんだ。
さっき弾けたのはアレか。
僕か。
今の僕が、壊れた音か。
ケケケケケケケケケケケヶヶヶヶヶヶヶ
笑い声が、遠のいていく
・・・・・・止まらない・・・・・・・・・・
・・・止まらない・・・・・・・・・・・
止まらナイ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・
・・・・・・・・・・・・・・・私のアザミが壊れました。
アザミはもう戻りません。
部屋の中でポツンと一人、私は取り残されてしまいました。
ドアが少しだけ開いています。
私はそのスキマから中を覗いてみました。
カイザー君と渡部さんが、変なことをしてます。
暗闇の中でゴソゴソと。
二人は私を助けにきてくれたんじゃないんでしょうか。
私をここから連れだしてくれるんじゃないんでしょうか。
でも少しおかしいです。
あの渡部さん。何か違うように思います。
カイザー君は何か必死になって身体を動かしています。
渡部さんがこっちを見ました。
・・・・・・・笑ってる。
渡部さん。私と目があったら、笑った。
なんで笑うのでしょう。
渡部さん、何かおかしいの?
私はとても嫌な気持ちになりました。
けど渡部さんは笑うのを止めません。
・・・渡部さん。アナタは本当に渡部さん?
私は疑問に思いました。そして確信しました。
違う。この人は渡部さんじゃない。
本当の渡部さんは、もっと無表情よ!
全て無かったことにしようとする渡部さん。
渡部さんは、私に笑いかけたりはしません。
なら、この人は誰?
ああ、何か名前が出てきそうです。
この顔。良く知ってる顔なのに。
思い出せません。
喉まで出かかってるのに。
サキ?違います。これは私の名前。
あれ?でもこの人も・・・・・
あ!思い出した!
アナタの名前は、早・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
aaaa
僕は蟲です。
8月12日(土) 台風
お母さんが、変なおじいさんとおばあさんに連れて行かれました。
今朝、僕がおじいちゃんに「お父さんに頼まれてたんだけど」と
お母さんを引き取りだがってる人の話をしたからです。
おじいちゃんは喜んですぐに電話をしてました。
夕方にはもう来てました。
お母さんは泣いて嫌がりましたが、強引に行かせました。
狂ってるから仕方有りません。みんな納得済みです。
変なおばあさんは、お母さんを見ると手を合わせて拝んでました。
おじいさんは、嫌らしい手つきでお母さんを触ってました。
お母さんは泣き叫んで必死に抵抗してます。
僕は「これでいいのかな」とちょっと思い返しました。
けど、3人はすぐに行ってしまったので、今更どうしようもありません。
おじいちゃんは「これでやっと肩の荷が下りたよ」と言ってました。
おばあちゃんが「あっちでうまくやってくれるでしょう」と言いました。
僕もお父さんとの約束を果たして満足でした。
少し違った気もするけど、気のせいだと思います。
みんな満足。素晴らしい終焉です。
お父さんのノートパソコンが、部屋に置きっ放しになってました。
僕には自分のパソコンがあります。
使う人がいないので捨てました。携帯電話も一個だけで十分です。
捨てやすいよう、叩き壊しておきました。
とてもスッキリしました。
やるべきことはこれで全て果たしました。
だから死にます。
僕にはもう、生きる意思などありませんので。
どうせ死ぬなら、早紀と一緒の場所にしようと思います。
あの家で早紀は「希望の世界」を作りました。
ネットには「希望」がたくさん詰まってると思ったのでしょうか。
思ってたのでしょう。希望に満ちあふれた素敵な世界。
残念ながら、そこには絶望しかありませんでした。
絶望の世界です。希望なんてありません。
ネットだけでなく、現実にも。
そして、自分の中にも。
あちら側にはあるかもしれません。
早紀のじゃない、僕の「希望の世界」が。
僕の「希望」は何だろう?
もちろん、早紀です。
だから行きます。早紀の元へ。
逝かせて下さい。
8月13日(日) 明るい雨
プチ遠藤の言葉を思い出したのは、彼女に出くわした直後でした。
・・・最近になって誰か家にいる気配があって・・・
家に入るとすぐに、その荒れ具合に驚きました。
思わずバッグを落としました。中の食料がグチャリと潰れ、CDも何枚か割れる音がしました。
緊張の中にありながらも、いよいよ死ぬしかないと思いました。
無造作に上がり、居間の方へ行ってみました。
そこには、かつて無いほど狂気に帯びた、鬼の形相をした彼女が。
渡部さんが、棚の引き出しを漁ってました。必死に何かを探してます。
渡部さんは頭と左腕に包帯を巻いてました。雑に縛ってあり、赤黒い染みも幾つかあります。
なぜ、渡部さんが僕の家に?それはすぐに想像つきました。
僕は彼女に「今はおばあちゃんの家にいる」と漏らしたことがあります。
その住所を探していたのでしょう。僕の居場所を、突き止めるために。
そんなもの、お父さんがとっくに処理してしまったことなど知らずに。
僕が声をかけるよりも早く、渡部さんは僕に気付きました。
顔をあげた瞬間、僕と目が合いました。鬼と目があった。
彼女は叫びました。
「虫!」
全てを理解するのには、この一言で十分でした。
僕を「虫」と呼んだ。「岩本君」でなく、「虫」と。
なんだ渡部さん。僕のこと覚えてたじゃないか。
やっぱり罠だったんだ。僕を陥れるため、知らないフリをしてたんだね・・・
僕と渡部さんの最終決戦。彼女は罠を張り、僕を孤独に陥れた。
その結果、僕がおばあちゃんちにいることを、自分の居場所を吐露してしまった。
一回戦は渡部さんの勝ち。続く2回戦。僕は川口弟を逆利用し、渡部さんの家に放り込んだ。
黒い染みのある包帯が、痛々しくなびいてる。二回戦は僕の勝ち。1勝1敗。
次で勝負が決まる。追撃してきた渡部さん。迎撃する、僕。
勝負の行方は・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・渡部さんの勝ちだ。
包丁を握って突進してくる渡部さんを見据え、僕は自分の負けを悟りました。
包丁は、僕が川口弟に渡したものでした。
恐ろしいほどスローモーションに見えました。顔中に皺を刻み、渡部さんは怒りの権化となっています。
頭に巻いた包帯が少しほどけ、片目を覆ってました。片目を失った川口の顔を思い出しました。
彼女は両手でしっかり包丁を握り、真っ直ぐ僕に向かってきます。
歯を食いしばり、やがて大きく口を開け、叫び、
僕を刺しに来ました。
色んな人に迷惑をかけました。多くの人を、傷つけました。
できれば早紀と一緒の死に方が良かったけど、僕にそんな贅沢は許されません。
殺されるのは当然の運命なのでしょう。僕は自ら死を望み、ここに来ました。
刺されて死ぬのも悪くない。僕の身体には刺し傷があります。
その傷では死には至りませんでした。今度こそうまく、死ねるかな・・・
僕は渡部さんの包丁を迎え入れました。これまでのこと。全てにケリをつけるために。
両手を広げ、この身をさらしました。胸を張ってました。空を、見上げてました。
天井の向こう。雨降る雲の、それより向こう。行こう。早紀の待つ、空の世界へ。
・・・希望の世界へ。
自分でも信じられないくらい穏やかな顔になりました。
信じられないくらい優しい気持ちになれました。
人間らしく、なれました。僕はもう・・・虫じゃない。
救われました。
・・・・・ああ。それがなぜ。どうしてこうなるのでしょうか。
また虫に戻れと言うのでしょうか。蟲のまま、生き続けろと言うのでしょうか。
僕に死ぬなと言うのですか?答えて下さい。渡部さん!
包丁が僕のお腹に刺さる直前でした。
軽く先端が押しつけられ、少しでも力を入れたら、そのまま刺さる。
なのに彼女は・・・渡部さんは・・・
包丁を止めました。
その顔はもう、鬼の顔ではありませんでした。ゆっくりと刃を引っ込めました。
死を覚悟していた僕は戸惑いました。
彼女は、とても寂しそうな顔をしてました。憑き物が落ちたように。怒りは全く感じられませんでした。
悲しそうな。今にも泣きそうな顔。大切なモノを壊してしまった子供のように、目を潤ませて。
一筋の涙が流れました。頬を伝い、滴がポタンと落ていきます。
僕の顔を見ました。僕は何も言えず、涙を流す渡部さんを見てました。
見つめ合いました。お互い何も言えず。動けず。
長い沈黙です。
先に動いたの渡部さんでした。またゆっくりと腕を動かしました。
包丁をくるっと回し、刃を反対側に向けて・・・・
クスリと笑いました。イタズラっぽく、可愛らしい笑顔。
楽しそうに笑いました。優しく、微笑んでいました。
そして刺しました。自分のお腹を。
いつか見たような場面です。
早紀が自分のお腹を刺した、あの日記のシーン?
そうだ。そこだ。それを僕は、逆の立場で見ている。
仰向けになって倒れる渡部さん。赤い血が、宙に舞いました。
僕は彼女に駆け寄りました。身を屈め、迷わず僕は・・・・
包丁を抜き取り、傷を服で押さえつけました。
血が止まらない。救急車を呼ばなければ。
僕は立ち上がり、電話機へ。
この家の電話はまだ使えるか?受話器を取ると、ツーツーと音が鳴りました。
使える。119番を。早く呼ばなきゃ。渡部さんを助けなきゃ!
・・・・・・・・・・なぜ?
疑問が頭をよぎりました。
無意識の内に身体が動いてましたが、僕はなぜこんなことをしたんでしょうか。
渡部さんの死は、望んでいたはず。なのになんで助けるんだろう。
受話器を持ったまま、僕は決断を迫られました。
渡部さんは、このまま放っておいたら死ぬでしょう。
僕や早紀がお腹を刺させても死ななかったのは、やるべき処置をしたからです。
彼女がなぜこんな真似をしたのかわかりません。
あんなに、僕を殺したがってたのに。僕らは憎しみ合ってたのに。
短くうめき声をあげる渡部さん。
痛みに顔を歪めてはいるけど、口元は笑ってる。
渡部さん。どうして。どうしてこんなことを・・・・・・・・・・
・・・・・・・これは・・・・・・・・・・・待てよ・・・・・・・・・・・
同じだ。あの時のお母さんも、同じ疑問を抱いたはず。
自らの腹にナイフを突き刺した早紀。その理由はあまりに深く、複雑で、哀しい。
渡部さん、まさか君も・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君は・・・・・・・・・・・・・・?
僕は救急車を呼びました。
ハッキリとこの家の住所を告げ、僕の名前も告げました。
彼らが来たら、全てを話すつもりでいます。何も隠さず、僕らの因縁、全てを。
事件になるでしょう。それでも構いません。もう僕らだけで抱えるのはよそう。
二人で罪を、償おう。
彼らが到着するまで、僕は日記を書くことにしました。
食料やCDジャケットは壊れましたが、そのおかげでノートパソコンは無事でした。
だからこうして、日記を書けています。これが最後になるでしょう。
明日の僕は、どこにいるのかわかりません。日記を書ける状況にはいないでしょう。
今度はもう、逃げないから。
彼女に話しかけました。息を荒げ、助けを待つ彼女に。
「早紀」
彼女は少し顔をこっちに向けました。そして弱々しく呟きました。
「私は、美希よ」
そうか。そうだったね。
けど関係ないよ。僕は君の中に、早紀を見たんだから。
早紀は僕の希望・・・・それが、渡部さんの中に。
たった今気付いたよ。
お互い憎む対象だった。だけどそれは、孤独より遙かにマシだった。
孤独の罠に陥った時、僕はとても寂しい思いをした。
生きてる心地がしなかったんだ。自分の存在が、消えてしまったようで。
だれでもいい。僕のことを、覚えていて欲しかった。
渡部さん。これだけ長くやってきて、残ったのは君だけだ。
身内じゃない。他人で、だ。
今じゃ君だけが、僕のことを覚えてくれている。
君が死んでしまったら、僕を、「虫」を知ってる人がいなくなる。
好意を望むのは無理だろうね。だから憎んでくれてていい。
それでもいいから、僕の事を忘れないで。
死んではいけない・・・!
「美希ってね。『美しい希望』と書くの。」
か細い声で囁きました。そして少し、笑いました。
クスクスと楽しそうに笑っています。
無理しちゃだめだよ。彼らが来るまで、ゆっくり休むんだ。
それでも彼女は笑い続けました。クスクスと、楽しく。・・・寂しく。
やがて声を上げて笑うようになりました。アハハハと、とても明るい笑顔になって。
大きな声を上げようとしても、力が入らないようです。
声は小さなままです。でも、頑張ってる。
小さいけど、精一杯笑ってます。
「私が『希望』だって・・・・・・しかも、『美しい』!」
アハハハハハハハ・・・
それはどこか自嘲じみた響きがありました。
僕も一緒になって笑いました。二人の笑い声が、部屋中に響きます。
愚かな行為を繰り返してきた二人の笑い声。
幕を下ろす、最後の笑い声。
いつまでも響きます。虚しく響きます。
いつまでも、いつまでも
ありがとう。僕は彼女に言いました。
何に対しての「ありがとう」だろう。
刺さないでくれてありがとう?それとも、憎んでくれてありがとう?
いや違う。関わってくれて、ありがとう。
僕は生きてみるよ。「蟲」であっても、構わない。
だからお願いします。もう少しだけ、僕のことを覚えていて下さい。
憎んでいて下さい。・・・忘れないで下さい。
そうすれば僕も、生きられるから。
生き続けて下さい。
あるのは、絶望だけかもしれません。
望むことすら許されない。無の世界かもしれません。
だけど僕は探します。僕はきっと、見つけます。
光は君の中にある。
渡部『美希』
貴女は僕の、希望です。
希望の世界
−完−
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