輸送艦おおすみ戦記
[九条公人]
--------------------------------------------------------------------------------
「輸送艦おおすみ戦記」#1
--------------------------------------------------------------------------------
西暦2021年10月21日午前11時
イスラエル首都テルアビブ沖2キロに停泊中の海上自衛隊輸送艦おおすみの甲板上には、陸揚げする多数の貨物がパレット上に置かれ、隊員達がその間を走り回っていた。
おおすみの周囲には、無数の艦船が停泊し、自前の舟艇や大型ヘリコプターを使い荷揚げ作業に取り掛かっている。
おおすみ級LSTと改おおすみ級LST2隻の周囲には大型イージス護衛艦「ひゅうが」を初めとする6隻の大型イージス護衛艦が停泊している。
その基準排水量は、二次大戦中の重巡洋艦に匹敵する1万トンを越える大型の戦闘艦だ。
おおすみがこんな中東に進出してきたのは、ただの物見遊山ではない。
それは、周囲に停泊している各国海軍の無数といってよい艦船を見れば解るだろう。
はるか沖合いにはアメリカ海軍のニミッツ級空母ロナルド・レーガンがその10万トンを越える満載排水量に喫水を深くしている。
この艦隊は、1年前に勃発した第二次エルサレム解放戦争に対するPKFとして、世界各国から送り込まれてきたものだ。
前世紀の末期、一旦好転しかけたパレスチナとイスラエルとの和平は、しかし一進一退を繰り返し、2013年にいたるまで全く進展を見せなかった。
業を煮やしたユダヤ強硬派は、強引にエルサレム旧市街からキリスト教徒をも含む異教徒7500人あまりを武力によって追放し、エルサレムは、ついにユダヤ教徒によって占有される事態となった。
これに対し、中東各国に加えキリスト教圏の国々も反発、イスラエルは国際的に孤立した。
ムスリム各国は、エルサレムを解放するためのジハードを発動し、イスラエルへ宣戦を布告した。
しかし足並みの揃わないムスリム強硬派とムスリム穏健派との亀裂に乗じイスラエルは周辺各国へ先制攻撃を仕掛けた。
巡航ミサイル、航空攻撃を中心に各国軍事施設を軒並み破壊することに成功する。
さらに陸軍をもって、イスラエルは、シナイ半島全域を再支配し、スエズ運河をも脅かそうとした。
これに対し、サウジアラビアは、中東各国からの軍事援助受け入れを決定、ここに第一次エルサレム解放紛争が勃発した。
しかし、自国開発およびアメリカからの武器援助によって装備水準に10年ほどの差が存在しているイスラエルと数で勝る中東各国との争いは、これもまた一進一退を繰り返し、紛争は2年の長きにわたって短い休戦期間を挟みまるで第一次世界大戦のようにだらだらと続いた。
国連は、アジア出身の事務総長の指導の下、和平調停に奔走するが、やはり2000年に及ぶ確執はいかんともしがたく、アメリカ、ロシアの両大統領による直接調停によって、両者が停戦にようやく合意したのは紛争開始から2年半が過ぎていた。
しかし、イスラエル各地において数キロトン級「戦術核」によるテロが頻発したことによって、イスラエルは態度を硬化させ、イスラエル陸空軍が、暫定休戦ラインを越えたのは、調停から4年後の事だった。
安全保障理事国は、イスラエルおよびムスリム強硬派が手にしている戦術核がテロではなく軍事的に使われることを憂慮、軍事作戦において核兵器が使われた場合、ロシアと共に、戦略核ミサイルの使用もありうると、両陣営へくぎを刺した。
そして攻め込んだイスラエル側も、砂漠深くに陣を敷き、防御作戦に専念されては、効果的な攻撃ができず、再び事態は一進一退を繰り返し始めた。
安全保障理事会は、全会一致でエルサレムの国連信託統治領化を決定、エルサレム全域を無人化し、遺跡として観光・礼拝・巡礼以外の立ち入りを禁じるという条件をイスラエル・パレスチナ双方へつきつけ、常任理事国および非同盟諸国100ヶ国以上が参加する平和維持軍の派遣を決定した。
そのPKFへの参加のために、おおすみ級LST1隻、改おおすみ級大型LST2隻とV−22E(J)オスプレイ、AV−8F(J)スーパーハリアー配備イージス護衛艦6隻がテルアビブ郊外に停泊しているのである。
90式戦車30両、74式戦車36両、オスプレイ6機、スーパーハリアー18機、SH−53H(J)スーパースタリオン9機、戦闘装甲車30両、トラック30両、炊飯車6両などがこの第一陣として送り込まれていた。
そして・・・
PKF派遣海上自衛隊旗艦大型イージス護衛艦「ひゅうが」CIC
「発、総旗艦マウント・ホイットニー・・・イラク領内より、大型ミサイル20接近!! 各個に迎撃されたし!!」
艦内に警報が出され、イージスシステムが目標を捉える。
しかし次の瞬間、ひゅうがの電気系統が一斉に脱落した。
「どうした!!」
非常灯の赤い光りも灯らぬ真の暗闇の中で、PKF派遣艦隊司令長官真鍋達也海将補が叫ぶ、しかし、完全に未知の状態に送り込まれたCICの内部に、その事態を説明できる人間は存在していなかった。
イラク領内から放たれた20発の大型ミサイル、スカッドGは、ペイロード実に30トンというもはや宇宙ロケットと言っても良い存在であった、その弾頭には、ロシアで食い詰めた多数の科学者とその弟子たちによって作り上げられた100ギガトン級レーザー核融合爆弾が組み込まれていた。
先行して放たれた10発が再突入シーケンスに入り、弾頭を分離し、電磁波を寄せつけぬプラズマに包まれた時、後発の10発が高度70キロ付近で起爆した。
それによって引き起こされるのはそう、強力なEMP、核電磁パルスだ。
しかも10発の100ギガトン級水爆がほとんど同時に放ったそれは、いかに各国装備が耐EMP硬化処理を施されていようとも、問答無用で飽和状態におとしめるだけの力を持っていた。
破壊はされずとも、ホワイトアウトしてしまえば電子機器は役たたずとなる。
そしてそのホワイトアウトをしている数十秒の時間があれば残った10発の核弾頭が艦隊直上で起爆するには十分だったのである。
「―――この核攻撃によって、テルアビブ周辺は、完全に海の底に沈んだ模様です。
わが国から派遣した15隻の艦船、およびその乗員の生存は、絶望視されております。
アメリカおよびロシアは、イラクへ報復として巡航ミサイルおよび爆撃機による全面核攻撃を決定しました。
これに対しPKF未派遣の常任理事国である中国、フランス政府は―――」
昭和8年2月13日 呉海軍工廠沖合い5キロ
「今日は、晴れとったちゅうのに、いきなりなんじゃこの霧は」
木造漁船の艫(とも)に立ち、櫓(ろ)を操っている老人が、突然降る様に湧き出た霧をいぶかしんでいた。
彼の40年以上の漁師としての経験から真っ昼間の瀬戸内、それもど晴天(ピーカン)のこんな日に、霧が突然発生する筈がなかったからだ。
「親父さぁん、目の前でっけぇ船だ」
舳先で網を打っていた彼の息子が胴間声を張り上げる。
「でっけぇ? べつにおどろくこたぁねぇだろ、海軍さんじゃねぇのかい?」
「海軍さんの船だったら傾(かし)いどるじゃ、こんなところでのんびりしててええんか?」
「なにぃ? 傾いでるのか? 人は落ちてねえのか?」
「ああ、人の姿は見えねぇよ・・・海も船も、死んでるように静だ・・・きもちわりいくれえだよ」
男は、息子の言葉を確かめようと、櫓を固定すると舳先(へさき)へ走る。
巨大・・・とはいえ、彼が知っている少ない軍艦の知識からでも巡洋艦と呼ばれる船と同程度の大きさにみえる船が真っ平らな甲板を左へ倒し、漂流しているらしい。
そのグレー一色の船には『4001』『おおすみ』と真っ白い文字が描かれていた。
それからひと月後、海軍軍令部末次信正総長執務室。
「失礼します」
背広姿の壮年の男が分厚い書類鞄をもちドアを潜ってきた。
「うん」
「おおすみの概要調査の一次報告書でず」
「わざわざ、すまなかったなな堀君、で、あの船は一体なにものなんだね」
背広の男は、予備役少将の堀貞吉だった。
彼は、呉沖で発見された大型輸送艦「おおすみ」の調査委員会の主任として海軍に呼び戻されたのである。
かれの下には、日本各地から科学者、技術者が官民問わずに呼び集められ、呉海軍工廠の乾ドックにおいて、調査を進めていたのである。
「はい、あの船の図書室にあった新聞からあの船は、西暦2020年、平成32年にそんざいしている日本の海上自衛隊と呼ばれる日本帝国海軍の輸送艦であることが解りました」
「か・・・かいじょうじえいたい?」
聞き慣れぬ言葉に、末次は、機械のような発音で聞き返した。
「はい詳しくは図書室のいくつかの歴史が書かれている図書を現在解析中です」
「そうか、たったひと月で、そこまで調べられるはずもないな・・・うん、すまなかった、で西暦2020年とは?」
「はい、現在からざっと90年ほど未来ということになります」
「いくらなんでもそれはわたしも解るよ」
苦笑しながら末次は応える。
「90年未来の輸送艦がこの時代へどうやってか、やってきたとしか考えられません」
「・・・君は、信じているのか? 本当に。あの船が未来からきたというのか? まるで少年向けの科学空想物語か、ポンチ絵のような話じゃないか」
「そう理解出来るのでしたら、閣下は、頭が柔らかいということになります」
「ん・・・?!」
末次は、誉められているのかけなされているのか複雑な表情である。
「学者の中には、事実を認めたくなくて、精神失調に罹る人物もいるくらいですから」
「そういうことか、まあ、言われてしまえばそう理解するしかない物体だからな、でそんな未来世界からどうやってここへ、時間を遡ってまでやってきた」
「そこまではまだ解りません、しかし甲板や艦橋構造物の状態から、かなりの高温にさらされたふしがありました」
その言葉に頷くと末次は、現実的な話題へ戻った。
「それで搭載されていた各種装備は、使えそうなのか?」
「はい、重戦車が10両、中戦車が12両、地面効果を利用している大発2隻、装甲車、輸送車両がやはり10両づつ、炊飯車と思われるもの2両、機関銃、弾薬などは完動、オートジャイロ機は3機中1機は、破損が激しく、それからタービンエンジンを使いどうやら垂直離着陸が可能らしい航空機は、全機が稼動し、交換用らしいエンジン6組みも発見できました」
「そうか解析は可能か?」
「それが・・・」
堀は、その末次の問いに口調を濁す。
「やはりネックは、未来技術か」
「そういうことになってしまいます、とくに航空機や重戦車の自動化されている部分、その処理を行っていると電気関係の技術者達が推定している電気回路は、全く我々の理解を越える品物ですから・・・」
「エンジンはどうなのだ?」
「はい、やはりタービンエンジンの制御にも電気回路が多用されております。
しかし、オートジャイロ機の3基あるエンジンと、中戦車に関しては機械式の部分が多いため、もしかするならデッドコピーも可能という評価がでております」
「そうか! あの大型オートジャイロのエンジンがコピーできるなら航空機は、大進歩するぞ」
「詳しくは、青焼きで申し訳ありませんが、この報告書をご覧ください」
「判った、引き続き解析を頼むぞ」
「では、失礼します」
そう言って堀は敬礼をし、きびすを返した。
「おおすみ」発見から二ヶ月を経て調査に重大な伸展がなされた。
それは、何人かの水兵の私物の中から大量の基礎工学のテキストが発見されたのだ。
どうやらそれら水兵達は、工学関連の免状を取得するために勉強をしていたらしい。
それらは解析のネックになっていた電気(電子)工学に対する物が大半を占めており、おおすみの電装関係の解析に大いに貢献した。
それよりもなによりも、半導体と呼ばれる電気制御に革命を起こす存在の製造・運用に関する基礎的なテキストに技術者と科学者達は注目した。
早速、トランジスタと呼ばれる真空管数本分の働きをこなす部品の試作が行われ、3ヶ月を経て、試作に成功した。
それは、工学のテキストが事細かに作成に関する注意点について指摘していたことが大きかった、それによって最小限の試行錯誤での作成が可能となったのである。
さらに、冶金に対する基礎マニュアルがやはり私物から発見され当初はなにものか解らなかった<電子ブック>から発見された。
これによって、不可能と思われていた垂直離着陸機のエンジンのデッドコピーも可能となるのではないかと期待された。
「どうだね、90式のほうは」
造兵大佐大田原の元に堀が現れたのは、おおすみが発見されてから十六ヶ月がたとうとした梅雨の季節だった。
「やはり、電装関係と自動装填機構が技術的再現のネックですよ」
完全に未知の人工樹脂と希少金属がふんだんに使われている装甲関連の再現は諦められ、今後の技術的進歩を待つことかが決定され、その形状のみがコピーされることが決定している。
はぁ、と大きくため息を付き、泥を跳ね上げつつ疾走する巨大な鉄(だけではないが)の固まりをうらめしそうに見つめる。
「エンジンの整備や、砲や砲弾なら専門の人間を付ければなんとかなるかもしれないんですけどね」
超震地旋回などという一つ間違えば無限軌道を外してしまいかねない機動で旋回をした90式が、器用に砲塔だけを一方向へ固定して、ジグザグ運動を始める。
「そうか・・・やはり中戦車の方が再現の可能性が高いか?」
「ええ、74式は、面白いですよ、たこ壷に潜ったまま砲塔だけを斜めに撃ちおろす事すらできるって品物ですから、90式じゃどうしてそれを廃止しちまったのか、技術者としてはもう一つ解りませんね」
「重過ぎるっていうのどうだ?」
「ああ、確かに74式が34トンに対して50トンもありますからね・・・まあ、運用方法とか仮想敵国とかいろいろと変わったんでしょうな向うでも」
「そういうことかもしれんな、そうか、90式の再現は辛いか?」
そう堀が呟いた時、堀に付けられていた随員の一人が割り込んできた。
「90式って言うんですか、あの重戦車」
「ああ、そうだそういえば金森は、私の下に入ってから初めてだったな<おおすみ装備>を直に見るのは」
「ええ、それよりも90式戦車って言葉にどうも覚えがあるんですよ」
「なに?!」「どういうことだ!!」
二人の親父に迫られやや線の細さを感じさせる青年士官は、あわてて後じさった。
「うおっととと、二人とも離れてください」
「ああ」「いやすまん」
「うちの実家の近所に、ほらふき爺さん・・・いまも元気にほら吹いてますけど・・・が一人居ましてね、俺は未来から30の時にここへ来たって向うじゃ74式やら90式ちゅうばかでっけぇ戦車の整備をしとってたんじゃって、確かにトラックのエンジンなんてあっという間に直しちまう腕の良い機械屋なんですけどね。」
「どこだ、その爺さんは、今どこにいる!」
「は、はい、今も千葉の木更津の自分の実家の3軒隣で機械修理を請け負っているはずです」
「よし、今すぐ木更津へ飛ぶぞ、大田原さんも来ますか?」
「それが本物なら、面白そうですね、飛行艇を出してもらいましょう、汽車じゃ一日仕事になっちまう」
そして・・・
「あの日は、ようやくテルアビブについて・・・まだイスラエルなんて国はそんざいしていないんですね」
海軍呉工廠のおおすみ研究班の大会議室にあつまった大勢の技術者達の前で、着の身着のままで木更津から引っさらわれてきた島村翔太と名乗った、大分くたびれた感じの老人がそれでもしっかりとした口調で昔話を始めていた。
「ああ、だが地図から位置は解る」
「ええ、テルアビブについて、揚陸の準備作業を始めていた時でした、総旗艦からミサイルが上がったという警報が来たんですよ、その直後に、おおすみは停電して、私はちょうど最下層の船倉にいましたから、真っ暗闇の中で、凄まじい轟音を聞いてなんだろうと思った時には、意識を失って、気がつけば、今のかみさんの家で寝かされていたんですよ。
驚きましたよ、いきなり今は、明治25年だなんて言われて、120年も遡っちまった。
でもあれは多分、大型の核兵器が使われたんだと思いますよ。
ああっと・・・みなさん核兵器、解りますか?」
「解る、それもおおすみの図書館の蔵書に詳しい解説が乗っていた」
「ええ、思うんですけどね・・・これは自分がエスエフ・・・っと空想科学小説を良く読んでいたので勝手な解釈なんですが」
「良いよ、君しかその当時の状況を話せるものが居ないんだ話してくれ」
「はい、多分打ち込まれてきたミサイルがまず成層圏付近で爆発したんだと思います。
そうすると強力な電界が発生して、硬化処理されていない電子デバイス・・・トランジスタが作れたそうですね?」
「うんできたぞ、あれはすごいものだまさに革命だ!」
一人の学者が大声で応える、それに賛同するように数名の男たちが大きく頷いている。
「ええ、そのトランジスタを数百万も集めた集積回路というやつは、過電流に非常に敏感なんですよ、なにしろ配線が原子十数個分なんて細さでエッチングされていて、量子物理的不確定性が無視できなくなりかけてたって品ものまでありましたからね、でそんな回路に電界が誘導電流を作り出す、そうすると過電流が流れてあっというまに、集積回路はボン!」
てのひらを上に向けて跳ね上げてみせる。
「もっともおおすみだって硬化処理がされていたはずです、だから電気が消えたのは、電路に負荷がかかってブレーカーが落ちたためだったんでしょう。
それが証拠に、装備は完動するわけですから。
―――おっと話がずれましたね、その成層圏での核爆発の直後に艦隊の直上たぶんおおすみの真上かその近辺で100ギガトンを越えるような爆発がおきたんでしょう。
その超爆発の影響で時空連続体の秩序が崩壊して、おおすみは、時空の狭間に落ち込み、90年の時を飛び越えた、私はさらに30年も過去へ吹き飛ばされてしまった訳です・・・ねえ堀さん」
「なにかね?」
「音楽が聞きたいんですよ、こんな小さな樹脂の中に円盤が入ってるやつと、それと同じ大きさの箱がないですかね?」
「あ? ある、あったと思う」
堀は、一人の水兵に頷き、それらを持ってくるように言いつけた。
やがて水兵は、いくつからそれらしい物をもって会議室へ戻ってきた。
「ACアダプターがある・・・電池がなくてもこれで・・・」
手が震え、なかなかディスクをスロットへ入れられず、さらに操作ボタンがおせなかったがやがて大音量でヘッドホンから、賑やかな音楽が流れだす
「ああ、平成の歌だ・・・ずいぶん古い歌だけど・・・平成の俺の時代の歌だ・・・ううう・・ううう・・・くそ・・・どうして、どうしてやつら核兵器なんか使ったんだ!! 畜生! 畜生!!」
島村は、海軍に軍属として所属することになった、彼の知るかぎりの工学知識を生かすために。
「タービンエンジンは、どれだけ空気を圧縮できるかってことにが鍵になるんですよ、だからこの圧縮機であるタービンブレードは、超高速回転による遠心力と空気が圧縮されることで起こる超高温に耐えないといけない。
鉄やアルミではそれに耐えられないから、チタンやカーボンファイバーなんて新素材が使われるようになっていた。
でもこいつの推力は10トン・・・推力つうのは、一秒間にどれだけの空気を吹き出すことができるかって単位の事なんですけどね・・・もありますから、まんま再現できなくてもよければ、例えば鉄やアルミで耐えられる程度の圧縮に押さえるなどをすれば、それなりのエンジンに仕上がる筈ですよ、素性は良いエンジンですから、なにせ向うの日本だって終戦まぎわにゃジェット戦闘機を飛ばす直前にはなっていたんですから。
その推力なんて、1トンくらいしかなかったはずです」
「なるほど複雑な圧縮過程を減らして設計・試作を行ってみましょう」
だが、技術考証・展開だけがおおすみ研究班の仕事ではなかった。
汚れ仕事も彼らには必要だったのである。
昭和10年12月12日
「ほんとにやるんですか?」
栃木県のひなびた温泉へ続く九十九折りの続く辛うじて車がすれ違える幅の細い道路。
そこを見つめる目が8つ、存在していた。
「やる」
虎の子であるスーパーハリアー2機が、谷底に敷かれた鉄板の上に駐機ていた。
「来ました!」
「よし、エンジン始動、一人も逃すな」
小型の発電機から電源を受けていたペガサスエンジンは、スターター一発で始動する。
そしてスロットルは戦闘出力にまで徐々に高められ、四本のスラスターからジェットブラストを吹き出し、スーパーハリアーが空に舞った。
「しかし、よくもこんな隠れ里のような温泉を見つけたね」
禿頭に丸めがね、そしてカーキー色の陸軍軍装には、大将の徽章が張りついている。
ねめつけるかのような鋭い眼光をその丸めがねの奥から放っているのは、東条英機という名の軍人だった。
「ええ、なにやら三菱のほうから紹介があったそうです」
憲兵隊のバイクの2台の先導に続き5台が並ぶ黒塗りのロールス・ロイスは、未舗装のこんな田舎道であってもそれなりの乗り心地を提供している。
「ほう、そうかね」
あと二ヶ月も早くここを通ったなら紅葉が美しかったろうに、などということは、この男は思わない。
彼の頭の中には、政治と陸軍の派閥争いと、自分がどうその組織の頂点にたつかという小役人としての理論しか存在していなかった。
その時、突然唸るような金属音が周囲を圧倒した。
「なんだこの癇に障る音は!」
そう怒鳴った自分の声すら自分の耳に届かないほどの圧倒的な轟音だ。
そして東條は見た、自分の真横に巨大な金属の鳥が平行して飛んでいる様子を。
「ひ、飛行機なのか?」
だが彼の常識は、それを否定する。
時速30キロで飛べる飛行機など存在していない。
だが、それは飛行機でなくてはならないはずだった。
サングラスのバイザーを下げ、酸素マスクをつけた彼らからすれば異様な風体である・・・そうまるで異星人であるかのような・・・パイロットは、見事な陸軍式の敬礼を彼へ向かって投げつけると、翼を翻し先導のバイクへ向かい機関砲を打ち放つ。
25ミリ機関砲弾に直撃された憲兵は一瞬で木っ端微塵に飛び散り、もう一方の憲兵もバイクが爆散し即死した。
だが驚くのはそんな事にでは無かった、その飛行機は、あろうことか空中に静止し、そして・・・。
翌日の新聞には『東条英機大将以下陸軍将官多数同時に暗殺さる』という見出しが踊った、だが真相は、誰にも理解できないだろう。
それはそうだ、谷あいの九十九折りの峠道を空から攻撃などできる筈も無いからだ。
陸軍は、やっきになって爆発物の特定などを進めているが、未来兵器であるロケット弾の特定など、どう足掻こうと出来ようはずもなかった。
「本当に良かったのですか?」
おおすみ研究班の班長室で、金森仁志中尉が木製の粗末な椅子に座り茶をすすっている堀貞吉へ向かっていった。
「ああでもしなけりゃ来年には、盧溝橋が爆破されてた、そうしたら大陸と泥沼の戦争が始まる。
そうして国家としての体力が弱まったところに、アメリカの戦略物資禁輸だ、向うの日本が日干にされちまう恐怖感から開戦に踏み切ったとなれば、こっちは機先を制するしかあるまい?」
「そこまでおおすみ文書を信用して良いんですか?」
「機械は嘘をつかない。その機械がおおすみ文書のままに動く以上、その他のマニュアル、テキストも信じる。
それが海軍の指針だ、なにか不都合があるかね」
「いいえ、私も海軍の軍人です」
「そういうことだな」
そして、昭和12年の半ば過ぎ、ようやく74式戦車、スーパースタリオンに使われていた4300馬力を発生させるターボシャフトエンジンと、ペガサスエンジンのデッドコピーの試作が終了した。
その間にも、おおすみに搭載されていた船舶航行用レーダーのコピーや、CAWSの機械部分のコピーなどが次々に終了していた。
特に船舶用レーダーのコピーは、トランジスタの量産に成功したという部分が一番大きいだろう。
「やはり垂直離着陸は無理かね?」
「LSI級の集積回路を使ったコンピュータが存在しないと、機体の制御は、不可能だと思います。
タービンエンジンは、素直に通常の航空機に使用するのが正しいでしょう。
黙って乗せても時速900キロを軽く越える機体になるはずです」
「う〜ん・・・残念だ、重巡クラスに航空隊、それも戦闘機隊を乗せることができればと思っていたが」
「いいえ、違いますよ堀さん、VTOL機の研究・開発は続けるのが正しいと思います。
今、技術的な経験値が日本の技術者に少ない状況で無理矢理VTOLを作らせてもそれはうまく行かずに、研究・開発そのものが途絶してしまうほうが後悔に繋がると思うんですよ」
「そうか、一足飛びにスーパーハリアーというのは、無理な話しだったな確かに、戦艦も、超弩級艦の建造だってイギリスから購入した金剛級から始まって30年もかけてここまで来たのだった。
だが実物があると、心は焦る」
「解ります」
「うん、ではヘリコプターの方はどうなんだ?」
「ええ、ヘリコプターは全く問題ありません。
スーパースタリオンのGEのT64−416は、4300馬力なんて化け物エンジンですが、素性は良い。
それだけにデットコピーでも3800馬力を出す強力なエンジンに仕上がってます。
通常の航空機に使っても、とんでもない機体に仕上がる筈ですよ」
「そういえば金森!」
「は、はい?!」
私物で存在していたコンシューマーゲーム機ゲームに興じていた(これも調査だと強弁できるところが悲しい)金森は、弾かれたように立ち上がる。
「ったく貴様ぁ・・・で74−12式と陸軍の八九式との模擬戦はどうなった?」
一瞬呆れた顔をした堀だったが、自分の机の上にある携帯ゲーム機を見てしまい文句を言える立場ではないことを悟り、内心苦笑していた。
「はい、習志野の千葉戦車学校において4日後に予定されています。
ど肝を抜いてやりましょう」
「ど肝を抜かしてくれれば良いんだがな」
「ど肝が抜けなければ、星王、そしてタービンエンジン戦闘機をぶつけるまででしょう」
島村は、そう言って、目の前のドックにおいて面目を一新しつつ有る航空巡洋艦の巨体に目を向けた。
タン! タタン!
発砲音と共に、数台の鉄箱を重ねたように見える物体から、ひかりの粒がはるか前方へ走る。
たがひかりの粒は、目標としていたその物体よりも余程洗練された形状をもつ物体へは命中せず、そのやはりはるか後方に土を盛られ作られた土塁へと突き刺さり、そして閃光を発し炸裂し土煙を吹き上げた。
その光景に、天幕の中で陸軍の将校たちと様子を見守っていた、おおすみ計画連絡将校金森中尉が、あわてて叫んだ。
「も、模擬弾を使うんじゃなかったんですか!」
「その筈だ。 一体どうなっている!」
観戦に来ていた山下奉文中将が、慌ててにやついた顔の参謀へ怒鳴った。
「小官は、その様な事は一切聞いておりません。
八九式を8両、この千葉戦車学校の演習地に集めろと言われただけですから。
通常の実弾演習が行われる物だと思っておりましたが?」
「正気か鏑木(かぶらぎ)」
「海軍ごときが作った戦車に八九式中戦車を敗れるはずがありません、破れてはいけないのですよ閣下」
「了見の狭いことだな」
天幕の後ろで腕を組みそのやり取りを聞いていた背広姿の掘貞吉がボソリと口をひらいた。
「なんだと、きさまたかが民間人のくせに聞き捨てならん!」
いきなり軍刀に手をかける。
「よさんか鏑木」
「し、しかし」
「元気がイいのは結構だが、その方は予備役とはいえ、海軍の将官だぞ、それに彼は海軍軍令部総長の直属機関の長だ、それでも貴様はその刀を抜くか?」
「・・・し、失礼した」
さすがに角を突き合わせているとはいえ、組織の人間である、将官と軍令部総長直属機関という肩書きには勝てぬらしい。
「いいや、かまわん、私も君に失礼なことを言ったからな。
だが、貴官、貴官のその要らぬ配慮で貴重な戦車兵を死なせてしまうかもしれないのだぞ」
「なにをくだらないことを、兵の五人や十人がどうしたというのだ」
「・・・貴官、軍という組織の事を全く学んでこなかったようだな」
―――兵というのは、金をかけて養成する軍という組織の財産だというのに、そのような事すら全く判って居ない、こんな参謀が参謀本部にいるのではな・・・・。
やはり今のままの陸軍に臣民を預けることはできん。
この時、堀はそう決意を確かにした。
「なんだと!」
「堀さん! 榴弾の用意できたそうです」
トランジスタを利用した高性能ハンディートーキーを使い金森が74−12式を操る兵達へ指示を出したらしい。
徹甲弾や90式戦車に搭載されていた、HEAT弾では八九式を吹き飛ばしてしまう恐れがあるため、威力の弱い榴弾を使用する事を命じたのだ。
今までかかったのは、砲塔内の弾架内には模擬弾しか乗せておらず、車体内の弾架から15キロ程もある95ミリ弾を砲塔へ上げる作業が必要だったためだ。
「よし、全車、実弾の使用を許可する・・・よろしいですな山下中将」
「止むを得ん」
「豆鉄砲が八九式の装甲を破れる筈がなかろう!」
「八九式中戦車の正面装甲は、32ミリ砲の至近からの砲撃に耐えうる」
掘は、そう諸元を諳じてみせた。
「その通りだ」
「鏑木貴官、金森中尉が渡した74−12式の諸元に目を通したのか?!」
山下が慌てて問う。
「そんなもの目を通すだけ時間の無駄です」
鏑木の即答に頭を抱える山下。
「・・・山下中将、彼は本当に陸軍の参謀本部の人間なのですか?」
「恥ずかしながらその通り、彼は参謀本部切っての戦車戦のエクスパートということになっている」
「貴官の作戦で死地へ赴く兵士が、憐れだな」
と堀が呟いた時、たて続けに数百メートル離れている九八式戦車が爆炎に包まれた。
「なにっ!」
「しまった、やはり榴弾でも威力が強すぎたか!」
「金森、車体ではなく足回りを狙うように伝えろ」
「いや、もう遅い」
山下が唸るように言った時、光の粒が全速で待避行動に移った4両の八九式へ吸い込まれ、炸裂した。
「全車、砲撃中止、中止だ!! 消火! 急げ、急げば助かる可能性もある!」
金森が無線機へ向かいどなり、そして待機していた応急班に対しても叫ぶ。
「鏑木中佐」
「あ・・・ああ・・・」
この参謀は、ほとんど現場に足を運んだことすらないのだろう。
腹に重く響いた炸裂音を聞いただけで、足を震わせていた。
「鏑木中佐、海軍おおすみ計画製造の74−12式の主砲は、95ミリ60口径砲、その威力は、特殊弾頭弾を使用した場合、1000メートルで、140ミリの装甲を軽々と貫く。
海軍が大口径砲の製作に慣れていることを忘れてもらっては困るな」
「八九式は、全速で待避していた筈なのに、全車に命中弾とは・・・」
「からくりをお教えしましょう、八九式の最高時速は25キロ、ですが74−12式の最高速度は45キロ、そのうえ砲塔は電動で旋回します。
同速で平行して走行すれば相対速度は、ゼロ、静止しているのと変わりません」
「・・・しかし、わからんのだが、どうして海軍が戦車を、それも世界最高水準の戦車を作り出す必要があったのだ?」
「山下中将、そんな事は決まっているじゃありませんか」
「?」
「帝国を、この神国日本を、あらゆる敵から守るために必要だったのですよ」
その敵という表現の中に、まさか自分達帝国陸軍が含まれていようとは、この時山下は思っていなかったのである。
結局、自身の勝手な判断で八九式を8両も潰してしまった鏑木中佐は、憲兵に拘束され、軍法会議にかけられることになった。
乗員にけが人は出たものの、死者が出なかったのは彼にとっても幸いと言えるだろう。
ただでさえ、クーデター(史実の二.二六事件である)を機械化海軍陸戦隊(8輪式装甲兵員輸送車、マシンピストル、オートマチックライフル装備)による直前鎮圧という事態で陸軍は、天皇と国民に対して完全に面目を失っていた。
なによりも<天皇暗殺>をクーデターをうすうす察知していた陸軍参謀本部がクーデター部隊鎮圧、玉体護持を口実に計画していたことが明らかとなったことが、痛恨事だった。
これによって、陸軍は、先年の将校暗殺によって弱まっていた政治的発言力を完全に失うことになったからである。
このことによって、満州経営を牛耳り、中国大陸進出を未だに画策しつづけていた関東軍も解体され、満州防衛は、満州国が国防能力を備えるまで暫定的に日本陸軍の駐留を認めるという二ヶ国間協定の締結へとこぎつけたのである。
これは諸外国にも好意的に受けとられ、日本の国際的な立場をほんの少し回復させることに成功した。
解体された関東軍の兵員の大半は、動員を解除され、百万単位の人員が内地へ労働力として復員してきた。
これによって大量の人件費が浮き、それを国内産業のインフラ整備へと振り分けることも可能となった。
そして海軍は、少なくない数の復員熟練技術者達を海軍軍属として保護したのであった。
さらにその首謀者中にドイツとの防共協定を結ばんと画策していた人物が多数含まれていた事により、防共協定の締結も事前に阻止された。
この防共協定が、2年後には日独伊の三国同盟へと強化され、アメリカの対ドイツ参戦の口実づくりとして、日本への戦略物資の禁輸や、ハル・ノートへと繋がって行く事を考えるならば、多少の状況証拠のねつ造は、仕方がない所であろう。
それはおおすみに装備されていたパソコンとフォトレタッチソフトを使い、クーデター将校と、親ドイツ派将校との密会写真のコラージュによって作られた物であるが、それを見抜ける人間が、存在する筈がなかったのである。
また海軍は、昭和10年の初めから海軍は密かに上海に作らせたダミー会社を使い満州国内の資源開発に乗り出していた。
それは、今後の国際情勢いかんによっては戦略物資の途絶という事態が発生することを見越しての事だった。
もともとおおすみ文書によって、資源が存在している場所は判っているのだから、資金と人員、そして掘削機器の手当てさえ付けば、すぐにでも資源開発にかかれるのである。
そしてその事業は思いの外うまく行き、鉄鋼、石油などをほとんどをアメリカに頼っていた状況は、今後数年の内に改善される見込みが生まれたのである。
それは最低でも鉄鋼の70%、石油は80%を満州からの輸入でまかなう事が可能となるはずであった。
だが、日本はそれをアメリカに悟られることを避けるため、アメリカからの購入もあえて続けていたのである。
「これが試式12噴式戦闘機か」
空技廠からおおすみ計画へ引きぬかれた鶴野造兵少尉が堀へ向かって説明をしている。
その背後には、真新しい塗装を陽光に光らせている航空機の姿があった。
ずんぐりした感のあるその航空機は、しかし並べて駐機されているスーパーハリアーと比べてもかなりコンパクトに仕上がってみえた。
その為、デッドコピー版ペガサスエンジンを内蔵し胴体が大きく膨らみ曲面で構成された機体がずんぐりして見えるのだろう。
もしも平成の人間がその機体を見たならば、アメリカ海軍のA−4スカイホーク攻撃機そっくりに見えたはずだ。
それも当たり前で、艦載できる単発の小型戦闘攻撃機のベストセラーを探すとなれば、モデルはA−4ということになる。
「はい、全長は12メートル、全幅は9メートル、推力3.4トンの天馬1式エンジン1基を搭載し、固定武装は、20ミリ回転砲身機関砲1基携行弾数500発、巡航速度820キロ毎時、最高速度900キロ毎時、爆雷装4トン、400リットル増槽を2基取りつけた場合の最大後続距離は3300キロあります」
「な? こ、こんな機体が、爆雷装4トン、3000キロだと? 陸攻よりも搭載量が多くて、3000キロも飛ぶというのか?!」
「はい、さらに、限定的ですが推力偏向ノズル2基を機体側面に配備し、慣れた人間ならば赤トンボ並の戦闘機動を行うことができます」
「こんな化け物が赤トンボ並み?」
「慣れた人間ならばです、それに推力偏向ノズルは、空母艦載時の離着艦距離を短縮するための苦肉の策なんですが」
「く、空母に乗せるのかこれを!」
「それが出来なくては、意味がないと思いましたから。あ、翼端は折り畳めますから幅は3メートル短くなります、多分この12式で戦爆雷をすべてこなしてしまえる性能を持っていますから、無駄な工業力を使わずにすむはずです」
「製造に無理をしたのではないのか?
量産性が悪いのでは航空機としてはあまり誉められたものではない」
「いいえ、もっと先鋭的な性能を出せるのを落としております。
エンジンにしても、機体にしても超音速を可能とする設計製造の余裕を量産性と信頼性へ振り分けたことになります」
「そうか・・・これを量産するとして、年間にどれほどの数を作ることができる?」
鶴野は、指を三本立ててみせた。
「30機か・・・まあそんな所だな」
「違いますよ、300機です、空技廠と中島の新工場だけでそれだけいけます」
「だが、噴式エンジンをそれほど量産できるのか?」
「おおすみに乗っていたパソコンの設計ソフトを使ったんです。
あの設計ソフトを使って、今までのような「こうだったら良いな」なんていういい加減な図面ではなく、きっちりと部品一つ一つのサイズまでを書き込んだ図面が引けるようになりました。
その図面をこちらで作成した静電複写機で複写して、工場中に配り、職工に部品の寸法を寸分違わず作るように指導しました。
ドイツやアメリカから加工機械を購入しましたし、専用の加工機械も電子ブックの記述を参考にして作成もしました。
これが徹底できるならば、もっと量産性は上がります」
「パソコンか・・・いずれは再生したものだが・・・」
「その為にはトランジスタからIC(インテグレイテッドサーキット)へ技術を進めてゆかなくてはなりません。
最初歩のCPU(セントラルプロセッシングユニット)でも、トランジスタを数百個をエッチングしなくてはなりませんから、これは、これで技術的な挑戦となります、さらに磁気ヘッドを使用したフロッピーディスクやハードディスクという外部記憶についても、再生を行わなくてはなりません。
10年20年というスパンでなくては、とても無理な話だと思います」
「そうだな、その前に我々には、やるべきことが山をなしている」
「その通りです」
「これが、12式重戦車ですか!」
「すげぇ」「おおっ、恰好良い!」「でけぇ」
などという声が、陸戦隊の装甲車の運転手から選抜された百名程の兵達から小さく漏れてきた。
「重戦車? ・・・どうみてもこりぁ中戦車・・・あ、いや」
その選抜された兵の長となる大尉の声に金森中尉は、思わず口を滑らせた。
「ってことは、これよりもデカい戦車があるんですか?」
「いいやぁ・・・たしかに陸軍さんの八九なんての比べたら重戦車にみえますけど、要目は、中戦車という事になってますから」
「はあ? なんだかもっとすごい隠し球がありそうな雰囲気だなぁ」
「い、いやぁ、どうなんだろう・・・と、とにかく柴崎大尉にこの12式24両を預けます、ここに集まってもらったすべての諸君が戦車教官とれるよう研鑽を積んでください」
「任せてください! といっても私も初心者なので手探りになると思いますが」
「教本類は、準備して有ります。先ずは操作に慣れてください」
こうして昭和12年は暮れていったのであった・・・。
翡翠重工大連造船所。
それが上海に作られた翡翠重工という日本海軍のダミー会社が大連に作ろうとしている巨大な工廠である。
総面積50平方キロメートルの敷地に400メートル級乾ドック3、300メートル級乾ドック7、200メートル級乾ドック10を備え、自前の鉄鋼所と発電施設、飛行場までも備えた巨大重工業コンビナートの<原形>が今、産声を上げたのだ。
今現在は、製鉄高炉1基、発電所、アルミ精練所と300メートル乾ドックが2つ稼動を開始したに過ぎない。
しかし、既に乾ドックでは、電気溶接を全面的に導入した油槽船および輸送船の建造工事が始まっていた。
そこで建造された油槽船は、言うまでもなく、小改造で大型空母へと転用が可能な設計となっていた。
なによりもこの造船所が勝れている点は、ブロック化工法を全面的に取り入れ、流れ作業によって、効率的に工事が進んで行く所だった。
もっとも、現状では、流れ作業を行うほど乾ドックの数が揃っていないので、その恩恵にあずかるのは、さらに来年以降、200メートルや、400メートルのドックが操業を開始してからになるだろう。
200メートルの乾ドックで作られた船体の各部品が、400メートル乾ドックへと集められ、大型の船が建造されることになるからだ。
一つの乾ドックにおいて、一つの作業を連続して行うことが可能となるため、作業効率が上がるのである。
おおすみ計画が進行するに当たってもっとも活発な議論が行われたのが「大和」「武蔵」「信濃」についてであった。
すでに存在している戦艦については、電子装備を中心に未来化を行い、砲弾などの変更によって、攻撃能力を上げることが決定している。
これは、空母化などの改装を施すよりも、対地砲撃や空母の護衛戦力として運用した方が有効活用が可能であると考えられたためだ。
しかし、計画中であった大和級がそろいもそろって役たたずであったというおおすみ文書は、海軍関係者にとってはショックであった。
大和より空母という意見が出るのは当然であり、噴式エンジン航空機によって攻撃能力の上がる航空兵力偏重という図式が艦政本部においても、軍令部においてもGF内部においても出来上がりつつ有ったのである。
だが結論として大和、そして武蔵は、建造されることが決まった。
それは、戦艦と呼ぶよりも、対空護衛艦と呼ぶのが相応しいありさまではあったが・・・。
「目標接近します」
静まり返った艦橋にPPIスコープを睨んだ要員の声が響いた。
「よし<鎮守者(ゴールキーパー)>作動開始!」
日本海、敦賀湾沖20キロに、数隻の駆逐艦らしきスマートな影があった。
舷側には001と数字のみしか描かれていないそれは、おおすみ計画が建造した、試式対空駆逐艦「東雲(しののめ)」である。
全長は120メートル、全幅11メートル、最大速度37ノット、基準排水量2000トンという船体に、12センチ65口径連装高角砲を2基、そして電探連動型20ミリ回転砲身機関砲を両舷4基、計8基を備え、星王回転翼機を1機搭載が可能だった。
その電探連動型20ミリ回転砲身機関砲の名称が<鎮守者(ゴールキーパー)>なのである。
既にゴールキーパーの射撃電探にも目標が捉えられている筈だった。
目標の数は40。
事前の調整や、無線操縦によって、東雲を目指して突入してくるもの、低空を飛びぬけてゆくものと多彩な動きをするはずだ。
これら8基のゴールキーパーは、本来ならば、強力な電算機によって、目標ごとに荷重計算ががなされ、一番危険度の大きいものから排除がされる筈だ、しかし、昭和13年の技術では電算機の再現は難しく、目標は、各砲塔が割り当てられている区画においてもっとも接近した目標から自動的に砲撃されるようになっていた。
東雲に一番最初に最接近をしたのは赤トンボと呼ばれる中間練習機を改造した目標だった。
もちろん、無人で飛ぶ様に無線操縦のからくりが取りつけられている。
そしてその赤トンボの操縦者は、この試験の意味を十二分に了解していたらしい。
東雲に接近するにつれて、赤トンボは、右へ左へ上へ下へとコースを変え、ゴールキーパーの電探を幻惑しようとした。
しかし、分間3000発を打ち放つ回転砲身機関砲は、たった一秒程吼えただけだった。
その一秒間に放たれた50発の砲弾の内、半数が赤トンボの日立「天風」11型エンジンへ突き刺さり炸裂し、残った砲弾もその機体へ風穴をぶち開けた。
そして次の瞬間、赤トンボこと複葉の93式陸上中間練習機は、空中で見事な火球と化した。
それを皮切りに、両舷8基のゴールキーパー達がまるで何者かに操られているかのような動きと共に、短い破壊をまき散らしはじめた。
陸攻に乗せられて放たれたかなり適当な作りのロケット弾や、モーターボートなども存在していた。
しかし、東雲に搭載されたゴールキーパー8基は、完全にその役割を果たし、40の目標はことごとく灰燼と化したのであった。
「高角砲も射撃をしましたね」
「試しに電探と連動させてみたそうだ、ゴールキーパーでは届かない高度と距離の脅威に対向するには、それ以外はないだろと言うんだな」
「なるほど、で、結果は?」
「見事に撃破した、一番遠いラインを航過していた、飛行艇を一撃でしとめた」
「そりゃあ凄い!」
「ま、全速の天鷹相手じゃどうだかわからんがね」
「そればかりは、試してみるという訳にも行かないですからね」
「そういうことだ」
「これでゴールキーパーの大和への導入が決まりですね」
日本がおおすみの出現で未来技術と情報を手にし、中国大陸という泥沼へはまる直前に引き返すことに成功したこの世界で、だが欧米諸国は、やはり戦争へと突き進みつつ有った。
日本との防共協定の締結に失敗したドイツは、1937年にソビエトと不可侵条約を締結し、さらには、イタリア、スペインと三国同盟を結び、着々と軍備増強に努めていた。
そしてアメリカは、虎視眈々と日本が手を引いた中国への進出の機会を狙っていた。
その機会は都市部を支配していた蒋介石軍への軍事援助という形でアメリカへ訪れた。
本来であれば、抗日統一戦線としてこの時期には、蒋介石と毛沢東は手を結んでいなくてはならなかった。
だが、日本という第三勢力の存在しない中国において、それが成立するはずがなかった。
だが日本も黙ってこの中国の内戦を見つめていたわけではなかったのである。
本来であれば紅衛兵となってしまう寒村の住民を、日本は労働力として満州へ秘密裏に移住させていったのである。
小作人達をプロパガンダと甘言とにより洗脳し兵力化を狙っていた共産軍の目論見は見事に外れ、長征を行うための食料すら手に入らない状況を日本は、作り出した。
もちろん、それだけ増えた都市人口を養うには大量の食料が必要となる。
その大量の食料を日本は、本土と満州国内の農業の機械化と集約化でまかなおうとしていたのである。
しかし、日本も満州もまさかそんなところにアメリカが目をつけ日本へ対決を迫ってこようとは夢にも思っていなかった。
「食料をアメリカから買わないと戦略物資の輸出を禁止するですか?」
「ああ、ほとんど極道の難癖にしか感じられん」
「買えばよろしいではありませんか」
「買うのはやぶさかでないんだがね、安すぎるんだよ」
「両国内農業が壊滅してしまうほど安く売りつけようとしているんですね」
島村がアメリカが良くやる手ですよとでも言いたげに首を横に振った。
「良いじゃありませんか安いなら」
「金森おまえ、何も考えずに応えてるだろ?」
金森大尉へ堀は呆れた声で言う。
「え? ああ・・・いけませんか?」
「食料も立派な戦略物資なんだぞ、いいか、国内農業が壊滅してしまった状況で、アメリカが食料の価格をつり上げてみろ、もしくはアメリカが干ばつや洪水で食料を売れない状況に陥ってみろ、日本や満州はどうなる、それだけで二つの国をアメリカはコントロールできちまうんだ。
農業国アメリカにとってアグリビジネスちゅうのは、国際戦略なんだ・・・あ、すいません・・・つい」
島村は堀が言うべきことを言ってしまったことに気がつき、頭を掻いて小さくなった。
「いや、その通りだ、もっとも未来日本のようにその意味がわからないほどこの帝国日本の為政者は鈍感じゃない。
関税をかけるか、輸入食料の流通マージンに馬鹿高い税金をかけるかで揉めてる所だ」
「しかし・・・」
「ああ、判っている、高い関税もまたアメリカの癪に障る。 口実となる」
「・・・それでも」
「そうだ、いずれアメリカは、しびれを切らせだろう。
こちらが避戦の態勢を取ろうとも、向うから手を出してくるに違いないのだ。
なにしろ彼の国は、自身で敵を養っておいて、自分の手でそれを叩きつぶすことを生きがいにしているような下衆の集団なんだからな」
掘にそこまで苛烈な決意をさせたのは、やはりおおすみがもたらしたいくつかの資料によるところが大きい。
20世紀の末に発生した湾岸戦争、そして21世紀最初の年から2年あまり続いた「対テロ戦争」の報道に乗らない情報を、やはり自衛隊は持っていた。
これらの戦争は、アメリカのマッチポンプの結果発生した完全な「やらせ」戦争であると結論づけていた。
「ほほう、やはり関税で対向してきたか」
コーデル・ハル国務長官の報告にそう底意地の悪そうな声を上げたのは、ルーズベルト大統領だ。
1938年になって、ドイツの動向が怪しくなっていた。
ドイツ系住民の保護を口実としたドイツ国軍のズデーデン地方への進駐、そしてオーストリアの併合、軍備の増強。
再び軍靴の音が世界を覆う可能性が出てきた。
それに乗じ世界の兵器庫として美味しい所を掠め取ろうとしているアメリカにとって先の第一次世界大戦において美味しいところを掠め取った日本は、目の上のたん瘤でしかなかった。
完全な人種差別主義者であるルーズベルトにとって所詮アジアとは、彼ら白人に黙って奉仕していればよい奴隷の供給地でしかないのだ。
「当然と言えば、当然でしょう、国内農業を守り、食料の自給を保つためにはそれしか道がありません」
「しかし、食料とは、よくも考えついたものだな」
「工業製品については、言ってみれば日本は得意先です、これは手札にできません。
ロビースト達がうるさいですからな。
ならばわが国のもう一つの輸出産業である食料を使うしかありません」
「で?」
「戦略物資の禁輸は、猿まねとはいえ工業化を果たしつつ有る日本と満州にとっては致命的なはずです。
しかし食料を輸入しつづければ、国内の農業は壊滅する。
このアンビバレンツに、日本がいつまで耐えられるかということになるでしょう」
「判った、ありがとう国務長官」
「ついにヨーロッパで始まりました」
金森大尉が、呉鎮守府のおおすみ計画本部の本部長室へメモをもって現れた。
駆けてきたのを慌ててドアの前で止まり、息を整えていた様子がすりガラスに映っていたのを彼はしらないようだ。
低い声で、無理矢理落ち着いた風を装おうとしているのが堀には可笑しかった。
掘の隣には島村翔太が座り、書類に目を通している。
彼は、おおすみ計画の実質的な技術関係の責任者となっていた。
1939年9月1日、ドイツは、隣国ポーランドへと侵攻を開始、これに対して、フランス、イギリス両国は、同3日、ドイツに対して宣戦を布告し、第二次世界大戦の火蓋が切って落とされた。
「ソ連との不可侵条約締結が早まったのでポーランド侵攻も早まるかと思ったが、未来日本の歴史通りに動いたな」
「ええ、ですがソ連はポーランドに侵攻していません」
「なに?」
「ソ連とわが国は、いまだ不可侵条約を結んでおりません」
「ああ、どうせ守られぬ条約など結ぶ価値はない・・・ソ連は、極東に兵力を割く必要があったんだったな」
「そうです」
「ポーランドへ侵攻する余裕もないか?」
「ええ、それにわが方の謀略部隊が策動をしております」
それは、単純な事でしかない赤軍の兵士・将校に鼻薬をかがせ、その上司を資本主義思想の持ち主だと政治将校へ密告するように仕向けるただそれだけのことだ。
だが、ソビエトであるならば、それが実に面白いように巧く機能する。
密告された上司がいかに有能な人物であろうと、資本主義思想の持ち主であるというだけで思考停止し、その人間は破滅する。
そうして、赤軍の優秀な将校を一発の銃弾も使わずに抹殺する事がかのうとなるのだ。
「赤軍に将なし、ですね」
「そうだ、いかに優秀なハードウエアをもっていようと、運用がへぼならば、その優秀さはいかされない」
「しかし、いいんですかね」
「なにがだ?」
「ドイツに極東に張りついているソビエト軍の動向を伝えてしまって、勝っちゃいますよ」
「それだけで勝てるとは限らんさ」
その金森の言った情報は、こうして収拾されていた・・・。
チチハル郊外の飛行場から漆黒の双胴のグライダーのように翼の長い機体が離陸しようとしていた。
全長は23メートル、全幅は実に40メートルに達する噴式エンジンを2基備えた偵察機「玄雲」である。
その上昇限度は実に三万メートルに達し、巡航速度550キロでの滞空時間は、20時間に達する。
写真偵察、電子偵察を行う為に特別に開発された航空機だ。
その玄雲が10機ソビエトの極東方面の偵察に投入されているのだ。
もちろんその主目的は、満州そして朝鮮半島への侵攻の兆候を探るためであるが、同時に、その情報は、第三国を経てドイツへと渡っていたのである。
「相変わらず、ザバイカル方面軍は臨戦態勢解いてませんね」
観測手が、望遠TVカメラが捉えた映像を見つめながらそう呆れたように呟いた。
傍受した無線も、ザバイカル方面軍が活発な活動をしている事を裏づけている。
「戦力の移動は、無いか?」
「それは、降りて写真を現像してみないとなんとも言えません。時速550キロで移動中のTVカメラの映像だけで判断するのは無理です・・・お、軍用列車だ、このまま10時方向へ機首を向けて、はい、OKです! 戦車とトラックが満載されてますが・・・西へ移動してます」
「西?」
「ま、まあ、部隊の入れ換えかもしれませんからねぇ」
「そうだな」
だが、やはり極東からソビエト軍は撤収しつつあったのだ、ザバイカル方面だけでも3個軍、機械化歩兵師団6、機甲師団3、人員9万、戦車2400両がシベリア鉄道を西へ移動していた。
上空からの写真偵察、そして無線傍受において、その移動の初期にその兆候が捉えられなかったのは欺瞞の為に、木型にシートをかけた戦車やトラックのデコイが多数駐屯地に置かれていた事や偽の無線を発信していたためだった。
それがデコイであることを見破ったのは、シベリア特有のツンドラへの沈みこみがデコイでは浅いことに一人の解析員が気がついたからだ。
そして過去へ遡り写真の再解析が行われ、極東シベリア全体で7個軍が極東から姿を消したことを見破ったのである。
しかし、ソビエト軍のその動きは遅きに失したのであった・・・。
開戦から二ヶ月あまりでポーランド全域を保護領化したドイツは、赤軍の士気が十分に低く、またそれを率いるべき将軍達ものきなみシベリアで意味のない重労働をさせられている事を察知していた。
それは、ソビエトが早晩フィンランドへの侵攻を開始すると見られていたにも関らず、侵攻軍の態勢が全く整わずドイツがポーランド全域を支配してしまっても、それが行われていない事からも明らかだった。
ヒトラーは、スターリンを倒しウクライナ・ロシアを手中にするのは今しかないと確信した。
真冬のこの時期にドイツはソビエトと正面からぶつかることを決心したのである。
このとき、宣戦を布告したはずのフランス、イギリスは、なんの動きも見せなかった。
なぜならば、いわゆるマジノ線を挟み、確かに両軍がにらみ合っているものの、開戦からこれといって戦闘が起こっていないためであった。
この奇妙なにらみ合いは、フランスとイギリスに誤った確信を与えてしまった。
すなわち、ヒトラーご自慢の機甲軍団もマジノ線を越えることはできない。というものである。
だがそれは単に、彼らがにらみ合っていると信じ切っていたドイツ陸軍部隊95個師団が実際にはたった数個師団が撹乱のために走り回っているのみで、残りの90個師団は、全てソビエト国境へ送り込まれていたからに過ぎなかったのである。
その予備兵力はおろか、国境防備の為の兵力までつぎ込んだ230個師団、450万の兵力が、1939年12月25日深夜、モスクワまで一点突破の大ばくちに打って出たのである。
そして・・・。
モスクワ陥落、ソビエト事実上消滅。
その知らせが世界を駆け巡ったのは1940年1月23日のことであった。
満足な作戦能力を持った将校をことごとく密告によって粛正してしまった赤軍に、満を持して侵攻してきたドイツ機甲軍団を押し返す能力も、押し止める能力も存在していなかった。
祖国防衛戦争だといくら中央が怒鳴ったところで、兵士の人望厚い将軍も、勇猛果敢な将校も、ことごとくがその能力故に密告の対象となり姿を消してしまっている状況で、兵がまともな能力を発揮するはずがなかったのである。
こうして、破竹の勢いでドイツはまたたく間にモスクワへ迫り、スターリンはモスクワを退去する間もなく列車砲(ヒトラーのお気に入り)の砲撃に倒壊するクレムリン宮殿とその運命をともにしたのである。
こうしてドイツはウクライナの穀倉地帯と、ロシアの工業施設、そして黒海沿岸の油田を手に入れてしまった。
だがそれでもフランス、そしてイギリスはドイツに対して戦端を開かなかった。
ドイツはウクライナとロシアを手に入れて満足するに違いない。
その思いこみが、後にヨーロッパをドイツにリボンを付けて差し出した、と称されることになる。
そう、ドイツは、ソビエトを一瞬で崩壊させた大兵力をほとんど消耗せずに刀を返し、勢いに乗じたままフランスへと雪崩れ込んだのだった。
マジノ線? そんなものは地図に存在する文字通りの「線」以外の価値を持っていなかった。
開戦からたった四ヶ月、事実上大ヨーロッパ半島から枢軸国以外の国家はスイスを除き存在しなくなってしまった。
英領ジブラルタルですら、スペインに奪還されてしまっていた。
そして英国本土は、ドーバーを越えて飛来する文字通り無数の航空機による爆撃にさらされていた。
それが1940年7月でのヨーロッパの状況だった。
「一つ、提案があります」
掘は、海軍軍令部総長「永野修身」の元を訪れていた。
永野は、おおすみ計画が順調であり、その成果が陸続と上がりつつ有ることを単純に悦んでいた。
「提案?」
「はい、英国へ救援の手を差し伸べるべきだと思うのです」
「そんなことをすれは、日本とドイツは戦争に・・・」
そこまで言って永野は、その言葉の馬鹿馬鹿しさにトーンを下げた。
「そうです戦争になったところで困ることがあるように思われません。もちろん戦場に征く兵達には苦労をかけることになります。それは十分承知したうえでの提案であります」
「確かに、地球の反対側の国と戦争になったところで、直接この日本に被害が及ぶとは思えない」
「そしてこれは、アメリカの対日開戦を絶対阻止することのできるジョーカーだと私は考えました」
「現状でわが国は、局外に身を置いているのにかね?」
「アメリカという覇権国家の地球制覇という大戦略の中では、どこに存在している国であろうと個人であろうと、局外などという状況は存在していないのです」
「地球制覇かね・・・ずいぶんと大きな戦略目標だ」
「彼の国は、自身の正義を常に国民へ向かい証明しつづけることによってのみ成立しうる人工国家ですから」
「それは、私も理解しているよ、おおすみ文書は、読ませてもらったからね・・・ただ、かなり偏った主観によって編纂された形跡が読み取れもするのだがな?」
「それは、私も感じました。
しかし1945年以降の向こう側の<歴史>をひもとくならば、その偏りもまた宜(むべ)なるかなと考えたのです」
「・・・判った話は、通してみるよ・・・しかし兵達には遠い戦場になる」
「もちろん私も兵とともに征く覚悟はできております」
一瞬その掘の言葉に驚いた顔を見せた永野だったが、やがて小さく頷いたのだった。
「島村さん、それ毎月必ず来ますけどなんの報告なんですか?」
かなり大きめの封筒に入れられた書類は、その度毎に厚さは違っているものの、表面には「翡翠重工広報部・月例報告書在中」と判が押されていた。
「金森ぃ、お前は余計なことに気を回してないで、艦隊編成と補給計画の草稿をきちっちり考えてろ」
もちろん素案以前の品ものであことは、金森も十分承知している。
「そんなぁ自分だって少しは気を抜きたい時もあるんですよ」
「なにを言っとるか、机に座ってまだ20分も過ぎとらんぞ」
「あははは、測ってたんすかぁ?」
「測らんでも解るわ! んなこたぁ!」
結局、毎月、島村の手元に送られてくる報告書の中身はうやむやになってしまったのであった。
「すまんな、汚れ仕事で」
島村から翡翠重工・広報部の月報を受けとった堀は、心底辛そうな声を島村へかけた。
「いいえ、もともと私が言い出した事ですから」
この謀略を始めるにあたり、それを提案した島村は、その時、こんなことを口にしていた。
「私の祖母は、長崎で被爆しました。
そういう体験をした人でしたが、不思議と軍隊や戦争についてただヒステリックにネガティブな反応をする人ではありませでした。
でも、祖母はその被爆によって体を蝕まれ、苦しみ抜いて亡くなりました。
私の母は、自身もそういう辛い状況に陥るのではないかといつも脅えていました。
もっとも向うを私が出る時には、全然ピンピンしてましたけど。
だから、私は核兵器をイラクが持ち出した時、許せないと感じたんです。
で、ここまでは前振りです、すいません。
本題は、アメリカやドイツに核兵器を持たせたらいけないということなのです。
日本もできれば私は、持って欲しく有りません。
そのために、何をすれば良いかと言うことなのです」
そうして語られた事は、要するに欧米の高名な核物理学者達を「暗殺」するという事である。
切っ掛けとなったアインシュタインやエンリコ・フェルミは、言うに及ばす、マンハッタン計画に指の先でも突っ込んだ存在は、容赦なくその生命をあらゆる形で奪うという方針で、その謀略はスタートした。
それは、あくまで目立たぬ交通事故や火災、そして感染症という形で彼らは、ただ一国の都合でその生涯を停止させられて行ったのである。
だが、その「物理学者達」の手も、島村の歩んできた歴史の中では、二発の原子爆弾によって殺戮された数十万という民間人の血で真っ赤に染め上げられていたのである。
それら海軍が企てた謀略の全てを取り仕切っていたのが、翡翠重工・広報部という訳だった。
「ハル、それは、本当なのか?」
ホワイトハウスの執務室に大統領の心底からの驚きの声が漏れた。
「はい、日本は独自に英国支援を進めている模様です」
そういってコーデル・ハル国務長官(内閣官房長+外務大臣という位置づけの要職)は、もう一度、大統領を驚かせた報告を繰り返した。
「い、いったい何が目的なのだ、理解に苦しむ」
「彼らはナチス・ドイツが言うところの「二等人種」であります」
「そんなことは、当たり前の話だ」
自身の内にある人種差別意識を隠そうともせずルーズベルトは、その発現を肯定してみせた。
「そういう話ではありません、大統領、彼ら日本人からするならば、ナチス・ドイツが治める世界は、大変居心地が悪いであろうということなのです」
「しかし、地球の反対側の話だ」
「それは、違います」
「どう違う?」
「ユーラシアの西の端と東の端、一つの大陸の話ではありませんか」
「ドイツの機甲師団は、海を渡れんよ」
「ですが、閣下イギリスは、瀕死の状態です」
「わが国が参戦するためには、民意を糾合せねばならんのだ、そのために日本に宣戦を布告させようとしているのではないか!」
それがどだいそれが無理な話だったのですよ・・・。
その言葉が一瞬口に乗りそうになるが、ハルは、それをかみ殺し、別の言葉を辛うじて口にした。
「鋭意、工作中でありますれば」
「判っている、しかし・・・日本が独自にかね・・・」
ふむぅ・・・と唸ったままローズベルトは思索の海に身を沈ませてしまった。
--------------------------------------------------------------------------------
「輸送艦おおすみ戦記」
Fin
「輸送艦おおすみ戦記」#2へ
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
「輸送艦おおすみ戦記」#2
--------------------------------------------------------------------------------
承  前
モスクワへ向けて最大規模の突撃作戦の成功によって、ソビエトを完全に崩壊させたことによって二正面作戦を遂行せずにすんだドイツは、モスクワ陥落の勢いを駆ったまま、返す刀でヨーロッパ全土を接見し尽くした。
そして1940年5月に入ると、イギリスへの攻撃を本格化させて行くことになったのである。
電撃的な占領故、その生産能力を失うことがなかったヨーロッパ大陸のほぼ全ての工業力を傾注され生産されるポンプジェットエンジン搭載の巡航ミサイルV1、そして液体ロケットエンジンによって駆動される世界最初の大陸間弾道弾であるV2による攻撃は、日に日に激しさを増し、最盛期といえた7月5日からの10日間、V1、三千発、V2、二千五百発が襲いかかった。
スタンドオフ兵器による飽和攻撃。
近代国家にとって、これほど恐ろしい攻撃があるだろうか?
そしてヒトラーは、姑息な兵器の使い分けもしてみせた。
マッハ2の速度を持ち、絶対迎撃不可能なV2を昼間撃ち、そして夜間、迎撃が不可能な時間にV1を打ち込む。
いかにV1が巡航速度が500キロ台の速度しか持たないとはいえ迎撃機は、昼間しか飛ぶことができない。
これにより、迎撃不可能な飽和攻撃を連続して行う事を可能としてしまった。
四六時中、絶え間のない爆撃にさらされる恐怖は、人心を著しく疲弊させる。
真っ赤にノーズコーンを焼きつかせ突入してくる1トン爆弾。
そして間抜けなエンジン音を響かせ飛来する500キロ爆弾。
暗闇の中湿っぽいシェルターの中、通り過ぎてゆくポンプジェットの音に、胸をなで下ろす、しかし次の瞬間ジェットの音が途切れ、続いて沸き起こる内臓を引きずり回すかのような炸裂音。
次は、自分が吹き飛ぶかもしれない、次は、次は・・・。
いわゆる戦争神経症と呼ぶ症状を呈したロンドン市民は、25%にも達したとされている。
しかし真に恐るべきは、まさに無数というべき航空機による無差別爆撃であった。
イギリスが構築したレーダーによる迎撃システムは、はっきりいえば意味をなさなかった。
なぜならば、ドイツは、イギリスのレーダーを無効にするジャミング技術をいつの間にか、習得していたためであった。
イギリスは大あわてで対策を講じようとしたしかし、ドイツの電子戦技術は、一歩いや二歩ほどもイギリスに先んじているらしく、ことごとく対抗策は打ち砕かれ、バトルオブブリテンは、ドイツ空軍が凱歌を高らかに歌い上げる舞台となりつづけたのである。
1939年1月帝都某所高級料亭「霞月(かすみのつき)」
「本当にそんなものを持ち出してしまって良いのか?」
背広姿の陸軍参謀本部の少佐が、熱燗の注がれたおちょこを口へ持っていきつつ目の前に座った、やや太り気味ではあるが、鋭い瞳を持ったもう一人の参謀本部付き少佐へ向かい問うた。
問われた男は、自分が持ち出してきた分厚い書類の束をてのひらでバンバンと叩きながら応える。
「かまうことはない、こんなもの、例え海軍の軍機だろうと我々陸軍には、一切関りの無いことだ。
そんなことは、さんざんそう皆と話し合った事じゃないか。
それよりも小西そちらの手筈は整っているんだろうな?」
「技術交流ということでオレがドイツへ空路直接持ちこむんだ、間違いはない」
「よし、これがうまくいけば海軍に一泡吹かせてやれる」
「おうよ! 畜生、海軍の国賊共が陸軍を舐めていられるのも今の内だ!
それにしても厚木、電探の技術資料に、艦載機の設計資料なんて、本当によく持ち出せたものだな」
「持ちだしてはいないぞ、そんなことをすれば一発でバレてしまうじゃないか。
それは<静電複写機>を使った複写書類だ、海軍には、書類をほぼそのまま複写できる機械が稼動している」
「・・・貴様やけに海軍の内情に詳しいな?」
小西の声が突然低くなる。
どうやら海軍の内情に詳しいのが気に入らないらしい。
「なにを言うかと思えば、詳しくなければ、こんな書類を持ちだせる訳がなかろう?」
軽くそう受け流されてしまう。
「そりゃあ・・・ま、そうだな」
―――なにをオレは疑ったんだ。
ぐいっと小西は、冷めてしまった酒を疑念と共に飲み干したのだった。
こうしてドイツは、初歩的な電子戦の概念と日本が開発する「筈」であった十二試式艦上戦闘機の設計資料を手に入れたのだった。
バトルオブブリテンにおけるドイツ空軍の問題点を上げるならば、足の長い戦闘機が存在していないために、イギリス中部から北部への爆撃に護衛を付けられなかったということが上げられる。
これにより爆撃機の生存率が低下し、結果的に効果的な戦略爆撃が行えなかったのだ。
もちろんレーダー管制による効率的な迎撃システムが、稼動していた事もそれには関係している。
だが、その肝心要のレーダー管制迎撃を骨抜きにしてしまう電子戦技術もまた同時にドイツに渡る。
そうなったからこそ、バトルオブブリテンの趨勢はドイツへと傾き、制空権を失ったイギリスは、アメリカの救援をひたすら請うこと以外虎口をしのぐ手段を失ったのであった。
広島呉鎮守府内、おおすみ計画本部本部長室。
『ええ、うまく行きました、そうです間違いなくドイツにあの資料は渡ります』
「そうか、ご苦労だった、引き続き参謀本部の内情について知らせてくれるようにお願いをするよ」
堀が持つ受話器の向うの声は、そうあの書類を持ちだした厚木と言う名の少佐のものだ。
『もちろんそれは判っています』
「すまない」
堀は、本気で頭を下げている。
厚木とは、親類筋であり、その類縁に自身の属している組織を半ば裏切らせてしまっているのだから。
だが厚木は、潜めた声ではあるが明るい口調で応えた。
『いいえ、これがお国を守る本当の手段だと思いますから』
「ありがとう」
そう<全て>は堀を首魁とする<おおすみ計画>の手の内で仕組まれたことだった。
アメリカとの決定的な対立を避け、そして日本が二次大戦を生き抜く手段として、苛烈な手段が用いられたのだ。
<ヨーロッパの戦火を煽り、ドイツ第三帝国をアメリカ、イギリスと共に敵として叩く>
それこそが、パワーゲームである国際政治のただ中で、おおすみ計画が唯一見いだすことができた<隘路>であった。
なぜ圧倒的な科学力をもってアメリカと正面から対決することを選ばなかったのか。
日本が力を見せつけたならば、必ずアメリカは、それを凌ぐ力で日本をねじ伏せる為に死に物狂いとなるであろう。
そうなった場合、そのパワーゲームは、必ずやいずれかの国、いや双方の国が亡ぶまで続くことになるであろうからだ。
<核兵器>というジョーカーを封印した日本が<おおすみ>によってもたらされた技術によって進歩し整備された通常兵力で、アメリカをねじ伏せることが出来うる科学力を保つことは、せいぜい20年程度が限界であろうと考えられたのである。
それは、結局アメリカは<核兵器>を開発してしまうだろうというある種の達観であると言ってもよかった。
既に、E=mc2(その物質が持っているエネルギーは、その物質の質量に光速の二乗を掛けた値である)という式が世にでている以上、アルバート・アインシュタインによる賽は投げられてしまっているとおおすみ計画に参加している仁科や湯川という日本最先端の頭脳を持った物理学者達は、結論づけていた。
であるならば、少なくともアメリカとの決定的な対立は絶対に避けなくてはならない。
出来うるならば、アメリカと対等の立場でパートナーシップを結ぶことを、最悪でも仮想敵国としてのレッテルを大多数のアメリカ国民に張られることを避けなくてはならなかった。
ニューヨーク沖20キロ、イギリス海軍戦艦クイーン・エリザベス艦上。
アングロサクソンの代表者二名が、鋼鉄の城の内フトコロで顔を付き合わせていた。
「もうはや、なりふりをかまわれては困るのだ。
あなたのお国に早急に参戦をしていただかなくては、世界の半分は、ファシストのものになってしまう」
「それは、十分承知しています。
しかし、私の立場として国民の声を無視する訳にも行かないのですよ」
「今、燃え盛っているロンドンの光景は、たった数ヶ月後のニューヨークの姿なのかもしれませんぞ」
「まさか、大西洋を越えて爆撃を行うなど・・・」
「そうでしょうか? V1滑空爆弾にしても、V2ロケット弾にしても、射程を伸ばすのにどれほどの技術が必要でしょう」
「それほど簡単なことではないでしょう」
「滑空爆弾であるならば、戦艦や空母、もしかしたならば潜水艦からも打つことが可能でありましょう」
確かに、そういう発想は、ローズベルトにはなかった。
「それは・・・」
「いまこうして話をしている間にもちょび髭の伍長殿は、わが国へ上陸しようとしているかもしれない。
彼奴(きゃつ)めは、わが国が万が一にも軍門へと下ったならば、次はあなたのお国へ手を伸ばすでしょうな大統領閣下。
それとご存じですか、日本がわが国への援助を申し入れていることを」
「いいえ、初耳です。これは、いやいやぁ驚きましたな。
しかし、あのような東洋の小国が、黄色い猿が作った国に、あなたは援助を期待すると?」
「彼らは、地球を半周しても、援助の手を差し伸べようとしてくれている友邦だ」
ウインストン・チャーチルとて白人である。
その心根(こころね)には、白人とそれ以外の人種に対する根深い・・・それは人間の悪しき根源の性質だ・・・差別意識が染みついているはずだ。
その彼がたとえほんのしばらく前の時代には、同盟関係を持っていたとはいえ、東洋人の国を友邦と呼ぶ、それは、異様なことであるはずだ。
だが、彼は日本を友邦と呼んだ。
ジョンブルとしての矜持は、国が王室が存在していてこそ、保つことができる類いのものだ、そしてそれが失われる可能性が時を追うごとに高くなっている。
もはやなりふりをかまっている情況ではない、それほどイギリスは窮地に立たされているということであろう。
「その国を悪し様に言われるのは、気分の良いことではありませんな」
「かの国は、確かに世界第三位の海軍力は持っているようですが、陸軍は如何ですかな?」
だが,ローズベルトは、悪びれる様子もなくそう言い返す。
「確かに、かの国の陸軍は、あまり誉められた軍隊ではないでしょう、ですが、今この時わが国が欲しい援助は、潜水艦を駆り立てる駆逐艦と、そして、ドイツ空軍の航空機を駆り立てる事が出来る戦闘機に他なりません」
「・・・そうでしたな、しかし艦船は、ともかく航空機の支援は如何ですかなぁ?」
ローズベルトは、喉の奥で笑ってみせた。
「そう、いつまでも笑っていられればいいですな大統領閣下」
この会談の後もローズベルトによる開戦の為の議会説得は、ことごとく空回りをつづけ、イギリス王室は、エジンバラへの疎開をV1,V2の猛爆のただ中にあった1941年7月4日に決断したのであった。
「武器貸与法は、辛うじて通った」
ホワイトハウスの執務室にその主と、国務長官の姿がある。
「しかし」
「そうだ、わが国が直接戦争に参加することを、議会は決して認めない。
大多数の国民が、井戸の中の平和を望んでいるからだ。
この戦いに参加し勝利するだけで、わが国は世界の覇者となる事が可能だと言うのにだ!」
ルーズベルトは、忌々しい口調で、ハルへ向かいそう言い放った。
「ヨーロッパは、もはやこの戦いから立ち直ることなどできん。
世界帝国とやらは、ドイツの空襲と通商破壊に手も足も出ず、日本に援助を求める始末だ。
ヒトラーという個人に寄ってたっているナチスなど、ヒトラーが退場するだけでガラガラと音を立てて崩れ落ちるだろう。
そしてイデオロギーで決してわが国と相容れぬ存在であったソビエトは、ドイツが始末してくれた、残るは・・・」
「アジアですな」
「そうだ! ハル、極東のあの小国さえ消えてくれれば、世界はわが国に膝まづく。
この人工国家アメリカが、この惑星の代名詞となるのだ。
なんとしても彼の国をこの戦争に引きずり出し、そして打ち砕き、我が足下に跪かせるのだ」
「しかし付け入る隙は、ほぼ塞がれてしまっております、なによりも独自の英国支援というのは、完全に虚を突かれたとしか言いようがありません」
武器貸与法が議会を通過したのも、日本による英国支援が表沙汰になった為であったのは、皮肉以外の何者でもないだろう。
「君が考えた食料輸出は、どうなのだ」
「はぁ、それが大豆やトウモロコシなどは、目標を上まわる量を輸出している次第で」
「なに?」
本当か? という視線にハルは、持参した貿易統計資料を手渡しつつ概要を説明しはじめる。
「彼の国は、どうやら国内及び満州において酪農の推奨を開始した模様でして」
「・・・なんとブッディストどもが、肉を食らうのか?」
「というよりも、牛乳によって、栄養状態を改善しようとしているようなのです」
「ほう、それは、なるほどよくも考えたものだ」
「そこで感心してどうなさいます」
「感心できる部分は、素直に関心しなくては、情報の解釈にバイアスがかかることになるぞハル」
「はあ、まあ・・・それは慧眼ですな・・・」
自身の心理にかかっている差別という名のバイアスなどはどうでも良いらしいですな閣下。
そう心の中で思ったハルとしては、そう応えるより他はなかった。
「チャイニーズの内戦は・・・もう使えないか?」
ハルは、突然振られた話にも淀みなく答えてゆく。
「毛沢東は、ソビエトからの軍事援助が途絶えたことで、<人の海>以外の武器を失いました。
さらに各地で軍閥に分裂していた、蒋介石、汪兆銘らが統一政権を模索している状況では、現状で満州に手を出せる勢力は、中国大陸に存在していません」
「・・・ま、そう簡単に話が進むなら苦労はせんか」
その大統領の様子にハルは、別の視点を提供するための意見を口にしてみた。
「日本との開戦がどうコロンでも現状で不可能であるならば、そのラインは捨て、いかがでしょうドイツを・・・挑発してみるのもよろしいのではありませんか?」
この時、ハルとしては、乱のないところに敢えて乱を創り出すより、遥かに労力が少なくて済む程度に考えていた。
だが、彼は知らなかった、彼の助言がこの国を人民を今後ひたすら苛烈な運命にたたき込むということを・・・。 「ヒトラーが挑発になどに乗る訳がないだろう」
そのハルの意見に対して、何をバカな・・・と続けようとしたローズベルトの頭に閃くものがあった。
唐突にクィーンエリザベスでのチャーチルとの会見の最中に交わされた会話のことが気になりだしたのである。
・・・あの時、チャーチルは何と言った?
とつぜん黙ってしまったローズベルトにハルは怪訝そうな顔をしたが、その表情からなにかを必死に考えていると見て取り、そのまま声をかけなかった。
・・・そうだ!!
『滑空爆弾であるならば、戦艦や空母、もしかしたならば潜水艦からも打つことが可能でありましょう』
そう確かに言った。
であるならば・・・
・・・だが・・・これは、本当に旨く行くのか?
こんなことをして、本当に良いのか?
しかし、アメリカの地球制覇への道は、もはやこれ以外に存在していない!
ならば・・・ならば、私がその先鞭を付けようではないか!!
私は、後世の歴史家に、大嘘つきと呼ばれることになるのだろう。
それでも・・・アメリカがこの惑星を支配できる端緒となるならば、汚名の一つや二ついくらでも着てやろうではないか!!
この時、ローズベルトの頭の中に対ドイツ参戦の1つの明確なシナリオが築かれつつあった。
だがローズベルトの閃き、それはアメリカ人民、いや世界全体を騙さなくてはならない大ばくちだった。
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記#2
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記#3
--------------------------------------------------------------------------------
承  前
1941年9月12日深夜 ロードアイランド沖合い150キロメートル。
イギリス巡洋艦サフォーク艦上。
深夜3時だというのに、サーチライトに照らされた甲板は異様に明るい。
ほっそりとした巡洋艦特有の船体に、無理やり乗せられた全長70メートルものカタパルト。
その後端に、一見グライダーのような物がクレーンによって設置された。
「ねえ曹長、こんなもん、たった5発打ち返してどうするんでしょうね」
その作業を見つめていたサモナー・イーリス一等水兵が、見知った曹長を見つけて尋ねた。
「さあな、たった5発とはいえ、俺達に取っちゃすっげぇ味方を呼び寄せるミラクルアタックかもしれないじゃないか」
<こんなもん>に、苦戦して半死半生になってるのは、俺達なんだがなぁ。と内心苦笑しつつ声をかけられたマーカス・クラフト曹長は、潜めた声でそう応えた。
「はぁ?」
「おまえ、ここがどこか別るか?」
「なにいってるんすか、サフォーク・・・」
サモナーは、真面目にそう答えようしたが、マーカスは、冗談だと受け取った。
「阿呆! んなこと聞いてんじゃね〜よ、この海域がどこかだよ」
「そんなの、ヴィルヘルムス・ハーフェンの沖合いに・・・」
「決まっているのか?」
「・・・さ・・・さあ、ここ10日ばかりは、やたらと進路変更繰り返してたし・・・昼間は訓練してましたし・・・でもそれは、ドイツを誤魔化すためってことじゃなかったですか?」
「こいつを貸してやるからちょっと天測してみな」
「だって、天測は禁止だって・・・艦長が・・・計測航行訓練だからって」
「黙ってりゃわかんね〜って」
サモナーは、六分儀を北極星へ向け、天測を始める。
「え? ・・・あれ? だって・・・そんな・・・」
暗算で求めた数値は、彼が知っている祖国とはかけ離れた値を示していた。
「どうだ? んんっ? ここは、新大陸にずいぶんと近くないかね、サモナー君」
「・・・近すぎます」
「俺の言った意味が判ったか?」
「でも・・・そんなの・・・」
「上のほうじゃ話がついているのさ、きったね〜話がな!」
そうマーカスが吐き捨てたとき、急設された火薬式のカタパルトから、不発弾として鹵獲したV−1巡航爆弾が闇の中へと吸い込まれていった。
「・・・オレは、自分が許せそうに無いですよ」
「気にするな、あれで死ぬのは、知らない土地の名前すら知らない人間だよ」
そういってマーカスはサモナーの肩を叩いて、艦内へと消えていった。
1941年9月14日 おおすみ計画本部
「ニューヨークが、ドイツの巡航爆弾の爆撃を受けたそうです」
金森が、そうおおすみ計画本部へと駆け込んできたのは、実際の攻撃が行われてからまる一昼夜後のことだった。
この攻撃を受けた8時間後・・・なにしろ深夜のことである、何をするにしても朝を待たねばならなかったし、被害のおおまか情況を確認するだけでも手間取った・・・アメリカ合衆国政府は、異例の速さでローズベルト大統領によるラジオ演説を行った。
ドイツ第三帝国による宣戦布告無しの先制奇襲攻撃を受けたこと、それによって民間人多数が死傷したこと、そしてアメリカの自由を踏みにじろうとする専政国家は許さない事を世界へ向かい宣言したのだった。
今、おおすみ計画本部は、出帥準備に取り掛かりつつあった。
もっとも<おおすみ計画>そのものからは、<おおすみ><東雲>などの実験艦、数隻が参加するだけであるので、死ぬほど忙しいという情況でもない。
その報を聞いた堀は一瞬ほうけた顔をした後、大きく声をあげた。
「まさか! ドイツは、イギリス攻略で手一杯の筈だ、これ以上戦線を拡大するはずが・・・」
堀は自身でそれを否定しながら、一つの可能性に行き当たる。
そして自分の対面に座っている島村が自分を見つめていることに気がついた。
「君も・・・そう思うのか?」
一言一言区切るように問う。
「ええ、それ以外の可能性は思いつきません」
島村は、低い声で堀の考えを肯定してみせた。
「な、なんなんすか二人とも、もう、ずるいっすよ、オレっていつも置いてきぼりなんだから」
「・・・ったく貴様も海軍人ならば、少し頭を使わんか!
ドイツがしたことでなければ、他に何処がそんなことをする」
「いやでも、巡航爆弾は、ドイツの兵器だし・・・イタリアとか?」
そうおずおずと口にした島村は、堀の呆れた顔に慌てて「んなわけありませんよねぇ」と言いつくろう。
「はぁ・・・まあ、お前にかの国の悪辣さを、現時点で判れというのは、無理なのかもな、普通の神経の人間なら、絶対にこんなこと考えんしな」
「まあ、そうですね」
島村は、堀の言いようを苦笑しながら肯定した。
「だからかの国って・・・」
そこまで言って、ようやく金森は気がついた。
自分達が、いままで避戦工作にかけずり回っていたその相手国ならば、それを行うのに十分な理由があることに。
「でも・・・自国に対して・・・そんなことを」
そんなことをする国があるとは、金森には信じがたかった。
それは、金森がその被害の大きさを知っていたからだろう。
合計18発の巡航爆弾が飛来したマンハッタンの摩天楼は、30余りのビルが崩壊し、2万人以上の人間が死んだであろうとされていたからだ。
しかし深夜のマンハッタンにそれだけの人間がいるはずがない。
そう、その日なにも行われていなければ、その被害は10分の1以下になっていたはずだ。
だが、その日ヨーロッパの戦争にアメリカが関与することを反対する反戦集会とデモが開かれいた。
何処で? もちろんマンハッタンにおいてだ。
それも民主党/共和党両党という超党派的な議員団が主催をした、ほぼ公認の反戦集会だ。
歌手やコメディアンまでを呼びお祭り騒ぎに近い反戦集会は、一昼夜に渡ってつづく筈であった。
突然の攻撃さえなければ。
そしてその爆撃の瞬間は、多数のニュース記録カメラによってフィルムに焼きつけられていたのである。
「あの大統領は、井の中の平和に満足している自国民達の蒙を開くとでも思っているんだろう、そのためにはあざとい真似もきっと許される、そう考えているんだろうな・・・」
「ならば、島村君、こちらも悪辣な真似をさせてもらおうじゃないか」
「ええ、自分達のしたことには、きっちり責任を取ってもらいましょう」
「また、自分は蚊帳の外ですか、もうオヤジ二人で、気色が悪いですよ」
「下らんことを言っとらんで、翡翠重工の広報部の大橋部長とアポを取ってくれ」
堀は、そう金森へ命じる。
「判りました」
しゃっちょこ張って敬礼を返すと、金森は電話へ飛びつく。
翡翠重工広報部とは、おおすみ計画が産み出した謀略専門部隊の隠れ蓑となっている集団であった。
既に、遣欧艦隊の選抜は、終了しており、戦隊単位で編成・行動訓練を行う段階にまで達していた。
<第一次遣欧艦隊>とおおすみ計画本部で呼ばれている艦隊は、対空戦艦大和を旗艦とした防空部隊、戦艦3隻(おおすみ装備による近代化改装済み、金剛、比叡)、重巡洋艦3隻(同改装済み、妙高、那智、足柄)、軽巡洋艦6隻(同改装済み、長良、五十鈴、名取、由良、鬼怒、阿武隈)、駆逐艦12隻(翡翠重工新造艦)と、機動部隊正規空母4隻(翡翠重工製新造空母、下北、三浦、知床、知多)防空巡洋艦8隻(渡良瀬、多摩、九頭竜、黒部、千曲、梓、奥入瀬、久慈)、防空駆逐艦16隻、補給艦、給糧艦、工作艦、病院艦など14隻という大艦隊になっていた。
これらの部隊は、10月1日付けをもって、日本を離れ、地球を半周する戦闘航海へ向かう計画であり、堀自身も現役へ復帰し、司令長官という立場で旗艦に乗り込みヨーロッパへ赴こうとしていた。
1941年9月16日 ホワイトハウス 大統領執務室
「メイヤー! メイヤー!!」
大声で自身の補佐官を呼びつけているのは、この部屋の主であるローズベルトだ。
イギリス海軍の艦艇を使っての、偽装攻撃が成功したとは、ローズベルトは、確信した。
私は、かけに勝った、と。
チャーチルに借りが出来るのは癪だったが、たかが2万の民間人が死ぬだけで、アメリカが世界の覇者となる機会を手に入れる事が出来た。
このまま、アメリカは覇道を突き進めばよい。
この惑星全土は、我がアメリカ合衆国の物なのだ。
ローズベルトは、ラジオで演説を行いながら、そんなことだけを考えていた。
「なんでしょう閣下」
細身の優男が、分厚いドアを開けて駆け込んでくる。
「議会の方は、どうなった?」
「はい、臨時招集した上下両院ともに出席率は95%にたっしています」
この国難と言いうる情況で議会に出てこない議員は、出てこれない明確な理由があるということだ。
そして未出席の議員のほぼ全員が、体調不良による欠席となっていた。
その体調不良の原因もアメリカ本土が攻撃を受けたことによる精神的なダメージであった。
あるタカ派議員は、本土が攻撃を受けたと知らされた瞬間に、脳溢血で倒れてしまったという話である。
言ってみればその議員もローズベルトの謀略の被害者ということになるだろう。
「宣戦布告と私に対する戦時大権の付与法案の議会決議の方は?」
「宣戦布告の方は、アシュフォード上院議長が、精力的に議会をまとめていますので、全く問題なく行われます。
しかし、戦時大権の方は、民主党のエドワルド上院議員が、強行に反対をしておりまして・・・同調者がかなり出るものと」
「なぜだ?」
「それが、こちらには一切伝わってきていないのです。
その上時間が経つにつれ、エドワルド派は、数を増やしている始末で・・・」
アメリカ全土では、攻撃からすでに4日が経ち、無残にも倒壊したニューヨークの摩天楼を撮影した写真を載せたニューズペーパーがほぼ全土に行き渡り、それによって、アメリカ全土でドイツ第三帝国許すまじ! という気運が高まっていた。
なによりも、アメリカ本土が攻撃され、無辜の民間人が虐殺されたのだ。
井の中の平和は、これによって失われた、今こそアメリカの底力を世界へ見せつける時がやってきたのだ。
合衆国人民よ、立ち上がれ! 我らの力で父祖の地ヨーロッパを独裁者から解放しなくてはならない!!
ローズベルトのアジテーションをそっくりそのまま信じきった、単純な民衆は、アメリカ各地で既に反ドイツデモを、そして全米各地でドイツ系住民達への排斥活動を始めていた。
「フーバーFBI長官を呼べ」
・・・エドワルドの周囲を探らせねばならん。
ローズベルトはそう呟き、メイヤーを下がらせた。
同日 OSS長官室。
ウィリアム・J・ドノヴァン戦略事務局(office of Strategic Service)初代長官は、怒りに震えていた。
反ローズベルト派の旗手として上院で超党派連合を作りつつあったエドワルド・ネイチャー上院議員とは、ハイスクールからの友人であり、家族ぐるみで付き合いのある良き隣人でもあった。
そのエドワルドからもたらされた信じられない情報。
それがドノヴァンが怒りに打ち震えている原因だった。
エドワルドは、ローズベルトとチャーチルの仕組んだ開戦謀略であるというという明確な証拠を示し、彼にその補完の情報を提供してくれるように頼まれたのだ。
証拠とは一隻のイギリス海軍軍艦からV−1巡航爆弾が打ち出される瞬間の<上空写真>だ。
ロードアイランド沖合いにおいて、V−1を合衆国へ打ち込めという、イギリス海軍の正式命令書の<写真>もエドワルドは入手していた。
「・・・大統領、あなたは・・・本当にこのような恐ろしいことを・・・」
彼が集めたイギリス海軍の情報もそれを肯定していた。
軽巡洋艦と重巡洋艦が合わせて4隻、行方をくらましていた。
巡洋艦とは単独で行動をするような艦種ではない。
そして、それらの艦は、行方をくらます直前に何らかの改装作業を受けていた形跡があった。
「畜生・・・もしも、これが本当ならば、私は絶対に許さん、許さんぞ、チャーチル、そしてローズベルト!!」
ドノヴァンは、たまたまニューヨークに滞在していた妻子を失っていた。
その怒りに震える拳をダン! と執務卓へたたきつけて、執務室を大股で出てゆく。
彼の行く先は、彼の子飼いの部下達の詰めている戦略情報解析室と言った。
ジョン・エドガーフーバー率いるFBIとドノヴァン率いるOSSの国内諜報機関どうしの血で血を洗う抗争がこの時火ぶたを切ったのだった。
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記#3
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記#4
--------------------------------------------------------------------------------
承  前
1941年10月6日 インド洋、マダガスカル島南端(フォークス岬)南南西312km。
空母<下北>飛行甲板。
全長270メートル、全幅(アングルドデッキ含む)54メートル、基準排水量6万9800t、最大速力32ノット、蒸気カタパルト3基。
日本が作ったまちがいなく世界最大の航空母艦である。
天鷹2型55機機、対潜哨戒機<晴海>8機、早期警戒・電子作戦機<虹雲>8機、汎用ヘリ<海王>10が搭載可能だった。
艦隊編成として対潜装備重視型の駆逐艦が全くいないのは、ドイツ海軍の戦法を考えた場合、致命的ではないか? という意見も軍令部において確かに出された。
が、各巡洋艦に2機〜4機の汎用ヘリ小隊が分駐し、空母の対潜哨戒機と共に、対潜哨戒任務に携わることになっていた。
対潜哨戒双発ターボプロップ機<晴海>及び汎用ヘリコプター<海王>には、航空機用磁気探知装置、通称MAD(magnetic Anomaly Detector)が装備されており、潜水艦を容易に探知が可能となっている。
さらに海王は、釣下型ソナー、晴海はソノブイを持っており、これらの装備によって発見した潜水艦は、音響探知型短魚雷によって撃沈する。
横鎮所属、第2対潜哨戒部隊、晴海214機内
晴海は、航空機としては、珍しい横に並ぶ操縦席と、その後ろに各種の探知装置の操作要員2名が乗る4座型の航空機だ。
そして機長と副操縦士どちらの操縦装置も同じ働きをするのは、長時間滞空し敵潜水艦を駆り立てる為、操縦を交代できる仕様になっているためだ、そのため座席もリクライニングが可能となっているし、座面もクッションが効いたものになっている。
「こちらカラス11、全機へこれより探知訓練開始する」
「カラス22了解」「カラス33了解」「カラス44了解」
四機の晴海が駿河湾の上空で幅2キロの横隊を形成している。
要するに4機は、ほぼ500メートル間隔でならんでいるということだ。
それらは時速250キロという失速寸前のかなりゆっくりとした速度で飛行していた。
「MAD作動開始します」
後席の観測員が、宣言をし、トグル状の作動スイッチを上げる。
同時に、彼の目の前に幾つかある円形のCRTの一つに灯が入った。
それとほぼ同時に機体直下海面の磁気状態を等高線で表した図がCRT上を流れはじめる。
要するに、MADとは、鋼鉄の固まりである潜水艦が存在することにより乱れる地磁気を捉えることにより、間接的に潜水艦の存在を感知するセンサーである。
もちろん、鋼板そのものが製造過程において地磁気の影響によって磁化するのだからその磁気を捉えるのだとも言えるだろう。
『進路変更よ〜い!』
<クォーツ>発信のストップウォッチで時間を計っていた隊長がインカムに向かい宣言をした。
流石に編隊飛行状態では、円形というわけにも行かず、90度づつの進路変更によって一辺が10キロという矩形の海域を走査することになっていた。
『進路・・・』
そう言いはじめたとき、カラス22の観測員が声をあげた。
「直下水面に感あり! 強度3! 確認願います!」
彼の目の前のCRTには、伊号潜水艦の艦体の形状通りに大きく盛り上がった等高線がありありと表示されていた。
こうした伊号潜水艦との探知訓練では、95%程度の探知率、その後の模擬弾を使った攻撃訓練では、85%の撃沈率をたたき出した。
撃破を逃れた伊号も、ようするに沈没船がたまたま付近に存在しており、その反応にまぎれることができたため逃れることができたということが判明していた。
そのため、それらの意見は立ち消えとなったのである。
早期警戒・電子作戦機<虹雲>は、三発機である。
ターボプロップ2基と、天鷹2と同様の天馬14型噴式エンジン1基を搭載し、長時間の滞空が必要なときには、ターボプロップにより巡航を、敵などに発見され遁走する場合には、噴式エンジンを使いほぼ1千キロ毎時という速度を得ることか可能となっている。
さらに虹雲・晴海には、バディポッドを兵装架へ取りつけ、天鷹を始めとする艦載機への空中給油も可能となっていた。
下北以下4空母には、命名規則からはずれた命名がなされているが、それは、おおすみ計画建造艦であるためだ。
おおすみ計画設計建造艦は、実験艦の性質が強いため菊の御門もついていない。
その下北から、晴海が2機蒸気カタパルトによって射出されてゆく。
遣欧艦隊は、インド洋に入り既にドイツ海軍と思われる潜水艦を12隻あまり撃沈していた。
セイロン島の沖において最初に接触したドイツ海軍潜水艦は、晴海が浮上航行をおこなっている所を発見し短魚雷によって撃沈した。
それから、ほぼ2日おきに1隻づつを撃破し、昨日は群狼作戦をとってきたUボートを4隻を撃沈し、喜望峰を望む位置にまで進出していた。
「いよいよ、大西洋へ入りますね」
石渡参謀長が、堀遣欧艦隊司令長官へ向かい白い波頭を認めてそう言った。
「ああ、これから対潜哨戒をさらに厳にしてもらわないといけなくなる」
イギリスが音を上げ、なりふり構わぬアメリカへの開戦工作へと走り出したのは、なにも戦略爆撃だけが原因ではない、なによりも大英帝国に堪えたのは、Uボートによる通商破壊によって、地球全土の植民地からの物資の流入がほぼ途絶えてしまったためなのだ。
「それは、この艦隊の全員が十分理解しましたよ」
石渡のその言は、昨日の戦闘のことを指していた・・・。
「海王420が故障で飛べないんだ、422を代わりに飛ばす」
空母知多の航空管制指揮所は、ちょっとしたトラブルに見舞われていた。
対潜哨戒の為に発進準備中の海王420が、エレベーター移動中ローターブレードを誤って展張してしまい、ブレードを損傷してしまい、発進が不可能となったのである。
哨戒スケジュールを担当している御厨一(みくりやはじめ)少佐が、格納甲板の整備班詰め所へと繋がるインカムへ向かい口を開こうとしたとき、彼を補佐している南郷正義(なんごうまさよし)中尉がスケジュールを記入したボードへ目を走らせながら、いつものように呑気な口調で伝えた。
「海王420の哨戒域には、1時間後に晴海402がカバーに入りますけど?」
「おまえねぇ・・・1時間艦隊の直近の海域に対潜哨戒の穴が開くんだぞ、そんな訳に行くか!」
「ローターの誤展張にしても、その他の細かなミスも、整備とかパイロットが疲れているからですよ、もう少し、余裕を持ったスケジュールを立てないと不味いんじゃないですか?」
「んなこたぁ判ってるよ、だがな疲れてるったって、4日に1度だそ哨戒ローテが回ってくるのは、知多(うち)のローテのときだけ穴を空けるわけに行くかよ」
「いや、それはもちろんなんですけど、訓練の頻度を下げるように、飛行隊長に進言するとかですね・・・」
そういうと、薄ら寒そうな顔で双眼鏡を手にして飛行甲板を睨んでいる高槻総一(たかつきそういち)中佐へ視線を移す。
「それができりゃな」
高槻中佐は、地獄の教練で知られる山口多聞中将の直弟子とも言える人間であり、その訓練の苛烈さは、人殺し多聞丸二世とも言われていた。
「本来業務に支障がでるような訓練というのは、本末転倒じゃないですか」
「あの人に、んな事いって見ろ飛行甲板10周とか言われるぞ」
「自分は別にかまいませんよ、パイロットだの整備の連中、いまや青息吐息です、死亡事故が起きてからじゃ遅いんですから」
「・・・それも判っちゃ居るんだがなぁ・・・」
御厨は、頭を掻きながらぼやく。
艦隊は、2キロ間隔で矩形に並んだ4空母を中心に10キロという幅に金剛、比叡を逆三角の二頂点、大和をその逆頂点に配置し、それらを巡洋艦駆逐艦で取り囲む輪陣形をとっている。
その大和と比叡を結ぶ左舷側の一角に対潜哨戒の穴があいていた。
「判った、楡(にれ)を向かわせることにしよう」
重巡妙高の田中頼三少将が、艦隊司令部からの哨戒ヘリを飛ばせない故の対潜哨戒依頼を受けそう指示を出したのが、午前10時25分、この時点でその区域の哨戒活動の穴は45分に及んでいた。
そして、その45分間の空白の時間が、艦隊を危機に陥れることになった。
ドノヴァン局長の子飼いのOSS要員のうち、ダークワークに長けた者たちを彼は、ネイチャー上院議員の護衛として秘書という名目で送り込んだ。
ここで反ローズベルトの旗手であるネイチャーを暗殺や事故で失う訳にはいかないというドノヴァンの判断である。
そしてその判断が正しかった。
三度にわたりネイチャー上院議員は、小包爆弾が送りつけられ護衛のOSS要員一名が、殉職していた。
「FBIに間違いないんだな?」
OSSの局長室、そこにドノヴァンとネイチャー上院議員の警護の責任者とされたロジャー・ギルモア大尉の姿があった。
ドノヴァンは、既にこのOSS本部に泊まり込んで2週間とはいえ、シャワーも浴びているし睡眠もそれなりにとっている為、それほど疲れた様子はない、しかしワイシャツもズボンもアイロンが当てられていないためよれよれだった。
対するギルモアは、折り目で紙が切れるのではないかと思われる程しゃきっとした服装をしている。
しかし、その圧倒的な体躯を既製品のダークスーツへ押し込んでいるため、まったく似合っていない。
「はい、確認させました、局員は、この写真の人間に違いないと言っています」
そのFBI局員は、エドガーフーバーの懐刀と考えられている男だ。
「くそっ! ・・・こんな手は、使いたくなかったが・・・801作戦だ、フーバーをやる」
「げっ・・・しかし、ありゃ最終手段だと・・・」
二人そろって心底嫌な顔をしてみせた。
特にドノヴァンは、自分で口にしておきながらまるで苦虫を噛みつぶしたかのような情けない顔をしていた。
「権謀渦巻くワシントンでだ、自分だけが無事でいられる筈が無いとあの男色野郎に思い知らせてやる」
知っている人間は知っているだろう、エドガー・フーバーは、自身の政敵をたたきつぶす手段としてその人物の性癖を持ち出すことをよくやった。
いわゆるホモセクシャルというひた隠していた性癖を暴露されその社会生命を絶たれた人物は、数多い。
しかし、そのフーバー自身も決して他人へ誇れる性癖を持っていたわけではない。
要は、自分と同じ匂いのする人間を狩りたてていたという面を否定できなのである。
「天下のOSSが美人局(つつもたせ)ですか・・・世も末だ」
「ダークワークじゃそう珍しいことであるまい?」
古来より性を使った権謀というのは、良く使われた手段である。
それは、理解していても自分がその実行者になるというのは、やはり情けなさを感じてしまうものなのだろう。
「ですけど・・・考えただけで気が重いですよ」
「考えるな、行動しろ・・・オレも考えたくない」
「ごもっとも・・・では、801作戦発動します」
「うん・・・それから、あの話は進んでいるのか?」
「適合者をようやく一人見つけました」
「そうか・・・」
―――目には目を歯には歯を、思い知らせてやるぞローズベルト!
ドノヴァンの瞳の奥に狂気にも似た強い光が仄見えていた・・・。
駆逐艦楡 航海艦橋
「何故もっと早くこちらに言ってこなかった!」
楡の艦長彦部一徳中佐は、妙高からの電文を携えてきた連絡係員を怒鳴りつけた。
「いいえ自分は、慌ててこちらに・・・」
「あ? ああ、すまん倉里に言ったんじゃない、司令部へ言ったんだ、済まなかった」
「はい、失礼します」
「うん・・・進路変更! 取り舵いっぱい! 両舷全速! 曳航ソナーの用意も忘れるな、これより楡は、対潜哨戒活動に移る、各員配置につけ」
楡・・・基準排水量3100トンの防空駆逐艦と呼ばれる艦種だ。
防空と銘打っているが、実際にはなんでもこなす汎用艦として計画された艦の対空兵装を強化したものであるから、対潜戦闘でも十分その任に耐える兵装を持っている。
曳航ソナー、艦首ソナー、艦首と艦尾には多弾投射型対潜爆雷投射機(ヘッジホッグ)さらに艦尾に爆雷軌条2を備えている。
2基のディーゼルエンジンがうなりを上げ34ノットという最大戦速で、楡は指定された海域へ向かい疾走を開始する。
艦尾には、曳航ソナーの操作員が集まりだし、ソナー曳航の準備に入っている。
「ったく1時間も対潜哨戒に穴を開けっぱなしとはな」
運の悪いときには悪いことが重なる。
海王の代わりに哨戒を行うはずであった晴海が、やはりエンジンのオーバーヒートで、緊急着艦を余儀なくされた。
代わりの機体の手配などの為に45分もの時間が浪費され、結局スケジュール的に無理があるということが判明し、楡が海域へ向かうまでにさらに15分という時間が必要となり、結果として艦隊の防潜網の一角に1時間の穴が開くことになった。
「たった1時間ですよ、そんなに目くじらを立てなくてもいいんじゃないですか?」
副長の田尻学少佐が、鍾馗顔を真っ赤にしている彦部をそういなした。
「たった一時間か・・・それで、一隻でも艦が沈んだらその一時間を艦隊の全員が後悔することになるんじゃないのか田尻君」
「考えすぎじゃないですか? たまたま一時間哨戒ができなかった、でも他の海域は哨戒をきちんとしていたわけです、穴があいていたのは、哨戒域の10%にも満たない海域です、そこにたまたまドイツのUボートがもぐりこんでいた、そんな偶然があるはずがありませんよ」
「世の中にゃ確率だけじゃ割り切れない事も山ほど起るのにか?」
「それ言ったら、この世の中に起こらないことが無くなっちまいますよ」
「おまえ機関員の連中に流布してるこんな法則を知っているか?」
「?」
「最悪の事態は、必ず最悪のタイミングで発生する、元々は失敗する可能性がある事象は必ず失敗するとかいう、正司の法則(Murphy's Low)というどうにも証明できないが、技術屋には信じられている法則のもじりらしい。
オレは艦を預かった時いらいいずっとこいつを座右の銘にしているんだ」
「・・・最悪の事態は、最悪のタイミングで発生する・・・ですか・・・信じたくありませんよ、そんな法則」
「だが、そう思って何事にも対処するようにすれば、最悪の事態は避けられるとは思わないか?」
「・・・判りました、無駄に終っても必要なことではある訳ですし」
「確かに、無駄に終ったなら、それに越したことはないさ」
彦部は、
「機関半速!!」
楡の艦速がぐっと落ち、自身の発生する雑音がほぼ消失する。
「曳航ソナー伸ばせ!」
「艦首ソナー聴音開始!」
そうしなくてはソナーによる観測は、行う意味がない。
もっとも自艦雑音に囚われないための曳航ソナーなのだが、まさか哨戒海域まで最大船速で引きずってゆく訳にも行かない。
「探針音放ちます」
楡の聴音室では、ベテラン観測員が聴音に忙殺されつつあった・・・。
「測長、これ聞いてください」
まだ少年の面影を残す若手の観測員が、曳航ソナーからの音響スピーカーのスイッチを入れた。
激しい海中雑音に混じり、くぐもったモーターの駆動音らしいものがわずかに混じっているように思える。
「貸せ!」
40代の聴音長が、若手のヘッドセットを奪うと、コンソールのイコライザーを慎重に操作し、その駆動音のように聞こえる音を強調させてゆく。
やがてそれは、誰の耳にもモーターの連続的な駆動音として浮かび上がる。
「・・・艦長! 敵潜水艦を発見! 4時方向へ進路願います!」
「居たか・・・なんとしても、撃沈するぞ」
「判りました」
「機関そのまま、面舵いっぱい! 爆雷戦用意!」
楡は右へ艦首を巡らしはじめる。
艦首が推定される潜水艦の方向へ向き直ったことで、甲高い探針音が再び放たれる。
水中の音速はほぼ1500メートル/秒である。
もしも反響音が帰ってきたならば、その帰ってきた秒数を2で割り1500を掛ければその物体までの距離が出る。
そしてこんな絶海のただ中で反響音がある事すなわち敵艦の存在となる。
しかし10秒ほど待つが、反響がない。
「・・・反響が無い・・・な」
「もう一度撃ちますか?」
「いや・・・さっき注水音が聞こえた気がした・・・この辺りには、南極からの低層流が沸き上がっている事があると聞いた、変温層にまぎれ込まれたかもしれんな」
もちろんそんな事がこの時代の海軍の情報で存在しているはずがない。
それは、おおすみに乗っていた電子百科事典からもたらされた戦術情報である。
Uボート側は、それを経験則として知っているのだろう。
―――だとしたなら厄介な敵だ、とてつもないベテランが操っているということになる。
「だとしたら厄介ですよ」
「いや、やつらだって大物を狙っているだろうからな、この方向に居たことは確かなんだ、だとしたら・・・」
今から艦隊の中央を狙うならば・・・。
そこまで聴音長が考えたとき、突如として大音量の水中雑音が沸き起こる。
「なんだこれっ!」
若手がヘッドセットをかなぐり捨て、叫ぶ。
言うまでもない、それは、カーバイトを使った<デコイ>であった。
その雑音にまぎれ、Uボートは高速で楡の探知範囲から逃れるつもりなのだろう。
だがそれは逆効果だった、なぜなら楡の曳航ソナーは、その雑音の影響から離れた位置に存在していたからだ。
「よし! 航走音捉えた、目標12時方向を、高速で航行中!」
インカムへ向かい聴音長ががなる。
その声に彦部も声を張り上げた。
「機関全速、艦首多弾投射型爆雷発射よ〜い!」
『注水音多数確認! やつら、ここから魚雷を撃つつもりです』
「なにぃ!」
「艦長、落ち着いてください、きっと自暴自棄になっているだけです」
田尻の声に彦部は、考え込む。
はたして本当にそうなのか、と。
だが、深く考えている時間は、無かった。
『敵潜接近んんっ!』
『し、駛走音確認!! 4・・・いいえ、6です!!』
敵潜水艦への攻撃可能位置への接近と、敵の雷撃とが重なる。
「全艦隊へ雷撃警報を! 艦首爆雷撃てっ!」
逆さに並んだビール瓶が24本それが、爆薬によって前方へ向かい打ち上げられ、投網を広げたかのように海面へ落下する。
やがて白波が立つ荒れた海面が沸き立つ。
「やったか!」
『圧潰音確認、敵潜撃沈しました』
楡の艦橋には、万歳が響く。
だが敵潜は倒しても、魚雷は放たれてしまっていた・・・。
「楡より打電、敵潜からの雷撃・・・来ます!」
大和艦上の堀の元へ電文を携えた参謀が駆け寄る。
「全艦へ通達<鎮守者>半自動にて迎撃せよ!」
艦隊の左に位置していた駆逐艦、そして軽巡達の舷則に設置されているCIWSに灯が入る。
流石に水中を進む魚雷をレーダーで捉えることは不可能であるため、機銃員が取りつき、操作を行う半自動モードでそれらの30ミリ多砲身の砲口は、海面をにらみつける。
「ら、雷跡発見! ・・・6時方向、数2!」
防空軽巡渡良瀬の後楼の見張員が、叫ぶ。
「取り舵いっぱい! 鎮守者の射界を確保する!」
海王の格納庫の上部に取りつけられた渡良瀬の鎮守者からでは、真後ろに位置している魚雷を射撃できないためであるのと、避けてしまえば直進しかできないだろう魚雷は脅威ではなくなる。
機関が増速すると共に、左舷へ戦隊を傾け軽巡らしい機敏な動作で、渡良瀬は、回頭を開始する。
「ぎょ・・・魚雷が・・追ってきます!!」
渡良瀬のコンパクトな回頭には流石に及ばないものの、魚雷も方向を変えている。
その雷跡を見ればこちらを完全に追跡してきているのは明白だった。
「なにっ! ちくしょう、これが噂に聞いたホーミング魚雷(みそさざえ)か!! ええい、デコイ放出!」
渡良瀬艦長、平山一平が叫ぶ。
ほぼ同時に別の駆逐艦でも魚雷の正体が理解され、こちらは駆逐艦としての身軽さで振り切ろうとしていた。
従来通り電池式魚雷であったならば、雷跡は、見つからなかったはずだ。
だが、電池式魚雷では速度はともかく射程距離が短すぎた、なによりも敵を追いかけるというホーミング魚雷の性質上、長距離を疾駆できなくては意味がない、そのためホーミング魚雷は従来の空気式に改められていた。
よしんば雷跡が発見されたとしても、避け様がないのであれば、問題は一つもないではないか。
だが、音響を追いかけるという性質が判っていれば、それを避けることは決して難しいことではない、自身よりももっと大きな音を出す物を囮としてしまえばいい。
渡良瀬の艦尾からデコイが投げ落とされる。
そして、魚雷はデコイに引っかかった・・・。
「今回は、数が少なかったし、こちらの間もいささか悪かった」
堀は大和の長官室で、一息ついていた。
「ええ」
同席している参謀長の石渡義尾少将が応えた。
「だが、やはりドイツは、侮れない。これは対潜哨戒部隊を増やしてもらわざるをえないな」
「であります」
「まったく・・・地球の反対側で軍令部とかけあわなくてはならなくなるとはな・・・」
「致し方ありますまい」
二人そろって苦笑をすると、コーヒーを飲み干し、報告書の作成作業を開始した。
実を言えば堀自身は、本国から二次遣欧艦隊として編成されつある部隊の対潜哨戒部隊を別途派遣してもらう算段をすでに開始していた。
4隻の空母にさらに4機づつの晴海を乗せることはなんとか可能であると見積もられていたからだ。
主力戦闘爆撃機の天鷹が小型であることがそれを可能としていた。
喜望峰を通過した時点で、地球を半周以上飛行しなくてはならないが、対潜哨戒機という特性上、晴海は4つの座席を持っており、後ろの座席との交代は、流石にできないものの、となりのコパイロットとは操縦を交代することが可能だった。
交代交代で機体を飛ばし、さらに自衛用の機銃弾すら降ろし、最大容量の増漕を全てのハードポイントへ釣下し、その上で派遣されない僚機から空中給油も途中で受けるという無茶苦茶な飛行を行い丸一日以上飛びつづけることになる。
正気を疑うような話だが、それだけ堀がドイツの群狼作線に脅威を感じ、その報告に本国の軍令部、そして艦政本部も同意したいうことである。
イギリスを追いつめたその実力を過小評価することはできないということを堀は、肌で感じたということになるのだろう。
しかし、イギリス到達までの距離も時間もまだまだ長ったのである。
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記#4
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記#5
--------------------------------------------------------------------------------
承  前
「拝啓
エドガーフーバーFBI長官殿 貴殿の御活躍には、いつも感服させられております。
貴殿は、常々、合衆国の代表者達の倫理観・・・特に性的倫理観の欠如を嘆いておられるようでした。
かくいう私も、それらについて常々、嘆いていたところでありました。
さて、今回お手紙をさしあげた訳ですが、あなたさまの普段の行状からは、とても考えられない御乱行の一部始終とそれに付き合わされた哀れな青少年の証言を、合衆国上下院議員、合衆国上級職公務員、及び全米の報道機関へ送らせていただいたことをお知らせするためでございます。
既に今ごろは、全ての皆様があなたの恥ずべき行為の一部始終にさぞや目をしかめている所だと存じます。
常日ごろ、ご自身の仰しゃられている通り、潔く公職から御身を退かれることを当方としては希望してやみません。
いち合衆国民より。
敬具」
「・・・」
顔を、赤を通り越して、紫にしているのは、アメリカ合衆国の頂点に君臨しているフランクリン・デラノ・ローズベルトである。
その手には、タイプ打ちされた、件の手紙とフィルムが握られている。
彼の目の前、ホワイトハウスの大統領執務室の巨大な机の向こう側には、巨大な体躯を小さくた、エドガーフーバーFBI長官の姿がある。
そのフーバーめがけ手紙とフィルムを投げ付けた。
「だ、大統領閣下、これは・・・」
「おまえは、免職だフーバー」
必要最低限の言葉、それが大統領の怒りの量を示していた。
「こ、こんなものは・・・」
「・・・こんなもの? この汚らわしい行為を映したフィルムが嘘だとでも言うのか? ええっ! フーバー!!」
「い・・・いいえ・・・」
巨大な体躯を小さくし、フーバーは、その場で言いよどむ。
まさか自分自身が、このような道化を演じさせられるとは全く考えていなかった故の失態であった。
「汚らわしいソドムの崇拝者めがぁぁぁぁぁああああっっっ・・・失せろ! 地球帝国の盟主たる合衆国の中枢部に今後一切関れるなどと思うな!!
さっさと薄汚い尻を私の目の前から退かせろ!!」
「か、閣下! お聞きください」
「ええい! 私に触るな! 汚らわしい!! ホモが染るわ!!」
「閣下ぁ〜」
ズルズルと執務室から警務官によって引きずり出されてゆくフーバーのドップラー効果の効いた声が陰々滅々と響いた。
「くそっ! こんなくだらない謀略に引っかかりおって!!」
そうローズベルトは理解していた。
それがフーバーを権勢の中枢から退けるための謀であったことに。
だが、その結果を無視する訳には、行かなかった。
なによりもあまりにも大量にばら撒かれたそれらによって、フーバーを庇うこと=政権の終焉に繋がる恐れすらあった。
だが、彼の政権の崩壊のときは、刻々と迫っていたのである。
「狩っても、狩っても涌いて出てくるという所じゃ、狼というよりも、南京虫かネズミに近いなぁ」
下北搭載の晴海471の機内は、対潜哨戒からの帰路にある機体であるため、いたって呑気な雰囲気が漂っていた。
機長も副操縦士も、ややシートをリクライニングさせ、自動操縦に機体を任せてしまっている。
リラックスしたムードであるのは、母艦へ帰投すれば、3日間の待機に入るということもあるだろう。
「呑気な事を言っていられるのも今のうちですよきっと」
「どうしてだ?」
「艦隊はもう赤道を越えます、そうしたら」
「まあ確かに北半球に入ったら、もっと襲撃が本格化しそうだな」
「ドイツにも強力な水上艦がある訳でしょ? 艦隊戦だって起こるかもしれませんよ」
「その前に航空攻撃でケリが付くと思うぞ」
「そうっすかね?」
「じゃなけれゃ何の為に空母を4杯も連れてあるいている?」
「それならあのデカ物は、なんの為に付いてきているんですか?」
そう副操縦士が指差したのは、防空戦艦大和であった。
「おまえありゃあ、対航空機用の戦艦だぞ」
「へ?」
「あの大和は確かに軽量55口径46センチ三連装主砲塔に載せ代えたりもしていて、一見艦隊決戦用の戦艦に見えるだろう?」
「だって戦艦なんて他に何に使うんです?」
「浮かぶ対空砲台だよ、大和のマストは他の特に空母なんかとは比べ物にならないほど高いだろ?」
「ええ」
「そのマストに電探が鈴なりになっている訳が判らんか?」
「電探で捉えた敵航空機を、長10センチ高角砲で狙い撃ち?」
「その通りだ、さらに40ミリガトリング、20ミリガトリングをわんさと積んで、航空機に関しては、無敵と行ってもおかしくないとんでもない化物だ」
「でも機長、そもそも、ドイツの航空機が、うちの奮進式エンジン搭載機に勝てるとは思えないですけど?」
「あのな、大和は、艦隊防空だけに使うんじゃないんだよ」
「でも、じゃあ一体なんに使うんです?」
「オレ達がここまで来た理由の為に使うんだよ」
「へ?」
「司令長官」
「ん?」
「島村さんは、大丈夫でしょうか?」
大和の長官室に、堀と金森の姿がある。
金森は堀付きの「秘書官」という新たに作られた肩書きで大和へ乗っている。
だがそこに「おおすみ計画」の三本柱の一人である島村の姿はない。
60を過ぎた体で長期戦闘航海は辛いからと辞退したという訳では決してない。
彼は、彼で今現在、重い責務を背負ってスイスに飛んでいるところである。
「山本君(山本五十六)も付いているから大丈夫だと何度言わせる、おまえも結構心配性だな」
「あのお歳で異国の水は、きついと思ったりしているんですけど」
「あの人だって「おおすみ」で海外は経験している、生水を飲むほど間抜けじゃないよ」
「あ、そうでしたよね・・・はぁしかし、旨く行ってくれるといいですね」
「ああ、そうすればこの艦隊は<抜かずの刀>のままでいられる」
「抜かずの刀・・・ですか」
「そうだ、この大和そしておおすみ計画の4空母、それらは日本の持つ<力>を体現し存在している、というだけでいいのだよ。
実際に戦ってもこの艦隊は世界最強の艦隊だろう・・・まあ今のところはな・・・しかしその力を背景に、戦わずに血を流さずに交渉で事が収まってくれれば、それか一番良いことだろう?」
「それって軍人の発想じゃないですよ長官」
「ん・・・まあ、そうだな、おおすみに関ってから、隠謀が御家芸になっちまってるからなぁ」
堀はそう言って苦笑をしてみせた。
艦隊は、16ノットの速度で、ヨーロッパ半島へと接近しつづけていた。
「・・・ここに私は、改めてドイツ第三帝国へ宣戦を布告することを約束するものであります。
どうか合衆国国民の皆さん、この光景を忘れずに心の怒りを忘れずにこの戦争を勝利しましょう」
マンハッタン島、そのやや先端に近い無数のビルに取り囲まれた広大な空き地。
そこは、彼自身が謀略によって作り出した空き地だ。
10数発のV1滑空爆弾の着弾によって23棟の高層ビルが連鎖崩壊、さらにその付近で行われていた反戦集会の参加者達を巻き込み、総計1万785名の犠牲者の血によって作り出された空き地である。
瓦礫と遺体は、速やかに州軍によって回収され、さら地とされたそこに、ローズベルトは今、座り、力強い演説を終えたところだ。
その大統領へ10名余りのボーイスカウトの制服に身を包んだ少年達が花束を持ち歩み寄ってゆく。
そして演壇の真横まで来た少年達の表情が普通では無いことにローズベルトは気がついた。
だが、それを大統領は誤解した。
緊張のあまり表情がこわばっているのだろうと考えたのである。
「やあ、小さな合衆国民のみんな、どうしたのかね、こんなに大勢の人たちに囲まれて緊張しているのかな」
政治家は、自身のイメージを創り出すときに子供を利用する。
子供好きな、子供に好かれる、気さくな政治家。
そこに悪いイメージは全くないからだ。
だからことさら子供達に媚びる政治家等というのは、ろくでもない事をしようとしている事の証拠のようなものだ。
もっとも、今ローズベルトが置かれている立場としては、それはいささか仕方のない事であろう。
彼の周囲には推定20万の群集がひしめき、そのただ中で、彼はボーイスカウトから花束を送られることになっているからだ。
「大統領閣下」
少年の一人が唇を振るわせつつ口を開く、摩天楼の狭間にぽっかり出来た空間に良く通る声が広がる。
「なにかね」
「僕の母と姉は、この場所で亡くなりました」
「そ、それは、大変お気の毒だった・・・だから・・・」
キッと強いまなざしで睨まれやや鼻白みつつも笑顔でそう続けようとしたとき、別の少年達が口を開いた。
『僕達はだれがその真犯人なのかを教えられました、今日はその真犯人をこの場で告発するために、ここに来たのです!』
それらの少年達の瞳に、怨嗟のドス黒い感情を読み取ったローズベルトは、告発される人間が自分自身であることを本能的に察知し、そして叫んだ。
「誰か! 誰かこの子達を下がらせろ!!」
『いいえ、大統領閣下、下がらせる訳には参りません』
その声を圧するように会場に設置された多数のスピーカーから、ドノヴァンの声が響いた。
「貴様は・・・OSSのドノヴァンか? どういうことだこれは」
『閣下、閣下はこの事件についての真相を知りたくないのですか?』
「そ・・・そんなことはない。が、ドノヴァンいずれにしろドイツ軍が合衆国に戦争を仕掛けてきたことに変わりはないのだ」
『いいえ、どうぞ彼らの告発を聞いてください、それとも聞ずにこの場を無事に立ち去れるとでもお思いですか? この広場を取り囲む群集の大半は、この事件によって家族や友人を失った人たちだという事をわすれておいでのようだ』
逃げ出す場所は何処にも無いということを言外に匂わせドノヴァンが最終宣告を口にする。
「貴様・・・貴様は・・・」
『かくいう私もその内の一人なんですよミスターローズベルト黙って彼らの告発を受けなさい!!』
そのドノヴァンの声に励まされるように少年達が口を開く。
「・・・みなさん聞いてください」
そうして、彼らはローズベルトが画策した隠謀のほぼ全貌を詳らかに語り尽くしてしまったのである・・・。
「うそだ! こんな、こんな子供の言うことを真に受けるのか、あなた達は大統領よりもこんな子供たちの言うことを!!」
『ではこれを観なさい大統領』
広場に無数に設置されたスピーカーから、エドワルド・ネイチャー上院議員の張りのある声が轟き渡った、それと同時に、広場を囲むビルというビルの屋上から複写された無数の書類が撒き散らされはじめる。
『全てはあなたが英国に頼んで行った国家規模の犯罪であることはこれで明白だ!
これを観てもまだあなたはこの広場に集った遺族達にドイツと戦えなどと言い放てるというのか!!』
「エドワード! 出てこい!」
『逃げも隠れもしていない、私とドノヴァンは最前からここに居る』
演台を遠巻きにしている正面の群集が二つに潮が引くように割れると、その場にマイクを持ったエドワードとドノヴァンが現れた。
彼らの周囲には、武装した海兵隊員達が立ち、大統領を睨みつけている。
「どうしてお前が、こんなものを持っているんだ!」
「不思議か?」
「当たり前だ!!」
「捏造であるとは言わないのか?」
「・・・それは・・・それは、法廷で争ってやる! 大統領を侮辱した罪を償ってもらうぞ!」
「国民全体を騙し、若い命を戦争へと死地へと駆り立てんとした行為は罪ではないのか?
ドノヴァンを始めとする家族をあなたの個人的な野望で失わせてしまったことは罪ではないというのか!!」
「煩い! 煩い! 煩ぁぁぁいっ! 私が合衆国の大統領だ、この地球を支配する帝国の主だ!!」
「あなたは単なる犯罪者ですよ、それも最低の人殺しだ」
「貴様は、軍人だろう人を殺したことがないとでも言うのか!」
「残念ながら後方勤務で昇進しましたので、戦闘経験はごさいません大統領閣下」
「兵士諸君! 君たちは、星条旗に忠誠を誓ったはずだ! その無礼者共を撃ち殺せ!」
「無駄ですよ、彼らも友人や恋人をここで失っているんです、あなたの罪を彼らこそ許さない!」
「認めん! こんなこと、私は認めんぞっっ!! エドワードっっっっっっっっ!!」
その怒声をも圧し、凄まじい爆音が轟き渡った。
巨大な二組のローターブレードを持った怪物体が上空から舞い降りてきた。
それは試作されていた大型の「ヘリコプター」であり、そのコクピットドアを開け姿を現したのは、エドガーフーバーだった。
「閣下! お早くっ!」
巨躯を疾駆させ、大統領の車いすをヘリへと押しはじめる。
「フーバー! どうして」
「私が謀られた様に、あなたも謀に架けられることは目に見えていましたから」
「私は・・・沈みかけた船だぞ」
「それでも合衆国大統領をリンチで失う訳には行かないでしょう?」
フーバーはドアの向こうへローズベルトを押し上げると自分も乗り込む。
「済まないなドノヴァン、それからエドワード議員、少なくとも彼はまだ合衆国の大統領なのだよ」
突然の怪物体に、パニックに陥りかけた群集は、ヘリへ大統領が消えたことで、冷静さを取り戻した。
海兵隊員達は、カービン銃をヘリへ向かい構えるが、発砲まではしない。
「あなたの解任決議案が両院を通過するのは時間の問題だ!」
「そんな実効力のない決議など誰が認めるものか!」
その捨て台詞を残し、ヘリは何処ともなく飛び去って行った・・・。
スイス、チューリッヒ、大英帝国領事館。
「本当にそこまでさせてしまって良いのかね?」
「ドイツの主力戦闘機は、二機種有ります。
その二機種とも最高速度は600キロメートルを少し越える程度にすぎません、天鷹2の巡航速度にも劣ります。
おっと山本大将判っています航空戦はカタログデータだけてなくパイロットの技量も物を言う」
「君には釈迦に説法だったかな?」
「いいえ、それは肝に銘じておかねばならない事柄の一つです。
なにしろベテランパイロットを一名養成するには、その彼の乗る航空機と同じ程度の金と時間がかかるのですから」
「そうなのだ、わが国はそこが今ひとつ弱いのだな」
「その話は、少し置いておきましょう。
ですがパイロットの技量も十分だと思います。
遣欧艦隊の4空母のパイロットの年間総飛行時間は、250時間を越えているものばかりを集めてあります。
どの国の空軍とやり合っても技量で負けることはまず考えられません」
「要するに、遣欧艦隊のパイロット連中は、教官クラスばかりだということか?」
「そういうことになります、それでも突破されならば」
「されたならば?」
「大和が艦隊の空を守ります」
その自信を持った口調に山本は首肯すると話題を、最前まで行われていた英国と独逸との休戦交渉に切替えた。
「・・・しかし・・・ドイツも思い切った条件を付けてきたものだね」
「アメリカを押さえてみせるから英国と休戦してほしいというわが国のその戦力の実行力を、自分達の空軍力で量らせろというのですからね」
「こんな戦いで死んでゆく将兵こそ浮かぶ瀬がないとしか言いようがないな」
深々と山本は溜め息をついてみせる。
そう島村と山本がチューリッヒまで来た訳とは、英国と独逸との休戦を実現させるためであった。
そしてこの交渉が開始されたと同時に、独逸からのV兵器による攻撃は停止されたことが確認されている。
独逸とて、英国を追いつめすぎ、アメリカというジョーカーを引っ張り出すことまでしたくないというのが本音であるのだ。
そして日本がアメリカの参戦を回避させる手段とよしんば開戦した場合においても、日本独自の戦力でアメリカ両洋艦隊を翻弄することによってヨーロッパへの介入を阻止できうるという証拠を欲しがったのである。
その二人の元に、日本領事館の駐在武官が駆け寄ってきた。
「ローズベルト氏は、あの場から逃亡したようです・・・と本国から入りました」
「ほう」
「そうか逃げられたのか」
島村は、ローズベルトがあの場で失脚し、つるし上げられるだろうと考えて居のである。
そこまで演出したのは、エドワード・ネイチャーを抱き込んだ翡翠重工広報部の間諜達であった。
だが、日本の方針は、<ヨーロッパの戦火を煽り、ドイツ第三帝国をアメリカ、イギリスと共に敵として叩く>という事であったはずだ。
ここにきてその方針が転換された訳は、いくつか存在している。
まず、ローズベルトの行ったあの大量殺人である。
そのカラクリを正確に推察し、それを利用できることを堀と島村は理解した。
それによってアメリカ国内を混乱させうることが可能であると考えられた。
そして独逸によるユダヤ人虐殺が防止されたことである。
島村の産まれた昭和では大量虐殺されてしまった収容所のユダヤ人達は、日本が満州への受け入れを独逸へ打診し、それが受け入れられたことによって人類への犯罪を独逸が犯さずに済んだのである。
これにより、日本が英米と共に独逸を叩くというシナリオも転換をすることになったのである。
さらに言うならば、アメリカという超大国を作り出さないことこそが、今後の世界にとって最重要であることに日本化気がついた為と言うことになるだろう。
「おおすみ」をこの時空へ送り込んだイスラエルとパレスチナ:イスラム社会との紛争の直接の原因はアメリカというスーパーパワーに対するイスラム世界の反発が発端となっていることは明白であるからだ。
その方針の転換によって、この交渉は行われた。
大西洋は、独逸が統一したヨーロッパ半島と英国、太平洋は日本帝国と満州国で担当し、アメリカの戦力を永続的に押さえつつ、その枠組みの中で、世界を緩やかな国家連合体へと導いてゆこうというものである。
そして独逸はその提案に条件つきで乗ってきた、英国はもとより選択肢が存在していない。
アメリカが大統領の犯罪によって身動きが事実上取れない事を考えれば、日本の提案に乗るしかその国体を維持することができないことは明白であるのだから。
「ン? まだ報告があるのか?」
電文を伝えた武官が去らないのを不審に思った山本が質問を発した。
それに頷き武官が口を開いた。
「それから、大西洋艦隊のほぼ半数が、出港し、東へ向かったとの伊407の報告も入っています」
407は、翡翠重工広報部が潜入工作の為に刈り上げた水中排水量実に6,000トンという巨大潜水艦だった。
「・・・大西洋艦隊が東にか?」
「はい、それ以上の事は、まだ407でも判っていないとの事です」
「判った、ありがとう」
その大西洋艦隊のほぼ半数の艦艇の半ばを強引に引きずり出したのは、ローズベルトだった。
自らの国から逃げ出した大統領は、英国への意趣返しに接近していると見られている遣英艦隊を叩きつぶしてしまおうとしていたのであった。
そして大統領に逃げだされてしまったアメリカは、混乱状態に陥りつつあった。
独逸の攻撃が大統領の行ったマッチポンプである事を信じた人間と信じなかった人間とが激しい意見と感情の対立を産み出してしまったのである。
ほぼ国内世論を真っ二つにしたそれらの対立勢力の衝突は、最早時間の問題となっていたのである。
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記#5
Fin
COPYRIGHT(C) 2003 By Kujyou Kimito
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記 #FINAL
--------------------------------------------------------------------------------
「これで向こうの世界の被害が減るんでしょうか?」
「減りますよ、その為に祖父も父も私も日満の科学力を全て注いできたんですから」
そう一人の技官の独り言に答えのは、ヘルムート=アインシュタインだ。
ただ一人原爆開発に携わった物理学者達の中で暗殺を免れたアインシュタインの直系の孫に当たる人物である。
地上をはるか高度700キロメートルに浮かぶここは、欧州東亜宇宙開発機構の低軌道宇宙基地「フォン・ブラウン」いまフォンブラウンは建設以来もっともおおい人員であふれかえっていた。
あるたったひとつの事象を成すために。
「ここは、どこだね?」
長い道のりを、目隠しをされ猿轡をされて運ばれた彼には、陽の光がまぶしすぎた。
だが、それは陽の光ではなくしどうやら人工の光のようだった。
「ここは、日本ですアインシュタイン博士」
彼の問いにそう応えたのは、一人の海軍士官であった。
「どうして私を日本などに連れてきたのだ?」
「この<おおすみ>をあなたに是非観てもらいたかった、あなたがやろうとしていた事の結果がどうなるのか、あなた自身の目で」
「私が・・・しようとしていたこと?」
「原子爆弾の研究開発、その結果がこの輸送艦なんです」
「どういうことだね?」
そして島村は語った、アインシュタイン=ローゼンブリッジをこじ開け、この巨大な船が、別の世界からこの世界へと弾き飛ばされてきたことを。
そのワームホールをこじ開けおおすみを弾き飛ばした原因は、純粋水爆であろうこと。
それも100ギガトンを越えるような太陽爆弾とでも言うべき超絶的な威力を持った爆弾の多重爆発による物だろうということを。
「は・・・ははは・・・バカな!」
「バカなことではないんですよ博士、彼は2031年世界の住人だった、あなたがローズベルトに原爆の開発を行うように進言しなければ、日本のこの広島と長崎に落ちることも無かった!
あなたは一瞬で24万もの人間が死んでしまうような恐ろしい兵器を創り出させたんですよ、博士」
「・・・出来てもいない爆弾の責任を私に取れとでも言うのか君たちは?」
「いいえ、今この船には、その結果がどうなったのかを語る資料も載っています。
それをご覧になってから、責任を取るか取らないかを決めてください」
「・・・勝手な連中だ、だいたい君たちは何者なんだね」
「私は、日本帝国海軍おおすみ計画の責任者で堀貞吉退役中将です」
「なるほど・・・判った、その資料とやらを見せてもらおうじゃないか」
「こちらへどうぞ」
「・・・こんなことが許されるわけがない、こんな事が・・・」
「これが原子爆弾の真実です、ドイツに対しても他の民族に対しても、使って良いモノだとこれでもあなたは仰しゃられますか?」
「いいや・・・私が間違っていた・・・いや、私が道を謬ることを止めてくれてありがとう、堀さん」
「ここには、ざっと90年進んだ科学技術の一端が備わっています、もしもできるならあなたには、おおすみをここへ送り込んできた物理現象の研究を行ってもらいたい」
「本当にそれで、いいのかね?」
「ええ」
こうしてアインシュタインは、満州に腰を据え、理論物理の研究を再開させたのである。
そして密やかにアメリカから呼び寄せた妻子達とともに多くの研究成果を残し1980年(島村の昭和では、1955年)に日満の国民に惜しまれつつ亡くなった。
その第一の成果が「アインシュタイン=ローゼンブリッジ」いわゆるワームホール理論の完成であり、おおすみがこの時空に落ち込んできた事象の解明だったてのある。
『発:オオトリ402、艦隊12時方向より航空機多数接近中! 数・・・およそ・・・およそ400!!』
空母知多搭載の早期警戒機虹雲(こううん)からその報告がもたらされたのは、1941年11月4日午前8時のことだった。
襲いかかってきたのは、独逸空軍が繰り出したほぼ正面全力に近い421機。
Bf109F−2、160機、Fw190A−0、−1、160機という制空戦闘機とJu88A、He111H計101機という双発中型爆撃機の戦爆連合を形成し、艦隊へ向かい突き進んでいた。
「来たか・・・」
大和の戦闘指揮所に詰めていた堀はそう呟く。
交渉の結果、独逸との航空戦は確定していた事項のため、慌てることなく整えられていた迎撃体勢が発動してゆく。
「空母全艦発艦体勢!! 各艦、天鷹の半数を迎撃に、半数は艦隊上空の直援に付け」
既に対空迎撃仕様の天鷹2型が甲板にズラリと並んでおり、三基の蒸気カタパルトによって、次々と発艦を開始しはじめていた。
両翼6箇所のハードポイントに、70ミリ19連装ロケット弾ポッドを、機体下のポイントに30ミリガンポッド(装弾数400:重量2トン!)を吊下し、強力なアフターバーナーを装備した天馬エンジンの推力によって楽々と上空へと舞い上がってゆく。
艦隊進路上100キロの上空15000メートルに遷移したオオトリ402は、迎撃に進空してゆく100機あまりの天鷹へ指示を出しはじめる。
その指示に従い天鷹は、50機づつの部隊へとさらに別れ、左右へ別れる。
ジェットエンジンの高速を生かし、左右の後方上空へ回り込みロケット弾を撃ちおろすという作戦のようである。
そしてこの時、もう一つの戦いも生起しようとしていた。
オオトリ402の補助の為に上空に上がっている虹雲、オオトリ403というコードの振られたそれは、オオトリ402の西方40キロの位置で直径10キロという円を描きつつ1万7000メートルの高空に滞空していた。
「機長、すいませんもう少し西方向へ旋回位置をずらせませんか?」
後席に座る電探手の一人がインカムを通じてそう言ってきた。
「ん? かまわないが、どうした?」
「はい、どうにもレンジギリギリに何か居るようなんです」
「何? どのレーダーに引っかかっているんだ?」
「はい、海上監視用のレーダーですから、もしかしたら乱反射かもしれませんが、それにしてもかなりしっかりした反射が戻ってきていたんです」
しばらく思案をしていた機長は、オオトリ402に特に異常が見られない事を確認させ、機首を西へと向けたのであった。
「レーダーに反応! ・・・十や二十じゃありません・・・こりゃ・・・こりゃあ大艦隊だ! 我が艦隊の西北西60キロに、50隻〜70隻の大艦隊が居ます!」
「おう判った、何処の艦隊か確認に行くぞ、今の情報艦隊へ送っとけよ」
「もう送っています」
「・・・これイギリスだったら、いいんですけどね」
「ふん、英国にこれだけの艦隊が残ってりゃ。
さっさとてめ〜の尻くらいてめ〜で拭いてるさ」
「あ〜まあそりゃそうですけど・・・ドイツでしょうか?」
「それが一番あり得るんだがな、空軍だけじゃなく海軍も出張らせてきたつ〜のはあり得ない話じゃないしな」
「そうですよねドイツですよね」
「判った、全艦砲雷撃戦用意・・・よりにもよってこのタイミングか」
堀が、深いため息とともに、戦闘艦橋に入ってきた。
そこに数人の参謀達が駆け寄ってゆく。
「艦隊防空用の天鷹の兵装転換を図りましょう」
「先制にはまだ間に合います」
宇垣纒参謀長のその言葉に、多くの参謀が首肯して堀へ迫る。
「宇垣君、それはダメだ、アメリカ側にも空母が居る可能性がある以上、兵装転換はしたくない」
「ですが、向こうはこちらの艦隊位置をつかんでいない様子だと報告が」
「だが、航空戦の距離的には指呼の距離であることに違いは無いだろう、もしもこちらの転換が間に合わなければどうなる?」
「<ミッドウエイ>の事ですか?」
宇垣の言葉に堀は、肯き答えた。
おおすみ世界において、攻守の入れ替わる契機となった戦い。
それらの状況は、擬似的な戦闘詳報として将校達には配布されていたのである。
「考えすぎだというのは、判っているんだがね、あまりにも強烈な印象が残っているんだ」
「いいえ・・・そうですか。
長官がそうお決めでしたら、私達は案を出すのが仕事ですから」
「すまないな、私もこのタイミングでなければ、先制で航空攻撃の本領を見てみたいのだ」
宇垣の肩に手を乗せ言う。
「いいえ、砲撃戦での艦隊決戦こそ海軍軍人の本望、しかも世界最大の艦砲を使った砲撃戦が行えるとあれば、これは至福といって良い状況です」
「・・・だな」
ニヤリと堀と宇垣は笑いあう。
双方ともが、この戦闘が終わったならば、戦艦などという極端に肥大進化をした艨艟がその役割を終えてしまうことを知っていた。
であるならば、この時期この瞬間それを演出し、この戦いで死んでゆく将兵には申し訳ないが最後の花道を飾らせても罰は当たるまい。
そう二人・・・いやその場に居た多くの人間の思いは一致したのだった。
そう首脳部が別の戦いの準備に入ろうとしていた時、ドイツ空軍との戦いはたけなわを迎えようとしていた。
まったく警戒をしていない14000メートルの高空、ドイツ空軍部隊を左右から挟みこむかのように後方へと回り込んだ100機の天膺2は、70ミリロケットを躊躇無く叩き込んだ。
一機で114発のロケット弾を抱えている天膺2はその半数を発射している。
単純に計算しても5900発あまりが、ドイツ空軍の戦爆連合編隊へと音速の1.5倍という高速で突入してゆく。
そして近接信管によって、次々と空中にオレンジ色の凶悪な薔薇の花を咲かせてゆく。
あるBf109は、コクピットに直撃を受けパイロットを爆砕され、さらにその機体は、吸い込まれるように下方を飛んでいたJu88をも巻き込み爆発四散した。
別のHe111は、機体全体に満遍なく20発もの直撃を受けその場で自ら光の花となって散華した。
「うわぁぁぁっ、隊長、隊長ぉ!」
「ハンス、エヴァンス、ミハイル!、ヨハンっっ!! ちくしょう! いったいどうやって攻撃していやがぁああっっっ!!」
「うわぁああっ・・・だ、ダメだ、誰か助けてっ」
「母さん、母さぁん・・・」
「・・・くぅぅぅ遠心力で、操縦桿が・・・すまないヒルダ、お別れだ・・・」
ドイツ空軍の使っている無線を傍受していたオオトリ402のレーダー手は、自分にドイツ語の素養がまるで無かったことを、ある意味で感謝していた。
まったく理解できない言語であるにもかかわらず、そこに展開されているのは、無数の野人間の断末魔であり、遺言だからだ。
そんなものが理解できたなら、自分は残りの生涯をきっと坊主にでもならなければ、生きてゆくことが出来ない、そんな気持ちになっていたのである。
「着弾観測は飛ばしてあるのかね?」
戦闘艦橋の堀が艦長へ向かいそう問う。
「はい虹雲をもう一機飛ばして、万全の体制を整えております」
「そうか、この今次大戦で、最初で最後の砲撃戦になるだろうからな、気張ってくれよ」
「ええ、ヤンキー共を全員水浴びさせてご覧に入れます」
「オオトリ401、403位置につきました! 砲撃詳細諸元入ります!」
戦闘艦橋のオペレータ達が二機の虹雲が三角測量を行いはじき出した敵艦隊の位置を入力してゆくのと同時に大和の主砲がゆっくりと方位を変え、それ自身が意思をもっているかのごとく砲身が鎌首を持ち上げてゆく。
その50キロメートル前方には、アメリカ海軍大西洋艦隊が存在していた。
「よろしいですね」
有賀幸作大和艦長が堀へ向かい確認を取った。
「大和の指揮は、君の仕事だ」
「ではなくて」
戦端を開いてしまって良いかとたずねているのだ。
もちろん掘もそれを理解していてわざと韜晦した答えをしたのだ。
「判っている、存分に戦わせてやってくれ」
「発砲準備良し!」
「主砲、放てっっ!!」
艦長の声と同時に、50口径46センチ砲9門が轟然とその砲門を開いた。
「無線が膨大な通信を捕らえました、どうやら大規模な航空戦が10時方向において行われている様子があります」
アメリカ暫定政権の言うところの<反乱部隊>である大西洋艦隊のほぼ半数の勢力を持ったこの艦隊の旗艦となっている戦艦ワシントンの航海艦橋に通信文を携えた下士官が飛び込んできた。
「ジャップなのか!?」
そういきなり聞いたのはルーズベルトだった。
この艦隊はノーフォークに停泊していた全勢力を、ノーフォーク軍港の司令であった、「ニトログリセリン」アーネスト・J・キングをフーバーが口車で炊きつけ、その激に従った将兵たちによってここまでやってきていた。
「はい、大統領閣下、無線にはドイツ語しか流れていないので断言できません」
「・・・むうう」
「偵察機を飛ばしましょう、もしもその戦闘にジャップの艦隊が絡んでいたなら、その航空機の後を付けさせて、艦隊を発見できるはずです」
キングがやや青い顔をしているようにみえるルーズベルトへそう進言をした。
「判った、偵察機を飛ばしたまえ」
「よし、各巡洋艦へ偵察機を飛ばすように指令を出せ」
キングがそう参謀達へ向かい言ったとき、9発の赤熱した砲弾がアメリカ艦隊へと襲い掛かった。
最大のハードラックだったのは、ヨークタウンだろう。
ものの見事に弾薬庫の直上の飛行甲板に1.5トンの砲弾の一撃を食らい、飛行甲板、格納甲板を貫き弾薬にぶち当たり着発信管が作動したのだ。
だがその瞬間を見たものはそう多くなかった。
一瞬ヨークタウンの船体が膨らんだかのように見え、次の瞬間それは真昼の太陽よりも明るく輝き、そして海上に短い航跡と上空へ立ち上るきのこのような黒煙と周囲へ飛び散った無数の破片の降り注いだ後の水柱を残しヨークタウンは消滅してしまった。
だが、彼らのハードラックはそれで種切れにはなっていなかった。
ヨークタウン以外の艦にもそれら天からの降り下る恐怖は、襲い掛かっていた。
しかしワシントンは、ただ進行方向への近弾となった砲弾の生み出した波高100メートルにも達しようかという真紅の水柱に飲み込まれただけだった。
「こ、これは・・・攻撃なのか!?」
ルーズベルトが、アドミラルシートにすがりつきつつ震える声を上げた。
艦橋になだれ込んできた赤く染められた海水で、誰もがドロドロになっていた。
「わ、判りません、しかし雷撃や蝕雷の可能性も・・・」
「バカヤロウ! お前たちは知らんのか! 日本帝国海軍が着弾観測のために砲弾に染料を詰めていることくらいは、ネイヴァルオフィサーの常識として知っていなくてはならんことだろうが!!」
「し・・・しかしキング提督」
「四の五の言ってないで、艦隊の被害状況を調べて報告をしろ!」
「イ、イエッサー!」
だが、ワシントンのような戦艦、重巡クラスの艦ならばともかく、駆逐艦クラスの艦では、至近弾を食らっただけで、転覆してしまった艦も存在していた。
「報告いたします。
駆逐艦ラムソン転覆、駆逐艦ブルームマックレイシュ、ベインブリッジ中破、巡洋艦ナッシュビル大破、空母ヨークタウン轟沈・・・」
「た、たった一撃でか?
いったいどれだけの艦がどんな砲を使って攻撃しているというんだ!!」
怒鳴りつけた参謀からの報告を聞いたキングがそう叫んだとき、再び轟然と砲弾が叩き込まれたのであった。
「ラッキーヒットで大型艦らしき船を撃破したようだが、やはりなかなか当たるものではないようだな」
逐次もたらされる二機の虹雲からの報告で状況を理解した堀は、砲撃をいったん止めさせた。
7斉射ほども放った時「こりゃぁ砲弾の無駄遣いですね」という金森の言で戦闘艦橋に居た全員が我に返ったというところだろう。
「むううっ・・・私も大和の往復ビンタに当てられてしまったな。
アウトレンジとは虫が良すぎたようだな、有賀君」
「はい、ここは一つ腰ダメに構え、殴り合いと行かなければならないようですな」
「金剛と比叡にも主砲を撃たせてやれます」
宇垣が後方についてきているはずの二隻の僚艦の名を出した。
「そうだな、全艦へ最大戦速で大西洋艦隊へ殴りこみをかけるぞ!!」
「堀さんって、けっこう熱血だったんすね」
「なにを言っている<艦隊決戦>は、帝国海軍軍人のロマンだろうが金森!」
血走った眼でギンッ! とばかりににらみつけられて金森はガクガクと首を縦に振るしかない。
どうやら砲弾の無駄遣いという一言は、我に返らせる効果とともに、堀を怒らせてしまったようであった。
金森君に合掌。
「砲撃が止んだ・・・偵察機を砲撃のあった方向へ飛ばし、敵艦隊を探し出せ!」
方位程度は解析できたものの、敵艦そのものの位置はまるで不明、偵察機を飛ばす事しかできない。
「提督、この状況では各艦ともに水偵が飛ばせる状態とはとても・・・」
それは、そうだ盛大に水をかぶり豪快にゆすりあげられた後では多少なりとも整備をしなければ、航空機など飛ばせられるはずが無い。
残っている空母の状況も似たかよったかである。
「むうううっ・・・そうだな判った、足の速い駆逐艦を1隻でいい、偵察に向かわせてくれ」
現状を考えたキングは、そう言い換えた。
「了解いたしました」
「小型の艦が、突出してきているようです」
海図に書き込まれた虹雲からの報告をみつつ有賀が言った。
「偵察でしょうか?」
「考えられるのはそれだ」
「わざわざ発見される必要も無い、こらは9時へ進路を変更して後方へ回り込むとしよう」
堀はしばらくその状況を眺めおもむろにそういった。
「判りました」
殴り合いをするとはいえ、正面から叩きあいでは、数の違いが不利となるだろう。
その程度の策は弄するのである。
この時点で両艦隊の距離は、もっとも近い艦同士において40キロ程度にまで縮まっていた、しかし転進を行ったことにより、この距離は詰まることなく、位置関係だけが変わってゆくことになる。
この時点で、大西洋艦隊が航空機の整備を行い、空母なり巡洋艦なりから放射状に索敵を行っていたならば、この会戦の結果はまだわからなかっただろう、質はともかく戦艦の数では大西洋艦隊のほうが多かったのであるから。
そしてドイツ空軍との戦いは、すでに終局へと移っていた。
いきなりロケット弾の飽和攻撃によって戦爆連合の過半を叩き落されたドイツ空軍部隊は、飽和攻撃をすり抜けることが出来た戦闘機に乗っていた、エース級のパイロットだけがその技量と乗機とを最大限に酷使することで生き残り、大型の双発機であった爆撃機は、既に全機が叩き落されていたのである。
組織的抵抗も行えないほど数を低下させしまったドイツ空軍部隊は、散り散りに離脱をはじめていた。
追撃を行うことを主張した機もあったが、相手が戦意を喪失した以上、この戦闘の意味は消滅したと言ってよく、全機に帰還が命じられたのだった。
「・・・収容作業の為に空母を分離いたします」
「上空の直援機は、残るのだな?」
「もちろんです」
「うんならば、早急に収容作業を行ってくれ」
「了解しました」
「さて、向こうはこちらが見つけられずに焦れはじめているだろうな?」
「そうですね」
と思わず合槌を打ってしまった金森は、周りの参謀職の大佐やら少将やらという高級将校達ににらみつけられてしまった。
「ひぇええっ、ご、ごめんなさい」
「なに、会話のアクセントなんだ、そう目くじらを立てるな」
「はあ・・・」
煮え切らない返事の参謀達に苦笑しつつ金森の肩を軽く叩き気にするなと声をかけた堀は、一つ咳払いをし、腹に力を入れて口を開いた。
「それでは、もう一度はじめようとしよう」
「レーダーが使用不能になりました」
「どういうことだ?」
「それが、まったく機械的には問題が見つかりません」
「まったく新しい機械は、これたからなぁ・・・判った見張りを増やせ、それから偵察に出した駆逐艦からは何も報告は無いのか?」
「はい、まだ敵は発見できぬと」
「くそっ、いったいどこに消えやがった」
もちろんレーダーの不調は虹雲二機による電波妨害だ。
もう一段進めると、無線周波の妨害も開始される。
そしてそれが、遣欧艦隊の攻撃開始の合図となっていた。
「オオトリ401無線妨害にかかりました」
「よし、全艦砲雷撃戦開始」
「水雷戦隊突撃開始!」
既に照準を終えていた大和、金剛、比叡の主砲の砲撃を合図にしたかのように、水雷戦隊が加速を開始した。
この会戦においてアメリカ側は
戦艦、ニューメキシコ、ニューヨーク、テキサス、ワシントン、アイダホ
空母 ワスプ
重巡ウィチタ、オーガスタ、タスカルーザ
軽巡ブルックリン、サヴァンナ、ナッシュビル、ミルウォーキー
駆逐艦 20隻
これだけの数の艦が沈められた。
対する日本は、戦艦金剛がワシントンの砲撃によって爆沈し、駆逐艦5隻も沈んだ。
しかしこのほぼ全滅状態となった艦隊からぼろぼろになりつつも離脱した軽巡フィラデルフィアにルーズベルトは移乗しており、アメリカ合衆国から南部6州が独立を宣言した「アメリカ連合」の大統領として迎え入れられた。
だが、うち続く内戦のさなか、彼は体調を崩し1942年7月4日に死亡した。
こうしてアメリカ合衆国は、南部と西部が分離独立を宣言し3つの国へと分裂し、それら3つの国々が、日本、英国、ドイツ連邦という三カ国の支援を受け内戦を行うという図式に政治的に固定化されて国際政治の舞台から転げ落ちたのだった。
西暦2021年10月21日GMT午前10時50分
「クロック衛星・・・同調します!」
フォン・ブラウンのミッションコントロールセンターは、静寂に包まれていた。
このミッションの要である集合体Aがパレスチナ連合首長国の上空に差し掛かりつつあったからだ。
集合体Aとは、20発の100Gトン級レーザー核融合型純粋水爆のミッション名称である。
この<おおすみミッション>は日満英独の四カ国による合同ミッションであり、第二次大戦後の半ば意識的に固定化された三すくみという政治状況に楔が打ち込まれたことを象徴するべきミッションだった。
そのミッションルームの静寂を打ち破ったのは、オペレーターの叫び声だった。
「ふ・・・フロリダのケープカナベラルから、なにかが上がったぞ!」
「軌道要素を確認しろ!」
「20秒ください!」
シミュレーターが起動され、観測数値が打ち込まれると同時に、軌道要素がフロントスクリーンへ投影される。
「畜生、あの速度だと集合体Aかクロック衛星に追いつくぞ」
「かまうな、こちらに来るなら、デブリ排除の名目で叩き落せ!」
「間に合う機体があるかどうか微妙ですが」
「とにかく、このミッションを邪魔されるわけにはいかないことは君も承知のはずだ」
「もちろんです」
「あの大陸の連中は、なに考えていやがるんだか・・・」
ヘルムートは、そうつぶやくとフロントスクリーンへ視線を戻した。
「迎撃入ります!」
「て、敵性体が分裂ました!」
確かに追跡中のレーダースクリーンの中で、幾つかに分裂していた。
「・・・破片がクロック衛星Cへの衝突コースに乗ってます!」
「他は大丈夫なんだな?」
「はい、他の破片は問題ありません」
<・・・クロック衛星か・・・助かったな>
ヘルムートは、内心でため息をついた。
「クロック衛星Cからの信号は、バックアップに切り替えだ」
「ヘルムート司令、集合体Aの14番が切り替えられません」
「何?」
「判った、14番の使用は停止た」
「クロック衛星Cに破片到達します」
「カウント入ります!」
「マイナス100!」
集合体Aから、融合弾が次々に切り離されてゆく。
「クロック衛星Cのクロックが同調からズレて行きます」
「うん、判った切り替えは終わっているから、問題ない」
「カウントマイナス50!」
「いよいよか・・・」
「マイナス30」
「マイナス20」
「マイナス20」
「マイナス10」
「マイナス5」
「マイナス4」
「マイナス3」
「マイナス2」
「マイナス1」
「しゅ集合体A消滅っっっっっ!!」
「なに?」
「全弾爆発確認!!」
「全弾完全爆発、地上に影響なし、繰り返す地上に顕著な影響は認められず!」
こうしてミッションコントロールは、ようやく安堵の空気が流れたのであった。
「こちら電算室てす、司令アインシュタイン=ローゼンブリッジの閉鎖を確認・・・ですが」
「どうした?」
「はい、集合体Aの早発の為に、どうも一瞬だけかなり大きなブリッジが時空間に発生した模様です」
「・・・その質量は」
「はい、推定で1万1千tほどです」
「・・・そうか・・・そういうことか!」
ヘルムートは、長年の懸念事項が払拭されて高らかに笑い声を上げた。
「どうされました?」
「おおすみが、あの時代へ移動してしまった謎が完全に解けたのさ」
早発によって歪められた時空に、おおすみが元いた世界の融合弾爆発によってこの世界とおおすみ世界の時空をつなぐ穴が開いた。
しかし、その穴はこちらが補完的に爆発させたほぼ同規模の融合弾によって即座に閉じられた。
だが、たった一瞬だけこじ開けられたそのブリッジを通して「おおすみ」は、この世界の過去へと送り込まれてしまったのである。
どうして他の艦船がこの世界に姿を現さず、おおすみだけがこの世界に現れたのか、これまではまったく判らなかった。
もしもこちらから時空補完爆発を起こさなかった場合、テルアビブ近海に停泊していたPKF艦隊の大半がこちらの時空に飛び込んでこなくてはおかしかったからだ。
その答えが、アメリカ連合と合衆国が合作し放った妨害ロケットによるクロック衛星Cの占拠であり、その結果発生した集合体Aに残された14番弾頭の早期爆発であり、その結果であるおおすみの時空漂流が彼らの国を滅ぼした、自業自得の結果であると言えた。
おおすみ世界、西暦2021年10月23日───
「依然、輸送艦おおすみの捜索は行われておりますが、忽然と姿を現した他の多くの艦艇と同様の事態を希望できるのかは、わかっておりません。
絶望視されていた、多くの自衛隊員の方たちが生還した事を喜びたい気持ちはありますが、ただわが国の輸送艦おおすみの姿だけが依然確認されておらず、各国からは、捜索活動支援の用意が伝えられておりますが、依然輸送艦おおすみの行方は・・・」
--------------------------------------------------------------------------------
輸送艦おおすみ戦記 #FINAL
Fin
COPYRIGHT(C) 2004 By Kujyou Kimito
--------------------------------------------------------------------------------